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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

2019:2005/01/16(日) 03:05
太陽が真横から照り付けていたので小沢は眩しさに目を閉じそうになるが、
かろうじてそれを思いとどまる。そんな余裕がないからだ。
小沢は住宅地の中の小さな公園で男と対峙していた。
名前は思い出せないがどこかで会ったことがある気がするからお笑い芸人だろう。
男は小沢よりも背が低くどこか頼りない相貌をしていたが、その顔にはふてぶてしいほどの余裕があった。
(こっちは全然余裕ないってのにね…!)顔には出さずに心の中で悪態を吐くと、小沢は男に話しかける。
「君の能力はもう見切ってるよ。光を宝石の中に集め収縮させて矢にする。
集めるのに時間が掛かるから連続して矢はだせない。
光は矢になった時点でどういう訳か、重さになる。つまり当たっても、くるのは衝撃だけだ。
殴られんのと同じようなもんだね、そう思えば恐怖心はない。」
「へぇ、さっきの攻撃だけでよく分かりましたね。さすが売れっ子」
小沢の説明を受けても男は動揺した様子もみせず、逆に感心した声を出した。
それが本心かどうかなんて小沢には分からなかったが、
「君にも観察眼があれば売れるかもね」
とりあえず挑発してみた。


小沢がその男に会ったのは、何ヶ月ぶりかのオフの日だった。
久々に一人で外出すると、首筋あたりにねっとりとした視線を感じた。
嫌な予感がした小沢はそのまま人通りの多い道を避け、
視線に気付かない振りをしながらも目ではどこか戦える場所を探しながら歩き続けた。

小沢が目の前を横切った車に注意を向けた一瞬の、不意打ちだった。
かろうじて反応したので、直撃にはならなかったがわき腹に当たった。
衝撃に息がつまりながらも小沢はなんとかこの公園へと男をおびき寄せたのだ。
痛む脇腹をさりげなく手で押さえながらも男と向き合い続ける。

2119:2005/01/16(日) 03:09
「余裕ですね、小沢さん」
男が自分の顔前に黄緑色の石をかざすと、石は男に応えるように光りだす。
「でもその余裕、どこまで持つかな?」
それに恐怖心だって、ないわけじゃないでしょ?
と男の嫌味たらしい(少なくとも小沢にはそう感じた)笑みに対抗するように、
小沢も唇の端を上げる。
「そうだね…」
否定はしない。
男の攻撃が時間の掛かるものだとしても、もうそろそろなんらかの対策を講じないとやばい。
小沢はひとつ息を吐くと叫ぶ。
「だから逃げるんだよ!」
同時に身を翻すと、全力で駆け出した。

2219:2005/01/16(日) 03:13
ちなみに…


石…ぺリドット←「太陽の石」と呼ばれてる
能力…光を集めて矢のように放出する。打撃系。
条件…集めた光により威力が決まる。
宝石を対象に翳さないと攻撃できないため、正確に相手に当てるのが大変。

なんか申し訳ないくらい設定が適当ですね…

2319:2005/01/16(日) 03:16
ただ逃げながら、小沢はふと今日は何曜日かが気になった。
どうでも良い事ではあったが、そんなことでも考えないと足がもつれて転んでしまいそうだったのだ。
後ろは振り返らなかったが、男が付いて来ているのだけは分かる。
(石をかざさないと攻撃はできない。だから追いかけてきているうちは安全)
考えながら小沢は目を付けた脇道に入る。
路地裏のため道が狭かったので置いてあったどこかの料理店のゴミ箱を蹴飛ばすが、
あいにくそれに構ってる暇はなかった。
闇雲に迷路のような路地裏を走るが、行き止まりに当たり否応なく立ち止まる。
ビルの壁を前にしながら、小沢は息を整える。
小沢の入った路地が行き止まりと知っているのかどうやら男は歩いているようだ。
大きな通りから離れているせいか辺りはやけに静かで、小沢の息継ぎと男のゆっくりとした不気味な甲高い靴音だけがやけに大きく響く。(落ち着け、落ち着け)小沢はひとつ深呼吸をすると靴音がする方へと振り向き、ポケットの中のアパタイトを握り締める。
男が小沢の視界に入り、再び二人は向かい合った。間髪入れず小沢は叫ぶ。
「いるんだよ、俺の心の中に君がさ!」
指を鳴らしながら、男に向かって走りだす。
「残念、行き止まりですね」
しかし男は向かってくる小沢に怯んだ様子も見せない。
「日陰に入ったから、光が集めにくいって思ってます?」
男はポーズだけは残念そうにつぶやいた。
「小沢さんは気付いてないようですが…」
男は先ほどの小さな公園でしたのと同じように自分の眼前に石をかざす。
「この石、光を貯めておくことができるんですよ」
男の台詞と同時に光の矢が放出される。

2419:2005/01/16(日) 03:17
男と小沢の距離は10メートルほどか。
目算すると小沢は眼前に迫った光に話しかけるように、
「そんなことより、パーティ抜け出さない?」
瞬間、小沢の体が消えた。目標を失った矢は小沢の居た場所を通り抜ける。
「なっ…!」
男は呆然と「そんなことまでできんのかよ」と呟き無意識に辺りを見渡す。
「まぁね」
小沢の応える声と、同時に男は顔面を殴られるような衝撃を受ける。
体勢を立て直そうとする間もなく、足が体を支えきれず後ろへ吹き飛ばされた。

2519:2005/01/16(日) 03:19
「君は気付いてなかったみたいだけど…」
男はかすんだ視界の先に、さっきまで自分が立っていた場所より
右寄りの位置に立つ小沢を見る。
「俺は始めの攻撃で君に暗示を懸けたんだ」
言いながらちょっとだけ体をずらす。
「ガラス・・・?」
「そう、鏡は光を跳ね返す。
窓ガラスだって明るいとこなら十分鏡の代わりになるし、
ここだって完全に日陰ってわけじゃない」
君はフェイントだとでも思ったみたいだけどさ、小沢は微笑んだ。
「君にも観察眼があれば売れるかもね」
男には小沢の声が聞こえただろうか?
思いながら小沢はもう一度ポケットの中のアパタイトを握り締める。
「もうこんな遊び、終わりにしない?」

パチリと小さな音が静かな路地裏に響き渡った。

2619:2005/01/16(日) 03:22
路地裏を抜け大通りにでると、小沢は眩しさに目を閉じた。
戦っている最中は気付かなかったが、男に攻撃された脇腹が軋むように痛んだ。
「明日仕事だってのに…」
潤に気付かれないようにしないとなぁ、舌打ちしながら人ごみに紛れる様に歩き出す。
いつまでこんな事を続けなければならないのか、見当がつかない。
いつまで傷つくのか、いつまで人を傷つけるのか。

いつまで一人で戦わなければならないのか。

(・・・まぁそんな事考えても詮無いか)
小沢は考えるのをやめた。


歩き続ける小沢の背をただ太陽だけが見ていた。
彼のそばには太陽に照らされて出来た自身の影だけが、
彼を慰めるように寄り添っていた。

2719:2005/01/16(日) 03:24
小沢さんの能力は2つ同時に発動できるのかが分からなかったので、
没になりました。
思ったより長くなってしまった…

読んでくださった方、ありがとうございました!

28ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/01/16(日) 20:11
>>19-27
乙!
むちゃ読みやすかったです。
自分もこの位文才欲しいよ・・・・・・。orz

29名無しさん:2005/01/16(日) 21:41
すげー面白かったです!!

3019:2005/01/17(月) 20:19
>>28,29
ありがとうごさいます!
読んでくださるだけでもありがたいのに感想まで頂けるとは…

名無しに戻りますが、次の機会がありましたらまた読んでやってください

31名無しさん:2005/01/26(水) 20:41:59
ここで連載って可?

32ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/01/26(水) 21:22:58
>>31
可能ではないでしょうか?
本スレに投下できない小説の置き場なので。
是非やってみてください。

33テスト期間なのに:2005/01/28(金) 04:39:01
さまぁーずが黒側という記述を見てワンシーンだけ書きたく
なったのでこちらに投下します。
前後は何も考えてません。
さまぁーずとくりぃむ有田話です。

::::::::::::::::::::::::::

収録を終え楽屋に戻る。「よっこいせ」などと親父くさい動作で
座る上田を横目に紫煙をくゆらせ一息つく。
ここの所仕事も忙しかったが、それ以上に例の事で動き回り正直
体が重い。相方も同じなのだろう
「ああーっ、疲れたっ!」
誰に言うでもなく叫んだ後は机につっぷしたまま動かなくなって
しまった。

「あら。」
いつもの習慣で収録中着信がなかったか携帯をチェックすると
大竹からの着信がついている。テニスの話かななどと思いつつ
留守電が入っているようなので再生をした。


 留守番メッセージは一件です
 ピー

 おう、有田。大竹だけど。
 おめぇ何留守電にしてんだよ。出ろよ。
 まあいいや。
 
 …とりあえずメッセージ入れとく。聞けよ。

 …あれだな、家族持ちってのはやっかいだよな。
 …三村がよ…まあいいや、細かい事はいいよ。
 とにかくコンビだからよ。俺がボケねぇとあいつもツッこめねぇし。
 あいつがツッこまねぇと俺もボケっぱなしになっちまうからよ。
 つまりはあれだ。
 
 黒…にな。

 だからしばらく遊んでやれねぇけど拗ねるなよ。
 …まあ、なんだ。
 
 いざとなったら手加減はいらねぇから。

 …じゃあな。

 ピー


「なんだって?まさか合コンの誘いじゃねぇだろうな。」
いつもの調子で笑いながら問いかける上田に答える事もできずに
携帯を切った。
こめかみの辺りががズキズキと痛む。
ただならぬ空気を察したのか上田の顔色も深刻なものに切り替わる。
「…どうした?」
「…さまぁーずが…」
その一言で察しがついたのだろう。上田が歯軋りするのがわかった。

「くそっ!!」

俺は言い切る事すらできずに携帯を床に叩きつけた。

34名無しさん:2005/01/29(土) 19:55:35
大竹がかっこいいなあ

35名無しさん:2005/01/30(日) 00:16:12
文章お上手ですね!続きが凄く読みたいです。

36名無しさん:2005/01/30(日) 20:47:20
31です。なんとなく思いついた話です。
本スレに投下する自身がないのと、出てくる芸人さんのネタの内容が出てくるのでこっちに投下します。
続き物なのですが、皆さんの顔色を窺いながら投下したいと思っていますorz

+++
Change!!!
+++


収録の帰り、局から出た二人を呼び止めたのは見ず知らずの男だった。
ファンかと思ったのは一瞬。そしてその男が一気に攻撃してきたのもほんの一瞬のこと
だった。

そして今に至る。
「潤、気をつけてよ。」
「オーケーイ。」
人波を避けて廃工場に駆け込んだのは正解だったようだ。
目の前で燃え上がったドラム缶を見て二人…井戸田と小沢は思った。
降ってくる火の玉を避け、物陰に隠れて先程の男の様子を探る。
「(敵は複数か…?)」
小沢は必死に考えを巡らせる。
「(ピンだったら、あんなにフルパワーで攻撃してくるはずはない。石の力とはいえ、無
限にあるわけじゃないし…)」
身を乗り出して様子を窺っていた井戸田が小沢の肩を軽く叩いた。
「小沢さん、どうする?」
「局近いし、時間さえ稼げば誰か『白』が助けに来てくれると思うんだけど…。潤、喉の調子はどう?」
小沢の突拍子もない質問に、井戸田は真意を読み取った。
「アレ、使うのか?」
「仮に力使っても俺の声じゃあそこまで通らないでしょ。」
井戸田は小さな声で発声練習をすると、頷いて石に力を込めた。

37名無しさん:2005/01/30(日) 20:48:22
>>36続き




「『恋愛のABCDのDの意味を知ってる…?』」
響き渡る声に、男は攻撃の手を止めた。
小沢が煙の中から姿を現す。手にアパタイトを握り締めて。
男はにやりと笑みを浮かべると、巨大な火の玉を二人目掛けて飛ばしてきた。
「『Dってのはね、Cの後に耳元で囁く…大好きっ』!!」
パチンと小沢の指がなる。と同時に井戸田が横に現れた。
「『甘ーいっ』!!!!」
放たれた井戸田の声が衝撃波となって火の玉を弾き飛ばした。
男が戸惑った隙に、小沢は更に指を鳴らした。
「『誰にも渡さないっ』!!」
「『甘ーいっ』!!」
「『大福』!!」
「『あっまーいっ』!!?」
続けて放たれた衝撃波に、ついに男は倒れ込んだ。
井戸田はゼィゼィと息をしながら喉を擦っている。
「潤…平気?」
「小沢さんこそ死にそうじゃない。」
威力を上げる為に石の力を限界まで高めていた小沢にかかった負担は大きい。
そして井戸田もガラガラの声になっていた。

気を取り直して、ふらふらとした足取りで小沢は男に近付く。
「悪いけど…そんな危ない石は封印させてもらうよ。」

小沢が男の石に手を伸ばした時だった。
「小沢っ―」
咄嗟に井戸田が伸ばした手は空を切っていた。

何処かからの光が、小沢の身体を貫いていた。

38ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/01/31(月) 18:25:53
>>36-37
続きマダー?と言いたくなりました。
むっちゃ面白いです。

39“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:21:48
本スレに投下しようと思ったら、ホスト規制が掛かっていたのでこちらに投下します。
お手数ですが、どなたか本スレの方に誘導またはコピペしていただければ何よりです。

40“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:23:11
本スレ2 >>524-529 の続き

「はぁあああっ!」
塩をごと投げた小沢の行為により周囲の闇は薄れ、赤岡の力も多少抑制された・・・己の両脚の束縛が解け、
自由な動きを取り戻した磯山はそう判断し、赤岡へと飛びかかる。
動きが直線的云々と馬鹿にされた、そのお返しとばかりに敢えて一直線に突っ込む磯山の動きは素早く力強い。

「・・・・・・馬鹿が。」
瓦礫で磯山を迎撃するには、瓦礫に石の力を通わせ、浮き上がらせるまでの時間がない。
しかし赤岡は体勢を整えながら吐き捨てるように呟き、磯山が突っ込んでくるだろう空間を凝視する。
黒珊瑚が輝き、その空間に青白い炎の球・・・鬼火が出現した。

「・・・ナ、メ、ン、なっ!」
「・・・・・・・・・っ!」
先ほど煙草に火をつけたように、可燃物に触れれば発火させる事も十分に可能なそれは、ただの進路妨害なんかではない。
けれど、磯山から発された裂帛に、紫の光を纏った拳で鬼火を粉砕するその行為に、
一瞬でも磯山が鬼火に怯んで動きを止めればそこを攻撃する腹づもりだったのだろう、赤岡の表情が変わる。
なおも距離を縮める磯山を止めようと輝いた石は、黒珊瑚ではなく虫入り琥珀だった。

「ちっ・・・・・・」
赤岡の舌打ちとほぼ同時に琥珀から放たれた漆黒の稲妻が、遠慮も容赦もなく磯山を貫く。
「・・・ぅわあ゙あああ゙あっ!」
全身に弾けるような激痛を覚え、次の一歩を踏み出す事ができずに磯山は床に転がった。
「磯山ぁ!」
「・・・磯っ!」
闇の向こうから響く悲鳴に、野村と小沢が口々に呼び掛けるが、返ってくるのは闇の力を帯びた瓦礫。
これは機動隊員の装備を纏った野村が透き通った盾で防ぐ。

41“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:24:58
「ぐぅっ・・・・・・」
瓦礫が盾にぶつかる度に、盾を支える野村の手首に重い衝撃が伝わり、野村の口からうめき声が漏れた。
野村の持つバイオレット・サファイアでは衣装や装備、知識といった物を得る事はできても、
それを使いこなすための肉体までもを得る事はできない。
華奢な部類に入る体躯の野村に、果たしてどれだけ連続して瓦礫を受け止め続けるだけのスタミナがあるかどうか。
眉を寄せて盾を掲げる野村の腕が、少しずつ降りてきているのに気付き、小沢はアパタイトを輝かせた。

 「君を手に入れる事によって一生分の運を使ってしまったんだから!」

パチリと指が鳴れば青緑の輝きが周囲に散り、横たわる磯山の体躯が小沢の傍らに出現する。
目立った外傷はないものの、全身を貫いた激痛が信じられねぇとでも言いたげに
磯山は目を見開いてゼェゼェと荒い呼吸を繰り返している。
その一撃を放った虫入り琥珀が赤岡の右手で煌めくのが見え、小沢はなおも指を鳴らした。

 「そんな事より・・・これからパーティ抜けださない・・・っ!」

瓦礫の連打にジリジリとガードを下げられていた野村では、これを防ぐのは難しい・・・そんな小沢の判断から
言霊と共にアパタイトを行使すれば、3人の姿はその場からかき消え、漆黒の稲妻はあいた空間を通過する。

「・・・悪ぃ、助かった。」
アパタイトの短距離テレポートで3人が跳んだ先は、赤岡の放つ闇の外側。
ダメージはまだ残っているだろうが、呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がりながら磯山が小沢に囁いた。
「ったく、無茶するから。」
その磯山の頭を軽く小突きつつも、野村が告げる言葉はどこか安堵の色に満ちている。
頭を押さえ、痛ぇと苦笑する磯山につられるように表情をしばし緩め、小沢はポケットをまさぐると
飴玉を一つ、取り出した。

「それにしても・・・彼は、本当に戦い慣れてる。」
ビッキーズの木部が石の力で作り出した飴ちゃん。精神力と体力を少し回復させる力を秘めたその飴玉を
磯山に手渡し、小沢は闇の向こうの赤岡を見やって呟いた。
「力を行使する事に・・・怖れがない。」
「・・・赤岡の奴、ネタに煮詰まると、よくここで模擬戦やってストレス発散してたらしいですから。」
「なるほど道理で・・・って、島田くん、いつの間に?」
ふと背後から聞こえた声に3人が振り向けば、そこには島田の顔。
真っ先に赤岡の攻撃で気絶し、戦線離脱していた男の真摯な表情がそこにあった。

42“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:26:32
「つい、今さっき。・・・迷惑掛けて済みませんでした。」
「いや良いケドよ・・・で、どうすんだ? この状況。」
律儀にぺこりと頭を下げる島田に、野村は調子が狂ったのか少し戸惑いつつ、問う。
その言葉に島田は一度上へ目をやった。天井までは10m近くあるだろうか。
「小沢さん、確か・・・ジャンプ力を上げる言霊を持ってましたよね?」
野村と磯山は虫入り琥珀の影響で忘れているが、号泣の2人は以前小沢達の戦いを見物していた事があった。
それ故、小沢がアパタイトでどんな現象を起こす事ができるか、多少は知っている訳で。
「・・・・・・あぁ。」
「それで僕を天井まで跳ばせて下さい。」
頷いて返す小沢に、島田は真顔でそう告げた。

「・・・どういう事だよ。」
「あいつは石を使う対象をしっかり目視しないと・・・アバウトな位置認識だけじゃまだ能力を引き出せない。」
だから、僕が跳べばどうしても赤岡は天井と地上とのどちらかに意識を向けなきゃいけなくなる。
・・・そうすれば、必ずつけ込むだけの隙が生まれる。
島田の発言の真意がわからず、思わず問いかける磯山に彼は静かに応じる。
「・・・要は赤岡くんの意識を分散させるための囮になるって事? できるの?」
「やります。もしあいつが僕を無視するなら、僕があいつを・・・黒珊瑚を止めます。」
訊ねた小沢の言葉の中には、相手が相方でも、幼なじみでも躊躇しないかという響きが籠もっていたけれど。
キッパリと言い切る島田の目には、迷いの欠片はどこにもなかった。

「んじゃ、俺らはちょっとだけあいつの気を引くから・・・頼むぜ、島秀。」
一瞬だけ驚いたように息を呑み、それから島田の背中をバシッと手の平で叩いて。
野村が投げかけた言葉に島田は小さく微笑んで返す。
「・・・ありがとう。」

43“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:27:34
「アレ、やるぞ。良司。」
「でも、そうしたら俺ら・・・・・・」
そのまま島田から磯山の方へ向き直り、野村が告げる言葉に磯山は一瞬戸惑った。
「・・・ぶっ倒れる前に仙豆舐めときゃお前だけは動けるだろ?」
俺ら2人とも動けなくなるぞ、と続けようとする前に野村が即座に言い放った一言
そして磯山の手にある飴玉に向けられた視線から、彼の考えはうっすらと伝わっては来るけれど。
「変身さえ解けなければ、俺の盾はまだ使える。」
それを掴んで突っ込んで、お前がワンパン決めればこっちの勝ちだ。
重ねて告げる野村に、磯山は今度は頷いて返す。
「・・・・・・わかった。」

小沢と島田を庇うように前に歩みでて、差し出された野村の手に磯山が己の手を重ねると、
2つのバイオレット・サファイアが触れ合い、光と高音を発して共鳴する。
もちろん、石の力を発動させて何かを成そうという2人を赤岡が放って置くはずもない。
闇の中でチカッと黒珊瑚が輝けば廃材が4つ5つと4人の方へ飛びだしてくる。

しかし。

 「スーパーボールっ!」

今は防御の事など何も考えず、磯山と野村は声を重ねた。
2つの石から眩い光が放たれたかと思うと、赤岡の頭上数mの辺りに紫色の淡い幕が掛かる。
いや、それは幕ではない。

それは、紫色の光を纏った無数の小さな球状の物体。
それらが一斉に重力に引かれる以上のスピードで赤岡目掛けて降り注ぐ様は流星雨か、はたまた何かの
バラエティ番組での罰ゲームか。
「・・・・・・くっ!」
紫の光を纏ったスーパーボールが一つ二つ命中するだけなら、さほど痛くも痒くもない。
けれど、それが何十個、いや、何百個というレベルで降り注いでくるとなれば
さすがに赤岡も顔面に直撃しないよう腕で庇いながら、その右手に握りしめられている虫入り琥珀を煌めかせる。
途端に漆黒の稲光が赤岡を護るようにバリア状に展開し、石の力と石の力が激突して眩い火花が周囲に散った。

「・・・・・・・・・・・・。」
井戸田が到着しない以上、今、この現状を打破するには島田の考えに乗るしかないのだろうか。
他の選択肢がないかどうか、なおも小沢は考えるけれど。
黒珊瑚と虫入り琥珀を操る赤岡を相手に、消極的な策を取っている余裕もなければ
こうして赤岡の意識を引きつけている江戸むらさきの2人の努力を無駄にしたくなくて。

 「君はもともと大空にいたんだろ・・・飛ぶ事を忘れた僕の天使!」

小沢はアパタイトを輝かせ、指を鳴らす。

44“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:28:25
「・・・・・・・・・っ!」
小沢のアパタイトが放つ青緑の光が己の身に変化を及ぼした事を実感すると同時に、島田は表情を引き締め、跳躍した。
未体験の視界の動きと全身に伝わる感覚がしばし島田を戸惑わせるけれど、中学生の頃にやっていた
バスケのお陰か空中で大きくバランスを崩す事はない。
間もなく目前に迫る鉄骨に細い腕でしがみ付き、両足をしっかりと絡ませて。
蝙蝠のように逆さ吊りになると、島田は腕を解いて眼下を・・・降り注ぐ紫の光を防ぐ男を睨み付けた。
人差し指と中指の根元に白珊瑚を挟み込んだ状態で硬く握りしめた左手を、そのまま相手の方へ伸ばす。

『力は余所から貰う物じゃない。誰かから奪う物でもない。』
先ほど、白珊瑚の領域にて島田の姿を模した白珊瑚が告げた言葉が島田の脳裏にリフレインする。
力が欲しい、と素直に応じた島田に対し、白珊瑚は静かにそう言い放ったのだ。
「力は・・・自分の内側から自ら導き出す物。」
島田の唇が小さく動き、微かにこぼれた声は自らに言い聞かせる反復の言葉。
体勢が体勢なだけに、それ以上に状況が状況なだけに長い時間は掛けられない。
頭に血が逆流してか、ぼんやりする思考ながらも島田は左手の白珊瑚に意識を集中させる。

ずっと、この石はただ光るだけの石と・・・何かを清める事しかできない、戦いには不向きなクズ石だと思っていた。
でも。
『主殿がそう望むなら、願うなら・・・僕は幾らでも主殿の力になる。何故なら、僕は主殿自身でもあるのだから。』
・・・白珊瑚よ、その言葉が真の物であるのなら。僕は望む。だから、ここにその力を示せ。

祈るように命じた、刹那。
島田の左手を中心に漠然と湧き出していた白い光が眩さを増し、その姿を変える。
光は島田のイメージに添う形へと集束していき、その手応えに島田自身も驚きを隠せない。
光に手を加える事などできないという思い込みが、石の可能性を潰していくのなら。
これは役に立たない石だという決め付けが、石の力を弱らせていくのなら。

一体、今まで自分はどれだけの力を出し惜しみしてきた事になるのだろうか。

「島田くん・・・・・・。」
不安げに呟く小沢からは、島田の姿をはっきり見る事は出来ない。
島田の左手を中心に放たれる純白の光は、いつしか弓矢を象るようになっていて。
お年を召した女優さんの為に照明が運び込んでくる強力なライトもかくや、と言わんばかりの
天井から降り注ぐ輝きに、確か赤岡とかいった男の発する闇は徐々に押されていく。

「くっ・・・・・・!」
野村と磯山が放った無数のスーパーボールを耐えぬくも、周囲の闇を払われて。
歯を喰いしばり頭上の島田を見上げる男の姿は、左腕の消滅箇所が左胸にまで及び、それ以外の箇所も
何かのホログラフかといわんばかりに全身の色彩が薄れているようだった。

・・・俺達は、あんな奴を相手にしていたっていうのか?
頼んだと言い残して昏倒し、床に倒れ込んだ野村の隣でビッキーズの飴ちゃんを頬張り、
何とかあと1撃2撃分ぐらいの精神力は確保して、隙あらば殴りかかる心づもりだった磯山も。
男の異形の姿を見て一瞬心怯む。

その動揺を察してか、それとも磯山よりも島田から発される力に意識が向けられたのか。
男は右手を・・・虫入り琥珀を天に掲げた。
「邪魔を・・・するなっ!」
「・・・貴様こそ・・・これ以上みんなを傷付けるな! 目を覚ませ!」
気迫と共に、互いの石から光が解き放たれたのは、ほぼ同時。
剛弓から放たれた島田の光の矢は一直線に走り、男の発した漆黒の稲妻を飲み込み、かき消して床に突き刺さる。

45“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:29:26
「凄ぇ・・・・・・。」
閃光弾よろしく破裂する圧縮された光とそれが巻き起こす風に思わず目を細め、手で影を作りながら磯山は呟く。
「島田くん・・・まさか・・・君も・・・・・・。」
同じく光に目を痛めないよう手を翳しながら小沢も呟くけれど、それは磯山の物とは異なり
心配の色合いを帯びているようで。どうしたのだろう、と磯山はチラッと小沢の方を見やった。

「外した・・・?」
その小沢の視線の先、天井の鉄骨に両足でしがみ付いている島田は狙いが外れた事が信じられないとでも
言いたげに眉をしかめ、再び左手を敵へと向ける。
「次こそは・・・仕留めてみせる。」
みんなのためにと口に出さずに続け、白珊瑚の力を開放していく島田の視界が。不意にぐらりとずれた。

「・・・島田くん、跳んで!」
その耳に、不意に小沢の滅多に聞く事のできないプレミア物の掠れた叫び声が届く。
「足場が、崩れる!」

「・・・・・・・・・っ!」
また島田の視界が意図しない方向へずれるのと同時に、今度はギシリと何かが軋む感覚が足から伝わってきた。
念入りに狙いを付けた一射目が外れたのも、島田の足場である鉄骨が微妙に動いたからだろうか。
いや、そんな事は今更どうでも良い。
元々放置されて長い上に、これまで石を使った模擬戦や特訓の舞台にされていたこの廃工場の骨組みが。
いつしかボロボロに脆くなっていたのは事実であって。
「くっ・・・・・・」
磯山や小沢を信じて島田は鉄骨から飛び降りようとした、けれど。

「やべぇ、間に合わねぇ!」
磯山が悲鳴に似た叫び声を上げる。

「・・・・・・・・・!」
しがみ付いていた島田もろとも鉄骨が外れ、回りの鉄骨を伴って天井からゆっくりと落下を始めていた。
真下の、漆黒の髪の男目掛けて。

46“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:30:32
今、アパタイトの力で2人を同時に避難させる事は可能だろうか。
悩むよりも早く、小沢は祈るように言霊を紡ごうとする。
「・・・・・・君を手に入れる事によって一生分の・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
噛まないように、しかし、間に合うように。
どんなネタよりも慎重に言葉を発する小沢に対し、男はその髪と同じ漆黒の穏やかな眼差しを向ける。
向こう側が透けて見える相手の、敵意のないその視線に小沢の口が一瞬止まった、その時。

男は視線を頭上に迫る島田へ向けたかと思うと、右手の虫入り琥珀が蜂蜜色の稲光を放ち、
渾身の輝きに貫かれた華奢な長身は小沢達の方へと弾き飛ばされた。

「あ・・・赤岡くんっ!!」
島田をキャッチするべく走り出した磯山の動きを視界の端で捉えながら、小沢は叫ぶ。
その目前で。
廃工場の天井を支えていた鉄骨が、床に激突した。











轟音。そして巻き起こる砂塵。
全てが収まった時、コトリと音を立てて黒珊瑚があしらわれたネックレスと虫入り珊瑚が
どこからともなく床に転げ落ちた。

47“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/02(水) 03:37:24
以上、今回はここまで。
赤岡さんが何だか凄い事になってますが、本スレのルールである
「死にネタ禁止」に引っかからないよう次以降の話でフォローを入れますので
その点はどうぞ御了承下さい。

48名無しさん:2005/02/02(水) 12:08:10
age

49名無しさん:2005/02/02(水) 20:14:42
乙です!
フォロー絶対お願いします!
読み終わった後それがあったので安心しました。
相変わらず素晴らしい文章力でドンドン引き込まれましたよ!!
すさまじい展開ですね・・・戦いの様子が目に浮かぶようです。
楽しませていただきました!ありがとうございます!

50名無しさん:2005/02/04(金) 15:37:28
乙です。一応コピペしてきました。
やはり上手いですね。ワクワクしながら読ませていただきました。
次回も楽しみにしてますね!

51名無しさん:2005/02/04(金) 16:42:35
グラウンド。
歓声。
チームメイト。
ゴール。

俺はただボールを追いかけて、走る。
「脇田!!右に切れ!!」
背後から声がする。
「…ヒデさん…」

急に涙があふれてきた。
涙が止まらない。
ボールさえ、見えない…

「ヒデさん・・・っ!!」



気が付くと、自宅のベッドの上だった。
「…夢か」
体の節々が痛む。
「ってぇ…庄司の奴、手加減しなかったな…」
俺の石は戦うには向いてねぇからなぁ、とつぶやきながら、脇田は起き上がった。

洗面所の鏡に自分の顔を映す。
ぼさぼさの髪にどこかの犯罪者のようなヒゲ。
普段ならなんとかちょっとは見られるようにして仕事に向かうのだが、今日はそんな必要もない。
「ヒデさん…」


ヒデが「石」と一体化してしまったのは1週間ほど前のことだった。

テレビ番組の収録を終えた脇田が控え室に戻ると、ヒデが一人ぽつんと座っていた。
「あれ?ヒデさん先に帰ったんじゃなかった?」
「あぁ…ちょっと…」
ふらりと立ち上がり、不敵にほほ笑むヒデ。
「ヒデさん…?」
おかしい、と脇田は思った。
ヒデはもともと白いユニットの側の人間のはず。
しかし、今のヒデが放つオーラは黒いユニットのそれそのものだ。
「ちょっと…どうしちゃったんだよヒデさん!!」
「どうもしないさ…ただ真実に目覚めただけでね!!」
「真実…?」
脇田がそう聞き返したとたん、急に視界が真っ暗になった。

52名無しさん:2005/02/04(金) 16:44:25
51です。
どうもはじめまして。

ペナルティ編を書いてみたいと思ったのですが、前に書かれてる方がいるので
こちらに投下してみました。
もし、皆さんのお許しがいただけるなら、いつか本スレにも投下してみたいと思います。

一応、続きも書いてあるのですが・・・

53名無しさん:2005/02/04(金) 17:24:07
51って、投下した直後に手直ししたい個所発見!!orz

5451:2005/02/04(金) 19:10:54
何度もすいません。
手直しして、とりあえずきりがついたものを投下します。

設定は
中川秀樹(ヒデ)
石:フローライト
能力:キック力が上がる。蹴った物が狙ったところに必ず当たる。(狙われた相手は避けることもできるが、難しい)
条件:何回も蹴ると、パワー・命中率ともに落ちてくる。(狙われた相手にとっては避けやすくなる)
ドロップキックにも力は発揮されるが、消耗は激しい。

時間は庄司くんとの戦いの次の日です。
って、回想シーンがメインだから、ちょっとわかりづらくなってるかもしれません…

5551:2005/02/04(金) 19:14:03
グラウンド。
歓声。
チームメイト。
ゴール。

俺はただボールを追いかけて、走る。
「脇田!!右に切れ!!」
背後から声がする。
「…ヒデさん…」

急に涙があふれてきた。
涙が止まらない。
ボールさえ、見えない…

「ヒデさん・・・っ!!」



気が付くと、自宅のベッドの上だった。
「…夢か」
体の節々が痛む。
「ってぇ…庄司の奴、手加減しなかったな…」
俺の石は戦うには向いてねぇからなぁ、とつぶやきながら、脇田は起き上がった。

洗面所の鏡に自分の顔を映す。
ぼさぼさの髪にどこかの犯罪者のようなヒゲ。
普段ならなんとかちょっとは見られるようにして仕事に向かうのだが、今日はそんな必要もない。
『相方・ヒデの体調不良による入院』で、仕事があまり入っていない…ということになっている。

「ヒデさん…」


ヒデが「石」と一体化してしまったのは1週間ほど前のことだった。

テレビ番組の収録を終えた脇田が控え室に戻ると、ヒデが一人ぽつんと座っていた。
「あれ?ヒデさん先に帰ったんじゃなかった?」
「あぁ…ちょっと…」
ふらりと立ち上がり、不敵にほほ笑むヒデ。
「ヒデさん…?」
おかしい、と脇田は思った。
ヒデの胸元に揺れるネックレス…フローライトが濁った光を発している。
いつもなら、透明に光っているはずなのに…

「白いユニット」と「黒いユニット」の話は脇田も知っていた。
そして、数日前、ヒデが拾った「石」もそのひとつだということも。
しかし、「石」を持たない自分にとってはまったく無関係の話だと思っていたのだ。

ヒデはもともと白いユニットの側の人間のはず。
しかし、今のヒデが放つオーラは黒いユニットのそれそのものだ。
「ちょっと…どうしちゃったんだよヒデさん!!」
「どうもしないさ…ただ真実に目覚めただけでね!!」
「真実…?」
脇田がそう聞き返したとたん、急に視界が真っ暗になった。


空間が歪んでるみたいだ…脇田はそう感じた。
自分の足が地面についているのか、宙に浮いているのかすらわからない。
ただわかるのは、目の前にヒデがいること、それだけだった。

脇田はしっかりとヒデの目を見つめ、言った。
「真実って何?」
「今お前にわからせてやるよ……!!」
ヒデはニヤリと笑うと、サッと手を一振りした。
すると、その場に現れたのは無数のサッカーボール。
(ヤバイ!!)
そう思う間もなく、一つのサッカーボールが脇田のほうへ飛んできた。
しかし、脇田もお笑い界No.1と豪語するほどの身体能力の持ち主。
横っ飛びに飛んで、ギリギリでボールをかわした。

(理由はわからないけど、とにかくヒデさんの石が暴走してる…)
次々に飛んでくるボールを避けながら、脇田は必死に考えた。
(ヒデさんは本数を打てば打つほど体力を消耗する。
ヒデさんの体力がなくなってきたところでなんとか…)
脇田は濁った光を放つヒデのフローライトから目を離さないようにしながら、
ただひたすら飛んでくるボールをかわしつづけた。

もう何十本かわしつづけただろうか。
脇田はヒデの異変に気づいた。
キックのパワー・命中率共に最初のころと比べてあまり落ちていないのだ。
その代わり、ヒデはあきらかに苦悶の表情を浮かべている。
(ヒデさん……?)
ヒデの表情をしっかりと確認しようと脇田が目を凝らしたその瞬間、腹部に鈍い衝撃が走った。
「くっ…」
ヒデの放ったボールが、寸分の狂いもなく脇田の腹部に命中したのだ。
あまりの衝撃に、立っていることもできず、その場に崩れ落ちる脇田。
「ちょ………ちょこまか…しやがって…」
息も絶え絶えになったヒデが、一歩ずつ脇田のほうに近寄ってくる。
「ヒ…デさ……」
「教え…てやる……よ、真………実…………うわぁぁぁぁぁっっ!!」
ヒデが突然その場に倒れ、もだえ苦しみだしたのだ。
「ヒデさん!!」
脇田は腹部の痛みも忘れ立ち上がった。
そのとき、脇田は気づいたのだ。
ヒデの濁ったフローライトが、ヒデの中に取り込まれようとしていることに…
いや、むしろフローライトがヒデの中に入っていくかのように
フローライトは急速なスピードでヒデの中へ消えていく。
「くっ…うわぁぁぁぁっ!!」
「ヒデさん!!」

脇田の視界がぐしゃぐしゃになる。
まるで地震が起きたかのように、足元がぐらぐらと揺れる。

「ワッキー!!ヒデ!!」

背後で誰かが呼んでいる声がする。
しかし、今はそんなことどうでもいい。

「ヒデさん!ヒデさん!ヒデさん!!」

薄れゆく意識の中で、脇田は必死にヒデの名前を呼んでいた。

5651:2005/02/04(金) 19:14:24
気づくと、脇田は控え室の長いすで横になっていた。
「ワッキー…?」
「…宮迫さん」
意識が朦朧としている。
頭は割れるように痛い。
「大丈夫か…?」
「はい、何とか…」
何があったんだ…?いったい、俺はどうしたんだ…?
脇田は必死に自分の記憶を手繰り寄せる。

「ヒデさん…そう、ヒデさんは?!」
脇田は頭痛も忘れて跳ね起きた。
「宮迫さん、ヒデさん知りませんか?!」
「……悪い…ギリギリ間にあわへんかった…」
「間に合わないって…何がですか!!ヒデさんはどうなったんですか?!」
「………俺にもよくわからん。ただ、ヒデは汚れた石と一体化した。
完全に<向こう>の人間になってもうた…」
「一体化って何ですか?!なんで白かったヒデさんの石がいきなり黒くなるんですか?!」
脇田の矢継ぎ早の質問に宮迫が大声を上げる。
「だから、俺にもわからんねん!!」
脇田はビクっとした。それに気づいた宮迫は、再び穏やかな声で語りだした。
「悪い…マジで、詳しいことはわからん…ただ、お前なら、ヒデを助けられるかもしれん。」
「俺なら…?」
戸惑う脇田の前に、宮迫は白く輝く石を差し出した。
「お前の石…カルセドニーや」
「カルセドニー…」

脇田はその石に強く惹きつけられた。

「攻撃や防御はできへんから、実戦では役に立たへん。
けど、重要な力を持っとる。」
「重要な…?」
「暴走した石を、封印したり、浄化したりできるんや。
うまいこと使えば、戦わなくても『黒いユニット』の連中をこっちに呼び戻せるやろ…ヒデも含めて。」

脇田は、宮迫の手の中にあるカルセドニーにじっと目を注いだ。


この石を手に取ったら、俺はいつ終わるとも知れない戦いの中に身をおくことになる。
狙われたりすることもあるだろう。
命の危険だって、あるかもしれない。

でも…

高校のサッカー部の先輩だったヒデさん。
俺をお笑いの世界に導いてくれたヒデさん。
なかなか売れなかったとき、俺を励ましてくれたヒデさん。
俺の大切な相方、ヒデさん…


「…やります。」
そう言って、脇田は宮迫の手の中のカルセドニーをしっかりと握った。


あれ以来、脇田は何度も戦いの場に自分の身を置いた。
同じ仲間だと思っていた芸人たちが、傷つけあい、争いあうのを嫌というほど見せ付けられてきたのだ。

そして、石の暴走から解放された芸人たちのうちの何人かが見せた、脇田に対する困惑の目。
脇田はその視線の意味を理解できずにいた。

しかし、その視線の意味を脇田はある戦いの後で知った。

「ヒデさんに…ヒデに引きずり込まれたんだ…」

名もない若手芸人がぽつりと言った言葉。
脇田は、それで理解した。
ヒデは、芸人たちを黒のユニットに引きずり込む化物と化したのだということを。



脇田は再び、自宅の洗面所の鏡に映る自分の姿を見た。
(ヒデさんは、俺が助けるんだ…)
脇田は強い決意の表情を顔に浮かべ、洗面所を後にした。

5751:2005/02/04(金) 19:16:43
う〜ん…コンビ愛…ですかね?(苦笑
なんか友情ものっぽくなってしまいました。
とりあえず、ペナルティだけにサッカー関係のシーンを取り入れてみたくて…

先ほど本スレの方を見てきましたら、ペナの話を書いてくださってる方がいらっしゃるみたいですね。
こっちはお蔵入りかなぁ…

まぁ、とにかく、ご意見ご感想ご指摘等あればお願いします。

58名無しさん:2005/02/05(土) 01:21:33
私がペナファンだからかもしれないけど、この話いいと思います。
ヒデさんがどうなったのか、これからどうなるのか、すっごい気になる・・・
サッカーってのも、なんかペナっぽいw

59名無しさん:2005/02/05(土) 15:22:22
「フローライト」はいつここの山田さんが持ってますよー。

6051:2005/02/05(土) 17:24:13
>>58さん
どうもありがとうございます。

>>59さん
えっそうなんですか?
一応、事前に「登場石」ってとこで確認してみたんですけど・・・
もう一度確認してみます。

6151:2005/02/05(土) 17:31:44
確認しました。
色違いのようですね〜。
混乱するといけないので、変えます。
どうも申し訳ありませんでした。

以前にペナ登場話を書いていた方はいらっしゃいませんか?

62</b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/05(土) 23:10:34
>>50
感想&本スレへのコピペ、ありがとうございました。
色々登場人物を出して話を膨らませてしまったので
まとめるのが大変ですが、期待に添えるよう頑張ります。

63名無しさん:2005/02/06(日) 16:31:21
>>62
期待してます!

64名無しさん:2005/02/07(月) 02:17:31
以前このスレに小説投下した19という者なのですが、
自分の書いた小説の続編、しかも長め(になるかも)でスピワの井戸田さんが能力に目覚める編、
というのを思いついたのでまたこちらに投下してもいいでしょうか?

以前自分の書いた小説を読んでらっしゃらない方には不親切なものになるかもしれないし、
展開の方もスルーしてもらってかまわない話ですが、本編で出番の多いスピワの過去に関わってしまうので躊躇しています。
皆さんの意見を聞いてから投下の有無を判断したいので、
是非意見のほうお願いします。

65名無しさん:2005/02/07(月) 02:20:00
すみません、変な文章でした…

×展開の方もスルーしてもらってかまわない話ですが
○展開も職人さんたちにスルーしてもらってかまいませんが

66ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/02/07(月) 07:47:33
>64-65
いいと思いますよ。
ここは試験的に小説を投下する場所(?)みたいなので。
好評なら本スレに、と言う流れみたいです。
それより、続きがあるなら読んでみたい!
めちゃくちゃ期待してます。

6719 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 11:50:22
>ブレスさん
ありがとうございます!

お言葉に甘えさっそく投下させていただきます。
今回の話の時間列は前回の話の次の日になります。
ちょっと長くなるかもしれないのですが、しばしお付き合いください。

6819 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 11:58:57
小沢の様子がおかしいと、彼を知る人間の内のいくらかが相方である井戸田に警告めいた助言をしてきたが、
それらを全て井戸田は笑って聞き流した。
それらの助言に対して小沢自身が井戸田になに一つ不審に思われるような言動をしなかったせいもある。井戸田から見た小沢はいつもの小沢でしかなった。
昨日と同じような今日。全てがバランス良く存在していた世界。
少なくとも井戸田にとっては。



ノスタルジア



その日は朝から立て続けに仕事が入ったせいか、
夕方に収録予定であるテレビ局の控え室に入ったスピードワゴンは2人共が程度の違いはあるが一様に疲れた表情をしていた。
2人の他には誰もいない控え室の椅子に向かい合いだらしなく腰掛けながらも、
それでも井戸田のほうは昨日久方ぶりのオフだったせいか心なし体が軽い。
しかしそれに対し井戸田と同じくオフだったにも関わらず
小沢のほうは机に突っ伏したままピタリとも動かない。
そういえば朝から顔色が優れないようだったし、今日は言葉数も少ない。
(風邪でも引いたのかな?)
ぼんやりと井戸田は考えたがなんとなく本人には訊けずにいた。
というよりも小沢のほうがその質問を発するのを躊躇わせるほどの痛々しい空気を出していたせいか。
とりあえず寝かしとくかという結論に達すると、井戸田は1つ伸びをして気を緩める。
机の上のペットボトルを持ち上げるが、そのかすかな音に反応した小沢がゆっくりと顔を上げた。

6919 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 12:00:45
「ごめん、起こしたか」
と井戸田は謝るが、小沢は首を振りながら起き上がった。
言葉を発してはいないが、井戸田が知っているいつもの小沢の表情だ。
しかし沈黙が苦しくて、それを壊すように井戸田はなにげなく話を切り出す。
「小沢さんはさ、昨日の休みどうだったの?」
その質問に、一瞬小沢が眉をひそめたのを見た。
「…普通。買い物に行ったくらいかな」
井戸田、なにも見なかったかのように慎重に振舞う。
「へぇ〜、なんかいいのあった?」
「特になかったよ。それより潤さんは?昨日の休みどうだったの?」
今度は井戸田が眉をひそめた。明らかに小沢は話を反らせたがっている。
乗るか乗るまいか井戸田は躊躇したが、それよりも言葉を上手に発することが出来なくてうんとかあぁなどと生返事をする。
話題ならいくつかある。
①小沢の調子は大丈夫なのか
②今日のネタ合わせする?
③昨日石を拾った

…無難なのは③かな。
とっさに判断すると自然に頭の中に台詞が浮かぶ。
俺はさ、昨日すごい経験しちゃってさ。道歩いてたときに石拾っちゃて。なんかキレイな石だなって大した考えもなく家に持って帰って、それでも気になるから調べてみたらなんとそれ、宝石だったんだよ。シトリンっていうの、小沢さん知ってる?すごいよね〜道端で宝石拾うなんてさ、どれだけラッキーだっていうの。でもさ、逆に考えるとこれって絶対落し物だよね。ただの石かと思って持って帰ってきちゃったけどさ、落とした人探してるかもだよなぁ。交番に届けるとか、元の場所に返したほうがいいのかな?ねぇ、小沢さんどう思う?
そこまで考えるとパイプ机を挟んだ向かいの椅子に座っている小沢を見つめる。
しかし言うべき言葉が見つかったのに、出すべき声が出ない。
そんなあたりさわりのない話題じゃなくて、自分は小沢になにかを聞かなければならないのにもっと言わなくてはならないことがあるのに、そのなにかが分からなくて井戸田は黙り込んだ。

7019 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 12:10:09
「潤さん?」
黙り込んだまま俯いてしまった井戸田をいぶかしげに思ったのか、小沢は井戸田の顔を覗き込もうとする。
が、前かがみになろうとするのと同時に、なにかに詰まったかのようにとっさにわき腹を押さえた。
「…小沢、わき腹どうしたの?」
「なんでもないよ、」
井戸田の心配する声に小沢は何事もなかったかのような顔でわき腹から手を離した。
その言葉と態度に、井戸田のなにかがキレた。
黙ったまま勢いよく椅子から立ち上がり机を回り込むと、
その行動に驚いて思わず椅子を引いた小沢の肩口を押さえ込み、片手でシャツをめくり揚げる。
そうして見たものに、井戸田は息を呑む。
紫を通り越しどす黒く変色した痣が小沢のわき腹の広範囲を覆っている。
思いもしなかった光景に、井戸田は知らず小沢から一歩身を引いた。
「…どうしたの、これ、」
「階段から、」
小沢の言葉を遮るように井戸田が歯軋りをする。
「小沢、今朝から調子悪かったのはこれが原因か?」
「……」
「…答えろよ」
「……」
「小沢!」
怒鳴りながら小沢の襟首を掴もうとしたそのとき、
「すみませ〜ん」
という間延びした声と共に軽めのノック。
唐突な音の乱入に面食らいながらも小沢が反射的に「どうぞ」と扉に呼びかける。
井戸田も我に返ったように小沢から離れた。
「失礼しま〜す」
緊迫した空気を壊すように開いた扉からひょっこりと顔を出したのは、
今日収録予定の番組AD。

7119 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 12:17:11
井戸田より扉の近くに立っていた小沢はあからさまにほっとした顔で戸口に立つ。
所在のなくなった井戸田も仕方がないので小沢が座っていた椅子に腰を下ろした。
「どうしたの?もう出番?」
「いえいえ、それはもうちっと時間が掛かるみたいなんすけどね。」
小沢より10センチは低かろうADは、すみませんと口に出しながらもちっとも悪びれた様子を見せないで
自分の胸ポケットから半分に折られた紙切れを差し出す。
「なに、これ?」
紙切れを受け取りながらも小沢の困惑した声を井戸田は聞いたが
(今小沢の顔見たら、絶対殴る)という思いから、ただただ目の前の机をじっと見つめた。
相手に心当たりのない小沢の様子を感じ取ったADも、困ったように首をかしげた。
「いえさっきね、廊下ですれ違った人が、小沢さんに渡してくれ〜っていうから」
心当たりないんなら僕がなくしちゃったことにしときますけど、と付け足す。
小沢はうーんと唸ると、
「名前、名乗んなかったの?」
と言いながら紙切れを広げた。その瞬間、小沢の表情が凍る。
「一応訊いたんすけどね、僕も。でもこのメモ渡せば分かるって…小沢さん?」
紙切れを凝視したまま止まってしまった小沢をADが訝しげに呼びかけ無意識に小沢の手元を覗き込もうとするが、
その視線に気が付いた小沢は避けるように紙切れを折りたたむ。
「…ありがとう、知り合いだったよ」
ぎこちなくお礼を言う小沢は井戸田あたりが見たら眉根を寄せてしまうような酷い笑顔だったが、
付き合いの浅いADはその表情に安心した声をだした。
「あぁ〜よかったっス。人違いだったらどうしょうかと思いました」
「本当にありがとう。助かったよ」
再度お礼を言う小沢に、照れたように手をパタパタと振る。
「いいえ、じゃあ僕仕事に戻りますね。また出番の方になりましたら声かけに来ますんで。」
無事仕事を達成したADは、一礼すると音を立てないようにそっと扉を閉めた。
パタンという乾いた音を聞くと、井戸田は待ちかねたように椅子から立ち上がった。
まだまだ小沢に言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。
「小沢さんさぁ、」
「潤」
小沢が通常よりも低い声で井戸田を呼ぶので、負けじと井戸田も身構える。
「分かってると思うけど、」
「ちょっと俺トイレ行って来るね」
「うん、トイレ。ってトイレ?」
素っ頓狂な声を上げながらもその言葉に肩透かしを食らった井戸田は、思わず頷いた。

7219 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 12:26:27


控え室を出ると小沢は部屋の中と廊下との温度差に思わず身震いした。
上着を取りに戻ろうかと考えたが、しかし迷っている時間も
戻った際の井戸田への適当な言い訳も考え付かない。
(耐えられないほど寒いってわけでもないしね)
気を取り直し廊下を歩みだす。
出口へと向かい歩いているうちに気が流行り早足になり、早足が駆け足へと変わる。
足を動かすたびにわき腹が痛んだが、立ち止まる気にはならない。
人の流れに逆らい従いながらも何人か知っている顔を見つけるが、
焦りといらつきのため会釈すら出来なかった。
途中すれ違ったおぎやはぎ矢作がすれ違いざま小沢に声を掛けたが、
しかしあいにくそれに応えている余裕は小沢にはなかった。
ただただ走り続ける。

自動ドアをもどかしげにくぐると、小沢は自然に握り締めていた手をゆっくり開く。
汗ばんでいる手の平には、先ほど渡されたメモ用紙。


昨日の件、誰にも知られたくなければ指定の場所まで。
石のことで相談あり。


一読すると息を吸い込む。
額に浮かんだ汗を服の袖で拭いあせる気持ちを落ち着けると、
控え室に置いてきた井戸田のことが気に掛かったが、小沢はそれを振り切るように駆け出した。

7319 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 12:28:19
今回はここまでです。
次回からもう少し話が動く予定です。

74ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/02/14(月) 12:31:41
>68-72
リアタイ更新キタ!!
やばい、めっちゃ面白くて今何してたか忘れちゃいました(笑)
19さんGJです。
続き楽しみに待ってますね。

7519 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/02/14(月) 12:32:14
あとすみません、やはり連載になりそうです。
なので今回に限りトリップ付けます。

76</b><font color=#FF0000>(arrowTBE)</font><b>:2005/02/14(月) 20:56:54
めっちゃ面白いです!
続き楽しみにしてます!!

77名無しさん:2005/02/16(水) 19:39:40
◆IpnDfUNcJoさんの『灰色』(base編)の続きを、
自分が先を読みたいがためだけに書いてしまい、おまけに、
・まだ出ていない、笑い飯哲夫、ダイアン西澤・津田の能力が思いつかない
・base行った事がなく、イマイチ画を想像できない
等の理由で、完結はおろかバトルに行く前に行き詰ってしまいました(´・ω・`)

人様の作品の続きを勝手に書いている等、問題だらけの代物なので、
ここに投下するのも躊躇しています。

よろしければご意見いただければ幸いです。

78名無しさん:2005/02/17(木) 14:26:57
77>いや、ここなら良いと思いますよ?

7977 </b><font color=#FF0000>(sB4AwhxU)</font><b>:2005/02/18(金) 01:14:54
>78
何でもあり小説投下スレが出来たので、
そのうちそちらに投下させていただくことにしました。レスどうもです。

8077 </b><font color=#FF0000>(sB4AwhxU)</font><b>:2005/02/18(金) 01:38:04
トリップ変えます

8177:2005/02/18(金) 01:42:28
あれ…よくわからん事なんかするもんじゃないですねorz

82名無しさん:2005/02/18(金) 05:09:25
>>77
他の作者さんの話の続きは此処でいいと思います。
廃棄スレッドなので良し悪しもあまり気にする必要はありません。
只でさえ進みがゆっくりなのですから、そんなにスレッド立てても利用しきれませんし。



他の作者さんの作品の続きを勝手に書いてみたり、
パロディ小説を書いてみた場合は此方に投下する事にしては如何でしょうか。

83</b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/18(金) 18:20:42
かなり前に品庄話を書いていた者なのですが、
話の続きをここに投下しても良いですか?
(本スレはシャロンさんが書いていらっしゃるようなので)

84名無しさん:2005/02/18(金) 22:15:34
>>83
此処か、または番外編や短編としてなら本スレにも投下できると思いますよ。

85名無しさん:2005/02/19(土) 13:34:18
先に書いていたのはI3kW9CIAさんですから、本編として本スレに落としてもいい気ガス。
シャロンさんは無許可で書いたのかな?

86名無しさん:2005/02/19(土) 21:45:20
そういえば、シャロンさんはいきなりでしたね。

87シャロン </b><font color=#FF0000>(71qVmjiU)</font><b>:2005/02/20(日) 00:42:00
一応、事前に「以前ペナの出てきた話を書いていた方は・・・」のようにお聞きしたのですが・・・。
I3kW9CIAさんがもう一度書きたいと仰るなら、こちらを番外編にしていただいて構いません。

88シャロン </b><font color=#FF0000>(LwUQlNuI)</font><b>:2005/02/20(日) 00:43:48
すいません、PC買い換えたんでトリップがわからなくなってしまいました・・・。
これ以降、こちらのトリップでお願いします、

89</b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/20(日) 13:39:27
>シャロンさん
私が今あの話を完全に完結できるかどうか分かりませんし、
品庄以外の芸人さんの小説を書くかもしれないので、
こちらの作品の方を番外編とさせてください。

9077 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:26:13
トリップ変えました。
なんでもありスレが削除となったりしたので、こちらに投下させていただきます。
82さんアドバイスありがとうございます。

次の作品は◆IpnDfUNcJoさんの『灰色』(base編)の続きですが、
あくまで「勝手に書いたもの」です。
了解をいただいたわけでもないのに投下することをお許し下さい。

9177 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:27:25

脚力を高める石の力を使って先を急ごうとする大吾を、ノブは懸命に留めつつ、
そのうちに劇場の扉が見えてくる。
感情のままに突っ走ろうとする大吾を、ノブは久しぶりに見た。
先ほどの西田とのやり取りで、大吾はかなりショックを受けたようだった。
ノブは、性根が大らかなせいか、大吾ほどの拒否反応は起こらなかったが、
大吾の反応はこれまでの笑い飯との付き合いを思えば当然だろう。
しかしノブとてこれからの事を思うと、心中は鈍い色の雲が立ち込めているように重く苦しかった。

ふと少し斜め前の西澤を見れば、先ほどから何度も走らされているせいか、幾分疲れた顔。
しかし相変わらずの無表情であったので、(相方の事心配しとるんか)と思えるほどだった。
劇場に向かうことを促したのも大吾だし、特に必死に走るわけでもない。
西澤はただ大吾に追随しているといった感じだった。

劇場のドアは開いていた。まるでもう戻れない所への入口のように、3人には感じられた。
中に津田と笑い飯がいる事は分かっている。
3人ともはどこか意を決したように、中へ足を踏み入れた。
目に入ったのは普段と変わぬ様子の笑い飯と、傍らには、捕らわれいかにも不安顔な津田。
「おお、みんな。」哲夫はこちらを向くと親戚の叔父さんのように手招きをした。
「よぅ来たな。」同様に親しげに挨拶する西田。
先程の操られた芸人らとは明らかに違う笑い飯の様子に、違和感を覚えたのはノブだけではないはずだ。

9277 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:28:11

「先に話、聞かしてもらってもいいですか?」すぐに本題に入ろうとする大吾。
「ええよ。」喧嘩腰の大吾に哲夫は意外なほど素直に応じた。
「なんでアンタらは人の石を奪おうとするんですか。」大吾の口調は刺々しい。
「それが一番聞きたいことやと思てたわ。俺らは石の争いに乗ったんよ。理由はそれだけやね。」
哲夫は普段のようにあっけらかんとしたものだ。
「今日はダイアンの石だけを貰うはずやったけど。せっかくやから千鳥の石も欲しいね。」
哲夫は付け足して言う。
「ホンマは千鳥も誘おうと思てたんやけど無理みたいやな。」
西田は千鳥を値踏みしているかのような目で見た。

ノブの横目には、段々険しくなっていく大吾の表情。
笑い飯の言葉は、大吾にはどのように捉らえられたのだろうか。
「大吾、これはなゲームみたいなもんや。割り切っていこうぜ。」
不機嫌な大吾に、西田はその場に似つかわしくない明るい声を放つ。
「なんで笑い飯がこんなことするん?笑い飯はそんなんやないやろ。」
大吾は耐え切れないといった風に声を大きくした。

「大吾の言う通りや。そんなまでして石が欲しいか?」ノブも続いた。
何で笑い飯が?2人をよく知る千鳥だからこそ、その思いは強い。
「笑い飯なら石なんか必要ないやろ。」ノブは更に続けた。
しかし、次の哲夫から投げかけられた問いにノブは黙った。

9377 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:28:52
「ホンマにそう思う?ノブ?」哲夫の思わぬ問い。
「…。」その問いのトーンはいつもの哲夫より低く、ノブの思考は一瞬妙な感情に囚われる。
しかしノブの脳が働きだす前に、西田に追い討ちをかけられる。
「ノブ、お前のその石があったら、どんなこと出来るか分からんか?」
西田の口調はまるで、小学校の先生が聞き分けのない生徒を諭しているかのようだ。
しかし、言っている事は悪魔の誘惑のようにノブの脳裏をえぐった。
「…。」西田の言葉にノブは大きい事小さい事色々思い浮かべたが、
1つあってはならないことが浮かんだ。
それは芸人としてあるまじき行為だった。
思いついた事が憂鬱で、曖昧な顔でいることしか出来ない。
「例えば…」黙ったままのノブを尻目に、哲夫が口を開いた。
「人を笑わせたりとかね。」例えば…と言う割にいきなりノブの図星を付く哲夫。

「そんなん、絶対あかんやろ!」大きく心臓が鳴るのが分かった。
自分がそんな事を少しでも考えていたと認めたくもないし、大吾やダイアンにも思われたくない。
その思いがノブに大声を出させたのだろうか。
「その他にも、吉本の社員さんになんやかんやしたりね。その石なら色々出来るよ。」
哲夫の口調は相変わらず軽々しい。
「ノブの石は「お前ら笑え」言うたら笑うんやろ?ええ石やないか。」哲夫は言った。
「最悪や。」大吾は吐き捨てるように呟いた。

9477 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:29:34

「でもな、俺らかて石なんか使いたくないよ。」と西田。
「けどもう良い石持ってないとアカンようになってんねん。」
西田は諦め半分といったような顔をしていた。
「アカンってどういうことやねん。」
ノブには西田の言っている事が曖昧すぎてよく分からなかった。
「だからってな!…」
一方で急に大声を出す大吾。そちらを向くと大吾は何かに気付いているようだった。
しかし、続く言葉は哲夫に遮られた。
「言いたい事は分かるよ。大吾。でもな、俺らがなんぼ他よりおもろくてもな、
石がない限りはアカンよ。」
返ってきたのは石の虜になったかのような哲夫の言葉とどこか冷たさのある目。

「ノブ」西田が口を開く。
「ノブの思てる程、周りで石を仕事に使てる奴は多いんやで。」
話に着いていけてない感のあるノブに西田は告げた。
その瞬間ノブは自分が少し天を仰いだような気がした。
仕事で石の力を使っている奴がいる。西田が告げたその事実は衝撃的だった。
しかし、どこかそれを既に知っていたような自分がいる。
(あって欲しくなかった)そう心の中で呟いた。
石を使って客を笑わせるような者に芸人である資格があるわけがない。
力の石が自分たちを巻き込み、急激に周りを変化させているのを感じた。
呆然とした様子のノブに言うともなしに西田は呟いた。
「石の力には誰も逆らえへん。」
「だから石が欲しい。」静かなbaseに西田の声だけが響く。

9577 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:30:51

ほんの少し沈黙が流れ、しばらく黙っていた大吾が静かに口を開いた。
「ていうかな、笑い飯がそんなになってしまったら、終わりや。」
意外にも口調は冷静だった。しかしノブには大吾の怒りや悔しさが伝わってくる。
ノブの思いも同じだった。
笑い飯が地力ではい上がってきたのは千鳥が一番知っている。長い間近くにいたのだから。
今更、石に頼ろうとするなんて、頭がおかしくなったとしか考えられなかった。
「ワシらだけは石なんぞ使わんでもやってみせるわ!目ぇ覚ませ、笑い飯。」
大吾は強く言った。
単なる仕事の後輩でも、年下の友達でもない、それなりの関係がある。
だから大吾の言葉には力があった。

しかし
「お前らこそ目ぇ覚ませ。もう石ない芸人は舞台にも立てなくなるで。」
大吾の思いは届かない。
石が芸人にとって絶対必要な物であるかのように、大吾の言葉を軽く撥ね付ける西田がいた。
「俺らはただ身を守るために石を奪うだけやし、逆に奪われたら取り返すだけや。何がいけない?」
「お前らは今自分がしとることが分からんのか!」
大吾は怒鳴った。周囲を平気で傷つけようとする、その行為がいけないと何故気付かないのか。
「え。さっき言うたやん。」
全然分からない、とでも言いたげな西田に、明らかに失望の顔色を浮かべる大吾。
2人は変わってしまった。出会ってからの数年間がノブの頭を過ぎった。
石の力が2人を変えたのか、それとも…。

9677 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:31:46
「さて、そろそろエエ時間やけど、西澤はどうするの?千鳥は石渡す気は全然無いみたいやけど。」
いけしゃあしゃあと言葉を紡ぐ哲夫を千鳥は睨んだ。
「封印してもらったらええんや。白のなんとかに!」
ノブは苦し紛れに藁にもすがりたい気持ちで、噂で聞いた程度の白のユニットのことを叫んだ。
「甘いわ。みんな芸人や。同じこと考えてるに決まってるわ。」軽く一蹴する哲夫。
しかしその時、哲夫の表情が少し歪んだことに気付いた者はいなかった。

「…1つだけ分からんことがあるんですが。」相変わらずの表情で西澤は疑問を投げかける。
「ん、何?」と哲夫。
「どうして俺らやったんですか?」
「石やて。」津田が西澤に言ったが、哲夫は無視する。
「baseの中なら誰でも良かった。」クソ真面目に言う哲夫。
「犯人みたいに言うな。」小声でツッコむ津田とノブ。
「でも反省はしていない。」西田の声が皆の脳に直接響いた。
アホな事に力使うな、津田とノブは怒りゆえにそう思うに留めたが、哲夫だけは笑った。
「まぁ誰でも良かったわけでもないけどね。結構インパクトあったやろ。」
哲夫は少し楽しそうに言った。
「これでこの辺の石を持ってる芸人は俺らに興味持つはずや。」
西田も少し声を弾ませている。
「さて、どうするの西澤?」哲夫は問いかけた。

9777 </b><font color=#FF0000>(IbsntW6M)</font><b>:2005/02/21(月) 01:37:27
以上です

能力の設定を考えるのが苦手なので、この続きを書くことができず行き詰ってしまいました。
ややこしいものを投下してしまい申し訳ないです。
読んで下さった方がおりましたら、付き合っていただきありがとうございました。

98名無しさん:2005/02/21(月) 02:57:56
>77様
乙です。意思のすれ違いが切ないですね…よかったです。

所で、当方も作品を投下したいのですがいくつか問題があります。
まだ作品は投下されていないものの、構想中かもしれない方の
使用芸人、石が被るのです。
話自体は本筋に食い込まない、しかもかなりあっさりした話なのですが、
廃棄とはいえこのようなものは大丈夫でしょうか?被ったのは偶然なのですが…。

99“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 02:59:08
ええと、以下の話は本スレにいきなり投下するには無茶が多いので
これらが大丈夫かどうか一度こちらに投下します。

無茶な点
・小沢さんがトリップしている
・さまぁ〜ず(この話の中ではバカルディ)が2人とも白寄りである
・10年近く前から白と黒の戦いは密かに続いていた

一つ目は話の展開上しょうがないのですが、二つ目と三つ目は他の方の
話にも影響するかなと思いまして。
念のためにこのような方法を使わせてもらいました。御了承下さい。
これで特に問題がないようでしたら、後で本スレの方に改めて投下します。

100“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:00:57
本スレ>>20-26 の続き

どこか濃厚で、それでいて暖かい金色の光。
それはライブの終わりに舞台に現れた時、浴びせられるライトや客席からの満足げな視線に似ていて。
ネタを演って疲れた身体や心を癒やし、次への励みを与えてくれるそれらのような光は
芸人達をしばし包み込んだ後、ゆっくりと薄れていった。

「・・・赤岡っ!」
やがて視界が元通りになっても、まだ少し感じる余韻を破るかのように上がったのは、島田の声。
彼の目前の床の上には、キョトンとした様子で座り込んでいる、黒い髪の長身の男がいて。
「何だよ、この・・・馬鹿ぁっ!」
よろよろと力なく歩み寄り、床にひざをついて。
どこか叱責するような声と共に島田は男に・・・赤岡に腕を伸ばしてしがみ付いた。
その細い腕は空を切る事なく、しっかりと赤岡の身体を捉える。
「余計な手間・・・掛けさせやがって・・・・・・」
「・・・・・・悪い。」
しばし島田の行動の意図が掴めなかったのか、不思議そうな表情を浮かべていた赤岡だったが
フッと口元に笑みを浮かべ、そう島田に応じてみせた。
「でも、ああしなきゃ、お前の事・・・助けられないと思ったから。」

あの時、落下してくる鉄骨を避ける事自体は赤岡にとってそう難しい事ではなかった。
しかし、鉄骨と一緒に島田も降ってきていた以上、彼を受け止めて逃げようとすれば
どうしても間に合わなくなる。
黒珊瑚のポルターガイスト能力でも、さすがに空中の島田を動かす事まではできない。
ならば。
虫入り珊瑚で島田の落下の軌道を変え、己の残りの存在をかき消して鉄骨を回避すれば。

「俺が助かっても、お前が消えたら意味ないだろ・・・本当に・・・。」
赤岡にしがみ付いていた腕を放し、その頭に軽く拳骨を見舞って島田が憮然と赤岡に告げる。
「その点では・・・まぁ・・・信頼してましたから。」
島田と、そして小沢の事を。そんな言葉の最後の方は口にせず、赤岡は視線をもたげて小沢の方へ向けた。
虫入り琥珀の力が通じなかった小沢なら、何とかして自分を消滅から救うだろうと。
都合の良い信頼ではあるが、実際にこの人はそれに応じてみせた訳で。

「小沢さん・・・?」
淡い青緑の光をこぼすアパタイトを手に、じっと佇む小沢に赤岡は声を掛けた。
「・・・・・・・・・・・・。」
小沢は、答えない。
焦点のあっていない瞳を虫入り琥珀に向けたまま。
「・・・小沢さん?」
島田も小沢に呼び掛ける。それでも、小沢はピクリともしない。
「小沢さんってば!」
再度呼び掛けた島田の声の調子に、3人から少し離れた位置にいた井戸田と江戸むらさきの2人も
何か異常があった事を察して駆け寄ってきた。

「小沢さんっ!」
井戸田が呼び掛ける声にも、小沢は虫入り琥珀にアパタイトの力をぶつけた時と同じ姿勢のまま、
まるで彫像のように身動き一つ取りはしなかった。

101“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:02:11
アパタイトの力を虫入り琥珀に対して行使した、その時。
小沢は貧血を起こした時のような全身の力が抜ける感覚に襲われ、視界も不意に白く染まってしまった。
それからどれだけ時間が経ったのかはわからないながらも、目の前を覆う白い幕のようなもやが晴れて
次に小沢の前に広がっていたのは、青い空と風にそよぐ緑だった。
・・・ここは、どこ? それに、みんなは?
先ほどまで自分が立っていた廃工場とは異なる、どこかの公園とおぼしいのどかな光景に
そして井戸田や島田、江戸むらさきの2人の姿が辺りに見られない事に、当然のように小沢は戸惑う。

・・・あと、これは一体?
もう一つ彼を戸惑わせたのは、そんなのどかな公園には似合わない不穏な気配を漂わせながら
小沢の目の前で2人の青年を取り囲む若者達の姿だった。
これは昼間に再放送されている昔の2時間サスペンスかと思うほどに、彼らの洋服や髪型などのセンスが
揃いも揃って4〜5年近く昔のそれである事に小沢は何とも言えない違和感を感じる。

「あ、あのー・・・・・・」
手をあげで恐る恐る小沢は若者達に訊ねようとするけれど、掠れた小沢の声は彼らの耳に届かなかったらしい。
それ以前に、若者達はすぐ側に現れたにも関わらず、小沢には気付いてもいない様子で。
ただすぐ前にいる2人組の方にのみ、目を向け意識を向けているようだった。

「ようやく追い詰めたぞ・・・いい加減に大人しく、例の石・・・虫入り琥珀を渡して貰おうか。」
「・・・・・・えっ?」
若者達のリーダー格とおぼしい男が、2人組に告げる。
その内容もさることながら、男の声に聞き覚えがあり、小沢は小さく驚きの言葉を漏らした。
・・・確かこの人、3年前に芸人辞めて実家を継いだんじゃなかったっけ?
しかし男や若者達が発するオーラは黒のユニットの芸人達独特の澱んだモノ。
一般人には発する事など出来ない物であろう。

「・・・申し訳ありませんが、お断りいたします。」
どうにも状況が理解できない小沢の耳に、若者達が作る輪の中から凛とした良く通る声が届いた。
「と、言いますか。あなた方黒の側の人間に渡す石など、当方には一つもございません。」
この声にも小沢は聞き覚えがある。ただ、少し記憶にある声よりも不遜な若さが感じられるけれど。

「お断りだァ?」
もしかして・・・と小沢が頭の中で仮定を組み上げている最中、リーダー格の男が素っ頓狂な声を上げた。
「馬鹿か? この状況で・・・・・・素直にこっちに噂の虫入り琥珀さえ渡してくれりゃ、
 お前だって顔をボコボコに腫れされて収録現場に行かなくても済むんだぜ?」
なぁ、西園寺 守クンよ?

・・・やっぱりか。
ドラマの役名で名を呼ばれ、憮然と眉をしかめて見せた2人組の片方の顔が若者達の隙間から見えて、
小沢は己の仮定に根拠が与えられたように思え、声にならない呟きを漏らした。
彼は、アリtoキリギリスの石井 正則。ならば彼の傍らでオロオロする青年は相方の石塚 義之だろうか。
彼らもまた若者達同様に一昔前の格好をしているようで、一番最近に小沢が見た彼らとは
別人かと思うほどの垢抜けなさ。

しかし、ここではその格好が正しいのだろう。
どういう原理かはわからないが、多分小沢が今見ている光景は、かつてどこかで起こった出来事。
虫入り琥珀が吸い込み、己の内側に溜め込んだ誰かの記憶の欠片。
現在盛り上がっているとされるお笑いブームの前に、激しく燃え上がったお笑いバブルの時代にも、
石とそれを巡る戦いが存在していたところで、決しておかしい話ではない。
それ故に、異物である小沢の声は若者達には届かず、その姿も彼らの視界に入る事もなく。

102“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:03:16
「どーすんだよ、何か・・・アテでもあるのかよ!」
どっしりと構えた石井とは裏腹に、石塚は顔を青ざめさせながら彼に問うた。
「石井さん、もう結構石を使っちまってンだろ? これ以上長い事あの力は使わせられねぇし・・・
それに、俺の預かったあの石は光りもしねーし・・・。」
「・・・馬鹿っ、よりによって相手の前で暴露するな!」
動転する余りだろうか、それとも天然だからだろうか。
石塚が発する言葉に本来ボケである筈の石井がツッコミの叱責を入れる。
けれど一度口をついた言葉は簡単に訂正できるはずもなく。リーダー格の男の口元に笑みが浮かんだ。

「ふぅん・・・何げに窮地なんだな。お前ら。」
「まぁ、やってみないと・・・わからないと思いますが?」
身長差から見下ろされる形になるリーダー格の男の視線を、真っ向から睨み返して石井は男に告げる。
石井のシャツの胸ポケットの中で何かの石が輝き始める気配を感じ、傍観するしかできない立場の小沢も
その表情を自然と引き締めていく。

「お前ら、やっちま・・・・・・」
周囲の虚ろな目をした若者達に、リーダー格の男が指示を出そうとした、その時。
カッと上空に蒼い稲光が煌めき、走る。
光に遅れるようにバリバリと音も轟き、リーダー格の男の言葉は驚きから途中で止まってしまった。

「あれは・・・しめた、石塚くん!」
思わず小沢が見上げた空は相変わらず青く晴れ渡っていて、稲光が輝くような状態ではない。
青天の霹靂という言葉もあるけれど、これは一体・・・そう小沢が思考する傍らで、石井は石塚に呼び掛ける。
「あ、はいっ!」
素早く呼びかけに応じ、重心を下げた小さな石井の背中に石塚が強引にしがみ付くと
石井は低い体勢のまま目の前に若者がいるにも構わず走り出した。

「お・・・お前らやっちまえ!」
改めて発されるリーダー格の男の指示で、虚ろな目をした若者達が一斉に動き出す。
しかし、最初の一歩でスピードに乗った石井は石塚を背負ったまま若者の一人に突っ込んでいった。
彼が胸ポケットの中に持つ石は、ルチルクォーツ。
己の身体に人間離れした・・・ロボット並のパワーと強度を持たせるその力を用いての体当たりに
若者はくの字に身体を折り曲げつつ跳ね飛ばされ、数秒宙に浮いた後に背中から地面に叩き付けられる。

ぐぇっと若者の口からうめき声が漏れた頃には、石井と石塚は若者達の囲いから完全に脱出できていた。
「ちっ、逃がすな!」
長時間石を維持できないのか、背中から石塚を降ろし、一緒に走って遠ざかろうとする石井達を追うよう、
リーダー格の男は若者達に命令を下すけれど。
再び蒼い稲光が空を走り、若者達の進路を塞ぐように降り注いでくる。

「・・・また、だ。」
こんな良い天気に2度も雷が・・・しかもアリキリの2人を援護するように降ってくるなんて事は
通常ならば有り得ない。
ならば・・・これも、誰かの石の力なのか?

103“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:04:02
そんな小沢の疑問に応じるように、石井が逃げた方向とは違う道から息を切らせて駆けつけてくる
2人組の男の姿が見えた。
片方の男の右手に稲光と同じ蒼い光を放つ石が見え、目論見通りに石井達を逃がす事が出来たと
彼らも察したか、その表情は明るい。

「ちっ・・・お前ら、引き上げるぞ!」
2人対大勢の構図はそのままだけれど、若者達の狙う石は石井達の手にあるモノであり、
遅れてきた彼らが持つそれではないという事なのだろうか。
リーダー格の男が舌打ちと共に若者達に指示を出せば、地面に転がってまだ唸っている男を除いて
彼らは一斉に逃走を開始する。

「ま、待てって!」
まさか駆けつけた途端に相手に逃げられるとは思わなかったようで、援軍にやってきた男の片方が
ハッと表情を強張らせると間の抜けた声を上げた。
コラー! と慌てて若者達を追いかけていく2人の妙な微笑ましさに小沢は苦笑するも
また全身の力が抜けるような感覚が襲ってきて。
小沢の視界がぐにゃりと歪むと、次の瞬間には彼は公園とは異なる場所にポツンと立っていた。





今度は最初の廃工場に似た、薄暗い倉庫のような場所。
みっしりとベニヤ板などの木材で作られた何かが・・・いや、これはセットのパーツだ・・・が収められている。
・・・じゃあ、ここはどこかのTV局か・・・スタジオ?
滅多に足を踏み入れない場所故に、興味深く思えてキョロキョロと周りを見回す小沢の耳に。
不意にがなるような、それで居てどこか切羽詰まった叫び声が届いた。

「・・・・・・・・・!」
声と同時に石の放つ気配が伝わってきて、小沢は気配を感じた方へと走り出す。
「先端が尖った・・・あの・・・その・・・タケノコかっ!」
再び聞こえた切羽詰まった声。聞き覚えのある・・・というよりも他に間違えようのない声に、
小沢はこの人もまた石の使い手だったのかと驚きを覚えるが。
セットのパーツの隙間をかいくぐるようにして小沢が視界が開ける場所に出た、瞬間。
その視界を淡い光を帯びたタケノコが弾丸のように横切っていって、再び小沢を驚かせた。

タケノコから視線を外し、声の主の方を見れば。
そこにいたのはやはり垢抜けない、若いさまぁ〜ず・・・いや、この頃ならバカルディの2人。
身構えている三村の一歩後ろに腕を組んだ大竹が立ち、彼らの前にいる男と対峙している様子だった。

「タケノコ風情じゃ・・・いくら何でも倒せへんよ?」
「うるっさいっ!」
輝くタケノコ弾丸を軽々と避け、余裕ありげに笑う男に三村が怒鳴り返す。
「つか、そもそもお前の振りがおかしい! 何だよタケノコって!」
「・・・お、俺?」
急に三村に振り向かれて大竹が困ったように声を上げた。
「しょうがねぇだろ、変に荒らしたら大道具の奴に怒られるし。」
「関係ねぇよ。どーせ、もうほとんど必要な分はお台場に移動してるって。」
あとは建物ごと解体して、お終いじゃん?
そうどこか気楽な調子で大竹に告げる三村の言葉に、小沢の思考はしばし混乱する。
・・・もしかして、ここはお台場に移る前のフジテレビの旧社屋?
だとしたら、一体石を巡る戦いはどのぐらい昔から存在していたというのだろうか。

104“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:05:02
「せやけど・・・ホンマ、お前達って、若いな。」
そんな小沢には構わず、男は一つ息を吐き、おもむろに着ていたジャケットを脱いだ。
はらりとジャケットを投げ捨てる男の首元には、濃い茶色の紋様が入った黄土色がかった乳白色の石が
幾つも繋がれたチョーカーが揺れている。
「どういう事だよ・・・。」
「冷静に考えてみぃ。黒が白を駆逐し・・・あれが復活したとしても、や。」
ピクッと反応する三村に告げる男の持つ、豹の毛皮を思わせるその石は、レオパードスキン。
レオパードスキンジャスパーとも呼ばれるジャスパーの一種である。
もっとも、その輝きはどこか澱んでいて、負の感情に満ちているように小沢には感じられた。
「別にそれで日本が・・・世界が滅びてしまう訳やない。ライブはいつものように行われるやろし、
 それはバラエティー番組かて同じや。何も・・・変わったりせぇへんねんで?」
それやったら、白と黒でいがみ合ってもナンセンスなだけやないか。

「・・・・・・・・・。」
「三村、下がれ。」
そもそも、お前達は何故白の側についとんのや? そう問いかけてくる男の言葉に、
三村は即座に何も言い返す事が出来ない。
けれどその最中にも男の石が輝きを帯び始めたのを見て取り、大竹が前方に立つ三村に囁きかけた。
「・・・お、おう。」
穏やかな中にも真剣な色合いの混じった大竹の言葉に、三村は素直に頷いて後ろに下がる。
その間にも男の石は輝きを増して。

「シャアアアアアア!」
それがある程度まで達すれば、男は先ほどまでの態度はどこへやら、奇声を発しながら
2人の方へと飛びかかってきた。
殴る、ではなく引っ掻こうとする男の手の爪は、いつの間にか鋭い物に変わっており、
男の動き自体も普通の人間のそれを上回る、どこか猫科の猛獣を思わせる力強い物で。
よく見れば男の体付きも少しずつ変容しているようでもあった。露出した顔や首元、手などに
フワッと豹紋が浮かび上がってきている。

「これは・・・獣化?」
豹肌の石だけに、闇のパープルアイですかと小沢が呟く目前で、男の腕が振り下ろされた。
特にその場から逃げようとしない2人に爪が直撃する・・・その寸前。
「・・・・・・・・・!」
男の爪が、虚空で止まる。
しかしそれは、腕の動きが阻害されたというよりも、男と2人の間に不可視の壁があって
それ以上腕を降ろせない・・・そんな様子に見える。
「しっかし、何でこの石がよりによってこんなオッサンに・・・。」
もっとこういう石は若い女芸人が持つべきだろう、と後世のセクハラ男の片鱗を覗かせつつ
大竹は腕を組んだまま面白くなさそうに呟く。

彼が手の中に握り込んでいる星の形に光を反射するその黒い石は、その名もずばりブラックスター。
石の輝きに反応するように、2人の回りを淡い光が覆っていて。男の爪は光に遮られて
それ以上2人の方へ動かす事ができないようだった。
己の腕から伝わる手応えに、男は目を見開くとすかさず腕を引いて今度は横薙ぎに引っ掻こうとするけれど。
やはり今度の攻撃も2人に届く事はない。

105“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:05:57
「俺の『世界』は簡単には崩せませんよ。」
これで飯喰ってる訳ですし、とフッとその口元に自信に満ちた笑みが浮かんだかと思えば、
大竹は組んでいた腕を解き、ズボンの後ろポケットからもう一つ、石を取り出してみせた。

「・・・・・・あれは・・・っ!」
その石が蜂蜜色の輝きを放つ虫入り琥珀だと小沢が気付いた瞬間、石から光を帯びたエネルギー波が放たれて。
至近距離からのそれを避けられるはずもなく、直撃を受けた豹男は数mほど吹っ飛ばされ、
何かうっすらと記憶に残っている古いバラエティ番組のセットに激突した。

「大竹・・・お前、その石・・・っ!」
ブワッと埃がまき上がる中で集中力が切れたのか、男の皮膚に浮かんでいた豹紋が消え、変身が解ける。
けれどそんな事よりもまず、三村は切り札を安易に使った大竹に突っかかっていた。
「勝手に持ち出して使うなってマネージャーにも言われてただろ!」
「別に1回ぐらいなら大丈夫だろ。ケチケチするな。」
「そういう問題じゃ・・・っ」
自分と三村の周囲に張ったブラックスターの力を解除し、豹男に向けた態度が嘘のようにへ
らっと無責任げに笑う大竹に対し、更に言葉を重ねようとする三村だったけれど。
バキッとベニヤ板が割れる音が上がって、すぐに表情を変えて男の方を向いた。

「少し・・・お前達の力を侮っとったみたいやな・・・。」
獣化の影響で肉体強化も施されているのか、男の虫入り琥珀によるダメージは
それほど重いモノではなかったようだ。
ゆっくりと立ち上がり、クックと笑いながら男は首元のチョーカーに意識を集中させていく。
皮膚に再び浮かび上がる豹紋は色濃く、今度は身体も大幅に変容していく。
漫画やゲームなどで見られる半人半獣の如き姿は、なかなかに脅威であろうけれど。

「お前は特撮の悪役かっ! 怪奇、豹柄男!」
さっさと倒れろ! と怒鳴る三村に呼応して彼の石であるフローライトが輝きを放ち、
どこからともなく黒地に白で模様の入った全身タイツを着用したマネキン人形が高速で飛来してくると、
変身途中で回避行動を取る暇のない男の鳩尾に直撃した。

どうやらこれがとどめとなったようで、レオパードスキンの男はまたその場に倒れ込み、気を失う。
場に満ちていた緊迫した空気と石の気配は今度こそ薄れ去っていくようで。


「・・・ったく、手間掛けさせやがって。なぁ。」
「・・・・・・・・・。」
安堵の吐息を一つつき、大竹に告げる三村であったが、当の大竹は何も喋らない。
ブラックスターの維持で精神力を消費し、疲労しているだろうていた事を差し置いても、
何か物憂げな大竹の態度に三村は一瞬キョトンとした表情を浮かべてから。
「まさかお前、あいつの言ってる事・・・真に受けてるんじゃねーだろうな?」
「・・・・・・いや。ただ疲れただけ。」
軽く眉をしかめつつ訊ねる言葉に、大竹は軽く首を横に振って、そう応じて見せた。

「そう。なら良いンだけどさ。」
この男がそう言うなら、そうなのだろう。
そんな妙な納得の仕方で疑問をぬぐい去り、三村はレオパードスキンの男の方を見やった。
「とりあえず石は没収して・・・さっさとずらかろうか。」
「・・・だな。」
いつまた男が目を覚ますかわからないし、部外者が入ってきて面倒な事になる可能性もある。
長居は無用、と大竹の同意を得た事で三村は男から石を回収しようと駆け寄っていく。

「・・・別に、世界の平和を護るために戦っている訳じゃねぇし。」
そんな三村の後ろ姿を眺めながら、不意にボソッと大竹の口から呟きが漏れた。
黒側が主流になれば、白側や元白側だった芸人が不遇に陥る事はあるだろうが、
だからといって一般の人々にはそれほど大きな影響は与えないだろう。
それでも何故、戦うのかと言われれば。
「問題は白とか黒とかじゃなくて・・・単に相手に屈するのが、厭なだけだし。」
そういう事ではまだ若いんだろぉなぁ・・・俺ら。
そう続け、溜息を付く彼の言葉は男からの問いへの彼なりの答えであろうか。

「・・・・・・・・・。」
白き石の使い手の先駆者が発した言葉を、真剣な表情で聞き入っていた小沢であったけれど。、
一通りの出来事の再生が終わった為か、その視界はまた歪み始め、全身の感覚は薄れていく。

虫入り琥珀が次にどこへ小沢を誘い、何を見せようとしているのかはわからないけれど。
・・・赤岡くんの記憶を掴まえて、琥珀の外に引っぱり出すためならば。何が来ても、見届けてみせる。
もしかしたらこのまま琥珀の見せる世界から脱出できなくなるのでは・・・という怖れを押さえ込んで
小沢は改めて意志を固め、おぼろげな感覚ながら両手をグッと握りしめた。

106“Black Coral & White Coral” </b><font color=#FF0000>(t663D/rE)</font><b>:2005/02/21(月) 03:24:51
 大竹一樹(バカルディorさまぁ〜ず)
石:ブラックスター(星形の輝きが浮かぶ黒色のダイオプサイト(透輝石))
理性や知性を表し、冷静で理性的でいられるよう導く。
能力:自分ひとり、もしくは自分と許可された人間数人だけが入れる「大竹ワールド」を出現させる。
相方の三村はこの空間に出入り自由で許可も必要としないが、それ以外の人間は大竹本人による許可が必要。
ある種のバリアーのようなもので、外部からの攻撃はこの空間内に届かない。
条件:三村以外の人間は大竹の許可を得た上、「やってんの?」という
のれんをもちあげる仕種とともに空間内に入らねばならない。
入る人数が多ければ多いほど持続は困難。極端に使える時間が短くなる。
三村と2人の場合、もっとも長い時間持続させることができる。
また、内部からの攻撃には防御不可能なため、許可を与えた人間が内部で攻撃を開始すると弱い。

 三村マサカズ(バカルディorさまぁ〜ず)
石:フローライト(螢石)
集中力を高め意識をより高いレベルへ引き上げる、思考力を高める
能力:ツッコミを入れたもの、もしくはツッコミの中に出てきたものを敵に向かって高速ですっ飛ばす。
(例1)皿に「白い!」とツッコんだ場合、皿が飛ぶ。
(例2)相方の「ブタみてェな〜(云々」などの言葉に対し「ブタかよ!」とツッコんだ場合、ブタが飛ぶ。
条件:その場にあるものにツッコむ場合はそれほど体力を使わないが、
人の言葉に対してツッコむ場合は言い回しが複雑なほど体力を使う。
また、相方の言葉に対してツッコむ場合より、他の人間に対してツッコむ場合の方が体力を使うため、回数が減る。
ツッコミを噛むとモノの飛ぶ方向がめちゃくちゃになる。ツッコミのテンションによってモノの飛ぶ速度は変わる。
飛ぶものの重さはあまり本人の体力とは関係ないが、建物や極端に重いものは飛ばせない。

 石井正則(アリtoキリギリス)
石:ルチルクォーツ (針入り水晶)←肉体、精神の強化
能力:石を使うことで体がロボット並みのパワーと強度をもつようになる
条件:石を使った後は異常にのどが渇き、全身がガタガタと震えて自由が利かなくなる。
水を飲まないと回復しない。

 石塚義之(アリtoキリギリス)
石:虫入り琥珀
能力:不明。発動せず。

 アリキリの援護に来た男
石:インディゴライト(青いトルマリン)
能力:どこからともなく落雷を起こす。雷を石で受け止めて蓄電・放電させる事も可能。
雷の威力は強くても相手が気絶する程度。
条件:屋根のある場所で落雷は使えない。

 バカルディを襲った男
石:レオパードスキン(豹柄の模様を持つジャスパーの一種)
能力:豹への獣化を伴う肉体強化。
条件:獣のパーセンテージが増えるのに比例して、思考も動物並になる。

石・能力説明はこんなところで。
もしかしたら電撃系は誰かと被るかもですが、時間軸が違いますし大目に見て下さいw

107名無しさん:2005/02/22(火) 02:08:14
おお、いつもながら上手いですね〜、面白いです。
これで一時期バカルディに仕事が来なくなってしまうんでしょうかね…
次はどんな場面になるのか気になります。

自分的には本スレに投下しても問題ないと思いますよ。

108名無しさん:2005/02/22(火) 02:30:49
>t663D/rEさま
石の能力スレにアリキリの設定を投下した者です。
使ってくださってありがとうございました。
冷静な石井とパニクっている石塚の対比が面白かったです。

109Monsters </b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/22(火) 19:45:08

品庄編の続きです。
黒ユニット、白ユニットとはちょっと話がズレるので、
番外編だと思って下さい。

110Monsters </b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/22(火) 19:46:28

雨が降っていた。
空には雲ひとつなくまっさらな蒼いシーツのように広がり
太陽は相変わらずその上へ尊大に寝転がっている。
奇妙だと、思う事はなかった。
奇跡を起こす男がこの町にいることを知っていたから。

「おじゃまします」
硬質なドアノブを回し、中に入る。
視界いっぱいの霧は一つのトラップだった。一歩間違えると電流が流れるらしい。
教えてもらった通りの手順でリビングまで向かう。
会うのって、久しぶりな気がする。
ある日、ここの家主は長期休暇を発表した。
あまりにも突然の事態で、マネージャーも誰も知らなかった。
相方の脇田でさえも。
事務所にファックスが届いたのはその次の日だった。
理由は、仕事による過労。そう文章には書かれていた。ただ、それだけが。

111Monsters </b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/22(火) 19:47:11
霧はもうすっかり無くなっていた。
着いたのかな。カバンを床に下ろし、服のかかっている椅子に腰掛ける。
「こんにちはー」
ソファが一つ、部屋の真ん中に置いてあった。
ギシッ、とそれは体を揺らし、一人の男が立ち上がる。
「何、どうしたの」
かけた言葉は休暇前とけた言葉は休暇前と同じものだった。けれどその声は本人かどうか見間違えるほどの低い声であった。
「ちょっと、話たいことがあったので」
すみません連絡いれられなくて。そんなことを言いながら、腕の包帯をぐるぐると解き始めた。
中川は、その包帯から現れる、腕に喰らい付いた異様な「石」を見た。
「それ、どうした?」
「脇田さんの持ってたヤツにやられちゃって。
 あれ危険だと思うんです。石を、壊すんですよ。あれは。」
「やっぱり、そうだったか」
「きっと邪魔になります。今のうちに、潰しますか?」
あっさりと言った声を見上げた。目が、正気ではない事を見抜くのは簡単だった。
「別に、それは今じゃなくていいよ。もっと、もっと他の石を壊させた後でさ。」
目を逸らし、外を見つめながら中川が言う。
「それに、お前どうした?ずいぶん雰囲気が変わったみたいだけど。」
庄司は、同じように夕焼けを眺めていた。
目が、沈む太陽に照らされ色づいている___緑色に。
「別に、俺はただ面白くて・・・
 もっと楽しくしたいかな、って。」

112Monsters </b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/22(火) 19:47:49

石の思いなのか、庄司の本心なのかは分からなかった。
けれど俺に寄生した石は、あいつの腕の石と呼応し光り始める。まるで夕焼けに染まってゆく空のようだった。
「途中で抜けるとかはナシだよ」
「はい」

その時の顔が笑顔だったかどうかなんて、どうでもいい事だと中川には思えた。

113Monsters </b><font color=#FF0000>(I3kW9CIA)</font><b>:2005/02/22(火) 20:09:23
以上です。

この話はこちらで投下していきたいと思います。


以下、設定を少し。

・石は人間に寄生する
・ヒデは複数の石を持っている

投下のペースが遅いと思いますが、よろしくお願いします。

114シャロン </b><font color=#FF0000>(LwUQlNuI)</font><b>:2005/02/24(木) 03:52:02
>I3kW9CIAさま
おお〜、続きがすっごく気になります。
私が本編書いてていいのかしらというくらいに・・・。
続き、楽しみにしています。

115名無しさん:2005/02/24(木) 19:36:46
>IbsntW6M
久しぶりにのぞいたらbase編の続きが!
とても読みたかったのでうれしいです!
登場人物の行く末が気になりますね。
続きが読みたいなんて言っちゃ駄目なのでしょうが…キニシナイ!!
ともあれ乙です!

11698 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:38:05
98です。手直ししましたので、作品投下させて頂きます。
主役芸人は今まで登場していなかったよゐこです。
時間軸も本編とはずれていますので、番外ということで…。


 明け方近い楽屋。深夜の生放送番組の出演を終えた、よゐこ・有野は一息ついて
欠伸をする。さすがに時間が時間だけあって、外は割りに静かだ。
日中とは違って張り詰めた空気も感じられず、落ち着いた空気が流れる。
こんな時間は、最近は滅多に送ることができない。常に周囲で芸人たちが何やらこそこそと話しこみ、
互いのことを窺いあい牽制しあっている。こうして部屋の中にいても、
伝わってくる緊張感で精神の休まる暇がないほどだ。いつからか始まっていた非現実的な戦いが、
既に確実に日常全てを変えている。しかしこんな異常な雰囲気に、
有野も他の芸人たちと同じくいつしか慣れてしまっていた。

 ふと、有野は胸元からチョーカーを取り出した。つややかな漆黒の石のペンダントヘッドが付いている。
アクセサリーをつける趣味はないが、今はこれを片時も放すことができない。放せばそれは身の危険に繋がるからだ。
有野がこの石を手に入れたのは何週間か前、同じ深夜番組に出演した帰りだった。
暗闇の中、道の上で光っている石に何故か心を捕らえられ、拾い上げたのが全ての始まり。
その時はまさかこの石が自分の運命さえ変えてしまう大変なものだとは思いもよらなかった。
有野は石を指で弄ぶ。何の変哲もないガラス質の石、
しかしこれを手に入れてしまったばかりに別に望んでもいない力を得、
更に不本意なごたごたに巻き込まれることが多くなった。
まるで彼の好む漫画やゲームの中のような状況を、未だに信じられない気持ちでいる。
常に傍観者でありたい有野にとって、わけのわからない争いの渦に
身を投じざるをえなくなったことは苦痛で仕方がないことである。
しかしそれ以上に、最も有野を暗澹とした気持ちにさせる要因は、別のところにある。

11798 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:39:14
「おつかれーっす」
 聞き慣れた、相変わらずの間の抜けた声で、よゐこ・濱口が楽屋に入ってきた。
有野と同じくチョーカーに淡く光る透明な石が付いている。
彼もまたひょんな経緯で石を手に入れ、力を得てしまった一人だった。
この濱口こそが、有野が石の件に関して最も気がかりとしているところである。
考えが回らなくて馬鹿で、苛々させられることも多い相方だが、
有野にとって昔からずっと、一番大事に思っている親友である。
元々争いごとを好まない彼さえ戦いに巻き込まれることが、有野には一番憂鬱なことなのだ。
「この時間の仕事は疲れんなー、は〜眠たいわ」
「お前なー、長いこと待たせといて何言うとんねん。
もう早よ帰んで。お前遅いから待ちくたびれたわ」
「ごめん、勝俣さんと話し込んでもうて」
 最近は戦いも激化しているようで、若手芸人が原因不明の重傷を負ったとか
いう話をよく聞く。当然、石が関わっていることは間違いない。
実際二人はこれまで戦闘を幾度か経験している。それを踏まえて、
互いの身を守るため、極力コンビで行動するようにしているのだ。

11898 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:40:58
「ちょっと、待っていただけませんか」
 不意に聞き慣れない声が後ろから投げかけられる。
来たか、とばかりに有野は顔をしかめて振り返った。濱口は恐る恐る横目で声の主を窺う。
あからさまに人気のないのを狙って声を掛けてくる奴なんて、
石絡みの人間だけだと相場は決まっている。声を掛けてきたのは、
数度テレビ局内で見たことの有る、名前は知らない若手コンビだった。
案の定、二人ともポケットから出ている携帯ストラップに石が付いている。
海の色のような藍の石と薄い黄色の石。本来美しい色ではあるはずが、
黒くもやが掛かって見え、どこか気味悪く禍々しく感じられる。
(黒か…)相変わらず忙しいことだ、と有野は心中苦笑した。
「よゐこさん、お二人とも石をお持ちだと聞きました。
こちらへ渡してくれませんか?悪いようにはしませんから」
確か突っ込みの方であった男が低い声で凄むように言う。
こうして向かってくる輩の常套句だ。有野はため息をつき、
場に不似合いなほどゆったりした声音で返した。
「そう言う奴に限ってええようにした試しがないねん。
言っとくけど石はやらんぞ、俺らにも必要なもんやからな」
 相手は顔を見合わせ、再びこちらに向き直ってにやりと笑った。笑いを含んだ声で言う。
「それでは仕方ないですね、痛い目にあってもらいます。」
大方初めから力ずくで奪い取るつもりだったのだろう。
二人とも力は戦闘向きらしく、顔に自信が窺える
よゐこはどう見ても外見強そうではないし、濱口に到っては誰もが認める考えなしである。一方的な攻撃で遊び程度に力を使う対象としては持って来いだと思っているのだろう。

11998 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:41:55
「おい、こんなところでやるんか?人に見られたら…」
いきなり身構えた相手を見て、濱口が驚いた声を出した。
言い終らない内、前に出たボケの方の男が自らの足元の地面に手をかざす、
と藍色の石が光を発し、同時に凄い音がして刃のような形になった土が隆起した。
更にその手を足元から向こうにいる有野と濱口に向けると、
土の刃は一直線にこちらに向かって来た。
あかん、有野は呟き、驚いている濱口の肩を掴んで一緒に地面に倒れこむ、
と同時に、二人の姿は影に溶け込んだ。影と一体化したのだ。
「!」「影になりよった!!」
虚を点かれて戸惑う男たちの目の前で、影と化した二人は針の山のようになった
地面の上を凄いスピードで走り抜ける。
「逃げてばっかりでパワーが持つわけない、見失うな!」
撹乱させるかのようにぐるぐると周囲を回る影を、黒の二人は見失うまいと
必死に目で追いかけた。
数メートル先の建物の影に入ると、有野と濱口は元の姿を現した。
ボケの方がすぐ見定めて、
「そこだ!!」
と、再び隆起した土を素早く向かわせる。その瞬間、
濱口が相手に向かって人差し指を向け、
「獲った!」
と一声叫んだ。その途端、今度は濱口の首元から光が放たれ、
続々と盛り上がっていた地面の動きがぴたりと止まる。凄まじい音が、嘘のように止んだ。
「な、な…」
相手が唖然としたその隙を逃さず、有野は再び影と化し、
一瞬で相手二人の横まで移動する。そして姿を現した刹那、
有野の足元にある影から真っ黒い大きな手のようなものが二本伸びて、
それぞれが敵を一人ずつ引っ掴んで高く差し上げた。
「うわああぁ!!」
ボケの方が必死で地面をもう一度動かそうとするが、黒い手は彼を羽交い絞めにし、
土に手を向けさせない。もがく二人の首元に、長い指が鋭く打撃を食らわせた。
気を失った二人をそっと地面に降ろし、手は有野の影の中にするりと戻っていった。

12098 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:42:35
「う〜ん、前フリ強そうにしてたのに、めっちゃすぐ終わってもうたな…」
 壁の影に取り残されていた濱口が駆け寄ってきて、拍子抜けしたような声を出した。
「こういう奴ばっかりの方がええわ、面倒臭くなくて」
 相手の石を拾い上げながら有野が呟く。
…そう、こういう奴らばかりならいいのだ。
それなら、こんなぬるい戦い方で、相手も自分たちも傷つかずに解決できる。
それで全てが済むならどれだけ楽だろう。
しかしそうではない。もっと狡猾で、得体の知れない力を持った奴らが
確かに存在しているのだ。そういう者達も今後確実に
自分たちに関わってくるだろう。例えこんな石や力に興味も執着もなかったとしても、
「白」にも「黒」にも与する気がなかったとしても、だ。
そして数え切れないほどの戦いを経験しなくてはならないだろう。
割りに戦闘向きである有野の石と違い、濱口の石は多少戦えはするものの
元々防御向きだ。一方的に攻撃されたら危ないことは目に見えている。
既に身近な芸人も何人か石をめぐる戦いで酷い傷を負っている。
彼らと同じ目に、濱口もまた遭うのだろうか。
 翳った有野の表情に気付かず、濱口は有野の手の中にある二つの石を覗き込む。
「それどないするん?」
「ああ、矢作にでも連絡して、浄化の力持ってる奴連れてきてもらって
処理してもらわななあ」
 後戻りできない以上、有野は心から強くなりたいと思う。
ただ大切な相方を守るために、だ。何が正義でも悪でも関係ない。
最低限相方だけを守れればそれでいい。それだけが自分の役割なのだと、
不条理な戦いの中で有野は結論付けていた。
「ここで待つんかー!?もう眠い〜寝たいねんー!」
「我儘言うなあ、アホー」
 いつもながらの呑気なやりとりをしつつ、有野はそっと首元の石に手を置いた。
波乱を呼んだこの石が、いつか元の安らげる日々を連れてきてくれることを願いながら。

12198 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:44:12
以上です。乱文真に失礼致しました…。
よゐこの石と能力は以下の通りです。
有野晋哉
石:テクタイト(隕石の衝突によって生じた黒色の天然ガラス。石言葉は霊性)
能力:影を実体化して操る。単純な形なら変形も可能。影と同化して移動することもできる。
条件:自分に影ができていなければ使えない。影の濃さと強さが比例し、
影が薄いと相応のパワーを使わないと相手をすり抜けてしまう。同化中他の大きな影に入るなどすると同化は解除される。
同化している間影の操作はできない。他者の影を使うこともできるが、その人物が自分の完全なる同意者であることが条件。
また他者を伴って影と同化することもできるが、これも条件は同じ。

濱口優
石:セレナイト(透石膏、無色透明。石言葉は洞察力、直感力)
能力:相手の攻撃を静止させる。相手にその攻撃を返す。
条件:攻撃が自分自身に影響を及ぼすと想定できなくてはならない。
他者への攻撃に対しては干渉できず、それを止めたい時には自らその攻撃の前に立たなくてはならない。
「獲った」と言うと攻撃が停止。「逃した」と言うと静止が解除。
静止を解除させると相手にその攻撃が跳ね返る。
武器などによる直接攻撃の場合は、それと同等の衝撃が相手に加えられる。
1ターンの攻撃しか止められないので、相手が何度も攻撃して来ればその都度止める必要がある。
止める攻撃の強さによってパワーの消費量が変わる。

12298 </b><font color=#FF0000>(ikNix9Dk)</font><b>:2005/02/25(金) 00:44:56
有野の力は単に彼のイメージからです。
濱口のは例の名台詞を使おうと考えたのですが、あんまりそれっぽくないですね。
使っていない設定(カウンター)がありますが御勘弁を…

あと、完璧なちょい役でしたが敵コンビの石。やられ役ゆえ特定はしません。
ボケ:アズロマラカイト(アズライトとマラカイトの混合、地球のような色合い)
    土を刃のような形に隆起させて操る。自分の足元を起点としなければならない。
突っ込み:アラゴナイト(薄黄色)
    結界を張る。大きさは自分一人が入れるものから半径50メートルまで。
    範囲が広いほどパワーを消費。自分の身に何も触れていないことが条件。

123クルス:2005/02/25(金) 20:37:05
あのぅ…ハロバイ編執筆中のクルスです。
アラゴナイトを金成さんの石にしていたのですが、
こちらで使われたようなので、やはり変えた方が良いでしょうかね?
能力もまるっきり違うので…。
変えた方が良いのでしたら、検討します。

124クルス:2005/02/25(金) 20:38:40
たびたびすいません。
やはり変えさせていただきます。
他にも沢山あるだろうと思いますので。
すいませんでした。

125名無しさん:2005/02/25(金) 20:52:54
>>123-124
…先ずスレッドの趣旨に合ってない上に聞く必要も無いでしょう。
そしてコテハンにするならばテンプレを見てトリップを付けてください。
偽者が出たときに困りますので。

後できればsageていただけるとありがたいのですが。

126クルス </b><font color=#FF0000>(AKH3pHwc)</font><b>:2005/02/25(金) 22:40:27
>>125
そうですね。ごめんなさい。
以後気をつけます。

12719 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:41:13
>>74,76
遅くなりましたが、感想ありがとうございます。
頑張ります!

先回から間が開いてしまいましたが、
続きを投下します。

12819 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:43:22
68-72の続き



小沢と矢作がすれ違ってからどのくらい経っただろうか。
控え室で小沢を待ち続けていた井戸田は軽くため息を吐いた。
(逃げたな、やっぱり)
ここからトイレは目と鼻の先。
というよりトイレに行くということ自体が嘘だったのだろう。
どうせ自分の怒りが納まった頃かそれともさっきのADが呼びに来るまでか、
どこかでタバコでも吸っているに違いない。
(でもまぁ、一応見てくるか)

あの調子じゃトイレでぶっ倒れてるかもしれないしね。
井戸田はひとりごちると椅子から立ち上がった。
しかし小沢がいつ帰ってきても良いように、怒っているという意思表示をした
一定の姿勢を続けていたため、勢いよく立ち上がった途端足がしびれてもつれる。
「うわぁ、俺なにやってるんだろう…」

机や壁に手を借り出口にたどり着き、扉を開けるが、
しかし井戸田はしびれた足のせいか扉の敷居につま先を引っ掛け、大きく前にのめる。
「うおっ」
転びそうになる体を支えるために、近くにあるものに縋り付く。

が、それはちょうどスピードワゴンの控え室の前を通り過ぎようとした
通行人のようで、井戸田に縋り付かれた相手も「おうっ」と声を出しながら
井戸田の巻き添えを食い、足を滑らす。
のしかかってきた井戸田を反射的に避けようと相手が仰け反ったため、
井戸田もバランスが取れない。
相手の肩を押すことで体勢をたてようとしたが、
そのことが逆に相手のバランス感覚を失わせる。

12919 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:45:05
結局のところ、相手を下敷きにするように井戸田は床に頭をぶつけた。
「痛い!痛い!?あ、重い!」
「痛っ、すみません!」
大声で謝りながら慌てて井戸田は下敷きにしてしまった人物から離れる。
のしかかった体が硬かったから男だろう、
(女性じゃなくてよかったよ)とちらりと思うが、重い思いをさせたのには変わりない。
「本当にすみません!」と座り込んだ体勢のままお辞儀すると相手の顔を見て、
予想もしなかった人物に絶句した。

「……やはぎさん…?」

おぎやはぎ矢作。相方は、あの小沢が「世界で一番好き」と公言する小木だ。
矢作は眼鏡の無事をひとしきり観察すると、「大丈夫みたい」と眼鏡か井戸田か、
どちらに対してか分からないつぶやきを漏らす。

眼鏡を掛け直し井戸田に向き合うと、
「ちょっと〜、どうしたのさ〜」
井戸田を責めるように唇を尖らせた。
「すみません、足がしびれて…」
転んじゃったみたいです。井戸田は苦笑いをすると、自分の足を軽く叩いた。
心地よい痺れが神経を刺激する。

足がしびれた理由には触れずに、矢作が「どっか行くの?」と訊くと、
井戸田は答えにくそうに微かに笑った。
「ちょっとトイレに…」
「あ、漏れそうなの?大丈夫?」
矢作が井戸田を立たせるようと手を差し伸べながら自分の腰を浮かせる。
「いえ、小沢さんがトイレから戻ってこないから様子見に行こうかなって思って…」
「なんかお母さんみたいだね〜」
それは気持ち悪い。茶々を入れる矢作に井戸田は顔を引きつらせながら、
「小沢さん、朝から調子悪かったみたいなんです。
トイレでぶっ倒れてるかもしんないじゃないですか。」
と言い訳をする。

へぇと矢作は感心したように声を漏らすと、
「そういえば」と思い出したように手を叩いた。
「俺さっき小沢君見たよ?」
「えっ!?」
「なんか焦ってすんごい速さで走ってたけどさぁ。
俺声掛けたんだけど、応える暇もなかったみたい」
話し込む気になったのだろう、廊下の真ん中にあぐらを掻きながら
矢作が言うと、それに釣られるように井戸田も正座で矢作と向かい合う。

「小沢さん、どこ行くつもりだったんだろ…」
「なんか急用とか、言ってなかったの?出て行く前に」
矢作の質問に井戸田は大げさに首を振る。
「なんか、ADがメモみたいなの届けてくれて…それ見てからかな?
小沢さん、トイレに行くって出てったまんま、戻ってこなくて」
「メモか…」

名探偵さながらにふうむと顎に人差し指と親指をそえつぶやくと、
矢作は廊下の端に無造作に転がった小さな固形物を見つけ、目を細めた。
そしてそれがなにか判別した瞬間に、一気に血の気が下がる思いをする。
「…あの黄色い石、お前の?」
矢作が井戸田の後ろの壁を指差しながら訊くと、
井戸田は首をひねって矢作の指差す方向に目をやる。
「あ、そうです。ぶつかった時にポケットから落ちたのかな?
ん?あれ?でも俺、この石家に置いてきたような気が…?」

言いながら石を拾い上げる井戸田を、矢作は無表情で見つめると
「その石、どうしたの?」と淡々とした声で訊いた。
「昨日道で拾ったんです。なんか宝石みたいなんで、
警察届けようかとは思ってたんですけど」
矢作によく見えるようにシトリンを目の前にかざす井戸田に、
困ったような顔で矢作が告げる。

「俺、分かっちゃったかもしんない…」

「え?」
「小沢君がなんでいなくなちゃったのか、分かちゃったかもしんない」
矢作と井戸田は見詰め合った。
二人とも相手になにを言えばよいのか分からなかったためだ。
黙り込んだ二人の頭上に影がさす。
通行人だろう、矢作が「すみません」と謝りながら立ち上がろうと腰を上げ、
井戸田もそれに続く。

13019 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:45:46
「いえ、あのースピードワゴンさん、出番なんですけど…」
立ち上がろうとした中途半端な姿勢のまま二人がそろって声のした方向に首をまわすと、さきほど小沢に紙切れを手渡したADが、
廊下に座るお笑い芸人たちを不思議そうに眺めながらそこに立っていた。

「あー!このADです!小沢さんにメモ渡したの!」
井戸田が勢い良く立ち上がりながらADを指差す。
まるで「犯人はお前だ!」というノリに思わずADも
「え、え!?僕じゃないですよ〜!」と反射的に応える。

「え、こいつじゃないの?」と矢作。
「お前、嘘つくな!」と井戸田。
「僕なんにもしてないですよ!」とAD。
「なに〜黙秘?黙秘?」「俺に会っただろ、お前!」
「だから僕、真面目に働いてますよ〜」
三者がてんでバラバラの話をして収拾がつかない。

ぐだぐたの状況を打ち破るように「あー!」と井戸田が叫ぶ。
その音量に驚いた二人が一斉に口を閉じると、
当たり前のように辺りは静まり返った。
無理して声を張り上げたため、少しむせながらも井戸田はADに訊く。
「お前、小沢さんに渡したメモの中身見なかった?」
「ちらっとは見ましたけど…」
「なんて書いてあった?」
「なんか、昨日の件とか石とか…良くは分かんないです」
井戸田の剣幕に押されながら申し訳なさそうに応えるADに、
がっかりしたように息を吐くと井戸田は壁にもたれ掛かる。
矢作も何も言わない。
それはそうだ、一部始終を見ていた井戸田にすら分からない小沢の行動を、
さっき聞きかじったばかりの矢作が分かるわけない。

(…これじゃ小沢さんの居場所なんて分かるわけないよ…)
自棄になりかけた井戸田の心境に、しかし一筋の光を射すように
矢作が陽気に言い放つ。
「いや、十分だよ」
ぽかんと口を開けた井戸田とAD(このADの場合は今の状況が理解できていないという方が大きいのだろうが)を交互に見やると、矢作は言葉を続ける。

「人探しにうってつけの人、いるぜ」

13119 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:46:41
「うってつけ、ですか?」
独り言のように小さな声で尋ねる井戸田に適当に視線を投げると、
矢作は道行く人に声を掛けるように、ADの肩を軽く叩いた。
「ちょっと君、ボランティアしてみない?」
「僕、ただ働きは嫌いなんですけど」
「じゃ、地球を救うのに協力するのは?」
「喜んで」

その言葉に矢作はニヤリと微笑んだ。



矢作になにかを頼まれたADがいなくなると、焦る井戸田をなだめすかしながら
二人はスピードワゴンの控え室に向かい合って座った。
「小沢の居場所を探せる人って、すぐに来れるんですか?」
調子よく鼻歌を歌いながら控え室に備え付けのポットと急須で
お茶を入れる矢作に井戸田が訊くと、
「うん」と応えながら矢作は熱めのお茶が入った湯呑みを井戸田の目の前に置く。
「でも石とか昨日とか訳分かんないし、ヒントがないですよ」
こんな状況で探し出せるんですか?と暗に告げる井戸田に、
大丈夫大丈夫と首を上下に振った矢作は自分の分のお茶をすすった。
ふうと一息つくと、

「これからさ、すんげぇ不思議な体験をすることになると思うのね」
なんでもないことの様に唐突に切り出す。
「不思議…ですか?」
きょとんと首をかしげた井戸田に対し、矢作は頷くと、
「でもま、なんとかなるんじゃない?」
蒸気で曇った眼鏡を拭きながら、妙に自信がありげにつぶやいた。

まったく要領を得ない矢作の言葉になにかを言おうと井戸田は口を開くが、
せわしないノックの音に遮らせる。
緊張したように背筋がぴくんと跳ねた。

「どーぞー」
井戸田とは対照的にリラックスした様子の矢作が扉に向かって呼びかけると、
「失礼しま〜す」とさっきのADが扉を開けた。
急いできたのだろう、少々息切れしているが、
矢作が「ありがとね」と軽く礼を言うと
「地球を救うためですから」と笑いながら応えた。

そんな二人のやり取りを強張った表情で見ていた井戸田は
促すように扉を大きく開けたADの後ろに控えていた人物、
―――正確には人物たち―――を見て、呆然とつぶやいた。


「…くりぃむしちゅー?」

13219 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:49:31
今日はここまでです。

矢作と井戸田がお互いどう呼び合っているのか
調べたのですが分からなかったので、
分かり次第訂正させて頂きたいと思います。

133名無しさん:2005/03/05(土) 04:10:25
大人のコンソメでならおぎはぎとスピワの絡みがあったから
わかるんだろうけど、誰か見てないかな。

134名無しさん:2005/03/06(日) 00:46:57
>132
待ってました!!
続き楽しみにしてます。

135oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:00:39
こんばんわ、いきなりですがトータルテンボス中心の話を
だらだらと書いておりまして、投下させてもらえたらなぁと
思っています。
ただ、石を使ったバトルらしいバトルはないので、
楽しんでいただけるかが心配です。
また、読みづらい、などのご指摘が欲しいと思ってます。
というわけで、最初の方をこちらで投下させてくださいませ。
よろしくお願いいたします!

136oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:10:15
 ギターを爪弾く樅野が一音はずした。藤田が思わず顔をあげたら、バ
ツの悪そうな樅野の表情とぶつかった。「はずしましたよネ?」「いい
や…まさか」薄ら笑いで言葉を交わして、その後、大きな声で笑った。
その拍子にベースを弾く藤田の手元も狂った。いっそう笑えた。
 ただし笑いながらも、藤田は彼の相方のことを心配していた。20分
ほど前にこの控え室からフラリと出て行ったきり、戻らない。相方が2
0分戻らないくらいで心配するなんて、なんと過保護なコンビだろうと
思われるかもしれない。
 今日は、彼らトータルテンボスがボーカルとベースをやっているバン
ドのライブ。しかも不慣れな会場だということで、大村が迷っている、
もしくはどこかを探索しているという可能性も無いとは言えない。
 ただ迷っているのであれば、まだいい。むしろ迷っててくれ、と藤田
は念じていた。迷っているのではなく、まっすぐ控え室に戻ってくると
ころを『何者かに』『邪魔されて』いるのであれば、甚だ問題だ。…も
っとも、もし迷っているのであれば「藤田君、ワタシが居るこの場所は
いったいどこなのかね!」と横柄な口調が聞こえてくるであろう携帯電
話が、ちっともちっとも鳴らない。ということは、藤田の希望的観測は
外れているのだろう。だからこそ、藤田は20分戻らない相方を心配し
ている。
「藤田、そういえば入ってきた時から、そんなスウェット履いてた
か?」
 藤田の格好を眺めた樅野が、不意に声を掛ける。彼らのバンド「ソー
セージ・バタフライ・パスタ・フェスタ」のギターであり独特の詩の世
界観を紡ぎ出しているのが、この樅野である。
「え?なんすか」
「おまえさ、今日の服、イケてんの?」
 くくくと笑われて真っ赤になりながら、藤田は必死に弁解する。確か
に、原色使いの多いコーディネートの中、パジャマ代わりのようなグレ
イのスウェットは浮いている。

137oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:11:22
「ち、違うんすよ!今日ジーパン履いてきてたんです!すっげイケてる
カッコしてましたよ!」
「何?漏らしたの」
「違いますって!大村の悪戯ですよ。アイツ、俺の座る椅子にシューク
リーム置いてやがったんです。俺、気ぃつかなくて、座ったらベチャッ
て中のクリームが」
「シュークリーム?」
「余計に作られてた“辛子入り”のヤツです」
 あぁ、と樅野は肯く。芸人のライブのクイズコーナーなんかでよく見
かける、ロシアン・ルーレットの小道具だ。大勢がシュークリームを口
に入れて、その中で“辛子入り”シュークリームを食べているのは誰で
しょう、というアレ。
「コントの衣装でたまたまスウェット持ってたんで、とりあえず着替え
てきたんですけど…」
 その後、まっすぐこのライブ会場に来たということなのだろう。笑う
樅野に憮然とした表情を返してから、藤田はちらりと時計を見上げた。
大村がこの部屋を出てから、30分近くが経過している。藤田はひとつ
息を吐くと、ベースを置いて立ち上がった。
「あのぉ…樅兄、オレ、ちーっと出てきます」
 藤田の声掛けに、樅野はギターから顔を上げぬままに応じる。
「おう、大村連れて戻って来ぃ」
 樅野も大村の不在に気づいて心配していたのだろうと知り、藤田は元
気のよい返事をして控え室を出て行く。その後ろ姿を見て、「大村に悪
戯されたことなんか、もうすっかり忘れてるんやろうなぁ」と樅野は可
笑しそうに笑った。

138oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:14:19
 一方その頃、大村は目の前の相手を値踏みするような目で見ていた。
それからおもむろに口を開く。
「…白ですか、黒ですか」
「え?」
 問われた相手は一瞬呆けたように間を置いて、それから、
「あぁ!俺?俺ね?俺、俺、白よ。白」
 ほらこんな感じ、と言いながら、男は自分の白いネクタイを指して見
せた。その物にまったく説得力はないはずだが、そんな無邪気ともとれ
る仕種で、そのバックに居るのが『白』のユニットであることが信じら
れてしまう…ような気もする。
 アンタッチャブルの山崎はそんな印象の男だ。
 ただし、なぜトータルテンボスがやっているバンドのライブハウスに
山崎がいるのか。…ファンとして?顔見知りとして?…それほど暇な身
でもないだろう。
 山崎は何が楽しいのか(もしくは地顔と言うべきなのか)ニコニコと
相好を崩したまま。
「でもさ、大村くん、正直、俺が白でも黒でもどっちでもいいでしょ」
「…どうしてそう思うんですか?」
「まぁこれは俺が勝手に思ってるだけだけどさ。白サイドの人ってのは、
俺が敵かどうかを確かめたくて『黒か?』って訊いてくることが多くっ
てぇ。で、黒の側の人間は自分の味方かを確認したくて『黒か?』って
訊いてくる。どっちでもいいやーって人が『白?黒?』って訊いてくる
ことが多いぃの」
 納得できるようなできないような、そんな自説を披露して、山崎は爽
やか満面にニッコリと笑った。
「…『おまえは白か?』って訊く人もいるんじゃないんですか」
「いるね」
「そういう人は?」
「うーん…黒から改心した人か、芸人辞めた人か?…もしくは、どっち
かをスパイしてる人」

139oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:15:09
「スパイ?」
「そう。本当は黒側なのに白のふりしてるとか。その逆とか」
 大村は意外だと思った。各ユニットにスパイがいるという話は初めて
耳にしたが、もちろん争いのあるところには付き物の話であろうから、
それ自体はさほど驚くことではない。そのことを山崎が知っていた、気
にしていたということに驚いたのだ。なんとなく、そういったことには
鈍感、もしくはとんと無頓着に見えていたから。
「…ってことは山崎さん、スパイに遭ったことがあるんすか?」
「それはいいじゃない!ま、どっちにしろスパイとかさ。そういう人は
『おまえ白?』って訊いてくるような気がする」
 山崎の言葉の真意を大村は量ることが出来なかったが、それは今は問
題ではあるまい。
「まぁぶっちゃけ?白でも黒でもどっちでもいいって山崎さんの言葉は
アタリです。それで…中立の俺に何の御用で?」
 重要なのはそこでしょ?という言葉を眼差しに込めてみる。案の定、
山崎は今度はニヤリと人を食ったような笑みを浮かべて。
「そりゃ中立の人に持ちかける話ったら大体相場は決まってるでしょ
う」
 この流れで今更友達になってください、とかナイでしょ。
 そう言って笑う山崎を前に、大村はなんとなく腰から尻のポケットに
かけて繋がるウォレットチェーンを幾度も撫でていた。
 ジーンズのベルトに繋がるチェーンの金具には、透明感のある黄色を
した石が割と無造作に繋がっている。それがじわりと滲み出すように光
を放ち始めたことに、まだ大村は気付いていない。
「仲間に入れって?」
「まぁそれもあるけど…俺が訊きたいことはそれとは別」
 いつもの不敵な笑いを絶やさぬようにしながら、大村は顔が引き攣る
のを感じていた。
 なぜだろう。山崎はこんなに友好的な笑顔なのに。
「俺が訊きたいのは…君の石の能力が何か、だよ」
 なぜだろう。俺の心臓がドクドクと、こんなに落ち着かないのは。

140oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:26:10
中途半端ですが、今日はここまでで…。
お目汚しです。
まだゝ続いています…。

141名無しさん:2005/03/14(月) 21:45:52
乙です!
きましたね〜SBPF編(勝手に言ってます)
チャブ山崎の行動が気になる今日この頃・・・
頑張ってください!

14291 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 00:58:23
はじめまして。
アンジャッシュ&アリtoキリギリス石井の短編を書いてみました。
内容はある番組の収録中の一コマ、という感じのサイドストーリー的なエピソードです。
時期は2004年の11月〜12月ごろのある日。
アンジャッシュについての設定は本編と同じです。
石井については>>106の設定を使っていますが
この時点ではまだ力に目覚めていない、ということにしています。

本編中心人物のアンジャッシュを扱っていること、
本編未登場でまだ設定が固まっていない石井が出てくることを考えこちらのスレに投下しました。
番外編ということでお許しください。

14391 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:00:12
わいわいとスタジオで作業をしているオレンジ色の制服の集団の中にアンジャッシュはいた。

「それではこの紙を重ねて切れ目を入れてくださーい。」
女子アナが出演者に指示を出している。
今日の企画は「ペーパーブーメランを作って飛ばしてみよう」だ。
『地味な番組だよなあ』と児嶋は思う。当然視聴率もいま一つだった。
でもこの番組の雰囲気は彼にとっては居心地の悪いものではなかった。
若手のひしめき合う他の番組では無理にでもテンションを上げていかなければならないが
ここにいる若手はアンジャッシュのほかはアリtoキリギリスの石井だけである。
石井も積極的に前に出ようとするタイプではないので向こうもずいぶん楽だったに違いない。

ゲストの講師の指導でブーメランを作り終え、実際に飛ばしてみることになったとき
あるベテラン芸人が突然
「戻ってきたのを取れなかった奴はみんなにジュースをおごる!」
と言い出した。
珍しく盛り上がるスタジオ。
渡部も「いいですよ!」と俄然やる気を出している。

「では、最初は石井隊員からお願いします。」
アナウンサーの指示に従い石井が前に進み出た。
だが石井の手を離れたブーメランは遥か頭上を通過していく。
精一杯のジャンプも全く意味がなく、石井はバランスを崩して膝をついた。
その拍子に石井のポケットから何かがこぼれ落ちた。
「あー、残念。」「身長が足りない!」
ドッと沸くスタジオの中で「それ」に気づいたのは児嶋だけだった。
『なんだろう、あれ』
目を凝らしてみてもよく見えない。
気がつくと既に渡部の番になっていた。児嶋はこの次だ。
「それ」について考えるのは後回しにして児嶋は収録の方に気持ちを切り替えた。

14491 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:01:27
「休憩入りまーす。」
スタッフの声がスタジオに響いた。
結局児嶋も渡部もブーメランをキャッチすることはできなかった。
キャッチできたのはジュースの賭けを言い出したベテラン芸人だけだったのだ。
「意外と難しかったな。」
話しかける渡部を「ちょっと待って」とさえぎって児嶋はスタジオの真ん中に歩き出した。

『たしかこのあたりだったはず…』
姿勢を低くして探していると視界の端に何かキラリと光るものが入った。
屈んで拾い上げたそれは透明な石だった。見えにくいはずだ。
よく見ると中に針のように細い金色のかけらがいくつもきらめいている。

石を観察する児嶋にいつの間にかそばに来ていた渡部が言う。
「その石、力持ってるぞ。」
「え?」驚く児嶋の手を石が通り抜けた。すかさず渡部が石を受け止める。
「サンキュ。…ったくこの力便利なんだか不便なんだか。」
児嶋はぶつぶつ文句を言った。
「まだ目覚めてはいないな。この石どうしたんだ?」
渡部は石をあちこち透かして見ながら児嶋に尋ねた。
「石井君が落としてったんだ。」
「石井君か。まさか黒じゃないよなあ。」

石井とはボキャブラ以来の知り合いだがあまり話をしたことはない。
テレビでは真面目キャラが浸透しているが
素の石井のことをほとんど知らないことに二人は気づいた。
もし彼が黒に取り込まれるような人間なら石を返すことは自分たちの首を絞めることになる。
判断に迷っていたその時
「あ、それ僕のです。拾ってくださってありがとうございました。」
後ろから石井の声がした。

14591 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:02:09
「あーこれ石井君のだったのか、ここに落ちてたんだよ。きれいな石だね。これどうしたの。」
ほとんど棒読みの口調で児嶋は言った。
『もうちょっとうまくごまかせないのかよ』渡部は内心はらはらしていた。。
が、石井は別に不審には思わなかったらしい。
「家の引き出しの奥から見つかったんです。
自分で買ったのか誰かからもらったものなのかも忘れちゃったんですけど
なんだか気に入っちゃってそれ以来ずっと持って歩いてるんですよ。」
「へえ、そうなのか。これどういう石なの?」
「僕もあんまりパワーストーンとか詳しくなくて嫁に聞いたんですよ。
『たぶんルチルクォーツっていう石だと思う』って言ってました。
効果はえーと『持っていると元気が出る』だったかな…?よく覚えてないです、すみません。」

石井の話を聞きながら児嶋は渡部のほうをチラリと見た。
渡部が小さくうなずいたのを確認し
「じゃこれ返すわ。もう落とすなよ。」と石を石井に渡した。
石井は何回も礼を言うとその場を離れ
スタジオの奥のほうにいるベテラン芸人たちの談笑の輪に入っていった。
「…あいつあの中に入っても全然違和感ねーな。」
児嶋はぼそっとつぶやいた。

「で、どうだったのよ。」
児嶋は渡部のほうを振り返って尋ねた。
児嶋が石井と話している間渡部は石井に同調して様子を探っていたのである。
「黒じゃないみたいだな。っていうか石のこと自体何も知らないみたいだ。」
黒の芸人特有の負のオーラは石井からは全く感じられなかった、と渡部は言った。
「そうか、じゃあこれからどっちに転ぶかわからないんだ。」
「ああ。でも石が目覚めたときに黒の連中より先に接触できる点では有利かな。
アリキリはあまり他の若手とテレビに出ないし。」
「あの石が目覚めるまで番組が続くかなあ。ゴールデンなのに一ケタらしいじゃん、視聴率。」
「そう言うなって。この番組が終われば俺たちもレギュラーが一つなくなっちゃうんだから。頑張ろうぜ。」
渡部は児嶋の肩をたたいた。

14691 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:05:06
だがこの番組はスタッフの不祥事という意外な形で突然の終わりを迎えることになった。
「あーあ、せっかくのゴールデンだったのになー。」
と児嶋は番組が終了した後もしばらく愚痴をこぼしていた。
視聴率のせいではないだけに余計に悔しい。
「頑張って別のレギュラーをとればいいんだよ。へこんでるヒマはないぞ。」
渡部はもう立ち直っているようだ。

そういえば石井の持っていたあの石は今どうなっているのだろう。
番組終了で石井との接点もすっかりなくなってしまった。
「ホリプロのだれかに聞いてみようか。あの石の力も気になるし。」
児嶋の言葉に渡部はやや考え込んだあと
「そっとしといてやろうぜ。戦いに巻き込まれずにすむんならそれに越したことはないんだから。」
と答えた。
「…そうだな。」
あんな思いをする芸人はひとりでも少ないほうがいい。
これまでの苦しい戦いの数々を児嶋は思い出していた。

ちょうどそのころ。
自宅のリビングで自分の手を見つめて呆然としている石井の姿があった。
テーブルの上には無残に握り潰された携帯電話。
ルチルクォーツがポケットの中で光を放ち始めたことを石井はまだ知らない。

END

147</b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:06:57
名前欄の91という番号はクッキーの食い残しです。意味はありません。すみませんでした。

以上「ウルトラ実験隊」ネタでお送りしました。
ラストで石井のルチルクォーツが目覚めていますが
この後の話は特に考えていないので
もし石井を使った話を考えている方がいらっしゃったらスルーしてしまってください。

それでは失礼しました。

148名無しさん:2005/03/19(土) 08:48:16
乙です!
アンジャッシュと石井さんの行方も気にしつつ、
この時のナソチャンのようすもひそかに気になりまつ・・・w

149oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:33:06
>>136-139のトータルテンボス(SBPF)編を書いていた者です。続きを投下させてください。
この後、石は出てこないものの、とある能力だけが出てきます。
その石を悩んでいる上、もしかすると同じような能力が既にあるかもしれず…。
一旦、こちらで皆様のご意見等うかがえればと。(一応、まとめサイトを確認はしたのですが)
よろしくお願いいたします。

150ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:34:37
>>136-139の続き

「何やってんだアイツは」
 控え室を出た藤田だが、1分と経たないうちにトイレの前の廊下で立ち尽く
す大村を見つけた。じっと睨むような目線。握り締めた片方の拳と、もう片方
の手はウォレットチェーンを行ったり来たりしている。
(…あ!アイツ、石使おうとしてやがんだな?!)
 瞬時に勘付いた藤田は、そこから猛ダッシュで大村へと近付く。不測の事態
に備えて、彼の片手もウォレットチェーン――といってもスウェットには付け
られないのでポケットに放り込んでいた――を手に取る。藤田の心の焦りに呼
応するように、薄い碧色の石がふっと光を放つ。
「おーむ!何やってんだよ!」
「うるせぇ」
 肩を掴むと、大村は藤田の手を振り切り、尚且つ押し退けようとする。その
視線はまっすぐに据えられて、藤田を振り返りもしない。
「うるせぇじゃねぇよ!お前、何やってんだって」
「藤田黙ってろ、向こう行ってろ。なんか胸騒ぎがする。あぶねぇかもしれね
ぇ」
「おい大村!!」
 大村の前に回り込んで、その両肩を掴んだ。大村の視線が、初めてまともに
藤田を捉える。
「離せ!」
「“おまえ一人で”何やってんだよ大村!!」
「一人?!お前こそ何言って…」
 そう言って、大村は藤田の肩越しに視線を投げ掛ける。
 あたかも、そこに石を持った芸人が立っているかのように。
 そしてその顔は一瞬の後に、甘いと思ったシュークリームの中に辛子が入っ
ていたかのような表情を上らせて。
「どこ行った?!」
「誰がだよ」
「居たろ!さっきまでそこに!」
「お前、俺が見つけた時からずっと一人だよ。何か睨んでたけど」
「んなわけねぇよ…居たんだ」
「だから誰が居たんだって」
「え?」
 改めて訊かれて、大村は即答するのをためらった。
 藤田の口ぶりによれば、山崎は『逃げた』のではなく『存在しなかった』も
しくは『見えなかった』のだということになる。任意の者にしか見えずに惑わ
せる“幻覚”の類か。間違いなくそれを生み出したのは「石の力」だろう。だ
とすると、その「石の持ち主」は2通りのことが考えられる。つまり、「山
崎」か「山崎以外」かということだ。
 そして、うかつにそんな推測を口に出すべきか、大村は迷ったのである。目
の前に居て話をした山崎が「幻覚」だったと気付かされたばかり。
 目の前に居る藤田が“本物の藤田”かどうか、大村には分からない。なにし
ろ藤田は、目の前の幻覚山崎が消えると同時に現れたのだから。
「おい、大村?」
 黙りこくった相方を藤田が覗き込む。自分が“本物か”疑われているなんて、
微塵も考えていない表情だ。
「…藤田」
「なんだね。神妙な面持ちだねぇ」
「石、持ってるよな」
「え?あ、あぁ」
 ホラ、と石を見せられ、大村はまたしばらく考え込む。さっきの山崎(の幻
覚)は白いネクタイをしていた。身体的特徴だけでなく持ち物までも忠実に再
現するのであれば、石を持っているだけでは藤田である証拠にはならないだろ
う。

151ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:35:50
(どうすればいい?どうすれば、目の前のアフロ男が本物の藤田かどうかを判
別できる?)
 普段はネタを考える時か悪戯を考える時にしか見せないくらい真剣な表情が、
大村の顔に浮かぶ。
 すると、呼応するかのように腰の辺りにポッと熱が点ったような感覚がした。
大村が改めて確認するまでもなく、自分の石…薄い黄色の黄翡翠(イエロージ
ェイド)が輝いているのだと知れる。
(そうか)
 大村はウォレットチェーンを手繰り寄せ、石を指先で確認した。この石があ
れば、藤田の正体を確認することくらいすぐに出来るはず。
「藤田。わりぃ、ちょっと俺、ライブ前でテンパってた」
「なに?」
「疲れてんのかもしんねぇ。ジュースを買ってきてくれたまえ」
 いつも通りの大村の様子に誘われて、藤田は眉毛を吊り上げる。
「おまえっ、そのジュース買いに行ってたんじゃなかったか。フザケんなよ
っ」
「…そういやそうだっけ」
 実際は控え室を出たところで山崎(幻覚)に行き会ったので、ジュースのこ
となどきれいさっぱり忘れ去っていたのだが、大村はそこをサラリと流す。
「いいや。じゃあじゃんけんで負けた方が買ってこようぜ」
「…負けたら奢りか?」
 乗ってきた。
「望むところだ」
「よーし、やる気出てきたぞー」
 このノリの良さだけで藤田だと信じても良いくらいだったが、念のため、と
大村は腰の石を発動させる。
「じゃーんけーん、しっ」
 大村の手は、チョキ。藤田の手は、パー。石は一瞬キラリと光って、また元
の姿を取り戻す。
 負けた藤田があんぐりと口を開けるが、すぐに両手をぶんぶんと振り回して
要求をかざす。
「さささ三回勝負!なっ。オゴジャンなんだから、それくらいアリだろう」
「…しょうがねぇな」
 大村の溜め息に口に出さぬ思いが乗っていることに、藤田は気付かないだろ
う。
「ようし、じゃんっけんっ」
「しっ」
 大村・グー。藤田・チョキ。
「もういっちょ。じゃんけんっ」
「し」
 大村・グー。藤田・チョキ。
「はい、藤田くん三連敗」
 行って来い、とスウェットを履いた尻を叩きながら大村は念じた。
(来い、藤田。気付け、藤田。お前が本物なら)
「あッ!!」
 大村の願い通り、藤田はそのアフロ頭をもたげ、弾かれるように大声を上げ
た。
「おーむ、おめぇ、石使いやがったな?!」
「…やっと気付いたか」
 ほっと息を吐きながら、大村は笑った。藤田が大村の石の能力を看破するか
どうかが、この賭けの重要なポイントだったのだ。
「当たり前だろ、三連勝して余裕綽々な顔してるなんて、お前が成功率上げた
からに決まってる!詐欺だ!…んで、何笑ってんだよ!」
 藤田ががなりたてるが、彼が本物と証明できた大村は笑顔を崩さない。大村
の感情に藤田が気付くわけもないから、はたから見るとかなり奇妙なテンショ
ンの二人連れである。
「藤田」
「なんだね。ズルっこしたこと謝りたいのなら聞いてやる」
「俺の石の能力言ってみ」
「…謝らないのかよ」
 憮然とした表情ながらも、素直に大村の要求を聞き入れて、藤田は、
「今更説明させるって、なんだよ。…自分か周りのヤツのアクションの成功率
を上げる、だろ。今はじゃんけんで自分勝利の成功率を上げたってところだろ
うが」
 過不足なく大村の石の能力を説明して、これで満足か?という目を向ける。
それに向けて大村は、至極満足げに微笑んで肯く。
 先ほどの山崎の幻覚は、「君の石の能力を訊きたい」と言った。それはつま
り、山崎の幻覚を操る石持ちの芸人は、大村の能力を知らないということだ。
その人物が白か黒か、敵か味方か、そもそも何が目的で何故大村の石の能力を
知りたがったのかはさっぱり分からないが、藤田に化けることはハイリスクだ
ったのだろう。彼ら二人とも、正確な石の能力を知っているのは、今のところ
本人と相方だけなのだ。
 大村は手を伸ばして、飼い犬を撫でるのと大差ない手つきで目の前のアフロ
を撫でた。この感触は間違いなく相方…いや、この場合は、石を巡る戦いの中
でも唯一絶対的に信頼できる、親友のものだと言えた。

152ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:37:35
「それで、ライブ前のあの茶番は何だったんだよ」
 モツ煮込みを頬張りながら、藤田が大村をきろりと睨む。ライブ後の打ち上
げと称して二人で居酒屋に来たのはいいが、結局のところ三時間前に石を使っ
ていた大村の行動の理由が気になるのだろう。あの時、石を使ってまで何をし
たのか、藤田はそれを聞きたがっている。さすがに冷静に考えてみれば、ジ
ュースのオゴジャンのためだけに三回連続で石を使って成功率に細工をしたと
は信じられない。
「おやおや…茶番呼ばわりとは穏やかじゃないねぇ」
「穏やかじゃなかったのはおめーだろ。ガラにもなくマジだった」
「…ま、確かに」
 さてどこから話し始めたもんかな、と一瞬間を置くと、藤田は間髪入れず、
「誰が居た?」
 いいところを突いてきた。
「…誰も居なかった」
「誰か居たんだろ」
「誰も居なかったのはお前も見たろう」
 居なかったのを見た、とはおかしな言い方だが、藤田は肯かないわけにはい
かない。あの時の大村は、確かに虚空を睨んでいたから。
「ただし、俺の目にはある男が映ってた」
「誰だよ」
「…俺らより知名度のあるコンビの、ボケの方」
「石は?」
「…持ってなかった」
 じゃあ丸腰の相手に向けて石を使おうとしていたのか?藤田が眉を寄せるの
を見て、大村が続ける。
「俺の目には見えてたけれど、実際は居なかったって言っただろう。つまり、
幻覚だ。幻覚が、石を持っているわけはねぇ。それに、あの時点で俺は、相手
が幻覚だとは知らなかった」
 そういうことだ、と言って藤田を安心させるようにひとつ肯く。
「つまり、どこからかその幻覚を操っていたやつがいたはずだ。石の力を考え
ると、多分すぐ近くで。…それが誰か、俺には分かんねぇけど」
「…」
 藤田は、アフロの下の力強い眉毛をぎゅっと寄せて、何かしら考え込んでい
る。
「藤田」
「…一人だけ、可能性がある。いや、俺自身はこれっぽっちもそんな可能性信
じてねぇけど」
「…藤田?」
「俺らが今聞いてるとこを信じるならよ。石を持ってるってことは、芸人って
ことだろ。今日はいつものライブじゃねぇよ。俺らのバンドのオンリーライブ
だぜ?」
「…藤田おまえ」
 驚いた表情の大村に、藤田がその人物の名前を告げようとした瞬間。
「もうええよ、藤田」
 額を寄せ合って話をしていたふたりの上に、影が差す。その人物は、大村の
背後から近付いており、声を掛けられた藤田が先に顔を上げて、その人物を見
とめた。
 それはまさに、藤田が名前を口にしようとした人物。
「…樅兄…?」

153ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:39:11
 大村は振り向かないまま、藤田の表情だけを観察している。騒がしいはずの
居酒屋の中で、自分たちを中心に半径1メートルだけがぽっかりと音を無くし
ているような感覚。腰にぶら下がった石が、自分の鼓動を表すように忙しなく
明滅しているのが感じ取れる。
「ライブ前のアレは、俺の石の能力や」
 確かにそれは樅野の声。だが、振り向けばその瞬間から、樅野が白や黒のこ
ととは別に、“自分とは違う側”の存在になってしまうような気がして、大村
は振り向く意思すら見せずに問う。
「…なんで、あんなマネしたんすか」
 別に、幻覚山崎にも、その操り手だったという樅野にも、身体的な攻撃を受
けたわけではない。ただし、幻覚と対峙した間、そしてその後、幻覚かどうか
判然としない藤田を前にした時、言いようのない恐怖が胸に拡がったことは事
実だ。それは精神的な攻撃とも言えた。
「…理由は、あんまりたいしたことでもないよ。…大村、怖かったやろ?」
「…」
 背中越し、淡々と聞こえてくる樅野の言葉に、大村は応えない。否定も肯定
もしない。
「石の戦いをどこ吹く風、って白にも黒にも属さんことはできるよ。現に、そ
ういう立場を選んでる芸人もいっぱいおるはずや」
 目のまえの藤田は、信じられないという顔で樅野を見ている。
「ただ、石の能力は千差万別。その戦いの途中で、今まで白か黒かなんてたい
して気にも留めてなかった相方まで信じられんようになる時は来る。相方が自
分と同じ考えなのか。実は自分はたった一人で戦ってるんじゃないか。そもそ
も、相方は本当に昨日まで隣にいた相方なのか。…疑いが生まれたら、なかな
か消えることはない」
「そのことを俺たちに教えてくれようとしたってことですか?」
「そんな優しい気持ちやったかな。どっちかっていうと、試したってのが正し
いかもしれない」
「俺たちを試して、あなたに何が残るんです、何か残りますか」
「何も残らんよ。何ひとつ、残ったらだめなんです」
 謎掛けめいた返答にも、思い当たる節はある。
「樅野さんは、白っすか黒っすか」
 ついに頭を抱えるようにして俯いてしまった藤田のアフロヘアーを眺めなが
ら、大村は今日二度目になる質問をぶつけた。この問いに、山崎の姿を借りた
樅野は白だと答えた。
「…知りたいか?」
「知りたいことがありすぎるんで、手近なとこから知りたいですね」
「俺は、おまえらは白に入るべきだと思ってる」
 そんなことは訊いてない、と言おうとしたが、幻覚山崎の(ひいては操り手
である樅野の)せりふを思い出して、言葉を飲んだ。
――…『おまえは白か?』って訊く人もいるんじゃないんですか。
――いるね。
――そういう人は?
――うーん…黒から改心した人か、芸人辞めた人か?…もしくは、どっちかを
スパイしてる人。
 あの台詞で樅野が言いたかったことは、石を巡る戦いを知った人間で、且つ
その戦いから身を引いた人物…『芸人を辞めた人間』は、石を封印することを
願う、ということなのではないか。だから今も、彼は自分たち二人を白のユニ
ットにいざなっている。

154ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:44:55
「樅兄の考えはよく分かり…」
「待てよ、おーむ」
 大村の言葉の語尾にかぶせるようにして、いつの間にか顔を上げた藤田が手
を差し出して「ストップ」と表す。その目は、どこか怒ったように尖り、大村
は思わず口を噤んだ。
「ねぇ樅兄」
「…何?」
「俺の今日のカッコ、イケてます?」
「ん?…いや、おまえその格好で家から来たんか、て思うけど」
「…おかしい」
 常に無い、真剣な声色。大村が尋ね返す代わりに眉をひそめると、藤田は苛
ついた様子で居酒屋のテーブルをひとつ叩いた。周囲の客が一瞬こちらを注視
したが、すぐに興味を失った様子でそれぞれの会話に集中を戻した。彼らのそ
の動きはどこか不自然で、もしかしたら石の能力の中には他人の自分への興味
を失わせる、そんなものもあるのかもしれないと大村は頭の片隅で考える。
「…どうしたんだよ藤田」
「まず根本的なところがおかしいんだよ」
「…だから何がだね」
「今の樅兄が、石を持ってるはずがねぇ」
 石を持っているのは芸人だけのはずと聞いているから。
 これまで石を持っていたとしても、つい最近、樅野は石を手放していると考
えてもいいはずだ。彼の肩書きは、『作家』ではないか。
「…でもよ、石を手放すってのもすぐにはいかねぇだろ。少しくらい、猶予が
あるのかも」
「それより、この樅兄も幻覚だって考えた方がしっくりこないか?」
 藤田が、テーブル上にあった割り箸を大村の肩越しに投げる。大村は振り返
らなかったが、背後の樅野から声が上がった様子はない。普通、箸を投げつけ
られたら「わぁ」だとか「何すんだ」とか、とにかく声を上げるはずだ。
「…マジか…」
 …そう考えれば、さっき周囲の客がこちらを見てすぐに興味を失ったのもな
んとなく分かる。大村が一切振り向かなかったこともあって、傍から見れば、
自分たちは“二対一で揉めてる集団”ではなく“ただの二人連れ”なのだ。二
対一の状況なら多少目を引いただろうが、ツレ同士にしか見えない藤田と大村
だけなら、さして注目することもあるまい。
 ライブ前、大村が“一人で”何かと対峙していたように、実は「一人足りな
い」。言い換えれば、一人は幻覚。
 大村が鋭く振り返る。そこには誰も居なかった。
「…幻覚の樅兄さ、ちょっとだけ笑って、フッて居なくなった」
 ずっと樅野(幻覚)が立っていたのを見ていた藤田が、ぽつりと呟く。それ
を口に出してみると、ひどく象徴的な言葉になってしまったことに、藤田自身
が驚いた。驚いたけれど、そのことが藤田にある核心を抱かせた。
「居るんでしょう?」
「藤田?…誰に話し掛けてる?」
 さっきから、藤田は千里眼でも持ったかのように大村の思考の先を行く。大
村にとってみれば、いつもおちょくっている藤田の言動に驚くやら少しムカつ
くやらといったところだ。
「居んの、分かってんすよ」
「藤田ぁ」
 俺にも分かるように言いたまえ。
 大村がそう言おうとした矢先だった。

155ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:45:28
「…大村じゃなくて藤田に見破られんの、ちょっと悔しいな」
 聞き覚えのある、標準語と交じり合って柔らかな響きの関西弁。
 今、背後に立つ人物が、山崎・樅野、二人の幻覚を大村に見せたのであり。
 そして、振り返る前から分かった。その声は聞き間違えようもなく、
「や…まもと、さん?」
 樅野の相方だった、山本のもの。
「ライブ、実はこっそり見てたよ。よかった」
「…マジで山本さん?」
「大村は、びっくりしてるなぁ。…藤田は、いつから分かってたん?」
 穏やかな顔に、多少剣呑な表情を浮かべて、山本が藤田に向けて顎をしゃく
ってみせた。
「樅兄が出てきたところ」
 山本の問いに、藤田はお気に入りのおもちゃを取られた子供のような顔で答
える。
「なんで分かった?」
「樅兄がこんなことすんのおかしいって思った。下手したら俺らが石使って抵
抗してくっかもしれないのに、しらっと出てきて、無防備過ぎんなぁって。幻
覚って考えれば説明がつくでしょう。幻覚に俺らが反撃したって、本体は傷付
かない」
 それに、と言いさして、藤田は自分のスウェットを見下ろす。
「決定打はこのスウェット。樅兄は俺が今日なんでスウェット履いてんのか知
ってるんですよ。おーむの悪戯のせいで途中で履き替えたんであって、この格
好は家からじゃねぇってことも」
 あちゃあ、と山本の茶化したような声がした。たいしてダメージは負ってい
ない。
「…それで、その幻覚の本体が俺やって、なんで分かったん?」
「…手放した石を、樅兄がどうしたか考えたんです。あんまり考えたくはなか
ったけど、もし俺が樅兄と同じ状況ならどうするかってことも考えた」
「それで?」
「俺なら…」
 藤田はそこで一度言葉を切り、対面に座る大村に視線を合わせた。
「持たなくなった石は、きっと大村に預けます」
 山本の返事はない。おそらく、藤田の推察は的を射たものだったのだろう。
樅野はもう自分で持たなくなった(持てなくなった?)石を、元相方に預けた。
「石は、芸人じゃないと持たない。石は、俺らがコンビだったって証にもなる
でしょ。だから俺ならきっと大村に預けます。…同じように樅兄も山本さんに
預けたんじゃねぇかなって」
 樅野が何を考えて、石を山本に預けたのかは知らない。山本にすら分からな
い。
 しかし、藤田の言葉は拙いながらもある種の説得力を持っていた。芸人にな
らなくては持つことのなかった石。自分の笑いへの情熱に反応しているような
石。それを『自分が芸人である間となりに居た男』に託したとしても、驚くこ
とではない。
「…おまえらを、試しただけや」
 拗ねたようにそう呟いて、山本が二人に背を向けた。くちびる噛んで黙って
いた大村が、先輩の背中に声を掛ける。

156ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:45:54
「ねぇ山本さん。俺の石はすげぇ弱っちくて、ひとりで戦ったりとか出来っこ
ねぇんですけど、でもそれでも藤田がホンモノかどうかぐらいは見破れるんで
す。俺はそれが出来ればまぁ十分かなって思ってます」
 その場に立ち尽くしたまま、山本は動かない。テーブルの傍らで立ち尽くす
男を、店の客が胡散臭げに見上げている。この山本は確実に幻覚ではないらし
い。
「俺がホンモノかどうか、このモジャが分かんのかどうかアヤシイもんですけ
ど、でもやっぱりちゃんと見破るんじゃねぇかなって、変に信じてる部分もあ
るんですよね」
 大村の言葉に、藤田が怒ったり照れたりしているのが見えたが、今は構って
いる場合ではない。
 山本は、彼らにじっと背を向けたまま黙っている。彼の傍らのテーブルの客
が、立ち上がって、店を出て行った。そのくらいの時間をじっとしたまま待っ
て、それから山本はゆっくりと藤田と大村を振り返って。
「…相方のことが分かる、ゆうんか」
「そうですね」
「今日は俺が相手やったからそれも出来たかもしれん。せやけど、似たような
能力の石を持ったやつが、俺よりもっと周到に相方のニセモン送り込んでくる
かもしれへん。しかも、その日がいつ来るかもしれん」
「もし、ホンモノ藤田の中に一日だけニセモノが混じってたとしても、俺はイ
ヤでも気付いちまうんだと思いますよ」
「ロシアンルーレットみたいだな」
 大村の今日の悪戯を思い出して、藤田が呟く。彼のジーパンをベットリとよ
ごした、辛子入りのシュークリームが脳裏をよぎったのだろう。
「俺の石の能力があれば、山盛りのシュークリームの中から辛子入りを選び出
すことだって可能だからな」
 大村が、ニヤリと笑って藤田を見る。藤田は、これから先ロシアンシューの
罰ゲームをすることがあれば、自分は必ず「アタリ」を引いてしまうのだろう、
と悲壮な覚悟を決めた。
「…お気楽なヤツら」
 山本が呟く。けれどその声音は十分に笑いを含んだもので、二人は安心する。
「それでですね。何が言いてぇかっていうとですね。…俺も藤田も、白でも黒
でもぶっちゃけどっちでもいいんですけど、でも…白に入って石を封印できん
のなら」
「そんで、それが“いろんな人”の希みだってんなら」
 藤田の言う「いろんな人」には、大好きだった先輩も含まれるのであろう。
そして、自覚の無いまま「元相方」の思いを汲み取ってトータルテンボスを白
にいざなおうとしていた、目のまえの山本のことも。
「俺らは、白に入ってもいいと思います」
「困ったことに、俺も大村とおんなじ意見でっす」
 アフロを揺らして、藤田が明るく挙手して賛同する。
 一瞬、あっけに取られた顔をした山本が、次の瞬間、泣きそうな顔をして、
すぐにそれから弾かれるように笑い声を上げた。大きな笑い声はしかし、居酒
屋の中では埋没する。
 ひとしきり笑った後で、目じりを濡らすわずかな涙を指先で拭って、山本は
ウンとひとつ肯いた。
「頼むわ。俺はもうしばらくは、石使う気はないし」
「俺に任せてください」
「藤田に任すんは、ちょっとな」
「なんですかそれ!」
 笑い合い、居酒屋の喧騒の渦に飲み込まれていく感覚を味わいながら、藤田
は思った。
 俺は今晩のことをずっと忘れないだろう。事あるごとに思い出すんだ。…辛
子入りシュークリームを見た時なんか、特に。

157ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:46:19
「じゃあ、俺は帰る。またルミネで会おう」
 朝もやの中、カラスの鳴く居酒屋前の路地で。
 目のまえの先輩は至極さっぱりとした顔で大村と藤田を見て、続ける。
「今日のこと、“あのひと”には内緒な」
 その指示語が誰を指しているのかはすぐに知れたので、二人も問い返したり
はしない。
 その代わり、藤田がすこし躊躇って切り出す。
「山本さん」
「何、あらたまった顔で」
「山本さんの石の能力は」
「知った人の幻覚を作り出すこと。その人のことを知ってれば知ってるほど、
リアルな幻覚が作れる」
 大村が見た山崎の幻覚が奇妙なほど笑顔だったのは、山本のイメージの中の
存在だったからなのだろう。
「まぁ幻覚ゆうか…正確には“蜃気楼”みたいなもんやな。人によって見れた
り見られへんかったりするようにも出来るから、正式な蜃気楼とはちがうけ
ど」
「なんで蜃気楼でしょうね?…蜃気楼ったら砂漠?山本さんがラクダに似てる
から?」
「さぁ」
 山本が気を悪くした様子も無いので、藤田は思い切る。
「あの、山本さん。…樅兄の幻覚、もう一回作ってくださいよ」
「え?」
「俺、最後に、チャイルドマシーンの揃い踏みが見てェっす」
 もじもじすんじゃねぇ、と笑って背中を叩いて、藤田をツッコんでやろうか
と大村は思ったが、相方のデカイ体の向こうに見える山本が泣きそうに瞳をゆ
がめたので、何も言えなかった。
「…悪い、藤田。俺、今日もう打ち止め」
「…」
「1日に2人も幻覚作ったん初めてで、わりとへろへろ」
 それは言い訳ではなく、真実なのだろう。石を使った人にしか分からない疲
労感は確かにある。しかもあれだけリアルに喋る幻覚を作ることが、何度も何
度も出来るとは考えにくい。
 そっすか…とすっかりしょげかえった藤田の背中を、今度こそ大村がドスン
と重たく叩く。
「…藤田、気付け。おまえの石の出番じゃねぇの?」
 大村の助け舟に、アフロの下の藤田の曇り顔が一気にパッと晴れ渡った。そ
して「どういうこと?」と山本が問い直すより早く、
「山本さん、ハンパねぇっ!」
 早朝の空に、高らかに藤田の声が響いた。驚く山本だが、すぐに藤田のポケ
ットの中が薄い碧色に光るのが服の上からも見えたので、その意を察する。
「藤田、おまえの能力って」
 その問いには、藤田ではなく大村が応える。
「余力無い石を、ハンパねぇ状態に回復させる。ま、ゆったらタダで満タンに
してくれるガソリンスタンドみてぇなもんです」
「ちょ、それヒドくねぇ?」
 「ホントのことだろう」「だとしてもヒデェ」などと二人がちょっとした小
競り合いを始める。それを見ていた山本の隣の空気が、ちょうど人の大きさぐ
らいに、きゅぅっと密度を高めた。色はないが、透明なレンズを置いたかのよ
うな。
 …藤田の石・翡翠(ジェイド)の能力のおかげで、幻覚を作り出すことが出
来そうだ。しかし、本格的な口喧嘩になり始めた藤田と大村は、その瞬間を見
ていない。
「フザケんなよおめー!」
「やろうってのかよ。おまえのことなんざ金輪際もう知らねェ。ダチでもなき
ゃ相方でもねぇ」
「上等だ!このすっとこどっこい!」
 つい数時間前に「俺は相方を信じてる」ようなことを言っていた二人とは思
えない罵詈雑言が、薄水色の朝空の下を飛び交う。苦笑していた山本が、何か
念じるかのように、一瞬目をきつく瞑った。ペンダント式なのだろうか。石が
あるらしい山本の胸元が、淡い光を放つ。
 隣の“密な空気”が、中央からゆっくりと色を生していく。ゆらりゆらりと
揺らいで危うかったそれは、ある一瞬からしっかりと質感を持って目に映る。
 石が何かまでは明かさないが、今まさに山本は蜃気楼で人を一人出現させん
としている。

158ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:46:44
「…藤田」
「なんだね、今更すいませんでしたは聞かねぇぞ」
「おまえになど謝るかバカモノ。…いや、そうじゃなくて」
 大村がゆっくりとかざした手は、ピンと伸ばされたその人差し指で、一点を
指している。
 その先を急いで追った藤田の目に映ったのは、ゆっくりと去ってゆく先輩の
背中。
 肩越しにバイバイまたな、と手を振ってみせているのは山本。
 そしてそのとなりで一緒に歩み去りながら、一瞬こちらを振り返って、口の
かたちだけで「喧嘩すんなよ」と言っているのは、樅野。…いや、樅野の幻覚。
幻覚と分かっていても驚くほど、すごくリアルだ。
 そしてそうやって二人の並ぶすがたは、あまりに当たり前に思えるほど自然
で。
 立ち去る先輩二人を見送りながら、いつしかさっきまでの喧嘩を忘れて、ぼ
んやりと藤田と大村は立ち尽くしている。
「…なぁ、おーむ」
「…あ?」
「別に俺らはバンドん時、ふつうに樅兄に会えるんだけどさ。たぶんルミネで
あの二人に会う確率だって高いんだろうけどさ」
 目が潤んでくるのは何故だろう。
「なんか…二人並んでっと、すげぇあの背中がでっかく見えんな」
「…」
 くせぇ、と笑いもせずに、大村は真顔のまま踵を返す。山本とは真逆の方向
に歩みを進め始める。
「なぁ、大村ってば」
 その背中を追う藤田だが、顔はチラチラと反対方向に歩み去る先輩二人を見
ている。それを横目で確認して、大村は突然足を止めて。
「藤田、俺に“ハンパねぇ”かけてくれ」
「は?」
「いいからかけろよ。俺も、もう燃料切れ寸前だっつの」
「…大村、ハンパねぇ」
 藤田が気の乗らぬまま呟く。これで大村の石も全快とはいかないが、それで
もあと一回使うぐらいは出来るだろう。手元に石を引き寄せて、握りこみ、胸
にくっつける。藤田が見よう見まねの様子で同じ体勢を取る。
「“ハイライト”やんぞ」
「え?え?」
「“ハイライト”だよ。いいな?せぇの」
 一瞬先に、大村の石が淡いヒヨコ色の光を放った。『打ち合わせなしでも藤
田とのハイライト詠唱がハズれないように』成功率を上げたのだ。
 そして、二人は声をそろえて、背後の山本に聞こえる程度の声量で。
「チャ・チャ・チャイルドマシーンの、ハイライトっ」
 薄い緑と黄色の光に包まれながらそう言い放つと、脱兎のごとくその場を走
り去った。

 あとに残された山本たちが、観客のカラス相手に、いったいどんなハイライ
トシーンを見せたのか、藤田たちに知る術はないが、それは山本だけが知って
いればいいことだと思って気にも留めなかった。

 石の能力を最大限に使った疲労感を、飲み過ぎの二日酔いだということにす
り替えて、朝日に向かって二人は歩く。
「なぁ大村」
「なんだね」
 差し当たっての藤田の関心事は、白のユニットにどうやって入ればいいのか
とか、黒のユニットにはどんな人がいるんだっけ、とかそういうことよりも。
「頼むからさ、ロシアンシューで俺がアタリ引くように石使うの、ヤメね
ぇ?」
 大村が大きな声で笑い出してしまうようなそんなこと。

 何があっても自分たちが自分たちでいられれば、それでいいと思った。


End.

159oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:51:35
以上です。お目汚し失礼しました。ありがとうございます。
トータルテンボス個々人の能力は、文中にある通りです。
コンビ技は、以前石の能力スレで書いていたものから少し外して、

「○○のハイライト」と叫ぶことで、様々な事象のハイライトシーンを出現させることが出来る
ただしどんなハイライトになるかは選べない…といったものになっています。

160名無しさん:2005/03/20(日) 18:47:56
乙です!
すごくよかったです!私は戦いのない小説というのも好きなので楽しく読めました!
チャイルドマシーン・・・泣けてきます・・・でもすごくいい話でした。

161名無しさん:2005/03/21(月) 00:26:32
良かったです。優しい感じの話で、なんとなく読んだ後にほっこりしました。
此処に投稿するのがもったいないくらいのお話でしたよ。

162名無しさん:2005/03/21(月) 14:18:14
とっても良かったです。思わず泣きそうになりました。

163名無しさん:2005/03/23(水) 23:12:16
これだけよかったら、本スレに投稿しても良いんじゃないですか?

16419 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:20:31
乙です!
すごくじんわりしました。
>>163さんの意見に賛成で、本スレ投下して欲しい作品です。


以前書いてた物の続き投下させてもらいます。

16519 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:21:53
128−131の続き


澄み渡るような青空が茜色へと侵食される頃、小沢はメモが告げた倉庫の前に来ていた。
さきほど居たテレビ局からはそう遠くはないのだが、わき腹の痣から来る激痛に邪魔されてなかなか前に進むことが出来なかった。おまけに小沢は東京の地理に明るくない。のろのろと歩いているうちに日が暮れれば、その分方向感覚も狂ってしまう。
そうしてこのまま倉庫の中で待ち構えているであろう相手と長時間戦えば、その分帰り道でも迷う確率が上がってしまう。
(だからね…)
小沢は開け放たれている扉の前に立ち、倉庫の中へ足を踏み入れる。
「早く終わらせて帰んなきゃなんだよ」

倉庫の中は、開け放たれている扉と、一定の間隔で存在する窓から差し込む光でそこそこ明るかった。
その中、ちょうど倉庫の中央に小沢より背の高い男が立っていた。
(どっかで見たことあるっけな…?)
小沢は自分の記憶を探るように目を細めたが、思い出したからといって大して状況は変わらないことに気付き、思い出すのをやめた。代わりにその男に声を掛ける。
「ADにメモを渡すように頼んだの君?」
「はい。他に渡す良い方法がなくて」
小沢の質問に、気安さを交えて応えると男は言う。
「すみません、こんなところまで呼び出して」
「まったくだよ。おかげで仕事さぼっちゃったよ」
小沢も気安さを込めて、相手に応えた。
互いにワザとらしく軽口を叩く。しかし心の中では、いつ動くかどう動くか、いつでも相手との距離を図っている。
「ごめんね、来るの遅くなって」
「いいえ、大して待ってませんし、こちらこそ突然呼び出しちゃって。地図、分かりました?」
「まぁ、そこそこ」
本当は地理に疎いため地図を読むのにも苦心したのだが、そこは隠しておく。
「でもよくこんな倉庫見つけたね〜」
辺りを見渡しながら、小沢は男に話し掛けた。
倉庫はどうやら今は使われていないのか、倉庫内は物も少なく閑散としている。窓がいくつかあるが、高いところにあるのでなにか踏み台でもなければ開けることすら出来ないだろう。床に釘などの危ない物が落ちている様子もない。

16619 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:22:59
(どっか隠れる場所あるかな…)考えながら、また小沢は男と距離を測るためになにげなく右にずれる。
小沢と一緒に視線を廻らせながら、男は応える。
「僕、探し物とか得意なんですよ」
「そう」
小沢は興味のない顔をつくり、ポケットの中のアパタイトを握り締めた。
戦闘準備は出来た。後は相手次第だ。
しかし肝心のその相手は、小沢の様子を気にする様子もなく淡々と話し続ける。
「昨日も路地裏でぶっ倒れてた相方、探し出しましたし」
「…昨日の!」
なんでもないことのように告げる男とは対照的に、突然の告白に小沢は驚きを隠しきれなく思わず声を大きくした。昨日のことが一気に頭の中に浮かんでくる。
昨日小沢は、一人の男に街中で襲われた。奇襲だったためわき腹にダメージを食らったが、頭に血の上っていた相手では冷静さを失わなかった小沢が負けるはずはなかった。
小沢はその男をどこかの路地裏で倒して石を封印すると、そのまま放って帰ってしまったのだ。

(あー、コンビなのに一人しか居なかったから、昨日は誰だか分かんなかったんだ)
妙に納得すると、昨日放って帰ってしまった男の様子が気になった。
確か顔面に衝撃波を食らっていた。血は出てなかったし命に別状はないとは思うが、今頃は自分のように痣に悩まされているだろう。
「怪我とか、大丈夫だった?あの人」
「大丈夫です。医者に連れてったら骨が折れてるわけでもなし、1週間ほどで消える痣って言われましたから。
まぁ固形食が食べれなくて本人は辛そうでしたけど」
「記憶は?」
「見事に吹っ飛んでました。医者は衝撃による記憶喪失、どっかの壁に誤って激突した事故ってことで片付けてくれました。」
その言葉に小沢は胸を撫で下ろした。想像したよりも大した事にはなっていないようだ。
男は少し息を吸うと、
「ありがとうございました」
と小沢に深く頭を下げた。
「なに?俺、なんかした?」
「相方を殺さないで居てくれた。おまけに黒から一番いい方法で抜けさせてくれた」
そう言うと男は顔を上げた。姿勢を正すと、小沢と真正面から向き合う。
「…君たちはなんで黒にいるの?」
「それを言うなら、小沢さんだってなんで白に?」
小沢は応えない。
男はそんな小沢に対して軽く肩を竦めると、言うことは言いました、と呟いた。
「手加減はしませんよ?」
「俺もしないよ?」

16719 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:23:37


二人の間に心地の悪い緊張感が走る。その緊張感に悪酔いした小沢は相手との距離を測り損ねそうになるが、辛うじて踏みとどまる。
計ったように二人そろって息を吐き出すと、同時に声を張り上げた。
「もういいよ!」
男が怒鳴ると空気が収縮され、それは一気に小沢へと向かって放たれる。
「君って俺にも地球にも優しいんだね!」
男の放った衝撃波は小沢が指を鳴らすと共に、やわらかい風へと変わった。
小沢は男が自分で放った衝撃波に気を捕らえているうちに、右に向くとすみやかにさきほどから目をつけていた沢山と積んであるドラム缶の後ろに隠れる。
相変わらずわき腹の痣が存在を主張してくるが、あいにくとそれ構っている余裕は小沢にはない。痣のせいで少しの運動でも揚がってしまった息を整えると、小沢は状況の整理に取り掛かる。
(ここまでで分かったこと。あの男は突っ込みだ…じゃなくて、声量の分だけ衝撃波になる)
自分でボケと突っ込みを入れると、(今度はこっちから仕掛けないとね)とドラム缶から顔を出し、「そんなことより踊らない!?」 指を鳴らす。
と、小沢の能力により作られた小沢の虚像が、男に向かって走り出す。
それに虚を突かれた男は、「困る!」ともつれた声で叫んだ。
男の放った衝撃波は小沢の虚像をすり抜けて壁に激突した。
激突された壁は力をコントロール出来なかったのか、広範囲にへこんでいる。首を伸ばしてそれを確認すると、
(突っ込みさんの力は、ボケと似てんだな。ボケは集めた光を、突っ込みは声量の分だけを衝撃波に変える。コンビで似てんだろうなぁ…どっちにしても厄介だよ)
今の攻撃で分かったことをまとめると、小沢は困った。
「これが噂の八方塞りってわけね…」

16819 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:24:13



男はため息を吐いた。標的である小沢が出てこなければ、一定の方向へしか衝撃波を飛ばせない自分の能力も空回りするだけだ。
「小沢さーん、聞こえます?」
声を掛けると、ドラム缶の向こうから「聞こえるよ〜」という小沢のくぐもった声が返ってきた。
「僕だって体力のこととかありますし、小沢さんだって時間ないんでしょ?このまま長期戦じゃ困ります。
僕の力は、ただただ声のでかさだけが衝撃の大きさにかわるだけです。
そんな単調な能力、恐れる理由になりますか?」
しかし男による説得を、小沢は強い調子で否定する。
「なるよ!当たったら痛いじゃん」
「…そりゃそうだ」
小沢の言葉に納得させられると、男は小沢の隠れているドラム缶とはかなりの距離を置いて置かれている木箱の後ろに隠れるように腰を下ろした。
「こりゃ長期戦になるなぁ」
疲れるの嫌だなぁ、と先ほどと同じようにもう一度ため息を吐くと、諦めたように石を握り締めた。



男は長期戦に持ち込む気になったようだ。
男の気配が小沢から離れるのを確認すると、小沢は詰めていた息を吐き出した。
暑くもないのに額からひきりなしに流れる汗を服の袖で拭うと、小沢はドラム缶に寄りかかった。
なんとなく、井戸田の顔が浮かぶ。
訳の分からない内に石と力を手に入れ、本人の望まないうちに非日常に放り出された小沢にとって、仕事とはいえいつも傍にいる井戸田に会うことは自分がまだ日常に居ることを確認することが出来る手段の一つだった。
井戸田に怪我のことも石のことも何もかもを黙ってきたのもそれが理由の一つであるし、芸人の間で密かに広まりつつある石の噂も出来る範囲内で自分たちの日常の中から排除するように、耳に入れないようにしてきたのだ。

井戸田は今、自分を探しているかもしれないしスタッフに謝って回っているかもしれない。
しかし井戸田という日常は、あの控え室で自分を待っている。

「早く帰りたいよ…」


呟いた言葉は空気中に溶け、開け放たれている扉から吹くかすかな風に攫われていった。

16919 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:26:21
今日はここまでです。



石:シリマナイト(効能:危機回避)
能力:声量が衝撃波に変わる。
条件:マイクや拡声器、反響音は衝撃波には変わらない。あくまでも自分の出した分の声量にしか能力は発動しない。
衝撃波の方向を自分でコントロールすることが出来るが、一定の方向へしか向かわせることが出来ない。方向を拡散させることが出来ない。
力を使った分だけ喉を傷つけるため、使いすぎると声が枯れる=能力が使えなくなる。

170名無しさん:2005/03/24(木) 19:55:52
19さんの新作だ!!待ってました!!
いつもいつも描写が細かくて素敵です!!

171oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/26(土) 01:10:22
ロシアン・シュー(トータルテンボス中心)を書いた者です。
皆様、あたたかいコメントを、ありがとうございます。
おことばに甘えて、近いうちに本スレ投下させていただこうと思います。

>19さん
乙です。この先どうなるのか、わくわくします!

172</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:34:57
進行会議スレで話したはねる編番外編投下します。

Inner Shade



――――パチン

「王手」
とあるテレビ局の片隅で。
控え室の長机の上に折り畳み式の将棋盤を広げ向かい合っている二人――――鈴木と山本だ。
一部のコント以外では出番が極端に少ない山本と、ほとんどのコントでエキストラ同然の扱いになっている鈴木は、時折待ち時間にこうやって将棋などをして暇を潰す事がある。
もちろんモニターで自分や他のメンバーの演技をチェックしたりもするのだが、それでも時間が余るという事は多々あるのだ。
今日の収録も終わりに差し掛かり、一足先に全ての出番を撮り終えた2人は既にエンディングの衣装に着替えていた。

「・・・・・・・・・・・・参りました」
数十秒後、真剣な表情で考え込んでいた鈴木が溜息と共に両手を挙げて降参の意を示すと、山本は少し心配そうな顔をしながら駒を初期配置に戻し始めた。
「鈴木さん、今日は調子悪いですね。何かありました?」
先程の対局は、山本の圧勝だった。手も足も出ない、という表現がピッタリな程の一方的な展開。
いつもならばここまで酷い負け方をする事はほとんどないのだが、今日はどうにも上手く盤面に集中する事が出来なかったのだ。
どうしても、部屋から出ていくメンバーの後ろ姿や聞こえてくる話し声に意識が向いてしまう。
「いや・・・・・・別に何かあったわけじゃないんだけどさ」
口ではそう言うものの、理由は明白だった。
最近、はねるのトびらのメンバーが相次いで手に入れたもの――――芸人達の間に広まっている、強大な力を持った石だ。
他の十人より先に石を手に入れていたドランクドラゴンの二人は、石の力を巡る争いについてある程度の知識を持っている。
悪意を持って石を扱う芸人の事や、『黒』と『白』の争いの事。
そして、それを知っている二人は他のメンバーが石を手に入れた事で自分達の関係にヒビが入る事を恐れ、石の持つ力について知っているにも関わらずつい数日前までその事を言い出せずにいた。
本当の事を言ってしまってよかったのだろうか、その事が事態を悪い方向へ向かわせてしまうのではないか――――
一度考え始めれば思考の迷路に迷い込むのが分かり切っているので出来るだけ考えないようにしているのだが、いくら考えないようにしても不安が消える事はない。
収録を進めているうちに確かな変化に気付いてしまったから、尚更。

皆の様子が少し変わった事に、鈍感な部類に入る鈴木もようやく気付いていた。
のけ者にされたわけではないだろうが、相方がそれを教えてくれなかった事に腹が立つ。
事実を早めに理解していれば自分にだって何か出来る事があるはずなのに。
信用のおける相手でも全てをさらけ出せるとは限らないと、分かってはいるけれど。
じっと耐えるしかないのだろうか。何かが足りないような気がする。
てのひらからいつの間にか零れ落ちてしまったそれを見つけられない、不安。
るつぼで溶かした鉱物のように、様々な感情が入り混じり溶け合って心を波立たせる。

――――でも、それでも俺は――――

本音が伝われば、と思う。本当は口に出して言いたい、偽りのない思い。
その言葉を口に出さなかった事を鈴木が心の底から後悔するのは、もう少し後の事になるのだけれど。

(大体、何で塚っちゃん何も言ってくんなかったんだよ・・・・・・絶対俺より早く気付いてたはずじゃんか)
収録も終わりに差し掛かってから気付く自分の鈍感さにも腹が立つが、相方が自分に何も教えてくれなかった事の方がもっと嫌だ。
もちろん、他のメンバーが居る前でその事を言うわけにはいかないのだが。
(絶対後で文句言ってやる・・・・・・)
「・・・・・・鈴木さん? 大丈夫ですか?」
「えっ?」
どうやら、いつの間にか眉間に皺を寄せて黙り込んでいたらしい。
「・・・・・・ごめん、ちょっとボーっとしてた」
心配そうな山本の声で我に返った鈴木は、眼鏡を押し上げるついでにすっかり疲れた眉間を人差し指で押さえ、深く溜息をついた。

173</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:35:44
待ち時間が長い者同士、のんびりした性格がどことなく似ているという事もあってか、メンバーの中では山本と一番仲が良い。
こうやって一緒に待ち時間の暇潰しをする事もあるし、収録の帰りに山本を車で自宅まで送ったりする事もある。
けれど、どこか様子が変わった彼を見ているうちに、ふと不安になる。
自分は彼の事を、そして相方や仲間達の事をどれくらい知っているというのだろうか。
「・・・・・・あのさぁ、山本君」
「何ですか?」
「・・・・・・・いや、何でもないや。・・・・・・・あ、今度は将棋崩しする? 俺、そっちの方が得意なんだよね。ガキっぽい遊び方かもしんねぇけど」
ごまかすように笑いながら言うと、つられたように山本も笑みを零す。
盤上に駒を積み上げて山にしながら、鈴木はチラリと山本に視線を向けた。
番組特製のTシャツから伸びる腕は、折れそうな程に細い。
細いと言えば鈴木や板倉もそうなのだが、ジムに通って鍛えている鈴木や、自身の病弱さを自覚しているからかそれなりに鍛えるよう努力しているらしい板倉とは違い、山本の痩せ方は必要な部分も不要な部分も全部一緒くたにして削ぎ落としてしまったような印象を受けるものだ。
それでも以前よりは太ったらしいが、悩み事でもあるのか最近はむしろ昔よりやつれているように見える。
不健康そうな痩せ方だよなぁ、と余り血色の良くないその顔を見ながら心の中で呟いた鈴木は、視線を自分の足元にやった。

右足を少し動かすと、それまでジーンズの裾に隠れていた銀色のチェーンが顔を出す。
既に石を加工していたメンバーを除いて、お揃いで作ったアンクレット。
自分のアンクレットにはまっているのは、茶色や緑、赤など様々な色が交じり合った不思議な色合いの石だ。
太陽のエネルギーと共鳴して力を得ると言われている――――そして、重力を自在に操る異能の力を持った石。
銀色に輝くチェーンに視線を落としながら、鈴木はこの石の力を仲間との争いに使う日が来ない事を切に願った。



同時刻、スタジオで慌しく準備に追われるスタッフ達を見ながら、塚地は軽く溜息をついた。
次のコントを撮り終われば、後はエンディングを残すのみだ。
ただ、今塚地が気にしているのは撮影の終わりではない。

今日、スタジオにやってきてすぐの時点で、塚地は他のメンバーの様子が少しおかしい事に気付いていた。
それぞれ、何か悩んでいる様子だったり、なぜか疲れていたり、隠し切れない困惑が表情に浮かんでいたり。
その原因が石である事は、ほぼ間違いない。
だから、今彼が気にしているのは撮影の終わりではなく、石を手に入れた彼らがこれから一体どうしていくか――――『白』か、中立か、それとも――――という事だった。

そして、塚地がメンバーの変化にすぐ気付いたにも関わらず鈴木にそれを教えなかったのは――――出来れば気付いて欲しくなかったからだ。
苛々させられる事も多々あるけれど、石の力を巡る熾烈な争いの中で、呆れる程に純粋な鈴木の存在が救いになっている事も確かだったから。
信頼しているメンバーの変化に鈴木が傷付くかもしれない事が、少し恐かった。
(でも、いくらあいつでもそろそろ気付いてるか・・・・・・)
黙っていた事で文句を言われそうだが、仕方がないだろう。
沈黙で繕える程、この変化は穏やかなものではなかった。

そして、きっといつか――――

静かな、それでいて確かな予感に、塚地は酷く哀しげに眉を寄せた。



鈴木が一つ不思議な事に気付いたのは、積み上げられた駒の山に手を伸ばそうとしたその時だった。
(そういえば、今日は山本君が秋山君達と喋ってるとこ見てないな)
いつもならば必ず一度は楽しげに話しているところを見掛けるのだが。
(・・・・・・もしかして、ケンカでもしたのかな?)
いつもの三人の仲の良さを見ていると、そう簡単に仲違いするとは思えない。
ただ――――企画で秋山と馬場の故郷を訪れた時、ほんの少しだけ寂しげな表情で佇む山本の姿を見た事がある鈴木は、それがありえない事だとは言い切れなかった。
どんなに仲が良くても、ふとした瞬間に自分1人だけ幼馴染ではないという事実を痛感させられてしまうのだろうか。
秋山達が付き合いの長さに関係なく山本の事を大事だと思っているのは傍から見ても分かるし、もちろん山本自身もそれをよく分かっているはずなのだけれど。

174</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:36:04

――――カタン。
「・・・・・・あ」
考え事をしていたせいで力加減を誤ったのか、積み上げられた山から軽い音を立てて駒が一つ零れ落ちる。
その微かな音になぜか酷く不吉なものを感じて、鈴木は無意識の内に拳を握り締めていた。

強大な力は、普段ならばすぐに忘れてしまうようなほんの少しの不安、不信、不満・・・・・・そして心の奥底に僅かに潜んだ疎外感でさえ、心の歪みへと変えてしまう事がある。
そして、本人さえ気付かないその歪みはやがて大きな崩壊を引き起こすのだ。

もしこの時鈴木がしっかり山本の表情を観察していたら、気付く事が出来たのかもしれない。
将棋崩しの方が得意じゃなかったんですか?とからかうように言ってきた山本の、その笑顔の裏に潜むもの。
相方達の故郷を訪れたあの時よりも更に深く暗い、孤独に。

175</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:54:24
以上、はねる番外編でした。

>>ブレス様
ちなみにこの日博が秋山達と一度も話さなかった理由はどうとでも受け取れるので(本当にケンカしてたか、『黒』絡みで何かあったか)
そちらの展開に合わせる事も出来ると思います。
色々勝手に設定創っちゃってますが、何か問題があったら本スレ投下は見合わせますので。

176ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/03/28(月) 08:10:56
>>172-175
はねる番外編拝見させていただきました。
こちらから話を繋げられそうな感じなので是非とも本スレ投下してください。
物凄く楽しませていただきました。

177名無しさん:2005/04/03(日) 23:49:23
『此方追跡者。ターゲットが建物に入って行った。この倉庫の規模を知りたい。
 空からの情報を教えてくれ僕の天使―』

『此方天使。この建物は今は使われていない模様。天井が剥げ落ちてボロボロです。
 屋根に降りて偵察を続けます。ストーカー、其方はどうで―』

『だからさ〜しずちゃん。俺はストーカーじゃなくって追跡者なんだってばー』

『だって山ちゃん自分でもストーカーだって認めてるやん』

『顔だけでしょ〜?見た目だけで人を判断しちゃいけないなぁ〜しずちゃん』

『あー…携帯の電源切れそう』

『え?嘘でしょ?ちょっと待ってよ、それじゃ尾行続けらんないじゃん』

『さっきあったコンビニで充電してくるわ』

『あとちょっとなのにもー!!待ってよしずちゃーん』

石の能力スレで出て南海キャンディーズの能力で何となく思いついた会話。
今日テレビ出てたので思いつきで適当に…

178名無しさん:2005/04/04(月) 03:04:06
>177
とても面白いです!二人の声が聞こえてきそうなリアルさw
この二人が出てくると、どんな状況でも笑いになりそうで良いですね。
ぜひ本スレでも南キャン登場に期待したいです。

179</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/04/27(水) 01:19:30
書き始めたもののどうしても続きが書けずに放置してた南キャン話(結構暗め)一応書けてるとこまでここに投下してもいいかな、と呟いてみるテス(ry

180名無しさん:2005/04/27(水) 16:09:54
是非落として欲しいなと言ってみるテスト

181名無しさん:2005/04/27(水) 17:36:35
物凄く読みたいが石の能力スレにも
南キャン書いてるのがいるなと言ってみるテスト。

182名無しさん:2005/04/27(水) 18:02:19
>>181
>>179をよく読め。「続きが書けずに〜」って言ってるだろ。
それに能力スレのヤシはM-1絡みの話を書くらしいから大丈夫だとオモ。
バトロワみたいに芸人によって書き手が決まってる訳でもないしな。

183名無しさん:2005/04/27(水) 21:46:57
見てみたいです!

184名無しさん:2005/04/30(土) 00:54:29
>179
ぜひぜひ!楽しみにしてます。

185</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/03(火) 23:31:20
〈Snow&Dark〉

〜ふゆのはじまり〜



――あるひのことです。
あくまたちが、ひとつの かがみを つくりました。
うつくしいすがたは みにくく、わらいがおは なきがおに うつる、あべこべかがみ でした――



「――しずちゃん俺の事嫌いでしょ」

きっかけは、よく憶えていない。
相方が「もうすっかり冬だねぇ」とかそういう事を話していたのは憶えているのだけれど、上の空で相槌を打つだけだったせいで、どういう話の流れでそんな言葉が出たのかは思い出せなかった。
相方がどんな声音でその言葉を口にしたのかさえ、定かではない。
真面目な口調だったのか、半分ふざけていたのか、それとも苦笑混じりだったのか。
――だから。
「……まぁ好きでない事だけは確かやな」
「ひでぇ…嘘でもいいから『そんな事ない』とか言って欲しかったんだけどな」
悪目立ちする赤い眼鏡を外し、しかめっ面で右目を擦っている山里が、やけに大袈裟な口調で呟く。どうやら目に何かゴミが入ったらしい。
その言葉を華麗に無視しつつ、隣に座る相方をジロリと一瞥して山崎は溜め息をついた。
(ここまで落差があるとある意味怖いな……)
眼鏡を外した山里は、少々殺し屋じみた目をしている事を除けば案外普通の顔立ちだ。
普段彼がキモいだの何だのと言われる原因の五割以上はその眼鏡にある――ついでに言うと、残り五割の大半はその髪型が占めている――と、山崎は思っていた。
もう一度隣の相方の様子を窺ってみると、結局目のゴミは取れないままなのか、眼鏡は掛けたものの釈然としない顔だ。
ついでに壁に掛けてある時計で時刻を確認して、あと5分ぐらいでスタッフが呼びに来るだろうか、と予想する。
この街独特のせっかちさとは無縁の緩やかな空気が流れる中、首に巻いた赤いスカーフを何とはなしに触りながら、山崎はふと窓の外に視線を向けた。
強い風に吹かれ、葉を落としていく街路樹が見える。

――冬は、まだまだこれからだ。

186</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/03(火) 23:37:52
>>179の南キャン話、序章だけですがとりあえず投下。
一番最初の文、分かる人には思いっきりこのあとの展開のネタバレなんですが、とりあえず気付かない振りをしてくださいorz
とりあえず一区切り出来るところまでは書けてるので、少し手直して投下します。

187名無しさん:2005/05/05(木) 12:33:24
すごく面白いです!こういう南キャンもいいですね。
次回楽しみにしてます。

188名無しさん:2005/05/07(土) 10:53:01
その最初のとこ分かる人的には次どうなるか気になります。









・・・山ちゃんは氷の女王に誘k(ry

189</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 04:49:08
〜ふぶきのよかん〜

時間が流れるのは早いとよく言うけれど、ここ最近の自分の周りは特にそうだった気がする。
冬の始まりがつい先日のように思い出せるのに、もう寒さの一番厳しい時期だ。
木々はすっかり葉を落とし、枝を冷たい風に晒している。
年が明けて一月余り経ち、すっかり普段に戻った街並を、山崎は楽屋の窓からほんやりと眺めていた。
年末の一大イベントで上位に喰い込んで以来、大阪での仕事だけでなく東京での仕事も大幅に増えている。
それは勿論喜ばしい事なのだが、急に――仕事だけが原因ではなく――慌しくなった日々には大きな戸惑いを感じていた。
抗えない大きな流れに否応なく流されていく事に、柄もになく焦りと苛立ちが募っていく。
「…………」
楽屋には、先程から長い沈黙が訪れていた。
普段なら山里が――ほぼ一方的に――喋り掛けてきたりするのだが、今日は手元の雑誌に視線を落としたまま何も言わない。
最近不意に流れるようになった沈黙の時間。ほんの微かに感じる、違和感。
延々と沈黙が続く楽屋は余り居心地が良いとは言えないのだが、かといってこちらから沈黙を破るのも憚られた。
チラリと壁掛け時計を見てみると本番まではまだ時間がある。
何となくじっとしているのが辛くなった山崎は、零れ掛けた溜息を押し込めるようにわざと音を立てて椅子から立ち上がった。
そのまま部屋から出ようとして、無言のまま出て行くのは悪いと思い振り返る。
「……ちょぉ出掛けてくるわ」
「行ってらっしゃ〜い」
山里は振り返らず頭の横でひらひらと右手を振った。
どこか気障ったらしくも見えるその仕草は、いかにも彼らしい……と思えるのだが。

――刺さって抜けない棘のように、何かが引っ掛かっている――

190</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 04:53:07



――カツン。
厚めの靴底が、少し大きめの足音を立てる。
他の出演者たちはそれぞれ楽屋で寛いでいるのか、広い廊下には人通りがほとんどない。
のんびりとした足取りで数メートルほど歩いた山崎は、ふと立ち止まると押し込めていた深い溜息を零し、俯いた。
(……右を向いても左を向いても諍いだらけ、ってのがこんなに辛いとは思わんかったわ)
ここ最近芸人の間で繰り広げられている、異能の力を持つ石を巡る争い。
『白』や『黒』に大した興味はないのに、周りが放っておいてはくれない。
石を狙う『黒』の人間に襲われた事も何度かあるし、他の芸人が争っているところに遭遇した事もある。
興味がないからといって、どちらにも付かない今の自分達が宙ぶらりんのとても不安定な状態である事を
理解していないわけではないけれど――『白』や『黒』、そしてそもそもの原因である『石』に関する知識が
足りない状態でどちらに付くか決める事も、余りに危険な賭けとしか思えなかった。
いや、それは言い訳にすぎないのかもしれない。巻き込まれたくないから、自分たちのペースを乱されたくないから、
逃げているだけなのかもしれない。

――でも、もう少しだけ。もう少しだけでいい、このままで居る事を許して欲しい。

191</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:15:01

そう誰にともなく許しを請うたあと、ふと随分長い間立ち止まっていた事に気付いて、山崎は顔を上げた。
何かを振り払うようにゆるゆると頭を振って、再び歩き出す。
(……全快にはまだまだ程遠いな……)
今日は朝からそうなのだが、時折薄い靄が掛かったように思考力が鈍る。
気を抜くと、ぼんやりしてしまったり取り留めのない考えに浸ってしまう。
理性を失って暴走する程ではないが、限界まで石の力を使った副作用だ。
無意識に、首のスカーフ――正確に言うと、その内側にあるペンダントのチェーン――に触れ、その存在を確かめる。
この短い期間で、すっかり癖になってしまった仕草だ。
天使の翼を模したペンダントヘッドの中央には、赤味がかった褐色の石が填まっている。
嘘のような話だが、ファイアアゲートという名前の高価なものらしいこの石
――その時はまだ、流線型にカットされただけの加工前のものだった――は、偶然拾った財布を交番に届けた時、
偶然その交番に来ていた持ち主がその場でお礼にとくれたものだった。
遠慮したにも関わらず半ば強引に渡され、仕方なく受け取った石だったが……この石が自分に与えた力を思えば、
もしかしたらそれは必然と呼べるものだったのかもしれない。
(普通の宝石やった方が、まだ素直に喜べたかもしれんのにな……)
光を当てると水の波紋のような文様が浮かび虹色に煌く美しい石は、自分の心の中にあった、ちょっとした願望を
叶えてくれる能力を持っている。
だたそれだけなら、自分は得体の知れない力を気味悪がりつつも大いに喜んだだろう。
だが、望まぬ争いに巻き込まれた今は傍迷惑だという思いの方が強かった。

エレベーターホールに着きパネルの表示を見てみると、二機のエレベーターは二つとも一階に停まっている。
一瞬の逡巡のあと、山崎はエレベーターで降りる事を諦め階段の方へと向かう事にした。
このままエレベーターを待つより階段で目的の階まで降りた方が早いだろう、という判断もあったが、それ以上に、
軽い運動でもして少しでも苛立ちと頭に掛かる靄を晴らしたかった。
自分の中だけで抑え切る自信がないわけではないが、万が一相方に八つ当たりして本気で怪我でもさせてしまったら洒落にならない。
そう考えながら廊下から階段の踊り場に足を踏み入れ、一段目に足を踏み出そうとした、その瞬間。

192</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:16:11

――トン。

不意に背中に感じた、誰かの手の感触と軽い衝撃。
ぐらりと身体が前に傾いで、踏み出した足が空を切った。
「っ!」
慌てて手摺りを掴もうとしたが、間に合わない。
咄嗟に石の力を発動させた山崎は段に右手を突き、その腕を軸にくるりと一回転して着地した。
だが充分に勢いを殺し切れず前にのめり、そのまま最後の三段程を滑り落ちる。
小さく、鈍い音がした。
「いった……」
「だ、大丈夫ですか!?」
滑り落ちた所にちょうと通りかかったスタッフが、慌てて駆け寄ってくる。
一瞬ギクリとするが、一回転して着地した時点ではまだこのスタッフの姿は見えていなかったようだから、
石の力を使った場面はギリギリで目撃されていないだろう。
そこまで考えを廻らせると、まだ充分に回復していない状態で能力を使ったせいだろう、
ほんの少し気が抜けた途端頭にかかった靄が密度を増した。
滑り落ちた際に強打した右の膝を押さえながらも、心配そうな視線を向けてくるスタッフにとりあえず大丈夫だと答える。
深い靄が掛かったように更に思考が曖昧になる中、山崎はどこかで不穏な予感を感じ取っていた。

――やがて吹き荒れる、強い吹雪の予感を。

193</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:25:26
南海キャンディーズ編(一応)第1話投下です。
このあとに続く部分での致命的なミスに気付いて大幅に書き直した為すっかり遅れてしまいました……
そして細切れだったシーンを繋ぎ合わせてみると予想以上に長かったのでまだまだ終わりませんorz

194</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:51:04
あと、しずちゃんの能力は「(翼を出さず)運動能力強化のみでも発動可能」という設定にしてしまったのですが、番外編ですので大目にみていただけると……

195名無しさん:2005/05/20(金) 23:33:00
乙です!
楽しかったです。続き気になります。
頑張ってください!!

196眠り犬 ◆1CYdcqmM8c:2005/05/21(土) 11:34:02
乙です!
面白くて、一気に小説の中に入り込めました!
自分の話なんかが本編で良いのだろうかと思ってしまいます…。
続編、楽しみにしているので頑張って下さい!

197眠り犬 ◆1CYdcqmM8c:2005/05/21(土) 11:35:46
あれ、なんかトリップが変だ…。

198 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:22:03
〜ゆきぐもにおおわれたそら〜

楽屋のドアを開けると、相方は数十分前の自分のようにぼんやりした様子で窓の外を眺めているようだった。
どうやら雑誌を読み終わって時間を持て余しているらしい。
「ただいま」
「あ、しずちゃんおかえり〜」
出て行く時とは違い、山里は口元に笑みを浮かべて振り向いた。

(――あぁ、またや)

微かな違和感。ちくりと刺さる、小さな棘のような。
「随分長かったね〜。…何かあったの?」
無意識に、首元に手をやる。
「……ううん、何も」
先程の出来事を話そうかどうか一瞬迷ったあと、そう答えて楽屋に足を踏み入れた。なぜか、話しづらいと感じたのだ。
返答までに少し不自然な間が出来てしまったが、山里は大して気にも留めなかったらしい。
椅子に腰を下ろすと、山崎は隣に座る相方に気付かれないよう、こっそりと右膝に手を当てた。ズボンに隠れていて見えないが、
先程階段から滑り落ちた時に強打した膝には、湿布が貼られている。
足を引き摺ってしまう程の重傷ではないが、何しろ打撲傷というのは地味でありながらやたらと痛い。
だが今日の仕事はこれで終わりのはずだ。我慢出来ない程の怪我ではないのだから、泣き言ばかり言っていられない。
壁掛け時計を見てあと少しでスタッフが呼びに来る時間である事を確認し、山崎はそっと小さな溜息をついた。

199 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:22:52



「どぉも〜南海キャンディーズで〜す!」
「………ばぁん」
いつもと変わらない、変わるはずのない時間。
だが――分厚い雪雲は、いつの間にか青い空を覆い尽くす。



「……あれ?」
収録が終わり、スタジオから出ようと扉の前までやってきた山崎は、我に返ったようにふと立ち止まった。
先程まで隣に居たはずの相方の姿が見えない。
慌てて振り返ってみると、数メートル先で何やらスタッフと話している山里の姿。
石の副作用でぼんやりしていたとはいえ、あれだけ存在感のある相方が離れていくのを見落とした事に
思わず苦笑しながら、話し込む二人の様子を目を凝らして見てみる。
「……あ」
山里と話しているスタッフの顔には、見覚えがあった。
間違いない、自分が階段から落ちた時に駆け寄ってきた、あのスタッフだ。
スタッフの話を聞いている山里の表情から話の内容に何となく想像がつき、山崎は顔を曇らせる。
「山ちゃん」
少し離れた相方の耳に届くよう少し大きな声で名前を呼ぶと、山里はこちらを振り返った。
見慣れた、やけに目立つ立ち姿。
だが――次の瞬間弾けるように心に浮かんだのは、あの微かな違和感だった。
深く深く刺さる、小さな棘。
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」
話を打ち切って駆け寄ってきた山里が、不思議そうな視線を向けてくる。
「……どうかした?」
「何でもないよ……行こか」
ふとした瞬間に感じる微かな違和感が、日に日に回数を増やしていく。

――許されないのだろうか、もう少しこのままで居る事は。例え逃げだとしても、留まり続ける事は。

200 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:23:28



「――あのさ、さっき収録のあとスタッフに聞いたんだけど」
そう、躊躇いがちに山里が切り出したのは、それぞれ私服に着替え帰り支度に取り掛かった時だった。
私服が舞台衣装とほとんど変わらない――流行の服を着ているところなど想像したくないが、この格好で街中を歩いているとそれはそれで変質者としか思えない――相方にいつも通り冷めた目線を一瞬向け、返事を返す。
「何?」
「……階段から突き落とされたってホント?」
先程あのスタッフと話し込んでいたのはその話だったのだろう、ある程度予想していた言葉ではあったが、一瞬返答に詰まる。
この違和感の正体は一体何なのだろう。
「……うん」
「大丈夫だったの? 怪我とかは?」
「ちょっと膝打っただけ。……大体、それなりの怪我してたらあんたが真っ先に気付くやろ?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に呆れたような溜息をついて答えると、一瞬の沈黙のあと、そっか、とポツリと呟く声がした。
「よかったぁ、大した事なくて。スタッフから話聞かされた時なんか、もう俺動揺しちゃってさ〜」
俯き、机の上に散らばった荷物を鞄に仕舞いながら言うその声音は、いつもと変わらない明るいものだ。
だが、前髪の影と眼鏡のレンズの反射に邪魔されて、その表情は読みにくい。
視線を戻し、靄の掛かった頭でここ最近感じる違和感の正体について考えを廻らせながら、机の上に転がったボールペンを取ろうと――伸ばしたその手が、凍り付いたように止まった。
(――――)
一瞬、頭が真っ白になる。
悲鳴になり損なった掠れた吐息が、無意識に口から零れ落ちた。

――すとん、と何かが落ちてきたかのように。……呆れる程簡単に、浮かんできた答え。

なぜか、思い浮かんだその答えが間違っている可能性は全く思い付かなかった。
暖房が充分効いているはずなのに、身体が足元からすっと冷えていくような気がする。
両手に余る程の鉛を呑まされたらこうなるんじゃないか、と理由もなく思う。
染み出す重い毒に、じわじわと蝕まれていくような。

「……山ちゃん」

――一度気付いてしまったら、もう目を逸らす事など出来ない。逸らしてはいけない、絶対に。

「ん、何?」
何気なくこちらを向いた山里と、真正面から視線がぶつかる。
いつもと同じ、胡散臭い程に陽気な笑顔。
突き刺さった小さな棘に、手が触れた気がした。

「――何であたしが『突き落とされた』って知っとるん?」

201 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:32:49
投下してから「マズい!」と思った箇所が数箇所orz

色々な意味でマズい方向に向かいつつあるような気がする南キャン編ですが、予定ではあと2回で終わるはずです。
……だが予定は未て(ry
もうしばらくお付き合いください。

202名無しさん:2005/05/28(土) 16:03:34
乙です!
なんかすごく気になるところで終わってますね〜!!すごく面白いです。
サスペンスですね〜幽霊と過とは違う感じの恐怖でゾクゾクしました。
続きよろしくお願いします!

203名無しさん:2005/05/29(日) 02:47:32
乙です!二人のほのぼの口調がリアルなだけに、ストーリーの緊迫感が
際立ってて更にかっこいいですね。
次回も楽しみにしております!

204 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:35:35
現在本スレで職人さんが書かれている「笑い飯VS千鳥&ダイアン」話と、これまでに職人さんが書かれている麒麟話を読んで、触発されて書いてみました。が、時間軸の設定がよくわからないのと初ということで、こちらに投下させて頂きます。

笑い飯哲夫、番外編です。

205 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:39:57
※麒麟の二人が石の能力に目覚めて、笑い飯が黒ユニットにスカウトされた直後ぐらいの設定でおねがいします。



「おはようございます」
すれ違いざまに口の中で低く呟いて、川島は足早に去って行った。
声をかける間もなく、その背中を見送って、笑い飯の西田と哲夫は顔を見合わせた。

「何なんあいつ、今日暗ない?」
「いや、いつもあんなんやって」
「そうかぁ?」
「あれや。便秘ちゃうの?」
「便秘なん?」
「いや知らんけど」

関西某TV局の楽屋前の廊下で、早めに楽屋入りをすませた西田と哲夫は、何をするでもなく立ち話をしていた。 

「川島といえば、何か言うとったなぁあの人ら。川島の本質がどーのこーのって」
「あー言うとった」

――おかしな石を拾ったことから、おかしな能力を身につけて、「黒」とかいう
おかしな集団に入ることになったのが、少し前のこと。
平凡や普通とはかけ離れた日常に、しかし思いのほか二人は馴染んでいた。
現実ばなれした能力も、いったん慣れてしまえば生まれたときから持っていたものの
ような気がしてくるから不思議だ。
現に哲夫は、自分の能力を日常生活において上手くコントロールするすべを学んでいた。

哲夫の能力は、物体を粒子状の原子レベルまで分解して、再構築できることだった。
原子。あらゆる物質を構成する、一番小さな単位。
空気の素。水の素。土の素。すべての素。
学生時代に化学などまともに勉強しなかった人間が、物体を原子単位で分解して、
更にそれを組み立てなおすことができる能力を身につけてしまうなんて、なんだか皮肉な話だ。

(原子とか言われても、いっこもわからんねんけどな)

だが、理屈はわからなくても、使い方がわかればそれでいい。
割れたコップも元どおり。
今川焼きをたい焼きに変身させることだってできる。
シャツに染みがついたら、いったんシャツごと分解して染みだけ分離して、
5秒でシミとりクリーニング。
ポテトサラダからキュウリだけ抜くことだって、一瞬でできてしまう。 
何て便利な能力だろう。
もちろん、日常生活以外の場面でも充分に能力を生かすことができる。 
というよりも、その「日常生活以外の場面」が、だんだん日常の一部になりつつあるのだ。
自分の能力を使って誰かから石を奪うのも、物騒でおよそ現実離れしたケンカをするのも、
哲夫にとっては割れたコップを元に戻すのと、同じ感覚でしかない。
おそらく西田も同じだろう。
むきになることなどないのだ、皆。
こんなのは日常のよくある風景の一部に過ぎないのだから。

哲夫がぼんやりとそんな事を考えていると、話題の主の片割れが来るのが見えた。
田村だ。
相変わらず玄米みたいに黒い顔色をしている。

206 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:44:17
「おはようございます」
「おはよお」

田村の様子は、どこかぎこちない。
こちらの目を見ようとせず、そわそわしていて、落ち着きがない。
本人は隠しているつもりでも、こちらに対して隠し事や猜疑心があるのが丸わかりだ。

(まぁこんな誰が敵か味方かわからんような状況やったら、人のこと疑うんも当然か)

哲夫は心の中で呟いた。
だが、疑うにしても田村のそれはあまりにもあからさまで、
その拙い様子がかえって憎む気になれない。
実際、田村という男に、猜疑心や隠し事という言葉は似つかわしくなかった。
実直、素直、単純、あほ。田村にはそういう言葉が似合う気がする。

「川島もう来とったで」
「あ、はい」

そそくさと楽屋に向かおうとする田村を見て、哲夫の心に、意地の悪い感情がわきあがってくる。
試してやろうか。
カマをかけておどかしてやろうか。

「たむらー、たむらー」
「はい?」

振り返った田村に、哲夫は手のひらを差し出した。

「落としもん」

哲夫の手のひらの中のものを見て、田村は全身を硬直させた。
開いた哲夫の手のひらの上には、白っぽい小さなかたまりが乗っていた。
小さなかたまり。白い、石のような。自分が持っている、あの石のような。

207 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:46:59
「えっ!うそや?!」

慌ててポケットをまさぐる田村を見て、哲夫は半ば呆れて心の中で呟いた。
ばればれや。こいつあほちゃう。

カマかけに見事に引っかかりおった。
敵も味方もわからんこの状況で、そんな正直なリアクションしてどうすんねん。
とぼけるとか、シラをきるとかいうことが出来んのかお前は。
西田を見ると、同じ事を思ったのだろう、憮然としたような、それでいてどこか
間の抜けた顔をしていた。

田村はしばらく胸ポケットをまさぐっていたが、そこに石の感触を認めたのだろう、
安堵の息をついて、それから、西田と哲夫の顔を交互に見比べた。
顔にはありありと戸惑いの色が浮かんでいる。

――石はちゃんと、ここにある。
じゃあ、哲夫さんが持ってんのは、いったい何や?

「これ、落としてんで」

哲夫はかまわず、手のひらの中のものを田村におしつけた。
田村がじっくりと目をこらしてそれを見る。
白っぽい水晶に見えたそれは、淡いミルク色をした楕円形の飴玉だった。

「えっ、何ですかこれ?」
「何ですかって、飴ちゃんやん」
「・・・・・・俺こんなん落としてませんよ?」

戸惑ったような声のトーンから、田村が哲夫の真意を計りかねている様子が伝わってくる。

ただの偶然?いたずらか?それとも何かのメッセージなのか?
何の?信用したい。この人らを疑いたくない。
これ以上仲間の芸人が傷つけたり、傷つけられたりするのを見たくない。
だけど、自分の相方が傷つけられるのは、もっと見たくない。
どうしたらいい?ふたりは敵か?味方か?黒か?白か?

「あ、そうなん? ええから取っときーや」

 哲夫が半ば強引に飴玉を田村の手のひらににおしつける。
 田村しばし、自分の手に収まった飴玉と、哲夫の顔を見比べていたが、
 やがてひとつ礼をすると、楽屋のほうへ消えていった。

208 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:55:11
哲夫はしばらく田村の去った方を見るともなしに見ていたが、不意に
西田と目が合うと、二人は憮然として眉をしかめた。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

『わかりやすぅ!!』
 狭い廊下に二人の声が響き渡る。


「あいっつわかりやすいわぁ〜〜〜〜」
「びっくりするなあのわかりやすさは」
「あいつ「黒」とか「白」のこと知らんのちゃう?何も知らなさそーな顔しとったで」
「川島の奴なんも言ってへんのちゃうん。最近あいつ一人で動いてるっぽいしなぁ」
「田村あほやしなぁ。事情説明しても、なぁ」
「まぁなぁ」
「大丈夫なんか麒麟」
「なぁ」

他人事のように話しながら、哲夫は「あの人ら」が言った事を思い出していた。
――川島の本質。川島を「黒」の陣営に引き込むための、布石、策略。そして、田村の存在。

川島の本質なんて知った事ではないが、川島に、やや内向的で自意識の強い面が
あることは知っている。
そういう川島が、田村と一緒にいることによって、救われている部分があることも。
「黒」の連中がもし川島を仲間にひきずりこもうとするなら、徹底的に彼のプライドと
コンプレックスを刺激するやり方をとるだろう。
そして、それを成功させるには、田村という存在は邪魔だとみなされるだろう。

「ややこし」
哲夫はぽつりと呟いた。

209 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:57:23
「何よ?」

西田が聞き返す。

「いや、ほんま かなんわぁ」

哲夫は口の中で小さく答えた。
黒も白も、川島も田村も知った事か。
こんなんケンカやん。ケンカやるんやったらケンカやったらええやん。
何をこそこそ動く必要がある。
何を怯える必要がある。
何を騒ぐ必要がある。
ただ、流れのままに日常を生きていく。
石を持つことも、黒の陣営に属することも、すべて日常の一部だ。
それだけの事なのに、皆何を大騒ぎしているのか。

黒に白。石。欠片。奪い合い。疑ぐり合い。物騒な。ただのケンカ。
むきになることなどないのだ、皆。こんなのは日常の風景の一部なのだから。


おわり。

210 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 20:26:47
sage忘れてました…。すいません。

211名無しさん:2005/06/02(木) 21:00:29
乙です!
すごく面白かったです。ってゆうか田村解りやすすぎ・・・(笑)
笑い飯の流れるような考え方好きです。

212 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:48:33
〜ふきあれるふぶき〜



あの時――山崎が階段から落ちたところをただ一人目撃したスタッフは、山崎が誰かに背中を押されてバランスを崩したその瞬間は見ていない。
だから、彼女が「誰かに突き落とされた」事を知っているのは、本人と――

山崎の一言で、自分の犯した失態を悟ったのだろう。
山里の顔から、笑みが消えた。

なぜ気付かなかったのだろう。
今思い返してみれば、階段から突き落とされたあと、楽屋に戻ってきた時、相方の姿がやけに目立って――
周りから浮いているように見えはしなかっただろうか。
相方の能力も、その代償も、誰より理解していたはずなのに。
「動揺してる、ってのはあながち嘘でもないみたいやね? こんな単純なミス……」
次の瞬間頭に浮かんだ余りに場違いな言葉に、思わず苦笑が漏れそうになる。
だが、一度浮かんだ言葉は打ち消すより先に無意識に口から零れていた。
「……あんたらしく、ない」
本当に単純なミスだ。あのスタッフが言ったであろう言葉通り、「階段から落ちたんだって?」と問えば済む話だったのだから。
スタッフから「相方が階段から落ちた」と聞かされて一切心配しないのも疑われると思ったのだろうが――
思わず口を滑らせてしまったのは、相方を突き落とした事で少なからず動揺していたという事だろう。
「……俺らしくない、か……」
いつもより、ほんの少しトーンの低い声。
背筋を這い上がってきた悪寒に唆されるように、思わず一歩後退る。
「かもしんないね」
その口元には微かな苦笑が浮かんでいて、まるで感情が込もっていない無表情、というわけではない。
ただ――その表情の乏しさは、【黒い瞳のイタリア人】を自称する普段の彼から、余りに懸け離れているように思えた。
例え笑っている時でもその目が笑っていないように見える事には、慣れていたつもりだったのだが――今は、目の前に居るこの男が心底怖い。

213 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:49:22
「………どうして」
その言葉を口にした瞬間、一瞬だけ山里の口元に浮かんだ笑みが深まったような気がした。
浮かびかけたのは苦笑か、それとも嘲笑だったのだろうか。
「……言っても多分分かんないと思うよ? ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし」
少しおどけた口調。まるで笑い話だとでも言うように。
ふとその目に痛々しい程の諦念を見た気がして、思わず視線を逸らす。
「……答えになってないと思うんやけど」
「そうかな。でもさ、もうどうでもいいじゃない? 所詮言葉なんてその程度、って言ったら色んな人に失礼かもしんないけど。
どこまでいったって…伝わんない事の方が、多いような気がするんだよね」
少し芝居がかった言い回し。
悲愴さを漂わせていたわけでも、声を荒げたわけでもなかったけれど。

――もしかしたらそれは、悲鳴だったのかもしれない。

「だから、さ。自分の気持ちに正直に行動する事にしてみたんだ。馬鹿だと思うかもしんないけど」
「……あぁ」
ホンマに阿呆や、と続ける事は出来なかった。
次の瞬間、一気に間合いを詰め迷わず鳩尾を狙ってきた山里の拳を、山崎は咄嗟に左手で受け止め弾いた。
それを見るや否や素早く後ろに下がった山里は、右手を軽く振りながら小さく感嘆の溜息を漏らす。
「――まさか左手一本であっさり止められるとは思わなかったな……ホントに凄いね、しずちゃんは」
「……ドMのあんたと違って殴られるのは好きやないからな」

214 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:50:25
普段より抑揚に乏しい山里の言葉にそう返しつつも、山崎にそれ程余裕があったわけではない。
咄嗟に拳を受け止めた左手は、衝撃に痺れている。
一般的な男女の力差を考えればそれ程不思議な事でもないのだが――誰かを殴る、という行為から余りに縁遠い相方を
見てきたせいだろうか、その拳は予想外に重く感じる。
「……何がおかしい?」
不意に笑みを深め俯いた相方に眉を顰め、山崎は思わず低い声で問い掛ける。
「いや……しずちゃんに殴られたり突き飛ばされたりした事なら山程あるけど、殴る側に回った事ってなかったよなぁと思って」
返ってきたのは、気が抜けるような台詞。だが、その目は相変わらず氷のように冷たく、山崎は喉に突っ掛かる言葉を無理矢理搾り出した。
「……気持ち悪い事、言わんといてくれる? ただでさえキモいんやから」
「ひっど、そっちから訊いたんじゃん」
緊張感のない会話に聞こえるが、その場に流れる空気は、気弱な人間なら泣いて逃げ出したくなるほどピンと張り詰めていた。
じわり、と背中に冷や汗が滲む。
「大体、グーで殴るのは卑怯やろ……『女の子はシャボン玉』、なんやで?」
「……シャボン玉浮いてんの見てるとさ、割りたくなんない?」
ネタ中の台詞を使って揶揄するような言葉を投げ掛けた山崎に、山里は目の笑わない笑みを向けたまま答える。
そして、次の瞬間――数メートル先でリノリウム張りの床を蹴る微かな音が聞こえたのと、
直ぐ目の前で振り被られた拳を認識したのが、ほぼ同時だった。
(っ!?)
尋常なスピードの踏み込みではない。何かの力によって、人の枷を緩めた者にしか出せないような速さだ。
普段の反応速度では防ぐ事が出来ないと無意識的に察知し、ほんの僅かに残った石の力を、理性が吹き飛ぶ境界線ギリギリまで解放する。
そして、眼前に迫るその拳を防ごうと右手を上げた、その瞬間。
視界に映った【それ】を認識して、山崎の目が驚愕に見開かれた。
間近に見える、様々な感情がない交ぜになって混沌としたその瞳の――左目と違い黒目の輪郭がぼんやり滲んだように見える、その右目。

――不吉な黒い影に光彩を覆われた、闇色の瞳。

その右目に視線を奪われたのは、動きが止まったのは、コンマ一秒にも満たないほんの一瞬。
だが、その一瞬が決定的な隙となった。

そのあとの事を、山崎はよく覚えていない。
ただ――こめかみに、重い衝撃。

215 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:55:40
なんか本人達のキャラからどんどん外れてってる気がorz
というわけで南キャン編の続きです。
関東在住なので関西の人程南キャンには詳しくないのですが、
続きが書けずに止まった部分(……とりあえず続きを書いてみようかな、とは思ってます。)
まであと一回、出来る限り頑張ります。

216名無しさん:2005/06/04(土) 21:03:37
乙です
すごい展開ですね〜・・・えー山ちゃんどうしたんですか・・・
めちゃめちゃ続き気になります。
頑張ってください!

217名無しさん:2005/06/05(日) 00:18:12
シャボン玉のくだり、まさに本人が言いそうなセリフで良いですね。
ものすごく楽しみにしてます!できれば完結編まで読ませて頂けると嬉しいです。

218 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:48:55
なんとなく思い付いたアメザリ平井さんの話を投下します。
展開とか色々無責任なので番外編ということでどうぞよろしくお願いします。

219 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:50:16
その日は気温が高いくせに一日中曇りのすっきりしない空模様だった。
珍しく自分ひとりの取材があったので事務所に出向いた平井は、
インタビューを済ませた部屋でそのまま携帯を手にしていた。
メール相手は柳原。話題はこのあとのネタ合わせをどこでするか。
結局いつも使っているファミレスに落ち着き、よろしくと最後に送って携帯を閉じる。
「平井」
振り返るとそこにいつのまにか立っていた、長身の先輩。
平井はびっくりしたあ、と笑い、とっさに張った緊張の糸を切ってその男の方に向き直る。
「気配消して後ろ取るのやめてくださいよ」
「別に消してんちゃうわ。悪かったな影薄くて」
「いやいやいや、そういうつもりちゃいますけど」
けど。どないしはったんですか、そんな真面目な顔して。
できるだけ何気ないことのように振る舞ったから、相手もそれに乗って来たらしかった。
「いや別に。…なんや大変らしいって聞いたからな」
それが仕事やなんかの話でないことはすぐにわかった。非日常が日常になってしまったのはもうお互い様だ。
「そっちもなんや面倒やって話じゃないすか」
「ぇえ?や、面倒ちゅうか…、うん、まあ色々やな」
曖昧に答えて窓の外を見たので目線を追う。重たく垂れ込めた雲から今に雨が降ってきそうだった。
傘は持っていない。とりあえず自分が帰るまで持ちこたえてくれればいい。
「お前はなんで白に行こうと思ったん」
唐突に振られた問いに焦点を戻すと窓ガラス上で目線がかち合った。平井はうーん、と唸りながら鼻を擦る。
「なんで、て………やっぱりこんなんに振り回されるのは嫌やったし」
「うん」
「あと…あいつがなんや責任感に燃えてしまってですね」
『早よ止めなあかん!俺らにできることやっていこ!』
2人揃って手に入れた石。降り掛かるピンチを回避しているうちに知った黒と呼ばれる人々の策略。
甲高い声で宣言してそれから、こちらを真剣な眼差しで見つめてきた柳原。
あの時自らの石の能力が攻撃にも防御にも頼れないものだと知っていたはずなのに。
真実を絶対的に手に入れることが逆にひどい重荷になるということも予想できたはずなのに。
「だから僕もね、一緒にいてやらんと。危ないでしょ、」
笑う言葉のはしっこでもう一度自分も確認していた。
そう、守る為だ。

220 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:52:23
「柳原は無茶しよるからなあ」
そう言って笑う声の方を向いた時、一瞬だけここにやってきた時のような表情が浮かんだのを見た。
「俺はよう知らんけどさ、今どんどん話がでっかくなっとるやろ。
やから自分の一番最初の目的とか目標とか、ちゃんと忘れんようにしといた方がええと思うねん」
普段は自分の内面や考えをめったに吐露しないはずのその人の言葉に、平井は珍しいこともあるもんやなあと思いながら黙って耳を傾けていた。
「…少なくとも俺はあいつを守りたいし、守らなあかんと思っとるし、それだけ考えるようにしてる」
ああ、と平井は頷いてその男を思い浮かべた。
年令はそう違わないが芸暦でいえば結構な先輩であり、それでいて生来の純粋さや素直さが最強のネタにもなっている彼。
そんな男を守っていくにはきっと苦労も多いのだろうと思い、小さく笑った。
笑い事ちゃうで、と顔をしかめられたが、あの人を全力で守れるのもきっと彼だけだろうと思った。
「人操れても物壊せても、結局みんなお笑い芸人やのにな」
彼がぽつりと呟いた言葉の裏には様々な感情が渦を巻いている気がしたが、その源はあえて聞かなかった。
どんな状況に陥っても漫画みたいな展開に巻き込まれても、本来の仕事の時だけは皆今までのように人を笑わせようとしているのがある種救いだった。
平井にしても彼にしても、そして白も黒も。
でもそれならなぜ争わなければならないのだろう?考えてみてもわからないので平井はまた外を眺めた。
今は目の前のものを見ているだけで精一杯だ。

降りてきた沈黙を破ったのは自分のものではない携帯が鳴らす無闇にあかるい電子音だった。
「もしもし…ああ、うん、わかった。え?そうなん?…ん、はい。今戻る」
「仕事ですか」
「うん、長引きそうやって話でなー、キツいねん」
うーん、と背伸びをした途端に見事にコキっと背中かどこかが鳴る音がしておかしかった。
お疲れ様ですーと間延びした挨拶で彼を見送る。自分もそろそろ相方のところへ行く時間だ。
まだ雨は降り出していないだろうか。確認するためにもう一度窓を見た平井の背中に声が投げられる。
「迷惑かけたらすまんな」
「…え、」
振り向いた時はもう黒髪も曖昧な表情もそこになく、代わりにドアがパタンと閉まる音。
髪の毛をがしがしと左手でかき混ぜて平井は苦笑した。
そういえば結局あの人思わせぶりに登場しといて大事な部分はなんも話さなかったなあ。
でもわかるけど。なんとなく。
数年の同居生活は伊達ではない。変わらない表情の下にあったものの推測はおそらく間違っていない。

ついに窓ガラスにぽつぽつ水滴が落ちはじめ、ますます暗くなった空を横目に平井はキャップを深く被る。
彼が簡単に乗るとは思えないが、きっとそうも言っていられない状況にあるのだろう。
どんどん複雑に面倒になっていく展開にため息をひとつこぼし、ドアを開ける。

「有野さんとやるんはしんどいなあ…」

周りには誰もいなかったからそのぼやきはすぐに消えてしまった。

221 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:57:06
以上になります。
アメザリは本編の流れ通り白に、よゐこは98(ikNix9Dk)さんのお話を参考にしています。
(大変遅レスになりますが98さんのよゐこ話が2人の雰囲気が伝わってきてすごく好きでした)
それではお騒がせしました。

222名無しさん:2005/06/08(水) 21:07:26
乙です。
すごくいい話です!二人のキャラが良くわかって楽しめました!

223名無しさん:2005/06/19(日) 22:28:04
〜しろいゆめ、つきささるいたみ〜



――ざぁぁぁぁぁ……

一面の、白。舞い散る、真っ白な欠片。強い、風。
白い欠片――雪が視界を埋め尽くしている。
寒さは感じない。美しい白銀に埋め尽くされた景色を、山崎はただぼんやりと眺めていた。
微かな風の音以外に何も聞こえない。綺麗だけれど、どこか恐怖すら感じる白。

ふと、一色に埋め尽くされていた視界に白以外の色が映った。
すぐ近くに見える、黒い――人影。
(!)
ほんの一瞬、吹雪の隙間に見えたその人影が誰なのかすぐに思い当たり、山崎は思わず声を上げた――いや、上げようとした。
(っ!?)
声が、出ない。影の方へ駆け寄ろうとしても、そこに自分の足があるという感覚がない。
ようやく、山崎はそこに自分の身体というものが存在しない事に気付いた。
視界を埋め尽くす吹雪が、僅かに勢いを弱める。
視界が少し晴れ、人影の正体がはっきりと見えるようになった。
悪目立ちする真っ赤なフレームの眼鏡、緩やかなカーブを描いてきっちり切り揃えられたマッシュルームカット、『イタリアの伊達男』をイメージしているらしい、過剰に洒落たその格好――間違いなく見慣れた相方の姿だ。
足首の辺りまで雪に埋もれているにも関わらず、彼の周りだけはまるで凪のようにピタリと風が止んでいるようだった。その証拠に、服の裾が少しも靡いていない。
そしてその視線が、意識だけしか存在していないはずの山崎の方へ、しっかりと向いた。
眩しいものでも見るように僅かに目を細め、口を開いて何かを言い掛けたあと――結局何も言わず山里は微かに苦笑を浮かべた。
全てを諦めた、痛い程に静かな笑み。

224名無しさん:2005/06/19(日) 22:28:39

『言っても多分分かんないと思うよ?』

ふと思い出したその言葉が、まるで託宣のように脳裏に響く。
再び、吹雪が強さを増した。全てが白に掻き消されていく。
待てと叫ぶ喉も、引き止める為に伸ばす腕も、駆け寄る足もない。
もう、叩き付けるように降る雪しか見えない。

――ざぁぁぁぁぁ……

こんな景色は知らない。見た事もない。
だから――
これは夢だ。
わるい、わるい、ゆめ――

225名無しさん:2005/06/19(日) 22:29:48
「!…いっ……」
目を開けた途端飛び込んできた白い床を夢の続きと錯覚し、慌てて起き上がろうとした山崎は、襲ってきた頭の痛みに思わず低く呻いた。
床に倒れたままこめかみを左手で押さえ、歯を食い縛る。
じっと痛みを遣り過ごしていると、少しづつ、先程までの記憶が蘇ってきた。どうやら頭を殴り付けられて気を失っていたらしい。
頭の芯まで響くような鈍い痛みに耐えながら何とか上体を起こすと、楽屋に相方の姿はなかった。荷物もなくなっているから、先に帰ったのだろう。
チラリと時計に目を向けると、気を失っていたのはほんの二・三分だったようだ。
背後の壁に背中を預けた山崎は、軽く舌打ちした。
まだ立ち上がる事は出来ない。座り込んだまま、じっと痛みが引くのを待つしかなかった。
石を巡る争いの中多くの芸人がそうしているように、彼らも何かと理由を付けてはマネージャーと離れて行動している。
あと数分程度ならここに座り込んでいても大丈夫だろう。
「……?」
ふと、手元に四つ折りされた紙切れが落ちているのに気付いて、拾い上げる。
綺麗に折り畳まれたそれは、掌程の大きさのメモだった。
(あ……)
開いてみると、黒いボールペンで書かれた、見慣れた字が並んでいる。
何を書こうか迷った様子が窺える小さな点のあと、たった一言。
『また明日』
そして、少し間を空けて小さな文字で書き足された言葉。
『P.S
明日の仕事が全部終わるまでに、心の準備ぐらいはしておいて。……殺されたくなかったらの話だけど。
手加減なんてしてあげないから』
何の乱れもなく、あくまでいつも通りに――殺意を告げる文字。

『ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし』

不意に思い出したその言葉。
それに引き摺られるように、記憶の奥深くから、二ヶ月程前のあの日の場景が浮かび上がってくる。

『しずちゃん俺の事嫌いでしょ』

(――ぁんの阿呆!)
山崎は思わず手にしていたメモをぐしゃりと握り潰し、握り締めた拳ごと壁に叩き付けた。
鈍い音がして手が痺れたが、知った事ではない。
「好きではない」と「嫌い」が場合によっては同義語ではないという事ぐらい、それなりに頭の回転が速い山里ならすぐに分かっていたはずなのに。
(――なんて偶然や……)
山里の右目に見えた黒い影。あの日、ゴミが入った右目を頻りに気にしていた彼の姿。
点のように散らばっていた事実が、繋がって一本の線になる。
いっそ笑い出したくなる程の偶然だ。あのゴミさえなかったら。
いや、あのゴミが――黒い欠片でさえ、なかったら。

226名無しさん:2005/06/19(日) 22:32:24

『……まぁ、好きでない事だけは確かやな』

けれど、最終的に引金を引いたのは間違いなく自分の一言なのだ。
もう一度壁を殴ろうと振り上げた手が、力なく下ろされた。
(阿呆なのはあたしも一緒、か……)
あの答えにはそれ程深い意味があったわけではなくて。
ちょっとした意地悪。ちょっとした悪い冗談。
本気で哀しませるつもりなんてなかった。傷付ける、つもりなんて。
ネタ中では【硝子のハート】を自称する事もあったけれど、山崎の知る相方はその言葉から受けるイメージよりはもっとずっと強かだったから。
だから、いつも通り冗談半分に返した。山里もいつものように笑って済ますだろうと、笑って済ましたのだと、疑いもしなかった。
「……いったぁ……」
無意識に、ぽつんと呟く。
痛い。どこが痛いのかはよく分からないのだけれど、痛かった。
打撲した膝か、殴られたこめかみか、壁に叩き付けた手なのか、それとも――傷付けられた心、なのか。
握り締めた手に、強く力を込める。

女の自分より女々しいだとか、笑っていても目が笑ってないような気がするだとか、案外腹黒いだとか、嫌いなところなら山程あるし、特別に仲が良いわけでもない。
ただ――のんびりと二人で過ごす待ち時間に居心地の良さを感じていたのも、確かで。
(いったいな、ホンマに……)
認めるもんか。絶対に認めてやるもんか。

――本当は……裏切られた事に泣きたくなる程信頼してた、なんて。

そう思っている時点でもう認めてしまっているのだと、気付いていたけれど。
(……帰ろう)
まだ鈍く痛む頭を押さえて、ゆっくりと立ち上がる。
部屋の暖房は充分に効いていたが、心は凍えそうに寒かった。

――ざぁぁぁぁぁ……

夢の中で聞いた風の音が、耳の奥に蘇る。

――春は、まだ遠い。

227 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/19(日) 22:35:36
しまった、トリップ付け忘れちゃいました……
というわけで、「続きが書けなくなった所まであと1話で終わります」と言いつつ終わりませんでした(ニガワラ
お詫びといってはなんですが、きちんと完結させる目処が立ったのでお知らせします。
もう少しお付き合いいただけたら幸いです。

228名無しさん:2005/06/20(月) 21:58:25
乙です!
すごく良かったです〜!ゴミが欠片とは・・・
続き、楽しみにしてます!

229名無しさん:2005/06/21(火) 03:05:42
乙です!先週Qさまの解散どっきりで絆の深さを改めて見せてくれた二人なだけに、
心のすれ違いが続く展開の切なさがリアルに感じられます。しずちゃん格好いいですね。
ぜひぜひ完結まで読みたいです!続きも楽しみにしております。

230名無しさん:2005/06/25(土) 00:44:19
〜ひびわれたこころ〜



真冬の風は、服を着込んでいても染み入ってくるような気がする程に、冷たい。
赤信号の交差点で足を止め、山里はその風の冷たさに微かに身震いした。
深夜に近い時間だが、山里と同じように信号待ちをしている人間は決して少なくはない。
俯き、レンズに触れないよう気を付けながら、右目をそっと掌で覆う。
完全に黒い欠片に覆われたわけではないにも関わらず、その右目はもう何も映さなくなっていた。
なぜあの場所に黒い欠片の断片が落ちていたか――恐らくは、以前あの楽屋を使った芸人の中に『黒』の人間が居たのだろう。
急激に侵食してくる影に気付いたのがほんの二週間程前の事だった事を考えれば、目に入った小さな欠片はすぐに人に影響を及ぼす程の力は持たず、
自分が抱いた小さな負の感情を養分としながら少しづつ力を蓄えていったのだろうか。

空に映える真っ白な翼はいつだって余りに綺麗で、強く。
届かないと、追い付けないと思い知らされた。
余りに眩しくて。遠すぎて。

目に巣食った黒い欠片のせいでそう思ってしまったのか、それともその暗い感情が欠片を育ててしまったのか、それは分からないけれど。
負の感情を充分に吸い込んだ欠片は一気に育ち、視界――そして心――を覆い尽くした。

――美しい姿は醜く、笑い顔は泣き顔に映る、あべこべ鏡。

ふと脳裏に浮かんだその言葉。一瞬考えて、それが【雪の女王】に出てくる悪魔の作った鏡の事だと思い出す。
目に悪魔の作った鏡の破片が刺さってしまった少年・カイと、そのせいで人が変わり雪の女王に連れ去られてしまったカイを追う、幼馴染の少女・ゲルダの物語。
小さい頃に見た、随分と懐かしい童話だ。
あの話の結末はどうだっただろう。確か、ハッピーエンドだったと思うのだが。
(……あんな威圧感のある【ゲルダ】に迎えに来てもらうのは流石に遠慮したいなぁ……)
そう無意識に考えを廻らせてからカイとゲルダに自分たちを重ねている事に気付き、我ながらくだらない事を考えているな、と山里は心の中で苦笑した。
ただ――くだらない事と承知で例えるならば、この欠片は悪魔の鏡の破片と雪の女王、その両方の役割を持っているのだろう。
自分の心を変え、冷たい闇に引き寄せる負の力。

231 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 00:46:14
目を覆っていた右手を下ろすと、その指先を一瞬小さな闇色のオーラが包んだ。
今まで必死に抑え込んでいた力の奔流が、ほんの僅かに溢れ出る。
人を殺す事も容易に出来る、強力な破壊の力。
この黒い欠片というものの予想外の万能さには驚かされるが、その力を使いたくないと思う程度の良心はまだ残っている。
ただ、段々と自制が難しくなってきているのも事実だ。
もう隠し通すのも限界にきていた。その証拠に、今日は沸き上がる激情を完全に抑える事が出来ず、手加減なしで――しかも思い切り頭を狙って――殴り付けてしまったのだから。
気絶した彼女にとどめ止めを刺さなかったのが奇跡的にすら思える。
壊すのは、殺すのは、守る事よりも遥かに簡単だ。

――壊したい? それとも守りたい?

不意にそんな問いが脳裏に浮かんだが、一度目をきつく閉じて思考の外に追い出した。
考えたところで、まともな答えを出せそうにない。

何も気付くな、と思っていた。
早く気付いてくれ、とも。
壊したい、と。守りたい、と。
感情を持て余している聞き分けのない子供のようだと、心のどこかでは認めていて。
別のどこかでは、認める事を拒んでいる。
思わず口を滑らせたのも、山崎を気絶させながら止めを刺さなかったのも、まだ自分の心の中に迷いが残っているからだ。
思考は常に混沌と矛盾。あと少しで、境界線を踏み越えてしまいそうな。
そこを越えて衝動に身を任せてしまえばもう自分ではなくなると――そして、その方が余程楽だという事も――分かっていた。
一歩足を踏み出せば、あるいは一歩足を引けば、それで事足りる。

232 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 00:47:56

今青になっている歩行者用の信号が、点滅し始めた。もう少しでこちら側の信号が青になるだろう。
顔を上げてそれを確認した山里は、ふっと溜息をつき軽く右の拳を握り締めた。
手加減なしで殴り付けたせいだろう、骨は折れていないようだが、拳は赤くなりズキズキと痛んでいる。
だが、今の自分にはその痛みさえどこか遠かった。
冷たさに麻痺した指先で何かに触れた時のように、今は自分自身の感情が酷く曖昧にしか感じられない。
そして――そんな冷え切った心の中で一番はっきりと感じられるのは、ドロドロとした負の感情だ。
怒り、嫉妬、憎しみ――殺意。

――だから、早く。……君を殺してしまう前に。

心の奥底で呟いた本音は余りにも小さく弱く、山里自身も気付かない。
明日には、もう手加減も出来なくなっているだろう。だから明日にはきっと、何かしらの決着が付く。
例え、その結果境界線を踏み越える事になるとしても。
自動車用の信号が黄色から赤に変わるのを目を細めて見ながら、山里はズボンのポケットから出ている携帯電話のストラップに、手を触れた。
元々は白いハウライトを青く染めて作られる、トルコ石を模した石。
余りに鮮やかすぎる、偽りの青。
街の明かりを反射して微かに輝くそれを、指でいらう。――祈るように。あるいは、何かを探すように。
そして、山里は微かに唇の端を上げた。微かだけれど、作り笑いではない自然な笑み。

大丈夫。大丈夫。
まだ笑える。――まだ、嗤える。

口元に浮かんでいた笑みが、無意識のうちに嘲るように歪んでいく。
信号が、青に変わった。止まっていた人の流れが、再び動き出す。
再び心の闇に呑まれていく彼の姿が、雑踏に紛れて消えていった。



雪が降る。音もなく、深々と降り積もる。
全てを掻き消すように、全てを凍て付かせるように。
誰かの心に――雪が、降る。

233 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 01:06:37
すいません、またトリップ付け忘れ……orz
暗い話ですいません。書き始めたときに書いてたのはここまででした。
これから完結まで書く予定なので、もしよければ待っていただけたらと思います。

234 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 01:09:07
追伸
本スレの方、ちょっと過疎化しちゃってますよね。
完結まで書いてから本スレ投下を考えてみます。

235名無しさん:2005/06/25(土) 16:37:43
乙です!決戦前夜の山ちゃんの今後が気になりますね。こんな南キャンも素敵ですよ〜
完結編も楽しみにしてます!

236名無しさん:2005/06/26(日) 01:18:09
乙です。
完結編があるんですね!楽しみです。
頑張ってください!

237 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:31:31
こんばんは。下に三拍子についてちょろっと出ていましたが、
それとは別に自分なりに、そして本編とは全く別物で、気ままに書いてみました。
途中までです。続きはできていません。

238 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:33:30
昔、川原で見つけた綺麗な石を持ち帰ろうとして、止められたことがあった。
理由を聞いたところ、「こういう所にある石というのには魂が込められているから、
不用意に持ち帰ることはできないのだ」との事。
私は子どもながらに、普通に「汚いから持って帰るな」とでもいえば良いのに、と思ったものだ。
しかし、今になってその意味を知った気がする。
例えそれが、川原でなく、
ある日突然自分の目の前にあったものだったと、しても。


【ある冬虫夏草の話】[Will you marry me?]


 「へぇ、彼女できたんだ……」
 と、唐突な高倉の一言。独り言のようにも聞こえるが、
 「な、何でお前知ってるのっ?!」
久保をビビらせるには十分だったようだ。高倉は答えることもせず、手の中にある石に見入っていた。
 「ああ! また俺の過去勝手に見ただろ?!」
 「うん」
 「『うん』って……、やめろよなぁっマジで」
 「どうして」
 「どうしてって、プライバシーの侵害だからだよ」
 「大丈夫、なんか、調子悪いみたいだから……」
 「へぇ……お前でもそんなことあるんだね」
 「うん……」
 「って、それで納得すると思ったのかぁ?!」
 高倉は勢いよく掴みかかる久保をひらりとかわしつつも、石を凝視し続ける。器用な男だ。
 「うーん……」
 実際、高倉の石は調子が宜しくないようだった。いつもなら鮮明に見える映像が、今日はなんだか乱れている。音声も途切れ途切れ。
 「諦めろ。見るなという天のお告げだ」
 久保が無駄に殊勝な笑みを浮かべる。そんな彼に高倉は表情一つ変えずにこう尋ねる。
 「久保には天のお告げが聞こえるんだ?」
 「いや、聞こえないけど」
 「嘘はよくないぞ?」
 「お前なぁ……」
 久保は何かを諦めた。
 「久保、お前の石の調子はどうなんだ……って、お前は持ってなかったんだな」
 「うん、まぁ、な」
 「……ふーん」
 高倉は再び手の中の石を凝視する。未だに調子が悪いようだった。その様子を見た久保が声を上げる。
 「おまっ、俺が嘘付いてないかどうか過去をさかのぼろうとしてるな?!」
 「すごいなぁ、分かるもんなんだね。でも大丈夫。やっぱり、調子悪いみたい」
 「……」
 久保は何かを諦めた。本日二度目。
 「彼女、どんな人なの」
 高倉のその質問に、久保の顔が緩む。

239 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:34:10
 「へへ、すっごく、かわいい」
 「……世も末だな」
 「なんだとぉ?」
 「いや、深い意味は……」
 「お前なぁ? 俺の彼女見たらほんっっっとに羨ましがるんだからなっ」
 「じゃあ、見せてよ」
 高倉は右手を差し出す。すると、久保は少し表情を曇らせた。
 「別に良いけど……」
と言ったまま、続きを話し出そうとしない。高倉は怪訝に思った。
 「どうした? いいよ、今すぐじゃなくても」
 「実は……」
するとここで、久保は持参した大きなバックを振り返る。高倉もそれを追うように見る。
 久保は言った。
 「今日、来てるんだ」
 「……え?」
 久保は立ち上がるなり、バックの元へと行く。
 「高倉、来いよ」
 言われるがまま、高倉もバックの元へと行く。行こうとするのだが、
 「久保、ごめん。なんか、それに近づきたくない」
 そのバックはどこにでも売っているような、非常に大きい、ナイロン製のバック。
 「……そっか」
 久保はなぜか素直に納得し、その大きなバックに手を掛ける。
 その場に少しずつ、静かに積もっていくまがまがしい雰囲気。
 「……久保。彼女の名前、なんて言うんだ」
 高倉は、勤めて自然にそう言った。
 久保は、『それ』を取り出すのと同時に、答えてくれた。
 「あやめ、って言うんだ。ね、あやめちゃん」
 バックから出てきたあやめちゃん。その姿を見た高倉は思わず口を押さえた。

 多分、それはファンの子から貰ったテディベアだったと、久保が言っていたのを高倉は覚えている。俺にそっくりだろう、と自慢していた。
 「あやめちゃん、このテディベアが気に入ったらしくてさ、俺、おもわずあげちゃったよ」
 そのテディベアの腹部から頭部を劇的に突き破るようにして、
『黄色い半透明の身体をした30センチぐらいの女』が、静かに『生えている』。

 その姿はまるで、冬虫夏草。
 屍骸を糧にすくすくと育った、冬虫夏草。

 久保は本当に大事そうにあやめちゃんを抱えていた。高倉は問う。
 「久保、それは、『何だ』?」
 「……俺の彼女だよ」
 高倉は、右手の石が冷えていくのを感じた。
 「質問を変えよう。久保、『その石をどこで手に入れた』?」
 久保の表情が豹変した。
 「石なんかじゃない! あやめちゃんはあやめちゃんだ!!」
 高倉には分かっていた。あやめちゃんが最近芸人たちの間に広まっている不思議な能力を持った「石」だということ。
 そして、久保が持っているその石が、とてつもなく嫌な物だということも。
 だからこそ、『あやめちゃんの持ち主である久保の過去を見ることが、拒絶されたのだ』ということも。
 もっと早く気づくべきだったのだと、高倉は少しだけ後悔した。
 「それにしても……」
 高倉が、めずらしく感情を吐露する。
 「なんなんだ、この急激な話の展開は」
 非常に、イライラしているようだった。

240 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:39:00
以上です。

○三拍子にした理由
一、高倉の雰囲気と能力。
二、久保の能力が決まっていない。

てだけの理由です。いまいち二人の性格や口調は把握していないので、
違和感を感じられたファンの皆様、ごめんなさい。
オンバトやはなまるマーケットの記憶を頼りに作っています。
ついでに、この話が続くかどうかは、謎です。

ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。

241名無しさん:2005/06/30(木) 23:14:13
乙です!
あやめちゃん怖っ!っていうか久保さんよ・・・
お二人に違和感はなかったですよ〜性格口調に関してのみ(笑)
続きすごく気になります。出来れば書いていただきたいです〜

242名無しさん:2005/07/17(日) 23:54:49
そう遠くはない未来、ついに『白』と『黒』の全面戦争が始まった!!
 設楽「『白』を潰せ。」
 渡部「戦う時期が来たってことだろ?」
戦いの火蓋が切られてすぐに、隠された『黒』の力が明かされる!!
 柴田「残念だったなぁ!!」
 柳原「今まで封印してきた石が…復活してるっちゅうんか?」
悲痛な叫びも空しく、戦いは加速していく。
繰り返される戦いに、傷付き倒れていく仲間達…
 田村「ふざけんなっ…!!こんな戦い…何になるっちゅうねん!!」
 徳井「二匹の蛇がお互いの尻尾を飲み込んでるようなもんや。どちらかが滅びるまで、戦いは終わらん。」
裏切り、犠牲、憎しみの後に最後に生き残るのは誰だ!?
そして、残された彼らが見るものとは…?
 小沢「俺の石の…宝石言葉を知っているか?」
そして、最強の石「ブラックダイアモンド」とは!?


劇場版「もしも芸人に不思議な力があったら」
coming soon!





暇だからやった。今は反省している。

…本当にごめんなさいorz

243名無しさん:2005/07/19(火) 09:38:31
笑いで言うところの「ムチャ振り」ってヤツだなwww
漏れは嫌いじゃないwwwwww(`∀´)

244 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:47:46
〜ひとかけらのきぼうをしんじて〜



その夜の夢見は最悪だった。
よく覚えてはいないけれど、身体の芯から凍り付きそうな寒さだけがやけにはっきりと記憶に残っている。

――まるで、吹雪の中に放り込まれたような。

「――しずちゃん?」
一瞬の間のあと呼ばれた事に気付き、慌てて顔を上げる。
本日最初の仕事の、楽屋。悪夢しか見なかった眠りは疲れを癒してはくれず、どうやらいつの間にかぼんやりしていたらしい。
「……え、あ、何?」
顔を上げてからその言葉を発するまでの一瞬の間があったのは、自分を呼ぶその声が昨日までと違う響きを持っているような気がしたからた。
「もうそろそろお呼びが掛かると思うんだけど……何ボーっとしてんの?」
掠れ気味で少し高いその声は、すっかり聞き慣れたものなのだけれど――。
(――違う)
考えるより先に、そう思った。
呼ぶ声は一緒なのに、違う。声も、やけに凝った言葉の選び方も、人差し指で眼鏡を押し上げる些細な仕草さえ、変わらない――けれど、違うのだ。
昨夜の出来事があったせいでそう感じるのか、それとも、全てを知られた今となっては意味がないと山里の方が普段通り装う事を止めたのか。
恐らくは両方なのだろうが――山崎の知る相方がお世辞にも芝居が上手いとは言えない事を考えれば、認めたくはないが前者の割合の方が高い――、
度を越した違和感に鈍い頭痛さえ感じてくる。
「ごめん……ちょっと考え事してたわ」
ぎこちなく笑みを浮かべ、酷く冷たい相方の目を、真正面から見返す。
目を逸らしてはいけない。
今目を背けてしまったら、その事が自分達の間にあるものを本当に全て、壊してしまうと――ギターの弦が
ぶつんと切れるように呆気なく、何もかもを断ち切ってしまうのだと、それだけはなぜかはっきりと分かった。
無意識に、拳を握り締める。暖房が効いているはずの楽屋は、なぜか寒かった。

245 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:48:56




――重苦しい灰色の雲が漂う空に、細く欠けた月が微かに輝いている。

人通りのない寂れた道を歩いていた山崎は、ふと立ち止まり夜空を見上げた。
今日の仕事はもう全て終わっており、普段ならあとは帰るだけだ――普段なら。
視線を星の見えない夜空から右手に持っていたメモに移し、再び歩き出す。
それからしばらく歩いたあと、十五階はありそうなテナントビルの前で立ち止まった山崎は、手元のメモと目の前のビル――正確には、玄関横に
取り付けられたビル名が刻まれたプレート――とを見比べ、ポツリと呟いた。
「……ここ、か……」

今日最後の仕事が終わったあと山里に渡された四つ折りのメモに書かれていたのは、ビルの名前と住所、そして時刻と『屋上で待ってる』の一言だけだった。
やはり綺麗とは言い難い、見慣れた字。命令されているようで気分が悪かったのだが、まさか逃げ出すわけにもいかないだろう。
(それにしても……方向音痴やったら間違いなく迷うな、この寂れ方やと)
テレビ局から比較的近く地名も聞き覚えはあるが、山崎はこの辺りまでやってくるのは初めてなのだ。誰かに聞かれるのを警戒したのかもしれないが、
例えば道に迷うとか、そういう事は考えなかったのだろうか。
「……ま、どうでもええか」
もし迷いでもして時間を過ぎても来なければ、携帯電話に連絡を入れて誘導するつもりだったのかもしれない――それはそれで
間抜けな光景だと思うが――と結論付けた山崎は、右手ごとメモをパーカーのポケットに突っ込んだ。
この時間、勿論玄関が開いているはずはないので、ビルの横に回り込む。
昨日の夜にでも下調べでもしておいたのだろうか。確かにこの様子なら派手に暴れても人に見つかる心配はないだろうが――。
(覚悟はしてたけど……屋上までこれで行け、と?)
どこか古めかしい外付けの非常階段を見て思わず溜息をつき、山崎は長い階段をゆっくりと上り始めた。

246 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:50:52
街の雑多な音も遠くにしか聞こえない、静かな非常階段に、ただ足音だけが響いている。
両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま黙々と階段を上り続けていた山崎は、十二階の踊り場までやってきたところで立ち止まった。
先程地上から見たときの目測が正しければあと少しで屋上に着くはずだが、長く続く階段をひたすら上っていると気が滅入ってくる。
石の力で飛んでしまえば楽なのだが、こんなところで無駄遣いするわけにもいかないのが辛い。
絞首台の十三階段を上るのもこんな気持ちなのだろうか、と一瞬考えて、とりあえず鉄扉に寄り掛かった山崎は思わず唇の端に苦笑を浮かべた。

――大人しく殺されてやるつもりなど、欠片程もない癖に。

少なくとも自分は、他人の為に死んでもいいと真顔で言えるような自己犠牲の塊ではない。
ただし、だからと言って絶対に死なないかと問われれば答える事は出来ないのだが――いや。本当のところ、状況は絶望的だった。
自由に飛び回れる屋外は昼間なら有利な場所なのだが、山崎の能力は発動中極端に夜目が利かなくなる為、夜は少々分が悪くなる。
しかも今日の空は雲が多く、月も半分以上欠け、黒い布に出来た裂け目のように細く頼りない。少しでも視界を良くしてくれるのは、遠くに見える街明かりのみだ。
それでも、自分はたった一人でこの場所に来た。正々堂々などという言葉は無視して浄化の力を持った誰かを呼んでしまえば楽に勝てると、呼ばなければ負ける――もっと
具体的に言えば殺される――かもしれないと、そう知りながら。
誰かを呼んでしまえば彼の意思を裏切る事になると、裏切りたくないと、そう思ったのだ。
弱々しく闇を照らす古びた蛍光灯に視線を向けながら、唇の端に浮かんだ苦笑を深める。
自分を殺そうとする相手に対して『裏切りたくない』などど思った事が酷く愚かで、滑稽で――それでいて、何より大切な事だとも思えた。
寄り掛かっていた鉄の扉から離れ、首元に手をやって服の上からペンダントを握り締める。仕事の合間の時間ひたすら回復――つまりは精神集中――に努めていたおかげで、
万全とは言い難いが昨日よりはかなりマシな状態になっていた。合わせて十分程度なら全力を出せるだろう。
気ぃ失う程度にシバいて浄化の力持った奴のところまで連れていく、という大雑把かつ穏やかでない努力目標を再確認し、山崎は再び階段を上り始めた。

(やっと着いたか……)
十五階の踊り場までやってきたところで、視界が開けた。
階段の先、左手には屋上のフェンスと扉が見えている。
足を止め、目を細めてその扉を数秒見つめると、山崎は一段一段踏み締めるようにゆっくりと再び階段を上り始めた。
あと、十段。
まだ石の力は解放していないが、鋭く研ぎ澄ませた神経はすぐ傍の冷たい気配を感じ取っている。
あと、五段。
それでも歩みは止めない。逃げ出す事も目を背ける事もしてはいけないと、痛い程分かっていた。
昨日の夜、痛々しい程の諦念を含んだ目に一瞬でも視線を逸らしてしまった事が、今は酷く腹立たしい。
あと、一段。
真っ直ぐ前を向いたまま最後の一段を上り切り、ゆっくりと左を向く。

屋上と非常階段を隔てている、金網の扉の向こう――街明かりと微かな月光に照らされ、見慣れたシルエットが見えた。

247 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:52:59
なんか石が全然出てこなくて申し訳ないんですが、今日はここまでです。
次回はちゃんとバトルに入れると思いますので……

本スレが余りに過疎化してるので、もしよければ投下したいのですが……意見をもらえたら嬉しいです。

248名無しさん:2005/07/20(水) 23:41:16
乙です!
うわ〜すごくいいです!続き気になります!
本スレ投下希望です。

249名無しさん:2005/07/21(木) 05:39:08
乙です!
カンニング編といい、8Yさんの作品は、登場人物の行動・考え方や細かい仕草等が
すごく本人たちのイメージを大切にしている感じがあって大好きです。
今回だと「人差し指で眼鏡を押し上げる仕草」の記述に"やるやる"と感心でしたw
本スレ投下もぜひお願いします。

250 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:28:35
ども。
>>238-239に三拍子の「ある冬虫夏草の話」という文を投下した物です。
完成したので、一応ここに置いときます。
死ネタというほどの死ネタでもないのですが、それが絡んでくるので、ご注意ください。
読んで頂ければ、幸いです。そこそこ、長いですよ。

251 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:33:25
title 「ある冬虫夏草の話【Will you merry me?】」
>>238-239の続き

****************



 ストップ。
 リヴァースアンドプレビュー。


 不法投棄。久保はたまたまその現場を目撃することとなる。そんな13日前の午後。
 曇天、それなのに明るい。不吉なことが起こりそうな、打って付けの天気。
 久保は、誰もいなくなったのを確認した後、そっとゴミの山に近づいた。
 普段、こんなシーンに遭遇することも無かったし、ゴミ自体に興味を持っているわけでもなかった。
 それでも、近づいた。もしかすると久保は、
 運命を信じたのかもしれない。ああ、それと、
 諦めを。
 
 まぁ、それはいい。

 久保は、予定通りにゴミの中に運命の人を見つけた。それが、あやめちゃん。
 あやめちゃんというのは、誰が決めたのかは分からない。
 あやめちゃん自身がそう言ったのか、久保が勝手につけたのか、そんなことは知る由もない。
 私は思う。きっとあやめちゃんという字は
 「殺」か「危」と書くのだと。とりあえず嫌な感じ。それが、私が最初にあやめちゃんに抱いた印象。


 プレイバック。


 「……見えたか」
 高倉はそう呟き、石の意思の意志でも変わったのかと、ややこしく解釈した。
 そして再び久保とあやめちゃんを睨みつける。迫力満点。しかし久保がひるむ様子はなかった。あやめちゃんは論外。
 久保にそっくりなテディベアが、あやめちゃんに食べられてしまった。
 次は久保孝真が食われるのかしら、と、高倉はそこはかとなく思った。それに追加するように、
 「それは不味い」
と、ぼやく。しかし、過去が見える力を持っただけの高倉に、あやめちゃん自体をどうにかする力は皆無だ。
 ――あの人なら何とかなるのか? だが、久保が聞く耳を持っているのか? それ以前に、あやめちゃんの耳は聞こえるのか。
 あふれ出るように不毛な思考が働く。久保と高倉がお互いに睨み合ったまま、ただただ時間が過ぎる。高倉には、久保があやめちゃんを守らんとしていること以外には、何も分からなかった。
 とりあえず、自分に何が出来るのか、高倉はそれを考えることに専念しようとする。

 ……ところが。

252 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:34:36
 「失礼します」
 ノックの後に開かれる背後の扉。返事はせず、久保と高倉は開かれた扉を見る。
 二人が知らない男が1人。比較的整った容姿だったが、誰なのかさっぱり見当がつかなかった。久保はとっさにあやめちゃんを隠すように抱く。
 「どちら様で……」
 スタッフではないことは明白だった。また、知り合いの芸人でないことから、高倉はそう尋ねた。
 「名前ですか。そんなものはありませんよ」
 知らない男はそう答えた。
 「はぁ、『そんなものはありませんよ』さん、ですか。どこまでが苗字でどこからが名前なのでしょうか」
 高倉はまじめにそう言った。いつもなら久保が突っ込むのだが、久保は何も言わず、知らない男を睨んでいた。
 知らない男は言う。
 「ぼく自身のことは放って置いてください。そんなことより、そちらの小太りの方。貴方が持っているものに、大変重要な用事があります」
 知らない男の口調は非常に事務的だった。しかし、不穏な空気が漂っていることは、確かなのだ。
 だから、久保も高倉も、警戒した。
 「貴方の用件は分かりましたが、俺の相方が持っているソレ、非常に厄介な物なんですよね……。それに大変重要な用事があるということは……、貴方自体、厄介な物なんでしょうね」
 知らない男は高倉を見据える。
 「ぼく自身のことは放って置いてくださいといったでしょう」
 「そう言う訳にも行きません。せめて身分を明かしてください」
 「それはできませんね」

253 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:35:48
 即答だった。あまりにも断言的だったので、一瞬面食らったが、高倉は気を取り直す。
 「それでは尋ねます。貴方は久保の石に何の用事があるんですか」
 高倉は、もしかするとあやめちゃんのことを石といえば久保か知らない男が何かしら反論すると踏んだ。しかし、久保が何か言うことはなかった。今は知らない男に視線を合わせているので、久保のほうを見ることができない。久保も様子を伺っているのだろうか。
 知らない男は、勤めて事務的口調で答えた。
 「それは、ぼくのものです。ずっと探していました。そしてやっと今日、見つけることができたのです。お願いですから、『彼女』を、返してください」
 後半は久保に行っていたような感じだった。しかし、一つ聞き捨てなら無いことがあった。
 「……『彼女』?」
 久保と高倉は、ほぼ同時に尋ね返す。
 「そうです。『彼女』は私の恋人です」
 高倉は再び苛立ちを感じた。久保と同じ事を、この知らない男まで言うのだ。高倉は言葉を選ぼうとした。しかし、
 「あやめちゃんが何でお前の彼女なんだ?」
先に久保が口火を切った。
 「あやめちゃん……? 『彼女』のことですか」
 「そうだ」
 「あやめちゃんではありません。『彼女』は」


 ストップ。
 

 一瞬だけ、見えた。
 先ほどの不法投棄現場。そこにあやめちゃんを捨てていった男。
 この、知らない男が、その男。

254 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:36:51
 しかし、久保の視点からでは男の顔が見えなかった。
 それなのに今ははっきりと見える。……どういうことだ。


 リヴァース。


 『その視線は知らない男としっかりと合っている。目が合っているのだ』。
 まさか……。そんなはずが……。


 プレイバック。


 「……」
 高倉が我に返ったとき、話はもう先に進んでいて、久保が怒声をあげていた。
 「勝手なこと言うなよ! お前っ、あやめちゃんをあんなところに一人にして、あんなところに捨てるなんて酷い目にあわせて! それでなにを今更っ!」
 知らない男は反論する。
 「やっぱり、ぼくは『彼女』がいないとダメなんです! お願いですから、返してください!!」
 いつの間にか知らない男の口調が感情的になっていた。加熱する二人の問答に、高倉は一人、冷めている。
 高倉は、あやめちゃんを見た。こころなしか、あやめちゃんからテディベアが剥がれていってるような気がする。
 ――もう、テディベアでは不十分なのか。あやめちゃん。
 高倉は心の中でそう尋ねる。すると、……。
 高倉の冷えていた石が、更に冷えていき、凍え、それが手から腕へ、そして全身へと広がっていく。
 ……。
 
 
 比較的、早送りの映像だった。
 音声は無い。ただ、流れて、なにがあったのかを教えてくれるだけといった感じだ。
 知らない男が、楽しそうに笑っていた。そんな映像が、しばらく続いた。
 しかしそのうち、知らない男の顔が怒りや嫉妬で醜くゆがんでいく。次第にそれだけになる。
 理由は知らないが、それは私にも分かるほどの恐怖と悲しさを感じさせた。
 そしてとうとう、『私』は、殺された。納得のいかないようで、納得の結果だった。
 しかし、『私』は再び目を開ける。身体は、動かない。喋ることもできないが、知覚はできた。
 知らない男が『私』を愛おしそうに、満足そうに愛でていた。そのとき 『私』はまだ、この男が好きなのだと思った。
 『私』は知らない男の期待に答えようと、『成長』することにした。近くに植物があればそれに寄生し、それがダメになれば、近くのゴキブリに寄生する。
 別に何でも良いと思い、リモコン、CD、食器、枕、色々な所に寄生した。
 結果、全部ダメにしてしまった。『私』はまた怒られると思い、そしてまた殺されるのだろうと思った。
 しかし、今度は違った。……捨てられたのだ。 
 これは、納得行くようで納得できない結果だった。
 そして、今ここにいる。『私』を見つけてくれた、久保。でもやっぱり『私』には、知らない男しかいない。
 知らない男もそう言ったように、『私』も彼じゃないと、ダメなのだ。

255 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:38:56

 ……。
 高倉は、久保に言う。
 「久保、お前も分かっているんだろう。あやめちゃんが、誰を望んでいるのか」
 「だめだ! あやめちゃんは、俺が、俺が守るんだ……。もう、辛い思いをさせたくないんだ」
 はっきり言って高倉には、今の久保があやめちゃんの所為でこんなことを口走っているのか、それとも、本人が心から強くそう思っているからなのかは、分からない。
 しかし、とにもかくにも、これ以上久保にあやめちゃんを持たせるわけにはいかない。

 growing,growing/i am growing now/

 高倉は、言った。
 「久保、聞こえているんだろ? あやめちゃんの声が。俺なんかより、よっぽど」
 久保は、震えている。
 「だけど、だけど……」
 「……久保、あの人にあやめちゃんを『帰そう』? お前が一番分かっているはずだ。 あやめちゃんが、なにを望んでいるのか」

 久保の腕の中でほのかに光る、黄色い女。
 着ていたテディベアでは足りないのか、それとももう飽きてしまったのか、大胆にも
 彼女は久保の腕の中でそのきぐるみを、ゆっくりと脱ぎ始めている。
 まるで、羽化するかのように。だけど、
 所詮は冬虫夏草。高倉は知っている。
 彼女にとって最高で最良の、本当の棲家が見つかったことを。
 久保は知っている。彼女にとって最高で最良の、本当の住処が自分ではないことを。

 久保は、本当に本当に名残惜しそうに、俯きながら知らない男に、あやめちゃんを、渡す。
 知らない男は強奪するように、久保からあやめちゃんを受け取った。

 決着は、一瞬でついた。

 久保と高倉は、瞬きをせず、その一部始終を目に焼き付けた。
 知らない男があやめちゃんを強く抱きしめた瞬間、あやめちゃんは急激に成長。驚いた知らない男が手を離す間もなく、あやめちゃんは知らない男の体の穴という穴から侵入。
 聞くのに絶えない音が、部屋中に広がり、知らない男の断末魔も、それに混ざる。
 そして、絶望的な時間が怒涛のように流れきった後、何事もなかったかのように、全てが元通りになる。
 知らない男が、目の前に横たえてそれ以上動かなくなったこと以外には……。


 それからしばらく経って。

 芸人仲間が久保に声を掛ける。
 「お前、そのドーゾーかなり気に入ってるみたいだな?」
 久保は笑いながら答える。
 「銅像じゃないよ」
 「お前ヤラしーな? 女の裸のドーゾー毎日手入れしやがって」
 「別にそんなんじゃないよ。それに、ドーゾーじゃないからね」
 「なんだ? じゃあ、石像か?」
 「近いね。ただの石像じゃないよ」
 「ん?」

 「生きてるんだ。彼女」

 立派に成長した彼女は、久保の芸人仲間に、満足げに素敵過ぎる笑みを浮かべて見せた。


 I just wanna do ya? yes,I am growing now...

でも、この話はもう終わり。

256名無しさん:2005/07/27(水) 22:47:39
乙。もの凄く乙。
石の戦いと言う設定を取り入れつつ、
さらにその先へ進んだSFホラー物だと思いました。
クオリティハンパねぇ!お疲れ様でした。

257 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:48:18
本編終了

◆あやめちゃんの正体および石の能力説明
ライフジェム→黄みがかった人工ダイヤモンド。人の遺灰や遺骨から採取した炭素を基に作る。
能力→できる由来も相まってか、石そのものが意思を持つ
思い人に寄生し、生命を吸い取り成長する。菌類でいうなら冬虫夏草のような感じ。 

以上です。いかがでしたでしょうか。
自分では、荒ーい感じがします。
もし読んで頂いたのなら、本当に何でもいいので、一言いただければ幸いです。
では、失礼いたします。

258 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:51:51
>>256
早速感想ありがとうございます。楽しんでいただけましたか?
自分が書いた意図が伝わったみたいで、本当にとても嬉しいです。

259名無しさん:2005/07/30(土) 21:21:35
ぜひ本スレ投下キボン

260 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/30(土) 23:05:18
>>259
本スレ過疎気味ですね。
落下するとして、これはネタ的に大丈夫でしょうか

261名無しさん:2005/08/03(水) 17:52:32
三拍子編希望したものです。
すごくおもしろかったです!!!
ありがとうございました!!!

262 ◆EI0jXP4Qlc:2005/08/03(水) 18:18:50
>>261
喜んでいただけたようで、何よりです。
私自身すごく嬉しいですよ。よかったー。

263名無しさん:2005/08/08(月) 19:38:06
しずちゃんのもう一つの能力があまり表に出てないし、
山ちゃん視点は新鮮かもと
南海の番外みたいなのを書いてみたんですが、
・このままでは南海話が続きすぎる
・石がちょっとしか出てこない
・結局視点がしずちゃん中心
・なのに無駄に長い
という本スレにはとても書けない仕上がりにorz
でもせっかくなのでここに投下させて下さい。

264263:2005/08/08(月) 19:39:36
「あの、ホント、すいません・・・」
「・・・・・・。」
おなじみの舞台衣装に身をつつんで立ちつくす僕らって、すごくマヌケだと思う。
とあるローカル番組のロケでこの公園に来たまではよかった。
が、何かトラブルが起きたらしく、撮影は一時中断。
「あと、どのくらい・・・?」
「最低、一時間くらいは・・・」
しかも。
「時間潰しに、漫画喫茶とか」
相方に提案してみる。
「無いな」
そっけない。
「せめてコンビニ」
もう一度いってみるが、
「無いな」
やっぱりそうか。・・・いい感じに街から離れたこの場所に、そういった類のものは無いのだった。
はぁぁぁっ、とため息をつく。本当に、これから一時間以上どうやって過ごせばいいんだろう。
「あっちのベンチで待ってようか」
「ん」
少し沈んだ気分で、広い公園の中央に立つ樹の下に見つけたそれへ向かい、歩きだした。

265263:2005/08/08(月) 19:40:46
「そんなんどこから見つけて来たん」
ベンチに私が座っても相方はそうせずにどこかへ歩いていってしまい、
そしてしばらくしてボールを抱えて戻ってきたのだった。
よく見ると、彼の歩いて行った方向には、ひっそりと設置されたバスケットゴールがあった。
「砂場のとこでね、忘れ物かな。拾った」
そう簡単に答えると、彼はいい暇つぶしができたといわんばかりにボールをついてみせた。
ポンポンと音をたてて、それは軽く弾む。
バスケには適してなさそうなおもちゃのボールの黄色が、まっすぐゴールに吸い込まれていった。

266263:2005/08/08(月) 19:41:50
(よし)
心の中でガッツポーズ。きちんとゴールに入った。思い通り。
この胸がスカッとするような感覚が、学生時代から好きだった。
しかしそんな気分とは裏腹に、間抜けな音でボールはこの手に戻ってくる。
「・・・・・・。」
まぁ、無いよりマシだし、と気を取り直し、ふと相方のほうを見る。
彼女がスカーフ(正しくは、その下に隠れているペンダントの石)に触れると、赤い光が彼女を包む。
そして聞き慣れた口笛が高く長く響く。そのあとは、決まって鳥の羽音が聞こえてくるのだった。
――鳥を操る。空を飛ぶ以外に彼女が使うことができるもう一つの力。
(しずちゃんにピッタリだよなぁ)
ハトやスズメや、それから何かよく分からない鳥が、彼女の肩へ、頭へ、足元へ降り立つ。
そんな光景を耳で感じつつ、もう一度ボールをついて走り出した。
今度はゴールのふちに跳ね返り、外してしまう。残念。でも実をいうと、この感覚も嫌いではない。
「僕が近づいたら、逃げるかなぁ?」
ふいにそんな言葉が口をついて出た。
彼女が座っているベンチの向こうではスタッフが慌ただしく走り回っている。
もちろん今、彼女(と鳥たち)に近づいて見ようだなんて思いもしてないのだから、こんな質問に意味など無い。
なのに口に出したのは、向こうの騒がしさとこちらの静けさの落差が、嬉しくて堪らないからだろうか。

267263:2005/08/08(月) 19:43:34
「僕が近づいたら、逃げるかなぁ?」
つい何となく呼んでしまった鳥たちが羽ばたくたびに頬に風を感じながら、
(上着くらい脱いだらええのに)
妙なお節介を頭の中で焼いていた矢先の彼の言葉だった。
胸の前でボールを抱えた彼に何て言おうかと口を開きかけたそのとき、
わぁっ・・・と声にならない声をあげながら五、六人の子どもたちが楽しそうに公園へ入ってきた。
「あっ、俺のボール!」
子どもの一人がそう言うと、彼らはそれが合図だったかのように相方のまわりに集まっていく。
「あーごめんねー、ちょっと借りてた」
彼がにこやかにそう言うと、
「返せ」
子どもたちは嬉しそうに彼へ突進する。
「えーなんで、一緒に遊ぼうよ」
「やだ」
「えー?」
そのままじゃれ合いが始まった。それにしても、赤ん坊はさておき、彼は子ども受けが良い。
もしかすると、あの子らくらいの小学生が夢中になるモンスターなどと同じ匂いでもするのかもしれない。
それに、私が言うのも何だが、彼はなかなか長身である。
そのため今もボールの奪い合いの途中で一人を抱え上げ、擬似ダンクシュートをキメていた。
(あーあ、これ全員にやらなアカンで)
案の定その通りになって、彼は律儀に一人一人に同じ事を繰り返し、すっかり汗だくになっていた。
(上着・・・)
立ち上がろうとする前に、後ろの人の気配に気がついた。撮影が長引くと言っていたスタッフだった。
「準備出来たんですが・・・楽しそうですね」
「ああ、・・けっこう、早かったですね」
腕時計にちらりと目をやりながら振り向くと別のスタッフがカメラをまわしていて、思わず苦笑した。
「しずちゃん」
相方の呼ぶ声がして、ボールがこちらへ転がってきた。それを拾い上げて、足で軽く飛ばす。
彼はそれを受け止めて、手招きをした。走り出すと、いつのまにかまた集まってきていた鳥たちが再び、
飛び立った。

268263:2005/08/08(月) 19:54:30
終わりです。思ったより長くなかったですねorz
季節ははっきり決まってないですが、何となく時期とか時間とかは
最近?だと思います。生まれて初めて書いたんで、何がなんだか・・・orz

269名無しさん:2005/08/09(火) 00:18:59
乙です
ほんわかした雰囲気でいいですねv

270名無しさん:2005/08/09(火) 03:26:20
乙です!初めて書いたとは思えない素敵さです。
子供受けがいい山ちゃんに対するしずちゃんの評価にワロスw

271名無しさん:2005/08/09(火) 17:32:02
南海ほのぼのしてて素敵ですね。
山ちゃんモンスター系かw

272263:2005/08/11(木) 19:26:11
>>269
できるだけマターリ、を目指してたんでそう言ってもらえて嬉しいですv
>>270-271
そこに気付いてくれて㌧クスですw

実は南海話の書き手さんの連載が終わったらその後の話として
書きなおして本スレに投下したいと考えてたんですが、自分で
読み返してみると恥ずかしすぎて無理なことに気がつきorz
いつか上達したら実際に参加してみたいです。

感想ありがとうございました。

273けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/08/11(木) 23:43:18
はじめまして。
けふえーると申します。
山里氏ほんわかな小説の後で申し訳ないのですが、わたくしめも駄文ながら投稿したい次第でありまして。
しかし添削スレッドに投稿する勇気が無いのと、ジャンルも外れていると思いますので、ここに投下致します。
しかしビビッてまだ胃がきりきり痛みます。コワイヨー

274黒と白 -芳香-  ◆J5DaNPfmbA:2005/08/11(木) 23:46:19
まあやは言いました。
『 いいにおいがする』と。
そうするとかみをくくった女の人が、いいました。
『わたし、こう水つけてないよ』
『そうじゃないのです。』
まあやはそう言ったきり、なにも言いませんでした。
女の人が、まあやにききました。
『ねえ、この石はなあに』
そう女の人がきいたので、まあやはにんまりとして、とくい気にこういいました。
『つかいかたは すぐに、わかります』、と。

―――たどたどしい文字と、その文字に想像される年齢の割に大人びた文章。
そして端にちびた色鉛筆を力いっぱい握り締めて線を書かれた、
緑の地に黒い線が入った丸。
「…かわいいな。…小説、なのかな。」
この原稿用紙を飛んできた方向の家に、きれいな4つ折りにして、そっとポストに押した。

ブラックアンドホワイト フレグランス


「…あなたのお名前は、まあやっていうの?」
ずっと沈んでいたはずの文字が、突然脳裏に浮かんで、無意識のうちに口をついて出て、即座にはたと唇を両の掌で押さえたが、すでに言葉は出きった後だった。

「…ごめん。ちが…」
「そうですよ」
いとうが言葉を続けようとした時、子供がにんまりと唇の端々を吊り上げて笑って、妙に大人びた物言いで言った。
「よく分かりましたね」
吊り上げた唇から小さな笑い声が洩れて、ふふと嘲笑じみた声が聞こえた。

―――まあやが突然吊り上げた唇を下ろして黙り込んだ。
「…いいにおいがする。」
先ほどとは明らかに違う様子で、子供がごねるように言って、いとうのほうを見上げた。
「私、香水付けてないよ」
「…そうじゃないのです。」
きっとそういうことではないのです、と、言いたかったのであろうまあやは、言い終わった後に頬をぷくとふくらませた。
「…この石はなあに」
いとうがそういった瞬間、まあやは膨らませた頬の空気を抜いて、ふふんとまた得意気に笑った。
「使い方は、すぐに、わかります。」
―――――――――――――――――――
一旦ここで区切りを入れさせて頂きます。
どうもはじめまして。
とても緊張シテイマス。
たまにコピペシテ抜かしているところもあるので、抜けているところがあればご指摘よろしくお願いします。
あと、お分かりでしょうがいとうさんはいとうあさこさんの方です。

275けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/08/11(木) 23:49:30
ああ申し訳ございません
誤字がふたつも(汁)
とても緊張シテイマス→とても緊張しています
コピペシテ→コピペして
です。
本当に申し訳ございません。

276名無しさん:2005/08/12(金) 00:20:25
>けふ氏
内容はいい。凄いいい。
・・・でも、主役のコンビがワカンネ

277名無しさん:2005/08/12(金) 09:27:47
>けふえーるさん
おお、何だか今までになかった感じ。謎の子供が気になる。
いとうさんで来たのも何か好き。がんがってください。

278けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/08/12(金) 11:08:50
ご、ご感想をさっそくありがとうございます。
>>276さま
いとうあさこさんで、コンビではなくピン芸人の方です。
>>277さま
それは私が変わり者ということでしょうか?
それはともかくがんがります。

えー続き投下致します。
稚拙なところはなにとぞご勘弁を。

279黒と白 -芳香- ◆J5DaNPfmbA:2005/08/12(金) 11:13:33

ブラックアンドホワイト フレグランス 2 

「…?…この石に使い方なんてあるの?」
いとうがそう聞いて、握っていた手を開いて緑色の石を見せると、まあやはこくりと頷いて、また話すためにいとうの目を見た。
「この石は、力があるんです。正しい方法で使えば、いざとなったとき護ってくれます。」
「…どういうこと?」
力と護ってくれるがひっかかったらしく、
「私はそれだけしか分からないです。」
「…わかんないなあ」
「要は自分で考えてくださいってことです。」
「…うん。」
いとうの言葉を完全に遮って、なかば強制的に石の話を終わらせると、まあやはそのまま黙り込んだ。
――――――――――――――
ど、どうも小説投下です。
とりあえずここで…。
ただいま続きを考え中です。
すすいませんすいません

280名無しさん:2005/08/12(金) 11:54:36
早!次回も楽しみにしてます。
いいストーリーなので、そんなにあやまんなくていいです。
本スレ投下時に「文はいいけどコメントウザス」とか書かれないように気をつけて
がんがってください!

281黒と白 -芳香- ◆J5DaNPfmbA:2005/08/12(金) 12:22:50
>>280さま
どうもありがとうございます。
根が小心なので多々謝ってしまうと思いますが…
これからはほどほどにしていこうと思います。
とりあえず段落終わりのすいませんコメントはとめます。

282280:2005/08/12(金) 15:03:22
こんなに面白い文章を書いておられるのに、
厨扱いになりでもしたらもったいないので、ぜひほどほどで。
今後の展開も楽しみにしております!

283黒と白 -芳香- ◆J5DaNPfmbA:2005/08/13(土) 15:02:02

ブラックアンドホワイト フレグランス 3 


しばしの沈黙のあと、まあやが再び口を開いた。
「この石を、どんなときも離さないでください。もし危険にさらされたら。この石に祈ってください。きっと護ってくれますから。」
そう言ってまあやはぺこりとお辞儀をするとそのまま何処かに行って、その背中を見送ったいとうはそこに残されてぼやと突っ立っていた。
「…あ。いけない。行かないと。早く。」
いとうがそう口に出して、突っ立てていた身体を動かした。

*

『次長課長 井上様 河本様』と乱雑な文字で書かれた紙が貼られて、汚い字、などと思いながらいとうはその紙に視線を寄せた。
「どしたんですか。」
うしろで特徴のある声が聴こえて振り返ると、そこに小さな男がひとり立っていた。
「うわぁっ」
「あ、いとうさん…ですか。」
驚いて小さく悲鳴を上げたいとうに向けて河本が細い声で言い、その後にいとうが向いていた視線の方向を見た。
「また何でこんなの見てたんですか?」
「…いや、汚い字だなぁって思って。すいません。」
不思議そうに河本がいとうを見ると、いとうが先ほどの河本よりもか細く小さな声で、言葉を押し出すように言った。



「…わたし、ちっちゃい女の子から綺麗な石もらったんですよ。」
少しの間黙っていたいとうが唐突に切り出して、ジーンズのポケットから石を取り出し、掌の窪みに石を置いた。
「へえ。綺麗ですね。石の名前はわかります?」
「生憎わからなくって。」
「…そうなんですか。それ―――」
「…あ、すいません、!もう行かないと!」
河本がもうひとつ言葉を続けようとしたとき、遠くでいとうを呼ぶスタッフの大きな声が聞こえて、いとうは河本の言葉を聞かぬまま、小走りで河本の元を去った。
「…トラピッチェエメラルドですよ、って言おうとしたんだけどなぁ。」
河本が続けようとした言葉を呟いたとき、もう去っていったいとうにその声は届いておらず、スニーカーを履いて急ぎ足で歩く、自らの足音だけが聞こえていた。
――――――――――――――――――――――
ブラホワフレグランス・石とまあやと河本と・出会い編はいちおうここで終了であります。
ずいぶん長々してしまって申し訳ございません。
正体解明編と戦闘編はもう少し後になるかと思われます。
それと口調がわからなかったのでどっちも敬語に致しました。
間違いがあればご指摘ください。

284名無しさん:2005/08/13(土) 16:58:15
おお、次長課長と絡めるんですね。
いとうさんの能力も気になるし、続きが楽しみです。

285 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/13(土) 18:33:24
ビビる大木の話を書いてみました。まだ途中までですけど…
まずは投下します。

286 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/13(土) 18:43:01
 〜コール〜

「おーい、ちょっと。俺の話ちゃんと聞いてる?」
「はいはい。もちろん聞いてますよー…」
とある喫茶店の中。二人の男が、素麺をすすりながら会話をしている。
麺が伸びてしまうのも気にしないと言った風に、箸を振りながら一方的にペラペラと喋っ
ている茶髪の男が、向かいの席に座っているやや小太りの男の顔をズイッ、と覗き込んだ。
「でさー……そんでさぁ……なっ、馬っ鹿だろー?」
「へぇ、そうなんですかー」
 ―――それは前にも聞きましたよ。何回も。
とは、いくら仲が良くても相手が先輩なので絶対言えない。それ以前に、こんなに楽しそうに話してくる彼を無責任な言葉で傷つけたくないこともあったが。
苦笑を浮かべ軽く溜息を吐く。そして再びオチの分かり切っている話に耳を傾けた。
「大木ぃー、お前のメロンソーダ旨そうじゃん。ちょっと頂戴」
茶髪の男が身を乗り出して、綺麗なグラスにアイスが盛りつけられているメロンソーダに手を伸ばした。
大木は慌ててその手を払いのける。
「だ、駄目!駄目ですよ!これ俺のなんですから!」
「じゃあアイスの部分だけでいいからさぁ〜」
「それ一番駄目なトコじゃないすか!」
テーブルをガタガタと揺らし、大声を上げながらジュースの取り合いをする。
だがさすがに周りの客の突き刺さるような視線に気付いたのか、戦いは自然と一時中断され、二人は軽く愛想笑いをすると、縮こまって再び椅子にゆっくりと腰を下ろした。

「あ〜あ、何かつまんねーの!面白い事ねぇかなー…」
キシキシと音がするくらいに体重を掛けて行儀悪く椅子の背にもたれかかり、茶髪が呟く。
大木はそれを見ながら、転倒しないだろうか、などと行き場の無い手を宙に彷徨わせてハラハラしている。

287 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/13(土) 18:43:48
「あ…そういえば最近、番組で共演してるくりぃむの二人や川島君たちの様子が、何つーかちょっとおかしいんですよ」
「ふうん?」
「何か“石”がどうのこうの言ってて…」
「石…」
石。その単語を聞いた途端、茶髪男の目の色が変わった。体制を正し、テーブルの上に肘を乗せる。
「へ…?何か知ってんですか?」
「ふふーん、まあね!そっかー、お前にもついにコレを渡すときが来たな!」
どっかのゲームに出てくる師匠のような台詞に少し吹き出した。
「えー何です?何かくれるんですか?」
冗談半分で手の平を差しだしてみると、
「ほいっ!」
綺麗な石を手の中に落とされた。わずか3センチほどの、小さな赤みがかった石。
先端が曲がっていて、中学の社会の教科書で見たことがある形だ。
「勾玉じゃないすか。すげ、本物の宝石ですか?」
手の平でころころと転がしてみたり、天井のライトの光に当てて反射させてみたりと、大木は石の観察に忙しない。
その横で、茶髪の男がメモ帳を取り出して何かをサラサラと書いている。
それを小さく折りたたんで大木に握らせた。
「何ですか、コレは」
紙を開こうとすると、男に制止された。
「あー駄目駄目!いい?コレはその石とセットだから。ピンチになったら、その紙を開いて、書いてある事を読めよー」
「は…ピンチって…え?」
「はいはい、この話は終わりー!あ、それよりさぁ。さっきの話の続きなんだけど…」
男は大木の問いかけを遮りにっこりと笑ってはぐらかすと、またいつものように雑談を始めた。また以前に何度も聞かされた話だ。
大木は男の態度に疑問を持ちつつも、深く考えず、いつものように相づちを打った。

288けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/08/13(土) 18:43:54
◆BKxUaVfiSAさま
ビビる大木ですか…私には考え付かない人選です。
ぜひ投下してください。楽しみにしております。

289 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/13(土) 18:44:36

「じゃーな。ボンス、また遊ぼうな!」
妙なあだ名で大木を呼ぶ男は、大きく手を振って喫茶店から出て行った。
一人残った大木は手を振り返しながらコーヒーを飲んでいる。
テーブルの端に置いてあった紙を開こうとするが男の言ったことを思い出し、踏みとどまった。
そして、あの勾玉と一緒に鞄の中にしまい込んだ。

「どういう事なんだろ…」
大木が呟くと同時に、
「あー、そうそう!」
ドアが勢いよく開き、茶髪の男が突然戻ってきた。
その真剣な瞳にぎくっ、と身体が強ばる。
「な、何ですか…」
「お前さー、俺が話してる事何回言っても覚えねーよな?」

………………

「はぁあ!!?」
身体の力が一気に抜けた。

290 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/13(土) 18:48:23
ここまでです。どうですかねコレ…。
あーやっぱ妙な人選だったんだ。
ちょっぴり大木さんの実話を元に書いてます。

291けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/08/13(土) 18:55:01
◆BKxUaVfiSA
いや他意はないれす。純粋に個性的でいいなと思っております。
それはともかく面白いです。凄く。続き投下待っております。ボンステラワロス

292けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/08/13(土) 18:56:56
うわあ様つけ忘れ
ご無礼を働きましてどうもすいません。

293名無しさん:2005/08/14(日) 09:52:13
>◆BKxUaさん
おお、大木さんで来るか!…いえ単純に感心です。
面白かったです、続きお待ちしてます。師匠ワロスw

294名無しさん:2005/08/14(日) 11:42:19
乙!
次に繋がりそうなシナリオだなあ…あと相手はやっぱりドリームボンバーかな?
あとけふえーる氏、作品投下以外はコテ名乗らない方がいいよ

295そして僕らは完全となる。 DLEARTMI:2005/08/18(木) 01:36:50
トータルテンボスのストーリーを書いているものです。
今から投稿する文章は、まとめサイトさんにまとめてもらってあるものの続きです。
死ネタではありません。
また、流血シーンがあるので、注意してください。

296そして僕らは完全となる。 DLEARTMI:2005/08/18(木) 01:41:21
「藤…田…」
みるみる廊下に広がる、真っ赤な血。


まるで嘘のように



彼は動かない。



血がポタポタと垂れ、震える体を物ともせず、俺は藤田にすがりよった。
虚ろに開いた瞳。その瞳に、俺は映っていない。
「……藤田………」

まるで心が暗黒に包まれたような絶望感が、心臓を貫く。

“俺はこいつ置いて逃げるなんてできねーよ“

どうして?

“死にたくは無い。でも俺はここを退かない”

どうして……?

コツ、コツ、コツ、………吉田が大村の前で立ち止まる。
ピクッ、と反応する体。
でも、顔を上げる事は出来ない。

その瞬間に、絶望は確実なものになるような気がして。

「大村さんが大切なあまり、未来を読み違えましたね。
だから藤田さんは直、死にます。
でも大村さんは悲しまないで下さい」
すっとしゃがみこみ、血で赤くなった手を軽く、大村の顔に翳した。

「だって あなたも死ぬんですから」

297そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:04:20
凍りついた神経。

視界がセピア色に染め上げられる。

とてもゆっくり
感覚の中ではとてもゆっくりと
吉田の攻撃が迫ってくる



シヌ?



―――――オレガ?







ヤダ









嫌だ









死なない





俺は





「嫌だ!!!!」





パキッ


ビッ


ピキピキ…




バン!!!!!


銃声を彷彿させるような音。
瞬間に悟る。俺は死んだんだ。
でも痛みはない。
一体どうして…?

298そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:30:11
「……これは………」

戸惑ったような吉田の声。
俺は強く閉じた瞳をゆっくりと開けた。
…?
俺と吉田との間に存在する空中に入った、真っ黒な空洞―――時空の歪み。
何もない。ただの黒。無空間、というのだろうか。
端々に亀裂が走っており、この時空間のものではない事がわかる。
初めて見る、こんな光景。
それなのに、その光景は何となくしっくり来て。
無意識に俺が空洞に手を翳した、その瞬間。

バキッ…バキバキバキバキバキバキ!!!!!

耳を劈くような音に比例して、暗黒の亀裂が塞がっていく。
最後に、ひどく低い音がして亀裂が埋まったかと思うと、カツン、と何かが廊下に落ちた。
血で汚れた廊下に一際目立つ、眩い光。

「……石……」

………俺の、だ。

今までは、自分の中で二の次、三の次だったはずの石が、今は言い様が無いほどいとおしく思われ、
感覚の無いはずの右手が、知らず知らずにそれを握り締める。
腕を覆い滴る紅に勝るほどの、手から溢れる光。
「………石………」

―――ほとんどの奴が石に魅了されちまうんだって

―――その中の半分が、黒に転身するらしいぜ

だらしねぇなぁ、と笑っていた自分が心の中で砕けた。



正論だった。





ちくせう。

299そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:33:07
黙ってその光景を眺めていた吉田は俯きながら、血濡れた手を下ろした。
顔こそ無表情であったが、頭の中では様々な考えが素早い回転を見せていた。
胸ポケットにしまわれていた吉田の石が、突如現れた大村の石に強い反応を示す。
激しい反応―――つまり、それは警告を意味する。
警告の意味を悟った吉田は静を保ったまま、スッと立ち上がった。
服についた血がポタポタと床に滴る。
大村は吉田を目で追わなかった。少なくとも、追うほどの余裕はなかった。
石の誘惑に負けたのだ、自分は。
吉田は無言で、石に依存した大村と、ぴくりとも動かない藤田を眺める。
それは、絶望を形容するにふさわしい光景だった。
彼らにあった希望はすべて絶望に変換され、未来さえも真っ黒な。
吉田はふぃと目を逸らした。これ以上、直視する意味はない。
騒がしくなってきた外界に目を細めた。そろそろ退散しなければいけない。
踵を返し、しかしぴたりと立ち止まる。

「大村さん、これだけは覚えておいてください」


血の中で、大村はゆっくりと顔を上げる。
吉田は背中に鋭い視線を感じ、微かに俯いた。



「殺せば、殺されますから」



静寂の中。

俺が何を言っているのか、意味はわからないだろう。
俺と何の関係があるんだ、と睨んでいるんだろう。

ゆっくりとした足取りが、外へ続く扉に向かう。
ガチャリ、と開いた扉に、吉田は独り言のように呟いた。

「いずれ分かります」

無表情の中に、ただの一つも正の感情はなかった。

300そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:35:58
吉田は血塗れた上着を階段に脱ぎ捨て、繁華街へ向かった。
鋭利になった殺意を抑えるには、それが一番良い。

包帯で隠した右手の傷口が、じんじん痛む。

「…………」

“嫌だ!!!!!”

彼がそう叫んだ瞬間、確実に彼の魂は石を呼び寄せ、体は淡く光った。
何も無かった空間に突如現れた亀裂――――時空の歪みは、俺の力をやすやすと吸収した。
その証拠に、大村を殺す為に放出した力は奴に届くことなく、しかし俺には確実な疲労感を与えた。
また、その時空の歪みは大村の力でありながら、奴は自分が発動した力の存在を知らなかった。
そして、俺にとっての最大の着目点は、
奴の呼び寄せた石の光に、明らかな『黒』の光を見出した事だった。
濁った、透明を阻む鈍いベール。
それがどういう事か。

繁華街を歩きながら、相方と待ち合わせたバス停で立ち止まる。

人通りの多い街にあるバス停は、たくさんの人が並び待っていた。
自分とは待つものが違うが、傍から見たら自分もバスを待っている事にされる。
列から一歩退き、レンガの花壇に腰掛ける。
人から離れたのは紛れも無く、血の匂いを悟られる事を危惧していたからだ。
足を組み、手を組んで目を閉じる。
人の雑踏が耳に馴染む。
自分の育っていく中で欠く事のなかった音だ。
「…………」
―――この雑踏に混じって、いっそ自分が流されてしまえばいいのに。
踏み込んでしまった弱さに眉を潜め、戻れない過去に強く目を瞑る。
自分は人を笑わせるはずなのに。 今はそれさえもできない。
殺しに手を掛けた人間の言葉を誰が笑うだろうか。
一体誰が。

301そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:45:13
救急車とパトカーと野次馬と。
ざわざわした雰囲気を感じながら、眠そうな感じで建物を歩く。
建物、といっても本社だ。
どこをどう歩いたら、事件現場に繋がるのかぐらいは知っている。
明らかに騒がしい下の階へ偶然を装い、降りていく。
踊り場を曲がった時見えた光景には、さすがの自分も眉を潜めた。

吉田が二人をおびき寄せるために、自分の血液を急激な気圧変化によって爆発させたであろう
この部屋には、もとは少量だったはずの血液が、満遍なく飛び散っていた。
そして驚くべきは…床に広がる、生々しい血液。
どんなに冷たくて気持ちよくても、俺は血の海じゃ泳ぎたくはない。
騒然とした雰囲気に飲まれそうな気持ちの中、聞き慣れた声が耳についた。
「藤田、おい藤田!!!!
 目ぇ開けろよ、おい!!何でだよ!!!何で寝てんだよ!!!藤田!!!藤田!!!!!」
「大村さん、落ち着いてください!大丈夫ですから!!」
「藤田!!!藤田ぁ!!!!」
押さえ込まれた大村さんは、それでも尚、暴れている。
自分のものともつかない血で体を汚している大村さんは、倒れて動かない藤田さん目の前に錯乱している。
尋常じゃない、普通じゃない、ぱんぱねぇ。そうなのかなぁ?
普段ひょうひょうとしている大村さんからは想像出来ないほどの血相と瞳の色。
自分の傷の痛みもきっと忘れているんだろう。あんなにも怪我をしているのに。
それほど大切な人ってことなのかなぁ。
担架に乗せられた藤田さんに、俺は慌てて階段を下りる。
救急隊の人が大村さんを押さえつけ担架に乗せるも、
大村さんは錯乱のあまり、藤田さんの名前を繰り返すばかりだった。
頭がぼうっとしてきたのか、静かになっていった大村さんは最後に呟いた。
「藤田…ごめん………俺が…………悪い…………」
その瞳は宙を仰ぎ、誰も、何も映っていなかった。

302そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:46:07
―――すみませんでした、トータルさん。
そう小さく呟いて、手中の石に力を込める。
それは突然、かぁっ、と熱くなったかと思うと、全身を劈くような痛みで体が重力に耐えられない。
辛うじて壁に手をつき、ずるり、と膝をつく。
嫌な汗が額にうっすら浮かび、すぐにポタポタと床にたれた。
こんな時は、負けてしまう。
――――あんまり痛いなら、その黒い欠片にダメージを注ぎ込めばいい。

そんな事したら、黒の組織に迷惑掛かるんじゃないですか?――――

――――それを飲み込めばいいんだよ。それはお前にも、組織にも都合がいい。

黒い石の欠片なんて飲み込んだら、どうなるんだろう。
少なくとも、本当の意味での『すべて』が支配されちゃうんじゃないだろうか。
痛みが引けない。二人分の傷はさすがに重たかったかな。胸がいっそう苦しくなる。
「君、何してるの?どうしたんだい?」
声の先を見上げると、年配らしい警察の人がこちらを眺めている。
思惑外の出来事に、痛みをぐっと堪えながら言葉を返す。
「上から来たんですけど……血、見たら…気持ち悪くなっちゃって………」
あぁ、という顔で背中をポンポンと叩く。大丈夫?という事だろうか。
「吉本の人か。………あいつら知ってるのか?」
年配らしいこの人が、親指で大村さんの方を指す。
「はい…。先輩ですよ」
もっと何かしらコメントしてみたいが、体中が痛みのピークを記録している。
この人がいなければ、黒い欠片に依存してしまっている頃だ。
「人間怖いな。
こんな事で人ってああなっちまうんだ。
覚えておいた方が良い。人なんて殺すもんじゃない
どれだけの人が悲しむか、なんて。考えたら分かる事なのにな」
「…………」
吉田の顔が頭を過ぎる。
未だ、殺す事はしていないが、もうほとんど殺人に手は掛けている。
そしてそれを止める事は、今の自分にはできない。
寂しそうな背中をただ、一番近くで眺める事だけ。
ここで、やっと痛みが引いてきた。
そうとなればこちらのものだ。もうこれ以上痛む事は無い。
「ありがとうございました、もう大丈夫です。すみませんでした」
頭を下げて、血の匂いから離れた。
玄関を通り抜けると、先程よりも増えた野次馬。救急車。
何を期待して、こんな光景を見てるんだろう。
野次馬に紛れ、壁に背を預けて救急車が出て行くのを見送る。
目を瞑り、腕を組んだ。 野次馬がぞろぞろと消えていく。
「…それはどういう事なんだ」
さっきの年配の警察さんが、どこかで怒鳴っていた。
「これが事故だって?…何抜かしてんだ、これは事件なんだぞ」
真剣な声。神経を集中させて、その声を聞き取る。
「上層部の命令?…なぜなんだ……」




「……見て見ぬふり、か」

ひどいなぁ。
そこまで手が回ってたんだ。
もともとの期待こそ無かったけれど
警察も関与しないとなると…。
寂しそうな吉田の背中が目に浮かぶ。
―――本当に誰も  助けてはくれない
う〜ん、と口を結び、俯いた。
太陽はとっくに傾いていた。

303そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:47:42
「…ねぇ、待ったぁ?」
背後から聞えた声。
目を閉じたまま応える。
「…うん、まぁね」
立ち上がる。着いて来る足音。
「ちゃんとやっておいたから」
「……大丈夫だった?」
「ん?あ、全然大丈夫」
「……ごめんな」
吉田が俯く。阿部はゆるい笑顔で返す。
「まぁ気にすんなよ」
“明日、仕事が入ったんだけど”
吉田にそう言われて、わかった、と軽く返して昨日の今日。
力を使いすぎていても、弱音を吐く訳にはいかない。
一度しくじれば少なくとも、二人もろとも終わってしまうのだから。

「引き込むの?」
阿部がこちらの表情を伺う。
吉田はいつもの無表情よりも柔らかい無表情で返す。
「引き込む必要もない。
 自分から入ってくる、きっと」
「…ふぅん」
阿部は、頭に両手を回して話を聞く。
吉田は続けた。
「大村さんは石の能力の中で最も開けちゃいけない扉を開けちゃったんだ。
 申し訳ないけど、もう石の争いから逃げられない」
「あーあ。残念」
「残念だけじゃすまないかもしれない」
吉田が阿部に目もくれずに答える。
「大村さん、もともとは悪の力に富んだ石を授かったみたい。
 
それを黒として使おうと思ったら…」
そこまで言いかけて、口を閉ざした。

いい。いずれ分かる事だ。

阿部もそれ以上追求する事も無く、吉田の隣を無言で歩く。

「それよりさぁ吉田、俺が3時間前に買ったこのほかほかコロッケ食べる?」

「3時間前に買ったの?」

「うん」

「だったらもうほかほかじゃないよ」

「そっかぁ。そうだっけ?」

「なんで認めてから聞いてんの」

隣を歩きながら自分の意識がだんだんしっかりしてくるのがわかる。
口にこそ出さないが、阿部が俺に対して力を発動しているのだ。
何も言わない。
それが俺には怖い。
「阿部」
「んん?」
「…お前は本当にこっちでいいの?」
吉田が立ち止まる。
阿部はそれから2、3歩進んでから立ち止まり、振り返った。
「…どうして?今更」
「望んでないんだろ、こんな争い」
「うん」
「だったら黒にいるのは俺だけでいい、と思う」
苦しいのは俺だけで十分だ。

304そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:50:00

あの日。
考えてみれば、絶対に俺は阿部にとって嫌悪的な決断をしたんだと思う。
脅されて、それに怯えた俺の一方的な説得で無理やり納得させられて。
今日、あの二人を見ていて思った。
あの二人は頑なに、石を使おうとしなかった。
それがあの二人の中での決め事だったのか、それとも偶然だったのかはわからない。
でも、この石には人それぞれ使い方がある。
人を傷つけるため、仲間を助けるため、生活を楽しむため、不便を補うため。
俺はこの石を、人を傷つけるための道具として使うと決められた。
「お前はその石をどう使いたい?」
「吉田の為に使いたい」
「……………」
即答。
「この間も言ったけど、俺いなかったらお前死んじゃうじゃん。
俺ぁそんなの嫌だからさぁ」
「………本当にいい?」
「本当にいい」
「……そう」
そして、何事も無かったかのように歩いていく。
―――もう後戻りは出来ないんだよ
阿部の頭には、いつだか、吉田の呟いた言葉が頭にリフレインして、闇に沈んだ。
―――本当にごめん
先を歩く吉田に首を振った。
月明かりに照らされた石が黒い光を放ち、やがて消えた。

305そして僕らは完全となる。 DLEARTMI#:2005/08/18(木) 02:59:09
一旦ここで切ります。
大村さんの能力についてですが、『嫌』という言葉に反応して、
攻撃の回避率をアップさせた、と考えてください。

私が考えるに、大村さんの石の能力にはタブー(言ってはいけない言葉。ここでいう『嫌』)
があって、それを冒してしまうとあのような力が出てきてしまう。
あの力は危険な力として扱っています。

以上です。

306名無しさん:2005/08/18(木) 07:59:11
乙・・・と言っていいよな?
文全体から出る、物語に対する負のエネルギーが凄いw
なんか読んでて圧倒された。
ところで、鳥つけれてないよ。

307 ◆EI0jXP4Qlc:2005/08/20(土) 00:11:26
したらばにお越しの皆様おはようございます。廃棄物がでたので不法投棄しに来ました。
なんかの、序章です。とりあえず設楽が出てきます。
只今南海キャンディーズの物語を絶賛執筆中の
◆8Y4t9xw7Nwさんの『鬼唄』の影響をもろに受けてます。
しかし、自分のフィルターに通して、加工しすぎました。

308title『ブラックラック』 ◆EI0jXP4Qlc:2005/08/20(土) 00:13:12
Number,零 セカンダリーズヴォイド


 留まる事無く歩き続けろ。決して振り返るな。

 「貴方は何故、ここにいて、そして何処に行きたいのですか?」
 シナリオライターが、俺にそう尋ねる。
 「……小林君は、俺を恨んでいないの?」
 逆に、そう尋ね返すと、彼は黙りこんだ。
 「……別にいいよー。だって恨まれて何ぼだもんね、俺」
 俺はそう言ってにっこり笑う。
 
 何処まで、行こう?

 人間は、生まれながら魂の容が決まっている。
 それをどう変えていくかはその人次第だけど、俺は知っている。
 結局、生まれながらの容を歪めてまでがんばっても、辛い思いをしても、ダメな時はダメ。ただただ、憐れな末路に向って歩いていくだけ。
 あぁ、可哀想に。

 「でもね、俺、別に世界征服とか、そういうのじゃないんだよ?」
 俺はシナリオライターにそう言う。
 「分かってますよ」
 彼は機嫌を損ねたのか、若干言い方が冷たい。
 「だからこそ、貴方がここにいる理由が、分からないんですよ」
と、彼は付け足す。
 「小林君はさぁ、黒い欠片を持ってなくても、こっち側にいるでしょ。それってさ、理由はどうあれ、まさしく自分に正直になってるってことだよね。俺は、それがすごくいいことだと思うんだ。何もできずに不幸になるより、自分に正直になって不幸になったほうが、いいよね」
 「……それが、理由ですか」
 「いや、これは、俺の勝手な意見」
 俺は再び笑う。なるべく自然に。
 相手が相手だから、下手に飾らないほうが得策なんだ。だけど、シナリオライターは、少しだけ辛そうに黙り込んだ。
 「あ、でもね。俺は誰かを不幸にする気なんて更々ないんだ。むしろ、みんなの幸せを願っているよ」
 俺がそういうと、シナリオライターは意外だと言う顔をする。予想通りの反応。
 しかし、その直後、なんだか納得したような顔になる。意外と、表情豊かなんだ。
 でもこれも、予想通り。
 「……でも貴方は」
 と言って、シナリオライターが口を閉ざす。非常に、言い辛そうだ。普段なら「言わなくてもいいよ」と言ってやるところだが、
 「でも、何?」
 俺は、聞くことを選んだ。
 「貴方にとって、本当に大事な人には自分のようになって欲しくない、と、思っているでしょう」
 「……」
 俺が黙ると、彼まで黙ってしまった。
 気まずい重い沈黙とは、このことなんだと思う。仕方がないので、俺が口火を切る。
 「いつか、あの「地獄主義者」と出遭ったとき、俺、感じたんだ。あの人は「世界を全部ひっくり返そう」としている。あぁいうのって、ヤバイよな? ま、俺が言うと説得力ないんだけど……」
 俺は笑って見せるものの、
 「何時までも、隠しきれると思わないでください。いつか「その時」は、必ず来ます」
シナリオライターは暗い表情のまま、至って真摯に、俺に忠告した。だから、
 俺も、宣言する。
 「……「その時」にはきっと、全ての人間の魂が、黒い魂になるね。」
 このシナリオライターは、今の俺をどう捉えているのだろうか。
 「例え小林君が、……シナリオライターが黙ってても、物語は続く。一つの終わりに向って、進んでいく。始まったんだから、必ず、終わる。ごく当たり前のことでしょ……。俺は、みんなに辛い思いをさせたくない。だから、俺は皆を、こっち側に引き込む。誰だって、自分のことを解ってもらえる誰かが、必要なんだから」

 何処まで?

 「……もっとみんな、自分に正直に生きなきゃいけない」
 俺はそう言って、一旦話を切った。なかなか話し出そうとしない両者。仕方が無いから、再び俺が口火を切る。
 「あ、「それじゃあの「地獄主義者」と大して変わらないじゃないか」って思ったでしょ?」
 「地獄主義者って誰ですか」
 「知ってるくせに。ね? 思っただろ?」
 「……」
 俺は笑う。なるべく自然に。
 「ね、小林君?」
 「思ってませんよ」
 「違うよ。何で、敬語で喋るの?」
 「……」


 Is there any continuation?
 Well,the monster will be coming.

309 ◆EI0jXP4Qlc:2005/08/20(土) 00:19:00
……。orz 以上です。
全画面だと読みづらいです。ごめんなさい。
相変わらず、続きがあるかどうかは謎ですっていうか、
現時点で続きは無いです。できるかどうかが謎です。
はい。残暑が厳しいことと思われますが、みなさま、ご自愛ください。

310名無しさん:2005/08/20(土) 10:36:51
…自分白派なのに、うっかり黒につきたくなってしまったじゃないかw
乙です。うわあ地獄主義者が気になるー。

311 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/20(土) 14:52:43
>>289の続きです

「帰ろうか、それじゃ」
残りのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
その時、男の客が二人で、黙々とケーキを食べているのが目に入った。
(はあー…珍しいなぁ…)
最近は若い男性にもすっかり甘党が増えて、ファミレスなんかで堂々と、チョコレートパフェなどを注文する。
だが、今大木が目に留めたのは、ファミレスよりも居酒屋が似合いそうな風貌の男達だった。
セットされていない髪に、寝不足なのかとろんとした目…。
色んな人間がいるな、と大木は首を振ってレジに向かった。

外にはもう茶髪の男の姿は無く、大木は一人で歩き出した。
信号が赤だ。足を止めて、ここの信号長いんだよなあ、などと考えながら目の前を通り過ぎていく車をぼーっと眺める。
すると、後ろからぽん、と無言で肩を叩かれた。振り向くと、さっき喫茶店の中でパフェを食べていた二人組が立っていた。
そして、いきなり大木の腕を片方ずつがっしりと押さえつける。
「ちょ、何すんですか!」
と、大木は言ったが、男達の行動がいかに素早かったかは、その言葉を言い終えた瞬間には、いつの間にか目の前に停められてあった車の後部座席に座らせられていた、という点からも分かる。
「誰なんだよ、あんたら…」
「おい、車出せ」
大木の言葉を無視して、一人が言った。

車が走り出すと、やっと掴まれていた手が離される。
大木は怖いよりも何よりも、ただ呆然としていた。

312 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/20(土) 14:53:43
「あのー…何の御用?」
恐る恐る尋ねる。
「いえ、ちょっと聞きたい事がありまして…」
聞きたいのはこっちだ、と大木は思ったが、それ以上は口を開かなかった。相手の顔がどう見ても、友好的とは言えない顔をしていたからだ。
晩飯、遅くなっちまうな…。などと暫く呑気なことを考えていたが、周りの景色が段々寂しくなっていくのに連れて、恐怖感も生まれてきた。


連れて来られたのは、人一人居ない、寂れた倉庫。今はもう使われていないのか、角材や錆びた鉄パイプなどが無造作に置かれている。
天井のトタンは所々破れ、そこから夕日が漏れている。
車から降ろされると、男達も続いて降りてきた。
「…聞きたいことって…何だよ」
振り向きざまに、大木は思い切って尋ねた。
片方の男が口を開く。
「石ですよ。大木さん、受け取ったでしょう。喫茶店で」
「石…?」
そういえば、確かに受け取った。綺麗な緑の石を、あの茶髪の先輩から。
「それを渡して欲しいんですけど」
「渡して戴ければ無事に帰してあげます」
大木は少し戸惑った。そりゃあ早く帰りたいが、こんな見ず知らずの怪しい奴らに先輩から貰った物を易々と渡す訳にもいかない。
ふいに、石を渡された時の事を思い出す。何時になく真剣な口調、詳しく聞こうとするとはぐらかされた事。
石を他の人に見えないように自分の手に握らせた事…。

313 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/20(土) 14:54:52
「大木さん?」
「…駄目だ…」
男達は難しい表情で顔を見合わせ、大木に視線を戻す。
「これは大事な物なんだ。悪いけど…渡せない」
「じゃあ、力ずくでも…!」
男が繰り出したパンチを間一髪で避ける。石の入ったリュックを脇に抱え込んで、走り出した。
走りながら振り向くと、何故か男達が追いかけてくる様子は無い。もう諦めてくれたのだろうか、などと考えていると。
「え…!?」
片方の男が腕を前に突き出すと、赤色の光が真っ直ぐ大木に向かって放たれた。
あり得ない光景に言葉を失ったが、直ぐ我に返り、しゃがみ込んでその光を回避した。
「無駄です!」
男がくいっ、と手を引くと、赤の光がまるで蛇のようにぐにゃりと曲がってUターンし、もの凄い速さで大木に命中した。

「うああああっ!い…痛ってえ!!」
気を失いそうな程の痛みに、思わず身体を抱えて倒れ込む。その拍子に口の開いていたリュックからバラバラと中身が撒け落ちた。
目の前にヒラリ、と小さな紙切れが舞い落ちる。少し前にはあの緑色の石が転がっていた。
「よし、落としたぞ」
男達が石を拾おうと駆け寄ってくる。

やばい、石、取られちまう…。
その時、大木の頭に、あの言葉が蘇った。

―――『ピンチになったら、その紙を開いて、書いてあることを読め』

もうどうでもいい。助けてくれ…!
大木は痛む身体を起こして、縋るような気持ちで紙を開いた。

314 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/20(土) 14:56:32
ここまでです。とりあえず評判が良ければ続き書きます。

315 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/20(土) 15:02:46
一応これも載っけときます

男1(どっかの若手?)
能力:赤色の光線を放つ。追尾機能付き。
   5分以上休まないと次の光線は放てない。

316名無しさん:2005/08/20(土) 17:24:25
乙です
この先のバトルシーンも見たい。続編ぜひ!

317名無しさん:2005/08/20(土) 18:20:11
乙。大木イイヨイイヨー
あ、でもさここ最近このスレに投下する人って添削スレにはいかないのかな?
ここはあくまで話が繋がらないとかの都合でできた「廃棄」スレだから。
続きがどんどん繋がるならできればあっちに投下して欲しい。

318 ◆BKxUaVfiSA:2005/08/20(土) 18:30:35
あーそう言えばそうですね。
じゃあ次からは添削スレに投下するんで。

319けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/11/12(土) 02:18:14
ブラックアンドホワイト フレグランス


「…来ましたよ。」
「どーも。」
井上が少し古くなった椅子の背に寄りかかると、きーきーと音が鳴り、それが河本には耳障りで堪らなかった。
「なぜここへ呼んだのですか。」
「…知りたいことがあんの。」
「何ですか。」
河本がおざなりな言葉を返してみると、井上は笑って河本を見つめた。
「あのいとうさんと真綾とかいうの。」
急な様子で井上が言い、椅子ごとをこちらに向けて、河本のほうを見た。
「…知らんなぁ。」
何故知っているのか、などあえて訊ねることはない。
「なぁ、教えてよ。俺相方やないかぁ」
「…今は敵や。と思うんやけれど。」
突っぱねた河本に井上が幼子が甘えるように見つめてみても、河本は井上のことなど眼中に無いように振る舞い、
それだけ言葉を返すと、くるり、っと体を翻して横を向いた。

「こっち向いてよ」

「嫌やね」

この言葉の少し後に投げられたもの。
「これは何ですかー」
「見たら分かるやろ、差し入れの林檎です。まぁやちゃんの大嫌いな。」
「どっから持ってきたねん」
「さーねー」
井上の言葉が間延びして聞こえる度、少し苛々したりして、しかし翻弄される自分自身にも苛立ちを隠せないでいた。
「…笑うなや。」
何がおかしいのかは知らないが、横を向いて笑いをかみ殺す井上に、半ば厭きれながらそう言った。
―――――――――――――――――――――――――――
お久しぶりですみません、これだけアップしたら眠ります。

320けふえーる ◆J5DaNPfmbA:2005/11/12(土) 02:19:05
sage忘れごめんなさい…

321名無しさん:2005/11/13(日) 16:49:09
黒ユニット集会編があるので白ユニット集会編を書いてみたらこんなんなったので
ここに投下します。はっきり言って大した話し合いしてません。
内容も妙にふざけが入っているので…悪しからず。

322名無しさん:2005/11/13(日) 16:50:48
〜午前三時のハイテンション〜


午前三時。人通りの最も少ない時間帯に、彼らは集まることにした。
男が一人、白い息を吐きながらゆっくりといくつもの飲食店が並ぶ道路を歩いてくる。
普段から眠そうな目を余計にとろんとさせて、「眠い」「寒い」をブツブツと繰り返していた。
ある古風な和食店の前にたどり着くと、足を止めカバンから手の平サイズの地図を広げ、店の看板と地図に記された名前とを交互に見比べる。
「ここかあ…」
少し掠れた声。黒目がちで目で何となくお坊ちゃま的な顔立ちの男は寒さに耐えられず駆け足で店の中に入っていった。


店に入ると、ふんわりと柔らかな仲居の声がした。
「いらっしゃいませ。川島様ですね?皆様が奥のお座敷でお待ちかねです」
深夜にも関わらずニコリと笑みを見せる彼女に、男もペコリと頭を下げ「あ、はい」と笑みを返す。ほっと気持ちが安らいだ。

仲居に案内され冷たい廊下を渡る。仲居は頭を下げると何処かへ行ってしまった。
襖の向こうから何やら明るい声が聞こえる。中へ入ろうと襖に手を掛けようとした瞬間…
ガラリ、と襖が開いた。
「あ〜、川島さんじゃないですかあ〜!」
梁に頭をぶつけないようこんばんは、と挨拶をする長身の男…アンガールズ田中は笑いながら「早く入ってください」と、劇団ひとりこと川島省吾の腕を引っ張った。

323名無しさん:2005/11/13(日) 16:52:15
「遅っせーぞぉ、川島!」
ぎゃははは、と大口を開けて笑うのはくりぃむしちゅーの有田。
その隣では有田と馬鹿騒ぎしていたように思われる、アンタッチャブル山崎の姿があった。
もうすでに出来上がっているではないか。川島は少し引きつった笑みを浮かべ、周りを見渡した。
かなりの数の芸人達が集まっている。黒に比べて、白なんてずっと少ないものかと思っていたが、自分の想像していた以上に、白の規模も広いようだった。

(この人達が、白いユニットか…簡単に言えば、“安全な人たち”だな)
川島が何処に座ろうかキョロキョロ見渡していると、栗色のウェーブの掛かった髪をした男が手招きをした。

「おう、こっちこっち。隣に座りな」
ビール瓶を片手に持っていたが、有田や山崎ほど酔ってはいない。川島は膳をまたいでその男、上田の隣に腰を下ろした。
「…あの、俺は“白ユニットの集会を開く”って聞いたんですが」
不思議そうに尋ねる川島の目の前に、山崎の相方の柴田が駆け寄ってくる。
「いーやぁそのつもりだったんだけどなあ、此処の飯美味いのなんのって!だから、食べ終わってからってことで!」
隣の上田ですら、うんうんと頷き、味噌汁を静かにすすっている。
「だから省吾も食べろよ!」
川島は拍子抜けした。

…こ、これが白?……こんなもんで良いのかよー…ここら辺は黒を見習って欲しいよなぁ。
黒なんて凄えんだぞ?こう、ビシッとしてるっつーか…。
「まあ、幹部があれじゃなあ…」
山崎と何やら笑い合っている有田を眺めて諦めるように首を振った。
仕方ない。そう思いながらも川島は箸に手を伸ばしたのだった。

324名無しさん:2005/11/13(日) 16:53:20

「しっかしよー…最近凄えよなあ…」
太い黒縁眼鏡の男がぽつりと漏らす。
「…どうしたの」
隣に座っている短髪でこれまた眼鏡の男が尋ねる。
「黒と白の闘い。嫌だなー俺そういうの。勝てねーもん」
「矢作は別に何もしなくていいって。俺強いから、何かあったら後ろに隠れてなよ」
「なーによ小木ぃ、お前それかっけぇなー」
川島の右隣で呑気な会話を繰り広げているおぎやはぎの二人。
「二人も白なの?」と尋ねると同時に首を振られた。
どっちでもない。と二人は言った。だが黒に味方する気は更々無いらしい。
かといって白に入るつもりもないようだ。変な争いを好まない二人らしい、と川島は思った。
「上田さん、黒については…何処まで知ってるんですか」
「ああ、黒はなぁ、何にせよ頭の良い連中が多いからなあ。秘密を隠すのも上手いんだよ」

「ちょっと、それじゃあ俺らが馬鹿みたいじゃないすか」
どこからかやって来た細身の男、インパルス板倉はやや不機嫌そうに言った。
「実際そうなんじゃないですか?」
と珍しく自分から会話に入ってきたアンガールズ山根。板倉はムッと眉をしかめて彼を見た。田中はそれを見て力なく笑う。
「何だよじゃあ、勝負するか?どっちが頭良いか」
「そういうことは、暇な人ほどやりたがるんですよねー」
そのつっけんどんな態度に、板倉は掌からバチバチと青白い電気を空気中に走らせ、山根めがけて雷を落とそうとした。
慌てて堤下が後ろから羽交い締めにして、振り上げた腕を押さえる。
「板倉さん、仲間割れはまずいよ」
田中もさりげなく板倉の肩をぽんぽんと叩き、石の力を発動させた。

325名無しさん:2005/11/13(日) 16:54:16
「ふん、……でもやっぱそうかもな。黒は何時も優勢な立場から襲ってくる。例えば一人になった時とか…」
板倉は落ち着きを取り戻し、呟いた。
「よっぽど作戦たてるのが出来る奴が居るんだろうなあ」
と、川島が言った。
「そいつが誰だか知ってるか?…渡部、お前なら分かるだろ」
「え?はい、まあ……」
気が進まないと言った風にもとれるその態度に、周りの芸人は業を煮やす。
「言いにくいんですけど…」
「今更言いにくいもクソもねーだろ、で誰なんだ?」
渡部は少しだけ戸惑いながら言った。

「設楽さんと小林さんみたいです」
えっ、と声を上げたのは矢作だった。困惑した表情を浮かべる。すかさず小木が大丈夫?と声を掛けた。
矢作には信じられなかった。
まさかあの二人が…。

「日村さんと、…えーと…モジャモジャの人は?」
「あの二人は違うみたい…でも何かあってら相方の方に付くんじゃないかな」
そんなもんなのか、と川島は思った。思えばずっとピンでやって来たもんだから、コンビの事情なんて分からない。
とにかく此処にいる芸人たちの様子を見る限り、今の所力の大きさは黒の方があるようだ。
それほど設楽と小林の存在は大きい物なのだ。

「矢作さん、大丈夫ですって!あーの…えっと、まあ大丈夫です!だいじょーぶ!」
一体何が大丈夫なのか意味が分からないが、柴田は必死に言葉を絞り出して矢作を励ました。首から提げたファイアオパールが淡く光り、矢作は「ははは…凄っげえうるさいよぉ、柴田君」と緩く笑って顔を上げた。

326名無しさん:2005/11/13(日) 16:56:14

「で〜っひゃっひゃっひゃ!柴田さん、おーざーっす!」
「おざーっす!童貞番長〜っ!!」
そんな良い感じの雰囲気をぶち壊すかの如く、酔っぱらった有田と山崎が割り込んでくる。
「俺たちも話に混ぜろよぉ〜!」
「お前なあ、“今後の白ユニットの方向を決めるために集まろう”っつったのお前だろが!」
「二人で勝手に飲み始めやがってよお!!」
切れて怒鳴りつける柴田と上田。
げらげらと笑い出す酔っぱらい二人にますます怒り出し、取っ組み合いの一歩手前まで発展した。
そのあまりの声量に、川島たちは耳を塞ぐ。
「い、今何時だと思って……!」

「はーいはいどいてどいて」
と、矢作が前に出た。有田と山崎に向かい、一呼吸置いて叫ぶ。
「睡魔に襲われて眠くなるんやー!」
すると、まるで催眠にかかったように、二人は畳の上に折り重なって倒れてしまった。
「…お見事!」と自然と拍手が起こる。

「……もうこんな時間か。そろそろ帰らねえと」
「え…結局、何も話し合えて無かったじゃないですか!幹部の名前しか分からなかったし!黒の規模についてとかは!?」
川島が嫌そうな顔をしてしゃがみ込む。
「言い出しっぺがこれじゃあ仕方ねえだろ!」
ビシッ、と上田がだらしなく寝ている有田の頭を叩く。
「僕らも仕事あるし…また今度。主催は上田さんでお願いしますね」
「小木、俺たちも帰るか」
「俺も、今日コント収録ありますから」

ぞろぞろと部屋から出て行く芸人たち。足音に仲居が気付く。一番後ろを歩く川島に声を掛けた。
「お帰りですか?」
「ええ、はい。……あ、そこの二人が起きたら、その人たちにお勘定請求してやって下さい」

こうしてただの思いつきで行われた第一回目の“白ユニット集会”は終わったのだった。
黒ユニットの集会が行われる、二日前の話。


石を巡る争いがとんでもなく酷くなっていく事を、まだ誰も知らなかった。


                        end

327322〜326:2005/11/13(日) 17:12:24
どうですかね、コレ。
午前三時にやってる和食店てあるのかな…。
そこら辺は石の力で何とかしたってことで。

328名無しさん:2005/11/13(日) 18:46:16
>>322-326
乙。久しぶりに腹抱えて笑ったよ、GJ!
本スレに投下してほしいくらいだね。

329名無しさん:2005/11/13(日) 23:24:12
>>327
小規模な居酒屋とかに置き換えればいけるんじゃないかな〜。
これ本スレに是非落として欲しい!面白い。
けど、その時期に黒幹部を白にばらされると都合が悪い人も居るかもしれない…
後一つ言うなら矢作は柴田を「柴っちょ」とか呼んでた気がする。違ってたらスルーしてください。

330名無しさん:2005/11/14(月) 00:15:35
乙です!
イメージぴったり。もっとシャキッとしろよ(笑)

331名無しさん:2005/11/14(月) 08:15:49
乙です。
キャラ凄く合っていていいですね。

332名無しさん:2005/11/14(月) 17:31:17
乙です。ぐだぐだな白トップも勿論面白かったですが、
板倉さんと山根さんのくだりがロンブー思い出して笑えました。
やっぱ仲悪いんだw

333322〜326:2005/11/14(月) 18:31:15
意見ありがとうございます。少し手直ししてから投下したいと思います。

>>329
アドバイスどうもです。
やっぱり都合悪い人居るでしょうね、多分…。番外編ってことなら何とか大丈夫かな。

334名無しさん:2005/11/14(月) 21:49:44
>>333
話し合いだけで結局ダレか分からない、と書き換えられるのなら普通に本編で成立すると思うよ。
無理なら番外とかの方が良いかもしれない。

335名無しさん:2005/11/15(火) 21:29:08
川島は劇団ひとりをやる前に6年間コンビ(スープレックス)を組んでいたから
>>325の「思えばずっとピンでやって来たもんだから、コンビの事情なんて分からない。」
という部分も手直ししたほうがいいかも。

336335:2005/11/15(火) 21:39:00
うわ、もうその台詞抜きで本スレ投下済みだったんですね。
すみません。

337322〜326:2005/11/15(火) 22:05:51
はい。私も「やべっ」と思いまして、その部分カットしました。

338名無しさん:2005/11/19(土) 17:24:18
カラテカの話を即興で書いてみました。番外編みたいな話ですが気軽に読むといいと思います。
ちなみに矢部さんの力は能力スレの>>7を参考にしました。

339名無しさん:2005/11/19(土) 17:25:55
今日は晴れ。絶好の釣り日和だ。白も黒も、石のことは今日は忘れて、楽しもう。
と言うことで。
「矢部くーん、釣れたぁ?」
「うーん、まだ」
何人かの芸人仲間を誘って、釣り堀にやって来たカラテカ矢部と相方の入江。
二人以外にも石の能力者は何人かいるが、誰も「石」なんて単語を出してこない。
くだらない日常会話に笑いあいながら、幸せな時間を過ごす。
浮きはぷかぷかとゆったり上下しているだけで、魚は一向に掛からない。
餌が悪いんだ、きっと。などと思ってたが、周りの芸人たちは、次々と魚を釣り上げて大漁のようだ。
「えー、嘘でしょー…?」
情けなく眉をハの字に顰めて、もう一度竿を握り直した。坊主頭には紫外線が痛くて堪らない。
すこしでも暑さから逃れようと鞄から帽子を取り出し、きゅっと深く被る。
「えっ、矢部くん、今時麦わら帽子って…え〜…?」
入江が笑いを含んだ口調で矢部の隣にしゃがみ込む。矢部はむっとした表情で帽子のつばを上げた。太陽の光が目に入ったのか、何度も瞬きをしている。
「麦わらを馬鹿にしないでよ。凄いよコレ、涼しいんだから」
「まあ、もやしっ子にはそれくらい無いとなぁ」
その言葉に、矢部は黙り込む。当たっているから何も言い返せないのだ。
体重39キロの、アンガールズにも劣らない細い身体は、長い間外に放っておくと、あっという間に蒸発してしまいそうだ。
入江が、これも使えと日傘をクーラーボックスに立て掛けた。
「……掛かれよぉ」
いつの間にか真上に昇り、さんさんと照りつける太陽が眩しくて堪らない。

340名無しさん:2005/11/19(土) 17:27:06
「…お客さんのハートを釣ってるみたいだな…」
「はは、言えてら」
どこかで聞いたような台詞に入江が乾いた笑い声を上げる。そのまま、何も起こることはなく、穏やかな時間だけが過ぎていく。
暇つぶしにお菓子をつまんだり、ネタ合わせしてみたり、ツバメの巣作りを観察したり。
「矢部さん、そんなにツバメが珍しい?」
じっとツバメを見つめたままの矢部に一人の後輩が声を掛けると、矢部は首を縦に振り、笑って言った。
「うん、“子供が生まれるのが楽しみ”だって」
後輩は、ふーん?と首を傾げた。
そして一時間ほど経った、その時…

「あっ、矢部さん!引いてる、引いてる!」
誰かが慌ただしい声を上げ、手招きをすると、一本の釣り竿の前に何人もの人が集まってくる。
「よぉし…絶対釣るぞ〜…!」
矢部は麦わら帽子を脱ぎ、腕捲りをして釣り竿を掴んだ。力を込めるが、一向に魚の姿は見えない。隣から後輩たちや入江が手伝うように竿に手を添える。
一瞬だった。どんな大物かと思いきや、釣れたのは一匹の小魚。

「う…うっそでしょ〜矢部く〜ん…!」
あまりの非力さにすっかり脱力する入江。
ああ、そう言えばこいつは、ワカサギ釣りに行った時も、満足に氷に穴すら開けられなかったなあ。
「ご、ごめんごめん。でもさ、やっと釣れたから、バケツ持ってきて…よ…、…?」
突然矢部の表情が強ばる。その視線は今釣ったばかりの小魚へ…。


『助けて、助けてよ〜…殺さないでよぉ〜』


矢部にだけ聞こえる声で、小魚は言う。
「こっ…!殺すなって…言われても…」
「…ヤベタロー、どうした?」
周りの後輩たちが珍しいものでも見るかのような目で矢部を見つめた。
その時、入江が魚のたくさん入ったバケツを抱えてやってくる。それを矢部の目の前にどん、と置いた。矢部の顔が少し引きつった。魚の声が、耳に響く。

341名無しさん:2005/11/19(土) 17:29:24

『後生だから、逃がしてくれー!』

『私のお腹には赤ちゃんが居るのよ…子供を産ませてよ…』

『畜生、彼女に手を出すな、俺から先に殺せ!』

『うう、済まない、父さんを許してくれ…』

『いたい、いたいよう…』

『お母さ〜ん…』

「うわーっ!!こんなの生き地獄だぁあーっ!!」
急に頭を抱えて騒ぎ出す矢部に、周りはぎょっと目を見開いた。
「入江くん、逃がしてやってよ〜!!」
「逃がすったって、ここ釣り堀だぞ!?てゆうか何で泣いてんの?」
それでも矢部は「逃がして」と懇願し続けた。入江は訳が分からなかったが、泣かれてしまっては仕方がない。
渋々魚を池に戻した。散り散りになって泳いでいく魚を、あ〜ぁ、といった顔で見送る芸人たち。

只一人、矢部太郎だけは笑いながら手を振っていたが。
「お礼なんて、いいよぉ〜、へへへ…」
あー、ちょっとイタい人だなあ、矢部さんて。という声が聞こえたけれど気にはしなかった。


この日から、矢部が暫く魚料理を食べられなくなったのは、言うまでも無いかも知れない。

                                        終
                                                                               

矢部 太郎(カラテカ)
石 …未定
能力…知性を持つ生物(外国人はもちろん動物や鳥、虫など)と会話ができる。
 ただ、相手が日本語を喋り出したり矢部が相手側の言語を用いだすのではなく
 石が言葉や仕草を翻訳して互いの意識に伝達する形になっているので、
 まわりからは危険な人に見えるw
条件…人間以外の相手に能力を使った場合、後遺症で十分〜二十分ほど
 相手の性質が移って抜けなくなる。
(犬だったら臭いをやたら気にしだし、蛇なら寒い所で動けなくなる)

342名無しさん:2005/11/19(土) 18:38:22
乙です。
石の特性をよく生かした話ですね。大笑いしました。

343名無しさん:2005/11/19(土) 18:47:17
乙!非常に楽しめましたよ。
読みきりの番外編だし、本スレ投下しても良いんじゃないでしょうか。

344名無しさん:2005/11/20(日) 01:11:35
乙です!
そうですよね〜魚だってそう思ってますよね・・・
確かに生き地獄(笑)

345 ◆/KySNfOGYA:2005/11/22(火) 19:29:46
SPWとピースの矛盾してる話、投下させていただきます。

346each other ◆/KySNfOGYA:2005/11/22(火) 19:38:56
ピース。彼らの名前はダイノジから聞いていた。腕の良いコント師だと聞く。
真面目で、直向で、面白くて。良い後輩だと、笑顔で彼らは言っていた…のに。
どうして彼らとこうして、対峙してるのだろう。
「…なんで、石の力、使わんのです?」
「そうですよ。石、使わないで勝てるとでも思ってるんですか?」
のったりした関西弁と、キッチリした声。性格が上手くかみ合ってそうな、真面目そうなコンビ。
だからこそ、黒にいるのが、不思議でならない。
「…君らこそ。何で力使わないの?」
「少なくとも、本気でない相手に力を使うのは酷なもんでしょう?」
ふ、と笑う。やっぱり。黒向きの人間じゃあない。
「やい!俺のこと無視するんじゃねぇ!」
「「「あ、忘れ(て)(とっ)た。」」」
「やい!んだよ、小沢さんまで!…畜生、ゼッテェ泣かせてやる!」
ぎり、と歯を鳴らし、二人を睨む潤。単純と言うか、何と言うか。頼もしいことだ。

347each other ◆/KySNfOGYA:2005/11/22(火) 19:49:24
そんな至って真面目な潤を嘲笑うかのように睨む。確か、綾部君とか言った。
「…君?何がおかしいの?」
「いや、大女優と結婚して浮かれてるのかなあ…って思いまして。」
くすくす、くすくす、と笑う。…ああ、潤、ちょっと怒るかも。


「…裕実は、関係ないだろ。」


ぞくり。
冷ややかな空気が辺りを包む。潤がキレた。正直、少し怖い。
「…フフ、じゃあ、その二つの石、貰いますよ。又吉。いくぜ。」
「おう。」
又吉君が息をすぅ、と吸い込んだ。瞬間。俺達の目の前で、何かが起こった。
彼はゆっくりと、口調を崩さず俺達に語りかけるように物語を話し出す。


「あぁぁあぁあぁ!!!!!!!」
「っひう、っさ、ん、ああっく、っふ…!!!!」


涙が溢れてくる。潤は頭を抱えてしゃがむ。俺は泣き崩れる。
脳内でどんどんと大切な人が殺されていく。消滅していく。
俺がいくら名前を呼んでも、皆は無視して俺の目の前から消えていく。


まるで、あの頃のように。

348each other ◆/KySNfOGYA:2005/11/22(火) 20:04:54
俺は、高校を中退した。全てが信じられなくなった。
ただ、それだけのこと。苦しかった。本当に、苦しかった。
でも潤はきっとこれ以上の苦痛を味わっているんだ。
俺は頭を抱え、涙を流しながら思った。(更なる苦しみによってそんな考えは頭からうせたけど)

「、さ、小沢さ、ん!大丈夫…?!」
「…潤…」

俺は安心し、さらに涙が溢れる。けれど、そんな余裕はない。
彼らのほうを見る。くすくすと笑っていた。

「どうでしょう…?素敵やありません?この物語は。」
「…これを素敵だなんていうんなら、君ら、相当趣味悪いね。」
「ほめてくれて、どうもありがとう御座います♪なぁ、又吉。」
「……そやね。」
あくまでテンションをあげようともせず、下げることもなく。ただ彼は、淡々と。
…まさか。
「…小沢さん。こりゃあ、負けてらんねぇな。」
「そうだね。…行くよ、潤。」
潤は黙って頷く。


「そんな事よりパーティ抜け出さない?」
パチン


しゅん、と。舞台は町から山に変わる。
そして連続攻撃だ。

「ミツバチ達が君を花だと勘違いして集まって来ちゃうだろ。」
パチン。

俺が指を鳴らすとピースの二人の周りにミツバチが寄ってくる。
そしてミツバチ達が攻撃してくる。
「っくそ!」
綾部君が言って、地面を触る。その時、石が光った。
地面が盛り上がり、龍の形となって俺達に向かってくる。
「!」
「、やい、あたし、認めないよ!」
潤が言うと、龍は動きを止め、崩れ落ちた。
すると俺の力も解けたようでミツバチが消え去っていた。

349each other ◆/KySNfOGYA:2005/11/22(火) 20:13:13
「…厄介な力ですね。」
「そりゃどーも。」
綾部君がチ、と舌打。
二人に僅かな隙が出来る。そこを俺は見逃さない。
「(此処は逃げたほうがいいか。)」


「君は僕のカワイイ子猫ちゃんだから!」
パチン


ぼん、と煙が二人を覆い、煙がなくなると二人は人ではなく、
ダボダボな服を身に纏う可愛らしい子猫になっていた。
「…ったく…。手ごわい奴らだった…。」
潤はふぅ、と溜息。
「俺の力の時間も少なくなってきてるし…。此処は逃げよう。」
「そうだな。」


「そんなことよりパーティ抜け出さない?」
パチン


先程の町に戻ってくる。俺達はハァ、と溜息を漏らし、顔を見合わせ、少し笑った。
「…ねぇ、潤。」
「あ?」
「……俺ね?どうも、あの二人は、望んで黒にいると思えない。特に、ホラ、物語の力を使う彼。」
「…ああ。アイツか。何で?」
俺は少し黙り、口を開いた。
「少し…悲しそうだった。戦いながら笑っている綾部君を見て…。」
俺は俯く。


「彼らの……彼らの、心の欠片<ピース>を握っているのは誰なんだろう・・・。」


潤が俺を見つめる中、おれは心の底から溜息を漏らした。

350名無しさん:2005/12/01(木) 22:40:32
廃棄させていただきます。
中途半端な波田陽区とヒロシとだいたひかるの話。

351名無しさん:2005/12/01(木) 22:40:57

「今週だけでこれだけですよ。」

ここはとある収録スタジオ。少し薄暗い楽屋内。
波田はきょとんとした顔で、そう言って突き出してきたヒロシの拳を受け止める。
下に手を添えると、指が解かれて何色もの石が波田の手に落ちた。
「…うわ〜、大量ですねぇ」
目を輝かせる波田とは対照的に、ヒロシの顔色は暗い。
「こんなのいらないですよ。朝から晩までなんだか監視されてるような気がして、落ち着かないですし…」
俯くヒロシの目の下には隈が浮き、まともに睡眠時間を取れていない事を窺わせた。
「じゃあ俺が引き取りますよ。…なんか随分濁ってますね。」
内部から沸き起こっているような薄い曇り。波田はこのくすんだ色を今まで何度も見ていた。
「黒のユニット、…ですか。」
あの組織に関わった石は大体こんな感じの色をしている。
「…俺狙われてるんでしょうかね。」
「まぁ…そうなんじゃないですか?こんなに襲ってくるんでしたら。」
波田は、懐から袋を取り出し、今しがたヒロシから譲り受けた石を丁寧に仕舞う。
随分この袋も重くなったもんだ。波田が満足気に微笑む横で、ヒロシは自分の指に光る石を眺めていた。
「僕も波田さんみたくペンダントにすれば良かったかな。」
オリーブ色の上品な石。それを、ヒロシは少しいかつい指輪に加工して自分の指にはめていた。
「そうですか?首苦しくなる時ありますよ、これ。」
「…抜けなくなっちゃったんですよ。」
「え?」と、波田が聞き返すより先に、ヒロシは不安げな顔で続けた。
「どうしても、抜けなくなっちゃったんです。引っ張ってもびくともしない。どうしたら良いんでしょう。」

352名無しさん:2005/12/01(木) 22:41:33
顔は青ざめ、何かに怯えるようにしてヒロシは指を押さえる。
「落ち着いてくださいヒロシさん。指輪が外れないだけでしょ?大丈夫ですって…」
「俺思うんです。この石は俺の皮膚と同化しているんじゃないかって。…最近、断続的に指が痛むんですよ。」
「そんなまさか…」
背中を丸め、指を押さえながらうずくまるヒロシの姿は痛々しく、波田はかける言葉が見つからなかった。
やがて、ゆっくりと顔を上げたヒロシはその手をかざし、「見てください波田さん。」と力無く言った。
「俺の石、濁ってきてませんか?少しずつですけど…」
そう言われて見ても、波田の目にはそれはただ澄んだ美しい石にしか映らなかったし、
ヒロシと違い四六時中その石を眺めていたわけでは無かったので色の違いもよくわからなかった。
「考えすぎですよ。」
「…そうでしょうか。色が…変わってきている気がするんです。
 俺が最初にこの石を手にした時はもっと澄んでたのに…なんだか…怖いんです。俺、いつか黒の…!」
「ヒロシさん!」
しっかりしてください、そう言って波田はヒロシを諌めたが、ヒロシの顔色は優れない。
「ヒロシさんノイローゼなんじゃないですか?石の事考えるの止めた方がいいですよ。
 自分をしっかり持っていないと、石に呑まれてしまいますよ。」
「…そう、ですよね…」
「もうすぐ時間ですし、スタジオ行きましょう!仕事したら忘れますって!」
なるべく怯えさせないように肩に触れると、ヒロシが小さく震えているのがわかった。
「波田さん、もし…」
「はい?」
顔を上げたヒロシと、立ち上がった波田と目線がかち合う。

「俺がもしも、石に呑まれて暴走するような事があったら、
 黒側に回ってしまったら…、俺をこの石ごと斬って下さいね…」

353名無しさん:2005/12/01(木) 22:42:07






あれから三日経った今も、その言葉はまだ波田の頭の中に反響していた。
あの時、自分は「出来ない」と言った。
石を斬るという事、石を破壊するという事、それはつまり持ち主の死を意味している。
――例え敵になったとしても、友人は殺せない。絶対に。
ヒロシの石は、本当に皮膚と同化してしまったのだろうか。
そんな事あるわけがないとわかってはいるけれど、あの時の尋常じゃない様子を思い出すと不安になる。
もしヒロシが暴走したら、自分は斬れるだろうか。一時的に石に操られているのとはわけが違う。
石と同化した人間を、自分は斬れるだろうか。いつぞや長井を斬った時のように、容赦なく刀を振るえるだろうか。

354名無しさん:2005/12/01(木) 22:42:35
「あーもう!」
波田は不安を消し去るがごとく頭を振り、頬を叩いた。
そんな馬鹿な事あるわけがない。
「俺は何を本気にしてんだ…」
ヒロシの石は澄んでいた。そうだ、一辺の曇りも無かった。心配は無い。何も。
しかし依然胸の曇りは晴れず、波田の意に反して膨張するばかりだった。
自分を見上げ、すがるような眼差しを向けてきたヒロシ。その目は必死で、どこか儚くて波田は恐ろしく感じた。
ただの杞憂であって欲しい。波田は気を紛らわせようとギターを引き寄せる。
体を曲げたはずみで首から下げた石が着流しの裾から垂れた。
ミルク色の優しい色をしたこの石、ヘミモルファイト。初めて目にした時と変わりなく澄きとおったまま。
石には意思があると、誰かから聞いた。持ち主の意思に関係なく、悪意ある石は黒へ、善意のある石は白へと
持ち主を導くらしいと。石が話しかけてくるのだと。そんな事、あるのだろうか。
だとしたら自分の石はどちら側なのだろうか。
この石も、いつか黒く染まる日が来るのだろうか…
疑問は尽きず湧いて出る。
それからため息も。

355名無しさん:2005/12/01(木) 22:42:55
「悩み事ですか?」
突然降ってきた、どこか抑揚の無い声に顔を上げると、そこには数少ない女ピン芸人だいたひかるが立っていた。
自分の世界に入っていたせいで一瞬呆けていた波田だが、ふと我に返って思い出した。
ここはテレビ局で、自分はこの後収録を控えている。廊下のソファに座って休憩していたんだ。
だいたはテレビで見る時と全く同じいつもの無表情で両手に缶コーヒーを持っていた。
軽く頭を下げて挨拶をし、少し席を詰めて、「座りますか」とそう尋ねると、だいたは苦笑して言った。
「…波田さんって無防備なんですね。私の事疑わないんですか?私、黒かもしれませんよ?」
「石を隠しもせずに堂々と指にはめている人に言われたくないですよ。…石を見ればなんとなくわかるんです。
 少し黒がかった石を持ってる人はヤバイんですけど、だいたさんの石は真っ青ですから。」
波田はそう言ってだいたの右手に輝くリングを指差した。
「そうですか。でも私白でも無いですよ。」
「そうなんですか。」
「ええ、興味ないんです。だってバカらしいじゃないですか。」
同じ芸人同士なのに。
だいたは波田の隣に腰を下ろし、けだるそうにため息をついて缶コーヒーを開けた。
「おかしいですよね。なんか最近、みんな殺気立っちゃってる。
 知ってます?誰かは私も聞かなかったけど、若手で死にかけた人がいるんですって。」
「本当ですか?」
そう聞き返すものの、内心、波田はそんなに驚いているわけではなかった。
人間の欲望や信仰心というものは凄まじいものだ。そしてこの石はその対象になるには十分なほどの魔力を秘めている。
そのため波田はいつかこうなる事を予想していたし、なって当然だとも思っていた。

356名無しさん:2005/12/01(木) 22:43:13
「どこか狂ってますよね。」
「狂ってますねぇ。」
こんな石に、命まで投げ出す人がいるんですねぇ。だいたは吐き捨てるように言う。
波田はヒロシの言葉を思い出していた。
『俺がもしも、石に呑まれて…暴走するような事があったら、黒側に回ってしまったら―――』
石のために命を捨てるというのなら、ヒロシも狂っているのだろうか。


「ヒロシさん…」

だいたが小さく呟いた。波田は驚いて顔を上げる。なぜここでだいたの口からその名が出たのか。
「…?ヒロシさんがどうかしました?」
さっきまでの嫌な妄想が頭を駆け巡る。
「そうだ、私ヒロシさんを探してる途中だったんですよ。」
「…探してる?」
嫌な予感が加速する。だいたはなんでも無いような声で言った。
「消えちゃったんですって。煙みたいに楽屋から。」
「えっ―――」

357 ◆LHkv7KNmOw:2006/01/24(火) 15:15:12
雨上がり決死隊中心の話を途中まで書きました。最後まで書けるか目処が立って
いないので、ここに投下してみます。あと、能力スレの>302もちょっと見てください。

358 ◆LHkv7KNmOw:2006/01/24(火) 15:18:29

故意の空騒ぎ
Ⅰ・はじまりはおだやかに



「…どうする?」
「聞かんといてくださいよ。」
周りを見渡せばざっと10人。
一体何なんだ。黒ユニットは人間のクローンでも作ってるのか?
「こうなったんも全部…。」
目の下に隈のある、やや影を背負った男が呟く。
そして、隣に突っ立っている男を横目で睨みつけ、良く通る声で叫んだ。
「お前が石を無くしたんが悪い!」

「そ、そんなんゆうても仕方ないやん。」
カメラが回っていないところでは滅多に大声を出さない筈の相方に少なからず動揺する。
電光につやつや反射する髪の毛を掻きながら、雨上がり決死隊・蛍原が困ったように言った。

そうなんです…。蛍原は石を携帯のストラップの代わりにして持っていたわけで…。
ある日その紐が切れかかっていたわけで…。
でも「まあいいか」と思った蛍原は、そのまま仕事を続けていたわけで…。
いつの間にか何処かに落としてしまったのです。

359 ◆LHkv7KNmOw:2006/01/24(火) 15:21:17
さかのぼること数時間前。

「あ、携帯がない。」
と、気付いた時にはすっかり夜も更けてしまっていた。
何気なく携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込んだ瞬間、いつもはあるはずの物が無いことが分かった。
記憶を掘り返す。確か、最後に使ったのは控え室の中だった筈だ。
踵を返し、もう一度建物の中に入る。
歩みは段々早くなり、何時しか走り出す程になっていた。
顔に少なからず焦りの色が見える。
それは、電話が掛けたいからとか、早く帰りたいからとかそういう理由ではなく。
彼は携帯にストラップとして自らの石、モスアゲートを取り付けていたのだ。
万が一例の、最近噂になっている『黒』とかいう奴らに拾われてしまっては、という考えが頭を過ぎる。
その嫌な予感を打ち消すように、頭を振る。
それに合わせて自慢のさらさらの髪の毛が宙を踊るが、決して乱れることは無かった。
控え室の扉を勢いよく開ける。
膝に手を置き、前屈みになって二、三度大きく呼吸し、唾を飲み込む。
中では相方である宮迫が本日何本目になるのか分からない煙草を吹かしながら雑誌を黙々と読んでいた。
ドアの音に少しだけ反応し、顔を上げるも、ちらりと蛍原に目線を向けただけで、再び雑誌を捲り始めた。

宮迫の後ろの方でガサゴソ、ガタン、と耳障りな音が小さな控え室の壁に反射し、響く。
「あれ〜……?」
と、蛍原の困ったような声が時折聞こえた。
宮迫は雑誌をテーブルの上に投げ置き、
「どないしたん。」
酷く面倒くさそうな口調ではあったが、やっと口を開いた。

360 ◆LHkv7KNmOw:2006/01/24(火) 15:23:59

「いや、俺の携帯知らん?」
「え〜…?見てへんで。」
欠伸をしつつ、宮迫は答える。
なんだ、そんなことか。とでも言いたそうだ。
__あんな、あの携帯には…。
という言葉が喉まで出かかったが、まだ思い当たる場所はある。
少しでも騒ぎにしたくない事と、ついでに(あくまで“ついで”だ)相方に心配かけたくないといった理由で、この時は言わなかった。

ところが、だ。何処を探せど、携帯は見つからない。
蛍原は苛ついて髪の毛をがしがしと掻く。これはいよいよやばくなってきた。
石を無くしてしまった、という焦りと共に、心臓も早鐘の如く鼓動する。
再び控え室の近くに戻ってきてしまった。足取りは重い。

今度は静かにドアを開けた。
宮迫は未だ煙草を吸いつつ、別の本を読みふけっている。
「なあ、ホンマに見てない?」
「しつこいぞ。」
蛍原はドアの前で、身体を丸めてしゃがみ込んだ。
その尋常ではない落ち込みようにさすがに違和感を覚えたのか、宮迫が声を掛ける。
「そんなに携帯が必要なんか。やったら俺に言えばそんくらい…。」
「宮迫、俺の携帯な…。」
貸してやるのに、と言いかけた宮迫の声を遮るように、蛍原が口を開いた。

361 ◆LHkv7KNmOw:2006/01/24(火) 15:26:30


「…お前何してんねん。」
相方に事情を説明すると、酷く小さな声、且つ無表情でこう言われた。
少しだけ、背中に寒気が走った。
これなら怒鳴られてビンタされた方がまだマシかも知れない、とまで思えた。
はあ、と深い溜息をと共に乳白色の煙が吐き出される。
煙たさに咳が出そうになるも、妙な緊張感から、それさえも許されないような錯覚に陥る。
宮迫は灰皿に吸い始めたばかりの煙草をぐりぐりと押し付けた。
溢れかえった灰皿から二、三本の吸い殻がテーブルに転げ落ちる。
ゆっくり椅子から重い腰を上げ、宮迫はジャケットを羽織る。
何故か無言のままの宮迫に声を掛けることが出来ず、蛍原はその様子をじっと見詰めた。

そして宮迫は蛍原とすれ違う瞬間に、「おい、行くぞ。」と一言だけ言った。
「はは…、頼もし。」
予想外だったのか。
早歩きで楽屋を出る宮迫に、蛍原は嬉しさを隠せなかった。

362 ◆LHkv7KNmOw:2006/01/24(火) 15:29:23
とりあえず此処まで。
続きはなんとなく構想を練ってはいます。評判が良ければ頑張って書きます。

363名無しさん:2006/01/26(木) 10:06:15
>>357-362
乙。なんか面白そうだね。
もし続きを書くならここじゃなくて添削スレの方がいいかも

364 ◆k4w5bzAdTA:2006/01/30(月) 23:53:46
オリラジのちょっとした話。

**************************************

収録前の、共演者で賑わう楽屋。
隅に二人の男が輪から離れて座っていた。

「誰か持ってる人いると思う?」
二人の内の片方、眼鏡をかけた男が尋ねた。
何のことかは言わなかったが、『石』を指している事は間違いない。
「…バッドさんとか」
相方の質問にもう一人の男が共演者である先輩の名を出した。
やっぱそうかなー、と呟いた男―オリエンタルラジオ・藤森の手には小さな石があった。
彼が言うには、最近この石を―まるで石が付け回して来るかのように―色々な所で見掛けるようになり、いい加減鬱陶しくなったそうだ。
だからとりあえず拾ったらしいが、
「どうするんだ、それ」
相方の―オリエンタルラジオ・中田が言った。

365 ◆k4w5bzAdTA:2006/01/30(月) 23:55:06
決めてない、と藤森は答えた。
―どうやら本当に『鬱陶しいから拾った』だけらしい。
中田は藤森に気付かれぬようにこっそりと溜め息を吐いた。いつもの事だけど、コイツは一々危なっかしい。
拾って、誰かに襲われたりしたらどうするつもりだったのだろうか――多分そんな事思い付かなかったのだろうけど。


二人が『石』についての話を先輩から聞いたのは、結構前のことになる。

中田は正直冗談だと―からかわれているのだと思った。そんな非常識な事を信じろという方が無理だった。
だから、その先輩が目の前で起こした超常現象も暫く信じる事ができなかった。
藤森は直ぐに信用して夢中になっていたけれど。

366 ◆k4w5bzAdTA:2006/01/30(月) 23:56:15
「関わらないようにする、って言っただろ?」
石をじっと見つめている藤森に問いかける。
それは『石』のことを知った後に二人で話し合って交した約束だった。

「うん、でも面白そうだし」

中田は相方の言葉に目を丸くした。
「お前、それ」
本気で言ってるのか。そう続けようとして気付いた。

石を見つめる藤森の目が、まるで取り憑かれているかのようにギラギラと光っている事に。
思わず絶句した。
同時に―おそらく白なのであろう―先輩の言葉を思い出した。

  危ない目に合いたくなかったら、関わったらいけないよ。
  関わったら、もう戻れないから。


中田は藤森の持つ石を見た。
ざまあみろと言うかのように石が煌めいた。


何かが崩れていくのを感じた。
もう無関係ではいられないのだと、思い知った。

367名無しさん:2006/01/31(火) 12:44:45
>>364->>366
乙!続きが気になる。ぜひ書いてくれ!

368名無しさん:2006/01/31(火) 16:00:57
>>367
続き考えてないし、依頼スレの45さんがいらっしゃるので
一応ここで終わりの予定です。

369 ◆k4w5bzAdTA:2006/01/31(火) 17:15:16
トリップ付けるの忘れてた…
>>368は私です。

370名無しさん:2006/02/03(金) 16:46:47
麒麟とスピワの軽い話考えてみたんですが投下オケ?

371名無しさん:2006/02/03(金) 17:08:20
いいとオモ。

372名無しさん:2006/02/03(金) 17:16:58
てか投下してくれ。

373 ◆y6ECaJm4uo:2006/02/03(金) 22:32:47
了解。遅くなってすまん。軽いと言うか、ちょっとシリアスな番外編、みたいな。

「―−君ッ!!何やってんの?!」
おざ―さん?何で泣いてるの?
「やめぇやっ!やめてくれッ!!」
何で、喚いてるの?
「なぁ、どうしたんだよッ!!」
俺…何で怒鳴ってるんだ?

「川島君ッ!!」

【 夢 】

嫌な夢だった。夢から目覚めた俺は、嫌な汗で体中べたべただった。
気色の悪い感触。奥さんが大丈夫?と声をかけてくる。俺はニコ、と微笑む。
石を見た。妙に禍禍しく光っている。まるで―−今の夢が―…。

―――真実となる、ようで。


今日は笑金の収録があった。笑金の特徴と言えば、休憩時間が長いこと。
芸人達は雑談をしたり、クイズを出し合ったり、それぞれ楽しい時間をすごしていた。
ふと、井戸田は楽屋の端を見ると、川島が一人、目を瞑って座っていた。
井戸田は今日、見た夢のこともあり、妙に気になって声をかけにいく。
「どしたの?」
「…潤さん。いや、別に何もないですよ。…ただ、頭痛がちょっと。」
「そうなの?大丈夫?…何かあったの?」
川島は一瞬、ドキッとした。それは、井戸田の言葉に心当たりがあったからだ。
―−2丁拳銃の、襲撃。その日から頭痛が度々あった。そして途切れ途切れに聞こえるのだ。
あの日、聞いた声だ。黒く淀んで、…まるで、人の悪意によく似た。
「…君?川島、君?」
「、ぁ、ハイ。大丈夫です。…スンマセン、ちょぉ、放っておいて貰えませんか?」
「…。ン。わかった。無理、しないでね。」
川島は軽く礼をした。そして井戸田は見逃さなかった。
…黒水晶が見せた、酷く禍禍しい光を。

374 ◆y6ECaJm4uo:2006/02/03(金) 22:43:59
井戸田が小沢の横を通り過ぎた時、こっそりと声をかけた。
(おざ―さん。ちょっと。)
(…ン。)
小沢は後輩達にちょっとゴメンね、と席をはずした。



「―−川島君の、様子がおかしい。…正しくは、黒水晶の、だけど。」
「…ウン。何となく、気付いてたよ。」
「光が、いつもより鈍いんだ。…黒の、石みたいで。」
「―!まさか…?!」
「いや、川島君に限ってそれはないよ。」

沈黙が流れる。ギィ、と扉が開く鈍い音がする。
そこにいたのは今、会話の主役となっていた川島の相方。
田村裕、だった。

「…?どないしたんです「田村君!」
「、っちょ、何なんですか?どないしたんです?!」
「…川島君の様子がおかしいんだけど。何か気付いたことはない?」
「え…。…!」

まさか、と言った田村の表情。
小沢と井戸田は顔を見合わせ、田村に問い詰める。

「…心当たり、あるんなら教えてくれないかな?」
「川島君の為なんだ。」
「―…。実は、」




ガシャァァァァン!!




『?!』
「ッ、行こう、潤!田村君!」
「はい!」
「オウッ!」

井戸田は、自分を恨んだ。
普段の自分では全く使えないカンが、まさか、
こんな時に当たってしまうなんて。
唇を軽く噛んだ。

375名無しさん:2006/02/03(金) 22:59:22
小文字が多いのが少し気になるかも。嫌いな人も多いですし。
でもGJ!続き楽しみにしてます!

376 ◆y6ECaJm4uo:2006/02/03(金) 23:18:40
バタンッ!

乱暴に扉を開ける井戸田。
其処には、赤みのかかった瞳の川島が、いた。

「ッ、ぁあぁああああ!!」
「竹山さん?!」

竹山の名前を何度も呼び、小沢は竹山の体を揺らす。
すると体をブル、と震わせ、竹山は一回発狂して、気を失った。

「(竹山さんは炎を使えて、相当強い。…その、竹山さんが…。)」
「川島君ッ!!何やってんの?!」

「―−何、って?」

「やめぇや。やめてくれ!何したいねん、川島!」

「…関係ない。」

「なぁ、どうしたんだよッ!!川島君ッ!!」

『カワシマ…。アア、宿主様のこと。』

クク、と自身の低く響く美しい声でいやらしい笑い声を上げた。
明らかにいつもの川島とは様子が違った。
目は赤く、雰囲気がいつもより黒々しい。
噂に聞いたことはあった。稀に、石のあまりに強大な力に呑まれ、自我を忘れて
身を石に預けてしまうらしい。

『…フフ、驚いているようですねェ…?』
「、ったりめぇだろッ…!」
「何をしたの…?川島君に。」
『イエイエ。大した事はしてませんよォ。…タムラなら、知ってるはずですけどォ。』
「…ッ、」
『語る時間位なら差し上げますよ…。ま、その後はどうなるか。それは貴方達しだいですけどネェ…。』
「ちょっといい?」
『ハイ?』

川島―−…いや、黒水晶はニコリと微笑んだ。
いつもの優しい微笑みでなく、恐ろしい微笑み。


「他の、何にもしらない芸人は如何した?」
『…そうですねェ。ハンデとして、教えてあげましょうかァ…。
 俺の真実の力は三つ。一つ目は御存知である影に隠れる。
 二つ目は、影に人を閉じ込める、こと。三つ目は闇に人を呑む、こと。』
「二つ目の力で他の芸人を…。」
『エエ。邪魔、ですしネェ。もう説明終わりですし、タムラ、どうぞ?』
「…何で呼び捨てやねん。…実は、少し前に2丁拳銃さんが…。…襲ってきたんです。」

驚きの表情を隠せないようだった。
まさか―−、何の関係もないような二人が。
黒でない麒麟を襲ったと言うことは、必然的に。
2丁拳銃の二人が、黒だ、ということで。

「そん時、川島、ちょおオカシい時があったんです。…多分、コイツが出てきたんだと思います。」
『ハハッ!鋭いじゃァないか!タムラァ!…もう、いいですね?…そろそろ、我慢の限界なんだ…。』


身をブル、と震わせる。
それは確かに、犯罪者のような、姿で。
殺しを楽しむ連続殺人魔のような。
井戸田は顔を青ざめさせ、酷く神を恨んだ。

377 ◆y6ECaJm4uo:2006/02/03(金) 23:20:13
一応此処までです。
ヤバイ…前のお方が素晴しすぎるから
駄っぷりが余計目立つ…。

378 ◆1En86u0G2k:2006/02/09(木) 01:30:54
すいません、こちらで以前投下されたよゐこ2人の能力案を使わせていただきたいのですが、
よろしいでしょうか?
負荷のことなど自分が勝手に考えた部分もあるので、
98(ikNix9Dk)さんがいらっしゃいましたらお返事頂けると幸いです。

379名無しさん:2006/02/11(土) 17:53:26
>>378
自分98さんでは無いけど、向こうは廃棄スレに投下していたし
話も番外編だと言っていたので、少し位の変更なら良いんじゃないでしょうか?

380名無しさん:2006/02/11(土) 22:45:11
内Pメンバーで何か書いてみようとして挫折しました。
その一部を投下。
なんからしら使ってもらえたら幸いです。



「ごめん、ふかわ。……俺は最後の最後に、自分に負けた」
何かを悟ったような笑み。柔らかい、いつもの口調。
「だから、俺はこのまま消えてしまうと思う。そう遠くないうちにこの黒い石は完成される。……それでこいつは、白い石を止めてくれるだろう」
当たり前の事実を口にしている、そういうような、悲しみも何も含まれてない言葉。
ふかわは拳を握り締めて、じっと聞いていた。まだ涙は溢れてきていない。
「俺一人でみんなが助かるんだ。……なんか映画みたいだな」
自分が消えることによって周囲に平穏が訪れる。ふかわが、大竹が、三村が、仲間たちが苦しい戦いから解放される。
それは内村にとって、一部でとても魅力的であった。そしてその自己犠牲のみを願っていれば、黒い石に侵食されることはなかっただろう。
しかし内村のもう一部分は、その平穏の中、仲間たちと笑いあう自分の姿を願ってしまう。
少し前みたいに、みんなで馬鹿みたいな事をして、くだらないことを喋って笑っている自分の姿を……
その当たり前の願いがほんの少し、黒い石につけ込む隙を与えていた。
「映画……」
このメンバーで、いつか撮りたかった。こんな酷い物語ではなく、もっと温かい、幸せになれるような映画を。
こじ開けるように心の隙間から黒い力が流れ込んでくる。自分というものが徐々に希薄になっていく感覚に、内村は流れるはずのない汗を感じた。
「……でも」
黙って内村の話を聞いていたふかわは口を開いた。
「内村さんが吸収される前に、白い石を僕たちが倒してしまえば、」
「それは、無理だ」
ふかわの言葉を遮り、内村ははっきりと言った。
「白い石を倒す方法がないんだ。黒い石を使う以外の方法は、調べてみたけどなにも見つからなかった」

381 ◆1En86u0G2k:2006/02/13(月) 01:01:01
>>379
お返事ありがとうございます!
とりあえず出来上がり次第、添削スレの方にその旨も含めて
投下してみようと思います。

38298 ◆hfikNix9Dk:2006/02/13(月) 13:30:18
>>381
98です。是非使ってくださいますようお願いします。
一応前に書いた設定の補足をしておきます。
有野:影の変形は単純な形状(適当な形の手・ハンマーなど)のみ可能
   濱口は「完全な同意者」であり、彼の影を使うこと・彼とともに影と同化することができる
   影さえあればOKなので、懐中電灯などを持っていればいつでも使える
   影=存在を無理に増幅する能力なので、過剰に使いすぎると自分の存在自体にバグを起こし、
    酷い吐き気や重圧感に襲われ動けなくなる
濱口:精神攻撃などは、相手がトリガーとなる言葉を口にすると同時に
    「捕った」と言わなければ止められない
   精神攻撃を跳ね返した場合、その有効時間は本来の半分となる

とりあえず考えていたものなので、変更・補足をして頂いて構わないです。参考程度に。
文才が皆無なせいで、ほぼ設定だけ考えて放置していた状態でしたので…
使って頂けるだけでとても嬉しいです。

383 ◆yPCidWtUuM:2006/02/16(木) 23:30:17
すいません、ちょっとさまぁ〜ずの、というかバカルディの昔話を書いています。
いくらか書き進めてみたのですが、この先少しこちらへの投下作品から設定をお借りしたく思います。

>>33
のさまぁ〜ずとくりぃむの話のうち、
「家族持ちの三村のために黒を選ぶさまぁ〜ず」という設定。

(t663D/rE)さんの“Black Coral & White Coral”のうち、
>>103-106
の中で、バカルディ時代のさまぁ〜ずが白だった、という設定と、虫入り琥珀を大竹が持ち出す設定。

これをお借りして書いてみたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?
文章などは基本的に借用する予定はなく、設定のみです。
お二方とも、もし見ていらっしゃれば、お返事いただけるとありがたく思います。

384小蠅 ◆ekt663D/rE:2006/02/18(土) 01:54:52
>>383
どうも、こんにちは。
その設定はもともと本スレ投下分では使わなかった物ですが、
特に相反する設定で書かれている方はいないようですし、自分は大丈夫ですよ。
投下される話がどういう話になるか、楽しみにしています。

385 ◆yPCidWtUuM:2006/02/19(日) 01:51:02
>>384
ありがとうございます。それでは使わせていただきます。
ekt663D/rEさんの作品、いつも楽しく読ませていただいてます。
そちらのお話も楽しみにしております。

386名無しさん:2006/02/21(火) 16:43:48
おざーさんとハチミツの戦闘なしのお話おk?

387名無しさん:2006/02/21(火) 19:52:52
いいお

388名無しさん:2006/02/21(火) 20:05:14
新宿にある居酒屋で、一人の男が佇んでいた。
名前は小沢一敬。「白」の一員である。


【我ノ正義ハ正シキ路】


「(遅いなぁ)」
生ビールを一口、口に含んで小沢は思った。
彼は今、人を待っていた。
その人は彼にとっての親友であり、いい相談相手だった。

「遅くなったな。」


「…二郎ちゃん。」

にこ、と小沢が微笑み、どうぞと席を空けた。
小沢と二郎は今、相反する立場にあった。
二郎は「黒」小沢は「白」
彼らは本当は敵同士なのだ。
それ故に二郎は警戒していた。
いつ、戦いを挑まれるかわからないから。
スペサルタイトを軽く握り締め、席に座った。
彼の石は決して戦闘向きではなかったので、余計に緊張していた。

「(けど、知らないと思うんだよなぁ。俺が黒だってこと。直接黒と白としてあってねぇし。)」


―−っつか、知られて欲しくない、というか。


「どしたの?何か頼みなよ。小沢さん奢っちゃうよ!」
「…珍しい。」
「そうでもないって。」

はは、と苦笑してまたビールを飲んだ。
二郎は店員を呼び、ビールを頼んだ。

「…あ、そだ、二郎ちゃん大酒飲みだから俺破産しちゃうかもなァ…。」
「大丈夫、そんな飲みませんよ。」

苦笑。暫く、沈黙が続いた。

389名無しさん:2006/02/21(火) 20:20:33
そして暫くして、店員が二郎の注文した品を持ってきた。
二郎は早速飲み始める。

「…で、何の用よ。」
「……二郎ちゃん、さ。」
「ん?」


「………黒なんだよね?」

二郎は言葉に詰まった。
やはり気づいてしまったのか。
正直迂闊だった。何にも気にせず、思い切り飲める親友だったから。
ピリピリとした関係になるのが辛かった。

「―−なんで知っている?」
「…俺の友達が、二郎ちゃんに襲われた、ってさ。」
「……。」
「アイツはキケンだ 一緒にいるのはやめとけ いつか君をも」




「襲うだろう、って。」

真剣な眼差しに二郎はたじろいだ。
その言葉を発したのは誰か。そんな考えが脳内をめぐる。

「…俺は今日、戦うつもりはないよ。石、置いてきたし。」
「……アンタさ、本当に甘いよなぁ。」
「どっちの意味で?」「色々な意味で。」

二人は笑って言い合った。
黒と白。
そんなものはこの間忘れていた。

「…二郎ちゃんさ、何で黒に入ったわけ?脅されてたりするの?」
「そんなんじゃねぇ。」


          ・・・
「そんなんじゃない、あの人は、そんな汚ぇことしないよ。」
「…っじゃあ、何で?」

390名無しさん:2006/02/21(火) 20:26:00
「…黒に誘われたとき。俺は、本能に問いかけた。」

"俺の心よ"

"俺の正義とは何だ?"

「…そう問いかけたら、黒に入れ、と声が聞こえた。ただそれだけだ。」

「二郎ちゃん…」


「俺の選んだ路が、正義だ。俺はそう思ってる。…それに松田はついてきてくれてる。…感謝、してるんだ。」


悲しそうだった。
小沢の勝手な考えかもしれないが。
悲しそうな瞳を、していた。恐らく嘘をついてると彼は察していた。

「…今日は、さ!白とか黒とか忘れて飲もうね。」
「おう。…次会うときは、敵かもな。」
「…そうかも、ね。」

いつくらいかな。


この戦いが終わるのは。



F i n

391名無しさん:2006/02/25(土) 16:10:10
かこいいv

392rosso:2006/03/27(月) 01:50:54
無名芸人(正直誰でもよかったw)主人公で行きますー
品庄の品川出てきますー、こっちも誰でも良かったんですが、私がファンなのと
芸人さんの中でも特に欲が強そうだったので。
石は適当です。石がしゃべりまくるのでそういうの嫌いな人はスルーしてくださいー

393rosso:2006/03/27(月) 01:51:45



少しばかり街から離れた、暗く静かな道で、

音も無く、目の前に出てきたのは見たことも無い生き物であった。

最初は暗闇の中にしゅー、しゅー、という不気味な呼吸しか聞こえなかったが

やがてじゃり、じゃりと足音を立て、歩み寄ってきた方と思うと、ゆらりと街頭の下に姿を現した。

それはぱっと見、人より二周りは大きな半魚人のようであり、

黒い鱗で全身は覆われ、手足は鷲のような鋭い鍵爪で、肩からは突起のような大きな角が飛飛び出ていた。

身体だけではない、目はぎらぎらとひかり、魚のようにぎょろりとして、口は耳元まで裂け、

そこから滴るなぞの液体は、地に落ちるたびジュウ、という音を立てて小さく地面に穴を開けた。

まるで映画に出てきたエイリアンのような風貌にくわえて、さらには腐った魚のような悪臭。



こんなものが夜道物陰からのっそり出てきたのだから、とっさに亜『黒』の襲撃かと、

瞬間的に身構えた品川であったが、次の瞬間思いがけない言葉を聞いた

化け物がこちらを見て、一瞬身震いしたかと思うと。

「ギャー!!!化け物ーーーーー!!」

と、叫んだのである。



化け物はお前だろうが。と突っ込む間もなく。化け物は必死の形相で、ダッシュでその場から逃げ出した。

残されたのは唖然としたままの品川と、その声に何事かと窓を開けて外を見回す近隣住民のみ。

「何だったんだ・・・・」

という呟きは、

夜の帳の下りた、暗い闇の中に吸い込まれていった。

394rosso:2006/03/27(月) 01:52:41
少し離れた暗い街の裏道で、その男はがくがくと震えていた。

身体に飛び出ていた突起や鱗は、徐々に消えてゆき、ゆっくりとごく普通の人間にもどってゆく。

完全に人間に戻ったのを確認すると。男は固く握り締められた手を開いた。

そこには赤い石の中に黒い輝きを持つ、『ブラックスター』と呼ばれる石があった。

「おい!なんだよ!あの化け物は!?」

男は手に持った石に話しかける。

石は輝きながら、テレパシーのような声を発する。

『・・・・だから言っただろう。芸人ってのは、誰しも腹の中に化け物を飼っているものさ

誰よりも認められたい、

誰よりも前に出たい、

誰よりも上に立ちたい、

誰よりも笑わせたい、

そういった芸人の中にある、欲望に凝り固まった化け物が、その芸人を動かすんだよ。

お前が石を発動させれば、その化け物の姿を見ることが出来る

お前が対峙した男は、特にそれが強いのさ

・・・だけど、ははっ確かにすげえ化け物だったな。あれくらい大きいのはめずらしいや』

その石は饒舌にそう応えた。

男は納得いかないというように石に問いかける。

「じゃあなんで、そういう芸人にお前は憑かないんだ?元々強い化け物に憑けば他のやつらの欲も回収しやすいだろう?なんで俺みたいな無名芸人に憑くんだ」

石はめんどくさそうに応えた。

『だって仕方がないだろう。

俺の力は持ち主の芸人の持つ欲に値する化け物に、一時的に変身させることと

相手の中にある化け物を目に見えるようにすること。

あと、元々ある欲を強めること。

この三つだ。

元々欲の強い芸人に憑いたら、たいていは速攻で自分の中の化け物に喰われるんだよな。

自分の中の化け物を自分じゃ止められなくなるのさ、

もうめんどくさいんだよ、持ち主がいなくなってまた探さなきゃならなくなるのは。

宿主は、長持ちしたほうがいいんだよ。

ああ、そうだ、お前に言ってなかったな、俺の前の持ち主の名前を知りたいか?それはな・・・』

「いや、いい」

と男は石の喋りを遮った。

「聞きたくない」

石は嗤うように答えた。

『芸人って言うのは因果なものだよな

欲がなくちゃ前に進めない

欲に喰われれば壊れてしまう

だけど、お前の中の欲は芸人にしちゃ格別薄いよな。

でもそんなものか?そのままでいいのか?

言っただろう?お前が化け物になって相手を倒せば、そいつの欲と力を貰えるぞ

あんなでかい化け物じゃ倒せなくても、手近なところから、そうだな、お前の相方とか・・・・』

「黙れ」

『欲しくないのか?少しずつ強くなればいつかは・・・』

「黙れ」

男は耳を塞いだ。

聞くな。聞いてしまえばおかしくなる。

そうだこいつは言うとうり、宿主に出来るだけ寄生して、大きくなるのが目的だ。少しでも長く、少しでも多く。

だから俺についた。意思の弱い、欲の弱い俺に。

少しずつ調教し、少しずつ汚し、やがては自分の思うままに動く、巨大な化け物にするために。

わかっている、すべてわかっている────のに。



耳を塞いだ手の指の間を、石から発せられる黒いドロドロが、水のように入っていく。

『欲しくはないのか?

栄光が

喝采が

賞賛が

金が

俺を利用すれば、全てが手に入るんだぞ・・・・俺の言うとおりにすれば・・・』



声を、拒むことが出来ない。

恐怖しながらも心のどこかで満たされてゆく優越感。

心の奥底に充満していく闇に向かって

俺は何度も叫び続けた、



誰か助けてくれ、誰か



と。



                              おしまい

395名無しさん:2006/03/27(月) 13:30:30
おお、斬新な設定!
なんかホラー映画みたいで面白かった。
冒頭ギャグチックなのに後半ちゃんと怖くてスゴス。
しかし品川…w

396 ◆vGygSyUEuw:2006/04/15(土) 18:57:16
ちょっと思いついたので落とさせてください。
スピワの超短編、小沢目線。

------------------------

何だか、かれこれ五分ほど路地裏を走っている。
それを追うのは、誰とも知らぬ女芸人コンビ。
「待てーっ!」
「逃がさないわよ!」
威勢のいい声をあげて走る彼女たちは、そこそこ若くそれなりに可愛い。
もったいないなあ。
芸人なのも、黒なのも。
…うーん、我ながら関係各方面に怒られそうな独り言。
「もう、なんでよりによって女の子よこすかなあ…」
「こっちが弱いってわかっててやってるよねえ、全く黒は意地が悪いんだから…」
なかなかしぶとい追跡者にうんざりしている相方に、多少の皮肉をまじえて返す。
振り向きざまの推測ではあるものの、恐らくまだ20代半ばぐらいであろう相手に対し、こっちは三十路も過ぎたヤロー二人。
しかも一人は肉体年齢おじいさん。っていうかオレなんだけどね。
早々に膝が泣き言を言っている。しかも呼吸もヤバげ。
石の力で騙し騙し走ってるけど、そろそろ限界だ。
「どーする?」
「うーん、お引き取りいただきたいけど…」
「無理っぽいね」
ちらっと振り返る。二人ともさすがに疲れてきたのか、それともこのチャンスを逃すと何かまずいことでもあるのか、結構な形相だ。
「とにかく、このまま逃げてもらちあかないし、ちょっと軽く…」
煌めくアパタイトを胸ポケットから引き出し、一言。

「太ったっていいよ、だって大好きな君の量が増えるんだからっ!」

「……きゃああああ―――っ!!」
すぐに二重音声で聞こえる、絹を裂くような悲鳴。
「…何やった」
我が相方が呆れ顔で呟く。
「いや、ちょっと『自分が急激に太った』って幻覚をね。
 女の子には効果テキメン」
「あんた甘くねえよ」
声を絞り出しての説明に、即座にツッコミが入った。
いいなあ、まだまだ元気で。
同じ距離を走ってた筈なのに、倍以上の疲労を抱えてる気がする。
「鬼かアンタは」
「もー何でもいいよ…あの猛攻から解放されれば」
切れた息が整う前に、スタジオまで飛ぶ。
直前に視界の端に入るのは、呆然と座り込む二人の姿。
ごめんね、でも…ダイヤモンドは傷つかないだろ?

397 ◆vGygSyUEuw:2006/04/15(土) 19:01:09
終わりです。
井戸田さんに甘くねえよって言わせたかっただけw

398名無しさん:2006/04/15(土) 23:44:55
>397
文の雰囲気大輔。

399 ◆vGygSyUEuw:2006/04/19(水) 16:01:18
>>398
嬉しい…。ありがとうございます。

400名無しさん:2006/04/30(日) 21:53:37
山本軍団の話を書いたのですが、本編に沿っているのかいないのか、方向性が微妙になってしまったのでこちらに投下。

401最弱同盟 1/6:2006/04/30(日) 21:54:54
 仕事帰りの会社員で賑わい始めた居酒屋の、その一番奥の個室で、二人の男が酒を飲み交わしていた。一人はひょろりと背が高く、もう一人は黒縁の眼鏡を掛けている。
 共通するのは痩せて貧弱な体型であること、そして芸人であるということ。
 先に口を開いたのは黒縁眼鏡の方、ドランクドラゴンの鈴木だった。
「そっか、じゃあアンガールズの二人も持ってるんだ、あの石」
「はい」
 頷いたアンガールズの田中は、いつになく真剣な表情をしている。
 彼が自分の石に宿る奇妙な力に気付いたのは、つい先日のことだった。
 どうやら他の芸人たちも同じように力の宿った石を手にしているらしいこと、そしてその石を巡って争う者までいるらしいことは、たまたま耳に入ってきた情報から知ることが出来た。
 しかしそれ以上の話を聞き出そうとすることは、自らその争いに首を突っ込むことになりそうで、気が引けた。そこにタイミングよく、芸人の中でも親しい間柄である鈴木から、飲みに行こうとの誘いがあったのだ。
 もう一人、ロバートの山本もこの場にいるはずだったのだが、つい先程仕事で遅れるという内容のメールが来た。少し手持ち無沙汰になったところで、田中は思い切って鈴木に相談を持ち掛けた。
「どうすればいいんですかねー、これから。ていうか、鈴木さんはどっちなんですか?」
「どっちって……白か黒か、ってこと?」
「そうです」
 その質問に、鈴木は少し考える素振りを見せた。
「特にどっちって意識したことないんだけど……まあ、どっちかって言ったら白なんじゃねえの? 事務所の先輩に白の人が多いから、その人たちに言われて協力したりもしてるからさ」
 実際のところ、白につくか黒につくかという問題は、鈴木にしてみればどうでもいいことだった。今白側にいるのは、その方が面倒がないと考えたからであって、要は、戦いを避けられればそれでいいのだ。
「それにさー、黒なんて相当強い人じゃなきゃ無理そうじゃん。ほら、俺なんて、あいつにも反抗出来ないくらいだからさ」
「……ああ」
 “あいつ”という言葉が指しているであろう人物を頭に思い浮かべて、田中は納得する。それはつまり、もうすぐここを訪れるはずの人物のことなのだが。
 噂をすればなんとやらで、それから五分もしない内に彼は姿を現した。

402最弱同盟 2/6:2006/04/30(日) 21:56:07
「どうもお待たせしましたー」
 少しテンションの高い山本に曖昧に返事をしながら、田中は視線を彼の足元に移す。ジーンズの裾に隠れて少し見えにくいが、確かに鈴木と同じ場所にそれはあった。芸人に不思議な力を与えるパワーストーン。
「あの、山本さん――」
 彼にも同じような相談をしようとした田中の言葉を山本が遮った。
「ねえ二人ともこの後時間あるんでしょ? 折角だから、もっと静かな店で飲みましょうよ。俺、いい店教えてもらったんですよ」
「え」
 遅れて来ておいて何言ってるんだ、という思いが二人の胸中を過ぎる。しかし、それをストレートに口に出したりはしなかった。代わりに鈴木が、かなり遠回しな表現でその申し出を断ろうとする。
「あ、あのさ、山本君仕事長引いて疲れてるでしょ? 俺達も腰を落ち着けたところだしさ、このまま――」
「何言ってんすか、どうせ飲むならいい所の方が疲れ取れるに決まってるじゃないですか」
 ああやっぱり。
 三人の中で一番の年下でありながら、何故か一番の傍若無人っぷりを発揮する山本に、田中も鈴木も逆らうことが出来ないのだ。この三人組が「山本軍団」と呼ばれる所以である。
 そこでふと、何かを思いついたように鈴木が田中に視線を送る。田中も鈴木の言わんとするところをすぐに理解した。こんなことに力を使うのは気が引けるが、確かにそれが一番手っ取り早い。
 左手にこっそり握り締めた石に意識を集中しながら、右手で山本の肩をポンポンと叩く。
「まあまあまあまあ、そのいい店には今度行けばいいでしょう?」
「だーかーらー、行きたい時に行かないと意味ないんだって!」
 山本はバシッと田中の手をはたき落とした。
「……あれ?」
 おかしい、力の使い方は間違っていなかったはず……ということはまさか、自分の力は山本にすら効かないってことでは!?
 力の反動も相俟って、田中の気分は一瞬にしてどん底にまで落ちた。
「わかってくれた?」
「あー、はい」
 どうでもよくなってしまった田中は、項垂れながらそう答える。
「田中君は納得してくれましたよ。鈴木さんはどうなんですか」
 勝ち誇った様子の山本に仕方なく頷きながら、鈴木は声に出さずに「使えねー」と呟いた。

403最弱同盟 3/6:2006/04/30(日) 21:56:50
 都会の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。前を歩く山本の足取りに迷いは見えないが、あまりに人通りのない場所へ進んでいることに、田中と鈴木は不安を覚えていた。
「本当にこの道で合ってる?」
 堪り兼ねたように鈴木が訊ねたが、山本は自信満々に「合ってますよ」と答えるだけだった。
「でも、いくらなんでも人がいなさ過ぎじゃないですか?」
 先程の失敗からどうにか回復した田中も山本に問うが、
「静かな所だって言っただろ。ほら、隠れ家的な名店っていうの? そういう感じの所」
 やはり取り合ってはもらえなかった。
 実際のところ、二人が懸念しているのは店に辿り着けるかどうかということではない。この状況は、明らかに危険なのだ。石を狙われている人間にとっては。
 薄暗く、静まり返った通りの向こうから、少しずつ近付いてくる気配を感じる。ただの通行人ではあり得ない、明らかにこちらに敵意を持った気配。
 それはゆっくりと速度を上げ、3人が彼らを視認出来た時には、既に全員が全力で疾走していた。
「逃げろ!」
 誰かの号令で一斉に走り出す。しかし黒い欠片の影響か、限界を無視した速度で走り続ける集団に、三人はあっという間に追いつかれてしまう。
 どうやらこの場を乗り切るには、力を使うしかないらしい。
 そう判断した鈴木は、足首に微かに触れている石へと意識を集中する。それは少しずつ熱量を増し、鈴木の精神力を己の力へと変換していく。
 そして集団の先頭を駆ける若者の手が鈴木に触れた瞬間、彼とその周囲の空間は、重力から解放された。
 先頭の若者は、地面を踏み締められずに前のめりになり、そのままふわりと浮き上がる。鈴木が彼を後方へと軽く押すと、若者は“領域”の外へと弾き出されて尻餅を着いた。
「鈴木さーん! びっくりしたじゃないですか、力使うなら先に言ってくださいよ」
 山本の文句に、咄嗟のことだから仕方ないと思いつつも「ゴメン」と謝る。

404最弱同盟 4/6:2006/04/30(日) 21:57:34
「とりあえず、このまま逃げよう」
 鈴木は手近な電柱に手を掛けると後方へ押しやるようにした。反動で体は前方へと進む。
 田中と山本もそれに倣うことにしたが、この空間にある程度馴れている鈴木と違い、彼らの空中遊泳はかなり危なっかしい。障害物に気をつけるのは勿論、力に巻き込まれて浮かび上がった小石にも気を遣わないと怪我をする羽目になるのだ。
 それでもどうにか、走るより若干速いくらいの速度を出すことが出来た。
 追手の集団はどうやら下っ端らしく、特殊な能力は使わずに直接掴み掛かってくる。しかし無重力空間では、徒手空拳はほとんどその威力を発揮しない。前列の若者達を軽くあしらっているうちに、少しずつ黒の集団との距離は開いていく。
「このまま振り切れれば……」
 鈴木は、普段ならばほとんどかかない汗を拭い、力の源にもう一度意識を集中した。
 意識的に広げた“領域”は、その分だけ体力の消耗を早めている。限界に達するまで、持ってあと一分。力を解けばあとは自分の足で逃げるしかないのだが、力を使い果たした鈴木に、果たしてそれだけの体力が残っているのか。
 幸いなことに、集団は既に闇へ紛れる程度まで後退していた。今なら力を解いても大丈夫だろう、そう思ったその時、消耗しきったはずの集団から飛び出してくる者がいた。疲れを見せない、どころか短距離選手並の速度で、再び三人との距離を詰めてくる。
「まさかあれ、石の力なんじゃ」
 下っ端ばかりの集団だと思っていたが、中には能力者が紛れ込んでいたのだ。その若手は無重力の“領域”相手に自分の能力で戦う方法を編み出していた。
 身体能力の強化、それもかなりの下位クラスではあるが、今は彼らに追いつけるだけの脚力があればいい。そして彼の石はその目的を充分に果たした。
 彼は3人と着かず離れずの距離を保ちながら、冷静に“領域”の範囲を見極める。そしてそのぎりぎり、体にまだ重力の残る地点で、彼は思いっ切り地面を踏み切った。
 重力加速度の消えた“領域”内で、その男は前方斜め前へとそのままの速度で上昇する。その前方には、不慣れな無重力空間で不自由そうな山本がいた。
 鈴木自身を“領域”の外へ出す事は出来ない、だからこそ必死に“領域”内へ留まろうとしているはずの山本を、そこから引き摺り出そうとしたのだ。
 振り向いた山本は、慌てた様子で逃げようとする。しかし踏ん張りの利かない無重力空間では、高速で接近する物体を避けるのは難しい。男は山本の腕を掴み、“領域”の外側へ向け、強制的に加速させた。
 しかし彼のこの目論見は、思わぬ展開を呼ぶ。

405最弱同盟 5/6:2006/04/30(日) 21:58:35
「山本さん! 後ろ!」
 田中が悲鳴のような裏返った声を上げた。後方に振り向いた山本の後ろ、つまり進行方向には、電柱がひっそりと聳え立っている。田中と鈴木は咄嗟に手を伸ばすが、山本と電柱の接近速度はそれを超えていた。
 田中は思わず目を覆う。石を巡る争いによって、数少ない友人の一人が犠牲になるかもしれないことが、田中には耐えられなかった。
 しかしそこに、閉じた瞼を透かすように、光が差し込んできた。薄目を開けて見ると、淡く黄色味がかった光が山本の腕を覆っている。その腕は電柱に激突する手前で、山本の体を支えていた。
「山本君」
「山本さん……」
 田中と鈴木は揃って安堵の声を上げた。
 山本は無重力空間でためていた“重力に逆らって立つ力”を腕力として放出し、激突の衝撃を吸収したのだった。
 鈴木は小さく息を吐くと、限界の迫っていた能力を解いた。体がストンと地面に落ち、慣れ親しんだ重力の感覚が戻ってくる。
「うわ、は、離せって!」
 山本の声にそちらを向くと、黒の若手が尚も諦めずに山本に掴み掛かっていた。今こそ自分の出番と察した田中は、ポケットから自らの石を取り出し握り締める。今度こそ失敗しないよう、いつもより余計に集中して。
「まあまあ、もう諦めようよ。仲間もみんなついてきてないみたいだしさ」
 田中の言葉に、若手の男は攻撃をやめて大人しくなった。山本に全力の一撃を止められたことで、既に心が折れ掛けていたのかもしれない。しかし力がちゃんと使えたという事実に、田中は深く安堵していた。

406最弱同盟 6/6:2006/04/30(日) 21:59:11
 山本の言葉に嘘はなかったようで、その後すぐに三人は目的の店に辿り着くことが出来た。隠れ家の名に相応しく、普通ならなかなか立ち寄らないような場所にひっそりと立っている店だ。
 それぞれの席に腰を落ち着け、注文した料理と酒が運ばれてきたところで、鈴木が小言を言い始めた。
「山本君が無茶苦茶言ったせいで襲われる羽目になったんだからなー、ちょっとは反省してよ」
「いいじゃないですか、体動かした後の酒は美味いって言うでしょう」
「そういう問題じゃないだろー」
 鈴木と山本の間に不穏な空気が流れる。田中はほんの少し逡巡したが、結局石はポケットに収めたままにした。この後の展開を、田中は知っているからだ。
「まあ……確かに美味しいけどね、ここの店」
 仕方ないな、という表情で折れる鈴木。しかし、眼鏡の奥の瞳は少しだけ笑っていて、それが決して不快ではないことを示していた。
 それから三人は、共通の趣味などについて、お開きの時間が来るまで取り留めもなく話した。石についての話は誰もしようとしなかったし、田中も敢えて口に出そうとは思わなかった。
 自分達のような脇役が、白につくか黒につくかなんて、この争い全体から見れば、とても些細なことなのだろう。
 もしも自分に果たすべき役割があるとしたら、それは争いを厭うこと。戦いたくないと思い続けること。
 それはきっと、最弱の人間だけに許された特権なのだから。

407名無しさん:2006/05/01(月) 17:35:12
乙!面白かったです。
ちゃんとキャラつかんでてすごいなあ。

408名無しさん:2006/05/19(金) 23:21:56
カンニング竹山と土田の話、落とします。
設定とかちょっと微妙かもしれません。

409アンバランス 1/5:2006/05/19(金) 23:24:16
 真夜中の闇の空間に、一筋の亀裂が走っていた。
 ――目の前に現れた男について竹山は考える。
 仲間、だったはずだ。
 同じようなポジションにいて。
 同じ先輩を慕っていて。
 番組で共演した時は、二人で協力して場を盛り上げた事さえある。
 しかし今、緑色のゲートの向こうから現れた彼は。
 左手に宿る黒い光を、まるで見せつけているようで。
「……土田、さん」
 その名を呟いた声は、微かに震えている。
 対する土田は、まるでテレビ局の廊下で擦れ違ったかのような気安さで、片手を挙げて「よう」と言った。
 しかし彼の出現は偶然ではあり得ない。何故なら彼は、石の力を使ったのだから。
 竹山は挨拶を返さず、ただ、短く問う。
「どういう事……ですか」
「どういう、って?」
 土田は口角を僅かに持ち上げ、笑みを作って答える。
「理由を訊かれても困るよ。……黒だから、じゃ駄目なの?」
 竹山は息を呑む。脳裏に蘇るのは、黒の欠片に憎しみを増幅させられ、自分に襲い掛かってきた相方の姿。
 “黒”は土田まで巻き込んだのか――その思いは怒りとなり、胸元の石が熱を帯び始める。
 止めなくては、と思う。それは、彼と近しい自分の役目なのだと。

410アンバランス 2/5:2006/05/19(金) 23:25:38
 眼前に出現した炎が、夜の闇を紅く切り裂きながら土田へと飛ぶ。しかしその炎が体を焦がす前に、土田は自らの作り出したゲートの向こうへと消えた。目標を失った炎が、空間へと拡散する。
「どこやっ!」
 焦りで思わず敬語を忘れ、竹山は叫ぶ。
 答える声は、背後から聞こえた。
「――こういう何もない空間には、その力は向いてないよね」
 振り返っても土田の姿は見えない。ただ、闇の向こうから、少しずつ近付く足音がする。
「かといって狭い場所で使うのも危険だ。炎が燃え広がったりしたら、敵どころか自分まで、命を失う危険性がある」
 ゆったりとした足取りで迫る土田。僅かな石の光に照らされたその姿は、まるで闇から浮かび上がるかのように見えた。
「ルビーが本来の力を発揮するには、サファイアの補助が不可欠なんだ。でも、そのサファイアの使い手は今はいない。という事は――この状況で狙われたら、竹山君は圧倒的に不利って事だ」
 こつ、と最後の足音を響かせて、土田は竹山から三歩の距離で足を止める。
「黒に入らないかい、竹山君」
 笑みを浮かべたまま、土田は言った。そして拒絶の暇すら与えずに続ける。
「なにも竹山君一人のためにそう言ってるんじゃない。俺は、この石を巡る争いを止めるために言ってるんだ」
 訝しむ表情の竹山。しかし土田は、そうなる事を予測して台詞を用意している。
「“白”と“黒”っていう二つの勢力があって、しかもその二つは、ほぼ均衡している――だから戦いが起こってるんだ、とは思わない?」
 竹山は答えなかった。満足そうにひとつ頷いて、土田は続ける。
「ここで強力な石を持った竹山君が黒に入る。するとこのバランスは大きく黒に傾く。黒が有利と見て、白を離れて黒に入る芸人もいるだろう。そうすれば更に黒の勢力が大きくなる。同じ事が続いていけば――ほら、戦う事なく争いが収まるじゃないか」

411アンバランス 3/5:2006/05/19(金) 23:27:05
 竹山は、どこか力のない視線で土田を見詰めていた。ややあって、普段の彼らしくもない掠れた口調で呟く。
「全ての芸人が……黒に?」
「そう」
「皆、あの黒い欠片を植えつけられるって事ですか?」
「そうなるだろうね」
 土田は当然のように言い切った。あの黒い欠片がどのような影響を及ぼすか、知らないはずがないのに――その表情には、迷いも恐れも見えない。
 竹山は目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。この石を手に入れてから起こった様々な出来事――仲間だった者や敵だった者、それから何より大切な相方の事を思う。
 しばらくして竹山は顔を上げた。その視線はある決意を込めて、土田を見据えている。
「俺は……黒の力が、許せん」
 別段驚いた様子もなく、土田は視線を返す。
「中島を苦しめたあの欠片が許せん……」
 怒りに呼応して、ルビーが眩い光を放った。迷いを振り切るように握り締めた拳を、炎の熱が覆っていく。
「土田さんにそんな事言わす、黒の欠片が許せないんや!」
 竹山は地面を蹴り、拳を振り上げた。ゲートが開いてから閉じるまで、数瞬のタイムラグがある。そこに一撃を捻じ込むのは、不可能ではないはずだ。
 対する土田は――動かない。ただ、シルバーリングをはめた左の拳を、竹山の拳に合わせるように持ち上げただけだ。
 二つの拳が激突する。硬い衝撃と共に、火の粉が飛び散り空気を焦がした。
 立ち込めた熱気を、風がゆっくりと吹き散らしていく。竹山は、戸惑いの表情で土田を見ながら拳を下ろし――そして目を見開いた。

412アンバランス 4/5:2006/05/19(金) 23:28:38
「残念だけど――ルビーの力でも、浄化は無理だよ」
 土田の左手に輝くブラックオパール。その黒い光に衰えはない。
「そもそも俺は操られているんじゃない。協力してるんだ、自らの意志で」
 その言葉に同意するかのように、ブラックオパールは小さく瞬いた。それがまるで闇に潜む魔物の眼のように見えて、竹山は怯んだように一歩後退する。
 しかし土田は、竹山を追撃せずに拳を解いた。
「だから“俺の意志”で、今日の所は矛を納めておく。別に倒しに来た訳じゃないからね」
 土田は左手を、ちら、と一瞥して下ろす。その視線を追った竹山が小さく声を上げた。ブラックオパールには全く通用しなかった竹山の炎だが、生身である土田の拳には、はっきりと火傷の痕を残していた。
 敵であるはずの自分を気遣うような竹山の表情に、土田は苦笑する。 
「俺の心配はいらないよ、いざとなったら回復の能力者に頼むから。それより、自分の心配したら?」
 強すぎる己の力によって、竹山もまた火傷を負っていた。余り戦闘向きの能力ではない土田との戦いですらこうなのだ。弱点を突かれたり、不利な状況での戦いとなれば、このダメージは少なからず響く事になるだろう。
「これは警告だよ。その内黒の組織としても、本気でルビーを狙ってくるだろうからね」
 土田は個人的な理由としても、非常にルビーの力を欲しているのだけど、それは口には出さない。出来れば竹山に、自身で黒に入る事を決めて欲しいと思っているからだ。
 “土田の意志”は、今でも派閥とは関係なく、竹山を仲間だと思っている。だから、無理強いはしたくない。
「じゃあ……お大事に」
 土田は再び片手を挙げて、軽い別れの言葉を告げる。同時に土田の背後の空間が裂け、赤色のゲートが出現する。
「今度会うときは、味方になっている事を願っておくよ」 
 最後まで飄々とした笑みを崩さないまま、土田はゲートの向こう側へと去っていった。

413アンバランス 5/5:2006/05/19(金) 23:29:33
 竹山は暫くの間、呆然と土田の消えた空間を見詰めていた。信じられない、という思いが頭の中に渦巻いていて、思考がそこから先へと進まない。
 しかし一方で、全て事実なのだと認めている自分もいる。あの石を手に入れた時から、緩やかに変化してきた日常の、これが一つの到達点なのだろう。
 何もない所では無力な火種も、一度火薬庫の中に放り込めば、たちまち全てを焼き尽くす炎となる。そう――火種を落とした者すら巻き込む程の。
 浅い痛みを発し続ける右手を左手でそっと覆いながら、何かで冷やさなくてはな、と思う。
 彼の中の火種を消してくれるはずの中島は、しかし今、彼の隣にはいないのだった。

414名無しさん:2006/05/20(土) 10:10:06
乙!面白かったです。
ガンガレ竹山…。

415名無しさん:2006/05/20(土) 12:33:40
本スレに投下しても大丈夫とオモ。

416 ◆PUfWk5Q3u6:2006/05/20(土) 16:31:46
>>415
ありがとうございます。
上のも合わせて、保守ついでに投下してきます。

417 ◆tr.t4dJfuU:2006/07/02(日) 23:40:16
ある日、出演前の楽屋で俺が台本に目を通していると、
ふと、背後に座っていた庄司が話しかけてきた。

「・・・品川さん」
「ん?」
「もし俺が いなくなったらどうする?」
「そりゃもちろん、ピンの仕事が増えるかな。特に雛壇。
椅子に限りがあるなら二人より一人のほうが呼ばれやすいだろ」
「何それ。困んねぇの?」
「困るのは番組関係者。安心しろ俺がお前の分のレギュラー代わりにやってやるよ」
「お前それやりたいだけじゃん!」
「俺は一つでも多くレギュラーが欲しい!」

貪欲だなぁ、と言って庄司が笑った。
庄司が笑うと、いつだって空気は柔らかく和む。
よしウケた、と俺はほくそ笑んで満足していた。
それからすこし間があって、何かが背中にもたれかかってくる感触がした。静かに、ゆっくりと。
「・・・・庄司?」
背中合わせに、その背を預けるように寄せて来ている。後頭部に庄司の髪が触れた。
振り返ろうとしたが、身体がずれるとそのまま倒れこんできそうで、身体を動かすことが出来ない。
「おい」
少し心配になって声を掛けた。
「重い?」
「・・・・いや。すげえ気持ち悪い。何?何か言いたいことあんの?」
――お前普段こんなことしないだろ?と言う言葉は、驚きとともに飲み込んだ。
「・・・・一人でももう大丈夫・・・」
「は?」
「・・・何でもない」
嘘だ。と品川は直感的に思った。何かを隠してる。何か訴えたいことがある。
でも言いたくない。こういうとき八つ当たるより黙り込む癖が彼にはあった。
問いただしてやろうと口を開いたその時──静かな規則正しい呼吸が耳元で聞こえた
・・・寝てやがる
怒りのあまり張り倒しそうになる衝動を抑えて、ゆっくりと身体をずらし、
出来るだけ衝撃にならないよう身体を支えて、畳敷きの床の上に横にならせた。
上着を身体に掛けてやり───ふと、手が止まる。目を閉じて子供のように眠る庄司の顔色は少し悪かった。
・・・こいつこんな顔だったっけ。
前髪を少し上げて顔を見た。庄司の顔だ。剣のない、優しげな。
けれどどこか、いつもと違う、影が──その面に色濃く出ている。ぬぐいきれない違和感と共に。
──疲れてるのかな。
本番までまだ時間がある。静かにさせて30分前には起こしに来ようと、
品川は立ち上がって楽屋を出て行こうとした。
戸を開けたとき、遠くで庄司が微かに呻いたのが聞こえた。
「・・・・・・・けて・・・」
何と言ったのかは分からなかったけれど。

音もなく戸が閉められたあと、庄司は眠ったまま何かを求めるようにして手を伸ばした。
ゆっくりと広げられた手のひらの中に──赤い光を帯びた石は喰らいついたまま熱を帯びて
今一度、鈍い光を、放った。

418 ◆tr.t4dJfuU:2006/07/02(日) 23:43:40
本編の品庄の話と、このスレの>>110さんのお話を読んで触発されて書きましたー
庄司が石に取り込まれる一日前のイメージです。
本スレに落とすほどのものでないので、ここで消化させてください。

419名無しさん:2006/07/09(日) 21:34:10
間違えたこっちだ。
新しい話を書き込んでもいいでしょうか

420名無しさん:2006/07/09(日) 21:34:47
というか、上げてしまったすみません・・・・・

421名無しさん:2006/07/09(日) 22:46:50
どぞ

422名無しさん:2006/07/10(月) 22:23:26
すみませんやっぱちょっと書き直します・・・・

423名無しさん:2006/08/09(水) 12:31:21
内容が意味不明になっている番外編の小説を投下します。
インパルス板倉がメインです。一応。
人物の性格崩壊が激しい?ので、それが嫌な人は気を付けてください。
口調もよく分からないので少々おかしいかと。

ちなみにオールギャグ。

424423:2006/08/09(水) 12:32:05
【maid in Japan】



「板倉さーん」
「…何」
相方・堤下に名前を呼ばれ、不機嫌そうに答える板倉。
最近、彼は慢性的な寝不足なのだ――もちろん、“黒”のおかげで。

「不機嫌ですね」
「不機嫌だよ! 毎日毎日襲われて、しかも普段は普通の芸人…もう疲れた」
「疲れているところ悪いけど、今日は白ユニットの集会だから」
「ああ、分かってるよ…って、はあ?!」
前回の集会は、確か何もまとまらなかったはずだ。
あの時には、石の争いがここまで激しくなるなんて、誰も気づいていなかったけれど。
今回はさすがに真面目な討論になるんだろうな…と板倉が言うと、堤下はあやふやに返す。

「質問の答えはハイかイイエだろ? なんだよその『ああ…うん』ってのは」
「まあ、感じ方は人それぞれってことで」
それを聞いた板倉は疑いの眼差しで堤下を見たが、どうやら集会は嘘ではなさそうだ。
その証拠に、たった今板倉のケータイにもメールが入ったのだ。
それですっかり信用してしまったのか、カクタスが警戒するようにちかっと輝いたのには気づかなかった。

2人は普段どおりテレビに出演し――そして普段どおり黒の下っ端に襲われながらも、無事に“仕事”を終えた。

425423:2006/08/09(水) 12:32:29
「またここかよ? みんな好きだよなー、ここ」
真夜中、2時。
インパルスの2人がやってきたのは、前回も集会を開いた和食店。
「料理が美味しいんだとさ」
「今回も話し合いがまとまらないに100円賭けるわ、俺」
100円かよ。
ついツッコミを入れてしまった堤下の声は、板倉までは届かなかった。
「とりあえず潜入…って、なんで俺たちはこんなところで立ち止まっていたんだろうな」
「何が!?」

「いらっしゃいませ。板倉様と堤下様ですね?」
何時ぞやの時と同じように、明るい笑みを見せる和食店の仲居。
彼女が去ってから、板倉がぽつりと言った。
「前回の時はまだまだ平和だったのにな…」
「そうだな…今は色々な奴が“石”を手に入れてさあ…スパイとかも出てきてるみたいだし」
「このまま行くと、芸人全員が手に入れちゃうかもな、石」
「まあな…なんか嫌だな、そういうの。めんどいし」
戦いを“めんどい”の4文字で済ませてしまう相方を見て、堤下は苦笑する。
「思考が浅くて悪かったな」
「そんなんじゃなくてさあ…」
――板倉には随分助けられてるよ、俺。
その言葉は心の奥にしまっておいて、堤下は不機嫌になった相方を引っ張って奥へと向かった。

426423:2006/08/09(水) 12:32:49
襖を開けると、それはもう大騒ぎだった。
「2人とも遅いですよ」
「な…こっちはさっきまで石持ち芸人に襲われてたんだよ! お前らが豪華な料理を囲んでいる間に!」
最初に始まるのは、細身の男2人――アンガールズの山根と、板倉のケンカ。
「人にはビビりとか弱いとか散々言っておいてこのザマですか」
「なんだと! ちょっと能力の相性が悪かっただけだ!」
「まあまあ…今日の集会は、板倉さんの話が中心ですから、落ち着かないと始まりませんよ」
同じく細身の男、アンガールズの山根が止めに入る。
板倉はまだ右掌に電気を溜めながら、怪訝そうな顔で山根を見た。
「俺が中心? …どういうことだよ」
「それは私、上田晋也が説明致します」
どこから沸いて出たのか、くりいむしちゅーの上田が板倉の真後ろに立つ。
板倉は一瞬「うわっ」と言いかけたが、上田だと気づくとほっと胸を撫で下ろした。
「立ち話もいいけど、早いとこ上がれよー!」
そう言ったのはくりぃむしちゅーの有田。
インパルスの2人は「失礼します」と言いながら、座敷の上に上がった。

427423:2006/08/09(水) 12:33:08
「で、俺中心って言うのはどういう事ですかね」
料理を皿に取りながら、板倉が言った。
それを見て上田がちょっと苦い表情をする。
「今で謝るわ。ごめん」
「な、何がですか?」
寒気がとまらない。
猛烈に嫌な予感がする。
そして、その嫌な予感は現実となる。

「じゃーん! お忙しい貴方にプレゼント」
「……!」
彼は持っていた皿を手から落とした。
それもそのはず、無駄にハイテンションなアンタッチャブル山崎が持っていたのは――メイド服。
どこの馬鹿がこんなものもらって喜ぶか、としらけた顔で言う板倉だったが、むしろ逆効果。
「別に喜んでもらうためじゃないですよー。これを着てもらってお仕事をしてもらうだけです」
「…コントでもしろと?」
「そうじゃなくて…まあ簡単に言うと、これを着てスパイをやってもらおうかと」
「スパ…はあ!?」
板倉はもう一度山崎を見る。
彼が持っているのは、どこからどう考えてもメイド服。
はねトび辺りで使うような、わざとらしいもの。
「…これでスパイやったら、目立つだろ」
「大丈夫! 一応、普通のスカートとかも準備してあるから!」
「…………」
怒っている。板倉は明らかに怒っている。
それは誰もが分かった。無言の圧力を放っているし、後ろのコンセントが蒼い火花を散らしているから。
「…何故、俺なんですか」
彼は声を絞り出して、やっとそれだけ言った。
「いやー、街中でアンケートをとったら、君が一番女装が似合うって」
「あ、ちなみにその他にもいたけど、“白”だったのはただ一人――」
「もう、いいです」
板倉は諦めたようにはあ、とため息をつく。
「あー、そうそう」
上田が思い出したように言う。
「一ヶ月くらいやってもらおうと思ってるから。」

その日、街は停電のため暗闇に包まれた。

428423:2006/08/09(水) 12:33:28
その頃、ロンドンブーツ1号2号の田村 淳は、板倉の考えていることを読み取っている最中だった。
淳は「板倉のことはよく分からない」と言ったのだが、設楽に言われて強制的にやっている。
今時はネットで何でも調べられるのだと。
便利な反面、迷惑極まりない――淳は密かにそう思った。
「お、来た」
件名、“板倉俊之”。彼の考えていることが、文章となって淳に届いた。
「ええと、何々…」
淳は自身の目を疑った。

『なにが“メイド服”だよ! そんなもんプレゼントされたって、嬉しくも何とも無いわ!
 山崎、頼むからそれ仕舞え! 俺はそんな趣味ないんだって! あれはコントだ!』

そんな類の文章が、長々と綴られているメールの文面。
「め、メイド服…? 彼、そっち系じゃないよね…?」
板倉とは親しくも無いが、そっち系でないことを祈らずにはいられなかった。


この事が原因で、“黒”の人物たちは板倉を避けるようになった。
「なんか俺、やらかしたかなあ?」
「いいんじゃないの? 襲われる回数も減ったし」

――何も知らない2人は、ただ暢気だった。

429423:2006/08/09(水) 12:37:48
話が意味不明の上時間軸が謎になってしまいました。
完全番外で、歌唄い様の「午前三時のハイテンション」のかなり後という設定。

誰か約一名が翻弄される小説が書きたかっただけです。

430 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 18:59:55
ユニット進行会議スレで相談した話を投下させてください
設楽さんの過去話ですが番外編なので本編には関係しません


「なにこれは?」
 セッティングを終えていない潰れた髪を撫でた設楽は呟いた。最愛の娘の手の平には、雲掛った
濃い空のような、宇宙から見た地球のような、宝石一歩手前の石がある。聞けば、友達と遊んでい
たときに公園の砂場で見付けたとのこと。
 何か価値があるものなのかもしれない。妻に相談するために立ち上がりかけるが、娘が設楽のジ
 ーンズを引っ張った。娘は子供とは思えない大人びた無表情で言う。
「これはわたしのじゃない」
 小さな手は設楽の方へ伸びた。



 最近はテレビ出演が増えた。テレビ出演には慣れていなかったが、知っている芸人が数多くいる
せいもあって、ようやく自分達らしさを出せるようになってきた。日村という存在をいかに世の中
に知らせるかを根拠として活動している設楽にとっては有り難い話だ。
 バナナマン単独の楽屋で設楽は腕を組む。四畳半の小さな楽屋はトイレでじっと考えているとき
と同じような安心感がある。厚めの唇を小さく突き出した後、ポケットにいれたままだった石を取
り出した。
 娘からのプレゼントということになるのだろうか。そういった暖かい雰囲気は無かったが、とに
かく託された側としては捨てるわけにもいかない。一応調べてみたところ、ソーダライトというパ
ワーストーンではないか、という過程に行き着くことが出来た。しかしそれだけで、結局は一番に
信頼している日村に相談してみよう、そういう結論に至る。

431 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:00:38
 ピンで仕事をしている日村を待つ。戯れに石を空中に浮かばせてからキャッチする動作を繰り返す。
数分経ってから急にドアが開き、驚いた設楽の手もとが狂った。石が畳の上に転がる。
「お疲れ、日村さん」
 相手が発言するより早く設楽が口を開いた。日村は戯けた表情で首を振ってから、設楽と同じよ
うに脱力しきった体勢で座りこもうとした。不幸にも転がった石の上で、痛みを感じた日村が大げ
さに尻を抑えて飛び上がる。設楽はただ笑う。
「設楽さん、またそういうこと……を」
 楽しそうに咎める日村の表情は一転し、言葉は途切れた。痛みの原因である石を見て固まってし
まっている。元より人の変化を悟りやすい設楽は、その明らかな異常をすかさず感じとった。そし
て軽く尋ねる。
「どしたの?」
 こうすれば全てを教えてくれる。今まで過ごしてきた中で知った法則だった。バナナマンの中で
強いのは設楽であり、日村に嘘は付けないからだ。
「いや、あの、この石どうしたの?」
 案の定日村の口調は途切れ途切れで、冷静になろうとしているのが明らかだった。設楽は太い眉
を一瞬だけ寄せてから朝にあった娘との出来事を話す。
「……で、どうしようかっていう話なんだけど」
 畳に転がったままだった石を一瞥した。黙って聞いていた日村が石を拾い上げる。何かを確かめ
るように凝視してから意見を述べた。
「売っちゃえば?」

432 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:01:26
 日村にしては珍しい否定的な意見。設楽の警戒心は更に強くなる。さすがの日村もそれを悟った
が、焦れば焦るほどに支離滅裂な意見が増える。娘に返せ、砂場に埋め直せ、強度を確かめるため
にトンカチで叩いてみろ、話題が変わってしまった。
 設楽は状況を一転させるための決定的な言葉を探す。勝手に捲し立てる日村の意見は念仏のよう
に聞き流して考え事に浸る。第一声を発するために口を開いた瞬間、青くて深い光が目の前に広がっ
た間隔があった。
 何を隠してるの?
 外側には発せられなかった言葉のはずが伝わる。日村の思考の中に入ったような、周りが全て黒
い空気に満たされたような、説得だけの空間がそこにはあった。急な変化に対応出来なかった設楽
は息を飲む。日村の手から、記憶に新しい色の光がもれているのが分かった。
「設楽さん」
 設楽以上に驚いた日村が弱い声色で名前を呼ぶ。それはひどく辛そうな顔で、何かを悟っている
ようだった。話を続けなければならない、意を決した設楽は次の言葉を探す。
「バナナマンさん、出番です」
 違う方向から第三者の声がした。ハッとした設楽が声を追えば出演番組のADが息を切らしてい
た。しめた、と言わんばかりに目線を変えた日村はADに対して真面目過ぎる返答をした後に設楽
を促す。そんなことに構っている暇はない、そんな意味が込められている。
 設楽はというと、ただ混在した疑問を整理するため考え込んでいた。先程の空間はイメージだけ
であったとしても、なぜそのようなイメージを一瞬にして作り出したのか。そして言葉を言ってい
ないにも関わらず日村に疑問が伝わった理由は。急に輝いた濃い青の光は何だったのか。恐らく答
えは全て日村が知っているのだろう。仕事が終わったらすぐにでも問いたださなければならない。

433 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:01:58
 日村と並んで撮影場所に向かう。日村は石とは関係ない話題を次々に提供してくる。適当に対応
して笑いつつも歩き続ける。
 仕事自体はとても楽しかった。共演者におぎやはぎがいるからかもしれない。和気あいあいと撮
影は進んだおかげで早く終了した。与えられた予想外の空き時間は疑問を追求するには十分過ぎる
長さだ。
 少し用がある、と無理やりな口実を作って消えた日村を待つために楽屋に座り込んでいた。石は
日村に持たせているままなので観察出来ない。
 壁にもたれているうちに楽屋のドアが開く。上半身に力を入れて話をする体勢に入った、が、そ
こにいたのは日村だけではなく。
「矢作さん?」
 少々疲れ気味の矢作が軽く笑っていた。歯が零れる癖は相変わらずだが、少しだけ様子が違って
いる。罪悪感を隠しているのが分かる。
「どうしたの?」
 設楽がいつかと同じ疑問符を投げかけるが答えは無かった。矢作は日村と目線を合わせ、小さく
頷いてから、何かを握っている右手を前に出し、下手な関西弁で言う。
「石のことなんて、どうでもよくなるんやー!」
 何かが光った気がしたが、対したことではないのだろう。重力に逆らった髪をいじってから仕事
について考えた。余計なことを考えている暇はない、明日は確かネタ見せ番組がある。
「日村さん、明日のことなんだけど」
 急な話題変換のせいで目の前の二人は面食らってしまっていた。数秒してからため息をついた日
村が笑いながら設楽の話に乗ってくる。送れて矢作もちょっかいを出してきた。設楽は笑いながら
咎める。頭の混乱が無くなったせいか話は軽く進んでいく。

434 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:02:54
 設楽がポケットに手を入れた。小銭を確認するためだったのだが、先程まであった存在が消えて
いることにも気づいた。そして一連の流れを思いだす。
「あ、日村さん、石返してよ」
 一瞬だけ空気が止まった。気づかなかった設楽は言葉を続けた。
「一応持ってないとさ」
 娘から貰ったものだ、無くしたといったら泣かれてしまうかもしれない。続けなくとも日村なら
悟ってくれるはずだ。予想通り、少しためらったようだったが、石は設楽のポケットに戻った。小
銭と一緒に小さな音を作っていた。



 仕事も仕事の後の付き合いも終えて帰宅する。既に深夜になってしまっていたので娘は寝ている
はずだったのだが、夜更かしをしているので叱って欲しいという妻の願いが待ちかまえていた。
 疲れてはいたが親としての義務だ。テレビに齧り付く娘の横に座る。
 娘はすぐに体の向きを変えた。奇妙な素直さだった。女の子の考えることは分からないなあ、設
楽は脳内でぼやく。
 素直なのは最初だけだった。相手が不貞腐れているせいで中々話は終わらない。さすがは自分の
娘というべきか、幼いにしても受け流すのが上手くて説得する糸口が見つからないのだ。
 大人相手の状況にシフトするために思考をまとめた。ポケットの辺りが暖かくなった気がした。
娘と視線を合わせれば二人だけの空間が広がったような感覚がある。
「いいか?」
「うん」

435 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:03:20
子どもは早く寝なきゃいけないんだ」
「うん」
「もうちょっと大きくなったら嫌でも眠れなくなるから」
「うん」
「そのときまで、待とうよ」
 返事は無くなり頷くだけになった。空間が流れ落ちていつもの家が戻ってくる。設楽だけが辺り
を見回し、娘は囚われた目をこすった。眠たいのだろう。
 ふらふら歩く娘が夜の夢に消えるまえに振り返った。大人にしては幼い驚き顔でいた設楽は表情
を正した。娘は呟く。
「石は?」
「ん、ああ、ここにあるよ。ほら」
「たいせつにしないといけないんだよ」
「……え?」
「そんな気がするの」
 立ち尽くす設楽を放って娘は消えていく。家事を終えた妻が設楽のいる部屋に入ってくる。我を
取り戻した設楽は石をポケットに入れ直した。どうでもいい存在ではあったが、ひょっとしたら何
かあるのかもしれない。はぐらかされたから日村以外の誰かに尋ねてみようか、小さく頭に留めた。



 前日に入念な打ち合わせをしたおかげでネタ番組は上手く行った。打ち上げの準備があるらしく
暇が出来る。日村は不在だ、ぶらつくついでに誰かに石について尋ねることにした。

436 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:03:44
 廊下は遠くまで続いていて不気味なくらいに人がいなかった。普段ならスタッフが飛び回ってい
るはずなのに足音すらない。
 壁に貼られたポスターを眺めながら進んだ。何か他のことに集中したかったからかもしれない。
プロが作ったポスターは様々な個性に満ちており、見知った芸人の冠番組のポスターもあった。嫉
妬するでもなく喜ぶ。
 誰かと肩がぶつかった。ふらついた設楽は宜しくない目つきで相手を確かめた。年下に見える相
手はひどく疲れた顔をしていて、設楽と数秒間目を合わせてから思いついたように指を鳴らした。
「打ち上げの準備終わったらしいっすよ」
 どうやらスタッフか誰かだったらしい。そうですか、小さく設楽が呟く前に相手が遮った。
「でもその前に何かあるって……ついてきて貰えますか?」
 駄目だしかもしれない。少し調子に乗りすぎたか。気まずそうに頭を撫でる設楽は素直に応じる。
人のいない廊下を互いに無言で進んだ、空気に喉を詰まらせないため、設楽はまたポスターを見続
けた。
 イラストが途切れる。いつの間にか来たことがない場所にいた。サプライズ企画があるのかも、
気楽に捕らえようにもおかしな雰囲気がある。
 第六感が逃げろと告げた。ドッキリとかとは違う冷たさが根拠だった。歩を止めて様子を伺えば
相手が振り返り柔和な表情で微笑んでくる。
 設楽が一歩後ろに下がった。何も考えない逃走本能だったが仇になる。相手が何かを察して手を
伸ばしてきたのだ。逃げるために振り返ったが仲間と思われる男がいる。廊下は一本道だ、部屋に
逃げ込もうにも左右に扉はない。

437 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:04:09
 あっと言う間に捕まって口を抑えられた。全力で振りきろうにも一対二では答えは見えていた。
数秒間身動きが出来なくなったかと思うと、首の後ろに容赦ない衝撃が走る。気は失わなかった
ものの目眩で抵抗出来なくなってしまう。
 ぐったりと項垂れて引きずられるままにされた先は使われていないスタジオだった。埃にまみれ
たカメラが様子を伺っている。
 二人組が設楽を投げつけるようにした。背中を壁に打ちつけ大きな咳が出て、荒い呼吸で訳も分
からず二人を見上げた。最初の一人が眉を寄せる。
「もう分かるでしょう?」
 悟らせるような口調。設楽には何も分からない。もう一人が吐き捨てる。
「知らないふりは無しですよ」
 本当に知らないのに答えられるはずもない。困惑を浮かべたが済みそうになかった。鳩尾を蹴飛
ばされて息が止まる。最初の一人が手を伸ばした。
「石をください」
 ソーダライトのことだろうか。ポケットから取り出す。
「やっぱり分かってるじゃないですか」
 正解のようだ。石を渡せば全てが終わるのだろう。どうでもいい存在だからあっさり渡していい
はずなのにためらった。娘の言葉が頭に響く。
「早くしてください」
 急かされても右手を開かなかった。内蔵が痛かったが無理やり立ち上がって相手を殴りつけた。
力は入らず形勢は逆転しない。立っているだけでも何かを吐き出しそうだ。

438 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:04:29
 逆上した相手の手の平から光が零れる。悪いことの予兆であることは既に学習している。しかし
一歩下がる力もなかった、相手が一人ならば何とかなったのかもしれない。光が宙に舞う。
「あどでー、ぼぐでー」
 場に適わない物真似が聞こえた。光のきらめきすら静止する。
「パパみだいだ力士になりだいど!」
 思わず苦笑した設楽の横から見知った姿が出現した。猪突猛進と呼ぶにふさわしい姿であったが、
瞬きした後には光を止めていた相手を投げ飛ばしていた。ひどく滑稽だが設楽にとってはヒーロー
である。艶々の髪を揺らして日村は振り返る。
 ヒーロー見参の言葉は無かった。忘れられていたもう一人が何かを振りかぶっていた。設楽は無
心で立ち上がる。
 庇うはずの手は宙を切った。重い衝撃音が暗い部屋に響いた。日村の体がゆっくり落ちていく、
設楽は何もせずに立ち尽くす。
 人が倒れる音。嫌な音。うつ伏せに倒れた体は動かない。加害者は青ざめた顔をしていた。観察
出来たのは頭がやたらと冷たくなっているからだった。異様な目線で相手を貫く、手にしていた石
が部屋全体を青黒く照らす。設楽は視線の合わない目で口を開く。
 どうして?
 言葉にはならなかったが、いつかと同じように相手には伝わっているようだった。相手は怯えて
いる。設楽は機械よりも正しく続ける。
 俺達は何もしてないだろ?
「石が必要だったんです、俺は悪くない!」
 相手が捲し立てるようになった。設楽は自分のすべきことを悟った。相手を説得しなければなら
ない。

439 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:05:02
 石って何?
「芸人が持ってる石です、それを持っていればその人しかない力を持つことが出来る」
 それだけのために俺らを襲ったんだ。
「集めなきゃいけないんです。これがあれば仕事が増えるかもしれない、有名になれるかもしれない」
 相手が頭を抱えた。怯えきった目は設楽から逸らされなかった。設楽自身も相手から目を逸らさ
なかった。話をしているときは目を合わせなければならない。
「俺は悪くないんです! もう解放してください! 早く!」
 懇願する相手に対して無表情を返した。そして呟く。
「償ってからね」
 小さな間が空いた。相手は脱力し、立っているのがやっとになった。設楽はまた意志だけを飛ばす。
 そっちは石で何が出来るの?
「手の平で触ったものを数秒間止めることが出来ます」
 なら胸に手を当てなよ。
「え?」
 心臓の動きを止めればいい。
「そんな、嫌だ、死にたくない!」
 数秒なら死なない。それにほら、償う必要があるんだから。日村さんを見てみなよ。
「俺じゃない。俺がやったんじゃない」
 でも協力した。
「確かに相方だけど、違う」
 相方のやったことは償わないと。

440 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:05:28
「つぐなう」
 出来ないなら、日村さんを直せよ。
「……うわぁー!」
 相手が胸に手を翳した。石の光りが漏れて時間の流れが止まり、青黒い空間の中で相手は前のめ
りに倒れた。先程と同じだが小さい音が響く。設楽はソーダライトの光も忘れて日村の元に進む。
立てなかったので這うようにした。
「日村さん」
 倒れてはいるが肩は上下している。だが頭を叩かれたのだ、安心は出来ない。助けを呼ぼうにも
歩く力がなく叫ぶしかなかった。肺が痛いから大音量は望めないにしても。
「もう助けは呼んである」
 知った声だった。正体を探すために辺りを見渡しても姿はなかった。しかし近くにいるのは分か
る、大道具の影に潜んでいるのだろうか。
 彼がそこにいる理由が分からなかった。ここはテレビ局だ、彼はテレビ出演を断り続けている。
ここは使われていないスタジオだ、ただの芸人である彼がここを知っているわけがない。答えは
相手が述べた。
「俺がやったんだ」
 設楽が理解する前に相手の話が始まる。
「俺は最悪の事態を回避するシナリオを書くことが出来る。バナナマンのシナリオを書いた、そう
したらこうするしか方法がなかった」
 紙を捲るような音がする。コントのような声色であるせいか、台本のイメージが浮かぶ。
「でも最良の方法ではない、だから許してくれなくてもいい。本当はもっと残酷だったから」
 息継ぎの間が空く。
「本当は日村さんがその人達みたいにならないといけなかったから」
 設楽は倒れている二人組を見渡し、最後に日村を凝視した。驚くくらいに冷静な頭で考えて言葉
を探した。石が未だに光っているせいかもしれない。

441 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:05:50
「俺が元凶ってこと?」
 相手は答えない。肯定の無言として捕らえてから独り言をこぼした。
「アドリブすればいいじゃん」
 普段の設楽なら考えないことをすればいい。すぐに答えは出た。この面倒くさいことに積極的に
関わればいい。全ての石を操ってしまえばいいのだ。
「俺は一番偉い人になる」
「偉い人?」
「小林くんも協力してくれるよね」
 ソーダライトが光る。
「お互いを守るために」
 また答えがない。肯定しているのだろう、設楽は小さく笑い、しなければいけないことを探して
二つ見付けた。まずは日村の肩を揺り、開いた弱々しい目と視線を合わせた。
「日村さん、今日あったことは忘れよう」
 弱っているせいか反応は小さいが拒絶しているようだった。設楽は意識を集中させて石の力を強
めた。後の大仕事のために力を残すためだった。
「そのほうがいーよヒムケン」
 日村が目を見開く。酷く悲しそうな顔をして、しかし小さく頷き、ゆっくり目を閉じた。残る仕
事を終えるために声を張り上げる。どこかに隠れているシナリオライターに問いかけるためだ。
「人が来るのは何分後?」
「……約五分です」
「わかった」

442 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:06:56
 相手が敬語である訳は聞かない。設楽には説得するべき相手が残っている、構っている暇はない
のだ。これ以上ない位に集中し、すでに慣れてしまった暗い感覚を得た。目の前に相手はいない。
説得すべきは自分自身。
 やろうとしていることは血を洗うようなものだ、そうしなければシナリオ通りになってしまう。
先陣を切って行動することは自らの身を危険にさらすことになる、けれどシナリオを打破しなけれ
ばいけない。争いに巻き込まれたら日村も危険だ、かといって行動しなければ最悪の事態が待って
いる。目的を遂げたあとが見えない、目的を遂げた後に確かめればいい。仲の良い芸人を手にかけ
ることになるかもしれない、こちらが正しいことをしていると証明すればいい。自分自身は納得し
ているのか、自分自身が納得しなければならない。多少は強引な手を使っても、シナリオから逃れ
なければならない。
 意識が遠くなる。身体的にも精神的にもぼろぼろになった設楽の体は座っているにも関わらずふ
らつく。やがて日村の横に倒れ込んだ。遅れて襲ってきた吐き気のせいでなかなか意識を手放せな
かった。嫌に規則正しい、誰かの足音が近づいてくる。
「ごめん」
 聞き取れはしなかった。



 目を醒ませば白い天井がある。寝ているのはごつごつした床ではなく柔らかいベッド。鼻に付く
臭いから病院だと理解した。ふと辺りを見渡せば泣きそうな妻と。
 駆け寄ってきた娘が設楽に飛びつく。蹴られた辺りが酷く痛かったが我慢した。しかし衝撃のせ
いで持っていた何かを落としてしまう。白い床に、嵐の前の雨雲のような、大気汚染で汚れた地球
のような、青黒い石が転がった。拾い上げた娘は悲しそうに問う。
「石、こわれちゃったの?」
 設楽は口もとだけで微笑んで、娘の頭に手を置いた。

End.

443 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/20(日) 19:11:35
以上です、読んでくださった方有り難うございました。

444名無しさん:2006/08/20(日) 22:03:58
乙!一気に読んじゃった。
うまい言葉が出てこないが、設楽、悲しいな。
小林は、設楽が腹を括ったと悟った瞬間から彼に従うと決めたんだな。
それまでの小林はどうだったんだろう。
自分の能力を面白がってたのかな。

445 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/21(月) 11:53:24
>>444
感想ありがとうございます
本当は小林視点の話も書くつもりだったので固まってはいるのですが
番外編なので読み手が混乱すると思ってやめました

ところで実際、この二人は敬語が普通なのでしょうか
本編では小林のみ敬語のようなので

446名無しさん:2006/08/21(月) 20:04:49
>>445
ラーの方がバナナより芸暦が下なので、確かほとんど敬語だったような

447 ◆2dC8hbcvNA:2006/08/21(月) 20:27:39
>>446
把握しました、感謝します
ということは上の話はおかしいですね。勉強不足で申しわけない

名無しに戻ります

448名無しさん:2006/08/21(月) 23:43:37
うーんおもしろかった。
番外とはいえやっぱ単なる悪者じゃないんだねぇ
設楽は頭よさそうなキャラなのに、何で黒やってんのかなぁとか思ってたけど納得です。
能力とか精神力とかメチャクチャ強い(強杉w)けど、何か悲しい奴ですね。
日村とか白ガンバって感じでした。
良い話ありがとう。乙です。

449名無しさん:2006/08/29(火) 13:37:48
乙です!GJです!
話に引き込まれました。

450名無しさん:2006/08/29(火) 23:37:48
乙!よかったです。個人的にこれは本スレでもみたいw
小林視点もあるってことだから
設楽と小林のお互いの考えを比べあわせてみてみたいな。
機会があればお願いします。

451名無しさん:2006/12/08(金) 03:06:20















―― SONY TIMER


「…うわっ。」
それは、11月の初めの事。
暖房なのか、人が集まった事による熱気なのかはわからないけれど、それなりに過ごしやすい室温に
保たれていた建物から一歩外に出るなり、身体を包み込んでくる季節相応の冷たい空気に
彼らは揃ってぶるりと身を震わせた。

3連休の最終日の、しかも夕方にも関わらず。建物…ラフォーレ原宿の周辺は流行のファッションに身を包んだ
多くの若者達でにぎわっていて。
そんな中で30代の半ばという彼らの姿は、表参道を職場とするビジネスマンのようなスーツ姿でもない事も
手伝って、多少違和感もあるかも知れないけれど。
それぞれ程度の差こそあれ、安堵の色を浮かべた彼らにはそんな事など気にならないようだった。
何せ、彼らはこの建物の最上階のホールで今もなお行われているM-1グランプリの2回戦を戦い終えたばかりなのだから。

「しっかし、まぁ、ねぇ。どうなる事かと思いましたよ。」
一緒に、というよりも行き先が同じだから仕方なく、といった案配で原宿駅の方へ歩き出しながら、
焦げ茶めいた茶髪の方の男が傍らの黒髪の男へと話しかける。
「ネタはちょこっと被るし誰かさんは台詞トチるし。」
『さべけ』って何なんですか…ま、ウケてたんで結果オーライですけど。
本来なら『叫べ』と言うべき箇所で発せられた謎の単語を持ち出して、からかうような弾む口調で告げる
茶髪の男に対し、黒髪の男の表情は自然と憮然とした物になる。
「…言っとくけど、お前だって、細かいトコ、色々アレだったからね。」
辛うじてそう言い返す黒髪の男の子供っぽい対抗意識に、茶髪の男は軽やかに笑ってみせて。
「ここからが正念場ですからね…去年みたいに噛み噛みにならへんよう、次はお願いしますよ。」
まだエントリーされた全組のネタが終わっていないため、結果はわからないけれど。
間違いなく3回戦には進めただろう、という確信が故にそう言葉を紡ぎ、手のひらで黒髪の男の背をぽむぽむと叩く。

そういえば去年の3回戦のネタ中で、緊張のあまりに台詞を噛み倒した末に、自ら緊張していると
自己申告した事もあっただろうか。
忘れようとしていた記憶が無理矢理引き出され、更に不機嫌そうな表情になる黒髪の男の背中で。
茶髪の男の手と、その手首に揺れるブレスレットにあしらわれた石が、パッと淡い緑色の光を放った。

452名無しさん:2006/12/08(金) 03:07:19
















「………っ!?」
光は茶髪の男の手のひらから黒髪の男の背中に伝わり、波紋が広がっては収縮していくかのように
瞬時に彼の全身を走ると、元の茶髪の男の手のひらへと戻っていく。
周囲には多くの人が行き来していたけれど、一瞬の出来事だったからか、それともまだ日が出ていて
明るいために緑色の光が目立たなかったからか、特にこの現象について驚かれたりされる事はなかったけども。
誰よりもまず茶髪の男自身が驚いたようで、元々大粒の目を一層丸く見開いた。

もっとも、緑色の発光に関しては、実は普段から見慣れている物だったために彼としても驚く事ではない。
ただ、光の発生源である彼のブレスレットの石……持ち主の意思に応じて不思議な力を発揮する石が
彼の意図しないタイミングで勝手に光った事。
もう一つ、彼の手のひらに黒髪の男の身体を駆けめぐった緑色の光が戻ってきた直後に、
ピリッという痺れを指先に感じた事。

……何なんだ、一体。
そう茶髪の男が内心で呟くのと同時に、軽く痺れを感じた指先から鈍い痛みが襲い来て。
頭をどこかにぶつけでもしたかのような衝撃に思わず息が詰まり、男はその場に立ち止まった。

「くっ……。」
不思議な力を持つ石は、それぞれの力を発揮する事に何かしらの代償をもたらす物であるが、
彼の持つ石の場合は、触れて緑の光を走らせた相手に自分の出す指示…願いに従うよう促す事が出来る力に対して
その代償は、指示の実行の妨げになる相手の疲労や傷の痛みを指示の難易度に応じて引き受けてしまう事。
それを考えれば、光が発されて茶髪の男が痛みに襲われるのは、一連の正しい流れかも知れないけども。
これだけ露骨な痛みは、石を持つ者同士の戦いで傷ついた相手に、起きあがるよう促した時のそれに等しくて。
「一体…何やったんやろ。緊張が解けて誤作動してもーたンやろか。」
何とか痛みのピークを耐え抜き、男はぼそりと呟きを漏らす。
今はM-1という戦いの最中にあるけども、それは痛みとは無縁の戦いの筈で。
そして彼が相手に投げかけた言葉に指示にあたる言葉があったとしても、それは重い代償に値するほど
難しい内容ではなかった筈。

「……………。」
幾つか脳裏に浮かぶ疑問を投げかけたくとも、先を歩く黒髪の男の背中はいつの間にか人混みに紛れて
どこにも見つけられなくなっていて。
とはいえ完全に引ききらない痛みのせいでわざわざ捜そうという意欲も起こらず、茶髪の男ははぁ…とため息をついた。


後でそれとなく聞いてみればいいか。
結果、そんな結論に辿り着いてふらふらと再び歩き出す茶髪の男の手首では。
ブレスレットにあしらわれた石が、どこか悲鳴にも似た光の瞬きを繰り返していた。
それはまだ、11月の初めの事。

453名無しさん:2006/12/08(金) 16:25:07
乙です。

454名無しさん:2006/12/08(金) 23:07:24
乙です。
これはもしや…

455名無しさん:2006/12/08(金) 23:36:25
お〜、新作乙です!タイムリーで意味深っぽいタイトルが良い。

456名無しさん:2006/12/09(土) 16:05:26
乙です。

457451-452:2006/12/09(土) 18:02:36
>>453-456
レスありがとうございます。

お察しの通りの彼らで、石の力は能力スレの方の物を使わせていただきました。
改めて見返してみると文章が所々変ですね;
すみません。ありがとうございました。

458名無しさん:2007/01/29(月) 00:57:11
「ぐぅっ!」
普段は非力なくせに、みぞおちにくらった蹴りが想像以上に重い。
その勢いで壁に叩きつけられるなんて本来なら絶対にありえない。
「はははっ!いつまで抵抗続けるん?さっさと石渡したら楽になれるで」
蹴りをくらわせた張本人、その長身を白の上下に身を包んだ俺の相方は
泣き出しそうな顔をして笑っている。

知っとるよ、それが本来のお前やないって事を
俺がガキみたいな好奇心で白と黒の戦いに首を突っ込んで
その結果お前が黒い欠片に飲み込まれてしまった。
ならばいっそ黒に入ろうかとも思ったけれど
それは永遠に黒の欠片に相方が囚われ続ける事になる。
ただでさえ虚弱なくせに黒い欠片はその体をさらに蝕んでいくだろう…最悪の場合は死。

「石田ぁぁぁっ!!」
握り締める石が熱くなって黄色い光を放つ。
「今すぐ助けたるから待っとけよ!」
石田の手の中にある白い石がひどくくすんでいたはずなのに
放つ光が本来の色を取り戻そうとしている。
あいつも戦ってるんや。
俺相手やなく自分の中で…
全部俺のせいだから、そういう風に言う事はおこがましいのかもしれないけれど
ピンチの時にやってくるのがヒーローやから
窮地の時ほど力を発揮するのがヒーローやから
「正義の味方、ここに参上」

能力スレ532です。
こんな感じでノンスタ編を考えてました。
時間があればもっときちんとした物を書き上げたいです。

459名無しさん:2007/02/10(土) 03:42:49
遅ればせながら ◆2dC8hbcvNA様、ぜひとも430−442の話は本スレに投下していただきたいです。
名無しに戻られるのはもったいない。
もうすでに、私の中では設楽の過去はこれがデフォになってしまった。
ぜひとも小林視点の方ともあわせて、投下願います。是非に。

460名無しさん:2007/04/07(土) 06:45:30
ノンスタイル話投下であります。>>458氏の作品と思いっきり矛盾しますが……。


 井上、が黒い存在に立っていると、本人自身からの砂のような呆気ないカミングアウトによって知った。スーツの色と同じような色だからという考えなしの理由からだというが、もっともそれは強がりで、芸人間でまことしやかに噂される黒い欠片の汚染、と依存からくるなしくずしさなのかもしれないが。大事そうにまごまごと攫んでいた黄色い石も、その彼の源なるものらしい。「力を見せて」と石田は言ったが、井上に飛び跳ねられて終わりだった。
 それを聞いた昨日、何か引き寄せられるように石田もへんな石を拾ってしまった。つまりが、争いは石田をも巻き込むつもりらしい。
「……このこと考えるのやめよ」
 石田は一言つぶやいて、思考をバラバラと薄いプラに分解させ停止させた。いつ起こるとも知れぬ争いよりも、目先の仕事だ。今日は共々東京へ来ており、井上ももうすぐこの楽屋に到着するはずだ。石田は最近買ってバッグに常駐させている文庫本を探り、栞を抜き取ったページから読み始めた。
「……あれ? このページ読んだ、っけ……? 読んでないっけ……」
 初読なので如何とも言いがたい。石田はおとなしくそのページから、黙々と字面を見つめ始めた。

「イッシダー」
「うわぁ!」
 本を少し読み始めて突然背後から声がし、それがすぐに井上のものだとは理解したが、反射的な声は止まらずこれほどの反応を見越していなかった井上の肩が跳ねた。
「びっくりしたー!」
「う、うわー、何なん、俺のほうがびっくりしてんけど」
 後ろでびくつく井上。
「なんでやねん」
「お前が大声出すから……」
 彼にとっては軽い嫌がらせだったらしい。思った以上におびえた反応をする井上に、石田がつぶやきのつもりの感嘆を吐き出した。
「物音立てんかったり昨日は飛び跳ねたり、天使みたいやなー! お前」
「……へんな喩え」
 一瞬井上の表情がくすぶった、ような気がした。石田はそれに気づきながら、何か気分が悪いことを言ったのかだとか、何か気に入らない行動があったのかとかを思索していた。
ええい、直接聞くほうが。
「……どうしたん?」
「なんでもないけど、そんなこと聞く石田のほうがどうしたん?」
 黙りこむ石田。続く少しの沈黙。
「あはは、石田くん」
 井上が微笑んだ。
 覇気のない発音と緩い笑顔を発した本人は目の前に在る。
 彼が黒い立場に存在すると知った所で、石田にとっての井上は警戒すべき人物でもあるが、それでも今暢気の極みを向け語り返る井上のすべてを、全て否定することはできなかったのだ。
 井上――彼は問いかけを繰り返す。それは世界の無邪気を孕んだように、それはすべての情愛をもってしているような。未だ邪気を見せない微笑、黒い欠片よりも、一四年の情愛が勝つと信じて。
 ああ、考えないつもりだったのに。そう思いながら石田は、力んで発声した。
「井う……」
 そしてそれは遮られた。それは遮られた。
 それは遮られた。
「石ちょおだい」
 声全て発する前に、先ほどと一ミリも狂わない無邪気な声で封じられた。それは石田にとって今一番恐ろしい言葉を伴って。思えば天使のようと石田自身が比ゆしたそれも、伏線だったのか、この状況となっては井上本人に聞けることでもないが、それよりも暫く時間が止まって欲しい。……真面目な判断力が追いつかない。
 その願いかなわず、判断するまもなく紛れもなく突きつけられた真実……井上から石田への敵意……に、ただ井上のむき出しの敵意に、今現在もその幼馴染を敵として見つめられないまま、石田は心身ともに静かに後ずさるしか術はなかった。
 ――背中をくすぐられるような寒気がしたのは身体の調子のせいであって欲しい。

461名無しさん:2007/04/07(土) 06:46:07
すみません、sage忘れてた……

462名無しさん:2007/04/16(月) 23:35:28
<<460おお、けっこう良いと思います!

463名無しさん:2007/06/16(土) 09:16:08
age

464添削スレ561:2007/08/22(水) 02:29:21
添削スレ561からの続き。
まだ麒麟を使用中の書き手さんがいるのと、今の状況で本編として続けていいものか微妙だったので、これは番外編乃至パラレルとして受け取っていただければ幸いです。

黒の上層部が関わってくるので、そりゃ困るという方、不快に思った方はコメください。

465名無しさん:2007/08/22(水) 02:32:50
添削スレ>561から続いております。


朝からの局での打ち合わせが終わり、やれやれと首を回す。正面口の自動ドアを抜けて携帯電話の画面を見るともう18時を過ぎたころだった。
隣りにいたタクシー好きの相方は、局を出るなり片手を上げて、滑るように入ってきた緑の車両にさっさと乗り込んでいった。
ほんまにタクシー好きやな…控える気ないんか、と少し呆れていると、タクシーの窓が空いて茶色い顔がこっちを見ていた。
「駅までやろ、川島も乗ってけば」
「いや、俺はいい」
「なんやねん、せっかく奢ったろうと思った…っておーい」
ぶつぶつ呟く田村を無視して、俺はさっさと歩き出していた。
この時間にもなると、昼のようなキツい暑さはなく、多少は涼しい風が吹いている。歩いて駅まで行くぐらいなら、きっとちょうどいい気温だろう。
そんなことをぼんやり考えていた俺の横を、田村を乗せたタクシーが通り抜けていった。
すれ違う瞬間、ちらりと田村と目が合う。「お先に」とでも言わん許りに、にやにやとした表情。
このスティックパンめ、と遠ざかっていく車に憎々しげに呟いた。涼しい車内で寛いでるだろうその相手に届くはずのないことを知りながら。

466名無しさん:2007/08/22(水) 02:33:43
沈みかけた太陽が作り出す長い影が足下に広がっている。
タクシーが見えなくなって、やっと歩きだそうとした。しかし自分の足が、自分自身の影の上にあることに気付き、少しだけ動きを止める。
石は光ってはおらず、力が発動してるわけがないのだから、何の問題もない。だが、いつも気になってしまう。
自分の影をぐりぐりと踏み付ける。痛くともなんともない。

そうしていると、小さい頃によく「影踏み鬼」をやったのを思い出した。
タッチすることで鬼がかわる鬼ごっことは違って、影を踏んで相手を捕まえる遊び。
…今やったら、影踏んだ瞬間に影の中にめり込んでしまうかもしれんなぁ。
我ながら馬鹿な考えだと思う。ちょっとだけ笑って、ここが人通りの多い道だったことを思い出して、慌てて口を結んだ。

日はもうすぐ沈もうとしている。
影は長く長く伸び、何も言わずに着いてきていた。

467名無しさん:2007/08/22(水) 02:34:38
すいませんsage忘れましたorz
携帯からの投稿ですのでお許しください…。

468名無しさん:2007/08/23(木) 00:25:54
期待

469 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:22:48
こんにちは。ちょっと投下しに来ました。
靖史が黒に入った経緯の話です。


――black brother――


「ん?」
ある朝、靖史は、リビングのテーブルの上にある二つの石に気付いた。
一方は茶色で光沢があり、もう一方はピンク色のものである。
妻や息子のものだろうかと思い、尋ねてみたが、二人は「知らない」と答えた。
では、この石は一体誰のものなのだろうか。妙に気になり出した。
「……」
靖史は、ほとんど無意識に、その二つの石をポケットに入れた。

470 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:23:08
その後靖史は、レギュラー番組の収録へと向かった。
収録は、特に何事も無く、いつも通りに行われた。
収録後、靖史はトイレで手を洗っていた。
靖史は、ふと、今朝家から持ってきた二つの石の事を思い出した。
なかなか綺麗な石だから、今度仲の良い芸人と遊んだときにでも見せてみようか…。
そう考えていたその時であった。
いきなり、目の前の鏡に映っていた靖史の顔が歪み出し、
その代わりに、今しがた彼が考えていた芸人の姿が映し出されたのである。
彼がいる場所までは分からなかったが、どうやらネタを披露しているようだった。
(何やこれ!? どないなっとるん?)
その直後、靖史は、石を入れたポケットが妙に熱い事に気付いた。
ポケットから二つの石を取り出してみると、茶色の石の方が、光と熱を帯びていた。
そして靖史は、今の光景が、この石の仕業であるという事を直感的に感じた。
(この石…めっちゃ面白いやん!)


翌日、靖史は自分の石の使い方をだいたい把握していた。
どうやら、靖史が様子が見たいと思った人物を、鏡に映し出すものらしかった。
他にも色々調べ、その力を持った茶色い石は「ブロンザイト」、
もう一方のピンク色の石は「チューライト」という名前である事も分かった。
ひょっとしたら、チューライトも、何かの力を秘めているのかもしれない。
靖史はそう考えたが、何故かチューライトが熱を帯びたり光ったりする事は無かった。

471 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:23:28
その日の晩、靖史が近所のコンビニで買い物を終え、コンビニを出た直後の事である。
「千原兄弟の靖史さんですね? ちょっと話があるんで、そこまで来て貰えませんか?」
いきなり靖史の前に一人の若い男が現れ、彼に話しかけてきた。
靖史は反論をする間も無く、男に強引に腕を引っ張られ、人気の無い路地裏まで連れてこられた。
そこまで行くと男は、ようやく靖史を解放した。
「いきなり何すんねん!」
靖史は怒りをあらわにしたが、男は飄々とした様子であった。
「靖史さん石持ってますよね。僕に下さい」
男がそう話したが、靖史は訳が分からなくなり、叫んだ。
「はあ!? 何でやねん!」
「…渡さないなら、無理にでも奪いますよ!」
すると、男の右手の爪が急速に伸び出し、猫の爪のようになった。
「これ、僕の石の力なんです」
そしてそのまま、男は、靖史のほうへ突進してきた。
(…あれで引っ掻かれたらめっちゃ痛いやんけ!)
靖史は身の危険を感じすぐさま逃げ出した。
しかし、相手の男とは年齢的にも体力的にもだいぶ差がついているように思う。追いつかれるのは時間の問題であった。
応戦しようかとも考えたが、ブロンザイトではどう考えても戦う事はできない。


――精神を集中させろ!
不意に、靖史の耳にそのような声が届いた。
「誰やねん!?」
靖史は驚いて立ち止まり、辺りを見回した。相手の男も靖史の声に驚き、思わず立ち止まった。
――いいから!
靖史は、謎の声の言われるがままに、その場で精神を集中させた。
男はチャンスだとばかりに、右手を振り上げ、靖史を引っ掻こうとした。
しかし靖史は男の爪の猛攻を器用にかわし続けた。そして一瞬の隙を突いて男の胸ぐらを掴み、彼を投げ飛ばした。
もちろん、普段の靖史に、このような事ができるはずが無い。
今のは、完全に靖史の石――チューライトの力であった。

472 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:23:55
「…くそっ。このまま帰るわけにはいかないんだ」
男は投げ飛ばされたにも関わらず、まだ靖史と戦おうとしていた。
その時、靖史の目の前に緑色のゲートが出現し、中から一人の人物が現れた。
その人物は、靖史が以前ある番組で共演した事のある芸人であった。
突如現れた芸人は、男に対し「もうそれぐらいにしておけ」と言い、その後少し言葉を交わした。
すると男は、諦めたように、しぶしぶ帰っていった。
「大丈夫でしたか?」
その芸人――土田晃之が靖史に話しかけてきた。


「…何がどうなっとるん?」
靖史は、ますます意味が分からなくなってしまった。
「今のも、お前の石の力なんか?
…そもそも、石って何なん? さっきのヤツも狙っとったし」
「じゃあ、簡単に話しますね」と、土田による石の説明が始まった。
今、芸人たちの間で、不思議な力を持った石が広まっているという事。
その石を巡って、「白いユニット」と「黒いユニット」が争っているという事。
さっき靖史を襲った男は、黒いユニットであるという事。
彼にとっては初仕事だったらしいが、さすがに無茶をし過ぎだと感じ、土田が様子を見に行ったという事。
靖史は、ある事に気付いた。
「様子見に行ったって、それって…」
「そうです。俺も黒ユニットなんです」
土田は、あっさりと肯定した。
「それでなんですが、靖史さん……黒に、入りませんか?」

473 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:24:16
土田からのいきなりの問いかけに、靖史は少し戸惑った。
「えーと…何で?」
「まあ、できる限り黒の勢力を広めておきたいからですね」
「でも、黒に入るっちゅう事は、白と戦わなあかんって事やろ? 何か面倒臭そうや」
「全員、先陣を切って戦うってわけではないですよ。補助系の能力持ったヤツとかもいますし。
黒側から襲撃される事はもちろん無くなりますし、むしろ楽になります」
靖史は、また少し考え込んだ。
「…もし、断る、って言うたら?」
「…早い話、ジュニアさんに何らかの危害が及ぶでしょうね。
例えば…もう二度と舞台に立てなくなるような事になるとか」
それを聞いた瞬間、靖史の顔が引きつった。
土田は冗談を言っている顔ではない。本気だ。
「…まさか、弟人質に取られるとは思わんかったわ」
「すいませんね。これも、黒のやり方なんで…」
「分かった。…黒に、入るわ」
靖史は、観念したように言った。

474 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:24:59
「ところで、あいつの事は…」
「ジュニアさんも黒に引き入れたいってのが本音なんですが…。
靖史さんの好きにしてかまいませんよ。ジュニアさんを黒から遠ざけさす事もできますし」
それじゃあ失礼します、と言って土田は、赤いゲートの向こう側に消えていった。


路地裏は、靖史一人だけとなった。
(何かよう分からん事になってもうたけど…まあ、しゃーないか)
今更後戻りはできないため、靖史はそう割り切る事にした。
そして彼は、黒ユニットとは別の事を考え始めた。浩史の事である。
土田は、浩史を黒から遠ざける事もできると言っていたが、
そうするのは何となくだが違う気がする。
どうせなら、浩史も石の争いに思い切り巻き込んでしまおう。
浩史に石を渡して…いや、『貸して』、どこまで戦えるのかを見るのも悪くない。
我ながら酷な事をすると思う。それでも。
「…あいつなら上手い事やりよるやろ」
靖史は、ぽつりと呟いた。


それから二日後。
靖史は、仕事先の楽屋から人がいなくなった隙に、浩史の鞄にチューライトを忍び込ませる事となる。

475 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:25:17
*****


「何やこれ?」
仕事先から帰ってきた浩史は、自分の鞄に一つの石が入っている事に気付いた。
浩史はそれを掌の上に乗せ、まじまじと見つめた。石は綺麗なピンク色をしている。
ここで彼は、ふと思い出した。
最近、近辺の芸人の間で囁かれている、不思議な石の話。
自分のような中堅芸人には、絶対に回ってくるはずは無い。そう思い込んでいた。
「…まさか、な」
掌にあった石が、浩史の意思にもかかわらず光りだした。
それは、これから避けられないであろう戦いを予感させるようだった。

476 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:25:41
以上です。

靖史を襲った男
石:未定
能力:爪を伸ばし、相手を引っ掻いて攻撃する事ができる。
条件:一回に片方の手の爪しか伸ばせない。
使い終わった後は、爪を伸ばしたほうの手がつる。


ちなみに、本スレの「千原兄弟短編」より1ヶ月ほど前の話です。
黒幹部が登場する、靖史と土田の口調が分からないなどの理由から、こちらに落とさせて頂きました。

477名無しさん:2007/08/26(日) 23:58:44
>>464
文章に引き込まれた。展開が楽しみだ。

478名無しさん:2007/09/04(火) 14:47:08
>464-465続き

無意識のうちに、人通りの少ない道を選んで歩いていた。
局を出てからだいぶ時間が経っているが、まだ駅には着きそうにない。田村の言う通りタクシーに乗るべきだったか…、そんな考えがちらりと頭をかすめ、少し悔しい気持ちになった。
高い建物の間から見えていた夕日はもうとっくに沈んでしまっていた。
これでまた一日が終わる。
感傷的な気分とはまた違った不思議な充足感に、しばらく酔っていたかった。

479名無しさん:2007/09/04(火) 14:49:50
しかしそれは懐に起こった違和感に書き消された。
立ち止まって胸ポケットに手を入れると堅く冷たい感触が伝わってくる。黒水晶だ。
取り出すと、暗く静かな光が発せられていた。それは、他の石の存在が近いことを示している。
と同時に、ざわり、と得体の知れない感覚が身体に走った。ここまで強い力を感じたのは初めてに近い。
短く息を吐いて、石をまた同じ場所にしまう。
「麒麟の川島明」
不意に知らない声が自分の名前を呼んだ。弾かれたように振り向くと、ビルの非常階段、地上と2階をつなぐあたりの踊り場に男が立っている。
「麒麟の川島明君だね」
改めて名を呼んでくる男は、白いシャツに白いズボンという白づくめの格好をしていた。
こちらを見つめているその目は鋭く研ぎ澄まされているが、わずかに曇っているように見えるのは気のせいだろうか。
その顔には見覚えがあった。しかし名前が出てこずに、少し考える。

「…ラーメンズの、」

480名無しさん:2007/09/04(火) 14:51:44
思い出した。
正月の特番の時に、もじゃもじゃの髪の男が画面に映り、みんながその名前を連呼して話題にあがっていた。確かその相方だったはずだ。

ラーメンズはテレビに出ることはほとんどなく、大半は単独ライブのみで活動している。と記憶していた。だからこそ自分達との接点はない。

しかし今や彼は、芸人達の間で違う分野で有名になりつつあった。
その内容は、彼が黒、しかもだいぶ上位の位置にいるらしいということ。
「そう、ラーメンズのもじゃもじゃじゃない方。小林です」
おどけるわけでもなく、あくまで淡々と小林は話す。その口振りには余裕すら感じられ、嫌な汗が背中を伝った。
「何の用ですか」
そう言いつつ、さりげなく自分の足下を見た。充分な大きさの影があるのを確認して、そっと服の上から黒水晶に触れる。
「黒に来てもらいたい」
小林の言葉に、全身の血の気が引くのを感じた。
初めて聞く言葉ではない。襲撃してきた若手の芸人達(その半分ほどは操られていたが)から散々聞かされた言葉だ。
しかし今回は意味合いが違う。黒の、しかも「上」から改めて聞かされる言葉。
「…嫌です」
「そう言うと思ってた」
小林はちらと手元に目線を落とし、
「いや、そう言うとわかっていた」
と言い直した。

481名無しさん:2007/09/04(火) 14:55:29
―どうする、
読点の後は続かない。小林の能力が不明であるうちは、迂闊な行動を取れない。
「残念だけど、嫌だと言うなら、別の方法をとらなくてはいけない」
どんな方法かは、聞かずともわかっていた。少し高い位置の小林を睨み付け身構える。
それに対し小林は少し笑って言った。
「悪いけど、戦うのは僕じゃないんだ」

「川島、俺らやー」
背後から間延びした声がした。それが聞き覚えのある声であることを信じたくはなかった。
ゆっくりと振り返る。目に入る特徴的な姿が、見慣れたものであることを信じたくはなかった。
「哲夫さん…西田さん」
絶望とともに呟いた名前に、笑い飯の二人は律義にも頷いた。

信じざるをえなかった。

482名無しさん:2007/09/04(火) 15:00:10
以上です。廃棄スレということもあってだいぶ好き勝手やらせてもらっています。
何か間違いなどあったら教えていただけると幸いです。

早速間違いですが、>464-465じゃなくて>465-466が正しいですね。すみませんorz

>468さん、>477さん
どうもありがとうございます。これからもお付き合いいただけると幸いです。

483名無しさん:2007/09/06(木) 23:11:17
パラレルにしておくのがもったいないくらい面白いです
期待大

484 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/07(金) 23:00:18
黒の幹部で書いてみたので投下。

**************

場所は都内。
若者の集まる街、渋谷。その一角にあるビルの地下へ小林は足を踏み入れた。
時間は既に午前3時を回ろうとしている。
地下に続く階段は進んでいく程に息苦しさを覚えるが果たして、実際に空調の関係で酸素が不足しているのを感じたからなのか、それとも地下に対するイメージからなのかは分からない。
しかし階段の先に現れた重厚な作りの扉を開いた瞬間、確かに小林は目の前の男に言い知れぬ空気を感じ取った。
「遅かったね『シナリオライター』」
男の名は設楽 統。
今や巨大な『黒』の中心人物、その人。
「この場所に来るのは…初めてですから」
「それは申し訳ない。まぁ、その辺に座りなよ」
シナリオライターと呼ばれた男…小林は近くにあった椅子に座ると踏み入れた地下室を見回した。
二つ三つ照明があるだけの薄暗い室内。少ない明かりのせいで広いのか狭いのか判別出来ないがバーカウンターとダーツボードが何台か見られる辺りダーツバーだったのだろうか。
内装は床、壁、テーブルや椅子に至るまで全て黒に統一されている。
まるでそれ以外の色を拒むかのような徹底ぶりは他の色を嫌悪しているのではなく、むしろ、恐怖を―「良い場所だろ?いつもの料亭も悪くはないけど」
余計な詮索をするなとばかりに設楽が問う。その表情は笑っているが視線は冷たい。
「えぇ、こういう場所も嫌いではないですよ」
「そりゃあ良かった」
小林の言葉に満足したのか設楽は大袈裟に喜ぶ仕草を見せると店内(この場合、店と呼んで良いかは分からないが)に置かれた中で一際目立つ、場違いを主張したかのような黒革の椅子に腰を下ろした。
横には唯一の白も使われているチェスボードが置かれたテーブル。
チェスは設楽が一人でやっているのか白と黒の騎士を形どられた駒が交戦していた。
しかし、ルールが分かる者なら首を傾げる戦いだろう。駒は明らかに黒が多く、失えば勝敗のつく白の『キング』の駒が既に基盤の外へ放り出されている。
一つ小さな溜息を吐くと設楽はキングに手を伸ばした。
それを指で転がし玩ぶと小林を見ずに口を開く。

「『彼』を仲間に引き込みたいんだ」

数秒、設楽の言葉に茫然としていた小林だったが意図を理解したのか驚愕の表情へと変わる。
「それは…失敗すればこちらの被害を、失う力の多くを、分かってのことですよね?」
「もちろん何も計画せずに行動するほど頭は悪くないつもりだよ」
「しかし…今はまだ確実な人員の確保を先行することに決めたばかりじゃないですか」
「そう、熱くなるなよ」
設楽のソーダライトが軽く光を帯びる。
「このチェスボードの意味が分かるだろ?『時期』は近付いている…ここで『彼』が手に入ればもう勝負はついたも同然だ」
必死に『説得』を拒否しようと小林が力強く首を左右に降る。
「確かに『時期』は近付いているかもしれない…でも、そんなことは…」
「無駄とでも?」
「……貴方は焦っているだけだ」
「……………」
設楽の顔が一瞬歪んだのを小林は見逃さなかった。
「結果を早急に求めすぎることのリスクが高いことも頭の良い貴方なら分かるでしょう?」
「……………」
数秒の沈黙が流れる。
設楽のこの命令に、しかも石を使い『説得』までしようとしたやり方に納得出来なかった。
そして、ここまでさせる焦燥の原因を小林は分かっていた。

「相方の…ことですね」

「……………」
また数秒の沈黙。
しかし、すぐにクスクスと笑い出したのは設楽だった。
そして「君には負けるよ」と視線を空に浮かせ呟くと、石の光も消えた。

485 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/07(金) 23:11:16


戦いが激化していけば幾ら上の人間が圧力をかけた所で限界があった。
どれだけ思考を駆使し、良い『シナリオ』を書いて『説得』したところで完璧など無いのだ。
それは小林の相方である片桐に、小林が『黒』であることがバレたことからも安易に想像できる。
菊池の行動が予想範囲外だったことからしてもそうだ。
それ故に、設楽は多少の焦りを覚えてしまっている。そこから導き出された結論が良い物であるはずがない。
重い空気が室内に充満する。
そのとき、

「話し中に悪いな」

突然、現れた3人目に二人が視線を移す。
緑のゲートから現れた男は設楽と小林を確認すると小さい笑みを浮かべた。
「お前らの言い争いなんて珍しいな」
許可も得ずにどっかりと椅子に腰を下ろす男はやはり心なしか楽しそうに見える。
「覗いてたんですか?」
小林が苦笑いしながら訪ねると男は首を横に降る。
「どうにも長いこと『コイツ』と仲良くすると石の呼応がどんな感情から来てるかぐらいは分かっちまうみたいだ」
『コイツ』と呼ばれたそれも主人の意思を尊重するかのように淡く光る。
「それで?何を揉めてたんだよ」
男は煙草に火をつけると中途半端な興味を向けた。
「『彼』を仲間にしたいそうですよ」
「なんだ『彼』って?」
小林の視線の先には設楽の姿。男もそれをなぞり設楽へ視線を向ける。
「――――だよ」
低く篭った設楽の声が響いた。
闇の中でさえ存在を主張するかのようなブラックパールを手に男…土田はその名に苦い顔をする。
「確かに仲間に入れば強いな…今は…あの石も…アイツが所有している可能性が高いし…」
「だろ?シナリオライターには納得してもらえなかったんだが」
「悪いなプロデューサー…俺もシナリオライターと同じ意見だ」
予想を反した答えに設楽が驚く。
その顔は小さな子供が親に置いて行かれたような寂しく儚いもの。
しかしすぐに『黒』の顔へと戻る。眉間に皺を寄せ、普段の冷静さを欠いているのは一目で判断できた。
「…理由は?」
それでも幹部としての利己心から決して怒鳴りはせずに問う設楽。
そんな静かに苛立つ感情を直接受けても変わらず土田は続ける。
「他の芸人とは違うんだよ…お前の『説得』もアイツには効かない」
「まだ彼に『説得』をしていないのにか?」
「アイツはそういう奴だ。下手に力で強要したところで無駄骨になるっつてんだよ」
「何を根拠に」
「反発心」
そんな事も分からねぇのかと言いたげな土田にとうとう設楽も苦い顔をする。
「…確かに、強い拒絶は『説得』を跳ね返し、逆に『白』への誘導へと繋がる」
黙っていた小林も口を開いた。
二人から攻められる形になってしまった設楽は表情を歪めたまま。
らしくねぇと土田は舌打ち続きに吐き捨てた。
「説教臭くなるから言いたくねぇけど、あんまり自分達の力に驕るな」
吸っていた煙草を床に放り投げ、それを強く踏みゲートへと消えていく。
「足元すくわれるぞ」
その一言だけを二人に残して。

486 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/07(金) 23:12:46


そんな『事件』があってから数日後。
太陽が高い位置で輝く。
事務所にある会議室ではバナナマンの二人がライヴのネタについて話し合っていた。
「設楽さん、このネタなんだけど」
「…あのさぁ」
「ん?何?」
「………………」
いつもの二人。いつもの会話。
「どうしたんだよ?」
「……もしかして」
「うん」
「太った?」
「…………はぁー!?なんだよっ!?なんか深刻な相談かと思ってドキドキしちゃっただろっ!」
「ドキドキしちゃったんだ」
「しちゃったよ!」
またドッキリでも仕掛けられたのかと思ったと愚痴る相方につい笑みがこぼれる。
「ワリィ、ワリィ。気になっちゃって」
「設楽さんがそんなこと言ってくるなんてスゲェ怪しい!カメラあんの!?」
キョロキョロあるはずのないカメラを探す日村をケラケラ笑いながら見ていたが、携帯の震動に気付いて着信相手を確認する。
「…………」
「ヤベェ!全部カメラに見えて来た!」
「日村さん」
「なっ、何!?」
「ちょっとコーヒー買ってきてよ」
「はぁ!?」
「お願い」
設楽の真剣な眼差しに渋々、日村が席を立つ。
ブツブツと文句を言いながらも部屋を出ていく日村にお礼を言うと携帯をそっと取り出した。

しかし、かけ直す様子はなく小さく呟くのだった。

「…ごめんな」

その声を言葉を表情を、誰が知ることなど出来ただろうか?

―戦いは、まだ、終わらない。



*************

廃棄スレってことでかなり自由にやってしまった(´・ω・)スマソ
反省はしてる
書く前に今までの小説とここのスレ全部読んだんだが今回落とした中で勝手に作った部分(3人がいたバーや話していた『時期』のこと、仲間にしたい『彼』、土田が言っていた「どんな感情で石が呼応しているか分かる」等)はスルーしてくれ
っていうより、他の書き手と一切相談無しで書いた物だから話自体をスルーで
ここまで読んでくれたネ申ありがとう。読み手に戻るわ

487名無しさん:2007/09/08(土) 07:53:19
>>486
おもしろかった!乙
「黒幹部の設楽」と「バナナマンの設楽」とか、うまいなーと思った
雰囲気もカコイイし、廃棄するには勿体ない気がするな

488名無しさん:2007/09/08(土) 09:23:43
>486
面白かったよー。
2対1の構図が意外だった。
仁さんにばれたことが回りまわって、菊地さんと小林さんっていうかラーメンズ?が
一戦交える結果を招いたわけだが、設楽さんは、黒同士の対立で
黒vs白の構図じゃなくなってしまいそうなのを避けたいのかな。

廃棄が勿体ないのは同意。

489 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/10(月) 13:22:20
>>487>>488
ありがとう
流石に流れ無視しすぎてるから本スレ投下して良いものか…
ただ、いくつか構想が思い浮かんだから完璧な番外編になるけど、
別視点の黒内部とかラー・片桐編とか君の席メンバー編、書けたら廃棄に落とすよ

490名無しさん:2007/09/13(木) 01:01:31
agr

491名無しさん:2007/09/23(日) 22:33:25
小説の中に歌詞の一節を入れても大丈夫?
もちろんちゃんと分かるようにして、何の歌詞かは小説の最後に書こうと思うんだが…

492名無しさん:2007/09/28(金) 23:32:53
>>491
個人的にはいいと思うよ。

493−19歳:2007/10/01(月) 01:12:45
「あなたに憧れていました」
そういって握手を求めるように手を出してきたのは見も知らぬ男だった。
ジュニアをためらわせたのは突然楽屋に知らない人間が入ってきたという現在の状況ではない。
まるで心酔するような、何か天の上を見るような信者のそれに似た輝きを
その男の瞳の中に感じたからだった。
・・・・帽子を目深に被り、白いシャツにGパンというどこにでもいるいでたちの
少しばかり細い、まだ歳若い男・・・

一歩引く。
ルミネの壁は薄い、叫べば必ず誰かに届く、
今でさえ、舞台の歓声はどよめきと振動をもって伝わってくる。
壁を隔てた、舞台と言う名の別世界から。

「逃げないでください」
絞り出すような声
「あなたに憧れていました
 あなたのようになりたいと」

わぁっと言う歓声と拍手が津波のように響く
男の差し出された手の中には白い石。
とたんに爆発のような閃光。

それから後の事は
何も覚えていないと後々ジュニアは話した。



ドン、とぶつかった人がいた。
うつむき加減に歩いていた庄司は、その勢いに軽く跳ね飛ばされたが
ぶつかった男は振り返る様子も無く急ぎ足でルミネの外へと歩いていく
?失礼な奴だな。とは思ったが、元来物事を気にする性格ではない

楽屋の方にあるいていくと、そこには何故だか数人のひとだかり。
そのなかに見知った人間の後ろ頭を見つけた、ヒデさんだ。
「どうしたんですか?」
声を掛けると、少しおかしいような、信じられないというような、微妙な表情をしたまま振り返った
「おお、庄司おはよう」
「おはようございます、何か事故ですか?」
「いや、実はよくわからないんだが・・・」
ほら、と促されるように中を見ろというようなそぶり。
見やると幾人の頭の向こうには開け放されたままの楽屋内、
しきりに何かを話しかけている靖史さんの背中と、
話しかけられている相手は・・・まだ中学生ぐらいの少年。
ふとした拍子に顔を上げたその面差しに思わず息を呑む。
眼も鼻も口もあまりにある人物に似すぎていて。
「ジュニアさん!」
思わず声を上げてしまい、周囲の人間が一斉に振り返る。
慌ててヒデがすみませんというように頭を下げて人だかりの中から庄司をひっぱりだした。

「靖史さんがトイレから帰ってきたら、ジュニアさんがいなくなってあの少年がいたらしい」
「はぁ・・・・ジュニアさんは?」
「館内放送をかけたけど出てこない。」
「・・・・・・・・・結局、何なんですか?俺意味がよく分からないんですけど」
「俺もよくわからない。でもそれが今分かってるすべてで・・・
奇妙なことにあの少年は自分の名前を・・」
とそこまでいいかけたところで、楽屋の方から何かを叩き割る音、と壁に何かがぶつかる派手な破壊音がした。
そして関西なまりの怒声
「だからさっきから言っとうやろうが!!!俺の名前は千原浩史じゃあ!!!!」
すると人ごみの中から弾丸のように飛び出してきたものがある。少年だ。
「待たんかい!!」という靖史の声。
少年は反射的に立ちふさがって止めようとした庄司ともろにぶつかり、縺れ合うようにすっころんだ。
背中をしたたか打ちながらよく人とぶつかる日だと庄司は思った。
「そのまま捕えろ庄司!!」
言われるがままに少年の腰に手を回して動きを封じ捕獲する。
じたばたと逃れようとしながら睨みあげてくるその顔は、正しく若い頃のジュニアで
叩かれたり蹴られたりしながら、庄司はまじまじとその顔を見つめた。
「本当にジュニアさん?」
小首をかしげながら庄司が尋ねる。
「ハァ?」
吐き捨てるような返事。
そのやりとりに思わずヒデが噴出した。
「おいおい庄司・・・いくらなんでも」
「歳は?」
もう一度庄司が尋ねた。真っ直ぐな目で。
見てくれより頑丈そうな男にたじろいだのか、少しだけ少年はおさまり、
それからぶっきらぼうに呟いた

「・・・・・14歳。」

494−19歳:2007/10/01(月) 02:13:44
「絶対ジュニアさんの隠し子だと思いましたね。」

閉館後、暗いモニター室でヒデは言った。
話しかけられたのを聞こえているのかいないのか、靖史はモニターから流れる映像を凝視していた。
画面の光が青く白く靖史の顔を照らしながら点滅する。
部屋に残っているのは五人。
警備員と靖史とヒデと庄司と自分は千原浩史と名乗る少年。

「だって年齢的にできないことはないでしょう?
 きっとこの子が会いにきて
 びっくりしてジュニアさん逃げちゃったのかなぁ。あっはっは
 ・・・・くらいに思ってましたよ
 多分、今日帰らされた芸人もそう思ってると思います。ちょっと笑ってましたもん」

あの後、結局閉館時刻になってもジュニアは現れなかった。
連絡も一切無い。
靖司の判断の元、ジュニアは『急病』ということにして
何が起こったか、少年は何者なのかを興味深げに知りたが者たちに
「何も見なかったことにしてとりあえず帰れ」という無茶な一喝をし
無理矢理帰らせた。それが一時間前のこと。
庄司もどちらかというと帰りたかったが、
少年が暴れたときに取り押さえる者が必要という理由の元、そのまま居残り命を出されて現在に至る。
一人では心細いという庄司にヒデが補助を名乗り出たが、こちらはただの興味本位だ。

ことがどうやらそれだけではないということが分かったのは、本当に少し前のこと
「ジュニアさんは、ルミネには来られましたが、出て行っていません」
モニターをチェックし終わった警備員が言った一言だった。
思わず三人は首を傾げた。言っている意味が分からない。
だが警備員も、顔色が悪いばかりで上手く説明できないのか
とりあえずこれを見てくださいと、モニター室に三人+捕獲された少年を招きいれた。

そこでようやく自体の大きさを把握する。
事件が起きたと思われる時刻以降のどのモニターにも、ジュニアは映っていなかったのだ。
入り口や出口だけではない、楽屋を出たなら映らないはずはない
廊下、階段に至るまで、どこにも映っていないのである。

ジュニアが消えた。

まさかそんなはずはと目を皿のようにして、繰り返し繰り返しモニターを見る靖史。
何度見ても。自分が楽屋を出てトイレに行き、帰るまでの間・・・・
誰も楽屋から出ていない。
ただ、不思議なことに、見たことも無い男が部屋の中に入り、一分とたたないうちに部屋を出ている。
帽子を目深に被り、白いシャツとGパンをはいた青年・・・。
芸人ではない、芸人ならどんな若手でもすぐわかる。

「俺。こいつと入り口でぶつかりましたよ」
庄司が言った。靖史が振り返った。
「顔は?」
「見ましたけど、一瞬ですから・・・なんとも」
そしてその目線はそのまま庄司の隣に座っている少年に移る。
ガンとこちらを睨みつけるその姿は、無理矢理首輪を付けられたものの懐く様子のない野犬のようで
それは確かに、14歳のときの彼であった。

「お前がルミネに入ったんも映ってない。どういうことや・・・」
「知らんわ!気付いたらここにおったんじゃ!!さっきからなんかいも言うとうやろう!!」
まだ声変わりしていない少年の声で唸る。
「・・・・・・・・もしお前が浩史なら、俺とお前しか知らんことをいうてみい」
「はぁ?」
上から下へねめつけるような少年の凝視。
フォローするようにヒデが言った。
「もし君が浩史君なら。彼は君のお兄さんだ」
「靖史はそんなにハゲとらんわ!」
間髪を入れない少年の返し。それもまた確かにジュニアを思わせる。
「ほくろの位置一緒でしょう?」
一応庄司もフォローを入れるが少年の表情にはますます困惑と怯えが広がるばかり。

「・・・・とりあえず・・・」
ヒデが出来るだけ冷静に言った。
「みんなで御飯を食べに行きましょう。
 一旦頭を冷やして、それからどうするか考えませんか」

495−19歳:2007/10/01(月) 03:51:37
「本当に浩史かもしれへんな・・・」
煙草の煙と一緒に、何かを吐き出すように靖史が言った。
その目はテーブルの向かい側で肉を黙々と食べる少年の様子を、張り付いたように見つめている。
「何故です?」
ヒデが小さい声で訊ねた。
「・・・「帰りたい」って一言も言わへんやろ・・・?」
「・・・・・・ああ・・・・」
ヒデはわかったようなわからないような返事をした。
実際、なんと答えていいのか分からない。
「手の込んだドッキリかもしれませんよ
 警備員もグルの
 一番考えられるとしたらそれです
 だとしたら、どこでバラすのかが問題ですけど」
こそこそと靖史に耳打ちする。
「悪趣味やな」
靖史が苦笑した。
そんな空気を他所に
「デザートも食べる?」
と庄司は隣の少年にメニューを開いて見せている。
黙ってプリンアラモードをを指差す少年を眺めながら、靖史はぐるぐると思考を巡らす。

もしこの少年が本当にジュニアなら
あの数分の間に何があったのか、(そんなことが在り得るのか?)
いや何があったにせよ・・・一体どうしたらいいのか
あの帽子の男は何なのか。

あるいはジュニアが何らかの手段で連れ去られ
この少年を置いていったなら、何の目的でそんなことを?
一体どうやって?犯人は?あの男?
何より、その場合ジュニアの身が無事なのかどうなのか、安否が気にかかる。

・・・・もしただのドッキリなら、
(こんな夜中まで14歳の少年を巻き込んだドッキリ?!)
よくこんなにそっくりな少年をつれてきたなと笑い飛ばしてやろう

「・・・・石。」
ぐるぐると巡る靖史の思考を、ヒデの呟きが止めた。
「なんや石て」
「・・・・いや、最近の噂ですよ。芸人の間で、いろんな石が出回ってるって
それを手にすると何でも不思議な力が手に入ったり、奇妙な現象が起きるとか何とか・・・」
自分でいいながらヒデは苦笑した。
「・・・ただの噂ですよ」
「石。持ってたわ」
と少年が口を開いた。
突然のことで一斉に三人の目線が少年に集中する。
「え?」
視線は斜め前を凝視したまま、少年が呟く。
「今思い出した。石持ってたわあのおっさん」
「誰のこと?」
庄司が尋ねる。
「あの知らん部屋で目が覚めたとき、目の前に白い石持ったオッサンが立っとった。
 すぐ出てったけど。それからすぐあとに、こっちのオッサンが来た」
と靖史を指差す。
「最初のオジサンはモニターに映ってた人?」
「・・・・・たぶん・・・」
そこらへんの記憶は曖昧らしい。少年は困った顔でまた考え込んでしまった。
「『石』・・・」
思わず誰と無く呟く・・・石。
噂とはいえ奇妙に引っかかるキーワード。
石の噂。空白の数分。14歳の少年。ジュニア。パズルのように埋まってゆく何か。
一つだけハッキリしたこと。

あの『帽子の男』を探さなければ。
それがおそらく最後のピース。

「プリンアラモードお持ちしましたー!」
空気を読まない店員の声が
困惑の中を清清しく鳴り響いた。

496名無しさん:2007/10/01(月) 08:04:35
乙です。続きお願いします!

497−19歳:2007/10/01(月) 10:16:47
ういーっす。でも今日は用事なので
あさってにでもー。

498−19歳:2007/10/02(火) 21:07:13
冷静になってまじまじと見てみると
確かに兄に似ているし
確かに二人といないブサイクだ。と横に寝ている男を見て思った

時計を見ると朝の四時だった
昨日「とりあえずうちで引き取るわ」というこの男の一言の下
軽いノリで連れて来られて一晩。
「やっぱり警察に連絡した方がいいですよ」と言って別れた
あの二人の話を特に聞く気はないらしい。
とても眠れない自分の横で
うっとうしいほど大の字になって男は寝ている。

そっと布団を抜け出して、男の身体をまたいで部屋を出る。
玄関を音がしないようにそろそろと開けて外に出ると
風は冷たく、空はまだ濃い群青色をしていた。

特に当ても無く、歩き始めた。
並び立つマンション、綺麗に舗装された道路、雑草が覆い茂る空き地、小さな公園
新聞配達のバイクが横を通り過ぎる。
一瞬奇妙な目で見られたが、そういうものには慣れていた。



目が覚めたら毒虫になっていた男の話は読んだことがある
あれはなんだったか・・・・そうだ『変身』
でも目が覚めて周りがみんな変わっていたら
これは何と呼べばいいんだろう

知らない人が俺をジュニアと呼ぶ
世界中の日付が2007年になっている
モニターから流れるのは見たことも無いCM
ラジオから流れるのは聞いたことの無い音楽
異様に小さくなっている電話
さすがに鉄の猪だーと驚くことはないけれど
溢れるばかりの車の量と高層ビルが
自分の存在をわからなくさせる

周りが変わったんじゃない
自分がただ一人の異邦人なんだ
自分はやはり『変身』したんだ
そう感覚で理解するまで
それほど時間はかからなかった

神でも悪魔でもいいからこの現状から救ってはくれないかと思っていた
でもそう願っていたからこうなったんじゃなくて
何か持っていた恐ろしく大きなものを
自分は失ってしまったらしい
19年。
茫漠とした時間の量
その価値がイマイチ分からない
大変だと騒ぐのは周りばかりで
当事者であるはずの自分だけが
何がどう大変なのかがよくわからない

ただ

「にいちゃん」
後ろからふいに声を掛けられ振り返る
するとそこには先ほどの新聞配達のおじさん
「思いつめちゃいけねえよ・・・!」
江戸っ子なまりでそういうと無駄にアクセルを吹かせて横を通り過ぎていった。
しばらくそれを眺めていたが、くるりときびすを返してもと来た道を帰る。

玄関を開けると男は起きていた。
寝ぼけ眼でおお、と呻き。それから
「おかえり」
と言った。

・・・・ただ、自分に帰るところはあるらしい。

「思ったんやけどさぁ」
「あぁ?」
「毒虫はないよな」
「あ?」
「なんでよりにもよって毒虫やねんって思っとったけど
 やっぱあれはないわ
 あれよりはマシやと思うわ」
アホな顔をしたまま、男が「おぉ」と同意する
「お前なんもわかってへんやろ」
思わず笑った。
「わかってへんやろ靖史。」

そう言って屈託の無い笑顔で、少年は笑った。

499−19歳:2007/10/02(火) 22:19:58
うわっ
と声を上げて起き上がると、持っていた紙の束が一斉にバサバサと音を立てて床に落ちた。
「大丈夫?ヒデさん」
すると目の前に心配そうに覗き込む相方の顔。
「・・・・ああ」
あたりを見回すとそこは見慣れた楽屋で、どうやら調べ物を呼んでいるうちに
ソファーでうとうとと眠り込んでいたらしい
奇妙な夢をみた
奇妙な。
でも目が覚めた瞬間それは霞がかかってもう思い出せない。
心配そうな眼差しの相方に、大丈夫、と笑ってみせる。
「昨日遅くまで調べ物してたからさ。
 お前、いつ来たんだ?」
「・・・・さっき」
床に散らばった紙を拾い集める。
それらは昨日の夜最近おこった奇妙な事件・『石』というキーワードが出てく
る噂・新聞記事等を集めたもので
それがことのほか膨大な量になったことに驚きを隠せなかった。
何か大きなものが、知らないところで動いているんじゃなかろうか・・・
「ところでさ」
ワッキーが携帯を出す。
「なんか昨日動画が回ってきてさ、ルミネで窃盗があったんだって?これが犯人?」
「ああ」
それはあの廊下のモニターに映った帽子の男の映像を携帯にダウンロードしたものである。
三人はあの後、知りうる限りの人間にその映像を送った。
「メール内容が『見覚えがあったら連絡を』ってさ、それは分かるんだけどさ。
 なんで連絡先が『千原兄かヒデか庄司』なんだよ?
 なんなのこの共通性の無い三人組」
ワッキーの分のお茶を入れながら、ヒデは笑った。
「たまたまその場に居合わせただけだよ」
「しかも、なにこの最後の文章。
『あと不思議な石の噂、身の回りに起きた奇妙な事件について何か知っていたら教えてください』って
 意味わかんねぇよ」
「いやでも結構な量の噂話が来たよ」
「庄司にもコレナニ?って聞いたんだけどさ
 『実際わけわかんないし。俺考えるのも説明するのも得意じゃないからヒデさんに聞いて!』って言うんだよ」
その庄司のモノマネがことのほか似ていて、ヒデは思わず噴出した。
「確かに理解してもらう自信はないし、説明すると長くなるんだけどさ・・・」
とその時、ピロピロとテーブルの上で携帯が鳴った。メールだ。
ちょっと待って。というしぐさをして携帯を開く。
すると庄司からのメール。
「噂をすると影だな」
とヒデは笑った。

『from 庄司
sub ごめんなさい
    
    例の件について、これどういうことだって聞かれたんだけど
    俺、上手く説明できないから
    ヒデさんに教えてもらって って丸投げしちゃいました
    ごめんなさい
 
    品川がそっちに色々訊きに行くかもしれません 』

500−19歳:2007/10/02(火) 22:45:00
返信を送る。

『お前みんなに俺に説明してもらうよう言ってんのか(笑)
 今ワッキーに聞かれてたとこだよ
 あいつが来るなら一緒に説明した方が手間が省けるかな。いっそプレゼンするか』

返信の返事はすぐ返ってきた。

『?いまんとこ品川にしか言ってませんよ』

・・・・・え?

一瞬、息が止まった。
ゆっくりと携帯の画面に合っていた焦点が、向こう側にいる相方に移る。
「どうした?」
目が合った。
起きぬけで鈍っていた思考がフル回転する。
全身の細胞が緊急自体だと警鐘を鳴らした。

まさか。

「・・・・・・お前さ・・・そういえば今日、朝から名古屋で収録だから、夕方まで帰れないって言ってなかったっけ・・・」
「・・・・・ああ、早めに終わったんだ」
「・・・・・・・まだ、昼前だぞ・・・」
「・・・・・」
視線が、ゆっくりと絡まる。
目の奥に宿る光に
強烈な、違和感。

「・・・お前」
息を吸った。
「・・・・・誰だ」

501−19歳:2007/10/02(火) 22:48:24
うわぁ思いがけず長くなった
占領してしまってごめんなさい。
明日と明後日で多分終わります。出来るだけ後は短くします。

502名無しさん:2007/10/03(水) 19:45:48
おもしれー
別に長くなってもいい 期待

503−19歳:2007/10/03(水) 20:24:12
ああ、そういってもらえるとありがたいです。
よかった引かれてるかと思いましたw
頑張ります

504名無しさん:2007/10/03(水) 21:57:56
長くてもいいよー。

この時点で、ヒデさんと庄司さんは黒なんですか?
ワッキーさんと仲良く喋ってるのがちょっと嬉しかった・・・けど、
偽者かー。
この先が楽しみです。期待してます。

505−19歳:2007/10/03(水) 22:10:06
「「俺の力は」」
まるで二重音声のように声がだぶる。
「「バレると解けてしまうんよなぁ」」
絵の具が水に溶けるように、目の前の映像が滲んだと思うと、それはすぐに再びかたちを成して
見知った者の姿になった。

「・・・・・ぐっさん・・」
驚きすぎて、それ以上の言葉が出てこない。
目の前にはまるではじめからそうであったかのような堂々とした貫禄で、ぐっさんが座っている。
これは、奇妙な夢の続きじゃないか。
俺はまだ眠っているんじゃないだろうか。
「こんなに早くにバレたんははじめてやけどな」
そうして開いて見せた手の中に、光り輝く玉虫色の・・・・『石』。
眩暈がした。

「・・・ジュニアさんも、ぐっさんが・・・?」
「ジュニアになんかあったんか?」
とぼけているのか、それとも。
「・・・・突然、子供に・・・なりました」
ようやく搾り出せたのはその一言。
特に動じる様子もなく、すんなりと事情を悟った表情で
ぐっさんはゆっくりと顔を横に振った。
「何があったんか詳しくは知らんけど、それは俺と違う。
 俺の石の力は『模写』や。自分や他人を見たことあるものに変化させることは出来ても
 その人間のまま若返らせたりは出来んわ」
「・・・石。というのは一体何なんです・・」
「もう知ってるやろう?持っていたら力が使えるようになる
 まあその力の種類は、人それぞれというか、石それぞれやけどな」
「・・そんなもの、どうやって手に入れるんです・・?」
「手に入れるんと違う。石が人を選んで。人が石を呼ぶんや。
 使い方も力も石が教えてくれる
 お前もそのうち石に選ばれるかもしれへん。
 石に関わる者に巻き込まれるのは、石に呼ばれる前兆や
 そしたら俺の言ってる意味が何もかも分かるやろう」
言っている事の部分部分がまるで暗号のようでよくわからない
それ以前に信じたくない。
が、こう目の前でその力を披露されては。
・・・けれど一方で、少しずつ落ち着いてきた自分がいる。
「あの事件に何の関係もないんだったら
 何故ワッキーのフリをして俺に接近する必要があるんです
 庄司にも。」
「お前らがこんなメールをあっちこっちに送るから。何があったか調査して来いと言われたんや
 ・・・まぁ、こんなメールを送るくらいやから、まだ何も知らんのやろう
 石もまだ持っていないんやろうとは思ったけど」
「誰に」
見えてくる。
「誰に頼まれて、調査しろと」
その後ろに、何か大きな蠢きが。

「しゃべりすぎたかな」
にっ、とおおらかないつもの笑みで、ぐっさんは笑った。
「まぁ銀七出身のよしみや。何も知らんかったって報告しとく。
 だから、お前も何も聞かんかったことにして
 これ以上は関わるな」
「無理です」
思わずはっきりと返事をした。
これだけ目の前に不可思議なものを並べ立てられて、触れるなというほうが無茶な話だ。
「・・・お前のために言っとるんや。
 お前は石を持ってないから。その力がよくわかってない
 石も持たんと不用意にこちらの世界に関わることが、
 どんなに危険なことか」
「確かに、最初は好奇心で関わったことですが
 目の前で被害者が出てるんです。
 それをこの状態で突然放置しろと?」
思わず声を荒げた。
すると静かにぐっさんはため息をつき、少しばかり何かを考えているようだった。
そして、微かに、しかたないなぁ、と口元が動いたように見えた。
「・・・ヒデ、すぐにお前は自分が間違ってたって思うことやろうと思う。
 でも恨まんとってくれ、それはお前にわかってもらうためやし、 好奇心は猫をも殺すんや
 ・・・・まぁ、殺すことはない、そこまで酷いことはないけどな」
「?」
その何か暗示めいた言葉に気を取られて、ヒデは気付かないでいた。
ぐっさんの手の中の石が、鈍く、しかし強い光を帯び始めているのを。

506−19歳:2007/10/03(水) 22:13:07
>>504
いえーヒデも庄司も千原兄弟もみんな石の存在をよく知らないって設定ですー。
いまんとこ出てくる中ではぐっさんと帽子の男だけです。
でもユニットは隠れたところで出来上がっています。
本編ではもうみんな使われているので
邪魔にならないようこっちの方に投下しました。
ありがとうございます。

507−19歳:2007/10/03(水) 22:50:45
エレベーターの中で、偶然一緒になったのはワッキーだった。
「庄司、今から仕事?」
「ううん。ヒデさんにちょっと用事、今日はここの楽屋にいるって聞いてたから
 昼過ぎから連絡つかないから来てみたんだけど、もう帰ったのかな?」
足の下から浮くような感覚がして、エレベータが動く。
「いるんじゃないかな。俺も約束してたし」
「ワッキーは?」
「おれも用事。あとネタの打ち合わせ。
 今名古屋からやっと帰ってきたとこなんだわ」
「?昼にヒデさんと会ってたんじゃないの?」
「いいや?何で?」
あれ?と庄司は首を傾げたが、やはり元来物事を深く気にするタイプではない
まぁいいか。後でヒデさんに聞けばとさらりと流して
話題は今日あった出来事へと移っていった。



楽屋のドアをあけると、そこには誰もいなかった。
夕日が窓から差しこみ、静かに椅子や机に長い影を作っている。
けれど確かに誰かがいたらしい、
灰皿の上には、何か大量の紙が燃やされたような跡があり、
椅子の上には上着がかかったままになっている。
「ヒデさん?トイレかな?」
ワッキーが廊下と部屋を交互に覗く。
「荷物はあるよ。携帯も」
とその時、指差した荷物の影で何かが動いた。
「?」
しゃがんで、覗き込む。
パタン、パタン、と右に左に動く、シッポが見えた。
「ワッキー、猫がいる」
「え?マジ?」
荷物の影から姿を現したのはやや大きめの、三毛猫。
その猫はゆっくりと二人の足元までやってきて
恐ろしく悲しげに、にゃあ。と鳴いた
にゃあ、にゃあにゃあにゃあ
と、繰り返し繰り返し、何かを訴えるように。

508−19歳:2007/10/04(木) 00:01:08
俺が間違ってましたほんとうにすみませんでした。
と後悔するまでに五分とかからなかった。
ぐっさんの言っていた言葉の意味と重みを、今俺は痛いほど感じている。

「うわーこの猫オスの三毛猫だぞ」
相方が俺を持ち上げる。自分の胴が伸びるのが分かる。
「何?珍しいの?」
「遺伝子がどうのこうので、滅多にいないんだよ」
「へー、じゃ、高く売れるんじゃない?」
コラァ!と叫びたいがシャー!!としか声は出てこず
しかたないので庄司に猫キックを喰らわせた。
「こらお前庄司になにすんだよ」
ぺしりと額を叩かれる。
「どっからまぎれこんだんだろう」
「てかそれよりヒデさんは?」
おかしいなぁ、と呟いてワッキーが携帯を取り出す。
開いた携帯の上の文字列を見た瞬間、思わず手が出た。

変換機能を使って、自分がヒデだと伝えられれば・・・!

閃きと同時に手が出たことに、自分はずいぶん冷静さを失っていることに気付かされる。
ぱちん。と音がして、携帯のボタンを肉球が叩いた。
「あっはっはこの猫電話かけようとしてるよ」
「カワイイー」
爆笑する二人が今は憎らしい。

落ち着け。落ち着くんだと自分に言い聞かせる。
『俺の力は、バレると解けてしまうんよなぁ』
ぐっさんの言葉が頭の中で反芻する。
自分がヒデだと、いや最低猫じゃないと、こんな猫いないと言葉に出してもらえれば
おそらく自分は戻れるのだ。無理なことじゃない。
「抱く?」
「いや、いい」
そういって断る庄司と目が合った。
そうだ、庄司なら。
昨日今日で不可思議な事件に目の当たりにしている。
最初に少年をジュニア本人と気付いたのもこいつだし
バカは勘が鋭いというのは10年以上こいつに連れ添った品川の揺るがない持論だ。
にゃあ、と鳴いた。
気付いてくれ。何かがおかしいと。
すると庄司のガラス玉のような目がこちらをじっと覗きこんできた。
「この猫さぁ・・・もしかして・・ヒデさん・・・
 ・・・・の猫かなぁ」

「えー?右手がコロコロになればいいって言うくらいの潔癖症が猫なんて飼うかー?」
「どっかで拾ってきたとか。
 今、猫もって帰るための籠とかそういうの買いに行ってるんじゃない?」
「あーそうかも・・あれ?何かこの猫急にぐったりしたぞ。え?泣いてる?」
「お腹すいてるのかな?お弁当の残りとかないかな、煮魚とか」
「煮魚は濃いんじゃね?」
多くは望むまい。多くは望むまいと念仏のように心で唱える。
そういやこいつ品川に化けたぐっさんもスルーしたんだったっけ・・・。
というかワッキーそもそもお前が!!10年以上も連れ添った相方のお前がまず気付かんでどうする!!
俺は気付いたぞ!!!
「あれ?また急に元気になった」
相変わらず気付く様子の無い相方に
俺は思い切り猫パンチを食らわせ続けた。

509−19歳:2007/10/04(木) 00:16:38
あと5スレか6スレでまとまると思います
お言葉に甘えてちょっと長くなりました

510−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/05(金) 01:18:30
「ヒデさん遅くなるならさぁ、先にちょっと覗いてこようかな。
 店閉まっちゃうかもしれないし」
少し冷えてきた部屋で、温かいコーヒーを注ぎながら庄司が言った。
「どこへ?」
「ここすぐ南にいったとこにある本屋。
 なんか画像の男の人に似てる人が働いてるんだって。
 後輩からメールで来たから」
「画像の男って泥棒だっけ?不法侵入?
 それ一人で行くの危なくないか?」
すると同意するかのように三毛猫がにゃーと鳴いた。
「・・・うーん・・・
 どうしようか。って相談しに来たんだけど、ヒデさん遅いなー」
庄司は少し窓の外を眺めていたが。徐々に暗くなる空を見ながら、意を決したように立ち上がった。 
「ちょっとだけ、見るだけ見てくるよ。
 見れば分かると思うんだよなー本人か違うかくらいは」
にゃにゃにゃにゃにゃー!と猫が騒ぎ立てる。
「気をつけろよ」
「うん」
(行くんじゃない!)
「でも早く解決しないと困るだろうし
 ・・・・え?」
庄司が振り返る。そこにはじたばたして鳴きわめく猫を抱きかかえたワッキーがいるばかり。
「今ヒデさんの声しなかった?」
「?いいや?」
首を傾げて、まぁいいかと上着を羽織る。
「すぐ戻るよ」
まるで寄り道でもするときのように、軽くそう言って庄司は部屋を出ていった。
ドアが閉まる瞬間、ひときわ甲高く鳴く猫の叫び声を、後ろに聞きながら。




本屋の場所はすぐにわかった。さほど大きくはない二階建ての建物。
外に並べられている雑誌の中から適当に拾い上げて店に入る。
広くは無い店内をぐるりと一周したがそれらしき人物は見あたらない。
歳若い人はみな、どちらかというとしっかりした体つきで、
あの時一瞬垣間見た、細い体と薄暗い表情のイメージとは重ならなかった。
・・・・ハズレかな。
「520円です」
そのままお金を払って店を出る。
とその時、入れ違いに入ってきた人間と、肩がぶつかった。
うつむき加減に歩いていた庄司は、その勢いに少し跳ね飛ばされる。

───Deja vu 。

あの時と違うのは、立ち止まり、振り返ったこと。
お互いが、まるで鏡のように。

511−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/05(金) 02:44:47
シャー!!!
と声を上げて、ワッキーの手に思い切り齧り付く。
「いて!!」
緩んだその腕をすり抜けて、勢いよくドアノブに飛びつくと、
重みと反動で、ガチャリと音を立ててドアが力なく開いた。
その隙間に身体を滑り込ませ全速力で外に出る。
人の足の間を猛スピードでかいくぐる度、きゃあという声が上から何度も聞こえたが、気にしている余裕は無い。
階段を駆け下り、閉じようとする玄関の自動ドアをぶちやぶる勢いで突っ切る。
外に出ると一目散に南へ向かった。
───石も持たんと不用意にこちらの世界に関わることが、
   どんなに危険なことか───
ぐっさんの言葉を思い出す。
彼の言うとおりだ。関わるべきじゃなかった。
自分の手に余るものだと分かった時点で、大人しく身を引くべきだった。
もし本屋にいるその男が、帽子の男と同一人物であったら、不用意に接近することがどれほど危険なことか。
もしその力を発動されてしまったら、石を持っていない自分たちには、何一つ成す術がないのだ。
───早く解決しないと、困るだろうし──
庄司の言葉が頭の中をリフレインする。
大した興味さえもなく巻き込まれた上、そんな親切心で関わっているのに
わけもわからない相手に、どうにかされてしまったら、
そんな悲劇だけは、どうか。

ぐっさんは何か背後に組織があるようなことを言っていた
今なら分かる、その存在と目的の有無はともかく
石を持っていてさえ、組織に入らねば、身を守りきれないほど、危険なのだ。

人ごみを駆け抜けると目的の本屋が見えてきた。
何事もなくあってくれという期待を軽々と裏切り、
視界に庄司と──誰か、が向かい合って言い争っているのが見える。
諭そうとする庄司の声と、まるでそれを聞かない子供のようなわめき声。
そして男の手が自分の胸ポケットに伸びたかと思うと
そこから現れたのは、透き通る白い石。
さぁっ庄司と顔色が変わり、身を翻すようにして逃げだす。その後ろで石が光る
───と思われた瞬間。

に゛ゃあ゛あ゛あ゛
断末魔のような叫び声を上げ、爪と言う爪を出して三毛猫が男に飛び掛った。
その姿は猫というよりも凶暴な野生の獣のそれである。
何が起きたか把握できず、唖然とこちらを見ている庄司に叫ぶ
(逃げろ!!・・・・と言ってもわからないか・・・!)
石を持っている男の手に爪を深々と立て、思い切り引き下ろすと
「ぎゃぁ!!」という声と共に、赤い斑点が飛び散った。
そして、その拍子に石がするりと指を抜け、カン、という音を立てて地面に転がる。
(チャンス!!)
その瞬間を逃さず、猫は石を咥えて一目散に走り出した。
男は驚いて、我を忘れて必死の形相で追ってくる。

当たり前か、これが無くては、この男もただの人間。
今この時だけはこの猫の姿がありがたい

人ごみをすり抜け塀に飛び乗り、都会の裏通りを弾丸のように猫は逃げる。
どうか、今のうちに逃げてくれ、と
繰り返し繰り返し、心の中で願いながら。

512−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/05(金) 03:46:36
街灯の下にその石を置いて見てみると、それはどうやら琥珀らしかった。
白いと思っていたがよく見るとほんのりと薄い黄色がかかっている。
珍しい色でありながら、それが琥珀だと分かったのは
まるで不気味な影をうつすように、石の中にサソリが入り込んでいたからだ。
琥珀は樹液が固まって出来た石、虫や葉が入りこむことはまれにあり、むしろその方が価値は高い。
それにしても
(気味悪いな)
というのが正直な感想だった。

あのあと町中を走り、男をまいた後、ヒデはひたすら歩いて靖史の家を目指していた。
靖史にこの石を渡せば、何かに気付いてくれる確立は高い。
「なんじゃこの猫ー」
と言ってまるで気付かれず追い出される可能性も高いといえば高いが。

どちらにしても、この姿のまま家に帰ってもしかたがないし、誰とも連絡は取れない
ここしか来る所はないのだ。
深くため息をつく。
リーリーと虫の音ばかりが聞こえる、誰もいない夜の公園の水のみ場で喉を潤す。
走り続けたため肉体は疲労困憊し、ぐったりとしていたが、ここまで来てぐだぐだしてもしかたがない。
家までもう一息だと立ち上がったその時
じゃり、
と誰かの足音がした。
じゃり、じゃり、と静かに近づいてくる足音。
街灯が少しずつ、その輪郭を浮き立たせる。
すらりとした高い背。それは先刻別れたばかりの。

───庄司。

どれくらい前からこちらに気付いていたのか、じっと張り付いたように凝視している。
驚いて見返していると、ゆっくりと口を開いた。
「・・・ここに来るまでのあいだずっと考えてたんですけど・・・」
膝を追って目線を近くする。
「・・・・・ひょっとして、ヒデさん?」

何か空気が歪むような感覚のあと
街灯が映し出す人の影が、二つになった。



「・・・助かったよ・・・」
と言うと
「いえこちらこそ」
といって庄司は笑った。
安堵と疲労で立ち上がる気力が無い。
今更になって気付いたが体中擦り傷と泥だらけでボロボロだった。
「もしただの猫ならうちで飼おうかと思いました
 俺猫アレルギーだけど」
そういって笑う庄司の肩を借りてなんとか立ち上がる。
手の中には例の琥珀。
これをあの二人の元に届けたら、とりあえず任務は終了にしよう。
でもその前に
「・・・携帯、貸してくれるか・・・?」
「はい?」
「心配してると思うから」

今は自分の手で、
電話できることがなにより嬉しい。

513−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 00:56:20
「石を咥えたまま人込みをジグザグに駆け抜けていく姿はロナウジーニョのようでした」
庄司は身振り手振りを交えて今日一日にあった出来事を説明する。
「大変でしたよ・・・こりごりです。
 これが終わったら、もう二度と関わらないことをお勧めします」
災難であったろうに冗談を交えて話す二人の言葉を笑いながら聞いていたが、
若干の沈黙の後、靖史は気になっていたことを口にした。

「で、これ、どうやってつかうねん」
と机の上に置かれた、問題の白い石を指差して言う。
石を中心に、四人は顔を見合わせる
「・・・さぁ・・・・?」

「例えばこうやって・・・」ヒデが石を手の中に入れて
「戻れ!」
叫んでみたが何も起こらない。
そして少し恥ずかしい。
「それなら・・・」
と庄司が石を掴んで恭しく相手に渡すそぶりをする
「監督、ウィニングボールです。」
「それはモノボケ」
と笑いながらヒデからツッコミが入る。
すると靖史がその直径4センチくらいはあろうかという白い石をひょいと取り上げて
「ピッコロ大魔王」
と言って口に咥えたので、ヒデと庄司は同時にぶはっと噴出してしまった。
そして靖史の横でその一連の光景を眺める、ものすごく不信そうな少年の目。
「あ、ごめん・・・・」
と謝る靖史から不機嫌な顔のまま、細長い手を伸ばして石を掴むと
そのまま少しだけ上に掲げて
「この錠剤には成人一日の栄養全てが含まれています」
と言った。その順応性の高さと
「大きすぎ!飲めへん!」
という間髪入れない靖史のツッコミのやりとりに、
庄司とヒデは、やはり少年はジュニアで
そしてお互いの相方で兄弟だと改めて感じる。

「ま、とりあえず。壊すか」
と靖史が立ち上がり、どこからかミノとトンカチを持ってきた。
「いいんですか?」
「しゃあないやろ。もっぺん犯人に返して『使ってくれ』って言う訳にもいかへんし
 あ、敷くもん敷くもん」
と台所からまな板を持って来ると、その上に石を置き、丁度真ん中にミノを宛がう。
幸い大きい石なので、安定はしそうだ。
「浩史下がっとけ」
と言ってトンカチを振り上げたその時。

───力が、欲しくはないか・・・・?

地の底から湧きあがるような声が、部屋に響いた。

514−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 01:34:11
白い石から、オーラのように何かが立ち上る。
それは変幻自在に人の手のような形になったり人型になったりと蠢き
不気味な声を発した。

───・・・力が、欲しくはないか・・・?
もし我と契約を交わすなら、
他人から芸人としての力を奪い自分のものとする
その術を与えよう・・・
才を磨き実力を蓄えたそのものが何の苦労もなく手に入る・・
このままでいたくないのなら・・・
目指すものの頂がなお高いところにあるのなら・・・
我と契約を交わせ・・・
何・・力を奪ったところで人が死ぬわけでは

ゴン。

鈍い音がした。
とたんに石から出ていた煙のようなものが、水をかけられたようにフシュンと音を立てて消えた。
そして最後の叫びのような
眼前を覆う一瞬の閃光。
全員がまぶしさに目を閉じ、そして恐る恐る開くと、そこにはもう嘘のように何も無く。
テーブルを見ると、ミノが深々とまな板に打ち付けられ
白い琥珀は、中に入っていた蠍ごとぱっかりと二つに割れていた。
靖史が、トンカチを振り下ろしたのだ。

「話くらい最後までさせてやれや」
「いや、終わったんかなーって・・・」
と靖史が言いかけたところで、全員がハッとして振り返る。
そこにはいつもと変わらない、スラリとした長身の、彼がいた。

+19年の、彼が。

「なんかまだ話したそうやったで」
そう言って笑う表情と
まるで何も無かったかのような不遜な態度に
「ジュニア!」「「ジュニアさん!!」」
と思わず待ちわびたヒーローの登場を迎えるような
三人の歓喜の声が同時にあがった。

515−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 03:23:27
それから数日後、警察署からの帰り道。

「だから14歳だったんですね」
と庄司が言った。
「あ?」
「何でそんな中途半端な年齢なんだろうって思ってたんですけど
 芸人として生きてきた時間を奪われたから
 修行を始める前に戻ったんだなって」
「お前危なかったな。20前に戻されるとこだったぞ」
ヒデが笑う
「俺の場合は、あの帽子の男は俺の時間が欲しかった訳じゃなくて
 力発動して若返らせて訳わかんなくさえちゃえ!
 っていう感じでしたけどね」
庄司もそういって笑っていたが、ふと、小さい声で呟いた。
「・・・・でも、脅えてましたよ。
 俺とあの本屋で目があった瞬間『見つかった!!』って顔をして
 多分、自分自身でやったことが、怖かったんじゃないでしょうか」

今となっては確かめる術もない。
あの後、例の帽子の男は仕事場に戻ることなく忽然と姿を消した。
不法侵入の犯人として警察に届けはしたが
その行方はようとして知れない。
金品の被害も無いということで、
警察の方にもあまり真面目に探す気がないというのは見て取れた。

男は、石が壊されたことを知ったのかもしれない。
あるいは、その力に取り込まれて───。

「あの後調べたんですけどね。あの帽子の男。
 貴方に憧れて、一度は芸人を志した男だったそうですよ
 真面目で努力もしたけれど結局──絶望したんでしょうね
 ある日突然、自分には才能が無いからもう止めると言い出したとか」
ヒデがいう言葉に
「・・・ああ、何かそんなこと言っとった気がするなぁ・・」
とジュニアは曖昧な返事をした。
「覚えてないんですか?」
「そこらへんは記憶がぼやけてんなぁ
 石に取り込まれてたときは
 何か奇妙な夢みたいやったわ。
 起きた瞬間は覚えてたやけど、
 どんなんか言おうとしたらもう何もわからへんような」

目を閉じて、思い出そうとしても何か混沌とした渦の中にいるような
ただその中からひとつだけ思い出せる
こちらを凝視する───心酔するような
まなざし。

516−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 03:27:30
おしまい。

長くなってほんとにすみません。
そして長くてもいいといってくださったかたありがとうございます。
読んで下さってありがとうございました。
廃棄だからと好き放題書きました。楽しかったです。

517名無しさん:2007/10/06(土) 05:42:28
乙!面白かったです。
ここ数日毎日読むのを楽しみにしてました。

518−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 20:29:31
おお、感想が!ありがとうございます。
そういっていただけると書いたかいがあります

519名無しさん:2007/10/07(日) 19:34:09
乙!
おもしろかったーー!!!1

520名無しさん:2007/12/10(月) 01:05:53
お久し振りです。>478-481の続きです。

↓念の為再び説明

主要キャラが現在使用中+本スレ停滞中なので、本編にも番外編にもなれない妙なパラレルです。
廃棄スレということもありだいぶ好き勝手やらさせていただいてます。
おかしなところがあればつっこんでやってください。

521名無しさん:2007/12/10(月) 01:07:36
「黒、やったんですか」

川島の低い声が闇に落ちる。落ち着き払った声ではあったが、それとは裏腹に胸を打つ早鐘は落ち着く気配を見せない。
「なに、しらんかったん?」
意外やわーと言いながら、哲夫は準備運動とばかりにぐるぐると肩を回している。その先に堅く握り締められた手があり、その中に石があることは明らかだった。

…ついこの間まで一緒の劇場でしかも同じ組で仕事してきた二人と、まさかこんな形で対峙するとは思いもしなかった。
混乱する感情の中に、虚無感が混ざった。小さく舌打ちをして、もう一度小林を見上げる。何も言わない白い男は腕組みをしたまま動かない。

522名無しさん:2007/12/10(月) 01:08:29
どうするん、と哲夫が問い掛けてきた。戦うのか黒に入るのか、それ以外の選択肢は用意していないらしい。
「…黒には入らん。けどお二人とも戦いたくない」
「そんなん言われてもなぁ?」
「なぁ?」
哲夫が振り返ると、その一歩後ろにいた西田が間の抜けた声で答える。その西田も先程から小林同様腕組みをしたまま動かない。

川島は混乱する頭を無理矢理回して、なんとか手を考えようとした。
戦うにしても状況はあまりにも不利だ。自分に有利な夜とはいえ、3対1、しかも相手の能力はわからない。
今までも何度か同じような状況で襲われたことがあった。しかしそれはまだ能力の使い方も知らない、若手だったからこそ切り抜けられたのだ。今とは話が違う。
それならば逃げるか。
それは何の解決にもならない、自分がいくら逃げたところで彼等の追撃は止まらないだろう。

それならばどうする―

523名無しさん:2007/12/10(月) 01:10:30
不意に思考が中断され、川島は弾かれたように顔を上げた。哲夫が近くにあったビルの壁を思い切り叩いたからである。
「何も知らんで戦うのもアレやから、俺の能力は教えといたるわ。」
哲夫は話しながら壁をコツコツと叩く。
「俺の能力は分解と再構築ができるってもん。例えば…一旦解散!んですぐ集合!」
哲夫が手を叩くと同時に指の隙間から強い光が発せられた。
光に怯んだ川島の右足に、急激な重みが襲った。何が起こったのかを把握する術はなく、バランスを失った体はよろけ、倒れこむ。
「なんっ…」
咄嗟に両手をついて、顔面から地面に激突することだけは防げたが、地についた己の膝の間から得体の知れない塊が見えて、川島は言葉を失った。

524名無しさん:2007/12/10(月) 01:11:03
それはコンクリートの塊だった。右足首からふくらはぎのあたりまで、まるで蛇のように絡み付いている。
顔を上げると、哲夫が手をついていたあたりの壁が不自然に凹んでいる。足に絡み付いたものがビルの壁だったものだとわかるまでそう時間はかからなかった。
引き剥がそうとするが、ビルの壁と変わらない堅さのそれはがっちりと組み付いて離れない。

哲夫は嗜虐的な笑みを浮かべている。その後ろで西田があ、と小さい声をあげて哲夫を呼んだ。
「『教えといたる』、て実際にやってもうたら結局卑怯やん」
「あぁそうやった」
どこまでも呑気な西田のツッコミに、哲夫は刈り込まれた頭を掻いた。

525名無しさん:2007/12/10(月) 01:13:02
―洒落にならん。
川島は心の中で呟いた。背中を嫌な汗が伝う。

「んじゃ、遠慮なくいかせてもらうな。…一旦解散!」
哲夫は再び石を光らせる。最早川島に迷っている暇はなかった。
戦うにしても逃げるにしても、まず距離を取りたい。二人の立っている後ろ数メートル付近にある影を目指して石の力を発動させる。
漆黒の空間を通り抜け、寸分の狂いもない場所から飛び出す。これで確実に背後をとれる。
―はずだった。

「かはっ…!!」

予想だにしなかった衝撃に息が詰まる。全身、特に胸辺りにはしる強い痛み。
何事かと自分の体を見れば、自分がたった今飛び出した壁から、コンクリートの塊が「生えて」いた。それが絡み付くように全身を取り巻いていたのだ。
顔を上げると、笑い飯の二人はこちらを向いている。まるでここから出て来るのがわかっていたように。
「聞いてたけど、えらい能力やな」
西田が目を丸くして言った。

能力が知られているのは予想の範囲内だった。しかし影が多い今なら、こちらの動きを読めるはずがない。それならば何故。

526名無しさん:2007/12/10(月) 01:14:35
哲夫が再び両手を構えた。
―とにかく今は、大人しくコンクリ詰めにされるわけにはいかない。
川島は貼り付けられている壁の影に再び潜り込み、今度はアスファルトの地面から飛び出した。
しかしまたも、コンクリ片が体を覆った。上半身、そして首まで締め付けるそれに、呼吸さえおぼつかなくなる。

間違いなく、動きが読まれている。

そうでなくては考えられないことだった。
大振りの能力の割に正確すぎる攻撃。それを可能にしてるのは西田の力なのだろうか。
一方で全く動く気配の無い小林の能力も気になる。
どうすればいい、

句点の後は続かない。疑問ばかりが先行して、考えがまとまらない。
どこまでも答えが見えず、全て投げたしたくなる。そんな絶望が川島を支配しつつあった。

527名無しさん:2007/12/10(月) 01:15:48
以上です。
また細々とここで更新したいと思ってます。

本スレまた賑わうといいですねー(´・ω・`)

528元・8Y(ry ◆pP7B4KibtE:2007/12/27(木) 22:10:30
まとめサイトの管理人さんと某所で偶然お会いした際にお話した短編、
どうにもこうにもまとまらず、半年以上経過してしまった事もあって
ここに投下する事にしました。

529元・8Y(ry ◆pP7B4KibtE:2007/12/27(木) 22:13:31
「あ、おい待てよ、光――」
口を衝いて出た名前に、しまった、と思った時にはもう遅かった。
相手の機嫌の悪さを物語るような耳障りな音に眉を顰めながら、田中は反射的に耳から離した受話器を思わず数秒眺めた。

――ていうかあいつも家の電話から掛けてきてたのかよ。光っちゃんに聴かれたどうするつもりだっての。

わざわざ妻が外出中である事を確認してから話し出したところを見ると最低限気を遣ってはいるらしいが、それにしても無用心だ。
『黒』の人間なら家に忍び込んで盗聴器を仕掛けるくらいはやりかねないし、事務所の社長でもある太田の妻は、それなりに
――少なくとも田中も太田も太刀打ち出来ない程度には――頭の切れる人間だ。
万が一異変に気付かれたら隠し通す事が不可能に近いのは、彼自身が一番知っているはずだが。
のろのろと受話器を置きながら、思わず溜息を漏らす。
久しぶりの丸一日のオフにいきなり相方から電話が掛かってきたかと思えば、その内容は最近食傷気味になってきた『白』と『黒』の話だ。
少しくらい無愛想な態度をしたところでバチは当たらないと思ったのだが、どうやら電話越しに伝わったこちらの不機嫌さは相方の癪に障ったらしい。
いや、叩き付けるように電話を切った原因はそれだけではないだろう。
電話を掛けてきた時点で相方の機嫌は地を這うようなレベルだったようだし、
話の途中で電話を切ろうとする相方を咄嗟に引き止めようとして、うっかりここ数年相方が嫌っている呼び方をしてしまったのもまずかった。
明日会った時に相方がまだ憮然としているようなら、少しは機嫌取りをしておくべきかもしれない。
頭が痛くなるような思いで振り向くと視界の端にちょうど机の上に出していた緑色の石が映り、思わずもう一度溜息をつく。

ルビーやサファイアと違い、エメラルドは一切の攻撃力を持たない。
その分浄化に特化した力には凄まじいものがあるが、自衛の力すら持っていないというのは余りに大きな欠点だ。
どうしてこんな面倒な石が転がり込んできたのか。それも、よりによって若手のカテゴリからはとっくに外れている自分に。

それとも、まだ自分が知らない――もしくは、『忘れている』?――何かがあるのか。
ふと浮かんだその考えに悪寒が走り、田中は頭を振ってその仮説を頭から叩き出す。
それでも、薄曇の今日の空のように、嫌な予感は頭から離れなかった。

530元・8Y(ry ◆pP7B4KibtE:2007/12/27(木) 22:16:58
追伸(というより私信)
まとめサイト管理人様へ
私事でしばらく忙しくなりそうな事もあって中途半端になってしまって申し訳ありません。

531ヴィクラモールヴァシーヤ ◆XNziia/3ao:2007/12/28(金) 02:33:52
ちょっと質問なんすけど、枡野さんの一人称って僕ですかね?
俺ですかね?出す予定なのでできれば答えて頂きたいです。

532ヴィクラモールヴァシーヤ ◆XNziia/3ao:2007/12/28(金) 02:47:41
間違えた。『升』野さんでした。

533176@まとめ:2007/12/29(土) 03:06:17
>530
ありがとうございます!秘かにお待ちしておりました。
太田さんが携帯を持っていない点や名前が出ただけでも恐い社長の威光、
ファンには嬉しい限りの行き届かれた描写で嬉しいです。
いえいえ、こちらもあれから某所にはご無沙汰でしたので。ご用事頑張ってください。

534 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:16:08
品庄の話投下します。
設定などに無理があるかも知れないので、取り敢えずこちらに。

535BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:19:49
「しながわあああぁーっ!」

思わずビクッと全身が震えて、品川祐は楽屋のドアノブを掴み損なった。
顔を向ければ、駆けて来るのは次長課長、河本準一。
何ですかと歳下の先輩に訊ねれば、にんまりと丸い顔を更に丸めて見上げて来る。
同じ様に品川も顔を丸めて、今度こそドアノブを握った。

「時間あるなら、上がります?」
「そっちも時間あるならそうさせて貰うわ」

ドアを開け、どうぞと品川が促すと、いやに嬉しそうな様子で中に入る。
すぐに河本は、テーブルの向こうで寝そべっている庄司を見付けた。

「あ、庄司寝てるんか。俺らの楽屋にする?」
「いや良いですよ。こいつちょっとやそっとじゃ起きないすから」

やっぱこいつ、石使ってやがったな…
品川は大口を開けて眠りこけている庄司を見ながら、ひっそり息をついた。
庄司の石は闘争本能を飛躍的に増大させる代わりに、発動している間自身で力を制御出来ない。おまけに発動後は猛烈な睡魔に襲われるという厄介極まりないものだ。
朝会った時から欠伸を連発し、しきりに目を擦っていたからまさかとは思っていたが。
少し楽屋を空けた隙にはもう爆睡ぶっこいている相方を見て、品川のまさかは確信となった。
まあ石使わないでケガされるよりはマシっちゃマシか。
そう前向きに捉える事にして、河本に向き直った。
その表情を見て、品川は思わず苦笑を漏らす。

「めちゃめちゃ嬉しそうですね。何かあったんですか?」
「何かあったも何も。お前ら見てほんっっま安心したわ。今ホラ、あるやん。あの…」
「ああ、石…ですか?」

例の、と言うと、河本はそれ、と顔を顰めながら頷いた。

「周り誰見ても敵ちゃうんか思えて来て。俺もう人間不信なりそうや。
&nbsp品川は白やろ? もう何か、ほんま安心したわ」

白の傍にいたって襲われる時は襲われますけどね、とは思ったが言わず、代わりに小さく愛想笑いで返しておいた。
周りが全て敵の様に思えてしまうその感覚は良く解ったから。今安心し切っている先輩をわざわざ不安がらせる事もないだろう。

暫く他愛のない事を二人で喋っていたが、やがて楽屋の奥の影がむっくりと、身を起こした。
庄司は暫くしかめっ面で二人を見ていたが、それが河本と品川だと解ると、目元だけは眠そうに、緩く笑ってみせた。
まだ寝てても良いぞ、と品川が言ってやる。
しかし庄司は畳をぼーっと眺めた後、何かに気付いた様に顔を上げ、緩慢な動作で立ち上がり、壁にぶつかりながらよろよろと楽屋を後にした。
その背を、二人揃って見送る。

「…何やあいつ。大丈夫なん?」

536BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:23:08
「……大丈夫でしょ。顔でも洗いに行ったんじゃないですか」

ふーん、と河本は返したが、閉じたドアを見る品川の視線が、いつもより僅かに厳しくなっている事に気付いた。
同時に、一人置いて来た相方を思い出す。
そんな河本を見透かす様に、品川は河本さん、とやはり厳しい面持ちで訊ねた。

「井上さん。今一人なんですか」
「解らん。俺がこっち来る時は楽屋に一人やった。けど、今はどうやろ。あんま他の芸人とこ遊びに行く様な奴でもないけど…」

沈黙が二人を包む。
見に行きますか、と品川が切り出すと、河本は一も二もなく頷いた。










「しょおおぉぉーじっ!」

どっかと背中からタックルを喰らい、庄司は目の前の自動販売機にへばり付いた。
振り返れば、目の前には次長課長、井上聡。
どうしたんですかと同い歳の先輩に訊ねれば、目をキラキラさせて見上げて来る。

「庄司おるなあー思って。それだけ」
「それだけですか」

苦笑を漏らしながら、自動販売機に小銭を入れ、ボタンを押す。
ガコンと音がしてから、缶コーヒーを取り出した。

「何や眠そうやなあ。あんま寝てないん?」
「俺寝起きなんです。だからコレで、目覚ましです」

屈託なく笑う庄司に釣られて、井上もそっか、と笑って返した。
プルタブを開け、缶に口を付ける。コーヒーを飲みながら、庄司は右に左にと視線を彷徨わせていた。
しかし右の方を暫くじーっと見てから、口元を僅かに持ち上げた。
それを井上は、缶の向こうに見付けた。

「ええもんあった?」
「え? …いや、何でです?」
「今めっちゃ楽しそうやったで。一瞬やけど」

そうですか? と目を細めて笑う。
やっぱり右の方を見て、飲み干した缶を脇のゴミ箱に放り込んだ。

「…そう言えば、河本さん俺らの楽屋いましたよ」
「あ、ほんま? そーなんやー。品川と?」
「そうですよ。二人で座って、何か話してました」
「へえー」
「はい…」

困った様に笑いながら口元に手を添える庄司を、井上はやっぱりにこにこと機嫌良く見上げていた。

537BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:26:46
うーん、と庄司は辺りをきょろきょろと、時に井上をちらちらと窺っていたが、やがて右の方へと足を踏み出した。
井上も、それに続く。
二、三歩進んで、庄司は付いて来る井上の方を振り返った。

「あのーすいません、いのう…」
「すいません」

『えさん』、と庄司が言い切るより先に、二人に声が掛かる。
井上と庄司、二人揃って顔を上げた。

「すいません…あの、井上さんと、庄司さんですか」

うん、と同時に頷く。
井上は庄司の横に並び、知ってる? と男を見ながら小声で訊ねた。庄司の答えは、さあ。
ひょろっと背の高い優男は二人を交互に見た。

「お二人共、石…持ってますよね。大人しく渡せば、何もしません」

石…!
うわ来たわ、と井上は庄司を見上げた。
一方の庄司は面倒臭そうに腕を掻いている。
何でこいつこんな普通なん、と井上は思ったが、男からしてみれば表情に起伏のない井上も充分平静に見えただろう。

「ちょぉ、庄司」
「はい?」
「石言うてるで、あの人」
「多いですよね最近」
「うん。どうする?」
「俺は石手放す気ないですよ。井上さん、渡すんですか?」

井上はぶんぶんと首を横に振った。
それを見て男は半分諦めた様に溜息を落とした。

「俺も本当、穏便にしたいんですよ。お二人はテレビにも沢山出てますし、もう良いでしょう?」

瞬間、庄司は弾ける様に視線を上げて目だけで男を見た。が、井上は気付かない。
井上は自身の石、金の入っているポケットを、ぎゅっと押さえた。

「しょーじ、どうすんの。お前の石、何なん?」
「俺の石は一応攻撃系ですよ。向こうも一人で二人に来るんだから、攻撃系じゃないですか?
&nbspでも俺のはここで使うのはちょっと…うーん。井上さんは?」
「俺? 俺のんは…」
「いつまで話してるんですか…!」

業を煮やしたらしく、男は素早く上着のポケットから石を取り出した。
ヤバい、と井上も石を取り出す。同時に床を蹴った。

「しょーじっ、後頼んだでっ!!!」
「えっ、ちょっ、井上さん、待っ………!!」

井上の能力は、石の凍結。
俺があいつの能力止めてまえばそれで終わりや、と井上は石を握り締めた。
井上の石から光が放たれる。
井上は両手を頭上で合わせ、ピーンと全身を直立に保ったまま、勢いを殺さず床を滑った。
この時、庄司がその場にいない筈の河本の、威勢の良い競りの声を思い出していた事などはどうでも良い。


床を滑った井上の、行き着いた先は―――

538 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:31:39
一旦ここまでです。
井上の呼ぶ「庄司」は「しょーじ」にしか聞こえない。

539名無しさん:2008/01/07(月) 18:19:53
面白いです!続きがすごく気になる。
タックルかけといて
>「庄司おるなあー思って。それだけ」
という井上の言葉に笑いました。
今までの能力の設定もちゃんと生かされてると思いました。
自分は彼らについてあまり詳しくないので
個々の芸人の描き方についてはコメントできないです。すみません。
どなたか詳しい方お願いします。

540名無しさん:2008/01/07(月) 18:33:28
遅くなったけれど名無しさんの麒麟川島と笑い飯の話の続編、とても面白かった。また続きが読みたい。こつこつとでもいいので更新待ってます。

541BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:32:30
しん、と静寂が落ちる。
庄司は手を前に突き出したまま、視線だけは自身の真下に向いていた。
男の目は、庄司の足下へ…

築地のマグロとなった井上は、庄司の元へと辿り着いていた。

だがしかし、井上の能力を知らない二人には何が起こったのか解らない。
庄司と男と。ゆっくりと、視線がかち合う。
ごくりと互いが生唾を飲み込む音さえ聞こえそうだ。

「お前、何かなった?」
「いや、別に…」
「俺も別に…」
「「……………」」

足下で固まったままの井上を見ながら、庄司はあーあと目を閉じた。

目覚めた瞬間、戦闘の気配を感じた。いや、気配を感じて、目を覚ました。
だから眠い目を擦って楽屋を後にしたし、眠い身体を叩き起こす為にコーヒーを飲んだ。
井上が来た時は正直、どうしようかと思った。
単純に巻き込みたくなかったし、何より戦うのなら、なるべく一人が良かった。
河本が自分達の楽屋にいると言えば井上はそっちへ行くかと思ったがそうも行かず、足を踏み出せば付いて来た。
だからはっきり、付いて来て欲しくないと言おうとした。
だけど言い切るより先にこの男が現れて。…で、今、これ。

庄司はズボンの右ポケットに手を入れ、モルダヴァイドを手の中でころころと転がした。
全く異常はない様に思う。男も何ともない、と言っていた。
井上さんの能力って何なんだろ。まさか戦意を削ぐとか、そういう系? と頭を捻りながら、庄司は男に向き直った。
ぐちゃぐちゃ考えたって仕方ない。起こった事はもう起こった事だし。

「お前さあ」
「…はい」
「何石使おうとしてんだよ。今誰もいないから良いけどさ、人が来るかも知れないじゃん。普通考えるでしょ」
「だから、です。お二人が、困ると思って…」

あー成程それ狙いかあ、と逆に納得してしまった。
まあそれでも石を渡す気はなかったし、それは井上も一緒だろう。
だからこそ今こうして、井上は直立不動のまま固まってる訳で。

少しイラついた風の庄司に、男は怯んでる様だった。
石に手を掛けようかどうか迷っている。ただ、庄司もまたポケットに手を入れているから、動けない。
庄司はそんな男に気付いているのかいないのか、まあ良いや、と歯を見せた。
それは、男が度々テレビで目にする笑顔そのままだった。

「取り敢えず、場所変えよ。ここ人来るし、派手に出来ないでしょ」










バタバタバタ、とスタッフよりも慌しく、二つの足音が廊下中に響き渡る。
品川と河本は、忙しなく左右に目と顔を動かしながらスタジオを駆け回っていた。

次長課長の楽屋に、井上の姿はなかった。
その後井上と仲の良い芸人達の楽屋を訪ねたが、何処にもいなかった。誰一人、井上の所在を知る者はなかった。
芸人達は井上を捜す手伝いを申し出たが、別に何かあったと決まった訳でもないし、大事にしたくないので断った。
通り掛かるスタッフ達に訊ねるも、皆さあ、と曖昧な答えを返すだけ。
仕方なく、手当たり次第のローラー作戦に出た。
トイレ、楽屋、階段、非常口。ありとあらゆる扉を開けて、ありとあらゆる通路を抜けて、井上の姿を捜す。
と、品川が突然足を止めた。

「ちょっ、河本さん河本さん!」
「何や、おったか!?」
「あれ、多分…井上さん? …っすよね?」

真っ直ぐに伸びた廊下を少し逸れると、僅かに広いスペースがある。
そのスペースのソファの上。品川の位置から、ピンと伸ばされた手と頭が、僅かに見えた。

「聡!」

河本が慌てて駆け寄る。
ソファの背もたれに顔を向ける形で横たわっている為、傍目には変なポーズで寝ている様に…見えなくもない。

「河本さん、井上さん動かないすけど…大丈夫なんすか?」
「良かった、大丈夫や。これ、聡の能力やから」
「どーゆー事っすか。井上さん、めちゃめちゃ冷たいですよ」
「マグロや。マグロんなって、相手の石の能力、凍らせるんや」

542BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:41:55
「凍らせるって…そりゃまた凄いっすね。無敵じゃないすか」
「その代わりこいつはこれ。起きたら、暫く寒さでガッチガチや」

ふーん、と品川は井上に掛けられていた上着を掴み上げた。
ふらっと楽屋を後にした、庄司が着ていたものだ。

「…河本さん、これ。井上さん、庄司といたみたいっすね」
「ほんまか。でも、そしたら庄司は? 聡と一緒におったんやろ?」
「…さあ。井上さんと別れてどっかふら付いてんじゃないですか?」
「でも聡石使ってるんやで。何かあったんちゃうかって」
「井上さんに聞くのが早いと思いますけど。いつ元に戻るんです?」

品川の言葉を聞くと、あっ、と声を上げ、河本はゆるゆると顔を上げた。

「聡元に戻るんな…その戦闘が終わったら…やねん」
「『戦闘が終わったら』?」

河本の言葉を繰り返す。
それが何を意味するかなど、考えなくても解る。

「井上さんが凍らせたらもう終わるでしょう、普通。まだ終わってないってどういう事です?」
「解らん。でも、聡が封じ込めれるんは一度に石一個やから。相手が何人もおったり、何個も持ってたりしたら……」
「でもこんな建物の中であいつが使ったら俺すぐ解りますよ! 派手な石の力なんか感じませんよ!?
&nbsp終わるって、どう終わったら井上さん起きるんすか!?」
「そんなん俺に言われても知らへん! 聡の石が感じるんやろ。『何か』が終わったって。
&nbspそれ以上、俺には何も言えへん」

河本が言い終わる前に品川は立ち上がっていた。
掴んでいた上着を、河本に押し付ける。

「すいません河本さん、井上さん頼みます。俺、…捜して来ます」

河本の返事も待たず走り出す。
止める事も出来ず、河本は呆然とそちらを見ていたが。
やがて押し付けられた上着を井上に被せると、ソファを背にして座り込んだ。



それから数分後。
ビクリと身震いすると同時に、井上の瞳に生気が宿り始めた。










―――あのバカ、何処にいんだよ!

ほぼ毎日一緒にいる相方だ。庄司の持つ石の放つ空気は知っている。
その空気を必死に手繰りながら、品川は階段を駆け上がっていた。
何階上ったか解らない。が、品川は廊下に飛び出し、精神を研ぎ澄ませた。
この階で間違いない。きっとこの階にいる筈だ。

庄司の石は爆発的な力を生み、しかも自制する事は出来ないから、解放されればその力はほぼ垂れ流しの状態となる。
こんな建物の中で発動させれば、品川でなくとも気付くだろう。
だが今、集中しなければ存在を感じ取れない。という事はまだ大丈夫だ、少なくとも、石は使っていない。
取り敢えずその事には安心しながら、品川は廊下を進んで行く。
二個、三個と角を曲がる。
四個目の角を曲がったその時。

「庄司………!」

いた。
背の高い優男と二人、こちらに歩いて来ている。

「あれ、品川じゃん」

何やってんの、と続きそうなその調子に拍子抜けする。
庄司が若い男に、じゃあこれで、と告げると、男は会釈し、そそくさと二人の脇をすり抜けて行ってしまった。
その男を見送ってから、庄司は品川を横目で見た。
そして、言ったのは―――

「何やってんの」

あんまり予想通りのセリフに脱力して、ずるずると背中が壁を伝った。
そんな品川を、庄司は相変わらずきょとんとした表情で見る。

「何って…お前いねぇから。井上さんあんなだし」

543BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:45:27
「えっ、あんなって、まだあのままなの? あの、」
「築地のマグロな。石の凍結とかすげーけど、あの格好のままフリーズはちょっと勘弁だわ」
「確かに。俺もヤかも」

薄く笑って、庄司は両手をポケットに突っ込んだ。
だが不意に、何かに気付いた様に左手を見る。
どした、と品川が訊くも、何でもないと返された。

「で、あいつ誰よ。見た事ないけど」
「あいつ?」
「さっきの若いの」
「ああ。何か、最近来たばっかの若手だってさ。何かあんまここ知らないらしいから、社内見学してた」
「お前何ともねえの?」
「何も」
「あそ」

何の為に走り回ったんだと、品川は息を落としながら床を見た。
まあ何かあったと決まった訳でもないのに、少し姿が見えないからと勝手に慌てたのは自分だ。
いやむしろ、何もなくて良かったじゃないか。
井上さんの解凍にタイムラグがあっただけかと、そう思う事にした。

「もしかして、」

頭上から掛けられた声に顔を上げる。
目の前に立つ歳下の相方は、酷く穏やかで柔らかい、大人びた笑顔を見せていた。

「捜してくれてた? 品川さん、汗だくじゃないですか」
「うるせぇ!」

キャラを作ってそう言うと、くしゃっと子供の様に相好を崩す。
よいしょと品川が立ち上がると、それを見て、庄司は伸びをしながら歩き出した。

「…ありがとな」

品川の数歩先を行きながら、聞こえるか聞こえないかの声量で落とされた、庄司の声。
滅多に言われないその言葉と、普段は高めで張っている相方にしては稀に聞く、低くて落ち着いた声色に、何だからしくねぇなと思ってしまう。
そしたら何だか照れ臭くなって、うん、もどうも、も返すタイミングを失ってしまった。
そんな自分がまた恥ずかしかったから、品川はもう相方からの謝意は聞こえなかった事にして、ただ無言のまま、庄司から数歩の距離を保つ事にした。

544 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:50:07
まだ続きますが以上です。

>>539
有難うございます!初投下なもので、もの凄く嬉しいです。
次から設定が色々怪しくなって来ますので、終わりまで生温く見守っていただけると幸いです。

545 ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:41:01
こんばんは! 進行会議スレで確認させていただいた後の投下です。
自分の独断で考えた展開が多かったため、こちらを利用させていただきました。
当初の構想より大分早い地点で力尽きてしまったので、とりあえずアメザリとますおかの話を。
それでは、よろしくお願いいたします。

546日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:42:29


都内某所、ファミリーレストランの一角。
時刻は夜の11時。店の奥に設けられた大人数用の席いっぱいに、たくさんの若者が陣取っている。
その風貌は様々だったが、とにかく彼らは、ああだこうだとひとつの議題について話し合っているようだった。
リーダーらしい男の声がボリュームを絞りつつもあまりに甲高いので、店員や客が時々、驚いたようにそちらへ目を向けている。
「…うん、とりあえずこの方向やな。コント3本と、最後にみんなで1本、ドカンとしたやつ」
たくさんのメモ書きの末、しっかりした字で書き直された計画を指で示しながら。
総括としての高音に一同が、自分たちのライブが少しずつ形になりゆく嬉しさと緊張感を交えた顔で頷く。
「じゃあみんな、大体何やりたいか考えとけよ〜。次の会議は…」
「…あのっ、柳原さん!」
小さく叫ぶような声は、携帯電話のスケジュール帳を呼び出そうとしていた男―アメリカザリガニのうるさい方こと柳原 哲也―の指を、止めた。
目線を上げれば、ふざけながらも沢山のアイディアを出してみせた後輩が、一転して顔を曇らせている。
(うわ、またか)
喜べない経験の豊富さで、予測は容易だった。ここ最近、ライブの打ち合わせ後はほとんどこんな調子なのだ。
手首に巻いた革紐の、そこに通した白い石がぼんやりと光る。
“…出番ですかっ!?”
自分よりさらに少し高いハイトーンボイスが、意気揚々と、柳原の脳裏に響いた。


要は心配性なのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、真っ先に恐れたのは親しい者が巻き込まれること。
特に後輩たちは―見た目オッサンみたいなんもおるけど―まだ若く、芸歴も浅い。
何を基準に芸人たちへ渡るかは謎のまま、石は不気味な勢いで広まり続けてはいたが、基本的に年齢や知名度と石の所有率は、ほぼ反比例のグラフを描く。
この争いにおいて文字通り無力な若手たちにとっての最悪の展開といえば、やはり、強制的に先輩芸人に利用されてしまうパターンだろう。
実際、柳原自身も名も知れぬ若手に襲われた経験が何度もある。
話し合いの全く成立しない、誰かに操られた目とうつろな表情。回避という名目で行われる反撃と、傷付き倒れるその姿。
はなから納得のいく争いではなかったが、己の相手が見知った後輩になると想像すれば、許しがたいのはなおさらである。
というわけで彼は、情報収集を積極的に行い、同時に石を使ってその裏にある嘘や策略を発見し、必要であればそれを周囲に知らせ…
とにかく災厄が起きる前に叩くことに力を注いできた。
(ほんまは俺がもっと、直接色々できたらよかったんやけどなぁ)
正面突破ではなく抜け道を探すようなやり方は、あまり得意ではなかった。
ただ十分な力があればあるだけ突っ走ってしまう柳原のこと、能力が攻撃系でなかったのは、実はとても幸いだったのかもしれない。
決定的な力の行使を他人に―例えば先輩や相方に―ゆだねてしまう苦しさが、心に追加されてしまうことを除いては。


「…柳原さん?」
名を呼ばれ、はっと顔を上げた。
見回せば後輩たちは不思議そうにこちらを見つめていて、ああごめん、それで?と慌てて話の先をうながす。
ライブ前に聞いた妙な会話。先輩や後輩のささいな変化。同期にまつわる気になる噂。
誰々が石を手にした、誰々が襲われた――
報告される情報は雑多でとりとめもなく、結局争いに関係のない話だったりもする。
ただそれも全体に広がる不安と恐怖の成せる技なのだと思えば、無下に聞き流そうとも思えないのだった。
(…頼られてるんやもんな、俺)
それに今度の話は核心を突いていた。間近に控えた番組収録における、スタッフの不自然な動きと急な予定変更。読みが当たればターゲットを若手に絞った、大掛かりな作戦が練られている可能性が高い。
緊張と責任にわずかな喜びを混ぜて気を引き締め、対応策と参加できるメンバーに思いを巡らせー
途端、別の後輩が横から切羽詰まった声を上げた。
「あぁもう絶対あいつ嘘ついてると思うんすよお!柳原さん、一度会ってくれませんか!?」
「お、ええけど…誰や?別の事務所?お前の同期か?」
「僕の彼女です」
せっかく入れ直した気合いが、見事に崩れた。すう、と息を吸い、高音のツッコミを、一閃。
「―俺は嘘発見機ちゃうわっっ!!!」

547日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:44:17


出番を待つ、テレビ局内の楽屋だった。
時刻は正午を回ったところ。テレビの中では人気俳優の登場に、黄色い歓声が上がっている。
その音に紛れ込ませるようにして、男が一人、携帯電話を手にしていた。
「…確かに、明日の特番、楽屋の振り分けが変わっとるわ。5つにそれぞれ分かれる予定が、大部屋ひとつ。ダブルブッキングちゅうわけでも、ないみたいやし…」
メモを片手に渋い顔のまま話を続けるのは、ますだおかだの小さい方こと、増田 英彦である。
「で、部屋割り担当が、お前が怪しい言うてたスタッフや。…これは確定かもわからんなぁ」
電話の相手は後輩との会話から、不審な気配をいち早く察知した柳原。懸念のせいだろうか、少し声のトーンが低い。
その音階を耳に時計を見上げれば、収録の開始時間はとっくに過ぎ去っていて。
といっても少し前、楽屋を訪れた若いスタッフが報告していったから、事情は把握できていた。
―ちょっとトラブルで、開始遅れてます。ああ、でも30分ぐらいで!ほんとに、30分ぐらいで!
そう聞かされてから、すでに1時間が経とうとしていたけれど。
(うわー…あの子、正直に言うてくれたらええのに)
全く始まる気配がないのを憂うべきか、それとも作戦会議を続けられると喜ぶべきか。
唸りながらテーブルに転がしていた石を指先で転がせば、応じるように淡い光が点滅する。
“…まだ、ヘコんでんの?”
脳裏で問いかける、自分に似た声。どうやら、責任を感じているらしい。


要は、ひたすらに不満なのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、真っ先に懸念したのは芸人が芸人でなくなってしまうこと。
振り回される日々、費やされる時間、動向の探り合い―石がなければ起こらなかった、騒動の全て。
芸人は芸を磨き、それを披露し笑いを取って、同業者を含んだ観る者すべてを、楽しませるのが仕事である。石をめぐるややこしい諍いも、その結果付く傷も、全く意図するところではない。
この争いに強制参加するはめになった芸人を待つ恐るべき展開といえば、やはり、怪我やショックが元で活動自体に支障をきたすパターンだろう。
才能や目標に壁を感じてならまだしも、そんな理不尽な原因で芸人が減るかもしれないことが、とにかく増田には許せなかった。
せっかくみんな、それぞれ一生懸命頑張ってんのに。なんでこんなもんに、邪魔されなあかんのや。
はなから傍観するには腹立たしすぎる争いと思っていたから、状況を打破しようと決意するのはごく自然な流れだった。
というわけで彼は、芸人側から出た情報にスタッフ等別方向の関係者から聞き込んだ情報を重ねることで、これから起こる騒動や策略の概要を明確に把握し、先回りして争いを終わらせようと尽力している。
立ち位置は多分、白寄りなのだろう。どうせなら自らの考えと近い側に協力した方が、迷いも生まれないはずだった。
(ほんまは俺がもっと、そういう方向に強い石やったらよかったんやけどな)
増田の石には手にした物体を大リーガー並みのスピードで投げられる力が宿っている。
正直、求めていた類の能力ではなかった。つい最近も、逃げる黒側の若手に手加減して投げた財布がよりにもよって頭に命中し、相手が2日寝込んだと聞いて死ぬほど落ち込んだばかりだ。
相手を傷つけない能力が欲しかった。そう、例えば相方のような、何だったら笑えるぐらいの――

548日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:45:16

『―あとは、方法ですね。大部屋に若手集めて、どうやっていっぺんに黒にするつもりなんか…』
柳原の声が霧散する思考を引き止めてくれた。
青田買いと称されたその番組への出演者は、まだテレビに姿を見せたことのない芸人ばかり。石を持ったという噂もほとんどなく、抵抗は受けにくいだろうが、とにかく数が多い。
よくある手として浮かぶのは黒い欠片だが、はいこれ飲んで!で納得してもらえる物体ではない。その後収録が始まるのだから、下手な騒ぎは起こせないはず。
念のため黒側に属する芸人の動きも確認してみたが、その時間帯に現場に姿を現せそうな者は少なかった。
「ちゅうことは、黒の奴に命令された代打…実際に動くんも、スタッフかもしれんな」
『僕もその線を疑ってます。ただ、方法の特定が難しくて…』
うーん、と唸り声が2つ響いたところで、楽屋のドアが不意に開く。
思わず石を握り込んで振り返れば、そこにはきょとんとした顔の相方が立っていた。
「…っくりしたぁ…お前、ノックぐらいせえよ」
「えー、自分の楽屋やのに?」
言いながら置かれたスチール缶が、カタンとテーブルで音を鳴らす。どこ行ったかと思ったらコーヒー買いに行ってたんか、ラベルに書かれた文字を追って小さく納得し――
次の瞬間、電光のようにひとつの可能性が閃いた。
「―柳原、俺ちょっと思いついたわ。相手に気付かれずに、こっそり欠片を飲ます方法…!」
(…なんや最近、こいつに助けられてばっかりやな)
貴重なヒントを増田にもたらしたとは気付かない相方は、隣でのんびり缶を開けにかかっている。

549日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:45:56


そこは某テレビ局の片隅にある、ほとんど使われなくなった倉庫の中。
時刻は夕方4 時半、忙しく行き交う人々の声は遠く、さざめきのように聞こえている。
「な…なんのことか、僕にはさっぱり…」
ドアを背に、なぜかペットボトルを持ってたたずむ相手から距離を置くため、男がじりっと後ずさる。
「そないビビらんでもええよ。なんもせえへんって、頼みたいことがあるだけやから」
男にのんびり呼びかける芸人の名は平井 善之―アメリカザリガニのうるさくない方。
警戒を解かないままこちらを睨むように見上げる男のズボン、右ポケットの膨らみを指してへらりと笑う。
「とりあえず、欠片持ってたら、渡してくれへんかなぁ。黒いやつ」
「………!!」
驚愕に息を詰まらせた顔色は所持したものの正体と企みを確証づける。
続いて目の色は明らかに警戒から敵意へと変わり、首筋に走る悪寒が誰かに受けた思考汚染を予感させて。
(うーわ、ホンマにこいつやったんや)
前情報を手に入れたとは言え、平井の中では賭けに近い感覚の断定だったが―どうやら大当たりらしい。
全然嬉しくないけどなぁ。ぼやきながら首にかけた小瓶の中に意識を集中させれば、じわりと暖かい感覚が広がってゆくけれど。
“―倉庫に水って、まいてもええもんかね?”
ついでに脳裏に響く低い声が、面倒な問題をもうひとつ平井に思い出させた。


要は相方任せ―もとい、相方次第だったのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、最初に気になったのは柳原の意志と動向。
多少予想してはいたが―案の定柳原は今の状況に憤り、「なんとかせなあかんやろ!」と、熱血マンガの主人公並みの勢いで言い切ってみせた。
それなりの力を手にした上での発言かと思ったが、完璧な補助系だと明かされて、どこまでもあーちゃんやわ、心中でこっそり嘆いた記憶がある。
この争いにおいて十分な力を持たない者に訪れる悲劇的な展開といえば、やはり、歯向かってあっさり返り討ちに遭うパターンだろう。
柳原の意見を尊重すれば、属するべきは黒でなく白。色の性格上白が正統だろうか、それなら大概正統派の方が苦戦を強いられるものだ。
アニメにせよゲームにせよマンガにせよ、魅力ある圧倒的な力を持った相手が主人公の前に立ち塞がることで、物語は大きな盛り上がりを見せるのだから。
はなから気の進まない争いではあったが、正義感だけで突破できるほどこの争いは甘くなく、そして柳原が傷付くのは平井の本意でもない。
というわけで彼は、柳原が見抜いた嘘やごまかしを元に探り当てた企みの、その首謀者の元へ出向いては、トラブルが起きる前にせっせと潰す日々を送っていた。
その方が派手な争いを避けられたし、石は戦闘向きでも、持ち主の意志はまた別のものである。
(ほんまは俺の方があいつみたいに、探れる能力やったらよかったのにな)
元々隠しアイテムや秘密のワープポイントに心躍らせる方だ、真っ向勝負はあまり得意ではない。
ただ柳原も柳原で苦手分野―相手の隠された本心を知るたび落ち込んでいる―に奮闘しているので、不平を言うつもりは今のところ、なかった。
真実を引きずり出すには他人や仲間を信じすぎている相方の思考が、どこかで落とし穴になるのではないかという危惧だけは、常に抱えていたけれど。


「…あ、ヤナ?終わったで、うん、正解やった」
携帯電話を肩と頬で挟みながら平井は作業を続ける。
“若手が大量出演する番組の合間を狙って、黒側が一気に仲間を取り込もうとしている”
不穏な噂は現実になりかけていたらしく、実行犯として複数のスタッフの存在が疑われ、平井はそのうちのひとり―大量の黒の欠片を渡された男に接触した形だった。
『大丈夫やったか!?ケガは!?』
「んー?いや全然……なんもしてへんよ!めちゃめちゃ穏便やって」
傍らで倒れる男は気を失っているらしいが、時々小刻みに痙攣していた。
とはいっても蔦で縛り、葉をけしかけて徹底的にくすぐり倒しただけなので、それほど経たないうちに目覚めるだろう。
「持ってた欠片も消さしてもろたし、そのへんのことは忘れるやろ…そっちは?」
『今、岡田さんと一緒に追っかけてる!こいつは、脅されてただけ!多分、いけるはずや!』
走りながら話しているのだろうか、必要以上に声が大きい。平井は思わず電話を落とさない程度に顔を背け、それからふと電話を床に置いてみる。
「あー…、この方が全然やりやすいなぁ」
『何が!?』
「今掃除中やねん」
機材の類は見当たらなかったが、水浸しの床を捨て置けばスタッフの彼が怒られるだろう、それはさすがに気の毒だ。
終わったら行くわ。届ける気のない声量で苦笑して、平井はそれきり水拭きに没頭した。

550日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:47:03


それから数日後、大阪にある、某劇場にて。
時刻は夜の6時に届きかけ、滞りがなければそろそろ本番。楽屋の中には4人の芸人が顔を揃えている。
「…で、こないだのは結局、何がどうなってたん?」
「「「ぇえええ!!?」」」
間の抜けた響きにはズッコケと爆笑、頭を抱える仕草、三者三様のリアクションが向けられたが。
いたって真面目なつもりらしい男―ますだおかだのスベる方、失礼―大きい方こと岡田 圭右は、ん?と頭上に疑問符を浮かべて目をしばたかせる。
「…ちゃんと説明したやないですか、僕!」
「いや、なんやようわからんまんまでな。みんな喜んでたから、うまくいったんやな〜とは思ったけど」
「嘘やろお前…流れなら俺もあん時、話しといたやないか」
「いやいやいや、これもしかしたら、一番最初から話さなならんかもしんないすよ」
「ほんまかぁ〜…えー…やっぱり俺のせいなんかなあ…」
「いや増田さんちゃいますよ、僕の伝え方が下手やったんですきっと……」
(うわわ、これ、もしかして黙ってた方がよかったんか…)
笑いを必死にこらえる平井はさておき、増田と柳原は何やら深刻な顔で肩を落としてしまっていて。
ごまかすように半笑いで首元に触れれば、鎖で繋がった異なる色の光がチカチカと瞬く。
“うわ、出た!置いてきぼりかい!”“いつものことながら、型破りな奴やな〜…ええで!破天荒!”
身に覚えのある声がふたつ、脳裏で騒いでいたが、さすがにそれは言わないでおいた。


要は選択権をまるごと、相方に委ねたのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、最初に浮かんだのは感心にも似た驚嘆。
(みんなすごいなあ。なんでこんな大変なこと、積極的にやってんねやろ)
争って、揉めて、傷付け合って―自主的に参加するには魅力がなさすぎる。いっそ石を捨ててしまおうかとすら思っていた岡田を引き止めたのは、他ならぬ増田の存在だった。
この争いにおいて意思が統一されていないコンビやトリオ―4、5人いたりするとこもおるけど、とにかく―が辿る不幸な展開といえば、やはり、その不和を原因にした仲違いや潰し合いだろう。
自分が消極的と知っても増田が怒らない自信はあったが、彼の願いは至極もっともだと思ったし、石を捨てて無力になった自分が迷惑をかける展開が望ましくないことぐらいは、簡単に想像できた。
そこで岡田は考えた。とりあえず相方の自分が間違いなく味方でいれば、ややこしい色々が、多少なりともプラスに働くはずだと。
というわけで彼は、直接の攻撃を厭う増田に代わって積極的に前線に立ち、面倒を企む相手を阻止することに決めた。―もちろん、ダメージは極力与えないように努めて。
相方の分まで動く、一度そういう方針を固めてしまえば、なぜか自分の元に石が2つも来てしまった、その理由にもなってくれそうな気がしたのだ。
(ほんまは俺よりこいつの方が、2個ある!ぐらいのハンデもらってもよさそうやのにな)
石が芸人の元にやってくる基準とタイミングについては誰も把握できていない。
よりによってなぜ、自分だったのか。
増田にひとつあげられたらええのに、なんてことを、実は今でも思っている。


「―せやから、あの日。若手がいっぱい待機しとる大部屋にはペットボトルとかやなくて、大っきな電気ポットが置かれる予定やったんです」
「中身はコーヒー…まあ、味が強かったらなんでもよかったんでしょうけど…その中に欠片を溶かして、みんなに飲ませてしまおうっちゅう、計画やったわけですね」
「大体が初のテレビ出演、そういう時はみんな、緊張して飲み物もガンガン飲むから…、全員やないにしろ、かなりの人数に仕込むことができるやろ?」
「欠片を飲んだ奴は操りやすいから、“指令が来るまでは普通通りに過ごせ”とか、帰り際にでも言うておいて」
「で、そのまま各地に散ってもらえば、準備完了ですわ」
「囮やら足止めやら様子見やら、好きなタイミングで使える尖兵のできあがりや」
最後に心底不快そうに増田が吐き捨て、やっと流れを理解した岡田はハー…と感心したように口を開ける。
「ようできた計画やなあ。そりゃまずい、止めなあかんわ」
「―だから、止めれたんですよ!岡田さんが転ばして、捕まえてくれたんが犯人ですっ!」
「えっ、ホンマか!」
「ポット持ってたやろ」
「いや、あれ使ってひとボケかますつもりなんかな〜っと思って」
「そんなわけないやないですかっっ!!」
「ふははは」
柳原は相変わらず全力でツッコんでくれ、平井は耐えきれずにまた爆笑し、増田は諦めたように首を横に振っている。
岡田はとりあえず笑っておく。こういう日々がしばらく続くのだと把握さえできていれば、多分、どうにかなるだろうと思ったので。

551日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:47:45
そんなわけで、彼らは彼らなりの考えでもって、日常を時々非日常で潰しながら懸命に過ごしている。
もちろん全ての策略を見抜いて全員を救えるわけがなく、
全ての戦いを無難かつ無事に切り抜けられるわけがなく、
全ての芸人を面倒から守れるわけでもなければ、
全ての意味を悟って、納得できるわけでもない。

ただ彼らはなんとなく、このままではいけないような気がしていて。
自分たちが動くことで、何かが少しだけ、ましになればいいと思ったので。

「平井さんまた遅刻やで!」
「いや、電車がな…」
「嘘やっ!」
「あっお前、石使うんズルくないか」

「いや〜、今日の俺は輝いてたなあ」
「あれ石のおまけやろ」
「…あれ、なんでわかったん?」
「わかるわぁ、だって岡田やもん…」

落ち着いたかに見えた日常のすぐ先に、また別の策略と面倒と困難と騒動と、もしかしたら絶望が、待ち受けているのだけれど。
それはその日が来たら語ることにして、とにかく、不思議な石を手にした彼らの日々は続くのだ。
力の限り。…あるいは、それなりに。

552 ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:52:25


岡田圭右(ますだおかだ)
石:ピーターサイト(理想の石・目標に近づくための方法を持ち主に感づかせ、実現させる力を与える)
能力:岡田が向いている方向にシャッターを作りだし、石の能力を無効化する。
   シャッターの有効時間は約5秒程度。
   一定時間経つと、自動的にガラガラ開く。
条件:まっすぐ立った状態から「閉店ガラガラ」をする事。
   ポーズを取った時岡田が向いている方向にシャッターが出るため
   ポーズ前に方向転換し、シャッターの場所は変えられるが、
   ポーズ中・ポーズ終了時に方向転換をしてもシャッターの場所は変わらない。
   また、連発はできず最低20秒程の間隔が必要。
代償:発動後しばらくの間、石で受ける影響が大きくなる。(説得を受けやすい、治療されやすい等)
一度だけ面白いギャグを言ってしまうオプション付き。

石:コランダム(鋼玉。多結晶の塊は加工して研磨材などに使われる)
能力:触れた物の表面の摩擦係数を少なくする(スベリまくるようにする)。
   力の調整しだいで、スベりやすさは変わる。
   (床に使えば「うまく立っていられない程」にも「走ろうとすると転ぶ程度」にもできる)
   対象は無生物に限り、複数の物に使うことも可能。
条件:「パァ!」のフレーズで発動。
   岡田の意思で取り消さない限り効果は持続するが、意識がなくなるか
   体から石が離れると、その時点で消える。
   力の使い方にもよるが、基本的に1日合計20回程度が限界。

増田英彦(ますだおかだ)
石:ブルーレースメノウ(どこかの国で、神の石と崇められている石)
能力:投げる力を増幅する。
   とにかく、持った物体を投げられるスピードが上がる。
   野球で言うと、160km/時位の速さ。
条件:片手で持てる大きさのモノに限る。
   疲労するとスピードが衰え、コントロールが利きにくくなる他、腕や肩にも大きな負担がかかる。
   投げた物体が投げられた瞬間の力を持続できるのは、約3秒。


ますだおかだのお2人の石と能力は、以前能力スレに挙がっていた案を参考にしています。
岡田さんが2個持ちという話題に魅力を感じたので、そこらへんも引用させていただきました。

それでは、以上です。
どうもありがとうございました!

553名無しさん:2008/01/18(金) 17:12:58
乙!面白かったです。
4人がそれぞれ、自分の石のことで思い悩んでいる部分が良かったです。
それにしても岡田www

554名無しさん:2008/01/18(金) 18:58:05
乙!面白かったです。
二個持ち岡田がとっても素敵。主人似×2かw
本スレ投下してほしいなあ。

555名無しさん:2008/01/19(土) 02:18:43
各自の思いが微妙に違ってるのがいいね。
緩さが松竹っぽくて好きだ。
投下乙!

556名無しさん:2008/01/20(日) 06:06:06
少し間が空いてしまいましたが、>>535-537>>541-543の続きです。

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焦点の合わない目で床を睨んでいた。
待ち人はまだ来ない。
男はポケットの中の石を弄びながら、スタジオの喧騒を遠くに聞いていた。
ついさっき交わしたばかりの会話が、頭の中をぐるぐると巡る。










男が石を拾ったのは、五日前か六日前か。とにかくもうすぐ、一週間になろうとしていた。
拾ってから、見も知らない奴に声を掛けられる事が多くなった。危ない目にも遭った。
襲って来る奴は皆自分と同じくらいの若い男。
その男達が口々に言うには、

【石を寄越せ。それさえあれば、この世界で頂点へ行ける】

危険な目に遭い、必死に襲って来る奴等を目の当たりにした男が、その言葉を信じない理由はなかった。
石さえあれば、集めれば、頂点へ行けるんだと。信じた。だから欲した。
石の使い方も把握して、手に馴染んで、慣れて来た。
今初めて『そっち側』の人間になっている男は、緊張を振り払う様に、一度大きくかぶりを振った。

言われるままに連れられた場所はしんと静まり返っていて、いつも慌しいスタジオとは別世界の様に思えた。
足音も、呼吸音さえも、グレーのカーペットに吸い込まれて行く心地がした。確かにここならば、多少の事では人は来ないだろう。
男は、これから起こる筈の戦闘に身を震わせた。
目の前を歩く庄司の背は無防備で、攻撃を仕掛けようと思えばいつでも仕掛けられた。
だがもし、井上の使った石の効果が…何が起こったかは解らないが、それが今出たりしたら? 戦闘経験は相手の方が圧倒的に上だろう。すぐさま反撃され、終わりだ。
下手は打たない方が良いと、男は小さく深呼吸した。

やがてぴたりと足を止め、庄司が振り返る。
男は自分の心臓が、まるで映画のクライマックスの様に徐々に高鳴って行くのを感じた。

「お前、石拾ったのいつ?」

が、開口一番に、これ。
いつ石に手を伸ばそうかばかり考えていた男は、突然の質問に面喰らった。

「結構最近でしょ。三日四日前とか、一週間か。二週間はー…経ってないんじゃないかなあ?」
「そ、そんなのどうだって良いじゃないですか! 石戴けないなら俺………その為にここに来たんじゃないんですか!?」

思わず怒鳴るが、庄司は当たり? と笑うばかり。
こっちは攻撃の意を示しているというのに、この落ち着き様は何だろう。何か勝算でもあるのかと訝ってしまう。
これからの自分達の為に、目の前の男の持つ石が欲しい。だけど、迂闊に動けない。
どうしようかと目を泳がせている男とは対照的に、庄司は飄々と続ける。

「これ欲しいんでしょ? 俺の石、モルダヴァイドって言うんだってさ。俺石の事全然知らないけど、品川が調べて、教えてくれた」

ころんと丸いそれを簡単にポケットから取り出した。
一見するとアメ玉か、ビー玉か。鮮やかだが深い緑が庄司の瞳に映し出される。

「お前さ、俺と井上さんが石持ってるって誰から聞いたの」
「…多分庄司さんの知らない若手の奴です。俺がどうやって知ったかとか、どうでも良いでしょう?」
「そっか。どうでも良い、か」

庄司は目を伏しがちに緩く笑むと、モルダヴァイドをポケットに直した。
暫く、あー、だの、んー、だの唸っていたが、考え込んだ様子で口元に手を当て、男に目を戻した。

「白とか黒とか、まだ知らないんだ?」
「は? 白? 黒って…?」
「最近だもんなー、拾ったの。まだ知らなくて当然だよな。俺も脇田さんに聞いて初めて知ったし…
&nbspじゃあ俺と井上さん所来たのも、誰かに言われて、とかじゃなくて自分で来たんだ」
「そうですよ。だったら何なんですか。何が言いたいんですか」

要領を得ない会話に、男は焦りと苛立ちを覚えた。
だがその焦りも苛立ちも、庄司の一言によって打ち砕かれる。

「あのー、お前には残念なお報せになるけど…言いにくいんだけどね。
&nbspあの、知ってる? 俺とか井上さんとかの石奪ったって、お前が売れる様になるとかそういうの、ないから」

言いにくいと言う割にはあっさりと告げられた言葉に、男の口はあんぐりと開いたままになった。

557BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:11:40
名前欄にトリップを入れ忘れてしまいましたが、>>556の続きです。

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その口から思わず零れたのは、ウソだ、の三文字。

「ウソじゃないんだよ。お前を諦めさせようとか思って言ってるんでもないし。
&nbspお前さっき、俺と井上さんに『一杯テレビ出てるし』みたいな事言ったよな。だからそーじゃねーかなーと思ったんだよ。
&nbspそういうウワサ真に受ける奴いるけど、ほんと、この石そーゆーんじゃないから。だって俺この石拾ってから別に仕事増えてねーもん」

膝の力が抜ける気がした。
ポケットの中の小さな石が、とてつもなく重く感じた。

「じゃあ何でこんな石を…? 俺が危ない目に遭って来たのは…?」
「危ない目に遭うのは石持ってたらしょうがないんじゃないかな」
「しょうがないって…」
「でも実際、欲しがる人はいるからね。売れる訳じゃなくても、何かすげー力でもあるんでしょ、きっと」

売れる訳でもないのに、自分を危険に晒してまで、他人を危険に巻き込んでまで手に入れたくなる何かがこんな石に詰まってるのだろうか。
男はふと、顔を上げた。
もう笑ってはいない庄司の真っ直ぐな目を見ると、この人も自分を襲って来た奴等と同類なのではと思えて来て、思わずポケットを強く押さえた。
だから、俺が勘違いをしていると気付きながらも、ここに連れて来たんじゃ……?
また心臓が、早鐘を打ち出した。

「庄司さん…も、俺から、石、奪いますか………?」
「お前の?」

庄司の視線が、男のポケットへ。
だがすぐに、んー、と眉根を寄せて男を見た。

「お前がどうしても俺のを欲しいって言うなら、良いよ俺は、戦っても。でも…俺は、ヤかな。
&nbsp面白くなさそーじゃん」




……………は?




「おも、しろく、…ない―――?」

ともすれば聞き流してしまいそうな程自然に紡がれた不自然な言葉。
一瞬、耳がバカになったのかと思った。思わず、庄司の言葉を繰り返していた。
だが庄司は、だってそうでしょ、とあっけらかんと笑ってみせた。

「試しに戦ってみる? お前が良いなら良いけども。悪いけど、後悔すると思うよ。
&nbspお前石見付けてすぐじゃん。白も黒も知らないんでしょ。目的も間違ってたっつって今テンション下がってるし。
&nbspそんな相手とやり合って石奪っても…ねえ、つまんねーでしょ」

何を、言っているんだろう。
難しい単語は一切ない。非常に解り易く単純な筈なのに、何故か頭が付いて行かなかった。
男の口が、再びあんぐりと開けられた。

「テンション下がってんのお前だけじゃないよ。俺だって今低いよ。
&nbspせっかく眠い身体叩き起こしてお前ん所行ったのにさ、何だよこれ。
&nbsp今度こそは絶っっ対面白くなるって俺ん中で決定してたのに。すげー損した気分。寝てれば良かったー」
「ちょっ、ちょっと良いですか」

何、と欠伸しながら庄司が訊ねる。
訊きたい事は沢山あるが、多過ぎて何から訊けば良いのか解らない。
まず、今耳に引っ掛かった単語について、訊く事にした。

「『俺の所に来た』って、どういう事ですか。俺が石持ってる人捜してた事を、知ってたんですか?」
「知ってー…た、訳じゃないけど、」

ニッと、庄司が口を持ち上げる。
一見すれば打算的なイヤらしい笑みなのだろうが、男には単純に、とても楽しそうだと映った。

「解ったよ。誰かが、あの場所で、何て言うかこう、何かをしようとしてるっていうのは」
「それが、庄司さんの石の能力?」
「ううん、俺のは全然違う。何て言うんだろうなこれ。能力っていうか……性格、じゃないかなあ?」

性格、と男が口の中で呟く。庄司はうん、と頷いた。

「聞いた話だけどさ、石にもあるんだって、性格が」

視線を上げた庄司と、目が合う。
真ん丸い瞳に己が映ったその瞬間、ぞくりと全身が粟立った。

「俺の石、そういうの大好きな奴なんだよ。
&nbspお前の石はどうか知らないけど、俺のはそういう性格だから、何か見付けたら訊いてもないのにすぐ俺に教えてくれんの。
&nbsp……あのーほら、何て言うか、同じ石でも持つ人によって、性格とかでさ、使い方とかそういうの、変わって来るでしょ。
&nbspそれと一緒で、同じ人が違う石持ったら、その石によってその人の使い方とかそういうのも変わるんじゃないかな。
&nbspこれは俺が勝手にそう思ってるだけだけど、多分そういう事じゃねーかな」
「い、石に人が、使われるって事ですか?」

558BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:14:39
「言い方は悪いけど、俺はそうだと思ってる。俺達だって石、使う訳だし」
「じゃあ、庄司さんは石をどう使って…石は、庄司さんを、どう、使ってるんですか?」
「さあ」

言い様のない、得体の知れない気持ち悪さが全身を這い回る。
つ、と背中に冷たいものが伝った。
庄司の口調は優しく、一つ一つの単語もとても柔らかいのに。思わず一歩、退いてしまいそうになる。だけど耳は庄司の言葉を忠実に待った。
そんな男の気持ちなど何処吹く風とばかりに、明るい口調で庄司は続ける。

「お前今までただ石振り回してただけだと思うけど、これからは考えてみて、お前の石の事。
&nbspこいつは何考えてんのかなとか、今何したいのかなとか。その内自分の事考えるみたいに、自然になるから」
「石の事を、自分の事みたいに」
「うん、多分大丈夫。お前の事選んでくれた石なんだから。
&nbspこっちがこいつの気持ち汲んだら、その分こいつもこっちの気持ち汲んでくれるから。ほんとだって。
&nbspこいつと一緒に今まで戦って、乗り越えて来たんだろ? こいつもお前の相方みたいなもんじゃん」
「……………」

いつの間にかポケットから石を取り出し、男は手の中のそれをまじまじと見ていた。
次いで庄司を見ると、な? と柔らかい笑顔を向けられた。
思わずこちらも笑んでしまいそうな表情だが、今はとても笑い返す気になれなかった。
自分の気持ちと、石の気持ちと―――考えた結果が、庄司の今の行動なのだろうか。

「石の気持ちと、庄司さんの気持ちを汲んだ答えが、『俺と今戦うのは面白くない』って事ですか」
「そうなる、かな」
「何か、…変、じゃないですか?」
「何処が」
「だって、俺が石持ってまだ日が浅いとか、俺のテンションが下がってるとか、だから奪ってもつまらないとか。
&nbsp石を奪うのが目的って言うより、ただ戦うのが楽しいって事じゃないですか、それじゃ庄司さんも石も、ただの戦闘―――」

じ、と真っ直ぐ見返す庄司の瞳を見ている内、あれ、と男は思った。
この人の眼、こんなに色素が薄かっただろうか。
黒でもない。茶色でもない。少しくすんだその色は………

「な…!! ……んでも、ない、です」

先に見たアメ玉の様な、ビー玉の様な石ころを思い出して、いよいよ額から汗が滲み出た。
一方の庄司は、途中で言葉を切られて不満そうに眉間に皺を寄せていた。

まるで見えない何かに見られている様な、奇妙で怖ろしい感覚。
その正体が、解った気がした。

庄司は首を捻ったが、まあ良いや、ともう一度欠伸した。

「俺が言えるのはそんくらいかなあ。まあほとんど受売りに近いけど」
「誰の………?」

うーん、と唸って、答えない。
口元は笑っていたが、俯いていた為に表情までは見えなかった。

「あ、後、白と黒の事は知っといた方が良いよ。入る入らないは別にしても、知るだけで相当楽しくなるし」

何が楽しいのか、とはもう訊く気力も起きなかった。
ただ、『入る』『入らない』と言うからには、白と黒は何かの団体の事なんだろうなと思った。

「俺が黒に入ったらどうなるんですか」
「え、どうなんだろ」
「庄司さん、どっちですか」
「俺ー…は、白。けど、ごめん俺実は良く知らないんだよ。黒とか白とか。だから本当は上から言える立場じゃないんだけど」

苦笑する庄司に、男はやっと小さく笑い返す事が出来た。
その瞳はもう黒くころころと動いていて、男の恐怖心も気持ち悪さも、波の様に消えて失せた。同時に堰を切った様に汗が滲み出す。安堵の余りその場にへたり込んでしまいそうだ。
だがやはりそんな男には気付く様子もなく、庄司は携帯で時間を確認した。
本格的に眠そうに欠伸して、男の方へ足を進めて来る。
思わず身構えたが、庄司はそのまま男の横を通り過ぎて行く。この話はこれで終わりという事だろうか。
男は庄司の後ろを付いて歩いた。

「大人しそう、お前の石」

前を向いたまま突然言われ、男は、は、と咽喉から間抜けに空気を漏らした。

「俺の石と逆だ」
「そうなんですか。気性が荒い感じなんですか?」

559BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:18:19
「うーん。…って言うか、めちゃくちゃなんだよ。寝てても叩き起こすし、すぐはしゃぐし。図体だけでかいガキみたいな感じ」
「はあ」
「何かごめんな、変な話ばっかして。意味解んないでしょ」
「いえ…別に」
「ほんと? 俺ずっと、あー解んねーだろーなーって思いながら喋ってたんだけど、解る?」
「わか…りはしなかったですけど、何となくは」
「何となくでも良いよ。ごめんな」

『戦闘狂』―――と、あの時言い掛けた。
誰もが避けたがる戦いに、楽しいだのつまらないだのそんな価値判断を持ち出すなんて、ただのイカれた戦闘狂だと。
今でもそう思っている。もう汗は流れていないけど、シャツの背中はひんやりと冷たかった。
なのに、今その戦闘狂と横に並んで歩き、交わしているこの会話は何なんだろう。
声も口調も喋り方も全く変わっていないのに、纏う空気一つで、今目の前にいるこの人と、さっき目の前にいたあの人と、同じヒトなのだろうかとさえ思える。
だけど、

「今度また会ったら、そん時は思いっ切り出来たら良いな」

無邪気に弾んだその言葉に、やはり同じヒトなのだと、実感した。










どうしようかと、やはり床を睨みながら男は考えていた。
そこへ、バタバタとガサツな足音が響く。
ごめん遅くなったと頭を掻きながら、待ち人がこちらへやって来た。
待ち人、男の相方はきょろきょろと辺りを窺うと、小声でそっと言う。

「で、どうだった? 行って来たんだろ?」

その目は純粋で、期待に輝いていた。
きっと無事に男が帰って来たから、何か収獲があったと思っているんだろう。
無理もない、この相方はまだ石があれば頂点へ行けると思っている。そして彼は石を持っていない。
男が自分の分の石を奪って来てくれたと思って疑わない。

「俺がさっき聞いた事、そっくり話す。これからどうするかは、お前が決めてくれ」

男の相方はどういう事かとぽかんと口を開けていた。
ああこいつ、何にも知らないんだなあ。そんな相方が少し羨ましくなった。
あんな奇妙な、狂気に近いものを見せられるくらいなら、何も知らないまま、石があれば頂点へ行けると信じていたかった。

そう言えば、と男は自分とは違う男の相方を思い出した。
ついさっきまで喋っていた男の相方。
酷く慌てた様子で、坊主頭のてっぺんまで汗を掻きながら、自分と彼の目の前に現れた。
あの人も彼と同じなのだろうか。それとも自分の相方と同じ様に、何も知らないでいるんだろうか。
知らなければ、その方が良いのかも知れない。
……いや、二人の事を考えるのは止めよう。

男は目の前の相方にどう説明するか。それだけに集中する事にした。

560BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:21:39
ソファの上で、井上はぶるぶると震えていた。
唇は紫色に染まり、歯はかちかちと鳴っている。
その背を、河本は乾布摩擦の様に激しくさすってやっていた。
それに合わせて井上の全身もガクガク揺れる。

「あいつら何処まで行ったんやろ。これで入れ違いとか面倒臭い事なってなかったらええけど」

心配しているのか文句を言っているのか、微妙なラインの声色で河本は言った。
その河本の目を、井上は見れないでいた。

どういう事なんやろ。井上は揺さ振られながら必死に考えた。
庄司と二人でいた時、現れた男は一人だった。
だから井上は石を使った。相手の石さえ封じてしまえばもう相手は何も出来ない。戦闘終結、ハッピーエンド。
ところが目を覚ましてみれば、一緒にいた筈の庄司はいないし、時計は妙に進んでいた。
敵が複数いたり、石が複数あったのかも知れない。そう考えれば何も不自然な事はない。
だが何より引っ掛かるのは、井上が石を発動させた瞬間だ。
井上は庄司に背を向け、若い男の方へ突進した。
だがマグロとなって床を滑る正にその瞬間、凍り付く直前の井上の足は、進行方向とは逆の床を蹴っていた…気がする。
見てはいない。自信も確証もない。ただこの身体が、足が、逆を蹴ったと言っている。
逆を蹴って行き着く先は、同い歳の後輩の所。
どういう事なんやろ。井上はもう一度心の中で呟いた。

井上の唇にやっと赤みが差して来た頃、井上さん戻ったんすか、と声が聞こえた。
品川と、庄司だ。
二人揃っているのを確認すると、河本は安堵して眉尻を垂れ下げた。
いやー参った、と言いながら品川はソファの背もたれに手を突いた。

「別に何もなかったっすよ。多分井上さんが元に戻るのに時間掛かってただけじゃないですか?」
「…ふーん? まあまだ聡の石よぉ解らん所多いしなあ。何もなかったんならええわ。
&nbspそれにしてもおもろかったでー、俺が庄司何かあるんちゃうかって言った後の品川!
&nbspもうめっちゃ慌てまくって俺に質問攻めでうっっっざいの何の!
&nbspしまいには立ち上がって、『河本さん、井上さん頼みます。俺…』、」
「ちょちょちょ、…それ本気で恥ずかしいんで、止めて貰って良いすか?」

二人のやり取りを見ながら、庄司は手を叩いてケラケラと笑っていた。
が、井上の視線を感じて向き直る。
どうしたんですかと言われても、何と答えて良いか解らなかった。
その井上の肩に掛かってる物を見て、庄司は、あ、と声を上げた。

「良いですよ俺の上着。まだ着てても」
「…え? あ、いや、ええわ、もう大丈夫やから。返すわ。庄司のやったんやな、これ」

羽織っていた上着を脱ぎ、庄司に渡そうと手を伸ばす。

「庄司何ともないん」
「はい全然」
「石も? 普通?」
「はい、何もないですよ」
「あいつどうしたん」
「帰りました」

そう、と井上が言うと、庄司は一瞬不思議そうに瞬いたが、何も言わず井上から上着を受け取った。

「おい庄司、そろそろ」
「あ、もう?」

品川が声を掛けると、庄司は顔を上げて品川の横に立った。
品川が携帯の時計を見せると、ほんとだと言って上着を着た。

「俺らそろそろ打ち合わせあるんで、行きますね」
「そか、じゃあな。お疲れさん」
「はい、お疲れ様です」

会釈して、二人は河本と井上に背を向けた。
無言のまま、それを見送る。

「あの二人…偉いなあ」

はあと息を落として河本は呟いた。

「狙われるん解ってんのに白やてはっきり言い切って、そんで何かでっかい相手と戦ってるんやもんなあ」

俺にはムリや、と河本は井上に言うでもなく一人ごちた。
井上がソファから立ち上がる。
河本の後頭部をじっと見詰めた。
確かに自分達にはムリかも知れない。だけどそれは、偉い…んだろうか。

「俺らは、このままでええんちゃうかな」

いつもはぼんやりと抜けた事ばかり言っている井上にしては珍しい、まともかつ真面目な言葉。
振り向いた河本は、井上の眼が自分の遥か向こうを見据えているのを見て、ただ、そうかな、と返すより外なかった。

仲の良い後輩だけれど、彼等と自分達は酷く遠く、離れてしまったのかも知れない。

561BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:26:27
仕方がない事だ、と井上は思う。
彼等には彼等の信念が、自分達には自分達のやり方がある。
河本はムリだと、自分にではないが言った。そう思うのなら、ムリに飛び込む必要はない筈だ。
もどかしいな、と河本は思う。
別に正義に目覚めている訳ではない。出来るなら何もなく、平穏に過ごしたい。
だが、黒を許している訳ではないのに、戦うでもなくこそこそと怯える生活を続けていて良いのだろうか。
後輩はあんなにも堂々と立ち向かっているのに。

ただ共通して思うのは、相方に危険な目に遭って欲しくはないという事。
だから井上は飛び込む必要はないと思うし、飛び込んで欲しくないとも思う。
だから河本はもどかしいと感じるし、立ち向かって行く事をしない。
じゃあ、と、疑問が湧いた。じゃあどうしてあの二人はあの派閥に属しているんだろう。
考えても、答えが出るものではない。

「俺らも、戻ろか」
「ん」

もう寒ないん、と河本が訊ねると、へーき、と井上は答えた。
二人並んで、楽屋へ向かう。
井上はポケットに手を入れ、金に触れた。

―――ほんまに俺が元に戻るんが遅かっただけなんやろか。俺が凍らせた石は何やったんやろ。

だがこの石に封じ込められた能力を知る術は、ない。










「すげー、ほんとに凍ってんじゃん」

一人きりの楽屋。
左のポケットから取り出したごつごつと角張った石を目の高さまで掲げ、庄司智春は白く曇ったそれを己の瞳に映していた。
良く見ればその石は、ほのかに黒ずんでいる様に見える。
今朝戦って引っぺがした石。少し物足りない戦闘だったなあと思い出す。奪った相手は、知らない奴だった。

井上の能力は全く知らなかったし、発動した後も解らなかった。
だけど―――『石の凍結とかすげーけど』。この品川の言葉で、井上の能力を知った。直後、ポケットに突っ込んだ左手が触れたひんやりと凍った感触に、その意味を理解した。
ずっと温いポケットに入れていたのに未だ冷凍庫から取り出した直後の様な冷気を放つ石に、普通の方法じゃ溶けないんだろうなと推測する。

凍った石と顎をテーブルに乗せて、じぃっと眺めた。
それと同時に、自分の存在を主張する様に、右のポケットが微かに熱を帯びた。
誰に言ったのか、確かになー、という庄司の声が、彼以外誰もいない筈の楽屋に響く。

井上の能力が石の凍結、封印だという事は解った。
だけど、男の持っていた石と、やんちゃくれの丸っこい石と、奪ったばかりのこの石と。その中でどうしてこの石が選ばれたんだろう。
井上は自分の方に滑って来たんだから、『敵』の石を凍らせる訳じゃなさそうだ。
黒い欠片を見付けてそっちに向かう…とか? うーん、と庄司は頭を捻った。
井上はあの男が黒い欠片の影響を受けているかどうかは知らなかった筈だ。仮に井上の石が黒い欠片を持つ石を凍らせるなら、自分がこの石を持ってない時点で井上の特攻は不発に終わる事となる。
良く、解らない。何に反応するんだろうな、あの石。
暫く考えたけど、もともと頭を使う事が苦手な庄司は、まあでも井上さんの事だし、敵=黒い欠片って思っちゃったのかもなあ、と結論付けた。
しかし別れ際、石は何ともなかったかと井上に問われ、見上げられたのが引っ掛かる。
どういう事なんだろ、と庄司は井上同様心の中で呟いた。
実際は、井上の金が、緊張の余り多少躊躇いを含んだ男の敵意よりも、黒い欠片に冒された石の放つ波動を『害』とみなして向かって行ったというのが真実だが、庄司には知る由もない。
やはり庄司は、まあ良いか、何かあれば向こうから訊いて来るかと、それで済ませただけだった。

「それよりどーしよ、これ」

ほわ、と欠伸する。

「凍っちゃったらもうダメじゃん。使い道ないでしょこれ」

投げて当てるくらいしか、と言いながら、凍った石を手に取り、キャッチボール程度の力で壁に放り投げた。
ゴツ、と鈍い音を響かせて、畳に転がる。
涙が目に浮かんで、石がぼやけた。

「脇田さんなら溶かせるのかなあ。でもそしたら多分脇田さんが処分しちゃうしー。
&nbsp溶けるまで俺が持ってるか、それかこのままいつか溶けますよーっつってもうあげちゃう? それはねーか」

一人でくつくつと声を殺して笑う。
そう言えばこの凍った石、このまま溶けないという事は有り得るのだろうか。だとしたら井上の石はかなり厄介な事になるが。

562BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:27:49
でもまあ自分の石じゃないし、と、庄司は今度こそ井上の石について考えるのを止めた。元来物事への頓着は薄い方だ。

「まあ良いや。脇田さんでも誰でも、最初に気付いた人にあげるって事で」

立ち上がって石を拾って、左のポケットに戻す。
欠伸の所為で零れる涙をぐいと拭うが、しかしその間も欠伸と涙は止まらない。
あーこの後も仕事あるのになあ。他の人に会って、泣いてたとか思われたら最悪だ。
庄司は楽屋を出てトイレへ向かい、眠気覚ましと涙を洗い流す為に顔を洗った。
少しはすっきりしたかと廊下を歩いてスタジオへ向かう。
その途中、庄司は厳しく眉をひそめ、小さく首を振った。

「…ダメだって今は。行けないって。いや行きたいの解るけどさ、これから仕事なんだから。皆に迷惑掛かるだろ」

そのまま暫く歩いていたが、はあーと溜息をついてポケットに手を突っ込んだ。
ダメだって、と子供に言い聞かせる様な口調で何度も言う。

「大人しくしてろよ」

最後にそう言って、庄司はスタジオに入った。
漏れそうな欠伸を、噛み殺しながら。



------------------------------------------

以上で終わりです。
設定や流れに色々おかしな点があるのではないかと思い、こちらに投下させて戴きました。
問題なければ本スレ投下も考えているのですが、問題あればこのまま廃棄処分という形にしたいと思っています。
なので、矛盾点や何じゃこりゃ等ありましたらば、バシッと言ってやって下さい。
戦闘もなくムダに長い話でしたが、ここまで読んで戴き有難うございました!

563Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 01:49:05
本スレ >>469-473 の続き


【@渋谷・センター街】


えっ、と思った瞬間には既に、松丘の体躯は背後へとはじき飛ばされていた。
もうこれで何度目になるかもわからないアスファルトとの衝突とそれに伴う腕の擦り傷よる痛みに松丘の顔が歪む中、
その視界は確かに見覚えのある横顔が佇んでいる姿を捉える。
「何で……」
貴方が『白い悪意』なのですかと続けたい言葉は声にならない。
今まで松丘と平井によって負ったダメージはもちろん、それまで意志を持つ芸人を襲う課程で負ってきたダメージを隠さずに
その人は、つぶやきシローは感情の抜け落ちた表情のままゆっくりと顔を平井と松丘の方へと向け、ぎこちなく唇の端をつり上げた。
『……ヒヤヒヤ、したぞ。 芸人』
発される声は間違いなくつぶやきシローの物。柔道の技を使う点でも間違いはない。
何故気付かへんかったんやろうと松丘は思わず自己嫌悪の想いで唇を噛むけれども
その声は彼が舞台上で笑いを引き起こす要素でもある北関東の訛りを帯びていない、滑らかな標準語。
そんなささやかな違和感が後ろ向きではあるけれども腕は確かなこの先輩の名を松丘の選択肢から除外させていたようで。

「つぶやきさんを、解放してください……今すぐに」
しかし、平井があえぐように発する言葉で松丘はハッと我に返る。
いつまでも悔やんでばかりいても仕方がない。生来の……と言うよりもこれまでの人生で身につけた楽観的な思考を紡いで
胴体の、特に腹部の周りのボリュームの割にはやたらと華奢な四肢に力を込めて松丘は立ち上がった。
「どこに石があるかわかったんや。今回はしくじったけど次かその次には絶対に引き剥がす。
 ……やったらその前に降参した方がエエんちゃうんか?」
石の力の副作用なのか、それとも考えたくはないがそろそろそういう年齢なのか、今までさんざん叩き付けられてきた
以上に身体がへばっているような感覚を味わいながらも敢えて強気に出る松丘だったけれど。

564Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 01:52:00
『……構わないよ』
さらりと答える『白い悪意』に、一瞬相手が何を口にしたのか信じられず、その身体の動きは止まった。
その耳に、重ねて発せられる『白い悪意』の言葉が届く。
『そんなにこの芸人が大切なら、この芸人の代わりになる身体と叶えるに値する願いがあるのならば、いつだって替わってやろう』
「っざけんじゃねぇぞ!」
え、どういう事と松丘の頭脳がその言葉の意味を租借して理解しようとするよりも先に、平井が声を荒げ、吠えた。
「つぶやきさんが助かっても次にあんたが誰かを支配しちゃ意味がないでしょうが!」
その支配された人間が第二・第三の『白い悪意』となって他の芸人を襲うだけ。全体で見れば何も変わらない。
『私の存在理由は誰かの願いを叶える事……私はただそれを果たそうとしているだけに過ぎない』
憤慨する平井に対し『白い悪意』は平然と答え、ふと何かを思い出したかのように目を細めた。

『……何なら君達でも構わないのだしね』
「…………っ!」
同時に、ギラリとつぶやきの眉間で石が煌めき、冷ややかかつ全てを見透かすような視線が
二人を順番に射貫いていく。
『どうやらお前ら二人のどちらとも、その歩む道の先は波乱に満ちているようだ。
 私に視えるのは少しの期待と手応えと、けれどその先にある絶望と苦難。……どうだ? 私と手を組まないか?
 そうすれば邪魔な芸人どもを蹴散らし、運命を修正し、順風満帆実に薔薇色の未来を君達に約束しよう』
「……あンなぁ。目の前でつぶやきさんの無惨な姿見せられといて薔薇色の未来もクソもあるか?」
まるでRPGの悪ボスか何かのように言葉を紡ぐ『白い悪意』を睨み付けて松丘はすかさず言い返した。
今まで10年以上も芸人を続けて着々と積み上げてきた全てが去年のあの秋の日の一瞬に打ち崩された、あの虚脱感と絶望が怖くないと言えば嘘になる。
失った物を取り戻し、更にその先に辿り着くために焦りがないと言っても嘘になる。
けれど。
だからといって、それとこれとは別の話。
こうしてその正体と本性を知ってしまった上でじゃあよろしくお願いしますと『白い悪意』に手を差し出せる筈がない。
「そうですよ、僕らは僕らの力で未来をつかみ取って見せますからっ!」
……あんたはおとなしく封印されろっ!
松丘に同調するように平井も吠え、ダルメシアン・ジャスパーが煌めいて空気が熱を帯びていく。

565Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 01:56:39
『……愚かな芸人だ』
はあ、と一つ大仰に肩をすくめると『交渉決裂だ』と小さく呟いて『白い悪意』は眉間の石と両手に白い光を輝かせだした。

『               』

ぼそりとその口元で言葉が紡がれ、微かに届く音の不穏な内容に松丘の大粒の双眸がギョッと見開かれた瞬間。
『白い悪意』の両手と眉間から球状の光が周囲へとばらまかれた。
今までは一撃で沈めようという意志が強かったのか一筋の光の帯状だった攻撃が、疲弊しているからかあるいは確実に倒そうという
意志に転向したか、今回放たれた攻撃はハンドボールのボール程度の大きさの光の球。
しかし、その数が半端なかった。ざっと見繕って五十個以上の光の弾は上下左右にまんべんなく散らばっていく。
「……何か昔のバラエティ番組にあった企画みたいやな」
一瞬浮かべた動揺を強引に押し殺し、サーペンティンの楯が使えない以上はとなるべく被弾面積を狭めようと身体を丸めながら
松丘が呟く声が耳に届き、平井は頷く。
しかしマシンによって撃ち出されたバレーボールを狭い足場の上で避けるような懐かしい企画というよりも、
目の前の辺り一面を光の球で覆い尽くすそれは、いつかゲームセンターで見かけたシューティングゲームの画面を連想させた。
「………………」
ゲームならボムを使えば窮地を脱する事も出来ようが、いかんせん自分達の手持ちにボムになりうる物はない。
(冷静に考えれば通常のショットもない体たらくではあるが)
だったら、飛来してくる光の弾玉を直撃にならない程度にかすらせつつ避け続け、勝機を待つしかないだろう。
小刻みに身体を動かして光の弾を除けながら、拓けた空間はないか調べ、見つけ次第恐れることなく踏み込む……文章にすれば簡単だが
途方もない作業である頃は他ならぬ彼自身が一番認識している。
――でも、やるしかないか。
威勢良く啖呵を切ってしまった手前、弱音を吐く訳にも行かず、平井は全身の神経を集中させる。
主の決心を応援するかのように喉元でダルメシアン・ジャスパーが煌めく中。



その覚悟を打ち砕くかのように、平井達の背後から一陣の強烈な突風が路地を吹き抜け、
光の弾幕は風に揺さぶられ、互いに誘爆して白く溶けていった。

566Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 02:06:13
舞台になってる2005年からすると未来の話題が出てきて、ちょっとスレのルールの死ネタ禁止に抵触しそうなので
とりあえず今回からはこちらに投下。

567原石  ◆3zNBOPkseQ:2008/01/31(木) 21:54:57
信号が変わり、人々は一斉に各々の目指す方へ歩き出す。
摩天楼は珊瑚、空は水面、まるでここは深い海の底。
人込みはお互いには無関心にそれでも魚の群れのように規則的に流れ交差する。
その中をいつものように仕事場に向かって歩いていた彼女は
その時、何かに気付いたように、ふと立ち止まった。
細い身体はとたんに後ろから流れてくる人々の肩に押され、幾度となく無遠慮に弾かれる。
それはまるで規則的に定められたものからたったひとり外れた逸脱者。
振り返る。
異質なものでも見るかのような一瞥を左右の流れに感じながら、彼女は交差点の真ん中で一人立ち竦んだ。
空を見る。東京の空に濁った夕暮れ。
時計を見る。

・・・・まだわずかに時間がある。

静かに意を決して流れに逆らって歩き出す。
肩までの黒髪が、艶やかに靡いた。

568gemstone  ◆rUbBzpyaD6:2008/01/31(木) 21:56:29
すみませんタイトルとトリップ間違えてしかもあげてしまいました。

569名無しさん:2008/03/15(土) 00:30:47
遅くなりましたが感想を
◆NtDx8/Q0Vgさん
自分の見た限りでは品川庄司、次長課長ともに過去に投下された話と矛盾する点はありませんでした。
本スレ投下で大丈夫だと思います。
庄司は以前はただ石に操られていただけだったのに
今回の話では石を積極的に受けいれるようになっていてますます怖さが増してきたように思います。

◆ekt663D/rEさん
戦闘シーンに迫力があってすごいです。
続きをお待ちしています。

◆rUbBzpyaD6さん=>>567さんでいいのかな?
短い中で描写がとても細かくて頭の中に情景がはっきり浮かんできました。
彼女の正体がとても気になります。

570If,....:2008/03/20(木) 21:11:56
「俺の『シナリオ』は俺自身にしか見えないこと、片桐さんしか知らないんだ。」
片桐仁は動くことも出来ずにただ小林賢太郎を見ていた。

「つまり、ほかの人に『シナリオ』を見せるときはいくらでも中身を替えられた。」
小林はしゃがんで、倒れている設楽の石、更に設楽が集めた石を自らの手に置いた。
「でも、設楽さんにいつ本当のことがばれやしないか心配で、
 彼の近くにいるときは常に緊張したよ。冷静を装うことは何より難しい。」
話し掛けられているのに声が出ない。口がカラカラして喉に言葉がつまってしまう。
片桐は自分の石をギュっと握り、不安を打ち消そうとするが、その顔には戸惑いが張り付いている。
「あと、ひとつで石が全部あつまる。」
独り言めいた呟きの後、スクッと立ち上り、片桐を見据えながら小林は言った。


「俺には最初から目的があった。つまり最初から---------…

 全て、『シナリオ』通りだったんだ。」







*************************************************************
もし、この物語の終わりが来るならばと考えた末の作品です。
この作品の続きを書きたい方、アレンジしたい方がいたらどうぞご自由に。
っといっても先にラーメンズ書いてる方がいらっしゃるのでそこらへんは
書き手さんにご報告お願いします。
最後に、読んで下さり誠にありがとうございます。不満はどうぞ心のうちに
しまっておいていただけると幸いです…。

571 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/04/05(土) 23:35:41
>>569
遅くなりましたが、感想まで有難うございます。
それではこれから本スレ投下して来ます。続きなんかがもし出来上がったら、またこちらか添削スレに落とさせて戴きたいと思います。

572名無しさん:2008/04/07(月) 12:08:34
>>570
とりあえず小林が相当好きってことは分かった

573名無しさん:2008/04/07(月) 21:02:27
>>572
もっと言い方あるだろ。気持ち悪いとかさぁ

574名無しさん:2008/07/07(月) 00:57:41
>>570
なんかかっこいいなあ
小林ならそれぐらい考えててもおかしくないかもね
ただ設楽もその魂胆を黙って見過ごしたりはしなさそうな気もするけども
なんかドラマチックな展開でいいなーと思った。こういうの結構好きなんだ

575 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/12/14(日) 20:14:47
誰もいなさそうなのでコソーリ投下。


   ------------------------------------------------------------





 彼らが集まったのはただの番組の一企画で、恐らくは偶然だった。
 だけど、その場にいた全員が、「ああ」と思った。
 ああ、全員同類だ、と。
 しかし思ったが、誰もそんな事はおくびにも出さない。
 田中はぶんぶんと手を振り叫び、山根がそれのとばっちりを喰らい、庄司は笑いながら田中の頭をはたき、岡田は一緒に騒ぎながらも場を和ませ、波田は合いの手を挟みながら間を取り持っていた。

 やがて企画に向けての練習も終わり、各々が各々の場所へ散って行く。その道中。
「山根ぇ。気付いたよな?」
 田中卓志の呼び掛けに、山根良顕は口を真一文字に結んで頷いた。
「全員持ってた。これってヤバいかなあ?」
「ヤバいかも知んない。他の人が『どっち』なのかは解んないけどさ…」
 自分以外の三人―――岡田と庄司と波田がどういう考えの基で石を持ち、動いているのか。
「解んないけど、変に警戒するのもダメだと思う。取り敢えず暫くは情報集めたり、様子見た方が良いと思う。油断はしないでさ」
 うん、と田中が頷いた後、話は続かず、移りもせず、二人はただ無言で廊下を歩いた。
 己と相方の身を守るという準備を、心の中でしっかりと進めながら。

 全員持っとったなあ…と、岡田圭右は廊下を歩きながら天井を仰いだ。
 どないしょう、増田に相談した方がええんかなあ。
 いやいや、と首を振る。
 まだ何かあると決まった訳じゃない。ただ一堂に会した芸人達が全員石を持ってたという、それだけだ。更に言えば、実際に「ハイこれです」と石を見せて貰った訳でもない。全員が石を持ってるというそれ自体、岡田の勘違いかも知れないのだ。
 下手な事言うて、あいつに心配掛けたないしなあ。
 岡田が話せば、ますだおかだの頭脳である増田はまず間違いなく動くだろう。いやその前に、あの四人の名前を聞いただけで笑い飛ばすかも知れない。まさか、あの四人が黒かもやって!? って。
 庄司、田中、山根、波田を順々に思い浮かべる。脳裏に浮かぶ四人は四人共、「岡田さん!」と今にも叫んで飛び付いて来そうな笑顔だ。
 そやそや! あの四人やで!? 人の石取る様な子らか!?
 全体的に緩くのほほんとした面子の所為か危機感も薄く、岡田は彼らを信頼するという選択肢を選んだ。

576 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/12/14(日) 20:15:22
 一方、庄司智春はポケットに手を突っ込みながら、呑気に廊下を歩いていた。
 全員が石を持ってた。すぐに解った。きっと皆解ってた。だけどその場で誰も何も言い出さなかったから、庄司も何も言わなかった。
 皆持ってんじゃん、と、驚きと同時に連帯感というか、四人に対して仲間意識の様なものを覚えたのだけど、恐らくは他の所有者達と同じ様に彼らもまた『石』という単語を口にしたり耳にしたりしたくないだろうからと、自粛した。
 どうしようとかは思わなかった。相方である所の品川を思い浮かべる事さえなかった。
 岡田も田中も山根も波田も皆優しくて良い人だから、彼らが自分に危害を加えるだとか、そんな事は有り得ない。庄司はそういうものの考え方をする事が往々にしてあった。
 少し嬉しそうに、四人を思い出すかの様に、忍ばせていた石に触れる。
 『疑う』という発想そのものを、庄司は持ち合わせていなかった。だって彼らは自分に優しいから。

 波田陽区は元来た道を振り仰いだ。
 自分を除いた四人に対して、石は五つ。石を二つ持っているのが誰かも、解ってしまった。
 あの人達に限って、とは思う。実際、石を集め、配り歩き、人より多くの所有者に接して来たという自負を持つ波田の、所謂『悪い人達』プロファイリングに、四人は当てはまらなかった。
 だけど些細な言動に気を配り、意識を働かせてしまうのは、この争いに巻き込まれた者の宿命か。
 しかし正直、波田は彼らが黒いユニットかどうかにさしたる興味を抱いてはいなかった。まず第一に疑うべき事ではあるし、もしそうであれば全力で阻止しなければならないとは思っているが、それは波田が四人に気を配っていた最大の理由にはあたらない。
 波田が興味を抱いていたのは、彼らの行動理念だった。
 所有者が石を呼び、石が所有者を呼ぶ。あの四人も恐らくそうして呼ばれ、石を手にしているのだろう。厄介な代物だ。いざこざに巻き込まれる事も、一度や二度ではなかった筈だ。
 なのに彼らは石を捨てず、所持している。それは何故なのか、理由が知りたかった。しかしはっきり口に出して問う訳にも行かなかったので、波田は四人の一挙手一投足、一言一句を逃さず捉える事にしたのだった。
 知ったとして、どうする? それは波田にも解らない。
 ただ、石を持つに相応しくない…さしたる理由も持たずに所有している者がいたとしたら。
 その時は、その人の石を貰うか、さもなくば、奪う、という事になるかも知れない。
 まあこの、石の世界に勝るとも劣らず厳しい世界を生き抜いている人達なんだから、大丈夫だろうとは思うけど。うん、大丈夫だろう、多分。
 波田はそこで思考を終え、漸く足を前に向けた。


 田中と山根は無言で廊下を歩き、
 岡田は一人で頷きながらずんずんと歩みを進め、
 庄司はにこにこと、次また集まる時に思いを馳せ、
 波田は一度ギターを弾く振りをしようとしたが、止め、スティックでドラムを叩く真似をした。





   ------------------------------------------------------------


ヘキサゴンのエアバンド〜ごめんよ金剛地〜でした。続きません。
テレビで見ていて石持ってる人ばっかだなーと思ったので。
警戒したり信頼したり喜んだり興味を持ったり。色々です。
お粗末さまでした。

577If,...2:2008/12/15(月) 23:28:14
570の続きです。
多少おかしなところあるかもしれないけど、
気にしないでくれると嬉しいな。

--------------------------------------------------------------------------
2人の間にある時は、まるで止まっているかのように見える。
片桐はこのまま全てが透明になって、
なにもかも夢であってほしいと、思い始めていた。


「あと、ひとつで石が全部集まるんだ。」
小林は同じことをもう一度言った。
くるっと横を向いて高層ビル30階の1室から外を見る。
部屋の蛍光灯は点いていても、外の色とりどりの光は美しかった。
まるで小林の手の上で輝く石のように。
片桐は手をポケットに出し入れして、まるで落ち着かない。
そして、小林の次の言葉を緊張したような面持ちでまっている。
「ねぇ、片桐さん。」
小林は外を見たままで言う。
片桐はぎゅっと眼を瞑った。手は今もなお、せわしない。
左手はぎゅっとにぎり。右手は落ち着かないように動いている。

「石が1人の持ち主のところに集まると、争いはなくなるんだよ。
だから俺が全部持っておくんだ。」
夢見ごこちで小林は語る。
「ちがう…、」
片桐は上ずった声で応じた。
「賢太郎、石持つようになってから変になっちゃったよ…。」
片桐は両手を力なく下げた。
小林は窓を向いていた体ごと、片桐の方を向く。
「変?なにをいってるんだ?」
片桐は弱弱しい口調で続けた。
「なんか、石の力で書いたシナリオで生きてるみたいなんだ…。
そんなのおかしいじゃん…。だって人生にシナリオなんて無いんだから…」

「そんな事はわかっている…、
けれど、上手くいくように有効に使うことは間違ってはいないだろ?」
小林は少し驚いたように返す。
うつむきながら片桐はなおも続ける。
「わかってない!!石集めるのは、自分の石がなくなるのが怖いんでしょ!!
他の人に石を取られないようにしたいんだ!!
本当は!本当は!!成功しない未来が嫌なんだ!!失敗する未来怖いんだ!!」
急な片桐の勢いに小林は少したじろいだ。
「ねぇ、石になんて頼んなくても今まで以上に面白い舞台できるよ…。
新しい脚本書いて、色んなところで、色んな人に見てもらって、そんでまた新しい脚本書いてさ、
賢太郎ならできるよ!おれだって協力するから、もっと頑張るからさぁ…。
もうやめようよぉ…。」
後半は泣きべそになりながら、片桐は一気にぶちまけた。

小林はその言葉をちゃんと聞いてはいたが、意思の変わることはなかった。
「……残念だな。片桐さんなら俺の言う通りにしてくれる思ったんだけど…
早く終わらせたいのにな。」
片桐の唇をかむ音が聞こえるようだった。本当に残念だというように。
小林はあくまで言った。
「その石、頂戴?」
その時、小林の背後でゴソッと物音がした。
バッと振り向くと設楽が目を覚ましたのか、うめいた。
「うぅ、…ぃってぇっ」

その時、片桐の左手の石が輝き、右手から粘土が飛び出した。
小型の粘土ヘリコプターは猛スピードで駆け抜ける。
それは部屋の電灯のスイッチへ衝突した。
部屋の電気が消える。
その瞬間片桐は目を見開いた。
突然の暗闇で視界が安定しない小林は何が起こったのかわからない。
眼を瞑ることで暗闇になれた片桐は目標をあやまた無かった。
またもや片桐の右手から粘土が飛び出す。
「!?」
小林は驚いて咄嗟に振り向いたせいで、手に置いた無数の石が転がる。
二機目の粘土ヘリコプターは床に落ちた小林の石を奪う。
戻った二機目の粘土ヘリコプターを石ごと握り締め、
片桐は駆け出して、ドアを乱暴に閉めた。

578If,...3:2008/12/15(月) 23:34:09
「あーぁ。」
大きすぎるため息が静か部屋に響く
「やられちまったなぁ。どーすんの?」
設楽はよっこらせと床にあぐらをかいて座った。
「あぁでも、シナリオどうりなんだっけぇ?」
設楽がなぜか気さくに話し掛ける。小林は返事を返さない。
ドアのほうをじっと見つめている。
「これも計算のうちなんでしょ?」
ニヤニヤ笑いながら設楽は小林の表情をうかがう。
小林はゆっくりと重たい口を開く。
「…俺のシナリオでは、片桐さんは粘土を持ってない…------」
「ふーん。そりゃ残念だなぁ。」
おちょくるように設楽は合いの手をはさむ。

「持ち歩かないようにいったんだ…---」
何がおかしいんだ、と小林は呟く。
「事前に舞台は完璧に準備したのに…-----」
「そっかぁ。それにしても痛てぇなぁ、おい。ちょっと強くたたきすぎじゃね?」
設楽は痛そうに首の後ろをさする。
その行動は、まるで敵に示す反応ではない。小林は顔だけ設楽のほうを向いた。
「何か、しましたね。」
設楽の表情は悪戯っぽく笑っている。
「何事もアドリブが無きゃつまんねぇよ。
 俺だってな、のんびり椅子に座ってたわけじゃねぇんだよ。」
調べられることはしらべたんだぜ?設楽は得意げに言う。

「お前のシナリオは、未知の人物が介入したとき崩れだす。」
焦りが表れた、小林はだんだんと口調が荒くなる。
「どうゆうつもりだ!なんであいつなんだ!!」
「おぉー、怖い怖い。考えればわかんだろ。
俺の行動だったら多少バランス崩してもしっかり書いてそうだから動じないだろうし、
でもある程度の中心に近くなくちゃ意味ねぇし。だから片桐。
どうせお前のことだから最後の最後まで
片桐にはこんな計画知られたくなかったんじゃねぇかな?って思うしよ。」
設楽は軽やかに語りだす。
それと反面に小林は厳しい表情で、固く押し黙る一方だ。
「つまり、なんかのイレギュラーが良い方向に転じねぇかなって思ったの。
つまり博打だよ。」
「ちなみにあの粘土は愛しい愛しい娘からのプレゼント。
もじゃもじゃ頭に粘土あげたら喜ぶよっていっといたんだ。」
そういえば一度も会ったこと無かったっけ?おかしそうに設楽はうぇっへっへと笑う。
「あなたの本心はまったく見えませんよ。」
小林は言う。
「おまえは顔に出すぎなんだよ。昔っからの付き合いなんだぜ?
気付くっての。片桐はもっと早く気付いてただろうよ。」
設楽は言う。
「いつから気付いてたんですか?」
小林はまた言う。
「いつからだろうねぇ?」
設楽はカラカラ笑う。
これ以上聞いても何も出ないだろうと捉え、小林は落ちた石を集めた後ドアに向かった
「…多少、予定は狂いましたが、シナリオは完全には壊れていませんからなんとかなるでしょう。
設楽さん、余計なことしないで下さいね?逃げられはしないんだ…。」
そういった後、ぱたんと小林はドアを閉め、あらかじめ持っていた鍵でドアを閉めてしまった。

しばらくたった後、1人残された広いフロアに設楽はゴロンと寝転がった。
「…ふー、疲れた。携帯持ってかれちゃったなぁ…。」
独り言は空しく響く。
「…もーちょい、はやく気付けたらなぁ…
めんどくせぇことになったよ、ほんとに。」
やはり空しく響くだけ。本心は誰の耳にも入ることは無かった。





------------------------------------------------------------
続きの続きです。
呼んでくれてる人いるのかな?
あっ、不満はどうぞ心のうちにお願いします。
この乱長文駄作をここまで読んで下さり、ありがとうございました。

579元書き手:2008/12/17(水) 08:15:35
ケータイで3日ぽちぽち書いてみた髭男爵編途中まで。
あまりにキャラ微妙だったのでコソーリ投下
能力は能力スレ参照。ちなみに所有石は
ひぐち君→クォンタムクワトロシリカ(濃い緑色、7種の石が入り交じった希少な石。過去のトラウマを消し飛ばし、感情と切り離してくれる)
山田ルイ→イエローカルサイト(黄色いカルサイト。繁栄・成功・希望を表す)
敵→ロシアンレムリアン(無色透明なクリスタルの一種で、ブルーエンジェルと呼ばれる場所から取れる物の名称)

580元書き手:2008/12/17(水) 08:16:41
*上流階級*

そこで聞こえるのは爆笑と拍手。
赤い絨毯が駆動して、ネタを終わらせた芸人を袖へ流し込んだ。
スタジオではゲストコメンテーターと司会のやり取りが続いている。
それを尻目に、再登場の予定が無い芸人達は楽屋に戻って、これから家へ帰るためにメイクを落として衣装から着替える。
――平和に帰る事が出来る芸人は、最近少数のようだが。
髭男爵もそうだった。
たった今、着替え終わって身支度を済ませた彼らも、また例外では無い。

闇夜纏う裏路地。怪しい目付きの男達5人に、ひとり大柄な男が絡まれていた。
髭男爵の山田ルイ53世こと、山田順三その人である。
「何でこんな事になったんやろなぁ…」
仕事終わりの困憊した口振りで、山田が呟く。
正直面倒だった。
純粋にただ人を笑わせたくて、芸人になりたくて、頑張って来たのに。
若手だろうが中堅だろうが、近年「石」の被害を受けてテレビや舞台に出られない者が増えたのを、彼は先輩達から聞かされた。
初めて石が見つかってから、もう随分経つのだが、その争いは絶える事が無い。
笑いを作るはずの世界が混沌に満ちていた。
それは、自分が望んだ世界では無い。

石の力でテレビ出演を妨害…なんて野暮な事をされるのは遺憾だった。
しかし相手がこちらの都合を聞き入れてくれるような集団なら、そんな事はしない。
ましてこんな風に対複数で絡んだりはしないだろう。

「山田さん?寄越せよ…石、なぁ」
狂喜に憑かれた目をしたヤツらがこちらに迫り来る。
その様相に思わずジリジリと下がる。
あかん、と山田は思った。
何せ、石は確かに持っている。
が、

彼は自分の石の能力を知らなかった。

581元書き手:2008/12/17(水) 08:17:31
つまり、先輩達が語ってくれたように石が光ったりしないし、能力が発動したりしないのだ。
それまで色々試してみたがダメだった。
なぜ光らないのか分からなくて相方に相談したが、解決策は見つからないままだ。

それを知らずにこちらに殴り込んで来ているなら、彼らはおめでたいなと山田は人知れず思った。

「…って言ったら、」
「あぁ?聞こえねぇなぁ」
「嫌だ、って言ったらどうすんねん?」
「…その時は力づくでも奪い取る」

それでも――芸人に対する強い思いの背景と、石に対する少しの嫌悪感がありながらも――石を投げ出さないのは、あるいは投げ出せないのは、相方のせいだった。

髭男爵の執事のひぐち君こと樋口真一郎は、山田が石を手にする前から不思議な石を手にしていた。
そして、かなり早い段階からその能力を引き出していた。
きっとそれは、彼の趣味が石の収集だった事も関わって来ているのだろう。
山田は自分や周囲が石の争いに巻き込まれ無いのをただ祈り、樋口は石の能力を理解すると同時期から、名前も分からないような若手芸人からの被害を受け始めた。

手の平にそれが乗った時点で戦いは始まってしまう。
望むにせよ、望まぬにせよ。
しかし、戦いに巻き込まれる可能性を考えれば、石を手放すのは更に危険である。

石の力で戦いたくは無い。
だが、石で応戦せざるを得ない。
矛盾に板挟みにされてしまう。

それでも。
「芸人なら見境無く襲われるんだよ。」
サラッと樋口は言う。
「だったら、俺が山田君を守ってやるから」

柄にも無い言葉だ。
…それでも。
確かに自分はまだ何も出来ない。
それを守ると樋口が言ったので、そして石を狙う黒の若手を一手に引き受けていたのを知っていたので、
山田はいつか樋口を助けたいと考えていた。
結果、樋口の事を考えると石を投げ出せなくなったのだ。

582元書き手:2008/12/17(水) 08:18:54
ポケットの中で静まった石を、ズボンの生地の上から触ってみる。
真っ黄色に染まったそれはイエローカルサイトと言うらしい。樋口が調べてくれた。
光らないし、喋らない。
意思疎通が出来ないパートナーは、なぜ自分を選んだのだろうかと思いながらも。

「渡さないなら…行け」

リーダー的な男の言葉に呼応して、下っ端共が襲いかかる。
男達は黒い欠片の力で、通常の人間以上の速度で距離を詰める。
誰もが体格は普通、中肉中背。
…もし山田のような体系の人間が本気を出して体当たりすれば、簡単に吹っ飛ばせるだろうか。
早さが早さだったからか、簡単に組み付かれる。
4人の男に四肢を拘束された状態。
「何すんね……ん!?」
全力で引き剥がそうとして、しかし相手の方が力が強い。
いきなりピンチだ。
ヤバい。
ほんとにヤバいな、と彼は思った。

普通、例えば物語の主人公は、こう言う時何とか出来るものなのだが。
ただ、主人公じゃなかっただけかもしれなかった。

4人の男に束縛された大柄な体はぴくりとも動かない。
恐ろしいまでのパワーで巨体を完全に押さえられてしまう。
「さて、ポケットを探らせてもらいますよ」
ひたひた。
夜の闇に紛れるような足音が静かにこちらにやって来る。
しかし何も出来ない。
山田が悔しさでギリッと歯を食いしばって、石がある右ポケットに男の手が伸び、

「ひぐちカッター!」
ドンッ。
空気の塊が男の背中を打撃したのが分かった。
体勢を崩した男は山田の前で膝を付いて座り、4人の取り巻きは何が起こったのか分からずにきょとんとしている。

…あぁ。
来てくれた。

「やっと先輩らしい事、してくれはった」
「やっと、って何だよやっとってぇー」
「…だけどね、」
「ん、何」
「気合い入って無いから、切れ味悪いカッターになってるで」

そこには、仕事終わりで髪の毛を後ろで束ね地味な私服を着た樋口がいた。
鞄を背負い、左手の内側に石を握り込んで立っている。急いで来たのか、額に汗を軽くかいていた。

不本意な顔をしている樋口を無視して山田は指摘した。
本来なら、この技は簡単に人を傷付けられる危険な技だ。それを加減した事は分かっている。
だからこそ、鈍い打撃音が響いたのだから。

583 ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:01:51
お久しぶりです オードリーでこっそり失礼します
『石を持つ=売れっ子になる』という勘違いを利用された黒側の芸人に
いらん言いがかりをつけられた若林 という体 で以下をお読みください

584とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:04:02

頭を吹き飛ばされたのかと錯覚した。白い光が脳裏に弾ける。
誰かのせいにしたいわけではないが、ややこしいらしい性分で、人並みかそれ以上に悩んできた。
一面に広がる暗い沼と、見上げる気も起きないくらいにそびえ立つ壁。吹き荒れる嵐に揺さぶられる毎日だった。
それでも一歩ずつ歩いてきたから、こんなふうに光が射すことだって、許されるのかなあ、なんて。
数歩先でまた暗く沈んでも、それはそれだ、なんて。
偽りのない澄んだ気持ちで、心からそう思えていたのに。
それを、こいつ―――今なんて言った?

限界まで熱くなったはずの頭の中が急速に、反転するように冷えてゆく。
「あんた、石のおかげでおれらが今こうなったって思ってんの」
腹立ちが限度を超えたらしい。喚くつもりがずいぶんと穏やかな声が出た。
ざり、と一歩踏み出し、男の顔を見つめる。
「石がなきゃおれたちは今の結果を残せてないって、」
言葉がふいに途切れる。
小さな目を見開き、浮かんだ表情は惚けたようにすら見えた。
信じられないものと、この世に存在しないはずのものと、対峙した時のような色。

585とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:05:46

(石さえあれば)
(石さえなけりゃ)
(どいつもこいつもそんなつまんねえことばっかりで)
(…そんなふざけた話で俺を、俺らを、)
(……いったい、なんだと、おもって、)

どこか遠くでクラクションが高く響いた。
「………」
その音を合図に感情は切り替わる。再び浮かべたのは全身全霊を賭けた侮蔑と憎悪。
殺意が視線に宿るなら、7回は相手を小間切れにできそうなぐらいの、とびっきりの負の感情だった。
「…おまえ、よくも」
男が気圧されるように後ずさったのは、何も向けられた二人称に驚いたせいではない。
「よくも、そんなこと、言えるな」
体格の差や黒い欠片の効果で、たやすくアドバンテージを取れると、今の今まで確信していた。
それがこの瞬間、通用しないかもしれない、と本能に警告を鳴らされたためだった。
生半可な優位性はいとも簡単に跳ね返されて無に帰る。
それを伝えるに足るほどに、無力なはずの彼は、オードリー・若林正恭は、心の底から怒っていた。

長い時が流れた気もしたが、おそらくたかが数分だろう。真冬という度を超えて、場の空気がかたく凍っているだけだ。
「そんなにたかが石っころがすげえすげえっていうんなら」
やがて若林はぼそりとそう呟くと、傍らに転がっていた小石を拾い上げ、右手にぎゅっと握り込んだ。
「おまえをぶん殴るのに、どれっくらいか貢献してくれんのかよ」
返事は無かった。怯えるような気配だけがかすかに伝わった。
「…まあいいや」
期待していなかったので気にも留めない。異物を握った拳を引いて前方への距離を詰めるイメージ。
「殴ってみれば、わかんだろ」
物騒な呟きは口の中からちゃんと外へ出ただろうか。
そんなのもどうでもいいや、と思った。聞かせるまでもないし、聞いて欲しくもない。
若林は目の前に立つ男をもう同業者だとは思っていなかった。あれはただのくだらない、敵だ。
(ならぶん殴ったっていいじゃねえか)
およそ三十路の入り口に立つものらしくない短絡な思考でもって、ただ眼前の敵を打ち倒すがため、若林の拳はそれなりのスピードで男を――

586とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:07:17

「ストーップ!!」
捉える前に中空で止まる。拳どころか身体全部が、中途半端な形で止まる。
背後からのホールド。
相手の体格と自信にあふれた張りのある声にピンとくるものがあったのか、若林は振り向く努力もせずにじたばたと暴れる。
「んだよ!離せよ馬鹿!邪魔すんな春日!」
その日は番組でもライブでもなかったから、不自然なまでに綺麗に揃った前髪も、ピンク色のベストもそこにはない。
いつもよりずいぶん普通の成人男性らしい見てくれをした春日―オードリー・春日俊彰は、がっちりと若林を抱えたまま、少しずつ後ろに下がりはじめる。
「離せってんだよバ春日!!聞こえねえのかよ!聞こえてねえわけねえだろ!!」
「いいからいいから」
「よっくねえよバーカ!!ふざけんじゃねえぞこの野郎!!」
機銃掃射よろしく浴びせられる罵声をはいはいと躱しながら、あっけにとられて立ちすくむ男に声を投げる。
「早く、」
「え、」
「そんなに長くは抑えてられないんで」
ほんとは抑えなくてもいいかと思ったんですが、そう続ける前に春日の意図は相手に伝わったらしい。
転げるような走り方で逃げ去っていった。比喩の生まれる瞬間に立ち会った気分だった。
黒いダウンジャケットが夜の闇に消えたころ、暴れていた若林はようやく静かになった。
抑える力をゆるめると、あっという間に振りほどかれる。

「…なんで止めたんだよ」
「あれくらいでいいだろ、もう」
「全っ然よくねえ。なんだあいつ、なんだよ、ほんっと腹立つわ」
「それはわかるけれども」
「わかってねえだろ、お前言われてねえじゃん。言ってやろうか俺何言われたか。すげえぞ、全部否定されたようなもんだぞ」
「いいよ言わなくて」
「じゃあ止めるなよ!」
「お前が腹立ってんのはわかってるし、本当はそうじゃないのも知ってる。いいだろ、それで」
「…なんだそれ」

消化不良の怒りはまだ若林の身体の中で暴れている。ベクトルの先を求めた力が無遠慮に胃に衝突してきて吐きそうだ。
こんなものを抱えて黙って眠れというのか。理不尽だ、と思う。知っていたつもりだったが、理解の範疇を越えていた。
代わりに睨みつけた春日の横顔は相変わらずフラットで、思わず舌打ちが出た。
理不尽はこんなところにも転がっている。
体勢を整えるふりをして春日の足を踏んでやると、踏んでるよ、と言われた。
わざとだよばか、と返した。

587とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:08:34

「いらねっつの、石なんて。無機物のくせに有機物をコントロールすんなってんだ」
「…石にも有機物はあるんじゃないのか?」
「うるせえよいちいち。例えだよ例え」
「…売れるのかな」
「あぁ?」
「石は、売れるのかな」

一瞬立つべき足場をいっぺんに全部失ったような顔をした若林は、真面目に考え込む春日をじっと見て、ようやく安心したように表情を緩める。

「お前のとこには来ねえだろ、売れるようなのは。ダイヤとかそんなのは」
「じゃあ、不要だな」
「…うん、いらねえわ」

欲しいのは得体の知れない石ではない。ましてや妙な力なんて、全力でごめんこうむる。
1ミリもぶれない心を。深い沼をのろのろと突き進む二本の足を。若林はいつかと同じように強く願う。
月が出ていた。
たくさんのことが変わったような、何も代わり映えしないような、一月の東京の、月だ。

588 ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:12:03

*********

能力が思いつかなかったのもあってこんな形になりました
すさまじい勢いで突き進んでいるので今後も全力で応援したいと思います
キャラクターをうまく掴めていないまま投下してすみません
どうかテクノカットだけはお許しください

589牛蒡の煮付け:2009/01/10(土) 22:39:06
こんばんは。
素晴らしいっす・・。
是非、続きお願いします。

590名無しさん:2009/01/11(日) 00:38:34
これは…wktkせざるをえない…!
続き希望したら駄目ですか

焼きゴテだけは…

591名無しさん:2009/01/11(日) 13:54:00
オードリー編、続編にめちゃめちゃ期待してしまいます…。
彼らにはコンビでバランスの良い能力を持ってほしいなと。

592 ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:08:11
>589-591
ありがとうございます
能力スレにもすごく素敵な案が上がっていて今ちょっと涙目です
嬉しくてつい余分に走ってしまいました
一応前回の続き 数日〜数週間後という体です

593さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:09:28


後悔してはいないか。問われてすぐに答える自信はない。
小さな失敗から大きな過ちまで、振り返って膝を抱えたくなる思い出なら、脳裏に売るほど積まれている。
堂々と宣言できるのはたったひとつ、この道を選んだこと。
それだけは多分、間違っていない。

594さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:12:00

ひとまず若林が数年前の自分に教えてやりたいのは、忙しさで眠れないくらいの日々が近い将来やってくるということだ。
おはようございまーす。覇気のかけらもない挨拶を放って楽屋のドアをくぐる。
後ろからやってくる春日は妙にすっきりした顔をしていて、なんだこいつ、と思う。
「…お前、どんくらい寝た?」
尋ねてから自分と同じくらいだよなあと当たり前のことに思い当たる。
案の定春日は大体お前と同じくらいだろうと答えるので、アドリブ効かねえなほんと、適当に切り捨てておく。
ここもボケるべきなのか?驚いているようだったが、もう無視した。

喜びはあるのだ。やりがいだって感じている。
ただ公転するスピードがこうも違うと、ペース配分を掴むどころではなくなる。
余裕なんかずいぶん前に落としたまま、拾ったという知らせも届いていない。
翻弄されているという表現が的確だとして、たぶんそれは美しくないのだが、毎日はおかまいなしに過ぎ去ってゆく。
やれやれと首を振ってみせる相手はいない。取っ組み合うしか術はない。
まだテレビ向けに整えていない相方の髪についた妙な寝癖を横目に、若林はふと口を開いた。
「…なあ、春日」
お前、あれ、来たか?
続けようとしたその問いを咄嗟に飲み込む。
格好よく言えば愕然としたし、正直な言い回しをすれば己にドン引いていた。
ついこの間、求めた否定を肯定されて安心したばかりなのに。
気にしてるのか、馬鹿馬鹿しい。石があったらなんだってんだよ。
「…や、なんでもないわ、」
向けられた視線を感じたまま、目を伏せた。

595さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:12:59

あのくだらない言いがかりはしぶとく記憶に残り、ふとした隙間に浮き上がっては若林を悩ませた。
もちろん石なんか手にした憶えはなかったし、持っていたところでそんな大それた効果を発揮するわけがない。
(裏表紙の広告かっつうの)
けれど、今まで芸人として日々を過ごしてきた中で、そういう話を全く聞かなかったといえば嘘になる。
いい年した大人にしては綿密すぎる遊びのような、妙なルールに基づいた争いの話。
キーワードはどうやらふしぎな石で、少なくともこれまでの自分たちには縁がなかったから、これ幸いと無視していたのだが。
それが通用しなくなるのだろうか。精一杯の努力が、ようやく実りはじめた途端に?
意味わかんねえ。ひとり吐き捨てて、がしがしと家路を急ぐ。
深夜0時を過ぎた街は斬りつけるような寒さだった。
はやく暖かくなればいい。そうしたら原付に乗って、厄介なことは全部振り切ってしまえる気がする。
まだ遠い春を思って進める歩みが、小さな橋にさしかかったところで止まる。
若林は目の前に立ちふさがる青年にまず怪訝な視線を向け、数秒の間を経てそれをはっきりした敵意に変えた。
細くてひょろ長い身体のくせに、前をきちんと留めないのは奴のこだわりなのだろうか。
黒いダウンジャケットが初めて対峙した時と同じように、北風にばさばさと煽られていた。

596さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:16:05


「…なんだよ」
先手を取られるのだけは我慢ならない。
プライドに突き動かされて発した硬い声への返答は、信じられないことにまたしても繰り返された。
最近売れてきてるじゃないですか、それって石のおかげでしょう?俺にも貸してくださいよ。
この期に及んでまだ言うかこんちくしょう。
一気に沸点まで昇りつめかけた血が、わずかな違和感をストッパーにして踏みとどまる。
まったく同じ台詞。言い回しも抑揚も、多分一生忘れない。たった今言われた言葉は、あの日の声をもう一度再生したのかと思えるぐらい、ぴたりと一致していた。
そんなことがありえるだろうか。違和感と疑問はすぐにざらついた悪寒に変わる。
普通なら答えはノーだ。ならば何か、普通と呼べない何かが起きていると見た方がいい。
「だから、そんなもん持ってねえっつってんだろ」
怒りより警戒の色を濃くして告げる。相手の目はなんだか不透明に濁っていて、まっすぐ言葉が伝わる気がしなかった。
「諦めろよ。お前こないだ逃げたくせに。…それともあれか、今度はほんとにぶん殴ればいいのか?」
未遂に終わった夜をなぞる。相手の顔を睨みつけたまま、道に転がった石を拾い上げる。
男の動きが少し過去のレールから逸れた。薄く笑って指をさす。

「ほら、持ってるじゃないですか」
「―――は?」

視線と人差し指の届く先にあるのは、どう見ても若林が右手につくった拳だった。


まるで促されるように手を開く。その中にあるものがありふれた石と違う姿をしていることに、はじめて気付く。
というか、ほんの一瞬だが淡く光った。ボタン電池の忍び込む余地すらないのにだ。これはいよいよ普通ではない。
(だけど、こういうのって、道に落ちてるもんなのかよ)
空気を読んだのか、それとも全く読めていないのか。とにかく唐突なタイミングのせいで反応が滞った。気付けば男が距離を詰めてきている。
奪うことしか頭にない、躊躇の削れた動作を受け流すのは難しい。揉み合ううちに緩んだ手の中から、石があっけなく滑り落ちた。
「っ、」
石はころころと呑気に、それでいて意外に速いスピードで道の上を転がっていく。
自分を押しのけ、無遠慮に手を伸ばしながら走り出した男にいっそ殺意すら沸いたのは、断じて石に囚われたせいではない。
くだらない迷信に縋ろうとする相手の存在が、心底許せないと思ったからだ。
俺よりまだ全然若いくせに。面白いことだって、必死になりゃたくさん考えられるくせに。
(ふざけんなよ)
耳の奥、巡る神経が張り詰める。裏返った怒りが高揚感にすり替わってゆく。
若林は男の動作からわずかに遅れ、しかしはるかに鋭角なモーションで、アスファルトの地面を蹴った。

597さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:17:42

光速のランニングバック。
いつか見た漫画のフレーズを、他人事のように思い出す。
そんな大層な二つ名で呼ばれたことなどないけれど、せめて音速、いや高速―
なんでもいい。この際人並みでかまわない。
目の前の相手よりコンマ1秒でも速ければ、それで十分だ。
同じ標的に向かって走るときのコツは体が覚えていてくれた。肩をねじこんで強引に道を空ける。
わずかに広がった視界、ようやく動きを止めた石を掴もうと、伸ばした無防備な指先が地面に擦れる。
摩擦の痛みに奥歯を噛んで、握りこんだ石をポケットの中へ突っ込む動作、その軌道を塞ぐように腰のあたりを掴まれた。
相手の笑う気配がする。石を守ろうとする本能を読んだとでも言いたげな、腹の立つ笑い方。
若林は小さく息をのみ――けれど男のそれよりも数段、底意地の悪い表情を浮かべた。
どいつもこいつも後生大事にすると思ったら大間違いだ。

「こんなもん…っ、いらねんだよ!バーカ!!」

言い放つなり右手を急角度で振り上げる。
相手の側頭部を殴りつけそうになって(それならそれで構わなかったのだが、とにかく)男が反射的に身を捩った。
振り切った先には静かな夜が広がっている。ここは橋の上、ならば闇の奥には川があるだろうか。
まるで竜巻のようなフォーム。我ながら見事だと思った。もしかしたら描く軌道は美しいフォークですらあったかもしれない。
大の男ふたりがみっともなく争った対象物は、きっちり3秒後、ぱしゃん、と、まるで頼りない水音を夜に響かせた。

598さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:18:57

沈黙が流れる。
力任せの投球動作からバランスを崩して座り込んだ若林と、呆然と石が消えた先を見つめる男。
なにやってんだよ、掠れた声が聞こえた。投げたんだよ。こちらの声も掠れている。
「何考えてるんですかあんた…!?ええ、何投げちゃってんの!?馬鹿じゃねえの!?」
とうとう敬語が抜け落ちた。先程よりはずいぶんと人間らしい声だ。今時の若者めいた、捲したてる口調に眉をしかめる。
俺年上だぞたぶん。どうでもいいけど。
「お前、あれがほしかったんだろ」
若林は何も考えていなかった。少なくとも石を手にした未来のことは、何も。
ただ自分の元にやってきたあれを、誰かが奪おうというので、その前に捨ててしまおうと思っただけだった。
そっちの方が少しは面白い気がしたから。
とりあえず目を見開いた男の顔は期待通り、ずいぶんと滑稽にみえた。
「欲しけりゃ取りにいけよ」
楽しそうにすら聞こえる煽り。馬鹿正直に反応した男は、素早く若林の胸倉を掴んでねじ伏せてきた。
後頭部に重い衝撃。ギリっと音を鳴らすような圧迫感。気道が塞がれて息苦しい。なにこいつ強えじゃん細いくせに。
(ああ 、やばいなこれ、落ち る、)

―ガッ!

今度は本当に鈍い音がした。
喉を詰めていた力が緩む。白と黒に明滅する視界の上端で、誰かが息を切らしている。
こないだもそんな感じだったよなお前。ほんっとワンパターンだな。
「遅ぇよばか」
切れかけの蛍光灯に似た意識の中、春日であるはずの人影に毒づいて、笑った。

599さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:19:58

どうして自分の居場所がわかったのか。
問われた春日はきょとんとして、まあ適当に、と泣けるほど実のない返事をよこしてきた。
ハッタリでももう少しうまいことを言ってくれたら、感動してやれたかもしれないのに。まあ、しないけども。
「捨てちゃったのか」
春日は気を失っている男が見ていた方向を見下ろしている。
「捨てちゃったね」
若林は満足げな声で、いい球投げちゃったもん、と続けた。

「野茂を彷彿とさせるくらいすっげえやつ」
「そうか」
「…まああれだろ、どんだけみんな必死なのか知らないけど、さすがに殺されたりはしねえと思うし。
 人死んでたら騒ぎになるし、俺らだってちょっとぐらい噂聞いたりするだろ普通。
 そういうのがねえなら、…まあ、どうにでもなるはずなんだよ」

相槌を待たずにべらべらと喋りつづける自分はひどくみっともないなあと思う。
男がまとっていた異様な気配。石のくせに光ったりなんかして。
確かに若林は怯えていた。色を変え始めた日常はさらに、よからぬ方向へ捻くれようとしている。
捨てなきゃよかったのかな。よぎった弱音は無視した。そんな格好悪い台詞を吐くぐらいなら殺されたほうがましだ。
いや殺すのはさすがに勘弁してください。せっかく楽しくなってきたんだから。妙な騒ぎに巻き込むんじゃねえよ頼むから。

ぐるぐると堂々巡りをはじめる思考の外、声が聞こえて顔を上げた。問い返す先の表情は相変わらず、腹立たしいほどに揺るがない。
「大丈夫だろう」
いったい何の根拠があって。
けれども二度も救われてしまった身だった。言い返さないでおいてやる。

600さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:22:36

あっという間にまた慌ただしい日々が駆け抜けていった。あれ以降は今のところ、迷惑な襲撃を受けていない。
諦めてくれたのなら幸いだ。お願いだから違うことに脳を使ってほしい。
「さみー…」
長い長い収録を終えた真夜中、ようやく相方の狭い家まで辿り着く。
引越しがネタでなくいよいよ現実になりそうな今だ。次こそ雨戸のある家に住んでいただきたい。
冷え切った室温にダウンを脱ぐ気も起こらないままメモ代わりのノートを開き、並べた文字を追おうとして、目線を止める。
ネタ作りに励む前に、やはり、きちんと言っておかなければならないことがあった。

「なあ」
「ん?」
「…あの、石のことなんだけどさ」
「ああ」
「なんかさ、かなり自分勝手だったかなあっていまさら思ってんだけど。
 そんなつまんない話で面倒な目に遭うのも、遭わすのも、ほんと我慢できねえっていうか…
 だから、しばらくは迷惑かけるかもしれないけど、…その、……、………」

ぐっと口を噤む。言い慣れない類の話をしようとしているのだが、それが原因ではなく。
春日の進行形の動作が全ての元凶だった。次第に若林の眉間の皺が深くなっていく。
『がっしゃがっしゃがっしゃがっしゃ』
水分が力強く撹拌され続ける無遠慮な騒音に、とうとう若林は大声を出した。

「うるっせええ!!お前人が話してんのに飴ジュース作ってんじゃねえよ!!」
「なんだ、パッションフルーツ味じゃ不満か」
「どうでもいんだよ!まずそれを置け、あとにしろ頼むから」
「いや、なんだか溶けるのが遅いんだよこれ。…どこの局の飴だ?」
「知るか!!」

601さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:25:23

強引にペットボトルをひったくった。ごく薄い色のついた水の底で、確かにふたつ、溶け残った飴が泳いでいる。
…いや、待て。妙な既視感が脳裏を通過した。
これは本当に、飴か?
「…ちょっと待てよ、おい…」
互いにボトルの底を凝視する。にらみ合いの果て、先に結論を発したのは春日だった。

「…石だな、これは」
「……っ!?」

間違いない。若林にうっかり拾われ、男との取り合いの末、遥か彼方へぶん投げられたはずのあの石だ。
なんで、どこから。何経由で。
非常識な事態にまばたきを忘れる若林をよそに、春日がじゃあこれ飲まない方がいいのかな、と残念そうに呟いている。

「川に落ちてた石だもんなあ。腹壊しちゃうか。なあ若林、どう思う?」
「…………」

もうひとつの石が自分の所有すべきものではないかと、悟るより先にこの始末だ。
気に病むポイントがズレすぎていた。光景のあまりの間抜けさに、若林の両肩からすとんと力が抜ける。
意地を張るのもばからしい。
どうせたかが石っころだ。あってもなくても同じだとして、誰かがこれでくだらない何かを企むのだとしたら。
ささやかな抵抗として、阻むためだけに握っておくのは、そんなに悪くないかもしれない。
観念に近いため息をついて、いくらか険しさの抜けた視線を向ける。
(もういいや。投げねえよ、もう)
うす甘い水の中、小さな石がほっと胸を撫で下ろすようにころりと揺れた気がした。

602さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:26:11

後悔してはいないか?
問われてすぐには答えられない。
悔いるのは大分手遅れな気もするし、ずいぶんと先走った行為にも思えた。
まだ何も始まっていない。大体のことはきっと、これから先で待っている。

(こんなとこで立ち止まるくらいなら、)
(はじめっから歩かねえよばかやろう)

見上げれば春日が不思議そうな顔でこちらを見ている。
気遣っているようにもみえる目線だった。春日のくせに。口の中で呟いて笑いそうになる。
「お前にはわかんねえよ」
わからなくても構わないのだ。自分の中で好き放題拗れて、いつか勝手に解けてゆくから。
ただまっすぐに立っていて欲しい。色々なことを見失わないように。
若林の唐突で抽象的な要求に春日は首をかしげ、それだけでいいのか、と不思議そうに尋ねた。

「立ってるだけでいいのか」
「いんだよ。それくらいなら、できんだろ」
「そうだな。それくらいなら」

あまりにも真面目に頷くので、結局若林は笑ってしまった。
「微動だにすんなよ、ばか」

高らかに宣言できるのは、いつでもひとつかふたつだけ。
この道を進んでいること。
この男と歩んでゆくこと。
そのへんはたぶんきっぱりと、間違っていないと言えるのだ。
まるで春日みたいに、堂々と胸を張って。

603 ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:29:52

*********

思ったより長々としてしまった そのくせ石もあまり出てこない始末
一度でいいから本気で石を捨てるパターンを見てみたかったので
期待を裏切っていそうなのでテクノカットにしてきます
ありがとうございました

604名無しさん:2009/01/15(木) 01:59:02
期待通りどころか、それ以上すぎて言葉にできない…!
あなたの作品をもっと読みたいです!

605名無しさん:2009/01/15(木) 02:09:45
すごく面白かったです!
石が飴ジュースに入っているという発想に脱帽しました。

606名無しさん:2009/01/15(木) 11:22:41
能力スレにオードリーの能力案書き込んだものです。
石があまり出てこないのは、やっぱりあの能力だと、使いにくいのかなと思ってみたり
でも石を捨てちゃうのも彼ららしいなと納得したり。
使いにくければ変更していただいて構いませんからね。

あ、飴ジュースには爆笑しました。

607 ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:32:17
>604-606 コメントありがとうございます 飴ジュースばんざい
能力はキャラに合っていてとても好きです
ただ2本目の話を固めているときに拝見したのでうまく組み込めませんでした
突っ走るにも程がありますが撃てる時に全部撃っちゃいたいのでよろしければ
2本目からさらに10日ほど経過(揃ってターゲットに追加され済)した体でどうぞ

608ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:33:21


なぜだか噴水が待ち受けていたのだ。
時期柄枯れていても困らないはずのそれは、頼んでもいないのになみなみと水をたたえている。
押された痛み自体はささいなものだったが、踏み止まるにはバランスが絶望的に崩れていた。
着水する前の数秒間、視界を通過する若林の硬直した顔と、脳裏を流れていくここ最近の騒動の記憶と。
まさか、走馬灯ではないと思うけれど。

609ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:35:00

「こんなもん持ったって何が変わるってわけじゃねえから」
春日の家である種の決意を固めてからずっとだ。
若林は何度も誰かに言い聞かせるみたいに繰り返す。そりゃそうだ、石が漫才に割り込んでくるわけがない。
噛まなくなる効果でもあれば儲けものだが、その日の収録で可能性はあっさり潰えた。
というわけで春日は基本的に石に対する関心をなくし、雑にリュックのポケットに突っ込んだままにしている。
どちらかと言えば若林の石の方が気になった。あの銀色はたしか白金という名だからだ。
「グラムあたりいくらになるんだったかね」
知らねえよバカ、素早い切り返しで怒られる。てか何勝手に売る気になってんだよ。それよりさっきのお前、噛んでんじゃねえよばかやろう。
不用意な言葉のせいでいくつか余分に反省を促されながら家路を辿る。
さあ、今日こそまっすぐに帰れるだろうか。
新ネタの納得いかない部分にひらめくところがあったらしい若林は、まじ今日は空気読めよ、と早口で呟く。
「一刻も早く詰めてえんだから」
「多分無理だろうな」
「…なんでだよ」
「なんとなく。勘だな」
相変わらず根拠もないくせに自信たっぷりな春日に若林は冷たい視線を向ける。
けれど、春日の勘はこんな時いつも、妙な的中率を誇った。
殺気とまでは呼べずとも、不穏な戦いの気配には敏感なのだ。感じ取っても動じないだけで。
まもなく春日の宣言通り、厭な雰囲気を漂わせた男たちが行く手に姿を現し、お前のせいだからな、と若林が心底うらめしそうに呻いた。

相手は4人。
こちらの倍の人数で挑むとは、それだけ春日の脅威を強く感じているということか。
大変結構。頷いて一歩前に踏み出す。
「3分でケリつけるぞ」
こんなことしてる場合じゃねんだ、若林はやはりどこかの誰かに噛み付くような言い方をする。
「そうですな」
それぞれが思い思いに襲いかかってきた。どこか虚ろな目と素早さのコントラストが奇妙ではある。
一番体格のいい男が春日を、残りは後方の若林を標的としてまずは認識したようだった。
なるほど、そう来ますか。
相手の目論みを鼻先でへし折る時の心地よさは多分相方の専売的な感情だった。なので春日は冷静に、けれど堂々とした声でただ叫ぶ。
「…トゥース!!」
天を指すように立てた指の背後から、なんかそれやっぱり格好悪くねえか、ぼそりとそう漏らす声が聞こえた。

610ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:36:43

自分の石の効果を知ってからそれほど日は長くないが、好ましい能力だと思っている。
若林の指摘は後回しに、右斜め後ろに合わせて素早く右腕を上げた。半拍遅れてそこへ拳が当たる。
最初の攻撃には大概腰が入っていない。春日を攻撃するつもりが、当の本人にないからだ。
若林をまるで無視するような形で半円状に陣形を組み直され、つまりそれが春日の石の力だった。
わずかに気合いを入れ直す。次の手までの時間稼ぎと割り切って、攻撃を捌くことに集中する。
数回の体当たりとパンチを耐え切ったところで、奔る人影が視界の端をよぎった。
初動の瞬発力は相変わらず見事だと思う。若林は注意力を欠いた男たちの背中や肩を、掠めるように触れていく。
奇襲にしては軽すぎる攻めに戸惑いが広がり、けれどそれが終わりの合図だった。
生気を感じさせなかった男たちの表情に次々と浮かんでくる怯えの色。手数の有利さで闇雲に打ちこまれていた手が止まる。

「…よし、走れ!春日!」

隙を作れれば十分だ。恐怖に固まった相手を押しのけ、しかし早くも負荷の影響を受けた若林の動きが鈍り、そこにまだ動けたらしい男が立ち塞がる。
「…っ!」
かける力の方向を速やかに変えてひとつ蹴りを放った。相手の背丈をまったく考慮しないのは、元から威嚇にしか使う気がないからだ。
夜の空気を裂く音が男の頭上で鋭く響く。
上乗せされた危機感にようやく相手がへたり込むのも見届けず、全力でその場を離脱した。


勝つのも負けんのもごめんだね。あくまで若林は主張を貫くつもりなのだった。
必要最低限の睡眠時間やネタ合わせ。およそ芸人に必要な生活を守るために、ほんの少しだけ石の力を借りる。
最後はいつも相手か自分たちが逃げだしてぐだぐだで終わる。明確なオチなんてこれっぽっちも望んでいない。
誰かが欲しがってる光景の、こう、真逆ばっかり打ち込んでやりたいわけ。そのうち全部ひっくり返って、ついでに我に返ってくれたら面白えんだけど。
癖らしい観念的なひとりごとにはいつも、肯定も否定も返さないことにしている。
だからその時は粛々と、最後にハイキックを打たされた事実を悔やんでみたりした。
「春日にあそこまでさせるとは…」
「なんだそのプライドめんどくせえな」
捨ててしまえよ。若林は詠うように言う。その日はほどほどに上機嫌だった。

611ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:39:14

覚悟していたとはいえ、真冬の水温を浴びる衝撃はすさまじいものだった。
巻き戻しと再放送が終わり、頭が諸々の情報処理に手こずっているうちに、いつのまにか日常を邪魔した御一行の姿は綺麗さっぱり消えている。
何やってんだよ。舌打ちされて見上げると、腕組みした相方がとても不快そうに自分を睨んでいた。
目線の薄暗さに事情を悟る。おそらくいつもより“強め”にいったのだろう、人為的な不機嫌さを丸出しにしている。
いやいや春日ともあろう者が、ははは。
悠然と身を起こしたが、下半身まるごと水に浸かっただけあって、たちまち体温を根こそぎ奪われかねない寒さに苛まれた。
体感する冷気と凍り付くような視線を受けながら、春日は自分が春日で本当によかったと思う。常人ならここで心が折れる。
「…怪我は」
「は?」
「怪我してねえかっつってんだよ何度も言わせんな」
「…いや、どこも。少々寒いくらいだな」
「行くぞ、早く」
風邪なんかひいたらまじで許さねえからな。
言い捨ててすたすたと歩き出す若林を追いかける。
そういえば今日演ったネタで水責めを畏れたっけ、と、どうでもいいことを思い出しながら。
確かにこれは忌避すべき状況だ。びしょぬれの中、またひとつ学んだ。


痛いとか痛くないとか、相対的な観念とか。そのあたりのテーマで悩む趣味が春日にはない。
ただ約束は守ろうと思う。まっすぐに立って、まっすぐに笑う。
銭湯の類をきっぱりと固辞し、帰ってからきわめて迅速に着替えたので、風邪は引かずに済んだ。若林は単にばかだからだろ、と主張した。
答えは今も保留中だ。450円を守り抜いた。

「こうして春日は目ざましく成長を遂げてゆくわけでございますな」
「元々が底値じゃねえかお前なんか」

またまたそんなご冗談を。

612ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:42:41

*********

春日俊彰
オレンジッシュ・ブラウン・トパーズ(石言葉は「保護」「包容力」)
敵の注意を引き付け、味方を庇う。
春日が気絶しない限り、他の人間を攻撃することはできない。
ネタ中と同様に、左手の人差し指を立てて「トゥース!」と叫ぶと発動。
一度発動すると、自分が気絶するか戦闘が終了するまで解除できない。
発動中も身体能力や防御力は変わらないので、集中攻撃を受けながらの回避、攻撃は可能。
能力を使ったあとはささいなことで他人に怒られやすくなる。

若林正恭
プラチナ(石言葉は「多感な心」)
相手の中にある恐怖感を増幅し、精神的に屈服させる。
相手に直接触れなければ発動しない。触れる力の強弱である程度送り込む力を調節できる。
(怯えさせる→泣かせる→生まれてきたことを後悔させる)
また、何らかの理由で感情が失われている者や、若林本人が敵わないと思う相手に対しては著しく効果が落ちる。
能力を使ったあとは自分も無力感や苛立ちに囚われるほか、身体能力が全体的に低下し、限界を超えると過呼吸に陥る。
春日に八つ当たると多少早く回復する。

*********

能力スレに上がっていた案をありがたく使わせていただきました
精神攻撃系は他に何人かいるので噂に聞くドS(くじら先輩に対しての色々とか)っぷりを参考に少しだけ変えています
春日さんの能力はものすごく有利っていうわけでもないかと思い 代償はちょっとだけ
本当にありがとうございました 水責めも笑顔で耐えられそうです
銭湯の料金が正しいかどうかが心配です

613名無しさん:2009/01/15(木) 19:59:31
乙です!すごく面白かったです。
それぞれの能力の代償が性格をよく取り入れててすごいです。
自分の読解力不足なのかもしれませんが、春日を噴水に突き落としたのって
能力の代償でイライラしている若林でしょうか…?

能力スレで能力を考えた方も、ご苦労様でした!

614名無しさん:2009/01/16(金) 01:00:10
素晴らしいっす…
身体的に強い春日と能力が強い若林なのに最小限の戦いしかしないってところが
かっこいい!

615名無しさん:2009/01/16(金) 01:11:29
面白かった!乙!

せがむようで申し訳ないが、ぜひとも続きなどお願いできないでしょうか。

616 ◆1En86u0G2k:2009/01/16(金) 22:50:30
>613-615
読んでいただきありがとうございました 一応脳内時系列では
春日うっかり噴水へ → 若林が敵を追っ払う(春日回想中)→ ドボン → お叱り
という流れでした わかりにくくてすみません 
いっそ若林さんに突き落としてもらった方が面白かった気もします

大体書きたいことは書けたので また機会があれば
やっぱり何らかの形でエンディングが見たい企画ですね

617名無しさん:2009/01/16(金) 23:07:33
>>616
説明ありがとうございます!
ちゃんと流れがわかりました。やっぱり自分の読解力不足です。
申し訳ないのでテクノカットにしてきます。

618名無しさん:2009/01/18(日) 19:32:41
本スレ過疎ってるみたいだし、本スレに投下してみてはどうか

619 ◆sKF1GqjZp2:2009/06/30(火) 01:11:02
以前能力スレで狩野と柳原の能力を提案したものです。
こっそり狩野を投下。
もしかしたら本スレに落とすかも

620 ◆sKF1GqjZp2:2009/06/30(火) 01:11:40
「内村さん…あなたはどうして…」



彼、狩野英孝が石を手に入れたのは3年ほど前のことだった。
愛犬とのいつもの散歩の途中に、偶然見つけたもの。
それは輝く星を中央にたたえ、鮮やかな赤い色をした石だった。
見る人が見ればすぐに本物だとわかっただろう。
当時の狩野は宝石とは全くといっていいほど無縁だったため、よくできたイミテーションとしか思えなかったが。
しかし、自分でも何故かはわからなかったが、石を捨てる気にはなれなかった。
綺麗だしお守りにしようと、持っていた実家のお守りに入れて再び散歩コースを歩きだす。

―――その日を境に、狩野の運命は大きく変わることとなる。
レッドカーペットのオーディションに受かったのをきっかけに、狩野の認知度は徐々に増えてゆき、今では昔と比べたら遥に高くなっていた。
「これのおかげなのかな、やっぱり…」事務所にて石を手のひらにのせて一人呟く狩野。
普段は袋の中に入れているが、時々こうして眺めたり磨いたりしている。
「でも何なんだろう」
何か胸騒ぎがする。当初はこんなことは感じなかったのに、最近いつも誰からも注目されすぎているのだ。
ただ単に有名になったからというだけではない。その他人の視線のいくつかには、自分を狙っているものさえ感じる。
「まあファンの子だったらまだいいけど…」
持っていたタバコを消し、帰ろうと立ち上がった時だった。
ドアが開き、誰かが入ってくる。
「なんだ…お前か」
「あ、内村さんお疲れ様です」
狩野の大先輩の内村だった。丁寧なお辞儀のあと、すぐさま帰り支度をする狩野。


「ちょっと待て」
不意に内村に腕を掴まれ、肩がはねてしまった。
「な、なんですか!?」
思わず声が裏がえってしまう。
「今、何をしまった?」
「えっ…」
「見せろ」有無を言わせぬ強い命令口調。よく番組でしている特定人物との冷たい絡みとは明らかに声が違う。
「これなんですが…」
「…!!」おずおずと狩野の手のひらの石を見た途端、はっきりと目を見開いた内村。わずかにその身が震えたのを狩野は見逃さなかった。

しばしの沈黙の後、内村が口を開く。
「…狩野」
「は、はい!!」
「気をつけろ」
「え…?」
内村の言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまう狩野。
「後は自分で考えろ。俺が言えるのはこれだけだ。」
「え、ちょ、ちょっと内村さん!?」
狩野に構わずに部屋を出て行く内村。
残された狩野はしばらく呆然としていた。


程なくして、狩野は内村の番組の一員に誘われることとなる。
それが、『戦い』の始まりだった。

621 ◆sKF1GqjZp2:2009/06/30(火) 01:14:03
狩野の石は能力スレの677さんよりスタールビーを拝借しました。
では、失礼しました。

622名無しさん:2009/07/01(水) 00:03:33
>>619-921
投下乙です。緊張感があってすごくいいです。
ところで本スレ投下を考えていらっしゃるとのことですが
そうなると内村の扱いがちょっと気になります。
今後積極的に戦いに関わっていくポジションになってしまうと
「インフレを防ぐため登場芸人の上限はミドル3ぐらいまで」
という申し合わせ(新登場芸人スレ16-19)に引っかかりそう。
「ちゃんとその辺は考えてる」ということでしたらすみません。

続編楽しみにしています。

623 ◆wftYYG5GqE:2009/07/06(月) 18:02:49
お久し振りです。昔、千原編を書いた者です。
ナベアツの石の能力(提案スレ653)を使って、超短編を書いてみました。
話が始まりそうですが、何も始まりませんw

624名無しさん:2009/07/06(月) 18:03:19
「では今から、僕の声のカッター…『声カッター』で、この風船を割りたいと思います」


世界のナベアツこと渡辺鐘は、ある番組でネタを披露していた。
風船に向かって、甲高い奇声を上げる。もちろん、風船は割れない。そういうネタなのだ。
彼自身このネタはかなり気に入っているのだが、メディアでは「3の倍数」云々のほうがウケるのが、少々複雑だった。
「…失敗したけど、オモロー!!」
その後も、何度も奇声を上げたが、風船は一度も割れずに、ネタは終わった。


(まあ、実際は割れんねんけどなー)
渡辺は、そのような事をぼんやりと考えていた。
最近、芸人の間で流行っている石。渡辺も、だいぶ前に石を手にしていた。
彼の石の能力は、声を刃のように固めて飛ばす――「声カッター」そのものであった。
無論、ネタを披露するときは、石は置いてきている。不用心のようだが、彼には石を奪われる心配が無かった。


「…もしもし、ネタ終わったんで、今から石取りに行きます
……ああ、はい。あ、いつも石預かってくれててありがとうございます」


彼は、信頼できる人物に、自分の石を預けていたのだった。

625 ◆wftYYG5GqE:2009/07/06(月) 18:06:24
すみません、トリップが抜けてましたorz
>>624も私です。

一応ここまでです。ナベアツが白黒中立のどれかは、特に考えていません。
それでは、失礼致しました。

626 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:53:49
こんばんは プロローグ的な物語がいくつも投下されてwktkしつつ
オードリーを主軸にした話を考えてみたのですが
・長いくせに盛り上がらない
・登場人物の方針・能力について独断でやや拡大的な解釈を行っている
上記の理由から再度こちらに投下させていただきます
時系列は>>608「ずぶぬれスーパースター」後 日常的に戦うはめになってからの色々です

627 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:58:00


自分と違うところばかりの友人を相方に選んで約10年、
沈んでた時期の方が長いのに振り返って余裕ぶるなんてのはいかがなもんかと思うけど、
ほとんどつまづき続けの日々、向かい風警報出っぱなしの中、どうにか空中分解を免れたのは、芯の部分に貴重な共通項を通していたからではないかと思うのだ。
つまりはどれほど痛い目に遭おうとも、取捨選択は己で決めるという不格好な意地の張り方である。


*********


2月の終わりを迎えた某局の楽屋だった。
桜前線はすでに沖縄でスタートを切ったという。日本中がピンク色に染まる季節がやってくる。
自分たちの生活は先取りした春一番めいた激しさを保ったまま、相変わらずありがたいことに気が抜けない。
ついでに言わせてもらうと、ありがたくない方面でもまったく気が抜けない。
(昔はそこらへんの桜見に行って 1日中ボケーっとしてたっけ…)
思い出にひたるつもりで鼻をすすり、ふとその記憶がほんの数年前でしかないことに気付いて我に返る。
「別に昔ってわけでもねえなあ」
拍子抜けした声が漏れた。2個目の弁当に取りかかっていた春日が顔を上げる。
「なにかね」
「いや?」
ひとりごとです。重ねて呟くと春日は首を傾げ、大きな独り言ねえと笑うだけで特に追求はしてこなかった。
「おれこの後用あっからさ、おまえ帰るんなら車乗ってっちゃっていいから」
「はいはい」
完全に唐揚げの方に集中した生返事。馴染みの無関心を今は心底好都合だと思いながら、若林は深呼吸を繰り返す。
仕事と異なる方面からくる緊張は、決して気取られたくなかったのだ。

628 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:58:54

芸人の間ではひそかに有名になった不思議な石が、例に漏れず2人の元にやってきてひと月ほど。
くだらねえと呟いたところで結局襲撃は止まなかったし、関心がないと主張しつづけても情報は勝手に飛び込んできた。
白とか黒とか、味方になったとか裏切ったとか。オセロみたいな勢力争いの、板上に乗ること自体を拒否して逃げ回る日々。
悪の帝王めいた噂すら流れるその人から直々に連絡が入ったのは3日前のことだ。
電話番号わかんなくってさあ、の笑い声を耳に、反射的に身構えてしまった自分へ沸々と苛立ちを募らせながら、若林は平たい声で問うた。
「それは僕だけでもいいですか」
なぜあの時はそんなことを聞いたのだろう。少なくとも置いておけば盾にできたろうに、電話を切ったあとでこっそり後悔したのはここだけの話だ。
ともあれあっさり承諾されたのは意外だった。正念場かもしれない対面を春日抜きで切り抜けねばならなくなる。
もっとも、いつものような直接的なドタバタは起きないだろうとも予測していた。帝王の手口は柔らかいのだそうだ。
『肩の力抜くといいよ』
電話の向こうはバナナマンの設楽、やけに楽しげな声が不穏な気配を漂わせていた。

629 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:00:55

考えてみれば中心層からのコンタクトは初めてなのだ。
逃げちゃダメだを早口で3回、繰り返すこと数セット。
おれ追い込まれてるわあと苦笑しながら向かったのは、テレビ局からそう遠くないビルの1階、有名チェーン系列の喫茶店。
テーブルとカウンターを越えて半階分の段差を降りた先、壁際一番奥のソファー席で帝王が眉を下げて笑った。
「ごめんねー忙しいのに」
「いえ、大丈夫です、ぜんぜん」
劇的な変化を遂げたここ数ヶ月は若林の中に、今もって新鮮な驚きと感動を供給し続けていた。
死ぬほど焦がれていたテレビの中、散々憧れていた先輩たちと一緒に番組をつくるという嘘みたいな毎日。
設楽と初めて共演したのは例外的に何年か前になるけれど、今以上に試行錯誤を繰り返す往来で、最初で最後かもしれないと覚悟の緊張の塊を胸に抱えていた。
そのいつかと同じように笑いながら、先日の出演を迎え入れてくれたのだ。面白いんだよ!という褒め言葉付きで。
場を盛り上げるための甘い評価かもしれないが、それでもやはり嬉しかった。
面白い、という単純明快な形容が、どれだけ自分たちの足場を支えてくれるか。
何度となく活躍を目と耳にしてきた先輩からの言葉ならなおのこと、帰路の途中で小さくガッツポーズが出るくらいには。
いっそ前情報がないままならよかったのだ。
そうしたら純粋に感謝していられただろう、例えばいま持ち帰り分の食料を物色しているはずの春日みたいに。
少なくとも“こちらの警戒心を薄めるつもりだったのかもしれない”なんてくだらない詮索を、向けなくても済んだ。
「…どした?」
「や、」
申し訳なさと苛立ちと自嘲。入り乱れた感情が表情に思い切り出ていたらしい。
我ながら呆れるくらい下手な取り繕いに設楽は吹き出し、すっげえ警戒してるね、と言った。

「じゃあ大体わかっちゃってんだ、俺の言いたいこと」
「…予想外れてほしいなーと思ってますけど。切に」
「でもあれでしょ、若林ってそういう勘鋭い方じゃない?」
「嫌な予感ばっかりよく当たります」

次第に本題に近付きつつある場の空気に細心の注意を払ったまま、右手にぎゅっと力を込める。
手の中にこっそり握り込んだ小さな銀色の塊が、じわりと熱を帯びるのを感じながら。

630 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:02:39

設楽の印象ははじめて見たコントの役柄そのものに近い。
自分の主張を、たとえ多少の無茶があろうと飄々とした態度と語り口でゆるゆると押し進め、日村を納得させてしまうキャラクター。
(弁の立つ人だってのを、そんなに感じさせないふうにしてるっぽいのが余計怖いっつうか…)
あれは多少、素が入ってんだろうな、などと感心しつつ、警戒レベルを“高”に固定して耳を傾ける。
とはいえ、彼の言い分はある種真っ当で、非常にわかりやすいものだった。
「利害が一致するんじゃないかなあって」
極力注目されないように行動してきたつもりだったが、おそらくは筒抜けきっているのだろう。
希望するポジションは圏外と同意義の中立。春日がどう考えているかはさておき、若林の第一目標はとにかく厄介事から距離を取ることだ。
襲ってくるのは大概“黒”のほう、降り掛かる火の粉のみを払い続けるから根本的な解決は不可能で、かと言って離脱できない奥底まで立ち入ってしまっては本末転倒になる。
そちら側に協力するというスタンスを示せば、確かに日々の些末な面倒からはおおむね解放されるのかもしれない。悪くない話だと思うけど、設楽はそう言って笑った。
反論する余地をどう切り開こうか思案しながら、間をつなぐためにコーヒーを啜る。

「あの、そうすると逆に、白のみなさんに追っかけられるんじゃないですか」
「んー、まあいい顔はしないかなあ。でも基本的にあの人たちは動きが派手なとこを抑えにくるくらいだから、目立たなきゃ問題ないでしょ」
「目立たないっていうのは」
「ガンガン前に出てかなくていいよってこと」

詳しくは商談成立後にお話しします。芝居がかった口調で情報開示を遮断され、そこまで親切なわけもないかと勝手に納得する。
確かに白の責任感も黒の罪悪感も(正直なところ)さほど抱えていないし、今後抱える予定もない。そこまでご存知なのかは知らないが、把握したから行動に移していると判断する方が自然だった。
カップの中の黒い水面を見詰めたまま若林は黙っていた。
自分にとっては好機と呼んでもいい誘いにさっさと乗らないでいるのには3つほど理由がある。
ひとつ、長年の境遇と生まれついた性格の賜物か、“渡りに船”に対しては厳戒態勢を敷いていること。
ふたつ、右手の白金がチリチリと覚えのある痺れをずっと発していること。
みっつ、若林はどうすべきか悩んでいて、そういう時どちらを選びたがる人間だったか、ということ。
他にもいくつか正なり負なりの感情が交代で浮いては沈みを繰り返したが、最終的に自分ではない声の叱責が朗々と脳に響いた。
『グダグダ考えてんじゃないよ馬鹿馬鹿しい』
聞き覚えのある根拠レスな強さを蹴り出そうとしてやめる。
タイミング的には間違っていないので今だけ同意して指標にする。

「ありがたい話ですけど、お断りします」

結果はどうあれ笑いながら少数派に飛び込む男でありたい、ひとりそう誓ったのはこんな厄介ごとに巻き込まれるよりもっとずっと昔の話だった。

631 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:05:02

さて。
決裂の意を示してからが本番だった。わざわざ声を掛けられている時点で、わかった残念だなーで済まされるとは思えない。
「たぶん、設楽さんの言うこと、正しいと思うんですよ」
思うんですけども、言葉を返される前に言葉を重ねる。語頭が裏返ったのには無視を決め込む。
間を空ける怖さより主導権を簡単に渡してはいけないという焦燥が先に立った。なにしろ2ターン目は永遠に来ない可能性もある。
「でもおれ、そういうの好きじゃないんです」
断る理由はもうひとつ。目線を上げて一息に言い切る。
「ざっくり言うとムカついちゃうので」
「ははっ」
その選択を選びたくなる状況に追い込んでからの条件提示。攻勢としては大正解だが、だからこそ下手な(一応そういう自覚はあるのだ)意地を張りたくもなる。
白黒どうこうを抜いても失礼だったはずの若林の物言いを、設楽は特に気にしてはいないようだった。
ムカついちゃうかあ、笑いながらコーヒーをひとくち、そういうとこ頑固そうだもんね、と呟いてから。

「いんだ別に、ムカついたまんまでも、全然」
「………!」
「“とりあえず言うこと聞いてもらえればなんでもいいから”さ」

―――来た。

ふたつめの懸念、プラチナが微弱な反応を繰り返していたのはなぜか。
若林の石は持ち主の性質に呼応しているのか、味方より敵の石の発動に対して敏感な反応を示す。
設楽が持つソーダなんとかという名の石の効力は『説得力の爆発的な向上』らしい。物理的な物騒さとは無縁のまま畏れられる存在になり得たのなら、きっとそれを最大限に活用してきたのだろう。
元を正せば電話を受けたときから白金は熱を帯びていた。携帯電話の振動Cに似た断続的な痺れは、自身に対して能力が向けられている知らせ。
足した意味は言わずもがな、その熱量と痺れが、設楽の声をきっかけにガツンと膨れ上がった。
(…やば、っ…!)
咄嗟に右手の拳を固く握る。オレンジ色の六角形を重ねて中空に張るイメージを脳内で展開する。
14歳ではないから可視のフィールドは現れないが、こちらの石も似たような効力だ。問答無用の屈服という、まあ、若干乱暴な仕様ではあるけれども。
相手の心の膝を折らせるための力が衝突し、テーブルの上で軋んだ音を立てた、気がした。
拮抗するかと思えたのはたった数秒。
背中を嫌な汗が伝い、設楽が片眉を上げる。

632 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:07:57

「やっぱり若林もこっち系なんだ」
「…みたいですね…」
「うん、だから声かけたんだけどね。“あんまり抵抗しない方がいい”よ?疲れるでしょ」
「……っ、や、だから、お断りします、って、言ったじゃないす、か」
「“頼むってば”。ね?」
「………ぅあ…っ」

慢性的に抱えている偏頭痛を数倍刺々しくしたような痛みだった。熱膨張を起こした右脳、焼けていると錯覚しそうな右手の石。
偏った痛覚につられ、右目だけをきつく閉じて喘ぎに近い呼吸を繰り返す。
攻めるための能力を無理やり防御用に転換しているわけで、しかも自身の能力をほぼ完全に使いこなしている者が相手ともなれば、
(そりゃあ、押されるのは無理もねえ、んだけどっ)
納得はすれど諦めるのは癪だった。目に涙を滲ませながらも必死で見上げれば、設楽は「すっげえつらそうじゃん」などと顔を覗き込んでくる。
この人Sだって話はガチだわ。
内心深く頷いてから、テーブルの上に置かれた手に左手を伸ばそうと試みるも、「あぶねっ」咄嗟に身体を引かれる。
「触られちゃまずいんだったよね?」
大袈裟な首の傾げ方、浮かべた笑みがいつかオンエアで見た春日を追い込む自分と重なる。
―――訂正しよう。この人、ドSだ。
それから設楽はいつもの若干間延びした喋り方で、こちらの気が変わるように色々と優しく働きかけてくれた。もちろん石の力を絡めているので、拒否の意を示すだけでも面白いほど疲弊する。
体感時間にして5時間に及ぶ拷問。実際のところは30分にも満たない会話。
2ストライクから美しくもないスイングでチップし続ける執念に、ピッチャーは仕切り直しの必要有りと判断したらしい。
「そろそろ出よっか」
うつむいて咳き込む若林のつむじを眺めてため息をひとつ。予定より長居しちゃったねえと言いながら設楽が席を立つ。
軽い足取りに倣う。これは屈したせいではない、といいな、ぼんやり思いながら後を追った。

633 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:09:50

夜半はまだ真冬を思い起こす寒さである。春先特有の強い風に煽られて足元がふらつく。
元凶は去らないし抵抗も止めていないので、頭痛は酷くなるばかりだった。
設楽は眉間に深い皺を刻んで横を歩く若林を見やり、頭痛くなんだね、と興味深そうに言った。
「こういうふうに抵抗してくる人っていままであんまりいなかったからさあ」
勉強になります、そううそぶく先輩に、いやおれ経験値積ませに来たわけじゃないんでと相槌を打つ余裕もない。
外に出たからと言って何が好転するでもなかった。がっちり組み合った、いや組まされたまま、じりじりと自陣へ押し込まれている状況。
間を隔てるものがなくなった分相手に触れやすくはなったが、防衛以外の出力をあげれば一気に崩壊しかねない瀬戸際だ。淡々と足場が削られていくのを、先延ばしにするのが精一杯だった。
その果てがどうなるのを極力考えないよう務めて耐える若林に、容赦なく次の一手が打ち込まれる。

「…じゃあさ、春日にもこの話させてくれる?」
「っ!」

今一番聞きたくない名前だった。思わず目を見開いて硬直する若林に、設楽はやっぱりなあと笑みを深くする。
「僕だけでいいっ…て、言っ、」
「んー、あの時はね?でも協力してくれる人が多けりゃ助かるしさ、それに、」
春日連れてこなかったのって、あいつを庇う為でしょ?
指摘されて絶句する。―――庇う?あのポンコツをわざわざ?
てめえは毎回リセットされてんのかってくらい度々ドッキリに引っかかる単純な頭、物事をそのままドーンと受け止めすぎる無駄に広い度量、素直よりバカって表現がふさわしい性格。
(そりゃ確かに設楽さんから石使ってこんな風に声かけられたら、諸々込みであっさりお世話になります!なんつって頭下げちゃいそうだけどさ)
申し出の理由にようやく思い当たり、ぶつけようのない怒りと天井知らずの頭痛に叫びだしそうになる。
ああ、抵抗にこれほどの痛覚が伴うと、わずかでも覚悟できていたら。

「ぃ…ッあ、」
「あーあーあー、ほらもう限界じゃんお前も」

ひときわ鋭い痛みが突き抜ける。たまらずしゃがみこんだ頭上から、別にひどい目に遭わせるつもりじゃないんだって、呆れと困惑を合わせた声が降ってくる。
ちくしょう、仮に百歩譲ってあいつを庇うためにこんな目に遭ってるとしてもだ、そこ読まれてたらなんの意味もねえじゃねえか!
「とりあえず、電話しようよ。春日に」
そっから先はまだわかんないでしょ、電話くらいいいじゃん。ね?
一歩妥協した条件を提示するのは、要求を呑ませるための最後の仕上げ。
その流れを十分すぎるほど理解していながら、若林の手はとうとう勝手に、携帯電話を突っ込んだポケットへ伸びはじめていた。

634 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:11:43

(…くそ、)
(とんだ思い上がりだ)
(なんでちょっとでも、どうにかなるって思ったんだ?)

リダイヤルを辿り、促されるままボタンを押し込む。
活動限界寸前の頭の中、淡々と無機質な呼び出し音が繰り返される。
いっそ留守電に切り替わればいいという願いもむなしく、きっちり3コール目で持ち主が応じてしまった。

『はいはい』
「…………」
『どうした?』
「…………ッ」

どうしたもこうしたも大ピンチです。電話出てどうすんだばかやろう、こっちは頭が割れそうなんだよ。ああ、もう、ほんとに、意味ねえ、全っ然庇えてねえ。
世界の全方位へ向けた腹立たしさと無力感に押さえ込まれて今度は言葉が出ない。若林氏?と繰り返す怪訝な声がふと遠ざかった。設楽が代わりに電話を握ったのだ。
「もしもし春日? あー、俺、設楽です」
『え、 …ああ、はい!お疲れさまです!』
唐突な先輩の登場に、なぜか春日は少しテンションを上げたらしかった。
どうしたんすか?なんて元気よく言っちゃってバカかお前は。おれは一体なんのためにこんな、
「いま若林といっしょなんだけどさぁ、ちょっと春日とも話したいなーっつって、」
『そうなんですか!』
でかい声出すなようるせえな、選択肢なんかねえんだぞ、わかってんのか。わかるわけないか、そういや何にも言ってねえもんな。
食いしばった奥歯にそのまま砕けるのではなかろうかというほどの力を込めた時、春日が不思議なことを口走った。

『すっごいタイミングですね、俺びっくりして』

―――は?
偶然見合わせることになったふたつの表情は、おそらく互いにどういう意味?の疑問符で満ちていただろう。
ぽかんと空いた隙を図らずも突いた恰好になった春日は、ちょうど今話してたんですよ、ほら、とその場にいるらしい誰かに呼びかけている。
バタバタとにぎやかな音が漏れたあと、やがて春日とは別の声が電話から聞こえてきた。

『…おう、設楽?』

聞き覚えのあるその声は確か、まちがいでなければ設楽の相方、バナナマン日村であるはずだった。

635 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:12:56

若林にとってはへえ日村さんと一緒にいたんだ、という、単純な驚きでしかない。
白黒の勢力配置を事細かに覚えているわけではなかったから、もしかして俺たち同時にセッション仕掛けられてたんかい、なんて勘違いが加わるくらいで。
しかし、もうひとりにとっては、そんなフワっとした感想で片付くイレギュラーではなかったらしい。
設楽は日村さん?と戸惑った声で問いかけ、肯定を返されたのだろう、小さく呟いた。
「うそぉ」
その音が若干クリアに耳へ届いて、若林は反射的に顔を上げる。
余裕のある態度は崩れていなかったし、顔色ひとつ変えていなかったけれど、自分の痛覚がなによりの指標だった。見えない鎖で締め付けられるような圧力が、確かに緩んでいる。
それはつまり、不沈たる彼の領域がついに揺らいだという証だ。奇しくも春日の予想外の働きによって。
状況を掌握するには不十分なヒントしか与えられていなかったが、このタイミングがおそらく最初で最後のチャンスなことだけは理解できた。

「…びっくりするでしょ、」
「あ」

意を決して腕を伸ばす。肩を掴む。振り返った設楽がやべ、と、初めて明確に焦りの色を浮かべる。
静電気めいた拒絶反応が指先に走り、それでもそのまま出せるだけの力を込めた。携帯電話が地面に衝突して硬い音をたてる。
ここぞって時にとんでもないことやっちゃうんですよね、フラッシュバックするのはいつか誰かに説明した自分の声や、見当違いに胸を張る相方の姿。

「それがあいつのこわいとこなんです」

慣れない防御から急速反転、残弾をすべて攻撃に充てる。無茶な立ち回りに視界がとうとう白く瞬きだした。
あの気弱な少年ならきっと切羽詰まった顔で叫ぶだろう。
(“フィールド全開ッ”、つって、)
あとはもう、どうにでもなれだ。

636 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:14:23

強烈な光も派手な音もなく、インナー限定の攻防は静かに終わりを迎えた。
拾い上げた電話はすでに切れている。妙な展開でびっくりしたろうな、春日は無視して日村に申し訳なく思う。
「それさあ、若林のって、あんまり光んないんだね」
ガードレールにもたれて座り込んだ設楽が言った。俺のもそんなに光んねえの。地味だよね、お互い、全体的に。
苦笑いを返そうとした世界が歪む。ほとんど崩れ落ちるようにして、彼の隣にしゃがみこむ。
「…大丈夫?」
「…はあ、なんとか」
何度か咳き込み、それから急いで距離を置こうとする若林に、今度は設楽が苦笑した。

「もう弾切れだよ」
「え、」
「お互い様だと思うけど。今んとこ、普通にお話ししかできません」

降参の仕草で両手を上げる彼から、独特の気配は確かに消えていた。もっとも、感知する余力もすでになかった。残っているのは火傷に近い痛みを伴った右手の熱さだけだ。
相打ち、か。判定だったら3ー0で完敗だろうな、投げられたタオルを想像して深めにため息をつく。

「そうでもないかも」
「へ?」
「俺、ちょっとくらいお前の言うこと聞いちゃうと思う」

意味を掴みかねて寄せた眉の裏側を、『屈服:相手の強さ・勢いに負けて従うこと』の辞書的な説明が流れていく。
(…負けたふうには全然見えないんですけどもね)
半信半疑ながら、自分の踏み止まりが少しは報われてもいいなとは思った。言うだけタダだし、駄目でもともとだ。
車が3台通り過ぎるくらいの間をたっぷり空けたあと、じゃあ、と出した声は掠れていた。

「5月になるまで、おれらのことは放っといてもらえますか」
「期限付きでいいの?」
「…永久にって条件、出せりゃ出してますもん」
「………まあねえ」

事実、若林も陥落寸前だったのだ。金輪際関わりたくないです級の担荷を切るには、設楽の能力の影響を受けすぎていた。
つまり石を巡るごたごたの末端に留まることを若林は“説得”され、代わりにささやかな命令を下す権利を得たというわけである。
設楽はしばらく目をつぶって何か思案しているようだったが、やがて「いいよー」と拍子抜けするほど軽い声で応じた。
そこでやっと本当に、強張っていた身体の力が解けた。

637 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:16:11

「でもなんで5月なの」
「ネタ考えて、覚えて、詰めて。あと春日に叩き込んで…ってなると、最低限今くらいから本腰入れないとやばくて」
「…ネタ?」
「単独ライブが」
「ああ、」

年の瀬に果たしたある種誰よりもドラマチックな活躍を決定打に、暴風めいたスケジュールに翻弄されてきた若林と春日。
激動のただ中で待ち受けるのは、3年ぶりに立つふたつの独壇場。
全力を投じても足りないかもしれない時間を、芸事以外で潰す余裕はない。
いいライブにしたいんです。噛みしめるように呟く若林に、設楽は厳粛に頷きながら5月ね、と繰り返した。

「5月までは約束守るよ。少なくとも俺の権限が通るとこに関しては、そっちに迷惑かけないから」
「…設楽さんが全権握ってるんじゃないんですか?」
「はは、さすがにそこまではねぇ」

段々制御きかなくなってきてんだ。愚痴るような声はやかましいエンジン音を鳴らすバイクに重なり、誰の耳にも届かなかった。
それでも黒側の大部分を統制しているらしい彼が言うなら、ずいぶんと平穏な毎日にはなるのだろう。
「じゃあ お願いします」
レールに手をついて若林はふらふらと立ち上がった。
立ちくらみをやり過ごしているのか眉間に皺を寄せ、深呼吸を繰り返してから設楽を見下ろして。

638 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:16:57

「あとひとつ、聞いてもいいですか」
「守秘義務どうこうじゃない範囲なら」
「………こないだ、番組出させてもらった時、僕らのこと面白いっつってくれたじゃないですか、」

あれは。
それきり言いにくそうに視線を彷徨わせた後輩に、設楽はゆっくりと首を振る。
「そういうのはやんない、俺。ほんとに面白えなあと思ってさ、」
だから嘘じゃないよ。
相変わらず人を食ったような笑みを浮かべているから真意を計るのは難しい。
けれども信じようと思った。訝しむばかりでは身が持たない。ノーガードで聞く言葉としても、そもそもそうあるのが普通だったのだ。
ごめんね、の心なしかばつが悪そうなリアクションを、自分自身の判断で全面的に信用する。
それから、
「…もし、設楽さんが、それ使わないで説得してくれたら、」
素直に言うこと聞けたかもわかんないです。
俯いたまま若林はありがとうございましたとすいませんと失礼しますを重ねて、深々と頭を下げた。

639 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:18:38


 「なんだったんだろ」

 はじめに首を傾げたのは、テレビ局の廊下に立つ日村だった。
 若林から設楽に変わった電話は、春日から受け取った途端に切れてしまった。
 それぞれの番組終わりに偶然遭遇した面々。飲みにでもいこうという話になって、せっかくならこの場にいない相方にも声をかけようとしていた、まさに絶好のタイミングだったのに。
 「春日もどっか行っちゃうしさあ」
 のんびりしたはじめの応対はどこへやら、通話が切れた途端に血相を変えて走り出したピンク(既に私服に着替えていたからピンクではなかったが)もすでにこの場にいない。
 「設楽さんは電話出ないの?」
 問うたのは偶然の一員、おぎやはぎの矢作である。
 「あいつ電源切れちゃってんのかな、ずっと留守電なんだよね」
 「そっかあ」
 「じゃあとりあえずいる分で行っちゃおうよ」
 続けたのは相方の小木だ。腹減っちゃったもん、いかにも彼らしい切り替えの早さに笑ってから、設楽が捕まったら合流すればいいか、そう気を取り直す。
 「何食う?俺らの食いたいもんでいいよね、早いもの勝ちってことでさ」
 「いんじゃない、どうしよっか」
 先を歩く日村は気付かなかった。
 路上の設楽が若林と静かな争いの末、ある取り決めを成立させていたことも、小木と矢作が目線を交わし、小さく頷きあっていたことも。
 彼が本格的に石を巡る渦へと巻き込まれる日の訪れは、幾人かの芸人の思惑でもって、また少し先延ばしにされた恰好だった。

640 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:20:07


 「今回は間に合わなかったねえ」

 続いて街灯の下、どこか残念そうに呟いたのは春日だった。
 突然の誘いと電話。重なる偶然に驚きながら日村へと繋ぎ、急な断絶に嫌な予感がして駆け出したものの、さてどこへ向かえばいいかわからんぞと途方に暮れたところで再び鳴った着信音。
 2度目の若林は憔悴しきった声で現在地と目印を告げ、10分で来い、来なけりゃおれは路上でくたばっちゃってるからな、と脅しだか懇願だか判別しかねることを言って一方的に電話を切った。
 そこそこ全力疾走でなければ間に合わない距離をどうにか走り抜け、荒い息で辿りついた駐車場の看板のそば、宣言通りぐったりと座り込んでいる相方の姿。
 とりあえずケータリングから頂戴した水を与え、落ち着くのを待った。すでに何事か起きたあとなのは間違いなさそうだった。
 冒頭の台詞に若林は人の気も知らねえで悠長なこといってんじゃねえ、と薄水色のボトルキャップを投げつけてきたが、こちらの額を狙ういつもの精度がまるでない。
 車道に向けて転がったそれを捕まえて戻ってくれば、夜目にもわかる青白い顔で、ぼそりと呟く。
 「毎回毎回おいしいとこもってけるなんて思うなよ」
 「別においしいとも思ってないがね」
 「…ま、いいや…とにかく単独終わるまでは、芸人に専念できっから…」
 「はて。どういう意味かしら」
 「おれ死ぬ気でネタ作るわ。お前も死ぬ気で覚えろや」
 「おお?」
 「つかお前も作ってみろよ。そろそろ本気出してもいい頃だろ」
 「ぉおお?」
 若林は一体ひとりで何に立ち向かったのだろう。その果てに何を手にしたのだろう。事の顛末も気になったが、今はまずキラーパスをキャラ通り正面から受け止めるかどうかの判断が先だ。
 春日はふむ、と顎に手を当て、しばし思案した。

641 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:21:15


 「やられたなあ」

 最後にひとり、夜道を歩きながら笑ったのは設楽だった。
 途中まではほぼ完璧に計画通り。相方を関わらせないという希望を受けておいて、最終的にそれを取引の題材にさせてもらうのはすでに試したことのあるパターンのひとつだ。
 こちらの能力に近い石を発動させて真正面から抗ってくる展開は初めてだったけれど、自惚れを差し引いても自分と自分の石の相性は相当にいい。
 多分あのままいけば引き込むことができただろう。彼の希望通り春日を登場させなければ、日村がひょっこり出てきて不意を突かれることもなかった。
 シナリオ上はどうするのが正解だったっけな。思い出そうと見上げた先に反射鏡が立っていた。映った自分の顔をしげしげと覗き込み、ひとつ息を吐く。
 「別にすげえ人相悪くなってるってこともない、か」
 随分と暗躍を重ねていた。白だ黒だの争いから意図的に遠ざかろうとする若林にすらあれだけの警戒心を持たれたのだ、さぞかし悪名は広く轟いているのだろう。
 誰に何を言われようと押し通すことを決めた誓いと、時々自分に向けられる日村の物言いたげな眼差しが秤に乗せられてゆらゆらと揺れる。
 「石使わなきゃ言うこと聞いたっつって、…んだよ、普通に行ったってぜったい構えるじゃん、」
 まるで好き好んで言うこと聞かせて回ってるみたいな言い方するよな。腹を立ててみても、俯瞰的に観れば「ですよねー」の大合唱があちこちから聞こえそうで首をすくめる。
 ともかく、彼らの件についてはしばらくの間、凍結を余儀なくされたというわけだ。
 本当は気力が戻れば若林に対する“屈服”も、はねのけてしまえるかもしれないけれど。
 単独ライブを成功させたいという芸人として当たり前の意地を見せられてなお、契約を破棄する気にはなれなかった。
 (そこまでやっちゃうとしたら、…たぶん、ほんとに最後の最後のとこなんだろうな)
 その線を踏み越えてしまった時、自分はまだ芸人と呼べる生き方をしているだろうか。
 ポケットに突っ込んだままの携帯電話が日村からの誘いを録音していることには気付かないまま、設楽はゆっくりと歩みを進めてゆく。

642 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:22:57


3月になった。楽屋で眺めるテレビ、九州からの中継が桜色に染まった並木道を報じている。
春だなあ、の独り言にそうですなあ、の相槌。ふぬけた会話につかの間の穏やかな日々を実感する。
桜前線が北日本まで届くのはゴールデンウィーク頃だと聞く。やるべきこととやれること、いつか成し遂げてやりたいこと。花が咲いているうちがチャンスだ、全体重をもって格闘しようと思う。
約束された平和を裏返せば設楽の影響力の強さに直結するが、そのあたりの現実を直視するのは目の前の山を乗り越えたあとだ。
若林は確認するように小さく頷き、そうだ、と2つめの弁当の蓋を開けた男に声をかける。

「ネタ作りの方はどうなってますか春日さん」
「ふふふ」
「何笑ってんの気持ちわるい」
「聞けば腰を抜かすぞ!」
「まだ全然できてねえからってんじゃないだろうな」
「………」
「図星かよ!」

どついた拍子に割り箸が飛んだ。ああんもう、なんて気色悪い声をあげて慌てる春日を睨む。
窓から覗く景色を強い風が揺らしていた。

あの時独断で掴んだ権利は正解だったのか、それとも悪手だったのか。
単なる先延ばしと言われればそれまでだし、他にやりようがなかったろとも言いたくなる。
けれど次からは一応断りをいれておこう。頼りになるかは度外視で、状況によっては会議もしよう。先回りして先導するつもりのキャパシティは、簡単に容量オーバーすることが身をもって証明されたばかりだ。
上手くまとまらないままもちゃもちゃと自分の考えを説明し、お前はどう思ってるわけ、と尋ねると、彼はまたしても不思議な返答をよこしてきた。

「だからそこんとこは同意見だよって言ったでしょうが」
「はあ?お前とこのへんの話はしてねえだろ」
「したでしょうよ」
「いつ」
「こないだの。設楽さんとなんやかんやあった日。覚えてないの」
「えー………」

明確に思い出せるのはあさっての方向に飛んだペットボトルの蓋と、ネタ作りを承諾させたくだりまで。正直、どうやって自宅まで辿りついたかも曖昧である。
記憶が引き出せないことを察したらしい春日が箸を置いた。こちらへ向き直る。

643 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:24:30

「てめえで選べねえ状況の何が自由だっつってあんた随分と怒ってたから。
 その場凌ぎ上等だよ、どうしようもなくなるとこまで逃げ切ってやるっつって。
 お前は好きにしろっつうからじゃあお供しましょうかねっつって。 
 覚えてらっしゃらない?」

全く記憶にございません。よくもまあ、気恥ずかしいことをべらべらと…

「…そうだっけ」
「そうですとも」
「……間違ってますかね、ぼく?」
「間違ってるとか間違ってないとか、んなこたどうでもいいじゃないの」
「………」
「俺らがどうしたいか、どうするかっていう、それだけの話なんだから」

既に着込んだいつものベストの鮮やかな色。
ピンクが過剰なんだよ春だってのに。つけかけたくだらない言い掛かりは取りやめて、代わりに鼻で笑うふりをする。
「よくわかってんじゃねえか」
ええわかってますとも。キャラ半分に堂々と答えるその顔がやはり癇には障ったので、
「太るぞー」
再び割り箸を手に取る背中にはしっかりと釘を刺しておくのだ。



*********



もろもろ真逆で正反対の友人が共闘を承諾して約10年、
行く道は長く険しく果てしないのに総括して余裕ぶるなんて狂気の沙汰だぜと思いつつ、
まだまだつまづき続けの日々、追い風と向かい風に挟まれて、むちゃくちゃなフォームでこの先もきっと走ってゆくのである。
なぜならどれほど痛い目に遭おうとも、芯の部分は愚鈍なまでに似た者同士であるのだからして。

644 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:25:34

以上です
散々流れて現状維持とはなんというクールポコ状態
ありがとうございました

645名無しさん:2009/07/09(木) 01:23:33
乙でした!
すごく面白かったです
クールポコ状態とは言わず、本スレ投下してもいいのでは

646名無しさん:2009/07/09(木) 23:35:09
おもしろかったです!!
ありがとうございました
こっそり続編を希望しております…

647名無しさん:2009/07/10(金) 12:32:58
面白かったです!
個人的に春日の「つって」がツボでした
ぜひまた書いていただけるとすごくうれしいです

648名無しさん:2010/01/11(月) 16:43:52
乙です。
意外な形で春日が活躍したのも予想外で面白かったです。

649boobeetime:2010/01/14(木) 05:47:45
お久しぶりです。トリップは変わっておりますが、
カンニング編などを書いた元◆8Y〜です。
久しぶりに何か書こうということで、>>529のお話を若干(といっても数箇所ですけど)
改変して第1話とし、ボキャブラ組の日常小話をいくつか書いてみようと思い立ちました。
ということで、挫折防止の為に意思表示でもしておこうということで、投下予定だけですが書かせてもらいます。

○投下予定(サブタイトルのみ。ちなみにサブタイトルは内容とはほとんど関係ありません)
・芸人にとって一番の問題は、自分のネタで笑い転げられないこと(>>529の改訂版)。
・いくら縁起が良くたって、長い名前は色々と困る。
・海の神様だって、時には三叉の銛片手に魚を追っ掛けるんです。
・それは、役者自身も知らない撮り直し。
・働き者がお人よしだったら、能天気なお馬鹿にも食べ物をあげるのに。
・人生は逆戻り禁止、だから難しい。

一応ここまではアイデアを練っているところです。
また本スレの方も活性化してくれるといいのですが……

650 ◆4Jhozrj2us:2010/01/14(木) 06:23:56
あ、間違って別の文字列入れてしまいましたorz
こっちが本当の新しいトリップです。

651 ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:51:27
◆sKF1GqjZp2さんの話からもやもやと考えたことを書いてみました。
さすがにお粗末すぎるのでこちらに投下します。
このスレにまた活気が戻ることを祈って。

652『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:52:57
痛っ。
あんま乱暴に扱わないでよ。もうおじさんなんだから。
あ、聞いてないね……。

で、要求はなんなの?
そろそろレッドシアターの打ち合わせ始まるから、早く解放して欲しいんだけど。
そう怖い顔しなくても、お金ぐらいならちゃんと用意するからさ。

……石をよこせ?
結婚指輪しか持ってないけど……。
あ、ごめんごめん。怒らないで。ただの冗談。

不思議な能力を持った『石』のことでしょ?
そんなもん持ってないよ。持ってないって。
嘘じゃないよ。なんなら調べてもらってもいい。
なーんも持ってないよ。

俺襲ったって収穫はないよ。
もしそれが目当てならもうちょっと下の世代の奴らを狙わないと。
……なんで、って?
いたた、だから乱暴に扱わないでって言ってるじゃん。
もう40過ぎてるのに……。

ま、信じようが信じまいが、ないものはないんだけどね。
きっと今からする話も信じてもらえないんだろうなー。
それでも勝手にするけどさ。まだ死にたくないし。娘も生まれたばかりだし――

653『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:53:38
お笑いブームで、若手芸人が次々売れていった頃の話だよ。
俺らは若手から抜け出して、中堅って呼ばれるようになっていた。
いつもみたいに収録が終わって着替えてたら、若手芸人の私服のポケットに何かが入ってた。
綺麗な、まるで宝石みたいな石だった。
珍しいこともあるもんだな、って二人で話してたんだけどさ。
数日経って、別の収録の時に今度はまた別の若手が石を拾ったんだ。
それからがすごかった。周りの芸人もどんどん石を見つけるんだ。
拾ったり、譲ってもらったり、バッグの中に入っていたり、方法は様々だけど、どれも綺麗な石なんだ。
スタッフの中に宝石商がいて売れない石でもばらまいてるのか、なんていう噂も立ったよ。

しばらくは何にもなかったよ。
でも、そのうち変な話を聞くようになった。
「若手芸人たちが不思議な力を使って戦っていた」
「不思議な力を使うとき、まるで石が光っているように見えた」
「不思議な力で戦って、もし負けてしまったら石を奪われる」
「石を奪われた芸人は全員この世界を辞めていく」

俺、なんだか怖くなっちゃってさ。
最初に石を見つけた若手とロケで一緒になったとき言ったんだよ。
気をつけろ、って。
ロケが終わった後、あいつと俺は三人組に襲われたんだ。
二人ともぐるぐる巻きにされて脅されたんだ。
「石をよこせ。俺たちは売れたいんだ」って。

もちろん俺は石なんか持ってないからただびくびくしてたんだけどさ、
若手は不思議な力で縄をほどいて、三人組に殴りかかったんだ。
あいつ、よく見たらブレスレットにあの石を組み込んでた。
もう火花は散るわ血が飛ぶわで、とうとう若手は石付きのブレスレットを奪われた。
スタッフが俺たちのことを見つけてくれなかったら俺もどうにかなってたかもな。

その何ヶ月か後、その若手は芸人を辞めた。
俺宛に「ごめんなさい」と他の若手から言伝を聞いた。
それから俺は、この戦いには関わらないと決めた。
……。

654『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:54:24
俺は思うんだ。
『石』は芸人の生存競争のために生まれたんじゃないか、
うじゃうじゃ芸人がいるこの世界で生き残るために生み出された力なんじゃないか、って。

確かに石を持っているのは売れてる芸人ばっかりだよ。
最近出てきた若手の中にも『石』を持ってる奴はいる。
石を奪えば売れるかもしれない。そう思うのも分かるよ。

でもさ、そうやって石を奪って、他の奴らを蹴り落として、そうすることが芸人の仕事か?
コントなり漫才なり、自分の芸を磨いた奴らが、
本当に面白い奴らが売れるんじゃないのか?
ちっぽけな石なんか持ってなくても、さ。

だからさ、お前もこんなことやめろよ。
ネタ作って舞台立った方が何倍もいいよ。
お前だって立派な『芸人』だろ?









「内村さん!大丈夫ですか!」
「……狩野か」
「そんながっかりしなくても……。みんな心配して探してたんですよ!」
「そうか」
「まさか『石』使いに狙われたんじゃないでしょうね?」
「大丈夫。若手芸人に説教してやっただけだから」
「説教?」

「なあ狩野」
「なんですか?」
「これからも頑張れよ。『芸人』として」
「? ……はあ」

655 ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:55:14
投下終わりです。
失礼しました。

656名無しさん:2010/03/13(土) 20:17:53
感想スレ408です。こっそり投下させて頂きます。


〜元メンバーの話〜


仕事の合間を縫って、劇場近くの公園を訪れた鈴木つかさは、ベンチに座り、煙草をふかしていた。
鈴木は、かつて起こった事件の数々を思い出していた。


切欠は…鈴木が河原で拾った石。
それに呼応するかのように、ザ・プラン9の他のメンバーも、次々と不思議な石を持つようになった。
それからというもの、恐ろしい力を持った謎の黒い石を巡っての戦いが始まった。

初めは浅越が黒い石の力に翻弄され、他のメンバーとの必死の戦いにより、正気を取り戻すことができた。
その後、浅越はロザンの二人に(無意識ながら)黒い石を渡してしまった。彼らは黒い石の力に魅入られ、全てを支配しようとした。
久馬の元相方である後藤秀樹も、黒い石に操られた被害者であった。そして…ロザンの二人自身も。


ロザンの二人を倒し、彼らが所持している黒い石を破壊すれば、全てが解決すると思っていた。
しかし、石を巡る事態は想像以上に複雑だった。余りにも多くの芸人が、不思議な力を持った石を所持していたのだった。
さらに、白と黒…二つの『ユニット』と呼ばれる存在が、日々戦いを繰り広げていたのだった。
黒のユニットは他の芸人の石を奪おうとしたり、黒い欠片というもので、芸人を操ったりしていた。
ロザンの二人が黒のユニットに関わりがあったか、黒い石が黒い欠片と関係あったかは、今となっては分からない。


以前久馬に、白のユニット入ろうかと相談したことがあった。そのときの彼の答えは、
「今だって5人もおるのに、これ以上メンバー増やしてどうすんねん」という、彼なりのボケが入ったものだった。
結局プラン9はどちらのユニットにも付かず、独自に戦いを続けていた。

657名無しさん:2010/03/13(土) 20:19:57
正直、プラン9のメンバーの石は、戦いには不向きであった。
なだぎの火力を強める石と、ギブソンの硬化の石が、一応相手を攻撃できるものである。
久馬の石がなだぎの石を強化し、浅越の石が怪我を治す。
鈴木の石は、味方を集めサポートするものだった。

最初の頃鈴木は、自分自身は全く戦えないため、非常にもどかしい思いをした。
しかし、何度も戦っていくうちに、自分の役割を正確にこなすという爽快感を覚えていた。
時にはぶつかり合うことがあっても、5人が揃えば本当の力が発揮できる……そんな風に感じたのだった。


いつしか、方向性の違いにより、鈴木はプラン9を去ることを選んだ。プラン9のメンバーとはもう大分会っていない。
しかし、石は相変わらず自分の手元にあるので、一応芸人という括りに入っているらしい。


(…なあ石。お前は…俺が勝手にメンバー抜けて、戦う場所も変えてもうて…恨んでるか? それに…プランの皆も…)
鈴木はチョーカーに埋め込まれている緑色の石に尋ねた。
(…我はただ王に付き従うだけです。そして、差し出がましいようで申し訳ありませんが…。
王の昔のお仲間は、きっと王の進む道を応援しているのだと思います。だから…ご自身を信じて下さい)
(そっか…。悪い、変なこと聞いて)
(お気になさらないで下さい)


鈴木はふと空を見上げた。事件など起こりそうも無い、穏やかな青い空。
今日もこの空の下のどこかで、石を巡る戦いが行われているのだろうか。
そしてその中には、かつての相方たちも含まれているのだろうか…。

(久さんもなだぎさんも、ギブソンもゴエも頑張ってんやろな…。俺も頑張らんとあかんな!)
鈴木は小さく頷き、決意を固めたかのように表情を改めた。

658名無しさん:2010/03/13(土) 20:20:23
以上です。プラン9編やロザン編、後藤秀樹編の設定を拝借しました。
一応、黒い石の戦いは終わったものの、黒ユニットとの戦いは続いている、という設定です。
黒い石やユニットのことなど、自己設定が入りまくりで申し訳ありません…。

659 ◆1IvI9EgBf.:2010/06/05(土) 20:32:14


お見苦しい点も多々あると思いますが投下します





この物語は終盤へ向かっているのか、それとも依然としてプロローグをさまよっているのか。

小林に訪ねると困ったように笑みを浮かべた。

「それは可笑しな質問ですね。この物語に終わりはありませんから」

言葉の意味を問おうとする間もなく、彼は右手のペンを走らせていた。
こうなっては此方の声は届かない。
白と黒の戦いに終わりがないと言ってしまえば確かに否定は出来ないが、終わらせる為の戦いじゃないのか?
石の存在そのものに対してを物語と称して終わりがないと言う意味なのか?

嗚呼、打ち合わせまで後1時間。

煙草に火を点け肺へ煙を送り込む。深く其れを吐き出しているのにこんなにも気持ちが落ち着かないのは焦りか、別の何かか。

「例え話を一つしましょうか」

いつの間にか顔を上げ此方に視線を向けた小林の顔は笑っているのに笑っていない。

例え話?

「例えば…黒を抜け白のユニットに入ると言い出したらどうしますか?」

お前が、か?

「白のユニットは上田さんがトップと言うことになっていますが実質、芸歴上の問題で特に取り仕切っているとも言い難い」

小林が静かに歩み寄ってくる。

「片桐を連れ、白へ移り上に立つのも面白い。そうは思いませんか?」

黒を裏切るのか?
それとも、そうすることで白を乗っ取るのか?

「貴方と知恵比べをしたい、知的欲求を満たしたいだけですが…全ての石を統べるのも面白くはありませんか?」

何を言ってるのか意味が理解できない。
話は見えてこない。

「つまらないんですよ。このままじゃ」

660 ◆1IvI9EgBf.:2010/06/05(土) 20:49:55



そうかも知れないな。

「今の貴方じゃ簡単に黒も白も潰せてしまえる」

小林が目の前で立ち止まる。
顔から笑みは消え、ペンを握り直し大きく右腕を振り上げた。

「物語は終わりませんよ」

そのまま右手のペンを俺の首もとに振り下ろした。

「…始まっても、いませんから」



声が遠くなっていく。

今の俺は…つまらない、か。



「っ!!…設楽っ!!」

目の前に気持ち悪…日村の顔がある。

「気持ち悪い顔…」

「やかましいわっ!起きないから焦ったんだぞ…」

「あぁ、わりぃ」

何処だ、此処。
ロケバス…?移動中か。

タバコをポケットから取り出すと一本も入っていなかった。
買い忘れ。しくじった。

「あと10分くらいで着く…って、その首どうしたんだよ?」

日村の顔が青ざめている。

手渡された鏡で首を見ると赤黒い痣があった。

「ぶつけたのか?痛そうだけど」

「…日村さん、俺おもしろくなるよ」

「はぁ!?頭もぶつけたか!?設楽さんは充分おもしろいよ!」

「そっかぁ」

笑って返すと相方はさらに慌てた。
良い天気だからロケも上手く行くだろう。


物語は終わりませんよ…
始まってもいませんから。



声が、聞こえた気がした。





*

以上です。

夢オチで申し訳ない。

661名無しさん:2010/06/23(水) 19:17:09
>>649
ものすごく今更ですが、サブタイトルでどの芸人が出るか分かり、ニヤリとしました
投下楽しみにしてます

662チラリズム:2010/07/06(火) 23:35:09
途中まで出来たのでこっそりgdgdだけど投下する





今、隣でアホみたいな顔して寝とるそいつが、ちょっと前までは舞台でドン滑りしてたのかと思うと時間はめっちゃ早い。
今やったら舞台で台詞忘れへんし…あ、違うわ、たまに忘れるか。ほんでめっちゃ噛むし。
こいつと一緒でよかったな、とたまーにやで?たまに思う。
メシ作ってくれるし、朝起こしてくれる。

その頃は、
石とか、不思議な力とか、そんなん全く興味は無いし、そもそも知らんかった。
相方がどうやったかは、知らない。

ただ俺は、

何でそんな訳の分からへん石で死ななアカンねん。
芸人が命懸けで戦ってええのは舞台だけやろー言うて。

俺は少なくとも、そう、思っていた。

663チラリズム:2010/07/06(火) 23:36:16
かっこつけてみたところで、俺らはまだ若手やった。
個人の芸歴はお互いに長かったけど、コンビ歴ではまだまだ日は浅い。
前に休みたい言うたら、マジでー?っちゅう顔したマネージャーがドン引きしてた。
まだまだそんなとこ。

ラッキーな方やった。
…のかもしれへん。

お母さんは「今までの相方が悪かったんやって」と言うている。
相変わらず息子に甘すぎやねん。
かく言う俺も、そうやろなーなんてどっかで思ってて。

そう考えたらもしかしたら、ラッキーやったのかもしれへん。

一番最初はアカンかった。
それでもライブやったりオーディションやったりしてて、
次第にネタ番組に呼ばれるようになって、ファンや言うてくれはる方が増えて、
特番のメンバーになって、メンバー変わらずレギュラー放送になって、
それがすごい早さでゴールデンになって。

前では考えられへんかった事やった。

お笑いブームとか言う波に乗ったんやろな、とか人事みたいに考える。

こんな波に俺らみたいなのが乗ってええんやろか?
フルポンとか柳原可奈子とか…売れっ子ばっかりやん!

何故そこにロッチなん!?

664チラリズム:2010/07/06(火) 23:37:14
我が家はまだ分かる。
人気あるし売れてたしおもろいし。
でも俺らは何も無かった。
華も無かった。
金も無かった。
人気も知名度も無かった。
観客席からの歓声も全く無かった。
むしろ相方はちょっと嫌われてるんちゃうか位。

それを、俺らを、選んでくれはった。

それが、きっかけ。

665チラリズム:2010/07/06(火) 23:37:44
肌寒い季節の事。
夜深い時間やったけど、ネタ作りに決まって使うファミレスに、作家さんと俺と相方でおった。

相方は相変わらずアホみたいな顔して、眼鏡と帽子を机に置いて突っ伏しとって。
しかもこうなる前に勝手な事を30分、えらい勢いでだらだら喋ってから疲れて勝手に寝はじめる。
…俺やなかったらとっくに解散ですよ自分。

一方の俺は作家さんと会話と言う名の打ち合わせ。
俺がおしゃべりが好きやから、まず喋る。そこから色々出て来た案や構成をメモって組み立てる。
あとは軽ーく台詞を文字に起こして、それをこのアホな顔して寝てる相方に伝える。納得してくれない部分は説明、と。

そんな感じで作家さんとの打ち合わせが終わって、どうせ帰ってもおんなじ家に住んでる相方を起こそうとして、
不意にイヤーな感じがした。

…何て言うたらええんやろ。
ゾッ、とした。

666チラリズム:2010/07/06(火) 23:38:31
作家さんが大丈夫?と言う声が耳に入った。
体が硬直していたらしい。
手を相方の肩に乗せかけて空中に止まった。
ファミレスの中は暖房が入ってるはずやのに、俺の体感温度だけめっちゃ冷たい。
まるでここだけが水風呂みたいやった。

…我に返る。

ガヤガヤしたいつものファミレス。
静かに幸せの睡眠を貪る相方は鳩よりも平和の象徴みたいやった。
結局俺がネタ作ってる間ずっと寝とった。もう慣れたけど。
とりあえずたたき起こす。
相方は寝ぼけながらも、あっけんちゃんネタ出来た?と、一言あっけらかんと聞く。
そのアホさがツボなのか俺はつい笑てまう。
ああ、平和やなぁ。
だから、…だからさっきのは気のせいや。
言い聞かせる。

まだ体感温度が上がり切ってへんのが、厭やった。

667チラリズム:2010/07/06(火) 23:40:25
何故だかその場におるのが怖くて、少し慌てて会計を済ませ、3人でファミレスを出た。
俺と相方は一緒やけど、作家さんとは家の方向がちゃうので、現地解散。
…と言うのは建前。
本音は作家さんを何かに巻き込んでしまう気がしたから。

モヤモヤ、してた。

はっきりとはせぇへんのにヤバい気がする。
何がヤバいかも分からへん。
空気に殺されそうな、そんな―――

(……………こつ、)

2つしかなかったはずの足音が増えた。
相方とお互い、後ろ向くのが怖くて向けへん。

(………こつ、こつ、こつ)

付いて来とる?
…いやいやいや。
誰が?何のために?
俺らの後なんか着いて来てどうすんねん。

(………こつこつこつこつ)

足を止めた。

(…こつこつこつ)

それを見た相方には不意打ちやったかぴくっ、と眉を吊り上げ慌てて止まる。
言いたい事は見ればわかる、何で止まんねん?やろう。
俺もそう思う。何で止まったんやろ。

きっと、好奇心が恐怖心を上回った瞬間があったんや。

(…こつ、)

でもそれが間違いやった。

668名無しさん:2010/07/10(土) 07:55:50
ロッチキター!
続き気になります

669名無しさん:2010/07/24(土) 14:15:24
おお、ロッチだ!
期待して待ってます

670チラリズム:2010/07/30(金) 01:59:31
gdgdつづき
ちなみに時系列的には08年12月〜09年1月位のイメージです






ゆっくりした動きで振り返ろうとして、いきなり背中を強い力で押された。

「――おわっ」

体が前につんのめる。
横目に映ったのは、隣におったはずの、狼狽する相方が遠ざかってった姿。

…ああ、ちゃうか。
俺が相方から離れてるんや。

妙に冷静やった。
視線から相方がフェードアウトする中で、後から後から疑問が着いてきた。

一体、どうやって俺を突き飛ばしたのか。
その前に、どうして俺らの居場所が分かったのか。
それ以前に、まずこいつはどこの誰なのか。

ゴツン。

疑問が頭に辿り着いた頃には地面にコニチハしていた。
今更現実に戻ってきて、じん、と鈍く額が痛む。
受け身取ろうとして、結局コンクリートに頭から突っ込んでしまいました。
あー。
だっさー。

(ほんまやなぁ、お前めっちゃださいわ)

うっさいわ。お前に言われるのだけはイヤやってん。

…ん?

ハッとする。
今のは中岡…やない。
さっきの男でも、多分…ないやろ。
誰かが話したのならすぐ分かるはずやのに。

今のは…誰や?

ただ、

俺はこの声を、
知っている。

671チラリズム:2010/07/30(金) 02:01:28
戸惑う中で相方がひ弱に、けんちゃんけんちゃんと慌てて叫んだのがようやく耳に届いた。

お前なぁ…。
アホっぷりがたまに腹立つ。
特にこう言う時は。

まず後ろ見ろや!
何なん?お前何なん?

と言いたかった。


それは、

背後のそいつが話し出したせいで言われへんかった。


「見つけた、危険分子。」

酷く冷たい声がした。
何やろ…、パソコンで読み上げさせましたーみたいな生気の無さ。
さっきの水風呂のような空気が周りに漂う。

キンと氷のごとく張り詰めた緊迫のせいで、地面に追突したまま俺は動けなくなっていた。
俺だけやなく、今度は相方もその空気に飲まれたらしい。
さっきのアホみたいな叫びがぷつりと消えた。
隣で、震えてる?


ん?
何か忘れてるような…

あ!

…いやいやいやいやいや!
待って待って待って!

さっき危険分子って言うてなかった?

…え?ええ?
えええ?!

危険分子ぃ!?

俺がぁ!?

えぇぇーーー!?

672チラリズム:2010/07/30(金) 02:04:30
驚きが先行して動きが遅れていた。

頭ん中、ぐちゃぐちゃ。
危険分子って何?
何が起きてん?!

けれど誰かが冷たく放った。

(うっさいねん早う立てや)

「分かっとるわ!」

こっちの事も考えてや!
珍しくイラついて声を張り上げる。
普段よりもだいぶでかい声出してもうて、自分の鼓膜がじんっと震えた。
(普段もデカイけどな)
篭った声がどこまで届いたか分からへんけれど。


ゆっくり立ち上がる。


「……ん?」
「…何を言っている?」
俺以外の両方がハテナを浮かべていた。
やっぱり声を出してたのは、こいつらちゃう。


『木を見るな、森を見ろ』
10代の頃の俺の持論やったらしい。
すっかりその事は忘れてたけれど、俯瞰でモノを見なアカンと言うのは大事やと思ってた。

昔から思ってた。


異質な空間で鋭く周りを見た。俺ら以外に人はいてない。

ふたりに固着したせいで周りが見えてへんだけ、というわけでもなさそうで。

ぼけんとした相方の傍らにようやく立ち直って振り返る。
フードを深く被った男が目の前にいてた。
隣の相方はと言うと、僕と男とを繰り返して見比べ空気を探っている。

何で震えてんねん。
女子か。

673チラリズム:2010/07/30(金) 02:06:20
「危険分子、今のうちに我々の元に来い」

男は感情無い声でさっきと似たような事を繰り返した。
相変わらず冷たっ。
そんで危険分子って何?

(『石』使える人の事ちゃうかな?)

「…いしぃ?」
するりと頭ん中に声が入って来る。
何が何だかサッパリや。
その単語は自分の中で意外やったせいか、ついとぼけた声を出してしまった。

「あ?」
「え?今の創一ちゃうの?」
「何が?」

相方もとぼけている。
けれどよく見れば分かる。
メガネの奥の目ぇがほんまに困っていた。
ああ、ウソはついてへんな。


そしたら今のは誰やねん。

(いやいや、俺やって)

だからお前誰やねん!

(…俺は…)

ん?
…何か…
聞き覚えある声やな。
どっかで会うた?


(…俺は、)




『お前や』




頭に響いていた、聞き覚えがある声。

独特のイントネーション、
やたらでかい音量、
普通の舌の長さやのにやけに悪い滑舌、
そんで篭った声質。

…そうや。
間違いなく『俺』の声や。

次の瞬間、ポケットが今までにないくらいめっちゃ光り出した。
周りは照らされて、まるで昼間みたいで。
しばらくして、それはゆっくりと光量を下げ、最後にはまた夜らしい暗さに戻った。

…一体何が起きてんねん!?

674チラリズム:2010/07/30(金) 02:09:33
「チッ、『石』が目覚めたか」
男が舌打ちする。
ジャラ、と何かを取り出して右手に握り込んだ。

「お前らが『向こう』に付かれては困る」

男の手が光る。…光る?
って言うか、目覚めた…って言うた?


そこで俺は小さく、あっ、と息を漏らしていた。

何故今までそう気づかなかったのか、そう結論が出なかったのだろう。

まさか、と思った。
俺らには関係ないと。
そんなもの、俺らのところには来ないだろうと。
こんな戦い関係あらへんと。

正直高を括っていた。

これが…い、『石』?

噂レベルでしか知らなかった異常な状況が目の前に。
何か、ぴかーっと光るとか言うとったような違うような…。


思い返す。

そういえばあの男は俺の背後にいてただけで、俺らとは距離があった。
自力で突き飛ばすなら当然、近寄る必要があるやろ。
けれど近寄ったなら足音か、でなければ気配で分かる。

ならどうやって?


疑問は噂を思い出させた。


噂に寄れば、芸人ひとりにひとつ…もしくは複数、石が手元に来る。
拾ったり、ファンからもらったり、ある日いきなり誰かに渡されたり。
出会い方は様々やけど、必ず石は来る。
その石は、持てば人間では考えられへんような事が出来るようになる。
その石には不思議なチカラが宿っとる。
チカラは人それぞれ違う。傷付けたり治したり、光ったり何か出したり色々な種類がある。
今、芸人は密かに様々な派閥に分かれて、石を奪い合いやったか何かしている。

にわかには信じがたい話やったけどそれでしか状況を理解出来へん。
そうでなければ、この距離で突き飛ばすのは不可能やろ。
そうでなければ、頭の中に入って来る声が説明つかへん。

俺は無意識に理解した。

これが、噂で聞いた『石』の世界なんや、と。

675名無しさん:2011/01/06(木) 20:19:31
某毒舌芸人の話を投下させて頂きます
元の書き手さんに無許可で申し訳ないです


今日も、売れてない若手芸人から石を奪ってくる仕事をやってきた。
正直めんどくさいけど…まあ黒には色々世話になってるから仕方ない。
あいつら、俺が黒だって言ったら妙に納得したような顔しやがって…覚えてろ。


猿岩石でやってたときは…どんな感じだったっけな。
電波少年ブームが去ってからは、とんでもない地獄を見た。
このまま死ぬんじゃないかって思ったときもあったが、先輩たちに助けられてどうにかなった。
昔は、こうして一人でやっていけるなんて思ってもいなかった。…いや、思ってたのか?…分かんねえ。
そういや、石の争いのほうでも地獄を見た気がするが…そっちはどうしても思い出せない。


今じゃ、黒にいることにすっかり馴染んでしまってる。
白側の芸人から言わせると、俺らは悪いヤツだそうだが、そんなんこっちの勝手じゃねーか。
そこそこテレビに出て、黒としての仕事もやって…。こんな感じの日常がずっと続くといいんだけどな。
もしこの先、石の争いで地獄を見るようなことがあっても…また這い上がるだけだ。
石を持った芸人全てが消えるようなことがあっても、しぶとく生き残ってやるよ。

676 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:11:53

潜在異色周辺のごちゃごちゃした話を投下させてください
例によってあまり目立った動きはありません

なお、本編未登場の芸人さんについて独断で状況設定を行っております
基本的に本編やしたらばの投下文・レスを参考にしていますが
細かい部分に独自の解釈・表現が加わっている点を
あらかじめご了承いただければ幸いです

(2009年の末→翌年の春にかけてを想定した色々です)

677 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:13:14

colors:1 『A.』



揚げ足を取らせたらそうとう右端のほうに並ぶ自信はあるわけだった。

「いやだからさ、時期には個人差があるから、やっぱりその時ハネてたネタが鍵になることが多いわけじゃない」

居酒屋の片隅で笑い混じりに自論を展開する赤い眼鏡の男。
相手がむぐむぐと玉子焼きを頬張りながら頷くのを視界の端で確認し、饒舌に言葉を重ねる。

「何て言うのかな、言っちゃ悪いけど旬のネタって変わってくこともあるわけでしょ。
 それに合わせて融通利けばいいけどそううまくいかないだろうし。
 だからなんだろ、はたから見るとすいません面白さ優勢です、みたいな空気?」

本業に近い勢いの淀みない喋り口、原因は不安と高揚と速いペースの酒。
それにしたって、と南海キャンディーズ・山里はかすかに自省する。
(俺こんな話してていいんだっけ?)


*****


大切に大切に育ててきた企画に新展開が拓けた。
小さな会場を舞台に、どちらかと言えばネガティブな鬱屈を原動力として始まったそのライブは、
着実に規模を広げ、共演者を増やし、ついにテレビという媒体の上で勝負することになる。
根幹から関わってきた者として思い入れも感慨も人一倍どころか三倍は固いはずの山里はしかし、
気合いも新たに迎えたその日の会合を自らの手で大幅に脱線させつつあった。


きっかけはそもそも乾杯の直後、いまや慣習になりつつある身辺の報告会から。
例の石をめぐる小競り合いが、あるネタ中のフレーズ――数年前に全盛期を迎えたもので、
当人が本業で使用する姿をここしばらく見かけていない――を口火に始まったという噂。
奇妙な環境も数年を跨げば恒常化するのだろうか、危機感に負けず劣らずの強さで茶々を入れたい欲が膨らみ、
ツッコミはご法度と思われるポイントに「あえて言わせてもらうと」で切り込んだ結果がこれだ。
目の前の男は適切な相槌とよく通る笑い声のほかには熱心に飲み食いをするばかりで、
いいかげん真面目に話しましょうと制止に回る気配がまるでないから、
酔いとテンションとミートの甘い論舌が好き放題に加速する。

「春日くんだって人事じゃないよ、」
「ワタクシですか」

逸れすぎた会話の編集点代わり、唐突に水を向けてみれば相槌上手は箸を持ったまま目を丸くしている。
軽快なトークの唯一の客であるこのオードリーの春日こそ、
いわゆる『芸人の決まり文句』を発動のキーワードに据えた男だった。
オーケーそれじゃあ想像してみて、グラスの中身を飲み干してから恐怖のもしもを提示する。

678 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:14:04

「言っても流行語候補まで上ったわけでしょ、ある意味時代の象徴じゃない。
 どうする、向こう十年こんな調子でさ、仕事上はそんなこと言ってた時期もありましたねえみたいな状況になってて、
 それでも不本意なタイミングでトゥースって叫ばなきゃいけなかったら」

考えただけで本来の、芸人的な意味で震えたくなるアウェー感。
春日は頬に手をやり素直にシミュレーションを展開していたようだったが、やがてその目はなにやら楽しげに細められた。

「向こうさんは求めてないんですよね」
「そりゃあもう、」
「状況の深刻さ抜きで今更それ?って空気になるわけですよね」
「そうそうそう」
「最高じゃないですか」
「ええー?」


下ろした前髪と黒縁の眼鏡、ベストを脱いだ胸を張るどころか猫背ぎみに丸め、
おなじみのキャラクターに関する要素の一切抜けた――よく見ればもみあげはやはりないのだが――
今は地味な青年にしか見えない春日の、不遜な笑みだけが舞台で披露するそれと重なっていた。
「生粋かつ深刻なドMじゃない」
どうやらその表情がキャラではなく性癖に起因することを把握した山里が呆れと尊敬を混合して呟けば、
ウフフ、とこれまた図体に似合わない笑みが返ってくる。

「なんだろう、春日くんの真髄を垣間見た思い」
「果てしないでしょ」
「俗に言う突き抜けた変態ね。こういうのを器の大きさだって誤解されて若林くんが怒るわけだ」

烈火のごとく憤る春日の相方を思い浮かべながら、ふと気付かされる。
俯瞰した一連の騒動が、やはり滑稽でしかないということに。
芸人のキャラやお決まりの台詞は観客を笑わせるために生まれ、磨かれるのであって、石を呼び起こすためのものではない。
運動不足の身体に鞭を打ち、必死で尊厳を削り合い、そうして掴めたものは驚くほど少なかった。
やってられねえぜのポーズを維持するだけで一苦労の現状はまるで毒の沼地。
先を争うように疲弊して、足元を掬われた順にいちばん大事なものを取りこぼしていく。
例えば舞台に穴を開けるとか、貴重なテレビ出演で全力を尽くせないとか、――唯一無二のパートナーを傷付けるとか。

679 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:15:04

押し込めた苦い記憶が蘇り、山里は反射的に右目を閉じて顔をしかめる。
身の凍るような過ちを、溺れるほど深い後悔を、もう二度と繰り返すわけにはいかない。
同じ轍を踏んだあかつきにはいよいよ舌を噛んで死ぬべきだろうし、万が一命が惜しくなり躊躇すれば、
本格的なトレーニングを経て数倍の重さとなった誰かの拳が、正確に自分の顎を打ち抜いてくれるだろうと思う。

たとえこの先、大きな波に飲まれ、息を吸うために若干長いものに巻かれることを許したとしても。
本分そっちのけで繰り広げられる不毛な争いを自分ごと小馬鹿にしてみせる、
アイデンティティに似た意地の悪い客観性だけは決して失うまいと誓っていた。


山里の決意を知ってか知らずか、相変わらず春日は何かを見下ろすように笑っている。
「やっぱり笑われてなんぼだと思うんで」
「まあねえ」
腐っても芸人だもんね、短い言葉に凝縮されているかもしれない真理を噛み締め、おや、と思う。
もしかして自分はそこを確認したくてこの男を誘ったのだろうか?
(…さすがにそれは、)
「考えすぎかな」
ひとりごちた山里を春日は愉快そうに眺め、倣うように。

「こんなの、全部、くだらねえんだし」

まるで若林が吐き捨てそうな台詞を、実におだやかに言ってのけた。

680 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:17:18

colors:2 『パステル・カラーと王子様の憂鬱』



真っ当に生きているつもりがどうしていつもこうなるのだろう。
楽屋の片隅で孤独な戦いを続けながら細長い男は途方に暮れていた。

「でも俺タナちゃんで間違いないと思うよ」
「おれもー」

どいつもこいつも自身を過大に、相手を過小に評価しているとしか思えない。
そもそも事前の危機感すら、指摘されてはじめて気付くありさまだというのに。

「だから理由を!理由をちゃんと言ってって言ってるでしょー!」

たまりかねて叫んだはずのアンガールズ・田中の抗議は、やはりなぜか小さな笑いをその場に広げた。


*****


もちろん田中とて己を最強だなどと自負したいわけではない。
むしろその逆、常に襲撃を危惧するぐらいがちょうどよいと思っている。
ただそれは周囲にも――例えば相方である山根にも、こうして集まっている面々にも――該当する危機感だと考えていて、
言ってしまえば(田中の判断基準で)弱い部類に属する芸人が揃っているのだから、
いっそう団結して立ち向かい、なるべくなら先だって回避し、
痛い目に遭わないよう注意していこう、そう呼びかけたいだけだったのだ。
それがどういうわけか『このメンバーの中で誰がいちばん頼りないか』という話から、
『ぶっちゃけ誰が一番弱いか』というテーマへ論点がスライドし、
大変失礼なことにこの場にいる全員が揃って田中を一番弱い、と断じてきたのである。


「だってタナちゃんの石ってまあまあって言うだけでしょ?」
ややポイントのずれた指摘をするのはドランクドラゴンの鈴木で、そちらの石こそ決定力に欠けると言い返してはみたものの、
「最終的に腕でも首でもキメちゃえば大丈夫だもん」と恐ろしい開き直りを見せられてうっかり怯んでしまった。
「それに結構失敗して、反動で落ち込んだりしてるみたいだし…」
見られたくないところをいつのまにかきっちり目撃しているロバートの山本はある程度力押しが効く能力であるし、
本人もボクシングのライセンス持ちときているのでこれまた反論しづらい。
そもそも、上記のふたりより強いと言い張る(別に弱いと主張する気もないのだが)つもりは元々ないのだ。
まだ石の能力が安定していない者も含めて自分が最弱だと定義されることにかなりの抵抗はあったけれど、
とにかく総合力で勝っていても隙を突かれるケースは多々あるわけで、そこを警戒していこうと――


「ていうか一番気持ち悪いのがタナちゃんなんだから、それで決定っちゃ決定でしょ」

やや遠いところから不意に聞こえたデリカシーの欠片もない声。
田中がキッ、と効果音が出そうな勢いで出先を睨めば、
距離を取って三人の論争を眺めていたインパルスの板倉がなんとも意地の悪い顔で笑っている。

「ほらもう気持ち悪ぃもん」
「だからどーしてそーいう人を傷つけるようなこと平気で言うわけ!?」
「だって事実だし」
血相を変えて詰め寄る田中から大袈裟に身体を逸らしてみせながら板倉は飄々と応じる。
「事実じゃなーい!じゃあどこが気持ち悪いかちゃんと言ってみてよ、」
「その何か変な地団駄みたいの踏むとこ、手をやたら振り回すとこ、でっけえ唾飛ばすとこ、それから――」
「あーもうやーめーてー!!」

681 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:18:09

指摘された動作をフル活用して失礼な物言いを強引に止める。
見下ろす板倉はすげえ悲壮感、となにやら意図ありげに呟いていて、
「ほんとだメンバー揃ってる」「えっ何?あっ、」
背後のふたりがなにやら感心しているが反応するゆとりはすでにない。
とにかく一刻も早く一矢報いたい、その一心で田中は捨て鉢にこう言い放った。
「ていうか板さんだってそんなに強いと思えないんですけど!」


虚を付かれたような板倉の表情は、しかしすぐによからぬ企みを思いついた笑みへと変わる。
同時に、やや平静を取り戻した田中の顔色がさっと青ざめた。
以前(悔しいことに)追っ手を振り切れずにいたとき、手を貸してもらったことを思い出したのだ。
記憶に間違いがなければ、随分と乱暴な手を。


「…あ、そう?俺のやつって、タナちゃん見たことなかったっけ」
「…ううん、けっこう前に見てる、」
「それで怒ってたんだ。なーんだ、言ってくれりゃよかったのに」
「あるよお!あるからいいってば!」
「まあまあ、タダにしといてあげるから見てってよ」
「タダなのは当たり前でしょー!!」

身を預けていたソファーから立ち上がると、板倉はさっそく石を握り込んで力を込める。
その独特な圧力に呑まれて硬直する田中の背後、鈴木と山本がとばっちりを喰らわぬようそっと距離を取りはじめた。
卑怯だ、別に卑怯じゃないでしょ、助けてくれたっていいじゃん、痛いの嫌だもん、俺もやだ、この薄情者!云々。
顔だけをなんとか傍観者たちのほうへ向け言い合っていた田中は、
なにやら不穏な気配が満ちるのを感じ、おそるおそる視線を前方へ戻した。
指先で蒼い火花を遊ばせている板倉が軽い調子でそうだ、と呟く。


「今日はあれだ、乾燥注意報出てたよね」
「そ、そうなの?」
そういえばエレベーターのボタンにも楽屋のドアにも、バチリと指をやられたけれども――
「だからさ、」
次第に火花の色が明るく澄んだものに変わっていく。
きれいな色だなあ、現実逃避に走った田中の頭がのんきな感想をドロップした、次の一瞬。
「よく走ると思うよ」

そこらじゅうの静電気をありったけかき集めて叩きつけたような、すさまじい音で楽屋が震えた。

682 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:19:21

「――なんですか今の!大丈夫ですか!?」

炸裂音を聞きつけたらしいスタッフが、慌てた様子でドアを叩いている。
いちばん近くに立っていた板倉がわずかにドアを開け、すいません大丈夫です、ちょっと打ち合わせで、と応じた。
「打ち合わせって言ったって――」
そんな派手な鳴り物使うんですか、若いADは心配そうに楽屋の中を見回し、やがてある一点に視線を止める。
――沈黙。
正確には噴き出しかけるのを寸前で堪えたので、ゴフ、と妙な息遣いが漏れた。
「大丈夫すから」
念を押すように板倉が言い、鈴木や山本が援護の同意をし、やっと異常なしを承認してもらう。
それとも何か別の意図が含まれていたのか、ADはもうすぐ本番ですんでよろしくお願いします、苦しそうに早口で言うが速いか、
一礼してバタバタと走っていってしまった。
残されるのは安堵の息をつく三人と、楽屋の中央で棒立ちの田中。
その頭はみごと、大先輩による往年の雲上コントを思わせる勢いでチリチリに丸まっていた。


当然のごとく収録の開始は遅れ、田中の頭上に起きた惨事を目にした者はもれなく身体を折り曲げて爆笑した。
説明が面倒だと結論付けたらしい鈴木や山本がフォローを放棄したのにはもちろん、
元凶である板倉までがすっかり他人のふりを決め込んでニヤニヤするばかりなのも腹立たしかったが、
気付けばカメラを持ち込んでいるスタッフが、もしかしたらDVD用の特典映像にするかもしれません、などと言い出したので、
いよいよ怒りの矛先は割れに割れて収拾がつかなくなった。

人知れず両の拳を固く握って田中は誓う。
(一刻もはやく俺の尊厳を取り戻さなきゃ)
可及的すみやかに。
――できれば、予定のワンクール分をすべて録り終える前に。

683 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:20:17

colors:3 『P.P.G』



「亮さんは、一番最初のきっかけみたいなのって覚えてます?」

静かな部屋にぽつりと響いた声。
取材待ちをしていたロンドンブーツ1号2号の亮は、手元の携帯電話から顔をあげて視線を回した。
こちらをじっと見つめているのは、先ほどまで新聞に目を落としていたサンドウィッチマンの伊達だ。
「きっかけ、…?」
範囲の広い質問にとまどい、鸚鵡返しぎみに繰り返したところに補足が加わる。
「石のことです、例の」
ああ、亮は納得したように大きく頷き、すぐに難しい顔になって記憶を辿りはじめた。


*****


「どんなんやったっけ…追われてて、行き止まりなって、ほんで追い詰められて…
 めっちゃ焦ったのは覚えてるんやけど」
あんまり役に立つことは思い出せんなあ、申し訳なさそうに眉を下げた亮に、
いえこちらこそ変なこと聞いちゃって、伊達は追うように頭を下げる。
それからふと反対側に向け、別の相手に問いを投げた。

「お前のはどうだったっけ」
「???」
「あー、いいわやっぱ答えなくて」


楽屋の隅で大きな目を瞬かせた鳥居みゆきはそれこそ鳥のように大きく左右を見回したかと思うと妙なタイミングで破顔し、
ふたたび謎の一人遊び(に模したコントらしい)に没頭する。
見届けた二人の顔に思わず似通った苦笑が浮かんだ。

「…あっ、鳥居ちゃんも持ってんねや」
「らしいですよ。どんなもんなのか全然教えてくれませんけど」

石の形状や能力、自分の取る立ち位置と思考。
何を聞いても、毎度異なった擬音と問答にしてはハイレベルすぎる反応が返ってくるという。
あいつがどっかに入って何かやるってこともないだろうから放っておいてます、の声に亮は曖昧に頷き、
代わりに左手のブレスレットにそっと意識を集中した。
間を置かず伝わってきたごく小さな波長を返事代わりにして納得する。

「無茶せんかったらええねんけどな」
「まああんまり手は出しにくい奴だとは思うんで。何されるかわかんないっぽいし」

突き放すような物言いの中に心配と気遣いが多分に含まれていた。
しばらく鳥居の動きを眺めていた伊達は、やがて小さくため息をつく。

684 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:21:11

「別にこんなもんいらねえやって、…今も一応そう思ってるんですけどね。
 こう物騒な話ばっかり続くと、さすがにちょっと」
困ったように呟いて、首元からなにかを引っぱり出す。
武骨な鎖の先で揺れているのは、確かに例の『石』に見えた。
ただ先ほど鳥居に感じ取ったもの――石同士が共鳴したときに生じる独特の気配が伝わってこない。
覗き込みながら亮が尋ねる。

「いつから持ってんの?」
「大分経ちますよ、去年とか一昨年とかそれくらいは。
 でも全然、うんともすんとも言わないんで。来るとこ間違ってんじゃねえかって思うくらい」

石が目覚めるタイミングはそれこそ千差万別――持った瞬間の場合もあれば、数日後、数週間後になることもあると聞く。
けれど年単位でというのはかなり珍しい話だった。
直接打ち明けてくれたのはいつだったろうか、内緒ですよバレたら俺らヤバいんで、そう早口に重ねた伊達は笑っていたが、
とても真剣な目だったのを覚えている。
手ひどく巻き込まれたという話はなかったはずだから、近しい芸人のアシストがあるのか敏感に察知して切り抜けているのか、
とにかく大変な日々であったろうことは容易に想像できた。


「俺のじゃないのかもしれないすねえ…」
石を挟んだ向こう側の曇り笑いを打ち消そうと亮は急いで首を振った。
「なんやろ、でもそれはちゃんと伊達ちゃんのやと思うよ。なんでかってのは、うまく言えへんけど…」
名前が書かれているわけでもこちらが呼んだわけでもない異物は、それでもきちんと持ち主となる芸人のもとへやってくる。
こうして伊達の懐に辿り着き、おとなしく鎖に繋がれているのなら、
きっと『いざという時』に備えてじっと息を潜めているに違いない。
石が目覚めるほどの『いざ』が果たして訪れるべきかといえば難しいところなのだけれど、
それでも、似た色の髪をした男の憂いが、少しでも晴れてほしいと思う。
「そのうち必要になったらちゃんとやってくれる思うよ、な」
沈黙を守る石にも向けた励ましに伊達は、だといいですね、と、
やはり苦く――けれども幾分救われたような表情を浮かべた。

685 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:22:16

ドアの向こうからお待たせしました、と出番を知らせる声が届く。
「よっしゃ、行こか」
「はい」
切り替えるように明るい声をあげて立ち上がる。
と、背後の伊達が動きを止める気配がした。
「へ?」
振り返れば予想外の至近距離に、見開いた双眸。
先ほどから黙々と別世界を築いていた鳥居が、今度は伊達の顔を正面からまじまじと凝視している。
メイク分を引いても強烈すぎる眼力に、思わず亮は半歩ほど距離を取った。

「うわびっくりした…、やめろよ怖えよ」
当の本人は言葉と裏腹にいたって落ち着いた対応である。
「……、……………、………。」
「…なに?どしたん?」
様子がおかしい――ある意味いつも通りとも言えるのだが――とにかく鳥居の意図が読めず首をかしげた亮は、
半拍ののちどうやら彼女が今『音が出せない体』であるらしいことを理解した。
「なんで声出ねえんだよ」
伊達も律儀に小さくツッコミを入れ、けれど唐突な展開を流すわけでなく、素直に口の形に注目してやっている。
遠く離れた相手に届けるがごとく、大きく一言ずつ、ゆっくりと並べられる聞こえない音。
解読が進むにしたがって、寄せていた眉と怪訝な表情が少しずつ穏やかに緩んでいく。


「……、……………、………、」
「おお、うん」
「……、……………、………!」
「そっか」
「うん」
「声出るんじゃねえか」
「あ!」
「気付いてなかったのかよ」


気が済んだらしい鳥居は奇声と嬌声の中間点みたいな声をあげながら、さっさとふたりを置いて駆け出していく。
不思議と息の合った掛け合いを後に、慎重に言語の再構成を試みていた亮がぱっと顔を輝かせた。
「なあ伊達ちゃん、今のって」
「…多分そうなんでしょうね、」
迂回して届けられたのはあまりに真っ当な台詞、だからこそ妙な仕様で釣り合いをとったのかもしれなかった。
やれやれと肩をすくめて笑いながら、さっそくスタッフに急襲を仕掛けている聡明なトリックスターに向けて。
「気にすんなってことでいいのな?」

呼びかけた声にやはり明快な同意は返らない、けれども。

686 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:23:04

colors:4 『もちよりブルー・プリント』



「おつかれさまです、」

昼夜を問わず慌しいテレビ局にも人通りの少ないポイントはいくつか存在する。
できるだけ同業者に遭遇しないように、切実な一念が高じて裏道的な場所にすっかり詳しくなってしまった。
「物品庫」だの「基盤室」だの滅多に開きそうもないドアに囲まれた離れの廊下は上下階の喧騒が嘘のように静かで、
そのまま外に抜けられる道であれば申し分ないのに、今でも少し残念に思えるほど。
惜しくも脱出経路とはならなかったその廊下の突き当たりは、しかし別の目的に役立っていた。
ほどなくやってきたのは上背の待ち人。
見上げて挨拶を交わしてから、オードリー・若林は簡潔に要件を伝えていく。
「えっと、こっちはほぼいつも通りです。山崎さんがポロっとまた俺襲われちゃってえ、って言ってましたけど
 あのトーンならたぶん大丈夫で…」


*****


「いっつもそんなトーンやんザキヤマくん」
「それもそうでした」
「こっちもおおむね異常なしやな。ちょっと西の方でなんか起きかけてる、て聞いたけど
 東京はたぶん、しばらく落ち着いてると思う」


逃げという名の徹底抗戦を選択した若林にとって、最も欲したものが情報だった。
情勢は流動的だから必ずしもアドバンテージを得られるとは限らないが、初めの一歩をできるだけ速く大きく踏むには、
とにかく可能な限り周辺の意志を知っておくべきだというのが、かつて攻めの要を務めた彼の結論。
そうして、似た体勢で情報を欲する芸人と、ひそかに手持ちのカードを交換しあってきた。
いま目の前に立つ男――よゐこの有野とも同様に、しかも有野からの申し出がきっかけとなってやりとりが始まっている。


立ち位置は中立、姿勢は引き寄り、広い情報網を有する先輩。
願ってもない誘いを二つ返事で承諾しかけ、踏みとどまってひとつ尋ねた。
「どうしてぼくに声かけてくれたんですか」
有野は一度きょとんとしてみせたあと、ある番組の名を挙げた。
彼の相方がピンで出演するバラエティ。その新レギュラーとして、自分たちの加入が決定してまもなくのできごとだった。
「そっち方面で濱口くんに何かあったら、感付いてくれるかなと思って」
「なるほどー…」
向けられたのが曖昧な正義感の類でないことにある種深く安堵した若林は、こちらこそお願いします、改めて頭を下げたのだ。

687 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:24:04

「関西方面…」
「もうちょい詳しく聞くつもりやけど。詳細要る?」
「迷惑じゃなければ」
「ええよ」

じゃあ後々ファックスで、いや向こうから手紙で。いっそ鳩にする?すいません僕生き物はちょっと。
抑えた声量のボケ合いに混じった第三者の気配、察したのはほぼ同時だった。
すぐそばで誰かの靴音。こちらへ近づいているのか、次第にはっきりと聞こえてくる。
袋小路めいたつくりの廊下、従って足音の主とすれ違わずには逃げられない。
すばやく視線を交わし、互いの出方を確認する。

「どうしよか」
「じゃあ僕でます」
「ええの」

頷くと同時に前方へ踏み出す。瞬く石の気配を背に、ポケットの中で拳を握り込んだまま足を速める。
コーナーに差し掛かってすぐ、視界に飛び込んできた人物と正面衝突しかける身体を急速反転。
ごめんなさい危なかった、実情と同義の慌てかたで、どうやらうまく取り繕えたようだった。
「こっちだめみたいっすよ。ぼくも適当に歩いてたら行き止まっちゃって…」
いかにもエンカウントを避けて迷いこんでしまった不幸な人見知りを演じながらさりげなく相手を誘導する。
素直に来た道を引き返してくれる背中を安堵の思いで見送り、踵を返すと、
ちょうどドアと床の隙間から物品庫へ逃れたらしい有野が元の形状を取り戻しているところだった。

「大丈夫でした」
「ありがとう、」
「…大丈夫ですか?」
「すんごい埃っぽかった」

ついでにゴミとか吸ってもうてないかなあ、しかめっ面で上着の裾を払う有野が身を隠す寸前、
自分の足元へ影を重ねたことに若林は気付いていた。
「すいません」
波風を立てず回避するベストの選択肢の中へ自分を招こうとしてくれたこと、それにうまく乗れなかったことを詫びれば、
「多分無理やとは思ったけど」
予想の範疇だったのだろう、埃と格闘を続けながら有野が薄い影へ目線を落とす。

688 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:26:23

影との同化――自らを平面に変えられるその能力はしかし、他者を伴う場合にはある条件をクリアする必要がある。
それは対象が有野の完全な同意者であること。
『同意』がどこまでの範囲を指すのか正確には測りかねたが、この騒動に対する意識や指針はおそらく最も重要なポイントだろう。
有野は穏やかな顔のまま、ひとりごとのように言う。


「やっぱり違うねんな」
「え?」
「俺は全部逃げたらええと思ってるから」
少なくとも濱口くんがわかりやすくピンチになってない時は。
丁寧に前置きを付け足して、ひたりとこちらを見据える。
「でも、若林は、そうやないんやな」


呼び起こすのは数分前、正体不明の誰かに向かって足を進めたときの感情。
有野を守る、という心理こそいくらか含まれてはいたものの、
石を握った右手は間違いなくやってやろうじゃねえか、の意志によって強く握られていた。
どうにも自分は追い詰められるとスマートに身をかわすのでなく、体当たりで道をこじ開ける手段を選んでしまう。
そしてそれは、逃げを望む者が選択する適切な作戦とは言いがたかった。
(もしかしたら本当は――)
続きを明文化しないでくれたのはまさに先輩の配慮というべきほかなく、若林は短い逡巡ののち、
わずかにトーンを変化させてまた謝罪の言葉を口にした。
埃をはたく音がしばらく淡々と廊下に響く。


「ともあれ」
気が済んだのか手を止めた有野はひとつ息を吐き、気を取り直すような調子で続けた。

「これからまたなんかでご一緒するかもわからんし」
「あっ、はい」
「まあ全然ないかもしれへんけど」
「はは、」
「ほんまはそのへんも関わってんのよ」
「そのへん?」

もうちょっとお話できるようになってもええかなと思って。
平坦にならした口ぶり、微妙に逸れた視線の中になにやら身に覚えのある空気が見え隠れしている。
もしかして彼も『人見知り枠』に入るタイプだろうか、察して浮かべた質問はそっと飲み込む。
願わくばそのへんをお互い気楽に話せる日が、この試行錯誤の道中に通じていますように。
あてのない望みを真摯に願いながら、若林は少しだけ笑った。
「そうすね、ちょっとずつ」

689 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:30:11

colors:another『灰と()ダイヤモンド』


種明かしに近い告白に、望みどおりの驚きが返ってきたのでとりあえずは満足した。
声をひそめるのは数日前に似た廊下、その突き当たりになぜか置かれた長椅子に腰掛ける芸人がふたり。
長身のほうであるところの有野はもう一度、なんや、と繰り返し、まじまじと隣の小柄な男を見つめて言った。

「あれ升野くんやったん」

ほんなら慌てる必要なかったなあ、拍子抜けた様子の有野に淡々と、でも若林くんが、と重ねる声。
「なんかすごく一生懸命、僕を追いやろうとしたんで、気の毒になっちゃって」
素直に帰っちゃいました、覗いてやるつもりだったのに。
微弱な石の気配を悟り、明確な意志をもってあの廊下を訪れたと明かしたその男の名は升野英知。
またの名をバカリズム、かつてコンビとして掲げた五文字を引き続き擁するピン芸人だった。


*****


予定を逸らされた不満は滑稽に近い懸命さに触れてある種の共感へと転化していた。
(ぼくも適当に歩いてたら迷っちゃって――)
リアルタイムの迷子を目撃された割には照れたそぶりがなかったし、なにより表情が違った。
同じ枠に括られても易々とセキュリティを外せるわけでないのはお互い様であるとして、
けれどもあの目は偶然を驚くものでなく、確固たる意志を持って他者に対峙するときのそれだ。
判りやすい無表情ってのも変な表現だな、盾のように突き出された顔と声の固さを改めて思い出していると、
有野がふふ、と含み笑いを漏らした。

「なんですか」
「いや、楽しそうにしてるなあと思って」

楽しい、の表現が適切かどうかは測りかねたが、おおむね同義語として位置づけていいのかもしれなかった。
周囲で動くものは操られた無個性な駒であるより、目的と意思を抱えたプレイヤーである方が面白いに決まっている。
肯定とも否定ともつかない表情を浮かべた升野を有野は興味深そうに眺めていたが、やがて言った。
「なんで俺に協力してくれんの?」
「知りたいです?」
「言いたくないならええけど」
ちょっと意外やったから。
動機を気にかけてくる先輩に似たような感想を抱きながら、それでも升野は珍しく素直に応えてみる。

「やっぱり、無力なときの経験って根強いじゃないですか」

690 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:31:00

コンビからピン芸人への転換。
芸人としての岐路は振り返れば空白とも呼ぶべき無防備を生み、その隙を狙われてしまうくらいには周囲に名が知れていた。
いよいよ窮地に陥った状況、追随して落ちる思考。そこを突破するきっかけのひとつが有野の介入だった。
「でもあれただの偶然やし、俺そんなに手ぇ貸してへんで」
ほとんど自分でなんとかしとったやん、当人は呆れたように首を振るけれども、重要なのは支援の加減ではない。
彼の言う偶然がなければ多分もっとみっともない有様を晒していただろうし、
松下が残したあの石を、この手に納めておくことも難しかったはずだ。
なにより、自らの意志で立ち位置を決めるという、升野にとっていちばん肝要な点を守れなかったかもしれない。
そういう意味で確かに彼は恩人であった。

「だからあの時助けてもらった人のことも、僕を襲おうとした奴らのことも、優先して考えるようにしてるんです」

自分の本懐を妨げない程度の恩返しと積極的な報復。
特に後者に関しては多少の遠回りも辞さない――まあ、それは余談として。


「変なとこで義理堅いんやなあ」
「そういうほうがおもしろくないですか?」
「おそろしいよ」
「それに有野さんは安心してなさそうだし」
「安心?」
「僕から情報もらって、これで絶対大丈夫だ、自分は安全だ――そんなふうに思ったことないでしょう」
「うん」
「だから狙ってもつまんないっていうか」
「そういう考え方すんねや」


すくめる肩へわざと満面の笑みを向けてから立ち上がる。
素早い撤収は周囲へも言い含めた鉄則だった。
神出鬼没のテロ集団、命名のセンスはさて置いて、そういうポジションは比較的理想に近い。
誰かの何かを――できれば足元など揺らぐはずがないと思っている相手の思惑を――
横っ面をひっぱたくように台無しにしてやるのが、
ひとつ余計に石を抱え込んだ升野の目指すところであった。

691 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:32:58

「次は?」
見上げてくる長身に標的が集うらしい場所を告げる。
「予定は今度の木曜だそうです」
有野はさほど表情を変えずにそしたらその日は隠れとくわ、まるで通り雨を避けるように言う。
「そうや、あれやって、あれ」
歩きはじめた背で受ける弾んだ声、返事の代わりに意識を集中すれば升野の輪郭がブレたように揺れ、
瞬きも挟まないうちに数秒先で踏むはずの床へと跳躍は完了している。

「やっぱりええなー、それ」

かっこええわあ。特撮ヒーローに向ける少年めいた無邪気な感嘆を耳に拾い、升野は無表情をわずかに弛める。
(そりゃ、かっこいいって言われて気分悪くするやつはいないでしょう)
窓の向こうの曇り空、階下のアスファルト、進む廊下、身にまとうパーカー。
濃淡の異なる灰色が、彼の世界を彩っていた。


*****


升野英知(バカリズム)
 石:アメジスト(紫水晶。霊的能力・直観力・芸術性を高める。タロットでは死神にあたる)
能力:時間を飛ばすことができる。何かの目的に達するまでの時間を省く。
  (例・ある地点まで行きたい→歩く時間を飛ばし、一瞬にしてその地点に行ける)
   飛ばせる時間は1回につき30秒程度。
条件:時間を飛ばせるのは、自分に関わる動作でのみ。
   自身が移動する・自分の動作によってものを動かす時間は省けるが、他者の動作には干渉不可能。
   また、「時間を掛ければ普通にできる」ことに限る。
  (例・ものを敵にぶつけたい→石など持てるものなら、投げる時間を飛ばして一瞬でぶつけられるが
   重くて持てないものをぶつけることはできない)
   トータルで飛ばすことができるのは1日3分程度。
   疲労に伴って思考力や瞬発力・判断力等が低下し、限度を超えると体が硬直し全く身動きが取れなくなる。


松下敏宏(元バカリズム)
 石:ハーキマーダイアモンド(霊的な目覚めを促す。平和な生活を保護)
能力:光を使い、刀(形状は日本刀に似る)を作り出す。また腕力・脚力など身体能力を若干強化する。
条件:自然光(日光・月光)がないと使えない。光の強さが刃の強度に比例する。
  (快晴時には真剣とほぼ同等の威力を発揮するが、曇っていると切れ味はペーパーナイフ程度になる)
   戦闘スキルは上がらないため、ある程度剣術の心得がないと使いこなすのは難しい。

692 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:35:05

※マスノさんの能力・元相方氏に関連する事項は
【提案】新しい石の能力を考えよう【添削】スレより
 379さんの案を引用・参考とさせていただきました


久々の投下に緊張してageてしまい申し訳ありません
少しずつスレが伸びていくのをこっそり楽しみにしています
どうもありがとうございました

693名無しさん:2011/02/12(土) 21:59:19
4話も乙です。
灰色勢の升野キター!

石スレはまだ終わってないんだなーと思いました
自分もごくまれに投下してますが…自分の表現力の無さが恨めしいorz

694名無しさん:2011/02/17(木) 22:23:54
職人さんキテター!!
オードリー編のときから密かに楽しみにしてました
今後の展開が気になります

695名無しさん:2012/07/01(日) 11:13:23
ちょっと華丸・大吉編投下してみます


「華丸さんに大吉さん、石をこちらに渡して下さい」


今では、中堅芸人でも石を持っているような時代。
博多華丸・大吉も例外ではなかった。
そして目の前の若手芸人は、二人の石を奪おうとしていた。


「どうすっと?」
大吉が華丸に話しかける。
「そりゃあ、渡す訳にはいかんばい」


そして華丸が石の力を発動させた。
「このまま石を奪わなくていいんですか?いいんです!」
「……」
するとその若手芸人は、背を向け帰って行った。


「でも今日、相当な数使ったんじゃなか?」
「ムムッ?」
「あ、川平さんになっとる…」
「白と黒……絶対に負けられない戦いが、そこにはある!」
「まあ、あながち間違いではないな」
大吉が苦笑しながら言った。



博多華丸
能力:「○○していいんですか?いいんです!」と言うことで、
相手や自分を、その状態にすることが出来る。
条件:川平慈英のモノマネをして言わなければならない。
また、複数の相手に使うほど効果が薄れる。
使いすぎると、川平慈英の口調が抜けなくなる。


以上です。
クオリティー低くてすみませんorz

696瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:17:35
ここの色々なスレを見て書きたくなったから書いてみた
色々無理がある話だけどそーっと投下してみる





事務所主催のお笑いライブ。
かなりの大舞台。失敗すればただでは済まない。
だからこそネタの最終チェックは念入りにと、集合時間よりもだいぶ早い時間に相方を呼びつけた。
――ついでに、非常に大事なライブだから、「あやめちゃん」は連れてこない、という約束もさせて。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
三拍子の高倉は、頭の中で今日行うネタの内容を反芻しながら、控え室である大部屋のドアを開けた。
流石に早い時間だから自分達の他には誰もいないだろう……と思っていたら、そうではなく。
そこには、多くの芸人が畏怖する――というと失礼になるだろうが――女芸人、鳥居みゆきが先に来ていた。
鳥居は入ってきた高倉をじっと見つめたかと思うと、すぐにあらぬ方向へ向き直り、今度は広い部屋を縦横無尽に闊歩する。
まるでここは自分の部屋だ、と言わんばかりに。
「……」
久保はまだ来ていなかったので、完全に鳥居と二人っきり。
別に何を話すでもない、というよりも、鳥居と何を話せば良いのか分からないので、高倉は何も言わずにテーブルにつき、ネタ帳を見ながら久保を待つことにした。

697瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:19:44
そのまま、しばらくして。

――コツン。
(……?)
不意に大部屋に響く、何か硬質な物が落ちたような音と、自分の足に何かが当たったような感覚。
何だろう。
高倉はネタ帳を捲る手を止め、テーブルの下を覗きこんだ。
「……!」
それを確認するなり、高倉の顔色が変わる。
(これって……)
そこにあったのは、白い床に同化してしまいそうなほど、綺麗な白い「石」。
明らかに異質なその石は、もちろん自分の物ではない。
と、すれば。
自分以外で、今ここにいる――

「……!!」
テーブル越しに鳥居と目が合い、高倉は少し怯んでしまった。
その間に白い石は鳥居の手中に収まり、そのポケットに入れられる。
「……」
鳥居は何事も無かったかのように自分の世界に戻っていくが、高倉は今しがた見た石のことが気になり、ネタどころではなくなってしまった。

698瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:22:33
(……やっぱり、持っていたんだ)
芸人の中で広がる、不思議な石の話。
彼女も芸人だから、石を手にしていてもまったく不思議ではない。
だが、高倉が気にしたのはそこではなく。
同じ事務所に居ると、あの先輩の石はあんなんだ、あの後輩がこうやって戦っているのを見てしまった、などという話が嫌でも入ってくる。
しかし鳥居に関しては、石を持っているらしい、という噂だけが独り歩きしていて、どんな石なのかとか、実際に能力を使っている所を見たという話を聞かない。
だから、石を持っているというのはただの噂で、本当は持っていないのだろう、という結論に至っていたのである。
しかし今、彼女の石の存在を確認した。
石はちゃんと持っているのに、能力の噂が伝わってこない。
それはつまり、まだ能力に目覚めていないか――あるいは、目覚めているのに、隠しているか。

おそらく後者だろう、と高倉は踏んだ。
能力が目覚めていなくとも、石の形状の話ぐらいは伝わってくるはずで。
それすらもまったく伝わってこないというのは、意図的に隠しているとしか思えない。
それに何しろ、彼女は相当な秘密主義。
私生活、素性、その他全て謎だらけ。
どこまでが演技で、どこからが素なのか。
――それとも、全て素だというのか。
(……まあ、それはともかくとしても)
そんな彼女だから、自分の能力だって隠すに決まっている。
(……気になるな……あの石の能力)
隠されると暴きたくなるのが人の性、とは言わないが。
(……聞いても素直に教えてくれる訳、ないだろうな)
自分の石の能力が人の秘密を聞き出すとかだったら良かったのに、と心の中で付け加えながら、高倉は溜め息をついた。

699瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:24:36
その瞬間。
(……?)
ポケットの中が、急激に熱くなった。
いや正確に言えば、ポケットの中の石が熱くなっているのだろう。

石が熱くなる。
それは大抵、石が何かを伝えたい時。
過去を見るだけの石が、今何を伝えようというのか。
石、過去、石――

(……あ)
思い浮かんだ、一つの考え。
凄く簡単な話。
なぜ早く気付かなかったのだろう。
あの石の過去を辿って、石を使う瞬間を見れば、能力なんて一発で分かる。
(……いや待て)
しかし、仮にも相手は女性の所有物。
勝手に過去を覗けば、とんでもないものが見えてしまう可能性もある。
いくら何でも、それは不味いような。
(でもな……)
だが、やっぱり気になる。
先ほど見た、驚くほど綺麗な白い石が、どんな能力を持っているのか。
しかし。だけど。でも。
高倉の頭の中で、天使と悪魔がせめぎあう。
そして。
――まあいいか。とんでもないものが見えそうになったら、自重すれば――

悪魔が勝ち、否、好奇心に負け、高倉は自分の石に意識を集中させ、遠くをうろつく鳥居の方を見やる。

700瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:27:09
――アナログ時計の針が、見たい時刻を刺している。
それ以外は、真っ暗。
いくら集中しても、それ以上は何も見えない。
本人が本気で隠したがっているからか。
あるいは、前みたいに石が邪魔しているのかもしれない。

……?
暗闇の奥から、非常に強い視線を感じる。
気を抜いたら殺されそうな……というのは大袈裟かもしれないが、それほどに強い。
過去の映像?いや、違う――

高倉の集中力は途切れ、意識は現実に戻される。
「……!!!」
目の前には、遠くにいたはずの鳥居の顔。
その両眼はしっかりと高倉を捕らえ、眉はつり上がり、口をわなわなと震わせている。
「……」
高倉は動揺する。

怒っている?まさか、過去を見ようとしていることに気付かれたのか。
今回は何も見えなかったが、とりあえず謝ったほうが良――

「……!?」
高倉の口から謝罪の言葉が出る前に、鳥居のポケットから白い光が溢れた。
普段あまり瞬きをしない高倉が反射的に目を閉じるほど、眩しい光。

彼が目を閉じていたのは、ほぼ一瞬。
しかし目を開けてみると、目の前に鳥居の姿はなく。
そのかわり、というには不釣り合いな「物」が目の前には立っていて。

701瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:28:56
大部屋の天井にも届きそうなほど巨大な――くまのぬいぐるみ。
その体には包帯が巻かれ、まったく整えられてない毛並みが痛々しい。
ああそうだ。確か彼の名前は多毛症――

高倉は頭を振る。
そんな悠長なことを考えている場合じゃない。
この状況を、どう対処する?
相手は非常に怒っている。
誰にも見せていなかった能力を、堂々と解放するほどに。
(……謝るしか、ない)
どう考えても、自分の力ではどうしようもできない。
何とか許してもらって、本人に能力を解いてもらうしか――

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「いやー、ごめん!あやめちゃんが駄々こねちゃって、さ……?」
待ち合わせた時刻にだいぶ遅れてきた久保は、大部屋に入るなり異様な光景を目にした。
高倉が、床の上に無造作に置かれた鳥居のくまのぬいぐるみに、謝っている。
鳥居が横からじーっと見ているが、それすらも目に入っていないように、ひたすら謝り続けている。
「……これ、一体どうしたの?」
あまりの異様さに、久保は唯一の傍観者である鳥居に疑問をぶつけるが、
「さあね?」
恐いぐらいの笑顔でそう返され、それ以上聞く気は失せてしまった。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
鳥居みゆき
石:アルバイト(視力の回復、精神面の調和などに効果がある。石言葉は冷静な思考)
能力:相手の目を見つめることで、その相手に幻覚を見せることが出来る
条件:相手に対して、マイナスな感情(怒り、憎しみなど)を持った上で、四秒以上見つめること。
見せられる幻覚の強さは、相手に対する感情の度合いやその時の体調などによって変わり、相手がどんな幻覚にかかったかは本人にも分からない。
しかしどんな幻覚だとしても、持続時間は長くて四分程度。
また、目薬があれば少しだけ効果が上がる。
見つめている間や、相手に幻覚がかかっている間にも力を消費。
見つめている間に力が切れた場合、相手には何も起こらず、自分に幻覚がかかる。
能力の使用後しばらくは冷静になり、マイナスの感情が起こらなくなるが、勿論その間は能力を使えない

702名無しさん:2012/08/02(木) 22:29:30
以上です。
話の内容は新登場芸人スレの262を参考に考えました。
新登場芸人スレの262さんがまだ見ているかは分かりませんが、面白いネタをありがとうございました。
鳥居さんの能力は能力案に出ていたものを使わせて頂きましたが、条件がかなりあやふやだったので、本人のイメージや石言葉から若干変更を加えています。
それでは失礼します

703名無しさん:2012/08/03(金) 05:17:19
新作乙です

704名無しさん:2012/08/08(水) 18:36:21
新作乙です
ありそうでなかった組み合わせ、面白かったです

705名無しさん:2012/08/28(火) 16:54:28
>>702
新登場芸人スレ262です。二人の対決面白かったです!
自分のレスを小説の設定として使っていただけるなんて思いませんでした。ありがとうございます。
くまのぬいぐるみに謝り続ける高倉想像して笑ってしまった。

706起こると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:37:45
スピードワゴンの短編です
小沢さんて本気で怒るとたぶん泣きながら怒るんだろうな、と思いつつ書きました

ある春の日の事。
スピードワゴンの二人は、仕事の合間の息抜きにとある公園に散歩に来ていた。
「いやーいい天気だね小沢さん」
「そうだね」
そんな会話を交わしながら歩いていると、不意に犬の鳴き声と男の怒鳴り声とおぼしき声が
聞こえてきて、程なく前方からリードをつけたままの大きな犬−品種はゴールデンレトリーバー
だろうか−が走ってきた。
思わず一歩後ずさる小沢を気にする様子もなく犬は二人の間を抜けていった、と思いきや
振り返って二人の背後に隠れるような行動を取った。
その表情はどこか怯えていて、二人に助けを求めているようにも見える。
「小沢さん、この犬…」
「ひょっとして、どこかから逃げてきた?」
すると犬を追いかけてきたのか、一人の男がその場に走ってきた。
「おい、そこをどけ!」
小沢がその言葉に応じる。
「なんですかあなたは?この犬怯えてますよ?」
「いいからどけ!そいつは俺の犬だ!」
「あなた、この犬に何をしたんですか?犬が逃げたくなるような事をしたから、こいつはこうして逃げてきたんでしょう?」
「どけっつってんたせろ、オラ!」
そう言うなり男は強引に二人の間に割って入り、目の前の犬を思い切り蹴飛ばした。
「あっ!」
「キャイイン!」
さらに男は倒れた犬の頭を踏みつけ、足でグリグリと踏みにじり始めた。犬は男の足の下で悲痛な悲鳴を上げている。

707怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:38:39
「キャイン、キャイイイン!」
「飼い主から逃げようとはこの不届き者め!もっと痛い目に遭いたいか、こいつめこいつめ!」
「おいっ!」
見かねた井戸田が男を突き飛ばすようにして犬から引き離し、犬を庇うようにその前に立つ。
「なんて事すんだよ!かわいそうだろ!」
「かわいそうだぁ?こいつはな、何度も飼い主の俺に吠えついたり牙を剥いたり、隙あらば今みたい
 に逃げ出そうとするんだよ!だからこうしてお仕置きしてやってんだよ」
「お仕置きって…そうやって痛い思いさせるから、怖がってよけい言う事聞かなくなるんだろうが!」
そんな口論をしていると、足元から低くかすれた声がした。
「許さない…」
声のした方に目を向ける井戸田。そこには、その場にかがみ込んで犬を抱いている小沢の姿が
あった。俯いているので表情はわからないが、両肩が怒りに震えているのが見て取れる。
「小沢さん…?」
「よくもこんなひどい事を…」
そう言って顔を上げる小沢。その両目には今にも溢れんばかりのいっぱいの涙が湛えられている。
だがそれだけではない。涙をいっぱいに湛えたその両目には、同時にこれまでにないような
激しい怒りの色も湛えられていた。
小沢は犬から手を放し、いっぱいの涙と怒りを湛えた視線を男に向けたままおもむろに立ち上がる。
上背はそれなりにあるので、若干男を見下ろすような感じになる。
その様子に、井戸田はただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
(うわー…小沢さん本気で怒ってるよこれ…)

708怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:39:35
「口のきけない動物をこんな目に遭わせるなんて…絶対許さない!」
激しい怒りの籠もった言葉を、男にぶつける。
「お、やる気か?かかってこいよ、ヒョロヒョロのモヤシ野郎!」
男の方は至って強気だ。「こんな相手に喧嘩で負けるはずがない」とでも思っているのだろう。
確かに小沢は根っからの文化系だし、見た目からして喧嘩が強そうには見えないから無理もないのだが。
小沢はおもむろに右手を男に向けてかざし、指さすような形にする。
「お?なんだ?」
男の方も若干戸惑っているようだ。そして一言−
「ミツバチが、君を花と間違えて集まってきちゃうだろ?」
いささかこの場にはそぐわないその一言と同時に男に向けた右手の指をパチンと鳴らすと、
どこからともなく1000匹は下らないであろうミツバチの大群が飛んできて、男に群がり始めた。
「うわっ !? な、なんだこりゃあ!うわ…うわ…うわ…た、助けてくれえええぇぇぇぇ!誰かあぁぁぁぁ!」
いくら払ってもしつこくまとわりついてくる大量のミツバチに男はすっかりパニックに陥り、右往左往
しつつしまいには助けを求めながらその場から走り去っていった。
そんな様子を冷ややかに眺める小沢と、呆気に取られている井戸田。
「はー…」
「たぶん刺されて痛い思いもするだろうけど…それでもこいつが受けた苦しみのかけらほどでも
 ないんだからな」
その時、足元からどこか不安げな鳴き声がした。

709怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:43:07
「クゥーン…」
それに応えるように小沢は再びその場にかがみ、片手を犬の首に回すともう片手で頭を撫でつつ、
先ほどとは打って変わって優しい視線と言葉を向ける。
「よしよし、もう大丈夫だからな」
それを見ていた井戸田が、不意に何かに気づいたように言葉を発した。
「あ!小沢さん…犬、嫌いなんじゃ…?」
犬の頭を撫でる手を止める事なく、小沢は答える。
「そうだよ。でもこんな時に好きも嫌いもないだろ?かわいそうな奴は助けてあげなきゃ」
優しく撫でられている犬の方も、安心したような表情になってきている。
そんな様子を半ば呆然と見ていた井戸田が小沢に問う。
「それで、そいつどうするの?」
「取りあえず動物病院に連れてこう。何か大きなケガしてるかも知れないし」

動物病院の診断では、何カ所かの打撲は見られるものの大きなケガはないとの事だった。
だが同時に古い擦り傷や打撲の跡がかなりの数確認され、この犬は以前から繰り返し
飼い主の暴行を受けていた可能性が高いという。その話に、小沢は顔を曇らせた。
「そうですか…かわいそうに…」
「動物愛護法違反の疑いがありますので、この犬は取りあえず当院で保護します。
 その上で警察に通報いたしますので」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
最後に犬にも軽く挨拶を交わし、二人は動物病院を後にした。

710怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:45:19
「ちょっと時間食っちゃったし、こりゃ急がないと」
「うん」
若干早足で、今日の仕事があるテレビ局への道を進んでいく。
「それにしてもさ…もうずいぶん長いつき合いになるけど、小沢さんがあそこまで本気で
 怒ったのって、初めて見た気がするなー」
「そう?俺はいつだって本気だよ」
そう言う小沢の顔は、すっかりいつもよく見る、どこか飄々とした涼しげな顔になっていた。
一見どこまでが本気なのか読めない、若干人を食ったようにも見える表情。
(めったに怒らない奴ほど本気で怒ると怖いって言うけど…小沢さんもそういうタイプなのかな…?)
相方の涼しげな横顔を見ながら、井戸田はそんな事を考えていた。

711名無しさん:2012/10/10(水) 16:47:05
以上です
拙作ですが読んでいただければ幸いです

712名無しさん:2013/02/02(土) 19:29:58
>>165-169 (Ps/NPPJo)さんの続きであらすじが浮かんだので軽く
誰か清書してくれるとありがたいが…

井戸田、くりぃむの助けで小沢の捜索開始→
現場の倉庫に駆けつけるが、その時相手の衝撃波の影響で倉庫内の段ボールやベニヤ板が
崩れてきて、とっさに井戸田を庇った小沢が巻き込まれる→
井戸田、重傷を負ってしまった小沢を見て何かに導かれるように「あたし認めないよっ!」と
絶叫→力が発動して今の事故が「なかった事」になる

>>3の内容をちょっと参考にしたけど、こんな感じでまとまりつくかな?

713名無しさん:2013/02/16(土) 19:17:58
>>712
そこで
「よかった…潤が無事で…」
「よくねえよ、俺だけ無事でも意味ねーよっ!」
てな会話が入るといいな、個人的にはw
あと実質主人公格のスピードワゴンとかホワイトファントムの持ち主が
つぶやきシローだったりと、本編の重要なキャラって
なぜか最大手の吉本でなくホリプロ系が多いような…
これが何を意味するのかちょっと気になる今日この頃

714名無しさん:2013/02/19(火) 17:15:11
ペナの能力、ちょっと手を加えた方がよくないかなと思いまして
ヒデのはまとめサイトのに加えて>>54に出てた

能力:キック力が上がる。蹴った物が狙ったところに必ず当たる。(狙われた相手は
避けることもできるが、難しい)
条件:何回も蹴ると、パワー・命中率ともに落ちてくる。(狙われた相手にとっては避けやすくなる)
ドロップキックにも力は発揮されるが、消耗は激しい。

を追加で、ワッキーは「暴走した石を破壊or浄化する際は自分の持ちギャグを一つやる」ってのは
どうかなと

715名無しさん:2013/03/08(金) 21:54:44
時間・時期確認スレにあった緊急集会後の白ユニについてほんの短編…
この先何か書きたい人がいたら拝借してっても構わないです
-----------------------------------------------
スピードワゴンが本格的に白ユニットの一員として活動を始めてから、ユニットの雰囲気は
かなり様変わりした。人力舎襲撃事件の事もあって皆の意識が変わったせいもあるのだが、
これまでの白の中心格だった人力舎の面々とは毛色の違うホリプロの者が加わった事も、
大きな要因だったといえるだろう。
特にメンバーの能力の解析と能力を最大限に引き出せる連携や使い道・メンバーの
役割を考案するという、いわば作戦参謀の役割を自ら買って出た小沢の働きは目覚ましく、
多くのメンバーに「これなら充分黒に対抗していける」との自信を植えつけたのだった。
かつて「黒には頭のいい奴が多い」と述懐した上田も小沢の頭脳明晰ぶりはよく知っていたから、
「お前の頭脳なら黒の奴らにも対抗できる」とその申し出をすぐに聞き入れた訳で。
そんないきさつがあったから、ある時上田は思わず「有田や人力の奴らよりずっと役に立つ」と
口に出してしまい、それに人力舎の面々が憤慨してちょっとした揉め事になった事もあった。
いずれにしろ、あの人力舎襲撃事件が白ユニットに取って大きな転機であり反攻のきっかけと
なった事は確かであった。

そんな折、いつものように小林に電話を入れる設楽の姿があった。
「あ、シナリオライター?あいつらの事なんだが…最初はもうちょっと泳がせとくつもりだったが、
 どうやらそうも行かなくなってきたようだ。ちょっとばかり、あいつらの事を見くびってたかも知らんな」

716445:2013/03/19(火) 23:13:36
感想スレの445です。
ちょいと書いてみたヌメロン編です。


とあるテレビ局で。
「あ、おはようございまーす」
千原ジュニアこと千原浩史にそう話しかけたのは、バナナマンの設楽だった。


設楽が黒ユニットの幹部であり、多くの芸人を『説得』して勢力を付けているのは、余りに有名だった。
浩史と設楽は、あまり共演したことがない。
自分の攻撃系の石――チューライトでは、精神攻撃には太刀打ち出来ない。


「えーと…ジュニアさんは『どっち』なんですか?」
『どっち』というのは、白か黒か…というところだろう。
飄々としていたが、ある種の威圧感がこもっていた。
「…どっちでもない」
「そうですか…。
本当ならジュニアさんを『説得』したいところなんですがね…」
「……!」
「出来ないんですよ」
「…は?」
「日村さんがいるんで」
「……。黒って、訳ありの奴が多いんやな」
「まあ、そうですね」
「ところで、靖史は…」
「僕じゃないですよ。土田さん経由です」
「……」
「ま、頑張って下さいね。数字の駆け引きもそうですが…」
「…」
「ユニットとしての駆け引きも」
「…俺は、どっちにも付くつもりはない」
「そうですか…じゃあまた後で」
そして設楽は去って行った。


「………」
浩史は、かなりの疲労に襲われていた。
表面上は普通の会話だったが、これが設楽の力か。
「(予想以上にヤバいな…黒の連中は)」
浩史は楽屋で、椅子に座りながら考え込んでいた。

717445:2013/03/20(水) 09:49:35
ヌメロン編その2です。すみません、勝手に続けます。


浩史が考え込んでいると、楽屋に博多大吉がやって来た。
「あ、ジュニアさん、おはようございます」
「おう」


芸歴は1年程しか違わないが、浩史にとっては年上の後輩にあたる。
彼とは共演することは少ない。
そのため、白か黒かのどちらかも分からなかった。


するとそこへ、
「石を渡して下さい」
黒であろう若手がやって来た。


「また黒か…」
浩史が戦闘態勢に入ろうとしたが、
「ジュニアさん、ちょっと下がって下さい」
「え?」
そして大吉は、


「灰皿が空を飛んでもよかろうもん!」
と、石の力を発動させるためのフレーズを言った。


するとテーブルに置いてあった灰皿が浮かび上がった。
そしてそれを、黒の若手の額にぶつけたのだった。


「痛ええっ!」
額を抑えながら悶絶する黒の若手。
そしてそのまま逃げ去って行った。

718445:2013/03/20(水) 09:50:08
「…今の、完全に石の力やな。俺のより派手ちゃうん?」と浩史。
「俺の石、『何々してもよかろうもん!』って言うと、実際その通りになるんです」
「…ところで、華丸の能力は?」
「川平さんみたく『何々してもいいんですか? いいんです!』って言葉で、
自分やその人をその状態にできるみたいなんです。
あと、児玉さんみたく『アタックチャンス!』って言うと、味方の石の能力を上げれるみたいです」
「へー」
「ただ、使いすぎるとモノマネの口調のままになるんですよね」
「おもろい能力やな。ところで大吉は…白と黒、どっちなん?」
「どっちでもなかとです。どっちかって言うと、白を応援したくなるんですがね。ジュニアさんは…?」
「俺もどっちでもないけど…どっちにも興味は無いな」
「そうですか…」


そのような感じで、浩史と大吉は話を続けたのだった。


博多大吉
「〜てもよかろうもん!」と言う事で様々な事を起こす。
例:「犬が空を飛んでもよかろうもん!」で本当に犬が空を飛ぶなど
華丸の「相手や自分の行動」に対しこちらは「外的事象」が対象。
非現実的な事ほど力の消耗が多く、また大地震や大洪水など天災レベルはさすがに不可。

719445:2013/03/20(水) 20:31:18
ヌメロン編、石スレを完結させるためでなく完全に自己満足で書いてます
何か時系列も無視しちゃってすみませんorz

720名無しさん:2013/03/20(水) 22:18:23
>>719
元々「芸人たちの間にばら撒かれている石を中心にした話(@日常)」だから別に良いんじゃないかな
最近の話とかも読んでみたいし

721名無しさん:2013/03/21(木) 11:20:21
>>719-720
まあ本編に組み込みたいなら、時系列くらいはある程度特定した方が
いいかも知れませんね

722445:2013/03/21(木) 11:37:13
ヌメロン編ですが、完全に番外編として読んでください
ややこしくしてすみません

723名無しさん:2013/03/21(木) 12:36:41
この流れを見てちょっと思ったんだけどさ
「本編」と「番外編」の違いってなんぞ
核心に迫る話を本編としてそれ以外は全部番外編?
それとも完結時期が明確にあって、それ以降の話は全部番外編なのかな

724名無しさん:2013/03/21(木) 12:56:25
>>723
うーん…難しいですね
まとめサイトにもバトル関係無しの話がいくつかありますし

725名無しさん:2013/03/21(木) 13:51:16
進行会議スレ等で話し合われた設定や時系列に合わせて
一つの世界観で動いているのが本編
それとは矛盾が出てくるのが番外編だと思う

726名無しさん:2013/03/21(木) 16:50:31
番外編つっても本編と設定の重なるスピンオフ的な物とバトロワ風のような
完全独自設定の物があるからねー
その辺の線引きもきっちりした方がよさそうな?
あとピースの過去編だが、石が行き渡ったのは04年ごろとすると線香花火の
解散は03年秋なのでちょっと矛盾が生じるような…
ごく一部だけがそれより早く出てきてたとかなんだろうか?
またその中で原が説得で黒に引き込まれたのが線香花火の解散前だから、
設楽が石を得た時期についても注意が必要かも
あるいは原を説得したのは前のソーダライトの持ち主で、設楽がその話を
何らかの形で聞いたとかなら辻褄が合うと思うが

727723:2013/03/21(木) 17:36:41
>>724
それだけで完結している短編とかは別にしてってことだ
言葉足らずでごめん

>>725
なるほど。何か最近完結を急く流れが出来てるから質問してみたけど
自分の解釈とほとんど同じでちょっと安心した

>>726
石が行き渡ったのは2004年頃なんて設定あったっけか
最近来てなかったから色々読み返してみるかな

と自分で質問しといてあれだけど廃棄小説スレに書く内容じゃないな
何かすまん

728名無しさん:2013/03/21(木) 18:52:27
>>727
詳しくは進行会議スレにも出てるけど、一応石が(再度)出回り始めたのはボキャブラブーム終了
から数年後のお笑いブームの頃とあるので、04年ごろという解釈になってるようですね
まあ個人的には、未完の話も多くてあまりにも世界観が半端な形になってしまってるので、
骨組みくらいはある程度築いた方が後から来て話が書きたいと思った人の参考になりやすい
んじゃないかと思いましてね
それでいろいろ草案を各スレに提示してみたり

729名無しさん:2013/08/29(木) 19:08:25
「太陽のしずく」

2005年4月のある日、スピードワゴンの2人はロケ収録のため車で移動中だった。
その車の中、井戸田潤は自分の首元で揺れる石─シトリンと出会った時の事を思い返していた。
(こいつと出会ってもうすぐ1年になるんだな…あれからホントいろんな事があったっけ)

その日は初夏の日差しが照りつける汗ばむ陽気の日。
仕事に向かう途中だったか、歩いていてふと道ばたに目をやるとキラキラ光る
きれいな石が目に入った。その時、なぜか頭をよぎったのは2週間ほど前だったか、
相方が楽屋で手にしていた青い透き通った石の事。魔法みたいな力を持ったその石と、
今目にした道ばたの石がなぜか重なったのだった。
ただ色は違っていて、今井戸田が目にした石は鮮やかな黄色をしている。まるで、今
さんさんと降り注いでいる太陽の光をそのまま固めたような、鮮やかな透き通った黄色。
なぜだか気になって、その石を拾い上げてみる。
日差しを受けてキラキラ光るその石が、今自分に会うために太陽からこぼれ落ちてきたような、
そんな気がした。

(あの時は、まそかこんな事になるとはこれっぽっちも思わなかったな)
その翌日の事、井戸田の運命を激変させた出来事は、今でも鮮明に思い出せる。
突然楽屋から姿をくらました小沢、その後矢作の手引きで引き合わされたくりぃむしちゅーの
2人の話、そして小沢の居場所を突き止め、駆けつけた倉庫での出来事。
崩れてきた材木から自分を庇って下敷きになり重傷を負ってしまった小沢を、この石の
力が救ったのだ─事故そのものを「否定し、なかった事にする」という形で。
(あの時こいつが呼びかけてきたんだっけ…『早く叫んで、いつもネタで使ってるあの言葉を!
 そうすればあんたの相方さんは助かるから!』って)

730名無しさん:2013/08/29(木) 19:09:39
あの時聞こえた元気な少年の声は、このシトリンの声に間違いないだろう。
あの後、小沢が「潤にはこの事に関わってほしくないの!だからここで石を封印して、今の事は
全部忘れて!」と言いながら駄々をこねる子供のように強引にシトリンを封印しようとした事も、
シトリンがそれを拒むように弾ける光を放って小沢を振り払った事も、さらにその後、今にも
泣きそうな顔で「なんでそーやって、全部一人で抱え込もうとするんだよ !? 」と小沢を叱りつけた事も、
つい今し方の事のように鮮明に思い出せる。

その後も夢の中とかで、幾度となくかの元気な声を聞く機会があった。ちょっとおしゃべりで一言多い
その元気な声とやり取りしていると、なんだか弟分ができたような気がしたものだった。
(あー、なんか眠くなってきたな)
隣の座席に目を向けると、小沢はすっかり寝入っていて気持ちよさげな寝息を立てている。
(着くまではまだ少しかかりそうだし、俺も一眠りすっか)
座る姿勢を少し変えて目を閉じる。次第に遠のく意識の中、例の元気な声が聞こえたような気がした。
”お疲れなの、マスター?ま、仕方ないよね、最近お仕事でもバトルでも忙しいから。
 僕の力が必要になったらいつでも呼んでね、僕の持ってる『太陽の光』は黒い力を打ち消す事が
 できるんだから…”

薄暗い車の中、井戸田の首元で揺れる石─シトリンだけが明るく輝いているように見えた。
それはまるで小さな太陽のように─


ここのPs/NPPJoさんの話と>>712を基にした短編です
参考にした者の場所から、取りあえずここに…

731名無しさん:2013/09/22(日) 17:08:38
小説練習スレの690です。
ある程度目処が立ったので来たんですが
・本編の完結とは全く関係のない話、どころか広げてしまう可能性がある(時期の想定は2012年1月辺り)
・相談もせずに書いた結果、独断の設定がいくつかある
・グダグダ書いている内に能力スレと色々被った

と問題だらけの代物になってしまったのでこちらに投下させてください。

732名無しさん:2013/09/22(日) 17:12:06

芸人の間で出回る石。
その裏には黒と白の組織があり、勢力争いは未だ衰えを知らない。
黒白双方に事情があり、双方が自分たちが正しいと思っている。どちらかが退くか、どちらかが駆逐でもされない限り、終わりは見えない。
そんな日々が続くのだから、石を持った者はある問題に陥る。
黒と白、どちらに入るべきなのか。あるいは、どちらにも入らない方がいいのか。
一度方向を決めれば後戻りが利かない。もし間違った方に進んでしまったとしたら。
それならどちらにも付かない方が、却って利口のような気がして。

【灯台下暗し】

大部屋とは違い、個別の楽屋には利用者によって違う空気が流れている。
番組の収録前ともなれば多少は緊張感があるものだが、この楽屋は例外らしい。
せかせかした周りの空気とは無縁の、ある意味では落ち着いた――言ってしまえばグダついている――空間。
無意味に雑談だけが続くこの楽屋の主は、どことなく地味な風体をした、二人の女。

733名無しさん:2013/09/22(日) 17:15:03

「――最近物騒というか、なんというかねえ……あ、そういえば何か変わったことあった?」
奥に座った三つ編みに眼鏡の女が、不意に問いを投げる。
いつ取り出したのか、手元には琥珀色の何か。窓から入る日の光を浴びて、淡く輝いている。
「変わったこと?……ああ」
主語のない質問に手前の女は一瞬戸惑ったが、目の前にある光から判断し、うっすらと笑みを浮かべた。
「……あれ、昨日からいくら探しても見つからなくてね。財布の中に入れといたはずなのになあとか、色々考えて」
それで思ったんだけど、と一つ言葉を区切り、語調を強める。
「……そういえばこの前の飲み会、割り勘だったなあって。小銭単位で、きっちり割って。
 ……あれ、小銭とそっくりだし、あれだけの人数がいれば、紛れてても気付かれそうもないし」
先輩と行く飲み会であれば、支払いは先輩が一手に引き受けてくれる場合が多い。
だが同期や後輩と行った場合はそうもいかない。
確かにこの前の飲み会もそういうささやかなものであったし、手前の女が言う通り、確かに「あれ」は小銭と似ているが……
しかしそれはいくらなんでも冗談がキツい。
訥々と並べられる事実と、妙におどろおどろしい語り口が、事の重大さを引き立たせる。
「いやいやいや、大丈夫なのそれ」
「……うん。さっき、自販機でお茶買ったときにお釣りの中から出てきたから」
耐えきれずに問えば、逆に予想だにしない答えが帰ってきた。
訝しげな表情を浮かべる奥の女はよそに、手前の女はポケットを探る。
証拠とばかりに取り出したのは、十円玉……ではない。
それが目に入るなり、奥の女の顔は呆れたものに変わっていく。

「……ねえ、エミコさん……なあんでその話、そのトーンで話すかなあ……」
奥の女――たんぽぽ、白鳥久美子が不服そうに言うと、手前の女――同じくたんぽぽ、川村エミコの笑みはいっそう深くなった。
「確かに『変わったこと』って言ったらそうだけどさあ……他になんかないの?」
「……残念だけど」
川村としてはなくしたはずの物が返ってきただけでも一大事なのだが、白鳥にとってはそうでもないらしい。
まあ期待されているのが他のことなのは重々分かっている。そっちの面での報告は皆無だから、結局何も変わっていないといえる。
川村は一つため息をつくと、はたと顔を上げた。
「あ……そういうそっちはどうなの?何か変わったこと」
「ん、私?私は……」
白鳥は手元の――琥珀色の石をチラリと見やる。
と、石は意思を持ったように輝き出す。
「あ、ほら。ちょっと考えただけでこうだよ。まったくもう……」
瞬く間に、琥珀色の柱がテーブル上に「生えた」。
天井にまで届きそうな柱が突然現れることは、普通ならもちろんあり得ない、のだが。
当の白鳥はおろか、目の前にした川村もまったく動じずに、
「……うん、大体分かった」
傍らの缶に手を伸ばしながら、ボソリと呟いた。

734名無しさん:2013/09/22(日) 17:17:02

奇妙な状況も、慣れてしまえば普通のこと。
奇妙な状況を作り出すこれまた奇妙な石も、数年間を経て日常にすっかり根付いてしまった。
怪我をして「医者の不養生」と揶揄された座長やら、ネタ中に石を置いてくるのを忘れて変身しそうになったという、座長の相方やら。
先輩たちから聞く数々の武勇伝も、そこまで不思議とは思わなくなってきている。
相方の白鳥が手にした石が相当変わった部類にあることも大きい。
念じたら変な柱が生えた、柱っていっても物を乗っけたりは出来ないみたい、なんとなく石を翳してみたら光った、調べたらこれ電気石らしいから、たぶん電気だと思う。
報告に次ぐ報告。たった数日で変化を繰り返す状況。
いちいち驚いていたらキリがないと、ちょっとのことでは動じなくなってしまった。
「……やっぱり、相変わらずなんだ」
「うーん、まあ」
少なくとも、琥珀色の柱越しに普通に話を出来るぐらいには。
コーヒーやウーロン茶を彷彿とさせる落ち着いた色合いは、見慣れれば綺麗なもので、周囲に落ち着きをもたらす不思議な存在感がある。
「……あ、でも、また少し分かったことがあるんだけど」
「何?」
「たぶんこれ、塔だと思う」
「……塔?」
「見てて」
だが、これを作り出す石自体はやはり落ち着きがないようで。
白鳥が再び石を輝かせると、目の前から柱が消え、別の物が現れる。
複雑に組まれた鉄骨に、ご丁寧にも展望台が二つ。
「……東京タワー?」
「そうそう」
その手のお土産も形無しのつくり。色は違えど、かの有名な電波塔が細部まで精巧に再現されている。
「これだけじゃないよー。話題のスカイツリーから近所の鉄塔まで」
と、いうことは試したのだろうか。
以前から趣味は高圧送電線の観察だと言っていた彼女である。
柱、電気という事柄からそう発想しても不思議ではないが、その練習風景を想像すると少しおかしい。
「……何か、凄いような、凄くないような」
「確かにねえ」
変な石だよまったく、そう言いながら、白鳥は石をじいっと眺めている。
「自分で言うのもあれだけどさ、もっとこう……塔に限らず、想像した物をそのまま出現させる、とかなら素直に凄いって言えそうだよね」
ああ、と気のない返事をしながら、川村はもし白鳥の力がそんなものなら、真っ先に作られるのは「吉田くん」なんだろうなあ、と何となく思った。
それはそれで、と思っても口には出さないが。
白鳥はそんな川村の思いを知ってか知らずか、顎……頬に手をつき、微妙な表情を浮かべる。
「……まあ、別にこのままでもいいんだけど」
「けど?」
「戦うんだよねえ……これで」
そう言って、塔に石を翳すと、塔は意思を持ったかのように輝きだす。
白鳥の心底嫌そうな呟きに、川村は曖昧な笑みを返しすしかできなかった。

735名無しさん:2013/09/22(日) 17:18:42

戦うことに不安があるのはこっちも同じ、どころか、かなり多く抱えている自信がある。
周囲の目まぐるしさとは裏腹に、こちらは変化が乏しい。
軽く握りしめると、手の内は妙にぬるい。何てことはない、ただ熱伝導率が高いだけの話。
靴に入れると臭いがとれるとか、ぬめらない排水ネットだとか、本当の意味で日常に根付いている鉱物――銅は、相変わらず鈍い色のまま、自分の手元から離れない。
正直な話、石と呼べるかも微妙な物体。
それでも、カテゴリー的には芸人の間で広がる物の一つであることは明らかで。
何らかの力を持っているのも確かなのだが、いかんせんその力を引き出せない。
それも――白鳥とコンビを組む前から。
相方よりも付き合いが長い割に、自分はこの鉱物のことを何も知らない。
それだけでも十分だというのに、不安の種はまだある。
小さなことでは今日もある飲み会での応対、大きなこととなると。
『――だったら、その時は黒に入るから』
だいぶ前の無責任な宣言が脳裏に浮かぶ。
あの口約束はまだ有効なのだろうか。出来れば忘れていて欲しい。それなら悩む必要はない、のだが。

分かっている。
あの口約束がなければ、沈黙を守り続けるこの鉱物と、相方の持つ必要以上に活発な石を、黒が放っておくはずがない。
分かっているだけに、気分は沈むばかり。
……もっとも、ずっと沈みきったまま、しばらく浮いていない可能性も捨てきれないが。

736名無しさん:2013/09/22(日) 17:19:35

「……どうしたの」
拳を凝視したまま固まった川村を不審に思ったのか、白鳥が声を掛けてくる。
ふと顔を上げれば、ピカピカと光る塔と石が目に入った。
まだ何かを隠し持っているような、嫌な瞬き。
まるでこっちを馬鹿にしているかのような。
「エミコさん?」
「……」
もうそろそろ、しっかり話し合わなければいけない時期、かもしれない。

川村が口を開きかけた、その瞬間。
突如響いたノックの音で、言葉を止める。
ガチャガチャと何度もノブを捻る音も同時に聞こえてくる。
「……な、なになに?」
開かないらしい、がそれもそのはず。
白鳥の石が落ち着かない以上、見られてはマズいと楽屋の鍵は閉めておくことが常となっていたのである。
だからこそこの騒ぎだが、まだ収録が始まるには早い時間。何か用事でもあるのだろうか。
「あ……いいよ。私が出るから」
出ていこうとする白鳥を制し、川村は席を立った。
その間に石と塔片付けておいて、と目線で伝え、ドアへと向かう。
ドンドンとせっかちに叩かれる音に辟易しつつ、鍵を開ける。

737名無しさん:2013/09/22(日) 17:20:11
まだ何も始まってませんが、心配事項も多々あるのでとりあえずここまでとさせていただきます。
どうも失礼いたしました

738名無しさん:2013/09/23(月) 14:56:34
おお、パラレル設定のたんぽぽ編だ!
なかなかいい感じですよー
なんか続きが楽しみになってきたなあ
今まとめサイトの管理人さんもどうなってるのかわからないけど、
いろんな形で盛り上げられたらいいなあと思っております

739名無しさん:2013/09/23(月) 16:34:49
★ここのrossoさんの作品を踏まえて…石は能力スレのこれ↓

ハイパーシーン
持つ者のエネルギーを活性化させ、強い意思と責任感をもたらす真っ黒な石。光の加減で
ピンク色や紫色の美しいシラー効果やキャッツアイ効果が見られる。「欲しい物が手に入る」
という強力なパワーを持つともいわれる。
能力:持ち主を、その欲望の強さに応じた怪物の姿に変身できるようにする。また他者の欲望
の強さを、怪物の形で見る事もできる。周りの者の欲望を取り込む事で強大化する事もできるが、
持ち主自身の欲望が強くなりすぎたりすると欲望に呑まれ、自我を失った暴走状態となり見境なく
暴れ回るおそれがある。

―呑まれし者―
『お前らみんな、食ってやる…』
普段の声とは明らかに違う金属質な声で、芸人だったその化け物は言った。
「ほざくな!くたばりやがれ!」
相手の芸人は石を使おうと構えるが、その化け物は素早く彼の目の前に移動すると
少し高く跳び、彼の顔面に回し蹴りを食らわせた。
「がぁっ!」
悲鳴を上げて体勢を崩した彼の胸倉を、化け物は乱暴にひっつかむと思いきり投げ飛ばした。
投げ飛ばされたその体は整然と並べられたゴミバケツの中に突っ込んでけたたましい音を立て、
ゴミバケツ数個が派手に倒れて転がる。
「なななななんだありゃ…あんなのに敵いっこねえだろ、ここはひとまず逃げ…」
その光景を呆然と見ていた彼の相方は化け物の凄まじい力に恐れをなし逃げようとしたが…
『どこ行くんだよ、逃がさねぇよ?』
「――な… ! ! 」
次の瞬間には目の前に化け物の姿が現れ、彼を思いきり殴り飛ばす。吹っ飛ばされた彼は
相方のすぐ近くに積み上げられた古紙の山に突っ込み、新聞やチラシの切れ端が派手に舞った。
「ぐはぁっ!」
『…弱いよな、お前ら』
そう口にする化け物の顔はギラリと光るガラス玉のような目玉に耳元まで裂けた牙だらけの口と
明らかに人間の物ではないが、ひどく冷酷に笑っているように見えた。
目の前に来たその化け物に、コンビの一方は心臓が凍るほどの恐怖におののきながら言う。
「お、お前の望みはなんだ !? …い、石なら渡すっ ! ! だから命だけは、な、な?ほら、お前も出せっ」
相方に促されてもう一方も一緒に石を差し出そうとするが、化け物は大きく裂けた牙だらけの口を
笑みの形に歪ませて言った。
『…石も欲しいけど…お前らの命も欲しいんだよ。俺って欲張りだからさ』
その言葉と共に猛禽のような鋭い爪を持つ大きな手が二人の手の平にある石を軽く払いのけ、
石は「カラン」と小さく乾いた音を立てて地面に落ちた。
「やめろっ…やめてくれっ!頼むから命だけはああぁぁ ! ! 」
「…ひぃっ… ! ! お願いだ!助けてくれっ ! ! 誰か、誰かあああぁぁぁぁ !!!!! 」
二人は必死に立ち上がりその場から逃げようとするが、恐怖のためか体が言う事を聞かない。
そんな彼らに向けて、化け物は舌なめずりをしつつ嬉しそうに言う。
『さ、お前らの命、いただこうかな?痛くしたらかわいそうだから一撃であの世に送ってやるよ。
 これでお前らの石も、欲も、命も、全部俺の物…』
         *             *             *
白の者との戦いで追い詰められた彼の手の中の石が、脈動するようにどす黒く瞬き始め、
やがて黒い光が石全体から湧き出してくる。
「…また…お前か…」
そう返す彼に、光は語りかける。
”ほら、早く俺の力を使え。今追い詰められてるんだろ?”
「嫌だ…またさっきみたいに俺を操って何もかもぶち壊すんだろ?それならこんな力なんか
 いらない!さっさと封印してもらった方がましだ!」
”お前がいくら拒んでも無駄だよ、宿主にはできるだけ長持ちしてもらわないと困るんでな。
 それに感じたぞ、お前の苦しみから逃れたいという思い、俺を拒絶する思い、その他にも
 まだある。それらも元を正せば全部『欲』だ…”
黒い光は一面に広がり、彼に襲いかかる。その光を、彼は必死に拒む。
「嫌だ…嫌だああああ!」
”全ての『欲』は俺の糧となり力となる、お前がいくら拒んでもな。さあ全てを俺に預けるがいい、
 いずれお前は俺の思うままに動く、巨大な化け物になるのさ…”
黒い光がどんどん強まり、彼を呑み込んでいく。
「嫌…だ…誰かっ…助け…」
それが最後に発したまともな言葉だった。まるで黒い光に融け込むように意識は遠のき、
彼は自分が自分ではなくなっていく、別の何かが「自分」になっていく感覚を覚えた。
暴走した欲望と石の力は哀れな芸人を深き闇へと連れ去り、その黒い光の中、彼の姿は
人の面影すら微塵も残さない、異形の姿へと変わっていった―。

740名無しさん:2013/09/23(月) 16:37:13
★各自の石を手に入れたいきさつと力に気づいたいきさつについて話し合った時
井上「俺の石は玄関で履いた新しい靴の中にあってな、準一の方はクリーニングから戻ってきた
    ジャンパーのポケットに入っとったん。なんでももともとは黒の奴らのもんで、波田陽区が
    これを奪ってきて持ち主にふさわしい奴を捜しとったらしいねんけどな」
小沢「そうなんだ…」
井上「で、石が目覚めたんは東京ダイナマイトに襲われた時やった…いろいろ危ない目に
    遭ったけどな、石の力のおかげでなんとか乗り切ったわ」
小沢「え、ちょっと待って!それじゃ彼らは…」
井上「そう、あいつらは黒や。間違いないわ、俺らの石を『取り戻しに来た』言うとったからな」
小沢「そんな…」
井上「お前は今白の、それも中心におるやろ?あいつらがそれを知ったら、間違いなくお前の
    事も襲うやろな。悪い事は言わん、あいつらには当面近づかん方がええ。身の安全の
    ためにもな」
-------------------------------------------------------------------------------
―綻び―
井戸田「それにしてもひでーなこれ、十数人も一緒になって伸びてっぞ?」
小沢「こうして黒の下っ端たちの間で仲間割れが起こるようになってるという事は、欠片の力
    やら何やらを使ったユニット内の統制が崩れ始めてるって事なんだな」
井戸田「それってやっぱ、俺らの反攻が強まったからって事か?」
小沢「そう、黒の上層部は俺たちを叩くために下っ端たちに様々なご褒美をちらつかせてるんだ
    と思う。それでメンバー間の手柄争いが激しくなり、『獲物』の奪い合いから仲間割れに
    発展したりしてきてるんだろう」
井戸田「それだったら欠片の力で完全に操り人形にしちまえばいいんじゃねーの?」
小沢「そうしちゃうと今度は行動の柔軟性が落ちるんだよ、命令された事しかできなくなるから。
    その辺のバランスは変な話だけど、設楽さんもずいぶん頭痛いんじゃない?こういう事が
    起きるのは、洗脳とか脅迫で成り立ってる組織の宿命なんだな」
井戸田「皮肉なもんだなそれって。うちの方は最初団結とか目的意識とか薄かったのが、俺ら
     が正式に加わった事でみんなの絆と信念でユニットとして一つにまとまってきたってのに」
-------------------------------------------------------------------------------
(黒の若手の誰か)「でも、なぜあなたたちは黒についたんですか?二人とも優しくておとなしい
             人たちなのに…」
タカ「ちょっと小耳に挟んだんだよ、自分の能力で片っ端から他の芸人をスケッチブックに閉じ込め
   て騒ぎを起こした奴がいたって」
トシ「そう、石を持った奴がその力のために道を踏み外したって話をちょくちょく聞いたんだ。だから、
   これ以上石の力で迷惑かける奴が出ないようにこうして石を預かってやってんだよ」
タカ「黒のシステムってそういう過ちが起こらないようにするにはいいと思うんだけどねえ」
トシ「でもどうにもこっちの理屈をわかってくれない頭の固い奴らがいるから、そういう奴は力ずくで
   言う事聞かせるか石を取り上げるしかないって事」

741名無しさん:2013/09/24(火) 16:56:59
―「青」のふたり―
年齢も同じ、事務所も同じ、そして持つ石の色も同じ。片や冷たく澄み渡る海のようなわずかに
緑がかった透き通った青、片や雲がかった濃い空のような、宇宙から見た地球のような深い青。
果たして彼らの立場を分けた物は?
-------------------------------------------------------------------------------
西尾「あいつに…設楽に、『海砂利の過ち』を繰り返させてはいかん。あいつらがあの時、自分の
    過ちのためにどれだけ苦しんだか…設楽には同じ苦しみを背負わせたくはないんや…。昔
    海砂利は自分の欲望のままに何も疑う事なく石を使った、それがどんな結果を招くとも知らずにな」
-------------------------------------------------------------------------------
―決着―
(墜ちないのか !? これだけ力を使っても !? )
ソーダライトを握り込む手や顔が次第に汗ばみ、設楽の表情は苦悶の色を濃くしていく。
目の前の小沢はゆらゆらと陽炎のようにゆらめく青緑の輝きを纏い、視線をじっとこちらに向けている。
「無駄です、設楽さん。今あなたが何を言おうと、俺の考えは変わりません」
その瞳に宿る力強い輝き―そこには、一片の迷いも曇りもなかった。それを目の当たりにした時、
設楽の脳裏をかつて電話越しに聞いた覚悟と決意の言葉がよぎる。
『周りの人全てを敵に回そうとも、黒の側の石を封印してこの騒ぎを終わらせてみせる』
『自分の石にそう誓ったから、あなたが相手でも屈しない。あなたを止めてみせます』
(そうか、そうだったな…それほどまでにお前は…)
設楽の表情から若干強張りが解け、ほんの少し緊張が緩んだ気がした。
(俺はあの時からずっと、『最悪の事態』を回避するために『黒い力』を味方につけて非道な事
 にも手を染めてきた…それで日村さんや、家族や、他の多くの者たちを守れるのなら、そう
 信じて。でもこいつらなら大丈夫だ、きっと乗り越えられる、きっとやってくれる…)
とその時、手の中のソーダライトとその発する光がみるみるどす黒く変化し、設楽の表情が
激しい苦痛に歪んでいく。そしてその体からも、どす黒い湯気のような物が立ち上り始めた。
同時に意識がぼやけ始め、強い衝動のような物が自分を支配し始めるのを、設楽は感じた。

742名無しさん:2013/09/24(火) 16:59:31
「う、ぐうう…っ!」
「お、小沢さん、あれ!」
真っ先にそれに気づいた井戸田が声を上げ、小沢の方もその様子にただならぬ異変を察知した。
「これは…黒い力に呑まれてる !? 」
設楽はどす黒い湯気を立ち上らせつ小沢の方へにじり寄り始めた。いつの間にかその双眸は
白目も黒目も区別なく真っ黒に変わっており、人とは思えない形相を見せている。
「設楽さん、しっかりして!黒い力に呑まれちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとした小沢の喉元めがけてつかみかかろうと片手を伸ばすが、それを必死に
押しとどめているような動きを取りつつ、設楽は残った理性で叫んだ。
「く、来るな…逃げろ… ! ! 」
「小沢さん!」
(このままじゃ設楽さんが…早くなんとかしなきゃ…そうだ、この言霊で…!)
小沢は設楽に向けて右手を突き出すと、これまで幾度となく使った「封印の言霊」を発する。
「もうこんな遊び、終わりにしない?」
指を鳴らす小気味のいい音がしたかと思うと、設楽の体の至る所に青緑の光の鎖が絡みつく。
「ぐああああぁぁぁぁぁっ !!!! 」
鎖を振りほどこうとするかのようにもがき暴れる設楽に、泣き出しそうな顔と声で小沢は叫んだ。
「設楽さん、耐えて!すぐ楽になるから!」
「そうだ、俺も…設楽さん、あんたが黒い力に呑まれるなんてあたし認めないよっ!」
井戸田もそれに続き、放たれたシトリンの山吹色の輝きが設楽の全身を覆った。
そうだ、もう終わりにするんだ、こんなにも辛く、悲しく、苦しい事は―
そんな祈るような想いと共に、小沢はアパタイトに意識を込め続けた。

743名無しさん:2013/09/25(水) 16:31:54
―黒きつながり―
柴田が吐き出した数個ほどの黒いガラス片のような物体に、小木は見覚えがあった。
半月ほど前だったか、突如自分たちの楽屋を襲った名も知らぬ若手のコンビが、これと似た物を
持っていた。おそらく人を操る力か何かがあると思われる、その黒いガラス片。
今は柴田が吐き出した物は、その時見た奇妙なガラス片と同じ物に間違いないだろう。
おそらく柴田は誰かから騙されるか何かして、この欠片を飲まされていたに違いない。
そしてそれが柴田の異変の原因なのは、ほぼ間違いないだろう。またあの時に聞いた
「黒いユニット」という単語―矢作が狂わされた挙げ句投身自殺を図るまでに追い込まれた
この件にも、今の柴田の異変にも、その「黒いユニット」が関わっているに違いないのだ。
怪訝そうな様子の周囲に、小木は一言告げる。
「わかったよ…柴田がおかしくなった原因が…」

その前日の事、自宅にいた小沢はテーブルに並べられた二つの黒いガラス片のような物体を
じっと眺めていた。先日、赤岡が吐き出したかのガラス片を持ち帰った後、半月ほど前の
おぎやはぎの楽屋で起きた出来事を思い出し、その時に小木から受け取ったガラス片を引っ張り
出してきて照らし合わせて見ていたのだ。
『石を濁らせたり、暴走させるために用いられる物だと聞きました』
『あの子たちのポケットに入ってたの。何にも覚えてないみたいだけどね。人を操る力とかさ、
 あるんじゃない?わかんないけど』
赤岡と小木の言葉が脳裏をよぎる。どこか禍々しさを湛えたその二つの欠片は、間違いなく
同じ物だ。あの時―小木から欠片を受け取った時に抱いた何かの前兆のような予感は、
確実に現実となりつつあった。二つの件に共通する「黒いユニット」という単語、そしてそこに
設楽が関わっているという事実―事態は自分が考えていたより遥かに広く、深くなってきて
いる事を、小沢はそれとなく感じ取っていた。
「そういえば…」
ここでふと、井戸田が欠片を手にした時の事を思い出す。彼の首元で急にシトリンが警告を
発するように輝きと熱を持ち始め、井戸田を慌てさせた事。ひょっとしてあれは一種の
拒絶反応なのでは?となれば、この欠片の力を受けつけない石や人間がいるのかも?
欠片の一つをつまみ上げてみる。小沢は今抱いたその仮説を、自分の体で確かめてみようと
考えたのだ。今まで聞いた欠片の力を考えてみれば、それはとてつもなく危険な「実験」なのだが。
小沢はアパタイトを片手に収め、つまみ上げた欠片の一つをおそるおそる口に入れてみた。
口に含んだ途端その欠片はどろりと融けてゼリーのような感触に変わり、同時に猛烈な苦みと
違和感が口内に広がる。さらにその直後、手の中のアパタイトが切れかけの蛍光灯のような
不安定な点滅を始め、同時に胸の奥から突き上げるような、強烈なむかつきと吐き気が起こった。
「ううっ…… ! ! 」
耐えきれず洗面所に駆け込み、洗面台に首を突っ込むようにして激しく咳き込みえずきながら
口内の苦みと違和感の原因を吐き出す。そして肩で息をしながら、洗面台の底でみるみる
ガラス片状に戻っていく得体の知れない物体をぼんやりと眺める。

744名無しさん:2013/09/25(水) 16:33:01
「ああ…苦しかった…」
手の中のアパタイトを見ると不安定な点滅は収まり、穏やかな淡い光を湛えている。
やはりあの不安定な点滅は、欠片に対する拒絶反応だったのか。これで小沢は確信した―
自分の体も、持つ石も、この欠片の力を受けつけない「免疫」みたいな物を持っていると。
調べた所ではアパタイトは他者を欺く・惑わす石であり、その一方で持つ者を固定概念や周り
からの欺き・惑わしから守る力を持つらしい。ひょっとして黒い欠片に対する免疫も、虫入り琥珀
による「使用者に関する記憶の消失」を免れたのも、それによる物なのか。そしてシトリンは
「太陽の光」を宿す石であり、あらゆる物に光とぬくもりを与える石だという。となればあの時の
拒絶反応は、不浄な物・悪しき物を焼き清める太陽の石ゆえの物に違いないだろう。

なんとなく、わかった気がした。自分たち二人が黒に染まった石を封印する側に立ったのも、
この石を手にした時からの「必然」だったのだ。「黒に染まらぬ石を持つ者」として、小沢は
自分の使命を改めて実感する。そして洗面台の底の欠片を拾い上げると水で洗い、テーブルの
上に残されていた欠片と一緒に小さな紙袋に入れる。
「なんか疲れたから一休みしよ…これは明日でも上田さんあたりに見せようかな」
紙袋をテーブルに置くとタオルケットをかぶりつつソファーに身を横たえ、静かに目を閉じる。
眠りの淵に沈みゆく意識の中で瞼の奥に淡い青緑の光が広がり、優しい声が聞こえた。
”気持ちはわかるけどどうか無茶だけはしないで。私もさっき、とても苦しかったんだから…”

小沢たちが人力舎で起こった一大事件を知ったのは、その翌日の事だった。
-------------------------------------------------------------------------------
―悔恨と贖罪―
ヒデ「普通、黒い力に呑まれてる間の記憶は残らないはず…でも俺はハッキリ覚えてるんだ、
   何もかも。雨上がりを黒に引き込もうと襲った事も、一番大切なはずのお前まで黒に
   売り渡そうとした事も、そのたびに突きつけられた悪意に満ちた言葉の一つ一つも…!」
ワッキー「ヒデさん…」
ヒデ「これはきっと俺に与えられた『罰』なんだ。自分の中の悪意や黒い感情に溺れて他の
   人たちを傷つけ苦しめた事に対する罰なんだ。例えそれが知らずに持たされてたあの
   欠片のせいだったとしても」
ワッキー「……」
ヒデ「だから俺は決めた。あの欠片を俺に渡した淳を…いやそれだけじゃない、黒の鎖につながれ
   てる人たち全てを、この手で解き放つんだ。それが今までしてきた事の償いになるのなら。
   そして俺を見捨てる事なく新しい力をくれたクリソコラの想いに応えられるのなら。…ワッキー、
   ついてきてくれるな?」
ワッキー「も、もちろんですとも!俺が今こうしてられるのは全部あんたのおかげなんだから!」
-------------------------------------------------------------------------------
川島「信じてたわ、田村。必ず助けてくれるってな」
田村「当たり前やろ!俺らは二人で『麒麟』なんやから!」
川島「もう大丈夫や、モリオン(黒水晶)の力を完全に制御できる自信がついた。…俺は絶対、
    黒の側にはならへん」
-------------------------------------------------------------------------------

745名無しさん:2013/09/26(木) 16:13:39
★シトリンの、欠片を浄化する力を見た時の爆笑問題
太田「な、なんだあれ…あんなの見た事ねーぞ?」
田中「前に嵯峨根が使ってた時にはあんな力はなかったはず…いや、一度だけあったっけな。
    その時は力使った後でぶっ倒れて『体中の力吸い取られた感じ』つってたような」
-------------------------------------------------------------------------------
★ある時の白ユニット集会
「…これで、俺からは以上です。あと皆さんも、引き続き黒のメンバーや能力に関する
 情報がありましたら俺やくりぃむまで報告してください。では上田さん、最後お願いします」
白ユニットの各メンバーがそれぞれの状況の報告や今後の方針などについて話し合う集会の
最後、一通り話し終えた「作戦参謀」こと小沢が席に着くと同時に、上田が締めの挨拶にかかる。
「取りあえず今回の集会はこれでお開きだな、後はみんな楽しく飲もうか」
その言葉が終わるや否や集会は親睦の場となり、あちこちから歓声が飛ぶ。
「よっ、待ってましたああ!」
「ヒューヒュー!」
乾杯の合図から程なくして場内には楽しげな声が満ち溢れ、時折怒声や呂律の回らない様子の
声もする。テーブルを埋め尽くす注文した料理や腕に覚えのあるメンバーの手料理に、皆舌鼓を
打った。その様子に感慨深げなのはハイウォー松田だった。
「白の皆さんは本当にいつも和気藹々としてて…これが人間らしい本来の姿ですよね」
「ああそうか、お前黒の集会も見てたんだっけな」
松田の語る所によれば、黒ユニットの集会に来ていた者たちは多くが目は虚ろで本人の
意思が働いているのかさえわからない、ただ命じられる事を淡々とこなす操り人形のような
状態だったり、多少嫌そうな表情を浮かべながらも洗脳された相方や友人の行動に
同調していたりとそれは悲惨な様子だったという。その話を聞いた白のメンバーたちは
皆青くなって震え上がったり今この場にいられる事を安堵したりといった反応を見せた。

「まあ、ここが組織らしくなったのもお前らのおかげだろうな」
小沢と井戸田にそう語るのは劇団ひとりだった。
彼は前に有田の主導で行われた事実上最初の白ユニットの集会に参加していたのだが、
その時は実のある話もほとんどできないまま実質ただの飲み会と化してしまったという。
「まあ中核があんな人たちだし仕方ないかなと思ってたんだけどさ、でもやっぱ緩すぎだよな。
 『ここらへんは黒を見習ってほしい』と思ったもん」
小沢と井戸田の表情が若干引きつったように見えたのは気のせいだろうか。
とその時、けたたましい物音と怒声、それに石の能力によると思われる雷の音が聞こえた。
「あーっ、喧嘩はダメっ!」
血相を変えて仲裁にすっ飛んでいく小沢と井戸田の後ろ姿を見ながら、ひとりは思う。
(確かにだいぶ組織らしくなったけど、やっぱ根っこは変わってねーのな…いいんだか悪いんだか)
-------------------------------------------------------------------------------

746low ◆zh23xfyKKs:2014/05/29(木) 11:22:40
約9年ほど前、こちらに小説を投下させて頂いた者です。
まだ残っていたのが懐かしく時間軸無視の廃棄小説を懲りずに投下させて下さい





湿気が酷くて、髪が思うように収まらない。
そんなことで気分を害すほど髪型に執着は無かった。こんなものは取り敢えずの形だけでも整っていれば気に留めるほどでもない。
そのはずだった。いつも無造作に、メイクさんにでもお任せして、その程度だった。
だけど妙に気になってしまったのは何かを察知していたのかもしれないと、今ならそう思うことが出来る。
『黒』の幹部である設楽は今更だけど、と力なく笑った。

その日は雨が降っていた。朝から振り出した雨は止む事なんて永久に無いかのように降り続けていた。
今週はずっと雨の予報が出ています。そう言った気象予報士の笑顔もその言葉さえも雨が掻き消すかの如く、強く地面に水滴が落ちる音が響いていた。





騒がしいテレビ局内に一人の楽屋は何だか妙にくすぐったくて、いくら売れたと周りに囃し立てられても自分の中で消化できないでいる。
今日、何本目か思い出せない煙草に火を点けながら設楽 統は空に漂う紫煙を目で追っていた。窓から見える空は曇天としか言いようが無く、いつその隙間から雨が降り注いでも可笑しくはない色を見せている。
次の現場に移動する前に降り出しちゃうんだろうな、それも仕方ないか。道が混まなければ良いかな。
愚痴を心の中で煙と共に飲み込んで台本と睨めっこを続ける。しかし、その変化は見逃せないもので突如、目の前の壁に緑のゲートが現れた。そこから白い顔を更に白くした彼が、一人の男に支えられながらも楽屋へ足をゆっくりと運び込む。
彼らの急な来訪には慣れていた。慣れていたがその重々しい空気に異変しか感じ取る事は出来ず、とても騒がしいテレビ局内とは思えないほどに圧迫感を帯びていた。
「ノックも無しに入ってきて悪いな、オサム。緊急事態だ」
白い顔の男をそっと床に下ろしながらゲートの持ち主である土田は目も合わせず、早口に告げた。土田も顔には疲労困憊の文字が透けて見える。
「…何が、あったんだよ?」
恐る恐る聞いてはみるが口の中が嫌に乾いて、しかし手元のコーヒーに口をつけることも叶わず鼓動が早くなっていくのを感じることしか出来なかった。
俯いたまま顔を上げようとしない白い顔の、小林の目には生気がまるで無かった。良い知らせでないことは、この楽屋に連絡もなしに来た事実だけで十分伝わる。それでも、だ。
土田が言葉を選んでいるのか口を開きかけては噤んでを繰り返し、そしてゆっくり息を吐くと目線を合わせてきた。
嗚呼、この人はこんな顔もするんだと、泣きそうな、笑いそうな、溢れかけた感情を抑えた表情に何処か冷静になった気もする。
そんなモノは
「白と全面戦争だ」
この一言で容易に崩れ去ってしまったのだけど。




いつか終わりを迎える日が来たらこんな感じかなと
また以前のように、このスレが盛り上がるのを楽しみに待ってます

747名無しさん:2014/05/30(金) 17:29:53
おお、おひさです
よかったらここに書かれた短い話や能力などについて感想とかもお願いできます?

748Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/15(水) 22:44:24
進行スレ>>338を参考にした海砂利時代の短編を、
導入部分だけあげてみます。
海砂利時代の能力は、能力スレ>>779の予定です。


「解散しようと思うんです」

その発言はあまりに唐突で、自然な響きだった。まるでいつもの世間話と同じように。
「……は?」
向い合って座る上田は、ティースプーンをコーヒーの中に突っ込んだまま、固まってしまう。
話があると言われ呼び出された昼下がりの喫茶店は、サラリーマンで賑わっていて、
彼らの会話に気を払うものはいなかった。鍛冶は、聞き間違いの可能性も考えて、もう一度ゆっくり言葉を紡ぐ。
「だから、俺たち解散しようと思ってるんです」
さくらんぼブービーの二人は顔を見合わせて頷くと、ポケットから石を出して、
喫茶店の磨き上げられたテーブルに転がした。
「なんで、俺に話した」
「くりぃむのお二人にはお世話になったんで。
 ……鍛冶の石が目覚めた時も、まっさきに駆けつけてくれたから」
上田はカップをどける。テーブルの上で指を組んで、話を聞く体勢をとる。
木村はしばらく逡巡していたが、お前からと鍛冶が促すと、決心したように顔を上げた。
「上田さんなら、この石の行く先が分かるかもしれないと思って」
「てことは……お前、引退するのか?」
木村は紅茶を一口飲んで、また深いため息をついた。
おそらく何日も悩んで、二人で何度も話しあった結果出した答えなのだろうが、
いざ口に出すとなるとその言葉は急激に真実味を帯びる。
「……放送作家に…なろうと思ってます」
「そっか……それで本当に後悔しねえのか?」
「はい」
「じゃあ俺からは何も言うこたねえよ。鍛冶は?」
「俺はピンでやってこうかと」
「こりゃずいぶんデカい賭けに出たな」
「やれるだけやってみますよ。
 この石のおかげで、たいていのことは踏ん張れる強さが身につきました」
自信満々、といった面持ちで胸を張る鍛冶に、笑いがこぼれる。
「お前らしいな、ホント」
「いやあ、それほどでも…」
「ちょっとは遠慮しろよ!」
「いって!なんだよ、ちょっとくらいいいじゃんかよ!」
頭をかいて照れる鍛冶を、木村が小突く。
上田を忘れて仲良くじゃれあう二人に、ふと別のコンビの姿が重なった。
お笑い界から消えて随分経つ、昔競いあった友。
「(……もしも……)
片方は劇団で舞台に立っていると風のうわさで聞いたが、もう片方はついぞ消息の知れない、二人。
「(……もしも…俺たちが…こいつらみたいに純粋なままでいられたら……
  お前らはまだこの世界にいられたか?)」
テーブルの上に転がった二粒の瑪瑙。赤と黒で対になった石を見ているうち、上田の心はあの夏の日に飛んでいた。

749Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/16(木) 22:29:02
【199X年 夏】

「だーッ、待った待った!!ストップ、ストーップ!!」
有田が慌てて両手を前に突き出し、降参の意を表す。
恐る恐る目を開けると、加賀谷の拳は有田の顔すれすれで止まっていた。
三人の足元でざあっと砂ぼこりが舞い上がり、消える。
「……し、死ぬかと思ったぁ……」
有田は情けなさ丸出しの気の抜けた表情で、その場にへたりこむ。
「おい、全力でやれ言うたんはそっちやろ」
「だからって真に受ける奴があるかよ!
 そこはちゃんと手加減しろよ!!」
「お前の石で武器出せ!」
「いきなりすぎて間に合わなかったんだよ!!攻撃するならするってちゃんと言えよ!!」
勝手なことをほざく有田の肩に、松本の怒りをこめたローキックが決まる。
ぐえっと変な声を上げて地面に転がる有田を見下ろして、唸り声を上げる加賀谷の頭を撫でた。

稽古場で松本の植えたチューリップと戯れていた松本ハウスは、「特訓に付き合って欲しい」とやってきた海砂利を見て、
露骨に嫌そうな顔をした。2週間ぶりの休日を潰したお詫びに焼き肉をおごる約束を交わし、
廃工場で練習を始めたはいいものの…まだ石に慣れていない有田は武器を召喚できず、冒頭の台詞に至る。

「くそ、もう一回!」
「おーおー、ええ度胸や。
 あと10分、せいぜい頑張って逃げてみい」
再びうおおお、と拳を握りしめて加賀谷に突っ込んでいく有田を、上田はげんなりした気分で見つめた。


「だいたい、有田さんは言ってることがムチャクチャなんです!」
加賀谷は、動かなくなった体が恨めしいのか、ここぞとばかりに説教モードに入った。
石を使った対価で意識を失った松本を、椅子を並べた上に寝かせると、「そのとおりでございます」と正座する有田。
「やれ手加減しろだの、攻撃する時は先に言えだの…
 強盗に向かって“110番するから待ってくれ”って言うようなもんですよ!!」
「はい、おっしゃるとおりです」
上田も隣でひたすら小さくなった。
「……明日も収録なのに」
「はい」
「……ネタ合わせもしてないのに」
「焼き肉食べ放題に生ビールもつけるから……その代わりこれからも特訓付き合ってくれよ」
「え、それホントですか!?やった、やったー!!」
有田はこちらを見て、してやったりという言葉がぴったりの邪悪な笑みを浮かべ親指を立てる。
焼き肉に釣られた加賀谷は、案の定後半部分を聞いていなかったらしく、体が動けば飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
そそっかしい相方のおかげでこれからも休日を削られる松本には気の毒だが。
しばらく、3人で何をするでもなく寝転がって体を休める。

「あ、そういえば“これだけは聞いとけ”ってキックさんが」
加賀谷は天井をぼんやりと見つめながら、呟くように聞いた。
「海砂利水魚は、どっちがいいんですか?」
「どっち…って」
「白黒どっちにつくのか、それとも僕たちみたいにどっちも選ばないか」
上田は少し迷ったが、ありのままの気持ちを伝えることにする。
それに、下手に嘘をついてもこの二人には見透かされそうな気もした。
「俺たちは、まあ…自分にとってより都合のいい方につきてえな」
「じゃあ…」
「黒のほうが魅力的なら黒につくってことだよ」
有田も相方に同調して
顔をしかめる加賀谷の隣で体を起こし、タバコに火をつける。
「逆に聞くけどよ。白が俺たちになんかしてくれんのか?
 黒の芸人には襲われるし、第一俺はあのうさんくせえ正義感が気に食わねえ」
「……黒がなかったら」
「それは、黒の側から見たって同じだろ。白がなかったら黒が暗躍する必要もねえんだから」
「あ、そっか」
心のどこかにちりっ、と引っかかるものを感じたが、素直な加賀谷はそれ以上考えるのを放棄した。
石の反動で筋肉が硬直していて、正直口を動かすのも億劫なのだ。
「でも」
上田はふうっと煙を吐いて、続けた。
「お前らと戦うのは嫌だな……お前らとはずっと、ただの芸人仲間でいてえから」
その願いが叶わないのは、分かりきっていたけれど。
それでもこの瞬間だけは信じていたかったのかもしれない。
芸を競い合うだけの楽しい日々が、いつまでも続くはずだと。

750Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/17(金) 20:23:56
今更ながら…長くなりそうなので、
タイトルをつけておきました。
『We fake myself can't run away from there...』
(俺たちは自分自身を騙す。逃げられはしない、この場所から)

【現在】


「…………さん、上田さん?」
鍛冶が呼ぶ声に、はっと顔を上げる。
喫茶店のざわめきが耳に戻ってくる。どうやら回想にふけってしまっていたらしい。
お冷の氷もすっかり溶けて、水になっていた。
「あ、ああ……悪い、ボーッとしてた」
「大丈夫ですか?…あ、すみません。お代わりを」
木村は上田の戸惑う様子を見てとる。ウェイトレスを呼び止めて、コーヒーのお代わりを頼むと、
続きを目線だけで促した。
「この石はちょっと…因縁があってな」
テーブルの上で指を組んで、言葉を選ぶ上田の眼球がせわしなく動く。
やがて、決心がついたように腹から深く息を吐いた。

「お前らの世代では、キャブラー大戦なんて呼んでるらしいな。
 …あれはまさしく戦争だった。毎日がめまぐるしく過ぎて、
 仕事と石を使った闘いの繰り返し。仲間とか信頼とか、そんなもんはなかった。
 ただ、自分の信念と違う奴は敵。相方だろうが同期だろうが、叩き潰す。
 たまに仲間を見つける奴もいたけど、たいていはお互い疑心暗鬼になって、
 白の芸人同士で闘うなんてバカやってるのもいた。
 そもそも、なんとなく黒が気に入らない奴らを白と呼んでいただけで、
 実際はたいした違いはなかったんじゃねえかな」

上田がキャブラー大戦時代の話をするのは珍しかった。
石を介した付き合いもだいぶ長くなるが、過去の白黒の抗争については口を閉ざしていたのに。
独白のように紡がれる言葉に、さくらんぼブービーの二人は自然と背筋を伸ばして耳を傾ける。

「そんな中で、俺たち海砂利水魚は……黒のユニットにいた」

二人に衝撃が走った。
今の、中年に差し掛ったくりぃむしちゅ〜の二人は、考えなしにそんな決断をするようには見えない。
ひどく乾いた声が鍛冶の喉から出る。
「……どうして」
「ガキだった。石のことも、お笑いのことも。ほとんど知ったような気になってた。
 自分たちが一番望んでいた感情にフタをして、一度は全部なくした」
ウェイトレスがコーヒーを運んでくる。
コーヒーだけで粘る迷惑な客にじろりと睨みをきかせて、ヒールの音を高く響かせ去っていった。
上田は一口飲んで、カップを静かにソーサーに戻す。勢いで黒にいた過去を告白してしまったが、
その先の苛烈な闘いは話す気になれない。しばらく嫌な沈黙が三人の間に流れた。
やがて、耐え切れなくなった木村が身を乗り出す。
「……上田さん。話しづらいならゆっくりで構いません。
 石について知ってることを、全部教えて下さい」
「おい、木村……」
鍛冶の制止を振り切って、テーブルに両手をつく。
「いままで俺たちは、石について考えないようにしてた。
 …どうせ無駄だと思って。でも上田さんは違う。石についてかなり深い部分まで知ってるはずなんだ。
 お願いします。芸人やめる前に、教えてください。
 俺、石に振り回されて芸人生活に幕を下ろすなんて嫌なんです」
まっすぐな目に射抜かれて、上田は一瞬狼狽する。
が、すぐに普段の冷静な心を取り戻すと、「分かった」と目を伏せた。
「……すげえ長い話になるぞ」
「あと一時間は粘れますよ」
鍛冶がバックヤードで働く店員の表情を見て笑う。
「そうだな、何から話そうか……」
上田は天井を見上げて、また過去の記憶をゆっくりと辿っていった。

751名無しさん:2015/04/18(土) 03:39:59
投下乙です。
キャブラー大戦、海砂利水魚、松本ハウス、気になるワードがいっぱいで先が楽しみです。
ぜひ続きもお待ちしています。

752Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/19(日) 22:13:29

この二組が石を拾ったのはだいたい1995〜6年ごろと仮定して書いていますが、
まだハッキリと設定が出きってない部分なので、90年代後半ごろと曖昧にしてあります。
書き忘れていましたが筆者はバリバリの関東人なので関西弁はかなり曖昧です。ご容赦ください。
土田さんの能力はPortalのようで想像するのが楽しいです。
_____________________________

『We fake myself can't run away from there-2-』

【199X年 春】

稽古場に植えたチューリップのつぼみが、桃色に色づいてきた。
松本は如雨露で水をやりながら、自分の娘を見るような心もちでまだ柔らかいつぼみをつつく。
「あー、もうそろそろ咲くなこれ」
「え?うわ、ホントだ……かわいい!」
放っておくとちぎりそうな勢いでつぼみを触る加賀谷を花壇から引っ剥がし、如雨露を床に置く。
今日はひさしぶりの休日だ。前は一体何日前だったか?(考えるのも恐ろしい)
テーブルの上に広げていたネタ帳を閉じると、鞄に放り込んだ。
「ワンちゃん、今日のネタ合わせやめとこか」
「え?で、でも……ライブ明後日なのに?」
「ここんとこ全然寝とらんしな。稽古場まで来て言うのもアレやけど、
 今日はゆっくり昼寝でもしようや」
加賀谷はばんざーいと諸手を挙げて喜ぶ。リュックを枕代わりに床に寝転がると、
あっという間にまぶたが重くなって、心地よい眠気が襲ってくる。
「せや、海砂利は今日何しとんのやろ」
思い出したように松本が呟いた。
やれ特訓に付き合えだの、黒のやつに追われてるから助けに来いだの、無理難題ばかり言ってくる同期のコンビが、
ここ数日、何故か大人しい。
「あの二人も石拾って一年くらい経つから、そろそろ独り立ちってことですよ」
加賀谷の言葉に、少し胸の奥が痛んだ。
「……なーんか、いつもはうっさいって思うとるのに、いざおらんと寂しいなあ」
「……ですねぇ。僕も有田さんがうるさくないと、なんだか調子が狂うんですよ」
「お前よりかはうるさないわ!」
二人であはは、と笑い転げる。
加賀谷はごろん、と寝返りを打って松本に背中を向ける。
「……キックさん」
「ん?」
「……あの二人がどっか遠くに行っちゃっても……それでいいんですよね。
 僕たちずっとボキャ天仲間ですもんね」
大きな背中にそっと触れる。温かい体温とかすかな震えが伝わってきた。
「……せやな。白とか黒とか、わけわからん嫌な事ばっか起きとるけど、
 俺ら芸人やもんな」

753名無しさん:2015/04/19(日) 22:27:07
松本ハウスが穏やかな昼下がりの休日を楽しんでいた同時刻。
海砂利水魚の二人は、海辺の倉庫で自分たちを呼び出した男を今か今かと待ち続けていた。
「おっせーな、土田のやつ…自分から呼んどいて遅刻かよ」
上田はくわえていたタバコを地面に落とすと、靴の踵で踏み潰していらだちを紛らわせる。
「お」
隣に立つ有田は、空気が震えるのを感じて顔を上げる。
「なんだよ」
上田も、有田が指さす方向を見た。

空がパリッと引き裂かれ、緑色の丸い大きな穴が生まれる。
両足を揃えて曲げた土田が「よっ」と軽いかけ声と共に飛び出してくるのを、ぽかんと口を開けたまま見つめる。
土田は鮮やかな着地を決めると、海砂利の二人に会釈する。

「すいません、打ち合わせが予想以上に長引いて……待ちました?」
「い、いや…そんなには……あの、今の…お前の能力?」
上田が、風景に溶けて消えていく緑色の穴を指さして聞くと、土田は頷く。
「最初は車で行こうと思ったんですけど、そこの国道で渋滞に巻き込まれたんで。
 近くに来たところで降りて、こっちで来たんです」
言うなり土田はくるりと踵を返し、目の前の海へ飛び込む。

「土田!?」

気でも狂ったかと、有田が手を伸ばす。
海面が裂けて生まれた赤い穴に、土田の体は吸い込まれた。

「こっちですよ」

にゅうっ、と上田の背後から現れた土田は、叫び声をあげかけた二人を手で制止して、地面に作った緑の穴を消した。
「お互いの手の内を知らないと、話し合いも何もないでしょう。
 こっちはあなた達の能力を知ってるんですから、公平に行かないと」
どうやら土田は黒とはいえ紳士的な対応を心がけているらしい。
左手にはまった指輪を見せる。
「俺の能力は見ての通り、緑のゲートから赤のゲートに移動する能力。
 ああ……首を締めたりとかは勘弁してくださいよ、一応ここも武器なんで」
とんとん、と自分の首を指の関節で叩く。
「(言葉を使った攻撃も可能…てことは、俺達の方が分が悪いな)」
思慮を巡らせる上田を見て、土田は肩をすくめる。
「そんな顔しないでくださいよ。
 俺の誘いに乗ったってことは、色よい返事を期待してもいいんでしょう?」
「……お前も食えねえ奴だな」
「褒め言葉と受け取っときますよ」
有田の挑発にも動揺しない。
「じゃ、時間もないんでさっさと行きましょう」
黄色い係留用ビットに腰かけた土田の前に、海砂利の二人もあぐらをかいて座る。

754名無しさん:2015/04/19(日) 22:30:28

「いくつか質問してもいいか」
「ええ、どうぞ」
「俺と有田は、意見が一致してる。
 “黒が白より使えるなら黒、そうでないなら中立”だ」
「……白に行かない理由は?」
「単純に、気に食わねえ。
 まあ色々思うところがあんだよ、俺達にも」
曖昧に濁した答えに、土田は一瞬考える素振りを見せるが、すぐに「分かりました」と指を一本立てる。
「その一、黒の芸人から襲われる手間が省ける。
 白の芸人は闘いを好まないので、仕事が終わればゆっくり休めますよ」
「……続けろ」
有田が先を促すと、中指も立てた。
「その二、人脈。
 まあ…黒があなた達の思っている以上に網を張り巡らせてるってことですよ。
 望むならレギュラーも、大きな会場での単独ライブも。
 まあ、メリットと言えばこれくらいですかね。
 後、黒の命令には全面的に従ってもらう…ということくらいです」
最後の一言は、海砂利の二人にとって「息をするな」と言われるに等しい条件だった。
有田が「マジで?」と声に出さずに聞けば、土田は深く頷く。
「当然、黒にいる以上は黒のために働いてもらいます。
 どこそこのスタジオのブレーカーを落とせとか、スタッフにメモを渡せとか、
 そういう小さな命令がほとんどですけど、
 時には白の芸人と闘って石の奪い合いもしてもらいます。
 それが面倒ならどうぞ今のままで」
二人は悩んだ。
黒の芸人がやけに統率がとれていることから予想はしていたが、
元々組織だの上下関係だのといった堅苦しい勢力図に巻き込まれるのも気が進まない。
そこで、土田がダメ押しの一言を放った。

「逆の発想をしてみたらどうですか」
「逆…?」
「オセロを思い浮かべてみてください。
 今は、白と黒が同じくらいの数ですが、一枚動かしてやれば、局面によっては……全部が黒になる」

土田は人差し指と親指を軽く合わせて、石をひっくり返す仕草をした。

「あなた達二人が、この石の闘いにおける“神の一手”になればいい。
 すべてを黒に塗り替える、一手に」

土田の眼の奥がぎらりと光ったような気がして、有田は一歩後ろに下がる。
「(もしかして、俺達…結構やばい方に行っちゃってんじゃねえのか?)」
隣の上田は禍々しい雰囲気に気づかなかったらしく、握っていた拳をそっと開いた。
恐る恐る、もう一度土田の目を見る。いつも通りの茶色い瞳には、さっきのこちらを射抜くような光はなかった。
「(……気のせいだよな?)」
心の中で葛藤する有田に構わず、上田は一歩土田に歩み寄ると、左手でがっちりと握手を交わす。
「よろしく頼む。
 ……行けるとこまで行ってやるよ。ほら、お前も」
「お、おう…」
有田も、促されるままに握手する。
握りこんだ土田の手は、氷のように冷たかった。


【現在】

「……土田さんは、その頃から黒だったんですか」
話に一区切りついたところで、上田はお冷で喉を潤す。
木村は、なんと言えばいいのか分からないらしく、目を泳がせた。
「あの頃はまだU-turnってコンビだったけどな。
 まあとにかく、あの頃は白も派閥として機能してなかったし、
 力関係は黒の方に傾いてた。
 有田は未練があったらしいが、俺は身の安全と海砂利としての未来を選んだってわけだ。
 まあ人間誰だって自分が一番可愛いだろ?それで何が悪い!…って開き直ってたな。
 今思うと結構いい性格してたな」
「遅い中二びょ…モゴゴ」
先輩に無礼を働きかけた鍛冶の口を、木村が慌てて塞ぐ。
「ぶははっ、まあ中二病ってのが一番しっくりくるか。
 ただ、枕に頭沈めて足バタつかせる程度じゃ済まないレベルの過去だけどな」
「……なーんか、こっから先はちょっと聞きたいような、聞きたくないような…」
木村の手から解放された鍛冶が息を大きく吸う。
「まあ、続き話すより先に…」
上田はしかめっ面でレジに立つウェイトレスをちらっと見て、領収書を引っこ抜いた。
「そろそろ出るか。続きは歩きながらってことで」
ごちになります!と満面の笑みで言い放ったさくらんぼブービーの二人に、軽く怒りを覚えながらも、
先輩としての寛容さで押しとどめ、手早く会計を済ませる。
連れ立って歩き出すと、鍛冶が「あ、この後ちょっと打ち合わせあるんですよ」と思い出したように手を叩いた。
「じゃあ、事務所まで歩くか。
 んー…どこまで話したっけ」
「黒に入ったとこまでです」
「じゃあ、そうだな。お前らお待ちかねの…その石の“前任者”との因縁の関係でも話すか」
「盛ってません?」
犬歯を覗かせて笑う木村に、「100パーセントの実話だぞ」と返して、三人はビル街を抜けていった。

755Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/19(日) 22:39:29
トリップ外れてた…orz
すみません、全部私です。
土田さんについては進行会議スレの>>72さんの意見を採用してみました。
このシリーズでは黒ということで進んでいきます。
竹山さんとの短編で「みんなが黒になれば」的なことを言っていますが、
この頃から一貫している感じで。

756名無しさん:2015/04/22(水) 08:55:24
投下乙でした。
ひとつ気になったんですが
上田が会計前に引っこ抜いた物は「領収書」じゃなくて「伝票」では?
細かいことですみません。

757Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/22(水) 18:29:44
>>756
ですね…次の文章と混ざってたようです。
すいませんが脳内補完でお願いします。
ここらへんの世代は白黒どちらの所属か決まってない人も多いので
登場人物が絞られてきますね。

758名無しさん:2015/04/24(金) 17:40:59
おおっ!キャブラー大戦時代の物語が

759Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:24:07
有田さんの能力は『構造を理解している』が発動条件のひとつに設定してあるので、
構造が複雑な近代兵器はほぼ出せないに等しいです。
流血程度の暴力描写ありなので、苦手な方はご遠慮ください。

『We fake myself can't run away from there-3-』
_________________________

【199X年 春】

夏休みの宿題は、いつも先延ばしだった。
絵日記なんて一週間前になってから慌ててひっぱりだし、『山に虫取り』でお茶を濁す。
それは大人になって、お笑い芸人という職についても同じようなもので。
ギリギリになってからネタ帳を開き、うーん、うーんと唸りながら、うるさい楽屋のはじっこで、
畳に寝そべってボールペンを走らせる羽目になる。
「本番まであと一時間でーす」
間延びしたスタッフの声で、いらだちが最高潮に達した。
こんな日に限って悩みの種は尽きない。頭をかきむしってもおさまらない。
「あー、くそっ。どうやって誘えばいいってんだよ!!」
頭をかきむしって叫ぶ有田を、デートの誘い方でも悩んでいるのかと思ったのか…周囲の芸人は可哀想なものを見る目で遠巻きにする。
睨みつけてやると、そそくさと立ち去っていく。有田は軽く舌打ちして、またネタ作りの作業に戻った。

「そんな怖い顔やめてくださいよ。僕泣いちゃう」

堂々巡りの思考を遮る、高い声。
顔を上げると、スマイリーキクチが麦茶の入った紙コップを両手に立っている。
『お前は泣かす方だろ』という言葉が出かかったが、喉元で飲み込んだ。
はい、と差し出された麦茶を受け取って飲み始める。
「そこの自販機新しくなったんですよ。
 こう、紙コップ置いたら自動でお茶と水が出てくるんです、タダで。
 あ、上田さんもどうぞ」
寝そべってる上田の前にも紙コップを置いて、スマイリーは有田の隣に陣取った。
眼鏡を外して息をふきかけ、シャツの裾で磨きながら、何気ない調子で言う。

「そういえば、黒ユニットへの入会おめでとうございます」
「「ブフォッ!!」」

唐突な爆弾発言に、海砂利の二人は飲んでいた麦茶を吹き出した。
ゲホゲホと激しくむせて、涙目になりながら見上げたスマイリーの顔は、いつもと同じ笑みを湛えている。
「お、おま……どこから」
スマイリーは眼鏡をかけ直すと、分厚いリングノートを取り出して二人の眼前に突き出した。
「いえね、このごろ海砂利の動きがなんだかおかしかったんで、
 まさか図星とは思いませんでしたけど」
軽い声色だが、表情もあいまって何を考えているか分からない。
スマイリーは石こそ持っていないが、石を持つ芸人の能力や白黒の所属芸人の名前など、毎日せっせと情報集めをしているらしい。
いつか理由を聞いた時は『もしものときのために』とわけのわからない答えを返してきたが…
「まさかここで首根っこつかまれるとはな」
有田はがっくりと肩を落とした。
その横で、スマイリーはボールペンの先をちょっと舐めて、海砂利水魚のページを開く。
『ユニット無所属』の文字の上に二重線を引いて矢印を伸ばし、『黒』に書きかえた。
「いまのところ、このことは僕しか知らないんですよ」
「……今日、飲み行くか?」
有田は通帳の残高を思い出しながら、平和的な口封じを考える。
今のところはまだ、白には知られず動いておきたい。ここで情報を止める必要があった。
が、スマイリーは予想に反して首を横に振る。
「お二人の探しものなら、Bスタジオにいますよ。
 終わった後に散歩でも誘ってみたらどうです?」
「……それを俺たちに教える意味は?」
上田の質問に、人差し指を唇の前に立てて笑う。
「貸し、です」


果たして、松本ハウスは本当にBスタジオで収録をしていた。
片付けのために行ったり来たりする道具係の後ろから、「おーい!」と声をかけた。
有田のよく通る声が、スタッフの喧騒の間を通り抜ける。
「お疲れさん」
よっ、と片手を挙げて呼ぶ。
加賀谷は海砂利の顔を見ると、パアッと笑顔になって駆けて来た。
その仕草が本物の犬のようで、上田は軽く吹き出す。
「もう上がりか?」
「後は打ち合わせだけらしいけど、まあ明日でもええって」
「そっか。んじゃちょうどいい。
 帰り一緒に行かねえか?」
小学生の下校じゃあるまいし、怪しまれるかと思った有田の表情を、松本はじっと観察した。
ポケットの中にあるはずのカルセドニーが微かに光ったような気がしたが、
やがて視線をそらして、首を縦に振った。

760Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:25:48
薄々様子がおかしいことには気づいていたようだが、案外素直についてきた事に些か戸惑いを覚えながらも、
上田は人気のない公園のベンチを指さした。自動販売機の前で財布を取り出すと、振り返って聞く。
「加賀谷はココアでいいか?」
「はい!あの、もしかして上田さんのおごりですか?」
「遠慮すんなって、たかが100円だぜ?俺もそこまでケチじゃねえよ」
「よく言うわ、お前焼き肉に生ビールつけるって言ったくせに、
 結局いつも割引券あるとこだったやん」
「それは有田が言ったんだろ!」
「そうだったっけ?僕忘れちゃいました」
ははは、と乾いた笑いがこだまする。
「……あのな、お前らに大事な話があるんだ」
上田が背筋を伸ばすとなんとなく分かったのか、加賀谷も笑顔をひっこめた。

「……黒に来い」

退路を絶つように、あえて命令口調で告げる。
松本は飲みかけの缶を口から離して、ぐしゃっと握りつぶした。
「え、な、なんで?あの、その、うえださ…」
加賀谷は相方と上田の顔を交互に見て、わたわたしはじめた。
「ど、どど……どう、あの……あ…」
「ワンちゃん、日本語話せてないからちょっと黙ってて」
松本が肩に手を回して落ち着かせると、横を向いてココアをすする。
「俺も有田も、お前らの為を思って言ってんだ。
 黒は手段を選ばねえ。従わないならお前らの行く先はねえんだぞ。
 こんな風にな」
蟻の群れを踏みつぶそうとした有田の足を、横から松本が押さえて止める。
「……モラルを捨ててまで、やりたいことがこれなんですか?」
「そうだな、お前らはそう言うと思ってた。
 でも、もう遅えんだ。俺たち若手が言葉で訴えたところで、何が変わるってんだ?
 自分の力でどうしようもねえことなら、考えるだけ無駄だろ?
 これが俺たち海砂利水魚の、“生存戦略”だ」
ジーンズのポケットに突っ込んでいた右手をとりだす。
手のひらに光るカルセドニーを、ぎゅっと握りしめた。
「……何も考えず、何も見ず生きていけたら、そりゃ楽しいやろうけどな。
 そんな、生きながら死ぬみたいなつまらんことできるか」
海砂利の二人は黙って次の言葉を待つ。
草むらから聴こえていた虫の音が止まった。
「まだ、戻ってこれますよ」
加賀谷の縋るような声。上田はハッと鼻で笑う。
「……俺は後悔なんかしねえよ」
首をこきりと鳴らして、有田が放った言葉に、松本は目を細めた。
「交渉決裂ってか。いいぜ、やってやるよ。なあ上田」
「……しょうがねえな」
海砂利の二人は立ち上がり、距離をとる。
戦闘向きではない上田は安全圏まで下がって、もしものときのために石を握りしめた。

761Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:26:50
「“聖職者がモーニングスターをよく使うのは、相手の頭蓋骨を一瞬で叩き割れるので、
 返り血を浴びなくていいから”でおなじみ海砂利水魚です!!」
有田が口上を言い終わると、極彩色の光が武器に変わって両手におさまる。
柄に直接繋がったトゲつきの鉄球。いわゆるメイス型に分類される打撃武器、モーニングスターだ。
しかし、持ち手を指でなぞると有田の表情はみるみるうちに曇った。
「どうしたよ」
「見ろよ、これ木製だぜ…俺の石で召喚したモノって必ずどっか違うんだよなあ」
「……じゃあ、壊れるごとに新しい武器出しゃいいだろ」
「おお、さすが上田!」
有田はよっこいしょ、とモーニングスターを構えた。木製とはいえ重いので、振り回しながら走ったりなんて芸当は無理だ。
「(加賀谷が突っ込んできたところを、こいつで叩く)」
唇を下で舐めて、有田はその時を待った。

「おい、ワンちゃん」
松本が背中を叩いても、加賀谷は相変わらず根が生えたように座っている。
ため息をついて、発動のための言霊を放つ。
「ワンちゃん。分からず屋のお友達に、ご挨拶は?」
「……か……かっ……」
半分涙目になりながら、もじもじと立ち上がらない加賀谷に、松本が滅多に出さない怒鳴り声をぶつける。
「ご挨拶は!!」
「かっ……か、が、や、でーすっ!!」
涙を飛ばしながらも、プロの根性でポーズを決めた加賀谷の背中を、海砂利のいる方向に向かって蹴り飛ばす。
関節から伸びた透明な糸が松本の指にからまるのと、有田がモーニングサンを振りかぶるのは同時だった。
「……くっ」
加賀谷はギリギリで体をひねって軌道を避けた。
モーニングサンはシンプルな見た目を裏切る高い破壊力で、鎧の上からでも相手を撲殺出来たという。
木製のおかげで威力は半減しているだろうが、当たればまず無事では済むまい。
「ワンちゃん、引け!」
ぐいっと糸を引き寄せ、有田と距離を取る。
「有田、冷静に行けよ」
背後から上田がアドバイスすると、鬱陶しそうに手を振った。
だが、このモーニングサンは重いせいでゼロ距離でしか効果がない。
「(あー、構造が簡単だからこいつを選んだのはいいけど、
  もうちょい強いやつ出しゃよかったな)」
もっと、もっと軽い武器を……
刀?ダメだ、チーター並みの加賀谷のスピードにはついていけない。ピストル?構造が分からない。
「ああ、いいのがあったじゃねえか」
有田は口角を引き攣らせて笑うと、息を大きく吸い込んだ。
「“フレイル型のモーニングスターは、一撃が重くて速いのがメリットだよ”
 でお馴染み、海砂利水魚です!!」
両手に握られていたモーニングスターが光を放ち、柄と鎖で繋がった棘つきの星球が地面に沈み込む。
大きく上半身を旋回させて、放つ一撃。
鎖に繋がった星球が地面を切り裂き、進んでいく。
松本はヒュッと息を呑んで、回避するために後ろへ跳んだ。有田が歯を覗かせて笑っているのには気づけずに。

ゴッ……

鈍い音が響く。有田は松本が跳ぶタイミングに合わせて星球を持ち上げ、松本の頭にぶち当てた。
遠心力と体重を込めた一撃は重く、松本の目の前に星がちらつく。
「……っだ、あ……」
こめかみから流れた血が、左目に入って涙のように頬をつたう。
ぬるりとした感触が気持ち悪いのか、松本はジーンズで血を拭った。
「……グゥ……」
地面に伏せた加賀谷も、相方のダメージを察したのか威嚇のような唸り声を上げる。
「……平気、や……こん、ぐらいっ……」
転びかけた体をなんとか支えて、松本も立ち上がった。

762Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:28:01
「あれ、まだ立てんの?すげえなお前……」
その目が、さっきまでと違う冷たさを孕んでいることに気づき、有田は口をつぐむ。
自分たちの特訓に付き合っていた時とは全く違う、本気の目。

「(あれ、もしかして)」

松本の小指がくいっと持ち上げられる。
ふっと、有田の視界から加賀谷が消えた。
「え」
ややあって、衝撃。遅れて脊髄をつたう焼けるような痛み。
有田の頬に、加賀谷の拳が炸裂していた。
「(なんだよ、特訓の時より全然速えじゃん……)」
その思考を最後に、有田の意識は途切れる。
「有田!!」
勢い良く後ろに吹っ飛んだ有田の体を受け止めようと、上田が両手を伸ばして前へ出て…固まる。
有田の体からピシッ、と何かが割れるような音がしている。能力の対価で下半身が石に変わっていた。
「くそ、有田っ…!」
両手でしっかりと有田を抱え込もうとする。が、とっさの判断としては重い過ちだった。
慌てたせいで手が空を切る。
「しまっ……」
無防備な上田の腹に、有田の頭がめりこむ。
胃をせり上がる圧迫感。反射的に口元を抑えて胃液を吐き出すのをこらえた。
「く゛……ぉ、がっ!」
ジャングルジムにしこたま背中をぶつけて、意識が一瞬遠のく。重なるように倒れた有田をどける体力もない。
呻きながら、苦しげに喘ぐ上田の視界に薄暗いもやがかかる。
「……ま、て……よ、勝ち逃げ……かよ……」
伸ばした手は、二人には届くはずもなく、ぱたりと落ちた。




「……もしもーし……あ、目開いた」
遠くから聞こえる声に、上田はゆっくりと目を開ける。まぶしい光が瞳を刺して、しきりに瞬きをする。
心配そうな表情の警官二人がしゃがみこんで、懐中電灯で倒れている自分たちを照らしていた。
あれだけ派手に暴れたのだから、誰かしら通報しているとは思っていたが、それにしても速すぎる。
「いてっ……」
「ああ、無理しない方がいいですよ。
 骨が折れてるかも」
若い方の警官に支えてもらって体を起こす。有田はまだ気絶しているのか、びくともしない。
松本ハウスの二人はとうにいなくなっていたが、モーニングスターでえぐれた地面はそのままだった。
やがて、じっと二人の顔を見ていた中年の警官が言う。

「もしかして……海砂利水魚さん?」

簡単でもいいから変装してこなかったことを後悔する。
若いほうがマジで?と小さくつぶやいた。
「やっぱりそうだ、どっかで見た顔だと思ったけど…海砂利さんでしょ、
 こんなとこで何して…ていうか、あの地面はいったい……もごぉっ!!」
上田は弾かれるように飛びかかり、右手で中年の、左手で若い警官の口をふさぐ。
ポケットの中の方解石がじわりと熱くなった。

763Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:28:34
「あんたらは、何も見てない」
一言一言をゆっくりと、脳に刻みこむように囁く。

「誰も通報なんてしてない。俺たちには会ってない」

やがて、口を塞がれていた警官の目がとろんとなって、焦点が定まらなくなる。

「持ち場に帰れ」
手を離すと、気の抜けたような表情で、ふらふらと公園から立ち去った。

ふうっとため息をついて頭を抑える。芸能人と会った記憶は、かなり強烈な印象を持って刻まれる。
自分たち二人と会った記憶を消した代償は、高くつきそうだ。
「……あれ、上田?」
ぱちりと目を開いた有田が、上半身だけを使って蛇のように近づいてくる。
「おせえぞ有田。逃げられちまった」
「わりい……って、お前どうした?」
「お前がトロいせいで警察来たんだよ。
 俺がいなかったらカツ丼コースだ」
腹立ちまぎれにゴミ箱を蹴飛ばすと、鈍い頭痛の波をやり過ごす。
「……あいつらは」
「もういねえよ。……あいつら手加減してやがった」
「はあ?」
「あれでも全力じゃねえって事だよ。
 加賀谷のパワーならお前アバラどころか心臓逝っててもおかしくねえのに、動けてんだろ」
「……そっか」
有田はうつ伏せになって地面の小石を見つめていたが、やがてくつくつと笑い始めた。
「何がおかしいんだ」
「……いや、ムカつくなーって思ってよ」
ベンチに座ってタバコを取り出すと、次の言葉を待つ。
「俺たちが敵に回っても、本気でぶっ殺そうとしねえんだな。
 マジでムカつく…いや、可哀想だよな」
「可哀想?」
意外な感想に、ライターの火をつけたまま聞く。
「だってよ、こうやって力で勝てば帰ってくると思ってんだぜあいつら。ぜってえそうだよ。
 俺たちが本気で黒にいるって思ってねえんだよ。
 他の黒の芸人なら容赦しねえくせに」
仰向けになると、「ちくしょう…」とうわ言のように呟く。
「それで情けかけたつもりってのが、ムカつくし……可哀想だよ」
上田は物思いに沈んだような暗い目で、えぐれた地面を見つめる。
「いつか潰してやる」
有田は目頭が熱くなったのを誤魔化すように、両腕を目の上で交差させて隠した。
「いつか、助けてやる」
そう言った拍子に、有田の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「……今日だけは、泣いていいぞ」
上田が言い終わらないうちに、後から後からあふれる涙を袖でぬぐって泣き続ける。
__こんな惨めな気持ちは初めてだ。
タバコの箱を握りつぶして、上田は胸の奥から湧き上がって来る黒い感情に蓋をした。

764Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 18:43:40
後から誤字に気づくことほど辛いことはありません。
最初の投下で短編と書きましたが、予想以上に長くなりそうです。

『We fake myself can't run away from there-4-』
_____________________________

上田と別れて、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
石化が解けた後、心配する上田を突き放して、なんとか家にたどり着く。
風呂にも入らず汚れた服のままベッドに倒れ込むと、泥のように眠る。
時間の感覚も定かではなく、次に気がついた時はもう夕方だった。

ピリリリリ……

遠くから聞こえる軽快な着信音に、顎を枕につけたまま、手探りでベッド脇の子機を取って出る。
「もしもし?」
「土田です。昨夜はずいぶんやんちゃしてくれましたね」
「____!!」

狙いすましたかのような電話。冷ややかな声に、眠っていた頭が一気に覚醒した。
有田は受話器を落とすと、部屋中をひっくり返す。ベッドの下、タンスの裏側、窓のサッシに至るまで。

「……どこにっ…」

昨日着ていたジャケットを洗濯かごからひっぱり出して、襟ぐりや裏地を確認する。
そんな彼の背後に、すうっと誰かが現れる気配。
「盗聴器なんていりませんよ。黒ユニットには俺がいますから」
振り返ると、緑色のゲートにもたれかかって、土田が腕組みしていた。
「おかげでこちらの計画が台無しです」
「……反省はしてる」
「スマイリーを黙らせれば、一週間は白に知られずに動けたんですよ」
「……言葉もねえよ」

力なく項垂れ、ベッドに座り込んだ有田の肩にそっと土田の手が置かれる。
「とにかく、勝手にシナリオを狂わせた責任はとってもらいますよ」
何かしらのペナルティは予想していたが、土田の口から出たのは思っていたより軽いものだった。

「責任をもって、松本ハウスをこちらへ連れてきてください」

一瞬、頭がフリーズする。
「…は?そんだけ?」
「なにか不満でもあるんですか」
「い、いや……」
肩に置かれた手にぎり、と力がこもる。
「上のほうが、今回だけは見逃すことにしたんですよ。あの二人の石は結構使えますしね。
 ほら、バイトだって研修期間中はミスしても大目に見てもらえるでしょう。
 ただし、自分でやると決めた仕事は最後まで投げ出さない。
 これ、社会の常識ですよね」
「ま、まあそうだけどよ…」
「途中で他の白メンバーをねがえ
なんだか腑に落ちない。
目的のためなら法に触れることすら厭わない黒の口から『常識』なんて単語が出た所為か。
「どうしても無理そうなら、これを」
有田の手に、黒い細片が詰まった小瓶が落とされた。
フタを開けてその一片をしげしげと眺める。
「なんだこれ」
「それは、黒の欠片。
 言ってみれば、黒ユニットのメンバーだけが使えるドーピング剤といったところですか」
「石の能力をアップさせるってことか?」
「そうです。たとえば発動時間が延びたり、攻撃力が上がったり。
 対価の量は変わりませんけど、戦闘にはかなり役立ちますよ。
 喉に押しこめばゼリー状に溶けますけど、気持ち悪いようでしたら水で流し込んでもオッケーです」
「……じゃあ、ありがたく使わせてもらうぜ」
「どうぞ。切れたらまた差し上げます」
小瓶をサイドテーブルに置いて、帰ろうとする土田に声をかける。
「なあ。さっきのあれ、黒の幹部からの命令か?」
「ええ。俺はただの伝達係ですから」
「……本当に?」
有田はじっと、土田の澄み切った眼球に映る自分を見つめた。
「はい」
短く返事をすると、土田は壁に作ったゲートの向こう側に消える。
シュウ…と渦を巻き、赤色のゲートが消えてただの壁に戻っていく。
テーブルの上の小瓶の中で、欠片がかすかに光ったような気がした。

765名無しさん:2015/05/06(水) 18:44:38
【現在】

「こえー……土田さんこええ!!」
「それで?それでどうなったんですか!?」
ムンクの叫びのごとく頬をこけさせて怯える鍛冶の隣で、わくわくしているのを抑えきれない表情で先を促す木村。
まるで昭和の紙芝居に群がる子供のような仕草に、思わず顔をほころばせそうになって、止める。
笑いながら出来るような軽い話ではない。
「どうもこうも、次の日から追っかけ回したよ。
 ボロ負けしたまんまじゃプライドが許さねえし……黒からどんなペナルティ喰らうかも怖かった。
 命令無視ったり、任務に失敗したノーナシの末路は加入初日の時点で問わず語りに教わったしな。
 あ、知らねえほうがいいぞ。マジでトラウマもんだから」
信号が青に変わった。
ここを渡りきれば目的地のビルは目の前だ。
雑踏にまぎれて横断歩道を渡る。
「ちょ、ちょっと待って……一旦休んできません?」
「おい、だらしねえぞ木村。ビルはすぐそこじゃねえか」
「今うちの事務所エレベーター故障してて……」
「……しょうがねえなあ…じゃあそこでちょっと休んでくか」
街路樹近くのベンチによっこらせ、と腰を下ろす。
思っていたより疲れていたのか、ゆるやかな痺れが足を駆け上った。
「ただ……たが同期のコンビに、黒の命令とはいえあんだけ執着してたのは何でなんだろうな。
 悔しいとか怖えとか、そういうの以外に……」
「寂しかった、とか?」
隣に座る鍛冶が、上田の顔をじっと見つめて言った。
「……そうだな……あいつらもそうだったんなら、嬉しいな」

【過去】

「ぐッ……」
地面を味わうのはこれで何度目だろうか。
コンクリートに顔から倒れこんだ有田に、松本はため息をついた。
「お前らもよう飽きないな……毎日毎日男のケツ追っかけ回して何が楽しいねん」
「くそ……もっかいだ!」
ポケットから小瓶を取り出し、残り少ない黒の欠片を全部喉へ流し込む。
「う、ぐっ……っ、ぅ……」
舌の上でどろりと溶けて食道を落ちていく感触は、いつまで経っても慣れる気がしない。
有田は口元を袖口で拭うと、立ち上がった。
体の奥底から気力が満ちてくるようだ。黄鉄鉱も喜びの凱歌を上げるように鼓動している。
マスケット銃を肩口に乗せると、松本に狙いを定める。

「(……加賀谷の動きについてけんから、俺を倒そうってハラか……
  ほんま、学習能力ないなこいつ。鼻の骨折ったろか?)」

松本は素早く腕時計を確認する。
規則正しく時を刻む秒針に、悪役めいた笑いがこぼれる。
石が戦いを求めるのか、それとも何度追い払っても喰らいついてくる有田のせいか。
「(……俺は、こいつを叩き潰すのが楽しくなってきてる?)」
松本は頭を振って、目の前の敵に意識を集中させた。

「(俺の石はワンちゃんとセットや。ワンちゃんの体力が尽きたらほぼ使えんに等しい…
  発動時間は10分と少し。全力で動けるのはせいぜいあと5分)」

開きっぱなしの手を、ぐっと握りしめた。
柄にもなく緊張しているのか、汗が滴り落ちる。
「お、やる気になったみてえだな。いいぜ、そうじゃねえと面白くねえ」
「その強がりがずっと続けばええけどな」
あの夜、公園で決別した時から続く皮肉の応酬。
それを遮ったのは、有田のマスケット銃から放たれた銃声だった。
「チッ!」
横に跳んで避けると、有田が舌打ちする。
扱いが難しいモーニングスターの代わりに使うようにしたこのマスケット銃は、構造が単純で、大量に召喚できるわりに対価も軽い。
その代わり命中率は非常に低く、連射も難しい。
おまけに石の副作用で総鉄製になったマスケット銃は、死ぬほど重い。
「……つッ……」
反動が手首にかかり、思わず銃砲をとり落とす。
武器を失った有田の懐に、加賀谷が突っ込んでくる。
絶対不利のはずの有田は、二人には見えないように俯いたまま、薄く笑った。

766名無しさん:2015/05/06(水) 18:46:04
しぱっと鮮血が飛び散る。
ギリギリで回避したおかげで深くは傷つかなかったが、それでも加賀谷の動きを一瞬止めるには十分で。
有田の手には、本物よりずっと小さなダガーナイフがあった。
「わりいな、店で買うとシャレにならねえからよ」
足を切り裂かれた加賀谷を、糸を引いて自分のそばまで退却させて、松本も笑う。
笑いながら、次の一手を繰り出すために大きく踏み出し……彼の動きは止まった。

「……え?」

鼻孔から顎をつたう、生暖かい感触。
松本の表情が驚きの色を示す。恐る恐る手で顔を拭う。手のひらにべっとりとついた真っ赤な血。
「なん……や、こんなん、今まで……」
未知の出来事に混乱して、言葉が形にならない。
立ち上がりかけた有田も見えていないようで、後から後から溢れてくる鼻血を、必死に拭う。
「なんで、止まらん……止まれ、止まれ!」
やがて、ふっと糸が切れるように、松本の体が前のめりに倒れた。
同時に指に繋がっていた操りの糸が解けて、加賀谷が意識を取り戻す。
「キックさん!?」
倒れている相方に駆け寄ろうとして、体が動かないのを思い出した加賀谷が歯噛みする。
無力になった二人のポケットを、上田が探った。硬い感触に、そっと手を出して目的のものを確認する。
赤と黒の瑪瑙を指で握りこんで、見せつけるように加賀谷の眼前にかざす。
「もう一度聞こうか。
 俺たちと一緒に黒に来るか、それともここで人生終わるか?」
ぎり、と石に上田の指がかかる。冗談でないことは目を見ればすぐに分かった。
加賀谷は悔しそうに上田を見上げて叫んだ。

「黒に行くなら、死んだほうがマシです!!」

上田は興が醒めたというように頬を引き攣らせた。
その時、聞き覚えのあるけたたましい声が路地裏に響き渡る。
「キャー!デブに達する5キロ前!!」
同時に、海砂利の二人にずしっと重い衝撃がかかる。
例えるなら、体に重い鎧をまとったようだ。地面に倒れ、解けた上田の手から、石だけが鮮やかな手つきで抜きとられる。
「おっと、動くな……
 お前ら今、体重90キロくらいになってもうとるからな。負荷がかかって骨折れても知らんぞ」
得意気にふふんと鼻先で笑った男の姿が、月光に照らし出されてあらわになった。
「間に合ってよかったわあ、なあ西尾」
「ほんまにな。海砂利の行き先教えてくれた後輩に感謝感謝やわ」
背後から、相方.嵯峨根もひょっこり姿を現す。
有田はぎり、と奥歯を噛み締めた。
白ユニットの切り込み隊長としても知られるX-GUNの二人。何故かいつもいいところで現れては邪魔をしてくれる。
この前完膚なきまでに叩き潰してやったばかりだというのに、今日もまた懲りずに自分たちを追ってきたらしい。

767Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 22:41:14
「(また……?)」

西尾は加賀谷を背負うと、自分に続くよう促す。
しゃがみこんで松本の腕をとった嵯峨根の手が、小刻みに震えているのを有田は見逃さなかった。
「あれ、嵯峨根さん……もしかして俺たちが怖いんですか?」
「____ッ」
その一言に、嵯峨根は分かりやすく肩をびくつかせる。
図星だったことに内心ほくそ笑みながら、有田は続ける。このまま行かせてしまうのは悔しかった。
「この前折ってあげた腕、きれいに治ってますけど……まだ痛みます?
 さっきも西尾さんにだけ石使わせて、自分は後ろに隠れてましたよね。
 また痛い目に遭うのが怖いんですか?」
「おい有田、ええ加減黙れ!!」
西尾の怒声にもひるまず、じっと嵯峨根の表情を伺う。
嵯峨根はしばらく青ざめた顔で目を泳がせていたが、やがてのろのろと松本を背負って西尾に続いた。
「……お前らがどんなに黒で上に行こうが、忘れようが……お前らのしたことはお前らに帰るんやで。絶対にな」
「へー、そりゃ楽しみですね」
話しても無駄だと悟ったのか、西尾はくるりと背を向けた。
「……嵯峨根、行こか」
嵯峨根が頷くと、それきり二人は振り返らずに歩いて行く。
その姿が路地の向こう側に消えると、ようやく能力が解けて体が軽くなった。
「……っぶ、はっ!……くそ、首痛え……」
「おい、有田」
隣で固まった肩の関節を回しながら、上田が聞く。
心なしか眉間にしわがより、怒ったような表情。
「なんであんな挑発するような真似…」
「別にいいだろ?借りを返すとか言うけど、どうせ口だけなんだし。
 嵯峨根さん、トラウマで石使えなくなってんのかもなあ」
ケタケタ笑う有田の目を見て、上田は絶句する。
まるで空洞のように無機質な瞳は、黒に入る前は見たことのない目だった。
「なーにビビってんだよ。
 お前にゃ何もしねえって、相方なんだからよ」
有田は立ち上がり、ズボンについた土埃を払い落とした。
「ほら、帰ろうぜ…とと、わりいな。対価の支払が始まったみてえだ」
上田を立ち上がらせようと出された右手は、肘から先が石になっていた。
代わりに差し出された左手と、有田の顔を見比べる。
迷った末、上田はその手をとらずに立ち上がり、隣に続いた。

768Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 22:42:12

【現在】

「おう…また新たな登場人物が……」
「鍛冶、ちゃんとついてこれてるか?」
頭を抑えてくらくらする鍛冶。
上田のポケットの中のスマホがかすかに震えた。取り出すと、さっきメールで呼び出した有田が「今行く!」と
タクシーの絵文字つきで返事を送ってきていた。
「有田さんまで呼んだんですか?…なんか、すいません」
木村がスマホの画面を覗きこんで、申し訳無さそうに眉をよせる。
「あー、いいんだ。あいつどうせ今日暇だし。
 別にお前らの石を捨ててもいいんだけどよ、野良石にするには結構危ねえだろ?有田の意見も聞こうと思って」
「あ、そういや俺ら顔パスで入れますけど…上田さん大丈夫ですかね」
木村が入り口の警備員室を指さす。
まさかこの有名司会者の名前を知らないはずはなかろうが、一応窓口から身を乗り出して名乗った。
「くりぃむしちゅ〜の上田だ。ちょっと用があるんだが、いいか?」
警備員はぼんやりと宙を見つめて、「どうぞ」と入り口を指し示した。
「なんだあいつ、ぼんやりしやがって……時給泥棒じゃねえか」
「まあまあ、たぶん疲れてるんですよ」
鍛冶がなだめるが、気が収まらない。帰り際に、勤務態度について説教してやろうと心に誓う。
エレベーターのボタンには『故障中』のはりがみがあった。
空いている会議室を使って今後の相談をすることにして、階段をのぼる。
二階に上がる踊り場で、隣の鍛冶が急に震え始めた。後ろを歩く相方に振り向いた。
歯がガチガチ鳴っている。
「木村、なんか……寒くない?」
「……確かに、寒いな……急にひんやりしてきたというか……」
一段のぼるごとに、ぴりぴりと刺すような痛みが肌に伝わる。上田は階段の先を見上げて唇を噛んだ。
「こりゃ冷気じゃねえ、殺気だ。
 気をつけろ……上に石持ちがいるぞ」
「え?」
聞き返してきた鍛冶を押しのけて、一気に二階へ駆け上がる。
廊下へと続くドアを開け放つと、思わず耳をふさぎたくなるような鋭い音と共に、上田のすぐ近くの壁に穴が空いた。
命中していたら間違いなく耳たぶが吹っ飛んでいただろう。
「あっれ……外しちゃったかあ」
「だらしねえな、次俺にやらしとけよ」
たった今の殺人未遂に罪の意識はないのか、淡々と話し合う二人の若い男。
最近の若者らしいラフな服装に不釣り合いな、体の半分ほどもある大剣をたずさえ、気味の悪い笑みを浮かべている。
「話には聞いたことがある……あの石、黒が下っ端どもに持たせてる量産型の石だ」
「石?でもあれ……」
「石そのもののパワーが弱えからな、あの通り石との適合率が低いやつでも使える。
 ただ……」
上田はそこで言葉を濁した。
木村はその先を聞くのを後回しにして、自分の石を取り出す。
「さくらんぼブービーのお二人さあん、
 その石いらないんなら、俺たちにくれません?」
背の高い方が、剣の切っ先をこちらへ向けて呼びかけた。
喫茶店で話を聞いていて先回りしたのか、どうやら解散することまで知っているらしい。
「タダで黒に石渡すぐらいなら、ジュエリーショップに売ってやるよ。なあ鍛冶」
「うん!」
「……てわけで、とっととそこどいてくんねえ?」
上田が言葉を繋ぐと、若手の二人は明らかに苛立ったようで、大剣を振りかぶり走ってきた。
「……カッコいい台詞言った後でなんだけど、後お前らに任すわ」
「了解です、これがラストになればいいんですけどね……あれ、鍛冶くんじゃない?」
「うん!!」
発動のための言霊に、元気よく鍛冶が手を挙げる。
一歩下がった上田に背を向けて飛び込んでいく姿に、過去の相方が重なった。

769名無しさん:2015/05/07(木) 12:30:57
×-GUNキター!なんかここからいろいろ膨らませられそうで面白くなってきましたね
あと当方の案の熔練水晶も出てきたようで…
嵯峨根のトラウマってのも気になるなあ

770名無しさん:2015/05/08(金) 16:34:36
あと底ぬけAIR-LINEやBOOMERがいたらどんな能力だったのか
ちょっと気になる今日この頃…

771名無しさん:2015/05/08(金) 19:21:13
>>649のボキャブラ話のサブタイトル、大体はわかったんだけど
二つ目の「いくら縁起が良くたって〜」がどの芸人なのかわからない
わかる人いたら教えてください

772名無しさん:2015/05/08(金) 22:52:00
>>771
スマイリーキクチとかかなあ?
キャブラー一覧はここにあるけど

ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~anken/owarai/voca/cabu/index.html

773名無しさん:2015/05/11(月) 00:29:12
>>772
キャブラー一覧ありがとう。参考になりました。
一覧を見た結果自分が思いついたのはTIMです。
・縁起が良い→「祝」という持ちギャグがある
・長い名前は困る→「TIM」というコンビ名は「タイムイズマネー」の略
ということで。

>>649の書き手さんもう来ないのかな。このボキャブラ短編もすごく読みたい。

774名無しさん:2015/05/11(月) 05:29:17
>>771

海砂利水魚ではないでしょうか

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BF%E9%99%90%E7%84%A1

生まれた子どもの名前に縁起のいい言葉をいくつも紹介され、
どれにするか迷って全部付けた結果、非常に長くなってしまった名前の一部に
『海砂利水魚』が含まれています

775771:2015/05/11(月) 11:12:50
>>774
海砂利水魚か!
納得です。どうもありがとうございます。
>>772さんもありがとうございました。

776Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:14:31

『We fake myself,can't run away from there-5-』
________________

【過去】

芸能界は、時間厳守だ。
収録に遅れた不届き者にはドッキリを仕掛け、トロいスタッフには鉄拳制裁が下る。
いっそ寝起きで遅刻というならこちらも楽なのだが、石がらみというと、そうも行かず。

「……テメエらの事情を、100文字以内で簡潔に説明しやがれ」

太田光は、こめかみにぴくぴくと青筋をたてた。
「キックさんが起きないんです!昨日海砂利と戦ってる最中に、いきなり石とのリンクが切れて……
 いつもなら僕が動けるようになったら起きるのに、もう丸1日寝っぱなしなんです……」
加賀谷は話しながらも鼻をすすって、下を向いた。
嵯峨根がよしよしと背中をさすってやると、相方にしがみついておーんと声を上げて泣き出す。

「対価が石の使用量を上回ってる……てことか?
 お前らの石は共鳴してるから、対価の量も2人で均等なはずだよな」
田中は屈んで、布団に仰向けに寝かされた松本の耳元で、小道具のタンバリンを打ち鳴らした。
普通なら身じろぐところだが、死体のように眠った松本は眉ひとつ動かさず、規則的な寝息をたてている。
「加賀谷、お前最後にオフ貰ったのいつだ?」
「え?そ、それなんか関係あるんですか?」
「いいから答えろ。いつだ?」
「えーと、たしか一ヶ月ぐらい前……ですかね。一日まるまる貰ったのは」
田中はしばらく考えて、合点がいったように手を叩いた。
「お前らの石は体力系だろ?加賀谷の体力が削れてる分、対価のバランスが松本に傾いてるとしか思えねえ。
 まあ、石のことなんてほとんど未知の世界だし、ただの予想だけどな」
隣で寝ていた西尾も、その言葉に同意する。
「俺らかて、何や知らんけど2、3日石が使えんようになるとかありますし。
 息しとるんやったら心配はいらん言うとるのに、
 加賀谷がこのとおりで……嵯峨根、もっと上!」
「ここか?」
「ちゃう、もっと右!あー、ちょいずれた!もう1、2cmくらい左!」
うるさく注文をつける相方に、嵯峨根はムッとした顔でサロンパスの封を破る。
うつぶせた西尾の背中に乱暴に叩きつけ、ぷいっとそっぽを向いた。
「タクシー捕まえてもらったんですけど、僕アタマがこんがらがっちゃって、
道案内できなくて……結局、昨日は局に泊まったんです」
「あー、たしかにテレビ局なら安全だし、寝床も風呂もあるしな」
田中は納得したように、4人分の布団と食べかけのコンビニ弁当を見た。
しかし、事情を呑みこんだはずの太田は、バンッとテーブルに手をついて4人を睨みつける。
怒りをこめた視線に間近で射抜かれるだけで、西尾は怯えた犬のように目をぱちぱちさせた。

777Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:15:54
「なんでお前らだけで勝手に動いた?」
「そ、それは……白は、黒に比べて統率がとれてないというか……」
助けて!と隣の嵯峨根に目で訴えるが、太田の追求は止まらない。
「白をまとめるのはお前らの石にしかできねえって、言ったはずだよな?
 この有り様はなんだ?」
「で、でも今回はなんとか無事で戻れたんですし……」
「たまたまだ、バカ!安全かどうかは俺が決めんだよ!!」

ひとしきり怒鳴った太田は、気持ちを落ち着かせるために深く息を吐くと、加賀谷を手招きした。
「とりあえず、お前らの出番は最後に回してもらうから安心しとけ」
「えっ……そ、そんなの」
「いーって、全然大変じゃねえしよ。そん時になっても松本が寝こけてたら、俺らで即興の大喜利でもやるわ」
「でも……」
「オメーに心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ、いいからついててやれ」
田中を促し楽屋を出て行く太田の背中に、加賀谷は深々と頭を下げる。
「……よう言うわ、闘わんと見とるだけのくせに」
ぽつりと呟いた嵯峨根の軽い恨み言は、誰の耳にも届かず消えた。


【現在】

信号が青に変わると、有田は弾かれるように飛び出した。
すれ違う通行人がぶつからないように体を避けながら、何事かと走り去る背中を見やる。
新宿駅前まではタクシーを使ったが、運悪く渋滞に捕まってしまったので、四谷までマラソンをする羽目になった。
アキレス腱にぐっと力を込めて地面を蹴る。
ポケットからケータイをとりだして、耳に当てた。
何度か繰り返されたコールが途切れて、機械的な音声が流れる。
『おかけになった番号は、電波のつながらないところにあるか、電源が入っていない……』
「くそっ!」
ケータイをしまって、歩道橋を一気に駆け上がる。信号待ちの時間すらもどかしい。
新宿で電波が繋がらないなんてあるか。上田だってプロだ。電源を切るなんてもっとありえない。

『すまん、全部話しちまった。四谷で待ってる』

自宅でテレビを観ていた時に届いた上田からのメール。簡潔な文面だったが、
寝起きでぼんやりしていた頭を目覚めさせるには十分で。
「あーもう、めんどくせえ!」
信号待ちの時間ももどかしい。歩道橋を駆け上り、四谷交差点を目指す。
人ごみをかき分けて走るうち、目的のビルが見えてきた。システムキッチンの赤い看板が目印の、薄い茶色のビル。
エントランスに駆け込むと、荒い呼吸も整わないまま、エレベーターに向かう。
「……お?」
よく見ると『故障中』の貼り紙があった。が、ふと予感がして貼り紙をはがし、下のボタンを押す。
エレベーターはのろのろと7階から1階まで下りてくる。
「なんだよ、壊れてねえじゃん」
上田は何階にいるのか?はやる気持ちが有田に足踏みをさせた。

778Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:17:29
その時、上の階からガラスが割れるような音がした。続いて短い悲鳴と、聞き覚えのある怒声が鼓膜を震わせる。
「上田!?」
すぐさま身を翻して階段を駆けあがる。目的の人物が闘っているのが何階かまでは分からない。
ドアをひとつひとつ開けて上田を探す。
2階の廊下に、点々と血の痕が続いていた。丸い形にえぐれた壁を見る。次に屈みこんで、大きくへこんだ床を指でなぞる。
「こりゃ、熔錬水晶の使い手とやりあったな……あの二人の敵じゃねえだろうが、
 問題はパワー負けした時……か」
熔錬水晶には黒い欠片が混ぜこまれている。過去に自身が何度も服用したおかげで覚えているが、
黒い欠片で強化された石は、持ち主の意に関係なく凄まじいパワーを発揮する。
ノーマルなさくらんぼブービーの石で太刀打ちできるかどうか。
「鍛冶の体力次第だが……上の階に逃げて時間稼ぎしてるくさいな」
有田は下唇を舐めると、それを辿って矢のように走る。
「いでっ!!」
慌てたせいで、足がもつれてすっ転んだ。
走り続けたせいで心臓が痛い。呼吸が苦しい。口の中が乾いてのどが痛い。
それでも立ち上がり、壁に手をついて進む。上からは、まだ何かが爆ぜる音、人の言い争う声が聞こえてくる。
「……こりゃ、報いか?」
そう、前もこうやって、息を切らして走ったことがあった。ただ、あの時は追われる立場だったが。
「……因果だよなあ……俺たちって」

【過去】

「これ、お願いします」
U-turn.対馬は物陰に有田をひっぱりこむと、素早く何かを握らせた。
「絶対に黒のメンバーには渡さないでください俺は先に行きますから」
「え?お、おい!」
慌てて引き止めたが、対馬は振り返らず去って行き、スタッフにまぎれた。
「なんだってんだ、一体……」
対馬が渡した包みは、ハンカチで丁寧にくるまれていた。指に硬い感触がつたわる。
結び目を開くと、透きとおった中に虹色の光が揺れる石が入っていた。
間違いなく、対馬のレインボークォーツだ。
「おい、対馬はなんだって?」
様子を伺っていたらしい上田が、後ろから覗きこんでくる。
「あいつ何考えてんだ?石を手放すなんて出たとこ勝負、あいつらしくもねえ」
今回ばかりはその意見に全面賛成だ。
同封されていた手紙を開くと、見覚えのある筆跡が踊っていた。
『突然、石を押しつけられてご迷惑でしょう、すみません。
 ですが、もうこれしか方法が思いつきません。
 俺は自分の中に残る正義感に従おうと思います。
 同じように迷っているお二人に、俺の石を預けます。
 黒は俺の石を……』
そこで筆跡は途切れていた。慌てて書いたらしく、この文面からは対馬の目的が読めない。

779Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:19:18
「……なんなんだ、一体……」
ため息をついたところで、コンコン…と控えめに楽屋のドアがノックされた。
とっさに石を包み直し、脱ぎ捨てていたジャケットのポケットに突っ込む。やがてドアノブが回され、一人の男が姿を現す。
「……土田、どうした?本番前に」
土田はいつもどおりの無表情で、どこか疲れたような顔をしていた。
「いえね、対馬の姿が見えないんで、どっかの楽屋に遊びに行ってるのと思いまして。
 今スタッフ全員で探しまわってるとこなんです」
ああ、さっき会ったぞ…と言いかけて、対馬の言葉を思い出す。

『__黒のメンバーには渡さないでください__』

有田はごく、と唾液を呑みこんだ。
ここで正直に石を渡せば終わる。まだ対馬が黒を裏切ったと決まってるわけじゃない。
さすがの土田も、相方をどうにかしようとは思わないだろう……いや、あの土田のことだ、何をするか分かったもんじゃない。
大体、なんで俺に渡したんだあいつ、何考えてんだ?頭の中を、ぐるぐる回る思考。
数秒か、もっと長く感じた時間が過ぎた後、有田は口をゆっくりと開いた。

「わりい、見てねえわ」
「……そうですか。見つけたら知らせてください」
土田が出て行ったドアに耳をくっつけて、足音が遠ざかるのを確認して、ようやく肩から力が抜けた。
急いでジャケットを着直すと、対馬の番号を呼び出してかける。
「……だめだ、あいつ電源切ってやがる」
「ややこしいことになる前に、石返してなかったことにすればいいんじゃねえのか?
 まずは対馬を探して__」
笑いながら振り返った上田の顔が、みるみる青くなった。
歯をガチガチ鳴らしながら、有田の背後を指さして叫ぶ。
「後ろだ!」
体を左に傾けると、緑色のゲートから伸びてきた腕が空を切る。
「走れ、速く!」
突然の出来事に、腰が抜けてしまった有田の手を引いて、上田が走る。
二人の足音が遠ざかると、誰もいなくなった楽屋には、
ゲートから半分体を出した土田だけが残された。
「……一体、どこまでシナリオを狂わせれば気が済むのか」
ふっと口元をゆるめて、実に楽しそうな笑みを浮かべる。
「本当に、難儀な人たちだ……」
石を握り締めると、空中に生まれた赤いゲートに、頭からゆっくりと呑みこまれていった。

780名無しさん:2015/05/21(木) 19:45:21
なんかいよいよ核心に迫ってきた感じ…
「白をまとめられるのはお前らの石だけ」というセリフがそれとなく
未来(本編の現在軸)を暗示してるのがいいなあと思いました
×-GUNの石がスピワに受け継がれるという点を踏まえてという…

781名無しさん:2015/05/25(月) 19:59:00
そういやこの時期、爆笑問題は白寄りだったって事かな?
本編の現在軸で中立にいるのは、白をまとめるはずの×-GUNが頼りなかったから
という可能性も出てきた?
彼らは石とのシンクロ率が低めで充分力を使いこなせない事も知ってるのかな?
それが、現在軸において石の力をより引き出せるスピワを見た事でどう変わるのか、
みたいなのも描けそうな感じ…

782Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:45:33
『We fake myself,can't run away from there-6-』
___________________________

いつの間にか降りだした雨が、二人の肩を濡らしている。
髪からは雫が滴り、舞台衣装のスーツは水を吸って鎧のように重い。ここ一週間で最も憂鬱な気分だ。
おまけに、目の前にとても一般人とは思えない殺気をまとった後輩芸人が立っているとしたら。
これ以上気が沈む事なんてあるのだろうか。

「対馬はどこに?あいつの目的は?レインボークォーツを渡す気は?黒を裏切った理由は?」

土田は指を一本ずつ折り曲げて、矢継ぎ早に質問をぶつけた。
こちらに思考する暇を与えないことで追いつめる、尋問の常套手段だ。
「知らない。聞いてない。渡す気はない。それと、最後は俺らにも分かんねえ」
「……分からない?」
「ただ、対馬のおかげで謎がひとつ解けた。
 ……俺たち、やっぱり悪役、向いてないみたいだ」
にへら、と笑った有田。人間には、笑顔の相手を攻撃できないという本能があるなんて言った戦場カメラマンがいたが、
この光景を見たら速攻で撤回するに違いない。土田の殺気は大きく膨れ上がり、街路樹の葉や地面、ベンチに至るまで
殺気にあてられて震えているようだ。気づくと、上田の口はからからに乾いていた。頬を冷や汗が滴り落ちる。
土田に気圧されて一歩、また一歩と後ずさるが、有田はそれにも負けずに土田をまっすぐ見つめている。
「それくらいにしておきませんか。……俺にもあまり時間はない」
土田は喉元に巻いていたマフラーの結び目に指をかけ、するりと外した。
「……だな」
有田も頷き、ベルトに差し込んでいた拳銃を抜き出す。
ガラスで出来ているのか、透明な中に脆くも美しいプリズムを内包した、小ぶりの拳銃。
銃口を向けられた土田は、臆さずゆっくりと口を開いた。上田がとっさに耳を塞ぎしゃがみ込むのと同時に、
引き金に指がかかる。

783Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:46:11
「“あなたにそんな権利があるとでも?”」

弾丸が放たれるのと同時に、土田の唇が言葉を紡いだ。言霊は見えない矢となって、有田の胸を貫く。
軌道はわずかに逸れて、土田の頬をかすめるに留まった。上田は恐る恐る手を外し、立ち上がる。

「“あなた方は、その石で何人を傷つけたか覚えていますか?
  その手からこぼれ落ちたものは、もう二度と還っては来ませんよ”」
低く、地を這うような声。再び、見えない矢が有田の心臓を突き抜ける。
有田は漫画であればビクリ、と擬音がつきそうなほど、大げさに動揺した。
額からは次から次へと汗がこぼれ落ち、心臓はうるさいくらいに脈打っている。
引き金にかかった人差し指は、糸でからめとられたように動かない。
「お、おい有田……何やってんだよ、さっさと攻撃しねえと……」
「分かってる!……でも、動けねえんだよ!」
手はカタカタと震えて、照準が合わない。
土田の真っ赤なマフラーがパサ、と地面に落ちる。まるで血が滴り落ちるような錯覚。
有田は目を見開いたまま、ゆっくりと歩みよってくる土田を凝視するしかない。
 「“たとえば、そうですね……X-GUNの二人はどうでしょう?一生消えない傷を刻みつけた相手を、
  反省したからといって、笑顔で許してくれるでしょうか?恩を仇で返した爆笑問題は?
  生放送中に襲われた成子坂は?まだまだ沢山いますよね……あなた方が傷めつけた人は”」
土田は、ぞっとするような笑みを口元に浮かべて言霊を放つ。そのたびに言葉は鎖のように、有田をじわじわと締めつけていく。
いつの間にか、土田の顔がすぐ目の前に迫っていた。

「“あなた達は、許されない。どれだけ償おうが、絶対に”」

ぐるりと目の前の景色が暗転する。
自分は、いつの間にか暗い水の中に沈んでいた。上も下も分からない。有田の意志に反して、体はどんどん沈んでいく。
ばたつかせた足を、誰かが掴んだ。頭から血を流した嵯峨根が、憎しみのこもった上目遣いで睨みつけている。
『……嫌だ、やめろ!』
もがく体に無数の手が絡みつき、引きずりこもうとする。その手の持ち主は皆、自分たちが傷つけた芸人たちで。
口々に二人を罵りながら、有田の体に爪を立てる。
『離せ!』
コポ、と口から水泡が浮かんでは消えていく。もがけばもがくほど、手の力は強くなっていく。
苦しい。息ができない。冷たい。怖い。嫌だ。頭の中を支配する暗い感情。
『有田!』
混沌の中で、誰かの声がした。唯一自由なままの右手を、精一杯伸ばす。
『こっちだ、有田!』
その手を、次々に誰かが掴んだ。温かい、知っている手だった。その手が、有田をぐいっと引き上げる。
体に絡みついていた手が、一人、また一人と離れていった。体が急浮上する感覚に、ぎゅっと閉じていた目を開く。
仄暗い水の底から、光が指す方へ向かって、有田の体はぐんぐん引っ張られていった。

784Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:47:03
「有田!しっかりしろ、有田ぁ……!」

体にまとわりついていた不愉快な感覚が消えて、明転。
背中に硬い感触があった。ややあって、それがアスファルトだと思い出す。
薄く目を開くと、泣きそうな顔で自分を覗きこむ上田が視界いっぱいに広がる。
「……さっきの、手」
無意識に握りしめていたらしい右手の拳を、そっと開く。
「お前らだったのか」
上田の肩を借りて立ち上がる。ものすごい量の悪意を叩きこまれた所為で、まだ頭がぐらぐらして、まともに歩けない。
右肩をおさえて膝をつく土田の前に、誰かがいた。
「……やって、くれましたね……あなた達はっ……もう、闘えないと……思ってましたよ……」
ぱっくり裂けた右腕から、鮮血がぽたぽたと滴り落ちる。
土田の皮膚を噛みちぎった張本人は、カチカチと歯を鳴らして唸り声を上げた。
四つん這いになった加賀谷の背中に足を組んで座る男は、首に繋がった糸を引いて黙らせて、
後ろに立つ海砂利を指さした。

「別に、こいつらがどないなっても俺は一向に構わんのやけど……西尾さんには恩があるしな。
 ……ええ加減、このうっとい派閥争いにも、終了のゴングを鳴らしたらなあかん。
 対馬がそのきっかけになるんやったら、大歓迎や」
「“松本さん。あなたも、自分の弱さを……”」
「お前の言霊が、誰にでも通じる思うたら大間違いやで」

土田は詠唱を一旦停止して、ぐっと口を噤む。
松本の言うとおり、土田の石のもう一つの能力は、元々精神面が強い人間には効果が薄い。
故に、石の闘いで何度も修羅場をくぐり抜けた芸人や、辛い下積みに耐えた芸人には、使用を控えてきた。
「(……さて、松本さんのSAN値はどれくらいか。
  格闘技やってたらしいからな。やはり、ゲートを使って地道に追いつめるのが一番か。
  あの二人の石には、時間制限がある。そこまで耐えれば俺の勝ちだ)」
土田は一瞬でそこまで思考すると、落としていたマフラーをもう一度巻き直し、対価で声を失った喉を保護する。

「……お前らとダブルス組むのも久しぶりだな。足引っぱんじゃねえぞ」
有田も松本の隣に立つと、手の中の拳銃を霧散させる。手のひらには、くすんだ黄鉄鉱だけが残った。
右手から肩にかけて、急激に重みがかかる。見ると、肩から先が石に変わっていた。
「それはこっちの台詞や。お前がバテたら盾にしたるからな。
 安心せえ、もし死んでも墓にはちゃんと座布団も供えて、
 “松本ハウスに全敗の男、ここに眠る”って刻んだるわ。
 たしか……316戦316勝やったか?」
「数えてたのかよ!お前意外と陰湿だな……」
「わざわざ仕事終わりに襲ってくるお前らほどやないわ」
お互い憎まれ口を叩きながらも、軽く拳を合わせる。
上田は邪魔にならないよう、そっと後ろに下がって「頑張れ」と親指を立てる。
「“サブマシンガンは小さくて軽いせいで、相手を殺すのには向かないけど、
 おかげで警察の銃撃戦では大活躍だよ!”でお馴染み、
 海砂利水魚です!」
口上が終わると、手のひらの黄鉄鉱が、ぱあっと金色の光を放つ。
光は少しずつ形を成して、やがて現れたのは、薬師○ひろ子の映画でお馴染みのM3グリースガン。
……ただし、有田の体には不釣り合いなほど、巨大なサイズで。
「なんじゃこりゃあ!」
思わず某刑事の殉職シーンのような台詞を叫んでしまった有田を、
隣の松本も、指輪をはめ直していた土田も、しばらく呆然と眺めた。
「……ええ!?……なんだこれ、3メートルくらいあんだろ!!……あれ、軽い!?」
ぶんぶん振り回してすげー!と目を輝かせる有田。やがて上田がぷっと吹き出す。
「……くく、あっはっはっは!おま、お前……ホント、こんな時まで何だよ!……あーおかしい……」
ひー、ひーと苦しそうに息をしながら、涙目で腹を抱えて笑う上田。
しかし、はっと我に返って真顔になると、「わりい」とばつが悪そうに頬をかいた。
「……いや、お前らはそれでええんやで。今までも、“これからもな”」
「え?」
よく聞こえなかった有田は聞き返したが、松本はもう土田だけを見ていた。
腕時計をちら、と確認する。秒針は正確に時を刻む。発動時間は残り七分と、すこし。

785Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 17:07:12
三人は同時に地面を蹴った。
空間がカッターで切り裂いたように開く。有田が銃口を向けるより早く、土田の体は赤いゲートに飲みこまれた。
「有田、右だ!」
上田が叫ぶと同時に、跳ぶ……というより地面に転がって避ける。
仰向けに倒れた有田の目の前に、小ぶりのナイフを持った土田が飛び出してきた。
間一髪で避けた拍子に、松本がバックステップで距離をとっているのを見てしまう。
「松本、お前一人だけ後ろとかずりいぞ!……っとと、あっぶねえ!」
ナイフの刃先を蹴って、弾き飛ばす。舞台用の革靴でよかったと柄にもない感謝をした。
機関銃を構えてぱらららっと撃つ。一瞬、肉がえぐれたりやしないかと肝を冷やしたが、
弾も無害なBB弾に変わっているらしく、土田の動きをわずか止めるに留まった。
「ガウッ!」
無防備になった土田の右手に、飛びこんできた加賀谷が思い切り噛みつく。
土田は一瞬ひるんだが、すぐに左の袖口に隠し持っていたナイフを取り出して振るった。
「させるか!」
地面に片膝をついた松本が、右の指を一気に折り曲げ腕を振るう。
加賀谷は土田の上を軽々と飛び越えて、今度は背中に飛びかかる。
のしかかってきたものの正体を考える暇もなく、土田の体は地面に倒れこんだ。
土田の口からかすかに空気が漏れたが、決定打には至らなかったのか、有田の足を掴んで引きずり倒すと、
首に手をかける。ひゅ、と空気が喉から漏れた。
「十秒だけ待ってあげます。レインボークォーツを、渡してください」
引き剥がそうと暴れるが、全体重をこめてのしかかられ、息もできない。
ぎり、と指に力がこもった瞬間、

「離れろぉっ!!」

土田の体が、横からのタックルで文字通り吹っ飛んだ。
地面にへたりこんで、こちらに片腕を伸ばしている。その指から一本、また一本と糸が離れ落ちていく。
松本の額には血管が浮き出て、鼻血がだらだらと顎をつたい落ちている。脳の負荷が限界値に達したのか、目の焦点も合っていなかった。
「……無理、すんなよ」
やっとの思いで出たのは、そんな的外れな言葉だった。土田はもう跳ぶだけのパワーも残っていないのか、地面に転がったまま動かない。
「……今のうちに、はよ行け……レインボーブリッジの、遊歩道に……あいつは、おる」
「え?」
「そっから動いとらんから……今行けば…たぶん……黒の奴等よりは早く……」
「お前らを置いてけるわけねえだろ!」
「ええから、はよ行け!」
本気で怒鳴られ、有田もそろそろと立ち上がる。
「……後じゃ恥ずかしいから、今のうちに言っとく」
ごめん、それと、ありがとう。
海砂利の二人は何度も振り返りながら、走り去った。
彼らの他には誰もいなくなった海浜公園で、最初に口を開いたのは土田だった。
「……もう何もしませんから、どうぞ石を解除してください」
土田も、指輪を外してベンチに倒れこむように座る。見ると顔色も悪い。五分五分と思っていたが、彼もずいぶんと消耗していたようだ。
「……対馬は変なところで頑固だ。俺が力ずくで止めたところで、無駄なんでしょうね。
 そこんとこ、松本さんはどう……」
思います?と聞きかけて、土田は口をつぐんだ。
力尽きた松本は地面に仰向けに倒れて、灰色の空をぼんやりと見つめている。
『最後に、その力……海砂利のために使ってくれんか。
 あの二人の背中を押す手助けを、したってほしい』
電話越し、震えていた西尾の声。白黒どちらにも染まらず、自分たちの居場所をふらふらと探し続けた果てがこれなら、
思っていたより悪くない。また鼻血が垂れて、口の中に鉄の味が広がる。
「(まあ……あと一つ贅沢言うんやったら……)」
瞼が重くなって、意識が遠ざかっていく。松本は体の力を抜いて、抗えない眠気に身を任せた。
「(お前らと肩を並べて、闘いたかったな)」

786Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:32:12
やっとこさ回想が終わりました。対馬さんの詳細などはほとんど決めていないので、
書きたいという方にお任せしてしまいたいと思います。

『We fake myself,can't run away from there-7-』
____________________________________

俺たちがなくしたものは、諦めたものはどれだけあるだろうか。
たとえば思い出のたくさんつまった家、せっかく入った大学、それから、それから……
失った多くのものの代わりに、より大きなものを得るために、走り続けてきた。だが、俺たちは一体何が欲しかったんだろうか?
芸人になって、なんとか飯も食べれて、仲間や頼りがいのある先輩に囲まれて……それで、他に何を望んでいたのか。
だから、走る。対馬が、その答えを持っているような気がして。

「はあ、はあ……ちょ、休憩……」
「歩きながら休め!」

音を上げそうになる有田を叱咤して、上田も汗をふきふき走る。
やがて、きらびやかにライトアップされたレインボーブリッジに辿り着いた。芝浦側の入り口は照明も落とされて、ゲートは堅く閉ざされている。
現在時刻、午後21時ちょうど。通行時間はとっくに過ぎていた。
「……いまさら、不法侵入くらい構いやしねえだろ」
上田は財布から通行料の300円だけを取り出すと、料金所のカウンターに無造作に放る。
硬貨がテーブルの上でぶつかり合う音が、やけに大きく響いた。そのままさっさと歩き出す上田に、慌てて有田も300円を置いて追いかける。
風がかすかに吹き込んでくる音に顔を上げると、上田が「あれだ」とゲートを指さす。
上田が手をかけて押すと、あっさり開いた。無人のカウンターに頭を下げて、ゲートをくぐった。
展望エレベーターで遊歩道に上がると、左と右にルートが分かれている。直感で、右の北ルートを選んだ。
「……人、いねえな」
「だな」
実に当たり前のことを言う上田に、少し気が和んだ。長い遊歩道を歩いている間、すれ違う車の運転手がたまにこちらを二度見してくるが、
それ以外は誰かが追ってくる気配もなく、やがて休憩所に着いた。展望台を兼ねた休憩所にはすでに先客が一人。
後ろ手に指を組んで、夜景を眺めている小柄な背中に、忘れかけていた疲労がどっと押しよせてくる。有田は対馬の肩を掴んで引き寄せた。
「俺らに、運び屋みてえなことさせて……オメーは呑気に夜景鑑賞、かよっ……」
「いや、今日は特別綺麗なんですよ。ほら」
レインボークォーツを対馬に押しつけると、二人も渋々隣に立って夜景を眺めた。
対馬の真似をして深呼吸したり、雨が止んだおかげで凪いだ海を見ているうちに、段々と気分が落ち着いてくる。
「黒はもう来ませんよ」
「え?」
「今頃は大阪の二丁目劇場と、渋谷の宇田川町あたりで、白の芸人との大規模な戦闘が起こってるはずです。
 さすがの黒もそっちの火消しが忙しいでしょうし、俺の追跡に人員を回す余裕はありませんよ」
「じゃあ、俺達に石を渡してマラソンさせたのは、白の芸人が着くまでの時間稼ぎってわけか!?」
有田が素っ頓狂な声をあげると、「そうです」と悪びれもせず笑う。もう怒る気も失せた二人は、静かに海を眺める事にした。
今頃は、あの夜景の向こうで人知れず白と黒が刃を交えているのか。おそらく『ドッキリの撮影』として処理されるのだろうが。
やがて、上田が重い口を開く。

787Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:33:59
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「お前の後ろに、まだ誰かいんのか」
「いや、俺の意志です。誰に命令されたわけでもありません。まあ、白の芸人と一緒に作戦をたてたりはしましたが、仲間とも呼べない関係です」
「その計画……って」
「今日のうちに、実行に移します。早い方が横槍も入らなくて済みますから。明日には全部終わってる……ってのが理想ですけどね」
対馬は、イレギュラーがなければですけど、と付け加えると、そっと両手で包み込むように、虹色に輝く結晶を握りしめた。
「知ってます?願い事っていうのは……星の数ほど願って、針の先ほど叶うっていうの。俺一人の力がどこまで通じるかは分からない。
 だけど、土田がいつか、少しでも俺の想いに気づくことがあれば。それだけで俺は報われると思います」
「そんなの、分かんねえだろ」
上田の言葉で、対馬の笑顔がわずかに翳った。それを誤魔化すかのように柵に手をかけて、体を大きく反らして背筋を伸ばす。
そのまま、仕返しとばかりに聞いてくる。
「で、海砂利さんこそどうしてここにいるんですか。俺の石なんてゴミ箱にでも捨てて、知らん顔してればよかったでしょうに」
「……そうだな、俺達はずっと、勝ち目のない賭けはしなかったし、自分の得にならない事はしなかった。
 生きていく上での、不穏分子を排除して、常に最善の道を、選んできたつもりだった」
上田は柵に上半身を預けて、タバコを一本取り出す。ふうっと煙を吐いて、遠くのネオンに目をやった。
「今なら分かる。俺達は……合理的に生きていたんじゃない。まるで死人のように、思考を放棄して。
 必死で、自分たちの進んできた道を正当化する方法を探してきた」
まだ半分残ったタバコをもみ消すと、指を組んでじっと目を伏せる。
「なあ、対馬」
「はい」
「俺達は、一体どうすればいい?どこに行けばいい、どこに立てばいい?……どうしたら、この胸の痛みは消えるんだ?」
最後はほとんど泣きそうな声になっていたが、対馬は笑わずその肩に手を置く。
「目を閉じて……石を手にしてから、あなた達が一番楽しかった時のことを、思い出してみてください」
対馬はくるりと背中を向け、靴音を響かせ歩いて行く。
「待て!……あ、いや……待って、くれ」
つい、黒ユニットの癖で命令形になってしまった。慌てて丁寧に言い直した有田を、対馬は半分だけ振り向いて、なんとも言えない表情で見つめた。
自分の心臓部分を、親指でとんとんとノックする。

「そうすれば、自分の本心が見えますよ」

石を持ってから、今までで一番楽しかった時。思い出そうとする二人の耳に、肉が焼ける音と酔客の喧騒が押しよせてくる。
目を開けると、二人はいつの間にか夜の焼肉屋にいた。
「ここ……俺達がいつも行ってたあの店か?」
有田のつぶやきには答えず座敷に目をやると、鉄板の上で焼かれている肉と野菜、空っぽになったビール瓶が見える。
これは、すでに過ぎ去った日の風景なのか。目の前で繰り広げられている光景には、どこか現実味がない。
『ぷはーっ、やっぱこれやなあ!生きとるって感じするわあ』
赤ら顔でビールジョッキを一気に空けた嵯峨根を、過去の海砂利はぽかんと口を開けてみている。
つまみの枝豆も、あたりめも、あっという間に空になった。嵯峨根はジト目で後輩たちを見回すと、またビールを注いだ。
『……なーに辛気臭い顔しとんねん。お前らも飲め飲め!!』
『わ、ぶほっ!やめっ……』
無理矢理ビールを飲まされてむせる有田に、西尾が『ごめんな』と手を合わせる。

788Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:35:32
『ていうか、そもそもなんであの二人まで来てんだよ』
『いつも後輩に奢ってるから、お返しってことで』
『おい、まさかX-GUNさんが食った分も俺が出すのか!?』
誘った張本人の加賀谷は、悪びれずにパクパクと肉を食べている。畳にばたんとノビた有田の頬を、酔っ払った嵯峨根がさきいかで突いている。
カオスとしか言いようのない光景に、上田は『どうしてこうなった……』と言うしかなかった。
『あ、カルビもう一枚追加で』
『加賀谷てめえ、さっきから何枚食う気だよ!』
『おまたせしましたー』
店員の声に振り返ると、今まで大人しく野菜を焼いていたはずの松本の前に、巨大なパフェがどんっと置かれていた。大きなグラスには色とりどりのアイス、
たっぷりの生クリーム、トロピカルフルーツにチョコレート……ド派手な色合いは、見てるだけで奥歯が痛くなってきそうだ。
『シェフの気まぐれジャンポパフェでございます。ごゆっくりどうぞー』
店員が行ってしまうと、一心不乱に食べ始める松本。上田は、三枚になった伝票を恐る恐るめくってみた。
『ジャンポパフェ、一万円……!!?』
わなわなと、伝票を持つ手が震える。合計金額はすでに五万円を超えていた。
『自分では絶対頼まんからなあ、こういうの。あ、俺にもくれるか?これ、全員で食わんと無理やろ。
 いやー、ジャンポパフェはデブの憧れやしな!一度は食べたいっていう気持ち、分かるわあ』
何故か西尾はうんうんと頷き、生クリーム部分を器用に取り分ける。
『あ、僕はソフトクリームのとこもらっていいですか?』
『ずるいわあ、ほんなら俺はメロンもらうで!』
酔い覚ましとばかりに果物を狙う嵯峨根。いただきまーすとパフェにかぶりつく男たちを見ているうちに、
上田の額に血管が浮き上がり、全身から怒りがこみあげてきた。 
『てめえら……ちょっとは遠慮しろ!俺の金だぞ!!』
『キャー上田さんこわーい……あだだだ』
おどけて体をくねらせる加賀谷の頬を思い切り左右にひっぱってやると、両手をばたつかせて抵抗した。
あはは、と焼肉屋の座敷に笑い声がこだまする。上田もいつの間にか、涙目になりながらやけっぱちで笑っていた。
今からは想像もつかない平和な光景。
思えば、この時が一番幸せだった。平気で高い肉を頼み、ビールを飲みまくり、勝手に他の芸人を連れてくる松本ハウスの二人。
俺たちを破産させる気かとよっぽど怒鳴ってやろうかと思っていたが、特訓も楽しかった。(いつもストレス発散を兼ねてかボコボコにされていたが)
白も黒も関係ない。ただ、仲間と一緒に楽しく、バカをやっていたかった。それを手放したのは他ならぬ自分達で…捨てたはずのそれを、ずっと求め続けていた。
今から思えば遠い昔のような、たった一年前の日々。それを奪ったのは、何か?

「ああ……そうか」
「有田?」
「俺、最初っから……このままでいたかったんだな」
有田は両手で顔を覆って、その場にうずくまった。
「あの時、土田の手を振り払っていたら……いや、嵯峨根さんの手をとっていたら……」
「違う」
上田も膝をついて、そっとその肩を抱き寄せた。目の前で騒ぐ男たち。過去の風景が徐々にぼやけて、遠ざかる。
まぶたを閉じて、開く。さっきまでと同じ、展望台。ただ、そこにはもう対馬の姿はなく。
「過去には戻れない。だけど、今をなかったことにはできない。だったら、やる事は一つだ」
有田の顔を上げさせて、しっかりと目を合わせる。

789Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:37:35
「償おう」

その一言に、有田がゆるゆると顔を上げる。
「今からでも遅くない。過ちを認めて、やり直そう。そして、今よりもっとまともな絆を結ぶんだ」
「……簡単に、言ってんじゃねえよ……」
有田は立ち上がって、上田の胸ぐらをつかむと、前後に激しく揺さぶった。
「いまさら、どうやって許してもらおうってんだよ!土田が言ったとおりじゃねえか、そんな都合よくいくわけねえ!
 白からも黒からも追われて、潰されるだけだ!」
「それは、何もしなくても同じだ!!」
有田を引き剥がし、呼吸が落ち着くまで待つ。
「……どうせどちらからも恨まれるなら、やるだけやってみてもいいだろ。怖いなら、俺の後ろに隠れてろ。守ってやるから」
「バカ言ってんじゃねえよ」
有田は袖口で涙をごしごし拭くと、上田をピッと指さして鼻を鳴らす。
「コンビだろ、勝手に野垂れ死んだら許さねえぞ」
「それは……」
「そうと決めたら、とっとと帰るぞ。明日から土下座と泣き落し外交で忙しくなるからな!」
肩をぐるぐる回してさっさと歩き出す相方に、上田も気の抜けた笑みでついていく。
「最初はやっぱ加賀谷ん家だな。朝イチで玄関開けたら今をときめく海砂利の土下座だぞ?ぜってーウケる!」
こんな時までボケてどうすんだ、とツッコもうとして、やめる。
別に涙がこぼれそうなわけでもないが、上田は空を見上げた。さっきまでの雨が嘘のように、空は晴れ渡り、紫と青のグラデーションの中に星が瞬いていた。

その日の夜、都内某所で虹色の光が爆ぜるのを見たと通報があったが、警察が駆けつけた時には何もなく、ただの悪戯として片づけられた。
そして、翌日……

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

これがひとつの物語だとしたら、まるでそのページだけ破り捨てられたかのように、昨日の記憶がぷっつりと途切れている。
いや、昨日だけではない。頭の中に、ぶつ切りになった過去の記憶がふわふわと浮かんでいるようだ。
そして、何より……

「これ、なんだ?」

頭をがしがしかきながら、ガラスのような光沢のある石を眺める。買った覚えも、ましてや誰かにもらった覚えもない。
さて、仕事に出かけるかとジャケットに袖を通したところで、ポケットに違和感。見た目は大理石に似ているが、名前までは分からない、石。
「実はさ、俺も……なんだけど」
有田が取り出して見せたのは、一見すると黄金とも見間違うような真鍮色の多面体。
「朝起きたら床に落ちててさ」
「……なーんか、気味悪いな」
「売るのも怖えし、捨てちまおうぜ」
「だな」
今回ばかりは有田の言うとおりだ。こんな怪しい石とは一刻も早くおさらばしたい。
二人は石をティッシュに包むと、くしゃくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てる。見計らったようなタイミングで、ドアが開いてADが呼ぶ。
「海砂利さーん、リハーサル始まりますんでスタジオに集合してくださーい」
「あいよっ……んじゃ、今日も頑張りますか」
有田はどうやら絶好調らしく、スタジオまでずっと笑顔だった。

790Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:40:14
「そういや、さっき聞いたんだけど……あ、上田のこったからもう知ってるか?」
「いや、なんのことだよ」
「加賀谷がやめたんだって、芸人」
「やめた?そりゃいったい、どうして」
「なんでも、病気の方が悪くなっちまったらしい。しばらく入院するとかなんとか聞いたけど、ちょっとやそっとで戻れるようなやつじゃねえだろ、
 あいつの病気ってよ。ここ一年くらい忙しくて、休む暇もなかったろ?薬とかちゃんと飲んでなかったのかもな」
「じゃあ、松本はピンでやってくのか」
「そういうことになるな」
上田は話を聞きながら、心のどこかに引っかかるものを感じた。それはかすかな罪悪感にも似た、胸の痛み。だが、その正体を知ろうとすると、
まるで霧の中で影を探すかのように、記憶がおぼつかない。それは有田も同じようで、首をひねる。
「俺もなんか変なんだよ。昨日フジで収録したのは覚えてんだけど、その後どうやって家帰ったのか全然分かんねえんだよな。お前は?」
「俺もだ。酒も飲んでねえのに、変だな……まさかなんかの病気とか?」
「それともUFOに連れ去られて、脳みそいじられたとか!?マジ怖え……どうしちゃったんだよ俺達!」
怯える有田の前に、ふっと誰かが立ちふさがる。見ると、額に冷えピタを貼った土田が立っている。頬もこけて、一気に十歳は老けたようだ。
「……おはようございます」
「おお、おはよ……お前風邪でもひいたのか」
上田が顔色を見ようとすると、さっと避けた。その仕草に少し苛立ったが、具合の悪そうな相手に怒るのも気が進まない。
「いえ、ただのコンビ内喧嘩ですよ」
それだけ言うと、足早に立ち去った。すれ違う時に「やってくれたな……」と呟く声が聞こえたが、
それが誰に対してのものなのか、その時は分からなかった。
これが、海砂利水魚ことくりぃむしちゅーにとっての、キャブラー大戦の終わりだった。

【現在】

「……ごめん」
鍛冶の目に光が戻る。石から発せられていた放射光が弱まって、消える。ゆっくりと倒れこんでいくのを、木村はただ見つめるしかなかった。
これがRPGの画面なら、右上のあたりに出たHPゲージが真っ赤に点滅してるところだろう。
二人組の襲撃者のうち、一人はなんとか気絶させたが、もう一人は息を荒げながらもまだ立っている。
うつ伏せに倒れた鍛冶の頸動脈すれすれの所に、熔連水晶の剣が突き刺さる。そのままゆっくりと傾け、
あと少しで首が落とせるというあたりで、男は剣を止めて、後ろにいる上田を無機質な目で見つめた。
「あなたも、そんな顔をするんですね」
「……何が言いたい?」
「10年前……高校生の時、渋谷の路地裏で、あなたが若い男の記憶を消しているのを見た。どんな理由だったのかは知らないし、知る必要もない」
男は鍛治が動けないのを知ると、剣を引き抜いた。
「物陰に隠れていた俺は、あなたの石が発する青白い光に目を奪われた。やがてあなたがテレビで見たお笑い芸人だと思い出して、
 あの光をもう一度見たいと思って、この世界に飛び込んだ……魅せられたんだ、石に」
重心を低く保った木村が、なおも話し続ける男に飛びかかる。木村の全身の力を込めたタックルが決まると、男は少し驚いたように目を見開く。
男に馬乗りになった木村の石が一瞬、ぴかっとまばゆい光を放つ。……が、木村はそのまま男の上に倒れて動かなくなった。
最後の力を振り絞って男を操ろうとしたが、ルーレットの女神は木村に微笑まなかったらしい。
「だから、あなたがそんな“普通の芸人みたいな”顔をしているのを見るのは、腹がたちます。
 いまさら、そんな……何事もなかったような顔を」
ただならぬ空気に、上田は一歩後ずさって、武器として構えていたパイプ椅子を振り上げる。
が、すぱっと空気を切り裂く音。あっという間に、椅子は十六個の欠片になって飛び散った。これはもう肉弾戦で行くしかないかと振り上げた拳は
やすやすとかわされ、上田の喉に男の手がかかる。
「……がっ、ぐぅ……!」
気道を塞がれ、呼吸ができない。上田の足が地面からわずかに持ち上がった。目の前がぼやけて、口の端から唾液が垂れる。
振り解こうと男の腕にかけた手から、だらんと力が抜けた。徐々に遠ざかる意識の中、思い出すのは記憶を取り戻した時のこと。

791Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:41:15
【2004年】

「おー、めっちゃひさしぶりやん!」
「あ、嵯峨根さん……おひさしぶりです」
「いっつもテレビで見とるで、まさかお前らがボキャ天の出世頭になるとはなあ」
一番会いたくない人間と、テレビ局の廊下で鉢合わせた。目をそらして「はあ……まあ」とあいまいな返事をする上田に、X-GUNの二人は顔を見合わせる。
西尾がそっと手を伸ばした。思わず目をぎゅっとつむって体をこわばらせたが、額にぺたっと冷たい感触。おそるおそる目を開くと、
手のひらを当てて、熱を測っているだけだった。
「熱はないみたいやけどな、俺葛根湯持っとるから、あとで分けたろか?」
「え?あ、はい……ぜひ……」
やっぱり。上田は心のなかでつぶやく。この態度が演技なら主演男優賞モノだ。二人は、少し前までの自分達と同じく、石に関する記憶を失ったまま__。
X-GUNの中で、自分達は芸人仲間であり、敵ではない……。
「うっ」
「あ、大丈夫か!?やっぱりお前、胃に来る風邪ひいとんのとちゃう?」
口元を抑えてしゃがみこんだ上田の背中を、嵯峨根が優しく撫でる。その手を振り払って、廊下を走って逃げる。
「おい!」
後ろから追いかけてくる嵯峨根の声に滲んでいたのは、怒りではなく、上田を案ずる心。走りながら、誰のものとも知れない声が頭の中で反響する。
やめろ。
やめてくれ。
そんな優しい顔で見るな、気遣うな、はっ倒されたほうがましだ!あんたたちにはその権利があるはずだ!!
なのに、何故……何故、覚えていてくれないんだ、俺達の罪を、黒だった過去を!
「くそっ!」
逃げた先で壁を思い切り殴ると、胸の奥につかえていた不快感が薄らいでいく。ポケットから石を取り出して見ると、
かつてどす黒い感情のエネルギーを呑みこんでいた時とは違う、やわらかな光を湛えていて。
「……嘘でもいいから」
石を握りこんで、祈りを捧げるように両手の指を組む。
「お前が憎いと、言ってくれ……」

【現在】

ふっ、と意識が過去から引き戻される。喉に食い込んだ男の指に、さらに力がこもった。ポケットの中の方解石が、熱を持って脈打っている。
「……ぐっ、は……な、」
男の腕に震える指をかける。引き剥がそうともがく後ろで、勢い良くドアが開いた。
「上田!?」
その声に、目線だけを必死で動かす。が、有田の姿をその目にとらえた途端、上田も男も(ついでに鍛治も)一瞬あっけにとられた。
ピコハンを右手に、左手にモップを持った彼は、さくらんぼブービーの二人が倒れているのを見ると、みるみるうちに怒りをにじませた。
「お前ら……ただで済むと思うなよ」
どすの利いた低音で紡がれたヒーローさながらのかっこいい台詞は、その見た目のせいでいまいち決まらず。
「……あれ?なんだこの空気」
有田は頬をかくと、気まずそうに息をついた。

792Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:17:48
なんだかんだで8まで来てしまいました。本スレは消滅してますが、何だかんだで10年以上企画が存続してるというのは
2chの中でも息が長い方ですね……また盛り上がる日を願って。ふと、鳥肌さんで書いてみたいなんて思ったのですが、
あの人はネタにしても大丈夫なんでしょうか(放送禁止的な意味で)

『We fake myself,can't run away from there-8-』
_______________________

有田が謎の男と対峙している頃。
サンミュージックの入っているビルの前に、四谷4丁目交差点をクラッシュすれすれの猛スピードで抜けてきた一台のタクシーが停まった。
目を回してハンドルに突っ伏している運転手をよそによっこらせ、と出てきただいぶ胡散くさい関西弁の男は、
築年数は経っているが立派なビルを見上げて、自分の所属事務所でもないのに、なぜかドヤ顔でうんうんと頷いた。
続いて出てきた坊主頭の男も横に立つと、真似して頷く。
「おー、めっちゃ駅から近いやん、道も分かりやすいし。さすがに大川とは格がちゃうなあ」
「ほんとですねえ」
「これならタクシー使わんで歩いてもよかったな」
エントランスへ向かって駆け出そうとした二人を止めたのは、窓が自動で開く音だった。
そこでやっと復活した運転手が、グロッキーになりながら半分開けた窓から身を乗り出して聞く。
「ちょっと、ちょっとお客さん?なんなのこの領収書、名前のところ“海砂利水魚様”って……
 ていうかあんた達、東京でこんなカーチェイスみたいなマネさせるとか、何者なわけ?」
その問いに、二人は顔を見合わせてくつくつと笑った。坊主頭の男が何故か嬉しそうな声色で答える。
「別に、ただのお笑い芸人ですよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

有田は石を強く握り締めると、男の全身を視界に映した。所詮量産型、というべきか。
男の持つ大剣には細かいひびが入って、今にも砕け散りそうだ。男は上田の体を前触れ無く地面に落とす。
ゲホゲホと激しく咳き込む上田を守るように前に立った有田は、光で出来た剣を見て「ハッ」と嘲るように口の端を上げた。
「不思議なもんだよなあ、贋作ってのは、どうしたって本物には勝てねえ」
「……この石に、弱点なんかない」
「熔連水晶の中身って、なんだか知ってるか?」
言うなり有田は体をひねって、ピコハンを投げつける。男はあっさりとそれを大剣で斜め一文字に切り裂いた。
またピシッと小さな亀裂が剣身に走り、細かい粒が空中に舞い散る。

793Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:18:46
「水晶をすり潰した粉とか、そのまんまじゃ商品にならねえ欠片とか、粗悪なガラスとかをさ、
 溶かして混ぜて固めた偽物の輝き。それが熔錬水晶ってやつだ。
 モース硬度7の水晶サマには美しさも頑丈さも及ばねえんだよ」
男は、そこで初めて自分の鼻先に突きつけられた消火器のノズルを見た。

「お前も芸人だって言うならよ、ガラクタのまんまで終わってんじゃねえ」

こんなショボい石じゃなくて、本物貰えるくらいの芸人になれよ、と付けくわえて、にったあ……と悪い笑みを浮かべる有田。
「(あいつ、死んだな)」
上田は心中で合掌した。有田があの邪悪な笑みを浮かべる時は本気でヤバい。
反論しようと口を開いた男に構わず、有田の指がレバーにかかる。カチッと小気味いい音がしたかと思うと、ノズルから勢い良く噴き出す真っ白な霧。
「う、うわっ……なんだ、冷たっ……!」
剣を取り落としてわたわたと暴れる男の影が、霧の中でぼんやりと揺らいで見えた。有田はすうっと息を吸い込んで、踵で強く地面を蹴る。
大きく振りかぶった拳を、男の頬に叩きこんだ。
「先輩からの愛のムチだ、受け取れ馬鹿野郎!」
男は今度こそぱったりと地面に倒れ沈黙する。有田は得意気に胸を張ると、拳を解いて振り返った。
「……おい」
「あ、わりいなほっといちまって。大丈夫か?痕にはなってねえな」
「ちげえよ、後ろ後ろ」
「あ?」
しゃがみこんで上田の容態を確かめていた有田が、ギギギッと油を挿していないロボットのような動きで振り向く。
ゆっくりとドアノブが回り、会議室や給湯室からぞろぞろと群れをなして出てくる人々。
皆一様に光のない瞳で、手にはホウキや椅子など、思い思いの凶器を持って幽鬼のようなおぼつかない足取りで近づいてくる。

「……どうも、お騒がせしてまーす……」
有田がやっと出した声はひどくかすれていた。
上田も体を起こして、ははは……と声にならない笑い声をあげる。所詮素人だらけのインスタントな悪の組織と高をくくっていたが、
黒ユニットもここ10年で「緻密な作戦をたてる」ということを覚えたらしい。
考えてみれば、これだけ派手にドンパチしておいて、非常ベル一つ鳴らなかったのがおかしい。
下の警備員がぼんやりしていたのも、意識が何者かによって操作されていたと考えれば辻褄が合う。
「う、上田さん……俺丸腰なんですけど!!死ぬ、今回ばかりは確実に死ぬう!!」
床に転がった鍛冶が真っ青になる。上田は彼らを見つめたまま、叫ぶ鍛冶を引っぱってじりじりと後ろに下がった。
「やべえな有田」
「やばいな上田」
「お前の石でどうにかなんねえか?」
「素人相手に怪我させちゃ洒落になんねえよ!ていうか何に変身すりゃいいわけ!?それよりこいつらに弱点とかあんの!?」
疑問を一気に言い切った有田。強いて言うなら首か目だろうが、どちらも突いたら確実に死ぬ部位だ。
群れの中から走り出てきたスーツの男が、ホウキを振り上げた。
「あっぶね!」
有田は脳天を狙ってきたそれを、Go!皆川に負けずとも劣らないほど美しいブリッジで避ける。が、アラフォーの腰にはきつかったのか、
グキッと音がして、「いってえ!」とその場に転がった。そこで、眠ったままの木村が目に入る。

794Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:19:34
「木村!!」
思わず無防備な木村に覆いかぶさった上田の脳は、まとまりのない思考が浮かぶ中、火花を散らしてフル回転していた。
俺は何をしているんだ。俺の石じゃ何も出来ねえってのに、なんでこんな縁もゆかりもないビルで、
特に仲いいわけでもない芸人庇ってんだ。本当なら家でのんびりテレビでも見てたんだろうに、なんだってこんな面倒事に巻き込まれてるんだ。
「……やめろ」
低い声で呟くが、パイプ椅子を引きずった中年男の耳には届いていない。もうダメだと目をつぶりそうになった自分を叱咤して、
木村の前に立ちふさがる。今逃げてどうする、こいつら二人は自分を信用しているからこそ頼ってくれたというのに。
「……やめろっつってんだろ」
「上田!」
なんとかホウキの攻撃を受け止めた有田が目を見開く。上田はきっと顔を上げて、パイプ椅子を引きずる男を睨みつけると、
喉の奥から絞り出すような叫び声を上げた。

「お前ら黒はどう思ってるか知らねえけどなあ……今ここにいる俺は、白として、こいつらを傷つけさせるわけにいかねえんだよ!!」

男はその気迫に押されたのか、虚ろな目のままぴたっと動きを止める。引いてくれるのかと一瞬期待した時、
上田にとっては非常に懐かしい声が耳に届いた。
「ワンちゃん、ごらん。あれが関西で言うとこのイキリやで」
「うわー、はずかしー」
瞠目した上田が振り返った先にいたのは、十年の時を経てはいるものの、変わらない見た目の二人組。
加賀谷は少し(かなり?)ふくよかになっていたが、若いころと同じく人懐っこい笑みを浮かべてぶんぶんと両手を振っている。
「……お前ら」
松本がハッと気づいたように笑顔を消して、一気に駆け寄ってきた。
「なんだ、再会のハグか!?」
「するか!」
体を半分回転させて、両手を広げた上田をスルーした松本の足の行き先は、上田に襲いかかってくる男の腹だった。
鈍い音がして、男は盛大に吹っ飛ぶ。壁に背中を激突させて、男の胸からごほっと空気が漏れた。
男はそのままずるずると床に倒れこみ、気を失った。
「わりい、ボーッとしてた……ていうか、なんでお前らここにいんだよ!加賀谷はいつの間にシャバに戻ってたんだ!?
 聞きてえことが山ほどあるわ!」
「話は後や、とりあえずこいつら蹴散らすで!……せやけど、あれ使えっかな?有田、ちょっとの間そいつら頼むわ」
「おう……って、全部俺か!?」
有田はくっそおお、と叫びながらも、退却した三人の前に立ちふさがってモップを振り回す。滅茶苦茶な軌道を描くモップに、
操られた人々は本能的な恐怖を感じたのか、少しだけ後ろに下がりはじめた。
松本は木村の隣に膝をつき、その頭に手を置くと、後ろの加賀谷に合図する。
「えーと、鍛冶くん……でいいんだよね?」
「あ、はい……はじめまして、オニキス継がせてもらってます……さくらんぼブービーの鍛冶です」
「疲れてるところ悪いんだけど、もうちょっとだけ頑張ってもらってもいいかな?」
「はい……でも、どうやって?」
加賀谷は両手でそっと鍛冶の手をとって、握りこまれたままだった黒瑪瑙を懐かしそうに撫でて語りかける。
「ひさしぶりだね。十年前はいきなり消えてごめんなさい。でも、僕を許してくれるなら……
 鍛冶くんに僕の力をあげて!」
やがて、石が大きく鼓動するように光を放った。鍛冶の体にじんわりとあたたかい感触が広がっていく。今までだらんと力の抜けていた手足に、
再び活力が満ちて全身の神経を電気が駆け抜ける。

795Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:20:10
「あ、あれ?手が動く……ていうか、俺気絶してない……なんで!?」
混乱する鍛冶の隣で、木村がぱち、と目を開ける。まだ状況が掴めていないのか、不思議そうな表情であたりを見回す木村の頭を、
松本が軽く小突いて覚醒させた。
「起きたか、二代目」
「えっと……もしかして、松本キックさん?」
「つもる話は後や、手ェ出せ」
言われるまま差し出された木村の手に、松本が自分の手をぴたっと合わせ指を組む。指のすきまからぱあっと放射光が放たれ、
あたりが一瞬昼間みたいに明るくなった。松本が指を解くと、二人の指の関節の間を透明な糸が繋いでいる。糸の先は立ち上がった鍛冶の体に伸ばされ、
木村が指を曲げると、鍛冶の腕も上がった。
「こいつら蹴散らして逃げるなら、こんくらいで十分やろ」
「……どういう意味、ですか?」
まだ理解していないらしい木村に、松本が簡潔に説明する。
「“キャブラー大戦時代に覚醒していた石に限り、以前の持ち主の肉体を媒介として能力の一時的な借用や、
 エネルギーの受け渡しによる対価の軽量化、能力の倍増等が可能となる”以上、太田光さんからの受け売りでした」
棒読みな口調で一気に話すと、まだぽかんとしている木村を無理矢理引っぱって立たせる。
「いたっ、いだだっ!あの、俺もうクタクタなんですけど……」
「おい松本、お前がやってやってもいいんじゃねえのか?」
見かねた上田が一歩前に出るが、きっと睨みつけられ、口をつぐむ。

「お前がやらなあかんのや、木村。今の石が選んどるのはお前なんやからな。それに……」

松本が言い淀んだ先は、上田には何となく理解できた。今の松本は舞台俳優であり、芸人としては一線を退いた身だ。
今までも元キャブラーが能力を一時的に借りた例はあったが、それは彼らがまだ芸人であったがゆえに可能だった事かもしれない。
たとえ元芸人であっても、単体で能力を行使した場合、どんなペナルティが下るかは未知数。
「まさか、お前らしくねえよ」
怖いのか?と言いかけて、またやめた。その代わりに、木村の思うがままに任せることにする。
「……カッコよく言うなら、石とその運命から逃げるな、って事でしょ?分かってますよ。ただ、どうやって?」
ふ、と笑って松本がもう一度木村の手をとる。社交ダンスを踊るように指を組み、向かい合わせに立って前を向いた。
「深く息を吸って、吐け。自分の体と石が呼応しとるのが分かるか?」
「はい……なんとなく」
「その感覚を辿って、鍛冶と自分の体を一体化させろ。お前が鍛冶で、鍛冶がお前や。
 人間の脳についとるリミッターを外して、身体能力を最大限に引き出す。その手助けをしたると考えればええ。
 ……えーと、確かこうやったっけな?」
松本は人差し指をくいっと曲げさせて、腕を上げる。鍛冶の体が四つん這いになったかと思うと、手足の血管がビキ、と浮き出た。
「あ、やっぱワンちゃんと操作同じなんや」
鍛冶の体が弾かれたように飛び上がり、一回転して天井に両足をつく。
「お?……おっ、お、おわああ!!今度は何ぃぃぃ!?」
突然の出来事に頭がついていかず、悲鳴をあげる鍛冶。上げた腕を一気に下ろすと、
勢い良く石膏ボードを蹴った踵が、角材を持った男の脳天にクリーンヒットした。モップを取り落として肩で息をしていた有田が後ろへ下がると、
それを合図に松本も手を離して「後は頑張れ」と木村の背中を叩く。
「お゛うっ!?」
視界がぐるぐる回る気持ち悪さに、思わず喉からくぐもった声が上がる。まるで19世紀に倫敦を震撼させたバネ足ジャックの如く
空中で丸まった相方を、木村がじっと澄み切った目で見つめていた。
特徴的な大きい瞳をすっと細めて、敵の数をひい、ふう、みいと数える。
開きっぱなしの給湯室のドアが目に入ると、何か思いついたのか、両手を前でクロスさせた。
「全部で15人……か。行けるな」
「え?」
低いつぶやきに、嫌な予感がする。

796Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:20:49
木村は突然腕を後ろに動かすと、ウィンドミル投法の如く勢いをつけて回転させた。鍛冶の体は人の群れの中に飛び降りると
ハサミを構えた女社員のヒールを足で払い転ばせ、周囲の人々を逆立ちになって回転しながら、蹴り飛ばす。
「んで、最後は……」
両足を揃えて横向きに飛んで、壁を蹴る。ボコ、と穴が空いた中に銀色の配水管が通っているのを見つけた鍛冶が、なんとなく
木村の意図するところを察した瞬間、
「鍛冶くんキーック!!」
鍛冶の全力を込めた胴回し回転蹴りは、築ウン十年の配水管にあっさりと亀裂を入れた。
亀裂のすきまからプシャアア、と勢い良く噴き出す冷たい水に戸惑う人々。
「……後は頼みます」
木村は非常階段のドアを開け放つと、石をぐっと握りしめて能力を解除した。倒れこむ体が水面に浸かる前に、松本がそっと受け止める。
「おつかれさん」
階下からバタバタと騒々しい足音が近づいてくるのを察知すると、非常階段に体を滑りこませてドアを閉める。
水圧でなかなか閉まらない事に苛ついてか、松本が眉間にしわをよせた時、上田の手がドアノブにかかる。
「「せーのっ!」」
ドアがけたたましい音をたてて閉まるのと同時に、警報機がベルを鳴らした。

数分後。暗示が解けたのか、膝下まで水に浸かった人々が、ベルが鳴り響く中で呆然と顔を見合わせていた。
「……俺たち、何してたんだ?」
「確か会議してたはずですけど、この床上浸水はいつの間に……」
自分達の手に握られた凶器と、なおも水を吐き続ける割れた配水管を見くらべて、彼らに出来るのは為す術もなく立ち尽くすばかりだった。
「大丈夫ですか!」
その時、下から駆け上がってきた警備員が、あまりの光景に仰け反る。
「今業者に連絡しますんで、少々お待ちを……うわ、なんだこれ!」
丸くえぐれた地面に足をひっかけた警備員は、中の鉄骨が剥き出しになった壁(だったもの)を見て首を傾げ呟いた。
「……最近多いよなあ、こういうの……」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「はあッ……はあ、はあっ……だめだ、もー限界」
交差点近くの路地に入り、雑居ビルの階段を上がる。二階の踊り場に辿り着くと、有田は壁に背中を預けてずるずると座りこんだ。
自力で動けないさくらんぼブービーの二人を地面に下ろす。パトカーのサイレンが美しいドップラー効果を描いて下を通り過ぎて行った。
「誰だ?110番したの」
「あ、僕です」
加賀谷がはーいと手を挙げて、室外機の影に隠れて下の様子を伺う。警察官が腰に吊った警棒をガチャガチャ言わせながら慌ただしく走って行く。
こちらには気づいていないらしく、ずぶ濡れになった警備員や社員から話を聞いている後ろ姿だけが遠くに見えた。
「……なんとか、逃げ切れたみたいだな」
有田はタバコを取り出して、やめる。今はそんな気分じゃない。
「ですね……あー、久しぶりに走ったから膝ガッチガチですよ」
加賀谷が背負ってきた(というより引きずってきた)鍛冶は気が抜けたのか、むにゃむにゃと幸せそうな寝顔で、小さくいびきをかいている。
「……こいつ、よくこの状況で寝れるよな……ボニー.アンド.クライドってのも案外こんな図太い奴等だったのかな」
上田は柵にもたれて下を眺めていた松本にちら、と視線をうつした。しばらくして、その視線に気づいたのか怪訝そうな顔で振り返る。
迷ったが、今のうちにどうしても聞きたいことがあった。
「なんで、俺たちがあそこにいるって分かった。誰から聞いた?」
「あんな、この瑪瑙が呼んでくれたんや。最初は空耳か思ったんやけど、気がついたらタクシー乗って、四谷まで来とってな」
「……石の意志ってやつか……」
「せやな」
上田の駄洒落はあっさりスルーされた。会話が止まってまた気まずい空気になる。なにせまともに顔を合わせるのは10年ぶり。
こちらの過去を思えば土下座でもしたほうがいいのかと馬鹿な考えが浮かぶ。しばらくお互いの出方を伺った後、
一服終えた有田がタバコの先を地面でもみ消して口を開く。

797Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 21:18:40
「……その、ありがと、な。助けてくれて」
「は?」
顔を上げると、松本は能面のような無表情でこちらを見つめていた。
「別にお前らなんかどうなってもええけどな、こいつらに罪ないやん、葬式行くのめんどいから“ついでに”助けたっただけや。勘違いすんな」
なんとなく分かってはいたが、いざ言葉にされるとイラッとくる。上田が止めるより先に、有田が持ち前の短気を爆発させた。
「なんだと、俺さえ全力だったらあんな奴等一網打尽だっての!相変わらず恩着せがましいなお前らは!!」
「あれー?さっきありがとって言ったのもう忘れてるんですかー、有田さんもしかしてアルツ?」
「だあああムカつく!!やっぱお前と絡むと運気下がるわ!!今度は外科で入院してえか!?」
「あだだだ!い、いつまでもやられっぱなしだと思わないでくださいよぉ!10年前の僕とは違う!」
「やるかこのっ……」
むぎー、とお互いの頬を引っ張り合う二人に、上田は思わず「ぷっ」と吹き出す。あはは、と涙を流しながら笑った。
「っはは……あー、何してんだろ。こっちは5年も苦しんでたってのによ」
そこで有田の攻撃から解放された加賀谷が、「ぷはっ」と息を吐いた。
「……もしかして、“自分達が毎日しつこく追っかけ回してたから薬飲む時間なくて悪化した”とか思ってました?」
「うっ……まあ、そうだな。責任の一端は俺たちにもあると思ってた」
「思い上がりもいい加減にしてくださいよ、たとえ上田さんたちが何もしなくたって、あんだけ仕事詰まってたら
 普通に悪化しますよ、第一コンプライアンス守らなかったのは僕の責任でしょ?どんだけ自意識過剰なんですか」
何一つ反論出来ない。そういえばこいつ曲がりなりにも麻布卒だったかと思い出す。
「……そうやって、自分達だけで何でもかんでも抱えこもうとするの、ずるいです。
 ちょっとくらい、僕にも背負わせて欲しかったのに、いつの間にかどんどん遠くに行っちゃって、
 それで10年もっ……」
そこで初めて、加賀谷が歯を食いしばってボロボロ泣いてるのに気づいた。
「あ、あれっ……変だな、言いたいこといっぱいあるのに、頭空っぽになっちゃって……」
そこから先は言葉にならなかった。空を見上げてあー、と泣く加賀谷に、なぜか有田の涙腺まで切れる。
気がつくと、四人とも身を震わせて、泣きじゃくっていた。余計な言葉は要らなかった。
有田はごめん、ごめんと繰り返しながら、掌の黄鉄鉱に涙をぽと、と落とす。
記憶を取り戻した時も出なかった涙が、後から後から溢れて止まらない。海砂利水魚の10年前の過ちはやっと赦されたのだ。

そのそばで、しっかり目を覚ましていた二人。鍛冶は苦笑まじりのため息をついて、小さく呟く。
「……全部聞こえてたんだけどなあ」
「……しばらく泣かせてやろうぜ。積もる話もあんだろ」
「だな」
鍛冶は平和な気分で寝返りを打つと、ゆっくり目を閉じた。遠回りをせずに済んだ自分達二人の日々に感謝しながら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

日が傾いて、橙色の光が街を染める頃。
ようやく泣き止んで呼吸の整った四人は、ぼんやりとビルの向こうに沈む夕日を見つめていた。
「……いまさら遅えかもしれねえけど、力を貸してくれねえか」
「ボキャ天の遺産にできることがあるなら、なんでも」
「とぼけんじゃねえよ、もっかいお笑いやるんだろ。お前ら」
照れて頭をかく加賀谷の頭をまた小突いて、上田は立ち上がった。
「今度こそ、終わりにしてえんだ。あのキャブラー大戦を生き延びた奴が、白ユニットに必要なんだよ」
松本ハウスは顔を見合わせると、ふっと柔らかく笑う。
「……はい。僕達でよければ。だけど、一つだけ……」
「なんだ?」
「僕お腹空いちゃいました」
今までのほどよい緊張感をぶち壊す一言に、くりぃむの二人はどっと脱力する。
「一回ごとに焼き肉ビールつき、で手を打ったるわ。あの店、まだあったで」
「……ったく、やっぱ勝てねえんだな。お前らには」
がしゃがしゃと頭をかき回すと、有田は狸寝入りをしていたさくらんぼブービーをたたき起こす。
「とっくに起きてんのは分かってんだよ。若いくせにいっぱしに気ぃ使ってんじゃねえ」
腰をさすりながら起き上がった二人の頭を撫でて、踵を返す。有田の後ろに続いた加賀谷が「上田さんはやくー!」と手招きした。
「……ああ、今行く」
これからはきっと、闘いに彩られながらも穏やかな心で日々を過ごせるはず。
上田はすっかり軽くなった心で、彼らに続いた。

798名無しさん:2015/07/08(水) 10:44:12
>>792
最近小沢が「セカオザ」とかいってまた売れてきてるし、ここも盛り上がって
くれないかなあ、と当方も思っております
ここでスピワ関連の面白い話を書いてくれてた小蝿さん、またここに来てくれないかなあ?

799Evie ◆XksB4AwhxU:2015/08/05(水) 16:56:05
思えば四ヶ月もかかってしまいましたが、最終話です。
投下は初めてでしたが、こんな作品でも面白いと言ってくださった方に感謝です。

『We fake myself,can't run away from there-9-』

____________________________________

ほどよくビールが入ったところで、鍛冶が思い出したように呟いた。
「あ、そういえば肝心なこと聞いてませんでした。木村の石ってどうなっちゃうんですか?」
「あぁ、そうだな……」
上田は箸で肉をつつきながら、考える。
「そりゃ、芸人やめたらもう使えねえよ。いずれ石が別の持ち主に巡りあえば、そいつのもんになるが……
 キャブラー大戦期の石だって、まだ持ち主が見つからなくて野良石ってのもあっからな」
「いやいや、松本は今度芸人に復帰すんだろ?ていうことは、松本に所有権が戻るんじゃねえのか?」
有田の一言で、また上田はうーんと考えこんでしまう。
「とはいえ、お前らの石はコンビでワンセットだからなあ……今まで、一つの石に二人の持ち主ってのは例がねえし……
 そん時にならねえと分かんねえな。木村はどう思う?」
「俺も、上田さんが言うとおりだと思います。まあ引退は近いし、その時を待ちますよ」
口いっぱいに詰め込んだ肉をもぐもぐ咀嚼しながら、木村は呑気に答えた。
「ただ、鍛冶の石だって木村がいなけりゃ使えねえってわけじゃねえだろ。例えば、鍛冶が能力を発動しても、
 味方が避けることさえ出来りゃいいわけだ。バリア張ったりテレポートで逃げたり、いくらでもやりようはあんだろ」
有田のアイデアに、鍛冶をのぞく三人がそろって頷く。
「つまり、俺はまだ戦えるってことですか?」
「まあ、役無しの身になるのは当分先だろうな。お前もその方がいいだろ?」
「はあ……」
鍛冶はまだ釈然としないようだったが、隣で勝手に盛り上がる“初代”の二人をちら、と横目で見た。
快気祝いとばかりに肉を頼みまくり、話し合う自分達には目もくれずに食べている。
「……あのー、加賀谷さんに聞きたいことあるんですけど」
「後にして、今お肉裏返すベストなタイミング測ってんの」
「肉より大事な話なんですよ!ちゃんと聞いてください!!」
鍛冶が大声を上げると、びっくりした拍子に滑った箸が炭火に落っこちた。
「あぁ……」
燃える割り箸を切ない目で見つめる加賀谷に、物凄い勢いで罪悪感がこみ上げてきたが、それはそれだ。
「このオニキスなんですけど」
鍛冶は言うなり、自分の石をテーブルに出して加賀谷の方へ滑らせる。
「あ、それはもちろん鍛冶くんに差し上げます」
加賀谷は箸の先でそれを鍛冶の方へ押し戻した。
「いやいや、先輩なんだから加賀谷さん持っといてくださいよ」
「いやいや、鍛冶くんのほうが若いんだから先輩を労ってよ」
二人の間でぐいぐいと、寄せられては返しを繰り返す石。その様まるで大岡裁きのごとし。

「……アホや、あいつら」
松本がぽつりと呟く。
「……石って、似たような奴を選ぶもんだな」
有田もそれに同意した。

800Evie ◆XksB4AwhxU:2015/08/05(水) 16:56:43
「なあ」
「何や」
「嵯峨根さんに詫び入れようと思うんだけど、ついてきてくんね?」
「……一人で行け」
「そんなこと言わずにさあ!俺あの人の腕へし折っちまってんだぞ!?しかも両方!
 なあ頼むよ、遠くから見ててくれるだけでいいから!」
「はいはい、分かった分かった」
松本は適当な返事をしながら、携帯電話をテーブルの下で開いてメールを打つ。
終わると、壁にもたれてお冷を一気飲みした。まだ石の押し付け合いを続ける二人を横目で見て、呟く。
「俺も、芸人失格かもしれんな」
「どういう意味だよ」
「ずっと考えとったんや。お前はほんまは俺達みたいで、俺達はただ運がよかっただけなんやないかって。
 ただほんの少しお互いの解釈が違っただけで、お前らのしでかしたことが全部お前らの所為っていうわけやないんやろ?」
有田はまた考えこんでしまったが、やがて「そうか」と納得したように下を向いた。
「俺たちに大した違いなんてなかったって事か。そういやお前も楽しそうだったもんな、あの時」
10年前と変わらない黄鉄鉱を掌に乗せて眺める。
「この石は俺たちの歩んできた道を示してたなんて、誰が分かるってんだ」

やがて、店員が「いらっしゃいませー」と間延びした声で挨拶するのが聞こえてきた。
店内に入ってきた男二人は、席に案内しようとする店員を断って座敷へ入ってくる。
「あっ」
木村が有田の後ろに立っている細身の男を指さして、某大物芸人の「うしろうしろ!」のギャグの如く口をパクパクさせた。
いつの間にか肉の奪い合いに変わっていた加賀谷と鍛冶も、野菜を焼いていた上田もその声に振り返る。
「なんだよ……さっ、さがねさん……なんで、ここに……」
振り返ったまま、固まってしまった有田の顔を見て、嵯峨根は面白そうに笑った。
続いて入ってきた西尾は、顔を背けて合掌する。
「なんでって……今度こそホンマに白黒つけるんやろ?」
携帯をパカッと開いて、さっき送られたメールを見せる。

『TO:さがね正裕
 
 黒ユニットとの本土決戦に志願しました。
 少しでも前に進みたいというお気持ちがあるのでしたら、X-GUNのお二人もお力添えをお願いします。  松本』

驚く有田に、両手を広げた嵯峨根は台詞がかった声色で続ける。
「昔のことはもう意味なんかないんや。俺たちは手を取り合わなあかん」
「嵯峨根さん……」
少し感動している有田に向かって、西尾はそれまでの空気をぶち壊す一言を放った。
「せやから……晩飯、奢ってや。それで昔のことはチャラにしたるから」

数十分後。
そこには、財布を下に向けて肩を落とす上田と、西尾に肉をあらかた食べられて落ち込む有田の姿があったという。

【終】

801名無しさん:2015/08/06(木) 22:44:10
おおっ!!乙でした

802名無しさん:2015/08/07(金) 16:47:11
なんかとても充実した内容で楽しませてもらいました
それで当方からの提案ですが、今後の楽しみ方として底ぬけAIR-LINEや
BOOMERなど他のキャブラーの能力とか考えて載せてくのはどうですかね?
底ぬけの場合、新たな持ち主が出てきてなければ今は古坂が3人分の石を持ってそうな気がする…

803Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 18:57:55
廃棄小説スレの>>146を読んで、ずっと前にプロットだけ作って放置していたアリキリの短編を投下。
この後どうなるかは全く決めてなかったのでお蔵入りしてました。
設定固まっていないのをいいことに結構好き勝手に書いてしまったものです。

【ekou-1-】

「え……何、これ?」
「見てのとおりだ」

石井はソファに深く体を沈めて、頭を抱えていた。
テーブルの上には、無残に潰れた携帯電話の残骸。
基盤とコードはまだバチバチと爆ぜるような音をたてている。
石塚はそっと、石井のケータイ(だったもの)を拾い上げる。
ひび割れて何も映らなくなったモニタを撫でると、指先にちりっとかすかな痛みが走った。
「……僕は、思い出してしまったんだ」
文章にすれば圏点がついているであろうゆっくりとした発音。
石塚はそれで何もかも悟ったが、あえて分からないふりをして「なにを?」と聞き返した。
ついでにいつもの癖で軽く首を傾げてみせると、石井はふうっと息をつく。
「いや……分からないならいい。知らない方がいい事だ」
「そっか。分かった」
「聞かないのか?」
食い下がらなかったのが不思議だったのか、眉根をよせて少しだけ腰を浮かせ問うてくる。
「石井さんが言いたくないなら、今はまだそれでいいよ」
信頼をこめた一言に、石井は今度こそホッとして表情をやわらげた。
「……いや、話すよ。君との間に隠し事はしたくない」
「嫌な話?」
「ああ。君はとても信じられないだろうし、僕を軽蔑すらするかもしれない。
 だが、事実は小説より奇なり、だ。僕は君に嘘はつかない。座ってくれ」
言われるがまま、ソファに腰を下ろして向かい合う。石井はどう切り出すべきか迷っているのか、
組んだ指をせわしなく動かして、床に落とした視線を彷徨わせている。
(……この人も、こういう顔するんだなあ……)
いつもより弱った相方を見つめながら、石塚はつい一時間前の電話を思い出していた。

遠くから聞こえる着信音に、ゆっくりと意識が浮上する。
まだ完全に覚醒していない頭を振って、ベッド脇に置いておいたケータイを手探りでとる。
名前は表示されていなかった。市外局番から始まる10ケタのそれが、石井の自宅の番号だと思い出すのに
たっぷり5コールを要した。やわらかい枕に顎を乗せて、耳に当てる。
「……もしもし?」
『もしかして寝起きか?
 それならなおさら悪いが、すぐに僕の家へ来てくれないか。大変なことが起きた。
 ……とても電話では説明できない事態なんだ、頼む!』
それきり、ぷつっと電話は切れてしまった。
「あ、ちょっ……石井さん?」
あの声音から言って、ただならぬ事態なのは間違いない。
だが、悠長に電話してきたということは、彼自身に危険が迫っているわけではなさそうだ。
石塚は起き上がり、適当に服を身につけて手早く身支度を終える。家の鍵とケータイをポケットにねじこんだ所で、
ふと、開いたままのチェストの引き出しが目に入った。石塚は引き出しに手をかけると、一気に開けた。

804Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 18:59:06
「聞いてるのか?」
不機嫌そうな石井の声が、やけに近くで聞こえた。
思案に沈んでいた石塚は、そこではっと顔を上げる。すると、顔色の悪い石井の視線とまともにかち合った。
「これからは君にも気をつけて欲しいんだ。
 なるべく一人で動くのはやめろ。変なやつから声をかけられたら、
 すぐに逃げろ。もしくは僕を呼んでくれ。それと……今はまだ、
 黒の芸人とは仕事以外で不用意に関わらない方がいい。
 君にとっては一方的な押しつけになって悪いが、従ってくれ」
お願いの形をとってはいるが、その口調には厳しい響きがある。
すぐ頷かなかったのを拒絶ととったのか、石井は今度は命令口調になった。
「いいから、言うことを聞くんだ。
 今まで僕の指図が間違っていたことがあったか?」
石井の心配はもっともで、だからこそ首を横に振れない。
分かっていたが、石塚の首はやけに緩慢な動作で深く前へ垂れた。
「……うん、分かった。石井さんの言うとおりにする」
「分かってくれたんならいい。
 それと、最後に一つだけ。
 ……もし、石を手に入れたら。それが誰かからの贈り物だろうと、拾い物だろうと、
 とにかくまっさきに、僕に知らせるんだ。いいね?」
肩に手を置いて、語尾に力を込める。
毎度思うが、石井のこの人心掌握術はどこで学んだのか。
澄んだ声と美しい滑舌を聞いているうちに、何もかも見透かされているような気分になる。
「それと、これを」
渡されたのは、石井が片手で走り書きしていたメモだった。
いつもより雑な字で、何人かの名前と電話番号が書いてある。
その中でもアンジャッシュの二人には名前の横に星マークがついていた。
「それが、いわゆる白ユニットの芸人だ。そこに名前が上がっている人は安全だと思っていい。
 僕がいなかったら、彼らに助けを求めろ。いいね?」
石塚は操られるように「うん」と返事をして頷いた。そこでやっと満足気に石井の手が離れる。
立ち上がると、石井も後からついてきた。もう話は終わったろうし、ここにこれ以上用事はない。
石井は玄関の鍵を開けると、深いため息をついて眉間をおさえた。
「悪いな、神経がピリピリしていて……とても一人じゃ立ち直れそうになかった」
「いいって。俺にできることならなんでも」
「ありがとう。でも……僕は、守られるより、守る方がいい。
 君は僕の後ろにいてくれ。それだけでいいんだ」
その物言いが少し引っかかったが、石塚は構わず外へ出ようとした。
しかし、ドアノブにかかった手に、後ろから出てきた石井の手が重なって動きを阻む。
「石塚くん」
振り返ると、自分より低い位置にある石井の目とまともにかち合った。
「本当に、石は持ってないんだね?」
嘘をつくのは難しい。澄み切った目で相手を見つめて、疑う余地を与えるな。
低めの声で、ゆっくりと、否定しろ!__頭のどこかでそんな声が聞こえた。
一秒も経たないうちに、唇が微笑の形を作る。
「ああ、持ってない」
石井は安心したように肩の力を抜いて「じゃ」と短く挨拶した。
扉がゆっくりと閉まる。石塚は音のない舌打ちをして、その場を後にした。

帰る道すがら、パーカーのポケットに手を入れて中を探った。
指先が硬いものに当たる。引き出すと、石塚の手には虹色の光を内包した結晶が乗っている。
「石井さん……」
ぎゅっと握りしめる。手のひらが角で痛い。ぎりぎりと握りこんだ。
その痛みが、さっきの嘘を責めたてているようで石塚は下を向いた。
本当はこの石を見せて、一緒に頑張ろうと言うつもりだった。
しかし、弱り切った石井を見た瞬間、その言葉は声にならなかった。
自分はあの人に何をしてやれるのか。この石はどんな役に立つのか。それが分からなくなった。
(もっと、強い石ならよかったな。
 そしたら、俺が石井さんを守ってあげられるのに)
思い出されるのは、混沌と血の匂いで満ちた1999年。ずっと見ていた、石井の背中。
気がつくと、自宅マンションのすぐ手前まで来ていた。
憂鬱な気分のまま、階段をのぼる。鍵を開けて玄関に入ると、ポケットのケータイが鳴った。
デフォルトの着信音ということは、未登録の番号だろうか。
「はい、石塚です」
しかし、電話の相手は無言のままだ。一旦耳から離して画面の番号を確認する。
やっぱり、知らない番号だ。
「もしもし?……どちら様ですか?」
やや怒りをこめて聞くと、電話の相手は笑いながら言った。

805Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 19:03:22
『俺だよ、俺』
「……三村さん?」
石塚は四つ折りになったメモを取り出した。白の芸人たちの名前の横、特に接触が多く要注意すべきな
ホリプロの黒ユニット所属芸人たちの名前がある。電源ボタンに指が伸びたところで、
まるで見ているかのように三村が言った。
『おいおい、もうちょっと話聞けって。お前にはライブでぶっ叩かれた貸しがあんだからよ。
 悪の組織、黒のユニットからお電話だぜ』
「……一応、悪いことしてるって自覚はあるんですね。
 あと、俺の相方を洗脳マシーンみたいに言わないでください」
『洗脳だろ?お前の意思で決めたことかよ、それ』
「あのねえ、言っときますけど、俺はキャブラー大戦もこの体で知ってたんですからね!
 こんな弱っちい石で何させたいのかは知りませんけど、俺は黒に協力する気なんて1ミリも」
気がつくと、電話の向こうは再び無音に戻っていた。
「……もしもし?」
「お、石塚のくせにいい感じの部屋じゃねえか」
すぐ近くで聞こえた三村の声に、勢い良く振り向く。
うっかり鍵をかけないままだった玄関に、二人の男が立っていた。
石塚はケータイをポケットにしまって、テーブルの上のペン立てからカッターナイフを取り出す。
刃をチキチキと出す間に二人はもう部屋に上がりこんでいた。
「……無理すんなって、お前に人は刺せねえよ。
 別にお前をとって食おうってわけじゃねえ。仕事上がったついでに来ただけだ」
カッターは右手に構えたまま、石塚は壁に背中を当てる。二人は勝手によっこらせ、と腰を下ろした。
石塚の背中を冷や汗が垂れて、刃先が震えた。さまぁ〜ずの能力はよく知っている。自分一人で……
いや、石井がいても太刀打ちできるとは言いがたい相手だということも。
「お前にな、ちょっと聞きてえことがあんだよ」
大竹が、プラチナクォーツの入った左のポケットを指さした。
一瞬、この石で一瞬だけ隙を作れば逃げられるかもしれない。
……が、ベッドの上にあった名刺入れは、あっという間に三村の手の中に収まった。
話し合いと表現するにはあまりに一方的な流れに、抗議しようと口を開きかけた石塚を、
大竹が手で制して部屋の空気を張り詰めさせる声で言った。
「上手くおしゃべり出来たら、ご褒美だ」

806名無しさん:2015/10/30(金) 23:42:49
お、新作が来てる
アリキリの話ですか

807名無しさん:2015/11/01(日) 02:29:11
>>803-805
投下乙です。面白かった。
「この後どうなるか決めてなかった」とのことですが
現在事情が許すようでしたらぜひぜひ続きをお願いします。

808Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/01(日) 20:51:15
続きは一応考えてあるんです。 

脅迫or洗脳で一旦黒化

誤解から石井、白と争う

なんやかんやあって和解or浄化

ハッピーエンド←こんな風に考えてましたが、石塚さんを短期間とはいえ
黒として使って大丈夫か判断を仰ごうとしたら本スレが消滅したのでお蔵入りだったのです。

809名無しさん:2015/11/02(月) 02:23:36
>>808
石塚の黒化で特に問題になるようなことはないだろうと思います。
短期間で戻るのであればなおさら。

続きが読めたら嬉しいです。

810Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:49:02
続きが読みたいと言って下さった方がいらっしゃったので投下。
ちなみにタイトルはホリプロ繋がり。

【ekou-2-】

「お前の選べる道は二つだ」
三村は台所で勝手に水を汲むと、一気に飲み干した。
「石井について洗いざらいぶちまけて自分の身を守るか、それとも俺達に“駄賃を払う”代わりに石井からの信頼を守るか。
 ……前者の方がお手頃だと思うがな」
「俺に、相方を売れって言うんですか」
カッターナイフを持つ手が小刻みに震える。大竹がその手に自分のを重ねて、凶器を下ろさせた。座れ、と顎でうながされ、
そのまま床にへたりこんだ拍子に、ポケットから白金色の鉱石が転がり出る。それを握りしめて、心臓を落ち着かせる。
(たとえ俺がここで石井さんと話したことを吐いても、その一度で終わるわけない。
 その弱味につけこまれて、気がついたら黒の操り人形にされるだけだ)
大竹は黙ったまま、成り行きを見守っている。思考は頭の中でぐるぐる回って、まとまらない。
(どう答える?なんて言えばこの場を乗りきれるんだ?……だめだ、思いつかない!!)
石塚は見えないよう、後ろ手にそっとケータイを開いた。操作は見なくても覚えている。電話帳を開いて、あ行から石井の番号を出す。
(……よし、あとはダイヤル……)
決定ボタンを押そうとした。瞬間、三村の手が伸びてきて、それを取り上げる。
「あ!」
「……人が話してる時にケータイいじるのは、よくねえなあ。……石井に何の用があったんだ?」
ん?と画面の番号を見せつけられる。三村の顔からみるみるうちに笑顔が消え去った。
「助けてくれ、とでも言うつもりだったのか?……お前、それはねえだろ。……石井は110番じゃねえ。
 そろそろ答えろ。相方か、それとも自分か」
電源ボタンが長押しされて、画面に一筋の白い線が走った。電源の切れたケータイを返され、石塚はいよいよ逃げられない事を悟る。
イエスか、ノーか。その二択しかない。そして、どちらを選んでも、さまぁ〜ずが約束を守るとは限らない。

(……そんなの、選べるわけねえだろ……!)

二人の良心を揺さぶれたとしても、その上にいる設楽は甘くない。設楽の人を喰うような笑みが思い出されて、背筋が震えた。
石塚はゆっくりと顔を上げた。ごく、と唾液を飲みこんで、からからに乾いた口を開く。
「俺は……」
その後に続く言葉は、喉につっかえて出てこない。怖い。決意を決めているはずなのに、声は情けなく震える。
「さっさとしろよ。こっちも時間がねえんだ」

「俺は、絶対に……石井さんを裏切りたくない。石井さんを傷つけるなんてしたくない!
 あんたたち黒の好きになんかさせない!」

その答えに、三村はため息をついて首をひねった。後ろの大竹に「どうする?」と振り返って問う。
「こいつの意思を尊重してやるしかねえだろ。石井に負けず劣らずの頑固さだ。ただ……」
最後につけたされた言葉に、石塚は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

811Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:49:32
「こいつは使えるかもしれねえ」
「はあ?何言ってんだお前」
大竹は三村を押しのけると、前に座って石塚の目をまっすぐ見すえた。
「なあ、石塚。お前……いい子だもんな。お前が悪いことしても、きっとみんなお前のことは疑わねえよ。
 お前がそんなことするわけないって、あの石井まで信じきってる。そういうの、この世界じゃ希少種なんだぜ?
 だって世の中、何もしてないのに疑われる奴もいるからな。あいつはきっと裏の顔がある、
 あいつはなんか雰囲気が怪しい……そんな風に」
気がつくと、石塚は左手をとられていた。ちょうだいをするようにひっくり返った手のひらに、何か硬いものが落とされる。
それは、独り者がするには不自然な、小さな水晶のついた指輪だった。大竹の指がそれをつまんで、眼前にかざす。
「わりいな、何の成果もなしに帰るわけにはいかねえんだ。
 ……お前が考えてるほど、俺らも自由ってわけじゃない」
結婚式の指輪交換のように、薬指が持ち上げられた。爪の先に当たると、指輪はすんなりはまる。
指輪の正体に石塚の思いが至った瞬間、大竹はうつむいて呟いた。
「……ごめんな」
直後、指輪から黒い炎がたちのぼるのが、見えた気がした。同時に、心臓を冷たい手で握りしめられるような感覚が襲う。
「あ、……あ゛っ、!…ぐっ……ぅ……」
胸を抑えて床に倒れる。胸の奥から何かがせり上がってくる感覚を、クッションに爪を立ててやり過ごす。
表現しようのない不快感に、手が動かない。薬指にはまった指輪が、ぎりぎりと痛んだ。
「石塚!」
駆け寄ろうとした三村を、大竹が止めて首を横に振った。
「……たす、け……、いし……いさん……」
苦悶の合間に喘ぐように発せられた名前に、三村は耐えられないとばかりに目を背けた。

同じ頃、石井は自宅で写真立てを拭いていた。
最近仕事がたてこんでいたので、ガラスはすっかり曇ってしまっている。雑巾で丁寧に拭きとると、棚に戻そうとした。
「あっ」
手が滑った拍子に、写真立てはフローリングに落ちてわずかに跳ねた。恐る恐る見てみると、
案の定、ガラスのフレームには斜めにひびが入って砕けている。
「……こりゃ、もう使えないか。スペアもないし……参ったなあ」
ガラス片を片付けるために、中の写真を引き出す。それはまだコンビを結成したばかりの頃に撮った最初の宣材写真だった。
(そうか。もう10年以上も経つんだね……)
懐かしさにそっと指でなぞる。思えばこの頃は石塚もまだ未成年で、自分たちは先が見えない代わりに疑わないでいられた。
苦しい下積みの先には素晴らしい未来が待っている。きっと楽しい日々がある、と。
『いいって。俺にできることなら、なんでも』
さっき玄関で振り返りざまに笑った顔が浮かぶ。同時に、何か嫌な予感が胸をしめつけた。
「……考えすぎか」
ドラマじゃあるまいし、何でもかんでも凶兆に結びつけるなど馬鹿らしい。第一何の予感だというのか。
石井は笑って不安を打ち消したが、一度生まれた小さな炎は、なぜかいつまで経っても消えなかった。

「……おい、ちゃんと正気か?」
目の前でひらひらと何かが動く。それが大竹の手だと理解するのに、しばらく時間がかかった。
石塚は床に横向きに倒れたまま頷いた。浅い呼吸を繰り返して、ゆっくりと体を起こす。三村があわてて手を貸すが、
今度は大竹も止めなかった。ベッドに倒れこむと、丸められた紙片が顔の横にぽて、と落とされる。
「今度は黒の集会で会おうぜ。それに地図が書いてあっから、遅刻すんなよ」
「……俺が、白に知らせたら?」
大竹は肩をすくめて答えた。
「お前は知らせねえよ。いや、できねえと言ったほうがいいか?」
石塚は理由を聞こうとしたが、言葉は声にならなかった。瞬きするごとに頭が重くなって、意識が遠ざかっていく。
「だってお前はもう……」
その先は聞こえなかった。
眠りに落ちる前、最後に見えたのは、廊下へと消えていくさまぁ〜ずの背中だった。
玄関のドアが閉まるのと同時に、石塚の意識も再び深い穴の底へ落ちていった。

812Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:50:25
◆◆◆◆◆◆◆◆

翌日。
石井は約束の時間よりかなり早く稽古場に現れた。おはようございます、と遠くから叫ぶ後輩に挨拶を返して、
ネタ合わせのために持ってきた台本をテーブルの上に広げ、椅子に座って相方を待ち構える。
「ねえ、石塚くんまだ来てない?」
遠くで練習していた岡安に向かって叫ぶと、喉を無駄に消耗しないためか両手でバツ印を作って首を振った。
約束の時間までまだ30分近くあるのだから、来ていなくてもなんら不思議はないのだが、昨日からどうも胸騒ぎがする。
電話してみようかと思った時、稽古場のドアがそっと開いた。石塚は普段通りに明るく挨拶をして、相方の所へ来た。
「おはよ、石井さん」
「おはよう、どこか具合が悪いのか?」
「なんで?」
「……声がかすれてるし、いつもより半音低い。寝癖ついてる。顔色も悪い。僕は案外君を観察してるんだ」
順番に指摘していくと、石塚は喉に手を当ててふっと笑った。
「ごめん、実はちょっと風邪気味でさ」
「やっぱりか。じゃあ今日は早めに終わらせて帰ろう。しっかり治したほうがいい」
「うん……ありがと、石井さん」
石井は立ち上がると、気にするなというように石塚の背中を軽く叩いた。
「ちょっと、トイレ行ってくるね」
「ああ」
コートを脱いで椅子にかける。稽古場を出る寸前、石井をもう一度振り返った。いつもどおり姿勢よく座って、
台本に線を引いている。石塚は顔を背けて、足早にその場を立ち去った。

男子トイレの手洗い場。冷たい水でバシャバシャと顔を洗って、鏡を見る。石井に指摘された時、
少し体がこわばったが、上手く誤魔化せたようでホッとした。
「……これでいいんだ」
袖に隠していた左手の薬指。外そうと指をかけた瞬間、嘔吐感がこみあげた。
「うっ」
個室に駆けこんで膝をつき、便器の台座を上げる。しかし、吐きそうで吐けない、気持ち悪さだけが胸に広がる。
しばらくすると吐き気はおさまったが、代わりに手が細かく震えていることに気づいた。
「風邪じゃ手は震えねえよな」
肩越しに聞こえた声。振り返ろうとした体を押さえつけられ、便器の方へ追いやられる。
「ちょっ、何す……」
大竹は後ろ手に鍵を閉めると、黙れ、と口だけを動かして石塚の口を右手で塞いだ。
抵抗しようと手を振り上げると同時にドアが開く音。男にしてはやや軽い足音が、手洗い場のところで止まった。
「石塚くん、いないのか?」
おかしいな、一階の方に行ったのかなと呟く声。石井は男性用小便器の並んだ前を通りすぎて、個室のドアを
コンコンと二回叩いた。大竹が左手で叩き返すと、「石塚くん?」と聞き返してくる。
「俺だ、俺」
「ああ、大竹さんでしたか」
「おう。どうかしたか?」
答える間も石塚の口に当てた手は離さない。
「いえ……何でもありません」
「そっか、じゃあ俺そろそろ出っから、どいてくれるか?」
「いえ。失礼します」
石井が出て行くと、やっと大竹の手が離れた。呼吸を整えながら、まだ震えの止まらない手でフタをおろしてその上に腰かける。
恨みがましい目で見上げると、大竹はなんでもないような顔で腕を組む。

813Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:51:02
「俺と一緒にいる所を石井に見られたら、困るのはお前だろ?
 ……まあ、悪かった。お前とゆっくり話せそうな場所がなかなかなくてな」
「で、何か用ですか」
「お前にプレゼントがあんだよ。口開けろ」
「え?」
「いいから開けろ、指突っこんで無理矢理こじ開けられてえのか」
低い声ですごまれ、おずおずと口を開ける。そこに、何かが押しこまれた。砕いたキャンディーのような、鋭角のある物体。
(……これ、黒の欠片だ!)
吐き出そうとするが再び口を塞がれる。息苦しさに喉が動いた瞬間、石塚は無意識にそれを嚥下していた。
固形物だったはずのそれは舌に触れると、どろりと粘性をもった液体に変わって食道を落ちていく。
大竹の手が離れると、昨日から数えてすでに三度目の窒息に、石塚は激しく咳き込む。
「いきなり何てことするんですか!」
「おいおい、感謝こそすれ恨まれる筋合いなんてねえぞ。どうだ、楽になったろ?」
言われて、手の震えがおさまっていることに気づく。朝から続いていた鈍い頭痛も、いつの間にか消えていた。
「それで今日一日は保つだろ。じゃ、頑張れよ」
「ま、待ってください!」
出ていこうとする大竹の腕をつかんで引き止める。
「なんで……なんで、黒の欠片なんか」
「まだ分かんねえのか?その指輪だよ。そいつは熔錬水晶って石で、まあ……大量生産品だ。
 黒の下っ端に持たされる石なんだが、水晶にしちゃ黒っぽく見えんだろ?」
「まさか、これが」
「そうだよ、黒の欠片が混ざってんだ。あ、言っとくけどいまさら外しても無駄だぜ?」
大竹はかがんで、石塚の胸ポケットからプラチナルチルクォーツを取り出して見せた。
「こいつもお前に似て健気な石だよなあ。大抵のやつは一発で黒に染まるのに、お前はまだふらふらと
 白黒を行き来してる。欠片への抵抗力が強いんだな」
鍵を開けてドアを開け放つと、思い出したように振り返る。
「ああ、そうそう。石井がまた撮影入ったんだって?」
「……それが、どうかしましたか」
「無事に仕事に行けるといいな、最近はなにかと物騒だろ。
 ……お前がいい子にしてたら、何もしねえよ」
脅迫めいた言葉の意味を問う前に、大竹は出て行ってしまった。
「……戻らないと」
立ち上がったところで。ケータイがメール受信を知らせる音を鳴らした。受信ボックスを見ると、
未登録のアドレスから一通来ている。石塚はため息をついて、ケータイをパチンと閉じた。
(俺のまわりは、どうにもならない事ばかりだ)

◆◆◆◆◆◆◆◆

「おう、元気してた?」
廊下の向こうから歩いて来たのは、石井にとって最も接触したくない相手。今日は石塚の具合が悪そうだったので、
ネタ合わせも早めに切り上げる事になった。帰るまでの時間をどう潰すか考えていたので無視しようかと思ったが、
設楽は(行き先は反対のはずなのに)さっさと石井の隣りに立って歩いた。
「……設楽」
「最近忙しいらしいじゃん、がんばってね」
「あ、ああ……」
「そうだ、聞いてよ。うちの娘がさあ、日村のほうが俺より好きだって言うんだよ。
 どこが?って聞いたら日村のほうがお腹がぽよぽよしてて乗っかると気持ちいいから、だってさ。
 ひどくねえ?腹たったから日村しばらく出禁にしようかなんて思っちゃったりして。まあ冗談だけど」
調子が狂う。設楽の目的は何なのか。まさか、ただの世間話というのでもあるまい。石井は設楽の言葉を聞き流しながら、
自動販売機でコーヒーを買う。プルタップを指で開けて、飲もうとしたところで自分をじっと見る視線に気づいた。
「いや、ごめん。飲んでいいよ」
くすくす笑いながら設楽が手を振る。言われなくてもそのつもりだ。半分ほど飲んだところで、また視線が気になって
設楽の方を振り向く。あいかわらず腹の中が読めない、貼りついたような笑顔で石井を見ている。
「何か?」
「嵐は思いもよらないところから起こる。そして激しい雨風が過ぎ去った後には、何も残らない。
 人は、近づいてくる灰色の雲に気づいた時に、はじめて嵐の訪れを知るんだ。それまでは毎日が晴れだと信じて疑わない」
「誰の詩だ?」
「いや、個人的な人生観だよ。邪魔して悪かったね。じゃ、また今度」
設楽はくるりと踵を返すと、手を振って去っていった。その姿が廊下の向こうに消えると、石井も缶をゴミ箱に捨てる。
「……読めない相手は疲れるな」
呟き、また歩き始める。石塚ならこんなことはない。言葉に裏表などないし、感情は素直に表してくれる。だから気を張る必要もない。
廊下の窓から空が見えた。青空の向こうに灰色の雲が散り散りに浮かんでいるのを見て、設楽の言葉が思い出される。
「……あれで揺さぶりをかけたつもりなのか?」
石井はふっと笑って、リュックを背負い直し歩いて行った。

814Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:51:23
同時刻。石塚は誰ともはち合わせないように非常階段を使って外に出た。フェンスを乗り越えて、裏通りに出る。
トイレで受けとったメールには、簡単な命令が書かれていた。添付ファイルにはターゲットの顔写真と、
ターゲットを待つべきポイントを記した地図。
走りながらケータイを耳に当てると、向こうからはなんとも愉快でない声が聞こえてくる。
『記念すべき最初の仕事だよ。上手くできたらご褒美あげる。
 相手に下手な情けなんてかけるなよ、それと、白に情報流したりってのもナシだ。
 まあお前にそんな器用なマネできないのは知ってるけどさ』
「要は、逆らうなって言いたいんだろ!」
人通りの少ない路地裏を走り抜ける。ターゲットの帰り道はたしか一本向こうの通りだ。
『ああ、それと……言わずもがなだと思うけど、石井の身に何かあっても、それは黒とは“何の関係もない”
 俺の言葉の意味は分かるね?……じゃあ、頑張って』
ブツッと音がして、通話は一方的に切られた。
「もしもし、設楽!?」
ケータイに向かって怒鳴ってみても何も始まらない。石塚はとりあえず電柱の影に姿を隠した。
「……あ、顔」
パーカーのフードを下ろして顔が見えないようにする。心もとないが、顔バレの危険性は限りなく低くしたい。
念のため道路脇のミラーで確認した。
どうせ洗えば縮んじゃいますよ、と言いくるめてワンサイズ大きいものを買わせてきた洋品店の売り子に感謝した。
前が見えづらいという欠点もあるが、フードの影は黒く顔にかぶさって、口元すらよく見えない。
(……来た!)
ターゲットが歩いてきた。自分と同じか、少し年下くらいの金髪の男だった。
石塚は胸に手を当てて息を整えると、10メートルほど離れてついて行く。歩きながら、さっきのメールの文面を思い出す。
『こいつは、黒ユニットに自分から頼みこんで入ってきたくせに、
 すぐ怖気づいて白に情報を流した裏切り者だ。
 幸い、白はこいつの石を奪っていない。適度に叩き潰して、回収しろ』
「……ごめん」
それが目の前の男に向けたものか、それとも石井に対してのかは、自分にすら分からなかった。
人通りのない路地に男が足を踏み入れた瞬間、石塚は速足で近づき、その肩に手をかけた。

815名無しさん:2015/11/03(火) 08:05:06
あ、続き来てる
今後スピワとか出てくるのかな?楽しみ

816名無しさん:2015/11/03(火) 23:19:51
設楽VS石井、読み応えありました。
まだお互いに探ってる状態で一見普通の友人同士の会話にしか見えないのに設楽の迫力が半端ない。
それに対する石井の只者じゃない感もすごい。
それにしても、所持石の能力関係なくナチュラルで「洗脳マシーン」呼ばわりされる石井って……。

817Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:12:21
ちょこっと修正して落とします。時間軸的には05年6月ごろをイメージしていました。
>>146で児嶋が番組終了からしばらく経つのにまだ愚痴ってる、というのを踏まえて、
05年2月の終了からワンシーズン後くらいだろうか、と思ったので。ところで、熔錬水晶の発動条件に「体に触れる」って
ありましたっけ……そこは直していないので、もし違うのでしたら次から修正しておきます。

【ekou-3】

金髪の男が、ぎょっとしたように振り返った。その隙を逃さずに膝で背中を押して地面に引き倒す。
「な、なんだよお前っ……まさか、黒の!?」
それには答えず、暴れる男のポケットを探る。要は石を回収さえすればいいのだから、石だけ素早く抜き取ってしまえばいい。
(あーもう、なんでボタンつきなんだよ!)
指先がからまって、うまく外せない。それでもなんとかズボンのポッケを調べ終わると、ジャケットに手をかける。
石塚は実際、戦闘経験も浅かった。完全に補助系の能力だったからというのもあるかもしれない。
男が最後のあがきとばかりに拳を振り上げさえしなければ、上手く行ったはずだった。
「……うッ」
ガッと鈍い音がして、頬に衝撃が走る。軽い平手打ち以外のパンチを、しかもエルボーをくらうなど初めての経験だった。
目の前が一瞬ぶれて、体から力が抜けていく。
(……え、俺……今、殴られた?)
その隙を逃さず、男はもう一発、頬に拳を叩き込んできた。
頬が熱を持って腫れてくる。歯が二本ぐらついていた。呼吸をするごとに口の中に鉄の味が満ちる。
(……痛い。ていうか熱い……)
石塚は頬を押さえてその場に膝をついた。痛みよりなんとも言えない惨めさのほうが勝った。
目頭が熱くなる。どうしてこんなことになった?自分はただ、石井と平凡な日常を生きていたいだけなのに。
不覚にも涙がこぼれた。袖口で拭っても、後から後からあふれて止まらない。
「畜生!」
男は立ち上がると、ペッと唾を吐いて背中を向けた。待ってと手を伸ばそうとして、薬指にはまった熔錬水晶が目に入る。
(これを使ったら……使っちゃったら、俺は本当に)
黒ずんだ結晶が、ぼんやりと昏い光を放った。耳の奥で、設楽の声がリフレインする。
『石井の身に何かあっても、それは黒とは“何の関係もない”……俺の言葉の意味は分かるね』
石塚は人さし指を伸ばして、残りの指を内側に折り曲げた。
一を数える時のようになった指の先はまっすぐ、男の背中に狙いを定めている。
(……それでも、俺は石井さんに無事でいてほしいんだ。だから、そのためなら)
非常に小さな小粒の光球が集まり、一つの光になった。男は気配に立ち止まり、振り返る。

「俺が、悪者にもなってやる」

無意識の手の震えが、照準をわずかに狂わせた。光の弾丸が、男の肩をかすめて背後の壁に孔を空ける。
「チッ……しつけえ野郎だな!」
男は、背中のリュックからコーヒー缶を取り出してタップを開ける。そのまま一文字を描くように動かすと、道路に
点々とコーヒーがこぼれ落ちた。男は指で丸を作ってくわえると、「ピッ」と指笛を吹く。
瞬間、石塚の足元から青い光が放たれる。後ろに飛びのいて避けるのと、道路がまるで地震の時のようにボコッと
隆起して割れるのは、ほぼ同時だった。
「ぐっ……!」
右手にぬるりとした感触。見ると、手の甲が爆破で飛んできた破片で裂けたのか、斜めに切れて血が滲んでいた。
布で血の流れをせき止めようとするが、あっという間にパーカーの裾が真っ赤に染まる。
「……ははっ、どうよ俺の石は?……まだ終わりじゃねえぞ、俺を襲った分は倍にして返してやる!」
すっかり逆上した男は一歩ずつ近づきながら、コーヒー缶を振り回す。
点呼のように吹かれる指笛が響くたびに、予測不可能な箇所から爆発がおこった。石塚も避けながら狙撃するが、
元々素人なところに持ってきて、動いている的を狙い撃つのは難しく、まったく見当はずれの場所に当たる。

818Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:13:45
(やばい、このままじゃいずれ直撃だ。
 ……弾切れまで待つってのもアリだけど、どうせストックあるんだろうしな……)
石塚は電柱の影に隠れて、苦手な思案を巡らせる。ふと、右手の指先からぽた、ぽたとこぼれ落ちる鮮血が目に入った。
胸に手を当てて、激しく脈打つ心臓を抑える。何回か深呼吸すると、覚悟が決まった。
「おい、逃げてんじゃねえぞ!」
男はすっかり勝利を確信したらしく、強気に煽った。言われた通り電柱の影から石塚が出てくると、にんまり笑う。
石塚が歩き出すのと同時に、男もコーヒー缶を振るった。残り少ない中身が全てパーカーの前身頃にかかる。
「ピッ」と鋭い指笛が鳴る。しかし、青い放射光は出なかった。
「なんだと!?」
男が驚きの声をあげる。同時に、銃声に似た音が響いた。
ほぼゼロ距離からの弾丸が、男の腹に深くめりこむ。あまりの圧迫感に、男は呼吸もできず立ち尽くした。
石塚の指がゆっくりと下ろされると、腹を抑えて短く息を吐く。
「ぅ、ぐ……」
服にじわりと血が滲んで、内部から痛みが波のように押しよせる。
石塚は地面に倒れこんだ男のジャケットを探った。案の定、胸ポケットからブレスレットに加工された宝石が出てくる。
立ち上がると、「待……て……」と弱々しい声が引き止めた。
「お前……なんで……何を、仕込んでやがった……」
石塚は無言で、着ているパーカーを指さした。点々とついた染みは、夕暮れの薄暗い光に慣れた目に、ゆっくりと本来の色を教えた。
「……はっ、そういうことかよ」
ぱっくり裂けた右手の傷口とその赤い染みを見くらべて、男は自嘲気味に笑った。
男の笑いは、石塚の姿が路地の向こうに消えた後も、しばらく止む事はなかった。


収録終わりでいい気分だったので、夕暮れを見ながら散歩して帰ろうと思ったのがよくなかった。
のんびり歩いているうちに、空気にただならぬ気配が混ざる。それは、つい5、6年前まで当たり前に感じていた……そして
最近ふたたび感じるようになった気配。黒ユニットの人力舎白掃討作戦が失敗したのは聞いていたが、それにしても
この頃の黒はまたなりふり構わないようになった。
「……ここからが本番、ってか?」
第六感が激しく打ち鳴らしていた警告を無視して、深沢は走りだした。中年を間近に控えた体に全力疾走はいささかきついが、
構わず走り続ける。すると、人気のない路地裏から断続的な爆発音が聞こえてきた。
爆発で舞い上がったコンクリート片からとっさに顔を庇うと、パンッと乾いた音が響き渡る。
恐る恐る顔を上げると、金髪の男が地面に倒れていた。もう一人……フードを目深にかぶった男が、倒れた体を乗り越えて
こちらに歩いてくる。あわてて公園に入ると、草むらに隠れて男の顔をうかがった。
パーカーの男は、奪った石をポケットに入れて、あたりをきょろきょろと落ち着きなく見回した。
やがて人の気配がないのを確認した男は、フードに手をかけ一気に脱ぐ。
「……ッ!?」
深沢は驚きのあまり、息を呑んだ。
フードの下から現れたのは、自分もよく知っている……いや、だからこそ最も『黒』だと信じられない人間だった。
「石塚?」
呟きはほとんど吐息となって、消えていく。
むしろ相方の石井の方が、いまいち腹の中が読めない部分があり、黒だと言われてもあまり違和感がないように思える。
普段は冷静で知的な雰囲気の男。ドラマでも同じような役どころの多い石井だが、自分で書いたコントの登場人物になると、
たまに、お芝居だと分かっているこちらでもぎょっとするような狂気を放つ事があるからだ。
(やっぱり、あの合理的な石井が黒に与するってのは考えにくい。
 それに、アリキリの二人とも黒だっていうなら、石井が一緒にいないのはもっとおかしい。
 つまり……石塚の方だけが……一番ありえないパターンじゃねえか)

819Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:14:12
しかし、石塚からは黒の芸人特有の禍々しさはあまり感じられない。まだ仲間になって日が浅いのか、黒ユニットのやり方にも
慣れていないようだ。石塚が足早に立ち去った後も、深沢はしばらく立ち上がれなかった。額に手を当てて、低く呻く。
「……だめだ、あいつは黒になんか入れちゃいけない。……なんとかしてやらないと」
深沢は立ち上がり、ズボンについた砂埃をはらう。それから、まずは救急車を呼ぼうと公園の電話ボックスに走る。
「もしもし……はい、救急です」
手短に通話を終えると、受話器を戻す。がちゃんとやけに大きな音がして、年甲斐もなく心臓が跳ねた。
狭い電話ボックスを出ると、ため息をついて髪をかきあげる。東にも知らせたほうがいいかと考えたが、
東もあれでなかなか、すぐに熱くなる江戸っ子気質の持ち主だ。逆上してますます状況を悪化させかねない。
「あー、なんで俺がこんな悩まなきゃいけねえんだよ!」
深沢は、次々に浮かぶ苦悩の種を振り払うように髪をかきむしった。
(逆に黒ユニットを利用してやるような、したたかな奴なら心配なかったんだけどな……
 石塚の性格じゃ、気づいたら泥沼にはまっちまうのがオチだ)
ベンチに座って考える。救急車のサイレンが近づいてきて、公園の近くで止まった。中から救急隊員がばらばらと降りてきて、
路地に倒れた男を担架に乗せている。深沢は背もたれに体を預けて空を見上げると、降って湧いた厄介事にため息をついた。
「さて、これからどうしようか……」
橙色の夕暮れは、いつの間にか雨雲が浮かぶ仄暗い青に変わっていた。


翌朝。疲労のあまり、帰りつくなりベッドに倒れこんで寝ていた石塚は、
薬指の皮膚に、歯を立てられているような鋭い痛みを感じて目を覚ました。頭も痛い。おまけにまた手が小刻みに震えている。
おまけに昨日殴られた頬が腫れて熱をもっている。氷袋を当てて冷やすが、黒ユニットに労災があるのかどうかが気になった。
『それで今日一日は保つだろ』
大竹の言葉が思い出された。あんな少量の欠片を飲むのでもあんなに苦労したのに、一体どれだけ飲めばこの症状は治まるのか。
考えるだけで憂鬱な気分だ。そういえば、稽古場にコートを忘れてきた。
「もしかして、毎日飲まなきゃダメとか?……嫌だなあ」
通話履歴を確認するが、設楽からの着信はない。一応命令どおりに石は奪ってきたが、なんのアクションもないというのは
逆に不気味で恐ろしいような気もする。そこまで考えたところで、薬指の痛みが再び盛り返してきた。
「いって……何なんだよこれ、呪いの指輪かよ!」
起き上がって外そうとするが、なぜかがっちりと喰いこんで離れない。しまいには無理矢理ねじるようにして外す。
床に転がった指輪をテーブルに置くと、そこでケータイが鳴った。耳に当てると、かすかな引き笑いが聞こえる。
『よお石塚、そろそろ限界か?』
「……大竹さん」
『設楽から伝言だ。“明後日、黒ユニットの集会が開かれるから、地図の場所に来ること。あ、そうだ。
 今はたまたま黒の欠片のストックがないから、あと二日間頑張ってね”……だそうだ』
設楽の語り口を流暢に真似しながら伝えてくる。たまたまない、というのが嘘なのは石塚にも分かった。
ぎりぎりまで焦らして、堕ちてくるのを待っている。残酷なやり口だ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!じゃあ俺あと二日もこんな……」
『じゃあ、俺は忙しいから切るぞ。また明後日な』
「大竹さん!」
叫びも虚しく、通話は切られた。ケータイを放って、またベッドに倒れこむ。気休めと分かってはいるが、
頭痛薬を水なしで噛み砕く。まるで夢と現実を行き来しているような、ふわふわした感覚。
ちょっとでも気を抜くと、どす黒い思考に引っぱられそうになるのを、爪を噛んでこらえる。
「……怖いよ、石井さん」
石塚は体をぎゅっと丸めて、やり過ごすために目を閉じた。

820Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:15:02

それから二日間、仕事がなく丸々休みだったのは幸運だったと言えるかもしれない。
設楽がそれを知っていて欠片の処方を調節させたということも考えられるが、とにかく集会の日まで、
石塚は家から出ずにほとんどベッドの中で毛布をかぶって過ごした。禁断症状にも波があるのか、その日の朝は
弱い頭痛があるくらいで、手の震えもおさまっていた。
「もしかして、お前か?」
指先で摘んだプラチナルチルクォーツに話しかけてみる。期待したわけではなかったが、石は光りもしなかった。
薄情な石だ。石塚は出ようとして、テーブルに置きっぱなしだった熔錬水晶の指輪を見る。
「……お前とは、あんまり長く付き合いたくないな」
石塚は迷った末、指輪をポケットに突っこんで家を出た。

「おいっ、どうしたんだ、その怪我!」
稽古場に入って挨拶するなり、石井は血相を変えて飛んできた。頬の腫れは引いていたが、右手の傷口はまだ塞がっていない。
石井は(昨日傷口が開いたせいで)また赤く滲んだ包帯と相方を見くらべて、顔色を青くした。
「……まさか、黒に」
「ち、違うって!料理してたらうっかり手が滑っちゃって、それで……ザックリと」
二日間のうちに用意しておいた言い訳を話すと、石井は呆れ顔になった。
「なんだ、心配して損した……冗談だよ。君からは目が離せないな」
笑いながら、忘れていったサマーコートと、ホチキスで留められた台本を渡す。
「検閲、頼むよ。君が修正してくれないと始まらない」
「俺、今回は死にたくないなあ。グロい?」
「これでも抑えたつもりなんだけどね。どうも生まれついた性質っていうのは変わらないらしい。
 ……しっかりしてくれよ。君が僕の分まで明るくしてくれないとバランスがとれない」
石井が行ってしまうと、台本をめくる。
文字を書こうとした瞬間、痛みで指の力がゆるんだ。机に転がった赤ペンがやけに大きな音をたてたおかげで、
稽古をしていた後輩たちがぎょっと振り向く。
「バランス、か」
石塚は手を振って彼らを安心させると、そっとぎこちない動作で左手に持ち替えた。

地図を頼りに走るタクシーが泊まったのは、石塚の収入では一生縁がないであろう、神楽坂の一等地にある料亭の前だった。
驚く運転手に料金を払って降りる。タクシーが走り去ってしまうと、石塚はサマーコートのポケットに手を突っこんで
上品な佇まいの門構えを見上げた。六本木の帝王と呼ばれた元首相も、こんな場所で飲み食いしたのかと思いを馳せる。
「……黒って、どこからお金もらってんだろ」
門をくぐって、引き戸を開ける。すると目に飛び込んできたのは、つやつや光る檜の床や実に達筆な掛け軸などの調度。
「う、うわっ!なんだよこれ、いくらすんの!?」
自分のあまりの場違いぶりに、顔が真っ赤になる。やっぱり出ようかと踵を返しかけた瞬間、
「お待ちしておりました、石塚様」と抑揚のない声が背後から聞こえた。
「え?」
振り返ると、いつの間にいたのか、仲居が背筋をぴんと伸ばして立っている。顔はロボットのように無表情で、眉一つ動かさない。
「皆様、もうお見えになっております。あちらへ」
見ると、仲居の手は廊下の一番端にある座敷を示していた。
閉じた襖の前に行くと、中から「いいよ、入りな」と声がする。石塚はそっと襖に手をかけて開いた。

「ああ、ちゃんと来たんだ。どっかで迷子になってんのかと思ったよ」
設楽は言いながら、杯に口をつけて一気に飲み干した。
同期なだけに遠慮がない物言いだが、対する石塚はといえば、そこに広がる光景に驚きを通り越して恐怖を覚えていた。
長いテーブルに並んだ、刺身の盛り合わせや懐石料理、何本もの日本酒。席についているのは、若手から大物まで、
事務所も年齢も幅広い者達。何より恐ろしいのは、彼らのほとんどがにこりともせず、淡々と同じリズムで箸をつけて
料理を口に運んでいることだった。まるでそうしろとプログラミングされたような動作に、石塚は思わず一歩後ずさる。
「どしたの、遠慮せずに座んなよ。……ああ、もしかして和食苦手だった?
 じゃあ食べたいもの教えてよ、なんでも持ってきてやるから」
普段なら「設楽さんふとっぱら!」とでも言ってふざけるところだが、目が笑っていない。
(は、はやく座んないと……)
石塚は、なるべくはじっこの方に空いている席を探した。しかし、なぜかどこにもすでに先客がいる。
結局、上座で飲んでいる幹部三人のすぐ隣の座布団に腰を下ろすはめになった。
しかし、箸は取らずに周りを見回す。黒に少しでも味方になってくれそうな芸人はいるのか、知りたかった。

821Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:15:25
なぜかさまぁ〜ずの二人はいなかった。都合がつかなかったのかと思い直して、そっと向かいを見る。
(あ、あれ、猿岩石の。たしかほぼ同期だったような……)
有吉は退屈そうな顔で酒を飲んでいた。表情があるのに少し安心するが、口をきいた事もないのに声をかけられそうにない。
(その隣にいるのが、なんだっけ、いつもここから?一人しかいないけど……うわ、ネプチューンまでいる!)
堀内は石塚と目が合うと、なぜかしーっと指を唇に当てた。意味が分からず顔を背ける。
すると、もろに小林と目が合ってしまい、あわてて下を向く。
(……やばい、スゲー居心地わるい……)
やがて、小林が隣の設楽に何やら目配せした。

「……じゃあ、今日は転校生がいるからね。みんなに紹介しよっか」
設楽が手を叩くと、全員食べるのをやめて箸を置いた。
「知ってる人もいると思うけど、アリtoキリギリスの石塚義之くん。
 俺とは同期の桜だから、みんな仲良くしてやって」
ややふざけた挨拶に、まばらな拍手が起こった。石塚はとりあえず軽く会釈をする。
設楽は今度は石塚の方を向いて、飲め、というように杯を差し出した。
「歓迎するよ。本能に忠実な奴は嫌いじゃないからね。これはほんの挨拶代わりに」
口をつけるが、水を飲んでいるように味気ない。心なしか、設楽の声がいつもと違うような気がした。
「そういえば、さっきから一言も喋ってないよね。どうしたの?お前らしくないじゃん。
 慣れない場所で緊張してる?それとも……俺が怖い?」
「えっ……」
いきなり核心を突かれて、杯を取り落とす。幸い、下がやわらかい座布団だったおかげで割れなかった。
「お前の考えてることなんて手に取るように分かるよ。素直だし、感情がすぐ表に出る」
設楽は実に面白そうな笑みを浮かべて、落ちた杯を拾い上げた。
「お前は賢い選択をしたんだ。そうだろ?だって、お前はいつも不自由だったもんね」
「言ってる意味が……よく分かんないんだけど」
また酒が注がれ、石塚の前に杯が来る。
「お前は常に、周りの奴らが望む姿をモンタージュみたいに作って生きてるってことだよ。もっと言えば、
 いつも石井の言うとおりに動いてる。石井の背中の後ろに隠れて、おとぎ話のお姫様みたいに守られて。
 キャブラー大戦の時だって、そう……」

石塚はその単語が出た瞬間、杯をつかんで、設楽の頭から中身をぶちまけた。
その場がざわめく。幹部の設楽に楯突くなど、黒の芸人たちのほとんどが初めて目にする光景だった。
「もしかして、怒った?」
髪から日本酒の匂いのする水滴を滴らせ、設楽は引き笑いを漏らす。隣の小林も土田も、たった今起こった出来事に
驚愕の表情を浮かべていた。急に訪れた静寂に、石塚は杯を持ったまま、はっと気がついて狼狽え始めた。
「あ……ちが、これは……」
「何が違うの?お前今、すごい顔してるよ。よっぽど石井が弱点みたいだね。でも……なんの心当たりも
 なかったら、こんな事しないよね」
小林はそこで気づいた。さっきから設楽が紡いでいた挑発的な言葉は、すべてこの為にあったのだと。
設楽のポケットに入っているソーダライトが、布地の下で輝きを放つ。
同時に、石塚の目の前が真っ暗になった。頭の中に設楽の声が何重にもなって響く。

822Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:16:06
『人間の心っていうのは、常に二重構造になってる。嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ。
 どんなに優しいとか、いい人だって言われている奴でも、心のどこかに闇がある。
 そうだよ石塚、お前のことだよ。お前の中にだってあるはずなんだ。深く果てしない、闇が……』
あたりを見回しても、設楽の姿は見えない。声だけが意志を持ったように反響してくる。
『お前だって、一度は石井を憎んだことがあるんじゃないの?どうして自分だけ、って……いつも石井の
 影で、石井の背中ばかり見ている。そんな自分が嫌になったことがさ。
 闇を恐れちゃいけない。それを受け入れるんだ。その手助けを、俺がしてあげるから』
耳を塞いで、その場にうずくまる。その間も設楽の声は止まらない。
「やめろ!」
『でも、石井はお前を信頼している。それが苦しくてしかたないんでしょ?自分の中にある汚い感情を
 見られたくないんだ。でもその所為で、お前は嘘をついた』
「……まさか」
『俺はなんでも知ってるんだよ。石井が記憶を取り戻したことも、お前が石井を苦しめたくなくて嘘ついたことも。
 でもさ、気づかない?嘘をついた時点でお前はもう、石井を裏切ってるってこと』
「黙れ、黙れよ!!」

叫んだ途端、目の前が急に明るくなった。何かに締めつけられていたような感覚が解けて、呼吸が楽になる。
「……まぐれっていうのは、二度目はないんだよ」
設楽はソーダライトを指でなぞると、忌々しげに口を開きかけた。
「やめろ、設楽」
意外にも、土田から助け舟が出た。設楽の二の腕を掴んで、石の発動を止めるよう目で合図する。
「深追いは禁物だ。連続での説得は、精神に悪影響を及ぼす危険性がある。
 ……こいつは、石井を守るって点では迷いがないんだ。焦らずじっくりと、欠片を使って従わせたほうがいい」
後半の言葉は、設楽の耳元で囁かれたせいで石塚には聞こえなかった。小林も、開きっぱなしのノートと
設楽を見くらべて、ほっと安心したようなため息をつく。
「そうだね。小さなことから一つずつ、確実に……摘み取っていかないとね」
設楽は納得したのか、不穏な言葉と共にソーダライトをポケットにしまった。
代わりに取り出したのは、鋭角で構成された黒い鉱石の欠片。石塚の手がまたかすかに震えだすと、満足気に鼻を鳴らす。
指先でピンッと黒の欠片が弾かれる。畳の上に、黒の欠片が転がった。

「ご褒美。拾いなよ」

その言葉に、石塚は惨めな気分で欠片をつまみ上げる。手の中にそっと握りこんだまま、設楽を見た。
「ねえ、自分で拾って飲むってことはさ。黒ユニットに従ってくれるってことでいいんだよね?」
設楽は石塚の肩をポンポンと叩いた。これを飲まなければ、あの苦痛を味わい続けることになる。
だが、一時楽になる代わりに得られるのは、完全なる服従__。
「約束するよ。お前が黒のために働いてくれる限り、石井に手出しはしない。俺達は、運命共同体だ」
そう囁いた設楽の指に力がこもる。石塚は震える手で欠片を口に入れると、喉を鳴らして飲みこんだ。
心臓のあたりがすうっと冷えていく。小刻みに震えていた手を見つめる。すっかり震えはおさまって、体が軽くなっていた。
「ようこそ、黒ユニットへ!」
設楽の耳障りな笑い声が、不気味なほど静かな座敷に響き渡った。

◆◆◆◆◆◆◆◆

あの悪夢のような集会から一夜明けた昼。石塚は自宅のテーブルの上で作業をしていた。
「えーと、こっちのネジは……プラスドライバーで行けるかな?」
ネジを回して部品を外していく。けして不器用ではないと自負しているが、工作など小学生の時以来だ。
完全に補助に特化した自分の石では、相手の隙を作るか誘いこむ事しか出来ない。やはりどうあがいても
この熔錬水晶を使って撃つしかないのだが、指にはめると(錯覚かもしれないが)指が食いちぎられそうに痛む。
かといって指でつまんで撃つのも危なっかしい。となったところで石塚はひらめいた。

(モデルガンの中にこれを入れたら、撃てるんじゃねえの?)

部品の正体は、秋葉原で午前中のうちに買ってきたモデルガンだ。店員はこちらが初心者と分かると、銃に関するウンチクを、
上田のごとく盛大にしゃべりまくったが、使えさえすればそれでいいと思っていたので、聞いていなかった。
「あ、ここが弾倉か。じゃあ……ここに、入れれば……よし、入った」
銃身を開いて、中に熔錬水晶の指輪を入れて固定する。サイズを測ったのがよかったのか、ぴったりだった。
しかし素人仕事が災いしたのか、ハンドガンの形に戻せたのは日が暮れてからだった……

823Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:16:56
さすがに家の中で練習するわけにも行かないので、ご近所が寝静まったのを見計らって外に出る。
大竹いわく、この熔錬水晶は「石としてのパワーはそこまで強くない」という。ただ、この前一度だけ使った限りにおいては
普通の拳銃より弱いが十分に殺傷能力はあるらしい。目をつけておいた廃ビルに着くと、
入り口に張り巡らされたイエローテープを引きちぎって中に入る。空き缶を横一列に並べると、足元に注意して後ろに下がった。
10メートルほど離れたところで、安全装置を外して刑事ドラマのように両手で構える。
(石井さんも、小道具で持ったことあんのかな)
深く息を吸って、吐く。鼓動が落ち着くのを待って、引き金に人さし指をかけた。
パンッと乾いた音が、空気を切り裂く。光の弾丸は空き缶をかすめて、後ろのひび割れた壁に小さな穴を開けた。
「……俺がやるしかないんだ」
気を取り直して再び構える。
続けざまに五発撃ったが、初心者が簡単に当てられるほど甘くはなかった。
「もう一回!」
狙いを定めて引き金を引く。今度は見事に命中した。弾を受けたアルミ缶は空中でぐしゃっとへこんで、カラカラと床を転がった。

「危ない!!」
スタッフの誰かが叫ぶ。石井は反射的に飛び退く。直後、上から大きな撮影用のライトが落ちてきた。
床に叩きつけられた勢いで、ガラスレンズが割れて外れたネジが飛び散る。突然の出来事に、さすがの石井も足から力が抜けた。
「石井さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……怪我はないから、平気だ」
なんとか立ち上がり、衣装についたホコリを払う。向こうで撮影係の若いスタッフが監督に怒鳴られていた。
「ったく、いくら撮影が真夜中までかかってるって言ったってなあ。安全第一って言葉知らねえのかお前は!」
「す、すいません!でも……俺、本当に確認したんですけど、さっきはこのコード切れてなかったんですよ!」
「ああ?こんなん落として誰が得するってんだ、さっさと片付けろ!」
高い機材がオシャカになった悲しみからか、監督はさっさと行ってしまった。
石井は片付けをするスタッフたちをぼんやり見ながら、考えていた。
(いや、いるんだ。これを落とす理由のある組織が、一つだけ……)
石井は無意識のうちに、手の中の石を握りしめていた。

「石井さん、おはよ!」
後ろからどんっと重いものがのしかかってくる。
その正体であるところの相方を面倒くさそうにどけて、石井は呆れ顔で振り返った。
「……石塚くん。僕は昨日三時間しか寝ていないんだ」
理由はそれだけではない。なにせ一歩間違えれば大怪我をするところだったのだから、
一夜明けても神経の昂りが収まらないのは当然のことだった。
「……ごめん」
「いや、君が謝ることはない。撮影は終わったからね。君の方こそどう?」
「うん、一応ダメそうなとこには赤線引いといたよ」
台本を受け取り、歩きながらめくる。一ページ目からすでに真っ赤だ。
(……やっぱり、僕は疲れているのかな)
石井のネタは、精神状態が大きく反映される。幸せな気分の時には平和だが、ストレスが多かった時のネタは
高い確率で人が死んだり、酷い目にあったりする。そこに石の闘いという新たなストレスが加わった今、
ネタ見せを通る確率はどれだけ下がったのか、考えるだけでも憂鬱な気分だった。
「……ん?」
石井はふと顔を上げた。前を歩いている石塚から、何か嫌な気配がする。それはぼんやりと形を持っていないが、
濁り、もしくは淀みと表現するのが適切な気がするもの。いずれにせよ、目の前の人間がまとうにしては
不自然な気配に、石井は相方の手を取って振り向かせた。
「なに?」
「……いや、なんでもない」
振り返った石塚からは、さっきまでの負の気配は完全に消えていた。間違いかと思い直し、手を離す。
「どしたの?石井さん、なんか今日変だよ」
「……そう、そうだな……君を疑うなんて……普段なら絶対にありえないはずなんだ」
頭を振って打ち消す。石塚は相変わらず困ったように笑っていた。
「じゃあ、早く行こうよ」
「あ、ああ……そうだね」
この時、何故もっと厳しく問いつめなかったのか。
後に石井はこの日のことを激しく後悔することになるが、それはまだ先の話。

824Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:27:36
金髪の男の能力を投下しておくの忘れていました。代償は出せなかったけれど、
必ず火傷するという点では痛いかもしれない。

【金髪の男(名前不明)】
【石】不明
【能力】コーヒーを媒介として、物質を爆破する。転送系の能力の一つ。
【条件】転送したい場所にコーヒーを落とした後、指笛を鳴らす。
    口笛では不可、またきちんと音が出ないと爆破できない。
【代償】熱いコーヒーを冷まさずに飲む。飲む量は爆破に使った量と比例する。

825Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/14(土) 21:45:04
今しかいいタイミングはないだろうと思うので、
森脇さん復帰の記事見て息抜きに書き殴った、元猿岩石の短い文を投下してみます。
私しか喜んでないのかもしれないと思いつつ。そして例によって時系列はガン無視状態。多分続かない。

『Roadless road』

廊下の角を曲がったところで、懐かしい顔に突き当たった。
一見すると普通のサラリーマンにしか見えないような平凡な顔の、だが6歳の頃から見ているせいで
すっかり覚えてしまった風貌の男。彼は行き違うスタッフを流れるように避けて、有吉の方に歩いてくる。
すれ違ったところで、無視して通りすぎようとした有吉の手首をつかみ、自分の方へ引きよせた。
「……お前とは、火事と葬式以外は不干渉って決めてんだよ」
最初に出た言葉はひさしぶり、でも元気か、でもない憎まれ口。
「村八分かよ!せめてそこに年賀状くらいは入れろよ!まあ、俺もそのほうが自然な形だと思うけどな」
森脇は顔の下半分だけを笑顔にして「はははっ」と心のこもっていない笑い声を聞かせた。
「お前がこの後次の収録まで20分の休憩があるのは調査済み。ついでに、今夜は予定がないのも知ってる。
 独身貴族のお前に帰りを待つ家族なんていないだろ?だったらさ」
自販機横のゴミ箱に腰を下ろして、足先を軽く組ませる。貼りついたような笑顔を崩さないまま、森脇は続けた。
「俺と思い出話する時間くらいあんだろ?」
「……お前とお喋りなんかしたって」
やっぱり行ってしまおう。そう思って歩き出した有吉の体は、次に弾き出された一言で、根が生えたように止まった。

「忘れ物、とりにきた」

振り返ると、森脇は自販機のボタンを戯れにいじりながら、じっと有吉を見つめている。
「……俺か?」
とりあえず、一緒にいた頃のようにボケてみた。全くウケずにダメ出しばかり貰っていた過去は棚に上げて。
「かっこよく言うんだったら、失われた半身、ってやつ?」
森脇が立ち上がり、また近づいてくる。有吉が半歩離れれば、それにかぶせるように一歩、一歩と距離を詰めてくる。
気がつくと、背中に壁がついていた。有吉の顔のすぐ近くに森脇の拳が叩きつけられる。大きな音がして、思わず体が跳ねた。
ああ、これが最近流行りのの壁ドンってやつかと考える間もなく、詰問が始まる。
「まだ、持ってんだろ?俺がお前にやった“身元保証書”」
「あれを取り返してどうする気だよ。お前もう芸人じゃねえんだぞ、どうせ使えねえだろ」
「使えるか使えないか、そういう問題じゃねえんだな、これが。
 ……真鍮に新しい持ち主が出てないのも知ってる」
「どうやって調べたんだ」
「分かるんだよ、どんなに隠してたって、真実が分かれば後は俺の領域だ。忘れたとは言わせねえかんな」
「勝手に一抜けしたのはお前だろ!」
予想に反して、森脇はひるまなかった。代わりに笑みを消して、失望したような表情になる。
「あの真鍮だって……俺がいなけりゃ、ただの石ころだったじゃねえか」
「お前にあいつの何が分かんだよ!!」
まるで恋人を嘲られた男のように叫んだ後、大声で人が来るとまずいのか、はっと口元に手を当てて有吉から離れる。
「……バカじゃねえの、お前まだ真鍮のこと」
「あのまま俺が持ってたって、いつかは手放すことになってたとは思う。
 でも、あそこであいつを離すべきじゃなかった」
今度は森脇のほうが背中を向ける番だった。壁からゆっくりと離れた有吉に、顔だけ向けて忘れていたように聞く。
「お前、イーグルアイの声……聞いたことあっか」
「いや」
「じゃあ、俺の勝ちだ」
わけの分からない捨てぜりふを残して、今度は軽やかな足どりで去っていく。有吉は元相方の背中を見送って首をひねった。
「あいつ、何する気だ?」

826Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:56:24
タイトル変わりますが、続き。
プラン9とロザンの動きをすこし意識している展開。そして多角型、特化型の名称は勝手に呼ばせただけですので、
これから書きたい方は無視してくださっても大丈夫です。能力スレの>>817さんによると道をつけ加えたりは可能のようですが
元々あったものを消したりとかは不可能と思って書いてました。吉田が二人いるので文章がめんどい。

【Deep down inside of me-1-】

「人間は、大地がないと立っていられない」
設楽は壁一面に貼られた写真の中から一枚とって、心底愉快そうに歯を見せて笑った。
「まずは足場を踏み慣らして固めるんだ。新しい道を作って歩くのはそれからでいい」
座ってノートを読んでいた小林は、その言葉に顔を上げて伊達眼鏡を外した。
設楽が幹部の自分相手に抽象的な言葉を使ってはぐらかすのは珍しい。彼流の謎かけと理解して、口を開く。
「……人力舎の殲滅作戦は失敗しましたからね。ホリプロ内での黒勢力を盤石なものにする方が、戦略的にはいいでしょう。
 その為に、彼というジョーカーが不可欠になる」
「いうなれば、秘密警察だね。邪魔者を消すまでは求めてない。俺が欲しいのは白の情報だ」
「なるほど。しかし、あの性格を見た限りでは密偵に向いているとは思えませんが」
設楽がふん、と鼻を鳴らす。その態度に、小林は自分が失言したことを悟った。
「どのみち、時間をかけるつもりはない。あいつが使えなくなる前に、ホリプロは俺の支配下になる。
 あそこを抑えてしまえば白の勢力は半減したも同然さ。いくら人力舎の奴らが抵抗したって、
 向こうにも“撒き餌”を仕掛けてあるんだから」
「油断は禁物ですよ。下手に突くと何が出てくるやら」
「分かってるさ。だから小さな綻びを一つずつ、解いていこうって言うんだ」
小林は立ち上がり、設楽の隣りに並んだ。ピンで留められた写真たちの中心にある石塚の宣材写真を、ペン先で軽く突く。
「ここまではシナリオ通りだ。嬉しいだろ?」
「いいえ……俺のシナリオは常に書き変わりますから、安心はできませんよ。
 誰かのアドリブで、照明の当たる方向が違うだけで、こちらも全く予想しない方向に動いてしまう」
「肝に銘じておくよ。号泣との一件ですっかり懲りたからね、これからはシナリオを狂わせるような行動は控えるよ」
力を込めて言うと、小林がほっとしたのが、気配でも分かった。定期的に機嫌をとっておこうというわけではないが、
この男にへそを曲げられると色々とわずらわしいのも、また事実だ。
「では、また今度」
小林は壁から離れて、ノートと筆記用具をかばんに放り込む。部屋を出ていこうとドアに手をかけたまま、思い出したように振り返った。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
「うん、好きにしなよ」
「あなたはいつか言いましたね。黒ユニットのメンバーは、大切な仲間か、使える道具かに分かれると。
 なら……あなたにとって石塚君は、道具と仲間、どちらなんですか」
設楽はそれには答えず、また指を後ろ手に組んで写真を眺めた。円形に貼られた写真、そのうち白に協力する者にはバツ印がついている。
小林が出て行ってしまうと、ゆっくりと手を伸ばした。中でも真っ赤なバツがついた者の写真を、爪でカリカリとひっかく。
どこで撮ったのか、小沢のニヤケ顔の上に爪を立てて、唸るように呟いた。
「……ヒーローごっこは終わりだ」
そのままぐしゃりと握りつぶして、スピードワゴンの二人の写真を壁から引き剥がす。
「嵐になるよ、これから」

◆◆◆◆◆◆◆

時計の針は「カチッ」とやけに大きな音を響かせて、21の数字を打った。初夏の涼しい風が吹き抜ける屋上に、三人の男が立っている。
その中の一人、石塚は小さな箱を開けて、名刺を一枚取り出す。肩書きは『アリキリ商事株式会社 営業主任』
ボキャ天時代に作った懐かしい名刺だ。石塚はフードを下ろして石を発動しようとして、止まった。
「見んなよ」
視線を感じる、振り向く、二人が目をそらす。さっきからこの繰り返しだ。
「見んなって、恥ずかしいから」
そう言うと、阿部は両手で目を覆った。が、指の隙間からじぃ……とやや陰気な目つきで見ている。
「だから、終わるまでどっか行ってろって!」
石塚はシッシッと手で払う仕草をした。その様子に、阿部の隣でナイフを研いでいた吉田が腕時計を見て短く息を吐く。
「ていうか、なんか普通に喋っちゃってるけど……お前ら誰?」
「え、いまさら!?」
それまでずっとローテンションだった阿部が、そこで初めて素で驚きの声をあげた。
「ここに来るまでに聞かないから、てっきり知ってるもんだと……」

827Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:56:51
阿部は長い前髪をかきあげて、相方と顔を見合わせた。しばらく「お前が言えよ」「いいやお前が」と
ダチョウ倶楽部のような譲り合いをした後、吉田が言うことに決まったのか、軽い咳払いをする。
「俺は吉田大吾と申します。で、こっちが」
「どうもー、相方の阿部智則です」
「「二人合わせて、ポイズンガールバンドです、よろしくお願いしまーす」」
漫才の最初の挨拶のように、声を合わせて頭を下げてくる。
「よ、よろしく……」
とりあえずこちらもお辞儀をした。黒ユニットの戦闘員というともっと怖い印象だったが、思いの外普通なので、
石塚は逆にどう扱えばいいのか分からなくなってしまった。
「で、なんで俺達がここにいるかっていいますと、それはずばり石塚さんのお手伝いです」
阿部はなぜか少し胸を張って言う。
「ぶっちゃけ、今回の相手は石塚さん一人じゃ無理なんですよ。と、いうのもですね」
「意志が強い。去年、黒の石に汚染されましたが、仲間の助けもあって自力で立ち直っているんです」
「あ、俺の台詞とんなよ!……とにかく、ターゲットは今ピンの仕事で仲間から離れて東京に来てる。
 今までも大阪に潜んでいる黒の芸人がアプローチをかけてましたが、全部退けてきました。
 ここでもう一度黒に染めて大阪に送り返せば、大阪の白勢力を内側から崩す鍵になるってわけです」
「で、その人の名前は?」
聞くと、吉田の表情がわずかに曇ったが、すぐに元の静かな顔に戻って答える。
「浅越ゴエ。73年生まれの吉本NSC16期で、ザ・プラン9のメンバーの一人。
 石の能力は、阿部と同じ回復。ただ、阿部の場合は使い道が分かれる“多角型”
 浅越さんの場合は身体的ダメージの回復を極めた“特化型”とでも言ったほうがいいですかね」
「んー、回復しかできないんなら前から行ってもいいんじゃないの?」
「浅越さん一人でしたら、俺達が出てくることもありませんでしたよ」
吉田は意味深な言葉と共に、再び腕時計を見た。
「シナリオによると、あと5分です……早くしてくれますか」
「分かった、やるよ。やればいいんだろ!」
半ばキレながら、石塚は名刺を空に掲げ叫んだ。

「千の地図を持つ男、チズ.マスカラス!!……はずかしぃ……」

瞬間、ぱあっと名刺から眩い光が放たれ、それは大きな地図に変わる。建物から小さな道路に至るまで、
周辺の地形が精密に映しだされた白地図が、ふわりと目の前に舞い降りた。
「できた……ほんとに出た!」
この能力は今日が初お目見えなので心配していたが、無事に発動できた。
ほっと胸をなでおろすと、阿部が「ブラボー」と棒読みで言いながら拍手した。
石塚は地図を地面に広げて、風で飛ばないよう膝頭で抑えると、ポケットからボールペンを取り出す。
「来ました……やっぱり、ブラマヨさんも一緒だ」
吉田はひどく冷静な声音で呟くが、対する石塚はといえば、早速本領発揮とばかりにテンパり始めた。
「えぇー、聞いてねえよそれ!」
「さっきちゃんと言ったじゃないですか」
「どこで!?……ああもう、俺頭使うの苦手なのに!」
「俺達はブラマヨさんを足止めします。まずは、なんとかあの三人を引き離して下さい」
言うなり吉田は阿部をともない、屋上のドアを開けて階段を走り降りていく。
「引き離す……って、どうやって?」
石塚は前髪をぐしゃっと握りしめて、ボールペンをノックした。そっと白地図にペン先を乗せて、
元々あった道と区別するために赤いラインを引いていく。その間に眼下の通りに出た二人は、
ほろ酔い気分で歩いていた浅越と、鼻歌交じりの千鳥足で後に続いていたブラマヨの行く手を塞ぐように立つ。
「お久しぶりです、浅越さん」
「……吉田」
浅越は足を止めてずれていた眼鏡を直した。
「俺達と少し遊びませんか。酔い覚ましも兼ねて」
言うなり吉田は、鋭いナイフの刃先を手のひらに突き立てた。傷口から鮮血が赤い玉になって迸る。
その光景に、浅越は「うっ」と口元を抑えてたじろいだ。
パキパキと氷が割れるような音をたてて、血液が片手剣を形作っていく。赤黒い剣の切っ先が、浅越に狙いを定めた。
「ワンラウンドでどうですか」
浅越が答える前に、ブラマヨの二人が前に走り出る。吉田がブレスレットの石を握りしめて叫んだ。
「吉田!“もしお前の頭の上に電柱が倒れてきたらどうすんねん!!”」

828Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:15
言われた瞬間、吉田は雷に打たれたように固まった。相変わらずのポーカーフェイスだが、
額からは玉のような汗が転がり落ちる。空を見上げて、剣を持っていない方の手を顔にかざした。
「よし、かかったッ……」
前衛の吉田を封じてしまえば、回復系の阿部には何もできない。吉田がそう思ったのもつかの間、ピリッと空気が震えた。
「__はあ?」
小杉も思わず間の抜けた声をあげた。邪魔にならないよう後ろに下がっていた浅越と自分たちの間に、
何もない場所から現れた丸い光の玉が、集約して形を帯びる。やがてそれは、大きなビルとなってそびえたつ。
「おっ、おい、お前ら何した!このビルどっから持ってきてん!」
小杉がつばを飛ばして叫ぶ。阿部は答えず、ほー、と感嘆するような声を喉から出してビルを見上げた。
吉田もぺたぺたと触ってみるが、硬質の感触が、たしかに幻影ではないと教える。
道路を寸断するように立ち塞がるビル。デザインはごく普通の鉄筋コンクリート5階建て。しかしちょうど
浅越とブラマヨを寸断するように建っているせいで、彼らは引き離されてしまった。
「くそ、こいつっ……浅越、お前なんとかこっち来い!」
「む、無理ですよ!ちょうど道路を塞いでて、通れないんです!」
「裏道通ってこい!」
小杉は最後に腹立ちまぎれからか、ガンッと壁面を蹴飛ばす。
が、しっかり質量を持っているビルは衝撃と共に鈍い痺れを足の甲に伝えた。
「いってえ!!」
「アホか……」
足を抑えてのたうち回る相方を、呆れ顔で見下ろす吉田。直後、吉田の頭上でメリメリと音がした。
はっと見上げる。根本から折れた電柱が、電線を揺さぶりながら彼の上にゆっくりと倒れてくる。
「う、うわあああ!!に、逃げな……」
腰を抜かして悲鳴をあげる吉田の前で、幻覚の効果が切れたのか、もう一人の吉田も首をこきりと鳴らして剣を構え直す。
「……あなた達の相手は、俺です」
なんとか起き上がった小杉がその言葉の意味するところを悟った瞬間、吉田は地面を蹴っていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆

「裏道通ってこい!!」
小杉の叫びが終わるか終わらないかのうちに、浅越も踵を返して走りだしていた。
角を曲がって、初めて来た場所で分かりづらい小路を必死に見回す。
(そうだ、俺も回復で援護せんと。吉田とやり合って無傷で済んだ奴なんておらん!)
やがて、右左に分かれた路地に出た。直感で左を選ぶ。見たところ小杉たちのいる通りに近そうだったからだ。しかし……
「……嘘やろ、行き止まりって」
目の前にはそびえ立つ壁。しかし、向こう側から吉田の怒鳴り声や、血の鞭がしなる音が聞こえてくる。
「ちゅう事は……これ、さっきの?」
元来た道に戻ろうと踵を返す。その時、こちらに近づいてくるかすかな足音が耳に届く。
「……!」
薄暗い影の落ちる狭い路地に現れたのは、サイズが少し大きいサマーコートを着た男。フードをかぶっていて、顔は見えない。
「さっきのはお前か」
男は答えない。代わりにだらんと下げていた右腕をゆっくりと伸ばす。長い袖に隠れていた手に握られていたのは、
銀色に光る小さなモデルガンだった。
「吉本か?……大阪か?」
その質問には首を横に振った。そこで自分の情報を与えてしまったことに気づいたのか、顔が見えなくても分かるほど
わたわたと慌てはじめる。その仕草に、浅越は敵ながら心配になってしまった。
(……こいつ黒のくせに、えらいボケた奴やなあ……こんなんでやっていけとるんか?)
男はモデルガンを持ったまま、その場でおろおろしていたが、やがて自分の任務を思い出したらしい。
安全装置を親指で外して、両手に持って構えた。銃口を向けられ一瞬たじろぐが、よく考えれば実弾が出るはずはないのだ。
後ろは行き止まり、前には敵。逃げられない状況でするべきことはただ一つ。浅越は銃口と自分を結ぶ直線上から、
わずかに体をずらして口を開いた。
「なあ、一旦落ち着いて話しあおうや。お前がどういう理由で黒におるかは知らんけどな」
両手を上げて、闘う意志はないとアピールする。どうやら相手も闘いは苦手のようなので、
話しながら少しずつ前進していく。
「俺もな、ほんの短い間やったけど……黒に行きかけたことがある。仲間にたくさん迷惑かけて、お互い傷ついて……
 それでもなんとか、こうやって楽しく酒飲めるようになったんや。なあ、黒におったってそんな楽しいことできるか?
 お前かて、相方がおるんなら……俺の言いたいこと、分かるやろ」
相方、の言葉に男は少し動揺した。

829Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:35
「俺は大阪やし、事務所もちゃうけど、お前の手助けにはなれると思う。俺みたいな想いは誰にもして欲しくないから。
 もし、お前が黒から本気で逃げ出したいって思うんやったら……」
いつの間にか、距離は一メートル弱にまで縮まっていた。浅越は足を止めて、最後の言葉を放つ。

「顔、見せてくれ」

わずかな、静寂。男__石塚は震える手をフードにかけて……そのままの体勢で、止まった。
「……もっと早く、会えてたら」
つぶやきの意味を問う前に、引き金にかかった指が動く。パンッと軽い衝撃音が響いた。同時に肩のあたりを襲う熱。
「うっ」
えぐりとられるような痛みに、肩を抑えてその場にうずくまる。指の間からぬるりと血が流れた。骨が軋む感覚と共に、
肩から指先に至るまでの範囲がびりびりと電流を流したみたいに痺れていく。
「くっ……゛い、つぅ……!」
肩の傷口を手で抑えたまま、傷を癒やす。やわらかな光が広がり、痛覚が徐々に遠ざかっていく。
いくら治せると言っても痛みを感じないわけではない。脂汗をぬぐいながら立ち上がると、すぐ目の前に銃口があった。
見下される体勢になったおかげで、フードに隠れていた顔が見えたが、真っ黒い影がかかって顔立ちまでは分からない。
「お前……」
もう一発、銃声が響いた。腹筋に叩きこまれた光の弾は、浅越の呼吸を一瞬せき止める。
「かはっ……!ゲホ、げほっ……う、ぅ……」
地面に倒れて激しく咳き込む浅越の胸ポケットから、天青石のストラップがついたケータイが抜き取られる。
青い結晶が徐々に黒く染められていく。終わると、石塚はケータイをそっと浅越の手に握らせた。
石塚が壁に手をつくと、行き止まりを作っていた建物の壁が、テレビ画面にノイズが雑じるようにぶれて消えて行く。

「浅越!」
吉田の一閃を分厚い脂肪のおかげでなんとか退けた小杉が、倒れている浅越に駆け寄ってくる。
そこで浅越のそばに立っている石塚に気づき、みるみるうちに額に血管が浮き上がった。
「お前……そうか、お前ら最初から浅越狙いか」
怒りをにじませた小杉の声音に、石塚はまたびくっと怯えて後ずさる。
「顔も見せんで騙し討か。卑怯な戦法やな」
卑怯、の一言は、氷のように石塚の心臓に突き刺さった。この状況を表すにはたしかに的確な一言。
石塚はぎゅっと拳を握りしめて、またゆっくりと開いた。心のどこかで黒の欠片が、自分の声を真似て囁く声がする。

『お前に何が分かんだよ、運がよかっただけのくせに』『正義ぶりやがって、ヒーロー気取りか』『黙れハゲ』
『その髪の毛引きちぎられてえのか』『跪け』『つまんねー説教する気かこいつ』『他にやることねえのかよ、サミシー奴らだな』

頭を振って、幾重にも響く声を黙らせた。
「……そっか、そうだね」
あっさり肯定されたのが意外だったのか、今度は小杉のほうが驚く。その後ろで阿部が「あまり喋らないで」と首を横に振るのが見えたが、
このまま終わるのは何となく後味が悪かった。吉田は剣を下ろして地面に突き立て様子をうかがっている。
「お前、やっぱり」
「やっぱり、何?」
「黒なんか……居心地よくないんやろ、ほんまはお前、こんな事したないんやろ!
 なあ、お前の名前教えろや、お前が誰か分かったら、俺の石で迷いを取り除けるから」
「はあ?」
思わずフードを脱ぎたくなったが、それだけはこらえる。心の中の黒と白の天秤が、バランスを失って一気に黒に振りきれた。
ポケットの中のプラチナルチルの光が、どんどん弱まっていく。石塚は思わず笑い出していた。
「小杉、お前さあ。何言い出すかと思えば、いい年こいて正義のヒーローごっこ?
 “ほんまはお前、こんな事したないんやろ!”……あはははっ、ははっ……マジ腹痛い!」
比喩ではなく、腹を抱えて笑う。突然雰囲気が変わった敵に、ブラマヨの二人はどうすればいいのか分からず顔を見合わせる。
「それが何?」
笑いを止めて、逆に石塚のほうが問いかける。右手の銃口は、今度はブラマヨの方に向けて照準を合わせた。
「俺を助けようって思ってる?逆に俺はさ、お前らなんかぶっちゃけどうでもいいんだよね。仲良くもないし。
 ……だから、俺とおしゃべりする前に浅越さんなんとかしたら?」
「こいつっ……!!」
ついに、小杉の沸点が切れた。しかし、怒りのまま殴りかかろうとした小杉の足元を、何かが通りすぎる。
「お、おっ!?」
足がもつれてすてーんと転んだ小杉を、電柱の陰から走り出た男が助け起こす。
「大丈夫か!」
「……う、誰や!また黒の援軍……って、まさか」
顔から地面にぶっ倒れたせいで赤くなった鼻をおさえて、小杉は立ち上がった。

830Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:55
自分をすっ転ばせた男……Take2の深沢邦之。その足元には光に包まれたボウリングの玉のような物体がある。
深沢がそれを拾うと、球に見えていたのはただの赤いガムボールだった。突然の闖入者に驚くブラマヨの二人を下がらせ、
「悪い。俺は黒じゃないんだがな」と頭を下げる。
「えっ……いや、深沢さん、なんで俺達の方を」
「頼む、あいつと話がしたいんだ。……ここは、俺の顔に免じて下がってくれないか。
 俺はあいつの正体も知ってるし、長い付き合いなんでな」
まだ納得のいかないらしい小杉を、吉田が引っぱる。
「な、深沢さんああ言うとるし……俺らは浅越の方、どうにかしたらな」
小杉はまだ納得していないようだったが、ポイズンの方も吉田の出血量がそろそろ限界に達しかけて動けなくなっている。
阿部が急いで吉田を連れていく。吉田は石塚の方に向かって「逃げて」と手を挙げて合図した。
「えー、まだ足りねえよ」
石塚はだらしない体勢で壁にもたれかかって、あー、と意味のない声を出す。
「……じゃあ、任せます。せやけど、後でちゃんと話聞かせてください」
小杉が渋々頷くと、ブラマヨの二人は浅越のいる路地の方に走る。石塚は浅越の体を乗り越えて、二人を通す。
横を通りすぎる瞬間、小杉とわずかに目が合ったような気がしたが、
すぐに小杉は浅越の隣に膝をついて、その体を揺さぶり始めた。
「おい、しっかりせえ!……大丈夫や、ちゃんと息しとる!」
吉田が少しうれしそうに叫んで浅越の腕を肩に乗せると、小杉も手伝う。
その光景を見ているうちに、石塚の中の天秤がまた、白の方にぐぐっと傾いた。
「……あれ?」
ふっと気が抜けたように、深沢を見つめる。その仕草で全て理解したのか、深沢はまた新しいガムボールを取り出して光をまとわせ、
球に変えた。そのまま、路地を出て走り出した石塚の足元に向かってすべらせる。
「うわっ!」
今度は石塚のほうが転ぶ番だった。バランスを崩した拍子に背中から壁にぶつかって、肺の奥から空気が吐き出される。
深沢は一瞬ためらったが、すぐに走る。脂肪がないせいでもろに衝撃を受けて咳き込む石塚に近づくと、
その胸ぐらをつかみあげて無理矢理立たせた。
「助けてくれって、言え」
「……え」
「言えよ!!……でなきゃ、お前もっと酷え事になるぞ」
深沢はフードを脱がそうと手を伸ばしたが、後ろにいるブラマヨの視線に気づいて止めた。
掴みあげている手に、ぽたぽたと汗か涙か分からない液体がこぼれ落ちる。
「なあ……言ってくれよ。俺は、お前らが喧嘩してるとこなんか見たくねえんだよ。
 だって俺ら、キャブラー仲間だろ?」

831名無しさん:2015/11/16(月) 02:01:48
乙です。
小林の設楽への問い「石塚は道具か?」について
自分は完全に設楽が石塚を道具扱いしていると思っていたのでそこで設楽が答えなかったのが結構意外でした。
そして深沢ガンバレーと言いたい。

832Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:21:16
そんな簡単にいくなら、設楽さんはとっくに浄化されてますという回。
想像以上に長くなりそうでどうしようと思ってます。深沢さんがガムボールを使っているのは、『球体』で
小さく持ち運べるものが少ないから、という理由をつけてますが、出せませんでした。

【Deep down inside of me-2-】

ブラマヨの二人が浅越を連れてその場を離れると、深沢も石塚の胸ぐらをつかんでいた手を離して荒い息をつく。
「あだっ」
足がもつれて、尻餅をつく。深沢は痛みに腰をさする石塚の前にしゃがんで、顔を隠していたフードを脱がせてやった。
地面にぺたんと座ったまま見上げる顔からはすっかり毒気が抜けて、瞳は微かに震えている。
「……そんな顔するなよ。俺は、お前のことちゃんと全部分かってるから。石井は知らないんだろ?」
石塚は黙りこくったまま、小さく頷く。
「……そうか。そうじゃないかと思ってた。あいつ、スタッフとか後輩には厳しくてもお前には優しいから。
 石井がこの事知ったら、きっとただじゃおかないだろうな。黒に捨て身で特攻するぐらいやるぞあいつは」
光をフレアのようにまとった球を指で弾くと、あっという間に小粒のガムボールに戻った。
それをぽいっと口に放り込んで、奥歯で噛む。
「甘っ」深沢は当たり前の感想と共に味のなくなったガムを飲みこんだ。その態度があまりに普段通りなので、
石塚は立ち上がることも忘れてぽかんと見つめる。
「深沢さん、なんで……なんで、怒んないんですか」
「なんで怒る理由があるんだよ。責められるべきはお前じゃない。それに……お前は優しすぎる奴だから。
 どうせ石井を人質にとられてるんじゃないのか、そうだろ?」
てっきり責められると思っていた石塚は、予想に反した温かい言葉にとうとう泣き出した。
「何泣いてんだよ、ん?安心しろって、まだお前のことは誰にも言ってないから」
えぐえぐとしゃくり上げながら震える肩を軽く叩いて、深沢も熱くなってきた目尻を指で拭う。
「大丈夫だ、今ならまだ戻れる。浄化してもらって、ブラマヨと浅越に謝って、それで終わりにしよう。
 俺が一緒に行ってやるよ」
深沢の説得に、心の中の天秤はもう一度白に傾こうとしていた。しかし、優しい笑顔と一緒に差しのべられた手をとろうとした瞬間、
水面に一滴の墨汁を落としたように、いくつもの声が耳の奥で響く。

『君との間に隠し事はしたくない』『守られるより、守る方がいい』『君は僕の後ろにいてくれ』『本当に、石は持ってないんだね?』
『僕は案外君を観察してるんだ』『君からは目が離せないな』『嘘をついた時点でお前はもう、石井を裏切ってるってこと』

石塚は手をひっこめて、耳を塞いだ。その間も黒の欠片の残骸が、頭の中で嘲笑う声は止まない。
「どうした?おい」
心配そうな深沢の声も今の石塚には届かない。狙いすましたように、手がまた小刻みに震えだした。
(……あ、前に欠片を飲んだのって、いつだっけ?)
石塚がそれの意味するところを理解した瞬間、声がさらに大きくなった。

『裏切り者』 『嘘つき』 『許さない』『許さない』『許さない』『許さない』『ゆるさない』

声は、いつの間にか石井のものに変わって耳元で響く。
歯がカチカチ鳴って、脳を直接かき回されるような痛みが押しよせる。正常な思考が徐々に黒い海に沈んでいった。
「……、不愉快なんだよ」
「え?」
聞きとれなかった深沢が、口元に耳を近づける。石塚は低い声でもう一度繰り返した。
「……いい年こいてガキみたいにイキがってんじゃねえよ、不愉快なんだよ」
普段からは考えられない傲慢な口調でつぶやくと、くくっと押し殺したような笑い声を漏らす。
「石塚!……くそ、呑まれるな!しっかり……」
ただならぬ気配に、深沢は石塚の肩を掴んで揺さぶる。
直後、乾いた破裂音が連続して響き渡った。

833Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:21:46
「やっぱり俺、心配やわ」
タクシーを拾って浅越を乗せると、ぽつり、と小杉が呟く。助手席に乗りこんで行き先を告げようとしていた吉田は、
小杉の思いつきにため息をついて出てくる。
「お前何言うとんねん、深沢さんがああ言うたんやから、任せとけばええんや。
 どうも深沢さんとは深い縁があるやつみたいやし、あの人は“ベテラン”やから、そう簡単にやられたりは……」
「ちゃうねん、俺が心配なのは深沢さんだけやのうて」
「分かっとる。お前ほんまはお人好しやもんな」
「おい、それ以上言うたら怒るで」
「もう怒っとるやん」
吉田は笑いながらタクシーに近づくとドアを半分開いて、後部座席で疲れて寝ていた浅越を揺り起こす。
「あれ、吉田さん達乗らんのですか?」
眠たそうに眼鏡の下の瞳を瞬かせて浅越が聞くと、後ろの小杉を親指で指して苦笑いを浮かべる。
浅越は何か言いたげに吉田と小杉を見くらべていたが、やがて頭を振って、タクシーから降りた。
「俺も行きます、病院代もバカになりませんよ?」
「むさ苦しいナイチンゲールやなあ」
吉田が憎まれ口を叩くと、ややムッとした顔で隣に並んだ。そこで、小さな破裂音が耳に届く。
三人は一斉に今来た道を振り返る。ややあって、もう一発聞こえた。
「急ぎましょう!」
浅越が一足先に走りだすと、ブラマヨの二人も慌てて後を追った。

黒の欠片。効能は石の能力の増幅、精神汚染、鎮痛、思考操作。副作用は頭痛、手の震え等多数。
それが、深沢が持つ欠片についての知識全てだ。
しかし、こうして石塚と対峙する限りでは、『汚染』というより『反転』と表現するほうが正しいようにも思う。
「……目覚ませ、石塚!」
深沢は手首をやわらかくしならせて、光の球を滑らせる。石塚はひらりとそれを避けたが、球は実に器用な追尾を見せた。
「ハァ……なんでこんなめんどくせー事になってんだろ……あぶねっ」
足元を掬いかけた球を飛びのいて避けると、首をこきっと鳴らしてモデルガンを構え直す。
「オッサンのお遊戯に付き合ってやったけどさ。そろそろ目障りなんだよね」
深沢はピルケースからガムボールを一つつまみ出して、ふうっと呼吸を整えた。
石塚義之という男の性格。一言で表現すれば天然ボケ、明るく賑やかで毒気のない性質。
それが反転すればどうなるか。自己中心的で傲慢、残酷で薄情なものへと変わるのではないか。そう、今のように__。
「なあ、でも……それは、お前じゃないんだ」
「はあ?自分語りとかいい加減にしなよ。本気で殺すよ?」
「やってみろよ、できないだろ?だって、それは本当のお前じゃないからな」
今度は手をクロスさせて、二発連続で球を放つ。石塚はそれをサイドステップで避けて、モデルガンを右手に構え直した。
ゆっくりと腕を上げて、銃口を自分のこめかみに当てる。
「やめろ!!」
ちょうど拳銃自殺をするような仕草に、深沢はとっさに飛び出していた。それが何を生むか、彼の頭からは完全に抜け落ちていた。
ただ後輩を助けたい、その一心で飛び出した深沢の心臓部分に、冷たいものが突きつけられる。
次の瞬間、深沢の胸は鋭い弾丸で撃ちぬかれた。熱い。体は冷えきっているのに、撃たれた胸だけが燃えるように熱い。
「ぐっ……」
胸を抑えて地面に膝をついた深沢に、また銃口が突きつけられた。
「これがあんたの限界だよ、バーカ」
呼吸ができない。肋骨が軋むように痛い。ピルケースを振ったが、もうガムボールは使い切っていた。
実に楽しそうに笑う石塚を、深沢は為す術もなく見上げた。

「そういえば、あいつ誰なんやろ」
タクシーを拾うために元来た道からだいぶ離れてしまったので、急ぎ足で戻りながら小杉が言う。
「まあ、あんだけペラペラ標準語喋っとったんやし、東京出身の芸人なのは間違いないやろ。
 地方から出てきて覚えた奴って、どうしても訛りが出てまうからなあ」
吉田が繋げると、なるほど、と頷く。相方の反応に調子づいたのか、吉田はさらに推理を繋げた。
「ほんで、俺らにはタメ口使うて呼び捨て……せやけど、浅越にはさん付けやった。
 ちゅうことは、浅越より年下で、俺達とは同期。俺ら浅越と年変わらんし、年齢基準でさん付けするんやったら、
 俺らにもせんとおかしいやろ」
吉田の推理は論理的だったが、小杉にはいまいち納得がいかなかった。
そこで、男の胸ぐらをつかんでいた深沢が、涙まじりに叫んでいた声が蘇る。

834Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:25:34

『俺ら、キャブラー仲間だろ?』

「キャブラー……」
小杉は雷に打たれたように立ち止まった。先を急いでいた浅越も吉田も、振り返って怪訝な顔で見る。
「せや、深沢さん……あいつのこと、キャブラーいうとった」
浅越は少し考えて、「ボキャブラ天国ですか」と答える。小杉は頷いて、また走り出しながら続けた。
「あの番組、大阪吉本はあんまり力入れとらんかったから……浅越が聞いたんと一致するわ。
 キャブラーで俺らと同期で東京の芸人いうたら、誰がおる?だいぶしぼれてくるやろ」
吉田は頭の中で検索をはじめた。NSC13期はJCAの3期に対応する。しかし結成年を基準にするか、デビュー年を基準にするかでも異なるので、
それも含めて計算する。走りながら、吉田の頭の中で普段付き合いのない同期芸人達の顔が浮かんでは消えた。
「東京03……は、キャブラーやないから除外。坂道コロンブス……にしては背高いし、これもちゃうな。
 アンタッチャブルは白って決まっとるし……飛石連休、も条件が合わん」
うーんと考える吉田の隣で、浅越が「あ」と声を上げた。
「俺、分かったかも……小杉さんは?」
「さっき思い出したわ。こんなとこで同窓会はしたなかったけどな」
角を小走りで曲がった小杉が、突然立ち止まった。
後ろを走っていた吉田と浅越は、小杉の背中にぶつかって止まる。
「おい、お前いきなり……深沢さん?」
吉田は、眼前に広がる光景に思わず言葉を失う。浅越も無意識のうちに拳を握りしめていた。
地面に仰向けに倒れた深沢と、その近くで膝に顔を埋めて座るサマーコートの男。
さきほどとは違い、フードが脱げて明るい茶髪があらわになっている。
「石塚ぁ!!」
小杉は怒りに任せてずんずんと近づき、胸ぐらをつかんで無理矢理顔を上げさせた。
が、振り上げられた拳は石塚に届くことなく下ろされる。
「……お前、やっぱり」
その先は伝えられなかった。石塚は一瞬の隙を突いて小杉を突き飛ばし、逃げていく。
「石塚!」
吉田も追いかけようとしたが、倒れたままの深沢が目に入り足を止めた。
倒れたままの深沢の隣に膝をついて、浅越が肩を貸す。撃たれた傷は治っていたが、まだ体が辛いのか苦しげな呼吸を繰り返していた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、お前こそ平気か?……早く、浄化……しないと、な」
「しゃべらないで下さい、まだ無理せん方が」
「……俺が、甘かった。浄化してやれば、終わりって……わけじゃ、ないんだな」
「何の話ですか?」
深沢は答えず、突き飛ばされて尻餅をついたままの小杉に目を向けた。
小杉は立ち上がることも忘れて、さっき自分を突き飛ばした石塚の顔を思い出していた。握りこんだままだった拳を開いて、
石塚が走り去った方角を見つめる。
「……泣くんやな、黒のくせに」

◆◆◆◆◆◆◆

835Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:25:59
「うっ……ぐす、う……」
石塚は家に帰り着くなり、ベッドに倒れこんで声を上げて泣いた。足をばたつかせて枕を殴る。
そうしているうちに、段々気持ちも落ち着いてくる。起き上がってケータイを開くと、石井の番号をダイヤルしようとして、やめた。
「深沢さん……」
ぐしゃ、と髪の毛をかきまぜて思い出す。
黒の欠片に引っぱられて、深沢を襲っている間。石塚もすぐ後ろからそれを見ていた。自分の意思に反して動く体と、
次々に放たれる罵詈雑言。何度もやめろ、と叫んだ。だが、体の主導権を取り戻した時目に飛び込んできたのは、
地面に力なく倒れる深沢と、それを呆然と見つめる阿部だった。どうやら石塚が遅いので心配して戻ってきたらしく、
深沢と石塚を見くらべて、ブラッドストーンを握りしめる。
『これ……石塚さん、やったんですか』
『……わかんない』
『分かんないって……』
阿部は膝をついて、深沢の体にそっと触れた。傷をひい、ふう、みいと数えて、少し迷ったように視線を彷徨わせたが、
やがてため息をついて手をかざす。阿部の手から丸みを帯びた光が放たれ、深沢の傷が少しずつ塞がっていく。
『なあ、たしかお前の石って』
『いいんです。俺がやりたくてやってるんですから』
傷を癒やした後、それと同じだけの痛みを負うことは聞いていたが、阿部は首を横に振って続く言葉を許さなかった。
『……お互い、息苦しいですね』
ぽつり、と独り言のように放たれた言葉。背中を向けているせいで、阿部の顔は見えなかった。
『石塚さんは、黒に捕まる前の自分に戻りたいって思ったことあります?』
石塚が答える前に、『俺たちは何回もあります』と続ける。
『でも、きっと黒から逃げられても……元通りなんてありえないんでしょうね』
その言葉は、深く石塚の胸に突き刺さった。

翌日。
誰もいない楽屋に置きっぱなしだった小沢の携帯電話が、着信音を響かせて震える。
やがて、ピーッと音が鳴って留守電に切り替わった。
『もしもし、俺、小杉やけど……大事な話があんねん、今日ちょっと会えんか?
 電話ではちょっと言えへん話でな。仕事終わった後でええから、返事くれや、ほな』
またピーッと発信音が鳴って、メッセージは終わった。やがて、トイレから戻ってきた小沢は、
ケータイのライトが点灯しているのを見てとりあげる。
「……なんか、嫌な予感する」
小沢は頭を振って、こんこんと拳で軽く額を叩く。自分に活を入れると、思い切って留守電の再生ボタンを押した。

836名無しさん:2015/11/19(木) 00:48:45
>>832
毎回楽しみにしています。長くなるのは大歓迎です。

837Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 18:59:55
軽くバレました、という回。石塚さんの芸歴はデビュー年で計算すると94年からですが、
ブラマヨ、次課長とは同期じゃね?という意見がファンの間ではわりと多いので、それに準じています。
今回は黒ユニ集会編、珊瑚編と共通する設定あり。設楽の台詞は感想スレ>>448の『ロザンが関西黒ユニの中核』を参照。
ななめ45°は能力スレの>>748、タカトシは>>322から。

【Deep down inside of me-3-】

「おう小沢、こっちや」
ロビーに降りると、受付の前で吉田が手を振っていた。22時に会う事になっていたが、ブラマヨの二人が予想よりも早く上がれたおかげで、
約束の時間より3時間ばかり早い待ち合わせとなった。小沢もぎこちない笑顔で手を振り返すと、いつも行く店に予約を入れようとケータイを開く。
「あ、ええよ別に。ここで」
吉田が指さしたのは、観葉植物の影に隠れるように設置されたベンチ。主に来客が待つためのものだが、
正直疲れていたので、ありがたい申し出ではあった。スピワの二人が腰を下ろすと、向かい合うようにブラマヨの二人が座る。
「メール読んだよ。号泣なら上の階にいるから、後で……」
「ああ、浅越なら先に行かせたで。一刻も早いほうがええからな。その……すまんな、ついでに浄化なんか頼んで」
心底申し訳無さそうに眉をへの字にした小杉。井戸田は「浄化は朝飯前」と声をかけて気にするな、と親指を立てた。
しばらく黙って互いの出方を伺う。やがて言葉がまとまったのか、小杉が口を開く。
「なあ、最近……なんか変わったこと、ないか」
だいぶ遠回しな切り出し方だった。井戸田は首をひねって「特に」と答える。
「例えば、誰かの行動がおかしいとか、様子が変とか、怪我する奴が増えたとか」
「……たしかに俺達の所には設楽さんがいるけど、あの人も仕事と石に関するゴタゴタはある程度線引きしてる」
「せやったら、ホンマに何も知らんのか?ホリプロで白をまとめとる、お前らでも?」
「ここ最近静かなのは事実だけどよ、黒の奴でも見えない設楽さんの腹の中なんて、俺達なんかに分かるわけないだろ。なあ、小沢さん」
それまで話の成り行きを見守っていた小沢は、いきなり水を向けられて戸惑ったが、井戸田の強い視線に押されて「うん」と同調する。
「さっきから何が言いたいのかな。俺達に気を遣わなくていいから、はっきり言ってよ」
すると、ブラマヨの二人は顔を見合わせてさらに表情を固くした。なるべく遠回しに、ショックを与えない伝え方を考えてきたのは
小沢にも分かったが、吉田はとうとう核心をついてきた。
「お前らの中に、黒の餌食になった奴がおる」
吉田の言葉に、スピワの二人は体をこわばらせた。それきり黙りこくってしまった吉田の代わりに、小杉が昨夜のできごとを簡潔に説明する。
聞き終わった時、井戸田の口から最初に出たのは「嘘だ」という否定だった。
「おい、いくらなんでも……言っていいことと悪いことがあるだろ、どうせつくならもっとマシな嘘を」
「しょーもない嘘つくためにこんなとこまで来るわけあるか!エイプリルフールでもないのに」
がなる吉田の隣で、小杉は組んだ指を解くと、背もたれに体を預けてふうっとため息をつく。
「とにかく、放っておけないのは事実や。コムはほとんど黒の陣地になってもうとるし……ホリプロの方にも
 黒の食指が伸びたら、あとは時間の問題やからな。
 相方に報告するのが一番ええんやろうけど、スケジュール知らんから捕まえようがないし……第一、縁の浅い
 俺らの話なんか、素直に聞いてくれるとも思いがたいし」
小杉はよっこらせ、と立ち上がり、まだ座ったままの小沢を見下ろしてつけ加える。
「そいつにとって居心地のええ場所で、それなりに楽しくやっとるんなら、俺ら何も言わんで」
小沢は膝の上で拳を握りしめて、その言葉を胸にとどめた。

沈黙とは、もっとも労力のかからない圧迫だ。
この倉庫に窓はない。石塚から見て対角線上のドアは内側から施錠されているし、その前に設楽が立っている所為で逃げ道も塞がれた。
そして、廊下を歩いていた石塚を無理矢理この倉庫に押しこんで鍵をかけてから、設楽はずっと沈黙している。
「お前は」
重い空気に耐えられなくなってきたところで、設楽は一歩ずつ、こちらへ歩いてきた。
「破滅願望があるのかな」
予想だにしない一言。石塚が反論しようと口を開くと、それはいいというように手をかざして黙らせる。

838Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:03:00
「おかげでシナリオが水の泡だ。宇治原の脳味噌だって常にフル回転じゃ可哀想だから、
 たまにはこっちで手助けしてやろうと思ったのに……たしかに深沢さんの出現はイレギュラーだった、それは認めよう。
 でも、アドリブが苦手なら、いよいよ俺の方で糸を繋いで動かしてやるしかないのかな?」
設楽はポケットから、黒の欠片が詰まった小瓶を取り出した。手のひらに一つ出して、見せつけるように眼前にかざす。
小道具の入った段ボール箱を避けて少しずつ後ろに下がるが、当然ながら背中は壁に当たって止まった。
目の前に立つ設楽は、相変わらず感情の読めない瞳でじっと見つめてくる。
「……俺が怖い?」
集会の夜と同じ問いかけを、今度は真顔でされた。
「いいんだよ、別に。いまさら誰にどう思われたって俺はどうでもいいから。相方のためなんて理由はさ、
 裏を返したら究極のエゴイズムさ。でもね、俺はお前のほうが怖いよ。強い光はより濃い闇を生むから」
「……はっきり言えよ」
「同類ってことだよ、俺達は」
設楽はしばらく黙っていたが、やがて石塚のズボンのポケットに手を突っこんで、隠し持っていたプラチナルチルを奪い取った。
「あ、返せよ!返せってば!」
手を伸ばすが、ひょいっと避けられる。設楽は結晶に軽く爪を立てて、ぎりっと力を込めた。
「いっ……!?ひっ、ぎっ!」
瞬間、心臓に鈍い痛みが走る。例えるなら、麻酔無しで胸を切り開いて直接臓器を握りつぶされるような、耐え難い痛み。
「……がっ!あ゛……あ、はっ、苦しっ……あがっ!」
声にならない悲鳴をあげて床に転がる石塚を、設楽はじっと眺めていた。
自分の意志に関係なく涙と唾液がこぼれて、床に垂れる。痛みと圧迫感から逃れようと、爪がキリキリと床を引っかいた。
「……はい、3分経ったからおしまい」
やがて設楽が指の力をゆるめると、心臓の痛みは一瞬で消え去った。まだ不規則な呼吸を繰り返して床に倒れた石塚の手に、
黒の欠片をそっと握らせて囁く。
「この痛みを忘れるなよ。お前がコースアウトすれば、その分だけ石井の危険が増すんだからね、分かった?」
「わっ……分かった……」
なんとか答えると、満足したのか手を離して施錠されたままのドアに歩いて行く。
設楽が倉庫を出て行った後、ようやく動くようになった体を起こして欠片を口に入れる。
ごく、と喉を鳴らして飲みこむと、楽になっていく体と共に、また形のない自己嫌悪がわきおこってきた。
「……最低だ」

一方、倉庫を出た設楽は悠々と廊下を歩いていた。と、向こうから走ってきた井戸田が設楽の姿を認める。
井戸田は一瞬迷ったようだったが、やがて背に腹は代えられないと思ったか手を挙げて呼び止めた。
「あの、石塚さん見ませんでした?」
「え?いや、別に」
正直に居所を教えてもよかったが、念のためはぐらかしてみる。井戸田は「そうですか」と素っ気なく言うと、礼もなしに走り去った。
どうやらブラマヨの二人は洗いざらい喋ったらしく、かなり慌てているのが後ろ姿からでも分かる。
それを見送って、設楽はエレベーターのボタンを押す。エレベーターが降りてくるのを待つ間、なぜか無性に日村に会いたくなった。
「……最低だね」
設楽は自嘲的につぶやくと、踵を返して日村のいるブースへ歩いて行った。

「なに、俺になんか用?」
稽古場に息せき切って駆け込んできた小沢を、テーブルに小道具の刃物を並べていた石塚は、
きょとんとした目で見上げた。汗をぬぐって荒い息をつく小沢の目に、椅子に半開きで置かれた石塚のリュックが目に入る。
「すいません、ちょっと」
言うなり小沢はリュックをつかんで逆さにすると、中身をテーブルにぶちまけた。
「あ!何すんだよお前っ……やめろって!人の荷物!」
テーブルに転がり出たのは、携帯電話や財布、ごく普通のリングノートや筆記用具など。それらを一つ一つ調べたが、
黒の欠片らしきものは見当たらない。リュックの中にもチャックがあったのでそこを開いたが、
やはり石塚が『クロ』だと示す明確な証拠はない。
磁石やななめ45°といった後輩たちは、この持ち物検査を止めるべきか否か分からず、おろおろと遠巻きにした。
「やーめーろってば!もういい加減にしろよ!」
石塚が止めようと腰にしがみついてきた。小沢はそれには構わず、軽く畳まれたサマーコートをつかむ。
前身頃のポケットを調べて、中のポケットに手を突っ込もうとしたところで、バタンと稽古場のドアが開く。

839Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:03:46

「やり方がスマートじゃないな」
すべてを話し終えた時、石井の口から出たのはそんな冷静な言葉だった。しかし、心のなかでは思考が錯綜しているのか、
彼にしては珍しい小刻みな貧乏揺すりをしていた。
石井は頭を整理するためか、屋上の柵にもたれかかって腕を組んだまま、空を見上げる。
「石塚くんがトイレに立った隙にでも、こっそり調べればいいじゃないか。
 それが後ろめたくて嫌だっていうなら、渡部さんに“同調”してもらえば一発だ。嘘発見器みたいに使って申し訳ないけどね」
小沢は何も言えずに下を向いていた。いたたまれなくなった井戸田が助け舟を出す。
「でも、まだ石塚さんがそうって決まったわけでもないのに、渡部さんまで巻きこむのはどうかと思って……
 小沢も気が動転してたんです、とても信じられない話だから」
「違ったら違ったでいいじゃないか。それとも、疑う事自体が悪だというのか?
 ……いつから、白はそんな及び腰になったんだ」
石井は深いため息をついて、後頭部をカリカリと掻いた。
「いずれにせよ、今は静観したほうがいいんじゃないのか。万に一つ石塚くんが本当に黒だとして、
 僕を欺けるような器用な子じゃない。そのうち向こうから答えを教えてくれるだろう」
子、と表現したところに、石井が相方に抱くイメージがあるようで、井戸田は思わずぷっと吹き出していた。
「何がおかしい!……とにかく、石塚くんはまだ記憶も戻ってないし、石も持ってない。……本人が言う限りだから、
 嘘か本当か確かめようはないけどね。さっきの方向で頼むよ」
石井は柵から体を離して、出口に向かって歩いて行く。鍵がかかっているのを忘れてドアノブを回したせいで、
ガチャッと金属のぶつかり合う音がした。
「……僕としたことが」
口の中で小さくつぶやき、今度こそ鍵を開けて屋上から出て行く。石井の足音が聞こえなくなると、二人はどちらからともなく顔を見合わせ、
お互いの思考の混乱をまとめようと並んで立って夜景を見た。
「潤はどう思う?」
「……相方可愛さに目が曇るってのはどうなのかな」
「じゃあ、やっぱり石塚さんは黒だと思う?」
「ただし、本人の意志じゃないパターンだな」
小沢は何も言い返せず、黙って風を浴びていた。
「“フードがついた、デカめの黒いサマーコート”……今日も着てた。あの人今日、足引きずってんの気づいた?」
「あ、そういえば……左足が全然動いてなかったね」
「あれ、深沢さんに転ばされた所為で捻挫した、って考えたらどうだよ。黒にも治せる奴はいるだろうけど、
 深沢さんを治すのが手一杯で、治せなかったんだ」
「……やっぱり、黒なの?」
「黒なんだよ」
柵を握りしめる井戸田の手に、さらに力がこもる。手の甲にぴくっと筋が浮き上がった。

840Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:04:15
一方、屋上を出た石井も、冷静を装いながら速足で廊下を闊歩していた。時折すれ違う人間はそのただならぬ雰囲気に、
見て見ぬふりをして通りすぎる。誰もいない休憩所まで来ると、石井はガンッと壁に額を打ちつけて息を吐いた。
スピワの二人と話している間、拳はずっと固く握りしめられたままだった。白くなった手を開いて、ずり落ちそうになる体を支える。
「大丈夫だ……まだ、そうと決まったわけじゃない」
少し落ち着いてから稽古場に戻ろうと、背中を壁につけて深呼吸する。
そこで、「石井さーん」と自分を呼ぶ小さな声が廊下の向こうから近づいてきた。見ると、ななめ45°の土谷が駆け寄ってくる。
「石井さん、話終わりました?」
「えっ?ああ……ちょっと誤解があったみたいだ、大したことじゃない」
土谷はそれでなんとなく察したのか、「そうですか」と顔を曇らせた。汗ばんだTシャツの下にカプセル型のチャームが揺れている。
石の事情を知る者同士では、会話が短くて済むので楽だ。
「あ、そういえば石井さんに報告があったんでした」
土谷は思い出したように手を叩く。
「あの、石塚さん帰っちゃったんですけど……大丈夫ですか?」
「今日の分はだいたい終わっていたから、問題ないよ。小道具の点検も終わったし」
「そうですか。でも……なんか具合悪そうだったんですよね、岡安が“やっぱり心配だから見送る”って外出たんですけど、
 もういなかったらしくて、帰って来ちゃったんですよ」
それに、石井はかすかな違和感をおぼえた。
「いなかった?……ロビーにも?」
「あ、はい」
それがどうかしました?と訝しむ土谷に構わず、石井はしばらく眉をひそめて考えた。が、違和感の正体は結局見つからなかった。

「元々のシナリオよりやや早めに進んでいますね」
小林はノートをぱたんと閉じて、伊達眼鏡を外した。はああと息を吹きかけシャツの裾で拭くと、また元通りにかけ直す。
「白に存在を知られた以上、あとは時間の問題か。欠片の用量を増やすってのはどうだ?」
隣に座る土田が提案すると、小林は首を横に振った。
「いえ、まずは俺がシナリオを書き直しましょう。彼のプラチナルチルは欠片への耐性が強いようですからね」
「さすがは希少石といったところか。あいつが浄化されて使えなくなる最悪の事態だけは回避しておきたいな。
 シナリオで完全に動きを制限するのがいいか、どうせ知られるなら、プラチナルチルを直接穢すか……どうする?設楽」
設楽は肘かけに頬杖をついて、チェス盤をとんとんとせわしなく指で叩いていた。
考えがまとまったのか、背もたれにぐっと体を預けて天井を見上げる。
「……いや、欠片の処方は今までどおりでいい。予定より早いけど、舞台装置を動かすことになりそうだ」
設楽の指が、チェス盤の上に並んだ白いポーンの一つをピシッと弾く。ポーンは盤上を黒の陣地まで転がって、
黒のクイーンにぶつかって止まった。
「石塚はマリオネットじゃない。選ぶのはあいつだ」

「はあっ……はあ、しつけえなあいつら!!」
走るトシの頭の中でエンドレスループするのは、『翼をください』のサビ部分。
少し遅れてついてくるタカは、最近さらにぽっこりしてきたお腹を震わせて、そろそろ限界です、と手を振る。
そもそも、自分たちが名前を知らないのだから大したことないだろうと思ったのが間違いだった。
普段から黒の若手に「油断するな、相手を舐めてかかるな」と半分説教のようなことを言っていたのに、
疲れていたのでつい「まあいっか、テキトーで」と思ってしまった。
悪いのは自分たちに尻拭いをさせる黒の若手だ、いや、もっと言うと過密スケジュールの自分たちに(まるで隙間産業のごとく)
任務を入れてくる黒ユニットのせいだ。トシは、これが終わったら一言文句を言ってやろうと心に誓う。
「あーもう無理!限界!」
振り返ると、タカが足をもつれさせて転んでいた。助け起こすと、「もうダメ」と地面にへたりこむ。
トシも、頭皮まで真っ赤になった顔を手でパタパタと仰いで冷やす。と、遠くからパタパタと足音が聞こえた。
あわててタカを路地裏に引っ張りこむと同時に、さっきまで自分たちがいた道に白の追手が走りこんでくる。
「どっち行った?」
「わりい、見てねえ」
「チッ……じゃあ、俺が向こう探すから。お前はそっちの地下道探せ」
「分かった」
白の追手は短く会話を終えると、まるで見当違いの方向に走っていった。
一瞬ホッとしたが、ここから逃げるためにはどうしても地下道を通る必要がある。白の追手とかち合わせずに駅の向こう側に出られればいいが、
その可能性はゼロに近い。おまけに、二人ともかなり体力を消耗している。正面突破は無理そうだ。

841Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:04:45
「あー、せめて石が奪れてたらな……こりゃ、怒られるかも」
坊主頭を撫でて、トシが空を仰いだ瞬間。
「こっち!」
ぐいっと、トシの手が引かれた。包帯が巻かれた手の先を見ると、雑居ビルの地下に続く階段から、誰かが二人を手招きしている。
トシは一瞬ためらったが、タカを連れて階段を下りた。男は懐から懐中電灯を取り出して、ぱっとあたりを照らしだす。
男の名前を思い出すのに、トシは若干のタイムラグを必要とした。
「石塚さん、ですよね」
「助かったー!」
タカは同じ黒の助っ人にもう気を許して、ずるずるとその場にへたりこむ。トシはややイラッときたが、怒るのも大人げないので黙っていた。
「そんなに喜ばれると、なんか複雑だなー」
「え?」
「俺も点数稼がないとやばいからさ」
わけがわからない、と首をひねるタカには構わず、石塚はポケットから四つ折りになった白地図を取り出す。
左手に持ったボールペンをノックすると、トシを見上げた。
「あ、石は奪ってきた?」
「……いえ、片方はとれたんですけど」
「けど、何?」
「……物質転送系の能力なんですよ、取り零したほうが。だから、こうやって逃げてたんです」
トシが肩を軽く回しながら答えると、石塚はしばらくうーん、と考えていたが、やがて思いついたのか、ペン先を地図に落とす。
ペン先が青い光を放ち、みるみるうちに地図記号が書かれる。
「よし、できた。行こう」
石塚は地図を畳むと、地上への階段に足をかけて、また二人を手招きした。

一方、タカトシを追いかけていた白の二人は、目の前の光景を唖然と見つめていた。
地下道から出た先にそびえ建っていたのは、電線でビルから繋がれた鉄塔。周りに張り巡らされたフェンスには『高圧電流注意』と
赤い文字の板が下がっている。
「ど、どうなってんだこれ……」
「こんなとこに鉄塔なんてあったか?」
勇敢にも一人が歩みより、フェンスに指をかける。が、彼は忘れていた。自分は今、石を奪われて全くの無防備だということを。
「……ぐ、あっ!」
パンッと乾いた破裂音が響き、男の体が揺らめく。肩を抑えてその場にうずくまる相方に、思わず駆け寄ろうとしたもう一人は、
上から聞こえてきた声に踏みとどまる。
「じゃあ、先に謝っとくね」
石塚は、バスケボールに変身しておいたトシを胸に抱えて、語りかけた。男はチョーカーについた石を握りしめて、
鉄筋のハシゴ部分に左手をかけて立つ石塚を、はっきりと視界に映す。
「……外したら、ごめん」
「えっ、石塚さん……ちょっと待って!」
タカがやや青ざめた顔で叫ぶ。
「な、なんだあの人……仲間じゃないのか?」
白の追手二人も、鉄塔の上で言い争う二人をぽかんと見つめる。
「大丈夫、俺ドッジボール得意だし」
「そういう問題じゃなくて!」
「死んだらごめんな、葬式には行くから!」
言うなり石塚はトシを軽く振りかぶって、眼下の男めがけて投げる。
「うわ、マジで投げた!」
男は頭の上に迫り来るボールに、慌てて発動対象を変更した。チョーカーの石がぱあっと青い放射光を放ち、
ボールの形をしたトシが一瞬にして空から消え去る。やがて背後から聞こえた、がさがさと茂みが揺れる音に、追手二人はほっとため息をつく。
「死ぬかと思った……」
坊主頭に葉っぱを乗せて出てきたトシに、男は思わず笑みを見せた。直後、カチッと何かを回すような音がする。
男は、油をさしていないロボットのようなぎこちない動きで振り向く。直線上に立つ石塚は黒々とした銃口をまっすぐに向けて、
唐揚げをねだる時と同じように手の平を差し出した。
「石、ちょーだい」

842Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:06:46
「石塚さん、ひとつだけ文句言っていいですか」
トシは坊主頭にぴくぴくと青筋をたてて、少し離れて歩く石塚を睨みつけた。
「……投げる時は、変身する前に言って下さい」
「え、そこ!?」
タカが珍しく、ぴったりのツッコミを入れる。石塚はタバコを口から外して「ごめん」と謝った。
「まあ石は奪えたし、これで怒られなくて済むっていうのは気が楽です。……ありがとうございました」
「いーって。偶然うまくいったようなもんだし」
石塚は手をひらひらと振って、そこでふと気づいた。
(あれ、そういえば俺……なんで、こいつらを助けたんだろ?)
実のところ、黒から「タカトシを助けろ」と命令されたわけではない。たまたま微弱な石の反応を感じたので向かってみたら、
この二人が逃げているところに出くわした、というだけのことだった。気づかなかったふりをして通りすぎることもできたはずだったのに。
「石塚さん?」
足を止めて考えこんでいた石塚を、タカの声が引き上げる。石塚はなんでもない、と首を振って、また歩き出した。

【白の追手】(名前不明)
【石】不明
【能力】物質の転送
【条件】転送したい物体の全体を視認しないと転送できない。故に、内臓やポケットの中のものなどは転送不可能。

843Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:11:57
すみません、なぜか削れていました……>>839の前にこれが入ります。

「おい、これは一体なんの騒ぎなんだ!」
朗々とした声が響き渡ると、稽古場になんとも言えない静寂が下りた。
岡安がちらっと横目で二人をうかがいながら、「小沢さんが……」と小声で呟く。
それだけで全て理解したのか、石井はずんずん近づいてくると、小沢から相方を引き剥がした。
その後ろから井戸田も入ってきて、あちゃーと頭を抱える。
「大丈夫か?」
「あ……うん」
石井の気遣いに、石塚はちらっと目をそらして答える。その仕草に、井戸田は少し違ったものを感じとった。
「説明してもらおうか。場合によっては、君との関係を考え直さなければならなくなる」
自分より身長の低い石井の、しかし鋭い眼光に射抜かれ、小沢は気まずい空気の中でサマーコートを返す。
「……すいません、でも俺がなんの理由もなくこういうことするように見えますか?」
素直に謝った後の問いかけに、石井は眉をしかめて「いや」と首を横に振った。
小沢の背中を叩いて、「出よう」とうながす。二人が出て行ってしまうと、その後を井戸田も慌てて追いかけた。
「……うわあ、石井さん完全に怒ってるよ」
「あれ、土谷は見るの初めてだっけ?珍しいもん見れたな、あの人怒る時は静かに怒る方だし」
土谷と下池がひそひそ話し合う後ろで、岡安は石塚を手伝って、荷物を入れなおす作業をしていた。
「大丈夫ですか?利き手怪我してるのに……」
「いいよ、こんぐらい左でいけるし」
「でも、小沢さんいきなりどうしちゃったんでしょうね。あの人も夏ボケて変になっちゃったのかな」
「まだ7月上旬でそれはないだろ」
土谷がツッコむと、それもそうだと笑う。その隣で、石塚はさっき階段ですれ違った浅越を思い出した。
向こうはよほど急いでいたのか石塚には気づかず上がって行ってしまったが、浅越がここにいる理由を考えると、
石塚の心に不安がさざなみを立てる。
「……ごめん、なんか疲れちゃった。俺、帰るね」
「しかたないですよ。じゃあまた明後日に」
軽く頭を下げる岡安に手を振って、石塚も速足で稽古場を出る。ドアをそっと閉めると、
石塚は今まで作っていた不安げな笑みを消して、屋上へ続く階段を上っていった。

844名無しさん:2015/11/22(日) 23:49:39
乙です!
ただ一つ言わせていただきますと、磁石がコムに来たのは2008年6月で
この時点ではサワズ所属だったはず…
あとこのスレにオードリーの話があったけど、「まだ無名だったにも関わらず
選ばれた芸人の証たる石を手に入れた」という形にして、「なぜお前らが石を !? 」とか
驚かれるといった、いわば「将来売れっ子になる伏線」的な感じで本編の時点に組み込めそう?
最後に、井戸田の新能力としてハンバーグ師匠で何かできないかなと思ってたり…
一ネタやって「ハンバーーーーグ ! ! 」と叫ぶとステーキプレートに乗ったハンバーグセットが
目の前にストンと落ちてくる、とか?

845名無しさん:2015/11/23(月) 00:17:50
乙です。石塚のことがとりあえずスピードワゴンに伝わったことに安心しました。
でもこの状況を打破するのは並大抵のことじゃなさそうですね。どう動くのか楽しみです。

>>841について、石塚とタカトシが面識がないように読めるのですが
(名前を思い出すのにライムラグがあったとか、『石塚さん、ですよね』のあたり)
2005年6月ごろだと石塚とタカトシはフジのF2スマイルという番組で共演中です。同じ曜日担当でした。
F2スマイルは2005年4月からの開始ですがその前のF2-X(2004.4-2005.3)からのつながりになるのでそれなりに付き合いは長いかと。

>>844
石を「選ばれた芸人の証」「売れっ子になる伏線」的に扱うのはどうなんでしょう。
それを否定することが若林のアイデンティティ、というのがオードリー編の柱だったと思いますが。

846845:2015/11/23(月) 00:44:23
>>583のように
「石を持つ」=「選ばれた芸人の証」「売れっ子になる伏線」と『思い込んでいる』芸人がいる、ということならわかるんですが
>>844を読むと石=選ばれた芸人の証というのが設定として組み込まれるように見えたので。
違っていたらすみません。

847名無しさん:2015/11/23(月) 08:24:36
>>846
ああそうですね、一応「若手たち(特に石を持ってない人たち)の間では、いつしか
『石を持つ事が選ばれた芸人の証だ』と認識されるようになっていった」という感じです
オードリーが売れる前の話な訳ですが、肝になるのは「売れっ子になる伏線」は石を持つ事
そのものよりも別の所にあって、その中の出来事の一つとして(傍からは分不相応に見えた)
石を手に入れた事があった、みたいな感じですかね

848名無しさん:2015/11/23(月) 08:32:09
暗かったので「あれ、誰だっけ」と遅れて分かってる、というのをいれ忘れていましたorzタカが完全に安心しているのは知らない相手ではないから、です。磁石は単なるミスです...今回ミス多いな...

849名無しさん:2015/11/23(月) 13:31:36
>>847続き
言葉が足りなくてすみませんが、「若手たち(特に石を持ってない人たち)の間では、
いつしか『石を持つ事が選ばれた芸人の証だ』と認識されるようになっていった」点を
黒側がスカウトに利用する事もあるだろうなあ、と思ってまして
「とにかく石を手に入れれば売れるようになるぞ」と吹き込み煽ってる可能性もあるのかなと
あとHi-Hi(書く人いるかわからんけど)にも通じるけど、「売れっ子になる伏線」
てのは石を持つ事そのものではなく話全体の流れを指してます

850Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/23(月) 21:21:01
あああ、名前欄入れ忘れていた……
なんだって今回はミスばかり……磁石の方も書いてたんですよ、
例によって文章が混ざったのです。

851名無しさん:2015/11/23(月) 23:47:12
>>850
どうか落ち着いて(苦笑)
「磁石の方も書いてた」と言いますと?もう一つ話を構想しておられるのですか?

あと思いつきですみませんが、小沢と若林・大吉・光浦の4人がそれぞれの
石を共鳴させつつ歌うと歌声を聞いた者に頭痛や目眩や耳鳴りを起こさせる
(パワーが強ければ物理的破壊力も発揮する)「ジャイアンコーラス」なる
必殺技が発動する、とか考えてしまった(笑)

852845:2015/11/24(火) 08:10:23
>>847>>849
よくわかりました。ご返答ありがとうございました。

>>850
磁石編もあるとは!楽しみです。M-1残念でしたね彼ら。

853Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/27(金) 19:06:20
磁石、となっているところは、本当はこの二人のはずでした。ななめ45°のターン。

『Deep down inside of me-4-』

うやむやにせず、きちんと確かめよう。
石井がその決意を固めたのは、ブラマヨがわざわざ訪ねてきて爆弾を落としていってから、二週間も経ってからだった。
以前は何気なく交わしていた軽口も、今はぎくしゃくした、明らかに無理をしたリズムで交わされる。
なにより、石塚の態度がそんな温かい雰囲気を拒んでいた。石井の方も、気がつくと必要以上に気を遣って、まるで小さな子供を
なだめるような接し方をしてしまう。石塚はそれを敏感に感じとり、なるべくいつも通りにしようとまた空元気を出すのだった。
「なあ、あれなんやねん。あいつらいつから冷戦しとんの?」
「俺ら知らんから教えろやー、はよ教えんと嵯峨根の給料30%オフやでー」
「なんでお前が俺の給料握っとんのや!……俺らあん時稽古場におらんかったから仲間ハズレやねん、教えてや」
X-GUNの二人が、左右から土谷の服を引っぱる。土谷は面倒くさそうに顔をしかめてその手を振り払った。
「そんなに気になるなら、石井さんに直接聞けばいいじゃないですか」
「せやかて……なあ?」
西尾はちらっと、遠くで休憩している石井を横目で見た。机に肘をついて指を組み、つま先でとんとんと地面をタップする石井からは、
近づくなという無言のオーラが漂っている。石塚は相方に背中を向けてケータイでメールを打っているが、やはり話しかけづらい雰囲気だ。
ごほん、と咳払いすると、西尾はなるべく自然な笑みを作った。
「あー、あいつらのせいで空気悪いわー。さっさと仲直りせえやほんまに。どうせあれやろ、石塚がなんか我侭言うて
 石井のこと困らせとんのやろ。あかんでえ、そういうの。お前年下やねんからな、ちゃんと言うこと聞きいや」
石を持たない芸人たちから見ればただのコンビ内喧嘩にしか見えないように言い繕いながら、西尾はさり気なく石塚の方へ近づき、
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜ、励ますふりをして後ろからケータイを覗きこんだ。一瞬で文面を読んだ後、自然な歩幅で帰ってくる。
「……ちょっと、こっち来い」
耳元で囁くと、土谷をそっと稽古場の外へ連れ出す。
ぱたん、とドアが閉まったところで、西尾は作り笑いを消して、真剣な顔で切り出した。

「“約束、覚えてるか?”……すまん、これしか読めんかった」
嵯峨根はそれで大体分かったのか、顎に指をかけて思案する。
「一旦話まとめようや。あいつらキャブラー大戦の時はどやった?」
西尾はそこで、嵯峨根の方が細かいところまでよく記憶しているのを思い出して聞く。
「無所属。かといって中立でもない。ただ黒から逃げまわるだけの、若手にようあるパターンやったな。
 石井がそもそも慎重派やったから、“白ユニットも頼りにならない”言うとったわ。……これは俺らの責任がデカいけど。石井は
 自分たちの安全が保証されるんやったら黒でもええって思うとったみたいやけど、石塚は黒を怖がっとった。尋常やないぐらい」
「まあ、あいつは怖がりやけど……なんでそこまで」
「さあ……石井はともかく、弱小能力の自分は使い捨てられるって思っとったんやろ。
 あの頃はまだ量産型の石もなかったし、石井に負担かかる構図は変わらんからな。
 俺はその所為でb.A.dもすぐ抜けたんやないかと思うとったわ。ほら、あそこには海砂利がおったから」
「その石塚がいまさらになって黒に自分を縛りつける理由……」
「あん時、石井が考えとったことを石塚がやっとんねん。そんだけのことや」
話について行けず、X-GUNの二人を見くらべる土谷はそこでふと閃いた。ことは急げとばかりに口を開く。
「あ、あの……俺、ちょっと思いついたんですけど」

854Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/27(金) 19:06:52
設楽は移動中の車内でケータイを開き、声は出さずに笑う。
「約束、ね……俺もずいぶんと買いかぶられたみたいだ」
隣りに座る日村が「何の話?」と聞いてきたが、「関係ないでしょ」とはぐらかすと、それ以上は食い下がらなかった。
この程よい距離感を、都合がいいと思うかそれとも心地良いと思うか。それが白黒の分かれ目だろうと設楽は考えている。
(しかし、こんなメール送ってくるってことは……あいつ、まだ俺を甘く見てるんだな。
 そこに致命傷をつけるのは石井だ。それでやっとあいつは“完成”する)
設楽は窓を少し開けて、外の景色が流れるのをぼんやり眺めた。

思考がどんどん鈍くなっていくのが分かる。石塚はこめかみをおさえて、頭痛をやり過ごした。親指の爪を強く噛むと、
痛みで思考が一瞬だけクリアになり、休憩所で話すスピワの会話が耳に入ってくる。
「……やっぱり、石井さんに協力してもらおう」
「だめだ」
「なんで!」
小沢が思わず叫ぶと、井戸田は唇に人さし指を立ててあたりを見回した。人の気配がないと分かると、
拳を握りしめて睨みつけてくる相方に近づき、ワントーン低い声で囁く。曲がり角に隠れて盗み聞きしている石塚は、心の中で舌打ちした。
「石井さんに、冷静な判断ができるとは思えない。……相方だぞ?俺らだってあんなにショック受けたのに、
 10年以上も一緒にいる人ならなおさらだろ。俺らでなんとか解決しよう」
「相方だからこそ、目をそらしちゃダメだ!」
「だから、大声出すなって。……分かったよ、小沢さんがそこまで言うなら止めない。石井さんも加えよう。
 ただ、石井さんも最近疲れてんのかな、なんかイライラしてるみたいだし……」
スピワの二人は話しながら歩いて行った。声が遠ざかると、石塚はそっと角から出てタバコを口にくわえ考える。
(俺の仕事は、ホリプロの中の“白”の動きを探る事……なんだけど)
煙を吐き出すが、空気を吸っているように味気ない。ふと、ポイズンの吉田が「黒の欠片は感覚を鈍らせる」とぼやいていたのを思い出した。
(……ぶっちゃけ、俺をなんとかしようとしてるとしか報告しようがないもんな。
 浄化してもらうのが一番いいんだろうな、でも)
ポケットからプラチナルチルを取り出して、ぽーんと空中に放ってキャッチ、を繰り返す。
(そしたら、俺がついた嘘もバレる)
設楽がどんな地図を描いているのかは知らないし、知る必要もない。自分にとって大切なのは石井の存在。
深沢は優しく手を差し伸べた。それを台無しにしたのは自分。深沢より厳しい石井はきっと、自分を完全には許さないかもしれない。
石塚がその可能性に思い至った瞬間、手先がわずかに狂った。
「あ」
キャッチし損ねたプラチナルチルが、床に落ちてわずかにはね返る。転がった石を拾おうと屈んだ瞬間、石塚の脳裏に半年前の光景が蘇った。

【2004年.11月】

財布から小銭を取り出そうとしたはずが、寒さでかじかんだ指は石塚の意図に反して変な方向に動いた。
「あっ」
小銭入れの中に入れておいたプラチナルチルが、指で弾かれて床に落ちる。石はあっという間にころころと転がって見えなくなってしまった。
かがんで床を探ると、ひょいっと誰かの手が視界に割り込んでくる。顔を上げると、「これ、お前の?」と日村が石を差し出していた。
「お前のだよな、落としたの俺見てたもん」
日村は石塚の手に石を握らせる。立ち上がりズボンについたホコリをぱんぱんと払うと、くるりと踵を返して片手を挙げた。
「じゃ、もう落とすなよ」
石塚が礼を言おうとすると、気配で分かったのか「いーって」と黙らせた。そのまますたすた歩いて行ってしまうのを見送って、
プラチナルチルを小銭入れにしまい直す。
「……知らない、のか?」
首をひねったが、結局のところ日村の立ち位置は分からなかった。

855Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/27(金) 19:08:13

【現在】

「……そうだ、日村さんは設楽のこと、知らないんだ」
正確には薄々気づいている、といったほうが正しいかもしれないが、知らないと仮定すると、半年前の一件も違う角度から見られる。
プラチナルチルの存在が、(意図的かどうかはともかく)日村から設楽に漏れたとしたら?設楽がその時からこの地図を描いていたとしたら?
石塚はその場を歩き回りながら、思考をまとめるために小さな声で呟く。
「さまぁ〜ずさんが、今の俺と同じことをしてたんだ。俺達を監視して、石井さんが記憶を取り戻したのもそこから知った。
 だから、あんないいタイミングで俺を捕まえられた……じゃあ、やっぱり」
いつの間にか短くなっていたタバコの火を灰皿でもみ消して、壁にどん、と背中をつける。ずり落ちそうになるのをなんとかこらえた。
「俺がこうなるのは、最初から決まってたんだ」
体から力が抜けて、その場にへたりこむ。頭の中が真っ白に塗りつぶされたようで、しばらくの間思考が完全に停止する。
その時、休憩所に誰かが近づいてくる気配。二人分の足音が、徐々に大きくなる。
石塚は音をたてないようそっと立ち上がり、声の主を探った。
「……下池はいい、俺が決めた」
「でも、土谷……」
声の正体は、ななめ45°の岡安と土谷だった。
「俺は、もう一度黒に行く。……お前らが嫌なら、俺一人でも戻る」
「やめろよ、もうそれ以上言うなって」
岡安の声が段々高くなっていく。土谷は鬱陶しそうにその手を振り払って、「いい加減にしろ!」と叫んだ。
「リーダーの俺についてくるのか、それともやめるのか!今すぐここで答え出せ!!」
「なあ。どうしちゃったんだよ、なんで急にそんなこと言い出したんだよ!」
岡安は半分涙目になっていた。土谷はちらっと、石塚の隠れている曲がり角の死角に視線をやった後、岡安の体を自分の方へ引きよせる。
「……よし、もういいぞ」
「は?何の話?」
まだ状況がつかめていないらしい岡安に、「もう終わりだよ」と囁く。土谷は曲がり角を覗きこんで、石塚が完全にいなくなったのを確認する。
土谷は腰に手を当てて、してやったりというような笑顔を浮かべた。
「あの人がまだ完全に黒に染まってないんなら、必ず引っかかるはずだ」
「えっ?」
立ち尽くす岡安の頭の中を、たくさんの疑問符が駆け巡る。しばらくして合点がいったのか、「ああ!」と手を叩いた。
「そう何もかも、設楽さんの思い通りにはさせねえよ」
土谷の首から下がったカプセルが、きらりと光った。

856Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:27:16
ポイズンも芸歴が微妙なので難しい。そしてやや下ネタ的表現ありますので、ご注意ください。
下池さんの能力は「性質と中身を異性にする」ようですが、「性転換」ではないんだろうなと思っています。

【Deep down inside of me-5-】

自宅まで送るというマネージャーの車を断って、石井は一人で夜道を歩いていた。危ないからタクシーを使えとマネージャーは言ったが、
頭の中をとりとめのない思考が錯綜して止まらない。涼しい風を浴びて考えをまとめたかった。
見慣れた住宅街も、夜の22時を過ぎると不気味さをはらんだ静寂が降りる。石井は自然、速足になって家路を急いだ。
「石井さん?」
背後から聞こえた声に、ぴた、と足が止まる。
「石井正則さん、ですよね」
振り返ると、見覚えのない男が立っていた。記憶を辿るが、思い出せない。どうも初対面らしい。ここ一ヶ月ほど、
こうして黒の芸人に襲撃されることが増えた。しかし、たいていはこちらが名も知らない若手であり、なんとか撃退してきた。
それでも回数が増えればいらだちもするし、疲労もたまる。スピワの二人はなんとなく感づいているようだが、ただでさえ白ユニットを
まとめるのに忙しい二人に、これ以上負担をかけたくなかった。
「何か?」
平静を装って返すと、男はヒューッと囃し立てるように口笛を吹いた。何が面白いのかにやにや笑いながら、背中に回していた手を前に出す。
左手に握られていたのは、アーチェリーのような大きな弓。右手に光の球が集まり、一つの大きな光になる。それは形を変えて、細い矢となった。
「恨むんなら、あんたのお友達を恨んでくださいね」
男は矢をつがえて、グリップをしっかりと親指で抑えた。
「待て、どういう意味だ!」
きりり、と糸が張られ、石井に狙いが定まる。石井が横に飛び退くと同時に、矢は風のような音をたてて放たれた。
石井の頬をちりっ、と熱がかすめる。指先でなぞると、浅く切れた頬から血が垂れていた。
「……仕方ないか」
覚悟を決めると、ポケットのルチルクォーツがそれに呼応するようにやわらかい光を放つ。石井はふうっと息を吐く。体をかがめて拳を握りしめた。
頭の中で鳴り響くのはロッキーのテーマ。男は作り笑いを引っこめて、じり……と後ろに下がる。
「__ふっ、」
短く息を吐いて腹筋を締めると、低い体勢から一気に飛びかかる。
「なっ……はや、」
男は予想以上のスピードについて行けず、あわてて二本目の矢を放つ。が、至近距離からの威力も半減した一撃は、
石井が体を半回転させるだけであっさりと後ろのアスファルトに突き刺さった。男は狙撃は諦めたのか、弓を捨てる。
両手に矢を握り、突撃する石井を迎え撃つ。
「ここ、だッ!」
三日月型の弧を描いた矢尻。その刃は、石井の肩の皮膚をほんの1cmにも満たない深さ、切り裂いた。
男は強かった。たった一つ計算間違いがあったとすればそれは、石井が平均的な日本人男性より小柄であったこと__。
「……、かッ、!……」
男の腹に、石井の拳が深々とめりこんだ。もちろんかなり手加減はしてあるが、それでも体重を込めたジャブは重い。
体をくの字に折った男の口から、酸の混じった唾液が吐き出される。石井は荒い息をついて、男がうつ伏せに倒れるのを見届けた。
「……可哀想な、人だ……」
立ち去ろうとした石井の足を、男の声が引き止める。この先を聞いてはならない、という予感がした。なのに、足は縫いつけられたように動かない。
「あなたは、何もかも……知ってる。だけ、ど……あなた、は……何も、分かっちゃいない」
それきり、男はがっくりと頭を落とした。石井は気を失った男を放って歩き出す。その間も、さっきの言葉が頭の奥でリフレインした。
「……僕が、分かってないこと……」
主語を自分に変えて呟いてみたが、答えがはっきりとした形を持つことはなかった。
再び歩き出した石井の耳に、ピリリリ、と着信音が届く。自分のケータイのものではない。振り返ると、気絶したままの男の
ポケットから聞こえているようだった。音はすぐに消えたが、石井はしゃがみこんで、男のポケットを探る。
「最新型か」
赤い折りたたみケータイを開いてみる。何かヒントが残っているかもしれないとメールや通話履歴を確認するが、特に怪しいものはなかった。
「ん?」
保存BOXBOXに、一つだけ動画が入っている。2分ほどの短い動画だが、『証拠』というタイトルに胸騒ぎがする。
『恨むんなら、あんたのお友達を恨んでくださいね』
石井は迷った末に、再生ボタンを押した。

857Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:27:46

真っ暗な劇場の中、手探りで歩く。石塚はサマーコートのポケットに手を突っ込んで、中にあるプラチナルチルの感触を確かめた。
観客席の通路を通り抜けて、ステージ脇の階段に足をかける。徐々に闇に慣れた目に、ステージ袖のドアがぼんやりと浮かび上がるのが見えた。

『__終わった後、劇場で待ってます』

昼間、廊下ですれ違った土谷が、耳元で囁いた一言。振り返った時にはもう土谷は角を曲がって見えなくなっていた。
この前休憩所で聞いた話とあわせて報告すると、ケータイの向こうの設楽は
『いいじゃん、ステージに上がりなよ。お前が主役だ』と笑った。何か引っかかるものを感じたが、行かないことには始まらない。
石塚はマネージャーからななめ45°の出演する劇場を聞き出し、すべてのプログラムが終わった後にこうしてやってきたのだった。

「土谷……土谷、いないのか?」

ステージには誰もいなかった。石塚は一人芝居でもするように真ん中に立って、あたりを見回す。
もしかしたら楽屋にいるのかもしれない。土谷は劇場、とはいったが、ホールにいるとは言わなかった。
石塚はしばらく立ち尽くしていたが、やがてステージ袖に向かって一歩踏み出す。
瞬間、バンッと叩きつけられるような音と共に、まぶしい光が石塚の視界を覆った。反射的に顔の前に手を出した石塚の耳に、
聞き慣れた、だが絶対に聞きたくなかった声が届く。
「……いつか、僕は言ったね。君との間に隠し事はしたくない、と。だから僕は君に何もかも打ち明けた。
 でも、君は僕に何も話してくれなかった」
石塚の姿を照らしだしたのは、二階部分に設置されたスポットライトだった。目が光に慣れてくるのを待って、手を下ろす。
静かなホールに、男にしては小さく軽い足音が響く。それは徐々に近づいてきて、ステージのすぐ下で止まった。
「僕は君の全てを知っていると思っていた。でもそれは間違いだった……いい加減、顔を見せたらどうなんだ。石塚君」
石塚はその言葉に、観念したようにフードを脱ぐ。石井の後ろにいた小沢は、まだ信じられないのか首を振って目をそらした。
そんな相方を、井戸田がそっと後ろに押しのけて前に出る。
「……すいません、石塚さん」
待ち焦がれていた声のした方角に視線を向けると、観客席に隠れていた土谷が、そっと出てくる。
よく見ると下池はステージ袖に、岡安はスポットライトのところで石塚を見つめていた。
「俺達、前に黒に引きずりこまれていたのはお話しましたよね。だから、どうしても……ほっとけなかったんです」
「嘘、だったのか」
石塚のつぶやきに、石井は眉をひそめた。

「嘘つきはどっちだ」

その言葉に、石塚のみならず全員が固まる。小沢は早くも石井を作戦に引きこんだ事を後悔した。
「君は石を持っていない、と嘘をついた。僕が疑わないのを知っていて。そして……深沢さんを半殺しの目にあわせた」
「そ、それは……」
「僕のためだった、とでも言うつもりか。君は僕が無事で済むなら誰かを傷つけてもいいのか?いくら黒の欠片を飲んでいたからって、
 それが言い訳になるとでも思ったのか?」
ため息をついた石井が前髪をかきあげる。先輩に黙って、とも言えず土谷は成り行きを見守った。
(石井さん、何考えてんだ……あの人を責めたって意味ないだろ!)
井戸田は腹の中で舌打ちすると、これ以上石井が言葉を発する前に止めようと前に出る。しかし、もう遅かった。
「君がどんな見返りを約束されたかは知らないが……今の君にとっては、僕ですらその他大勢と同じなんだな」
石塚はややあって、「……どういう、こと?」と消え入りそうな声で一歩前へ出る。
「自分の手を汚したくないから、黒の若手を差し向けるなんて……これがなかったら、僕は君を許していた」
「えっ……何、言って……石井さん……俺、そんなこと」
縋るように伸ばした手は、怒りのこもった鋭い視線にはねのけられた。
「嘘だと思っていた。いや、思いたかった。これを見なかったら……何もかも、なかったことにできたのに」
石井の手にあったのは、昨夜男のポケットから拝借したままの赤い折りたたみケータイだった。ピ、と再生ボタンが押される。

858Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:28:36
『……じゃ、さっき言った通りにやれよ。仕事に支障が出ないレベルなら何しても構わない。ただ、顔はやめとけよ』
どこかの楽屋だろうか。白いテーブルの上、隠し撮りのために斜めに置かれたケータイの向こうで、
石塚が不機嫌そうに頬杖をついて座っている。
「ち、違う……これ、俺じゃない!」
必死に否定するが、タバコのせいでかすれた声も、根本だけ黒い茶髪も、顔つきさえも、完全に石塚のものだった。
石塚は今度こそよろめいて、その場にへたりこむ。
『はいはい、分かってますって。それにしても、あなたも結構いい性格してますよね。
 よりにもよって相方を襲わせるなんて。いやあ、俺にはそこまでの度胸ありませんよ……っとと、すいません』
画面の中の石塚は軽口を叩いた相手を睨みつけると、テーブルに手をついて立ち上がった。画面が見えないので声しか聞こえない他の五人も、
信じられない、というような顔で、ステージに立つ石塚と石井の間でせわしなく視点を動かした。
『……人には我慢の限界ってのがあんだよ。長生きしたかったら、口を縫いつけときな』
普段の石塚からは考えられない恐ろしい台詞を吐いて背中を向けたところでぴた、と動画が止まる。
石井はケータイを持った手をゆっくりと下ろして、「……最悪だ」と吐き捨てた。
「石井さん……あの」
これ以上話したくもない、というように手を振って、石井は顔を背けた。そしてとうとう、激情のままに言ってはならない言葉を告げる。

「こんなの……こんなのは、君じゃない」
石塚は少しだけホッとしたように体の力をゆるめた。が、続く言葉にまた崩れ落ちそうになる。
「今の君は僕の相方じゃない、僕が信頼している石塚義之は、こんな事はしない!」

石塚はその瞬間、自分の心のなかの天秤に『ピシッ』とヒビが入る音を聞いた。
白と黒の分銅を置いた天秤に入った亀裂はどんどんと深く大きくなり、やがてガラガラと音をたて崩れてゆく。
残骸の中から弾き出された黒の分銅が、ころんと転がった。

「……なんで、そんなこと言うんだよ」
石塚はふらりと立ち上がって、熔錬水晶を仕込んだ銃を左手に構えた。そのまま、右手に巻いた包帯の留め具を糸切り歯で解く。
包帯の下にあったのは、傷は塞がったもののまだ赤い痕の残った手。しばらく動かせなかったおかげでもつれる指で、安全装置を外した。
「石井さんのためだったのに。なんで、その石井さんが俺を」
銃口が向いているのは、天井。その意味するところを井戸田が察知した瞬間、乾いた銃声が響いた。
光の弾丸は、幕を上げるための器具を粉々に打ち砕く。重い幕の右半分だけがガクンッと落ちて、石塚の姿をステージから消し去る。
「石塚さん!」
井戸田がステージに駆け上がる後ろで、土谷が二階部分の岡安に向かって合図する。スポットライトを回転させた岡安は、
首から下げたチャームを握り締めて「電車がまいりまぁす」とねっとりした声を発した。瞬間、カプセル型のチャームが
まばゆい光を放ち、ポンッと小さな列車が現れる。岡安はその上にまたがって、観客席の方へ滑るように下りてきた。
「いない……?」
ステージに上がった井戸田は首を傾げる。幕を突き抜けてきた岡安は、かすかな気配を感じて顔を上げて、
「土谷、屋上ってどっから行けるっけ」と聞いた。
「えーと、たしか楽屋の隣に階段が……」
土谷の言葉が終わるか終わらないかのうちに、石井と小沢がステージに上がる。上手側にいた下池がステージを駆け抜けて、そっとドアノブに手をかけた。
「……開いてます」
「鍵は?」
小沢の質問に、「ここに」とスタッフから預かったのであろう鍵束を見せる。
「このドア、内側に開くんだね」
「それが何か?」
「……向こう側から、誰かが開けてやればいいんだ。考えてみなよ、こんなバレバレの罠に、石塚さんが一人で来るわけない」
「ピンポーン」
不意に混じった声に、全員が一斉に振り返る。いつの間にか開け放たれたホールのドアの向こうから、二人分の人影がこちらへ歩いてきた。

859Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:29:13
「さっすが小沢さん」
阿部は心のこもっていない棒読みで賞賛する。隣の吉田は「……なんで俺達が」と明らかに気乗りしていない様子で
包帯の留め具を外した。ステージの上でまごまごしていた石井は、そこで初めてはっと我に返って岡安のミニ電車に飛び乗る。
「あ、待ってくださいよ!」
二人だけでは危険だと思ったのか、小沢がその後ろに乗って「あとは頼んだ!」と井戸田に手を合わせる。三人を乗せたミニ電車は、
キキキ、と耳障りな音をたててドリフトして、煙を吐きながら狭い階段を駆けていく。
「下っぱ同士協力しましょうってことだよ、多分。大丈夫、ちゃんと働いた分は石塚さんに請求するから」
「何をだよ」
いつもどおりの静かなツッコミを入れた吉田が、一歩ずつステージに歩みよってくる。その異様な雰囲気に、土谷は少しずつ後ずさった。
包帯の留め具を外して床に落とす。バツ印に刻まれた手のひらの傷で、血がコポコポと泡立ち、徐々に硬化していく。
阿部を後ろに下がらせて、傷口からずるりと長い棒のようなものを引き出した。
「……槍?」
「矛です」
井戸田のつぶやきに、心底不本意だというような声音で返す。吉田はつま先で床を強く蹴って、ステージに飛び乗った。
「う、わっ!?」
半月型の軌道を描く矛の先は、すんでのところで避けた井戸田のシャツを切り裂いた。のけぞった井戸田の耳に、
「そのまま!」と土谷が鋭く叫ぶ声。イナバウアーの体勢で固まった井戸田の腹すれすれの所を、ゴオッと熱いものが通過する。
吉田は矛を半回転させて、充電式ドライヤーを銃のように構えた土谷に狙いを変えた。
「させるか!」
そこで舞台袖にいた下池が、吉田を指さして叫ぶ。首から下げたチャームがぱあっと光を放ち、吉田を一直線に射抜いた。
「……くっ、」
少しよろめいた後、吉田はそこにあるべき__相「棒」の存在感が薄れていることに気づく。
「……まさか」
矛を取り落とし、カチャカチャとベルトを外す。くるりと背を向けて、スラックスとトランクスをそっと引っぱり……絶叫した。
「なっ……な、な」
振り返った吉田は耳まで真っ赤になっていた。似つかわしくない絶叫に驚いた井戸田が下池を見やると、「へへっ」と照れ笑い。
「あ、あんた……どこにやったのよ!あたしのっ……あたしの……」
女言葉で罵倒するが、恥ずかしいのか消え入りそうな声で「……」と男の象徴を表す相方に、
阿部は目をパチクリさせて「ついてんじゃん」と首を傾げる。阿部の目には、吉田はスッピンのニューハーフにしか見えない。
「ねえ、その石ってさあ。吉田をボンキュッボーンの美女にしてくれたりとかしないの?」
今まで死んだ魚のようだった阿部の目がきらりと光る。空中で胸をモミモミするパントマイムをしながら聞くと、
下池は心底残念、という顔で肩をすくめた。
「うーん、あくまで中身と性質の問題だから、完全にタマキン消してオッパイくっつけるってわけじゃないみた……あぶねっ!」
顎に手を当てて考える下池の頭すれすれの所を、矛が旋回する。髪の毛が何本かひらり、と宙に待った。
アルゴリズム体操のごとくしゃがんで避けた下池は、「おっ」だの「ひえっ」だの叫びながら、怒りのまま矛を振り回す吉田から逃げる。
「……なんか、タマがヒュンッてなった」
「俺もです」
ステージに座りこむ井戸田と、その隣で股間を守るように手を前に出した土谷は、
目の前で繰り広げられる修羅場に似つかわないのんきな感想を漏らした。

◆◆◆◆◆◆◆

幕が落ちると同時に、石塚は走り出していた。心臓が脈打つ音が頭の中で響く。はあっ、はあっと短い間隔で呼吸をしながら、
緑色の照明で照らしだされた非常階段をのぼって、屋上に続くドアに手をかける。阿部は「屋上から脱出できるようにしときますねー」と
のんびりした声音で言っていたが、仕事はきちんとするタイプらしい。あっさり開いたドアの向こうに人の気配はない。
石塚は屋上に出ると、念のため後ろ手に鍵をかけた。岡安の能力に鍵が意味を成さないのは知っているが、気休めだ。
「……無理か」
柵に足をかけて、すこしせり出した外側にとんっと下りる。隣のビルとの間隔は、およそ50メートルほど。
到底飛び移れる高さではないそれに足がすくむ。と、そこで車輪と地面が擦れるかすかな音が耳に届いた。

860Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:29:51
「石塚さん!」
無人の屋上に、岡安の高い声が響き渡る。一番後ろにいた小沢が降りると、ミニ電車は『ポンッ』と軽く弾けるような音をたてて消えた。
「……ダメだ、もう」
小沢は目をつぶって意識を集中させたが、それらしい気配は小さすぎて感知できない。一方の石井は、柵に手をかけて地面を必死に探していた。
「飛び降りたんなら、音で分かりますよ」
「……あっ、……そう、そうだな……一体どうしたってんだ、僕は」
石井は頭を振って、諦めたように息を吐く。
「……なんで、あんな言い方しかできなかったんだろう」
岡安は慰めの言葉も見つからないのか、少し遠くで黙って立っていた。
「信頼していたからこそ、許せなかった。あれは本当の石塚君じゃないって、分かっていたはずなのに」
「でも、浄化すればきっと元通りになりますよ。その時には、石井さんがしっかり支えてあげないと」
「それでも、全部が全部なかったことにできるわけじゃないんだ。僕は……あれ?」
石井はふと、何かに気づいたように顔を上げた。視線の先には、隣の建物の屋上に設置された、ケータイの無線アンテナ。
「なあ。これ、前からあったか?」
「え?いや……」
劇場の目と鼻の先に建つ2階建てのビル。岡安は柵から身を乗り出して「なんとか飛べそうですね」と頷く。
「あっ!」
岡安は思わず叫んだ。古いテレビにノイズが混ざるように、ビルの形が左右にぶれる。三人の目の前で、
ビルはあれよあれよという間に無数の光の玉になって、空に溶けていく。一分もしないうちに、ビルは影も形もなくなっていた。
「これ……まさか、ブラマヨが言ってた」
小沢は独り言を漏らした後、隣の石井と顔を見合わせる。石井はぎゅっと拳を握りしめて、悲しみとも怒りともつかない表情を浮かべていた。

「はっ……はっ、はあッ……はあっ、」
地下道の壁に手をついて、ずるずるとその場に崩れ落ちる。あの時とっさに地図にビルを書き込んで足場を作り、飛び移ったのは正解だった。
石塚はその間一度も振り返らず、ただ無心に走った。もはや何から逃げたいのか、それすらもわからないまま。
『僕が信頼している石塚義之は、こんな事はしない!』
頭の中で反響する石井の声に、耳をおさえてうずくまる。
「うっ……」
噛み締めた唇のすきまから嗚咽が漏れた。こらえていた涙が、後から後から頬を伝う。
「うっ……うぇ、……あああー、」
ぺたんと座りこんで、ひたすら泣く。どうしてこんな事になった?自分はただ、石井と一緒にいたかっただけで、石井を守りたかっただけで。
その為なら自分はどうなってもいいとさえ思っていた。石を持っていないと嘘をついたのも、助けて、が言えなかったのも。
石井にこれ以上負担をかけたくなかったから、ただそれだけの理由だったのに。

「俺は石井さんを裏切ったんじゃない」

泣きながら声に出してみると、胸のあたりに氷を落とされたような感覚があった。
「石井さんが俺を裏切った」
無意識に口が動いて、主語がいれかわる。
「石井さんは俺から逃げた。都合のいいことしか見なかった。俺が悪いんじゃない、たまたま目をつけられただけだ、なのに石井さんは」
言葉を発するごとに、心臓のあたりにじわじわと冷たい感触が広がっていく。
いつの間にか涙は止まっていた。もう何が理由で泣いていたかも思い出せない。
「……信頼、か。芸人のくせにつまんねー綺麗事ぬかしやがって」
スイッチを一つずつOFFにするように、石塚の中から『正』の感情が消えていく。今までは異物でしかなかった黒の欠片が、
まるで酸素のように当たり前の顔をして体の中に染み渡った。
「お前の言う信頼ってのは、自分に都合がいいことだけつまみ食いみたいに信じるってことかよ。ねえ、石井君?」
石塚は立ち上がり、ガンッと地下道の壁を殴って叫ぶ。
「一生ヒーロー気取りのお遊戯してろ、バーーッカ!!」
はははっ、と笑いながら地下道を出る階段をのぼっていく。しかしその足取りは、なぜかふらふらと不安定なものだった。

861Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:40:20
やられ役なので単純な武器化能力にしていました。

襲撃してきた男(名前不明)
【石】不明
【能力】石を弓に変える。弓はアーチェリーのような形状をしているが、
     矢は一本ずつしか出せないため、連射は難しい。また、自動で照準を合わせてくれたりはしないので、
     射撃精度は本人次第。
【代償】撃った矢の本数によって、利き目の視力が低下する。
     最大で失明、一発、二発程度ならほとんど変わらない。時間経過と共に回復する。

862名無しさん:2015/12/02(水) 19:40:05
乙です、佳境に入ってきましたねえ
どんどんドツボにはまっていく石塚が怖い…
あの動画のカラクリも気になる
で、下池の能力は能力スレのログにもあるように「ドラえもん」のオトコンナが
元ネタでして、精神面の男らしさと女らしさを逆転させるという物です

あと余談だが、設楽の能力がやついの能力でおバカになってしまい
ゲラゲライヤホンのごとく何を言っても抱腹絶倒の笑い話に聞こえるようになって…みたいな
コメディタッチの話が漠然と浮かんでしまったw

ttp://members3.jcom.home.ne.jp/atelier-bios/koza0117.html

863Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/07(月) 19:05:50
またタイトル変わりますが、続いてます。欠片で黒化したのは今まで浅越さんやヒデさんなどおりましたが、
黒石塚はそれらとは方向性が違う感じ。『写真にキスしたら顔をコピーできる』はちょっと改訂して能力スレに落としてみたい。

【Irony of the fate-1-】

一夜明けて顔を合わせた相方は、拍子抜けするくらいにいつも通りだったので、石井はかえって面食らった。
向い合って座り、デニーズでネタの最終チェックをしていく。石塚はしばらく普通に話していたが、
やがて思いついたのか、ペンを置いて水を一口飲んだ。
「始まりは強引だったけどさ。冷静に考えてみたら、設楽の言うことも一理あるんだよね」
石井は弾かれたように顔を上げた。
「……うわ、そうやってあからさまにガッカリって顔されると、正直心外なんだけど」
「今の君は……どっちなんだ」
「どっちもこっちもねえよ。俺は俺。お前の相方の、石塚義之」
「違う!」
思わず張り上げた声に、後ろの席で食べていた客がびっくりして振り向く。店内の注目が一瞬集まるが、石井が立ち上がって
すいません、と謝ると皆興味を失ったようにそれぞれの食事に戻っていった。座り直す石井に、石塚は軽蔑したような一瞥をくれる。
「……何が違うっていうんだよ。お前が信頼していたのは、お前が俺だと思ってたのは、お前にとって都合のいい、
 妄想みたいな俺だろ?お前いつか言ってたよな、“自分はマジメに見えるけど、結構中身はドロドロしてる”それってさ、
 まんま俺にも当てはまるって言ったら、どうする?」
言いながら、黒の欠片を一粒取り出す。
「やめろ!」
手首をつかもうとした手は、スカッと空を切った。石塚は薬を飲む時のように水で流しこんで、わざと大きな音をたててコップを置く。
「外面と中身って、全然違うだろって話。俺は別に欠片で操られてるわけでもないし、ちゃんと自分の意志で考えて喋ってんだよ。
 前はなかなか抜けないトゲみたいだった黒の欠片がさ、今は細胞になったってぐらい自然。
 ほら、お前だって聞いたことあんだろ。能力者のほとんどが石に魅入られて、そのうちの半分くらいが黒に振りきれるって話。
 人間なんてそんなおキレイなもんじゃないんだしさ、特に芸人なんて人間失格みたいな奴も多いでしょ、誰とは言わないけど。
 俺はさ、今すっげえいい気分なんだよ。何ていうのかな、今なら何でもできそうな感じ。だからさ」

ほっといてくんない?

その一言が出た瞬間、石井の思考は完全に停止した。今投げつけられた言葉が理解できず、ただ呆然とテーブルを見つめる。
やっと復活した時、もう石塚はいなかった。
「……そんなの、無理に決まってるだろ」
石井は勢い良く立ち上がり、手早く勘定を済ませてファミレスを出た。

864Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/07(月) 19:06:31
話をすべて聞き終えると、深沢はベンチに背中を預けて長いため息をついた。浅越の能力で全て治癒したとはいえ、
体に何発も銃弾を撃ち込まれる感覚というのは愉快な記憶ではないらしく、頭を振ってそれを打ち消そうとする。
「……で、お前はどうしたいんだ?」
「取り戻します。誰がなんと言おうと、絶対に」
「それから?」
「……どれだけ時間がかかってもいい。いつか完全にわだかまりをなくせたら」
「違うよ」
深沢はあっさりと石井の言葉を否定して、組んでいた膝を解く。姿勢を正して、隣りに座る石井の目をまっすぐに見すえた。
「石塚は、お前の所有物じゃない」
一も二もなく協力してくれると思っていたわけではないが、相方の肩を持つような言葉に、石井は少し機嫌を悪くした。
それが伝わったのか、深沢はまた短くため息をついた。
「誤解のないように言っておくと、俺は黒に共感してるわけでもない。黒のやり方は強引だし、石塚は黒より白のほうがまだ
 居心地がいいだろうってのは俺にも分かる。だけどな、ここで厄介なのが、あいつの感情だ」
「感情……」
「いくら浄化したって、本人の心ってのが変わらなかったら、また黒に落ちる。……実際、そういう奴らを
 何人も見てきたから言うんだ。あいつの場合は破壊願望だの上昇志向だの、そういったスタンダードな負の感情じゃない。
 向かう方角が歪な分、一筋縄では行かないだろうな」
「……なら、どうすればいいんですか」
「あいつの言うとおり放っといてやって、向こうから帰ってくるのを待つっていうのが一番波風が立たない。
 でもそれじゃお前が納得できない。かといって、ホリプロなら……島田か?に頼んで浄化してもらっても、お互いわだかまりは残る。
 なあ石井、負の力を操りながらも、それに飲まれない奴もいる。
 逆に、あっさりとそちら側に落ちる奴もいる……正位置と逆位置、どちらに立つか選んでいるのは結局のところ、そいつ自身なんだ」
深沢は立ち上がり、こわばった筋肉を解すためにうーんと伸びをした。頭の上で組んだ手を下ろして、振り返る。
「本当に相方を取り戻したいんなら、嫌な部分も醜い部分も、全部見る覚悟でぶつかってけよ。
 ここがアリtoキリギリスの正念場だ」
じゃ、あとは頑張れと手を挙げて去っていく深沢の背中を見送り、石井はまた考えこんだ。
何かヒントが貰えればと思ったのに、これでは全く振り出しに戻ったのと同じだ。
「……考えるしかない、のか」
そこで、ポケットに突っ込んでいた携帯電話が震えた。体がびくっと跳ねたが、話の邪魔になるからと着信音をミュートにしていたのを思い出す。
「もしもし……分かった、すぐに行く」
石井は通話を切ると、冷静な声音とは裏腹に転がるような足取りで駈け出した。

「石井さん、あのケータイまだ持ってます?」
ロビーに駆けこむなり、待っていた小沢はそんな質問をしてきた。石井はしばらく考えて、それがあの赤い折りたたみケータイを
表していることに気づき、かばんから取り出して見せる。
「ちょっと、お借りしますね」
小沢は半ばひったくるように赤いケータイを奪うと、「あ、やっぱり……」と眉をしかめる。
「何がやっぱりなんだ?」
「これ、プリペイド携帯電話ですよ。確かに最新型だけど、カード購入すればすぐに使える奴です。
 芸人なんて仕事の電話も多いんだし、プリペイドをメインに使ったらすぐに金額が跳ね上がっちゃいますよ。
 そいつ、これしか持ってなかったんですね?」
「あ、ああ……」
「昨日からずっと考えていたんですけど、おかしいのはそれだけじゃないんです。ほら、これ」
小沢が見せた画面には、『証拠』とタイトルのついた例の動画の再生画面。小沢は石井を気遣ってか音声をミュートにして、問題のところで
ピ、と再生を止めた。無言でもう一度画面を見せられるが、石井にはどこがおかしいのかよく分からなかった。小沢は画面を人差し指で叩く。
「ここです、右手に包帯がない」
「あ!」
「石塚さんの右手、まだ痕が残ってるんですよね。でもこの動画では怪我する前と同じように見える」
「で、撮影日時は怪我をした日の後……たしかに、矛盾してるな」
ようやく調子を取り戻した石井が言葉尻を繋ぐと、小沢は自分の推理が不安だったらしく、ようやく表情を和らげた。
「でも、これはどう見たって……」
「石塚さんの身長って、何cmでしたっけ」
「ん、僕より21cm高かったはずだから……178、かな」
小沢はまた動画を進めて、最後に石塚が立ち上がるところで止めた。

865Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/07(月) 19:07:04
「ここなんですけど。テーブルの高さと合わせてみても、ちょっと低いように見えるんですよ。
 せいぜい170ぐらい。ラバーソールとかで高く見えることはあっても、縮むってのはありえないですよね。
 あるはずの傷がない、身長も低い。ということは」
「これは、石塚くんじゃない」
石井はその場にへたりこみそうになったのを、なんとかこらえた。安心と同時に湧き上がるのは、気が立っていたとはいえ
こんな簡単な偽物に騙された自分の不甲斐なさ。
「そう、別の誰かなんです。問題はどうやって同じ見た目で声まで再現できるか……なんですけど、黒にも変身系の能力者がいるとしたら、
 簡単に説明がつくと思いませんか?」
「変身……」
「何人か知ってるんですよ。たとえば写真にキスをしたら被写体の顔をコピーできるとか、特徴のある人間にだけ変身できるとか。
 最後に一つだけいいですか」
小沢は流暢に回る舌とは反対に、おずおずと聞いてきた。頷くと、「石塚さん、最近髪染めたのいつか分かります?」と聞いてくる。
「えーと、たしか……今月の頭に美容室行ったとか言ってたな。この動画の日付の、そうだ。2日くらい前……あっ」
石井は合点がいったのか、手を叩く。
「2日で色落ちなんて、ありえませんよ」
「そうか、首から上……顔と声だけしかコピーできないのか」
「あくまで想像ですけどね。それなら身長が違うのも納得いきます……石井さん?」
何もかも聞き終えると、石井は小沢からケータイを奪いとった。床に落として、カラカラとその場で回るケータイを、思い切り踏みつける。
ぐしゃっと潰れて部品がいくつか飛んだ。
「い、石井さん……」
小沢が顔を引きつらせているのにも構わず、ゴキブリでも叩き殺すようにガンッ、ガンッと何度も踏んで、完全に破壊する。
はあ、はあと肩で息をしながら、無残に潰れたケータイを見つめる石井の目は、今まで誰も見たことがないほどの怒りに満ちていた。

「退屈、だな」
そう呟く石塚の目の前には、血を流して倒れる男達。その中の一人が「うう……」と唸って、動かない体を引きずり逃げようとする。
その背中を踏みつけて動きを止めてやると、「ぐえっ」とカエルが潰れるような声を出して動かなくなった。
もう一発撃ちこんでやってもいいかと思ったが、思いとどまる。石塚はその背中から足を離さないまま、ククッと笑った。
「昔さあ、ライブで後輩の頭踏んだことあってさ」
倒れている中には、白でそこそこ名前が知れた芸人もいたようだが、思い出せない。
「こう、ちょうどこいつみたいに倒れてんだよ、その後輩が。で、靴の下に頭蓋骨の感触があって。悪いことしたなーとか、
 このままちょっと力込めてみたら潰れるんだろうなとか、一瞬だけ考えた。
 ……やってたらここにいねえよ、バーカ」
おびえた目で自分を見ている白の芸人を蹴り飛ばす。地面に転がってゲホゲホと咳き込むのを、笑いながら眺めた。
「でもさ、そういう考えが浮かぶのが人間ってもんだろ。だから、黒はそれを否定しない」
やっと呼吸が落ち着いた男の前にしゃがんで、ポケットから黒の欠片を取り出す。それの意味する所を知っている男は
首を振って拒絶したが、石塚はその口に指を突っ込んで開かせ、口を塞いで飲ませる。
『早くしろ、指突っ込んで無理やりこじ開けられてえのか』
あの時の大竹の目は本気だった。まさか自分がそれをすることになるとは思わなかったが、それもまた運命というものかもしれない。
石塚はうっすらと笑って、ここにはいない相方に向けて呟く。
「……だからさ、お前もこっちに来いよ」

なあ、石井?

866名無しさん:2015/12/07(月) 23:48:32
>>863
乙ですー
まあ、ヒデのはほぼ後づけのようですけどね…
まとめサイトに上がってる話が中途半端なままになっちゃってたので
いろいろ大まかな案をつけ足した方がいたようで
ペナや品庄関係の話はここにもいくつかあるけど、いつかその辺をきれいにまとめた
話ができたらいいなあ

867Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 15:57:05

『Irony of the fate-2-』

円形に貼りつけられた壁一面の写真から、一つずつバツ印が消えていく。
設楽はまたバツのついた写真を一枚『ペリッ』と剥がして、新しい写真と入れ替えた。後ろでペンを回しながらノートと睨めっこしていた
小林は、思考を無遠慮に中断したその音に顔を上げて眉をしかめる。設楽は「ごめん」とまるで心のこもっていない謝罪をして手を合わせた。
「正直、あいつがここまで出来る子だとは思わなかったよ」
真ん中の写真をとんとん、と指の関節で叩いて笑う。
「……彼は密偵として働くはずでしたが」
「そのはずだったんだけどね。潰す方が楽しいみたいで」
設楽は小林と向い合って座ると、「んー」と伸びをした。肩の上で組んでいた指を解いて、感情の読めない目でじっ、と小林を見つめる。
「あるいは、嫉妬かも」
文脈から全く繋がらない言葉に、小林は「はい?」と聞き返す。
「いや、あいつらってさ。分かりやすく仲いいって感じじゃないんだよ。普段から遊んだりとか、そういうのじゃないけど、
 なんか信頼し合ってるっていうの?そういうのがなんか腹たったのかもね。俺はといえば、日村に隠し事ばっかりしてる。
 裏を返せば俺は孤独だ。でも石塚は、石井に守ってもらえる。信じてもらえる。なんで同期なのに、あいつだけ……って」
小林はノートを閉じて、次の言葉を待った。
「……どうかな。そう思ったことも、あったかもしれないね」

扉を蹴破って転がり込んできた吉田が口を開く前に、井戸田は蝶番の外れてぶら下がった扉を指さして、「修理代」と手のひらを差しだした。
吉田は荒い呼吸を整えながら、財布から千円札を取り出しテーブルにバンッと叩きつける。
そのまま「まあ一旦落ち着いて」とパイプ椅子を出していた小沢にずかずかと歩みよって、状況を呑みこめていない小沢を睨みつけた。
「石塚の居場所、教えろ」
吉田の強い目線に押されて、小沢はう、とたじろいだ。助けを求めるように相方を見ると、井戸田はやれやれ、と肩をすくめる。
「おい、せめて理由を言え、理由を」
井戸田がとりなすと、吉田はため息をついて「すまん。確かに急やった」と謝った。
「あんな、小杉が……消えてもうてん」
「ケータイは?」
「繋がらん。大家に合鍵で開けてもろたんやけど、家はもぬけの殻や。石塚の奴、お前らが取り逃がしてから吹っ切れたんか知らんけど、
 えらい派手に暴れ回っとるやろ。俺らの可愛がっとる後輩もそれでやられて、小杉がとうとうキレてな。サシで話つけに行く言うとったんや」
取り逃がして、の所に力をこめて、じろりと睨みつける。井戸田は降参だ、というように両手を挙げた。
そこで、こっそり聞き耳をたてていた土谷が「あの……」と申し訳無さそうな声をかけてくる。
「岡安も、いないんですけど……」

868Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 15:58:07
渋谷の歓楽街にほど近い、廃棄されたビルの地下室。元はキャバレーだったらしく、毒々しいピンク色のステージやバーカウンターには、
空になった酒瓶や引き裂かれたドレスが捨てられている。そして、彼らをここへ閉じこめた犯人にとっては非常に好都合なことに……
天井に、どう考えてもいかがわしい用途しか思いつかないフックが取りつけられていた。
二人の手首は、銀色に光る手錠(もちろん玩具だろうが)と天井のフックから伸びるチェーンで繋がれている。
そして二人は、この状態で一夜を明かしていた。が、なぜか小杉は不敵な笑みを浮かべて、隣でげんなりしている岡安に話しかけてくる。

「なあ岡田、これはチャンスやで」
「岡安です。この状況でよくそんな前向きな事言えますね」
「よう考えてみい。一見すると俺らのほうが捕まっとるように見えるけどな、逆に考えれば俺らが石塚を捕まえとんねん」
岡安は一瞬「ああ……」と納得したように頷いたが、すぐに「いやいや、逆に考える必要ないでしょ」と言い返した。
「ていうか言っときますけど、小杉さんがあそこで大声出さなきゃ
 俺らこんなことになってないんですからね?」
「それは……ホンマ、すまんかった。せやけど、なんでちょうどええタイミングであんなとこおってん、岡本」
「岡安です。嫌な偶然ですけど、あそこは俺の帰宅ルートなんですよ。
 でも、石塚さん一人で俺らを運べるわけないですよね。またポイズンの二人が一緒だったのかな……
 あの人、単独犯装って仲間を待機させてるからやりづらいんですよ」
「まあ、石塚に俺らをどうこうする気はないらしいってのがせめてもの救いやな。トイレ行けへんのは辛いけど。なあ、岡村」
「岡安です。……さっきから、絶対わざとですよね!」
場の空気を和ませよう思て、とブツブツ愚痴る小杉の耳に、『コッ』とかすかな音が届いた。足音は階段を下りて、
二人が閉じこめられている地下室の扉の前で止まる。鍵が差し込まれ開かれたドアの向こうには、予想通りの男が立っていた。

「おはよ。ごめんな?遅くなって」
石塚は床に散乱した酒瓶や椅子の残骸を器用に避けながら歩き、二人の前にしゃがんでコンビニの袋をがさがさと漁る。
中からおにぎりとミネラルウォーターを取り出して並べると、「食えよ」とすすめた。
「……おかげさまで、よう寝れたわ」
小杉が嫌味を言っても「へえ」と意に介さない。
「俺さあ、黒に入って初めて設楽に褒められちった。“自発行動ができるようになったのは、いい進歩だ”って」
言いながら、おにぎりを口にくわえて中のエビを噛みちぎる。
「目的は何ですか?」
「この前俺をハメてくれたお仕置きだよ。お前ら二人はあいつらをおびき出すエサだ」
岡安が手錠のはまった腕を持ち上げると、首を横に振って「ダメ」と答える。
「俺の石、どこやった?」
小杉は拘束された腕をぐっと伸ばして、おにぎりをもぐもぐ咀嚼する石塚に近づいた。
その前にしゃがみこんで目線を合わせて「なあ」と問いかける。石塚はしばらく黙っていたが、やがて最後の一口を水で流しこんだ。
「……懲りねえデブだな」
石塚は低い声で呟いたかと思うと、わずかに腰を浮かせる。瞬間、小杉の薄く開いた口は冷たい金属にこじ開けられた。
「ぐ、もがッ……!」
石塚は喉奥まで突き入れたモデルガンを、ぐりっと回した。カプセルに包まれた黒の欠片を口に入れられたような不快な味が、
小杉の口中に広がる。それが熔錬水晶の仕業だと気づいた時、安全装置が外された。驚きに目を見開いた小杉を、実に面白そうな顔で見上げてくる。
「なあ、しばらく飯食えねえようにしてやろうか?」
ゆっくりと、石塚の指が引き金にかかった。隣の岡安が「やめてください!」と叫ぶ。

パンッ、と乾いた破裂音が響いた。天井に空いた小さな穴から、パラパラと建材の欠片が落ちてくる。
「……ぷっ、アハハハッ!」
石塚が腹を抱えて笑い出す。それを合図にしたように、小杉はその場にへなっと座りこんだ。
引き金を手前に引くのとほぼ同時に、石塚は小杉の口からモデルガンを引き抜いて天井へ向けていた。
岡安は手を伸ばした体勢のまま、固まっている。その光景が面白いのか、石塚はまた腹を抱えて笑い出した。
「ハハハッ、やばい、すげえ面白い……ぐっ!」
小杉は自由になる方の手を伸ばして、石塚の胸ぐらを掴んだ。そのままぐいっと引きよせる。石塚は息苦しさに一瞬だけ顔を歪めたが、
すぐに嘲るような冷たい笑みを貼りつけて、小杉を見つめ返した。

869Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 15:58:59
「……おいおい、何熱くなっちゃってんの?ちょーっと遊んだだけだろ」
「お前ッ……お前、相方に堂々と顔向けできんような事して、何が楽しいねん!」
「相方?」
石塚はそこで笑みを消した。完全に黒に振りきれた芸人特有の虚ろな目に射抜かれて、小杉は思わず胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「お前さあ、自分で言ってて恥ずかしくねえの?相方なんて言葉で誤魔化してんじゃねえよ。ただの仕事仲間だろ?
 小杉、お前だって吉田が普段何をしてるか、何を考えてるかなんて、全然知らねえだろ。当たり前だよな、赤の他人だから」
「……俺は吉田を信頼しとるから、それでええんや。あいつが俺にどんな事を隠しとっても、そんな事で俺らは揺らいだりなんかせえへんのや。
 俺らは絆で繋がっとる。それが俺らを強く結びつけとるんや!」
「信頼、ね。俺だってそこから始まってんだよ。俺は石井を信頼していた。石井に心配をかけたくなかった。石井のためなら悪人にもなれた。
 俺達の間にも、信頼があった。お前らが絆と呼んでいるものがあった」
石塚は小杉の耳元に顔を近づけて、囁く。

「それが、俺を壊した」

小杉が言葉の意味を理解する前に、鍵のかかっていなかったドアがバタンと蹴破られる。
「岡安!」
土谷はあわてて岡安のもとへ駆けよると、拘束されている方の手首を持ち上げて、シェーバーを取り出す。
「これ、家電の中に入る……よな。岡安、ちょっと怖いだろうけど、我慢しろよ」
首から下げられたカプセル型のチェーンが、柔らかい光を放つ。シェーバーのスイッチが入ると、強化された三枚刃が金属製のリングを
ガリガリと氷のように削っていく。岡安はぎゅっと目をつぶってそちらを見ないようにしていたが、シェーバーの電源が切れると、恐る恐る目を開けた。
「ほら、外れた」
「あ、ありがとう……土谷、よくここ分かったね」
岡安が自由になった腕をさすりながら聞くと、「サーチしてもらったんだよ」とこともなげに答える。ななめ45°の3人が無事を喜ぶ横で、
吉田は「面倒かけんな、アホ」と小杉の頭を軽く叩いていた。

「……石塚くん」

張りのある声に振り返ると、石井が開いたドアにもたれかかって立っていた。
「……へえ、やっぱ来たんだ。暇な奴」
「石塚くん、もうやめるんだ」
「何を?……ああ、まさか、またあのくっさい台詞聞かせる気?“こんなのは君じゃない、僕の相方じゃない”……ハハッ、傑作だよなあ。
 あの台詞言いながら、自分に酔ってたんでしょ、バカなやつ」
ななめ45°の3人を下がらせて、石井は一歩ずつ相方に歩みよって行く。その間も石塚は笑うのを止めなかった。
「勝手に俺をでっち上げて、勝手に失望して。勝手に俺の立ち位置を決めて、そこに戻そうとする。
 それって、ガキが駄々こねてんのと何の違いがあるわけ?」
石井は足を止めた。そのまま膝を折り、石塚の足元に正座する。
「……すまない!」
指をそろえて、頭を下げる。石塚は「うげっ」と心底気持ち悪そうな顔をした。後ろで成り行きを見守っていた
ななめ45°の3人も、ブラマヨも、石井の突然の土下座に、どうしていいのか分からず二人を代わる代わる見る。
「僕は身勝手で……妄信的で、いつだって自分の事しか……自分に都合のいい事しか見えちゃいなかった。
 それが……君を、苦しめていたって事も、今なら分かる」
石塚はその頭を踏みつけようとして、足を戻した。石井は顔を上げて、その両足にすがりつく。
「だから。僕に、もう一度だけでいい。チャンスをくれ。今度こそ君を離さないから」
頼むよ、と繰り返しながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔をジーンズにこすりつける。石塚は薄くなりかけた石井の髪をつかむと、
無情にも引き剥がした。
「……いまさら、遅えんだよ」
石井の頭から手を離して、顔を背ける。
「お前の言葉なんか、もう何の意味も持たねえんだよ。俺達は」
安全装置が外されたままのモデルガンの銃口が、ゆっくりと石井の眉間に向けられた。

「戦うしか、ないんだ」

石井はゆっくりと立ち上がり、袖で涙を拭いた。石を取り出そうとする後輩たちの前に手を出して「僕が」と押しとどめる。
「これは、僕たち二人の問題なんだ。下がっててくれ」
それだけ言うと、ルチルクォーツを胸の前で握りしめる。5人は言われたとおりに下がるが、いつでも助けに入れるよう準備した。
「僕たちには絆がある。11年の信頼がある……それに、意味がないとは思わない」
「絆、信頼……ハハッ、まるでうさんくせえ感動企画みたいだな。それが本当にあるってんなら、なんでお前、あの時俺を否定した?」
石井は答えない。今はどんな言葉も相方の心に届かないと分かっていた。

870Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 16:00:29
「これが、お前の言う“絆”とやらの結果だよ!」
「……僕が、君を壊したっていうのか」
「そうだよ。天然で、バカで、いっぱいいっぱいの俺でいて欲しい……光の当たらない部分なんて見たくない?
 頭でっかちの石井くんに教えてあげるよ。それは“信頼”じゃない、“支配”って言うんだよ!」
「それは違う!」
石井はとうとう叫んだ。
「いまなら分かる。君は全部ひっくるめて君なんだ。僕が知らない部分があるのも当たり前だ。それを受け入れてこそ
 僕たちの絆は本物になるってことも、僕は理解したんだ!だからそれを教えてほしい。
 君が黒を受け入れた……そのわけが、君をこうして叫ばせているんだろ?」
石塚はしばらく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で黙っていた。やがて、押し殺したような笑い声が漏れる。
それは徐々に大きくなって、地下室に響き渡った。
「……なあ、小杉」
突然名前を呼ばれ、小杉はハッと顔を上げる。
「お前、さっき言ったよな。吉田がどんな事を隠してても、そんな事で揺らいだりはしないって……それってさあ、吉田の汚い、醜い部分を
 全部受け入れてやるって意味?」
小杉はゆっくりと頷く。吉田は照れくさいのか背中を叩いて「何やそれ」と笑う。
「そら、すぐには無理やろ。せやけど、俺はどんだけ時間がかかっても、どんだけ苦しんでも……吉田は丸ごと受け入れたる」
「……言葉にするのは簡単だよなあ。でもさあ、それって結局無理してるんじゃん」
石塚はガンッと壊れかけの椅子を蹴飛ばした。椅子は派手な音をたてて床に転がり、動かなくなる。
一部始終を見ていた吉田の顔から、笑みが消えた。
「……他人の醜い部分なんか……相方の影なんか……そんな気持ちわりいもん、見たいわけねえだろ!」
「お前ッ……」
もう我慢できない、と前に出ようとする小杉を、ななめ45°の3人が一生懸命止める。
「だからテメエら白はヒーロー気どりのガキだってんだよ!自分の腹の底はさらけ出さないで、うわべだけ理解したふりをして
 “丸ごと受け入れたる”だって?いい年なんだから、そういう偽善者のこと、なんて言うか分かるよなあ?」
握りしめた石井の指の隙間から、柔らかい光が放たれて消えた。踵にぐっと力をこめて、一気に跳びかかる。

「“傷の舐め合い”ってんだよ!バーーーッカ!!」

突進してくる石井を、体をひねって避ける。バーカウンターの上に飛び乗って、石井の肩に照準を合わせた。
パンッと破裂音がして、石井の肩を熱いものがかすめる。
「なあ石井、俺達はずっと一方通行だったよなあ?」
石井の拳が、バーカウンターに炸裂する。石塚は崩れかける足場を捨てることにしたのか、その肩をジャンプ台のように踏みつけ飛び越えて、
あっという間に石井の背後に回った。次々に放たれる弾丸を避けながら、石井も相方を捕まえようと手を伸ばす。
「俺達は結局どこまで行ったって、“間に合わせ”のままだったんだよ!自分がどんだけ×××××な事をしてるかなんて
 分かってんだよ、でもしょうがねえだろ、俺の影を丸ごと受け入れたのが、黒だったんだから!!」
逃げながら叫ぶのに疲れたのか、ぜえぜえとかすれた息を吐きながら石井に狙いを定める。石塚は背中に硬いものが当たったのに気づき振り返る。
いつの間にか、壁のすぐ近くまで追いつめられていた。狭い地下室を決闘の場に選んだのを今更になって後悔するが、
不思議と、相手を蔑むような昏い笑みは消えなかった。
石井も汗で額に貼りついた前髪をかきあげて、握りしめていた拳を開く。
「どうして、こんな事になったんだろうな」
それを見ていた石塚は頭が冷えてきたのか、静かに呟いた。
「……なあ、次で終わりにしないか?……どちらが運命に選ばれるか決めるのも、悪くない」
石井は踵にぐっ、と力をこめて、体の重心を低く落とした。
「いいよ、石井さん」
毒気のないいつも通りの呼び方に、石井は顔を上げる。石塚はほんの一瞬だけ、黒の欠片に侵食される前の表情を浮かべていたように思った。
銃を構えた両手がゆっくりと持ち上がる。石井が飛びかかるのとほぼ同時に、弾けるような銃声が響いた。

871Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 16:01:09

「あっけないな……畜生、これで終わりか……」
呟く石塚の胸にぽた、と赤黒い雫が落ちる。石井は左肩に空いた穴をおさえて、疼くような痛みをやり過ごそうとした。
石井は仰向けに倒れた石塚の上に乗っかって、動きを完全に止めた。この期に及んでも尚傷つける事を厭う相方に、石塚はため息をつく。
「俺の腕へし折るくらいはしろよ。……ほんと俺には甘いんだよな、お前」
不意に、階段を下りてくる足音。5人を押しのけて慌ただしく入ってきた『誰か』の顔が見えると、石塚はまた面白そうに笑った。
「“信頼”してるから、だろ?……分かってるよ、そんなの」
隣にひざまずいた島田の手が、そっと石塚の目の上にかざされた。やわらかく、温かな光が内側から穢れを祓っていく。
「つまんねえ、の」
完全に浄化される前、最後に出たのはそんな屈折した言葉だった。

872Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:13:39
流血注意。
そして、石井さんがトリップしています。少し無茶な展開が苦手な方もご注意ください。

『Irony of the fate-3-』

まるで陽だまりのようだ、と石井は思った。あたたかく、どこか神々しい光。
『正』の石だけが持つ清らかさは、黒の欠片に汚染されていない石井すら惹きつける。
島田がそっと手を引っこめると、光は徐々に弱まって消えた。浄化を終えて行こうとした島田は、ふいによろけて膝をつく。
助け起こそうとすると「大丈夫です、ただの代償ですから」と首を振って、壁に手をついて立ち上がる。
「俺達は、先に行きましょう」
「……あいつらだけにして、大丈夫なんか?」
吉田は懸念を示したが、若い土谷は他に能力者の気配が感じられないためか、楽観的な判断を下した。
「俺達がいても圧迫感あるだろうし、ここは相方に任せるのが一番だろ。……ほら、行くぞ」
「う、うん……でも大丈夫かなほんとに」
岡安は何度も振り返りながら、階段を上って行く。6人の気配が完全に消えると、石井はハッと気づいたように視線を落とした。
「おい」
浄化は終わったが、石塚は目を閉じたままぐったりしている。頬を叩いて呼びかけると、やがてうっすらと目が開いた。
「おい、しっかりしろ。聞こえてるか?」
石塚はぼんやりと視線を彷徨わせて、隣に座りこんだ石井を視界に映す。ぱちぱちと瞬きして、体を起こした。
「……石井、さん?」
いつもの呼び方に、ひどくほっとする。緊張の解けた石井の体から力が抜けて、自然と笑顔になった。
「よかった……帰ってきてくれたんだな」
伸ばした手に、パンッと衝撃が走る。叩かれた、と気づくのに石井はしばらくかかった。
「……え?」
弾かれた手が赤くなって、痺れるような痛みが広がる。
石塚はひどく張りつめた表情で、まるで何か恐ろしいものを見るような目でこちらを見ていた。
「なんで……なんで、そんな優しくすんだよ。俺、沢山ひどい事言っただろ?それに……それにっ……」
いたたまれなくなったのか、石井をどんっと突き飛ばして階段を駆け上っていく。
「待て!」
追いかけようと階段に足をかけたところで、撃たれた肩が灼けるように痛みだした。
「__っ、う……」
傷口をおさえて低く呻くと、忘れていた痛みがじわじわと弱まってきた。予想より出血が多かったらしく、
体からすうっと力が抜けて、気を抜くと倒れそうだ。回復系の能力者を呼ばなければと思いながら、
一段ずつ不安定な足どりで上がっていく。地上に出てあたりを見回すが、石塚はもう人ごみにまぎれてしまったらしかった。
「……本当に、僕は……肝心なところで言葉が足りないんだな……」
石井は壁に背中をついて体を支えると、ケータイを開いて耳に当てた。

873Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:14:08
「はあっ、はあ、は、はあっ……」
逃げるのは、これで3回めだ。最初は深沢とブラマヨから、2回目は石井との対話から、そして今は自身の犯した過ちから。
(そういや、コンビ組んだばっかの頃も俺は“やめたい”ばっか言ってたっけ)
無我夢中で走った所為で現在位置がよく分からないが、そう遠くまで来たわけではないらしい。
石塚は路地に入ると壁に手をついて、呼吸を整えた。ふと、目の前の地面に黒い影が伸びるのを見て顔を上げる。
そこには、自分をこの状況に追いこんだ元凶であるところの人物が立っていて。
「俺が怖い?」
設楽はポケットに手を突っ込んで、3回目となる問を投げかけた。石塚はちょっと考えて、「いや」と首を横に振る。
「だって、設楽は設楽だろ」
そう言うと一瞬だけ驚いたように目をみはって、オーバーな仕草で肩をすくめる。
「……何でかな、お前に言われても全然嬉しくない」
「おい!」
「ああ、いや……こんな事が言いたいんじゃなかったのにな」
設楽はここに来るまでに散々考えたであろう言葉の組み合わせが気に喰わないのか、しばらく黙る。
やがて思考がまとまったのか、一歩ずつこちらへ歩みよりながら話し始めた。
「きっと、石井はお前を責めないよ。全部黒の欠片の所為にして、お前の心を楽にしてやったつもりでいる。
 石井だけじゃない。誰も、お前を責めたりなんかしないだろうね。でも……お前は、それが辛いんだ。
 だから逃げたんだろ?」
二人の距離が、30メートルほどに縮まった。
「だってお前は、優しすぎる奴だから」
「設楽」
深沢と同じ台詞を、石塚は鋭く遮った。拳を握りしめて、不機嫌そうに立つ彼に、ずっと言えなかった一言をぶつける。
「それは、お前だろ」
設楽は表情を変えないまま、ぴくりと眉を動かす。石塚はその仕草で図星だ、と直感した。
例えばウド鈴木のように、誰にでも分かるような相方への愛情を見せる事はない。だが、ふとした拍子に日村への思いやりや
彼なりのコンビ愛、と表現すると些か薄っぺらいような感情を出すのが、設楽統という男だった。
「ハハハ……お前、何言ってんの。まさか俺が、日村のために黒にいるとでも言いたいわけ?」
「ずっと引っかかってたんだよ。お前みたいな奴がこんな風に芸人引きこんで、悪の組織ゴッコして遊んで、
 そんなんで満足すんのか?って。倉庫で俺にペナルティをやった時、言ってただろ。“俺達は同類”だって」
また、距離が縮まった。喋り続ける石塚の背中を冷や汗がつたう。
「そうだよ、俺は怖いよ。いくら皆が許してくれたって、俺が俺を許せねえよ。……お前とは違う理由で。
 こんな言い方、変だけどさ。お前、悪のリーダーって感じじゃねえもん。お前が黒をまとめてるっぽいの、
 すっげえ違和感あったんだよ。お前の背後に、まだ誰か……“何か”あるとしか思えない。
 だから、お前なんか怖くねえっていうんだよ」
距離が20メートルほどに縮まった。石塚は握りしめた拳の中、手のひらに爪を立てて恐怖を抑えこむ。
「悔しいけど、お前の言うとおりだった。黒の欠片は、俺の中にあったどす黒い“闇”を引き出したんだ。
 俺はもう俺の闇と向き合った。でも、お前は?」
今度こそ、設楽は自分を完全に洗脳するだろう。現に設楽のポケットの中で、ソーダライトが淡い光を放っている。
さっきから二重に反響して聞こえてくる設楽の声に、石塚は抗おうと壁に手をついた。
「偉そうに主役面してんじゃねえよ」
深く息を吸って、覚悟を決める。これが最後だ。

「とっとと舞台から下りろ、“ピエロ”風情が」

集会の夜の仕返しが半分、設楽の心に少しでも響けばという賭けが半分だった。
しかし、設楽は押し殺したように笑うだけで、何も言わない。その時、背後から「石塚くん!」と張りのある声が叫んだ。
振り返ると、ハンカチで肩の傷を縛った石井が立っている。全速力で走ってきたのか、汗だくで荒い息をついていた。
石井はぎこちないながらも笑顔を作って、相方に駆け寄ろうとした。が、その前に立つ男を見て止まる。
「……設楽……」
石井は、怒りが体の中に突き上げてくるのを感じた。今まではどこか遠い出来事だった石の争い。その中心に立つ設楽の事も、
普段の付き合いとは切り離して考えていた。設楽が何を考えていても、どこにいても、自分にとっては『同期の設楽統』だった。
石塚を、黒の坩堝に引きずりこむまでは。

874Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:14:32
「……許さない」
握りこんでいたルチルクォーツが、かあっと熱くなる。石井は奥歯を噛みしめて、設楽を見つめた。
「絶対に!」
弾かれたように、石井の体が飛び出した。怒りという原始的な感情が石井の思考を塗りつぶす。ルチルクォーツが、
怒りに呼応するようにその力を増していった。対角線上、振りかぶった腕の行く手に、横から誰かが割って入る。
石井の頭の中でやめろ、と制止する声がする。だが、もう拳を止めることはできない。

その刹那、目の前に飛び出した石塚の背中に、設楽は感情の読めない視線を向けた。
「……俺はお前のこと、使える道具だとしか思ってないよ」
小林には教えなかった答え。道具の中でも上等で、使い勝手がいいというだけのこと。
石塚は顔だけ半分振り返って、ふっと笑った。
「知ってたよ」

石井の拳が、行き着く先。
設楽の顔面を思い切り殴ろうとしたそれは、代わりに石塚の胸に当っていた。
その結果に驚きの声をあげるより先に、貧血か、飲み過ぎた翌朝のような感覚が石井を襲う。足にぐっと力を入れて踏ん張ると、
次に目が開いた時、石井の拳の先にいるはずの石塚も、その後ろの設楽も消えていた。
「ここは……」
立ち上がってあたりを見回すが、深い霧に覆われた視界は、自分の半径1メートルくらいしか分からない。
さっきまでいた路地裏とは明らかに違う、異質な空間。そこにいるのは石井一人だけ。
石井の怒りを込めた一撃から庇おうと、設楽の前に石塚が出て、拳に硬いものが当たる感触があった。そこまでは覚えている。
瞬間、目の前がぐらりと揺れて……そのまま、どこかへ吸いこまれるような感覚があった。
「……そういえば、似たような話を聞いていたな」
アバタイトの力を虫入り琥珀にぶつけた瞬間、意識だけが虫入り琥珀の中に引っぱられて過去の記憶を見た小沢。
聞いた時は少し羨ましいと思ったが、いざ自分が同じような状況になると、不安のほうが勝ってくる。
痛みの消えた肩に手を当ててみる。石塚が撃った傷口はなかった。となれば、やはりこれは小沢と同じような現象なのか。

「とりあえず出口を探すしかない、か」
よろめきそうになったのをこらえて、まっすぐ歩き出す。しばらく霧の中を進んだ先に、人がやっと一人通れるほどの細い道があった。
後ろを振り返ったが、歩いてきた道はもう霧に隠れて見えない。
「……仕方ないな」
石井は少し迷って、一歩踏み出した。

『石井と……あー、名前何やったっけ?』

ぴた、と足が止まる。聞き覚えのある関西弁に石井が顔を上げると、半分笑いながら『石塚です!』と答える相方の声。
このやりとりは覚えている。司会が変わったばかりの『いろもん』に出た時のものだ。台本かどうかは知らないが、
今田はいいのが来た、とばかりにイキイキと石塚をいじっていた。
「うるせえよ」
今度は少し低い声が、すぐ近くで聞こえる。確かに石塚の声だが、いつもと違ってはっきりとした敵意を持っている。
石井は思わず両耳を塞いで、その場に立ち尽くした。
「なんだったんだ、今のは……」
もう聞こえてこないのを確認すると、また歩き出す。その間も次々に聞こえてくる、声。
『おかしいやん、相方やのに呼び捨てせえへんとか』
『石井くんはいいけど、お前はダメだなあ』
『今日のゲスト、石井くんの“大親友”石塚くんです!』
『……いてっ、……お笑いやめちまえお前!』
その声を無視して歩くと、やがて、大きな扉の前に出た。ドアノブに手をかけるが、開ける勇気が起きない。
「……なんだか、嫌な気配がする」
しかし、こうしていても始まらない。石井は深呼吸して、ゆっくりとドアを開けた。

875Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:14:57
真っ暗な空間に、スタンドマイクだけが立っている。小さな扇のついたそれは、間違いなく『アレ』だ。
石井は一歩ずつマイクに歩みよって、その前に立つ。するとまた、どこかから声が聞こえてくる。
『不安だ』『どうしよう』『石井さんは俺なんかで本当にいいのか?』『ちゃんと役に立ってんのかな』
石井はまた耳をふさごうとして、やめる。石塚の声はしばらく沈黙した後、焦りからいらだちを孕んだものに変わった。
『くそ、何で俺だけこんな不安になんなきゃいけねえんだよ』『“じゃない方”?ふざけんな、俺だって一杯一杯で
頑張ってんだよ』『周りの奴らも、好き勝手言いやがって。だからクソだってんだ』『ほっといてくれよ、もううんざりだ』

「……なんだ、結局来ちゃったんだ」
いつの間にか、石塚が隣に立っていた。
「ここは何だ、君の心の世界か?それともプラチナルチルの中に残った記憶か?」
「さあ……俺にも分かんない。お前に見せたくねえ部分だったのは確かだよ。黒の欠片のせいでちょっと
 漏れちまったけどさ。設楽の言葉を借りるんなら、“誰にでもある”らしいけど。石と芸人は一心同体っていうんなら、
 この世界も説明がつくだろ」
「なら、さっきのあれが君の本音だと?」
「いや……多分、どっちも本当なんだよ。お前が普段見てる俺も、ここにいる俺も」
石井は頷いて、手を差しだした。不思議そうに首を傾げた石塚の手をとって、ぎゅっと握る。
「いつか、コントで言っただろ。人生で大事なことは、“一人じゃない”ってことだ」
石塚はおずおずと、石井の手を握り返した。
「僕がいて、君がいて。それでやっと“アリtoキリギリス”になるんだ。だから、気にするな。
 どんな形でも、誰が何を言っても、僕らの道は一つだ」

その言葉を告げた瞬間、まるで芝居の明転のように、あたりが真っ白になった。
思わずぎゅっと目をつぶるが、石井はふと恐ろしいことに気づいた。
握っていたはずの手の感触がない。いや、自分の手は何かやわらかいものにめりこんでいる。手首を、温かくどろりとした
液体がつたう。石井の耳に、「カハッ」と何かを吐き出す音が届く。恐る恐る目を開けた石井は、目の前の光景に悲鳴を上げそうになった。
「い……石井、さん……」
設楽を庇うように前に立った石塚のみぞおちのあたりに、石井の拳が深々とめりこんでいる。胸骨が折れて内臓を傷つけたのか、
苦痛に呻く石塚の口からは鮮血がこぼれ落ちていた。あわてて拳を引き抜くと、支えを失った体が倒れこんでくる。
「あ……僕はっ……僕は、何てことを……おい、しっかりしろ!目を開けろ!」
石井は肩を貸して立たせようとしたが、力が入らないのか体重がもろにかかってくる。砂利を踏む音に顔を上げると、
少し青ざめた顔で設楽が近づいてきていた。伸ばしてきた手をぱしんと払って、石塚の腰に手を回し支える。
「大丈夫だ、さっき……電話で、呼んだから……」
なんとか立ち上がらせて、半ば引きずるように歩き出す。ルチルクォーツの発動時間が、もうジリ貧だ。撃たれた傷口がまた開いている。
「……石井さん」
小さく呟かれた声に、石井の足は止まった。ずる、と石塚の体がずり落ちるのを支えてやると、焦点の合わない目で石井を見つめてまた呟く。
「       」
石井は膝をついて、口元に耳を近づける。石塚は何事かつぶやき終わると、ぐったりと地面に倒れた。
壁に背中をつけて、力なくずり落ちるのと同時に、誰かが路地に入ってきた。その人物は倒れた石塚を見て、慌てたように抱き起こす。
「……何、やってるんですか」
責めるような声音だった。石井は顔を上げて、浅越をぼんやりと見る。
「まだ大丈夫ですよ!あなたがそんな、諦めたような顔してどうするんですか!!」
言葉の意味がわからず、しばらく呆けたように座りこむ。その間に浅越は石塚の傷口に手をかざした。
やわらかい光が傷口を覆って、苦しそうだった石塚の表情が徐々に穏やかなものに変わる。しかし、「これで大丈夫……」と笑った浅越は、
傷が塞がっても倒れたままの石塚を見て笑顔を消した。
「……え?」

876名無しさん:2016/01/28(木) 18:11:55
レス遅くなりましたが、投下乙でした。

>>873
白にも黒にもなかなか見せない設楽の本心の一端を指摘したのが
石塚だというのがなんかいいなあと思いました。
石塚って「物事の本質を鋭く指摘する」ってタイプじゃないけど
論理じゃなくて感覚で大事なところにたどり着く感じが論理的な思考の石井と好対照になってますよね。
やっぱりいいコンビだわ、アリキリ。

877Evie ◆XksB4AwhxU:2016/01/29(金) 22:56:24

【Irony of the fate-4-】


「……小林」
「はい」
「俺はまた分かんなくなっちゃったよ」
小林はノートから目を上げて、窓の外を眺めている設楽の背中を見つめた。
「俺さ、土田さんには感謝してるんだ。あの人が“みんなを黒一色に染めればいい”って
 言ってくれた時、自分の道が見えた気がした。ああ、これでいいんだって思えたんだ。
 俺のやってることは間違ってない、きっといい結果になるはずだ。ただそう信じてればよかった。
 ……なのに、石塚が全部台無しにした」
無意識に握りしめていたであろう拳をそっと解いて、設楽は振り向いた。
「俺は、ピエロだったのか?」
「ある意味では、そうかもしれませんね」
小林の答えは、肯定でも否定でもなかった。言外に、それは設楽が出すべき答えだと告げている。
「……無理。俺、もう戻れる気がしないもん。それにさ、俺が立ち止まったら、
 黒の奴らはどうなっちゃうわけ?俺が諦めちゃったら、石に潰されちゃうんじゃないのかな」
「賽の目は投げられた、ということですか」
「そうだよ。これはゲームじゃない、戦争なんだ」
「対馬さんのような芸人は、もう現れないと?」
「一人の聖者でどうにかなるような、甘いもんじゃない。少なくとも俺はそう思ってる。
 たとえ白を潰したところで、まだ大きな敵はある。
 俺は俺の目的があって、黒にいたはずで……
 だけど、それがこの頃ぶれてきてるような気がするんだ」
「石塚くんのせいで?」
「ん、多分その感情は、俺の中に永久凍土みたいにあったんだ。
 今までも色んな人がそれを溶かそうとして、叩いたり削ったりしたんだけど、ダメで。
 さうがにもう来ないだろうと思って安心してたら、
 石塚がやってきて、ヒビが入ったそこを、カナヅチで一回だけ叩いたんだ。
 そしたら、嘘みたいにガラガラ崩れて、中にあった本音が見えた。そんな感じ」
「……それで、今はどんな気持ちなんですか」
「だから、それが分かんないんだって」
設楽はソファに座り直して、テーブルの上に広げられた大学ノートに視線を落とす。
自分にはパソコンのプログラムのようにしか見えない記号の羅列も、
小林の眼球を通せば一人前の日本語に変換される。同じことだ、と設楽は思った。
「石塚にとって、俺は守るに値する相手だったのか?」
「身を挺して庇ったということは、そういうことでしょう」
「バカだね、あいつ」
設楽は前髪をぐしゃっとつかみ、滅茶苦茶にかき混ぜて、また呟いた。
「……バカだ、ほんと」


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

白ユニットが本部として借りている、都内のアパートの一室。
本日の風速、3メートル。開きっぱなしの窓から吹きこんできた風が、ふわりとカーテンを揺らす。
小沢はそっと中の様子をうかがった。
「どう?」
井戸田の問いに、黙って首を横に振る。
「そうか……でも、あのまんまじゃ石井さんが弱っちまう。なんか手がかりはないのか」
「あくまで憶測の域を出ないんだけど」
小沢がためらいながら続ける。
「眠ってるのはプラチナクォーツの方なんじゃないかな」
「……えーと、それはつまり……プラチナクォーツが回復のために眠ってるから、
 持ち主の意識も沈んでるってわけか?」
「嵯峨根さんから聞いただろ。ほら、松本ハウスの話。
 相方の分も代償を支払って、丸一日目覚まさなかったって。
 石塚さんは欠片の所為でずいぶん無理な使い方してたみたいだしね……
 限りある石のパワーを強引に引き出してたんだから、負荷も大きいんじゃないの?
 あとは、パワーをぶつけられた反動とか。石同士の力がぶつかり合うと
 不思議な現象が起こるのは、身をもって確認したし」
「なるほどな……」

878Evie ◆XksB4AwhxU:2016/01/29(金) 22:57:01
眠り続ける石塚の隣で、石井はまんじりともせず、一夜を明かしていた。
時折__石塚の口元に耳を近づけて、呼吸が止まっていないか、あるいは胸に耳を当てて心臓が動いているか確認する。
生きていることが分かると、ホッとしたようにまた座り直して、を繰り返す。
石塚をここへ運びこんで寝かせてから、彼はスケジュールを調節して、まる2日間ここにいた。
顎にはうっすらと無精髭が生えて、ろくに睡眠もとっていない所為で目だけがぎらぎらと輝いている。
井戸田はため息をついて、部屋に踏みこんだ。
「石井さん、飯くらいちゃんと食べてくださいよ」
励ましのつもりだったが、石井は微動だにしない。
「石井さん!」
ついに焦れた井戸田が叫ぶと、掛け布団の上に投げ出されていた石塚の手がピクッと動いた。
石井はその手を両手で握りしめて、「石塚くん」と呼びかける。
ぼんやりとした目が、天井を泳いだ。何回か瞬きして焦点を合わせると、「……石井さん」と
かすれた声で呼ぶ。石井の支えを借りて体を起こすと、あたりを不安げに見回した。
「ここは白ユニットの基地だ」
口を開く前に、石井が答える。
「治療が終わっても、君が目を覚まさなかったから……浅越くんに運んでもらった。
 君は2日間も寝てたんだ」
「……設楽は?」
一番聞きたくない名前を出されて、石井はあからさまに不機嫌な表情になった。
「設楽は……知らない。僕達が路地を出た時にはもういなくなってた。
 ……ッ、すまな「悪いんですけど」

井戸田は強引に二人の間へ割り込み、石井の謝罪をキャンセルした。湯気のたった皿を床へコト、と置く。
中には野菜や肉の欠片が浮かぶ、ドロっとしたお粥が入っていた。
「これ、介護用の流動食です。2日間動いてない胃腸にはこの方がいいと思ったんで。
 ……つもる話の前に、まずは飯食ってください」
「あの「ここの所有者は俺達白のユニットです。聞き分けよくしてもらえると助かるんですけどね」
石塚の声をさえぎって、さらに続ける。
「この2日間、……いや、この何ヶ月か、どれだけの人に心配かけたと思ってるんですか。
 なんか言いたいんだったら、その後聞きます」
厳しい口調だが、『迷惑』ではなく『心配』という単語を選んだことで、
暗に怒っていないということを伝えている。
石塚はしばらく井戸田の顔を見つめていたが、おずおずとスプーンに手を伸ばした。
「あっ」
指先から力が抜けて、スプーンは床に落ちる。2日間動かさなかった筋肉はこわばって、
思い通りに動かない。また持とうとして、落とす。石井は黙ってそれを見ていたが、
皿を左手に持って、スプーンを取った。お粥を一口すくって「ほら」と目の前に差し出す。
石塚は恥ずかしいのかしばらく石井を睨んだが、空腹には勝てなかったのか、
少しだけ口を開けた。一口食べると、ほとんど咀嚼の必要のない粥を飲みこむ。
「……うまい」
味のある食事をしたのは、かなり久しぶりのような気がした。
思わずふっと表情がゆるんで、肩の力が抜ける。やがて皿が空になる頃には、
二人の間に流れている空気はすっかり元通りになっていた。

「……その、色々と……迷惑かけて、ごめんなさい」
石塚の方から頭を下げると、いいんだというように手を振って、石井も頭を下げる。
「僕の方こそ、悪かった。君の事情も考えないで、一方的に責めたりして……」
石塚はそれを聞くと下を向いて、掛け布団を握りしめた。
「でも、これだけは聞かせてくれ。
 君はこれからどうするつもりなんだ」
そう言うとますます殻に閉じこもってしまう。
「そんなの、白に来ればいいだけのコトじゃないですか」
呑気に言った小沢とは反対に、井戸田は渋い顔で成り行きを見守った。
石塚は落ち着きなく視線を動かして、なかなか返事をしない。
「……口を挟むようで悪いけど、僕の意見を言わせてもらっても、いいかな」
そこで、ずっと黙ってた石井が口を開いた。

879Evie ◆XksB4AwhxU:2016/01/29(金) 22:58:20
「僕は、君と闘いたくない」

シンプルな表現だったが、石井の心情を表すには十分だった。
弾かれたように顔を上げた相方の手を握って続ける。
「正直に言うと、君には白にいて欲しい。いっそのこと再洗脳してしまいたいぐらいだ。
 でも、君が白は嫌だというなら僕もついて行きたい。コンビで敵味方に分かれて
 いがみ合うのはもうごめんだ。だけど、これ以上
 君が黒として誰かを傷つけるのは見たくないし、もしそんなことになったら、
 僕は命がけで君を止めるだろう。
 ……長くなったけど、これが僕の率直な気持ちだ」
石塚はじっと思考の読めない目で、石井の目を見つめた。
「……最初は」
しばしの沈黙の後、慎重に言葉を選びながら返事を紡ぐ。
「最初は、脅されて……仕方なく、黒に入った」
遅効性の毒薬か、麻薬のように、黒の欠片を餌に服従させられた。
「段々、楽しくなった。気にいらない奴は踏み潰して、敵は叩きのめして。
 でも、負けて地面に転がった奴らを見るたびに、そいつらが俺自身に見えてきた。
 ……キャブラー大戦の時から、そうだった」
「石塚くん」
「弱くて、守られてばっかで、役立たずで……いつも、傷つくのは石井さんばっかりで……
 どうして、俺の石はこんなに、弱いのかって……ずっと、そう思ってた。
 それが、俺の弱みで……そこを、黒につけこまれたんだ」
ぽつり、ぽつりと発せられる言葉に、石井はどう返事をすればいいのか分からず、
ただ黙って聞くしかないと思った。
「バカだよな、俺って。自分のことだけで一杯一杯のくせにさ。
 設楽だけじゃねえよ、タカトシだって……命令されたわけでもないのに、助けてた。
 ポイズンだって、助けられる距離の時は……手を貸してた。お互い様ってわけじゃない。
 阿部がちょくちょく本音を言うから、それを聞いたら……もう無視できなくなった。
 俺はもう、石井さんと黒ユニットの仲間を天秤にかけられねえんだよ」
「なら、黒に……戻るっていうのか」
膝の上に置いた、石井の拳が小刻みに震えだした。
「ん、そんな単純な話じゃないんだけどな」
石塚ははっきりと否定する。
「設楽は、ラスボスじゃない。それに俺はもう決めたんだ」
石塚は布団から這い出て、2日間眠っていたせいで固まった首をコキッと鳴らした。
動きを止めようと、行く手に立ち塞がったスピワの二人に、「忘れてんだろ、お前ら」と笑う。

「俺の石の、元々の能力」

小沢が言霊を発するより早く、ポケットから手を『サッ』と出す。
2本の指に挟まれていたのは、青い光をまとった小さな名刺。
石塚からプラチナクォーツを取り上げなかったことが、二人の最大の誤算だった。
光の軌跡を描いて、名刺はスピワの二人の前に差し出される。
吸いよせられるように、二人の手が名刺に伸びて、
行く手を塞いでいた二人の体のすきまに、ほんのわずか、通れるほどの空間が生まれた。
石塚は滑りこむようにその合間をすり抜けて、名刺からぱっと手を離す。
スピワの二人が名刺を受け取った瞬間、石塚は足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。

「__あ!」

小沢は追いかけようとして、足元のゴミに蹴つまずく。あわてて体勢を立て直した時には、
もう石塚は出て行った後だった。しかし、走りだそうとするスピワを、後ろにいた石井が止める。
「……せめて、僕には思惑を教えてほしかったな」
石井は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、「これ、借りてもいいかな?」と聞いた。

880名無しさん:2016/01/30(土) 11:49:50
乙です。井戸田が男前だw
ラストで石井が水を手にしているのは
渇き機能発動に備える=能力を限界まで使う可能性があると石井が考えているということですよね。
これまでの石井は冷静でいようとして判断を誤ったり逆に感情が先走って状況を悪化させたりすることが多かったから
冷静に本気を出す石井に期待。

881名無しさん:2016/01/31(日) 00:32:57
乙です。 続き楽しみにしてました!
このままアリキリも白ユニットに入る流れだと思っていたのですが、いい意味で裏切られましたw
Evieさんの作品は登場する方々の感情の描写がリアルで、キャラの葛藤や焦燥が一々胸に突き刺さる思いです…

色々な思いの末に石塚さんの出した結論、とても気になります

882E:2016/02/14(日) 16:13:14

かなり危険な結論に至らせたような気もしなくもない。

灰色勢力ってまだ出てないな→でも白黒の闘いを終わらせるってどうするんだ?
→やっぱり、どっちも破壊するっていう方向か?という連想でした。
会議スレの話に出ている流れを見ると、封印or完全浄化の方向のようですが。

最初はすんなりと白に行かせるつもりだったのが、どうしてこうなった…
バッドエンドが嫌だ、という方がいらっしゃれば、分岐させようかとも思ってます。


【-Best friend-】


階段を下りきったところで、設楽は空気に異質なものが混ざっていることに気づいた。
仄暗い闇の落ちた、地下室を見回す。特に変わった様子は見られない。が、たしかにそこにある気配。
設楽はふー、と深く息を吐いて呼吸を落ち着けると、室内を見回した。
ひびが入ったバーカウンターと、壊れかけのダーツボード、
天井も壁、床に至るまで黒で統一された空間は、電気をつけていてもどこか暗く感じる。
見回した視線が、黒い革張りの椅子で止まった。
「…ッ、うわっ!」
設楽は(彼にとっては珍しい事に)飛び上がらんばかりに驚いた。
いつの間にいたのか、男が一人座って、盤上の駒を好き勝手に動かして遊んでいる。
ポーンを三マス動かしてるあたり、ルールは知らないらしい。
「おかえり……まさか、お前が自分から帰ってくるとはね」
石塚は黙ったまま、タバコに火をつけた。しかし横から伸びてきた設楽の手が、
それをひょいっと取り上げる。
「胸に穴空けた後なんだから、やめな。……健康にはうるさいよ、俺は」
タバコの火を灰皿でもみ消すと、設楽も向かい合うように座った。
再びの、沈黙。
石塚の腕に巻かれた時計の秒針が、カチカチと時を刻む音だけが響いた。
「今、対価の支払い中だろ?この距離で、俺がしばらく見つけらんなかったってことは」
設楽が聞くと、小さく頷く。
「へえ、お前がそっちの能力使ったのなんて何年ぶりかね。
 ……で、そうまでして俺にまた接触してきた理由は……特攻。それとも、服従?」
石塚は組んでいた足を解くと、手の中で弄んでいた黒のクイーンをギュッと握りしめる。

「……天秤にかけらんないなら、ぶっ壊してやる」

言葉の意味が分からない、と設楽は目を瞬かせた。
次の瞬間、石塚はチェス盤に手をかけひっくり返す。テーブルの上を転がって行った白黒の駒は、
床に落ちてひび割れ、あるいはぶつかり合って粉々に砕ける。唐突な破壊を逃れた
白のビショップがひとつ、設楽の足元に転がって行くのを、石塚はガシャッと踏み潰した。
靴のつま先で、粉砕されたガラスの欠片がざりざりと音をたてる。
「い、石塚……」
一部始終を呆然と眺めていた設楽の前に、青い放射光をまとった名刺が差し出された。
吸いよせられるように指先が触れた刹那、設楽の頸に手がかけられる。

「__、ぐ、うっ…!」

テーブルを乗りこえた石塚の指が、設楽の喉をぎりぎりと締め上げる。
蹴り倒されたテーブルの下で、かろうじて形を保っていた駒が粉々に砕けた。
「白も、黒も……結局同じ穴のムジナじゃねえか」
低い呟きが、呼吸をせき止められて苦しげに眉をよせる設楽の耳に届く。
「お互いに陣取り合戦してるだけだろ。違うか?
 たまたま手を組んだって……どうせ共通の敵がなくなったら、
 またッ……また、キャブラー大戦の時みたいになんだろ!」
設楽は全身の体重をこめてのしかかってくる相手を引き剥がそうと、腕をつかむ。
「……だから、俺は……俺は!」

883E:2016/02/14(日) 16:13:56
その時、視界に黒い点がちらつき始めた設楽の耳に、氷の割れるような『ピシッ』という音が届く。
剥がれ落ちてきた建材の欠片と一緒に、誰かが飛び降りた。
膝を曲げて床に着地した小柄な男は、土埃の舞い上がった中に二人を見つけると、
「やめろ!」と叫んで、石塚の脇腹にタックルした。
解放された設楽は、ゲホゲホと咳きこみながら、突然の闖入者を見る。
「……石井」
「勘違いするな。君を助けたわけじゃない」
石井は設楽をするどく牽制すると、床に突き飛ばした相方に「大丈夫か」と声をかけた。
「……一体、君は何を考えているんだ?」
怒ったような声だった。石塚は立ち上がり、床で擦った口の端を袖口でぬぐう。
「どうして逃げた。白ユニットには、君を受け容れる準備があったのに」
「だって、敵だろ?」
石井はその答えに、いよいよ絶望的な表情になった。
黒の欠片は浄化されている。つまり、今語っている言葉は石塚の真意だ。
「白ユニットが君の敵……なら、どうして設楽を……」
「めんどくせーなって、思って」
ようやく呼吸の整った設楽は、話についていけず成り行きを見守る。
石塚はソファの背もたれに浅く腰かけて続けた。
「白も黒も、めんどくせーんだよ。結局、どっちにいても戦うのは一緒なんだろ。
 "正義"とか"理想"とか、そういう部分を"都合"って言葉に置き換えたら、白も黒も同じだ。
 だったらさ、全部ぶっ壊れたらいいんじゃねえの?」
「……まさか、君は」
よろめきかけた足をこらえて、石井が問い返す。
石塚はにっこり笑って答えた。

「白も黒も、全部の石を集めて、今度こそ完全に眠らせる」

石井は一瞬だけ、その言葉を受け止めた。
だが、すぐにその思想の抱える危険性に気づく。
「……なら、君は……白黒関係なく、全ての能力者から、石を奪うと?」
「うん」
「じゃあ、相手が石を渡さなかったら?」
「力づくで奪うしかないんだろうな」
石塚はさらっと暴力を肯定した。
「そんなの、必要悪の皮を被ったテロリストだ!誰も共感できない!!」
叫んだ石井に、「そうかな?」と石塚は首を傾げる。
「ただ暴れ回りたいだけでもいい、白ユニットに失望したのでもいい、巻き込まれたくないっていうのもありだ。
 ……お前が思ってる以上に、白黒の陣取り合戦に辟易してる奴って多いんだよ。
 どっちが正義かなんて、考えても無駄だし、どっちとも言えないってのが正解だろ?
 白だって強引なやり方をしてる部分はあるし、白のやり方でケジメがつかなかったのは証明済みだ。
 ってことは……"悪"なのは白黒中立ぜーんぶひっくるめて、俺達全員かなあ」
石井は拳をギュッと握りしめた。
「俺、なんか間違った事言ってるか?」
そうだ、とも違う、ともいえない。黙ってしまった石井の代わりに、ようやく呼吸の整った設楽が「狂ってる」と呟く。
「……言っただろ。僕は……君が誰かを傷つけるなら、命がけで止めるって!」
石井は今度こそ拳を振りかぶり、石塚に向かって深く踏み込んだ。

「お前に、それができんの?」

たったそれだけの言葉で、石井の動きはぴた、と地面に縫いつけられたように止まった。
身長差もあって、鳩尾すれすれの所で止まった拳は、カタカタと小刻みに震える。
石井の額を、一粒の冷や汗がつたった。
「いいぜ、やってみろよ。ほら」
石塚は挑発するように、自分の心臓の上をとんとんと親指で示した。石井はそれでも動けない。
もう二度と、傷つけたくない。その想いが、石井の思考をがんじがらめに拘束する。
内臓に触れた感触、血のぬめり、体内の温かさが思い出されて、石井は「うっ」と吐き気を催した。

そして、ここには致命傷を治せる者などいない。

「おいおい、今俺すげー矛盾見つけちゃたよ?"正義"のはずの白に共感してる奴が、
 "悪"だからって、人を傷つける。それって、黒と何が違うのかな。むしろ、
 大義名分を掲げてる分、黒よりタチ悪いんじゃねえの?」
石井は俯いたまま、顔を上げられない。
「この石は俺達の意志を反映して、その対価に力を与える。……だったら、白にも黒にも、どこにも、
 "絶対"なんてないって事だよ。人間の心なんて、正義から一番遠いもんだろ。
 ……井戸田には悪いけど、俺は、俺を心配してくれる人達のために、自分に嘘をついてまで
 白にいたくない。それよりもいっそ、矛盾だらけの中でどこまであがけるか、やってみる」
石塚はしゃがみこんで、床にへたりこんだ石井に向かって手を差し伸べた。

884Evie ◆XksB4AwhxU:2016/02/14(日) 16:14:46
「これが、俺の率直な気持ちだよ。石井さん」

石井はそこではじめて顔を上げた。相方は清々しいまでに穏やかな顔をしている。
まるで石井が拒絶することなんてあり得ない、と。全ては自分の思うがままに動くのだ、と言いたげな表情。
そのひたむきな前向きさが、白にも黒にも染まりきれない理由なら。

「俺達の道は一つだって、言ったよな。……あの言葉が嘘じゃないんなら、俺と一緒に来てよ。石井さん」

石井は、自分が足元から崩れ落ちていくような感覚をおぼえた。
相方の言葉は哀願に近い。石塚はいつもどおりだ。なら何故、こんなに自分は苦しいのだろう。
おかしいのは、誰だ。狂っているのは、誰だ。

正しいのは、誰だ?

「……ッ!」
石井は叫ぼうと思ったが、喉が引き攣れて声にならない。
代わりに歯を食いしばったまま、拳を大きく振り上げた。設楽の「やめろ!頼むから!」と叫ぶ声がしたが、もう止まらない。
差し伸べられた手の先をチリッとかすめて、床に叩きつけられた拳。
床には一瞬にして亀裂が走り、石塚と自分の間に溝を作る。
「僕は、君と離れたくない」
石井はその上を飛び越えて、石塚の前に立った。
「……だから、いつか必ず証明してくれ。……白より、君を選んだ僕が、間違っていないって事を」
石塚の手をとって、そのままひょいっと肩に担ぐ。「下ろせ、おろせってば!」とじたばた暴れる石塚に構わず、
背後の設楽に振り返った。
「……どこかでぶつかることがあったら、容赦はしなくていい」
「分かった」
設楽が頷くと、石井はそのまま階段を駆け上がって、目にも止まらぬ速さで地下室から消えた。
「……やれやれ、言いたいことだけ言って、後片付けは俺の仕事か。
 ほんとに石井がいないと、暴走しっぱなしなんだから」
設楽はしゃがみこんで、粉々に砕けた白のクイーンを一つ拾い上げた。
半分になったそれを、ぽいっと放り投げてため息をつく。
「動けない自分が、恨めしいよ」


夕日の落ちる中を、二人分の黒い影が、長く伸びる。
石井はベンチに腰かけて、井戸田に貰ったミネラルウォーターをぐびぐびと飲み干し、握りつぶした。
自販機の前で追加の水を買おうとしていた石塚は、振り返って「もういい?」と聞く。
「ああ、十分だ」
石井が答えると、財布をポケットに突っこんで戻ってくる。
隣に座って、空のペットボトルを石井の手から受け取った。
「大丈夫だよ」
石塚がふっと笑った。ずいぶん久しぶりに見る表情のような気がして、石井は顔をこわばらせる。
「きっと、全部よくなるから」
それだけ言うと、石塚は潰れたペットボトルをぽいっと放り投げた。
きれいな放物線を描いて、少し離れた位置にあるゴミ箱に落ちる。
ゴミ箱の金網とペットボトルのぶつかり合う不快な音が、静かな公園にやけに大きく響き渡った。
石井はその音に、後戻りできない選択をしたことを、ほんのすこしだけ後悔した。


【終】

885名無しさん:2016/02/14(日) 18:38:21
こういう結末になるとは!
全く予想してませんでした。
二人の今後の動きをまたいつか読みたいです。
連載お疲れさまでした。

886名無しさん:2016/02/15(月) 15:00:41
>>882
分岐というか、後日談みたいな感じで、ここから石塚がいろんな人と接する
うちに少しずつ白寄りに向かってく的な流れの話を入れるのはどうでしょうかね?

887名無しさん:2016/02/16(火) 16:56:22
>>886

なるほど、あまり根幹に関わるような話はやめとこうと思っていましたが、後日談的な感じなら大丈夫そうですね...いつか落ち着いたら書いてみます。

888Evie ◆XksB4AwhxU:2016/02/16(火) 16:57:33
すみません、私です。
手描き作業がヤバいくらいに終わらないので...

889名無しさん:2016/03/01(火) 21:09:21
完結おつかれさまでした

個人的に旧ホリプロ組は白寄りな中立ってイメージがあったので、二人が更に中庸の道をひた走ったらどうなるか、すごい想像させられました

890名無しさん:2016/05/07(土) 18:15:16
昔ロム専だった者ですが、久々に覗いてみたらちょっと作品上がったりして
盛り上がってるので、昔書いてたハリガネとルートの話を序盤だけ落としてみます。
新芸人登場希望スレッドに名前が出ていた頃にプロットだけ立てていたものなので、
能力スレ>>840->>841をお借りしています。


□ □ □ □ □ □

「なあ、もうちょい俺らを信用してくれても、バチは当たらんのとちゃうか」
「何の事でしょうか」
あくまでしらを切る小林に、向かい合って座る小柄な男――増田はあからさまに不機嫌な顔をした。
ソファに沈めていた体を起こして、「とぼけんな。俺らに監視つけとるやろ」と噛みつく。

――もう、気づいたか。

小林はゆっくりと息を吐いた。
増田と、彼の相方はかなり癖があって御しにくい。しかし、敵に回ると最も厄介な能力者だ。
(ここは少し釘を刺しておく方がいい、か)
小林はガラステーブルのふちをコン、と叩いて、増田の注意を向ける。

「……増田さん、今俺達のいる現在は、果たして"シナリオとして現れた運命"ですか。
 それとも、"あなたが書き換えた現在"なんですか?」
眼鏡を外した小林が聞くと、増田は黙って次の言葉を待つ。
「それが確証できない以上、黒があなた達を自由にしないのも、無理はないと思いませんか」

「ルートは、一匹狼やからな。芸人同士で群れるとか、俺らに比べたらあんませえへんし。
 大上と堂土は高校の同級生やけど、増田の方はいまいち、何考えとるか分からん」
その頃、白ユニットの本部にて。
一通り話をし終わった松口は、矢作の出してくれた湯飲みに口をつけて、茶をすする。
「同期との繋がりも薄いけど、俺らなら何とか話聞いてくれるかも知らんと思うねん」
元相方やし、と付け加えた大上も、緊張を解そうとお茶をすすって「あちっ」と舌を出した。

「……たむらさんに頼めば、一発じゃないですかね」

井戸田のつぶやきに、「それはあかん!絶対にあかん!!」と大上が叫んだ。

891名無しさん:2016/05/07(土) 18:15:59
【白黒あっぱれ道】

「冗談ですよ、そんな叫ばなくても」
「言ってええのと悪いのがあるやろが!ルートとたむけんを一緒の空間に置くなんて、血ィ見る事になるで!」
大上はぶんぶんと首を横に振る。
「……聞いてはいましたけど、そんな仲悪いんですか」
矢作がよっこらせ、とちゃぶ台につくと、松口が「そりゃもう、すごいわ」と答えた。
「それ以前に、たむらやったら"あいつらの勝手やろ"って突っぱねそうやな」
「あー、絶対協力してくれへん感じや」
大上もうんうんと頷く。

「――ルート33を引きこめば、勝利の女神が来ることになるんや」
いや、男やからこの表現はおかしいか?と笑う松口に、井戸田は目を細めて続きをうながす。
「あんな、あいつらの能力は……」

□ □ □ □ □ □

いまのところ、知られているのは堂土の能力だけで、相方――増田の方は、様々な噂が飛び交っている。
電流を操るとか、偶然の確率を上げるとか、今の状況に最適なカードを見出すとか。
(まあ、パッと見分かりづらい能力やから、しゃあないけど)
堂土はタバコを吸っている増田の隣によっこらせ、と腰を下ろして「どないしよっか」と聞く。
「何のこっちゃ」
「下で出待ちしとる奴がおるらしいけど」
「……」
増田はタバコの火をもみ消して、「行くで」と上着を取った。
「あ、おい!お前の能力は簡単に使うたらあかんって、俺も行くからちょっと待ってや!」
わたわたと荷物をまとめる堂土に構わず、増田はさっさと歩いてエレベーターのスイッチを押す。
「増田!…増田くん!お願いやから待って!俺がやったるから……」
堂土が慌てて追いかける間に上がってきた旧式のエレベーターから、誰かが降りてきた。

「どうも、白ユニットからお二人をスカウトに来ました、小木です」
「矢作です」
「「おぎやはぎですけど、何か問題でも?」」

増田は奥歯を噛み締めて、「大有りや」と呟いた。

892名無しさん:2016/05/07(土) 18:43:03
あー、余計な一文が入ってた...

893名無しさん:2016/05/08(日) 10:30:28
本当に出会える出会い系ランキング!
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894名無しさん:2016/05/10(火) 19:33:47
「お前らの相手は俺やーーっっ!!」
ネタ中の「言いたいねー!!」と同じ声量で、後ろの堂土が叫ぶ。
空気をビリビリと震わせるほどの大声に、おぎやはぎの二人は反射的に耳を塞いだ。

「……堂土くん、ネクタイ短すぎるでしょ」
増田は振り返らずに呟いた。
「ねえ、巻く時分かるやろ言う話ですけども。……ほんで、何でそんな短いんですか?」
堂土は一歩踏みこんで、ズボンの中に入れていたシャツを引っぱり出して下のTシャツを見せる。
丸く膨らんだ腹には大きく『黒』の文字。瞬間、堂土の巻いたネクタイがまるで生き物のように動いた。

増田が右に傾いて避ける。同時に堂土のネクタイがその耳をかすって、矢作の胴体にギチッと巻きつく。

「!」

驚く間もなく、矢作の視界がぐりんっと回転した。
持ち上げられた体が勢いよく壁に叩きつけられて、肋骨の隙間から「かはっ…!」と空気が漏れる。
「矢作!」
叫んだ小木の懐に、増田が回りこむ。インストールした職業は、なるべく暴力沙汰を避けたいという理由から、『交渉人』。
まずは相手が話を聞ける状態まで持って行くのが基本。小木は眼鏡を狙う増田の腕に自分の腕をからめて、膝でぐ、とその腹を押す。
「ぐ、!うっ……」
受身を取る間もなく、増田の背中は床に落ちた。矢作を拘束していた堂土はそれを見て、鼻頭を指の関節でこする。
ぱっ、と唐突に。矢作の体が解放されて、ドサッと尻餅をつく。それに小木がほっとしたのもつかの間。
矢作から離れたネクタイは、まっすぐに小木の方へ向かった。

「……ふっ」

短く息を吐いて、向かってくるネクタイを指先で一直線に叩く。
ずらされた軌道は、小木の背後にあるエレベーターの扉に突き刺さった。亀裂が走った扉から、パラ…と欠片が落ちる。
堂土はちら、と相方に視線を向けて、「せやから、あかん言うたのに」と呟いた。
再びネクタイが引き抜かれ、小木に狙いを定める。ファイティングポーズを取っていた小木は、
「一本なら、行ける!」と前へ飛び出した。

895名無しさん:2016/05/10(火) 19:34:17
カカカカカッ、と息もつかせぬ攻防。床に座りこんだ矢作は呆然とそれを見ていた。
ネクタイが小木の頬を叩けば、小木は拳で切っ先を追いかけ、堂土の方へ弾き返す。
「……くっ!」
堂土は、動きを止めようと伸びた小木の手を、体をひねって避ける。
攻撃のために繰り出されたネクタイが、一瞬にして軌道を変えた。
向かう先は、エレベーターのそばにいた増田――。

「しまった!」

小木は振り向き加減に叫んだ。同時に、どうして捕まえといてくれなかったと矢作に地団太を踏む。
攻撃手である堂土に集中するあまり、もう一人を戦力外へと追いやってしまった。
増田の能力では何も出来ないとたかをくくっていたが、ルートの二人の目的は、この場からの脱出であり、
おぎやはぎの打倒ではない――。

ネクタイはしゅるっ、と増田の胴体に巻きついた。
「ほな、さいなら」
堂土は、開きっぱなしの廊下の窓に足をかけ、飛び降りる。
同時に、何メートルにも伸びていたネクタイが、しゅるるる、と掃除機のコードのように縮んでいった。
「あっ……!」
小木が立ち上がると、止めようとした手を、すぐそばまで来ていた増田の足が『ガッ』と押すように蹴り飛ばす。
その反動で、増田の体は窓の外へ飛び出した。瞬間、胴体に巻きついていたネクタイがするっと解ける。

地面すれすれまで落ちていた堂土は、空中で増田を受け止めると、再びシュルッと射出した。
ネクタイの先を電柱に巻きつけると、高速で巻き取る。ビルの谷間に消える刹那、
堂土は一瞬だけ、ちらっとこちらを見たが、あっという間に見えなくなった。

「……ルパンって、現実にいたんだ」
矢作はぽつり、と呟いた。
「でもさ、結局増田さんの能力、分からずじまいだったね」
小木が言うと、「そうなんだよなー」と矢作が肩を落とす。

□ □ □ □ □ □

「あいつらの能力は……分からん」

まるで新喜劇のように、松口をのぞく全員がずっこけた。
「ま、松口さんっ、ここまで引っ張って、それですか!?」
テーブルをバンッと叩いた井戸田に、「あー、堂土の方は知っとるんやけど、増田の方がな」と悪びれずに言う松口。
「中川家のお兄ちゃんが、ルートとぶち当たった事があるらしいんや。……まだ、大阪におった頃のな。
 ほんだらいきなり、近くに停まっとったトラックが動き出して、剛のすぐそばにドーン!や」
「えっ、えっ!?」
「もちろん、そのトラックに人なんか乗ってへんかった。あと2ミリずれとったら、
 剛は頭粉々に砕け取ったらしいで。ほんで、剛が腰抜かしとる間に、堂土は増田連れてトンズラしよってん。
 増田の石の反応は確かにあったらしい。せやけど」
松口はごく、とつばを飲みこんで続ける。
「増田がどないしてそのトラックを動かしたか、そこまでは分からんかった。
 ほんで、剛以外は誰も、増田が石を使うた所を見とらん」

896名無しさん:2016/05/10(火) 19:34:42
思っていたより不気味な話に、白ユニットのメンバーは顔を見合わせた。
矢作は、そんな相手が来れば心強いと思うと同時に、(危ない)とも思った。
増田の能力は、使いようによってはチートに近いレベルかもしれない。だが、その代償は計り知れず。
それを手中に収めれば、下手すれば白ユニットごと瓦解しかねない。
(――どう答える?)
矢作が口を開くより先に、井戸田が「分かりました」と自分の膝を叩いて顔を上げる。

「……とりあえず、やってみましょう」
「井戸田、ほんまにええんか?」
「はい」
大上は不安だったのか、心底ホッとしたというような表情になった。
「……俺は、高校からの堂土しか知らんけど。あいつに黒は似合わんと思うねん」
もちろん増田も、と付け加えて、大上は井戸田の手を握る。
「頼んだ」
「任しといてください。じゃあ、とりあえず説得役を……」
そこで、井戸田と矢作の目がばっちり合う。しばらくじーっと見つめ合うが、とうとう矢作が負けた。

「……この任務、おぎやはぎが承りました」

矢作は深々と頭を下げて、(小木が便利すぎるのが悪いんだよ!)とこの場にいない相方に八つ当たりした。

897名無しさん:2016/05/11(水) 02:19:59
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898名無しさん:2016/05/26(木) 21:14:24
彼がここまで追いこまれるのは、本当に稀な事だ。
いつもなら堂土に抱えてもらってさっさと戦線離脱しているのに、
今日に限ってその堂土は娘、千結のおもちゃを買いにいく用事で席を外していた。
そんなもの、仕事が終わった後にさっさと買えばええやんと言ったのは自分なだけに、増田は
いらだちながらも軽い舌打ちに留める。

「そんなに、黒は魅力的ですか」
井戸田の質問に、増田は「"ある意味"やったらな」と含みのある答えを返す。
「あ、一応言うとくけど、オンバト連覇したんは、黒の力ちゃうで」
「分かってます。そこはそもそも疑ってませんから、安心してください」

白のスカウトマンを振り切るうち、いつの間にか劇場近くの公園に追い立てられていた。
滑り台の上に、メガホンを持った井戸田。
桜の樹に手をついて、ガラスの小瓶を握りこんでいるのはアメザリの平井。
砂場にしゃがみこむのは、相方の柳原だ。

「……ああ、あかんな。逃げれそうにないわ」
「白の中でも闘い慣れたメンバーを連れてきましたからね」

井戸田は、脳内で作戦をおさらいした。
まずはどうにかして、戦闘係の平井が増田を止める。邪魔が入った場合も平井がなんとかする。
戦闘面は平井におんぶに抱っこのパーティーだが、
スケジュール的に都合がつくメンバーを入れたので仕方ない…
説得係は自分と柳原。柳原が石の能力で増田の心理を見ることで、交渉材料を得る。
白ユニットから見れば完璧な布陣だが、標的、増田は(小林の奴、バカ正直に監視外しよってからに)と
自分が要求したにも関わらず軽く逆恨みした。ヒョロメガネ!げっ歯類!と思いつく限りの悪口を心の中で
ぶつけながら、薄く笑う。そろそろ潮時ではあった。隠し通すのも限界がある。
いっそのこと、力の差を見せ付けるのも悪くない。

「ええで、お前らこれが見たかったんやろ」

中心へ進み出た増田はすっ、と片手を空へ掲げた。来るか、と身構えた平井が石を発動させる前に、
増田の手首にはまった乳白色のブレスレットが、ぱあっと輝く。

「……展開!」

瞬間、空中にパッ、パッ、パッと緑色の照準が次々に現れた。
照準は左右に揺れながら弧を描き、周囲のあらゆるモノに重なると、『Destiny』と文字を浮かべて
その動きを止めた。増田が横一文字に手を払うと、彼の眼前にステータス画面のようなものが出る。

899名無しさん:2016/05/26(木) 21:14:49
「なっ…なんだ、これ!?どうなって……」

井戸田は、自分の胸の前に合わさった照準を、蚊を退治するように払った。
しかし、手はスカッと空を切るだけだ。

「因果律、って言葉。知っとるか?」

聞きなれない単語に、しゅるっとツルを伸ばしていた平井は「うわー、俺が一番欲しいタイプの能力やん」と
羨んだ。続けて「攻殻みたいや」と言った彼の頭を、柳原はスパーンッと叩く。

「この世のあらゆるものは何かの原因からできたもんで……
 原因がなかったら、何も生まれへんっちゅう法則のことや。お前らがここに立っとるのも、
 朝太陽が昇るのも、井上がイキるんも、堂土くんがデブなんも、全部全部全部、
 この因果律のせいなんやって」

「じゃあ、増田さんの能力は…その"因果律を操る"能力でいいですか?」
井戸田の質問には首を左右に振る。その時、公園の入口で「増田!」と叫ぶ声がした。

汗をふきふき駆け込んで来た堂土は、空間に展開された照準を見て
みるみるうちに険しい表情になった。
「俺がやる言うとるやろ!なんでお前は全然言うこと聞かんのや!」
「全部堂土くん任せなんて悪いやん」
「お前の能力はあかんのや!……ああもう、ほんまに」
堂土は髪をぐしゃぐしゃかき混ぜて、買い物袋を地面に置いた。
胸のネクタイをギュッと締めて、攻撃手である平井に狙いを定める。
「あと、俺がデブなんは俺の意思やで」
「聞いとったんか…それはええけど、"堂土くん、ネクタイ短すぎるでしょ"」

瞬間、ネクタイはしゅるっとうねった。
二枚重ねになった布は、空中で螺旋を描いて組み合わさると、槍のような形状にその姿を変える。
立ち上がった柳原は、両手で作ったフレームを堂土の方へ移動させた。
「アナライズッ……!」
ホワイトオパールが淡い光を放ち、瞳孔が開く。彼の目だけに見える、堂土の心。

『増田 どないしよ   コンビが一番大事や
  心配や  俺がやらな   ルートは俺の 増田は  俺が
    傷つけたない 俺がやらなあかん
  守ったらな   怖い   苦しい
   増田   迷いは断ち切れ    
               ますだ』

900名無しさん:2016/05/26(木) 21:15:23
それが見えた瞬間、背後で「うわあああっ!?」と悲鳴があがる。
反射的に振り返った柳原は、信じられない光景に大きく目を見開く。
ペンキで塗られたばかりの滑り台が、揺れていた。その原因が、地面に突き刺さった支柱に
『ピシッ』と入った亀裂だと気づくのに、柳原は若干のタイムラグを要する。
照準の『Destiny』が『Loading…』に変わり、やがてパアッと光を放って
『COMPLETE!』になった。同時に支柱がポキッと折れて、井戸田の足場が崩落していく。
井戸田は空中でぎゅっと拳を握りこみ、叫んだ。

「くそっ、"こんな欠陥遊具に乗って落っこちるなんて、アタシ認めないよ!"」

その言霊で、砂埃を上げて崩れて行く滑り台の部品たちは、みるみるうちに詰みあがって元の形を取り戻す。
「た、助かった……あれ?」
おかしい。
この程度の時間遡行でなぜここまでパワーを消費している?
荒い息をついて、うずくまる井戸田を、増田は下唇を軽く噛んで見上げた。

「世界線を飛び越えたら、そら燃費もえらいことになるわな」
「……何が、言いたいん、で、すかっ…」

増田は両手を広げて、指先でポチッ、とステータス画面をなぞって、井戸田に見えるように裏返す。

「ほら、見てみ?その滑り台に、こんだけの平行世界が繋がっとる」
滑り降りた井戸田は、画面を凝視する。真ん中の『○○公園滑り台』から、マップのようにラインが伸びて、
様々なボタンに繋がっていた。
「"トラックが突っこんでひしゃげる"とか"樹が倒れてきて潰れる"とか。
 俺が今選んだんはこれ、"業者の点検ミスで崩れる"この世界な、ここと分岐が近いとこにあってん。
 おかげで対価も軽くて済みそうや」

話し続ける増田の頭上に、根元から折れた樹木がメリメリと倒れてくる。
「危ない!」
平井は素早くツルを伸ばし、あと3cmのところまで迫っていた樹の幹に巻きつけ止めた。
その隙を突いて、シャアッと空を切ったネクタイの前に、イロハモミジの樹を出現させて盾にする。
低木のモミジは一瞬で切断されて、バラバラと地面に落ちた。
「おー、ありがとな平井」
増田は軽くお礼を言って、再び井戸田に向き直った。

「平行世界……と、この世界を繋げる?いや、違う。"入れ替える"?」
「正解!お前すごいなあ、こんだけのヒントで俺の能力当てるなんて、宇治原並みやで」
褒めてるのかけなしてるのか分からない人名を出して、増田は心底嬉しそうに笑う。

「"パラレルワールドとこの世界の因果律を入れ替える"それが俺の能力や。
 俺はあらゆる世界線を飛び越えて、思い通りの"現在"をカスタマイズできる。……その気になれば、な」

増田はどこか誇らしげに、腰に手を当てる。
「そんな強い能力を持ってて、どうして黒なんかに…」
井戸田の問いには、なぜか「そんなん、お前らに関係ないやろ」と噛みついた。
その態度に井戸田が違和感を覚えるより早く、柳原の目が増田を射抜く。

901名無しさん:2016/05/26(木) 21:16:00

『俺は強いんや   俺達だけでええ
    同期の誰よりも  誰も、俺達に構うな
 みんな俺が助けたる  白にはいられへん  黒におらんと』

(あれ……なんや、この人案外普通やん。欠片で操られてる風でもないし……)
柳原は、思っていたより正常な思念に戸惑いながら、さらに深くまで分析を進めた。

『俺は運命だって変えられる   堂土くんだけは
     シナリオも関係ない 理解なんかいらん
   堂土くんを守るんや  堂土くんを   俺が』

「増田さんは、……ほんまは、他の芸人を助けるために、
 黒におるんですよね」
その言葉に、平井のツルを弾き返した堂土が「それ以上言うなや!」と叫ぶ。
「助けるため……黒にいたら、シナリオをいち早く"書き換える"ことができるから……?」
地面に下りた井戸田が言葉尻を繋ぐと、増田はまた空へ手を伸ばした。開いた手をギュッと握る。
瞬間、井戸田が手をついていた街灯に『ピシッ』とひびが入る。

「……お前らなんかに、理解されたないわ」

増田が恨みがましい声音で呟くのと同時に、水道の蛇口がパンッと破裂する。
そこから噴出した水は、まるで弾丸のように、増田の頭を狙った。
「お前らなんかに」
もう一度繰り返す。増田の頭を水弾が弾く前に、堂土のネクタイが盾になってそれを止める。
「堂土くんさえ無事やったら、俺はそれでええんや。お前らが考えとるようなんとちゃう。
 ボランティア精神0パー。気まぐれ半分面白半分。せやから、俺は絶対にお前らの味方にはならん。
 どこまで行っても、俺らのルートはお前ら白とは交わらんのや」
言葉の意味を問う前に、井戸田の体の前に平井が飛び出していた。

「くそ、なんで今日に限って湿度低いんやろっ……」

平井はパンッと両手を合わせて、地面につける。某錬金術アニメのようなポーズに、
(アニメ好きってこういう時楽しそうだな)と井戸田はぼんやり考えた。
手の下からパアッと光が放たれ。メキメキと大樹が伸びていく。
堂土の攻撃をすんでのところで止めた平井は荒い息をついて、「あと、二発ってとこか」と計算する。
「その間に、説得」
短く作戦を伝えて、平井はまた堂土の前へ走り出る。
「無駄や!」
堂土はすうっと大きく息を吸い込んで、ネクタイを鞭のようにしならせた。

□ □ □ □ □ □

お気に入りのカップを割られたからといって、別に怒鳴ることはなかった。
ソファに体を沈めて、自己嫌悪に頭を抱える肩ごしに、増田は「堂土くん」と声をかける。

「よーく見とってや」

手のひらの石が、パアッと光を放つ。
フローリングの床に散らばった、カップの破片。それに重なるように、『Destiny』と
緑色の照準が現れる。
「えっ、何やこれ、お前の石か!?」
あわてふためく堂土にかまわず、増田は空中に手をかざす。
パッと現れたステータス画面をタッチすると、ゆっくりとスクロールしていく。
まるでロボットアニメのコックピットにも似た、非現実的な光景。
「あ、あった」
目的のボタン――『堂土くんのカップ』に指を合わせ、ポチッと押す。

902名無しさん:2016/05/26(木) 21:16:32
キュゥン…と照準の色が変わった。
ビデオを逆再生するように、カップの破片がひとりでに持ち上がり、
元の形を取り戻していく。数秒も経たない内、床にはこぼれたコーヒーの海と、
新品のように傷一つないカップがあった。

「ま、増田……」
「堂土くんが怒った時、めっちゃ悲しくなってん。どうやったら許してもらえるんかなって
 考えとったら、なんか分かった」

要するに、自分の怒りが能力を自覚するトリガーになったらしい。
(結果オーライやな)
しかし、これはかなり強い能力ではないのか?
空中に展開されたステータス画面を眺めて喜ぶ増田をよそに、堂土は不安に駆られた。

たとえば、常識を書き換えられる徳井や、未来予知の小林は、そこまで重い代償はつかない。
しかし、彼らの能力には自然と『限定条件』がつく。たとえば徳井なら、その効果が
永遠ではないこと。小林は、筆記する道具が必要なこと。
今見せられた増田の能力には、特にそういった『枷』が思いつかない。
「増田、その能力はあんま使わん方がええと思う」
「なんでや!」
「嫌な予感がすんねや。せやから……」
堂土は一旦石を取り上げようと、一歩踏み出した。次の瞬間。

――ガァンッ!

「ッ、何や!?」
堂土は反射的に腕で顔を庇う。
目をつぶっている所為で、かろうじて分かるのは。熱気と、それをまとって飛んでくる破片。
恐る恐る目を開けると、ガスコンロが炎を上げていた。
その勢いはすさまじく、天井をチリチリと焦がすほどだ。
「ガス漏れ……いや、俺さっき料理したけど、元栓は締めといたのに……」
腕に焼けつくような痛みが走る。見ると、熱気で火傷を負っていた。
「せや、増田は!?」
部屋の中を見回すと、増田は床に力なく倒れていた。
「増田!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。爆発の衝撃で頭を打ったらしく、ぴくりとも動かない。
後頭部に触れると、びちゃっと嫌な感触がした。
「!!」
真っ赤に染まった手のひらに、堂土はわなわなと震える。増田の胸はかすかに上下して
いたが、頬を叩いても反応がない。一刻の猶予もない――。
「まさか……これが、こいつの対価ってことか……?」
呟くと、背筋がぞわっと泡だった。
「嘘、やろ…たかが、カップ直しただけで、こんな……」
救急車を呼ばなくては、いや。増田を抱えて病院まで飛んだほうが速いか?
あまりの状況に、堂土の思考は錯綜していく。
「俺がッ…俺が、あんな怒らんかったら……」

その時。

「火を消すのが先か、それともそいつを助けるのが優先か?」
すぐ後ろで聞こえた声に、堂土はバッと振り返る。
いつの間に入ってきたのか、男が一人、立っていた。その男の名前――土田を堂土が呼ぶより
先に、彼は「あと、一分ってところか」と腕時計を見る。
「消防車と救急車、同時に呼ぶのは骨が折れるだろ。ただ、黒に尽くすというなら……
 この悲しい出来事を全て、なかったことにできる。
 そいつを抱えて泣いてたって、何も変わらない。そうだろ?堂土貴」
「……」
「あと10秒」
秒針が最後の位置に来る前に。堂土は涙をぬぐって、顔を上げた。

903名無しさん:2016/05/27(金) 01:29:21
投下乙でした。
増田の能力、かなりやっかいですね。敵の白にとっても本人たちにとっても。
カップを直す程度のことで代償が「ガス漏れで大けが」ぐらいの大きさだとすると
滑り台を壊すとかトラックを突っ込ませるなんてやってたら代償がどのくらいになるのか考えて恐くなりました。

904名無しさん:2016/06/03(金) 16:13:38
(――堂土さんの攻撃は、どうしても直線的になる。二本しかないし)
平井は走りながら、ポケットの中のガラス瓶の感触を確かめる。
(ここまで粘った甲斐があったな。あの人もう限界や)
肥満体のおかげで体力値で劣る堂土が、膝から崩れ落ちた。
同時にネクタイが青い光を放ち、へにゃっと情けない布きれに戻る。
「…!ぐっ、かはっ…」
堂土は喉をおさえて、地面に転がった。
「堂土くん!…お前ら、堂土くんに何かしたら許さ――」
瞬間、猛スピードでタックルした柳原が、増田を羽交い絞めにする。
「柳原!…くそっ、離せアホ、九官鳥!」
「カンタッ、今やーーっっ!」
とっさに出た呼び名に、平井は「ぶふっ」と吹き出しながら右手を伸ばした。
瞬間、つる草がシュルシュルと増田の体に巻きついて、関節を拘束して行く。
気がつくと、彼は空中に磔になったような体勢で静止していた。

「――って、なんで俺まで一緒やねん!はよ解けアホーッ!」

離脱が間に合わず、腰にしがみついた体勢のままぐるぐる巻きになった柳原が叫ぶ。
「ええから、そのまんま捕まえとけー」
平井は両耳に人差し指を突っこんで、相方の甲高い苦情をシャットアウトした。
「……やっと、話を聞いてもらえる形ができましたね」
そこで、地面に転がっていた堂土が、「ヒュッ」と短く息を吸いこんで、ゲホゲホと咳きこむ。
数分とはいえ、思い通りにいかなかった呼吸を元のリズムに戻すのは至難の業らしい。
堂土はまだ酸素の回らない頭で体を起こすと、ふてくされた顔で地面に座りこんだ。
「堂土くん、どないしよか」
増田は首だけ動かして、堂土に振り返る。
「……こいつらは、信じてええと思う。白にも、ここまで粘れる奴がおったんやな」
堂土はフーッと息をついて、井戸田に目配せした。

「単刀直入に言います。俺達白に協力してください」
井戸田はお願いします、と頭を下げる。
「たしかに、黒にいる方がシナリオへの対応は速いでしょうけど……俺達白も、
 いつまでも後手に回ってるわけじゃありません」
井戸田はふいに、かつて白を率いていた先輩コンビを思い出す。

――力で押し負けたらあかん、もっと強い能力者を探さんと。

そう言って、かたっぱしから能力者に体当たりしていった西尾。
相方の姿勢に疑問を持ちながらも、流れに身を任せるようについていった嵯峨根。
結局、二人では力不足だった。彼らの持っていた石は、今は自分たちの手の中に。

「……お二人が、白に失望しているのは知っています。でも、もう昔の俺達じゃない」
堂土も、じっと井戸田の真意を推し量っていた増田も。その言葉に少し心が傾きかけた。
増田は髪をかきむしろうとして、手が動かないのを思い出す。
「俺が嫌やって言うたら?」
「日を改めて話しましょう。絶対、諦めません。その能力が欲しいんじゃない。
 俺たちは、ルート33を助けに来たんです」
増田のブレスレットから、光が消える。空中に展開されていた照準が、一つずつ消えていった。
胸の前に浮かんでいた照準が消えたのを確認して、井戸田はすうっと息を吸い込む。

「それが、ハリガネさんとの――いえ、もっと言うと大上さんとの約束ですから」

元相方の名前に、堂土は目を見開いた。
「ハリガネの二人は、ルートがこちら側に来るんなら、白ユニットへの加入も考えてくれるそうですよ」
「……あの、非暴力主義が」
増田は信じられない、という表情になった。
「それだけ、ハリガネさんの中ではルートの存在がデカいってこと…うっ」
答えたのは、意外にも背中の柳原だった。増田の猜疑心まじりの視線に射抜かれて、思わずたじろぐ。
が、すぐに立ち直って続ける。
「こっそり見せてもろたんですけど……大上さん、家族とか松口さんが大事なのは当たり前ですけど。
 そん中にちゃんと、堂土さんのことも入ってましたよ」

905名無しさん:2016/06/03(金) 16:14:28
□ □ □ □ □ □

どうしようもなかった、というのが正しいところだ。
そもそも内向的な性質で、人の輪に入るのが苦手だった堂土と、負けん気の強い増田が、
大人しくマスゲームに参加するはずがなかった。「いっそ、ここで出世したるのもええな」と
増田は冗談を言ったが、実行するはずがないという事もまた、堂土は知っている。
そして、物語は一ヶ月目に転を迎える。

「堂土くん、堂土くん」
増田は袖を引っぱって、あたりをきょろきょろ見回した。
「どないした」
「俺、すごい事聞いてもた。明日、黒が総攻撃かけるんやって」
「どこに」
堂土は静かに聞こうと心がけたが、内心焦っていた。吉本でなければいい、と願う。
よく知った相手と刃を交えるのは辛すぎる。しかし、増田の口から出たのは「NGK」の三文字だった。
「NGK…って、人通りも多いし、目立つやろ。…あ、結界でも張ってまえば見えへんか」
「あっこでな、11期が合同ライブやるから。客が入る前に――」
「待て待て待て、んな事したらライブ中止やん。吉本が大赤字や!それに、NGKのハコはどないなんねん」
「関係ないやろ。黒にとっては」
あまりにも的を射た答えに、堂土はぐらりときた。
しかも、まさかの11期。その中には当然ハリガネも入っているだろうし…犬猿の仲であるあの男も、
歯に衣着せないあのコンビもいるだろう。

(――俺ら、呼ばれてへんかったな)

堂土はほんの一瞬だけ、聞かなかった事にしようと思った。くるりときびすを返して歩いていく。
11期の奴らだけでどうにか対処できるだろうし、わざわざ自分達が出て行かずとも――。

『これでやっと、友達に戻れるな』

その時、かつて自分が放った言葉が頭に響く。
「友達……」
堂土はぴた、と足を止めて振り返った。
増田はまだそこにいて、堂土の出方を待っている。すでにボーダーラインは超えているかもしれない。
そもそも誠実な大上に、そして合理的かつストイックな松口に。合わす顔がないのは百も承知。これが
せめてもの償いになればと、偽善に近い感情を抱く。
「増田」
堂土は震える手で、ネクタイをキュッとしめ直す。
「助けに行こうや」
これが、ルート33の道を決定した。

■ ■ ■ ■ ■ ■

906名無しさん:2016/06/03(金) 16:15:58
なぜ、ルート33を幹部たちは放っておくのか。メンバーの大半が抱く疑問だ。
ひとえに増田の能力を恐れての事だろうと、堂土は思っている。大阪にいた頃から繰り返していた
妨害行為に、作戦塔の小林は最初のうちこそ警戒していたが、やがて監視をつけて飼い殺しにする事にした。
『監視者』はルートのそばにいる全ての黒メンバー。
時々、黒幹部の気まぐれで外れることもあるが、基本的にはつかず離れず。

「今回はお前らなんか?毎度毎度、ご苦労やなあ」
渋谷近くの高速道路を走る車の中、後部座席に座らされた二人に、運転手の修士は「はいな」とだけ答える。
送ったりますわ、という誘いに、怪しいものを感じなかったわけではない。ただ、信頼が勝っただけだ。
「どないしたん、増田」
「さっきから静かやねえ、増田」
「腹痛か?」
「ハライタか?」
上から修士、小堀の順番で交互に放たれる同義語の応酬。だがミラーに映る修士の目は笑ってない。
修士は声だけで笑いながら、器用にハンドルをさばいて続ける。

「せやけど、あんた方が悪いんでっせ。小林君はああ見えてゲロ甘やからな」
「うん、ラーメンズ白砂糖大盛りや。幹部があんなんでええんかなあ」
「はよ始末したってもええのにな、小堀さん」
「裏切り者を守ったってしゃあないのにな、修士さん」

そこで、二人はしばらく言葉を切る。車内に、ゴォ…という音だけが響いた。
「あんたらは痛い目見いひんと分からんみたいやから、今のうちに教えたりますわ。
 ……俺らがな!」
修士はハンドルからそっと手を離し、体を反転させた。そのまま後部座席の堂土に跳びかかって、喉を掴む。
どくんっ、と修士の手の下が脈打った。
「ぐッ……う、ご、お゛っ…!」
「堂土くん!?」
「おっ…と、手ェ出すな。お前の方は、せやな…髄液反転さすで」
聞きなれないが、確実に大事な部位を表す単語に、増田はう、と黙った。
「お゛!ぼッ…ごぉっ、ぐ…」
血液の逆流する感覚に、堂土は腕に指をかけて抵抗する。
意識がすうっと遠ざかりかけた堂土の耳に、増田の声が届いた。

「俺、対価なんか怖ないで」

瞬間、エンジンが火を吹いた。
「ッ、何や!?」
小堀は慌ててハンドルを回転させると、対向車に衝突しないよう、ジグザグになって走る。
増田の前に表示されたステータス画面が、暗い車内でぼんやりと光った。

「どんな対価がきよっても、絶対に堂土くんが、守ってくれるって…信じとるから!」

人工的に作り出されたエンジントラブルは、深夜だが車通りの多い高速道路を、爆走させた。
修士は慌てて手を離し、堂土を退けてシートベルトを装着する。

「小堀!パーキングエリアに入るんや!」
「あかん、ブレーキきかへん!!」
「なんやと!?」
車は法定速度ギリギリで走行し、ついには料金所の前で裏返った。
「うっ!」
小堀はハンドルにしたたか頭を打ちつけて、パーンとけたたましいクラクションを鳴らす。
車はガンッ、ガツンッと回転しながら料金所のバーを軽々と飛び越え、ついにはスリップした。
ギュルギュルと激しくドリフトしながら、高速を進んでいく。

「くそっ、ここまで追いつめて逃がせるか!」
割れた窓枠に足をかけて、一旦脱出しようとした堂土に、小堀が視線を向ける。
「ええコンビネーションや!せやけどッ…遅いで!」
堂土は背後に来たトラックを確認すると、全身の力を込めて窓枠を蹴り飛ばした。
ネクタイを射出して、トラックのサイドミラーに引っ掛けると、
コンテナの側面を足場にして、車を飛び越える。
並行して走っていた無人の回送バスに、ガンッと飛び乗った。

「な、なんだ!?なんなんだ!?」

バスの運転手がパニックに陥っている間にネクタイを伸ばし、再び跳ぶ。
「増田!つかまれ!」
破片を回避するために座席の下にもぐっていた増田は、笑いながらその手を掴んだ。
ぐいっとその体が車外に引っぱられると同時に、車はとうとう壁に激突して動きを止めた。

907名無しさん:2016/06/03(金) 16:16:47
「うう……」
どれくらい気絶していたのか。修士は、温かい感触に目を開ける。
パチパチと瞬きしてあたりの様子を観察すると、病院ではないようだ。黒が持つ基地のひとつか――?
「ッ、修士さん!」
椅子に座っていた小林が、立ち上がって駆け寄ってくる。
「ここ、は……」
「自分の名前は分かりますか?コンビ名は?…この指、何本に見えます?俺は誰ですか?」
いっぺんにまくしたてた小林に、起き上がった修士は「川谷修士、2丁拳銃。3本。お前は小林」
一つずつ答えると、彼はホッとしたように胸を撫で下ろす。そこで、先に目覚めていた小堀が
トイレから出てきた。修士に気づくと、「おう」と手を挙げる。

修士は申し訳なさそうに頬をかいて、「…すまん、大失敗や。火消し大変やったろ」
小林は答えない。浄水器から二人分の水を汲んで、何かの錠剤と黒の欠片を渡す。
2丁拳銃の二人は、迷わず錠剤の方を選んで飲み干した。

「無理はしないで下さいって、言いましたよね?」

怒気のこもった声に、二人はおそるおそる顔色を伺う。小林は何かをこらえるような表情で、
じっと二人を睨みつけていた。小堀が「すまん」と頭を下げると、渋々表情をゆるめる。
「増田のやつ、神様にでもなるつもりなんか」
小堀はコップの中で波打つ水を眺めて、ぽつりと言った。
「せやけど所詮人間やから、俺らの願いは叶えてくれへんのかな」

□ □ □ □ □ □

「……分かった」
増田がそう云うと、井戸田は「じゃあ」と期待のこもった目になった。
「ただ、今のうちに言うておく。俺の能力は"ハイリスク.ハイリターン"や。あちこち引っぱりだすのは
 かまへんけど、対価の支払いには協力してもらうで」
「はい。それはもちろん全面的に」
平井のポケットから発せられていた、ぼんやりした光が消えた。増田を拘束していたツル草が
パラッと解けて、地面に落ちる。増田は手首のブレスレットを右から左へ付け替えて、堂土の隣に並んだ。
「今までありがとな、堂土くん」
「……守るのは当たり前や、コンビやからな」
堂土は少し照れて、頬をかいた。
帰ろうとする二人に、「タクシー呼びますか?」と井戸田が声をかける。

――その時、人工的な重低音が響いた。

同時に、ルートの二人の両脇を、何か熱いものがちりっとかすめる。
まっすぐに井戸田を狙ったそれに、前へ出た平井がパンッと両手を打ち合わせた。まだ壊れたまま、
ごぼごぼと溢れ出ている水が、ふわっと空中に浮かび上がった。
「こいつの湿度をッ、再利用…やっ!」
放たれた衝撃波は、堅牢な樹木の壁に阻まれて霧散した。
ギュイイーー…ンと長く尾を引いた音。道路に立つベーシストは、その結果に「あーあ」と笑顔のまま残念がる。

「どうする、あっちは俺が担当かな?」
ベーシスト――はなわが聞くと、隣で包帯を解く吉田は「できれば」と頷く。
「俺は便利に酷使されてるんで。たまには甘えてもいいですかね」
「オッケイ。じゃ、俺はなんとかあの壁を突き崩すから」
はなわは肩のベルトの位置を直すと、抜けかかっていた人差し指のリングをギュッと押しこむ。
「ハーッ、ハアッ…ハアッ」
が、頼みの綱の平井は肩で息をしている。万事休すか、と目をつぶった柳原の耳元で、声がした。

「親切な魔法使いが、来たったで」

目を開くと同時に、柳原の視界がパアッと輝く。まばゆいばかりの光が止むと、
体の内側から胎動する不思議な違和感に、柳原は目を瞬かせた。
「よそ見してる余裕なんて、あんのかなッ!」
はなわは再び、指先で弦をピンッと弾く。稲妻のように空間を走り抜け、遅い来る音の波動。
柳原はとっさに両手を広げて、「やめろーっっ!!」と限界声域の叫びを上げた。

――守らな、あかん。カンタに、人にばっか闘わせて、自分は後ろなんて、そんなん、あかん。

柳原は唇を噛み締めて、はなわを睨みつける。

――俺はっ…皆を、守りたい!!

908名無しさん:2016/06/03(金) 16:20:00
瞬間、柳原のホワイトオパールが青い光を放つ。
「なっ、なんやこれ!?」
いつもとは違う色の光に、柳原が戸惑う間もなく、光は線となって、空中を縦横無尽に駆け巡る。
アメザリの二人を守るように生まれた光の壁は、はなわの衝撃波をバチンッと弾き返した。
「お前……まさか、隠し能力が出たんか?」
「ちゃう、これ俺の能力ちゃうわ!俺の石に、誰かの波動が混ざっとる…」
ざりっ、と砂を踏みしめる音に、二人はバッと振り返る。
そこには、かっこつけた仕草でサングラスを外す松口と、「堂土ー!まだ生きとるかー!」と手を振る大上がいた。
「ハリガネさん!?なんでここにっ…あぶなっ!」
井戸田の頭すれすれにまで迫っていた衝撃波に、柳原は慌てて小さな壁を出して止める。

「俺の石は、ハイリスクな割に弱いけど。一回の発動で一人だけ、能力をコンバート出来るんや。
 俺が"敵"と認識した相手に対して、相性のええ能力にな」

松口はポケットからエンジェルシリカを取り出して、ぽーんと放っては、キャッチする。
説明の間も、はなわは上下左右から音を走らせ、三人に攻撃を仕掛けた。
そのたびに柳原は「うわっ!」だの「ギャー!」だの叫びながら、壁を作って反射していく。

「その"盾"はお前自身のイメージや。皆を守りたいいう心が、そいつを出しとんねん。
 ああ、安心せえ。この闘いが終わったら、能力は元に戻るから」
説明し終えると、松口はすうっと目を細めてはなわを見すえる。
「……さて、5対2や。どないする?」
松口の問いに、吉田は「関係、ありません」と手のひらを向ける。傷口から溢れる血液が徐々に
集まって、弾丸を形作った。

「大上!」
「分かっとるわッ……」

大上は指輪に加工した石を取り出して、親指にはめる。クラック水晶が淡い光を放つと、
雲の隙間からジャラッと音を響かせて、鉄の鎖が降りて来た。鎖の先についている赤い輪は、
戸惑う吉田の首にガチッとはまる。
「ぐっ……」
隙間に指を押しこんで外そうとするが、しっかりとはまっていて、取れそうにない。
しっかりと狙いを定めて、撃とうとする吉田に、大上は「あかんで」と制止する。
だが、既に遅く。血の弾丸はすでに放たれていた。
「せやから、あかん言うたのに」
大上がため息をつくと同時に、弾丸は軌道をくるりと反転させ、吉田へ向かう。

「!?…ッ、がはっ…」

みぞおちにめり込んだ血の弾丸に、吉田は体をくの字に曲げる。呼吸を整える間もなく、
今度は衝撃波が吉田の足をさらって、彼を地面に叩き付けた。
「はなわ、さ…なんでっ…」
「お、俺は何も…」
はなわは戸惑っている。無理もない。井戸田を狙ったはずの衝撃波は、なぜか
味方であるはずの吉田を射抜いた。どう考えてもこれは、大上の能力だ。

「動かん方がええよ。吉田を死なせたないんやったら」
大上の手首にも、吉田と同じく赤い輪がはまっている。二つの輪は鎖で繋がれ、大上が
手を動かすたびにじゃらり、と耳障りな音をたてた。そこで吉田はようやく、この能力の意味を知る。
「まさか」
目をこらして、赤い首輪を見る。そこには、『囮』の一文字が浮かび上がっていた。
「ユウキ、俺から離れたあかんで。範囲指定はでけへんけど、俺のそばやったら多少は安全やからな」
「はいはい」
松口はダレた返事をしながらも、ぴたっとそばにくっついた。

909名無しさん:2016/06/03(金) 16:22:12
あ、またトリつけ忘れた…しかも小さな間違いが…

910名無しさん:2016/06/05(日) 23:23:27
続き来てた!

911鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:11:32
「分かりました、今は一旦引きましょう」
吉田が頷くと、大上はどないする?と隣の松口に判断をあおぐ。松口は「離したりや」と顔をしかめた。
「お前の能力、意外と凶悪やもん。お前は浪費家やから、絶対運勢関連の能力やと思うてたのに、
 何でそんなエグい能力授かったんや、前世でなんかバチ当たることしたんか」
「そ、そないに言うことないやろ!?俺かて、この能力使うたびに心がこう、チクチクと」
「あの……」
そのまま行けばケンカに発展しそうな勢いだった二人に、吉田がまた弱々しい声で呼びかける。
大上はそこでハッと気づいて、「すまん、今解除したるわ」と輪のはまった手首を持ち上げた。

――パチンッ。

大上が指を鳴らすと、吉田の首にはまった赤い輪と、手首の輪を繋ぐ鎖が、一瞬にして消え去る。
軽くなった首をおさえて、吉田はゴホゴホと咳きこんだ。大上は空にかざしていた手を下ろして、「なあ」と聞く。

「俺らの方にも、ちょっかいは出さんといて欲しいねんけど」
「……それは無理です」
「松口を傷つけたないねん。こいつはリスクが高い割に下位互換みたいな能力や。
 ……いくら治せたって、痛みの記憶は消えへん」
その言葉に、松口は驚いたように「大上」と名前を呼ぶ。
「俺はな、松口を傷つける奴には容赦せんで。それを回避するためやったら、例えこの体が崩壊してでも、
 お前ら全員囮にして――ぶっ潰す」

最後の言葉は、普段の彼からは出てこない、冷たい響きを持っていた。
本気で退けようとしていると分かって、敵二人は思わず後ずさる。
(……これも、同じだってのか?)
後ろで見ていた井戸田は、そんな彼らをよそに自分の先輩を思い出した。

――そうだよ、俺は石井さんが一番大事だ。自分のエゴに『みんなのため』って
  言い訳をくっつけてるだけ、分かってるよそんなの。

――それの何が悪いの?結果的にいい方向に進めば、皆手のひら返すに決まってるよ。
  お前らの理想だって俺とおんなじ、綺麗事じゃん。式が違ったって回答が同じなら
  正解になんだろ?俺のやり方が気に食わないってんなら、その綺麗事で勝ってみせろよ。

「くそっ」
何かがずれた言葉を思い出して、井戸田は不快感を払うように、頭をブンブンと横に振る。
「は、はは……なんだ、誰だって似たような人を、相方に選ぶもんなんですね」
はなわはベースの弦から指を離して、吉田に「行こうか」とうながす。
「では、また」
吉田はくるりときびすを返した。
「……せいぜい、頑張ってくださいね」
顔だけ振り返って、一瞬増田と目を合わせる。しかし、それ以上何を言うでもなく、
彼らはそのまま立ち去った。

912鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:12:07
「そうか。結局"ラケシス"は白ユニットに奪られる運命だったか」
「あ、それ増田のコードネームだったのか。毎回、"誰のこと言ってんだろう"って不思議だったよ」
設楽は「最初に教えましたよ」土田は「初耳だ」と肩をすくめる。
「ちなみに、堂土は?……もしかして"アイギス"か」
「正解。そろそろ凝ったのも考えたくなった所だったんです。
 いいでしょ?統一感あるし」
パチパチと拍手する設楽に、土田はハア…と深いため息をつく。

「――で、そろそろ本題に戻りたいんだが。ルート33は白ユニットに?」
「まあ、そういうことですね」
「戦力図が大きく変わるぞ。……まあ、シナリオをカンニングされる心配はなくなったが。
 白のバックアップを得るとなれば、増田の動きはさらに加速するかも知れないな」
土田は髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、「シナリオは、どうなってる」と聞く。
しばらく顎に指をかけて考えていた設楽は、テーブルの上に置かれたままのノートに目を落とす。
時間から考えて、小林はもう眠っているはず。設楽はノートを手にとって、一番新しいページを開いた。

_________________________________________

黒ユニットの基地(深夜)
設楽、考え事をしている。そこに土田がやってきて、ルート33の裏切りについて会話する。

設楽「そうか。結局"ラケシス"は白ユニットに奪られる運命だったか」(前髪をかきあげる)

土田「あ、それ増田のコードネームだったのか。
   毎回、"誰のこと言ってんだろう"って不思議だったよ」(ソファに深く腰かけて、時計を見る)

_________________________________________

その先……ペンの痕があるのに、真っ白なページを見て、設楽はふっと笑った。
「――まあ、シナリオどおりには行かないのが、コントってもんでしょ」
土田もそのページを見て、「ほう」と驚いてみせる。

「さて。ルートに与えられた役は、脚本を失って宙ぶらりんだ。
 ……舞台の上で、二人はどうするのかな。台詞も、照明も、音響も、全てが狂った中で」
「それでも、体は残っている。それ一つで表現することはできるだろ?」
設楽はその言葉に、ハッと顔を上げた。
「……油断するなよ。あいつらの出番はまだ終わっていない」
土田は肩をすくめて、「じゃあ、俺はそろそろ行くぞ」と立ち上がる。
壁に手をつけると、指のすきまからパアッと放射光が漏れて、ゲートが生まれた。
土田の体が中に入ると、ゲートはギュル…と渦を巻いて、小さな点となり、消える。

「いうなれば、幕間か!……仕方ないな、今は静観した方がよさそうだ」
見送った設楽はノートを放り投げて、ソファに深く背中を預けた。

913鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:12:37
「堂土!」
駆け寄ってきた大上に、堂土はさっと目をそらす。
「おい、逃げんな」
松口はその頭をガッとつかむと、無理矢理前に向かせて視線を合わせた。
平井を盾にそっと隠れた増田の襟首をつかんで「お前も!」と引っぱりだす。
「えーと、その……相談もせんと、ごめんな」
堂土が頭を下げると、大上は「ええって、そんなん」と手を振る。
――が、松口の方は顔をしかめて腕を組んだ。

「なんで俺らに一言なかったんや」
「そ、それは……迷惑かな、と思いました。ハリガネはユニットに所属したないって
 聞いとったんで、巻きこみたないと」
「それだけか?」
「……ごめんなさい、ほんまは、たむらと一緒にやるのは無理やなと思ってました」
全身から放たれる怒りのオーラに、堂土は俯き敬語で答える。
「あの、それくらいに……」
「黙っとけ!今は11期で話しとんねん!!」

勢いのまま怒鳴られて、止めようとした柳原は「す、すいません」と引っこむ。
松口の怒りのボルテージは、ネタ合わせの時と同レベルまでヒートアップして行く。

「お前らアホか?先回りして黒の計画潰すとか、イタチごっこやんか。んなもん
 白に任せとけばええやろ、何キツい対価の癖に能力乱発しとんねん、増田!お前に言うとんのやぞ!!」
「はい……すいません」
増田もしょんぼりと頭を下げた。
「お前ら、もっと自分の命大事にせえや!お前らになんかあったら、好きやって
 言うてくれとる人たちはどないなんねん、ファン泣かせたいんか、あ!?
 同期があかんいうても俺らがおるやろ、大上なら絶対聞いてくれるやろが。
 何で俺らの事信じてくれんかったんや、このっ……」

松口は怒鳴りながら近づいて、殴られるかと覚悟している二人の肩をつかんだ。
ガッと抱き寄せて、「アホどもが」と弱々しい声で。
「……よう、頑張ったな」
大上も、ぽんぽんと二人の頭を叩く。
そんな四人を見て、白ユニットの面々は顔を見合わせる。
「一件落着、やな」
平井の言葉を合図に、誰からともなくふっと笑いあった。

【終】

914鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:13:27
一旦おしまい。
見直すと色々粗があってガタガタですが、また何か思いついたら
ちょっと落とすかもしれません。お付き合いいただきありがとうございました。

915 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:43:30
ジュニアVS修二の決闘話、ちょっと出来たので投下してみます



千原ジュニアこと千原浩史が、千原靖史から黒ユニットに誘われてからおよそ2週間。
相変わらず石による戦いはあちこちで起こっていた。


浩史はと言うと、何故か黒ユニットの襲撃が止んでいた。
何も起こらないのは良いが、何故か気味が悪い。
この先、もっと大きなことが起こるのではないか…。
劇場の楽屋でそう考えていたその時。


「ジュニアさん」
背後から誰かに声をかけられた。
そこに居たのは、2丁拳銃の二人だった。
「話があるんですけど…」と小堀。
「『石貸せ』言う話ならお断りやで」
「いや、そうやないんですよ」
「ここじゃちょっとアレなんで…」
と二人は言い、浩史を人の少ない場所へと連れて行った。


「で、話って何やねん」
浩史がそう聞くと、修二はこう尋ねた。
「単刀直入に言いますね。……黒に入りませんか?」


「は…!?お前ら、黒やったんか…」
「そうです。…って、靖史さんから聞いてませんか?」
「いや…あいつ、吉本にも黒が多いとは言うてたけど、誰が黒ユニットかは教えんかったわ」
「あ、そうなんすか…。で、返事は…」
「絶対に断る」
「そう言うと思いました…」

916 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:45:54
すると修二はこう切り出した。
「提案なんすけど…俺と決闘しませんか?」
「……は?決闘?」
浩史は意味が理解できず聞き返した。
「ジュニアさんが勝てば、一旦手を引いて、また別の方法を考えます。
もし負けたら…その時は黒に入って貰います」
「…小堀は?」
「俺は判定人です」


「……」
浩史は考えた。明らかに怪しい。
そして二人に、黒にしては律儀過ぎないか、そうやって唆して二人がかりで襲撃するのではないか、
黒は奇襲とかが得意なのではないか…と疑問をぶつけた。
すると修二はこう答えた。
「『ジュニアさんは強いし頭も良いから丁重に扱え』って。『プロデューサー』からの指示です」
『プロデューサー』は黒の幹部のある人物の隠語…という話も靖史から聞いていたが、今はどうでもいいと思った。
「大丈夫ですよ。ズルはしないです」と小堀。
「ホンマは俺も戦いたいんすけど…俺の石の力はジュニアさんにはエグ過ぎるから使うな、って言われてますし」
小堀の石の力についてもどうでも良かった。


浩史には、二人が嘘をついているようには思えなかった。
「…分かった。決闘、応じるわ」
「ホンマですか!ありがとうございます!俺も本気出すんで、ジュニアさんも本気で来て下さいね」
「修二、ちょっとテンション上がりすぎやって…」
「いっぺん決闘とかやってみたかってん」
そして小堀と修二は決闘の日時と場所を指定した。二日後、劇場近くの公園で。
「では」と二人はその場を去って行った。


あまり黒らしくないな…と浩史は若干呆れた。
そして、彼らのような人物が何故黒なのだろう…とも考えた。



一旦ここまでです。ニチョケンのキャラが分からないですね…
「こんなキャラじゃない!」と思った方、申し訳ありません…

917 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:57:34
すみません、修士の字が間違ってました…本当にごめんなさいorz

918 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 19:20:14
続きです


そして二日後。公園で浩史と修士が対峙していた。


「えー、そんじゃ、今から決闘を始めます。
勝敗は、どっちかが能力使えなくなるまで。俺が3つ数えたらスタートです」
小堀がそう宣言した。


「1、2…」
その間に浩史は意識を集中させ始めた。
浩史の能力は「カウンター」。相手から攻撃されたときに真価を発揮する。
「3!」
修士はというと、地面にあった大きめの石を拾い、浩史に投げつけた。
(?能力使わないんか…?)
不思議に思いながら浩史はそれを見切り、修士の背後に回った。
そしてその勢いで修士を蹴ろうとした次の瞬間。
修士がくるりと振り返り、両手で浩史の足を掴んだ。
「うぉあああっ!?」
そして、浩史の足に激痛が走り、その場に崩れ落ちた。
「…くっそ、何やねん…。相手を痺れさす能力か…?」
「ちゃいますね。答えは『液体の流れを変える』能力です。今のは血の流れをちょっと。
あと、ジュニアさんの能力のことなら、靖史さんから聞いて大体分かってますんで」
「…そうかい」


「何や、もう勝負付きそうですねー」小堀が呑気そうな声を出した。
「…まだや!」そして浩史は再び石を使うために意識を集中させた。
「無駄なことを…」と修士は高をくくり、無防備になっている浩史に手を伸ばした。
しかし、そこに浩史の姿は無かった。
すぐさま修士は振り返ったが、後ろにも浩史の姿は無い。
「何処や!?」
浩史は、修士の周囲をかなりの速さでグルグルと回っていた。そして、
「うりゃっ!!」
そのままの勢いで修士の腕を掴み、地面に叩き付けた。


「痛ったあー…」
修士はすぐさま、黒真珠の付いた手で浩史に触れようとしたが、それより先に浩史が黒真珠を奪い取った。
浩史の石の力で、反射神経が数倍になっているために出来た芸当だった。
「あ!何するんですか!」
そしてそれを「ちょっと預かっとけ」と、小堀の方へ放り投げた。
小堀は条件反射で黒真珠をキャッチした。
「ちょっと、早よ返してや!」と、修士が小堀に詰め寄った。
「ここまでやな。小堀…判定」
「え?あ、はい…ジュニアさんの勝ちです…」

919 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 19:21:25
「あーあ…負けちゃいました。けど、結構楽しかったです」と修士。
「…それはどうも」
「ところで、何で黒に入りたないんですか?
ジュニアさんぐらいなら、黒の結構ええポジションに付けそうですけど…」小堀が尋ねる。
「黒だけやない。白にも入りたないわ。
芸人なんて、お客さんやファンを笑わせてなんぼやろ。こんな風に戦ってる場合ちゃうねん」
「……」
小堀と修士は、俯いてしまった。


「じゃあ俺らは行きますね。もうこの事も黒の耳に入ってると思います」
「……黒を抜ける気は無いんか?」浩史が遠慮がちに尋ねた。
「正直難しいですね…。黒の規模もデカいですし」
「そうか…」
そして二人は「報告に行ってきます」と言い残し、その場を去った。


一人残された浩史は、その場で大の字になって寝転がり、
「あーー!!しんどいわーー!!!」と大声で叫んだ。
しんどい。能力を使ったことの疲れも、黒ユニットも、白ユニットも、石を巡っての闘いも。



この話はここで終了です。バトルシーンって難しい…
勢いのままに書いちゃいましたが、大丈夫ですかね…

920名無しさん:2017/02/02(木) 13:59:26
大丈夫ですよ

921名無しさん:2017/02/05(日) 19:31:12
投下お疲れさまでした。
バトルシーンよかったです。読んでて情景が浮かんできました。
黒からの働きかけを振り払うのは大変だけどジュニアにはまだまだ頑張ってほしい。

922鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:00:57
当時投下できなかったロザン、プラン9編をベースにした話のアバン。
ので、設定にやや矛盾があり。黒い石と欠片は別物設定で。

_________________


ガムテープを厳重に貼った上に、鎖を何重にも巻きつけた。
それでもまだ安心できへん。南京錠をもう一つ追加して、俺はやっとその場にへたりこんだ。


「ハアッ…はーっ、はあっ、ハア……」


『あいつ』を閉じこめた扉が、ガタガタ揺れた。
鎖もガムテープもきしむけど、なんとか持ちこたえとる。
あの病気のバーゲンセールみたいな体の、どこにそんな力があったんや。
見てみ?お前がえらい暴れたせいで、俺の両手ズッタズタやで。あー、痛い。


「すまん、苦しいやろ。せやけど、これしかないんや」

「お前を死なせんために。お前を化け物にせんために」


せめてお前が元に戻るまで、俺もこっから動かへんからな。
扉に手をついて、呼びかける。


「後藤……」



【宿命の糸はつかのまの夢に繋がれて(前編)】


むせ返るような熱気と話し声が、楽屋の中を満たす。

空調が壊れているらしく、数分前に出て行った若手の吸っていたセブンスターの匂いが、
まだ部屋のあちこちにまとわりついている。

「……」

本番前の緊張から、おしゃべりに興じる芸人たちに背を向けて、
後藤はメールを打っていた。

「せやな、たしかに菅の言うとおり……あっ」

相方と話していた宇治原が、立ち上がった拍子によろめく。
どんっ、と宇治原の肘で後藤の背中が押された。

瞬間、後藤の瞳からふっと光が消える。

「すいません、立ちくらみしてもうて……」

宇治原が頭を下げる向こうで、後藤の瞳にまたすうっと光が戻った。

「みなさん、スタンバイお願いしまーす」

そこでタイミングよく、スタッフが呼びに来る。
「よっしゃ」「いっちょやったりますか!」と気合を入れる芸人たち。
そんな中、後藤は呆然と自分の手のひらを見ていた。

「……後藤さん?」

気づかわしげなスタッフの声。後藤はハッと気がついたように、立ち上がった。

__________

923鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:01:32


雨降って地固まるというか。
浅越の事件があってから、プラン9の絆はさらに深まった。

(今のところは、何の心配もないな)

久馬はそれに、心の底から嬉しくなった。

「これアドリブで入れたいですね」と変なポーズを見せあっているギブソンと灘儀。
椅子を使ってストレッチしながら、器用に滑舌練習もしている浅越。
部屋の中をうろうろして考え事をしている鈴木。

元気に動く仲間たちを見ていると、本当にホッとする。

(この日々がずっと続いてくれたらなあ……ジジイになるまでプラン9とか、
 そんなゼータクは言わんけど、せめて)

ピリリリリ!

久馬の思考を、耳障りな着信音がさえぎった。

「なんや、人がせっかくいい気分で……はい、もしもし。久馬ですけど」

不機嫌を隠しもせず電話に出た久馬は、
用件を聞くとガタンッと勢いよく立ち上がった。

「久馬さん……?」

自分がふざけていたのを怒られたと思ったギブソンが、小さな声で呼ぶ。
異様な雰囲気に、メンバー全員の動きが止まる。

「……ちょっと、出てくるわ」
「おい、久馬!?今から打ち合わせ「あと全部頼みます!」……んな、むちゃくちゃな」

司会役を押しつけられた灘儀は「しゃあないな」と肩をすくめた。

「……鈴木?」
「あ…すいません、やりましょう」

久馬が出て行った後を見ていた鈴木も、打ち合わせのテーブルにつく。

「……まさかな」
「もう、何もないはずですよ」

浅越と鈴木は小さな声を交し合って、胸騒ぎを打ち消した。

___________

924鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:02:02

「俺は何もしてないって、言うとるやないですか!」

ドアノブに手をかけると、後藤が必死に弁解する声が聞こえた。
部屋の中に入る。後藤のマネージャーが近づいてきて「すいません」と頭を下げる。


「あの人ら、吉本の偉いさんか?」
「はい……もう後藤さんをクビにする気満々で……久馬さん、元相方のよしみで
 力をお貸しいただけないでしょうか」
「それはええけど…あいつ何しでかしたんや」

ひそひそと話し合う俺たちの向こうで、お偉いさんはため息をつく。

「せやけどな、スタッフもその場にいた芸人もみんな、後藤くんが電気のコードつかんでるの
 見た言うとんのやで」
「俺は電気いじったりなんかしてません!」
「劇場が半壊したんやで、直すのに何百万かかる思てんねん。警察行かんだけでも感謝してほしいもんやわ」


口調こそ優しいが、上役からは静かな怒りが見える。


「俺はッ…俺は、ほんまに何も知りません……気がついたら、電気のコードに、なんか、
 火花みたいのが……信じてください!」


それを聞いた久馬の目が、驚きに見開かれる。

「俺は何もしてません!もし、俺がやったとしても……絶対わざとやないです!」
「後藤!」

マネージャーを押しのけて後藤の手をつかんだ久馬は、「すいません」と上役に頭を下げた。


「この話は後日改めてお願いします……帰るで」
「えっ?ちょ、ちょっと!」

ずるずると引きずられていく後藤を、マネージャーと上役はあっけにとられた顔で見送った。

_____________


外に出たところで、後藤は「離せや!」と手を振り払った。

「だっ…だいたい、なんでお前来てん!仕事あるやろ!」
「……後藤」

いつもとは違う、久馬の静かな声。後藤は思わず口をつぐんでその目を見つめ返した。

「気がついたら火花が出とったいうのは、ほんまか」
「ほっ、ほんまや!……まさか、お前まで」
「安心せえ。俺は絶対に、お前を疑ったりはせん」

久馬は後藤の肩をつかんで、首を横に振る。

「今回が初めてか。それとも今日みたいなことは、前にもあったんか?」
「前にも……って」

どう答えればいいのか分からず、後藤は混乱している。
久馬は「らちが明かん」と髪をかきむしると、後藤のまぶたに手をそえて「ちょっと見せろ」と上げた。

「っ、離せっ、アホ!」

どんっと体を押されて、久馬は苦しげな息を漏らす。

「お前にっ…、面倒かけるようなことにはせえへん」
「後藤ッ……!」
「お前はお前のことだけ気にしてればええんや!」

そんな捨て台詞を吐いて、後藤は走って行ってしまった。
置いて行かれた久馬はベンチにもたれかかると、そのまま座りこんだ。

「くそっ!」

いつもかぶっている帽子を取って、裏に貼りつけてあるものをペリッとはがす。
黒い石は、まだかすかに光を放っていた。

「まだや……まだ間に合う……俺は絶対に、お前を」

再び顔を上げた久馬の瞳には、強い意志が宿っていた。

925鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:53:12
顔文字スレのネタをちょっとお借りして入れてみました

___________


照明を落とした部屋。パソコンの青い光だけが、そこにいる男たちの顔を照らし出す。
画面の前に座った男は、首やこめかみにつけたパッドにコードを接続すると、すうっと息を吸いこんだ。

「……」

藤井の指輪にはまったゴーシェナイトが、青白い光を放つ。
彼の『予報』は、白ユニットの作戦には欠かせない。今回その力を借りるのはキングコングの二人。
「ロザンの動きが怪しいから、大阪の予報がほしい」と頼まれた。

「二丁拳銃…心斎橋…明日、午後15時……」
「新しい要素は?」

パソコンのキーボードを叩きながら、渡部が聞く。
藤井は焦点の合わない瞳でぼんやりと天井を見つめたまま、首を横に振った。

画面に映し出されているのは、大阪の地図だ。そこに、藤井が観測した明日の情報が打ちこまれる。

「予報する時の藤井くんって、ほんまに何か受信しとるみたいやな」

対価のために待っている岩見は、時計を見て「そろそろやね」とつぶやく。

――バチンッ!

ゴーシェナイトから光が消える。同時に、藤井の体が椅子の上でのけぞった。

「かはっ…!ぐ、うっ……あ…」

目をおさえた藤井が、よろよろと立ち上がる。

「今回は目なん?」
「あ、岩見…そこに、おるんか……頼む、手ェ貸してくれっ……!」
「うん。僕、そのために来とるからね」

自分よりずっと大柄な藤井の腕をとって、岩見が一生懸命支える。
プライベートは全く交わらない二人だが、この『予報』の間は、いつも岩見がそばにいた。

見送りに出た上田に、藤井は見えない目で振り返る。

「……明日また予報します。新しい能力者が生まれるらしいんで」
「平気か?無理すんな」
「明日はたぶん、見えるようになってますから」

力なく笑った藤井に、上田は何か言いかけた口をつぐむ。
対価は人それぞれで、「記憶から忘れられる」などの能力に比べて重すぎる者もいれば、
「面白いギャグを言ってしまう」など誰が得をするのか分からないものもある。

藤井の対価はその中でもかなり重い。何せ、ちょっと石の光を飛ばしただけで
五感のうちの一つがランダムで失われる。支払いのタイミングによっては仕事にも響く。
こうして力を借りるのも、上田は申し訳ないような気分だった。

「……これじゃスマイリーを使い潰した黒と変わんねーじゃねえか、クソが」

苦々しげに呟いた上田は、また中へ戻った。

_________

926鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:53:46

その二日後。
大阪のとある楽屋で、黒から渡された資料を読む芸人が、二人。

「後藤秀樹。元シェイクダウン。能力のスペクトラムは不可視。座標は――」

「なんや、ただのお笑い芸人っちゅーことやないか。お偉いさんが出てくるほどの
 話やないって。黒はなんでこの人が気になっとるんやろ」

読み上げる小堀の横で、修士は「それより聞いてくれや、俺の石の新たな活用法」と笑っている。

「どうせ下らん使い方やろ」
「いやいや、昨日家族で流しそうめんやってん。俺が逆流させたったら
 子供ら大喜びや!お父さん超能力者ー!言うてなあ。
 ほんで、嫁さんカミナリ……はあ……」

ずーん、と落ちこんだ修士に、小堀は「アホか」とあきれている。

「ま、わざわざ指示が来たんや。軽く探ってみんとな」
「ほんなら、さっそく後藤さんとこ行ってみるか。そうめんはやっぱり逆流のしがいがないわ」

立ち上がった二人は、後藤のいる劇場を目指して歩き出した。


◆◆◆◆◆


――俺は絶対に、お前を疑ったりせえへん。

楽屋の照明を落として、後藤は静かに考えていた。

あれから何日か経ったが、幸いにしてまだクビにはなっていない。
時々記憶がなくなることはあったが、持っていた台本が黒焦げになっていたり、テーブルが半壊しているくらいで、
マネージャーがこっそり処理してくれていた。

(……あれは、ほんまに俺がやっとるんか?)

こめかみをおさえて考える。
アホキャラで通っている後藤でも、常識は一応持っていると自負している。

(俺の中に、俺が知らん俺がおって……そいつが、やっとるんかな。
 それとも覚えてへんだけで、俺はほんまに)

「後藤さん」

気がつくと、宇治原の顔が目の前にあった。
いつの間に入ってきたのか、「平気ですか?」と目を合わせている。

「へ、平気や……ちょっと熱あっけど」
「後藤さん弱いんですから、ちょっと休んでた方がええんやないですか?」
「平気や言うとるやろ!」

宇治原は一瞬だけ、あっけにとられたような顔になった。
あせりも手伝ってつい怒鳴ってしまった。宇治原は何も悪くないのに。
それは久馬に対する焦りか、それとも自分自身に対する嫌悪感か、後藤にもわからない。

「あ……すまん」

目を伏せた後藤の顔を覗きこんだ宇治原は、「あの」とまた遠慮がちな声で聞いてくる。

「後藤さんって、右と左で目の色違いません?」
「なんや、いきなり」
「ずっと思ってたんです。後藤さん、右の瞳は黒いけど、左の方は茶色いやないですか。
 よーく近づいて、目ェこらしてみんと分からんくらいの違いですけど」

自分の落ちくぼんだ目を指さして言う宇治原。

「シェイクダウンのころも見とったけど、あん時は両方とも茶色かった気がするんですわ」
「……」
「あ、すいません。変なこと聞いてもうて。ずっと気になってて、菅が」

付け加えられた名前。おそらく気になっていたのは宇治原もだろうが。

「……この目な、朝起きたらいきなりこうなったんや」
「生まれつきやないんですか」
「シェイクダウン結成して、2、3年くらいやったかな。久馬に見せたら、"それは後藤の中の
 悪いもんを閉じこめてくれとるんや"って、変なこと言うとった」
「……」
「でもな。これ、ほんまにそうかもしれんかったって思うんや。昔は、太陽が当たるとちょっと
 光ったりしとったんやけどな、この右目」

「最近は、全然光ったりせえへんのや」

それを聞いた瞬間、宇治原の目がわずかに開かれる。

927鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:54:25

コンコン…

小さなノックに、後藤はハッと気がついて立ち上がる。
開いた先にいたのは。

「後藤さん、血液と胃液、逆流するんやったらどっちがええですか?」

理解できない。なぜこの二人がいる。いや、彼らの所属するユニットは黒だ。それは知っている。
彼らが、自分を名指しで呼んでいる。その意味は。

「抵抗するんやったら容赦はしませんから、そのつもりで」
小堀は可愛い後輩の笑顔を貼りつけて、後藤の手首をつかむ。

「や、やめろ……!!」

瞬間。

後藤の右目にちりっと青い電流が走った。手首をつかむ小堀の手に、雷が落ちる。


◆◆◆◆◆

「――っ、!!」

コードに繋がれた藤井の体が、びくっと震えた。
「藤井くん!?」
あわてて体をおさえる岩見に、画面から目を離して驚いている上田に、藤井は荒い呼吸を
整える暇もなく告げる。

「……大阪で、新しい座標が出た」
「え?」
まだ理解していない岩見に、藤井はとうとう怒鳴る。

「新しい能力者が生まれたんや!!!」


◆◆◆◆◆

「は、ははっ……なんや、これ……」

何度も雷を受けて、倒れた小堀と川谷。床に空いた大穴。もはや笑うしかない状況だ。
座りこんだ宇治原は、後藤が逃げて行った扉の向こうに人が集まるのを見てまた笑いだした。

「ああ、そういうことやったんか……久馬さん、あんたも罪な人やなあ……」

はははは、と乾いた笑い声が、滅茶苦茶になった室内に反響した。

928名無しさん:2017/05/20(土) 10:27:31
新作乙です!
そして流しそうめんのネタ書いた者です。
入れて頂きありがとうございます。吹きましたw

929鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:31:06
>>287
ありがとうございます!
流しそうめんは初見で吹いたのでお気にのネタでした。


頭の中、いやな笑い声が響いている。ふらふらと歩く後藤の肩に、向かいから
歩いてきたガラの悪そうな男がドンッとぶつかって「いってえな」と睨みつけた。

「……」

光のない瞳で、後藤はまた歩き出す。その肩を、男は「おい!」とつかんだ。

瞬間。

「え?…あ、あっ……うわ、あああっ!!」

ぐりんっ、と男の視界が反転した。180cmごえの巨体がバキィッと歩道に叩きつけられ、
アスファルトが割れて砕け散る。後藤のつかんでいる手首が、ミシミシと嫌な音をたててきしんだ。

「きゃあああ!!」
「警察っ…だれか、警察呼べ!!」

ざわめく通行人。その中を歩いて行く後藤の周りに、またチリッと青い電流が走った。


【宿命の糸はつかの間の夢に繋がれて(後編)】



青白い画面に、次々に座標が映し出される。藤井はその中で、不規則な点滅を繰り返す座標に
マウスポインタを合わせて「これです」と見せた。

「"スペクトラム"か……まさか、またお目にかかるとはな」

髪をかきむしって、上田が苦々しげにつぶやく。

「完全に石を制御できない、能力者のなりそこない……それをスペクトラムと呼んだ。
 奴らは厄介なことに、石を持たねえ普通の芸人との境界線のあたりを、
 ふらふらと行き来する。つまり、歩く災厄ってわけだ」

ラバーガールの飛永が、「歩く災厄……?」と上田の言葉を繰り返す。

「スペクトラムは、"代償"がない。奴らは自分の意思に関係なく、無制限に石の能力を引き出し、
 周囲にまき散らす。ひとしきり破壊し尽した後は……たいていは」

上田は一瞬言葉を切った。

その先はとても残酷な結末だ。

――石に自我を食われた、ドールになる。

若い飛永に聞かせたくはない。

「……知らねえな」

そっぽを向いた上田に、飛永はそれ以上聞かなかった。


◆◆◆◆◆

「やっと見つけた……」

菅の視線の先で、後藤が歩いていた。
すぐ横を走り抜けるトラックにも、足元から逃げる鳩にも注意を払うことはない。

「っ、危ない!」

赤信号も今の後藤には分からないのか、ガードレールを乗りこえて出る。
手を伸ばした菅は、バスが近づいてくるのに「もうあかん!」と思わず目をつぶった。

キキーッ!!

道路を横切る後藤すれすれの所で、バスが急停止した。

「よ、よかった……」

へなっとその場にへたりこんだ菅は、あわてて後藤を追う。立ち上がった後藤は、今度は
電柱にゴチンッと頭をぶつけて、一歩、二歩と下がって、また転んだ。

「……あ……」

水たまりに映った、表情がない顔、焦点の合わない瞳。しばらくそれを見ているうちに、
後藤の目にすっと光が戻った。

「お、俺が……俺が、やったんやない……」

カタカタと震える手で、頭を抱える。

「ちがうっ……俺が悪いんやない!俺はっ……!!」

ふらりと揺らいだ体が、地面に倒れこんだ。
駆けよった菅は、呼吸があることにホッと胸をなでおろす。

「力尽きたか……せやけど、後藤さんがスペクトラムやなんて聞いとらんかったな。
 とりあえず運んで、久馬さんから直接聞き出すか」

菅は後藤の手をとって「今ごろ宇治原が久馬さんを捕まえとるやろ」と呟いた。

930鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:31:40

◆◆◆◆◆


鈴木と浅越は、一瞬だけ渋い顔をしたが、久馬が「ええんや」と言ったのを合図に
石をしまって宇治原を楽屋へ入れた。

「……久馬さん」

ソファに力なく座った久馬は、宇治原の呼びかけにも答えない。
薄暗い、夕日が差しこむ室内で、久馬は黙って帽子を握りしめていた。
正確には、常に帽子に貼りつけてあった黒い石を。

「俺は、どこで間違ったんやろうか……」

ぽつり、と久馬がつぶやく。

「きっとあの日からや……1999年の、あの日から……」


【1999年】


そこが元はきれいな屋上庭園だったとは、誰も信じないだろう。

破壊されて水をちょろちょろと垂れ流す噴水だったもの。真っ二つに割れたベンチ。粉々になった敷石。
めちゃくちゃに荒らされた花壇の中、一人の男が「ひいっ」と情けない声を上げて、ガタガタと震えている。

「や、やめて……やめて、くださいっ…お、俺……まだ、死にたくな」

後藤はぺた、と男の額に触れた。その指がぎりっと皮膚に食いこんで、
そのまま男を持ち上げて、片手だけで地面に叩きつける。

「がっ……ふ、ぐはっ…!」

男の体に、また何発目かの雷が落ちた。

「やめろ、後藤!!」

叫んだ久馬は、一瞬迷う。
体の弱い後藤のみぞおちに、拳を叩きこんで気絶させるべきか、否か。
脳内会議は全会一致の可決を見た。

「あの、久馬さん……あいつ、芸人の間じゃ女癖悪いんで有名ですよ。タレが何人もおるとか。
 後藤さんの恋人に、イタズラしたって噂、あって」

後藤が攻撃を加えている相手を見た鈴木が、ぼそっとつぶやく。

「助けんでも、ええんとちゃいますか。あんな……」
「俺は後藤のために、あいつを助ける言うとんのや!」

虫の息の男に、後藤は血まみれの拳を振り上げる。
その手首を、久馬がつかんで「後藤!!!」と叫んだ。

「やめろ!!もうっ……お前、そいつを殺す気か!!?」

後藤は男の胸ぐらをつかんだまま、ゆっくりと振り返った。
血が飛び散った顔は、人間らしい感情というものが全てそぎ落とされていて。

「……殺したら、あかんのか?」

その言葉に、久馬と鈴木は絶句した。

931鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:32:26
◆◆◆◆◆


「後藤は、能力者やった……さらに不運やったのは、あいつのアラゴナイトが黒の志向を持ってた事やった……
 石の中には、持ち主の思考回路を作り変えてまうのがある。それはただの噂やと思っとったのに……
 俺は、大事な相方を……本能のままに破壊を繰り返す、そんな化け物にしたなかった!!!」

自分の中のものを吐き出すように叫ぶ久馬に、
宇治原は冷たい視線を注ぐ。

「それで、相方をモルモットにしたんですか」
「っ……!」
「黒い石が、アラゴナイトを支配できると、そう思いこんだ久馬さんは、アラゴナイトに黒い石を喰わせた。
 まあ、さらに悪化させてもたわけですけど」

突き放すような宇治原の言葉に、久馬は天井をあおぐ。

「鈴木と浅越……三人がかりでなんとか後藤を捕まえて、閉じこめた……あの時の南京錠の感触も、覚えとる。
 この黒い石をどこで手に入れたかは……記憶がない。ただ、後藤の目が
 黒く染まったのを見て……もしかして、間違えてもたんやないかって、不安になった。
 それでも、これを眺めとる間は安心できた!!この黒い石さえあれば、後藤はこれからも、
 ただの芸人でいられるって思うとった!!」

久馬はぎり、と奥歯を噛みしめて、黒い石を投げた。
壁に当たって、コロコロと転がった石を、宇治原は無表情に眺める。

「……つかの間の、夢やったんや……結局、こうなる宿命やった……
 まさか、スペクトラムに変ってまうなんて……その後は、後藤秀樹ですらなくなってまうなんて」

宇治原はもう興味を失ったのか、背中を向けた。

「こんなことになるんやったら……能力者のままでいてくれた方がよっぽど幸せやった……」

ドアノブに手をかけた宇治原は、失望したような顔で振り返る。

「そんなに、石と……現実と向き合うのは、怖いんですか」
「……」
「せやったら、久馬さんはずっとそうやって、夢を見とればええんやないですか」

冷たく言い放った宇治原は、足早に楽屋を出て行く。
残された久馬を、鈴木と浅越は気づかわしげに見つめた。

932鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:33:24
もうすぐこのスレなくなりそうだけど
次回で終わります

普段SS書いてると地の文に慣れない

この話はロザンが後藤さんを引きこむところからの
IFみたいな話です

933名無しさん:2017/05/20(土) 18:39:14
まさかの安価ミス...
すいません、>>928に対してです

934名無しさん:2017/05/20(土) 18:54:09
乙です。
後藤どうなっちゃうんでしょ…

935鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:51:53
「……おい」
「怖い怖い怖い後藤さん怖い」
「おい小堀!デカい図体してビビんな、気持ち悪い!!」

破れたカーテンにくるまってガタガタ震えている相方を、修士は力まかせに引きずり出した。
叫んだ瞬間、天井から吊り下げられたクレーンのワイヤーが『ギイッ』と軋んで、
修士は一瞬体をびくつかせる。廃工場なので、何の危険が起こってもおかしくない。

「ほ、ほんまに何もせえへん……?」
「さっきから1ミリも動いてへんがな。……お前、人のトラウマは平気でエグるわりに
 自分は打たれ弱いんやな」

ため息をつく修士。
小堀は、床に大人しく座りこんでいる後藤に、おそるおそる人さし指を伸ばす。

ちょんっ。

「……な?」
「よ、よかったあ……」

へたりこんだ小堀。修士はスーツの胸ポケットを探ってのど飴を出す。菅に向かって放ると、
菅はケータイを耳に当てたまま器用に受けとった。

「……なあ小堀。この無表情、どうにかならん?」
「たしかに。後藤さんがこういう顔しとると、なんか不安になってくるわ」
「あっ、俺ええこと思いついた」
修士は後藤の頬を引っぱって、ぐに〜っと笑顔を作る。
「こっちのがええんやないか?」
対する小堀は口角に指を当てて、きゅっと笑わせた。

(完全にオモチャやないか……)

そんな二人を、菅はのど飴を舐めながら眺める。

ガラガラ…

「あ、やっと帰ってきた。遅いでー、うーちゃん」

宇治原はその呼び方に、顔をしかめて「先輩方がおるんやで」と注意した。
素で忘れていたらしい菅は「あ、そうやった」と口をおさえる。公私を分ける菅らしからぬミスだ。

「……ほー」

イタズラを思いついた子供のような顔で、修士は「うーちゃん」と真似して呼んでみる。
次の瞬間、宇治原から漂い始めた殺気に「……宇治原」と言い直した。

936鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:52:25

「俺らはな、黒から"ドールを回収しろ"って命令されとる」
「そうですか。……その人形はどうぞご自由にしてください。
 俺らには必要ないんで」

そこで、ずっと黙って聞いていた小堀が「……ふざけんな」と低い声でつぶやく。
「これが、人形やと……?お前、後藤さんをなんやと思って」
「小堀さんは、これが人間に見えるんですか?」」
「人間や……体温もある、呼吸もしとる、この人は生きとる!!」
その答えに、宇治原は一瞬だけバカにしたような表情になった。

――ガッ。

菅の蹴りが、後藤の顔に命中する。倒れてむき出しになった腹に、拳が深く沈んだ。

「っ、……!」
「へえ、ドールってほんまに何も反応せえへんのですね」

菅は、息をのんだ小堀に見せつけるように、髪をつかんでグイッと持ち上げる。
唇を切って血を流しているのに、その表情は全く変わらない。うめき声一つあげない。

「お、おま……先輩を、殴っ」
「せーやーかーらー、修士さんまだ分かってません?これはただのドール。後藤さんはこっち。
 まあ、もう出てこれませんけど」

指さされたアラゴナイトの中に、血のような赤い光が混ざっているのを見つけて、
修士はぎょっとたじろぐ。

「ドールってのは便利なもんらしいですよ。飯も食わせなあかんし、下の世話もせなあかんけど
 自我がないから、どんな命令でも聞くんですわ」
「そんな……宇治原、なんでお前は、そんなこと、言えるんや」
「黒からすれば、俺ら能力者の方がドールより使い心地悪いかもしらんなあ」
ひとりごとのようにつぶやいた宇治原は、「聞き分けてくださいよ、黒ですよね?」と二丁拳銃を見下ろす。

ガララッ…

そこで、廃工場の扉が開いた。
ゆっくりと歩いてきた久馬は、帽子を脱ぎ捨てて中にあったものを握りしめる。
後藤の顔に傷があるのを見つけて、その表情が険しくなった。

「……後藤を、返せ」
「その前に、黒の石をこっちに」

菅の要求に、久馬は手の中にあったものを投げる。
床に散らばったのは、割れて破片になった黒の石だった。

「……!」
「それが、全ての答えや。黒の石は希望なんか生まん。お前らが望むものなんか、その先にはない。
 ……何でこんな事になってもたんかな」
久馬は近づいて、後藤を抱えこむ。
「俺はただ、お前と一緒にお笑いやれとるだけで、よかったんや。
 ……こんな石なんか、なくなってまえって、思っとった。
 もう遅いかもしらんけど、帰ろうや……後藤」

937鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:52:56

一拍。もしくは刹那。
天井から吊り下げられていたクレーンのワイヤーが軋む。
落下する重機。固まった久馬を、意志がないはずの後藤が突き飛ばす。

ズゥゥン…

その衝撃に、天井が崩落していく。後藤はゆっくりと体を起こして、倒れた久馬に手を伸ばす。
「後藤……すまんな、お前は、アラゴナイト、を……手放した、なかったよな?」
久馬は、ガレキのすき間に落ちていたアラゴナイトを、手探りで拾って後藤の手に握らせる。
「お前の石や……今度こそ、離すな……」

「……分かった」

返らないと思っていた声に、久馬は目を見開いた。
アラゴナイトを握りしめて、後藤はふらりと立ち上がる。

「何や、これ……どこや、ここ」
「……後藤?」
「なんで久馬が?……なんで、足が、なんで、お前らが、あれから何が」

こめかみをおさえてぶつぶつと呟く後藤の体から、黄色い光が放たれる。

「――まさか!」

飛び出した修士の首に、後藤の足がからまった。そのまま体をひねって、修士の体は床に沈む。
「ぐっ…!」
修士の背中で、バキバキと床が割れる音。伸ばした手は蹴り飛ばされて、口を開きかけた小堀の顔が
つかまれる。後藤の目が赤く光って、体は再び黄色い光をまとう。
「……っ、が、あああっ!!」
手の下、小堀の体に雷撃が落ちる。気絶した小堀の向こう側、菅が「ありえへん」と首を振った。
後藤は菅の喉元をつかんで、小さな体を壁に叩きつけた。
喉の骨がミシッ…と嫌な音をたてて軋むのに、菅は眉根をひそめる。

「やめろ、後藤!!菅が死んでまう!!」

叫んだ久馬に、後藤はゆっくりと振り返って。

「……殺したら、あかんのか?」

久馬の脳内。血が飛び散った顔が浮かんで、重なる。
しかし、後藤はパッと手をはなした。背中から崩れ落ちた菅を視界から外して、
一直線に元相方の所へ帰ってくる。

「……後藤、お前」
後藤は、状況が呑みこめていない久馬の手をとって、自分の口角に当てる。
そのまま、きゅっと上げて笑顔を作った。久馬が手を下ろしても、その笑顔は変わらなかった。


◆◆◆◆◆◆

938鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:54:05


「能力者に変化したのか……確率は、1パーセントに満たないはずなんだがな」

上田はしばらく考えこんで「いや、元々能力者だったんだ。あるべき姿に戻っただけか」と納得する。
なんにせよ、これで一応のハッピーエンドと言えるだろう。

不規則な点滅を繰り返していた座標は、やがてふっと沈黙した。
これがドールになったということだ、と告げると、飛永は目に見えておびえたが。
また輝きだした座標に、その場にいる全員でバンザイをした。

「なあなあ藤井くん、これから一緒に高尾山行かん?そばのスタンプラリーやっとるで」
「あのなあ、俺は今対価で味覚なくしとんねん、それに、オフは別々って決めとるやろ?」
「えー、たまにはええやん。藤井くんのケチー」

すぐ横で、飛石連休の二人がじゃれ合っている。
上田はふっと口元をゆるめて、また画面を見た。

(まだまだ謎は多い。黒い石についてもほとんどが分かんねえ。
 だが、俺はいつか必ず、このワケ分かんねえ現象を解き明かして見せる。
 そして今回、一つだけ確かなことがある。それは……)

(あの日、大阪で生まれた座標は、まだ光を失っていない)


【終】



_________

以上です。
後藤さんの石を潰す(一時的?)な能力は出しませんでした。

939強い女性は幸せなのか ◆wftYYG5GqE:2017/06/10(土) 11:09:58
矛盾点だらけなので、番外編として投下します
タイトルは深イイ話から取りました


とある喫茶店にて。
一人の女が、既に座っている男のもとに近づき、話しかけた。

「設楽さん、ご無沙汰してます」
「どうも。どうですか?最近」設楽が話しかけた。
「順調ですね。敵に対してもだいぶ非情になってきましたし」

これは彼女の近況を聞いている訳ではなく、あるコンビについての近況報告だった。
そのコンビとは、2丁拳銃。


彼女の名前は、野々村友紀子。否、現在は川谷友紀子。
かつては「高僧・野々村」というコンビで活動していた。
その後コンビを解散し、現在は修士の妻として生きている。


「そういえば、野々村さん…あ、川谷さんか…」
「どっちでもいいですよ」
「そうですか。じゃ、野々村さんで…。どうやって黒に入ったんですか?」
「ああ、それなんですけど…」


彼女が芸人として活動していた頃。
ある日、彼女らの元にも石がやって来た。
それから程なくして、黒の若手と思しき男が現れた。
彼女はすぐに相方の高僧を逃がした。

「で、戦ったんですか?」
「いえ、そいつに『黒のお偉いさんに会わせてほしい』って頼んだんです」
「え?」
「そしたらそいつ、『今は東京に居ますから難しいです』って言うたんですよ。
で、何とか無理して来てもらったんです。まあ、石の力であっという間に来たみたいですけどね」
「(ああ、土田さんか…)」
「ほんで、黒のお偉いさんに聞いてみたんです。

『黒に入ったら、相方には手出さんといてくれるんですよね?』って」

940強い女性は幸せなのか ◆wftYYG5GqE:2017/06/10(土) 11:13:05
「まあ、相方を盾に取られてる黒の芸人って、多いんですよね」
「そうですね。設楽さんも似たようなモンですしね」
「……」
「私の主な仕事は情報収集でした。相方にバレないようにするのは大変でしたね…。
そんな感じで何年か黒ユニットで活動してたんですが…ある日予想外の事が起きたんですよ」
「何ですか?」
「相方が『芸人辞めたい』って言い出したんです」
「え…」
「何とか説得しようとしたんですが…無理でした。
で、高僧・野々村は解散。黒ユニットからも足洗ったんです。だいぶ惜しまれましたけどね」
「なるほど…」
「それから色々あったんですけど、修士君と結婚したんです。黒におった事はもちろん内緒にしてました。
でも、今はその必要は無くなりました」
「…何でです?」
「そりゃ設楽さん、あなたが2丁拳銃の二人を説得して黒ユニットに引き入れたからですよ」


2丁拳銃が設楽に説得された日の夜。

「…なあ、ちょっと話があって…」
「何?」
「石とか…ユニットって…知ってるかな?」
「うん」
「……」
「なあ、言いたいことあるんならハッキリと…」
「……ごめん!俺、今日説得されて、黒ユニットに…」
「何やぁ、そんな事?」
「はぁ!?そんな事って…」
「いやいや、そういう意味ちゃうねん。私も昔、黒ユニットやってん」
「…え、えええええ!?」


「…ってな感じやったんですよ」
「その時どう思ったんですか?」
「正直ホッとしましたよ。もう隠し事しなくてもええんやな、って思って。
昔はちょっとだけ後ろめたい気持ちがあったもんで…。せやから設楽さんには感謝してます」
「…どういたしまして。これからも報告よろしくお願いしますね」
「勿論です」


この話は以上です

941鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:55:03


※海砂利編の補完みたいな話を思いついたので投下してみる

※内容には関係ないけど別板での酉かぶりに動揺を隠せない


「黒ってそんなにしつこいんですか?」
「上田は石拾ってまだ3日やから知らんねん、西尾なんて黒の奴らに追っかけ回される
 ストレスで5キロも痩せてもたんやで!!」

嵯峨根さんは「かわいそうになあ」と相方の背中を叩く。

「えっ、見た目は全然変化ありませんけど」
「ほんまか?よかったあ〜!!」

大げさにホッとする西尾さん。普通は怒る所じゃねえのか?
しかし、痩せた西尾さんか。どんな感じやろか。あ、心の声に西尾さんが伝染った。

そんな事をボーッと考えているうちに、楽屋の前に到着。

「来たで、お前が唯一輝ける場所に!」
「……お前は言うたらあかんことを言うた」
「えっ」

冗談のつもりで見事に地雷を踏んだ西尾さんを、嵯峨根さんが睨みつける。
嵯峨根さんは楽屋だとめちゃくちゃ面白い。楽屋では。
(大事なことなので二回言いました)

「すまん!すまんかった!」
必死に謝る西尾さんに背を向けて、嵯峨根さんはドアノブをひねった。

「……ん?」

嵯峨根さんは首をひねって「あかんわ」と振り返る。

「どないした?」
「中でなんか引っかかっとるみたいやねん、手伝ってや」

西尾さんは「だらしないなお前」と文句を言いながらもドアノブに手をかける。
次の瞬間、西尾さんは「ひいっ!?」と腰を抜かした。
ドアを塞いでいたのは、人だった。それも、よく知っている。

「……はら、だ……さん?」

呆然と立ち尽くす俺の横で、我に返った嵯峨根さんが中へ入った。

中は酷いありさまだった。窓ガラスは割れてるし、カーテンも裂けている。
頭から血を流して倒れる原田さんと、壊れたテーブルの間に座りこんだ男。

「おい、松本!しっかりせえ!何があったんや!」

嵯峨根さんに揺さぶられて、松本がやっと目の焦点を合わせる。

「……あ、嵯峨根さん」

そこで初めて気がついた、というような口ぶりだった。

「あの、ちゃうんです。殺してやろうとか、あ、着がえまだやった。
 そんなの思てへんのに、ほんまに、俺はそんな、すいません」

いつも加賀谷の手綱を引いているこいつが、ここまで混乱しているのを見るのは初めてだった。
松本はあいまいな笑顔を浮かべて、支離滅裂な言葉を並べる。

「ちゃうんです、原田さんがいきなり、あ、黒に来いって、危ない思て、
 トイレ行きたい、あの、ワンちゃんがおらんから、手ぇ痛い、原田さん、
 角で頭打って、せやから、寒い、エアコン効きすぎや、あの」
「上田、ダーンス4に回復系が1人おったやろ。呼んでくるわ」

西尾さんはそう言って、楽屋を出る。あそこはたしか、リーダーの北条が能力使用の許可を出す決まりだった。

「俺はっ……とっさに、原田さんを蹴ってもたんです、でも、元はといえば、原田さんが」
「もう分かったから、落ち着けよ」
「原田さんが!!ここにさえ来んかったら!!」

大声に、嵯峨根さんが一瞬ひるんだ。

「お……お、れは……悪く、な……」

松本はボロボロと涙をこぼしながら、震える手で嵯峨根さんにしがみつく。

「お前は悪くねえ。……悪くねえよ」

その言葉は、血の匂いがまざる空気に空しく溶けた。


□ □ □ □ □

942鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:55:38

「最近、キックさんの蹴りが甘いんですよ。たるんでます!」と、
加賀谷は相談していた。……ネタ合わせ(という名のパンツレスリング)をしている男同志に。

いやいや、人選としては妥当だろうが、シリアスな話にその見た目はねえだろ。
同じ大部屋にいる奴ら全員、笑いをこらえてすげえ顔になってるぞ。

「あの格闘で9割出来上がってるような松本が?重症だな……」
重症なのはその格好で真面目にアドバイスできるコンタさんだ。
「恋の悩み……かもな」
江頭さん、居眠りしている松本の尻を見ながら言うのはやめてやってくれ。

「まあ、冗談はさておき……ちょっとここじゃアレだな。加賀谷、出よう」
「ひうっ!?」
いきなり立ち上がった江頭さんのせいで、どこかこすれたらしいコンタさんが変な声を出した。
どうでもいいけど外に出るんだから服は着ていってくださいよ。

(しかし、松本がなあ……原田さんを傷つけたのがよほど苦しいのか)

原田さんは一切あのことに触れない。ダーンス4の誰かさんのおかげで
キャブラーの何人かは知るところとなったが、
暗黙の了解でこの1か月は何事もなかったかのように過ぎていた。

「ちょっと、トイレ」

俺はこっそりと大部屋を出て、休憩所で話す加賀谷と江頭さんの声を盗み聞きする。

「……そんなことが……僕、相方なのに何も……知りませんでした」
「あいつはそれだけ、お前を大事に想っているってことなんだ。
 加賀谷。お前はいつもあいつの後をついて歩いてるけどな、たまにはその立派な背中で
 あいつを守ってやってもいいんだぞ」
「僕が……キックさんを?」
「それがコンビってもんだろ。じゃあ加賀谷!お前がやるべきこと、言ってみろ!」
「キックさんをなでなでしてあげます!あと、お弁当のおやつ分けてあげます!」
「よーし、いいアイデアだ!」

……どこがだよ。

俺は頭を抱えたくなった。まあでも、加賀谷も元気になったみたいだし、江頭さんって
やっぱりすごいんだな。……ちゃんと服着てたらもっとかっこいいシーンだったのに。


□ □ □ □ □

943鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:56:19
□ □ □ □ □


「だからさ、特訓付き合ってくれよ。焼肉もおごるし、それに」

有田が一生懸命に頼んでいるのに、じょうろを持った松本は「知らんわ、勝手にやれ」と背中を向けた。

「お前も特訓すりゃいいだろ、松本」
俺の言葉にぴた、と松本の動きが止まる。
「そのカルセドニー、使いこなせりゃお前にとってもいいだろ。違うか?」
「……せやけど、ワンちゃんが」
「いつもそうだよな、お前。ワンちゃんが、ワンちゃんがって、加賀谷を言い訳に使って。
 お前の本当の気持ちなんか、聞けた試しがねえよ」

「キックさんをいじめないでください!!」
下を向いて黙ってしまった松本の前に、加賀谷が飛び出した。
「僕ッ……僕も、特訓します!!」
「ワンちゃん!?」
「思いっ切り強くなって、上田さんなんか小指で倒せるぐらいになってやります!
 だから、キックさんは……」
顔を上げた加賀谷は、しっかりと相方を見つめて言った。

「僕を使ってください!もうそれこそボロ雑巾みたいに!」
「いやいや、それはあかんやろ!」
「いーえ!キックさんはすぐに頭に血が上るから、ダメです!格闘禁止!
 僕をしっかり操れるようになってもらわないと!」

一歩も譲らない加賀谷に、とうとう松本は「分かった、やったるわ!」と半ばヤケクソで折れた。
海砂利水魚と松本ハウスの奇妙な同盟は、こんな風な調子で始まった。

944鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:56:50

男同志とダーンス4は合体技が強そう
海砂利編はIFも思いついたけどそろそろスレが終わりそうだし
どうしようかな…

945鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:26:16

……おい。

おいおいおいおい。ありえねーだろ、いやホント。

「俺、この特訓が終わったら結婚するんだ!」

わざわざ死亡フラグを立ててから突っこんだ有田が、一瞬で宙を舞った。
俺が知っている限り、松本が能力を使うのも今回が初めてだったはずなんだけど。
なに?能力者にも才能ってあんの?ずるくねえ?

「くっそ、もう1回だ!今度こそ「待て、もうげん……か……」

カルセドニーがふっと沈黙する。同時に、松本の体はドサッと地面に倒れこんだ。
10分の間に有田が何回やられたか考えて、俺は(こいつらは敵に回したくねえ)と背筋を寒くする。

そういえば特訓でも、勝てた試しはほとんどなかった。
だが、有田を転がすたびに松本はちょっと嬉しそうな顔になる。
元気になっていくのを見るのは、悪い気はしなかった。


□ □ □ □ □ 


あの一年のことは、再び石と巡り合った今は鮮明に覚えている。

ある日。


「助けて松本!ヘルプ、ヘルプー!!」

ケータイを耳に当てて走る俺の体を、ゴオッと炎がかすめた。
「おい上田、レスキューまだ……あっちぃ!?」
後ろ向きに走りながら石で出した消火器(中身は水)で対抗する有田が叫ぶ。

15分後。やってきたレスキュー(松本ハウス)は「次はない」と何回目か分からない
台詞を吐いたが、次の日、また呼び出したのは言うまでもない。


そしてまたある日。


「西尾はそっち持て、俺たちが上げとくから、その間にスマイリーは有田の体引っぱれ」
「行くで、いっせーの……「いだだだ!痛い痛い痛い!」おいバカ、早いっちゅーねん!」
「す、すみません、でもせーのって言いましたよね?」
「いっせーの、せや!こんな時にボケるな!「どうでもいいから早く助けて!!」

状況を説明しよう。

有田が「メジャー行かなくてもこの石で座布団なんか出せるぜ!」と調子こく

必ずどこか違うものが出てくるのを忘れてた

巨大な鉄製の座布団が出てきて潰される

X-GUNとスマイリーが救出作戦←今ココ!


「頼む松本!加賀谷のパワーなら一発だ、有田を助けてくれ!」
「おいやめろ、対価の支払いしとったら、俺ら収録出られへんて!」
「俺らが何とかする!一生のお願いだ!!」
「一生のお願い何回目や!ええかげんにせえ!!」

松本は怒鳴りながらも、有田を引っぱり出してくれた。
その後、対価で倒れた二人を見て救急車を呼ぼうとするスタッフと俺の攻防は言うまでもない。

そして一年目。どこか遠い所で白と黒の闘いを眺めていた、遊びのような日々が終わった。


□ □ □ □ □

946鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:27:45

あの頃、俺が人のために能力を使おうとしたのは、その一回きりだった。

「……松本、ちょっといいか?」

カメラが止まったのを見計らって声をかけた。加賀谷はさりげなく相方の前に立って守ろうとする。
こうして見ると二人ともガタイがいい。おまけに石との同調率も高い。黒ユニットが欲しがるのも
分かる気はする。この二か月で考えた。まずはこいつを『変える』必要がある。

「アンタッチャブルと合同ライブやろうって話出たんだけどよ、お前らも来ねえか?」
「なんや、そっちか……てっきり石がらみの方や思たやんけ」

俺は心の中で山崎に「わりい」と謝った。もちろん、そんな話は出ていない。
白に協力的なアンタッチャブルの名前を出したおかげで、松本の警戒も解けた。

「収録終わるまでにはスケジュール確認しとくわ」
「んじゃ、待ってるぜ」

心の中で(かかった!)と思っていた俺は、この会話を成子坂の村田さんが聞いていたことにも、
村田さんが嵯峨根さんに耳打ちしていたことにも気づいていなかった。


■ ■ ■ ■ ■


方解石の持つ能力は、記憶操作。
ただし、相手の記憶を消去するたびに、等価交換として自分の記憶も消える。
リスキーな石に思えるだろうが、消せる『記憶の量』が多ければいいわけだ。
HDDで例えるなら、容量をいっぱいにしてやればいい。そうすれば。

「上田。今聞いてきたんやけど、スケジュールは空いて」

ゴチンッ!

俺は松本の頭をつかんで、自分の額をぶつけた。

「いって!……おい上田、お前何し」

松本の脳が『ドクンッ』と大きく脈打つ。瞳孔が開く。体から力が抜けて、手足はだらんと垂れ下がった。
ポケットの方解石が青く光って、俺たちの体を包む。俺は目を閉じて、意識を集中させる。

(ここが、松本の脳内か……)

気がつくと、扉がいくつも浮かぶ真っ暗な空間にいる。何回か繰り返すうちに分かってきたが、
人は『辛い記憶』には無意識で鍵をかける。松本も例外じゃなかったらしく、扉の中に一つだけ、
南京錠と鎖で封印された扉があった。

(あれが原田さんを傷つけた記憶か……普通はそっとしとくんだろうけど、
 俺は"邪悪なお兄さん"だかんな。一気に行かせてもらうぜ)

封印された扉に手のひらを向けると、扉は小さくなって、俺の手の中に消えた。

(さて、これで終わり……あ?)

まずい。どんどん扉が吸いこまれていく。
まさか、俺は失敗したのか?いや、違う。これは、

(やべえ、いきなりトラウマを消しちまったもんだから
 松本の記憶が制御を失っちまったんだ!
 このままじゃ……)

そこで、俺の意識は強引に引き戻された。

947名無しさん:2017/07/21(金) 21:39:56
投下乙です。
男同志とかダーンス4とか懐かしいキャブラーが次々と登場しててわくわくします。
江頭さんカッコいい。
あと、キックさんの石ってカルセドニーじゃなくてカーネリアンでは?

948名無しさん:2017/07/21(金) 22:11:16
>>947 

ああああ後から気づいた...orz

949名無しさん:2017/07/21(金) 22:17:53
と、思ったけどカルセドニーで正解のようです。
男同志は白側、ダーンス4は北条さんがしっかり
メンバーまとめて白側というスタンスで書いてます。

950名無しさん:2017/07/22(土) 09:01:10
>>949

あああまたミスった、カーネリアンで正解と書こうとしたら...

この二組はあくまで中立のつもりです。白側だけど。

951境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:47:59

「おーい松本―!どこやー!!」

ゴミ箱を覗きこんで叫ぶ西尾に、ツッコむべきかどうかしばらく迷った。
成子坂の村田さんに上田の嘘を教えられとったんに、松本を見失ってもたのは俺のポカや。

(ホンマ、俺ってなんでこうなんやろ……)

頭を抱えたくなる。ネタでも収録でも小さな失敗ばかりで。それがいつか大きな綻びになって
しまうのではないかと、輝いている毎日の中でふと思う。

ヒマそうな奴に片っ端から声をかけて探してもらっているが、見つからん。
俺の不安が限界値まで上がった所でやっと、「いたぞー!」と江頭さんが叫んだ。

あわてて声のした方へ行く。
非常階段の角を曲がった所で、松本が倒れているのを男同志の二人が揺すっていた。

「あの、「まずはこいつを運ぶのが先だ!上田は後でいい!」

俺の言わんとしていることを察した江頭さんが、先回りして松本を背負う。
とりあえず大部屋へ運んで、寝かせた所で俺はやっと「なんかおかしい」と気づいた。

「……キックさん?」

加賀谷がおそるおそる名前を呼ぶ。しばらくあって、「あー」と無邪気な声で返事があった。
手足をぎこちなく動かして、なんとか体を起こした松本が、じっとこっちを見る。

「な、何急に気持ち悪いモノマネしとんねん」
西尾が手を伸ばすと、「ふえっ」と口が開いた。あ、なんか嫌な予感。

「ふぎゃあああーーー!!」

泣きじゃくる松本を囲んで、俺たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。


■ ■ ■ ■ ■

952境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:48:33


「……失敗した」

俺の呟きに、有田は組んでいた腕を解いて「どこまで覚えてんだ?」と聞いてきた。
「正直、今までの記憶操作の所為で大学に入るまでの記憶はほとんどねえ」
ふらついた頭をおさえて答える。

「たとえば、飯の食い方、ネタの作り方、仕事で会うスタッフの顔、生きるのに必要な
 記憶は後回しにされる。一回見た映画、昨日の天気、使わねえ英単語。
 こういう"あってもなくてもいい記憶"から消えて行くって寸法だ。
 ただ、俺以外の人間には"いらねえ記憶"なんてねえんだよ」

階段から立ち上がって、服のホコリを払う。

「松本の自我を制御するのに使われていたのが、原田さんを傷つけた記憶だったんだ……
 格闘で九割出来上がってるようなあいつに、知り合いを殺しかけた事実は深い傷として残った」

話しながら、あの日の混乱して暴れる松本を思い出す。
嵯峨根さんと俺の二人がかりでなんとか押さえていた。

「だから、俺たちとの特訓にも付き合ったし、助けを呼べば来た。あいつの行動原理に
 その罪悪感が深く、関わってたんだ」
「それで、松本の記憶は今どうなっちまったんだ?」
「俺が侵入したせいでコントロールを失って、多分……深層心理の深い所に沈んじまったんだ。
 原田さんとの記憶以外に手はつけてねえ。もう一回あいつの脳内に跳べば、元に戻してやる
 ことは可能なはずだ」
「できんのか?」

単純な問い。わざとではないが、それを説明してもさらに面倒くさいことになるのは分かる。
「……どうしたもんか」
考える俺の横に、黒い影が伸びる。それを辿っていくと、見慣れた顔がいた。

「いっそ、利用してしまったらどうですか?」
土田は俺のそばに腰を下ろして「松本さんの記憶を、身代金にするんですよ」と恐ろしい案を出す。
「いや、身代金……って、お前」
「記憶を返してほしければ、一日動くな……とか。白に協力的な芸人の名前を教えろ、とか。
 法に触れない範囲でも五つは思いつきますね」
「俺はそろそろお前が怖えよ」
「ここらへんで点数を稼いでおかないと、そろそろまずいんじゃないですか」

たしかに。
素直に返したところで、俺がドジったというだけの記録しか残らない。
だったら、ここで賭けに出てみるか。

「分かった、やってみる」
「何を?」

ぽかんとしている有田に、俺はぶん殴りたくなる衝動を覚えた。お前、今の話聞いてたか?

「X-GUNをおびき出すんだよ。白の切り込み隊長、ズッタズタにしてやるぜ」

953境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:11:44


西尾はケータイを耳に当てたまま、固まった。

上田の指示に従って屋上まで来たが、そこで見たのは相方が倒れている姿。
「あ……」
驚きの声を上げる前に、上田が話し出した。

「西尾さん、石拾った時どう思いました?」

質問の意図が分からない。

「どう……って」
「俺は思いましたよ。こんなすげえ石、一回拾ったら手放せねえなあって。
 誰だって超能力には憧れる。空を飛んでみたいし、時間旅行もしてみたい。
 それが強すぎると黒になる」

こんな話は聞いていられない。早く相方を助けよう。
そう思って一歩踏み出した西尾は、ハッと何かに気がついて止まった。

「お前ら……」

怒りに両手が震える。嵯峨根の腕が、両方ともへし折れてあらぬ方向を向いていた。
気を失っているのがせめてもの救いだが、自分が来るまでどんな目に合っていたのか、
考えるだけではらわたが煮えくり返る。

「こんな事しても、無駄やで」
「へえ、相方のこんな姿見ても、まだ冷静に喋れるんですか」
有田が挑発する。それにも、西尾は乗らない。この太い体は心も強くしていると、
自分で信じているからだ。

「すごいですよね、西尾さんは。怒りにまかせて俺たちをどうにかしようとか、
 絶対考えない。だって白のユニットだから。正しい事しかしちゃいけないから。
 俺たちを傷つけたら、その時点で西尾さんは"悪い奴"になっちまう」
「何を……」
「西尾さんは結局、それが怖いんでしょ?」

上田の言葉が、理解できない。立ち尽くしたままの西尾に、上田がさらに言葉をぶつける。

「白のユニットなんてものを作ったのもそう。悪いことできないけど、
 だけど石の力に魅力を感じる、そんな小心者の西尾さんはぁ……
 その矛盾をごまかしたくてしょうがない。
 自分は正しい事をしている、それを、力を使う言い訳にしている」

否定したかった。なのに、西尾の口は動かない。

954境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:12:22
「結局、西尾さんは、そのちっぽけなプライドが一番大事なんですよ。
 本音は、白のユニットにもバラバラなままでいてほしい。
 白に共感した奴らを引っぱって戦うなんて、そんな器じゃない」
「そんな……」
「どっちつかずなまま、白のリーダー気取ってる。その状態が一番楽なんだ。
 黒に抵抗する奴らが、自分のふがいなさを責めないから、西尾さんは
 内心ホッとしてたんじゃないですか?」
「そんなこと、あるわけないやろ!勝手な憶測で話すな!」
「だったら、なんで嵯峨根さんをほっとくんですか?」

まだ床に転がったままの嵯峨根を指さして、上田が言う。

「俺たちなんか簡単に倒せる力があるのに。それで相方を助け起こしてやらない。
 たった一つ、自分を許してくれる大義名分を失うのが怖いから」
「ちゃう……俺は、ほんまに……」

何も言い返せない西尾の前で、有田は嵯峨根の首に手をかける。
ぎり、と力がこもって、嵯峨根が苦しそうに眉をよせた瞬間。

「やめろぉぉぉ!!!」

涙と共に、西尾の絶叫が響いた。


□ □ □ □ □ □


静かな大部屋。扉を開いてみると、寝かされた松本が
無邪気な笑みでごろんっと寝返りを打つ所だった。
世話をしていた芸人たちが収録で出て行ったので、部屋にはこいつ一人だ。

近づく足音にも、起きる気配はない。
俺は眠る松本の上にかがみこんで、額にかかった髪をどけてやる。
のんきな寝顔してやがんな、有田にバッシングさせてやるか。

「お前があんまり辛そうだからよ……丸ごと記憶を消しちまえば、
 楽になれるかと思ったんだよ。まあ、半分だけだけどな。
 お前の中から罪悪感を消して、黒に染めちまおうってのも、まあ、あった」

俺は言葉を切って、少しずつ自分の顔を近づけていく。

「お前はこんな結果、望まねえんだろうな。……物騒な能力だからよ。
 誰かのために使おうなんて、多分今回だけだ。だから、人助けと思って、
 俺のエゴに付き合ってくれ」
額を合わせて、目を閉じる。俺たちの体を、青い光が包みこんだ。

955境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:12

「西尾か?……ああ、ここにおるけど。なんや、さっきまで泣いとってな。
 話にならんかったわ。えっ?ああ、海砂利と会ってたらしいけど。
 白のリーダーやる資格がないとか、なんとか」
大部屋の村田からの電話を受けている桶田は、「ちょっと待て」と10円玉を追加する。

「平気やって。嵯峨根?あ、ひどいケガやったけど、桜井がな。あ?
 ダーンス4やダーンス4。半拍遅れの。そうそう、右端でオチ言うとる、
 おもろい顔のあいつや。その桜井がな、治してくれる言うねんけど、北条がおらんから」

また10円玉を入れて、桶田はちらっとボックスの外で頭を抱える西尾を見る。

「せやから……おう、そういう事や。北条見かけたら頼むわ。
 嵯峨根はまだ眠らしとくわ。うん。……ほな、またあとで」
受話器を置いて、桶田はボックスを出る。
これが相方の村田なら、優しくなぐさめる所だったが。

「動かんデブはただのデブや。下りるか、戦うか、はっきりせえ」
厳しい言葉だけを吐き捨てて、桶田はさっさと大部屋へ帰っていった。


一週間後――。


「加賀谷、これどないした?」

顔の傷を目ざとく見つけた村田さんは「ちょお、待ち」と持ち前の
世話焼きを発揮して絆創膏を貼ってやる。

「なあ松本、お前こいつにどんな事させとんねん」
聞いた村田さんの声には、わずかな怒りが見える。
「しゃあないやないですか。誰かさんが俺に石を使わすから……」
答えた松本は、それっきり加賀谷も視界から外してネタ作りに戻る。
まだ何か言いたげな村田さんを、加賀谷は「いいんです」と止めた。

俺はその光景をじっと見ていた。
松本の中で何かが確実に変化している。それがどう転ぶかはまだ分からない。

ただ一つ言えるのは、罪の意識から解放された松本は、
また別のものに囚われたということだった。


【終】

956境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:44
一旦終わりです
補完というにはいろいろハンパですみません

957名無しさん:2019/11/15(金) 01:11:32
こんな時期にチュート関連のものを投稿するなんてどうかしてるぜという話ですが、空気を読まずに投稿。
Last Saturdayで、吉田氏ならギリギリ意識を保っているのでは?と思い、書きました。徳井氏がトイレに立っている間の話です。
ブラマヨの能力を考えた方の『石がなんなのか分からず、人助け的に戦っている』という設定が微かに登場します。
山も落ちもない稚拙な文章です。


◇ ◇ ◇


(何をしとんねん、自分……)

酒の席ならではの盛り上がりを余所に、彼――吉田敬は自らの言動を咎めた。
自分たちが持つ不思議な石の事は誰にも言わないでおこうと小杉と決めたのに。それを徳井の前で露呈してしまった。
テーブルへ両肘を突き、頭を抱えるようにこめかみへ手を伸ばす。すると、徳井の石を未だ握っている事に気が付いた。手をさげ、拳を見下ろす。

掌の中の石は、自分が持つべきでない物。一刻も早く返したい。しかし、徳井は席を立ったきりだ。この果実に似た石を、預けたまま――。
拳を眺めてから数秒後、彼は忌々しげに目を細めた。

(クソッ、いつまで持っとんねん俺)

同期が使っていた割り箸の側へ、果実ことプリナイトを置いた。即座に手を引き、果実から顔を背ける。この石は今の吉田にとっては眩しく、あまり目に入れたくない物だった。
何故、高揚に任せて徳井の石を見たいなどと口走ったのだろう。石を他人へ見せる事がどれほど危険かは戦いの中で学んでいる筈なのに。
徳井には悪い事をした。

思えばこの一週間、妙に気が引き締まらない。物憂げにぼーっとし、何度も名を呼ばれてから我に返る――そんな場面を幾度と繰り返した。肉体が自分のものではないような、気味の悪い感覚。判断力が鈍った、とも言える。
しかし今日、息を潜め続けた感情が一気に爆ぜた。何が起爆剤となったのか、吉田自身にも分からない。
ただ、今は夢から醒めたような心持ちだった。苦悩こそしているが。悪夢から解き放たれた気分にある。徳井がトイレへ立つ前までのテンションとは違い、妙に冷静だった。
やはり何かがおかしい。身も、心も。

958名無しさん:2019/11/15(金) 01:12:33
なんだか考えれば考えるほど沼にはまって行く感覚になる。こんな時はタバコでも吸おう。
気分を変える為に彼は、少し離れた所にある灰皿を引き寄せようと手を伸ばした。その時だった――。
横から別の手が伸びて来て吉田の手首を唐突に掴んだ。突然の出来事に体をビクリと震わせて横を見上げると、そこには小杉が立っていた。
なんだ小杉か、と空気が抜けるように息を一つ吐く。

「タバコ吸い過ぎやっていつも言うてるやろ?」
「うっさいわ、お前俺のおかんか。って、お前福田と飲んでたんちゃうん?」

小杉の手を振り解きながら尋ねる。

「ああ、飽きたからこっちに来たんや」
「飽きたって……」

そう言いつつも吉田は助かったと思った。福田には悪いが、今は徳井の石から意識を遠くに置きたかった。小杉が話し相手になってくれるなら最良だ。

「すまん、小杉……俺、石のこと徳井に話してもうた」

これは報告しておくべきだろうと考え、正直に打ち明ける。

「うん、俺もやで」

若干縮こまって話した吉田とは対象的に、小杉は平然と大っぴらに言ってのけた。それが当然であるかのように。

「お前も?」

やはり自分は――いや、自分たちはなにかがおかしい。

「なんか、ここ一週間の俺ら変やないか……?」

正直な思いが口を突いて出る。それを聞いた小杉の目にほの暗く鈍い光が宿った事に吉田は気づかなかった。

「変やないで、むしろ嬉しいくらいや。……それより」

その瞬間、小杉の声が一段低くなる、

「お前、自分のやるべき事分かってるか?」

なにを言われているのか分からず、きょとんとして『なにが?』としか返せない。
そんな吉田に小杉は眉間に皺を寄せ深い溜め息を吐き、徳井の石の方を一瞥した。

「……ほんなら思い出させたるわ」

そう言う小杉の声は地を這うように低かった。そこで気づく、こいつは自分の知っている小杉ではない、と。
それでも吉田は哀れにも思い過ごしであってくれと願い『どないしたんや? 体調悪いんか』と精一杯取り繕った。情けない話だがその声は震えていた。
小杉はその問いに答えず、無言でドロマイトをはめた方の手を吉田の首元へ伸ばし始める。
『避けろ!』と自分の石が叫んだような気がした。しかし出来なかった。小杉の手が目の前に迫った時、吉田は見てしまった。小杉の石に渦巻く、くすんだ濁りを。
それに気を取られた時にはもう遅かった。小杉の手が吉田の首元へ到達すると、チョーカーに付いたアクアオーラを握り込んだ。

その瞬間、二人の石と彼らに仕込まれた黒い欠片が共鳴し、吉田の最後に残った正常な意識を呑み込んだ。
先ほどまでの悩みも苦悩も、全て黒く塗り潰された。全部が悪夢の中へ帰って行く。
頭を支配するのは一つだけだった。
“石を、奪う”
ただそれだけだ。

「思い出したか?」

小杉が暗く淀んだ声で訊く。
吉田は同じ声色と光を失くした虚ろな目で答える。

「ああ……お陰でな」

そして先ほどまで眩しく思い見るのも嫌だった徳井の石へ目を向けると、それを手に取る。

「まずは一つ、やな」

小杉にプリナイトを渡し、歪んだ笑みを浮かべた。
こうして、悩める一人の男は黒き闇へと堕ちて行った。悩みは晴れた訳ではなく、大いなる黒き力に呑み込まれる形で消えた。
もう一つの石も手に入れるべく、彼らは行動を起こす。自分たちを操る者へ捧げる為に。

戦いが始まるまで、もうまもなく――。

959名無しさん:2019/11/15(金) 01:14:54
以上です。お目汚し失礼しました。


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