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変身ロワイアルその6

136White page(前編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:33:11 ID:KyLliesc0

「ありがとう、二人とも」

 さやかが良牙に押し返そうとしたバイオリンを受け入れるように、それを抱こうとした。
 さやかの腕が、バイオリンを絡める。冷たいバイオリンの絃がさやかの腕に押し付けられる。音が鳴っているようだった。
 楽器とは不思議な物で、弾いていなくても、時折その楽器が声を発する時がある。
 あらゆる音楽がこの中に封じ込められ、この楽器の中で響いている。

「そうだよね……これはあたしの手で恭介に届けなきゃ」

 ────ただ、次の瞬間であった。

 さやかは、ふと目を見開いた。
 良牙とつぼみはその時、気づいていなかったが、森の闇の中に人影が隠れていたのが見えた。
 ……いや、それは人影というのではなかった。人のシルエットをしておらず、真っ黒で刺々しい体躯をしていた。空の向こうから黒い雲まで近づいており、間もなくここも光が雲に隠されそうになった時であった。
 まるで猛獣に対峙した時のような感覚。

「────!?」

 怪物。

 それをさやかは今、目にしていたのだ。
 さやかはその外形にも、どこか既視感があった。

「ウッ……」

 その猛獣は、よく目を凝らしてみれば五代雄介と同じく、仮面ライダークウガに酷似していた。金の角、黒い複眼、ありとあらゆる要素がそれに似ていたが、印象だけは全く違っていた。
 ──さやかは、声もあがらぬほど、そこから発される悪意に怯えたのだ。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 吠えた瞬間、残るつぼみと良牙もそれに気づいたようだった。
 ふと感じたその野生の闘気──まるで猛獣と対峙した時のような気分だ。良牙は、あまりにも突然の出来事にその闘気を感じるのが遅れた。いや、あかねの事を考えてしまったがゆえだろうか。
 反射的に良牙は、背後の敵に隙の無い構えを見せた。
 ……が。

「……ウソだろッ! このタイミングで──」

 その外形を見た瞬間、良牙の両足から地面へと力が抜け落ちていくのを感じた。足が震え、まともな体制を取れない。反撃さえできそうにないようだ。
 なぜなら……そこにいたのは。
 そこにいたのは、天道あかねが変身した仮面ライダークウガに他ならなかった。

「あかねさん……ッ!!」
「!?」

 良牙の言葉につぼみが驚愕して、思わず良牙の方に顔を向けた。
 冷徹非情のクウガは、容赦なくその隙を狙った。──つぼみが気を抜いている隙に、クウガの手から紫の剣が投擲された。
 それは、物質変換能力によってクウガ自身の剣となった「裏正」である。
 つぼみが不意の攻撃に恐怖し、顔を歪めたのは一瞬の出来事。

「ひっ……!」

 変身さえできない一瞬の間に、こちらへ放たれた一撃につぼみは涙さえ浮かべた。
 つぼみの脳裏には、いわゆる走馬灯まで浮かんだのだった。高速で接近するソードが、つぼみに到達するまではおそらく一秒の間もない。
 しかし、その一秒の間に、つぼみは、父、母、祖母、友、あらゆる物の顔を思い出し、プリキュアとして巡り合った出来事や、これから生まれ来るはずの妹の事さえも考えた。
 あまりの恐ろしさに、つぼみは腕を顔の前に被せ、目を瞑った。

「……!」

137White page(前編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:33:29 ID:KyLliesc0

 ソードが、ぐちゅ、と音を立てて体に突き刺さる。
 良牙が驚き、また同時に後悔してそちらを見た時には、そこには血しぶきを放つ人間が居た。

「────」

 その体から花弁が散り、ゆっくりと舞い、土に零れていく。
 まるで、ひと時美しく咲いて、また散っていく花々のようだった。
 ……ああ、なんという事だ。
 また……また、悲劇が起きてしまったのか。

「痛ッ…………ッッッ」

 美樹さやかの胸に。深々と。それが突き刺さっていた。彼女の抱えていたバイオリンを貫き、彼女が胸に指していたアマリリスの花を散らせ、彼女の安らぎは奪われた。
 彼女が、咄嗟につぼみを庇い、生かそうとした結果だった。

「あ……ああっ……」

 つぼみの体の前には、さやかが影を作っていた。つぼみの体から数センチだけ離れたところに、血の滴る剣の刃先が突き出ていた。──無論、恐ろしかった。
 もし、さやかがつぼみを庇ったとしても、彼女がバイオリンを肌身離さず抱えていなければ、つぼみの体ごと串刺しにしていたかもしれないという事だった。
 つぼみも、思わず何が起こったのかわからずに絶句した。

「みん…………ごめ…………やっぱ…………」

 血を吐き出しながら、さやかは謝罪の言葉もこの世に残そうとした。しかし、それも力を失った喉の奥から、とぎれとぎれに出てくるだけだった。
 この時、さやかが思い出したのは、五代雄介という男の死に様だ。
 クウガ──それが、さやかにとって、死神と呼べる相手だったのかもしれない。
 五代自身がさやかを恨んでいるわけではないのはよく知っている。──だが、神はもしかすれば、さやかを許さなかったのかもしれない。
 報い。
 それは、そんな言葉で形容できた。
 罪は時折、数奇な形で裁かれる。クウガを殺してしまったさやかの命が、クウガによって絶たれる──という事。

(……あっ……)

 さやかの体が真後ろに倒れそうになる。力の法則に従って、真後ろへ、真後ろへ。
 なんとか力を振り絞ろうとしたが、駄目だった。
 命に対する諦観と、全てに対する申し訳なさがあふれてくる。

(……あー……、折角、助けてもらったのに。やっぱり、こうなっちゃうんだ……)

 さやかの体は、結局真後ろに崩れた。
 真後ろでさやかを支えようとしたつぼみの右足の側面を、刃が切り裂いた。
 抉る、と言ってもいい。血が跳ねて、さやかとつぼみの血液が足元で混ざり合う。

「っっっ……!!」

 痛みをこらえながら、つぼみはさやかの首を支えた。
 頭を片腕で包み、彼女は必死で呼びかける。体の痛みか、心の痛みか、またつぼみは泣いた。これは反射的に流れてしまうものだった。

「さやか! さやか!」

 今、こうして誰かを庇って死ぬという死に方が、まるでさやかが一時目指した正義の味方に全く相応しい物である事を、さやかは自覚できなかった。さやかはつぼみが泣いているのと同じく、反射的につぼみの前に出て、その結果、死んでいくのだから──。
 そこに、「義」はなかったが、ただ、さやかという人間の本質的な性格だけは反映されていた。
 二人の友情は変わらない。

「あり、がと…………ごめ………」

 つぼみはさやかを傷つける。
 さやかはつぼみを傷つける。
 だが、それでも、二人は深く支え合う。
 彼女たちはずっと知らなかったが、それが友情の本質だ。

(ごめん。でも、せめて、さ────)

 せめて。
 さやかは願った。
 傷つけた分だけ、このふたりを、癒す願いを────。
 願いを。

(いいでしょ、神様。奇跡とか魔法とか、もう一回くらいさ)

 どうしようもないと思える時ほど、それこそ神に願うしかない。
 罪を犯した物には罰が下るように、彼女たちの行く末に幸がある事を祈りたい。
 奇跡と、魔法を、さやかは、長い人生の中で、もう一度だけ託しながら──そして、もう一度息を引き取ったのだった。
 つぼみが泣きついた時には、それはもう遺体だった。
 かつてよりも暖かく、まだ少しだけ内臓が動いた形跡のある、人間らしい死にざまだった。



【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】





138White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:34:00 ID:KyLliesc0



 しばらく、呆然としていた良牙だが、やがて自然とその拳は強く握られていった。
 静かに怒りが増幅していく。

「……ゆるさねえッ……」

 良牙は、目の前にいるクウガに対して、それこそ最も確実な怒りを抱いていた。
 今、あの子がすべき償いは妨害され、またしても花のように儚く、美樹さやかは散った。
 このどうしようもない衝動。
 何がこの時、良牙の動きを止めたのか──そう、それは、このクウガがあかねであるという確証があったからに他ならない。天道あかねを救いたい意思や、彼女がこうなったショックが良牙の動きを止めていた。

 ────しかし。
 もう、良牙の中には、あかねを救いたい想いに勝る物が生まれていた。

「絶対に許さねえ!! 折角、この子だってもう一度やり直そうって思ってたのに……」

 ロマンチックに憧れる男の恋心も、艶めかしい事を求める少年の愛も。
 それさえも打ち砕いてしまうような、卑劣な地獄絵図の連鎖。
 いま、自分は目の前の敵を憎んでいる──良牙はそれを自覚した。
 死ぬ間際、さやかは確かにあらゆる物を感じていた。大事な人への恋心だとか、つぼみへの油状だとか、とても大事な物をこれでもかというほど見せてくれた。それがさやかにとって宝であり、友情のアマリリスも、恋人に返したいバイオリンも、決して砕かれていい物ではなかった。
 良牙もそこに自分の姿を重ねたのだ。──あかねに恋をして、乱馬たちとバカのように殴り合い傷つけあい分かち合った日々を、さやかに重ねた。

 それを奪ったのが、目の前にいるあかね。いや──。

「……お前はもう、天道あかねじゃ──人間じゃない!! 悪魔だ!!」

 あかねの肉体を借りた、一匹の悪魔だった。

 エターナルメモリが良牙のロストドライバーに装填される。
 そして、良牙は掛け声もかけずに、真っ白な死神──仮面ライダーエターナルへと変身したのだった。
 黒いエターナルローブが、悲しくはためいた。
 良牙としてあかねに対面する事は、もう叶わないのだろう。

「────良牙さん!!」
「つぼみ! おれはもう、あかねさんを救うなんていうのはやめた。もう、だめなんだ……!!」

 仮面ライダーエターナルの背中がそう語った。彼は、気づけば、クウガの前に立ち、つぼみたちの体を庇っていてくれた。
 今となって思えば、あかねを救えるかもしれないという想い──それが、甘かった。

139White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:34:24 ID:KyLliesc0
 その想いが原因で、良牙は、この時、つぼみの友人の命が奪われるのを黙って見過ごしてしまった。

「好きだって、言えれば良かった……乱馬の事なんかじゃなくておれを見てくれって、言っちまえば良かった…………でも、もうだめなんだ……だめだってわかっちまった……おれはこいつが憎い。今まで、誰にも感じた事のない怒りだ……!!」

 確かに良牙はあかねの事がずっと好きだった。
 悲しい事だが、もうそのあかねはどこにもいなくなってしまったのだ。
 乱馬も、あかねも、シャンプーも、パンスト太郎も死んだ。
 もう戻らない。良牙がすべき事は、天道あかねを穢す「罪」を絶つ事だった。残念ながら、それしかできなかった。

「こいつはおれが倒すしかない……天道あかねはもう死んだんだ! こいつは人間でもクウガでもない、ただの悪魔だよ!」

 そう言ったエターナルの震えた声。
 つぼみは、おそらく、彼が泣いているのだと思った。──しかし、仮面の下に一体、彼がどんな表情を作っているのかなど、誰も知らない。
 ただ、その男が放つ悲しみをつぼみは強く感じ取り、胸に刻んだ。
 自身も事切れたさやかの死に顔に涙を浮かべながら、しかし、良牙の悲しみの気を強く呑み込んだ。

「……これは」

 ふと、エターナルは、自分自身の体が妙に軽くなっていくのを感じた。
 先ほどまであったはずの痛みも、体中のだるさも、疲れも、何もかもが消えていくような感じがした。
 つぼみは恐る恐る、自分の足の傷を見てみた。
 先ほど、剣が抉っていたはずの傷跡は、もうどこにもない。────大丈夫だった。
 この一日分の疲労や傷が全て癒されたという事なのだろうか。こんな感覚をするのは初めてであった。
 一瞬で全てを癒すなど、「魔法」という言葉で表現するしかない。

「……この子のご加護──ってわけか」

 何となく、二人とも察していた。
 答えは、さやかの体を維持していたジュエルシードの影響だった。その力がこういう形で二人に向け、解放されたのである。さやかは、既に魔法を捨てたとはいえ、魔法の使い方のノウハウを知っている。彼女の「人を癒す」という願いが、無意識の内に正しい形に使われた。
 ジュエルシードが最後に触れた強い願いが、辛うじて二人を癒す為の力となったわけである。──とはいえ、二人はそんな理屈も知らず、神のご加護か、あるいは奇跡や魔法とでも思ったのだろうが。

「尚更、テメェを倒して生きて帰ろうっていう気が湧いて来たぜッ!!」

 体の回復とともに意気を高ぶらせると、エターナルはある構えをした。
 両腕を前に出し、掌に気を込める。──禁断の技たりながら、今この時こそ、自分の身に差し掛かった理不尽を放ちたい。
 この悲しみを、怒りを、憎しみを、ぶちまけたい。
 そんな想いが、エターナルの体の奥から、その一声を引きずり出した。

「────獅子、咆哮弾ッッッッ!!!!!!」

 良牙に対する警戒心を剥き出しにしていたクウガに向けて、放たれる一撃。
 負の感情エネルギーがクウガの体を包もうとする。
 だが、それがクウガの体に到着する前に、クウガもまた腰を低めて、良牙と同じ構えをした。彼女もまた、叫びこそしなかったが、獅子咆哮弾を放ったのだった。
 二つのエネルギーは衝突し、クウガの手前で爆ぜる。
 細やかな爆風のような波が彼らに寄った。


 その爆風を甘んじて受けながら、エターナルはまだクウガを睨んでいた。
 やりきれない強い想いを胸に秘めながら、それでも彼は、この試練に立ち向かおうとしていた。

140White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:35:31 ID:KyLliesc0
【2日目 昼】
【D−4 森】

【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:健康、加頭に怒りと恐怖、強い悲しみと決意、首輪解除
[装備]:プリキュアの種&ココロパフューム、プリキュアの種&ココロパフューム(えりか)@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&シャイニーパフューム@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&ココロポット(ゆり)@ハートキャッチプリキュア!、こころの種(赤、青、マゼンダ)@ハートキャッチプリキュア!、ハートキャッチミラージュ+スーパープリキュアの種@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式×5(食料一食分消費、(つぼみ、えりか、三影、さやか、ドウコク))、スティンガー×6@魔法少女リリカルなのは、破邪の剣@牙浪―GARO―、まどかのノート@魔法少女まどか☆マギカ、大貝形手盾@侍戦隊シンケンジャー、反ディスク@侍戦隊シンケンジャー、デストロン戦闘員スーツ×2(スーツ+マスク)@仮面ライダーSPIRITS、『ハートキャッチプリキュア!』の漫画@ハートキャッチプリキュア!
[思考]
基本:殺し合いはさせない!
0:さやか……
1:この殺し合いに巻き込まれた人間を守り、悪人であろうと救える限り心を救う
2:……そんなにフェイトさんと声が似ていますか?
[備考]
※参戦時期は本編後半(ゆりが仲間になった後)。少なくとも43話後。DX2および劇場版『花の都でファッションショー…ですか!? 』経験済み
 そのためフレプリ勢と面識があります
※溝呂木眞也の名前を聞きましたが、悪人であることは聞いていません。鋼牙達との情報交換で悪人だと知りました。
※良牙が発した気柱を目撃しています。
※プリキュアとしての正体を明かすことに迷いは無くなりました。
※サラマンダー男爵が主催側にいるのはオリヴィエが人質に取られているからだと考えています。
※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました。
※この殺し合いにおいて『変身』あるいは『変わる事』が重要な意味を持っているのではないのかと考えています。
※放送が嘘である可能性も少なからず考えていますが、殺し合いそのものは着実に進んでいると理解しています。
※ゆりが死んだこと、ゆりとダークプリキュアが姉妹であることを知りました。
※大道克己により、「ゆりはゲームに乗った」、「えりかはゆりが殺した」などの情報を得ましたが、半信半疑です。
※所持しているランダム支給品とデイパックがえりかのものであることは知りません。
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※良牙、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※全員の変身アイテムとハートキャッチミラージュが揃った時、他のハートキャッチプリキュアたちからの力を受けて、スーパーキュアブロッサムに強化変身する事ができます。
※ダークプリキュア(なのは)にこれまでのいきさつを全部聞きました。
※魔法少女の真実について教えられました。

141White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:35:44 ID:KyLliesc0

【響良牙@らんま1/2】
[状態]:健康、五代・乱馬・村雨の死に対する悲しみと後悔と決意、男溺泉によって体質改善、首輪解除、仮面ライダーエターナルに変身中
[装備]:ロストドライバー+エターナルメモリ@仮面ライダーW、T2ガイアメモリ(ゾーン、ヒート、ウェザー、パペティアー、ルナ、メタル)@仮面ライダーW、
[道具]:支給品一式×14(食料二食分消費、(良牙、克己、五代、十臓、京水、タカヤ、シンヤ、丈瑠、パンスト、冴子、シャンプー、ノーザ、ゴオマ、バラゴ))、水とお湯の入ったポット1つずつ×3、子豚(鯖@超光戦士シャンゼリオン?)、志葉家のモヂカラディスク@侍戦隊シンケンジャー、ムースの眼鏡@らんま1/2 、細胞維持酵素×6@仮面ライダーW、グリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、歳の数茸×2(7cm、7cm)@らんま1/2、デストロン戦闘員マスク@仮面ライダーSPIRITS、プラカード+サインペン&クリーナー@らんま1/2、呪泉郷の水(娘溺泉、男溺泉、数は不明)@らんま1/2、呪泉郷顧客名簿、呪泉郷地図、克己のハーモニカ@仮面ライダーW、テッククリスタル(シンヤ)@宇宙の騎士テッカマンブレード、『戦争と平和』@仮面ライダークウガ、双眼鏡@現実、ランダム支給品0〜6(ゴオマ0〜1、バラゴ0〜2、冴子0〜2)、バグンダダ@仮面ライダークウガ、警察手帳、特殊i-pod(破損)@オリジナル
[思考]
基本:自分の仲間を守る
0:あかねさんを倒す。
1:あかねを必ず助け出す。仮にクウガになっていたとしても必ず救う。────
2:誰かにメフィストの力を与えた存在と主催者について相談する。
3:いざというときは仮面ライダーとして戦う。
[備考]
※参戦時期は原作36巻PART.2『カミング・スーン』(高原での雲竜あかりとのデート)以降です。
※夢で遭遇したシャンプーの要望は「シャンプーが死にかけた良牙を救った、乱馬を助けるよう良牙に頼んだと乱馬に言う」
「乱馬が優勝したら『シャンプーを生き返らせて欲しい』という願いにしてもらうよう乱馬に頼む」です。
尚、乱馬が死亡したため、これについてどうするかは不明です。
※ゾーンメモリとの適合率は非常に悪いです。対し、エターナルとの適合率自体は良く、ブルーフレアに変身可能です。但し、迷いや後悔からレッドフレアになる事があります。
※エターナルでゾーンのマキシマムドライブを発動しても、本人が知覚していない位置からメモリを集めるのは不可能になっています。
(マップ中から集めたり、エターナルが知らない隠されているメモリを集めたりは不可能です)
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※つぼみ、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※男溺泉に浸かったので、体質は改善され、普通の男の子に戻りました。
※あかねが殺し合いに乗った事を知りました。
※溝呂木及び闇黒皇帝(黒岩)に力を与えた存在が参加者にいると考えています。また、主催者はその存在よりも上だと考えています。
※バルディッシュと情報交換しました。バルディッシュは良牙をそれなりに信用しています。
※鯖は呪泉郷の「黒豚溺泉」を浴びた事で良牙のような黒い子豚になりました。
※魔女の真実を知りました。

142White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:35:57 ID:KyLliesc0

【天道あかね@らんま1/2】
[状態]:アマダムの力暴走、アマダム吸収、メフィストの闇を継承、肉体内部に吐血する程のダメージ(回復中)、ダメージ(極大・回復中)、疲労(極大)、精神的疲労(極大)、胸骨骨折(回復中)、 とても強い後悔と悲しみ、ガイアメモリによる精神汚染(進行中)、自己矛盾による思考の差し替え、動揺、「黒の二号」に変身中(自分で解除できない)
[装備]:伝説の道着@らんま1/2、T2ナスカメモリ@仮面ライダーW、T2バイオレンスメモリ@仮面ライダーW、二つに折れた裏正@侍戦隊シンケンジャー、ダークエボルバー@ウルトラマンネクサス、プロトタイプアークル@小説 仮面ライダークウガ
[道具]:支給品一式×4(あかね、溝呂木、一条、速水)、首輪×7(シャンプー、ゴオマ、まどか、なのは、流ノ介、本郷、ノーザ)、女嫌香アップリケ@らんま1/2、斎田リコの絵(グシャグシャに丸められてます)@ウルトラマンネクサス、拡声器、双眼鏡、インロウマル&スーパーディスク@侍戦隊シンケンジャー、紀州特産の梅干し@超光戦士シャンゼリオン、ムカデのキーホルダー@超光戦士シャンゼリオン、滝和也のライダースーツ@仮面ライダーSPIRITS、『長いお別れ』@仮面ライダーW、ランダム支給品1〜2(溝呂木1〜2)
[思考]
基本:"東風先生達との日常を守る”ために”機械を破壊し”、ゲームに優勝する
0:暴走
1:目の前の敵を排除する。
[備考]
※参戦時期は37巻で呪泉郷へ訪れるよりは前、少なくとも伝説の道着絡みの話終了後(32巻終了後)以降です。
※伝説の道着を着た上でドーパント、メフィスト、クウガに変身した場合、潜在能力を引き出された状態となっています。また、伝説の道着を解除した場合、全裸になります。
また同時にドーパント変身による肉体にかかる負担は最小限に抑える事が出来ます。但し、レベル3(Rナスカ)並のパワーによってかかる負荷は抑えきれません。
※Rナスカへの変身により肉体内部に致命的なダメージを受けています。伝説の道着無しでのドーパントへの変身、また道着ありであっても長時間のRナスカへの変身は命に関わります。
※ガイアメモリでの変身によって自我を失う事にも気づきました。
※第二回放送を聞き逃しています。 但し、バルディッシュのお陰で禁止エリアは把握できました。
※バルディッシュが明確に機能している事に気付いていません。
※殺害した一文字が機械の身体であった事から、強い混乱とともに、周囲の人間が全て機械なのではないかと思い始めています。メモリの毒素によるものという可能性も高いです。
※黒岩が自力でメフィストの闇を振り払った事で、石堀に戻った分以外の余剰の闇があかねに流れ込みメフィストを継承しました(姿は不明)。今後ファウストに変身出来るかは不明です。
 但し、これは本来起こりえないイレギュラーの為、メフィストの力がどれだけ使えるかは不明です。なお、ウルトラマンネクサスの光への執着心も生じました。
※二号との戦い〜メフィスト戦の記憶が欠落しています。その為、その間の出来事を把握していません。但し、黒岩に指摘された(あかね自身が『機械』そのものである事)だけは薄々記憶しています。
※様々な要因から乱馬や良牙の事を思考しない様になっています。但し記憶を失っているわけではないので、何かの切欠で思考する事になるでしょう。
※ガミオのことをガドルだと思い込んでいます。
※プロトタイプアークルを吸収したため仮面ライダークウガ・プロトタイプへの変身が可能になりました。
※自分の部屋が何者かに荒らされていると勘違いしています。おそらくガドルやガミオだと推定しています。
※どこに向かうのかは後続の書き手さんにお任せします。


【体力回復について】
さやかの死に際の願いにジュエルシードが正しく反応した事で、「癒し」の魔法が発動され、つぼみと良牙の体力は回復しました。





143White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:36:21 ID:KyLliesc0



 零は一足早く冴島邸に辿り着いていた。
 彼が部屋に入ると、暁や翔太郎をはじめとする仲間たちの多くが既にその場には集っており、零は彼らに話すべき事情を全て伝える。
 つぼみ、良牙、さやかの無事について、特殊i-podの破壊について、サラマンダー男爵ならば共闘関係を築けるかもしれない事についてなど、あらゆる事を知る限り説明した。
 しかし、零には何とも言えぬ悪寒もどこか胸中に持ち合わせていた。

「……なるほど。魔女は全員救済されたってわけか」

 翔太郎はどこか嬉しそうな表情だ。
 それもそのはず、彼は杏子に対して未だ不安を抱えていた。
 しかし、マミとさやかの処遇で何とかその不安が解き放たれていくのが感じられたのだ。
 これで、翔太郎が杏子を、「殺す」必要はどこにもなくなったというわけである。
 果たされてはならないあの約束をどこかに消し去る事ができて、翔太郎も内心ほっとしていた。
 ──一也としては、何故今まで魔女の正体について教えてくれなかったのか、と少しだけ責めたい気持ちもあるが、まあ当人もいないし、気持ちもわかるので口を開くのを止した。

「ああ、ただ、誰も天道あかねに会ってないっていうのは気がかりだ。まあ、この広い島の中ではそうそう会う事もないのかもしれないが、悪い事にならなければいいが……」

 零は思案顔で言う。
 しばらく、天道あかねという人物は姿さえ現さない。どこにいるのか、そしてどうしているのかもわからない参加者の一人である。零は彼女がどんな人間なのか知らないだけに、一層不気味な存在に思えてならなかった。

「大丈夫だろう。みんな、ここまでは大した距離じゃないんだろ? それに、全員複数で行動しているわけだし」
「まあ、そりゃそうだが……」

 他所があかねと対応していたならともかく、それらしい様子はない。
 どこからもあかねに関する連絡がなく、マップ内のどこにいるかさえ不透明だ。
 もはや焼野原同然の街を彷徨っているわけでもあるまい。──いや、そうであれば、遅かれ早かれ禁止エリアに迷い込んでしまっても仕方ないくらいだが。
 相当な時間単独行動している様子なのが不審であった。

「……」

 零も、黙って彼らがここに辿り着くのを待った。







 プリキュアと魔法少女の進行速度は、乗用車などより格段に速い。
 問題になるのは、体力の消耗が激しく、なるべく軽々しくその力を使ってはならない事だった。特に杏子は、ソウルジェムが穢れる事情などで、あまり積極的に魔法少女の力を使うわけにはいかない。
 しかし、その時ばかりは、事情も違い、すぐに辿り着いて見せる必要があった。

「────やっと、」

 五人の前には、もう洋館の姿が見え始めていた。
 一歩一歩は着実に洋館との距離を縮める。それが見つかれば、あとはさほど時間もかからない。
 一面の森は方向感覚が鈍るので、辿り着くかという不安は多少あったものの、何とか安心した。
 その安心感が、最後の一歩を一瞬にした。最後に強い風を感じながら、杏子が降り立つのを孤門は認識する。後から、キュアピーチ、キュアベリーと順に着地していった。

144White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:36:57 ID:KyLliesc0

「やっと着いた!!」

 五人とも、ようやくこの冴島邸に到着したのだ。
 バトルロワイアル終了までの残り時間は既に二時間を切っており、自分たちが行うと決意したマミの救済に、どれだけ時間を割いていたのかを知る事になった。
 さて、これで一安心である。
 冴島邸自体は外傷もなく、いかにもお洒落な豪邸の姿をしている。深緑の木々に彩られた、一世帯が暮らすにはあまりにも大きすぎるその家──まるで博物館のようにさえ見える。
 杏子や孤門も、こんな豪邸に住む事に少しだけ憧れた。しかし、考え直す。一人暮らしでは随分持て余しそうなので、この部屋の隅だけ貸してもらえれば十分だろうか。

「まあ、ここまで何事もなかったし……とりあえず……」

 杏子は、振り向いて一応人数だけ数えた。
 やっと着いた、と元気な声を上げたのがキュアピーチで間違いない。彼女はマミを抱えている。マミもいる。
 そして、キュアベリーもしっかりとそこにとどまっていた。一人くらい置いてきてしまっているのではないかという不安は無事払拭された。


 ──が。
 その刹那であった。

「って、おい、あれ……」

 杏子は、遥か遠方に「それ」を見た。杏子にとっての正面は、マミにとっての背面であった。
 マミの背に居た「それ」は、精巧な鎧人形の中に人が閉じ込められたように動いていた。
 密かに喉奥に唾を垂らしているであろう、その狼の外形。黒々と光り、刺々しく彫り込まれた豪奢な黒い鎧の半身。マントを揺らし、剣を構える。

 黄金騎士ガロにも似た怪人。
 その名も、暗黒騎士キバ。
 キュアピーチがその姿を思い出した時には、キバは風のように彼女たちへの距離を縮めて、マミの首元を凪ぎ裂こうとしていた。

「うわあ!!」

 怪人が剣をフルウ。
 彼の剣技は、マミの命を喰らう事を望んでいた。誰でも良いが、最も隙のあった相手を狙ったのだろう。しかし、その食欲は満たされなかった。
 それを、咄嗟に動けた杏子が庇ったのである。今、再び死の恐怖を味わったマミは、そのまま腰を抜かした。辛うじて、強固な槍が剣を受け止め、立派な盾となっている。──尤も、その槍身には亀裂が走ろうとしていた所だが。

「……っ……!!」

 いずれにせよ、杏子がいなければ、マミは死んでいたかもしれない──。

「おらっ! ……なんだかわからないけど、この期に及んで、敵襲みたいだなッ!」

 なんとか弾き返して、次の刀が飛んでくる前に杏子の槍がキバの胸部を突く。
 数メートルだけ後退。
 そこに、更に二度、三度と振り回される槍の切っ先がキバの体を掠める。鎧を前にしては、刃としての価値はもはやその槍には期待できず、棒を叩きつけるという形で鎧に衝撃を与えるしかなかった。
 キバもすぐにそれを回避した。

「マミちゃん!」

 孤門が即座に前に出て、倒れたマミに肩を貸す。まさしく、それが彼に今できる事だった。
 マミは、目の前の光景に息を飲む。慣れていたはずのこの戦いの光景が、今となっては全く違った物に見えてしまう。
 マミの体そのものが、その勢い余る殺し合いの全貌を受け付けなかった。
 昨日まで魔法少女であった自分は、こんなにおぞましい世界で戦っていた事や、曲がりなりにも「兵器」や「装備」を有していた事で自分がいかに安心していたのかという事も直感する事ができた。
 孤門が必死で抱き起した体。──何とか、マミは歩き出そうとしていた。
 敵に背中を向けて洋館の入り口に向かい足を急かすのは、少し恐ろしかった。

「杏子ちゃん!」

145White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:37:12 ID:KyLliesc0
「杏子!」

 キュアピーチとキュアベリーが飛び交って、マミと孤門の行く手を邪魔させないために彼らの盾になる。杏子が更にその一歩前でキバを足止めしていた。
 これで、ひとまずは時間稼ぎの為のメンバーができたようである。







「みんな!」

 孤門とマミは、何なくその部屋に辿り着き、ドアを叩きつけるように開いた。
 ここは袋小路だが、歴戦の勇士たちも待っていてくれる。入口で暴れる怪物の対処をお願いできる相手がいる場所として、最も近い場所がそこであった。
 孤門が叫んだ時、全員が注目した。戦闘音が聞こえないのか、比較的呑気に構えている者もいる。と、暁がマミと目が合って思わず叫んだ。

「うわああああああああああっ!! オバケ!! おい! この子! 死体の!」

 暗号を解こうとしていた真っ最中だが、暁はドウコクの後ろに隠れた。ドウコクの巨体の後ろで悪霊退散悪霊退散とひたすら唱え続ける。
 ドウコクは「……」と黙りながら、なんとか怒りを鎮めた。霊能力と無縁な暁が何を唱えたところで、ドウコクたち外道衆には無意味だ。

「あー、いいから、外を見てくれ!! 敵が来たんだ!」

 今の一言で全員の顔付が代わり、暁含めてすぐに窓辺に顔を向けた。
 立ち上がり、辛うじて窓の外に見える戦闘の方を見やる。杏子、キュアピーチ、キュアベリーの三名がその怪物を相手に何とか対峙していた。杏子が前衛として積極的に交戦している最中、キュアピーチとキュアベリーが後衛となっているようである。
 それを見た時、零は忘れもしない宿敵の事を思い出し、レイジングハートは自分の仲間の事を思い出した。

「奴は────暗黒騎士キバ! なぜここに!」
「バラゴ……!」

 両名とも、その外形に驚いたようである。──二人の共通認識として、「あいつは死んだはずだ」と思っただろう。
 いや、しかし。ここにいる二人も全く気づいていなかったが、それは既に死者であろうとなかろうと関係なかった。装着者さえも喰らい尽くした鎧が、一人でに暴走しているという恐るべき事象である。

『俺も、あいつに会った記憶はないが、何故だかあいつを見ていると妙な胸騒ぎがするぜ。あそこにいるのは、魔戒騎士じゃない! 鎧に込められた怨念だけの怪物だ!』

 ザルバが己の直感を信じて言った。
 彼も暗黒騎士キバと何度となく戦闘した記憶が魂のどこかに残っているのだろう。世にも悍ましい、悪しき強さの根源として、ホラーである彼も恐怖を感じるくらいだ。
 久々に、ザルバも震えわせるような相手である。

「俺も奴に会った。一文字先輩を苦しめるほどの強敵だ!」
「ああ、俺もだ。俺が会ったのは二度目の襲撃の時だが……とにかく、油断大敵の相手だな」

 沖一也や石堀光彦もその姿には見覚えがあったが、確か死んだはずだと記憶している。
 とにかく、遭遇してはならぬ相手が思わぬ所でやってきたという事実だけは、全員理解したようである。

「……たとえどれだけ強くなろうと、何度地獄から迷い出ても、俺が奴を倒してやる!!」

 零が外に出る意気とともに叫んだ。踏み出した一歩からは、まるで怒りさえ感じられるどっしりとした足音がする。彼の目からは、普段のどこか飄々とした部分が消えていた。
 しかし、仇を眼前にしているという状況にしては、彼の憎悪の心はそれほど膨らんではいなかったようである。
 意外にも、彼は悪への怒りというべき物や、魔戒騎士としての使命感に突き動かされていた。
 気づけば、誰も声をかけないままに彼が部屋を去っていた。決意にはためく背中のドリームキャッチャーに、誰もが目を奪われていたのだ。

「私も行きます!」

146White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:37:29 ID:KyLliesc0

 続いて、レイジングハートが、まるで一時的に止まった時を動かすように言った。
 今あそこにいるのは、バラゴではないとレイジングハートも理解している。しかし、行かないわけにはいかなかった。バラゴの持つ鎧の怨念が現れたというのなら、レイジングハートにも一塊の責任があるような気がしたのだ。
 勿論、そんな物はどこにもないのだが。

「よっし、俺も……」

──続いて、翔太郎が出ようとしたが、そんな彼の左手を一也が掴み、止める。
 翔太郎は、咄嗟に一也の方を振り向いた。そうしている間に、レイジングハートが廊下から外へ向かっていく。その足音に焦りながらも、翔太郎はその手を安易に振り払おうとはしなかった。
 いや、仮に振り払おうとしても、生身の左手では一也の腕を崩すのは無理だ。

「おい、なんだよ沖さん!」
「俺とドウコクが行く。君たち二人はまず、暗号の謎を解くんだ。奴は俺たちが遠ざけるから……後は頼んだ」

 一也が険しい目で言う。
 今の一言に眉をしかめたのは、翔太郎以上にドウコクであった。

「俺だと……?」

 ドウコク自身も疑問なようだ。何故、己が選択されたのか。
 自分で考えている真っ最中、一也が二の句を告げた。

「奴は参加者ではないはずだ。もしかすれば、主催が用意したのかもしれない。不本意だが、君たちの戦いを見せてもらいたいんだ」
「……なるほど。味方として手を組むからには、その戦法の特性を実戦で知っとかなきゃならねえってわけか」

 軍勢を率いる身であるドウコクも、その理屈は理解できる。
 これまで試し処がなかったのはやむを得ない。それぞれの体力を温存せねばならない状況であったからだ。それを試せる場所があるならば、一つの機会として利用したいのだろう。
 また、戦闘数が少ないうえに底なしの実力を持つドウコクをそこへ呼びたかった気持ちもわかる。

 しかし、一也の本心は、実のところ、いま口から出た理屈とは全く異なっていた。ドウコクもその事には、まあ薄々警戒しているようだが、ひとまず騙されたふりでもしておく事にした。

 一也の考えの一つは、まずドウコクを他の仲間から遠ざける事である。現在の参加者数は十五人と想定され、その内訳の多くは冴島邸内にいる参加者である。脱出計画を練る際、一也がドウコクに敗北して殺されたとして、それでドウコクが殺戮をやめるはずがない。あと最低でも四人殺害しなければ、ドウコクは生存の道を選べないのである。
 もう一つは、ただの時間稼ぎである。万が一、翔太郎たちの方が早く何かに気づき、脱出の鍵を握ったとすれば、それはそれで都合が良い。暁と翔太郎は、仮にも探偵である。普段は体力勝負の話が多いとはいえ、柔軟な発想力・推理力は培われているかもしれない。

 彼らへの信頼である。

『俺も連れていってくれ……魔戒騎士の相棒として、零の戦いを見届けたいからな』
「……わかった」

 翔太郎の手からザルバを抜き取ると、一也はドウコクと共に外へと走った。
 外道シンケンレッドはついては来なかった。
 なるほど、ドウコクもそれなりに知恵は回るらしい。当然ながら、この部屋に留まっている翔太郎たちを監視し、十一時に殺害する為の存在として、彼を居残らせる必要がある。
 ただ、それぞれ、一也がドウコク、翔太郎が外道シンケンレッドを引き受け、何とかその他の総力で押し返せれば、話は別だろう。
 沖一也は道程で仮面ライダースーパー1へと変身し、冴島邸から出ていった。

「あの……もしかして、私の死体見ました?」

 次々と人がいなくなったので、マミは怯える暁に、どこか頼りなく話しかけた。





147White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:37:49 ID:KyLliesc0



「無名の魔戒騎士……!」

 暗黒騎士キバは、今この時、冴島邸から出てきた一人の男を見て、そう言った。
 どうやら、鎧も覚えているらしい。
 この男は、涼邑零。銀牙騎士ゼロの鎧を召喚していた男、だと。
 今では実力も黄金騎士ガロと並ぶようだが、結局のところ、キバにとってはガロ以外全て同じであった。銀牙騎士という称号を持つ魔戒騎士は、あまり名のある系譜ではない。名もなき騎士たちは結局、有象無象に過ぎないのである。

 それから、順に現れる三人。
 一人はレイジングハート。バラゴが利用していた相手。
 それから、仮面ライダーの一人に、名も知らぬ怪物である──但し、ホラーではないようだ。
 いずれも、戦意を抱いてこちらを睨んでいた。

「杏子ちゃん、それに二人も。先に中へ。……こいつは俺が片づける」

 その言葉は、杏子以外のプリキュア二名にも囁かれているようだった。
 結局、戦闘らしい戦闘は杏子が任され、残る二名は後衛といっても、隙を見つける事ができず、構えているだけだった。
 いずれにせよ、零は思っている。
 可愛い女の子が相手をするような器ではない、と────。
 かつて零の恋人の命を奪ったその太刀を、零は忘れない。あの時の悲劇を忘れぬ為にも、零は彼女たちを先に逃がしたいと思った。

「とにかく、行け」
「でも……」

 戦力は多い方がいいはずだ。
 そう考える杏子を他所に、零は杏子ではなく、目の前のキバに向けて語り掛けた。

「お前の一番の獲物は俺……だろ? 他の奴らを喰らいたいなら、俺を殺した後に隙にすればいい」
「……」
「だって俺、お前なんかにやられないし」

 双剣を構えた零が前に出るのと、暗黒騎士キバが前に出るのはほぼ同時であった。
 零が一瞬で、銀牙騎士ゼロの鎧を装着する。

「──俺には、守りし者の使命ってやつがあるからな!」

 そう言いきった時には、ゼロはキバに肉薄していた。剣と剣が至近距離でぶつかり合う。
 杏子たちがそこに付け入る隙はなさそうだった。
 ゼロは何とか、猛牛のようにキバの体を押していこうとする。この冴島邸を守る為であった。
 一センチでも遠くへと、この怪物をここから突き放し、そして倒すのが零たち魔戒騎士の使命である。

「……なんだかわからねえが、とにかく中にもみんないるんだな!?」
「ああ」

 翔太郎や暁など、ここにいない人間がいる事に気づいて言った。
 それならば、そちらに協力するのも一向だ。
 杏子たちは、ともかくこの場を任せて、建物の方に走り出した。

──DUMMY──

 それとほぼ同時に、ダミーメモリを使用し、レイジングハートは黄金の騎士の姿へと変身していた。敢えてこの姿を選んだのには大した
 それはまさしく、黄金騎士ガロの複製。緑の瞳は、冴島鋼牙が召喚した物を規範にしている事を示していた。

『おいおい……こいつは驚いたな……。だが、どうせなら俺も連れていってくれ』
「はい!」

 スーパー1の手からザルバを受け取り、ガロが駆ける。
 この黄金騎士には制限時間が存在しない。ダミーメモリの力により、半永久的に戦い続ける事ができる。

「零……私も協力します!」

 この期に及んで、このキバに協力する気はなかった。ザルバの言う通り、この鎧が怨霊の塊であるなら、レイジングハートもともにこの怪物を消し去って見せよう。
 スーパー1、ドウコクも、すぐに後衛としてそこに進んでいった。
 こちらも、それなりの戦闘が行われるようであった。

148White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:38:35 ID:KyLliesc0



【2日目 昼】
【E−5 冴島邸前】

【涼邑零@牙狼─GARO─】
[状態]:疲労(小)、首輪解除、鋼牙の死に動揺
[装備]:魔戒剣、魔導火のライター
[道具]:シルヴァの残骸、支給品一式×2(零、結城)、スーパーヒーローセット(ヒーローマニュアル、30話での暁の服装セット)@超光戦士シャンゼリオン、薄皮太夫の三味線@侍戦隊シンケンジャー、速水の首輪、調達した工具(解除には使えそうもありません) 、スタンスが纏められた名簿(おそらく翔太郎のもの)
[思考]
基本:加頭を倒して殺し合いを止め、元の世界に戻りシルヴァを復元する。
0:暗黒騎士キバを倒す。
1:殺し合いに乗っている者は倒し、そうじゃない者は保護する。
2:会場内にあるだろう、ホラーに関係する何かを見つけ出す。
3:また、特殊能力を持たない民間人がソウルメタルを持てるか確認したい。
[備考]
※参戦時期は一期十八話、三神官より鋼牙が仇であると教えられた直後になります。
※シルヴァが没収されたことから、ホラーに関係する何かが会場内にはあり、加頭はそれを隠したいのではないかと推察しています。
実際にそうなのかどうかは、現時点では不明です。
※NEVER、仮面ライダーの情報を得ました。また、それによって時間軸、世界観の違いに気づいています。
仮面ライダーに関しては、結城からさらに詳しく説明を受けました。
※首輪には確実に異世界の技術が使われている・首輪からは盗聴が行われていると判断しています。
※首輪を解除した場合、(常人が)ソウルメタルが操れないなどのデメリットが生じると思っています。→だんだん真偽が曖昧に。
また、結城がソウルメタルを操れた理由はもしかすれば彼自身の精神力が強いからとも考えています。
※実際は、ソウルメタルは誰でも持つことができるように制限されています。
ただし、重量自体は通常の剣より重く、魔戒騎士や強靭な精神の持主でなければ、扱い辛いものになります。
※時空魔法陣の管理権限の準対象者となりました(結城の死亡時に管理ができます)。
※首輪は解除されました。
※バラゴは鋼牙が倒したのだと考えています。
※第三回放送の制限解除により、魔導馬の召喚が可能になりました。
※魔戒騎士の鎧は、通常の場所では99.9秒しか召喚できませんが、三途の池や魔女の結界内では永続使用も問題ありません。
※魔女の真実を知りました。

【レイジングハート・エクセリオン@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、娘溺泉の力で人間化、ダミーメモリで黄金騎士ガロに変身中
[装備]:T2ダミーメモリ@仮面ライダーW、稲妻電光剣@仮面ライダーSPIRITS、魔導輪ザルバ@牙狼
[道具]:支給品一式×6(ゆり、源太、ヴィヴィオ、乱馬、いつき(食料と水を少し消費)、アインハルト(食料と水を少し消費))、ほむらの制服の袖、マッハキャリバー(待機状態・破損有(使用可能な程度))@魔法少女リリカルなのはシリーズ、リボルバーナックル(両手・収納中)@魔法少女リリカルなのはシリーズ、ゆりのランダムアイテム0〜2個、乱馬のランダムアイテム0〜2個、山千拳の秘伝書@らんま1/2、水とお湯の入ったポット1つずつ、ライディングボード@魔法少女リリカルなのはシリーズ、ガイアメモリに関するポスター×3、『太陽』のタロットカード、大道克己のナイフ@仮面ライダーW、春眠香の説明書、ガイアメモリに関するポスター 、バラゴのペンダント、ボチャードピストル(0/8)、顔を変容させる秘薬、ファックスで届いたゴハットのシナリオ原稿(ぐちゃぐちゃに丸められています)
[思考]
基本:悪を倒す。
0:暗黒騎士キバを倒す。
1:零とは今後も協力する。
2:ケーキが食べたい。
[備考]
※娘溺泉の力で女性の姿に変身しました。お湯をかけると元のデバイスの形に戻ります。
※ダミーメモリによって、レイジングハート自身が既知の人物や物体に変身し、能力を使用する事ができます。ただし、レイジングハート自身が知らない技は使用する事ができません。
※ダミーメモリの力で攻撃や防御を除く特殊能力が使えるは不明です(ユーノの回復等)。
※鋼牙と零に対する誤解は解けました。

149White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:40:28 ID:KyLliesc0

【沖一也@仮面ライダーSPIRITS】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、強い決意、首輪解除、仮面ライダースーパー1に変身中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(食料と水を少し消費)、ランダム支給品0〜2、ガイアメモリに関するポスター、お菓子・薬・飲み物少々、D-BOY FILE@宇宙の騎士テッカマンブレード、杏子の書置き(握りつぶされてます) 、祈里の首輪の残骸
[思考]
基本:殺し合いを防ぎ、加頭を倒す
0:暗黒騎士キバを倒す
1:ドウコクに映像を何とか誤魔化す。というか、ドウコクの対処をする。
2:本郷猛の遺志を継いで、仮面ライダーとして人類を護る。
3:仮面ライダーZXか…。
[備考]
※参戦時期は第1部最終話(3巻終了後)終了直後です。
※一文字からBADANや村雨についての説明を簡単に聞きました
※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました
※18時に市街地で一文字と合流する話になっています。
※ノーザが死んだ理由は本郷猛と相打ちになったかアクマロが裏切ったか、そのどちらかの可能性を推測しています。
※第二回放送のニードルのなぞなぞを解きました。そのため、警察署が危険であることを理解しています。
※警察署内での大規模な情報交換により、あらゆる参加者の詳細情報や禁止エリア、ボーナスに関する話を知りました。該当話(146話)の表を参照してください。
※ダークプリキュアは仮面ライダーエターナルと会っていると思っています。
※第三回放送指定の制限解除を受けました。彼の制限はレーダーハンドの使用と、パワーハンドの威力向上です。
※魔女の正体について、「ソウルジェムに秘められた魔法少女のエネルギーから発生した怪物」と杏子から伝えられています。魔法少女自身が魔女になるという事は一切知りません。←おそらく解決しました。

【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、苛立ち、凄まじい殺意、胴体に刺し傷
[装備]:昇竜抜山刀@侍戦隊シンケンジャー、降竜蓋世刀@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:大量のコンビニの酒
[思考]
基本:その時の気分で皆殺し
0:仕方がないので一也たちと協力して、目の前の敵を倒し、主催者を殺す。 もし11時までに動きがなければ一也を殺して参加者を10人まで減らす。
1:マンプクや加頭を殺す。
2:杏子や翔太郎なども後で殺す。ただし、マンプクたちを倒してから(11時までに問題が解決していなければ別)。
3:嘆きの海(忘却の海レーテ)に対する疑問。
[備考]
※第四十八幕以降からの参戦です。よって、水切れを起こしません。
※第三回放送後の制限解放によって、アクマロと自身の二の目の解放について聞きました。ただし、死ぬ気はないので特に気にしていません。

【暗黒騎士キバの鎧@牙狼】
[状態]:健康
[装備]:黒炎剣
[道具]:なし
[思考]
基本:銀牙騎士を殺す。


【備考】
※近くにリクシンキ@超光戦士シャンゼリオンが放置されていますが、暁が推理に夢中なので超光騎士として起動されず、使われていません。





150White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:40:51 ID:KyLliesc0



 杏子、ラブ、美希は、冴島邸の内部へと急ぎ、廊下を賭けて、やがて一つの部屋に辿り着いた。
 そこには、孤門やマミのほか、既に翔太郎、暁、石堀まで揃っている。
 この時、石堀がにやりと笑ったのを、誰も気づいてはいなかった。
 彼らの視線は、一人の男性と一人の女性に向けられていたのだから。

「────杏子」
「────兄ちゃん」

 最悪の別れをした二人が、いま再び、それぞれの試練を乗り越えて、あいまみえたのである。
 その瞬間、外で行われている戦いの事さえ、二人は忘れた。
 何となくの気まずさと嬉しさを感じながら、次に何を言おうかと考え、そして、二人は口を開いた。




【2日目 昼】
【E−5 冴島邸】

【涼村暁@超光戦士シャンゼリオン】
[状態]:疲労(小)、胸部に強いダメージ(応急処置済)、ダグバの死体が軽くトラウマ、脇腹に傷(応急処置済)、左頬に痛み、首輪解除
[装備]:シャンバイザー@超光戦士シャンゼリオン、モロトフ火炎手榴弾×3、恐竜ディスク@侍戦隊シンケンジャー、パワーストーン@超光戦士シャンゼリオン、呼べば来る便利な超光騎士(リクシンキ@超光戦士シャンゼリオン、クウレツキ@超光戦士シャンゼリオン、ホウジンキ@超光戦士シャンゼリオン)
[道具]:支給品一式×8(暁(ペットボトル一本消費)、一文字(食料一食分消費)、ミユキ、ダグバ、ほむら、祈里(食料と水はほむらの方に)、霧彦、黒岩)、首輪(ほむら)、姫矢の戦場写真@ウルトラマンネクサス、タカラガイの貝殻@ウルトラマンネクサス、スタンガン、ブレイクされたスカルメモリ、混ぜると危険な洗剤@魔法少女まどか☆マギカ、一条薫のライフル銃(10/10)@仮面ライダークウガ、のろいうさぎ@魔法少女リリカルなのはシリーズ、コブラージャのブロマイド×30@ハートキャッチプリキュア!、スーパーヒーローマニュアルⅡ、グロンギのトランプ@仮面ライダークウガ、ゴバットカード
[思考]
基本:加頭たちをブッ潰し、加頭たちの資金を奪ってパラダイス♪
0:暗号解こう。
1:石堀を警戒。石堀からラブを守る。表向きは信じているフリをする。
2:可愛い女の子を見つけたらまずはナンパ。
3:変なオタクヤロー(ゴハット)はいつかぶちのめす。
[備考]
※第2話「ノーテンキラキラ」途中(橘朱美と喧嘩になる前)からの参戦です。
つまりまだ黒岩省吾とは面識がありません(リクシンキ、ホウジンキ、クウレツキのことも知らない)。
※ほむら経由で魔法少女の事についてある程度聞きました。知り合いの名前は聞いていませんでしたが、凪(さやか情報)及び黒岩(マミ情報)との情報交換したことで概ね把握しました。その為、ほむらが助けたかったのがまどかだという事を把握しています。
※黒岩とは未来で出会う可能性があると石堀より聞きました。
※テッカマン同士の戦いによる爆発を目にしました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを知りました。
※森林でのガドルの放送を聞きました。
※第三回放送指定の制限解除を受けました。彼の制限は『スーパーヒーローマニュアル?』の入手です。
※リクシンキ、ホウジンキ、クウレツキとクリスタルステーションの事を知りました。
※結城丈二が一人でガドルに挑んだことを知りました。
※ゴハットがヴィヴィオを元の世界に返した事は知りましたが、口止めされているので死んだ事にしています。

151White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:41:05 ID:KyLliesc0

【左翔太郎@仮面ライダーW】
[状態]:疲労(極大)、ダメージ(大)、胸骨を骨折(身体を折り曲げると痛みます・応急処置済)、上半身に無数の痣(応急処置済)、照井と霧彦の死に対する悲しみと怒り、首輪解除、フィリップの死に対する放心状態と精神的ダメージ、切断された右腕に結城のアタッチメント移植
[装備]:カセットアーム&カセットアーム用アタッチメント六本+予備アタッチメント(パワーアーム、マシンガンアーム+硬化ムース弾、ロープアーム、オペレーションアーム、ドリルアーム、ネットアーム/カマアーム、スウィングアーム、オクトパスアーム、チェーンアーム、スモークアーム、カッターアーム、コントロールアーム、ファイヤーアーム、フリーザー・ショット・アーム) 、ロストドライバー@仮面ライダーW、ダブルドライバー(破壊)@仮面ライダーW、T2ガイアメモリ(サイクロン、アイスエイジ、支給品外ファング)@仮面ライダーW、犬捕獲用の拳銃@超光戦士シャンゼリオン、散華斑痕刀@侍戦隊シンケンジャー、スモークグレネード@現実×2、トライアクセラー@仮面ライダークウガ、京水のムチ@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式×11(翔太郎、スバル、ティアナ、井坂(食料残2/3)、アクマロ、流ノ介、なのは、本郷、まどか、鋼牙、)、ガイアメモリ(ジョーカー、メタル、トリガー、サイクロン、ルナ、ヒート)、ナスカメモリ(レベル3まで進化、使用自体は可能(但し必ずしも3に到達するわけではない))@仮面ライダーW、ガイアドライバー(フィルター機能破損、使用には問題なし) 、少々のお菓子、デンデンセンサー@仮面ライダーW、支給品外T2ガイアメモリ(ロケット、ユニコーン、アクセル、クイーン)、ふうとくんキーホルダー@仮面ライダーW、霧彦のスカーフ@仮面ライダーW、須藤兄妹の絵@仮面ライダーW、霧彦の書置き、スタッグフォン+スタッグメモリ(通信機能回復)@仮面ライダーW、スパイダーショック+スパイダーメモリ@仮面ライダーW、まねきねこ@侍戦隊シンケンジャー、evil tail@仮面ライダーW、エクストリームメモリ(破壊)@仮面ライダーW、ファングメモリ(破壊)@仮面ライダーW、首輪のパーツ(カバーや制限装置、各コードなど(パンスト、三影、冴子、結城、零、翔太郎、フィリップ、つぼみ、良牙、鋼牙、孤門、美希、ヴィヴィオ、杏子、姫矢))、首輪の構造を描いたA4用紙数枚(一部の結城の考察が書いてあるかもしれません)、東せつなのタロットカード(「正義」、「塔」、「太陽」、「月」、「皇帝」、「審判」を除く)@フレッシュプリキュア!、ルビスの魔剣@牙狼、鷹麟の矢@牙狼、ランダム支給品1〜4(鋼牙1〜3、村雨0〜1)、翔太郎の右腕
[思考]
基本:俺は仮面ライダーだ。
0:暗号を解く。
1:杏子に謝る。
[備考]
※参戦時期はTV本編終了後です。
※他世界の情報についてある程度知りました。
(何をどの程度知ったかは後続の書き手さんに任せます)
※魔法少女の真実(魔女化)を知りました。
※第三回放送指定の制限解除を受けました。彼の制限はフィリップ、ファングメモリ、エクストリームメモリの解放です。これによりファングジョーカー、サイクロンジョーカーエクストリームへの変身が可能となりました。
※ダブルドライバーが破壊されました。また、フィリップが死亡したため、仮にダブルドライバーが修復されても変身はできません。
※仮面ライダージョーカーとして変身した際、右腕でライダーマンのアタッチメントが使えます。

152White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:41:20 ID:KyLliesc0

【石堀光彦@ウルトラマンネクサス】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、首輪解除
[装備]:Kar98k(korrosion弾7/8)@仮面ライダーSPIRITS、アクセルドライバー+ガイアメモリ(アクセル、トライアル)+ガイアメモリ強化アダプター@仮面ライダーW、エンジンブレード+エンジンメモリ@仮面ライダーW 、コルトパイソン+執行実包(6/6)
[道具]:支給品一式×6(石堀、ガドル、ユーノ、凪、照井、フェイト)、メモレイサー@ウルトラマンネクサス、110のシャンプー@らんま1/2、ガイアメモリ説明書、.357マグナム弾(執行実包×10、神経断裂弾@仮面ライダークウガ×2)、テッククリスタル(レイピア)@宇宙の騎士テッカマンブレード、イングラムM10@現実?、火炎杖@らんま1/2、血のついた毛布、反転宝珠@らんま1/2、キュアブロッサムとキュアマリンのコスプレ衣装@ハートキャッチプリキュア!、スタンガン、『風都 仕置人疾る』@仮面ライダーW、蛮刀毒泡沫@侍戦隊シンケンジャー、暁が図書室からかっぱらってきた本、スシチェンジャー@侍戦隊シンケンジャー
[思考]
基本:今は「石堀光彦」として行動する。
0:蒼乃美希……。
1:「あいつ(蒼乃美希)」を見つけた。そして、共にレーテに向かい、光を奪う。
2:周囲を利用し、加頭を倒し元の世界に戻る。
3:都合の悪い記憶はメモレイサーで消去する
4:加頭の「願いを叶える」という言葉が信用できるとわかった場合は……。
5:クローバーボックスに警戒。
[備考]
※参戦時期は姫矢編の後半ごろ。
※今の彼にダークザギへの変身能力があるかは不明です(原作ではネクサスの光を変換する必要があります)。
※ハトプリ勢、およびフレプリ勢についてプリキュア関連の秘密も含めて聞きました。
※良牙が発した気柱を目撃しています。
※つぼみからプリキュア、砂漠の使徒、サラマンダー男爵について聞きました。
※殺し合いの技術提供にTLTが関わっている可能性を考えています。
※テッカマン同士の戦いによる爆発を目にしました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを知りました。
※森林でのガドルの放送を聞きました。
※TLTが何者かに乗っ取られてしまった可能性を考えています。
※第三回放送指定の制限解除を受けました。予知能力の使用が可能です。
※予知能力は、一度使うたびに二時間使用できなくなります。また、主催に著しく不利益な予知は使用できません。
※予知能力で、デュナミストが「蒼乃美希」の手に渡る事を知りました。
※結城丈二が一人でガドルに挑んだことを知りました。

【孤門一輝@ウルトラマンネクサス】
[状態]:ダメージ(大)、ナイトレイダーの制服を着用、精神的疲労、「ガイアセイバーズ」リーダー、首輪解除
[装備]:ディバイトランチャー@ウルトラマンネクサス
[道具]:支給品一式(食料と水を少し消費)、ランダム支給品0〜2(戦闘に使えるものがない)、リコちゃん人形@仮面ライダーW、ガイアメモリに関するポスター×3、ガンバルクイナ君@ウルトラマンネクサス、ショドウフォン(レッド)@侍戦隊シンケンジャー
[思考]
基本:殺し合いには乗らない
1:みんなを何としてでも保護し、この島から脱出する。
2:ガイアセイバーズのリーダーとしての責任を果たす。
[備考]
※溝呂木が死亡した後からの参戦です(石堀の正体がダークザギであることは知りません)。
※パラレルワールドの存在を聞いたことで、溝呂木がまだダークメフィストであった頃の世界から来ていると推測しています。
※警察署の屋上で魔法陣、トレーニングルームでパワードスーツ(ソルテッカマン2号機)を発見しました。
※警察署内での大規模な情報交換により、あらゆる参加者の詳細情報や禁止エリア、ボーナスに関する話を知りました。該当話(146話)の表を参照してください。
※魔法少女の真実について教えられました。

153White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:41:38 ID:KyLliesc0

【桃園ラブ@フレッシュプリキュア!】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、左肩に痛み、精神的疲労(小)、決意、眠気、首輪解除
[装備]:リンクルン@フレッシュプリキュア!
[道具]:支給品一式×2(食料少消費)、カオルちゃん特製のドーナツ(少し減っている)@フレッシュプリキュア!、毛布×1@現実、ペットボトルに入った紅茶@現実、巴マミの首輪、工具箱、黒い炎と黄金の風@牙狼─GARO─、クローバーボックス@フレッシュプリキュア!、暁からのラブレター
基本:誰も犠牲にしたりしない、みんなの幸せを守る。
1:みんなの明日を守るために戦う。
2:犠牲にされた人達のぶんまで生きる。
3:どうして、サラマンダー男爵が……?
4:後で暁さんから事情を聞いてみる。
[備考]
※本編終了後からの参戦です。
※花咲つぼみ、来海えりか、明堂院いつき、月影ゆりの存在を知っています。
※クモジャキーとダークプリキュアに関しては詳しい所までは知りません。
※加頭順の背後にフュージョン、ボトム、ブラックホールのような存在がいると考えています。
※放送で現れたサラマンダー男爵は偽者だと考えています。
※第三回放送で指定された制限はなかった模様です。
※暁からのラブレターを読んだことで、石堀に対して疑心を抱いています。
※結城丈二が一人でガドルに挑んだことを知りました。
※魔法少女の真実について教えられました。

【蒼乃美希@フレッシュプリキュア!】
[状態]:ダメージ(中)、祈里やせつなの死に怒り 、精神的疲労、首輪解除、ネクサスの光継承
[装備]:リンクルン(ベリー)@フレッシュプリキュア!、エボルトラスター@ウルトラマンネクサス、ブラストショット@ウルトラマンネクサス
[道具]:支給品一式((食料と水を少し消費+ペットボトル一本消費)、シンヤのマイクロレコーダー@宇宙の騎士テッカマンブレード、双ディスク@侍戦隊シンケンジャー、ガイアメモリに関するポスター、杏子からの500円硬貨
[思考]
基本:こんな馬鹿げた戦いに乗るつもりはない。
1:ガイアセイバーズ全員での殺し合いからの脱出。
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3冒頭で、ファッションショーを見ているシーンからの参戦です。
※その為、ブラックホールに関する出来事は知りませんが、いつきから聞きました。
※放送を聞いたときに戦闘したため、第二回放送をおぼろげにしか聞いていません。
※聞き逃した第二回放送についてや、乱馬関連の出来事を知りました。
※警察署内での大規模な情報交換により、あらゆる参加者の詳細情報や禁止エリア、ボーナスに関する話を知りました。該当話(146話)の表を参照してください。
※魔女の正体について、「ソウルジェムに秘められた魔法少女のエネルギーから発生した怪物」と杏子から伝えられています。魔法少女自身が魔女になるという事は一切知りません。

154White page(後編) ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:41:52 ID:KyLliesc0

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、ソウルジェムの濁り(中)、腹部・胸部に赤い斬り痕(出血などはしていません)、ユーノとフェイトを見捨てた事に対して複雑な感情、せつなの死への悲しみ、ドウコクへの怒り、真実を知ったことによるショック(大分解消) 、首輪解除、睡眠?
[装備]:ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品一式×3(杏子、せつな、姫矢)、リンクルン(パッション)@フレッシュプリキュア!、乱馬の左腕、ランダム支給品0〜1(せつな) 、美希からのシュークリーム、バルディッシュ(待機状態、破損中)@魔法少女リリカルなのは
[思考]
基本:姫矢の力を継ぎ、魔女になる瞬間まで翔太郎とともに人の助けになる。
1:翔太郎達と協力する。
2:フィリップ…。
3:翔太郎への僅かな怒り。
[備考]
※参戦時期は6話終了後です。
※首輪は首にではなくソウルジェムに巻かれています。
※左翔太郎、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライアの姿を、かつての自分自身と被らせています。
※殺し合いの裏にキュゥべえがいる可能性を考えています。
※アカルンに認められました。プリキュアへの変身はできるかわかりませんが、少なくとも瞬間移動は使えるようです。
※瞬間移動は、1人の限界が1キロ以内です。2人だとその半分、3人だと1/3…と減少します(参加者以外は数に入りません)。短距離での連続移動は問題ありませんが、長距離での連続移動はだんだん距離が短くなります。
※彼女のジュネッスは、パッションレッドのジュネッスです。技はほぼ姫矢のジュネッスと変わらず、ジュネッスキックを応用した一人ジョーカーエクストリームなどを自力で学習しています。
※第三回放送指定のボーナスにより、魔女化の真実について知りました。

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:身体的には健康、キルンの力で精神と肉体を結合
[装備]:なし
[道具]:リンクルン(パイン)@フレッシュプリキュア!
[思考]
基本:ゲームの終了を見守る
[備考]
※参戦時期は3話の死亡直前です。
※魔女化から救済されましたが、肉体と精神の融合はソウルジェムではなくリンクルンによって行われています。リンクルンが破壊されると危険です。

【外道シンケンレッド@天装戦隊ゴセイジャーVSシンケンジャー エピックon銀幕】
[状態]:健康
[装備]:烈火大斬刀@侍戦隊シンケンジャー、モウギュウバズーカ@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:なし
[思考]
基本:外道衆の総大将である血祭ドウコクに従う。
1:彼らの監視。
[備考]
※外見は「ゴセイジャーVSシンケンジャー」に出てくる物とほぼ同じです。
※これは丈瑠自身というわけではありませんが、はぐれ外道衆なので、二の目はありません。

155 ◆gry038wOvE:2014/08/22(金) 21:42:31 ID:KyLliesc0
以上で投下終了します。
矛盾とか、なんか抜け落ちてる情報とかあったらお願いします。

156名無しさん:2014/08/22(金) 22:01:27 ID:2BF9ZdgU0
投下乙です。
さやかはやり直せると思ったけど、まさかこんな無常な結末を迎えてしまうとは……それでも、つぼみを守れたのは救いでしたね。
あかねとの戦い、そして暗黒騎士キバとの戦いに突入する中、ザギさんは何かよからぬことをやらかしそうな予感します。
真実を知る暁とラブには頑張って欲しいですね!

157名無しさん:2014/08/23(土) 07:19:00 ID:KKvodhdA0
投下乙です
あかねがここまで堕ちてしまうとは…良牙も決別を決めちゃったしもう救いは無いのか
ってか地味に美希がピンチだな

158名無しさん:2014/08/23(土) 11:17:55 ID:FJXekyS.0
投下乙
次回が絶望しかない…!

159名無しさん:2014/08/23(土) 18:13:59 ID:qoWZWJl2O
投下乙です。

>桃園ラブと花咲つぼみなら、花咲つぼみ。
>巴マミと暁美ほむらなら、暁美ほむら。
>島の中で彼女たちの胸に飛び込みなさい
無い方、って事か?
雀のお宿の葛篭みたい。

160名無しさん:2014/08/23(土) 18:42:58 ID:mi7idS460
投下乙です

あかねはなあ…
コメディ漫画のキャラが…でもこれがパロロワだ
そしてザギさんがとうとうやらかすのか?

161名無しさん:2014/08/24(日) 00:40:15 ID:tiPzXlgI0
投下乙です。
徐々に集結する中、暗黒騎士戦とザギの問題、バットショットが見た衝撃映像、迫るタイムリミット、暗号に挑む探偵(と書いてバカと読む)2人の一方、
遂にエターナルvs黒クウガという夢のバトルが……というには余りにも悲しすぎる戦いが……いやぁまさかラストマーダーになってそれに相応しいラスボスクラスになるとは思わなかったわ。
一応黒クウガはダグバクラスのチート(しかも獅子咆哮弾を普通に使う辺り恐らくらんま世界の必殺技は素で使用可能)……これにたった2人だけで対処出来るのだろうか……
小説版の状況だったらともかく、今回はそもそも踏みとどまる意志すらないからなぁ……実際、まどマギ系の魔女と違い本人の意志自体もはや皆殺しするつもりなのが……
良牙も遂に覚悟完了した以上、この悲しい結末を変えられるとしたら……つぼみが何とか出来るのか……?
で、前回救われたと思ったらあっさり退場したさやかだったけど……よくよく考えて見たら、書き手氏の当初の予定では先の投下分の段階で今回分(あるいは次回分辺りまで)の内容も投下されている筈だったから……
実は救われたけど(wiki上では別話扱いになるだろうけど)、同一投下内で退場される筈だったんだよなぁ。短い夢だった……

162名無しさん:2014/08/26(火) 02:26:50 ID:XxqWTda20
ネタバレ参加者名簿にて、巴マミの表記を生存にし(ただし死亡話へのジャンプは可能な状態)、アクマロとさやかの2度目の死亡話へのジャンプページを作りました

164 ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:25:12 ID:4VrrmyR20
二回くらい予約破棄しちゃって申し訳ないパートですが、今回ようやく書き終えたので投下します。

165らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:30:07 ID:4VrrmyR20



 響良牙と天道あかねのファーストコンタクトは最悪であった。

 あれは良牙が早乙女乱馬を追って、風林館高校に乗りこんだ時の話である。
 この時の戦いは、今思い返してみれば、子供の喧嘩という次元の物だ。あの時の乱馬程度ならば小指で倒せるほど、良牙の腕は上達している。逆もまた然りだ。乱馬が生きていたならば、あの頃の良牙を触れもせずに倒せたかもしれない。
 とにかく、それでも当時はいっぱしの格闘家のつもりで戦い、校庭にあるあらゆる物を破壊しながら戦った。全ては、自分の体が子豚に変じた恨みから──。

 しかし、ある悲劇が起こるとともに、良牙にとってあかねの存在は忘れられぬ物になったのだった。
 乱馬との戦いの中で、良牙の攻撃が一人の女生徒の髪に触れ、ロングヘアの似合うその少女は髪の半分以上をばっさりと切り落とす事になってしまった。自分の髪がはらりと落ちていく現実に呆然としながら、怒りに任せて良牙を殴ったあの少女こそ、天道あかねであった。
 あの時の事は、あかねはもう忘れたかもしれない。──水に流し、むしろ吹っ切れたと思って、あの時の事を良い思い出にしているのは、良牙も知らぬ話である。

 良牙に、悪意はなかった。その美しい黒髪が地に落とされ、周囲の女子生徒に責められた時、良牙の胸はただ強い後悔でいっぱいだったのだ。一秒前の事を戻したい、とついベタな事を考えたり、どう謝ればいいのかわからずに見せかけの潔さで殴られたりもした。
 乱馬への憎悪が周囲を巻き込んだ行為に及んでしまった結果が、あかねの斬髪だ。──良牙も流石にこれを悔み、今日までずっと後悔し続けていたのだった。
 そして、生涯忘れられない最悪の出会いとして記憶に残った。

 その時はまだ、あかねの事を乱馬の友人、あるいは彼の恋人としか認識していなかったが、やがて交流を繰り返す中で、良牙にとってのその少女の意味は確かに変わっていく。
 醜い豚になって彷徨っていた自分を最初に愛しく抱きしめた博愛を、良牙は決して忘れない。あれから、何度となく天道あかねという少女のやさしさと笑顔が良牙の心を満たしただろう。
 これまで迷いと憎しみと孤独と戦いにだけ生きた、空っぽの男の初恋であった。

 あの時生まれた初々しい恋は今も冷めてはいない。
 しかし──。

 彼女は、誰かを強く愛していた。愛しすぎていたといってもいい。そして、そんな彼女の想いは、形を変えた。
 一人の男の命を守るために、その男の誇りを穢し、愛さない誰かを殺した。やがて自分の意思さえも奪われるほどに力を欲し、いつの間にか目的さえもわからない存在に侵されてしまった。
 今、そんなあかねが目の前にいる。
 良牙はそれを「天道あかね」とは思わなかった。



(────おれが好きだったのは、あのやさしいあなたなんだ)



 先ほど、前を向いて罪を償おうとした少女の命があかねによって奪われるのを、良牙は目の当りにしたのだ。そのさやかという少女が罪を悔い改め、生きていくのなら、あかねもまた同じように生きていける──そう思っていた。

 だが、良牙が目撃したあかねは、あかねでありながら、あかねではなかったのだ。
 そこにあかねの原型はなかった。言うならば、悪の力に侵された怪物だった。
 五代雄介や一条薫が変身した「クウガ」にも似ているが、その能力が完全に暴走し、自我を奪われた姿であった。あのガドルたちと同じく、破壊と殺傷の衝動が脳にまで達した獣と言ってもいいかもしれない。
 そんなあかねを前に、良牙は個人的な不快感を覚えた。

 この場で誰かの命が奪われるのを良牙は何度も見てきたが、その時、常に良牙は「殺す側」への憎しみを抱いてきた。
 良牙は別に立派な正義感を持った人間ではなかったし、力が強いながらそれを何の為にも使おうとせず、自由に生きるだけの気ままな精神の男だったが、人の命を奪う行為が許せないのは、社会で生きてきて誰も抱く良心だった。
 その、日常の中で最も遠いはずの行為を、日常を共にしてきた少女の体で「誰か」──あるいは「何か」──が行った不快感。

166らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:30:40 ID:4VrrmyR20

 戦うしかない。
 いや、倒すしかない。

 目の前の獣は、決して万全ではなく、一方で良牙は万全な状態である。
 敵は一見すると鋭い瞳でこちらを見ていた。
 しかしそれは、獰猛な牙を剥き出してこちらを威嚇している、手負いの獣だった。
 これを撃退するのは、戦いではない。
 良牙が元来、最も嫌った「弱い者いじめ」という行為であった。
 しかし、良牙はこの時、初めてその最低な行為をやろうとしていた。

「獅子、咆哮弾ッッッッ!!!!!!!」

 二つの獅子咆哮弾が衝突するのは、その直後の事であった。
 仮面ライダーエターナル。
 悪魔を前に人の心を喪った戦士の姿を借りて戦うのが、今ほど似合う時もない。

 それは、人間を悪魔と決めつけ、無情な死の兵士と変わった時の仮面ライダーエターナルに、少しだけ良牙が近づいているようにも見えた。







 激しく、心が動いた。
 本能的に記憶から引き出されたのは、「獅子咆哮弾」という技。
 それをどこかで見た。
 しかし、天道あかねは思い出せなかった。
 内在する意思と本能が目の前の白い死神に向けて、強く反応する。

 ──目の前の敵を倒してはいけない。
 ──倒せ。
 ──殺してはいけない。
 ──殺せ。
 ──駄目。
 ──戦え。

 そのシグナルが点滅しているが、アークルのベルトの力に飲み込まれたあかねの意思はまたすぐに消え去った。ベルトの仕業か、あかね自身の膨らんだ憎悪かはわからないが、そのどす黒い意思は、戦いのときだけ素体の記憶を閲覧し、「対処」を実行する。
 今の獅子咆哮弾という技についても、素体に見覚えがある事をいち早く判断し、そこから引き出した情報で対処を決めたのだろう。同様の技を使う事ができると判断すると、迷う事なく「獅子咆哮弾」を放っただけだった。
 その一瞬にだけ微かに引き戻されるあかねの自意識は、自分の記憶の中からも引きだせないような小さな反抗を繰り返していた。
 しかし、その僅かな意思を狂気が捻じ伏せる。

「……ッ」

 プロトクウガの手は、手近な木を見つけて、そこに腕を突き刺す。指先だけで穴を開けると、そこに掌を捻じ込んだのだ。

 何をするのかと思えば、そこに物質変換能力を発動したのである。
 一本の木は、その行為によって巨大な「破壊の樹」となった。ライジングドラゴンロッドが十メートル余の巨大武器になったような形状の物体である。
 重量も数トンにまで達したであろうそれを、エターナルに向けて押し倒すようにして振り下ろす。自らの上に影を作るそれが落ちてくるのは、受け手側にとっても、まるで巨塔が倒れてくるような圧迫感だっただろう。
 べりっ、ばきっ、ぐしゃ。
 自分の身を守るはずであった頭上の樹冠も、まるですり抜けるように落ちていく──エターナルは驚いただろう。先端はよほど鋭い刃に変形していたらしい。
 「破壊の樹」がエターナルの頭上に迫り、残すところ一メートルまで接近した。

「くっ……!」

──Zone Maximum Drive!!──

 即座にゾーンメモリをマキシマムスロットへと装填したエターナルは、すぐにその場から姿を消す。振り下ろされた「破壊の樹」は不発に終わる。
 クウガは腰のあたりまで「破壊の樹」をおろし、そのまま数秒、状況を判断した。
 回避される程度ならまだ予測できる範囲内だったようで、次の行動に移る。

167らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:31:18 ID:4VrrmyR20
 プロトクウガがその場に「破壊の樹」を持ったまま、反時計周りに回転したのだ。彼女の体を軸に、「破壊の樹」が円を描いた。周囲の木々は、音を立ててなぎ倒されていく。それによって倒れた木がまた円の外を押し潰し、円の半径の外まで破壊する。
 轟音。
 時に爆ぜるようにして木が破壊される。プロトクウガはエターナルの逃げ場を潰した。

「……」

 あっという間に、半径十メートルから二十メートルほどが、音を立てて全壊した。
 対象は一人だが、エターナルが姿を消したであろう範囲内は軒並み叩き潰されていった。ごく小さな対象を狙うにも、周囲全体を破壊するほどに、その衝動は止む事を知らない。
 彼の周囲にいたあの中学生ほどの女性──花咲つぼみ──も巻き添えだろうか。

 いずれにせよ、半径十メートルは確実に潰したし、敵はどこへも逃げられないだろう。
 少なくとも、周囲を崩した程度でエターナルが死ぬはずはない。──感覚を研ぎ澄まし、周囲を察知する能力は長けているが、今はわざわざそれを使うまでもなかった。
 相手が来ない内は、アークルが発揮できる能力は全て自己再生に回す。
 回復を行うと共に、軽く周囲を見回す。

「……ッ」

 そうして一瞬で周囲の物体を破壊せしめたプロトクウガは、まず自分の疲労感を拭うべく、荒い息を整えた。
 無為に息を吸ったり吐いたりするほど疲労困憊というわけではないので、ともかくは一定の速度でアークルの回復が及んでいるのだ。戦闘さえしなければもう少し回復が望める。
 敵の力量に対し、こちらの体力は思った以上に低かった。

 「破壊の樹」をまた一度、元の物質に変換し、プロトクウガは周囲を見渡す。
 大分見晴もよくなると同時に、自身の武器の原材料が非常に手に取りやすくなっている。

 エターナルがどこから来ても、臨戦態勢は十分に整っていた。







 ──エターナルが四つん這いになって花咲つぼみを押し倒している。
 ……と、書くと邪推をされる光景であるかもしれないが、決して邪なシチュエーションではなかった。

 エターナルの背中には、倒れかかった大木が圧し掛かっていた。
 ゾーンのメモリが転送したのは、ここにいる少女──花咲つぼみの傍らだったのである。
 幸いにも良牙は、今度こそはゾーンメモリの盤面を間違えなかった。

(ふぅ……こっちも間一髪だったぜ)

 あの巨大な「破壊の樹」という武器が及ぼすであろう被害を良牙は予期した。
 あれだけの長さと横幅で周囲の木々を巻き込まないわけもなく、まだそう遠くへと逃げ出す準備の行き届いていなかったつぼみは危険地帯の最中だ。

 彼が感じた不安は当たっていた。
 つぼみの真上に、丁度見上げる木々の一つがあった。辛うじてエターナルはつぼみの周囲に転送され、彼女を庇う事ができた。
 体制を少し整えるだけの時間はなかったが、それどころではないし、良牙の脳裏にやましいシチュエーションを想起させるだけの余裕はなかった。確かなのは、一人救えた安心感が胸に宿っている事だ。

「────くっ」

 だが。
 今、生者を助ける事ができても、死者は叶わなかった事に気づいた。
 ひとたび安心したはずだったエターナルの両眼は、不愉快な映像を捉えたのだ。
 知っている少女の右腕が、地面に寝転ぶ木の真下から突き出されていた。美樹さやかの遺体が、巨木の幹に潰されているのだろう。
 つぼみの視界からはそれは見えないだろうが、当然ながら見ない方がいい物体だ。
 その不快感は怒りとなったが、それを悟られないように感情を飲み込んだ。

「──つぼみ。怪我はないか?」

 エターナルは一つ、かすれたような小さな声で、外に感づかれないよう、つぼみに問うた。

168らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:31:53 ID:4VrrmyR20
 早くも土埃がつぼみの頬や髪を穢しているのが見えた。クウガの実力が、殆ど五代や一条とはけた違いと言っていい被害を出しているのに、エターナルは焦燥した。
 生身のままだったつぼみに被害がないか、エターナルは今一度確認したかったのだ。
 エターナルはつぼみの全身を覆えたわけではない。つぼみの真上に落ちてくるはずだった大木のひとつを背負っているだけだ。下半身に被害がないか、それは彼の視界では見えない。

「はい。私は、……大丈夫です」

 主語の後に少しだけ嘆息するような間を開けて、彼女は言った。どこか気を使ったように自信なさげな解答である。ある決着への戸惑いもあるようだ。
 良牙も、つぼみとの付き合いが一日だけとはいえ、もう何となくつぼみの言いたい事はすぐにわかった。

 私は、とあくまで自分を指した解答をしたのは、他に三人、つぼみが良牙と同様の質問をしたい相手がいるからに違いない。
 一人は、響良牙。彼自身のポテンシャルの高さからしても木一本落ちてくるくらいは訳もない。それに加えて、エターナルの防御力の高さやエターナルローブによる衝撃吸収で、ほとんどダメージなどゼロ同然である。
 もう一人は、美樹さやか。今、まさに遺体が残酷に消えた事実だけ目の当りにしたばかりで、口にできなかった。
 そして、天道あかねだろう。

「……良かった」

 安心したようには言えず、どこかぶっきらぼうにエターナルは言った。
 良牙の脳内を何か別の事が支配しているからだろう。確かに安心感はあったが、言葉にその感情は乗らなかった。
 つぼみが何か問うのを予め阻止したいようにも見える。さやかとあかねに関する話をしたいとは思わなかった。

「良牙さん、あかねさんは──!」
「やめてくれ」
「でも、良牙さんはあの人を助ける事をずっと──」
「もう考えたくない!」

 考えたくないと言いつつも、良牙の思考はそれ一つに支配されているのが真実だった。
 自分が人間として下せる判断は、殺害が適切か、救済が適切か──。
 その二つの選択肢の内、良牙は前者を選んだ。
 一方で、つぼみが選択し、薦めるのは後者だろう。
 つぼみも、友人をこんなにも残酷に殺した人間に対して、許せない気持ちもある。いや、むしろいくら彼女であれ、そんな憎悪が大部分を占めているはずだ。しかし、それ以上に、良牙がこれから人を殺そうとする事に対する抵抗が、つぼみの語調に感じられた。
 比較的落ち着いているのも、つぼみ自身もそれなりに複雑な心境である証に見えた。

「……でも、まだいくらでも道があると思います。さやかだって、本当なら悔い改めようと……」
「そのさやかを殺したのが、他でもないあかねさんだ」

 当の良牙の言葉には堪えきれない激情が含まれている。
 これは、ごくごく個人的な怒りと憎しみであった。人が人を殺すと決めた時に、最も人間らしい理由かもしれない。
 少なくとも、ある種の正義の為という気持ちではなかった。あかねを野に放って犠牲を出す事を予め阻止する為に殺す──という、大義名分はなく、ただあかねの存在を消したいほどの恨みが自分の中に駆け巡るのを良牙は感じたのだった。

「俺はあかねさんを殺すと決めた」

 可愛さ余って憎さ百倍、とはいうが、純情な良牙にはこれまでその意味もわからなかっただろう。
 しかし、自分があかねを好きだった理由を──そして、自分が思い描いていたあかねの事を思い出した時、それを裏切られた気分になり、その言葉の意味を知った。
 そして、その時、どうしようもなく憎くなったのだ。勝手な理想を抱いて、それを裏切られた時に憎む──一見すると、独りよがりに見えるかもしれないが、この年頃の人間であれば全く仕方のない話かもしれない。

 彼は、それが断罪ですらないただの憂さ晴らしの殺害だと知りながら、それでも実行に移そうとしていた。
 まだ恋は冷めていないはずだが──あかねを獲得したい想いがあるが、それでも何故かあかねを消してしまいたい。
 そんな感情が己の中にあると確信できる。
 まだつぼみやさやかに対して「守りたい」という想いがあるだけ、自分の心がきわめて正常である事に、少しは安心しているが、その一方で不安な心持でもある。──一人恨めば、やがて感情はエスカレートするかもしれない、と。

169らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:32:16 ID:4VrrmyR20

「あかねさんはもっと強くて優しい人だった。でも、もうそんな人はどこにもいない。これから俺がどれだけ探しても、もう見つからないだろう」
「……」
「思い出すだけで切なくなるぜ。だが、同時にあの人を消さないと晴れないくらいの憎しみも渦巻いてる。あの人を殺したい。……だから、全部終わっちまったら、つぼみが知る俺ももう、どこにもいなくなっちまうかもしれねえな」

 つぼみには、何と返せば良いのかさえわからない迫力だった。
 顔と顔の距離感は、仮にもしエターナルが仮面をしなければ息もかかるほど近い。
 それでも良牙の表情は仮面に隠れて見えない。だからこそ、余計に良牙の本心がわからずにつぼみは戸惑う。戦いを極めた男が、強い憎しみから本気の殺し合いをする時、そこにあるのは何なのか──つぼみの経験ではまだ探れない。
 今までも良牙は闘争心に満ち溢れた男である事をうっすらと見せていたが、「敵を確実に殺す為」にその力を使おうとする凶暴な彼の姿は、つぼみもまだ見てはいなかった。

「まあいい。つぼみ、お前はひとまず逃げろ」

 ──Zone──

 つぼみの腕に向けて、一つのガイアメモリが差し向けられていた。
 この狭苦しい状況から脱する方法は一つしかないとエターナルが判断したのだ。
 エターナルが木を持ち上げて姿を現そうものなら一瞬で居場所が知られるだろう。つぼみを遠くに逃がすならば、ここでつぼみの姿をゾーンドーパントへと変身させて、自力で転送して遠くへ行ってもらうという方法を使うのがいい。
 ゾーンは数十センチ程度の体躯で、自由に空を舞う事も可能になるメモリだ。その上、任意の場所にワープもできる。
 強引にエターナルがゾーンメモリをつぼみに挿すと、つぼみの体はすぐに小さな円錐の怪物になった。見られればお嫁にいけないほどの無様な恰好だが、そうこう言っていられる状況ではない。
 エターナルとしては、早々にこの場からは立ち去って欲しい一念である。

「──」
「あかねさんはもう死んだ……。そういう事にした方が、誰にとっても都合が良いんだ。きっと、俺にとっても、あかねさんにとっても」

 エターナルが背中の木を持ち上げると、すぐにクウガと目が合う事になった。
 ゾーンドーパントは、なんとかそこから這い出して空中に行き、エターナルの背中を見つめると、さよならも言えないままにそこから姿を消した。

(──)

 つぼみは、エターナルの背中に何かを察した。







 認識。
 プロトクウガは、木々の残骸がばら撒かれたこの場所から、一人の敵が這い出てくるのを確認した。
 戦闘行動を実施する。──本能に赴いて、プロトクウガは吼えた。

「ウグォォァァァァァァァッ」

 プロトクウガは、再度足元の木々を拾い上げると、アークルからモーフィングパワーを注ぎ込み、物質変換能力を発動させる。「破壊の樹」となったそれはエターナルの姿を狙って、再度爆発的なエネルギーを貯蔵し、吐き出した。
 先端から雷が発射されると、その光は一瞬でエターナルの体の元へと辿り着く。
 先ほどは、ただ振るうだけだったが、こうした応用も効くのか──。
 ローブを纏う暇もなく、エターナルの前面にそれは直撃する。

「ぐぁっ……!」

 流石のエターナルの全身に渡る電撃。勿論、これが痛みを伴わないわけはなかった。
 体の節でショートした電撃に倒れて、エターナルも一度全身の力が抜け落ちていくのを感じた。
 筋を一度緊張させて、再びそれが戻されたのだ。眼球も強い光によって一度その機能を停止している。

170らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:32:36 ID:4VrrmyR20

「はああああっ!!」

 そして、目の前の怪物から「あかね」の声がふと聞こえるとともに、真っ白になった視界に追い打ちが入った。
 プロトクウガはエターナルまでの距離を縮め、エターナルの顔面に拳を突きだした。左の頬から伝ったその拳の一撃は、すぐに右頬や脳髄まで伝播する。

「うっ」

 なかなかの味。顔全体に広がる危険信号。
 ただでさえ格闘技において達人級──いや、日本人女性のトップレベルであろう天道あかねが更に一層の力を得尽くした結果だ。いくらボロボロとはいえども、油断をすれば命のない相手に違いない。
 今回は弱い者いじめをするつもりであったが、これは意外とまともな争いになりそうであった。

「……うりゃっ!」

 視界が見えない中にも、相手がいる位置を感覚で察知する。
 敵のパンチが飛んできた角度と痛み、それはどこから来た物なのか。

 ──そして、すぐに本能が教えてくれた。

「そこだっ!」

 エターナルは、エターナルエッジの刃をそこに突き出した。
 あらかじめ用意した飛び道具はそれくらいしかないが、この場で手頃に利用できそうな物はそれだけだった。
 なるべく長いヒットが欲しい。敵に深々と突き刺せる物──そう思って、手元にあったそれを使った。
 狙っている場所には必ず、彼女の体のどこかがある。今はカウンターとしてどこかに攻撃を充てれば十分だ。

「はぁっ!」

 しかし、「あかね」の声が聞こえるとともに、一瞬エターナルの脳裏に後悔が過る。
 あかねは一通りの護身術を会得している女だった。今度は記憶から引きだしたというより、ナイフが目の前に突き出された時に本能的に、体が動いてしまうのだろう。プロトクウガはタイミングを計ってその右腕を掴み、動かなくなる方に捻ったのだった。これに大した力はいらなかったようだ。

「ぐあっ……!!」

 なるほど……。
 刃物の扱いづらさはここだ。刃物を恐れない相手には、攻撃が読まれてしまう事。それから、良牙自身が刃物を憎み、拳で殴るのに比べて少し躊躇が生まれてしまう事。
 理解しながら、エターナルはそれを打開した。

「ふんッ」

 腕がどう捻られているのかを理解し、エターナルは空を走るようにして、自らの体を回転させる。
 その瞬間に視界がゆっくりと色を取り戻していく。空や敵や、転がり落ちる木々が見えると、エターナルの腕は安定を取り戻した。
 そのまま、屈んでプロトクウガの腹部に鋭いキックを繰り出した。

「ウッ……」

 みぞおちあたりにヒットした事で、一瞬の罪悪感が良牙を襲う。今のはまともに入ったのだろう。しかし、エターナルの体はクウガの体ごと強く引っ張られる。腕は固く結ばれたまま解けなかった。

 なるほど、敵の手を離さない不屈の意志を持っているのだ。
 それが、天道あかねという素体であった。
 あかねの指先が良牙の腕を固く掴んでいる──という事実そのものは、もし平穏な日常で、それこそデートの時だったならば嬉しかっただろう。
 だが、あかねは今、良牙を殺害する為に逃すまいとしている。
 良牙もあかねを殺害する為に、自由を勝ち取り、あかねの手を放そうとしている。
 日常ならば絶対にありえない光景だった。

171らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:32:58 ID:4VrrmyR20

「──ッ!!」

 エターナルは、左足を高く上げてプロトクウガの左腕に絡めた。
 そのままねじりこむようにしてプロトクウガの左肩に足の先を伸せると、今度はプロトクウガの関節にダメージ。筋が力を入れ続ける事を拒絶したらしく、ようやくその腕は放たれた。
 この時、少し残念な気持ちが湧きあがったのは、やはりまだあかねへの想いは残っているからだろうか。

「ウゥッ……」

 一旦、距離を置き、互いを見つめる。
 見れば見るほど、そこにあかねらしき面影はなかった。
 先ほど聞こえた声も、あかねの声だというのは何となくわかったが、それらしいだけで、普段のようにはきはきとはしていなかった。

「──」

 ──昨夜彼女は眠れたのだろうか。
 ──今日彼女は飯を食べられたのだろうか。

「チッ」

 舌打ちが出た。
 やはり、相手が人間の体を奪っている以上、その人間が持っていた生活感覚を想起せざるを得ない。ましてや、知り合いである。ましてや、恋した女性である。
 一日中、「あかねが今何をしているか」を考えずにはいられない脳が、今もまた彼女の生活への心配を過らせる。

 しかし、必死で思い込む。

 もうあかねはいない。──いや、再び彼女がこの場にいたとして、そこにいるあかねを憎まずにはいられない。
 相手は死んだ人間だと思った方がいい。そしてそれを実現してしまった方がいいのだ。
 その方が彼女をどれほど信じても、裏切られずに済むに違いない。
 もし彼女の命を救ってしまえば、今のこのあかねこそがあかねの本性であるという良牙が知らなかった裏の顔を確信してしまうかもしれない。

 良牙は、あかねを救うと決めた時はまだ、考えていなかった。
 良牙が望むように命を救って元のあかねに戻ったとして、あかねは本当に救われるのか──と。

 あかねはこうまで乱馬の為に自分を犠牲にしている。心も、体も、精神も、命も、何もかもを捧げて今、乱馬を守ろうとしているのである。そして、その果てに誰かを殺していた。

 きっと良牙に振り向く事もない。
 そして、生かし続けていたあかねが、誰かを殺してしまった時、良牙はその無生物的・無感情的な彼女が良牙の理想とするあかねとあまりにもかけ離れていた事に気づいた。
 好きなはずの人への絶望と、さやかに重ねた理想があっという間に打ち砕かれた怒りが良牙の胸を締め付け、いらだたせた。
 この強い怒りがあかねに向けられ続ける事もまた、良牙自身には耐えられなかった。

「……ッ」

 だが、それでも……やはり、一歩前に出て何かをするのが急に怖くなった。
 戦いが行われている間は何も考えずに済むが、少しでも隙を作るとそれができない。悪い事ばかり考えてしまう。
 動かなければ当然ながら敵が向かってきてやられるが、それもそれで良いのかもしれない。いっそ餌になるのも一つの手かもしれない。
 まだ僅かにしか動いていないのに、それでも徒労感がある。

「良牙さーんっ!!」

 後ろから声がした。
 良牙には振り向く時間などなかった。
 しかし、誰なのかは確信して、そちらを見もせずに答えた。

「つぼみ……!」

 逃げろ、と言ったが、おそらくゾーンの変身を解除した後、どこかでキュアブロッサムに変身してここまで戻って来たのだろう。
 目的もなくこの場から背を向ける事は彼女にとっては邪道の判断だったのだ。





172らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:33:26 ID:4VrrmyR20




 花咲つぼみが先ほど、去り際に見つめたエターナルの背中は、どこか寂しく見えた。
 つぼみの内心が良牙の激情を嫌悪していた事もあるが、おそらくそれだけではない。
 その背中の寂しさは、あかねに対する気持ちが本物である証であった。
 これまで一日良牙を見てきたつぼみに、良牙がどんな人間かと聞けば、「少し間が抜けていて方向音痴。肉体派の力持ちであり、少しぶっきらぼうな男子高校生。しかし、その実態はピュアで人情家」といった認識が引きだせるだろう。
 殆ど間違いではない。
 だからこそ、つぼみは彼が「あかねを殺したい」などと口にした時、違和感と衝撃を覚えたのだ。──そこに嘘がある可能性も否定できなかった。

(──いいえ)

 つぼみは確信している。
 良牙が、自分の感情に騙されている事に。
 時折、人間は、自分の感情にさえ騙される。「自分なんて良いところはない」と思いこめば、自分の良いところが擦り減り、「自分は悪い人間だ」と思いこめば必要のない罪悪感さえ覚えてしまうのが人間である。
 この良牙の場合は、自分ができる事とできない事を誤解しているように思えた。

(──)

 要は、あかねへの憎しみなど、本当の自分のあかねへの想いには勝てないのである。どんなに足掻いても、おそらくはあかねの姿が脳裏にチラついて、彼女にトドメを指す事はできようはずもない。
 彼が今抱いているのは、偽りの憎しみに過ぎない。
 自分が何を憎んでいるのかも理解できず、ただ目の前の敵への殺意だけが湧いている状態だった。その正体を時折思い出して、彼は迷う。
 そんな彼に勝ち目があるだろうか。

 おそらく──少なくとも、彼に「殺害」はできない。
 彼を支配している感情が憎しみであればこそ、彼は本当の自分と板挟みにされるだろう。
 つまり、敗北しかありえない。それは力の差とは別次元の問題だった。
 そう思った時、つぼみは誰に向けるでもなく頷いた。

「プリキュア・オープンマイハート──」

 本当のこころ──それを自覚しなければ、人間は本当の力を発揮できない。このまま言われた通りに逃げれば、彼は自分の気持ちも理解できずに敗北するだろう。
 つぼみがすべきは、本当のこころを守り続ける手助けだ。

 つぼみの衣装は、髪は、素顔は、やがてキュアブロッサムの凛々しく美しい姿に変身した。

「大地に咲く、一輪の花! キュアブロッサム!」

 人間として、もっと良牙の近くで彼を助けられたら──。
 そう思いながら、キュアブロッサムは走る。考えるよりも早く──。
 彼女は、すぐにエターナルとプロトクウガの戦闘の現場を見つけ出した。

 やはり、彼は本当の力を発揮できず、迷いながらプロトクウガと戦っていた。







 雨と風がまた勢いを増した。
 プロトクウガは、キュアブロッサムの乱入を好機とばかりに、足元の木を蹴り上げると、手で取り上げると、ライジングドラゴンロッドを構築した。
 プロトクウガの右腕に握られたライジングドラゴンロッドは、その一身にエネルギーを貯蔵すると、稲妻としてエターナルの元へと発射される。

「くっ……!」

 間一髪、エターナルはエターナルローブを前方に展開して稲妻を反発させた。全身を包んだエターナルローブが全エネルギーを逃がしたのを実感すると、彼は視界だけローブをはがす。──先ほどまでの恐怖が、一度解けたようだった。

173らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:34:12 ID:4VrrmyR20

 キュアブロッサムが二の句を告げるよりも早く、ローブに包まれたまま前に駆けだしたエターナルは、前方のプロトクウガの飛び蹴り。
 ばきっ、と音を立てて顎に命中する。クリティカルヒットだ。

「──良牙さん! 聞いてください!」

 プロトクウガは多少怯んだが、再度起き上がって角ばった右腕でエターナルの顔面目掛けた拳を振るおうとした。
 エターナルはボクサーのような構えをするとともに、両腕でそれをガードする。
 ローブを纏うよりも自分流の方が判断しやすい距離と状況だったのだろう。

「良牙さん……! 聞いてますか!」
「聞いてる!」

 ブロッサムの問いに乱暴に返しながら、エターナルは次の一手に差し掛かろうとした。
 ローブの影から右腕を出すと、その人差し指を「破壊の樹」目掛けて突き出したエターナル。──この技、爆砕点穴である。
 咄嗟に見極めたライジングドラゴンロッドのツボへと押し出すように、一撃。
 人差し指を差し出す。
 ──しかし、それが届くよりも先に、ライジングドラゴンロッドは真上に振り上げられて爆砕を回避する。振り上げられたライジングドラゴンロッドはエターナルの胸部目掛けてその先端の刃を突きだした。

「……ぐぁっ!?」

 エターナルの胸部の装甲が割れる。
 良牙の技をどこかで「知っていて」、それに「対処」しているようだった。
 しかし、当の彼自身はそれに全く気づかなかった。
 キュアブロッサムは今の一撃に衝撃を受けて思わず名前を呼ぶ。

「──良牙さん!?」
「名前を呼ぶだけならさっさと逃げてくれ!」

 どうやら、良牙はこの程度の攻撃では無事らしく、全く苦しみの音をあげずに返した。
 胸の装甲が破壊されているが、良牙の全身自体が鋼のように発達しているので、致命傷レベルではなくなっているようなのだ。
 むしろ、この時は自分の胸にライジングドラゴンロッドが刺さっている事を好都合に思っているようだった。

「良牙さん!」

 ──エターナルは、左腕でその樹を掴み、自分の胸元に引き寄せる。刃先が皮膚の向こうに食いこまぬ程度に。

「……くっ。用があるなら早く言え!」
「わかりました……! 良牙さん、相手への憎しみなんて考えずに、いつもの調子で戦ってください!」

 それを聞きながら、爆砕点穴。
 開いた右腕の指圧が、ライジングドラゴンロッドのツボを押し、それ全体を一瞬で粉砕する。
 初めから狙っていたわけではないが、怪我の功名というところだろう。敵の武器は今一度粉砕された。
 ただ、小石のように疎らな大きさの固形物となって四方八方に飛散していくそれは、まるでマシンガンの弾丸のように両者の体に殺到した。数秒降り注ぐ礫の嵐。
 エターナルもプロトクウガも、上半身を両腕でうまく覆いながら数歩退いた。
 その攻撃が晴れる。

「相手への憎しみ……だと!?」
「ずっと気になっていたんです!」

 そうブロッサムが言った時、プロトクウガが更に次の一手を講じた。
 この物質変換能力があればいくらでも同様の武器を作り上げる事ができる。
 変換可能な形状の物体があれば、体力の許す限り幾らでも、だ。

「ウガァァァ……」

 拾いあげようと、プロトクウガが前傾する。
 エターナルは、そんなプロトクウガの右腕に向けてナイフを投げた。──エターナルエッジである。

174らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:34:35 ID:4VrrmyR20
 エターナルエッジは、プロトクウガの手に突き刺さる。咄嗟にクウガの腕が動かなくなった。
 思わず目を覆いたくなったが、それより前にエターナルはプロトクウガに駆け寄った。

「続けろ!!」

 エターナルとプロトクウガの距離は零に縮まる。
 エターナルはクウガの腕からナイフを抜き取ると、また数歩退いた。あの距離感で相手に寄れば、追い打ちをかける事もできたはずだが、エターナルはそれをしなかった。
 しかし、生物の腕に刃が刺さる瞬間も、それを抜き取った時の黒い飛沫も、ブロッサムが言葉を失って目を覆うのには十分な光景だった。
 それでも彼女は、何とか自分の苦手な光景を忘れて、言葉を紡いだ。それが、この場に現れた人間の責任である。

「──良牙さんは、相手を憎む事ばかりに気を取られて、他の事を考えてないんです!」
「……なんだと……!?」
「今の良牙さんは、あかねさんを憎もう憎もうと必死なだけです! 心から憎んでいるわけじゃないから……いや、本当はそれができないから全力で戦えないんです!!」

 今、追い打ちをかけなかった自らの事をエターナルはふと省みた。
 確かに、咄嗟に弱っている敵を攻撃する事ができなかった。──それは、そこに天道あかねがいるからでもある。
 良牙は、自分の中にある憎しみをいちいち思い出さなければ、殺害に行き届かせるほどに「あかね」を攻撃できないのである。

「──良牙さんは、本当に憎みきれるほどあかねさんを憎んでいなくて……だから、だから戦いきれないんじゃないかって……!」

 そう、悪魔に堕ちるには、良牙はまだ優しすぎた。
 そして、あかねを好きでい過ぎたのだ。

「くっ……!」

 追い打ちをかけようとすればするほどにあかねを憎み切れず、トドメを避ける。
 一方的な攻撃をする事で、中にいるあかねが傷つくビジョンが頭の中をよぎるのである。
 いや、しかし──。
 時として、さやかの姿も頭の中を過ぎては消えていった。
 殺さなければならない敵であるのはわかっているが、それができない。

「じゃあどうしろって!」
「いつもみたいに……自分の本当の心が突き動かすように……自分のやりたいようにやればいいんです!! 素直な気持ちで……他の何の為でもなく、自分が思うままに」

 言っている間に、プロトクウガが構えた。
 それは、右脚部にエネルギーを溜めて、ライダーキックとして相手の体表に向けて全エネルギーを放出する技を決めようとしているポーズであった。
 まずい。──あれを放たせれば、周囲一帯を吹き飛ばすだろう。

「私たちは、愛で戦いましょう──!!」

 僅かに焦るように、しかし、無音の瞬間を狙ったように、そのブロッサムの言葉がエターナルの耳に届いたのだった。

 愛。
 あかねに接する時、良牙は常に憎しみではなく愛で接していたが、この時ばかりはそれと正反対の気持ちで接していた。
 ゆえに、真っ直ぐに戦う事ができない。自分を偽ったまま戦えば破綻するという事なのだろうか──。

「──ッ!」

 ここで放たれれば甚大な被害が出るであろう事を見越して、エターナルは咄嗟にエターナルローブを手に取り、「気」を送り込んで硬化させた。
 これが良牙の武術における「物質変換能力」と同義の力だろうか。
 あらゆる日常の道具を硬化させて武器として使える。──今回は、エターナルローブをブーメラン型に変形させた。
 エターナルローブは、そのままクウガの足元に向けて回転していく。
 ふと、それを見てプロトクウガの動きが止まった。

 一瞬、プロトクウガの中に過る心理的外傷。
 それは、かつてこれと同じ技が自分にとって大事な何かを傷つけた瞬間があった、という事だった。

175らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:34:56 ID:4VrrmyR20
 そう、あれは──もっと短く、もっと鋭利で、もっと偶然に向かってくる物だった。

「嫌っ!!」

 咄嗟に、プロトクウガに似つかわしくない女性の声が漏れた。
 声を発した当人にさえ、想定外の出来事だっただろう。

「──!?」

 間違いない。それは、天道あかねの声だった。
 おそらく、良牙は今、あかねが想起した出来事をふと思い出した事だろう。──この技こそが、良牙とあかねの間にいまだに残っている「因縁」の証であった。ひとたび、それを思い出させてしまった事を良牙は後悔した。
 しかし──後には引けない。
 むしろ、この一瞬は好機である。

「あかねさんッ!!」

 エターナルは腹の奥底から、喉を枯らして声をかける。
 ふと気づけば、エターナルローブはプロトクウガの足元に到達し、その周囲を回転して彼女の足元を縛り上げた。
 見事、としか言いようがない。絶妙な力加減で、プロトクウガの両足を縛ったエターナルローブは、柔らかい布状の盾でしかなくなった。ブーメランとしての性能が落ちたそれは、すぐにプロトクウガの一撃を阻害する縄となる。
 力加減を間違えれば、その両足は切断されていてもおかしくないだろう。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そして、エターナルのパンチがプロトクウガの胸に命中する。彼の一撃は重く、そこに響いた。
 プロトクウガの背中まで振動して、それが再び腹部に跳ね返って戻ったような感覚。
 自分の右腕にその痛みが戻ってくると、その腕を引いて、プロトクウガの両肩に手を乗せ、その体を揺すった。

「……思い出せ! 思い出すんだ、今の技を!」

 キュアブロッサムに言われた通り、彼は今、自らに素直にそうあかねにそう叫ぶ。
 しかし、返答は、真っ直ぐなストレートパンチ。エターナルの顔面にぶち当たる。
 足を縛られているクウガもまた、少しバランスを崩したようだった。

「うぐっ……!」

 エターナルの頬が腫れるほどの一撃──それは、懐かしい思い出の味だった。
 乱馬と良牙が再会し、戦った、あの時の──。
 そうだ。あの時も、良牙はあかねに殴られた。布から生まれた刃があかねの髪を切り落とした罪を、あかねはパンチで清算したのだ。
 不思議と、今受けたパンチは不快ではなかった。
 あの時と同じにさえ思えた。──確かに、無理に憎むよりも本能に従った方が、容易く相手の攻撃を受け入れられる。

「はああああああっっ!!」

 エターナルはもう一度、プロトクウガに向けて駆け寄る。
 プロトクウガが再び拳を突きだすが、エターナルはそのパンチが直撃する前に視線を低めた。
 プロトクウガのパンチは虚空を掴み、エターナルはプロトクウガの足元からエターナルローブを勢いよく引きはがした。
 プロトクウガがその下半身の均衡を保てなくなると共に、エターナルの背中にエターナルローブが舞い戻る。

「ウグッ……」

 しかし、プロトクウガも転んでもただ起き上がる事などできまい。
 周囲に倒れた灌木を手に掴むと、それを変質させ、体を起こす。
 これは全長三メートルほどの「破壊の樹」であった。形状を変じた「破壊の樹」は硬質化していく。原型のサイズより一回り巨大になると、それはエターナルに向けられた。

「グッ……!!!」

 血反吐を吐くような苦痛の呻きが、プロトクウガの喉の奥から掠れ出た。
 それが次の瞬間、膝をつく事でプロトクウガから発されなくなった。

176らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:35:33 ID:4VrrmyR20
 あまりにも美しく、プロトクウガの体は膝から崩れ落ちていき、咄嗟に前に出ようとしたキュアブロッサムも、敵の攻撃を受けるべく構えていたエターナルも、その瞬間に思わず全く動けなくなった。

「グァァアァァァァァァッッ………………ッッ………………」

 外傷、外傷数え切れず。
 精神的疲労、肉体的疲労、ともに深刻。
 重ねて、制御不能の身体改造や記憶の改竄。
 いわば、「死んでいるのと同じ」な人間。
 いくら素体が強固に鍛えていたとはいえ、それが一人の少女である以上、背負いきれぬ重圧となりえるダメージがこの時、祟った。
 まずは、その体重を支え、ここまで休まずに歩き続けた足が限界を迎えて、その指先から完全に力を失った。

「……ぐ……」

 プロトタイプ型クウガは、その姿を「白」に戻すと、すぐに天道あかねへと変身を解除した。制御しきれない力に、己の肉体が限界を迎えたのだ。──エターナルは、そんな彼女に駆け寄った。
 いや、もうエターナルである必要などないだろう。
 良牙は、ロストドライバーの変身を解除し、響良牙としてあかねの元に駆け寄った。
 大事な人間を、せめて、少しでも楽にしてやろうと。……いや、そんな事も、もしかしたら何も考えていなかったかもしれない。

「……戻ったのか……!?」

 ともかく、殺し合いに巻き込まれて一日。──ようやく、良牙はあかねの元に辿り着いたのだった。
 その姿、間違いなかった。良牙が切り落として以来のショートヘアは健在である。
 この日一日、良牙はあかねをずっと探していた。恋しく思っていた。片時も忘れず、常に探し続けていたのだ。
 乱馬も、シャンプーも、パンスト太郎も結局会えず終いだったが、ようやく……。

「あかねさん……っ!!」

 良牙は、その名前を呼んだ。今までになく歓喜にあふれた声だったのは間違いない。
 良牙は、この場で何人もの死者を見てきた。
 乱馬も死んだ。シャンプーも死んだ。大道も死んだ。良も死んだ。一条も、鋼牙も、さやかも……。
 残る人数は、能力だけでなく強運に認められた猛者のみだ。どんな実力者も、弱い者たちの群れや基点、或は引いたカードの悪さに敗北し続けた。
 だから、もしかすれば──あかねさんが死んでしまうかもしれない──そんな不安とともに昨日を一日過ごし、今日を歩いてきた。方向を間違えながらも……ずっと、ここまで。
 そして、ようやく良牙は、最も大事だった人と再会できたのだ。

「あなたは……」

 天道あかねの目には、そんな彼の姿がぼやけて見えた。
 幾人もの敵に見えた。しかし、見覚えがあるようで、見覚えがなく、憎いようで、そこにいると安心さえする奇妙な男である。
 そのバンダナ、タンクトップ、八重歯……何か見覚えがあるような。
 こちらを見つめるその笑顔に、言いようのない懐かしさを感じるような。
 それは、あかねが帰るべき日常に必要不可欠な友人の姿にも似ているような。

 いや──。違う。

「うっ……」

 頭痛。

 ──敵。

 そうだ……彼は、敵……。

 人を欺く悪しき機械たち……。

「あかねさぁんっ!」

 良牙は、体が倒れかけたあかねの元に駆け寄った。その背中を抱き留め、せめて介抱してやろうと思ったのだろう。
 しかし、そんな良牙に向けられたのは、憎しみのまなざしだった。

177らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:35:50 ID:4VrrmyR20

「……ハァッ!!」

 そんな良牙の胸目掛けて放たれたあかねの掌底は、良牙も気づかぬうちに、彼の体を遠くへと吹き飛ばしていた。己の体が後方に向けて吹き飛ばされている事など、良牙が気づく事はなかった。
 ごてごてとした大木の根に自分の背中がぶつかった時、良牙は空を見上げている。

「そんな……あかねさん……まだ……」

 あかねが、まだ戦う意思を捨てていない事に、良牙は遅れて気づいた。
 あかねの体は、まだ「伝説の道着」という武器に包まれている。体が動かなくとも、道着の方があかねの体を動かせるのである。
 あかねが、あかねの意思で下した判断が、その攻撃だった。
 たとえ意識が失われたとしても、伝説の道着によって動き続けるという────悪夢の判断であり、最悪の戦法。

「……私」

 良牙が再び起き上がる前に、誰かが言った。
 今の光景を見て、一人の人間のやさしさや愛を拒絶した「何か」。
 それは、天道あかねそのものではなく、もっと別の悪意が縛っているように見えた。
 もはや、あかね自身の元々のパーソナリティと無関係に、許されざる不条理が彼女の精神を浸食している。
 その事実に、誰より怒りを燃やした者がいた。

「堪忍袋の緒が切れました!!」

 キュアブロッサムは、その怒りの一言とともに、突き動かされるように走り出した。
 つぼみは、良牙に代わり、彼女と戦おうとするのだった。





178らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:36:48 ID:4VrrmyR20



 天道あかねという少女の人生では、何故か小学校の時、クラスの出し物で「ロミオとジュリエット」を演じる事になっていた。
 その度に男勝りな彼女が演じるのは常に男役──ロミオであった。
 少女期のショートカットヘアも、男子顔負けの運動神経も、元来の美しい顔立ちも、全て王子のイメージに誰よりも合致していたからだ。
 ロミオ役を奪われた男子生徒たちも、女と恋愛悲劇を演じる事になるジュリエット役も女子生徒も、何も不満は言わなかった。むしろ、これ以上ない配役とさえ思っていたようだ。
 ただ一人、あかねだけは誰にも言えない文句があった。

 あかねはふつうの女の子だ。

 自分が演じたいのはロミオではなく、ジュリエット。
 王子とのロマンチックな恋をして、最期にはあるすれ違いが生む悲劇とともに散るヒロインだった。
 しかし、クラスメイトが寄せる期待と信頼と喜びを裏切れず、結局ロミオとして舞台に立ち、思いの外好評を受けてしまった。──その好評はずっと重荷だった。
 乙女の憧れを持って何が悪い。
 格闘家の家に生まれて、姉二人が継がない道場を継ごうとして、毎日稽古をしているけど、本当は、少しは純情可憐な女性としての魅力も見てほしいのだ。
 ジュリエットになれば、それを発揮できる。

 ジュリエットを、演じたかった。

 ようやく、ジュリエット役に抜擢する事になったのは高校の時だ。

 その時、ロミオの役どころを射止めたのは────。







 キュアブロッサムは、あかねに向けて無数の突きを放った。
 一秒間に何十発も繰り出されるパンチは、少なくとも一般的な人間のレベルでは到底可視できないだろう。
 だが、伝説の道着は違った。五感を持たない物体とは思えなかった。
あかねの体を包括する伝説の道着は、「気」を読み、攻撃を回避する術を知っているのだ。あかねの体をキュアブロッサムの攻撃から守るべく、見事にそれらを紙一重でかわしていく。

「はあっ!!」

 逆に、あかねからのローキックが入る。キュアブロッサムは跳んで回避しようとしたが、あまりの速さに間に合わない。
 キュアブロッサムの膝にあかねの鋭いキックが炸裂し、空中から引き落とされる。あかねの両足は動ける状態ではなかったが、伝説の道着による強制力だった。
 道着自体が意思を持ち、あかねの体を操作する事も可能である。

「くっ……!」

 ガードを固めたキュアブロッサムの上半身に向けて次の回し蹴り。半円を描いた蹴りをまともに受けた左腕が綻んでガードが崩れた。虚空に投げ出された左腕を見逃さず、あかねはそれを掴む。
 すると、キュアブロッサムの腕が微塵も動かない。
 驚異的というしかない腕力であった。少し掴まれただけでも、もう痛みに声が出そうになる。──そして。

「はぁっ!!」

 キュアブロッサムの体が空高く投げ飛ばされた。
 ビルの九階ほどの高さ──地上数十メートル、全ての樹冠を上から見下ろせるほどの高度である。
 そして、その高度から一気に重力に引っ張られる。

 真下の地面は、切断された木々で足場が非常に悪い。運が悪ければ突き刺さり、運が良ければ木葉のクッションに包まれる。
 いずれにせよ、プリキュアの身体能力では空中で体制を立て直して地上で衝撃もなく着地するのは容易だ。この滞空時間ならばまだ何とかなる。

179らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:37:14 ID:4VrrmyR20

 むしろ好機だ。
 相手には跳躍するほどの体力はない。空中落下とともに技を決めれば、逃げ場がない。

「──花よ輝け!」

 遠距離型の攻撃は特に相手を狙いやすくなっている。
 ブロッサムタクトが構えられた腕は、地上にいるあかねに狙いを定める。
 空中にいる以上、定位置はないので、焦点は全く合わないが、指定範囲内に敵を包む「予測」に神経を研ぎ澄ませた。

 明鏡止水。

 空にいながら、目を瞑り、風を感じて敵の位置を補足する──。
 三、二、一──。
 おそらく技を放つ最後のチャンスがブロッサムの中に到来する。
 そのタイミングを確信して、ブロッサムは両眼を開いた。

「プリキュア・ピンクフォルテウェイブ!!」

 この場で何度となく放ったその技が地上めがけて発動する。

 大道克己もダークプリキュアも人魚の魔女も……この技が少しでも心を鎮めてくれたのだ。
 これは、人間本来の持つ善と悪とを、正しいバランスに引き戻す力である。
 何らかの外敵要因が「悪」に塗り替えた人間の心を元に戻すセラピーにもなりえるのが彼女たちの技であった。

 ……だが、今まで、つぼみは結局のところ、誰の命も救えていない。
 たとえ心が救われたとしても、みんなもう死んでしまったではないか。
 助けたい。
 それ以外の終わりだってあるのだと教えたい。
 安らかな気持ちで逝ければいいなんていうわけじゃない。
 たとえ救われたとしても、それはまだスタートラインに立っただけなのだ。

「はああああああああああああっっっ!!!」

 空中から降り注いだ花のエネルギーは、あかね目掛けて直撃する。
 あかねは、ふと、ある一人の少女を思い出した。
 キュアベリー。
 この場で、確か──いつ出会ったのかさえも曖昧だが、──一度、会っている。
 彼女の技を受けた時、身体的ダメージ以上の致命的大打撃を受けたのだった。
 精神的汚染が緩和され、ある意味負担は小さくなるはずだが、それはあかねにとっては何の得にもならない。問題は、自らの力の一部である「ガイアメモリ」の変身も解除される事である。
 戦う術を得なければ、この場では生き残れない。

「くっ!」

 伝説の道着は、あかねの上半身を庇うように両腕を体の前で組んだ。
 敵方の正体不明の攻撃は、高速で接近──。あかねの上半身から全身を包み、大地からその余波を小さく波立たせるまで一瞬だった。
 ぼふっ、と風が圧縮されて爆ぜて消えたような音が鳴った。
 あかねの体へと到達した花のパワーは、桜の香りを放ちながらあかねの体に纏わりつく。
 鼻からではなく、全身から花の香りが入り込んでくるようだった。

「くっ……!!」

 直撃を受けながらも、まるで見えない圧力を跳ね返すように両腕を開いていく。
 ブロッサムがこちらに向けて落下するのが見える。
 あかねは、伝説の道着の力を借りてより強く、この見えない何かを押し開けようとした。

 力を込める。集中力を高め、より鋭敏に。

「ぐあっ……!!」

 あかねの力がピークに達し、全身から抜けると同時に、ピンクフォルテウェイブは解除され、キュアブロッサムの方にその残滓が跳ね返された。
 あかねの勝利である。

「!?」

180らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:37:38 ID:4VrrmyR20

 それは、キュアブロッサムにとっては、大道克己との戦いの時に見た光景と同じだった。
 キュアブロッサムは空中で唾を飲み込んだ。
 邪でありながら当人は譲る事のできない強い意思──それが、プリキュアの浄化技さえも拒絶し、剛力で捻じ伏せてしまう。
 あかねの想いは、まさしくそれだったというのか。

「──そんな!!」
「甘いのよっあんたは!! はあっ!!」

 そして、キュアブロッサムが気づいた時には一歩遅かった。
 あかねが上空に向けて突き上げた拳が、キュアブロッサムの腹部に激突する。

「くっ……」

 まるで突き刺さるような一撃だ。
 重力の力と、下から拳を突き上げたあかねと伝説の道着の力──それらに挟まれ、ブロッサムが一瞬、息をする事ができなくなる。
 キュアブロッサムの口から、微量の唾と汗が飛んだ。拳の上を一度バウンドして、またその上に落ちた。

「げふっ……げふっ……」

 あかねは、咽かえっているキュアブロッサムを乱雑に地面に下ろした。
 下ろした、というよりも落としたという方が的を射ているかもしれない。
 キュアブロッサムは、腹部を抑えながら、力なく倒れこむ。息が整うまで、しばらくの時間を要した。まともに喋る事も、痛みを絶叫で表現する事も少しできなかった。
 苦渋に歪んだ顔で、己の力不足を呪った。

「……トドメを刺してあげるわ」

 あかねは、ふと自らの近くにある人間の死体があるのに気が付いた。
 美樹さやか──先ほど、あかねが不意を突いて殺せた彼らの仲間である。
 ライジングタイタンソードへと物質変換したのは、「裏正」という刀であった。
 二つに折れた刃の刃先が、まだこの木の影にいるさやかの遺体から見える。柄がどこに消えてしまったのかはわからないが、木々に紛れて見えないだけだろう。
 あかねは、少し手を伸ばして、それを掴みとった。遺体から引き抜いて、つぼみを殺すのに使おうとした。そう、この刃先ならばまだ「機械」の「破壊」に使える。
 刃を手で直接握っても、あかねは痛みなど感じなかった。
 ここにあの刀が落ちているとは、都合が良い──これで殺しやすくなった、とあかねは思っただろう。
 血が右手を真っ赤に染め上げるが、あかねはまるで気にせずに、目の前の獲物を見た。

「つぼみっ……!」

 良牙がそこに駆け寄った。瓦礫の山とでも言うべきその木々の残骸の間を、潜り抜けてやっとつぼみの元に辿り着く。
 キュアブロッサムの変身は解除され、つぼみは下着のような神秘的に光るワンピースに体を包んでいた。
 良牙は、その傍らのあかねの方に目をやった。

「はぁ……はぁ……もう邪魔はさせないわよ……私は……私は……」

 とはいえ、あかねも大分参っているようだった。
 しかし、まずい。つぼみにトドメを指そうとしている。

 あかねにとってはつぼみも厄介な邪魔者の一人に違いない。
 邪魔だからと言って、つぼみを排除しかねない。
 あかねはその体制に近づいている。裏正を振り上げ、寝転ぶつぼみに近寄っていく。

「……壊れろッッ!!」

 死という言葉を使わないのはなにゆえか──それは良牙もつぼみも知る由もないが、あかねはまさしくつぼみに「死ね」と言おうとしていた。
 それが願望だった。
 今、目の前にいる参加者をどうするべきか。全て、一刻も早く殺し尽くし、あかねは願いを叶えて元の世界に帰らなければならない。
 だから、首を刺し貫いたらすぐに、つぼみにはその生命活動を停止してもらいたかった。

 時間がない。──昼までなのだ。
 どんな敵がいたとしても、泳がせるなどという方法は使えない。
 見つけ次第、どんな手を使ってでも最短で殺し、あかねは元の世界に願いを叶えてから帰る。日常に回帰し、大事な人とまた過ごす。
 そのために。
 そのために。
 そのために。



(……でも、────)



 ────大事な人がわからない。





181らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:38:04 ID:4VrrmyR20



 あかねは、確実につぼみを殺そうとしている。狙うのはおそらく頸動脈。このままいけば、良牙は親しい人の血しぶきを目の当りにする事になる。
 良牙を襲う焦燥感。
 目が敵を睨み、腕が型を作る。

「くっ……獅子咆哮──」

 やめるんだ、の一言よりも攻撃による制止が出てしまった事は良牙自身も意外に思っただろう。
 それは、良牙がこの一日、殺し合いの中で「誰かを守る」という事の為に力を使う意義を覚えたからだ。良牙はつぼみを守るために、あかねを攻撃しようとしていた。
 そこに個人的な優先順位などもはや関係なかった。
 弱く正しい者を守り、それを脅かす者を倒す──その公式が、良牙の中にもいつの間にか出来上がっていたのだ。
 あかねを攻撃しようとした事を一瞬でも後悔するのは、ある出来事によって、獅子咆哮弾を使うのを躊躇してからの話である。

「──ぶきっ!!」

 ──そう、発動しようとした直後にその声が聞こえたのが、良牙が動きを止めた理由であった。
 それは人間の声ではなかった。高音で幼く、何かを訴えていても理解できない言葉で喚く小さな動物だった。

 そう、かつて、鯖が変身したのと似通った外見の黒い鯖豚だ。黒い子豚に変身していた頃の良牙と瓜二つである(正直、豚なんてどれも同じだが)。一応、デイパックに仕舞い込んでいたはずが、戦闘中にいつの間にか抜け出してしまったらしい。
 この惨状の中で、かの子豚は倒れ伏しているつぼみに寄り添おうとしている。

「な……っ」

 あかねの動きが、一瞬止まった。
 その光景はあまりにも不自然であった。まるで時間が止まったかのように、突然にあかねは引いた腕を止めたのである。
 前に突き出してつぼみの頸動脈をかききろうとしていたあの腕が、よりにもよって、あの子豚によって突如止められたのである。
 つぼみも、何故相手が止まっているのかわからないようだった。

「豚さん……っ。逃げて……」

 声にならない声で必死にそう訴えるつぼみだが、その言葉は無邪気な鯖豚には届かない。
 この鯖豚は、おそらくただ、デイパックから抜け出した後に一帯を迷って、近くにいた主の元に歩いていっただけである。
 だから、そう……。
 もはや、そこに来れば巻き添えで死んでしまう事などこの鯖豚は知る由もないという事である。

「くそっ……!」

 あの子豚もつぼみも、このままでは危ないと良牙は咄嗟に思った。
 あかねが止まっているうちに、良牙はそこに助け出なければならない。
 この木の足場を飛び越えて、目の前を妨害する木の枝を手刀で切り裂いて、良牙は一心にそこに向かって走っていく。

182らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:38:26 ID:4VrrmyR20

「無事でいろ……っ!」

 ──だが、そんな中で、ふと何かを思い出した。

 響良牙が、天道あかねを好きになった時。──それは、初めて会った時の事ではない。
 確か、雨の夜の話。あれを思い出すのはセンチメンタリズムだ。
 子豚に変身した良牙を、あかねは抱きしめた。周囲に反発する良牙を抱きしめ、赤子のように可愛がったのだ。
 あかねはペットとして、良牙が変身した黒い子豚に「Pちゃん」と名付けたのだ。

(待て……)

 あの時──。
 そうだ、あの時──。

「そうか……! だから、あかねさんは……!!」

 あかねは思い出しているのだ。
 いや、思い出すとまではいかなくても、本能がその黒い子豚に反応を示している。
 動きを止めたのは、彼女が小動物を殺そうという発想に至らないからに違いない。
 きっと。
 きっと、全て忘れていても、あかねは弱いものには優しいあかねのままなのだ。

「……Pちゃんだ、あかねさん!! その子豚はPちゃんだ!!」

 あかねも、つぼみも、子豚も、良牙の方に一斉に視線を集中させた。
 良牙が何の事を言っているのか、誰もわからなかったかもしれない。

 ただ、あかねはその拙い言葉の響きに何かを感じた。
 自分の手元にあるガイアメモリにも似通った名前がついているはずである。
 しかし、「P」だ。その言葉に何かを感じる。P……Pig。

「P……ちゃん……?」
「そうだ、Pちゃんだ!! あかねさんが大事に育ててくれた、バカで間抜けで方向音痴な子豚の名前だよ!!」
「P……」

 そう言われた時、あかねは今のままの体制を維持できなくなった。強烈な頭痛がするとともに、咄嗟に頭を抱え、倒れこんだ。伝説の道着も、この時は主の異変に焦った事だろう。

 シャワールーム。大事な人。黒い子豚。────。
 飛竜昇天破。獅子咆哮弾。呪泉郷。────。
 あのバンダナの男。高速回転するブーメラン。ロミオとジュリエット。────。

「Pちゃん……」

 連鎖するキーワードたち。ここまで、あかねに何か異変を齎してきた言葉たちであった。
 一体、それがあかねにとって欠落している何を示しているのか、それがうっすらと浮かんでは、また消えていく。
 何かが掴めそうで掴めないもどかしさが、いっそう頭痛の芽となって脳髄に根を張るような痛みを起こす。

「あああっ……あああっ…………!!!!!」

 あかねがどれほど頭を抱えても、その記憶は探り当てられない。だからいっそう苦しいのだ。
 記憶のどこかには存在するが、蓋を閉じられていたり、脳内のどこかを飛んでいたり、ずっとあやふやにあかねの中で跋扈している。それを掴みとろうとするが、一切掴みとれない。
 時折出てきては消える何か。それが……。

「まだ思い出せないっていうなら、いくらでも大事な事を教えてやる!! 俺の名前は響良牙だ!! あかねさんの友達で、●●とは前の学校からのダチだ!! 何度も一緒に遊んだじゃないか!! 俺は何があっても忘れないぜ!!」

 言葉があかねを刺激するなら、それを止ませる必要はない。
 いくらでも浴びせる。あかねの苦しむ顔がその瞳に映っても。
 瞳はそらさない。自分が最も見たくなかったあかねの苦しい姿を、目に焼き付け、それでももっと苦しませる。
 きっと、これを語り続けなければならないのだ。

「ずっと前にあかねさんの髪を切ってしまった事はずっと後悔してるんだ!! 何度でも謝る、何度殴られたって構わない!! 思い出してくれよ、あかねさん!! 憎い俺を殴れよ!!」

183らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:38:56 ID:4VrrmyR20

 だが、その言葉は決定的な一撃とは、ならなかった……。
 あかねはうずくまって頭を押さえるだけで、どんな言葉も心に届かない。
 しかし、黒い子豚を見た時のように強い衝撃を受けてくれない。良牙自身の事を何度教えても、あかねが強く反応してくれる事はなかった。

「Pちゃん……Pちゃん……」

 あかねは必死で小刻みに首を横に振っている。

「くそ……駄目なのか……」

 一瞬、挫けそうになる。
 あかねは、まだ何かに怯えるように頭を抱え続けるだけなのだ。
 それが、ただただ苦痛だった。良牙自身の事を一切覚えておらず、あろうことか乱馬さえも記憶の中から外れているのかもしれないと、良牙は感じた。
 そんな話が良牙にとってショックでないはずがない。

 そもそも、Pちゃんの話には反応したが、良牙の話は一切反応を示さないのだ。
 何度聞いても、何度叫んでも、何度届かせようとしても。
 良牙の言葉そのものが、まるであかねの耳をすり抜けていくようだった。
 そして────



「…………いや、わかった。わかっちまった。くそ…………」



 ────良牙は、理解してしまった。
 それは、一途に一人の女性を想い続けた男にとっては、残酷で、信じたくない現実だったかもしれない。
 いや、何度もそれをあかねは言葉にしていたが、良牙は受け入れなかったのだ。

 ふと、思ったのだ。
 あかねがこれから何も思い出してくれないのは、もしかすると、


 良牙の存在があかねの中で、良牙が思っているほど大きくないからかもしれない──と。


 良牙が伝えようと思っている事は、あかねにとっては聞くほどの事ではないつまらない話題でしかないのではないか。
 考えてみれば、これまでも、何度も何度も言われてきた。
 お友達。お友達。お友達。────。
 そう、あかねにとっては、良牙はきっと、「お友達」以上の何者でもない、人生の中の脇役たちの一人だ。即ち、取るに足らない存在なのだ。

 良牙があかねを誰よりも大事に思っている一方で、あかねは良牙を大勢いるお友達の一人にしか思っていない。──乱馬が死んで殺し合いに乗る彼女だが、もし良牙が死んで彼女は殺し合いに乗っただろうか?
 あかねに良牙を殺したいほど憎む事ができるか。
 あかねに良牙を抱きしめたいという感情はあるのか。

 そう、最初から彼女が大事に思っていたのは、許嫁の乱馬ただ一人。良牙には、そこに付け入る隙など最初からなかったのだ。
 良牙にとって、良牙としての思い出とPちゃんとしての思い出が同じ物でも、あかねにとっては全く別物だ。黒い子豚の方が、あかねとずっと一緒にいた。

 そう、それが、一人の男に向けられた、青春の真実だった。



「…………そういう事、か」



 男の目から、一筋の涙が垂れた。──それはごく個人的な愛情が、この場でもまだ胸の中に残っていたという証拠だ。
 俯いた横顔で、良牙の前髪はその真っ赤な瞳を隠した。

184らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:39:15 ID:4VrrmyR20
 つぼみは、その横顔を見て、何かを感じる事ができただろうか。

「────あかねさん、ごめん」

 小さく、良牙は口元でそうかたどった。声には出なかった。
 喉の奥で掠れて、まるで神にでも謝罪するかのようにそう呟いたのだ。
 当人に訊かれてはならない謝罪の言葉だった。
 この場であかねを説得するのに、何よりも効果的な一言があり、それがあかねに謝らなければならないような言葉なのだと、良牙は気づいたのだった。

 すぐに、良牙は大きく息を吸いこんだ。──生涯、絶対にあかねに向けて口にするはずがないと思っていた口汚い言葉を、良牙は自分の記憶の中から探り当てた。
 少し躊躇ったが、一気にその言葉を吐き出す事になった。



「────かわいくねえっ!!」




 ──その言葉が、不意にあかねの動きを止めた。

 あかねは、何かに気づいたように良牙の方に体を向けた。
 つぼみが、驚いたように良牙を見つめた。良牙の目からは、涙などとうに枯れていた。大口を開けて、良牙はあかねに対して何度でも言葉をかける。

「色気がねえっ!!」

 ふと、あかねの脳裏に、「痛み」ではない何かが過った。
 それは、確かにその言葉によって、するすると記憶の蓋が溶解していく感覚だった。

「凶暴!! 不器用!! ずん胴!! まぬけっ!!」

 あかねは、一つ一つの言葉を聞くたびに、別の人間の顔と声がオーバーラップするのを感じた。良牙の顔と声を塗り替えて、おさげ髪でもっと少年っぽい声の男が乱入する。
 良牙は、全ての言葉を大声で叫ぶと、俯いて、拳を硬く握った。

 やはり、だ。
 この言葉が、あかねの記憶を呼び戻してしまった。
 認めたくなかった。しかし、そんな小さなプライドを捨てて、良牙は叫んだ。
 本当にその言葉を浴びせるべき男はもういない。だが、その男の代わりに。

「忘れたとは言わせない! あなたが……俺たちが好きだった……早乙女乱馬という男の言葉だ! あの下品で馬鹿な奴があなたに浴びせた最低の言葉たちだ!! だが、あかねさんと乱馬にとってはこの一つ一つの言葉が思い出なんだ!! 忘れちゃいけない!!」

 早乙女乱馬。
 聞き覚えのある名前──いや、ごく近くにいた、知っている人。
 もう世界中を探してもどこにもいない。
 天道道の食卓で居候の分際で大量の飯を食べて、学校ではサボリも遅刻も早退も当たり前の劣等生で、そのくせ戦いだけは強くてあかねがどうやっても敵わない、あの早乙女乱馬という男──。

「……!」

 あかねの胸中に、そんな記憶の暖かさが戻ってくるのが感じられた。
 不意に思い出すだけでも胸中が少し暖かくなってしまう。
 不思議と涙が溢れた。
 もう何も戻らない──そんな確信があかねの胸に再び過る。



「忘れないでくれ、あかねさん……俺の事は忘れても、乱馬の事だけは…………」



 男の声は、涙まじりで、震えて聞き取りづらかった。
 俯いている男の、震える拳を、あかねは確かに遠目に見た。おそらくは、泣かないと決意して、それを一瞬で破った男の涙だった。
 良牙がずっと秘めていたあかねへの想いは、もう完全に叶う事はなくなってしまったのである。

185らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:39:58 ID:4VrrmyR20

「乱……馬……そう、か……」

 早乙女乱馬の名前が、ようやく、天道あかねの口から出た。
 乱馬の事を彼女が思い出し、心の靄が晴れたように消えていった。
 伝説の道着も全てを察したのだろうか。

「──」

 伝説の道着は、嫉妬深い性質の持ち主であるとされる。
 主人と認めた武道家に深い愛情を注ぎ、それ以外の異性があかねに近寄るのを許さない。もし、それを見かけた場合、伝説の道着は解体されてしまうのである。
 今がまさに、その時であった。
 道着は、乱馬と──そして良牙への敗北を確かに認め、その時、確かに伝説の道着ははらりとその役割を終えてしまった。
 幾人もの敵を苦しめてきた怪奇な鎧は、その時、他人の愛によって役割を停止した。

「くっ……」

 ──良牙も、同じだった。その瞬間は嬉しかったが、悔しくて仕方がなかった。

 どうやっても、あかねに思われ続ける乱馬には勝てない。たとえ格闘で勝っても、力で勝っても、勉強で勝っても、身長で勝っても……何で勝ったとしても、何よりも欲したその一点だけは。
 だから、乱馬をもう認めるしかなくなってしまった。
 内心では、まだ悔しい。
 いつもずっと、あかねを手に入れる事を考えてきた。二人の仲に付け入る隙はまだきっとあると、どこかで信じていた。
 しかし、そんなのは所詮気休めだった。良牙の思い込みで、もうどこにもチャンスなんていうものはなかったのだ。

「────」

 もう、これっきりだろう。

 良牙は、そう思いながら、つぼみと鯖豚のもとへと歩き出した。
 あかねとは、かつてのような関係にはもう戻れない。
 友達ですら、いられない。きっと……。
 乱馬の事を思い出してくれたとしても、あれだけ呼びかけて反応しないほど取るに足らない自分の事などあかねが覚えているわけもないだろう。

「つぼみ……」

 良牙はつぼみの近くに寄り、そっと手を貸した。
 力強く、つぼみの腕を握るその手。引っ張り上げて、すぐにでもつぼみを背負ったその背中。まぎれもなく、大丈夫と呼んでも差し支えない男のものだった。──しかし、その男は泣いていた。
 良牙は左腕に、鯖豚を抱えた。

「……あかねさん」

 そっと、右手を半分裸のあかねに向けて差し出した。
 あかねは、戸惑ったようにその右腕を見つめた。

 自分は何をしていたのだろう。こうまでして、何故……。
 自分の為にここまでしてくれる男が近くにいたのに、そんな相手まで殺そうとして。
 優しく、気高く、誰よりも傷つきやすい男を、あかねは容赦なく傷つけた。
 おそらくは一生、残り続ける傷跡を彼に残しただろう。
 胸に罪悪感が湧きでてきた。

「……」

 あかねはその右腕を良牙に差し出そうとしたが、その直前にふと嫌な物が見えた。
 自分の手には、真っ赤な血がついている。
 裏正を握った時の血だ。

 ……理解していた。だから、諦めたように自分の掌を見つめ続けていた。

「……」

 そう、一文字隼人に美樹さやか──もう二人の人間を殺している。
 あかねが出した犠牲はそれにとどまらないかもしれない。

186らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:40:24 ID:4VrrmyR20
 目の前の男の心も傷つけ、目の前の女の体も傷つけ、計り知れない悪事を重ねた。
 言い訳はない。
 この一日、あかねは目的さえも忘れて無意味に人を傷つけ、襲い、殺し続けていた。

 そう──それは、もうどうやっても日常に帰る事などできない証だった。
 父にも、姉にも、友達にも、もう会えない。
 大事な人の前に立つ事も、もう叶わない。
 乱馬を守る、という目的は既に潰えたと言っていい。

 ふと思った。
 彼が差し出した右腕は、このあかねの手に汚れるのだろうか。
 いや、そうもいくまい。
 この右腕が罪の証ならば、あかねはそれを自分だけで背負っていくのみだ。

「……ううん」

 大事な友達の指を、あかねの罪で穢してはならない。
 あかねは、一息ついて、その右腕をひっこめた。
 男は、そんなあかねの様子を見て、眉をしかめた。
 そんな彼の表情を見て、あかねは息を大きく吐き出した。



「……ごめんね…………みんな……乱馬……」



 そう呟くと、あかねの体はゆっくりと力を失い、上半身ごと倒れこんだ。
 全身の力がもう、どこにもない。
 いや、もはや生命を維持するだけの余力もないだろう。

「あかねさんっ!」

 あらゆる変身能力があかねに手を貸したが、あかねの肉体が持つキャパシティを遥かに超える膨大な力があかねに取りついてしまった。幾つもの変身、幾つもの顔、幾つもの力──それが、あかねの体を蝕み、最後には何も残らない怪物に変えてしまった。
 その悪魔の力は自分の命さえも吸った。肉体は崩壊しきっていると言っていい。

「大丈夫。忘れたりなんかしないよ……良牙くん。良牙くんは私の一番特別な友達だから……。────ありがとう」

 ああ、せめて、……大事な親友・響良牙の名前を呼び、彼が意外そうな顔でこちらを見るだけの余力があったのは、ちょっとした救いになっただろうか。







 あかねの亡骸の右腕を、良牙は黙って握り続けた。
 空はもう晴れている。
 一帯が潰れたこの激戦の痕も、随分と違った景色に見え始めていた。
 長い時間が経ったように思われたが、時計はほんの数十分の出来事だったのだと告げている。

「……」

 つぼみは良牙に声をかける事ができなかった。
 良牙は何も言わず、ずっと黙っていた。
 それは、まだ彼が涙を止められず、立ち上がってこちらに顔を向けられないという事だと、容易にわかった。
 人は大事な人の死に目に悲しみを覚える。その時に自然に流れる涙であっても、他人に見せるのは情けないと教育されて生きているのが男たちである。
 ましてや、彼のように頑固で誰よりも強い人間は、涙を易々と見せたいとは思わないだろう。

 ──彼は我慢している。
 本当は遠吠えのような声をあげて泣きたいのかもしれないが、つぼみがいる手前、それができないのだろう。
 だから、何となく居心地の悪さを感じていたのだろうが、やはりつぼみは意を決して告げた。

187らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:40:44 ID:4VrrmyR20

「良牙さん……一緒に泣きましょう」

 つぼみの提案は聞こえただろうか。

「私もずっと、我慢していました。……でも、やっぱり……無理をするのはきっと、体に毒です」

 何も言わない良牙の背中に、つぼみは語り掛けた。
 やはり頭が真っ白で、何も聞こえていない──聞こえたとしても理解できない──のかもしれない。
 つぼみ自身、自分が何を言っているのか、すぐにわからなくなった。
 考えて出た言葉というよりも、ただ感じた言葉だった。
 今、自分がしたい事だろうか。

「……っ」

 良牙はあかねの手をまた強く握った。
 より強く。──しかし、握り返してもらえない心の痛み。
 それが良牙の中からあふれ出る。

「あかねさああああああああああああああああああああああああああんっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 良牙は、あかねに縋り付いて泣いていた。
 そんな良牙の背中で、つぼみは大事な友達をまた喪った悲しみと、それからまた一人、心は救えても命までは救えなかった痛みに慟哭した。







 良牙は、倒れた木々が茂るその場所にあかねの遺体を隠した。
 地面に埋める事ができなかったのは、まだどこかに未練があるからだろう。
 五代雄介や美樹さやかもここにいて、罪の連鎖がここにある。
 五代をさやかが殺し、さやかをあかねが殺し、あかねも死んでしまった。

「……つぼみ。ごめん」

 また二人で冴島邸に向かう森の中を歩きながら、良牙は言った。
 あかねの荷物を形見として回収したが、その中には殺人の為の武器ばかりである。
 ガイアメモリも、おそらくそのために使われたのだろう。

「折角みんなで助けたのに、さやかは……」

 どうにも良牙は居心地が悪そうだった。
 身体的、精神的に疲労がたまって、ただ、何も考えられないままにつぼみにそう言ったのだ。涙が枯れても、まだ呆然として何も考えられなかった。
 乱馬やシャンプーと違い、その死に目を直接見てしまったのがつらかったのだろう。

「なんで、良牙さんが謝るんですか」
「……」
「私は、さやかの命を奪った罪を憎みます。でも、……あかねさんは憎みません。それが私で、それが良牙さんですから」

 誰かが犯した罪を憎み、罪を犯した人間を憎まない。
 それは、つぼみの鉄の意志だった。そして、良牙自身も無自覚にそんなやさしさを心に秘めている人間だとつぼみは思っていた。
 今回の場合、ある人を狂わせたのは確実に「外的要因」である。
 それに、同じように、さやかは良牙と同行者である五代雄介を殺してしまっている。
 つぼみが、あかねを責める気はなかった。

「……そうか」

 良牙もそのつぼみの意見に概ね納得した。
 これ以上、二人で話しても、結局、結論は同じだ。主催を倒す事で、その罪を消し去る。
 それこそが、これから仮面ライダーとプリキュア──古今東西のあらゆる戦士たちがすべき事である。

 大道克己もそうだ。いつの間にかあの男への恨みは晴れていった。

188らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:41:08 ID:4VrrmyR20
 自分が憎んでいたのは、大道克己ではなく、彼の罪だとわかり始めていたのかもしれない。
 仮面ライダーエターナルとしての力を得た良牙は、これからもまた、仮面ライダーの力を自分が信じる正しい使い方で使っていくだろう。

「そうだ、良牙さん。さっきからずっと不思議だった事があるんです」

 ふとつぼみが口を開いた。
 先ほどからどうしても疑問だったことが一つあるのだ。

「…………あかねさんが私にトドメを刺そうとした時、どこからか声がしたんです。『早くこの娘を助けてあげて』、って。女の人の声でした。一体……誰の声だったんでしょうね」

 それは、回想して見ると、夢や幻のような声であったようにも思えるが、確かにあの時は耳を通って聞こえた声だった。
 距離感覚的にも、果たして良牙に聞こえたのかどうかはわからない。
 ただ、ここで子豚が「ぶきっ、ぶきっ」と、まるで賛同するかのように声をあげていた。

「……俺も不思議に思っていた事がある。あかねさんが息を引き取った後、あかねさんが持っていたあの折れた刀の刃先がどこにもなくなっていた……もしかしたら」

 あらゆる呪いの道具を目の当りにしてきた良牙である。
 物の中に「意思」があるかもしれないと言われても、すぐに呑み込めるだろう。
 もしかすれば、あの刀──裏正が、一人の少女の心を救えたと知って、満足気にその怨念を絶やして消えていったかもしれない。

 彼らは知る由もないが、裏正という刀は、ある女性の魂が宿されている。
 腑破十臓という男の妻の魂だった。人斬りだった夫を止める為に、何度も何度も説得して、それでも結局止められなかった怨念である。
 しかし、その刀はある物を見届けるとともに、その恨みを消した。
 二つに折れた刀の柄は、美樹さやかが友に認められるのを見た時に、そして刃は、天道あかねが友によって止められた時に。
 ……もう、自分が世にいる必要はなくなった、と確信したのだろう。

(なるほど──)

 良牙の中に、確信ともいえるべき何かがあった。
 それを胸に秘めながら、手元にあるエターナルのメモリを、良牙はじっと見つめた。

(俺もいずれ、お前の声を聴かせてもらうぜ、エターナル)

 エターナル。
 かつて、風都を死人の街にしようと目論んだ悪の仮面ライダー──。
 その力が一人の少年の手に渡り、いつの間にか、全く別の道に向けて風が送られていた。

189らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:41:25 ID:4VrrmyR20



【2日目 昼】
【E−5 森】

【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:ダメージ(中)、加頭に怒りと恐怖、強い悲しみと決意、首輪解除
[装備]:プリキュアの種&ココロパフューム、プリキュアの種&ココロパフューム(えりか)@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&シャイニーパフューム@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&ココロポット(ゆり)@ハートキャッチプリキュア!、こころの種(赤、青、マゼンダ)@ハートキャッチプリキュア!、ハートキャッチミラージュ+スーパープリキュアの種@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式×5(食料一食分消費、(つぼみ、えりか、三影、さやか、ドウコク))、スティンガー×6@魔法少女リリカルなのは、破邪の剣@牙浪―GARO―、まどかのノート@魔法少女まどか☆マギカ、大貝形手盾@侍戦隊シンケンジャー、反ディスク@侍戦隊シンケンジャー、デストロン戦闘員スーツ×2(スーツ+マスク)@仮面ライダーSPIRITS、『ハートキャッチプリキュア!』の漫画@ハートキャッチプリキュア!
[思考]
基本:殺し合いはさせない!
0:冴島邸へ。
1:この殺し合いに巻き込まれた人間を守り、悪人であろうと救える限り心を救う
2:……そんなにフェイトさんと声が似ていますか?
[備考]
※参戦時期は本編後半(ゆりが仲間になった後)。少なくとも43話後。DX2および劇場版『花の都でファッションショー…ですか!? 』経験済み
 そのためフレプリ勢と面識があります
※溝呂木眞也の名前を聞きましたが、悪人であることは聞いていません。鋼牙達との情報交換で悪人だと知りました。
※良牙が発した気柱を目撃しています。
※プリキュアとしての正体を明かすことに迷いは無くなりました。
※サラマンダー男爵が主催側にいるのはオリヴィエが人質に取られているからだと考えています。
※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました。
※この殺し合いにおいて『変身』あるいは『変わる事』が重要な意味を持っているのではないのかと考えています。
※放送が嘘である可能性も少なからず考えていますが、殺し合いそのものは着実に進んでいると理解しています。
※ゆりが死んだこと、ゆりとダークプリキュアが姉妹であることを知りました。
※大道克己により、「ゆりはゲームに乗った」、「えりかはゆりが殺した」などの情報を得ましたが、半信半疑です。
※所持しているランダム支給品とデイパックがえりかのものであることは知りません。
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※良牙、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※全員の変身アイテムとハートキャッチミラージュが揃った時、他のハートキャッチプリキュアたちからの力を受けて、スーパーキュアブロッサムに強化変身する事ができます。
※ダークプリキュア(なのは)にこれまでのいきさつを全部聞きました。
※魔法少女の真実について教えられました。

190らんまの心臓(後編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:41:44 ID:4VrrmyR20

【響良牙@らんま1/2】
[状態]:ダメージ(中)、五代・乱馬・村雨・あかねの死に対する悲しみと後悔と決意、男溺泉によって体質改善、首輪解除
[装備]:ロストドライバー+エターナルメモリ@仮面ライダーW、T2ガイアメモリ(ゾーン、ヒート、ウェザー、パペティアー、ルナ、メタル、バイオレンス、ナスカ)@仮面ライダーW、
[道具]:支給品一式×18(食料二食分消費、(良牙、克己、五代、十臓、京水、タカヤ、シンヤ、丈瑠、パンスト、冴子、シャンプー、ノーザ、ゴオマ、バラゴ、あかね、溝呂木、一条、速水))、首輪×7(シャンプー、ゴオマ、まどか、なのは、流ノ介、本郷、ノーザ)、水とお湯の入ったポット1つずつ×3、子豚(鯖@超光戦士シャンゼリオン?)、志葉家のモヂカラディスク@侍戦隊シンケンジャー、ムースの眼鏡@らんま1/2 、細胞維持酵素×6@仮面ライダーW、グリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、歳の数茸×2(7cm、7cm)@らんま1/2、デストロン戦闘員マスク@仮面ライダーSPIRITS、プラカード+サインペン&クリーナー@らんま1/2、呪泉郷の水(娘溺泉、男溺泉、数は不明)@らんま1/2、呪泉郷顧客名簿、呪泉郷地図、克己のハーモニカ@仮面ライダーW、テッククリスタル(シンヤ)@宇宙の騎士テッカマンブレード、『戦争と平和』@仮面ライダークウガ、双眼鏡@現実×2、女嫌香アップリケ@らんま1/2、斎田リコの絵(グシャグシャに丸められてます)@ウルトラマンネクサス、拡声器、インロウマル&スーパーディスク@侍戦隊シンケンジャー、紀州特産の梅干し@超光戦士シャンゼリオン、ムカデのキーホルダー@超光戦士シャンゼリオン、滝和也のライダースーツ@仮面ライダーSPIRITS、『長いお別れ』@仮面ライダーW、ランダム支給品0〜8(ゴオマ0〜1、バラゴ0〜2、冴子0〜2、溝呂木0〜2)、バグンダダ@仮面ライダークウガ、警察手帳、特殊i-pod(破損)@オリジナル
[思考]
基本:自分の仲間を守る
0:冴島邸へ。
1:誰かにメフィストの力を与えた存在と主催者について相談する。
2:いざというときは仮面ライダーとして戦う。
[備考]
※参戦時期は原作36巻PART.2『カミング・スーン』(高原での雲竜あかりとのデート)以降です。
※ゾーンメモリとの適合率は非常に悪いです。対し、エターナルとの適合率自体は良く、ブルーフレアに変身可能です。但し、迷いや後悔からレッドフレアになる事があります。
※エターナルでゾーンのマキシマムドライブを発動しても、本人が知覚していない位置からメモリを集めるのは不可能になっています。
(マップ中から集めたり、エターナルが知らない隠されているメモリを集めたりは不可能です)
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※つぼみ、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※男溺泉に浸かったので、体質は改善され、普通の男の子に戻りました。
※あかねが殺し合いに乗った事を知りました。
※溝呂木及び闇黒皇帝(黒岩)に力を与えた存在が参加者にいると考えています。また、主催者はその存在よりも上だと考えています。
※バルディッシュと情報交換しました。バルディッシュは良牙をそれなりに信用しています。
※鯖は呪泉郷の「黒豚溺泉」を浴びた事で良牙のような黒い子豚になりました。
※魔女の真実を知りました。







【天道あかね@らんま1/2 死亡】
【残り15名】

191 ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:43:10 ID:4VrrmyR20
以上、投下終了です。

192名無しさん:2014/10/07(火) 18:07:57 ID:5x6vqHEU0
投下乙です
やっぱりあかねは助からなかったか…
でも、最期に乱馬や良牙の事を思い出せて良かった

しかし良牙はほんと報われんなあ
どんなに強く想ってても、あかねの心を強く揺さぶるのは彼自身の言葉でなくて、乱馬の言葉だなんて、悲しいなあ
あかねの最期の言葉でもあくまで『友達』呼びなあたりにも哀愁を感じるw
まあ、良牙には一応あかねとは別に相思相愛の彼女がいるわけだが

193名無しさん:2014/10/07(火) 18:28:45 ID:/cmDtofk0
投下乙です。
おお、苦難続きだったあかねはようやく最期に一つの救いを手に入れられましたか……
新たなる決意を胸にした二人に幸があらんことを

194名無しさん:2014/10/07(火) 19:18:23 ID:yRfU5JMs0
投下乙です

あかねは彼女だけの責任でもないんだが選択肢の結果でとことんまで行ったからなあ
助からないとは思ったがせめて最後に救いの一つがあっただけでも…
良牙は本当なら休ませてあげたいがロワの最終章はまだ続く
せめて頑張れ

195名無しさん:2014/10/09(木) 00:14:49 ID:c..nCN/gO
投下乙です。

良牙はどう頑張っても乱馬に勝てない。
それでもあかねにとっては、乱馬の事を想い出させてくれた「大事なお友達」だ。

196 ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:52:05 ID:/DLS..kw0
投下します。

197騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:53:33 ID:/DLS..kw0








 Where there is light, shadows lurk and fear reigns…
(光あるところに、漆黒の闇ありき。古の時代より、人類は闇を恐れた)











 But by the blade of knights, mankind was given hope…
(しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、人類は希望の光を得たのだ)















 涼邑零。──この男に、その名前がついたのはごく最近の話である。

 元々、彼には「本当の名前」はなかった。人の子として生まれたはずだが、気づいた時には親は目の前にはいなかった。自分と血のつながりのある人間は人生の始まりから間もなくして、何らかの事情で彼の目の前から姿を消していたのだ。
 おそらくは────もうその彼の血縁者はこの世にいない。両親は彼が生まれて間もなくして、ホラーに殺されたという話をされた事があったが、やはりそれが真実なのだろう。
 だから、実の両親がつけるべきもの──「本当の名前」は彼にはない。

『──父さん! 静香!』

 親のなかった彼にとっての家族とは、道寺という老いた魔戒騎士の父と、静香という妹である。自分が道寺や静香と血のつながりがない事を知ったのは、十年前、彼が八歳の時だ。
 それを告げられるその時まで、何の違和感もなく彼を本当の父だと思って生きてきたのだった。強く優しい道寺の背中は、本当の父そのもの──彼は、ずっとそれを追って来た。
 魔戒騎士の血が自分と静香に流れ、自分はその血に従って、父同様の立派な魔戒騎士になると思っていた。

『怒らないで、坊や。道寺はね、身寄りのないあなたと静香を引き取って、自分の子供として育てる決意をしたの。それがどんなに覚悟の要る決断であったか、あなたにはわからないでしょうね──』

 倉庫の中で魔導具シルヴァと出会い、そう言われた時の衝撃を彼は忘れないだろう。月並みな言い方をすれば、ハンマーで殴られたような衝撃である。
 後に、その真実を再度、道寺から聞かされた時の静香の驚いた顔も忘れない。
 “ああ、あの時自分はこんな顔をしていたのか……”と。
 だが、決して、失望だけの色ではなく、どこか嬉しさがこみあげていたのは、兄と妹の関係では叶わないような想いを、お互いに胸に抱いていたからだろう。

 彼が道寺のもとで暮らしていた時の名前は銀牙と言った。
 これはおそらく、一人の身寄りのない子供に道寺がつけた名前だ。銀牙騎士ゼロ、という道寺の称号の名前を考えれば、容易にわかる事である。おそらくそこから取ったのだ。

198騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:53:51 ID:/DLS..kw0
 銀牙はその名前を、己の誇りにした。血のつながりはないとはいえ、それでも父は自分を魔戒騎士にしようとしている。父の称号から受けた名前がより一層、自分は魔戒騎士になるのだという想いを強くさせた。誉れ高き魔戒騎士が、己の称号を他人に名付けるはずがない。実の息子のような愛情を注いでいるから、この名前が銀牙に受け継がれたはずだ。
 道寺や静香が、自分の事を「銀牙」と呼んでくれる日々がただ嬉しかった。
 たとえ血のつながりがなくとも、そこにいるのは確かに「家族」。父から子へと受け継がれた、魔戒騎士の魂の絆だった。

 ……とはいえ、元々、道寺が彼を引き取ったのは、「絶狼」の称号を持つ鎧の後継者が空席だったからであった。決して孤児を不憫に思ったわけでもなく、己の寂しさを紛らわすだけでもなく、ただこの世にありふれたたくさんの孤児の中から、奇跡的な才能の持ち主を見出して、自分の後継者を育てようとしたのであった。
 魔戒騎士になるには血のにじむような努力が要される。昼夜を問わず心身ともに修行し、天才的な素養と努力によって己の術を高めていく。一般的な人間が一生涯に行うほどの努力を少年期に詰め込むくらいでなければ、古の怪物ホラーを狩る事はできない。
 本来ならば血統も重んじられるが、その差を一層の努力で埋めなければならない定めも彼には圧し掛かった。

 しかし、銀牙にはそんな生活も、手ごたえのない努力も、苦ではなかった。
 苦しさの数に勝る幸せがあり、道寺の息子として魔戒騎士を夢見る事もまた誇りであったからだ。銀牙自身が、魔戒騎士の子たちに遅れを取らない才能の持ち主であった所為もある。

『ねえ、銀牙はなぜ魔戒騎士になったの?』
『──きみを守るために』

 「大事な物を守る」──魔戒騎士にとって、最も大事な想いと、しかるべき義務もまた、銀牙の胸の内に確かに秘められていた。日々の辛い修練も、父や静香を守るために魔戒騎士になるその時を思えば耐えられたのだ。それに、父の生成した魔導具・シルヴァも彼らを支えていた。

 そして、いつの間にか銀牙は、魔戒騎士の血統を継いだ者たちよりも立派な魔戒騎士になっていたのである。
 それだけの素質を開化させる頃には、銀牙は十八歳になり、私生活では静香との結婚を意識するようになっていた。まるで前世からの悲恋が叶うような喜びが胸に広がっているのを銀牙は感じた。
 そう、おそらくは──この愛おしさは、今に限った事ではない。
 兄と妹だった時よりも、ずっと以前から二人は惹かれあっていたはずだ。
 そして、やがて訪れる幸せを夢見て、銀牙は日に日に強くなっていった。誰よりも強く、誰よりも静香の事を守れる魔戒騎士になるために──あるいは、最高位の黄金騎士の力に届いてもおかしくないほどの急激な成長ぶりであっただろう。


 そんな日々も──。


 あの日。左翔太郎の言葉を借りるならば、「ビギンズナイト」とでも呼ぶべき、銀牙の運命を変えた日、遂に銀牙の幸せな日々は幕を下ろした。
 長い時間をかけて育まれたその幸せが崩されるのは一瞬だった。
 それが崩された理由の単純さも、その運命の無情さを表していた。

 たった一人の魔戒騎士が、ある秘薬を奪う為だけに、銀牙の目の前で道寺と静香を殺害したのである。目の前で、家族たちの温かさは消えていった。
 その日から、銀牙は己の名前を捨てた。あの名前が呼ばれるは、銀牙が育ったあの草原にぽつりと建てられた小さな家の中だけだ。
 誇り高き、「銀牙」の名前は、もう使われるべきではない。これからはどんなに汚れた事でも行う。魔戒騎士の道理に逆らってでも、家族の仇を取るのだ──。

 「銀牙」は、その時に死んだ。──そして、新しく「涼邑零」という名前の男が生まれ、復讐の為の日々は始まったのである。







 仇敵は目の前にいた。
 暗黒騎士キバ──。いや、それを狂わせていた『鎧』だった。この鎧は中身を伴っていない。残留思念だけが具現化された物であるとザルバは言う。
 実のところ、確かにそこから人間らしい意思は感じられなかった。

 しかし、確かにそれは仇敵だった。

199騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:54:17 ID:/DLS..kw0
 千体のホラーを喰らい、魔戒騎士たちを喰らい、バラゴの精神までもを喰らったのは全てこの暗黒騎士キバの鎧の方である。
 真に憎まれるべき仇は鋼牙でもバラゴでもない。──ここにいる、鎧の怪物だ。

 ──魔戒騎士たちの鎧は、須らく危険性のある材質で出来ている。
 ソウルメタル──現世で99.9秒以上装着していれば鎧の力に食われ、暴走するという代物である。その時から鎧はデスメタルへと還元され、より強固で強力になる代わりに、鎧自体の自我も強くなるのである。
 文字通り、“魂が死んだ”状態と言っていい。
 実のところ、辛い修行を経てきた多くの魔戒騎士たちはソウルメタル難なくそれを使いこなすのだが、時として飽くなき力の誘惑に負け、99.9秒を超過しても鎧を解除せず、結果として怪物になる者が現れる。

 この鎧の主であるバラゴは、その限られた稀な魔戒騎士だった。
 バラゴはもうこの世にはいないが、全てを喰らった鎧の方こそがバラゴを暴走させ、怪物の意思を持っていたのだろう。バラゴの蛮行は当然許される事ではないが、より許せないのは、一人の人間の想いを利用して騎士の道を狂わせたこの悪しき鎧──それが今、ようやく零にも理解できたようであった。

「──いくぞ」

 ゼロはその仇敵の暗黒騎士の喉元を冷静に──あるいは、冷淡に見つめた。銀牙騎士ゼロの鎧を纏い、今自分は戦いの現場にいる。
 しかし、己の内心には奇妙な落ち着きも見受けられた。戦意は高揚もしているはずなのだが、決してそれだけではない。今までよりもずっと、沈着した怒りで敵に相対している。
 ずっと……ずっと、追い求めてきた己の仇が、今目の前にいるはずなのに。あれだけ憎み、あれだけ零を苦しめた諸悪の根源が目の前にいて、今度は零の命を奪おうとしているはずなのに。本来なら復讐の意思が牙を剥いても全くおかしくない話だが、零はその想いに飲まれなかった。

「暗黒騎士……いや、俺たちの敵・ホラーよ」

 勝つか、負けるか──それは生きるか、死ぬか。幾度もその緊張を乗り越えてきたとはいえ、この破格の相手を前に考えてみれば恐ろしい物だが、今こうして、久々に暗黒騎士と対決する日が来た時、零の胸には辛い修行を乗り切った後に敵に勝ったような達成感があった。
 ──いや、勝てる。これは勝てる戦だ。その確信が既に零にはある。

「貴様の陰我──今度は、俺が断ち切る!」

 道寺も。静香も。シルヴァも。鋼牙も。──今はいないが、彼らから教わって来た魔戒騎士の義務と守りしものだけは、零の中に残される。いや、彼らにその想いを受け継がせてきた幾千の英霊の魂や想い、誇りもまた、銀牙騎士がここに生まれるまでに存在しているのである。それらは決して消えない。
 古今東西、あらゆる黄金騎士や銀牙騎士たちが鋼牙・零の代まで継承させた力と意思である。たかだか十年程度、見せかけの強さで悪の限りを尽くした暗黒騎士──いや、騎士と呼ぶ事さえおこがましい目の前の怪物とは違う。

 ゼロがこんな所で、こんな相手に負けるはずがなかった。
 この剣に、この両腕に、この血潮に、幾千幾万の戦士たちの力と想いが宿り続けている。そして、ゼロの背中を押しているのである。

 ──それに、ここには新しい仲間もいる。
 その追い風に身を委ねるように、彼は駆けだした。

「──はあああああああああああっ!!!」

 両手に剣を握りしめたゼロは、まるで舞うようにキバの体表へと剣をぶつけた。
 火花は勿論、キバを動かす邪念の欠片もまた、そこから漏れ出たように感じた。
 胸を張り、然として、キバはその一撃を受ける。
 その衝撃を鎧の強度で飲み込み、当のキバは隙を見てゼロの腹を、胸を蹴り飛ばした。
 数歩、ゼロは退く。

「はあっ!!!!」

 しかし、そこから縦一閃。
 刃がキバの体を引き裂かんと振るわれた。
 両腕の付け根に向けて突進した斬撃の光は、その体を抜けて後方の木々へと、地面に垂直な焦げ跡を刻んだ。

「ぐっ……!」

 今度はキバが後退した。

200騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:54:36 ID:/DLS..kw0

 真横に剣を構えて、ゼロの手前の虚空を引き裂く。彼らの一撃は、風を作りだす。──鎌鼬、という現象のように。
 ゼロは高く跳躍してそれを回避する。キバの斬撃は、そんなゼロの足の下を素通りしていった。後方数十メートル、幹が抉られた木が残った。



 ──その時、キバにも隙が出来たように見えた。

「はぁっ!!」

 この掛け声はゼロでもキバでもない者が発した声だった。そして、真横からキバの左腕に向けて振るわれる剣──。これは、おそらく戦闘の素人による攻撃だ。キバはその左腕で剣の切っ先を掴む。

 その見かけは黄金の輝きを放っていた。──ゼロの仲間だ。
 黄金騎士ガロの姿に変身したレイジングハート・エクセリオンである。ダミーメモリという強力なメモリが、一度見た敵をより強くなっている。

「愚かなッ」

 キバはまず、そちらに一度、剣を振るった。刃はまるで突き刺したかのように深く鎧を抉り、滑らかに線を作る。黄金の鎧に一文字の傷跡。レイジングハートの方が接近しすぎた証であろう。指に嵌められたザルバも、その不覚を呪っているに違いない。
 もう少し距離感を計算に入れるべきだ、と。

「ぐああああああああああああああッッ!!」

 レイジングハートは基本的にはここにいる誰よりも戦闘に不慣れだ。
 ゆえに、キバに敵うだけの力は持ち合わせない。キバにとっても、取るにたらない存在のはずだ。

「大丈夫かっ!?」

 着地したゼロがレイジングハートの身を案じる。
 だが、彼女には決して役立たずではなかった。彼女にも、ここにいる誰も持たない技能がある。この場の誰もが、その行動をただの無茶や不慣れと勘違いしたようだが、レイジングハートも接近戦が危険である事など重々理解している。

 ──彼女も「変身」においては、ここにいる誰よりも多様なバリエーションを持っているのだ。これまで見てきたあらゆる物に姿を変え、その能力の片鱗を自在に引きだす事ができる。扱う者によれば、その強さは絶大。
 今、まさに、その能力を活かして目の前の巨悪に一矢報いようと思ったのである。

「──OK,……変、身ッ!」

 この時、傷ついたレイジングハートが姿を変えたのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの姿であった。所持していた黄金の剣は、鎌形の魔法刃・ハーケンセイバーへと姿を変える。ダミーメモリによる疑似的な魔法力だけではなく、レイジングハート自身のリンカーコアから供給される魔法が一層、その刃を強くする。

「ハーケンセイバァーッ!」

 ごろろろろ。──形を変えた剣から発せられるのは、轟く雷鳴。
 キバの頭部から足元まで雷が駆け巡った。人間ならば一瞬で焼死する。非殺傷設定などこの相手には使われていなかった。

「なにっ……!」

 肉を斬らせて、骨を絶つ──。
 接近戦の危険性は重々承知していたが、レイジングハートはこの距離で「変身」する事を考えていた。ガロとして接近してキバを狙い、直後にフェイトの姿へと変身し、魔力を発動する。その作戦通り、ハーケンセイバーへと変形した黄金剣は、キバの頭上に雷と魔法刃を落としたのであった。

「……ぐっ!?」

 魔戒騎士を相手にすればありえないトリッキー。──それが、暗黒騎士キバの鎧に突かれた弱点である。
 目の前の敵が黄金騎士ではなく、湖で目にした女であるとはわかっていたが、あくまで、キバは無意識に「魔戒騎士の能力」への対応を考えていたのだろう。しかし、当のレイジングハートの側は決して黄金騎士としての能力だけを有しているわけではない。これまでの戦いのあらゆるデータが全てそのままダミードーパントの能力に直結している。

201騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:54:52 ID:/DLS..kw0

 変身のバリエージョンは無限に存在し、瞬時にその姿と能力を入れ替えて戦闘する事ができる。その切り替えが上達している事をキバは想定していなかった。
 ゆえに、甘んじてその体は電撃を喰らう事になったのだ。
 体を駆け巡った電流の残滓を振り払い、レイジングハートを一睨みする。

「ふんっ……」

 キバにとってはまだまだ致命傷に届かない一撃だ。
 鎧自体の能力も、易々と敵に遅れを取るレベルではない。中身がない分、人間と比べて「痛み」のない彼には、一瞬だけ受けた外傷である。
 通常の金属と違い、感電する事はありえない。破損レベルも低く、決して意義のある攻撃にはなりえなかった。

「……この程度か!」

 レイジングハートが行ったのは、実際には「骨を絶たせて肉を斬る」という程度だったのだろうか。キバの受けたダメージは、レイジングハートの意に反して、微々たるものであった。
 しかし、キバのペースを乱したのは確かである。下に見ていた相手から初めてまともな攻撃を貰って、内心では動揺も受けただろう。自尊心の強い怪物であるがゆえ、自分の想定を崩されると理不尽な怒りも湧き上がる。
 実際、微々たるものとはいえ、鎧そのものに与えたダメージがあるのは確かだ。蓄積されれば十分に破壊につながる。おそらく、通常の攻撃では、多少でもダメージは与えられない。

『おい……あんまり無茶をするな……! 身が保たないぞ!』

 ただ、レイジングハートを想い、ザルバは叫んだ。実際、その通りだろうとレイジングハートも自覚する。
 この戦法が一度成功して以降は、おそらくその効果は弱くなる。まだキバが知らないような能力もいくつか使えるが、それを使い続ければキバもレイジングハートの命そのものを消し去る為の対策を生みだすだろう。

 レイジングハートは、キバから距離を置いて膝をついている。胸部の傷跡を触れながら、あと二、三発同様に攻撃されればレイジングハート自体が破壊されてしまう可能性も高い──それを実感した。

「まずいっ!」

 好機。キバはそこにねらい目を感じる。
 その最中、仮面ライダースーパー1──沖一也がそこに駆け寄った。

「ふんっ」

 キバが空中に剣で十字を描くと、それはまるで黒色の衝撃波のような姿へと姿を変えて、そのままレイジングハートを狙う。

「──ッ」

 ──が、その攻撃の延長線上には、既にスーパー1が到着していた。
 十字の黒炎がレイジングハートの体を引き裂く前に、スーパー1が両掌をキバに向けて腰を少し下ろす。構えは、ほぼ正確だった。

「赤林少林拳! 梅花の型!」

 十字の中央、四股が集う場所が、スーパー1の掌と重なり、包まれた。まるでスーパー1の掌の底から漆黒の花が咲いたようにも見えるだろう。
 レイジングハートは、自分に向けられた攻撃に咄嗟に目を瞑ったが、己を守るスーパー1の背中を目の当りにして、ほっと息をついた。

「破ァッ!」

 スーパー1は、キバの剣から放たれた衝撃波を梅花の型で吸収する。
 彼は別にこの腕に力を込めたつもりはなかった。ただ、自然の流れに従い、己の鋭敏な感覚を信じてそこに手を起き、流れに任せたのみである。
 その結果、黒炎の力は押しとどまり、やがてスーパー1の付近数メートルに暴風を発生させた後、元通り自然の流れに消えた。

 全て終われば、舞い散る木葉だけが、スーパー1とレイジングハートの周囲には舞っている。
 守る。──という行為においては、彼はプロフェッショナルであると言える。
 梅花とは、その為の力である。その使いどころが発揮されたという事だ。

202騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:55:33 ID:/DLS..kw0

「ハァッ!」

 ゼロが再び、キバに接近して剣舞する。
 本来ならば相当に使う難く、剣道でもルール上可能であれ、誰も使わない二刀流。──現代では、それを使いこなせるほど頭の回転の早く、両手の握力やテクニックの強い戦士は存在していなかった。
 それが、今、一度、二度、三度、四度と、キバを翻弄して傷つけている。

 彼は二刀流において、おそらくその時代で最強の実力の持ち主であった。並の人間にとっては一刀流が最も安定した剣術だろうが、彼にとっては二刀流の方が遥かに扱いやすい。
 刀、という無機質な相棒でも、一つでも多い方がいいと──寂しく思っていたのかもしれない。
 それは、滑らかにキバの体表を削り取った後、背後に退いた。

「うらァァあああああッ!!」

 そんな最中、三人──ゼロとスーパー1とレイジングハート──の耳朶を打つのは、もう一人の後衛の叫び声である。咄嗟に、ゼロとスーパー1は己の身の危険を感じた。
 味方ではあるが、決して優しくはない攻撃がキバに向けられたのだろう。

「ぐっ……!!」

 ゼロが後退した理由はこれである。
 スーパー1のもとに、更に一閃の攻撃が向かってきた。──今度は、梅花による回避は難しい速度であった。力の位置が安定せず、捉えるのは難しい。

 咄嗟に、スーパー1とレイジングハートはその頭を下げて屈み、体ごと回避した。
 激突。
 二人の後方、冴島邸の塀に真っ赤な炎を帯びた斬撃が走る。爆弾がコンクリートを粉にしたような轟音とともに、塀が崩れ落ちてきた。
 レイジングハートの頭部をスーパー1が庇うようにして守る。瓦礫は彼の体には柔らかな土塊も同然だ。

「ドウコク……!」

 その技の主を見れば、それは血祭ドウコクであった。──彼にとっては、この軌道もおおよそ予想通りだっただろう。最もキバを捉えやすい角度に、力任せに剣を振るっただけだ。
 暗黒騎士キバ以上に恐ろしい異形を、スーパー1は黙って見つめる。その瞳にはドウコクへの批難と反抗の念も込められていたが、当のドウコクは全くそんな視線を受けている意識はなかった。

「フン」

 ドウコクは憮然と立ち構えたまま、キバの方を見据えている。スーパー1とレイジングハートの方には最初から目をやっていないようだ。明確にスーパー1やレイジングハートを狙ったわけではないが、巻き添えも辞さないと判断したのだ。
 いずれ敵になる男……というのを二人は確信した。

 これがこの男の戦法だ。
 スーパー1とレイジングハートの回避を信頼したわけではなく、「回避できない雑魚ならば味方として扱う価値はない」と最初から方針を決めて戦っている。
 これが同じ外道衆の仲間ならば違っただろうが、相手が外道と相容れない善良な人間ともなるとこんな扱いである。──ドウコクは、スーパー1たちが休む間もなく次の行動に出た。

「ハァァァァァァァァッ!!!!!」

 そう吠えたかと思えば、次の瞬間には、ドウコクがその場から姿を消した。いや、その場にいた人間の目が一瞬だけその姿を捕捉できなくなっただけだった。
 よく目を凝らせばわかるが、ドウコクは超高速で移動してキバの体を斬りつけていた。それは傍から見れば単純に右から左へ動いているように見えるかもしれないが、実のところ、ドウコクの足は地を蹴っていない。
 それこそが外道衆なる妖怪たちの特異性だろう。
 僅かならば、地に足をつけずに、自分が作りだした大気の流れだけで移動ができる。

「ハアッ!!」

 何度、キバの体が傷を負っただろうか、というくらいに切りつけたところでドウコクが飛びあがり、上空から青い雷を放ってキバに落とした。

203名無しさん:2014/10/13(月) 23:56:28 ID:/DLS..kw0

 スーパー1とレイジングハートは退いてそれを回避していた。今は到底、そこに飛び込めるような状況ではない。
 これがドウコクの実力である。この時の彼は、おそらくこの場で最も非情に戦闘行為を行っていたのだろう。──首輪を外した以上、彼を縛る者は何もない。

「ぐっ!! はっ……!!」

 キバは、傷つきながらも機転を効かせて、その雷を上空に翳した剣を避雷針にして「回収」する。そして、剣を華麗に振るって、その電撃が自らに到達するよりも早く────大地へと雷を押し返す。
 なかなかの初速だ。視界そのもののモードを切り替え、ドウコクの戦闘をコンピュータで捉えていたスーパー1以外、その一瞬は捉えきれなかっただろうと、スーパー1は自負した。
 地面が裂け、電撃はゼロの方へと突進していく。

「危ないっ!!」

 スーパー1が思わず叫んだ。
 雷が土竜のように地を掘り進め、地上にそのエネルギーを解放しようとしている。
 そのゴール地点にゼロがいるのである。彼の耐久精度がどの程度か認識していなかったスーパー1は、彼の身を案じた。
 しかし、それは全くの杞憂だったといえよう。

「はっ」

 ゼロは両手を広げ、空中へと飛びあがる。──彼は、キバが雷よりも早く動いた事を確かにその目で捉えていたらしい。それは、人間離れした運動神経と動体視力であると言える。
 空は真昼の太陽がもう雲に隠れていて、既に陽が落ちそうに暗くなっていた。今、空にある輝きはゼロだけだった。
 なるほど、スーパー1が思っていた以上に、頼りがいのある仲間だ。

「──」

 ドウコクの方は、これといって反応せず、憮然と立ちすくんでいる。──彼も、スーパー1の予測以上の動体視力で、一部始終を確認したのだろうか。
 スーパー1──沖一也と決定的に違うのは、ゼロが舞い降りるあの空に一切興味を持たないところだ。
 遅れて、レイジングハートが、顔を上げてゼロの姿を探した。今の一瞬は彼女でも捉えられなかったらしい。ドウコクがキバに雷を落としてからの展開を彼女は読めていない。

 ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ……。

 そんな風に空を彼らが見つめていると、どこからか蹄の音が鳴り渡った。
 味方さえも、その音に翻弄される。キバに向かっていくその音。
 まるで、森の中から突然に現れて出てきたように聞こえた。

「!!」

 巨大な銀の馬が、森の奥から駆け出してくるのだ。
 ゼロの鎧と同じく、白銀に輝くその馬は、どんなサラブレットよりも美しく猛々しい。
 スーパー1は思わず息を飲んだ。

「──」

 魔導馬、銀牙である。巨体は四足を駆動させて彼らの元へと向かっていた。
 ゼロが召喚したのだ。あらゆる意味で最後の相棒にして、己のかつての名前が名付けられている家族。現世に降臨した魔導馬は、英霊たちの魂さえも載せてゼロへと近づいていた。

 ゼロはその巨体を繰り、直線上にあるキバの鎧を狙っていたのである。

「はあああああっ!!」

 その時速を確認する。銀牙は、森の奥から現れ、ゼロの着地点まで一瞬で距離を縮めた。
 ──一秒後には、キバの後方へとたどり着けるスピードだろう。
 ゼロが銀牙の上に落下し、丁度跨る形になって、キバへと肉薄するに至った。

「──ッ」

 本来、キバの鎧はその邪念だけで魔界と人間界とのつながりを一時的に断絶する「結界」を張るだけの能力があるが、この時、彼の邪念は結界を張るに至らなかったのである。
 それは、彼が最も恨んでいる黄金騎士の存在がこの場になかった事と、絶狼の鎧を喰らおうとしていた事に由来する。

 しかし、今自分が戦っている相手は既に魔導馬を持っており、それをこうまで手懐け、使いこなしている事をキバは理解した。目の前の敵は、安易に“喰らえる”相手ではない。
 どうやら、もっと簡単にゼロを倒す策を講じなければならない。

204騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:57:56 ID:/DLS..kw0



 銀牙に載ったゼロの刃は、通りすがりにキバの胸を切り裂く。
 先ほど、似非の黄金騎士に与えた傷口よりもずっと深く、空っぽの鎧を抉りだす。

「ぐっ……」

 通りすぎたゼロは、再度後ろを振り向いて、キバの方へと向かっていく。
 キバは倒れかかったその体でも、向かってくるゼロと銀牙を睨み据える。

 ──喰うか喰われるか。
 接近する銀牙を前にも、キバは冷静に己の刃を腕でなぞった。すると、まるでそこから魔導火を翳したかのように、刀身で炎があがった
 デスメタルの刃がいっそう強く燃え上がり、向かってくるゼロを斬りつけようと感じた。

「フンッ!!」
「ハアッ!!」

 ゼロとキバ、お互いの刃から衝撃波が発される。
 膨大なエネルギーを発するお互いの刃が空中で激突、拮抗した──。

 ──爆裂。

 双方の力が押し合いきれずにそのエネルギーを直進させ続ける事ができなかったのだ。
 真横に逃げ出そうと抵抗した力が空中で小さな爆発を起こす。
 空気が振動し、ゼロとキバはそれぞれ、衝撃を体の前面で受けて吹き飛ばされる。

「ぐぅっ!」

 ゼロが起き上がる。
 ──いや、その姿は生身の涼邑零へと再び戻っていた。

「フフ……」

 魔界騎士の鎧が解除されており、背にいたはずの魔導馬も消えている。しかし、零には召喚を解除した覚えも、召喚の継続が不可能になる次元のダメージを負った覚えもない。
 考えうるのは、外的要因。強制的に他人の鎧を解除できる抑止力だ。しかし、それも心当たりがなく、零は困惑した。

「────なっ……一体、どういう事だっ!」

 尻を地面についたまま、零は己の両掌を見る。
 傍らに落ちている双剣にふと気づいて、それを手に取る。
 即座に、その剣で空中に真円を二つ描いて、真魔界とのコネクトを図るが、……すぐにゲートが消失した。これでは、鎧の召喚が行えない。

『奴の邪念を受けたんだ! 奴は結界を張って鎧の召喚を妨害しているぞ!』

 レイジングハートの指で魔導輪ザルバがその気配を察知し、ゼロに原理を伝えた。キバの強い邪念がゼロのソウルメタルの装着を解除させ、一時的に真魔界に鎧と騎馬を送還させたというのである。
 更に、キバはその邪念でホラーを操り、現実世界へと鎧を運ぶ魔天使を妨害している。
 その為に、零は再度鎧を装着する事ができなくなってしまったらしい。

「くっ……奴め! あと一歩のところで!」
『おい、零。もう一度ゲートを開け、俺様が裂け目に入って何とかしてやる!』
「……わかった!」

 零は、頷くとザルバに従って空中に円を描こうとする。
 だが、そんな彼の目の前には既に起き上がったキバが接近している。

 円を描く時間はない──。

「はぁっ!!」

 スーパー1がキバに掴みかかり、零への接近を阻止する。パワーハンドへとチェンジしたファイブハンドは、キバが零を殺害する隙を与えなかった。

205騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/13(月) 23:58:31 ID:/DLS..kw0
 キバの外殻を掴み、敵の動きを止める。
 現実世界の科学技術で魔界の鎧を阻止する、その人間の凄まじき情熱──それもまた、キバには疎ましい。真に強きは人ではなく、魔物であると信じるがゆえに、彼はホラーを喰らい続けたのだ。

「くっ。仮面ライダーめ、何度この俺の邪魔をするッ!」
「何度でもだっ!」
「ならばッ! ──はぁッ!」

 スーパー1の鳩尾にキバの肘鉄が入る。強固なスーパー1のボディに、それは損害として認識された。もしまともに喰らえば、沖一也としての内臓部にも危険信号が入りかねない。
 しかし、今この時にスーパー1がしたかったのは時間稼ぎだ。一秒でも稼がれたのなら十分である。

「──ザルバ!」

 零は、スーパー1が作った隙を見て、魔戒剣で真魔界と現実世界とを繋ぐゲートを描いた。
 二つの真円からこぼれ出る光は、魔界とこの世界をつなげる色彩だ。確かに、この小さな裂け目から、あの世界への道筋は開かれている。

「無事を!」
『任せろ!』

 レイジングハートは、即座にそこにザルバを放り投げる。アーチになって綺麗に裂け目へと侵入したザルバの姿が消えたのだろう。
 魔界とのゲートがホラーの妨害によって現実世界から消えていく直前、ザルバは向こうの世界に“帰った”。
 結界を解除し、こちらの世界へと再び鎧を召喚するべく──。

「くっ……」

 キバは、その様子を不快そうに見つめ、スーパー1の腕を払った。
 スーパー1も何メートルか後退する。しかし、今一時の目的は十分に果たせた。
 これで、ともかく、零が生身に限らず奮闘できる状況だ。

「よし、あとは鎧が戻るまで──」

 前方に零とレイジングハート、右方にスーパー1、左方にドウコク。
 四人がキバに向かおうとする。多勢に無勢、というほどキバは弱くない。
 ひとまずは、ここにいる四人を葬るだけの余力はあると──キバは、驕った。







 キバに迫ったのは、赤心少林拳の手刀であった。
 並の鉄ならば切り裂くだろうが、当然デスメタルの鎧にはそれだけの効果はない。
 金属と金属がぶつかる音とともに、キバはスーパー1の腹部に刃を滑らせる。
 その傷は深く抉れて、スーパー1にも深刻な損害をもたらした。

「うらあっ!!」

 スーパー1に注意を向けていたキバの背中から、血祭ドウコクの襲撃である。
 またも、それは味方の損失を一切考えない利己的な攻撃方法であった。
 キバの鎧に向けられた掌から、見えない衝撃波が発生する。疾風ともまた違う、空気そのものが重みを帯びてドウコクの掌から発されたような一撃。
 背後を振り向いたキバにとって痛手だったのは、その一撃のあまりの深さ。
 全身から火花が散るほどである。

「……俺と同じか」

 だが、キバも背中のマントを翻して、そのダメージを最小限に抑えていた。
 既に、ドウコクが自分やホラーと同種である事は理解している。それゆえか、スーパー1の身体を顧みずに一撃を放るような無情な性格が見受けられた。まさに、“外道”と呼ぶにふさわしい悪徳だ。

 スーパー1の腹部を切り裂いた剣を、そのままドウコクに向けて振るった。
 黒炎の斬撃がドウコクに向けて空気を切り裂いて進行する。その一撃はドウコクの体表を抉った。

206きしに:2014/10/13(月) 23:59:38 ID:/DLS..kw0

「うぉっ!」

 ドウコク自身、どうやら避ける気はなかったらしく、予想以上の痛みに少しは困惑したようである。──しかし、その困惑は決して消極的な意味ではなかった。
 敵の出方、敵の持つ一撃、敵から受ける痛み。全てに興味を持ったのだろう。
 どうやら、ドウコクを敗北に至らしめるほどの力はない。

「──ふん、少しはやるようじゃねえか」

 実際のところ、ここにいる中ではレイジングハート以外の全員が片手落ちで倒せてしまいそうな程度、とは思っているが、ドウコクは薄く褒めた。
 少しは、という表現が全く虚栄ではない。
 ドウコクにとって、目の前の敵の実力は、「思ったより少しは上」という程度だった。元のハードルが低い所為もあるが、褒める程度には値する。少なくとも、シンケンレッドや十臓とは同じ程度。

「だが、これ以上俺の手を煩わせる必要もねえみてえだな」

 純粋な破壊願望とともにここに来たが、ドウコクにはもう十分であった。
 あとは、彼らに任せても殆ど問題はない。
 底が見えた──そう感じたのだろう。スーパー1が後退し、キバの周囲から人が消える。ドウコクもそこに突っ込む事はなかった。

『──Divine Buster』

 ──高町なのはの姿へと変身したレイジングハートが既に照準を合わせている。
 桃色の砲火が、そのままキバの鎧へと突進し、爆ぜた。

「やりましたか?」

 爆煙の中でキバの姿を探す。こういう場合、大抵は効き目がない。
 ──この場合も、既存の展開と同じように、キバは再びその煙の中からシルエットを現した。やはり、その目はこちらを睨んでいる。
 キバは接近する。
 慌てて、零がレイジングハートの前に出た。キバが剣を振るうが、二つの魔戒剣がその刃が人を斬るを押しとどめる。

「──いや、奴はまさか……」

 ドウコクが、少しばかり怪訝そうに見つめた。
 相手は消耗しているはずだが、何故かこちらの攻撃がトドメとして通らない。それだけの手ごたえが何故か失われている。
 ……いや。もしかすると。
 相手は、実は“不死身”なのではないかという疑念が湧いた。







 ────真魔界。
 ここは、あらゆる人間たちが持つ心の裏側の精神世界であった。暗雲が立ち込め、屍の匂いがする最悪の場所でもある。
 魔導輪ザルバは、レイジングハートに投げ込まれた事で、こちら側の世界への侵入に成功したのであった。

「ふぅ、やれやれ。……なんだか俺様は前にも同じ事をした覚えがあるぜ」

 当のザルバは記憶にないが、かつて、ザルバがここに来た時は、奪還するのが黄金騎士牙狼の鎧だったが、今回は銀牙騎士絶狼の鎧である。全く、二人とも世話を焼かせる。
 もっと以前から黄金騎士の魂を感じてきたザルバにとって、二人はまだ青二才だ。
 とはいえ……鋼牙。彼はまだ、これ以上に育つ素質のある男だった。思えば、歴代最強の魔戒騎士にもなりえただろう。
 ……いや、こんな事を考えるのはよそう。
 まずは──



「────この、真魔界にいる一面のホラーを何とかしなきゃな」



 ザルバが召喚された位置の絶壁の周囲は、果て無く素体ホラーで埋め尽くされている。
 何百、何千……いや。「無数」というのはまさにこの事だろう。地を這い、空を飛ぶホラーだらけで何も見えなくなっているではないか。見るだけで鳥肌ものである。
 これがあの暗黒騎士キバの鎧が張った結界の力だというのか。

207騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:00:17 ID:VsklBJWI0

「あれか!」

 ザルバが見たのは、鎧を真魔界から現実世界へと運ぶ魔天使たち。それぞれ、銀牙騎士の鎧に接近しては、ホラーに阻まれている。あれでは、おそらく永久に魔天使は鎧を現実世界に送れないだろう。
 なるほど、これでは零も鎧を召喚できないはずだ。
 方法はひとつ。

「いくぜ、魔導輪の意地を見せてやる!」

 ザルバの口から、緑の炎が吐き出される。
 ザルバは自らの力で回転して、自分の周囲のホラーたちを殲滅していく。
 緑の炎に触れたホラーたちは、その火力に燃え尽くされ、消滅した。
 突如として現れた刺客に、多くのホラーはたじろいだ事だろう。逃げていこうとする者もいた。

 しかし──。

「ふぃふぃふぁない!!」(キリがない……!!)

 ザルバがどれだけの速度で進んでも、ホラーの数は圧倒的。
 中にはザルバを破壊しようとして接近する者もいる。しかし、それを何とか殲滅しながら、ザルバは進んでいく。
 これだと何時間かかるかわからない。
 嘆かわしい。このままでは、鎧を返還する前に零たちがトドメを刺して勝ってしまうのではないか。まったく、あの魔天使も自分もこれだけ頑張っているのだから、活躍の場が欲しいものだ。──と考えつつも、ザルバは自分たちが予想以上にピンチである事を感じていた。

 あの暗黒騎士キバの鎧を倒したところで、まだ邪念が消えるとは限らない。
 このホラーたちを全滅させて零に鎧を届けなければ、今後にも響く。

「──しまっ、」

 ザルバの後方、素体ホラーがニアミスを果たしていた。
 ザルバを握りつぶそうとしているのか、その手をザルバに向けて伸ばしていく。
 まずい。
 ザルバがそちらを振り向こうとするが、間に合わない。緑炎が届く前に、このホラーは──。

 ──ザクッ。

 しかし、そんなザルバの焦燥を裏切り、ホラーの姿は崩れ落ちた。
 ホラーの後ろで何者かがその体を斬りつけたのだ。
 ホラーが朽ち果て、その後方から一人の男が現れた。

「……お前は」

 確かに、ザルバはその男を知っていた。
 この時まで、この男がここに現れ、協力する事になろうとは思わなかっただろう。

「バラゴ!」

 バラゴであった。
 彼は一つの錆びた剣を握って、ザルバの周囲のホラーを効率よく斬り捨てていく。時代劇顔負けの殺陣であろう。ホラーたちは崩れ、果て、魔天使たちのもとへと群がるホラーたちの元へと、バラゴが駆けていく。

「時間がない。……いくぞ、ザルバ」

 言って、やはりバラゴはホラーたちを斬り捨てた。
 魔戒騎士としての実力は相当に高い。ホラーの気配を察知して、前後左右上下……あらゆる場所で自らに最も近づくホラーを地に還していく。
 その背中は、ある魔戒騎士にも似ていた。

(────なるほど。怨念を、捨て去ったのか)

208騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:00:42 ID:VsklBJWI0

 鋼牙によって倒されたバラゴの魂は、罪人としてこの真魔界に流刑されたのである。
 しかし、バラゴの心に悪意と強さへの渇望を生み落した暗黒騎士キバの鎧は消え、バラゴの中に根を張っていた邪心は全て空白になったのだろう。
 ゆえに、彼は今、魔戒騎士として戦っている。
 かつて、大河のもとで修行を積み、ゴンザやザルバと団欒した日々の事が一瞬だけ、ふと頭をよぎった。
 とうにそんな記憶は枯れたはずだが、ザルバはその既視感の意味を解して、ニヤリと笑った。

「ザルバ! 何をしている! 早く来い!」

 バラゴは叱咤する。
 呆気に取られながらも、その光景に無性な懐かしさを感じてザルバはその背を追う。
 あるいは、きっと、それは魔戒騎士として本来あるべきバラゴの姿だったのかもしれない。
 バラゴは傷つきながらも、懸命に崖の上の鎧へと向かおうとしていた。

「──わかった!」

 まだザルバにも余力がある。
 暗黒騎士キバの鎧を打倒しようとする仲間は、あそこにいる者たちだけではない。
 ザルバは、バラゴの背中を追い、魔導火でホラーを殲滅していく。







 ────零たちの戦いは、ほとんど互角に続いた。
 ディバインバスターの直撃や、その他のあらゆる攻撃を受けても、暗黒騎士キバの鎧を破壊する決定打とはならない。
 いや、確実にそれが相手の体力を削っているはずなのだが、どうにもトドメとなる技に手ごたえがなかったのだ。実際、目の前の敵は生存している。

(奴め……意外と!)

 不思議であったが、それはおそらくソウルメタルの鎧がない事に由来した。
 本来ならば、ホラーはソウルメタルを用いなければ倒せない。まさしく、暗黒騎士キバの鎧はそれと同等の存在である。彼は騎士である以上に、ホラーの支配を受けている。ホラーと同じ存在であると言える。

 そして、彼はこの殺し合いにおいては、真魔界から召喚されたイレギュラーであり、主催者側の手が行き届かない場所から現れた第三勢力であった。
 主催が用意した魔弾によってホラー化した園咲冴子のような場合は、参加者の持つ戦力──それこそ現代兵器でも倒す事ができるだろうが、怨念として外部から召喚されたホラーは制限の縛りが弱く、ゲームバランスと無関係に作用している。ソウルメタルでしか倒せないのだ。
 ──そして、ただの魔戒剣ではそれには及ばず、相手にダメージを与えているはずなのに、決定打を打てない状況にあった。

「くっ……」

 このままいけば、ただの終わる事のない泥試合だ。永久的に殺し合いを演じる羽目になる。
 ましてや、持久戦に持ち込まれた場合、体力が無尽蔵な鎧に分がある。こちらは根本的に持久戦などと言っていられる状況ではないのだ。ゲーム終了とともにこの場に取り残されるかもしれない以上、時間はないはずである。
 ザルバが一刻も早く帰還せねば、こちらに勝機はない。

「──はああああっっ!!」

 しかし。
 それでも、零は立ち向かう。
 ソウルメタルで生成されたこの剣のみが決定的なカギだ。
 これがなければ暗黒騎士キバの鎧は撃退できない。もう残り時間は一時間と少しだ。

「おりゃあっ!!」

 零には守るべき物がある。
 静香、道寺、シルヴァ、鋼牙、結城丈二……あらゆる仲間たちがいなくなっても。
 まだ、この世界には力なき人、ホラーの脅威に怯える人、立ち向かう力がなく屠られる人たちがいる。

209騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:01:05 ID:VsklBJWI0
 魔戒騎士は、そんな守るべき物たちの物にあるのだ──。

 零は再び、その想いを胸に秘めた。
 飛びあがった零の刃が、キバの鎧に到達する。

 ──その時である。

「空が、光っ──」

 零の頭上で、光が差し込んだ。それは、決して雨やみでも木漏れ日でもない。
 それは、勝機の光であった。
 時空の裂け目──いや、銀牙騎士の鎧が召喚される時の光だ。

『よぅ、零。待たせたな』

 魔天使に引き連れられ、魔導輪ザルバが帰って来たのである。
 魔天使たちは、それぞれ銀牙騎士ゼロの鎧のパーツを運んでいた。
 自分が張ったはずの結界が破られた事を知った彼は、僅かに苛立ったようである。

 召喚されたゼロの鎧は、魔天使たちが零の体へと装着する。それは、見る者の目を奪う神秘的な光景であった。
 神話の天使たちが、今まさしく目の前で羽ばたき、零に鎧を装着している。
 こんな原理で魔戒騎士は鎧を召喚してたというのか──。

「──ありがとう、ザルバ。おかえり」

 白銀の狼が、これまでと同じくキバを睨んだまま、そこに再臨した。
 ガルルゥ。──吠える。
 銀牙騎士絶狼が再びこの世界に解放された。

「所詮は無名の魔戒騎士……念のために結界を張ったが、貴様程度に何ができる?」

 しかし、キバはまた、慢心ともいうべき余裕をゼロに投げかけた。
 そんな言葉も、ゼロは易々と流した。

「違うな、俺は無名の魔戒騎士じゃない。……銀牙騎士ゼロだ!」

 暗黒騎士キバの鎧は、もし表情という物があれば怪訝な顔をしたであろう。
 この空間が魔界でない限り、彼は99.9秒程度の猶予で戦わなければならない。
 しかし、その絶対不利な状況下でありながら、彼は余裕を見せていた。

「銀牙騎士……フン。黄金騎士以外は全てその他大勢の雑魚に過ぎない。だが──」

 銀牙騎士──。
 無名と思しき魔戒騎士の称号、それが後に一時代の魔戒騎士のナンバーツーに数えられる事は、この暗黒騎士の知らぬ話だ。
 ただ、やはり同じ出自の鎧は、敵のその素養をどこかで感じ取ったのかもしれない。

「面白い……掛かってこい!」

 キバは、内心で舌なめずりをしていた。敵が強ければ強いほど、喰らった後に良い栄養になる。物理的に敵を捕食できるこの鎧は、実際に目の当りにしている敵に相当唾を飲んでいるようだった。

 しかし、舌なめずりついでに戦闘の準備は十二分固められていた。
 剣はその指先が硬く包んでおり、力を欲する戦士として、どんな手を使っても敵を仕留める覚悟。

「はああああああああっ!!」

 キバは、己が硬く握っている剣に目をやった。その刀身には徐々にシルエットを大きくする銀色の光が映っている。この角度から、敵の攻撃が来るべき場所を読む──。
 接近。
 そして、衝突。

「ふんっ────」

 双剣がキバの剣へと叩きつけられるまで、一秒とかからなかった。
 ゼロは一瞬、戦慄したかもしれない。己が狙ったキバの首元の手前、突然滑らかに剣がかざされた瞬間は、意表をつかれたかもしれない。
 ────やはりできる、と思いながら、ゼロがもう一方の左手の剣を強く握る。

210騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:01:37 ID:VsklBJWI0

「はっ!」

 防がれた右手の剣は囮だ。もう一方の剣は敵の腰下から脇腹に向けて斬り上げられる。
 火花が散る。キバの鎧は己の不覚を呪う。
 しかしながら、決してその一撃をダメージとして受け取らず、敵の感触を飲み込んで次の一手に出た。

「くっ!」

 キバは即座に実像のゼロに目をやり、体を回転させてゼロを払う。そのまま、背中のマントをはためかせて、足を高く上げると、ゼロの胸部に蹴りが炸裂する。
 ──はずだった。

 ──ゼロの剣は、キバの鎧を既に、斬っていた。

「な……何っ!!」

 キバの中から横一文字、光が覗いている。それは、ゼロの輝きの残滓だろうか。はたまた、そのデスメタルの鎧にかつて込められていた魔戒騎士の想いなのだろうか。
 キバの予測では、彼にそんな力はない。この瞬間まで、そんな力は見受けられなかった。

「ば、馬鹿な……」

 ゼロは、二本の魔戒剣を連結させ、両刃のそれを使って縦一閃、キバを引き裂いた。
 彼の邪念が解き放たれ、魔の気配が消失していく。
 ゼロは、もう一度真横に斬ると、その体を回転させた。キバは己の背にあったが、もはやこれ以上斬る必要も、敵が攻撃してくる事もなかった。

「な、何故だっ……!! ぐっ……ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 キバは、ゼロの背を見て、どこかに手を伸ばした。
 助けを求めたのか、逃げ出そうとしたのか、ただ苦しみで空を掴んだのかはわからない。
 しかし、その手は地面に倒れこみ、落ちて消えていった。
 零の口が開く前に、暗黒騎士の怨念は爆発四散し、この世から永久に存在を消した。

「あんたには、守るべき物がなかった……。それが、この結果さ。俺たち魔戒騎士は、守るべきの顔が見えているから強い────お前は、騎士じゃなかったのさ」

 聞こえているかはわからないが、零はそう呟く。せめてもの手向けに、魔戒騎士の真の強さを教えてやろうとしたのだ。

 こうして、“人間の敵”を一人、銀牙騎士ゼロが葬ったのだった。
 彼は復讐者としてではなく、戦士としてその使命を果たしたのである。
 ゆえに、彼の心に曇りや、或いは──長年の憎しみの寂莫からの開放感は、“零”であった。







 ────父さん、静香、シルヴァ。

 零は、ふと父と妹の姿を見た。
 それは幻か、それとも真魔界からの使者か──しかし、零はそこに念話で語り掛けた。

 ──聞いてくれ、父さん、静香。俺は決して、家族の仇を取るために戦ったわけじゃない。大事な物を守るために戦ったんだ。
 ──俺は、父さんみたいな立派な魔戒騎士になったよ。
 ──俺は、静香やシルヴァの命は守れなかったけど、お前たちの想いを守れたよ。

 魔戒騎士の師でもあった男は頷いた。
 それは優しくも厳しい、魔戒騎士たちの歪んだ笑みであるといえよう。
 零は、もう少し素直な笑顔で父に返した。
 魔戒騎士として抱くべきこの強さ、この想いは三人の家族から送られた物だ。
 それを裏切り、復讐の為にキバを殺した時、彼らの想いまでも穢される。
 騎士として、零は立派に人間の敵・ホラーを狩って見せたのだ。

 ──それじゃあ。俺はまだ、やるべき事があるから──





211騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:02:00 ID:VsklBJWI0



「……さて」

 残り時間は一時間二十分。
 目の前の冴島邸では、例の暗号を片づけただろうか。──いや、全て片づけていなければ困るのである。
 零とレイジングハートは冴島邸に入ろうとしていたが、その時に後ろから声がかかる。

「おーい!」
「ん?」

 呼び声だ。
 それは、男性と女性のものが重なったように聞こえた。
 ……見れば、先頭を駆ける女性と、男性の二人組。先ほどまで零と行動を共にしていた人間である。

「良牙、それにつぼみちゃん」

 花咲つぼみと、響良牙だった。
 二人とも、ここまでちゃんと辿り着いたようだ。特に、異常な方向音痴の良牙が心配だったが、彼は何とか合流地点までたどり着けたらしい。安心したが、すぐに零は顔を曇らせた。

「大丈夫か?」
「……ええ」

 零は振り向いて彼らがここまで辿り着くのを見届ける。
 二人は、この冴島邸の前で、零、レイジングハート、一也、ドウコクという異色の組み合わせが揃っている光景に怪訝そうな顔付を示していた。
 しかし、零の方も、決して良い雲行きを見守っている顔ではいられなかった。

「……その……あの女の子は?」

 そう言った時、二人が眉をしかめた。
 やはり、と思う。────もうこの世にいないか、離別したか。
 そして、この表情を見るに、前者だ。
 美樹さやか。彼女は魔女の世界から解放されたが、人間のまま再度殺されてしまった。

「あかねさんに殺された。だが、あかねさんももう……死んだ」

 良牙のかすれた声を、零は耳に通した。
 守れなかった。──その痛みは零にもよくわかる。まさしく、零もその決着をつけてきたところだ。

「でも、誤解しないでください。あかねさんは、本当は悪い人じゃなかったんです。ただ、どこかで歯車が狂って……それで……」

 つぼみは、必死でフォローに入っていた。しかし、どう説明すれば良いのかはわからない。
 実際のところ、どうして天道あかねが悪の道を走るようになったのか、そのプロセスを完全には把握していないのだから、つぼみの知る限りの情報でそれを説明するのは不可能だった。

「わかった。……いや、わかってないかもしれないが、俺がとやかく言う事じゃないしな」
「……すまねえ」
「こっちも少しホラーと戦う事になってたが、解決した」

 残された問題はほとんど解決した。
 彼らにとって、この殺し合いゲームの中で残すべきミッションはたった一つ──。



「ただ、お互い少し一疲れしたついでだ。そろそろ、このゲームに決着をつけよう」



 ────主催の打倒である。

 花咲つぼみ、響良牙、涼邑零。まだ未熟な子供であった彼らも強く成長する。
 プリキュア、仮面ライダー、魔戒騎士──それらが持つべき意思を、彼らは着実につかんでいた。

212騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:02:18 ID:VsklBJWI0





【2日目 昼】
【E−5 冴島邸前】

【涼邑零@牙狼─GARO─】
[状態]:疲労(中)、首輪解除、鋼牙の死に動揺
[装備]:魔戒剣、魔導火のライター
[道具]:シルヴァの残骸、支給品一式×2(零、結城)、スーパーヒーローセット(ヒーローマニュアル、30話での暁の服装セット)@超光戦士シャンゼリオン、薄皮太夫の三味線@侍戦隊シンケンジャー、速水の首輪、調達した工具(解除には使えそうもありません) 、スタンスが纏められた名簿(おそらく翔太郎のもの)
[思考]
基本:加頭を倒して殺し合いを止め、元の世界に戻りシルヴァを復元する。
1:殺し合いに乗っている者は倒し、そうじゃない者は保護する。
2:会場内にあるだろう、ホラーに関係する何かを見つけ出す。
[備考]
※参戦時期は一期十八話、三神官より鋼牙が仇であると教えられた直後になります。
※シルヴァが没収されたことから、ホラーに関係する何かが会場内にはあり、加頭はそれを隠したいのではないかと推察しています。
実際にそうなのかどうかは、現時点では不明です。
※NEVER、仮面ライダーの情報を得ました。また、それによって時間軸、世界観の違いに気づいています。
仮面ライダーに関しては、結城からさらに詳しく説明を受けました。
※首輪には確実に異世界の技術が使われている・首輪からは盗聴が行われていると判断しています。
※首輪を解除した場合、(常人が)ソウルメタルが操れないなどのデメリットが生じると思っています。→だんだん真偽が曖昧に。
また、結城がソウルメタルを操れた理由はもしかすれば彼自身の精神力が強いからとも考えています。
※実際は、ソウルメタルは誰でも持つことができるように制限されています。
ただし、重量自体は通常の剣より重く、魔戒騎士や強靭な精神の持主でなければ、扱い辛いものになります。
※時空魔法陣の管理権限の準対象者となりました(結城の死亡時に管理ができます)。
※首輪は解除されました。
※バラゴは鋼牙が倒したのだと考えています。
※第三回放送の制限解除により、魔導馬の召喚が可能になりました。
※魔戒騎士の鎧は、通常の場所では99.9秒しか召喚できませんが、三途の池や魔女の結界内では永続使用も問題ありません。
※魔女の真実を知りました。

213騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:02:35 ID:VsklBJWI0

【レイジングハート・エクセリオン@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、娘溺泉の力で人間化
[装備]:T2ダミーメモリ@仮面ライダーW、稲妻電光剣@仮面ライダーSPIRITS、魔導輪ザルバ@牙狼
[道具]:支給品一式×6(ゆり、源太、ヴィヴィオ、乱馬、いつき(食料と水を少し消費)、アインハルト(食料と水を少し消費))、ほむらの制服の袖、マッハキャリバー(待機状態・破損有(使用可能な程度))@魔法少女リリカルなのはシリーズ、リボルバーナックル(両手・収納中)@魔法少女リリカルなのはシリーズ、ゆりのランダムアイテム0〜2個、乱馬のランダムアイテム0〜2個、山千拳の秘伝書@らんま1/2、水とお湯の入ったポット1つずつ、ライディングボード@魔法少女リリカルなのはシリーズ、ガイアメモリに関するポスター×3、『太陽』のタロットカード、大道克己のナイフ@仮面ライダーW、春眠香の説明書、ガイアメモリに関するポスター 、バラゴのペンダント、ボチャードピストル(0/8)、顔を変容させる秘薬、ファックスで届いたゴハットのシナリオ原稿(ぐちゃぐちゃに丸められています)
[思考]
基本:悪を倒す。
1:零とは今後も協力する。
2:ケーキが食べたい。
[備考]
※娘溺泉の力で女性の姿に変身しました。お湯をかけると元のデバイスの形に戻ります。
※ダミーメモリによって、レイジングハート自身が既知の人物や物体に変身し、能力を使用する事ができます。ただし、レイジングハート自身が知らない技は使用する事ができません。
※ダミーメモリの力で攻撃や防御を除く特殊能力が使えるは不明です(ユーノの回復等)。
※鋼牙と零に対する誤解は解けました。

214騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:02:55 ID:VsklBJWI0
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:ダメージ(中)、加頭に怒りと恐怖、強い悲しみと決意、首輪解除
[装備]:プリキュアの種&ココロパフューム、プリキュアの種&ココロパフューム(えりか)@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&シャイニーパフューム@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&ココロポット(ゆり)@ハートキャッチプリキュア!、こころの種(赤、青、マゼンダ)@ハートキャッチプリキュア!、ハートキャッチミラージュ+スーパープリキュアの種@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式×5(食料一食分消費、(つぼみ、えりか、三影、さやか、ドウコク))、スティンガー×6@魔法少女リリカルなのは、破邪の剣@牙浪―GARO―、まどかのノート@魔法少女まどか☆マギカ、大貝形手盾@侍戦隊シンケンジャー、反ディスク@侍戦隊シンケンジャー、デストロン戦闘員スーツ×2(スーツ+マスク)@仮面ライダーSPIRITS、『ハートキャッチプリキュア!』の漫画@ハートキャッチプリキュア!
[思考]
基本:殺し合いはさせない!
1:この殺し合いに巻き込まれた人間を守り、悪人であろうと救える限り心を救う
2:……そんなにフェイトさんと声が似ていますか?
[備考]
※参戦時期は本編後半(ゆりが仲間になった後)。少なくとも43話後。DX2および劇場版『花の都でファッションショー…ですか!? 』経験済み
 そのためフレプリ勢と面識があります
※溝呂木眞也の名前を聞きましたが、悪人であることは聞いていません。鋼牙達との情報交換で悪人だと知りました。
※良牙が発した気柱を目撃しています。
※プリキュアとしての正体を明かすことに迷いは無くなりました。
※サラマンダー男爵が主催側にいるのはオリヴィエが人質に取られているからだと考えています。
※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました。
※この殺し合いにおいて『変身』あるいは『変わる事』が重要な意味を持っているのではないのかと考えています。
※放送が嘘である可能性も少なからず考えていますが、殺し合いそのものは着実に進んでいると理解しています。
※ゆりが死んだこと、ゆりとダークプリキュアが姉妹であることを知りました。
※大道克己により、「ゆりはゲームに乗った」、「えりかはゆりが殺した」などの情報を得ましたが、半信半疑です。
※所持しているランダム支給品とデイパックがえりかのものであることは知りません。
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※良牙、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※全員の変身アイテムとハートキャッチミラージュが揃った時、他のハートキャッチプリキュアたちからの力を受けて、スーパーキュアブロッサムに強化変身する事ができます。
※ダークプリキュア(なのは)にこれまでのいきさつを全部聞きました。
※魔法少女の真実について教えられました。

215騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:03:08 ID:VsklBJWI0

【響良牙@らんま1/2】
[状態]:ダメージ(中)、五代・乱馬・村雨・あかねの死に対する悲しみと後悔と決意、男溺泉によって体質改善、首輪解除
[装備]:ロストドライバー+エターナルメモリ@仮面ライダーW、T2ガイアメモリ(ゾーン、ヒート、ウェザー、パペティアー、ルナ、メタル、バイオレンス、ナスカ)@仮面ライダーW、
[道具]:支給品一式×18(食料二食分消費、(良牙、克己、五代、十臓、京水、タカヤ、シンヤ、丈瑠、パンスト、冴子、シャンプー、ノーザ、ゴオマ、バラゴ、あかね、溝呂木、一条、速水))、首輪×7(シャンプー、ゴオマ、まどか、なのは、流ノ介、本郷、ノーザ)、水とお湯の入ったポット1つずつ×3、子豚(鯖@超光戦士シャンゼリオン?)、志葉家のモヂカラディスク@侍戦隊シンケンジャー、ムースの眼鏡@らんま1/2 、細胞維持酵素×6@仮面ライダーW、グリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、歳の数茸×2(7cm、7cm)@らんま1/2、デストロン戦闘員マスク@仮面ライダーSPIRITS、プラカード+サインペン&クリーナー@らんま1/2、呪泉郷の水(娘溺泉、男溺泉、数は不明)@らんま1/2、呪泉郷顧客名簿、呪泉郷地図、克己のハーモニカ@仮面ライダーW、テッククリスタル(シンヤ)@宇宙の騎士テッカマンブレード、『戦争と平和』@仮面ライダークウガ、双眼鏡@現実×2、女嫌香アップリケ@らんま1/2、斎田リコの絵(グシャグシャに丸められてます)@ウルトラマンネクサス、拡声器、インロウマル&スーパーディスク@侍戦隊シンケンジャー、紀州特産の梅干し@超光戦士シャンゼリオン、ムカデのキーホルダー@超光戦士シャンゼリオン、滝和也のライダースーツ@仮面ライダーSPIRITS、『長いお別れ』@仮面ライダーW、ランダム支給品0〜8(ゴオマ0〜1、バラゴ0〜2、冴子0〜2、溝呂木0〜2)、バグンダダ@仮面ライダークウガ、警察手帳、特殊i-pod(破損)@オリジナル
[思考]
基本:自分の仲間を守る
1:誰かにメフィストの力を与えた存在と主催者について相談する。
2:いざというときは仮面ライダーとして戦う。
[備考]
※参戦時期は原作36巻PART.2『カミング・スーン』(高原での雲竜あかりとのデート)以降です。
※ゾーンメモリとの適合率は非常に悪いです。対し、エターナルとの適合率自体は良く、ブルーフレアに変身可能です。但し、迷いや後悔からレッドフレアになる事があります。
※エターナルでゾーンのマキシマムドライブを発動しても、本人が知覚していない位置からメモリを集めるのは不可能になっています。
(マップ中から集めたり、エターナルが知らない隠されているメモリを集めたりは不可能です)
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※つぼみ、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※男溺泉に浸かったので、体質は改善され、普通の男の子に戻りました。
※あかねが殺し合いに乗った事を知りました。
※溝呂木及び闇黒皇帝(黒岩)に力を与えた存在が参加者にいると考えています。また、主催者はその存在よりも上だと考えています。
※バルディッシュと情報交換しました。バルディッシュは良牙をそれなりに信用しています。
※鯖は呪泉郷の「黒豚溺泉」を浴びた事で良牙のような黒い子豚になりました。
※魔女の真実を知りました。





216騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:03:26 ID:VsklBJWI0



(まずい……)

 沖一也も、冴島邸に帰らなければならない事はわかっている。しかし、一方で、残り二十分でドウコクによる「間引き」が行われかねない事も危惧していた。
 蒼乃美希、石堀光彦、沖一也、孤門一輝、佐倉杏子、涼村暁、涼邑零、血祭ドウコク、巴マミ、花咲つぼみ、左翔太郎、響良牙、桃園ラブ──やはり、ドウコクの方針からすれば三人も余ってしまう。

(だが、彼らを信じるならば──)

 十二時までに残り十人まで減らすか、それとも涼村暁と左翔太郎が例の暗号を解いた事を信じるか、その二択である。
 また、暗号が直接主催の打倒に無関係である可能性もゼロではないので、注意を払う必要がある。
 いずれにせよ、ドウコクの実力から考えれば、仮面ライダースーパー1として出来る事は、足止め程度だろう。
 他のみんなに生存してもらうには、残りの全員でドウコクを倒してもらわなければならない。
 非常に難しい局面である。

 ──はたして。





(涼村暁、それに左翔太郎……彼らは────)





【沖一也@仮面ライダーSPIRITS】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、強い決意、首輪解除
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(食料と水を少し消費)、ランダム支給品0〜2、ガイアメモリに関するポスター、お菓子・薬・飲み物少々、D-BOY FILE@宇宙の騎士テッカマンブレード、杏子の書置き(握りつぶされてます) 、祈里の首輪の残骸
[思考]
基本:殺し合いを防ぎ、加頭を倒す
1:ドウコクに映像を何とか誤魔化す。というか、ドウコクの対処をする。
2:本郷猛の遺志を継いで、仮面ライダーとして人類を護る。
3:仮面ライダーZXか…。
[備考]
※参戦時期は第1部最終話(3巻終了後)終了直後です。
※一文字からBADANや村雨についての説明を簡単に聞きました
※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました
※18時に市街地で一文字と合流する話になっています。
※ノーザが死んだ理由は本郷猛と相打ちになったかアクマロが裏切ったか、そのどちらかの可能性を推測しています。
※第二回放送のニードルのなぞなぞを解きました。そのため、警察署が危険であることを理解しています。
※警察署内での大規模な情報交換により、あらゆる参加者の詳細情報や禁止エリア、ボーナスに関する話を知りました。該当話(146話)の表を参照してください。
※ダークプリキュアは仮面ライダーエターナルと会っていると思っています。
※第三回放送指定の制限解除を受けました。彼の制限はレーダーハンドの使用と、パワーハンドの威力向上です。
※魔女の正体について、「ソウルジェムに秘められた魔法少女のエネルギーから発生した怪物」と杏子から伝えられています。魔法少女自身が魔女になるという事は一切知りません。←おそらく解決しました。

【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、苛立ち、凄まじい殺意、胴体に刺し傷
[装備]:昇竜抜山刀@侍戦隊シンケンジャー、降竜蓋世刀@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:大量のコンビニの酒
[思考]
基本:その時の気分で皆殺し
0:仕方がないので一也たちと協力して、主催者を殺す。 もし11時までに動きがなければ一也を殺して参加者を10人まで減らす。
1:マンプクや加頭を殺す。
2:杏子や翔太郎なども後で殺す。ただし、マンプクたちを倒してから(11時までに問題が解決していなければ別)。
3:嘆きの海(忘却の海レーテ)に対する疑問。
[備考]
※第四十八幕以降からの参戦です。よって、水切れを起こしません。
※第三回放送後の制限解放によって、アクマロと自身の二の目の解放について聞きました。ただし、死ぬ気はないので特に気にしていません。

【備考】
※近くにリクシンキ@超光戦士シャンゼリオンが放置されていますが、暁が推理に夢中なので超光騎士として起動されず、使われていません。






217騎士Ⅱ ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:03:47 ID:VsklBJWI0



 ──時は少し遡る。

 先ほど、ザルバが時空の裂け目から現実世界に帰ろうとしている時だ。
 バラゴとザルバの活躍によって、魔天使たちを妨害しているホラーたちは消え去ろうとしていた。
 まだホラーたちは群がるが、それらはかなり遠くにいる。こちらは、もう鎧を返還する準備が整っていた。

 ザルバは時空の裂け目から現実世界へと旅立とうとする。
 しかし、バラゴは、ここに残り続けるのだろうか──。もう一分もしないうちに、ホラーはこちらへ辿り着くだろう。傷だらけのバラゴがどれだけ戦えるのかはわからないが、現実世界に連れていくこともできない。彼は死人であり、罪人でもある。ここに留まり続けなければならない宿命の持ち主だ。
 ザルバは、せめてとばかりにバラゴに言った。

「バラゴ、零を言うぜ。お前とは、本当の魔戒騎士として共に戦いたかった。きっと、鋼牙が生きていたらそう言うに違いない」
「……そうか。俺もまた、同じだ」
「お前の事は俺様から零にも伝えておいてやる。お前は立派な魔戒騎士だったってな」
「……いや、それは待て」

 バラゴは、そこでザルバの言葉を切った。
 ザルバの親切に、少し思うところがあるのだろう。

「奴は僕のような悪しき魔物を絶つ魔戒騎士。しかし、あの涼邑零は優しすぎる。いずれ、ホラーとの和解を考えるまでになるかもしれない」
「……」
「僕は終始、悪しき魔物だった。──それでいいはずだ。今もし彼に、敵の善意を信じて戦う余裕ができてしまえば、彼はいずれ敵を斬れなくなる。……全てを知るのは、もっと強くなってからでなければならない」

 バラゴの笑みと声をザルバは聞いた。
 零は、誰よりも努力を怠らず、孤独でありながら他人を求め、誰より人に優しい魔戒騎士だ。

「しかし、彼が闇に堕ちなかったのは幸いだ。きっと、大河以上の師として多くの魔戒騎士を導く存在になる。鋼牙がいないのは残念だが、奴はまたいずれ黄金騎士の隣に並べるだろう……」
「あいつがか?」
「ああ。ではレイジングハートを頼んだ。今度は力を使い果たしていないな? お前はまた黄金騎士の相棒をやれるわけだ。……俺は、ここで魔戒騎士の使命を全うしよう」

 バラゴは、再び強く剣を構えた。ホラーはすぐ近くまで接近しており、彼はそれを迎え撃とうとしていた。
 それが、ザルバがバラゴを見た最後だった。

 彼は、いずれこの地獄のような魔界で、罪を償い、理想郷に辿り着けるのだろうか……。
 幸せな世界で、転生できるのだろうか……。
 ザルバは、その背中を寂しく見送っていた。







【暗黒騎士キバの鎧@牙狼 消滅】



【ゲーム終了まで、残り一時間二十分】

218 ◆gry038wOvE:2014/10/14(火) 00:04:10 ID:VsklBJWI0
以上、投下終了です。

219名無しさん:2014/10/14(火) 07:16:31 ID:fN2msVRA0
投下乙です
零は自分の因縁に決着を着けたか、前回の『騎士』と同様格好良い話だったなぁ
そろそろ終わりが近づいてきたが、ドウコクやガドルの復活と問題が残ってて不安だ…

220名無しさん:2014/10/14(火) 17:36:44 ID:N3WefgxA0
投下乙です

一つの因縁に決着は付いた
零、かっこよかったぞ
最後に向かって物事が収束してるがまだまだ…

221名無しさん:2014/10/14(火) 21:45:36 ID:JXDCk53U0
投下乙です!
いよいよ零は全ての因縁に決着を付けられましたか……
魔戒騎士を救うバラゴとか、小説版を意識した展開が入っていてニヤリと来ましたね。

222名無しさん:2014/10/19(日) 17:22:40 ID:28p/kuGQ0
遅れたが予約来てるなあ

223<削除>:<削除>
<削除>

224 ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 13:45:24 ID:3afmAm6s0
完成しているんですが、所要で15時までの投下が間に合わないので、期限超過になりますが今日の夜に投下します。

225 ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:21:03 ID:3afmAm6s0
なんだかんだで用事がなくなって間に合ったのですぐに投下します。

226探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:23:00 ID:3afmAm6s0








 涼村暁と左翔太郎は探偵である。────














 だが、バカである。

















 以上。







 同盟を組む仲間同士の空気が一定以上温和である事は当然ながら推奨される。場の空気で士気を上げる事も良い集団の条件だ。
 何らかの形で小さな亀裂の入ったチームには早めの修繕が求められる。それが失敗に終われば亀裂は隅々まで走っていき、やがてチームワークを崩壊させるからだ。この時はまさにその修繕が必要な時期だった。
 絶望を希望に変えるべき存在──仮面ライダーと、絶望へと近づいていく存在──魔法少女。いつの間にやらその立場が逆転してしまい、これまた不思議な事に、仮面ライダーである左翔太郎こそが絶望し、魔法少女である佐倉杏子の方が人並み以上に希望を信じるようになってしまったのである。

「……」

 いや、しかし。
 それもまた、今となっては過去の話である。
 再び仮面ライダーとしての意志を取り戻した翔太郎にとっては、自分が途方に暮れていたのも僅かな時間の話と振り返る事ができる。その僅かな時間、周囲を失望させ、大事な約束を忘れていた落とし前を自分の中でつけなければならない。
 意固地になる事などない。
 面倒を見る約束をしながら、絶望に負けてそれを果たせなかった自分の不覚である。
 翔太郎も杏子も、ほとんど同時に口を開いた。

「兄──」

227探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:23:26 ID:3afmAm6s0
「杏子、すまん!」

しかし、要旨を一息で言い尽くしたのは翔太郎の方だった。歯切れが悪くなったが、杏子が口を閉ざす。誰が見ている事も構わずに、翔太郎は中折れ帽を外して頭を下げていた。まだ湿り気のある頭が杏子の方に切実に向けられた。
 瞼は普段より重たく、肩が普段より落ちた様子であった。
 周囲の視線はその翔太郎に一時注がれる事になった。他の誰も、そこから目を離す事ができなかった。逆に目を離した方が気まずくなるからだ。これだけ部屋の中央で堂々と頭を下げられて、知らない振りができるはずもなく、そこで繰り広げられている様相を意図せずして見届けようとしていた。

「──」

 頭を下げられた当の杏子の方は開いた口が塞がらない様子である。
 それは文字通り口をあんぐりと開けたままになっているという事だった。喜怒哀楽の表情のどれでもない顔で、物珍しそうに翔太郎の後頭部を直視していた。翔太郎に顔を合わすのが気まずかった杏子としては、かなり意表を突かれたようだ。

「悪かった! その、自分の事ばっかりに気を取られちまって、お前やみんなを放っておいちまった事……」

 翔太郎は顔を上げ、凛とした表情で杏子を見る。
 しかし、杏子を見るのはすぐにやめた。翔太郎は、ここにいる全員に順番に頭を下げた。マミ、ラブ、美希、暁、孤門、石堀……。考えてみれば、杏子だけではなく彼らにだって迷惑はかけたのだ。立ち直るまでに失望させてしまった人間はいくらでもいる。普段明るく振る舞っていたばかりに、余計にその落差を感じた者もいただろう。
 その微妙な気分を誰にも味あわせてしまった事は、ただただ申し訳なかった。
 本心を打ち明けよう。自分が知った事を打ち明けよう。

「なんだかんだ言って、結局俺はフィリップがいなきゃ半人前だったんだ……いや、それ以下かもしれない。
 あいつに託された事も、街のみんなの事もすっかり忘れて俺は一人でしょぼくれていた。仮面ライダーになれなきゃ俺は何もできないって思ってたんだ」
「……」
「だけど、たとえ仮面ライダーじゃなくても、ハーフボイルドでも、魂だけは冷ましちゃならねえ!
 ……そいつをすっかり忘れちまってた……それに、お前に教えた事も、お前との約束も何もかも忘れて、一人で全部塞いで無気力になってた……」

 翔太郎は脇目を向いて胸をなで下ろした。
 語るべき事は幾つもあった。自分を貶める言葉はなるべく口にしたくはなかったが、それもまた過去の自分への蔑みであった。
 確かに今の自分とその時の自分は違う。──もっと、萎れていて駄目だった自分への言葉だ。しかし、だからこそ、一層申し訳なく、心の奥底が震えるようだった。
 一息に、自分の中に在る言葉を吐き出したかった。

「だから、悪かった! 許してくれ、みんな!」

 翔太郎は何なら土下座でも何でもしてやる覚悟である。たとえ、その姿を誰が見ていても構わない。それが誠意だ。
 自分に非があるのならば、プライドを捨ててでも謝るのが当然である。
 こう言っては何だが、翔太郎は、所謂ナルシストで、時折自分に酔うタイプであったがゆえに、こうして周知の中で謝罪するのには人一倍の誠意がいるのだ。翔太郎が土下座でもしようと考えるならば、それは余程の事であるといえよう。周囲の視線は今でも痛むが、それ以上に、自分の罪を謝る事ができなければ胸の中の靄は晴らされないだろうと思った。

「ほら、杏子」

 美希が翔太郎に聞こえないような小声で横から小突く。「ここまで言ってるんだから許してあげなよ」という学級委員のようななフォローの意味合いで呼びかけたはずだが、杏子が美希の方に目をやる事はなかった。
 杏子は少しだけ真剣そうな目つきに表情を変えた。美希が杏子を小突いた意図を彼女が察しているのかは誰にもわからない。

「ふー……。なんだかなぁ」

 杏子がそんな翔太郎の様子を見て口を開く。まるでタバコの煙をいっぱいに吸ったような溜息が聞こえたようにも感じたが、実際には、それは溜息というより、緊張をほぐすような息だった。少し息を吸った後、吐息の残滓をまた少し漏らして、杏子は翔太郎の方に視線を合わせる。
 少しばかり、険しい目をしていた。

228探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:24:08 ID:3afmAm6s0

「……帰ったらぶん殴ろうかと思ってたけど、こうしてみると怒る気もしないっていうかなんていうか」

 杏子はそっぽを向いて頭を掻いた。
 当の翔太郎や、周りの人間には、それがどういう意味なのかわからなかった。
 怒る価値もないという事なのか、許したという事なのか──。こうして頭を下げる翔太郎に、また別の失望を覚えたのではないかと、一瞬だけ肝を冷やした。
 このままずりずりと彼女の中で評価が下がっていけば、一生彼女に本当に許してもらえなくなるかもしれないと思った。

「……」

 杏子が、少しの沈黙を作り、そしてそれをすぐに破って、口を開いた。

「──あんた、いっつも恰好つけてるから、素直に謝るタイプじゃないんじゃないかって思ってた。だけど、それは完全な誤解だったみたいだな」

 杏子の口から溢れたのは予想外の言葉である。やれやれ、と肩を竦めてその視線を落とす。
 また顔を上げると、今度はもう少しばかり笑顔に近い表情を作った。

「……え?」

 翔太郎の不安は、全くの杞憂だったらしいと、その時わかった。

「あたしだって、別に過ぎた事を何度も責めるほど器が小さくはないよ。あたしの倍くらい生きている大の大人の兄ちゃんが頭下げて謝ってんなら、……許すしかないだろ」

 うっすらとした笑顔にも見える表情が翔太郎の視界を覆った。それは確かな許しのサインであった。杏子は、素直な感情を顔に出す時は屈託のない表情をするので、翔太郎たちも見ればそれが真実だと容易にわかる。
 感激が翔太郎に彼女の名前を呼ばせた。

「杏子……」
「あんた、案外素直なんだな……。ちょっと見直した」

 杏子が照れたようにそう言う。翔太郎は、その瞬間にようやく肩の荷を下ろしたような気分になった。数秒かけて、どこか軽い笑顔を作る時間を貰う。
 無意識な深呼吸が、妙な間をつくった。

「……ふっ」

 今、この時に翔太郎の胸にあったのは近しい人間の失望に対する恐怖だったのだろう。胸がすっとするのがわかった。
 それが取り払われれば、あとは簡単だった。

「当たり前だ」

 打って変って、翔太郎は不敵に笑った。

「……だって、俺たちは全員誓っただろ。『悪い事をしたら謝る』って」

 ──いつもの調子で、いつもの気障な言葉を投げかける事ができた。それこそが、最大の解決策であるとこの時悟った。
 杏子にとっても、その少し抜けた言い方こそが、この翔太郎らしいと思えたのだ。
 杏子は、胸から何かが広がって、肩が落ちていくような開放感を覚えた。なるほど、これでこそ翔太郎……なのである。
 普段、真面目でいるよりも、こんな時の翔太郎の方が凛々しく、優しく見えるのである。

「そうか、悪い事をしたら謝る……か。
 ……そいつは、ヴィヴィオが声をかけて、あたしが付け加えたんだ」
「そうだったのか……」
「ああ、でもヴィヴィオにも良い弔いさ。
 ずっとその言葉が守られ続ければ──きっと、ヴィヴィオも少しは報われる」

 悪い事をしたら謝る──その言葉の意味を杏子と翔太郎は己の中で反芻した。
 悪い事と呼んでしまうと少し酷な原因であったが、翔太郎は少なくとも誰かに迷惑をかけた。自分の非に対する反省と誠意を見せ、ある関係に発生した亀裂を修復するのが謝罪の本質である。翔太郎たちは、その行為に誠実であり続けると誓ったのである。
 たとえどれだけ気障でも、素直ではないとしても、己の罪は数え、洗い流す努力をするだけの意志はある。──そう、少なくとも、「ビギンズナイト」を経てからは特に。
 彼らはその誓いの意味を再確認したのだった。

229探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:24:29 ID:3afmAm6s0

 暁は、ヴィヴィオが死んでいない事を教えてやりたかった気持ちもあるだろうが、彼はそれよりも頭の片隅で別の事を考えて顔を険しくしていた。

「ふぅ、……で、やっぱりこうなるのね」
「薄々わかってはいたけど……」

 美希と孤門がそんな調子で、深く息をついた。
 杏子がこの仲違いと仲直りを繰り返すのにはもう慣れた。
 いや、それを最初にやったのはほかならぬ美希であったが、彼女は一体、どれだけ他人と絆を結ぶのだろう。美希もそのうちの一人として、僅かながら嫉妬するほどだ。
 しかし、杏子が誰より信頼して、光を託したのはほかならぬ自分であった事も、美希は思い出した。今も美希の中にはウルトラの光がある。

(……)

 ──美希は、ふと、その光を誰に託そうかを考えた。
 ここにはたくさん仲間がいる。杏子に還してしまうわけにもいかないだろう。
 ラブか、あるいは──と、思った時である。

「よし、じゃあ丸く収まったところで情報交換や元の作業に──」

 石堀が手を叩いてそんな事を言いだした。美希以外は、誰に言われるでもなく、全員何かが切れたように作業に戻ろうとしていた。皆、いい加減そろそろ良いと思ったのだろう。亀裂が修復したのなら、もうそれ以上する事はない。
 ああ、めでたしめでたしという感じだ。ぞろぞろと足が動いて位置を変える。美希も動く事にした。そして、すぐにその中の一人として揉まれた。
 元の鞘に収まるのを全員が何となく予感していたが、僅かばかりの不安が拭われたようである。
 さて、実は美希の他にも動こうとしない者はもう一人いた。

「──こ・の・野郎ッ!」

 ぱこん、と音が響いた。その音の正体を誰もが一瞬捉えられなかった。誰かが突如として、翔太郎の背後から現れると、その額をスリッパで叩いたのである。これが裏切りの刃ならば翔太郎の命はなかった。──が、当然そんな唐突で残酷な展開にはならなかった。
 何の作業が残っているわけでもないが、作業に戻りかけた全員がそちらに視線を送り直す。観衆は、これまた一斉にそちらに目を配った。
 翔太郎は、何が起こったのかもわからずに赤くなった瞼の上を抑えていた。

「……って、痛ぇぇぇぇぇぇっ!!! なんだ、突然!! 何!? 亜樹子!! 亜樹子かっ!? 亜樹子リターンズ!?」

 まるで巨大なうわごとのように女性の名前を叫ぶ翔太郎。
 鳴海亜樹子──その女性の名前を知らない者は、何の事やらわからなかっただろうが、思わずその一撃に全くそっくりな言動をする者が翔太郎の周りにいたのである。ただ、翔太郎にとって決定的に違ったのは、より強い力と暴力性を持っていた一撃であった事だろう。
 翔太郎が涙目を開けると、彼の視界には緑のスリッパを振り下ろした男の姿が見えた。

「ちょっ……暁さん!? 何やってるんですか!?」

 ラブが特に驚いた様子で暁に声をあげた。
 ──翔太郎をスリッパで叩いた犯人は、この中にいる最も異質な男・涼村暁であった。冴島鋼牙に支給されていた亜樹子スリッパを使ったらしい。
 彼はもう全く、自分がやった事を隠す様子を見せず、振りかぶった後の姿勢であった。してやったり、とばかりにその姿勢を崩さない。会心の音に、自らもしばらく一人の世界に入って、気取ってしまったらしい。
 すぐに暁はその姿勢を直すと、杏子の方にてくてく歩いて行った。

「あのね、杏子ちゃん。こういう奴はさ、許すより前に一発殴らないと駄目なんだよ」
「いま殴らずに解決しようとしてただろうが、この野郎! 暴力反対だ!」

 追って、暁からスリッパを奪った翔太郎は、やり返すように暁の額(というよりはほとんど目に近い)を叩いた。仕返し。憎しみの連鎖だが、仕方がない。
 暁は「痛ァッ!」とまた、翔太郎に負けず劣らずの声量で己の痛みを訴えた。
 彼ももろに眼球に打撃を受けたらしく、目玉の周りが少し赤くなった。

「何しやがる!」
「それはこっちの台詞だろヘボ探偵!」
「……それもそうだな。言われてみれば尤もだ。台詞を返上してやろう」

 無駄に思案顔の暁に、誰もが呆然といった様子である。あまりにも飄々としているというか、こうもあっさりと認めてしまうあたり、その場のノリだけで一つ一つの言葉が発信されていたようだ。

230探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:24:57 ID:3afmAm6s0
 翔太郎も否とは言えないが。
 暁への怒りはその怪訝さえも覆い隠して暁に質問を投げかけさせた。

「動機を説明しろ、動機を! 何故いま俺を殴った!」
「俺はな、無駄に気障な男を見ると腹が立つんだ」
「威張るな!」

 大した理由ではなかったので、もう一発スリッパで殴ろうとした翔太郎だが、やはり思い直す。
 いけないいけない。冷静に考えれば暴力はアウトだ──。殴り合いになるとならないでは、ならないに越した事はない。耐えようと思える状況ならば耐えるべきだ。一発殴ってしまったが、それはそれ、これはこれだ。むしろ、一発殴り合って丁度釣り合いが取れたのだから水に流すべきだろう。
 ……などと、翔太郎が腹式呼吸で怒りを抑えている間に、再度、暁が口を開いた。

「杏子ちゃん。こういうタイプの男はな、実は殴ると燃えるんだ。
 殴り合いがドラマで傷つけあいが友情だと思ってるアホだ。
 ……だから、チャンスがあれば殴った方がいい。
 いつ、『杏子、俺を殴れ』とか言いだすんじゃないかとヒヤヒヤしてたぜ、こっちも」
「なっ……お前、どうしてそれを!」

 言葉で痛いところを突かれた翔太郎は動きを止める。腹式呼吸の真っ最中、喉で唾が引っかかって咽そうになった。
 そう、先ほど、翔太郎の脳内は、暁が言った通りの言葉を想定していたのだ。それを口に出す可能性があった。土下座に加え、それも少し検討していたのは確かな事実である。その事実を他人に見透かされていたと思うと、無性に恥ずかしくなった。まして、全て終わった今となっては余計に。

「いや、でもあんたが殴る機会はないだろ……」

 横から杏子が、ほとんど呆れたように言った。こちらも、突然の事で、考える暇もなくどこかずれた言葉を返してしまったようだ。

「いーや、大ありだね。俺たちはこれから暗号を解かなきゃならないんだ。
 その局面を前に余計な内輪話で尺を食った分、一発殴らせて貰わないと気が済まん。
 外ではみんなここを守るために戦ってるんだぜ?
 ……だいたい、女の子絡みの話で俺より目立つなよな。嫉妬しちまうぜ全く」

 この慌ただしい状況でこうして翔太郎が余計な話を進めたのは暁にとっても癪に障る話だったらしい。暁も、殴るほどの事ではないと思ったが、結局一発殴らせてもらったようだ。
 美希が、そこで出てきた嫉妬という言葉に、恥ずかしそうに首を垂れた。わずかとはいえ、自分も軽い嫉妬を覚えたのを思い出したのだろう。
 まあ、実際のところ、スリッパで叩いたのは翔太郎の意識を覚醒させるのに一役買う行為だったのだろうか。翔太郎にとって、確かに痛みは一つの切り替えだった。この痛みの「前」と「後」で、自分がどう変わったのか再認識できる。

「……あー、あー。まあいいぜ。眠気覚ましには丁度よかったぜ。
 ……っしゃ! 暗号でもランボーでもターミネーターでも何でも来い!!」

 結局、翔太郎は、こんな調子である。やはりこういうタイプの人間か、と暁と杏子は翔太郎を冷やかに見た。おおよそ暁の直感に狂いはなく、探偵としての人間観察眼も水準を超える程度ではあるらしい。翔太郎がわかりやすい人間であるのも一つだが。

「……な? 言ったとおりだろ?」
「まったく……単純な兄ちゃんだな。じゃあ、お言葉に甘えてあたしも一発いくか」
「あ、ちょっと待て、杏子! NO! スリッパNO!」

 スリッパの音がもう一発、翔太郎の顔面から炸裂し、翔太郎の悲鳴が聞こえたが、全員がしらんぷりをしていた。
 イジメを見て見ぬふりするのはいけないが、今のあれは放っておいてもいいものだ。今繰り広げられているのは仲良しの証である(ただ、これを読んでいる人間は、少なくとも、「仲良しの証」と言って、心底拒絶している相手に暴力を振るうのは決して正しい事ではなく、立派なイジメの一つだというのは念頭に入れておいてほしい。あくまで、ここにいる彼らは特例的にやられる側もやる側も強い信頼関係で結ばれた上で戯れているのであって、普段そうでない相手に行ってはならない事だ)。

「……あのー……暁さん?」

 そんな折、物陰からマミが顔を出し、どこか申し訳なさそうに声をかけた。暁はすっかり、マミの存在を忘れているようである。
 暁は今の出来事だけ見て、すっかり、全て忘れた顔でいた。

231探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:25:30 ID:3afmAm6s0

「ん? 何? って……」

 暁は声をかけられた瞬間こそ、ニヤニヤと気持ち悪く笑いながら腕を組んで、かなり偉そうに翔太郎が叩かれるのを眺めていたが、マミの方を向いた瞬間、翔太郎の悲鳴などかき消されるほどの大きな悲鳴を挙げる事になった。





「うわあああああああああああああああああああああああああああーーーーーッッッッ!!! オバケ、出、出た〜〜〜〜〜!!!」





 マミが現れるなり、長く大きい悲鳴をあげて机を探し出す暁。机の下に潜り込もうとしているのだろう。部屋の中央に置いてあったダイニングテーブルが、彼のシェルターとして目測させた。
 すると、彼は体の随所を固い物にぶつけながらダイニングテーブルの下に蹲り、潜った。

 ──この間、僅か二秒である。
 捕捉しておくと、暁にとっては、巴マミは死体として認識されている少女である。こうして暁の目の前で立って歩いて喋って語り掛けてくる事──その全部が薄気味悪く、霊的であるのは当然だった。

「おい、マミ、オバケだってよ」

 杏子が、スリッパを片手に(そして四つん這いの翔太郎を真下に)、顔だけマミを見てそう言って笑った。マミと暁のどちらを笑っているのかはわからない。もしかすると、どちらの事も笑っているのかもしれない。
 マミも別段、腹は立たなかった。

「あの、だから……えっと、私はオバケとかじゃなくて……」

 苦笑しながらマミは頬を掻く。
 他人に怯えられるのは通常なら不快だろうが、暁の姿はどこかコミカルで、不思議と不快にはならなかった。魔法少女であった時に化け物扱いされるのと、誤解によって幽霊扱いされるのとでは、また随分と違った感覚である。
 やれやれ、と肩を竦めるのはマミだけではなく、他の全員も同じだ。

「ったく、仕方がないな……」

 代表して石堀が、ダイニングテーブルの下を覗いた。

「おい、暁。出て来い。この子の足を見ろ。ちゃんとあるぞ」
「バカ野郎! 幽霊に足がないなんて迷信だ!」
「幽霊も迷信だろ」
「わからねえだろ! 実際、俺はこの子が埋められているのを見て……」

 ──ふと、暁の中にフラッシュバックするマミの記憶。
 暁は若く綺麗な女性の顔は忘れない。男性の顔はほぼ忘れており、こうしている間にも何人か顔と名前がわからなくなっている人間が多々いるが、それはそれとして、マミは「若くて」「綺麗な」女性であった事や、ほむらに関連する人物である事もあって、確かに暁の記憶上でその死に顔を残している。
 あの時に感じた不快感と、また同時に湧きあがった死への恐怖と憧れも忘れられてはいないだろう。

「参ったねぇ……」

 石堀が頭を掻いた。

「あの……それなら」

 マミは、石堀を退けて暁の前にその顔を晒した。当然悲鳴があがる事と思ったが、暁は意外と小さな声で「うわっ……!!」と驚いた。そう何度も何度もゴキブリに遭うような悲鳴をあげてはいられないのか、単純に声が出せないのか、将又相手の立場を忘れて少し見惚れたのかはわからない。

「涼村暁さんですよね?」

232探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:25:47 ID:3afmAm6s0

 マミは、そのまま暁の腕を優しく掴むと、それを自らの胸に引き寄せた。

「えっ……おい……」

 巨大な乳と乳の間に暁の指先が触れる。確かに恥ずかしいが冷静を保って、「なんでもない事だ」「減るものじゃない」と必死に思い込みながら、マミは自らの胸に引き寄せた暁の手に鼓音を伝えた。
 暁は、普段の軟派な顔ではいられなかった。指先に伝わる振動を感じる。
 生きている人間以外には完全に不要な内臓の振動。あの時の遺体にはなかった震え。それが、今こうして、そこにある。

「……わかりますか? 私──巴マミは生きてます。……みんなのお陰で。
 だから、安心してください」
「……」
「このリズムを取り戻す為に、みんな戦ってくれたんです。
 私も、いつかみんなにお返しします。そう、いつか絶対に……。
 ……暁さん。私はもう普通の人間ですから。話を聞いてもらえると助かります」

 マミが諭すように言った。マミが何かを喋るために、指に皮膚の振動が伝わった。決して落ち着いたリズムではなかった。再び殺し合いに巻き込まれた渦中で、彼女の中にも恐怖は巻いていたのだろう。
 暁は、戸惑いながら、ゆっくり自分の腕をひっこめた。これ以上、そこに腕を置かずとも彼女が生きている事は判然とした。指は、ひやりとした空気を感じた。
 それから、暁はとぼけたように二の句を告げた。

「……あのな、マミちゃん。気持ちは嬉しいけど何もこんなところで」
「巴マミ。涼村暁はこういう男だ。理解できたらもう二度とこんな事はするな」
「わかりました。もうやめます……」

 マミは下を向いて腕を胸の前に組んだ。数秒前の自分を恥じた。
 目の前の男は、やはり「チャラ男」的外見そのままな性格と言動の人間であるようだと察知したのだろう。
 バストが大きいと、前々から男子生徒にいやらしい目で見られる事も少なくなかったが、いや、これはまさにそうした警戒を怠った瞬間である。この手の男には近づくべきではないし、ましてや自分から大胆にも胸に手を伸ばさせる事などもってのほかであった。

「とはいえ、暁。彼女が純然たる血の通った人間だっていう事は確認できたよな?」
「ん……あ、ああ……おかげ様で。良い思いもできたし一石二鳥だな……」

 暁が気のない返事をしたが、実際はもう少しはっきり理解していた。
 確かに、マミは生存している。今のところどういう理屈なのかはわからない。
 双子なのか、姿が同じだけなのか、実は生きていたのか、それとも「蘇った」のか……。しかし、どんな理由があるにせよ、彼女は生きている。理屈を訊かされてもわかる気がしない暁には、その事実だけが重要だった。

 ──と、なると、これは死体を弄る悪趣味ではない。

「あの、マミちゃん。ちょっと」
「何ですか?」

 暁は、それから「もう一回だけ」と小声で言って、暁は手を真っ直ぐ彼女の胸元に伸ばした。その指先は、マミの右手によって思いっきりはねのけられた。







 孤門一輝が、巴マミとともに魔女化に関する事情を他の全員に説明していた。
 翔太郎ら、何らかの形でそれを知っていた人間は聞き流していたが、暁は全く初耳の事ばかりである。何故、人間が地中に埋められた死体から、血の通った人間に戻れるかを彼は全く想像できなかった。
 説明の難しいところではあるが、とにかく孤門が先導して丁寧に一から説明した。こんな事をしている場合でないのはわかっているが、これからの為にも話さなければならない。

「要するに、主催側はもう一段階上の【魔女化】というステップを彼女たちに残させていたんだ。
 魔法少女だけが精神的な要因や戦闘の場数を踏みすぎると死亡扱いになっていたのは、後半で残りの参加者を減らす為の仕掛けだったんだろう」

233探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:26:19 ID:3afmAm6s0

 ゲームのルール上、魔法少女はこれまでソウルジェムが濁り切ると死亡扱いになっていた。
 しかし、変身道具が使用の度に生存率を著しく下げ、殺し合いの状況下、絶望のスイッチが入っただけで息の根が止まるというのは些かアンフェアだ。主催側がこれをゲームだと認識しているのならば、魔法少女を生存させる気がほとんどなく、ゲーム性に欠くように思えてしまう。

 死亡に至る身体的ダメージの場合でも大抵の魔法少女は死亡するし、精神衛生、魔力の残存などを考慮しながら戦い、ソウルジェムの安定化をさせるのもこの状況では難しい。
 まして、本来なら彼女たちのソウルジェムが黒く穢れた結果の末路が、魔女への変貌であるのなら、わざわざ魔女化を封じる必要は主催側にはない。魔女は確実に参加者を減らしてゲームを盛り上げる事ができる存在である。
 それならば、「魔女化をさせない」という選択肢は不自然なのだ。ゲームをさせたいならば、魔女化の仕組みを外す必要はない。
 そう、そこには何らかの仕組みをわざわざ仕掛ける意味が必要なのだ。

 そして、孤門たちが魔女化について推察した「意味」がそれだった。明答か否かはわからない。

「それから、プリキュアの力で魔女としての暴走を止めて──」
「キルンの力を媒介に元の肉体を──」

 ともかく、暁はそうした説明で概ね納得したようである。
 マミを死人にしたところで暁にはメリットはない。暁とマミの話もひと段落というところである。
 実際のところ、信じ難い話ではあったが、ラブと共にいた暁は彼女の一途な活躍を純粋に祝した。シャンゼリオンの力よりも数段、役に立つ力であるかもしれない。
 本来、戦わずして敵を屈服させるのが一番の兵法であるが、相手を味方につける事ができる力というのはそれ以上の物と分類していいだろう。

「なるほどねぇ……。でも、もし本当に後から残りの参加者を減らす為にマミちゃんたちを利用したのだとすると、こうしてその障壁を味方につける形になったのは主催側にとっては予想外の出来事だよな」
「……そうだな。おそらく、向こうも手馴れてない。この殺し合いには、きっと予想外の出来事はこれ以外にも多々あったはずだ」

 翔太郎は言った。

 以前、フィリップとは主催陣との戦闘が次のステップに移行しているかもしれない……という話をした事がある。
 それは、対主催陣営が主催者と戦闘するところまで計算に入れたゲームであるという話であったが、それは「そうなる可能性が高いので相手方が戦闘準備を十分に備えている」というだけであって、主催側にとっても心から望む展開ではないはずだ。
 戦闘を傍観するのはまだしも、戦闘の当事者としてそこにいるのが好きなタイプは主催陣には少ない。そもそも、そういうタイプならば自ら、このゲームに参加する側として選ばれる事を表明するはずだ。その段階、というのが来る事自体が主催者にとっては好ましくないが、もはや完全に残りの生存者は団結して主催陣営と戦闘になろうとしている。
 ──しかし、その上で、「来るなら来い」と胸を張っているようにも思える。こちらも、それに対抗する手段を持たなければならない。
 いずれにせよ、主催者の意に反する行動はいくつも挙げられるだろう。

 対主催側の奮戦がガドルら強敵を倒した事。
 ダークプリキュアの心を救いだしたプリキュアの力。
 対主催陣営が一日の終わりごろには一挙に揃っていた事。
 早々に首輪を解除して禁止エリアが意味をなさなくなった事。
 志葉丈瑠が外道に堕ちた事。
 など。

 そう、主催側にとって、全く予想だにしなかったであろう展開は多く、こちらからすれば、「主催者たちは手馴れていない」という感想が抱かれる。おそらく、主催側にはバトルロワイアルというゲームを主催する事に対する一種の抗体がないのだろう。……だとすると、これは主催側が一番最初に執り行った「実験」なのだろうか。
 それなら十分に隙はあると思えた。
 そして、その事を特に強く実感しているのは、実は翔太郎ではない。────ゴハットのようなあからさまな裏切り者と遭遇した暁であろう。生還者を一名出しているところから考えても、内部分裂まで生じている可能性が高いと思えたのだ。

「相手の予想を覆したとしても、相手への打撃にはなっていない」

 今度は石堀が横から口を開いた。実際、尖兵であったマミやさやかが浄化を経てこちら側に戻った事が主催陣営にとって、現状大きな不利益を与えたわけではない。ただ、こちらが自分たちにとっての不利益を排除しただけである。

234探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:26:39 ID:3afmAm6s0
 孤門が、そんな石堀に反論するように口を開いた。

「……そうですね。でも、覆したという事は僕たちにとっては希望です。
 僕たちは相手の意のままに操られる人形ではない。
 ────それが証明できたっていう事に……なりませんか?」
「それも尤もだ。それに、向こうも動揺したかもしれない。
 自分たちが用意したトラップが予期せぬ形で乗り越えられれば、普通少しは焦るもんだ」

 まるで自身も経験があるかのように、石堀が一息に言った。暁がそんな石堀を怪訝そうに見つめた。何か引っかかったようだった。しかし、それはあくまで予感という程度にとどめられて、別にそこから石堀を問いたてる事もなかった。
 孤門が、それを聞いて、今度はマミの方を見た。彼は、この会話の流れからマミに対して何か言っておく事があると思ったのだろう。

「マミちゃん、君が生きている事──。
 ……それがやっぱり、僕たちにとっては希望なんだ。
 役に立つとか立たないとかよりも」
「ええ、わかってます」

 その言葉は、嫌にあっさりしているように聞こえた。彼女はもう少し、今の境遇について悩みを見せていたはずだが、それが今の彼女にはなかった。

「さっき、ずっと桃園さんを見ていて、……魔女になっていた時の記憶が薄らと蘇ったんです」

 名前を出された事で、ラブがマミの方に目をやった。

「私も魔女になっていた間、──いや、魔法少女でも魔女でも人間でもなかった間、少しだけ夢を見ていた気がします」
「……マミさん」
「それは……正義の味方の夢を、桃園さんが果たしてくれているのを、私がずっと見守っている夢です」

 ふと、それを聞いた時にラブには懐かしい感覚が胸に蘇るような感じがした。
 胸の中で何かが解けていく感覚。遠い祖父との思い出を回想するようなノスタルジー。
 ラブは、いつか夢でマミを見た覚えがあった。起きたら忘れられる夢だ。起きたばかりならばその残滓を掬い上げられたかもしれないが、今となっては、ただの懐かしい感覚や既視感に終わってしまう。

 しかし、……きっと、そんな夢を見たのだろう。

「夢の話なんてしても仕方ないんでしょうけど、私は正夢を見たような気分でした。
 そこで、誰かと一緒に桃園さんにエールを送っていて、それで、彼女がこれからも正義の味方であり続ける事を祈っていた気がするんです……。
 おこがましいかもしれないけど、私は……彼女の支えであり続けられたと思うんです」

 それは、自信を持って言える事だった。具体的にどんな戦いをしていたかをはっきり語る事はできないが、マミは夢の中で「真実」を見つめていた気がする。断片的な、キュアピーチの一日の戦いがマミの記憶の中で薄らと形を持っていた。

 そうだ。────ラブも思い出した。

「うん……! そうだ……私も、ほんの少しだけ覚えてます。夢にマミさんや私の友達が出てきて、応援してくれた事。
 だから、きっと祈りは通じたんだと思います。それが私の力になっているのは間違いありません。今も、きっと」

 プリキュア仲間たちや一文字、マミが夢に少し出てきた事を、ラブは少し思い出した。
 それこそが、ラブの胸に響いて来る新しい「愛」の力を生みだしていたのだろう。
 テレパシーや思念という物があるのなら、まさしくそれを受けて、二人が通じ合ったと言える出来事であった。

「……良かった。戦いの役に立つ事じゃなくて、生きる事の意味がわかってくれたんだね」
「そうですね……。私は、やっぱり、少しでも長く生きたいんです。
 死ぬのが怖いって────そう思って、私は魔法少女になったんですから……。
 でも、生きている事でみんなの励みになるなら、そのためにも、もっと真っ直ぐに生きられる」

 マミが魔法少女になったのは、そんな理由だった。交通事故による衝撃と全身の痛み、目の前で燃え尽きる両親、止まない二次災害──あのままだと死ぬ運命だったマミにとって、魔法少女になるという事が唯一生きる手段であり、最後の希望だった。
 彼女にとって、生きているという事の心地よさは何よりの救いだ。

235探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:27:01 ID:3afmAm6s0

「ああ、誰だって生きたいさ。ここで死んだ奴らもみんな……生きたかったはずだ」

 その横で翔太郎が拳を思いっきり机に叩きつけた。鈍い音が響いて、全員がそちらを注視する。無音が作られた。

「……だからこそ、これ以上あいつらの思い通りにはさせねえ!
 全部が奴らの思い通りに進んでるわけじゃないって事が証明されたなら、俺たちはまだいくらでもやれるって事だ」
「同感。きっと、ここにいる者は全員同意見だろ。……ドウコクの奴も含めてな」

 杏子もそう言って外道シンケンレッドの方に視線を飛ばした。全員、無意識に部屋の隅の外道シンケンレッドに目をやった。置物のようではあるが、あれも脅威の一つとしてカウントしていい。
 味方であるうちはともかく、敵にいつ回るかはわからない。
 外道シンケンレッドには意思らしき物はないが、全員ばつが悪くなって視線を外した。
 石堀が景気よく話題を変えた。

「……と、まあ少し考えてみたはいいが、この段階まで来ても、こちらには敵の全貌を探る術はないな。
 敵の持つ兵力、兵器、物量、戦法、それから、技術レベルではどうしようもない不可解性、オカルト性、SF性も含めて全く未知数だ。
 手近な暗号から解読して、まずは生存人数の問題を解決しよう。……そうだろ、孤門隊長?」
「えっ……? あ、え、ええ、全く、その通りです。石堀さん」

 孤門が少し焦ったのを、石堀は薄く笑って返した。
 未熟でありながらリーダーを任され、元々上司だったはずの石堀にこうした皮肉を言われるのも、案外平気な様子であったが、少し孤門も休みたい気分になってきた。
 改めて石堀に言われた内容は、口で言うのもはばかれるくらい途方もない話である。パラレルワールドを往来できるのなら、その能力は無限であると言っていいかもしれない。そんな相手との戦闘行為を、無策で口にして、恐怖を感じぬわけがなかった。
 相手の情報も推測の材料も足りない現状で、いくらこういった事を話しても仕方がないだろう。敵地に突っ込む作戦にも関わらず殆ど無策の状態でいかねばならないのは、やはり不安ばかりが大きい。

「……ただなぁ」

 杏子が、机の上で頬杖をついて見守る二人の大人の探偵は、少し真面目な風ではなかった。
 二人の名探偵は、石堀や孤門などに指示を受ける前に、既に暗号の文書を持って何やら話し合っている。

 ────やはり、というべきか。

「暗号解読か、任せとけ! この涼村暁がかっこよく解いてやるぜ!」
「待て。まずは俺に貸してみろ……俺がハードボイルドに解く」
「やっぱりこういう時は、書いてあるのと逆に、あえてマミちゃんの胸にまず飛び込んでみるのが」
「オイオイ、中学生に手を出すなんざ、ロリコンか? これだから幼児性の抜け落ちないチェリーボーイは」
「うーん……いや、むしろ、マミちゃんレベルだとマザコン人気の方が」

 不安そうな瞳を向けるのは杏子一人ではなかった。
 そこにいる全員が、不安と呆れの様子で見なければならないような二人が、この暗号の解読を買って出ようとしているのである。

「はぁー……」

 溜息が出た。







『桃園ラブと花咲つぼみなら、花咲つぼみ。
 巴マミと暁美ほむらなら、暁美ほむら。
 島の中で彼女たちの胸に飛び込みなさい』

 さて。
 この文書に、今は全員が目を通していた。机を外道シンケンレッド除く全員が囲んでいる。

236探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:27:25 ID:3afmAm6s0

「私とつぼみちゃん……?」
「私と暁美さん……?」

 ラブとマミ。二人は、まずこの暗号において重要な手がかりを持つ人間であるように思えたので、暁や翔太郎と一緒に紙切れの周りに集まっていた。まるで雀卓を囲むように四人が四角く座って、暗号を見る。その周囲で立ち見をするのがその他の面々である。
 これで、果たして暗号とやらは解けるのだろうか。

 まず、真っ先に着目したのは名前だ。これは、放送の際のボーナスクイズとして出題された時も重要視された要素である。参加者名を使ったクイズ、というのはあの時の事を想起させた。今回もまず名前だけを羅列する。
 花咲つぼみ、桃園ラブ、暁美ほむら、巴マミ。
 指定されているつぼみとほむらは、下の名前がひらがなで表記されている。そこから連想して、書いてある単語を「しま」、「むね」とひらがなに直してみるが、これといった収穫はなかった。
 ローマ字に直すと、HANASAKI TSUBOMI、MOMOZONO RABU、AKEMI HOMURA、TOMOE MAMIだが、これを並べ替えてどうなるという事もなかった。
 名前の意味を考えても、「愛」、「蕾」、「焔」など、一見意味ありげなだけの言葉が出てくるが、結局は関係なさそうであった。

 次に、彼女らの境遇を考えた。
 一行目の花咲つぼみと桃園ラブはプリキュア。
 二行目の巴マミと暁美ほむらは魔法少女。
 いずれにしても、同じ行の人物は同じ世界、同じタイプの戦士に変身している。
 花咲つぼみの実家は花屋。桃園ラブの実家は一般家庭。
 巴マミは両親を事故で喪っている。暁美ほむらは不明。
 初変身の時期は、つぼみよりラブが早く、魔法少女はほむらに関して不明であり、比較ができない。
 つぼみとラブとほむらが中学二年生、マミは中学三年生なので、これもつぼみとほむら、ラブとマミで綺麗に二分する事ができない。
 人種も、全員純日本人であった。ラブという名前は日本人離れしているが、彼女が立派に日本人であるという旨は、以前のフィリップと石堀とラブとの会話ではっきりしている。

 それから、戦闘後の能力も考えたが、ここでキュアブロッサムとキュアピーチに大きな差異がないようである。両名を比較して何かが浮かび上がらなければ、こうして探っていく意味はなさそうであった。

「この中でこの名前の人物全員に面識のある人は?」

 孤門が訊くと、杏子と暁が手を上げた。
 確かに、ラブ、マミの他、つぼみとほむらにも会った事があるのはこの二人だけだ。
 基本的に、ここにいる多くはつぼみとも面識があるだろうが、ほむらとの面識が欠けている。ただ、あくまで血の通った人間として鉢合わせた事はなくとも、孤門など数名はほむらの「遺体」と対面していた。
 マミはつぼみとまだ面識がなかった。

「そうだ。とりあえず、マミちゃんとほむらちゃんで決定的に違う点はあるか?」

 翔太郎が訊いた。まずはそこから訊かねばならない。
 暁が間髪入れずに答えた。

「顔」
「ああ……そりゃ違うだろうけど」

 没だ。差異があってもどう違うのかはっきり言えない物を暗号にしても仕方がない。
 顔のつくりで、何か記号化できる違いがあるだろうかと考えたが、それは一切なかった。

「顔の特徴で、大きな違いはある?」

 目の大きさや鼻の高さを比べてもおそらく答えは出ない。
 強いて言えば、つぼみとほむらには「メガネをしている」という共通項があったが、暁や杏子が知るほむらはメガネを一切かけていなかったので、これは誰も思いつかなかった。
 実際、これは解答には関係ない点だった。

「髪の色は?」
「ああ、確かに違うな。つぼみは赤、ほむらが黒で、マミとラブは黄色だ」

 と、杏子。これは少し気になった。
 選ばれなかった側で共通して黄色というのは少し気になる。だが、やはり選ばれたつぼみとほむらの方で違いが生まれてしまうとなるとそれもやはり採用しづらい。綺麗に、「つぼみとほむら」、「ラブとマミ」で二分できなければおかしいのである。

237探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:27:44 ID:3afmAm6s0

「身長はほむらちゃんもマミちゃんもあまり変わらないな……」

 暁が言った。
 数ミリ単位の身長差については比べようがない。それに、身長を比較するならば、もっとあからさまな身長差のある二名を選択して暗号にしなければ、意味が全く通じないだろう。
 身長もボツ。勿論、体重も測りようがないのでボツだ。

「あ、そうだ。ほむらとつぼみは髪がほぼストレートだけど、マミとラブはウェーブがある」

 杏子が何かに気づいたように口を開いた。
 確かにそれは共通点の一つだ。一応、女性らしい意見も出てくるものだ。孤門が関心する。

「確かにそうだね。意外といい線なんじゃないかな?」

 ほむらとつぼみの「ストレート」という部分に何かある気がしないでもない。真っ直ぐ──真っ直ぐな場所や物を示しているとか、そういう可能性が考えうる。
 ここにいるほとんど全員が、少しそれが答えに近づく意味のある言葉であると期待した。

「……あ。いや、でも」

 杏子がやはり、と少し考えた後で言い直した。

「マミ。その髪はセットした物だったよな?」
「……ええ。下ろしても一応少し癖はあるけど」

 杏子がそこで少し引っかかったようだ。引っかかってはいるが、髪型を答えにする事に対する違和感を上手く言葉にできずに、ただ不機嫌な顔色で返す。髪型というのはどうも違う気がしたのだ。
 翔太郎は杏子の表情を見て、彼女が言いたい事を察すると、この場合の問題点を代弁した。

「……髪型は一定じゃない。その日その日で簡単に変わる物だ。
 こういう暗号には向いてない。今ここで刈っちまえば坊主……そういう事だろ?」
「四人とも女だから尼さんだけどな」
「……いや、まあ、確かにそうだけどな。
 とにかく、これだと状況によって、暗号の意味が通じなくなってしまう。
 それじゃあ、こいつは暗号でも何でもなくなっちまうんだ」
「いや、でもこれを作った奴がそこまで考えてないっていう可能性だってある。
 だから、一応言わずにいたんだけど……」

 翔太郎は杏子の返しに何も言えなかった。
 確かに、一般的な暗号では、暗号を通用させる前提条件が覆って相手に通じなくなってしまう事が起きては本末転倒だ。しかし、おそらくこの暗号は即席で作られているので、そこまで考えの及んだ物ではないかもしれない。
 それに、暗号をよこした相手は決して頭の良い相手ではなさそうだ。
 彼女たちの髪型が変わる事や、あるいは既にヘアアイロンなどでセットされた髪である事まで視野に入れていないかもしれない。

 その時、ふと美希が発言した。

「あの……普段縛ってるからわかりにくいけど、つぼみの髪にも癖はあります」
「え?」
「肩まではほとんど癖がないけど、肩から下は結構ウェーブがかかっています。
 何度か結んだ事はありますし、普段もよく見ればわかるはずです」

 翔太郎は、自分なりの記憶力でつぼみの容姿を思い出した。
 確かに、縛られたツインテールの髪は、ゴムより下で大きな波を打っていた。
 再度、脳内でつぼみの髪をストレートで思い描いてみたが、一度ウェーブの髪のつぼみを思い出した後だと、それは全くのまがい物になった。翔太郎もここまで詳しくは覚えていなかった。

「そうだな……。ありがとう、危うく余計な問題で立ち止まる所だったぜ」
「いえ、偶然覚えていて」

 美希は、どうやら女性の──とりわけ、衣装を着て舞台に立つ女性の容姿に関しては、ほとんど記憶しているようである。
 美希自身もファッションモデルであった事を翔太郎は思い出す。プロのモデルである美希は、別の学校でファッション部をやっているつぼみたちにファッションやみだしなみについて指導したのだろう。その際に、つぼみやえりかの体格や特徴を指導し、それが偶然頭に入っていてもおかしくはない。

「それじゃあ、ここに来てから……そうだな、昨日一日の行動経路はどうだろう?」

238探偵物語(左翔太郎編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:28:00 ID:3afmAm6s0

 そうするとほむらと、それから一応マミ(ゴハットの死亡段階でマミの死はゴハットには伝わっていないだろう)だけ死亡しており、やはり比較が難しいところであった。
 一日の行動経路を考え直しても、つぼみとラブでは大きな違いはなく、ほむらとマミでは早い段階で死亡した以上の共通点はない。つぼみとほむら、ラブとマミを比較するならばともかく、つぼみとラブ、ほむらとマミを比較したうえでつぼみとほむらが選ばれたのは不自然だろう。
 これもすぐにボツだ。

「誕生日は?」
「血液型は?」

 どちらも訊いたが、それもどうも決め手にはならず、その上にほむらの情報が詳細不明であるために難しかった。
 こうして、考えうるデータを話してみても、どうやら答えが出ない。このまま行くと、更に問題が細かくなって、解答から遠い場所になっていくような気がした。
 納得のいく共通点は見つかりそうにない。

「……」

 暁は、全員がそうして考えている中で、一人目を瞑って発言せずに考え事を始めていた。
 積極的に解くべきポジションでありながら、どうやら一人きりで考えているようである。

「……暁、お前はどうしたんだ? さっきから黙ってるが」

 石堀が、暁に発破をかけた。声をかけたが、返事はない。
 考え込んでいるのか、呆けているのか、もしかしたら寝ているのかもわからないので、彼の考えを理解するのは難しい。
 いや、今回の場合は、もしかすうrときちんと考え込んでいるのだろうか。比較的、シリアスの横顔であるように見える。

 さて、その時、実際には暁は────。





239探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:28:26 ID:3afmAm6s0



(おーい、ほむらー)

 ……の一言に始まるのは、暁の思考の世界であった。彼は、何度か夢の中でほむらに会ったような気がするので、ここらでいっそ、ヒントを聴くためにほむらにこちらから交信してしまおうかなー、という、ちょっと反則的な技を使ってみようと思ったのである。
 そのために、彼は瞼を閉じて外界の映像と音声を途絶した。
 暁は、瞼の裏の真っ黒な世界で、ほむらの姿が浮かぶのを期待した。
 心頭滅却。馬耳東風。弱肉強食。起承転結。西川貴教。天然記念物。代々木公園。万国博覧会。学園七不思議殺人事件。
 あらゆるそれらしい四字熟語を頭に浮かべながら、心霊を呼ぶ準備をする。
 霊の世界と交信するには、何か漢字をいっぱい使っていた事だけは何となく知っていたので、ダメ元で真似してみたのだ。

「死んでいる人を軽々しく呼ばないで」

 と、ほむらが悪態をついて現れた。
 もはや、何でもアリである。

「人に現れすぎとか言っていた割りに、いざって言う時に頼るのね。本当に最低の大人だわ」
(いいからいいから。細かい事を気にすると長生きできないぜ、ほむら)
「……殺されたいのかしら。私、もう死んでるのよ?」

 皮肉にしか聞こえない暁の言葉に、ほむらは険しい表情で辛辣な一言を返した。ほむらは既に死人である。死人がこうして出てきちゃっていいのかは、もう暁とほむらに関してはあまり深く考えてはならない部分である。

(いや、たとえここで駄目でも、パラ○ワとかオ○ズロワとか二次○次とかでも長生きしたいだろ? 細かい事は気にするな、人生は楽しまなきゃ〜!)
「……」

 ほむらは、そう言われて息を飲んだ。──確かに、そっちではもう少し長生きしたいと思っているのかもしれない。

 ちなみに、今回はどんな感じの容姿のほむらなのかは想像に任せる。この殺し合いに呼ばれた時の彼女なのか、メガネなのか、悪魔なのか、幽霊の衣装なのかは、暁の好みが結局どれだったのか、推して知るべしというところだが、想像力豊かな人間は自分の好みで考えて良いだろう。
 小説には多様な解釈が求められるのもまた一興だ。特に、読者の好みが分かれる場合。

「……で、本題は何かしら。そっちに入りましょう」

 ほむらは話題を逸らした。

(率直に言おう。……暗号の答え教えて)

 暁は相手を安心させるように微笑みながら言った。
 まるで餌を欲する犬のような目でじーっとほむらの方を見る。死人ならば答えを知っているとでも思っているのだろうか。そういうわけでもあるまい。

「自分で考えて。……というか、どう考えてもこのやり方は反則だと思わない?」
(俺は解ければいいんだ! どんな手を使ったって解ければ問題はない。
 お前とマミちゃん、つぼみちゃんとラブちゃんの決定的な違いを教えてくれればいい。……とにかく違う点だ。
 ほむらとつぼみちゃんが小さくて、マミちゃんとラブちゃんが大きい物を答えてくれ。
 ……これがわかれば、俺たちは、それにみんなが助かる。
 だから、頼む。この通りだ!)
「……」

 ほむらは黙った。考え込んでいるわけでも呆れているわけでもなく──ましてや、暁の切実さに感銘を受けたわけでもなく、ただ何というか、殺意が湧いたのだった。

 ほむらとつぼみが小さく、マミとラブで大きい?
 ……言いたくないが、一つしかないではないか。それを思うと殺意が湧くのも当然。殺意の対象は何故か暁だった。

 しかし、暁ならば真っ先にそれに目をやるのではないかと思っていたくらいだが、何故暁は気づいていないのだろう。流石に暁も、中学生くらいが相手だと興味がないのか? ──とも思ったが、そういえば開始してしばらくして自分をナンパしたのはまぎれもないこの男だった。

240探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:28:48 ID:3afmAm6s0

「────ねえ、自分で言ってて、答えに気づかないの?」
(え?)

 ほむらは、我慢できずに深い溜息を吐いた。ほむらの負けだ。
 せめて、ヒントをやろう。この男にはどうやら、敵わないらしい。

「この問題は、本当にふざけた問題よ。涼村暁らしいふざけた考え方をするといいわ」
(で? 答えは?)
「ヒントならあげるわ」

 ほむらは、答えを自分の口から言うのを拒絶した。
 自分からなんてとても言えない。

「あなたが街を歩いていて、偶然目の前から、マミと同じ体格の女性が歩いていたら、まず、どこを見る?」
(────それは)
「そう、単純に考えて、暁……」

 やはり、ヒントでも口にしてみると殺したくなったが、それが答えだ。
 少なくともここにいる奴らくらいは助けたい、と少なからず願っている暁に、極上のヒントを与えよう。
 ほむらは、そのまま暁の瞼の裏から消えていった。







「暁! 暁! おい、まさか十数年ぶりに頭を使って死んだんじゃないだろうな……」

 石堀の声が暁の脳にまで達した。自分が何度か呼びかけられていたらしい事を暁は察する。寝ていたのか、考え込んでいたのかは自分の中でも判然としない。
 しかし、暁はぱっと目を開けて立ち上がった。暁が瞼を閉じてから三分も経っていないらしく、みんなまだ考えている。

「……バカ言え。俺は生きてる。それより、わかったぞ」
「わかった? 何がだ? 自分が寝ていた事か?」
「暗号の答えさ」

 石堀がこの上なく驚いた様子で暁を見る。これだけの人数で解けない問題に、暁は出ていった。

「……そうだ。わかったんだ。つぼみちゃんとラブちゃん、ほむらとマミちゃんの違い──その意味が」

 そう暁が言うと、須らく、その場にいる者たちは戦慄した様子であった。
 名探偵による推理ショーが始まる。──という時の光景だ。
 誰もが黙り、暁の方を見る。暁も、その空気の重さに、少し鼓動を速めた。
 自分の答えが間違っているかもしれない──そのスリルが暁の中に生まれた。この感覚は久々である。
 過ちは恥、答えれば英雄だ。

「……言ってみろ。真面目に聞いてやる」

 石堀は、そこに生まれた静寂を切り裂くようにしてそう言った。
 暁はうなずき、全員の眼が一層真剣に暁を見た。
 暁は、唾を一口飲むと、口を開いた。

「まず、この暗号が誰に渡された物なのかっていうのが重要だ。
 そう……こいつは、他の誰でもない、この俺、涼村暁様への挑戦状だった。
 でも、相手は黒岩みたいに知識をひけらかして俺を貶めようなんて考えてる奴じゃない。
 むしろ俺にヒントとしてわざわざこの問題を送ったはずだ。
 それなら、俺が解けないような難しい問題は出さない」
「……というと?」
「この問題を送ったのは、ゴハット。あいつは、変わった趣味のダークザイドだ。
 敵のくせに俺の──いや、シャンゼリオンの活躍を望んでいる、まあちょっと頭がおかしいんじゃないかと思う手の奴だった。
 そして、それならこの暗号も『俺に解かせるため』に作った物なんじゃないかって事だ。
 これはただ難しい問題というより、多分、他の誰でもないこの俺が単純に考えればわかるようにできたなぞなぞなんだよ」

241探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:29:09 ID:3afmAm6s0

 饒舌な暁に、全員が息を飲む。
 言っている事は少しばからしいが、いつになく真面目に自分の推理の過程を熱弁する暁には、探偵らしい迫力があった。
 ただ一人、翔太郎だけは安易に彼を評価するわけにもいかないと思っていた。他の全員は暁に対して微かに見直したかもしれないが、翔太郎にとっては、もしかすると商売敵やライバルとでもいうべき存在になる。世界の違いがあるので、利益には直接影響しないだろうが、それでも、自分の腕に自信がある以上、他を手放しに認めるのはプライドが許さないだろう。
 暁は続けた。

「使われる名前が桃園ラブ、花咲つぼみ、暁美ほむら、巴マミでなければならなかった理由も、考えてみれば単純だ。
 ……俺は、ゴハットと戦う前にこの四人全員に会っていたんだ。
 マミちゃんがここに来る前にこの全員に会っていたのは俺と杏子ちゃん、それからラブちゃんだけのはずだ。……まあ、マミちゃんの場合は名前も知らなかったけど、俺は『死体』を見て、『体格』を覚えていた。
 あの死体がマミちゃんだっていう事は、みんなに聞けばすぐにわかる事だ」
「で、長々話すのはいいけど、使われる名前がその四人じゃなきゃいけなかった理由って何だよ?」

 杏子が訊いた。前置きの長さに苛立ったのだろう。
 しかし、探偵はこうして焦らさなければならない。……と、暁は勝手に思っている。
 そして、何よりそんな自分に酔っている。

「……ちょっと待てよ、杏子ちゃん。折角、珍しく探偵らしくやってるんだから。焦らさせてくれよ」
「もはやキャラ崩壊レベルだもんな。実物はこんな事できない」
「あー、うるせー! とにかく、その理由は、さっき言った通り、『俺が全員の名前や体格を知っていた』って事だよ。
 この暗号は、なるべく俺以外の人間に解かせないようにできているんだ。この暗号は、そもそも名前が書いてある四人、全員分の姿がわからないとどうしようもない作りになっている。
 だから、俺が知っているこの四人を暗号に使って、そこで俺が一人でこの暗号を解けるようにゴハットの奴が作ったに違いない。
 ……俺や杏子ちゃんのように全員の体格や容姿をきちんと把握して覚えていた人間じゃないと最初から解きようがない。
 今はほむらやマミちゃんを見た人もいるから全員の顔と名前が一致する奴も多いが、元々、マミちゃんはあのまま死んでいた可能性だって高かったわけだから、ここにマミちゃんが無事に来ていなければ、全員の容姿を知らなかった人間の方が多かろう」

 そう、ゴハットが絶命した時点では、マミがどうなっているのかはまだわかっていなかった。マミがここに来ると、ゴハットはどの程度考えていたのだろう。
 結果、マミが出現した事で、暁以外にも暗号を解読できる可能性は高まった。
 ほむらの遺体は警察署に安置されていたので、多くの人間は彼女の遺体の体格を目にしている。翔太郎も、これによって、全員の体格は知っていた。
 本来ならゴハットは望まない状況だったはずだ。
 しかし、それでも翔太郎たちは問題の核心となる部分を解けていなかった。

「そう、何度も言う通り、これは全部、俺のための暗号なんだ。ゴハットは、誰でも解ける問題にするつもりは最初からないし、むしろなるべくなら俺以外に解けないように作ろうとしている。
 あいつは俺ことシャンゼリオンの熱狂的ファンで、それが高じたからだろう。俺の活躍だけを望んでいるんだ。
 だから、重要な手がかりを示す暗号に俺が知っている四人の名前をヒントに記して、俺によこした。──元々、俺に向けた暗号だから、俺以外がそう簡単に解けるはずがない」

 ふと、翔太郎たちは正反対のニードルの問題を思い出した。
 あの問題は、それこそ「引き算」の概念のないグロンギや、極端に知識のない人間以外は誰でも解答できるようになっている。使用された名前さえ読めれば、あとは問題がない。
 ここにいる殆どの人間は、主催側の問題という事であのニードルの問題と同じく、誰でも解ける事を前提に考えただろう。
 しかし、これは根本的に、他の人間に向けられた物ではなく、暁に向けられた問題なのだ。
 ほむらなどの人間と接触──あるいは、写真を見るなどしなければ解きようがなかった。

「そして、杏子ちゃんたちみたいに全員を知っていても、ある一点だけは、俺の思考にならないとほとんど解けない。俺と同じレベルの思考の奴ならまた別かもしれないが。
 とにかく、俺の性格をちゃんと把握したうえで、ゴハットはこの問題を作ってるんだ。そう────それは、この『胸に飛び込みなさい』の部分だ」

242探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:29:30 ID:3afmAm6s0

 暁は、ここからだんだん得意げになっていた。
 今までよりも数段、鼻が高くなっているようである。ギャラリーもだんだん、感心するよりも呆れ始めていた。普通なら関心するシチュエーションであるというのに、暁がやるとそうもいかないのだ。
 暁の推理の披露も芝居がかっており、だんだんと演出が感じられるようになっている。
 その小芝居のひとつだろうか、暁はラブの方を見てこういう聞き方をした。

「なあ、ラブちゃん、もし『胸に飛び込め』って言われると何を想像する?」
「え……。えっとぉ……私は、白馬の王子様との抱擁とか……?」
「じゃあ、石堀は?」
「そうだな……。俺もほとんど同じ……抱擁かな」

 帰ってくるのは、抱擁というワードだった。上品な言い方だ。
 しかし、暁はこれまでも、「つぼみちゃんの胸に飛び込む」だとか、「マミちゃんの胸に飛び込む」だとか、そういうもっと下品な言い回しで使用していたはずだ。
 それが、ラブや石堀と、暁との決定的な違いである。

「……いーや、違うね。俺の場合はそうじゃないんだ。
 ここは俺のレベルで物事を考えないといけない。……俺なら、全く別の物を想像する」

 暁はここでニヤリと笑った。





「そう、────『ぱふぱふ』だ!」





 それから、周囲が冷めた様子で暁を見つめた。
 約十秒ほど、全員が固まって、暁の方を白けた様子で見ていたのだった。
 暁も凍り付いて動かず、しかしその顔はニヤリと笑ったままだった。
 思わず、石堀が訊いた。

「…………は?」
「胸にな、顔をうずめるんだ」

 ラブの顔が赤くなり、杏子の顔が険しくなり、美希とマミの顔が完全に呆れ果てていた。
 この瞬間、彼の推理はクライマックスに突入し、同時に再下降に向かっていったのだ。

「胸という言葉の解釈が、今回のキーワードってわけか」

 翔太郎は、肩をすくめながら言った。呆れ顔であるように見えて真剣だった。

 胸に飛び込め。そう聞いて、邪な考えを捨て去った人間──というか、まともな人間は、胸をただの体の一部と考える。「胸に飛び込む」という行為は、青春ドラマの中でも熱血台詞の一つとして使われるが、それは抱擁という接触であって、胸の大きさは勿論、男女の関係ない物であるとされる。
 しかし、暁はもう少しバカだった。胸と聞けば、当然、それを「おっぱい」と訳す。女性の胸。ボリュームを尺度に入れて考える物体になる。
 この問題においても、多くの人間は、仮に考えても「まさか敵が暗号でそんな内容書かんだろ」と勝手に思い込んで、一瞬でボツにしていただろう。しかし、実際は、これはバカな怪人がバカなヒーローの為に作った問題なので、そのくらい単純で良いのである。

「つまり、つぼみちゃんとラブちゃん、ほむらとマミちゃん──この二組において、ラブちゃんとマミちゃんの共通点は、『胸の大きさがもう片方より勝っている』というところなんだ。
 言っちゃ悪いが、つぼみちゃんとほむらは二人に比べて貧乳だ。そして、ラブちゃんとマミちゃんは見ての通りだ。暗号が示しているのは、『ふくらみの小さい方』という事だったんだよ!」
「ええーーーーーーーーーっっっ!!」

 思わず胸を抑えてラブが驚いている。つぼみがここにいなかったのは幸いである。
 絶対につぼみに、今後永劫、暗号の話はしてはならないだろう。相当傷つくに違いない。
 これからなのであまり気にするな、と一言フォローを入れるしかない。
 しかし、何にせよ、他の全員が固まっている様子である。

「────つまり、おっぱいなんだ、今回の暗号はおっぱいだったんだ! わかったか? みんな!」

243探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:29:55 ID:3afmAm6s0

 勝ち誇ったように、暁はガッツポーズをした。
 この一言のために長々と推理を話してきたかのように。
 これまでにない調子の乗りようであった。

「……」

 翔太郎が、仏頂面でそんな暁に歩み寄っていった。
 何か言い知れぬ怒りを感じたようで、暁はふとその顔を引きつる。
 革のブーツがてくてくと暁の方に足音を近づけ、やがて、暁の目の前で止まった。

「え、おいおい……」

 零距離。
 キス目前のところまで、翔太郎の顔が暁に近づいた。まるでガンを飛ばされたような気分である。
 そして、翔太郎が口を開いた。

「…………………………で?」

 翔太郎は一言、──いや、一文字、言った。

「え?」

 暁も負けずに一文字、返した。
 翔太郎はコホンと咳払いをした。暁が気づいていないようなので、翔太郎は問い返す。

「今回の暗号がおっぱいだったのはわかった。だがな、……だから何だっていうんだ?」
「だから、おっぱいなんだ。もう全部おっぱいなんだ」
「違ぇよ!! おっぱいじゃ何の解決にもなってねえ!! それがわかったからって、後はどうするんだよ!! それがわかったところで何にもならねえだろ!!」

 そう、翔太郎の言う通り、そこまで推理が辿り着いたとしても、そこから先に全く進まないのである。ゴハットが、「小さい方」を意味する言葉を暗号として残したとしても、そこから進みようがない。
 そこだけわかったとしても、主催に関する何の手がかりになるというのだろう。

「そ、そうだな……そ、それじゃあこれからの意味を一緒に考えなきゃな」
「おいおい……ちょっと待てよ」

 この暗号には続きがあるはずだ。────それを、暁は忘れていた。
 翔太郎の目が険しかったのは、このためだった。彼が、おっぱいで満足してその先に進めなかった事に怒りを感じているのだろう。

「……暁。こいつは、そのゴハットとかいう奴がお前の為に残した暗号なんだろ。じゃあ、ここから先もお前が解くんだ」
「え?」
「ゴハットは、お前の為にこの暗号を残した。そいつがヴィヴィオを殺したってんなら俺は許せねえ……けど」

 暁からすれば、ゴハットが冤罪被っているのを訂正したいが、それをする事で逆にヴィヴィオに危険が迫るであろう事を考えると何も言えない。
 翔太郎は続けた。

「考えてみろ、そいつに救いをやれるのは、お前だけだ。
 ────俺は力を貸さない。お前が解くんだ……ここにいるみんなのために」

 そう、暁はこの問題を暁自身で解かなければならなかったのだ。







 時は、フィリップが生きていた頃までさかのぼる。
 翔太郎が、フィリップに頼んで主催に関して調べていた時だ。

 闇生物ゴハット。
 ────その名前を、以前、フィリップは無限の本棚で検索した。
 ゴハットに関するデータは、『ヒーローおたく』としての記述が大半を占めていた。
 やはり、放送での情報に嘘偽りはなく、彼はヒーローを愛する存在だったようだ。

244探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:30:27 ID:3afmAm6s0

 しかし、一筋縄ではいかない部分もゴハットには多い。
 ゴハットには過剰ともいえる拘りがあった。
 そう、「ヒーローは死なない」という幻想や、非人間的な生活をしている者というイメージでの独自のヒーロー観の押しつけである。
 ずっと昔のヒーローを前提とした、勧善懲悪型の「名乗ったり」、「爆発したり」、「叫んだり」を行うヒーロー以外、彼はヒーローと認めず、世捨て人のように飄々として自分の幸せをなげうった孤独な者をヒーローと呼ぶのだ。それ以外は、更生させるためのスパルタ教育をする。
 涼村暁や左翔太郎の持つ一般人としての生活感覚を彼が認めるかといえば、おそらくはNOだろう。

「なあ、フィリップ……こいつは、ちょっとヤバいんじゃねえか?」
「ああ。以前僕たちが戦ったコックローチ・ドーパントの持つ独善性にも似ているね。ヒーローが好きだからといって、彼自身の行いが立派なヒーローといえるかは別問題だ」

 ヒーローに憧れるという人間が決して、人間的に成熟できた立派な人間になれるという事ではない。
 いや、むしろ憧れたものに対する一方的な幻想を抱く者だって、悲しい事に一定数いるのである。──ゴハットや、コックローチ・ドーパントこと伊狩はそういう物を持っていただろう。
 ある種、オタク気質というか、それを突き詰めた人間に陥りやすい傾向だ。

「まったく、ヒーローってのは、なんだかわからねえな、本当に」
「確かにね。わからないなら僕たちも自分たちの事をヒーローと思わない方がいいかもしれない。
 僕たちも血の通った人間には違いないからね。所謂──そう、Nobody’s perfect」

 フィリップは、どうやらそこから先の事もあまり考えていないようである。自分がヒーローであるか否か、という問いから先、彼が答えを出す事はなく、答えを出す気もなかっただろう。
 彼は、自分がヒーローと呼ばれる事に、この時はあまり関心を持っていないようだった。
 やはり、既にこの殺し合いの中で幾人もの犠牲者を出した後だったから──だろうか。
 到底、自分の事をそう呼べる精神状況ではなかった。
 それから、フィリップは補足した。

「……ただ、街の人や……特に子供たちを見ていると思うよ。ヒーローにあこがれる人間は、行いも含めてヒーローのようであってほしいとね。
 完璧じゃなくたっていいから。────まあ、これは、僕自身の勝手な願望だけど」

 あの時、フィリップは、一見すると興味なさそうにそう言っていた。
 翔太郎は、それを思い出した。







 翔太郎は、暁の推理を訊いた時に、こう思ったのだ。──データによると、あそこまで独善的で、一方的なゴハットの感性ならば、当然こんな問題は出しえない、と。
 翔太郎が問題に答えを出せなかったのは、それが原因だった。彼も、一度はその解答も考え、ボツにしたのだった。
 ゴハットは、本来なら暁にこんなふざけた問題は出さない。ヒーローに対して、「硬派」という幻想を抱いているゴハットが、暁を認めてこんな問題を出すだろうか?
 ゴハットが、データと全く同じでぶれない存在であったなら、暗号の内容はもっと難解で硬派な物だったはずである。
 しかし、現実には、あらゆる案が出されたものの、おそらく暁の解答で間違いない。

 ────どういうわけかわからないが、ゴハットは暁を認めたのである。

 彼は、かつての暑苦しいヒーロー像に熱狂していたはずだが、この場において、一人間としての──時にふざけているが、時に真面目な、暁や翔太郎のような新世代のヒーローを認めたという事になる。
 バカでも。ぶっきらぼうでも。体が弱くても。自分の宿命に押しつぶされるほどに弱い一人の人間であっても。──それは、立派なヒーローの形の一つである、と。
 それはきっと、暁がこのバトルロワイアルで行ったすべてをゴハットが見届けた結果だ。
 暁の生き方は、一つの考えに囚われた旧世代をも突き動かしたのである。

 これは、そんな彼が、シャンゼリオンに向けて作った挑戦状であり、ラブレターなのだ。
 その手柄を、今回ばかりは翔太郎が奪うわけにはいかない。照井竜が井坂深紅郎との決着をつける事になったあの戦いの時と同じく、脇役として見守るだけだ。

245探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:30:51 ID:3afmAm6s0
 そして、暁を推理の過程で立ち止まらせて、この暗号の答えを解かせないわけにはいかない。

 翔太郎には、もう答えはわかっていた。
 しかし、暁が答える事に拘って、彼は黙って暁を見ていた。誰も、暁に協力してやろうとは思っていないようだった。
 その状況で、暁は口を開いた。

「……わかった。ここから先は、俺に任せてくれ」

 自分がやらなければならない。
 癪だが、今はゴハットの為に。あの怪物の為に。暁はまた、やらなきゃならない。
 確かにあのゴハットは、ヴィヴィオを救っているのだ。そのお返しと言っては何だが、暁自身が自分の力で最後のピースをはめる事で、ゴハットの悲願をかなえさせてやらなければならない。

 暁は考えた。
 もう一度、暗号を考えてみよう。

『桃園ラブと花咲つぼみなら、花咲つぼみ。
 巴マミと暁美ほむらなら、暁美ほむら。
 島の中で彼女たちの胸に飛び込みなさい』

 まだ触れていないのは、そう……「島の中で」という部分だ。先ほどの暁の推理の中では、わざわざ「島の中で」と注されている部分が完全に無視されている。
 島の中。ここは孤島だ。この島の事だろう。しかし、その意味だ。暁たちがこの島の中にいるのは当然である。
 じゃあ、この暗号における島とは何だ? 島の中には、何がある?

「……島! そうだ──」

 暁は、何かに気づいたように、慌てて手近なデイパックを漁った。
 中にある物を床に散らかして、暁は、それを必死に探した。

 そんな姿を、誰もが黙って見つめていた。暁は、今、真相に近づこうとしている。
 ある者の意志に答える形で、必死にデイパックの中身を漁っている。暁の慌てようは、答えを探す為の行為に見えた。

 そう、彼が探しているのは、ヒントではない。──答えなのだ。

 ペットボトルを投げる。パンを投げるのを杏子がキャッチして文句を言う。その言葉は暁の耳に入らない。中身を引きだして投げていく暁は、ある答えだけを探していた。
 そして、それはすぐに見つかった。

「そうか……そういう事だったのか」

 涼村暁は、決定的な答えを広げた後、その意味に気づき、握りしめた。
 彼の考えには思い違いはなかったらしい。

 謎は、すべて解けた。







 彼らが監禁され、殺し合いを強要されているこの島は、そのほとんどが山のみと言っていいほどに緑が豊かな島である。人間たちの侵攻は浅く、外れに小さな街や村がある程度で、参加者たちもこの暗い山々に何度悩まされた事だろう。
 夜は特に参加者たちの恐怖を煽る。緑ばかりが茂り、その木々は何度も参加者たちに根本から切り落とされ、焼き尽くされてきた。元の形はないが、地図上では今もそれらの山々は真緑で表現されていた。
 この緑の部分が、今回の暗号において、注目されるべき物だった。

 そう、暁が今回、手に取ったのは、「地図」だ。
 ところどころが禁止エリアとして黒く塗りつぶされている地図を、暁は掲げる。
 そして、ある部分を指さした。

「この山に注目してくれ」

 暁がそう口にするのを、誰もが黙って聞いていた。全員が注目する中、暁は先ほどのような緊張を感じなかった。もはや、核心ともいえるべきものが彼の中にあったのだろう。
 地図上の山について、暁は話した。

246探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:31:09 ID:3afmAm6s0

「この山は、あるところで二つに分かれている。この山の高さが問題なんだ。グロンギ遺跡のある方の山は南の山より少し大きいだろ?」

 確かに、山の大きさは二つとも違う。
 中央部だけが凹んでおり、この島の山は頂きが二つある形になっていた。
 高く積もった方と、やや沈んでいる方。この二つが今回のキーワードだ。

「これはただの山じゃない。俺が考えている通り、おっぱいなんだ」

 全員が白い目で暁を見た。
 少し見直そうとした者たちも、やはり見直した分を無しにした。

「わからないか? この大きい方の山がマミちゃんのおっぱい、この小さい方の山がほむらのおっぱいなんだ」
「あの、いい加減にしないとそろそろセクハラで訴えますよ……?」
「訴えるならゴハットの奴にしてくれ。俺は答えを言っているだけだぜ」

 マミがもじもじした。暁はおそらくわざとセクハラ性を強調した言い方をしているのだが、「ゴハットのせい」という盾で自分を守る。
 これだからセクハラは悪質である。女性が言い返せない状況が自然に作られるのだ。

「で、この山だ。ずっと前は何もなかっただろ? でも、今は違う」

 暁は、気にせずに続けた。
 暁はかつて、このどこかにある禁止エリアを恐れて、その山を駆け抜けた事がある。その時には、この山には何もなかった。
 ──そう、しかし、今は暁の言う通り、違う。
 実はその後、この山の上で、通常なら見逃すはずもないような物を見たと証言していた(らしい)人間が現れたのだ。

「……そうか、ドウコクが見た山頂の物体だ」

 石堀が気づいて言った。
 血祭ドウコク。──外道衆総大将を仲間に引き入れた事が、思わぬところで役に立ったらしい。翔太郎や一也がドウコクから得た情報はこの場において共有されている。

「その通り♪」
「じゃあ……」

 孤門が見たのは、窓の外だった。
 もはや外の戦いは終わっただろうか。静かな外の空気の中で、たった一つ、見えている物があった。森の中、微かに膨らんでいる一つの山の頂。



「────つまり、ゴハットの奴が示したかったのはその事なんだ。小さい方の山──すぐそこに見えている、あの山こそ、俺たちが飛び込むべき、つぼみちゃんとほむらの小さいおっぱいに何かあるって事なんだよ!」



 暁が遂に、後ろからスリッパで殴られた。殴ったのは、美希だった。
 暁の解答は、結論から言えば間違いなかった。
 ドウコクが見たというあの奇怪な物体こそ、主催陣営のもとへ向かう鍵となる。
 考えてみれば、最も怪しいのだ。現時点で、鳴海探偵事務所やクリスタルステーションのように、戦闘配備としての意味がまるで感じられないあの物体。

 それは、この冴島邸から見える景色の中にあった。
 青く光っている、あの奇妙な物体──暁たちは、それをただ見つめていた。













247探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:31:28 ID:3afmAm6s0



 ここは、既に冴島邸を離れた外の森エリアだった。
 少し生暖かく、嗅いでみれば硝煙の匂いもするかもしれない森の中──心地よい森林の香はもう、どこかへ消えている。
 彼らの目の前にある、山の山頂を彼らは目指す事になった。
 冴島邸内で合流した、孤門チームと良牙チーム。──これで残る参加者は遂に全員出揃った。

「残ったのは、十五人か……」

 孤門一輝。石堀光彦。涼村暁。左翔太郎。沖一也。響良牙。桃園ラブ。蒼乃美希。花咲つぼみ。佐倉杏子。巴マミ。レイジングハート・エクセリオン。涼邑零。血祭ドウコク。外道シンケンレッド。そのほか、リクシンキ。

 ──ガイアセイバーズ。
 そう名付けられた部隊は、これにて全員集合した。

「ゲーム終了までは、一時間──」

 ゲーム終了までの時間もわずかとなった。
 沖一也と血祭ドウコクの約束の時間、十一時が遂に来る事になった。
 本来ならば、ここで一也の首はない。────しかし。

「てめえら、よくやったじゃねえか」

 血祭ドウコクは、その時、彼らの報告に素直な賞賛の言葉を与えた。暗号が解き明かされた以上、ドウコクが謀反を企てる意味はない。
 それから、そこで用済み、という事もなく、ドウコクは素直に彼らと共に行動している。
 それというのも、やはり戦力・駒としてはまだ十分に使えると判断しているからだろう。

 一也は、タイムリミットまでに暁と翔太郎が成功させた事でかなり安心しているが、一方で不可解に思う部分もあった。

(……この島の外に何かがいた事も確かだ。あれは一体────)

 一也だけが見た、あの黒い影。──あれを話すべきだろうか? しかし、仮にその事を話せばそれはそれで、ドウコクは帰還不可能とみなし、内部分裂が起こるかもしれない。
 何もいえないもどかしさが一也の胸にしこりを作った。

(まずは彼らが得たヒントをもとに、あの場所に向かうしかない……)

 それから、少しだけここにいるメンバーは情報を交換した。







 花咲つぼみは、美樹さやかの死について全て語った。その報告に最もショックを受けていたのは、佐倉杏子であった。

「そうか、それであいつは……」

 彼女が魔女に救われたと聞いた時、これは和解のチャンスだと、杏子は思ったが、その直後に結局、別の人間に殺されてしまったらしい。その人間──天道あかねも死んでしまった。
 杏子としては、美樹さやかも天道あかねも知り合いだっただけに、こういう結末になったのは残念でならなかった。
 さやかとも、あかねとも、和解をする機会は永久に失われてしまったわけだ。──そう思うと、最悪のコンタクトを相手に残せてしまったのは残念でならない。二人とも、もっと別の形で会いたかった相手である。

「……人間に戻るって事は、それだけ体が弱くなってしまうって事なのね」

 マミが、落ち込んだように言う。
 知り合いの死を知って、やはり悲しみもあるのだろう。元の世界の知り合いで生存しているのは、もう杏子だけだ。しかし、一人でも元の世界の仲間がいれば、それは十分恵まれている。ほとんどの人間が、自分以外の仲間がもういない状態だった。

248探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:31:46 ID:3afmAm6s0

 さやかは、魔法少女であれば変身してどうにか対処できたかもしれない状況で死んだという。変身できないという事は、それだけの危険も伴うという事だ。それもマミは考慮に入れなければならない。
 魔法少女の感覚に慣れていたがゆえ、彼女にとっても気を付けなければならない話である。まして、これから行く場所はどんな戦闘が巻き起こるかわからない。
 荷物をしっかりと持って、武器を把握して、マミは出来る限りの手段で仲間を支援し、生き残らなければならないのだろう。

「あの、つかぬ事をお伺いしますが、マミさんは、……やっぱり、人間に戻れて幸せですか?」

 ふと、つぼみはマミに訊いた。人間として救いだされた率直な感想を、マミから訊きたかったのだ。さやかがどう思っていたのかを知る術はないが、同じ境遇の人間から聞き出す事はできる。

「そうね……。魔法少女として、みんなを守っていた時は自分にしかできない事があるっていう嬉しさがあったけど、今は違うわ」
「え?」
「私たちの力には、魔女になるリスクもあった。
 ……ずっと一緒にいるには危険すぎる力だし、何より魔女になって暴れ続ける事なんて全然幸せじゃないと思うの。
 人間は本来、人間であるべき──それが普通なのよ」

 そうマミが言った時に、横から杏子が言った。
 彼女こそ、正真正銘、魔法少女の心情を誰よりもよく知っているのだった。
 全ての真実を、冷徹に目の前に突き付けられ、それを乗り越えた彼女である。

「なあ、つぼみ。現役の魔法少女から一言言っておくよ。
 魔法少女として死ぬよりは、人として死んだ方がずっといい。
 ……ましてや、魔女として死ぬなんて最悪だ」
「そう、ですか……」
「あんたはよくやったよ。あいつもきっと、喜んでいるはずだ」

 そう、この中では杏子だけ、今もまだ魔法少女でいる。
 彼女にはまだ心に孤独があるはずだ。だから、こんな事を言うのだ。まだ体は人でなく、いつでも魔女になる可能性があるだろう。
 いつか、人間に戻すことができるのなら、そうしてやりたい──と、つぼみは思う。

「……ありがとうございます」

 つぼみは、苦い顔で礼を言った。杏子の境遇を思えば、彼女は慰められる側であろう。しかし、つぼみを慰めようとしている。
 その事を、つぼみは少しばかり情けなく思った。







 響良牙は、まず沖一也と左翔太郎に向けて謝らなければならない事があった。
 それは、天道あかねを絶対に救うと「仮面ライダー」の名に誓いながら、それを果たせなかった事である。

「すまねえ……。あんたたちの名を語っておきながら、約束を果たせなくて」

 良牙が他人に頭を下げるのも、滅多にありえない事である。
 彼はそうそう人に向けて素直に謝れるタイプの人間ではない。しかし、ここにいる大人たちには、良牙がそうそう敵うような相手ではないと本能的に悟ったのだろう。単純な腕力とは別の次元で、自分より「上」の相手である。
 五代雄介や、一条薫もそうだった。

「……いや、いいんだ。良牙君は出来る限りの事をしただろう?」

 一也が訊くが、良牙は何も言えなかった。
 彼は自分がどれだけの事ができたのか、わからなかった。全力でやれた実感はない。
 ただ、良牙は、当然ながらあかねを助ける為に何でもするつもりだった。
 その想いだけは決して変わらない。自信を持って言えるのは、その想いがあった事だけである。あれが良牙のできる全力の手助けだったのかは何とも言えない。
 あかねが負っていた生傷を考えれば、最初から命を助ける事はできなかったのかもしれない──。

249探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:32:04 ID:3afmAm6s0

「誰だってそうだ。意志があってもできない事はある。俺も……」
「……あんたにもあるのか?」
「ああ。父のような人も、同僚も、師匠も、兄弟子も、仲間も、親友も、先輩たちも、未来の後輩も──俺にはこの手で守れなかった命がいくつもある」

 一也は、スーパー1として戦った日々を少し回想した。そして、このバトルロワイアルで喪った仲間たちの事も浮かんだ。
 あの無力の痛みが一也の拳にもまだ残っている。
 仮面ライダーは、決してここで全ての人間を救えていない。しかし、一人でも多くの命を守るために彼らは戦った。本郷猛も、一文字隼人も、結城丈二も、村雨良も、五代雄介も、一条薫も、フィリップも、照井竜も──。風見志郎も、神敬介も、アマゾンも、城茂も、筑波洋も、門矢士も、鳴海壮吉も、火野映司も──。
 その生き様に恥じぬよう、一也はこれからも仮面ライダーとして、一人でも助け出すために戦うだけである。
 たとえ、誰も助ける事ができなくても、助ける為に戦い続ける──それが力を持った宿命である。

「良牙。……俺から言える事は何もねえ。
 もしかしたら、俺よりもお前の方がずっと仮面ライダーらしいかもしれないからな」

 翔太郎も、そう言った。少し前までしょげていた翔太郎とは顔色が違うと、良牙はすぐに見抜いた。
 彼もまた、フィリップという仲間を失い、しばらく茫然自失の状態だったのだ。

「俺たちは、仮面ライダーである以前に人間だ。
 Nobody’s perfect──完璧な人間なんていやしない」

 翔太郎の胸の中に在るその言葉は今も、時として彼を慰める。
 戦い疲れた仮面ライダーの心に、師匠から受け継いだその言葉は今も何よりの癒しになるのだ。

「たとえ誰かを守れなかったとしても、お前は立派に仮面ライダーだったさ」







「……サラマンダー男爵によると、ここに永住しても問題なく食料に不便はないという話だ。
 だけど、ここで永久に生活しようって思ってる奴はいるか?」

 零が、他の全員に訊いた。この情報は既に全員に行き渡っているので、改めて確認の為にそう口にしたのだった。肯定する者はここにはいなかった。
 勿論、いるはずはない。
 ここにいる者には、ドウコクも含めて帰るべき世界、帰るべき場所があるはずなのだ。

「……じゃあ、決まりだな」
「異存はありません」

 決意は胸にある。
 恐怖も胸にある。
 しかし、元の世界に帰るためには、そこへいかなければならない。
 それに、ここで倒れた人間の為にも、これからこのように殺し合いに巻き込まれるかもしれない人間の為にも、戦わない時が近づいているのがわかった。

 十五人。
 兵力としては、あまりにも少ない。これで戦えるだろうか。
 ほとんどの人間の胸には、焦りと不安が湧いていた。まるで特攻にでも向かうような心境である。手が震えているのは止まらない。言葉も零のように発せない物もいるかもしれない。

「行こう、みんな────ガイアセイバーズ、出動!」

 孤門一輝が喉の奥の震えを押し殺して、そう叫んだ。


 ──そんな中、石堀光彦だけは内心、薄気味悪く笑っていた。





 To be continued……




250探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:32:48 ID:3afmAm6s0



状態表は長くなるので、これまでの物語を参照してください。
全員の最優先行動方針に、「F−5山頂に向かう」が追加されています。



【支給品紹介】
※これまで公開しきれなかった不明支給品を全て紹介します。

【鳴海亜樹子のツッコミスリッパ@仮面ライダーW】
冴島鋼牙に支給。
亜樹子がツッコミに使用する緑のスリッパ。毎回別の文字が書いてある。

【セガサターン@現実】
冴島鋼牙に支給。
「超光戦士シャンゼリオン」のスポンサー会社のゲーム企業が1994年に発売した家庭用ゲーム機。略称はSS。

【アヒル型のおまる@らんま1/2】
冴島鋼牙に支給。
ムースが暗器として使用した武器のひとつ。場合によっては撲殺に使える。

【フラケンシュタインの被りもの@フレッシュプリキュア!】
村雨良に支給。
第16話でラブのクラスが文化祭のオバケ屋敷の為に用意していたフランケンシュタインらしき怪物の被りもの。ちなみに、一応「フランケンシュタイン」は怪物を作った博士の名前なのも有名な話。

【ネギ@仮面ライダーW】
孤門一輝に支給。
小説版で翔太郎の風邪を治したネギ。使用方法は……。
なので使用済じゃない事を祈りたい。

【ドリームキャスト@現実】
孤門一輝に支給。
「超光戦士シャンゼリオン」のスポンサー会社のゲーム企業が1998年に発売した家庭用ゲーム機。略称はDC。

【風の左平次パニックリベンジャーDVD-BOX@仮面ライダーW】
東せつなに支給。
巷で流行している時代劇のDVD。左翔太郎と鳴海亜樹子がこれのファン。

【メガドライブ@現実】
沖一也に支給。
「超光戦士シャンゼリオン」のスポンサー会社のゲーム企業が1988年に発売した家庭用ゲーム機。略称はMD。

【おふろセット@魔法少女リリカルなのはVivid】
沖一也に支給。
高町ヴィヴィオが普段お風呂の時に使っているアイテム。
アヒルのアレや水鉄砲などが入っている。
もしかしたら、美希、杏子、ヴィヴィオが銭湯に入った時に使っている可能性あり。

【プリキュアのサイン入りクリスマスカード@ハートキャッチプリキュア!】
ズ・ゴオマ・グに支給。
第44話でハートキャッチプリキュアの面々がプリキュア好きの青年にあげたサイン入りカード。キュアブロッサム、キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライト、そしてキュアフラワーのサインが書いてある。うらやましい。

【マタタビ@現実】
バラゴに支給。
猫を酔っぱらわせる実。このロワではわりと使える。

【配置アイテムネタバレマップ@オリジナル】
園咲冴子に支給。
支給されていない配置アイテムの場所が記されている。何が置いてあるかは書いていない。

251探偵物語(涼村暁編) ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:33:27 ID:3afmAm6s0

【ハートリンクメーカー@フレッシュプリキュア!】
園咲冴子に支給。
誰でもビーズが作れるという画期的なアイテム。
第18話と第40話くらいしかまともに出番がない。「ハートキャッチプリキュア!」などのプリキュアシリーズにも、各作品ごとに別の物がたまに出てくる。

【未確認生命体第0号の記録映像@仮面ライダークウガ】
溝呂木眞也に支給。
長野県九郎ヶ丘遺跡で未確認生命体第0号(ン・ダグバ・ゼバ)が研究員を殺害して暴れた映像が記録されているビデオテープ。

【山邑理子の絵@ウルトラマンネクサス】
月影ゆりに支給。
山邑理子が描いた不気味な絵。
東武動物公園で家族旅行された帰りに家族が殺され、ビーストにされた少女がその光景をクレヨンとかで描いたもの。

【魔力負荷リストバンド@魔法少女リリカルなのはVivid】
月影ゆりに支給。
マリエル・アテンザがヴィヴィオたちのために作ったリストバンド。
これをつけると魔力の使用に負荷がかかる。要するにドラゴンボールの重いリストバンドの魔法少女版みたいなやつ。

【HK-G36C@仮面ライダーW】
早乙女乱馬に支給。
葦原賢が使用する突撃銃。装弾数は30発。
「仮面ライダーSPIRITS」などにも登場する。

【白埴鋤歯叉@侍戦隊シンケンジャー】
早乙女乱馬に支給。
モチベトリが使用する武器。
「しらはにすきばのまた」と読む。

252 ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:33:51 ID:3afmAm6s0
以上で投下を終了します。

253名無しさん:2014/11/03(月) 17:18:00 ID:jxHkQGOM0
投下乙です

いやあ、本当の最後の戦いの前のひと時というかお互いの確かめ合いというか
二人の探偵がコメディしつつもヒーローしてるのもいい
ヒーロー組も魔法少女組もそれぞれの心理描写が本当にらしいわあ

254名無しさん:2014/11/03(月) 17:31:39 ID:AmLOij0c0
投下乙です!
おお、いよいよ暗号の答えも見つけましたか! 
でもこれから向かう所にはレーテというヤバい物があるんですよね……

255名無しさん:2014/11/03(月) 18:17:32 ID:552Ynb5c0
投下乙です

暁ww
ほむらに守護霊として憑かれてるな

256名無しさん:2014/11/04(火) 01:18:49 ID:ECMQAqBI0
投下乙です。
まさに涼村一青年の事件簿。

そうか、あの暗号は暁がバカな思考で解き明かす事前提の暗号だったのか、暁がやって来た事はゴバットにも影響を与えてゴバットの思考にも変化を与えていたのか。
暗号の答えは出てきた時点で予想出来たけど、まさにそれがそのまま正解だったとは……未だかつてアレな暗号の答えで主催ルートが示された事があっただろうか。

再び仲間が集結して決戦突入……だがもうそろそろ石堀が仕事を始める頃か……暁、暗号解いて浮かれている所悪いけど暁に与えられた仕事はまだ残っているぞ。
まぁ石堀が本気出してヒャッハーしても、今回の主催を出し抜けるかどうかは……

で、もう既に上でも触れられているけどほむほむ本当に何度目の登場だろう。退場してからの方が活躍している気がする。こんなある意味活き活きしたほむほむ他所では絶対に見られない気がする。

257名無しさん:2014/11/04(火) 15:19:52 ID:qf6dxKUM0
石堀がいつ裏切るかずーっとそわそわしてたんだが、ここまでくるとラスボスポジションになるやもしれんな

258名無しさん:2014/11/04(火) 22:15:33 ID:XI5ppeEs0
投下乙です
小さなおっぱいにれっつごーです

ツッコミスリッパは不法投棄されていた覚えがあります

259名無しさん:2014/11/04(火) 22:21:38 ID:XI5ppeEs0
すみません
スリッパの件は記憶違い でした

260名無しさん:2014/12/10(水) 14:14:35 ID:25B6iFPsO
予約キタ

261名無しさん:2014/12/10(水) 23:59:44 ID:T/L8BbNEO
楽しみにしております

262 ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:50:15 ID:ezDSmj8g0
年末なので、折角だから、前回投下予定だった話の前半部を投下します。
後半部はまだ40KBくらいしか完成してないので、また来年という事で。

263崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:51:22 ID:ezDSmj8g0


 そこは、島の地下施設の一角であった。
 数百台のモニターから来る光源だけで綺麗に白みがかった部屋には、横並びに幾つもの椅子が佇んでいる。加頭順はその一つに座って、前方のモニターから、通称“ガイアセイバーズ”の様子を観察していた。彼の座っている以外の椅子は全て、既に空席である。

 このゲームの仕掛け人としては、本来なら至極緊張する場面まで話は進んでいた。だが、彼は、身体が緊張するような精神状態になる事がなかった。──加頭は、「NEVER」であり、その副作用として、死への恐怖が欠如している。
 “ガイアセイバーズ”はもう間もなく加頭たちの居所まで来ようとしている。F-5の山が基地の入り口となっているのは事実であり、順調に彼らは加頭の頭上で距離を縮めているらしい。
 尚更問題となるのは、加頭の所属する財団Xのメンバーやその他の主催陣は全員撤退を済ませ、もうここに残っている支援者は加頭を含めた数名のみであるという事だ。この部屋で閑古鳥が鳴いているのもそうした事情がある。残りの数名も、もしかすれば加頭以外、既に離脱しているかもしれない。
 少なくともこの一室は加頭以外誰もいなかった。このモニターも一時間後には映像を停止するので、そう時間を減る事なく、この一室は永久的な暗闇に飲まれるだろう。
 そこから見えている最後の映像に、何かしら反応するような感情がその面持ちから見て取れる事はなかった。

 加頭も死への恐怖を忘れたとはいえ、まだ生きている間しか果たしえない野望がある身である。それゆえ、本来ならば離脱すべき局面であり、引き際を弁える程度には頭も働くはずだが、今はここにしばらく留まる事にしていた。
 彼らの最後の絶望を見届け、このゲームに最後の仕上げを行うのは、ゲームのオープニングを務めた加頭の仕事である。放送機能も整えてあるし、彼らに残りの全てを伝える役目は存分に果たす事ができるだろう。

 そして、何より、加頭自身の願いは、この島で過ごす事だ。彼らが残り十人まで人数を減らすのに失敗した場合は、こちらで処刑を済ませねばならない。──その対策も、もはや整っていると言っていいが。
 加頭が願いを乞わねばならぬ相手がいるのも、元の世界ではなかった。たとえ誰が離脱したとしても、加頭だけはこの島を離れない。

 何としても……。

「……ゲームオーバー」

 おそらく、この殺し合いゲーム『変身ロワイアル』は終了(ゲームオーバー)だ。既にこのルールの枠組みからすれば、現状はれっきとした失敗である。ゲームそのものが加頭たちの目的であったならばこちらの敗北は確定に違いない。
 加頭は、全く悲観的ではなかった。こんなゲームは所詮、彼にとっては道楽だ。結局は参加者全員を拷問で殺し、それを中継した方がリスクもコストも時間もかからなかったくらいである。加頭以外の誰かがそれだけでは納得しなかったというだけの話である。
 加頭にとっては、この殺し合いの意味そのものは、「支配・管理の副産物として、せいぜい数日楽しませてもらえれば御の字というイベント」以上の何者でもない。

 それに、このゲームが終了したところで物語はまだ終わらない。
 ベリアルが作る全パラレルワールドの管理を以て、全ては「始まる」のだ。
 所詮、殺し合いなどその為の実験であり、この段階で既に「成功」といえるだけのデータは取れてしまっている。殺し合いの中に閉じ込められた者たちは外世界について何も知らないが、既に外世界は管理され、幸福なき世が完成しつつあった。
 いわば、その点においては、ヒーローたちの敗北である。「苦境の脱出」という栄光でさえ、結局は掌の上の出来事だ。

 さて、これから加頭はあの左翔太郎やその仲間たちが最後のダンスを踊るのを見届ける事になるが、彼はここで脱落するのだろうか──あるいは、「生きて帰って絶望する」事になるのだろうか。

「──」

 ダークザギや血祭ドウコクが快進撃を始めるのには、あと十分程度時間を要するだろう。この二名が、これからおそらく参加者を十名まで減らす要である。このエリアの頭上にレーテを配置したのも、石堀の野望と絡めた問題だ。

「おや……」

 残り五十八分を切った時、加頭はあるモニターを目にする事になった。
 それは、そのモニターが、この数時間の傾向通りの不動の景色ではなく、ある動きを見せたからである。加頭は一見すると参加者の集うモニターばかり見ているようでありながら、全てのモニターを視界に入れ、頭の中で無意識に整理していたのだ。微妙な違いにもすぐに気づける。

264崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:51:40 ID:ezDSmj8g0

「これは……」

 それは、既に死亡したはずであるゴ・ガドル・バ──改め、ン・ガドル・ゼバの遺体が移されている映像である。

 ──今、ガドルは……動かなかったか?

 いや、それは疑問形では済まされない。
 確かに、ガドルは動いた。手を震わせ、何やら起き上がろうとしている。現在進行形で、まるでコマ送りのように、僅かずつ生体を取り戻している。
 心臓がまだ生きているのか? あれだけの攻撃を受けても尚──。

「……どういう事だ」

 慌てて、加頭はコンピュータに指をやり、映像を拡大する。頭の中では、それまでの出来事を振り返った。グロンギの大凡のデータで測れるだろうか。──自分の持ちうるグロンギに関する記憶を整理し、ガドルの死について思い出す。
 首輪による認証が行われていないので、生存・死亡のデータは視認によって確認するほかなく、ラ・バルバ・デ、ラ・ドルド・グのようにグロンギの生態について詳しい意見を聴ける相手も既にこの世にいない為、これまで正確な生死確認はできなかった。
 ベルトの破壊も相まって、死んだ物として通していたが、どうやら、これは簡単には行かぬ話のようだ。試しに、五代の死地やダグバの遺体を探ってみるが、映像上では現状、映っている物は死体である。
 一度は焦ったが、ガドルが生存している事は別に加頭にとって不都合な事象ではなかった。

「……もう一人伏兵がいたとは、──これは面白い」

 ン・ガドル・ゼバは、加頭が余裕を取り戻して微笑を浮かべた頃には、両足で立って歩いていた。もはや彼が再誕した事は疑う余地もない。
 ぼろぼろの軍服を纏った男の姿。それは、夢幻ではなく、現実の出来事としてモニターにははっきりと刻まれていた。
 こちらの死亡者情報は改めなければならないようだが、結局、もはやこの段階ではどうでもいい。参加者たちに全て明かす必要もないだろう。

 その後、ぼろぼろの軍服を纏ったガドルの姿に、あのン・ダグバ・ゼバの異形が重なった。

 それもまた、夢でも幻でもなかった。
 今、ガドルが、ダグバに──グロンギの王と同じ姿に成ったという事。
 加頭の持つ限りの情報で推察すると、ダグバのベルトを取りこんだがゆえに、「ベルトを一つ破壊されても尚、ガドルは生きていた」と考えられる。二つのベルトの内、生きていた方のベルトがガドルの命を繋げているのである。
 そして、仮面ライダーダブルに破壊されたのは、ガドルのベルトだった──なるほど、それならば説明はつく。

「これは本当に、面白い物が見られそうだ……」

 彼はすぐにレーテまで来るだろう。
 ガドルは本能的に戦いの嗅覚を作動させているらしく、──もはや加頭が促すまでもなく、彼はレーテの方へと歩いて向かっていった。
 自分をここまで追い込んだ強敵たちを見つけ出そうとしているのだろうか。







 涼村暁は、他の生存者とともに山林を歩いていた。計十五名。暗いピクニックである。
 周囲を見回してみても、全員、暁の数倍は気合いが入っているようだ。

 先ほど、今後必要そうな装備となる道具は全てデイパックから出し、使えそうにない物は一つのデイパックに纏めて、念のために完備している。水、食料は、必要分だけ口に含んだ。それでも少し余った。お腹いっぱいにパンを食べる者はここにはいなかったのだ。
 杏子や暁は、パンではなくお菓子を食べて少し落ち着いた。甘いものもまた、脳を活性化させ、体の疲れを外に出せる。特に、暁は長期間ガムを噛み続ける事によって、この状況のストレスを発散させていた。

 結局、それから数分間、誰も一言も口を開く事はなかった。戦場に向かうという意識が高く、普段もう少し柔らかそうな女子中学生たちも、まるで別人のように張りつめた顔をしている。

265崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:51:59 ID:ezDSmj8g0

 ……暁はこの空気が苦手であった。元々、ダークザイドとの戦いも一度きりだった、完全なる戦場初体験お気楽野郎である。
 空気が重すぎる。冗談の一つも通りそうにない。それどころか、暁が何か一言でも何か口にすれば、それだけで罵声が飛んできそうだ。
 ともすれば、暁が溜息をつく暇もなさそうだ。音声一つが喝の種であるようにさえ思う。
 誰も、何も言わない。
 ……黙ってばかりで苦しくないか?

 ……まあ、暁としても、死ぬのが怖い気持ちはわかる。敵を倒さなければならないのはわかる。しかし、それでも暁は、もう少しふんわかいく感じでも良いのではないかと思うのだ。
 厳めしい顔をして全員で山林を歩いていても士気が上がる事はないだろう。変身の時の最初の第一声、「燦然!」を口にする前に口が塞がってしまいそうである。シャンゼリオン、あるいはガイアポロンとして戦う前に、枯死してしまってもおかしくない。

「……なんだ、人間ってぇのは、随分つまらねえな」

 暁の願い通り、その静寂を切り裂いたのは、血祭ドウコクだった。
 全員が血祭ドウコクの方を見た。ドウコクがその時に足を止めていたせいか、全員がその時、ぴたりと足を止めた。おそらく、ドウコクにもそうして全員の足を止めさせ、こちらに注意を向けさせる意図があったのだろう。ドウコクの姿は太陽のほぼ真下にあるようで、微かに真っ直ぐではない木漏れ日がドウコクの頭上に差していた。
 野太く、どこか冷たい声でドウコクは続けた。

「こういう時は、ふつう戦意を奮い起こすもんだ。これじゃあ、まるでコソ泥じゃねえか。……俺たちはこれから敵の大将を叩くんだぜ?」

 暁としても引っかかる所はあったが、概ね思った通りの考えには近づいている。この沈黙の行列には殆ど、意味はない。他にも、ドウコクに寄った意見の者はいたかもしれない。しかし、奮起するのが嫌いなナイーブな者も同時に存在したので、反対派もいるだろう。
 ドウコク自身、それがストレスでもあったらしい。ドウコクはもう少しばかり豪快な気質の持ち主で、敵陣を責める時はもっと全員の士気を高めてから向かうタイプである。
 酒を飲み、火を放ち、叫びながら志葉家を責めている姿などからも想像がつく通り、そうしなければ戦意が高まらないのである。

「奴らはもう俺たちに気づいているはずだ。どういう方法かわからねえが、俺たちを見ているからな」
「……」
「だとすると、こそこそ動いても仕方がねえ。意気を高めてかかった方が怪我しねえで済むかもな」

 夜襲の軍隊であり、隠密が基本のナイトレイダー隊員──孤門一輝はこれまで隊長命令に従って戦ってきたので、その感覚が掴めていなかった。最近までレスキュー隊にいたので、人間を相手にした兵法など殆ど知らないのだ。
 歴戦の勇士であるドウコクの言う事も一理あると思えた。

「みんな、どう思う? 声を出した方がいいかな?」
「……餓鬼か、てめえは」

 そうドウコクに言われると、どうも孤門としては黙らずにはいられない。まさか、こんな厄介な人間まで束ねる事になるとは思わなかったのだ。ひよっこリーダーにはまだまだ自分一人の判断ではできない事が多い。こんな運動部のような提案が出てきてしまう。
 しかし、ドウコクの言う通り、やはり戦闘の前に、ある程度、感覚を麻痺させるのも必要な作戦なのは確かだ。冷静でいるからこそ、妙に恐れが募り、戦いの中で硬直してしまう。もっと感覚が麻痺しているからこそ、軍勢は強い。勢い──それも、この時はおそらく大事な要素の一つだろう。
 一方、暁は先ほど言った通り、ドウコクの意見に、必ずしも賛同するわけではない。中立というか、また別の考えがある。

「……なぁ、俺もずっと思ってたんだけど」

 暁が、見かねて挙手した。
 こうして誰かが空気を変えてくれれば、暁にも発言をする勇気が出るのだろう。その隙間を作ったのはドウコクだった。一斉に全員が暁の方を見た時は、やはり少し後悔したが、こうなれば自分の意見を言ってしまうしかないだろう。

「黙るのも、わざわざ騒ぐのも、何か違くない? ……いつも通り、ふんわか行けばいいんじゃないの?」
「は? 何言ってんだテメェ」
「え……あ、いや、何か悪い事言ったかな俺……」

266崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:52:17 ID:ezDSmj8g0

 ドウコクからの威圧に思わず声を小さくする暁である。仕方のない話だった。このバケモノを相手に平常でいられる方がどうかしているくらいである。ともあれ、ドウコクに意見するのはなるべく止した方がいいのを忘れていたので、考えをひっこめる。タイミングがタイミングなだけに、難しい。

「でも、それも一つの意見だ。それによって落ち着く人だっていると思う」
「纏まりのねえ集まりだぜ……」
「……それはまあ、寄せ集めだから」

 孤門は、ほとんど無意識に、乞うように沖一也に目をやった。一瞬だけ目が合い、少し気まずくなる。彼としては、こういう時は専門家の一也を頼りたい物だと思ったが、一也も一也で、敵陣に向かう際にどうすべきか思案しているようだ。
 この男こそ、こういう時の攻め方を熟知していそうなものだが、所詮は一人の格闘家であり科学者──兵隊ではない。集団戦のやり方を知るところではない。確かに、雑学や予備知識的に知ってはいるのだが……。
 そんな期待を概ね全員から寄せられたのに気づいたか、一也は思案顔をやめて、現状の自分の意見を口に出す事にした。

「……確かにドウコクの言う事も一理あるな。しかし、残念だが、わかっているのは山頂に向かうのが鍵という事だけだ。そこにわかりやすく出入り口があるわけでもあるまい。山頂で俺たちは一度立ち止まる事になるだろう」
「今のうちから意気を高揚させても仕方ねえって事か?」
「ああ。それに、お前は敵が俺たちの行動に気づいていると言ったが、それならば山頂に何らかの罠が張ってある可能性は高い。冷静な判断ができない状態で向かっても、罠にかかるだけだぞ」

 ふぅ、とドウコクが溜息をついた。
 ドウコクの言わんとしている作戦では、既に数名の犠牲は想定内である。だが、それでも彼はその作戦を決行するのが最良だと思っていた。

「そのための盾が何人も俺の前を歩いてるんじゃねえか。一人や二人脱落したところで痛手でも何でもねえだろう?」

 佐倉杏子が、思わず目を見開き、ドウコクに掴みかかろうとした。

「──何だと!?」

 勇気があるというよりは、ほぼ脊髄反射での行動である。現に、掴みかかろうと指を曲げているが、その指は裸のドウコクの胸倉をつかめようはずもない。そんな杏子の体を止めるのは、左翔太郎であった。彼も同じく鉄砲玉のように飛び込んでいこうとした部分があり、杏子以上に苛立ちを感じた事と思うが、こうして杏子を俯瞰で見た時に、こうして彼女を止める「大人」としての役割を意識したのだろう。
 一也が横から割り込むようにして、ドウコクを説得した。

「ドウコク。人間は、お前の思っている以上に強い。一人の人間が他の誰かの心の支えになる事もあるし、数が揃う事で思わぬ力を発揮する事もあるんだ」
「……くだらねえ」
「それに、お前のやり方の結果として戦力を喪っても、お前にとって意味はないだろう。仮に俺たちが命を賭けるなら、もっと別の局面で使った方がいいはずだ」

 あまり適切な言い方ではないかもしれないが、一也は、ドウコクを納得させるためにそう言ったのだった。
 この「命を賭ける」という言葉に怯える者もいるかもしれない。しかし、一也としては、真っ先に命を賭けるのは一也自身であるという事を他の全員にわかってほしかった。
 勿論、出来る事ならば命を持って帰りたいが。

 やがて、ここでの対立の無意味さに折れたのはドウコクの方だった。
 一也の言わんとしている事がわかったのかもしれない。

「そうか。そいつは、確かにな。てめえらは、俺たち以上に自分の命を大切にしねぇって事を忘れてたぜ。命を賭けて戦うってのは、てめえらの専売特許だ。無駄死にさせるよりは、意味のある死をしてもらった方が、俺にとっても得があるってわけだな」

 一也の意図の通りだ。要は、ドウコクにとっては、「死に時」に死んでもらうのが一番効率的であると言いたかったのだ。無論、一也からすれば、あくまでドウコクを納得させるための詭弁に過ぎないが、それでもこの場を凌ぐには十分である。
 ここにいる他の者には、そのその場しのぎの一言としての意味も伝わっただろうか。

「わかってもらえてうれしいぜ、バケモノ野郎」

 翔太郎が皮肉っぽく横から言った。

267崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:52:34 ID:ezDSmj8g0

「……要するに、このまま行けばいいって事だ。もう間もなく到着する。今の提案通りに行くぞ」

 そして、石堀光彦が、やけに冷たい声で纏めて、横から口を挟んだ。
 彼は、ドウコクらが話している最中も、苛立った様子で体を山頂の方に向けて、顔だけを向けていた。まるで一刻も早く山頂に辿り着こうと、必死の様子である。
 なんだか奇妙な心持がした。

「あの……石堀さん……?」

 それは、まるで彼ら全員の議論を拒絶しているようにも思えた。普段ならば、もう少し会話に参加するはずである。要は、普段の石堀の口調とはまるで別物だと、孤門にさえ違和感を持たせる物だった。
 孤門以上に、暁が怪訝そうに石堀を見た。

「……おい、石堀。この際だから言わせてもらうが、お前はお前で、最近様子が変じゃないか?」

 暁がカマをかける。真横で、ラブが眉を潜めた。全員、今度は、暁と石堀の方に目をやった。
 特に、ラブは以前、暁に貰ったラブレターの事を思い出したのだろう。あのラブレターにおいて、暁が本当に伝えたかったのは、おそらく石堀が危険であるという事実である。
 それは、何故だかラブにもごく最近わかってきたような気がした。女の勘である。
 そう、最近とはいっても、この数十分からだ。──暁のお陰で、ゴハットの例の暗号が解けてから。

(石堀さんは、確かに何かおかしい……)

 ラブの胸中で、何か言い知れぬ不安が強まっていく感覚がする。無数の蜘蛛が内臓で這い回っているように気持ちが悪い。当に、ラブの知らぬところでその不安は糸を張っていたのだろう。
 それは、主催の穴倉にいるであろう無数の敵の存在よりも、ラブを怯えさせる。
 強烈な悪意、強大な憎悪だ──。石堀から溢れだすそんな邪悪な意志を、ラブは本能的に察していたのかもしれない。

「……何故そう思う」
「何となくだ」
「何となく、か。お前と会ったのもごく最近、数日も経っていないはずだが、何故最近の俺の様子がおかしいと思ったんだ?」

 暁は、真剣なまなざしで石堀を見据え、ただ黙っていた。
 石堀の様子がおかしい事に、普段は鈍感な孤門でさえ気づいた。暁やラブだけではなく、左翔太郎も、蒼乃美希も、涼邑零も、何となくはその溢れ出す石堀の妖しさを察知し始めたかもしれない。
 とはいえ、孤門にとって石堀は、ナイトレイダーとして何か月もともに戦ってきた友人であり、仲間だ。彼を簡単に疑うほど、孤門はクールな性格にはなりきれなかった。多少様子がおかしくとも、それは何の意図もなく、ただ偶然、この状況下で気分を害しただけとか、そんな風に捉えたかもしれない。
 暁だけは、やはり石堀があまりに露骨に態度を異にしているように思えてならなかった。

「なぁ、アクセルドライバー、持ってるだろ。貸してみろよ」
「何……?」
「いいから貸せって。武器も全部だ」

 暁が提案する。周囲がざわめいた。
 多少の挙動不審で、ここまで疑心暗鬼に駆られるとは、妙だと思ったのだ。
 翔太郎が代表して、暁の肩をポンと叩く。

「おい、暁。お前、何言ってんだ急に。……いいじゃねえか、こいつは今まで照井のドライバーをちゃんとみんなの為に使って──」
「いーや、俺はしっかり見てたぜ。ちょっと前、冴島邸を出る時の荷物の準備で、こいつアクセルドライバーに仕掛けをしてたんだ。今思えば、こいつも何か企んでいるに違いない」

 仕掛け、と言うのは少々苦しいように思えた。
 暁はこう言うが、ドライバーの事情は翔太郎もよく知っている。あれは風都の持つオーバーテクノロジー以外では、まず理解に手間取るような仕組みでできている。素人がいきなり妙な細工をできるような代物ではない。いくら石堀が別世界において科学に強いプロフェッショナルだからとはいって、簡単に調整できよう物ではないだろう。
 翔太郎が、呆れて口を出そうとしたが、先に反論したのは石堀であった。

「何を言いだすかと思えば……俺は別にそんな事はしていない。せいぜい、これから使う道具の調子を確認していただけだぜ」
「そうか……なら、貸して見せてくれ」

268崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:52:52 ID:ezDSmj8g0

 暁が言うと、石堀は大人しくそれを渡した。翔太郎は、肩を竦めて言いかけた言葉をしまう。

(そろそろこいつらも感づき始めたか……)

 石堀には全く、このアクセルドライバーに対して怪しまれる事をした心当たりはない。だから、それを渡す事そのものには何の躊躇もない。問題は、何故暁が突然こんな事を言いだしたのかという事だ。
 おそらくは、既に別の要因で石堀への警戒体制が高まっており、それが原因で全く関係のない些細な行動まで怪しく見えてしまうところまで来ているという事だ。しかし、石堀にとっては、もう怪しまれようが警戒されようが関係のない状態だった。あと数分だけ騙し続けられれば問題はない。
 暁は、受け取ったアクセルドライバーを覗きこむ。

「このハンドルの部分だ。お前はここを念入りに弄っていた」
「そんな事はないと思うが」
「いや、そんな事はあるね。見ろ、このハンドルの部分と、それからメモリのスロットだ。いかにも怪しい。この要になる部分に何かの細工を施したはずだ。ここを弄れば何かあるんだろ? なぁ、もう一人の探偵」

 暁は、翔太郎の方を向いて訊いた。こちらに同意を求められても困る。
 だらしなく口を開けて、同意を求めるかのようなニヤケ顔で、そんな言葉が出てくるのを、翔太郎は呆れ顔で見ていた。口の中からはみ出しているガムをどうにかしてほしいと思うだけだ。

「……残念だが、素人が弄ったところで、このドライバーは強くもならないし、ビームが出るようにもならねえな。何を疑ってるのかわからねえが、あんたの推理は多分ハズレだ。いや、推理というよりかは、この状況で疑心暗鬼か──目を覚ませよ」

 結局、翔太郎の返事はそんなところだった。
 暁も疲れているのだろう。確かに石堀の態度も変だったが、こうなると暁も同じである。
 翔太郎も石堀を疑いかけたが「この二人が疲れているだけ」と判断した。
 結局、怪しいだけで断罪できる状況ではない。

「おい、何全員でくだらねえ事で立ち止まってやがるんだ。どうでもいい、俺の士気まで下がる……さっさと行くぞ!!」

 その時、ドウコクの堪忍袋の緒が切れたようだった。最初にこの場にいる全員を立ち止まらせたのは他ならぬドウコクだが、自分の用が終わればもう関係ないらしい。
 暁は背筋を凍らせる。さっきから、一番怒らせてはならぬ相手を怒らせっぱなしである。
 それどころか、全員にどんくさい人間だと思われているのではなかろうか。
 仕方がなく、暁はアクセルドライバーを石堀に大人しく返す事にした。頭を掻きむしりながら、申し訳ないとさえ思わずに石堀に片手で手渡す姿は、到底、大人らしい誠意が見られない。

「……おかしいな。俺の勘違いなのか?」
「随分、お前の方こそ姑息な仕掛けをしたんじゃないのか。たとえば、噛んでいたガムを引っ付けるとか、爆弾をしかけるとか」

 石堀が口にすると、暁の顔色が変わった。
 そのため、不審に思い、慌てて石堀はアクセルドライバーを調べる。しかし、元のままだった。ガムが引っ付いているわけでもなく、爆弾が取り付けられたわけでもなさそうだ。顔色を変えたのは、こちらをからかう為だったらしい。
 あてつけのように、暁はぺっとガムを吐き出して紙に包んだ。ゴミをその辺に捨てると怒られるので、躊躇いつつもポケットの中にしまう。

「…………ふっ。冗談だ。仲良くしようぜ、暁。こんなところで機嫌を損ねても何のメリットもない」

 暁は何も言い返せなかったが、こうして周囲に警戒を促していた。──特に、桃園ラブに対しては。

 何故だかわからないが、このタイミングで妙に石堀は、おそらく嬉々としている。もしかすると、石堀こそが主催側の人間なのだろうか。主催側の秘策でも持っているのかもしれない。
 しかし、黒岩の情報を打ち明けるにはまだ早い。
 なんだか胸騒ぎがするのだ。
 あの情報は、限界まで悟られてはならない。……そう、石堀が本性を現し、掌を返すその時まで。その時まで、彼を見張るのは暁の務めである。

269崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:53:12 ID:ezDSmj8g0

「そうだな。……悪いな、俺の勘違いだったよ」

 しかし、暁はひとまず、素直に石堀に謝った。今度は妙に素直になったが、それはそれで、この石堀光彦でも理解不能な涼村暁らしく思えた。
 孤門が横から石堀に訊く。

「あの、石堀隊員。何か気分でも悪いんですか? 考え事があるとか……」
「そんな事はない」
「本当に大丈夫ですか?」
「……俺を誰だと思ってる」

 それでも、何となく腑に落ちないまま、孤門は先に上っていく石堀の後を追った。石堀の歪んだ笑顔は、誰も目にする事はできなかった。

 山頂は近い。
 孤門一輝たちの目の前には、忘却の海レーテがその巨大なシルエットを露わにし始めている。
 これが主催者の居所に繋がる存在。

 人々の絶望の記憶を超えた先に、敵はいる──。
 誰もが、そう思っていた。







 花咲つぼみは、山の途中で、思わず真後ろを見返した。

(……来たんですね、遂に、終わりの時が)

 山頂に近いここからは、あまりにも綺麗に、あらゆる景色が目に入った。少し煙たくもあるが、それでも思ったよりは澄み渡った綺麗な景色が広がっている。
 木々を巻き込んだ戦闘によって禿げた大地が見えた。木々も生きている。この殺し合いで命を絶ったのは、人間だけではない。つぼみは戦闘に巻き込まれた木々に心で謝罪した。決して、殺し合いに乗った者だけが破壊したわけではない物である。

 それから、おそらく自分がダークプリキュアと戦った場所があのあたり、とか……。
 さやかと別れたのがあの川のあたり、とか……。
 村雨良と大道克己の戦いを見届けたのはあそこ、とか……。
 あの山では、あの向こうにある呪泉郷では、そしてその向こうにある三人の友の墓では────。

 この殺し合いに巻き込まれてからのあらゆる記憶が蘇った。
 長い一日半であった。
 しかし、それももう終わる。

 つぼみは、再び前を見た。
 彼女たち、十五人の前には、もう決戦の舞台があった。

『死人の箱にゃあ15人
 よいこらさあ、それからラムが一びんと
 残りのやつらは酒と悪魔がかたづけた
 よいこらさあ、それからラムが一びんと』

 それから、つぼみがむかし図書館で読んだスティーブンソンの『宝島』の海賊の歌が自然と思い出された。十五、という数字は、ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』も思い出される。
 十五人は宝の地図に示された、宝の在りかを見つけたのだ。

 それしか残らなかった事は、つぼみにとって最も胸が痛い事実だった。





270崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:53:48 ID:ezDSmj8g0



 ……それから、驚くほどにあっさりと、山頂に辿り着いた。

 ここまで来るのに、何の妨害工作もなかったのは意外というべきか。
 あまりにも不自然に思えた。ゴハットが正しければ、本拠地であるはずのこの山頂。あまりにもノーガードである。
 決戦の地と呼ぶには、殺風景であった。本当に殺し合いが行われているとは思えなかった。
 木々もあらかた撤去され、クリーンな大地に、到底自然から生まれたとは思えない電子の海が乗っかっているのである。

 青く、或は黒く光る幾何学的な光が、その山の上で蠢いていた。
 欠陥のような赤い糸が青黒い海を駆け巡っている。
 臓器──その中でもとりわけ、心臓のようにも見える巨大な物体が、文字通り鼓音を鳴らしていた。
 これが、忘却の海レーテである。
 孤門一輝と石堀光彦だけが、それを知っていた。この間近で見たのは、彼らと血祭ドウコクだけであった。







「……これから、最後の戦いが始まるのね」

 蒼乃美希が、緊張の面持ちで言った。ここまで自分が来ている事が不思議だった。
 何か口に出して、その言葉を誰かが拾ってくれて、そうして少しでも誰かと繋がらなければ耐えられないような状態だった。
 かつて、管理国家ラビリンスと戦った時よりも、今の美希は恐怖を胸に抱いている。吐き気さえ催されているが、それを必死に飲み込んでいた。この緊張さえ、死ぬほどつらい。何か言葉にして口に出さなければやっていられない。
 そうして無意識に出た美希の言葉を拾ったのは、孤門であった。

「ああ。この無意味な殺し合いを終わらせる──完璧にね」

 孤門は、美希の口癖で返した。
 少しでも緊張を和らがせようとしているようだが、孤門とて命が惜しくないわけがない。──いや、美希以上に、孤門の方がこれからの戦いを恐れているかもしれないほどだ。
 年を経るごとにだんだんと受け入れ、諦められていくような死への恐怖が、再び十代の頃のように強くなっていた。

 彼には変身する為の道具もなく、最悪の緊急時の為に、パペティアーメモリとアイスエイジメモリが渡されている。片方は、以前使用して暴走しなかったものである。使用が安全な範囲であるとされたのだろうが、それでもやはり極力使いたくはない。パペティアーはその戦闘利用が難しい為か、更に最悪の場合に備えてアイスエイジも支給されている。
 同じように、マミにもウェザーメモリが渡されていた。こちらは完全に適合するか否かは、完全に行き当たりばったりの運任せである。一歩間違えばマミの暴走につながりかねない。
 とはいえ、それらも所詮は気休めにしかならなそうだった。勿論、恐怖の方が上回っている。

「……孤門さん、ありがとうございます」
「え?」
「一日中、ずっと私に付き添ってくれて」

 思えば、孤門と美希とは、この殺し合い始まって以来、殆ど共に行動していた。
 強いて言えば、二度ほど美希は単独で行動する羽目になったが、それも結局、美希は深手を負う事もなく孤門のところに帰る事ができている。
 そして、今もこうして二人で、忘却の海を前に言葉を交わす事もできるのだ。
 決戦の入り口は目の前である。

「私、ウルトラマンっていうのになっちゃったけど……まあ、この力をくれた杏子には悪いけど、本当に私が持つべき力なのかなって今も思うんです」

 美希は突然、孤門にそんな事を言った。
 もしかすると、これが最後かもしれないと思ったのかもしれない。
 孤門が周りを見ると、誰もが、これまで付き添ってきた誰かに言葉をかけている。
 それが、孤門にとっては美希だったという事であろうか。

「……だって、孤門さんって、ずっと姫矢さんや千樹憐さんや杏子、色んなデュナミストを支えてきたんですよね」
「いや。支えてなんかいないよ。……僕が支えられてきたんだ。だから、僕が次のウルトラマンっていう事はないと思うし、今は君が持っているべきだと思う」

271崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:54:29 ID:ezDSmj8g0

 美希がクスリと笑った。

「孤門さんがみんなを支えて、みんなが孤門さんを支えてきた。……それじゃあ、支え合ってきたっていう事ですね」

 孤門が頭を掻いた。
 どうも、この子には自分の上を行かれているような気がする。とはいっても、孤門は別段、この子ならば不快感はない。憐を見た後では、自分より頭の良く大人びた年下にプライドを傷つけられる事は、もう当分なさそうである。

 彼が情けないと思うのは、こんな女の子をこれから戦力としてここから先に行かせなければならない事だ。
 年齢は、十四歳と言っただろうか。
 十四歳といえば、孤門はまだ高校の受験の話さえろくに考えておらず、ただレスキュー隊に入ろうという夢だけが頭の中に入っていた頃だ。それからレスキュー隊に入るまでには、五年以上の歳月があった。
 夢を叶えるにも、まだ足りない年齢である。

「……ねえ、美希ちゃん。これからやりたい事はある?」
「これから?」
「将来の夢だよ。僕は、昔から誰かを守る仕事につきたかった。……確かにレスキュー隊になれて、ナイトレイダーにもなれた。でも、守れなかった物もたくさんあるから、僕はまだ、全然夢を叶えていないんだ。今はもっとたくさんの人を守りたいと思ってる」

 孤門は、これからも生きていく覚悟を確かに持っている。
 こんなところで終わるまいと、ここから脱出した後の事まで考えていたのだ。
 そんな孤門の前向きさを、美希は受け止めた。

「モデルになるのが私の昔の夢でした。そして、私はそれを叶えたから、次のステップに進みたいと思っています。……今度は、世界に名を轟かすトップモデルになりたいんです」

 ……結局、美希は孤門の上を行く回答を示してしまった。
 彼女も既に一つの夢を叶え、次の夢を追っている。どうやら孤門と同じ場所に立っているようである。
 だが、それに関心しつつも、孤門は、そんな美希の夢を守る想いだけは強くした。

「そうか、素敵な夢だね」
「孤門さんも」
「これまで、この殺し合いでそんな夢がいくつも壊されてきたかもしれない。でも、僕は、ここに残っている分は全員守りたいんだ」

 美希は、そんな孤門の考えに頷いた。
 その時の孤門の表情は、嘘偽りのない精悍さに満ちていた。
 孤門が美希を大人びた少女だと認めた以上に、美希は孤門を素直で優しい兄のような人と思っている。

 ──次に、美希が誰にウルトラマンの光を送るのか、この時に確定した。







「ぶきっ……」

 良牙が連れていた子豚が突然、鳴いた。またデイパックから出てきたらしい。
 空気穴代わりにデイパックには微弱な隙間を作っているのだが、いつもそこから這い出してしまう。あのあかねとの戦闘を含めて、二回目だ。

「お……?」

 良牙は、それに気づいた。
 すっかり忘れていたが、こいつも一応、立派な仲間だ。この子豚の健闘がなければ、あかねは元のあかねに戻れなかったかもしれない。
 彼女は、この良牙によく似た子豚にPちゃんを重ね、だからこそ正気に戻れたのだ。

「そういえば、お前には前に世話になったな。……そうだ、何かやろう」

272崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:54:56 ID:ezDSmj8g0

 そうだ、せめて何か、あのあかねの時の褒美をこの豚にもやろうと──良牙は、自分の頭のバンダナを外し、その豚の首に巻いた。
 ……とはいえ、良牙の額には、まだバンダナがある。二重、三重……いや、もう多重に巻いていたようである。良牙にとっては武器になるからだろう。
 このバンダナは、良牙が気を注入して硬直させればブーメランにもなるしナイフにもなる。彼には布きれでさえ立派な武器だ。特に、山林でサバイバルする羽目になるのが珍しくない彼は、刃物の周りとして手頃なのだろう。

「良牙さん、そのバンダナ、何枚巻いてるんですか?」

 不意に、つぼみが訊いた。
 今の様子を隣で見ていたのだろう。

「……いっぱいだな。数えた事はない」
「どうしていっぱい買っていっぱい巻く必要があるんですか?」

 武器だから、とは答えづらい相手だ。つぼみは優しく、戦いが嫌いな性格である。
 正直にこのバンダナを武器のつもりで巻いていると言えば、あんまり良い顔をしないかもしれない。
 良牙は誤魔化す事にした。

「そうだな、これは………………気に入ってたから」
「そうなんですか……。それでたくさん持っているんですね」
「あ、ああ……」

 全くの嘘であるだけに、どうにも後ろめたさが拭い去れない。
 ただ、つぼみも次の一句を切りだしにくいかのように、もじもじとした。
 少し躊躇してから、何かを口に出すのはつぼみの方だった。

「あの、良牙さん、もしよろしければ、そのバンダナ、一つ私にもいただけませんか?」
「え?」
「せめて、良牙さんとのお近づきの印です。私たち、お互いに大事な友達を失いましたけど、それでも、良牙さんという大事なお友達ができました。だから……」

 つぼみの言っている事は、良牙にもよくわかった。
 良牙も、今ではつぼみたちの事を大事な友人の一人に数えている。これまで、友と呼べるような人間が殆どおらず、それが悩みの種でもあった良牙には、ある面では良い一日半になっただろう。大事な武器とは言っても、良牙はまだいくらでもバンダナを所持している。一枚くらいはつぼみに渡そう。全員に配っても足りるかもしれない。

「……まあ、いいぜ。減るもんじゃないしな」
「いや、それ減ると思いますけど……」

 つぼみが的確に突っ込んだ。
 それから受け取ったバンダナは、本来なら汗がにじんでいてもおかしくないというのに、殆ど埃も汗もなく、新品同様であった。本当にどれだけ巻いているのだろう。幾つも重なっているので、汗がそこまで染みていないようである。
 見たところ厚みはないが、こればかりは科学では解明できそうにない。永遠の謎である。
 良牙は、少し会話に間が開いてから、つぼみに訊いた。

「で、つぼみは俺に何をくれるんだ?」
「え?」
「元の世界に帰った時に、俺へのお土産として、……まあ、なんだ。記念に少し、残しておこうと思って」

 良牙には普段、旅先で土産を買う習慣がある。全国各地、全ての土産をコンプリートしている自信はある。何度も道に迷い、いつの間にか四十七都道府県を全て回るほど──下手をすれば日本の隅から隅まで嘗め尽くすほどにお土産屋を回っている。
 しかし、殺し合いの会場に来るのも、そこで異世界の少女と出会うのも、彼にとっては生まれて初めてだ。
 つぼみは、自分の体を一通り眺めて、それでも何も気づかなかったようだが、少し経ってから何か閃いたようだった。何か贈れる物に気づいたのだろう。

「……そうですね。じゃあ、このヘアゴムを差し上げます」

 髪を二つ束ねたつぼみは、片方の髪を解いた。
 つぼみは、黄色い花形の特徴的なヘアゴムをつけていた。正直言えば興味がなかったので、良牙がそのユニークな形に気づくのは今が初めてだ。
 つぼみにとっては、お気に入りだが、予備もあるし、それでも足りなければまた買えばいい。──そう、亡き友が住んでいた、あのお隣の家で。
 そして、片方だけ縛るのも変なので、つぼみはもう片方のヘアゴムも外した。

273崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:55:15 ID:ezDSmj8g0

「じゃあ、こっちは、こっちの子豚ちゃんに」

 そうして、子豚のしっぽには黄色い花が咲いた。バンダナとヘアゴムを巻きつかれて、まるで飼い主に恵まれなかったペットのようである。しかし、どうやらペット本人もまんざらではないらしい。良牙を父、つぼみを母のように思っているかもしれない。
 ……これから、この子豚は危ない目に遭うかもしれない。デイパックの中に避難してもらいたいと思っていた。

「あっ……ヘアゴムなんて、男の人にあげても仕方がないですか?」
「いや。お土産なんてそんなもんさ。行きたいところへ行くためのお守りになればそれでいい。ありがとう、つぼみ」

 お守り。
 もし、良牙がそんな物をこの最終決戦の場に持って行けるとしたら、それは本来、天道あかねと雲竜あかりの写真であるべきだっただろう。その写真は、良牙の励ましになる。
 しかし、やはり今はそれはいらないと思った。
 あかねの姿を見るのは、しばらく勘弁願いたいし、仮に見てしまえば、悲しさと共に殺し合いの主催者への憎しみも湧いてしまうかもしれない。この黄色い花のヘアゴムを、良牙は左手首に通した。
 武骨な良牙の手首には、そのファンシーなヘアゴムは不釣合いであった。
 しかし、それを見て、つぼみもバンダナを腕に巻いた。

「……良牙さん。実は、私、年上の男の人と友達になるのは初めてかもしれません」
「そうだったのか。……俺なんて、いつも登下校でさえ道に迷って学校にもろくに行けなかったから、友達すら数えるほどしかいないぜ。それに男子校だったからな……こんなに年下の女の子と友達になるのは……ああ、たぶん初めてだ」
「あの、良牙さん、実は────」

 つぼみは、少し勇気を絞り出して何かを言おうとした。

「いえ、何でもありません。……それに、やっぱり、これ以上言っても仕方ない事ですから」

 そして、やはり結局それだけ言って、良牙が一瞬だけ可愛いと思うくらいに、細やかに笑った。







 左翔太郎は、佐倉杏子の方に目をやった。
 そういえば、この少女とは、殺し合いが始まってからそうそう時間も経ってない内に遭遇し、それ以来、何度か離れたりまた会ったりして、今また隣にいる。
 その度に、杏子の目は変わっていた。
 最初に会った時は、彼女は翔太郎を殺すつもりだったのだろう。だが、この杏子は、フェイト・テスタロッサや東せつな、蒼乃美希のように、色んな同性から影響を受けて変わっていった。
 最大の功労者は彼女らに譲るが、男性の中で最も彼女を変えられたのは自分であると、翔太郎は自負する。
 そんな彼女に、この場を借りて何かを言ってやる必要もあるだろうか。

「杏子、折角だから、戦いの前に一つ願いを聞いてやる。俺が叶えてやるよ」

 翔太郎が、ぽんと杏子の頭に手を乗せた。いかにも保護者らしい手つきである。それだけの身長差が二人にはあった。

「は?」
「あらかじめ言っておくが、悪魔の契約じゃないぜ。これは優しいナイトからプリンセスへのプレゼントだ。何がいい? どんな願いでも、俺が体を張って叶えてやる」

 翔太郎は気障に言うが、ナイトとプリンセスという設定からするとこんな喋り方は破綻している。
 本人がそれに気づいて、わざとお道化ているのか、それとも、全くの天然なのかはわからない。ただ、もしこの場に彼の最大の理解者フィリップの意見を挙げておくなら、「ただの恰好つけ」と答えてくれるだろう。
 ふと、翔太郎は暁を思い出して、彼のように下世話な事を言って女心を掴んでみようと思った。

「キスでもいいぜ」
「無理」
「ハグもOKだ」
「最低。大人として恥ずかしくないのか?」

274崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:55:35 ID:ezDSmj8g0

 効果なしだったようである。
 やはり、暁式ナンパ法は使えそうにない。悔しいが、ナンパに関しては暁の方が一枚上手であろう。既に翔太郎はこの場でナンパに失敗している。逆に、暁が実質成功して守護霊まで獲得している事など翔太郎は知る由もない。
 翔太郎らしく言おう。

「そうか。……なら、お前を魔法少女じゃなくしてやるよ」
「……」

 その一言に、杏子は翔太郎の方を見た。それから、マミの姿を探した。さやかの事も思い出しただろう。そう、魔法少女の運命から解放される術が、今ならこの場に転がっている。
 それは、まぎれもないチャンスだ。
 彼はおそらく、それを本命の願いとしている。杏子の身を案じて、その術を力ずくで探すと声をかけてくれているのだ。
 しかし、杏子は言葉を返せずに、少し悩んだ。

「……なあ、本当にそんな大それた願いでも、何でもいいのか?」

 杏子は、僅かな沈黙の後で訊き返した。これは重要な問題である。
 本当に実現するのかはともかく、翔太郎の覚悟は本物だ。彼はきっと、実現の為の自分の力を最大限使う事に躊躇しないだろう。杏子は甘言に騙される事はないだろうと思っていたが、彼になら騙されても良いと思った。
 どんな願いでもいいというのなら……。

「ああ。何でも訊いてやる」

 翔太郎は迷いなく答えた。
 それならば、杏子ももう迷う事はあるまい。

「……じゃあ、あんたが気に入っていて、今被っている、その帽子が欲しい」
「は? 帽子? これが?」
「被り心地が良かったんだ。何より私に似合うんだろ?」

 ある戦いを、翔太郎と杏子は絆の証として覚えている。
 杏子がウルトラマンとして血祭ドウコクと戦った、昨日の午後の出来事。
 この場で今は同盟を組んでいる強敵に一矢報いる為に──いや、もしかすれば杏子自身が変われる為に、翔太郎はこの杏子を一度だけ杏子に預けたのだ。

「……ああ、……ったく、仕方ねえな……こいつは風都でしか手に入らねえWind Scaleっていうブランド物だ。もし、もっと欲しくなったら、今度風都に遊びに来い。街中の人にお前を紹介してやる」

 翔太郎は、お気に入りのソフト帽を手放して杏子に渡した。
 帽子を被っていないと落ち着かないが、仕方がない。杏子が欲しいと言っているのだ。

 やはり、Wind Scaleの帽子をそこまで気に入ってくれたのなら翔太郎も嬉しい。風都特性ブランドの帽子はやはりデザインが一線を画していると言えるだろう。ファッションモデルの美希も興味津々だったほどの帽子である。
 そういえば、翔太郎には、(少し変わっているが)異世界を自由に渡れる友人がいる。あいつがまた来てくれれば、きっとここにいる仲間とは生還後もまた会えるだろうし、杏子もWind Scaleの帽子を買いに来る事ができるだろう。その時には一応プレゼントしてやろう。
 そう考えていた時、杏子はがさごそとデイパックを漁っていた。
 見ると、杏子はデイパックの中から、何やら翔太郎にとって見覚えのある帽子を大量に取り出しているではないか。

「そうか。いつか行くよ。……じゃあ、その代わり、ほら、あんたの事務所でちゃんと拝借しといた帽子がこれだけあるから、こっちを被ってな、ほら」

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ……それだけの数の帽子が次々翔太郎に手渡される。
 翔太郎は、一瞬唖然とした様子である。

「って、オイ、帽子あんじゃねえか!! ていうか、それ俺の帽子!! 勝手に!!」
「いや、その帽子は別にいらないよ。……こっちの帽子がいいんだ」

 と、杏子が懐かしむようにあの帽子を見た。
 その横顔は、まるで生まれたばかりの赤子を見る母のようでもある。と、なると翔太郎はその赤ん坊の祖父か、まあせいぜい年齢的に考えて叔父にでもあたるだろうか。

(そうか、やっぱり……あの時の事が心に残っているのか)

275崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:55:54 ID:ezDSmj8g0

「わかった。そいつはお前にプレゼントする。似合ってるぜ、レディ?」

 翔太郎は、杏子が事務所から大量にかっぱらっていたという帽子の山をデイパックに詰め込んで、その中から今の服装に最も似合いそうな黒い帽子を頭に乗せた。
 少し調節して、最も良い角度で被る。
 杏子も同じく、帽子を被っていた。殆どお揃いである。

「……杏子。本当に、魔法少女をやめるよりもそっちのが大事なのかよ」
「ああ、今はね。それに、さ」
「何だよ」
「……仮面ライダーなら、頼まなくたって、そっちの願いは叶えてくれるんだろ?」

 何故か新鮮なその言葉に、翔太郎はどきりとした。
 確かに、翔太郎はこのまま杏子を放ってはおく気はない。たとえ、自分がどんな目に遭おうとも彼女を魔法少女のまま放っておくつもりはないし、それまで絶対に魔女にはさせない。彼女だけではなく、泣いている魔法少女たちは全員助けてやりたいと思っている。

「……ったく、がめつい奴だなぁ、お前も。この俺に二つも願いを叶えてもらうってのか」
「あんまり欲張りすぎるとしっぺ返しが来るって、痛いほどわかってるつもりだったんだけど、……でも、これは悪魔の契約じゃないんだろ?」
「……まあ、構わねえぜ。いくらでも聞いてやる。しっぺ返しなんてさせねえよ」

 我ながらかっこいい文句が言えた物だ。
 翔太郎としても、これは惚れられても文句が言えないレベルである。久々にカッコいい台詞が言えた手ごたえを感じて、自分で自分に惚れそうになったほどである。

 しかし、やはりこの年で女子中学生に惚れられるというのは困る。
 そういえば、翔太郎は前に銭湯で杏子たち女湯の話題が聞こえた事を思い出した。杏子が魔法少女であるがゆえに恋ひとつできないコンプレックスみたいなものを、翔太郎はそこで耳にしている。

「あ。一応言っとくが、杏子。……魔法少女じゃなくなったからって、俺に惚れるなよ?」

 ふざけているのか、本気なのか、翔太郎はすぐに、フォローするようにそう言った。
 それを聞いた時、杏子もまた銭湯の一連の会話を思い出したらしい。
 その会話に行きつくような手がかりなしに、女の勘が次の一句を発させた。

「────なあ、翔太郎。あんた、まさか、あの銭湯覗いて……」
「は? 人聞きの悪い事言うな! 覗いてねえ、聞こえただけだ!! ……あっ」
「ボロを出したな! 女湯の会話聞くなんて見損なったぞ、翔太郎!!」
「そういうお前だって、ボロを出してるじゃねえか!」

 その後、翔太郎は、杏子の呼称が「兄ちゃん」から「翔太郎」になっている事を告げた。
 彼女は、今の翔太郎にとってかけがえのない相棒だ。







 涼邑零は、一人で思案していた。
 これから向かう場には、当然ホラーたちも現れるだろうと推測している。
 鋼牙曰く、ホラーであるというガルムやコダマがこの先にいるとなると、やはりソウルメタルを持つ零の存在はこれからの戦いでは必要不可欠だ。
 ガルムやコダマの強さは破格だという。零一人で戦う事自体が非常に危険だ。

「いよいよですね、零」

 零に声をかけた美女の名はレイジングハート・エクセリオンである。
 ……どうも、零は人間以外の美女に縁が深いらしい。シルヴァに感じた運命と同種だろうか、このレイジングハートにも何処か惹かれるものがある。
 本来の造形を詳しくは知らないが、今も実のところは人間らしい姿には感じない。
 人間の形をしたところで、やはり本当の人間に比べると一枚壁を隔てているような違和感はあった。

「ああ。そうだな。このゲームは終わらせる」
「ええ。……しかし、今日までの犠牲も計り知れない物でした。敵を倒したからといって、悲しみや痛みが消えるわけではありません。本当に戦いの傷に終わりは来るのでしょうか」

276崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:56:13 ID:ezDSmj8g0

 零は、そんなレイジングハートの言葉に、少し俯いて黙り込んだ。
 確かに、御月カオルや倉橋ゴンザに何と言えば良いやら、零にも決心はつかない。
 零一人では、彼の家族たちをどれだけ支える事ができようか。
 魔戒騎士の力は、その程度の物であった。いくら戦いで勝ったとしても、その後にはしばらく尾を引く傷跡が残る。
 世界が経験した幾つもの戦争も、魔戒騎士たちとホラーの古よりの戦いも、全て、簡単には癒えぬ痛みが残り続けている。
 魔導輪ザルバが零の指先で言った。

『残念だが、もしかしたら消えないかもしれないな』
「……だな」

 零も全くの同感である。
 戦いを経験した者、その大事な家族や仲間が生きている限り、悲しみや憎しみ、痛みは消えない。それに、この戦いに限らず、零は元の世界に帰ってからも、また魔戒騎士としての戦いの日々と、──それから、番犬所からの罰が待つだろう。
 魔戒騎士同士の争いは掟で禁じられているが、零はそれを元の世界で何度となく破っている。特に零の居所の戒律は厳しい。

「……でも、レイジングハート。誰より悲しみや痛みに震えているのって、実はお前なんじゃないか」
「──」
「……やっぱりな。高町なのはや、その周囲の人間たち……元の世界の知り合いや未来の仲間になるはずだった人が、みんないなくなっちまったっていうんだろ」

 冷たいが、それが現実だ。
 勿論、元の世界にはそれ以外の仲間もいるが、レイジングハートは既になのはの能力に合わせて最適化されている。しばらくは、レイジングハートを使いこなせる魔導師は現れる事はないだろうし、これから帰っていける場所はない。
 零は、そんなレイジングハートに自分を重ねた。

「なあ、レイジングハート。俺も実は、帰ったらしばらく一人なんだ。……一緒に、俺の世界で、ホラーを倒す旅をしないか?」
「一人? それでは、ザルバは?」
『俺様は、次の黄金騎士が現れるまで、しばらくは冴島家で眠りにつくつもりだ。零と一緒にはいられない。次代の黄金騎士が現れるのは、明日か、それとも百年後かもわからないな』
「……」

 初めは敵であったが、零は今やレイジングハートの立派な仲間である。
 零の提案も、決して悪い申し出だとは思わなかった。
 むしろ、レイジングハートにしてみれば、ここにいる人間たちの住む管理外世界は興味深い場所でもあるだろう。

『俺からも言っておくが、零の話は別に悪い提案じゃないと思うぜ? あんたのいた場所では、異世界同士を繋ぐ船があるんだろ? 戻りたい時に元の世界の仲間に会う事だってできるはずだ』
「……」
『零の奴もすっかりあんたに惚れこんでいるみたいだぜ、行くあてがない同士なら丁度良い』

 惚れこんでいる、という意味は文字通り恋愛感情があるというわけではないが、ある意味ではそれに近くもある。彼女の美を知り、共に旅をしながら、バラゴの事や魔戒騎士の事を知ってもらおうという計らいもあるのだろう。

「……わかりました。では、その時までに考えておきます」

 時間は刻一刻と近づいている。
 誰もが、おそらくお互いの別れをどこかで惜しんでいるのだろう。
 だから、こうして誰かを自分の世界につなげておきたいと、本気で思っている。
 いつかまた会えるかもしれないとは言えど、それがどんなに遠くになるかわからない不安を抱え込んでいるのだ。

「シルヴァが修復されたら、嫉妬するかな」

 零は、苦笑した。





277崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:56:34 ID:ezDSmj8g0



 巴マミと桃園ラブは、周囲を見て肩を竦めた。
 どうやら、周りの女性という女性は須らく男性パートナーのような物がいるらしい。
 ラブにもいないわけではないが、その涼村暁は今、到底話しかけられるような状態ではなかった。ラブも、今の彼が石堀光彦の危険性を察知して気にかけている事はよく理解していた。今は話しかけない方が良いだろう。
 自分たちだけ、女子二人で肩を寄せている。

「本当にこれで殺し合いは終わるのかしら?」

 マミは、ラブに堪えられない疑問と不安を打ち明けた。
 彼女だけが抱いている心配ではないようだが、それをはっきり漏らしたのはマミだけである。このゲーム、もしかしたら果てのない物かもしれないと思えたのだ。

「どういう事ですか?」
「これだけの規模の殺し合いを開く相手が、どうして私たちの目と鼻の先で全て見るような真似をしているのか、気になったの」
「それは……」
「変だと思わない? 囮っていう事はないかしら……。この先に爆弾がしかけられているとか、そういう事は考えられない?」

 やはり、不安は尽きないようだ。勿論、心配性はこの場においては悪い事ではない。
 いくつもの危険な可能性を挙げていき、それを疑い続け、修繕した結果、あらゆる問題は未然に防がれていく。

「爆弾なんかが仕掛けられている可能性は、おそらく低いよ」

 横から口を挟んだのは、沖一也である。彼は、ここで二人の会話を聞いていたらしい。
 しかし、一也はこういう時は最も役立つエキスパートである。悪の組織の基地に侵入した回数ならば、この中の残りメンバーの中ではトップであろう。爆弾で基地ごと吹き飛ばされかける事もある。

「何故ですか?」
「この基地がおそらく……囮だからだ」

 その返答に、ラブが首をかしげていた。
 囮、と言われてもピンと来るところがなかったのだ。だいたい、何故囮だとわかっているのならそれを教えず、そこに向かおうとするのかもわからない。

「ゲームメーカーが地下施設を作ってまでやりたい事がわかったんだ。地下には、おそらく加頭や放送担当者をはじめとする、ゲームに直接関係のない幹部はいるかもしれないが、首領はいない」
「え?」
「かつて、本郷さんと一文字さんがゲルショッカーを滅ぼした時の事だ──。その首領を倒した事で、ゲルショッカーは滅んだ。しかし、実はそれ自体は、次に生まれる新たな組織を目下で再編する為の囮、影武者だった」

 かなり昔の話に遡るが、一也は自分の知るダブルライダーの武勇伝をデータの一つとして引きだしていた。
 その話は、二名にとっては少し理解し難い物だったかもしれない。

「確かにその直後、爆弾で基地が吹き飛ばされたものの、ダブルライダーは脱出した。しかし、今回の基地はおそらく、そういった爆弾は設置されてはいないだろう。俺たちを爆弾で吹き飛ばしてしまえば、ダブルライダーのように『この事件が無事に解決した』と考えて証明する証人はいなくなってしまう」
「……でも、沖さん。このゲームの主催者が、ゲルショッカー? と同じ事を考えているという考えは一体どこから出てきたんですか?」
「この島の外に、別の存在がいるのをバットショットで確認したんだ。この地下施設そのものは、おそらく捨て駒や囮だろう。『ベリアル帝国』の首領がいるのは、ここじゃないはずだ。何故、正体を現さずに島の外で見張る必要があるのかを考えたが、やはり……この殺し合いを捨てて、次の野望を考えている可能性が高い。俺たちには、脱出の為の希望は残されているが、諸悪を叩くのはもっと小さな希望かもしれない……」

 一也は、もはやそれを仲間に伝えてもいい段階だと理解していた。
 しかし、どうやら伝えられるのはこの二名だけである。
 今は、全員が取り込んでいる。こういう休息も必要である。

「倒しているようで、それは本当に諸悪の根源を倒した事になっていないっていう事ですね?」

 たとえば、ここで戦いを終えて安心して帰って、まだ敵が生きていようものならば、その存在はまた悪事を繰り返すに違いない。
 そう簡単に懲りるような相手ではなさそうである。
 これからしばらく悪事を侵さないとしても、時空管理局らが必ず見つけ出すであろう。

278崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:56:53 ID:ezDSmj8g0

「……でも、マミさん、沖さん。もし……もし、これから先の世界でも悪いやつが残っていて、またこんな事を繰り返そうって思っていたら、一体どうするんですか?」
「どうするって……それは……」

 ラブに訊かれてうろたえるのはマミだった。
 一也は既に覚悟を固めているらしい。

「……私はわかってますよ。二人は、正義の味方だから、きっとここにいる一緒に立ち向かってくれるって」

 そうラブが言った時、マミの胸を何かが直撃する感覚がした。
 マミにとって、懐かしい一言である。
 正義の味方。──この場では、あまりに臭すぎて誰もそんな言葉を使っていなかったのである。その曖昧な定義の言葉は誰も率先して使おうとしなかったのだろう。
 この中にいる、「正義の味方」と認定できるであろう仲間は、みな、自分を正義と思うよりもまず、目の前で困っている者を見捨てられない人間というだけであった。正義というより、己の主義に従順なのである。「正義の是非を問う」というテーマは流行るが、やはりそれは答えのない話題であって、続けるだけナンセンスなのかもしれない。
 だからこそ、マミはこの頃、それをあまり連呼するのを耐えかねたのかもしれない。

「……そうね。でも、桃園さん、やっぱり一つ訂正があるわ。ここにいる私たちは、正義の味方じゃなくて、巴マミと、沖一也と、桃園ラブよ」
「え?」
「困っている人を放っておけない人、誰かを守りたいと思う人、希望を捨てない人、諦めない人……そして、誰かを幸せにしようとする人。ここにいたら、それを、『正義の味方』なんていう一言で片づけちゃいけないと思ったの」

 これまでのマミの生活で、「正義の味方」というのは、テレビ番組や自伝小説の中で映っている存在であった。そこからの影響が大きく、生の目で正義の味方を見た事はない。
 だが、マミはおそらく、天然で、何も意識せずに「正義の味方」であれる桃園ラブと出会った。おそらく、マミが己の命を賭けてでもラブを守りたいと願ったのは、そんなラブを助けたいと思ったからだろう。
 マミは、これまで正義の味方であろうとしてきた。自分の中にそれだけの器があるのか、何度悩んだ事だろう。
 ラブや一也は、ただマミの理想通りの正義の味方だった。何も意識する事なく、ただ脊髄がそのように彼女を動かしていた。いや、彼女だけではなく、ここにいるたくさんの人が同じく、ただ生きていく事が「正義の味方」のようだったのだ。

「『正義の味方』なんて言葉に従わずに……自分が自分であるままに、誰かの支えになる生き方がしたい。そして、きっと、いずれ会った時も、私は巴マミのままでいるわ。だから、そんな私を信じてくれる……?」
「……はい! 本当はずっと、正義の味方っていう言葉よりも、……私はマミさんの事を信じていましたから。だって、マミさんはマミさんのままで、カッコいいんですもん」

 二人は、それから笑った。
 仮にもし、この先でゲームの主催者を倒した時、そこからまた逃げている者がいたとしても、絶対に過ちは繰り返させない。
 二人ならできる。
 巴マミと、桃園ラブならば──。

「そうか。君たちは頼もしいな」

 一也が、そんな二人の様子を見て微笑んだ。
 それは、これまでにない笑顔であった。誰よりも戦いに年期のある仮面ライダーとして、彼女たちの考えを認めてあげなければならないと思ったのだろう。
 過ちを正すのも仕事だが、彼の思想上は、彼女たちの気づいた事は誇っていい考え方である。

「ある人が言っていた。仮面ライダーは、正義の為に戦うんじゃない。人間の自由と平和の為に戦うんだと」

 正義という言葉は、あまり使わない方が良い、と。
 それならば、人間の自由と平和の為に戦う方が、ずっとヒーローである、と。
 そんな言葉をかけられた記憶がある。
 その「ある人」が誰なのか──沖一也の物語を追っても明かされる事はないだろう。
 しかし、仮面ライダーと呼ばれた者たちには、おそらく、いつかその格言を聞き、心に留める日が来る事になる運命にあった。

「……あ。『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ! 俺は正義の戦士!』なんて名乗る仮面ライダーもいるけど、あの人は特別だから」

279崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:57:14 ID:ezDSmj8g0

 正義。その言葉は曖昧であるが、おおよその形式は固まっている。
 誰かを助ける事や、人を殺し合わせる蛮行を食い止める姿勢は、現代の社会では間違いなく正義に近い行いであると思われるだろう。
 しかし、その手段の是非は明確には、それらの言葉では測れない。悪事を行う根源を、武力によって鎮静し、その脅威の命を絶つ所まで正義とは言えないのである。
 あくまで、「正義」と「悪」が存在するのは限られた状況であり、「食い止める」というところまでは正義であっても、「倒す」ところまでは正義とは言えない。その仮面ライダーは、きっと、「倒す」ではなく、「悪を止め、人々を救う」ところまでを正義と定義して叫んでいるのだろう。
 悪を食い止め、脅かされる人々を助ける為に、天と地と人が呼んだ、「正義」。
 しかし、そこから先、敵を倒すのは、正義ではなく、彼が判断した「最後の手段」なのである。この部分は、「正義」と「悪」の二極で測った場合、おそらくはどちらの理屈も破綻するので、これらの言葉でカバーできる範囲ではない。
 殺人は犯罪だが、彼らの「正当防衛」、「過剰防衛」を図れるはずはないのである。

「……はぁ」

 その仮面ライダーに全く心当たりはないラブたちは額に汗を浮かべる。
 ともかく、一也は「正義の味方」という言葉で定義される範囲が、この殺し合いの最中でも有効とは思えない状況に気づいた彼女を優秀な相手だと思った。
 これから先、誰かを守ったり、悪徳を犯したりする相手を、「殺す」という形で果たさなければならないが、そこには「正義」はない。しかし、間違った行いではないのである。
 ゆえに、時に「正義」であり、普段は「正義」ではない一也が、彼女たちにかける言葉は、ただ一つ。

「君たちは君たちでいい。間違った事なんて何もしていないんだから。それは、俺たちが保障する。俺は人間の自由と平和の為に戦う。だから、君たちも、自分の信じる大切なものの為に戦ってくれ」







「……辞世の句、みてえなもんか」

 血祭ドウコクは、外道シンケンレッドを横に携えて、レーテの前に群がる人間の兵士たちの様子を、一見すると興味なさそうに眺めていた。
 彼からすれば、一人一人の行動は少々理解し難い。戦いの前に誰かとくだらない世間話をしているようである。ただ、それがおそらく、人間たちの中では意味のある行動であろうとドウコクも薄々感じる事ができた。
 だからこそ、彼は、この時ばかりは水を差す事なく、その光景を静観していたのだろう。

「てめえも、少しは何か感じるか? 志葉の──」

 外道シンケンレッドは、そう言われてドウコクの方に体を向けた。
 だが、そのゆっくりとしたモーションからは、およそ人気味を感じられなかった。
 ドウコクの一生で見てきた人間の所作とは、やはり違った。

「……感じねえか。無理もねえ。感情らしいモンが抜け落ちてるからな」

 言葉に反応する事はあるが、それはおよそ人の要素を感じさせない抜け殻のような物だった。仮にもし、志葉丈瑠の魂であるなら、せめて思案する様子は見せるだろう。
 しかし、丈瑠は死に、外道として魂もない存在がここに在る。
 殺し合いに乗り、三途の川にさえ見初められた怪物。
 はぐれ外道の中のはぐれ外道。その魂は、今どこにあるのだろうか。
 あるとすれば、どこかでこのはぐれ外道の姿を欲するのだろうか。

「まあいい。これが奴らにとっての盃だ。あまり長引くようなら叩き斬るが、どうやらもうそろそろ、幕を引いてくれるらしい」

 ドウコクが、そう言うと同時に、ある男が、一言口を開いた。





280崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:59:35 ID:ezDSmj8g0



 石堀光彦は、誰にも顔を向けられなかった。
 誰かに語るべき事は、彼にはない。
 他の全員がくだらない話をしている間中、石堀は俯いて、堪えきれない達成感に浸っていたのだ。

(待ち続けた甲斐があったようだ……)

 あの西条凪が死亡し、十年以上の歳月をかけた計画は幕を閉じたはずだった。
 しかし、彼のもとに代理として降りかかった新たな計画は、石堀の心を擽る。
 光は、別のルートをたどって、ある者の元へと回った。

 それでいい。

 ウルトラマンの光を奪うのが目的であったが、今はもはやウルトラマンだけではない。プリキュア、シャンゼリオン……あらゆる戦士の持つ光の力を実感している。ならば、凪よりむしろ、彼らの方が役に立つ。
 中でも、とりわけ蒼乃美希である。ウルトラマンであり、プリキュアにも覚醒した彼女の光は他とは一線を画す物があるだろう。
 彼女には、“奪われるだけの資質”がある。それを認めよう。



「──────遂に来たか」



 石堀が、突如、そう口にした。
 その時、ほぼ全員が会話を同時にやめていたので、彼の言葉だけが虚空に放たれた。
 その一言だけならば、一日半をかけて殺し合いの主催者の元へとやって来た対主催陣営の一人としての、自然にこぼれてしまう徒労の漏洩だったかもしれない。
 しかし、言葉と同時に浮かんだ邪悪な笑みを、暁は、ラブは、孤門は、──ここにいるあらゆる参加者は見逃さなかった。
 その意味がわからず──怪しいと思いつつも、結局それがどういう事なのか理解する術はなく──、ただ立ちすくむ。警戒心よりも前に、一体彼が何をしているのかという疑問が浮かぶ。答えが出ない限り、次の行動に移る事ができる者はいなかった。

「遂に……遂にだ!」

 石堀にとっての一日半。
 何も感慨深い事はない。それは、ドウコク以上に無感情で無機質に日々が過ぎただけであった。何万年と生きてきたダークザギという怪物にとって、一日半など大した物ではない。
 強いて言えば、彼の「予知」では測れない出来事が起こったというだけである。

「石堀、さん……?」

 さて、……ここまで来たら、やる事は一つ。
 孤門が心配そうに声をかけても、今の石堀の耳には通らなかった。
 通っていたかもしれないが、その名前の人物として返す物は何もない。

「変……身」

 石堀は、口元を更に大きく歪ませると、アクセルドライバーを腹部に装着した。
 石堀の腹の周りを一周するアクセルドライバーのコネクションベルトリング。それが、アクセルドライバーをベルトとして己の身体と一体化させる。
 もはや、彼にとってはこの仮面ライダーアクセルの力も最後の出番である。
 ダークザギの力が蘇ればこんな人間の技術の産物は必要ない。

「お前……!」

 全員が、石堀の突然の行動が、何を示しているのかわからずに硬直する。
 これから戦闘準備に入ろうとしていた全員が、動きを止めた。
 戦いの前の微かな平穏を打ち砕いて、──全く別の戦いが始まる予感がしたのだ。
 ドウコクでさえ、動きはしなかった。



 その時────

281崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:00:24 ID:ezDSmj8g0











「燦然…………ハァぁぁぁぁぁぁッ!!」






 暁だけは、咄嗟に超光戦士シャンゼリオンに変身し、シャイニングブレードを構えて駆けだした。
 これが、胸騒ぎの根源であった。この瞬間に、あの時の言葉の謎が解けたような気がした。
 やはり、訝しんだ通りである。



────暁、聞け。俺を、ダークメフィストにしたのは、あいつだ……。



────……石堀光彦だ。奴に気を付けろ……。



 ──黒岩省吾の言葉だ。それは即ち、石堀が自分たちを欺いている、という事であった。
 この時まで暁たちにその事を一切言わず、参加者にダークメフィストへと変身させる力を授けた──これまでのデータから推察するに、明らかに危険な敵である。気を付けろ、という言葉通り、暁は石堀に警戒を続けていた。
 そして、警戒をやめて、確実に動きをやめなければならない時が来たのだった。

「ハァァァァッ!!! 一振りッッ!!!」

 ……誰も動けないなら、自分が動く。そのつもりで、シャンゼリオンはシャイニングブレードの刃を石堀に向けて振るっていた。
 この場にいる誰も理解していないとしても、シャンゼリオンは石堀に致命傷を与える。たとえ、次の瞬間に己が、突然“胡乱な態度を見せただけ”の石堀を殺害した殺人鬼と呼ばれようとも、そんな先の事は全く考えていなかった。
 単純に、もう耐えきれなかったのかもしれない。これ以上、近くにある脅威を「監視」し続けるのを──。

「フンッッッッッ!!!!!」

 しかし、次の瞬間に飛んだのは、石堀の意識ではなく、シャンゼリオンのシャイニングブレードであった。シャイニンブレードは、シャンゼリオンの握力の支配を逃れ、宙を舞ったのだ。
 シャンゼリオンにも、その場にいる誰にも、その瞬間に何が起きたのかはわからなかった。

「グァッッ!!!」

 ただ、シャイニングブレードが地面にざっくり刺さり、シャンゼリオンが見えない一撃に吹き飛ばされて先ほどより数メートル後ろで背中をついた時──、何かが起こったのだと全員が認識した。
 何かを起こしたのが石堀であるのは、そのすぐ後にわかる事になった。

「フッ……」

 石堀はニヤリと笑った。
 彼が、“黒いオーラを発動させ、衝撃波をシャンゼリオンに向けて放った”のを捉えた者は、涼邑零と沖一也と血祭ドウコクの三人だけである。
 その他の者も、もう少し遅れて、石堀の身体から自ずと滲み出てきたそれを目の当りにする事になった。

「何だあいつ……一体、何がどうなってるんだ……?」

 黒い蜃気楼……。

「石堀……こいつがお前の正体か……」

 それは、明らかに石堀が意識的に発動した物であった。世界の裏側にでも存在するかのような紫炎の闇を、石堀の体が自ずと纏う。
 石堀の瞳孔がそれと同じ、奇妙な紫を映していた。それは文字通り、彼が見ている物ではなく、瞳そのものが本来の色に変色した物であった。
 それが、彼が非人である事を示す確証だった。

「……残念だな、暁。お前はあまりにも露骨に俺が疑いすぎた。……もしかすると、黒岩にでも聞いたのか? 俺が“アンノウンハンド”だってな」
「くっ……」

282崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:00:46 ID:ezDSmj8g0

 “アンノウンハンド”。

 こうして、この場でこれ以上出てくるとは思いもしなかったその言葉に、孤門一輝と左翔太郎が戦慄する。桃園ラブや沖一也も知る言葉だ。
 孤門の住む世界を裏で暗躍する存在だと言われていたのがアンノウンハンドである。
 ダークメフィストの再来を考えれば、勿論、どこかにいるのは確実だが、それは主催者側である可能性も否めなかったし、味方内にそれらしい者は全く見かけられなかった。
 いや、しかし──石堀こそが、そうだったのだ。

「──石堀さん!? それは一体、どういう……」
「残念だが、ここはお前たちの墓場にさせてもらう。主催陣の打倒なんかに俺はハナから興味はなかったんでね。俺がやりたいのは、今から行う“復活の儀”の方さ」

 そう言うと、石堀は懐を弄った。
 そして、彼は薄く笑った。

「“復活の儀”……? 一体、何を言って……」
「フッ。──孤門」

 次の瞬間、石堀の懐から現れたコルト・パイソンの銃身。狙いを定める様子もなく、ただ感覚で、その銃口が孤門の顔面に弾丸を撃ち込むに最適な場所まで腕を置いたのだ。
 孤門は、同僚の突然の裏切りに、もはや冷静な判断力を失っていた。その口径が己を殺す為の兵器が射出される筒であると忘れていたかもしれない。

「……おつかれさん」

 右手を伸ばし、照準を合わせる事もなく、──通常なら絶対に命中がありえないそんな状態で、石堀は躊躇なく、その引き金に指をかけた。ここまで、銃を取りだしてから二分の一秒。
 一欠片の躊躇もなく引かれた引き金は、孤門の眉間を目掛け、発砲を開始する。

「危ないっ!!」

 孤門の体が大きく傾く。真横から体重をかけて抱きついた者がいたのだ。
 涼邑零である。零が真横から孤門の体を押し倒し、辛うじて弾丸は彼らの背後を抜けていく形になった。孤門の全身が覆い尽くされ、地面に激突する。
 弾丸は零のタックルよりもずっと凶悪だが、当たらなければ効力を発揮しない。
 これで本来ならば安心であるはずだった。



 しかし、見ればその弾道の先にいるのは、────蒼乃美希であった。

「ああっ!!」
「……!!」

 孤門、零、美希。三人の時間が止まる。

 孤門は、己がそこに留まっていれば良かったと思っただろう。

 零は、自分の不覚を呪っただろう。

 美希は、神にでも祈っただろうか。

 銃声が、運命を分ける。次の一瞬が全てを審判する。──はずであった。

「!!」

 美希の視界はブラックアウトしない。
 弾丸が体のどこかに当たったという事もなく、弾丸が辿り着く前にしては妙に時間がかかったような気がした。
 零も、疑問に思った。
 今、もしや弾丸など飛んでいなかったのではないか……零も、石堀の手の動きで判断していたが、弾丸らしき物は目で捉えていないし、銃声を耳で聞いていないのである。

「……妙に銃身が軽いと思えば……予め弾丸を抜いておいたのか。やるじゃないか、暁」

 脇目で起き上がろうとしていたシャンゼリオンを、石堀が一瞥した。
 石堀が危険だとわかっている時分、暁も一応、荷物の確認の際に石堀が確認を済ませた装備をこっそりスッて、弾丸を抜いておく対策は行ったのだ。コルト・パイソンもKar98kも、石堀の装備していた銃器の中身は全て空である。

283崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:01:48 ID:ezDSmj8g0
 探偵より泥棒に向いているのではないか、と思われるこの行動。
 もし、石堀の裏切りが勘違いだったならば、石堀の装備を軒並み利用不能にし、仲間を死に追いやるかもしれないこの行動。
 しかし、美希たちはそれに救われた。

 美希たちは、ほっと胸をなで下ろした。一度冷えた肝が急に温まったので、ふと石堀を注視するのを忘れてしまうほどだった。
 だが、やはりすぐに自分たちの置かれている状況を再認識して、石堀の方を辛い目線で見据える。そこには、もはや石堀とは到底思えない邪悪な気配に包まれた怪人が立っていた。彼は、コルト・パイソンを見放して、野に捨てている真っ最中である。
 彼はこの空の銃と同じく、目の前の仲間たちを不要と判断して、棄却し始めたのだ。

「……クソッ。あいつ、本当に俺たちを騙してたんだ。暁の言う事が正しかったんだ……。本気で殺す気だったみたいだぜ」
「石堀さん……そんな……嘘だ!」

 そう言いつつも、孤門は確かに自分を目掛けて発射された「見えない弾丸」の事を確かに、現実に起きた出来事の一つとして認識していたはずだ。
 あの弾丸が形を持っていれば、自分か美希かは、確実に死んでいたであろう。
 目線の先に、ぴったりと張り付いた銃口の映像。確実に目と目の間に食い込ませる算段だったはずだ。

 ……だが、あの石堀光彦が?
 張りつめたナイトレイダーの中でも、時折冗談を言って和ませるあの兄貴分の石堀が──平木詩織隊員と仲が良く、付き合っているのではないかと噂されていた、あの石堀光彦が、アンノウンハンド……?
 孤門にはいつまでも信じられない。

 嘘だ。
 斎田リコの仇……、あらゆる人々をビーストやダークウルトラマンを使って殺した諸悪の根源……それが、あの石堀光彦だったという事なのか。
 彼の中の純粋や情は、この場でいとも簡単に裏切られたのだ。斎田リコの時と似通った気持ちだった。

 孤門が絶望を抱えている時、誰よりも激昂する者がいた。

「アンノウンハンド……お前があかねさんを!!」

 ──響良牙である。
 良牙の中から探りだされる、ダークファウスト、そしてダークメフィストの記憶たち──。それは、良牙にとって最も苦い思い出だ。
 そこには、当然、天道あかねとの深い結びつきがあった。

 孤門に聞いた話によれば、孤門の世界においては、アンノウンハンドなる者がダークメフィストを生みだしたらしい。そして、これまでの暁の話を聞くと、黒岩によってあかねがファウストにさせられた可能性が高いようだが、黒岩が何故メフィストであったのかは明かされなかった。

 ……いや、どれだけ考えても明かされる由はなかったのである。
 以前、孤門や石堀に、「では何故黒岩がメフィストになったのか」とも訊いたが、その時の返答は二人とも口を揃えてこうだったからである。

『姫矢から憐や杏子に光が受け継がれるように、闇の巨人の力もまた受け継がれていくのかもしれない』

 溝呂木に闇を与えたらしきアンノウンハンドがこの会場内にいるとは限らないし、実際そうではないだろうと考えていたに違いない。ウルトラマンの力を与えた者がこの場にいないのと同じように……。
 孤門は石堀に、同僚としての一定の信頼感を持っていた為、同世界の人間がアンノウンハンドである可能性を突き詰めても、石堀をその対象から当然除外したのである。石堀が何度もビーストに襲われてピンチになった事も、ビーストを倒すのに貢献した事も孤門は全く忘れていない。

 しかし、ウルトラマンとダークウルトラマンは本質的にその構造が異なっていた。闇の力は一度、「持ち主」の手に返る。
 少なくとも、この場において、黒岩に闇を与えたのは、溝呂木眞也ではない。石堀光彦であった。認識そのものに、壁があったのである。今悔いたとしてもどうしようもない話であった。

「ゆるさんっ!!」

──Eternal!!──

 エターナルのガイダンスボイスが良牙の掌中で鳴り始めた。
 今の自分がエターナルメモリを持つ意味を、良牙はこの時、忘れかけていたかもしれない。
 しかし、誰も良牙に再び沸き起こった憎しみを止める事はできなかった。ここにいる誰も、その憎しみに共感せざるを得なかったからである。

284崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:02:11 ID:ezDSmj8g0

「変身!!」

 エターナルメモリが装填される。

──Eternal!!──

 白い外殻が響良牙の体を包み、その姿を仮面ライダーエターナルへと変身させる。
 青い炎が両手で燃え、黒いマントが背中に出現し、風に棚引く。
 これで何度目の変身になるだろう。
 前の装着者を含めれば相当数、このエターナルも変身された事になるだろうが、今また戦いの為に拳を固めるのであった。
 エターナルは、憎しみによる戦鬼のままなのだろうか。

「ふん……」

 それを見て、石堀は次の行動に移ろうとしていた。
 忘却の海レーテの、半ば美しいとさえ思える光景を背に、石堀は悪魔と成る事を決める。
 裏切りに躊躇などない。最初から、こう決めていたのだ。
 この良牙の憎しみに、石堀も作戦成功を核心していたようである。

「……さて、俺も変身させてもらいますか。最後のアクセルにね」

 石堀は、どこかからアクセルメモリを取りだした。先ほどは変身妨害をされたが、もう問題はあるまい。
 すぐに手を出せる者は周囲にはいない。仮に邪魔をされたとしても、この中で最強の敵を片手で跳ね返すのも難しい話ではないのである。

──Accel!!──

「じゃあ改めて……変、身」

 まるで叩きこまれるかのように、アクセルメモリはアクセルドライバーに装填される。
 メモリスロットとガイアメモリが結合し、化学反応を起こした。

──Accel!!──

 石堀の体を包み込んでいく仮面ライダーアクセルの装甲。
 赤い装甲がすぐさま石堀の全身を包んで、全く別の物へと変貌させた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。

「────ガァァァァァァァッッッ……」

 自分の外見が、「人」でなくなると共に、石堀光彦は──ダークザギは、己の中の本能を引きだした。この姿では、雄叫びを抑える必要はない。何十年もの禁酒を終え、盛大に酒を煽った気分である。獣のような唸り声でアクセルが吠える。
 すると、アクセルの特徴ともいえる全身の派手な赤が、そして、その瞳の青が、すぐにはじけ飛んだ。まるで、己の体から色を追い出すかのように、石堀は、ダークザギとして吠えたのである。
 本来の色が逃げ去ると、そこには、アクセルではなく、石堀本来の色が再反転した。

「ウガァァァァァァァァァァァァァッッッ……!!!!!!!」

 ……まるで、地球の記憶そのものが、彼自身の圧倒的な魔力に圧倒されているとでもいうべきだろうか。
 その体は、──アクセルの赤でも、トアイアルの青でも、ブースターの黄色でもない。

「ウグァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!! ……」

 紫のような、黒のような、深い闇色に──機能を停止した信号機の装甲に変わっていた。ダークザギとしての彼の姿が、そのまま仮面ライダーアクセルの体色さえも捻じ曲げたのである。
 ……いや、仮面ライダースーパー1も、仮面ライダージョーカーも、この場にいるこの敵を仮面ライダーと呼びはしないだろう。
 もはや、その装着者自身があり余るエネルギーと咆哮で、仮面ライダーとしての元の性質を消し飛ばしてしまったのだ。

「黒い……アクセル……!」

 そう、強いて呼ぶならば、──ダークアクセルという名が相応しい。

 仮面ライダーアクセルの装甲が……戦友が変身した誇りの仮面ライダーの姿が凌辱されている。──見かねて、翔太郎が前に出た。

285崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:02:47 ID:ezDSmj8g0

「……石堀。信じたくねえが、あんたが……俺たちをずっと騙してたのか」
「ハッハッハッ……。さっきからそう言っているだろう? フィリップ・マーロウくん」

 煽るように、アクセル──いや、ダークアクセルが言った。
 その表情は伺い知ることができないが、きっと嗤っている。
 左翔太郎は、その姿を想像して奥歯を噛みしめた。

「……ッ!! じゃあ、あんたにその力を使う資格はねえ。アクセルは、誰かの事を守れる奴の──あの照井竜みたいな奴の為だけの物だ、返してもらうぜ!」

 ──Joker!!──

 こちらも、ガイアメモリの音声が響く。
 左翔太郎が左腕でロストドライバーを腹部に掲げた。彼の体にも、コネクションベルトリングが一周する。ジョーカーの記憶が翔太郎の前で呼応され、黒色の波を発する。
 その最中で、翔太郎はまるで勝利への核心を掴みとるように、体の前で右腕を握った。

「変身……!」

 ──Joker!!──

 翔太郎がそう掛け声を放つとともに、ジョーカーの記憶は翔太郎の体面上に仮面ライダーの鎧を構築していく。大気中に溶け込んだばらばらのピースが一つ一つ体の上で組み上げられていくように、翔太郎は仮面ライダージョーカーへと変身した。
 彼の「切札」の名に相応しい、翔太郎と驚異的なシンクロを示す運命のガイアメモリ。今また、翔太郎に力を貸している。
 翔太郎にも、最早この暫くのキャリアで、“ダブル”以上に馴染み深い姿だろう。

「仮面ライダー……ジョーカー!」

 その指先は、いつもの如く、罪を犯した敵に向けられる。
 そして、この時まで、潜む怪物の脅威を淡々と見過ごしていた自分の失態も胸に秘める。

「さあ、──お前の罪を数えろ!!」

 そのお決まりの言葉を投げてしまえば、後は体が勝手に動いた。
 倒すべき許されざる敵は目の前にいる。
 もはや、無我夢中に戦う術を磨いて敵を倒すのみであった。

「ハァッ!!」
「オォリャァッ!!」

 仮面ライダージョーカー、仮面ライダーエターナルの二人の仮面ライダーがダークアクセルの体に向けて、何発ものパンチを放つ。
 それぞれの全身全霊を握りこんだ拳がダークアクセルの胸で弾んだ。
 しかし、当のジョーカーとエターナルとしては、十五発も殴ったあたりで、一切、そこに手ごたえを感じない事に気が付く。敵の装甲から聞こえるのは、風邪を受け手窓が揺れたような音。それだけがこの場で何度も空しく響いたような気がした。

「くそっ……エターナル、コイツ……今まで出会った事がねえ強敵だぜ……!」

 ジョーカーは、この時、咄嗟に今まで感じた事のないような──ガイアメモリや血祭ドウコクをも超越する危険性に巡り合ったような気がした。
 本来、ガイアメモリの使用者は普通の人間の肉体を強化し、人ならざる能力を付与する。ドーパントや仮面ライダーは、そこからガイアメモリの力と人間自体の素養やメモリとの適合率とが掛け合わされて強化されるはずだが、今回の場合、使用する人間の素養ありきで、ガイアメモリは彼の能力を引き立てるオマケに過ぎなかった。
 仮に石堀とアクセルとの適合率が絶望的な数値を示したとしても、その不適合を上回る石堀本来の能力が、アクセルの能力を手玉に取ってしまう。
 まるで、メモリそのものの力を飲み込んでいるかのようである。

「知らん! 貴様が神様だろーが、悪魔だろーが、俺はコイツを倒す!」

──Unicorn Maximum Drvie!!──

 T2ユニコーンメモリをスロットに装填したエターナルは、次の瞬間に右腕に鋭角な竜巻を重ねた。竜巻は一角獣の角を形作っている。

286崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:03:08 ID:ezDSmj8g0
 エターナルの右拳は、握りしめられるだけの力を籠めて、アクセルの顔面目掛けて突き刺さる。一撃に全身全霊を込め、次の一撃にまた、全身から湧き出てくる憎しみのような精魂を込めた。
 三発ほどマキシマムドライブの力を帯びたまま突き刺すが、思った以上に手ごたえがない。マキシマムドライブのエネルギーが自然消滅する。
 ダークアクセルは憮然として立っていた。

「邪魔だ!」

 胸から紫と黒の波動が放たれる。それは、すぐにジョーカーとエターナルの体をダークアクセルの元から引き離した。圧倒的なエネルギーに、誰もが耐え切れずに屈む。風がばっと二人の体を飲み込み、激しく後方へと吹き飛ばした。
 ジョーカーとエターナルは、次の一瞬で地に落ちる。

「グァッ……!!」
「ヌァッ……!!」

 地面にバウンドした直後には、両名とも、すぐには起き上がれないだけのダメージが体を襲った。ドウコクやガドルにも匹敵する、……いや、あるいはそれ以上であるとジョーカーは思う。

(桁違いだ……!)

 エターナルも、それがかつて出会ったどんな敵にさえ敵わぬであろう強敵であると長い戦闘経験が察する。
 一撃のダメージとは到底思えない。シャンゼリオンも、あれで実質、ほぼ戦闘不能状態だというのか?

「そんな……あの二人が一撃で!!」

 孤門たちは固唾を飲んだ。
 アクセルの力がそこまで絶大だと感じた事は今までにない。
 せいぜい、ダブルと対等程度であって、エターナルが一撃で倒されるほどの仮面ライダーではないはずだ。しかし、石堀はアクセルを蹂躙し、使いこなしていた。
 己の戦闘力でメモリそのものの能力を上回る「補填」を行って。

「随分とおちょくってくれたな……」

 ダークアクセルを許せないと思うのは、何も善良なヒーローだけではなかった。
 血祭ドウコクと外道シンケンレッドが前に出る。彼らとしても、アクセルの側につく気は毛頭ない。主催陣を潰す目的を妨害する壁である、というのがドウコクのこの男への認識であった。
 他の連中ほど、ドウコクが石堀の謀反に驚愕する事がなかったのは、本能的にその性質が共通している事を悟っていたからなのだろうか。

「猛牛バズーカ!!」

 ジョーカーやエターナルが巻き込まれるかもしれない危険性など度外視して、外道シンケンレッドが猛牛バズーカを構えた。
 牛折神の力が砲身に集中する。それは、次の瞬間、ダークアクセルに向けて一気に放出された。
 次の瞬間には、莫大なエネルギーがダークアクセルに向けて叩きつけられるだろう。

「フン……」

 しかし、ダークアクセルはエンジンブレードを構え、その砲撃に込められた力を一刀両断する。真っ二つに叩ききられたエネルギーは、丁度ダークアクセルの両脇を通って、背後のレーテの海の中へ溶け込んでいった。

 驚くべきは、エンジンブレードにはガイアメモリを装填しておらず、ダークアクセルは自身の能力を併用して、それを弾き返したという事である。
 これが、ダークアクセルとあらゆる戦士たちの力の差であった。

「はあああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 血祭ドウコクも、捨て駒の外道シンケンレッドの攻撃が通用しなかった事には目もくれず、すぐさま駆ける。彼はせいぜい十秒その場をもたせる囮程度に役立てるつもりだったのだろうが、十秒も間を持たせる事はできなかった。
 ドウコクの手には、昇龍抜山刀が握られていた。自分ならば互角に戦える自負があるのだろうか。その刀を構えて現れてから、ダークアクセルに肉薄するまで一秒とかからない。

「はぁッ!!」

287崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:03:29 ID:ezDSmj8g0

 昇龍抜山刀を構えたまま、ダークアクセルの脇を過るドウコク。
 しかし、その腕に、敵の体を抉った感覚はなかった。

「何!?」

 ドウコクが斬り抜けて真っ直ぐ伸びた己の腕に目をやる。
 既にそこに昇龍抜山刀の姿はなかった。握りしめていた感覚がいつ消えたのかはドウコクにさえわからない。
 咄嗟にドウコクが振り向く。

「──ッ!!」

 首を回すと同時に、左目に電流が走る。
 ──己が握りしめていたはずの愛刀は、そこにあった。
 しかし、その姿は今のドウコクの左目では見えない。
 昇龍抜山刀が突き刺さっていたのは、他でもないドウコクの左目なのだから。

「ぐああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!! てめええええええええええええええええェェェェェッッッッ!!!!!!!!!」

 ドウコクはもはや自分の目では見えない「それ」を感覚で引き抜いた。左目から膨大な何かが噴き出るような感覚。
 血も涙もない外道であるがゆえ、目から何かしらの液体が零れる事はなかったが、彼にも痛覚だけはある。噴き出ていったのは、左目の痛みなのだろうか。外からも内からも響く電流のような激しい痛みに、悲鳴は止まなかった。

「ガァァァァァァツッッッ!!!」

 ドウコクが放つ悲鳴は、周囲に振動する性質を持っている。
 彼は周囲の犠牲をやむなしと考え、その雄叫びで周囲全体を無差別に攻撃したのである。
 ドウコクを中心に、波紋状に広がる「声」の衝撃は、大気を揺らして周囲であらゆる破壊と障害を呼ぶ。科学の装甲に響いて中の装着者を傷つけ、改造人間の人体に向けて放たれれば機械の音波を乱す。
 敵味方問わず全員、ドウコクの悲鳴の餌食となった。

「くっ……!!」
「ぐあっ……!!」

 もはや、それは機械の暴走と言っても良い。
 外道シンケンレッドまでが、耳朶を抑えて体の節節に火花を散らせた。
 しかし、ドウコクが味方を巻き込んでまで放った一撃は、ダークアクセルの前方で発動した紫色のバリアが阻む。
 独眼のドウコクにそれは見えているのか、見えていないのかはわからない。

「くっ……変身!!」

 たまらず、沖一也こと仮面ライダースーパー1と涼邑零こと銀牙騎士ゼロがその身を変身させる。
 銀色のボディに火花を散らせながら、ドウコクの元へと飛びかかったスーパー1。魔戒の鎧で何とかドウコクの衝撃波を回避するゼロ。咄嗟に対応できたのは彼らだった。
 残念だが、今はダークアクセルよりもこちらの暴走を止めなければならない。

「何しやがるっ!!」
「こちらのセリフだ! 今の攻撃は敵に効いていない! 味方を巻き込むだけだ!」
「冷静になれ、ドウコク!」

 スーパー1とゼロの一喝がドウコクの耳を通したかはわからない。
 いや、おそらくは他人の言葉を聞けるほど、彼が冷静でいられる事はないだろう。
 これは好機と見たか、ダークアクセルはほくそ笑み、ドウコクに向けて煽るような一言を発した。

「おやおや……仲間割れか? いかし、そいつは賢明だな」

 獣のような力を解放した一方で、彼は愉快犯としての側面も消えてはいない。
 ドウコクこそがこの集団の綻びである。この場を宴にするには、このドウコクに揺さぶりをかけるのが最善だと彼も重々承知である。
 直後にダークアクセルが語りかけるのがドウコクであるのは必然であった。

「血祭ドウコク。俺の目的は、主催の打倒でも貴様を殺す事でもない。俺の本来の力を取り戻し、元の世界に帰る事だ。ここにいる人間が何人生き残ろうが構いやしない。──その場合、お前にとって、最も効率的な方法は何かな?」

288崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:03:51 ID:ezDSmj8g0
「何だとォッ…………!?」
「この俺を倒して主催陣に乗りこみ、勝利する……そんな希望の薄い展開に賭けるか。それとも、俺を無視して参加者を十人まで減らして、確実な帰還を得るか」

 彼は、やはりドウコクの性格を見抜いて煽っているのだ。スーパー1とゼロが、本能的に不味いと察する。最も痛い所を突かれている確信がある。

「賭けに巻ければ、残りの右目だけではなく命も失う事になるだろう。その左目は、“警告”だ。その様子では、二の目に変化しても、まだ及ばない。──この俺の本当の力は、こんな物じゃないんだぜ?」

 ダークアクセルがドウコクでさえ及ばない脅威であるのは、既にドウコクにもわかっている事実である。それに加え、更にその一段上を行く真の姿なるものがあるというのが本当だとすれば、最早勝機はゼロに等しいだろう。
 そして、ドウコクが最優先に生き残りを選択するのはもはや周知だ。

「バカな事を言うな! ドウコク、奴の言う事に耳を貸すんじゃない!」

 スーパー1が必死に止めようとしていた。説得の他に対処法はない。目の前の手練れだけでも対処が大変だというのに、このドウコクまでも敵に願えれば、こちらの勝率がどこまで引き下がるか。
 ドウコクは、幸い、僅かに悩んだ。

「フンッ────」

 そして、微かに悩んだ後、その右目が捉えた敵に、昇龍抜山刀を振るう事になった。
 真一文字、対象の肉を抉る。
 迷いはわずか一瞬であった。

「くっ……!」

 対象は、スーパー1である──。人工の胸筋が引き裂かれて、血しぶきのように火花が散り、血液のようにオイルが垂れる。銀色の体を伝って、それは地面に染みを作った。
 これはドウコクとしても、これは苦渋の決断であっただろう。相応にプライドを持つ大将としては、格差を理解して相手の意のままというのは、僅かでも心に来る物がある。

「悪いな。……コイツぁいけすかねえが、帰らなきゃならねえ理由がある」

 ──しかし、やはり生還こそが彼の目標である。
 ここは大人しく、石堀光彦に従うほかない。

「烈火大斬刀!」

 続くは、外道シンケンレッドであった。ドウコクと彼は一蓮托生である。主従の関係である以上は当然だ。
 彼も、ダークアクセルの前を横切り、ゼロを標的に大剣を構え向かう。

「一也さん! 零さん!」

 孤門が呼びかけた。

「来るな!」
「俺たちだけで十分だ!」

 ゼロは銀狼剣を構え、それを二本で交差させて大剣を防ぐ。三つの刃が一点で重なり合い、そこから火の粉が漏れた。
 辛うじて、剣豪と剣豪の戦いであった。刀に来る圧力を通して、相手の熱気も力も技量も伝わっている。見ているだけの者にはわからない、敵の強さへの脅威と信頼が刃を通して、感じられたようだった。

「やるね、あんた……これだけでわかる……」

 零が外道シンケンレッドの斬刀を防ぎながら、冷や汗を浮かべ苦笑した。
 戦士としては、相手にとって不足なしである。
 が、当然、これから先、生き延びねば対主催の勝機が奪われる立場としては、命を賭した戦いにそう喜んでもいられない。

「ドウコク……鼻から貴様に信頼が芽生えるなど期待してはいなかったが、己の威厳も失ったか! お前の目をやった者の言う事を聞くのか!」
「煩わしい口を利くんじゃねえ……癪だが、これが大将の務めって奴だ」

 スーパー1とドウコクが、構え、対峙した。
 願わくば、主催戦までこうした余計な衝突はしたくはなかったが、もはや仕方のない話かもしれない。四人は、そのまま互いを見合い、敵の出方を伺いながら、その場から少しずつ距離を取り始めた。
 スーパー1とゼロが、なるべく遠い場所に戦闘場所を変える事を願ったのだろう。
 四人は、スーパー1とゼロの扇動で森の奥へと消えていく。





289崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:04:18 ID:ezDSmj8g0



「……そんな」

 巴マミが落胆する。
 新しい戦いの前に、一つの地獄が待っていた事など、彼女たちはつい先ほどまで全く知る由もなかった。この戦いに対する覚悟は殆ど備わっていなかったのである。
 ゆえに、全く想定外に心を痛め、全く無意味に体力を擦り減らすこの争いに、飲み込みがたい恐怖と絶望を感じた。

「……」

 桃園ラブも同じように辛い事だろう。仮にも、同行者であった石堀の裏切りである。前に暁に警鐘を鳴らされていたとはいえ、信じたくはなかった。

「……二人に任せよう。こっちも、みんなで食い止めるよ」

 しかし、今は、あらかじめそれを飲み込む事ができた人間の一人として、勇敢に呼びかけた。
 ラブがそう言って向いたのは、蒼乃美希、花咲つぼみ、佐倉杏子、レイジングハート・エクセリオンら、女性陣の方である。自分たちよりも強かった男性たちの戦力で敵わない以上、勝てる見込みはないかもしれない。

 ……だが、だからといって、全く何もしないわけにはいかない。
 かつて、仲間の“石堀光彦”だったあの敵を、食い止めて先に進まなければならないのだ。
 主催の基地は目の前に迫っている。その前にあるトラップが、まさか味方だとは思ってもみなかったが──それでも、やるしかない。

「わかってるわ、ラブ」
「……私も、堪忍袋の緒が切れました!」
「私もだ。あいつ、気に入らねえ。絶対、私たちで倒すぞ!」
「……やりましょう。──私たちも、変身です!」

 女性陣は、それぞれの想いを公に出す事で、少し心を安らげた。それから、息を合わせて変身道具を掴んだ。
 真っ直ぐに敵を見据える。レーテが青黒い光を放つ前に、一層歪んだ黒が、まるで番人のようにこちらを静観していた。
 あれがとてつもなく強大な敵であるのは、その場にいる彼女らにとって一目瞭然であった。
 しかし、“あれ”を倒さなければ──。ダークアクセルは、そんな彼女たちを目の当りにしながら、変身を妨害する真似は一切しなかった。おそらく、捻じ伏せる自信と実力があるのだろう。
 彼女たちは、殆ど、同時に叫んだ。

「「チェインジ・プリキュア──ビィィィィィトアァァァァァップ!!!!」」
「プリキュア・オープンマイハート!!!!」

 彼女たちの恰好を、普段は着ないであろう豪奢な着衣が包んでいく。
 まさしく、その姿は全女子の憧れの綺麗で、“可愛い”容姿。
 魔法少女、の見本であった。

 あの極悪な敵は、彼女らが相手にするには、ある意味ではグロテスクな悪意に満ちていた。
 どんな手段を使おうとも敵を陥れ、「殺戮」という言葉こそが適切な嗜虐の限りを尽くす。そんな怪物──。
 それを承知で、それぞれは姿を変える。

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」

 桃園ラブは、キュアピーチに。

「ブルーのハートは希望のしるし! つみたてフレッシュ! キュアベリー!」

 蒼乃美希は、キュアベリーに。

290崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:04:45 ID:ezDSmj8g0

「大地に咲く、一輪の花! キュアブロッサム!」

 花咲つぼみは、キュアブロッサムに。

 そして、佐倉杏子は、魔法少女に。
 レイジングハート・エクセリオンは、高町なのはの姿に。
 それぞれ、もう一人の自分になった。普段の彼女たちの比べて、僅かに成熟した大人っぽくもあった。

「いきますっ!」
「おう!」

 最初に戦場に飛び込んだのはキュアブロッサムと杏子であった。

「ロッソ・ファンタズマ!」

 たった二人で飛び込むと思わせながら、直後には杏子の姿は四人に分裂する。いきなり大盤振る舞いしなければならないような相手であった。一撃で倒れれば元も子もない。
 一時は封印した技であったが、これまで何度か使ったように、今は使用する事ができる。──それもまた、ここでの戦いの結果である。
 幻惑の力を前にしながらも、ダークアクセルは全く動じず、せいぜい、エンジンブレードを少し持ち上げて威圧する程度の動きで待ち構えた。

「「「「はあああああああっっ!!!」」」」

 次の瞬間、杏子たちはキュアブロッサムより疾く駆け、不規則なスピードで前に出ると、ダークアクセルを四方から囲むに至った。
 気づけば、長槍が四本、ダークアクセルの周囲を固めて身動きを取れなくしていた。ダークアクセルと杏子の距離は、その長槍の先端から杏子の右親指の先まで、五十センチもなかった。直後には、槍頭が突き刺さり、それより短くなっても全くおかしくはなかった。
 杏子にもその覚悟はあった。
 だが、相変わらずダークアクセルはそこで佇んでいる。

「フンッ……」

 ダークアクセルは、臆する事なく、エンジンブレードを頭上で振り上げた。
 頭の上で、まるで竜巻でも起こすかのようにエンジンブレードを回転させる。……いや、実際に、竜巻と見紛うだけのエネルギーが彼を中心に発生していた。
 ガイアメモリではなく、ダークザギの力を伴ったエンジンブレードが、彼の周囲を囲んでいた四つの長槍を切り裂いている。
 刃渡りは届いていないが、真空から鎌鼬を発して、長槍をばらばらに刻んでいるのだ。

「何ッ……!」

 杏子とて、驚いただろう。
 まるでイリュージョンだ。彼女の方が幻影に惑わされている心持だった。しかし、己の手で軽くなっていく槍身は、確かにそれが錯覚でない事を実感させている。
 槍身が軽くなるのを感じても、エンジンブレードの刃の先が槍を刻む衝撃は一切感じないというのだから恐ろしい。

「花よ輝け!! プリキュア・ピンクフォルテウェイブ!!」

 杏子が恐怖を抱いている間にも、上空から、キュアブロッサムがブロッサムタクトを構えて現る。彼女自身も恐怖はあるだろうが、押し殺していた。
 それは既に、己の必殺技の準備を整えた後だった。
 杏子が先だって戦いに向かったのは、ブロッサムが必殺技の準備をする程度の時間稼ぎにはなったらしい。
 バトンタッチだ。

(石堀さん……!)

 ──この殺し合いで、つぼみに最初に声をかけたのは石堀である。
 彼が、冗談の混じった一言でつぼみを安心させ、行動を共にしてくれた事は忘れない。
 まるで別人のように豹変している。
 あるいは、ラダムに突如寄生されたのか、あかねのようにあらゆる不幸が変えてしまったと推測されてもおかしくはない。
 しかし、だとするのなら、尚更。──プリキュアの力がここに要るだろう。

291崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:05:05 ID:ezDSmj8g0

「はあああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 ブロッサムから放たれた花のエネルギーは、すぐにダークアクセルを上空から補足し、まるで叩きつけられるようにその周囲を囲った。
 巻き起こる愛の力は、恐ろしきダークザギさえも包み込む。
 石堀をどうにかしてあげたい、と。

 ──しかし。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッッッッ!!!!!!」

 次の瞬間、雄叫びとともに、ダークアクセルの周囲に放たれた花のエネルギーが決壊する。
 愛は彼の憎悪に飲み込まれ、瞬く間に反転し、崩壊する。
 それが、彼女らが何気なく接していた石堀光彦の真実だった。
 彼の中の憎悪を誰かが弄る事はできないのかもしれない。少なくとも、プリキュアの力は彼にとって無力であった。

「……フンッ」

 ────彼の自意識は、最初から歪んでいる。

 ウルトラマンノアの代替として作られ、ビーストを倒す為の生命だった彼。
 しかし、悪である事が唯一、ノアに勝る為の武器であった。
 人質を取ればノアはザギに手を出さない。周囲の被害を考慮せずに戦えば、ノアは反撃ができない。──それがザギの強みである。
 彼にしてみれば、悪でなければ、生きている意味がないのだ。そして、その愉悦を知り、いつの間にやら彼の感情は全て、悪事への快楽に浸っていったのだ。

「そんな……っ!!」

 キュアブロッサムが、かつてないほど早くに必殺が破られた事に驚愕する。
 目の前の敵は一瞬の迷いもなく、誰かの愛を拒んだのだ。
 その中にある想いそのものを知りながら、受け取らず、憎悪で返した。
 それは、大道克己のような意地から来る物ではなく、石堀光彦本来の冷淡さによる物であるように感じられた。

 ──俺から、憎しみを奪うなッ!

 その時、キュアブロッサムは悟った。
 もしかすると……この人は、初めからそうなのだ、と。

「ハァッ!!」

 そんな現実を飲み込み切れないキュアブロッサムに向けて、何かが投げられた。
 何か──いや、そういう言い方は相応しくない。
 今、投げられていたのは、「人」である。
 キュアブロッサムが、今、ダークアクセルの手から放たれたのは「佐倉杏子」なのだと気づいたのは、頭と頭が激突したその瞬間だった。

「────!?」

 杏子の頭部が、キュアブロッサムの視界に近づいていく映像を、彼女が後に現実の出来事と思い出すのにどれだけかかるだろう。
 彼女の脳は、それだけ強い衝撃を受けて、既に一時、機能を停止したのだ。空中のある一点から、花火の煙のように落ちていった。
 杏子もキュアブロッサムと殆ど同時に、脳震盪を起こしたらしい。彼女に至っては、今、この時、“自分の頭が彼の左腕に掴まれ、空中のキュアブロッサムへと投擲され、僅かな間だけ空を飛んでいた”事など、全く理解できていなかったかもしれない。
 ダークアクセルは、この僅かな時間で二人も片づけていた。

「はあああああああああああああっっっ!!!!!」

 次なるダークアクセルの敵はキュアピーチだった。
 腰まである金髪が身体の速度に遅れる。目の前でキュアブロッサムや杏子が倒れた事は、決して彼女にとっても無視できない事象だろう。しかし、そこには既に助けが入っている。
 まるで、屍を踏み越えていくような後ろめたさが彼女の中にある。
 だから、彼女の叫びからは、やり場のない激しい怒りのニュアンスが聞いて取れただろう。目の前の敵以上に、己が辛い。
 キュアピーチは、今までのどんな戦いよりも強く拳を握りしめた。

292崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:05:27 ID:ezDSmj8g0

(大丈夫、一緒にいた時間は本物だった……)

 裏切りと聞くと、東せつなの事を思い出す。
 最初は敵が近づけた潜入者であり、一度は敵として戦った。
 しかし、それが決して幸せな事ではなかったから、こうしてラブとせつなは永遠の友達としてあり続けるのだ。
 それなら──。

(それなら────石堀さんだって、)

 ダークアクセルは、────石堀光彦は、その時に、ニヤリと嗤った。












「────────俺が待っていたのは、貴様だァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!」

 この瞬間を待ちわびていた男の歓喜の雄叫び。ダークアクセルは、キュアピーチの拳を胸のあたりで受け止めた。まるで、それは引き寄せたかのようにさえ思える。──キュアピーチは、自分がネズミ取りにかかっている事に気づく事があっただろうか。

「────!?」

 ダークアクセルは、接近したキュアピーチの腕を乱暴に掴む。キュアピーチは、その時に手首の骨が軋むような強い痛みを感じた。
 しかし、それだけなら全く痛みの内に入らないくらいである。

「喰らえーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

 ダークアクセルは、キュアピーチの胸を目掛けて何かを叩きこんだ。
 ずっしりと重い一撃を想定したが、キュアピーチの胸には殴打は来なかった。
 それどころか、まるで痛みはなかった。──それは、まるで、指先を翳したという程度でしかない衝撃である。

「えっ……?」

 キュアピーチも、一瞬何が起きたのかわからなかった。
 ……殺されたわけではない。
 ……痛みを受けたわけでもない。
 だが、それよりもむしろ、気持ちの悪い感覚が全身をむず痒く走った。
 その違和感。

「何……」

 ピーチはその瞬間、何か自分の中が細工されたかのような感覚に陥った。
 感情が消えていくというか、自分が塗り替えられていくような……。
 自分とは違う何かが、自分の体を使って暴れるような……。
 それを感じるとともに、キュアピーチの意識は蕩けていく。

「ウッ……」

 突如、キュアピーチの体の中で、“何か”が這い回る。

「……!!」

 それは、一口に言えば、憎悪だった。憎悪が駆け巡っているのだ。
 ラブとて、それを一切感じた事がないわけではない。しかし、これほどの憎悪が全身を襲う事はこれまでなかった。
 胸元を見れば、その胸には飾った事もないようなブローチが飾られている。

「クックックッ……」

293崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:05:55 ID:ezDSmj8g0

 石堀光彦は、ある支給品を隠して所持していた。

 反転宝珠。──中国の女傑族に伝わる、怪しい呪具の一つである。ブローチの形をしているが、それを安易にドレスに着ければ、場合によっては悲劇を引き起こす可能性も否めない。
 この反転宝珠は、「正位置でつければ愛情は豊かになるが、逆位置で取り付ければ、愛情は憎悪へと転じる」という性質を持っている。
 当然、ダークアクセルはこの宝具を逆の位置に取りつけた。キュアピーチの中にあった、「愛情」は、その瞬間より、「憎悪」になったのだ。

 これまで愛していた物──それは、もう桃園ラブにとっては、世界中の全てだろう──が急に、全く逆転して、「憎悪」へと変じたのである。
 花も、木も、人も、世界も、何もかもがラブの中に不快を齎す。
 それは、即ち──。

「ピーチ……? ────」

 後ろから呼びかけるキュアベリーが、底知れぬ憎悪の対象となる事であり、これまでの仲間全てに対する憎しみが湧きあがるという事であった。
 キュアピーチは、キュアベリーの方を向く事になった。その顔を見るなり、その声を聞くなり、その脳裏に、脂ぎった怒りを覚え、拳はすぐに硬く握られる。

「人の名前を……気安く呼ぶな!」
「!」

 キュアピーチと目が合い、その言葉が聞こえた瞬間、キュアベリーの背筋が凍る。
 そこには、長き苦難と幸福とを分かち合った幼馴染が、いまだかつて見せた事のない冷たい目と言葉があったのだ。たとえ、二人の間に喧嘩が起きても、桃園ラブはこんな目はしなかったし、こんな言葉を口にする事もなかった。
 キュアベリーは、その姿を見て、蛇に睨まれた蛙の心境を、生まれて初めて故事の通りに理解した。
 次の瞬間、キュアピーチが自分を襲いに来るのが手に取るようにわかった。しかし、キュアベリーは動く事はおろか、声を出す事もできなかった。

「──はぁっ!!」

 キュアベリーの予想通りであった。
 しかし、キュアベリーは、落下したキュアブロッサムを抱えていて、正しい反応──即ち、キュアピーチの打点に己の両腕で防御壁を作る事──はできない。
 またもや自分の身に命の危険が迫っている。まるで図ったかのようである。

「……やめろっ、ラブちゃん!」

 体の痛みと疲労を押し殺して起き上がったシャンゼリオンが、キュアピーチとキュアベリーの間を阻む。
 キュアベリーの視界から、あのキュアピーチの姿が覆われて消えた。それが、彼女に一抹の安心を与え、体を動かす気力を与えたが、結果的には現状は変わらない。
 キュアピーチは、憎悪に蝕まれたのだ。

「邪魔だっ!!」

 シャンゼリオンの左肩のクリスタルにキュアピーチの拳が幾つも映り、大きくなると、やがて全て交わった。肩部クリスタルはその衝撃に、陶器のように儚く割れた。

「いてっ!」

 キュアピーチの拳もまた、相当の痛みが伝った事だろう。彼女も、今まではそれだけの勢いを乗せて人を殴った事はなかったはずだ。今の彼女は、たとえ拳の骨が砕け、血に染まったとしても、おそらくは憎しみに任せてシャンゼリオンやキュアベリーを殴るのをやめない。
 それだけの抑制できない憎悪があったのだ。その分量は、かつて愛情だった物と同じだけである。
 何が何でも守りたい、と感じてきた物は、全て、何が何でも破壊したい物、消し去りたい物になったのである。おそらくは、目の前に存在するだけで耐え難い物へと……。

「くそっ……まさか、これは……反転宝珠」

 シャンゼリオンは、即座に理解した。
 なるほど。暁もあの説明書を読んでいる。その道具を知っているのは、暁と、零と、ラブと、石堀だけだ。そして、唯一、理性を持ってこの場にいるのは暁だけである。
 石堀の荷物の中では、鉄砲玉を拝借するのが精一杯であった。暁もこの場に存在する大量の武器全てを暗記していたわけではないし、全ての荷物を奪うほどの時間と余裕はなかった。
 それに、この反転宝珠自体は対策の難しい武器ではないのである。
 暁──シャンゼリオンは、すぐさまその胸に手を伸ばす。……が。

294崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:06:14 ID:ezDSmj8g0

「触れるなっ!!」

 キュアピーチの腕は、シャンゼリオンの指先を再び殴打する。
 どっしりと重い衝撃は、シャンゼリオンの指先を逆側から押し込み、指の骨を折るような痛みを与えた。

「くっ──いってええ!!」

 右手の指を抑えて狼狽するシャンゼリオン。
 そこに、更に次なるキュアピーチの拳が叩きつけられる。胸を、腹を、顔を……打撃は、躊躇をその拳に包み込んでいなかった。シャンゼリオンが反撃できるだけの体制を整えられないまま──。キュアピーチから、止まらない連撃。
 暁は、自分が女子中学生を思った以上に嘗めていたらしい事を悟る。
 反撃もできないままに凄まじい速度で打力の雨を甘んじて受け続ける事は悔しいが、もはや反射的な防御体制が反撃の機会を消し潰している。
 全身のクリスタルに幾多の罅が生まれる。それは、暁の生身では血が噴き出すのと同義だ。
 自ずと意識が遠のきかけている。

「ピーチ!」

 そのキュアピーチの快進撃を止めようとするのは、幼馴染であるキュアベリーの仕事であった。抱きかかえていたキュアブロッサムをもう少し安全な草木の影に置いて、キュアピーチへと距離を縮める。
 残念だが、打開策が見つかるまではキュアピーチの体を傷つける必要があるようだ。目の前でキュアピーチの犠牲になろうとしている人がいる。
 勿論、幼少期から知る友人を仇にしなければならない現状は、到底割り切れる物ではない。内心では噛み殺しきれない感情もある。

 しかし──

「目を覚ましなさい!」

 キュアベリーの拳はキュアピーチの赤頬を狙う。
 そこが、今最もキュアベリーが崩したい一点であった。
 顔が命であるモデルの身としては、こうして女性の顔面を殴打しようとするのは、本来何かの躊躇が生まれるだろう。しかし、おそらくは、キュアベリーは今回ばかりは、ほとんど無意識に顔を狙っていた。躊躇は生まれなかった。
 ラブでありながら、ラブの人となりと相反するその瞳と唇が、憎かったのだ。

 だが、そんなキュアベリーの怒りを飲み込む事なく、キュアピーチはシャンゼリオンへの攻撃の手を止め、その一撃が激突する直前に腕をキュアベリーに向けた。

 ──次の瞬間であった。

 キュアベリーの拳に手ごたえが残るとともに、頬に衝撃を受けたのは。
 クロスカウンターパンチ。
 キュアピーチは、避ける事さえも忘れて、敵への憎しみに力を傾けたのである。

「──!?」

 キュアベリーにとっては、味わった事のない衝撃であった。
 十四年間、物心ついた時からの友人でありながら、その少女の拳を頬に受けた事はない。
 それがただの一喝ならば、諦めもついたという物だったが、今キュアベリーの奥歯を暖かくしているのは、憎悪に凍った拳である。柔らかなる頬を隔てて拳骨と奥歯とがぶつかり合う感触であった。
 自ずとキュアベリーの目頭も熱くなった。
 この瞬間、何かが壊れた気がした。──それはもはや、反射的に漏れていく物であった。涙と嗚咽が止まらなくなるのは、おそらくは拳の痛みのせいじゃない。

「美希ちゃん!」

 ショックに呆然とするキュアベリーの元に、孤門が駆けた。
 生身を晒してそこまで駆けだす事は、当然ながら危険行為である。しかし、咄嗟であったのでそれもまた仕方がない。
 孤門はキュアベリーの肩を抱くと、彼女の均衡を保たせるのに力を貸した。

「石堀さん……いや、アンノウンハンド! ラブちゃんに何をした!? まさか、溝呂木やリコにやったみたいに──」
「クックックッ……残念、ハズレだ。別に恐怖や絶望でファウストやメフィストにしたわけじゃない。逆に、その娘の愛情って奴を利用させてもらったのさ」
「愛情を……!?」

295崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:06:35 ID:ezDSmj8g0

 言うなり、孤門のところにも、キュアピーチが駆けだしてきた。
 詳しい事情を聞くよりも前に、孤門たちのところに危機が迫った。

「貴様ァッ……!!」

 頬が赤く腫れている。顔面を傷物にして、受けた左頬の上では涙が流れている。おそらく、痛みの分だけ自然と目に溜まったのだろう。
 どうやらキュアピーチの方は回復してしまったようだが、キュアベリーは身体的ダメージではなく、精神的ショックで戦意を喪失している。
 孤門がここから離れるわけにもいかない。
 キュアピーチの攻撃を生身で受ければ、まず孤門も危険な状態になるだろう──。キュアベリーの体を庇うように、孤門はその身を抱いた。次の瞬間に背中にぶつけられるのは、キュアピーチの殴打かもしれない。
 目を瞑り、衝撃に備える。あるいは、その衝撃が来た瞬間が死かもしれない。

 数秒。──キュアピーチの攻撃が押し寄せてもおかしくない時間が経過する。
 しかし、孤門に向けられたのは一人の少女の言葉であった。

「──おい、リーダー。大丈夫だぜ」

 そんな言葉が背中に聞こえて、孤門は後ろを振り向く。
 孤門の前にある一人の魔法少女が立っていた。先ほど、ダークアクセルの一撃を前に倒れたはずの佐倉杏子であった。孤門とキュアベリーにはその背面しか見えなかったが、実際は額が赤色で覆い尽くされるほどに、頭部に受けたダメージが大きい。魔法少女であった事が、早く目を覚ませた理由だろう。
 通常ならどれほど気を失っていても全くおかしくはないほどである。

「杏子ちゃん!」
「美希を連れてちょっと退がってろ。ラブの一番の狙いは美希だ!」

 杏子の一言に頷いて、孤門はキュアベリーを運ぶ。
 彼女が今受けたショックの大きさは、孤門と石堀の関係が崩壊した事の比ではないだろう。
 それを聞くと、杏子は少し安心した様子だった。そして、目の前の敵の方を見つめた。

「ったく、……あんたにゃ似合わないからやめろよな。女子中学生は女子中学生らしい口の利き方ってモンがあるだろ」

 悪態をつくように言いながら、槍を片手で弄んだ。バトンのように回し、キュアピーチと孤門たちとの間に壁を作り上げる。まるで円形の巨大な盾を構えているようだった。
 槍は先ほど全て切り落とされたが、これらは魔法で自在に出現させる事ができる代物であった。

「ゴタゴタ抜かすな!」

 その盾に向けてキュアピーチの拳が激突する。
 槍の回転が自然に止まる。キュアピーチの拳が叩きつけたのは、丁度槍の柄の部分であった。回転に巻き込まれないように、そこを見計らったのだろう。
 杏子も、その槍一本を立派な盾として成立させようと、己が槍を握る手に力を込めた。

「はっはっはっはっはっ!! 俺は悪役も似合っていると思うぜ、“桃園さん”」

 ダークアクセルの高笑いが響いた。朗らかな言葉に見えるが、この惨事を楽しむ悪魔の笑いである。誰もその声に共感する事はできなかった。
 ただ、全員が冷やかに彼の方を見た。

「石堀光彦、お前もだッッ!!」

 それから、キュアピーチは、ダークアクセルにも、物凄い形相でそう叫んだ。
 喉が枯れんばかりの怒号。声がこの数回の発声で掠れ始めている。──これが元の愛情が転換した分だというのならば、相当であろう。
 ダークアクセルにとっては、意外な言葉だったので、少し呆然としているようだった。
 しかし、またもその意味を理解して、すぐにその言葉を笑いの種に変えてしまう。

「────ハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!! こいつは更に傑作だ。この娘の愛情っていう奴は、敵であるこの俺にも向いていたらしい。恨まれる事を心苦しく思うよ」

 そこにいる多くの人間の神経を逆なでするような意味があったのは間違いないであろう。
 空中で待機していた者が怒りを噛み殺しきれなかった。

296崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:06:58 ID:ezDSmj8g0

「……くっ」

 レイジングハート・エクセリオンである。
 高町なのはの姿に変身した彼女は、その黄金の砲身をダークアクセルに傾けている。
 空中で待機し、攻撃のタイミングを計っていたが、それを計算して飛び出るよりも早く、体が動いてしまう瞬間が来てしまった。

「ディバイン……────バスター!!!!」

 ダークアクセルが宙に目をやった時には、轟音と共に桃色の砲火がその身を包んでいた。
 炎のように熱く、雷のように痺れる一撃──。
 しかし、その一撃を放った者もまた、石堀光彦だった物に対してその砲火を浴びせる事に、耐え難い心苦しさを覚えながら──。

 辛うじて、そのレイジングハートの勇気ある行動は、おそらくここにいる全員の怒りが爆発する引き金になったであろう。
 倒れていたジョーカーとエターナルが雄叫びをあげながら立ち上がったのはほとんど同時だった。







 仮面ライダースーパー1はドウコクの振るう剣を紙一重で躱し続けていた。
 精神統一がまた、拳法家としての彼の特技の一つである。玄海老師がそうであったように、このスーパー1もまた刃の剣速や角度から、咄嗟にそのタイミングを読む事ができる。
 ただ、それはやはり相応の集中力と体力を必要とする物であり、相手によってはそんなやり方よりも攻撃を受けてしまった方が都合の良い事があった。今の相手──血祭ドウコクは全く違う。一撃が命取りになりうる相手である。
 この時行うべくは、自分の身を守りながら時間を稼ぐ事であった。
 ともかく今は、攻撃を行い、自らをリスクに晒す必要はない。この時までスーパー1は一撃も相手に拳を振るっていなかった。

「ちょこまかとッ!」

 ドウコクが業を煮やして、太い声で叫んだ。
 相手の攻撃のタイミングも怒りによって、読みづらくなっている。これまでの刃は、もう少し的確に殺しに来ていた分読みやすいが、今は致命傷にさえならない箇所を狙っているようだ。
 何にせよ、それはそれで対話の機会でもあった。
 相手の口が開いたのならば、こちらも口を開いて答えるのみだ。

「ドウコク! この戦いが全くの無駄だと、何故わからない!」
「……チッ! うるせえっ!!」

 逆に相手を刺激したのか、ドウコクは強く刃を振るう。頭をかち割ろうと、縦一文字に狙っていた。
 しかし、パワーハンドにチェンジされたスーパー1の腕が盾となる。──おそらく、左目を失ったドウコクには、その姿が見えなかったのだろう、剣の行く先を固い何かに阻まれて一瞬動揺したようだった。
 名刀の刃をも通さないのがこのパワーハンドという名の鋼の装甲であった。金属と金属が互いの行く道を塞ぎあい、鈍い音と僅かな振動だけがそこに残った。

「お前は外道衆の総大将だ! その誇りがあるはずだろう!」

 刃が無くなれば言論をぶつける。

「……誇りを持てるのも命あってこそだろォがッ!!」
「ならば、アンノウンハンド、石堀光彦を共に討ち、共に帰ればいい!」

 ドウコクの眉が動いたように感じた。
 これはドウコク自身が捨てた選択肢の一つだ。しかし、この選択肢が不可能だと考えたから、代替として参加者を殺害して生存するという行動方針を選んだのである。
 スーパー1の言葉は魅力的だが、残念ながらスーパー1にもドウコクにも……あそこにいる全員にも、アンノウンハンド打倒に見合う実力はないのである。そう計算された事は、頭の良い沖一也にはわからないはずもない。
 合理的なのは、残り人数を十名まで減らすというルールに則る事である。

「それができねえから今てめえを殺ろうとしているんだろ……!!」
「……目の前の敵に怯え、刃を仲間に向けるような者に生き続ける資格はない!」

297崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:07:19 ID:ezDSmj8g0

 その時、スーパー1のパワーハンドは、今もドウコクの腕力が支配しているはずの昇龍抜山刀を揺るがした。思わずドウコクも肝を冷やした。
 ──スーパー1の力がドウコクにも勝っているというのだろうか。
 ドウコクは、それを何の気なしに食い止めようとしたが、最早ドウコクの力ではスーパー1の力の上を行く事はできなかった。

「あの程度の困難に立ち向かっていく魂がなければ、貴様ら外道衆は間もなく、自分たちを超える存在に蹂躙され、やがて滅びゆくだろう……!!」

 すぐにスーパー1の力は全ての力をパワーハンドに集中させる。人工筋肉を膨らませ、指先に送る力も強くなっていく。やがて、それがピークに達する前、昇龍抜山刀を弾き返した。
 ドウコクも目を疑った。
 金属が飛びあがる虚しい音が空に響いた。

 そこから少しの無音の中で、スーパー1はドウコクにこんな言葉を残す。

「外道衆だけではない。お前たちの世界の人間たちは、これまで幾つもの困難に出会ってきた。その度に、人間は知恵と力と勇気で立ち向かっていったんだ……!」

 刀が地に落ち、その言葉がドウコクの耳に入ったその時、ドウコクは目の前の敵に力負けしたのである。しかし、ドウコク自身、それを敗北とは捉えず、ただ驚愕していた。
 今、ドウコクは決して手を抜いてはいなかった。普段通り、自然に出し切れる力を尽くしたのみである。腕も刃も、確実にスーパー1を殺そうと突き動かしていたはずだった。
 それが弾かれた。

「……チッ」

 ドウコクは振り向き、ゴミのように地に転がる己の愛刀を見つめた。
 あの刀には偽りないドウコクの実力を込めたはずである。
 スーパー1はその力を上回ったのだ。
 それをドウコクは悟り、“敗北”は認めず、あくまでこの時、“納得”を示した。
 スーパー1の言葉に。彼の魂に。

「それが、てめぇら人間が俺たちの支配を逃れ、何千年も生き続けた理由だってのか……!」

 無論、この時のスーパー1の実力にそれを悟ったのではなかった。
 これまでのシンケンジャーとの戦いや、今日一日の姫矢や一也たちの姿が、ドウコクにある違和感を持たせていたのだろう。彼ら人間は、ドウコクたち以上に命を大事にしない。しかし、何千年を彼らは生き続け、今も数を増やし続けている。
 人間の世界を外道衆の世界に変える事は、いくら時間をかけても叶わなかった。
 世界の端っこにいる数百人、数千人を殺しつくす事が出来ても、世界全土を征服する事は、これまでできなかったのである。人間たちは、自分たちと釣り合わぬ実力の外道衆に何度も立ち向かい続けた。

「人類を嘗めるな、ドウコク。お前に助言するわけではないが、あの程度の敵は俺たち人間が何度も立ち向かい、倒してきた相手だ」
「あの程度の相手に敵わねえなら俺たちに人間を滅ぼすのは不可能って事を言いてえのか?」
「その通りだ」

 スーパー1は、ドウコクが思う以上にあっさりとそう言った。
 彼らの言う事は、妙に説得力があった。

「……」

 ドウコクは長年異世界で眠っていたので、その全てを知っているわけではないが、外道衆よりも以前に幾つもの悪の組織や帝国が存在し、シンケンジャーの他にもあらゆる五色の戦士が活躍していたのである。
 炎神戦隊ゴーオンジャー、護星戦隊ゴセイジャー、仮面ライダークウガ、仮面ライダーディケイド、仮面ライダーディエンド──それらは、ドウコクの仲間が接触したとされる、シンケンジャー以外の強敵である。

「チッ」

 それから、目の前にいるスーパー1だ。並のアヤカシでは返り討ちに遭うであろう相手だと確かに認識している。モヂカラを使う様子もなく、これだけやってのけている彼である。
 それだけの相手が、シンケンジャーたちのいる人間界にも存在するというのだろうか──。
 存在する確率は、極めて高いように思われた。それらを認めたうえで人間界を三途の川で溢れさせるのにどれだけ時間がかかるか。

298崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:07:38 ID:ezDSmj8g0

「……確かにな」

 ドウコクは、妥協せざるを得なかった。
 現データから考えて、生還後も人間界の邪魔者──脅威は去らない。
 しかし、石堀までも破るような脅威が待っているというのなら、ここで退いてしまうわけにはいかない。ここでの敗走は問題の先送りにしかならないようである。

 どうやら、ドウコク自身の「生きて元の世界に帰る」という目的も、一歩先を欠かした考えであったらしい。
 石堀光彦、それから脂目マンプク。──彼らをひとまずは倒しておかねば、元の世界に帰る価値さえないという。

「……仕方がねえ。確かに、てめえらのしぶとさは……俺たち以上だ」
「しぶとさ、か。その尺度ならば、お前たち悪の組織や侵略者も十分に俺たちと渡り合えるさ」

 細やかな皮肉を込めてそう言うスーパー1であった。
 彼は、己の世界の幾つもの悪の組織の存在が全て繋がっていた事を忘れない。
 いくら潰しても、新たに何度も立て直されるしぶとさを持つのが悪の組織という物だ。

 その側面では、ある意味、「敵」を評価しているのだ。それが曲がった物であれ、命や意思は全て、相応のしぶとさを持っているのかもしれないと、スーパー1は思っていたのかもしれない。
 ドウコクたちも人間同様、踏ん張りの有効な存在であると考えられる。

「──いつかは裏切るつもりだったが、まさかこの俺がてめえらの船に最後まで乗りかかる事になるとはな」

 これにて、ドウコクが完全に、命と誇りの重量を逆転させたようだ。
 計算上、ダークアクセルに勝利できる見込みはゼロに等しかったが、その計算も最早、今のドウコクは念頭に置くべきではないらしい。

 これは一つの壁だ。
 到底乗り越えられる高さではないが、それを上るのを躊躇すれば、別のもっと高い壁がドウコクの周囲を囲んでしまう。その事実に気づいた時、命を賭して駒を進める選択肢を選ぶしかなくなっていた。

 己の刃に目をやる。
 あれだけやりあって、大きな刃こぼれはない。まだ快調に殺し合える。

「ドウコク、これだけは忘れないでくれ。帰った後は敵だとしても、今の俺たちは仲間だ」

 ドウコクは頷きもせず、スーパー1の前を歩いた。
 まあ、この怪人には立場上、答える事はできまいと思う。──スーパー1は、彼の返答が拒否でないならば、肯定と考えるつもりだ。







 涼邑零は、外道シンケンレッドが振るうシンケンマルを、己の魔戒剣を盾に防いでいた。常人が聞いたら耳を塞ぐようなこの金属音も、零には最早慣れ親しんだ音であった。
 剣士だけがそれを理解できる。この刃の音が、鍛錬の最中で心地よい子守唄になるような……そんな人生を送って来たのだから。
 轟音や金属音には、最早ここで生き残っている人間全てが慣れた頃合いかもしれないが、それ以上に、彼らはそれを受容していた。
 おそらく、目の前の外道シンケンレッドもそれを五感で感じている事だろう。
 目が敵を映し、耳に剣音が響き、肌に剣の重さが圧し掛かり、血の匂いを覚え、緊迫の息と唾液を味わい続ける。

「……本当、あんたもよくやるよ」

 零は双剣を逆手で構えながら、肩を上下させていた。
 目の前の敵への警戒心がまだ解けない。この眼前の敵は厳密に言えば、剣だけを武器に使う敵ではないのがわかっているからだ。先ほど見たように、彼には猛牛バズーカという飛び道具がある。あれに対して警戒心が働かないわけがない。
 あれを見切るか、受けるかすれば、あとは零自身が何とか躱しきれる範囲内の攻撃しか仕掛けてこないようだ。
 零は、生身でも辛うじてドウコクほどの相手を躱し、いなし、防ぐくらいは出来る戦士だ。生き延びる魔戒騎士の最低条件であるといえよう。

299崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:07:54 ID:ezDSmj8g0

「……」

 外道シンケンレッドの体力は無尽蔵なのかもしれない。
 息切れらしい音声がマスク越しに耳に入る事もなかった。

「口数が少ないな、人見知りか? ……まるでどこかの誰かだなッ!」
『そいつは鋼牙の事か? あいつはもうちょっとマシだぜ、まだ可愛げがある』
「わかってるよ!」

 一方、軽口を飛ばしながらも、零の集中力も研ぎ澄まされている。
 零の今の言葉にも隙がない事を外道シンケンレッドは本能的に理解していた。
 接近するどころか、間合いを取ったようである。零の実力から考えても、考えがありそうな事を見越しているだろう。

「……なあ、あんたの正体は、志葉丈瑠とかいう侍だったよな」

 外道は答えない。
 ただ、じりじりと相手を見つめているだけだった。
 しかし、そうして零を見つめるだけの視覚が存在しているのが、零が言葉をかけた理由であった。
 騎士と侍。いずれも、刀剣を操り、魔を葬って来た存在である。──そこで発達された五感は、その人間の全てに染みついている。たとえ、魂がないとしてもである。
 眼前の相手が物言わぬロボットであろうとも、零は何かを訴えたかもしれない。

「みんながくれた情報の通りなら、かつては、外道衆と戦い、人を守った侍だったはずだ! そんなあんたが、何故、闇に堕ちた……!」

 強すぎる力を渇望したのか。
 愛する者を守るためだったのか。
 愛する者の仇を討つためだったのか。
 考えられる限りで三つだったが、第四、第五、第六の選択肢がいくらでもあるだろう。
 目の前の侍の答えはなかった。

「……」

 強いて言うなら、零の考えたそのいずれでもなかった。
 何かを斬り続けた者の本能か、それとも、影武者という己の宿命からの逃避か。それは結局のところ、わからない。
 志葉丈瑠は、葛藤の果てに同行者を裏切った。
 その時から、彼は侍ではなく、外道になったのである。ゆえに、彼は三途の川に生ける外道衆の一人に相成った。──本来の意思は志葉丈瑠の体ごと消滅したが、ここにもう一人の影が誕生したのである。
 影の影、はぐれ外道の中のはぐれ外道──外道シンケンレッドとはそういう存在だった。

『無駄だ、零。こいつにもう魂はない。あの鎧と同じだ』
「──違う。こいつは──。お前は、悲劇を断ち切る侍じゃないのか!?」

 ザルバの制止を振り切って、零が問う。

 ────否。

 外道シンケンレッドは、その瞬間に、その一文字が脳裏を掠めるのを感じた。
 それと同時に、自ずと抜刀した。シンケンマルを片手で掴み、零に向けてその身を駆けた。
 疾風怒涛のスピードで、外道シンケンレッドの抜いた刀は零に迫る。ディスクが装填され、回転する。

「──烈火大斬刀!」

 今の己は、血祭ドウコクに付き従う者として存在する。ドウコクの命令下にある限り、外道シンケンレッドは零を目標にするのをやめない。
 それは、ほとんど機械的に計算された解答だった。

「ハァッ!」

 零が高く飛びあがり、烈火大斬刀が凪ぐ真上でそれを躱した。
 烈火大斬刀から振るわれる空気圧が零の衣服をふわりと膨らませる。僅かなジャンプで十分だった。相手の攻撃が穿つギリギリを予測している。
 そこから、また、烈火大斬刀の上に着地する。零はそこから外道シンケンレッドに向けて駆けだす。
 外道シンケンレッドが刀を激しく傾けると、零はバランスを崩して地に落ちる。
 しかし、そこでも上手に受け身を取って、零は体制を建て直し、刀を構えて外道シンケンレッドに肉薄した。

300崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:08:12 ID:ezDSmj8g0

「お前が本当に侍だったのなら、今もその魂が何処かに眠っているはずだ!」

 ────否。

「たとえ闇に堕ちたとしても、再び光に返り咲く権利はある。これから奪われるかもしれない命の為にも、共に戦ってくれ!」

 ────否。

「……シンケンレッド、志葉丈瑠!!」

 ────否!

 聴覚が捉えた雑音の意味を理解し、その言葉への反応が脳裏を掠めていく。
 それは、志葉丈瑠としての意思の残滓か、それとも、外道シンケンレッド自身の言葉なのかはわからない。
 しかし、確かに今、彼の中に、強い拒否反応が示されていた。

「猛牛バズーカ!!」

 零の距離は、今、殆ど息もかかるような場所である。
 そこで、外道シンケンレッドはどこからともなくその巨大な砲身を取りだした。
 雑音を送り込む本体を破壊する為に──。
 猛牛バズーカの口が、零を向いている。

「くそっ!」

 エネルギーを充填する僅かな時間に、零は少し後方に退く。
 あの引き金を引かれた瞬間、もしかすれば零の体に衝撃が走るかもしれない。
 外道シンケンレッドは、あのバズーカを片手で拳銃のように撃つ事ができる手合いだ。
 タイミングを見なければならない。

 零の中に緊張が走った。

「ハァッ!!」

 バズーカがモヂカラの弾丸を放射する。





301崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:08:39 ID:ezDSmj8g0



 ディバインバスターの爆風の中から、ダークアクセルが無傷で顔を覗かせる所までは、全員読んでいた。感情的になりつつも、心のどこかでは相手にどこか余裕を持てない所があるのだった。
 飛びかかるには躊躇が要る──。
 ダークアクセルの一撃の手ごたえを忘れていない。あの時の恐怖も、脳裏を掠めた絶望の未来も、確かに今再現されている。
 だが、選択肢はない。逃げかえる事はできない。立ち上がったからには、戦う。

「──いくぞ!」

 最初に飛びかかるのは、エターナルであった。
 鉄砲玉の役割を、常に他の相手に任せてしまう事をジョーカーは申し訳なく思う。
 しかし、彼らが前に出てくれる分、ジョーカーは後ろから補助で彼らを守る事ができる。

──Eternal Maximum Drive!!──

 青白い螺旋の輝きとともに、エターナルの右足がアクセルに激突する。
 本来ならば、T2以外のガイアメモリを全停止させる能力がある。それに準じる設定ならば相手はアクセルの装着を解除して石堀を丸腰にする事ができただろう。
 しかし、ここに来て厄介なのは「制限」の働きである。例によって、この時も、ダブルやアクセルのガイアメモリが停止される事はなかった。アクセルが照井竜、エターナルが大道克己の所有物であった頃ならば心強かったかもしれないが、アクセルが敵で、エターナルが味方という状況に反転してからは、この能力を呪いたくなる。

「ハァッ!!」

──Metal Maximum Drive!!──

 右腕を硬質化させたエターナルは、ダークアクセルの胸を何度も殴る。
 鈍い音が何度も響くが、手ごたえなしである。
 アクセルにどれだけ適合したとしても、アクセル本来の能力ではここまでの硬質化は望めないだろう。これは通常ではありえない事であった。
 中の石堀光彦こそが、人間ではないのだ。

「獅子咆哮弾、大接噴射ッッッ!!!!」

 殴った腕から、一気にエネルギーを放出する。
 良牙にも強い負荷が掛かった事だろう。獅子咆哮弾を腕と胸板が接触した状態で放つという荒業であった。だが、その荒業は成功したらしく、獅子咆哮弾の負のエネルギーが、ダークアクセルを飲み込んでいった。
 一瞬で、体を覆い尽くすそのエネルギーである。

「絶望は俺の力だ……俺に餌をくれるのか、音痴の響良牙くん」
「フン……そんなつもりはねえ。そして、俺は音痴じゃねえ……方向音痴だ!」

 膨大なエネルギーは、ダークアクセルの体にダメージを与えるのではなく、そのまま天空に向けて舞い上がった。ダークアクセルの体へと攻撃を向けたのはフェイクだったのだ。
 ダークアクセルは、思わず大量のマイナスエネルギーが舞う空を見上げた。
 そこには、まるで巨竜のようにこちらを見下ろしている気の柱がある。

「……なるほど、こちらが狙いか」

 そして──。

「……そう、完成型だッッ!!!」

 完成型・獅子咆哮弾である。
 天空に舞い上がった重い気は、一本の柱となった。
 そこに蓄積されたエネルギーが、一気に落下せしめるのがこの獅子咆哮弾の完成型だ。
 ダークアクセルは憮然とする。それが、自分にとってどんな一撃か確かめてみる価値があると思ったのだろう。

302崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:09:03 ID:ezDSmj8g0

「────」

 エターナルこと良牙は、それを遂行する為、溜めていた気を落とす。
 本来ならば、それと同時に、全身から怒りや憎悪を全て除きとるのだ。ここで気を抜くのに失敗すれば、自分さえも巻き添えにしかねないのがこの獅子咆哮弾の完成型である。
 ──とはいえ、おそらくはこの目の前の敵への憎しみは除外できない。

(あかねさん……)

 早乙女乱馬は、ダグバとの戦いで、その点において大失敗を犯したのであった。己の感情をコントロールしきれずに自爆するのはやむを得ない事かもしれない。彼はまだ少年だった。
 そして、良牙もまた少年であった。良牙は、あかねを死に追いやった目の前の敵を相手に、──しかもこの距離で──気を抜く事など不可能であった。
 己の感情がそう簡単に意の物にできない矛盾を理解している。

 ────しかし。

 今の状況には、乱馬と良牙とで決定的な違いがある。
 それは、あらゆる攻撃や事象を全て無効化できる「エターナルローブ」の有無である。乱馬にはこれが無く、また生身であった。良牙のアドバンテージとなるのは、この変身能力の活用であった。
 エターナルの装備の一つ一つを活用すれば、それが良牙自身の感情面での不覚を補える。
 エターナルは、己の真上から降りくる負の感情のスコールを、未然に防ぐべく、その全身にエターナルローブを纏った。

「────」

 そして、────気を、落とす。
 この場に出ている全ての気は、響良牙から発された物であり、彼の意のままである。

「喰らえッッ!!!!」

 振りくる獅子咆哮弾の中で、一瞬だけの強気を甦らせ、そう叫んだ。
 空まで登っていた獅子咆哮弾の気柱が、一斉に地上目掛けて落ちていった。塞き止めた滝の水が一斉に降りかかると言えばわかりやすいだろうか──そんな音がした。
 おそらく、この一撃と同時にエターナルは、持っている殆どの気力を使い果たし、気の抜けた男になるだろう。
 だが、ここで確実に一打を与える。この状況は、いうなれば百対ゼロの逆境に立たされているようなものであるが、それでも塁を踏むのに全力を尽くすくらいでなければもはや勝利はありえないのだ。

「くっ」

 目の前のダークアクセルも、余裕のない様子であった。

「この量なら飲み込みきれねえだろ……そんくらい、てめえは誰かに恨まれるような事をしてるんだよッ!!」

 その言葉とともに、濁流が完全にダークアクセルを捕えた。
 気は一斉に地面へと叩きこまれ、ダークアクセルとエターナルに圧し掛かり、凄まじい轟音とともに地面を抉った。その振動は、その数百メートル四方を全て大きく揺るがすほどであった。
 エターナルが、殆ど万全といっていいほどの微弱なダメージであった事が幸いしたのだろう。この威力の完成型獅子咆哮弾を放てたのは、最後に回復をしてくれた美樹さやかのおかげでもあった。

「こいつでまず一撃だ!」

 エターナルは、エターナルローブの恩恵もあり、地に両足をつけたままそれを受ける。ノーダメージである。これほど頑丈な傘はこの世にあるまい。
 一方のダークアクセルは、その攻撃には平伏し、地面に倒れこんでいた。その姿だけ見て思わず喜びさえ覚えたが、これが決定的とはいかない。
 ここに来て初めて手ごたえを感じたが、それだけである。始まりに過ぎない。

 それに……致命傷とも行かないようだ。

 すぐにダークアクセルは、重い腰を上げるようにして、エターナルの方を向いた。
 ダークアクセルは、嗤った。

303崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:09:28 ID:ezDSmj8g0







 孤門は木陰から、杏子たちの戦いを覗いていた。
 波動が重力に叩き落とされるのを間近で見ても、杏子は構わずにキュアピーチの攻撃をいなし続けている。よく意に介さずいられる物だと思う。
 敵方の拳がこちらに向かってくる瞬間に、槍を突きだし、拳を真横から叩く。それによってキュアピーチの腕が固定され、拳が己の体に到達するのを防ぐ。
 安易にその体を串刺すわけにもいかず、満足なダメージも与えられないまま、防戦一方、自分の体を守らなければならないというのだから、殆ど泥試合である。
 両者の力は拮抗しているか、或はキュアピーチが勝っているという所だろう。時間がかかれば危険である。こちらから支援すべきだろうか。
 孤門は、パペティアーメモリとアイスエイジメモリを見つめた。いざという時はこれを使うしかなさそうである。

「……孤門さん」

 戦意を喪失していたキュアベリーが、ふと孤門に声をかけた。
 いつの間にやら、誰かに声をかけるだけの気力を取り戻していたらしい。
 しかし、それも空元気かもしれないと孤門は思った。
 キュアベリーの顔には、仄かな絶望の色が灯っていた。慰めの言葉をどうかければいいのか、孤門にはわからない。

 そんな時、誰かが二人に声をかけた。

「ねえ、二人とも……聞いて。まだ、こちらにも勝機はあるわ」

 そう言って横から現れたのは、巴マミであった。
 その隣には花咲つぼみがいる。マミが介抱して意識を取り戻させたのだろう。つぼみの頭部の出血を止める為に、早速、先ほど良牙から預かったバンダナが額を一周している。つぼみの性格を考えると、折角の貰い物を血に汚してしまう事を申し訳なく思っているだろうか。しかし、その場にある物で最も手頃に頭の出血を止められるのはそれだけだった。
 マミは、続けた。

「……私や美樹さんを助けた時のように、今度はキュアピーチに声を届かせるのよ。彼女になら絶対届くはずだわ」
「──それには、私たちがプリキュアの力を尽くす事が必要です」

 マミ自身がそれを実感している。
 もはや、それは立派な作戦の一貫であった。人間を闇に引きずり落とす力と同様、人間を闇から掬い上げる力もまた何処かに存在している。それがプリキュアの力であり、その能力を注ぐ事に全力を尽くすならば、不可能ではないはずだ。
 そこには、本気で誰かを救いたいという想いが必要になる。

「それなら、石堀隊員は……」
「──それは」

 つぼみは口を閉ざした。
 同様に石堀光彦という存在を浄化するのは、おそらく現状不可能である。砂漠の使徒の幹部たちの数倍の邪悪なエネルギーを持っているのが彼だ。

「……できるかわかりません。ただ、今の私たちの力では、きっと……」

 彼女は正直に述べた。
 孤門が同僚を想う気持ちにもまた共感はできるが、あそこにあったのは、おそらく誰にも手を施す事のできない強烈な憎悪と本能である。つぼみたち全員がどれだけ力を尽くせば、今の石堀を救う事ができるだろうか。

「……そうか。わかった。それなら、みんな……ラブちゃんをよろしく」

 そう気高に言う孤門を、全員が少し気の毒そうに見つめた。
 孤門も石堀と共に過ごした人間である。可能性があるならば諦めたくはなかったが、そうも言い続けられないのだ。
 キュアベリーもまた不安そうだった。

「……本当に、ラブを救えるかしら」
「それは大丈夫だ!」

304崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:09:57 ID:ezDSmj8g0

 そう言って、ひょっこりそこに現れたのはシャンゼリオンである。
 先ほど、キュアピーチに攻撃を受けて、こちらまで避けてきたのだろう。
 誰も気づかぬうちにこうして姑息的な逃げ方をするあたり、やはり彼の生命力は半端な物ではなさそうである。
 しかし、彼の持っている情報は非常に有効な物である。

「今のラブちゃんを操っているのは、あの胸についてる反転宝珠だ。あれが原因で、愛情が憎悪に変わってしまったんだ。あれを奪うか、もしくは逆につければ問題ない」
「なら、なんでそれを早く──」
「実行しようとして失敗したんだっ! まあ、とにかく誰かがあれを壊すのが一番手っ取り早い。反対につける余裕はないしな……」

 そういえば、キュアピーチが暴走を始めてから、シャンゼリオンはそれを止めようとして失敗し、しばらく姿を消していたような気がする……と、全員ふと思い出したようだった。
 案外、その解決策自体が簡単であった事を知り、マミは緊張を噛みつぶし、ほくそ笑んだ。

「これで、策は二つ出来たわね。──どう? これなら、勝てる気がしない?」

 キュアベリーが固唾を飲み込んだ。







 エターナルとダークアクセルは相対する。

「フッハッハッ……確かに今ので初めて一撃貰ったな……。貴様は他の奴らとは体のつくりが違うらしい」
「貴様なんぞに褒められても嬉しくない」

 そう言うエターナルも、こう返しているのはいいが、殆ど気力を使い果たしてしまったような状態だ。絞り出すほどもない。あまりダークアクセルには悟られたくないが、もう一度同じ技を繰り出すのは不可能。──いや、それどころか、獅子咆哮弾の一発も撃てないかもしれない。
 全身にそれだけの力が漲らないのである。

「いや。俺はお前を評価してるぜ。……この俺以外で最後に生き残るのは、貴様かドウコクか……って所だろう」

 ダークアクセルは、良牙が地球人としては桁違いとしか言いようのない身体能力の持ち主であると認めている。
 おそらく、彼らの世界にはそれだけの逸材はいなかったはずだ。
 気の性質が違うとはいえ、今の絶望の力を飲み込み切れなかったのは全く、誰にとっても意外としか言いようがない。

「さて、そろそろ時間もない。……さっさと残りを片づけて、次のカードを使わせてもらいますか」

 その直後にダークアクセルが取り出したのは、「挑戦」──トライアルのメモリである。
 エターナルの後方でジョーカーがぎょっとする。

(まずい……トライアルを使われたら!)

 トライアルの世界は補足不可能だ。音速を超えた世界に突入し、ジョーカーやエターナルでは及ばない所での奇襲が始まる。

──TRIAL!!──

 ガイダンスボイスが響くとともに、エターナルが我先に奮い立った。
 気力はないが、技ならばまだ──。

──Nazca Maximum Drive!!──

 T2ナスカメモリのマキシマムドライブが発動する。
 ナスカもまた、超高速移動が可能となるガイアメモリである。

「来れば斬るぜ──」

 瞬間、アクセルが背後から剣を抜いた。総重量20kgのエンジンブレードだ。ナスカのマキシマムドライブを利用する事を読んでいたというのか。

305崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:12:17 ID:ezDSmj8g0
 近づいた瞬間にエターナルを斬るのが目的であろう。先ほど、杏子に見せた剣術を思い出せば、ナスカの力も決定的意味をなせない可能性が高い。

 しかし──。

「──良牙、今です!」

 レイジングハートが上空から拘束魔法を放つ──。彼女の姿は既に、ダミーメモリによってユーノ・スクライアへと変身している。
 放たれた拘束魔法がダークアクセルの手首足首を全て封殺し、魔法陣に磔にした。
 意表を突いて発動された魔法に、ダークアクセルも策を潰されたようだった。

「なるほど……今度はお前か。指を咥えて見ていたかと思えば、このタイミングか……!」

 突然の奇襲では、ダークアクセルは身動きが取れない。
 エンジンブレードがダークアクセルの手から落ちる。本来なら、喰らったとしてもこれしきの魔法を打ち破るのにそう時間はかからないが、その必要時間よりも早く、エターナルが動きだした。

 ダークアクセルは、総合的な能力ではそれぞれが束になっても敵わない。
 しかし、相手が多勢であるのが、彼の余裕に相対する死角が幾つもある。
 敵全員を完全には把握しきれず、十以上の敵が持つ無数の能力への対抗策を完全に持っているわけではないのだ。
 ナスカのマキシマムドライブまでは読めても、次にレイジングハートが拘束魔法を使うところまでは読めなかった。
 ただ、そのどれもが石堀光彦の命を消し去るには到底及ばないので、普段は存分な余裕を持って相手にできてしまえるのだが、こうした策略の際には不発もあり得る。
 ダークアクセルの余裕は、今、隙となった。

「これ以上厄介になられてたまるかよっ!!」

 ナスカウィングをその背に出現させたエターナルは、そのまま高速でダークアクセルの手から落ちたエンジンブレードを空中で掴む。
 未だマキシマムドライブは有効である。
 このエンジンブレードをナスカブレードに見立て、その胸部を切り裂く。
 ナスカウィングを最大まで巨大化させると、エターナルはダークアクセルの体を一閃した。──エターナルの手に嫌な感触が広がる。
 火の粉が地に落ちて溶けると同時に、エターナルは後退しようとする。手ごたえはこれまでよりはあったはずである。勿論、それがダークアクセルにとっては、大きな一撃ではなかったのだが。

「ハァッ!!」

 右腕の拘束魔法を自力で打ち開いたダークアクセルは、その右腕をエターナルの頭部目掛けて突き出した。──「ッ!?」と、エターナルが声を出せないほどに驚く。直後には、エターナルの顔全体をダークアクセルの指がからめとっていた。
 そして、そのまま、右腕を振り上げると、腕力でエターナルを放り投げる。
 地に叩きつけられたエターナルが土の上を滑る。飛距離も確かであったが、速度も相当であった。先ほど、杏子の体を投げつけたのと同様だ。──エターナルは、地面と激突して、転げていく。

「良牙っ!」

 だが、それでダークアクセルがトライアルの姿に変身するのを未然に防げたという物だ。十分な快挙である。エターナルは、擦り減った地面の向こうで、こちらに右手のサムズアップを送っていた。後は任せた、という意味なのか、それとも、俺は大丈夫、という意味なのか。
 ジョーカーは両方の意味と解釈する。

 ──直後。ダークアクセルは、全身の拘束を解除する。レイジングハートの魔法の力を、それを中和する方程式なしに打ち破るのは到底出来る事ではないが、息を吐くようにそれを行えるのが今の強敵だ。

「──残念。勇敢な方向音痴にトライアルは奪われたが、まだこっちがある」

 ダークアクセルを見れば、今度はガイアメモリ強化用アダプターがどこからか取り出された。ダークアクセルの手に握られているその灰色の器具は、ガイアメモリの能力を三倍に引き上げる力があるという。
 思わず、舌打ちしたくなる。──強化アダプターなどという非合法なガイアメモリの予備パーツを作った犯罪者は誰だ、と。
 おそらく園咲家からの流出かと思われるが、これほどの化け物の手に渡り、一層厄介な能力を分け与えてしまうなど、彼らも想像してはいなかっただろう。

「三倍パワー!!」

306崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:12:49 ID:ezDSmj8g0

 そんな声が、その場に轟き、ジョーカーは目を大きく見開いた。
 能力が三倍──その言葉には、厄介すぎるダークアクセルの姿が思い浮かぶ。よもや、ダークアクセルが発した一声かと思って驚いてしまった所である。
 しかし、現実ではその声を発したのはダークアクセルではなかった。当然ながら、ダークアクセルはこれほど間の抜けた声で叫ばない。

「──超光戦士シャンゼリオン、改め、ガイアポロン!!」

 先ほどまで戦場から一歩引いていたシャンゼリオンが、真っ赤なフォルムに身を包んで新生していた。まさしく、先ほど聞こえたのは彼の声色である。こちらに加勢に来たのだ。
 ガイアポロン──それは、パワーストーンの力を受け、能力が三倍に退きあがった超光戦士シャンゼリオンであった。ダークザイドの幹部級とも互角に渡り合えるシャンゼリオンが、更にその能力を三倍に計上したとなれば、ダークアクセルを前にしてもまだ先ほどよりは戦える。
 変身しながら不意打ちの一回と、キュアピーチを相手にした一回しかこの場で変身していないシャンゼリオンにとっては、隠し種ともいえる変身形態だ。

 そして、彼がいるのは──

「後ろ……か」

 通常の三倍の速度でダークアクセルの後方に回りこんだガイアポロンは、ダークアクセルの脇から腕を絡ませ、羽交い絞めにする。勿論、長時間それが保たれないのはガイアポロンにも理解できている事である。
 問題となるのは、ガイアポロンの両腕の力が有効なこの一瞬で何ができるのか。
 ヒーローの力で拘束されたダークアクセルの正面にいるのは、仮面ライダージョーカーである。

 ジョーカー、左翔太郎は考えを巡らせる。
 右腕を構えた。──真っ直ぐ、ダークアクセルの方へと、まるで照準でも合わせるかのように。
 その動作は、理解の証であった。

「……そう言う事か。わかったぜ、暁」

 暁が期待しているのは、おそらく必殺の一撃ではない。
 翔太郎と暁がかつて交わした会話の通りだ。これまでのとある会話が、ダークアクセルの弱点を示していた。



────いや、そんな事はあるね。見ろ、このハンドルの部分と、それからメモリのスロットだ。いかにも怪しい。この要になる部分に何かの細工を施したはずだ。ここを弄れば何かあるんだろ? なぁ、もう一人の探偵



 そう、要は、そういう事だ。
 あの黒い怪物の腹部にあるガイアメモリとアクセルドライバーが敵の力の源。ジョーカーもエターナルも同様だ。それが仮面ライダーらの共通の弱点ともいえる精密部である。破壊、あるいは細工されればアクセルメモリの作動が止まる。
 おあつらえ向きに、ジョーカーの右腕には、今はアタッチメントが埋め込まれている。
 その一つに、今現在の状況に有効な物が一つあるはずだ。

「マシンガンアーム!! ──硬化ムース弾!!」」

 右腕のマシンガンが、ダダダダダ、と音を立てる。
 弾丸がどこか遮蔽物にぶつかると、それは爆ぜて粘り気を持った白い液体となり広がる。存分に広がったムースは、それから十分の一秒も待たずに大気の冷たさを染みこませて固まっていく。
 そんな弾丸の成れの果ては、ダークアクセルの体表を順々に固めていく。
 おそらく、ダークアクセルに殆どの物理攻撃は受け入れられまいし、ベルトに装填される小さなガイアメモリをこの距離から撃ち抜くのは余程のまぐれがなければ不可能だ。しかし、到達とともに大きく広がり、その体を飲み込んで石膏になる硬化ムース弾ならば、ジョーカーの射撃の腕と無関係に、高確率でベルトを封じられる。
 つい先ほどまで暁が噛んでいたガムを思い出された。──あれも、考えてみればこのアタッチメントを指しての事だったのか。

「フンッ」

 ──が。

307崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:14:20 ID:ezDSmj8g0
 紫煙の障壁がダークアクセルの前方に展開される。固形ではなく、まるで大気が寄せ集まったような、あるいは蜃気楼に色と境界線とが生まれたようなバリアであった。しかし、それが展開されるや否や、硬化ムース弾はその到達位置を勘違いするようになる。

「何だとっ……!?」

 ダークアクセルの体表へと届いたのは、ほんの二、三発のみ。そこから先は、何発撃ったとしても、その全てがバリアの視界を白く塗りつぶしていくだけであった。実態がないはずのその障壁が、一時、「壁」として確かに有効になっていたのである。
 ダークアクセルがその紫煙の幻を解いた時、そこにあるのは、地上から積み重なった白い硬化ムースの積み重なりであった。
 邪魔に思ったのか、ダークアクセルの咆哮とともにそれは音を立てて崩壊する。
 ダークアクセルとジョーカーは目を合わせる。

「この程度で勝利を確信しない方がいいぜ。世の中、そう上手くは行かないもんさ。なあ、二人の名探偵」

 ダークアクセルは言う。
 しかし、ジョーカーはこの時、ある余裕を持つ事ができた。

「くそっ。確かにそうだな……!」

 敵の強力さに、ジョーカーも自分の作戦の不発を感じた。
 しかし、ジョーカーの心は曇らなかった。

「だが、俺に勝利の女神が舞い降りたのは、今この瞬間からだぜ? ──世の中はあんたにだって上手く行かないものだろ、アイリーン・ウェイドちゃん」

 ジョーカーも、この時、彼らの来訪がなければ、これほど勝気な気分にはなれなかっただろう。──頭上の日差しを、巨大な影が隠した。
 見上げれば、そこには、魔導馬・銀牙の巨体が嘶き、空を飛びあがっていた。
 乗り合わせているのは、銀牙騎士ゼロと仮面ライダースーパー1である。銀と銀とが寄り添い合い、眩く光った。

「チェンジ、エレキハンド!」

 スーパー1は、腕をダークアクセルの方に向け、エレキ光線を放った。
 その電圧は3億ボルトと言われている。たとえ、ダークアクセルがその攻撃を受け切れたとしても、強化アダプターの方がその電圧に破損を起こしてもおかしくはない。
 また、その数値を考えれば、ダークアクセルたれども、少しは指先に衝撃を受けても全く不自然な話ではないだろう。
 しかし、その電流が到達するよりも早く、ダークアクセルの意識は対抗策を生みだす。
 ──バリアが展開。
 電流は真っ直ぐにバリアへと向けられ、地に跳ね返る。

「今だっ!」

 ゼロが伏兵に声をかけた。
 ダークアクセルがゼロの視線の先にあった茂みを見やると、そこから顔を出したのは外道シンケンレッドである。
 その右手が必殺武器の代わりにショドウフォンを構えており、空に文字を書いた。

──解──

 その一文字のモヂカラが発動。
 解……それは、「解除」「開錠」などの能力を持つモヂカラである。
 激突した「解」のモヂカラは、バリアに向けて有効化され、スーパー1の電流の行く手を作り出す。

「何──」

 電撃。ダークアクセルの腕に稲妻が襲い掛かる。
 激流のようにダークアクセルの全身を雪崩れ込んだスーパー1の一撃は、その指先の機械をも帯電させる。
 指先でショートしたダークアクセルの強化アダプター。それは、ダークアクセルの手を離れて、地に落ちた。
 ダークアクセルがいかに強力であろうとも、その手に持っている機械は違う。爆散して、最早ばらばらに砕け散ったその物体は、決してもう、ダークアクセルをこれ以上強化する器とはなりえない。

「貴様ら……っ!」

308崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:14:37 ID:ezDSmj8g0

 ダークアクセルの余裕が崩れるのが見て取れた。
 この余裕が崩壊するのを見届けただけでも、今の防衛は価値があった。
 ジョーカーの真横に人影が並んでいく。

 仮面ライダースーパー1。
 血祭ドウコク。
 外道シンケンレッド。
 銀牙騎士ゼロ。
 仮面ライダーエターナル。
 超光戦士ガイアポロン。
 上空には、レイジングハート・エクセリオンも配置されている。

 ばらばらな存在だが、一列に並びながら、ダークアクセルへの反撃の意思をなくさない。
 力を合わせれば、こうして一杯食わせられる。それほどに寄り添い合う人間は強い。
 各々が思う以上に、熱く。
 それぞれの手がダークアクセルと相対し、「次」を待つ。

「どいてもらうぜ、雑魚アクセル。俺たちのゴールは、分裂による絶望じゃない。お前がいるその先だ……!」

309 ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:16:31 ID:ezDSmj8g0
という良いところで今年の投下は終了です。

また来年、こちらに不幸がなければ、変身ロワイアルでお会いしましょう。
こんな感じの内容からわかる通り、多分来年には完結できると思います。
でも、今年もなんだかんだで「夏には終わる」、「今年中には終わる」と思いながらやって来たので、どうなるかわかりません。
それでは、書き手読み手ほかロワ民のみなさん、良いお年を。

310名無しさん:2015/01/01(木) 01:02:55 ID:rXNoJrsU0
乙です
ゴセイジャーは護星戦隊じゃなくて天装戦隊ですよ

311名無しさん:2015/01/01(木) 08:21:46 ID:j0dBiRLoO
投下乙です
決戦前の語らいかーらーの、ザギさんキタ!
ここに来て反転宝呪とは厄介な…ベリーのソウルジェムが(ザギ復活的な意味でも)心配だ
一度は寝返ったドウコク&外道レッドを再び引き込んでなんとか頑張ってるが、レーテとか目を覚ましたガドルとか、不安は尽きない…

312名無しさん:2015/01/01(木) 08:48:01 ID:j0dBiRLoO
…しかし、良牙&つぼみパートでつぼみが伝えようとした事がもし告白的なものだとしたら、つぼみの恋はいつき、コッペに続いて三度悲恋になってしまいそうやな

313名無しさん:2015/01/01(木) 14:33:28 ID:yGWdMocE0
投下乙
遂にザギさん裏切ったか、ダークアクセルでこんだけ強いのに本来の力を取り戻したら……
おまけに閣下まで接近中。主催者戦までに生き残れるか?

314名無しさん:2015/01/01(木) 15:03:44 ID:AhF2Pjq6O
あけおめ
投下乙

無事に帰れたら時空管理局を主体に対応組織を作ることになるのか
いずれはライダーやプリキュアが名を連ねる時空管理局に……

315名無しさん:2015/01/02(金) 01:43:02 ID:UduY1t/M0
投下乙です

316名無しさん:2015/01/02(金) 17:52:09 ID:dHHndr1QO
ダークザギを浄化するなら、ムゲンシルエット並みのパワーが要るだろうな。

317名無しさん:2015/05/21(木) 20:49:37 ID:cdCiyLYc0
ネクサスの漫画が出ました〜

318名無しさん:2015/05/22(金) 12:13:32 ID:Nl/6kj1I0
1月から更新なかったのか…
盛り上がってたロワだがすっかり静かになってしまった

319名無しさん:2015/05/24(日) 13:51:12 ID:.x1HnPmM0
続き来てほしいけどねえ

320名無しさん:2015/06/30(火) 21:44:43 ID:VNpB29mE0
前回の投下から半年…
後編来ないのかなあ

321名無しさん:2015/07/12(日) 13:36:58 ID:OT9PV3kg0
続きを投下します。

322 ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:37:33 ID:OT9PV3kg0
あ、◆gry038wOvEです。

323崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:38:21 ID:OT9PV3kg0



 キュアピーチの猛攻が、一定のテンポを保ちながら杏子を襲う。
 杏子の魔力の消費ペースが早まり、体力も時間と共に削られていく。息があがる。杏子もそろそろ、いなし続けるには限界が迫っているような状態であった。

 ──しかし、どんな瞬間も決して内心では諦めはしなかった。

 打開策を見つけ出すのは杏子の「お仲間」の得意分野である。マミも、ベリーも、ブロッサムも、こうして杏子が時間をかけてキュアピーチを倒そうとしている間中、きっと方法を探している。
 しかしながら、その中にあって、杏子だけは打開策を見つける自信がない。ならば自分に出来るのは、こうして、仲間が解決をする時間を稼ぐ事だけである。
 その瞬間まで、杏子はこの桃園ラブの体に傷をつけてはならないと、必死にキュアピーチの素早い拳を受け続けている。多くの攻撃は避けたが、何発かはまともに顔に入った。それも、今は大した傷ではないと感じていた。むしろ、こうして、自分が正しいと思う事に体が傷つくのならば、今は全く不快ではない。
 ……これと正反対の生き方をしてきたからこそわかる。
 自分の体が傷つくのを避け、他人の体が傷つくのを見届ける──自分の命を守るために、他者の命を餌にする──その生き方が齎した、全身の血管を駆け巡る虫のような、強いストレス。
 あの感覚に比べれば、断然、この前向きな痛みの方が心地よいと──杏子はこの場に来て、気づいていた。

(おいおい……でも、もうそろそろ助けに来てくれたっていいんじゃないか?)

 杏子は、内心苦笑いでそう思った。
 まるで、茶化すように、冗談のように、軽い気持ちで──。そう、多少の痛みは堪えられるし、体は砕けてもいないし、色が青く変わってもいない。まだ耐えるくらいはできるが、だんだんと攻撃を食らう頻度が高まっているのはまずい。
 それに、問題は、まず杏子自身の体よりも「時間」だ。


 ──主催が提示した残り「タイムリミット」はどれほどだろう。


 時計を確認する時間もないが、そろそろまずいのはわかっている。

 ────正確には、残りは、十分ほどだった。

 ほとんど、杏子が推測していた時間と同様だったに違いない。
 そして、人数は、残り十三名。ダークアクセルの方は残りの僅かな時間で、少なくとも三名は抹殺するつもりである。……だとすれば、誰を殺すつもりなのだろうか。

 美希、だろうか……。
 キュアピーチをけしかけたという事は、そうかもしれないと杏子は思った。理由も根拠もないが、実際、今そんな物はいらない。漠然とした直感だけでも、充分だった。

 今の宿敵は、手近な人間を、ただ適当に狙っているのだ。例外なのは、同じ穴の狢ともいえるあの血祭ドウコクだけだろう。
 他は、孤門やマミのように武器を持たない者も、変身者たちも変わらない。彼にとっては、どちらも容易く捻りつぶせる虫のような相手に過ぎないはずだ。それがアリであろうとも、カマキリであろうとも、大きくは変わらない。

「はぁっ!」

 と、少しだけ考え事をしている間にも、キュアピーチの正拳突きが飛んでくる。
 多少考え事をしながらでも、視覚で捉えた映像さえあれば直感で戦えると思っていた杏子であったが、完全に不意をとられていた。
 それでも、避けた、──と、杏子は思った。
 しかし、やはり──タイミングは激しくずれ込んでいた。

「くっ……」

 一発、また顔面に叩きこまれるのだろうな、と杏子は悟る。変な笑いが口から洩れるところだった。美希が先ほど喰らった時に比べれば微々たる痛みと思えるだろうが、それでもやはり、痛い物は痛い。
 しかし、本当にマズいと思うほどでもなく、ただ諦めたように思いながら、敵の攻撃を待つ。

324崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:38:50 ID:OT9PV3kg0

 少しは──ほんの一瞬だけ、目を瞑った。

 ──だが。

「──っ! 杏子さん、大丈夫ですか!?」

 その瞬間は、別の誰かによってキュアピーチの拳が抑えつけられる事になった。真横から介入し、キュアピーチの腕を掴んでいる、「別のプリキュア」の姿が杏子の前にあったのだ。
 誰かが真横から杏子を助けたようだ。

 ッ──キュアブロッサムである。
 先ほど、互いに頭をぶつけて痛めたばかりだが、杏子が起きあがったならば彼女もまた起き上がって然るべきか。こうして、杏子のもとに増援に来てくれたのだ。
 杏子の頭が癒えていないように、彼女の頭もこの時折朦朧とする感覚に苛まれるのだろう。それでも、今やらねば、もう石堀の猛攻を前に倒れるしかない事は──この場にいる誰にもわかっていた。

「杏子! 助けるわよっ!」

 もう片方のキュアピーチの左腕が前に突き出された時に聞こえたのがキュアベリーの声。
 解決策を見出し、ようやく、杏子の救出に向かったのである。
 言葉で何を訴えるわけでもなく、杏子はキュアベリーと目を合わせた。強いて言うなら、「遅えよ」と、ある意味で冗談めかした想いが込められているのだろう。
 それを知ってか知らずか、ベリーは杏子にウインクを返した。一見すると余裕のある所作だったが、ベリーの真摯な目には余裕など込められていないのはすぐにわかった。

 ひとまずは、杏子はバトンタッチができたと言っていいのだろう。
 助けが来た安心感からか、自然と杏子は場所を退いて、自分の膝が曲がるのを許した。

「はぁっ!」

 次の瞬間──半ば機械的に、キュアピーチが、キュアブロッサムを狙った。
 それは、明確な対象を持っていない彼女だからこその安易な切り替えであった。
 彼女が狙うのは、「自分が憎悪を向けている相手」という漠然とした範囲の中の存在たちである。

 ──つまるところ、この場にいる全員だ。無差別に一人ずつ殺すのが彼女の目的なのである。

 万が一、全員を殺しつくしてしまったのなら、その後に自らも何らかの手段で自害するかもしれない。
 等しく向けられた愛情が故であった。反転宝珠の魔力は、プリキュア同士の「禁断」の戦いを許してしまう。まさしく、悪魔の道具だった。
 しかし、それはおそらく弱点の一つだ。対象を絞れない単騎が多勢を相手に勝機を得られるはずがない。戦闘の駒としての使い勝手は実に悪い。

 ──おそらく、石堀の狙いは、精神攻撃だ。
 昨日までの仲間が我を失って襲ってくる、というシチュエーションこそが彼の求めたものである。キュアピーチそのものが持つ戦闘能力には最初から期待を寄せていないようだ。
 戦闘能力を期待するならば、ラブは適任ではないだろう。他にいくらでも相手はいる。
 その一方で、この手の精神攻撃の担い手としてはこれ以上の適格者はいない。──豹変する事により、周囲の戦意を喪失させる絶好の担い手である。

「はっ!!」

 殴りかかろうと伸び切ったキュアピーチの手を、真横からキュアベリーが蹴り上げる。長い足は、キュアピーチが感知するより前にピーチの腕を空へ弾ませた。
 力を失い、重力に流されて体の右側面に戻っていく腕。その手がキュアブロッサムの体を痛めつける事は、なくなった。

「はぁっ!!」

 次の瞬間、キュアベリーの体はピーチの懐へと距離を縮める。
 思ったよりも簡単にピーチと息のかかる距離まで辿り着いた。右腕が強い力で空へと向けられたので、ピーチ自体がかなり大きくバランスを崩し、頭を後ろに傾けている。
 その隙に胸元の「それ」へとベリーが手を伸ばす。

「……ッ!!」

 ベリーが手を届かせるより前に、キュアピーチの左腕が動いた。
 真横からピーチがベリーの手首を掴み、強い力で引いた。藁をも掴むような我武者羅さが見られた。

325崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:39:09 ID:OT9PV3kg0
 ピーチの体自体が後ろに倒れかかっているのも相まって、ベリーの体もまた、ピーチを押し倒すようにして倒れていく。
 二人は、すぐに重なり、地面に倒れこんだ。ピーチは頭を打ち、ベリーは倒れまいともがきながら体を捻って落ちる。
 砂埃が、少女二名を包む。

「──次ッ!」

 ベリーが叫んだ。
 先に立ち上がろうとしたのは、ベリーだ。その一声で、彼女の意思はブロッサムにも伝わった。

「はいっ!」

 ブロッサムが、すぐさまその小さな砂埃の方へと駆けだす。
 しかし──。
 ブロッサムはその脚を、また急停止させた。

「──ッ!」

 走りだそうとした次の瞬間に、彼女の眼前で、砂埃の中からキュアベリーの姿が舞い上がったのである。地上から投げ出されたように──キュアベリーの体が真っ直ぐ真上に、十メートル近く──放り投げられるのを見上げる。
 ベリーは、苦渋に目を瞑り、歯を食いしばりながら、空から落ちる。

「──危ないわね……っ!!」

 叩きつけられる前に。──空中で体を地面と垂直になるように立てる。
 両足が地へと着くように、体の力を抜いて、空を舞うように……。
 そう。上手い具合に体勢を整え、足を地面に向けた。

 ──着地。

 しかし、少しばかり対処が間に合わなかった。
 右足こそ、足の裏が地面を掴んだものの、左足は膝をついて着地している。皿が軋むような痛みに、声にならない声をあげていた。
 左目を思わず瞑り、反射的に涙のような、ぬるい水の塊が目に溜まった。

「!?」

 ブロッサムが、真横に落ちたベリーに驚いて動きを止める。
 ピーチの方が、一歩早く「対処」を行ったらしい。ベリーが悪の芽を摘む前に、ピーチが「触れられる事を拒んだ」のである。
 今のピーチは憎い存在に接触される事を拒んでいるらしく、今もまた、覆いかぶさったベリーを全力で拒んだ。その憎悪の分量だけ、ベリーは高い空に向けて投げ飛ばされた。

 ──それが、“愛情”による“拒絶”であった。

 体に触れられる事そのものに拒否反応を示す現状では、安易に体に触れるのは難しいだろう。
 つまり、あのブローチを取るのは、倒す以上に容易ではない。

「……」

 ぐっ、と。
 ブロッサムは、両手を握り、顔を引き締める。ブロッサムの中に、ちょっとした想いが湧きあがって来た。
 彼女は、目の前のキュアピーチを見た。やはり、キュアベリーを吹き飛ばした後にも、憎悪を帯びた瞳でこちらを睨んでいる。

「はぁ……はぁ……っ!!」

 それを見ていると、やはりキュアブロッサムはむず痒い想いに駆られる。
 それが敵の狙いだとわかっていても──。

 今のキュアピーチは、桃園ラブの本当の心と全く正反対に体を動かしているのである。
 それを見ていると、どうしても花咲つぼみの中には、激しく嫌な気持ちが湧きあがってきてしまうのだ。

「ラブさん……」

 ブロッサムは自分の想いを伝えたい相手を明確にした。

326崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:39:26 ID:OT9PV3kg0
 前方で、憎しみの瞳でこちらを睨む少女は誰か──。
 そう、その人はキュアピーチである以前に、桃園ラブという一人の人間である。

 そして、彼女の「愛情」は、プリキュアの力による物でも、キュアピーチだからこそ持っているという物でもない──ラブが、恵まれた日常の経験と痛みの中で培われた感情が生みだした物だ。
 必要なのは、キュアピーチではない。キュアピーチになる運命を背負った、「桃園ラブ」という一人の少女である。
 そんな彼女の人生を、安易に外から植えつけられた何かに捻じ曲げられていいものであろうか。

「──そんなちっぽけな物の魔力で、自分の事を否定しないでください!」

 ブロッサムは、真っ直ぐピーチの瞳に向けてそう言った。
 ピーチは、そんなブロッサムの方を、少し怪訝そうに見つめた。純粋に何を言っているのかわからなかったのかもしれないし、今はただ他人の言葉を拒絶しようとしているのかもしれない。
 ベリーは少し押し黙り、ブロッサムの声がピーチの耳に届くようにした。

「あなたが今向けるべきは、憎悪じゃありません! あなた自身が本当にみんなに向けたい物は、もっと別の物のはずです!」

 ピーチは、ブロッサムの声そのものにどことない不愉快さを感じたのか、顔を一層顰めた。
 力を体の中心に集めるように構え、即座にブロッサムに向けて駆けだすピーチ。
 野獣のように、膝を曲げて駆け出し、爪を立てた右手でブロッサムの口を封じようとする。
 相手の声の端、言葉の端さえ、むず痒い思いへと形を変えるのである。

 それが、反転宝珠の送りこんでくる憎しみの力。それは、その言葉が本来のラブが好ましく思う言葉であればあるほど──今のキュアピーチにとっては強い憎悪となる。

 ブロッサムは、その右手の五指の間に、自分の左の五指を挟み込むように食い止めて、己の口が塞がらないようにした。純粋な力比べであるように見えるが、利き手でない事や、体勢の悪さも含めて、ブロッサムは力押しでは不利だった。
 苦渋に満ちた声を、必死に絞り出す。

「あなたが本当にしたい事は……こんな事じゃ、ないはずです!」
「うるさいッ!!」
「ラブさんが今言いたいのは、そんな事じゃない!!」

 蒼乃美希とは反対に、花咲つぼみは、元の桃園ラブを思い出すほど、何か力が湧きだす性質があった。
 ラブにとって、このままでいる事が何より辛いと思えた。たとえ、体の痛みは、心が痛む気持ちには敵わない。

 ──そう、「花咲つぼみ」だからこそ、「本当の自分」が殺されてしまう痛みはよくわかる。

 自分の思っている事も口に出せず、自分のやりたい事もできなかった経験を。
 自分のしたい事が、“想い”以外の何かに抑圧されるような“思い”。
 花咲つぼみは、そうして自分を殺して生きてきた。笑顔であるように見えて、内心では自然と父親や母親の機嫌を伺い、──そんな中に本来の自分の想いを潜めて、時には心の中で涙を流しながらも、空元気の笑顔で周りを安心させようとする。
 そんな彼女を、引っ込み思案、と人は言う。──まさにその通りだった。彼女自身も否定はしない。
 しかし、そのままであっていいとは思わない。
 だから、彼女は、転校を機会に変わってみせようとしたのだ。

「きっと、私が……一番わかっている事です。自分が本当に言いたい事も言えない時って……、とても苦しかったんです!」
「それなら口を封じてあげる──ッ!」
「今、本当に自分の言葉を告げられずにいるのはあなたの方です! 苦しんでいるのは、……桃園ラブさん、あなたなんです!!」

 そして、強くピーチの右手を掴んだまま、ブロッサムは、ピーチの脇腹を──蹴り上げた。
 思わず……まさに、不意の一撃に、ピーチは、これまで見せた事のないような驚愕の表情を形作った。そして、空にアーチを描きながら、地に落ちていく。

「──ッ!?」

 不意の一撃──いや、それだけが彼女を驚かせたわけではない。
 キュアピーチも、本能的に、「急所を狙う」という戦法に、キュアブロッサムらしさがないと感じたのだ。何度も一緒に戦ってきた相手であるがゆえに、その本能で彼女の攻撃パターンは理解していたのだろう。

327崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:39:42 ID:OT9PV3kg0
 彼女が何故、そんなやり方をしたのか──。
 その答えは、次の瞬間に本人の口から出された。

「だから……あなたを、本当の桃園ラブに戻す為になら、あなたの心の苦しみを止める為なら……私は、鬼にだってなります!!」

 喉のあたりから唾液が唾液の塊が吐き出されるほど強く叩きつけられ、脇腹を抑えているキュアピーチ。うつ伏せの体型で腹部の痛みを訴えた。
 そんな姿を、憐れみ一つ見せずに見下ろしているキュアブロッサムの顔がある。
 ピーチは、それを見上げて、僅かにでも感じた恐怖を奥歯で噛み殺し、顔を引き締めたようだった。
 脇腹を抑えながらも、両足と顔で「三足」を地面に突き、その状態で両足を伸ばし、彼女は立ち上がった。
 額に汗が浮かんでいた。







 そんな戦いが繰り広げられていた傍ら、束の間の──本当に僅か、一分ほどを想定した──休息で膝をついている杏子の胸には、何か暖かい物が湧きあがってくる感覚があった。
 既視感、のような何か。
 時には、それは懐かしみを帯びて、時には、体の均衡を崩させる。

 いつかどこかで感じた何かが、再び杏子の中に再来している。
 それが何か──その答えは、わからない。

「杏子ちゃん、大丈夫?」

 マミと孤門が駆け寄って来る。今、杏子も無意識のうちに体がよろけたのを見て、余計な心配をさせてしまったのかもしれない。
 戦闘から一時退去し、またすぐに戦いに出ようとする彼女であるが、ひとまず彼女たちに状況を訊こうと思った。体を張って時間稼ぎした結果、どのような解決策が生まれたのか。

 その策に自分は参加できるのか、乗れるのか。それを簡潔に伝えてもらい、休む間もなくまた前に出なければならない。
 ──時間がない。
 この状況下、スムーズに、杏子の疑問へのアンサーを提示できるのは、仮にも特殊部隊所属の孤門であった。

「……杏子ちゃん。ラブちゃんを操っているのは、あの胸のブローチだ」

 そして、杏子が訊くまでもなく、杏子に伝達されていなかった情報は孤門が告げた。
 言われて少し考え、杏子も納得したように口を開いた。

「……やっぱりあの怪しいブローチか」
「怪しいとは思ってたんだね」
「ああ。でも、怪しすぎて逆に手が出しづらかったんだ。……だって、あたしの場合はブローチを捨てられたり壊されたりしたら、心臓が永久に止まるんだぜ」

 孤門は、杏子の一言で納得する。──なるほど、“ソウルジェム”という「命」をブローチにして着飾る彼女たちには、敵のブローチを砕くという戦法は心理的に難しかったのだろう。
 勿論、相手は魔法少女ではない。だが、万が一……という事もありえる。それを考えると、やはり触れる事は出来なかった。
 得体の知れない物には触れぬが仏……であるが、今回の場合は破壊してしまって良かったようである。振り返れば、破壊するチャンスがいくらでもあったのは杏子自身もよくわかっている。

「とにかく、あのブローチを逆さにするか、破壊するかがこの場合の最良の手段だ」
「……それなら簡単じゃねえか」
「でも、今のキュアピーチはそれをやろうとすると激しく拒絶しようとする。簡単にはいかないよ」
「わかってるよ。でも、それを踏まえた上で簡単だって言ってるんだ。あたしには、この槍がある」

 プリキュアと魔法少女との決定的な違いは、道具の多彩さである。
 笛やバトンを武器にするプリキュアに対して、魔法少女は銃や槍や剣を武器にする。武器のヒットが長かったり、飛び道具だったりする分、ピンポイントな破壊行為をする際にも、プリキュアほど接近する必要はないのである。

328崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:40:06 ID:OT9PV3kg0
 この場合、マミが魔法少女に変身できたなら最高なのだが、それができない以上、杏子が破壊するのが最もベターな手だろう。
 何、そんなに難しい事でもない。──と、杏子は思う。

「じゃあ、早速……」

 そう思った矢先、また、何かが杏子の頭に浮かんで体をふらつかせた。
 眩暈か、蜃気楼か、発熱か、……そんな風に体全体の力が弱くなる。

「──……っっ!?」

 血圧が大きく下がったような体の不自由に、ひとまず槍を杖にしようと地面に突き刺す。
 すぐに、杏子の元にマミが駆け寄った。杏子の背中に、マミの腕の暖かさが重なった。
 この暖かさは、久々に感じた物だった。

「佐倉さん!?」
「大丈夫だ、心配はいらない。なんだかわからないけど、さっきから……」

 体がどうも、何かを置き忘れているような感覚を杏子に訴える。
 だが、そんな杏子に、マミの方が顔を引き締めていた。
 マミが、落ち着いて口を開いた。

「……こういう言い方をするのも何だけど、心配をしたわけじゃないの」
「じゃあ、何だよ」

 不機嫌になるほどではなく、しかし、顔を顰めてマミに訊く。
 そりゃどういう事だよ、と。

「──私もさっきから、何かを感じてる。……魔法少女じゃない、別の何かの力」

 ふと。
 その言葉を聞いて、杏子の中にあった既視感は──、「解決」に近いところまで手繰り寄せられた気がした。
 それは重大なヒントであった。

 しかし、それは「解決」とまでは行かない。
 だからこその既視感というのはもどかしく、焦燥感まで帯びる物に変わっていく。

(いや、待て……)

 もう一度記憶をひとつひとつ遡れば、確実に思い出せる。この感覚は、確かに一度感じた事がある物だ──。
 いつ。
 それを思い出せば、全てがわかる気がする。
 ──杏子は、ここに来てからの事を順に、再度頭に浮かべた。

「まさか……」

 そう。

(あの時の……)

 ──記憶は、あの、血祭ドウコクとの戦いの時にまで遡った。

 杏子自身の頭に浮かんでくるイメージは、まさにあの戦火の翔太郎、フィリップとの共同戦線の際の出来事だ。
 ウルトラマンネクサスとしてドウコクに挑み、傷ついた杏子が受けた血潮の滾り。ザルバからの激励。人から受け継いだ、光ではないもう一つの力。
 あの瞬間、杏子に力を授けた精霊の声。

(──アカルン!)

 そう、これは彼女が杏子に力を貸した時の体の温かみだった。情熱が心臓から湧き出るような感覚。
 そして、マミも同様だ。彼女はキルンによって肉体と魂を繋いでいる事を思い出した。
 杏子の頬の筋肉が上がる。
 訝しげな表情のままのマミに、杏子は声をかけた。

「マミ──久しぶりに、やるぞ」
「え……?」

 杏子の言葉に、またマミが不思議そうに見つめた。

329崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:40:41 ID:OT9PV3kg0
 戦闘能力のないマミが、今から杏子の行く先に動向できるわけはないが、杏子はそれを促していた。来い、と告げているような一言だ。
 杏子は、マミの顔を見つめ、悪戯っぽい笑顔でこう言った。

「また二人で一緒に戦うんだよ、マミ」







 石堀光彦も、戦況を見て、多少は驚いていた。思ったほど余裕の状況ではないらしい。
 どんな手段を使ったかはわからないが、少なくとも血祭ドウコクと外道シンケンレッドがここにいる。この二人が再び寝返ったのは、石堀にとっても予想外であった。
 何故、だ。
 それを少し考えた。少なくとも彼らが「利益」以外で寝返るはずはない。この自分と同じく、残りの参加者を減らすのに一役買ってくれると思ったのだが……。

「……」

 眼前に並ぶ六人。上空に一人。それから、付近には他に敵がもう六人。もう一人いるが、それは一時的な洗脳で仲間にしている。
 合計、十四名。
 内、参加者に該当するのは、外道シンケンレッドとレイジングハートを除いた十二名。簡単な引き算である。元の世界に帰るのに必要なのは、三名の生贄。
 それから、外道シンケンレッドやレイジングハートがカウントされていた場合の為にもう二人ほど削った方がいいだろうか。
 いっその事、全員殺してしまった方が遥かに良いかもしれないが、些か遊びが過ぎたようでもある。残り時間は十分ほど。目の前の敵全員が焦燥感に駆られつつあるのがこちらの楽しみであるが、もう良い。
 そろそろ足場を組んでいこう。そうしなければならない……。

「──あんたまで、俺の敵に回るとはな……」

 血祭ドウコクへの一言。
 それは、「俺の予想を上回った事には敬意を表してみせよう」という意味合いも込められていた。
 しかし、それほど意外であるはずにも関わらず、当のダークアクセルは、それでもまだどこか飄々としていて、危機感などは皆無に等しかった。ドウコクを大きな相手とも見ていない。結局は、アリ、カマキリに加えて、クワガタムシが一匹紛れ込んだ程度にしか思えていないのだ。

「……『敵の敵は味方』ってほど、単純な話でもねえからな」

 ドウコクが、ダークアクセルの言葉にそう返した。
 だが、その実、その言葉とは些か矛盾する証拠が一つあると、ダークアクセルは睨んだ。 すっ、とダークアクセルの右手がドウコクを指差す。

「それにしては、随分体を張ったじゃないか……」

 血祭ドウコクの背中からもくもくと登っていく灰色の空気がダークアクセルの目には映っていた。彼が指差したのはその「煙」だ。

 ──あれはどこから発されている物だろうか……。

 その煙が出ている角度を見れば、それは一目瞭然だ。ドウコクの体から、真後ろへと逃げ出していくように湧き出ている。
 では、何故こんな物が立ち上るのか。解答は一つだった。

「──背中の傷は、あんたの家臣から受けたものだろ?」

 ──外道シンケンレッドの攻撃を受けたのだ。

 ダークアクセルは、ここに生えている木の数だけ目があるように、全てを見透かしている。
 ドウコクの背中にある、「それ」は、生新しい火傷──常人ならば全身が蹲り黒い炭の塊にされても何らおかしくないほどの炎を受けた痕であった。
 一度ぐつぐつと体表が溶解し、それが再度空気に触れて渇いた生々しい傷である。

「……」

 その質問に、答えはなかった。

330崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:41:02 ID:OT9PV3kg0
 無言。沈黙。回答の必要なし。──ドウコクはそう判断した。
 しかし、やはりというべきか、石堀の憶測は、実際には、正解であった。

「……」

 ────本来なら涼邑零が受けるはずだった一撃である。

 だが、手駒が減るのを渋ったドウコクは、零が外道シンケンレッドの砲火を浴びるのを、自らの体を張るという形で防ぐ結果になった。
 その瞬間の零の驚きようは並の物ではなかった。どんなホラーに出会った時よりもずっと……。それほどの意外の出来事であった。
 今も、涼邑零は、どこか信じられないといった風にドウコクに目をやっている。

「……チッ」

 ……しかし、それは、人間らしいやり方に目覚めたからではなく、もっと根本的に、利を第一に考えた為である。

 このまま、彼らと共に脱出を目指す方針を変えないならば、絶対的に必要なのは零のホラーを狩る力だ。彼にしかできないという性質が実に厄介だ。せめて、もう一方の冴島鋼牙が生存していればまた別であったが。
 主催側に存在するホラーを倒す事が出来るのは彼だけである為、彼を死なせてしまえば自陣は「詰み」である。
 ドウコクが体を張った理由は、ただそれだけだ。

(コイツの言い方は癪だ、気に入らねえ……ッ)

 ……とはいえ、ドウコクは、やはり思考の中で石堀への怒りを募らせた。
 石堀光彦は、おそらくドウコクがその攻撃を受けた経緯も──そして、理由も察しているのではないかと思った。
 しかし、敢えて彼は、その理由を誤って──「ドウコクが人間に近づいた」というように──認識しているように振る舞っている。
 もっと率先的に、感情に任せて零を庇ったのだと推測したような素振りを見せ、それによってドウコクを苛立たせようと挑発しているのだ。そんな挑発には乗るまいと思うが、やはり怒りとは自然に沸き立つものだ。

「……まあいいさ。それがどんな理由であれ、俺にはどうでもいい。さっさとケリをつけたいものでね……!」

 そう言うダークアクセルの微笑み。それが仮面越しに見えた気がした。

 ──そして、これが、戦いの始まりの合図だった。

 次の瞬間、彼の足は地面を踏み出し、眼前の六名の前に距離を縮める。
 六名は、ダークアクセルが辿り着く前に、それぞれ自然と、それを避け、先手を打ってダークアクセルを囲むような陣形を組んだ。
 彼の足が止まる。自らを囲った周囲の戦士の陣形を、“感じ取る”。

 目の前にジョーカー、その右方にエターナル、その右にゼロ、その右に外道シンケンレッド、その右にドウコク、その右にスーパー1、その右にはガイアポロン……。円形の中心にダークアクセルが囲まれ、それを上空からレイジングハート・エクセリオンが見下ろしている。──という状況。
 その場に流れる異様な緊張感を打ち消したのは、賽を投げたような一つの声。

「──獅子咆哮弾!!」

 仮面ライダーエターナルがその円の中から、一歩前に踏み出て、即座に、ダークアクセルに向けて黒龍の形をした波動を放つ。
 ──獅子咆哮弾が、ダークアクセルを飲み込もうと向かっていた。

「フンッ!」

 だが、その一撃は突如としてダークアクセルの目の前に展開された深い紫色のバリアが阻んだ。彼はエターナルの方を一瞥する事さえなかった。
 不幸を糧とした一撃は、ダークアクセルのフィールド上で織り込まれるように吸収される。一秒と経たぬうちに、そのエネルギーは全て飲み込まれ、それと同時にバリアも空気の中に溶けていった。

 この防御壁は厄介だ──、と、内心思い、エターナルは次の手段に出る。

「エターナルローブソード! ──」

331崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:41:17 ID:OT9PV3kg0

 背中のエターナルローブを引き剥がすと、そこにエターナル──響良牙は「気」を込める。ガミオやあかねを相手にした時と同様の戦法だ。
 良牙が送りこんだ気によってエターナルローブは、布から剣へと性質を変えるのだ。彼はそのエターナルローブをこの時、「エターナルローブソード」と名付けた。
 勿論、これは並の人間ならば不可能な芸当であるが、良牙はこんな手品のような荒業を平然とやってのける。もはやその事実は解説不要だろう。

「──ブーメラン!!」

 続けて、エターナルはそう叫んだ。
 一見するとわからないが、エターナルローブは硬質化すると同時に、両刃の剣となっている。それを空に向けて放り投げ、回転ブーメランのように操ろうとしているのだ。
 布から生成された剣は、ダークアクセルを狙う。
 風を切る音を絶えず鳴り響かせ、凄まじいスピードで敵に向かっていくエターナルローブ。味方にさえ僅かの恐ろしさを覚えさせた。

「──ッ!」

 しかし、ダークアクセルは身を翻してそれを回避する。
 足は動いていない。上半身だけを素早く動かしたようだ。

「フン……」

 ダークアクセルを囲むように、エターナルの対角線上に立っていたドウコクは、このブーメランの軌道にいるが、彼は一切、それを回避しようとしない。
 ──いや。
 する必要はなかった。
 エターナルローブは、まるで意思でも持っているかのように、ドウコクの体を避けたのである。──良牙の持つ絶妙な力加減によって成された技であった。
 彼としては、たとえドウコクに当たろうが構わないとしても──今優先すべき敵を見誤る事だけは絶対にしなかった。

(一歩でも動いたら、ブチ抜く──味方も傷つけるかもしれねえ諸刃の剣ってわけか……)

 ドウコクもそれを、本能的に察知したようだった。
 だから、回避をしなかった。
 そこにいたのが、左翔太郎であったなら、回避行動をして却って体を傷つけていた可能性がある。──この場合、ドウコクが外道であったがゆえに、避けずに済んだのだ。
 とはいえ、元々、良牙自身も、そこまで近しい味方がそこにいたなら、おそらくこの技は使わなかったのだろう。良牙とドウコクの間に信頼感がない証であるとも言えたが、同時に良牙は、そこにいたのがドウコクで良かったとも思った。

「フン……」

 ──彼の真横を通り過ぎて森の奥へと消えたブーメラン。
 森の向こうで、そのブーメランによって木枝が切り離され、木の葉が舞っている音が聞こえてくる。
 そして、それはブーメランという武具の性質上、それはどこかでもう一度返ってくる。森の木々をかいくぐり、再びダークアクセルの体を狙う事だろう。
 ダークアクセルは神経を研ぎ澄ませる。
 そして、その武器は、やはりすぐにUターンして、再び接近した。

「──そこだっ!」

 ダークアクセルが並はずれた集中力でエターナルローブソードブーメランを捕捉する。
 真後から接近するエターナルローブソードブーメランを、振り返り、闇のバリアを展開して防御する。
 それが防がれ、闇に阻まれた。
 ──しかし。

「何ッ!?」

 その瞬間──そんな彼の眼前で、一瞬では数えきれない無数のエターナルローブソードが襲い掛かったのである。
 彼の視界を埋め尽くす黒い刃たち──。

 それらは、全て、ダークアクセルに収束してくるように向かってきていた。

 はっとして見てみれば、目の前で自分が防いだはずの「エターナルローブ」は“消えている”。地面には、一片のくもりもない。闇が吸収してしまったわけではない。
 一瞬の焦燥感に見舞われたダークアクセルだったが、空からの攻撃はバリアを展開して防御する。轟音が響く。

332崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:41:35 ID:OT9PV3kg0
 すると、幾つものエターナルローブがその中に飲み込まれ、一瞬にして消えていった。

(そうか……ッ!)

 ダークアクセルは理解する。

「何をやっている……!?」

 “それ”は、スーパー1の言葉だった。
 ダークアクセルが何をしているのかわからない、という意味であった。
 彼のレーダーは、“ダークアクセルだけが見ている映像”を捕捉していないのだ。

「──なるほど、この俺に、幻惑を仕掛けるとはなッ!」

 エターナルは、「T2ルナメモリ」の力を発動していたのである。
 これにより、本来一つしかないエターナルローブを「八つ」にして、その全てでダークアクセルを狙った。攪乱させて幻惑を切った隙を狙い、本物で斬りつけようとしたのだろう。確かに、一度はそれに引っかかりそうになったが、無事打ち破ったのは、地に落ちた「気」の抜け殻を見ればわかる。
 その幻惑の効果は、エターナル以外にはなかったのだろう。

 ──その無数の幻惑の中に一つだけ、手ごたえのある攻撃があった。
 直後、その手ごたえを感じる一撃は障壁に弾かれる。──ダークアクセルの後方を狙う攻撃だった。どうやら、視神経が全て前方のそれに集中した隙を狙うつもりであったらしい。
 幻惑は全て消え、本物のエターナルローブも既に地面に払われてしまったのをダークアクセルは確信していた。
 良牙の作戦は、障壁によって破られたというわけだ。

「しかし、外れたな……どうやら策は失敗だったようだぜ、良牙」

 と、ダークアクセルが安心した瞬間であった。

「……馬鹿が」

 エターナルが冷徹に呟き、ダークアクセルに向けて中指を立てた。真っ直ぐ突き立てられた中指に、ダークアクセルも直感的に不穏な意図を感じた。
 はっとして、周囲を見回す──。
 ──と、同時に、「第四」のエターナルローブの刃がダークアクセルの頭上に降りかかったのである。何トンもの重量を持つ物質が地面に落ちたような音が鳴り響く。
 それは、完全にダークアクセルの意表を突いた攻撃であった。

(────何ッ!!)

 既に本物が転がっていたはずなのに、──もう一つの「本物」が己を襲ったのだ。
 エターナルローブは、“二つ存在した”──?

「エターナルローブを出せるのは、俺だけじゃねえんだよッ!!」

 エターナルの真上から、もう一人の「エターナル」が着地する。
 仮面ライダーエターナルは唯一無二の存在である。そして、その武器であるエターナルローブも同様だ。
 しかし、ここに居るエターナルは、決して幻想の産物ではなかった。

「──そう。厳密には、“偽物”ですが、」

 それは、ダミーメモリで仮面ライダーエターナルの姿に変身したレイジングハート・エクセリオンであった。彼女が隙を見て、「本物」を一つ作りだしていたのだ。
 先に地面に落ちた八つのエターナルローブは、ルナの力によって発現した「七つ」と、エターナルから放たれた「一つ」──しかし、「もう一つ」の本物が即席で生み出され、それが敵に一矢報いた。
 確かにエターナルの作戦は失敗していたかに見えたが、そこに加担し、成功に導いた者がいたのだ。

「これは、“本物”の怒りをあなたに向けてた一撃です──!!」

 エターナルの姿を模していたダミーは、再び、高町なのはの姿へと変身する。
 こちらの姿の方が、仲間内の「判別」の上では混乱も起きないと配慮しての事だ。
 本物のエターナルが、前に出る。

「本当は俺の手でテメェを倒してえが、テメェを潰したいと思ってるのは俺だけじゃねえんだぜ!」

 エターナルの中で良牙は思った点…。
 あかねを狂わせ、殺したのは間違いなく目の前の敵だ。
 しかし、それでも……。
 この憎しみを持っているのは、響良牙だけじゃない。
 だから、誰が力を貸してくれたっていい。

「トドメは誰にだって譲ってやる……。ただ、絶対に──」



 ──オマエを倒す!!



 良牙の心の叫びがその場に反響した実感があった。
 その瞬間に、偶然にもその場に吹いた風が、誰かの心の追い風となっていった。
 彼には負けていられない、と。

333崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:42:33 ID:OT9PV3kg0



「でかしたぜっ、二人とも……やっぱり今、勝利の女神は俺たちに微笑んでるってワケか」

 仮面ライダージョーカーが、まさに、良牙に影響されて前に出た戦士だった。
 年下の響良牙に先を越されてしまったゆえに少々焦りを覚えているのかもしれない。
 義手の右腕は、切り札のメモリを掴み、それをマキシマムスロットへと装填する。

──Joker Maximum Dirve!!──

「じゃあ、俺も行くぜ!」

 仮面ライダージョーカーは駆けだすと同時に、カセットアームをマキシマムドライブのエネルギーを携えた右腕に装填する。固く握っていたはずの義手の右腕は、すぐに別の腕へと交換される。
 ドリルアーム。
 ──固い装甲さえも貫くアタッチメントだ。マキシマムドライブは、右腕の姿が変わっても尚、そこにエネルギーを充填し続けた。それまでにそこに通ったエネルギーもどこにも逃げておらず、ドリルアームの周囲に在り続けている。ドリルアームもまた、それを内部の機械で吸収し、激しく駆動する。
 ジョーカーは、高く飛び上がった。

「はあああああああああっっ!!」

 腕が空中で強く引かれ、真っ直ぐダークアクセルの体表目掛けて叩きつけられた。
 黒い胸板に突き刺さるマキシマムドライブの光とドリル。
 かつての戦友、照井竜が愛用した仮面ライダーアクセルが悪の力に利用される事──その事への嫌悪。

(くっ……)

 若干の不快感は覚える。彼が仮面ライダーアクセルの外形を模していなければ、もう少し、この時の気分は変わっただろう。しかし──アクセルを壊しつくす覚悟は、左翔太郎の胸の内には確かにあった。
 ドリルアームによるライダーパンチの発動が終わるまで僅か数秒であるにも関わらず、妙に長い時間に感じたが──あるタイミングで、ジョーカーは後方に退いた。
 やはり、これだけでは勝てないらしい。
 ダークアクセルは立ったまま俯いたように、そこにあり続けた。
 ──思いの外、手ごたえがない。

「はぁっ!」
「おらっ!」

 ゼロとガイアポロンが続くようにダークアクセルのもとへ駆ける。
 先んじて辿り着いたゼロがダークアクセルの体目掛けて、大剣の鋭利な刃を叩きつける。すると、激しい金属音が鳴る。体表を振動するエネルギーがアクセルの装甲全体に行き渡った。
 遅れて辿り着いたガイアポロンも、同様にガイアセイバーを彼の懐に向けて叩きつけた。どこかに攻撃していない“隙”があるのではないかと彼も考え、人体でも弱そうな部分を斬りつけようと思ったのだろう。

「──残り八分」

 ダークアクセルが、まるで気にしていないかのように小声で呟くのを、二人はふと聞いてしまった。
 その瞬間、二人はショックを受けると共に、焦燥感も覚えた。彼の告げた時間はおそらく正確だ。こんな所で油を売っている暇はないのだ。自分たちは目の前にある主催本部へと直行すべきである。

 ──それを、「彼」が裏切ったばかりに。

 そんな彼は、自分たちをものともしていないとばかりに、時間を気にしている。
 苛立ちを覚え、その余裕を打ち壊してやろうと更なる一打を与えようと意気込んだ。

「くっ……銀牙! 力を貸してくれっ!」
「リクシンキ! クウレツキ! ホウジンキ!」

 二人は自分たちだけが召喚する事の出来る強力な仲間を呼び出す。
 彼らの味方はここだけにいるわけではない。

334崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:43:08 ID:OT9PV3kg0

 嘶く声と、蹄の音。──銀色の巨体、魔導馬・銀牙が、魔法陣を通過して魔界から召喚される。
 空を超え、海を渡り、陸を駆けて現れる(?)三つのマシーン。──超光騎士たちが、空から光線を発し、ダークアクセルへと的確な射撃を行い、飛来する。

「──超光合体! シャイニングバスター!」

 ガイアポロンが呼んだリクシンキ、クウレツキ、ホウジンキの三体の超光騎士は、呼び出しと共に空中で合体する。

「頼むぞっ!」

 主人が飛び乗る。
 超光戦士シャンゼリオン──いや、プログラムを変更、彼はガイアポロン──を乗せ、敵に止めを刺す為のフォーメーションを空中で展開。
 青い空の下であった。
 彼ら三体のメカにとって、石堀光彦は──起動を手伝った恩人であるのは人工知能も理解している。だが、これは主人の命令でもあり、決してこの時ばかりは拒んではならない使命である事もまた、了解していた。

「バスタートルネード!!」

 ──超光騎士は、目覚めて、最初の砲火を浴びせる。

 リクシンキの放つショックビーム。
 クウレツキの放つクウレツビーム。
 ホウジンキの放つスーパーキャノン。
 その三つの力はある一点で混ざり合い、その全てが相乗され、三つのエネルギーの特性を合わせた強い砲撃となって、一直線にダークアクセルの身体を狙う。
 主人である涼村暁の最初の命令が、まさか、あの時に一緒にいた仲間への攻撃であるとは、この時、この超光騎士のいずれも思わなかっただろう。
 しかし、一切その砲撃には容赦という物が感じられなかった。容赦をする必要のない相手だと、機械である彼らも本能で悟ったのだ。

「『──烈火炎装!!』」

 ゼロも負けてはいない。魔導火のライターでその身を青の炎に包み、ソウルメタルの性能を引き上げる。涼邑零も、銀牙騎士の鎧も、腕にはめられた魔導輪も、彼が繰る魔導馬も──全てがその炎の中で精神が研ぎ澄まされる。
 魔戒に携わり、魔を絶つ者たちだけが感じる力。──それ以外の者にとっては、それはただの身を焦がす炎にしかならない。
 ゆえに、魔戒騎士はこの殺し合いで圧倒的に有利な存在と言えた。
 銀牙に跨ったゼロは、銀牙銀狼剣を構え、ダークアクセルへと駆ける。

「「────はああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」」

 涼村暁と、涼邑零。
 二人の声が重なった時、二人の攻撃はダークアクセルの目の前まで迫っていた。依然として、ダークアクセルはその攻撃に対して、それぞれの前にバリアを展開して応戦する。ワンパターンだが、有効打だ。
 しかし──。
 石堀の予測より、その攻撃は幾許か強力であり、また──。

──解──
──解──

 彼の有効打には、こんな対抗策も存在した。
 バリア解除のモヂカラである。──外道シンケンレッドと、それを模したダミー・ドーパントの「白い羽織の外道シンケンレッド」。
 二人が、モヂカラを用いて、障壁を強制解除する事が出来る。今この時のように、バリアのタイミングが事前に予測できた場合は、タイミングを合わせてすぐに行う事が出来る。

「くっ……!!」

 ────炸裂。

 巨体が青い炎を纏いながら、ダークアクセルの真横を横切る。
 ダークアクセルの体に纏わりつく青い魔導火の残滓。
 それを描き消すのは──、ガイアポロンと超光騎士たちが放ったシャイニングトルネードの渦巻く一撃。

「──ッッッ!!!!」

335崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:43:34 ID:OT9PV3kg0

 ダークアクセルの体表で、小爆発が連続して起きる。一つのシステムの崩壊が、別の部位で誘爆を起こす。
 石堀光彦が耐えたとしても、遂にアクセルの方が攻撃の連鎖に耐えかねているらしく、その装甲から火花が散った。──第一、石堀もまた、「耐えた」と言っても、それは確かに一杯喰わされたと言って相違ないダメージである。
 これもまた、想定を上回る攻撃である。

「残り七分──ッッ!!」

 それでもまた、どこか我慢を噛みしめているように、タイムリミットを呟くダークアクセル。
 そんな彼の全身から煙が生じているのを、ドウコクが皮肉的に見守っていた。

「エレキハンド!!」

 次の瞬間、スーパー1の腕は金の光を示し、ダークアクセルの体へと電流を放った。
 雷が落ちたような強烈な金属音が鳴り響いた。電流はダークアクセルの体に直撃し、全身を駆け巡っている。大剣が齎した振動をなぞるように電流はダークアクセルの体を流れていき、時に先ほどのエネルギーと反発しながら石堀光彦の体にダメージを与える。

「──ッ!」

 確かな手ごたえ。
 スーパー1の攻撃と同時に、全身を駆け巡った電気のエネルギー。
 それは、勿論、先ほど同様に、石堀光彦だけではなく、やはり“アクセル”にまで火花を散らさせた。彼の耳元に、両腕、両足、頭──と、全身の装甲を崩壊させていく音が鳴り響いていく。
 あらゆる攻撃が、装甲の防御性能や攻撃性能をダウンさせ、それをただの重い鎧に変えていく。

 ダークアクセルは、“アクセル”に巻き込まれるようにして、自らの膝をついた。
 これならば変身を解除した方が確実に良いと、石堀も内心で思った。そして、その思考通り、次の瞬間にはアクセルドライバーに装填されているアクセルメモリを取りだそうとする。
 しかし──。

「何──ッ!?」

 ──変身が、解除できない。
 アクセルメモリにその手を近づけるなり、全身で装甲が火花を散らし、装甲の内部で石堀にダメージのフィードバックが発生するのだ。
 二度、試したが、やはり同様に、解除が何かによって拒否されている感覚があった。
 アクセルが石堀を弱体させている状況下、変身が解除できないのは痛手である。
 ──何故こんな事が起こるのか。

「どういう、事だ……ッ!!」

 そう、“アクセルメモリ自身”が、ダークアクセルの手を拒んでいるのだ。
 過剰適合と正反対だ。非適合者に捻じ伏せられる形での変身であった為に、“メモリ自体”が石堀光彦に抵抗しているのである。

「まさか、この機に乗じて……」

 誰かを裏切る者は誰かに裏切られる。
 それは時として、“誰か”ではなく、“何か”であったりもする。
 そう、この時。──石堀は、ただの一個の変身アイテムとしか認識していなかった“アクセルメモリ”に裏切りを受けていたのである。

「……いや、この機を待っていたのか、──アクセルゥゥゥゥゥーーーーッッ!!」

 石堀も解したらしいが、それは既に手遅れだ。
 自分は、このまま追い詰められる。いや、既に殆ど、彼らに追い詰められている。
 その彼らの中には、もしかすると──この、加速のメモリも含まれているのかもしれない。

 ──ガイアメモリは元の世界で、その未知の専門家を含め、誰も解明しきれていないほどの未知の性質を持っている。
 時として、メモリ自身が使用者を選ぶのも──また、その性質の中で最も不可解な部分の一つである。
 石堀光彦は、決してアクセルに選ばれてはいなかった。いや、仮に選ばれたとしても、この時、おそらくその資格は亡くしていたのだ。
 本来の装着者──“照井竜”のような、「仮面ライダー」をアクセルが求める限り──。

336崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:43:51 ID:OT9PV3kg0

「照井……!」

 仮面ライダージョーカー──左翔太郎だけがそれを理解し、どこか感慨深そうに、アクセルの崩落を見つめていた。
 井坂深紅郎が無数のメモリを使った実験によって、自壊した時にも似た光景だった。
 照井竜の──仮面ライダーアクセルの最後の意地を垣間見ているような気がして、彼は息を飲んだ。

 照井竜を殺害したのは、実は間接的には石堀光彦である。彼による洗脳を受けた溝呂木眞也や美樹さやかの襲撃がなければ、照井竜とその同行者である相羽ミユキは死なずに済んだといえる。
 アクセルメモリは、今、ある意味で、その“復讐”を行っているのかもしれない。

「……何だかわからねえが、絶好の機会って奴らしいな」

 そんな時、言葉を発したのは、血祭ドウコクであった。
 昇龍抜山刀を抜き、全く遠慮を示さず、全く恐怖を覚えず──ダークアクセルへと、のろのろと歩きだす。
 ダークアクセルの視界に、鈍い動きで迫るドウコク。
 反撃の機会を見出そうとするが、そんなダークアクセルの体を蝕む電流。装着者を戦わせない──、“変身システムによる反撃”が石堀光彦を襲う。
 これは、もはや──拘束具である。

「折角だからな、俺の借りも返させてもらうぜ」

 呟くように告げるなり、眼前で、ドウコクは昇龍抜山刀をアクセルの左半身目掛けて振り下ろした。
 ねらい目は、青色の複眼であった。ここが叩かれる。──破壊音。
 メットの青いバイザーのみが砕かれ、中の機械が外に露わになった。その痛みは仮面の下の石堀にもフィードバックする。──左目に電流。
 目の前の血祭ドウコクが受けた痛みに似ている。

「ぐぁっ……ッッ!!」

 この一撃がドウコクの返答であった。
 彼は真正の外道である。
 弱っている相手にも躊躇はない。たとえ、それがかつて味方であった者だとしても、どれだけ弱り果てていたとしても──それが彼の感情を僅かでも痛めたり、揺さぶったりする事はない。
 これは、「外道」であるがゆえに成せる技だ。彼が外道であるがゆえに、一方的に敵を痛めつける事にも躊躇は払われない。

 そして、そんなアクセルに誰かが救いの手を差し伸べる事も、この時ばかりはなかった。
 更にドウコクはアクセルの角を左手で掴み、強引に立たせるようにして持ち上げた。手足がだらんとぶら下がる。──石堀もどうやら、限界のようである。



「んラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 そこから、横に真一文字。
 刀が凪いだ。深々と斬りつけられた刃は、アクセルを確かに“斬った”手ごたえをドウコクの手に伝えていた。
 ──アクセルの装甲に黒い生傷が生じ、そこからアクセルの全身を覆うような真っ白な煙があがった。耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴る。

「……っと、」

 ドウコクはこの一撃とともに、アクセルと距離を置く。できれば攻撃を続けたかったが、それはやめた方がいいと気づいたらしい。
 ──何故ならば、既にトドメを刺す為の前兆が始まっていたのを背中で聞いていたからである。
 彼らが攻撃してくる事はないと思うが、巻き添えを食らうのはごめんだ。
 まあいい。譲ってやろう。

──Joker!!── 
──Eternal!!──

337崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:44:14 ID:OT9PV3kg0

──Maximum Drive!!──

 重なって聞こえた二つのガイダンスボイス。
 仮面ライダージョーカーと仮面ライダーエターナルの二人の仮面ライダーがマキシマムドライブの音声を奏で、膝を曲げ、腕を横に広げて構えていた。
 仮面ライダークウガの変身待機時のポーズであった。

 彼らが、同じ仮面ライダーとして、ダークアクセルの最後を飾ろうとしているのだ。
 マキシマムドライブのエネルギーはベルトのメモリから膝へと伝っていく──。

「照井……これ以上、お前のアクセルを、こんな奴に利用させねえよ」

 そんな言葉に反応して、ダークアクセルの動きが硬直する。──反応したのは、ダークアクセルといっても、“石堀光彦”ではなかった。
 ──全身の神経が逆らえない、装甲の圧迫。内部を駆け巡る電流のような衝撃。
 この一撃だけはなんとか通そうと、アクセルメモリが──照井竜の魂が邪魔をしているかのように。

「くっ……!」

 彼は、二人の仮面ライダーが自らの目の前で、こちらへ向かって駆けてくる事も、飛び上がり、回転する瞬間も、見ているだけしかできなかった。
 抵抗は全くの無意味だ。メモリの拘束力が強い。
 次の瞬間──





「「ライダー、ダブルキィィィィィィィィーーーーーーーッッック!!」」





 ダークアクセルの身体を貫く、二人の仮面ライダーの同時攻撃──マキシマムドライブ。
 炸裂。──目の前で視界を覆う光。
 即席とは思えぬ、見事に息の合ったコンビネーションで、それはダークアクセルの胸にクリティカルで命中した。
 アクセルの装甲で耐える事は不可能な膨大なエネルギーが流しこまれる。

「ぐっ……ぐああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 鳴り響く悲鳴。──そして、遅れて爆音。
 それはアクセル自身の内部の音だった。
 アクセルの装甲が弾け飛び、爆発する。ナイトレイダーの制服をぼろぼろに焦がした石堀光彦が中から現れ、膝をついて倒れる。──彼にしてみれば、牢から解放されたともいえるかもしれないが、その時に被ったダメージはその代償としては大きな痛手であっただろう。
 空中で、アクセルのメモリが罅を作り、心地の良い音と共に割れた──。

 ──メモリブレイク。

 仮面ライダージョーカーにとって、それは仕事の一つだった。
 仕事を完了した彼は、恰好をつけた決めポーズをするのが癖だったが、今日はそれを忘れていた。
 勿論、それは、照井竜の遺品ともいえるガイアメモリを砕いてしまったからに違いない。

(……これで、本当の意味で風都のライダーは……俺一人になっちまったな)

 爆炎を背に、彼はしみじみと思った。
 アクセルを継ぐ者は現れない。何人もの仮面ライダーが支え合い、風都を守って来た伝説は、今日から、孤独のヒーローの話になる。
 ──それを、翔太郎は実感した。

「がっ……がはぁっ……ッッッ!!!」

 溺れたような声が耳に入り、ジョーカーたちは振り返った。
 常人はメモリブレイクのダメージに耐えてすぐに起き上がる事は出来ないのだが、石堀はそれが可能だった。まだ地面から煙がそよいでいるという中でも、土を握って立ち上がっている。

338崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:44:35 ID:OT9PV3kg0

 それは、生身の人間のように見えるが、──いや、そうではない。
 石堀は、ウルティノイドだ。宇宙で作られた人工生命体である以上、その姿が人間だからといって侮ってはならない相手なのである。──この中に、それを知る者は一人もいなかったが。

「……まさかッ……この俺が……!! この俺が……ッ!!」

 石堀は既に包囲されていた。
 ここにいる者たちは、容赦なく石堀を攻撃する覚悟を持っている。
 その武器を固く握りしめ、彼を倒す事を誰しもが考えていた。息の根を止める、という末恐ろしい事を実行しようとしている。
 しかし、その時。

 ──ふと。

 石堀の視界に、包囲している人間たちとは別の物が、見え、石堀はそちらを注視した。
 それは、確かにこちらに接近している。──物体、いや、人間。
 誰だ……? あれは……?
 自らが置かれている状況を忘れて、彼は目を見開いた。

「…………!」

 その時。石堀に対して、またも予想外のアクシデントが起きたのである。
 しかし、そのアクシデントはこれまでとは決定的に違う性質の物であった。──なぜなら、それを謀った物は誰もいないからだ。
 対主催陣営も、石堀光彦も、主催者側も──実際のところ、まるで感知しなかった事実が襲来した。

「────」

 石堀が、何かを見ている……という事に他の全員が気づいたのは、そのもう少し後の事だった。彼の次に、零が、──次に、ドウコクが、──沖が、──レイジングハートが、──翔太郎が、──良牙が、気づいた。
 そこで、誰かが言った。

「待て……! なぜお前が……」

 誰が言ったのかはわからない。しかし、誰もが同じ事を言おうとしていた。
 彼らは、どうやら、このタイミングで、今の戦闘よりも遥かに注意を向けなければならない事象に立ち会ったらしい。
 誰かが空を見上げた。
 いや、しかし──空は、思いの外、明るかった。だからこそ奇妙だった。
 ──何か、恐ろしい物が背を這うような感覚を、その場の全員が覚えた。

「……貴様、生きていたのか……!」

 それは、石堀光彦でさえ一度息を飲んでしまう相手だという事。
 本来、死んでいるはずの存在であるという事。──放送でも、名前は呼ばれたはずだった。
 そして、自ずと見えてきた敵の姿。

 あれは見た事のある白い体表。
 その体表を飾る金色の装飾。
 四本角。
 吊り上がった怪物の眼。



 究極の闇ン・ダグバ・ゼバ──。

「イシボリ……カメンライダー……やはり、生きていたか」

 ──いや、「ン・ガドル・ゼバ」であった。



「どうして……お前が……いるんだ……」

 彼は、翔太郎が、フィリップや鋼牙と共に完全に倒したはずなのに。
 何故、ここにいる。彼らの犠牲によってやっと倒したはずの相手だ。
 それは、ダグバの姿をしていたが──左翔太郎には、それがガドルなのだとすぐにわかった。左腕が失われているのがその最たる証拠だ。

339崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:45:04 ID:OT9PV3kg0

 だが、左腕を失った宿敵は、永久に死んでいて欲しかった。
 彼を倒す為に出てしまった犠牲の重みを思えば、そうでなければ理不尽である。──ジョーカーは固く拳を握る。

 ──何故、こんな時に。

 そう問いたい気持ちが本来湧き出るはずだが、それさえ出なかった。
 彼が、何故こうして生きているのかは誰にもわからなかったからだ。

 しかし、少なくとも、彼は、「死んだ」ように見せかけながら、何度でも彼らの前に現れた敵であった。
 それと同じだ。もう驚き慣れたほど──。
 そして、また、こうして彼らの前に現れてしまったのである。



「──確かに、俺は、貴様らに何度となく敗北した……! そして、死さえも経験した……! 世界には俺よりも強い者が何人もいたのだッ!! もはや、勝者となり、究極の闇を齎す資格はどこにもないのかもしれん……」



 ガドルが右腕を目の前に翳す。
 次の瞬間──。

「……!」

 超自然発火能力によって、彼らの周りに炎が上がる。
 炎は無差別に燃え上がった。自らを巻き添えにする事も辞さないほどである。

「……しかし、俺はグロンギの王だ。ゆえに、グロンギ以外の者に負けたままで終わる事は出来ない! この俺の為に、王となった俺の為に──グロンギの王が、他の種にやられた事実を覆す為に……敗北し、葬られた全ての同胞が力を貸しているに違いないのだ……! ならば、それに応える事こそが、王たるこの俺のさだめ……!」

 その精神は、果てしないほどに「戦士」であり、「強者」であった。
 その誇りは、まさしく「王」に相応しい物であった。

「俺は、貴様らを倒すまで、死ぬわけにはいかん……!!」

 外見は、まだその体の全てを完治しておらず、はっきり言ってしまえば満身創痍といっていいかもしれない。気力だけで体を動かしているという言葉がこれほど似合う者もいまい。
 究極の闇としての脅威は、そこにはなかった。

 しかし、この場に現れた第三勢力に、多くの者が戦慄した。
 その執念に、そのしぶとさに……。

「──まずは貴様だ、イシボリ!」

 着々と過ぎていく残り時間の中で、敵も味方も、第三者もまた──思いもよらぬ出来事の連続を体感していた。





340崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:45:52 ID:OT9PV3kg0



 キュアブロッサムは、再び、容赦なくキュアピーチに容赦のない攻撃を仕掛けていた。
 起き上がったキュアピーチに、両腕の拳を何度も振るう。
 キュアピーチもまた、同じ数だけ拳を振るい、防御しながら攻撃を仕掛ける。
 常人の目では素早すぎて見えないラッシュが、キュアピーチとキュアブロッサムの間で展開されている。
 事実、そこに辿り着いた孤門一輝の目には、“それ”は見えていなかった。

「つぼみちゃん!」

 孤門が、大声をあげて呼んだ。
 しかし、ブロッサムはそれを聞いたものの、戦闘に集中すべく、やむを得ず無視した。視線さえも孤門には向けられていない。一瞬でも気を抜くと命取りになるのだ。まるで聞こえていないかのようである。
 孤門に申し訳なく思いながらも、やはり、それは仕方のない事だと割り切った。

「美希ちゃん……!」

 勿論、孤門も咄嗟に呼んでしまっただけで、戦闘を中断しての答えを期待していたわけではない。無視を決め込まれても別段心を痛ませるわけでもなく、その場にいるもう一人に気づいて声をかけた。こちらは、もっと意思の込められた呼びかけだった。
 キュアベリーは、少し足を痛めたと見える。この場で立ち上がらずに、ピーチとブロッサムの方を見上げていた。あのラッシュの中、付け入るタイミングがないのかもしれない。
 ベリーは、自分の名を呼んだ孤門の方を向いた。

「孤門さん……」
「痛みは?」

 孤門は少し心配そうな表情で訊いた。
 彼がこんな風にサポートをするのはこれで何度目だろう。

「あるけど……大丈夫。すぐになんとかなります。大した痛みじゃないので」

 その言葉は、強がりというわけでもなさそうだった。しかし、僅かでもダメージを受けてしまうのは今後厄介である。
 残り時間も少ない。──孤門の中では、焦燥感は苛立ちへと変わりつつある段階だ。

(まずい……)

 残りの数分で、ゲームは「破綻」だというのだ。孤門たちはこの島に取り残される形になってしまう。その短期間で乗りこむ事が出来るのか?
 残された可能性は僅かだ。おそらく、「無理」と言っていい。
 しかし、最後まで諦めてはならない──それが信条だ。

 キュアベリーが、ピーチとの戦いについて口を開いた。
 事前の作戦らしき物はあるのだが、どうやらまだ成功まで漕ぎつけていないらしい。

「ピーチのブローチを狙っても、どうしても拒絶されて、難しいんです……」
「わかった。……でも、それは大丈夫だよ。こっちも、打開策を得たばっかりだからさ」

 そんな孤門の言葉にきょとんとしているベリーであった。
 妙に自信ありげにも聞こえた。

「大丈夫。もう、すぐにラブちゃんは助かるよ」

 その時。
 キュアベリーと孤門の後ろから、二人分の足音が鳴った。──マミと杏子だとするなら、丁度人数分であった。
 しかし、まだそれが誰なのかはキュアベリーの視点では確定していない。とはいえ、マミと杏子だと推測しており、実際そうだと確信しているのだが、彼女は、そう思っていたからこそ、──そして、実際に正解だったからこそ、この後、驚く事になる。

「……え?」

 二人は、ゆっくりとキュアベリーたちの真横まで歩いて来た。
 そして、立ち止まり、真上で戦闘を繰り広げているキュアブロッサムとキュアピーチの方を見上げている。
 地面に座りこんでいるキュアベリーには、その顔は後光で見えない。

341崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:47:20 ID:OT9PV3kg0




すみません、>>340は「崩壊─ゲームオーバー─(8)」です。

342崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:47:48 ID:OT9PV3kg0

「……!」

 だが、そこにいる二人の「恰好」を見て、──キュアベリーも驚かざるを得なかった。

「これが最初で最後だからな、折角だしキメてみるか」
「──そうね、二人だけだど味気ないかもしれないけど」

 それは──黄色と赤のフリル。
 間違いなく、キュアベリーが近くで見てきたものと同じだった。
 声、だけが違う。





「イエローハートは祈りのしるし! とれたてフレッシュ、キュアパイン!」

「真っ赤なハートは情熱のあかし! 熟れたてフレッシュ、キュアパッション!」





 二人のプリキュアが名乗りを上げる。
 そう、それは──かつてまで一緒に戦っていた、二人のプリキュアであった。

 キュアパイン。──山吹祈里。
 キュアパッション。──東せつな。

 だが、その二人はもう、この世にはいない。いるとすれば、美希の心の中に二人はいる──が、美希が二度とその姿を現実に見る事はないはずだったのだ。
 その決別は既に済ませたはずであった。

「やっぱり、恥ずかしいなこの『名乗り』って奴は」
「……そうかしら? 結構カッコいいと思うけど」
「……」

 太陽が微かに動くと、そう言う二人の顔が、ベリーにもはっきりと見えた。
 やはり──それは、巴マミと、佐倉杏子だったのだ。マミがキュアパインに、杏子がキュアパッションに変身している。

 そこにあるのが祈里とせつなの顔でなかったのを一瞬残念に思った心があるのも事実だが、やはり……事後的に考えれば、少し、そうでなくて安心した気がする。
 もし、またそこに祈里やせつなの姿があったとしても、どう受け止めていいのかわからないほど、この二日間は長かったのだ。彼女は既に受け入れてしまった──二人の死を。
 見慣れたキュアパインとキュアパッションの顔が、少しアンバランスにも見えた。衣装は同じだというのに、顔だけ違うのが違和感を齎すのだろう。

「あなたたち……」

 やはり、驚いてそんな声が出てしまった。
 何故、二人がこうしてキュアパインとキュアパッションになっているのだろう。──恰好だけが同じというわけではないのは、同じプリキュアであるキュアベリーには、すぐに理解できたが、彼女たちプリキュアは誰でも変身できるというわけではない。

 キュアピーチはラブ、キュアベリーは美希、キュアパインは祈里、キュアパッションはせつなの物であった。……しかし、そのルーツを辿れば、確かにありえる話ではある。
 美希も最初は普通の女の子だった。それが、妖精ブルンに認められ、キュアベリーの使命を背負った事で変わったのである。
 ──つまり、妖精が認めれば、誰であっても、次のプリキュアの資格を得る事も出来る、という事だ。
 考えてみれば、同様に、ダークプリキュア──そして、月影なのはと名付けられた彼女が、キュアムーンライトに変身を果たしている。

「……ベリー。キルンとアカルンがあたしたちの事を認めてくれたみたいだ。あたしたちじゃ気に入らないかもしれないが、四人で力を合わせればブローチの一個や二個、簡単にぶっ壊せるだろ?」

 言って、キュアパッションはキュアベリーの手を取った。
 キュアベリーが、呆気にとられながらも彼女の手を借りて立ち上がる。その顔つきは杏子にも随分と間の抜けた物に見えていたが、すぐにまた顔を引き締めたのがわかった。

343崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:48:29 ID:OT9PV3kg0

「……二人はもう完璧に私の仲間よ! 祈里とせつなの後任だって認められるわ。気に入らないわけないじゃない……!」

 ベリーは、勝気に笑い、二人の間に少しの安心が宿った。
 蒼乃美希にはわかる──。
 仮にもし、死者が何かを言えるのなら、彼女たちは二人を認めるに違いない。キルンやアカルンもそれを見越した上で二人を新たなプリキュアへと変えたのだ。
 ならば、ここで新生・フレッシュプリキュアが生まれる事になる。

 ──いや、やはり、……まだだ。

 現段階ではまだ新生・フレッシュプリキュアとは言えないではないか。
 あと一人。キュアピーチを助け出した瞬間から、フレッシュプリキュアは新しいメンバーを加えて、再び「四人」になる事ができる。
 ラブを含めて四人。──そう思ってこそ、気合いが湧きでるという物だ。
 それを思って、ベリーは自らの頬を両手でぱんっ、と叩いた。

「……さあ、いくわよっ、二人とも! プリキュアでは、私の方が先輩だから、わからない事があったら何でも聞きなさいっ!」

 今度は、キュアピーチとキュアブロッサムの戦闘が繰り広げられる眼前へと駆けだした。
 後ろには、少しむすっとした表情で、「先輩風吹かすんじゃねえ!」と言うキュアパッション。それを、「いいじゃない、たまにはこういうのも」となだめるキュアパイン。
 それは、誰にとっても新鮮な光景であった。

「──はぁっ!」

 彼女たちは、顔を見合わせて頷いた。
 疾走した三人は、一瞬でキュアブロッサムとキュアピーチの周囲を囲んだ。
 流石に、二人もすぐに戦闘行為を中断する。
 キュアピーチは、単純に形成が不利になったのを理解したからであり、キュアブロッサムは、無抵抗の敵に攻撃を続ける必要性を感じなかったからだろう。

「えっ……? どういう事ですか……?」

 戦意に溢れた先ほどの表情と打って変って、きょとんとした表情でブロッサムが言った。
 彼女も、キュアパインがマミ、キュアパッションが杏子になっているこの光景には、唖然としてしまっている。

「説明は後! ブロッサム、私たちに合わせて!」

 しかし、そんな疑問は、今は彼女に勝手に納得して貰うとして、問題はもう一人のプリキュアの方である。
 ──キュアピーチの顔色が、更に険しくなった。

「……ッ!!」

 キュアピーチは、加わった三名の姿、それぞれに何かの想いを抱いたようである。
 激しく強い憎悪。特に、その「三つの色」が目の前に入った時は、全てをなぎ倒す竜巻のように激しく、彼女の心を渦巻いていく──。
 あの青と、黄色と、赤の衣装に対しては、ただひたすら憎しみばかりが湧きあがってくるのである。
 どれも、“憎い”記憶に満ちているようだった。

「……!?」

 だが、そんな想いに駆られていた間に──キュアピーチは、自らが敗北の境地に立っていた事に気づいた。

「何ッ……!」

 そう、気づけば既に────包囲は完了している。
 逃げ出す猶予はなかった。
 キュアピーチは、四人の敵に四方を完全に囲まれていたのだ。対象を絞れない彼女は、一瞬錯乱する。

 右を見れば、キュアパイン。左を見れば、キュアパッション。後ろには、キュアベリー。前方には、キュアブロッサムがいる。
 まずは、真上に飛ぶ事を考えたが──。

「さあ、一気に行くぞ!」

344崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:48:46 ID:OT9PV3kg0

 次の瞬間、キュアパインとキュアパッションが駆け出し、キュアピーチの腕をそれぞれ掴む事に成功してしまった。その腕は強く、固く結ばれている。
 キュアピーチは、先手を取られた事に対し、不機嫌そうに顔を歪ませた。

「はぁっ!!」

 だが、それでも、キュアピーチは二人を引き離そうとして、地面を強く蹴った。ある意味では彼女も強い執念の持ち主なのだろう。
 三人が高く空に舞う。
 キュアパインとキュアパッションは、彼女のジャンプに巻き込まれながら、それでもキュアピーチを離さず、固く掴まっていた。
 それを追うように、キュアブロッサムも地面を蹴って高く飛んだ。

「はぁぁぁぁっ!!!」

 彼女が強く引いた腕は、胸元のブローチを掴もうとして、前に伸ばされる。
 あと数ミリで手が届く……という所で、キュアピーチは抵抗する。

「──邪魔をするなぁっ!!」

 キュアピーチの華奢な足が、キュアブロッサムの腕を蹴り上げたのだ。空中で蹴り上げられたキュアブロッサムは、バランスを崩しながらも叫んだ。
 ここにいるのは、キュアパインとキュアパッションとキュアブロッサムの三人だけではないのだ──。

「──くっ、今ですっ!! ベリー」

 その言葉は、「誰か」への指示であった。

「OK!」

 キュアピーチの真後ろから、キュアベリーの声──。
 いつの間に、そこにキュアベリーがいたのか、キュアピーチは認識できていなかった。

「何ッ!?」

 既に彼女もまた宙高く飛び上がっていたのだ。おそらく、キュアピーチと同時に飛び上がる事で、自らの足を踏み込む音を消したのだろう。
 キュアベリーの腕は、キュアピーチの肩の上から、胸元のブローチまで手を伸ばした。
 キュアピーチは両腕でそれを止めようとするが、動かしたい両腕はキュアパインとキュアパッションに掴まれている。足は、キュアブロッサムを蹴り上げたばかりだ。

「──いい加減に、目を覚ましなさい!!」

 キュアベリーの指先は反転宝珠のブローチを掴み、キュアピーチの胸から引きはがす。
 四人の攻撃を同時に受けたばかりに、彼女も反転宝珠を守り切る事ができなかったのだ。

「──今よっ!」
「あいよっ!」

 そして、ベリーが真横に投げた反転宝珠は、次の瞬間、──砕けた。
 キュアパッションが、見事に槍身で貫いて見せたのである。貫かれ、形を維持できなくなった反転宝珠がばらばらになって、一足先に地面に零れていく。
 ──それがソウルジェムとは性質の違う物であると知った以上、躊躇はなかった。

 これで、“友達に攻撃される”という、この、最悪の戦いは終わる……。

「──ラブ!!」

 キュアピーチの全身の力がその瞬間に抜け落ちた。両腕を掴んでいたパインとパッションはそれをよく感じ取っただろう。
 キュアベリーも、少し力が抜けたような気分になった。
 空中を舞っていたはずの五人は、そのまま自由落下する事になる。

「────」

 四人のプリキュアを前にした時点で、キュアピーチは敗北していたのだ。
 最早、そこにこれ以上戦いを長引かせる必要などなかった。

 ──その時、彼女たちが空から見る地上では、炎があがっていた。
 落下するキュアピーチは、その炎の中に、一時的に失われた桃園ラブらしい思い出を灯していた。

345崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:49:01 ID:OT9PV3kg0







「……」

 ン・ガドル・ゼバ。
 この石堀光彦という怪物が出る前は、彼こそが最強の魔人として“ガイアセイバーズ”の前に立ちふさがっていた。

 ──戦いと敗北と殺人の中で、飽くなき強さを求め続け、何度倒しても、強運によって守られ続けた戦士。

「てめぇ……」

 彼が完全に死んだ時、全ての参加者は、彼をもう思い出したくない存在だと思っていた。彼が野放しになる事に無念を感じて死んだ参加者もいる。
 生きていてはならない敵だった。
 生物には生きる権利があるとしても、それを絶えず侵し続けるのが彼らグロンギ族であった。
 ガドルがまた、これ以上、戦いを求め、これ以上、何かを殺し続けるようでは、死んでいった者たちに顔向けが出来ない。

 ジョーカーには、焦燥感と苛立ちと、体の震えがあった。
 ダークアクセルへの追い込みだってかけられたタイミングで──残り時間もほんの僅かだというのに──。
 この男が殺した幾つもの無念を背負っている男として──。
 そして、この怪物とまた命をかけた殺し合いをしなければならない者として──。
 左翔太郎の中で、あらゆる感情が渦巻いていく。しかし、そんな彼に、ガドルが顔を向けるが、かけた声は淡泊であった。彼の真横を、全く、淡々と言っていいほどにあっさりと通り過ぎていく。
 他の戦士たちも同様、今はガドルの眼中にはなかった。

「──カメンライダー。俺は必ず貴様も殺す。待っていろ。……だが、まずは貴様ではない」

 そう、ガドルにとって、最も優先すべき敵は、仮面ライダーダブル(ジョーカーの姿をしているが、ガドルはこう認識している)ではなかった。
 左翔太郎も確かにダブルの欠片ではあるが、そうであると同時に、ガドルを倒した時点でのダブルと同条件の存在ではない。
 しかし、ただ一人だけ、一対一の勝負で悠々とガドルに勝ち星を上げた物がいた。

「イシボリ……」

 石堀光彦。──仮面ライダーアクセル、こそが彼にとって、唯一、単独で自らを倒した敵だったのである。
 そして、ガドルも、今、石堀に対して、かつてとは段違いの闘気を感じるようになっていた。

「今の貴様は、まさに究極の闇だな」

 ガドルの攻撃対象が、石堀光彦であった事に安堵した者もいたかもしれない。いや、むしろ──多くの者は、ここで“彼”が石堀を追い詰めるのに加担する事に、若干の心強さも覚えていた。
 彼は、土の上で──火元がないのに何故か──燃え続けている炎の中を堂々と歩き、全員の視線を釘づけにしながら、ダークアクセルの前へと歩いていく。

「貴様は、リントではなかったか……。だからこそ、俺に勝つ事が出来た」

 かつて、トライアルの力を持ったアクセルに、ガドルは敗れた。
 それより前にも、彼の放った神経断裂弾に意識を途絶させられた事もある。
 忘れえぬ幾つもの雪辱。──どうやら、それを果たす最後の機会が巡ったようだと思う彼であった。

 ──戦え……

 ────俺と戦え、石堀……

 そんな囁く声が、石堀光彦の頭の中にも響いてくる。──普通の人間なら耐えがたい威圧感を覚える事になるのだが、彼にはそれがなかった。

346崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:50:06 ID:OT9PV3kg0
 余計な雑音として、それはすぐに、頭の中でシャットアウトされた。

「チッ……余計な参加者が増えたか……!! だが、まあいい……!! 遂に、終わりの時が来た……ッッ!!!!」

 眼前に迫りくるガドルを目にしても、ダークアクセルはそんな小言を言うばかりであった。
 彼が放つ超自然発火能力による炎は全て、ダークアクセルの周囲で「闇」が吸収していく。

「戦え……ッ!!!」

 奇妙な、炎と闇の相殺。
 まるでそれが一つのこの場のギミックであるかのように、空中で、「炎」が浮かんでは消えていた。
 誰もが、その様子に息を飲み、割り込むタイミングを見計らっていた。

「残り時間は、五分……ってとこか。まあ、ギリギリだが、粘った甲斐があった。これだけあれば残りの計画は終わり、復活の時が来る……!!」

 ダークアクセルが、ふとそう呟いた。
 今はガドルを全く意識していないようにも見える。
 この場において、彼だけはほとんど危機感を持っているようには見えない。

 ────と、同時に。



「──本当のショータイムはこれからだぜ……ッ! 面白い物を見せてやるよ」



 そう言うダークアクセルは、気づけば、「空」に逃げ出していた。ガドルなど彼の知った話ではないらしく、真正面から向かうのは極力避けようとしているらしい。
 空中浮遊。──アンノウンハンドが本来持つ力である。しかし、今まではあえて、使わずにいた。
 奥の手の一つとして温存していたのだ。
元々の彼の目的は、目の前の連中とは無縁だ。戦わなければならないから彼らと戦ったのみ。──目的になるのは、むしろこの場にいないプリキュアたちの方だ。
 彼女たちが、今、遂に石堀の目的通りに行動したのを、石堀は感知した。

 ──宙を舞った彼はすぐに別の場所に向かおうとしていた。







 忘却の海レーテの光の下、キュアピーチは周囲を囲んでいる五人の姿に目をやった。
 孤門、キュアベリー、キュアパイン、キュアパッション、キュアブロッサム──つまり、彼女たちはさっきまでそこにいた仲間たちだ。
 辺り──すぐ近くではまだ騒々しさがあり、炎もあがっていた。少し朦朧とする意識の中では、それは些細な事にも映った。

 時間は、……どうやらそこまで経過していないようだ。

 この殺し合いの会場で暮らす事になったわけでもなければ、この殺し合いが終わったわけでもない。まだ、キュアピーチはこの“殺し合い”の中に巻き込まれている。戦わなければならないのだ。
 しかし、その中でもまた色々あったようで、ピーチの目には驚かざるを得ない光景がある。そう、キュアパインがマミであり、キュアパッションが杏子である……という状況だ。

「良かった……」

 少し唖然としていた彼女に、最初にかかったのは、「桃園ラブ」の回帰に安堵する「蒼乃美希」の声だった。マミや杏子やつぼみは薄く微笑みかけながらも、桃園ラブの一番の親友の役を彼女に譲り、一歩引いていた。

「美希たん……。あれ、私、どうしてたんだっけ……? なんで二人がブッキーとせつなに……? あれ?」

 そんな風に、事態を飲み込めてない様子のキュアピーチだ。

347崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:50:32 ID:OT9PV3kg0
 反転宝珠は、感情が反転していた時期の記憶を忘れさせてしまっていたらしい。
 人格そのものが強制的に変更させられていたので、こんな風になってしまったのだろう。
 先ほどの凶暴さは嘘のようで、このギャップに思わず、キュアベリーの口元から笑みがこぼれてしまう。

「なんでもないわよ。……ただ、あんな思いは二度とご免ね」
「え? やっぱり何かあったの? えっと、何かあったなら、協力できなくてゴメン!」

 普通なら白々しいが、ラブは本当に先ほど何があったのか知らない。
 人格が極端に変わるだけに、記憶ごと一度リセットされたのだ。
 もういい。説明する必要はない。彼女にも悪気があったわけではないし、知れば、泣きわめいて何度もペコペコと謝るだろう。
 桃園ラブは、そういう人間だ。

「……もういいのよ。さあ、私たちも戻るわよ。──今、ようやく新生・フレッシュプリキュアの誕生なんだから」

 ベリーがそう言って、ピーチの手を取り立ち上がった。
 キュアベリーの膝はすっかり怪我の痛みを忘れて、キュアピーチの方も激戦で残る体の傷は、なんとか我慢できる範囲であった。
 しかし、状況説明が曖昧で、どこかからかわれているようで腑に落ちない所もあった。キュアピーチはそれでも、多くは「まあいっか」と軽く流す事ができる。
 ただ──。

「で、新生・フレッシュプリキュアって何?」

 その言葉だけはラブにも気がかりだ。何せ、フレッシュプリキュアという事は、自分もそのメンバーには入っている筈なのだから。
 そんな中で自分だけが置いてけぼりを食らうのはいけない。──と言っても、実はキュアブロッサムもちゃんと説明を受けてはいなかったのだが。

「そうね、それは説明しておかなきゃならないわね」

 簡単に経緯を説明する。
 この段階で、二人がキルンとアカルンに認められ、プリキュアとなる資格を得た事。──としか言いようがなかった。
 美希も実際、つい先ほどその事実を知ったばかりで、当のマミと杏子でさえちゃんとは知らない。
 二人はプリキュアとしては不慣れではあるものの、これまでも魔法少女として戦ってきた実戦経験があり、頼りになるのは言うまでもない話で、仲間としても信頼関係は充分に結ばれている同士だ。
 拒む理由はほとんどなかった。

「えっと……マミさんと杏子ちゃんが、新しくパインとパッションになるって事?」
「要するにそういう事だ、じゃあこれからしばらくよろしく」
「ふふっ、よろしくね、桃園さん」

 二人がプリキュアの衣装を着ているのは、ラブにはどこかおかしくも見えた。
 だが、ラブもこの二人ならば認められる。──祈里とせつなはもういない。それを、キルンとアカルンもまた理解し、乗り越えたという事なのだろう。
 それは決して悪い事ではない。──本当ならもう少し時間をかけて、落ち着いてから探していくべきだったのだろうが、それも、やはり、できなかったのだ。
 しかし、決して、悪い判断ではなかったと思う。

「う、うん! 二人なら、大歓迎だよ!」

 このように話が纏まるのは必然であった。
 とにかく、それを理解したならば、先に進まなければならない。向こうでは戦火が上がっている。何か大きな進展があったとしか思えない。死人は出ていないだろうか。
 ……というのがベリーの考えであったが、そんな最中でもピーチはまた、ベリーに手尾惹かれながら、数分間の欠落した記憶について考えていた。

「……うーん、一体、さっきまで何があったんだろう」

 ラブにとって、思い出せる限り、最後の記憶は、──そう。
 石堀光彦の裏切りと、それを何とかしようとした時の記憶だ。
 まだ、彼は敵なのだろうか──。だとすれば、何度でも、プリキュアの力で──。
 と、考えていたところを、ベリーが突然声をかけた。それで、記憶を手繰り寄せるのを中断する。

「あ、そうだ。ラブ」
「何? 美希たん?」

348崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:50:49 ID:OT9PV3kg0

 キュアベリーは、ピーチの手を引いて、あの炎の挙がっている場所に向かいながらも、ただ一つだけ、どうしても言っておきたい想いがあったので、それだけは今、告げておく事にした。
 その言葉は、キュアピーチの思考を一端止める。──二人は、一度足を止めた。

 そう──。

「……たとえ、さっきまでの事が何も思い出せなくても、私はその時にちゃんとわかった事があるから、それを言っておきたいの」

 先ほど、キュアピーチは敵になった──ピーチは知らない事実だが、そこでベリーはまた一歩、味方が敵になる辛さを覚えた。
 そう。だからこそ、蒼乃美希は、桃園ラブが、今度こそ、もう二度と、「敵」にはならないように、ちゃんと確認をしておきたかった。
 振り向いて、ちゃんと言おう。

「ラブ。もしまた何かあっても、私たち、これからもずっと友達よ」

 キュアベリーは、どこか返事を期待しながら、笑ってそう口にした。
 突然言うのは恥ずかしいかもしれないが、あれだけ辛い想いをした後だ。
 だから、声に出したっていい。
 声に出したって。
 そうすれば、きっと返ってくる。
 彼女の笑顔が──。

「──えー、何言ってるの? 当たり前じゃん、美希たんと私はずーっと友達……」

 ──しかし、その時ばかりは違った。
 いや、その時から先は、永遠に、彼女の笑顔は返ってこないのだ。
 ラブの言葉は、そこで途絶え、そこから先、言葉を発する事がなかった。

「────え……?」

 ──それは、驚くべき事だった。
 誰もが、一瞬、何が起きたのか、正確な事がわからなかった。

 振り返った時、キュアベリーの指先で感じている──桃園ラブの腕の重さが、とても重く──いや、あるいは、軽く、なったような気がしたのだ。
 そして、次の瞬間、完全に力を失っていた。
 キュアピーチの返答は、「笑顔」ではなかった。

「────」

 ──キュアベリーの目に映ったキュアピーチの姿は、胸部から、“第三の腕”を覗かせていた。
 ぴん、と真っ直ぐに伸びた手は、どこか紫色のオーラを帯びていた。
 武骨な、男の手だった。

「……!!」

 その腕は、また胸の奥に引っ込んだ。
 すると、今度は、キュアピーチの胸から少しずつ血が這い出てきた。
 背中側はシャワーのような膨大な血液が吹きだしている。
 キュアベリーが握っている右腕は、力を失い、キュアピーチの──桃園ラブの身体は、立つ事にさえ耐えられず、崩れ落ちた。

「いや……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!」

 ──そう叫んだのは、ベリーではなく、マミだった。
 その時、杏子は、背筋の凍るような感覚がして、引きつった顔で「そちら」を振り返っていた。
 つぼみは、怯えきった表情で目を伏せていた。
 孤門は、咄嗟に、目の前の美希の目を塞ごうとしたが──できなかった。
 美希は、まだ何が起きたのかわかっていないような表情で、そこを見ていた。

「……奴らに遅れを取ったのは、俺が『こちら』にばかり気を取られたからだ……ッ!! ──だが、この時まで、随分時間をかけてくれたじゃないか、プリキュア!!」

 石堀光彦の声。──彼は、そこにいて、嗤っていた。
 変身者の死によって、変身が解け、既に力を失い倒れた桃園ラブの後ろ。
 そこには、血まみれの右腕を体の横でだらんと垂らしている、石堀光彦の姿があった。

349崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:51:05 ID:OT9PV3kg0
 指先から零れ落ちた血が、土の上で滴っている。
 その瞳も、体も、闇の色に染まっていた。
 そして、そこには人らしさを一切感じなかった。──これほど、人間を模した、人間に近い姿をしているのに、誰もそれが人間だとは信じられないほど。

「……ハハ、ハハハハハハハ……ハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」

 そして、高笑いする“それ”が人間でない事を証明する最大の根拠がある。
 手刀、だ。
 彼は、何の武器もなく、ただその手だけでキュアピーチの胸を貫いたのだ。今ここで起こっている状況は、それを物語っていた。
 それが人間ならば、到底ありえない話である。ただの腕一本で、プリキュアの心臓を貫いて刺し殺す、など。──だが、この場で現実に起きている。
 確かに随分とエネルギーを消費してはいるようだが、石堀光彦はそれをやってのけて、平然と笑いながら、そこに立っている。

「……石堀さん……ッ!! どうして……ッ!!!!!」

 錯乱した孤門は、思わず、前に出てしまった。
 力もない彼であったが、このやり場のない──当人にでさえ、何だか理解できない感情を、ぶつける先を求めていた。
 そんな彼の後ろで、ジョーカーやガドルたちが駆けてきた音が聞こえた。揃った彼らは、全員、すぐに桃園ラブの死を認識し、絶句する。

「ハハッ……どうして、と言ったのか? 確かに、どうしてだったかな……。いや、最初は、別に取り立てて殺す事情もなかったんだが……」

 石堀は、少しだけ笑うのをやめて、わざとらしく頭を抱えて言った。
 孤門は、拳を固く握った。
 あまりにも見え透いた、安い挑発であったが、そう──やはり、「怒り」という感情をコントロールできようはずもなかった。

「副隊長が死んでしまったからな。代わりに別のデュナミストに俺を憎んでもらう必要があった、って所だな。これで納得してもらえると助かるよ、“孤門隊長”──」

 これが石堀の作戦──だとすれば、石堀を憎んではならないはずだというのに。

「──それから、俺の名前を石堀と呼ぶのはもうやめてもらおうか」

 憎しみは、誰の心にも広がった。

「俺の名は………………ダーク、ザギ!」

 彼が本当に憎ませたい、「蒼乃美希」の心も例外ではなかった。



【桃園ラブ@フレッシュプリキュア! 死亡】
【残り14人】





350崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:52:26 ID:OT9PV3kg0



「ラブ……! ラブ……!」

 蒼乃美希が何度呼びかけても、返事はない。
 桃園ラブの身体は、何度揺さぶっても、呼びかけても、美希が何を思っても、返事をする事はなかった。しかし、背中を上に向けて倒れたそれの表情を見る決意はなかった。
 確実に死んでいる。
 それを理解し、それでも、──「万が一」に賭けて、少しの希望を持って、何度か呼びかけたが、返事はやはり、帰ってこなかった。

「……」

 そう、こんなにもあっけなく。若干、十四歳の少女の命が……その短さは、丁度同じ年齢の美希が一番よくわかる。
 彼女の持つ夢も、彼女と親しい男の子も、彼女を愛した家族も、美希はよく知っている。
 それが、最終決戦の間近で──目的だった、みんなでの脱出を目前にして、今まで、共に戦い積み重ねてきた日々は、脆く崩れ去った。
 やっと出口が見えている迷宮で、桃園ラブは消えてしまったのだ。

「許せない……!」

 強く拳を握るキュアベリー。
 涙より先に出た、底知れぬ怒り──。
 こんな感情が湧きでた相手は、この殺し合いの中でも石堀光彦だけだった──。

 真正の外道。かの外道衆でさえ、門前払いするほどの凶悪だった。
 憎悪というのが、ここまで体の底から湧きあがる物だとは、蒼乃美希も思っていなかった。
 キュアベリーは、ほとんど衝動的に、ダークアクセルの前に駈け出していた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そう言って、飄々と、悠々と、あまりにもあっさりと、キュアベリーの怒りの籠ったパンチを避ける。彼女の左側に身を躱した。

「……そうだ、その憎しみだっ! だが、その程度の力では俺には勝てない……っ!!」

 そして、──キュアベリーを吹き飛ばす。
 ベリーは全身の力で体勢を立てようとするが、何メートルも後方に向けて落ちていった。
 圧倒的な力で地面に叩きつけられ、大事な事実に気づく。

 ──そうだ、石堀はキュアピーチを一撃で倒すほどの力の持ち主だ。
 プリキュアのままでは勝てないのだ……。



「うわあああああああああああああああああああああああああーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

 男の叫び声が響いた。
 涼村暁の、今までに発した事もないような声であった。
 ガイアポロンもまた、駆けだすなり、振りかぶってダークアクセルを斬り殺そうとする。
 そんな我武者羅な攻撃が効くはずもないのは当然であるが、それでも、冷静に考える力などどこにもなかった。

「テメェッ!!! 本当に殺しやがった!!!! こんな残虐な形で、女の子を一人──」

 ガイアポロンの刃が振り下ろされようとする。

「でも前から気づいていただろう? 俺が桃園さんを狙っている事は……。それを守れなかったのは、誰の責任だ? ──涼村暁」

 刃を振るおうとしていた剣が止まった。
 はっとする。──理屈は正しいとも言えないのに、反論ができない。
 そんな言葉が耳を通るなり、暁は──再び、雄叫びをあげた。

「うわああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 それしか返答はなかった。
 自分の責任も、彼は理解している。──あれだけ、ずっと守ろうとしてきたのに。

351崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:52:41 ID:OT9PV3kg0
 力の差は圧倒的だった。目を離した一瞬で、彼の計画は完了してしまった。
 それでも。それでも結局は関係ない。暁は、また、同行してきた女の子を一人守れなかったのだ。その事実が暁から理性を奪う。
 ──あの桃園ラブを、守れなかった。
 それを認めたくない。

「テメがァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!」

 また、ガイアセイバーの刃が石堀の眼前に振るわれた。
 だが、それを石堀は生の左手で受け止めると、もう血まみれの右手でガイアポロンの胸部に手をかざした。

 その瞬間──ガイアポロンが不穏な予測をした。
 ──負ける?
 そう、思ったのだ。

「やれやれ……ハァッ!」

 ダークザギの持つ、“闇の波動”がその手から放たれる。
 すると、ガイアポロンの体が、──吹き飛ばされる。
 何メートルもの距離を一瞬でガイアポロンは、旅する事になった。何本かの灌木をなぎ倒して、ようやくガイアポロンが地面に辿り着く。

「くっ……!!」

 大木に体が叩きつけられようとした直前、──空中から青い影が現れる。
 クウレツキだ。
 命令を受けずとも、激突する前にガイアポロンを捕まえ、空中へと避難させたのである。
 超光騎士は、思いの外、優秀なサポートメカであった。

『大丈夫デスカ、ガイアポロン……!』
「……サンキュー、クウレツキ!」

 地上を見下ろすと、石堀の元でリクシンキとホウジンキが戦っていた。
 リクシンキがリクシンビームを放ち、ホウジンキはジェットドリルを換装して石堀を倒そうとする。

「超光騎士……、起動してやった恩を忘れたのかな?」

 石堀は、それをそれぞれ片手で受け止めてしまった。
 そして、ホウジンキのジェットドリルが直後にへし折られ、その回転を止める。
 ホウジンキの腕がショートする。

『アナタハ、倒スベキ相手デス!』
『許セマセン……!』

 ──しかし、その直後に、石堀の手から黒い衝撃波が放たれ、ホウジンキの首だけが、何メートルも後方に吹き飛んだ。
 僅か一瞬の出来事で、リクシンキもAIで感知しきれなかったらしい。

『……!』

 刹那──、今度は、リクシンキの眼前まで石堀は肉薄していた。驚異的なスピードであり、まるでワープのようにさえ見えた。
 石堀は、リクシンキの胸に手をかざすと、そこで同じように闇の波動を発する。

「死ね……いや、壊れろッ!」

 ──リクシンキの胸部から、爆音が聞こえた。

 リクシンキのボディが大破する。ホウジンキと同じように首が飛んだが、それ以外にも手足がばらばらになり、内部機械が露出していた。
 修復不能レベルまでに、完膚なきまでに
 ホウジンキが、首をなくし、胴体だけになりながらも、スーパーキャノンの砲撃を石堀に向けた。

「お前もだ、……消えろッ!」

 そして、石堀は遠距離から、同じように黒い衝撃波を発した。
 ホウジンキの胸の命中し、ホウジンキも胸部から爆ぜ、バラバラに砕け散った。

「……くそっ……! 何て事しやがる」

352崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:52:57 ID:OT9PV3kg0
『リクシンキ……! ホウジンキ……!』

 空中でそれを見ていたクウレツキは激しいショックを受けたようだった。
 彼らはロボットだが、同じように目覚めた兄弟に違いない。
 それを、起動した恩人である石堀光彦に攻撃され、破壊されてしまっている。
 そんなクウレツキに、ガイアポロンは言った。

「おい、クウレツキ! お前らは俺たちの戦いには、関係ない! ……待機してろ。お前もリクシンキやホウジンキみたいにはなりたくないだろ!」

 彼らしからぬ優しさに驚いたが、こういわれてしまうと、逆にクウレツキは使命感に燃えてしまうのだった。

『シカシ、アナタ達ヲ助ケルノガ我々ノ役目デス!』
「そんなの知らねえよ、俺の命令だ! ……あいつは俺がぶっ潰す!!」

 次の瞬間、意を決して、ガイアポロンは叫んだ。
 今、石堀光彦に誰より怒りを感じているのは、自分なのだと、ガイアポロンは思っている。
 桃園ラブと一緒にいるのが好きだったのもある。
 しかし、──石堀光彦と一緒にいたのは、たとえ敵だとしても、楽しいと……涼村暁は少しでも思ってしまっていたからだった。

「────シャイニングアタック!!」

 ガイアポロンの胸からその胸像が現れる。
 叫んだガイアポロンは、空中でクウレツキの腕を振り払って石堀に向けて突進していく。
 シャイニングアタック──。
 シャンゼリオンであった時からの必殺技である。

『……ガイアポロンッ! アナタトイウ人ハ……!』

 全く、短時間しか共にいなかったとはいえ、クウレツキは、かなり聞きわけがない主人に見舞われてしまったらしい。──主人が石堀に向かっていくのを見下ろしながら、そう思った。
 思えば、リクシンキも、ホウジンキも、クウレツキも、涼村暁という男が主だと知り、かなり失望した気分になったのだ。
 ダークザイドであるゴハットの方が本当の主人なのではないかと思ったほどである。
 今向かえば、やられるに決まっているというのに突き進んでしまう。
 彼は、クウレツキに、「待機してろ」と言った。

「──フンッ」

 石堀は障壁を張って、シャイニングアタックを防御する。
 真っ黒なバリアが、シャイニングアタックを拒む。

 ──クソッ……!

 石堀の持つ闇の力は強大だった。
 直後には、シャイニングアタックを弾き、ガイアポロンを地面に転がしてしまう。
 石堀は、今日まで共に行動してきた涼村暁に向けても、冷徹に右手を翳し、あの衝撃波を放とうとしていた。
 そして、それは次の瞬間、放たれる。

『──危ナイッ!!』

 その時、ガイアポロンの目の前に、クウレツキが飛来する。
 石堀とガイアポロンの間に立ったクウレツキは、その次の瞬間には、その衝撃波を一身に受ける事になった。
 彼らの目の前で、彼の新品同様の青いボディが弾け飛び、大破した。

『────ッ!!!』

 クウレツキのばらばらになった破片が、周囲に吹き飛んだ。
 石堀の周囲は、三体のメカの内部メカが大量に散らばっている。
 その内、──クウレツキの頭部だけが、ガイアポロンの前に転がって来た。

「くそっ……馬鹿野郎ォッ……! だから、待ってろって言ったのに……!」

 ガイアポロンは、その頭部を拾い上げた。
 ガイアポロンは、自分の攻撃が全くの無意味であり、それだけではなく、犠牲を出してしまった事を悔やみ、そう呟いた。

353崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:53:18 ID:OT9PV3kg0

『──ガイアポロン』

 クウレツキは、残っていた頭部の言語回路とAIだけで、ガイアポロンに声をかけた。
 彼の目がチカチカと弱弱しく点滅し、ガイアポロンに最後の言葉を告げる。

『アナタノヨウナ人ノ為ニ作ラレ、少シノ間デモ、共ニ戦エタ事ハ、私タチノ、誇リ、デス………………』

 三体の超光騎士は、この時を持って、全機能を停止した。
 ガイアポロンは、自分に最後まで忠実だった三体の友の一人を、腕の中で強く抱きしめ、怒りに燃えた。



【リクシンキ@超光戦士シャンゼリオン 破壊】
【ホウジンキ@超光戦士シャンゼリオン 破壊】
【クウレツキ@超光戦士シャンゼリオン 破壊】







「石堀、てめぇっ!! 許さねぇ!! 絶対殺してやる!!」

 キュアパッション──杏子が前に出る。
 ガイアポロンや超光騎士たちの奮闘の後も彼女の怒りは冷めやらなかった。

「おっと、魔法少女だった佐倉さん。少し目を離していたらプリキュアに、か……その服装、似合ってるじゃないか」
「その減らず口を二度と聞けなくしてやるッッ!!! 悪魔ッッ!!!」

 そんな言葉を、悠々と聞く石堀。
 そして、またどこか皮肉的に、こう告げる。

「……そうだな。ただ、前の方が似合ってたと言ったらどうする──?」

 ──そう言われた瞬間、杏子は気づいた。自分自身のキュアパッションの変身が解け、彼女は魔法少女の姿になっていたのである。
 杏子は、思わず、自らの腰部まで視線を落とした。
 そこには、装着されていたはずのリンクルンがなく、その残骸と思しき物が地面に落ちていたのがちらりと見えた。

「何ッ──!?」

 ──石堀は、変身アイテムだけを的確に破壊したのだ。
 長い時間の経過とともに杏子が使用する事になったリンクルンは、僅か数分でその機能を終える。
 アカルンは、その残骸の中で、弱弱しく、埋もれるようにして倒れていた。辛うじて無事だが、二度とリンクルンは使用できないだろう。

「てめぇ……っ……!」

 しかし……敵が変身アイテムを破壊する戦法を取り、それを実行できるスピードとパワーを持っているすると、不味い事になる。

 ──そう。杏子は、彼に知られている。
 キュアパッションと違い、魔法少女というのは、変身アイテムそのものの破壊が──。

「──これが、命取り、だろ?」

 石堀の手が、杏子の胸元のソウルジェムへと伸びた。

 ──不味い。本当に。

 跳ね返そうと、槍をそれより早く胸元の前に翳そうとするが、やはり敵の方が一枚上手だった。杏子より素早く動いた彼の腕は、その指先をソウルジェムに掠めた。槍は素通りする。
 そして、気づけば、また──次の瞬間にはそれは彼の手にあった。

 駄目だ。それが破壊されたら──。

354崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:53:41 ID:OT9PV3kg0

(──ッッ!!)

 しかし、見逃す理由はどこにもない。──杏子は、死を覚悟する。
 まともな意味もなく、杏子は目を瞑った。
 死ぬ──。

 だが、杏子の意識は、その先もまだあった。
 眼前では、石堀が、杏子のソウルジェムを左手で弄んでいた。少し拍子抜けしたが、それも束の間だった。
 助かった事を安心してはいない。
 何か、それより恐ろしい事を企んだからこそ──彼は、それを手に構えているのだ。
 そして、それは次の瞬間に、実行される事になる。

「安心しろ、壊しはしない。でも、このソウルジェムって奴には、ちょっと興味があるんだ……。──そう、たとえば、こんな風に、絶望の海に沈めてみたらどうかな?」

 石堀は、そう言って、ソウルジェムを「忘却の海」へと放り捨てたのである。
 それは全員の目の前で、人々の恐怖の記憶の海の中へと沈んでいく。──後悔してももう遅い。
 それが杏子の「本体」だ。

「なっ……!」

 杏子は、自らの魂が遠くへと沈んでいくのを前にしていた。広く深い忘却の海の中に投げ出され、膨大な情報の波に、一瞬で流されていくソウルジェム。
 杏子は自分の意識が、掠れていくのを確かに感じた。

 ──ああ、クソ……

「あれは忘却の海レーテ。あの中は人間が立ち入れないほど根深い人間の心の闇に繋がっている。──人間があそこに迷い込めば、絶対に生きてここに戻る事はできない」

 杏子の意識が、完全に薄れていく。
 とうにソウルジェムは、肉体の意識を途絶する距離にまで達している。しかし、残滓というのか、シャットダウンされる直前、杏子は聞き、思った。

「そうだ、お前は死なない……! これから永久に、時空の中を一人ぼっちで彷徨うんだ、佐倉杏子……。寂しい寂しい一人ぼっちの旅を──永遠になッ!」


 ──悪い、みんな……何もできなかったけど、コイツを、頼んだ……

 杏子の意識が、遂に途絶えた。
 映像が消え、笑い声が最後に耳に反響した。



「……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!」



【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 再起不能】







「────」

 ラブの死。超光騎士たちの再起不能。杏子のソウルジェムの廃棄。
 それによって、怒りに火が付いた者もいる。──しかし、そんな最中で、キュアベリーは、妙に頭が落ち着いた気分で、ある物を取りだしていた。
 実のところ、落ち着いた気分というのは勘違いも甚だしい錯覚である。
 美希の心は、むしろ頭に血が上りすぎて、何も考えず、全ての外部情報を途絶し、石堀光彦を撃退する最も効率的な戦法だけを考え、実行するようになっていた。
 少なくとも、その瞬間だけは──。

「ッ!? ──駄目だ、美希ちゃんっ! ここで変身しちゃ──」

 孤門が何か不穏な物を感じて、美希を制止しようとしたが、手遅れだった。

355崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:54:44 ID:OT9PV3kg0
 ──ベリーの懐から取りだされた、光の巨人への変身アイテム。
 真木舜一から姫矢准へ、姫矢准から佐倉杏子へ、佐倉杏子から──蒼乃美希へ、光を継ぐべき者に継がれ、ここまでつながったエボルトラスターである。
 彼女は、この強大な敵に立ち向かう為の最後の武器として使おうとしていた。
 石堀が、その瞬間、ニヤリと嗤った。

「────うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 キュアベリーは──蒼乃美希は、その力を解放するべく、エボルトブラスターを強く引く。
 憎しみの力を発しながら──それでも、ウルトラマンは美希と一つになる。

 彼女の身体がウルトラマンネクサスへと変身する。

 ──桃園ラブ。
 ──佐倉杏子。

 二人の事を頭に浮かべながら、──いや、あるいは、石堀とは関係なくこの殺し合いの中で死んだ他の仲間の事も頭の中に思い出しながら、今まで感じた事のない憎しみを、ウルトラマンの光の中に込めた。
 この殺し合いを止め、ダークザギに立ち向かう為の力として──。

 ──その時。

「────ッ!?」

 何故か、ウルトラマンネクサスの身体は、忘却の海レーテから発された無数の黒煙のような触手によって引き寄せられたのだ。それは一瞬で四肢を絡め取り、ウルトラマンの自由を奪う。
 抵抗する間もなく、ウルトラマンはレーテの前に引きずり込まれた。

「ウルトラマン……ッ!?」

 巨大なレーテの異空間の中で、ウルトラマンの制限は解除され、孤門以外の誰も見た事のなかった身長49メートルいっぱいの巨体が磔にされる。
 その場にいる誰もが、その光景に唖然とした。

「グッ……グァァァァ…………ッッ!!」

 ウルトラマンは一瞬でそのレーテの力に合併される。
 ──そして、なおも赤く光っていた胸部エナジーコアから、膨大なエネルギーがレーテの中へと流れ込んだのは、次の瞬間だった。

「──レーテに蓄積された恐怖のエネルギーが、お前の憎しみにシンクロした。結果……光は闇に変換される!」

 石堀だけが知るその理論を口にした所で、誰もその意味を解す事はないだろう。
 しかし、それが石堀にとって計画通りの出来事であるのは間違いなかった。彼の微笑みは何度も見たが、この瞬間ほどそれに戦慄した事はない。

 ──やがて、変身者である美希が、意識を失う。

 ウルトラマンの指先からすぐに力がなくなった。
 英雄は、その瞳の輝きを失い、頭を垂れる。
 その場にいる誰もが、その光景に唖然とした。美しささえ感じる、巨人の終焉に──。

「来い……っ! これで……っ!!」

 石堀が待っていたのは、この瞬間だった。

 エナジーコアの光は、「闇」となり、レーテを介して石堀の身体に向けて膨大なエネルギーを注ぎ込む。
 ウルトラマンの光だけではなく、そこに、美希の持っていたプリキュアの光まで相乗される。それも石堀光彦が狙った通りだった。

356崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:55:04 ID:OT9PV3kg0
 完全にその表情を異形に包んだ彼は、まだわずかに残っている人間の表情で最後に笑った。





「─────────復活の時だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」





 ──石堀光彦の身体に、ウルトラマンネクサスから発された膨大な闇のエネルギーが吸収され、彼はその真の姿を現世に再現する事に成功する。
 周囲の大木が、その瞬間に爆発さえ起こした。あり余ったエネルギーを、周囲の破壊に利用したのだ。



「フハァーーーーーーハッハッハッハッハッハッハッハハッハハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!!」



 暗黒破壊神ダークザギ──。


 ウルトラマンに酷似した──しかし、その全身を闇色に塗り替えたような姿の戦士。
 血管のように全身を駆け巡る真っ赤なエナジーもまた特徴的であった。
 まるで狂った獣のように爪を立て、全ての生物を「虚無」に変えようとする怪物。
 それは、決して再びこの世に生を受けてはならない存在の姿だった。
 しかし、この時、目覚めてしまった。彼自身の周到な計画によって──。

『なんてこった……こりゃあ、どんなホラーよりも凄まじい闇の力を感じるぜッ!!』

 とうに制限時間が来て召喚を解除していた零の指で、魔導輪ザルバが言う。
 だが、零はその言葉に、こう返した。


「ああ……言われなくても、わかってる」


 他の誰もが、言葉を失って、それを“見上げていた”。


 そこにいるのは、等身大の敵ではない。身長50メートルの怪物である。
 彼が吸収したエネルギーは、あまりに強大すぎた。彼らの世界の人間たちだけでなく、あらゆる多重世界の恐怖のエネルギーを収集していたレーテと結合した闇の力である。
 もはや、制限などは些末な問題でしかない。
 ダークザギが猛威を振るえるシチュエーションは完全だった。



 ────果たして、一体、この場にいる誰が、こんな敵を止められるのだろう。



【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 再起不能】
【ダークザギ@ウルトラマンネクサス 覚醒】







 誰もがダークザギの姿を見上げていた時、ただ一人だけ──。
 そうこの時、ただ一人だけ、その巨大さに驚きながら、全く、別の行動を実行した者がいたのである。
 彼が注視していたのは、ダークザギではなかった。
 この闇の巨人への恐怖は、無論ある。誰よりもこの巨人への無力を実感している。──しかし、それを、ほんの些細な事であるかのように、彼はこの時に感じていた。

 忘却の海レーテから、おびただしい闇が噴出し、ウルトラマンの姿を覆い隠していく。
 レーテに閉じ込められた杏子のソウルジェムと、美希は闇の中に消えてしまった。
 もう、遠いどこかへ行ってしまう……。

357崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:55:25 ID:OT9PV3kg0

「美希ちゃん……っ!」

 この巨大な忘却の海の中に囚われた蒼乃美希の事が、──孤門一輝は気がかりだった。
 そして、気づけば、彼はその闇の中に飛び込もうとしていた。


 ──僕は、こんな恐怖の中に閉じ込められた人を守るために、レスキュー隊に……。


 ……そう。それは、遠い子供の時の記憶だった。
 孤門は、どこか流れの早い川で溺れそうになった事があったのだ。
 川で溺れて死んだ子供たちのニュースを何度か聞いていたのを思い出し、子供心にもその時は“死”を覚悟した。濁流は孤門の足を、川の深くへと体を沈めていく。沈んでしまえば、息もできない。もう二度と、友達や、父や母の顔を見る事ができない永久の闇の中に沈んでしまうのだ。
 そしてその時、周りには誰もいなかった。誰も助けてくれる人はいない。
 何の気なしに川で遊んでいた自分が、明日には大自然の犠牲者としてニュースになる──。
 ……死ぬのが怖かった。
 だが、どうする事もできず、彼は、一度、“生”を諦めた。
 直後に、一人の男が孤門の手を取り、助けてくれたその時まで、自分は確実に死ぬ物だと諦めていた──。

(──諦めるな!!)

 そうだ……。
 あの時、僕を助けてくれた人の声が聞こえる。

(───諦めるな!!)

 あの時、僕を導いてくれた人の声が聞こえる。
 そうだ、諦めちゃだめだ。
 どんな深く暗い海の底にも、希望は必ずある……。



……諦めるな。





 今度は──今度は、僕が、誰かに手を差し伸べる番だ!!
 杏子ちゃんや美希ちゃんが、この深い海の中を彷徨っているのなら、僕が二人を助けなきゃ駄目なんだ!!





「──孤門さんっ!」

 孤門一輝は、強い意志と共に、忘却の海レーテに飛び込んでいった。
 その背中を目で追ったマミは、驚いて彼の名前を見た。周りが皆、一度そちらに目をやった。
 忘却の海レーテ──は深く暗い闇の中で、そこを侵せば二度と出てこられなくなるであろう事は、誰の目にも明白だった。考えなしにここに飛び込もうとするなどいるはずもない。動物的本能が、そこに入るのを無意識的に拒絶するような場所だった。

 しかし、彼らが目にする事ができたのは、孤門の足が、レーテの闇の中に飲み込まれていく瞬間であった。



【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 再起不能】





358崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:56:00 ID:OT9PV3kg0



 ──孤門一輝が、レーテへと飛び込んだのを、仮面ライダージョーカーは見つめていた。。
 ああ、あの中に、佐倉杏子のソウルジェムがあるのだ。しかし、ジョーカーは飛び込めなかった。──いや、飛び込むわけにはいかなかったのだ。
 彼は、その腕の中に、佐倉杏子の身体を横たわらせている。彼女の肉体はジョーカーが守っていた。

「杏子……!」

 杏子の身体は、虚ろな目で空を見上げながら、完全に力を失っている。心臓も止まっている。血も通っていない。──まさに、死体だった。
 しかし、これと同じの体があの、杏子の笑顔を形作ってきたのだ。
 そして、杏子はこの体で戦ってきたのだ。
 だから──翔太郎は、今はこの体を守らないわけにはいかない。

 ──そうだ、翔太郎は、約束したのだ。
 杏子を、必ず人間にしてやると。こんな風に、小さな器に左右されない人間に──もう一度、戻してやると。
 それは、仮面ライダーとしての杏子との絶対の約束。
 いつか絶対、その方法を見つけ出し、佐倉杏子を魔法少女ではなく、一人の少女にする──そんな事を、翔太郎は夢見ていた。

 ……妹が出来たように想っていた。
 杏子は良い奴だった。

 この殺し合いに唯一感謝するとすれば、それは杏子たちと出会わせてくれた事だ。

(……任せたぜ、孤門! 俺は信じてる……、お前が、きっと杏子たちをそこから助けてだしくれるってな……!)

 今は、孤門に全てを任せ、翔太郎はここで敵と戦うしかない。それが出来るのは自分たちだけなのだ。
 変身して、戦う力を得た自分たちが出来る精一杯の事──。
 見上げるほどの巨体に──ああ、どう立ち向かえばいいのかさえわからない、このアンノウンハンドの真の姿に──翔太郎は立ち向かわねばならない。

 怖い。

 そう思う。テラー・ドーパントが展開したテラーフィールドの時の感覚によく似ていた。
 杏子を人間に戻す前に、死ぬかもしれない。
 約束を守らなければならないのだ。死ぬわけにはいかない。
 それならば、戦わずに済ませるのも良いかもしれない。
 杏子との約束の為に────。


 ────だが、その時。



「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!」



 ン・ガドル・ゼバの高笑いが、その森の中に鳴り響いた。
 ジョーカーの耳に、この怪物の声が聞こえた。
 身の丈の数十倍もあるダークザギの巨体を前にしながらも、彼は戦いへの飽くなき野望を止める事はなかったのだ。いや、もはや本人にとっても、それはとどまるところを知らない次元まで来ていたのだろう。



 ──はっきり言って、ガドルには、それに強いダメージを与えるような対抗策は無い。戦えるような力はない。
 しかし、彼は笑っていた。
 究極の闇を齎す者──であった者として、無邪気な笑みを形作っていたのだ。
 ただただ、純粋に、彼は敵の強化を喜んでいた。

「それが……それが、貴様の本当の力かッ!!」

359崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:56:16 ID:OT9PV3kg0

 万全の力を持ったイシボリに、こうして生きて挑む事ができる──という事をガドルは喜んでいたのである。
 あのまま、イシボリの本領を拝む事が出来ないまま、彼の力の片鱗に敗れたとなれば、それこそグロンギ族の名折れとなる所であった。
 グロンギの王であるン・ガドル・ゼバが、未知の敵に手を抜かれたとなれば、それは種全体の恥であるといえる。
 だが、こうして、本当のイシボリに会う事が出来た。

 ──俺はこの時の為に、最後の力を授かったのかもしれない。

「──ヨリガエッデ ヨバッタ ラタ ボソギアエス オ ギガラ!!(蘇って良かった、また貴様と殺し合える!!)」

 あまりに興奮に彼は、相手への言葉が自然と母語に変わっていた。
 グロンギ族はここで、“王”がダークザギに挑む事で、その誇りを守る事になる。──だから、ガドルは、戦う。
 死ぬまで、いや、死んでも。──戦い尽くし、殺し尽すだけではない。
 今は王として、正当にゲゲルを勝ち残った仲間たちの誇りをかけて──、戦い続けなければならない宿命を負ったのだ。それを呪うわけではない。悦びを持って受け止めよう。



「──ギョグブ ザ!!!!!! イシボリッッッ!!!!!!」



 ガドルは、全身に残った最後の力を全て、近くの大木へと流しこんだ。
 ベルトから発動するモーフィングパワーを全てその大木へと──この身が果てる限界まで、注ぎ込む。
 大木はやがて、プロトクウガが作りだした「破壊の樹」のように巨大に変質していく。──しかし、ダグバのベルトによって生成された「破壊の樹」の大きさは、プロトアークルから生成されたそれとは比較にならなかった。
 根を通じて、地面の土からあらゆる水分を吸収し、「破壊の樹」を一瞬で育てていく。
 その大きさは、20メートルほどまで膨れ上がった。ダークザギの半身よりも巨大な兵器が、その場に召喚される。

 ──そして。



「────グロンギ ン ゴグ ン ホボリ ゾ グベソ!!!!!!!(グロンギの王の誇りを受けろ!!!!!!!)」



 砲火──!!

 雷を帯びた一撃は、ダークザギへと真っ直ぐに向かっていく──。
 それは、ダークザギのエナジーコアの部分へと確実に距離を縮め、その体表で──爆ぜた。雷が真正面で落ちたような轟音が、ダークザギの胸元で鳴り響く。
 ダークザギの顔が真っ白な煙に隠れていく。

 ──ダークザギを倒したのだろうか。

 しかし、いずれにせよ、大打撃を与えた事は間違いない、とガドルは思った。
 ガドルの腹部で、ベルトが限界を迎えて、少しずつ罅を生んで割れていく。──彼のエネルギーも枯渇し、心臓の音はだんだんと弱まっていく。
 戦いへの興奮は冷めない。
 冷めやらぬ興奮の中で、ぼやけていく視界に、爆炎に包まれるダークザギの姿があった。



「────バッタ……!! ガ ゴレ……!!(俺が勝った……!!)」



 ──王は、確信した。
 グロンギ族の勝利だ。
 ──王の誇りは、種の誇りは、保たれた。

「────ッ────」

360崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:56:32 ID:OT9PV3kg0

 いや。──だが、まだだ……。満足ではない。まだ。
 まだ、戦わなければならない。
 倒すべき敵がまだいくらでもいる。
 立ち上がらなくては。次は誰だ。カメンライダーか。



「……ガドル、見届けたぜ」

 その時、誰かの声が、ガドルに囁いた。

「バッタ ガ ゴレ……」

 男は、それが、「勝った」というガドルの歓喜の声だと理解した。
 落ち着き、空を見上げた。

「そうだ、お前は勝ったんだ……あのダークザギにな……あいつは今の攻撃で死んだ。ガドル、お前は、本当の強者だ……。この場にいる誰よりも、お前は強かった……、絶対にお前の強さなんて認めるつもりはなかったが……認めざるをえねえ」

 聞き覚えがある声だった。──そう、少なくとも、ガドルに立ち向かった者たちの内の誰かだ。
 カメンライダー、そう、奴だ。ガイアメモリの力で変身する、二人で一人のカメンライダーの片割れ──。以前、俺を殺した奴の生き残り。
 既に視界はないが、その声だけがガドルには聞こえた。
 ──挑む。殺してやる。
 俺のプライドにかけて、たとえ貴様が望まずとも──。



「ハハハ……ならば……ッ、カメン、ライダーよ────、次は貴様の番だ……ッ!! ハ……ハハハハハハハハハハハ…………ッ………………、ッ………………」



 ガドルは、腕を上げ、その体を掴もうとするが、あいにく腕は持ちあがらなかった。
 しかし、カメンライダー──仮面ライダージョーカーは、その腕が確かに上がろうとしていたのを見ていた。ガドルはまだ戦おうとしていたのだ。
 それは、すぐに人の姿になり、軍人の恰好をした男の死体になり果てた。
 もう起き上がる事はあるまい。

 この狂気ともいえる戦闘への意思とプライド。
 ──この場において、最も、強かったと認めざるを得ない敵の死だ。
 まだ起き上がるのではないか、と今度また、ジョーカーは少し思っていた。

「……くそっ。まさか、こんな奴に、こんなにも勇気づけられる事になるとはな……! 俺もまだまだ甘いぜ」

 仮面ライダージョーカーは、ダークザギにも立ち向かおうとしていた。
 恐るべき相手であるのは一目瞭然だ。
 その体はジョーカーの戦闘能力が対処できる範囲ではない。──しかし。
 それでも、戦わねばならないという使命と、覚悟を持った戦士の最期を今、見届けてしまった。──それが正義であれ、悪であれ。
 たとえ、ユーノの、フェイトの、霧彦の、一条の、いつきの、結城の、鋼牙の、そして、フィリップの──仇であるとしても、左翔太郎はガドルの頑なな奮闘によって、恐怖を打ち消したのだ。

 最後に認めてやってもいい。
 彼が、最強の敵であった事を──だから、ダークザギなど、恐怖を覚えるに値しない事を。

「────さあ……、お前の罪を数えろォッ!! ダークザギィィッッ!!!!!」

 目の前のダークザギは無傷であった。
 ガドルに最後に、ダークザギに勝利したと告げたのは、本心で──ガドルの誇りはダークザギにも勝り、そして何より、ガドルはダークザギより強いと認めたからであるが、現実には、こうしてダークザギは生きている。
 ガイアセイバーズは、その恐るべき相手に立ち向かわねばならない。



【ゴ・ガドル・バ@仮面ライダークウガ 死亡】
【残り13人】





361崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:56:54 ID:OT9PV3kg0



 仮面ライダージョーカーが、その腕をマシンガンアームへと変えて、マガジンを全て消費するまで撃ち続けんと立ち向かっていた。しかし、それはダークザギの体表で小さな音を立てて消えていくだけで、相手に蚊に刺されたほどのダメージを与えているようにも見えなかった。
 周囲では、外道シンケンレッドによる猛牛バズーカの砲撃が起こっていた。これは必殺級の技であるにも関わらず、全くといっていいほど効果を示していない。
 仮面ライダーエターナルもまた、獅子咆哮弾を何度も繰りだしているが、それもまた同様だ。
 ダミー・ドーパントは、ダークザギを複製する事は制限上不可能であり、高町なのはの姿でスターライトブレイカーを発するが、それもまた効果なし。ガイアポロンのシャイニングアタックも弾かれてしまった。

(──サイズと能力に差がありすぎる! 俺たちは、無力すぎるんだ……ッ)

 仮面ライダースーパー1は、後方で冷静にその常識を分析しようとしていた。しかし、打開策など、この状況では全く思い当たらなかった。この圧倒的な不利を理解し、それでも前に進める理論を頭の中で構築しようとしている。
 主催戦を控えていた以上、この規模の敵と遭遇するかもしれない事は予め考えていたが──それでも、はっきりとした案は何一つとして無い。ここまで、浮かんだのは、ドウコクの二の目に頼るというくらいの事だった。
 ウルトラマンネクサスさえも、こうしていなくなった以上、彼らは通用しない力で戦い続けるしかないのである。

(──いや、思い出せ! これまでも巨大な敵を倒す方法が、いくつか存在していたはずだ……!)

 だが、これまで、先輩ライダーたちが、こうした巨大な敵に全く立ち向かわなかっただろうか。──何度か、40メートル大の敵と戦ってきたはずだ。
 自分より前の仮面ライダーは全員、そんな敵との戦いを経験している。
 GODのキングダーク、デルザー軍団までの全ての組織を総括していた大首領、ネオショッカーの大首領──サイズに差のある敵は存在した。そして、先輩たちは全て撃退している。
 だが、実際のところ、それには必ず、攻略法があったのである。何らかの弱点が存在し、正攻法の戦い以外の形での勝利を掴む事ができた。──今は、一切の攻略法が見いだせない。

(……くっ、やはり駄目だ。まともに戦って勝てる相手じゃない……ッ!)

 だが──、そう思いながらも、この中で、もし前線に立って戦うべき者がいるなら、それは自分とドウコクであるとも思っていた。
 ドウコクの場合は、一度死んで、「二の目」を発動する必要がある……。それにより、同じ規格で戦う必要がある。
 ドウコク自身はそんな手に納得しないだろうし、もし、そうなった場合、ザギを倒した後で今度はドウコクが襲い掛かるというだけである。──それも、彼がザギを倒す事が出来た場合に限られるのだが。

(やはり、俺しかいない……)

 まず、スーパー1は重力低減装置で、無限の高さまでジャンプが可能だ。宇宙空間にも適応する事ができる。勿論、ダークザギの体長よりも高くジャンプする事も理論上では可能である。攻撃が脚部にしか届いていない者もいるが、スーパー1はもっと明確に急所を狙いながら戦う事が出来るのだ。
 また、宇宙規模のシステムを想定している以上、その規格から外れた巨大な隕石の処理などもS-1の役割となっていた。パワーハンドのように、圧倒的な力を持つファイブハンドも持っており、それは並の改造人間の手に余る物さえも粉砕できる作りになっている。

(だが、それでも……そんな力があったところで、勝利の確率は決して高くないッ!)

 ──パワーハンドが支えられるのはせいぜい50t。しかし、目の前の敵はおそらくそんな次元ではない。
 彼は知る由もないが、ダークザギの体重は55000t。スーパー1が推定していたのもだいたいそのくらいだったが、それだけの差がある以上、多少他の仲間よりも強い程度では結局変わらない。
 だとすれば……?

(……俺たちは勝てないのか……!? こんな所で──)

362崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:57:08 ID:OT9PV3kg0

 涼邑零が鎧を召喚し、銀牙の背に乗って、ダークザギの足を垂直に駆けている。──直後、その体は振り払われた。
 高く飛び上がったキュアブロッサムが、ピンクフォルテウェイブをダークザギに向かって放つ。──しかし、その体は、ダークザギが片手でハエ叩きのように地面に叩きつけてしまった。
 体の大きさを利用し、我々を玩具のように弄んでいるわけだ。

「────らぁッッ!!!!!!!!」

 ひときわ気合いのかかった声で、血祭ドウコクが剣を振るう。
 剣圧が巨大な鎌鼬となり、ダークザギのエナジーコアに向かっていく。──しかし、それはダークザギの身体に当たっても、それは全く効果を成さなかったようだ。

 ダークザギへの策は、ない。
 沖一也にはとうにそれがわかっていた。しかし、認めるわけにはいかなかった。

「……くっ」

 仮面ライダーには戦いを捨てる道は彼にはない。
 彼らのように、無謀に──決して効かないかもしれない技を使って、戦うしかない。
 持てる限りの戦力は全て使い、たとえ、蚊が食うような一撃でもダークザギに与えていく……それ以外の戦法は浮かばなかった。
 それは即ち、敗北を意味していると思う。
 しかし、そんな中で万が一の確率で起こる勝機や奇跡が時にある。──奇跡が起こる時には、必ず一定の条件がある。
 そう──奇跡が起こるのは、誠実に目の前の苦難に立ち向かった時だけだ。

 ──覚悟を決める、のみだった。

「────無謀だが、力ずく、か」

 仮面ライダースーパー1は、目の前で戦う仲間たちの姿を見て、理論を捨てる事にした。
 やれやれ、と、肩を竦めるしかなかった。
 何か弱点があるはずだ、とも言えないのが悔しい。──彼は間違いなく、スーパー1が出会った中で最悪の敵なのである。
 彼に弱点はない。結局のところ、力と運に任せる以外の術はない。
 全力は尽くす。それがこの場合、最も誠実な戦い方。

「────ならば……それしか方法がないならば……他の誰でもない……この俺が、この手で迎え撃とう……!! こっちだ、ダークザギッ!!」

 スーパー1は重力低減装置を作動する。そのまま地を蹴ると、だんだんと、星々と蒼穹は近づいていく。
 彼はダークザギの文字通り目の前まで飛び上がると、空で赤心少林拳の構えを魅せた。
 ──スーパー1とダークザギの目が合う。

「いくぞ──スーパーライダー!! 月面キィィィィィック!!!!!!!!!」

 そこで放たれる、仮面ライダースーパー1の魂の蹴り。
 この場にいる誰も、こんな目立つようなやり方で攻撃はしていなかった。この高さまで飛び、確実に敵の視界の中で無茶をしている──。
 そこには、自らが囮となって周囲を惹きつけようとする意志もあった。
 スーパー1の足が、ダークザギの目と目の間に激突する──。

「──チェンジ!! パワーハンド!! ハァッ!!!!!!!!」

 反転キックにより、再度空中でダークザギの顔面に向けて、パワーハンドの拳を叩きつけた。ダークザギの顔が微かに揺れた。
 スーパー1の拳から、激しい波が全身に駆け巡る。
 惑星開発用改造人間になって以来、これほど全身に衝撃が伝る事はなかったかもしれない。──玄海老師や弁慶たちと共に、一人の人間として戦って以来だ。
 彼もまた、その頃は、稽古の厳しさに独り泣いていた少年だったと、──誰が想像しているだろう。
 また、彼はダークザギの顔面を蹴り、空中で反転する。

「────そしてこれが最後だ……ッ!!! スーパーライダー、魂キィィィィィィィィックッッッッッ……!!!!!!」

 彼は、先ほどの一度、二度の攻撃と共に、全身のエネルギーを一点を集中させていた。
 右腕、左腕、左足の機能は通常の人間のそれと大差ないほど低下する。
 ──全身のエネルギーは、ただ一点、右足へ。
 全ては、この一撃の為の布石だ。

363崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:57:23 ID:OT9PV3kg0
 それは、10人の仮面ライダーが同時にエネルギーを放出するライダーシンドロームを発動する時に使われるべき力だったのだが、ここに残りの9人はいない。そして、彼自身も、ライダーシンドロームなどという技は知らなかったのだが、自らのエネルギーをどうすれば使用できるのかだけは知っていた。

 ──大気圏を突破する時のように、スーパー1の身体を覆い始める炎。
 ライダーシンドローム級のエネルギーを単独で使えば、彼の身体を支える別のエネルギーは存在せず、自壊を始める。
 だが、それでもダークザギに一撃を当てて見せようと、彼は力を限界まで引き上げる。

(そうだ……ここにいる仲間は……、この俺が守るッ!!!)

 自分が飛びこまなければ、別の誰かが飛び込んでしまうと思った。
 それは左翔太郎かもしれないし、響良牙かもしれないし、涼邑零かもしれないし、花咲つぼみかもしれないし、巴マミかもしれない。

 ──俺の仲間は、先ほど闇の中に飛び込んだ孤門一輝のような無鉄砲ばかりだ。

 きっと、孤門は美希をあの暗闇の中から助け出してくれる。
 それを一也は信じている。
 あの銀色の巨人こそが、このダークザギに立ち向かう鍵になるはずだ。

(この手で……ッ!!)

 彼が帰ってくるまでこの怪物と戦わなければならないが、この中の誰かが真っ先に立ち上がり、このダークザギを相手に無鉄砲に行動した時、彼は──仮面ライダースーパー1は、永遠の後悔に打ちひしがれる事になるだろう。
 誰かが飛び込んで戦おうとするのは間違いない。
 その役を、この中の誰にも譲るわけにはいかない。

 かつて、本郷猛は、沖一也に全てを託し、強敵との戦いを請け負った。──一文字隼人や結城丈二もそうだった。
 今こそ、沖一也も、俺の魂を賭ける時。

「──喰らえ、ダークザギ!! これが、俺たち仮面ライダーの、魂だ──ッッ!!!!!」

 そして──激震が鳴った。

 スーパー1の最後のキックが、ダークザギの顔面に叩きつけられた。
 ダークザギの体は大きく後ろによろめき、左足が一歩後ろについた。
 大地にも強い振動が伝わり、地上にいるヒーローたちもその震えを確かに全身で感じた。
 クロムチェスターの一斉砲火さえも効果を示さないであろうダークザギに、今、一歩足を下げさせたのが、彼の全てを使い果たす力だった。

「────ガァァッッ!」

 その一撃を受け、ダークザギの全身に怒りが湧きあがる。
 自分の顔面で力を失っていき、沖一也へと戻っていくスーパー1の身体をダークザギは右腕で掴んだ。

(……くっ)

 一也の意識は、まだ、微かに残っていた。
 ただ、その体は、既に指先をぴくぴくと動かす程度の力しか残っていない。
 あれだけのエネルギーを使って、出来たのは、その巨体を一歩下げるというだけ……。
 無念であるが、他の誰かが無謀を働くより前に動く事が出来た。
 ダークザギの巨大な手に包まれ、巨大な瞳がこちらをぎょっと睨んでいる時、反撃の意志は薄れていた。

(……早く、美希ちゃんを……ウルトラマンを救って来い、孤門……お前はこの戦いの鍵を握る男だからな……)

 後の者に全てを託す。
 本郷も、一文字も、結城も、最後の時、こんな気分だったのだろうか──。

「ウガァァァァァァァァ────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 ダークザギは、一也の身体を潰した。
 全身の機械と肉体とがはじけ飛ぶ──。巨大隕石が降りかかってもそれを支えられるボディが、粉々に崩壊していった。
 ダークザギの手の中で起こる小さな爆発。メカニックの崩壊。
 外を覗いていた頭部が、ダークザギの両目を睨み返していた。

364崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:57:39 ID:OT9PV3kg0

(────そうだ、きっと……お前さえ帰ってくれば……俺たちの魂と、絆に勝てる者なんて、誰もいないさ)

 一也の最期の時、見上げている者たちは、強い後悔をしていた。
 ──飛び込んだのが自分だったならば、一也は……。
 だが、もしそれが他の誰かだったなら──誰よりも強い後悔を胸に秘める事になったのは、きっと沖一也だっただろう。
 誰よりも生き、誰よりも戦ってきた自分が真っ先に飛び込み、後の者に託せばいい。



 ……きっと、これが正解だ。



【沖一也@仮面ライダーSPIRITS 死亡】
【残り12人】







 キュアパイン──巴マミの頭上で、沖一也の命が終わった。
 彼の身体は粉々に吹き飛び、仮面ライダーの生きざまは──人間の自由と平和を守り、人間の未来を夢見た男の生きざまは、途絶えたのだ。
 彼がマミにかけた言葉が、ふと彼女の中で蘇った。

 ──君たちも、自分の信じる大切なものの為に戦ってくれ

 一也はきっと、それに殉じたのだ。
 そう、沖一也は……仮面ライダースーパー1は、命さえ賭けられる何かを信じて戦った。
 それが何なのかは、マミは知っている。

(……私が信じる、大切なもの────)

 しかし、マミにとっては何だろう。
 ここにある桃園ラブの遺体。
 ソウルジェムが深い闇の中に沈められた佐倉杏子。 
 消えてしまった孤門一輝や蒼乃美希。
 マミが回収しているが、弱っているアカルン。
 ……マミにとって、この場で、最も大切なものは次々と消えていってしまった。

「諦めるな」

 ──え?
 俯こうとしていたその時、マミの中に、誰かの声が聞こえた。

「諦めるな──!」

 ──孤門さん?
 忘却の海レーテの中に取りこまれたはずの孤門の声が、何故か確かに、マミの耳に聞こえた。これは、頭の中だけで聞こえた声じゃない。

 しかし。
 その言葉の意味を噛みしめた時、それが何故聞こえたか、などどうでもいい事のように思えたのだ。

(……私が守りたいもの……私が信じる大切なもの……)

 自分は、何故ここにいるのかを思い出した。
 かつて、自分がどうしようもない絶望の淵──事故で死にかけていた時に、自分自身が諦めなかったから。
 かつて、自分がソウルジェムの力を使いきって倒れた時──仲間たちが諦めなかったから。

 そうだ。マミも、まだ諦めてはならない。
 蒼乃美希も、佐倉杏子も、決して死んではいない。あの闇の中にいる。
 だから、孤門一輝は迷わずにあそこに飛び込んでいった。彼は諦めなかったのだ。

365崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:58:00 ID:OT9PV3kg0

「……そうね」

 弱っているアカルンを優しく抱きしめる。
 大事な物なら、まだまだいくつだってある。
 支えてくれる物、支えなければならない物はいくつも存在する。
 ──この目の前の闇の中にも。

(もう、絶対に諦めない……!)

 アカルンを、そっと優しく包んだ彼女は、変身を解除した。
 そして、キュアパインの力を解除して、リンクルンをそっと、眠っている杏子の傍らに置いた。
 その上に重ねるように、瀕死のアカルンを乗せる。

「私は、あなたたちの主人を助けに行くわ。……だから、ここで待っていて」

 アカルンがもし、力を使えるような状態だったなら、助ける事が出来ただろう。
 しかし、それは今は出来ない。到底、力を使って彼女をサポートできるような状態ではない。それをアカルンは口惜しく思った。


 ────マミは、忘却の海レーテに飛び込んだ。



【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ 再起不能】







 ────主催本部。

 加頭順だけが残った地下の施設で、大きな振動がモニターを揺らした。机の上から、小物が零れ落ちる。
 加頭は尚、そのモニターに釘付けになっている。この本部に残った最後のゲームメイカーとして、最後の役割を果たす為に。
 死ぬかもしれない役割であったが、しかし、加頭は内心では、ここに残って最後まで面白い物を見る事が出来たのを嬉しく思っている。──いや、まさに、それは生が確定した段階での事だったが。

 この殺し合いの最終局面において、ダークザギは復活した。彼が一歩を踏み込むたびに、加頭がいるこの主催本部は大きく揺れる。この振動の中に、この一週間の加頭の苦労全てが報われたような、祭りが終わる時のような──喜びが襲ってくる。

(レーテの闇に飲み込まれて生きて帰る事が出来る者はいない……)

 桃園ラブ、佐倉杏子、蒼乃美希、孤門一輝、沖一也、巴マミの名を──死亡、と、モニターに打ち込んだ。一度に三名の参加者が脱落した。
 それに加えて、今、ゴ・ガドル・バも確実に死亡した。執念だけで生きていた彼は、まさしくこの殺し合いの象徴のような参加者である。──彼のお陰で、随分と殺し合いは円滑に進んだ。
 だが、彼も規格外のダークザギには敵わなかった。彼のデータを「生存」に書き換える必要はなくなったようだ。
 ──加頭は、残り参加者を確認する。


 石堀光彦
 涼村暁
 涼邑零
 血祭ドウコク
 花咲つぼみ
 響良牙
 左翔太郎


 合計、7名。
 これは、主催陣営が参加者側の勝利条件として譲歩した「10名以内の生存者」という上限に合致している。
 記録上、変身ロワイアルに生還した参加者は、以上の7名になる。

366崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:58:15 ID:OT9PV3kg0
 彼らは、元の世界に帰り、──その時に“殺される”権利を得るのだ。
 そう、元の世界で死ぬ事が出来るという最大の褒美を──。

「コード:変身ロワイアル……崩壊、ゲームオーバー」

 加頭は、ニヤリと笑って呟いた。

 時刻は二日目、十一時五十九分。

 ────主催陣営、敗北。

 ────参加者、強制送還決定。


 そして、時計が動く。
 主催陣営は表向き、ここで敗北したが、全ての目的は達成された。
 このゲームを総べているカイザーベリアルの目的も、加頭の目的も果たされた──。それで満足だ。
 勝利? ──そんな物は譲ってやろう。
 加頭が欲しいのはそんな物じゃない。
 最後のボタンが加頭の手によって、押される。



 ────強制送還、実行。



【タイムリミット 発動】







 蒼乃美希は眠っていた。
 ──暗く深い、忘却の海の底。
 たくさんの人の恐怖やFUKOをその身に感じながら、しかし、赤子のようにどこか安らかで落ち着いた眠りを覚えていた。

 ああ、ここは、もしかするとあらゆる時間や時空と繋がっている場所なのかもしれない。
 まだ子供だった時の美希や──、離婚していなかった時の両親や──、まだ、生きていた時のラブや祈里やせつながこの中にいるのかもしれない。だから、妙に心が安らかなのだろうか。
 このままここで眠り続けてもいいかもしれない。
 たとえ、ここが闇の中でも……これから、もっと深い闇の中に誘われるとしても……。

「……美希ちゃん……」

 ────だが。
 ────それは全て偽りだ。

 美希を救おうと、この闇の流れの中を泳いでいく男──孤門一輝はそれを知っている。
 まるで濁流のようなこのレーテの闇は、孤門の幼少期のトラウマを刺激する。
 流れていく物が怖い。この流れに流され、このまま前に進めば、もう戻れないような気になる。流れていく景色を見るたびに、そこまでに置いてきたものがなくなっていくような気がしてしまう。
 あの時感じた恐怖だ。
 先に進む事で、また自分は足をとられてしまうのではないかという気がする。

「……っ!?」

 その時、──何かが、孤門の足を掴んだ。
 闇の力が、孤門を止めようとしているのだ。それは、確かに、子供の時の孤門が感じた感触に似ていた。だから、孤門の背筋が凍った。
 誰も助けてくれないのではないかという、あの時の怖さ。
 川の流れが、孤門を飲み込み、孤門一輝の命を奪おうとするあの脅威。

 だが、この恐怖や闇に打ち勝たなければ前に進めない。
 必死に足を振り払い、前に進もうとしていく。
 すると、孤門の邪魔をする物は何もなくなった。

367崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:58:37 ID:OT9PV3kg0
 そうだ──。

「駄目だ……闇に飲み込まれたら駄目だ……ッ!!」

 自分もかつて、闇に飲み込まれそうになった事はある。──しかし、人間にはそれを乗り越える力がある。
 誰にだって、──孤門にも、美希にも。
 だから、彼は、美希に声をかける。

「君の優しさが、僕たちを支えてくれた……!」

 美希は孤門に優しさをくれた。
 ここにいた仲間たちの優しさが、孤門を支えてきた。
 挫けそうになった事がないと言ったら嘘になる。何度だってあった。何度も、この殺し合いの中で死を覚悟し、諦めそうになった時だってあった。
 しかし、美希たちが見せる優しさが、──いつでも誰かを労わり、誰かを助けようとする気持ちが、孤門に希望をくれた。
 孤門も優しくしてくれた。

「君の強さが、僕たちを勇気づけてくれた……!」

 孤門は、美希たちの強さに何度も助けられた。
 それは、ただのパワーの強さじゃない。
 前向きで、ただ真っ直ぐに、自分に負けない完璧な強さが彼女たちにはあった。
 孤門を助けてきた強さが、絆が──ここにある。

「憎しみは乗り越えられる……! 人はどんな絶望の淵に囚われても、そこからきっと抜け出せる……!」

 声は絶対に美希に届いている。
 何か、強い闇の力が、美希の意識の中で、それを拒もうとしているのだ。
 それを振り払う方法は一つ。

「君は独りで戦ってるわけじゃない……!」

 ────孤門が、もっと大きな声で叫ぶだけだ。








「──────諦めるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」






 ───諦めるな。

 時を越え、世界を越え、深い恐怖の闇の障壁も超えて、その声が彼女に聞こえた時──、美希の瞼が自然と開いた。
 その言葉が胸に響くのを拒むようにしていた何かが、一瞬で晴れたのだ。
 美希の心が、その言葉に反応した。


「……孤門、さん……」


 ──帰りたい。

 そうだ……彼らとともに戦いたい。
 たとえ、ラブも祈里もせつなも杏子もいない、絶望に満ちた世界だとしても──。

 まだ、私にはたくさんの仲間がいる。
 まだ、私には叶えたい夢がある。
 まだ、私には待ってくれている人がいる。

 ──こんな所にいるべきじゃない。
 ──みんなで一緒に生きて帰りたい。

「────くっ!!」」

 目を覚ました美希は、手を伸ばそうとした。
 孤門に縋る為に。彼に支えてもらう為に。──彼と、彼らと支え合う為に。

368崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:58:57 ID:OT9PV3kg0

 孤門の姿は、遠かった。まだ小さく、それでも、だんだんとこちらに近づいてきた。
 それでも、美希は、そんな深い闇の中で必死に腕を伸ばした。

 孤門も、諦めなかった。
 二人の距離がどれだけ遠いとしても……ただの人間には決して埋められない距離だと言われても──絶対にその手を取ろうと、必死に闇の中を前に進んだ。

「────!!!」

 美希の中から消えたと思っていた“意思”が囁きかける。

 ──君は、守りたいものを見つけたか?
 ──君は、生きていく道を見つけたか?

 闇に変換され、石堀光彦に渡ってしまったはずの“光”だ。
 しかし、誰かの胸に希望がある限り、その光は何度でも蘇り、何度でも強くなり、何度でも人々に新たな希望を照らしてくれる。



(────)



 美希は、胸の中に輝く光に答えを返した。

 ────そして、その時、二人の手と手が重なった。

 二人の間に、光が灯される。





 それは、蒼乃美希から孤門一輝へと受け継がれる絆の光────ネクサス。









 そして──、これは、この殺し合いとは何も関係のなかった世界だ。


 ────諦めるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!


 忘却の海レーテのエネルギーは時空を超えていた。
 レーテのエネルギーにより、時間軸も、世界も超えて、彼らの言葉は“どこか”の“いつか”にコネクトしていったのだ。

 ──“それ”は、あくまで、無為に、恣意的に、ただ偶然、そのときたまたま、起こった現象である。

 どんな時間に、どんな世界に繋がったのか──それさえも全ては、レーテの起こした偶然であるが、だからこそ運命的にも感じる出来事であった。
 彼のかけた言葉が、その世界の一人の少年の未来を、大きく揺るがす事になる。

「助けて……ッ!! あっ──」

 その世界も、それは、殺し合いも、ウルトラマンの登場も、ビーストの再来もない──ただの平和な世界だった。
 変身する戦士の戦いはこの世界では繰り広げられていなかったようで、怪物たちに理不尽に命を奪われる人間たちはいなかった。
 だが──。


「誰か……っ!! 誰か、助けて……っ!!!!」

369崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:59:16 ID:OT9PV3kg0


 しかし、自分の周りが平和に見えても、当然、死の病や自然の脅威や人間同士の戦争はあり、その時もどこかで誰かの命が消えようとしていた……。
 たまたま、そこにいた一人の少年も、今、まさに生命の危機に直面していたのである。

 彼は、足がつかない川の中で、必死にもがいていた。
 だが、その川の流れは驚異的に早く、今にも自分を容易に飲み込もうとしていた。
 足がひたすらに沈んで動かない。脱げた靴が一瞬でどこかに流れていった。

 助けてくれる人は周囲にはいなかった。
 だから、少年は、やがて、意識が薄れていく中で、死を覚悟した。
 少年の心を、絶望が埋め尽くしていく。
 父さん、母さん……ごめん……。

「────諦めるな!」

 しかし。
 しかし、その時──孤門一輝がレーテの中で蒼乃美希に差し伸べた手と、その言葉が、遠い昔……川で溺れ、死の恐怖を前に絶望していた一人の少年のもとに届く事になる。
 少年は、その手を掴み、その手に導かれ、濁流の中から抜け出す事ができた。



 その少年は、岸部で、孤門に礼を言い、聞いた。

「……お兄さん、誰……?」

 岸部にその男の後ろ姿が見えた。──どこか、人間らしくない、しかし──いつかこんな男になりたいと思えるような、男の背中。
 次の瞬間、その男の姿は、まるで銀色の流星のように、すぐに光の中に消えてしまった。

 少年は、その様子を不思議に思った。
 ……宇宙人?
 自分は宇宙人に助けられたのだろうか。……いや、そんなわけはないか。

 少年は、濡れた体で己の手を見た。
 あの名前もわからない誰かの誰かを救おうとする意志が、この腕の痛みに残っている。

 ────この手のぬくもりと、この言葉を忘れない

「諦めるな……」

 ただ一言、呟いた。
 いつまでも、この言葉を胸に生きていこう。
 どんな絶望の中でも、絶対にこの言葉を忘れないように……。



「諦めるな」



 そして、少年は、この時、誰かの命を救う人間になる事を決めた。
 この時、川に流され、奇跡的にも生還した少年の名前は───孤門一輝。
 後にウルトラマンの光を授かり、“自分を救う事になる”男の名前であった。



 “大人になった孤門一輝こそが、川で溺れた少年・孤門一輝を救った男だった”──。
 まるで仕組まれた運命のような、偶然だった。
 この奇怪な事実は、当人も含め、誰も知る事はない……。







(一体何が……、まさか……孤門さん!?)

 レーテの中では、巴マミの周囲を蝕んでいた闇が、一斉に晴れていった。

370崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:59:33 ID:OT9PV3kg0
 どこかで強い光が発されたのだ。──それは、蒼乃美希から孤門一輝の手に受け継がれていった絆の光であった。
 そして、その光は、マミの前で“何か”に反射した。

「……これは……?」

 赤く光る一つの宝石──。
 それは、忘却の海レーテの中を彷徨い続けるはずだった杏子のソウルジェムである。
 真っ赤な杏子のソウルジェムは、闇の中できらきらと輝き浮かんでいる。
 こんな所を、一人で彷徨っていたのだ。──マミは、この広い忘却の海の中で、それを見つけ出す事が出来たらしい。

「良かった……」

 マミはそれを、両手で掴んだ。
 これを持ち帰れば杏子は目を覚ます事が出来る。
 孤門と美希のお陰だ。──マミが聞いた声もまた、時空を超えて、孤門が発した言葉が辿り着いた一つの行き先なのかもしれない。
 ……しかし、そう思った時であった。
 マミが目を開くと、そこには、ソウルジェムなど気にならないほど意外な物が映っていた。

「──!? どうして、あなたが……」

 思わず、口が開く。
 マミの視界を覆うほどの巨大な白の魔法少女。
 信じがたい、ありえないはずの存在が、その宝石の真後ろに立っていたのである。

『マミさん……』

 そうして、巴マミの名を呼ぶのは、マミにとっても見覚えのある一人の少女。
 まるで女神のような圧倒的な力を持っているのが、マミにはわかった。
 だが、驚くべきは、その力ではない。その姿だ。
 何故、彼女がこんな闇の果てにいるのかはわからない。レーテに蓄積された膨大な絶望のエネルギーから、こうしてここにやって来たのだろうか。

「あなたは……鹿目さん?」

 ──鹿目まどか。
 マミの通う見滝原中学校の後輩で、ふとしたことから魔法少女と魔女の戦いに足を踏み入れる事になってしまったただの女の子だ。
 そして、ここで、ノーザやアクマロたちとの戦いに巻き込まれ、死亡してしまった。
 少なくとも、彼女がどこかで魔法少女になったという情報はない。しかし、確かに、彼女の姿と声だった。

『違うわ、それは全ての魔法少女を導く果て──円環の理よ。あなたが知るまどかでもない』

 答えたのは、暁美ほむらと瓜二つの少女だ。
 彼女もまた、ここにいるはずはなかった。

『まっ、結局まどかだから、“まどか”って呼んでるけどね』

 マミには理解できない理屈を並べるのは、美樹さやかと瓜二つの少女だ。
 そして、彼女もいるはずはなかった。

「あなたたちは、一体……」

 マミはまだ状況を飲み込めていなかった。
 無理もない。彼女の生きていた世界は、まだ、まどかが一つの願いを叶える前の世界だった。──それによって、マミたちの存在も何度もリセットされる事になるのだが、その最も世界を揺るがしたリセットさえ、まだ起きていない。
 平凡な女子中学生に過ぎない鹿目まどかが、魔法少女たちの中で囁かれる救済の魔法少女になる事など、彼女には想像もつかない出来事である。

『佐倉杏子のソウルジェムは、この空間に投げ込まれた事で、少なからずレーテが持つ恐怖のエネルギーの影響を受けてしまっているわ』

『だから、私たち──“円環の理”とその鞄持ちがそれを救済しなきゃいけない。でないと、杏子ももう間もなく魔女になる……』

 ほむらとさやかがそう言った。
 つまり──、少なくとも、杏子のソウルジェムがこの闇の中で、だんだんと濁り、この場所で魔女になる直前にまでなっているという事らしい。

371崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:59:52 ID:OT9PV3kg0
 マミがおそるおそる、自らの手の中にある杏子のソウルジェムを覗くと、そこには、レーテの内部に蓄積された恐怖のエネルギーが外部から杏子のソウルジェムを侵そうとして、ソウルジェムを濁らせていく姿があった。
 真っ赤な宝石の中に、周囲の暗い闇が、今も確かに侵入している。
 ここまでの戦いでは、こんなにまで濁らなかったはずだ。本当に間もなく、ソウルジェムは完全に濁り切ってしまう。

『マミさん、杏子ちゃんを渡して』

 だから、まどかは言った。──まだ、杏子のソウルジェムは濁ってはいないが、このままでは彼女が魔女化の条件を満たしてしまう事は、時間の問題であると言える。
 その条件を満たした時、彼女たちは魔女化を防ぐと同時に、未知の世界に連れて行ってしまう。

 だが──

「諦めるな!」

 ──マミはそれを拒否した。

「──いいえ、絶対に渡さないわ。私たちには、佐倉さんが必要なの。彼女はこんなところで死ぬべきじゃない……だから、絶対に守ってみせる!」

 諦めない。
 最後まで、杏子の命を諦めるわけにはいかない。
 マミのその意志は、頑なだった。
 まどか、さやか、ほむらの三人が何を囁いたとしても、杏子は渡せない。
 杏子のソウルジェムを守るマミの目に、眩しい光が広がっていった。思わず、マミも微かにその瞳を閉ざそうとしてしまうほど、朝日のように眩しい光が……。

「光……」

 ──そうだ、光がある。
 蒼乃美希と、孤門一輝の間で発動したウルトラマンの光が、レーテの闇を少しずつ飲み込んでいるのだ。あれが、恐怖と絶望の想いが封じ込められたマイナスエネルギーを正反対の力に返還している。
 ソウルジェムを穢しているのは、この周囲の異常なマイナスエネルギーだ。──では、この闇の中で二人が作りだしたプラスエネルギーの中で、もしかすれば浄化される事があるのではないか。

 ──保証はない。一か、八かだ。
 しかし、マミの中には、今、他の術はなかった。
 あの光がソウルジェムを、マミはまだ光源には果てしなく遠い所にいる。あそこまでソウルジェムを運ぶ事はできない。見上げるほど遠い所だ。投げて届くだろうか。途中で彼女たちが妨害するかもしれない。
 様々な気持ちが、マミを一瞬だけ躊躇させる。

 それでも──、孤門たちを、そして、自分を──信じ、祈る。

「────コネクト!!」

 マミは、その光に向けて杏子のソウルジェムを投げた。──マミの手から遠ざかっていく、杏子のソウルジェムは、確かに収束していこうとする光に近づいていった。
 遠く、マミの視界でこの光の中で消えていく杏子のソウルジェム。──マミは、まどかは、さやかは、ほむらは、それを見上げていた。

 外の世界に≪コネクト≫しようとする世界へ、──。

「届いて……っ!」

 真っ赤なそれが、光と重なって、可視できなくなってしまう。
 光は閉ざされていく。
 光が収束して、孤門と美希の身体が、レーテの外に帰っていくのであった。
 その光はマミにとっても出口に違いなかったが、ああして杏子がこの中を彷徨ってしまっていれば、彼女は本当に、永久にこの闇の中に閉ざされてしまったのだ。

 そして、杏子のソウルジェムが、孤門と美希たちのもとで元の世界に導かれる。
 ──杏子のソウルジェムの濁りが本当に消えたのかは確認できなかった。

『……それでいいんだよ、マミさん……わかってた、杏子ちゃんを救ってくれるって』

 ──まどかは言った。

372崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:00:08 ID:OT9PV3kg0
 こうして、“円環の理”以外の存在が──「人間の肉体」が、ソウルジェムを助け出してくれる事をどこかで期待していたようにも見えた。
 だから彼女たちは、杏子のソウルジェムが外の世界に──光に向かっていき、浄化されるのを黙って見ていたのだ。
 ここまでが必然だった。

「……彼女は、救われたのね」

 杏子のソウルジェムが、希望の光のもとで、再度浄化された事を、まどかがその笑顔で告げているような気がした。
 そんな姿に拍子抜けしつつも、どこか安心して……マミは、次に自分がここから脱出する方法を考える事にした。

 だが、その時、マミの視界が、霞んだ。
 ──足の下から、頭の上まで登っていく粒子が見えていた。
 それが、自分の身体から湧き出てくる粒子である事に気づいたのは、また次の瞬間だった。

「……これは……」

 ────今度は、マミの身体の方が消滅しようとしていたのである。
 彼女は、何故またこうして自分の身体が粒子に溶けていこうとしているのかわからなかった。
 これも、またこの忘却の海レーテの影響なのだろうか。

 ──こうして、ここで置いていかれてしまったから?
 ──この闇の中で独りで消えていってしまうから?

 その時、視線を落としながら、さやかがその理由を告げた。

『マミさん、……実は、私とマミさんが人間に戻る事が出来たのはね、“円環の理”の……まどかのお陰なんです』

 さやかの言葉を聞いて、更に疑問は深まった。しかし、全く、彼女の言っている事への反発はなく、ただ茫然とした表情で、その言葉を聞いていた。
 その原理を、今度はほむらが更に詳しく解説する。

『そう。あなたたちは、この世界でソウルジェムを完全に穢し、魔女になる条件を満たしてしまった。……でも、既に別の世界のまどかが、“全ての時空、全ての時間、全ての魔法少女を救済する”願いを叶えて、“円環の理”として実行していた……。すると、“絶対に魔法少女を救う円環の理”と“絶対に円環の理の力を弾いてしまう世界”との間で、矛盾が起きる』

『その矛盾を正す為に、世界の中で一つの矯正力が働いたんです。この世界にいた私たちの魔女化は実行されたけど、その後ですぐにこの世界の人間たちの力で自然と救済されるように、世界は都合良く変わっていった……』

『ただ、一日目の夜までの時点ではそうはならなかった。二人は本当に死亡扱いになっていた事からもわかるわ。それが、異世界にも通じている忘却の海レーテが出現したせいで、円環の理の力がこちらに繋がり、魔女の救済が起こらなければならない世界になった為に、遂にさっきの“矛盾”が生まれてしまった』

『矛盾を正したのは、一日目の終了と共に起きた制限解放。これによって、私たちは魔女になる。でも、世界の強制力によって、誰かが私たちを“円環の理”の代わりに救うよう、運命が構築されていった……。私はその後で死んじゃったけど』 

『そして、私たちがレーテの中に来られたのは、呉キリカと繋がった事で、殺し合いの世界に最も近い場所へと辿り着く術を知ったから──』

 彼女たち二人は、巴マミと美樹さやかの魔女化が解除されるのを手伝った力が、プリキュアたちの他にもあった事を説明していた。
 この鹿目まどかのような魔法少女が、どうやら一枚噛んでいたらしい。
 噛み砕くと、“円環の理”がある以上、魔女の力を発動させてはならない──その矛盾が、「この場にいるあらゆる人間の力を借りて、魔女を人間に戻す」という形で発現した、という事である。

『でも、──こうして、会っちゃった以上、私たちは、マミさんを救わなければならない。ううん、たとえマミさんを返したくても、世界がマミさんを勝手に救済させてしまう……』

 まどかが言った。
 それはある意味では死刑宣告に近かったが、しかし、マミの中では、それに対する納得も湧きあがっていた。
 これは、“必然”だ。

373崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:01:19 ID:OT9PV3kg0

『ソウルジェムがなくても人間として動く事が出来たのは、世界が強引に矯正をしていてくれたお陰なんです。本来はありえない事でも、世界はそれを成り立たせる事で矛盾をなくしていました。……だけど、こうして出会ってしまった瞬間、あちらの世界と“円環の理”との間にあった矛盾はなくなり、正しい実行手段が行使されてしまう……』

『だから、あなたはレーテを見た後、しばらくして、自分の心臓部であるリンクルンを自然と手放し、導かれるようにこちらに来てしまった。──ただ、あのままここで杏子のソウルジェムが完全に穢れてしまったら、佐倉杏子も同じ運命を辿る所だったわ……それを救ったのは、巴マミ。あなたよ……』

 ──マミがここに来たのは、“杏子を救う為”ではなく、“自分が消えていく為”だったのだろうか。
 無意思で冷徹な世界が、マミを救済する為に、マミの意思さえも操って、ここに導こうとしていた……それは、消える事以上にショックだった。

 だが、確かに思う。
 自分は、自分の意思でここに来たのだ。それは強がりではない。一也の言葉と、孤門の言葉が背中を押し、自分は、杏子を助ける為にここに来ようとしたのだ。
 そして、確かに杏子を救い出した──それは、確かな事実だ。
 マミがこうして生き返る必然がなければ、杏子の方が死んでいた。

「……そう」

 マミは、自らの中に少しでも湧いたショックを押し込めた。
 しかし、こうして終わるのも、最初から決まっていた事だとしても──マミ自身は前に進む事が出来た。
 共に、絆を繋げた一人になれた。

『ごめんね、マミさん……』

 マミはまだ戦いたいのだろうと、まどかは思う。
 だが、マミは、外にいる仲間たちを信じている。──だから、もう必要はないと思った。

「ううん、私たちの絆は、ああして繋がった。……それをこうして見届ける事が出来た。それで満足よ」

 マミは、忘却の海レーテの中で、円環の理のもとへ歩いていった。
 この世界に、仲間ができてよかった。
 そして、これから行く先にも仲間はいる。

 彼女たちは、マミを優しく迎え入れようとしている。

 そうだ、もう一人ぼっちじゃない。



 ────もう、何も恐くない。



 そう思った時、マミの最後の気持ちが、レーテ全体に伝わり、レーテに蓄積された人々の恐怖のエネルギーを完全に消し去った。
 レーテは、その姿を維持できなくなり、元の世界で倒壊していく。
 この恐怖の世界も消え、巴マミは、またどこか次の世界へと旅立っていった──。



【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ 救済】
【忘却の海レーテ@ウルトラマンネクサス 崩壊】

【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 帰還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 帰還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 帰還】

【残り11人】





374崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:01:44 ID:OT9PV3kg0



『────みなさん、正午になりました。残った参加者は、7名。あなたたちの勝利です』

 加頭順のホログラムが上空に現われ、音声がそこから発された。
 ダークザギと戦う戦士たちの前に、その音が鳴り響く。
 怪物が暴れ狂う音にかき消されるが、それが正午を超えた事によるメッセージだというのはすぐにわかった。

『勝利を祝し、あなたたちを────』

 その時、──地上では、蒼乃美希と孤門一輝が、忘却の海レーテから帰還した。
 そして、佐倉杏子のソウルジェムが彼女自身の身体へと帰り、彼女は目を覚ました。
 しかし、そんな事にも気づかず、加頭は、その先の言葉を告げた。

『────強制送還します』

 空が裂け、そこから、奇怪なブラックホールが誕生する。
 地上で暴風が吹き荒れ、参加者たちを吸いこもうとしていた。
 参加者たちを識別し、それを吸収しようとする奇怪なブラックホール。
 それは外の異世界と繋がっている。遂に、あれだけ求めていた外の世界とのコネクトが始まったのだ。







 赤い光に導かれるまま、孤門一輝と蒼乃美希の前で、巨大化したダークザギが暴れていた。圧倒的に規格外に巨大であり、二人も威圧感を覚えていた。
 彼らの周囲には、ブラックホールの影響による強風が渦巻いている。

「……」

 孤門は、自らの手に、“それ”を握りしめた。
 エボルトラスター。
 姫矢准が、千樹憐が、佐倉杏子が、蒼乃美希が──、共に戦っていたウルトラマンの力が、今度は孤門のもとにあるという事だった。

 彼らの戦いが──彼らの魂が、そのエボルトラスターの鼓動を感じて、孤門の胸の中に蘇った。

 孤門は、美希の方を振り返った。
 そんな孤門の様子を見て、美希は、何も言わずに頷いた。

 ──孤門は、美希に任されたのだ。
 ウルトラマンとして、このダークザギを倒す力を。

「絆……」

 ならば……今、孤門一輝は戦う。
 ダークザギを……石堀光彦を倒す為に。

「────ネクサス!!!!」

 エボルトラスターが強く引き抜かれる。
 空にエボルトラスターを掲げると、“赤”と“青”の光がその中に収束し、孤門の中でウルトラマンが覚醒する。

 ────共に戦ってきたウルトラマンが、自分と共にある。
 その初めての感覚に──、孤門は、不思議な暖かさを覚えていた。


「デュアアッ……!!」


 Nexus……それは、受け継がれる光の絆。





375崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:02:02 ID:OT9PV3kg0



 佐倉杏子が、目を覚ました。
 そして、ふと、その瞬間、ダークザギと戦闘中であった仮面ライダージョーカーと、目が合った。
 ダークザギに攻撃しながらも、杏子の肉体に傷がつかないよう、彼が常に気を配っていたらしい。
 そんな状態で戦うなよ……と、杏子は思う。

「杏子……!」

 ジョーカーは、思わずその事実に驚き、戦いを忘れて杏子のもとに駆け寄った。
 それは嬉しいのだが、杏子はすぐに立ち上がった。
 アカルンと、キュアパインのリンクルンが傍らに転がっている。
 キュアパインのリンクルン──まるで、置手紙のように残されたそれを見て、杏子は一人の仲間の事を思い出した。

(マミは──)

 彼女は、どこにもいなかった。
 だが、彼女がどこにいるのか、杏子はもうわかっているような気がした……。
 そうだ、彼女はもう……どこにもいない。

「良かった、杏子ぉっ! 目を覚まさないかと思っちまった……」

 そんな切ない気分を味わっていた杏子であったが、目の前の黒い仮面ライダーは、思わず、杏子に抱きついていた。
 孤門を信用していたとはいえ、いざ杏子がこうして目を覚ますとなると、嬉しくて仕方がないらしい。
 心配してくれたのは嬉しかったが──、今は、杏子も大団円をしている場合じゃなかった。

「おい、こんな時にこんな所でくっつくなよ。それどころじゃないだろ……なんだよ、あのデカいのは」

 わざと鬱陶しそうに突っぱねて、巨大なダークザギの方へと注意を向けた。
 ジョーカーも、そこで、やっと我に返ったように、空を見上げた。巨人ダークザギと、仲間たちが戦っている真っ最中だった。ジョーカーもまたすぐに、あそこで仲間たちを助けなければならない。

「ああ……、あれは……ダークザギの、本当の姿だ……。俺たちの力をどう使っても敵わねえ……ガドルと沖さんはもうやられちまった」
「……そうか、あいつらが」

 既にダークザギが犠牲者を出している事が杏子に伝えられる。
 一也は勿論、ガドルの敗北も、杏子の中ではショックな事象に感じられた。
 ダークザギは強い。それは、あの巨体を見ても明らかだが、仮にダークザギが同じ規格だったとして、誰がそのエネルギーに敵うだろうか。

「でもな、もう大丈夫だ」

 まだ、彼が現れていない空を見上げながら、杏子は言った。ジョーカーはそんな杏子の姿を見て少し怪訝そうにした。彼女の横顔は、決して強がりじゃない自信に満ち溢れていた。

 ──大丈夫だ。
 ダークザギは確かに強い。──だが、確かに“光”は、繋がった。
 杏子はソウルジェムを通じて、レーテの中でそれを感じていた。


「──銀色の巨人(ウルトラマン)は、負けない」







「花よ輝け……ッ!!」

 高く飛び上がったキュアブロッサムが、ダークザギの胸のエナジーコア目掛けて、攻撃を仕掛けようとしていた。
 それでもまだ……石堀を救いたい──。そんな想いを胸にしながら、これで、ダークザギに対して通算三度目のピンクフォルテウェイブを放とうとしていた。
 体力は限界で、花の力も既に、使い果たされようとしている。

(──石堀さん……っ!!)

 たとえ、拒む力が働いたとしても。
 いつか、無限の力でダークザギに力を浄化してみせたいと。

 だが、無情にも、そんなキュアブロッサムの姿が、ダークザギの手によって叩き落とされる。
 ブロッサムの全身をダメージが駆け巡り、彼女の変身エネルギーを消耗し、キュアブロッサムの変身が解けた。花咲つぼみの姿が現れる。
 ダメージも大きいが、体力の限界だったのだろう。

「つぼみぃ……っ!!!!!!」

 思わず、彼女の本当の名を叫びながら、仮面ライダーエターナルが飛び上がる。
 攻撃の為ではなく、キュアブロサムを空中で抱きとめる事で、地面に直接激突するのを避ける為であった。──変身が解けた状態の彼女が地面に激突すれば、確実に死んでしまう。
 つぼみの身体は、上空でエターナルに包まれるが、勢いが強すぎたために、今度はエターナルの身体も纏めて地面に向けて突き飛ばされてしまった。
 ──勿論、エターナルが下になれば助かるかもしれないが、二人が受けるダメージは大きい。それは、ほとんどこの戦いでの再起不能を意味する。

「くそっ……!!」

 エターナルが叫び、激突の瞬間、目を瞑った。いくら良牙とはいえ、強いダメージが全身を襲うスピードである事は間違いないと悟ったのである。
 歯を食いしばり、激突の衝撃に耐えようとする。

「くっ……──」

 しかし……。
 ──いつまで待っても、地面と激突する事はなかった。

376崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:02:20 ID:OT9PV3kg0



「────…………」



 それを奇妙に感じて、おそるおそる目を開けたエターナルが見たのは、──巨大な銀色の顔であった。
 それは、こちらと目を合わせていた。──不思議な安心感が、響良牙の中に湧きあがってくる。
 ここは、その顔を持つ巨人の掌の上だった。彼は、エターナルとつぼみをその手で優しく包んでいた。
 二人は、その姿を、どこかで見た事がある。

「ウルトラマン──」

 つぼみも、瞼を開いて、その顔に向けて呟いた。
 そう、彼はウルトラマンだ……。杏子が変身していた戦士である。
 だが、見た事があるというのは、決してウルトラマンの姿の話ではない。──そこにある、誰かの面影の事だった。

「孤門……なのか?」

 エターナルは、こちらを見つめるウルトラマンの巨大な顔に、孤門一輝の面影を感じていた。
 つぼみも同様に、それが孤門であると気づいていたが、驚きのあまり、閉口していたように見上げていた。
 そして、次の瞬間、エターナルとキュアブロッサムの身体が浮き上がる。

「あっ……」

 二人の身体は、ブラックホールによって吸い込まれようとしているのだ。
 だが、二人を見て、ウルトラマンは頷いた。

 後は任せろ、と。
 ──響良牙と花咲つぼみが、この殺し合いを終えようとする中、孤門一輝の笑顔がそこに見つかった気がした。

「おいっ!」

 良牙が、大きな声で孤門を呼びかけた。ネクサスが空を見上げる。
 エターナルは、最後に、この場所で五代雄介や一条薫から教わった“サムズアップ”を見せて──空に消えていく。
 良牙は、言葉ではなく、それを見せたかったのだ。
 その想いは、ウルトラマンの──ウルトラマンネクサス、孤門一輝の胸で勇気へと変わる。

「デュアッ!!」

 ウルトラマンネクサスは、目の前の敵──ダークザギと向き合い、構えた。
 二人のサイズ差は大きくない。ようやく、同じ土俵に立って戦える相手同士になったというわけである。
 そんなネクサスを見て、ダークザギは少なからず動揺していた。

「バカな……ッ! 奴は闇に沈んだはず……! あの闇の中から抜け出せるはずがない……! まして……人間ごときがッ!!!」

 こうして、レーテを抜け出してくる者が現れるはずはない。
 あの闇は人間は決して戻る事ができない絶望の淵にある。
 その中で人は苦しみ、もがき、諦め、恐れ、絶望する。
 そんな場所であるというのに──。

「────バーカ!! お前ごときが人間に勝とうなんざ、100万年早えんだよ!!!」

 エターナルたちと共に空に浮きあがっていく、ガイアポロン──涼村暁が、ダークザギの横顔に向けて叫んだ。
 その声は、確かにダークザギの耳にも聞こえた。
 奴は、この状況でおどけようとはしていなかった。しかし、今は、それまでの暁の調子に戻ったようにも見える。
 つまり、奴らは──勝利を、確信しているのだ。

「おのれ……っ!!」

377崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:02:39 ID:OT9PV3kg0

 ダークザギは、苛立ちを胸に秘め、駆けだす。そして、ネクサスめがけてパンチを放った。
 アンファンスのネクサスなど、ダークザギどころかダークファウストですら葬れる相手だ。そう。まだ慌てる段階ではない。まだ、“奴”は復活していないのだ。
 真の力を使っていないネクサスは、敵ではない。──ならば、真の力を使う前に撃ち倒すのみ。

「くっ……!」

 ダークザギの一発のパンチで、ネクサスの身体は、大きく吹き飛ばされる。
 ネクサスは、周囲の森を巻き込んで大きな尻もちをつき、大地を鳴動させる。
 ──アンファンスの力は、確かに、ダークザギに立ち向かうには弱かった。
 まだ、ウルトラマンの力を使い慣れていない孤門の変身であるせいもある。

 だが──


(────立て、孤門! お前は絶望の淵から何度も立ち上がった……だから俺も戦えた)


 その時、姫矢准の声が、ウルトラマンネクサスに呼びかけた。
 姫矢がネクサスの中にいる……。姫矢が力をくれる……。
 ネクサスは、痛みにも負けずに、地面を握りしめて立ち上がる。

(姫矢さん……!)

 そうだ……こんな所で倒れている場合じゃない。
 諦めない……。
 立って、奴と戦うんだ……。

「……聞こえたか? ザルバ……」
『ああ、あれは姫矢准って奴の声だ。──どうやら、あいつが奴に力を貸してるみたいだぜ』

 空に昇っていく零とザルバは、そんな事を言い合った。
 一見すると頼りのないウルトラマンであったが、彼は諦めない。
 ここにいる誰もがそうであったが──、諦めずに立ち向かっていく勇気がある。

「フン……ッ!」

 ────その瞬間。
 ウルトラマンネクサスのエナジーコアが光り、姫矢准の想いが、はっきりとした形で力を貸した。

 ──赤く熱い鼓動が、ネクサスをまさしく赤色に変える。

 ネクサスは、ジュネッスの姿へと変身したのである。
 ネクサスの力は確かに撮り戻っていく。

「……ッ!」

 ダークザギも、立ち上がった彼の新しい姿に構えた。
 ネクサスは、ジュネッスの命の色を全身で感じ、姫矢准が使っていた技を再現する。
 大地に向けて、二つの腕を重ね、エネルギーをためて腕を十字に組む。
 瞬間──、一瞬だけ、ネクサスの全身に、パッションレッドのラインが駆け巡る。

「ハァァァァ…………フゥッ!!!!!」

 オーバレイシュトローム──、その光線が、ダークザギに向かっていった。
 ダークザギは、それを両手で受け止めようとする。
 ほんの一瞬だけ苦戦するが、ダークザギは、それをあっさりと打ち消した。
 この程度では、まだ温い──!

「ハァッ……!」
「フンッ……!」

 それでも、今度は肉弾戦でダークザギに立ち向かっていくネクサス。二人の距離は縮まり、ダークザギはネクサスに向けてパンチを放とうとしている。
 ダークザギの拳を避け、脇腹に蹴りを叩きこんだネクサス。
 だが、その直後、ダークザギの圧倒的な連撃を受け、ネクサスは、肩で息をするようになってしまう。やはり、肉弾戦には慣れていないのだ──。かと言って、光線はダークザギには通じない──。

378崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:02:58 ID:OT9PV3kg0

「……チッ。嫌な姿を見せやがって」

 ブラックホールに飲み込まれようとしている血祭ドウコクと外道シンケンレッドも、その姿を遠目で見ていた。
 ドウコクが、それをどういう意味で言ったのかはわからない。
 姫矢と同じジュネッスのネクサス、そして、一瞬だけ見せた杏子と同じジュネッスパッションのネクサスを嫌悪したのか、それとも、ダークザギに押されているネクサスに不快感を示したのか。
 それはわからない。
 ただ、生還という目的を前に、気を緩め、彼もいつも以上に思わぬ事を口にしてしまう状態であった事だけは、確かだった。







 ベリアルたちによって“管理”された一つの世界──、孤門の故郷でもあったこの世界で、一人の青年・千樹憐がモニターを見上げていた。
 街頭に設置された巨大モニターは殺し合いの様子を映していたが、それを率先して見ようとする者など、殆どいなかった。多くの人は、この世界の真実を知り、この殺し合いを目の当りにして、“管理”に屈し、死んだ目でされるがままの作業を行っている。

 しかし、憐は、そんな中でも、管理者たちに屈せず、裏の世界で反乱するメンバーの一人として戦っていた。和倉英輔や平木詩織などのTLTの人間もこちらについている。
 その日は、孤門たちの最後の戦いを目にするべく、隠れて町に出ていた。
 そして、今、孤門がウルトラマンとなって戦っているのを、憐は今、見ている。

(そうだ、孤門……俺も孤門のお陰で……、こうして管理なんかに負けずに、運命にだって逆らって、俺は生きてる! だから……)

 憐は今日、この世界で一人の少年に出会ったのだ。
 まるで憐と同じような境遇である。彼も先天的に不治の疾患を患い、それによって病弱でありながらも、パイロットを目指しているらしい。
 彼も諦めなかった。彼も管理には負けなかった。彼も前を見ている。
 憐は、そんな彼の姿に勇気づけられている。支えられている。

「……あれは、パパと見た銀色の流星だ」

 その少年──真木継夢は、今、憐の隣で言った。
 管理されている人間たちも、呆然とモニターを見つめていた。
 もしかしたら、勝てるかもしれない……。
 誰もがそんな想いを少なからず持っていた。
 風向きが変わっている気がする。



「────負けるなッ!! 孤門!!!! 俺も孤門のお陰で戦えた!!!! ウルトラマンとして!!!!」



 憐の声が街頭で響いた。人々の目が、そこに注目した。
 それは、町中に管理者の目がある中で、自らの正体を明かしてしまうような物だった。
 孤門一輝が千樹憐の名前を出したのを見ている者もいる。──そして、憐は今、この世界ではお尋ね者なのだ。
 しかし、その直後に、継夢が叫んだ。



「がんばれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!! ウルトラマン!!!!!!!」



 それは、二人による明確な反逆だった。
 管理された世界の時が止まる──。彼らは何者だろう──、と、誰もが思った。
 しかし、やがて、どよめいた周囲は、そんな事を気にしなくなり、彼らの想いがどんな物であるのかを胸の中に思った。
 そして、彼らも次々と声を張り上げた。

379崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:03:56 ID:OT9PV3kg0

「そうだ、負けるなっ!! ウルトラマン!!!」
「がんばれーっ、ウルトラマン!!!」
「行けぇっ!! ウルトラマン!!!」

 今、この世界で、管理の力を越える人々の反乱が起こったのだ。
 彼らの管理を任された財団Xたちは、それを鎮静化しようとするが、そんな邪魔は全く、人々には通らなかった。
 ましてや、財団Xの中にさえ、別の組織による管理を快く思わない者が何人もいたようで、それを止めようともせず、無言の反逆をする者がいるという有様だ。

 騒ぎの波紋はだんだんと大きくなっていく。
 人々はだんだんと、ウルトラマンを大声で応援するような形で結託していった。

「……人間の力は、イッシーが──ダークザギが思っていたほど弱くないみたいですね」

「ああ。俺たち人間を敵に回した事こそが……奴の、そして、管理者たちの最大の誤算だ!」

 憐や継夢と同じく町に出ていた平木詩織と和倉英輔も、その光景を見て、そう言った。
 この世界の人間たちの希望が、時空を超えてウルトラマンに届いていく。
 それはウルトラマンだけの力ではなく────人とウルトラマンとが支え合う事で、初めて生まれる力であった。







 孤門に憐の声が届いた。
 時空さえも超えて、憐の“青”がウルトラマンネクサスに力を貸す。
 ネクサスの身体が、光に包まれる。

「──ハァッ!!!」

 姫矢の赤いジュネッスの姿だったネクサスは、時空を超えて届いた力を借りて、今度は憐のジュネッスブルーに変身する──。
 新米ウルトラマンに、新しい力を貸す為に──。
 それは、この場にいる者たちは初めて見る光だった。

「命の光……生きる者たち全てが違う、光の色……」
「ぶきっ!」

 参加者ではなく、“支給品”であるレイジングハート・エクセリオンは、子豚を抱いて、空へと自力で飛んでいた。
 彼らは、ブラックホールに自ら向かわなければ、元の世界に帰る事が出来ないのだ。
 しかし、このまましばらく、彼の戦いを見ていたいと、その姿を空中に留まらせている。

「デュア……ッ!!」

 孤門に力を貸すのは、姫矢准や千樹憐──そして、ここで生還している参加者たちだけではなかった。
 かつて、ダークザギに操られていた溝呂木眞也も、その声を孤門に届かせる。



 ────孤門、俺の過ちを正してくれ。
 ────人の心は弱く、世界は闇で満ちている。
 ────だから人はたやすくそれに呑まれてしまう。
 ────だがな……。



 溝呂木は、その先は何も言わなかった。
 だが、──孤門は、恋人を殺した溝呂木眞也の罪を、許そうと思う。
 孤門もまた、闇にその身を落とそうとした事がある。
 人間は弱い。
 だが……だが──


 孤門がかつて尊敬した先輩──西条凪の声が、孤門を助ける。



 ────ダークザギ、お前は私たちには勝てない!!
 ────私たちは決して諦めたりしないから……!!
 ────そして、

380崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:04:18 ID:OT9PV3kg0



 ────人と人との絆は、光そのものだから……!!



「シャァッ……!!」


 ウルトラマンの光と共に吸収された、キュアベリーの光が駆け巡り、一瞬だけ、蒼乃美希だけが持つ色を──ネクサスは、現出した。
 ネクサスの右腕のアローアームドネクサスにエナジーコアの光が投影され、アローが形成される。

 光の弓──アローレイ・シュトロームに、美希の想いが現出した剣が重なり、今誕生した新たなる技がダークザギを狙う。
 オーバーアローレイ・シュトローム。
 不死鳥の矢が、ダークザギに迫っていた。

「ウウガァッ……!!」

 だが、その一撃を、ダークザギは片手で跳ね返してしまう。
 流れ弾となり、地面に1エリア分ほどの大きなクレーターが出来た。──それを見て、そこにいる者たちは、決してネクサスの攻撃が弱かったわけではない事を理解する。
 遠くで、爆発音が遅れて聞こえた。

「全然効いてねえのか……!? でも……それなのに……負ける気がしねえ……ッ!!」

 仮面ライダージョーカーがその姿を見て感服する。
 彼は──左翔太郎は、以前にも、銀色の巨人に助けられた。
 あの時、思わず「銀色の巨人」と言ってしまった翔太郎は間違っていなかったのだ。
 そう、杏子が言った通り──ウルトラマンは負けない。
 ウルトラマンは、仮面ライダーと同じくらいに強い。

「まだだっ! まだ……まだウルトラマンは戦える……ッ!! ウルトラマンは、私たちの絆がある限り、もっと強くなる……ッ!!」
「私たちも、孤門さんの優しさと、強さに何度も助けられてきた……だから、──」

 佐倉杏子と蒼乃美希が、空へと登り、ブラックホールの中へ消えていった。
 左翔太郎もまた、ブラックホールに吸い込まれていく。



 ────がんばれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!! ウルトラマン!!!!!!!



 だが、そんな声が、あのブラックホールが繋いでいる異世界から洩れてきた。
 ウルトラマンを応援している歓声が外の世界から聞こえてくる。
 その祈りが、その希望が、その声が、その力が──ウルトラマンを強くする。
 絆が、光に変わっていく……。

「あれは……」

 ジュネッスブルーのウルトラマンネクサスが、全身を光に包み、真の姿へと変身する。
 彼の背中に羽が生える。
 赤と青の力が重なり、やがて、その姿に銀色の光が灯される。
 ダークザギが最も恐れた戦士が、今、人々の祈りを経て爆誕した。



「ハァァァァァァァァ……ッ!!!!!!! ハァッ!!!!!!!」



 ──光の戦士の究極の姿、ウルトラマンノア



 最強のウルトラマンの姿へと、今、孤門一輝が変身したのである。

381崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:04:35 ID:OT9PV3kg0
 ブラックホールの中で、血祭ドウコクも、外道シンケンレッドも、涼村暁も、涼邑零も、レイジングハートも、響良牙も、花咲つぼみも、鯖から生まれた子豚も、佐倉杏子も、左翔太郎も、蒼乃美希も、その輝きを目にする事になった。

 その姿を前に、ダークザギは──強い興奮を覚えた。
 奴が……奴が復活してしまった。
 ダークザギが、最も恐れて、最も憎んでいた敵が。



「────ウグァァァァァッァァァァァァァァァァァォッッッッ!!!!!!!!!」



 ダークザギは、気づけばウルトラマンノアへと駆け出していた。
 実は、ダークザギは、ウルトラマンノアのコピーとして作られた巨人である。──あるいは、それはダークプリキュアや相羽シンヤと同様、彼もまた、「コピー」である事へのコンプレックスを、このノアに対して、常に感じ続けていたのだ。
 その苦しみが、その苦悩が──ダークザギを、冷酷な破壊神にしたのである。そして、彼は、ダークプリキュアやシンヤのようにそれに打ち勝つ事はできなかったのだ。

「ハァッ!!」

 ダークザギは、ウルトラマンノアに向かっていくが、伝説の神が現れた瞬間、二人の形成は完全に逆転していた。
 ダークザギのパンチはノアに回避され、逆にノアがダークザギに蹴りの一撃を見舞う。
 ウルトラマンノアのキックは、ダークザギを数十メートル後方まで吹き飛ばす。──これまでとは全く逆の、圧倒的な孤門の優勢。

「グァァ……ッ!!」

 ダークザギが反撃しようとするが、ノアは憮然としてそれを避けてしまう。
 ノアは、まるでひらりと身をかわすように、ダークザギの攻撃を全て回避し続けた。
 次の瞬間には、ノアのパンチやキックがザギの身体を傷つける。ネクサスの攻撃に比べて、なんと強い──。
 そして────。

「シュッ…………ハァァァァァァァァァ…………」

 ウルトラマンノアは、左腕にエナジーコアのエネルギーを蓄積した。
 ダークザギは、ノアの攻撃を連続して受けた事で、反撃をする事ができなかった。
 ノアは、一周回転して、ふらついているダークザギに、1兆度の炎を纏ったパンチ──ノア・インフェルノを叩きこんだ。
 ノアの腕からダークザギの身体に向かって、火柱が上がる。



「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 ダークザギの身体は、火柱に押されて、島の向こうに吹っ飛んでいく。

 ──やがて、雲を超える。

 ────大気圏を超える。

 ──────そして、遂にダークザギの身体は、果てしない宇宙空間まで吹き飛んでいった。

 ノア・インフェルノの力がそこで消える。ザギもノアの攻撃に打ち勝ったのだ。
 ダークザギは、真っ黒な宇宙から、その惑星にいるウルトラマンノアを見下ろしていた。
 ウルトラマンノアも、宇宙にいる彼を睨んでいた。

382崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:05:07 ID:OT9PV3kg0








「「──ハァァァァァァァァァァァァァァァァ」」








 ──ウルトラマンノアが、エナジーコアからのエネルギーを受け、腕を組み、ライトニング・ノアを放つ。
 ──ダークザギもまた、ノアに向け、最終必殺光線ライトニング・ザギを放つ。

 二つの光線は、この数千キロの果てしない距離を超えて真っ直ぐに敵に向かっていき、その中点でぶつかった。
 宇宙空間で、二つの光線が激突。
 ザギのライトニング・ザギが一瞬だけライトニング・ノアを圧倒した。



 だが──



「闇を恐れることなく、乗り越えていく力……それこそが────僕たちの強さだ!!」



 ウルトラマンノアの力は、圧倒的であった。
 ノアが更に力を込めると、ライトニング・ザギのパワーは、ライトニング・ノアの希望の力に押し負けていく。
 そして──ダークザギの身体は、次の瞬間にライトニング・ノアに飲み込まれていった。







 ライトニング・ノアの力に飲み込まれる最中──ザギの目には、殺し合いが行われたあの星が、遠くに輝いて見えた。
 幾つもの星々が輝く宇宙の果てで、かつて、“来訪者”たちの希望として作られたダークザギは、思った事がある。



 ──この宇宙に二度と苦しみが生まれない為には、何を成せばいいのだろう。
 ──永遠の平和とは何だろう。



 そうだった……。彼もまだ、その時は一人の平和を守る戦士として、宇宙の平和の事を真っ直ぐに考えていたはずだった。
 M80星雲。──かつて、そのある星で、ダークザギは、人々の為に戦っていた。
 ビーストの脅威に立ち向かう“来訪者”たちが、ビーストを倒したウルトラマンノアを作りだした人工生命ウルティノイド──その名が、「ザギ」。

 ビーストと戦い、来訪者たちを助け、平和を守る──それが、ザギの使命だった。
 彼らの命令を聞き、彼らの為に生きる事こそ、ザギの誇り。
 彼は、来訪者たちの思う通りに生きてきた。
 やがて、ウルティノイドの中に自我が芽生え、自分で考える事が出来るようになった。

 すると、今度は、来訪者たちの為に戦うウルティノイド・ザギの中にも、ウルトラマンノアの模造品として作られた自分自身への苦悩が、どこからともなく湧き出た。
 どれだけビーストを倒しても、人々が求めるのは、ザギではなくノアの力である事に、彼は気づいてしまったのだ。
 自分は誰にも求められていない。「ノア」の代わりに作られ、「ノア」の代わりに生きる。
 自分の命とは何だろう。
 自分の存在意義とは何なのだろう。
 自分は何の為に生まれ、何の為に生きるのだろう。
 ザギはそれでも戦い続けた。しかし、ビーストと戦っていく中で、争い合う人々や、不安に駆られ、絶望に飲み込まれ、他者を傷つける者たちを何人も目にする事になった──。

 そして、その戦いを超えていくうちに、彼は、結論した。



 ──「永遠の平和」とは「虚無」!!
 ──心が存在しなくなれば、生命が存在しなくなれば、苦しみも悲しみも消え失せる……!!

383崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:05:24 ID:OT9PV3kg0



 ゆえに、彼は、いつしか、来訪者たちの英雄から、宇宙の脅威へとなり下がり、落ちぶれていく事になった。ビーストを使役し、人間を利用し、あらゆる手段を使って宇宙の全てを滅ぼす悪の戦士となってしまった。


 自分は、ノアの代わりにはならない。
 ノアの“敵”となればいい。ノアの“逆”になればいい。
 ノアが誰かを救うならば、ザギは何かを壊せばいい。
 それによって、“虚無”の中で世界に平和を齎せばいい……。
 そうすれば、争いもなくなる。殺し合いも、死も、死に至る生の存在もなくなるのだ。


 だが。
 宇宙を全て無に返し、全ての命を奪う事が──いかに、残酷な事なのか。
 それは、平和と呼ぶには、生ける者たちにとって、最も無責任な行為であると、彼はまだ知らなかった。
 永遠の命を持っているが為に、彼は、“虚無”が、彼には正確にはわからなかったのだ。


 そして今。
 遠く、宇宙の深淵に消え、この世界の外に弾かれ出され、「虚無」の世界に落ち込んでいく時────彼は思った。

(消えたくない……!! 俺は……、俺は、こんな所で……!!)

 虚無になってしまえば、苦しみが消えるが、喜びも消える。
 自分自身の何もかもが消えていく。
 この想いも。この、“消えたくない”という気持ちも。

 だが──

「グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 俺の喜び……ふと思ったが、それは何だったのだろう。
 そう、ダークザギの頭に何かが過った時──


 ──この宇宙ので、巨大な爆発が起きた。
 ダークザギの身体が、ライトニング・ノアの光に包まれた瞬間だった。
 彼の身体が崩壊していく。
 体はばらばらになり、その中にあった意識も、ノアの光の中に消えてしまう。



「                   」



 ……何もない宇宙の果てで、ダークザギの意識は、虚無の世界に途絶えた。
 虚無に飲み込まれた時、彼は、自分自身の存在意義を考え、答えに辿り着く喜びを得る事も──そして、それを感じさせてくれた何かに気づく事さえできなくなってしまったのだ。
 いや、今、それに気づいたとしても、遅すぎたのだが──せめて、最後に一瞬でも気づく事が出来れば、彼自身は何かに救われる事ができたかもしれない。

 しかし、それが出来なくなるのが、“虚無”。
 暗黒の破壊神が、ずっと求めてきたものだった──。



【石堀光彦/ダークザギ@ウルトラマンネクサス 死亡】
【残り10人】





384崩壊─ゲームオーバー─(11) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:06:28 ID:OT9PV3kg0






 遠いいつか、“彼女”が言ったのを、孤門一輝は思い出した……。





















「────私、信じてる。孤門くんなら、きっと守ってくれるって……」

























385崩壊─ゲームオーバー─(12) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:06:52 ID:OT9PV3kg0



 ────ダークザギは、ウルトラマンノアの攻撃によって、消滅した。
 空では炎があがり、ダークザギの身体が宇宙で大爆発を起こしているのを映している。
 真上から、だんだんと太陽の光がノアを照らし始めている。

 ウルトラマンノアとしてここにいる孤門一輝を除く全ての参加者は、全員ブラックホールに飲み込まれて、異世界に転送されたらしい。
 そして、今……ブラックホールがゆっくりと閉じた。
 この世界にいるのは、既に孤門一輝とウルトラマンだけだ。

(リコ……、僕は、君に会えてよかった……。どんな悲しみが僕を襲ったとしても────)

 最後には、きっと──リコも、力を貸してくれたのだろう。
 彼女の笑顔が、ウルトラマンノアの中に湧きあがる。

 世界中の人が、その瞳にウルトラマンノアの雄姿を焼きつけていた。
 ある者には、プリキュアの姿。
 ある者には、仮面ライダーの姿。
 ある者には、魔法少女の姿。
 それらが、きっと、映っていた。──絶望しかけていた子供たちの瞳が、戦いを乗り越えた英雄の姿を、どこか憧れるように見つめていたのだろう。

(この戦いは終わった……僕たちは生き残った……)

 ノアは思った。
 だが、だからといって、全部が終わった気はしなかった。
 殺し合いの真の主催者の正体もまだ謎に包まれている。沖一也が見た何者かの姿も、まだ解明されていない。
 外の世界が──帰るべき世界がどうなっているのかもわからないし、結局主催者たちとの戦いはないままだった。

 ノアが、周囲を見た。
 彼の目からは、島の隅から隅までが見下ろした。
 ここで、たくさんの戦いが繰り広げられ、孤門たちは本来出会うはずのない人たちと出会ってきた。
 そして、同時に、本来別れるはずのない人たちとの別れも経験した。

(……僕たちの長い二日間も、終わりを告げようとしている)

 帰ろう……。
 今度こそ、全てを終えよう……。

 ウルトラマンノアは、あのブラックホールがなくとも、時空を超える事も出来る。
 まずは、孤門が帰るべき世界に帰り、姫矢准や、溝呂木眞也や、石堀光彦や、西条凪が死亡した事を報告しなければならない。
 それから、美希や、生き残った他の仲間たちが帰るべき世界にも行って──。



 ──と、その時。

「────ッッッッ!?!?!?!?」

 ウルトラマンノアの背中を、“何者か”が攻撃した。
 謎の光線が、ノアの背中に命中し、そこから煙をあげさせる。
 動揺するノアが振り返ると、そこにはダークザギにも酷似した黒いウルトラマンが立っていた。
 しかし、その姿は一層凶悪で、人というよりも獣のように曲げた背で、長い爪を誇らしげに構えている。

「ウルトラマンノア……、光の国が生まれる前からいた不死身のウルトラマン、か」

 それがダークザギではない事はすぐにわかった。
 しかし、ウルトラマンノアもその時はまだ知らぬ戦士であった。

「──誰だ、お前は!」

 言いながらも、孤門は思い出していた。
 この殺し合いの主催者の存在だ。──バットショットで確認された、謎の黒い影。

386崩壊─ゲームオーバー─(12) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:07:08 ID:OT9PV3kg0
 それは、確かにこの島へと接近していたのだ。
 では、彼こそが──



「てめえが会いたがっていたこの殺し合いの本当の主催者──カイザーベリアル様さ!!」



 ──彼こそが、全ての元凶なのだ。
 やっと会う事が出来た。

 ここであらゆる悲しみを作り、あらゆる思いを踏みにじった諸悪の根源。
 あるいは、石堀光彦も──ダークザギも、この殺し合いに巻き込まれた一人の犠牲者なのかもしれない、と思う。
 そして、ベリアルがいなければ、まだこの世界に在り続けたはずの笑顔がある……。

「そうか……お前がみんなを……!」

 ノアが構えた。
 まだ戦いは終わっていない。
 だが、ここで全てを終わらせようと……。
 孤門は──ウルトラマンノアは、仲間たちが帰っていったこの場所で、ただ一人、真の主催者と戦おうとしていた。
 ノアが、前に駈け出そうとした時だった。

「──おっと、動かない方がいいぜ」

 カイザーベリアルの忠告の言葉が聞こえた。
 しかし、既に手遅れだった。──ノアは、カイザーベリアルの前に拳を叩きつけようとしていた。
 肉薄するノアを前に、ベリアルは妙に冷静に構えている。


「────!?」


 そう、彼はただ余裕なのではない。
 ノアの力を知り、それに対策する術を持っているから、こうして一人のうのうと経って至れるのだ。
 地面から、光線が発された。

「これは、一体……!!!」

 それは、主催側が用意したシステムであった。
 ウルトラマンノアやダークザギが、圧倒的なパワーによって主催に歯向かおうとした時、この地下に仕掛けられた光線が敵を包む事になる。
 たった一回きりには違いないが、この場所に仕掛けられた“確実に敵を無効化する有効打”──その黒の光線が、ノアに発されたのである。

「……ナッ……シュゥッ……!」

 命あるものの時間を止める「ダークスパーク」のエネルギーである。
 主催陣営は、「ウルトラマンギンガの世界」に存在していた闇の力・ダークスパークを確保し、この殺し合いの基地に防御壁としてそのエネルギーを利用した。ダークスパークは、その世界でウルトラマンたちを人形の中に封印した悪魔の道具である。
 これは、この場においては──主催基地、あるいは、カイザーベリアルを攻撃しようとした際に発動し、強敵をダークスパークに封じてしまう最後の切札であった。

 ノアの身体が、次の瞬間には、物言わぬ小さな人形──スパークドールズへと変わった。
 もはや、伝説のウルトラマンといえども、こうなってしまえば戦う牙はない。



「────ハッハッハッ!! これで、ウルトラマンノアはいなくなった!! ダークザギも消滅した!! 俺に歯向かう者はいない!! 貴様らの希望は潰えたんだ!!」



 そして、スパークドールズにされた者は、自力では元に戻る事が出来ない。
 ウルトラマンノアの姿は、人間が掌で握る事が出来てしまうほどの大きさに早変わりした。

387崩壊─ゲームオーバー─(12) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:07:27 ID:OT9PV3kg0
 カイザーベリアルは、それを爪の先で捕まえると、空に向けて放り投げた。──そして、カイザーベリアルの力により、大気圏も超え、宇宙の果てまで飛んでいく。

「宇宙の果てに消えろ……ッ」

 この世界の宇宙は広いが、果てまで探してもカイザーベリアル以外、誰もいない。
 孤門一輝とウルトラマンノアは、このスパークドールズの中に封じ込められ、無限の宇宙を彷徨う事になる。
 先ほどの忘却の海レーテのように、侵入してくる者もいない。

 この世界に入る事が出来るのは、“それ以前にこの世界に入った事がある者”と、“カイザーベリアルが呼んだ者”だけである。
 ゆえに、“円環の理”もこちらの世界に姿を現す事が出来なかった。
 ここは、ベリアルだけの世界なのである。


 ──全ての世界を支配した彼にも侵されず存在できる世界、それがこの場所なのだ。


 ……とはいえ、この殺し合いで生きて帰った者たちは例外である。
 彼らがカイザーベリアルに立ち向かう術は既にないが、いずれにせよ、全員、ベリアルの部下が始末する手筈になっていた。
 もし、部下たちが彼らを始末できなくとも、ベリアルはこの世界で彼らを迎え撃ってみせる。



 ────ここに、ゲームの破綻と、ベリアルの目的の達成が祝された。



【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 封印】







 全パラレルワールドに、ここまでの映像は発信されると、 “再生終了”された。
 あらゆる世界に設置された街頭モニターや放送が、一斉に終了し、画面は真っ黒に塗り替えられる。
 一日と十二時間、常に流れていた殺し合いの実況中継は、今ようやく終わりを告げた。

 そして、殺し合いを生き残ったヒーローたちの全てが終わっていく。

 彼らは、あのブラックホールを通じて、それぞれの世界に帰っていた。
 または、彼らに縁のない世界に誤って送還される事もあるようだが、それも全て、管理されている範囲の世界である。管理の手がまだ行き届いていない世界には転送されない。
 ──いずれにせよ、多くは世界のどこかに転送され、その世界を管理する主催陣営の人間たちに狙われる事になる。





 レイジングハート・エクセリオンもまた、ある世界に転送され、逃げ惑っていた。
 彼女も全く知らない世界であったが、少なくとも、そこで、外の世界が管理されている事実を知る事になった。
 殺し合いは終わったが、その間に、主催陣営は別の目的を達していたのである。
 ──たとえ、殺し合いが
 弱り切ったレイジングハートに、彼らの魔手に立ち向かう術はもうなかった。
 彼女は、人間の姿になり、追い詰められながらも、そこで一人の少女の助けを受ける事になった──。

「一閃必中! アクセルスマッシュ──!!」

 意外な人物の生存に驚きながらも、彼女は、その人物に救われ、窮地を脱する事になる。
 そして、この危機に立ち向かおうとする──心強い船団に、無事合流する事ができた。

388崩壊─ゲームオーバー─(12) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:07:43 ID:OT9PV3kg0



 それは、高町ヴィヴィオ、吉良沢優、美国織莉子、アリシア・テスタロッサらが保護されている時空管理局の船──アースラであった。
 アースラは、残りの参加者を全員、保護しようとしているのである。



 戦いは、まだ──、終わっていない。
 本当の最後の戦いが、まだ彼女たちを待っていた。



【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはシリーズ 生存】
【吉良沢優@ウルトラマンネクサス 生存】
【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ 生存】
【アリシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのはシリーズ 生存】



【左翔太郎@仮面ライダーW 送還】
【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー 送還】
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! 送還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 送還】
【響良牙@らんま1/2 送還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 送還】
【涼邑零@牙狼 送還】
【レイジングハート・エクセリオン 送還】
【外道シンケンレッド 送還】



【加頭順@仮面ライダーW 送還】
【ニードル@仮面ライダーSPIRTIS 送還】
【ドブライ@宇宙の騎士テッカマン 送還】
【脂目マンプク@侍戦隊シンケンジャー 送還】
【ガルム@牙狼 送還】
【コダマ@牙狼 送還】



【主催・カイザーベリアル 生存】



【変身ロワイアル GAME OVER】







「……っ痛ぇ……、ここは……」

 左翔太郎が、瞼を開ける。
 どうやら、あのブラックホールに飲み込まれた衝撃で意識を失っていたらしい。
 意識を失ってからどれほど経過しているのだろうか。
 上半身を起こして、すぐに周囲を見回した。

「動くな、まだ完全には回復してない」

 ここは──小さく薄暗い一室だった。
 その中のベッドの上で、翔太郎は眠らされていたらしい。傷だらけの身体は、包帯を巻かれており、自分は手厚い看病を受けているようだった。
 空気は重たく、不穏であった。

「あんたは……あんたが、どうして……」

 そして、目の前で翔太郎を迎えた男は、翔太郎の前にいるはずのない男であった。
 何故、彼がここにいる?
 何故、彼が翔太郎をこうして看病しているのだ?

「おやっさん……」

 ──鳴海壮吉であった。
 何故、彼がここにいるのか。
 一度、自分はあの後で死んだのかと思った。フィリップが、かつて、死の世界で壮吉に出会ったと言っている。
 しかし、すぐに違うとわかった。死んでいる人間が、こんな手厚い看病を受けるものだろうか。

「残念だが、俺はその“おやっさん”じゃない。──だが、また会ったな、異世界の仮面ライダー……、仮面ライダーダブル」

 異世界の仮面ライダーと、彼は言った。
 鳴海壮吉と瓜二つであり、翔太郎をそんな風に呼ぶ男を彼は知っていた。

「お前の戦い、しかと見届けさせてもらった……。流石は異世界の俺の弟子、ってとこか……帽子の似合う男に相応しい活躍だったぜ」

 ────左翔太郎がやって来たのは、仮面ライダースカルの世界。
 かつて、仮面ライダーディケイドとともに戦ったダブルが出会ったあの男が、こうして翔太郎を助けていたのである。

 戦っているのは、殺し合いの中にいる者たちだけではなかった。
 仮面ライダーは、世界を超えて、どんな時も、世界の脅威と戦い続けていた。





To be continued……

389 ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 14:08:45 ID:OT9PV3kg0
以上、投下終了です。
何か修正点や問題点があったら指摘をお願いします。

390名無しさん:2015/07/13(月) 00:12:46 ID:G2imS2A20
投下乙&お久しぶりです

ザギさんとノアの覚醒〜決着が最高にかっこよかった!
しかし皆一気に熱く散っていったなw
残った面子だけでベリアルに勝てるのだろうか…

391名無しさん:2015/07/13(月) 00:57:08 ID:KyPy9H7c0
投下おつー
元の世界で死ねる幸せというのが最高にえげつなかったけど、今や展開がほんと変身ヒーローチックでいいな
スケールや敵的にウルトラマンよりの実写で脳内再生してます

392名無しさん:2015/07/14(火) 08:35:02 ID:AAvy5wHo0
投下乙!待ってました!
ザギ復活からウルトラマンノアまでのこれでもかという原作最終回再現に燃えた!
マミさんの「コネクト」の台詞も上手いなあって感心しました
そしてついに姿を現したべリアル
表向きの変身ロワイアルは終了を迎えて各々はそれぞれの場所に送還されて、いったいどういう展開を辿ることになるのだろうか

393 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:29:21 ID:W9I5Hun20
投下します。

394 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:31:00 ID:W9I5Hun20



 2011年──。『仮面ライダースカル』の世界。
 ここでは、ダブル、アクセルの二人の仮面ライダーが現れず、名探偵・鳴海ソウキチこと仮面ライダースカルが風都を舞台にドーパント犯罪と日夜、戦っていた。
 しかし、この世界においても、ある時、カイザーベリアルによる“管理”が発生した。
 そして、人々の思想は統一され、元の性格を押し込めて支配者を崇めるようになってしまった──それが、カイザーベリアルの手にした“イニフィニティ”の力による管理の力である。
 この殺し合いの発生により、全パラレルワールドはベリアルの手に落ちてしまったのだ。


 変身ロワイアルから生還した彼こと左翔太郎が転送されたのは、彼が本来帰るべき風都ではなく、この微かに歴史の違った風都であった。







「──本日より、ゲームの第二ラウンドを開始します」

 疎らに人が集まった風都の市街中心部。風都タワーが彼らを見下ろしている場所だ。
 街頭モニターに映った財団Xの幹部──レム・カンナギの言葉は、あの加頭よりも少しばかり感情らしき物が込められた言葉に聞こえた。何より、言葉にはっきりとした抑揚があった。それは、あからさまにこの状況を楽しんでいる事が感じられる抑揚だった為に、翔太郎にとっては不快であったが、何を考えているのかわかる分、加頭ほど不気味ではない。

(──なんてこった、本当に……)

 ……あの殺し合いを脱出してから、三日が経過した。既にあの殺し合いの二倍の時間が過ぎ去っている事は、翔太郎にも信じがたい事実だ。
 この風都が異様な空気を帯びているのを、翔太郎は全身で感じ取っている。

(いつから俺の風都はこんな酷い街になったんだ……)

 なんでも、この世界は、“財団X”や“ベリアル帝国”によって管理されているらしい。──いや、この世界に限らず、ほとんどの世界がそうなっている。翔太郎たちがいた風都も同様に、“カイザーベリアル”によって管理され、殺し合いの全映像がモニターされて世界中の人の目に入ったと考えるのが自然であるだろう。
 翔太郎たちが帰るべき場所は、無傷ではなかった。しっかり、不在中に傷を作ってから帰すという、あまりに礼儀知らずなやり方がベリアルや財団Xの好みらしい。

 まだ、かつてのプリキュア世界における「管理国家ラビリンス」のように服装の統一や結婚・就職の管理こそ行われていないものの、管理された者たちは自分の意思を失い、ベリアルに忠誠を誓うようになった。現状でも、モニターの命令に忠実な人間で街は溢れている。
 平和の為の管理ではなく、支配の為の管理であるというのが、ラビリンスと決定的に異なる部分である。──実に悪辣だ。

 ……ただ、あえて言うならば、目的が徹底化されていないせいか、個人に対する管理の威力はラビリンスよりは微弱だ。支配に屈しない強い意志さえあれば、それを抜け出す事も出来るし、あるいは、最初から何にも興味を持たず、その日を生きる事に必死なホームレスなどもあまり管理の影響を受けていないように見える(だから、翔太郎も街へ出る時はホームレスの恰好に変装するようソウキチに言われた)。
 殺し合いが実況中継される中で仮面ライダーやプリキュアに感銘を受け、自分の考えを取り戻した者もいれば、今こうして翔太郎を匿っている鳴海ソウキチのように最初から管理に屈しなかった人間も少なからず存在しているのである。
 一見すると、メビウスに比べても管理の力は弱いようではあった。

 問題は、その圧倒的な規模の面にあった。──あらゆるパラレルワールドの中で、悪が人類の殆どを支配し、管理している現状を嘆かずにいられる物だろうか。これは、悪が勝利した世界と言っていい。翔太郎が、最も見たくなかった物だ。
 人間の自由を奪う独裁。人々の争いは全て終わったが、ここに本当の平和はない。
 そう、たとえば、今、こうしてこのモニターが告げている「第二ラウンド」なる悪趣味なゲームも良い例である。

「ベリアル帝国に属する皆さんには、このゲームの生還者・蒼乃美希、佐倉杏子、涼邑零、血祭ドウコク、花咲つぼみ、左翔太郎、響良牙、およびその仲間の捜索、確保──あるいは殺害をして頂きます」

395RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:31:22 ID:W9I5Hun20

 カンナギは、どこか愉快そうに、そう命令する。
 ──これが、あの殺し合いの最低の仕組みを物語っていた。
 確かに、あの離島から脱出し、翔太郎たちは晴れて自由の身になったのだが、それは安全の保障を約束したというわけではなかった。今度は生還者を元の世界で殺害しようというのである。

 なんと卑怯な約束だろう。
 普通は殺し合いが終わったらそれで全てハッピーエンドではないか? 生き残った者には安心が与えられ、すべては終わるのではないか?
 ──その“先”で、生還者を殺そうなどとは、少し主催者としてフェアではないのではないか? と。

 しかし、彼らの“フェア”という常識は通用しない。常に、ルールを破る者が世界で優位になっている。──最低の仕組み。
 目的が殺し合いそのものではなく、それを中継する事で得られる絶望や悲しみである事を知ると、やはり、生還者も生かしてはおけないのだろう。その為ならば、手段を厭わないようだ。

「何人がかりでも構いません。庇う者は殺しても罪には問いません。ただ、彼らを見つけた場合、速やかに我々に連絡するか、撃退できる場合は撃退してください。尚、彼らを捕えた者には、幹部待遇と生活保障などの優遇が成され、──」

 参加者同士の殺し合いの後は、生還者を追い詰める鬼ごっこを始めようという話である。
 管理されてしまった人間は、半ば盲目的にこれを信じるだろうし、翔太郎を追いかけるに違いない。
 財団Xの手の物だけではなく、この街中──いや、あらゆる異世界を含めた全パラレルワールドの人間が全て、翔太郎たちと敵対すると思っていいだろう。

(だが、暁……三日ともあいつの名前は呼ばれていないな。……何故なんだ?)

 しかし──、涼村暁の名前が呼ばれなかったのは気がかりであった。
 孤門一輝が既に人形に封印されて宇宙空間を彷徨っている事や、巴マミがレーテから帰還しないままだった事は既に、変身ロワイアルを再編集した映像を見て(今のカンナギのアナウンスと共に、一日中モニターで流れている)知っていたが、暁は共に生還したはずではないだろうか……。
 まさか、既に捕えられてしまっているのだろうか? ──だとすれば、逆を言えばこの美日間、暁以外誰も捕まっていないという事なのだが、不安の種は尽きない。






 それから、翔太郎は、ソウキチの作った隠れ家に戻り、一息ついていた。風都内には、彼の「幼馴染」が用意している隠れ家が幾つも存在するらしく、ここも裏路地のマンホールを模した出入り口と繋がっている。
 鳴海探偵事務所の数倍すっきりとしているが、相変わらずコーヒーメーカーや幾つかの帽子が目につく。あとは、質素で黴の生えた生活用具やトレーニング器具などがあるだけで、ソウキチの趣味に関わる物が思いのほか、少ない。
 この一室にも、カビ臭さと共に、コーヒー豆の匂いが充満していた。ソウキチは、上着を脱いで、淡々とコーヒーを淹れている。

「疲れたろ、飲め」

 ソウキチが、すっと、翔太郎にコーヒーを差し出した。砂糖やミルクのような不純物は横に置かれていない。この状況下、ソウキチは自分のブレンドしたコーヒーを淹れるその習慣だけは欠かさないようだった。それによって落ち着きを保っている。
 冷静沈着な男であった。三日とも、少なくとも一杯のコーヒーを翔太郎に差し出す。毎回、それは翔太郎の中に心労がある時だった。

「ああ、ありがとう、おやっさん」
「おやっさんじゃない。確かに俺は異世界のお前の師匠かもしれないが……俺は違う。ソウキチでいい」
「……っつっても、全く同じ顔だから、おやっさんとしか呼べねえよ」

 そう悪態をつくように返しながら、コーヒーに口をつける翔太郎であった。三日間毎日こんなやり取りをしているが、これからも呼称を変える予定はない。この世界のソウキチが元の世界の壮吉とそう変わらない事は翔太郎もこの三日間で理解している。
 ただ、コーヒーの味は、どうやら現在実験中の物らしく、翔太郎が飲んだ事のある懐かしい味とは少しばかり趣向が違っていた。もしかすると、物資に限りがあるせいで、譲れない拘りが実現できなくなっているのかもしれない。

396RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:31:39 ID:W9I5Hun20
 何にせよ、翔太郎には、それはまだ苦く、一度カップを皿の上に置いた。

「……」

 バトル・ロワイアルの映像全てが記録され、同時に中継されていたなど、殺し合いの渦中にあった翔太郎には想像もつかない事実だった。

 あの島から脱出さえすれば全てが終わるような気がしていた。しかし、実際は、そこから先の方が途方もない戦いに繋がっていた。
 翔太郎は、自分の肉体的、精神的な疲労度が半端な物ではないのを自覚している。ここに帰るなり倒れて、十四時間も寝ていた事からもわかる。勤務時間が安定せず、何日も徹夜で張りこむのが珍しくない探偵が、こんなに眠り続けてしまう事など滅多にない話である。翌日からは、今度はあまり眠れない日々が続いた。
 意外にも、三日間、悪夢は見ていない。ただ……。
 現実に映る光景の方は、まさに悪夢のようだった。


 ──相羽ミユキッ! 逃げろ!

 ──ありが、とう……心配して、くれて……やっぱり、君を信じて……本当に、よかった……!

 ──……ははは、久しぶりだな、……死ぬのは……あと、もう少し、……もう少しだけこの音を聞きたかったが……はははははは……


 ……翔太郎があのゲーム中、目にする事のなかった仲間たちの死に様が、街頭モニターのせいで目に入った。照井がどうして死んだのか詳しく知らなかった翔太郎にとっては、ちゃんと知れた事は良かった事かもしれないが、思いの外、堪えた。
 編集映像は、その死に様のみを中心に中継していたが、おそらく意図して挿入されていた「杏子とフェイトとの殺し合いへの共同戦線」を示した映像も、翔太郎の胸をぐっと締め付けた。──この時の杏子は、まだ翔太郎を殺そうとしていたのだ、と。
 忘れかけていた事実である。とはいえ、もうそれは過去の事だ。水に流したいとも思っている。そうでなければ──翔太郎くらいは忘れてしまわなければ、杏子が可哀想だ。
 彼女自身は絶対にその事を忘れないだろうから、翔太郎も安心して彼女の罪を忘れる事ができると思っていた。しかし、それをモニターが妨害する。

 それからまた、翔太郎の頭に照井の死に様がリフレインした。照井の死が無念の死であった事や、やはりユーノやフェイトの死の責任は自分にある事──今の自分なら彼らを救えたのに──は、翔太郎の心に再び傷を負わせてしまう。
 ループしていく映像に頭を抱えていた時、ソウキチが声をかけた。

「エス」

 彼は、ここしばらく、翔太郎を「エス」という偽名で呼ぶ事にしていた。
 翔太郎の名前が割れているので、あまり名前を呼ばないようにしているのだ。隠れ家の中でも徹底してそうしている。もしかすると、自分を翔太郎が慕う別の男だと思わせないよう、あえて、少し距離を置いているのかもしれない。
 ソウキチは、呼んですぐに、翔太郎が留守にしていた間の事を話した。

「ついさっき、お前の知り合いから連絡が来た」
「俺の知り合い?」

 知り合い、というと、決して少なくはないが、この世界には、別に知り合いはいない。
 風都の中でも、イレギュラーズや翔太郎周りの協力者が殆どいないようだ。ソウキチに協力している情報屋も、翔太郎に協力している情報屋とは違った。
 だとすると、一体誰だろうか。

「あらゆる世界を放浪している仮面ライダーだ。前にも会った事がある。……通りすがりの仮面ライダー、とか言っていたな」
「ああ、アイツか……」

 思い当たる知り合いといえば、門矢士──仮面ライダーディケイドである。
 彼ならば、確かにこの世界の人間ではないが、この世界に来る事が出来るはずである。何せ、かつてソウキチに一度会ったのも、彼の力添えがあってこそであったからだ。
 どうせなら顔を合わせたかったのだが、今はこの世界情勢である為に彼も忙しく、他の場所に連絡を入れなければならないのだろう。

 ……彼でも、あの変身ロワイアルの島には来る事ができなかったのだろうか。とにかく、最後まで助けに来る事はなかったのだが、こうして、外の管理世界を旅して、何らかの形でヒーローに協力している事はあるようだった。
 そんな彼は翔太郎の留守中に、ソウキチに連絡をしに来ていたらしい。

397RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:31:53 ID:W9I5Hun20

「あいつによると、お前たちが連れて来られたあの島──『変身ロワイアルの世界』には、一度行って耐性をつけた人間たちしか立ち入る事ができないらしい。……そして、よりにもよって、カイザーベリアルや加頭は、あの世界に閉じこもっている」

 士は、先天的にパラレルワールドとパラレルワールドとを移動する、極めて特殊で不思議な能力を持っていた。とにかく、それにより、あらゆる仮面ライダーたちの世界を渡り歩いてきたのが彼だ。
 世界の破壊者を自称するが、その実、彼は実際にはその世界を守っている。
 とにかく、パラレルワールドに関しては彼が専門家であり、その分野に関しては信憑性のあるデータに思える。──やはり、あそこは彼でさえ足を踏み入れる事ができないらしい。

「なるほど。だから、ベリアルたちは俺たちを見つけ出して殺して、安全圏で支配者をやり続けようとしてるって事か。……読めてきたぜ」
「その通りだ。お前たちを一度帰した理由はわからないが、せいぜい、お前たちに外の世界の絶望を見せる為、という所だろう。──で、言いたい事はわかるな?」

 ソウキチが、翔太郎に目をやった。
 彼はコーヒーにまた口を付けて、すぐに口を離したばかりであり──果たして本当にわかっているのか、ソウキチには疑問な所であったが、実際にはソウキチの言いたい事を察する事はできていたらしい。

「要するに、生き残った俺たちがあいつのいる世界に乗りこまない事には、この支配は終わらない……って事だろ? おやっさん」
「──ああ」

 ソウキチは頷いた。
 そんな戦いを他人に強要し、そして、自分は何も出来ない事をソウキチは歯がゆく思っていた。だが、あの殺し合いと無関係だった人間たちは、あまりに無力であった。
 ここでモニター越しに応援する事しかできないらしい。
 自分たちが置かれている支配を脱する為に、彼に全てを任さなければならないというのは、ソウキチの持つ“男のルール”にも反しているが、たとえそうであっても、正真正銘の不可侵領域なのだ。

 それでも──。
 ソウキチには、なるべくこの男を死なせたくない気持ちがあった。
 それこそ、かつて一度会った時からだ。その時に感じたこの男の芯の強さのような物を、決して世界から失わせてはならないと思っていたのだ。
 今はまだ、そんな強大な敵と戦わせて良い段階じゃない。
 ソウキチに言わせればまだ彼は若く青く半人前なのだ。いつか、一人前の男になるまで──そんなにも危険な場所には行かせたくない気持ちも微かにあった。
 ──しかし、問題はそれだけではなかった。

「だが……本当に、お前……大丈夫なのか? “仮面ライダーになれなくても”」

 翔太郎は──この世界に来た時、あのジョーカーメモリを何処かになくしてしまっていたのである。

 あの世界移動の際に、ロストドライバーとジョーカーメモリが何処か別の場所に転送されてしまったらしい。
 だからこそ、彼は三日間、この世界で大人しく隠れて行動しているという状況だ。もし、財団Xに見つかれば抵抗する手段がほとんどなかった。ちょっとした武器は持たされているが、その能力も、勿論限界がある。
 辛うじて、ロストドライバーだけはソウキチが持っていた予備の物を受け取る事が出来たのだが、この場で変身に使用できる純正メモリはソウキチが使うスカルメモリ一つだけだ。──それを受け取るわけにはいかない。

 ──だが、たとえ、力がなくても。

「やってやるさ、絶対に……!」

 翔太郎も、鳴海壮吉の考えを受け継いだ男だ。──彼も、仮面ライダーとして、人間に自由と平和を齎す意思を持っている。
 たとえ、変身する事ができなくても、だ。
 壮吉だけではなく、あの殺し合いの中で、結城丈二や沖一也──あるいは、ゴ・ガドル・バや大道克己から学んだ物もある。フィリップや照井竜、園咲霧彦や泉京水を殺し、街や人々を泣かせたあのゲームへの抵抗も未だ強く残っている。
 どんな状態でも、翔太郎は絶対に殺し合いを潰そうとしていた。そうしなければならない。それも、早い内に……。

 その覚悟を見て、ソウキチは、彼がこの危険なゲームに打ち勝つ事に賭けてもいいと思ったのであった。

398RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:32:17 ID:W9I5Hun20
 勿論、この賭けには負けるかもしれない。負ければ、この若い芽が失われ、ソウキチは一生後悔する事になる。
 しかし、彼の伝えた残りの情報を全て教え、背中を押してやるしかなかった。
 こんな覚悟を見せられてしまっては──。
 ソウキチは、口を開く。

「──奴は本当に通りすがっただけだが、時空管理局の『アースラ』という時空移動船がいずれ、この世界に迎えに来る。奴が手配してくれるらしい。……とにかく、今はここでそれを待て」

 ディケイドが、『アースラ』とのコネクトを持っていると聞き、翔太郎も少し驚いていた。翔太郎も、時空管理局の存在はユーノやヴィヴィオ、アインハルトといった魔導師の世界の住民から既に聞いている。
 本当にどこの世界にも知り合いのいる男だ。

 つまり、もう間もなく、この世界とは──ソウキチとは、お別れという事らしい。
 久々に会えたこの男と別れる事になるのは、翔太郎にとっても少し心が寂しくはある。
 ソウキチはどうだろうか、と少し思った。彼は寂しがるだろうか。──いや、そんなわけはないか。
 いや……、あるいは、もしかすれば……。
 ……まあ、いずれにせよ、この別れが永遠の別れとは限らない。また、今こうして再会できているように、また会う事があるかもしれない。そう思った。

「……それから、もう一つ伝言と、プレゼントもある。……奴も、多くの世界でお前やお前の仲間を探していたみたいだな」

 言って、ソウキチは、何枚もの写真を取りだした。
 ふと我に返って、翔太郎はそれを受け取る。

 見れば、ピントがずれており、人や物の位置関係が完全に狂っている合成写真のような写真だった。しかし、翔太郎は、士がそんな絶望的に下手な写真を、何の細工もなしに撮れてしまう男であったのを思い出した。──これは、彼が世界で撮り続けた写真という事である。
 何故、そんな物を今、渡したのだろう。……そう思って、翔太郎はちゃんと写真を見た。

「──仮面ライダーは戦い続けている、どの世界でも、どんな時代になっても……と。これが通りすがりの仮面ライダーからの伝言だ」

 その写真には、あらゆる世界で戦う仮面ライダーたちの姿や、よく見知った人たちの姿が映し出されていたのだった。







 とある仮面ライダーの世界。

 ──己の中に巨大な欲望を秘め、パンツの旗を片手に遠い国の砂漠を放浪する男がいた。

 男は両手いっぱいに抱え込んだある強い欲望を、いつか実現する為に日々を生きている。
 たとえば、そう……かつて、平和になった未来で必ず会うと約束した友が、彼にはいた。その友との再会が、今の彼の持つ巨大な欲望の内の一つだ。
 そして、この数日に関しては、この支配をひっくり返し、この世界を自由にするのもまた、彼の器の中にある巨大な欲望の一つであった──。

 彼の迷い込んだ砂漠には、この絶対的支配に逆らおうとしている信徒たちがいる。
 ベリアルの管理に屈する事は、彼らの信仰に反する事であり、それに反乱して彼らは大声で管理への反対を訴え、叫んでいる。それに対してのベリアル傘下の人間たちは、この世界に現れた怪物たちの模造品をけしかける事で、反乱分子を黙らせようとしていた。

 ヤミー。──人間の欲望から生まれる怪物たち。既に世界にはいないはずの存在だが、財団Xがそのコピーを作りだしたらしい。
 人間たちにとって、その異形の怪物は脅威であり、信徒たちも恐れおののいて退こうとする。まだ立ち向かおうとする信心の深い者もいる。
 そんな彼らの命を守りたい──それもまた、彼の一つの強い欲だ。人はどこまでも欲する生き物だが、彼は常に誰かの為の欲を持ち続けていた。
 楽をして助かる命はこの世にはない。──欲望を叶えるには、それ相応の覚悟と努力が必要になる。
 だから。

「──あいつが待ってるこの世界を、お前たちに支配させるわけにはいかないな」

399RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:32:34 ID:W9I5Hun20

 この世界が永久に、誰の物にもならないように立ち向かっている人たちがここにいる。
 彼らの持たない力を、彼は今、補おうとしていた。
 そう……世界が成立するには、一人一人が手を繋ぎあい、助け合う事が必要なのだと、彼は──火野映司は、知っている。

「こんな世界にいたら、俺もあいつも満足できない……そうだよな、アンク」

 映司がそう言って、腰に巻いている欲望のベルト。そこに装填される、赤と緑と黄の三つのメダル。
 それが、今もどこかで繋がっている仲間たちとの、出会いの証であった。

──タカ! トラ! バッタ!──

 メダルの叫びと共に、“火野映司”は──

「……変身!」

──タ・ト・バ! タ・ト・バ! タ・ト・バ!──

 ──“仮面ライダーオーズ”へと変身する。

 機械のように無感情で、欲望ではなく兵器として作られたヤミーたちの模造品に、彼はただ一人、仮面ライダーの力で立ち向かう。
 これが、彼の欲望を叶えてくれる。
 友と再び出会う世界を守ってくれる。

「セイヤァァァァァァァァァッ!!!!!」

 ヤミーたちが爆裂し、人々の間に希望が広がった。

 パシャ。







 とある仮面ライダーの世界。

 ──青春の学び舎で友達を増やし続ける男がいた。

 ここ、天の川学園高校は、本来なら“管理”の影響で休校になるはずだった。
 あらゆる世界の学校において、今、世界の学科はベリアル帝国としての思想を教育する為の特別教育を施すように教育内容を変更しなければならない段階なのだ。その準備が完全に整うまで、すべての学校は当然、休みになる。
 ……が、この学校の生徒と教員たちは、その貴重な休みを謳歌してはいなかった。彼らが謳歌したいのは、突然の平日休みではない。
 ほとんどの生徒がいつものように登校し、あの男を待っている。──この日も、リーゼントのあの男が、この学校に楽しい“青春”の一日を分けてくれるのを、学校中の友達が楽しみにしているのだ。

「おーっす、みんなおはよう!!」

 そう言って待ちに待った学ランリーゼントの“彼”が登校したのだが、その時、校庭で彼を迎えたのは、財団Xの白い詰襟であった。今この状況で常識に逆らい、平然と通学して来るこの学校の生徒は全て反乱分子と判断したのだろう。
 その根源が目の前の男である事も、彼らは知っていた。
 あの悪魔のスイッチを押した彼らは、倒したはずの星座怪人──ゾディアーツへと姿を変える。

「なんだお前ら。ここは俺たちの学校だ……部外者立ち入り禁止だぜ? もしかして、お前らも俺のダチに──」

 と、その瞬間、ゾディアーツたちは彼を襲撃する。
 四の五の言わずに攻撃しようとしているのだ。彼は、それを驚異的な身体能力で回避し、

「──なれねえか、やっぱり」

 と、独り言ちる。
 ──彼の顔付が変わる。眉をしかめ、彼は変身ベルトを腰に巻いた。

400RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:32:52 ID:W9I5Hun20

──3・2・1──

「変身!」

 彼──如月弦太朗に降りかかる宇宙の力。
 フォーゼドライバーが彼の姿を、仮面ライダーフォーゼへと変身させる。
 そして、フォーゼと共に、全校生徒が体いっぱいでその瞬間の感覚を表現した。

「宇宙キターーーーーーー!!!」

 更に、どこからともなく現れた彼の友達──仮面ライダーメテオとパワーダイザーが彼を支援する。
 校舎の窓から、フォーゼとメテオに熱い激励を飛ばす生徒や先生たち。弦太朗たちがぶつかり合って初めて心を開いた友たちもいる。
 もはや、勝利するのが彼ら“仮面ライダー部”か、財団Xのゾディアーツか、結果は目に見えていた。

 これぞ、青春の一ページ。
 彼らはこの学校で、貴重な青春の日々を暮らし続ける。
 大切な友達たちと一緒に──。

 パシャ。







 ある仮面ライダーの世界。

 ──今は亡き大切な少女の遺した希望を、世界に分け与える男がいた。

 男の傍らには、十歳にも満たない少女が泣いていた。この情勢でもベリアル帝国に逆らうような──正義感の強い両親を持ってしまったばかりに、この少女は涙を流していたのだ。
 その子が泣き伏しているのは、両親が、つい先ほど、自分の目の前で財団Xの手の者に殺害されてしまったからなのである。彼女の両親は、正義感が強すぎた為に、財団Xに反乱し、殺害の対象とされてしまったらしい。
 彼がその街に辿り着いた時には、もう、二人の男女の遺体が、道路の上で倒れ、そこに縋って泣く少女の姿があった。彼は、襲われそうになっていたその子を連れて、この遠い海辺まで逃げてきたというのである。

 ──彼女の大切な物を守る事は出来なかった。
 ──もっと早くここに来ていれば、もしかすれば、ここで死んでしまった二人を助ける事ができたのかもしれない……。

 今も、こんな現実が世界中に転がっている。彼は、それを苦く噛みつぶしながら、しかし、それでも、残った人を守り、たとえ全てを失った人にも希望を与える責任を果たそうと──少女に手を差し伸べる。

「なあ、お嬢ちゃん。俺と一緒に探しに行かないか? 君のお父さんとお母さんが求めた理想の世界をさ」

 彼──操真晴人は、少女に言った。
 確かに、彼女の両親は死んでしまったかもしれない。だが、二人がきっと最後に願った、娘が幸せに暮らせるような世界だけは奪わせてはならない……。
 そんな二人の想いを背負う事が出来るのは、今は晴人と、この少女だけなのだ。
 だから──彼は、少女の前で堂々と、魔法を使う。

「こんな世界にだって、まだ幾つだって希望が転がってる。君がまっすぐに前を向いていれば、きっとお父さんとお母さんの心を守る事が出来るはずさ」

 晴人は──仮面ライダーウィザードは、少女の指にコネクトの指輪を嵌めた。
 初めて出会った魔法使いの姿に、そして、これまでモニターで見てきた仮面ライダーと似た姿の戦士に、少女は驚く。
 彼女がまだ、決して両親の死を受け入れられないであろう事は晴人も理解している。──実のところ、彼自身も、幼くして両親を喪った時も、一年前に大事な仲間を喪った時も、そうだった。

「それでも、もし、君がどうしようもなく辛い気持ちになったら、──その時は、俺が、君の最後の希望になる」

401RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:33:13 ID:W9I5Hun20

 晴人は、誰かに希望を与え、心を救う為に戦い続ける。
 彼と共にバイクに乗り、少女もこの世界の最後の希望となるべく旅を始めた。
 少女の名は、奇しくも、晴人の大事な少女と──コヨミと、同じ名前をしていた。

 パシャ。







 ある仮面ライダーの世界。

 ──犯した罪を背負い、仲間と共に前に進む男がいた。

 海沿いの都市・沢芽市。
 ──この街は、かつて、この世界中を舞い込む“理由のない悪意”との戦いの発端となった場所だ。
 その少年もまた、その戦いが行われていた時は、その悪意の渦中に巻き込まれ、やがて己の中に潜んでいた見えない悪意を曝け出し、友に対しても信じがたい悪行を繰り返した。
 その結果、全てを失った彼であったが、そんな彼を──友や兄を裏切ったはずの彼を、再び仲間として迎えてくれる場所があったのだ。
 それは、彼自身の知らぬ間に、仲間が守ってくれていたこのステージだ。

 今も街の人々は、そして彼は、この街を再興しようとしている。たとえ道を踏み外しても、また壊されても、人間は何度でも立ち上がろうとする生き物らしい。
 彼らの場合は、「ダンス」によって街を盛り上げ、再興しようとしていた。これが彼らに出来る精一杯の事である。文化の力で誰かを元気にしようという。馬鹿らしい自己満足かもしれないが、それに勇気づけられている人たちがいる事は事実であった。

 そして、沢芽市の巨大モニターには、今も若者たちが前向きにダンスを中継する姿が映り続けている。本来なら、ベリアル帝国以外の映像は放送されてはならない規則になっている。
 だが、この街を支えている巨大企業・ユグドラシルのある男が、この街のモニター映像を切り替えたのである。──勿論、財団Xは黙っていない。

 次の瞬間、彼──呉島光実の耳に、ステージを見ていた観客の悲鳴が響いた。
 ダンスが一時中断され、音楽だけが流れ続けた。観客たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。見れば、財団Xの手の者が戦極ドライバーを用いて、アーマードライダー黒影へと変身して人々を襲い出していたのだ。

「大丈夫……みんな、踊り続けて!」

 光実の兄が、ユグドラシル内部で中継の中止を頑なに拒んでいる為、こうしてステージの方に妨害を仕掛けようとしている方法を選んだのだろう。
 光実は、それを見て、敵と同じく戦極ドライバーを腰に巻いた。

「見ていてください、こうたさん、舞さん!! この場所は……僕たちのステージは、僕が守ります──」

 彼の持つロックシードは、黒影とは違うブドウ型の物である。
 彼はそれを使い、彼だけのアーマードライダーに変身するのだ。

──ブドウ!──
──ロックオン!──

「──変身!!」

──ハイィィィィィ!──
──ブドウアームズ!──
──龍・砲! ハッハッハッ!──

 アーマードライダー“龍玄”へと変身した彼は、走りだす。
 そうだ、この場所は──この世界は、絶対に壊させはしない。あの人が守ったこのステージは──。
 その想いは、宇宙のどこかで自分の星を守るために戦う、別の男と重なった。

 パシャ。





402RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:33:32 ID:W9I5Hun20



 ──仮面ライダーは、戦い続けている。

 士がソウキチに渡したピントの合わない写真は、あらゆる世界で、今も真っ直ぐに戦う仮面ライダーたちの姿を映していた。彼はきっと、同じ仮面ライダーの仲間として、翔太郎に渡す為に撮り続けたのだ。
 写真のあまりの出来の悪さに、「あいつ本当にカメラマンかよ……」と思いながらも、翔太郎はそこに映っている熱気を感じ、どこかで勇気を貰っていた。
 1号、2号、ライダーマン、スーパー1、ゼクロスといった仮面ライダーを喪った世界でも、V3、X、アマゾン、スロトンガー、スカイライダー、そしてSPIRITSが今なお戦い続けている。
 クウガを失った世界は、ディケイドの仲間だった“もう一人のクウガ”や警察の人々が守っている。
 人々は前向きに、人類の自由と平和を獲得する為に戦っているのだ。
 そして──ダブルもアクセルもスカルもいない、翔太郎の住まう世界は──

「……おっと」

 ──ソウキチが、翔太郎が見つめていた写真を、ふと横取りした。

「悪いが、この一枚だけは俺が貰っておく」
「……なあ、おやっさん。それはちょっと、親バカすぎないか?」

 その写真に写っているのは、鳴海亜樹子、いや、照井亜樹子だった。
 涙を流し、何かを訴えながら、それでもスリッパ一枚で果敢に敵に立ち向かう少女の姿がそこにはあった。ソウキチにとっては、ぼやけていても、立派に成長した娘の写真というだけあって、翔太郎には譲れないのだろう。
 まあいい。だいたい、あの亜樹子が負けずに立ち向かっているのは、想像はついていた。
 彼女も、照井やフィリップの死でいつまでもふさぎ込んだりはしない。

「……黙ってろ、街バカ」

 ソウキチが、人の事を言えない言葉を真顔で翔太郎に言う。
 翔太郎が住む翔太郎の風都の写真は、亜樹子の写真に限らず、何枚もあった。士が気を利かせてくれていたのだ。
 風都イレギュラーズが集合して、プラカードを持ってこちらを強い瞳で睨んでいる写真もある。──よもや、彼らも、こんなに映りが悪い事になるとは思っていなかっただろうが。



『がんばれ、仮面ライダー……翔太郎! Byじんの』
『負けるな、翔ちゃん』
『みんなこの街で待ってるぞ!』



 ──そうだった。みんな、翔太郎が仮面ライダーである事を中継映像で知ったのだ。

 それでも、そんな言葉を掲げて写真に写り、これまで街を守ってくれていた翔太郎に何かを伝えようとしている。
 彼らは、翔太郎に励ましを贈ろうとしていた。
 たとえ、翔太郎が仮面ライダーであったとしても、彼らが翔太郎に向ける目は決して変わらない。──この街の仲間である彼らとの結託。

 翔太郎は士の撮った写真を、折れてしまうほど、固く握りしめた。
 そうだ、まだ世界で戦う仮面ライダーがいる……。
 まだ帰るべき世界で迎えてくれる人がいる……。

「なあ、エス。……俺はお前のいた風都の鳴海壮吉じゃない。だが、いつかお前に言った言葉を訂正するつもりはない」

 ソウキチが、口を開き、翔太郎に最後の激励を届けた。

「お前は、誰よりも帽子と風都の似合う男だ」

 翔太郎にとって、これほど嬉しい言葉はなかった。





403RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:34:36 ID:W9I5Hun20



 ──その時、ソウキチたちの隠れ家にサイレンが鳴った。
 それはあからさまに警告音だった。翔太郎とソウキチは、部屋の隅に設置された真っ赤なランプが周囲を照らす光を発しているのを見つめた。
 前の廊下を走る足音も聞こえ始めている。
 テレビにカメラの監視映像が流れた。そこに映っていたのは、マスカレイド・ドーパントの集団である。

「不味い、ここが見つかった。……奴らが来るぞ」

 マンホールが見つかったのだろうか。
 本気で翔太郎を尾行した者がいたのかもしれない。理由はどうあれ、ともかく見つかってしまった以上は逃走しなければまずい。あと少しでアースラの乗員がこちらに迎えに来る手筈とはいえ、翔太郎には今、仮面ライダーへの変身アイテムがなかった。
 逃走経路は事前に訊いてある。幾つかのルートが外への出入り口になっているはずだ。

「お前は逃げていろ」

 と、ソウキチが言った時、翔太郎たちが先ほどまで出入口に使っていたドアが爆破される。

「──ッ!?」

 思った以上に早かった。──マンホールからここまでもそれなりの距離があるはずだが、彼らは一瞬で距離を詰めて来たのだ。
 アルミ片が飛んで来て、翔太郎の左脇へと転がる。翔太郎の飲みかけのコーヒーがこぼれ、染みを作る。エンジン音のような物が鳴り響く。
 翔太郎は勿論、ソウキチも微かに動揺した。
 壊されて潰れたアルミのドアから、煙があがっている。その向こうから見える二つの影はいずれも異形であったが、それが色を出すのはそれより少しの後であった。

 ──赤と黒。

 二人のドーパントは、まだ翔太郎も見た事のないタイプである。
 黒い戦士と赤い戦士の二体。財団Xの実力者が変身しているのだろう。後ろからぞろぞろと、マスカレイド・ドーパントの大群も現れた。
 財団Xが選んだ精鋭の戦士と思われ、翔太郎も身構えた。

「左翔太郎だな? 我々の本部まで来てもらうぞ」

 赤いドーパントが、翔太郎に言った。黒いドーパントは無口だ。
 赤は、逃げる隙もない速さの持ち主だ。まるでバイクのエンジン音のような音を響かせている。今や、翔太郎に敗走の術はない。
 翔太郎が内心で舌打ちする。
 アースラの人間がこちらに来るが早いか、彼らが翔太郎を捕えるが早いか、といったところだろうか──。
 今は、ともかく、彼に任せるほかない。

「ちょっと待て。……そいつは渡せねえな」

 鳴海ソウキチが数歩歩くと、翔太郎を庇うように前に立った。
 翔太郎と共に一歩ずつ後方に退いていくソウキチ。──それと同じペースで前にじりじりと寄って来るマスカレイドたち。
 狭いこの部屋いっぱいに敵が詰め寄っていた。

 そして、ソウキチが一歩ずつ下がるため、翔太郎の背中が壁のすれすれまで寄りかけている。
 その瞬間、即座にソウキチはロストドライバーを取りだし、腰に巻く。コネクションリングが一周し、スカルメモリから音声が鳴る。

──SKULL!!──

 ソウキチが、ロストドライバーにスカルメモリを装填した。

「変身!!」

──SKULL!!──

 待機音声とともにソウキチが仮面ライダースカルに変身し、部屋の帽子かけに手を伸ばす。真っ白な帽子を掴むとそれがスカルの頭の上に被さる。

404RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:35:00 ID:W9I5Hun20
 翔太郎も、この姿を見るのは何年ぶりかの事であった。

 ──まさか、壁まで寄ったのは、壁際にかけてあるこの帽子を取るためでは?

 と、翔太郎も思ってしまったが、ふと、そこが丁度、隠し戸に飛び込みやすい位置である事に気づく。このまま、左斜め四十五度に真っ直ぐ走れば、囲むように部屋中に広がっている敵と敵の間にある隠し度にすぐ辿り着く。
 この部屋を知り尽くした持ち主ならではの意外な起点である。
 流石彼、といったところだ。

「さあ、お前の罪を数えろ!」

 仮面ライダースカルがドーパントたちに叩きつける言葉。それは、この世界でも共通だった。──この言葉が生まれるある出来事を、既にスカルは経験している。
 指先が彼らを指した時、マスカレイドの何名かがスカルを襲った。

「はっ」

 スカルは、華麗に立ち振る舞い、マスカレイドを翻弄する。
 タフなパンチがマスカレイドのドーパントの腹を叩き、その時にずれた帽子を左腕で直した。このパンチでマスカレイドは激しく後方に吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、沈むマスカレイド。

 はためいたスカルの背中のマフラー。
 それが敵の角度を示したのか、スカルは翔太郎を狙っていく左手のマスカレイドに向けて、スカルマグナムを早抜きして発射する。マスカレイドが倒れた。
 こうして、次々とマスカレイドたちは倒され、遂に、一分足らずでスカルによって一掃される結果になった。

 翔太郎は相変わらずの仮面ライダースカルの強さに驚いていた。
 ……これから先、彼には負けていられない。
 早く追いつきたいタフな背中である。

「行け、翔太郎」

 スカルは、小声で翔太郎に言った。
 下の名前で呼ぶのは初めてだろうか。本名を暈す必要はないと判断したのだろう。
 しかし、その瞬間に、今度はマスカレイドではなく、彼らより何段も強いであろう赤いドーパントの方が向かってきた。

「逃がすか!」

 赤いドーパントは聞いていたらしい。

「──チッ」

 スカルは舌打ちする。
 このドーパントは、速さが武器だ。
 スカルは、前に出て、翔太郎から距離を置く。こうして真正面から敵とぶつかり、注意を惹きつけなければ翔太郎もすぐに巻き込まれると判断したのだ。
 翔太郎が逃げるチャンスならば、それは今しかない。タイミングは作っている。ここで注意を惹きつけている間に翔太郎が飛びこまなければ、今度こそ経路に逃げるチャンスは失われるかもしれない。

「ハッ!」

 スカルは、スカルマグナムを何発かその腹に至近距離から命中させた。
 だが、思ったほどの効果は得られない。相手は装甲も固い。

「フンッ」

 赤のドーパントは、そんな声を漏らすと、頭部から排気のような黒い煙を発する。
 すると、赤のドーパントが重量のある剣をどこからともなく取り出し、スカルを切りつけようとした。──スカルはそれを見て、危機回避の為に、一歩下がるが、その瞬間、スカルの帽子に一筋の傷が生まれる。
 至近距離で戦いすぎたのが響いたか。しかし、翔太郎が逃げる為の隙を作るには仕方がない。

「──ッ!?」

 しかし──、スカルが見れば、翔太郎は、そこにいた。

405RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:35:16 ID:W9I5Hun20
「何故、まだそこにいるッ!?」

 隠し戸に向けて一直線に駆けだしていた真っ最中であったのだが、その瞬間に動きを止めてしまったのだ。
 スカルには、翔太郎が逃げなかった理由が全くわからなかった。
 彼は、翔太郎がここで逃走経路に向かっていく勇気のない人間だとは思っていない。──いや、実際、そこに向かおうとしていた。
 だが、その動きを止めていたのだ。
 何故──。

 ──それは、スカルこと鳴海ソウキチは知る由もないが、「鳴海壮吉」にまつわる翔太郎自身のトラウマに繋がっている話だった。

(これは、あの時と同じだ……)

 翔太郎の中で、仮面ライダースカルが──鳴海壮吉が、翔太郎を庇い息絶えたあの時の姿が重なる。
 あのビギンズナイトでも、鳴海壮吉の帽子に、あの傷がついたのだ。
 この世界において、スカルの帽子にあの傷はなかったが──今、翔太郎の為に、この壮吉も傷をつけてしまった。

 ──嫌な予感がする。

 スカルが、この世界でも──と。あの傷がその運命の証なのではないか──と。
 思えば、この出来事が運命の前兆だったのではないかと。
 だから、翔太郎もつい、今、動きを止めてしまったのだ。それは、全身の拒絶反応だった。
 この壮吉はそんな事は知らない。

「危ないっ! 翔太郎!」

 スカルが叫んだのは、黒いドーパントが翔太郎に向けて駆けだしたからであった。
 翔太郎は今や、隙だらけなのだ。スカルがそれを助けようとするのを、赤いドーパントが剣の一撃で妨害する。

 翔太郎の瞳孔の中で、だんだんと形を大きくする黒いドーパントの影。
 彼の姿に、どこか惹かれながらも、翔太郎は強く拒絶する。
 ──それは、人間の力を超える力の持ち主だ。いくら翔太郎であっても、まともに力を出して挑んでくる敵を前には、命の危険だって考えうる。
 ましてや、今、翔太郎は力を出していなかった。意識さえ途絶されつつあった。
 咄嗟に、義手の右腕を顔の前に翳し、敵を拒絶するくらいしかできなかった。

 ──二人の距離がゼロになる。

 ドーパントのパンチが、翔太郎に向かっていく。
 その拳は、翔太郎の突きだした右手の掌に向かっていった。
 確かにその腕は鋼であったが──翔太郎には、まだ人間の手だった頃の慣れが残っている。



「うわああああああああーーーッッッ!!!!! ────」



 ──翔太郎たちの間に、電撃が走る。視界が一度シャットアウトされる。

 ドーパントの魔の手が翔太郎を襲った、その瞬間、ビリビリと音が鳴り響いた。
 ここしばらく、翔太郎は電撃という物にはあまり良い思い出がない。

「翔太郎ッ!!!!!!!!」

 スカルは、今、とてつもない後悔を胸に秘めていた。
 敵の能力が翔太郎たちを光に包んだのか?
 俺は救えなかったのか? この異世界の英雄を──。

 きっと、異世界の俺が、俺と全く同じ性格だったら、可愛がるに違いないこの熱いハートのタフな男を──。

 スカルが呆然と見ていた最中、光が晴れ、そこに男の姿が見えてきた。





406RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:35:34 ID:W9I5Hun20



 その視界を斬り裂く電撃音が消えた時、そこに立っていたのは、──左翔太郎であった。

 もう一人のドーパントはといえば……そこに姿はない。いや、“それらしき物の姿”は転がっている。
 今、尻もちをつき、両手を床について、翔太郎を見上げている白い詰襟の男だ。財団Xの手の人間に違いないが、彼はその直後に一目散に逃げ去ってしまった。
 翔太郎は、今、右手一つで敵ドーパントの動きを止め、変身を解除させたのか……?
 スカルも、赤いドーパントも、それを見て驚かざるを得なかった。
 翔太郎自身も、微かに驚いていたが──それが、彼の“運命”である事を、翔太郎は思い出す。

 そうだ。
 違うではないか。
 ──翔太郎のもとには、運命の女神が待っている。


「……なあ、おやっさん。」


 その時、翔太郎は、ニッと笑った。彼の右手にあったのは、黒いガイアメモリであった。
 ソウキチも、モニターで何度か見た記憶がある。

 JOKER。

 今、翔太郎を襲っていた敵は、奇しくも、T2ジョーカーメモリを使用した“ジョーカードーパント”だったのである。
 あまりにも出来すぎているが、同時に、あまりにも翔太郎にピッタリな偶然であった。
 人とガイアメモリが惹かれあうように、翔太郎のもとに必ず舞い戻ってくるガイアメモリ──それが、この切り札の記憶。
 このメモリが運命を感じるのは、財団Xの人間ではなく、左翔太郎であった。
 だから、メモリはあの名も知れぬ男のもとを離れ、より適合率が高く、運命の相性で結ばれた翔太郎のもとへと乗り換えたのだ。
 かつて、エターナルメモリが加頭順や月影ゆりを拒み、大道克己を選んだように──。

「どうやら……切札は、何度でも俺のところに来るみたいだぜ……」

 ロストドライバーを巻いた翔太郎は、自信たっぷりに言った。
 彼の中にある最低の未来への幻想はすべて吹き飛ぶ。

 そうだ──なんていう事はないではないか……。
 よく見てみれば、今ソウキチの帽子に出来た傷は、かつてタブー・ドーパントにつけられた傷よりもずっと浅い。
 そもそも、もっと良く見てみれば、ソウキチの帽子は、同じ白色でもあの時とは別種だ。傷つけられた帽子と全く同じ型の物は、壁にかかっている。
 ──全ては杞憂だ。こんな物は運命でもジンクスでも何でもない。

 翔太郎には、もっと深い運命が味方をしている──!
 決して、悪に味方する物ではない──!!

「変身!!」

──JOKER!!──

 翔太郎は、仮面ライダージョーカーに変身するや否や、スカルの隣へとのろのろ歩いた。
 まるで頭を悩ませるしぐさをするように、手首で額を触れ、スカルに背中を預け、二人で並んでみせたのだ。
 若々しい恰好の付け方だが、まあいい──と、スカルは、憮然と、指を突きつけ、彼に合わせた。

「いくか、おやっさん」
「ああ」


「「さあ、お前の罪を数えろ!!」」


 恐れおののく赤いドーパント。
 そんな姿を見て、ジョーカーは思う。

407RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:39:58 ID:W9I5Hun20

(あんたにはそのメモリは似合ってないぜ。どこかの誰かさんもそいつに拒絶されてたっけな)

 ──アクセル・ドーパント。
 一見すると強敵のようだが、照井竜がその運命の相手である。
 よもや、運命を味方につけているジョーカーとスカルに勝てる要素が見当たらない。


──Joker!!──
──Skull!!──


──Maximum Drive!!──


 そこから先の結果は、言うだけ野暮という物だ。







 ──アースラの迎えが来た。

 この世界で共に戦っていた仮面ライダースカルこと鳴海ソウキチとは別れの時だ。
 翔太郎は、たった一度だけでも、彼と共に戦う事ができて光栄に思う。
 アースラが風都の街の上空を斬り裂き、異空間で浮遊していた。そこで翔太郎を連れて行くべく待ち構えている。人が少ない場所であったが、財団Xが聞きつけて来るのも時間の問題だろう。
 隠し通路がここに繋がっている以上、いずれ財団Xはあのルートからここを発見し、押し寄せてくる。
 あまり長い言葉をかける時間はなかった。

「……翔太郎。全て、倒して来い。帰るべき街がお前を待ってる」

 別れ際、ソウキチはそんな事を言った。
 士が撮影した写真を見て、ソウキチも翔太郎が住む風都の事を思ったのだろう。
 ソウキチもまた、翔太郎と共に戦う事が出来たのを良かったと思っている。

「それから、一つ忠告だ。──若すぎる娘に手を出すのはやめておけ。お互いにヤケドする」
「それって……まさか……。──なあ、おやっさん! それは違う! 断じて違う! 若すぎるっていうか、それロリコンだから!」

 ソウキチが杏子の事を言っているのだと理解し、翔太郎は慌ててそれを訂正しようとする。だが、ソウキチは、ちょっとした悪戯心で言ったつもりだ。
 フッ、とニヒルに笑い、翔太郎の前に手を差し出す。
 左手だ。左手の握手は、無礼に見えるが、翔太郎の腕の熱さをソウキチは感じたかった。
 それを察して、翔太郎は左手を差し出した。

「また会おう。……左翔太郎」
「ああ。またいつかな、おやっさん。……あんたに会えてよかったと思う」
「俺もだ。まあ、俺は今後も、弟子を取るつもりはないがな」

 そして、二人は、とある男のセリフを言ってみた。
 ソウキチも翔太郎も憧れている、小説の中の名探偵の台詞である。

「「──さよならを言うのは、僅かの間死ぬ事だ」」

 自分で考え、自分で決める。──そんな男の中の男の言葉。
 翔太郎もまた、それを実行しようとしているのだ。ソウキチがいくら彼に肩入れしても、男がそれを止める事など許されない。

 以前、殺し合いの中で、翔太郎はそんな言葉を言うチャンスを言い逃し、うめいていた事がある。
 それは、翔太郎と杏子の間の言葉だった。
 結局のところ、そんな言葉を言えたら、それはそれでカッコイイ……という程度の意味でしか、彼はこの言葉を使わなかったが、今使えた時、その言葉の意味が身に染みた。

 そして、遂にアースラは翔太郎を迎える。
 ソウキチとはまた遠い長いお別れが来るのだろう……。
 それでも、前を向いて翔太郎は叫ぶ。



「……待ってたぜ! 俺たちは、何度だって倒れずに立ち向かってやる!! 待ってろよ、ベリアル!!」



【左翔太郎@仮面ライダーW GAME RE;START】

408 ◆gry038wOvE:2015/07/16(木) 02:40:18 ID:W9I5Hun20
以上、投下終了です。

409名無しさん:2015/07/16(木) 06:27:30 ID:EKX8DCIc0
投下乙
世界は違えどやっぱりおやっさんはかっけえですね
他の世界でも仮面ライダーたちは頑張ってるみたいでなにより
てかディケイドの暗躍っぷりさすがだなあw
おのれディk(ry

ここからしばらくはこんな感じで各生還者たちの跳ばされた先の様子をえがきつつ合流していく感じになるのか(ドウコクも連れていくつもりなのだろうか…)
封印された孤門や何故かはぶられてる暁とか気になる点は残りつつも、それぞれどんな感じになるのか楽しみだ

410 ◆2ijuynembE:2015/07/18(土) 00:43:36 ID:/0uOrO0I0
上の「RISING/仮面ライダーたちの世界」を読み返して物足りなそうな所をwikiで追記しました。
大筋の流れは変わっていませんが、台詞や文章が多少追加されています。
投下されたものを読んでくれた方には申し訳ないですが、よければそちらを正式な作品としてご参照ください。

411 ◆gry038wOvE:2015/07/18(土) 00:44:10 ID:/0uOrO0I0
トリ間違えました。

412 ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:57:07 ID:RKdo8Dag0
投下します。

413HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:57:35 ID:RKdo8Dag0



 元の世界への帰還の瞬間、花咲つぼみの頭に次々と浮かんだのは、本来、バトルロワイアルに連れて来られた彼女にはあるはずのない記憶だった。
 ブラックホールを通して粒子空間に入り、膨大な記憶と情報が雪崩のように頭に舞い込んでくる。

 ──地球の砂漠化。
 ──デューンとの決戦。
 ──後の時代のプリキュアたちとの出会い、交流。

(これは……)

 つぼみがバトルロワイアルに巻き込まれた後──いや、もっと言えば、“つぼみがバトルロワイアルに巻き込まれなかった場合の世界”のその後の話であった。誰が与えるわけでもなく、湧き出るように──しかし、彼女の頭の中には、微弱な負担をかけながら、そんな記憶たちが生まれてくる。
 やがて、身体的にも、その期間における成長分だけ、微かに彼女の身長・体重・スリーサイズ・髪や爪の長さ・健康状態などが修正されていった。それにより、“その時代”にいても大きな違和感のない形になっていく。
 この世界において連れ去られた参加者の内、最も遠い時代──桃園ラブが連れ去られた未来の時間軸の数日後が、つぼみの帰るべき世界の“今”だった。つぼみが連れて来られる直前の記憶は、誰にとっても遠い過去へと変わっていくのである。
 彼女は、まるでタイムスリップするように自分の未来へと帰っていく事になるのだが、彼女自身もそこまでの自分の記憶と身体的変化を取り戻しており、その結果、あまり大きな違和感を覚える事もなく、時代に適応できる形に変わっていった。

(ゆりさん……)

 自然と更新されていく記憶の中には、このバトルロワイアルで持った疑問を解決する物もあった。──月影ゆりとサバーク博士とダークプリキュアの事も、つぼみの目の前で繰り広げられた戦いの記憶として再生されたのである。その実感が、つぼみの中に湧きあがる。
 確かにそれは、つぼみが経験したはずのない出来事であったが、この環境につぼみを適合させる為、本来つぼみが持つべき記憶を世界が与えていったのだ。
 殺し合いに巻き込まれた自分と、巻き込まれなかった自分──同じ時間の中で二つの記憶が混在していく。確かに矛盾はしているが、いずれも、真実であった。
 そして、その中でつぼみは、自分が帰る世界にはもう、えりかやいつきやゆりは絶対に存在しない事を──元々、希望を持ってはいなかったものの、そこで完全に知る事になった。

 ──テッカマンブレードの世界の住人がそうであったように、彼女たちは元の世界の帰還と同時に、“最終時間軸”の世界に統一される現象が起こったのだ。

 桃園ラブも、蒼乃美希も、山吹祈里も、東せつなも、ノーザも、花咲つぼみも、来海えりかも、明堂院いつきも、月影ゆりも、ダークプリキュアも、クモジャキーも、サラマンダー男爵も、元々この一つの世界の別の時間軸から連れ去られた身である。
 もし、誰か一人がどこかの時間軸で連れて来られた場合、その時点で、その人物が行方不明になった世界が展開されなければ不自然な事になってしまうだろう。しかし、先に誘拐された人物以外の他の参加者たちは全くその記憶を持っていなかった。
 それでも、彼女たちは、間違いなく同一世界の人間たちであった。
 一人の不在で歴史が修正されていく前にまた別の参加者が同じ世界から連れて来られたのだ。世界や歴史そのものがベリアルたちの暴挙に対応する事ができなかったのである。
 その結果、この世界の住人たちは──“誰かがいなくなった世界”と“ある日突然全員が一斉に消えるまで正常に進んでいた世界”の二つの記憶を持つ事になった。中には、そのせいで起きた世界の混乱で復活したテッカマンオメガやテッカマンダガーのような者もいる。

 とにかく、こうして、つぼみは、“ここで戦い続けた記憶”と、“変身ロワイアルに招かれた記憶”の、本来同居するはずのない二つの記憶を持つ事になったが、その仕組みを理解せずとも、「何故かそうなっている」というくらいで、あまり疑問には持たなかった。
 これも、彼女自身、この世界を構成する物の断片として、どこかで理解しているせいなのかもしれない。

(……みんな)

 ──確かに昨日、つぼみはバトルロワイアルの最中にあった。

 こちらの世界での様々な出来事が遠い過去の事として蘇っていくが、あの戦いは確かに昨日の事だという実感は残っている。──しかし、つぼみの中に平穏な時はなかった。
 響良牙や、蒼乃美希、佐倉杏子、左翔太郎、涼邑霊、涼村暁、レイジングハート……などといった仲間たちと、血祭ドウコクとの共闘と、別れ。
 石堀光彦を救えず、結局はダークザギとして葬った無念。

414HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:57:55 ID:RKdo8Dag0
 これはちゃんと消えずに、胸の中に秘められていた。

 ──遂に、彼女は、自分のいた世界に戻る事になった。







 つぼみは、自分の世界に帰ってきて間もなく、かつて、初めてプリキュアに変身した丘の上に転送された。
 どこかから、小鳥の鳴き声が聞こえた。──そういえば、あの殺し合いの現場には、小動物などいなかった。こんな鳴き声を聞くのは久々で、それがまた帰って来た実感を彼女の中に強くする。

「良牙さん……」

 殺し合いが終わり、あそこで共に戦った仲間たちの姿が自分の周りにない事を知って、つぼみの胸中には微かな寂しさも湧きでていた。
 思い返せば、良牙たちに、ちゃんとした挨拶が出来なかったな……と、少し感傷的な気分になり始めていた。空を見上げ、自分たちを送ったであろう場所を見つめてみるが、そこにはもう彼女たちを異世界に送る事ができるブラックホールは消えていた。
 良牙から貰ったバンダナを、つぼみは強く握りしめた。

 ……だが、そんなノスタルジーを覚えられるのも、束の間の話であった。

 まずはここがどこなのかを知っておく必要があると思い、つぼみはフェンスの外から見下ろせる町を見る事になった。そしてその時、彼女はその異変に気づいた。
 一応、見下ろしている景色は希望ヶ花市のそれであるのは、自分が通う私立明堂学園の校舎が遠くに見える事からもわかる。
 ──だが、街の様相は大きく異なっていた。
 明堂学園の周囲には、人が集まっており、祖母の話に聞いていた「学生運動」のデモのような光景が広がっている。
 それに──

「──あれは……一体?」

 街に浮かんでいる巨大な電子モニター。そこで映し出されているのは、殺し合いが行われている真っ最中に何度か見た光景。
 知らない映像もある。──そう、たとえば、“ゆり”が“えりか”を殺害するまさにその瞬間の映像。
 知っている映像も映っている。──そう、たとえば、良牙とあかねの戦いの時の映像。

 しかし、どうして──何故、そんな映像がこの街の中で堂々と発信されているのだろう。
 つぼみの中に、この上なく厭な予感が芽生え始めている。彼女は息を飲む。

『──ベリアル帝国に属する皆さんには、このゲームの生還者・蒼乃美希、佐倉杏子、涼邑零、血祭ドウコク、花咲つぼみ、左翔太郎、響良牙、およびその仲間の捜索、確保──あるいは殺害をして頂きます』

 つぼみがその異様な光景に気圧され、背筋を凍らせながらそれを見ていれば、加頭と同じ白い詰襟服を着た、眼鏡の中年男性がそんな事を宣告する。何やら、変身ロワイアルの第二ラウンドとして、そんな提案をしているらしい。

「──どういう事ですか……変身ロワイアルって……!?」

 ……だが、つぼみには何が何だかわからない。
 あの悪夢の殺し合いは終わったのではないか。
 だからこうして帰って来られたのではないか。
 そして何より、あの戦いは、つぼみたちの胸の中にだけ秘められたものではないのか。

「まさか……」

 ──しかし、考えてみれば、このゲームの主催者はまだ生きている。異世界の異なる時間軸から人間たちを拉致し、あらゆるオーバーテクノロジーや魔力の道具を与え、島や建造物まで用意して殺し合いをさせる事ができる強大な存在が。
 その時、サラマンダー男爵の言葉がつぼみの脳裏に浮かんだ。



『いや、主催の目的はこの殺し合いがどう転がろうが、もうじき達成されるんだ』

415HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:58:10 ID:RKdo8Dag0

『……何があっても、お前たちの所為じゃない。お前たちは、状況を見て正しい行動をし続けた。それだけは言っておく』



 主催の目的──それは、殺し合いそのものにはない?
 変わる、という事が、あそこに集められた人間の共通点だった……?
 ……そんな事をつぼみも考えていたのを思い出す。

 では、この支配こそが主催の目的であり、あそこでつぼみたちが変身して戦う事が、何らかの形でこの世界の今の現状に繋がったという事だろうか。
 それが、「変身ロワイアル」──変わっていく者たちの、変身者たちのバトルロワイアル。
 そして──ここでもまた、それが行われている。参加させられた者同士の殺し合い、バトルロワイアルが終わり、ゲームの生還者を狙う「バトルロアイアルⅡ」が始まったのだ。

「じゃあ、まだ……あの戦いは、終わってなんていなかった……?」

 そうだ、今のこの生還も彼らからの施しに過ぎない事を忘れていた。
 ──今は、花咲つぼみたちを追い詰めるまで、この戦いは終わらない。そんな仕組みが構築されている。
 ずっと、肝心な事を忘れていた気がする。いや、忘れようとしていたのだ。ほんの少しだけでも休息を取ろうとしていた。外の世界に出てさえいれば、そこから先の戦いの存在をしばらく考えなくても良いような気がしていた。
 だが、つぼみたちは、無力になって外の世界に放り出されたのだ。
 勝利はしていない。──あれは、敵側の“譲歩”だ。

「……そんな」

 自分のいるべき世界が、その野望に巻き込まれているという事をつぼみは悟った。
 ここにいる人々が侵略され、それぞれ自分の生活をしながらも、否応なしに殺し合いの観戦をして、つぼみたちを捕える為のゲームに参加させられている。
 そんな、あってはならない日常が繰り広げられている世界。──どんなに記憶を遡っても、彼女の世界がそんな風だった事はない。

 だが、人々がこんな支配下に置かれる環境について、一つだけつぼみは心当たりがあった。

 管理国家ラビリンスである。──そう、それはかつて、メビウスが支配し、統一する世界の名であった。
 この世界の人々の記憶にも、その名は新しい事だろう。人々のFUKOを原動力に支配を続けた悪の組織。──殺し合いならば、FUKOを集めるには最適である。
 かつて現れた際、ラビリンスそのものはフレッシュプリキュアによって撃退されたが、その原理で人を支配できるという法則はこの世界に残り続けている。
 ただし、インフィニティさえあればの話だが……いや、それをおそらく手にしたのだろう。

 ともかく、ラビリンスと同じだ。よく目を凝らして見れば、人々の恰好も、黒いタイツに身を包み、妙に規則的に遠く、街を歩きだしているようだった。
 先ほどのモニターの言葉と照らし合わせるならば、このラビリンスと同じ支配を行っているのは、「ベリアル帝国」だ。
 初めて聞く名前ではない。あの殺し合いの主催者たちの組織だ。──今、つぼみの中で様々なロジックが繋がってくる。

「また戦わなきゃいけないなんて……!!」

 ────つぼみは、自分が掴んでいた柵に支えられながら、少しだけ力を失い、へたり込んだ。







 つぼみは、呆然としながらも、自分の知っている場所が気になり街を彷徨っていた。
 つぼみの両親や祖母は、えりかの両親や姉は、いつきの家、ゆりの家、学校のみんなは──今、どうしているのだろう。コッペ様やシプレやコフレは……。
 身近な人たちが、この世界でどうしているのかが気になった。
 誰もいない町に降りて、なるべく人の目を避けるようにしてつぼみは歩いていく。
 意外にも、丘の近くのほとんどの路地には、人影は全くなかった。もしかすると、人々はどこか一点に集められている為かもしれない。とにかく、つぼみがどれだけ堂々と歩いていても、街には人気がなかったのである。
 真昼にこの活気のなさは異様だったが、つぼみはただふらふらと歩いていた。

416HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:58:39 ID:RKdo8Dag0

「……お父さん、お母さん、ふたば……」

 そして、見知った通りに出たのを気づき、しばらくすると、つぼみの目の前には、二つの商店の姿があった。
 HANASAKIフラワーSHOPと、その隣にある来海家の家──服飾店フェアリードロップの二店舗だ。だが、HANASAKIフラワーSHOPの様子は違った。
 この一角で、その一軒だけが、何者かによって、店内を踏み荒らされ、外のガラスが割られ、鉄骨が潰され、そして、全てが崩されていたのである。──いや、何者かと言う言い方は適切ではなく、おそらくは何名かの人間の手による物だ。

「……酷い……酷すぎます……」

 もしかすると、人間の手による物ではないほど、叩き潰されている。ショベルカーでも使わない限り無理だが、この周辺をそんな物が通った様子はなかった。
 しかし、実際のところ、つぼみにとっては、誰がどうしたのか、その方法は何なのか……などというのは、どうでも良かった。

「私……どうしたら……」

 ──ここは、つぼみの帰るべき場所だったのだ。
 壊した者の正体が掴めないというのも恐ろしいし、同時に、そこにいたはずの家族の姿が見えないのもつぼみの胸を締め付けた。
 これから自分はどうすればいいのだろう……。

「まさか……みんな……!」

 つぼみの中に巡る嫌な想像──。
 つぼみの自宅が壊されているという事は、生還者の身内を狙っている可能性が高い。もしかしたら、両親やふたばは──。

 つぼみは、慌てて、今はそこに誰もいないと思い、呆然としながらも、自分の家に帰ろうとした……。ドアですらなくなったHANASAKIフラワーSHOPのドアの前に立つ。
 中の花たちは建物に押しつぶされ、萎れていた。プランターからこぼれた土が床中に散乱している。
 つぼみの両親が売る大事な花たちが誰かに荒らされたのである。

「捕えろォーッ!!!」

 そうして言い知れない悲しみと不安感に言葉を失っていた時、どこからともなく聞こえた野太い男性の声。

「!?」

 見ると、そちらにいたのは、白い詰襟姿の男たちであった。
 そう、加頭や先ほどの男同様の服装をした集団──財団X。
 彼らがベリアルの侵略を手伝い、外世界の支配に一役買っているのである。

「──っ!!」

 ──そうか。これは、囮だったのだ。
 と、つぼみは今この瞬間に気づく事になった。

 先ほどのモニターの情報がすっかり頭の中から飛んでいた。いわば、つぼみたちは指名手配犯と同じ状況だ。
 あの殺し合いから脱出した者は外の侵略世界では罪人として捕えられようとしている。
 冷静に考えれば、そんなつぼみがこの世界でまずどこに向かいたがるのかは明白であり、彼女たちを捕えたい者たちが自宅に張りこむのは定石の策である。
 つぼみの家の周囲に人がいなかったのは、ここまでつぼみをおびき寄せる為に違いない。

 つぼみは、変身しようと、ココロパフュームとこころの種を取りだした。あのバトルロワイアルに参加させられていた反動だろうか、つぼみはいつもより迅速にそれを取りだし、装填する事ができた。

「プリキュア・オープンマイハート!!」

 いつものように、叫ぶ。──が。
 彼女の身体は、この時、キュアブロッサムには変身しなかった。
 財団Xの構成員たちも、彼女が変身しようとするのを許してしまっただけに、一瞬焦ったようだが、彼女が何らかの事情で変身できないと知ると、躊躇なく飛びかかった。

「どうして……っ!? 変身できません……っ!」

417HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:58:56 ID:RKdo8Dag0

 彼らは、つぼみの両脇を固めるようにして捕える。
 軽く捻るような動作も入れたため、つぼみの神経に痛みが走った。
 人の正しい捕え方を知っているようである。

「くっ……!」

 慌てて、自力で振りほどこうとするが、二人の屈強な成人男性に両腕を捕えられて抵抗する力はつぼみにはなく、抵抗すれば腕に痛みが走るような形になっている。だいたい、それを振りほどいたところで、視界に入っている残り十名ほどの財団Xの連中に対処する方法はつぼみにはない。
 彼らはすべて、無感情に任務を遂行しようとしているようだ。──たとえ、目の前にいるのが年端もいかない少女であっても。

「離してください……っ!!」
「大人しくしろっ! 花咲つぼみだな……? 我々と来てもらう!」

 ここは大人しく捕えられるしかないのだろうか……。
 いや、だとして、その先には何がある?
 良い事は決してない……おそらくは、殺害されるだろう。だが、抵抗の術はない。
 まさか、こんな所で──と、つぼみが希望を失いかけた時であった。

「──何だ、貴様は……!?」

 財団Xの誰かが、何かを見て驚いたように叫んだ。

 次の瞬間、──驚くべき事に、つぼみの左腕を掴んでいた財団X構成員の身体が遥か前方に吹き飛んだのである。
 つぼみの身体にも、何かが彼を突き飛ばした衝撃が伝導される。
 更に、つぼみの身体の自由を奪っていたもう一人も、誰かが蹴り飛ばしてくれた。
 他の構成員たちも慌てふためくが、彼らもすぐにたった一撃で撃退される。所詮は、変身道具を持っただけの屈強な人間に過ぎなかったらしい。

「つぼみ……やっぱり、まずはここに来ると思ってた」

 ──そう。
 つぼみを捕えようとする者たちがここに来るならば、つぼみを守ろうとする者もここに来るという必然があった。
 それは、つぼみがかつて会った知り合いの姿だ。
 そして、この殺し合いにおいても何度か、つぼみは彼の事を思い出す機会があった人物であった。

「……オリヴィエ!」

 フランスで出会った人狼(ルーガルー)の少年・オリヴィエだったのである。
 あの殺し合いに加担していたサラマンダー男爵を慕っていた彼が、つぼみを助けてくれたのだ。

「今は……とにかく逃げよう! つぼみやえりかの家族は大丈夫……みんな、学校で戦ってるんだ!」

 オリヴィエは、つぼみを抱き上げ、この付近の建物の屋根の上まで飛び上がった。オリヴィエの言葉で、つぼみはほっと胸をなで下ろす。
 すると、屋根と屋根とを駆け、地上にいる管理下の人々たちには届かないよう、あっという間にそこから離れて行ってしまった。







 ──私立明堂学園。

 かつてこの世界のプリキュアに助けられ、この映像によりプリキュアの正体を知った人々は、ここに立てこもり、力がないなりの戦いを見せていた。

 ひとたび校門の外を見れば、そこには、財団Xの構成員や、管理下の人々、そして、この街を何度も襲撃してきた砂漠の使徒のデザトリアンやスナッキーたちが囲んでいる。
 ここに立てこもった人々は、二日に渡ってここで生活している。学校内で暮らすというのは、普段ならばワクワクもする話かもしれないが、状況が状況で、殆どは浮かない顔だった。

418HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 00:59:55 ID:RKdo8Dag0
 花咲つぼみの祖母──花咲薫子は、職員室のブラインド越しに外の様子を見ていた。彼女の周囲には、プリキュアのパートナーである妖精たちが浮いている。
 シプレ、コフレ、ポプリ……今だ、微弱でも元気があるのはパートナーを失っていないシプレだけであった。他は妖精でありながらもこころの花が枯れる直前という次元である。

「この学校も時間の問題かしら……」

 薫子が見ているのは、校庭に立っている、薫子のパートナー妖精・コッペ様である。
 彼は、そのファンシーで愉快にも見える外見とは裏腹に、妖精の中でも屈指の実力者である。彼が、この場所に強力な結界を張り、この学校一帯だけを守護していた。
 それでも、バトルロワイアルが行われていた二日間ずっとここに結界を張りっぱなしであった為、彼の力も限界に近い所まで来ているらしい。無表情な彼があまり見せない、怒りと苦渋の表情になりつつある。
 シプレ、コフレ、ポプリも何度か力を貸そうとしたが、未熟な彼らの力ではコッペの力には敵わず、結界を手伝えるだけの力はなかった。──だいたい、パートナーを喪ったコフレとポプリは、本来の力を出せるような精神状態ではない。

(頑張って……今はあなただけが、ここにいるみんなの全てを背負ってるの……)

 先ほどまで、校庭に出て、外に向けて石を投げ、抗議の旗を振るう生徒もいた。
 花咲つぼみ、来海えりか、明堂院いつき、月影ゆりの友人やクラスメイトがその殆どである。先生たちが彼らの身に危険が及ぶ可能性を恐れて、それをやめさせたのはつい一時間前の話だ。抗議の証であるプラカードや旗はいまだ外に向けて立てかけられている。
 彼らに限らず、この学校に立てこもり、世界に対する抗議活動を続けるのは、そうした一度デザトリアン化した生徒たち、それからプリキュアたちに助けられた事がある街の人々であった。
 それぞれの胸に悲しみや驚きは膨れ上がっている。しかし、管理には屈しない。

『こんな事でめげてたら、プリキュアたちに──つぼみやえりかや会長に笑われちゃうよ』

 そう、それでも、戦おうとする意志が彼らにはあったのだ。
 かつて砂漠化したこの街でも、ここにいる人々は戦い続けた。
 いや、かつてより多くの人がこの学校に集い、戦おうとしている。
 外で管理されている人々の中にもきっと何かが芽生え始めている。──それがわかっているから、コッペもいつも以上に力を尽くしてくれている。

419HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:00:11 ID:RKdo8Dag0

「──花咲さん。訊きたい事があるのですが、よろしいですか?」

 ふと、つぼみの担任である鶴崎が、後ろから、どこか心配そうな顔で薫子に声をかけた。振り向いて、薫子は、疲弊している彼女の全身を眺める事になった。この人は、まるで男性のように快活で、竹を割ったような性格で生徒に接する、女性から見てもどこか恰好の良いタイプの先生であったが、この時ばかりは塩らしい表情である。
 本当は、抗議活動に積極的な部分もあったが、やはり生徒の身に危険が及ぶよりはやめさせる道を選んだのだろう。

 転校以来、長くつぼみの担任をしてきた彼女である。あのバトルロワイアルでは、自分のクラスの生徒──えりかを喪った。そして、つぼみも今、生還したとはいえ狙われており、まだ中学生の生徒たちもここで戦おうとしている。
 これ以上生徒を失いたくない気持ちと、それから、つぼみやえりかがここで巻き込まれてきた戦いへの強い反発心とが纏めきれていないのかもしれない。
 しかし、その両方ばかりを考えていたところ、ある疑問に辿り着き、やがて、彼女はこうして、薫子にある質問をぶつける事になった。

「つぼみさんやえりかは、どうして、私たちにプリキュアである事を黙って来たんでしょう」

 親族である薫子を前に、「つぼみさん」という呼び方をする鶴崎であるが、本来は「花咲」「つぼみ」と呼び捨てにしてフランクに接していた。
 それも何となく、薫子は察している。彼女の事は何度かつぼみたちに聞いたからだ。
 精神が露わになるようなこの切迫した状況でも、そうした大人な面を崩さないのは、彼女が信頼に値する立派な社会人だという証でもある。

「……つぼみさんは、まだわかります。でも、目立ちたがりのえりかまで私たちに黙って、プリキュアとして戦い続けたなんて……信じられません」

 プリキュアの全てを知った鶴崎は、プリキュアたちの彼女を知っている数少ない人物である薫子に、それを訊いた。彼女たち四人に加え、薫子もプリキュアであった事は、彼女たちの家族たちでさえ知らなかった事実だ。
 だから、あのモニターによって、彼女たちがプリキュアだと知った時、衝撃と共にあらゆる想いが鶴崎の胸中を駆け巡った。

 ──私は、彼女たちの教師でありながら、彼女たちに守られてきたのか。
 ──私は、何も気づけなかった。教師失格だ……。

420HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:00:26 ID:RKdo8Dag0

 しばらく、ずっとそう思っていた。プリキュアたちの親も同じ事を考えたかもしれない。
 彼女たちが今直面している問題を支える事ができなかったのだ。それを行うのは大人の責任であるはずなのだが、逆に自分たちが子供に支えられていた。
 それが歯がゆく、二日前のえりかの死と共に、鶴崎を苦しめていた。もしかすれば、同じ役割をするのが自分だったなら、あの殺し合いに巻き込まれるのは生徒ではなく、自分だったのではないかと──何故、あの子たちだったのだ、と。
 薫子は、そんな鶴崎に向けて、顔色を変えずに言った。

「──それは、プリキュアである事が周囲にわかってしまうと、大変な事が起きるからです」
「大変な事?」
「あなたも、つぼみやえりかの教師なら本当は気づいているはずでしょう? 彼女たちが何のために戦っているのか……何を守りたくて戦ってきたのか。それは、誰かにプリキュアとして褒めてもらう為でも、敵を倒す為でもありません」

 そう言われても、鶴崎にはぴんと来なかった。
 それは自分が未熟なせいなのだろうか、と少し思い悩む。薫子の何気ない「つぼみやえりかの教師なら」という言い方が、彼女の心を逆に締め付ける事になった。鶴崎は、それだけでは何もわからなかったからだ。
 わかるのは……今の今まで、自分は何にも気づけていなかった、という事だ。このまま教師を続けて良いのだろうか、とも思う。
 生徒が大事な戦いをしている時、鶴崎は一体何をしていたのだろう。本当に彼女たちを思いやっていたか? 学校に通いながら戦い続ける彼女たちに、もっと特別な配慮をするべきではなかったか? と。

 そんな彼女たちの気持ちがわからなかったが、鶴崎はもう一度、考えた。確か、つぼみはあのゲームの最中、こんな事を言っていて、そして、何度も敵を救おうとしていた。
 だから──、こう告げる。

「人のこころの花を守る為……ですか?」
「いいえ。確かにそれもそうですけど、決してそれだけじゃないんですよ」

 結果は撃沈である。それがまたショックを与える。自分は常に的外れで、生徒の気持ちを本当に理解できていないような気がした。
 そして、薫子の放つ妙な貫禄は、全てを知った上で話しているようで、だからこそ鶴崎もそれがつぼみの真意だと納得せざるを得なかった。
 人のこころを守る為ではないとするならば、本当に鶴崎は検討もつかなかった。必死に頭を悩ませるが、鶴崎にはそれがわからず、教師としての自分のあり方もわからなくなってきていた。
 ……やがて、少しだけ時間を空けて、薫子が、その答えを鶴崎に教えた。

「彼女たちは、何より、自分自身の大切な日常を守る為に戦っているんです」

 ──鶴崎は、その言葉を聞いて、はっと、何かに気づいたように顔を見上げた。
 薫子は、決して険しい顔はしていない。彼女はその先を、続けた。

「だから、プリキュアである事を明かしてしまえば、プリキュアではない──花咲つぼみとして、来海えりかとしての大切な日常を壊す事になってしまう……」

 そうだ……。彼女たちは、プリキュアではなく、それ以前に、この学校の一人の生徒だった。そして、誰かの娘であり、誰かの友人であり、誰かの教え子なのだ。プリキュアになるまでは、本当にそれだけの関係だったはずである。
 だが、もし、こうしてプリキュアになって……それが周りに事が明かされた時、その平穏な関係性は、ある別のフィルターによって崩れる事になる。

 そう、“守ってくれる誰か”と、“守ってもらえる誰か”の二つの存在になってしまうのだ。──それが、彼女たちの求める日常を一斉に崩してしまう。
 彼女たちは恩を売っているわけではないのに、鶴崎は彼女たちに恩を感じて、彼女たちを一人の生徒として扱う事ができなくなってしまう。

「……彼女たちにとっては、それが一番大変な事なんです」

 だから、彼女たちは、全て黙っていたのだ。

 決して、進んでプリキュアになったわけではない。彼女たちは、本来普通の日常を歩みたいのに、それを、明かしてしまえば壊れてしまうかもしれない。
 それが、彼女たちにとって、最も恐ろしい事だったのだ。
 薫子に言われる前にそれに気づいてしまった鶴崎は、彼女の言葉を耳に通さずに涙を垂らしていた。

 ──やはり、気づいているではないか。

421HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:00:42 ID:RKdo8Dag0

 と、薫子は思い、微笑みかけた。全く彼女たちの事を知ろうとしていなければ、薫子の最初の言葉だけで何かに気づけるはずはない。

「鶴崎先生。私は、あなたが二人の担任で良かったと思います。だから、どうか……彼女たちが自分を守ってくれていたなんて思わないでいてください。彼女たちはあなたのヒーローじゃなくて、あなたの生徒でいたいんです」

 いつか、つぼみたちに関わった人たちには、これを教えていく必要があるだろう。
 彼女たちが本当に望んでいるもの──明日からの日常について。
 そして、ここにいる人たちは、また変わっていく。つぼみたちのように、誰かの心を知って、それを認めて前に進んでいく事ができるはずだ。

「そうでしたか……」
「ええ」
「……ありがとう、ございます」

 これが終わったら辞職する事も考えていたが、鶴崎はそれを取りやめる事にした。
 これからも教師を続けていかなければならない。えりかはいないかもしれないが、つぼみや、ここにいる彼女のクラスメイトたちとともに。
 今も、彼女のクラスだけは誰一人欠ける事なく、この学校に来ている。制服を着用している人までいるほどだ。

 鶴崎はハンカチを片手に、廊下へ出ていった。

「……えりかのバカ……そんな事ないって……みんな、お前にいつも通りに接してくれるって、……みんな、いつも通りに笑ってくれるお前を待ってるって……私が教えてやる前に、なんで死んじまうんだよ……」

 だが、鶴崎のこころはどこか救われたが、その一方で、そこで救われない感情も湧きで来るのだった。
 それでも……薫子は、そんな鶴崎の後ろ姿に目をやって、これで良いと思っている。
 薫子は、また、少し外を見た。僅かばかり視線を上にあげた。

(……えりか。あなた、本当に良い先生を持ったわね)

 だが、薫子の胸に、少し何とも拭いきれない気持ちが残るのも事実だ。
 そう。えりかの命を奪ったのが誰なのか、という事。──それは、この場においては一つの禁則事項となっていた。
 誰も、ここでそれについて多くは語らない。
 加害者の名前を全員が知っているはずでありながら、誰も口に出そうとはしなかった。

 もしかすると、多くの人にとっては事情を鑑みて許せる話であっても、誰かの胸には、“月影ゆり”への恨みが湧きでているのかもしれない……。
 鶴崎も──あるいは薫子自身もそうだが、ゆりに対して沈黙する態度に、どうも、尾を引くものを感じざるを得ないのだ。







 オリヴィエとつぼみは、学校から少し離れた裏山の小さな洞窟の中にいた。
 裏山はともかく、そこにこんな場所があるなど、つぼみも全く知らなかったが、オリヴィエは、まるで土地勘があるかのように、その洞窟の奥へと進んでいく。

「どうしてこんな所に……?」
「直接学校に行くのは無理だ。ここに抜け道があるからそれを通って行く」
「いつの間にそんな物を……」
「一週間前、この街に来て徹夜で作ったんだ。学校に集まる事は、この街のみんなにも伝えてあったから……」

 学校の周囲が隙間なく包囲されていた為、校庭に侵入するにはオリヴィエが掘り出した地下通路を通る必要がある。コッペの結界は悪意を持つ者だけを拒む為、つぼみやオリヴィエはそこから出入りできるらしいが、やはり地上からは無理だ。
 ただ、出入りの為に出来上がったその場所は、通路といっても、それはまるで脱獄囚が掘り出した抜け穴のような物だ。

 姿勢を低くして土の中を二十分這う事でしか目的地にたどり着けないという、女子中学生には非常にきつい場所だった。
 中は暗く、蒸し暑く、空気も悪い。場合によっては、虫が出る。当たり前に土だらけになるし、今のつぼみは髪留めをしていないので、髪の中に大量の泥が混ざるかもしれない。

422HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:00:56 ID:RKdo8Dag0
 実際に校舎に立てこもる事になったこの二日間、比較的小柄な男子生徒が外に食料や備品を調達する為に使っていたが、彼らも片道で音をあげ、往復して帰らなければならない時には少し躊躇もしていた。
 しかし、つぼみも、家族や知り合いに会いたければ他に道はない。

「……わかりました。ここを行きます」

 ……オリヴィエが折角作ってくれた抜け道だ。
 たとえ環境が多少悪くとも、ここを通る事で家族や友達にまた会う事が出来る──そんな希望への道なのだ。
 つぼみは、多少のデメリットを踏まえても、ここを通るべきであった。

「ただ……オリヴィエ。一つだけ良いですか?」

 だが、この暗い道を通る前に、つぼみはオリヴィエに一つ言いたい事があった。オリヴィエが、なんとなく要件を察して、振り向いた。

「さっきから少し、険しい顔をしていますけど……やっぱり、男爵の事を考えていたんですか? だとすれば、私は言わなければならない事があります」

 それはオリヴィエにとって、予想通りの質問だった。
 オリヴィエは、元々サラマンダー男爵と共に旅をしている身だった。しかし、ある日、突然サラマンダー男爵は彼の前から姿を消し、再び目にした時には、管理世界のモニターで、殺し合いの放送を人々に向けて発していたのである。
 ……それを知ったオリヴィエのショックは並の物ではなかっただろう。
 少し躊躇った後、オリヴィエは、自ずと湧き出る怒りを噛み殺そうとしながら言った。

「……ボクは、もう男爵はあんな事はしないと思ってた。でも、それは違ったんだ。父さんだと思って慕っていたのに……なのに……あんな人はもう、父さんなんかじゃない!」

 だが、やはり、怒りは爆発した。
 生まれた時から親のなかったオリヴィエに最初に出来た父親だったのだ──サラマンダー男爵は。
 ずっと欲しがっていた父親であり、彼もまた、オリヴィエと一緒にいる時、だんだんと丸くなっていったと思っていた。確かにかつて、プリキュアと戦った事はあるが、もう誰かに牙を向ける事はないと、オリヴィエはずっと思っていた。
 しかし、つぼみは、そんなオリヴィエを、少し落ち着いてから、諭した。

「──それは……違いますよ、オリヴィエ。この街は戦いの映像を中継していたのかもしれませんが……実は私は中継されていない所で、男爵に会って、本当の事を聞いたんです」
「え……?」
「……さやかを救いに行った時の事でした」

 オリヴィエは意外そうにつぼみを見つめた。
 確かに、つぼみは一時的にモニターでの中継ができない空間に引き込まれ、そこで何をしていたのかは明かされる事がなかった。
 そこでつぼみはサラマンダー男爵と会っていたのだという。

「男爵は、私たちと同じく、巻き込まれたうちの一人でした。男爵はあなたの前から、自ら姿を消したのではなく、私たちと同じように、無理やり連れて来られたんです。そして、男爵は……オリヴィエ、あなたを守り、あなたとずっと暮らし続ける為に、意思と無関係に加担させられていただけなんです!」

 それを知り、オリヴィエは、呆然とし、やがて項垂れた。
 オリヴィエは、男爵をもう親だと思わないと──そう思う事にしていた。
 しかし、現実には、まだ微かに、男爵への信頼が残っていたのかもしれない。
 今、その微かな想いが強まっている。つぼみは、たとえ誰かの為でも平気で嘘をつけるような人間ではないと思っていたから、なおさらだった。

「そんな……」
「男爵がいなかったら、さやかを……一時的にでも救う事は出来なかったと思います! 私たちに協力して、私の命を助けてもくれました! だから……──もし、また会う事ができたら、ちゃんと向き合って、仲直りをするべきだと思います」

 つぼみがそう言った時、オリヴィエの脳裏にある告知がフラッシュバックした。
 そうだ……彼女は知らないのだ、とオリヴィエは思う。
 それは、彼女の視点ではまだ知られていない話であった。

「そう、だったんだ……」
「ええ。だから、男爵を信じて、また会った時に仲直りしましょう!」
「……でも、つぼみ。それは無理だよ」

423HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:01:12 ID:RKdo8Dag0

 オリヴィエの中に、今度は深く強い悲しみが湧きでる。
 もし、つぼみの言う通り、サラマンダー男爵は、オリヴィエを守る為にこの殺し合いの主催者に利用されていたのかもしれない。だとしたら、確かに、また会えば仲直りする事はできるのかもしれない。
 だが──

「あのモニターで告知されたんだ。……サラマンダー男爵は、処刑されたって」

 ──男爵は、もういないのだ。
 だから、そんな事はもう、できないのだ。

「嘘……」

 男爵が処刑されたのなら、それは、自分の所為だ──と、つぼみは思った。







 ──洞窟から抜け道を通り、つぼみは本来二十分で辿り着くべき道を、四十分かけて這っていた。男爵が死んだという事実を知らされたショックを受けた精神的疲労も大きいのだろう。
 殺し合いの真っ最中も酷いストレスがかかったが、ここに帰ってきてからも良い事ばかりではない。
 月影ゆりの母や、えりかの姉のももかが一体、今どんな気分でいるのか──それを想像すると、それだけで息が詰まりそうになる。
 男爵が処刑されたのは、きっと自分のせいだ──という想いも、つぼみを深く落ち込ませる。

 そんな終わりの見えない沈んだ気分ながら、何とか──辛うじて、つぼみは校舎の体育館まで、その身を動かしていく事が出来た。空気が薄く、半ば酸欠状態になりながらも、時にはオリヴィエに背負われ、彼の肩を貸してもらいながら、彼女としてもやっとの事で、見知った場所を目にした。つぼみは低い体勢を続けた為、真っ直ぐに立てなかった。

「……やっと、着いた……」

 ──母校の体育館の裏庭である。

 ふらふらになりながらも、何とか故郷らしい場所に辿り着けた喜びがつぼみの中に広がり、少しだけ元気が湧いた。
 そして、体育館のドアを開け、つぼみは、ようやく光の中に身を宿す事が出来たのだった。つぼみが見ると、そこには、私服、制服、体操服などそれぞればらばらの恰好で、この場に暮らす人たちの姿があった。本当にここで何日も過ごしているらしい。

「──つぼみっ!?」

 泥の穴から這い出てきたつぼみを最初に呼んだのは、同じファッション部の志久ななみであった。たまたま、出入口の近くにいたのだ。顔も土に塗れて、髪もぐしゃぐしゃになっているので、彼女もそれがつぼみだとわかるには数秒を要した。
 とにかく、彼女の声は、その驚きも相まって、体育館によく響き、そこで避難民のように生活していたたくさんの人々の耳に入った。

「ななみ……それに、みなさん……」

 つぼみは、力なくオリヴィエに寄りかかり、疲労に満ちた顔で、笑おうとした。
 しかし、実のところ、それがちゃんと笑えていたのかは怪しい。安心感が自然と、それを表情にしようとしたのだが、やはり、顔の筋肉が疲れ切っていて、今は無理だったのかもしれない。

「つぼみ……っ!!!! 良かった…………っ!!」

 即座に、つぼみの父──陽一と、母──みずきがつぼみの元に駆け出し、涙に目を腫らして抱きついてきた。
 つぼみが脇に目をやると、ブルーシートの上で、ふたばはベビーベッドが置かれて、呑気に寝ている。実を言えば、つぼみにとって、実際に妹を目にするのは今が初めてだった。
 妹が出来るのは知っていたし、そこから先の記憶もあるのだが、つぼみがここに来たのは、彼女が生まれる前である。実際に生まれる瞬間に立ち会う事ができなかったのは、この戦いの弊害の一つだった。

 それから──すぐ後に、つぼみの背筋が凍る物も見えた。

424HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:01:32 ID:RKdo8Dag0

 体育館の隅で、自分たちが愛娘にそんな事をできなかった悲しみか、えりかの両親といつきの両親と兄が、今、こちらをちらりと一瞥した後、目を伏し、寄り添いあうようにして咽び泣いていた。
 二つの家族は、ほとんど同じ反応を見せていた。
 ゆりの母やえりかの姉の姿は──ここにはない。

 自分の周りに人が寄ってくるたびに、つぼみは内心で少し暗くなった。両親が何かをつぼみに言い続けているが、それは涙声で聞き取れないし、何も考えられないつぼみの耳には入らなかった。

 そうだ。
 彼らも決して心から喜んでいるわけではない。
 確かに、つぼみが生きて帰ってきた事は非常に喜ばしい事だと思っているが──、それでも、誰も本当の笑顔という物は見せていなかった。あくまで、今狙われている一人が生きていて、安心したような、ほっとしたような気持ちである。

 ──たとえ、つぼみは生きていても、この学校に通っていたえりか、いつき、ゆりの三人は死んでいる事は変わらないからだ。
 そして、この世界の状況も何も変わらない。
 この荒んだ世界の中、ただ一つだけマシな出来事が起きただけでしかないのだ。

「……お父さん、お母さん」

 それでも。とにかく──えりかやいつきが両親を呼ぶ事が出来なかった現実があるにしても、今、つぼみは、どんな配慮も欠かして、そう返さざるを得なかった。
 何か言い続けていた両親が、黙った。
 二人の両親がたとえそれを見て、自分たちもそうであればと思い傷つくとしても、まずは目の前の二人と、自分自身の為だけに……そんな言葉を口にせざるを得なかった。

「ただいま……。心配かけて、ごめんなさ……」

 そして、言いきる前に、つぼみは気を失い、倒れてしまった。
 その時、えりかやいつきの家族も心配そうに、慌ててこちらに駆け寄ったのを目にする。
 ──自分の娘は死んでしまったが、それでも彼らが花咲の家に嫉妬を振りまく事はなく、ただ一身に、つぼみが自分の娘と同じ運命を辿らないよう、心から心配していたのだ。







 つぼみが目覚めると、夜がやって来ていたようだった。
 誰かが運んだのか、つぼみは今、保健室のベッドの上である。起き上がると、保健室には、祖母の花咲薫子、鶴崎先生、それから主にファッション部の何人かの女子生徒と、保健室の先生──それから、シプレ、コフレ、ポプリだけがいる。

 基本的に、妖精以外は男子禁制といった感じであった。
 つぼみが目を覚ますと、女子生徒たちが少し落ち着きなく騒ぎ出したが、それを鶴崎と薫子が諌めた。

「おばあちゃん……シプレ……鶴崎先生……それに、みんなも……」

 つぼみは今になって少し元気を取り戻していた。やや胃が凭れるような気持ち悪い感覚もあったが、こんな者はあの殺し合いで目を覚ます度に感じていた物である。ここしばらく、慣れきっていた。
 気づけば、これまで使っていた服が体操服に着替えさせられている。男子禁制になっている理由はそれでわかった。
 ただ、つぼみの髪を洗うまでをする事はなく、やっぱり頭部はまだ汗や土に塗れている。

「つぼみぃーっ! 良かったですぅ!」
「……シプレ」

 つぼみの胸に飛びついて来たのは、小さな妖精だった。
 このバトルロワイアルにおいて、つぼみと一緒に連れて来られる事がなかった妖精だ。
 この妖精の名は、シプレ。──仲間の妖精に配慮したが、耐えられなかったのだろう。

「コフレ……ポプリ……」

 ──えりかのパートナーのコフレと、いつきのパートナーのポプリを目にした時の感覚は、先ほど、えりかの両親やいつきの両親の様子が目に映った時と同じだった。

425HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:01:54 ID:RKdo8Dag0
 自分が助かると同時に、この戦いには助からない人もいた。
 それを実感する時が、ここに帰ってきて一番辛い時だった。──この世界が支配されていたと聞いた時よりも、彼女たちの死をここにいる人たちが見てしまった事の方が、遥かに辛い。そして、喪った仲間は誰もここに帰れない事も……。
 二人の妖精は口を噤んでいる。

「……今は、そっとしておきなさい」

 薫子が、優しい口調で言った。
 二人のケアは彼女が行っている。──ここにいる者で、一番老齢で落ち着いているのは他ならぬ彼女であった。
 かつて最強のプリキュアとして君臨した精神力に加え、今は長い人生経験ゆえの落ち着きまで持ち合わせている。彼女もこれまで、人生の中で自然と祖父、祖母、両親、夫──即ち、つぼみの祖父も亡くし、周りで友人が亡くなる事も珍しくないほど生きている身だ。
 人はだんだんと、親しい人が死んでも泣かなくなる。だが、泣く人間の気持ちや傷つく人間の気持ちがわからなくなるわけではない。だから、彼女が子供の面倒を見るのに丁度良い。

「つぼみ。この世界の事は、ちゃんと聞いてる?」
「ええ、オリヴィエに」
「そう。この世界が“ベリアル”によって侵略されている事は知っているのね」

 つぼみも洞窟の中でオリヴィエに全てを聞いていた。
 ただ、その事実を聞かされた事で精神が摩耗するような事はなかった。
 ここに来た時点で、何となく管理の事情は察していたし、正体不明の何かによって世界が侵されている気味の悪さが払拭された気分で、むしろ説明を受けた事は清々しいくらいだ。
 それに──、あの“管理”に対して、屈さずにこうして戦っている人々がいるという事実もまた、つぼみには心強い話である。

「……とにかく、私が何とかして……早くそのベリアルを、倒さなきゃ……」

 そう言ってつぼみはまた起き上がろうとする。──体は、ちゃんと起き上がるようだった。
 バトルロワイアルの終盤で身体の回復が起きたせいか、実質、彼女にはあかねとダークザギの二名との戦闘分の傷しかない。身体的には比較的健康な状態でもある。
 ここでその姿を見るつぼみの友人たちは思う。
 鶴崎先生は、「お前たちはこれからもつぼみとはいつも通り接しろ」と言ったが、これでも──つぼみにいつも以上の感謝をしてはならないのか……と。
 つぼみを哀れむような瞳が多くある中で、ただ一人、薫子は、険しい顔でつぼみに訊いた。

「つぼみ、一つ訊いてもいいかしら?」
「何ですか?」
「あなた……今、変身はできる?」
「え?」

 唐突に、薫子がそう訊いたのを、つぼみは怪訝に思った。
 しかし、そう言われて考えてみると、先ほど、ある異変が起きたのをつぼみは振り返ってしまう──。

「そういえば、さっき……何故か、変身ができなくて……」

 財団Xに襲われた際、何故かつぼみの姿はキュアブロッサムには変わらなかったのだ。
 それを聞いた時、──そこにいた全員の顔が暗く沈んだ。
 既に、薫子から何か嫌な予感の根源を聞いていたかのようである。

「そう、やっぱりね……」
「え?」

 薫子たちは、何故つぼみが変身しなくなったのか、知っているらしい。

「あなたは、この二日間、短い時間で花の力を使いすぎてしまった。妖精であるシプレを通さず、何度も何度も……。そのせいで、プリキュアの種にも限界が来ているわ」

 そう言う薫子の目を、つぼみは見続けずにはいられなかった。
 ただ、呆然と、薫子の瞳を眺め、次の言葉を待つばかりだった。
 そして、薫子は一泊だけ置いて、口を開く。



「あなたはもう、キュアブロッサムにはなれないかもしれないの」



 薫子は、その信じがたい事実を、ある意味では非常に冷徹に突きつけた。

426HEART GOES ON ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:02:12 ID:RKdo8Dag0
 その言葉を聞いた刹那、つぼみの心には、落雷のような衝撃が落ちてきた。

 ──時間が止まる。

 プリキュアである限り、戦い続けなければ運命にある。そこから解放されるというのに、何故か、どうしてか……ショックを受けている自分がいた。
 彼女は、慌てて、ココロパフュームとプリキュアの種を探した。誰かが着替えさせている以上、どこかで誰かがこの近くのどこかに置いたのだ。
 周りを見回して探しているつぼみの前に、シプレが寄って来る。彼女が、探し物を持ってきてくれたらしい。

「つぼみ……ごめんなさいですぅ」

 確かに、シプレはプリキュアの種を、両手で抱えて持っていた。
 だが、シプレの持つプリキュアの種には、真ん中から真っ直ぐに亀裂が入っているのだった。それは、もはや壊れかけで、いつ崩れてもおかしくない砂の団子のようにさえ見えた。

「あっ……!」

 ピキッ、と。
 今、はっきり、そこから音が鳴った。
 そして、それは、次の瞬間、プリキュアの種は、彼女たち全員の目の前で砕けた。
 砕け散ったプリキュアの種が、つぼみの纏う白いベッドの上に落ちたのを、全員、ただ呆然と眺めていた。──「プリキュアになれない“かもしれない”」ではなくなった。

「私は……もう、プリキュアに……」

 このプリキュアの種とココロパフュームが、妖精たちと、来海えりかと、明堂院いつきと、月影ゆりと──そして、あのバトルロワイアルを共に乗り越えてきた仲間たちとの絆の証でもあったのだ。
 その後、しばらくして、沈黙の中、つぼみは震えた。
 今、ベリアルたちに命を狙われている──。そんな中でもつぼみを守り、彼女の心に安心を齎していたのもまた、自分自身の持つプリキュアの力だったのだ。

「わたし……わたし……」

 つぼみが、両手で肩を抱いて震えた。そんな彼女の震える腕を温めるように、クラスメイトたちが寄り添った。

「私……怖いです……!! もう、戦いたくなんかないのに……っ!! でも戦わなきゃいけなく……それでも……プリキュアになれないなんて……っ!!」

 ……初めて、キュアブロッサムとしての自分の心強さに気づいた時だった。自ずと涙が出た。ここから先の戦いを拒絶したい気持ちになった。
 プリキュアに守られていたのは、ここにいる人々ではなく、誰よりも“自分自身”であったのかもしれない、と、つぼみは思った。
 そして、その事を誰よりも知っている薫子が、流石に見かねて、──自分の立場さえも、捨て、一人の孫を持つ祖母として、告げた。

「つぼみ……でも、もし、怖かったら、もう戦わなくたっていいのよ。おばあちゃんが、ここにいるみんなが、きっと、あなたを守ってあげる……」

 それが、最強のプリキュアの弱さだった。
 それから、つぼみは何を返す事もなく、翌日まで、自分がこれからどうすべきなのか悩んだまま、そこで夜を明かす事になった。
 ファッション部の仲間は、家族のもとではなく、その夜だけはつぼみのもとで休んだ。
 夜には何度か、その家族たちが顔を出し、つぼみも少しずつ話したが、空元気の笑顔を返すばかりで、あまり良い時間を過ごせたとは言えなかった。





427Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:03:03 ID:RKdo8Dag0


 ──そして、翌朝、遂にコッペの体力が遂に限界を迎えた。

 三日間も力を使い続けた事自体が異常であったのだ。──コッペの全身の神経が途絶され、踏ん張りが利かなくなる。
 朝十時。保健室で夜を明かしたメンバーは、全員、その時間には起きていた。

 コッペの体力が糸を切れるように消耗された後、それを直感的に察したスナッキーたちの群れが校門から押し寄せてくる。
 封鎖していた校門を蹴り飛ばす音が校庭の方から響き渡り、学校中に戦慄が走る。
 外が一斉に騒がしくなったのが聞こえ、次に、中でも慌ただしい音が聞こえ始めた。

 ──来た、と直感した。

「まずいわ。結界が破れてしまった……。みんな、つぼみを連れて逃げるわよっ……! 早く……!」

 薫子が真っ先に指示する。
 そこにいる全員は、緊張で少し行動が遅れているようにも見えたが、彼女の冷静さがここに避難している生徒たちを守り続けているのだ。
 続けて、鶴崎が言った。

「──ななみ、なおみ、としこ、るみこは花咲さんと一緒に、まずはつぼみを体育館裏の抜け道まで連れて行けっ! 今は誰よりも、つぼみが最優先だ! 急げばまだ間に合う!」

 包囲されていた関係上、逃げ道は体育館裏の抜け穴しかない。
 問題になるのは、この結界が崩れた時、あの抜け穴を通れない大人たちがどうするべきか、だ。入る事が出来る人数もかなり限られてしまうので、生徒たちも大半は逃げる事ができない。
 鶴崎も咄嗟に、花咲薫子をそこに挙げたが、彼女がフォローできるのはあの抜け穴の近くまでで、彼女も体格的に入って先に進む事は難しいだろう。

 後は、鶴崎たちも含め、残った者全員が捕えられる事になってしまう──。
 しかし、かつてプリキュアとして戦っていた以上、希望といえるのは彼女だけだ。日常に帰るまでは、特別扱いせざるを得ない部分がある。
 冷徹な判断であるゆえ、──冷徹な判断だと思ったからこそ、鶴崎はそれを自分の言葉でななみたちに伝えた。妹想いのななみが、妹を先に帰したいと思っているのは想像に難くない。
 だが、その気持ちを尊重してやる事は、今はできないのだ。

「──はいっ!」

 しかし、それでも……四人は勢いよく叫び、実行しようとしていた。
 起き上がるつぼみに肩を貸して、付き添うように走りだす。
 妖精たちが、薫子とつぼみの周りを浮遊する。

「みんな……」

 つぼみ自身は、こんな時の彼女たちの助けが温かく思っていたが、それでも、同時に申し訳ないという気持ちの方が強まっていた。
 プリキュアの力のない自分が彼女たちの希望になれるのだろうか……?
 自分がこんな時に最優先される特別な人間なのは、プリキュアだからだろう。だが、その力は既につぼみの中にはないのである。

(みんなが私を守っても……私はもう、みんなの希望にはなれないのに……プリキュアになれないのに……!)

 ──もう、みんなの為に戦う事はできないのだ。
 戦いたくはないが、それでも、誰かの為に戦える事は、つぼみにとって誇りだった。
 それが失われた時、彼女は進むべき道がわからなくなった。







 保健室から廊下に出て、廊下から外に出る。綺麗な緑色の芝生と、木々のある裏庭。番ケンジがたまにここで漫画のアイディアを考えていたのを覚えている。

428Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:03:19 ID:RKdo8Dag0
 つぼみたちは、そこへ逃げていた。体育館裏に行くルートの一つだ。
 グラウンドの方からは激しい音と声が鳴り響いている。──男子生徒たちが、集団で一体のスナッキーに向けて戦おうとしているのが、その声でわかった。声変わりの頃の男子のかけ声が、つぼみの耳に聞こえる。

 そう。いつもならば、プリキュアとして戦える。
 だからこそ、今はただもどかしい。戦える力がなく、誰かに任せて逃げるしかないむず痒さがつぼみの体中を駆け巡る。
 あそこでつぼみたちを守ってくれる人たちが死んでしまったら──それは、つぼみの責任なのではないか。

「見つけたっ! いたぞーッ!! 花咲つぼみだっ!!」

 遂に、見つかってしまったらしく、どこからともなく声が聞こえた。
 その彼らの姿を見た時、つぼみたちの間に、妙な緊張が走ったのだ。

「!?」

 財団Xの構成員による掛け声であると想定していたが、それは、全く違った。
 彼らが変身した怪人というわけでもない。
 むしろ、そのどちらでも──力のある人間ではないからだった。

「……あなたたちは──!」

 そこにいるのは、私服を着用した一般人であった。「第二ラウンド」に参加し、生還者のつぼみを捕えようとしているのだ。
 何人かの若い人間の群れが、つぼみのもとに集っていく。
 財団Xの人間はグラウンドにいるのか、一人も来ていなかった。
 そして、その理由を、彼女は察する。

 ──この学校に、かつて通った事のある人間ならば、この広い学校で逃げるのならばどこか適切か、そして、どこに隠れればいいのか、自分の中学・高校生活の中で記憶していてもおかしくない。
 この学校にいかなる隠れ場所があっても、OBやOGが相手ならば全て筒抜けなのだ。

 ……彼らは、この学園の高等部の人間だ。

『尚、彼らを捕えた者には、幹部待遇と生活保障などの優遇が成され、──』

 つぼみは、あのモニターで財団Xの男が告げた事を思い出す。
 そう、あの殺し合いを見ていたのなら、誰もそんな言葉に耳を貸さないと思っていたが──現実には、こうして現れる者がいた。

『──あのバトルロワイアルで誰も叶える事がなかった、好きな願いを叶える権利を差し上げます』

 幹部待遇に目を眩ませた者などいないだろう。人々が求めるのは、就職しなくても未来の安定を図れる生活保障か、その、何でも叶えてくれるという“願い”だ。月影ゆりや、“ダークプリキュア”が求め、殺しあう条件とした、それ。
 信頼に足るものではないと、あの映像を見れば充分にわかるはずなのに……と思う。
 もしかすれば、管理下にある人間ゆえの洗脳状態に近い状態だからこそなのかもしれない。意思で乗り越えている人間がいる一方で、そうはならない人も何人かはいる。
 理由はわからない。だが、彼らは、少なくとも、どんな事情であれ、今はベリアルに魂を売った“敵”だった。



「──悪いけど、一緒に来てもらうわよ。花咲つぼみさん」



 そして……。
 そんな敵たちのリーダーとして、見知った一人の女性が、こちらに、真っ黒い銃を突きつけながら、現れたのだった。

「……ももかさん!」

 ──来海ももかであった。

 あのバトルロワイアルの中で死んだ来海えりかの姉であり、彼女には「ももネェ」と呼ばれ、なんだかんだと仲の良い姉妹であり続けた。
 そして、彼女にはもう一人、親しい友人がいた。

429Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:03:38 ID:RKdo8Dag0
 それは──二人で「友」「情」の二文字が書かれたTシャツを着て写真を撮るほどの親友・月影ゆりだった。ももかと普通に接する事ができる友人は彼女だけであり、ゆりにとってもももかは唯一無二の友人なのだ。

 彼女は、管理はされていなかった。少なくとも、服装は普段のファッションモデルらしい、お洒落なももかのままであるし、はっきりとした意思がある。
 服飾に拘りのある彼女があんな恰好をするわけもなく、相も変わらず、シンプルながら恰好のつく服を無作為に選んでいる。
 しかし、そこにいるのがいつものももかと同じだとは思っていなかった。

「えりかのお姉さん……?」

 薫子、ななみ、なおみ、としこ、るみこの五人も、息を飲んだ。
 銃を突きつけられたのが初めての者もここにはいたので、小さく悲鳴が漏れる。それを見て、ももかは少しだけ、嫌そうな表情をしていた。
 それが、微かに、ももかが本心から悪しき行動に走ろうとしているわけではないのを感じさせ、却ってそこにいる者を辛くさせた。

 この有名なファッションモデルが「えりかの姉」、という事は既に知っている。会った事もある。──だからこそ、何も言い返せない壁がある。
 彼女がどんな想いをしているのかは、ここにいる全員が一度想像し、考えるのが嫌になって辞めた物でもある。
 そして、彼女がこれまで現れなかった理由を何度も考えて、その度に更に恐ろしい想像をした。──不謹慎だが、生きていた事に驚いている者もいるかもしれない。だが、彼女は、自殺を選ぶ性格ではない。

「その銃……本物なんですか……? どうして──」

 つぼみは、おそるおそる訊いた。
 この日本で、一体どこで銃が調達できるのだろう。──だが、その銃口から感じる不思議な緊張感は、あの殺し合いに続いているような気がした。
 つぼみ以外は、誰も疑問を持っていないところを見ると、管理国家は、もしかすると数日で銃を流通させたのかもしれない。

 どうして、と訊いたのは迂闊だった。
 理由はわかりきっているではないか。

「──ええ。ごめんなさい。悪いけど、これが最後のチャンスなの」

 ももかは、指先を強張らせて、言った。







 来海ももかは、元々、この学校に、家族や町の人々と共に立てこもろうとしていた。えりかやゆりたちが殺し合いを行う──というアナウンスは、殺し合いの準備期間であった一週間前の時点で行われていた為である。
 各地では、既に反対するデモが起こっていたが、“管理”の力や武力によって全て鎮圧され、反対者は次々に黒い服に身を包み、意思をなくした。
 だから、直接交渉は無駄と考え、彼女たちはしばらく、黙って、反抗の機会を伺うしかなかったのである。

 その後、学校に立てこもる計画が来海家にも伝達されたが、その時、ももかは、両親を先に学校に行かせ、自分自身は殺し合いが始まるその瞬間まで、えりかの部屋で彼女の無事を祈る事にしていた。
 両親より、少し遅れて行こうと思っていた。

 開始早々に、自分の妹や親友がプリキュアであった事を知ったももかは、驚いた一方で、それで少し安心を覚えていた部分があった。
 えりかが気絶した際には心配もしたが、えりかとゆりが開始数時間後に合流した時には、ももかは、自分の祈りが届いたのだと思って、一人ではしゃぎ、喜んでいた。
 ……この時はまだ、甘い考えがあったのだろう。
 つぼみ、いつきも生きており、このまま行けば彼女たちが脱出するだろうと思っていた。
 いや、ハートキャッチプリキュアの敗北など彼女にとってはありえない事だった。
 どんな奇跡も起こしてくれるだろうと……。

 ──しかし、その直後に、えりかは、他ならぬ月影ゆりによって殺害され、ももかは絶句する事になった。

430Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:04:00 ID:RKdo8Dag0

 更にそれからまたしばらく経ち、ゆりも結局、死亡した。
 その経緯を見届ける事が出来たのは、理由が知りたかったからだ。
 何故、そうなってしまったのか。──彼女は、本当に自分が知っているゆりなのか?
 そもそも。ゆりが殺し合いに乗る理由など、ももかは全く想定に入れていなかったし、どんな事があっても、えりかを傷つける真似は絶対にしないだろうと、当たり前に思っていた。

 理由を知る事になったのは、エターナルとの戦いの時だ。ショックは無論大きかったが、ももかは、泣きながらも、今度は学校に向かおうとした。
 両親と寄り添い合い、せめて悲しみを埋めたいと、このやり場のない怒りを嘆きたいと。……それを誰かが慰めてくれるだろうと、ももかは自分以外の誰かを求めた。
 一日目は、まだ学校が管理されていない者たちの秘密の基地になっている事は管理者側には発覚しておらず、包囲もなかった時なので、ももかも、そこにあっさり入っていく事が出来ると、思っていた。

「嘘……」

 しかし──結局、彼女は、“悪を拒む”このコッペの結界に、“拒まれて”しまった。

 その時、自分がそこに入れなかった衝撃と共に、「やはり」という、どこか納得した気持ちがあったのを覚えている。
 なぜなら、彼女は、正体不明の憎しみや怒り、途方もない絶望が自分の中で抑えられなくなっているのを自分で知っていたからだ。

 それだけではない。──明堂院いつきがもし、自分を呼ぶえりかに気づけば、もっと長くえりかは生きながらえただろう。だから、彼女の事も憎く感じた。そこにいるのが、自分だったなら、絶対に気づくはずなのに、と思った。
 それから、ダークプリキュアがえりかを気絶させなければ、えりかはゆりと出会う事はなく、もっと生き続けられただろうという事も考えた。
 あるいは、えりかを救いに来る事ができなかったつぼみも、他の参加者たちも。──そんな理不尽に、誰かを憎む気持ちが湧きでてきた。
 それを必死に抑えている一方で、何故か、どこか、加害者のゆりだけは憎み切れなかった。それが最大の理不尽であった。

 それはつまり、親友だったからというフィルターのお陰ではなく、ゆりも、ももかと同じく、「妹」を持つ「姉」であった事を知ったからだった。
 つい先ほど、えりかが喪われた時、ももかは、その存在の大きさを噛みしめたばかりだ。

 ゆりの場合、ももかと性質は違うが、目的には自分の妹を甦らせる事があった。そして、彼女は最終的に、ももかの「妹」を殺害し、やがて、自分自身の「妹」を庇って死ぬ事になったのだった。
 そんなゆりの運命に、どこか共感してしまった時、──彼女には、自分のゆりに対する感情が遂にわからなくなったのである。
 全ての根源である彼女を許し、全く関係ないつぼみやいつきに対する憎しみの方が強まるという不可解な心情は、彼女の中で纏めきれなかった。

 ──どうして、こんな酷い世界になってしまったのか。

 やり場のない怒りは、世界に向けられた。それしかなかった。
 もう、この結界に反発を受けるのは構わない。この憎しみが、悪ならば、どうしようもないに決まっている。
 ただ、せめて、自分がこんな気持ちになった発端である、あの殺し合いの全てを教えてほしい。──どうすれば、全てが元に戻るのか。
 そんな時に、学校には、自分と同じく、結界への反発を受ける小さな少年を目にする事になった。

「あれは……」

 彼は、そこにいた男の子は、ゆりの団地に住んでいた子供らしい。
 ゆりを慕っており、年上のゆりに好意を持っているというませた男の子──はやとくんであった。
 彼女もまた、その人の早すぎた死を受け入れきれず、泣いていた。

 ────世界は、元に戻らないのか。
 ────自分や、この子のような悲しみが続いていくのか。

 昔の小説のように、時を遡る事ができたら良いと思う。
 全てがやり直せたら、ももかは妹や親友の命を取り戻す事ができる。
 その為ならば、ももかは何でもできる。

 ……それは奇しくも、月影ゆりの願いに、かなり似通っていた。
 だからこそ、ゆりを恨む気持ちではなく、むしろ今、強く共感する想いがあるのかもしれない。

431Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:04:23 ID:RKdo8Dag0
 もし、時を遡る事が出来たのなら、ももかは、ゆりを恨むのではなく、彼女の力になり、本当のゆりを取り戻してあげたいと──そう思っている。

 ももかは、その後、ひとまず家に帰ったが、今度は、何人かのクラスメイトが、ももかの家にまで尋ねてきた。
 これまでの学校生活では、ももかの事を高嶺の花だと思い、話しかけるのをどこか躊躇していた同級生たちであったが、この状況下、ももかの連絡先を知っている者は、彼女のもとに、せめて何か声をかけてあげられたらと思って来たのだ。
 十名だけだった。……ただ、多くは、「そっとしておこう」と思って来なかっただけで、ももかを心配するくらいの気持ちは持っていただろうと思う。
 その内、今の今までももかのもとに残ってくれたのが、今、ももかの周りにいる三人の男女だった。他は、一時的に来てくれただけで、所要でどこかに行ってしまう事もあった。

 やがて、あのバトルロワイアルが終わる頃、生還者であるつぼみの周囲を狙う者たちがももかたちの家に乗りこんできた。──あのガイアメモリという悪魔の道具を持った財団Xである。
 そう。もし、憎しみをぶつけるならば、ゆりじゃない。彼らと、ゆりの家族を奪った者、それを生みだしたこの世界だ。この場所まで荒らすのだろうか。えりかとももかの思い出が残っているこの家まで。

 だが、──ももかはその感情を隠した。



 ──生還者を探し出す事さえ出来れば、願いを叶えられる。



 信頼はできないかもしれないが、それが唯一の希望であった。
 だから、ももかは第二ラウンドに乗る事にしたのだ。

 ももかは、その為に、財団Xに対して、学校に関する情報を提供した。──引き換えは、彼女を捕える為の武器と、この家から出ていく事だ。
 それを彼らは受諾した。彼らは、花咲家を破壊して、その周囲に張りこんでいた。近所の家が怪物によって破壊されるのを、ももかは窓の外から見つめていた。
 それから、つぼみがこの世界に帰って来たという事も確認する。
 オリヴィエの助けを受けたつぼみは、学校に向かっていった。学校とはいえ、そのまま向かうわけではなく、裏山の方に向かっていた。
 予め抜け穴の場所なら、事前連絡でももかも知っている……。そこに関しては、子供が通る場所なので、財団Xには伝えていなかった。もしかすると、つぼみが通れるくらいの大きさになっているのかもしれない。
 しかし、ももかが追う場合、流石に無理がある。高校生では通れまい。ももかは、身長も女性としては非常に高い部類だ。
 だとすれば。

 ──はやとくんがいる。彼ならば……。

 悪魔のような考えが一瞬だけ頭をよぎった。
 だが、やはり、彼女の中に残った良心は、……たとえ悪や憎しみが今勝っているとしても、あの小さな男の子まで利用する事にだけは抵抗した。
 結局、ももかは、ここにいる友人たち──そう、それはゆりやももかと一緒に青春を刻んだがゆえに、世界を受け入れられない者たち──とつぼみを確保する為に、結界が破れるのを待って侵入する事になった。







 つぼみたちは、あとほんの少しで体育館裏に繋がる裏庭で、ももかたちによって包囲されたまま、動けなかった。
 薫子やシプレは、反撃の術を知っていた。いまだ衰えない空手の技を使えば、薫子もももかを撃退できるし、シプレたち妖精は少なくとも銃撃くらいからは逃げる事ができる。
 だが、シプレはともかく──コフレ、ポプリの中には、敵への共感もどこかにあっただろうと思う。勿論、それは、つぼみを責めるという段階までは行きついていないが、それでも、敵への攻撃を邪魔する何かが、どこかにあった。
 薫子も、何人も同時に相手にする事は無理だろうと思っていた。初動に失敗すれば、この中の誰かが傷つきかねない。

「私の妹はあの戦いで死んで、あなたは生き残った。……それって、不平等に思わない……? 同じプリキュアなのに……」

432Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:04:40 ID:RKdo8Dag0

 ももか自身も、今つぼみに突きつけたその論理を変だと思っている。
 しかし、彼女が否定したいのは世界だ。世界は慈悲を持つ物ではない。だから、ももかの思うようにはならない。
 それでも彼女は、自分の思うようにならない世界への苛立ちを、その象徴である目の前の生還者に、今は向けていた。──彼女以外に、あのわけのわからない、正体不明で理不尽な殺し合いを知る者はいないのだ。
 だから、彼女を悪者にする。

「私の妹は、これまでずっと、私たちを守って来たのよ……? どうして死ななきゃならなかったの……? みんな……みんな……」

 えりかも。ゆりも。
 彼女の周りの人間が二人亡くなった。──彼女の両親や、明堂院家はつぼみの生還を喜ぶ心を持っていたが、彼女はそうではなかった。

「あなたが二人をプリキュアに誘ったんじゃないの……!?」

 そんな問いに、つぼみの全身の冷気が背中に集まった。拳を固く握る。
 つぼみは、確かにそんな事はしていないが、それでも──おそらく、あの殺し合いに招かれたのは、変身能力者ばかりであり、もし彼女たちをプリキュアにした者がいるならば、それが全ての原因であった。
 まさにその発端であるコフレとポプリが、その後ろで小さくなった。彼らも既に、そんな予感は持っていた。
 とはいえ──えりかとプリキュアの縁が生まれたのは、つぼみとの縁のせいでもある。
 かつて、えりかの目の前で変身する事がなければ、えりかは今、プリキュアではないかもしれない。
 こんなに早く命を落とす事はなかったのかもしれない。

 しかし、ももかは、ふと──その問いの醜さ、無意味さに気づき、それを問い詰めるのはやめた。
 だから、ここからは、自分の気持ちが出ないよう、あくまで目的だけを口に出すようにした。

「……あなたを捕えれば、全部やり直す事だって出来る。少なくとも、この世界にいる人間くらいは──」
「あんなの出鱈目に決まってるですぅ!」
「そうでしゅ! つぼみだって、生きて帰ったのにまた追われてしまっているでしゅ!」

 反論したのは、コフレとポプリだった。
 彼女の言葉で、どこか吹っ切れたのかもしれない。

「──出鱈目かどうかは、捕まえからわかればいいっ! これは最後のチャンスなのよ!」

 その発想は──ゆりと同じだった。
 追い詰められた人間は、時として、どんな幻想にでも縋るしかない。──大事な物を喪った者ほど、突拍子もない宗教や嘘のような詐欺の魔の手には引っかかり易いように。
 それがいかに怪しいからを知ったうえで、それでも、「もしかしたら」の希望に賭けている。彼女はそうして、戦おうとしている。

「駄目……っ! そんな理由で、つぼみは──渡さない……っ!」

 その時、そう言って、つぼみとももかの間に、割って入るように立つ者が現れた。
 震えた声だ──つぼみの後ろから、ゆっくりと、そこに現われ、目を瞑り、両手を広げて、「撃つなら自分を撃て」とばかりに、ももかにそんな言葉を突きつけたのだ。
 彼女は、つぼみと並ぶほどの引っ込み思案で、いつきと親しかった──沢井なおみだ。

「なおみ……!」

 弱気な彼女が、勇気を振り絞って、銃口の前に立とうとしていたのだ。
 つぼみでさえ、そんな姿に唖然とした。
 すると、その行動を引き金にして、つぼみと薫子の周りを、ただ黙って、志久ななみ、佐久間としこ、黒田るみこが、手を広げて囲んだ。

「つぼみは絶対渡さない……!」
「みんな……!」

 つぼみを守る壁が、つぼみの周囲全体を塞ぐ。コフレもポプリも……。
 彼女たちが危険を顧みず、つぼみを庇おうとする姿に、つぼみは、ただただ驚くしかなかった。衝撃ばかりが大きく、この感情を今説明するのは難しい。
 ただ、彼女たちは、日常を共に過ごすだけの友人ではなく──もっと深いところで繋がっている友達なのだと、つぼみは再確認した。

433Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:04:57 ID:RKdo8Dag0

「くっ……!」

 一方、ももかは、震える人差し指を引き金に向けて少し力を込めた。
 つぼみと無関係な彼女たちを撃つ事はできない。──だが、威嚇すれば、せめて、退いてくれるはずだと。
 当たらないように、一発でも撃ってみせようとしたのだが──それも、今は躊躇している。
 指先が動かない。
 言葉が出ない。
 何故、自分は彼女たちを撃とうとしているのか──その理由を、一瞬だけ忘れかけた。

「いたッ! 花咲つぼみだ!」
「他にも何人かいるぞ!!」
「殺害許可もある、やってしまえ!」

 しかし、その時、遂に財団Xたちもこの裏庭を見つけ出し、声が響いた。

 想いの外、早い──とももかは思った。早いというだけではなく、その言葉は、ももかの予想以上に物騒であった。
 とらえる事ではなく、殺す事が目的になっている。──勿論、捕えた後に処刑が行われるのは想定していたが、それでも。
 彼らは、マスカレイド・ドーパントへと変身し、人間には敵わない圧倒的な力でねじ伏せようとする。キュアブロッサムに変身してかかってくると予想しているからに違いない。

「まずい……っ!」

 戦慄する彼女たち──。

「──つぼみは絶対、私たちが守る!」

 マスカレイドたちが近づいて来る。
 銃に囲まれたというだけではなく、こうして怪人たちに命まで狙われている……。
 つぼみの周囲で、本来命を狙われていないはずの同級生たちも、もしかしたら巻き添えを食うのでは、と、ももかは恐怖した。

「──絶対!!」

 マスカレイドたちがこちらに手が届きそうな所まで近づいて来る。
 ももかの背中からやって来る、三体のマスカレイドの集団──。
 どうすればいい……。

「殺せーッ!」

 と、その叫びが聞こえた時。


「──駄目ぇぇっ!」


 咄嗟に、ももかの銃が、音と煙を立てる事になった。
 その銃口が向けられていたのは、つぼみたちの方ではなく、彼女の後ろから迫って来ていたマスカレイドたちの方だ。
 マスカレイドたちの動きが、一瞬だけ止まる。

 ──あくまで、突発的な事象である。
 マスカレイドが、つぼみたちを攻撃しようとする未来が見えた時、それに対する反発や不快感がももかの中に生まれた。だから、それより前にマスカレイドを撃退しようとしたのだ。
 やはり、人の命を奪うだけの踏ん切りは彼女にはつけられなかった。
 そのつもりであったが、つぼみの命を奪う事は、ももかにはどうあっても無理だ。ゆりも本当は、直前に戦いを経て、少し高揚した精神状態だからこそ、あんな風な事ができたのかもしれない。

「ももかさんっ!」

 女子高生の彼女には反動が大きく、後ろに大きく吹き飛ばす事になる。彼女の身体は、耐えきれずにつぼみたちの方へと倒れてくる。
 呆然としていたなおみを軽く押しのけて前に出て、つぼみはももかの肩を支えた。
 ──銃弾は、マスカレイドの方へと向かっていくが、それが掠め取る事さえもなく、全く見当はずれのところへ飛び去っていった。
 いずれにせよ、マスカレイドたちは銃弾の一発くらいなら何とか耐えられるドーパントだ。彼らは、ももかの銃撃に構わず、またつぼみのもとに向かって来ようとしていた。

434Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:05:13 ID:RKdo8Dag0

「つぼみっ!!」

 ──刹那。
 体育館の屋根の上から、オリヴィエが飛び降り、マスカレイドの頭部に着地した。マスカレイドの首が大きく前に畳みこまれ、バランスを崩す。
 ももかの弾丸は文字通り、的外れな方向に飛んでいってしまったが、そこで鳴った音がオリヴィエをここに引き寄せたのだ。

「オリヴィエ!!」

 つぼみたちを庇うように、マスカレイドとの間に立つオリヴィエ。
 オリヴィエは、二体のマスカレイドを前に構えた。いつでも相手はできる準備は整っている。彼はここで唯一の、異人と並べる戦闘能力の持ち主だと言っていい。彼が来た事で安心も湧きでた。



「──っ!!」



 その次の瞬間、彼の攻撃を待たずして、突如、二体のマスカレイドは苦しみもがき始めた。
 なにゆえか、空気の中を溺れているかのように、虚空を掴むマスカレイドたち。
 その姿は異様であったが、彼らがふざけているわけではないのはその苦渋に満ちた声からわかった。

「──あああああああああああああッッ!!!!」

 そして、やがて──マスカレイドたちが、一気に泡になって消えていった。

「……っ!?」

 人間が泡になって消えていく光景に、そこにいた女子中学生たちが、そのあまりのグロテスクな光景に目を覆う。
 いくら敵とはいえ、突然、まるで奇妙な薬品の攻撃でも受けたかのように、もがき苦しみ、死んでいったのである。その光景は、彼女たちにとってはショックに違いない。
 オリヴィエも、戦おうとした相手が突如として消えた事に驚きを隠せなかった。
 そこに安心感などない。

 おそるおそる、マスカレイドたちが消えたそこに歩いて向かっていく。
 人間は泡にはならない。──彼女は、それを知った上で、冷静に、その解けた泡の残りかすのあたりへと歩いていった。

「彼らは人じゃないわね。……どうやら、元々、心や生命がない人間の模造品だったみたい」

 薫子が、その消えかけた泡の残る、芝生の上を見て、言った。
 財団Xの何名かは、人間ではなく、生命以外のナニカから作られたその模造品のようだ。
 下っ端の構成員でも、管理している全ての世界に派遣できるほど多くはない。このような手抜き構成員もいるのだろう。
 つぼみたちはほっと胸をなで下ろしたが、何故そんな事が起きたのか、疑問にも思った。

 そして、今、そんな現象が起きた理由を、数秒後にオリヴィエが気づき、言った。

「結界だ……。誰かが結界を張ったんだ……! だから、彼らは浄化された……」
「一体誰が……? まさか、コッペ様が……?」

 つぼみが薫子に訊くと、彼女は首を横に振った。ふと、オリヴィエが、上空を睨んだ。
 それにつられてつぼみたちも真上を見てみるが、眩しい日差し以外には何もないように見えた。
 オリヴィエだけにはその感覚に覚えがあったが、それが何なのかは言わずにおいた。







「──やれやれ」

 人狼以外が可視できない遥か上空、一人の使徒が空を飛んでいた。
 美青年の姿をしており、かつて見せていた冷徹な瞳は、どことなく穏やかにさえ見える物に変わっていた。

435Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:05:29 ID:RKdo8Dag0
 彼は、そこで独り言のように言う。

「……苦戦しているようだね、プリキュア」

 かつて、キュアブロッサム、キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライトの四人が力を合わせ、愛で戦った相手──デューンであった。
 テッカマンブレードの世界で、敵が再度生まれたように、デューンが再度生まれたのである。しかし、それは無限シルエットによって浄化を受けた感情も残っているデューンであった……ゆえに、誰かを襲うつもりはない。
 彼自身、何故そう思うのかもわかってはいないのだが。

「まあいい。今回は少しだけ手を貸すよ」

 まだ彼はどこか気まぐれであり、誰かに向けて謝罪の言葉を口にするようなタマではないが、少なくとも一時、この場を凌ぐくらいは──ちょっとした償いの為に、プリキュアに力を貸してやってもいい、と。
 デューンは、空で、真下で戦う生き物たちを眺めていた。







 ……それから、再度、彼女たちは学校で暮らす事になった。

 昨日までと違うのは、そこに、来海ももかの姿があるという事だ。
 デューン(彼が結界を張った事はオリヴィエ以外誰も知らないが)は、コッペほどはっきりとした善悪の区別を持って人間を結界に閉じ込めるような器用なやり方はできない。──ゆえに、ももかも今度は、同様に閉じ込められたのだ。
 少なくとも、財団Xやスナッキーは結界内に入る事ができないが、ベリアル帝国と無関係な悪人くらいは、結界に入る事ができる状況である。

 両親や友人と同じ空間にいるには違いないが、それを一時でも裏切ろうとしていたももかには、この場はどこか気まずい。今は先ほど引き連れていた仲間たちと共に、高等部の校舎で、彼らだけで行動している。
 とはいっても、やる事がなく、階段に無言で座りこんだり、人目を避けながら無意味にどこかの教室に向かっていったり……というくらいしかできなかった。人の気配があると、反射的にどこかに姿を隠してしまう。
 息苦しいが、一度つぼみたちを裏切ろうとした罰だと思い、それを飲み込んだ。


 ──やっぱり、世界を元に戻すなんて、出来なかった。
 ──自分には、出来ないのだ。


 そんな状態で、しばらくすると夜が来ていた。
 もう、こんな時間だ。──彼女は、この狭い空間に共に閉じ込められている親にさえ顔を向けられない事を、心細く思っていた。
 昨日までは、彼女たちにも会いたいと思っていたはずだ。しかし、裏切ってつぼみを捕まえようとした彼女たちは、それを躊躇していた。

「ももかさん……」

 そうして、階段に座りこんで月を眺めていた時、階段の下から、意外な人物が歩いてきた。同級生の声ではなかった。
 見ればそれは、花咲つぼみである。
 彼女は、ももかや、ももかの仲間の三人に渡す分の食糧を持ってきていた。──その行動自体は、普段の彼女らしいと、ももかも思う。
 しかし、ももかには、それを踏まえても、まだ疑問点もあった。

「……つぼみちゃん、一人で来たの? どうして?」

 自分を裏切った人間の前に一人でやって来るなんて──いくら何でも無防備すぎると思ったのだ。
 しかし、彼女は実際、それを実行している。

「私は、ももかさんを信じています」

 そう答えられたのが皮肉にも聞こえて、ももかは口を噤む。しかし、つぼみの性格上、そんな裏表はないのだろう。

436Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:05:48 ID:RKdo8Dag0

 ──自分を狙った人間を前に、どうしてこうもお人よしでいられるのだろう。

 銃は、薫子に没収されてしまい、それを彼女たちは抵抗する事もなく渡してしまったので、ももかに攻撃の術はない。だが、それでも……何をするかわからないし、たとえそうでなくても、堂々と目の前に顔を出すなんて、気が重くならないのだろうか。
 そんなももかの考えとは裏腹に、つぼみは、ももかの隣に座った。月明かりが照らす階段に、二人で座っていた。

「ねえ、ももかさん……。私、放送でえりかが死んだって言われた時、泣く事ができませんでした」

 つぼみは、ももかと同じく、外の月を見上げながら、えりかの事を口にした。
 えりか──その名前を聞くと、心拍数が上がる。
 実はそれは……つぼみも同じだった。

「実感がなかったんです。あのえりかが死んだなんて言われても、それは嘘だって思いました。でも……いつの間にか、じわじわと胸の中にそれは実感になって……だから──ずっと後になってから、泣きました」

 そう言われて、ももかは、少し意外に思った。
 放送直後のつぼみの反応を、ももかは見ていたが、彼女は泣いてなどいなかった。──だから、ももかは、少し、つぼみを冷たいと思ったのだった。それが、つぼみを憎む原因の一つでもあった。
 しかし、今こうして聞くと、そうではなかったらしい事がわかった。
 悲しい時の反応は涙を流すだけではない。──つぼみもまた、えりかの親友だ。悲しまないはずがないのだ。

 その事実を知った時、ももかは不意に左目から涙が流れたのを感じた。
 それで慌てて、つぼみに、少し砕けた言い方で、おどけたように返す。

「つぼみちゃんはおっとりしているから、ちょっと気づくのが遅れちゃう事があるのかもね……」
「そうかもしれません。──さっきも、ももかさんや、ここにいるみんなに大事な事を気づかせてもらいました」
「大事な事……?」

 訊かれて、つぼみは言った。

「ももかさんも、ゆりさんも……ずっと、何かを守る為に、自分なりの力を尽くして前に進んでいたんです。私は、プリキュアになれなければもう何もできないと──そう思って、進む事や、変わる事を忘れていました」

 ももかにとって、「つぼみがあれから、プリキュアになれない」という事実は初めて聞く事実だ。確かに、財団Xに襲われた時にキュアブロッサムにはなれなかったようだが、一時的な物だと思っていた。これからずっとそうらしいと聞いて、ももかは素直に驚いている。
 もし、先ほどまでのももかならば、それを一つのチャンスとして捉える事ができたかもしれない。だが、今は、そんな事はどうでもよかった。
 仮に、チャンスがあったとしても、自分には何も出来ないと知ってしまった。無防備な姿を晒すつぼみを見ても、そこに危害を加える事はできないのが自分の性格だ。

「ここにいるみんなは、変身なんてできません。でも、それでも……自分が絶対に勝てないような相手にも立ち向かおうとしていました。誰かの為に、自分の為に──」

 つぼみを、体を張って守っていたファッション部の仲間や薫子、デザトリアンやスナッキーに憮然と立ち向かった男子たち、プリキュアであるつぼみを捕えようとしたももかたち。決して、彼らは怖がっていないはずはなかった。
 それでも、やらなければならなかったから、彼らは立ち向かった。
 そんな彼女たちを見ていた時、つぼみの胸は熱くなっていった。

「私ももうプリキュアにはなれないかもしれません。でも、それは戦えないっていう事じゃないんです。……私は、この支配に立ち向かって、また元の日常を取り戻す為に──最後の戦いに挑みます。みんなと、同じように」
「……つぼみちゃん」

 そんなつぼみを見て、ももかの前には、かつてデザトリアンになった自分を救ってくれたキュアブロッサムの姿が重なる。
 キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライト──彼ら、ハートキャッチプリキュアの持っていた意志。

 たとえ、変身できなくても、つぼみの中でそれは損なわれていなかった。
 いや、かつて以上に彼女は──プリキュアであるように見えた。
 だから──ももかは言った。

437Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:06:04 ID:RKdo8Dag0

「絶対死んじゃ駄目よ。……えりかの分も、ゆりの分も、いつきちゃんの分も、ゆりの妹の分も……あなたが、あなたが、おばあちゃんになるまで生きなきゃ駄目よ」

 今更こんな事を言うと、掌を返している、と言われるかもしれない。
 だが、ももかは、真っ直ぐにつぼみの瞳を見つめて、気づけば激励した。それは、勢いから出た言葉ではなかったと思う。もし、今言えなかったら、またしばらくしてつぼみにそう声をかけたのかもしれない。
 家族を喪った者を代表して、彼女に言わなければならない言葉なのである。
 そんなももかの言葉に、つぼみは答えた。

「わかってます。──私も、今はふたばのお姉ちゃんですから」

 そう聞いて、ももかはどこか、安心していた。
 一人しかいない兄弟姉妹を喪うのは、誰にとっても辛い。だが、来海ももかにも、月影ゆりにも、月影なのはにも、明堂院さつきにも、この殺し合いの中で、そんな死別は訪れた。
 だから、ここでは──せめて、花咲ふたばと花咲つぼみの姉妹だけは、絶対に離れ離れにはさせてはならないのだ。

 そうだ──それが、ももかがここですべき事だったに違いない。
 ようやく、ももかは、自分が姉としてすべき事を悟った。
 自分が姉であるならば──ここにいる一人の姉の気持ちを理解し、守らなければならないのである。
 それに、今更……ようやく、気づいた。

「そろそろ行きます。……体育館で来海さんが待ってますから、後で顔を出してくださいね」

 その時、丁度、つぼみが立ち上がった。彼女は、そうすると、すぐにももかに背を向け、階段を下りて行ってしまう。
 何気なく言ったが、えりかとももかの両親の話をしてくれたのが、彼女には意外だった。
 それで、堪えきれず、ももかも思わず、立ち上がり、階段の下にいる彼女を見下ろし、呼んだ。

「ねえ、つぼみちゃん!」
「何ですか?」

 振り向き、ももかを見上げたつぼみに対して、彼女は言った。

「──えりかの一番の友達でいてくれて、ありがとう」







 ──翌朝。
 寝起きのつぼみに、オリヴィエが話した。

「つぼみ。美希はこの世界には帰って来ていなかった。……美希の家族にも訊いたけど、まだ帰っていなくて……それで、心配だって」

 オリヴィエは、前日の夜、クローバーストリートまで出ていたらしい。
 それを頼んだのは、他ならぬつぼみであった。彼女を見つけ出せれば、せめて、あの世界から帰った仲間たちを増やしていけると思ったのだ。
 オリヴィエは、確かにその往復で危険な目に遭う事はなかった。

「でも、一つだけ伝えなきゃならない事があるんだ」

 ──それは、彼がクローバーストリートで出会った、高町ヴィヴィオらの乗船するアースラからの情報であった。
 ヴィヴィオの生存は、つぼみも初めて知った意外な事実だ。
 彼女は、別の世界の生還者を探す為にこの世界を一時離脱したが、今日中に明堂学園のグラウンドに来るとの事であった。
 つぼみは、それを聞き、──そこからの事は、自分で決めた。





438Tomorrow Song ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:06:21 ID:RKdo8Dag0



 グラウンドには、数十人分の人影が揃っていた。

 一時間前、つぼみは自分の決断を家族や周囲に伝えなければならなかった。
 アースラにいる仲間たちが生きていた事、もう一度ベリアルを倒しに行くという事、そうしなければ前に進めないという事──だが、理解を得るのは難しい。

 もうプリキュアになれないが──それでも立ち向かうつぼみを、誰も止めないのか。
 そんなわけはない。
 結果、勿論、激しい反対を受けた。折角、愛娘が帰って来たのに、またどこか遠くへ旅立たさなければならないのだ。今度こそ死ぬかもしれない。いや、その可能性の方がずっと高い。何としてでも止めようとしていた。
 だが、そんなつぼみの決断を、尊重したのは、今、この人影の中心にいる薫子だった。

 彼女と共に説得し、やがて──この終わりのない逃亡生活を終わらせるという意味でも、前向きな意味で、ベリアルを倒すという事を説得して、納得させた。
 つぼみをここで囲ったところで、またいつか、昨日のような襲撃に遭う。このままでは、それを待つだけ──ただ、死ぬまでの時間をつぼみと長く過ごすという意味でしかなくなってしまう。
 そうではなく、ベリアルを倒す事で全て終わらせ、またきっと、この前のように一緒に過ごそうと──そういう意味で、つぼみは殺し合いの場に向かおうというのだ。

「……つぼみ。どうしても行くのね?」

 薫子と、つぼみの両親が心配そうにつぼみを見つめている。
 母に抱かれている赤子──ふたばだけは、自分たちの真上で太陽の光を阻んで影を作る巨大な物体に向けて無邪気に手を伸ばしていた。


 この世の物とは思えない、巨大な戦艦──アースラが、既にこの場にその姿を現していた。


 この世界の、この場所に、転送された来たのだ。つぼみを見つけ出したアースラは、その保護の為に彼女を呼ぶ。
 そこにいる仲間たちとの挨拶を待つくらいの時間は勿論あった。
 アースラの中には、また一緒に迎えてくれる、レイジングハートやヴィヴィオや翔太郎たちがいる。──彼らにまた会えた事は、つぼみにとって、少し嬉しい事でもあった。

「はい。今、一緒にベリアルを倒しに行けるのは私だけですから」

 つぼみ以外の人間も、確かにアースラに乗船する事はできる。
 しかし、それは却ってつぼみの決意を鈍らせる事になるだろう。
 たとえ一緒の場にいなくても、つぼみは一人じゃない。だから、安心して全てを任せて、遠くに旅立てる。

「大丈夫。私には、みなさんがくれた想いがあります。きっと……必ず帰ります」

 つぼみは、クラスメイトたちが自分を迎えてくれるのを見つめた。
 彼らから、つぼみに──一時間で書かれた寄せ書きが渡された。そこには、キュアブロッサムではなく、花咲つぼみとしての彼女へのメッセージがいくつも書かれている。
 卒業するまで一緒にいよう、と。
 その日を楽しみにしている仲間たちがここにいる。

「ふたば、お父さん、お母さん、おばあちゃん。だからまた……元気で会いましょう」

 つぼみは、ふたばの指先に触れ、言った。こんな家族たちが自分にはいる。──今の自分は一人のお姉さんだ。もっと大きくなったふたばと遊びたい。

 つぼみは、来海家や明堂院家の人々がそこに立っているのを見つめた。
 ももかは──両親と一緒にいる。コフレとポプリも、こちらに激励の合図を送っている。
 必ず帰ってこい、と彼女たちが目で訴えている。それは、亡くなってしまった自分の娘たちの為に──。

「みんなの心が希望を失わない限り、プリキュアは諦める事はありません。──私も、変身できなくても、心はプリキュアですから」

 たとえ変身できなくても──つぼみは、行かなければならない。
 アースラで待っている仲間がいる。ここにつぼみを迎えてくれる仲間がいる。
 一人じゃない。
 希望の道を切り開く為に、つぼみは──





「じゃあ、みなさん……行ってきます!!」





【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! GAME Re;START】

439 ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:07:58 ID:RKdo8Dag0
以上、投下終了です。
色々ありすぎてつぼみ視点だとゆりさんのお母さんとかはやとくんの問題が放置気味ですが、その辺は各自脳内補完でお願いします。

440 ◆gry038wOvE:2015/07/21(火) 01:11:46 ID:RKdo8Dag0
次回は佐倉杏子で投下予定です。

441 ◆OmtW54r7Tc:2015/07/21(火) 08:31:41 ID:awNeV4vg0
投下乙です
なんか今回は読んでて申し訳なくなったのでトリつきで

中学生の女の子にとってはなかなかきつい現実だよなあ
変身できない中で彼女がどう戦いぬくのか気になるところ
そしてもも姉…
開始早々の妹への酷い仕打ち、ごめんなさい

442 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:05:20 ID:2QeaXfr60
投下します。

443あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:06:05 ID:2QeaXfr60



「やあ」

 ──バトルロワイアルを終え、元の世界に帰還した佐倉杏子を迎えたのは、彼女にとって一番会いたくない存在であった。
 真っ白な体毛を生やした、両手に収まるほどの体。無感情な赤い瞳。動物に喩えるならば兎のようで、しかし、言葉を話し、少女に魔法を授ける力を持つ。……そんな奇妙な小動物。
 人間を魔法少女へと契約させ、その運命を翻弄するインキュベーター──キュゥべえである。

 彼は、相も変わらず無生物のようなその瞳で、路地裏に倒れている杏子の姿をただ見つめていた。この瞳がいつもどこか不安を煽る。
 野良犬の住むような薄暗い路地に、直角に差しこんでいたただ一つの光が、丁度、はっきりとそこから撤退し、正午の終わりを告げたように見える。
 随分と静謐で涼し気な場所に帰って来たような気がする。

「おかえりのようだね、杏子」

 そうキュゥべえに言われるが、その時の杏子の耳には入らなかった。脳裏にあるのは、今は全く別の事だ。──勿論、目の前にキュゥべえがいる事を認識してはいるが、それはあくまで認識だけで、主だって彼の事を考える事は、今はない。

 ──この世界について、杏子が殺し合いに来る前と、来た後による記憶の差があるのを思い出し、それが彼女を一時混乱させたのである。
 先ほど、粒子の流れに乗って、この殺し合いに向かってきた時──杏子の記憶にないはずの記憶が植えつけられたのだ。これは杏子や一部の参加者に起こる現象だった。
 鹿目まどか。美樹さやか。暁美ほむら。巴マミ。──それらの魔法少女と自分との関係性が、杏子の中で更に変化を辿る。いや、もっと言えば──杏子の中には、一度、“人魚の魔女”と共に自爆し、消えたという記憶までが蘇る。
 どの世界においても、杏子は悪の道を捨てる運命にあったらしいが、その反面で、彼女自身は、その場合に死ぬ事にもなるらしい。

(どうなってんだ……? あたし、帰って来たんだよな……)

 彼女は、一度、キュゥべえの瞳から目を逸らして、辺りを見回す。だが、ここはビル街の裏路地で、右も左も関係ない場所だった。自分の周りの視覚情報に意味はなかった。

(実感はないが……あたしはここで、魔女じゃなく魔獣と戦っていた記憶がある)

 だが、おそらく今、杏子がいる世界は、──おそらく、魔法少女が、“魔女”ではなく“魔獣”と戦っているという世界である。そんな気がする。何故か、杏子は最近までこの世界の事を忘れていたが、確かにこの世界の住人であった気もした。

 戦いに巻き込まれた世界。魔女と戦い果てた世界。魔獣と戦う世界。
 彼女自身、その三つの記憶を混濁させ、やや、目の前のキュゥべえに対しての意識をどう向ければいいのか迷った挙句、ただ一言だけ、彼に向けて言葉を投げかけた。

「なんだ……テメェ? 何見てるんだよ」

 聞きたい事はいくらでもあったが、まだ少し混乱していて、そう口に出す。

「僕の事を忘れたのかい? 佐倉杏子」
「……忘れるわけねえだろッ!」

 彼の事は忘れるはずがあるまい。魔獣と戦っているはずの今の世界にも彼はいたし、魔女と戦う世界の頃の話は忘れるはずもない。杏子にとってはそちらの世界の恨みの方が根深い記憶だ。
 多くを説明せずに杏子を魔法少女の道に引き込んだキュゥべえの存在は、あのバトルロワイアルの最中でも何度杏子を悩ませた事か──。今も殴りたい気持ちがあるが、頭の整理がついていない状態だった。
 そんな杏子に、キュゥべえは言う。

「そうか。別に記憶を失ったわけではないようだね」
「ああ、忘れたい奴の事も覚えちまってる……!」

 杏子はキュゥべえに皮肉を込めて言ったが、キュゥべえは無視した。

「……それにしても、君もよくあの戦いで生き残る事ができたね。僕も驚いているよ。まさか、魔法少女も及ばないような強敵を前にしても勝利してしまうなんてね」

444あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:06:29 ID:2QeaXfr60
「あの殺し合い……やっぱテメェの差し金かッ!」

 杏子は、彼がその事を口にした瞬間──怒りが抑えられず、思わずキュゥべえに掴みかかるが、彼は相変わらず飄々といている。
 咄嗟に、彼が殺し合いに一枚噛んでいるのではないかと杏子は睨んだ。この物言いではそうとしか思えなかったのである。
 もし、彼が殺し合いに無関係な立場の人間であるならば、彼は全く、そんな事を知る由もないだろうと杏子は思ったのだ。
 だが、キュゥべえは答えた。

「いや、それは違うよ、杏子。むしろ逆さ。──あの殺し合いが起きた事によって、僕たちはとても迷惑しているんだ。……まあ、この世界が出来た理由や、魔法少女の間で“円環の理”と呼ばれる物が生まれた経緯を知るには丁度良かったけどね」

 円環の理──その存在ならば、今の杏子の頭の中にはインプットされている。
 魔法少女が旅立つ時に現れる、神の伝説だ。それは、あの殺し合いに参加していた鹿目まどかと酷似した外見をしたイメージとして、杏子の中にもどことなく存在している。その二つに何らかの関係があるのは、今、杏子にも理解できた。彼女はまどかを覚えていた。
 キュゥべえにとって、それは最近まで絵空事扱いされるべき話だったが、彼も今はその存在を認めている。それはあの殺し合いがキュゥべえに齎した効果の一つだ。

「……じゃあ、あんたたちは殺し合いには関係ないっていうのか? じゃあなんであのクソゲームの事を知ってる……?」

 杏子には、キュゥべえが殺し合いには全く干渉しておらず、それと同時に、殺し合いについて知っているような素振りを見せている点を気にした。

「そうだね。まず、そこから説明しなきゃいけないか。……君たちは知らなかったようだけど、あの殺し合いは、主催者の手によって世界中の人にモニターされているんだ。彼らが帰るべき世界にも全て中継されてるよ」
「何だと……?」
「ほら、上を見てごらん」

 杏子が、キュゥべえに促されるまま、空を見上げた。
 ビルとビルの間に挟まれた、今は日の当たらない暗い路地裏であるが、そこにまた影ができる。彼女の頭上を通過していく影は巨大であった。

「なんだ、あれは……」

 ビルの真上を──そこを、奇妙な平面の物体が飛行しているのである。
 あれは何だ……? と思い、杏子は、それを注意深く、覗いた。

「あたしたちが殺し合いをしてる時の映像……! 悪趣味な事をしやがってッ!」

 それは、巨大なテレビモニターであった。前面からは電子映像が発されており、そこには杏子たちの姿──あの場で起こったドウコクとの戦闘が、丁度、放送されているのだ。
 キュゥべえの言う事が事実だった。
 ……そんな恐るべき物が、この世界では飛んでいる。

「この世界は、君たちが捕まっていた九日間の内に、ある一人の人物によって管理されたんだ。そして、君たちが殺し合いをする映像をああして映す事によって、人間を絶望させ、そのエネルギーによって更に多くの世界を侵略している」
「一人の人物……!?」

 全ての光景が実況されていた──それは、まだ、杏子の中では収まりのつく話である。別段、正体を知られたくない相手がいるわけではないので、杏子には、それによって困る所は少ない。強いて言えば、着替えやトイレが誰かに覗かれていたかもしれないという程度の小さな不快感だ。あとは、単純に照れくさいという所もある。
 だが、そんな些末な問題を気にしている場合ではない。
 あの殺し合いを企画し、それを世界に実況し、世界を侵略しようとしている者がいるのだ。そんな悪趣味な“主催者”はまだ生きている。それどころか、世界に大きな影響を与えてしまっている。
 その人物の名前を杏子は知りたかった。



「カイザーベリアルという、かつての────ウルトラ戦士だよ」



 キュゥべえは、躊躇する事なくその名前を告げた。
 杏子にも、「ベリアル」という名はどこかで聞いた事があった。記憶を掘り出す。

445あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:07:08 ID:2QeaXfr60
 そう、ゴハットが告げたベリアル帝国という謎の単語だ。
 あれは確かに、この殺し合いの主催者を示すキーワードだったという事である。

「ウルトラ戦士……ウルトラマンの事か?」
「そうだ。元々は遠くの星雲から来た光の巨人なんだけどね。多くは何故か宇宙の脅威にわざわざ立ち向かって、宇宙を平和にしようとしている種族だよ。……まったく、ウルトラマンっていうのは、わけがわからない存在だよ」
「……ベリアルってのは、その中の変わり者連中の中の裏切り者ってわけか」

 ──ウルトラ戦士というのは、杏子にとっても少し縁のある物で、それゆえに、どこか嫌な気分を覚えた。
 杏子自身も、ウルトラ戦士と同化して戦った時期があのバトルロワイアルの中にある。だが、ダークザギこと石堀光彦(実際は違うが特にそれについて知らない杏子から見ればどちらも同じだ)のように、あの強大すぎる力を悪の道に使う者もいた。
 当たり前だ。強い力を持った者の多くはそちらの道を選ぶ。たまたま、ウルトラマンたちの星の人間が変わり者の集まりだっただけだ。
 カイザーベリアルは、ダークザギと同じく力に呑まれたのだろう。

「彼は異世界も含めて、この宇宙の果てに存在しうる全てを自分の手で侵略しようとしている。管理された人間は、君たち人間の持つ“感情”が押し殺され、僕たちとそう大差ない、何かに従う生命体になってしまうんだ。……まあ、その方が、“感情”なんていう物に支配されるよりもずっと都合が良いのは確かだけど、そこに至るまでの過程や方法に関して言うと、僕たちの宇宙はとても迷惑しているんだよね」

 ──そこからは、キュゥべえによる長い解説が始まった。
 普段はそれを一からまともに聞く事のない杏子であったが、その時は少し真剣に、頭の中でキュゥべえの言葉を噛み砕いて整理しようと必死であった。
 何せ、そこから先の説明を聞き逃せば、取り返しのつかない事になるような危機感が胸の内にあったし、実際、こうして脱出して拝めた外の世界が一体どういう状況なのか知っておかなければ、まともに暮らす事さえままならないくらいである。

 ──いや、既にそれはままならない状況なのかもしれない、と杏子は思った。

「彼は今回の事で宇宙の寿命を大きくすり減らしている。まず、僕たちが宇宙の寿命の問題を伸ばす為にグリーフシードから手に入れたエネルギーをベリアルたちが殆ど奪取してしまった事が原因の一つなんだけど、それだけじゃない」

446あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:07:24 ID:2QeaXfr60

 グリーフシードを用いたエネルギー回収の話は、杏子が全く知らない話であった。──キュゥべえの策略に関連する事かもしれないが、敢えてキュゥべえはそれを暈すように喋っているらしい。
 彼にとっても多くを説明するのは都合が悪いと見え、少なくとも自分が明らかに責められる要因などは回避しようとしているらしかった。
 だが、そんな細かい所にいちいち突っ込む杏子ではなかった。

「彼らは、時間軸介入や、本来繋げてはならない世界の融合や連結を行ってしまったんだ。それにより、歴史や宇宙は幾度も世界を修正する必要が出来てしまい、あらゆる宇宙に大きな負担がかかった。──今、宇宙はキャパシティを超える酷使をされすぎて、激しい金属疲労を起こしているんだよ。これ以上それをやられると困るんだよね」
「歴史の修正……」

 杏子は、自分がここに来た時に幾つもの記憶が流れ込んできたのを思い出す。
 彼の言葉に実感が伴ったような気がした。魔女が魔獣に変わったのもその一端かもしれない、と杏子は思った(実際には今回の件とは無関係な話だったが)。

「……まあ、そのお陰でベリアルの支配によって戦争などの小さな問題は解決したけど、そのせいで、今度は宇宙の寿命が消えかかっているんだ。まったく、これじゃあ元も子もないよ。僕たちにとっても不都合な事の方が多いじゃないか。自由きままに戦争をしていてくれた方がずっと宇宙へのダメージは小さくて済むくらいだよ」

 ……杏子にとって、そこからの話は果てしなくスケールの大きい話にさえ感じられた。
 地球という惑星の人間は、まだ手の届く範囲でしか宇宙への進出を叶えておらず、沖一也でさえ月止まりなのだ。杏子の周囲の常識でもそれは遠い未来である。高度に進出したのは、テッカマンブレードの世界の地球くらいの物だろう。
 先ほど、ウルトラマンの出自について軽く知らされたが、実際のところ、杏子にはどの程度信じて言いのか見当もつかない。
 ……まあ、キュゥべえも宇宙から来た観測者で、魔法少女もそんな宇宙の果てから授かった力らしいのだが──それも今しがた知ったばかりの情報である。

「このまま、あと一週間でもベリアルが侵略を続ければ、宇宙はオーバーロードを起こし、遂に取り返しのつかない事になってしまうだろう。だから、僕たちは何としてもベリアルを倒さなければならないんだけど、今度はそこでまた問題が生じてしまったんだ」

447あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:07:43 ID:2QeaXfr60

 キュゥべえは、まだ続けていたが、そこまで喋ると一拍置いた。

「ベリアルを倒すには、ベリアルが今いる世界──つまり、あのバトルロワイアルの世界に行かなければならないんだけど、今のところ、それは誰が試みてもできなくてね」

 何故か、こうして、この話を強調した時、嫌な予感が杏子の中に過った。
 キュゥべえの言葉に妙な含みを覚えたのだ。──キュゥべえの瞳は、こちらに何かを訴え、強要しようとしているようにさえ見えた。
 かつて契約する時に見た彼の瞳のそれだった。
 そして、……キュゥべえは、当然のように告げた。

「調査の結果、あそこに行く事が出来るのは、君たちみたいに、一度あの世界に行った事で、あの世界に耐性が出来ている人間だけだとわかったんだ」

 そう──世界の運命を変えられるのは、あの殺し合いから生き残った、十名前後の生存者だけなのだ。
 その一人には勿論、杏子も含まれる。

「──宇宙の為にも、ベリアルと戦いに行ってくれるよね? 杏子」

 実際のところ、その脱出した仲間を集めて、またあの殺し合いの現場に行き、ベリアルと戦えというのが、このキュゥべえの言いたい事らしい。
 この安全圏からそんな事を言えるキュゥべえには腹も立つ。折角全てを終えたばかりで、元の世界に戻れたというのに──。

 だが、結局のところ、杏子も同じ考えなので文句は言えないのも辛い所だ。
 ──世界中が支配されているというなら、そこは大変生きづらい世の中に違いない。このままでは、杏子にとっても害の方が多いほどだ。

「……」

 そして、杏子としては、確かにもう一度、“彼ら”に会いたいと言う気持ちもあった。脱出と同時に別れ別れになったあの殺し合いの仲間たちと──すぐにまた、もう一度会えるというのだ。
 下手をすると、その喜びの方が大きいくらいかもしれない。

 ──それでも、やはり、キュゥべえが強要している物は大きな重荷であろう事はすぐにわかった。勿論、杏子だって今度こそ死ぬかもしれない。

「……なあ、ベリアルって奴は強いのか?」
「そうだね。君たちの多くがダークザギに苦戦していたのを見ていると、勝つ見込みはとても薄いと思うよ。あのウルトラマンノアも倒されてしまったようだし」

 つまるところ、ベリアルは、ダークザギなる巨人やウルトラマンノアより強いという事だった。
 ダークザギの正体は石堀光彦だった。裏切った直後の彼と戦ったが、その時点でも杏子たちは全く敵わないくらいの力であった。
 しかし、石堀やアクセルの姿はまだ本領発揮とは言えない。身長五十メートルの巨人へと力を取り戻した時、遂に生存者全員が死力を尽くしても倒す事ができなかった。
 更にその絶望的な相手を一方的に倒したのが、奇跡の戦士ウルトラマンノアだ。
 ──その希望さえも潰えたのが、キュゥべえの口から告げられた事で杏子にもわかった。

「──まあ、僕は、君たちがダークザギを相手にした時点で勝率0パーセントと予想されていた。僕たちも諦めていたけど、最後に君たちは彼に勝ったからね。ここから先の結果は僕にもわからない。いずれにせよ、僕も君たちの未知数な力を信じるしかないね」

 杏子たちに勝てる相手だろうか? ──この疑問は、杏子もキュゥべえも抱いている。

 しかし、あまりにも敵が強大すぎると、勝つとか勝てないとか、死ぬとか死なないとかではなく、遂に、考えてわかるような相手じゃないようにさえ思えてしまうのだった。
 本当にこの世にいる相手なのか。逆になんとかなるんじゃないか。勝負にならないくらいで面白いんじゃないか。
 少なくとも、杏子はそう思い始めている。

 実像だと思えず、今の杏子には、ベリアルへの恐怖や不安など皆無だった。
 それどころか、今も、杏子は、あの戦いで出会い、挨拶もせずに離れ離れになってしまった仲間と再会できる事に──言い知れぬ嬉しさや期待を覚えている。
 また会えると言われた事の期待が、だんだん膨れ上がり、杏子の中で不安や恐怖に勝っていく……。
 気づけば、杏子の未来像の全てをそれが占め始めていた。
 そんな時、キュゥべえがまた口を開いた。

448あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:08:00 ID:2QeaXfr60

「とにかく、君たちが早くカイザーベリアルを倒してくれるのが、僕たちにとっても一番都合が良いんだよ。その為には、僕たちは惜しみない支援をする。まあ、何でも言ってくれ」
「……そいつはどんな支援だ? まさか、美希やつぼみにまで魔法少女になれとか言うんじゃないだろうな」

 杏子は、キュゥべえの言葉を捨て置けず、また眉を顰めて言い返した。
 ──こうして、キュゥべえに対して疑り深くなるのも無理はなかった。
 これまで、何度キュゥべえに騙されてきた事か──その数はわからない。今度もそうではないとは限らない。いくら口で協力すると言ったところで、そこに裏がないとはまだ思えなかったのだ。
 実際、キュゥべえは、ほとんど無感情にこう答えた。

「確かに。それもいいかもしれないね」
「──させねえぞ」

 杏子は、目を吊り上げてキュゥべえを睨む。
 魔法少女の力によって、プリキュアにはない特殊能力や武器が併用できる事になるが、その対価は大きく、いかに世界の危機とはいっても、安易に契約をさせてみせようとは思わなかった。
 杏子は、強い口調で繰り返す。

「それだけは、させないッ!」

 はっきり言って──杏子に大事なのは、世界よりもその世界の端っこに存在する友人の存在である。
 勿論、今は世界も大事だ。しかし、その中にあの友人たちがいないならば、もう、世界などという物はいらない。そう思っている。
 出来る事なら、これ以上巻き込む事さえさせたくないと思うくらいだ。

「……まあ、それでも構わないよ。魔法少女としての彼女たちの素養もよくわからないしね。どっちにしろ、その程度の力が加わった所で、焼け石に水さ。それに、僕たちは、異世界と繋がった事で、あらゆる便利な道具を得る事が出来たんだ。そうだね、ある意味、それは怪我の功名といえるかもしれない……たとえば、コレだよ」

 そうして珍しく簡単に契約を取りやめにすると、キュゥべえは、何やらピンク色の小さなペンライトのような物を取りだした。
 一見ファンシーなキュゥべえによく似合っているように見えて、その実態を知るとかなり似合っていないように見えてしまう物だ。
 思わず杏子は、このペンライトも、黒いセールスマンとかが売る怪しいアイテムなのではないかと勘ぐってしまった。
 とはいえ、どこか拍子抜けしているのも事実で、きょとんとした表情で訊き返した。

「なんだそれ?」
「いやぁ、本当に良い物を手に入れたよ。希望を絶望に転じるエネルギーでエントロピーを回収する方が簡単だったから、逆に絶望を希望に変える手段はこれまで効率が悪くて、不必要だったんだ。でも、他の世界にはその効率の良い手段があった。もしかしたら、ベリアルを倒した後、この道具を使えば、宇宙の寿命の問題を大分先延ばしにできるかもしれない」
「……だから、何だよそれ。ぐだぐだ喋ってないで要点を説明しろ」

 だんだんとキュゥべえの長い説明に苛立ってきた杏子も堪忍袋の緒が切れる直前であった。いつも妙に理屈っぽく、杏子の肌にはあまり合わない。
 元々、人間というのは二分以上の長い話を聞くには向かない生物なのだ。中でも杏子は一分で既に限度を感じる質の人間である。
 そのあらゆる意味で張りつめられた空気を察してか、キュゥべえがそのアイテムの名を告げた。



「──これは、ミラクルライトさ!」



 どこか誇らしげにキュゥべえはミラクルライトなる小さなライトを掲げる。
 杏子は、唖然とした表情でそんな様子を見ていた。

「ミラクル、ライト……?」

 ──“ミラクル”つまり“奇跡”。随分と彼に似合わない言葉に感じる。

 ……いや、キュゥべえの事だ。何か言葉のロジックが入っている筈だ。やがて“魔女”になるから“魔法少女”だとかそういうロジックを入れて詐欺に引っかけようとしている可能性が否めない。

449あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:08:19 ID:2QeaXfr60
 ミラクルライト──どこかの異国の言葉で、「人間魔獣化光線」とかそういう意味を持つとかそういうオチではないだろうな……などと思いながら、訝しげにキュゥべえに訊く。

「……で。それ、どう使うんだ?」
「これを振って、ピンチになったプリキュアを応援すると、プリキュアが強化されるんだ。すると、人々の間にあった絶望がリフレッシュされ、希望に転じていく。きっと、君にも効くはずだ。それに、闇を追い払う力まであるという優れものさ。エネルギー変換は、絶望と希望の“相転移”だから、僕たちにとっても、かなり都合が良いよ」
「……」

 信頼していいのか、怪しんでいいのか、だんだん杏子の中で微妙になってきたところであった。
 しかし、キュゥべえがこれほど活き活きと話している姿も見た事がない。
 まるで──そう、フィリップのように強い好奇心か何かに縛られているようだ。
 このキュゥべえの常識を覆すアイテムであり、それがキュゥべえの目的に恐ろしいほどに合致していたからこその歓喜なのであろう。彼の常識を崩す一品だったであろう事も間違いない。
 一応、疑いは薄くなっていく。

「……本当なのか?」
「そんなに疑うのなら、実演してみようか? こんな風にね」

そんな様子を見て、キュゥべえは実演しようと、ライトのスイッチを押した。すると、ミラクルライトの先端に光が灯される。

「────がんばれーっ! プリキュアーっ!」

 杏子に向けて、そう叫びながら、ミラクルライトを激しく振って、その光を浴びせるキュゥべえ。
 チカチカと、杏子の瞳に向けて放射されるピンクのハート型の光。
 暖かく、どこかプリキュアの攻撃にさえ似ているそんな光を杏子に向けられる。
 いつになく必死に、活き活きとミラクルライトを振るうキュゥべえの姿は、どこかシュールだった。

「……」

 ──が、結論から言えば、それは杏子にとって、鬱陶しいだけであった。現状、杏子が強化されている事は全く無い。そもそも、何を以て強化というのか、今の杏子にはさっぱりわからない。

「がんばれーっ! 杏子ーっ!」

 懲りずに、チカチカと杏子へのダイレクトアタックは続く。この薄暗い路地で、至近距離からのライトは瞳孔に激しいダメージを与える。
 昔のテレビアニメで、激しい点滅によって、視聴した子供の入院が相次いだ事件を、杏子はふと思い出す。キュゥべえはその点滅に近い物を行っているような感じがする。
 ……すると、流石に、抑えていた沸点が爆発したようで、肩をわなわなと震わせた後、杏子はキュゥべえに向けて叫んだ。


「──って、効くかっ! ……近くの人に向けて振るんじゃねえ! 目がチカチカして眩しいだろ!」


 あまりの瞳孔への刺激に苛立って、期せずして取扱注意事項を説明しながら、キュゥべえの頭を思い切り叩く杏子。
 それと同時に、キュゥべえが激しく振り回していたミラクルライトが、思いっきり手が滑って飛んでいき、杏子の鼻の頭にコツンとぶつかる事になった。
 一応、それなりに固い物体らしく、「いたっ」と小さく呟く杏子。軽く涙目になるほどミラクルライトの投擲は痛い。
 杏子は、鼻の頭を抑えて怒る。

「……むやみやたらとぐるぐる振り回すんじゃねえ! 人にぶつかって危険だろ! 殺すぞ!」(取扱注意事項2)

 何故か、キュゥべえに対して──いや、もしかすればかなり不特定多数の人間に対して、ミラクルライトの取り扱い方を教授しているようで、杏子としてはどこか腑に落ちない物があったが、とにかくキュゥべえを叱る杏子。

 キュゥべえは、ミラクルライトを振るのをやめて、そんな杏子をただ無表情に見ている。
 ミラクルライトの実験の真っ最中で、何故杏子に対してミラクルライトが効いていないのかを再度考えているようだ。

450あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:09:16 ID:2QeaXfr60

「……っつーかそれ、持ってない奴はどうすればいいんだ?」
「そんな事、僕に言われたってわからないよ。今回は、性別や年齢の区別なく配布する予定だけど、それでもどうしても数には限りがある。ミラクルライトを持ってない人間は、心の中で応援すればいいんじゃないかな」(取扱注意事項3)
「そんなんでいいのか……」

 相変わらず、何を言っているのか、そして自分でも何を質問しているのか──よくわからなかったが、杏子は納得する。

「ああ、そうか」

 その後で、キュゥべえは、ふと何かに気づいたような表情になった。
 自分の中でも、杏子との会話の隙に、何故杏子にミラクルライトの力が効かないのかを考察していたのである。

「なんで効かないのかと思ったら、ピンチの時にしか効果がないんだ。ピンチじゃない時は振らないようにしないとね」(取扱注意事項4)
「いや、そもそもあたしはプリキュアの力がなくなっちまったし……」
「なるほどね。あのアイテムが破壊されてしまった以上、君はもうプリキュアにはなれないんだ」

 キュゥべえにも他意はなさそうだ、と、杏子は呆れつつも納得する。
 とにかく、近くの人に向けて振り回すと危ない事や、あまり長くつけすぎると内蔵電池──もとい「ご加護」が減る事以外、この奇跡の対価はないらしい。

「……そうなると、杏子。プリキュアの力もウルトラマンの力も魔法少女の力もないとなると、君はこの先で問題にぶつかるかもしれない」

 キュゥべえが、そう付け加える。
 ──と、同時に、安心しかけていた杏子の顔が強張った。

「──ちょっと待てよ。どういう事だ……? 魔法少女の力がないって」
「……やれやれ。君は自分の事もわからないのかい? レーテに君のソウルジェムが入った時、君は多くの絶望の力の介入によって、どうやら魔法少女に変身する力を失ってしまったみたいなんだ。肉体を維持したり、軽い魔法を使うくらいならできても戦闘はできないよ」

 急に無性に腹が立つ言い方で返され、杏子は更にキュゥべえに対するストレスを覚えたが、殴るのはやめた。
 それよか、納得しておく事こそ大人だと思い、相槌だけ打つ。

「ほんとかよ……」
「僕はこんな無意味な嘘はつかないよ。いま労っておかなければならない君に余計なストレスを与えるだけで、全く意味がないからね。でも、事実は事実だから予め伝えておくよ」

 とっくに杏子にはキュゥべえに対するストレスがあったが、それはそれとして、わざわざ契約までした魔法少女の力がないというのは少々痛いという事実に気づく。
 グリーフシードを得るには勿論、魔獣との戦闘が必要だし、ベリアルとの戦いに首を突っ込むなどという場合、間違いなくソウルジェムは穢れていく一方になってしまう。
 それどころか、そもそも杏子は今、ただの人間の肉体しかない。──プリキュアでも、魔法少女でも、ウルトラマンでもないのだ。それで、行く意味があるのだろうか。

「まあ、君たちに賭けるしかないんだよ。その為には一応、全員駆りだしてそれぞれ何らかの形で頭を使いながら奮闘してもらうしかないかな。まったく、希望も何もないような状態だと思うけど、向こうに行ける人がいるだけまだマシっていう所かな」

 なんだかんだと言っても、キュゥべえは杏子をそちらに向かわせたいようだ。
 殺し合いの生還者でもあり、まどかが再構築する前の世界を知っている者でもあり、今の魔獣との戦いを知っている──そんな、ある種イレギュラーな立場の杏子を厄介に思っているのかもしれない。
 この先で誰が死のうとも感情を動かさない点は変わらないだろう。

「とにかく、君たちに惜しみない協力をするのは本当さ。たとえば、もう一度契約したいと言えば、別のソウルジェムに移し替えて、君がより強い魔法少女になって戦えるように……」
「──それは、やめろ」

 再度、険しい目つきで杏子はキュゥべえを睨んだ。もうこれ以上、余計な荷物を増やして体や心に負担をかけたくない。

 ──勿論、仲間にピンチが及ぶならば、杏子はまた遠慮なく契約してみせるかもしれない。
 だが、それは……今じゃない。杏子がもし、美希やつぼみを契約させようとした時に止めるように、翔太郎たちが杏子の再契約を止めるだろう。

451あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:09:50 ID:2QeaXfr60
 尤も、本当に……杏子が何かや、誰かの為にやろうと思えた時には使うが、今契約すると言うのは早計だ。

「──まったく、また、逆境か」

 とにかく、杏子は生身で、信じがたい強敵を迎え撃たなければならないらしい。
 すぐに、その目を、少しだけ朗らかにした。笑いが自分の中で巻き起こってくるのが堪えられそうになかったのだ。何故だか、恐いというよりおかしかった。
 キュゥべえは、そんな杏子の様子を見て、怪訝そうだった。

(……)

 ──しかし。そうだ。
 あの場所に向かう事ができるなら、杏子は折角友達になった人々と、会えるのだ。
 あそこは凄惨な殺し合いが行われ、その中で多くの大事な物を亡くした場所でもある──が、杏子にとって青春の場所でもあった。
 その気持ちは、少しばかり複雑なのだ。

 今は──喜びの方を優先して、杏子は、勝気に笑って見せた。

「とにかく、みんなでベリアルを倒せばいいんだよな?」
「そうだけど……この状況で妙に自信があるね、杏子。絶望して円環の理に導かれたらどうしようかと思ってたけど、立ち直ってくれて安心したよ」

 彼は不思議そうに首を傾げるが、彼の抱いているであろう疑問に杏子は答えなかった。
 それよか、彼女は自分が訊きたい質問をキュゥべえにぶつける。

「ああ。それはそうと、あいつらは──他の奴らはどうしてる?」
「今のところはわからないよ。でも、僕たちも総力を挙げて彼らを捜索しているから安心するといい」
「──じゃあ、全員見つかれば、勝てるだろ。もうあたしたちに敵はない」

 杏子は、自信ありげにそう言った。

 ウルトラマンやプリキュアや仮面ライダーは強い。──確かに、多くのそれらが今回命を落としたが、どんな強大な敵も最後はそれによって敗れた。
 翔太郎が、美希が、零が、つぼみが、良牙が──彼らがいるならば、どこか安心ができる(杏子の中で誰か飛ばされた人間がいるかもしれないが気のせいだ)。

「……まあ、精神状態が戦闘に悪影響を及ぼすよりはずっといいや。………………おっと、どうやら、ここで僕の仲間が迎えに来てくれたみたいだね」

 キュゥべえがそんな風に言うと同時に、裏路地から、コツコツと足音が聞こえた。
 こうして会話している最中にも、彼は仲間と交信していたのであろう。
 陰から現れたのは、同年代とは思えないほどに落ち着いた金髪のその少女。──杏子の期待と外れる意外な人物の登場に、杏子は絶句する。
 見た事がある。

 ──それは、美国織莉子だ。

 この世界の上では、彼女の記憶はない。
 しかし、バトルロワイアルの中で、杏子と彼女は出会っていた。
 魔女に関する説明を杏子に行った主催陣営の協力者として──。

「──ッ!?」

 彼女を見た瞬間、殺し合いと魔女の事を思い出し、杏子の背筋が凍る。

「テメェ……! やっぱり……!」

 杏子がそう言って睨んだのは、織莉子ではなく、キュゥべえだった。
 やはり、主催と繋がっていた、と一瞬疑ったのである。
 だが……

「佐倉杏子さん。お迎えにあがりました」

 冷静に、織莉子が言ったため、杏子はそちらを向き直した。

「──は? 迎えだと? やり合おうって話ならまだわかるが……」
「いいえ、お迎えです。……疑っているようですが、私はもう、ベリアル帝国の人間ではありません。それに対立するアースラ一行にあなたを迎え入れさせてもらいます」

452あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:10:07 ID:2QeaXfr60

 彼女は、敢えて冷徹に、まるで歓迎をしていないかのように、形式的に言ったのだった。
 もしかすると、悔い改めるという意味で、丁寧に言葉を変えているのかもしれない。

 だが、杏子にはそんな無感情にも見える態度の方が不安の種だったのだが、ともかく、力を持たないながらも、警戒して構える杏子に、織莉子は告げた。

「ゲームからの生還……おめでとう。佐倉さん」







 気づけば、元の世界を離れ、時空管理局の時空移動戦艦アースラの内部に、杏子はいた。
 結局、織莉子とキュゥべえを信じるほかなかったのである。
 そもそも、杏子には今、戦闘能力がなく、抵抗が出来ない状態だった。どうすればいいのか、頭では考えが付いた。

 ……しかし、その巨大な戦艦の登場には、杏子も驚いていた。
 言ってしまえば、それはもう、杏子の世界の人類がどれほど時を重ねれば作れるのかわからない規模の物だったからだ。
 入ってみると、内部には、生活スペースまであり、もはやアニメの中の超巨大秘密基地のようである。

「……まずは、とりあえず、この艦の艦長より前に、この部屋にいる“彼女”に挨拶して貰いましょう」

 ──と、壁と同色の無数の部屋の一つが、織莉子の簡単な認証で開く。
 アニメというより、この辺りはまるでハリウッドのSF映画のようであった。まあ、現代技術でも可能なのだろうが、杏子の生活圏では応用されていない。
 何故だか病院や寮のような空気で、杏子にはどこか合わない所がある。
 だが、ともかく、その“彼女”というのが何者なのか、杏子は緊張した。
 その人物が敵か味方かによって、──怪しいか怪しくないかによって、杏子は織莉子たちに信頼を置けるかどうか変わる。

 杏子は、織莉子とキュゥべえに続いて、おそるおそる、その一室に入った。中は貸しホテルの一室のようになっていた。
 しかし、中は思った以上に広く、一人部屋にも関わらず、二人か三人が住む部屋のようである。奥に広く白いベッドがあり、そこに誰かが寝ていた。
 その上半身だけが、こちらを向いている。キュゥべえは、そこにいる“彼女”に駆けて行った。

「嘘だろ……?」

 杏子の知っている顔だった。
 金髪と青いリボン、古代ベルカ特有の碧と赤とのオッドアイ──“彼女”と呼ぶべき対象なのは間違いないが、それにはまだ幼いような気がする体型。
 杏子は、確かに殺し合いの中でこの少女と共に過ごした。
 一緒に風呂にも入ったし、一緒に警察署で夜を過ごした。──杏子よりも年が若く、時折、死んだ妹を思い出させるその娘。

「あっ……杏子さん」
「ヴィヴィオ……生きてたのか!?」

 しかしそれは、確かに、「死んだ」と報告されたはずの──高町ヴィヴィオだ。
 思わぬ現実にたじろぎ、一瞬、判断がつかなくなった。彼女の周囲には、セイクリッドハートやらアスティオンやら、彼女と共に消えたデバイスたちもいる。
 そこにキュゥべえまで加わって一緒にじゃれとり、軽い動物園と化している。

「えへへ……。実はゴハットさんに助けられて」

 ヴィヴィオは、ベッドの上に乗ったキュゥべえを撫でながら、もう片方の手でどこかばつが悪そうに頭を掻いて、愛想笑いした。
 あまりキュゥべえについて詳しい事を知らないヴィヴィオは、兎の仲間だと思って戯れているようだ。……まあいい。今のところは気にしないでおこう。
 まさか、キュゥべえも、魔法少女を魔法少女にしようとするほどバカではあるまい。

「誰だよ、ヴィヴィオが死んだとか言ったのは!? ──」

 と、杏子が呆気にとられて言う。……それから後で、すぐに杏子はヴィヴィオが死んだと言い出したのが誰なのかを思い出した。

453あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:10:23 ID:2QeaXfr60
 自分の記憶が正しければ、それを言い出したのは三人いる。
 涼村暁、石堀光彦、レイジングハートの三人だ。

「……ああ、そうか。嘘の報告したのはあの三人か……。じゃあ仕方ないな。男二人は論外だし、レイジングハートもあれでうっかりしてるし……」

 杏子は、すぐにヴィヴィオの生存について納得した。
 次いで、杏子は──自分がその死を確認していない中で、もしかすれば、死んでいない者がまだいるんじゃないかと思った。
 そう、たとえばマミとか──。

「……ちょっと待ってください。誰がうっかりですか」

 そう考えていた時、杏子の背後で、ふと知った声が聞こえた。
 振り返ると、そこにいたのは、レイジングハート・エクセリオンの娘溺泉モードである。彼女は、ラフな服装で杏子の方にそうして睨むような瞳を向けていた。

「レイジングハート……!」

 この部屋から外に出ていたようで、手には何故か大量のドーナツを持っている。ヴィヴィオにでもあげるつもりだったのだろうか……。思ったより平和そうである。
 杏子も彼女の生存は覚えている。とにかく、彼女も、杏子より一足先に保護されていたらしい。

「今、この艦で保護されているあの戦いの参加者は、ヴィヴィオとそれからレイジングハートとあなたのみです。各世界に時空移動を繰り返して探してはいますが、あまり長く滞在すると攻撃を受ける可能性があるので、今は情報を集める事を最優先に行動しています」

 織莉子が言った。
 杏子は、早い段階で見つかる事が出来た一例のようである。遠い惑星からの端末であり、それ自体が無数の肉体を持つキュゥべえは、魔法少女の反応に敏感だ。
 自分の世界に杏子が現れたとなれば、すぐにそこに向かう事ができるのだろう。
 そして、同時に、織莉子との念話によって交信し、彼女を呼ぶ事もできる。

「……なるほどね」

 杏子は概ね納得した。
 その言葉の中で、少なくともヴィヴィオ以外に生存者は確認されていない事が明かされたような気がする。
 ──しかし、元はといえば諦めていた所に、こうして意外な生還者がいたという事だ。
 あまり落ち込むべきではない。なくしていたはずの物を一つ見つけられただけ儲けものである。杏子は、気を取り直す。

 それから、じっと、レイジングハートが持つドーナツの袋の方を見ていた。
 あまりの好奇の目にプレッシャーを感じ、ドーナツの袋をとりあえず開けた。
 中には、五つのドーナツが入っている。

「……あ、杏子。これをどうぞ。艦内ではドーナツを作って配り続けている人もいます。なんでもドーナツが世界を救う鍵になるとか主張しているらしいので。……ただ、実際おいしいので、まあ、これがあれば確かに士気は──」
「いいからくれ。腹が減っちゃってさ」

 杏子は、レイジングハートから受け取り、それを口にする。
 と、その時に杏子は、自分のデイパックにシュークリームが残っているのを思い出した。要冷蔵だが、あの不思議なデイパックなら保存もきく。
 それは、美希から貰ったものだ。──あれはいつまでに食べればいいのだろう。

「ん? なあ、そういえば、世界がそれぞれバラバラだって事は暦も違うよな? 賞味期限とかどうするんだ?」
「杏子。ここに来て最初の質問がそれですか……」
「いいだろぉ、別に」

 あのバトルロワイアルの中で美希が持ってきたシュークリームは賞味期限が書いてないはずだ。
 まあ、一日経ってないくらいなので平気だと思うが、そろそろ食べなければまずいだろうと杏子は思っていた。
 しかし、時間軸はバラバラなので、食べ物には割と気を付けなければならない事になりそうなのは事実である。世界移動をしてから、安易に書いてある賞味期限を信じると酷い目に遭いそうだ。

「……ん? ていうかさ。もしかして、この船使えば、ベリアルを倒して帰ってからもお互いの世界に行ったりできるのか?」

454あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:12:23 ID:2QeaXfr60
「ええ、たぶん……。私の住む世界とママが住んでた世界も元々別の世界ですし。今は色んな世界が繋がったって……」

 そう言われて、ふと杏子は胸に嬉しさが湧きあがる。
 翔太郎に、風都に遊びに来るよう誘われていた──あの約束は果たせる事になるかもしれない。翔太郎は異世界を渉る仮面ライダーの存在を知っていた為にそんな事を言ったのだが、杏子は元の世界に帰ればそれはお別れに直結すると思っていたのだ。
 こうして、時空を移動する船が存在し、また平然と会える事を知って、杏子は少し嬉しい気持ちもあった。

「──そうか。んじゃ、さっさとみんな集めてベリアルを倒しに行こう! んで、みんなで誰かに……そうだ、あの翔太郎の兄ちゃんに美味いもの奢ってもらおうぜ!」

 杏子は更に強気になって言った。全く元気に溢れた姿である。
 ヴィヴィオたちもそれなりに心配していたので、この姿に少し唖然とした。

「杏子さん。なんか凄い自信ですね……! でも、とにかく、今は残ったみんなで頑張るしかないです。杏子さん、協力してくれるんですね!」
「当たり前だろ。──残ったみんなでベリアルを叩くんだよ! あたしたち、ガイアセイバーズがさ……!」

 ヴィヴィオの姿を見た時、杏子は織莉子とキュゥべえへの不信を脳内から排除して、この艦の事を信頼してみる事にしていたのだ。







 そのすぐ後に、杏子はこのアースラの艦長に直に会うという事になった。
 それは、杏子自身がどうしても会わなければならない存在であったという事もある。

「広いなぁ、ここ」
「ええ、これでも、十年以上前の技術なんですよ、この艦。……今はコンパクトになってる所もありますけど」
「これが十年前って……」

 杏子は、ヴィヴィオの案内を受けてブリッジまで向かっていた。
 やはり、この艦は広く、構造をよく知っている誰かの案内なしには、誰でも響良牙の如く迷子になってしまうような所だった。
 ……というよりか、良牙をここに呼んで大丈夫だろうか。それ以前に、良牙は元の世界で迷子になっていないだろうか……などと、今回は良牙の方向音痴ぶりを気にしながら歩き、ようやく、ブリッジのある場所まで到着する。

「ここです」
「うおっ……」

 ヴィヴィオの部屋の数倍広く、これが「時空移動艦」なのだと理解させる前方の光景を映しているその場所にいたのは、数名のクルーであった。
 艦長はどこにいるのだろう、と思った矢先、二人ほどこちらに歩いて来て、挨拶する。

「佐倉杏子だね。この艦で時空移動をしている、クロノ・ハラオウンという者だ」
「同じくもう一人の艦長の矢神はやてです」
「──ベリアル帝国によるバトルロワイアルのモニター映像は確認した。フェイトやユーノとの話も全て見させてもらった」

 より広いブリッジで、杏子は二人の艦長と対面する。
 思いの外若い男女だ。二十歳前後だろうか。艦長というほどのキャリアではないように見受けられる。キャリアを重ねた者は、艦長としてではなく、補佐としてここに乗船している形になっているらしい。

「……フェイトとユーノの知り合いか」
「ああ、彼らとは同時代に同じ事件を担当した友人だ。今の時間の流れで言うと、二人も僕と同様の年齢や体格になっているはずだったが……」

 ──そうなる前に彼女たちは死んだ事になった。
 勿論、クロノは、あの二人が同年代になり、ヴィヴィオの親代わりになっていた事実まで含めて覚えている。しかし、だからこそ、普通に大きな事件もなく、幸せに魔法で格闘技をする時代がやって来た頃のこの大事件に遭遇した事になってしまった。
 仮に生還していたら、フェイトはここにやって来た瞬間、ヴィヴィオの時間軸に合わせて成長し、杏子を見下ろす事になっていたかもしれない。

455あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:12:41 ID:2QeaXfr60

「二人の事はすまない……あたしのせいだ」

 振り返れば、フェイトとユーノの死に、責任があるのは杏子だ。責任というよりか、もっと根深く関わっていたかもしれない。
 場合によっては、加害者になっていた可能性だってある。
 元々、杏子の悪意から生まれた悲劇だ。──フェイトにしろ、ユーノにしろ、あの時の杏子にとっては、取って食おうとした相手なのである。
 翔太郎が彼らを救えなかった事より、遥かに大きな責任が──杏子にはある。こうして二人の知り合いを実際に前にすると、何とも居心地の悪い気分になった。
 そんな杏子に、クロノは告げる。

「君が謝る必要はない。……二人の死を誰よりも悲しんでいたのは君だと思う。それで十分だ。──いずれにせよ、あの戦いの全ての罪は、法律上はカイザーベリアルに課されるだろうが、それだけじゃなく、僕たちは自分自身の意思で、君を許そうと思う」

 杏子を、「ユーノとフェイトの知り合い」というフィルターだけで見ていない証だった。形式ばった言い方だが、ちゃんと自分自身の感情とも向き合っている。
 彼女のその後まで含めて、杏子という存在を見ているのだ。

「ありがとう……恩に着る」
「……それに、僕たちは実感がなかったからな。彼らと共に今日まで生きてきたのを覚えているのに、それがずっと過去に連れ去られて死んだと言われても納得しがたい所があるんだ。──本当なら君とわかり合うには、もう少し時間はかかったかもしれないが、怒りは自然とベリアルに向けられた」

 クロノにそう言われると、確かに杏子もこの「幼少期のフェイトやユーノの死」が現代のクロノたちにも影響を及ぼすシステムがいまいちわからず、少し混乱もしていた。
 実際、杏子の頭の中で魔女と魔獣の記憶が存在するのもまたそうなのだろう。
 杏子は、一度死んでいた記憶もある。記憶上ではさやかとも親しくなったし、まどかとも少しだけ交流している。──そして、「死後の記憶」は「何もない」。
 それをあまり大きな違和感なく受け止めている自分に、少し違和感を覚えるほどだ。
 ただ、大まかにだけは、クロノの言いたい事がわかった気がした。

「……実は、この艦も、本来なら既に廃艦になっているはずの艦だったんだ。しかし、なのはやフェイト、ユーノの消失と共に、この艦の寿命も延びたらしい。歴史の矯正力というやつのお陰だ」

 なのはやフェイト、プレシアやユーノ、スバルやティアナといった存在の有無により、この艦の少しの無茶で擦り減った寿命が僅かに取り返され、結果的にこうしてアースラが再来したのではないかとクロノたちは推察している。
 彼らにとっても、アースラはもうないはずの艦だった。それが、ある日突然、現れたのである。
 微かな時間だけかもしれないが、ヴィヴィオとアインハルトが出会う時代までこの艦が動き、彼女を乗せる事になったというのは数奇な運命だ。

「──この子が役目を終えるのは、それだけ多くの仕事をしてきたという事でもあったんやけどな。……廃艦は寂しいけど、それも全部、みんなとの戦いの勲章や。それを思うと、こうしてこの子がまだ使えるのは複雑やわ」

 一方、はやてという関西弁の美女の方はそんな艦の現状に不服でもあるらしい。
 このアースラに愛着があるからこそ、新しい時代まで酷使され続ける事に対して、妙に残念そうに呟いているようだった。

「まあ、そう言うな。この未登録の“アースラ”だからこそ、時空移動にはベリアルたちの“管理”に対しての制限がない──今はこのアースラの存在が、都合が良いんだ」

 元々、時空管理局もベリアル帝国によって一部鎮圧されていた状態だった。
 クラウディアなどといった現行の艦は全てベリアルたちの管理の影響で使用不能となり、渡航そのものが不可能となった際に、彼らの目の前に提示された唯一の希望がこのアースラだったのである。
 ベリアル帝国による奪取や制限がかけられた中、当時とほぼ同じく自由に駆動させる事が出来たこのアースラは天の助けだ。彼らはそれを利用し、異世界の技術によって更なる補填や時空移動能力の強化を行い、ベリアル帝国との戦いに臨もうとしたのである。

「……フェイトたちが載った艦、か」
「ああ。だから、この艦が今、こうして動くのは、まだ幼かった時の彼女たちの力添えだと思う事にしている」

 なのは、フェイト、ユーノ、クロノ──彼らは別時空の存在であったが、そこには疑う余地もない友情が芽生えているらしい。
 実際に、杏子も世界の差など超えて、あらゆる人とここで友達になった。
 それを思えば、彼らも杏子も同じなのかもしれない。

456あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:12:57 ID:2QeaXfr60

「艦内には、たくさんのクルーがいる。時空管理局の人間もいれば、未知の世界から手伝いに来てくれている者もいるんだ。佐倉杏子、僕たちは君を正式にここの乗員として登録している。部屋も既に用意したし、必要があればその他の準備も整える。気になる事があったら何でも聞いて────」

 と、クロノがそう言いかけた瞬間、突如、爆発音が遠く──しかし大きく響いた。
 ──彼らのいたブリッジは大きく傾き、揺れた。おそらく、艦全体が今、何らかの衝撃を受けたのだろう。
 同時に、非常時のサイレンが鳴り響く。

≪WARNING≫ ≪WARNING≫ ≪WARNING≫
「──なんだっ!? 一体!」
≪WARNING≫ ≪WARNING≫ ≪WARNING≫

 明らかに大きく振動した艦に、予期せぬハプニングの香りがした。何事かはわからないが、杏子同様、周囲のクルーも驚いている。ヴィヴィオも艦長も、すぐにそうしたトラブルへの対応を行おうとしていた。
 前方の光景を全て占める≪WARNING≫の警告と共に、オペレーターが叫ぶ。

「艦長……! 大変です! 何者かが後方から追尾し、こちらに攻撃を仕掛けているようです! ──あれは……ラダムです!」

 オペレーターの声に、杏子の心の中で何かが湧きたった。
 責めてくる敵とはどんなものかと思っていたが、よりによってラダムだ。
 その名前を、杏子は聞いた事がある。

「ラダム……!? あの連中は──くそっ!」

 杏子は、せつなの事を思い出す。彼女を殺したテッカマン──テッカマンランスが、ラダムに意識を操られていた。まさしく、仇敵と呼ぶにふさわしい存在である。
 それらは、画面上で、テッカマンとは似ても似つかないモンスターとしてこちらの船に向かってきている。
 それは杏子も初めて見る姿であり、何故オペレーターがあっさりラダムだと認識したのか、杏子には謎に思うくらいだった。

「ベリアルの仲間が仕掛けてきたんだ……! このタイミングで見つかったか……何とか反撃しろ!」

 クロノが艦長らしく、目の前のオペレーターたち全員に指示した。

「既に何とかやってますが、現状のこの艦の装備では、あの大群に対応しきれません…………っ!」
「とにかく回避だ! この空間に生身で侵入した以上、ラダムはいずれ自壊する──!」
「あの数ではそれを待っていられません!」
「それなら、時空移動の準備……! 早く……!」

 クロノが指示すると同時に、艦は時空移動の準備を始めた。
 時空移動というよりか、近くにある座標すら未確定な場所に墜落するように……。
 アースラは時空の渦に飲み込まれていく。

「くっ……!!」

 またも、激しい振動が艦を襲った。ラダムが攻撃を繰り返している。ベリアルがラダムも傘下に入れている証であった。
 立っていたクロノ、はやて、ヴィヴィオ、杏子が大きくバランスを崩す。
 受け身を取れなかった者は、体のどこかを結花にぶつけた。

(なのは……フェイト、ユーノ……このアースラに力をくれ!)

 クロノは内心で祈りながら、這い上がろうとした。
 アースラは、クロノの指示通り、近くのランダムな時空に吸い込まれるように向かっていく。粒子化され、ラダムたちが追って来られないよう、すぐにリープする。

 直後──アースラは、彼らを巻き込み、とある世界に不時着する事になった。





457あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:14:13 ID:2QeaXfr60



 ──そして、アースラが不時着した世界は、とある荒廃した地球であった。

 座標が確認されていない管理外世界だ。ベリアル帝国の影もここにはない。──そもそも、そこには人が住んでいる様子さえ感じられなかった。
 見渡す限り、その世界には何もない。ただ、空気は酷く汚れている事だけはわかった。普通の環境で育った杏子たちは、すぐに口を噤み、呼吸を躊躇ったほどだ。
 乗員の多くは内部で作業にあたっている。クルーの中には整備班も結構乗っているらしく、専門外でも何らかの形で力を添えているようだ。

「……思ったほどの傷じゃなさそうやな。それでも、元々老朽化していた艦やしなぁ。時空移動で無茶しすぎたみたいで、修理までは一週間かかりそうや」
「──生還者探しには、大きなタイムロスができるな。それまでみんな逃げ切ってくれていればいいんだが……」

 はやてからの報告に、クロノが言う。艦長の仕事は杏子が思っているよりも忙しいようである。だから二人で役割を分担しているのかもしれない。
 ともかく、彼らは、今、このアースラの修理に取り掛かっていた。砂漠のような大地である為、アースラの巨体が不時着しても、これといって問題が起きない場所だ。あまり警戒せずに修理ができている。
 ラダムの追跡は時空移動とともに止まったらしく、侵入した気配はなかった。

「……しかし、これがパラレルワールドか? 凄い世界があるもんだな、ヴィヴィオ」
「砂漠、ですかね……? どこの国?」

 杏子とヴィヴィオは技術がなく、修理を手伝えない為、外に出てその世界の周囲の様子を探っている。
 万が一襲撃された場合の為に、杏子、ヴィヴィオ、レイジングハートがセットになっている。他には、キュゥべえを含む妖精&デバイスたちもいた。
 はっきり言って、こうして揃ってどこまでも行く必要がなかった。目の前に広がっているのは、果てしなく変わりのない「嫌な光景」だ。慣れがたい汚染された空気ゆえ、あまりアースラから遠ざかりたくない心理も働く。この先、冒険する意味はなさそうだ。
 ただの砂漠とは気色が違い、何となく不穏な予感が杏子の中にも過っていた。

「酷い場所だな、ここは……」

 杏子が思わず、呟いた。
 すると、そんな折に、タイミング悪く、この世界の住民たちが二人、彼女たちの背中を見つけていたのだった。

「────これは、俺たちの地球の姿だ」

 彼女たちは、その声で、後ろにいた者の姿に気づいた。
 一瞬、クルーかと思われたが、その言葉を聞く限りではそのようには聞こえず、杏子が振り向いた。
 そこには、濃い顔の二人の男がいた。微かに警戒するが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
 いつの間にそこに立っていたのだろう。──彼らも、この場を彷徨っていたようだが。
 杏子はおそるおそる訊いた。

「あ、あんたは……?」
「俺は、南城二。又の名を、宇宙の騎士テッカマンという。この世界の人間だ」
「と、その仲間のアンドロー梅田ってもんだ」

 もう一人、城二の後ろからひょこっと出てきたのは、アフロヘアーが気になる細見の男性だった。随分と変わった名前で、芸人かと思ってしまう。
 この二人の男は、青、緑のそれぞれ変わったスーツを着ており、それによって汚染を耐えようとしている。この世界の住人らしく見えた。

「テッカマン……?」

 城二が口にした「テッカマン」の名に、杏子は反応した。勿論、テッカマンランスやソルテッカマンを連想したのは言うまでもない。一瞬、構えて警戒する。
 だが、既に管理映像で杏子を知っていた城二は、それを察して、返答した。

「……いや、俺はあのバトルロワイアルにおけるテッカマンとは無関係だ。ラダムなんて言うものも知らない。ただ、放送を担当したランボスという男とワルダスターにだけは心当たりがあるんだ。まさか君たちがここにいるとは思っていなかったが、一応伝えておこう」

458あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:14:34 ID:2QeaXfr60

 この世界もベリアルの管理の範囲であり、少なくとも、管理世界にのみ流れるあの映像は映されている。──だから、あそこでテッカマンやスペースナイツという単語が出てくる事に驚いたのは、むしろ城二の方であった。
 ともかく、城二が、杏子たちとの間に誤解の生まれないよう、テッカマンやランボス、ワルダスターについて説明し始めた。

 テッカマン──それは、この世界においては、地球人が開発した宇宙活動用「テックセットシステム」の産物である。ラダムの洗脳とも無関係で、暴走はない。近いのは、宇宙開発用改造人間S-1──つまり、沖一也こと仮面ライダースーパー1であろう。
 そして、それと敵対する悪党星団ワルダスターは、宇宙征服を目論んでいる悪の組織であり、遠い星系からやって来たエイリアンの集団だ。ランボスなる男は、その幹部らしい。
 テッカマンは、かつて、そのワルダスターの基地に乗りこんだのだが、ランボスとドブライはその直前で姿を消してしまい、ワルダスターも一斉に手を引いた。そんな奇妙な幕引きがあったのである。
 ──結果、数日後に「管理」が発生し、地球に帰還した城二たちは、その影響から外れてそれぞれ独自に戦っているとの事である。

「──で、この世界のこの惨状は、一体どうしたんですか? もしかして、ワルダスターたちにやられてしまったとか……」

 ヴィヴィオは、この世界の現状について訊いた。
 この荒廃した大地は何だというのだろう。自分の目の前に広がっている大地には、建造物の成れの果てや、死んだ木々の姿が見える。
 世界自体が、暗く沈んでいるようだった。
 そんなヴィヴィオの無邪気な疑問に対して、城二とアンドローがやや深刻そうな顔を見合わせた。
 ……それから、城二が、少し躊躇し、バツが悪そうに答えた。

「──いや、違う。この大地は……そう。俺たち……地球人自身が破壊したんだ。文明の発展と公害によって、木々は減り、海には毒が流れ、小鳥たちは死んでいった……。そして、この星は、もう人が住めない状態になっている」

 世界を滅ぼしたのは、他ならぬ地球人だった。
 それをワルダスターの所為にはしなかった。──しかし、彼らも何故、これだけ汚れた星をワルダスターが狙うのかは、彼らには見当もつかない状態だ。

「まあ、俺たちもここに代わる第二の地球を探していた矢先に、強制的にここに連れ戻されたんだ。城二も帰って来た事で、嬉しいとは思ってたんだがな……。まさか管理だの……殺し合いだの……言われるなんて思ってなかったぜ。しかし……嬢ちゃん、映像じゃ死んじまってなかったか? 双子か何かか?」

 アンドローはニヒルにそう言った。見たところ、城二は熱血漢、アンドローは皮肉屋というコンビである。しかし、それでいて、二人はどこかバランスも良かった。
 どこか、背中を任せ合う相棒の風格が二人の間にはある。

「えーっと……それは……」

 ヴィヴィオがアンドローにその辺りの経緯を説明しようとするのだが、自分が死亡扱いだった事をすっかり忘れていて言葉に詰まった。
 今後、世界で誰かに会うたびに幽霊扱いされるのだろうか。──そう思うと、少し先が思いやられて項垂れる。
 頭の中で全て纏めて、それを口に出そうとしたその時──。

「……おーい! いたいた、佐倉杏子だ! 外に出てたんだよ、おい、隼人!」

 ふと、また、今度も遠くから杏子を呼ぶ声が響いた。
 城二やアンドローも、ヴィヴィオの言葉を聞くのをやめて、そちらを見た。
 そちら──百メートルほど離れた場所にいたのは、女のように長い艶のある黒髪の美男子だ。彼は、こちらに向けて手を振り、誰かを促しているようだった。

「あっ……あれは!」

 ヴィヴィオは既に彼を知っている。──艦にいた管理局のクルーは、杏子以外、全員知っているような相手だったのだろう。
 そして、その直後──金髪の男が現れた。
 彼は、何故か、もう一人の男の呼びかけとともに、杏子に、猛ダッシュで向かってくる。
 こちらの男こそ、艦の中ではひときわ有名人な存在である。体格が良く、この状況下、何故かエプロンをした彼は、杏子に向かって走りながら、叫んでいた。
 杏子に厭な予感が過った。

「うおおおおおっ!! お前が佐倉杏子か!! 初めましてだな!! 俺は西隼人!! あるいは、ウエスターと呼んでくれっ!!」

459あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:14:55 ID:2QeaXfr60
「なな……なんだこの暑苦しい男っ!?」

 杏子のもとに駆けた彼は、杏子の両肩に手を乗せた。
 西隼人──名前だけは日本人だが、到底そうは見えなかった。一見、名前を無関係に聞こえる仇名を強要するあたり、更にわけがわからない。
 この謎の男に肩を激しく揺らされ、杏子の身体は激しく前後に振れる。
 そして、彼は、杏子の身体を直後に激しく抱きしめた。

「イースを……せつなをありがとぉぉぉぉぉっ!! プリキュアたちと一緒に頑張るお前には感動したぞぉぉぉっ!! そうだ、杏子! お前は俺のドーナツ食べてくれたか!? 食べてなきゃ食え!! いっぱいあるぞ!!!」
「ちょっ……せ、せつな……!? ド、ドーナツ!? あのドーナツ作ったのアンタか!?」
「──食べてくれたんだなぁぁぁぁっ!! どうだ!? 俺のドーナツ!? 美味かったか!?」

 今、わかったのは、彼がドーナツの製作者であるという事実だけだ。
 せつなの名前があったのは気になったが、それについては何も説明してくれないうえに、非常に暑苦しい。

 ──直後に、隼人の身体は別の誰かによって、さらっと引きはがされ、放り投げられる事になった。
 それは、先ほど隼人をこちらに呼んだ、もう一人の長い髪の男だった。

「──えっと、佐倉杏子。今は、彼の事は無視して」
「誰だよ、あんた……」
「僕の名前は南瞬。隼人とせつながいたラビリンスのメンバーだ。今は隼人と二人で一緒にアースラに乗船してる。……で、実は、ちょっと君に一つ頼みたい事があるんだ」

 こちらも、熱血漢の西隼人と、クールな南瞬というコンビであり、そのうち冷静な瞬による説明で、杏子も概ね彼らの素性がわかった。
 城二とアンドローは黙って彼らの様子も見ていた。口が挟めない状態のようであるが、会話の内容は気にしているように見える。
 ともかく、クロノがフェイトやユーノの旧知の仲であるように、彼らは東せつなやプリキュアの旧知の仲間であるという。
 ──つまるところ、ラブ、美希、祈里、せつな、ノーザとはいずれも知り合いだったようだ。
 しかし、そうした彼女たちとの過去に関する話は一度置いておき、別件での依頼を杏子にしたいらしい。瞬は隼人に比べればまだ割り切れる部分がある。

「頼みたい事……?」
「ああ。あの場では制限を受けていたから知らないみたいだけど、君が持っているアカルンは、実はパラレルワールド間の移動の為に使えるんだ。アカルンの力を借りれば、この艦の修理はもっと早く済むし、完成時により早く時空移動ができるようになると思う」

 彼が提案したのは、艦の修理に関する事だった。
 そして、今の杏子の唯一の変身道具であるアカルンの手配を要求したのだ。
 アカルンはこれまで、せつなの相棒として、そのワープ機能をふんだんに使ってあらゆる場面で役立ってきた。その中には、管理局の常識さえも超えた異世界渡航もある。──ラビリンスのメンバーが使うワープも同様に、管理局にとってオーバーテクノロジーだ。

「でも……それは良いけど、アカルンの状態は、大丈夫なのか?」

 杏子は、持ち帰ったデイパックからアカルンを、ひとまず瞬に差し出した。
 アカルンは、今はかなり疲弊した状態である。──杏子も、ピルン、キルン、アカルンの三体を保護しているが、いずれもそうだ。
 果たして、アカルンは力を出し切れるのだろうか──その事がとても心配だった。
 瞬は、そんなアカルンを両手で丁寧に受け取った。

「……アカルン。あの戦いでかなり傷ついているようだね」
「ああ」
「まずは、アカルンの状態を最優先にした上で作業を続ける事にする。それから、念のため、ピルンやキルンも僕に預けてくれないか?」

 所持している二つのリンクルンからピルンやキルンを出す。妖精たちは頷いた。
 アカルンのケアという意味でも、同じ出自の彼女たちの存在が必要だと瞬は考えたのだろう。──ピルンとキルンも理解している。

「……わかった」

 とにかく、瞬と隼人を信用し、杏子はアカルンを彼らに預けた。
 それから、城二とアンドローが杏子たちの説明で、アースラの事を知り、ワルダスターと戦う組織「スペーツナイツ」のメンバーをそこに合流させる事になった。

460あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:15:22 ID:2QeaXfr60







 ──それから、またしばらく時間が経過し、城二やアンドローの仲間であるスペーツナイツも艦の修復に協力を申し出た。スペースナイツのメンバーも、この世界において管理の影響を受けなかったのである。
 杏子は、やはり技術がないので、やむなくアカルンを瞬に渡してから、今は、隼人、城二、アンドロー、ヴィヴィオ、レイジングハート、キュゥべえらとともに部屋で話を聞いている。
 砂漠の先を探検した所で意味がないと城二から聞いたのである。

「……つまるところ、あんたたちのいるラビリンスは、かつて実際にこれと同じ管理を受けたんだな」
「ああ。その時に全パラレルワールドを支配されたはずだが、それでもまだ繋がっていない世界が存在していたようでな。……今はベリアルがその世界を次々と繋げてしまったが」

 隼人の話は、まさしくこの「管理国家」に関する経験上の話題であった。異世界の城二やアンドローは、それを興味深く聞いている。
 杏子とヴィヴィオは、この状況をあのバトルロワイアル中で何度も行った情報交換と重ねた。異世界、別時間軸、そして、同行していなかった間の経緯などを簡潔に引きだすあの感覚にそっくりだった。

「おそらく……あの殺し合いもFUKOを収集し、シフォンを使って多くの人を絶望する為の手段だろう」

 管理のシステムの概略を言うと、「本来赤子の姿をしているインフィニティのメモリ──シフォンを使い、FUKOを集めて支配が完了する」という物だ。それにより、管理エネルギーは莫大になり、無数のパラレルワールドを支配する事に繋がっていく。
 推察するに、あの殺し合いによって世界中から莫大なFUKOを収集し、全パラレルワールドを支配しようとしているのがベリアルではないかという話である。FUKOの収集という手段は、絶望を直接エネルギーにしているインキュベーターのやり方にも似通っているように感じた。
 隼人が、そこから先を続ける。

「とにかく、俺たちはかつての管理のお陰で、管理に対する強い抵抗があった。俺たちの国の人間は多数が今の管理を受けていない。……そして、俺たち旧制ラビリンスの幹部は、自力で異世界に行く事が可能だったからな。なんとかこの艦に合流する事ができた」

 そこで、杏子は一つ突っ込んだ。

「その後で、ここでドーナツを作ってるってわけか。……なんで合流して、よりによって、料理班に来たんだよ?」
「かつて、プリキュアが管理を打ち破った時──俺たちは、『美味しい』という感情を得る事で、メビウスの支配を逃れたのだ。このドーナツがラビリンスを救ってくれたんだ……」
「なるほど……」

 旧制ラビリンスの住民は長らく、感情や味覚が抑圧されていた。
 地球人の持っている「文化」、「娯楽」といった物は一切理解できず、それまで食という行為はラビリンスの住民にとって生命を維持する為の物でしかなかったのである。
 しかし、地球人の持つ文明や文化から来る幸福に、イースやウエスターは次第に惹かれ、結果的に、ラビリンスの中で「美味しい」という感覚が──そして、自我が、生まれ始めたのである。それが管理を破る意志や力に変わっていったのだ。

「……だが! また、あの悪夢の支配が行われようとしている。意識と、未来と、命とが誰かに管理される最悪の時代が……! 俺たちは、手遅れになる前に世界中の人々から幸せを取り戻さなければならない! そして、せつなや、プリキュアたちの仇は絶対に取る! 杏子よ、俺たちもベリアルのところに行けないのは残念だが……せめて、俺の作ったドーナツを共に!」

 隼人のドーナツへの想いや拘りを知り、杏子は彼がここで何をしようとしていたのかをようやく理解する。それにしても、かつて悪の幹部だったとは思えない熱血漢だ。
 ややバカである事も含め、杏子はこの男を嫌いにはなれない。

「そういう事なら、遠慮なくこのドーナツも持って行く。……な? ヴィヴィオ」

 安心してドーナツを受け取り、──小腹が空いた分、杏子はとりあえずそれを少し食べた。
 ヴィヴィオも嬉しそうにそれを受け取る。レイジングハートは──それだけではまだ足りないとさえ思っているようだが──よく見ると、既に食べていた。
 隼人がそれを見て目をキラキラ輝かせて喜んでいる。

461あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:15:39 ID:2QeaXfr60

「……ところで、そのメビウスという存在は一体何者だったんだ?」

 そこで、アンドローが口を挟んだ。
 ……すると、隼人は輝かせていた顔を少し曇らせ、そこから先を告げるのを少し躊躇う。その反応は、先ほど、城二がこの地球を汚したのが自分たちだと告げる前の躊躇に非常に似通っていた。
 しかし、やはり、情報交換の都合上、隼人は口に出した。

「……それは、管理される以前のラビリンスの住民たちが制作したコンピュータだ。文明が発展しすぎたラビリンスは、全ての情報管理や仕事をコンピュータに任せるようになってな……。そのコンピュータがやがて自我を持ち、俺たちを支配する事で苦しみと悲しみをなくそうと試みたんだ。それこそが、メビウスだ」

 ……どの世界も、等しく何らかの傷や罪を抱えているようだ。
 元はと言えば、メビウスの暴走とそれによる支配も、その世界の人間たちが引き起こした悲劇だったのである。
 ある意味では先人の行動のしっぺ返しを食らった世代なのかもしれない。
 とはいえ、やはり、自分の世界の人間の弱さが引き起こした事でもある以上、あまり口にしたくなかったのだろう。

「プリキュアは、メビウスに言った。……確かに、メビウスの支配を受ければ苦しみや悲しみはない。──その代わり、幸せもない、と」
「全く、その通りだな」
「俺たちはかつての過ちを乗り越え、今はラビリンスに幸せを取り戻す為に復興の作業をしていたんだ。……せつなと一緒に。だが巻き込まれた」

 杏子の同意は、ラブ、美希、せつな──あるいはもう一人の祈里──の言葉と思しきそれを噛みしめた為の物だった。確かに、彼女たちなら言いそうな言葉である。
 しかし、そんな杏子たちに向けて、突如として、キュゥべえが言葉をかけた。

「……わけがわからないよ。それだけ聞くと、メビウスによって管理された世界のデメリットはむしろ少ないじゃないか。ベリアルの管理と違って、統制された事によって不都合が起こる事はないと思うよ。ずっとそのままでも問題はなかったんじゃないかい?」
「なんだと……?」

 キュゥべえの言葉に眉を顰める隼人。
 しかし、ここでキュゥべえが反論するのも無理はない。彼には感情は理解できないのである。別段、世界を管理したところで彼にデメリットはないのだが、今回の場合、ベリアルの暴挙によって宇宙が滅びかねないので協力をしているだけに過ぎない。

「よせ。こいつにも感情がないんだよ。そのメビウスって奴とかと同じだ。気にすんな」

 杏子が止めに入った。キュゥべえと喧嘩しても意味がないのは、こうして客観的に見るとよくわかる。一緒にいると頻繁に怒りのボルテージが上がるような相手だ。
 杏子も、先に隼人が怒らなければキュゥべえに何か一言言っていたかもしれないが、隼人が同じく掴みかかろうとした時に、少し気分が晴れて、止めるつもりになった。

「……じゃあ、キュゥべえさん、試しにドーナツ食べてみます?」

 と、ヴィヴィオが言った。
 ここまでの話では、「ラビリンスの人間はドーナツで救われた」、「キュゥべえは感情がない」といった情報がある。試しにキュゥべえにドーナツを食べさせたらどうなのだろうと思ったのだ。

「そうだね。折角だから貰っておこうかな。この星の食べ物は別に嫌いじゃないよ」

 しかし、キュゥべえも、大なり小なり味覚はあるらしく、そんな事を言った。
 この星の食べ物がおいしいと思う感情はあるが、ラビリンスの住民たちと違い、これといって、食文化に対する執着や幸福感はないようである。

「……昔は地球にも随分美味い物があったらしいな。いずれ、この星の食べ物も食って見たいぜ……城二」

 アンドローが、そこで付け加えるように言った。
 何故か、その言葉に彼が地球人ではないような──そんな含みも感じられたが、杏子はそれをあくまで口に出さず、自分の中の違和感という程度にとどめた。


 と、その時──。
 突如、二度目の非常警告が艦内に響いた。──今度は、まだ攻撃を受けていない段階でそれが鳴った。

462あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:15:54 ID:2QeaXfr60
 部屋が一瞬、総立ちするように湧いた。

『──総員に告ぐ。レーダーがワルダスターの宇宙船団を捉えた。外に出ると危険だ、今は艦内で待機せよ! ──繰り返す。レーダーがワルダスターの宇宙船団を捉えた』

 艦内放送が部屋にも鳴り響いた。
 城二とアンドローがそれを聞いて顔色を変えた。──放送の声はクロノによるものだが、おそらくワルダスターを感知したのはスペースナイツ側の人間だろう。
 クロノでは、ワルダスターかどうかの区別はつかないはずだ。

「……チッ。そうか、この世界にもワルダスターがいる……。待機時間が長いと見つかっちまうんだ!」

 安全に修理する事ができない状況であるのを杏子は思い出した。
 この世界に悪党星団ワルダスターが存在し、ベリアル帝国の支配がある以上、ここで修理を何日も続ける事は困難だったのであろう。
 管理局もそれに気づかぬはずはないが、不時着したアースラを動かす事ができず、やむなくこの場で守り続ける事にしていたに違いない。

「ワルダスター……遂にここを見つけて来たか!」
「……城二、ワルダスターは俺たちの専門だ! いっちょやってやろうぜ!」
「ああ! ドブライは、ワルダスターは、──この世界の人間の手で倒してみせるッ!」

 城二とアンドローが、すぐに部屋を抜け出そうと立ち上がった。
 待機せよ、と言われているにも関わらずだ。──ヴィヴィオが立ち上がり、それを止めようとする。

「あっ……二人とも、今は待機命令が──」
「俺たちは艦の人間じゃない。ここでの命令を聞く義理はない!」

 ヴィヴィオを無視し、城二は部屋を飛び出す。その背中を、アンドローが追う。
 最後に彼は、こちらを向き直して、ヴィヴィオたちに微笑んだ。

「──だがな、この艦は俺たちスペースナイツが守って見せるぜ!」







 南城二が、アースラの外に出て空を見ると、確かにワルダスターの艦隊や戦闘機、戦闘メカが総力を上げて襲って来ていた。放送の通りである。見れば地上にも部隊が現れていた。
 すると、城二の元に、一体の青いメカニックが飛行して来る。──それは、敵ではない。
 人間より巨大なそのロボットの名は、ペガス。
 テックセットシステムを内蔵した、人工知能付のロボットである。──城二の心強い仲間だ。奇しくも、Dボウイこと相羽タカヤも、同様の名前の相棒を持っている。

「ペガス……テックセッター!」
「ラーサ!」

 城二の命令を聞き、ペガスは脚部のテックセットシステムを解放する。かつて中破した経験上、それは強化型テッカマンへと変身させるシステムに更新されていた。
 城二がテックセットシステムに入ると、腕から全身に茨の蔦が駆け巡っていった。苦渋に満ちた表情で、その茨の蔦から流れ出る電撃を受ける城二──この苦しみを越え、彼はテッカマンへと変身するのである。
 このテックセットシステムのプロセスを耐えられる人間は限られており、万が一彼以外の人間がこのテックセットシステムを使用した場合、その大半は黒焦げになって死亡してしまう。特異体質の彼ですらこの苦痛を受けるのである。
 ──そして、変身に耐えた時、37分33秒だけ宇宙の騎士へと変身できるのだ。

「俺が、宇宙の騎士──テッカマン!」

 無事変身した城二は、テッカマンとして名乗りを上げ、ペガスに乗って、敵たちのいる空へとステージを移した。





463あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:16:12 ID:2QeaXfr60



「城二! 地上部隊は俺に任せろ!」
「わかった!」

 アンドローとテッカマンとがそう確認し合うと同時に、アースラからは砲撃がワルダスター艦隊に向けて飛び交っていく。
 その魔力の砲撃は確かに艦隊や戦闘機を撃墜していくが、まだ物量に敵わず、何体かのおこぼれを艦に引き寄せている状態であった。
 そんな最中を悠々と飛び立って行く青いマシンと白い超人。
 そして──彼の目の前に大軍を敷いていたのは、敵の大将であった。

「我こそは、宇宙帝王ドブライ! アースラを奪う為、この私が直々にやって来たぞ……」

 テッカマンに向けて、そう語る奇妙な目玉の怪物。──テッカマンと同じくテックセットを果たした“それ”は、ワルダスターの首領であるドブライであった。
 かのドブライは、数百の艦隊の群れの向こうでこちらを呼びかけていた。
 まさか、こうしてこの怪物が直々に地球にやって来るとは、城二も思ってもいなかっただろう。──思わぬ強敵の登場にテッカマンは息を飲んだ。

「貴様が……ドブライ……!」
「会いたかったぞ、テッカマン……!」

 宇宙帝王ドブライ。──それは、テッカマンもまだ会った事のない相手だが、何故か彼はその存在に対する威圧感を覚え、妙に納得した。
 テッカマンがドブライに向かおうとするが、その前をワルダスター艦隊のメカが遮る。

「──テックランサー!」

 双刃の槍・テックランサーを構えたテッカマンは、ドブライとの間を阻み向かってくる戦闘メカを迎え打つ。テッカマンと戦闘メカが交差した時、崩壊したのは、テックランサーの鋭い刃で紙のように引き裂かれたワルダスターメカの方であった。
 真っ二つになった戦艦は空中で爆裂。──内部から炎をあげて、地上に破片が落ち、砂塵に飲み込まれて、再度爆発していく。
 煙は空にもくもくとあがっていく。

「ハァッ!!」

 テックランサーは、次々にドブライまでの道のりを阻むワルダスターのメカを次々と打ち破っていく。
 艦隊のビームはテッカマンの鋼の身体にはほとんど効かなかった。ワルダスターのメカは、一方的に倒されていくのみだ。
 だが──問題は、テッカマンの敵の数はこれまでより遥かに多いという事だ。視界を覆わんばかりの群れである。このままでは、ドブライのもとに辿り着く前に制限時間が来てしまう。37分33秒が過ぎると、テッカマンは肉体崩壊を起こしてしまう。

「くっ……これでは、キリがない……っ!」

 ──多勢に無勢。弱音を漏らし、テッカマンが不安に駆られたその時、地上のアースラから、何人もの魔導師が現れ、テッカマンと同じく空の部隊を迎撃し始めた。
 彼らもそれぞれバリアジャケットを装着し、ワルダスター部隊からアースラを守護すべく派遣された部隊だ。──クロノやはやてから出撃命令を受け、与えられた陣形の通りに、しかし柔軟にワルダスターたちを撃墜すべく現れたのだ。
 命令が少々遅れた為、今になってしまったが、テッカマンの援護も命じられている。
 守護騎士≪ヴォルケンリッター≫、ナンバーズ、ウエスター、サウラーを中心に、管理局の保護下の戦士が空へ、地上へ──ワルダスターを迎え撃つ。

「──テッカマン! 我々も援護する! 同じ騎士として……共に艦を守り抜こう」

 ヴォルケンリッターの一人、シグナムが空を飛び、呆気にとられるテッカマンに並んだ。テッカマンがその姿に驚きを隠せない。
 言葉をかけながらも、彼女の剣型デバイス・レヴァンティンは、艦隊を斬り裂いていた。

「……これは、俺たちの世界の敵だ……! 巻き込まれて倒れても知らんぞ!」

 顔や体を露出させたまま戦うシグナムに──いくらプリキュアや魔法少女を見ていたとはいえ──抵抗感のあるテッカマンは、躊躇した。そもそも、女性が前線に出るという事に、あまり良い印象のない彼だ。
 しかし、そんなテッカマンへとシグナムは言う。

「世界は違えど、守りし者の為に戦うのが騎士のさだめ……。かの戦いで、魔戒の騎士が言っていた通りだ。我々はその使命に殉じるのみ!」
「……っ!」

464あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:16:28 ID:2QeaXfr60

 シグナムとテッカマンは、共に言葉を交わしながらも、着々と目の前のワルダスターたちを打ちのめしていく。そうして地上に零れた戦闘機の成れの果てたちが、アースラを巻き添えにしないよう、防御する部隊もあるようだ。
 普段考えなしに戦う事が多い城二だったが、この管理局という組織はもっと頭を使った戦い方をしているようだった。
 ──彼女たちならば安心だろうか、とテッカマンは思う。

「わかったっ! だが、俺の前では誰も死なせはせん!」
「了解だ。こちらとて、死ぬつもりはない……」

 言うと、テッカマンは左腕からワイヤーを放った。
 伸縮自在のワイヤーは十機ほどの戦闘機を纏めて捕獲し、それらを一斉に縛り上げてしまった。

「──飛龍一閃!!」

 そうして纏められた数十の戦闘機をシグナムの放った魔力が撃墜した。
 全てが爆発する──。誘爆が、更に何十の戦闘機を崩壊させた。
 ドブライまでの道のりが一斉に晴れていく実感がテッカマンの中に湧きあがってくる。

「ドブライ……貴様、一体、何のつもりだ……!? 目的はなんだ……!? 貴様らワルダスターは何故、ベリアル帝国に魂を売ったのだ!?」

 尚も、何体もの敵を屠りながら、テッカマンは目の前に見えてきている敵に訊いた。
 シグナムは、そこから遠ざかり、アースラを迎撃しようとする艦や戦闘機を斬り裂いていた。──テッカマンの為の道を切り開いているのであろう。
 実際、艦長からの指示は、「アースラの護衛」と「テッカマンの援護」である。
 テッカマンはペガスの背の上で、ドブライに向かって飛んでいく。

「聞きたいか……テッカマン!」

 テッカマンとドブライとの距離は縮まるが、それを阻んでいくワルダスターのメカ。
 テックランサーを投擲し、突き刺して破壊する。
 それをワイヤーによって回収し、再び構えたテッカマンは、五十メートルほどの距離の向こうにいるドブライに言う。

「何故、貴様は俺たちを襲うんだッ! ドブライッ!」

 何故、ドブライはこの地球を襲うのか。
 そして、何故、ベリアル帝国に協力するのか。
 この世界の人間の一人として、テッカマンは──南城二は知らなければならなかった。

「フン……ならば、聞くがいい。人間ども──そして、テッカマンよ! ワルダスターが──ベリアル帝国の果たすべき使命を! 貴様らがいかに愚かであるかを……!」







 杏子は、ヴィヴィオの部屋で外の轟音を聞いていた。
 城二、アンドロー、隼人と、戦闘能力を持つ人間は外に出るが、確実に生存して変身ロワイアルの世界に介入しなければならない二人はここで待機──。今にも狙われている艦の中で、じっとしているというのは、戦闘ができる彼女たちには気が気でないものだ。
 しかし、信頼する他にできる事がないというのもまた事実である。

「……うーん」

 と、何故か、キュゥべえがその時は、頭を悩ませていた。

「どうも引っかかるなぁ。あのドブライが何故、ベリアル帝国に協力しているのか……」

 言葉の割にあまり興味がなさそうに聞こえるが、その言葉に、杏子たちは違和感を覚える。
 ──まるで、その言い草だと、敵の首領であるドブライを知っているかのようだ。
 杏子が、おそるおそるキュゥべえに訊いた。

「なぁ……もしかして、お前、ドブライって奴について何か知ってるのか?」
「まあね。僕たちインキュベーターは意識を共有しているから、仲間がワルダスターについて調査していた内容が僕にも伝わって来たんだ。君たちにも教えておいた方がいいかい?」

 ──その返答に、杏子はわなわなと肩を震わせた。

465あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:16:46 ID:2QeaXfr60
 もしかすると、キュゥべえはここにいる人間にとって重要な情報と不要な情報の区別がついていないのだろうか、と。
 それが不要な情報なわけないだろう、と。

「それを早く言えよっ!!」
「それを早く言ってーっ!!」
「それを早く言ってくださいっ!!」

 杏子、ヴィヴィオ、レイジングハートの三人の声が被った。
 スペーツナイツですら全く正体を知らなかったドブライなる存在である。──という事は、つまり、この世界の地球人にとって未知の情報だ。
 テッカマンと協力関係にある以上、それを伝えるのも当然と思われる。
 それに、悪党星団ワルダスターがあの殺し合いに関わっていたという事で、杏子たちにも関わりのある存在であるのは間違いない。
 とうのキュゥべえは、「敵の目的や正体を知って何か得があるのだろうか」という感じである。

「──まあ、君たちがそう言うなら、僕は惜しみない協力をするよ。ただ、情報の正確性でいえば、そこまで信憑性のある物ではないと思ってくれ」

 とにかく、言われれば教えてくれるのがキュゥべえであった。
 今は、情報の秘匿を責めるより、こうしてなんとか情報を引きだした方が有益な存在である。彼は今、この宇宙の状況を知るには、かなり貴重な情報源であるといえよう。

「まず、あのドブライは、彼らの宇宙の意思と意識を共有している生命体だ。──元々は、その星雲の人間の一人であったようだね。ただ、その星雲は、宇宙の膨張に巻き込まれてあと十年で滅んでしまうようだ」

 キュゥべえの話す内容によると、ドブライも、元々は故郷をなくした一個の生命体に過ぎないらしい。
 しかし、それがどういうわけか宇宙の意思なる物と同化してしまったのがワルダスター首領の成り立ちだという。

「だとすると、彼はきっと、自分の星雲に代わる新しい居住地を探しているんだろうね。その過程において、近々滅ぶ多くの星を侵略して、その星の人間を捕虜や部下にする事で保護している。ただ、地球人だけは、あくまで滅ぼそうとしているんだ」
「なんでだ……? 地球人だけは滅ぼすなんて……」

 杏子は、それが不思議で訊いた。
 多くの星を侵略した後、「捕虜」や「部下」にするのが彼らなら、何故、地球人に限って、「殲滅」という手段を取ろうとするのだろう、と。

「……彼は宇宙の意思と意識を共有しているんだよ? それなら、答えは一つじゃないか」

 キュゥべえは、無感情に、冷徹にそこから先を告げてみせた。



「この宇宙にとって、地球人は有害で滅ぼした方が利益になる存在だ。──それが、この世界の宇宙が下した結論だという事だよ」



 キュゥべえは、宇宙人ゆえの客観的な視点だからこそ、全く違和感もなく、その理論だけは受け入れる事ができていたらしい。──まったく、表情を変えていなかった。
 この世界の汚れた空気を鼻で吸い込み、杏子は苦味のある固唾を飲んだ。







 太陽の前で構えるドブライは、それを見上げるテッカマンたちに影を作った。
 残り少なくなったワルダスター艦隊の攻撃が一斉に止む。ドブライが何らかの指示を送ったのだろうか。
 ──しかし、追い詰められたからこそ、ドブライはテッカマンたちに全てを話す時だと思ったのだろう。ドブライが作る影の真下で、テッカマンは息を飲む。

「──この荒んだ大地を見よ、地球人ども!」

 杏子とヴィヴィオがキュゥべえたちを抱えてアースラから、外に出る。

466あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:17:03 ID:2QeaXfr60
 彼女たちもまた、ドブライを見上げ、その声を聞いていた。──キュゥべえの言葉で、ドブライの存在を気にし始めたのである。
 何より、彼の目的を城二やアンドローに伝えなければならないと思ったのだ。
 しかし、そんな事をせずとも、──今、ドブライ本人がそれを告げようとしていた。

「異世界の地球人たちもだ! 知らぬフリをするなよ……? この星は、貴様らの住まう地球の未来の姿だと思うがいいッ!」

 ──彼らの周囲には、砂漠化した日本の姿が広がっていた。
 破壊されたオゾン層の向こうから照り付ける太陽は、人に大量の紫外線を放射し続ける。
 それでも尚、砂漠の中には誰かが捨てたゴミが埋もれ、覗いていた。
 これに近い現状が、杏子やヴィヴィオの世界にも存在しているのだ──。

「貴様らが好きに踏み荒らした結果、大気や海は汚染され、この星は生物がまともに住めない状態にまで痛めつけられたのだ! 我々にはそれが考え難かった、──ここまで自分たちの住まう星を穢す事の出来る生物が宇宙にいるなどとはな……! まして、この星の人間たちが宇宙に進出し、また第二、第三の地球を生みだそうとする事など絶対に許さん!!」

 怒りに震えた語調のドブライ。
 ──テッカマンやスペースナイツのように、この星を確かに穢した地球人の同族たちは、その言葉に対して口を噤んだ。
 ワルダスターは多くの星を滅ぼしているはずだが、この時ばかりは、自分たちの抱える罪を指摘され、安易に言葉を返す事が出来なかったのだろう。

 しかし、少しして、テッカマンは、彼に言葉を返した。

「──だからといって、何故、そこまで、俺たちを憎むんだ!」

 そうだ。……それは、ワルダスターが積極的に地球人を始末しようとする理由にはならない。
 ──テッカマンが、まだ「ドブライが宇宙の意思を共有している存在である」と知らなかったからこそ出た問いだが、ドブライが単なる正義感で地球人を滅ぼそうとしたとは城二には考え難かった。
 これまで幾つもの悪辣な作戦を仕掛けてきた彼らである。そう易々と信頼する事は、彼らには出来なかった。

「テッカマンよ……私はかつて、宇宙の声を聞いた。それによれば、我々の住まい、愛する星雲は、宇宙の膨張によって、あと十年で滅んでしまう運命だという……。私は、故郷が滅びぬように努めてきた。──だが、私たちの星は、運命に抗えず消滅する!」

 ドブライも、一人の人間だ。
 この宇宙に生きる一人の人間が、目の前に立ちはだかる怪物なのだと──それを、テッカマンは今、思い出す。
 ランボスやワルダスターの人間たちも同様だ。我々、という言葉から察するに、彼らは元々、一つの惑星の出身である可能性が高い。そこで健やかに生きてきたのが自分たちだと、ワルダスターは言う。
 先ほど撃墜した戦艦や戦闘機に乗っていたワルダスターの戦闘員たちも──これまで倒してきたワルダスターも、全て同様であった。

「故郷を離れた我々は、同じくあと少しで滅びる星の人間を仲間に引き入れ、新天地を得るべく、この太陽系に辿り着いた。そして、そこにはあらゆる人間たちにも適合する──そして、何より、あと十億年以上も、平和に人が住める環境の惑星があった。それがこの地球だ。……だが、実際に来てみれば、地球はご覧の有様だ!」

 テッカマンは、そう言われて俯いた。
 宇宙には、あと数十年で滅ぶ星がある中で、十億年以上人が住めるこの地球は非常に恵まれた、希望の星だったのだろう。
 それが、今、そこに住んでいる人間の手によって、こうして死の星になっている。

「我々の技術を使えば、この星は元の豊かな地球に戻る……。だが、ここに住む愚かな生物を──地球人を根絶やしにしなければ、ここは我々や我々の子孫が、新しく住まう場所にはならない……。そうしなければ、また、いつこの地球が今の状態と同じになるかわからんからだ……ッ!」

 ワルダスター艦隊の中にもどよめきの声が湧いていた。
 ドブライは、自分の部下たちにもまだ全てを教えていない。──中には、自分の住んでいた星は侵略されたと思いこんでいる者も何人もいる。
 だが、残り数十年の星の民たちは、ドブライによって“守られていた”のだ。
 そんな事実を知り、手を止め始めていた。

「……城二。少なくともこいつの言っている事、嘘じゃねえぜ。ここまで酷い環境に出来るのはこの宇宙でも、地球人たち──宇宙でもごく僅かな星人たちだけだ」

467あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:17:24 ID:2QeaXfr60
「アンドロー……」

 アンドロー梅田は、実は、サンノー星と言う地球より技術の進んだ惑星の出身だ。だからこそ、この宇宙を広く知っている。
 ここにいる中では、その事実はまだ城二やスペーツナイツのメンバーしか知らないが、かつてはワルダスターによって父を殺された城二によって、「宇宙人だから」という理由で差別を受けた身でもある。そんな城二に、アンドローはこれまで何度も反発した。
 アンドロー自身も、城二は──地球人は、愚かだと何度思った事だろう。

 だが──

「だがなッ! 俺はここにいる城二たちが良い奴だって知ってるんだ! 地球人という人種で纏めて悪に仕立てて、全て殺そうとする方が愚かな事じゃないか、ドブライ! ──クリーン・アース計画を、今すぐにでも実行できるんだろう? ならば、何故、この星の人と手を取りあい生きていこうとしないんだ!?」

 ──そんな城二とアンドローには、いつしか、認め合う心が生まれていた。
 城二はそれらの罪を悔い改めようとしている。友好を結ぼうとした異星人を誤って撃墜し、殺してしまい、その家族に銃を向けられた時──彼は、別の星の人間を纏めて憎もうとする愚かさを知ったはずだ。
 地球もサンノー星も関係なく、互いの悪いところを認め、それでも生きていく強さを知った──城二も、アンドローも、同様に。

「手を取り生きるだと……? 異民族で何千年も戦争を繰り広げ続ける地球人と手を取り合う愚か者は……この宇宙でも貴様だけだ、アンドロー梅田!」

 ドブライがそう言った時、ラビリンスに住まうサウラーとウエスターが拳を固く握った。
 思わず、彼らの口から、ドブライへの反論が発される──。何も言わずに黙っているわけにはいかなかったのだ。

「いや。そうじゃない。ここにもいる……! 僕たちも地球の人間ではないが、何人もの地球人と知り合い、友達になった! いくつもの文化に触れた……。お互いに対話をして、友達になったんだ! 何故お前は人と向き合おうとしないんだ!」
「お前の理想とする世界には、確かに悲しみも憎しみも苦しみもないかもしれない──もしかしたら、それによって宇宙は平和を得るかもしれない。だがな、幸せもないし、ドーナツもない! そんな世界に何の意味がある!」

 ──彼らラビリンスは、かつて、プリキュアに過ちを正された。
 そして、何より、そこで出会ったプリキュアと、世界や種族さえも超えて仲良くなった。彼女たちは、ラビリンスの過ちを認め、受け入れ、そして、それでも尚、迎え入れたのである。地球人もまた、自分たちが同じ過ちを犯す可能性を認めた。
 そんな彼女たちを見てきたサウラーとウエスターは、ドブライがこの上なく愚かな相手に見えた。
 まるで、ドブライの言葉が我儘のようにさえ感じられたのだ。

「黙れッ!! この地球は地球人の住まうべき星ではない──それが宇宙の意思なのだだ! 今の我々は、抵抗しなければこれ以上むやみに貴様らの命は奪わん! ベリアルの管理によって、愚かな貴様らがこれ以上、この星を汚さぬように貴様らの欲望を抑制し続ければいいのだ! そうなればこの星には再び花が咲き誇る! 我々の支配が完了すれば、この星にも緑が戻り、我々と地球人が共存し、宇宙はより平和になる……!」

 ドブライは言葉を続ける。
 そんな中、地上でその様子を見ていた佐倉杏子は、ドブライの演説に、耐え難い苛立ちを覚えていた。
 彼女は、無意識に奥歯を強く噛み、俯き、震えていた。拳は固く握られ、両肩がぴんと張る。

「……ドブライ……ッ!」

 彼──ドブライの言っている事は、一見すると尤もかもしれない。宇宙の意思が言うのならば真実かもしれないし、それが「正義」なのかもしれない。──だが、だからといって、ドブライの言葉を認める事などできるわけがない。
 あの殺し合いを開いた組織に加担したのがドブライだ。
 ──それを、杏子は思い出す。遥か上空にいるドブライに声を届かせるべく──彼女は、怒りのたけを空に向けて、叫んだ。



「────何の罪もない奴らの自由を奪って、何が平和だよッッ!!!!!」



 それは、衝動的に爆発した物だった。──誰もが、杏子の声に動きを止めた。ここに出てきて、ドブライに存在を気づかせた杏子の姿に冷や汗をかいた者もいるだろう。本来、彼女は保護対象で、ここに来てはならない者である。

468あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:17:45 ID:2QeaXfr60

 だが、杏子は強い怒りを感じずにはいられなかった。たとえ、どんな目的があろうと──その過程で、あの殺し合いが開かれたのは事実だ。
 そして、杏子はそこにいる一人として、大事な物を喪っていく実感を強く覚えてきた人間だった。
 あの殺し合いの中で、大事な物が順番に一つずつ、消されていく事──そして、これから消されていくかもしれない恐怖に何度もぶち当たってきたのだ。その感覚は今も残っている。

「フェイトも、ユーノも、せつなも、姫矢も、ラブも、マミも、さやかも、まどかも、ほむらも……みんな良い奴だった、友達だったんだよ! なんで殺しちまったんだよ!!」

 あの殺し合いによって何かを奪われた多くの人たちの怒りと、自分自身の感情が、杏子の口からドブライに向けられる。
 あの殺し合いを開く必要は本当にあったのだろうか。──いや、あったとしても、そこに巻き込まれた杏子は、それを絶対に許さない。
 それがたとえ、世界の望んだ答えだとしても、彼女が許す事は絶対にない。

「みんな、折角友達になれたんだぞ……!? それが、あんたらのつまんねえゲームに巻き込まれて、みんな……みんな、いなくなっちまったんだ!!! 見てただろ、ヴィヴィオを……大事な物、あんたらに全部奪われちまった……!!」

 母を失い、友を喪ったヴィヴィオ。
 彼女は、杏子の隣で、ただ険しい顔でドブライの方を見つめている。

「──大事な物を理不尽に奪われる気持ち、あんたにはわかんねえのかよッ! 住む星がなくなっちまったってなら、わかるだろ……ッ!!!」

 ──しかし、そんな杏子の心の訴えは、ドブライには通らない。
 その声を耳に入れながらも、しかし、

「フン……殺し合いの生き残りか……!! 地球人のくせに小賢しいわッ!! 平和の為に犠牲はつきものだ!! 貴様も今すぐに、仲間のもとに送ってやろう……」

 ドブライは、ただ──無慈悲だった。
 それどころか、ベリアルの世界に侵入できる数少ない残存兵力がのうのうと前に出てきたと思い、ヴィヴィオもろともここで消し去るチャンスだとさえ思ったのだ。
 誰もが、呆気にとられて動きを止めていた最中、ドブライの眼球に、一瞬でエネルギーが充填されていく。
 そして、彼は叫んだ。

「──ボルテッカッ!!」

 ──杏子に向けて一直線に飛んでいくドブライのボルテッカ。
 地上にいる杏子に向けて、スターライトブレイカーさえも超える砲撃が発射される。

「──!?」

 杏子も一瞬、息を飲んで死を覚悟した。
 想像以上の威力と圧倒。──しかし、それに対して目を瞑る事はなかった。

「はぁっ!!」

 確かに、今、危機的状況に感じたが、その直前に、ボルテッカに反応できた者たちがいたのだ。
 杏子の目線の中でも、魔導師たちが杏子たちの前に駆け出して飛び上がり、ボルテッカを防御魔法で封殺する。この包囲網は杏子たちにとって充分安全らしい。──まあ、魔導師たちからすればかなり間一髪の手ごたえだったのだが。
 それと同時に、バリアのこちら側で杏子のもとにやって来た、一人のヴォルケンリッターは、激しく杏子を罵倒した。

「──あぶねえだろバカ!! 戦えない癖に出てくんな!!」

 ハンマーを持った全身赤い服の赤髪少女、ヴィータである。
 しかし、ヴィータはボルテッカのエネルギーに耐えきれず、杏子たちの方に吹っ飛んできた。──思い切り、杏子の元へとぶつかってくる。

「……ったく、中で待機してろっつってんのに、なんで出てくるんだよバカ野郎! あんたに今、死なれると、こっちが迷惑すんだよ!」

469あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:18:00 ID:2QeaXfr60

 ヴィータも杏子同様、可愛い声と姿ながら、おそろしく口が悪かった。
 物凄く不愉快そうな顔で杏子にグチグチと言い続ける。杏子としても、それは尤もだと思ったが、それでも杏子は不愉快な顔になる。

「──なんだあんた、初対面でいきなりバカ呼ばわりしやがって」
「……ていうか、マジにあんたに世界がかかってるってのが信じられねえって……」
「助けてくれたのは礼を言うけどさ、それはそれとしてバカ呼ばわりはないだろ!? 失礼なチビだな……」
「うるせえ、チビじゃねえよ。バーカバーカ……!」

 ドブライにボルテッカに殺されかけた事など忘れて、目の前の相手といがみ合う二人。
 その瞬間、バリアがようやく、ボルテッカのエネルギーを弾き返し、その残滓を砂漠の彼方に落とした。安心できるのはようやく今この段階であるという事なのだが、緊張感のない二人である。

「……ヴィータさんと杏子さん、出会って二秒で仲良くなっちゃったね」
「そんな気はしてました。──正直、杏子を初めて見た時、彼女を思い出しましたから」

 ヴィヴィオとレイジングハートは、とりあえず、その様子を見て一安心であった。

「──良かった、地上の人たちは無事か……」

 その遥か数十メートル上空で、テッカマンも一安心していたようだ。
 しかし、その安心は束の間だ。彼は今が戦闘中である事を全く忘れていない。
 無抵抗の少女を殺害しようとしたドブライを睨み、構えた。

「──ドブライッ! 貴様の戯言はもう聞き飽きた! 貴様が何者で、どんな目的があろうとも関係ない! 俺たちは、この人たちの自由を脅かす貴様を倒す!」
「貴様の歪んだ正義を打ち砕き……彼女たちを守ってみせる!」

 テッカマンに、シグナムたち──管理局の空戦魔導師たちが並んだ。
 ワルダスター艦隊は撃退こそしていないが、ドブライの話を聞き、戦意喪失直前──即ち、自分がどう動くべきなのかわからない状態になっていたようだ。

「喰らえ……ボルテッカァァァァッッッ!!」
「火竜一閃ッ!!」

 ドブライに向け、テッカマンたちのあらゆる技が炸裂した。
 人々の怒りは、一瞬にしてドブライの身体を飲み込んでいく。──すると、ドブライの身体が光に焼かれ、空中で爆発する。
 思いの外、あっさりと、彼らの怒りを前に沈んだ。







 ドブライは、ぼろぼろの身体で、ぷすぷすと煙をあげながら、地上に落下していた。
 どこかの星の人間とは思えないその奇怪な容姿。一つの目玉から無数の触手を這わせる、不快な色の物体は、黒い煙を発する空を見上げる。

「ぐっ……バカな……っ!」

 それから、また、目を別の場所にやった。
 彼の目線の先には──、キュゥべえがいた。ドブライとキュゥべえの目が合った時、ドブライはしめたと思ったくらいだ。

「おお……インキュベーターよ、私とベリアルの目的も貴様と同じだ……。この宇宙の膨張を先延ばしにし、宇宙を救う事ができる……! 頼む……協力してくれ……!」

 テッカマンだけならばまだしも、管理局の魔導師たちを敵に回してしまったのがいけなかったのだろう。──一斉に魔力やボルテッカが流れ込んだ為に、ドブライたれども耐えきれないダメージが襲っていた。
 彼は、最後に、このキュゥべえに協力を要請する。感情に流されず、絶対に宇宙に対して平等な判断を下せる彼である。間違いなく、自分に協力してくれるだろう。
 キュゥべえはそんな彼を、無表情で見下ろしていた。

「──残念だけど、ドブライ。君の言っている事は、僕にも全くわけがわからないよ」

 だが──彼の言葉から出るのは、相変わらず無慈悲な一言。

470あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:18:18 ID:2QeaXfr60
 ドブライの顔色が変わる。
 そして、──キュゥべえがそこから告げるのは、確かに一切の感情を排した生物の突きつける冷徹な事実であった。

「おかしいとは思っていたんだ。君たちの宇宙には、意思があるなんてね。──宇宙は、あくまで僕たちの居住地であって、生命体じゃないはずなんだ。どうして、君たちの宇宙に限って、意識なんていう物があるのかと思っていたけど、ようやくその意味がわかった」

 キュゥべえは、あれからずっと、ドブライについて考えていたようである。
 そして、その思案の果てに、ドブライについて、彼はこう結論した。



「結論から言うよ。君が感じたもの……それは、おそらく──宇宙の意思なんかじゃなくて、ベリアルの声さ」



 そう──ドブライは、「宇宙の意思」を感じていたわけではないという事である。
 その事実が、ドブライの脳に衝撃を与えた。

「なん、だと……?」

 驚いているのは、ドブライだけではなかった。
 彼のもとに集まっている、杏子やヴィヴィオ、城二やアンドロー、ウエスターやサウラー、ヴォルケンリッターやナンバーズ……果ては、ワルダスターのメンバーまでもが、その事実に驚愕する。
 先ほどのドブライの言葉は全て嘘だったというのだろうか。

「君がワルダスターを結成する前から、ベリアルは君たちに目をつけていたんだろうね。そして、ベリアルに利用されてしまった。──君は、感情に縛られすぎているんだよ。宇宙があんなに感情的なはずないからね。あれは、他ならぬ君自身の憎しみなんじゃないかな。本当に君たちの感情って余計だよね。だから、こんな間の抜けた失敗で宇宙に住む他の生物に迷惑をかけるんだ」

 そして、更に無慈悲な事実を、キュゥべえは突きつける。
 彼には感情がないから、ドブライへの配慮などまるで行わない。
 たとえそれがどんな事実であれ、躊躇う事なく全てを告げていくのだ。
 過ちを犯した者への救済を、キュゥべえは一切考えない。

「実際には、ベリアルの暴挙は、このまま宇宙の寿命を縮める一方だよ。──それには、僕たちも迷惑しているんだ」

 杏子たち全員が知っていた事実と、ドブライの主張との決定的な矛盾がそこだった。
 何故、宇宙の寿命が縮まっているのに──宇宙の意思が、それを手助けしようとするのか。
 そう思い続けていたが、ドブライは誤解を植えられ、利用されていたに過ぎないのだ。

 ──これまでのテッカマンとワルダスターの長い戦いすべての答えだった。
 何の為の戦いをしてきたのか、と思うのはドブライだけではない。スペーツナイツも、地球人も、ワルダスターも、いずれも同じだった。

「ならば、私のしてきた事は……」
「全部、独りよがりの勝手な思い込みだよ。宇宙の意思だなんて思い上がりも良いところだね。どうしてそう思ったのかな? ちょっとびっくりしちゃったよ」

 その瞬間、ドブライの中の何かが崩れていく。
 自らが重ねた途方もない数の罪が、全て──正義の為ではなく、無意味なジェノサイドに変わり果てていく。
 ならば、正しいのは、あれほど憎んでいたテッカマンの方だった──という事だ。

「……なんという、事だ……。私のしてきた事は……全て……私は何のために、今日まで……」

 愛する宇宙を自らが穢していた事に気づいたドブライは、落胆し、力を失っていった。
 自分は、全て、ベリアルに利用されていたにすぎなかったのだろうか。──母星と宇宙を想う感情が、ベリアルに目を突けられ、それを利用され、この世界のテッカマンの戦いを繰り広げさせていたというのだ。
 全ては無駄どころか、世界にとってマイナスでしかなかったのである。

「ドブライ……」

 そんなドブライを、テッカマンたちも少しずつ憐れみ始めていた。

471あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:18:37 ID:2QeaXfr60
 そして、意を決して、杏子と白には彼のもとへと歩いていき、屈んで声をかけた。周囲がざわめき始めるが、ドブライにはもはや攻撃の意思などなかった。
 二人が、言う。

「──ドブライ。あんたも罪を償えば、いいじゃないか。今日までじゃなくて、今から全て償えばいいんじゃないのか……? あたしたちだってみんな、そうしてきたんだ……。人は何度でもやり直せるって、あたしたちもみんな、誰かに教えてもらってきたんだ」
「そうだ……今からでもいい。ドブライ、お前たちはこの地球で共に暮らし、その中で共に罪を償えばいいんだ。……この宇宙を愛してきたお前ならきっと、この地球も愛してくれるはずだ。共に手を取り合い、この地球を再興させよう、ドブライ」

 そんな二人の姿を、ドブライは、ろくに動かない体で眺め続ける。
 彼らが何を言っているのか、ドブライには少しわかりかねた。
 杏子はドブライたちが開いた殺し合いに巻き込まれ、その中で多くの物を喪ってきた。
 城二はドブライたちとの長い戦いで父を喪い、心や体をすり減らしてきたはずだ。
 その全てを簡単に許す事などできないはずだが──現実に、杏子と城二の二人は、その手段をドブライに向けようとしている。

「……南城二、佐倉杏子……。この私を許すつもりか……?」
「ああ。あたしの友達なら、きっとそうする。……そして、あたしもあんたが立ち直って、ここにいる地球の人たちと手を取り合って生きるのを見たいと思ってる」
「これ以上、俺たちが憎み合っても意味はない……。俺たちの敵はベリアルだ!」

 しかし、そんな杏子と城二の厚意に、ドブライは一度、目を瞑った。
 何故、彼らを苦しめたのか──それが今のドブライにはわからない。
 サウラーの言った事と同じく、「対話」が足りていなかったのかもしれない。お互いにしっかりと話し合えば、ドブライも地球人の良い所にもっと早くに気づく事ができたのは間違いないのだ。
 彼らに手を差し伸べたいところだが、ドブライは、その時、自分の身体のある異変に気づいていた。

「いや……折角の厚意だが……無理だな……、……私の命は……ベリアルに管理されている……。どうやら……それが、遂に、尽きる時が……来たようだ……。すまない……こんな過ちの為に……君たちの……大事な物を、犠牲に……」

 更に、ドブライの身体から、ぷすぷすと、煙が上がっていく。
 それは明らかに、テッカマンや魔導師たちの攻撃による物ではなかった。──なぜなら、今この瞬間から、突如として、ドブライの身体に炎が灯ったからだ。

「ぐっ……!」
「何──!?」

 ぼわっ、と、音が鳴り、その直後にドブライの身体が一斉に業火に包まれた。
 城二と杏子が、咄嗟にドブライの後ろに下がる。

「……杏子よ。君のソウルジェムが……光が……きっとまた、輝く時が来る……その光で、ベリアルを、きっと倒してくれ……」

 体を燃やしながらも、ドブライは最後に杏子に言葉を伝えようとした。
 彼を葬ろうとしているのは他ならぬベリアルだが──そんな彼に何もしてやれないのが、杏子には心苦しかったのだ。
 真っ赤な炎が、そこにいる全員の瞳に映る。

「────スペースナイツよ……! 私の仲間とともに……この地球を……立て直せ……! 花を咲かせるんだ……この地球に……、過ちを繰り返させるな……ッ!」

 そして、城二にもまた、ドブライの最期を目に焼き付けていた。
 和解の道が開きかけていたドブライを無残にも焼き払ったベリアル。──城二の心の中に、怒りの炎が燃え上がる。
 この奇妙な宇宙人の遺体は、直後に完全に燃え尽きてしまった。
 ベリアルのこの処刑には、もはや水や魔法は無意味で、ドブライには死の運命しかなかったようである。

「きっと、ドブライも自分たちの安住の地を長く探してきたんだ……だから、その終わりが欲しかったんだろう。その心をベリアルに付け込まれた」

 アンドローが、少し渇いた口ぶりで言った。この男も、こう見えて熱血漢だ。内心で炎が燃えているのは間違いない。
 そして、城二もそんなアンドローの方を見つめた。

「彼も、終わりのない旅に、終わりを告げたかったのか……! 俺たちと同じに!」

472あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:19:12 ID:2QeaXfr60

 これまでのワルダスターのあらゆる暴挙──そして、父の死も、元を辿れば全てベリアルが原因だと知ったテッカマン。
 だが、彼にベリアルを倒す術はなかった。
 その歯がゆさを噛みしめ、しかし、ここに出来た新しい仲間たちに託し──この宇宙の平和を、ガイアセイバーズに託す。
 ──果てのなかったスペースナイツの戦いは、こうして終わりを告げた。



【ドブライ@宇宙の騎士テッカマン 死亡】







 翌日。

「……アースラの修理は、スペースナイツの協力のお陰もあって、何とか無事、予定より早い今日の内に終了しました。──スペーツナイツの皆さん、協力を感謝します」

 はやてが、そうして目の前のスペースナイツのメンバーたちに向けてお辞儀をした。
 城二、アンドロー、ペガスのほか、何名ものスペースナイツのメンバーと、管理局のメンバーが向かい合っている。──これは、旅立ちの前の儀式のようなものだった。

 ドブライとの戦いから一日経った後には、アカルンの回復と、スペースナイツとワルダスターの発展した技術によるアースラの修復が行われ、遂に時空移動の負担も軽減される事になった。今よりもっと素早く、かつ艦に負担のかからない広範囲の時空移動が出来るよう、前面アップグレードが施されたのだ。
 内装や外装はほとんど変わらないように見えるが、これによって残り生還者の保護もより迅速に行える事になるだろう。

「この星は、ここにいるワルダスターの残党とともに、クリーン・アース計画で再び元に戻して見せる。そして、今度は二度とこの美しい地球があんな風にならないよう、ここに住むたくさんの人間たちに呼びかけよう」

 城二が、これからアースラで旅立って行く人々に言った。
 彼もアースラに乗りこみ、ベリアルを倒しに行きたいくらいだが、残念ながらそれは叶わない。城二たち数人が乗りこんだ所で、ベリアルとの戦いには挑めず、艦内の食糧やエネルギーを消費するだけになってしまう。
 ──やはり杏子たちを信じ、これから先もこの場で応援するくらいしか彼らには出来ないのだ。
 それに、今は管理に屈せず、この荒れた世界をワルダスターの残党や残った地球人たちとともに立て直していくのも、彼らがすべき使命である。

「確かに宇宙は意識を持ってないかもしれない。──だが、地球人はヤオヨロズの神なんて物を信じてるんだろ? だとすると、この宇宙にも恥ずかしくないようにしねえとな」

 アンドローが言う。彼は、サンノー星人という自らの正体をここにいる全員に明かしたが、そこから先、これといって差別などを受ける事はなかった。
 元々、ラビリンスやミッドチルダなど、様々な異世界の人間が集っている集団であった為、別段、サンノー星人が珍しくもなかったのだろう。

「……君たちとも、またいずれ、どこかで会おう。ワルダスターとこうして友好を築けたのは、ここにいるみんなのお陰だ。──管理局のみんな、ガイアセイバーズのみんな……ありがとう」

 城二が、その時は、少し爽やかにそう言った。
 そして、目の前にいる杏子の手を固く握る。
 アンドローはヴィヴィオ、ペガスはレイジングハートとそれぞれ手を取り、これからの互いの健闘を誓い合った。
 この世界は一時的に寄った物で、これから先、アースラは他の仲間たちを探す為に旅に出なければならない。



 そして──アースラは旅立つ。
 今は、少しの猶予もない。残りの仲間を集める為、アースラは空へ飛び、アカルンとの連結エンジンの力で時空の波へと飛び去ろうとしていた。
 確かに、そこから感じる魔力がこれまでと違うのをレイジングハートは感じている。

473あたしの、いくつものアヤマチ ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:19:26 ID:2QeaXfr60

「──佐倉杏子、高町ヴィヴィオ、レイジングハート……! 君たちとガイアセイバーズの健闘を祈る!」
「必ずベベリアルを倒してくれよ!」
「またこの世界に来てください」

 手を振る城二、アンドロー、ペガス──スペースナイツの人々の姿が遠ざかる。
 それを部屋のモニターで見ていた杏子たちは、彼らには決して届かない返事を返した。

「おう」
「はいっ!」
「ラーサ」

 レイジングハートが変な返事をしていたので、残り二人が少し目を丸くする。
 しかし──笑いながら、ここにいる生還者は次の仲間たちを探しに旅に出る。
 テッカマンの世界を離れ、先ほどよりもスムーズな時空移動が行われた。──突入する異次元は、先ほどと景色が違う。
 ラダムの介入──つまり、ベリアルたちの介入できる時空ではない、全く別のルートをアカルンが通っているのだ。

 今のアースラは、時空管理局が持つ技術、ラビリンスの世界の技術、テッカマンの世界の技術が一同に集まった最新型の装備が施されている。
 最先端の場にいたヴィヴィオやレイジングハートも、これは世界と世界が繋がっている証なのだと感じていた。

「色んな世界に友達が出来ちまったな」
「そうですね。だから、私たちも……広がっていく世界の人たちを守る為に戦わなくちゃ……!」


 ──そして、その後、仮面ライダースカルの世界で左翔太郎、プリキュアの世界で花咲つぼみが順番に見つけ出され、アースラの乗員になった。
 自分の世界にいたつぼみなどは、本来ならばもっと早く合流出来たかもしれないが、ラダムの襲撃や諸々の事象により、ようやくまた合流できたという所だ。
 彼らがヴィヴィオの姿に驚き、ヴィヴィオが何度目になるかわからない説明をしたのは言うまでもない。


 残る生還者は、蒼乃美希、涼邑零、涼村暁、響良牙、そして、血祭ドウコク。
 アースラは、彼らを探す為、また新しい時空へと旅を続けようとしていた──。



【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ GAME Re;START】
【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはシリーズ GAME Re;START】
【レイジングハート・エクセリオン@魔法少女リリカルなのはシリーズ GAME Re;START】

474 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:22:04 ID:2QeaXfr60
以上、投下終了です。
「宇宙の騎士テッカマン」は、当時、「俺たちの戦いはこれからだ!」っていう感じで終わる未完エンドだったので、資料をもとに勝手に独自解釈の設定を色々加えて変身ロワと繋げてみました。
実際の原作ではドブライの正体とかは特に触れていません。ロマンアルバムに掲載されていた3クール目以降の展開をちょいちょい啄んだ形です。
何かしら感想とか指摘とかあったらお願いします。

475名無しさん:2015/07/26(日) 18:48:28 ID:pnbxZZa20
投下おつー!
最早完全に変身ロワ第二部新番組、ガイアセイバー
テッカマン完結編が来るとは
スパロボとかでよくあるけど、こういう打ち切り作をクロスオーバーで補って綺麗にまとめるのはすごく好き
次はどういうのが来るのやらw

476名無しさん:2015/07/26(日) 22:36:59 ID:Ujtx/Cj20
投下乙!
くっそおー、テッカマン未視聴なのが悔しいぞ!
でも、未完で終わった作品を他作品と絡めて完結させてくるとかすごい
上の感想でもいわれてるけど、アースラ(戦艦)の存在もあいまって今回すげえスパロボ感あって楽しかったわ
宇宙の意思の正体=ベリアルってつなげ方にも驚いたし、城二と杏子に看取られながらのドブライの最期はうるっときました
次の世界も楽しみにしてます
改めて乙です!

477 ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:39:28 ID:OupDhxSw0
まだ前回の投下から一日経って予約もしていませんが、書きあがったので涼村暁で投下します。

478時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:40:14 ID:OupDhxSw0








 ────悪夢のバトルロワイアルから三日!!!!!




















 ────あのバトルロワイアルの生還者・超光戦士シャンゼリオンにして名探偵の涼村暁はッ!!!!!!!































  ──────女遊びをしていたッ!!!!!!!!!!!














479時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:40:31 ID:OupDhxSw0



「「「「ケーキ!! ケーキ!! まあるいケーキはだ・あ・れ〜?」」」」

「「「「フゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!!!!」」」」

 懐かしき涼村探偵事務所に帰って来た涼村暁。
 彼は、銀行からの借金によって事務所に呼んできた無数のコンパニオンをとともに、そんな、なんかよくわからない歌を歌っていた。
 事務所の机にはドデかく丸いホールケーキがあり、それをみんなで食べている真っ最中なのである。──これは、そのケーキを食べる為の余興のゲームだった。
 ルールもさっぱりわからないが、とにかくこんな歌と共に今回の物語は始まる。

 ……今日に至るまでの三日間、涼村暁はとにかく、今まで以上に遊び通した。
 あの殺し合いの半端ないストレスの山々を、今はこうして他人の名義での借金をぱーっと使い、とにかく豪遊しまくる事で発散していたのである。
 酒を浴びるほど飲み、僅か三日の間で百人近くの女の子と遊び、思いつく限りの高い料理を全て一口ずつ食べて「口に合わない」と返し、このビルの向こうのビルのそのまた向こうから苦情が来るほど歌を歌いまくって、全てを忘れようとしていた。
 もはや後ろを向いても仕方がないと思ったのだ。──確かに、彼の場合も、帰って最初の一日は、彼もとにかく落ち込み、ほむらやラブを喪った悲しみがどっと押し寄せ、彼をふさぎこませていたのだが、そこから先は違った。
 彼はこうして大量のコンパニオンを呼んで遊びまくる事でどこかに忘れようと思い立ったのだ。
 今のこの探偵事務所のこの惨状は、彼なりの逃避だった。

(マジで、いつまでもくよくよしてらんないよな♪)

 ……どうせこの外の世界の人間は、シャンゼリオンの事も殺し合いの事も何も知らないのだ。
 暁はそれらを全く朱美たちに伝えず、自分自身も全部忘れていく事で、普段の日常に一刻も早く戻ろうと努めていた。

 ──今は、とにかくあんな事を振り返るよりも、前を向いて生きようと。
 その方がずっといい。あの石堀ももう倒されてしまったし、ここから先の話はもう暁には関係ないように思えた。自分に出来る事は、死んだ奴らの分まで楽しく明るく生きる事。
 そう。じゃないと、人生が損だ。
 これからまた、殺し合いに関わるなんていうのは絶対に御免だが、こうして帰った場所に暁のいつもの日常があれば、それ以上する事なんてもうないのである。
 だから、全て忘れて前向きに生きられる頭を持つのが一番の正解に決まっている。

「ケーキは愛(←コンパニオンの女性の源氏名です)〜?」
「ち〜が〜う〜!! 私はピーチ!! 丸いケーキは燃・え・る!! ケーキはフォムラ(←コンパニオンの女性の源氏名です、どっかの国の人)?」

 ……と思ったのだが、実のところ、三日経っても、全然戻れていないのが暁だった。
 呼んできたコンパニオンの名前が、無意識の内にあの殺し合いで出会った人間の名前に限りなく近い物を選んでいたように思う。
 少なくとも、それを想起させる名前を集めた覚えは全くないのだが、今、暁は自分の周りの人間がほぼ、どこかで聞いた名前なのを感じていた。──見渡す限り、「愛」だとか、「穂村」だとか、「凪」だとか、そんな名前ばっかりである。
 見れば、名前が違っていたとしても、ツインテールだったり、黒髪ロングだったりする傾向もあるようだ。

(まあいっか……)

 それに気づいたが、呼んじゃったものは仕方ない。
 とにかく、時間まで遊びまくるしかないだろう。ここにいる女の子を暗い気分にして返してしまうのも自分の主義に反する。
 そんな感じで、また笑顔で、ノリノリで遊び出す暁。

「NONONO!! ワタシはオーマイゴッド!! マアルイ・ケーキはニンジャ!!」

 フォムラなる外国人少女はルールがよくわかっていないらしく、支離滅裂な事を言い出している。──いや、正直、実のところは誰もこのゲームのルールがわかってないのだが、どうしてか、いつの間にか、こんな謎のゲームが始まり、続いていた。

480時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:41:02 ID:OupDhxSw0
 ほとんどのコンパニオンが、フォムラ氏によるその言葉で静まり返る。辛うじて何らかの形で統一されていた物が崩壊し、どういうルールで続けるべきかよくわからなかったのだ。
 これはこのゲームも続行不可能だろうというレベルまで、その場はだんだんと陽気さを落としていった。
 フォムラなる外人コンパニオンだけ、その空気にきょろきょろと周囲を見渡し、自分がまずい事をしたのではないかというのを察し始めている。

「──ケーキは暁?」

 と、そんな時に、外国人コンパニオンへの助け船か、誰か、女性がその続きを詠唱した。
 暁もそこで出来てしまった変な空気が払拭されたのを感じ、満面の笑顔でその先を歌う。これであのフォムラという女の子も気に病まずに済むはずだ。

「ち〜が〜う〜!! 俺はクリスタル!! 丸いケーキは──ぼふっ!! べふぉっ!!」

 ──刹那、べろべろに酔っている暁の顔面に、ホールケーキが叩きつけられた。暁には、一瞬何が起きたのかわからなかった。
 とにかく、二秒後にわかったのは、バラエティ番組などで芸人が喰らうケーキを顔に叩きつけるアレであるという事。──暁の口に甘いイチゴケーキの味が広がるが、それと同時に鼻の穴にも瞼の上にも生クリームだらけであった。

「朱美ぃっ!」
「正解。まあるいケーキはア・タ・シ」

 ……ホールケーキを叩きつけたのは、いつの間にか湧いてきた暁の助手の橘朱美である。暁は、彼女のむくれた姿を生クリーム越しに見つめていた。

「ハイ、解散! 解散! 帰った帰った!!」

 朱美が、ぱんぱん、と手を叩きながら厳しく言った。すると、妙に物わかりの良いコンパニオンたちは、「つまんな〜い」など、本格的に士気を落としたように、それぞれ帰る準備を始め、五秒で帰ってしまっていった。
 ──朱美がたまたま事務所に来てみれば、この有様だったのである。
 ほんの一週間ほど前に暁が失踪した(とは言っても、どうせ借金取りから逃げるか、女遊びに夢中になっていたかしているのだろうと朱美は思っていたが──)きり、三日間ほど朱美も事務所に来なかったが、試しに来てみるとこんな状態だ。
 まあ、いつもの事だが、よく見るといつもよりずっと派手な気がした。

「……まったくもう。暁、一週間もどこ行ってたの!? 悪い物でも食べて入院でもしてたの? 拾い食い? 駄目だよ、落ちてるキノコ食べちゃ……」
「んな事してねえよ……」
「じゃあ何してたの? ──まさか、夜逃げしようとしたとか!?」

 勝手に朱美が決めつけるが、暁は、彼女に何かを語る事はしなかった。──殺し合いに巻き込まれたなどと言っても、誰にも信じてもらえるわけがない。
 だいたい、それを話してどうするのだろう。朱美に慰めてもらうのか? ……いや、あんな暗い事を暁自身も引きずりたくはなかった。いつまでも後遺症に悩まされるより、その出来事を忘れて、もっと楽しい記憶を刻んで進もうとしていたのだ。
 だから、自分が何故いなかったのかは教えなかった。

 朱美の「一週間」という言葉が少し引っかかったが、「へぇ、そんなに経ってたんだ」と適当に頭の中で流す。酔って正常な判断を失っているせいもあるが、そもそも暁はそんなに深く考えない性格だった。
 とにかく、暁は自分の失踪理由について問われても、「うん、ちょっと」とお茶を濁し、今はすぐに洗面所に行って、ケーキを洗い流す事にした。
 それで、ケーキを流すとともに、頭を冷やそうとしたのだが。

「──オヴェェェェェェェェ」

 ……それと共に、洗面所に向けて、何か描写しがたい物を吐き出した。
 思いっきり遊びまくった弊害だ。体力がもう尽きるレベルになったのにも関わらず、三日間ずっと遊んでいる。いくら暁でも、この姿は変だ──と、朱美は思う。
 眠る暇もなく遊ぶ事など、暁でも絶対にしない。眠たくなったら眠り、遊びたくなったら遊ぶのが暁だが、今は、とにかく何が何でも遊ぶ事に夢中になっているようだった。
 その異変に気付けるのは、いつも暁と一緒にいる朱美である。

 彼女は、すぐに暁の横に立ち、暁の背中をさする。

「大丈夫? 暁」
「ん? んー。大丈夫大丈夫。この三日間、一日三回は吐かないと気が済まないんだ」
「それ大丈夫じゃないよ? 暁」

481時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:41:19 ID:OupDhxSw0

 ここまで急性アルコール中毒で死ななかったのが不思議なくらいだが、彼はそういう死因で死ぬ人間ではなさそうだ。
 とはいえ、酒でフラフラになった暁は、そのまま、壁に背中をくっつけ、するすると流れるように座り込んでしまう。

「朱美ぃ……折角だ、今からお前も俺と一緒に遊びに行くか? どこがいい? 水族館か? 遊園地か? 金ならあるからどこでもいいぞ。好きな物食べさせてやる」

 それは一層、彼の無理を感じさせる言葉だった。
 暁は自分自身でも、今日、これ以上遊べない事は理解しているはずだというのに。
 流石に、朱美も呆れながらも心配したように言った。

「遊べる状態じゃないでしょ、暁。今日はもう大人しくしてなさい。今日は一日、一緒にいてあげるから……」

 そんな朱美の言葉が聞こえたが、その直後にはもう、暁は大きないびきを掻いて眠っていた。



 そうだ……こんな楽しい日常がずっと続けばいい。
 またずっと、自分はこうして……楽しい日常にいられる。

 あんな悲しい事は、全部忘れて……。
 また楽しい一日を始めたい……。

 今は、ただ、この長い眠りに就いて……。
 嫌な事は、全部忘れる……この一時の休息だけが……。



 ────涼村暁は、夢を見る。







 暁は、夢を見ていた。──とても変な夢だ。
 それまでも、この「変な夢」を見る事は度々あった気がするが、いつも起き上がる頃には全部忘れていた。
 しかし、今、こうして振り返ると、いつも見ていたそれは、夢というには、あまりにも整合性のとれた物語であったように思う。
 今の暁は、これまでの夢を思い出し、そんな不自然さを覚えていた。

 人間の夢というのは、本来なら支離滅裂の物であるはずだ。人間は、映画の「アンダルシアの犬」のような、思い返すと不可解で、支離滅裂で、ナンセンスな夢を見る事で、脳内の情報を整理する。
 だが、暁が見ている“それ”は、もしかすれば現実を見ているのではないかと思うほどに、整った一つの物語を形成していた。
 人間の心理的に、それはどう考えてもおかしい話だったのだが、暁がたまに見る──そして、今も見ている──変な夢だけは、かなり丁寧に一から十まで、ある男の視点で構成された、別の人間の現実の人生を覗いているような夢だったのである。

 更に、暁の夢は、時折、連続性を保っていた。
 一度、暁の夢の中で死んだ者が、次にまたその夢の続きを見る時にちゃんと死んでいたり、壊れた街は次に夢を見る時も壊れたままであったりする。
 暁の見る中でも、良い夢にはこれがない。女の子と遊んでいる夢にも、おなかいっぱい食べる夢にも、死んだ人間が出てくる夢にも、こんな連続性はなかった。それらはいつも支離滅裂で、ナンセンスな光景も映し出す。
 だが、たまに見て忘れる、その「変な夢」だけが、ある連続性を保つのだ。

 そして、今日に限っては、これまで見てきたその全ての夢が一斉に、暁の脳裏に雪崩れ込んできた。

『──僕たちは……不死身のS.A.I.D.O.Cです!』

 その夢の中の暁は、何かと戦っている。
 確かにシャンゼリオンではあるが、現実の暁と違い、真面目に戦っていた。
 これが、いつも見る夢の内容だった。

482時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:41:37 ID:OupDhxSw0

『しっかりしてください!! ──くそぉ……また、また一つ尊い命が……!!』

 ──また、同じ夢を見る。
 人が死んでいる。街が壊れている。ダークザイドが地球の侵略を着々と進めていく。
 夢の中の暁は、そのダークザイドを倒す為にずっと訓練をしてきた。
 そこでできた戦友と一緒に、暁はまっすぐに戦っている。どんな極地でも。

『いい夢を見た』
『夢?』
『ああ、以前から似たような夢を見ていたんだが、俺が私立探偵で、女好きでいい加減な性格で……ダークザイドと戦ってはいるんだが、なんか毎日が楽しくて……』
『はは……いい加減な性格のお前が……俺も夢でいいから、そんなお前に会ってみたいよ』
『あはは……そうね、真面目すぎるもんね。暁くん』
『みんなで、夢の世界に行けたらいいな……この世界は、もうすぐダークザイドに──』



 ──一体、いつも俺は何を見ているんだ?



『今だっ! 逃げろ!!』
『長官!!!!! うわあああああああっ!!!』



 ──そうだよ……なんで俺はいつも、こんな夢を見るんだ……!?



『嘘だ……嘘だ! エリが、エリがダークザイドだったなんて……!』
『夢の……世界に、……向こうの世界に行けたらいいな……。いや、これが俺の見ている夢だったら、どんなにいだろう……』
『いい加減で女好きの俺が本当で、こっちの世界の事が、俺の見ている夢だったら、どんなに……どんなにいだろう』
『ああ、もしこれが夢なら、死んでもいい……』



 ──……いや待て。もしかすると、どこかで、こんな瞬間を見たような気がする。



『速水……今までずっと言うのを我慢して来たけど……もう俺たちは駄目だ。世界のほとんどはダークザイドに征服されてしまった。俺たちがどんなに戦っても、もう勝ち目はない……』
『あぁ、わかってる。俺たちの……人類の負けだ』
『もっと、そうだ……一度でいいから、女の子とデートがしてみたかった。もっと青春を楽しみたかったよ……』
『俺もだ……青春のすべてを、戦士としての訓練に捧げてきたからな……俺たち』



 ──……こんな俺が、どこかにいるのか?



『なぁ、速水……ありがとう! ずっと、ずっと……友達でいてくれて! 考えてみれば、俺には友達と呼べるのは、お前だけだった……』
『俺もだ……』
『お前がいてくれたかこそ、俺はここまで頑張って来れた』
『俺もだ……!』



 ──いや……駄目だ。やめろ。やめてくれ! ここから先は駄目だ!



『この次に生まれ変わっても、俺たちは──』
『ああ、友達になろう!』

483時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:41:58 ID:OupDhxSw0



 ──そうだ……いけない。これ以上、俺にこの夢を見せないでくれ!!



『うわああああああああッッ!!!』
『速水ぃぃぃぃぃぃっ!!!!!』



 ────誰だか知らないが、やめろッ!!! “この夢は、夢じゃない”!!!!!



『誰に向かって物を言っている!! 俺は選ばれた戦士──超光戦士シャンゼリオンだぞ!!』




『────燦然!!!』







「はぁ……はぁ……」

 ──涼村暁が目覚めた時、そこには、橘朱美や涼村探偵事務所の姿はなかった。
 眠った場所じゃない所で目覚めた事になるが、誰かが移動させたわけでもあるまい。

「ここは……」

 何せ、────目の前に広がっているのは、今の夢の中で見た戦乱の光景だ。こんな所に人間を移動させるわけがない。

 何がどうなっているのかわからなかった。
 夢の中に取り残されたわけでもないはずだった。
 今も、暁の中には、今見た夢が鮮明に──残っている。

「はぁ……はぁ……」

 体の中にアルコールの気配はなかった。いや、気分は元に戻り、ああして酔う前までと全く同じ状態だった。──お陰で、気分や精神状態は、到底お気楽にやっていられないまでに憔悴している。
 忘れかけていた三日前に引き戻された気分だ。ただ、仮に酔っていたとしても、今この光景を見れば、それが一瞬で冷めるのではないかと思った。

「……どこなんだ、ここは……」

 ──目の前は、この世の終わりの瞬間のようだった。

 そして、この世界は、そこで時間が凍り付き、全て動かなくなっている。
 まるで、全てが終わる直前、時間がここで止まっているかのように──。
 暁は、その時が止まった世界の中を立ち上がり、歩きだす。

「何がどうなってやがるんだ一体……」

 街に炎があがっているが、それも揺らめく事さえなく、止まっている。──下手をすると、風さえも止んで、本来ならば呼吸ができないかもしれない。
 空には、地上を焼き払う円盤の大軍が群れをなしているが、それもまた、全て動きを止めていた。今、まさにそこから出る光線が人々を殺している真っ最中になっている時もある。逃げ惑い苦渋に満ちた表情で止まった人間の姿。

「どこだーっ!! 朱美ぃーっ!!」

 今にも死ぬような人々。廃墟。果てのない戦火の嵐。人間を虐殺するダークザイドの怪物たち。どこかへ逃げようとしている緑の車。
 もはや、地上に希望も何も残されていない、地獄の果てのような場所だった。

484時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:42:20 ID:OupDhxSw0
 暁は、その緑の車が自分の愛車と同じ、「シトロエン2CV」だと気づき、触れようとする。──が、暁の手は、その中を幻のようにすり抜け、触れる事はできなかった。

 ……一体、何がどうなっているのだろう。

「はぁ……はぁ……」

 この場所を歩きながら、そこで時間が止まっている人々や街の中を──ただ無意識に彷徨いながら、暁はだんだんと自分がどこにいるのかを察し始める。
 何故か、異常な疲労を感じた。体はそこまで疲れていないはずだが、ここに来た時から、心が蝕まれようとしている。ここにいると心が苦しく、今すぐにでも逃げ出したくなる。
 いくら歩いても、足や体は全然疲れないのに、──それなのに、息切れだけは起きた。

「──なんなんだよ、ちくしょう……!」

 いつもの夢の中のはずなのに、そこで見られる全てが立体になっている。これまで見た事のない角度、見た事のない場所、見た事のない光景もまた、今、暁の歩いている中には確かにあった。
 暁はここまで強いイメージを持たない。

 ──だとすれば……ここは、現実……?

「くそっ……!! どこだ、朱美!! おいっ!! 返事してくれっ!!」

 暁も、はっきり言えば、ここにあるのは、「夢の中の世界」などではないと、わかり始めている。この光景が、だんだんと懐かしく見えてきたからだ。
 これが何なのか。ここが一体、何の世界なのか。今日まで生きてきた自分が一体何なのか。──あらゆる答えが、暁の脳裏に提示される。
 暁はそれを必死にかき消した。

「はぁ……はぁ……」

 暁は、ただ、何かに惹かれるように歩いていく。
 足を進めたくはないが、足は勝手に進んでしまう。
 多くの廃墟を、多くの戦火を、多くの死体を横目にしながら、それを乗り越えて、暁は、歩いていく。
 だんだんと動悸が早まっていく。この足を止めようと抗おうとする。
 それでも足は前に出てしまう。

「はぁ……はぁ……」

 どこかで見た奇妙な病院。
 採石場。
 見覚えのある男の死体。
 敵の攻撃で燃え上がる炎。
 飼い主を失い、戦場に取り残された犬。


 そして──

「──……嘘だろ」

 そんな暁がその歩みの果てに辿り着いた場所が、“此処”なのだ。
 暁は、大きく口を開け、“それ”を見ていた。──そんな物が、現実にあるはずはないのだ。
 目の前の光景を否定する。


『誰に向かって物を言っている!! 俺は選ばれた戦士──超光戦士シャンゼリオンだぞ!!』


 夢のラストシーンがリプレイされる。
 先ほどの暁の夢の終わり──この人類が敗北する世界で、まだ戦う意志を止めず、人類の意地をかけて、ただ立ち向かおうとする男の立体。
 その後ろ姿を、暁は直にその瞳で見る事になった。


『────燦然!!!』



 まさしく、その瞬間。
 涼村暁が燦然する瞬間に、この世界は止まったのだと、暁は理解した。

485時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:42:56 ID:OupDhxSw0





 ────そこにいたのは、ここにいる暁が何度も夢の中で見てきた“涼村暁”だったのである。





 ──自分自身が、燦然するポーズのまま、この止まった時間の中で立っていた。
 まるで、精巧に出来た蝋人形を見ている気分だったが、暁にはそれが確かにどこまでも暁と同じ姿である事までわかっていた。
 何故、涼村暁が、涼村暁の前にいるのか。
 涼村暁の前にいる涼村暁が何を見ているのか。
 ──その全てを、今、暁は理解する。

「…………こいつが、…………ここにいる、こいつが…………」

 この男は、暁とは正反対の真面目な軍人で、女の子とデートすらした事がない。
 ただ、青春をシャンゼリオンに費やし、人類の希望の為に戦った一人の人間。──しかし、ダークザイドに人類が敗北する未来が見え始め、絶望し、それでも戦おうとするヒーロー。
 彼は、女遊びもしなければ、誰かに迷惑をかける事もない。
 ダークザイドの戦いを拒否する事もないし、誰かの為に一生懸命になろうとする。
 ここにいたのは、破天荒な遊び屋ではなく、そんな涼村暁なのだ──。



「…………“本当の、俺”…………ッ!!」



 “暁”の真後ろには、大きな炎があがり、その目の先には、ダークザイドの二体の強敵がいた。
 この世界の終わりに、そんな敵たちにただ一人挑む男──超光戦士シャンゼリオン。

 そんな自分自身がそこにいる事に、暁は何の疑問も持たずにいた。
 いや、それこそが本当の自分なのだと、彼は受け入れるしかなかった。



 ────暁の中で、全てが繋がってしまう。



 これまで封じられていた記憶が、解禁された。
 それは、忘れなければならない「暗い現実」の記憶だ。
 暁が辛い事を忘れ、前向きに生きようとした最大の理由が、そこに形作られていたのだった。──全て。残酷なほどに。

「……どうやら、全て思い出したようですね──涼村暁」

 そんな時、暁の後ろから、聞き覚えのある声がした。
 振り返ると、それは、あの殺し合いの第二回放送を担当した男だった。白衣とめがねをつけた、小汚いホームレス風の風貌──。
 あれっきりすっかり忘れていたが、今こうして、暁の目の前で、その男はニヤリと笑っているのを見ると、その名前を思い出す。

「ニードル……ッ!!」

 そう、この男の名前はニードル。
 三日前まで暁が参戦していたあのバトルロワイアルの主催者の一人であり、暁の忌むべき相手であった。
 志葉丈瑠とパンスト太郎の名前を呼んだのが彼で、その放送を聞いた時、石堀光彦や黒岩省吾や西条凪と行動していた事も暁は思い出す。──考えてみると、呼ばれた名前やその同行者の方が印象的だった。
 遂に、暁の時間は三日前にも引き戻された。
 暁は、間違いなく……あの殺し合いの参加者だったという事実から逃れられない。

486時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:43:15 ID:OupDhxSw0

「……あなたの言った通り、今、ここにいるあなたは“本当の涼村暁”ではない。あなたの目の前にいる涼村暁こそが、本当の涼村暁なのです」

 そう、それが──、これまで忘れていた、あの殺し合いの中でも、暁が一切触れる事のなかった真実だった。
 暁も、今まで生きてきた中では全く気づいていなかったが── “ニードルと言葉を交わしている暁”こそが夢で、“ダークザイドとの戦いに挑んでいるこの暁”こそが現実の存在なのだ。
 自分自身は、誰かの空想の産物であり、本当の人間ではなかった。

 このニードルたちは、涼村暁の持つ「脳内世界」から、参加者を具現化し、それを殺し合いに投じたのである。
 それまでに暁に死なれた場合、殺し合いの終了を待たずして暁、黒岩、速水、ゴハットの四人が消滅してしまう為、ベリアルたちの力でこの世界の時間を止めているのだ。
 その為、この世界は他のあらゆる世界のように、「管理」はされていなかった──。

「──あなたは、この荒んだ世界にいた一人の“真面目な軍人”の涼村暁が、絶望的な戦場で望んだ儚い夢に過ぎないんですよ」

 ニードルが、これ以上ないほど残酷に、いま暁の認めたくない事実を告げた。
 それでも、まだ心のどこかで納得できないように、暁は言う。

「俺が……夢……?」

 この世界にいた男──涼村暁は、S.A.I.D.O.Cに属する軍人だった。
 地球を狙う侵略者・ダークザイドから地球を守る為、己の青春を犠牲にして訓練を続け、超光戦士シャンゼリオンとなってダークザイドを迎え撃とうとしたその人生に、ここの暁のような遊び心を挟む暇はない。
 彼は日々、過酷な訓練に耐え、地球の平和を守ろうとした。いわば、戦士になり、この世界に平和を齎す為に生まれてきたような人間だった。
 一人でも多くの人間を救い、人類にやがて希望の光を灯す為──彼はそれに耐え続け、実線でもシャンゼリオンとして、戦い、人々を守り続けた。

 しかし、ダークザイドの侵攻は日に日に強くなり、シャンゼリオンたちだけの力では戦えなくなり始めていた。
 毎日、街が壊れ、人が殺されていく。──それを見るたびに、自分は、何の為に青春を犠牲にしてあれだけ鍛えてきたのか、だんだんわからなくなる。
 やがて、宗方チーフは戦死し、仲間だった南エリは裏切った。
 そして、──暁と共にこの世界で戦ってきた唯一無二の親友、速水克彦は、死んだ。
 あるいは、橘朱美も、黒岩省吾も、ゴハットも、この世界に存在したモデルがいるのかもしれないが、仮にいたとしても、その全てが、この暁が知る彼女たちよりも残酷な真実を持っている事は、言うまでもない。
 この世界において、全ての人類の敗北は、もう目に見えていた。全てが終わろうとしている。

 それでも、戦いのない平和な世界を望み続けた一人の軍人は、終わりに近づいていく世界で──最後に夢を見た。


 こんな世界じゃなければ……。もっと、全部が楽しい世界なら……。
 実を言うと、せめて一度くらいは、女の子とデートがしたかった。
 子供の頃は、本当は戦士なんかじゃなくて、探偵に憧れていた。
 この犬、可愛いな。きっとお金を持った人に飼われていたんだろうな。
 真面目できつい訓練なんて、本当は嫌だった。何度も逃げ出したいと思った。
 でも、世界の為にそんな事は言えなかった。
 ここにいる速水たちと、終わる事のない楽しい日々を送りたい。
 エリは仲間だ。敵じゃない。エリが敵なんて嘘だ。
 僕はせめて、もっとバカになれたら楽しいかもしれないな……。


 その男のあらゆる理想が、ここにいる、不真面目な“もう一人の涼村暁”の世界──シャンゼリオンがふざけながらダークザイドと戦う世界という「夢」だったのだ。
 ──その夢は、どこまでも淡い色を灯していた。
 暁という破天荒な男たちの物語と、戦いと呼べぬふざけた戦いを繰り広げ続けるそんな世界の真実は、ただの一人の男の悲しい夢に過ぎない……いつか醒めるのが夢だった。

「速水克彦、黒岩省吾、ゴハット、橘朱美……あなたの世界の住民たちは全てそうです。そこに立っている“涼村暁”の夢の世界に存在している、彼のイメージや記憶、あるいは願望に過ぎません。──だから、この世界が動き出した時、この“涼村暁”の死と共に、全部が消滅します」

487時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:43:32 ID:OupDhxSw0

 ニードルは、全てを明かし、ニタリと笑った。

 ──この世界の人類の敗北は、夢の中で見た通り、もはや明白だ。
 このまま、元通り時が動きだしてしまえば、暁の命はあと十分と保たないだろう。
 すると、今度は彼の脳内にあった世界も、崩壊の予兆さえなく、一瞬で消滅していってしまう事になる──。

「……ッ!」

 ──だが、暁は、そんな現実に、必死で抵抗しようとする。
 勿論、現実はどうしても覆らない。それでも、何としてでも否定しようとした。

「……そんなバカな話があるわけないだろ!? 俺は、ちゃんとここにいる! ずっと、俺は生きてきた──俺は誰かの夢の中の住人なんかじゃない!! これはあんたの使う変な術かなんかに決まってんだ……!」

 暁は、奥歯を震わせながら、自分の身体を殴るように触れてそう言った。
 お前が生きていた毎日は、全部誰かの頭の中で繰り広げられていた妄想なのだ──そう言われて、簡単に受け入れられる人間がいるはずはない。
 心臓の鼓動も確かにある。自分自身が触れているものは、幻や夢じゃないはずだ。今日までの人生は誰かが思い描いたシナリオじゃない……。

「……あなた自身にも、もう全部わかっているでしょう? まあ、自分が虚構の存在だと認めたくないのは、当然の事ですが──」
「うるせえッッ!!!!」

 平然と喋り続けるニードルに、暁は怒号で返した。
 それは、それ以外に返す言葉が全くない証だった。──ニードルの言葉を頭の中に入れたくないのだ。

「……だいたい、なんなんだよオマエ! ──人を勝手に殺し合いに巻き込んで、みんな殺しちまいやがって! それで、今更、人の事を夢だとか何だとか偉そうに!!」

 ちゃんとした反論が、頭の中から引きだせなかった。
 それは、この止まっている暁の意識が、今の暁の中にも微弱ながら存在しているからだ。──それは、暁自身が本当は夢なのだと告げているという事である。
 自分が本当は、ダークザイドとの戦いに絶望した軍人の見た、儚い幻なのだと……。
 しかし、それは、どうあっても簡単に認めるわけにはいかない真実なのだった。

「あなたは本当に、自分の立場がわかっていないようですね……」

 ニードルは、肩を竦ませる。
 暁に対する同情心など、彼の中には微塵もない。むしろ、彼に全てを教え、その心をもてあそんでいるのが楽しくて仕方がないといった様子だ。
 眼鏡を光らせたニードルは、暁にその先を告げる。

「──言ってみればあなたがこれから先、生き残るには我々に協力し、忠誠を誓うしかないんですよ。私が来たのは、ただあなたに真実を教えて絶望させる為じゃありません」
「何っ!?」

 ニードルの言葉に、一瞬、何故か希望のような物さえ感じた暁であった。
 ただ真実を教えて絶望させる為に来たわけではない──それならば、彼らに忠誠を誓えば、このまま生きていけるのだろうか。と。
 そんな、下種のような希望を抱き、縋ろうとする。

 ──消えたくない。
 ──一人の人間として生きていたい。
 ──この夢を終わらせたくない。
 ──夢のまま終わりたくない。

 そんな気持ちは、暁の中にも確かにある。夢や幻の存在は、もし消えたら、人々の記憶からもなくなってしまうのだろうか。
 速水克彦も、黒岩省吾も、ゴハットも、橘朱美も……全部、存在が消えて、このまま人々の中から忘れられてしまうのだろうか。

「あなたにはこれから三つ、未来の選択肢があります。一つ目は、我々に仇なし、あなたたちが負ける事。そこに待っているのは死です。二つ目、あなたたちが万が一勝った場合。あなたは、この世界の進行と共に消滅する。三つ目、我々の仲間になれば、この世界は永久に時を止め、守られ続ける──あなたたちの世界は、半永久的に動き続けられる」

 ニードルは、暁の未来の三つの選択肢を伝えた。ただ、暁はこれを半分も聞いていなかった。頭の中が真っ白になり、ニードルの言葉を解する事ができないのだ。

488時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:43:46 ID:OupDhxSw0
 だが、言われずともわかっていた事だ。──そして、あまりにも窮屈な選択肢しかない事まで、暁は既に理解している。
 ベリアルに歯向かう事は勿論、暁の他、暁の世界の人間たち全ての死に直結するかもしれない。──だから、その道を選ぶ事はできないのだ。

「一つ目と二つ目の選択肢を選んだ場合、あなた自身も、橘朱美も、住んでいる世界と共に消えますよ?」

 ニードルが、釘を刺すように言う。眼鏡の奥の歪んだ顔つきが憎かった。

「──……くっ!」

 しかし、暁の脳裏に、橘朱美の笑顔が浮かんだ。
 つい先ほど、酔った暁を介抱してくてたあの秘書だ。──暁は彼女に辛く当たる事もあったが、それでも、他のたくさんの女の子よりも、彼女を想う心があった。朱美も、なんだかんだ言いつつ、暁を献身的に支えてくれる良い秘書だった。
 それは、友達として、相棒としても、あらゆる意味でも──どうあれ少なからず、確かにあった感情である。
 朱美の存在まで嘘だとは思いたくない。

「……嘘だろ? な? ニードル……あんたもわかってるよな? こっちの世界が夢なんだよ。見ろよ、時が止まってる世界なんて……そんなの出鱈目に決まってる」

 いや、いっそ、この悪夢のような世界こそが夢でなくてどうするのだろう。
 暁のいた世界は楽しかった。──それが現実でなければ、暁は嫌だ。
 ここに広がっている人類の最期が真実であるなど、認めてはならなかった。
 きっと、この絶望の世界に住んでいた暁もそうだったのだろう。
 それは、暁の真実への最後の抵抗であったが、あえなくニードルに打ちのめされる事になった。

「やれやれ。懲りないですね。これは私たちが、あの実験の為に止めているんですよ。──この人間の脳内世界から人間を具体化し、殺し合いに招いたら更なるエネルギーが回収できると考えました。そして、結果は大成功でした」

 暁は、それを聞いて、ついに力を失い、落胆してへたり込んだ。
 実験……その為に、自分は、こうして──。
 しかし、それを咎める気にはならなかった。暁の頭の中は、それどころじゃない。
 ニードルの性格への恨みつらみよりも、今はただ、自分の世界がこのまま滅んでしまう事への──ひたすらな抵抗が優先された。
 認めたくなかった、自分の存在のアンバランスを暁は受け入れなければならないのだろうか。

「じゃあ……本当に──そこの男が、“そこにいる俺”が望んだ、“俺たちの生きる世界”は、このままだと消えちまうってのかよ……ッ!!! 本当に……本当に……ッ!!」

 泣き叫ぶような怒号で、暁は誰にも見られたくないような顔でニードルに縋ろうとする。
 ニードルの足を掴もうとしたが、暁の手は彼の足をすり抜けてしまう。
 ニードルが幻なのか、暁が夢なのか──それは明らかだった。
 暁自身が、この世界では肉体を保つ事ができないのだ。──そうでなければ、夢と現実が同居している事になってしまうから。

「──ええ。だから、この世界の為に協力してくれますね? ……まあ、まずは、仲間と合流して貰って、彼らの隙をついて一人でも殺してくれれば、それであなたを仲間と認めましょう。その後、しばらく我々に従えば、あとはあなたの世界は永遠を保つ事が出来る……」

 ニードルが、邪悪な笑みとともに、暁を見下ろしていた。
 暁はその表情を見上げ、今のニードルの言葉を噛みしめる。

「仲間……」

 仲間──それは、おそらく、あの殺し合いを共に生き残った“彼ら”の事だ。

 ゴハットが生かしてくれた女の子、高町ヴィヴィオ。
 暁と同じ探偵で一緒に暗号を解いた、左翔太郎。
 物騒な武器を持った怪物、血祭ドウコク。
 敬語で喋る、ラブと比較しておっぱいが小さめな女の子、花咲つぼみ。
 逆におっぱいが大きい、巴マミ。
 ちょっと口が悪く年上の暁にもタメ口を利く、佐倉杏子。
 頭にバンダナを巻くというオタクみたいな事をしている男、響良牙。
 中学生とは思えないあのスタイルが良い女の子、蒼乃美希。
 気弱に見えるが実は熱い真面目野郎、孤門一輝。
 暁と同じ苗字で甘い物が好きで女好きな少し気の合う男、涼邑零。

489時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:44:00 ID:OupDhxSw0
 暁と一緒にヴィヴィオを助けに行った時の仲間、レイジングハート・エクセリオン。

「──ッ!」

 全員を思い出した瞬間、暁の中で、何かが醒めた。

(あいつらを裏切れっていうのかよ……ッ!)

 その中で暁が裏切れる人間は──ドウコク以外にいない。
 いや、しかし、仮にドウコクを裏切るとして、隙をついて殺すなんていう方法は絶対に無理だ。

 かつては、軽い理由で殺し合いに乗ろうとしたが、なんだかんだと、暁は自分がそんな事のできるタイプの人間ではないと気づき始めていた。
 このシャンゼリオンの力を平和の為に利用してやろうなんて青臭い事は思っていないが、同時に、その力で人間を傷つけるような真似も──涼村暁にはできないのだ。

『──諦めるな!』

 何て事なく聞き流していた孤門の言葉が暁の中に蘇る。
 ふと、この絶望的な世界を前に、その言葉が再生されたのである。

(────そうだよ……何やってんだ、俺ーっ!)

 暁は、崩れ落ちたような状態から、力を尽くし、再び立ち上がった。
 そして、目の前で「燦然」しようとしている暁の姿を目に焼き付けた。

(この俺を見習えよ、俺っ! 俺はまだ諦めてないのに、俺が諦めるのかよ!?)

 ──この目の前にいる涼村暁は、こんな絶望の中でもダークザイドに立ち向かおうとしている。
 だが、この暁は、今、自分の世界が壊れる恐怖に震え、本当の敵に立ち向かうのを諦めようとしていた。
 確かに暁は、長続きせず、根気もない男であったが──それでも、本当の敵を見誤るのは、涼村暁の生き方ではない。

「──おい、ニードルッ!!」

 目の前の敵の名を、暁は、裏返った声で叫んだ。
 そして、ふてぶてしく笑い、彼の顔面を見つめた。
 そんな暁の姿を見た時、ニードルは、彼がようやくベリアル帝国に忠誠を誓う決意をしたと思って、更にニヤリと嗤ったのだが、それは全くの勘違いであったといえよう。

「さっきっから聞いてれば──あんた、ぐだぐだ何を言ってるんだよ……!」

 ──彼は、敵を見つめる瞳で笑っていたのだ。
 ニードルに返される言葉は、全く予想外で、ニードルの顔を曇らせた。

「──考えてみな? ……この俺が、たとえ死んだってあんたらみたいな暗い男に従うかっての! 俺は、あんたみたいな気に入らない人間の言いなりなんかにはならないの!」

 そうだ。暁は、野良犬のような男だ。
 会社勤めなど、絶対にありえない。誰かの下で働く事など、天地がひっくり返ってもありえない事だ。
 自由気ままに生き、自分で自分のやりたい事をやる。
 たとえ、そのために誰が犠牲になり、誰が悲惨な人生を歩んでも、暁は構わず、我が道を往く。──今は、自分のポリシーの為に、自分と自分の世界が消えるとしても、その犠牲を払って進む覚悟を持ってニードルを睨んでいたのだ。

「……橘朱美がどうなってもいいんですか? あなたは少なからず、想ってるはずですが」

 ニードルは、再度、冷やかな言葉で釘を刺した。
 暁に最も効果的な言葉だと思ったからだが、今度は、その言葉が暁に突き刺さる事はなかった。──そう、ここから先は永遠に。

「ああ……! でもな。……でも、それでも……たとえ朱美の為でも、そのために、別の仲間を騙して殺すなんてのは、この俺のプライドに賭けても、絶対にやっちゃならない事だ! たとえその為に世界が滅んでも、俺はお前たちを絶対に潰すッ!!」

 ──これは、暁自身のプライドに賭けての挑戦だ。
 既に覚悟は決まっている。たとえ、自分の世界中の人間が、消滅の果てに自分を恨んだって、暁はその追求から逃げおおせて見せる。

490時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:44:18 ID:OupDhxSw0
 ただ、絶対に、暁は、“自分がやりたくない事”は絶対やらない人間であり続ける。
 だから、それならば……ニードルやベリアルを絶対に倒してやるという意志が生まれている。

「……だいたいな、ここにいる、この今にも顔にラクガキできそうな俺は、世界は違えど、この涼村暁様と同じ色男だぜ?」

 そう言って自分の身体に肩を回し、ピースをする暁。この世界の物には触れられないので、少し暁(現実)の方から浮かせている暁(夢)の手。
 その笑顔は、今までの無邪気な笑顔と何も変わらなかった。
 諦めるな──その言葉を胸に、この絶望的な世界にも希望を微かに抱いている。



「──この俺はな、もし、この止まった時(いま)を超えたってな……きっと、このままそう簡単には死ぬ人間じゃないんだ……」



 そう──。



「……だってな、ニードル」



 だって、彼は──



「俺は……俺たちは、たとえ夢でも現実でも……選ばれた戦士──スーパーヒーロー、超光戦士シャンゼリオンなんだぜッ!!」



 ──これでも、ヒーローだから。



 この世界のシャンゼリオンが掲げた言葉を、涼村暁は倍にしてニードルに叩きつけた。
 すると、ニードルも諦めがついたらしく、すぐに嘆息した。
 ばかばかしい、と思っているようだが、その反面、暁一人が戦力に加わった所で戦果の向上があるなど期待していない。思いの外、簡単にあきらめたようだ。

「……わかりました。交渉決裂ですね。──いずれ来る、あなたの世界の崩壊を楽しみにして待っていましょう」

 ニードルがいやらしく笑い、時空魔法陣を発動して、彼の元から去る。
 その背中を見送った後、暁は、少しだけ体の力を抜いた。
 暁は、ただ一人、その止まった時間の中にいる自分の姿を見て、祈った。
 ダークザイドに負けまいと、この状況で燦然して戦おうとするその姿に、今、この暁は少なからず勇気を貰っている──。

(……なあ、頑張ってくれよ、俺……! 絶対、ダークザイドなんかに負けるなよ! 俺の……そして、朱美たちの命がかかってるんだからな!)

 ──そして、取り残された暁も、やがて、その世界から自動的に姿を消した。







 ──暁は、気づけば、時空管理局の船アースラの中にいた。
 どこかの世界で倒れていたのを、その世界の人間に保護され、アースラに運ばれる事になったのだ。
 その世界が、暁の帰るべき世界──「夢」のシャンゼリオンの世界ではなかったのは、彼にとって、僅かに不幸な事であったかもしれない。
 いうなれば、それは、朱美たちと会う最後のチャンスだったからだ。

491時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:45:52 ID:OupDhxSw0

 このままベリアルを倒し──元の世界に帰って、朱美たちと生きていけるのはどれくらいだろう。
 ほんの少しかもしれない。
 もしかしたら、ほんの一瞬さえ、あのシャンゼリオンは戦ってくれないかもしれない。
 そうなると、暁と朱美の最後の思い出は、ゲロを吐いていたところをさすってもらった話になってしまう。

 いや、しかし──それでも、ベリアルを倒すという意志は暁の中では変わらない。


(ベリアル帝国……俺は、誰に何と言われようと、そいつを滅ぼす!! 俺が……俺がたとえ消えちまうとしても……俺は、お前をブッ潰さなきゃならない!!)

 ニードルも、ベリアルも……この世界たちを管理している全てに、暁は抗う。
 良くも悪くも、管理されてあのダサい黒い服を着させられて規律通りに働かされ、結婚・就職の全てを管理されるなど、絶対に耐えられないような魂の男である。





(んでさ……もし、みんな死んじまった果てにまた、死者の世界とかそんなもんがあったなら──)

 たとえ、どうやっても抗えずに死ぬとしても、その時はその時で前向きに──

(ほむら、今度は成功するまでお前をナンパする……!)

 ──成功しなかったナンパと、

(それから、ラブちゃん、依頼料、払ってくれよ……!)

 ──果たせなかった依頼料徴収を、望むだけだ。





【涼村暁@超光戦士シャンゼリオン GAME Re;START】

492 ◆gry038wOvE:2015/07/27(月) 03:48:04 ID:OupDhxSw0
投下終了です。
これもあの最終回の解釈の一つに過ぎないんですが、こっちの説を採用して物語にしてみました。

493名無しさん:2015/07/27(月) 18:15:09 ID:VVhN3zZI0
投下乙です
それぞれの再起する姿が最高に熱い!
各世界のライダーが現れた時は嬉しかった

494名無しさん:2015/07/28(火) 01:37:43 ID:ejJdrLrs0

現実の暁も死ぬなよ!

495 ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:34:38 ID:didGUWPE0
響良牙で投下します。

496虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:35:36 ID:didGUWPE0



 学校の門に凭れて座っている一人の者がいた。頭にバンダナを巻き、中華風の衣装を見に纏った、体格の良い少年。そうしているだけで、どこか風格があるような独特のオーラを持っていたが、今、ここに彼の姿を見ている者はいなかった。
 彼の名は、響良牙。
 変身ロワイアルを生還した、生き残りである。

 幸いにも、こうして生きて元の世界に帰還する事を果たしていた彼は、あのブラックホールにより、彼自身もよく知っている風林館高校の正門に転送されていた。全ての学校は管理の影響で一時休校になっている為、そこに人気は一切なかった。
 彼も、気が付くと、こうして門に凭れて目を閉じていたのである。
 そして、この場に帰って来た今は、まるで、これまで長く眠っていた状態から目を覚ました気分であった。

「帰って来たのか……俺は……」

 良牙は、そこから、無意識に立ち上がり、すぐに、暗く淀んだ顔で俯いた。
 ……確かにこうして無事に元の世界に帰って来た事自体は喜ぶべき事なのだろうが、到底そんな気分にはなれなかった。
 自分が帰って来たこの場所には、もう何もない。──早乙女乱馬もいなければ、天道あかねもいない。シャンプーもいない。あと、誰だか忘れたが、あいつ……あの……えっと……あいつもいない。
 帰って来た人間は、親しい人のいない世界にやって来た空っぽな感情を噛みしめなければならない。この寂しさを胸に宿さなければならないのだ。
 良牙に限らず、つぼみも、翔太郎も、杏子も、零も、暁も、美希も……きっと、生還者たちは、帰って来た時にこの無情感に晒されたに違いない。例外といえば、あの血祭ドウコクくらいの物だろう。
 少しだけこのまま立ち止まっていようかと思ったが、彼はそれからすぐ後に、大事な事を思い出した。

「そうだ……早く、天道道場に行かなくちゃ……」

 良牙は、考えた事を呟いた。
 そう、彼は今から、あそこで出た死者の事を、その親族や友人たちに伝えなければならない。それを──できれば、このまましばらく隠し通したいくらいだが、今それを有耶無耶にしてしまえば、一生伝えきれないまま終わってしまう気がした。
 あかねに結局、大事な事を伝えられないまま終わってしまったように、だ。

「……」

 ただ、今、彼は、何かを伝えていく重さを噛みしめると同時に──ほんの僅かにだけ、ある期待もしていた。
 天道道場に行けば、昨日までの全てが嘘のように、あの天道あかねや早乙女乱馬がいるのではないか、と。
 また、進んでは戻るようなあの途方もない長い日常が待っているのではないか、と。
 あれは、本当に別の世界・別の時間軸の彼らなのではないか、と。
 そんな事を少し期待する気持ちはまだどこかにあった。

(そんなバカな話……あるわけねえのにな……)

 それはあくまで、淡い期待で、現実は甘くないとは知っている。だが、現実の通りだとしても、その時は、大事な事を二人の家族に伝える為に行かなければならないのは確かだ。

 見れば、良牙の手には、ロストドライバーやエターナルメモリ、そして、あの殺し合いの証明となるデイパックがあった。
 やはり、あれは全て現実で──このエターナルのメモリの中には、天道あかねとの戦いまで刻まれている事を、良牙は受け止めなければならないだろう。

 いくら方向音痴の彼であっても、この景色にはどこか見覚えがあったので、ここにさえ来れば、後は、天道道場まで僅かだろうとわかった。──流石に、この場所にいればそこから先は、誰の案内もなしに何とかたどり着く事ができるだろう。

「……そうだよな。今度ばかりは、ちゃんと行かなきゃな」

 そう、大丈夫だ。
 これまで、何度も何度も通った道である。風林館高校に辿り着くまでに一週間かかった事もあるが、なんだかんだで良牙はここに何度も来ている。
 下手をすると、この頃、自宅よりこの風林館高校にいる事の方が多いのではないかと良牙は思った。

497虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:35:56 ID:didGUWPE0
 そう。──早乙女乱馬と再会し、天道あかねと出会ったのも、この場所だ。
 良牙は少しだけ、その時の事を回想した。

「……」

 体には疲れもある。
 それでも、歩く。
 このすぐ近く、天道道場まで……。







 それから一日が経過した。
 良牙は、日本一高い山・富士山の麓にいた。

「ここはどこだ……前にも見たな、あの山……富士山だか筑波山だか忘れたが……まあいいか。とにかく、あの上から見れば、もしかしたらあかねさんの家が見えるかもしれないな」

 ──あの殺し合いで一日半歩いた距離の何倍もの距離を、この一日、歩き、辿り着いたのがこの昼間でも暗い森である。

 結局、風林館高校から天道道場までのたかだか数百メートルの道のりを彼は迷ってしまったらしい。
 今のところ、なんと一日で二百キロも歩いているのだが、全く天道道場に辿り着く気配がない。
 彼も、その道の途中に小川とフェンスがあったのは覚えていたので、それを探して、それに沿うようにして歩いてきたのだが、とにかくフェンスらしき物を手当たり次第に探していたら、いつの間にかこんな樹海のような場所(というか、実際には樹海のような場所ではなく、樹海なのだが……)に来てしまったわけだ。

 そのうえ、ここまでの道の途中では、「管理」だとか何だとか言われ、だんだんとこの世界が支配されている事を知り、わけのわからない追っ手に追われ、それを撃退したり、道具もろくにないのに野宿したりしながら、丸一日を過ごした。
 中には、多少は骨のある奴もいたが、良牙はそれも五分以内には片づけていた。──はっきり言って、襲ってくるのは、良牙がエターナルに変身するレベルの相手ですらない。

 何が起きているのかと思えば、「良牙を捕まえればどうのこうの〜」というくだらないゲームがここでも続いていたらしいのだ。
 あのバトルロワイアルの全ての映像は監視されており、今度は「生還者狩り」と来た。
 いくら何でも、そこまでやるとは良牙も思っていなかったのだが、奴らは本当に良牙の手に余るほどの敵らしい──それをこの一日で再確認する。
 良牙の動向については、一時追っ手に撮影され、町中を浮いている巨大モニターでこの全国(あるいは全世界)に実況中継されていたのだが、逆に良牙を追う者が減るくらいに追っ手を叩きのめし続けたほどだ。良牙も、あれで困る事はなく、むしろ、ああして目立つ事が出来て、他の連中と会いやすくなったとポジティブに考えている。

 まあ、それは良いとして──そんな妨害のせいで(妨害のせいではないが、良牙はそう思った)一日経っても結局天道道場に辿り着いていないのは痛かった。

(お父さん……いや、おじさん……)

 彼が思ったのは、自らの父の事ではなく、天道あかねの父である天道早雲の事であった。
 天道家の人々はこの世界で、あのモニターから発される“殺し合いの映像”を見てしまったのだろうか──、と、良牙はそれだけがずっと気がかりだった。
 あのおじさんは大丈夫だろうか。今も気に病んではいないだろうか。きっと、ここしばらくは寝込んでいてもおかしくないのではないかと思う。
 やはり、あの殺し合いは全て現実で、この世界に乱馬やあかねはもういない事を、良牙は一日歩き回って、はっきりと認識した。

 伝えなければならない事は、当人たちには勝手に伝わってしまっている──だが、それでも、やはり良牙は行かなければならないのだ。
 天道家の人たちに、良牙は謝らなければならない。

 ──天道あかねを救えなかった事を。

 それから、あそこに住んでいる乱馬の父や母にも、シャンプーの祖父やムースにも、あのジジイ(故・八宝斎)にも、とにかく……あそこにいる人たちには会っておきたい。
 それに比べれば個人的な事だが──良牙は、また、あかりちゃんに会いたかった。

498虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:36:19 ID:didGUWPE0

「ここなら追っ手は来ないが……こんな所にいる場合ではない! さっさと行かねえと」

 富士山の麓(青木ヶ原樹海ともいう)まで追ってくる者は、流石にいなかった。もっと前に撒いているとはいえ、流石にこんな所は管理の守備範囲外だ。
 既に二百人余りの追っ手を倒している良牙だが、彼にはその戦闘による疲れは殆どない。
 ……とはいえ、そうして雑魚をどれだけ撃退した所で、全く意味はなかった。
 良牙が倒すべきは、この世界を支配している存在──ベリアル帝国の根本だ。一刻も早くこの惨状を打開しなければならないとは、良牙も思っている。
 流石に、いつまでもこんな世界ではいられない。

「……そうだ、帰ったら、あの妖怪ばばあに新しい技を教えてもらおう……! たとえそれがどんな地獄の特訓でも、俺は──」

 ふと、良牙は思いついて、そう思った。
 シャンプーの祖母で、良牙にかつて爆砕点穴を教えた、あの拳法の達人のババア──コロンならば、ベリアルを倒す為の有効な策も教えてくれるかもしれない。
 度々、怪しげな道具を貸して人を操ったり騒動を起こしたりもしてくれる人だ。
 何度も言うが、それにはまず、天道道場まで帰らなければ──

「──誰が妖怪ばばあじゃ」

 ──と思ったのだが、その妖怪ばばあの声が良牙の背後で聞こえた。
 良牙が振り返ると、そこには、杖一つを地面に突きたて、そこに乗っかる形で良牙を見ている蛇の干物のような顔の醜い老婆の姿があった。
 それは、確かに良牙の知るコロンその人である。

「なんであんたがここにいる!? はっ……まさか、ここは猫飯店の近くか!? ……ああ、良かった、東京にこんなデカい山があって」
「ここは静岡じゃ!」
「……静岡!? おれはいつの間にか東京の隣に来てしまっていたのか……」

 良牙と土地の話をしていても仕方がない事に気づき、コロンは諦める。
 少なくとも、静岡は東京の隣ではないはずだが、まあ概ね、比較的近い所にはあるはずだ。いつものように、沖縄やら北海道やらまで行かれるよりはずっとマシだろう。
 気を取り直し、コロンは口を開いた。

「しかし、まさか、あの映像を見た時は、お前が生き残るとは思っておらんかったわ。婿殿やシャンプーがいる中でなぁ……」
「……」
「でもまあ、お前にも色々あったからなぁ」

 コロンもまた、映像であの殺し合いをしっかりと見ていた。その上でも、少なくとも、管理の影響下にはないようで、今のところ良牙に仇なしてくる様子はない。
 婿殿──即ち、乱馬や、シャンプーの事を彼女が口にするたびに、良牙は心が痛んだ。この妖怪のような老婆にも、その名前を告げる時は、感情の浮き沈みが口から洩れてしまうのを察知する事ができたからだ。

「すまない……シャンプーの事は」
「──シャンプーの事はもういい。お前が気に病む事でもないじゃろ」

 台詞だけは平然としていた。
 ……コロンたち、中国の女傑族には、元々、死と隣り合わせの掟がいくつも存在する。その為、あれだけ可愛がっていた孫の話とはいえ、彼女はその死を覚悟していたし、それを受け止める心も持っているはずだ。
 ただ、彼女としても、欲を言えば、シャンプーにもあと百年ばかりだけ、生きていて欲しかったとは心のどこかで思わずにいられなかったのだが、その気持ちは良牙の前では封じておいた。

「で、ばあさん、なんであんたがここにいるんだ?」
「わしだけじゃないぞ?」

 そう言って、コロンは近くの木に目配せする。
 そこには、コロンやシャンプーと同じ中国のとある村出身のある男が、凭れて腕を組んでいる姿があった。

「よう、良牙。久々じゃな」

 白い服と黒髪の身長の高い美男子。普段つけている丸い眼鏡を外したその整った顔は──中国から乱馬を倒しに来た刺客・ムースである。
 彼も良牙と同じ呪泉郷出身であり、水を被るとアヒルに体質を持っている。それで、良牙とも何度か共闘した事があった。
 あの殺し合いの最中も、良牙はあるアヒルをムースと勘違いしたのを、ふと思い出した。

499虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:36:41 ID:didGUWPE0

「──どうせ、お前は帰ってきてすぐ道に迷っていると思ってな。おらたちは、それで先にここに来ていたんじゃ。他の奴らもお前を探して全国の名所に向かった。──それで、おらたちは偶々この富士山近辺を選んだが、お前が来たのはここだったわけじゃ……」

 彼は、シャンプーの事を幼少期から愛していた幼馴染だ。──結婚は、掟によって禁じられているが、彼は未だシャンプーを思い遣り続けている。頑なで一図な男だった。
 その感情を発端として、今のムースが抱いているであろう怒りは、その横顔からも察知する事ができた。

「ムース……」

 良牙はシャンプーの死に目には遭えなかったし、今のところ、この世界でも戦いばかりでモニターをちゃんと見ておらず、シャンプーがいつ死んだのかも全く良く知らない。
 しかし、彼らの場合は、おそらくその死に目をはっきりと見ているのだろう。
 ここしばらく、ずっと、その殺し合いを見させられていたのだ。──眼鏡を外すと何も見えなくなる超ど近眼の彼も、今は眼鏡をしていないながら、おそらく彼が命より大事にしている眼鏡(殺し合いの支給品として盗難されていたが、スペアがたくさんあるので平気だった)であの光景を直視したに違いない。

「……それは俺じゃなくて、ばあさんだ」

 もう一度言うが、ムースは近眼である。超ど近眼だ。眼鏡がなければ何も見えない。ムースが真剣に話していた相手は、コロンであった。コロンはジト目で冷や汗をかいている。
 ……気を取り直して、ムースは眼鏡をかけた。

「……っ! 良牙っ!」

 一見すると冷静にそこに立っていようとしたムースであったが、やはり良牙を前に感情を抑えられなかったようで、木に凭れるのを、不意にやめた。
 その怒りが自分に向けられた物なのではないかと思い、良牙は咄嗟に身構えた。

 ──だが、眼鏡の向こうから、ムースの真剣なまなざしが見えた。
 彼は、拳を振り下ろす事も、良牙を怒鳴りつける事も、ましてや、良牙に何かの責任を負わせようとする事もなかった。

「おらは、そこの砂かけババアと違って、シャンプーの事がもういいとは思っておらん……だがな、良牙。お前のせいだとも思っておらんし、お前を突きだして生き返らせようとも思わん! 出来る事ならおらもこの手で仇を取りたい……! 管理だの抜かしよるあのバカどもを全員、おらの手で倒したい!」

 ムースは、怒りを露わにそう言うが、決して良牙を責める風ではなかった。映像上で、良牙がどう行動しようとも彼にシャンプーを救えるシチュエーションがなかった事をちゃんと理解しているのだろう。
 だが、それは真に怒りのやり場がない虚しさも同時に彼に抱かせていた。せめて、良牙に僅かでも責任があったなら、彼は良牙を躊躇なく殴り、一週間分の怒りをどこかに少しでも発散できたかもしれない。
 拳を固く握り、今にも目の前の木々を薙ぎ倒さんばかりにわなわなと震えている。

「……しかし、残念ながら、おらたちにはそれができん。──だから、せめて」

 ムースはそう言って、その長い袖から何かを取りだした。
 彼は、全身に凶器を隠し持っている暗器の達人だ。今も確実に、百以上の武器を隠し持っているのだろう。
 彼の袖から光ったそれは、短剣だった。

「──この剣を受け取ってくれ! 良牙」

 彼はただ、何でもいいから、シャンプーの仇を取るのに協力したいのだろう──と、良牙は思った。
 全身にある凶器の一つでも、良牙に渡し、それがベリアルの打倒に繋がるのならば、彼はそれで少し気分が晴れると思っているのだ。

 ──だが、実際には、そんな事はないのだと、良牙は知っている。

 それは、天道あかねの仇であるダークザギとの戦いの時に思い知った話である。
 いまだに、あかねの死に直結しているダークザギの死に対して、変な未練が残り続けている良牙だ。その上で、まだ、殺し合いを開いたベリアルなる男も生き残っていた。
 少し、良牙の中に迷いが生まれた。

「……おらの代わりに、これで戦ってくれ、良牙! あのくだらん事の為に、シャンプーを殺した奴を叩きのめすんじゃ!」

500虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:37:01 ID:didGUWPE0

 その虚無感を知らないムースは、震える手で、その短剣を良牙に押し付けようとする。
 良牙は、ムースが構えるその短剣の光を見つめて、少し落ち込んだ気分にもなる。
 この短剣で何が出来るだろう。──良牙ですら、少し力を入れればこのくらいの剣は生身で折る事が出来るのではないかと思う。

「……」

 ムースも、この武器が無効な事くらいはわかっているはずだ。
 しかし、何も出来ないなりに、何かをしたいという願いだけがあって、そのやりきれなさがこの短剣に込められているような気がした。
 良牙は、それを汲み取りながらも、その短剣を受け取らずに、ただ、ムースの目を見つめ直して言った。

「……ムース。俺も、お前が思ってるのと同じくらい、あいつらが憎いぜ。お前がシャンプーを喪ったように、俺もあかねさんを喪ったんだ……」

 まるで諭すような口調で、それは、今までの良牙からは滅多に出てこないような言葉だった。
 だが、これまでの日常とは違い、もっと真剣に挑まなければならない事態と遭遇し、目の前で愛する人との戦いを強いられた彼は、これまでの彼よりもずっと重い言葉を投げかける事が出来た。

 自分自身でも、自分の口から出るのは変な、センチな言葉だと思っている。
 だが──彼は続けた。

「……乱馬もあかねさんもシャンプーも全部亡くして気づいた。──あいつらは、そして、お前も……! 俺にとっては、かけがえのないダチだって! だから、勿論、シャンプーの仇は取るし、お前の想いも奴らにぶつけるつもりだっ!」

 それが、たとえ心が晴れやかにならないとしても──良牙のムースへの本心だった。
 せめて、愛する者を奪った存在に、一撃を与えたいのが彼ら格闘家の想いだ。それはわかっている。復讐で心が満たされないとしても、満たされない理由を知る為に仇討ちに協力させるくらいは、させてやったっていい。
 そして、良牙はムースの差し出した短剣を一瞥した。

「──だがな、俺たちがこれから戦うのは、残念だが、こんな剣じゃ倒せないような相手なんだ。だから、この剣じゃなくて……お前も格闘家なら、お前の……お前の技を教えてくれっ! そいつを……そいつを、ベリアルとかいう奴に叩きこむ!! 約束するっ!!」

 彼も、元は一般人であるとはいえ、戦いへのプライドは持ち合わせている。
 この目の前の老婆や巻物から秘伝の技を受け継ぎ、それを使う事は多くなったが、元々はどの格闘系譜にも存在しない一般家庭の出身である為、「誰かに学ぶ」という事への免疫がなかったのかもしれない。
 ましてや、乱馬やムースのように、同世代の格闘家から技を教わる事など、これまでには絶対になかった事である。あくまで自分自身のセンスを活かして戦いをするのが良牙だった。──そして、乱馬は勿論、九能やムースにも負けたくはないとずっと思っている。
 そんな良牙が、ムースに対して、両手を地についた。

「──頼む。ムース」
「良牙……」

 コロンが、二人の様子を見守った。
 この老婆としては、何か重要な秘伝技を彼に送りたかったところだが、先にそれはムースに山籠もりで修行させて教えていたくらいである。それはムースが熱望しての事であり、彼自身もシャンプーを助けたいと思ってそれに耐えた。
 ただ、その後に、この世界に来た通りすがりの仮面ライダーが、彼らに「ベリアルを倒す事が出来るのはあの世界に入った事のある人間だけ」だと伝えた為、それは果たされない事がわかったのだ。
 ムースには無念であった事だろう。
 それに、実際のところ、あの画面上に映った巨体を破るのに適切な技など、コロンたち女傑族の持つ中国四千年の秘儀の中にもない。──ベリアルが、十五万歳ほど女傑族より長い歴史を持っている存在だというのがその理由の一つなのだが。

「大変あるっ! 街のモニターで──」

 ──と、そんな時、シャンプーの父が、取り乱した様子で良牙たちの前に駆けてきた。
 一応、ここは樹海とはいえ、遊歩道もあり、そこから見える距離に良牙たちがいたので、すぐに辿り着けたようである。
 彼によると、街のモニターに何か大変な物が映ったらしく、良牙たちは、話を中断し、慌てて街の方に向かった。

501虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:37:19 ID:didGUWPE0







 静岡県某所の小さな町。──近くが名所・富士山とはいえ、観光で賑わう事も今はないので、こうして良牙たちが下りてきても、ただの田舎町にしかならない場所であった。
 土産物を売っている町中も殆ど静まり返っており、まるでそこはゴーストタウンだ。
 だが、その土産屋のアナログテレビを一度つければ、そこには巨大モニターで写っている光景と同じ映像が映る。

 画面上には、加頭と同じ服装の眼鏡の中年男性が映っていた。
 テロップでは、「財団Xのレム・カンナギ氏による重大放送」とある。それは、変身ロワイアルの「第二ラウンド」などを告げた男であったのを彼らは思い出す。

「これはっ……!」

 そして、そのカンナギという男の立っている場所には、良牙も見覚えがあった。
 純和風な、灯篭や池のある庭──あれは、天道家だ。
 良牙たちの間に、緊張が走る。

『この世界の生還者、響良牙くんに告ぐ。天道家の家長・早雲、長女・かすみ、次女・なびきの以上三名は、今日、我々が捕えた』
「何だと!?」
『君が一週間後までに大人しく天道道場まで来ない場合、彼らを殺す。では、家長の言葉だ、よく聞いておくといい……』

 その言葉の後に、カメラが180度方向を変え、今度は、十字架に磔になっている三人の男女の姿が映し出された。
 ──それは、良牙たちも知っている顔である。
 中央には、髭を生やした立派な中年の男性の姿。どこか、憔悴しきった表情であった。画面では、彼の顔がズームになっていく。
 もう画面から消えてしまったが、残りの二人の女性は、若く、一方はロングヘア、一方はショートカットで、いずれも眠ったように首を垂れていて、顔すらはっきりと見えなかったが、やはりそれが誰だったのかは良牙にもすぐわかった。
 ここで写っているのは、天道早雲、天道かすみ、天道なびきの三人で間違いない。──つまり、天道あかねの父と、二人の姉が囚われたのだ。
 彼らの言った通り、三人は財団Xによって捕えられ、このようにして、良牙をおびきだす為の人質にしているらしい。

『来なくていい……良牙くん。もうこれ以上、関係のない私たちの為に、君が辛い思いをして戦う必要はないんだ。乱馬くんやあかねの事は、とても残念に思う。──あかねの事は、君にもすまないと思っているし、感謝もしている。最後にあかねが本当のあかねを取り戻してくれたのは、君のお陰だ。それが見られただけでも私たちは幸福だった。だが、君にこれ以上、重荷をいつまでも背負わせたくはない……』

 早雲が、いつになく疲れ切った顔で、良牙にメッセージを送っていた。これまで、あまり良牙と話した事はなかったのだが、だからこそ、遠ざけるようにそう言っているのかもしれない。無関係な少年を巻き込むのは申し訳が立たないと思っているのだ。
 早雲は、立派な大人だ。──一人の親として、良牙の親にも顔向けが出来ないような状況にはしたくなかったに違いない。第一、良牙の親にまで同じ思いを背負わせるのは、彼の人格からすれば耐え難い話である。
 だからこそ、強がるように、良牙に告げたのだろう。

『私は、こう見えても、かつて辛く厳しい修行に耐えた武闘家だ。自分のピンチは必ず、自分で脱して見せる。それに、私の妻の置き土産は、これ以上失わせはしない。──君が来ずとも、私たちは戦いぬく。……だから、君は来なくていい。どこかで休んでいてくれ』

 隈のできた目で、こちらを見つめる早雲と目が合った気がした。精悍な顔でそう言う彼だが、いくら何でも、今の彼に、このピンチを脱する余力があるとは思えなかった。
 良牙は、目を逸らし、握った両手を震わせていた。
 彼を見守る者たちはその手の震えを見逃さなかった。

『──まあ、こうは言うが、彼ら三人はこの通り、拘束されている。響良牙くん、君が来ない限り、全員の処刑は確定だよ。……まあ、君に情けがあるのならば、いつものように迷子にならない事だ。私たちは、一週間後までは、ここで待っているからね』

 カンナギがそう言う映像が流れると、映像はまた何度かインターバルを置いて、また同じ物を最初から流し始めた。見ていなかった部分に、これといった新味はない。良牙の目に入るよう、何度も何度も放送されるのだろう。

502虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:37:36 ID:didGUWPE0

「カンナギだかゼアミだか知らねえが、汚い真似をしやがって……!」

 良牙だけが、そんな言葉を投げかける。
 今にも怒りに震えて、天道家に向かおうと言いかねない姿であったが、その一方でムースたちシャンプーの関係者たちは、今の放送の重要なポイントを一つ見つけ出していた。

 そう、考え直してみると、期限が妙に遅いのだ。──一週間もある。その事に、何故だか妙な含みを感じたムースたちであった。
 その長い期限は、確実に“良牙”を待つ上で最低限必要な時間のように思えた。カンナギたちからすれば、良牙がムースたちと合流している事はまだ明かされていない話であり、良牙が単身で天道道場に向かえば、何日もかかるという大前提がある。
 だから、良牙を待つ時間を取り、確実に良牙を取り殺そうとしているように感じられた。
 そこにあるのが、ただの優しさだとは思えない。良牙を本当に連れて来させなければ意味がないと思っているのだろう。
 これは、その為の準備だ。
 ムースは、良牙に向けて言う。

「これは罠だっ、良牙!」
「罠でもなんでも行くしかねえだろっ!!」
「何故だっ! どうせ、一週間が過ぎても奴らは人質を殺さん。考えても見ろ、奴らはお前を確実に手元に引き寄せたいはずじゃ。それまで、特訓で鍛えるんじゃ!」

 今、良牙を殺させに向かわせるのは、ムースとしても絶対に避けたい状況だ。
 ここは何としてでもここに留まらせておきたいと彼は思うが、現実には、この切迫した気分の良牙に対して、それが出来るのか不安ではあった。
 その不安の通り、良牙が言葉を返す。

「──じゃあ、普通の人が一週間もあんな状態で耐えられるかっ!?」
「うっ……それは」

 人質は、何といっても、普通の人間である。道場の師範である早雲はまだしも、かすみやなびきは、格闘の素養さえ持たない普通の若い女性だ。彼女たちをああして財団Xの管理下で一週間も放っておけるだろうか。
 まあ、普通の若い女性といっても、天道家の血を継ぎ、多少の事では動じなくなっているあの二人ならば、おそらく大丈夫だろうとは思うが、やはり──そんな楽観視だけで人を見捨てられる良牙ではなかった。
 いずれにせよ、ああなってしまえば、食事もトイレも風呂も睡眠も、全てが財団Xに管理され、精神的にも参ってしまうかもしれない。

「──だいたい、俺は、乱馬に勝つ為に戦いを始め、乱馬に勝つ為に戦いを続けてるんだぜっ……!」

 良牙から出てきたそんな言葉は、ふと、ムースの胸を打った。
 ほとんど無意識に良牙から出てきた言葉であるようにも思えた。

「……乱馬に勝つため、だと?」

 乱馬に勝つため──という、ムースもまた良牙同様に持っていたその目的。
 それは、とうとう、一度も果たされる事のないまま、乱馬の勝ち逃げという形で終わってしまった。そもそもが、乱馬に勝つという目的は、シャンプーを得る目的の為であり、それがなくなった今になって、まだ乱馬という男に執着を抱き続ける必要はなく、それでムースも、この一週間の中で、乱馬の事はあっさり諦めたのだ。
 しかし、どうやら良牙の方は、この期に及んで、まだ諦めていないらしい。
 元々、体力があるだけの一般人だった良牙だが、パン食い競争から始まって積み重なった乱馬との因縁は、彼の運命までも変えてきたのだ。彼にとっては、諦めきれるものではない。

「ムース……お前が言う通り、奴らが言う事は罠かもしれん。だが、もしかしたら、罠じゃないかもしれんっ! その時はどうするっ!?」

 乱馬との決着は、もはや、彼の人生だ。
 下手をすると、あの天道あかね以上に、良牙が執着している存在なのかもしれない。
 ──そして、こうして言われると、何故かムースの胸にも湧きあがってくる物があるのは確かだった。
 彼もまた、こうして言われると、諦めたはずの心が再熱してしまいそうになる。

「……乱馬なら絶対、ここであの人たちを助けに行く……。そして、あいつは必ず助けるだろう! だから、おれはここで逃げるわけにはいかないんだっ!」

 せめて、斃れた乱馬に何か一つでも勝とうとする信念が、今の良牙には存在している。
 中国拳法の達人であるムースが、全く気づかぬうちに、彼のような凡人よりも先に、勝利を諦めていたという事実。──それが今、ムースを苛立たせた。
 ムースもまた、拳を強く握った。

503虹と太陽の丘(前編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:37:55 ID:didGUWPE0

 ……このままでは、たとえあの世でも、シャンプーを乱馬に取られてしまうのではないか。
 それどころか、乱馬がいなくなっても、今度は良牙がムースの前に立ちはだかってしまうのではないか。

「くっ……!」

 かつて見た、強く、何度挑んでも負けない男の姿。──目の前の良牙が、かつて、乱馬に対してムースが抱いた執着と重なってくる。
 そうなると、ムースは、どうしても、その男を殴らざるを得ない衝動にかられた。
 シャンプーは渡さん──と、何故か、良牙にさえ思う。

「それにあかねさんの事で辛いのは俺だけじゃない……。あの人たちも、俺なんかよりずっと辛いのに……それでもまだ戦おうとしてるんだ! 俺は、あの人たちにも負けるわけにはいかない……今すぐにでも行ってやるっ!」

 そして──遂に、その拳が、怒りに触れ、良牙の頬を殴った。

「この、たわけがっ! ────っ!!」

 ただのパンチではない。
 それは、この一週間、コロンとともに、ムースが鍛えて編み出した新たな気が込められたパンチである。
 暗器ではなく、修行によって得た“拳”の一撃は、的確に良牙の左の頬に叩きこまれ、彼を土産物の山の中に吹き飛ばした。

「……!?」

 頑丈な良牙が今、気づけば土産物の台や床を突き破り、地面に半分埋もれている──。
 良牙には、一体、何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
 コロンは頷き、シャンプーの父は呆然とそれを見た。──『土産物の台を突き破ったり、床を叩き潰したりしないでください』と書いてある注意書きの紙が、あまりの衝撃に剥がれた。
 良牙は、ムースを見つめ、呆然としていた。
 目を見開き、何かに興味を示した幼児のように、今のムースの攻撃を振り返る彼は、痛みなど忘れていた。

「ムース……お前、その技……!」

 先ほど、ムースに「教えてくれ」と頼んだ、ムース自身の技ではないか。
 それを今、自分は食らったのだろうか。──一瞬の出来事で、良牙はそれが何なのかわからなかったが、攻撃を受け、妙な清々しささえ覚えている。

「……」
「……ムース!」

 ムースは、ただ黙って、そこに立っていた。
 これが、良牙へのムースの返答でもある。──「今は行くな」と、それから、「この技を教えてやる」と。
 良牙がムースに技を聞くのを躊躇うのと同じく、ムースにも自分が折角編み出した自分だけの技を、同年代の人間に伝授するのはプライドが許さなかった。ゆえに、それを認める言葉を良牙に投げかけようとは思わなかった。
 そんな時、ふと、コロンが口を開いた。

「……一日じゃ」

 良牙とムースは、コロンの方に目をやった。

「ムース。今の技を、明日までに良牙に教えよ。良牙は死に物狂いでそれを覚えろ──二人とも、甘さを捨てて戦え! そして、残りは一日かけて天道家に向かう! 修行の休息は全てそこで取る!!」

 良牙とムースは、彼女の言葉には口を挟めない。
 二人の意見はぶつかっているが、それを傍観していた彼女の意見は、百年の人生経験から来る確実な中立であったからだ。
 良牙とムースは、再び互いに見つめ合った。
 慣れ合うつもりはない。──殺し合いだと思って、修行に挑むつもりだった。

 彼らの苛烈な修行は始まった!





504虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:38:16 ID:didGUWPE0



 ──そして、彼らの山籠もりの修行が終わり、二日はあっという間に過ぎた!






 東京都練馬区に位置する天道道場には、かなりの人だかりができていた。門の外から、何人もの人が覗いている。それは、そこで行われる処刑に立ち会おうとしている者たちだ。
 通常なら、管理下の人間に自由は与えるべきではないが、この場の処刑の立ち合いはあくまで自由参加である。
 ただ、人々から見れば、あかねは殺人を犯した大罪人であり、この天道家の人々はそれを生みだし、育てた人間たちだ。──悪趣味で鑑賞しようとする人間、変な正義感を持って見に来ていた人間が大多数であった。

 人目に晒されながら、磔のなびきは、この二日間、「見物料をよこせ」などと喚いていたが、勿論、誰もそんな事をしようとは思わず、それは却って天道家の威信を下げる発言となっていた。
 天道道場を取り囲む人々はこの短期間で、暴徒のような性質を見せ始めた。
 ただ、その一方で、そんな中でも守ってくれる人がいるのも事実で、かすみに向けてビールの缶を投げつけた男が、突如として全身の関節の痛みを訴え、動けなくなるという事態も発生している。──実は、近所の接骨院の男が、こっそりと財団Xに紛れて、天道家の三人にマッサージや忠告を施し、野次馬をたまに、指一本で撃退しているのである。



 ──そんな野次馬たちが大きくざわついたのが、その「二日後」なのであった。

「おい、あれ……」

 天道道場に至るまでの道のりをゆっくり歩いて来る、たった二人の男を見て、人々は道を開け始めていた。
 それは、まさに異様というか、誰も近寄れない空気を醸し出していた。
 白い服を着た長い髪、めがねのアジア人男性が、モニターで中継されていたあの「響良牙」を縄で縛り、無理やり歩かせているのである。──それを知っていた人々は息を飲んだ。
 良牙の身体は、何度も痛めつけられた痕があり、表情は、もはや限界寸前なほどに憔悴し切っている。倒れかけであった。

「あ、あんた、もしかして……良牙を捕まえたのか……」
「──ならば、何だという」
「い……いや、何でもない……」

 その男の、まるで暗殺者のような佇まいに、近寄れる者は誰もいなかった。
 あの良牙を捕えた者だというだけでも、この白い服の男の格は上がる。あの映像だけでも、良牙たちは、自分の手に負える相手ではないのを理解していた住民たちだ。麻酔銃が効くだけ、虎でも相手にした方がまだマシという気がしていた。
 それを仕留めたというのだから、この男がただならぬ者であるというのは一瞬で、誰にも伝わった。

「どけっ!」

 財団Xが警備していた天道道場の門に、良牙を連れて悠々と入ってくるその男。
 その警備兵が男の肩に触れたが、次の瞬間、男の拳が警備兵たちの顔に一撃ずつ叩きこまれ、すぐに気を失う羽目になった。

「良牙くん! ……それに、君はムース!」

 その男の姿が、いよいよ、天道道場の庭で十字架に磔にされていた天道早雲たちの目にも入った。
 庭に、落ち着いて、ただゆっくりと入ってくる白い服の男は──やはり、ムースであった。

 レム・カンナギたちはどこかで休憩していたようだが、テレビカメラがそこには設置されていた。
 早雲たちの周囲を囲む財団Xの人間が、慌ててテレビカメラを回すと、遂に──痛めつけられた良牙の顔は、世界中に中継される事になってしまう。

「おじさん……すまない」

505虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:38:36 ID:didGUWPE0

 早雲を見て、良牙は弱弱しい声で呟く。
 汚れた子犬のような目で、助けを求めるのか、あるいは、謝るのかといった目で、早雲を見つめる彼──それを見て、早雲は無念を悟った。
 かすみとなびきの顔色も、流石に曇っている。

「──おい、レム・カンナギとやら! おらが良牙を連れてきたぞ」

 ムースがそこで、大きな声をあげた。
 すると、天道家の奥から、自分が呼ばれたと気づいた財団Xの服を着た中年男性──レム・カンナギが、何が起きたのかと顔を顰めて歩いて来る。居間を土足で通り抜けているが、彼はそれを全く意に介す様子はない。

「……おお」

 そんな彼であったが、ムースにお縄頂戴されている良牙の姿を見ると、少し驚いたような表情をした。カンナギとしても、まさか今になって良牙を連れてくる者が現れると思っていなかったのだろう。

「この良牙を連れてきたら願いを叶えてくれると言ったはずじゃ。じゃあ、おらの願いを聞いてくれるな?」
「ムース! 君は良牙くんの友達なんじゃないのか! まさか、彼を裏切ったのかっ! 一体何故!?」

 ムースは、早雲の方を一瞥し、それで一度は目が合ったものの、すぐに目を逸らし、彼の言葉を無視して続ける。


「──シャンプーを生き返らせてもらおうか、カンナギ!」


 ムースのその一言が、早雲の胸に衝撃を与える。
 ムースは、ただ一図にシャンプーを生き返らせたいだけなのだと──それに気づき、彼も黙って、少し項垂れた。彼にも、乱馬やあかねを生き返らせたい気持ちが少しあるだけに、どうしてもムースの想いだけは否定できなかった。
 しかし、それでも──それは間違っている、と、早雲は心の中では理屈抜きにそれを否定しようとしていた。

「……おい」

 一方、カンナギは、カメラマンに目配せした。──どうやら、「映像を差し替えろ」というような趣旨の合図らしいが、良牙たちにはそれはわからなかった。カメラマンは、その合図に、頷き、何やらカメラのボタンを押した。

「おやおや。これはこれは……珍しい客人だ。ムースくん、だったな? わざわざご苦労だ。君の、我々への協力は素直に感謝しよう。君の要件も概ね理解した」

 カンナギは、そうして、ムースたちから少し距離を置いた早雲たちの前に立ち、互いに顔を見合わせていた。
 そんなカンナギの元に、何人かの財団Xのメンバーがわらわらと集まってくる。黒人男性もいれば、女性もいた。カンナギの身を守ろうとする側近のような立場なのだろう。
 カンナギは薄く笑い、一見するとこうしてやって来たムースを歓迎するような表情をしたが、すぐにその表情を崩す。

「……だが、一つだけ言っておこう。──君はバカか?」

 カンナギは、この冷徹な言葉を、ムースに向けて放った。
 無表情でありながら、ムースを嘲笑っているかのようなその言葉に、カンナギは付け加えていく。

「もう私たちは君が何をしなくとも、良牙くんをここにおびき寄せる算段は立っていた。だから、もう君が何か手伝う必要はなかった。──告知し忘れていたが、もう、良牙くんを捕まえるゲームはあの放送の時点で終わっていたというわけだよ。良牙くんを倒すのには随分苦労しただろうが、残念ながら、君のしてきた事には意味はない」

 ムースは、彼の言葉をただ冷静に、黙って聞いていた。周囲の人々がざわめきだす。
 良牙を捕まえる「第二ラウンド」の終了など、誰も聞いていない。今、こうして良牙を連れてくる者が現れたというのに、それは一切無視されているというのである。

「それに、折角、来てくれたから言っておくが、『願いを叶える』などという話──悪いがね、あれも、全部嘘なのだよ。まあ、連れてきた者を洗脳し、幹部待遇を与える場合もあるというのは本当だが……」

506虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:39:32 ID:didGUWPE0

 カンナギは、この事を言う為に映像を差し替えたのだ。
 ムースを絶望させ、嘲笑う為に──。

 見ていた人々の間には、あからさまな不満の波が広がっていた。

「──わかりやすく言うと、君が求めている彼女は……、『死んだ』という事だ」

 カンナギは、トドメとして、ムースにそう告げた。
 財団Xが協力しなければ、シャンプーが蘇る事はない。そして、彼らは一切協力する気はなく、それどころか、その事実を嬉しそうにムースの前で突きつける。
 それを聞かされたムースは、流石に、その瞬間ばかりは、眼鏡の奥でカンナギを睨みつけた。──その怒りを受けても、カンナギは一切、意に介さない。

「さて、全て話してしまったところで────響良牙は拘束し、この人質は皆殺しにしろ!……この場にいた者も全員だ! 良牙とムース以外はお前たちでも殺せる」

 その時、天道道場の周りを、どこからともなく降って湧いてきた怪物たちが取り囲む。
 マスカレイド・ドーパント、屑ヤミー、星屑忍者ダスタード。──本来、この世界には存在しないはずの異世界の怪物たちだ。
 いくら雑魚とはいえ、それらは人間が立ち向かったところで敵わない肉体を持っている連中である。良牙やムースを相手にするには力不足だが、「それ以外」ならば殺せる。
 叫び、怯え出す一般市民たちに、その目線を変えた。怪物たちと目が合い、ターゲットとしてロックされた一般人たちは、その瞬間、先ほど逃げ出そうとした人々同様、逃走を図ろうとする。

「ふっふっふっ、ここにいる者たちには、我が財団が開発した技術の実験台になってもらうよ。……良牙くん、君の目の前でね」

 既に天道道場の周囲一帯が完全に包囲されており、人々に逃げ場はなかった。
 ここにいた全ての野次馬は、財団X側が提示した約束が反故にされているのを今、目撃してしまっている者たち──という位置づけだ。一刻も早く逃げ出そうとした者は何人もいたが、彼らは軒並み、戦闘員たちの包囲を受ける事になった。
 ──処刑を待ちわびていた人間だけではなく、中には通りがかりの子供や、ただの近隣の住民、それどころか、この現場を見てすらいない人間などもいる。
 そんな人たちの断末魔が、次々とカンナギたちの耳に入って来た。
 早雲は、カンナギの背中に怒りの声を浴びせ続けるが、彼は無視する。


 ──まるで、それは、カンナギが最初から、処刑の現場に来る人間を皆殺しにするショーを計画していたようであった。
 ──ここで全てを明かしてしまうのは、「真実を知った者を殺す」という、状況を作る為の大義名分。
 ──新しい道具や技術の、体の良い実験台として、良牙や、彼の周囲の人間を利用しようとしていたという事だ。


「そして、ムースくん。君は無駄な事の為に仲間を売って、ここまで来たのだ。暗器の達人ムース……最後まで卑怯者のまま死ぬ気分はどうだ?」

 そして、カンナギとムースとの間を隔てていくダスタードの群れと、財団Xの側近たち。
 ムースならば、辛うじて倒せるレベルの敵であったが、その障壁を崩しているうちに、おそらくカンナギはその前に逃げてしまうだろう。──おそらく、彼が逃げる為の時間稼ぎをさせる為の連中である

「……愛する者に殉じたまえ!」

 カンナギは冷徹で卑怯な命令を下す。
 ムースと良牙を囲むように、四体の怪人軍団が出現した。財団Xが作りだしたクローンの怪物たちである。
 ウヴァ、カザリ、ガメル、メズール──財団Xの出資してきた技術「コアメダル」によって生まれる欲望の怪物たちのコピーだ。その力は、異世界で仮面ライダーオーズと戦ったオリジナルの彼らには及ばずとも、ムースでさえ苦戦するレベルの能力を持っているのは間違いない。

「汚いぞぉ、カンナギぃっ!」
「自分で勝手に全部喋っておきながら!」

 そんな大きな喧噪が生まれ、天道道場の周囲は大混乱に陥っていた。
 しかし、カンナギはどうも腑に落ちない違和感ばかり覚え、眉を顰めている。
 妙に、良牙とムースが大人しく、何の反抗や反論もしてこない。──二人は、ただ黙ってカンナギを睨み続けていた。

507虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:39:55 ID:didGUWPE0

「……おい、カンナギ」

 そんな騒ぎの中、天道道場内で、ただ一人、俯いたままカンナギに声をかけたのは、拘束されている良牙だった。

「なんだね、良牙くん。……友達に裏切られて、随分とボロボロのようだが、口が利けたのかね」
「──確かに俺たちはバカだが、お前たちよりは、バカじゃない」
「何?」

 良牙を縛っていたロープは、良牙が少し力を入れると、一瞬ではじけるように破れ、解けた。岩石を抱きしめて砕くような男なのだから、このくらいは当然の芸当である。
 憔悴していたように見せていた良牙だが、あれは別に体力の限界というほどではない。──まあ、この二日間、地獄のような特訓を続けていたのもまた確かな話で、そこでムースに厭というほど打ちのめされたのもまた事実だが。

「……そうだ。おらは別に、この豚男を裏切っていたわけじゃない。本当は仲が良いのだ!」
「ああ、このアヒル野郎と結託して、ある作戦を立てていたんだっ!」

 ──ばきっ!

 仲が良いはずの良牙とムースが今、クロスカウンターの形で殴り合った。
 互いの顔面にまともに一発拳が入っている。豚男、アヒル野郎などと呼ばれたのが相当気に入らなかったらしい。

「……」

 その場にいた全員が呆気にとられていたが、気を取り直し、良牙は言う。

「お前たちは昨日、天道道場を襲ったようだが、何故、天道道場には、おじさんとかすみさん、なびきさんしかいなかったと思う……!?」

 良牙の言葉に、カンナギたちは眉を顰めた。
 そう──確かに、天道道場には、早乙女玄馬も住み込んでいるほか、この町一帯には、他にも乱馬の関係者や友人はいるはずだった。それらは一切、財団Xの手で見つけ出す事ができず、良牙の脱出後は捜索対象になっていたほどである。

 ──その捜索対象者たちは、実は今、ここに集っているのだ。

「──早乙女玄馬、参上!」

 中年男性の声が、カンナギの元に聞こえた。
 彼が見ると、磔にされていた人質三名の周囲のダスタードたちが軒並み打ちのめされて伸びており、人質の腕の拘束を一人の男が解いている。
 カンナギが玄馬の存在に気づいたのは、なびき、かすみに続いて、遂に早雲の拘束が解かれる段階であった。
 名乗った通り、彼は早乙女玄馬──乱馬の父である。三人の殺害が決行される前に、彼が格闘でダスタードを倒したのである。

「早乙女くん……てっきり君は、パンダになって逃げたとばかり……」
「何を言う! いくらなんでも、息子を殺され、大事な友達がこんな所に磔にされているのを黙って見捨てるわしではないわ……! 今日までは良牙くんを探しておったのよ」
「早乙女くん……私は君が助けてくれると、この二日間ずっと信じていたぞ……!」

 玄馬の態度を見て、掌を返す早雲の姿を、なびきは冷やかな目で見つめていた。
 そんな時、外からも、何か騒がしい声が聞こえ始めた。
 カンナギが慌てて外の様子を見ると、そこにあったのは、部下たちによる民間人の虐殺の光景ではなく、──データで軽く閲覧した人物たちの様子であった。
 先ほどから聞こえていた断末魔は、ダスタードに殺される一般人の声ではない。──一般人に倒されるダスタードたちの声なのだ。
 カンナギたち、道場内にいた財団Xの人間には、まさに「予想外」な行動をされたが為の、動揺が広がっている。

「大阪から、乱ちゃんとあかねちゃんの仇やっ!!」

 久遠寺右京が、愛用の巨大な鉄のヘラを使ってマスカレイドたちを一掃している。
 彼女の幾つものお好み焼き技が敵に炸裂し、マスカレイドたちは見事料理されていった。
 もはやマスカレイドたちに成す術はなく、右京のお好み焼き攻撃に敗れ、何人かは本当にお好み焼きにされている。

「北海道より、おさげの女と天道あかねの仇!」

508虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:40:16 ID:didGUWPE0

 九能帯刀は、熊を引き連れてそれに乗り、屑ヤミーたちの頭を木刀で叩き割っていた。
 この様子では、どうやら、あの映像を見ても、男の早乙女乱馬の出てくる瞬間は全て脳内で不要な情報として切り捨て、女の乱馬が出てくる場面だけちゃんと見ていたようである。──この男の頭の中は実に都合が良い。

「沖縄より、乱馬さまの仇を取りに参りましたわ!」

 日に焼けてきた九能小太刀が、薔薇を投げ、ダスタードの首元に突き刺す。
 薔薇の刺さったダスタードは、もがく苦しんだ後に倒れた。──何せ、この薔薇は毒針付だ。薔薇は、的確にダスタードたちに刺さっていく。
 おそらく、彼女も兄と同じく、女乱馬の事は記憶から封印されているのだろう。

「──そして、天道道場内・財団Xから、スパイのこの私です」

 その声を聞いて、見てみると、天道道場内に設置されたカメラの元に、財団Xの制服を着た──しかし、部下ではない男がいた。カンナギの命令を無視して、ここまでの映像をカメラに収め続けている男は、小乃東風である。
 財団Xもすっかり存在を忘れていた為、紛れ込んでも全然気づかなかったのだろうか。
 慌てて、財団Xのミュータミットが三人がかりで彼を襲うが、東風は、敵の方を見もせずに、足で蹴とばし、纏めて吹き飛ばしてしまう。
 先ほどまでカメラマンは部下だったはずだが、──いや、実は、彼が本来のカメラマンと入れ替わり、彼に変装していたのだ。

「どういう事だ……っ!!」
「俺は帰ってきても、どうせ道に迷って東京の外に出ているからなっ! 仲間たちが、全国をバラバラに探していたらしいんだ」

 良牙が、左腕の肘でウヴァの首を締めながらそう言う。
 解放された早雲も、かつて極めた格闘により、何なくマスカレイドたちを撃退しているようだ。それどころか、かすみもフライパンで何度も敵の頭を叩き、なびきは上手く逃げながら池に突き落としたり灯篭に敵を叩きつけたりするトラップで応戦している。
 流石は天道家の娘という所であろう。……そんな姿を見て、良牙も少し安心する。

「──そして、お前たちが人質を取った事で、全員それを優先してここに集まってきてしまった! おらたちに限らず、全員がだっ! こいつらを集めてくれたのは貴様の悪趣味な放送じゃっ!」

 ムースは、そう言うと、後方のカザリとメズールに肘鉄を叩きこんだ。
 天道道場の外でも、同じように、コロンや二ノ宮ひな子、早乙女のどかや小夏などが戦い続けており、結果的に財団Xは怪物を使っても、一般人を一人も殺せていなかった。
 そもそも、先ほどの会話の内容が東風のせいで既に全国に放送済である以上、最早、隠蔽の為に目撃者を殺す必要はどこにもない。

 良牙とムースは二人並んで背中を合わせ、カンナギにその指を突きつける。
 この二人は、これまでに見せた事もないような精悍な瞳でカンナギたちを見つめる。

「俺たちの目的は、おじさんたちを助けて、お前たちを潰す事!」
「そして、あわよくばシャンプーを生き返らせる秘術を奪う事だったが、貴様らはそれを渡す気はないと見たっ! ──ならば貴様らを殺すのみ!」

 そんな所に、残ったガメルというヤミーが立ちふさがり、良牙の腹部を殴った。
 しかし、固い体を持つガメルの一撃も、同じく打たれ強い良牙を相手には無意味だ。
 それどころか、次の瞬間、良牙の爆砕点穴によってその体が吹っ飛ぶ。
 ──命もなく、「人体」ではないガメル・クローンは、「物」であった。
 それならば、例外なく、それを壊す事が出来るツボがある。──それを突いて粉々に破壊するのが、爆砕点穴。

 ガメルの姿だったそのつぶてが、カンナギに降りかかる。カンナギたちが周囲を見回しても、恐ろしい事に、そんな光景ばかりが繰り広げられ、たかが人間に怪物たちが圧迫されている姿がある。

「ば、バカな……我が財団の支援した科学の結晶たちを……こんなに簡単に、生身で倒しているだとっ!? この世界の人間には、管理の力も全く効いていないのか! このバカたちは、私に歯向かえばどうなるのかわかっていないのか……!?」

 この世界の住人の、NEVERやクオークス、ミュータミットのような超進化した異常な身体能力──誰もひるむ事なく怪人たちに挑み、何なく全て倒しているのだから、そこらの拳法の達人とは次元が違う。
 レム・カンナギも殺し合いゲームの発足に関わっていた為、「早乙女乱馬」、「響良牙」、「早乙女玄馬」、「シャンプー」、「ムース」、「パンスト太郎」など、変身エネルギーを有する存在と、その近しい関係者である「天道あかね」くらいは頭に入れていたが、この世界の人間を全て知っているわけではない。

509虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:40:46 ID:didGUWPE0
 乱馬たちが数少ない特異な能力者なのかと思えば──なんだ、この惨状は。

「さっきはデータだとか何だとか言っていたが、調査不足だ、バーカ。お前の下っ端ごときにやられて、お前ら如きに従うような奴は、俺たちの仲間にはいないっ!」
「──そう。この世界の人間を敵に回したのが貴様の敗因じゃ!」

 変身者及び参加候補者にばかり目をやっていたが、この世界の人間は──軒並み、格闘において人外レベルに発達した人間なのである。
 あらゆる流派、あらゆる格闘術が、だんだんと、マスカレイド、屑ヤミー、ダスタードたちの数を減らしていた。──残っているのは、カンナギとその側近の数名、それから、息の根が止まる直前の雑魚たちのみだ。

「くっ……! 今だけは不覚を認めよう。だが! 我々三人だけは甘く見ないでもらおうか!」

 ミュータミットの能力を持つ眼鏡の女性・ソラリスが素早く前に出て、ムースに向けてキック主体の格闘技で襲い掛かる。
 ムースが、そのうち二発を両腕でいなすが、確かに、彼女からは人間離れした強さを感じた。──この女、できる。
 そして、そんな彼女が足を高く上げて狙ったのは、ムースの顔面──。
 ムースは直前に回避しようとしたが、ミュータミットらしい攻撃の圧力により、眼鏡は真ん中からぱっくりと二つに裂け、割れる。

「そうだ、ムースくんはどうせ眼鏡がなければ何も見えない……やれっ!」

 その瞬間、ムースを狙い、再度ソラリスが謎のスイッチを持って前に出る。
 ムースを一度蹴りで引き離してから、このスイッチを使って怪物に変身する予定だった。

「──ふんっ」

 ──が。
 その次の瞬間、ソラリスの顔面には、ムースの飛び蹴り──秘技ダチョウ脚が、「みしっ」と音を立てて正確に叩きこまれていた。
 ソラリスは、そのムースの一撃に耐えきれず、気を失ってしまう。そのまま、スイッチを握っていた右手からも力がなくなり、彼女の十八番のゾディアーツスイッチは地面を転がって、池の中に沈んだ。
 あまりにも一瞬で倒された部下のミュータミットの姿に、カンナギが唖然としている。

「な、何故っ!? 眼鏡がないくせに何故、私たちを識別し、攻撃している。……まさか!?」

 目の前のムースは、眼鏡をかけていない。超ど近眼の彼は、下手をすると味方を巻き込んで攻撃しかねない状況のはずだ。
 それにも関わらず、彼は、正確に目の前の敵を攻撃した。
 だとすれば、答えは一つしかない。

「そのまさかだ……」

 ムースは、事実をカンナギに美しい素顔で告げる。

「──今のおらは、コンタクトレンズをはめているのさ!」
「な、やられたぁっ……!?」

 カンナギもソラリスも眼鏡派なので気づかなかったが──ムースは眼鏡の下にコンタクトレンズを嵌め、もし眼鏡がなくても戦えるようにしていたのである。
 眼鏡派であったムースがコンタクトレンズを嵌めるなどという覚悟が起こる事など、カンナギも予測していなかっただろう。
 ソラリスもそこで油断し、今、敗北したという事である。

(はっ……!)

 こうしている間にも、次々と財団Xの怪人たちは敗北を喫していた。
 ──ふと、カンナギもこの世界にいるうちに、自分がだんだんとばかばかしい思考に取りつかれはじめていた事に気づき、気を取り直して、また普段の思考に戻ろうとする。

(いかん……。奴らめ……我々と同じく、全ての部下を全て鎮圧して、残る我々だけを全員で追い詰めようとしているな……!)

 その時、遂に天道道場の外壁が破壊され、戦闘員の束が、全員顔にお好み焼きを叩きつけられて伸びたまま、カンナギの足元に降って来た。
 叩きつけられた後方の壁から現れたのは、この世界の数多の女性たちの中でも一番可愛い少女・久遠寺右京──乱馬のもう一人の許婚──であった。彼女のお好み焼き格闘は、財団Xの怪物たちも簡単に打ちのめしてしまったのである。

510虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:41:09 ID:didGUWPE0
 彼女は、良牙に向けて叫ぶ。

「……良牙っ! あんたの彼女も向こうの丘におるでっ! ずっとウチらと一緒に行動しとったからな!」
「俺の彼女? まさか……それってあかりちゃんっ!?」

 右京も良牙も、未だ、わらわらと湧いて来る怪物たちを倒しながら会話していた。カンナギが調達した怪人軍団の数も、こうしてどんどん減っている。
 彼らにしてみれば、むしろ格闘しながらの方が会話は捗るくらいである。物が壊れ、怪人が倒れ、轟音が鳴り響いて、会話はすべからく、かなりの大声の物になっている。

「せやっ! だから、こんな所で油売ってないで、そっちに会いに行ったれっ!」
「わかった! 恩に着るぜっ!」

 良牙がそう言って、天道道場の塀を突き破って、外に走りだすが、彼は方向音痴であった──向かったのは、右京が差した方向と逆だ。
 思い込みが強い状況ほど、彼は自分が方向音痴である事を忘れてしまう。

「あっ、待て! そっちは逆や!」

 右京が、ダスタードの頭をヘラで叩きつけ、打ちのめした後、慌てて良牙を追いかける。──だが、良牙のスピードは速く、右京でもそう簡単に追いつける相手ではない。
 一度走りだした良牙に追いつくのは、当然、カンナギたちでは無理であった。幸いにも、良牙は逆方向に突き進んでいったらしく、それならば、待ち伏せすれば良い。
 しかし、そんな思考のカンナギの前には、まだムースが残っていた。

「──良牙が行ったか。ならば、貴様らをぶちのめすのはわしじゃっ!」

 一方、カンナギの部下はまだ残っている。
 特に強力な力を持っている黒人男性カタルが取ってあったのは、こういう時の為だ。──彼は、ミュータミットでありながら、人間体の時はそこまで強力な戦闘能力を持っていない。
 だが、変身さえすれば、ここにいる中でカンナギに次ぐ能力を持つ怪物になる事ができるというカンナギにとって都合の良い切り札であった。

「カタル。……任せた」
「──抹殺」

 ムースとカンナギの間にカタルが立ちふさがったカタルは、呟くようにそう言う。
 すると、彼は、その直後、濃い藍色の怪鳥──サドンダスへと変身した。
 更に次の瞬間、サドンダスが口から吐き出した青い熱線が、走っていたムースを襲う。

「おっと……!」

 地面にぶつかったそれを、辛うじて回避したものの、ムースはその爆風に耐えきれず、空中でバランスを崩して倒れる。
 顔から落ちたが、顎を手の甲で撫ぜると、彼はすぐにサドンダスを睨み返した。

「くっ……本物のバケモンか」

 いずれにせよ、サドンダスはムースの足止めには充分だったらしい。サドンダスが攻撃をし、ムースの視界が煙に包まれた隙に、カンナギは去って行ってしまう。
 カンナギは良牙と右京に任せるとして、この怪物はムースが倒さなければならないらしいと気づく。はっきり言って、面倒な上に厄介であった。こんな鳥の怪物などに現を抜かしている場合ではない。

「どけっ、トリ公。貴様など、アヒル以下だと教えてやるっ!」

 ──だが、彼はその一方で歓喜もしていた。
 直接的ではないながら、シャンプーの命を奪った主催者どものけしかける怪物をぶちのめせるという事に。

「──でやぁっ! 死ぬがいい、トリ公!」

 ムースの袖から出現する鉤爪付の縄たち。それらは、一瞬でサドンダスの身体中を巻き、彼を雁字搦めにする。良牙よりもきつく、複雑に、そして大量に絡まり、怪物たりとも一瞬ではほどけない状況が作り上げられた──。
 そして、そんなサドンダスに向かって、駆け出したムースは、体中から剣、爆弾などをばら撒いていく。
 天道道場は、こうして財団Xが現れる前よりもボロボロになっていくが、実際、こんなのはいつもの話であった。





511虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:41:33 ID:didGUWPE0



 良牙がようやく追いついた右京に導かれ、正しい方向に向かって走りだしていると、そこには、白い服の男性──カンナギの姿があった。

「──逃がしはしないよ。ひとまずは、君たちの首をベリアルに捧げておきたいからね」

 彼が道を阻んでおり、右京の言う丘には辿り着かないようにしている。
 とはいえ、カンナギが待ち伏せこそすれ、雲竜あかりを直接殺害しに向かおうとしなかったのは不幸中の幸いといえようか。
 右京も、戦闘能力を有さないあかりの事は、なるべく隠そうとしているし、何よりあかりのもとには、ブタ相撲の横綱・カツ錦が護衛している為、生半可な相手ならばいずれにせよ敵わない。
 カンナギとしても、今は別段、あかりという人間には興味がなかった。人質にすれば使えるかもしれないが、立地に詳しくない為、丘と言われてもはっきりとした場所はわからなかった。

「てめえごときにやられるかっ!」

 良牙は先走って、カンナギの元に駆け出そうとするが、カンナギは、そんな良牙に向けて口から衝撃波を吐き出し、良牙の身体を吹き飛ばす。
 良牙、右京ともにその人間の身体ではありえない攻撃に口をあんぐりと開けていた。

「「!?」」
「──なんや、あいつっ!?」
「まさか、仮面ライダーみてえな改造でも受けてるのかっ!?」

 良牙が、村雨良や大道克己の事を思い出したのは言うまでもない。
 ……とはいえ、カンナギからすれば充分、良牙やムースや右京も怪物級の実力だが。
 まあ、闘気ではない力を口から吐き出した超能力に、物珍しさも感じたのだろう。

「いや、超進化兵士ミュータミットだ……。しかし、私の力はこんな物だと思われては困る。異世界や未来と繋がった機会に、良い道具を拝借させてもらったのでね」

 繋がった世界線よりも未来からやって来た仮面ライダーや戦士が、管理と戦う為に加勢している事もある現状である。お陰で、財団Xもあらゆる力を調査する事が出来た。
 ベリアルとの取引によって加頭が得た“未来のコアメダル”や、“コズミックエナジー”をカンナギは無断で拝借し、ベリアルや自分の属する組織の存じぬ所で、こうした勝手な実験をしていたのである。
 天道道場の奥に、勝手に施設の研究班を移動させ、あらゆる研究をそこでやらせていたほどの力の入れようである。本来の天道道場の管理責任者のキイマは始末済だ。

「……響良牙くん、見たまえ!」

 ──カンナギは、決して、財団Xの一端に甘んじる気はない。
 このベリアル帝国が完成した際に、全てを乗っ取る野望を胸に秘めている男だった。

「これが、いずれベリアルさえも支配し、全てを乗っ取る……銀河王の姿だっ!!」

 カンナギは、その腰に「ギンガオードライバー」を巻いていた。
 ギンガオードライバーに未来のコアメダルとSOLUスイッチを装填すると、彼の身体は、光を放ち、それを収束させて、これまで良牙が見てきたような異形の戦士へと変身する。

「なっ……!」

 鋼を身に纏ったかのような銀色の肌に、胸部や肩部だけを覆うように重なっている金色の外殻。細長く、まるで鳥籠のような仮面。夜空の色のマントには、そこを流れる星のような銀が走っていた。
 彼が名乗る名によると、それは銀河王──。
 右京も、直にその変身の瞬間を見るのは初めてだった。恐る恐る、良牙に訊く。

「良牙。あれが、仮面ライダーか!?」
「いや、違う、この世界に仮面ライダーがいるとしたら、──!」

 右京の問いを否定する良牙──。
 そんな彼もまた、いつの間にか、腰部にロストドライバーを装着していた。──これを装着するのは、だいたい三日ぶりの話になる。
 これまでは骨のある相手に出会えなかったが、目の前の敵が放つ邪悪な闘気に、今から対応しておくべきだと、反射的にドライバーを巻いていたのだ。

512虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:41:50 ID:didGUWPE0

「──そいつは、俺だけだっ! あんな奴に名乗らせる名前じゃねえ!」

──Eternal!!──

「変身!!」

 良牙の身体に、久々に変身の感覚が湧きだす。
 大道克己との戦いの果てに、何故か運命的に良牙の元に渡ったそのロストドライバーとエターナルメモリ。それは、亡き克己に代わり、どういうわけか響良牙の物となって彼の運命を変えていた。
 乱馬や良牙でさえ敵わない相手に向けて、その能力値の補填を行うドーピングという所だが、こうでもしなければ、ドーピング済の相手には敵わない。
 白い死神の仮面ライダー──仮面ライダーエターナルは、青い炎を両手に纏い、背中に真っ黒なローブをはためかせた。黄色の複眼が輝き、それが再び消える。変身のエネルギーの影響か、後方で巨大な竜巻が発生する。右京がエターナルを見て目を輝かせる。
 未だ、彼を認めているブルーフレアの姿であった。

「地獄に迷った一本の牙、仮面ライダー……エターナル! こうなったからには、貴様を一瞬で地獄に送ってやるぜっ!」

 中指を突きたてて、以前、花咲つぼみに触発された名乗りを叫んだ。
 後方の竜巻の姿もあり、非常にそれは映えた物になっている。──いや待て。今まで、エターナルに変身して竜巻が出てきた事なんてあったか? まあいっか。

「おおっ。良牙、ちゃんとかっこええやんっ! ──」

 右京はエターナルに変身する良牙に対して、素直な感想を口にする。江戸っ子気質の右京はこうした見栄も気に入りやすかったのだろう。
 よりにもよって、目の前の相手は響良牙なのだが、それにしても、顔が見えなければ、彼も随分と輝いて見える物である。
 考えてみると、変身という物の利点だろうか──。右京はこの戦いまで、乱馬以外の変身体質を一切知らなかったが、「性別が入れ替わる」よりもずっと凄まじい光景であった。

「──まあ、上から怪物が降って来なければやけど……」

 次の瞬間、縄で縛られたサドンダスが、「ごちん」と音を立ててエターナルの頭の上に降りかかり、エターナルが潰され、全てが台無しになる。
 おそらく、エターナルの変身の瞬間に発生した竜巻に巻き込まれ、そこからこのサドンダスも落ちてきたのだ。
 もうかなりボロボロで、目が「×」になって小さく涙が出ている状態のサドンダスが、エターナルの上で圧し掛かっている。

「……人が折角決めているのに、何をするんでいっ!」

 エターナルがサドンダスを片手で引きははがし、超銀河王に向けて放り投げる。超銀河王の一歩手前の地面にサドンダスが叩きつけられ、衝撃音が鳴った。サドンダスも、予想外の出来事の連続で、すっかり伸びたようである。
 超銀河王が一瞬ひるみ、サドンダスが誰も存じぬところで何者かによって倒された事に驚いていた。
 果たして、一体何者が──と、超銀河王は恐る恐る、エターナルたちの方を見る。

「はぁ……はぁ……良牙。そのバケモンはおらが倒したぞ……」
「ムース!」

 そう言って、彼らの前に現れたのは、かなり疲労の激しい様子のムースであった。
 サドンダスとの直接対決をしていたようだが、一体、どのようにして倒したのだろうか。
 ふと、そんな時、エターナルの方が、ある事に気づいたようだ。──いかにムースであろうとも、敵をこのようにあっさりと倒せるはずがない。

「お前、まさか……飛竜昇天破を……!?」
「ああ……おらも、あのばあさんに一週間修行をしてもらったからな……」

 先ほどの竜巻は、エターナルの変身による物ではなく、ムースが放った飛竜昇天破によって発生する物だったのである。
 元々、乱馬が修得した飛竜昇天破も、コロンの教えによる技だ。──それは、敵が強ければ強いほど意味を成す為、ムースとサドンダスの間の実力差など簡単にひっくりかえる事になる。
 そのうえ、闘気の際に発生する熱を利用した技であった以上、熱線を吐き出すサドンダスを相手には非常に使いやすい技であった。
 つまるところ、変身前でも倒せるような連中の仲間に負けるエターナルではないという事である。

513虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:42:08 ID:didGUWPE0

「……というわけだっ、銀河王!」
「銀河王? ……いや、私は超銀河王だよ!」
「さっき銀河王だって言ってたじゃねえか!」
「だが超銀河王なのだよ」

 こうもあっさり側近のサドンダスが倒されたというのに、まだ、超銀河王は自信に満ちた尊大な態度を崩さないままだった。彼まで始末されたという事態には多少驚いたようであったが、まだ自分だけは勝利を確信しているようである。

「まあいい……。ただ、わかっている事は、一つある! 君たちは、絶対、私には勝てない……!」

 超銀河王が、そんな言葉と共に掌にえ全身のコズミックエナジーを収束させる。
 その瞬間、本能的に危険を察知したエターナルは、背中のエターナルローブを広げ、ムースと右京を両手で抱きしめ、敵に背中を向け丸まった。
 彼が掌に集めたコズミックエナジーが彼らに向けて放たれたのはそれと同時だった。

「ぐっ……!」

 どんっ!

 背中で爆ぜる敵の攻撃。──ローブの中で、右京とムースが唖然とした表情でエターナルの方を見ている。
 超銀河王がエターナルに向けて放ったコズミックエナジーのエネルギーの塊は、背中で吸収されるが、まともに受けていれば消し飛んでいたかもしれないレベルの闘気であった。
 この攻撃から辛うじて二人を守ったエターナルローブは、熱や冷気、電気や打撃を全て無効化する鉄壁だ。
 二人とも、突如としてエターナルに守られた事には驚いていたようだが、仮にもし攻撃を受けていたら……と想像し、息を飲んだ。
 エターナルは、敵の攻撃が来ていないのを察知し、再び敵に向き直す。ムースと右京は、エターナルに全てを任せ、後ろに退がった。

「ほう、このくらいの攻撃ならば効かないかね!」
「ふざけるなっ! 俺は……俺たちは、貴様ら如きには絶対負けんっ! この程度の攻撃で俺たちを倒せると思うなっ!?」
「つまり、矛盾が生じたわけだが、何の事はない。私の絶対の方が、正しい絶対なのだから……! そう、この力さえあればね!」



 ──その瞬間、超銀河王は、切り札であった『時間停止能力』を作動する。

(これこそが、全ての世界を手にする『王』の力だよ……!)

 ──そう、これが、超銀河王だけが持つ世界。
 この時間停止能力を使えるのは、この未来のコアメダルを利用し、この世界の時間を超越する能力を持っている彼だけだ。
 後は、実験で更なる強化を極秘裏に重ね、この時間停止能力も更なる改良を重ねれば、あの巨大な怪物・ベリアルにも対応できるようになるに違いない。
 これは全て、その為の実験だ。

 ましてや、このエターナル、ムース、右京などはこの力を前にすれば踏み台に過ぎないのである。
 ここまで遅れを取ったが、ここで遂に勝利は目前だ。──時間を超えるというこの切り札さえあれば、対応できる敵はいない。たとえ、コズミックエナジーや物理攻撃で彼らに敵わないとしても、
 超銀河王は、止まった時間の中でエターナルを倒すべく前に駆け出す。

(──そう、悪いが、この私の時間の中で君たちを倒させてもらうよ!)

 ……だが、直後、──超銀河王の腹に一撃、鋭く、重いパンチが、叩きこまれる。
 エターナルに向かっていたはずの超銀河王の動きが突如として止まり、彼の全身に痛みが駆け巡っていた。

「あれ……?」

 自分の動きが止まっている事に気づいて、真下を見てみれば、超銀河王の腹部に突きだされている拳──それは、まぎれもない仮面ライダーエターナルの物だ。
 超銀河王の身体は、その衝撃で、膝をついて崩れ落ちる。

 何ゆえ──エターナルは動いているのだ?

514虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:42:29 ID:didGUWPE0

「バカな……貴様、な……何故、この時間停止が効かない……っ!」
「だから、言っただろバカがっ! ──俺たちは、貴様ら如きに絶対に負けねえとな……!!」

 エターナルが、一度後方に退き、メモリをエターナルエッジに装填する。
 呆気にとられているが、今の重々しいパンチによって動けない超銀河王に向けて、冷徹な機械音が鳴り響いた。

──Eternal!! Maximum Drive!!──

 超銀河王の時間は、『止めていた』と思ったら、『止まっていた』。
 良牙の体力に加え、エターナルのパンチ力──そして、何より、自分自身が敵に猛スピードで向かっていた事による衝撃。──超銀河王の身体は、エターナルが自分に向けてマキシマムドライブを放つ瞬間を、膝をついて見ているしかなかった。

「うわああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 螺旋を描くエターナルの回転蹴りと、青い炎──。
 それは、その直後に超銀河王の頭部に向けて叩きこまれる。

「世界をこの手にするこの私が……この王があああああああああああああああッッッッ!!!!!」

 ──それが、レム・カンナギの儚い野望の、あっけない終わりであった。

「残念、無念ッッッ!」

 そんな、文字通り無念の叫びと共に、超銀河王の身体がサドンダスを巻き込み、大爆発を起こした。──勿論、二人の身体は粉々である。
 元は人間であったようだが、エターナルには既に財団Xの人間への慈悲はない。人間の心を喪った彼らは、最早人間ではない──そう思ったのだろう。
 そんな彼らの死に対して、エターナルが言う。

「……ばーか。こいつが──エターナルが、お前の能力を無効にしたんだよ」

 燃え盛る炎に向けて、エターナルローブをはためかせた。
 この『エターナルローブ』は、先述の通り、熱や冷気、電気や打撃を無効にする他、敵の特殊能力も例外なく無効にしてしまう不思議な性質を持つ。かつて、大道克己は、これによりヴィレッジで敵の『未来予知』を破った経験もあった。
 つまるところ、時間系の攻撃も一切効かない。──エターナルが存在する限り、超銀河王は自信の特殊能力をまともに発動できないのである。
 ゆえに、超銀河王の持つ時間停止能力もエターナルを前には無効化された。──しかし、カンナギは最後まで、何故自分の攻撃が効かなかったのか知る事はなかったようだった。

「これが乱ちゃんたちの苦しみや……」
「シャンプーの仇……」

 レム・カンナギとカタルという二人の敵の死に、右京とムースの二人の若者は、自分の知る者たちの死を重ねる事になる。だから、そんな言葉もどこか渇いたように、怒りや喜びの欠片も含まれないまま、ただ虚しく響いた。
 良牙がエターナルの変身を解除し、その炎の残滓が揺れているのを、全く哀れむ気もなく見下ろす。
 ──彼が次に見つめたのは、初めて敵の死に触れた二人の仲間だ。

「右京、ムース……」

 仮にも敵であったカンナギとカタルであったが、勿論、殺人に対して良い気分はない。
 彼らを倒したところで、結局のところ、久遠寺右京がずっと想い続けていた早乙女乱馬も、ムースがずっと思い続けていたシャンプーも、──そして、響良牙がずっと思い続けていた天道あかねも、帰ってくる事はない。
 ただ、そんなどこか抜け殻のような瞳の右京とムースに、良牙は言葉をかけた。

「………なあ、二人とも。俺がベリアルを潰して仇を取っても、必ず、ここで待っててくれよ。俺も、正直言えば、あかねさんのいない世界に意味はないと思ってたけど──」

 二人の肩に手を乗せる良牙。
 自分がこんな立場になる事など、ありえなかった事だったし、実際、良牙は自分の肩を叩いてくれる人間が一人でも多くいてほしいと思っていた。

「……でも、帰ったら、お前らがいた。それで少し救われたんだ! だから、必ずみんな、ここにいてくれ……!」

515虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:43:38 ID:didGUWPE0

 自分の目から涙が出てくるのを良牙は確かに感じた。
 乱馬もあかねもおらず、最初は、「その死を報告する」という事ばかりに気を取られていた。──だが、こうして、残った右京やムースと出会い、共に戦った時、死んだ者たちに限らず、自分には一緒にいて楽しい仲間が何人もいる事に彼は気づいたのだ。
 ムースや右京はどう思っているのかわからないが、少なくとも、良牙には──彼らも大事だった。

「……貴様に言われんでもわかってる。……たとえ、シャンプーのいない世界でもな、おらは、いつか……いつか、必ず乱馬に勝って見せる! 良牙、勿論、貴様にもな……!」

 ムースは、良牙が肩に乗せていた手を振り払った。
 右京は、もっと優しくその手をどけた。

「ウチもや。あの世での乱ちゃんのお嫁さんになるのは、あかねちゃんじゃなくて、ウチやって教えたるわ……!」

 乱馬と右京、良牙とあかね、ムースとシャンプーがそれぞれくっつけば、この世界のそれぞれの恋はかなりつり合いが取れたのかもしれないが、結局今日までその均衡が保たれた事はなかった。
 それぞれが全く別の人間を追いかけ、矢印は向き合う事がなかった。
 そして、そのバランスが悪いまま、結局、乱馬とあかねとシャンプーの死で、全ては中途半端になってしまったのかもしれない。──そのせいで、彼らの想いは消えない物になってしまったような気がする。

 彼らは、きっと、いつまでも、死んだ者たちに恋し続けるのではないかと思う。
 特に、ムースや右京は、幼少期から、幼馴染にずっと想いを抱えてきたのである。
 三人を結んでいた、片想いの一途な恋と、その終わり──それは、互いに自然と手を取らせた。

「じゃあ、俺たち全員、あの世で奴らに会うまで──」
「ああ、あいつらに負けない人になろう!」
「こっから先も延長戦や!」

 それぞれは、手を取り合い、ここに美しき友情が生まれた──!!


【カタル@仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGA MAX 死亡】
【レム・カンナギ@仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGA MAX 死亡】








 ……しかし、忘れてはならない!
 この中で、良牙だけは、二股をかけていた事を!







 ……一応、右京とムースは、良牙を、ちゃんと約束の丘の上まで案内した。
 丘の上には、異世界から良牙を迎えに来た船団──つまり、彼の仲間、ガイアセイバーズの生存者たちの船・アースラが既にやって来ていた。
 まるでエイリアンが良牙を故郷の星に連れて行こうとしているかのようなシチュエーションだ。言ってみれば、クライマックスの感涙の別れのシーンにあたるだろう。

 そして、その下には、ちゃんと雲竜あかりが待っていた。
 既に夕焼けの時刻で、あかりの顔はその中で憂いを帯びているように見えた。

 右京とムースは、どうも、内心で腑に落ちないというか、何かが違うような気がしたが、むすっとした表情にだけそれを表し、遠目で二人の様子を見つめる。
 二人とも、「なんであいつには、あかねの事を忘れられるような相手がいるんだよ」と、苛立ちが収まらないのは勿論の事、良牙の優柔不断ぶりを思うだけで周辺の岩石を砕きたくなるくらいの衝動に駆られてしまう。

(あかん……本当に腹が立ってきた!)

 右京が、巨大なヘラを無意識のうちに振り回し、ムースがそれを必死で避けようとしている。──そんな殺伐とした光景の五十メートル前で、良牙とあかりは、少し俯きながら、会話を交わしていた。

516虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:43:59 ID:didGUWPE0

「良牙さま。あのあかねさんの事が好きだったんですね。……わたし、泣いちゃいました。自分が失恋してたからじゃなくて、良牙さまがあんまり辛そうで……」
「……ごめん。ずっと隠していて」

 まあ、あかりも二股については、モニター映像で知ってしまっていたのである。何も知らないままではないというのは、せめてもの良牙への報いであったが、それにしては、あかりの言葉は良牙に罰を一切与えていなかった。
 よもや、良牙も自分の積年の想いが全世界中継されているなどとは思わず、今になって恥ずかしさも込み上げているのだが、それを必死に抑え、あかりに素直に謝っていた。
 自分が最低の男だと、思い知っている真っ最中である。

「いいえ、良牙さまは決して軽い気持ちで誰かを好きになったわけじゃないですから。それに、前にも一度、同じような事があったので……」

 前にも一度、同じような事があった──という言葉を聞いた瞬間、彼らの後ろで右京が直接良牙を巨大なヘラで殴りに行こうとしていたが、それはボロボロのムースが必死で止めた事で事なきを得ていた。
 まあ、実際は、乱馬のせいで起きた誤解の一件の事なのだが、彼女たちが知る由もない。

「絶対に……たとえ、何があっても死なないでくださいね」

 どこか気まずくしていた良牙に対する、健気なあかりの言葉は、彼の胸を打った。
 やはり──たとえ、早乙女乱馬や天道あかねがいなくとも、自分には帰るべき世界があるのだと、良牙は悟る。

 あかりの言う通り、何があっても死にたくはない。死にたくないどころか、もう戦いに行って死ぬリスクを負う事が嫌な気持ちもある。
 はっきり言って、良牙でもベリアルの事は少し怖い。──ましてや、帰るべき場所や、そこで待っている人がこれだけ楽しいならば、何で意地をかけて戦わなければならないのだろう。

 永遠に、ずっと……ここにいたいと思っている。
 だが、その気持ちを抑えて、この安息の地を一度離れてでも、良牙は決着をつけに行かなければならない。
 それは──これまで言ってきた通り、乱馬に負けない為でもあるが、おそらく乱馬と出会わなくても、良牙はそうしたのではないかと思う。

「──あかりちゃん……大丈夫だよ。俺は、必ずここに帰る。……ここにいたいから」

 帰れるかはわからないが、帰りたいという想いさえあれば、いつか帰れるんじゃないかと良牙は信じた。
 今まで、生き残る為に帰ろうとしていた気持ちの方が強く、生き残れば、それに付随して「帰還」が起こるだけだと思っていた。だが、今は、ここに帰る為に生き残ろうとしている。
 ……そういう気分だった。
 だから、もっと、いくつでも、この場所に帰りたくなるような事を考えた。

「……そうだ、あかりちゃん。帰ってきたら、ここでデートしよう」

 咄嗟に、そんな言葉が口から出てしまい、あかりはきょとんとした。
 良牙は、それから数秒後に、自分らしからぬ言葉を発していた事にふと気づき、それから一瞬で顔を赤らめた。
 あまりにも、これからの事を考えすぎて、女の子をデートに誘う恥ずかしさなど全く考えもせず、突発的に口から出てしまったのだ。

 ましてや、あかりは、あかねとの事を知ってしまったばかりである。本命のあかねが死んだからといってあかりとデートする……というのは、当然、勝手な行為だ。
 生き残りたいが為に、彼女のデートを方便にするというのも、かなり身勝手で、彼女の心を弄んでいるという事に、今更ながら良牙は気づいた。

 ……それに、あかりが良牙をあそこまで好きでいてくれたのは、ブタになる体質のお陰でもある。
 今は、それは失われ、良牙は体が頑丈なだけの普通の人間なのだ。
 あかりがまだ、良牙を好きでいるという保証はない。

「……いや、勝手かな。ごめん、忘れてくれ」

 良牙は、あかりの方を見る事ができなくなった。
 自分の想いがどうしても不誠実で、それをこんなに純粋で健気なあかりにぶつけるのが、彼には辛くなったのだろう。それに、またフラれると思った気持ちがあった。
 だが、そんな良牙に突きつけられたあかりの言葉は、いつまでも優しく在りつづけた。

「──待ってます」

517虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:44:17 ID:didGUWPE0

 待っている──そんな、良牙が聞きたかった言葉。
 良牙が驚いて、あかりの方を見ると、彼女はにこやかに笑っていた。

「ずっと、ここで待ってます。私が好きなのは、永遠に良牙さまだけですから」
「でも、俺はもう、ブタ体質じゃないんだぜっ……!?」
「構いません」

 ブタ体質に限らず、あかりは良牙の事が好きなのである。
 そもそも、ブタ体質も、元々、普通の人間を相手に交際しようとすれば、絶対にありえない物で、偶々、好きになった良牙が持っていた物だ。
 ブタ体質の有無は良牙を嫌いになる理由にはならない。

 それに──。

「良牙さまが帰ってくるその時まで、この子は私の相撲部屋で鍛えてもらいます」
「ぶきっ」

 あかりの傍から顔を覗かせた、掌より多少大きいほどの黒い子ブタ──彼が、豚の良牙の代わりになる。
 彼は、良牙と同じバンダナを首に巻いていた。尻尾には、花の形をしていた黄色いヘアゴムを尻尾に巻いており、それはどこかで見た事があった。
 あの支給品の鯖が変化した子ブタである。

「あっ、お前……! いなくなったと思ったら、あかりちゃんに拾われてたのか!」

 まさか、同じ世界に転送されていたとは、良牙も思わなかった。──というか、正直言って、すっかり忘れていたほどである。
 しかし、こうして、生きていて、渡したかったあかりの元に辿り着くとは想定外の事態であった。──ブタ好きのところに運命はやってくるようである。

「ええ。……ところで、あの。良牙さまが、この子豚を渡したがっていたブタ好きの子って、私ですか?」

 良牙はそう言われて少し考えた後、第四回放送後のあたりで、つぼみたちに、警察署でそんな話をした事を思い出した。
 あの変身ロワイアルの真っ最中、良牙自身も言われるまで覚えていなかった話である。

──……つぼみ、やっぱりその豚、おれにくれっ!
──え?
──ぶきっ?
──元の世界に帰ったら、その豚を渡したい相手がいるんだ! 何というか、その……豚が凄く好きな子で

 良牙ですら覚えていなかったというのに、あかりはちゃんと覚えている。
 そもそもあれだけ多数の参加者が放送された中で、ちゃんと良牙の動向を追っていたのだ。しかも、あれは二日目の未明ごろであったはずである。──その時も寝ずに見ていたというのなら、良牙の事を余程心配していたのだろう。
 確かに自分はこの少女に思いやられているのだと、良牙は実感する。

「……ああ。そうだよ」
「良かった。……あの時も、私の事、ちゃんと考えてくれていたんですね」

 良牙は、連れて来られた当初も、名簿にあかりの名前がないかは早い段階で確認し、安堵していた事もある。あかりはそれも見ていた。
 そのお陰もあってか、あかりは良牙自身の不安に反して、変身ロワイアルを見ながら、むしろ良牙への想いを強めていったようである。

「……じゃあ、私は、毎週日曜日は、必ず、この子と一緒に、この間の双六高原で待っています。そこで、良牙さまが帰ってくるのを待ってます」
「わかったよ。……でも、おれは方向音痴だから、また少し遅れるかもしれない。もし遅れたら、ごめん」

 少しの不安だけが残っている言い方だった。
 必ず帰るとは、言えない。──だが、そのつもりでいるし、良牙にとっても、そうでなければならない。
 良牙とあかりのその時の会話が終わると、良牙の合図で、アースラは良牙を連れて行く事になった。

 あかりや、鯖豚や、ムースや、右京は、その姿を見守る。
 この街のどこかで、玄馬や、早雲や、コロンや、なびきや、かすみや、九能や、小太刀もまた──アースラが空中で消えていくのを見届けた事だろう。

518虹と太陽の丘(後編) ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:44:33 ID:didGUWPE0
 隣町では、愛犬のシロクロが、空を見上げていた。
 彼らは、誰も一緒には行けない。



 たとえ、方向音痴でも、ここで、この世界で──この場所に、いつか辿り着いて来る良牙を待っていなければならないのだ。







 良牙は、アースラの内部で、仲間たちに会い、今は自分の部屋に向かおうとしていた。
 ひとまず、集まっていても仕方がないので、しばらくは一人の時間も有効にしようという提案だった。まだ、全員揃っておらず、ベリアル戦までは時間はかかるので、しばらくは自由行動も多くなる。
 一応つぼみが教えてくれた生還者たちの部屋は全て良牙の近くにあり、そこを行き気する場合には、概ね、迷う余地もなさそうだといえるだろう。
 ……で、それでも念を押して先ほど、つぼみに部屋までの案内を頼んだばかりなのだが、どういうわけか怒られて断られてしまい、良牙は一人で寂しく部屋に向かっている。

(──俺は必ず元の世界に帰るぞ……。たとえ、乱馬やあかねさんやシャンプーがいないとしても……あそこには、あかりちゃんがいる!)

 良牙は、一人で部屋に向かいながら、一人で勝手に燃えていた。

(その人がいる世界の為に……! 待ってろ、ベリアル!! ムースの“あの技”も、貴様に叩きこんでやる!!)



 ……そして、どうやらつぼみに教わった自分の部屋らしき場所に辿り着いた彼は、その部屋の様子を見て、不思議そうに頭を傾げた。

「ここが俺の部屋か! 随分、人がいっぱいいるな……!」

 ──良牙の目の前で、ブリッジの艦長やオペレーターが呆れ果てていた。



【響良牙@らんま1/2 GAME Re;START】

519 ◆gry038wOvE:2015/07/31(金) 03:46:42 ID:didGUWPE0
以上、投下終了です。
次回以降は、涼邑零→蒼乃美希→血祭ドウコクの順で投下していく予定です。

520名無しさん:2015/07/31(金) 04:39:52 ID:uHvtVRFA0
投下乙です
らんま世界の住人はやっぱり逞しいなw
良牙の熱血主人公っぷりがかっこいい

521名無しさん:2015/08/01(土) 00:28:58 ID:cVxCpRt60
投下乙です

暁はやっぱ大変なことになってるなあ
現実暁もがんばれ!

らんま世界の住人の逞しさにワロタw
ムースがかっこいい

あかりと良牙が会話してた時にはアースラはもう到着してたっぽいし、つぼみはあかりちゃんに気を使ったんだろうなあ
良牙の男としてのふがいなさに憤慨しつつw
ダークザギ戦前の良牙との会話の様子からすると、本編と合わせて三回目の失恋だったのかも…?

522名無しさん:2015/08/01(土) 20:45:13 ID:LnT8q3E.0
暁と街で再会して以降のザキさんみて思うけど、暁の黒岩へのアホみたいな口撃に便乗したり、ポーカーのイカサマに怒る暁にアクセルで対応したり、この人シャンゼ時空に馴染み過ぎだろって思うw

523名無しさん:2015/08/02(日) 01:47:04 ID:xxGkBdos0
ドウコクさんが合流する光景が思い浮かばない

524名無しさん:2015/08/02(日) 01:50:56 ID:6VLYrDjI0
シンケン勢の生き残りがまさかドウコクになるとは誰が予想できただろうか

525名無しさん:2015/08/02(日) 02:59:08 ID:Gzq956/g0
あれでも世界を救う為の数少ない貴重な人材なんだよなあ
そして孤門もといウルトラマンノアがいない現状、ガイアセイバーズ最大の戦力の可能性も…
こんなのに平和を託さにゃいかんとか末期だなw
残存シンケンジャーとはどう折り合いつけるんだろうな

526 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:30:35 ID:cMWgAZpE0
投下します。

527時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:31:41 ID:cMWgAZpE0



Where there is light, shadows lurk and fear reigns...
(光あるところに、漆黒の闇ありき。古の時代より、人類は闇を恐れた)



But by the blade of Knights,mankind was given hope...
(しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、人類は希望の光を得たのだ…)







 少し前までは平和だったはずの、真昼の街頭。
 悲鳴をあげて逃げ惑う人々たちの群れたち。手を取り合う親子。一人慌てて逃げる男。手を放してしまったカップル。商店街に植えられた灌木たちがざわめく──それは、小鳥たちが逃げ切った形跡だった。
 彼らを追うのは、獰猛な怪物だ。どす黒く焼けただれた焼死体のような怪物たちが、何体にも群がって、人々を食らおうと牙を剥いている。

 ──ただ、その中を、一人、その逃げ行く人波と全く正反対に歩いていく男がいた。
 男は、その身に黒衣を纏い、両手に剣を握っている。誰もが逃げ惑いながら、その男を一瞥した。見覚えがあったからだろう。奇異の瞳が彼を見る。
 彼らの上空を浮遊するモニターにも、丁度その男の顔が映っていた。モニター上で、その男の身体に銀色の狼の鎧が装着される。

 ──男の目に迷いはない。
 目の前の怪物たちを狩るのが、彼の使命だった。両手に握った双剣を回転させて、目の前の怪物たちを威嚇する。

「──俺がいない間に、随分と世界を荒らしまくってくれたようだな、ホラー!」

 彼の名は、銀牙騎士絶狼──涼邑零と言った。
 変身ロワイアルと呼ばれる殺し合いから生還し、自分の帰るべき世界に帰る事ができた男だ。──とはいえ、次幕が始まり、彼はまだ完全には殺し合いを終えていないようだが。

 彼の住む世界では、ベリアル帝国の管理により、殺し合いが実況され、本来、人類の陰の歴史の中にしか存在しない「ホラー」の存在が明かされてしまった。これまでも噂程度に囁かれていたホラーと魔戒騎士の存在に証拠が提示された事になる。
 それゆえか、この世界は、ただ純粋な管理を受ける場ではなくなり、「ホラーの餌の貯蔵庫」、「人間ではなく、ホラーを主体に管理する世界」として、プリズンホラーたちが好きに暴れまわる世界となってしまったのだ。──おそらくは、主催に加担していたあのガルムが取り決めたのだろう。

 つまり、今の人間界は、人間界の皮を被った魔界といっても差し支えはない。
 こうして、昼間の街にもホラーは現れ、気まぐれに人間を食らおうとする。掟破りも甚だしいやり方である。

 無論、番犬所や魔戒騎士の間には激しい動揺が広がり、彼らはこれまで以上に不眠不休でのホラー狩り活動を強いられる事になった。ホラー一体の封印が行われたとしても、すぐにまた次のホラーが陰我のゲートを開き、多勢で結界を破ってくるのだから、魔戒騎士や魔戒法師の手の空く時間は殆どない。
 零もまた、ここに帰ってきてすぐに、休息も罰則も追及もなく、ホラー退治に駆りだされる羽目になってしまったわけだ。
 ──まあ、報酬は持ち帰ったシルヴァを修復してくれるらしいので、零としてはその報酬だけでも充足する部分はあるのだが。

「消えろッ! ハッ!」

 零の双の魔戒剣が、ホラーの身体を二つに斬り裂いていく。深い黒の返り血だけを遺した彼らは、地面に落ちては蒸発したように消えていく。
 これまで、鋼牙が封印してきたホラーたちは、どういうわけかほとんど蘇り、それがまた敵の数に余計な水増しをしている。──今斬りつけたホラーも、もしかすればかつて鋼牙が今日までに斬ったプリズンホラーかもしれない。

 その黄金騎士・鋼牙の不在というのもまた大きな問題である。彼の戦いの軌跡は他の魔戒騎士からすると、一生かけても追いつけないほどの偉業ばかりだ。

528時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:31:59 ID:cMWgAZpE0
 その死がこの世界にあたえる影響は大きかった。こうした大きな騒動が起こった際に黄金騎士を継ぐ者が世界にいないというのは魔戒騎士たちの仕事にとっては大きな痛手となる。──かつて、バラゴが強力な魔戒騎士を狩り続けた時期が、そうであったように。

「──ハァッ!」

 ……とはいえ、だ。
 零も、今はこの「レギュレイス討伐」を終えた時間軸の記憶と肉体を得ている。それはつまり、彼自身も、かつての──暗黒魔戒騎士を倒した頃の鋼牙に匹敵する次元の戦闘能力を有しており、並のホラーならば軽々と封印できるという状態だ。
 ホラーたちの返り血が人々にかからぬよう配慮するのがきつい程度で、今日だけでも三十体以上の討伐に成功しているのであった。

 それに──鋼牙の死だけではなく、バラゴの死にも、勿論影響が生まれていた。

 バラゴによって食われた魔戒騎士たちの内、時期が現代に近い者が黄泉返り、このホラーたちの群れを一掃すべく戦っているらしい。
 残念ながら、それでも、十年近く前に死んでしまった冴島大河はそれが叶わず、零が彼と見える事は出来なかったのだが、かつて暗黒の騎士に襲われ死んだ風雲騎士波怒(バド)などはこの世に再来している。

 それどころか、零が彼に復讐を誓う切欠になった静や道寺も──この世に再来したらしいが、それはまた別の話としておこう。
 バラゴに食わられた歴史がなくなった魔戒騎士たちの他にも、あの白夜騎士の打無(ダン)や、少年時代の鋼牙の修練に立ち会った雷鳴騎士の破狼(バロン)なども駆けつけ、ホラーを着々と駆り、更に強い結界を張る準備も立てている状況であった。

 また一体、ホラーが飛散する。
 零の魔戒剣もこの数日でかなりのホラーの血を吸ってきた事になるが、これだけの魔戒騎士がこぞって戦い合っても、ホラーの数は減っている気がしなかった。

「……で、こいつらを倒しても結局、この管理は終わらないんだよな」
『まったく、俺様もテレビ出演して一躍有名人だぜ』
「……ま、全部終わったら、この世界中の人間から魔戒騎士とホラーの記憶は消してもらうけどな」

 さて、零としては、一刻も早く、この「管理」なる状況を打ち破りたい所なのだが、問題はそこにある。

 番犬所によると、この管理が何故行われ、殺し合いの実況中継が行われているのかも検討がつかず、ベリアル帝国を滅ぼそうにも、魔戒騎士たちの力では無理らしい事がわかった。
 もう一度、殺し合いの他の生存者たちに連絡を取りたいところだが、異世界を超える術のない彼らにはそれも厳しい。──いや、強いて言えば、あそこで出会ったレイジングハートたちの言っていた「時空管理局」なるものの力があれば、出来るかもしれないが、こちらからは無理だ。

 非常に切迫した状況であるが、零は、ただ、明くる日も、ホラーを狩り続けた。
 彼らが生存し、零たちを仲間に引き入れ、管理に向かっていこうとする未来を信じて──。







 折角、殺し合いから帰って来たというのに、零を待っていたのは世界の危機と息もつく間もない連戦だ。やっと休めたという時も、どこかでホラーたちの事を考えてしまう。

 そうして奮闘している彼にとって、安息の場となりえる場所は、ただ一つ──森の奥にある冴島邸だけであった。やはり、あの殺し合いの島の中にあった冴島邸は、ただの模造品で、ここに本当の鋼牙の家があるらしい。

 ……が、ただ一人、そこにいるはずの男が帰ってこなかった。
 冴島鋼牙は、「必ず帰る」と言いながら、結局、そこに帰る事は叶わなかったのである。鋼牙といい、大河といい、道寺といい、魔戒騎士というのは、いつ死ぬ運命にある物なのかわからない物だ。
 結果、こうして主人が帰れないまま家だけが残る。たとえ待っている人がいても、そのまま残っている家や私物があるとしても……。

「零くん……」

 ──傷ついた零を心配そうに呼ぶのは、鋼牙の恋人であった御月カオルだ。

529時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:32:20 ID:cMWgAZpE0
 彼女は魔戒法師ですらない普通の人間であるが、魔界に携わる人間と知り合う事が多く、また、かつてホラーの返り血を浴びた事で数多の戦いに巻き込まれた。
 そして、彼女が画家として描く絵が、ある意味では魔導具のように黄金騎士を助けた事があり、殆ど横槍が入る事もなく、魔界やホラーの記憶を有し続けている存在である。

 彼女と、冴島家に仕える老人・倉橋ゴンザは、この冴島邸を休息の場所として、零たち魔戒騎士や魔戒法師を泊めていた。──流石に、零にもこの状況下では連戦が続いて、休息を必要としたのだろう。今は、この魔戒騎士たちの保養所で体を休めていた。
 見れば、疎らに、屈強な男たちが包帯を巻いたり武装を整えたりしている。
 カオルの零への要件もない呼びかけに対して、ゴンザが横から仲裁するように言った。

「カオルさま。復讐の名を捨てた今の彼の名前は──」
「──いや、いいんだ。ここでの俺の呼び方は、そのままで」

 言い終わる前に、零は言った。ゴンザは、こう言いたかったのだろう。──「復讐の名を捨てた今の彼の名は銀牙」だと。
 零は、この殺し合いで生まれた黄泉返りの現象により、静や道寺は蘇り、彼も新しい「涼邑零」の名前でいる必要はなくなってしまったのである。
 確かに、帰るべき場所がある以上は、彼は「銀牙」に戻るのかもしれない。だから、そう思って、ゴンザは止めたのだが、零は零で、こうして冴島鋼牙と共に戦った頃の事も一つの思い出にしている。
 それを直接言うのは照れ臭いが、零の名前を捨てる事はどうも鋼牙との戦いの記憶に背くようで嫌だった。

「……その名前を捨てちまうと、その名前しか知らない鋼牙が困るからな」

 それに、涼邑零の名前しか知らない人間が、今も多くいる。
 たとえば、あの殺し合いで出会った人々も、彼が「銀牙」という名であった事は知らず、「零」としての彼としか戦っていない。……ならば、まだしばらくは、「銀牙」と「涼邑零」を使い分けようと思っていた。
 強いて言えば、本来の家族と共にいられる時の名前が「銀牙」。そうでない時の名前が、「零」としておくのが良いだろう。

『確かにな。銀牙だと、馬と同じ名前になっちまうぜ』

 魔導輪ザルバの言葉だ。しかし、零はそれを無視した。
 彼は帰った後は、冴島家でまたしばらく眠りにつくつもりだったが、この状況では休んでいるどころではない。ホラー退治に協力的に働いていた。

「……いずれ、この世界が落ち着いたら、黄金騎士を追悼する為にサバックを開こうかっていう話になってる。その時でなくとも、もし、俺がサバックで優勝したら、鋼牙をまた呼ぶ予定だ。少なくとも、その時までは、俺は涼邑零でいい」

 この世界には、サバックという魔戒騎士同士の剣術の大会があった。それは、ごくまれに開かれ、「黄金騎士を讃える」という名目で行われる。
 そこでは、ソウルメタルではない武装で戦い、優勝した者には、「死者と一日だけ会う事が出来る」という権利が与えられる。勿論、静や道寺という選択肢がない今、零が一日だけ現世に呼びたいのは、冴島鋼牙である。

 ……まあ、結城丈二などのあの殺し合いの知り合いや、鋼牙より強いと言われる冴島大河も良いが、カオルたちにいずれ、一日だけでも鋼牙と会わせたい気持ちがあった。結局、突然ふといなくなって、突然死んでしまったというのはあんまりだ。
 そもそも、このサバック自体が黄金騎士の死を発端に、「追悼」の意で始まるのだから、そこに呼んでやらないのは鋼牙に失礼だともいえる。
 と、そんな風に鋼牙の事を考えていた矢先である。

「ん……、なんだ?」
「外が騒がしいようでございますね」

 何やら冴島邸の魔戒騎士たちの間に奇妙なざわめきが聞こえ始めた。大事が起きたというほどでもなく、大きな声でうわさ話をするようなざわめきであったが、それを気にせずにはいられない気持ちが逸る。
 ここにいる魔戒騎士たちには、大柄で声のでかい者も多い。人間界でいうなら、プロレスラーや柔術家のようなタイプも多いのである。彼らのうわさ話は声が大きく、しかも気になる気分を煽る資質に満ちている。
 何事だろうか、と零、カオル、ゴンザ、ザルバはそれを気にして廊下に出た。

「──……へえ、ここが昔の父さんの家か。未来と結構違うなぁ」

 見れば、何やら、この屋敷の廊下を、一人の不審な男が徘徊しているらしかった。それが魔戒騎士たちの注目を浴びている。
 部屋から外に出て、その男を目にした四人も、そんな“彼”の姿に思わず目を丸くした。

530時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:32:37 ID:cMWgAZpE0

「なあ、あいつは……?」
「いえ。私も存じ上げません。ここに来ている魔戒騎士や魔戒法師の名前は全て把握しているはずなのですが。……それに、あの服、あの剣は……代々冴島家にしか伝わっていないものです」

 ゴンザが言う。
 ──なんと、その男は、あの冴島鋼牙と同じ白い魔法衣を身に着け、冴島鋼牙と同じ赤い鞘の魔戒剣を手に持っているのである。
 どこかに鋼牙の面影さえ覚えるが、その顔立ちは、鋼牙より柔和で若々しい。
 零は、彼の事を怪訝そうに見つめ、強い警戒を示した。そして、その風格になかなか近づけずいる魔戒騎士たちに代わり、零が前に出て彼に訊いた。

「なんなんだ、お前……? 一体、誰だ?」

 ホラーではなさそうだが、ゴンザの言う通り、彼は本来、冴島家の人間しか許されないはずの恰好をしている。
 それは、複製されたコスチュームではなく、確かに彼と同じく唯一無二の受け継がれた物だった。冴島大河、冴島鋼牙とその魔法衣もまた同じデザインである。
 しかし、どんな魔戒騎士であっても、殺し合いの場に置き去られたそれを持っているというのは、些か不審だ。

「あ。あなたは、零さん。お久しぶりです。……いや、まだ初めましてかな」
「……お前、どうしてここに入って来た。だいたい、その魔法衣。お前一体、誰だ?」

 何故、零の名前を知っているのかと思ったが、考えてみれば、零の名は世界中に割れているのだった。──厄介な話であるが、とにかく、零を知っている素振りを見せるのは仕方がない話だとしよう。
 露骨に不審がる零の指で、ザルバが言う。

『銀牙。こいつからは、邪悪な意志は感じない。その代わり、とてつもない素質を感じるぜ』
「……じゃあ、試してみるか?」

 零は、まだ警戒したまま──しかし、刀を鞘から抜かずに、謎の男に接近する。
 ──そして、相手の実力を試すべく、何発か刀を打ち込んでみた。狭い廊下で大男が多い為、激しい動きは出来ないが、零本来の実力の何割かは発揮できる。
 相手が強いか弱いか知るには、それだけでも充分であった。

「はっ……! せやぁっ!」

 ──だが、謎の男は、零の攻撃をさらりとかわし、自身の魔戒剣の鞘を盾にして、何なくそれを防いでいく。金属音が耳元で鳴る。
 これまでの敵のように動体視力が良いというよりは、まるで、零の太刀を完全に予見しているようだった。何度目かまでの打ち込み方までは、完全に目を瞑ってもタイミングや位置を予知されているかのようだった。
 しかし、ある段階から、動体視力だけで零の剣を捉え始めたため、違和感を持ちつつも、零は少し豪快になった。

「はっ……!」

 その後で、この男は、自分が劣性になる前に、鞘にしまったままの魔戒剣を突き出し、零の鼻先の手前を掠めて見せた。零の動きが止まる。少しでも動けば、突きを見舞うという事になる。
 零も手詰まりで動けず、負けの状態であるように見える。
 が、彼らは、お互いに少し、油断ならない笑みで笑った。

「──やっぱり、この時代の零さんも強いですね」

 そう言う彼は、零の左手の魔戒剣が自らの腹に向かっていたのを確かに気づいていたようだった。──真下を見ていないが、自分が零の左の剣を避けられなかった事には気づいていた。

 零の鼻先に彼の剣。彼の腹部に零の剣。

 即ち、今のは──一見すると、謎の男の勝ちだが、実は零と彼との相打ちだ。
 全く無駄のない動きに、周囲の魔戒騎士から感嘆の声が広がるが、それよりも、零には今の彼の動きに、見覚えがあるのを感じた。
 それが、ただ純粋な笑みではなく、驚き混じりの油断知らずな笑みを片付くっていたのだろう。──零は、突如として真剣な面持ちになった。

「──この太刀筋、確かに鋼牙の」
『それだけじゃない。零、お前の癖も少し混じってるぜ』

531時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:32:52 ID:cMWgAZpE0

 そう、それは、鋼牙と零の、それぞれの太刀筋の癖だ。
 特に、黄金騎士の系譜の癖と、どの系譜にもない零の独特の癖が綺麗に混じり合っている。だが、一子相伝の前者と、唯一無二の後者の癖が相容れるはずがない。──そもそも、零の剣を使えるのはこの世で零だけなのだ。

 今の僅かな組手だけでも、零とザルバはその矛盾をすぐに理解した。
 敵であれば確実な脅威だが、味方であればそれはそれで、不思議な事である。
 目の前の男は、零が不思議そうにしているのを少し笑い、それからすぐに、零たちの方を見て、その答えを告げた。

「──そりゃあ、冴島鋼牙は俺の父さんですし、零さんは俺の師匠ですから」

 ──と、彼の言葉で、その場の時間が一瞬、止まる。
 その謎の男だけがニコニコと笑みを向けたまま、零、カオル、ゴンザ、それからザルバたちの顔が崩れていく。
 真剣だった零の顔も、一見するとかなり面白い所まで変わっていった。



「鋼牙さま」
「の息子」
『で、零の』
「弟子……」



『「「「────はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」』



 そんな声が出たのは、その直後だった。
 鋼牙が父──つまり、彼は鋼牙の息子。いや、だが、だとすると、鋼牙の隠し子という事になる。今のところ、鋼牙の隠し子を産んだと考えられるのは、カオルだ。
 カオルに一斉に全員の視線が集まる。だが、カオルはカオルで、そんな彼らの視線が集中している中でも、全く心当たりを持っていない。

『カオル、お前いつの間にっ!?』
「えっ、知らない知らない!! まさか、えっ……別の人……!」
「しかし、鋼牙さまにはカオル様以外の女性との交際は特には……第一、あの性格ですし。……というか、鋼牙さまのお子様にしては、少々、年齢の方がその……」
「俺も鋼牙の息子に剣を教えた覚えなんて……! 第一、これまで俺の剣なんて誰にも教えてないし……!」

 一同は、混乱し始めているようである。
 その上、ここで休んでいた魔戒騎士たちも、まさか次代の冴島家──つまり、黄金騎士の素質を持つ者がこんな所で突然現れた事には驚きを隠せない模様だ。
 冴島家をよく知るゴンザやザルバまでもがこうして混乱しているくらいなので、事情を一切知らない魔戒騎士たちは野次馬気分で、更にひそひそと話し始める。
 立ち振る舞いからすれば、それは確かに黄金騎士の資質があっても全くおかしくない者だというのは誰にでもわかった。だが、隠し子だとすればそれはそれでまた、随分と面白い話になる。

 当の「鋼牙の息子」は、苦笑いしながら、やれやれ、と肩を竦めた。
 どうやら、将来的に付き合いのある人間たちの過去の姿を見つけて、悪戯っぽい気持ちになっているらしかった。
 だが、彼の口から出てくる言葉はまぎれもない真実ばかりだ。

「うん。僕の母さんは間違いなくあなたです、カオルさん。それから、相変わらずだね、ゴンザにザルバ。……零さんも、改めて、お久しぶりです」
「母さん!? ……って、えっ!?」

 カオルが母であるのは間違いないようだが、カオルにしてみれば、息子なんて生んだ覚えがないし、そこに至る色々もまだない。それに、この男の年齢はカオルともそう変わらないくらいだ。そんな息子がいるはずはない。
 零の他に、ゴンザやザルバの名前も彼はよく知っているようで、彼は親しみを込めてその名前を呼んでくる。
 ──全くわけがわからなかった。

「俺は冴島雷牙。将来生まれるはずの、新しい黄金騎士です。……今より少し未来から、この時代に救援に来ました」

532時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:33:08 ID:cMWgAZpE0
 男は──いや、雷牙は、混乱を鎮める為に、そう告げた。
 信じがたいが、当人の語るところによると、彼は未来の世界から来たのだという。
 その場にいる全員がきょとんとしているのは、単純にその事実が突拍子もないからというわけではなく、よりにもよって「未来に生まれる、鋼牙の息子」であるという点のせいだろう。

「──だとすると、また新たな疑問が出るぜ。……どうして、お前は鋼牙とカオルちゃんの息子なのか」
「そう言われても……俺が生まれるのは、もう少し未来の話ですから」
「でも鋼牙は死んじまったんだぜ……」

 何せ、鋼牙はあの殺し合いで死んでいる。
 零は、カオルのお腹を見て、もう一度カオルの顔を見てみた。彼女は、ふるふると首を真横に振っている。既に宿っているという事はないと確認した。

「……確かにそうみたいですが、歴史には俺たちにはわからない色々な理屈があるみたいです。──……そうですね。強いて言うなら、ここはパラレルワールドの過去の時代なのかもしれないって」

 雷牙は真顔でそう言う。──仮にも父が死んだという話には不快感があるようだ。
 とにかく、必ずしも未来はこの世界と直結しているわけではない、という話である。
 しかし、そうなると、やはり信頼値はガクンと下がる。これだと、鋼牙が将来息子を産む原理さえも不明なのだ。せめてその理屈があればまだ納得できたかもしれないが、雷牙自身がその理屈を全く知らない。

「信じられん……。──いや、だが、考えてみると、ヴィヴィオの件もあるか」

 高町ヴィヴィオの場合、同じく参加者としてやって来ていた高町なのはやフェイト・テスタロッサとの間に大きな時間軸の差があり、それでも、同一世界の記憶を有する出身者として成立していた。
 一応、ヴィヴィオはなのはとフェイトの子供らしいが、バトルロワイアルによって先になのはやフェイトが死んだ事により、一方のヴィヴィオの運命まで変わってしまうような事はなかった。

『……もう何でもアリだな。でも、ひとまずこいつを信じるか?』

 物知りのザルバでさえ、今回の話には匙を投げた。後のこの男の対処は零に丸投げするつもりらしい。あの殺し合いの最中もそうだが、これほどまでにイレギュラーな事態が起きてしまうと、あまり知識の面で役には立たないかもしれない。
 ともかく、雷牙を信じるには、ひとまずは慎重にならなければならないようだった。──慎重なのは零だけではない。
 ゴンザも眼鏡の奥で目を輝かせ、カオルもじっと雷牙の表情を観察していた。多少の失礼は承知での態度のようであるが、彼らも真剣だ。

「失礼ですが、あの大河さまの孫で、あの鋼牙さまの息子にはとても見えません……」
「鋼牙の子にしては、ちょっと表情豊かで優しそうよねぇ……?」
「──それは、多分、母さんの血かな……」

 悠々と、どこか嬉しそうに雷牙が言う。ゴンザや零との再会よりも少し嬉しそうである。
 二人はかなり疑わしく思っているようだが、零は、疑いながらも、一つの証拠のせいで、どうも彼の言っている事をそのまま飲み込むしかないように感じていた。

「でも、あれは確かに俺たちの太刀筋だったしな……。簡単には真似できないぜ。ただ、俺自身、弟子を取った事も、これから弟子を取る気もないが、鋼牙の息子ってなると、その“例外”になる事もありえる……」

 零は原則として弟子を取らない主義だ。閑岱で出会った魔戒騎士見習いの暁(アカツキ)なども、かつて突っ返した記憶がある。
 そんな零の太刀筋を、弟子でもなくここまで技に取り入れられる魔戒騎士が早々いるはずもないのだが、もし彼が未来から来た鋼牙の息子ともなると、その例外ともなりえる。
 将来、鋼牙に息子を鍛えろと頼まれたら、零はもしかすると、それを承諾するかもしれない。──ただ、勿論、それは「鋼牙が自分で息子を鍛える事ができない事情」がある場合に限られるはずだが。
 ……もしかすると、彼のいた時代も、鋼牙は何らかの事情でいなかったのだろうか。
 訊きたかったが、雷牙は話を続けてしまった。

「……あ、そうだ。じゃあ、絵とか描いてみれば信じてもらえますか? 腕前も母さんに近いと思いますし──」
「あたしの絵……? それも受け継いでるの? ……鋼牙だって、ほとんどの絵には興味ないのに」
「ええ。あとは映画や演劇、漫画も、結構好きかな……全部、母さん譲りです」

533時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:33:25 ID:cMWgAZpE0

 そう雷牙に言われて、彼らは一斉に顔を見合わせた。確かに、太刀筋に限らず、それはカオルの血を持つ人間特有の物かもしれないが……いやはや、冴島家の跡取りがそんな文化的なはずがない。
 しかし、試しに、彼にも一応、画用紙で簡単な絵を描いてもらう事にした。

 ──そして、この後、ゴンザが変なポーズで絵を描かされた時、彼らは本格的に雷牙を信じる事になった(ただし、画風というか、方向性はカオルと随分異なり、腕前は、筆舌に尽くしがたいが……)。







「つまり、この時代の荒れ方の原因は、全てベリアル──それから、あのガルムの仕業だって事か?」
「はい。だから、ひとまず、ガルムを零さんと一緒にそれを倒すのが、俺のこの場所に来ての使命です」

 零は、紅茶を飲みながら、雷牙の持つ情報を受け取っていた。紅茶を飲むスピードは、どちらかといえば雷牙の方が早い。未来と変わらぬゴンザの紅茶の味に、雷牙も強い安心感も覚えているようだ。
 とにかく、雷牙によれば、この世界における「管理」は全て、ベリアルの力による物であり、もう一つの「食糧庫」としての扱いはガルムの意向による物だという。

 あのガルムと、その息子のコダマはなかなかに強い。
 かつては、コダマに苦戦し、彼を葬るには心滅獣身が使われる事になったほどだ。
 ──あれはまさしく、バトルロワイアルの最中での零と鋼牙の立場がそのまま逆になったような出来事だと言えよう。零もあの戦いの中では、バラゴを前に一度心滅を考えたが、鋼牙によって止められる事になってしまった。
 あの出来事を経験した上での言葉だと思うと、また別の感情が零にも出てくる。

『……で、そこまで手伝ってくれるのに、ベリアルの方には協力してくれないのか?』
「俺には無理です。だって、ベリアルは、零さんたち──あの殺し合いの生還者しか倒す事ができませんから」

 雷牙は、紅茶を飲みほして言った。何やら、慎重に角度を決めてカップをソーサーの上に置いているらしく、彼は鋼牙やカオルに比べても几帳面な性格のようだ。
 ……などというのを気にしている場合ではない。

「……それはどういう事だ?」
「……。……ベリアルの世界には、零さんたちしか立ち入れないんです」
「俺たちだけ……ザルバは?」
「それは可能です。行けるのは、参加者として戦ってあの世界への耐性がある者と、その道具や着衣、体と一体となっている魂や鎧……。だとすると、ザルバは共に持ち込めます」
『できれば、あんな奴と戦うのは御免だがな。……仕方ない』

 雷牙や他の魔戒騎士が来てくれれば心強いのだが、あの世界に立ち入る事ができず、ベリアル討伐には協力できないらしい。──いや、もしかすると、元々、鋼牙や零やバラゴまで監禁している時点で、あそこで共に戦うのは、難しいだろうか。
 何にせよ、結局はわらわらと湧いて来る管理エネルギーに対抗し、この世界を根本から救う事ができるのは、数多の魔戒騎士の中でも零だけという事だ。
 厄介な役回りだと、零は頭を掻く。ここでホラー狩りでもしていた方がずっと楽だ。

「──とにかく、まずは、この世界の人間界へのホラーの侵攻を止める為に、ガルムを止めなきゃならない」

 ひとまず、零はそう言った。ベリアルの管理が根本の原因だが、まずは対症療法でしかないとしても、ガルムの侵攻を食い止め、この世界の人間たちを脅威から守らなければならない。
 それが魔戒騎士の務めであり、そんな人たちが今、ここで命を削ってホラーたちと戦っているのだ。

 このまま放っておけば、この世界にもたくさんの死人が出て、静香や道寺もまた何度でも脅威に直面する事になってしまう。
 ベリアルの話をするのは、今この世界で人々が襲われている原因となるガルムを倒してからでも遅くはないだろう。

 ──そういえば、事前に零たちが昏睡させられていた一週間は、この世界はまだ管理しかされておらず、ゲームが終わって、零たちが脱出し、ガルムたちもあそこから離脱した後に、僅か三日の間に、この世界はホラーによって浸食された。

534時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:33:44 ID:cMWgAZpE0
 言われてみれば、ガルムを倒せばこの世界の浸食を越えられるというのは、間違いない話だと思える。
 零としても、雷牙の情報を信頼し、先にガルムを倒さなければならないという方針は定まって来た。

「……ただ、今、ガルムの根城は彼女の息子・コダマに守られています」
「っていう事は、ベリアルを倒す前に、またあのコダマを倒さなきゃならないのか……」

 ふと、零は、コダマという敵を思い出す。
 それはあくまで、零の記憶上にしか存在しないが、邪美を一撃で葬り、鋼牙が力を正面から戦っても全く倒せないような強敵だ。
 普段は執事のような服装をしており、常に三神官に従っていたあの男だが、結局は彼もホラーの味方だった。あの白い手袋での徒手拳と、無口ながらもコトダマを使って戦うやり方、そして魔戒剣さえ通らない両腕のガードがなかなかに強い。
 更に、彼自身はホラーではないが、魔獣の装甲を纏い、更に強くなるという厄介な変身形態が存在する。
 厄介な敵ではあるが、やはり今は、ベリアルの力で死者蘇生が起こり、この世界で立ちふさがる形になっているらしい。

「気を付けろよ、雷牙。コダマは強い。かつて、あの鋼牙が苦戦したくらいだ。俺の仲間も呼ぶ……それで、準備が整ったら一緒にガルムも倒しに行こう」

 雷牙は、零の忠告と提案に頷いた。

 あの鋼牙が心滅獣身を用いてようやく倒したような強敵だ。
 確かに、ガルムやメシア、レギュレイスを倒した後の鋼牙や零からすれば、コダマとの実力差も縮まっているだろう。
 とはいえ、まだ緊張が解けない相手だ。
 雷牙、零、翼の三人の魔戒騎士が揃えば、おそらく、ようやく倒せるような──。







 ──それから数時間が経過した。

「はぁァっ! ハッ、ハァッ! せやっ!」

 ガルムの根城のビルは、目の前にそびえたっている。根城というが、普通のビルにしか見えなかった。かつて戦った時と同じだ。人間の住処だった廃ビルを利用しているのだろう。かえって人目に紛れると思っているのだろうか。

 彼らは、まさしく、そのビルの外を守ろうとしていた従者・コダマとの戦闘の真っ只中であった。
 零が呼んだ仲間──それは山刀翼であったのだが、コダマとの戦闘は、実際のところ、零と翼が手伝う暇もなかった。彼らは、コダマの周囲のホラーを狩りながら、コダマと雷牙との戦闘を横目で見ている。
 目の前に現れる素体ホラーを狩りながら、翼は一つの質問を零にぶつけた。

「なあ、零。一つ訊いていいか!? ……こうまでして俺を呼ぶ必要があったか!?」
「……悪い! 俺も、ちょっとあいつを甘く見てたッ!」
『鋼牙に、零に……一体、あいつを、どんな鍛え方したんだ!?』

 彼らの目の前で繰り広げられている光景──それは、雷牙が魔戒剣と鞘の二刀流で、一方的にコダマを追い詰めている姿だった。それもまた零から覚えた戦い方であると察する事ができた。
 ……しかし、それにしてもあのコダマが、まるで雷牙に遊ばれているようにしか見えなかったのである。

 かつて、コダマと戦った鋼牙は、怒りに任せて彼と戦ったがゆえに、逆にコダマに翻弄されていた。──今は逆だ。
 あの無感情なコダマが、雷牙の振る舞いに顔を顰め、肩で息をしている。
 一方、雷牙は非常に落ち着いた太刀でコダマを狙い、何度も彼に向けて剣を叩きつけており、いまだコダマに二発ほどしか徒手拳の攻撃を受けていないのである。
 当初、コダマが戦いの前に行う、「礼」に「礼」を返した時は、その雷牙の態度に、「油断大敵」のことわざを浮かべたくらいだが、こうして雷牙は実際にコダマを打ちのめしているのだ。

「アッー!」

535時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:34:01 ID:cMWgAZpE0

 コダマが青白いコトダマの光を口から掃き出し、両手にその力を蓄え、雷牙に投げつける。
 コダマの放ったコトダマの攻撃を、雷牙は魔戒剣を盾にして打ち返す。
 数発放たれ、返された事で地面へと叩きつけられたコトダマは、左右の地面で爆発するが、雷牙に一切ダメージはない。
 零も、ホラーの攻撃を防ぎ、蹴とばし、それから両手で剣を回転させながら、その光景を目の当りにしていた。

「……ザルバ、もしかしてあれは、カオルちゃんの血でも混じった結果かな?」
『わからん。……ただ、もうあいつ一人でいいんじゃないか?』
「まっ、そうとも限らないだろっ! 俺たちも少しはサポートしないとな。ハッ!」

 軽口を叩いている零も、ホラー狩りくらいならばまだまだ余裕であった。
 ただ、あのコダマの体力は無尽蔵で、人並外れているので、雷牙が心配でもある。
 実際、雷牙も、追い詰めていながら、まだコダマを仕留めるという段階には至らなかった。──それは、単純にコダマの耐久性が人間離れしているせいもあるだろう。
 その時、遂に逆境で追い詰められたコダマが、叫び出した。

「ウワァァァァァァァ!!!!!!!」

 このコトダマを使った時、青白い光が無数に彼の周囲に散らばる。──そして、それはコダマの元に収束していった。
 彼もまた、魔戒騎士たち同様、光の輪を頭上に発生させ、異世界から装甲を呼び出すのである。しかし、呼ぶのは鎧ではない。

「キシャァァァァァ」

 魔獣装甲──彼を獣にする装甲であった。
 ホラーにも酷似した装甲を纏ったコダマは、ホラーのように呻く。

 警戒し、コダマから一歩離れていた雷牙も、その魔獣の姿にぎょっとする。
 魔獣装甲は、ある意味では魔戒騎士と同じ技だ。──確かにホラーではないが、しかし、それは人間でも魔戒騎士でもない。
 そんなコダマを相手に、雷牙は脳内で対処法を練ろうとした。これまでの相手の定石では、もしかすると打ち破られる可能性もある。
 そんな考えを巡らせた雷牙の動きが止まり、コダマはチャンスとばかりに、コトダマをその手に現れた剣に向けて込めていった。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

 剣の力を増幅させ、その剣の勢いを雷牙に叩きつけようとするコダマ。
 回避しようとするが、雷牙も咄嗟に魔戒剣を盾にするしかできなかった。彼にしてみても、これまで会った事のないタイプの敵に、隙ができてしまったのだろう。

「──!?」

 雷牙であろうとも、装甲を纏ったコダマのパワーには流石に力負けをする。
 鎧を召喚せねばならないが、だんだんと押されてくる上に、雷牙は魔戒剣を盾にしている為、鎧を召喚する事が出来ない。──思い切って、一度だけ力を籠めて跳ね返さなければ反撃は無理だ。

「シャッ……!?」

 と、雷牙が苦渋の表情をし始めたところで、不意に、コダマの動きが止まった。
 その直後、コダマの力が極端に弱くなったのである。まるで全身から力がなくなったかのようだった。

「シャ……ガッ……」

 右手の力を失って剣を落とし、腹部を抑え、真後ろを見ようとするコダマ。
 勿論、そこにあったのは、涼邑零の姿である。──両腕だけに鎧を纏い、双剣で真後ろからコダマの腹を貫いている。
 この相手に鎧を完全に装着するのは勿体ないとでも思ったのだろう。

「──もしかして、お前も、俺たちを数に入れてなかったのか?」

 雷牙ばかりに気を取られていた為、コダマの意識は、完全に零と翼を無視していたようである。彼からすれば、銀牙騎士や白夜騎士も所詮は無名の魔戒騎士──相手にするまでもないと思っていたのかもしれない。

 だが、零は既にバトルロワイアルと、閑岱の戦いまでの記憶と技量で、コダマとの実力差を縮めてやって来ている──。それは、コダマの想定を遥かに超えた実力を零に与えていた。
 彼も、将来の弟子とやらには負けていられないので意地もある。

536時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:34:21 ID:cMWgAZpE0

「消えろッ!」
「──ッ!?」

 コダマの腹から剣を抜くと、コダマの姿がばらばらに爆ぜる。
 零は一歩下がり、その跳ね返り粒が自らに降りかかってくるのを防いだ。

「一丁上がりってとこかな」

 ──ソウルメタルの重さは勿論、鎧の強さというのは当人の気によって変わってくる。
 かつて、コダマと戦った記憶に比べ、そこに繋がってくる魂の成長により、その剣の力もコダマの身体を爆ぜさせるほどに上がっていたのだ。
 零自身も、それだけ力量が上がっていた事には、少しばかり驚いている。──魔戒騎士としては、修行の経験もなしに記憶だけで精神力を上げてしまうのは少々反則的にも思えたが、確かに今、零の力はかつてより上がっていた。
 ともかく、両腕の鎧を解除したところで、雷牙が駆け寄って来た。

「ありがとうございます、助かりました……零さん」
「お前も、最後の最後でちょっとツメが甘いみたいだな。油断してたってわけじゃないが……まだまだ修行が足りない部分もあるって事か」
『零……お前が、奴の変身の事を教えなかった事にも責任があるぞ』

 師匠面をしてみる零だが、ザルバがそう口を挟んだ事で、その威厳が崩れる。
 まだ顎髭もなく、顔立ちも幼い零は、雷牙の方に笑顔を向けた。

「悪い、悪い。でも、あの鋼牙の息子ってのは確かに今の戦いを見て、確信したぜ」

 見れば、本当に太刀筋がほとんど黄金騎士のそれである他、格闘の仕方までも鋼牙そっくりだ。時折、わざわざ鞘まで使って二刀流を使うのは、零の戦法を似せているようにさえ思える。
 零たちとそう変わらない年齢であるにも関わらずあそこまで戦えるというのは信じがたいのだが、鋼牙の遺した血というのは相当の物らしい。
 既に同じ年の頃の鋼牙を遥かに超越しており、はっきり言って、零の知る鋼牙よりも戦闘能力は高かった。
 ──……その上、性格で言えば、おそらく不愛想な鋼牙よりは、マシだ。

「……おい、零。周囲のホラーは全部倒したぞ」
「おう、サンキュー」

 翼が声をかけた。彼も実力者だ。零の倒す分も全て、彼が仕留めてくれたらしい。
 城前のホラーは全て潰し、零も翼も、少しだけ安心する事が出来た。──が、それも束の間で、またすぐに城に突入し、ホラーを狩らねばならない。

「……零さん。一つお願いがあります」

 雷牙は、その時、不意にそう、少し深刻な顔で言った。
 もしかすると、コダマに不覚を取ったのを少し気にしているのかもしれないと思い、訊き返す。

「なんだ?」
「──この世界にはもう父さんはいないかもしれませんが、もし、この世界にちゃんと俺が生まれて、俺が十歳になったら……その時もまた、俺を鍛えてくれませんか?」

 雷牙が何故、こんな事を言い出すのか、零にはわからなかった。鋼牙がいないこの世界でも、雷牙は生まれるのだろうか。……普通に考えれば否である。
 ただ、弟子を取らない主義の零も、今の雷牙の戦いを見ていると、将来、雷牙のような魔戒騎士を育ててみたい気持ちにもなった。
 ──それに、この雷牙の成長も、少しは楽しみに思う気持ちがある。
 実力は零より上である物の、確かに彼は、零が教えればまだまだ成長できる余地があるだろう。

「突然どうした? ……まあ、別に構わないぜ。もし、そうしないと、どうやらお前の二刀流とかも身に着かないみたいだしな」

 零は、そう言って軽く笑ったが、雷牙がどこか深刻そうで、どこかこの時代の父や母や師に対して思う所があるように見えた。
 カオルや零と相対する時の彼の顔は、まるで、いなくなってしまった人間を見るようだ。





537時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:34:38 ID:cMWgAZpE0



 途中に立ちはだかるホラーたちは彼らの敵ではなかった。
 零が驚くべきは、雷牙と翼の二人のサポートがあれば、零が動かなくとも二人がホラーを倒してくれるほど、彼らの実力が高まっている事だ。
 当の零も、一体でも多くのホラーを狩る事で、更に実力を上げようと画策している。──零にしてみれば、ここはこの争いのゴールではなく、あくまで通過点。下手をすると、折り返し地点となるかもしれない場所だ。
 エモノは雷牙や翼にも極力渡さないようにした。実質、敵のようなものである。
 そして、その調子でホラーや番人たちを次々に狩り、彼らは城の頂上まで辿り着いた。

「ここは……!」

 辿り着いたそこは、広いホールになっていた。暗闇の中であったが、彼らがドアを開けた事で、少し光が漏れていた。
 零には、この場に見覚えがあった。
 あの殺し合いの始まりの広間に、非常によく似ていたのだ。──ここが本当にあの場所なのか、それとも、ぞれに似た偽りの場なのかはわからない。元々、あの場の事を細かく観察できる状況ではなかったし、零もよく覚えてはいなかった。
 しかし、こんな場に来ると、湧き立つ怒りを抑えがたかった。

 全ての始まりの地。
 あの場で起きた全ての悲しみと、この今の世界の惨状に繋がる全ての出来事を、潰せなかった自分への怒り。
 まだ黄金騎士への復讐などに燃えていた自分の未熟さを呪う。

『どうかしたのか、零』
「あの殺し合いの始まりの場にそっくりだ……」

 雷牙たちがここに現れたのを確認したのか、その広間に再び──かつてのようにスポットライトが放たれる。かつてを思い出し、零は両手の魔戒剣を握りしめた。
 スポットライトの当てられた中央に、烏の羽根のドレスに身を包んだ女性の姿があった。
 以前もその女を見た事がある。──そう、ガルムだ。
 かつては加頭順がそこに立ち、殺し合いの始まりを告げたのだが、今度はこの番犬所の神官が、ここでの戦いの始まりを告げる。

「貴様ら……待っていたぞ……!」

 ガルムの様子は、怒り心頭である。
 このビルでの全ての情報は彼女も監視していたらしく、コダマの死を目の当りに舌らしい。

「一度ならず、二度までも……私のコダマを!」

 コダマはこのガルムという女の息子だ。一見するとコダマより若い女性の姿をしているが、それは彼女たちが若い女の身体を乗っ取り、憑代としているからでしかない。実際には何百年も生きる老女である。
 そして、彼女はホラーではなく、かつては人間であった──つまりコダマも人間である──が、魔界に魅入られ、ホラーたちを現世に呼び出そうと試みたのだ。
 そんなガルムに対しての同情など、魔戒騎士たちの中にはない。

「懲りずに何度も自分の息子を野望の道具にするアンタの方に原因があるんだぜ……!」
「今まで、貴様が幾つの親たちを悲しませてきたと思っているッ!」
「──その通りだ。……本当の親子の絆、俺がお前に突きつける!」

 三人の騎士がそれぞれの武器を構え、ぎらりと輝く瞳で、ガルムを前に立ちふさがろうとした。
 それを見て、ガルムが手で合図すると、広間にある幾つかのドアが開き、そこからわらわらと素体ホラーたちが湧いて来る。

 どうやら、素体ホラーたちが彼女の従える最大の武器らしい。あまり個性の強いホラーたちをまとめ上げるよりはやりやすいのだろう。
 しかし、素体ホラーたちの攻撃は単調だ。──盾や時間稼ぎくらいにしかなるまい。

「涼邑零、山刀翼──そして、黄金騎士の紛い物の魔戒騎士! 貴様らを地獄に落としてやる!」

 ガルムはスポットライトの当たるステージの上で、高みの見物というわけだ。
 しかし、ガルムもここまでの彼らの動向を知っているはずである。──この程度の妨害に三人の魔戒騎士たちがひるまない事は承知済。
 やはり、これは何かを成す為の時間稼ぎだ。

538時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:34:55 ID:cMWgAZpE0

 それを察知した三人は、中央の零を見て、一斉に頷いた。

「雷牙を鋼牙の紛い物だと思ってるのか? だとしたら、見当はずれだぜ」
『見てな、ガルム! もう一度地獄に帰ってもらうぜ!』

 雷牙の魔戒剣、零の魔戒剣、翼の魔戒槍が、頭上に四つの新円を描く。零の描いた二つのゲートは一つに重なり合い、やがて円は三つとなった。
 そこから繋がる「魔界」からそれぞれの元に鎧が召喚される。

 雷牙のもとに、金色に輝く鎧が──。
 零のもとに、銀色に輝く鎧が──。
 翼のもとに、白夜を彩る鎧が──。

 ──覆いかぶさり、ガルムの目の前で、三人の魔戒騎士が99.9秒しか戦う事の出来ない、人々を守りし戦士たちを作りだす。

 黄金騎士・牙狼。
 銀牙騎士・絶狼。
 白夜騎士・打無。

 この世界で現在、最強である三人の魔戒騎士だ。

「何っ! 黄金騎士だと!? 貴様、何者だ……!?」

 ステージ上で、青い瞳の黄金騎士の姿に驚いているガルム。
 彼女は未来の魔戒騎士の事など知る由もない。──死んだはずの冴島鋼牙の鎧が、何故今、このようにして現世で再装着されているのだろう。
 全くわけもわからない状態のガルムに向けて、牙狼が叫ぶ。

「俺は冴島雷牙! 未来からやって来た、冴島鋼牙の息子だっ!」
「なんだとっ……!?」

 戦闘を駆け出した牙狼が緑の魔導火を灯した黄金剣を振りかざすと、ガルムとの間を阻んだ素体ホラーたちは一斉に消滅していった。
 この素体ホラーたちの壁など、全て無駄だ。それでもまだ入射角の問題で生き残った素体ホラーたちを、絶狼と打無がそれぞれの武器を使って斬っていく。

「驚いたか……鋼牙の意志は死んじゃいない! お前たちホラーを狩る為に、いつまでも消えずにその鎧を纏い続ける……ッ!!」
『この黄金の輝きは、消えはしないぜッ! さっさとケリをつけさせて貰うッ!』

 絶狼とザルバの前のホラーたちもまた、彼の二刀流を前に消え去っていく。
 絶狼が十体ほど倒してしまい、力尽きていく素体ホラーたちの数は、残り僅かになっていった。

「ガルム、時間稼ぎなど無駄だ……! 貴様の野望は一体何だ!? 貴様が何を企んでいようとも、全て、俺たち魔戒騎士が打ち砕く!」

 打無が、残り僅かだったホラーを、得意の槍術で打ち砕いた。
 全てのホラーの爆発の飛沫も消え、僅か三秒の内に、その場にいたホラーは全滅し、残るはガルムだけとなる。
 ここは魔界ではない。いずれにせよ、鎧の装着時間には限度があるので、こうして雷牙が最初に多くを片づけてくれたのは良い策だった。

「「「ハァッ!!」」」

 三人の魔戒騎士が同時に放った炎が、ガルムの周囲を三角形に焦がした。
 彼女の周囲は一斉に取り囲まれ、逃げ場はない。──時間稼ぎのつもりだったが、全て、時間稼ぎにもならなかったという事である。

「くっ……!」

 ガルムは、苦渋を嘗めた表情で、その場で回転する。──すると、彼女の姿もまたおぞましい外見の怪物へと変化した。
 両肩と頭に、地獄の番犬の頭部を象った女型の装甲。
 ──獣化ガルムである。
 彼女もまた、コダマのように、魔戒騎士やホラーでないながら、人間体から変身する力を持っていた。しかし、ホラーに匹敵する邪悪な気配を持ち、既にそれは人の姿でありながら人ではない物になっていた。
 魔獣の匂いがその場に充満する。

「はっ!」

539時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:35:11 ID:cMWgAZpE0

 獣化したガルムの元に、白夜騎士打無が真っ先に駆け出し、魔戒槍が変形した白夜槍を振りかざす。
 その槍術を、華麗なジャンプで回避した彼女は、武器となるフープをどこからともなく取りだし、槍に引っかけ、それを弾いた。白夜槍が打無の手を離れ、何メートルか先に転がっていく。
 槍をなくした打無を次に襲ったのは、獣化ガルムの回し蹴りである。
 先走った打無は、顔面を叩きつけられ、ガルムの予想外の強さに、何メートルも吹き飛び、白夜槍のもとで倒れこんだ。

「くっ……!」

 獣化により魔導火への耐性が出来たのか、彼女はそれを横切ってステージを降り、歩きだした。
 そんな彼女のもとに、どこからともなくスポットライトは当たる。──彼女を照らす為にスポットライトがあるかのようだった。

『やっぱり、奴は強い……!』
「ああ。……だが、雷牙と俺の敵じゃない!」

 絶狼が、二つの剣を三日月の型に構える。その背中の後ろには、黄金の輝きがあった。──牙狼が垂直に黄金剣を構えているのである。
 暗闇の中で背中を合わせる金と銀の光──その輝きは、まさしく黄金騎士と銀牙騎士が背中を合わせた絵によく似ていた。

「父さんや零さんやたくさんの人を巻き込んだ殺し合い……それを仕組んだ者たちの一人、ガルム! ──貴様の陰我、俺が断ち切るッ!」

 二匹の狼はそれぞれ大剣を携えたまま、ガルムを睨む。
 ──ガルムが、二人を目掛けて走りだした。

「行くぞ、雷牙! 守りし者として!」
「──はい、零さん!」

 二人もまた、剣を構えたまま、ガルムに向けて走りだす。
 別世界の話とはいえ、目の前のガルムは父の仇に違いない。
 だが、彼は復讐に呑まれる事なく走りだす。大した心意気だ。──いや、また、それも零が教えた事なのかもしれない。
 絶狼は、牙狼に比べて一歩早かった。銀色の背中が雷牙の視界に映る。──かつて、子供のころに見たきりの、師の頼もしさ。

「はぁっ!」

 ──絶狼が駆け抜ける。
 絶狼の双の魔戒剣が、先に、ガルムの右脇から首と腰を斬り抜けていく。
 すれ違い様、ガルムも攻撃をしようとしたが、絶狼の剣がガルムを斬り裂く方が一瞬早かった。──ガルムの攻撃は、絶狼にかすりもしない。

「ぐっ……! な、何故だ……零、お前の実力はもっと──」

 ガルムの身体から烏の羽根が舞い、首がびくびくと震え、足をついた。
 次の瞬間、ガルムの獣化が解け、彼女は無力化される。
 ──絶狼の強さは、確かにかつて獣化ガルムと戦った時よりも超越されていたのだ。
 あまりに一瞬の出来事に、ガルムは驚くしかなかった。

「ぐあっ……! 私にはまだ野望が……」

 絶狼に気を取られていたが、まだ彼女への攻撃は前方からやって来る。
 次に駆ける牙狼の姿だ。──彼女はそれに気づいたが、人間のままではまともな反撃ができないのである。
 その牙狼の黄金剣が、女の姿をしたガルムの胸を容赦なく突き刺した。

「黄金騎士……っ! 貴様も……!」

 ──ガルムの胸に滴る、人間のものとは思えないどす黒い血液。既にそれは血も涙もない魔物のそれと化していた。
 彼女は、もがくように、右腕を前に突き出し、今、この場で叶えようとした──かつて叶わなかった悲願を叫ぶ。

「ぐっ……──メシア様ァッッ!!」

 ガルムの身体は、次の瞬間、無数の烏の羽根だけを残して消滅した。

540時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:35:30 ID:cMWgAZpE0
 もはや、かつての敵など、雷牙や零の敵ではない。ガルムの戦法を知らなかった翼は先に苦戦したようだが、頭一つ抜けて強い雷牙や、かつてガルムと戦った零からすれば、最早、苦戦を強いられるような敵ではないのである。
 彼女自身も全く知らなかったであろう未来の魔戒騎士と、歴史修正による零の成長が直接的な敗因となり、コダマとガルムは敗れてしまったのである。

「……やっぱり目的はメシアだったか」
『とは言うものの、結局は奴を人間界に出現させる野望は儚い夢だったな』

 メシアの再臨は、既に一度阻止された話である。──まあ、鋼牙の死によって、メシアも復活したのかもしれないが、ホラーたちと違い、そう簡単に人間界に呼び出せる存在ではない。
 ガルムにとっても、メシアをまた人間界に現出する夢は蘇っても尚叶えたいものだったのかもしれないが、メシアを呼ぶゲートを作る準備時間など、元々そうないはずだ。
 何にせよ、メシアは人間界にはやって来られない運命らしい。

「零さん……」

 鎧を解除した雷牙が、絶狼を見つめた。
 そんな雷牙の視界で、絶狼の鎧もまた、魔界へと返還される。

 ──それを見て、雷牙は、鋼牙そっくりのお辞儀を零に向けた。

『おいおい』
「……実はそっくりかもな、この親子も」

 零は半ば呆れるようにして雷牙を見たが、雷牙はそんな零に微笑みかけていた。
 言葉もなく礼をして終えるところなど、全く持って、冴島家のそれである。
 兎にも角にも、未来には頼もしい奴がいるらしいと、零は思った。


【コダマ@牙狼 死亡】
【ガルム@牙狼 死亡】







 外には、確かに青空と平和が広がっていた。
 ホラーのゲートは、かつてより限られ、そう簡単には人間界を侵攻できないようになっている。──ようやく、ホラーの活動範囲は元に戻ったわけだ。
 この人間界の騒動を収束させ、記憶を削除するのは魔戒法師たちに一任する事にしよう。
 ……いや、その前に、あのモニターが存在する以上、零がベリアルを倒し、管理を終えなければならないか。

『しかし、奴らも随分あっけなかったな』
「俺たちの成長に、奴はついていけなかったんだな」
『コダマとガルムは、あれでも一応、相当な実力者なんだぜ? あの雷牙って奴の素質は桁外れだ。流石は鋼牙の息子ってところだな』
「……おいおい、俺もちゃんと活躍したのに雷牙ばっかり褒めるなよ」

 魔戒騎士は、その想いや精神力によってソウルメタルを操り、戦う。
 ゆえに、その時のパワーはそれぞれの置かれている状況などによって大きく変わってくる物なのである。成長してやって来た絶狼や、未来からやって来たサラブレッドの牙狼からすれば、敵の内に入らないような相手だったわけである。
 零も、自分自身では、この世界に帰って来ただけであそこまで強くなっていたのは全く予想もつかない話だったが、ガルムはかつても一度倒した記憶のある相手だ──。
 それより後の零はもっと強くなっている。彼女が簡単に勝てる相手ではないという事だ。

「……ただ、ベリアルって奴は、今のところ、誰も知らない敵だからな。コダマやガルムのように俺たちを甘く見てはくれないだろう」
『ここまでの敵のようにはいかないっていうわけか。……もしかすると、奴は最初からそれを狙って、自分を知らない人間ばっかり集めたってのか?』
「おそらくな。自分の事を全く知らない奴らばっかり殺し合いに呼んだって事だ。あるいは、奴には相対する敵がいなかったか……」

 ホラーや暗黒騎士ならまだ何とかなるが、相手が異世界の怪物ではデータもなく、どうしようもない。
 殺し合いの映像の続きを見た限りでは、ウルトラマンやダークザギに近いと思ったが、今の零の情報では、それが何者なのかはわからぬままだった。

541時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:35:46 ID:cMWgAZpE0
 そんな考え事をしていた時、彼らの目の前に山刀翼が現れた。

「雷牙、零。どうやら、奴の目的は人間界でのメシアの再臨だったらしい。思ったよりも早く俺たちが来てしまった為に、叶わなかったようだが」

 ガルムのいたビルの痕をまだ気にして調査していたのは翼だ。
 ビルにはもうホラーの陰はなかったが、かつてメシアを呼び出す為に使われたゲートが存在した。──ただ、生贄の女やバラゴの存在がなかった為、それは叶わず、別のエネルギーによってそれを実現しようとしていたらしい。

 果たして、一体、どんなエネルギーを代替に使おうとしていたのだろうか……?
 零や翼には、その事はまだ謎だったが、それがあの殺し合いの主催をする事で得られるエネルギーだったであろう事は想像に難くない。もしかすると、異世界から抽出したエネルギーか何かだろうか?
 確かに、魔戒騎士も驚くような変身機構が幾つも存在していたが、もしかすると異世界の魔法や科学が関わっている可能性もあるかもしれない。……が、残念ながら零の専門ではなさそうだ。

「──ただ、零。この世界の殆どは、また管理影響下に入ってしまう。いずれ、ベリアルを倒さなければ、人間は管理から逃れられない」
「零さんも一刻も早く、ベリアルを倒さなければなりませんね──」

 と、雷牙がそう言った時、彼の身体が突然、ぼやけた。
 彼の言葉が途切れるように余韻をなくし、彼の手から光の粒子が溢れていく。

「「──!?」」

 零と翼は、そんな雷牙の姿を見てぎょっとする。──雷牙自身も、自分の手を見て、少しばかり驚いているようであった。
 いや、少しではない。かなり予想外の出来事が起きたというような様子である。

「そんな……まだもう少し、この時代にいられるはず……!」
「……まさか……今になって、鋼牙の死が彼の存在に影響を与えているのか!?」

 翼が慌て、そんな事を言った。零が翼の方を睨むような目つきで見つめた。
 ──だが、ふと思った。確かに、翼の言う通りかもしれない。
 もしかすると、鋼牙は本来の時間軸では彼のような息子を作るはずで、それが、あのバトルロワイアルによって叶わなかったのだとすると……。

 そう、零も、あの殺し合いに参加した時点で、別の時間軸が生まれるはずだが、歴史の統合を受けて、あるはずのない記憶を有してここにいる。
 だとすれば、もしかすると──雷牙も、その影響を遅れて喰らってしまったのではないか。
 そう思った零は、眉を顰めて雷牙の方を見た。

「まさか……俺が、もう消えるっていうのか……?」
「もう……? まさか、お前、知ってて……!」
「──っ! すみません、零さん。……そうです……俺は、異世界の未来から来たわけじゃない。……この世界で本来生まれるはずだった、冴島雷牙の思念です……。だけど、俺にはまだ、元の歴史に帰らなきゃいけない理由が……!」

 雷牙自身も、その現象には怯えているようだ。
 未来への返還ではなく、これが消滅を意味しているとすれば……それを防ぐ方法は一つしかない。
 雷牙が将来、また再び生まれ、零に修行を付けてもらう方法は、零の中にもある。

「──……大丈夫だ、雷牙っ!」

 彼は、冷静に、怯える雷牙を見据え、そう言った。
 雷牙は、まだ安心感こそ覚えなかったが、零の方を見て呆然としている。零は、ただ現状を理解していないというわけでも、雷牙がどうでもいいというわけでもないらしいというのは、雷牙にもわかった。
 少なくとも、雷牙の知る零はそんな男ではなかった。

「……約束は約束だ! お前はこの世界のお前なんだろ? じゃあ、俺は必ず、ベリアルを倒し、その後、この世界に生まれるお前が十歳になったら、修行をつける!」

 腕まで消滅していた雷牙を見る零の目は、真剣そのものであった。
 何か、とてつもない意志の込められた瞳──その輝きは、未来も今も決して変わらない。
 優しく強い師匠のそれだっただろう。

 ……実は、雷牙の生まれるはずだった本来の時間軸において、雷牙の生きていた「今日」に、冴島鋼牙と冴島カオルと涼邑零の三人の姿は既にない。

542時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:36:04 ID:cMWgAZpE0
 死んだわけではないが、ある敵の力により、鋼牙とカオルが異空間に呑まれ、零はそれを追って旅立ってしまったのである。
 その為、雷牙に両親の記憶は、六歳より前の物しかない。零もまた、十歳までしか雷牙の前にいなかった。
 だから、過去で起きた時空を乱す一事件を知り、強い思念でこの世界に旅立ち、カオルや零と再会した時、雷牙の中には懐かしさと嬉しさが過ったのである。
 ……それも全部、やがて消えてしまう。

「──だから、俺を信じて待ってろ、雷牙!」

 だが、そんな恐怖に怯える雷牙の前に、父のように頼もしい声が聞こえた。
 ──零のその言葉が、雷牙の中にあった消滅への不安を拭わせる。

 彼は約束を果たし、また雷牙と出会う──そんな気がした。
 雷牙には、未来で必ず倒さなければならない敵がいるし、彼には彼で寄り添い合う仲間たちがいる。そこで待っているたくさんの人間が──だから、消えるわけにはいかない。
 その一念は、零に託す事にした。
 雷牙は恐怖を脱し、零に強い瞳を向ける。

「……はい。……じゃあ、零さん。ベリアルを必ず倒してください! お願いします」

 師の暖かさに、雷牙は、少しだけ怯えを消した柔和な声で、お辞儀をした。
 すると、雷牙の身体は零と翼の目の前で完全に消滅していく。
 今、共に戦った黄金騎士の姿は完全に、空に溶け込んで消えてしまった。──翼がぎょっとしたまま、零を見た。

「……ああ」

 零は、誰もいないそこに、そんな返事だけ返した。まるで、今まで共に戦った青い瞳の黄金騎士は幻だったかのようだ。
 零と翼だけがその場に残る。──そんな時、零の前で、美しい空の果てで、奇妙な光が見えた。
 だが、それを気にした零の後ろから、翼の声がかかる。

「……零、一つだけ訊きたい」
「なんだ? 翼」
「お前は、この殺し合いで、本当の幸せを得る事はなかったよな? 今の鋼牙の息子のような犠牲者も生まれた、この“改変”で……」

 翼の問いは、ふと、零の胸に突き刺さった。

「お前の家族……つまり、静香や道寺は蘇った。バラゴやガルム、コダマも葬られた以上、彼らが死ぬ心配はこの先、薄い」

 確かに、バラゴが時系列を越えて呼ばれたせいで、どういうわけか、彼に殺された零の家族が復活している。──いくらホラーが湧いているからとはいえ、一瞬だけ、幸せを感じたのも嘘ではない。
 考えてみれば、バラゴの死により蘇った魔戒騎士や人々が何人もいる。
 冴島大河のように、あまりに古すぎた場合、修復が不可能であったようだが、現実に、静香や道寺が復活した事で、零の中に嬉しさが芽生えていたのは事実だ。
 しかし、彼らと冴島鋼牙やあの殺し合いで死んだ人々を比べるというのは、あまりにも酷な話ではないか。

「ああ。確かに、あいつらのお陰で静香や父さんは蘇った。だが、俺が守るべき者はそれだけじゃない……いくつもの大事な物が失われた。今も、鋼牙の息子の雷牙が消えた!」

 零の言葉は激昂に溢れている。
 しかし、同時に、彼が果たすべき使命の声でもあった。

「俺の目的は、決して、静香や父さんを甦らせる事じゃない。人間の脅威を狩り、今そこにいる人間を守る。……それが、魔戒騎士の使命だ!」







 ──どうやら、零が先ほど見た光の正体は、今になってわかったようだ。
 はたまた信じがたい話だが、冴島邸に帰ると、その森の中に巨大な未確認飛行物体がやって来ていたのである。

543時代 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:37:00 ID:cMWgAZpE0

 その名はアースラ。レイジングハートたちの言っていた時空管理局の船だ。
 何をしに来たのかと思えば、丁度零の悩んでいた「異世界の渡航」への手伝いらしい。
 そういうわけで、零はそそくさと準備を済ませて、その世界へ向かう事にした。
 未来から来た鋼牙の息子の思念というのも凄い話だが、今度は超科学の産物である。いちいち突っ込むのも億劫になり、ザルバも「もう何も言う気はないぜ」と言っている。

「あの……雷牙くんは?」

 零にそう訊いたのは、カオルだった。
 見れば、彼女の手には、真っ白な画用紙が握られている。──おそらくは、それは雷牙がゴンザを簡単に描く時に使った画用紙だ。
 だが、そこには、もう雷牙の痕跡は残っていない。
 彼がこの世界で遺したのは、漠然とした記憶と、その魂のみだ。それを知らないカオルは、その画用紙に厭な予感を覚えたのだろう。

「──ああ、先に未来に帰っちまった。母さんにお別れが言えなくて、残念だってさ」

 カオルも、雷牙の母だ。こうして雷牙が目の前から姿を消してしまった事が、余程心配なのだろう。
 しかし、そんなカオルを安心させる為、零はにこやかな笑顔で言った。
 まさか、消えたなどと言えない。──それに、今は消えたとしても、零は必ず、もう一度雷牙と会おうという意志を確かに持っていた。

「大丈夫。いつか、未来で会えるよ。だって、あいつは鋼牙とカオルちゃんの子だからな」

 そう言われて、カオルは少し悩んだが……また、笑顔でウンと頷いた。
 それを見て誰より安心したのは、零である。彼は、その手の指輪に向けて告げる。

「──じゃあ、行こうか、ザルバ」

 今はまだ、零の相棒として魔導輪をやっていてもらう。
 シルヴァが修復させるまでだ。──そう、ほんのそれまで。
 この最後の戦いでも、大河、鋼牙、雷牙の三世代に渡る冴島家の忘れ形見として、共に戦わせてもらおうと思う。
 きっと、この指輪がどこかで覚えているはずの「黄金騎士」たちの魂は、きっと何度でも零の背中を追うだろう。

(……またあの場に行くのか……それに、あいつらとまた会う事になる)

 零は、それから、レイジングハートやあそこで出来た仲間たちの事も、ふと考えてみた。──もう零は孤独ではないが、レイジングハートは、ダークアクセルとの戦闘前に話したあの事は、考えてくれただろうか。
 いや、そんな事を今考えている場合ではない。

 とにかく、彼は叫んだ。



「お前を倒し、俺は約束を守りに行く。──だから、ベリアル……貴様の陰我、俺たちが断ち切るぜッ!」



【涼邑零@牙狼 GAME Re;START】

544 ◆gry038wOvE:2015/08/02(日) 11:37:16 ID:cMWgAZpE0
以上、投下終了です。

545名無しさん:2015/08/03(月) 03:20:26 ID:LkYn8LHM0
投下乙です

まさかの雷牙登場には驚いたよw
零もロワを通して格好良く成長したなぁ

546名無しさん:2015/08/03(月) 11:35:02 ID:JeVZZ1yE0
投下乙です
未来との不思議な邂逅かあ
再生怪人が弱いのは基本だから仕方ないね

547名無しさん:2015/08/04(火) 09:22:49 ID:B1rpj1uM0

魔戒騎士は絶えることのない正義の系譜なのだ

548 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:06:00 ID:yTeAA/4M0
蒼乃美希を投下します。

549永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:06:30 ID:yTeAA/4M0



 ────お願い、世界を救って



 ────全ての世界が侵略者に狙われている



 ────急いで



 ────ウルトラマンたちと共に、侵略者を倒して!







「イヤ〜〜〜〜〜!!!!」

 あの殺し合い──変身ロワイアルを終えた蒼乃美希は、今度は全く見ず知らずの場所で、体長50メートル以上の怪獣に追われていた。
 どうして怪獣に追われているのかは当人の胸に訊いても定かではない。
 今はただ、美希は腕を振り、足を動かして前に進むだけだ。問題は、どう頑張ったところでも、美希の人並の歩幅での精一杯の走りは、規格外の巨大さを誇る怪獣の歩みに距離を縮められているという事である。

「何なのよ、もう〜〜〜!!!」

 思わず空に叫ぶが、彼女の魂の訴えを聞いてくれる者はいない。
 周囲は人っ子一人いないゴーストタウンだ。──いや、それはそもそも、「タウン」と呼ぶには、美希の持つ常識と大きく外れすぎているかもしれない。
 いきなり怪獣に見つかり追われ、何かを考える間もなく必死で逃げている物で、自分が帰って来た場所については、あくまで一瞬の印象と考察しか持っていないのだが、ひとまず、その時に美希が抱いたこの場に関する情報を思い返し、情報を纏めてみよう。

 そもそも此処が、美希が帰るべき場所ではないという事は、辿り着いたその瞬間から彼女の本能が告げていた。
 ──おそらくは、“美希が帰るべき「星」ではない”か、“美希が帰るべき「世界」ではない”。あるいは、その両方であると思えた。生存条件があった事が奇跡的なくらいだろう。

 周囲を見渡す限り、全てが光の建造物で埋め尽くされ、街全体がエメラルドやクリスタルの宝石で出来ているかのような土地だった。これがまず異常だった。アスファルトやコンクリート、アルミのように美希たちの生活する星に当たり前に存在している材質はなく、そうではない何かで構成されている。──まさに光り物だけで作られた女の夢のような都市だ。
 ただ、それらは、「建造物」といっても、それは美希の──いや、一般水準の人間の身長たちと比べても、明らかに合わないサイズなのである。
 はっきり言って、規格外だ。大きくともたかだか身長2メートル程度の人間では、一つ完成させるのに天文学的な時間と手間をかけるような──それこそ、見上げても果てのないほどの大きな建物たちが並んでいた。
 まるで、あのウルトラマンノアやダークザギと同じくらいの体格の巨人に生活条件に合致するかのような──いや、そうとしか思えない街なのである。美希たちと同じ等身の人間がこんな物を作ったって意味はない。

 ここは、ナスカの巨大な地上絵を落書きできるような生物が住まう場所ではないか──?
 迷い込んでしまった場所で、最初は自分が小さくなったのかとも思ったが、そもそもこれだけ周囲の光景が地球と違ってしまっていれば、そんな誤解さえも起きない。自分とは規格の違う別の場所に誘われてしまったようだとしか思えなかった。



 ──そう、美希は知らないが、彼女がブラックホールによって転送された場所は、銀河系から遥か300万光年離れたM78星雲に位置する、ウルトラの星なのである。

550永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:07:23 ID:yTeAA/4M0



 要するに、ここは、蒼乃美希とは縁もゆかりもないような星だが、どういうわけか、彼女はこの世界に飛ばされてしまい、変な目玉の怪獣に一人で追われる状況になっている。
 彼女が帰りたいのは、ウルトラマンの故郷ではなく、自分の故郷の地球だ。しかし、何らかの不幸な事故か導きによって、ここに転送されてしまった美希は、とにかく目先の障害から命を守るしかなかった。
 見る限り誰もいないビル群の中を、どすどすと歩いて追ってくる怪物。
 怪獣から必死で逃げる美希。

(っていうか、何なの……! あの目玉の怪獣はっっ!?)

 奇獣ガンQ。
 体長は55メートル。体重5万5千トン。
 ちなみに生命がない。

 ……という怪獣のデータはどうでもいいとして、問題は、美希は反撃が一切できないという状況である。
 例によって、美希のリンクルンは石堀光彦によって光の吸収を受けた際に力が消えてしまい、完全に美希からキュアベリーへの変身能力を奪っていた。勿論、孤門一輝に継承されてしまったネクサスの光での変身もできない。
 更に言えば、地の利も悪い。見知らぬ土地であるのは勿論の事、美希が普段履いているスニーカーはこの不明な材質の上を走るのに適した構造をしていないし、美希の身体も宇宙の果ての星で息を切らすには向いていなかった。
 現状、策はないが、生きるには上手く策を講じて、ガンQを撒いて逃げるほかない。

「キィィィィィィィィッ!! キュィィィィィィィィィ」

 一方、ガンQは、余程美希の事が好きらしく、巨大な目玉をハートにしてしつこく追ってくるのだった。
 好意を持ってくれるのはありがたい話であったが、残念ながら美希の身長は164cm。ガンQと比べると54メートルほどの身長差があり、その身長差では、指先で触れられただけで潰れてしまう。今も地鳴りで体が飛び跳ねそうなほどだ。

「好きになって貰っても、お返しが出来ないから〜〜〜!!」

 というわけで、両腕を振って美希は好意を無碍にする。
 あの目玉を見ていると、どうしても何を考えているのかわからず、不安になる気持ちを抑えられなくなる。

 好機とばかりに、怪獣の入って来られないような建物と建物の隙間を見つけ、そこに全速力で駆けていき、すぐさま陰に隠れると、美希は少しだけペースを落として百メートル程度だけ走った。
 ガンQがどれだけ美希をちゃんと見る事ができていたかはわからないが、人間がすばしっこく逃げていく蟻を追えないように、ガンQもこれ以上美希を深追いする事は出来ないのではないかと思ったのだ。

(はぁ……はぁ……まさか、帰って来たと思ったら怪獣に追われるなんて……)

 こうして建物の陰に隠れると、狙い通りであった。遂に細やかな美希の姿はガンQの身体にある無数の目にも映らなくなったらしく、ガンQは、きょろきょろと巨大な目を回しながらどこかへと去って行った。先ほどの一瞬で死角に入れたのは奇跡だ。

(ふぅ……でも、何とか向こうに行ってくれたみたいね)

 ぜいぜい息を吐きながらも、彼女はまた百メートルほど来た所を戻り、遠目で、ガンQが背中を向けているのを見て、ほっと胸をなで下ろした。
 しかし、顔をそーっと出して、ガンQが去って行くのを黙って見つめる。
 この陰に隠れていれば、しばらくは安全だろうと思った。色々と考える事はあるが、ひとまずはこの疲労をどうにかしなければ……。



 ──と、そんな時だ。



「──おーい、お前、そんなトコで何してんだー!?」



 またも、巨大な怪物が、屈んでこの建物の陰を覗いて見ていたのである。

551永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:07:40 ID:yTeAA/4M0

「きゃああああああああああああああああああああああああああーーーーっ!!!!」

 反射的に、美希は大声で叫んだ。
 逃げ切ったと思った瞬間に、金色の瞳と銀色の肌を持つ、仏像のような巨大な顔が迫っていたのである。それがあまりにも大きすぎた為に、ほとんど建物の陰には光が差し込まず、美希はそれに圧迫感を覚えた。
 ここに住んでいる者は、先ほど予感した通り、やはり50メートル大の姿をしているらしい。
 ──ただ、ガンQと比べると、体格だけは人間の形をしていて、何故か流暢な日本語を普通に喋っている。あれを怪獣と呼ぶのはまだしも、彼を怪獣と呼ぶのは何かが違うようだ。
 彼は何者だろう──。

「驚く事ねえだろ。なあ、この辺りで目玉の怪物を見なかったかぁ? ……って、ん? お前、まさか、蒼乃美希かっ!?」

 美希の方は恐る恐るといった表情であるが、どうやら相手が自分の事を知っているという事だけは確認できた。
 しかし、こんな知り合いはいただろうか──と、美希は少し考える。
 もしかすると、こんな相手にもファッションモデルとして名前を知れ渡ってしまっているのだろうか。

「──俺はウルトラマンゼロ! お前たちの活躍、ちゃんと見てたぜ!」
「う、ウルトラマン……?」

 ──どうやら違ったらしい。だが、それでも充分驚きは大きかった。
 彼の名はウルトラマンゼロ。──想像するに、美希があのバトルロワイアルで出会ったウルトラマンネクサスやウルトラマンノアの親戚のような存在だろうと思える。
 言われてみれば、顔立ちはウルトラマンネクサスやウルトラマンノアにも似ていた。──元々、それらの顔をはっきりと眺める機会があったわけでもないが、特徴的なフォルムだったので記憶の片隅には残っている。
 美希の知るウルトラマンはもっと人格を廃された無感情で無口な者だったので、意外な気持ちが大きかった。こんなにも感情的で豊かに喋る物だとは思っていなかったのだ──まるで、神のようにも思っていたが、彼はそこらの普通の若者のような口調である。
 敵対する態度を見せる様子はないが、しかし、このゼロも実際のところはわからない。殺し合いの中で残酷な裏切りを経験した美希には、まず疑る事も必要になってくる。

「ああ.! ここはウルトラマンたちの住む星だ! まっ、あのイカみたいなウルトラマンとは、別に知り合いってわけじゃないんだけどな。……で、美希。巨大な怪獣を見なかったか? 目玉の怪獣が一体、脱走しちまったからこの辺は危険なんだよなぁ」
「め、目玉の怪獣……?」

 美希は、その言葉を聞いた時、ゼロの事を考えるのをふとやめて、やや顔を引きつらせた。
 だんだんと美希の顔色は青ざめ、言葉を失う。彼女の視界に、映ってはいけない物が映り始めたのだ。彼女の身体を伝っていく鳥肌と、言い知れぬ不安。
 ────あざ笑う眼。

「あ、あれ……」

美希はゼロの背後を指さした。
 彼女の視界には、ウルトラマンゼロの真後ろにガンQの巨大な目玉が迫っている姿があったのだ。──ゼロは気づいていないようだが、美希にしてみれば、自分のもとにかなり大きく影が広がっている。
 あのガンQにこの場を気づかれてしまったらしい事が美希にも今、わかった。ゼロの声量に惹かれてきてしまったのだろう。

「おわっ!」

 刹那──、背後を振り返ろうとしたゼロの顔が、美希を挟む二つの建物に向けて、叩きつけられた。ガンQの攻撃による物だ。
 建物が衝撃のあまりに轟音を鳴らし、思わず美希は両腕で顔を覆うが、流石に材質も頑丈なようで、その程度では崩れない。
 問題は、不意打ちを受けたゼロの方だ。
 顔面からこの頑丈な建物に突っ込んだだけあって、衝撃は大きく、ゼロも鼻の先を抑えている。

「いてててててて……何しやがるっ! この目ん玉野郎! 捕まえたのに逃げやがって!」
「キュィィィィィィィ」
「──ったく! 美希! そこで見てろよ、こいつは俺が倒してやる!」

 ゼロは、敵を仕留めたと思いしめしめと両腕を振るガンQの方に、向き直るように立ち上がった。
 思わず、美希はその背中に圧倒される。

552永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:07:57 ID:yTeAA/4M0
 赤と青と銀の三つの色で構成されるウルトラマンゼロの背中は、確かに美希が見てきたウルトラマンたちの共通のカラーと全く同じだった。その意匠を継いでいる彼は、もしかすると、確かにウルトラマンであるかもしれない。
 これまで出会ったウルトラマンよりやや線が細くも見えるが、それだけ絞りこまれた姿であるとも言えるし、悪人のようにさえ見える貌は背に転じると頼もしくも見えた。こうした人間味もウルトラマンの本質なのだろうか。

「キュィィィィ」
「せぇやっ!」

 ガンQの目玉型の頭部を両腕で抱え込んだゼロは、両腕にエネルギーを溜め、ガンQの巨体を放り投げた。ガンQは、背中から向かいの建物に向けて叩きつけられ、垂直の滑り台に投げ込まれたように壁面を伝って落下していく。

 ──華奢に見えて、ゼロは強かった。
 尻から落ちたガンQは怒った様子で、触手のような両腕をただ自らの両脇で振って癇癪を起こしていた。
 直後、ガンQはおもむろに立ち上がる。
 そして、目の前の敵に向けて突進を始める。──迎え撃つゼロは、どんと来いとばかりに胸を張って待ち構えていた。
 自信に満ちたゼロの胸板にガンQの渾身のタックルが叩きこまれる。体重で言えばガンQに分がありそうなのは、両者の体格を見れば一目瞭然だった。実際のところ、ゼロはガンQと比較して2万トンほど体重が劣る。

「ぐっ!」

 ゼロの全身に衝撃が駆け巡り、固く踏み込んでいるはずの両足もゆっくりと滑るようにして何メートルか後ろに退がって行った。
 美希の視界で、だんだんとゼロの巨大な足のビジョンが広がって来る。美希は恐怖のあまり二歩ほど足を下げた。美希は、おそるおそそるゼロの背中を見上げた。
 彼は、土俵際の踏ん張りを見せながら、──それでもまだどこか挑発的にガンQと張り合っているように見えた。

「──そんなに何度も吹き飛ばされたいなら……望み通りにしてやるよっと!」
「キュィィィィィィィ」
「────はあッ!!」

 しかし、両者のせめぎ合いは、ゼロの掛け声と共に終わりを告げた。
 次の瞬間、またも抱え込まれたガンQの身体は、ゼロの両腕に掬われるようにして空高く投げられてしまったのだ。

 確かにゼロは巨人であるが、それは人間と比較した場合の話で──ガンQのようにゼロよりも明らかに体格が大きい怪獣を相手にすれば、そのパワーバランスで勝るとは限らない。それをこうもあっさりと投げ飛ばせたゼロの両腕は、一見すると細く見えても力強いのであった。
 彼は、この程度の怪獣は何度も倒してきた若きウルトラ戦士である。

 美希はそれを見て、足を両側に滑らせてへたり込んだ。
 結局のところ、ゼロが敵か味方かは判然とせず、ガンQの追跡がなくなったとしても、ゼロがそこに立っている限り、美希の心はまだどこか安堵しきれないのだろう。──とはいえ、より強い者がそこに残ってしまった事への畏怖の念としては少々弱すぎるくらいであった。
 ここから先、逃げ出す気力は、もう美希にはない。

「あっ! いっけねぇ、放り投げちまった……捕まえろって言われてたのになぁ」

 当のゼロは、ガンQが星になった空を見上げて、まずかったとばかりに頭を掻いている。──こんな肌の質が違う怪人でも頭がむず痒い時があるのだろうか。
 とはいえ、ゼロとしても、既に捕獲すべき怪獣の事よりも気になる事象があったのか、すぐにそちらに気を向けた。

「……おーい、美希〜」
「……」
「美希ちゃ〜ん。………………お〜い」

 美希が返事を怠ったせいで、途端にゼロの声がだんだん勢いをなくしているのがわかった。美希の目の前で視界に刺激を与えるように腕を振ってみるゼロだが、そんな美希の視界に実際映っているのは、全てを埋め尽くす昏い銀色だけだ。
 しかし、どんな意味を持つ仕草をしているのかは美希にも何となく解する事ができた。どことなく人間臭さも感じる。
 美希は、勇気を振り絞って、目の前の巨大なウルトラマンに訊いてみた。

553永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:08:26 ID:yTeAA/4M0

「……あの、……助けてくれたのよね?」
「おう、ちゃんと意識があったのか! 返事くらいしてくれよ!」
「あ、ごめんなさい」
「──で、なんだ? なんでこんな所にいるんだ? 美希」
「それはこっちが聞きたいくらいなんだけど……」

 間が悪かったのか、先に投げかけた質問は流されてしまう。
 知り合いでもないのに妙にフランクな口調も気になったが、それよりも美希が気になっているのは、ウルトラマンゼロは味方のつもりか敵のつもりかという一点だ。
 疑り深くもなっているが、あの殺し合いを生き残った所為──特に、土壇場で石堀光彦の酷い裏切りに遭った所為でもあるのだろう。

「つまり、何も知らないって事か。──やっぱり親父たちに聞いてみるのが一番いいのか?」
「そ・れ・よ・り!! あなたは私を助けてくれたの!? ──っていう、さっきの私の質問の答えは!?」

 美希は、どうにも、このゼロに敬語を使う気が起きなかった。
 相手が人間でないのも一つの理由だが、ゼロの馴れ馴れしく、口の悪い男子生徒のような口調にどうも違和感がある。神聖なウルトラ戦士のイメージが一瞬で崩れる姿だ。
 佐倉杏子が変身したウルトラマンですら、まだもう少し素の要素が抑えられていたような気がするが、ゼロは一切それがない。

「──ん? おっと、悪い悪い。えっと……まあ、これも助けたって事になんのかな? ……俺たちこの星の住人──ウルトラマンは、ずっと、そうやって来た種族なんだ」
「誰かを助けながら生きてきたって事……?」
「ああ。特に、お前たち地球人との絆は深く長いもんだぜ! ──っつっても、今回はお前らに物凄い迷惑をかけちまったか……」

 ゼロが、そう言って項垂れた。語調が少し優しく、彼が今のところ、美希に初めて見せた落ち着きを感じさせた。……いや、落ち着きというより、意味深な湿っぽさというべきかもしれない。
 溜息をつくような声を出しながら座するゼロの近くに、美希は眉を顰めて寄った。

「どういう事? 一体、何があったの?」
「美希……さっきまで、お前、殺し合いをさせられてただろ……?」
「え?」

 その美希の言葉には、色々な想いが詰め込まれている。
 特に、「何故、初対面のゼロがそれを知っているのか」──というのが大きな疑問だ。
 しかし、考えてみると、ゼロが開口一番に美希の名前を告げ、「活躍を見ていた」と言っていた事も繋がる話であった。その言葉はずっと美希の中でも違和感として残っていたが、ゼロとガンQの戦いを前に忘れかけていた。
 ウルトラマンゼロは、あの殺し合いについて何かを知っている。

「あの殺し合いを催したのが、かつてこの星で生まれ、この星の仲間を裏切ったウルトラ戦士──カイザーベリアルなんだ。だからな……今、この星中の人間が責任を感じてる」
「ベリアル……。その名前は、知ってるわ。でも、なんであなたが、私が巻き込まれてた戦いを知ってるの!?」
「それは、俺だけじゃない。宇宙中──いや、全世界中の人がもう知ってるんだ。あの戦いは全部、ここしばらく、世界中に中継されてたからな……」
「──っ!?」

 美希は、驚くと同時に──どこかで、それを納得して飲み込んだ。
 確かに、百人にも満たない人間を相手に、あれだけ大がかりな事をするのは何らかの目的がなければおかしい話で、おそらくはあの出来事は映像データ化されている。──実験、と言われていた気がするが、それは世界中に配信されたのだろうか。
 考えてみると、あの殺し合いは「ゲーム」という形式を取っていて、どこか娯楽性を持っていたようにも思う。
 それは世界に公表する為なのではないか──?
 美希の五指は自然と強く握られた。

「……とにかく、美希! ここにいるより、一緒に俺の親父たちがいる場所に行こう! 詳しい話は俺だけで話すより、親父たちに聞いた方がいい!」

 ゼロはそう言うが、美希にはゼロが敵なのか味方なのか、まだ確定していない。
 この場から出て取って食われるかもしれない心配もあったが──それでも、美希はゆっくりと前に出た。
 ここで信頼できる相手が通りすぎるのを待っても仕方がなく、このゼロというウルトラマンを信用する以外にベリアルや殺し合い、この場について知る方法は見つかりそうになかった。
 第一、疑り深く務めようとしても、必ずしもそうなりきれず、時には直感であっさりと人を信じてしまうのも、また人間の性である。

554永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:08:46 ID:yTeAA/4M0

「さあ、この手に」
「手……? ああ」

 ゼロは右手を差し出し、美希は彼の指先にそっと乗っかった。
 彼が攻撃したり握りつぶしたりする気配はなく、美希は、それでひとまず安堵するが、直後にゼロが腕を上げて、美希を自分の胸元のあたりまで持ち上げた時、美希の背筋が凍った。

「ちょ……ちょっと!」
「ん? なんだ?」
「高い、ここ高いっ!!」

 だいたいゼロの胸元のあたりと言うと、高度三十メートルほどである。
 何らかの補助手段もなく、ただ掌の上にちょこんと載っているだけでは、かなり肝が冷えるほどの高さだ。──しかし、ゼロにはそれくらいしか美希を運ぶ手段はないのだった。
 乱雑なように見えるが、ウルトラ戦士が地球人と一緒に移動する時はそれが一番手っ取り早い話で、ゼロも別段、その方法に抵抗を示してはいない。
 それに、中には喜んでくれる地球人も多いくらいだった。

「安心しろよっ! ……絶対落ちないから」
「保証あるのっ!?」
「俺を信じろ!」
「無理よ、会ったばっかりだもん!」
「ったく……こんな事で死なせねえよ! お前だって、ウルトラマンと一緒に戦ってきた地球人の仲間だ──行くぜ!!」
「あああああ!! ちょっとおおおおおっ!!! 心の準備!!!!」

 ゼロは、そのまま美希の意見を無視して、空に高く飛び上がる。美希は頭がくらっとするのを感じた。
 だんだんと離れて行く地上──そこから落ちれば、一たまりもない状況。
 しかし、ゼロは、美希をそこから落とさないよう、少し掌の中心を下げて持っているのがわかった。精一杯の配慮だが、確かにそこから地上が離れたとは思えないほど、風の抵抗を受けない形になっている。
 美希の視界には、空から見上げたこの星の全貌が映し出され始めていた。本当に全てがエメラルド色とクリスタル色の光で包まれている街であった。
 ──宇宙の神秘を体現したような美しい場所だ。

「──あれは!」

 そして、先ほどまで見えていなかった巨大なタワーが見え始めた。あまりに美しい光景に、美希も怖さを忘れてそれに圧倒される。
 それは、この星を築き上げたエネルギーの塊──プラズマスパークタワーであった。
 人の心を魅了する輝きが、この街全体を灯しているのだ。この星にある人工太陽があのプラズマスパークタワーなのである。
 ゼロは、ゆっくりと飛行しながらそこへ向かっているように思えた。







 美希がゼロに連れて来られた場所は、まさにそのプラズマスパークタワーの前であった。
 このウルトラの星においても、最も厳重な管理が置かれる場であり、その周囲は歴戦の勇士たちが囲っている。宇宙警備隊に属する彼らが厳重な包囲をした上で、この場に現れたベリアル傘下の怪獣たちと戦う事になったらしい。
 とはいえ、約一週間の時間をかけてウルトラ戦士の方が怪獣軍団を鎮圧し、多くを葬り、多くを捕えた。──死亡した怪獣は、怪獣墓場を彷徨い、供養される事になるだろうという。
 ベリアルに最も近い参謀のメフィラス星人・魔導のスライといった強敵もウルティメイトフォースゼロの奮戦によって撃退する事が出来たらしい。
 美希は、辿り着くまでに、彼の手の上で、そんな幾つかの話を聞いた。

「着いたぜ、美希」
「──え、ええ……」

 到着した頃に、美希とゼロの前に、何人もの戦士が空からこのタワーの前に立ちふさがるようにして並んだ。まるでゼロを待っていたようだった。
 赤と銀の体色を持つウルトラ戦士たちが、それぞれ背中にかけた巨大な赤いマントを翻す。
 ゴーストタウンのようだと思えば、このように何人もの巨人が集まっているなど、不思議な星である。

555永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:09:09 ID:yTeAA/4M0

 ──何でも、彼らが、ゼロの父と、その仲間たちらしい。

 かつて、この世界で地球を守ったウルトラ兄弟だ。今はそれぞれが宇宙警備隊の中でも相応のポストに就いている。再三のベリアルの魔の手から、このプラズマスパークタワーを守るのも今や彼らの立派な使命の一つであった。
 ゾフィー、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ……そこにいたのは、伝説のウルトラ6兄弟。
 そして、ウルトラの父、ウルトラの母、ウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリであった。

「ゼロ。その子は、もしかすると……?」

 美希とゼロの前に現れたウルトラマンたちのうち、ゼロの面影を微かに持っている赤い戦士が前に出て声をかけた。彼こそ、ウルトラマンゼロの父であるウルトラセブンである。
 彼もまた日本語を繰る。それは、かつてこの世界の日本で迫りくる侵略者たちから地球を守った経験による物だろう。
 このウルトラマンたちの中でも、誰よりも地球という惑星を愛したのがこのウルトラセブンだ。

「ああ。あの殺し合いに参加させられていた蒼乃美希だ。──ガンQを追っていたら、路地で見つけた」

 何人かのウルトラ戦士たちが、まじまじと美希の姿を見た。
 怪訝そうでもあり、どこか懐かしそうでもあるその瞳。いずれも、妙な威厳を感じ、美希も恐縮する。一方で、ウルトラ戦士たちもまた、地球人の少女に対する敬意の念を心の内には抱いていた。
 少なくとも、戦士としての年季は、美希やゼロとは桁違いであった。──美希は十四歳で中学二年生だが、ゼロは概ね五千九百歳で、地球人で言うならば高校一年生相当だという(地球人換算でも一応年上である事に美希は驚いていた)。
 齢二万歳を超えている彼らは、そんな若者たちが相手にするには、些か貫禄がありすぎたのだろう。

「何故、こんな場所に地球人の子が……」
「ベリアルの転送が此処に誘ったとしか思えん」
「しかし、それに何の意味があるのですか、兄さん」

 ウルトラ兄弟もまた、美希を見て混乱しているようだ。
 美希がウルトラの星にやって来てしまった理由については、やはり殺し合いの後のブラックホールが原因だと思われているようだが、それでもまだ腑に落ちない。

「教えてくれるかい、どうして君がこんな所にいるのか」

 美希にそうして直接訊いたのは、初代ウルトラマンであった。
 彼もこうして美希に訊くのが最も早いと思ったのだろうが、美希自身もよくは知らないし、そもそもこうして威厳ある巨人に質問を投げかけられると、大きな責任が伴ってくる。
 とにかく、それでも自分に質問が振られたからには、順序立てて話そうと意を決した。

「えっと……向こうにいた間の事情は知ってますよね?」
「ああ……辛かっただろう」
「……」

 美希は少し、これまでを思い出して沈黙した。
 ──辛い。
 確かにそうだった。あれだけ友達が死に、自らも死の恐怖に直面する中で、そんな感情が湧きおこらないはずがない。しかし、何度もそれに耐えたり、時にはあの出来事が寝覚める前の夢のように淡い他人事のように思えたりして、辛くない時もあった。
 だが、改めてそう言われると、自らの心の傷が可視できるようになってしまう。だから、暫し、言葉を失った。
 それを察して、ウルトラマンは一言謝る。

「……すまない」
「いえ……。でも、その後で、私たちはあのブラックホールで転送されて、それから──」

 美希は、その気持ちを押し込めた。
 今、自分が問われている話に思考を戻そうと努める。
 順序立てて話しているかのようだったが、本人は、順序立てて思い出そうとしていた。

(何があったかしら……そうだ……!)

 まず、ブラックホールで転送された後、ここに来る前にあった事を全て考えてみる。
 美希自身も知らない幾つかの記憶の復元──これが自然に行われた時間軸調整が起き、それと同時に、ある夢やビジョンが美希の中に浮かんできた。

556永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:10:25 ID:yTeAA/4M0
 美希自身の未来の補完と同時に、ある少女の言葉が浮かんだのだ。



 ────お願い、世界を救って

 ────全ての世界が侵略者に狙われている

 ────急いで

 ────ウルトラマンたちと共に、侵略者を倒して



 ウルトラマン──そうだ。
 美希に誰かがそんな言葉を投げかけた記憶があった。それは、殆ど、美希たちの時間軸の補完と同時に行われた為、彼女の頭の中でそれと混濁されてしまいそうになっていたが、その中で「ウルトラマン」という単語が出てくるはずはない。
 美希は、殺し合いの脱出と、ウルトラの星への到着の間に、「謎の少女との出会い」を経験したのだ。──あれは、現実に美希を誘った実態のある存在なのだろう。

「……もしかして」

 ──まだ、自分の中で確信と言えるかどうかはわからなかったものの、思わず美希はそう口に出してしまった。
 すると、初代ウルトラマンは美希に訊いた。

「何か心当たりがあるんだね?」
「……はっきりとはわかりません。でも、途中で、変な女の子に会った記憶があります」
「女の子?」

 美希は、少しでも手がかりになればと、その特徴を思い出した。
 彼女の記憶にあるのは、やはりそのファッションだ。──あまりにも装飾のない服装であったもので、却ってその特徴は思い出しやすい。

「白いワンピースを着た、赤い靴の……」

 そう、その少女は白い無地のワンピースを纏い、赤い靴を履いていたのだ。年のほどは、10歳にも満たないかもしれないくらいで、現代人としては妙な神秘性と無垢な印象を覚えさせる姿だった。
 だからこそ、夢と混同しやすかった部分もある。
 そこまで聞いた時、一人のウルトラ戦士が声をあげた。

「兄さん! もしかすると、──僕も昔、地球で、それと同じ姿の女の子に会って、ウルトラマンのいない異世界に導かれた事があります。……正体はわかりませんが、多分、園子のウルトラマンと地球人の味方です!」

 兄弟たちの中では最も若いウルトラマンメビウスの言葉である。メビウスという言葉に良い思い出はないが、あくまで同じであるのはその名だけだ。彼もかつて地球を守り、その星の人たちと未来を勝ち取ったウルトラ戦士である。
 そんな彼もまた、どこかで美希と同じく、その「赤い靴の少女」に導かれた経験がある事を知り、美希は少し驚いた。
 しかし、あの少女がウルトラマンの名を口にしたのは、もしかすると、こうしたウルトラマンとの出会いがあったからなのではないかとも思う。

「そうか……なるほど、あの戦いから脱出してここに来るまでに、何者かの介入があったわけだ。しかし、何故この子が……?」
「この子以外にも、もしかすると、あの戦いの生還者がこの星に来ているかもしれない。……まずは、この星のウルトラ戦士たちに、地球人を探してみるように呼びかけよう!」

 ウルトラマンヒカリがそう言い、すぐにウルトラの父の許可を得て飛び立った。──こうして、一人が連絡すれば星全体に行き渡るネットワークがある。度々大きな事件が起こるせいもあり、星全体が団結している恩恵でもあるだのだろう。
 他のウルトラ戦士たちは、全てここに居残っており、まだ美希の事情について問うてみようと思っているらしい。あるいは話してみたい事が幾つかあるのだろうか。

「キュアベリー、蒼乃美希」

 次に美希に言葉をかけたのは、ウルトラ兄弟の長男であるゾフィーであった。
 宇宙警備隊の隊長であり、この中で言うならば、ウルトラの父やウルトラの母に継いで役職の高いウルトラ戦士だ。実力もまた高く、地球で一部の怪獣には遅れを取る事があっても、 弟たちには非常に信頼された身である。

557永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:10:49 ID:yTeAA/4M0
 彼の胸や肩には幾つものボタンのような勲章が輝いている。

「──君に話さなければならない事は幾つもあるが、まずは君が落ち着いてからにしよう。大した持て成しは出来ないが、君は責任を持って我々が保護する」
「ありがとうございます。でも、話を聞く事は出来ます。……お願いします、ゾフィー隊長」
「……いいのかね?」
「ええ、聞かせてください」
「……君がそういうのなら。──まずは、あのウルトラマンノアとダークザギについてだ」

 ゾフィーの気遣いは、美希には不要だった。
 実際、周囲が配慮しているよりも、美希はまだ落ち着いた心情にある。ここにいるウルトラ戦士たちの不思議な暖かさが成してくれる物だろう。
 変に話を後回しにするよりは、こうして早い内に美希の中にある疑問を払拭しておいた方が良い。

「ノアは、かつて、あのダークザギが現れた時、我々ウルトラ兄弟を救った戦士だ。我々の力を集めても、手に負えなかったあのダークザギを異世界に連れ出してくれた事がある。二人の正体は我々にもわからないが、ノアは大昔から存在し、あらゆる宇宙に伝説を遺した巨人だ」
「──彼らに会った事があるんですか?」
「羽根が生えたウルトラマンなら、俺も前に会った事があるぜ! 俺に良いモンくれたんだ。……でも、まさか、あんな所に連れて行かれてたなんてな」

 ゼロが付け加えた。しかし、ゾフィーと比較すると、ゼロの説明では、どうもノアの偉大さという物が伝わり難い。
 彼にしてみれば、物をくれる優しいおじさん扱いで、他のウルトラ戦士のようなノア崇拝とは無縁だった。──相変わらずなゼロの態度に少し呆れる。

 だが、考えてみると、ノアといえば、一つ疑問がある。

「そうだ、孤門さんは……? 今どうしてるんですか?」

 ウルトラマンノアに変身したのは孤門一輝だ。ブルンたち妖精のように、エボルトラスターにノアが同化していた原理はわかるが、あの戦いの後、孤門はどうしたのだろう。
 こうして、まだ主催者が残って世界を侵略しているという事は、ノアはベリアルに敗れてしまったのだろうか──?
 ウルトラマンノアが個としての人格を有しているとしても、美希にとっては孤門一輝という人間の変身体であるという印象が強く、そういう訊き方をした。
 そう言うと、ウルトラの父と母の実子であるウルトラマンタロウが口を開いた。

「……あの後、ベリアルの力でエネルギーを全てスパークドールズという人形に封印されてしまったんだ。その人形は宇宙に捨て去られた!」
「そんな……」

 そう落ち込む仕草を見せた美希に対して、ウルトラの父が口を開いた。

「だが、安心してくれ。死んではいない。おそらく、ベリアルには、ノアを無力化し、宇宙に捨てる事しかできなかった……ベリアルはそれだけノアを恐れているという事だ」

 ウルトラマンベリアルという名であった頃のカイザーベリアルとは戦友同士だったという彼も──今や、ベリアルに仇なす一人として名を連ねている。彼の中では、友の過ちを止められなかった己の罪深さを悔いる事よりも、一刻も早くベリアルを対処せねばならないという使命感が優先されているのだ。

「つまり、あの宇宙に行き、ノアを……孤門隊員を探す事が勝利の鍵になる」

 ノア──孤門はまだ生きているという事であった。
 それだけで少しでも希望が湧いて来る気がした。──いや、むしろ、ベリアルが絶対的強大さを持っていたこれまでに比べると、彼の弱点とも言えるノアの存在が明かされた今は心強ささえ覚える。

「言ってみれば、ベリアルもまた、心の闇を付け込まれた一人の人間に過ぎない。このプラズマスパークタワーのエネルギーに魅入られた、ウルトラ一族でただ一人だけの犯罪者だ」
「だが、奴はギガバトルナイザーやエメラル鉱石、アーマードダークネスなどの新しい力を見つけ出し、やがて我々だけの力では手に負えないような強大な悪になっていった」

 ここまでの道のりでゼロに聞いた通りだった。

 かつて、この星のウルトラ戦士の一人だったウルトラマンベリアルは、エンペラ星人の悪の力に惹かれ、プラズマスパークタワーを襲撃してエネルギーを奪取しようと謀った。しかし、それを阻止された彼は宇宙の牢獄に監禁され、ウルトラ族唯一の犯罪者として、この星の負の歴史となったのだ。

558永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:11:05 ID:yTeAA/4M0
 まるで、この善人ばかりの惑星の中で、ただ一人だけ、善も悪も持つ普通の人間が放り込まれてしまったような話である。──地球の人間である美希は、だからこそ、悪ばかりが肥大化し、強さに魅入られるようになったのかもしれないと思った。
 善と悪が両立されるのが普通の人間だが、周囲が奇妙なほど優等生ばかりになると、そんな不良生徒も出てくるわけだ。その次元が異なっていたというだけで、本質は変わらない。
 そんなベリアルは、その後、ギガバトルナイザーを手にして怪獣と協力し、この星でもまた「ベリアルの乱」なる物を起こしたという。それ以来、何度も蘇り、新たな力を得てウルトラマンゼロやウルトラ戦士たちの前に何度も立ちふさがる巨悪となっていったのだ。

「──今、奴が新たに手にしたのが、インフィニティのメモリだ」

 ウルトラ兄弟たちの説明に、ふと、美希は自分の知っている単語が出てきた為、我に返るようにして、話に食らいついた。

「もしかして……それって!!」
「ああ。君たちの世界をかつて管理しようとしたラビリンスの──」
「シフォン……!」

 インフィニティのメモリ──それは即ち、シフォンという赤子の妖精の事だった。
 世界を管理する為の道具として管理国家ラビリンスにより利用され、己の意思に反して協力させられていたのがシフォンだ。
 しかし、たとえ世界を闇に導くリスクのある存在だとしても、美希からすればシフォンは我が子も同然の仲間である。
 かつて、美希はそんなシフォンを世界の管理者メビウスの手から助け出したのだが、美希たちと同じくベリアルに捕らわれてしまったらしい。
 今、美希たちプリキュアたちのいる世界とベリアルの話が一本の線で繋がって来た。

「シフォンが、ベリアルの手に渡ったんですか……!?」
「ああ。あの戦いも、君たちの戦いを見る人間たちから溢れる膨大なFUKOと、君たちの持つ変身エネルギーを貯蓄し、全世界を自らの手で掌握する為に開かれたようだ」
「──そんな事の為に……っ!!」

 美希は湧き立つ怒りを抑えきれなかった。
 目的の為に、ラブや祈里やせつなを殺害し、挙句にシフォンまで利用するという──このベリアルの卑劣さ。その目的が、自らを満足させる為に全世界を手に入れる事だというのなら、余計に美希には許し難かった。
 まだ、統制によって平和を謀ろうとしたメビウスの方が理念はマシだと言える。

「ベリアルは何処にいるの……!?」

 美希は、今までよりも少し怒張の混じった声で言った。
 それを聞いたウルトラ戦士たちは、少しだけ押し黙った後、どこか無念そうに言葉を返した。

「ベリアルは、バトルロワイアルが行われたあの世界にいまだ閉じこもっているんだ」
「そこに介入できるのは、一度あの世界に行って耐性がある人間──つまり、君たち生還者だけだ」
「……私たちだけでも、そして、今は君だけでも、ベリアルのいる場所に向かう事はできないだろう」

 あのカイザーベリアルという強敵を倒す為に、力を持つ自分たちが美希に力添えする事が出来ないのが惜しいのだろう。
 しかし、美希もまた、ただの人間である以上、一人で異世界に向かう事など出来ない。
 異次元突破ができるウルトラ戦士は、耐性を持たない為にベリアルの元に行けず、耐性を持つ美希は、異次元を突破できないというわけだ。アカルンさえあれば話は別だが、それも今は杏子の手にある。

「──しかし、こうして集った以上、ただ一つだけ方法はある」

 ふと、ウルトラの父が口を開いた。
 方法を何となく悟っていたウルトラ戦士と、方法を思いつかないままだったウルトラ戦士とがいたようだが、そんな中で、彼は殆ど確信に近い方法を思案していたようだ。

「君とゼロと一時的に同化し、二人の力を合わせて次元の壁を突破するんだ」

 同化──それは即ち、ウルトラマンネクサスと同じ要領で、美希の身体がウルトラマンゼロに変身できるようになるという事だろうか。
 美希の中にも、かつて、同じようにウルトラマンがいた。
 しかし、杏子から受け継いだネクサスの光は、決して良い思い出ばかりを想起させる物ではない。むしろ、美希の中にあるのは不安ばかりだ。
 まるで強要されているような気がしたが、美希は何も返せなかった。

559永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:11:22 ID:yTeAA/4M0

「えっ……」
「そうかっ! 美希と同化すれば、俺もベリアルを倒しに行ける……!」
「もしかすると、あの赤い靴の少女はこの為に、美希ちゃんをこの世界に引き寄せたのかもしれません。ゼロをあの世界に呼んで、ノアを再臨させる為に!」
「なるほど……グッジョブだぜ! 赤い靴の少女!」

 どこか嬉しそうなゼロの一言だ。──ベリアルとの因縁が最も深いウルトラマンといえば、彼だからだろう。
 彼も、自分の手でベリアルを倒したいという想いは、人一倍強かった。何度とないベリアルとの戦いの果てで、未だ決着がついていないのを少しは歯がゆく思っている身だ。

「……メビウス、ゼロ。それは、彼女が頷いた場合のみだ」

 そんなゼロとは裏腹に、ウルトラ戦士たちは少し、沈んだムードであった。
 何せ、ゼロの手の上にいる美希の様子に、歴戦のウルトラ戦士たちは気づいていたからだ。
 まるで、その提案に乗り気ではないように、俯いて、拳を握って震えている美希の姿に──ゼロは、僅かばかり遅れて気が付いた。

「怖いのか、美希? 確かにベリアルは強敵だが──」
「違うっ……! そうじゃない!」

 心配そうなゼロの言葉を投げ返す美希。
 彼女の胸にあったのは、ベリアルという敵への恐怖などではなかった。──その為に戦う事には躊躇しない。 
 しかし、その手段として、“ウルトラマンと同化”する事が美希には怖かったのだ。

「あの時、ダークザギを復活させたのは、私の憎しみだった……! ウルトラマンの光を奪われてしまえば、その時またどんな事が起こるか──」

 そう、ダークザギを復活させたのは、美希自身が最後に見せた憎しみであった。
 石堀光彦が桃園ラブを殺害した時、遂に美希の中で、愛や希望よりも憎しみや絶望が勝り、ウルトラの光を、敵を“殺す”為に使おうとしたのだ。周囲の静止の言葉さえ、あの時美希の耳を通さなかった。
 あれは、自分自身の心の闇への恐怖と言い換えてもいいかもしれない。
 ──また、ウルトラ戦士と融合する事で、今度はどんな悪を生みだすリスクがあるのか、美希にはわからず、それが恐ろしかった。
 ウルトラマンベリアルが悪に堕ちたのもまた、その時の美希と同じく、力と闇とが溶け合ってしまった結果であるという。だからこそ、ゼロと共にベリアルを倒しに行く事に抵抗が生まれる。
 ゼロやノアという勝利の鍵を得るには、美希は未熟な部分があったのかもしれない。

「……美希、嫌なら無理にとは言わないぜ。だけどな、ウルトラマンの力を恐れちゃ駄目だ!」

 しかし、そんな美希を、ゼロは叱咤するように言った。
 鼓膜を破りかねないような大声が、美希の耳に響く。思わず、美希はゼロを見上げた。妙な実感のこもった言葉であるように思えたのだ。

「……俺も昔は、ベリアルみたいに力を求めて、ベリアルと同じになる直前になった事があるんだ。その時は、親父やみんなが支えてくれた……だから今の俺がいる!」

 美希は、少し意外そうにゼロの顔を見つめていた。
 彼は話さなかったが──かつて、彼も力に惹かれ、ベリアルと同じように闇に魂を売ろうとした事があるらしい。長らく、罪を犯す者がいなかったウルトラ族であるが、彼はその二番目となろうとしていたのである。
 だからこそ、ベリアルには敵対心だけではなく、どこかで完全には憎み切れない共感がある。いわば、分かたれてしまった光と影だ。それが彼にベリアルへの執着を齎す。
 もしかすれば──彼の父・ウルトラセブンもまた、宇宙の犯罪者となる可能性がどこかにあったかもしれない。

「でも、もしまたあの時と同じように──私の中の憎しみが強くなれば、ゼロに迷惑をかけちゃう……」

 ダークザギの復活と同じように、またウルトラマンの光を奪われるような事があれば、こうして人格を持って一喜一憂するゼロもまた、ゼロではなくなってしまうかもしれない。
 彼の身体がベリアルに乗っ取られれば、それこそ脅威となる。──実際、かつてそんな事があったのだが。

「過去の失敗なんて恐れるなよ!」
「でも現に私のせいで沖さんたちが──」
「それでも……美希、お前にはちゃんと支えてくれる人がいて、守るべき物があるだろ! なら、もう一度、それを守る為に戦える! お前なら出来る……俺は、お前を信じる!」

560永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:11:44 ID:yTeAA/4M0

 ゼロの言葉は、美希の心を突いてきた。
 真っ直ぐに信じられたり、褒められたりして、嬉しくない人間はいない。──特に、自分自身が信じられない人間にとっては、だ。
 彼らのやり取りを見ていたウルトラセブンが、のそのそと彼らの元に歩きだした。他人事だとは思えなかったのだろう。

「蒼乃美希、それにゼロ……人は、時に過ちを犯す。だが、我々はそれも含めて、地球人を愛しているんだ。この星の人にだって、犯罪がなくとも過ちや後悔がないわけではない。──ベリアルの過ちを正せるのは、それをよく知る、若き君たちだけだ」

 ここに並ぶセブンも──これまで、決して人間の良い部分ばかり見てきたわけではない。
 だが、そんな彼は未だに地球人を信じ、愛している。あの美しい星の人々に、再び災禍が訪れないよう、何度でも命を削る覚悟がセブンには──あるいは、地球人、モロボシ・ダンにはあるのだ。
 だからこそ、蒼乃美希という地球人を信じ、託そうという気持ちはここに居る誰よりも負けないつもりであった。
 勿論、ウルトラマン──ハヤタも、ウルトラマンジャック──郷秀樹も、ウルトラマンエース──北斗星司も、ウルトラマンメビウス──ヒビノ・ミライも、東光太郎や礼堂ヒカルと共に戦ったウルトラマンタロウも、ゾフィーも父も母も同じ想いを胸に抱いている。
 彼らは、セブンの言葉にただ頷いた。

「本当に、良いの……?」
「ああ、大丈夫だ。──お前の目は、もう未来を見つめている。だから、安心しろ!」

 美希を、何故かその時、言い知れぬ恐怖感が襲った。
 ゼロの言葉のどこかが、彼女の胸を締め付けたのだ。──それは、ほとんど反射的な感覚だった。胸から上で呼吸が乱れ、動悸が激しくなり、途端に吐き気も少し湧き出た。
 しかし、それを抑え、──必死で飲み込み、服の胸元を握り、美希は頷いた。

「……わかったわ、ゼロ。──合体しましょう!」
「おう、望むところだ!」

 ゼロが、美希を持たない方の拳を強く握った。
 彼は、美希がいま何かを感じた事など知る由もなかった。美希自身も、今は原因がわからず、すぐにそんな事は忘れかける。

「……っつっても、今まで、合体するのは男ばっかりだったから、緊張すると言うか何というか……」

 またしても頭を掻くゼロ。──何にせよ、女性型地球人と一体化するのは少々恥ずかしい気持ちがあるのだろう。
 彼の父たるセブンも少し咳払いをして、タロウやメビウスは少し顔を赤らめている。
 変な意味ではないのだが、やはりこうして他の同種の目があるところで、ウルトラ戦士が地球人と合体するのは恥ずかしくもあったのだろう。
 こうして改まると、美希の方も急にゼロを心に宿すのが恥ずかしくなってくる。

「照れる事はないぞ、ゼロ」

 そんな中、ウルトラマンエースが妙に実感のこもった言葉で言う。
 彼には何やら経験があるようだった。──というか、彼に限っては全く恥じる気持ちは全くなさそうにさえ感じる。

 と、その時だった。
 プラズマスパークタワーに向かって、二人のウルトラマンが飛んでくるのが見えた。
 片方は、背中にあの奇獣ガンQを背負ってきている。ウルトラ戦士たちは、一斉に彼らの方に目をやる。

「──おーい、タロウ! 頼まれてたギンガスパーク、持ってきたぜ!」
「ギンガ……それにビクトリー。来てくれたのか!」

 何やら、そのウルトラ戦士たちはウルトラマンタロウと旧知の仲らしかった。
 タロウが地球に向けてウルトラサインを発し、ウルトラマンギンガとウルトラマンビクトリーという二人の戦士を呼び出したのだ。それは、スパークドールズと化したウルトラマンノアを再臨させる為の道具を手元に確保しておく為である。
 美希という手段はその時はまだなかったのだが、何らかの方法で向こうの世界への耐性がついたり、迎える条件がついた時の為にそれを手にしておこうと思っていたのだ。

「……ああ、後はこいつがあれば、スパークドールズになったウルトラマンノアをまた復活させる事ができるんだろ」
「こいつが持ち逃げしていたせいで、少し遅れたがな……」

561永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:12:30 ID:yTeAA/4M0

 ビクトリーが背負っているガンQはすっかり伸びている。
 彼は、逃走中にギンガスパークという重要なアイテムを奪っていたらしいが、とにかくガンQの問題もこれで片付いたわけだ。
 すぐ後に、青いウルトラマン──ウルトラマンヒカリがやって来る。

「──メビウス。この星には、どうやら地球人が他にいる様子はない」
「つまり、赤い靴の少女に連れて来られたのは、美希ちゃんだけっていう事か」

 他の生還者がどこにいるのかわからず、美希は少し不安になった。
 杏子、つぼみ、翔太郎、良牙、零、暁、ドウコク、レイジングハート……。
 だが、彼らもきっと無事でやっているだろう。──今は、ただ、そう信じた。

「とにかく、これで、ひとまずは、条件は揃ったわけだ。──だが」

 タロウは、ギンガスパークを美希の手に託しながら、言った。

「美希、ゼロ……二人に言っておくが、あの世界の宇宙もここと同じように広大だ。スパークドールズを見つけ出すのは本当に困難かもしれない。それでも行くのか?」

 それは、最後の忠告だった。既に覚悟のある二人にも、一応この先の険しさを実感しているか確認しておきたかったのだろう。
 だが、そんな保険は結局のところ、不要な物だったらしい。
 ゼロと美希が口を開く。

「あの途方もない宇宙を見つけ出さなきゃならないってか……? やれやれ、本当に──俺を燃えさせるのが得意な奴だぜ! ベリアルの野郎はよぉっ!!」
「私たちは、希望を諦めませんから……!!」

 熱血漢のゼロと、希望の美希だ。──それぞれの胸には、孤門一輝の「諦めるな!」という言葉が刻み込まれている。ゼロは、あるアナザースペースを旅した時も、そんな言葉を何度も口にする少年と出会った事があった。
 ゆえに、可能性があるならば、それを無碍にする事はしない性格であった。
 そして、ウルトラマンノアという小さな希望──それは、決してベリアルを倒す為だけではない。

(孤門さんを、今度は私が探し出す──!!)

 かつて、レーテの深い闇の海の中から救い出された時の孤門が同じ事をしたのだから、美希も同じ事を返すつもりなのであった。
 ノアの中に封じられている孤門一輝という人間も解放する為に──美希は、ゼロに向き直した。

「行きましょう、ウルトラマンゼロ!!」

 ゼロが、おもむろに頷いた。

 すると、ウルトラの母が、左腕の青いブレスレットのエネルギーを右腕に宿し、美希とゼロに向けてその光線を放った。
 マザー光線。──それは、傷ついた戦士を治癒する聖母の力だった。二人の身体から、今日までの疲れと傷が拭われていく。
 二人は、母の愛に礼をした。

 やがて、二人はウルトラマンゼロとして融合し、このウルトラの星を離れ、ベリアルの元に向かう事になった。







 ────あのウルトラの星を離れ、どこまでも深く真っ暗な宇宙を、ウルトラマンゼロは飛んでいた。

 ゼロになっても美希の人格は消えておらず、飛びながらいつものように会話する事ができる。まるで、あの戦いの中で出会った仮面ライダーダブル──左翔太郎とフィリップのようであった。
 ただ、今はあくまで戦闘慣れしているゼロの人格を主体とする形になっている。言ってみれば、この場合、美希が「フィリップ」と同じ役割なわけだ。

『ゼロ……一つだけ訊いていい?』
「何だ、美希」

562永遠のともだち ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:12:46 ID:yTeAA/4M0

 自らの意思ではゼロの身体を動かせないため、少しばかり退屈だったが、美希はゼロに語りかけようとしてみた。実際、考え事まではゼロには知られず、語りかけようとした時だけゼロに言葉が届くようになっているらしい。
 お陰で、少し考え事をさせてもらっていた。──そして、ある結論が出たのだ。

『ゼロは、私の目は未来を見つめている……そう言ったけど、それってとても怖い事だとあの時、思ったわ』

 未来を見つめる──そんな言葉を聞いた時、自分の胸が苦しくなったのを、美希は思い出していた。あの時は、奇妙な恐怖さえ抱いたのだ。
 その理由は、時間を重ねて考える内に何となくわかり始めていた。

『ラブやブッキーやせつなを忘れて、彼女たちがいないこれからの人生を一人で生きていく事だと思ってたから……』

 そう、未来を見つめるという事は、過去を遠ざけて生きていくという事だった。
 既になくしてしまった物は戻らない。時間はどうあっても未来に向けて収束してしまう。──だが、それが美希には嫌だった。
 桃園ラブも、山吹祈里も、東せつなももうこの世にはいない。だからこそ、自分が未来を見つめていると聞いた時、彼女たちの存在を裏切ってしまったようで、胸が締め付けられたのだ。
 天道あかねも、きっとそうして早乙女乱馬を忘れたくなかったからこそ、闇に堕ちる道を選んだのだろう。──いや、きっと、そうして美しい過去の為に全てを犠牲にして必死に生きた人間は、彼女だけではなかっただろう。

『──でも、違うわよね? 彼女たちを自分の一部にして、それで、彼女たちの死を自然に受け入れて、自分の罪も忘れずに生きていく事が……あなたの言う、私が見ている未来なのよね?』
「ああ、わかってるじゃねえか……」

 彼女たちの死を背負い、その想いをまだ胸に秘め続け、四つの葉を持つクローバーとして、美希たちの未来を切り開いていく事──それこそが、これからの美希の運命になる。過去の全てを受け入れながら、前に生きていけるか? ──それがゼロの言う未来だった。
 それを飲み込んだ美希を見て、ゼロは、ただ一言、告げた。

「あいつらは、お前の永遠のともだちだ……!」

 その一言を聞いた時、美希の心にあったしこりが消えていく感じがした。
 妙な安心感を抱いて、それからすぐに、心の中で笑顔を作った。戦いの前とは思えないほど、緊張とは無縁な安らかな気持ちが美希の芯に湧きあがってくる。
 一言だけ、ゼロに礼を言う。

『ありがとう、安心した……』

 そんな時、ふと、ゼロの視界で前方を埋め尽くす大量の怪獣の陰が表れ始めた。
 宇宙竜ナース、火山怪鳥バードン、始祖怪鳥テロチルス──ゼロには見覚えのある敵も何体かいる。

「……おっと、話してる間に、俺たちを邪魔しようとする奴らが来たようだぜ! 美希! ベリアルと戦う前の小手調べだ……」
『……そうね。ゼロとの相性も今のままじゃわからないし……試してみる?』

 ゼロは、唇を親指でなぞるようなしぐさを見せた後──すぐに美希の問いに返した。

「フッ、知れた事だぜ。俺たちの邪魔をしようなんざ、2万年早いぜ! ベリアル帝国!」

 美希も心の中で頷いた。
 目の前の百を超える怪獣軍団を倒し尽くせば、その後でベリアルの世界に向かえる。
 そして、ノアを──孤門を助け出すのだ。



『そうね……行くわよ、ゼロ! 完璧に倒してあげましょう!』




【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! GAME Re;START】
【Andウルトラマンゼロ@ウルトラシリーズ GAME START】

563 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 01:13:12 ID:yTeAA/4M0
以上、投下終了です。

564 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 04:20:51 ID:yTeAA/4M0
短いですが、血祭ドウコクも投下します。

565帰ってきた外道衆 特別幕 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 04:21:30 ID:yTeAA/4M0














「ベリアルを倒しに行けだと? 断る」












【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー GAME GIVE UP】







 血祭ドウコクは、六門船の中で、暫しの殺し合いの疲れを癒していた。
 あの場の変身ロワイアルだけの話ではなく、このところ、人間界に出るなり、野心深いかつての家臣に命を狙われたり、財団Xなる連中の襲撃に遭ったりと、はっきり言って、ろくな事がない状態だ。──なんでも、第二ラウンドとかいう物が始まっているせいらしい。
 まあ、結局のところ、ドウコクに敵う相手は殆どおらず、その殆どが返り討ちに遭ってしまったわけで、殆どの再生外道衆はドウコクに反旗を翻した事でドウコクに殺されたり、そうでなければ今シンケンジャーの残り四人と戦っていたりという形になっている。
 過去の死亡経験によって蘇ったとはいえ、元々は志葉丈瑠や池波流ノ介や梅盛源太が単独で倒したわけではなく、シンケンジャーが揃って倒した相手が多い為か、全力を出し切れる程でもなかったし、二の目も失われている。
 あの第二ラウンドも、志葉丈瑠たちの死による死者蘇生もドウコクたちにとっては一日余りで片付いてしまうルールでしかなかった。

 当面の問題といえば、折角集めた三途の川の水もベリアルによって奪われてしまい、生活最低限の水かさしかない事だろうか。ベリアル帝国にとっても、外道衆は敵に回すよりも飼いならす方が良い相手だったらしく、本当に、永久的に“増えもせず、減りもしない”水かさを保って存在するように制限されていた。
 ──まあ、結局、ドウコク自身は既に人間界にどれだけいても平気な体質ではあるのだが、ここで共にのんびりとしている骨のシタリのような相手と向こうでも盃を交わす為にも、やはり嘆きの水は必要だ。
 充分な水量を欲して、再度、人間界で人を襲ってみるが、やはり三途の川の量は一定にしかならず、ベリアル帝国を名乗る連中には、人間と外道の間で「住み分け」をするよう忠告されている。
 あの殺し合いの目的は、なんでも、こうしてドウコクたちがいない間に三途の川の水や嘆きを集め、世界を侵略する事だったらしい。

 ──全く、ふざけている。
 人が折角集めた物を。
 だから、ドウコクはここに帰ってしばらく機嫌が悪かった。

「いいのかい? こんな形であいつらとの腐れ縁を断ち切っちゃってサ……」

 骨のシタリが、ドウコクに訊く。
 老齢の小さな外道衆の彼は、いわばドウコクの悪友に近い存在だ。青臭い縁ではなく、単に利害が一致し、お互いを裏切らない一定の信頼を抱きあうという、持ちつ持たれつの関係というところだろう。

566帰ってきた外道衆 特別幕 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 04:21:50 ID:yTeAA/4M0

 先ほど、人間界で戦っていた真っ最中に、死に損ないの左翔太郎たちが空を飛ぶ奇妙な船に乗り、ドウコクをベリアルとの戦いにスカウトしようとしたわけだが、結局、彼らの勧誘はドウコクの「断る」の一言で徒労に終わった。
 何でも、ドウコクのような生還者でなければ倒す事が出来ないらしいが、彼も神風特攻隊の数合わせに志願するつもりはない。──まあ、わざわざここから出向いてやる必要はないと思っていた。
 それよか、ここでしばらく自由に酒を味わい、シタリと会話でも交わしていた方が良い。

「あの銀ピカに言われてたじゃないかい。あんな程度の相手に勝てないようじゃ、シンケンジャーどもにも勝てないって。……まあ、あいつもそんな事言いながら死んじゃったけどネェ」
「──シタリ。俺が潰すのは、目の前に立ちはだかる障害だけだ。俺がこうして脱出した以上、“奴ら”とはお互い、しばらく障らねえのが上手な生き方じゃねえのか」
「まっ、そうだよねェ。あいつらが異常なんだ。……てっきり、アタシゃ、アンタも少しは連中に感化されちまったのかと思ったよ」
「俺が? ……馬鹿言うんじゃねえよ」

 ドウコクたち外道に感情などあるはずもない。いわば欲望の隙間の産物であるドウコクには、人間に感化される余地などどこにもないのだ。最初からそういう構造なのである。
 ただ、沖一也の言葉はあの時、確かに真に近かった。石堀光彦を倒さなければ脱出への道は遠ざかるだろうし、主催者を倒さなければならないと思ったのだ。だから、彼の言葉に考えを改め、彼の思索に乗った。
 結果的に、一応脱出は叶ったので、結果オーライであるといえよう。
 しかし、今は、わざわざドウコクが出向いて殺し合いに参戦する意味はない気がした。
 ドウコクは、酒を一杯ばかり喉に通した。

「ただ……“奴ら”の考えてる事は俺にも少し気になるな……一体、この後は何をするつもりでいやがるんだ?」
「アタシには理解する気にもなれないよ。揃いも揃って、ベリアルを潰そうなんて無茶な事言ってくれてネェ……お互い潰し合ってくれれば御の字だけどサ」
「“奴ら”、死ぬぜ」
「そうだろうネェ……。若い女の子まで戦に志願して、無茶な特攻する時代だよ。人間ってのはバカげてるね」

 シタリはあきれ顔で溜息をついた。
 全く、花咲つぼみや高町ヴィヴィオのように年端もいかない少女までもがベリアルを討伐しに行こうとしている現実が信じられなかった。──シンケンジャーにも何人か女はいたが、どうして人間はああも命を捨てたがるのだろう。
 変な洗脳でもされたのだろうか。
 まあ、そんなのはシタリの知った事ではないが、彼らの常識からすれば、あんな行動は爆弾を背負って歩く真似を繰り返しているようにしか思えなかった。
 ドウコクは、シタリの方をじっと見て、酒をもう少し啜って、言った。

「──いや、俺が言う“奴ら”ってのは、ベリアルたちの方だ」
「何だって?」

 思わず、シタリも驚き、強い語調でドウコクに訊き返す。世間話でもする軽い気持ちでドウコクと話していたシタリのペースが変わった。

「何言ってんだい、死ぬのはあの人間どもの方さ。いくら力があったって、あのデカい奴に全然勝てそうもないよ」

 そんなドウコクは、憮然とした態度のまま、答えた。

「見てりゃわかる」
「そんなもんかね?」
「お前が言う“奴ら”の方は、ベリアルを倒して、必ずまた俺に会いに来るだろう。──まあ、何人かは屍になるかもしれねえが、何人かは残って、此処に来るように言っておいた」
「どうしちゃったのサ? あの形勢で奴らを信じるなんてのは、アンタらしくないよ!」
「……かもな」

 シタリは首を傾げる。──やはり、それは、ドウコクらしからぬ物言いだ。
 シタリの目から見ても、あの画面に映った巨大な怪物にあの生存者連中が勝てるとは思えない。折角繋いだ命をまた捨てに行くような物だ。
 ドウコクがここに残っているのも、そんな惜しい真似をしない為だと思っていた。

「だが、あの殺し合いに巻き込まれて、人間どもと俺たちとの決定的な違いってのが一つだけわかった。……奴らの“情”ってやつは、時に奴らが持ってる異常な潜在能力を引きだす」
「──なあ、あんたも、ちょっとアクマロに似てきたんじゃないかい。そうして人間の情に付け込もうとしたあいつは、十臓に斬られたじゃないか」
「……十臓は人間の中でも特殊だ。奴は選ぶべき人間を見誤ったに違えねえ」

567帰ってきた外道衆 特別幕 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 04:22:17 ID:yTeAA/4M0
「……つまり、何かい? あんたは、あの連中を信じてるってのかい?」
「信じるんじゃねえ。奴らが勝つ──そういう事実を言ったまでだ」

 ドウコクの言葉は渇いていた。その否定には感情がほとんど籠っていない。
 彼は本当に、確信めいた結論として、ガイアセイバーズの勝利を信じているわけだ。
 その面子の中には、佐倉杏子や左翔太郎のように憎んで然るべき相手までいるというのに、どうしてこう彼らの肩を持つような意見が言えたのだろう。

「アンタがそう言うんならそうかもしれないけどサ。今度ばかりは、アタシも半信半疑だよ」
「信じろなんて頼んでねえからな」

 ドウコクも、別段、シタリに自分の予想を信じろとは言わなかった。
 少し前ならば、ドウコク自身もこんな言葉を信じる事はないだろう。
 だが、現実に、彼らはここまで、殆どの脅威を打ち破っている。
 犠牲も生みながら──それでも、着実に。

「……だが、それでも、何故奴らが、自分が死ぬかもしれねえのに、俺やベリアルに立ち向かおうと考えるのかはわからねえ」
「なあ、アンタがそう言うならさ、アンタ自身が訊けばいいじゃないか。……あいつらは、ベリアルに勝って来るんだろう?」
「ああ。必ずな」

 少なくとも、この管理によってこの世界は延命されている。
 ベリアルの管理がなくなれば、今度は外道衆が現れ、それがこの世界を侵攻するわけだ。
 それも、現状ではシンケンジャーの数が足りない。
 まだこの世界に存在しているシンケンジャーは、志葉薫、谷千明、花織ことは、白石茉子の四名のみ。この四人だけでは、この世界の滅亡はほぼ確定的だと言えるだろう。

 それに、ドウコク自身が訊きたい事があった為、翔太郎たちには、後々この世界に来るよう招いている。
 ──彼らは、その招待を受け、一体、どう思ったのだろう。

「だからこそ俺はここで騒ぎもせず待ってるんだ。……シンケンジャーとも、しばらくは顔を合わせる事はねえだろう」

 ドウコクは、だからこうして此処で坐して待つのだ。
 そんなドウコクの後ろには、外道シンケンレッドの影があった。彼も、ドウコクの真後ろで、胡坐を掻いて座っている。長年の殿様癖が染みついているのだろうか。
 到底、一人の家臣とは思えない態度で、しかも、六門船に平然と居ついている。

「……いや、そんな事言ったってアンタ。後ろに座ってるソイツはシンケンジャーじゃないのかい」
「あれは空っぽの抜け殻みてえなもんだろ」
「そうかい。でも、本当、とんでもないお土産を持って帰って来てくれたよ。まさかシンケンジャーが外道に堕ちて来るとはね。本当の志葉丈瑠は死んじまったから、本当に抜け殻だけって感じだけども」
「だが、蝉の抜け殻とはわけが違う。奴は動く。だから使える。……たとえば、ここにまたうるせえ蠅が来た時とかにもな」

 ドウコクのその言葉には、やや含みが感じられた。
 彼は、まだ自分に仇なす何かが現れる事を確信している。
 それは、おそらく──ガイアセイバーズやシンケンジャーといった類ではない。
 だが、それならば、まだドウコクに立てつく者が現れるというのだろうか。それはシタリには少々信じがたい話であった。

「──アンタも怖い事言うネェ、ドウコク。もうアンタの怖さは知れ渡ったから、これ以上、アンタを狙う命知らずはいないよ」
「どうだかな。……まあ、シタリ、おめえだけは裏切らねえだろうが」
「そりゃあ、アタシだって命は惜しいからネェ」

 何があっても生きようとするというのがシタリの性格だ。
 それこそ、トカゲが尻尾を切るようにドウコクに助け船を出さない選択を取る事はあるかもしれないが、勝率が高い方に着くという意味で、彼は常にドウコクを裏切らない。
 そして、仮にシンケンジャーたちの勝率が高いとしても、彼らとの共存は生存条件に合わない為、外道衆で絶対の長になるドウコクにしかつかないのがシタリだ。
 余程野望がない限り、外道衆の多くは同じ判断を下すだろう。

「来るのは、シンケンジャーやあいつらみたいな命知らずと、俺の力をまだ見誤っているバカな奴って事だ」

 ドウコクが脇目を振った。
 六門船の障子紙の向こうで何かが動いたような気がしたが──気のせいだろうか。

568帰ってきた外道衆 特別幕 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 04:23:07 ID:yTeAA/4M0
 ドウコクは相変わらず、ただ憮然と其処で構えていた。
 ──彼は、確かに、其処で「待って」いるのだろう。







 六門船から降りる一人の影があった。
 ──それは、脂目マンプクの部下・アゼミドロだ。マンプクに忠誠を誓うアゼミドロは、こうしてマンプクの野望にもついてきたのである。
 そして、六門船から遥か遠く、マンプクの隠れ家に足を運んだ。所謂、密使の役割を引き受けてそれをこなしてきたのである。

「……どうやら、ドウコクは後から仕留めた方が良さそうでござるな」

 アゼミドロの報告を聞き、マンプクは結論づけた。
 あの殺し合いの主催者側の一人として生き残り、こうして自らが元いる世界に帰って来た彼は、同じく生還してしまった血祭ドウコクとの再会を極力避けるようにしていた。
 何もドウコクを恐れているというわけではない。
 それというのも、今真っ向勝負で勝てる確率は五分五分と考えている所であるが、せめて九分まで自分が優勢になる状況が欲しかったのだろう。

(仮に勝てたとしても、ドウコクにはまだ二の目がある……つまり、拙者も二の目が必要となる可能性があるという事)

 彼もまた、上手にドウコクを仕留めようと張っていた外道衆であったが、しばらくは様子を見る事にした。どうやら、ドウコクはアゼミドロには気づいているようだが、今は六門船の中で酒を飲み交わしている最中という事で見逃しているらしい。
 今は骨休めという事だろう。
 六門船に下れば、マンプクの安全はしばらく保障されるかもしれないが、彼が今欲しているのはそんな事ではない。

 ──もっと、確実に、ドウコクを仕留められる状況である。
 野望は尽きていない。クサレ外道衆が外道衆を乗っ取り、脂目マンプクが完全なる外道衆総大将となるだろう。

(ドウコクは奴らの勝利を信じているようだが……そんな事はありえない。シンケンジャーとの戦いで傷ついた所を狙うのが吉か)

 何にせよ、いずれ、彼はあの殺し合いの生還者の敗北を知り、結局、人間界に出て暴れまわるだろう。そこでシンケンジャーと否が応でも戦う事になる。
 ねらい目はその時だ。──それを狙い、マンプクは待つ。
 クサレ外道衆だけではなく、ドウコクさえも家臣として平伏す未来を。



(ゆくゆくは、クサレ外道に栄光の美酒を……!)



【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー 此処で待つ】

569 ◆gry038wOvE:2015/08/09(日) 04:27:12 ID:yTeAA/4M0
以上、こっちも投下終了です。
というわけで、変身ロワの話数も、お蔭様で残りわずかとなってきました。
あと二作ほど投下したら、次はいよいよ最終決戦となるかと思います。
応援よろしくお願い致しします。

ちなみに、このロワの参戦作品の一つである「ハートキャッチプリキュア!」が9月に件の講談社キャラクター文庫からノベライズ版を出すようです。
そっちもよろしくお願いします。

570名無しさん:2015/08/09(日) 22:46:08 ID:FCk8bWso0
2作投下乙です!

美希は別ルートに、ドウコクは参戦すら辞退してどっちもアースラには合流ならずか
美希とゼロは戦いのカギになるだろう孤門を見つけられるのか
ドウコクは…まあ可能性として確かにありえたけど、まさか決戦辞退とはな
でもなんだかんだでガイアセイバーズの勝利を信じて戻ってくるの待ってるのがなんかかっこいい

それぞれが戦いに向けて動き出して、さてこれからどうなることやら…楽しみです

571 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:53:24 ID:yQqdBdkE0
投下します。

572 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:55:20 ID:yQqdBdkE0



 ────変身ロワイアル地下施設。



 加頭順がいたのは、そのうち、高さ四メートルほどの長方形の実験室だった。“悪の組織の暗躍”や“宇宙人の来訪”がなかった世界の地球人類が得るには、あと百年待たねばならない高性能な装置やテクノロジーがまるで散らかされるようにその一室に集められている。
 部屋の中央には、水槽のような透明な入れ物が部屋の形と同じ向きに配置されていた。入れ物の中には、透き通るような綺麗な緑色の培養液がたっぷりと注がれており、見れば、人肌や頭蓋のらしき物が浮かんでいた。

「冴子さん……」

 園咲冴子の肉体の再構成作業は加頭順ただひとりの手でも進んでいた。
 培養液に浸かった冴子の艶めかしい裸体は、四肢と髪を除いてほぼ再生しつつある。──液体の中で揺られる彼女の姿に、生前の面影が戻ってくる度、加頭はただ時間が過ぎゆくのが楽しみになっていた。
 現段階ではまだ完全な人間の姿には見えず、ばらばらの亡骸を眺めているのと大差ないが、先ほど見た時と比べても、再生は着々と進んでいる。
 ここまで状態が酷くなってしまったのは、やはり、冴子の肉体がバラゴにホラー化させられ、タイガーロイドによって完全に破壊されてしまった事が原因だ。──これにより遺体の断片を回収するのには必要以上の時間を要したし、肉親である来人の遺体が残っていなければ時間が更にかかっただろう。
 しかも、冴子の蘇生は、組織と一切関係ない加頭個人の野望であるがゆえ、その為の作業全てを加頭が一人で執り行わなければならなかった。助手がいないのは手間をかける。
 せめて側近の田端などが生きていればもう少し捗っただろうが、そちらも美国織莉子や吉良沢優などの裏切り者一派に殺されてしまった。──やはり、彼の死は加頭にとっても痛手であったといえよう。

 とはいえ、カイザーベリアルから授かった肉体再生技術は確かな物であった。──ベリアルが、BADANなどの諸組織の技術を拝借したお陰でもあり、元々財団Xが有していた『NEVER』の技術の応用が効いたのは助かった。
 現実に、園咲霧彦やゴ・ガドル・バなどは、死者でありながらベリアルの有する技術によって『NEVER』以外の形で再生されていたし、元の世界でも続々と死者が蘇生する想定外の出来事も起きている。

 まあ、結論から言えば、人間を蘇生する事は、複数世界のテクノロジーや法則、魔術などを利用すれば、充分“可能”な事なのだ。
 時間をかければ、この殺し合いで死んだ全員を甦らせる事だって、何ら問題はない──。
 勿論、たとえ殺されるとしても他の参加者にそんな事をしてやる義理はないし、加頭にとっても、冴子が唯一の例外だっただけだ。

 加頭は、あらかじめ、これからここを再び建て直し、ベリアルの管理が行き届かないこの世界で、冴子と共に住まわせてもらおうとベリアルに懇願していた。
 ベリアルもまた、加頭の願いと本心は理解しているのだろう。たかだか二人程度、自分の支配する世界から外れたところで、別に不満足はしない。──そのくらいの度量は彼にもあるし、要となる主催陣営の人間には褒美も滞りなく用意されている。
 そもそも、この場において、『変身ロワイアル』の企画進行を行った加頭に見返りを授けるのは当然であった。
 あくまで、加頭などの主催幹部の特別扱いが悟られないよう、それを他の仲間たちにはひた隠しにしているだけであり、主催者側の願いもベリアルは叶えられる限りは叶えてやるつもりだ。



 しかし──。
 そうして着々と加頭の理想郷を構築する準備が整いつつある中で、外の世界では、加頭にとって、想定外の問題が起こり始めていた。
 外の世界に逃がし、財団Xのキイマ以下に殺害するよう連絡していたはずの生還者たちが、いまだ一人も仕留められる事なく、こちらに向かっているという件だ。──敵を甘く見たつもりはないが、彼らはそれぞれのやり方で第二ラウンドを突破し、この加頭の世界に侵入しようとしているのである。
 これは、大きな失敗だった。正常に殺し合いが進んでいればこうはならなかったのだろうが、やはり初の試みだった事もあってか、主催の思惑通りには話が進まず、結局は外の世界に逃がし、更なる突貫工事として第二ラウンドを行う事になったが──それも、無駄であったのだ。

「おのれ……」

573 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:56:36 ID:yQqdBdkE0

 この殺し合いの島を開拓し、冴子とただ二人で管理を逃れる夢を──彼ら死にぞこない連中が邪魔しようとする。
 加頭は映像を見て、遂に蒼乃美希と血祭ドウコク以外の全生存者が、時空移動船に回収されたと知る事になった。あるべき世界に留まっていればいいものを、わざわざここに戻ってくるのだ。
 折角、元の世界で死ねる幸福を提供してやったつもりが、奴らはそれを拒んだ。──何故、彼らが揃いも揃って、こんな決断をするのかわからない。

 ──今は、涼邑零が時空移動船に回収された段階だ。あのガルムとコダマも参加者の殺害に失敗したらしい。時間軸の修復や未来の魔戒騎士の参戦など、かなり想定外の出来事が起きたのだ。

「──奴ら、この期に及んで……またこの場所に戻って来る気かッ!!」

 加頭は、モニター越しにその事実を知り、手元の装置を強く殴った。
 その時点では、頑丈なモニター装置には異常がなかったのだが、そこから伝ったコードが突如、音を立てて断裂する。──クオークスとしての彼の超能力が無意識に発動してしまい、そこまで伝播していったのだろう。
 幾つかの映像がぷつりと途切れ、少しばかり肩で息をした加頭は、冷静になって暗いモニターに背を向けた。
 再び、この問題の原因は一体何であったのか考える。

 ドブライ。
 コダマ。
 ガルム。

 主催本部の幹部級が殺害され、キイマ、レム・カンナギ、カタルといった第二ラウンドの主用メンバーも全員死亡した。キイマはカンナギの裏切りによる物であるが、彼のように身に余るような野望を持つ者が冷静に行動しなかった場合の弊害の大きさには打ちひしがれる。
 エターナルの力を身に着けた良牙などには、財団Xの中でも手練れのメンバーに強力な装備を与えて派遣したつもりであったが、その超銀河王やサドンダスも、良牙やムースにあっさりと敗れてしまった。
 ──彼らの野望と間抜けさが足を引っ張ったわけだ。

 あの理解不能な野望が、この細やかな理想郷さえ邪魔をする──。
 彼らがあれほどまで敵を甘く見てかかるとは思いもしなかっただろう。
 ベリアルに授かった未来のコアメダルやコズミックエナジーの力、そしてギンガオードライバーを良牙対策の為に彼らに託したのは全て無駄だったわけだ。

「寄せ集めは……私たちも、同じか……」

 しかし、怒ったところで死者に対しては何もできず、悔やんだところでどうもなりはしなかった。
 血祭ドウコクがガイアセイバーズに対して、「寄せ集め」と言っていたが、この主催本部も同様に寄せ集めでしかなかったのだ。──これが、第二ラウンドというゲームの敗因だろう。
 かつての仲間との連携の失態に苛立ちながら、加頭はモニター室を後にした。

(それならば。私とベリアル様だけの力でこの理想郷を守るのみ……)

 彼の中には、既に他人を頼りにする組織人としての心はなかった。
 ただの一個人として──信頼すべきはカイザーベリアルと己だけだ。そして、時がくれば、ベリアルはこの島を去り、加頭は冴子と二人だけのこの島を獲得できる。

(待っていてください、冴子さん……)

 冴子が目覚めを待つ実験室の前を通りがかった時──彼の決意は一層強くなった。







 加頭は、地下施設に存在するワープ機能を使い、地上に出た。
 やはりというか、少し空気に味があった。暫く地下に閉じこもり続けたせいで全く気づかなかったが、外は夜だった。冷えた空気と星空が目に入る。
 それを美しいと思う気持ちは、勿論、彼にはない。──既に、人間らしい感情など殆ど欠落しているのだから。
 彼の中にある感情といえば、それは冴子への──歪んだ、てごたえのない愛だけだ。

574 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:56:56 ID:yQqdBdkE0

 この場には既にカイザーベリアルと加頭順の二名しか残っておらず、後は園咲冴子の再誕の瞬間に、それぞれが道を分かつ予定だ。
 ──カイザーベリアルは、今はまだ、ここに残っている。

「陛下!」

 加頭が見上げると、そこにはカイザーベリアルの巨体が映った。彼のこの鋭い目つきに威圧感を覚えないのは、“死”の恐怖と“感情”なきNEVERである加頭くらいの物だろう。
 しかし、それでも加頭はわざわざ命を捨てる性格でもない為、ベリアルに対して明確な反抗を取るつもりはなかった。
 ──いや、捨てたくないのは“命”よりも、“目的”の方だろうか。
 冴子を得ようとする気持ちは未だ変わらない。もしかすると、加頭は常に、命そのものよりも、生の中で偶然芽生える目的だけを追ってきた人間なのかもしれない。

「なんだ? ……“ユートピア”の加頭」

 現状、ベリアルの方が格上であるが、彼もまたベリアルの野望への協力を惜しまなかった加頭に対する感謝の念は、ベリアルにも少なからずあるらしく、用済みだからと加頭を殺したり、彼に非協力的な態度を取ったりするという事はなかった。
 冴子と加頭が敵にならない限りは、絶対にこの関係の両立は崩れないだろう。──ベリアルも、加頭を利用する為には協力を惜しまない。
 そもそも、ベリアルは、悪の権下でありながら、利用できる部下には一定の待遇や見返りを提供する性格ではあった。
 ──それは、ちょっとした反抗や失敗だけでも崩れる脆い関係であったのだが。

 ……とはいえ、こうして明確な上下関係がある以上、その協力を得るには、せめて頭を下げなければならない。
 日本で生きてきた組織の一員の加頭は、こうして目の前の格上に対して、頭を下げる事には躊躇はなかった。

「……遂に、蒼乃美希と血祭ドウコクを除く全員がアースラに乗船しました」
「そうか──」

 ベリアルがここに残り続けているのは、こうして未だ加頭の報告を聞く必要があるからだ。
 ここまでの活躍で、加頭が、絶対に裏切らず、目的の為には協力してくれる格下であるというのは理解しているが、こうして邪魔者となる参加者を全員脱出させ、外の世界で殺す作戦は見事なまでに失敗している。
 ある意味では、こうして残り続ける事も、加頭が本当に使える人間なのか見極める品定めの延長でもあるのかもしれない。
 勿論、ベリアルにも許しがたい結果が出た時、加頭も冴子もこの世からいなくなる。

「──しかし、蒼乃美希は消息不明。血祭ドウコクはこの場への出航を拒否しています。陛下の敵になるようなお相手はいないかと」
「ああ。確かに、俺様にはそんな奴らは敵じゃない」

 加頭はその言葉で、少し眉を動かした。
 そんな加頭の様子を知ってか知らずか、ベリアルは次の一句を告げる。

「──奴らに来られて問題なのは、お前の方じゃねえのか?」
「……」

 ベリアルは、鋭かった。
 ウルトラマンたちがこの世界に侵入できない現状では、当面の敵は、せいぜいウルトラマンノアとダークザギくらいの物だったが、ザギは破られ、ノアも封印した。そうなった以上、もはやデータ上、ここに来られる参加者にはベリアルの障害となるレベルの相手はいないし、来たところで返り討ちにできる。
 ただし、加頭と冴子くらいの実力の場合、そうは行かない。

「加頭。俺の前に現れたのは、ただ報告する為じゃねえな」
「……おっしゃる通りです」

 加頭は、今度は逆に、眉一つ動かす事がなかった。
 元々、それを頼みに来たのだ。──今のユートピアだけでは埋まらない実力差を、ゼロにする為に。
 悟られた以上は、卑屈な態度を取り続けなくても良いだろう。
 彼は、無表情なまま、地面に手をつき、這いつくばって、ベリアルに懇願する。

「──ユートピアは旧世代型のガイアメモリです。制限が解けた今、エターナルと対峙すれば勝機はない……! だから陛下、力を下さい……! 私に、冴子さんと私の二人だけの理想郷を守る力を……ッ!」

575 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:57:15 ID:yQqdBdkE0

 ──ユートピアはゴールドメモリとはいえ、T2以前のガイアメモリである。
 仮面ライダーエターナルに変身できる響良牙が「エターナルレクイエム」を発動した場合、彼のユートピアメモリも機能を停止してしまう事になる。──この世界の戦闘制限が解除されている現状では、加頭には生身で戦うリスクも生まれるわけだ。
 そもそも、エターナルレクイエムの有無に関わらず、かつては大道克己の変身した仮面ライダーエターナルには一度殺された経験もあった。
 仮にあのマキシマムドライブが発動してしまった場合、ドーパントへの変身能力もなしに彼らと張り合うのは不可能であろう。

「お願いします……必ず、陛下のお役に立ってみせます……ッ!!」

 ならば、もう、恥も外聞もない。
 ──今は、ベリアルにとっても、こうして加頭に力を与えた方が、手間が省けるであろう事は明らかであるし、加頭が懇願すれば、ユートピア以上の力を授けてくれるだろう。
 そこまで頭の中の算段がある上での言葉であるのは、ベリアルも理解しているはずだ。
 要するに、利害が一致し続ける限り、それぞれは裏切りもせずに互いに協力し合える事になる。──今もそうだった。これはあくまでポーズで、互いの目論見や性格は理解しあっている。なのにこれだけ滑稽な劇を見せているのは、どこかおかしくもあった。
 加頭は、少しばかり反応を待つ事になったが、すぐにベリアルはにやりと笑った。

「面白ぇ……。頭を上げろ」

 加頭は言われた通り、頭を上げた。額に土がこびりついているが、別段、彼が気にする事はなかった。もしこの場に誰か人がいれば、誠意のない土下座だというのが誰の目にも明らかだっただろう。
 ベリアルも、その先を告げた。

「そこまで言うなら、くれてやる」
「ありがとうございます……」
「ああ、立てよ」

 ベリアルは、加頭を切るほどの事ではないと判断したのだ。
 それは加頭の目論見通りだった。クオークス、NEVER、ドーパントの力に加えて、──こうして、ベリアル帝国の一員としての新たな力を得られるという事。それは未だ蘇らない冴子に代わり、一時的に加頭の心を満たすだろう。
 彼の中には、微塵も──それに対しての恐れはないし、それがベリアルにとって脅威となる事もない。
 敵を返り討ちに出来、ベリアルに逆らうには至らないほどの力が加頭の手に入れば、両者にとってそれは“得”だ。
 加頭は、立ち上がった。

「俺様の持つ、闇の力だ……少し我慢しなッ!!」

 ベリアルの右腕──その巨大な爪の先から、加頭の頭部に向けて、膨大などす黒い闇の力を雪崩れ込ませた。それは頭部を抜けてつま先まで、身体の芯を侵していく。
 かつてミラーナイトを操ったベリアルウィルスにも似ていたが、その中にはあらゆる怪獣や宇宙人たちの怨念を吸収しており、加頭に加頭としての自我を持たせたまま、力を与える事ができるのだ──ダークザギがやった事の応用である。

「──────ッッッ!!?!??」

 彼らの体長の差のお陰もあって、まさに加頭の全身を包み込む雪崩そのものとなった。飲み込むにはあまりに量が多すぎる──。
 しかし、加頭が頭から被っているその闇は、彼の身体を傷つけたり、痛みを与えたりする事はなかった。ベリアルが粗雑に加頭にぶつけた力の全てが、彼の中に吸収されていく。
 ただ、加頭の中では体の芯から崩れ、裏返るような奇妙な感覚があった。
 苦しいようで、心地よい、ただ不気味な反応。

「この力を授けてやるのは、お前だけだ……感謝してもらうぜッ!!」
「うっ……ウォォォォォォッッ!!!!!!!」

 加頭の頭の中に、それらの力の使い方が浮かび、それに対する感謝の念が湧きでた。
 冴子への愛は消えずそのまま、加頭のこれまでの生の経験や人格にも大きな不調を齎す事もなく──ただ、確かに、彼の中の何かを刺激しながら。
 それくらいの事は、加頭にとってはどうでも良かった。
 NEVERになった時点で、自分自身の人格などに対する執着もそこまで濃くはない。
 力が体の底から湧きあがってくる喜びが──彼の中に、実に久々に生まれてくる。
 加頭の目に笑みの形が形作られる。

「────久々の、感覚だッッ!!!! この喜び……この悲しみ……ッッ!!!!」

576 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:57:37 ID:yQqdBdkE0

 それは、長らく感情を顔に出せなかった彼が久々に見せた“表情”だった。
 しかし、だんだんと彼の中の意識がぼやけ始めた。強すぎる力を得たゆえに、肉体や精神が一時的に摩耗して、動かなくなっただろう。

 それから──加頭はしばらく、意識を失う事になった。
 再び、彼が地上を見た時、そこにベリアルの姿はなかったが、彼はにやりと笑った。







 ……また、しばらく時間が経った。


 もう灯りを付ける必要がなくなった暗い空きの一室。──相変わらず、そこは暗がりのまま、何も置かれず、何も飾られず、誰もいなかった。
 かつては、ここで八宝斎という男が処刑されたのだが、それもまるで遠い過去のようだった。彼のように軽い理由で戦いに参戦した者が早くに死亡したのは必然的事実だろう。加頭にとっては興味のない話だ。
 だが、たとえどんな理由であれ──一つの道を突き進むからには、その信念を曲げてはならない。
 ──ここにいる自分のように、逆らわず、曲げず、ただベリアルを信頼し続ける事が、願いを叶える最大の手段だと、八宝斎やサラマンダー男爵や吉良沢優や美国織莉子やレム・カンナギはもっと早くに気づくべきだっただろう。

「──────」

 一糸まとわぬ裸体の腰に、黒いガイアドライバーだけを一つ巻いて、真っ直ぐに歩いていく男がいた。
 ──それが、加頭順であった。

 もはや、財団Xに縛られていた一人のエージェントとしての白い詰襟の制服も脱ぎ捨て、培養液の中にいる今の冴子と同じ、一人の人間の男か女になった。
 加頭が目指すのは、言わばこの世界のアダムとイヴである。

 普段上げていた前髪は、先ほどのベリアルの闇によって、前に倒れていた。──或いは、更に制御不能な重力を発現する彼のメモリが暴走させ、整髪料を洗い落としてしまったのかもしれない。
 感情を自在に表す事が出来るようになった彼は、その時、ただ意味もなく、少し顔を歪ませた。
 細い瞳と白い歯は、普段わかりづらかった端正な彼の表情を自然に際立てていた。

 先ほど計測した加頭とユートピアメモリとの適合率は、「計測不能」。──これが最新鋭の機械が出した結論だ。
 これまで98パーセントだった「残り2パーセント」を埋め、余るほどになった。尚、98パーセントという数字も通常のガイアメモリの所有者ならばまず信じがたい数値であり、加頭自身も「運命」と称するほどだった物である。
 もはや、それは、彼の存在そのものが“人類”ではなく、ガイアメモリと同等に不可解な“ナニカ”へと変身したという事であった。

 加頭はその一室で、また表情を消した。

──UTOPIA!!──

 そのガイダンスボイスと共に、ユートピアメモリはガイアドライバーに装填され、加頭の身体はユートピア・ドーパントへと変身する。
 ──青い炎があがり、雷鳴が鳴り、一斉にこの一室の壁が崩壊していく。
 それが終わると、そこにあるのは、かつてエターナルやダブルに敗れた、崩れゆく理想郷の姿であった。

──BELIAL!!──
──DARK EXTREAM!!──

 追加の音声が鳴ったのは、加頭がベリアルウィルスの力を内部から発動した瞬間だ。
 ユートピアの姿は、だんだんと角ばっていき、崩れかけていたように見えた“理想郷”は、だんだんと彼の頭部で再生を始める。
 体色は一斉に黒みがかり、石堀光彦が発したような黒い闇のエネルギーが彼の外に纏われた。

「────ベリアル……エクストリィィィィィィィムッッ!!!!!!!!」

577 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:57:56 ID:yQqdBdkE0

 意味もない心よりの叫びが、思わず彼の口から漏れ出してしまった。
 そうして誰もいない一室に響かせる声は、崩れかかっているこの一室と、それに伴って壊れかけていくこの地下基地の全てに呑まれかけていた。
 この程度の材質では、ユートピアの力に耐えきれなくなったのだろう。
 だが、──その崩壊が、次の瞬間、一斉に止まる。

「……ッ」

 彼が、その片腕に握った“理想郷の杖”を振るった時であった──。
 まるで崩れかけていた周囲の物体の全てが時を止めたかのように、重力にさえ逆らって空中で静止する。
 そして、それらは、ユートピアの変身前にあった位置に、念動力のようにゆっくりと戻っていった。
 ──これもまた、彼の今の力。
 破壊された理想郷を、“治す”力。崩壊が収まり、静かになった所、中央でユートピアが佇んでいた。

「──ハハッ」

 ユートピアメモリは、ベリアルから授かった力によって更に強いエネルギーのコーティングをされた。
 それに伴い、ユートピア・ドーパントもまた、“これまで以上”の超強化態となる。
 エターナルレクイエムへの耐性もあり、当面の敵を撃退するには充分なエネルギーを蓄えている。──もはや、エターナル程度は敵ではない。

「ハハハハッ……」

 ガイアプログレッサーさえも超えるベリアルウィルスの力により、昏く、重く、ただ深く、ユートピアの姿は超進化していた。
 今の彼は、元の世界に帰れば、単身、地球規模のガイアインパクトを発動する事ができる力さえも持っている。

 ──だが、はっきり言って、もうそちらの目的の事はどうでも良い。
 元々、あれも冴子との理想郷を望む心が齎した結果だ。結局、一人きりの理想郷という所であったが──これから出来る場所は違う。

「ハッハッハッハッハッハッ……!!!!」

 ユートピアは嗤う。
 今は、笑顔を試すわけでもなく、ただ、腹の底から湧きあがってくるいいようのない可笑しさを自らの中で讃えていた。
 高らかな笑みが木霊する。

「──……さて、最早こんなところに隠れる必要はありませんね」

 加頭が理想郷の杖を再び振るった時であった。
 地下に隠されていたこの基地が、重力に逆らい、轟音と共に、突如せりあがり始めた。

 ────猛烈な地鳴り。

 何百人という人間が収納されていた超大規模な蟻の巣のような基地の外から、土が溢れだし、崩壊したレーテが土の中へと埋もれ、隠れていく。
 それと同時に、彼らを包んでいた、F-5の一つの山が消え、その山肌にあった物──遺体や捨てられた支給品の全てが土の中へと消えていった。

 そして、地上に出た、ベリアルの体長ほどの巨大な“手”の形の要塞──それが、彼らが巣食っていた地下秘密基地の正体であった。
 帝都要塞地下秘密基地 プチ・マレブランデス──かつてカイザーベリアルが居城とした惑星ほどの巨大宇宙要塞を縮小化し、内部を大幅に改造した物であった。
 意匠だけがかつてのマレブランダスと同様であるが、この殺し合いに際して内部の七割が改装され、もう殆ど別物といって良い状態になっている。

「……ここで待ちましょう。全てが終わる時と、また、私たち二人が全てを始める時を……ゆっくりと」

 不落の要塞に残された加頭は、そう呟いた。
 まずは、この要塞でアースラから落として見せる──。





578 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 00:58:16 ID:yQqdBdkE0



 加頭は、それから、変身を解き、別室で白いタキシードを着用し、また冴子のいる場所へと向かった。何度この部屋に通った事だろう。
 培養液に浸かっている冴子は、だんだんと加頭の知る彼女を取り戻しつつある。両腕や両足が再生され、頭部には産毛らしき物も見え始めていた。
 加頭は、初めて、冴子の姿を見て笑顔を見せた。それは、愛娘を見る父親のように優しく──それゆえにどこか不気味にも見える笑みだった。

「──冴子さん。私にも、ようやく、感情のこもった言葉が言えるようになりましたよ」

 薔薇のブーケを透明な硝子の上に乗せ、寄り添うように、冴子の眠るプールに腕をかけてみた。
 その裸身を眺めると、そこには加頭がこれまで知らなかったような黒子や傷までもが復元されている事がわかった。
 ──自分が知る以上に、正確に復元されている冴子の身体。

 そう、ずっとこれが欲しかった。
 だが、身体が繋がったとしても、心が繋がらなければ意味はない。
 かつて手にかけた園咲冴子への愛を必ず証明し、彼女にも愛されたいのだ。
 ──だから、彼は、その想いの全てを込めた満面の笑みで告げる。

「好きです。愛しています、冴子さん。……どうですか?」

 かつて拒絶され、本気にされなかった言葉だ。
 それを聞き届けたのか、不完全な冴子が、ふと、再び目を開けた。──彼女の意思が蘇ったのだろうか。まだ生者の顔色ではないので、あまりに不気味であった。
 加頭もまた、喜ぶより、驚いてしまったほどだ。
 何せこの数日、一度も見られなかった光景である。

「い…………せ…………」
「……」

 冴子の意識や脳組織、声帯が蘇り始めているのか、彼女は、口元で何かの言葉を形づくったようだった。声に出たといえるのは、二音ほど。
 ……しかし、それだけで充分だった。彼女の唇の微かな動きと、その二音だけでも、加頭にはその言葉の意味する事がわかってしまったのだから。
 それでも、──加頭は感情を抑え、余裕ぶって笑みを見せた。

「……少しショックです、冴子さん。ですが、その人はもういません。井坂深紅郎も、園咲霧彦ももういないんです。……だから、私だけを見てください、冴子さん」

 彼女は、井坂の名前を呼んだのだろう。──「井坂先生」と。
 それが、あの時間軸の冴子の最も頼る人であるのは加頭も知っている。
 殺し合いの場でも、冴子はずっと井坂の事を話していたので、その時ばかりは心苦しくも思っていた。

 だが、──今は、違う。
 井坂はいない。そんな人間の事は、この先の二人だけの世界の中で忘れさせてみせる。
 かつての婿であった霧彦の事も、彼女の頭にないように。

「最後のゲームを見ていてください……これを終えて──」

 間もなく、冴子は復活するはずだ。
 それより先に彼らに来られてしまったら、ベリアルから授かった力で、すぐに返り討ちにしてみせよう。
 全ての障害がなくなれば、加頭順と園咲冴子はきっと結ばれる。

「──そうしたら、今度こそ作りましょう、“二人”だけの理想郷を──」

 冴子の傍らに飾られたウェディングドレスは、純白の生地に砕いて散りばめた七色の宝石を不気味に輝かせた。
 そして、冴子の身体は、再度眠りにつき、それから一人で喋り続けた加頭の声には、それ以上、反応しなかった。

 ────彼が、感情の籠った愛を投げかけない限り。



【加頭順@仮面ライダーW GAME Re;START】

579 ◆gry038wOvE:2015/08/11(火) 01:01:23 ID:yQqdBdkE0
以上、投下終了です。
タイトルは「投下します」と言い出した段階で全然考えてなかったのですが、とりあえず、「インターミッション」で。

580名無しさん:2015/08/11(火) 21:01:27 ID:wcbeam/Q0
投下乙です
べリアルの力によるユートピアのダークエクストリーム…
ダークアクセルの例を考えるとこれまた相当やばそうだ

581名無しさん:2015/08/11(火) 21:09:59 ID:lEFGn.4g0
投下乙です
加頭までパワーアップするとは厄介な…
対ユートピア戦で死人が出そうな気がしてきた

582 ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:08:34 ID:RQpuUNRs0
投下します。

583BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:09:44 ID:RQpuUNRs0
【序】



 戦いを終えた参加者たちを、再び宴に誘う船──時空管理局艦船アースラ。



 現在、世界の命運をかけ、再び「変身ロワイアル」を始めようとする数名の参加者たちを乗せ出航したこの船は、侍たちが戦う世界で血祭ドウコクの説得に失敗し、蒼乃美希を探して時空を彷徨っていた頃だった。



 話は、変身ロワイアル終了から、四日目の正午──。






 ─────────────ゲームは、再び動き出す。







 アースラ内部にある食堂で、生還者一同は卓を囲っていた。
 長方形の長い机の片隅で、世界の運命をかけて殺し合いに行く者たちは、各々が呑気に好きな食べ物を注文して胃の中に掻きこんでいる。気に留めず、飯を食べている者もいれば、決戦前の緊張であまり食が進まない者もいる。
 まあ、実際のところ、腹が減っては戦ができない──という以前に、何かを食べなければ彼らは生きられない。これまで三日間、それぞれの動向があったが、今は何となく、好きな物に対する食欲くらいは生まれていた。

 食堂で食べる白米の料理の味は、あの殺し合いの最中に支給されていた簡素なパンとは大違いだった。やはりまともな料理は美味い。
 こうして、このメンバーでまともな食事をしている時に彼らが、ふと思い出すのは、翠屋のケーキをここにいるみんなで食べた時の事であった。──ただ、あの時にいたのに、今はいない人間もいるという事実も、同時に思い出されてしまうのだった。
 救出された生還者は、ミーティングを兼ねて共に飯を食べているが、結局そのミーティングとやらも手がかりなしでは進まないまま、何となく、一緒に生還した残りの血祭ドウコクや蒼乃美希の事ばかり、話すようになっていた。
 共通の話題として出てくるのは、主にそんなところだ。
 ベリアルの名前が彼らの口から出てくる事はほとんどなかった。──もし名前を出した時、それぞれの食を止めるのが目に見えたからだろう。逃避にしかならないとしても、食事時くらいはまともな会話をしたかった。

「はぁ〜〜〜、結局失敗か〜〜〜ドウコクさんは不参加〜〜〜」

 高町ヴィヴィオは、その場にいる大勢の前で、体全体から溜息を吐いた。
 今日は軽食で済ませたので他と違い皿は片付いている。上半身を伸ばすようにして、机に凭れかかっている彼女の顔は、どこか気疲れに塗れていた。
 それというのも、つい数時間ほど前、血祭ドウコクの説得の為に左翔太郎が地上に向かって、それがようやくこうして帰って来たのを見たせいである。──ドウコクに対して怖い印象を持たない参加者はいない。とりわけ、関わりの薄いヴィヴィオなどはその傾向が強い。
 何せ、ドウコクは一時的に組んだとしても、ここにいる面子と相いれない存在なのである。
 そして、あの離島とは違い、彼らを縛る首輪はもうない。元々、首輪がなくなって以来、ドウコクが彼らを生かす理由はほとんどなくなっていたはずだった。
 もしかすれば翔太郎が……という疑念が湧くのも無理はない話だ。

──それでも、当の翔太郎は説得前、妙な自信を持っていたように見えたが。

「まあ、いいじゃねえか。……あんな奴いなくても、俺たちだけでやってやればいいだ」

 今も、左翔太郎が、チャーシュー麺の卵を割り箸で半分に割りながらそう語っていた。これまた、誰もが絶句するような陽気さだ。羨ましく思う者もいただろう。
 それにしても、チャーシュー麺を頼んで、最初に卵を割る人間というのは初めて見た気がする。──彼の腕は今や義手だ。リハビリも兼ねているのだろうか。

584BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:10:33 ID:RQpuUNRs0

「……おっ、この卵──良い感じに完熟じゃねえか!!」

 ──……そうではなかった。ただ単に、卵の焼き加減に個人的な拘りがあるだけだった。

 ぱっくりと割れた白身から覗く黄身は、ぽそぽそと固まっている。とろみがある方が好みな者も多いと思うが、翔太郎は熟すまで焼かれた卵が好きだった。
 ──いや、それは好みというほどでもないかもしれない。彼は、自身が「ハードボイルド」の資格があるという証明の為に、願掛けに近い形で完熟ばかり食べるのだ。
 とにかく、こんな状況で、チャーシュー麺の卵が半熟(ハーフボイルド)か完熟(ハードボイルド)かで熱くなれる翔太郎の神経は流石としか言いようがない。
 ラーメンのスープに比べると少し冷たい卵の半分を箸でつまんで口の中に入れると、翔太郎はその味を噛みしめた。

「しかも、なかなか美味いじゃねえかコレ。俺好みの風麺の味に似てるぜ」

 その香を嗅ぐような表情を見るに、嘘やお世辞ではないのだろう。──元々、そうして周囲に気を使う性格でもないが。

「──おい、もし半熟だったとしても、残したらバチが当たるぜ。こんな状況だし好き嫌い言うなよ? どれ」

 隣に座る少女──佐倉杏子が、翔太郎のどんぶりの上に乗った卵のもう半分を割り箸で掴み、自らの口に放りながら言った。あまりの早業に翔太郎が呆然としている目の前で、杏子は全く意に介すことなくそれを咀嚼する。

「うん、確かに美味いな」

 食べ物を粗末にしないのは、彼女の主義だ。
 そもそも、世界が侵略されている最中で、その侵略に抗う勢力が大勢の艦の乗員の為に食料調達をする際には、普段以上に大きな苦労がかかるのは目に見えている。それを見越すと、ここでは僅かでも食べ残しは大罪だった。ただし、そんな主義を取っ払って、「美味い」、「不味い」という味覚の施しで物事を計っても、それは、充分美味だと言えた。

「おい! おまっ……それ俺の!! 完熟卵、半分しか食えなかったじゃねえか!!」
「……結局、あんたにはハーフがお似合いって事だよ。ごちそうさん」
「──んな事言ったって、俺だってちゃんとおやっさんに認められてきたんだからな!」

 翔太郎がそう大声で反論した。彼は、元の世界にこそ帰れなかったが、死んだ鳴海壮吉と同一の男に出会い、彼に認められた充足感の余韻に浸り続けている。だからか、ここに帰ってから、何かと「おやっさん」の話題を出す事が多くなった。
 死者としての話題ではなく、今も生き続けている生者という認識が一層強くなったのだろう。
 だが、実際のところ、こうして普段の翔太郎を見ていると、そこにはハードボイルドの欠片も見られない。──鳴海壮吉という男について、結局杏子は知らないままだが、彼が憧れるハードボイルドが今の翔太郎のような男ではなさそうだ。
 彼が、その外側まで「ハードボイルド」になるには、まだずっと時間がかかりそうである。

「だいたい、わざわざチャーシュー麺を頼んでおきながら卵から食べるってなんだよ」
「はぁっ!? 俺は完ッッッ……全に、熟したハードボイルドな卵が食いたかったんだよ! チャーシューを頼んだのは──」

 食べ物を巡る二人の痴話喧嘩を、呆れ半分面白半分で眺めていた各々も、そのすぐ直後、翔太郎の向井に座ってカレーライスを食べていた響良牙の一言で、静まった。

「──おい、翔太郎。俺にも聞かせろ。……何故、わざわざ俺の前でチャーシュー麺を頼んだ?」

 彼もその時、カレーライスを食べる手を止め、翔太郎に視線を合わせた。
 妙に冷静に、しかし、明らかに強い口調で、眼前の翔太郎に上半身だけで詰め寄り始める良牙。
 翔太郎は、座りながらも上半身だけ背もたれより後ずさり、良牙の威圧感に冷や汗を流す。

「チャーシュー麺は、“ブタ”だよな?」

 既に答えが出ている問いを、あえて確認して念押しするように言った。何か言い知れぬ怒りを覚えているようにわなわなと震えている。──無理もない。
 翔太郎は、良牙の方をまっすぐに見て、出来る限りのキメ顔で言う。

「そうだぜ!」
「──つまり、それは俺へのあてつけか!?」

 良牙が、翔太郎に対して、堪えきれずに憤怒した。

585BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:10:54 ID:RQpuUNRs0
 すぐに、茶色がかったスプーンにがっついて最後の一口を食べきった良牙は、立ち上がるとトタトタと歩きだし、すぐさま翔太郎の胸倉に掴みかかった。いつもの調子ならば机を叩きつけていたところだが、そんな事をすればこの長い机一列に乗っかっている昼飯全てが無になる。
 良牙なりに冷静に怒りを燃やしたつもりだった。衝動的に怒ってはいけない。──そう思って心を落ち着かせる為のスプーンの一舐めだ。

 そんな良牙の自戒を知ってか知らずか、翔太郎が、チャーシューを一切れ掴み、良牙の口元に向けて差し出していた。

「……美味いぞ、良牙。お前も食うか? それ、あーん……」
「食えるかっ!」

 ──何せ、この響良牙は、つい最近まで「豚」をやっていた身なのだ。
 どうも、豚を見ていて愉快な気持ちがしない精神がこびりついている。わざわざ目の前で豚肉の料理を食べるのはどういう了見だ。
 まして、よりにもよって、雲竜あかりと会った後に。

「──待て! 冷静になれ、Pちゃん、なっ?」

 良牙が後ろを振り向くと、良牙の肩に手を乗せ、にやけ面を見せている涼村暁の姿があった。普段なら気配に気づくような良牙ですら、いつ彼が後ろに回り込んだのかわからなかったが、まあ彼も気が立っていたせいがあるのだろう。間違っても、暁が武道の達人なわけではない。
 ……しかし、宥めようとした暁の一言は良牙を更に怒らせた。

「誰がPちゃんだっ!」

 これも当たり前である。
 あからさまにからかっているとしか思えないこの暁の口ぶり。「Pちゃん」という呼び名はとうに捨てられたはずだが、未だ良牙はあかね以外にこう呼ばれるのを気に入らない。

「悪い悪い。間違えた。……だがな、響少年よ。このバカ探偵に、お前をからかう意図なんてあるわけない。こいつは根っからのバカなんだから」
「あ、こら待て! バカ探偵はむしろお前だろ! 俺はハードボイルドな名探偵の──」

 横入りして暁に異議を唱える翔太郎。
 だが、暁は、そんな翔太郎の口をがばっと押え、すぐに椅子を降りて、二人だけで耳を貸すようにしてひそひそと話し出した。その動作もまた早く、翔太郎も一瞬は呆気にとられたようだが、とりあえず小声で暁に悪態をついた。

(誰がバカ探偵だコノヤロ……!)

 翔太郎は、暁に小声で囁く。
 暁はふと後ろを振り向き、怪訝そうに見守る良牙たちの目を笑顔のウインクで誤魔化しながら、話を続けた。

(──まあまあ、抑えろ抑えろ。なあ左、あいつにあんなに可愛い彼女がいた罪は重いぞ。もっと思いっきりからかってやれ)
(言われなくてもやってるんだよ、俺は……! なんでお前はチャーシュー麺を頼まなかったんだ? ああ?)
(だってチャーシュー麺は野菜が入ってるだろ! ネギ!)
(ガキかっ!)

 まさに二人とも、良牙を相手にムキになって小さい嫌がらせをする子供そのものにしか見えないのだが、両者だけで話したが為に、それを突っ込む人間はいなかった。
 もしかすると、勘の良い者──たとえば、涼邑零などはそれを聞いていたかもしれない。彼は席に座ったまま、腕を組んでその光景をにやにやと見つめるだけで、別段、何か口を挟む事はなかった。

「……良牙の兄ちゃん、あれ絶対何か企んでるぜ」
「言われんでもわかっとるわい!」

 杏子に忠告されずとも、あからさまに良牙の方を見てひそひそと会議する翔太郎と暁の姿は、ひたすらに怪しいだけだった。
 鈍い良牙であっても、それに気づかないはずがないほど露骨な態度である。翔太郎の方が突然良牙を見て目を光らせたり、暁が突然笑い出したりするので、良牙も気が気ではない。
 何を言われているのか気になり、問いただそうとした所で、高い聴力でそれを耳にしていた零が、ようやく口を挟んだ。

「──あいつら二人とも、お前に可愛い彼女がいた事を妬いてるんだよ」

586BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:11:13 ID:RQpuUNRs0

 全員の視線が、零に集中した。
 涼邑零は、その状況の全てを知った上で、その光景が続くのが面白いから、放置して楽しんでいたのだった。
 彼は、全員が一食分しか食べていない中、五皿分ほどの飯を平らげ(彼曰く、「今日は食欲がない」らしい)、食後のデザートを決めようと考えていた最中なのである。──だが、そんな中で面白い喧嘩が始まったので、そちらに数秒だけ注目していたわけだ。
 零に図星を突かれた二人が固まる。すると、良牙が零に訊いた。

「……あかりちゃんの事か?」
「ああ。でも、その事で妬いてる人は、もう一人いるかもね」
『──しかも、この中にな』

 零と魔導輪ザルバが悪戯っぽく笑うと、良牙は、きょろきょろと周囲を見回した。
 別にあかりとの事を、誰が妬いていようが関係ないが、こう言われてしまうと少し気になったのだ。
 ざっと見て、ここに集合している男は、翔太郎、暁の他には一人──零だけだ。

「……お前しかいねえじゃねえか」
「そうだったりして」

 零が、にこにこと満面の笑みで返した。──いや、本気とは思えない。
 だが、まるで謎かけのような言葉には裏の意図があるようにも思えた。

「……」
「……」
「ははは」
「わははははははははは……」

 ──だが、やはり零特有の冗談だろうと思い、良牙はにこにこと冷や汗入りの笑みを返して、気を静めた。何故か、零に弄ばれている感じがして、これ以上怒るのは恥ずかしい気がしてきたのだ。
 ただ、翔太郎と暁の方をキッと人睨みすると、良牙は再び、自分の座っていた席に戻り、米一つ残さずにカレーを食べ終えた皿を返却口に返しに行った。足取りは乱暴だ。

「まあいいさ! 俺にあんなに可愛い彼女がいた事を嫉妬しちまうのは仕方ないかもしれないな!! いやあっ、もてる男はつらいぜ!! わはははははははははは」

 わざと大声でそう捨て台詞のように高笑いしながら歩きだした。妙に胸を張り、心の底から自慢気にも見える。食堂の視線が良牙に集中し、ひそひそと笑いが起きている事など彼は気づいてもいないらしい。
 そんな調子の良い彼の姿に食堂中が注目している中、翔太郎と暁は、ほぼ同時に、あからさまに不愉快そうな顔で舌打ちをした。

「──なんだか、こうして見ると、彼らに世界の命運がかかっているとは思えませんね」
「あはは……私もちょっと思ったかも……」

 レイジングハート・エクセリオンとヴィヴィオは、そんな一連の様子を見て、一言ずつ、冷静に告げる。
 レイジングハートは二皿を何とか食べきったあたりだ。──色々食べてみたかったのだが、先日、食堂のバリエーションをある限り食べようとして、「人間の腹に入る食べ物の量には限界がある」、「まだいけそうだと思っても駄目な時は駄目だ」という事実に途中で気づき、残り物を食堂にいるクルーに諸々のお裾分けした経験がある。
 今日も、チャーハンと牛丼で二皿食べる事が意外とぎりぎりである事を悟り、それだけを頼み、何とか平らげたところであった。
 とはいえ、我慢半分に食べている人間もいれば、流石に我慢しきれないタイプもいた。

 たとえば、ここにも。

「────すみません。御馳走様です」

 花咲つぼみは、両手を合わせて、申し訳なさそうにそう言った。
 彼女は、オムライスを頼んだのだが、三分の一ほどの量が残ってしまっている。元々、精神的にも肉体的にもそこまで頑丈ではない彼女は、この状況下、あまり食欲も出なかったのだろう。
 杏子が、その様子を目にして一言言った。

「ん? 結構残ってるじゃないか」
「……ごめんなさい。あまり食が進まなくて」

 つぼみなりに、残さないように奮闘した方なのだが、胃の容量も限界となると、掻きこもうにも吐き気に負けて入らなくなる。早い内にそれくらいの段階まで来ていたので、半分以上食べてみせただけ偉いと思える。

587BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:11:44 ID:RQpuUNRs0
 食べ残しにうるさい杏子も、ここ数日のクルーの食べ残しに対して、あまり咎める様子はなかった。多少、眉を顰めつつも、やはりつぼみには性格的にも悪気はないし、広い心で許すしかないだろう。
 杏子は、つぼみが、普段、西隼人が配給するドーナツも快く受け取り、間食としていくつか──多少口に合わず、食欲がなくても、ちゃんと食べていた事を杏子は知っている。それも彼女の腹が膨れた原因の一つかもしれない。

「……まあ、仕方がないか。ここんとこ毎日、誰かしら少しは残すしな」

 それに、先日のレイジングハートに比べればずっとマシだ。
 杏子も──普段、菓子を口にしている事が多いとはいえ、極貧生活で縮こまった胃は、時に易々と限界に達する事があった。残すしかない気持ちはわかる。
 時にストレスが、食事を拒絶する事もやむを得ない話だ。

「──ん? つぼみ、それ残すのか?」

 と、そんな時に、丁度、良牙がカレーの皿を返却して帰って来た。手ぶらで自分の席に戻って来ようとする時、丁度、つぼみがスプーンを置き、杏子が何か言っているのが良牙の目に見えたのだろう。
 見れば、オムライスがまだ結構残っていたので、それを気にしてみせたわけだ。
 つぼみは、そんな良牙の顔を一度見てから、少し視線を下げて、答えた。

「え、ええ……勿体ないですけど。口をつけちゃいましたし」
「……いいよ、そんくらい食ってやる。俺も、元々カレーかオムライスかで迷ってたからな。まあ、ちょっと口をつけてたくらいはどうってことないだろ」
「そ、そうですか!? じゃあ、すみません! ……お願いします」

 すると、良牙がつぼみの皿とスプーンを横取りして、そのままつぼみの食べ残しのオムライスに舌舐めずりした。
 良牙も食べようと思えばいくらでも口に入れられる元気の持ち主だ。元々、あかねの料理など、良牙の人生には食を強要される場面も多く、胃が常人の比ではないほど鍛えられていた。──脳天に突き刺さるほど不味い飯ですら完食できるほどだ。
 それに比べてみれば、ここの食堂の飯は並より上。いくらでも入る。
 つぼみの食べかけのオムライスに、つぼみが使っていたスプーンを入れ、良牙もまずは最初の一口分を掬いだすと、それを口に入れようとした。

「間接キッス……」
「……だな」

 翔太郎と暁が、そんな様子を、至近距離からじーっと見ていた。二人は、良牙の顔の近くまで顔を接近させていく。
 それどころか、零や杏子やレイジングハートまでも、良牙がオムライスを食べ始めるのを間近で見ようと、顔を近づけていた。
 その妙な威圧感で、良牙はスプーンを止める。良牙の顔には汗が滲んでいた。

「……」

 刹那、「ばっこん!」と音が鳴る──。

「──食いづらいだろぉが!!」

 良牙が頭に怒りのマークを浮かばせながら、翔太郎と暁をアッパーで吹っ飛ばしたのだ。「ちゅどーん」という音と共に、両手十指の中指と薬指だけを折った翔太郎と暁が空の彼方(※すぐ上が天井)に吹っ飛んでいった。
 杏子とレイジングハートは元の性別的にも女なので殴らず、零は実力差ゆえに殴らずおいた。──そもそも、良牙がこの時、突発的な怒りを覚えたのは翔太郎と暁だけだ。

「まったく……」
「あはは……」

 良牙は、何となく少しだけつぼみの方を一瞥した。彼女は、別段恥ずかしがる事もなかったが、多少は照れたように笑って誤魔化していた。
 それで、良牙はあまり気にせずに、オムライスを口に入れ始める事にした。自分の態度を考え直すと、良牙の方も少し照れて視線を逸らしたかもしれない。
 もしかすると、つんとした態度と受け取られ、気を悪くしてしまっただろうか……少し、良牙もそれを気にした。
 ──オムライスの味は、卵が美味しいと聞いていたが、冷めてきたせいか、普通の味であるように感じた。だが、不味くはない。

 翔太郎と暁が「いててて……」などと言いながら起き上がり、先ほど呆気にとられていた者たちも安心し始め、僅かばかりの静寂があった。
 二人とも、やたらと頑丈である。──良牙も別に本気で殴ったわけではないのだろう。

588BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:12:55 ID:RQpuUNRs0

 そんな落ち着いた空気が流れた時、ひときわ幼い声が、それを不意に打ち破った。

「────なんだか、良いですね。こういうのも」

 誰の言葉かと、全員が一斉に見ると、それはヴィヴィオであった。
 しばらく口を開かずに、彼らのやり取りを、どこか温かい目で眺めていた彼女の姿は、到底中学校に上がるか上がらないかという年齢の少女の年相応の様子には見えない。
 却って心配になって、レイジングハートが訊いた。

「ヴィヴィオ……急にどうしました?」
「ううん。何でもない。なんだか、私たちがこれからするのは、戦いなのに……ううん、ずっと戦いをしてきたのに、ここしばらく、良い事もいっぱいあったよね……こうして見ていたら、やっぱりそう思っちゃうなって……」

 戦っている真っ最中も警察署にここにいるほとんどが泊まった事があったが、こうして、取り立てて命を狙われる事もなく、このアースラで寝泊まりしているのも彼女たちには良い日々だったのだろう。

 ──まだ、ここではそれぞれ一泊だが、こうして揃うと楽しく会話もできる。
 蒼乃美希がいないのは残念だが、彼女を探す為に今アースラは尽力している状況だ。──死亡報告もないので、このまま探し続ければ、きっと見つかるだろうと思う。

 それぞれがこの一週間足らずのうちに打ち解け合い、まるで何気ない日常のような楽しいやり取りをしている──そんな光景が、不意に、彼女にはどうしようもなく、美しく見えたのだ。それは、数日前まで自分が置かれていた状況と正反対だ。
 周囲の友人や家族がいなくなり、一歩間違えばふさぎ込んだかもしれない彼女にとって、ここにいる人々は差しこんだ新しい光のようだったに違いない。
 この時間もまた、ヴィヴィオには代えがたいほど楽しいひと時になった。
 ヴィヴィオは、そうして懐かしさを覚えるように、遠い瞳で続けた。

「また、全部終わったら……ここにいるみなさんと会えたらいいなって。──私、今はそう思ってるんです」

 それぞれが、胸をなで下ろすように息をついた。ヴィヴィオの言い分にそれぞれ、どこか共感できてしまう所があったのだ。

 杏子がまさに、以前に同じような事を言った気がする。また会って、翔太郎や暁に何か奢ってもらおうと思っていたところだ。翔太郎には、「風都に来い」などとも言われていた。彼女自身、いずれきっとまた会う事になるだろうと、普通に思っている。

 ただ一人、暁だけが、それを聞いて、少しだけ顔を暗くし、少し俯いた。
 そんな様子を零がふと横目で見ていたが、暁はそれに気づかず、笑顔を無理に形作って、ヴィヴィオに声をかける。

「何言ってんだよ、ヴィヴィオちゃん。そんなの当たり前だろ? 男三人はともかくとして、ここにいる女の子が大人になるのをこの俺が見守らなくてどうするの?」

 全てが終わったら、もう彼らに会えなくなると──そう思っているのは、もしかすると暁だけかもしれない。
 誰もが、この艦やあらゆる移動手段が存在する限り、またきっと会えるだろうと自然に思っている。今はむしろ、ベリアルに勝利できるかというのが問題で、帰る事そのものに対する不安の方が大きい者の方が多いだろう。

 暁の場合は、違う。
 ベリアルを倒せなければ……という問題と同時に、ベリアルを倒してしまった場合、彼の世界は、消えてしまう──そんな現実が待ち構えているのだから。
 それゆえの強がりだったが、ほとんど誰も彼の強がりには気づいていないようだった。彼も、自分の存在や元の世界の事は誰にも告げていない。──だから、ベリアルを倒せば暁が消えてしまう事など、誰も知らない。

「──そうだな。全部終わったら、忙しい日々が続くだろうけどさ。また、ずっと付き合い続けたいよな……ここにいるみんなで」

 杏子が、暁のおちゃらけた言葉をそのままに受け取ったのか、女の子に関する話を無視してそう言った。ただ、杏子自身も、この暁という男ともきっと、また会いたいと思っている。
 時が経つと自然と離れ離れになってしまう人間もいるが、自分たちはそうならないと、信じたい──そんな年頃なのだろう。だから、死なない限りは、これから誰かと会えなくなるかもしれない事など、疑いたくない杏子だった。
 実際、ずっと共にいた人間や、友達になれた人間と離れ離れになる経験が彼女には多くあった。──だが、彼女は孤独が嫌いだった。
 だから、他のみんなも応とするのを、彼女はどこかで待っているのかもしれない。

589BRIGHT STREAM(1) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:13:37 ID:RQpuUNRs0

「……All right(その通りです)。全部が終わってから、私たちがお互いに楽しめる……些細な事でまた出会える、新しい日常が始まるんです」

 レイジングハートが重ねた。杏子が、彼女の方を一瞥する。
 新しい日常……という言い方は、まさに彼女らしいかもしれない。──娘溺泉で初めて女性の姿になった彼女は、これまで文化的な人間の生活を知る事なく生きてきた事になる。だからこそ、彼女の前ではまた新しい日常が始まっていくわけだ。
 食べる事が刺激であったように、これから幾つもの刺激が待っているだろう。

「じゃあ……その時、私たちの関係は、やっと“殺し合い”じゃなくて、“助け合い”に── “変わる”んですね」

 つぼみは、ふと、何か思いついたように、レイジングハートの言葉に付け加えた。
 ──「変わる」という事。それは、彼女が殺し合いの最中もずっと、気にしていた現象だ。
 この過酷な数日の戦いで、あらゆるものが変わっていったのをつぼみは知っている。

 ……今までの日常。今までの世界。今までの自分。今までの周囲。繋がっていなかった世界とのコネクト。信じがたい強敵との戦い。新しい仲間。
 多くは、ベリアルによって、「変えさせられてしまった」物だった。
 だが、今度はこの──つぼみが嫌いな「殺し合い」を変えてしまえるかもしれない、と、ふと思ったのだ。

「つぼみ。面白えな、それ。──あいつらはこの戦いを“変身ロワイアル”って言ってたが、だとするなら……ベリアルを倒したら、この戦いは、 “助け合い”に“変身”するって事か」

 翔太郎が、ラーメンを食べる手を止めて、便乗した。
 彼も、それを聞いた時、「変身ロワイアル」という言葉の意味が、ここに来て、新しい意味に変わってくるような気がしていたのだ。だから、直感的に、そう思った。
 この殺し合いに対する認識もまた、何度も翔太郎の中で変わっていた。──「参加者と参加者」の殺し合い、「参加者と人々」の殺し合い、「参加者と主催者」の殺し合いと、順に姿を変えて行ったこのゲームも、「殺し合い」である点は変わらなかった。
 だが、その根っこを変えてしまおうという話だ。──“殺し合い”から、“助け合い”に。

「俺たちを変身させて戦わせるゲームそのものが“変身”する……良い皮肉だな」

 そんな風にニヒルな言い方をしたのは、デザートのティラミスを貪る零である。
 彼もまた、ベリアルに反旗を翻る者の一人として、彼を打ち破る最良の策を、「殺し合いそのものを今から完全に打ち破る」という風にしてみるのも悪くないと感じたのだろう。
 主催との戦いが続く限り、今はまだ、殺し合いが終わったとは言い切れない。
 だが、散々「変身ロワイアル」を強要し、「変身」を利用してきたベリアルに、自らのたくらみそのものが「変身」する姿を見せてやりたいと思ったのだ。──きっと、ベリアルを倒し、彼が考えたこの殺し合いまで変身させてみせてやろうと。

「じゃあ……俺たちはその時、やっと、この変身ロワイアルっていうゲームに本当に乗るってわけだ。──今から、俺たちがこのゲームの本質を、“変えて”」

 良牙も、オムライスの最後の一口を食べ終え、言った。
 ──彼も、つぼみの先ほどの言葉を発端として、内心で燃え始めていたのだ。良牙自身、本来はむしろ好戦的な人間であったが、「殺し合い」という悪趣味な名目のゲームだった為に、戦いに乗る事はなかった。
 だが、こうしてルールそのものをこちらから都合良く変えて、乗っかってやるのも悪くない──。

 何せ、それは「殺し合い」などという彼に嫌悪を齎す言葉ではない。「助け合い」……ずっと良い響きではないか。
 こうして、納得のいくルールが決まった時、一人の男として、「守りたい」や「戦わなければならない」に縛られない「楽しみ」を見つけ出せたのかもしれない。──良牙自身の性格に最も合致した戦いに。

「──じゃあ、この戦いが、ちゃんと助け合いに“変身”できたら、みんな、またこうして一緒にご飯を食べたりしましょうよ。そうだ……場所は風都がいいですかね。じゃあ、きっと、ここにいる全員で“第三ラウンド”に行けるように!」

 ヴィヴィオもまた、一人の武闘家として、“助け合いの未来”へと勝ち進む事を祈っていた。ヴィヴィオとつぼみの一言は、思わぬ目的を生みだしたわけだ。

 変身ロワイアル──その第三ラウンド。
 そこに進出する為に、今からベリアルを倒す。
 そう、──そこから先が、延長戦になるという事だ。





590BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:14:40 ID:RQpuUNRs0



 ──昼飯を食べた後、各々は部屋に戻った。
 それぞれの部屋が近いので、そこまでで別行動を取る者もなく、アースラの自室に入るまで適当に話しながら、歩いて行く。
 広く設備の整った自室に、暁などは感激しており、逆に良牙は落ち着かなさを覚えている。そんな風に、それぞれ反応は違っていたのだが、その部屋をだんだん散らかし始めるくらいの時間が経って行こうとしていた。

 ドウコクの部屋、外道シンケンレッドの部屋、蒼乃美希の部屋は未だに空室だ。
 とはいえ、その内、二つは使われる機会がないだろう。──その二部屋のうち、ドウコクの部屋は、既にそれぞれが勝手に荷物置き場にしてしまっている。

 今も、ドウコクの部屋に涼村暁は荷物を取りに行こうとしていた。
 この場ではデイパック内の確認が成され、「危険物」(モロトフ火炎手榴弾など)、「変身道具」(ガイアメモリなど)、「クルーの所持品」(のろいうさぎなど)、「食糧・飲料水」を除いた、比較的危険性のない支給品が置かれている。
 中には、誰かの遺品と呼ぶべき物もある。──誰の支給品か判然としていなかった物も、主催側の中継放送で表示されたデータで全て明かされ、どの支給品が誰の物だったのかはわかっていた。
 しかし、暁は特に気にしていなかった。ゲーム機や玩具などもハズレで支給されていたので、それらに何か使い所がないか確認しに来たのである。
 ほとんどの支給品は、室内に飾られるように並べられている。

 ──それを何となく、見ていた時、部屋の白壁に一人の男が凭れかかっているのを暁は確認した。

「うわっ、びっくりした!」

 暁も不意に見つけたので、思わず声をあげて驚く。自分より先にこの部屋に入っていた人間がいたとは、まったく気づかなかったのである。
 自分の部屋に戻ってからすぐにこの部屋に来た感覚だったので、暁も衝撃だ。

 ──そこにいたのは、涼邑零であった。

「──おい、暁。あんた、何か隠してないか」

 零は、表情も変えず、暁の方を見もせず、開口一番にそう尋ねた。
 先ほど、食堂でのヴィヴィオとのやり取りによって、暁に、どこか帰る事に対する陰のようなものが感じられたのを零も忘れてはいない。──あれが、何となく、零を暁に接触させようとしたのだった。
 それだけではない。暁に関しては妙な事がもう一つあったのだが、これまで何となく、誰もそれについて触れる事がなかったのだ。

「何だよ、急に」
「……みんな言わないが、なんで主催は第二ラウンドでお前の名前だけ呼ばなかったんだ?」

 まずは、主催者が「第二ラウンド」と称して参加者の追跡を行った際に、暁の事は一切触れなかった点だろう。「ターゲット」として呼ばれた生還者の名前の中に、生存者の中で唯一、暁の名だけがなかった。
 主催側は何としても生存者を全員捕まえたかったはずだ。
 孤門のようにあちらの宇宙で行方が知れなくなっている者はともかく、他の生存者同様、普通に生還していたはずの暁の名が呼ばれなかったのは、不自然極まりない事実である。

「呼び忘れたんだろ」
「そんなわけあるか」
「じゃあ、呼びたくなかったんだろ」

 ──暁が答えをはぐらかしているのは、零にもよくわかった。
 しかし、はぐらかす中にもどこか後ろめたさのような物があるように感じられ、零も暁も少し顔色を険しくする。
 呼び忘れるはずがない。世界を掌握するのが目的な中で、たった八人ほどの生還者を呼ぶのに呼び損じが出てくるはずはない。──相手も組織立って行動しているので、そんなミスに指摘が来ないはずもなかった。
 呼びたくなかった、というのは更にその上を行く暴論だ。
 二人がにらみ合っていると、そこに、零の指にはめられた魔導輪の声が聞こえた。

591BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:15:02 ID:RQpuUNRs0

『呼ぶ必要がない……と思ったんだろうな』

 ザルバが口にしたのは、零と同じ結論であった。それしかありえなかった。
 そして、呼ぶ必要がない状況──というのは、いくつか挙げられる。
 暁が既に捕えられている場合。暁が死亡している場合。暁が主催側の協力者であった場合。……など、様々に存在する。しかし、見たところ、そのどれでもない。
 少なくとも、殺し合いの最中では、暁が不審な行動を取った事はほとんどなかったし、良くも悪くも隠し事や裏表と無縁な人間だ。石堀と違い、算段などに似合わないのがよくわかる。

「……ッ」

 暁には図星だったらしいが、口を開く様子は一切なかった。まるで頑固な子供のように固まり、そこから嘘の言葉で飾ろうと頭の中で屁理屈を組み立てているようだった。
 そんな様子を見ていると、零の方が、溜息をついて折れてしまった。
 これ以上、仲間内で悪い空気を作るのは良くないだろう。──二人ならば大丈夫だろうと思って、こうして待ち伏せていたのだが、結局、暁にはどうしても口にしたくない事があるらしい。

「まあいいよ。別に、今更あんたを疑ってるわけじゃない。でも、何か思い悩む事があったら、何でも俺たちに言えよ……って思ってさ」

 こういう、普段お気楽な人間ほど、内心では深い陰我を抱えているという事もある。
 周囲に気を使い、あくまで重い空気を作らずに振る舞う中で、実は溜めこまれた悲しみや怒りを抱えている事がないとも言いきれない。
 少なくとも、それが邪気のある物ではない事くらいはわかっているつもりだ。
 ──だから、せめて、それを告げられる相談相手くらいは引き受けてやろうと思った。
 すると、暁はようやく口を開いた。

「……じゃあ、俺の悩みを一つだけ」

 深刻な顔で切りだした暁は、次の瞬間、普段通りのにやけ面で零に訊いた。

「艦長の八神はやてちゃんだっけ? あの子を落とすには、どういう──」







 高町ヴィヴィオとレイジングハートと響良牙が来ていたのは、アースラの内部にある訓練室であった。トレーニング機材が置いておらず、あくまで今は武道の為の道場のような内装の場所だ。良牙がその師範のように、神棚の前で多くの人間に向きあっている。
 一番前で良牙に向き合っているのが、ヴィヴィオであった。ひときわ真剣な表情でヴィヴィオが良牙を見つめた。
 良牙の方が委縮してしまいそうになるほどだった。

(まさか、こんなにいるなんてな……)

 良牙の前にいる相手たちは、アースラのクルーの中でも、積極的に格闘技を習おうとする者たちだ。ヴィヴィオの友人であるリオ・ウェズリーやコロナ・ティミルほか、ストライクアーツを習う子供たちだけでなく、ザフィーラやノーヴェ・ナカジマなどのように彼女たちの師匠筋にあたる者も、興味深そうに良牙の武術を見てきたのである。
 変身ロワイアルの映像の中で、魔力の適性がないにも関わらず、魔術に近い事をやってのける良牙の姿に呆気にとられた者も少なくなかったのだろう。
 早乙女乱馬、明堂院いつき、沖一也……など、元々、あの殺し合いでは武道に携わる人間も多かったが、結局、そこから殺し合いの中で残って来たのは良牙とヴィヴィオだけだ。この世界の人間の中でも、武芸家たちが彼の戦法に興味を覚え、ヴィヴィオやはやての説得で、空いた時間に少しだけ教える事にさせられたのだ。

 良牙は、決して乗り気ではなかった。良牙のそれは、独学で覚えてきた武道だからだ。彼らに教えるという事が少々難儀であるのはわかっていたし、こうして師匠のような扱いで講演するのも自分の柄ではない。何を教えて良いのやら、という気持ちだ。
 しかし、ヴィヴィオが乱馬と長い間同行していた事を知っていた良牙も、良牙が乱馬の友人である事を知っていたヴィヴィオも、いつか互いに対して何か影響を与えたいとは思っていたのだろう。
 そのチャンスが巡ってきた時であったので、良牙は躊躇いつつも、こうして三時間だけ「先生」をやってみる事にしたのだ。

「それじゃあ、良牙さん……お願いします!」

592BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:15:23 ID:RQpuUNRs0

 ヴィヴィオが、良牙を促すように言った。
 良牙は、指をぽきぽきと鳴らした後で、首をまた横に振るって、少し低い音を鳴らした。そんな風に体中の鈍りを確かめる動作をしながら、彼は言う。

「任せとけ。とりあえず教えられる事は全部教えてやる。……出来ない奴は、今の自分の戦法をそのままに。──ここで教えた事は全部忘れた方がいい」

 ──ひとまずは、ヴィヴィオに良牙の持っている技を伝授する所から初めていこう。
 教える対象は、とにかく、ヴィヴィオに絞るつもりで教えてみる事にした。──他の者たちは、参考程度に二人の話を聞きながら、真似てみるのが良いだろう。

 ヴィヴィオは、一也の使う赤心少林拳も早くにその型に近い物を修得するなど、良牙の目から見ても格闘に関するセンスは非常に高いといえる少女だ。ベリアル戦までに完成させるのは難しいかもしれないが、どうやら変身ロワイアル終了後も精力的に梅花の型の修練をしてみているらしい。
 彼女の場合は、己のスタイルを忘れず、あくまで技の一つのバリエーションとして覚えておいた方が良さそうだ。

「──まず、獅子咆哮弾の使い方だ。ただし、これは不幸になるほど強くなる禁断の技だ。強さを求めて不幸を追わないように気を付けろ」
「「「はい!」」」

 それは、誰もが最も気にしていた技だろう。
 本来、リンカーコアを持たず、魔術の適性もないはずの彼が、あんな衝撃波を掌から出す事に違和感を持たない人間はいない。彼らの世界の人間は総じて神がかり的な戦闘能力を持っているようだが、その中でもとりわけ不思議な原理だ。

「じゃあ、とにかく基本から。……最初に、自分の中で嫌だった事を考えてみたり、思い出したりしてみろ」
「「「は……はい!」」」

 それぞれが良牙の言葉と共に、全身に力を溜めながら、それぞれ嫌な事を考えてみた。
 頭を唸らせ、友人の死や、己の過去の過ちを再度、鮮明に思い出す。──気分は曇っていく。まさしく、タイミング的にはこの獅子咆哮弾に向いた時期だったのだろう。
 気が重くならない人間は、この状況下、どこにもいない。ただし、ある種集中力が試される場面でもあった。

「──そして、獅子咆哮弾!!」
「おおっ!」

 良牙が叫ぶなり、良牙の組み合わさった掌から、小さな光が発射された。
 不幸の技が良牙の手から表れ、周囲から歓声が上がる。ヴィヴィオ以外、生の獅子咆哮弾を見たのは初めてだった。
 ただ、威力を弱めに調整し、考えた不幸も、「チャーシュー麺を目の前で食われた事」くらいに抑えておいたので、この場に被害はなく、獅子咆哮弾も何にも当たらず空中で消える。まるで空気の束が一斉に外に放出されたように、透けた音が聞こえた。

「……と、叫ぶ。ほらできた」

 歓声は止んでいなかったが、良牙がそう教えると、続けて、それぞれが外壁に向けて固く構え始めた。──真剣な声で、それぞれが叫ぶ。

「「「獅子咆哮弾!!」」」

 ………ヴィヴィオを含む全員が声を重ねて、獅子咆哮弾を放とうとするが、その後にあったのは、何も起きない静寂だった。
 全員が掌を外に向けたまま、あるポーズのまま止まって、数秒が経過する。

「……」

 誰もが、良牙の方を不安そうに見つめた。
 ヴィヴィオやコロナはまだしも、ノーヴェやザフィーラですら全く出来る様子がないのだ。そうなると、自分たちより指導者の良牙に問題があるのではないかと思ってしまう。
 ノーヴェやザフィーラはあまり気にしていないようだが、至極真面目な弟子たちの様子に少し照れているようだった。

「……あの。できませんけど」

 ヴィヴィオが、その場の凍った空気を暖める為に、良牙に訊いた。
 良牙の言った獅子咆哮弾が出来る人間がこの場には一人もいない。
 だいたいが、考えてみると、嫌な事を考えて獅子咆哮弾と叫んだだけで発動してくれるのなら、今までに彼以外の習得者が出てもおかしくないはずである。

593BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:15:52 ID:RQpuUNRs0
 あまりにも簡単で雑なやり方に、良牙への不信感が一気に高まってくる。

「……わかった。もうちょっと簡単な所から行こう。──と思ったが、爆砕点穴は難しいな。あれの修行は辛いし、マトモなら死ぬかもしれない。だとすると、俺の技は──」

 爆砕点穴の修行は、突き指になるか、指の骨が折れるかという事が確実に起きる。
 巨大な岩石に叩きつけられて生きていられるくらい元が頑丈でなければ修行自体が不可能だし、それをヴィヴィオやリオやコロナのような少女にやらせるわけにもいくまい。
 だとすると、他にできそうな技はないだろうか。

(な……ないっ!!)

 考えてみると、良牙には技のバリエーションがそこまで多くはなかった。
 武器を扱うくらいの事なら得意だが、デバイスを持ち、それを使いこなす彼女たちに対して武器の取り扱いを教授できるほど良牙は偉くはない。
 しんとした静寂が流れてくる。──だんだんと、周囲が獅子咆哮弾以外にほとんど技がない事を察し始めたのだろう。

「……あの、一応、無差別格闘早乙女流の技のデータをお借りして、それを持ってきたんですけど、使いますか?」

 ヴィヴィオが、良牙の近くに寄り、フォローを入れるようにそう彼に囁いた。
 早乙女流の秘伝書の復元版がヴィヴィオの手に握られている。どこで取り寄せたのかはわからないが、アースラが何度も時空を超える中で玄馬から受け取ったのかもしれない。

「ん? 乱馬たちの……? どれ……ちょっと見てみるか」

 良牙はそれをヴィヴィオから借りて、少々見てみた。
 一応、乱馬が無差別格闘早乙女流を名乗り、乱馬の父がその元祖である事は何となく知ってはいるものの、その全貌は、今のところ良牙にもよくわかっていなかった。
 元々、頼る気もなければ、それを盗む気も対策する気もなかったので、これまで乱馬たちの技を気にした事はほとんどないのだが、乱馬の死によって後継者もいなくなったようなので、とりあえず目を通すくらいはしてやりたいのだろう。
 ムースから技を一つ譲り受けたように、一つくらいは何かベリアルの撃退に役立ててやろうと思ったのかもしれない。

 猛虎落地勢──土下座する。
 敵前大逆走──逃げながら頑張って対策を練る(知ってた)。
 魔犬慟哭破──相手の攻撃が届かないところで相手の悪口を叫ぶ。
 ¥(かねくれ)──金銭を要求する。
 胸囲掌握鷹爪拳──女性の胸を後ろから掴む事で一時的に動きを止めさせる。
 地獄のゆりかご──相手に抱きついて頬ずりする事で不愉快な思いをさせる。

 ざっと見たところ、無差別格闘早乙女流の技としてあるのはそんな物だった。
 その殆どは、攻撃でも防御でもなく、もはや戦闘ですらない技ばかりだ。
 良牙とヴィヴィオは、あまりに酷すぎる早乙女流の技を前にして、唖然として顔が一瞬、「へのへのもへじ」になってしまった。
 ──だが、すぐに正気を取り戻した。

「なんだこのスチャラカな奥義は!!」
「あーっ! 破らないでくださいっ!! まともな物もあるんですから!! ほら!!」

 ヴィヴィオも、それの殆どがまともでない事はわかっていた。それどころか、正当な後継者の乱馬ですら一部の技に対しては呆れてばかりである。
 中には、乱馬も一目を置く海千拳と山千拳も存在しているのだが、それは邪拳として葬り去られており、山千拳の秘伝書が一つだけヴィヴィオの手元に残っているのみだ。
 ヴィヴィオは、慌ててそちらを良牙に手渡した。

「……なんだこれは」
「山千拳の秘伝書だそうです。なんでも、封印された技だとか。私の支給品でした」
「なるほど……」

 良牙はそれを見て、周囲に人がいるのをすっかり忘れ、一人で頷いていた。
 獅子咆哮弾の秘伝書と大きく違うのは、あれに比べて大分丁寧に内容が書かれている事だろうか。
 ──いや、確かにそれが強力な技なのはわかるのだが、もしこの特訓をすれば、ここにいる誰かを殺めかねず、また、このアースラさえも壊してしまいかねないリスクがあるのが、良牙にはわかった。

「……わかった。──だが、これも教えるわけにはいかねーな」

 封印された邪拳をこれほどの相手に教えるわけにもいかず、良牙もそれは諦める。

594BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:16:09 ID:RQpuUNRs0
 ……となると、やはり良牙は“気”について彼らに教授するしかないようだ。もしかすると、魔力と似通った性質を持つかもしれないので、時間をかけてみれば彼らは素早く飲み込む事だって出来るかもしれない。
 そう考えた上で、良牙は──再度、獅子咆哮弾について、目の前の人々に原理を伝え始めた。







 他の生還者のほとんどが外を出歩いている中、花咲つぼみの部屋を訪ねてきたのは、佐倉杏子であった。つぼみも今は特に外に用事がなかったので、部屋で惰眠の沼に陥りそうになりながら、ベッドに転がっていただけだ。
 丁度良かった。──勉強どころではないし、アースラの乗員も殆どは知らない人で話しかけるのに勇気を要する。こうして、つぼみにしては珍しい「退屈」の時間を埋められる相手が訪問したのは、恰好の時間潰しになる。

「杏子さん、もう少しでお茶が入りますからのんびりしていてください」

 今は、杏子の訪問に対して、つぼみはとりあえずお茶でも振る舞おうと、Tパックの入った湯呑に沸騰したお湯を注ぎ込んでいる。湯気が立ち、緑茶の香が彼女たちのいる一角に広まって来た。
 ドーナツならば残っている分も結構多いので、二人はそれを少しずつ食べ始めていた。美味しいのは確かだが、既にクルーも空き始めている。──が、二人は、雑談でもしながら食べた。
 これから向かう場所を踏まえなければ、何て事のない友達同士の訪問とさして変わらない光景だった。

「なぁ、美希って無事かなぁ」

 杏子も、他のメンバーが揃いも揃って不在なのでここに来ただけで、別段、用事らしい用事もなく、ただとりあえず、何となく話題でも挙げてこの場を繋ぐ為にそんな事を呟いたのだ。漫画本の一冊でもあればそれを手に取って読みふけるかもしれない。──ただ、今口にしたように、美希の事が不安なのは事実だった。
 そんな杏子の無意識の不安に対して、つぼみは、ドーナツをとりあえず平らげて、口の中のドーナツをお茶で流してから答えた。

「……無事を信じるしかありません。それに、きっと生きています。これだけ頑張って探しているんですから、きっといつか見つかるはずです」
「ああ。でも、こっちも探してるけど、ベリアルたちも探してるんだよな」

 それは、杏子らしからぬ後ろ向きな発言に感じられた。──今の彼女は、もう少しポジティブであったと思う。
 ただ、かつてのような心よりの心配というほどでもない。それは、やはりこうして、美希と孤門を除く生還者全員がそれぞれの世界で守られ、この場に帰ってきているという事実があるからだろう。
 それでも心の中に不安が大なり小なり浮かんできてしまうのは仕方のないかもしれない。

「──それに、あたしたちも、美希ももう変身できないし」

 その事実が、ネックであった。
 つぼみと杏子と美希に共通するのは、元々持っていた変身能力も、あの場で得た変身能力も奪われているという事だろう。

 唯一それを破る手段がT2ガイアメモリなどのアイテムであるが、それらの道具の危険性は高く、極力使うべきではないとされている。背に腹は代えられないとはいえ、それらは危機的状況に至ってようやく使用を許される者だと言えるだろう。
 そして、美希の場合、最終時点でガイアメモリは所持しておらず、回収したメモリの殆どがアースラに保管されている以上、彼女は丸腰というわけだ。
 そこを狙われれば一たまりもない。

「そう、ですね……」
「それに、孤門の兄ちゃんも気になる……あたしたちに、助けられるのか?」
「確かにそれも気になっていました。沖さんみたいに宇宙での活動が出来ればせめてどうにかできたかもしれませんが──」

 こうしてお茶を飲んで落ち着きつつあるからこそ、却って死者の話題や今後の不安の話も出しやすいのかもしれない。沖一也の名前が出た事で大きく気分に不調が出る様子はなかった。プライベートな空間で、友人と些細な不安を語らうような物で、内面の心配を全て外に吐き出していくような効果があったのかもしれない。

595BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:16:45 ID:RQpuUNRs0
 それで、むしろ、誰も触れない話題にいとも簡単に触れる事ができて、枷が取れたように楽になったともいえる。
 と、その時であった。



「────安心したまえ、プリキュアよ!!」



 どこからか、これまでに聞き覚えのない男性の声が聞こえて、二人は咄嗟に警戒体勢を取った。周囲を見回すが、男性の姿など、どこにもない。しかし、声は間違いなくその部屋の中から聞こえたはずだった。
 幽霊にでも会ったかのように怯えながら、二人は目を見合わせる。

「だだ、誰だ……?」
「わかりません……一体どこから聞こえたんでしょうか……?」
「ここだ、二人とも……!」

 言われて、杏子は、おそるおそるテーブルの上を見た。杏子が手に取ったお茶の湯のみの淵である。眼鏡をかけ、フェルト帽を被った親指ほどの大きさの初老の男性がバランスよく立っていたのが確認できた。
 ──小人や妖精にしては、その姿があまりに不審者然としており、敵か味方かもわからない不気味なオーラに満ちている。
 思わず、その出来事に絶句し、杏子は、まるで害虫にでも遭遇したかのように、思わず後ろの床に手をついてしまう。

「うわっ……なんだ、こいつ!!」

 男は、小さいながらもニヤリと嗤った。
 つぼみもその謎の男に気づいたらしく、その男に訊いた。

「な、なんですか……あなたは!?」
「私の名は鳴滝。全てのライダーと、そして、プリキュアの味方だ!」

 つぼみの問いに対して、その小人──鳴滝が答える。
 何故そんな姿をしているのか気になったのだが、他人の身体的な特徴を訊くのは良くないだろうと思い、口を噤んだ。もしかすると、そうした身体的特徴を持つ世界からやって来た人間なのかもしれない。
 それよりか、彼が何故ここにいるのか、どうしてこんな所に侵入できたのかの方が気になったが、これだけ小さい姿をしていれば気づかれずに目の前に来る事もできるだろう。──やはりそれも訊くに値しない質問だ。
 つぼみが色々考えていた矢先、杏子が先に訊いた。

「つまり、あんたもベリアルに敵対している人間の一人なのか……?」
「その通りだ! 奴はライダーたちの世界やプリキュアたちの世界をも破壊しようとしている! 私はそれを阻止する為、あらゆるヒーローたちの世界を旅している者だ……おのれベリアルゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 鳴滝は、声高らかに叫んだ後、少しだけ間を置いた。自分自身で自らの発言を反芻して、考え直しているようだ。

「……」

 妙な余韻が残る。──その間、つぼみと杏子は目を丸くしていた。
 そして、鳴滝の方も結論が出たようで、もう一度言い直した。

「……いや、どうもしっくり来ないな。──今回は、お前は別に悪くないが……おのれディケイドォォォォォォォォォッ!!!!!!」

 八つ当たりのように大声で叫んだ鳴滝であったが、その一言はこれまでの情報を関連づける事ができた。そう、彼の叫んだ「ディケイド」という単語には、二人とも聞き覚えがある。
 このアースラに情報を提供している者の一人であり、左翔太郎の友人だ。本名は門矢士。まだ姿は現していない。
 もしかすると、翔太郎ならば、この鳴滝という男の事も知っているだろうか?
 現状では少なくとも鳴滝の話は聞いていないし、翔太郎もすぐに一人でどこかへ出かけてしまったので、ディケイドとの関係性というのはイマイチわからないのだが、──とにかく杏子は再度聞き直した。

「で、おっさん、何の用だよ……?」

596BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:17:03 ID:RQpuUNRs0

 女性の部屋に勝手に侵入した罪は重いが、先ほど「安心したまえ」という声をかけている。
 何やら用事があるようなので、その用事とやらが一体何なのか──という事を知りたかった。それさえ済めば、この不気味な男も消えてくれると思ったからだ。
 とにかく、それを聞いて鳴滝は、咳払いをしてから話し始めた。

「……蒼乃美希の所在がわかった。まずは、ここの艦長よりも先に、君たちに報告しておこうと思ってね」
「え!? 本当か!?」
「ああ。──彼女は、今、歴代ウルトラマンたちの故郷がある世界にいる」

 蒼乃美希──つまり、彼女たちの仲間であるもう一人の生還者の足取りがようやく掴めたという事だ。故郷の世界にもいないので、誰もが心配していたくらいなのだが、どうやら生存していたらしい。
 そして、鳴滝の計らいにより、ここの艦長よりも先に二人はそれを知る事になった。

「──生きているんですね!?」
「彼女は元気だ。ウルトラマンゼロと融合し、アースラとは別ルートでベリアルの元に向かい、一足先に孤門一輝の救出をしようとしている。だから、彼女の事も、……そして、孤門一輝の事も、心配する事はない」

 そう言う鳴滝の顔は、豆粒ほどの大きさだが真剣だ。
 美希がゼロなるウルトラマンと融合したという事実がさらっと語られているが、もし本当ならば──それは、非常に心強い話でもある。
 カイザーベリアルという黒幕は、元々はウルトラ戦士で、ウルトラマンノアやダークザギを恐れていたという。そんな彼に対抗できる存在として、別のウルトラ戦士と協力する事ができる事実は、大きな鍵となる。

 ただ、ひとまずは、美希が生存しており、アースラと同じくベリアルの世界に向かっているという事に安心していた。
 再度、つぼみが確認する。

「……間違いないんですね?」
「ああ。いずれ、ここの艦長たちにも報告するつもりだ。君たちとは初対面だが、私もクロノたちとはベリアルの管理が始まって以来、情報を提供し合う関係になっている。……信頼してくれ」

 確かに現状での鳴滝は、不審者でしかない。ゆえに、絶対の信頼を置いていい相手かはまだわからないのだが、クロノやはやてのお墨付きであるならば、また話は変わってくる。

 それを確認する術は、今はないものの、このような嘘をついて意味があるとは思えない。──この状況下で意味もなく情報を攪乱させる愉快犯がいるとすれば別だが、まあそういうわけでもないのだろう。
 それに、このアースラがなかなか美希を見つけられなかった理由についても、現在の彼女がウルトラマンとして活動している事を考えれば説明が付く。美希としての姿を見た者がいないというわけだ。
 アースラと別ルートという事は、既に別宇宙に辿り着いている可能性も少なくはないし、辻褄は合ってくる。

「サンキュー、おっさん。不審者かと思ったら、良いとこあるじゃん」
「フッ……言っただろう、私は全てのライダーの味方であり、プリキュアの味方だ」

 そう答える鳴滝は嫌に上機嫌である。若い少女に褒められて、悪い気はしていないようだった。
 とにかく、この鳴滝の男は、ただひたすらに仮面ライダーが好きらしい。

「──……おのれディケイドォッ! 仮面ライダーも良いが、プリキュアもまた……素晴らしい物だな!!」

 そして、彼はそれだけ言うと、また彼は満面の笑みを浮かべ、突如現れた小さなオーロラの中に身体を溶かして消えていった。
 杏子とつぼみは呆然としながら、湯呑の淵をじっと眺めている。──まるで手品のような光景であったし、要件以外は言いたい事がさっぱりわからなかったのだが、少なくとも、今は敵ではなかったわけだ。
 もしかすると、ああしてこちらに来たのだろうか。

 ──杏子が平然とその湯呑で残ったお茶を飲み始めたのを見て、つぼみは引き気味に顔を青くした。
 だが、杏子は全く構わずに続ける。

「で、あのおっさんは、一体何者なんだ……?」
「さあ……。でも、とにかく美希が無事らしい事はわかりましたし……結果オーライですよね」

597BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:17:22 ID:RQpuUNRs0

 このしばらく後、確かにクロノやはやてが「仲間からの報告」として、美希がウルトラマンゼロと融合して別ルートでベリアルを倒しに行っている事が明かされると、二人とも、彼の言葉の一定の信頼がおける事を再確認した。







 ──左翔太郎は探偵である。

 仮面ライダーであると同時に、優れた探査能力や推理力、行動力を持ち、今もまた、自分で考え、最適と思える行動をしていた。──味方しかいないはずのこの艦の中で、ある疑問の種を解消しようとしている。

「……」

 左翔太郎は、他の誰に言う事もなく、こっそりとこの戦艦内部の奥に侵入していた。
 侵入禁止とされているエリアも、彼は上手に入りこみ、暗がりの倉庫を懐中電灯などで照らしながら歩いて行く。
 自分の探偵道具を使えば、このアースラの中にいる別の存在をいち早く確認できたのだ。

(どうして……“彼女”が、この艦にいたんだ?)

 ……そして、このアースラの中には、本来いてはならないはずの人物がいる。
 翔太郎は、アースラを歩いている中で、たまたま“彼女”の存在を確認してしまった──。
 ゆえに、探偵として、追わないわけにはいかなかったのだ。

「ここだな……」

 倉庫の奥に、隠すように存在している日蔭のドア。──倉庫の奥はハイテクとは無縁な原始的なドアが備えられているようだった。
 そこが、翔太郎の目当ての場所だった。彼は、周囲を見回し、誰もいない事を確認すると、ドアを背に立った。新しいドアノブを回した手ごたえが手に残り、ドアが薄く開く。
 翔太郎は、目を凝らしてそちらを見た。

「──!」
「──やあ、左翔太郎だね」

 その部屋は思いの外広く、暗く淀んでいながらも、並べられた不気味な機材たちを取り囲むように、三人ほどの人間が座っていた。彼らが、翔太郎の方を見ていた。──そこにいたのは、男性一人と女性二人、一匹の猫、それから、白い兎のような生物だ。
 翔太郎は、一度驚いたのだが、それを飲み込み、堂々、その部屋に入り始めた。

 どうやら、こちらに気づいていたようだ。
開き直り、部屋の中に入っていった翔太郎は、目の前の相手に告げる。

「……やっぱり、この艦の中にいやがったか。────美国織莉子」

 そう、翔太郎は、彼女の姿を既に見かけていた。
 目の前にいる少女──美国織莉子が、佐倉杏子に対して全ての制限を伝える場面を、モニターで確認しているのだ。ゆえに、ここに隠されていた者たちの中でも、翔太郎にも知られている存在である。
 しかし、驚くべきは、その三人の容姿だ。

「……!」

 一人は、白い服を着た十代後半ほどの男。
 一人は、白みがかった髪の美少女。──彼女が、美国織莉子だ。
 そして、翔太郎を驚かせたのは、残りの一人であった。フェイト・テスタロッサと瓜二つの、彼女よりも少し幼げな金髪の少女である。

「これは、フェイト……? どういう事だ……?」
「……」

 思わぬ相手が現れた事に、翔太郎は息を飲む。フェイトとユーノが死亡する瞬間のモニター映像が翔太郎の中でフラッシュバックする。それは、フェイトと出会い、彼女を救えなかった翔太郎ゆえの感覚だった。
 ただ、死人がここにいる事を驚いているのではない。彼女の命のお陰で命を繋ぐ事が出来た翔太郎は、それと全く同じ顔と目を合わすのが辛くもあった。

598BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:18:04 ID:RQpuUNRs0
 フェイトと瓜二つの少女が興味深そうに、翔太郎を見つめている。その瞳が、彼にはどうしようもなく耐え難かった。

「……左翔太郎さんですね」

 織莉子は、そんな翔太郎の方を見ながら、冷静にそう返した。翔太郎は呆然とした顔付きのまま、織莉子の方を見た。
 彼女の目つきは、生きている者のそれとは思えないほどに腐りかけていた。そんな瞳で見つめられる翔太郎も、僅かばかり緊張する。

「……ああ」

 この艦の中にある暗部が、この三人の存在であるように思えた。──主催側に協力し続けた織莉子が、拘束されるわけでもなく、こうしてアースラの奥で何名かの人間と共にいる。
 ただ一人、彼らと面会する事になった翔太郎であるが、この場に三人もいる事は予想外であった。

「なんで、あんたがここにいるんだ。隣の二人も……あんたの仲間か?」
「……ええ。私たちは、主催側に協力し、それを離反した三人です。こうしてここに隠れている理由という意味なら──それは、あなたたちと会えばカドが立つという配慮の為だと思われます」

 翔太郎は知らなかったが──それは、主催側の人間たちのようだ。
 そして、彼らはクロノやはやての配慮によって、こうして隔離されている。──実は、ヴィヴィオや杏子など、彼らに会っている人間はいたのだが、彼らのうち誰とも面識のない翔太郎以降の来航者は、この三人と会うのを意図的に避けるようにさせられていたのだ。

 被害者と加害者の関係である以上、やはり余計な諍いが生まれる事が必至であると言えたのだろう。
 特に、元々ここに来るかもしれなかったドウコクなどの事を考えれば妥当な判断だ。

「……ただ、厳密に言うと、アリシアは主催の協力者とは違う。あくまで、主催に協力した人間の娘だ。その人の名前は、プレシア・テスタロッサ。──君と遭遇したフェイト・テスタロッサの母だ」

 白い服の男がそう言い出した。
 プレシア・テスタロッサ、それに、アリシア・テスタロッサの名前は、フェイトの口から聞く事こそなかったが、変身ロワイアルに関する全参加者のデータや参加前の動向については、殆どプライベートなレベルの話まで公開されている部分がある。全員は把握していないが、翔太郎がフェイトの事を隅から隅まで把握しなかったはずがない。
 フェイトがアリシアのクローンであるという事実もまた、あらゆる場所で翔太郎は聞く事になっていた。──尤も、翔太郎の知るデータが正しければ、プレシアもアリシアも死人であるはずだったが。
 とはいえ、今更死人の存在で驚くはずもない。元々、フィリップと照井以外は死んだはずの知り合いしか参加していなかったくらいである。大道克己も泉京水も、NEVERという死人であった。──これで驚かなくなる自分も少し怖い。
 ただ、それより、目の前の男の事も、翔太郎は知らなかった。

「あんたは……?」
「僕の名前は吉良沢優。ウルトラマンの世界からやって来た。言ってみるなら、異星からの来訪者とコンタクトを取る事ができる超能力者っていう所かな」

 吉良沢優──こちらは完全に聞いた事のない名前だ。
 ここまででもほとんど彼の名前が出てくる事はなかったが、もしかすると、彼の出身の世界である孤門一輝ならば何か知っていたかもしれない。
 それから、超能力者というのは、少々気になった。
 彼も変身するのだろうか──、と翔太郎は考える。

「──そして、織莉子は、魔法少女の能力で予知をする事ができる」

 付け加えて、吉良沢が言った。
 翔太郎は、黙って彼らの方を見つめていた。いつ攻撃を仕掛けられても良いように、ジョーカーメモリを握ってはいたのだが、吉良沢たちに敵意の影は見当たらない。

「正直に全てを話すよ。僕たちは、それぞれの願いと引き換えに財団Xにこの能力の提供と、協力をした。ただ、ベリアルの事は僕たちもこれまで知らされていなかったんだ」
「願い? ……あんな事を手伝ってまで叶える願いなんてのがあるのか?」
「──僕たちは二人とも、予知能力者だ。僕の出身であるウルトラマンの世界や、彼女の出身である魔法少女の世界が近々崩壊する事は僕たちも予見していた。だから、その崩壊を止める為に協力したんだ」

 ──そう言われ、翔太郎は眉を顰めた。

599BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:18:26 ID:RQpuUNRs0

「結果的に世界は酷い事になってるじゃねえか」
「そう。……だが、それは結果論だ。僕たちはこんな結果は求めていない──だから、寝返ったんだ」

 簡単に言うようだが、吉良沢ではなく、織莉子が俯きだしたのを見て、翔太郎はそれ以上、責めるのをやめた。──考えてみれば、予知能力者という物には、絶望的な未来が見えた場合に何もできないというジレンマがある。絶望を待つしかない彼らの人生は、決して翔太郎のような普通の人間にはわからない物であるのだろう。
 ……ある意味では、同情的に捉えられる部分があるかもしれない。

「こういう冷徹で機械的な言い方しかできないけど……。僕も、君たちのように巻き込まれた人間には申し訳ないと思っている。勿論、左翔太郎……あなたにも」
「……私たちの犯した罪は、いずれ、この艦の辿り着いた先で裁かれる事になるでしょう」

 吉良沢と織莉子は浮かない顔でそう言う。──彼らもまた、言ってしまえば、殺し合いの被害者なのかもしれない。
 サラマンダー男爵が、そうであったように……。

「……」

 翔太郎は、誰よりも犯罪を憎む男だった。しかし、それでいて、誰よりも犯罪者を憎まない男でもあった。──彼らを許す時が、人より早く来てもおかしくはない。
 それゆえ、それ以上は、あくまで質問として彼らに投げかける事になった。

「──だが、あんたたちの予知って奴で、こうなっちまう事は予知できなかったのか? それができるなら、世界の事だって──」
「無理だった。あの殺し合いそのものがイレギュラーだったんだ。……だから、ベリアルや財団Xも僕たちを手元に置いて予知の実験しようとしたんだろう。そして、結局それは、来訪者や僕たちの力をもってしても感知できなかった……。能力が取り戻るまでには大きな時間を費やす事になってしまったんだ」

 そう吉良沢が返答した時、ふと、翔太郎はその言葉の微妙なニュアンスを感じ取る事になった。
 能力が取り戻るまでに大きな時間を費やす事になった……?
 つまり、それは──能力が既に取り戻った、という事ではないか?
 そんな疑問を、翔太郎は次の瞬間、口に出していた。

「……能力が取り戻る……? それって……今は、正常に予知能力が使えるって事なのか? だとすると、ここで何かを予知した……?」
「──ああ。ここにいる織莉子は、ただ一つだけ、ここの機材の力を借りる事で、ある予知を成功させたんだ」

 もしかすると、ここにある部屋そのものが、彼らが再度予知能力を取り戻す為の道具が揃えられている場所だというのだろうか。クロノたちも口にはしなかったが、その為の施設がこうしてここに備えられているという全面的なサポートが行われていたわけだ。
 隠し事の匂いを感じ取り、こうして来てみた翔太郎だが、よもや、主催側の協力者と出会う事になるとは思っていなかったのだろう。

「じゃあ、その“予知”ってのはなんだよ」

 だが、それよりか、彼が気にしたのは、その予知の内容の方である。
 彼女がここで行った予知──それは一体何なのだろう。
 吉良沢は、少し表情を曇らせ、告げた。

「この艦に、敵が侵入する。そして、この艦は──」

 吉良沢の言葉は無情に響く。





「──ベリアルの島に辿り着くまでもなく、沈んでしまう」







600BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:19:05 ID:RQpuUNRs0



 其処は、アースラの外──ただ、深い闇の続く空間だった。
 よれよれの白衣を纏った、小汚い無精ひげと眼鏡の男が、瞳の奥を輝かせてニヤリと嗤う。

「────さて」

 彼の名はニードル。
 この殺し合いにおいて、ベリアルに確かな忠誠を誓っている者であった。
 そして、そんな彼が立つ後ろには、何百人、何千人という規模の再生怪人たちの軍団が息を巻いている。獲物を狩るのを今か今かと待ちわびているようだった。

「我々も準備が完了したところで、そろそろ邪魔をさせてもらいましょうか──」

 彼らの目の前に、光が円を描き、その中に緻密な魔法陣の姿が形作られ始める。
 それは、ニードルの持つ「時空魔法陣」であった。距離や時空を問わず、二つの地点を結ぶ事ができる特殊な力学である。殺し合いの場においても、それは運用され、今生き残っている参加者たちも使用する事になったが──ニードルが、それを発動できるという事実は忘れてはならない。
 そして、生還後に涼村暁がニードルと接触し、その動向が追われていた可能性が決して低くないという事実もまた──。

「──行きましょう」

 ニードルは、この時空魔法陣を通して、間もなくアースラに襲撃を仕掛けようと目論んでいたのである。
 怪人軍団は、声を合わせて、アースラへの侵入までのカウントダウンを開始した。
 タイミングは今しかない。──蒼乃美希と血祭ドウコク以外の参加者が一同に会している今。

「カウント、ゼロ。夜襲(ナイトレイド)の始まりです……」





601BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:19:56 ID:RQpuUNRs0



【破】



 ──それから、ニードルによる襲撃が行われたのは、夜だった。
 時刻は、「五日目」が始まりを告げる頃である。──午前0時、きっかり。一つの作戦として、決行時刻までが定まった計画性のある襲撃のようだった。敵方集団がカウントダウンまで行い、妙に盛況していたのはまさにそれゆえだ。
 ニードル一派はこの瞬間を、暁の動向を観察し始めたその瞬間から心待ちにしていた。

≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫

 異物の侵入を認めた艦は、必死に警告音を流し続けた。
 ニードルは、何事もないような暢気な表情で天井の隅を見上げる。
 そして、再度真正面に向き直った彼は、自分の周囲にいる全体の一握ほどの部下にだけ、意味もなく、命令を告げた。

「……さて、思う存分暴れてください。それがあなた方の任務です」
「イーッ!!」

 アースラの内部に、九つの時空魔法陣が開眼し、そこから武装された怪物たちが召喚され、活動を始める──。
 ニードルたちの目的は、アカルンを利用した時空移動システムの破壊と、この場にいる生還者及び吉良沢優らの殺害にあった。しかし、それだけではなく、彼個人が悦に浸っている素振りもあった。
 足止めの為に再生された数千の怪人軍団は、三分が経過しても未だに入り切れずに時空魔法陣から放出されていった。
 アースラのシステムはそれから三分以内にその異常を確認し、艦内全域に放送を始めた。

≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫

 艦内に響いた音が、眠りかけていたクルーの六割の目を一瞬で覚まさせる。
 生還者余名がベリアルの元に向かう予定日は、明後日(あくまで感覚的に。日付的には明日)──六日目だった。一日だけ準備の猶予があるとはいえ、それまでにある程度規則的な睡眠をしてコンディションを整えようと、それぞれ寝床には付いていた状況だ。
 しかし、彼らも、うつらうつらとしながらも、やはりすぐには眠りにつく事ができず、多くはあくまで“眠りかけ”と言っていい。
 日付変更と同時の警告音がそんな彼らの頭を冷やし、それぞれを慌てて部屋の外に出すに至った。近くの部屋にあった生存者余名は互いに寝間着のまま顔を見合わせる。全員が同じ行動を取ったようで、未だ眠り続けている者は誰一人いなかった。

『艦内に敵勢力が侵入! 艦内に敵勢力が侵入! 各自警戒態勢! ロストロギアの反応があります! 指示に従って行動してください!』

 絶対安全だったはずのアースラに向けられた二度目の奇襲。
 だが、時空の果てまでも追ってくるベリアルたちを前に、絶対安全な領域など既に存在しないのかもしれない。それは薄々気づいていたが、なまじ一日や二日耐えただけに、安心感が芽生え始めていた。
 問題は、それを外部からの攻撃を中心に考えていた事であり、内部侵入は当初から殆ど想定されていなかったハプニングである事だろう。改修時には、いかなる手段を以ても、敵はこちらの座標を確認できず、内部の結界へと入り込む事は不可能に設計していた。
 だが、ニードルは暁の衣服に小型の虫型偵察メカニックでも忍ばせたのだろう。それが敵に座標を知らせ、時空魔法陣を発動させる術の一つとなった。

 外は亜空間。──現状では、生身の人間には、逃げ場がない。
 内部に群がる大量の再生怪人軍団たちに、既に何人かの時空管理局のメンバーがすぐさま応戦を始めた。生還者たちの寝室を守る為、まずは、戦闘要員のクルーが四方に散らばる。
 夜中である為に判断能力は全くといっていいほど追いついていないものの、艦内の戦闘要員は殆ど、命令を受けて怪人たちの前に立ちはだかる事になった。

「イーッ!」
「GAAAAAAAッ!!」
「コマサンダー!」
「ナケワメーケェ!」
「ソレワターセ!!」
「デザトリアーン!」

602BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:20:39 ID:RQpuUNRs0

 だが、敵の群れがやって来る場所は一か所ではなかった。
 ランダムに九つ作られた時空魔法陣は、ニードルに制御された再生怪人の軍団をアースラに派遣し続け、アースラ内の人員では到底片づけきれないような物量作戦を敷く。──入り口が多数作られてしまったのが問題であるかもしれない。
 これまでのアースラの構造には問題はなかった。しかし、今は違う。──ベリアル側がその安全設備を打ち壊す技術を有していたのだ。
 あらゆる世界の怪物たちがわらわらと現れ、アースラを埋め尽くし始めた。







 果てのないようにさえ感じる長い廊下で、切迫する艦内放送を耳に通しながら、ニードルはまだ危機感の欠片も見せる事なく歩いていた。
 廊下の真ん中をのんびりと歩いているニードルの真横を、次々に、血気盛んな仲間の怪人たちが追い抜いて行く。
 彼らは軒並み、殺し合いの場を待ち望んで、能動的に敵を討とうと走りだしているようだった。しかも、自分自身の死を全く恐れる事なく進んでいる。
 ニードルの支配下にある事だけが原因ではなさそうだ。──彼らは、ヒーローに倒された恨みを体のどこかで捨て去っていないのだろう。こうして蘇っても尚、彼らは悪役としての矜持に満ち溢れ、魂でヒーローへのしみを忘れない。死は最初からリスクに入っていないのだろう。
 仮面ライダーたちと戦う、「BADAN」の怪人同様だ。

 だが、ニードルはこんなにも使い勝手の良い駒を持ちながらも、それだけで不満足に感じる、渇いた心の持ち主だった。
 だからこそ、彼はある準備を怠らなかったのだ。
 ある意味、秘密兵器でもあり、彼の新たな実験材料の一つでもあった道具を実験する最後の機会が今であると思っていた。
 ここから先は、ベリアルからの命令は足枷にしかならない。
 この最後のミッションで、ニードル自身が、自分の意思で『遊んでみる』のも良い。彼もまた、バトルロワイアルの観客の一人として、自分自身の見られなかった残りの因縁を全て、見届けるのを待ち望んでいるのだろう。
 不服に終わった試合もあったからこそ──自分よりもまず、他人の手腕を頼ろうとした。

「闇の欠片……さて、効果はいかほどでしょう」

 ニードルが手に入れた『闇の欠片』。
 それは、「闇の書」から生まれ、一つの事件を起こしたロストロギアだ。「記憶」を再生し、それに形と意思を与える──ゆえに、死者でさえもコピーし、生者の目の前に再現するという恐るべき遺物であった。
 これによって発生した『闇の欠片事件』は、高町ヴィヴィオやクロノ・ハラオウンも関わった出来事であったが、タイムパラドックスを回避する為に管理局内で記憶消去が行われ、現在は彼らの記憶上には事件の記憶はない。時空管理局内に記録が残っているのみで、影響のない時代に行きつくまで、殆どの現代人には封印され続けるデータとなろう。
 しかして、ニードルはベリアルの力によって、それを複数個得て、「島」の記憶をこのアースラ内部に発動し、生き残った参加者たちに混沌を齎して見せようとしていたのである。──あるいは、それが相手にとって満足に思える結果であるとしても。
 主催側であると同時に、エンターティナーでありたいこの男は、──それを実行した。

「──ガドル、ダグバ、ガミオ、ノーザ、アクマロ……。ガイアセイバーズを苦しめた強敵たちの、再来です」

 彼ら、BADANの中でも、ニードルの好むやり方だった。
 ──死者を還らせる、というやり方は。

 やがて、あの殺し合いの中で、参加者に敵対し続けた外道の怪物たちの記憶が、ニードルの手にした『闇の欠片』によって、あらゆる場所でばらばらに再生され始めた。
 ゼロではなく、既にあった物から誕生していく物体は、再生が素早い。
 眩い光を発したそれは、だんだんと人の形状に近づいていき、やがて、その体に色を灯し始めた。それぞれ、全く別の、しかしいずれも見覚えのある姿へと変質していく。

 ン・ガドル・ゼバ。
 ン・ダグバ・ゼバ。
 ン・ガミオ・ゼダ。
 ズ・ゴオマ・グ究極体。
 ノーザ。
 筋殻アクマロ。
 腑破十臓。
 ダークメフィスト──溝呂木眞也。

603BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:21:15 ID:RQpuUNRs0
 テッカマンランス──モロトフ。
 仮面ライダーエターナル──大道克己。
 暗黒騎士キバ──バラゴ。
 プロトタイプクウガ──天道あかね。

 此処にいる参加者たちを前に猛威を振るった敵の怪物たちが、アースラの隅々で再び産声をあげ始めた。
 ──今度は、「命」ではなく、「データ」あるいは「記憶」として。
 彼らは、死亡直前までの自分たちの思考を持ち合わせると共に、全員がまず、自分が何故こうして再び目覚めたのかわからなかったようであったが、だからこそ──自分が今いるこの場所を手探りに歩きだしたのだった。

「ベリアル……私のこのやり方、見届けて頂きましょう」

 死者たちの最後の記憶が生み出した、『彼ら』は、果たして、いかなる行動をした後に消えていくのか──ニードルはそれを想った。
 そして、この『遊び』が決してベリアルにとって不利益を齎す物でもなく、むしろ──この「アースラ」を沈める為の有効手段となりうる事をニードルは何となく予測していた。
 どうなるか、はわからない。
 しかし、今は傍観者として見届けよう──。







 高町ヴィヴィオ、レイジングハート、左翔太郎、花咲つぼみ、佐倉杏子、響良牙、涼邑零、涼村暁の八名は、長い廊下を走り、とある場所に向かっていた。
 その先頭には八神はやてがいる。──彼女がクロノに代わり、「騎士甲冑」を装着したまま、彼らを案内しているのであった。
 誰の表情の中にも、余裕はない。今はまさしく、アースラの命運がかかっている状況である。このまま敵の襲撃を上手くまけなければ、時空の狭間で全員が迷子にならないとも限らないという。──だとすると、おどけて勇気づける場面でもなかった。
 ばらばらな足音は、却って妙に規則正しく聞こえていた。やがて、それも自ずと誰かの足を踏むリズムと重なり合い、一斉に同じペースで踏み込む音として溶け込んでいく。

 はやての指示に従い、彼らは安全なルートを走っていった。

 ──尤も、この警告音が鳴り始めて、十二分が経過した現在、管制室でさえ占拠され、安全なルートこそあっても、安全の保障されたゴールはどこにもなかったのだが。
 結果、数秒後には、前方の安全確認が取れず、何もない廊下の上で、苛立ちながら立ち往生する形になってしまうのだった。
 各々は、狭い箇所で固まりながら、はやてにブリッジからの連絡が来るのを待った。しかし、依然、混乱は激しく、なかなか情報が回ってこない。しばし立ち往生だ。

「くそっ……こんな所まで見つけてきやがって!」

 涼邑零が、悪態をつく。
 彼は、これまで最後尾について、他に比べて体力がないつぼみをフォローしていた。敵に姿を確認され、追尾された場合でも、零が仲間への攻撃を防げる形になっていたのである。
 勿論、彼ならば並大抵の相手では手を出す事が出来ない。余程の実力者でもない限りは、零に襲い掛かった時点で、触れる事もなく返り討ちに遭うだろう。
 ただ、敵方にホラーはいなかったようなのが不幸中の幸いであった。──もしホラーが相手ならば、それこそソウルメタルを扱える零しか倒す事ができなくなってしまう。今も活路を開くために戦闘を続けているクルーたちの中にも魔戒騎士はいないので、それこそ戦闘が厳しくなるだろう。
 侵入者にはホラーを使役する事へのリスクが、ホラーを使役するメリットに勝ってしまったに違いない。おそらく、侵入者自身はホラーとは無関係の存在だ。
 そして──彼らの中でも、襲撃者については、おおよそ答えは出ている。

「……侵入者の首謀は?」
「おそらく、……ニードル」
「間違いないんだな?」

 ──暁が、再三の確認のように、はやてに問うた。
 実際、はやてが既に首謀者がニードルらしいという事実は映像によって確認していたし、それは既に報告されている。
 これ以上、別にそこを疑う余地はないと思われたが、そんな報告に対しても、暁は不審げだった。
 暁を逆に怪訝そうに見つめながら、はやてが答える。

604BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:21:58 ID:RQpuUNRs0

「ただ、ニードルだけとは限りません。しかし、確認が取れているのはただ一人。何らかの方法でこちらの座標を見つけ、この時空に立ち入った可能性が高いです」
「そうか……」

 暁は溜息を吐く。何か、後ろ暗い事でもあるのだろうか。
 彼がニードルに固執する理由は、バトルロワイアルの真っ最中では特にない。同一世界出身というわけでもないので、一層不可解であった。
 しかし、この状況下、そんな細かい暁の所作を気にした者は少なく、すぐに杏子が横から口を挟んで言った。

「だけど、これだけの数に来られたらリーダーが誰だろうと関係ないな、もう。敵のリーダーを倒せば終わるってわけでもないし……」

 圧倒的な物量を前にしては、多勢に無勢である。
 ヴォルケンリッター、元ナンバーズ、エリオ、キャロ、ウエスター、サウラーなどはともかくとして、学院の初等部クラスの年齢のストライクアーツ選手までも戦場に駆り出さなければならないというほどの、アースラ側の逆境は覆される様子がなかった。
 世界の平和の為にも死ぬわけにはならない生還者たちは、彼らに全てを任せて逃げ惑うのみで、不甲斐ない想いを噛みしめる。当面の敵とまだ遭遇してさえいないのが余計に胸を悪くした。
 中でも、変身さえできない状況にある佐倉杏子と花咲つぼみは、こうして実戦の場に来てしまうと、「自分たちにこれから何が出来るか」という問題に頭を悩ませる事になってしまうわけだ。
 ──いや、もしかすると、なまじ大きすぎる力を持っているばかりに、それを使わせてもらえない者の方が猛り立っているようでもあったのかもしれないが。

「──くそっ、俺たちは戦えないのかよっ! 元気はあり余ってるってのに!」

 良牙は苦渋を噛みしめて壁を殴った。
 それは先ほどまでのような小さな配慮は一切なく、固い壁に巨大な罅を入れるほど強く殴られる。──彼自身が持っているもどかしさだった。
 コンクリートよりも遥かに硬いアースラの内壁を生身で破壊できるのは彼くらいの物だろう。
 だが、全員がそれと同様の気持ちを抱えているが、良牙のこの一撃を黙って見つめた事でどこか吹っ切れたのかもしれない。その極端な力で表象された怒りは、他の者の頭を少し冷やさせた。

「万が一の事があったらあかんからな……」
「……だからって! 戻るわけにはいかねえのか……!」

 万が一の事があるかもしれない──そんな状況に、自分より弱い少女を立たせている現実に良牙は気づき、憔悴する。
 先ほど、リオやコロナといったヴィヴィオと同年代の少女にも格闘について教える羽目になったが、そこでの実力を見るに彼女たちを怪人軍団と戦わせるというのは酷な話だ。それならば、まだ良牙一人が戦いに出た方がずっと意味があると思える。
 いや、実際のところ、良牙が行ったところで返り討ちのリスクなど少ない。全世界中見回しても、彼やその世界の人間ほど鍛えられた人間はそうそういないほどだ。──怪人を相手にしても、これまで善戦してきた。
 リオやコロナはそれに対し、リスクもある。死んでしまった場合、無駄死にだ。

「そんなに元気があり余ってるなら、それを目いっぱい、ベリアルの方にぶつけてや」

 だが、はやては、良牙を少しでも危険な場に出す判断を下すわけにはいかなかった。良牙にも、臆する事なくそう言った。
 こういう状態になってしまったからには、生還者の命がこの場では最優先になる。──そう、たとえ、秤に乗せられたもう一方が、彼女たちのような小さな少女であるとしても。
 この船に乗りかかった以上、彼女たちもそれを覚悟の上でヴィヴィオに付き添おうとしているのだから。
 はやて自身も、こんな判断は下したくはない。熱い魂を持つ一人の女性として、冷徹で不合理な決定も躊躇いは捨てきれないのだが、仕方がない話だった。

「……っ!」

 だが、もし、それを一言謝れば、良牙も気は緩む。
 悪役のいないもどかしさを良牙が感じ続けるよりは、自分が悪役になる事で彼の気分を落ち着かせておこうと思った。
 だから、この場ははやては、冷たく無責任な言葉を投げかけて、彼らが持つ恨みや無力さは全て自分の胸で受け止めようとした。

「……くっ!」

 良牙ははやてを殴りかからん勢いで、両手の拳を強く握る。

605BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:22:20 ID:RQpuUNRs0
 だが、はやての本心が隠しきれてないだけに、良牙はそこから先のアクションを起こす事が出来なかった。──勘の鈍い良牙であっても、その場に流れる空気と目の前の女性の表情が訴えるもどかしさくらいは感じ取る事が出来たのだろう。
 そもそも、彼自身、元々、自分の怒りに任せて無抵抗の女性を殴るほど、強さと暴力をはき違えてはいない人間だ。

「……っ」

 ──良牙は、結局、はやての意図した通りにはやてを憎み切る事はしなかった。
 むしろ、正反対だ。力を抜き、怒らず、少し竦んだように見えた。警告音が鳴りやまないが、その一刻を、良牙を哀れみ見つめる視線が鎮めた。
 はやての考えは、どうやら裏目に出たようだ。結果的に彼の戦意を奪ってしまった。
 はやては、それから少々ばかり優しい声で良牙の名前を呼んだ。

「……良牙くん。あなたたちに、世界が全部かかっているのを忘れないどいて」
「……」

 だが、──そのすぐ後に、良牙は蚊の鳴くような声で一言呟いたのだ。
 それは──「悪い」、という言葉のように、聞こえた。他の者にはどうだかわからないが、はやての耳にはその一言が聞こえた。
 それが謝罪の意味であるのは確かだが、言葉通りの謝罪の意思であるようには聞こえなかった。

「──……っ! でも、それなら、悪いが、あんたたちとは一緒に行けねえ。あんたの気持ちはわかるが、俺は俺の道を行ってやる!」

 良牙は、すぐに、険しい顔でそう宣言した。
 立ち上がり、引き返す心を決めたのである。
 ──それは、良牙のお人よしな性格による物であった。そして、いざという時に自分の意思を最優先する、ある種身勝手な性格による物でもある。……彼は、周囲が見えなくなる事は多々あれど、小さな子供を見捨てるほど狭眼ではない。

「……!」

 良牙のその時の剣幕に、はやても悪役でいる事を諦めそうになり、一瞬、反論の言葉を失った。──言葉が喉の奥で詰まったのだ。
 その隙、だった。
 また、誰かが、良牙の近くに添うようにゆっくりと歩きだした。革靴が床を踏む音が警告音をひとたび掻き消す。その男が、良牙に言う。

「──……よく言ったぜ。良牙……俺もそう思っていたところだ。それに、お前一人で行かせたんじゃ、迷子になるしな」

 はやてが何か言う前にそう付け加えたのは、黙ってその様子を見ていた翔太郎であった。
 彼も良牙の一言によって、何か決心がついたようであった。──彼もまた、はやての命令と自分自身の意思を天秤にかけ、自分の道を選ぼうとしたのだろう。

「……っ!」

 このまま行けば、歯止めが効かなくなる──と、はやてはその時、察知した。
 険しい顔で、良牙と翔太郎のもとまで詰め寄るはやて。

「駄目ですッ!」

 今の彼らは、はやての権限よりも、個人の感情に傾き始めている。だからこそ、今度は、前に一歩出て、良牙と翔太郎の頬を、思い切り平手打ちした──。

 ────パンッ!、と。

 渇いた音が鳴り響く。
 良牙と翔太郎の頬に痛みが伝導する。
 はやての右手の掌が赤くなる。

「はやてさんっ!」

 ──周囲がざわついた。
 ここまで見てきたはやての性格と、少し異なった態度であったからであろう。責められる事を覚悟の上での行動であったが、はやての表情は、ここにいる全員に向けられた怒りのまなざしに変わった。

「……みなさんには、これからベリアルと戦いに行ってもらわなきゃなりません。敵の強さもわかっていないのに、こんな所で無駄骨を折らせるわけにはいかないんです」

606BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:22:38 ID:RQpuUNRs0

 敬語に変えたのは、翔太郎がはやてよりもおそらく年上であったからというだけではない。自分自身が折れない為でもあり、正式な命令である事を強調する為でもある。
 それが自分に出来る唯一の、権限の象徴化だった。翔太郎に力では勝てないが、この場での権威というならば別である。一時的にでも時空管理局の傘下に入ったからには、その組織の命令を逐次聞かなければならないはずだ。
 しかし、翔太郎は、赤みがかった左の頬を撫でながら、はやての瞳を見据えた。

「悪いけど……。俺ももう、小さい子供を置いて逃げるのは御免なんだ」
「……フェイトやユーノの事ですか」
「ああ。俺は、ガドルに負けて、あの二人に任せて逃げる事になっちまった」

 残念ながら、翔太郎は、「組織」に属する人間ではなかった。それどころか、私立探偵という至極自由な身である。自分で決め、自分で行動するハードボイルドを目指す男だ。
 だが、──そんなハードボイルドが、何度、この世界の子供を盾に生き残れば済む事になるだろうか。それは、翔太郎の悔いだ。
 結果的に、関わっただけでも、フェイト、ユーノ、アインハルトと三人も、未来ある子供を死に至らしめたわけだ。下手をすれば、はやても変身能力有者である以上、ベリアルに目を付けられていれば、あそこで死んだ少女たちと同じ運命を辿っていたかもしれないだろう。

「──あの事をこれ以上気に病んだってどうしようもないって事くらいはわかってる。だが、これ以上同じ過ちを繰り返すのは、もっとどうしようもない」
「なら、あたしも行くよ」

 杏子が少し前に出て、言う。
 ──思えば、翔太郎と杏子はあの時、共に行動していたのだ。

「……杏子」
「その理屈で言うなら、あたしだって同じだろ。いや、むしろあたしの方がその原因に近い。……戦えなくても、避難誘導くらいなら出来るだろ?」

 翔太郎同様、この状況にあの瞬間の事を重ねていたのだろう。不安げな表情というか、後悔の念を未だ捨てきれない表情で、袖を握って言う。脇を見て、視線を合わせる様子はなかった。──何故なら、翔太郎を逃がしたのは他ならぬ彼女なのだから。

 しかし、あの時、杏子に後悔の念が襲った事は、確かに今に繋がっている。杏子自身もあの判断によって助けられ、今に至るのだが、──それでも、誰かを餌に生き伸びる時の後悔に勝る痛みはない。
 拭い去れない過去。そして、フェイトという犠牲。年下の少女を利用し、戦いに連れ立った自分の卑屈さ。──それを思い知る。
 杏子には今、変身能力がない。だというのに、意志は固かった。

「いい加減にしてください! あなたたちが過去の自分に出来なかった判断を下したいのはわかります。でも、今はあなたたちにコロナやリオを信用してほしいんです! あの子たちが勝つ事を!」
「じゃあ負ければどうなるんだよ!」
「……それは」

 死ぬ。──そのリスクは充分にある。フェイトたちがそうであったように。
 現在はまだ死亡報告はないが、これは彼女たちがやって来たストライクアーツの領域を超える殺し合いである。参加者ではないが、その組織に巻き込まれてしまったわけだ。
 言うならば、一介のスポーツ選手が軍人との戦争に参戦するような物で、いかなる強さを持って居ようとも、それが必ずしも殺しを目的とする相手に通用するとは限らない。まして、彼女たちはまだ小学生、中学生相当の年齢だ。
 強さも判然としない敵に立ち向かわせるのは、決して正しい判断とは言えまい。
 だが、力の程度に関わらず、戦力となりうる物は全て足止めに使わなければならないのが今のこの艦の状況だったのだ。
 すると、──

「八神艦長、人は強くなけりゃ生きてはいけない。だけど、優しくなけりゃ生きている資格はない。──……あんたは生きてる資格がある奴だと思うぜ。でも、俺たちはあんたの想いを振り切って、行く。……だろ? 良牙、杏子」

 ──翔太郎は、そう訊いた。良牙と杏子は黙って頷いた。
 依然、警告音が鳴り響き続け、その場の沈黙を赤いサイレンランプが周回して彩り続けていた。

「翔太郎さん、良牙さん、杏子さん……」

 ヴィヴィオのような元の世界の知り合いは、コロナやリオを信頼してもいる。そして、はやての指示に抗うにも不相応な気分である事を理解している。

607BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:23:07 ID:RQpuUNRs0
 だが、代わりに誰か、同じように信頼できる人間に無事を確認してきてほしいと思うのもやむを得ない事であった。
 ヴィヴィオとレイジングハートは黙って見守る。つぼみや、零や、暁の場合は、翔太郎たちに一定の信頼を置いていたゆえ、別段、彼らに付き添う事もなく、彼らの背中を見守ろうとしていた。彼らも頷くような素振りを見せ、見送ろうとした。

「……だから、そういう事だ。俺たちは行く。でも、すぐに戻るからな!」

 ──それを合図にしてか、翔太郎たちは駆け出そうとした。
 いや、既にその視線ははやてたちの方にはない。

「……」

 はやては、その言葉と行動に何も言い返す事ができなかった。──ただ、その背中を見た時には、ほんの少しむしろ彼らこそが英断となる可能性があるのを信じるように揺れる心が芽生えた。
 あくまで、翔太郎たちを行かせられないのは「リスクの回避」なのだから。──それは、「死亡の回避」ではない。
 だが、もしかすれば、「リスク」は「死」に繋がってしまう可能性はある。だからこそ、行かせられなかった。

「……」

 いつの間にか、はやて自身の心の甘さは、彼らを危険地帯に向かわせる事を選ぼうとしていた。
 ある意味では、はやても、彼らにそんな期待をしていたのかもしれない。

 遠ざかっていく。
 はやての前で、彼らの背が──。そこに、何か一声でも先にかけようとしたのかもしれない。はやては、それを肯定するか否定するかはまだ判断していなかったが、せめて一瞬でも彼らを止めて、そこに何か後から言葉を乗せようとしていた。
 待て、と。
 しかし──そんな時であった。

「──待てよ、お前ら」

 そんな彼らの前で、ある男が止めに入ったのだった。
 はやてのでかかった言葉を遮るように。
 だが、それは、はやての告げようとした言葉を借りるように。

「──お前らだよ、仮面ライダーダブル……そして、響良牙」

 始めは声だけが聞こえ、思わず翔太郎たちの背は、はやてたちの目の前で立ち止まった。
 それを確認したのか、その声の主は、廊下の角から、まるでその場に隠れていたかのように現れたのだ。

「……!?」

 そうして現れた「声の主」の姿に、誰もが驚くと同時に、わが目を疑った事だろう。
 ──一度、良牙の方を見て、再度、そこにいた者に視線を合わせた。

「……お、……」

 まだ翔太郎たちの背中を見つめていた者たちの視界にも、その男の姿が焼きつけられ、そして──時が止まった。
 めいめいが背筋を凍らせたのだが、中でも良牙とつぼみはその姿を信じられないと思う気持ちが強かったのだろう。二人は、心臓さえ凍らせた。

「お前は──!!」

 そこにいたのは、白い体色、黄色い瞳の細見の戦士であった。
 黒いローブを羽織り、響良牙がこれまで変身してみせた「仮面ライダーエターナル」そのものな恰好をしている。

 ……いや、彼こそが、「仮面ライダーエターナル」なのだ。
 ──その低い声は間違いない。良牙とつぼみを本能的に震わせ、騙させる感覚。

「──エターナル……、だと!? 良牙じゃねえ……!?」
「久しぶりだなァ、お前ら」

 聞き覚えのある声に、翔太郎も戦慄する。いやはや、それは間違いなかった。妙に心が納得した。

608BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:23:27 ID:RQpuUNRs0
 ──翔太郎も、彼を、知っていた。
 それも、尋常ではないレベルで。

「……人とメモリは惹かれあう、か。なるほどな……俺も何となく立ち寄っただけで、懐かしい奴らと……新しいエターナルと会えたわけだ」

 そんな独特の口調で、それぞれが確信を抱いた。
 だからこそ、わけがわからなかったのだろう。──その男は、翔太郎の記憶の中では、三度も死んでいるはずだった。

「大道……」

 一度、非業の交通事故で死に。
 一度、仮面ライダーダブルに倒され。
 一度、仮面ライダーゼクロスと相打った。

「克己……!」

 そんなかつての仮面ライダーエターナルの変身者──大道克己と、殆どが同じだったのだ。それが現実に目の前にいるという事を知って、翔太郎たちは固い息を飲み込んだ。
 良牙たちが、信じがたいといった様子でエターナルに言葉をかけた。

「何故、貴様がここにいる……!?」
「大道……地獄から迷い出たかっ!」
「地獄──? いや、今の俺は死人ですらねえ。ただの記憶のデータの集合さ。どういうわけだか、そいつが俺を再生しているらしい。つまり、お前の相棒と同じさ」

 良牙と翔太郎が、並んで立ち止まり、構える。
 未だ、彼への警戒心は解けないままだ。──エターナルがいるならば、まだ別の戦士がいるのではないかという想いも湧きあがった。かの、怪人軍団に紛れて、想わぬ大物が釣れてしまったらしいと見える。
 それを見ていたはやてが、もしかすると──あるデータとその存在が合致するのではないか、と感じた。

「この反応……まさか──『闇の欠片』かっ!?」

 誰もが、はやてに注目した。
 はやてが口にしたその情報に、ヴィヴィオやレイジングハートまでも当惑した様子だった。──“名前”だけは、確かにどこかで聞き覚えがあるのだ。
 彼女たちも、かつてその名を聞き、それが起こした重大な事件に関わったような心持さえする。

「闇の欠片……?」
「……記憶から形状をコピーして、人格を再生するタイプのロストロギアや。時には、遠い過去の人格が再生されたり、裏の人格が再生されたりする事もある……!」

 はやて自身が、非常に切迫したようにその説明をした。
 確かに、ヴィヴィオやレイジングハートもまた、あるいは──その効果を、どこかで実感していたのかもしれない。何となく想像の通りだった。
 それは遠い記憶の彼方に閉ざされており、決して開かれる事はなかったが、目の前に仮面ライダーエターナルに対しても、──エターナル自身には会っていないというのに──奇妙な懐かしさを覚える。そのロストロギアの反応を覚えているのだろう。
 ヴィヴィオの真上でクリスもまた、戦慄し、構える。

「なるほど。闇の欠片、か……。俺はそんな名前の物体でできているわけだ。──まあ、俺にとってはそんな事はどうでもいい」

 エターナル自身も、自分が何故こうしてここにいるのかわかってはいなかったが、それについてこれといった執着は見せないようだった。
 死者でもあった彼にはそんな気持ちもないのだろう。
 良牙は、より一層身構えた。
 全身の筋肉が硬直し、エターナルメモリを何の気なしに仕舞う懐に注意が向けられる。

「まさか……エターナルを取り返しに来たのか?」
「残念だが、それは違うな。エターナルはもう俺を必要としていない……そいつはお前もわかってるだろ?」

 エターナルは、──いつか見た夢のように、そう告げた。
 仮面ライダーエターナルの姿をしていながら、彼は記憶の結晶でしかない。腰を巻いているロストドライバーやエターナルメモリは偽物でしかなく、克己自身の記憶が「本物」の想いを尊重したのだろう。
 言うならば、大道克己の亡霊の意思は、そういう発想に行きついたのだった。

609BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:23:47 ID:RQpuUNRs0
 つぼみが、あまり警戒する事なく、エターナルの元に近寄った。

「克己さん……」
「よう、プリキュア……お前には随分良い夢を見させてもらったな。そいつにだけは感謝してやってもいい」

 其処にいるエターナルは、確かにつぼみが死に際までを見届けた大道克己その人だったようである。心には母親への微かな愛情さえ残して現れているのだろう。
 しかし、それを得ても尚、彼は素直な言葉をつぼみに向けようとはしなかった。
 どこか偽悪ぶった口調でもあった。つぼみは克己を信じるが、かつて彼を悪人として葬った翔太郎は信じ切れていないようだ。生身で、エターナルに詰め寄る。

「……大道。まさか、お前、また、生きている人間を全部、お前と同じ死人に変えるなんて言わねえよな。だとしても、俺たち仮面ライダーやガイアセイバーズが──」
「だから、さっき言っただろう。今の俺は死人ですらないと──大道克己を模した、大道克己とは別の、いわばデータ人間さ。俺に生者を死人に変えるメリットはない」
「……じゃあ何が目的だ? 今度は人間を全部データ人間でも変えるのか?」

 翔太郎としては、尚更、訝しむ場面であった。克己の蘇っての企みが何なのか──それによって、翔太郎は彼を再び倒さなければならない。
 ロストドライバーとジョーカーメモリを両腕で持つ。
 それを見ていると、エターナルの声は、照れるようにふと笑った。悪役ならではの自嘲気味な笑みが、その後の言葉の意味を、翔太郎に聞かすのを遅らせる。

「──今日限りだ。俺“たち”は、この船に乗りかかった奴らが当面の敵を倒しに向かうまで、ここにいる全員を全面的に援護し、出航を手伝う」

 翔太郎だけではない。誰もその意味を一瞬では理解しなかった。
 悪い意味を前提と考えた者が多かったからであろう。
 エターナルは続けた。

「……まっ、そこから先に行きつく場所が地獄になるか、それとも今まで通り生きていられるかは、お前ら次第って所だな」

 すると、エターナルの言葉を合図に、彼の後方から数名の怪人が現れた。一斉にその姿に注目が集まり、驚いた者もいた。
 否──しかと見れば、それは、怪人と一概に言うべき相手ではなかったかもしれない。
 ナスカ・ドーパント、ルナ・ドーパントの不揃いな二名が構え、翔太郎を見据える。
 赤い仮面ライダーもそこに並んでいる。──誰もが姿にだけは見覚えがあった。

「お前……まさか……」

 その名は、仮面ライダーアクセル。
 その意匠だけは、石堀光彦による変身で見た事のある人間もいるだろう。──だが、その戦士には、既に死んでしまった真の変身者がいた。
 アクセルは、懐かしい声で、翔太郎に告げた。

「──記憶の欠片が再生しているのは、大道一人じゃないぜ」
「照井! お前も、大道たちに協力するのか……!?」
「俺に質問するなッ!」

 ──ああ、それは、あの照井竜の声で間違いなかった。
 だとするのなら、ナスカ・ドーパントはやはり園咲霧彦であり、ルナ・ドーパントは泉京水という事だろうか。

「ヴィヴィオちゃん。元気そうで安心したよ」
「霧彦さん!?」

 やはり──そう。
 彼らは、死者と同じ人格を有した『闇の欠片』なのだ。その想いと姿に限っては、確かに彼らの心強さが再現されている。変身後の姿を模してはいるが、それは確かに彼らの魂を引き継いだ戦士たちだった。
 リニスの想いを再生した闇の欠片が、フェイトの成長を見つけ出そうとしたように──優しさも強さも捨てず、まだ戦い続ける。
 そして、彼らはベリアルの野望を打ち砕こうという想いに限り、確かに共通し、その点においては、ガイアセイバーズと結託しうるのだった。

 ──きっと、これが彼らとの、最後の共闘となるのだが。

「あなたたちの仲間の援護は始まってるわー! 艦のみんなも守護(まも)ってアゲてるみたいだから、友達も心配しないで先に進んじゃってOKよ!!」
「お前……」

610BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:24:06 ID:RQpuUNRs0
「キャーッ!! NEVERなのに、みんなにこんなに優しくしちゃっていいのかしらーっ!! まるで仮面ライダーみたいネッ!!! あっ……でも、これここだけの話、他ならぬ克己ちゃんの命令なのよ? 他のみんなには内緒よ? キャーッ!! 言っちゃったー!! キャーッ!!」
「……黙ってろ、京水」

 仮面ライダーエターナルに、その場で聞いている全員の視線が集中した。いずれも、──つぼみでさえも、意外そうである。
 だが、このルナ・ドーパントの言葉が嘘とは思えなかった。何せ、彼は自分から嘘をつくようなタイプではない。──だとするのなら、本当に克己は、主催者の打倒と同時に、クルーの保護までも考えているのだろうか。

「克己さん……。やっぱり、あなたにも、咲き続いているんですね──こころの花が」
「フン……ッ、知らねえな。俺は、お前らが手こずっているこの話の黒幕をさっさと倒したいだけだ」

 つぼみだけは克己の本来の性格が優しい人間であり、それが蘇生によって改変されてしまった事を知っている。だから、これが本来の彼なのかもしれない。
 克己はゆりを殺した仮面ライダーであったが、それでもつぼみは、克己の罪を憎み、克己の事は憎まず──それどころか、信じたのだ。

「どういう事だよ? こいつら、敵じゃないんだよな……? 協力するって──」

 事情を詳しく知らず、翔太郎への信頼地が最も高い杏子は少々首を傾けた。
 だが、そんな混乱する杏子と異なり、これまで疑いを深めるばかりだった翔太郎の感情は纏まりがついた。そんな様子を見て、少しばかり考えを改めたのだろう。
 確かに、プリキュアの想いの力や、花のエネルギーは、大道克己をかつての彼に近づけるほどの力を有していたと。
 それならば、翔太郎はこれまでで初めて、照井や克己と共同戦線を張る事になるわけだ。
 そんな不思議な状況を飲み込んだ彼は、誰にも聞こえぬよう呟いた。

「──エターナル。やっぱり、お前も、風都の仮面ライダー4号だったのか……」







 同時刻。
 艦内は、そこがつい数分前まで広く果てない廊下であったのが嘘であるかのように、不気味な怪物たちに埋め尽くされていた。
 これが、前線の現状であった。

「──ネフィリムフィスト!」

 目の前の再生怪人の顎に向け、その拳を叩きつけるコロナ・ティミルは、もはや疲弊しきっている。体全体でアッパーを叩きこんでいるというより、打撃点である拳のみを固めて、残りの身体全体は成されるがままに動かしているかのようだった。
 ふらふらと揺らめく体で、それでも真っ直ぐに敵の顎先を捕え、何とか目の前の怪人──ギリザメスを撃退した。倒されたギリザメスは、泡になって消えていく。

「はぁ……はぁ……」

 彼女や、リオ・ウィズリーや、ノーヴェ・ナカジマは──そして、インターミドルで彼女たちと激突したストライクアーツ選手たちは、殆どが肩で息をするような状態であった。
 相対するのは、狼男やイカデビル、ガラガランダやヒルカメレオンといった、かつて本郷猛と一文字隼人が戦った悪の組織「ショッカー」「ゲルショッカー」の改造人間と、同一の姿をした怪人たちであった。それに比して弱体化しているとはいえ、果てもなく湧いて来る怪人軍団の群れには多勢に無勢である。

「ヴィヴィオが……まだ頑張ってるんだ……! 私だって!」

 それでも、コロナたちは諦めない。
 此処にいるという事は、ヴィヴィオたちが受けた苦しみや痛みよりもずっと恵まれた想いをしているという事なのだから。

 コロナは、元を辿れば、友達であるヴィヴィオに付き添うようにしてストライクアーツを始めた。──それゆえに、彼女に常に近い所にいる事で、彼女と友達であり続けようとしてきたのだ。
 まだ彼女に追いつこうと言う意思は枯れていない。

611BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:24:23 ID:RQpuUNRs0

「……そうだよ、コロナ……私たちは私たちに出来る事を全力でやる! ここに帰って来られなかった人が守れなかった世界は、私たちが叶える!」

 コロナと背中を合わせ、お互いに支え合うようにして、立ち上がる小さな陰はリオであった。そんなリオも目の前の怪人──ザンジオーに向けて、力なく何歩か走りだし、両掌から、重たい一撃を放った。

「絶招 織炎虎砲!」

 リオも、パワーに関しては、あの響良牙に匹敵するレベルであった。──先ほど、良牙のもとで鍛錬した際も、とりわけ彼女はその才能を良牙に褒められたほどである。
 魔力消費が膨大な一撃が、ショッカー怪人ザンジオーの身体をぶち抜き、彼の身体も泡へと消し去った。
 それでもまだ彼女たちの前に死人のように群がる怪人たちは彼女たちに向かってくる。

「「強くなるんだ……どこまでだって!」」

 ──あのモニターによって、ヴィヴィオやアインハルトが巻き込まれた殺し合いを目の当りにした時、コロナとリオは何を想っただろう。
 二人の痛みを分かってあげられるにはどのようにすればいいのか。こうして黙って見ている事しか出来ないなんて、友達としてそれで良いのだろうか。
 ──そう思ったに違いない。

 だが、現実には彼女たちはあまりにも無力だった。彼女たちだけでなく、その偉大な先輩たちも。世界中の人たちも。六十六名の参加者と世界を救う術が、人々にはなかった。現場に行きつく術すらなかった。
 そして、人々は今も彼女たちと共にベリアルを倒しに行く事さえできないまま管理に屈しかねない状況に陥っている。

 ならば、せめて彼女たちに道を開く為に、精一杯に自分の力を振り絞ってみせようと。
 二人は──いや、この艦の乗組員は、須らくそう思っていた。
 だからせめて、何かヴィヴィオたちを助けられる力を学びたい。──そうして、良牙から格闘を習おうとしたコロナとリオであった。
 そんな二人も結局は、その欠片も習得する事ができなかったのだが。

「このくらいの敵……ッ!」

 シオマネキングを中心に群がるショッカー怪人たちの姿を、リオたちは固い意志の籠った瞳で睨んだ。幸いにもまだ味方側に死人は出ていないが、ここから先はそれさえ覚悟をしなければならないかもしれない。
 自分たちに出来るのはヴィヴィオたちが辿り着くまでの時間稼ぎに過ぎないのだ。
 この区域にいる残りのショッカー怪人の数は何十体か。──魔力が保たず、別の区域もそれぞれ手一杯で援護も期待できない。敵一体につき消費される魔力を考えれば、このままここで勝ち進める可能性は高いとは言えなかった。

 ──しかし、そう考えた直後、ある一声が彼女たちの形成を逆転させたのだ。

「────猛虎高飛車!!!」

 そんな叫びが廊下に反響すると共に、廊下が不思議な光に包まれ、ショッカー怪人の断末魔がコロナたちの耳朶を打った。
 いやはや、聞き取れた声は、良牙が教えようとした技の派生型と全く同じである。良牙はそれを教えなかったが、おそらくその技は滅多な事では出ないのだろう。
 そんな技を使えそうなのは良牙くらいしかいないのだが、それは良牙ではない。
 もう一度、技の名前と声を二人は頭の中で反芻した。
 ──猛虎高飛車。
 あの、獅子咆哮弾と対局に位置する「強気」の技だ。気の持ちようによって変化する技ではあるものの、この技を使った男は、本来なら、あのヴィヴィオと行動していた男・ただ一人のはず──。

「誰……!?」
「味方か!?」

 ショッカー怪人たちも、周囲をきょろきょろと見回し始めた。増援がやってくるはずもない。──来るとすれば、それはあの殺し合いの生還者だろう。
 だとすれば彼らにとってはむしろ好都合だが、現実は違った。

「──おい、お前ら……ヴィヴィオの友だちか!?」

 遠くから響いて来る男の声は、コロナとリオにそう問いかけていた。
 どこか聞き覚えがある声に、二人は固まる。確かにそれが何者なのかは二人とも、察しがついていた。

612BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:24:39 ID:RQpuUNRs0

 ──いや……だが、やはり、そんなはずがない。
 彼女たちはそれをモニター越しにしか見ていなかったが、彼は少なくとももう、死んでいるのだから。
 それでも、それは幻聴と呼ぶには、あまりにもはっきりしすぎていた。言葉は続いていく。

「なら、ヴィヴィオに伝えとけ。……こんなに強くて良い友だちがいれば、お前はまだまだ、どこまでも強くなれるってなっ!」

 群れの向こう側からショッカー怪人を格闘技で撃退しながら近づいて来る声は、だんだん姿まで伴ってきた。
 見えてくるのは、揺れる黒いおさげ髪──そして、真っ赤なチャイナ服。
 それらが微かにでも見え始めた時、確信する。その場にいた者たちの間に呆気に取られたような表情が見え始め、そして、誰もが理解する。
 それが一体、誰なのかを──。

「──それに、お前らもだぜ」

 男の顔は、はっきりと彼女たちの瞳に映る。
 彼には、「ロストロギア」の反応が強く出ていたのだが──誰もそんな事を気にしなかった。それは確かに、味方そのものであったからだ。

「早乙女乱馬、さん……?」

 コロナとリオの前に現れた男は、頷いた。
 あの殺し合いの場において、ヴィヴィオやアインハルトを保護し、彼女たちに幾つも助言した一人。
 そして、参加者たちを苦しめたン・ダグバ・ゼバに、煮え湯を飲ませた強き男であった。

「よしっ、お前ら、まだ元気あるよな? 元気があんなら、まだまだ行くぞ!」

 死者の手助けに二人も驚愕したのだが、同じ事がほとんど同時に、艦内のあらゆる場所でも起こり始めていた。
 ──クルーと怪人たちとの戦いに、死者が割り込んでくる現象だ。
 それは、『闇の欠片』によって引きだされた殺し合いの記憶そのものであるのだが、確かにその意志は大道克己の言った通り、艦にいる者たちの援護を始めているのだ。

 仇なす者もいるとはいえ──この艦を守ろうとする者の方が多数であった。
 それが多くの参加者たちの本質。──如何に多くの邪心の塊が湧き出で続けたとしても、折れる事なく戦い続ける者は必ずどこかにいる。







 はやてたち面々が今から向かうのは、時空移動システムを司るアカルンと転送装置のある転送室だ。
 今は、アカルンがそのシステムを司っており、サウラーが主にその場を管理している。夜や開いた時間は、ウエスターも共に交代で警護に当たっていたため、今は、二人のいずれか──あるいは二人のいずれもによって守られているのだろう。
 敵側も、特に強く結界が張られたあのエリアにはまだ立ち入れていないらしい。……が、敵も同じようにして、全てを制御する部屋を探し彷徨っている。
 それより早く転送室に辿り着き、ベリアルの世界の座標まで彼らを一刻も早く転送する準備をせねばならなかった。──戦闘の為の一通りの装備は、その近くに設置されている。

「……あともう少し!」

 はやてが言った。
 思いの外早くそんな言葉が出てきたので、彼らは少々安心し、それと同時に、それだけ早くベリアルとの決戦の地に向かわなければならないという事実に気づいた。休息は充分に取っており、いずれの身体にも別段調子の悪い所はない。
 しかし、問題は、心の準備の話であった。──まだ一日猶予があると思っていたのに。

「もう少し、か……」

 そんなやり切れない想いの籠った言葉を翔太郎が呟いた。それが誰の言葉であったのかはどうでもいい事だ。結局のところ、誰しもが憂いを持っていた。
 勝利への自信が全くないわけではないが、たとえそれでも──ここをこんな状態で任さねばならない事には少々抵抗もある。
 そんな気持ちを察してか、闇の欠片の仮面ライダーアクセルが翔太郎の方を見つめた。

613BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:25:03 ID:RQpuUNRs0

「左、これからお前たちが去った後のこの艦は、俺たちが守る。……安心してくれ」
「照井……」

 照井竜にこんな言葉をかけられるのが、かなり久しぶりに感じた。
 結局、あの変身ロワイアルでは会えず終いである。──それだけ、あの殺し合いに強敵が多かったという事でもあろう。
 少しでも運命が違えば、死んだのは翔太郎であったかもしれない。

「これが俺の──照井竜の、仮面ライダーとしての最後の仕事になるな。ここで戦う者たちは、全員がその覚悟を持ち、お前たちに託すつもりで戦っているんだ……。きっと、俺たちは、己の持つ最後の使命を果たすつもりでここに呼ばれた」
「……だけど、お前には仮面ライダー以外にも……照井竜としてもあるだろ」
「照井竜、として……か。ならば──所長には、一刻も早く『次の相手』を見つけるように言ってくれ。出なければ、彼女もすぐに『手遅れ』になる」

 アクセルに対して、石堀光彦の変身形態である印象を持つ者がこの場には多かったが、こうして見てみると、石堀に比べればクールながらも穏やかさに満ち溢れたのが照井だった。それというのも、石堀は実質的に、アクセルの力を、人間の能力を強化する兵器程度にしかとどめていなかったからだろう。
 見れば、アクセルという無機質なマスクの中にも奇妙な愛嬌が芽生えてくる。石堀の時には全くなかった感覚だ。
 不意に、暁が、走りながらも、横からアクセルに訊いた。

「──なあ、照井だっけ? あんたたちはさ、この戦いが終わったら、消えちまうんだろ? このまま大人しく消える気なのか?」
「俺に質問するなッ!」
「……いや、それどうすりゃいいんだよ」

 思いの外、辛辣な解答を受け取った暁は、少しばかり心を痛めたようだ。実際のところ、何気ない質問をしたところ、物凄い剣幕でこんな解答が来れば、腹も立つし心も折れる人間が大半だろう。暁も例外ではなかった。
 代わって、別の「闇の欠片」が答えた。

「──みんな、大人しく消えるさ。……それが僕達、死人の宿命だ」

 ナスカ・ドーパント──園咲霧彦である。
 ドーパントでありながら、風都という街を愛した彼は、ひとまずここでベリアルと対立する者たちには善悪問わず、味方をするつもりだ。特に、ヴィヴィオを守る為にも──。
 暁の質問にどんな意図があるのかはわからないが、彼らには堪えられる限りの質問を返す事も施せる。
 ナスカの様子に悔いはなさそうであったが、ヴィヴィオは前向きになり切れなかった。どこか浮かない顔で告げる。

「……そうですね。いずれにせよ、闇の欠片は元々、そんなに長くは再生できません。……だから、霧彦さんたちとももうすぐ……」

 そんなヴィヴィオを見て、ナスカはこうして再生されるという事が、「二度死ぬ」という事であるのを思い出す事になった。
 生きている側からすれば、同じ人間との辛い別れを何度となく経験する事になる。

「すまない。ヴィヴィオちゃん、一度乗り越えた悲しみをもう一度繰り返すような形になってしまって」
「……ううん。私の事はいいんです。確かに悲しいけど、折角、一日でも霧彦さんたちと会えるなら、もっと良い時に会いたかったなって」

 ヴィヴィオらしい言葉だと、ナスカは受け取った。──かつて、彼女の母の死を告げるのを先延ばしにしようとした事があったが、もしかすればそれこそ失策だったかもしれない。
 彼女は大人顔負けの強さを持っている。あらゆる苦難に挫けない鉄の心だ。そんな純粋さは、簡単に歪められる物ではないらしい。
 そんな二人のやり取りに変わってしまったが、元々ナスカにそれを問うたのは暁だ。

「……で、そうは言うけど、あんたもさ、このまま生きてやりたい事とかないわけ?」
「そんな事くらい、山ほどある。心残りな妹もいるんだ。──だが、残念ながら僕は生きていない。死ぬのは、あれで二度……だから、今こうしてここにいる事が充分奇跡のような物さ。償いだけはするつもりだ」

 一度は冴子の裏切りに、もう一度はガドルとの戦いに敗れ死んだ。
 死後、というのは思いの外、居心地が良くもあり、悪くもある果てなのだが、それについて生者に教える事は何もない。
 強いて言えば、ヴィヴィオや杏子は、それぞれ別の形で近い物を感じた事があったが。

614BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:25:24 ID:RQpuUNRs0

「……俺は三度目らしいがな」
「私も三度目! NEVERの勝ちね! 霧彦ちゃん!」

 エターナルとルナ・ドーパントが横から付け加えた。
 ナスカも、この二人の死人たちの言葉には、返す言葉もなかった。ただ、何となくこの面識もない連中に負けた事が悔しく感じられた。
 そんな様子を察してか、花咲つぼみがナスカをフォローする。

「……あの、霧彦さん、落ち込まないでください。『二度ある事は三度ある』と言うものですから……きっと、霧彦さんももう一回くらい」
「彼らに張り合ったって嬉しくはない!」

 と、ナスカがつぼみの天然さに突っ込んだその時──警告音が、突然、艦内に響くのを止めた。ぶつっ、と「音が切れる音」がした。
 何分も鳴り続けたところで、結局はその場の音声を捕えづらくするだけと判断されたのだろうか。──だとするなら、音声の遮断は、その時は、英断だろう。流石に長く音が鳴りすぎている。
 この音の連鎖と赤色のネオンは、却って人を不安にし、戦闘音を聞き逃させる。意識して、会話のボリュームも上げなければならないので敵に気づかれるリスクも上がる。
 しかし、それはそんな配慮の為に鳴りやんだのではないと──次の瞬間、彼らは悟った。

『ドンッッッ!!!!!!!』

 放送機能を司るオペレーターが待機しているはずのブリッジで爆音が起きたであろう事は、その場の音声を中継する無数のスピーカーによって、艦内に同時に認識される事態となった。

「──ッッ!? な、なんだッ!?」

 今──確かに、予想だにしないハプニングが起きた実感があった。
 ブリッジに攻撃を受けたという事は、敵の侵攻はかなり深く進んでいるはずだ。それを想い、彼らも黙りこくる。
 あの場にいるのはクロノ以下、数名の戦闘要員と残りは魔術戦闘にたけているわけではない者たちだ。その周囲を屈強な者たちが厳重にガードしているとはいえ、奇襲を相手に上手にフォーメーションを組む事は出来ず、結果、こうして艦長の居場所までもが襲撃される事になったという事らしい。

「まずいな……! あそこが狙われたという事は、艦長が危ない!」
「クロノ艦長……!」

 クロノ・ハラオウン艦長は勿論の事、この艦そのものの危機である。
 だが、そんな心配と同時に、近くでもまた轟音が鳴り始めた。敵の魔の手は、着々とこの艦いっぱいに広がってきているらしい。それはもはや充満する煙のようだった。どこを塞いでも抑えがきかず、微かな隙間で余所へとなだれ込んでいく。
 今こうして、警告音が鳴り止んだ時こそ、その実感は強まってくる──彼らの鼓膜を通して聞こえた轟音は、確実に敵襲による物だろう。

「……艦長室が狙われた……? じゃあ……マズイ……」

 そして、誰よりその瞬間に危機感と絶望感に打ちひしがれたのは八神はやてであった。
 彼女の顔色がその瞬間に大分変わったようである。──膝から崩れてもおかしくないような表情だった。それを辛うじて抑えながらも、胸の中に広がった絶望で、実際にはあまり膝を折ったのとあまり変わらないような状態である。

「どうしたんだ……?」
「──……これから向かう場所で転送をするにも、ブリッジの指揮と許可が必要や。それが出来なくなる。つまり、これから転送室に辿り着いても、ベリアルの世界には行けない」

 ブリッジの襲撃。──それは、ベリアルの世界に辿り着く為に重ねて揃わなければならない条件が一つ切り崩されたという事である。生還者、ブリッジ、アカルンの三つの存在が同時に成り立たなければベリアルの世界には行けない。
 並行世界に渡る手段は複数存在するが、たとえば、ディケイドのようにあの世界への耐性のない者は、そもそもオーロラをあの世界に繋ぐ事すらできないからだ。
 敵は、確実にベリアルを倒す為の手段を封殺しにかかっているのだろう。作戦としては、その三つの要を制圧すべきなのは当然であった。

「──じゃあ、ここで終わりなのか?」
「勿論、ブリッジが襲撃を受けていた場合の話や。ただ、限りなく危険な状態になってる」
「襲撃を受けていた場合って……だって、あの音……」
「──まだ、わからん」

 と、はやては言うが、ブリッジ周辺の警護は充分だったはずだ。

615BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:25:45 ID:RQpuUNRs0
 それこそ、ブリッジの内部に入られる事を想定しえないほどに固くガードされている。そもそも、指揮を司る場に敵が侵入するというのは敗北に近い状況であるゆえ、最も警備が固められていたのは、「拠点の周囲」だ。
 拠点の警戒体勢は、それ以下であり、周囲を突破された以上は、時間の問題と言えよう。

「……みんなを信じましょう」

 ヴィヴィオが口を開いた。
 彼女は、この場一帯の沈んだ空気の中でも、あまり顔色を変えていない方だ。それは、危機感がないからというわけではない。
 ブリッジにいるクロノたちへの心配も確かに強いのだが、同時に可能性も考えている。
 全員が、ヴィヴィオに視線を集中した。

「──襲撃を受けたとしても、今の艦内放送で、この艦にいる人たちはみんな危機的状況には気が付いたはずです。それなら、霧彦さんみたいな人たちがブリッジに向かっているかもしれません」
「まあ、確かに……」
「特に、この艦に元々いた人たちと接触した人がいたら、ブリッジの位置も知る事が出来ます。クロノさんたちに増援が来る可能性もないはずがありません。──それに、ブリッジには外部世界の人たち(門矢士のようにパラレルワールドを移動できる者の事)に連絡する機器もあるはずですから、そちらの助けを呼んでいる可能性もあります」

 それに関しては気づいた者もいたが、楽観的な発想の一部であったので、あくまでその可能性もあるとしか言えなかった。だが、それを信じる自信を持てるのもまた、彼女の性格の一部なのかもしれない。
 それとも、ここにいるはやてが長い任務のストレスやプレッシャーから、司令にあるまじきネガティブを少し強めに抱き始めているのかもしれないが、実際のところは、ブリッジとの連絡が途絶えた現状、不明だと言えた。

『──おい、零! ここで立ち止まってる場合じゃない、後ろからとてつもない邪気が来るぞっ!』

 その時、不意にザルバの叫びが木霊した。
 その声は、呼びかけられた零だけではなく、その場にいた全員の耳に入り、瞬時に各人を我に返し、警戒させた。

「──何者だっ!?」

 怒気の強い声で問うたのは、零である。
 見れば──。

「──ッ!?」

 ──次の瞬間、彼らの周囲を奇妙な「毬」が飛び交っていく。
 それは、不規則に壁に跳ね返り、当たった場所で爆ぜて衝撃を与え続けた。
 不可思議なのは、爆発を起こしても毬は消えず、尚も次の地点まで跳ね返り、そこで再び爆発を起こすという事だった。
 つまり、これは敵方の爆弾だ。ここにいる人間を狙ったのかもしれない。

「くっ……! 何て事しやがる、こんな時に……っ!」

 零が叫んだ。
 奇妙な術の使い手の突然の奇襲に、はやてが咄嗟に防御壁を張った。
 その壁が張られるよりも前に、零が瞬足で駆けだす。
 と、同時に、剣を懐から抜き出し、毬をソウルメタルの剣で斬り裂いた──。空中で半分に分かたれた毬が爆発した。
 爆弾を斬り、その爆発さえも回避するという──魔戒騎士ならではの荒業だ。

「ほっほっほっ……」

 その直後、物陰から男女二人の怪人が姿を現したのだった。──そして、やはり、彼らは、「ロストロギア」の反応を有していた。

「ほう、お見事……。どうやら、あんたさん達があの殺し合いの生還者のようですな。……ようやく見つかりました」
「私たちを差し置いて生還した──というのは、万事に値する罪ね。さて、アクマロくん。どう料理しようかしら」

 二体の怪人には、いずれも見覚えがあった。多くは、モニターやデータ上でだったが、インテリジェントデバイスたちはその怪物を知っていた。
 レイジングハートは、二人を見て強い嫌悪の念を示す。

616BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:26:07 ID:RQpuUNRs0

「ノーザ……! それに、アクマロ……!」

 他ならぬ高町なのはを殺害したノーザと筋殻アクマロの二人だ。
 ゲームの序盤において、スバル・ナカジマをソレワターセに変える事で猛威を振るった残虐な二人は、こうして記憶をデータとして再変換しても尚、コンビで行動しているらしい。

 ──これが闇の欠片の、負の部分だ。親しい死者との再会と同時に、敵との再会までも許してしまう。
 そして、このアクマロは、蘇ってしばらくして、どうやらこちらの姿を見つけて、後ろから追い、あのように奇襲をしかけてきたのである。
 何より、彼らが翔太郎たちの姿を見つけられたのは、ただの勘ではなかったらしい事も、次の瞬間に明かされる事になった。
 空がないというのに不気味な白い雪が降り注ぎ、一人の怪人が更にそこへ歩きだす。

「やはり、私の勘に狂いはなかったようですね。……人の集まっていないところほど、大物が釣れる。──アクマロさん、良い料理の仕方を期待しますよ」

 ──ウェザー・ドーパントである。

「貴様は……井坂ッ! やはり貴様も地獄から迷い出たかッ!」

 彼もまた、アクマロに加担したらしい。そして、おそらくは──メモリの持ち主がどこにいるのか、それを彼は何となく察知したのであろう。良牙が持つT2ガイアメモリの一つ『WEATHER』の運命が彼と引きあったに違いない。

「ノーザさんも井坂さんも、気を急いているようですな。……しかし、こやつらの料理の方法ですか。そんな物は知りませんが……ただ、出来上がる物──彼らが行きつく場所が何かだけは考えておきましょう」

 ……彼ら三名のような真正の外道がエターナルの側につき、ベリアルの退治を願うという事は到底ありえない話である。
 言うならば、死んでしまった後の彼らの目的は、自分と同じ地獄に生者を引きずりこむという事なのだから。「馬鹿は死ななきゃ治らない」というのは、全くの出鱈目であると、こうして証明されたわけだ。
 アクマロは、ノーザとウェザーの期待に、ニタリと笑いながら返した。

「そう、勿論……彼らの行き場は、ノーザさんや井坂さんと同じ。地獄の苦しみを与えた上で、本当の地獄に落ちてもらいましょう!」
「オイオイ。……地獄にはてめえらはいらねえぜ」

 同じく地獄を名乗る者として、エターナルはアクマロの前に出た。──地獄を語ったからには、エターナルが自ら対峙せねばならないと思ったのだろう。
 どうやら、彼はアクマロとノーザを止めにかかるつもりらしい。それに並ぶようにして、ルナやアクセルやナスカも前に出る。

「井坂。……遂に本物の化け物どもにまで魂を売ったか! ならば遠慮はしない!」

 アクセルは、仇敵のウェザーを睨んだ。
 アクマロ、ノーザ、ウェザーの三体の強敵は、あくまでも生還者を地獄に引きずり込もうという魂胆らしい。──中でも、唯一この中で人間である井坂の姿に、アクセルは果てのない怒りを覚える。
 これまでも非人道的ともいえる実験ばかりを繰り返してきた井坂であった。しかし、死して尚、その振る舞いが常軌を逸しているとは思わなかったのだろう。常々、照井の人物評の下を行く行動ばかりを取る男だ。

「──さて、そういう事だ。彼らは僕達に任せて先に行きたまえ、仮面ライダーくん」
「……霧彦」
「その代わり、ヴィヴィオちゃんたちは君に任せた。君が黒幕の陰謀を潰し、僕たちの故郷に再び、良い風が吹く事を祈ろう」
「……当たり前だ。風都は俺たちの庭だぜ」

 ナスカは、それだけ聞いて、少し笑うと、その背にナスカウイングを開いた。その手に固くナスカブレードを握る。

「じゃあ、行くわよっ! ……あ、忠告しておくと、こう見えても私、──オバサンにも厳しいわよっ!」
「オバ……何よ、オカマのくせに!! トンデモない事言ってくれたわね!!」
「──あんたも今、言ってはならない事を言ったわね! ムッキィィィィィィ!!! これはもう、あの子に変わって、精一杯頑張って、このオバサンをブチ殺すッッ!!」

 ルナの腕がノーザを捕らえる為に伸び、エターナルがエッジを構える。アクセルの姿は青きトライアルのものへと変身する。

617BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:26:24 ID:RQpuUNRs0
 先に転送システムの下へと彼らを送らねばならず、その為にもこうした強敵との戦いを彼らは飲んだわけだ。それぞれが目の前の相手と戦っておくべき理由は尽きない──ゆえに、逃げる側と、逃がす側はそれぞれが合意した決闘であった。
 レイジングハートが、そんな彼らの姿を見つめながら、──自分に復讐の機会などない事を悟り、告げた。

「──ノーザ、アクマロ……。なのはたちが受けた痛みは、彼らが必ず返します! 無限に後悔しなさい」
「にゃー!」

 アスティオンもまた、アインハルトと一緒にいた以上は彼らの事をよく知っていたのだろう。ヴィヴィオの肩の上で眉を顰め、敵の方を威嚇したティオは、全てを彼らに任せる事を誓うのである。

「行きましょう! ──ヴィヴィオの行ったように、きっと彼らのような者たちが最後に世界を守ろうとしていると信じて……!」

 レイジングハートの言葉は、重たかった。
 そう、出来る事なら、あの時無力であった自分の手で相棒の仇を倒し、彼女に捧げたい。──しかし、それはきっと、仲間がやってくれる。それで良いのだ。
 復讐でも、怒りでもなく、ただ、正しいと思える事と守りたい物があれば良い。

「──うん!」

 ヴィヴィオたちは頷き、その場に背を向けた。激闘の音が耳に聞こえ始めたが、振り向く事はない。彼らは、全てを闇の欠片で再生された風都の戦士たちに任せ、管理システムへと向かっていくのだ。
 いずれまた、──それが『闇の欠片』であったとしても、霧彦たちに必ず出会えるよう祈りながら。
 そして、きっと、まだこの艦では彼らのような者が戦い続け、支え続け、──きっと、自分たちに追い風を送ってくれると信じながら。

「……そうやな。ブリッジにもきっと……ああいう人たちが……」

 はやてたちは走りだす。
 信じるしかない。──そして、信じる根拠は確かにある。
 彼らのように、死した者が時に生者の足を引っ張る事もあれば、助ける事もあるのだから。
 不幸な未来も時にはあるが、同時に幸福な可能性だって残されているのだから──。

「ノーザにアクマロに井坂……。やっぱり闇の欠片で再生されてる奴らの中にも、簡単にはいかない奴がいるって事か」
「……そうだな、また戦いたくはねえような相手とも殺しあわなきゃならないわけだ」

 良牙や翔太郎は、何名かの敵を思い出していた。
 ゴ・ガドル・バ、ン・ダグバ・ゼバ、ダークザギ……おそらくは、この状況でも決して相容れる事のない相手が何人もいる。
 それに、共に戦えるのかわからない者たちも──。
 良牙が、ふと、一人の「友人」の事を思い出し、その名前を物憂げに呟いた。

「あかねさん……」
「……きっと大丈夫ですよ、良牙さん。あかねさんは最後に本当の自分を取り戻してくれたじゃないですか」

 不安そうな良牙を、つぼみが宥めた。
 彼女にも、またきっと、今度こそ敵にならずに会える仲間がいると──そう信じながら。





618BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:26:52 ID:RQpuUNRs0



 やがて、彼らもすぐにアースラの管理中枢まで辿り着く事になった。
 その間、目立った妨害はなく、逆に、残存する『闇の欠片』たちに出会う事もなかった。それを彼らは怪訝に思った。

『なんか……随分とあっさりと近づいてる気がしないか?』
「……確かに、そんな気もする」
「却って怪しいな……」

 流石に、ここから先は危険と隣り合わせである事も覚悟していた身である。まだ敵が彷徨っていてもおかしくはなかった。
 それにしては奇妙なほど、彼らを襲う陰はない。
 ──が、その原因はすぐに判明する事となった。

「──はぁっ!」

 彼らが更に複数の角を曲がり、管理室付近へと辿り着いて見れば、眼前には、既に廊下の数十メートルを覆うほどの魔物の群れがあったのだ。
 ある者は背中に生えた邪悪な羽根をはばたかせ、天井に頭がつきかねん勢いで空からその様子を見つめている。
 そう、この魔物の群れは、管理システムの破壊の為に集まって来たようであった。既にその場に多くの敵が辿り着いたから、ここまでの道のりがこんなに手薄だったのだ。
 そして、生還者の目的地は、殆ど必ず──ここしかない。

「せやぁっ!!」

 ウエスターとサウラーの声が、時折聞こえてくる。何とか──辛うじて、二人がそこを守っている様子であった。そのほかに微かに増援もあるだろうが、少人数で大量の再生怪人軍団たちを倒すのは不可能といって相違ない。持久戦というにはあまりにも無謀だ。
 だが、そこで持ちこたえ、圧倒的な人数に絶望しかねなかった彼らにとっては幸いな事に、次の瞬間には、怪物たちは半減する。

 ──その怪物たちの攻撃目標は、ある者がはやてたちを見つけた瞬間、すぐに切り替わったのだ。
 そう、他ならぬ、生還者たちへと──。

「コマサンダーッッ!!」

 ジンドグマのコマ型怪人・コマサンダーの叫びを、敵目標発見の報せと訳したのか、部隊の一部は、視線を百八十度変えた。
 コマサンダーに限らず、カイザークロウ、死神バッファロー、サタンスネークなどといった強敵たちまでもはやてたちの側に気づいたのである。
 綺麗に部隊を半分に分散させた怪人軍団は、管理システムへの襲撃と並行して、生還者への攻撃を始める。

「──まずいっ、こっちに来たっ!」
「変身やっ!」

619BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:27:10 ID:RQpuUNRs0

 もはや、それはこの数日を経験した者には不要な合図だったかもしれない。
 はやての合図よりも早く、音が鳴った。

──JOKER!!──
「燦然!!」

 言われるまでもなく、警戒を強めていた翔太郎はメモリをロストドライバーに装填し、仮面ライダージョーカーへと変身する。暁もまた、シャンバイザーを取り出し、超光戦士シャンゼリオンへと燦然する。
 この二人と零が前に出た事で、ヴィヴィオやレイジングハートや良牙の援護はまだ不要な状態になった。

「──さあ、お前の罪を数えろッ!」
「今回は、倒す前から言っておく……俺ってやっぱり決まりすぎだぜ!」
「お前らの陰我、纏めて俺が断ち切るッ!」

 先陣を切って現れたカイザークロウのもとにジョーカー、死神バッファローのもとにシャンゼリオン、サタンスネークのもとに零が駆け出し、殴りつけ、叩きつけ、斬りつける──。
 そして、いずれの場合も、敵は苦渋の表情を浮かべ、口から泡を吐くような声を漏らしたが一撃では沈まなかった。

「──コマサンダー!!」

 各々がその戦いを優先している間に、怪人たちは次々と近づいて来る。
 戦いと戦いの隙間をすり抜けて、彼ら以外の生還者を狙う者たちもいれば、カイザークロウたちに加勢する者もいた。到底、ジョーカーやシャンゼリオンや零だけではそれを追いきれない。
 何にせよ、生還者といえど、この状況では戦わねばならないという事らしい。

「……いいんだよな? 今度は戦わせてもらうぜ」

 良牙が呟くと、はやてが頷いた。
 この艦にもう一人、「エターナル」がいるというのに、良牙はそんな事を構わず、エターナルのメモリとロストドライバーを取りだした。
 今、エターナルが選んでいるのは生者である良牙だ──。
 かつて、克己という正しい変身者がいた事を忘れずに、良牙はそれを装填した。

──ETERNAL!!──
──DUMMY!!──

 良牙はエターナルに、レイジングハートはダミーメモリによって大人なのはに、──それぞれ、その姿を変える。
 彼らは第二の壁として、近寄ってくる怪人軍団へと立ち向かった。
 後方にいる他の仲間を守る為だ。

「おらっ!」
「ぐわぁぁぁぁっ!!」

 エターナルのパンチが、コマサンダーの身体を一瞬で打ち砕き、泡と消した。
 そんな様子を見て、ヴィヴィオたちは安心する。
 ヴィヴィオが尚も、変身せずに残ったのは、完全に変身者がいなくなる事態を避けたからだろう。はやても、騎士の装甲こそ纏っているが、まだ戦う様子はない。
 そして、彼らが戦っている隙に、はやてが、残ったつぼみと杏子に指示を開始する。

「二人とヴィヴィオはこっちへ! 武器庫がある!」

 はやてがここで戦闘を行わないのは、この二人の誘導の為だ。──変身できないつぼみと杏子であっても、誰でも変身できるアイテムならば使用できるし、それ以外にも手に持つ事ができる武器はある。
 だから、支給品の内、アースラが回収した者が置いてある武器庫に向かう事になる。

「──……まあ、あれはまだ完成してないが、この際、しゃあない」

 そして、二人が近くの分岐をはやての後を追うようにして駆けだすと、何人かの倒し損ねた怪人たちがそれを追おうとしたが、エターナルたちはそれを阻み、次々と引きはがして殴り倒していった。





620BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:27:27 ID:RQpuUNRs0



 武器庫。
 ──ここは、武器庫といっても、普通の部屋であった。あくまで、回収した武器の内、危険性の高い物を厳重に保管している場所に過ぎない。
 はやて、つぼみ、杏子、ヴィヴィオの四名が向かったのは、其処であった。
 管理システムの前と異なり、彼女たちを追ってくる敵は全くいなかった。──それだけ、武器庫が普通の部屋の中と区別がつかなくなってしまっていたという事だろう。部屋の用意が出来なかった事が、却ってフェイクになったらしい。
 つぼみが、その部屋のドアの前ではやてに訊いた。

「ガイアメモリが保管されているんですよね。……あれを使っていいんですか?」
「──二人に与える武器は、ガイアメモリやない。あれは、おそらくあの会場以外で普通の人間がドライバーなしで使えば暴走の危険性がある物や。……それに、マキシマムドライブの為に使えるとわかっているから、もう全部良牙くんたちに預けてある」
「……じゃあ、何でこんなところに来たんだよ」
「……」

 はやては、彼女たちに何も言わなかった。
 ただ、その部屋のロックを指紋と瞳孔の認証で解除し、魔力を部屋の鍵の代わりにその場に流しこむ事で、ドアを開ける。
 本来、はやて以外はその部屋に立ち入る事はできないはずだった。
 そう、この認証がある限りは──。

「──ッ!?」

 ──が、その武器庫に入った瞬間に、自動的に部屋のライトが灯ると、先客がいた事が判明してしまった。
 入室した瞬間である。その部屋に置かれていた武器をその手に掴み、漁り尽くそうとしていた不気味な怪人の姿を間近に目撃する事になったのだ。
 四人が敵に驚いた時、相手もこちらに気づいた。

「ザレザっ!?」(誰だ)

 訊いたのは、侵入者の方だ。その侵入者は、異民族の言葉「グロンギ語」を使用していた。
 ──バトルロワイアルの参加者の一人であり、殺し合いに乗る側だった存在だ。
 だが、結果的にその怪人は誰一人として倒す事が出来ないまま、仮面ライダーやアインハルトに敗れ去り、力を失った所でノーザの洗脳を受けたスバルに屠られたのである。
 ここにおいても、誰とも協力する事なく、こうして隠れ潜んで力を得ようとしていたわけだ。──武器を得て、より強力になりたかったのかもしれない。

「ゴオマ……ッ!」

 ズ・ゴオマ・グ。
 グロンギの怪人の一人であり、その姿は究極の力を借りた後の姿であった。不完全ゆえ、その頭髪は焼けたように縮れて膨らんでいたが、その力は彼女たち人間の比ではない。
 たとえ、はやてやヴィヴィオがいるにしても、この二人だけでは少々力不足だ。

「──まずいっ! 逃げてっ!」
「ビガグバっ!」(逃がすかっ!)

 闇の欠片によって現れたゴオマは、彼女たちの元に歩きだし、逃げ切れなかったはやての首根をとがった指で掴んだ。閉じたドアを背にしてしまったばかりに、すぐに逃げ出せるような逃げ場はなかったのだ。
 頸動脈を絶たん勢いで硬く掴んだゴオマの力に、はやても危機を覚える。変身していないつぼみたちが狙われたならば、その時点で殺されたかもしれない。そんな危険な状況だったのだ。

「くっ……」

 しかし、この部屋にこうして先に侵入者がいるとは、はやてもこれまで思っていなかった。
 ──考えてみれば、克己たちが違うだけで、闇の欠片に再生された者は、時折、ランダムにあらゆる場所に転送される性質を持っている。
 そう考えると、ブリッジや転送室を含め、既にこの艦に安全圏などないのかもしれない。

「八神さんっ!」
「くそっ……離れろっ! バケモン!!」

 ガドルたちの恐ろしさは、つぼみや杏子もよく知っている。
 だが、立ち向かわずにはいられない。無力だとわかっていながらも、はやてを助けるべく、つぼみと杏子はゴオマの身体を蹴り倒そうとする。

621BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:27:48 ID:RQpuUNRs0
 だが、効果はゼロに等しかった。それどころか、その固い体表によって、逆に彼女たちが衝撃を受けて倒れているほどだ。

「──二人とも、離れてッ! アクセルスマッシュ! はぁっ!!」

 ヴィヴィオがクリスの力を借りて、ゴオマの背中に向けて何発もの魔力を込めた打撃を与えた。
 ──それにより、空気の波が振動する。打音は心地良くも聞こえる。
 しかし、効果はいまひとつというしかなかった。ヴィヴィオの手にも手ごたえがなく、彼女は険しい表情で冷や汗を流した。

「…………っ!!」

 そうこうしている内に、はやての顔がだんだんと青ざめてきた。
 呼吸が出来ない上に、ゴオマの力が強すぎて圧迫される首の部分にも相当な負担がかかっているのだろう。
 その様子を見上げながら、つぼみと杏子は焦燥感を募らせる。

「八神さん……っ!」
「に…………げ、て…………」

 そう言われるが、彼女たちも逃げる気はない。
 一刻も早く助けなければならないが、その為の力がなく、その上、このままだと自分たちがゴオマに狙われる事まで時間の問題だ。ヴィヴィオですらゴオマに対したダメージを与えられていない。
 はやての顔が苦しんでいくたびに、つぼみと杏子は、恐怖より前にそれを助けなければならない気持ちでいっぱいになる。ヴィヴィオもだんだんと焦り始めていた。

「っ……! どうしたら……っ!」
「くそっ……!」

 ──二人は、打開策もないのに、思わず、再び立ち上がった。
 何もできる事はない。それどころか、また立ち向かったところで、危険かもしれない。
 無謀であった。何か奇跡的な偶然が起こらなければ、彼女たちが勇気を奮って立ち上がった意味は瞬時になくなり、二人の命も消えるかもしれない。

「誰か……っ!」

 つぼみは手を合わせて祈った。
 それは咄嗟の出来事であったが、やはり奇跡的な偶然や神頼みしか方法が浮かばなかったのだ。
 だが、そんな時である。

「──!」

 ──その「奇跡的な偶然」は、起こったのだ。

「──プリキュア・ブルーフォルテウェイブ!!」

 その部屋の隅から、どこか懐かしい叫びが聞こえ、ゴオマの背中から青白い光が飲み込んだ。はやてやヴィヴィオさえも巻き込んで、それは、ドアの前にまで波打って行く。
 高波が襲い掛かるような衝撃に、ゴオマの手は思わずはやての首元から離れた。

「グッ……グァッ…………ッッ!!」

 ゴオマはどうやら苦しんでいるようだが、はやてとヴィヴィオには一切、その攻撃によるダメージがなかった。──邪心を持つ者にしか、その攻撃は効かないのである。
 つぼみは、驚きながらも、その攻撃の主の姿を部屋の中で見つけ出した。振り返れば、そこに“彼女”がいる──。
 二度と会えないはずの彼女だ。

「まさか……」

 ──水色のウェーブの髪。
 ──白い生地に青い飾りを拵えた衣装。
 ──少しばかり小柄な体躯。

 そして、ここまでの出来事を全く気にしていないかのような陽気な笑みと、どこか照れ隠しのように後頭を掻く姿。
 全く同じ名前の技を放つ知り合いを、つぼみは一人知っていたが、彼女を確信させたのはその愛しい姿を見つけた時であった。

622BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:28:12 ID:RQpuUNRs0

「え……──」

 そして、そこにいるのは、その知り合いだ。
 何より、闇の欠片ならば、その人間を再現していてもおかしくはない──。

「──……えりか!?」
「えへへへ……つぼみ、久しぶり。なんか、こっちに転送されてきちゃったみたい」

 ──来海えりか、キュアマリンであった。
 いや、見れば、彼女が先頭に立っているというだけで、ここにいるのは彼女だけではないようだ。
 キュアマリンに限らず、多数の戦士の魂を象った闇の欠片が、次々とそこに転送されていく。──否、彼女たちに限れば、それは「闇の欠片」という言葉を言い換え、「光の欠片」とでも呼ばなければならないかもしれない。
 とにかく、順番に転送されていく欠片たちは、彼女たちに縁のある少女たちだった。

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」
「イエローハートは祈りのしるし! とれたてフレッシュ! キュアパイン!」
「真っ赤なハートは幸せのあかし! 熟れたてフレッシュ! キュアパッション!」
「「「レッツ、プリキュア!」」」

 桃園ラブ、山吹祈里、東せつなの三名を象ったプリキュアたちが、邪悪な気配を前にして敢然と名乗りをあげる。
 立ち上がったゴオマは、前方で名乗った彼女たちの姿を見て、息も切れ切れながらにその姿を睨んだ。
 杏子やはやても、ヴィヴィオでさえも唖然とした様子だ。

「せつな……!」
「祈里さん……!」

 二人の呼びかけに、キュアパッションとキュアパインが手を振った。それに、キュアピーチも笑顔でうなずいている。キュアベリーがいないのが少々だけ残念であったが、彼女の欠員もまた仕方のない話だった。
 ──そう、彼女たちがよく知る者たちが、光の中からここに転送されてきているのだ。
 更に、次の戦士たちも転送されてきた。

「──それなら、こっちはピュエラ・マギ・ホーリー・クインテットね」
「……長いわ」
「マミさん、悪いけどそれ、覚えらんないんだけど……」
「えっと……とにかく、こっちも頑張ろうっ!」

 プリキュアの名乗りに対抗するかのように、奇妙な団体名を口にしたのは、巴マミ、暁美ほむら、美樹さやか、鹿目まどかの四人の魔法少女であった。
 ゴオマは、そんな彼女たちが現れた左側の隅を見て、そのうち一人──桃色の髪の魔法少女にどこか見覚えがあるのを思い出し、少し鼓動を早め、息を荒げた。
 つぼみもまた、そこに知り合いがいるというのは同じだ。

「さやか……」

 杏子には、その全員に対して何か記憶がある。元の世界に戻った時に更新された記憶では、魔女との戦いと魔獣との戦いの二つの思い出も追加されている。
 だが、どの世界にも共通して言える事がある。

「……みんな」

 ──そこにいるのは、友だ。
 そう、一人残らず──。

「えっと……高町なのは、頑張りますっ!」
「フェイト・テスタロッサ……行きます」
「あ、こんにちは。ユーノ・スクライアです。……って、あれ!? 僕だけ男だよっ!? いいのかな、ここにいて……」

 ゴオマから見て右の隅からは、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライアの三名のまだ幼い魔導師が現れる。
 とにかく名乗りをあげようとしたが、彼女たちもすぐには思いつかなかったらしい。その姓名だけを簡単に名乗り、ゴオマを前に、まだ少し緊張感のない様子を見せた。
 はやても、そんな彼女たちの姿を見て、やっと吸い込めた息で言葉を形作った。

「……あれは、……なのはちゃん……フェイトちゃん……ユーノくん……夢やないんだよな……」
「はい! ──小さい頃のママたちが助けに来てくれたみたいです!」

623BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:28:34 ID:RQpuUNRs0

 はやては、ヴィヴィオの肩を借りて、その部屋のもっと奥に避難しようとしていた。
 そんな中でも、なのはやフェイトやユーノの闇の欠片が出現した時には、彼女の顔色も随分と良くなったような気がした。
 ゴオマは、ここにいる何名もの全てが敵である事を解したのか、少々、驚嘆している。
 これまでのゴオマの戦いで、最も多くの敵が同時に責めてきている。──それも、リントとはくらべものにならない力を持つ強敵たちが。

「……サンキュー、助かったぜ! ──フェイト、ユーノ……また会えてよかった!」

 彼女たちの後ろに向かった杏子たち──動じていないわけではない。
 だが、はやてやつぼみに比べればまだ、闇の欠片の性質を割り切って考えて、落ち着いている部類だった。そんな言葉がかけられるほどだ。
 キュアマリン、キュアピーチ、キュアパイン、キュアパッション、鹿目まどか、美樹さやか、巴マミ、暁美ほむら、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライア……そこに集った少女たちは、いずれも欠片に過ぎない。
 だが、少なくとも──友達の為に協力するくらいの魂はその中に残されている。

「まだまだいるよ〜!!」

 戦慄するゴオマの元に、更に数名の戦士が転送される。
 ──新たにそこにデータが送られた闇の欠片は六つ。
 キュアサンシャイン、キュアムーンライト、ダークプリキュア、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、アインハルト・ストラトス。
 少しばかり、業が深かった者もいるだろう。──だが、それでも、助けが必要とされている状況だった。そんな時に立ち上がらない彼女たちではない。

「いつき、ゆりさん、なのはさん……!」
「アインハルトさん……!」

 それらが現れた事にゴオマが更に驚いたのだが、他の闇の欠片たちは、──それを誰より驚くはずの生者でさえも、至極冷静であった。
 とにかく、これにて、ゴオマの敵は十九名になったわけだ。
 はやてたちの危機に、闇の欠片たちは続々とこの場へと転送される。まるで因果が彼女たちをこの場に近づけているかのように。

「まったくもぉ〜。みんな遅いよ〜、名乗り損なっちゃったじゃん」
「なんだか……色々あった割には元気だよね、マリン」
「逆に怖いわ。……本当に私を許してくれるの?」

 キュアマリンのあまりにも軽い態度に、キュアサンシャイン、キュアムーンライトと順に驚いている。それというのも、やはり、三人とも、えりかの死に何かしら関わり、ムーンライトに至っては加害者そのものであったからだろう。
 自分を殺した相手を許すというのはなかなか出来ない。そんな機会は滅多にないのだが。

「そんな事言ったって、過ぎた事をとやかく言っても仕方ないし。あたしの心は海より広いんだからね〜っ!」

 と、キュアマリンは言うが、はっと一つの事に気づいたように振り返った。
 彼女の視線の先にいたのは、黒い片翼の戦士──ダークプリキュアである。

「……っていうか、こっちこそ疑問なんだけど、なんでアンタがこっちにいるわけぇ?」
「あっ、それなんだけど、マリン。……ダークプリキュアは、もうダークプリキュアじゃないんだよ。一応、姿はダークプリキュアのまま召喚されたみたいだけど、ゆりさんが一緒だからね。わかりやすくしてあるんだよ、きっと」

 答えたのはキュアサンシャイン──またの名を、明堂院いつきである。
 最も深く関わり、彼女の事情を知っているのは彼女である。

「はぇ?」
「……彼女の名前は、月影なのは。えっと、この状況だと、名前も含めて紛らわしいけどそういう事だから」
「うーん……なんだかわかんないけど、まあいいや! とにかく今はもう味方っと。……んじゃま、そういう事ならよろしく〜」
「ああ、うん。……なんだか軽いな。でも、こちらこそよろしく。キュアマリン……えりかだね」

 とまあ、そんなやり取りがプリキュア同士で行われていた時、なのはも、新しく現れたスバルたちと会話を交わしていた。

「……えっと、スバルさんにティアナさん?」

624BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:28:59 ID:RQpuUNRs0

 なのはは、スバルとティアナに無邪気に話しかける。
 ティアナもなのはに対しての憎しみをあの場で募らせたはずだが、どうもこうして幼いなのはを見ていると、そう憎んでもいられない。というより、やはり実際目の前にすると、なのはの姿は恐い物だった。
 スバルが、ティアナに小声で聞く。

「……ねえ、ティア。この三人にもやっぱり敬語使った方がいいのかな?」
「えっと……どうだろう。普通に顔を合わせづらいんだけど」

 そうして二人が迷っていたのを、なのはが不思議そうに首を傾げて見ていると、今度は横からアインハルトが口を開いた。

「……お久しぶりです。アインハルト・ストラトスです。ヴィヴィオさんのお母様たち、とユーノさん、それにスバルさん、ティアナさん」
「ほら、敬語必須だよ! あの子だって敬語使ってるし」
「あはは……。……あーあ、結局、今のあたしたちじゃ、なのはさんには勝てないって事か……」

 ティアナは、苦笑いしながら、またどこか嬉しそうに肩を竦めた。
 ともかく、ティアナがメモリの力などを含めて暴走した事を彼女たちは知らない。
 水に流すも流さないもなく、彼女たちは同じ世界の人間同士として結託する流れになったわけである。





「ギガララ ゴレ ゾ ワグレスバ!!」(貴様ら、俺を忘れるな!!)





 と、ゴオマが自分を忘れて話を咲かせる彼女たちに向けて、突然、大声で怒った。
 それを見て、彼女たちは数秒だけ考える。

「あっ、いけない。……あの人がいた事、すっかり忘れてた!」
「って言っても、あっちは一人だしねぇ。この数で倒すのは、卑怯というか何というか……」
「相手が怪物なら、卑怯もラッキョウもないわ。さっさと片付けましょう」
「うーん……倒してしまうと、本当に男が僕だけになってしまうから、できれば倒したくはないんだけど……」
「そんな事言いっこなし! もう君は外見が可愛いから女の子!」
「え〜〜〜〜〜っ!?」

 これが女だらけという状況でなければ、ゴオマの事を忘れるような事はなかったかもしれない。
 現にユーノはしっかり覚えていたが、彼女たちの殆どは、とにかく女同士の積もる話を盛り上げるばかりで、全くゴオマを無視していたようだ。
 しかし、ゴオマもまだ、無視されていた方が幸福であった事は間違いない。
 一人一人でゴオマに敵わないにしても、これだけ頭数を揃えれば、もはやゴオマの分が悪すぎた。──そして、個々の力が弱いとしても、力を合わせれば更なる力を発動できる彼女たちにとっては。

「──よしっ。それじゃあ、つぼみちゃん、杏子ちゃん。これ使いな!」

 と、そんな時、はやてが何かをつぼみと杏子に向けて投げた。
 ゴオマがすっかり忘れられて動かなかった内に、この場に秘蔵してあった武器を発掘していたようである。はやても感動の再会より先にそちらを優先するとは、抜け目ない話だ。
 元々、つぼみと杏子をここに誘導したのは、緊急時に使用すべきある秘蔵の武器を彼女たちに託すためだったのだろう。

 そんな彼女に動揺しながらも、つぼみと杏子はそれをキャッチする。
 それは、シプレとキュゥべえの形をしたぬいぐるみであった──それらの触り心地は、まるでセイクリッドハートやアスティオンのようだ。

「あの……何ですか? これ」
「超短期間で作った簡易デバイスや。はっきり言って、二人の使う花のパワーや魔法はこの世界の常識とは大きく違うから、これまでほどの力は使えんし、使用できるのは解除するまでの一回きり。……でも、折角、こんなスペシャルな状況やしな」

 ──つまり、今、杏子とつぼみの間に渡ったのは、ハイブリッド・インテリジェントデバイスそのものであった。

625BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:29:21 ID:RQpuUNRs0
 術式が存在しないとはいえ、二人とも魔力に準ずる力を有している。杏子の場合は後から授かった魔法少女としての力──これは今ではレーテの影響で使えないが、杏子自身には内在する──、それから、つぼみの場合は花のパワーだ。

 そんな彼女たちに向け、はやてたちは、この艦に乗る者が必ず受ける検査や、疲労や傷の治療時のデータで、最も彼女たちに適切なデバイスを制作した。
 ──結果的に、おそらく使用は一度か二度が限界な使い捨て型のようなデバイスが完成してしまったわけだが、それこそ瀬戸際の状況ではこれを使ってしまうというのもまた一つの手であると言えた。

「──マスター認証、花咲つぼみ。術式、スキップ──臨機応変に。個体名称は、『シプレⅡ』」
「──マスター認証、佐倉杏子。術式、スキップ──臨機応変に。個体名称は『インキュベーター』」

 認証方法を知らないつぼみと杏子であったが、デバイスの側が勝手に機械音で認証を済ませた。既に管理局内で検査した二人のデータを利用しているのだろう。
 はやてがこんな物を作っていたとは、二人も全く知らなかった様子である。
 それを秘匿していたのは、やはり、それが成功作といえないからだった。
 折角用意したデバイスであるが、その能力はベリアルを相手にするには遠く及ばない。──ゆえに、武器があると糠喜びさせるよりも、失敗作として封印させてしまった方がまだ身が締まるだろうと考えたのだ。

「──よしっ!」

 しかし、今は、はやてもどこか嬉しそうだった。
 ──プリキュアたちと、魔法少女たちは、三人の姿を見守る。

「「うわっ……!」」

 そして──光が消える。
 次の瞬間、認証を完了すると同時に、二人の衣服が再構築され、それぞれに縁のある形のバリアジャケットを形成した。
 そう、キュアブロッサムと、魔法少女と全く同じ姿に──。
 全てが終わり、自分自身の恰好を二人は見下ろす事になる。──細部に至るまで、全く同じデザインのジャケットに。

「これは……! 本当に、私たちの姿……!」
「──さて、これで、こっちもカードが揃ったというわけや」

 はやてが言うと、まだ驚く気持ちを抑えられないながらも、彼女たちは自分の状況をすぐに受け入れた。
 こんなに心強い話があろうか──はやてがこんな物を隠していたなどと。
 確かに、力がみなぎる感覚はないし、ロッソ・ファンタズマのような魔法も使えない。花のパワーも感じられず、いつものように敵に素早く技を叩きこむのは難しい。

 だが──。
 今は、こうして、共に「オールスターズ」と並ぶ事ができる。

「へっへーん、史上最強の女の子軍団の誕生! 一気に決めちゃうよ!」
「……あの、だから僕は男の子……」

 ──キュアピーチ、キュアパイン、キュアパッション、キュアブロッサム、キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライト、ダークプリキュア、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、高町ヴィヴィオ、アインハルト・ストラトス、鹿目まどか、美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、暁美ほむら。
 あの戦いの参加者の実に三分の一に近い人数がここに集い、ゴオマを睨んだ。

「──ディバイン・バスター!!」
「──ティロ・フィナーレ!!」
「──プリキュア・エスポワールシャワーフレッシュ!!」
「──リボルバー・ナックル!!」
「──覇王断空拳!!」
「──プリキュア・フローラルパワー・フォルティシモ!!」

 そこから先の結果など、言ってしまう方がゴオマにとって酷である。





626BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:29:38 ID:RQpuUNRs0



「──苦戦しているようだな。……銀牙騎士の名を受け継ぐ魔戒騎士」

 敵を斬りつける零たちの前にもまた、闇の欠片は次々と転送されていった。
 それというのも、この艦の敵たちはあらゆる場所で一掃されていったからである。
 再生怪人軍団ももう殆どが斃れており、残存勢力の殆どはそこに集中していた。積載量を大きく超過する人員が載ったアースラも、ようやく肩の荷が下り始めた頃合いだろう。

「──」

 ──零の前に霞みのように現れ、敵を斬りつけていた戦士は、彼を驚嘆させるに値する存在であった。
 ああ、忘れるわけもない。
 たとえ、何度生まれ変わろうとも。

「お前は……」

 その戦士は、魔戒騎士の名と誇りを捨て、闇に堕ち果てたはずなのだから。
 そして、零はその男をずっと仇として追い続けていたはずなのだから。
 それでも、その騎士の存在を認めつつはあったのだから。

「涼邑零……守りし者は、己の守るべき物の顔が見えているらしいな。──だからこそ、今、僕はここにいるのかもしれない」

 ──暗黒騎士キバであった。
 彼は、その剣を凪ぎ、目の前の怪物たちの群れを引き裂いて行く。よもや、キバに敵う敵など、そうそう要されるはずもなかった。
 零に敵対するどころか、その活路を開こうとする彼の姿を、零は見つめた。

「バラゴ……」
『おい、いいのか、零? 一応、こいつはお前の仇なんだぜ』
「んな事言ったって、お前に殺された父さんや静香もなんか蘇っちまったしな……」

 呆気にとられながらも、零は彼が切り開く活路で、更なる敵を斬り裂き続けた。
 ザルバは、あまり不思議に思ってもいないようで、零への言葉はそれほどバラゴを責める意図のある物には感じられない。

「──それに、たとえ、またコイツに大事な物が狙われたとしても、今度こそ必ず俺が二人を守る」
『やれやれ。バラゴ……お前も、今度はもう余計な事は考えない方がいいぜ』

 レイジングハートも戦いながら、暗黒騎士キバの姿を確かにその目に焼き付け、その様子を遠目で見つめながら呟いた。

「バラゴ……やはり、あなたも騎士であったようですね」

 レイジングハートは、その事実を知れただけでも満足だっただろう。
 モノであった彼女にだけ自分の心を吐露し、いつの間にか、その相手であるレイジングハートに対して、どうしてか、庇う行為をしてしまったバラゴ。
 おそらくは──騎士であろうとも、人間の心は、その心の一欠片を誰かに掬ってほしかったのだろう。
 人は、きっと常にそんな相手を求めている。それを誰にも明かせなかった者こそ闇の淵に近づいて行くのだ……。

「──で、主役は端で雑魚狩りというわけか。冷たいものだな、零もザルバも……」

 黄金騎士牙狼(ガロ)こと冴島鋼牙もまた、黄金剣をその近くで剣を凪ぎ、振るっていた。
 魔戒騎士たちの系譜は留まる所を知らない。
 終わりなきホラーたちとの戦いに光を齎し続ける──。







「──知っているか!」

 同じく、暗黒騎士の二つ名を持つ男も、闇の欠片として現れたらしい。
 いやはや、彼が出てきた瞬間、シャンゼリオンこと涼村暁も頭を抱えてしまう。
 何せ、もうとっくの昔に倒したというのに、またこうして出てきては、シャンゼリオンの隣に立とうとするのだ。

627BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:30:01 ID:RQpuUNRs0

「終生のライバルという物は、時として、力を合わせ共通の敵と戦う場合がある。そんな時には、普段いがみ合っている者同士も、意外と相性が良い事があるという……」

 そうして、暗黒騎士ガウザーは、いつもの調子で薀蓄を垂れた。
 しかし、指を突きつけてそう言い切ったのはいいが──

「おらっ! くたばれっ!」
「ぐわぁっ! ネオショッカーバンザーイ! どかーん! やられたーっ!」

 ……シャンゼリオンも聴衆の怪人たちもとうに戦っており、敵の怪人軍団も誰一人としてガウザーの言葉を聞いていなかった。
 ダークザイドの怪人ならば、もう少しガウザーに敬意を払って聞いてくれる物なのだが、そうもいかないらしいのだ。

「……」

 ──ガウザーのもとに、渇いた風が通りすぎた。
 誰か一人でも聞いていてくれてこその薀蓄だ。それも、彼なりに恰好のつく事を言ったつもりであったが、それを誰も聞いておらず、妙に恥ずかしい空気が流れている。
 少しのタイムラグを経て、怒りが頂点に達してくると、ガウザーはその手に握られた暗黒剣を振りかざした。

「シャンゼリオン……貴様、ちゃんと聞けっ!」
「うわっ、なんで俺に斬りかかるのっ! どうでもいいお前のインチキ話なんかもう聞きたい奴がいないんだっての!」
「何だと……? 貴様、この場でもう一度勝負をやり直してみせるか……!?」
「ホラ、やっぱりお前の薀蓄は嘘ばっかりじゃねえかっ!! 何が相性が良いだよ、やっぱり俺とお前の相性は最悪だッ!」

 しかし、そんな二人が剣を交え合うと、ガウザーが弾き飛ばしたシャイニングブレードが見事に運よく周囲の怪人に突き刺さり、反撃の為にシャイニングクローをガウザーに叩きこもうとしたシャンゼリオンの腕は、ガウザーの回避によって背後の怪人に誤って命中する。
 期せずして、個々が怪人を相手にしていた時よりも効率良く敵が消えていくようだ。
 全く、奇妙である。
 だが、そういう事も案外あるのかもしれない。

「──シャンゼリオンッ!」
「黒岩ァッ!! ──」

 ガウザーも、黒岩省吾もまた──暁の存在と同じく、ただの夢だ。それも、「時」が動けば消えるという暁に比べても、その寿命が短いという「闇の欠片」──即ち、夢のそのまた夢である。
 しかしながら、彼は今も暁と共に戦い続ける。

 誰かが忘れ去ったとしても、絶対にこの人類史において一番の名勝負をした誇りが、このガウザーの中には輝き続けるのだ。
 それで、彼は、自分が「誰かの夢」であったとしても──その記憶だけを胸に止めて、自分の存在を受け入れるだろう。
 彼の姿に何か想いを馳せる気持ちもあった。──が、それは自分らしくないと思い、やめた。







「──はぁっ!!」

 仮面ライダージョーカーの右腕は、以前にも比べてアタッチメントアームを自在に使いこなせるようになっている。今は、パワーアームが装着された状態で、ナケワメーケの身体にその刃を叩きつけていた。
 ナケワメーケの身体が切断され、ジョーカーはそこから体の軸を回転させ、何発もの蹴りを叩きこむ。ナケワメーケが消滅していく。

「……ふぅ、まだまだあんなにいやがる」

 まだまだ、敵の群れは多い。
 管理システムを蹂躙しようとする怪人軍団を倒すにはどれだけ時間をかければいいだろう。──考えただけでも骨が折れそうだ。

628BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:30:21 ID:RQpuUNRs0
 そんな時である。

「何……この程度、俺たち仮面ライダーを相手には、大した事はないさ」

 そんなジョーカーを援護するかのように聞こえた野太い声が廊下に響いた。
 ジョーカーは思わずそちらを見たが、そこには既にその男の姿はない。
 ──彼は、その時には既に天井近くまで飛び上がっていたのだ。そこから繰り出される技は、一つだった。

「見ていろ、仮面ライダージョーカー……! ──ライダァァァァァァァキィィィィィィィッッッック!!!!!!!」

 ジョーカーの目の前を覆う怪物の群れが、空中から降り立ち、四十五度の入射角で蹴りを叩きこんだ陰に戦慄する。
 怪物たちの中には、かつてその戦士たちに倒された恨みを持つ者もいただろう。
 そう、彼はその戦士たちの「はじまり」。

「あれは……!!」

 ──ジョーカーもまた、その陰に自然に目をやった。
 そう、彼の眼前に現れたのは、銀色の手袋とブーツを持つバッタの戦士、仮面ライダー1号であった。
 赤いマフラーが、ナケワメーケを蹴散らし、地面に着地した1号の首元で、死の風に靡く。
 仮面ライダー1号が、ジョーカーに目を合わせた。

「──初めて会ったな、仮面ライダージョーカー。君の話は沖から聞いたぞ」
「あんたはまさか、仮面ライダー1号……!」

 緑のマスクが頷いた時に、またどこかから音が聞こえた。

「──2号もここにいるぞ!」

 ジョーカーが振り向けば、そこには、エターナルたちに任せたはずの後方の敵たちを殴り倒している仮面ライダー2号の姿があった。
 パワフルに敵の身体を叩きつけていく、かつて人間の自由と平和を守った戦士たちの猛攻。
 邪心だけを甦らせた怪物たちが、いくら数を合わせたところでも彼らに敵うはずがなかった。
 否、それだけではない──この場では、見知った顔も戦い続けている。

「この俺は、ライダーマン!」
「仮面ライダースーパー1!」
「仮面ライダーゼクロス!」
「仮面ライダークウガ!」

 闇の欠片によって再生された仮面ライダーたちは、どうやらジョーカーたちに協力しているらしいのだ。
 仮面ライダーの意志は、誰一人欠ける事なく──。
 ──そんな彼らの戦いを思わず、何もかもを忘れて棒立ちで見入ってしまっていた。

「……そうか……そういう事かよ……。それなら、俺は、仮面ライダージョーカーだ!」

 だが、直後にはジョーカーは心の底からより一層の闘志の勇気が湧きあがるのを感じ、目の前の仮面ライダー1号に並び立った。周囲には敵が未だ多い。
 まだ底なしの力が自分にはある。

「──こいつが……この湧きあがる想いが、仮面ライダー魂か。こいつは、本当に尽きないらしいぜ! 大先輩」
「勿論だ。この程度の敵、俺たち仮面ライダーが──いや、ガイアセイバーズが揃えば数の内に入らん!」







 クロノ・ハラオウンも、こうして目の前に怪人の群れが襲い掛かって来た時には軽く絶望さえ覚えた物であったが、いつの間にかそんな気持ちは完全に失せていた。
 むしろ、却って呆然としているほどだ。
 死したはずのテッカマンブレードや、テッカマンエビルや、テッカマンレイピアや、テッカマンランスが──目の前の怪人軍団を各々の武器で倒し尽くしている姿に。

629BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:30:42 ID:RQpuUNRs0
 あまりの事に、アースラに元々乗船していた側の人間は、軒並み棒立ちして彼らの奮闘ぶりを黙って見ていたくらいである。

「……兄さん、今、何体倒した?」
「──四十五体だ」
「僕は四十九体。──途中経過は、僕の勝ちだね」

 そして、そんなやり取りは、彼らが確かに「兄弟」であるのを実感させた。
 その瞬間から、意地を張ったのか、急激にテックランサーで四体の敵を引き裂いて泡に引き返したブレード──どうやら、まだ弟には負けたくないらしい。
 いや、むしろ──彼自身が、敗者の自覚があるからこそ、一層負けず嫌いになっているのかもしれない。

「貴様ら、現世に立った時くらい、そのくだらん兄弟喧嘩をやめられんのか……」

 テッカマンランスが呆れるように二人のテッカマンを注意するが、ブレードといいエビルといい聞く耳持たずだ。
 そんなランスも、次々と敵を倒していく。──意外にも、敵以外には牙を剥く様子が一切なかった。

「──まったくもう、お兄ちゃんったら……」

 実の妹にあたるレイピアもやれやれ、と兄たちに呆れた様子である。
 ブリッジの当面の危機は、このテッカマンたちによって回避されつつあったらしい。
 クロノたちも呆然としながらも、そのロストロギアによる嬉しい誤算に、今は安堵するばかりであった。

 この、突如現れたテッカマン軍団によって、ブリッジの人的被害は全て食い止められていた。非戦闘要員が襲われる暇もないほどに、テッカマンたちが残りの敵たちを倒していってしまう。
 ブレードも。エビルも。レイピアも。ランスも。
 それらは、かつての因縁から解放されたかのように活き活きと、敵たちを、彼らがいるべき場所へと返していく。







 ──エターナルたちと、アクマロたちもまだ戦いを続けていた。
 エターナルたちの方が些か優勢であり、既に、ノーザとウェザーが葬られ、残るのはアクマロだけという状況であった。しかし、これでもアクマロがなかなかの強敵であり、四人の戦士が彼を囲んでも尚、アクマロは淡々としている。
 そんな戦地に、少し遅れて現れる者がいた。
 コツコツ、と足音が鳴る。──それに気づいた。

「……お前は」

 だが、それよりも早く──その「闇の欠片」が放つ妖気に惹かれる者が数名いたのだ。
 そして、それは、この戦いの相陣営の主将に違いなかった。
 エターナルとアクマロが、自ずと手を止め、他の者もそれを奇妙に思って手を止めた。
 現れたのは、白いぼろぼろの和服を着た浮浪者のような男性である。──エターナルとアクマロにだけは、その男に見覚えがあった。

「妖怪……」

 腑破十臓。
 仮面ライダーエターナルに敗れ、「天国」でも「地獄」でもない「無」へと旅立った狂気の人斬りである。風貌は、骨格が露出したようなごつごつとした体表に、鮮血を塗したようなマスク──それが死によって齎されたものではない事は、エターナルやアクマロだけが知っていた。そして、その他の者は、彼を「地獄を通り抜けてきた者」だと誤解した。

 だが、やはり、彼やアクマロのような外道は、死後に地獄に行く事さえままならなかった。
 十臓には終着点はない。──ただ、その終着点に至るまでに、より多くの人の身体を斬り裂き続けようと思い立ち、そして、その中で幾人かの宿敵を見定めただけだった。
 今や、その終着点を超えた彼は、無論、今こうしてまた始まった時は、次の終わりに至るまで、人を斬ろうと願ったのだが──それを、ふと、辞めた。

「本当に俺が人を斬る為の刀はもう此処に無い……」

 十臓の手には、刀はなかった。

630BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:31:05 ID:RQpuUNRs0
 それこそ、全く以て「裏正と同じ姿」の剣は、アースラに召喚された際にその手に在ったはずなのだが、これがどうも十臓の手に合わなかったのだろう。奇妙な違和感を覚え、十臓はある結論を下した。

 もう、妻の魂が込められた裏正は何処にもない、と。
 その時、彼はその模造品を捨て去った。──彼が裏正に拘るのは、それがただ猛き刀だからというわけではないのだ。
 妻の魂が打ち込まれていてこそ斬る甲斐があった。

「──不服だ。仮面ライダーエターナル……貴様と再び会える時、俺の手には必ず裏正があるものと思ったが、既に裏正と同じ剣はこの世にないらしい」

 十臓はこの場で七人の注目を浴びながら、その中のただ一人にだけ目を向けていた。
 肩を上下させ、アクマロの様子に注意を向けながらも、やはり十臓の事は気がかりで彼に視線を当てた。──尤も、アクマロの方はあまりエターナルなど気に留めずに十臓を凝視しているようだったが。
 アクマロが、先に口を開いた。

「……これはこれは、十臓さん、良い所に来てくれました。どうですか、我は今、このエターナルたちを倒し、この世に地獄を──」
「──黙れ。俺はエターナルに話をしている」

 返答は、一蹴。
 それも即答であった。アクマロが少し動揺した様子を見せた。
 エターナルが代わって口を開いた。

「妖怪……お前は俺に敗れた。もう俺に挑む資格はない。……いや、仮に挑んだとしても、お前は俺の前に成す術もないだろう」
「そうとは限らんぞ。俺はまだ、あの斬り合いの続きを楽しみにしている。……いや、だが、今の俺に用があるのはお前じゃない。──俺は今、シンケンレッドという男を探している。今の俺が求めるのはその男との決着のみ」
「この中にいねえなら、そんな奴は知らねえなッ! 他を当たれ!」

 しかし、エターナルの言葉と共に、アクマロは頬を引きつらせた。
 彼だけは、十臓が戦いを拘り続ける「シンケンレッド」について知っている。──そう、血祭ドウコクと共に見たあの外道。
 アクマロの二つ目の命を消し去ったのは、他ならぬシンケンレッドだが、それは既に今までのシンケンレッドではなかったのだ。

「……知りたいですか? 十臓さん」
「何? 貴様が知っているのか?」
「──シンケンレッド。……ええ、存じております。……ふふ、……ええ、彼は外道の道に堕ちました……! あなたが決着をつけたがっていたシンケンレッドはもう、あの血祭ドウコクの配下です……! ふふふふふふふっ!!」

 外道──今のシンケンレッドは、まさに、そう呼ぶに相応しい。そして、地位さえも剥奪され、ドウコクに忠実な家臣となったのであった。
 十臓は眉を顰め、アクマロがいやらしく笑った。
 あまりにも困惑した様子の十臓を前に、アクマロは笑い続けた。

「さあ、それが彼とあなたの決着です……! もう拘る必要はありません。我と共にこの艦を地獄に鎮めましょう……十臓さん!」

 しかし……どうしてか、十臓は、アクマロの告げた事実に、思いの外すぐに納得した。
 彼自身、シンケンレッド──志葉丈瑠の本質を何処かで見抜いていたのだろう。既に影武者であろう事は予測していたし、ゆえに、いつか外道に堕ちるかもしれないという所までは知っていた。
 だが──その引き金を引くのは、自分自身だと思っていた。
 ──いや、十臓はそうでありたいと望んでいたのだ。
 それも、あの殺し合いの結果、潰えたらしい。
 それを想うと、今度は十臓の方に笑みが浮かんできたのであった。

「──ハハハハハハハハッ……! そうか、奴はもう外道に堕ちたか……ならば、……ならば、俺もこの世に用はない……!」

 人斬りの、自棄の笑いが木霊する。しかし、それは、あまり悲壮感もなく、すぐに納得して受け入れてしまったがゆえの声だった。
 腑破十臓──この男はつくづく哀れだ。
 何の理由もなく、ただ斬り合いだけを生きがいとしてきた男である。そんな男の悲願など、最初から叶えられようはずもなかったのだろう。
 しかし、結局、自分の目算通り、自分と同じに志葉丈瑠が堕ちていったという事実は何処か笑いが出てしまった。

631BRIGHT STREAM(4) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:31:22 ID:RQpuUNRs0

「妖怪。……目当てがいなくて残念だったな」
「──仮面ライダーエターナルか。貴様も変わったな。俺と同じ臭いが消えた……もう貴様とも決着をつける意味はないかもしれん。……だが、まあいい……またいずれ、何処かで会おう──」

 十臓は潔く消え去った。
 その消え際の笑みは、まるでまだ彼の狂気は続いていくかのようだ。
 この世に微塵も満足などしていないだろう。
 この世での目的は潰え、しかし、かつて一度斬り合いの果てに散ったあの悦びも、今こうして、変わったエターナルを見ていると揺らいでいく。
 それでも、彼は最後まで笑った。

「──どういう事だ、アクマロ! 殿が外道に堕ちたとは!!」
「そうだ、てめえ、あの兄ちゃんを消す為に嘘を言いやがったな!!」

 と、それと同時に現れたのは、シンケンブルーとシンケンゴールドである。
 二人とも、十臓の後ろを追いかけていたに違いない。結果として、今の会話を聞き、彼らにも鉢合わせる形になったのだ。
 彼ら二人を知る者は、ここにはアクマロとエターナルのみだった。

「嘘……なんと人聞きの悪い。私はただ本当の事を──」

 アクマロの口調は相変わらず挑発的であった為に、真実を告げる口振りには聞こえなかった。──結果的に、アクマロとのこれ以上の会話は無意味になるだろう。
 そんな所で、エターナルが口を挟む。

「まあ、てめえらの事情はよく知らねえが……このアクマロって奴は、倒しても構わないんだろ?」

 言うと、シンケンブルーも少し悩んだが、相手がアクマロでは仕方がない。
 シンケンゴールドは、かつて自分たちを襲った仮面ライダーエターナルには怪訝そうに対応したが、一方で、シンケンブルーはかつて共闘した「仮面ライダー」をある程度信頼もしている立場だ。
 先に答えたのは、シンケンブルーであった。

「──そうだな。確かに殿がどうなっているかはわからないが……この状況だ、私たちにはいずれにせよ、アクマロの言う事を信用は出来ない。こいつにはとてつもない借りがある」
「仮面ライダーエターナル、だよなあ? まあいいぜ、アクマロを倒すってなら、俺たちの力の方がずっと有効だ!」

 それから、間もなく──シンケンブルー、シンケンゴールド、仮面ライダーエターナル、仮面ライダーアクセル、ナスカ・ドーパント、ルナ・ドーパントの六名を相手にする事になったアクマロの末路において──。
 ──あれほど見たかった地獄を、見る事になっただろう事は、言うまでもない。







「……」

 ニードルは、いよいよ──自分で作りだした劣勢に、更なるゲーム性を持たせようとした。
 彼は、常にそれがゲームになるか否かを重要視している。
 全参加者が集い、その明暗がはっきりと分かれた戦いに面白味を見出し、遂に史上最悪の強敵を彼らの元へとけしかけているのだ。

 ──ン・ダグバ・ゼバ
 ──ン・ガミオ・ゼダ
 ──ン・ガドル・ゼバ

 三体のグロンギを──。

632BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:32:27 ID:RQpuUNRs0



【急】



 いよいよ以て、遂に──管理システムを襲撃した全ての怪人が、闇の欠片たちとの協力により、全滅に近づいていた。
 時空魔法陣が呼び寄せる怪人たちもだんだんと数を減らしている。
 アースラ側は、敵の制圧を確信し始めていた。つい一時間前まで、敵がここまで減少している事など信じがたい話だったであろう。これも、闇の欠片という聖遺物の助けがあったお陰である。生前の能力と最後の意思をそのままに宿した彼らの記憶のコピーたちは、今なお、残る敵勢力たちを叩き潰していた。

 だが、同時に、「何故、闇の欠片がここに現れたのか」という疑問も生じる。
 それは別に、アースラ側で手配した物というわけではないらしく、おそらくはニードル側の差し金だ。──ニードルたちは何故、そんな物をわざわざばら撒き、「自分で放った怪人たち」を倒させているのか。
 それは、本当にニードルらしい一つの遊び、なのだろうか。
 それにしては、どうも引っかかるというのが、一部の人間の本心であった。

 そんな時だ。
 そこにいた者たちが何となく忘れかけていた脅威が、彼らの視界に見え始めたのは──。

「奴は……」

 一方的に侵入者を制圧していく戦闘を行っていたエターナル──良牙は、その存在にいち早く気づいた。
 目の前の敵の顔面に拳をめり込ませながらも、彼の視線はその怪物へと向かい始めていた。──友人の仇とでもいうべき、その怪物に。
 だが、それを見た瞬間に彼が感じたのは怒りよりもまずは恐怖に類する感情だった。
 やはり……やはり彼らもいたのか。
 ──そう、もしかすれば、それこそが、自らに敵対する参加者全員を足して、余りあるニードル側のメリットであったのかもしれない。

 四本角。白い体に金の装飾。
 表情さえ視えない、その能面のようなマスク──。

「──」

 管理中枢へと歩みを進めるのは、ン・ダグバ・ゼバであった。
 そして、彼と共に真横を悠々と歩くのは、ニードルだ。まるで付き添うようにダグバの隣を歩いている。何より、彼が隣にいるダグバの事を全く警戒していない事が最も不気味であった。
 ダグバというのは、容易く手なずけられる生物ではない。
 だが、ダグバは一切、ニードルに手を出す様子はなかった。

「ぐっ……グアァッ……!!」

 ダグバが目の前に掌を翳すと、その場に蠢いていた残りの怪人たちに向けて炎を発し、一斉に葬った。超自然発火能力だ。これによって怪人たちは焼けただれ、泡となるか、あるいはただ次元のどこかに消滅した。
 全ての怪人たちが、自らを前には用済みとばかりに彼の前から姿を消していく。──味方とは思えないほどの残虐性であった。
 その場にいた者たちが息を飲み込んだ。

「──」

 誰もが、怪物の再来に気づき、その重大さを理解した。
 いや、それが、「ダグバだけ」ならばまだ良かっただろう。
 更に、そのダグバに加え、ガドル、ガミオと、三体の究極のグロンギが肩を並べて歩いている。本来協力しえないはずのグロンギの怪人たちだ。

「……三体も!」

 それも、どう考えても並び立つ事のありえない「王」の群れである。
 ダグバ、ガドル、ガミオ……いずれも、参加者たちを苦戦させた強敵だった。ガドルに敗れたガミオですら、何人もの集団でかかって遅れを取る程の力を持つ。

「──ダグバ、それにガドル……! 遂に来やがったか」

 そんな異様な光景に、翔太郎は──ジョーカーは、まるで待っていたかのように言った。
 待っていたかのように……と言うと、それこそ待ち望んでいたように聞こえるが、ジョーカーが彼を待っていたのは、蘇っているならば早々に葬りたかったからだ。

633BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:32:54 ID:RQpuUNRs0
 もし倒さなくて済むならば、それこそ蘇らなければジョーカーの望むパターンである。
 逆に、ガドルやガミオまでも引き連れて現れるというのは、考えられる限り最悪のパターンであると言っていい。

「こいつら、まるで意思が感じられない。ニードル……! お前の仕業か……!?」

 零が強い口調で訊く。
 ──この三体のグロンギの王には、邪気さえない。あるいは、良牙が感じる事のできる「闘気」と言い換えてしまってもいいかもしれない。特に強いそれを発するガドルでさえそれを発さないという事を、零と良牙の二人はただ不気味に思った。

「……ええ。全て、私の仕業です」

 ──そう、ニードルが、針を利用して彼らを操っているのである。闇の欠片といえど、彼の洗脳から逃れる事はできなかった。
 そして、洗脳効果が有意に発動した場合、最も心強い味方であるのは彼らだ。ンのグロンギに比べれば、残る敵で脅威となる者は少なく済む。

「死者まで甦らせて、何のつもりだ? どんな野望だろうと、俺たちが必ず打ち砕いてみせるぜ!」
「そのつもりのようですね。しかし──」

 すると、ニードルは頬を引きつらせ、不気味に笑った。
 心底おかしいというよりは、まだ余裕を残した笑みのようでもあった。

「──その程度の戦力で彼ら三人を再び倒すというのは、少し骨が折れるでしょう?」

 ニードルの余裕は、グロンギ三体の力と目の前の戦力を比べた時に必然的に起こる物だと言ってよかった。
 この三人ならば、ここにいる者たちを一掃できると信じ込んでいるのだろう。
 実際、これまで何人もの参加者が束になって倒す事ができなかったダグバやガドルが無傷でここに現われれば、ニードルの言うように相当骨が折れる話かもしれない。魔戒騎士の最高位ですら、苦戦した相手なのだから。
 そして、これがもし、一対一の戦闘ならば、尚更、別だったかもしれないが──改めてこう言われると、その場にいる者たちも苦笑せざるを得なかった。

「その程度の戦力、か……」

 この場にいるのは、ジョーカー、1号、2号、ライダーマン、スーパー1、ゼクロス、クウガ、エターナル、ダミーなのは、シャンゼリオン、ガウザー、零、キバ、ガロ、ウエスター、サウラーのみだ。
 贔屓目に見ても、ガドル、ダグバ、ガミオに勝ち星をあげられるほど、人が揃ってはいないだろう。
 三体の敵はまだ傷一つない真っ新な状態である。こちらも深刻な傷こそないにしても、やはり疲労状態にある。

 だが──。

「……やっぱり、 “この程度”の戦力じゃ歯が立たない相手だったかな? お前らは」

 ニードルに対する、ジョーカーの言葉は、挑発的だった。
 それは根拠のない自信ではなく、聴覚を頼った明確な根拠による自信の芽生え。
 彼の聴覚が既に、ここにやってくる新しい仲間の足音を捉えていたのだろう。
 やがて、ジョーカーだけではなく、そこにいる全員の耳に足音が聞こえ始めていた。

「来るぜ……」

 だんだんと、どこかから聞こえる足音が大きく重なり始めてきた。確かに、ばらばらな足並みがこちらへ近づいて来る。──そして、そうして近づいて来るのは、四人や五人の足音ではない。
 まるで数百人の軍隊のようだが──それにしては纏まりがない音だった。ただ、彼らに唯一共通しているのは、ただ黙ってそこに向かっているという事であった。

634BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:33:15 ID:RQpuUNRs0

 可憐なフリルの衣装に身を包んだ少女。
 悪魔に乗っ取られた心に再び光に灯せた怪人。
 この世界の科学が得ていない「魔術」で装甲を作りだした男女。
 文字を操る侍。
 不幸な偶然により望まぬ戦いを行う宿命を追った超人。
 ただの格闘少年。



 ────そう、それは殺し合いの参加者たちだ。



 その音を鳴らしているのは、この艦内に乗り戦い抜いてきた者たち、この艦に放たれた闇の欠片たち。そして、いずれも──味方であった。

「──みなさん、少し遅れてしまいました。すみません」

 ジョーカーたちの元に辿り着いたその群れの中央にて、そう告げたのは高町ヴィヴィオであった。
 ヴィヴィオ、ブロッサム、杏子、はやては勿論の事──そこには、プリキュアも、魔法少女も、魔導師も、仮面ライダーアクセルも、仮面ライダーエターナルも、ドーパントたちも……皆、揃っていた。
 ヴォルケンリッターや、元ナンバーズの人員らも、格闘家も、仮面ライダーも、テッカマンも、シンケンジャーも、それに続いている。
 戦死者は、ない。

「──再会の挨拶もしたいけど、どうやら後にしなきゃですね」

 この艦を守り抜いた軍勢は、誰一人欠ける事なく、この場へと揃ったわけだ。
 その中で強いて欠けたといえるなら、ノーザと、アクマロと、ゴオマと、井坂と、十臓ほどだろうか。どうやっても相容れない者が若干名現れるのもまた致し方ない話であろう。
 外道シンケンレッドとして生きている志葉丈瑠や、ニードルにとっても厄介だった三影英介なども除外されている。

 ──が、参加者の大半は、彼らの味方となったのであった。
 大道克己、泉京水、バラゴ、黒岩省吾、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、月影ゆり、ダークプリキュア、パンスト太郎、溝呂木眞也、相羽シンヤ、モロトフ……そんな、これまで肩を並べて戦う可能性が薄かった参加者までもだ。
 単純に心を入れ替えた者もいれば、ベリアルに敵対する意思が強い者、戦う相手としてより強い側と推定される「ベリアル」を選択し快い戦いを求めた者もいる。
 ニードルは、眼鏡の奥で瞳を光らせる。

「なるほど……。やはり、闇の欠片をばら撒いたのは正解だったようですね。贋作といえど、これだけ強い生命力があるならば、後は──」
「何? この状況で何を言ってやがる?」
「──まあ気にしないでください」

 だが、そんな時、闇の欠片たちの中から、一人が前に出て、声をかけた。
 それは、赤いマスクの仮面ライダーである。──忍者の仮面ライダーゼクロスだ。
 少しばかりエターナルよりも大型に見えるゼクロスに一度は威圧される。──考えてみれば、彼にとって「仮面ライダーエターナル」とは、最後に命を削り合った敵対者の姿だ。
 どんな言葉をかけられるかと思ったが、彼は中が良牙だと気づいているようだった。

「おい、ニードル……いや、ヤマアラシロイド。そろそろ観念した方がいいと思うぜ。──な? 良牙」
「お前……まさか、良か?」
「ああ、俺の名は村雨良──又の名を、仮面ライダーゼクロス!」

 ニードルの属するBADANと戦うはずだったのが彼だ。
 記憶喪失で感情が薄かった良は、今ではすっかり記憶を取り戻し、陰のない陽気な好青年となっている。僅かに良牙のイメージする彼とは違っていたが──いや、これこそ本当の彼なのだ。
 そして、たとえ姿は変わったとしても、根底は同じだ。
 ニードルたちを絶対に倒すという意志が彼にはある。

 いや──それを言うなら、「彼らには」か。



「──ガイアセイバーズを甘く見るなよ!」



 ゼクロスのその言葉を合図に、総勢、八十名以上の戦士が身構えた。ある者は変身のポーズを、ある者は名を名乗る時のポーズを、ある者はただ純粋に銃の照準を合わせ、ある者は自分流の格闘技の構えをした。

635BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:33:37 ID:RQpuUNRs0
 仮面ライダー。
 ウルトラマン。
 プリキュア。
 魔戒騎士。
 魔法少女。
 魔導師。
 ただの人間。
 彼らは今、この大集団ガイアセイバーズの一員として名乗りをあげる。
 もはや、そんな姿には、ダグバ、ガドル、ガミオの三人の番人も些か頼りなさすぎるほどだ。──あれほどの強敵が、こんなにも矮小に見える。
 生還者たちに最後に齎されたのは、死者による希望であった。

「アアアアアウォォォォォォォォォオオオオオンッッッ!!!!!!」

 ダグバが掌を翳す。
 ガドルが構える。
 ガミオが吼える。
 そんな動作も──まるで恐ろしくない。
 ニードルは尚も、その後ろでポケットに手を突っ込んだまま、敵を見つめ続けた。

「……そうですね。甘く見たかもしれません。……ただ、そろそろ始まる頃合いでしょう」

 呟くようにニードルは言う。
 そして、臆する事もなく、彼は振り返り、歩きだした。
 彼の行く手には何もない。──しかし、彼は何処かへ向かっていこうとする。

「私はダグバ、ガドル、ガミオ……しばらく彼らと遊んでいなさい」
「待て、ニードル!」

 だが、ニードルの命令を聞きいれたグロンギ怪人は、マシーンのように目の前の敵対者たちを狩ろうと動き出し始めた。前に進もうとした良牙たちであるが、その前を三人は阻んだ。
 ──ダグバが目の前に炎を発生させる。紅煉が床や壁に広がる。
 最前線にいたキバやガウザーにもその炎は燃え広がる。彼らの身体が一瞬で大火に包まれた。

「──くっ!」
「援護するッ!」

 だが、彼らが熱いと感じるよりも早く、シンケンブルーが「モヂカラ」によって水を注ぎこんだ。水流が弾け、この場を燃やし尽くそうとした焔は一斉に蒸発し、煙となる。

「ガァッ!」

 ──ダグバの側方に立っていたガドルとガミオが、隙もなく駆け出した。
 凶暴な爪をいきり立て、ただ前方の敵を狙い、その胸元を抉ろうとする二体のグロンギ。
 しかし、そんな二人に向けて、前線の者たちの背後から、同じように向かっていき、彼らにパンチを叩きつけた者がいた──。

「ハァッ……ッ!」
「フンッ……ッ!」

 ウルトラマンネクサスとダークメフィストであった。
 グロンギの腹部に叩きつけられるウルトラマンたちの拳。──それは、敵の腹の上で跳ねる。
 姫矢准と、溝呂木眞也──。
 仮面ライダージョーカーや杏子の呆然とする姿を置いて、彼らはグロンギの怪物たちに向けて同時に膝蹴りを叩きこんだのだ。
 彼らは、償いの為に──いや、たとえ償えたとしても。
 ──彼らは、その身が戦える限り、闇と戦う。

「おおりゃあッ!!」

 アメイジングマイティフォームに変身した仮面ライダークウガが飛び上がり、ダグバに向けてパンチを叩きこんだ。
 それはまぎれもない五代雄介の姿──彼の戦う様を見て、思わず良牙は後方を振り向いた。五代と縁のある参加者というのを一人知っていた。
 そう、五代を殺した少女──。

「──」

 すると、おそらく、彼に「許された」であろう少女がエターナルに頷く。五代が許さぬはずがなかった。何せ、最後まで彼女をかけていたのだから。
 そして──彼女も、美樹さやかもまた、溝呂木を「許した」のだろう。
 許されぬままだったのは少数の、正真正銘の悪徳の塊たち──今はそれを倒す為に全員が助け合うように戦っている。
 つぼみの言った「助け合い」が、もう始まりかけているのかもしれない──。

636BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:34:18 ID:RQpuUNRs0

 そう、巡っていくはずの因果が断ち切られようとしている。
 誰かが我慢する事で──いや、誰かが許す事で、回り続けるはずの怨念の連鎖は断ち切られようとしているのだ。
 キュアブロッサムが、かつてキュアムーンライトに言ったはずの言葉を思い出し、ぐっと唾を飲み込んだ。

「サカナマル!!」
「バルディッシュ!!」
「ロープアーム!!」

 あらゆる攻撃が三体のグロンギにぶつけられていく。
 この艦を守る為の最後の仕事としてか──、彼らはひたすらに拳を握り、武器を取る。
 ほとんどの攻撃はグロンギたちには効いていなかった。──しかし、それらが微弱ながらも彼らにダメージを与える。
 それを繰り返せばいいだけの話だった。

「──猛虎高飛車!!」

 そして、その時、ダグバを攻撃する声は、まぎれもない早乙女乱馬そのものであった。
 エターナルは──良牙は、彼を見ながら呆然とする。
 かつて彼が戦ったダグバ……だからこそ、乱馬は己を勝負で圧倒した(敗れたとは口が裂けても言わないだろう)相手に、再度勝利を収める為に立ち向かっているのだろう。
 つくづく彼は負けず嫌いで恐れを知らない人間らしい……。

「──乱馬!」
「良牙、何やってやがる!! お前もさっさと手伝えよ!!」
「あ、ああ……!」

死人の癖に、まるで普通に接してくる乱馬だ。
 彼がそう叱咤する声は確かに耳に入っていたが、嬉しさか、悲しさか、何かが邪魔をして良牙の身体を動かさなかった。
 しかし、闘志がないわけではない。ただ、彼の姿を見た時に何故か動けなくなった。
 この場で生還者たちの動きがどこか鈍いのは──彼と同じ気持ちかもしれない。
 誰もが、ここで戦う死者に知り合いがいる。そして、その人の死を受け入れ、今、また死者と別れようとしている。

「……」

 死人還り。──そう、儚い夢の如し。
 このただひとときの幻想の中で──動きが止まってしまうのも無理はないかもしれない。
 そんな時、良牙の前を、クウガと似た──しかし、微かに意匠の異なる戦士が横切った。

「……あかねさん」

 プロトタイプクウガの仮面に身を包んだ少女は、エターナルを見て立ち止まると、ただ、頷いた。そして、エターナルの前を通り過ぎて行った。
 彼女もまた──本当に、最後に良牙の名を呼んだように。
 この、僅かな命の再来の機会に、罪を償う為に──。

(これが最後のチャンス、か……)

 そうか──。
 これが、乱馬たちと共に戦える最後のチャンスだ。
 乱馬とはまたいずれ、雌雄を決する時が来るだろう……だが、その前に。
 また、一度、パンスト太郎たちと戦った時のように──やってやる!

「猛虎高飛車!!」
「獅子咆哮弾!!」

 乱馬と良牙──二人の放った気弾が、ダグバの身を一瞬で包んだ。それは彼の放つ炎よりも速かった。
 強敵の体躯は、その二人の合わせた気弾によって、一瞬にして数十メートル後方まで吹き飛んだのである。

「────ッッ!?」

 正と負のスパイラルがダグバの身体に深刻なまでのダメージを与える。
 勝利への確信と、悪への怒り──この二つが混ざり合った結果であった。

「「「「「「「「「「プリキュア・ハートキャッチ・フォルテウェイブ!!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「オールライダーキィィィィック!!!」」」」」」」」」」

637BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:35:06 ID:RQpuUNRs0

 そんな強さを持って敵に立ち向かったのは彼らだけではない。──まるで圧倒的な力が壁を押しのけていくかのように、ガドルとガミオの身体も後退し、やがて誰かの手によってダグバのように遥か後方まで転げまわった。
 よもや、これだけの圧倒的な力があれば、あの三体を相手にしたとしても、ガイアセイバーズの勝利は確定的であるといえるだろう。
 一人一人では小さいとしても、これだけの数が一つになれば、もはやこれまでの強敵も敵の内に入らなかった。

「よし、今だ……! 全員の力を合わせるぞ!」
「みんな、エネルギーを結集させるんだ!!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号が叫んだ。
 ダグバ、ガドル、ガミオを除き、その場にいた全員が頷く。
 倒れたまま起き上がろうとするダグバ、ガドル、ガミオの目の前で、八十余名の人間が円陣を組んだ。
 ──そして、彼らの指示通りにそれぞれがエネルギーを解放し、叫んだ。





「「「「「「「「「「ヒーローシンドローム!!!!!」」」」」」」」」」





 邪を滅するべく心を一つにした彼らのエネルギーが解放される。
 仮面ライダーたちのタイフーンが回転し、魔を持つ者の魔力が湧きあがる。エナジーコアが激しく光、モヂカラは最大まで発動される。
 そして、オーバーヒートせんばかりの変身エネルギーや魂が渦を巻く。
 彼らが力を合わせる事により、全てのエネルギーが一つになり、巨大な力へと変わっていくのである。

 ──刹那。
 彼らを中心にして、艦内全てを包む巨大な光の風が駆け巡った。

「……ッ!!?」

 ダグバ、ガドル、ガミオは、光の風に触れた瞬間、自らの両手から粒子が上っていくのを垣間見た。──視界もぼやけ始めていた。
 攻撃は受けていないはずだ。
 だが、彼ら三人の身体は消滅を始めている──。
 全身の力が抜け、僅かな痛みがそれぞれの胸を引っ掻いた。

「……ガッ……ガァァァァァァァァァァァッ!!!」

 そして──、最初一瞬の堪えようのない苦しみと、最後一瞬の安らかな気持ちと共に、三人の身体は一斉に光へとあっけなく消えた。
 まるでそこには最初から何もなかったかのように。
 強敵たちの闇の欠片は完全消滅し、目の前に敵はいなくなった。
 彼らは、力の発動を終え、闇の欠片の浄化を確信する事になった。

「──やったぜ!」

 ダグバ、ガドル、ガミオの三体の怪人を倒した彼らの内、誰かがそう叫んだ。
 しかし、誰の言葉であれ変わらないだろう。
 残ったのは、勝者たちのサムズアップであった。







 ──そして、そんな時に、再び奇妙な邪魔が入り始めた。

≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫

638BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:35:30 ID:RQpuUNRs0

不意に、また突然あの警告音が鳴り響いたのである。
 それは、ブリッジから発された警告──つまり、クロノ・ハラオウンによる物だろうと誰もが思った。テッカマンによる援護が功を奏し、ブリッジの状態も復元されていたのだ。

 しかし、何故今更こうして警告が鳴り始めたのだろうか。
 危機的状況は終わりを告げ、今更こんな警告を鳴らす必要はまるでないかに思われた。







 ──警告と共に、放送が始まった。
 それは、六時間に一度だけ殺し合いを誘発する悪魔の放送とは違う。ここに搭乗している者に、安全を──そして、脱出を促す為の声である。
 ブリッジからの通達であるが、その放送を担当した人物の声に、ヴィヴィオや翔太郎は少しばかり驚いた事だろう。

『──乗員のみんな、よく聞いてくれ。この艦の存在が消滅し始めている!』

 吉良沢優の声であった。
 クロノもおそらくその場にいるはずなのだが、放送の声はまぎれもなく、あの殺し合いの主催者側に協力した吉良沢である。そういえば、翔太郎は──「艦が沈む」という予言を彼から聞いていたのを思い出した。
 こちらが優勢に立ち、すっかり失念しかけていたが、考えてみれば、この艦が沈められるリスクがあったという事。
 それと何らかの関係があるのではないかと翔太郎は勘ぐる。

『この艦がこの時代で再び存在していたのは、高町なのはたちの「過去の死」が原因だ。……だが、ここで彼女たちが生命力を発揮しすぎた。──そんな彼女たちの存在がこの世界線上に認められ、同時にこの艦が消えようとしている』

 人々の視線は、なのはに向けられた。──彼女に限らず、フェイト・テスタロッサやユーノ・スクライア、スバル・ナカジマやティアナ・ランスターも同じなのであるが、こうして名指しされると、皆そちらに目をやってしまう。

「えっ……?」

 当のなのはも全くの無自覚であった為に、そう言われてもどうしようもなかった。
 ただ、レイジングハートを握りながら、当惑するのみである。
 自分が現れた事が原因──と言われても、それはどうしようもない話だ。闇の欠片として再誕した者は、当然ながら自分の境遇と照らし合わせ、彼女を責める事は出来なかっただろうし、なのはの仲間が多くいるこの艦の人間も同じく彼女を責めなかっただろう。
 この艦自体が、元々、彼女のお陰で保たれたようなものなのだから。

「まさか……ニードルが闇の欠片を使ってなのはたちのデータを再生したのは──」
「そうか……この艦の存在を消滅させる為の作戦の一つだった!」
「闇の欠片そのものが、ニードルによる妨害工作だったんだ!」

 そんな誰かの言葉で、ニードルがわざわざ闇の欠片を使った事の真意の一部を汲み取った。彼にしてみればゲーム感覚でもあったのだろうが、それに限らず、彼は着実にベリアルの側に利益を齎している。
 なるほど、闇の欠片騒動や怪人騒動は囮であり、それによって艦を沈めるのが狙いの一つだったのだ。

『──この艦は間もなくここで消滅してしまう。載っているみんなは一刻も早く脱出を! 外の世界の救援が間もなくそちらに向かう』

 放送はそれで終わり、警告音も止んだ。
 ただ誰もが呆然と立ち尽くすのみであった。──この艦が消える。
 そうなれば、ベリアルの世界へと向かう術はなくなってしまう。ディケイドたちが個人の力で開く事はできない。
 いわば、この艦こそが最後の要なのだ──。
 そして、その連絡とほとんど同時に、もう一つ不測の事態が発生しようとしていた。

「……えっ!?」

 ──それは、まさしく不意のタイミングだった。
 かねてより言われていた事であったが、よもや、この艦が消滅すると同時に──。

「アインハルトさん……!?」

639BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:35:47 ID:RQpuUNRs0
「ヴィヴィオ、さん……」

 ヴィヴィオの前にいる者たちの身体が、だんだんと粒子の粒になっていた。粒子の粒は、滴が逆さに上るように空へと舞い上がり、彼らの頭上で消えていく。
 そうだ、先ほど倒されていった敵たち──ダグバ、ガドル、ガミオもそうであった。
 いわば、それは彼ら、「闇の欠片」が消える前の合図──。
 まるで、祭りの終わりが近づいてきたような感覚だ。

「……まさか闇の欠片が──消滅し始めている……?」

 ──アースラの消滅とほとんど同時に、そこにいた闇の欠片たちも自動的に消滅を始めようとしていたのである。
 そう、確かに──闇の欠片にも限界がある。
 しかし、まさか、この瞬間に来る事になるとは、誰も思いもよらなかっただろう。

「そんな……!?」
「────時間だ」

 割り切ったように、エターナル──大道克己がそう言った。
 そして、彼らの誰も、自身の身体と心がここから先、遂に消えてしまう事への恐れが、全くないかのようだった。
 死神の代表格としてここに支援を行った彼であるが、どうやら、もう消え時のようである。
 すると、誰かが言った。

「そうか……短い間だったが、また、共に戦えてよかった。俺たちの誇りだ」
「みんな、必ず悪い奴らを倒してね!」
「元気でな、元の世界に帰ったらあいつらによろしく頼むぜ」
「大丈夫です、私のせいで艦が沈むって言ったけど……この艦は沈みません!」

 五十人以上の言葉が、同時に重なった声──それを全て聞けるはずもない。
 だが、それぞれが言いたい事は誰にもわかった。「ベリアルを倒してほしい」、「共に戦えてよかった」、「元の世界の仲間を頼む」──まるで寄せ書きのようだ。円になっている字面を見れば、だいたい何が書いてあるのか予想もついてしまうほど単純な言葉で飾られるが、その言葉の一つ一つが胸を打つ、そんな感覚。
 それでも、そんな寄せ書きを遮り、誰かが口を開いた。

「──待って!」

 ヴィヴィオだ。彼女の闇の欠片たちを呼び止める声が響いた。
 彼女にもまだ、挨拶をしたい人がいる──。たくさんの人に何かを伝えたい。
 だが、それが出来る時間は残されていなかった。

 ヴィヴィオが手を伸ばすと、その先には、消えゆく人たちの──変身を解除した際の、人間としての笑顔である。
 彼らは生者を見送ろうとしていた。

 ──そう、そこにあるのは、五十名の笑顔。

「あっ……」

 そして──、次の瞬間、闇の欠片たちは、一斉に泡と消える。狭かったその場所が、あまりにも大きく、広くなった。
 ──ヴィヴィオの手は空を掴んだ。あまりに儚く。
 残ったのは、左翔太郎、響良牙、高町ヴィヴィオ、花咲つぼみ、佐倉杏子、涼邑零、涼村暁、レイジングハート、八神はやて、ウエスター、サウラー……それから、残りのクルーたちだけだ。

「そんな……」

 敵がいなくなり、味方もいなくなった場所は、まるで全ての屋台が片づけられた祭りの跡のように広々としていた。手を伸ばしても誰のぬくもりにも届かない。
 せめて、告げたかった別れの挨拶も結局告げる事はできなかったのだ。
 何かを返す事はできなかったのだろうか──。

「……!」

 だが──「闇の欠片」の想いは、決して、それだけに終わらなかった。

「これは──」

 次の瞬間、分解した闇の欠片は、一つの場所に自ずと集合して、一筋の風として吹き始めたのだ。

640BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:36:04 ID:RQpuUNRs0
 それは、空中で八俣に分かれ、レイジングハートを含む八人の身体に結合した。
 まるで意思を持っているかのように、ただ正確に生還者にだけ力を託していく。

「まさか……闇の欠片が……俺たちに……風を……!?」

 仮面ライダージョーカーのロストドライバーに闇の欠片が遺した力が注ぎ込まれる。
 ジョーカーの全身が突如として光り始め、やがて、彼の身体はだんだんと、別の姿に変わり始めていた。
 そう、これは八人を支える為に闇の欠片が与える最終決戦の為のエネルギーであった。
 黄金の風となった死者の魂である。
 全員の身体に、闇の欠片の最後の意思が宿り始めていたのだ。

「鋼牙の金色……そして、キバの魔の力……」
『そうか、キバの奴……お前に最後の魔力を託したんだ! これで今のお前は魔力が切れるまでは、無制限に鎧を装着できるぞ!』

 零の双の魔戒剣に、それぞれ、「金」と「黒」の力が注ぎ込まれた。
 一方は、光の力──黄金の風、そしてもう一方は、陰我と闇の力──黒い炎。
 この二つが絶えず吹き荒れ、騎士とホラーとの戦いが生まれる。そのいずれもが、零に力を与えているという事か。

 ならば、この鎧を装着する時が来たようだ。
 ──零は、頭上に魔戒剣を二つ並べ、それで魔界に繋がる円を描いた。
 彼の真上に、天使たちが鎧を運ぶ。銀色のパーツを零の身体に装着し、黄金の力と魔の力とが、彼の鎧に重なった。

──黄金・絶狼!!──

 そう呼ぶに相応しい、黄金の光の力を借りた新たな銀牙騎士・絶狼がここに誕生する。

「スーパープリキュア……!」

 キュアブロッサムの身体を包んだのは、再びのスーパープリキュアの勇姿であった。デバイスの力を受けてただ一度だけ変身したこの姿であるが、どうやら、本当のプリキュア並の力が彼女に向かっていったらしい。
 プリキュアたちの力を借りたがゆえに──そして、杏子にもまた魔力が取り戻っていた。
 ガイアポロンにも、レイジングハートにも、同様に注がれる力──。
 そして。

「ゴールドエクストリーム……!」

 ジョーカーの身体は完全な進化を遂げたのだ。
 ジョーカーではなく、仮面ライダーダブルの姿に──その背には金色の羽根が生え、半身が緑色の風の力に包まれている。中央には金色のクリスタルサーバーが出現していた。
 かつて、風の力を借りて変身した仮面ライダーダブル最強の姿なのである。
 しかし、そこには、「ダブル」を構成する相棒がいない──

『──やあ、翔太郎』
「フィリップ……?」

 ──はずだった。
 それでも、確かに翔太郎の元には、今、フィリップという相棒の声が届いた。
 幻聴であろうか? と、周囲をきょろきょろと見回すダブル──杏子が、呆然としたままこちらを見ていた。
 いや、しかし、そうではなかった。次の瞬間、確かに、右目が光り、仮面ライダーダブルの口からは、フィリップという少年の声が聞こえた。

『今度の僕は、闇の欠片が作ったデータの結晶だ。──ただ、肉体は無いから、いつかみたいに変身を解除したら僕も消えてしまうけどね』
「フィリップ……本当にお前なのか?」

 そう問うと、ダブルの中に存在する少年は答えた。

『ああ。最後だけ、また力を貸すよ。だって、僕達は──』
「……ああ。ああ、お前がフィリップなら──言わなくてもわかるぜ。──そうだよな……! やっぱり、俺たちはこれでこそ……二人で一人の仮面ライダーだ!」

 照井、霧彦、克己、京水……四人との別れを終えた後の翔太郎の口調はどこか寂し気でもある。これがまた、最後の仮面ライダーダブルとなる事を知っているからだ。
 見下ろせば、やはりそこにあるのは幻のように儚いエクストリームメモリの姿と、ロストドライバーには欠けていた「右側」が再構築されている。

641BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:36:24 ID:RQpuUNRs0

「金の腕のエターナル、か……! やっぱり、あいつらが力を貸して……!」

 仮面ライダーエターナル、響良牙の両腕は、金色に変わっている。
 言うならば、それはただ一人、良牙だけにしか変身できないエターナルの姿であった。
 赤き炎は青へ、青き炎は黄金へ──そう、ゴールドフレア。
 その瞳に輝いている色と同じであった。

「凄い……パワーが溢れてきます……! それに、みんなの想いを感じる……!」

 ヴィヴィオが両腕を見つめる。
 自分の中にかつてないほどの力を感じた。──そこには、アインハルトや、高町なのはや、フェイトや、ユーノや、スバルや、ティアナや、乱馬や、霧彦や、祈里たちの力が込められているような気がした。
 ただ一度だけ、世界を救う為にあらゆる物が力を貸してくれている。
 ベリアルを倒し、今度は殺し合いではなく、助け合いの世界に変身させる為に──。

「──まさか、あんたたち、脱出、せんのか?」

 警告音をバックに、はやては、不安そうに訊いた。
 今、彼らの元に力が宿ったのはわかっている。だが、だからといって、この艦にいれば、ベリアルの世界に辿り着く事もなく、次元の狭間に置き去りにされてしまうかもしれない。何せ、この艦はこのまま消えてしまうのだ。
 生還者たちは、お互いに顔を見合わせた。──それぞれの決意は固まっているが、誰かが別の解答を望んでいるならば、巻き込むべきではないと思ったのだろう。
 だから、八人は、全員、残る七人の顔色を見た。

「……」

 しかし、あくまでそれはちょっとした確認であった。
 既に、お互いが何を考えているのかは、誰にでもおおよその察しがついている。──そう、ここしばらくの戦いや冒険が互いのパーソナリティをしっかりと教えてくれた。
 真っ先に口を開いたのは、ダブルであった。

「ああ……俺たちは、この艦に最後まで付き合う。今は、ディケイドの力じゃベリアルの世界に渡れない……アースラじゃなきゃ渡れないんだろ?」

 その通りである。
 生還者が世界を渡る方法は、今のところ、これしか見つかっていない。例外的に存在するのが、時空を超えられるウルトラマンゼロと合体し、参加者の「変身ロワイアルの世界に行ける力」と、ゼロの「時空を超える力」を相互的に補完する方法だが、これも既に不可能だ。
 ディケイドやラビリンスの人間のように、ただ世界を越えられる力を持っていても意味はない。
 最後に賭けられるのは、こうしてこの艦に残り続け、ベリアルの世界に向かう事。
 出なければ、どちらにせよ宇宙は消滅し、すぐにでもお互いが消滅してしまう。

「──そうですね。この力を無駄にするわけにはいかないですし」

 ヴィヴィオが、力強くそう言った。
 おそらく、この力が彼らにあるのは一時的な奇跡のような物だ。長くは続かない。
 仮に一週間以内に再び別の艦が来るとしても、この力を使う事は二度とできなくなってしまうだろう。
 折角得た力を無碍にしてしまうわけにもいかない。

「言った通り。この艦は、フェイトやユーノが力を貸した艦だ。きっと、あたしたちを最後まで乗っけてくれる」

 杏子がそう言った。
 いま名前を出した二人にまた会い、──そして、許しを得た為か、彼女の心は晴れやかだった。

「そうか……。それなら仕方ないな」

 はやても、彼らを自らの元に連れて行く事は出来なかった。
 それはある種、冷酷な事でもあるのだが──その判断が、指揮官として正解であるのも彼女は理解していた。
 彼女たちを異世界に連れていける方法はこの艦しかない。そして、彼女たちが戻ったところで、彼女たちを異世界に連れていく方法は心当たりもない。
 いつ沈むかわからない泥船であっても、彼女たちをこの船に乗せて送るのが正しい手段なのだ。──それでも、はやては、今度は、先ほどとは逆に彼女たちを連れ戻したいと思っていた。
 しかし、いま、はやてはその考えを続けるのをやめた。
 この賭けこそが、彼女たちの方が選んだ選択なのだから──。

642BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:36:40 ID:RQpuUNRs0

 その時であった。
 今度は、備え付けられたスピーカーから声が聞こえる。

『──君たちの覚悟を受け取った。この艦は目的地まで辿り着かせる。……そう、僕達が運命を変えてみせる』

 吉良沢は、こちらを見ているのか、そう放送したのである。
 生還者八名は、その言葉を聞いて、頷いた。──吉良沢優を知っている者もいれば、知らない者もいる。しかし、それが味方であるのは誰にもわかっただろう。

 やがて、はやてたちの元に、ある男──オーロラを使って異世界を繋ぐ事ができる男が現れ、ベリアルの世界に耐性のない者たちだけを、安全な異世界へと運んでいった。
 そうして、遂にこの艦に残ったのは僅かな人間だけになった。
 たった八人の生還者と、これまで主催を補佐してきていた者たち──。
 彼らには余りにも広すぎる。

 しかし──目の前に迫っている決戦の地に彼らが目を背けるはずはなかった。
 この広い船の中でで、ただ、彼らは待つ。

 最後の戦いを────そして、新しい「助け合い」の時を。







 ブリッジの操舵は吉良沢が行っていた。
 残ったのは、彼と織莉子だけだった。アリシアとリニスは、少し嫌がったが──クロノに任せた。意識の幼い少女を巻き込むわけにはいかないという、吉良沢と織莉子の計らいである。
 それに、彼女たちには、織莉子や吉良沢のように、“罪”はない。
 ──幸いにも、吉良沢はこの艦に来た時にその構造を解し、その操縦方法や修理方法は一通り頭に入っている。プロメテの子としてのあまりに高すぎる知能がそれを可能にしていたのだ。

 ただ、複数のオペレーターがいた心強さに比べると、いやはや、どうも心細さもある物だ。
 たった一人が舵を握る船と言うのは、ミラーのない車両運転に似ている。
 視界不良のまま、不安定な道を行く──そんな、安定とは無縁に前に進んでいく心理。
 それに加えて、今は少しでも早く目的の座標に辿り着かなければならないだけに、スピードも出る。

「──くっ」

 艦内のエネルギーがだんだんと下がっていた。燃料不足でも何でもなく、ただこの艦が消えかかっているからだろう。
 ある意味、生命力が消えかかっていっていると言ってもいい。

「まだだ……まだ、大丈夫……運命は変わる!」

 織莉子のビジョンによると、この艦は沈むらしい。
 これと同じシチュエーションかはわからない。ただ、この艦は沈み、ベリアルの世界に辿り着く事なく、滅びるという。
 ──そうなれば、世界は終わってしまう。この艦が世界の最後の希望なのだから。
 そんな運命を変えなければならない。

「……吉良沢さんっ!」

 ただ、何て事のないように、世界の裏側で数十名が巻き込まれた殺し合いも、いつの間にか、世界全土を巻き込む最後の戦いへと変わっていた。
 そして、彼らは、それをもう一度もっと身近な物へ──「助け合い」へと変えようとしている。
 運命を変えようともがいているのだ。
 それを吉良沢はどう見たのか──。

「憐……」

 吉良沢は、ただ拳を握った。
 絶対脱出不可能な監視された施設から抜け出し、海に行ってタカラガイを持ってきた彼の事が、吉良沢には思い出せた。
 ここにいるのは、そういう者たちばかりだ。

643BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:36:58 ID:RQpuUNRs0
 この艦は沈むと──左翔太郎には、そう教えたはずなのに、彼はここに残ろうとしている。
 運命が変えられると、彼も信じているのだ。

「僕も……僕も、命に替えても……運命を変えてみせる……! 僕達にはその為の勇気がなかったんだ……! ただ、それだけなんだ……! 人間は誰でも光になれる!」

 自らの世界の運命に絶望し、それを阻止する為に他人を頼った吉良沢と織莉子であったが、その他人の口車に乗せられ変わった世界も、結局は束の間であった。
 もしかすると、ただ平和に生きる人間たちを殺しあわせてまで勝ち取るような──そんな世界は、いずれにせよ崩れ去っていく運命だったのかもしれない。

 彼らは──自分たちの力で、自分たちの居場所を守ろうとしてきた。その勇気があったのが、デュナミストとなった者たちや、円環の理だったのだ。
 二人は、このしばらくの時で、それを痛いほどに教えられた。
 最後に変える──この運命を変えて見せる。

「──償いましょう、一緒に」
「ああ……。彼らを絶対に連れて行く……!」

 ──そんな時、吉良沢の握る拳が、ふと、何かの感触を掴んだ。
 彼の右の拳に、暖かい光が結集していく。
 掌を解くと、やはりそこにあったのは、「光」だった。
 しかし、その形がだんだんと吉良沢の手には見えてきた。

「見える……あの時のカラガイが。──そうか、これが光……!」

 憐が海で取って来た光。
 運命を変えた彼の見せた希望。
 それが、今、──吉良沢の手に形作られてきたのだ。
 吉良沢は、そっとそんなタカラガイの貝殻を包み、睨むように目を見開いた。

「これが、僕達の絆……!」

≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫
≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫
≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫

 だんだんとテンポを上げていくブリッジの警告音。
 しかし、それよりも早く──辿り着く。
 そう、この光が見えたのだから。
 運命は変えられると、かつて憐が教えてくれたように。
 自分も運命を切り開いてみせる。

「──させませんよ」

 と、そんな時、吉良沢の腹部に厭な感触が過った。
 内臓が裂かれたかのようで──冷たくもなく、ただ、どちらかといえば熱いような痛みが、後ろから突き刺さった。
 吉良沢の着用していた真っ白な服が、次の瞬間、鮮血に染まった。

「え……? ──……ゴフ、ッ!」

 吐き出された血は、喉一杯分ほどに見えた。
 吉良沢が、そんな状態でも恐る恐る背後を見ると、そこには、「腕」と「槍」だけがあった。
 そう──その腕が、槍を持ち、その槍が、吉良沢の腹を突き刺していたのだ。
 腕は、見覚えのある術式──時空魔法陣から発されていた。

 他ならぬ、ニードルである。
 彼は、ダグバやガドルが時間稼ぎをしている間に、外の世界に脱出を試みていたのだろう。──そして、ヒーローシンドロームによる消滅を免れ、吉良沢の腹にその槍を突き刺した、という事だ。

「ニー、ドル……!」
「吉良沢さん……!」

 織莉子もそれに気づいたようで、吉良沢を呼びかける声を発する。
 だが、吉良沢の腹を貫いた槍はあまりに太く、そして、先端の複雑な形ゆえに、「完全に貫かない限り外れない」という形状の槍であった。
 裏切り者の始末というには、あまりに遅すぎ──しかし、タイミングだけは完璧な殺戮であった。

644BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:37:20 ID:RQpuUNRs0

「くっ……!! お前っ……!!」
「この艦を行かせるわけがないじゃないですか。確かに、面白い物を見る事ができるとはいえ……このまま、ベリアルたちの支配する世界の終焉をただ見守る方がずっと面白い……!」
「──ッ!」

 血まみれの腕で、ブリッジのシステムを発動する。
 もうすぐだ──あと僅かな距離で、辿り着ける。
 目的の座標は間もない。
 ベリアルの世界への扉はもう、すぐそこなのだ。
 そうすれば、生還者たちは、アカルンの力であの世界に転送される。
 そして、──きっと、勝ってくれる。

「──邪魔は、させない……! そう、命を賭けても……!! この艦は落とさせない……!!」

 吉良沢の口から、より多くの血が吐き出される。
 バケツから降ったような血の塊が彼の口より下に、まるで血液の川が流れたような跡を作った。システムにもそれが降り注いだようだが、幸いにも機器に影響はない。
 だからこそ、確信をもって彼は告げた。

「僕達は──」

 そう──それは、彼の最後の願い。
 いわば、最後の悪あがきの言葉。
 それでも、最後にそれだけの言葉を残せるのなら、やはり偉大であった。

「運命を変える」



【吉良沢優@ウルトラマンネクサス 死亡】







 美国織莉子は、その直後に魔法少女の姿へと変身した。
 かつてないほどの怒りを胸に──しかし、戦闘の方法だけは、至極冷静に。

「オラクルレイ」

 織莉子のスカートの裾から、「爆発する宝石」が投じされる。
 オラクルレイ。
 それらは、織莉子の任意で動き、敵に叩きつけられる事になるだろう。
 普段は予知魔法の為の魔力が膨大すぎる為に、殆ど使われる事はないのだが──彼女は、戦闘においても一級である。
 彼女の放ったオラクルレイは、時空魔法陣を通って、敵のヤマアラシロイド──ニードルの元に叩きつけられる。

「──何ッ!?」

 時空魔法陣を通して、「向こう側」の声が漏れた。
 そして、鳴り響いたのは爆音。ヤマアラシロイドの身体に、見事オラクルレイが命中したようであった。
 向こう側からの爆風が、吉良沢の身体を揺らした。
 だが、──彼はもう、死んでいた。それは既に彼の遺体である。彼の遺体に爆風がかかるのは厭であったが、残酷な言い方をすれば、もうそれは物でしかない。生きる者にこういう形でしか力を添えられないのかもしれない。
 これ以上攻撃を受ける事を拒んだのか、その直後に、時空魔法陣が消えた。

「吉良沢さん……ゆっくりお休みください。あとは私が、あなたの分を補います」

 織莉子は、吉良沢の遺体の近くに恐る恐るよると、そう告げた。

 彼とは、運命を変えようとする者同士だ──。
 吉良沢優という男には、目的が同じであるという繋がりがあった。それゆえに、共に行動しても大きな思想の違いや違和にぶつかる事はあまりなかったのだろう。
 吉良沢ほどではないが、織莉子も頭の悪い方ではない。彼の話に何とかついていく事も出来た。あまり差はなかった。

645BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:38:03 ID:RQpuUNRs0
 友人、と呼べるほどではないが、同じグループの仲間として──吉良沢には、いくつか共感できたし、思う所が多すぎた。
 そして、共に罪を償うと決め、運命に抗おうとする二人だった。
 そんな彼に言葉をかけた後に、織莉子は構えた。

(──ニードル、どこからでも出てきなさい)

 おそらく──ニードルは、先ほどの騒動で、この艦の要となるこのブリッジの位置を完全に把握し、怪人騒動の中でこの場の魔力結界を解いたのだろう。
 いずれにせよ、殆どの人間が脱出した時点でここは手薄になり、魔力による守護の恩恵もなくなる。
 ゆえに、狙われるのは、ほぼ間違いなくこの場所で、ニードルはまだここを狙っているはずだ──。だが、どこから敵が来るかはわからない。

「……」

 織莉子は息を飲んだ。
 瞬きすらも許されない、切迫した瞬間──。

「……」

 敵が来るのは、どこか。
 織莉子の後ろか。上か。──それとも、機器を狙いに来るのか。
 それがまだわからず、呼吸を落ちつけながら、そこら中を見回す。緊張の糸というのが心の中でぴんと張っているのがわかった。しばらくはほどけそうもないだろう。
 吉良沢は、死して尚、機器の最重要部のスイッチを押している。あれを押している限り、艦は目的地に向かって進行し続ける。
 狙われたのはあそこだろうか……?
 そして──

「──!」

 ──視えた。
 織莉子の今の狙い通り。吉良沢の遺体の近くから──。
 血の池が出来た吉良沢の元に、織莉子が駆け出す。
 ヤマアラシロイドの右腕を掴み、彼が余計なボタンを押す前に──。

「させない……っ!」

 織莉子の腕は、ヤマアラシロイドの腕を掴んだ。
 魔力が込められた両腕は、格闘のプロにも引けを取らないほど強く怪人の腕を握る事が出来る。あとは根競べだ。
 ヤマアラシロイドの腕が勝つか、織莉子の両手が勝つか。

「……っ!」

 力をぐっと込めた。
 絶対にこの艦は目的地に辿り着かせて見せる。──そう心に誓いながら。
 しかし、そんな織莉子の胸が、次の瞬間──目の前から、無情にも、貫かれた。
 織莉子の目の前に突如現れた時空魔法陣。──そこから、手と槍が、現れたのだ。

「え……?」

 織莉子は、思わず真下を見下ろした。
 二つ目の時空魔法陣──そこから、ヤマアラシロイドの左腕が、槍を持って織莉子の胸を貫いていたのだ。
 右腕は確かに織莉子が掴んでいる。
 しかし、左腕は、また別の場所から時空魔法陣を通して織莉子を襲っているのだ。
 織莉子の身体は、吉良沢の遺体の真隣で、胸を貫かれ、血をふきだしていた。彼女の身体から垂れていく朱色は、吉良沢の零した同じ色の液体と混ざっていく。

「……見事に読み通りの行動を取ってくれましたね、美国織莉子」
「わ、罠……?」

 ──最初の右腕は囮。
 その上で、織莉子が来るタイミングと位置に合わせ、攻撃を仕掛けたというわけだ。
 それも、確実に息の根を止める為に、胸部を──。
 しかし、ニードルにとっては残念ながら、織莉子は魔法少女であった。
 彼女を殺すならば、それこそソウルジェムが必要である。

(──読み通り、か……。悔しい……わね……。でも、それが一番、甘いって……っ!!)

646BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:38:39 ID:RQpuUNRs0

 織莉子は、ヤマアラシロイドの右腕を掴んでいた両腕を同時に離した。
 そして、次の瞬間、──

(ここまでは読めたとしても……ここから先は……っ!!)

 ──織莉子は、胸を突き刺す針山の元に、敢えて突き進むように、踏み出したのである。
 勢いを持って、自分の身体をわざわざより太い方へと叩きこむ。
 痛みは広がる。だが──こうしなければどうしようもない。

(──読み通りにはさせないっ!)

 そう──この槍は、一度貫いたが最後、完全に貫かない限り抜く事ができない。
 それならば──「その通り」でいいのだ。
 逆に考えるのだ。この槍は、「完全に突き刺すまで抜く事ができない」のではない。「完全に突き刺してしまえば抜く事ができる」、と。

 織莉子の前には、時空魔法陣がある。
 これが、ヤマアラシロイドの居所へ繋がっている──。
 織莉子は、槍に貫かれたまま、一瞬でその時空魔法陣の中に飛び込んだ。両腕を話してしまった以上、与えられた時間は一瞬だけ。
 そこで片づけなければ、ニードルの右腕が機器に余計な攻撃を仕掛けるだろう。
 まさに、一か八かの賭けであった。

「ぐっ……ぐぉぇっ……!!」

 胸部の痛みは貫かれ、やがれそれは確実に心臓に損傷を来す場所まで広がっていく。
 心臓が大きく破れ──大量の血液が口だけではなく、目からも噴出した。痛みと呼ぶには、あまりに凄絶すぎる物が上半身を支配する。
 そう、たとえ今すぐにここで今すぐ誰かが回復したとしても、彼女の命が助かる事はありえない。
 幸いなのは、彼女が魔法少女であった事だ。そう、たとえ心臓を貫かれたとしても、そこにあるのは痛みだけで済む。──ソウルジェムが砕かれない限り、彼女はまだ生きてはいられる。
 これほどのダメージを受けながら、辛うじて生命があるのは、その性質がゆえだ。
 しかし、それも間もなく終わる。

「オラクルレイ!」

 彼女は、自分の生命活動が終わる前に、ヤマアラシロイドの居場所へ──この艦の外に辿り着き、そう叫んだ。
 ヤマアラシロイドはぎょっとした顔で織莉子を見つめたが、もう遅い。

「何ッ!?」

 彼の身体は、織莉子によってぐっと抱きしめられた。
 それこそ、針の筵とでも言うべきヤマアラシロイドの全身を包み込んだのは、この聖母が初めてであっただろう。
 だが、それも一瞬だった。
 織莉子の身体を飾っていた無数の宝石は、彼女の身体から離れる事もなく、光った。

 ──そして、轟音とともに、爆ぜる。

 彼女の身体も、ニードルの身体も巻き込んで。
 そう、艦ではない、ニードルのいたどこかで。
 しかし、──それがきっと、微かにでも艦の運命を変えた。



 本来、ニードルの手によって押されるはずだったボタンは押される事もなく──。
 そして、ニードルという一人の男の未来と、美国織莉子という一人の少女の未来を巻き込んで、消え去った。


【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ 死亡】
【ニードル@仮面ライダーSPIRITS 死亡】





647BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:39:09 ID:RQpuUNRs0



≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫
≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫
≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫≪PULL UP!!≫

 艦が警告音を鳴らし続けるブリッジ。
 ニードルの腕はボタンを押す事もなく、吉良沢の遺体が押し続けているボタンだけがただ、艦を進ませていた。
 だが──そんな彼の遺体と血だまりの元に、一匹の小さな獣が寄り添った。

「……君たち人間は、本当にわけがわからないね。変えられるかもわからない運命の為に、自分の命さえ賭けるなんて……。まあ、でも、今度ばかりはお礼を言うよ」

 情報を共有している彼らインキュベーターの端末である。
 彼はこのままアースラに乗っていても肉体が滅びるだけなのだが、その最後の瞬間を記録するのに丁度良い役割を持っている。
 彼の持つデータは、また別のインキュベーターの元に転送されるので、丁度良いのだろう。
 この艦に関するデータを最後まで有する事が出来るのは、彼らのように意識や情報を共有している特殊な生命体だ。──そして、彼だからこそ、ある意味、死を恐れずにここに載っていられる。

「──ただ……このままだと、アースラに残っている彼らも、いつベリアルのいる世界に旅だっていいのかわからなくなってしまうんだよね。……じゃあ、美味しい所を持って行くようで悪いけど──最後に、この言葉だけは僕が言わせてもらおうか」

 そう言うと、キュゥべえは、そっと吉良沢の手を退かした。
 艦は間もなく完全に消滅しようとしている。そして、既に座標は、この艦が人間を転送できる近くまで来ていた。ボタンを押し続けては通りすぎてしまう。
 ──ブリッジから目の前を見れば、キュゥべえの視界に広がっているのは、「イレギュラー」な映像。ブラックホールのような果てのない暗闇がこの艦の視界を覆っている。
 あらゆる世界線の枠から外れた、正真正銘のダークマター──それが、あの世界だ。

 そして、ここまで来たならば、キュゥべえはこれを告げるしかない。
 館内放送のスイッチを押し、キュゥべえは、彼らへの指示を告げた。







「なあ、みんな……一つだけ聞いてくれ」

 ──そう突然に切りだしたのは、超光戦士シャンゼリオンならぬガイアポロンであった。
 彼らしくない湿っぽい語調に、誰もが違和感を持った事だろう。
 しかし、彼の口から出た言葉で、誰もが納得した。

「最初に謝っておく事がある。──ニードルは、俺を追って艦に来てしまったかもしれないっていう事だ」

 彼らしくない──謝罪の言葉だ。
 隠すつもりはなかったのだろうが、確信も持てなかったので、今まで何となく黙っていたのだろう。

「言えなくて……悪い」

 涼村暁の普段の態度が態度なだけに、これには何人かも辟易した。
 しかし、だからこそ却って、その誠意は誰にでも伝わったのかもしれない。普段、謝りそうもない性格なだけに、いざ本当に謝ると、その誠意も人一倍よく伝わる物だ。
 翔太郎とヴィヴィオが、そんな暁に言った。

「……んな事気にするなよ。結果的に、俺たちは新しい力を得られたんだ」
「そうですよ。……むしろ、本当にそうだって言うなら、暁さんに感謝します」

 彼らの総意であろう。
 結果的に、死んだはずの仲間と再び出会え、そしてこうして彼らの助けを得られたのは、他ならぬニードルが闇の欠片をばらまいたお陰である。
 それもニードルの作戦のようだったが、今の放送を聞く限りでは、そんな野望も無駄であったに違いない。
 だが、暁が言いたい事はそれだけではなかった。

「……それからもう一つ」

648BRIGHT STREAM(5) ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:39:32 ID:RQpuUNRs0

 暁はまた、口を開いた。
 それから、また目をきょろきょろさせて、少し躊躇ったが、口を開いた。

「──俺も、あいつらみたいに……このゲームが終わったら消えるかもしれないらしいんだ」
「えっ!?」

 今度の言葉は、そこにいた人間全員を驚かせた。
 暁が、消える──?
 それは、どういう事なのだろう。だが、暁はその理由を話そうとまではしなかった。

「ベリアルを倒したら、今度は俺も消えちまう。……あっ、だけど、ベリアルの野郎を叩き潰すのに遠慮はいらないからな」

 それから、すぐにまた、いつもの暁のような調子で、軽く、笑みが含まれているようにさえ感じられる言葉で、付け加えたのだった。
 だが、それにつられて笑える者などいない。
 暁は仲間だ。──ベリアルを倒す事が、暁を消してしまう事に繋がるというなら、それは
 それで、また、暁は少し声のトーンを落とした。

「こういう事は、あらかじめ言っておいたほうが、後味悪くなくて済むだろ?」
「お前……それをずっと隠してたのか! なんでもっと早く俺たちに言わなかったんだよ……!」
「それはいいだろ? 言うなら、俺の気まぐれだ」

 声のトーンは低かったが、そこだけは何故か普段の暁の調子のように聞こえた。
 誰もがじっと彼を見つめていた。その視線が統一されている中、暁はじっと、目の前の一人一人の顔を見つめた。
 すると、ある想いが湧きあがり、柄にもなく、目頭が熱くなりかけそうになる。
 ──消えたくない。
 いや、しかし、瞼に力を籠め、一度だけ瞳を閉じると、再び彼らに言った。

「──じゃあ、そういうわけだからさ。言った通りだ。……こう言っちゃなんだけど、俺はもう充分人生を楽しんだし、太く短くが俺のモットー。ふんわか行こうよ、ふんわか……」

 そして、暁が、叫ぶように言った。

「……そう、ふんわか行って、最後に世界を変えて見ちゃったりしようぜ!」

 そんな時に──艦内に、キュゥべえの指示が流れる。





『ガイアセイバーズ、出撃!!』





【────次回、変身ロワイアル 最終回!】

649 ◆gry038wOvE:2015/09/02(水) 18:40:27 ID:RQpuUNRs0
投下終了です。
書いてある通り、次回最終回。

650名無しさん:2015/09/02(水) 23:03:10 ID:v4bw0lkA0
投下乙です!
全員集合のまさに決戦前のお祭り…
まさかこういう形で死者との再会を実現させるとは
そしていよいよ次回は決戦…!
戦いの行方、楽しみです!

651名無しさん:2015/09/20(日) 00:50:51 ID:HwGYwL9M0
ハートキャッチプリキュアの小説発売!

652名無しさん:2015/09/22(火) 20:22:45 ID:aGJzB.Yg0
乙です
終盤のごったにお祭り状態
暁頑張れ超がんばれ

653名無しさん:2015/11/07(土) 02:56:21 ID:LvDr8ecg0
最終話期待

654 ◆mMSi5PQ25Q:2015/11/29(日) 14:56:16 ID:wJMk.vo.0
告知

年内に最終回投下します。
たぶん、12月中旬までには最終回が投下できちゃうと思います。
詳しい期日が決まったら、再告知しますね。

655 ◆FzO/2ozeFw:2015/11/29(日) 14:56:40 ID:wJMk.vo.0
トリミスった。

656 ◆gry038wOvE:2015/11/29(日) 14:57:13 ID:wJMk.vo.0
またミスりました。すみません。

657名無しさん:2015/11/29(日) 17:49:59 ID:yasaStx20
おお、いよいよ最終回ですか!
楽しみに待っております

658 ◆gry038wOvE:2015/12/25(金) 16:52:57 ID:2/jy0/i60
最終回投下予定日のおしらせ

第219話「最終回」(仮)
2015年12月31日(木) 20:00〜の投下予定です(多少、時間が前後する可能性有り)。
ここでひとまず完結して、第220話以降はエピローグという形になります。
エピローグは年が明けた2016年以降になりますが、そちらも是非よろしくお願いします。

659名無しさん:2015/12/25(金) 21:12:26 ID:io8zil.o0
ついに最終回来たか!

660名無しさん:2015/12/26(土) 05:07:21 ID:PNJjSShM0
おおおお!
最終回告知きた!

661名無しさん:2015/12/26(土) 14:36:12 ID:R13keG7Q0
待ってたぜ

662 ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 01:21:19 ID:GU7jrFVA0
予定通り今夜完結になります。
寝てたり、忘れてたり、死んでたり、急な外出の用事が入ったりしない限りは20時に投下予定。

663 ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 19:45:44 ID:GU7jrFVA0
投下は予定通り15分後に行います。
念のためにage

664 ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:00:42 ID:GU7jrFVA0
投下します。
最終回だからオープニングなし(普段からないけど)。

665変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:01:47 ID:GU7jrFVA0





「ねえ、おばあちゃん……昔の話、教えてくれますか?」









 ──また、誰かが突然ドアを叩く。



 しかし、その低調なノックの音に応じる者はその一室の中にはいなかった。
 このドアは、何年、何十年も前のこの風都において、横行するガイアメモリ犯罪に巻き込まれた人間が警察を頼れずに最後に縋る駆け込み寺となっていた探偵事務所のドアだ。今日まで何人の悩める人間がこのドアを潜った事だろう。
 とはいえ、既にそれから幾許かの歳月が過ぎ去っている。今ではその手口の犯罪もすっかりなくなり、この事務所は、より多種多様な事件の依頼を受けるようになった。
 それこそ、そこらの萎びた探偵事務所と全く変わらない。
 浮気調査、人探し、犬探し、猫探し、亀探し……。

 この日も、また、本当にそんな、ちょっとした事情を持つ者が来たようだった。
 依頼人は、しばらくドアの前に立ってノックを繰り返し、返事を待った。
 しかし、返事はない。
 やはり、どうやら事務所の一室には誰もいないらしいと気づき、やがて諦めて、背中を向ける。
 その人の後ろ姿は、ドアからゆっくりと遠ざかっていった……。

 もしかすれば、この帰路でばったりとこの事務所の主に会う事を期待しているかもしれないし、その依頼を果たせる他の宛てを探しに行くのかもしれない。
 その人は再び来るかもしれないし、既に常連であるかもしれないし、二度とこない一見かもしれない。それはわからない。
 とにかく、まるで、その部屋そのものがその人間に見捨てられたかのように、一人の人間に置き去られた。

 ──この、がらんと空いている部屋。

 あの「鳴海探偵事務所」のロビー。
 誰もこのドアを開けてはくれなかった。

 ……事務所の内側は、すっかり無人であった。
 奥に進めば、古い探偵小説や、寂しいほど整ったデスクがあるのだが、これらも蜘蛛たちが巣を張る為の優良物件となりつつあるようだ。
 クラシックな品質で出来上がった家具や壁のレイアウトも、いくつもの帽子のかけられた壁も、少し前まではそこに誰かがいたかのような気品を漂わせるが、この時には誰もいなかった……。
 何日か、あるいは、何週間か。──それがここから誰かがいなくなってから経過した時間はそれくらいだ。ただ、依頼人が来るところを見ると、何年という単位ではないだろう。
 人の匂いのしない渇いた空気がその場に流れる。床板の匂いだろうか。少しだけ黴臭く、それでもどこか懐かしい物が鼻孔を擽る。下町の匂い。

 隅のデスクには、ある意味では過去の重大事件の調査報告書とも取れる一冊の本と、それに関する記録(メモリー)と呼ぶべき数葉の写真があった。
 ……これは、もう既に人々が忘れ去るほどに遠い過去のものだ。誰がここにこの本と写真の束を置いていたのだろう。
 だが、それだけが、ここに誰か人の通った形跡を示す手がかりだった。

 写真はもう、すっかり色褪せて、そこに映る人々の笑い顔さえも、どこか古めかしく見えるほどだった。そもそも、こうして写真を紙媒体に印刷する文化自体が、この時代からすると古めかしい物であるかもしれない。黴の臭いがする。
 中には、幼い少女も映っているが、この人ももう、本当の大人だろう。
 この、帽子を被っている気の良さそうな男は、生きていれば、もう老人かもしれないし、もしかしたらとうの昔に亡くなっているかもしれない。
 ──帽子?

666変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:02:17 ID:GU7jrFVA0
 これは、よく見ると壁に飾ってあるのと同じブランドの帽子だ。

 ──年代ものだ。

 時代は、大きく変わっていった。
 街並みも変わり、この事務所で働く人々も変わっていく。
 仮面ライダーとドーパントが戦う時代はとうに終わったくらいだ。

 ……だが、それでも。この街に吹く風だけは変わらない。
 いつまでも懐かしく、善と悪とが混ざり合い、そして、何より、良い風だった。
 きっと、かつてこの街で暮らした人々が愛した物が、この時代の人たちにも吹き続けているのだろう。

 ──窓の外の隙間風が、ぱらぱらと本のページをめくり、写真を床に散らばらせた。

 この本のページを巻き戻す者はいない。
 写真を拾う者は誰もいない。
 そこに映っている人たちも、もうおそらく……。





 世界の歴史の一つの記録を記した、その本の題名が大きく開かれる。





*【変身ロワイアル】





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667変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:03:58 ID:GU7jrFVA0



 ──広大なる宇宙。
 本来、この限りなく広い宇宙というのは、それこそ数えきれないほどの人々が寄り添い合って暮らす場所であり、全ての命の故郷であるはずだった。少なくとも、ゼロが旅した幾つもの宇宙は全てがそうだった。だからこそ彼は宇宙を愛したのだ。
 しかし、この青い戦士──ウルトラマンゼロが今、辿り着いた宇宙は、そんな宇宙たちとは全く違うと一目でわかった。

 今、目に見えている星は全て模造品で、そこに芽吹く温かい生命までは再現されていない。
 緑の息吹や文明のある惑星は恐ろしいほどに少なく、隕石の欠片のような星ばかりが無数に浮いている。そんな、おそろしいほどに音と空気のない深淵だった。
 どこを何度見渡しても、やはり、生命の反応は……ない。強いてそこにある物を挙げるならば、「永遠の孤独」とでも呼ぶべき虚無感だけだ。
 まるでブラックホールにでも飲み込まれたかのように見渡す限りの全てが無音で、それこそ、ゼロには、直感的にその空気に恐怖感を覚えざるを得ないほどの場所である。

『どうしたの? ゼロ』
「……ああ、いや、なんでもない」

 ゼロは自分と同化している少女──蒼乃美希の言葉に、思わずそう空の返事をしてしまった。
 辛うじて、ゼロが平静を保って居られるのは、いわばこの「美希」のお陰でもある。もし、彼女がいなければ、ゼロはすぐにでもその宇宙の齎す永遠の孤独に敏感に反応し、正気を失ったかもしれない。
 自分と共にそこに誰かがいてくれる事が、ゼロの心を安堵させた。この不気味な宇宙の孤独からゼロを守れるのは彼女の存在だけだ。

 ふと思う。
 孤門は──この感覚を数日、その身で味わっているのだろうか。
 ベリアルは──こんな感覚に身を震わせながら、全世界を手玉に取って満足なのだろうか。

 一刻も早く、この宇宙の中でただ一人彷徨う「ウルトラマンノア」のスパークドールズを探さなければならないし、彼の時間を取り戻し、ベリアルも倒さなければならない。
 しかし、やはり、この視界に広がる無限を前に、ゼロですら一瞬心が挫けそうになる気がした。
 これから行う作業は、言ってみるなら──地球中から、一粒の塩を探し出すよりも困難な事であるという実感が湧いてきたのだ。

(まずいな……この世界に来てから、俺の力も弱まっちまった……)

 この世界に飛び込むのが初めてだったゼロは、更なる問題として、このエネルギーの枯渇も挙げられた。体に何トンかの鉛の分銅でも装着されたかのようにゼロの身体が重くなり、これまでのようなパワーも発揮できない状態が続いている。
 この分だと、モードチェンジも出来ないどころか、先ほどまでのようにノアイージスを発現して別世界を渡る事さえできない。
 たとえば、今すぐにゼロの力で引き返す事などは絶対に不可能な状態である。

(帰る方法は後で考えるか……それより──)

 もとより、ゼロに後退の意志はない。勿論、元の世界に帰らなければならないのも一つだが、それに関しては比較的楽観的に考えている部分もあった。この世界にいれば耐性が出来るだろうし、それならば地球時間で一週間ほどでも充分だ。
 それはこれまでの美希たちの事を考えれば自ずとわかる事で、ベリアルを倒した後ならば一週間ここにいるというのも一つの手段である。
 ……だが、問題はその事ではない。

(──これじゃあ、ベリアルと戦う力が無さすぎるぜ……っ!)

 そう、パワーの低下による、戦闘力への影響だ。
 ベリアルの実力は、元々ゼロと殆ど互角だと言っていい。
 どちらかが強い力を得てもう一方を圧倒し、そうなれば今度は負けた方が強くなりもう一方を倒す……という繰り返しが、これまでのゼロとベリアルとの間に生じていた力関係だった。
 いわば、それが二人の終生のライバルたる因縁を作り上げていたのだ。

 その能力がほとんどリセットされたこの世界では、圧倒的にベリアルの方に分がある。
 まず、一対一の決闘でゼロがベリアルを相手に戦うのは不可能と言っていいだろう。
 いかにして対策すべきか考え、宇宙空間の一点にとどまっていた時、美希の声がゼロの脳裏に反響した。

668変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:05:29 ID:GU7jrFVA0

『──なんでもないのね。じゃあ、早く孤門さんを探して、ベリアルを倒しましょう!』
「お、おう……!」

 ふと、美希の言葉が聞こえたので、ゼロもベリアル以外の事に意識を向ける事ができた。……そう、今は、彼女がここにいるのだ。
 蒼乃美希。……あの殺し合いの生還者が。

 まあ、確かに──今の孤門は、かつてゼロに力を与えたウルトラマンノアと同化しているのだから、彼がいれば現在の形勢は大きく逆転する事になる。しかし、そのノアを探し出すのにも、これだけ広い宇宙が広がっているようでは心が折れそうなのも事実だ。
 美希もそれは、ここに来た瞬間に察しただろう。地平線すらもない無限の黒には、余程目が悪くない限りは恐怖を覚えるに違いない。──ましてや、彼女のように宇宙に行く機会の少ない地球人の少女となれば尚更だ。
だが、そんな美希が、ゼロに向けて──あるいは、これからの旅路を遠く見据えている自分自身に対して、ある意識を飛ばした。

『──諦めるな! ──』

 美希の胸にあるのは、その言葉だけだった。
 たとえ挫けそうになった時も、それを食い止めるのは、その単純な激励である。その言葉が持つ意味を噛みしめる。
 長い講釈や説教と違い、言葉そのものが奇妙な力を発するのだった。
 強い語調でもなく、かといってそっと支える風でもなく、その声がそもそも他人から向けられているような気がしない──そんな一言。

「──」

 そして、それは、ゼロにとっても、最も好きな地球人の台詞だった。
 孤門が何度となく使っていた口癖のような呪文。そして、ゼロもかつて、ある宇宙で──今思えば孤門に少し似た面影を持った──少年に言われ、ウルトラマンダイナ、ウルトラマンコスモスと共に胸に刻んだはずの言葉である。
 確かに、こんな若い地球人の少女にこれを言われては、ゼロも立つ瀬がない。

「よしっ」

 本来の彼らしい調子を、本格的に取り戻すには充分だった。こうして、無謀に近い状況に立たせられてこそ燃えるのが本当の自分ではないか、と。
 ゼロは、その一言で奮い立つ。

「じゃあ、いくぜ、美希!」
『うん!』

 ゼロは、スピードを上げて宇宙の果てに飛び立っていった。
 願わくは、追い風が彼らに届くように……。
 彼が飛び去った後には、青い残像が光っていた。







 ──別の宇宙。
 時空移動船アースラの壁は、だんだんと消滅を始め、ガイアセイバーズの視界に広大なブラックホールの姿を映していた。
 目の前にある深い闇が、これから自分たちの身体と意思とを飲み込む事になる「宇宙」だという。
 アースラは、無力にも、その直前で消えかかろうともしていた。──だが、これが、正しい歴史におけるアースラのあるべき姿なのだ。とうに消えているはずものが、奇跡的に駆動し、そして志半ばに消えかかっている。
 しかし、最後の任務を終えたアースラを、今、ベリアルの野望が生み出した死者の力で再生し、今、無に帰る為に最後の力を振り絞ろうとしている姿でもあるのだ。
 もしかしたら、それだけでは足りないかもしれない。
 あとほんの少し、風が吹けば──この艦を動かしてくれた者の想いも、この艦を守ってくれた死者たちの想いも、この艦の為に命を亡くした者の想いも、全てが無にならなくなる。
 インキュベーターの言った通りに、「出動」ができる。

 きっと、風は、──届く。
 ──そう、あと、もう少しで。
 あの変身ロワイアルの世界へ──。

669変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:06:41 ID:GU7jrFVA0

(届け……届け……!!)

 彼らは、祈った。
 人が祈れば風が吹くわけでもないが、かつて、左翔太郎はそんな経験をした事がある。人々の祈りは時として黄金の風を巻き起こす事もある。
 せめてこの先にある世界に自分たちを届けてほしいと。

(届け……届け!!)

 そう思いながら──

 八人は、ただ祈った。
 彼らと同化している魂や、共に戦ったデバイスたちも祈り続けた。
 このままでは、数々の人々が、数々の死者が、美国織莉子が、吉良沢優が、インキュベーターが、動かしてくれたこの船が沈んでしまう。

 運命は、彼らだけの力では不足だというのか。
 このまま辿り着かなければ、その全てが無駄になり、同時に、全てが終わる。
 ここにいる者たちが最期を迎えた時、遂に世界の希望は潰えてしまう──。

(──届け!!!!!!)

 ──そして、その時である。



『──』

『──!』

『──!!』



 彼らの耳に、幾つもの────「声」が聞こえた。



 この時空の狭間には、無数の世界や宇宙──あるいは時空に繋がる扉が存在している。
 それらの扉から、無数の声と、そして力が一陣の黄金の風となり、彼らのもとへと寄り集まっていったのである。
 彼らに力を貸す意図もなく──ただ、混ざり合って風となって。

『──蒸着!』

 なにものか、の声。

『赤射!』
『ムーン・プリズムパワー・メイク・アーーーップ!!』

 ……それは、無数の時空に存在する彼ら以外の変身者の声に違いなかった。
 遠き日、その変身者たちの姿を見守った子供たちならば、その声を聞き分け、それが誰の言葉であるかも、きっと思い出す事も出来るだろう。

『焼結!』
『デュアル・オーロラ・ウェーーーブ!!』

 その変身者たちが発した魔法、科学、超能力など……あらゆる形で発現された変身エネルギーの塊。ベリアルさえも利用の方法を模索し、首輪という媒体を使わなければ得る事が出来なかった膨大な力たち──。
 それが、彼らの船を包み、巨大な追い風へと変わっていったのである。

「!?」



 ──この戦いの為に利用された、「変身エネルギー」たちである。



「これは……」

670変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:07:27 ID:GU7jrFVA0

 それは時に正義の力となり、時に悪の力となる。
 それを使うのは使い手次第。
 ガイアメモリが仮面ライダーにも、犯罪者にも使われたように。
 光の巨人を模したウルティノイドがダークザギとなったように。
 改造人間やテッカマンとなった者が時に本能に従順になり、時に理性で打ち勝ったように。
 同じ遺伝子から生まれた少女が光と闇に分かたれたように。──そして、それがある時入れ替わったように。
 使い手の心は、力の形さえも捻じ曲げる。
 善にも悪にも。光にも闇にも。



 ────そして、その力には決して罪はない。



『重甲!』『邪甲!』
『怒る!』
『風よ、光よ、忍法獅子変化!』『ゴースンタイガー!』
『チェインジ!スイッチオン!ワン、ツー、スリー!』
『大・変・身!』『アポロチェンジ!』
『ガイアーーー!』『アグルーーー!』
『『『『『クロスチェンジャー!』』』』』
『『『『『トッキュウチェンジ!』』』』』
『『『『『シュリケン変化!』』』』』
『瞬着!』
『凱気装!』
『ハニーフラッシュ!』
『ピピルマピピルマプリリンパ、パパレポパパレホドリミンパ!』
『パンプルピンプルパムポップン!』

 変身者たちの風の中には、時に冷徹な悪の戦士の声や、戦いを行わないただの魔法少女の声までも混じった。そんな混沌の理由を察する事は誰にも出来なかった。
 あらゆる時空から吹き荒れた「変身」の力には、意思という物はない。

 だが、強いて言うならば、変身者たちの意識のほとんどがベリアルを倒す方に傾き、善悪問わず──あの外道衆たちさえも含め──彼らに味方しようとしている想いが、こんな奇跡を起こしているのかもしれない。
 誰もが他者による支配を望まない。
 故に、それらは一斉に彼らに向けられて力を発していたのだ。

『まさか……』

 その果てにあるのがどんな目的であろうと、それは同じ「変身エネルギー」には違わず、そして、意思の伴わない力が偶然船に向けて放たれただけである。
 アースラに乗っていた者たちは、全員、目を丸くした。

「何だよ、これ……」
『絶えず吹き荒れる、善と悪の風だ……!』

 そう……かつて、翔太郎たちに力を貸した祈りの風は、決して正しい者たちだけが齎した物ではないのだ。
 はした金の為に争い合った者も、園咲家も、風都の仲間も……あらゆる人間の想いが寄り添い合う場所が「街」であり、「風」なのである。
 善と悪──人間が持つ二つの性質が混ざり合い、だからこそ巨大な風になりえた物だった。そして、それは今もそうだった。

 そう、世界には、絶えず善と悪の風が吹き続ける……。

「英霊たちの力……ってやつだな」
『ああ、俺がこれまで、色んな時空で共に戦った黄金騎士たちの力も少しだが感じるぜ』

 零とザルバもまた、冷静に力の正体を見極めていた。
 歴代の黄金騎士たちが、過去も、未来も、時空さえも超えて、文字通りの「力」を届けている。──それをザルバは感じ取っていた。
 その称号を受け継ぎ続ける彼らだからこその直感であろう。

「──変身という“力”そのものが……何かを変えようとする“力”が、私たちを、導いてくれているんですね……!」

 それを起こしたのが誰であろうと関係はない。

671変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:08:12 ID:GU7jrFVA0
 彼らに力を貸す事が出来るのは、この時、個々人の思想ではなく、共通の「エネルギー」だったのだ。
 それが最後のパーツとなって、エンジンは動いて行く。
 徐々にプロペラが回っていくように、アースラも再び飛び上がっていった。

『みんな、遂に辿り着けるんだ……! 世界中の人の祈りを背負って……僕達は!!』

 そして──そんなフィリップの声を聞いた後、彼らの意識はだんだんと曖昧になっていった。
 次に目覚めた時、彼らにとって、無数のヒーローの声が真実であったのか、夢であったのか、既にわからないほど、遠い記憶のような出来事に思えていた。
 変身エネルギーの概念を詳しく知らない彼らには些か、その原理がわかりかねる物であっただろう。
 だが、結局のところ、どちらであれ──彼らは、世界の節々で繰り広げられていた自分たちと同じ境遇の者たちの力を感じて、再び殺し合いの世界に突入する事になった事実は変わらない。



 ────そう、彼らの行き着いた先は、かつて殺し合いの舞台となった場所だった。


 そして、彼らがそれを変えようとする場所だ。







 ──変身ロワイアルの世界。
 加頭順が城の上から眺めていた空には、アースラの半身が浮かび始めていた。
 頭上に出来あがったブラックホールにその先端を突っ込もうとしている巨大な戦艦を眼に焼き付ける。
 粒子に消えながらこの世界に突入するアースラの最期は、今まで見たどんな満月や流星群よりも美しい光景だと、加頭は思った。
 いや、この言い方は妙か。……初めて「美しい」と思った光景だと言っていい。景色や世界の色使いに感動する気持ちが少しわかった気がする。
 散華の美、とでも言おうか。

 ──どうやら、彼らを妨害する事は出来なかったらしい。

 ……となれば、結局、やはり、直接、戦闘によって勝ち得るしかないわけだ。
 この手で敵と渡り合う。
 どの道、あのアースラは消えてなくなるのだ。今更、労力を割いてまで撃墜する必要はない。

 加頭はここで、彼らとの最後の戦いを待つだけだった。
 降り立った彼らを真正面から向かい打ち、そして勝てるだけの実力が今の自分にはある。卑怯な手は使わない。使う必要はどこにもないからだ。
 昨日までとは違う。新しい力が己に味方した以上、手負いの彼らくらいはきっと越えられる。──そんな自信があった。
 己の手に固く握ったユートピアのメモリを一瞥し、加頭は微笑んだ。

「……来い。貴様らの最後を見届けてやる」

 ああ、そして、彼らに──ガイアセイバーズに風が吹くのは、加頭にもわかっていた。
 そう、今は彼らに追い風が吹いている。外からの力がこちらへと戦士を誘ったのだと。

 しかし、この世界に立ち入ったからには、その風は突如、反対に吹いてもおかしくはないという事である。
 冴子と暮らす為のこの世界を守るのが、加頭の最後の役目だ。
 その役目の為にも、今度は逆風に変わってもらわなければ困る。
 いや、自分自身のこの手で変えるのだ。──それこそが、加頭順として証明する冴子への最大の愛であり、最も価値のある婚約指輪になるだろう。
 加頭は強く拳を握った。

「この世界から……排除する! ガイアセイバーズ!」

 ガイアドライバーに周囲の「闇」が吸収されていく。
 貯蓄された闇は更に加頭の感情を刺激し、彼の身体を強化し、NEVERに要される酵素に近い生命の延長を計った。
 ベリアルが彼に与えた力が覚醒し、新たな力が「起動」し始める。





672変身─ファイナルミッション─(1) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:09:45 ID:GU7jrFVA0



 ──仮面ライダーの世界。
 ──プリキュアの世界。
 ──魔法少女の世界。
 ──テッカマンの世界。
 ──らんま1/2の世界。
 ──魔戒騎士の世界。
 ──ウルトラマンの世界。

 ──スーパー戦隊の世界。

 あらゆる者が、戦いの終わりを見守った。
 たとえ、ベリアルほどの実力を持つ者たれども、今この時ばかりは、彼らに戦いの行く末を任せるしかない。
 大人たちもまた、子供のような心を胸に、勇士が立ち上がり、関門に辿り着く姿を見守り──その勝利を祈った。

「──やっとたどり着いたか。てめえらも」

 この世界に住む血祭ドウコクは、少しばかりその中では異端だった。
 六門船の揺れる船の上で、三途の川面に浮かんだ映像を、骨のシタリと共に眺めて、彼らが辿り着いた事実をさも当然のように受け入れ、そして、そこにガイアセイバーズがいるかのように、彼は呟いた。
 シタリは、彼の方をちらりと見る。

「見せてみろよ……。──貴様らが勝つ姿を」

 血祭ドウコクの言葉を聞き、その横顔を眺めた後で、シタリは再び、何も言わずに三途の川の方に視線を落とした。
 彼が今、こんな事を言う友人を見て何を想ったかはわからない。
 ただ、シタリもこんなご時世、ドウコクと同じ物を観たがっているという事だけは同じだった。





673変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:13:15 ID:GU7jrFVA0



「──ここは、どこだ? いや……」

 ……気づけば、仮面ライダーエターナルたちの周囲には、あの景色が再現されていた。
 エターナルは、お決まりの台詞を告げて、周囲をきょろきょろと見回しながらも、自分たちがどんな場所にいるのかを頭の中ではよく把握しているようだ。
 それもそのはずだ。自分の体がここになければ困る。ここまでの出来事が全て夢というわけでもない限り、今日、この時は自分の体がここになければならない──それが自分たちの宿命なのだ。

「──」

 ──彼らを殺し合いに呼び寄せたあの世界。
 何日か前までここにいて、何日か前まで戦っていた世界と、全く同じ風。
 光の差さない真っ暗な森。──それは、まだここが黎明の世界。もし、彼らの身体が金色に光っていなければ、それぞれの姿を確認するのも覚束ない程だっただろう。

 ただ、心なしか、以前よりも命の鼓動のような物が森の中に生まれ始めているようだった。
 おそらくは、それは、必然的にこの世界に辿り着いてしまう微生物や小虫たちがここに住み着き始め、何の命もなかった世界に少しずつ命が植えつけられようとし始めているという事だ。

 それに気づいたのは、キュアブロッサム──花咲つぼみだけだっただろうか。
 エターナルは、続けた。

「……わかってる。俺たち、遂にここに来たんだな」

 この台詞を告げた時、どうやら、この外の全ての世界では、彼らの最後の戦いの中継が自動的に始まったらしかった。
 そして、この瞬間を以て、艦に最後まで残っていたインキュベーターは、次元の波の中に囚われ、おそらく消滅したのだろう。──勿論、その意識と情報を共有する別の存在が世界にいるので、それほど悲観的に考える事実ではないが、こうして彼らが無事この世界に侵入できた功労者として、インキュベーターの尊い犠牲もあった事は忘れられてはならない。
 それは、アースラという戦艦をここまで運んだのは、決して彼らだけの力ではなかったという証明に違いない。元々の乗組員は勿論、死者さえも、別の世界の者たちさえもそれを動かし、彼らを届けた。
 彼らに勝ってほしいと願う全ての心の結晶が、彼らをここまで乗せたあの巨大な船だったのだ。
 敬礼する間が無いのは惜しむべき事実であった。

「……」

 ただ少しだけ、周囲を見回してアースラを探した者もいたし、空を見上げた者もいた。
 あの数日、共同生活を経たあのアースラは、もう無い。
 その事実には、在りし過去に戻れぬノスタルジーも少し湧いただろう。

「……」

 ……とはいえ、結局、アースラよりも彼らにとって郷愁の情が湧いてしまうのは、こちらの戦場だったのも事実だ。
 あらゆる悲しみと、怒りと、そして楽しい時間さえもあった場所。
 そうであるのは違いない。



 ──しかし、大事な出会いの場所でもある。



 ここにいる者たちは、お互いにここで出会い、ここで悲しみを共有したのだ。
 たとえ、ベリアルの戦いがなければそれぞれがもっと別の──幸せな出会いをしていたのだとしても、今ここにいる自分たちが直面したのは、悲しみの中での細やかな幸せとしての出会いだ。
 この感情を持って戦えるのは、自分たちがここで出会ったからに他ならない。

 ……ふと、そこにかつてと違う物があるのを誰かが見つけた。

「……ん? なんだ、あの悪趣味な手は。あんなもんあったか?」

674変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:14:48 ID:GU7jrFVA0

 そんな事を言ったのは──その「誰か」とは、佐倉杏子の事だった。
 ──彼ら八人は同じ場所に固まって転送されていたが、その付近には、腕の形をした奇妙で巨大な建造物が立っていたのだ。
 これこそが悪の牙城なのだが、それを「城」と認識できた者は少ない。
 杏子の言う通り、誰しもが「巨大な手」と思っただろう。しかし、それが巨大な人体の一部の手と認識した者もおらず、あくまで「手の形を模した巨大な何か」という風に全員が捉えたようだった。
 薄気味悪いが、だからこそ、決戦の時であるのがよくわかった。

「気づいてないだけで、前からあったんじゃねえか?」
「あるわけねえだろ! あんなデカい城を見落とすのはこの世でお前だけだ!」
『勿論、あんな物は僕も知らない。この数日で出来たようだ』

 仮面ライダーエターナルの言葉は、同じ仮面ライダーのダブル──左翔太郎とフィリップに突っ込まれる。
 しかし、こうして軽口を叩いていられるのも今の内であった。
 彼らも、決して緊張がないわけではないのだ。だからこそ、わざとこうして場を温めているのかもしれない。
 だが、結果的に言えばそれも束の間の話だった。

「──ッ!」

 次の瞬間。
 一筋の風が吹いた時、まだ温かみを持て余していたはずのその場の空気が、ふと一転する。わけもなく背筋を凍らすほどに冷やかな風が、身体を撫ぜる。
 誰もが、喉元に氷柱を飲み込んだような緊張感に苛まれた。

 戦慄──。

「……誰だっ!?」

 この直後に彼らの前に──一人の男が現れたからである。
 闇にも映える真っ白なタキシードの服。
 ──ゆっくりとこちらへ歩いて来る。
 見覚えがあるようで、やはり、これまでに見た事のない雰囲気の男。
 即座にその男の正体を答えられる者はいなかった。

「……遂に来てしまいましたか。……結局、あなたたちは自分の故郷ではなく、お仲間が死んだこの場所で死にたいと──そう願ったと、結論しましょう」

 ダブルは、その男の瞳を見た事があった気がした。
 いや、誰もが見た事があるのだが、その白いタキシードの男に対して、それが──あの、「加頭順」であるという認識を持てた者は少ない。表情こそ変わらないが、どこか柔和で、歩き方にも奇妙な余裕が感じられるからである。

「……」

 元の世界の左翔太郎とフィリップさえも、その判断には少しだけ時間を要したくらいだ。だが、やはり、奇縁があるのか、真っ先に気づいたのは彼らであった。
 到底、あのはじまりの広間で見た男と同一とは思えなかった。──人は数日ではここまで印象を変える物なのだろうか。

「まさか、お前。加頭、順か……?」
「ええ。……お久しぶりですね。てっきり、そちらの半分は亡くなったかと思いましたが」

 加頭が笑顔で皮肉を言った。そちらの半分、というのはダブルの右側──フィリップの事だろう。
 それから、勿論、ヴィヴィオの事も加頭は多少なりとも気にしたのだと思われるが、加頭も同様の死人であるが故、あまり追及するつもりはないようだ。
 特に、フィリップに関してはその出自において、死者蘇生に近い事が行われているし、ガドルという見落としも過去にはある。一人や二人の増援は、今更気にならない様だ。
 呼ばれた当人の仮面ライダーダブルは、加頭のかつてと違う様子に少し当惑していた。

「……なんか、調子狂うな」
「ふふふ」
「前は、そういう風に笑ったりはしなかったぜ。……まあ、今もあんまり良い笑顔じゃねえがな──」
「……ほう、なるほど。後の為に、その言葉も参考にしておきましょう」

 ダブルの反応は予測済というわけだ。これだけの人数を前にしても震えず、余裕綽々と笑っている加頭の顔を見ていると、やはり不気味に思うだろう。ダブルへの勝算があると見ているに違いない。

675変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:17:05 ID:GU7jrFVA0
 だが、その場で加頭と敵対している者の──仮面ライダーやプリキュアの全てが、加頭に敗北する未来の予感を全く浮かばせなかった。

「……」

 強いて言えば、そう……少し勝利までの過程が厄介になるだろうという不安が掠める程度だ。それもすぐにどこかへ払いのけられた。
 少し心に余裕が出来た気がした。

「……加頭。もう一つだけ、すっげー参考になる『良い事』を教えてやるよ。
 ──そいつは、フィリップが今ここにいる理由さ」
「ほう。興味深い……」

 変わらず余裕な加頭を前に、仮面ライダーダブルが強い語調で啖呵を切った。





「──俺たちはなぁ、お前たちみたいな奴らを倒すまで死なねえんだ……永遠に!」

『そう、僕達はたとえこの身一つになっても……いや、この僕みたいに、“この身がなくなっても”戦い続けている』

「それこそが、お前たちが相手にしている存在だ……!」

『だから──いうなれば、絶望がお前のゴール……っていうところかな?』





 ダブルは固く拳を握る。
 そんなフィリップの言葉を聞くと、少しだけ加頭は眉を顰めた。
 それは、かつて翔太郎が加頭の野望を阻止した時に発した言葉にもよく似ており、それが加頭に悪い記憶を呼び覚まさせたのだろう。
 しかし、それでも──加頭は、大きく怒りを膨らませる事はなかった。

「なるほど……かつて聞いた時と同じ……か。──憎たらしい言葉ですね。
 しかし──残念ながら、その台詞を聞く事が出来るのも、今日が最後のようです!」

──UTOPIA!!──

 その言葉と同時に、加頭が握るユートピアメモリの音声が鳴り響いた。
 ユートピアメモリが浮遊し、加頭の装着するガイアドライバーへと吸収される。
 重力が無いと言うよりか、むしろメモリが自力でそう動いたかのようだった。
 轟音。ブラックホールを前にしたような不安感。……それらが駆け巡る。

──BELLIAL!!──
──DARK EXTREAM!!──

「!?」



 そして、次の瞬間──暗黒の嵐が吹き荒れた!


 強風が彼らを襲う。土に零れていた大量の葉を吹きあがらせ、地面の草木を全て揺らす。
 暗闇のオーラが雲のように視界を覆う。天と地がひっくり返るような感覚がその場にいる者たちに降りかかる。
 しばらくすると、空に飛び散った葉の数々は、次の瞬間に、まるで鉛の固まりのように一斉に落下する……。

「くっ……!」

 それぞれが、自らの頭を覆うように顔の前で両腕を交差させた。微かに視界に残した光景には、確かに変身していくユートピアの姿がある。
 そこから、ダークザギの発した闇にも似た黒いオーラが現れ、直後一斉に取り払われると、そこに佇んでいたのは、ダブルもかつてまで見た事のない相手──。
 そう──この「ユートピアドーパント」の「ダークエクストリーム」だ。

676変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:18:36 ID:GU7jrFVA0

「……っ!」

 ゴールドエクストリームと化したダブルに対して、ダークエクストリームと化したユートピア。それはまるで、かつての戦いの再現でありながら、いずれもかつてのそれぞれとは大きくベクトルの異なる成長を遂げた結果生まれたカードだった。
 そして、彼らが背負うものもまた、かつてとは変わっていた。

 ダブルは、「崩れた理想郷」や「一人きりの理想郷」ではなく、無限の供給と再生を続ける「完全な理想郷」となったユートピアの姿を見て、固唾を飲む。
 どうやら、加頭も秘策と、想いを背負った敵であるらしい。

 しかし──倒す。何があっても、必ず。





「それでは、皆さん。……折角ですから、また、殺し合いを始めましょう。
 ──そう、この私と……この場所で!」





 加頭は仰々しくそう宣言した。
 このバトルロワイアルの始まりを告げた言葉にも似たその一言に、誰もがぴくりと反応した事だろう。
 そう、この男の呼び声であの悪夢は始まった。
 そして、この男を倒してから始まる本当の最終決戦で──全ては終わる。

「──違います!
 これから始まるのは、殺し合いじゃなくて……命と命の、助け合いです!」

 キュアブロッサムがユートピアに向けてそう告げた。

 ガイアセイバーズ。
 それが望む未来を提示され、ユートピアは微かに狼狽えた。
 敵方にこちらを恐れている者はなしと見て、ユートピアの脳裏に掠められたのは、僅かな敗北のビジョンである。──とはいえ、それは勝負に際する者が誰も一度は掠める物。
 ユートピアは、園咲冴子の生前の姿を、そして、ここにあるこの力で戦えば、彼らなど相手ではないという事を思い出して、そんな不安を一瞬で取り払う。

「……フン。──何を言おうと勝手だが、どうせ貴様らは、いなくなるッ!」

 敬語を捨て、猥雑で乱暴な「殺し合い」を始めるユートピアは、その手に構えられた“理想郷の杖”で、閃光の一撃を放った。

「──!!」

 光速のレーザービームが八つに分岐して、各参加者の身体を狙い加速する──。
 瞬きする間もなく自らを狙ってくる数百度の熱を、各々は正確に捉え、八人八色の対応を果たした。
 ビームを防ぐ者、避ける者、跳ね返す者、その体で難なく防ぐ者。
 その全てが一瞬で行われる。
 ユートピアとて威嚇のつもりであったが、全てが殆ど反射的に回避された事を見て、やはり予想以上の相手になった事を実感していた。







「──せやぁッッ!」

 ──直後に聞こえたのは、一人の雄叫びだった。

 攻撃の瞬間に、圧倒的なスピードで姿を眩ました高町ヴィヴィオである。
 聖王の姿となった彼女は、他の数名と同様、全身を金色に輝かせ、真っ直ぐなパンチをユートピアに叩きつけようと迫ってくる。
 何度も、友と磨き上げた拳。
 歪みから救われた少女の、正拳。

677変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:19:53 ID:GU7jrFVA0
 それがユートピアの全てを打ち砕くべく、アクセルを踏み込んだようなスピードで邁進していく。
 彼女の一歩は、空間をも飲み込んだような一歩であった。

「──アクセルスマッシュ!!」
「フンッ!」

 ユートピアは、叩きつけられたパンチをクロスした両手でガードした。
 そのまま、ヴィヴィオの手を取り、力の流れを寄せ──彼女の身体の天地をひっくり返す。
 何が起きたのか──。

「くっ……」

 ヴィヴィオも、気づけば空を見る事になった。合気道のような技で投げられたのだと察知するまでにもそう時間はかからない。
 加頭固有の能力を使えば、ヴィヴィオを触れもせずにひっくり返す事が可能であろう。
 しかし、彼はベリアルウィルスの効果で元の素養を超える身体能力や、敵を見る術を得ていた。一切の能力を使わず、元の身体のポテンシャルだけでヴィヴィオに空を見せたのだ。

「……っ! 痛〜っ!」
「この能力だけが私のやり方ではない──。
 格闘による真っ向勝負も一つの戦法だ……!
 得意の接近戦に持ち込む事など、愚かな!」
「……そういう事なら、むしろ逆に、受けて立ちます! ……はぁっ!!」

 ヴィヴィオの拳は、何発もの攻撃を、凄まじい速さで、連続してユートピアに打ち込んだ。
 その一つ一つが、強い魔術を込めた一撃だ。──いうなれば、それこそ、闇の欠片が供給している死者たちの魂である。
 黄金の輝きを持つ限り、ヴィヴィオたちにはこれまで以上の、圧倒的な力が味方する事になるだろう。
 ユートピアも同条件には違いないのだが、その想いの強さでは、ヴィヴィオが勝ると言える──。

「はぁぁッ──!!」
「ふんッ」

 それを何度も、ユートピアの胸に、腹に、顔面に──叩きつけるつもりで打ち込んだ。だが、その全てがユートピアの掌の上で跳ねていく。
 ヴィヴィオのパンチのスピードに追い付き、ほぼ全てを迅速に片手で防御しているのだ。
 結果、ヴィヴィオのパンチは一度もユートピアの身体に当たる事がない。

「──無駄だ!」

 ユートピアの掌から、ヴィヴィオに向けて闇の波動が放たれる。
 それは、彼女の身体を拳から伝って全身吹き飛ばし、真後ろの地面に尻をつかせた。
 ヴィヴィオにとってもそれは少しの痛手であったが、後退の意思が過るほどではない。
 いや、それどころか、この程度の負傷は誰の日常でもよくあるレベルだ。アインハルトと戦った時だってそうだ。何度も行った模擬戦の中で、何度空を見て、何度膝をつき、何度腰を抜かした事か。
 それがヴィヴィオの常だった。それがヴィヴィオの戦いだった。

「──」

 わかっている。──それでも、今はいつもと違うのだと。
 ヴィヴィオの背中には、今、自分を守ってくれている人たちの想いがある。──それを全身で感じていた。この重みは、決して只の荷物にはならない。
 ヴィヴィオに必ず力を貸してくれる。

「くっ……!」

 ヴィヴィオは、すぐに強く地面を蹴って、立ち上がると、再びファイティングポーズを取った。
 ──こうなる限り試合続行だ。何度だってポーズを取る。
 しかし、実のところ、彼女の顔色というのはあまり良くない。勿論、敗北を予感しているわけではない。
 ──ただ、何か薄気味悪い予感がしたのである。

(まさか……この人……!)

 先ほど、手ごたえのなさと同時に──ヴィヴィオはもう一つ、ある違和感をユートピアに対して覚えたのである。
 その理由も薄々察する事になった。

678変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:21:20 ID:GU7jrFVA0

「……!」

 クリスも気づいているらしく、クリスの焦燥する感情がヴィヴィオの全身に伝わる。
 いや、クリスはもっとはっきりと、今の闇の波動がヴィヴィオに放たれるまでに正体を明らかに察知したのだろう。
 彼には、まるで悪魔が取り憑いているように見えた。

「──」

 そんな中、ヴィヴィオとユートピアの間に一人の男が立つ。

「──ヴィヴィオちゃん、手を貸すぜ!」

 超光戦士シャンゼリオン──涼村暁である。
 彼もまた、超光剣シャイニングブレードを右手に構え、敵の身体をその刃の餌食にしようと走りだそうとしているかのようだった。
 助っ人というには、少々頼りないが、ユートピア相手には二人以上でかかるのが妥当と見たのだろう。

「──待って!」
「えっ」

 と、そんな彼が手を貸そうとするのを、ヴィヴィオは今までにない剣幕で叱りつけるように怒鳴った。完全に戦闘態勢に入っていたシャンゼリオンも、その言葉に流石に足を止めた。不安気にシャンゼリオンがヴィヴィオの方を向いた。
 ヴィヴィオはすぐさま頭を冷やして、少し丁寧な口調に直して、シャンゼリオンに言った。

「待ってください……!」
「え? なんでよ」
「あの人……実力は今の私たち一人一人と同じレベルですけど……もしかすると、何か切り札を持っているかもしれません!」

 その言葉は、シャンゼリオンとヴィヴィオの数歩後ろにいた他の者たちにも聞こえただろう。
 並んだ者たちも一斉に足を止めた。──今、戦ったヴィヴィオにしかわからない「予感」。
 ユートピアをちらりと見るが、どちらの側もまだ攻撃を仕掛ける様子はない。彼としては、早々に“気づかれた”事も面白いのだろう……。
 ヴィヴィオが続けた。

「……ううん。もっと、わかりやすく言うと──」

 ヴィヴィオが“気づいた”──という事を感じ取り、ユートピアもまた、異形のまま、ニヤリと微笑んだ。
 そう。ユートピアがベリアルウィルスによって得た、新しい能力たち。
 その一つが今、戦闘時を目途に、開眼しているのだ。
 確かにその切り札はまだ使用していないはずだが、しかし、ヴィヴィオたち魔導師には充分に感じ取れるものになった。
 どれだけ消そうとしても匂う、その切り札の香り──。

「──」

 ヴィヴィオが、口を開いた。

「あの人は今、私たちの世界の住人が持つはずの、『魔術』を持っています……!」

 シャンゼリオンたちは、一斉にぎょっとした。
 とりわけ、その中でも強い驚きを示しているのは、仮面ライダーダブルこと左翔太郎とフィリップである。加頭の正体はクオークスであり、NEVERであり、ドーパントであり……また、過去には仮面ライダーに変身したかもしれない。
 しかし、彼は、「魔術」などという物を使った過去はなかったし、その素養は決して簡単に得られるものではなかった。そもそもが、その力の存在しない翔太郎たちの世界の人間がそれを短期間で会得できる可能性は極めて低い。

「……気づいたか」

 ユートピアは淡々と言う。

「──教えてやろう。私は、参加者や私の仲間の持っていた力の残粒子を『コア』として凝縮し、ベリアルウィルスと共に注ぎ込まれた……。
 つまり、ここに居た者たちの全ての技を使う事が出来るのだ……!!」

679変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:23:50 ID:GU7jrFVA0

 彼のこれまでの自信には、明確な根拠が伴っていたのである。
 ユートピアドーパントがエクストリームと化した時、同時に備わった新たなる力。
 それは──この殺し合いで現れた怪物たちと同様の力であった。
 魔術に限らず、あらゆる技を運用する事ができる。

「そう──」

 かつて、クオークス、NEVER、ドーパント、仮面ライダーの四つの力を全て得ていたように、加頭の身体には幾つかの悪の勢力と同様の力を発動する「コア」が埋め込まれている。
 JUDOの力のコア。アマダムの力のコア。ラダムの力のコア。花の力のコア。魔術の力のコア。魔界の力のコア。……そんな無数の核が、理想郷の一部として体中にちりばめられたのだ。
 そして、今、気づかれたと知れた時、ユートピアは、狼狽える目の前の敵に向けて、「実演」を行った。

「──たとえば、こんな風に」

 右手を翳すユートピア。
 周囲の大気が渦を巻き、そんなユートピアの右手に収束していく。右手の中に巨大な黒い塊が具現化され、その中に、今込めたエネルギーが全て包み込まれた。
 ぐっと握りしめ、ユートピアは顔を少し上げた。
 それが次の瞬間の彼の一声と共に解き放たれる。

「──ブラスターボルテッカ!」

 叫びと共に、ユートピアの右手から発されたのは、テッカマンたちが使用した必殺の技──ボルテッカの強化版であった。
 一つのエリアを焼き尽くす程の膨大なエネルギーを持つ ブラスターボルテッカが、今、ヴィヴィオたちの前に放たれる。

「何っ──!?」

 轟音と共に──。

「くっ……!」

 しかし、直前にレイジングハートが間一髪バリアを貼り、彼らの周囲だけは守られる。
 それでもやはり、ユートピアの一撃は相当な威力で、レイジングハートへの負担は膨大だったに違いない。こんな多段的な攻撃を受けるのは初の事である。

「──っ!?」

 爆風。
 周囲の草木が一瞬で灰になり、それを見たキュアブロッサムが眉を顰めた。
 仮にバリアを張られなければ、自分たちも無事では済まなかったに違いない。

「くっ……何て力だ……!」

 仮面ライダーエターナルも、自身の身体を守っていたローブを下ろして、憮然とした表情でそれを見ていた。
 ユートピアは、手をゆっくりと下ろし、続ける。

「──今のような技も、何のフィードバックもなく放つ事が出来るわけだ」

 フィリップがそれを見て、息を飲んで言った。

『……つまり、あらゆる地球の記憶を全身に埋め込んでいるという事なんだ!
 奴が使っているのは、正真正銘の……エクストリーム……!!』
「その通り!」

 と、ユートピアの口調はどこか誇らし気であった。
 胸を張り、理想郷の杖を右手に持ち替えた。それを目の前に並ぶ者たちへと向ける。
 彼の持つのは、理想郷を修復する力だ。崩れ去る運命さえも、それを一瞬で巻き戻してしまう。即ち、自らの負うダメージもまた、一瞬で回復してしまうのだ。
 ただでさえ無尽蔵なエネルギーを持つNEVERが、「攻撃を浴びせながら体力を回復する」という絶対の矛と盾を同時に得たのである。

 ブラスターボルテッカに匹敵するエネルギーを放ったとしても、肉体が崩壊する前に肉体が再生してしまう──。
 それが、彼の理想郷の力であった。

「いかに束になってかかろうとも、私に勝つ確率は、ゼロだ……!」

680変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:24:17 ID:GU7jrFVA0

 目の当りにした者たちは、呆然とした。
 敵の強大さに恐れおののいたわけではない。
 言うならば、ただ意表を突かれた事と、加えて、それがここで出会った者の技であったが故の忌避の念かもしれない。──しかし、甘く見てはならない相手であるのは間違いなかった。

「だが今のはほんの序の口……。
 今度は本気で行くぞ……────ライトニングノア!」

 ユートピアの次の掛け声は、明確に、目の前の敵たちを全て葬る為に口にされた物であった。
 そう、それは、「埋葬」の為の一言だった。
 ライトニングノアは、ウルトラマンノアがダークザギを宇宙で葬る際に使用したあの技である──あれさえも記録されているというのだろうか。
 あれは間違いなく、この場で使われた最も強力な技に違いない。

 ──瞬間。

 もはや、回避の術さえもなく、ガイアセイバーズと呼ばれた戦士たちの姿が、ユートピアドーパントの放った光に飲み込まれていく。
 純粋なエネルギーの塊が、敵の数に分裂し、それぞれ彼らの身体に向けて放たれた。
 ライトニングノアに等しい攻撃が、全員の身体に頭上から突き刺すように直撃する。

「うわあああああッッ!!!!」
「ぐあっ……!!!!」
「きゃあっ!!!!」

 ヒーローたちは、遠く、炎の底に沈められた。
 彼らに向けて、一斉放射された幾つものライトニングノアの光。
 回避運動に近い行為を出来たのは、ローブを持つ仮面ライダーエターナルくらいである。彼は、ローブに包める一人分の面積を、近くにいたキュアブロッサムの身体を包んで回避させる。

「くっ……!」

 それと同時に──エターナルは、頭の中で実感する事が出来た。
 敵の脅威を。
 あのウルトラマンノアと同じ灼熱の一撃を、掌ひとつで再現できるという強敵の、恐ろしさを……。
 よもや、それだけのエネルギーを無尽蔵に持ち合わせているなど、先ほどまではほぼ予想していなかった事態だ。

「──隠れても無駄だ……『トライアル』!」

 そして、それは、更に、トリッキーな技さえも使えるという事であった。
 ただの力技の砲撃や光線だけではなく──そのエネルギーは時空や光速、人間の近くさえも超越していく。
 ウルトラマンノアやダークザギの力と同じように、ここにいた全ての仮面ライダーやドーパントたちの力も使えるのである。
 助かった仮面ライダーエターナルに距離を縮めたのは、あの仮面ライダーアクセルトライアルの力である。──いや、もっといえば、ダークアクセルと呼ばれたあの石堀光彦の力を融合しているかもしれない。

「何っ……!?」

 エターナルにも、ローブの効果によってメモリを無効化する事で視認出来たが──それは一瞬であった。
 即座に、ローブの効果と“ベリアリウィルス”の効果が打消し合い、トライアルのスピードがエターナルに視認できなくなった。

「くそッ……!!」

 目の前で消えたユートピアの姿に驚愕するエターナル。
 あの超銀河王の効果さえ打ち消したローブの力が、無効化された──。

「どこに──」

 どこだ……?
 敵はどこにいる……?
 俺を狙っているのだろう……?

681変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:26:08 ID:GU7jrFVA0

「──ッ!」

 疾走の一秒。

「……っ!!!!!!!!!!!!」

 つぼみの声にならない悲鳴が聞こえたのは、エターナルの腕の中だった。
 真下を見ると、エターナルローブの中に、もう一人分の影がある。
 ──まさか。

「まさかっ……!!」

 ユートピアが一瞬で距離を縮め、潜んだのは、エターナルのローブの、“内側”だったのである。
 狙いは、エターナルとブロッサムだった。──それに気づいたのは、ユートピアが攻撃を始めるよりも、些か遅かった。

「なっ──!!」

 仮面ライダーエターナル自身と、キュアブロッサムが潜んでいたローブの“内側”に、目くるめく“理想郷の杖”の炎の鉄槌が下される。
 最早、炎のエネルギーが充填された今、回避の術はない。
 このエターナル最大の防御壁こそが、同時に、絶対的に逃げ場のない檻となったのである──。

「──死ね!」

 ──爆発。

 エターナルローブの内側で、膨大なエネルギーが貯蓄され、「トライアル」の効果の終わりとともに炸裂する──。
 装甲さえも黒く焦がす一撃。一つの部屋に閉じ込められたまま、殆どゼロ距離で核弾頭が光る事に等しい一撃であった。
 それを受ければ、いかに変身した彼らでさえ、容易く耐えうる事が出来まい。

「──ぐあああああああああああああああ……ッッッ!!!!!!」
「──きゃああああああああああああああ……ッッッ!!!!!!」

 これまでの戦いで、二人ともまだ出した事のない、巨大なダメージの悲鳴。
 エターナルローブが衝撃のあまり、弾け飛び、空へと泳いでいく。
 そこから吹き飛ばされたのは、変身が解けかねないほどの負傷をし、それぞればらばらに地面と激突する事になったエターナルとブロッサムである。
 それはさながら、抱え込んだ花火が炸裂したかのような攻撃だっただろう。
 ──迂闊であった。

「良牙……!!」
「つぼみ……!!」

 ライトニングノアの一撃に倒れていた仲間たちが、手を伸ばしながら、彼ら二人の名を呼ぶ。
 辛うじて、良牙もつぼみも生きているようだが、一瞬、彼らの命を本気で心配した程であった。
 それによって、「黄金」の力が思った以上であるのを実感する──勿論、この力がなければ死んでいただろう──が、それでも、二人が極大なダメージを受けもだえ苦しんでいるのは事実に違いない。
 死者たちが齎した思念はそれだけ強いという事だった。
 誰より実感しているのは──魔戒騎士たる涼邑零だっただろう。

「──」

 そして──敵が今、エターナルローブの力さえも打ち消す、自らに等しい力を持っているという事も、彼らはすぐに理解できた。
 安心できる暇などなかった。

「……見たか」

 ──見れば、爆心地で、ユートピアは悠々と立ち構えていた。
 理想郷の杖を後ろ手に構えて、背を曲げる事なく立っているユートピアには、ダメージを受けた様子もまるでない。
 いや、それも、彼は──瞬時に回復する事が出来るのだ。
 自爆技でさえ彼にとってはほとんど意味のない話である。
 それ故に、ユートピアは確かに、最強の「魔王」としてその場に君臨していた。

682変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:27:02 ID:GU7jrFVA0

「この体にコアがある限り、お前たちは私には勝てない……! 諦めるんだな……!」

 絶対的な自信とともに、ユートピアが、宣言する。
 まるで、自分だけにスポットライトが当たっているつもりのように、高らかに。
 喝采が返ってくるはずもない。彼が望む喝采は、ただ一人からの物だ。有象無象の拍手など何の意味も成さない。

「……くっ!」

 しかし、挑発的にそう言われた時に、先ほどまで地面に伏していた誰もが、立ち上がろうとした。
 今しがた、攻撃を受けたばかりのエターナルとブロッサムもだ。

(諦めるわけがない……!)

 諦めろ──と。
 その一言を聞いた時、彼らの中で、目の前の敵への対処法が生まれたのだ。
 そう、これまで自分たちがどうやって勝ち抜いてきたのか──その理由を反芻する。



『────諦めるな!』



 ──どんな相手を前にしても、誰も諦観などしなかった事だ。

「……だったら……要するにコアをぶちのめせばいいんだろ……!?」
「攻略法としては、簡単だな……! さっさと倒しちまおう……!!」

 ダブルとエターナルが、歯を食いしばりながら告げた。
 それからは、彼らのみならず、誰もそれから、ユートピアの脅威を前にも唾一つ飲み込む様子がなかった。

 全員が立ち上がっていた。
 ユートピアの能力は、本来ならば絶対的に相手にしたくないような能力に違いない。力の強さもわかっている。彼に攻撃された時の痛みも、反射的にユートピアを避けたくなる程に染みているはずだ。

 確かに、一人一人の力で勝てる相手ではないかもしれない……。
 しかしながら、こう言われた時、彼らにはそれと同等の力を得たという確証があったのである。──それは、理屈の上にはない物だった。
 彼らの力を受けたユートピアと違い、自分たちは彼らの想いを受け継いでいる。

 ──そうだ。

 彼らにとっての脅威はベリアルだ。
 この虚栄に満ちた門番ではないのだ。

「──っ!!」

 ……誰より先に、構えて前に出たのは、先ほどと同じく、高町ヴィヴィオという一人の格闘少女だった。





683変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:29:39 ID:GU7jrFVA0
二分割目終了。







三分割目に行きます。

684変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:31:07 ID:GU7jrFVA0



「──……やっぱり、私から行きます……!
 この人との勝負、まだ終わっていませんから……ッ!」

 それは、強敵を前に、自分だけで攻撃を仕掛けると言う宣言であった。
 再び、先ほどの戦いの続きのように、ファイティングポーズを構えるヴィヴィオ。
 誰もが彼女を見て、ゆっくりと頷いた。彼女の健闘を信じる瞳が、ヴィヴィオを一斉に見つめた。

「──」

 ユートピアには理解不能である。何せ、ユートピアにとって彼らは雑兵なのである。
 今の力を見て、尚も同じ土俵で勝負する気だろうか。
 戦士たちにとってユートピアが一個の門番に過ぎないのと同じく、ユートピアにとっても彼らは理想郷を掴む為に立ちふさがる矮小な壁に過ぎなかった。
 諦める事がないにせよ、てっきり、実力差を理解して全員でかかると思っていたが、こうまで愚かに一人ずつ仕掛けてこようなどとは、ユートピアも思っていなかったのだろう。
 片腹痛い、とはまさにこの事だとユートピアも変な笑いが出そうになる。

「……フン。舐めてくれた物だな……一人ずつ来る気とは……!」
「ううん。一人じゃない……!」
「御託を……。すぐに片づけてやる!」

 ヴィヴィオは、そんなユートピアに向けて駆けだした。
 大勢の仲間が見守る中で、彼女だけが敵に肉薄する。
 それは、さながらストライクアーツの大会のような光景だった。
 たくさんの人が見ている前で、自分の戦いをする事──それが、彼女の誇りであり、彼女の生き方であり、彼女にとって最も楽しい時間だった……。
 その時の気分が、今は少し重なる。

「はぁぁぁぁッ!!!」

 ストレートパンチ──!

 ぱんっ! ──と手ごたえのありそうな音が鳴った。
 だが……。

「ふん」

 ユートピアの肉体は、ヴィヴィオの魔力が籠った一撃を胸に受けても悠然としていた。
 ヴィヴィオからすれば、これだけ心地よい音が鳴ったというのに、鋼鉄の板を殴ったというよりはむしろ、スポンジの塊でも殴ったかのような不気味なほどの感触の無さが伝わっていた。
 やはり、ユートピアは只者ではない。

「能力を使うまでもない……やはり貴様は、子供だ!」

 メンバー最年少。全参加者の中でも幼い部類に入る。
 それがヴィヴィオの立場であった──この殺し合いにおいても、小学生相当の年齢は彼女だけである。
 そこが力の壁を作り出していた。

「子供でも……──小さくても、出来る事があるんだ……!」

 ヴィヴィオの拳が、太鼓の連弾のようにユートピアの体に向けて叩きつけられる。
 小さいが故の反抗──たとえ、一撃が小さいとしても、子供だとしても、それを蓄積させて巨大な敵を打ち破る力にはなりうる。
 ヴィヴィオはその戦いを諦めない。
 自分に出来る精一杯を使いきるまでは、ヴィヴィオも何度だってユートピアに想いを、そして拳をぶつける。
 ユートピアの足が、土の上を滑るようにして少しずつ下がっていく。彼の体重を動かすには充分な力が叩きつけられているらしい。

「──黙れ」

 だが、そんなヴィヴィオの努力もユートピアには無力であった。
 たとえ彼の身体を動かしたとしても、彼自身の身体が一切ダメージを通していない。
 その上に、そんなヴィヴィオの攻撃を煩わしいとさえ感じ、ここから一撃で勝負を決めて見せようと下準備を始めたのだ。

685変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:32:13 ID:GU7jrFVA0

「世間は無情だな……。仲間の技で死ぬがいい!! 高町ヴィヴィオ!!」

 ユートピアの杖の先端に、桃色の魔力光が収束する。
 これまでの戦いで霧散した、「ディバインバスター」のエネルギーやメモリーが、全てこのコアの中に群がっていく。
 強力な引力が、それをユートピアの手に、半ば強制的に集中させるのだ。
 これが、彼の最も悪辣な所である。わざわざヴィヴィオに、この技を使おうと言うのだ。
 あっ、とヴィヴィオが憮然とした表情を見せた。

 ──そして。

「──ディバイン……バスター!」

 ユートピアの叫びと共に現れたのは、高町なのはが何度となく使用した桃色の魔砲であった。ヴィヴィオは、腰を落として両腕を構えたまま、防御の結界の中で、強力な魔力の波動が齎す爆風だけを浴びていた。
 そんなヴィヴィオの体が、すぐに耐えきれず真後ろへと吹き飛んでいく。

「──ッ!!」

 しかし……。

「──ッッ!!」

 しかし……。

「──ッッッ!!!」

 しかし……それは、全くヴィヴィオへのダメージとはならない。

「────ッッッッ!!!!」

 先ほどのヴィヴィオの攻撃がユートピアに全く届かなかったと同じように、それはヴィヴィオの体にかすり傷さえもつけなかった。

『────っ!!』
『にゃあああああああああああっっ!!!!!』

 ──クリスとティオが魔力を尽くして張ったバリアがあるからだ。
 二つのデバイスの想いは一つ。
 ──この技でヴィヴィオを傷つけさせてやるもんか、という想い。

『──Go!!』

 レイジングハートの声が高鳴る。
 彼女は、インテリジェントデバイスとしての待機形態へと「変身」し、その姿に羽を生やしていた。その羽を用いた自立移動によってヴィヴィオの下に一瞬で飛翔すると、その体へと触れていく。
 彼女に力を貸す為に──寄り添うように。

「レイジングハート……! それに、クリス、ティオも……!」

 共に戦う相棒、セイクリッドハード……。
 アインハルト・ストラトスが遺したアスティオン……。
 若き日の母の相棒だったレイジングハート……。
 三つのインテリジェントデバイスの力がヴィヴィオの魔力に重なり合う。

 魔術師とデバイスの調和こそが、彼女たちの戦い。──そう、一対一の戦いでも、常にデバイスという相棒が自らを支えてくれた。
 それを忘れない。今も──そうやって戦う。

「──バリア!!」

 ──障壁!

 そして、彼女の身体を一片も傷つけさせない為に、額に汗さえも浮かべて、三つのデバイスは、魔力を張る。三つの力が重なり合ったバリアは、偽りのディバインバスターの力を全く通さなかった。
 ディバインバスターの力でだけは、ヴィヴィオを傷つけさせない、と──。
 そんな願いだけが、ヴィヴィオを守護する。

686変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:32:58 ID:GU7jrFVA0

「──こっちも反撃っ!」

 そんなヴィヴィオの掛け声とともに、三つのデバイスが彼女の意思に肯いた。
 デバイスたちに頷く事が出来たのなら、おそらくその時、三つのデバイスが同時に首肯しただろう。──しかし、仕草で息を合わせる必要はなかった。
 それぞれが、今は想いを一つにしているのだ。

『ヴィヴィオ……力を貸します!』

 ──ヴォヴィオの全身を、更に包む白いバリアジャケット。
 それは、レイジングハートが変身能力でヴィヴィオの体を包むバリアジャケットへと変身した物であった。──胸元でリボンが結ばれ、その姿は完成する。

「これは……」

 高町なのはが装着したバリアジャケットと同様の物であるに違いない。
 そして、気づけばヴィヴィオの手には、レイジングハート・エクセリオンの杖が握られている。
 レイジングハートが気を利かせてくれたのだという感慨の中、ヴィヴィオはただ、彼女に向けて頷いた。

「──うん!」

 防御結界のエネルギーは、そのままヴィヴィオの身体の中へと収束していく。
 時に、それはユートピアの持っていたエネルギーさえも、反対にヴィヴィオの中に吸収されていった。

「いこう……!」

 桃色のオーラがヴィヴィオの身体を輝かす。
 まるで全身に温かい光が雪崩れ込むようだった。

「──ディバイン」

 ヴィヴィオの全身を覆った桃色のオーラ──これが、これまでに高町なのはたちが放ったディバインバスターの力だったから。
 誰かとわかりあう為に、誰かと本音をぶつけあう為に、──常に誰かを傷つける以外の目的の為に使われたのが、このディバインバスターだったから。
 それは、ヴィヴィオの鎧となり、剣となる。

「──ッ!!」

 次の瞬間、ディバインバスターはヴィヴィオの身体から、ユートピアの方に、何の合図もなしに向かっていった。
 それはまさに、一瞬の切り替えしだった。
 流星のように、感知が出来ても祈る事が出来ないほどのスピードで、ユートピアの身体へと叩きこまれた桃色の魔法力。
 それは、ユートピアドーパントが目にしてきたあらゆるデータとは根本的に異なっていた。
 ──ただの一撃ではない実感。

「──何!?」

 ユートピアは、痛みを受けない魔力の放出を前に、ヴィヴィオの方を見た。
 まだ、この魔法の力を最大限に開放する、呪文の最後の一声は発していない。
 しかし──。

「……!!」

 彼女の闘気が自らに向けて放たれている。彼女の瞳は、にらみつけるようにユートピアの身体を掴んで離さなかった。
 その瞳は、何かを訴えかけるでもなく、ただ目の前の敵に食らいついていた。
 それが、彼女が一人の格闘家である証だった。

687変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:34:21 ID:GU7jrFVA0





(……そう、大丈夫……! 私の後ろには、みんながいるんだ……!)





 ヴィヴィオは、その時、あらゆる人の事を思い返していた。
 二人の母の事を。
 共に戦ったライバルの事を。
 ここで助けてくれた人々の事を。





『大丈夫だよ、ヴィヴィオ……』





 そんな人々が、ヴィヴィオの身体と精神を支えていく。そして、次の一声に至るエネルギーを貸してくれる気がした。
 そっと、微笑みかけながら……。
 ヴィヴィオの体を包んでいる温かさは、レイジングハートだけではなく、母のなのはから齎されているような気がした。
 魔力杖を彼女の真横で支える、なのは、フェイト、アインハルト、スバル、ティアナの姿……。



「──バスター!!!!!」



 ──────炸裂!



「ぐっ……!!」

 ユートピアの全身を飲み込みながら、爆ぜるようにして威力を増すディバインバスターの魔力。それが、彼の全身の自由を奪った。
 彼の身体に確かに駆け巡った痛み。
 だが、この程度ならばユートピアも耐えられた。──データにないトリッキーな「ディバインバスター」の使い方であったが、彼の肉体も魔力に屈服するレベルではない。
 それでも、絶対の力を得たはずの自分の中に湧きあがる不安のような感情に、ユートピアは襲われつつあった。

「……何──だとッ!!」

 ──負けるのではないか?
 この瞬間、再び、ユートピアの中にそんな考えが浮かび、打ち消した。

「はあああああああああああああああああーーーーーーー!!!!!!!!!」

 そして、そんな桃色の粒子の中を駆け巡る一つの影。
 いや……一つ、には見えなかった。

「……うぐっ……! バカな……!? がはぁッ……!!」

 ユートピアの目は、何人もの、「死んだはず」の幻影が自らを襲う姿が見えていたのだろう。──これが、ただのコピーの技と、本当の技との決定的な違い。

「この程度の攻撃……ッ!」

 高町なのは。
 フェイト・テスタロッサ。
 アインハルト・ストラトス。
 スバル・ナカジマ。
 ティアナ・ランスター。
 プレシア・テスタロッサ。
 利用してきたはずのこの殺し合いの駒たちの姿が……。

「一閃必中──ッッッ!」

688変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:34:44 ID:GU7jrFVA0

 ディバインバスターの粒子の中を駆け巡る一陣の風は、真っ向勝負を挑んでいた。
 ──気づけば、それは黒いバリアジャケットに戻っている。ヴィヴィオはヴィヴィオとして、最後の一撃をユートピアにぶつけに来ているのだ。

「──アクセル」

 今度は小細工もなく、ただ、普段と同じように拳を構え、向かっていく。
 その中に込められた想い。怒り。悲しみ。……それらは、これまでとはまた少し色合いの異なる物であったが、拳の一撃は常に変わっていく。
 ヴィヴィオの拳には、今、彼女を想う母や友たちの想いが乗せられている。
 ユートピアは、そんな事を知りもせず、ディバインバスターのエネルギーが消えていく中で、そんなヴィヴィオの拳を、これまた真っ向から迎え打とうとしていた。

 この程度の攻撃ならば、まだ受けられる。──そんな自信があったのかもしれない。
 避ける暇があるかないかよりも、力を持った故の慢心が大きくそれを左右した。
 強すぎる力は、時として、その人間の危機回避能力を麻痺させる。──プライドと自信が、「回避」という判断と頭の中でせめぎ合い、結果として勝利してしまうのだ。
 だが、その自信は──次の瞬間、打ち砕かれる。



「────スマーーーーーッッッシュ!!!」



 ヴィヴィオの拳は、ただユートピアの胸に叩きこまれただけだというのに。
 その魔力に、彼は胸を抉るような強烈な痛みを覚えた。
 心臓から血液が駆け巡っていくように、痛みは波紋となって頭のてっぺんまで伝播した。
 脳髄が揺れる。彼の中で何かが罅割れる。
 ユートピアにとって意表の一撃にして、ヴィヴィオたちにとって会心の一撃であった。

「ぐっ……」

 ぴきっ……。
 罅割れたのは、「魔力」のコア──即ち、リンカーコアだ。
 ベリアルから受け取ったユートピアの幾つものコアは、一つが拒絶を始めた。
 それはユートピアに骨折にも似た強い苦しみを与える。

689変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:36:58 ID:GU7jrFVA0

「ぐあああああああああああああああああッッ――――!!」

 まるで、これ以上、ユートピアに力を貸す事を拒んでいるかのようだった。
 ユートピアの再生能力よりも早く──リンカーコアは亀裂を走らせていく。
 ──そして。

「くっ……!!」

 ぱりんっ……! と。
 暗闇に染まったリンカーコアが、その直後には音を立てて崩壊する。ユートピアの中に埋め込まれた無数の一つが──世界最高の硬度を持つ打撃を受け手も崩れないような力が、この一撃で……。

(こんな……バカなっ……!?)

 しかし、ヴィヴィオが叩きこんだのは、簡単な一撃ではなかった。
 ユートピアの持っていた力は、僅か一日と保たれず、「本物」に敗れたのである。──そう、それは彼の持つコアの力の全てにおいて変わらない事である。
 彼は、遥か後方に吹き飛ばされ、土の上をのたうち回る。

「そんな……馬鹿な……ありえない!」

 だが、自分がいとも簡単に膝をつくという事実が、彼には信じる事が出来なかった。真実は今自分が置かれている状況とは異なる物だと言い聞かせる為か、彼は全身全霊をあげて立ち上がる。
 胸から火花を散らし、全身にダメージを受けながらも……。

「クソッ……」

 想定外だ、とユートピアは内心で想った。
 ──逆風は吹いたはずだ。
 ベリアルは新たな力を授けてくれた。それは絶対無敵の力だった。彼らを確かに圧倒しうるエネルギーを持っていた。
 しかし……──それを、一瞬でも超える力を、彼らは持っているというのだ。
 まさか、このコアが一つでも破壊され、ユートピアが地面をのたうち回る事になるなどとは、彼自身全く思わなかったのである。

「ナイス、ヴィヴィオちゃん! 次は、俺だぜ!」

 そして、そんなユートピアにすかさず立ち向かっていくのは、超光戦士シャンゼリオンであった。
 又の名を、涼村暁。
 ──ユートピアの双眸には、そもそもここに来るはずのない戦士の姿が映っていた。
 先ほどからこの場にいたのはわかっている──だが、何故、我先にと自分を攻撃しに来るのか、ユートピアにはわからずいた。

「涼村……暁ッ……!」

 彼がこちら側につかなかったのは、ユートピアにとって小さな誤算だった。
 暁という男のデータを見る限り、彼は酷く利己的な人間であるはずだ。何の人の運命を狂わせたかわからないどうしようもないクズ男。
 そんな彼がベリアルに立てつくはずがない。
 自分や、自分の世界を犠牲にしてまで──ベリアルと戦おうとするはずがない。
 彼がベリアルを倒すという事は、即ち、それは彼自身の手で自らの世界を壊すスイッチを入れる事と同義だ。
 彼はこの戦いに勝利したとしても、消えるのだ。NEVERとは異なり、彼がその死を恐れぬはずがないだろう。

「貴様……!」

 だというのに。

「ぐっ……!!」

 ……今、ユートピアの胸に“突き刺さっている物”は何か──。
 この固い刃物。既に、ユートピアに食い込んだ、光の刃。
 それはまさしく、反逆の証ではないか。

「シャンゼリオンめ……!」

690変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:38:15 ID:GU7jrFVA0

 テッカマンのコアに突き刺さっているのは、シャンゼリオンが構えるシャイニングブレードだった。
 それは、左肩ごとユートピアの「コア」を貫いている。
 彼は、ユートピアがひるんでいる隙に、便乗するようにしてコアを一つ破壊しに来たのだ。

「卑怯な……!」

 濛々と吹きだす大量の火花の群れ。
 赤く光るそれは、血液のようにシャンゼリオンの身体へと浴びせられた。
 しかし、彼はユートピアの一言に何も返す事なく、冷徹なバイザーで見下ろしながら、ユートピアに次の一撃を叩きつける。

「一振り!」
「ガァッ!」

 シャンゼリオンのシャイニングブレードは、満身創痍ながらもまだ力の残るユートピアが片手で掴んで防ぐ。刃がユートピアの掌を痛める。
 次の瞬間、シャンゼリオンの身体に向けて、ユートピアはもう片方の掌を翳す。

「喰らえェッ……──オーバーレイ・シュトローム!」

 ウルトラマンの力を持つコアが、シャンゼリオンのディスクがあるはずの胸を至近距離から貫いた。
 クリスタルの結晶が砕け、シャンゼリオンの身体にダメージがフィードバックしていく。
 ぼろぼろと零れるクリスタルの欠片。それは、暁の胸骨を折り、心臓まで攻撃が叩きこまれたのを意味していた。

「ぐあああああああああああああ────ッ!!」

 結局のところ──ユートピアにとっても、先ほどのヴィヴィオよりも、遥かに戦い慣れないシャンゼリオンが相手である。
 懐まで潜り込めば、反撃を受けた時に自分もただでは済まないと知らないのかもしれない。ただ悪運だけで生き残った男だ。
 しかし、シャンゼリオンがあまりその死にも等しい痛みを受けた実感がない。

「……クソォォォォォッ!! 痛えなちくしょうッ!!」

 と、軽い様子でユートピアを咎めるだけである。
 今の一撃が効いていない……?
 いや、そんなはずはない。
 このシャンゼリオンたちの金色のオーラが原因か?

 だが──。

「そうだ……! 攻撃を受けるのが嫌ならば……何故、我々の所へ来た!」

 まるで虚勢を張るかのように、ユートピアはシャンゼリオンに問うた。
 本当は、シャンゼリオンが何故ダメージをろくに受けていないのか、訊きたかったのかもしれない。だが、まともに戦って勝てない相手を前にした者が、本能から相手の戦う理由を咎めるように──ユートピアは、シャンゼリオンを批難する。

「俺はな……こういう遠足について行くのが大好きなんだよ!」
「ふざけるな……!」

 その愚かな様のまま、シャンゼリオンにまた一言、叫ぶ。
 負け犬の遠吠えとまではいかぬものの、ユートピアの放つ一言はそれにもよく似ていた。
 一度の敗北が彼のプライドを折り、自身を喪失させたに違いない。

「……勝ったとしても消えるというのにィッ……どこまでも愚かな奴ッ!」
「俺だって気に食わないんだよ……あんたらの言いなりになるのが!」
「何故だ……!」
「そんな事、俺が知るかっ!」

 強力な打撃を受けたはずのシャンゼリオンの胸に、クリスタルパワーが充填されていく。
 そして、彼は叫んだ。
 そう、「懐まで潜り込めば、反撃を受けた時に自分もただでは済まないと知らないのかもしれない」──ユートピアという怪人は、それを忘れていたのかもしれない。



「──シャイニングアタック!」

691変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:38:36 ID:GU7jrFVA0



 もう一人のシャンゼリオンが、ユートピアに向けて右腕を突きだして貫いていく。
 ユートピアの持つコアに向けて進行した必殺の一撃──シャイニングアタック。
 彼ことシャンゼリオンがそう叫ぶと同時に──。

「……ごぉっ!」

 ──ユートピアの全身を貫く痛み。
 しかし、ユートピアの力は彼自身の肉体を瞬時に再生させていく。──問題はコアだ。
 破壊されたコアのデータはガイアメモリ同様、「ブレイク」と共に完全消失する。
 対して、先ほどユートピアが貫いたはずのシャンゼリオンの胸の痛みは、たとえどれだけユートピアが蠢いても消えていないはずだ。

「シャンゼリオン……ッ!」

 彼は何故戦う……?
 自分の命も、自分の世界も、自分の仲間も……何もかもが消えるといのに!
 彼自身は、本当にそれを知っているのか──!?

「……はぁ……はぁ……俺って、やっぱり……はぁ……はぁ……」

 やはり、このザマだ! ──決め台詞さえ言えていない。
 回復し、シャンゼリオンの方を見つめるユートピアは、最早疑問を浮かべるよりも、相手が理屈で対処できない狂人だと思うよう、思考を切り替えた。
 涼村暁も少なからず自分の損得を勘定に入れて行動できると思っていたが、その考えは大きな過ちであったらしい。

「決まりす……! ぐぁっ……!!」

 ……そうだ。
 彼は、ただの狂人なのだ。

 本来守らなければならぬはずの自分の世界さえ捨て去って、その他多くの世界の平穏を掴む為に──ベリアルを倒そうとするなどと。
 加頭順からすれば、異常だとしか思えない。

692変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:40:38 ID:GU7jrFVA0
 しかし、そう思う事で、加頭の気持ちは少し楽になったようであった。相手が格下であるという認識を再度持つ事で、敵に対する言い知れぬ不安からは解放される。

「無様だな……シャンゼリオン……ッ! ──決め台詞ひとつ言えないとは!」

 傷つき倒れかけているシャンゼリオンを前に、ユートピアは叫んだ。
 しかし、自分の声も断末魔のように掠れており、頭に血が上ったかのように意識も朦朧としているのをユートピアは実感している。
 だからこそか、彼は無計画に攻撃を続けた。
 ──たとえ無計画であっても、少しの優位を実感してはいたが。

「こちらもだ! ──シャイニングアタック!」

 一陣の風は、先ほどシャンゼリオンがユートピアに行ったように、ユートピアからシャンゼリオンに向けて放たれる。
 クリスタルパワーの粒子複合体がユートピアの姿を形成し、シャンゼリオンに向けて一直線に飛んでいく。
 シャンゼリオンもまた、再びユートピアに向けて叫んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおりゃあああッッ!!! シャイニングアタック・セカンドォォォォッッ!!!!」

 二つのシャイニングアタックは空中で激突する。
 クリスタルパワーによって形成されたシャンゼリオンの力と、まがい物が作り出したユートピアの力は同時に敵の懐に食らいつこうと牙を剥く。
 シャンゼリオンの体力からすれば、他の連中と違い、ここで負ければ死は確実だ。
 死にもの狂いの声をあげ、ユートピアを威嚇する。



 そして──二つの力は爆発する。







 ──ゼロと美希は、宇宙の星空の中を彷徨っていた。

 自分がどこにいるのかは、はっきりとは認識していなかった。
 ウルトラマンノアを探す旅は過酷を極めている。未だ、似たような景色の中で、塵のような小惑星をノアのスパークドールズと見紛うばかりである。
 外部世界の介入がなく、この宇宙が模造品の無人の世界である以上、誰かからの導きや案内は、頼れなかった。
 信じられるのは己の勘だけだった。

「クソッ……! 見つからないぜ……!」

 時の概念も、二人にとっては無意味だ。
 あるのは、擦り減っていく体力と、散漫になっていく集中力。この二つが時間の役割を果たしているかのようである。
 空を泳ぎながら思うのは、果たしてこの不安定な距離を縮める奇跡はどうすれば起こるのかという事だ。

 諦めるな、という言葉を信じる。
 それしかない。
 だから、何度も心の中で唱える。

 諦めるな。

 諦めるな。

 諦めるな。

 諦めるな────!

 そして、ふと……そんな声は、ゼロ達の中で反芻する言葉となってきた。
 無限を捜索する中で、彼ら二人の中で重なるようにして、ずっと、息をするように反響していく言葉。
 それが何度繰り返された頃か──。
 二人以外の誰かが、同じ言葉を口にした。



──諦めるな!──





693変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:42:04 ID:GU7jrFVA0



 ──炸裂した!

 シャイニングアタックとシャイニングアタックのせめぎ合いは、相応のエネルギーが耐え切れずにオーバーヒートを起こし、二人の身体を吹き飛ばすような猛烈な爆風と、炸裂弾のような衝撃だけを残した。
 しかし、その余波に倒れたシャンゼリオンに対し、同じく吹き飛ばされているはずのユートピアは痛く上機嫌に、シャンゼリオンのほぼ眼前に立っていた。
 彼の身体には微塵の傷さえ見当たらない。

「……ふふふ」

 冷静沈着に、ユートピアは嗤う。
 何故彼があの攻撃の衝撃を回避する事が出来たのか……それは、ユートピアが自由に全ての戦士の力を利用する事が出来るのを踏まえれば簡単であった。
 ユートピアの側も、些か冷静さを取り戻したようである。

「ふはははははッ!!! 残念だったな、シャゼリオン……!!!!!」
「何……!?」
「見るがいい……これが、魔法少女のコアの力だ……!!」

 これまでに砕かれたコアの中に、魔法少女のコアは無かった。
 今使われたのは、時間停止能力──暁美ほむらが使用した能力である。
 加速の記憶を持つ仮面ライダーアクセルトライアルがここにいたとしても、ほむらの時間停止の中では、物言わぬオブジェになるのである。
 それだけの能力により、ユートピアは時間を停止できる数秒の時を移動に費やした。

「──そして!」

 次いで、────爆音!

「うわあああああああああッ!!」

 その爆音は、時間停止の中でユートピアが「エキストラ」どもに向けて放った膨大なエネルギーの結晶である。
 シャンゼリオンの救出に駆け出そうとしていた彼らの仲間の存在を察知し、時間停止中に攻撃を仕掛けたのだ。
 目の前にいるシャンゼリオンを除き、全員が予期せぬ攻撃に吹き飛ばされる。
 どうやら、ヴィヴィオの際の劣勢とは違い、今は形勢逆転に成功したようだ──ユートピアはそう確信した。

「くっ──!」
「……思ったよりも使い勝手が良いらしいな、この力も。
 そう、今の私は魔法少女なのだ──!」
「ほむらの力を……使ったのか!」

 シャンゼリオンも、どうやら感づいたらしい。

 ──時間停止。
 それがいかなる能力であるのかは、彼も、ほむらとの共闘を経て、今もよく知っている。
 あれに関する制限がより緩和された今、かつてシャンゼリオンが見たほむら以上に悠々とそれを使う事が可能なのである。
 ソウルジェムが濁らない以上、彼にはそんな制限さえ無力であり──そして、今は、止まった時間の中で、ほむら以上の高エネルギーの技さえも使う事が出来る。

「その通り……貴様には、この力に打ち勝つ能力などありはしない……!」

 実のところ、エターナルローブを纏っていた仮面ライダーエターナルこと響良牙のみがその時間の中で移動が可能だったのである。
 しかしながら、それも一瞬だけだ。すぐにベリアルの力に無効化される。──ユートピアにとっては、先ほどの爆破を回避できれば充分であった。

694変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:43:13 ID:GU7jrFVA0

「暁美ほむらの力がいかなる物か──お前ならばわかるはずだろう?」
「そうか……ほむらの……」
「そう……お前の敗北は、絶対的だ」

 シャンゼリオンも、些かショックを受けて項垂れるように見えた。
 仲間の力が仇になった事が原因だろう。
 ユートピアは、そんな彼の姿を嘲笑う。ショックを受けている間にもユートピアは、シャンゼリオンに接近していく。

「……ぷっ」

 ──が。
 それと同時に、シャンゼリオンも吹きだすように笑った。
 涼村暁が、目の前の敵を逆に嘲笑っていたのだ。
 ユートピアは、少し顔を顰めた。



「──ははははははは!! とんでもない馬鹿だな!! お前……!!」



 シャンゼリオンは、顔を上げ接近するユートピアに向けて瞳を光らせた。
 そのマスクの下に、涼村暁の自信に満ちた表情がある事など、ユートピアは知る由もない。
 顰めた顔を元に戻して、理想郷の杖を彼に向けて振るおうとする。──所詮は、シャンゼリオンの一言など戯言だと信じて。

 それは、ユートピア自身が彼を狂人と認識しているからだった。
 彼が何を言おうとも、まともに耳を貸さず、ただ嘲笑い続けるしかできない。

「──知ってるか! このインケン野郎……!
 そいつは、ほむらの……──終わる世界を終わらせたくないっていう……そんな願いの力なんだぜ……?」

 シャンゼリオンの身体が、理想郷の動きに合わせて浮き上がっていく。──杖が持つ引力に弾きつけられているのだ。
 まるで、先端から見えない糸が伸びて、シャンゼリオンの身体をマリオネットとして動かしているようだった……。

「だったら……だったら……──」

 威勢の良い言葉とは裏腹に、シャンゼリオンが攻撃を仕掛けられる様子はない。
 ふっ、と笑ったユートピア。電撃を彼に浴びせようとする──。



「今誰よりもそれと同じ願いを持っている俺がァッ──。
 お前のそんなニセモンの力に負けるわけ、ないだろォッ……!!」



「ほざけッ!」
「ほざく……ッ!!」

 直後、シャンゼリオンの全身を駆け抜ける電撃──。
 ユートピアは、ちらりとエターナルの方を見た。こちらに急いで向かっているようだが、まだこちらに到達する距離にはない。
 シャンゼリオンの命を吸いつくすレベルまでこの一撃を続けるのは容易だ。
 他の連中は、今はまだ先ほどの一撃に倒れ伏して、起き上がるのに苦労している。
 一人ずつ消していけば充分こちらに勝機があるのは確実だった。

「──ぐあああああああああああああああああッッッ!!!!」

 シャンゼリオンの悲鳴が轟いた。
 あと一瞬──それだけ力を籠めれば、彼の全身は墨になり、全身のクリスタルは硝子細工のように砕け散っていくだろう。
 ユートピアが勝利を確信した瞬間だった。
 所詮、シャンゼリオンの言葉など──戯言だと、そう思ったに違いない。

「──がっ!」

 しかし。

695変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:43:55 ID:GU7jrFVA0
 ──次の瞬間。

「……なっ」

 ユートピアの真後ろから砕かれる魔法少女のコア。
 それは、彼の腹が鋭い刃に貫かれたという事であった。

「……な、なぜ……!!」

 衝撃によって、ユートピアが理想郷の杖を振るう右腕を自然と下ろし、シャンゼリオンもまた地面に叩きつけられる。しかし、彼を襲っていた苦痛からは解放されていた。
 シャンゼリオンの変身は、他の連中よりもいち早く解けて、そこにあるのは涼村暁の半分焼けこげたような黒みがかった身体だった。
 彼は、立ち上がり、鼻の上の煤を払うと、ユートピアを睨んだ。

「……ふっ」

 そして、暁は、少し押し黙り、ユートピアを見てから、笑った。
 馬鹿のくせに、まるで嘲るように──。ピエロを見つめるように……。
 いや、馬鹿だと自覚していたからこそ、そんな暁に敗れたエリートを笑っているのかもしれない。

「ふっふっふっ……へへへへへ……!! はははははははは……────!!!!」

 腹を抱えた彼の笑いは、静かなその場所にただ一人響いた。
 誰もつられて笑う事はなかったが、暁はただ一人でも、そこで──まるで本当に狂ったように笑う事が出来るだろう。
 目の前の強敵のおかしさが堪えきれなかったのだ。
 それから、思う存分笑った彼は、ユートピアに言った。

「だーかーらー!
 言っただろうが……バーカ……!
 いくらあんたがほむらの力を使おうが……そいつはあんたには味方しないってな!」
「何を……馬鹿な……! この力に、意思などない……!!」
「だが、幸運の女神ってやつはな……他でもない、この俺についているんだ……!!」

696変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:44:29 ID:GU7jrFVA0

 ユートピアの背中で、刃がそっと引き抜かれていく。
 それは、「槍」だった。ユートピアの固い体表を貫いたのは、長いロッドの先端だけに取り付けられた小さな三角の刃である。
 それが誰の仕業なのか、背後を観ずともユートピアにはわかった。



「──って言っても、全部あたしのお陰だけどな!」



「だーかーらー、幸運の女神でしょーが!」



 ──そう、ユートピアの真後ろから突き刺したのは、“佐倉杏子”であった。

 彼女の槍の金色に輝く切っ先が、ユートピアの背中から取り出される。それど同時にユートピアの身体は再生を行う。痛みはない。
 ただ、あるのは、何故、彼女がそこにいるのかという疑問だけだ。

(なん、だと……?)

 確かに、一対一、などというやり方をシャンゼリオンがするはずがない。それはわかっている。勝てば官軍というやり方であるのは承知済だ。
 一対一をやろうとしたのは、実際のところ、試合と言う形式に拘ったヴィヴィオだけである。──ユートピアにもそれはわかっていたはずである。
 だからこそ、ユートピアは周囲のエキストラを全員、攻撃して無力化したのだ。
 そして、その時、倒れ伏していたはずの彼女が“そこにいるはずがない”のである。ユートピア自身も、確かに全員が倒れた事を確認してシャンゼリオンに止めを刺そうとしていたはずである。

「何故だ……!」
「へへっ……魔法少女の力ってのは、オッサンには似合わないっつー事だよ」

 そして、杏子がそう答えた直後、もう一つの声が聞こえた。

697変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:46:16 ID:GU7jrFVA0

『僕達が教えたんだよ……。
 次にお前が時間停止やトライアルを使って一斉攻撃を仕掛けた時──!!』

 真後ろを見る。──そこにいたのは、仮面ライダーダブルだ。金色に光り輝くボディを見ても、それを見紛うはずがない。
 彼らもまた、何故かこの閉鎖された時空の中で平然と動いていた。
 何故か……。



「ロッソ・ファンタズマの分身を消して、一気に飛び込もうぜってな!!」



 翔太郎の、自信に満ちた声が反響した。

「──!」

 そうか、その手があったか──と、ユートピアは、驚きながらも納得する。
 少なくとも、先ほど倒したはずのダブルと杏子に関しては「幻術」により生まれた存在だったのである。

 ロッソ・ファンタズマ。
 把握していたはずの能力だった。加頭自身も、ついさっきまで──コアを破壊される瞬間までは、使用が可能であった技の一つだ。
 ドーパントに喩えるならば、ルナドーパントに近いあの幻惑に近い。

「ロッソ・ファンタズマだと……!」

 しかし、彼女たちにそれを使う隙がどこかにあったとは到底思えなかった……。
 彼女たちは、かなりの長時間──シャンゼリオンが戦う前の時点で幻影と化し、本体はユートピアの死角に隠れていたはずである。
 最近、ロッソ・ファンタズマを取り戻したはずの彼女が、そんな長時間、魔力を行使できるはずがない。

 いつからか、と言われれば──かなり前から使用していなければ計算が合わない。
 だから、加頭はその可能性はあらかじめ除去していた。
 これまでも、伏兵として使われていた事は殆どなかったはずだ。

「貴様ら……この瞬間を、ずっと……!」
「その通り──。この時を、ずっと待ってたのさ!」

 よもや、杏子がそれだけ上手にその技を使いこなしているとは予想がつかなかった。
 そ加頭順がここで主催を代行した時点でも、「ロッソ・ファンタズマ」という技は、杏子が使う事の出来ない技であったからだ。彼女は既にその技の使い方を忘れている。
 彼女の精神が既に使用を拒んでいる状態にあったはずだ。

「……なんというッ……!」

 綿密な下準備を行って殺し合いを開いた中でも、杏子の「ロッソ・ファンタズマ」の再習得は在りえない話だったのである。
 そして、それをこんなにも上手く、ユートピアの目を欺いて利用するとは思えなかった。
 彼女は──自分の命を捨てる事さえも恐れずに、技を使っているわけだ。──いや、もしかすれば、既に“そのリスクがない”のか?
 結局、彼には何もわからなかった。

「はあああああーーーーッッ!!」

 そんな最中、仮面ライダーエターナルも飛び込んでくる。
 そう、こうしている間にも、時間は動いている。

 制限が切れた今、自分の周囲の特殊能力を無効化するエターナルのエターナルローブは厄介な代物に違いない。
 こんな一瞬の隙があれば、彼にもエターナルローブを纏う時間がやってくる。

「くっ! ユートピアが負けるはずはない……こんな未来がありうるはずがない!!」

 ──この逆境を越えられるのは、ベリアルの力のみ!

 しかし、ドーパントたちのコアも、魔法少女のコアも既に砕かれ、トリッキーな時間停止が利用できなくなっている。

698変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:47:28 ID:GU7jrFVA0
 この身体にもその血の片鱗が流れているはずだが、魔法少女の力をそのままコアに流入しただけのエネルギーは、彼を留めてはくれない。

『こうなる事は目に見えていた。ユートピア……お前は、力と人との、絆に負けたんだ!!』
「そう──たとえ、99パーセントの適合率があっても、∞の絆には勝てないってわけさ!!」

 ダブルたちの声が、ユートピアの脳裏に突き刺さる。
 何度となく聞いた彼らの言葉。
 それが、指を突き立てるポーズとともに。



「『────さあ、お前の罪を、数えろッ!! 加頭順!!』」



 それを聞くのは最後だと思っていた。
 それは、自分が勝つからだ──しかし。

 今は、違う。
 その言葉を聞くのが最後になるのは──理想郷が、崩壊していくからだ。
 ベリアルエクストリームの外形から、ぼろぼろと理想郷の姿が崩れ去っていくのを加頭自身も感じていた。



「──人を愛する事がァッ、罪だとでも……罪だとでもいうのか……ッッ!!!」



 ユートピアは、かつてと同じダブルの言葉に、再び怒りを募らせる。
 何度聞いても──何度前にしても──この問いかけに、ユートピアは同じ答えを取るだろう。
 そして、その度に冴子の顔を脳裏に浮かべる。

 冴子への愛。
 その証明。
 それが、加頭の原動力。

「いくぜ……燦然!!!」

 その時、涼村暁が、変身のポーズを取った。
 燦然──それは、涼村暁がクリスタルパワーを発現させ、超光戦士シャンゼリオンとなる現象である。
 変身を解除されたくせに、再変身を行うつもりらしい。

 ──そして。
 再び、クリスタルの輝きがユートピアの前に出現した。

「超光戦士──シャンゼリオン!!」

 暁が再びシャンゼリオンに燦然するのと、仮面ライダーダブル、仮面ライダーエターナルがユートピアの周囲を囲むのはほぼ同時だった。
 佐倉杏子が、ゆっくりと身体を遠ざけて行く。──それは、これから行われる同時攻撃を回避する為だ。
 ユートピアの逃げ場を塞ぎながら向かってくる三つの影は、同時にその必殺技の名を叫んだ。



「シャイニングアタック!!」



「エターナルレクイエム!!」



「「────ゴールデンエクストリーム!!」」

699変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:48:25 ID:GU7jrFVA0



 四つの声が重なり、見事なコンビネーションでユートピアの方に接近する──。
 クリスタルパワーの結晶。
 マキシマムドライブの衝撃。
 そして、人々の祈りの風。
 それらは──次の瞬間には、全ての攻撃がユートピアの身体へとぶつかっていく。

「がっ……」

 ユートピアの身体に打撃の痛みが走るよりも──早く、三つの影が貫く。
 シャンゼリオンのシャイニングアタック。
 仮面ライダーエターナルのエターナルレクイエム。
 それと同時に、仮面ライダーダブルがゴールデンエクストリームを放った。

「ぐぁっ……!!!!!!!!」

 そして、身体が再生するよりも早く起きたのは──メモリブレイクと、コアブレイク。
 残る全てのコアと、ユートピアのメモリが崩壊する。
 ユートピアドーパント・ダークエクストリームの再建された理想郷が、再びエクストリームの姿を失い、「崩れた理想郷」へと変わっていった。
 その、崩落の後さえも、また崩落していく。



 全ての理想郷が崩壊し、それは、内側から大爆発を起こしたのだった──!!



「ぬっ──ぬあああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 それは、ユートピアドーパントを中心に、周囲一帯を燃やし尽くすような黒い炎をあげ、その場にいた者たちに勝負の行方を知らせなかった。
 加頭が、その瞬間、何を考えていたのか──それは、誰にもわかるまい。

(この私が────!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

 ……ただ、彼の持つ力と野望は全て、その瞬間打ち砕かれた。
 それだけは確かな事実であった。
 そして。



「冴子さんんんんんんんんんんんんんんんんん────ッッッ!!!!!!!!!」



 三人──いや、四人の戦士がユートピアの身体を過ぎ去ったが、そのシルエットは爆煙の中に隠れ、誰にも視えなかった。
 彼の雄叫びが、そこにいた者たちの耳に残り続けた。





700変身─ファイナルミッション─(3) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:49:00 ID:GU7jrFVA0
三分割目終了











































四分割目

701変身─ファイナルミッション─(4) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:51:22 ID:GU7jrFVA0



 ──宇宙。

 こちらでは、ウルトラマンゼロと蒼乃美希が、尚もウルトラマンノアの探索を続行していた。
 これまでと決定的に違うのは、二人の間にわずかばかりの希望が芽生えており、ある手がかりを持って宇宙の旅を続けている点だろう。
 無数の星を通り越し、ゼロは飛ぶ。

「おい美希……! 確かにこっちから声が聞こえたってのか?」
『ええ……!! 今、向こうから……!!』

 美希の感覚を頼りに、ゼロがマッハ7のスピードで進行する。
 そう──確かに美希の耳には、あの孤門一輝の声が届いたのである。
 ──美希がダークザギとの戦いで憎しみに没した時、孤門がかけたあの一言が、確かに「自分の居場所」を教えていたのだ。
 それこそが、二人の合図だ。



──諦めるな!──



 孤門の口癖であり、信念だった言葉。
 どんな苦難に直面した時も、その言葉一つで全てを晴らしてくれるそんな意味が込められた──とても大事な言葉。
 美希の脳裏に、それが直接届いたかのようだった。
 いや……これは、おそらく──あの時の言葉が、「忘却の海レーテ」を介して、時空を超えて届いた一言なのではないだろうか。

 そう、思った。
 あの時、かけてくれた言葉が、再び……孤門を助け出そうとしている。
 誰も真相を知る事はないが、かつて、孤門一輝という少年を助けた手と、その一言が──また、今度はそれより未来……そう、今の孤門を助けようとしている。
 そんな連鎖が、奇しくも孤門一輝の運命を支えている。
 ただのどこにでもいる優し気な男に見えて、実に奇妙な因果の集中している人間だ。

「──……わかった。美希、俺はお前を信じるぜ!」

 そんなゼロは、自分の持つ残りのエネルギーを全て使いかねない勢いで邁進する。
 どの道、手がかりなどないのだ。力を出し惜しみ、小出しにしながら探すよりも、美希の自信を信じるしかない。
 彼女は、孤門の声が幻聴だとも思っていないし、美希の確固たる自信だけは感覚としてゼロの中にも伝わってくる。
 これが、人間を信じるという事なのだ。

(ああ……親父……ほんとに、地球人って奴は……!!)

 ゼロの父は、かつて──何度となく、地球人を信じる事が出来なくなったらしい。
 しかし、醜さを知る一方で、多くの地球人のやさしさや温かさも知っていた。誰よりも地球人を愛したウルトラマンと自称する事もあった。

 ──アンヌ、アマギ、ソガ、フルハシ、キリヤマ……時として彼は、絆の芽生えた地球人の名をゼロに語った。
 そして、忘れてはならない……モロボシ・ダンの姿の元になった、薩摩次郎という男の名さえも。

 彼と同じ地球人への愛情は、あらゆるウルトラマンたちも持っているが、ウルトラセブンは特別だった。もし地球人たちが暴走し、宇宙の敵に回ったとして、彼はそれでも地球人の味方をするのではないかとさえ思う。
 自分の父は、正義より、愛を選ぶだろう。

 ……それは、ゼロも同じかもしれない。
 父親から受け継いだ、地球人との絆。──それを今、実感している。

 そして、ゼロは今から二人の地球人の名前を、己が信じる地球の名前として刻む。

702変身─ファイナルミッション─(4) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:52:17 ID:GU7jrFVA0

 蒼乃美希、それから、孤門一輝だ。
 まだ直接会ったわけではないが、美希に声を届かせようとしているその男の名を──。
 ゼロは、自分とベリアルを再び会わせてくれる男の名として──そして、いかなる時も諦めない男の名として刻んだ。

「──」

 周囲の景色はめまぐるしく変化している。
 幾光年はるか彼方までも、ゼロは飛び続ける。
 美希が声を聞いた所まで……。

『──もうすぐ……』



 ──諦めるな!──



『うん……!』

 美希の中に聞こえる声は次第に大きくなっていく。
 地上では、遂にユートピアドーパントに向けて一斉攻撃が放たれた頃だった。
 その頃には既に美希の中で、孤門一輝の心の声が巨大に膨らんでいる。

『私は諦めない……!! ここに希望がある限り──』

 諦めるな……。
 美希がここに来て──仲間が死ぬかもしれない恐怖に挫けそうになった時、孤門がかけてくれた言葉だ。
 結局、桃園ラブも、山吹祈里も、東せつなも……たくさんの友人は死んでしまった。
 そして、そんな美希を常に支えるのは、孤門が放った言葉なのである。
 単純ゆえに。
 その言葉は、決して重圧にもならず、美希に追い風を吹かせている。

 今も、どこかで──ラブの両親や、祈里の両親や、せつなの仲間や、学校の友達が……きっと悲しんでいるのだろう。
 立ち直る事は出来ないかもしれない。
 だが、後を追う事だけは絶対にしてほしくない。
 ──希望は、必ず、どこでも失われないのだから!

『──来た!!』



 ──瞬間。





「!?」





 ──白い光が周囲を包んだ。



 無限の暗闇の中にあるはずの宇宙に、星々の煌めきではない、何か神々しいとさえ思える白い光が広がっていく。
 それは、ウルトラ戦士の中でも神と言われるような存在が放つ光であった。

「あれは……!!」

 そこには、ただ……ウルトラマンゼロと、その中にある蒼乃美希と、視認するのが難しいほどの小さな人形だけがあるのだった。
 しかし、それがウルトラマンノアの形をしたスパークドールズであるのが、すぐにわかった──。

「見つけたのか! 美希!!」

703変身─ファイナルミッション─(4) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:53:21 ID:GU7jrFVA0

 ゼロの歓喜の声が響いた。
 しかし、今、この宇宙に声を轟かせるのは彼だけだった。
 美希はゼロに向けて何も言わなかった。

≪────美希ちゃん……!≫

 スパークドールズの声が聞こえる。──この数日間、この宇宙の暗闇の中を彷徨い続けていた孤門一輝の声だ。
 彼はずっと唱え続けたに違いない。「諦めるな」という言葉を自分に言い聞かせ、助けが来るのを待ちながら、この絶対の孤独を、挫けずに乗り切ったのだ。

「……ああ。ほんと、すげえよな……お前ら!!」

 そして──。諦めるな、という言葉が二人を繋いだのだ。
 ウルトラマンノアは、ここで、孤門と美希の絆が宇宙の距離を縮めるのを待っていたかのように見えた。
 ゼロは、唖然とした表情ながら、全く敵わないといった様子であった。
 しかし、直後には、熱い声で美希に呼びかける。



「────行けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! 美希!!」



 ゼロが伸ばした掌の先から、蒼乃美希の腕が現れた。
 腕だけを分離し、スパークドールズに合わせたサイズへと変わるのだ。そして、その腕に強く握られたギンガライトスパークがウルトラマンノアのスパークドールズに向けて届いていこうとしていた。
 ギンガライトスパークがノアのライブサインと反応する時、遂にウルトラマンノアは復活する事が出来る……。

「孤門さん……!!」

 ──届け。
 そんな願いと共に、ギンガライトスパークがライブサインへと、届く。
 そこから再び光が放たれる。



 ────レーテの時と同じように、美希と孤門は、手を取り合った。





──ULTRA LIVE!!──



「絆……ネクサス……!」



──ULTRAMAN NOA!!──





【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 再臨】





704変身─ファイナルミッション─(4) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:54:24 ID:GU7jrFVA0
四分割目─これだけ─


































五分割目─これから─

705変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:56:03 ID:GU7jrFVA0



 頭上の空で、照らしていた闇が晴れ、丁度今、白夜の時が始まったのを、深い爆煙の中に残る彼らが知る由もない。
 これほどのエネルギーを浴びせなければ、ユートピアを打ち破る事はできなかったのである。
 しかし──まだ、加頭順という男の生体反応はこの世から消えてはいなかった。

「はぁ……はぁ……」

 ダブル、エターナル、シャンゼリオンの同時攻撃を受けながらも、尚、──加頭順という男は生きている。
 ただし──それが、これまでのように悲観的で、戦士たちの劣勢を煽るような物ではなくなっていたのは確かである。
 何せ、NEVERやベリアルウィルスの力も及ばぬほどの極大のダメージを受けた彼の全身は、既に消滅を始めており、身体は粒子に塗れている。辛うじて、ベリアルウィルスの残滓が彼の肉体崩壊を遅くさせ、生命維持だけが辛うじて可能になっている程度だ。
 もはや、子猫の敵にすらならない。

「くっ……!」

 既に、敵に食らいつく牙はなかった。
 戦意も戦闘力も失ったよろよろの身体。焼けこげたタキシードと、乱れた頭髪。生身の人間ならば火傷を負った皮膚。
 残りの寿命は、あと数分といったところだろう……。
 彼自身は、まだそんな自覚を持っていないかもしれないが──。

「ば……馬鹿な……はぁ……はぁ……」

 ベリアルによって力を受けたはずの自分が、成す術もなく敗北している事に加頭は納得がいかないままだった。
 プライドが、それを現実として受け止めるのをしばし拒否した。

 ……今の勝負は何だったのだ?
 闇の力を大量に取り込んだはずの自分が──ベリアルに次ぐ力を持つはずの自分が、数日前までは拘束されて殺し合いを演じていた、数えるほどの駒に敗れている。

「この私が……」

 無意識に加頭が向かっていたのは、マレブランデスの牙城である。巨大な黒い腕の中に眠る、己の恋人のもとへと、辿り着くかもわからない歩を進めているのだ。それはもはや本能的な魂の動きだった。
 常人ならば、既に歩むのを辞めていたに違いない。彼なりに譲れない執念があったという事に違いなかった。
 一歩を踏みしめるごとに、彼の身体からは彼を構成する物質が消失していく。

「この私が……負けるはずが……!」

 うわごとのように、現実を否定する。今の彼には、それしかできなかった。
 と、そんな彼の目の前に、「なにものか」が立ちすくんでいる姿が見えた。
 濃霧のように視界を消し去る煙の中で、シルエットだけがこちらに見えている。
 真っ黒なシルエットに警戒を示したが、加頭が立ち止まったままそれを少し眺めていると、自ずとシルエットはこちらに歩いてきた。

「あなたは……!」

 そこにいるのは、一糸纏わぬ姿でこちらを見つめる一人の白い肌の女性だった。
 全裸を恥じらう事もなく、アンドロイドであるかのような真顔で、加頭に視線を合わせている。──彼女の顔を、加頭が忘れる筈が無かった。
 その姿を見るなり、加頭の頬が緩んだ。



「──」



 園咲冴子。
 あの培養液の中から、自力で脱して来たのだ。ようやく、冴子の蘇生が完了したという事である。

706変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:57:15 ID:GU7jrFVA0
 加頭は、その瞬間、思わず、笑顔を浮かべた。目的の一つが完了したのである。状況はどうにもならないが、この事が少し加頭に力をくれる。
 彼女が放つ異様な雰囲気には、まるで気づかずに。

「冴子さん……良かった……蘇ったんですね!」

 加頭は、消えそうな身体でまた一歩を踏みしめた。
 冴子に、よろよろの身体で近づいて行く。急いでいるつもりだが、その歩測は普通の人間にも及ばないほどだ。
 ……彼女がいる場所に、少しでも近づきたい。

「あなたさえ生きていれば……私は……」

 そうだ。
 全ては彼女の為に──彼女と共にある為に、やった事なのだ。
 この場所を理想郷に出来る。何度でも立て直してやる。

「……私は……──」

 加頭がようやく、冴子に近づき、両手を広げた時であった。
 目の前の冴子は、目をぎょろりと見開いて、──ニヤリと笑った。
 そして、そのまま──、自分の正体を明かした。

「ガァァァァァァァァァァァァ────!!!!!!」

 冴子の殻を破り、「黒い化け物」が現れたのである。
 ──それは、園咲冴子ではなかった。
 ただのグロテスクな、腐敗した死骸のような怪物……人を喰らい、人の陰我と共に現れる人間たちの天敵だ。
 そして、驚き目を見開いた加頭もまた、“それ”に見覚えがあった。
 この戦いの中には、彼らを狩るべく使命を持った騎士が参加していたのだ。

「──!?」

 そう──古の怪物・ホラーである。
 魔戒騎士たちが追い続けてきた、人間の陰我に芽生える獣。それがホラーだった。

 そこにいるのは、園咲冴子ではなく、魔弾を受けた時にホラーと化した人間の成れの果てであった。
 彼女の身体の欠片をいくら集めようが、それは──既にホラーに喰われた人間の肉の欠片に過ぎなかった。全ては食い散らかされた死体で──そこに人の意思などなくなったのだ。
 それを見た瞬間、遂に加頭の中においても、冴子への執着よりも恐怖が勝り、加頭は冴子だった物を信じられない風に見つめながら、尻を地面に突く事になった。

「な、何故……! なんだ……この化け物は……!!」

 目の前から向かって来ようとする怪物。
 そこから逃れようと必死にもがく加頭。

「くっ……!! どういう事だ……どういう事だァァァァァッ!!!!!」

 それが、最後の希望が絶たれた哀れな人間の姿だった。
 冴子がホラーに取り憑かれたまま、どんな技術を以ても、“治る事がない”存在なのは、もはや、不変の事実であった。
 ホラーに喰われた人間は助からない。──加頭が最も甘く見ていた前提が、それなのかもしれない。

「くっ……!」

 加頭が四つん這いで逃げるのを、ホラーが捉えようとする。
 悠然と歩き、エモノを食らおうとする園咲冴子の皮を被っていた怪物──加頭の死は、既に目前である。
 加頭はホラーの餌になる。
 最も、あってはならない苦しい死に方だ。
 と、恐るべき死を忌避しながらも、心のどこかで覚悟した──そうせざるを得ないと確信した時だ。

「──」

 カシャ……カシャ……。
 奇妙な、音がした。

707変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:00:02 ID:GU7jrFVA0

「──……」

 やはり、カシャ……カシャ……と、音が聞こえた。
 加頭は、自分とホラーだけしか視界に映らないその場に、他の何者かが現れたという事を理解した。
 そして、次に、誰か、男が呆れたような声を発した。

「おいおい……」

 カシャ……。カシャ……。
 その音は、加頭のもとに近づいてきていた。
 冴子に憑依したホラーも、加頭を襲うのをやめて、その声が近づいて来る方に目をやった。

「まったく……とんでもない奴を甦らせてくれたもんだな」

 そして──そんな彼の前に、煙を背負って現れる一人の男がいた……。
 金色に光る彼の身体はとてもよく目立った。
 金色でありながら──銀色の魂を持ち続けた男である。
 ……そう、いつの時代も、ホラーの相手をするのは、彼らであった。

「お前ほどの男が……知らなかったのか? 加頭──」

 涼邑零。──いや、銀牙騎士絶狼(ゼロ)。
 その鎧が、カシャカシャと音を立てて、加頭の前に現れたのだ。
 煙はだんだんと晴れていき、そこにいる男の姿だけを加頭の目に映した。

「……」

 ホラーもまた、宿敵たる魔戒騎士の姿を敏感に察して、加頭を食らうよりも、まずは己の身を守る事を優先したがったのだろう。
 黄金騎士──と、ホラーも誤解したに違いない。



「──ホラーに喰われた人間は、助からないんだ」



 ゼロが口にするのは、残酷だが、加頭も知っているはずの事だった。
 しかし……しかし。



 ──冴子は……彼女だけは、例外ではないのか?



 ──加頭はそう思い続けていた。
 だから蘇生させたのだ。
 肉体ならば、ホラーも霧散しているはずであると。

 しかし、それは、ある意味で、最も人間らしい現実逃避だったのかもしれない。
 どうしようもない「論理」の穴を、ただ彼は「感情」だけで補完しようとしていたに過ぎないのである。
 尤も、それは歪んだ感情であったかもしれないが。

「残念だけど、あんたのフィアンセは、もうホラーに喰われていたみたいだな」
「そんなはずはない……!! そんなはずが……!!」

 必死に現実を否定する加頭の身体も、半分は消失している。
 そんな姿を少しだけ哀れむように眺めたが、零は非情に徹する事にした。
 彼が行った事の報いが始まったに過ぎないのだ。未だ償う気持ちを微塵も見せない加頭には、怒りも勿論湧いている。

「──だから」

 だが。
 今は──まるで、ホラーから守るべき人間がそこにいるような気持ちに切り替えた。
 たとえ、加頭が敵でも……僅かな命であるとしても……彼のように、ホラーに襲われる人間の事を守らなければならない。ホラーの犠牲者は最小限に食い止める。
 それこそが、彼の使命だった。
 そして。

708変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:01:42 ID:GU7jrFVA0



「──……ホラーを斬るのが、俺の仕事だ!!!」



 ──そして、何度となく心の中で叫んできたその言葉を、確かに発した。

「おりゃああああああああああああああッッ!!」

 金の二刀流が光る。
 次の瞬間、冴子に憑依したホラーは、絶狼の刃によって胴を真っ二つに斬り裂かれる。
 それは、飛沫だけを残して、いとも簡単に崩れ落ちた。

「ウグァァァァァァァァァァァ────!!!!」

 ────霧散。

 断末魔と共に、ホラーの姿は消えていく。ホラーは蠢くような声をあげ、「冴子の姿をしたもの」さえもそこからいなくなった。
 ホラーの返り血が加頭の顔を穢すが、それも結局、今となってはもう意味のない事だった。──加頭ももう、助からない。

 銀牙騎士絶狼が斬り裂いた彼の夢は、次の瞬間には完全に自然の中に溶けた。
 まるで、園咲冴子など、白昼夢のようだったかのように……。

「あっ……! ああ……」

 ホラーの死地に手を伸ばす加頭の前には、もう園咲冴子の片鱗さえも見当たらなかった。肉片の一つに至るまでが、ホラーの餌となった。それが冴子の躯だった。
 それは、否定のしようがない事実である。

「……」

 そして、これが絶狼にとっては、一つの仕事の終わりだ。
 ここに来る前から与えられた物ではないが、魔戒騎士である彼には、それが本職であった。

『──零。お前の今日の仕事は、多分、これで終わりだな。……まあ、急に入った仕事だが』
「ああ。ただ……まだ、やる事は山積みだけどな……」

 いつになく乾いた口調でそう言う、ザルバと絶狼。
 ホラーの幻影に取り憑かれた一人の男の姿──それは、魔戒騎士が何度も見て来た人間の姿である。
 なまじ、人間の姿を模しているばかりに、こんな人間が幾人もいる。
 その記憶は、普段は消さなければならない。──だが。
 その必要も、なかった。

「ああ……ああ……」

 園咲冴子は死んだ。
 もう戻らない。
 加頭順は幸せにはなれない。
 ──彼の理想郷は潰えたのだ。
 加頭も、ようやくそれを理解したようだった……。

「……うう……くそっ……私は!」

 生きる希望を全て失った加頭の身体は、心なしか、加速度的に消滅を始めたように見えた。
 身体は薄くなり、周囲の何もかもが見えない状態に陥る。
 絶望と後悔だけが身体の芯に残り続ける。

「私は……一体、何の為に……何の為に戦ってきたのだ……!!」

 無力。
 ──そう、これまでの加頭の己の身体さえも裂いた戦いは全て、無駄な徒労に過ぎなかったのだ。

「クソォォォォォォォォッッ!!! 何の為に……!! 何の為に……!!!」

709変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:03:12 ID:GU7jrFVA0

 誰への敵意もない絶叫だけが、虚しく響き渡る。
 ユートピアなどない。理想郷は、崩れていくのみだった。
 たとえ、上面だけ、理想郷を復元していたとしても。
 結局、彼が求めた場所は──一人きりの理想郷にしかならない。


 ──そして、それを悟った瞬間だった。







「──!?」

 ──ふと、世界は切り替わった。
 まるで消失が止まったかのような錯覚に陥り、加頭の耳元で、何かが“囁いた”。
 周囲を見回すと、何もかもが……時間が止まっていた。
 暁美ほむらによる時間停止が原因ではないのは判然としている。
 そして、直後に、何かが「何の為に戦ってきたのか」という加頭の問いに答えた。

『──地獄に堕ちる為さ』

 ──白い腕が、加頭の脚を固く掴んだ。
 驚いて見下ろすと、その腕はまるで地の底から生えているかのように、深い沼に加頭を引きずりこもうとしている。

 見覚えのある腕だった。──いや、今も間近にいる戦士が同じ規格の物を持っているはずの腕である。
 そう、それは。

「死……神……!!」

 仮面ライダーエターナル。
 その声は、大道克己そのものだ。──彼が地獄へと加頭を道連れにしようとしている。

「貴様ら……」

 無数の腕が──ルナドーパントの腕が、メタルドーパントの腕が、ナスカドーパントの腕が、ウェザードーパントの腕が、そして……タブードーパントの腕が、加頭の身体をどこかへ引きずりこもうとしているのだ。
 これまで、その死を見て来たはずの連中の腕──。

「この私を地獄の道連れにする気か……!?」

 エターナルは笑った。ああ、ずっと待ってたんだ、と。お前を地獄に引きずりこむのを楽しみにしていたんだ、と。
 これから加頭が向かう場所──それは、地獄に他ならなかった。
 深く、永久の苦しみを味わう為の場所……。

 加頭もそれを悟った時──ある感情が、脳裏に浮かんだ。
 NEVERになって以来、忘れていた感情。

「嫌だ……」

 そう、嫌だ。
 こんな事の為に──あんな奴らの為に、地獄になど堕ちたくない。
 これから、永久の苦しみが待っているのだと思うと……。

 死にたくない。

 また地獄に行くのか?
 こんな奴らと一緒に……。

『来いよ……地獄に連れて行ってやる……』
「嫌だ……!」
『ずっと待ってたんだぜ……お前が地獄に来るのを……』

 ──そして、時間は、再び正しい流れに帰っていく。





710変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:05:05 ID:GU7jrFVA0



 キュアブロッサムがそこに駆け寄った。
 加頭順とはいえ、彼がこのまま死んでしまう事には彼女も抵抗がある。──勿論、彼女とて加頭への同情は薄いが、それでも、もしこれからやり直そうとする意思があるならば、彼もまた……と思ったのだろう。
 ……が、遅かった。

「ああっ……ああああっ……!!」

 煙が晴れ、白夜の光が覗き始めた時、そこで、透明に消えかかり、地に伏して涙声をあげる加頭の姿があったのだ。
 大道克己の時と同じだが──それにも増して、惨めだった。

「……痛い……死にたくない……誰か……」
「加頭さん!」

 ブロッサムの脚を這うようにして掴みながら、しかし、何もできずに、その腕が粒子となって崩れ落ちる。
 彼は、自分の腕が目の前で消滅した事に強い怯えを示した。

 死ぬ。
 このまま、死んでしまう……。

「誰か……助けてくれ……」
「加頭……」
『……僕らの憎んだ敵も、結局は、“変わり果てた人間”だったんだ……』

 仮面ライダーダブル──彼らもまた、加頭順の終わりを、哀れむように見つめていた。
 かつて、井坂深紅郎の死を、悪魔に相応しい最期と呼んだ事がある。
 あの時とまるで同じ気分だ。同情の余地はないはずである。
 しかし、彼や井坂もまた、同じ街の空気を吸った人間だ。──その最期を見届けてやる義務が、翔太郎とフィリップにはあるはずだった。

「……苦しい……お前たち……私を……たすけ……」
「加頭さん……」

 ヴィヴィオがそれを眺めながら、救う術を考えた。
 しかし、それはどこにもないのだとわかった。
 自分で蒔いた種だと一蹴するのは簡単だが、それでも──和解の道を、ヴィヴィオは求めていたのだから。

 ダークプリキュアが新しく仲間になった時のように……。
 ゴハットが最後にヴィヴィオを助けてくれたように……。
 その夢は、もう見る事が出来ないようだった。

「ああ……」
『……こいつも、これで少しはわかっただろう。死の恐怖も──』
「──愛する人を失う苦しみも、な……」

 銀牙騎士絶狼とザルバは、消えゆく加頭の姿をそっと眺めていた。
 彼らは同情こそしていなかったが、しかし、その惨めさを目の当りにした時、彼が少しでも他者の痛みを知る事が出来ていてほしいと願ったのだろう。
 だから、こんな言葉を物憂げに呟いたのだ。

「加頭……!」

 そして、そんな所に、あの仮面ライダーエターナルが──それは響良牙だったが──歩み寄った。

 それを見た時、加頭は慌てて視線を逸らし、そこから逃げ去って誰かに縋ろうとしていた。
 情けなくも、頬を涙が伝っていく。
 もう地獄が目前にあるようだった。

 腕を、足を、首を──死神たちが掴んで、持って行こうとする。
 どこを見ても……。
 どこを見ても……。
 そこにいるのは、死神だった。

711変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:06:18 ID:GU7jrFVA0





「い……やだ……死にたくない……誰か……たすけ……て………………」





【加頭順@仮面ライダーW 死亡】
【主催陣営、システム────完全崩壊】







「……」

 残った者たちは、どこか気まずそうに加頭が消え去った地を見つめていた。
 そこには、もう何もない。これまでの戦いと全く同じだった。
 敵を倒したは良いが、やはり、望みが打ち砕かれたまま斃れた加頭順という男の姿に、何処か同情を禁じ得ない者もいたのかもしれない。

「……」

 勿論、たくさんの人間を殺した加頭にはそんな物をかけてやる余地はないのかもしれないが、しかし、人間は決して、人を殺す為に生まれてきたわけではない。
 彼もまた、何かが狂気の切欠になっただろうし、彼なりの愛を持っていたには違いなかった。

「この人を──加頭さんを、救う事は出来なかったんでしょうか?」

 キュアブロッサムが、後ろにいた仲間たちに、不安げに訊いた。
 それから、誰もが少しだけ押し黙った。
 加頭への割り切れない恨みと、それでもつぼみの一言に込められた想いを理解したい気持ちとが葛藤したのだろう。
 加頭をよく知る者がそれに答えた。
 ──それは、左翔太郎である。

「あいつも、誰かだけじゃなくて、多くの人が住んでいる街を愛する事が出来れば、別の結末もあったかもしれないけどな……」
『誰かを愛する心があるなら、それが出来たかもしれない……だが、彼はその道を自ら拒んでしまったんだ』

 二人は、嫌にあっさりとそう言ったが、結局のところ、それが全てだった。
 どうあれ、彼が選んだ道は、多くの人と相容れない道であり、真実の愛を掴む手段とは程遠かったのだ。
 結局は、彼がその道を選んでしまった以上、他者が彼に救いを与えてやるのは、ほとんど不可能と言って良かったのだろう。
 それが、彼が選んだ自由だったのだから、それを阻害する権利は誰にもない。つぼみやヴィヴィオの理想を押し付けるわけにはいかない相手だったのかもしれない。

 ──それを思い、つぼみとヴィヴィオは、自分の持つ理想がいかに遠くにあるのかを確かに実感した。
 しかし、それは彼女たちが子供だから持つ理想ではない。おそらく、彼女たちはどれだけ年を重ねてもその理想を叶える為に戦い、生きていくだろう。
 仮面ライダーエターナルが、ふと呟いた。

「──あいつ……酷く怯えてやがったな……エターナルの姿を見て」

 最後、加頭がエターナルから逃げ去ろうとしたのを、彼は確かに実感していた。
 まるで、天敵に怯えた草食動物のように。
 だからか、まるで、良牙自身が最も嫌っていた「弱い者いじめ」をしたような気持ちが拭いきれなかった。そんな後味の悪さも彼にあったのだろう。
 フィリップが答えた。

『きっと、かつて、エターナルに一度殺されたからだろう』
「……そうか。それで、奴はNEVERに……。
 エターナルにダブル──同じ相手に二度も倒されるとは、あいつも因果な男だぜ……」

712変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:08:57 ID:GU7jrFVA0

 エターナルがそう俯いて言った時、ただ一人、能天気に、エターナルの肩に手を賭けた男がいた。
 超光戦士シャンゼリオンである。

「──おいおい、俺を忘れんなっての……三人で倒したんだぜ?」

 エターナルも、つい忘れて、黙っていた。
 全く、戦いは終わっていないのに呑気な男だ……。──と、思ったが、いや、彼がこうも呑気なのは、戦いが終わっていないからかもしれない。
 彼は、戦いが終わったら消えてしまう。フィリップも同じ運命だ。
 彼がここにいられるのは、この時が最後である。
 こうして、三人で倒した事を強調するのも、もしかしたら、彼が自分の存在を誰しもに記憶させたいからかもしれない。

「ああ。そうだな……シャンゼリオン」

 良牙は──いや、ここにいる全員は、ベリアルに永久に来てほしくないと、少し願っただろう。
 ベリアルは倒さなければならない。しかし、それと同時に、ベリアルの力の影響下にある、暁その人が消えてしまう……。
 その事実がある限り。
 しかし──運命は、残酷であった。



『──クズクズしてる暇はないみたいだぜ。本当の敵のお出ましらしい!』



 直後、そんな一言をあげたのは、魔導輪ザルバだった。
 白夜の空を見上げる──零、翔太郎、フィリップ、良牙、ヴィヴィオ、レイジングハート、暁、つぼみ……。

 ごくり、と誰もが唾を飲んだ。

「────あれは」

 そう、それは空を見上げなければ、その姿がわからないほどの巨体だった。
 その身体そのものが、身長百数十センチに過ぎない彼らにとっては、威圧であった。
 かつて、ダークザギを前にした時も、同じだった。





713変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:10:12 ID:GU7jrFVA0



 どしん。

 ──足音が、この島を揺らす。



「……!!」



 どしん。

 ────ゆっくりと、巨大なそれが歩み寄ってくる。


「来たか……!!」



 どしん。

 ──────彼らが、再びこの島に来る事になった理由が、やっと、目の前に現れた。



「ああ、奴だ……!!」



 どしん。



 ────────まるで、褒美のように、島に上陸した、巨体。



「やっと、本当の最後の敵と戦うんですね……!!」

 ヴィヴィオが、僅かに怯えながら言った。
 彼女のように、これほど巨大な敵と戦うのが初めての人間もいる。
 しかし、その拳は、決して恐れだけではなく、固く握られていた。

 これが本当の最後の敵──。
 先ほどの加頭順は、彼の配下であり、前座に過ぎないのである。





「────カイザーベリアル!!!!!!!!」





 誰が口火を切ったかはわからない。
 カイザーベリアルの名を、誰かが告げた。





714変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:11:06 ID:GU7jrFVA0



 そして、全世界の人間は──この瞬間、ガイアセイバーズとカイザーベリアルの対面に、釘づけになった事であろう。
 外の世界を街頭モニターの人だかりは、既に誰を応援するという段階ではなくなっていた。──誰もが、どちらに軍配が上がろうとも全て見届けて終える事を望んだのだ。
 希望と絶望の入り混じる、不思議な感覚。
 誰も、恐怖は覚えていなかった。胸の高鳴りの正体を、誰も知る事が出来なかった。

 千樹憐。和倉英輔。平木詩織。真木舜一。真木継夢。斎田リコ。
 相羽アキ。ノアル・ベルース。ユミ・フワンソカワ。ジュエル。テッカマンオメガ。
 鳴海ソウキチ。鳴海亜樹子。刃野幹夫。園咲硫兵衛。園咲若菜。
 花咲薫子。来海ももか。鶴崎。オリヴィエ。デューン。
 桃園みゆき。一条和希。タルト。西隼人。南瞬。
 南城二。アンドロー梅田。アリシア・テスタロッサ。八神はやて。クロノ・ハラオウン。
 ムース。久遠寺右京。天道早雲。早乙女玄馬。雲竜あかり。
 倉橋ゴンザ。御月カオル。山刀翼。道寺。静香。
 歴戦のウルトラ戦士たち──。
 血祭ドウコクと外道シンケンレッド。

 あらゆる宇宙の人々が、それを見ていた。

 あるいは、インキュベーターも……。



「さあ、君も──応援の準備は良いかい!?
 ミラクルライトを持っている君は、今すぐにミラクルライトを用意するんだ!!
 ミラクルライトを持っていない君は、心の中で応援するんだ!!」



 そして──そこにいる、君も。





715変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:12:21 ID:GU7jrFVA0
五分割目おわり




























六分割目へ

716変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:14:59 ID:GU7jrFVA0



 ──不可解な静寂。

 ガイアセイバーズを見下ろすカイザーベリアルは、自ら口を開く事はなかった。
 そして、ガイアセイバーズと呼ばれた男たちも、その姿をただ、見上げて、一概に「敵を睨んでいる」とも言い切れない瞳で見つめるだけだった。

 これは、「緊張」と呼んでいいのか、わからない。
 もはや、それは奇妙な時間のマジックだった。何時間となく、無言の睨み合いが続いていたような気さえした。

 それは、余裕を心に内在しているベリアルの側も同じ事だった。
 自分がこうして出向く事になる事など、殆ど無いと思いつつ、心のどこかではそれを期待していた……そんな感情もあったのだろう。
 ベリアルにとっては、まるで現実味のない夢が叶ったようでもあり、厄介な邪魔者に夢を邪魔されているようでもあった。この強敵でさえ、そんな微妙な感慨に没していた。
 だが──誰かが、その、何人も口を開く事ができなかった静寂を、ふと打ち破った。

「────みんな……奴を倒し、全てを終わらせるぞ……!!」

 それは──シャンゼリオン、涼村暁だった。
 誰もが一斉に、彼の方を見た。──彼がその言葉を告げた事を、誰もが心から意外に思ったようだった。
 目の前の敵が倒されれば死ぬ──そんな宿命を背負っているのは、実のところ、この元一般人の青年に他ならない。

 そして、何より彼には──涼村暁には、そんな宿命と戦うヒーローの自覚は全くない。
 今日の今日に至るまで、ただ、なりゆきでそれらしい事をしているが、普通の人間だ。いや、むしろ……およそ、ヒーローの資質とは無縁な性格の男だと言える。

 そんな彼が……真っ先に……。
 真っ先に──この静寂を打ち破り、こうして誰かの心を熱くさせたのだ。
 ぐっと、全員が顔を顰めた。



「──ガイアセイバーズ。
 遂に加頭まで倒しやがったか……俺様の前に現れるとは、予想外だった」



 まるで暁に釣られるように、ベリアルの方が言った。
 静寂が打ち破られ、雲が次第に晴れるようにしてベリアルの目が光る。
 誰もが、初めて、ベリアルの声を聞いた。それぞれが全く別の声に聞きとったのだが──いずれにせよ、それは巨悪らしい低い声だった。
 こんなに近くで──全ての世界を崩壊させようとする元凶が自分たちに語りかけているのだ。この最大の怪物が……。
 彼一人が、宇宙を支配し、そして崩壊させようとしている。
 そして、彼がいれば、これから数日と宇宙を保たせる事はできない。

「まさかお前らとこうして会う事になるとは思わなかった……褒めてやるぜ!」

 そして。
 そんなベリアルの声色は、心なしか、どこか嬉しそうだった。
 それが何故なのかは、すぐには誰にもわからなかった。
 世界にただ一人いるのが、いかに退屈なのだろうか……。
 きっと、内心ではそうなのだろう。
 それを、表には出さずともどこかでわかっていたのかもしれない。

 ……世界の支配者には、「敵」が必要だった。
 世界の一番上に立った支配者にあったのは、満足感や充足感だけではなく、渇きだったのだ。元から持ち合わせていた隙間が、圧制によって埋められる事はない。
 だが、今、こうして彼らが乗り越えて来た事で、ガイアセイバーズという絶対の敵が生まれたのだ──。
 おそらく、ウルトラマンノアの再誕を妨害しながらもその姿が現れると歓喜にも似た感情を抱いたダークザギも、同じ心情だったに違いない。

 ガイアセイバーズの中にも、ベリアルを前に、何か胸騒ぎがする者がいた。
 それは、恐れではない。

717変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:16:03 ID:GU7jrFVA0
 むしろ、奇妙な共感とさえ言える。──生か、死かの戦いという気がしない。
 何故か、むしろ、最大の敵を前に、安らかで、精神的には抜群のコンディションでさえあった。それは、ずっと追い求め、憎み続けた相手が目の前にいるのだと、その想いがあるからかもしれない。
 これまでと相反する感情が内心に溢れたせいか、こうして目の前に強敵がいる事にも、不思議と現実感が消えていった。
 しかし、そんな頭を切り替える。

「来い……! 俺は、小細工はしない……! お前らに勝つ自信があるからな……!!」

 そんなベリアルの言葉に、ごくり、と唾を飲み込む。
 だが、どう取りかかればいいのか、各々が少し悩みあぐねた。
 相手の身体は50m近くもあり、簡単には倒す事ができない相手なのを実感させる。
 あのフィリップですら、ベリアルの対策は検索しても浮かばないほどだ。

 しかし。

 そんな状況下でも、秘策を持つ男が、この場にただ一人だけ、いた──。

「……」

 ──そして、その男は、ゆっくりと前に出て歩きだした。

「……──」

 通用するかはわからない、と思いながら。
 ただ、目の前の敵にぶつける為に、少しは修行したのだ。
 その男の背中を、誰もが目で追った。
 どこか誇らし気に、ベリアルの前に出て行く男──。

「──仕方ねえ……! あのサイズの敵を倒すにはあれっきゃねえな……!!」

 それは、仮面ライダーエターナル──響良牙であった。
 ばっ、とマントを靡かせる彼の姿は、何らかの秘策を持っている状態のようだ。期待を持っている者もいれば、期待の薄い者もいた。そう簡単に倒せる相手ではないのは誰もが理解している。
 だが、どうやら、良牙には、巨大な敵と戦える術があるらしい。
 エターナルに向けて、ブロッサムが声をかける。

「良牙さん……? 何か秘策が……!?」
「──ああ。実は、俺は、闘気を使えばあれくらい巨大になれるんだ」

 そんな一言に、誰もが少しの間固まった。
 体を巨大にして戦うという事が出来るならば、数日前のダークザギ戦において、何故彼はそれを使わなかったのか……と誰もが思ったのである。
 それは、自然と口から出てしまう疑問だった。──ブロッサムが、誰しもが抱いた疑問を自らが代表して彼に突っ込んでしまう。

「──なんで今までやらなかったんですか!?」
「今ほど力が溢れてる時がなかったんだよ!!」

 だが、エターナルにかなりの剣幕でそう返されて、ブロッサムは今度は少し小さくなった。
 確かに──いくら良牙でも、それほどまでに強大な力があって、ダークザギ戦の時に使わぬわけがない。
 そして、あの時は、今のように黄金の力が自分たちを助けてくれる事もなかった。力でいえば今よりずっと低く、資質もないのだ。加えて、良牙はこの数日で、闘気の使い方をかつて以上によく学んだ。
 そう。彼は「今」だからこそ……彼の力が及ばぬ、歴戦の達人の技を使おうとしていたに違いない──。

「いくぜ!!」

 エターナルが叫ぶ。
 そして、同時に──八宝斎や早乙女玄馬がかつて行った、“闘気による巨大化”を始めたのである。
 全員、半ば半信半疑であったが、そんな怪訝の色は、エターナルの頭が階段を上るように高くなっていくにつれて失われていく。

「──!!」

 歴戦の勇士であった者でさえも、この妖術めいた格闘の曲技には目を凝らし、そして、自分の経験すらも疑っただろう。
 だが、現実に起きている事であるのは言うまでもないので、自らの経験の浅さを一笑して区切りをつけた。
 それと同時に、感嘆もしてしまった。──下手をすると、ベリアルでさえもそうした存在の一人であったかもしれない。

718変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:17:59 ID:GU7jrFVA0

「おおっ……!」

 かつて八宝斎及び早乙女玄馬の二名によって行われたその激闘の様子は、さながら妖怪大戦争のようだったが──今、この場においては、唯一の希望であり、無敵のヒーローとなる存在の誕生の瞬間だ。
 直後──仮面ライダーエターナルは、確かにオーラを纏って、少しずつ大きくなった。
 味方の誰もが、その姿に大口を開ける。まさか、この男──こんな異様な力までも持ち合わせていたとは。

「すげえ……!!」

 そして、気づけばウルトラマンのように、ベリアルのサイズへと変身しているのだった。
 これが仮面ライダーエターナルの「秘策」だったらしい。
 確かに、これならば、カイザーベリアルも恐れるに足らない。エターナルの実力は誰もが知っているし、カイザーベリアルとの体格差が埋まった以上、分があるのは自らの方であった。

 良牙の闘気が解放され──そして、高らかに宣言し、いつも以上に遥かに大きな声で名乗りをあげた。



「見ろ、ベリアル……これが、お前を倒す────超エターナルだッッッッ!!!」



 両者は同じ高さの目で、少し睨み合う。ベリアルが、そんなエターナルを前にも、気圧される事はなかった。
 エターナルの目と、カイザーベリアルの目が合う。──両者の間に、緊張が走る。
 だが、ベリアルは、嫌に淡々としていた。

「──巨大化、か。人間のくせに……」
「ああ……! これでお前と同じ土俵で戦える!!」

 そう言いつつ、これから、この敵と戦わなければならないのか……と、エターナルは内心で独り言ちていた。
 こうして同じ目線で前を見ている者こそが、これがこれまでずっと追い求めていた強敵。
 そう、誰よりも強い敵だ。
 こうして、自分一人で戦って勝てる相手とは限らない。

 だが──エターナルは、一息飲んでから、戦う覚悟を決めるように、左掌を右拳で叩いた。
 風が吹く。








「……」
「……」










 ──────そして、その直後、巨大な仮面ライダーエターナルの姿は消え、エターナルは再び等身大に戻った。

719変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:19:44 ID:GU7jrFVA0










「……」

 あまりの事に、誰もが言葉を忘れ、冷やかな瞳でエターナルを見た。その瞳は、興味のないものを見つめる猫の瞳にも近かった。
 何故か元のサイズに戻ってしまったエターナルは膝をつき、がくっと肩を落としている。
 そして、言った。

「……くそ。今の俺じゃ三秒が限界か」

 ……良牙の力、及ばず。
 良牙はまだ若く、ちょっとやそっとの修行を積んだ所で、巨大化したまま戦う事など出来ようはずもない。
 これは、年長の達人である八宝斎や玄馬ですら、数秒しか保たなかった技なのだから。
 それ故、良牙がこれだけしか巨大化できないのも仕方のない話であったが、実戦の上で全く意味のない時間が過ぎ去り、多くの期待が泡と消えた事は言うまでもない。

「──何の為に大きくなったんですか!!」

 今度のキュアブロッサムのツッコミは、全く、その通りであった。
 少し良牙に期待した者は、過去の自分を呪った事だろう。
 頭を抱える者も出た。幸先が不安である。──よりにもよって、カイザーベリアルとの初戦がこれとは。
 ベリアルも、一瞬唖然としたが、余裕を込めて笑った。

「クックックッ……おもしれえ。随分と余裕があるじゃねえか……!」
「余裕なんじゃないやい! 本当にこれしか出来なかったんだい!」

 負け犬の遠吠えのように、ベリアルを見上げて叫ぶエターナル。
 しかし、誰もがそんな彼を白けた目で見つめている。
 当の良牙が、全く本気であるのが輪をかけて救いようがない話で、彼は背後の者たちの視線にさえ気づかなかった。

「──ボケてる場合じゃありません。……どうしましょう」

 レイジングハートもまた、呆れかえっていたが、それを中断して仲間の方を見た。
 彼女自身、ほとんど無意識の事だが、まさに言葉の通り、両手で頭を抱えている状態であった。決戦を前に、こうして頭を抱えたのは初めてである。
 ダミーメモリの力をもってしても、巨大化は不可能に違いない。
 どうして、ベリアルと同じ土俵に立つ事が出来ようか。

「フィリップ。巨大化する術は……?」
『残念ながら、ない』
「……って事は、やっぱりこのまま戦うしかねえって事か。仕方ねえな……」

 と、ダブルがダークザギ戦のように等身大のままダークベリアルと戦う覚悟を決めようとした時である。
 ──誰かの声が、また、響いた。

「──いや、違うぞ!!」

 誰だろうか。
 そんな、聞くだけでも希望が湧くような言葉を発したのは。
 またくだらないボケか、と心が諦めるよりも前に、誰もが反射的にそんな希望の一声を頼ってしまう。

「──」

 ダブルが振り向くと、それは佐倉杏子であった。
 ──全員が、ほぼ同時に杏子の方に目をやっていた。

 一体、フィリップにさえ何も浮かばないのに、どんな秘策があるのかと思った。
 そして、ダブルは、彼女が今、手に持っている物体に視線を落としたのだった。

「杏子……それは……」

720変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:20:50 ID:GU7jrFVA0

 ──見れば、杏子の手では、「何か」が強い輝きを放っているのである。
 今度の希望は、決して良牙のようなくだらないボケではなさそうだ。
 彼女は、良牙と違う。場を白けさせるボケはしない。
 真っ赤な光を輝かせるその物体から、誰しもの耳へと「音」が運ばれて来た。


「そうだ……まだ手がある……!!」


 どっくん……。どっくん……。
 普段から、どこに行っても鳴り響いているはずの音──。

 そう──“鼓動”。
 杏子の手にあったのは、まるで心臓のような血の鼓動だった。だが、心臓を持っているのではなく、鼓動を手に持っている。
 それを見て、各々の頭に浮かぶのは、あの忘却の海レーテで見たウルトラマンのエナジーコアに酷似した物体である。

 そして、杏子自身は、あの時──彼女自身がデュナミストであった時に感じたエボルトラスターの鼓動を重ねていた。
 あの時に、自分がデュナミストをやっていたから──だから、それが自分の切り札だとわかったのだ。



 杏子の手に握られているのは──



「あたしのソウルジェムだ……!! こいつが……光ってる!!」



 ──そう、魔法少女のソウルジェムであった。
 今は使えないはずのこれが、久しく、彼女に反応したのである。……そして、その理由が、彼女にはすぐわかった。

 杏子は、かつて、ドブライという一人の男が教えてくれた事を思い出す。
 彼もまた、ある世界で出会った、杏子の友達の一人である。──そして、彼が最期の時、杏子に、何を告げようと……何を託そうとしたのか。
 その言葉が、再び杏子の胸に聞こえた。



──……杏子よ。君のソウルジェムが……光が……きっとまた、輝く時が来る……その光で、ベリアルを、きっと倒してくれ……──



 それから、今度は、自分のソウルジェムが石堀によってレーテに放り投げられ、無限の絶望の海を彷徨った時の事を思い出した。
 巴マミの尽力によって、絶望の海から再びこの世界へと還ったソウルジェムだが、その時には、強い光が彼女を包んでいたのだ──。
 その光とは、一体何か──。


「そうか……杏子のソウルジェムは、レーテに入った時に、ウルトラマンの光を少しだけ受け継いでいたんだ……!」

 翔太郎も気づいたようだ。
 杏子のソウルジェムは、確かに闇の力に染まって、魔法少女へと変身させる機能を捨てた。だが、決して闇の力だけを吸収して動かなくなったわけではない。

 もう一つの力──ウルトラマンの、光の力がそこに宿り、二つの力が葛藤したから機能を停止したのだ。
 ウルトラマンノアの力は今、二つに分かたれている。
 その内の片方が、あの時からずっと杏子のソウルジェムに宿っていたのだという事。

 そして──

「ああ、それが今、呼び合ってるんだ……!!」

721変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:22:10 ID:GU7jrFVA0

 それは、キュアムーンライトのプリキュアの種と、ダークプリキュアが持つプリキュアの種が強く反応し合うように──元々一つだった者の欠片と欠片が呼び合う仕組みになっていた。
 未来を予知できたノアが、スパークドールズとなった時の為に残した予防線に違いない。
 ノアは、杏子と美希の絆を信じたのだ。

「……みんな」

 何故──ノアが今になって呼び合おうとしているのか。
 その理由も、彼女にはわかる。

「美希が……あいつが、ウルトラマンを見つけてくれたんだよ……!!」

 杏子は、ソウルジェムを高く掲げ、叫んだ。
 ガイアセイバーズの視線は、そのソウルジェムに視線を注いだ。










「──来てくれ、ウルトラマン!! あたしたちはここにいる!!」












722変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:24:07 ID:GU7jrFVA0



 ────祈りとともに、空が光った。

 銀色の翼の戦士、ウルトラマンノア──。
 彼は、自らの力を注ぎ込んだ杏子のソウルジェムに反応し、彼らの居場所を即座に探知したのである。自らが復活した時、彼女たちの居場所を探る為に残した力だ。

「シャァッ──!」

 感応している。
 そして、自分を呼んでいる──。
 ノアは、すぐにそれに気が付いた。

「ついて来いってのかよ……! 速すぎるぜ……!!」

 ゼロも、ノアから授かったノアイージスを使って、銀色の流星の軌跡を追った。
 しかし、測定不能レベルの速度で飛行するウルトラマンノアは、ゼロが容易に追いつける相手ではなかった。
 彼の後に残った光の後だけを、彼らは辿っている。
 ノアとは、実体がない存在なのではないか、とさえ思う。ウルトラマンノアは、本当に生物なのだろうか。
 それでも──彼が味方で、自分たちが、敵の場所に近づいているのがよくわかった。



 ────その時、ノアと同化する孤門一輝の意思が、彼らの耳に届いた。



『美希ちゃん、ゼロ……君たちは、向こうへ……!』

 それは、声だけだったが、どうやらリアルタイムで届いているテレパシーのような意思だと気づいた。

723変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:25:15 ID:GU7jrFVA0
 確かに、温和な孤門の声だ。
 だが、何故、この時になって別の場所に向かわせようとするのか、美希にはすぐに理解する事ができなかった。
 確かに、リーダーである彼の指示に従うのが道理だが。

『え……!? 何故ですか……!?』
『君には、もう一人、救うべき相手が残っているはずだ……!』

 と──孤門にそう言われた時、美希は、思わず自分が忘れかけていた大事な事に気づく。
 自分が助けなければならない仲間は、ベリアルと共にはいないのだ。

『シフォン……!』

 ベリアルが貯蓄したFUKOの力と共にあるはずだ──。
 ラブと、祈里と、せつなと……みんなで育てた、あの子。

 円らな瞳の赤ん坊、シフォン。

 インフィニティのメモリと呼ばれている、美希のもう一人の仲間。
 彼女を、支配の力ではなく、再び、ただの一人の子供として、自由を与えたい。
 それが、プリキュアとしての彼女の使命だ──。

 美希は、ゆっくりと頷く。

『わかりました!』
「──よし、さっさと助けて、加勢してやるぜ!」

 ……目の前には、地球を模した青い星があった。
 その星こそが、ノアが辿り着いた場所。
 銀色の流星が、消えていった場所。
 そして、ついこの間まで、自分たちが戦っていた場所。
 やっとたどり着いた……。


 この星に──。







 ────震!!!!!!


「シャアッ……!!」


 杏子たちのもとに、ウルトラマンノアが土埃をあげて舞い降りたのは、その直後の事であった。
 ──大地が打ち震え、一瞬だけ、強風が吹いた。
 しかし、誰もがそれを浴びて、ただノアの姿を見上げていた。
 その姿を見上げながら、どこか安心してそれぞれが頷き、杏子が言った。


「来た……──ウルトラマン!!」


 銀色の羽を持つ、光の戦士。
 カイザーベリアルでさえも恐れた、伝説のウルトラマンが、今、杏子たちの前に再び現れている。
 そして、そのウルトラマンの正体は、彼らの仲間であり、リーダーである孤門一輝に違いなかった。


『────みんな……遅くなって、ごめん!』


 孤門の声が、それを見上げる者たちの脳裏に響いた。
 それは、ウルトラマンノアというよりも、孤門一輝という一人の男にも見えた。
 カイザーベリアルも、目の前に再び現れたウルトラマンノアの姿に、僅かながら息を飲んだようだ。

724変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:27:14 ID:GU7jrFVA0
 彼の力でさえも及ぶかわからない強敵──それが、ノア。
 しかし、やはり……こんな敵を、ベリアルは待っていたような気がする。

「まったく……遅いぜ、本当に! ヒヤヒヤさせんな!」

 絶狼が茶化すように言う。
 しかし、カイザーベリアルを眼前にした彼が、とにかくこの男の到着を待っていたのもまた事実だ。
 それに──今のところ、死傷者は出ていない。
 孤門が遅れたせいで死んだ仲間は一人としておらず、むしろ、彼が来たのは丁度良いタイミングであったと言えよう。

「……ここにいる私たちは、みんな無事です!! 孤門さん!!」

 そこにヴィヴィオの姿があった事に、孤門は少し目を丸くした。
 レイジングハートが既にいるので、ダミーメモリによって体だけ形作っているのでない事はすぐにわかった。
 悪戯としては少々悪質であるから──おそらく、そこにいるのはヴィヴィオ本人だ。

『生きていたんだ……ヴィヴィオちゃん……!』

 ノアは、そんなヴィヴィオに向けて頷いた。
 それから、すぐに、カイザーベリアルの方を向いた。

「……──」

 彼は、確かに待っていた。
 自分と同じ土俵で戦う、別の敵を──。
 しかし──ノアは、些かカイザーベリアルよりも実力が上回る存在でもある。
 どちらが勝つのか──それは、カイザーベリアルにもわからない。
 スパークドールズ化ではなく、もう一つの秘策も持ち合わせていたが、それよりも……まずは、自分だけの力で小手調べをしようとした。



『────ああ……!! みんな、一緒に戦おう!!』



 ウルトラマンノアが──孤門が、地上の仲間たちに呼びかける。
 見上げる彼らは、きょとんとした顔だった。

「俺たちが……」
「一緒に……?」

 一緒に戦う……と。
 しかし、今の自分たちには、カイザーベリアルと戦えるだけの力があるだろうか。この大きさでいる限り──。
 そんな彼らの内心の疑問に答えるように、意識を飛ばす。

『共に肩を並べて困難に打ち勝てる絆……それを持つ者みんなが、「光」なんだ。
 僕達の間に絆がある限り……みんな、最後まで一緒に戦える──!!』

 地上にいた者たちは、皆、呆然とした。
 全員でウルトラマンと同化するという事なのだろうか。
 それが可能だというのか──。


「──そうだ……! あたしたちなら出来る!!
 みんな……あたしのソウルジェムに手を──!!」


 しかし、杏子が、いち早く孤門の言葉を理解し、そこにいる全員に呼びかけた。
 それと同時に、戸惑っていた誰しもが彼女の言っている事を、納得したようだ。
 このソウルジェムには、ウルトラマンの光が注ぎ込まれている──このソウルジェムに向けて力を発すれば、全員がウルトラマンになれる。

 人間はみな、自分自身の力で光になれる──。
 かつて、世界中の人々の力を借りて、邪神ガタノゾーアと決戦したウルトラマンがいた。
 それと同じに……決して、ウルトラマンは一人だけが変身する物ではないのだ。

「……ああ! わかった!」

725変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:28:29 ID:GU7jrFVA0

 仮面ライダーダブルが。
 高町ヴィヴィオが。
 レイジングハート・エクセリオンが。
 超光戦士シャンゼリオンが。
 キュアブロッサムが。
 仮面ライダーエターナルが。
 銀牙騎士絶狼が。



「────いくぞ、みんな!!」



 杏子のソウルジェムに、手を重ねた。
 八人が、それを強く握りしめると、八人の体は、次の瞬間、一つの光となり、ソウルジェムの光の中に吸い込まれていく──。
 本当に……本当に、彼らの間に芽生えた絆は、今、光となったのだ。

「絆……」

 ここにいる者たち……それぞれの出自は違う。
 しかし、こうして出会い、互いが絆を結び、育んできた。
 ウルトラマンネクサスや、ウルトラマンノアと共に戦う時も、誰か一人だけの力で戦うわけではない……。

「──ネクサス!!」

 そして、ソウルジェムは、空へと飛来し、ウルトラマンノアの胸のエナジーコアへと帰っていった。
 ノアの全身に、ソウルジェムに注いだ力が再び灯る。
 それは、更なるエネルギーの上昇を意味していた。



「────勝負だ!! カイザーベリアル!!」
「────勝負だ!! ウルトラマンノア!!」



 ノアとベリアルは向き合った。
 お互いに、同じ意識を飛ばし合う──。

 戦いがあった島の上で、二つの巨体は、最後の戦いを始めようとしていた。





726変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:29:45 ID:GU7jrFVA0




















































嘘(六分割目から七分割目へ)

727変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:32:34 ID:GU7jrFVA0



 ゼロの目の前には、巨大な支配力の塔がそびえたっていた。塔は円筒状であり、見る限り横幅はウルトラマンの何倍もある。だが、その左右の端が視えるだけマシであった。
 その塔の上には、「果て」という物がない。勿論、厳密にはどこか途切れる場所があるはずなのだが、やはり宇宙に続く軌道エレベーターのように伸びており、ウルトラマンの視力が見つめてもその高さを計る事は出来ないのである。
 かつて支配者メビウスが貯蓄したエネルギーの比ではないほどの力が溜められたタンクは、カイザーベリアルがこの殺し合いで積み重ねた物の結晶だ。

「すげえな……こいつは」

 ゼロもそれを見て息を飲んだ。
 彼らの前にあるのは、その塔の「根」であった。ウルトラマンが数十人集って輪を作ってようやく収まるほどの外周だが、それでもこの果てなき塔を支えるには小さい塔……。
 だが、それが脆さでもある。根元から崩すのは難しくはなさそうだ。

 そして、この巨大なシステムを司る「核」が、妖精シフォンだった。ウルトラマンゼロの視力は、根のあたりに埋め込まれているシフォンの全容を捉える事には成功している。
 何せ、その周囲が完全なる荒野で、見えている物といえば、永久に水かさを増し続けるそのFUKOのタワーだけなのである。

 ゼロは、飛行をやめ、滞空した。
 その塔の数千メートル手前で、塔の根元にいる小さなパンダの赤ん坊のような生物を見て、自分の中の「美希」にその情報を伝達した。
 意識を送られた美希は、それを見て、再三の確認のように頷いた。

「シフォン……!」

 今、自分たちが見つけるべき対象こと、シフォンは目の前に居るのだ。
 シフォンは今、悲しんでいる。──世界を支配する為に、自らの存在が道具として利用されている事に……。
 その想いが、今、遠くで、シフォンの隈のような両目から流れ出ているような気がした。かつても、こうしてメビウスによって利用された彼女を……再び、誰かが利用している。
 彼女にシフォンの姿をしっかりと見せ、安心させた所で、ゼロは、シフォンを助けるべく、素早く空を駆けた。今からは四の五の言うよりも、やはり体を動かし、一刻も早くシフォンを救うべきだと判ずるのは当然だ。
 だが。

「ん……?」

 彼らが飛翔していると、遥か前方で砂の中が不気味に蠢いた。やはり、一面の砂漠の中、FUKOのエネルギーが野ざらしという訳でもなかったのだろう。
 砂漠がむくむくと山を作り出していく。どうやら、砂の中二何かが潜り込んでいるらしい。
 まるで蟻地獄の正反対で、空が砂に削られていくようだった。
 そこから何が現れるのは、ゼロは微かに動揺した。

「──!?」

 次の瞬間──その中から全身を晒したのは、あの仮面ライダー1号や2号と同じように、飛蝗の顔をした「仮面ライダー」の姿である。
 だが、よく見れば、やはり1号や2号などの旧式仮面ライダーとは決定的に違う外形であった。

「──仮面ライダー……じゃない……!?」
「強い憎しみに溢れた姿……これは一体……!」

 そう、その全身は真っ赤な業火に包まれており、仮面ライダーたちと……いや、このウルトラマンゼロと比しても巨大な姿をしているのだ。──それが何者なのかは、ゼロにも美希にもわからない。
 直後に、それは、数百メートルまで肉薄したゼロに向けて、自ら、野太い声で名乗りを上げたのだった。

『フン。現れたか、ウルトラマンゼロ。──……我が名は仮面ライダーコア』

 仮面ライダーコア。
 それが、彼の名前であった。ある時空においては、仮面ライダーダブルと仮面ライダーオーズの二人のライダーによって倒された、「仮面ライダーの悲しみ」の結晶こそ、この怪物の正体である。
 だが、今回の彼は、ただそれだけの存在ではなかったらしい。

728変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:33:20 ID:GU7jrFVA0

『仮面ライダーやウルトラマン、プリキュア……あらゆる変身者たちの悲しみから生まれた究極の戦士にして、このタワーの番人──』

 つまり──この殺し合いや、外世界における、あらゆる戦士の悲しみを吸収し、500m以上の巨大な仮面ライダーとなった彼の姿なのである。コアは、戦士の悲しみが深いほどに強くなっていく仮面ライダーだ。
 それゆえ、ほとんど大きさはゼロの十倍であり、この巨大なタワーを任される番人としてはうってつけの存在であった。もしかすれば、その出自から考えるに、彼もまたFUKOのエネルギーを借りて作られた存在なのかもしれない。
 だが、コアを前にもゼロは臆する事がなく進み続けた。

「そうか──……わかったから、そこを退け! お前に構ってる暇はない!!」

 ゼロは、全くスピードを変える事も止める事もなく、ウルトラマンノアより受けた鎧「ウルティメイトイージス」を、右腕に装着する弓として展開する。
 この世界でも、やはりウルトラマンノアはゼロに力を貸し、そして、今、ゼロに再び力を与えているのである。ノアとゼロとの出会いもまた、運命的であるとも言えた。

『フン……無駄だ。全ての戦士の絶望を最大限に吸収した我が身に勝てる力など──』

 ゼロが滑空しながら、ウルティメイトイージスにエネルギーを充填する。
 これから射出するのは、イージスそのものだ。イージスを高速回転させて相手にぶつける技──ファイナルウルティメイトゼロである。
 そして、仮面ライダーコアの服部に向けて勢いよく発射するのだった。



「そういうのが……──しゃらくせえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーッッ!!!!!!」



 そんな叫び声の大きさは、イージスの発射音にも勝った。
 イージスは、高速で回転しながらコアに向けて飛んでいく。それは、コアの目に追いきれないスピードで肥大化し、コアのベルトの部分に勢いよく叩きつけられた。
 ──彼の体に、巨大な風穴が開く。
 コアがダメージを感じるよりも早く、まるで手慣れた猛獣の火の輪潜りのように、ゼロが飛び去って行った。

『がっ……』

 それは、一瞬の出来事だった。
 自らの体の内を通過された後で、コアは痛みを覚え──そして、自らが一瞬で敗北した事実を知った。

『何だとォォォ……!!』

 ゼロの体に、ウルティメイトイージスが鎧として装着されている。彼は、自らが発した武具と、いつの間にか再同化したのであった。
 しかし、その矛先が向けられたのは、仮面ライダーコアの方ではなかった。
 何故なら──次の瞬間には、仮面ライダーコアは、大きく音を立てて前のめりに倒れ込んでいったからだ。大地は大きく揺れた事であろうが、その大陸は、見渡す限り無人の荒野でしかなかった。

『バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………』

 ただ虚しく、倒れた音が響くのみだ。
 最強の敵もまた、それを超える存在には無力である。

「──よし、美希! すぐにシフォンを助けるぞ!」
「オッケー!」

 ゼロと美希の頭からは、既に敵の事など消え去っている。彼らが行うべきは、目の前の物体の破壊と、そして、シフォンの救出だ。
 ゼロの手からは、次の瞬間、白銀の長剣ウルティメイトゼロソードが出現し、伸縮自在の光が真っ直ぐ、目の前の塔に向けられた。
 それは、黒く濁った目の前のタンクの真横で数百メートルまで伸びていく。
 これが次の瞬間には左方向に向けて振るわれ、塔を破壊するのは明白だった。

「うおおおりゃあああああああッッ!!!!」

729変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:34:01 ID:GU7jrFVA0

 まさしく、その通りに──ゼロは、ウルティメイトゼロソードを凪いだ。光が物体をすり抜けるように、ウルティメイトゼロソードは塔を抉り取る。
 塔の切断面は、まるで自らが切断した事実に気づかなかったように止まった。崩れるより先に液体が零れ、それからまたそれに引きつけられるようにしてゆっくりと塔が傾いた。
 上と下に、真っ二つに分かれた塔は、更に、二度、三度と×印を描くようにウルティメイトソードの刃を受ける事になる。

「もういっちょっ!!」

 そして、切断面で、怪獣の爆発のように何かが爆ぜたかと思うと、次の瞬間には、真横に雪崩れ込むようにして欠片が落ちた。
 何もなかった荒野を洪水が包んでいく。
 宇宙の果てまで届いていたはずの巨大な塔は、そのまま、この星の半分に影──即ち、夜を作り上げる。

『何故だ……この私が──』

 膨大なFUKOの海の中に没しながら、コアはまだ自らの一瞬での敗北を信じられないように言った。
 しかし、ゼロのあまりの破天荒で派手なやり方に、コアはむしろ諦観したように、一瞬の夜を見上げるばかりだった。
 半身が波に飲まれ、顔だけが水の上に浮わついていたコアの目の前で、ゼロが滞空する。

「──聞いとけ、なんとかコア。悲しみや、絶望如きが俺たちの希望に勝とうなんざ、二万年早えぜ!!」
「って言っても、二万年後に挑んでも無駄だけどね!」

 ゼロは、次の瞬間、青い光となって、その波の向こうにいるはずのシフォンを探して、飛び込んだ。コアの視界からは、一瞬で消えてしまった。
 コアは、そんな彼らの言葉を耳にしながら、最早何の感慨も抱く事なく、FUKOの渦に沈んでいく。彼らの返答が、コアにとって敗北の理由として納得のいくものであったのかはわからない。
 ただ、ゆっくりとコアはもはや希望に敗退し、消えゆく定めでしかなかった。
 希望の弱点が絶望であり、絶望の弱点もまた希望であるという矛盾した事実に苛まれながら……。

「そうだ! そんな事より……」

 その真横で、ゼロたちはより早く、深くへと荒波の向こうへと進んでいた。

「──シフォン!!」

 塔の底部のシステムと融合しているシフォンが波に流される事はなかった。
 システムの崩壊によって、インフィニティメモリとしての機能が失われたシフォンは、正気を取り戻し、円らな瞳で、ウルトラマンゼロの巨体を真っ直ぐ見つめる。
 彼女は自らの持つ特異な能力で身体の周囲にだけ結界を張り、まるで空に浮くシャボン玉に包まれるようにして身を守っていた。
 ゼロが邪心のある存在でない事や、ゼロの中にある美希の姿もまた、シフォンはその能力で感じ取ったようである。

「ぷいきゃー!!」

 まだ拙い赤子の言葉で、シフォンはそう感嘆する。
 彼女がどの程度事情を理解しているかはわからないが、ひとまずゼロは黙って彼女に向かって頷いた。それは、どこか神秘的なノアにも少し近く、ゼロ生来の若さと裏腹な落ち着きさえ感じさせた事だろう。
 一方、ゼロの中の美希が、シフォンに向けて、クールな普段とはこれまた裏腹な喜びと安心を叫び出した。本来なら我が子のように抱きしめたいところであったが、事実、ゼロと同化状態にある美希にはそれが出来ない。

「シフォン!!」
「みきー♪」
「良かった……!!」

 しかし、まるでその時、美希はゼロの身体の中から心だけ抜け出して、シフォンの身体を包む事に成功したような気分であった。
 シフォンもまた、誰かのぬくもりを全身に感じたような気がした。──ずっと待っていた助けが来た安心感が、シフォンの心を灯したのだろう。
 その一瞬は、長かった。

「──」

730変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:36:31 ID:GU7jrFVA0

 ……気づけば、ゼロの銀色の掌の上に、小さなシフォンが乗っている。ゼロと同化しているはずの美希が、その事にまったく気づかなかったのだ。シフォンと再会できた喜びに我を忘れていた証であるとも言えた。
 ゼロは、優しくその掌を包み、再び空に向けて飛び上がった。水の抵抗を強く受けながらも、空に向けて抜け出そうと這い上がっていく。その手の中では、シフォンは、突然地上に出る水圧を一切受けなかった。

「ふぅ!」

 空へと戻る。
 まるでプールで遊びきった子供のように、ゼロは空の上でそう言うが、真下は凄惨たる有様だ。──当然である。
 空の上まで高く聳えていた塔が殆ど根元から崩れたのだ。それは、先端や大気圏外の物はほとんど根元の崩壊を知って、それそのものが壊死するように自壊して消えていったようだが、空気に晒されている物は残骸として落ち、FUKOは液体として荒波を立てている。

「……で、美希。どうすんだ、これ」
「私に訊かないでよ!!」

 このままでは、この星そのものが崩壊だというレベルだ。
 後先考えない破壊行為が、やはり後先になって響くのは当然であった。
 殺し合いが行われた星とはいえ、しかし、ここにはまだ戦っている仲間がいるのである。このまま崩壊させてしまうわけにはいかない。

「みき!」
「ん? シフォン、何?」
「きゅあー」

 さて、そんな時、困り果てて空の上に立ちすくむゼロたちに向けて、救いの声が上がった。
 ゼロと美希の様子を察したシフォンが、自らの能力を使ったのだ。

「きゅあきゅあぷりっぷー!!」

 すると、ゼロの前で、ウルトラマンでさえ持ちえない神秘の力が発動した。──美希にとってみれば、これもそう珍しい物ではない。
 だが、ゼロにとっては、それはかなり新鮮な光景である。
 ──シフォンの超能力により、なんと、そのFUKOの洪水は、一斉に空へと飛び上がっていったのだ。それは重力を一切無視して宇宙に向けて放たれ、まるで自ら意思を持つようにして、水のない荒野の星に向けて旅立って行く。
 そうして、この地球に残った支配の残骸たちが、こうして一瞬にして片づいてしまったのである。
 周囲をシフォンのバリアに包まれたゼロは、自らの手の届く場所全体で、FUKOが空へと逆流していく光景を見ることになった。

「マジかよ……こいつ、何でもありじゃねえか!」

 流石のゼロでさえも唖然とする。
 ……だが、考えてみればそれは、人知を超える超能力を持つ「怪獣」たちにも似ているのだ。地球にもかつて、こうした怪獣の赤ん坊や子供が何体か確認されており、宇宙にはウルトラマンでさえ持ちえない超能力を使う怪獣が数えきれないほど生息している。
 そして、これまでゼロたちの宇宙で知られていなかったとはいえ、シフォンもまた「怪獣」に分類する事が出来る生物の一体なのではないかと、ゼロは少し思った。
 勿論、それは、心優しい怪獣たちの一人としてだが──。

「──……まあいっか。一件落着だ、そしたら、さっさと行くぞ、美希!」
「ええ!!」
「ぷいぷー!!」

 自分たちの仕事が一区切りついたとはいえ、これで終わりではない。
 そう、まだ諸悪の根源カイザーベリアルと、美希の仲間との戦いは続いているのだ。
 ゼロは再び、空へと旅立つのだった。



【シフォン@フレッシュプリキュア! 救出】







 ドン──!!

 これは、塔が崩れ堕ちる音ではなかった。──星一つを挟んだ反対側で行われている、巨人と巨人の戦いが齎した音である。

731変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:37:23 ID:GU7jrFVA0
 これは、まだ巨塔が崩れるより少し前の時間の戦いなのだから。

「シュッ!!」

 ウルトラマンノアの鋭いパンチが、カイザーベリアルの腹の上に叩きこまれる。
 超重力波動を炸裂させながら、ノア・パンチがカイザーベリアルの腹部を抉る。
 それを受けたカイザーベリアルの体は、ダメージを受けたというよりも、まるでバランスを崩したように後方に大きくよろめいた。
 少し腹を抑える。──が、次の瞬間には攻撃体勢へと移っていた。

「おぉら──ッ!!!」

 ベリアルも負けてはいない。
 後ろにバランスを崩しながらも、右脚を大きく上げて、ノアの腹部に、同じように豪快なキックを叩きこんだ。彼自身の身体も大きく揺れる。
 どこかスローモーションにも見えるが、だからこそ、その脚には重さが籠っていた。彼の体重や体格が、鈍く重い一撃を敵に与える力に代わっているのである。
 ノアたれども、打撃を受けて無事には済まない。

「クッ……!!」

 痛みは、その中にある戦士たちにも伝った。
 それに加えて、更に──味を占めたように、ベリアルはその腕を振るいあげる。

「フッハッハッ……!!!」

 巨大な爪がノアの頭上に叩きつけられる。実に鋭利なその爪が叩きつけられるという事は、出刃包丁で殴りつける攻撃とほとんど同義である。
 彼らの耐久性を人間の硬度でたとえれば、それは致命傷にもなりうると言えるだろう。
 ノアも当然ながら、脳が揺れるような痛みを覚え、身体を休めるように数歩後退する。しかし、代打はいない。休んでいてもベリアルは続けて攻撃するに違いない。

『──くそっ! やっぱり強え!!』

 左翔太郎の意識が、ノアの中で苦渋を舐めた。
 ノアも──その中にいる彼らも、攻撃の手ごたえを殆ど感じていない。
 これまでに蓄積された人々の絶望を全て貪るようにして強くなったベリアルは、既にダークザギさえも上回る実力を獲得しているのだ。

「フン、こいつがゼロと戦う為に強くなった俺様の力さ……ッッ!!
 そして、俺はこの力で全てのウルトラ戦士を倒し、神さえも超えるのだ──ッッ!!!!」

 そう、かつて、カイザーベリアルは、ウルトラマンゼロに敗北し、肉体を失った亡霊と化した。そして、怨念の鎧カイザーダークネスを纏う事でゼロを圧倒し、彼の仲間を次々と葬り去ったのである。
 だが、結局はまたゼロに敗れた。
 幸いにも、ゼロが巻き戻した時間の中でこうして肉体を取り戻し、全宇宙の支配を実行していたのだが──よもや、ウルトラマンノアなどという強敵と戦う事になるとは、彼も思わなかっただろう。
 しかしながら、その伝説の戦士さえも圧倒する程に己が力が高まっているという事実を実感し、ベリアルは内心歓喜もしていた。
 ゼロと再び戦えるというだけでなく、神とさえ崇められるノアと戦わせてもらえるとは──。

『何故だ、ベリアル……! お前はウルトラマンなんじゃないのか……!!』

 零の意識が、ノアを通してベリアルへと語る。
 かつて見た、暗黒の魔戒騎士とも、自らとも、そして鋼牙とさえも重なる「暗黒に落ちた戦士」を前に、そう問わずにはいられなかったのかもしれない。
 ベリアルは、零の言葉に全く耳を貸す事もなく、両手を十字に組み、そこから赤黒いエネルギーを発射した。

「──フンッ、俺にそんな言葉は無駄だァッ!!」

 デスシウム光線──!

 ウルトラ戦士たちが発射するスペシウム光線や、それに似た攻撃を、邪に染まったデスシムの力で発射する一撃である。
 デスシウム光線は、真っ直ぐな光としてウルトラマンノアに向けて放たれた。
 ベリアルもまた、元々はウルトラマンである──こんな芸当が出来るのは当然として、もう一つ、ウルトラ戦士らしい「的」を選択するまでも早かった。
 ウルトラマンノアの胸に輝くエナジーコアを狙い撃つ。

732変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:37:59 ID:GU7jrFVA0
 これは、まだ巨塔が崩れるより少し前の時間の戦いなのだから。

「シュッ!!」

 ウルトラマンノアの鋭いパンチが、カイザーベリアルの腹の上に叩きこまれる。
 超重力波動を炸裂させながら、ノア・パンチがカイザーベリアルの腹部を抉る。
 それを受けたカイザーベリアルの体は、ダメージを受けたというよりも、まるでバランスを崩したように後方に大きくよろめいた。
 少し腹を抑える。──が、次の瞬間には攻撃体勢へと移っていた。

「おぉら──ッ!!!」

 ベリアルも負けてはいない。
 後ろにバランスを崩しながらも、右脚を大きく上げて、ノアの腹部に、同じように豪快なキックを叩きこんだ。彼自身の身体も大きく揺れる。
 どこかスローモーションにも見えるが、だからこそ、その脚には重さが籠っていた。彼の体重や体格が、鈍く重い一撃を敵に与える力に代わっているのである。
 ノアたれども、打撃を受けて無事には済まない。

「クッ……!!」

 痛みは、その中にある戦士たちにも伝った。
 それに加えて、更に──味を占めたように、ベリアルはその腕を振るいあげる。

「フッハッハッ……!!!」

 巨大な爪がノアの頭上に叩きつけられる。実に鋭利なその爪が叩きつけられるという事は、出刃包丁で殴りつける攻撃とほとんど同義である。
 彼らの耐久性を人間の硬度でたとえれば、それは致命傷にもなりうると言えるだろう。
 ノアも当然ながら、脳が揺れるような痛みを覚え、身体を休めるように数歩後退する。しかし、代打はいない。休んでいてもベリアルは続けて攻撃するに違いない。

『──くそっ! やっぱり強え!!』

 左翔太郎の意識が、ノアの中で苦渋を舐めた。
 ノアも──その中にいる彼らも、攻撃の手ごたえを殆ど感じていない。
 これまでに蓄積された人々の絶望を全て貪るようにして強くなったベリアルは、既にダークザギさえも上回る実力を獲得しているのだ。

「フン、こいつがゼロと戦う為に強くなった俺様の力さ……ッッ!!
 そして、俺はこの力で全てのウルトラ戦士を倒し、神さえも超えるのだ──ッッ!!!!」

 そう、かつて、カイザーベリアルは、ウルトラマンゼロに敗北し、肉体を失った亡霊と化した。そして、怨念の鎧カイザーダークネスを纏う事でゼロを圧倒し、彼の仲間を次々と葬り去ったのである。
 だが、結局はまたゼロに敗れた。
 幸いにも、ゼロが巻き戻した時間の中でこうして肉体を取り戻し、全宇宙の支配を実行していたのだが──よもや、ウルトラマンノアなどという強敵と戦う事になるとは、彼も思わなかっただろう。
 しかしながら、その伝説の戦士さえも圧倒する程に己が力が高まっているという事実を実感し、ベリアルは内心歓喜もしていた。
 ゼロと再び戦えるというだけでなく、神とさえ崇められるノアと戦わせてもらえるとは──。

『何故だ、ベリアル……! お前はウルトラマンなんじゃないのか……!!』

 零の意識が、ノアを通してベリアルへと語る。
 かつて見た、暗黒の魔戒騎士とも、自らとも、そして鋼牙とさえも重なる「暗黒に落ちた戦士」を前に、そう問わずにはいられなかったのかもしれない。
 ベリアルは、零の言葉に全く耳を貸す事もなく、両手を十字に組み、そこから赤黒いエネルギーを発射した。

「──フンッ、俺にそんな言葉は無駄だァッ!!」

 デスシウム光線──!

 ウルトラ戦士たちが発射するスペシウム光線や、それに似た攻撃を、邪に染まったデスシムの力で発射する一撃である。
 デスシウム光線は、真っ直ぐな光としてウルトラマンノアに向けて放たれた。
 ベリアルもまた、元々はウルトラマンである──こんな芸当が出来るのは当然として、もう一つ、ウルトラ戦士らしい「的」を選択するまでも早かった。
 ウルトラマンノアの胸に輝くエナジーコアを狙い撃つ。

733変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:38:30 ID:GU7jrFVA0



↑間違えて同じの二個投下しました、すみません。

734変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:40:02 ID:GU7jrFVA0

『ぐああああああーーーーっっ!!』

 見事に、エナジーコアに向けてデスシウム光線が命中し、彼が放った光線の最後尾まで余す事なくウルトラマンノアの胸にダメージを与える。
 全ての力の源にして、ウルトラマンの最大の急所である。
 ノアの身体は大きく揺れ、周囲を巨大な土埃が包み込んだ。
 カイザーベリアルは、砂埃に包まれたノアにまで悪戯に追い打ちをかけるつもりはないらしい。

『──くっ、強すぎます!』
『ノアの力でも敵わないなんて……! 予想外だ……!!』

 ノアのエナジーコアはデスシウムの膨大な熱量を受けて煙をあげる。
 オーバーヒートだ。この場所への直撃は手痛い。
 だが、それでもノアの中にいる彼らは、立ち上がろうとする。

「その程度か……? 失望したぜ、ウルトラマンノア!!」

 カイザーベリアルは、ニタリと笑い、爪を光らせながら言った。
 確かに、互角以上の力がある筈だというのに、今、ノアはカイザーベリアルに押され気味の状態だった。
 何故、ここまでの劣勢がいきなりノアを襲ったのか──その答えを、孤門一輝が悟り、同化する他の全員に向けて伝えた。

『いや……僕達には、まだ、力が足りないんだ。
 あと一人──美希ちゃんの力が……!』

 あらゆる参加者の想いを結集させた黄金の光を纏っているとはいえ、生きている蒼乃美希だけがこのノアには足りなかった。
 ピースが埋まっていないパズルのように、中途半端なまま戦っているのだ。
 全員が揃ってこそ、絆は真の絆となる。誰かが欠けてはならない。──それならば、美希を抜かしたまま、「絆」を語らう事は、偽りに過ぎないのだ。
 彼は今、ウルトラマンゼロと融合して、こちらに向かっている。
 そう、ゼロと美希──二人がいてこそ、ノアは本当の力を発揮出来るようになる、筈なのだ。







『──ゼロ! 急いで!』

 ゼロが空を飛んでいる最中、美希はまるで鞭を打つように言った。
 当のウルトラマンゼロは、これでも十二分に急いでいるつもりであったが、美希が急にそんな事を言い出したのは些か不思議に思った。
 空を飛びながら、ゼロは問うた。

「どうした、美希?」
『なんだかわからないけど、みんなに呼ばれている気がするの……』

 虫の報せという程でもないが、今、仲間たちの声を聞いた気がする。
 おそらく──仲間たちが助けを求める声が。
 それは只の不安から来る物ではなく、もっと超常的な思念が、美希の意識のもとへと確かに届いてきたような物であるように感じた。
 今、仲間たちが何をしているのかが薄々わかる。
 彼らは、今、ウルトラマンノアと一つになって、カイザーベリアルと戦っているに違いないのだ。

「そうは言っても、これでも全力で飛ばしてるんだぜ!」
『それでも急いで!』

 美希がそうしてゼロの中で焦燥感を募らせてのを、どうやら、シフォンが悟ったようだった。美希が何やら困っているらしい事には少し眉を顰めたが、それを置いて、すぐに呪文の言葉を唱えた。
 先ほどと、同じ呪文を。

「んー……きゅあきゅあぷりっぷー!!」

 それは、シフォンの持つ魔法を発動する一言だった。

735変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:41:27 ID:GU7jrFVA0

「ん……?」

 と、その呪文の声と共に、ゼロは自らの中で何かが抜け落ち、変わったような感覚に陥った。──そう、一瞬だけは「違和感」だった。

「なんか、こう……身体が軽くなったような……って、あーっ!!」

 しかし、それが次の瞬間に、何が消えてなくなったのかを知らせる「確信」へと変わったのだった。
 ゼロは一度、空中で立ち止まり、自らの掌の中にいる小さな赤ん坊を見下ろした。

「──こら、おまえっ!! 美希だけ先に送りやがったな!!」
「きゅあー!」

 そう言って、嬉しそうに両手を挙げて喜ぶシフォン。
 シフォンは、つまるところ、ゼロの中の美希を、遥か彼方で戦うノアの下に「テレポート」させたのである。

 やはり、こうして止まっても、心の中から美希の文句は聞こえないので、ゼロのご明察という所だろう。
 どうせなら、ゼロも纏めてベリアルのもとに飛ばしてくれれば良かったものだが、シフォンに力が足りなかったのか、それとも、美希にだけ懐いていたからなのか、とにかくゼロとシフォンだけがこの場に置いていかれてしまったらしい。
 しかし、このシフォンという赤ん坊も大した物である。
 まさか、ウルトラマンと同化している人間を、別の場所にテレポートさせてしまうなどとは──。

「ったく……しゃあねえなあ! でも、抜け駆けはさせねえぜ!
 俺もすぐにそっちに行ってやる──待ってな、ベリアル!!」

 とはいえ、ゼロも飲み込みは早い方であった。
 すぐさま、再飛行を始め、青い風へと変わっていく。掌の中で感嘆するシフォンを時に見下ろしながら──彼は、ベリアルとの戦いへと赴いた。







 ウルトラマンノアとして戦う彼らの中に、一筋の光が転送された。
 仮にもし、ウルトラマンの中が侍巨人シンケンオーのように複数の座席を持つコクピットだったならば、空いている一席に、誰かが現れたような物だろう。

「──おまたせっ!」

 そして、それは、まぎれもない美希だった。
 ウルトラマンノアと同化する孤門たちは、その瞬間、確かにノアの中に美希が入ったのを感じた。まるで隣にいて戦っているかのような安心感が湧きあがってくる。
 声がノアの中に聞こえた時、真っ先に、佐倉杏子がそれを確認する。

「美希!?」

 全員、唖然としていた。
 こうしてウルトラマンノアとしての意識の中に、何の前触れもなく突然に美希が現れたのだ。──強いて言えば、孤門が呼んだからであろうか。
 しかし、そんな事で至極あっさりとウルトラマンに同化できるものではない。
 何故に彼女が現れたのか、それぞれ少し頭の中で疑問を沸かせたが、やはりすぐに、細かい事を気にかけるのはやめた。

「遅くなったわね……えーっと、これまでは」

 美希は、ここまでの事情を順序よく説明しようとする。殺し合いが終わってからの数日間、他の仲間は一緒にいたと考えられるが、美希だけは別行動を取る形になっていた。
 ましてや、こうしてそれぞれが集合しているからには、別行動を取っていて遅くなったのは自分と孤門だけだと思っても仕方が無い。やや言い訳っぽくもなってしまうが、遅れた理由を説明しようとしていた。

 しかし、それを話せば当然長くなる。
 今置かれている状況を忘れつつあるのは、敵よりも味方の事をまず真っ先に考えてしまったからであると言えるだろう。

736変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:42:37 ID:GU7jrFVA0
 そんな美希の話を、杏子が横から中断させる。

「──まったく。そんなもん説明しなくたっていいよ。ウルトラマンといたんだろ?」
「え、ええ」
「話は帰ったら聞く。──そんな事より、今は、目の前の敵と戦うんだよ!」

 美希が目の前を見ると、そこには、黒い身体と赤いマントの、およそウルトラマンとは言い難い怪物が立っていた。
 M78星雲・光の国で、ウルトラ兄弟や他のウルトラ族を見た美希の眼にも、それはウルトラマンと呼ばれる星人達には見えなかった。
 真っ先に思い出したのは、殺し合いの最終日に見た巨大な怪物──美希自身が生み出してしまったといえる、あのダークザギ。
 美希は眉を顰める。

「あれが……ベリアル!」
「ああ、やるぞ、美希。あいつを倒して、世界を救う」
「わかってるわ。そう──」
「──完璧に、な!」

 ウルトラマンノアのパワーは、その時、無限大のエネルギーを伴って、最大レベルまで上昇した。同化している人間たちの絆と希望が最大限にまで達した時、ウルトラマンノアのエネルギーもまた最大限に引き上げられるのだ。
 ここに美希が現れ、共に手と手を繋いだ生還者たちが一つとなり──そして、「ガイアセイバーズ」となった変わり者たちの絆は、ウルトラマンノアを最強の戦士へと変える。
 孤門一輝が、二人の様子を見ながら、ノアに新たなる戦士の称号を与えた。



「これが本当の絆──ウルトラマン……いや、仮面ライダー、プリキュア、魔法少女、テッカマン、魔戒騎士、超光戦士、スーパー戦隊……みんなの、ガイアセイバーズ・ノア!!」







『がんばれ……ウルトラマン!!』
『行けぇっ!! 仮面ライダー!!』
『がんばれぇっ、プリキュア!!』

 絆だけではない。世界中から集ってくる声援の力が、ノアのパワーを強くしている。
 支配の力は、塔を崩す前にも既に衰えを見せており──そして、遂にその最後の一歩すらも消え去ったのである。
 それは、時空を超えた声援や希望をそのまま力に変えるノアにとっては、ベリアルを前に圧倒的優位に戦える状況を作り出していた。
 世界中の誰もが声援を送る。

「そうだ、地上のみんな、ミラクルライトをもっと振るんだ!」

 インキュベーターが配布したミラクルライトもまた、地上を照らしていく。
 ピンチだった「ウルトラマンノア」の中にいるキュアブロッサムや佐倉杏子を応援する為であったが──いやはや、この応援の心そのものが、彼らにエネルギーを与えているのである。
 そこには、もはやプリキュアであるか否かなど関係ない。

 かつて、ウルトラマンや仮面ライダーに救われた者たち。
 かつて、どこかで彼らの与えた夢を貰った子供たち。
 かつて、その夢を拾い上げて、新たなるヒーローとなっていった者たち。

 その四十年、五十年……そして、これから百年以上にも渡るであろう歴史が、世界中の人間の絶望を溶かし、希望へと変えて行く。

「さあ、血祭ドウコク! 君も、もっと元気よく振って!」

 ……と、インキュベーターの現在地を伝え忘れていたが、ここは六門船の中である。
 生還者であるものの、戦いには行かなかったドウコクに向けて、ミラクルライトを渡したインキュベーターは、彼にも応援をさせようとしていたのだ。
 しかし、流石に業を煮やしたドウコクは、インキュベーターから預かったミラクルライトを三途の川へと、叩きつけるように放り投げた。

「──振れるかっ!」





737名無しさん:2015/12/31(木) 21:43:40 ID:/WtNr2/U0
支援

738変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:43:45 ID:GU7jrFVA0



「ハァァァァァァァァァ……」

 ウルトラマンの姿を模していたノアは、美希が融合した次の瞬間、エナジーコアへと最大までエネルギーを充填する。
 全宇宙から、時間、空間、善悪の垣根さえも超えてノアに向けられていくエネルギーは、もはやノアという超人の持つ常識さえも覆すカタチを作り上げていた。
 ガイアセイバーズ・ノアは、その身体を金色に光らせる。
 その全身さえも包み込むほどの猛烈な光が、ノアの銀色の光を塗り替えていった──そして。

「────シュアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 溢れんばかりのエネルギーを、叫びとともに吸収した時、その身体は、金色の暖かい光に包まれたグリッダーノアへと変身していた。
 かつて、ある地球を救ったウルトラマンティガや、別の地球で超ウルトラ8兄弟の身体を輝かせた、人々の想いの金。
 あるいは、死者たちの想いとロストロギアを身に着けた彼らもまた、先ほどまで金色の戦士へと変貌していたのである。
 それを一身に受けた戦士は、これまでよりも巨大な絆の戦士となっていた。

「金色……だとッ!?」

 そう──その色を見た時、ベリアルも微かにだけ、狼狽えた。
 かつて、ウルトラマンゼロがシャイニングウルトラマンゼロへと変身した時と同じ光の色は、敵の強化を確かに感じさせたからだ。だとすると、この「金色の光」は、ベリアルへの警告であり、挑戦なのかもしれない。
 カイザーベリアルは、その背に装着した赤いマントを自ら脱ぎ捨てる。

「──面白い……それでこそ、楽しみ甲斐がある!!」

 ベリアルの周囲で、彼のエネルギーを感じ取った地面が何か所も爆発する。
 土が吹きあがり、再びさらさらと地面に叩きつけられていく。
 そして、彼は、喉の底から吼えた。



「──ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」



 その雄叫びは、遠い空の向こうまで響くほどである。
 カイザーベリアルのエネルギーは、一瞬ながら、グリッダーノアを怯ませようとした。
 しかし、ノアと同化している者たちの強い意志が、そんな恐れを乗り越える勇気となる。

『──諦めるな!』

 孤門一輝の掲げた強い意志が、それぞれの表情を硬くする。
 ここにいる者たちは頷きあい、カイザーベリアルとの本当の最後の決戦の中で──自らが勝つという確信を抱いた。
 グリッダーノアは、強く右の拳を握りしめた。

「おおおおおおらァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」

 カイザーベリアルは、その爪を光らせて駆けだす。
 グリッダーノアは、その場で悠然と──まるでベリアルの攻撃を待つように──立ち構えていた。

「ハァッ!!」

 ベリアルはグリッダーノアへと肉薄し、寸前で走行の勢いを落とすと、その巨大な爪をノアの横顔に叩きつけようとした。
 しかし、ノアはゆっくりと頭を下げて、それを避ける。

「オラッ!!」

 前から、ベリアルの足がノアの腹を蹴り飛ばそうとした。
 しかし、ノアは後方に向けて宙返りして、それをまたも避けてしまう。

739変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:45:41 ID:GU7jrFVA0

「──喰らえッッ!!!」

 距離が遠のいたならば、と、デスシウム光線が発射される。
 ノアは両手をエナジーコアの前で組んで、両腕でデスシウム光線を受ける。
 前方から押し出してくるエネルギーに、ノアも少しは踏ん張るが、すぐに、両腕を思い切り開いて、デスシウムを霧散させる。
 そして、右腕を前に突き出し、左腕を顔の後ろで曲げ、構えた。

「ハァッ!!!!」

 カイザーベリアルのあらゆる攻撃は、全てグリッダーノアには効かない、と。
 そんな自信に満ちたポーズ。
 人々が信じるに値する、無敵の超人の姿であった。



 ──ドシンッ!!



 と。

 そんな時、更にそこに金色のウルトラマンが空から振りかかって来る。
 それは、まさしく青きウルトラマン──ウルトラマンゼロだった。
 グリッダーノアとウルトラマンゼロが隣に並び合い、お互いの目を見合って、頷く。
 カイザーベリアルも、そこにゼロが現れた事に驚きを隠せなかったようだ。

「貴様は……ゼロッ!!」
「悪いな、ノア、それにベリアル……遅くなった!!」

 ゼロは、丁寧にも、敵であるベリアルにもまた詫びるように言った。
 しかし、それは挑発的でもあり、あるいは扇動的な言葉でもあるかもしれない。
 自らの最大の敵が、おそらく自分を待っていたという事を見越したのだろう。

「──さあ、行こうぜ、ノア!!」
「……シュッ!!」

 ゼロの呼びかけに、ノアが頷いた。
 そして。

「きゅあきゅあぷりっぷー!!」

 次の瞬間──シフォンの祈りと共に、ゼロのもとにも人々の祈りの力が注がれていく。
 ベリアルの長年の宿敵であったウルトラマン、ゼロ。
 彼にもまた、何度でもベリアルとの決着をつけさせるべく、大量のエネルギーが力を貸す。
 そこに現れたのは──金と銀の二つの輝きを持つ戦士、シャイニングウルトラマンゼロだった。
 そう、かつて一度、ベリアルを葬った事もある姿だった。
 しかし、ベリアルは肉体を取り戻してあの時よりも強くなっている──故に、もはや、彼らより強くなった事を証明する為に、構えるのみだった。
 ──ベリアルは両掌を、それぞれの戦士に向けた。

「ふん……二人に増えようが無駄な事だ、デスシウム光線──!!」

 なんと、デスシウム光線を両手から放つという荒業を使おうとしているのである。
 ゼロを倒し、全宇宙を手に入れる為に使用できるようになった技だ。
 結果的に、ゼロを前に使う事は出来ないだろうと踏んでいたが、まさか使う機会に恵まれるとは──と、ベリアルは少し思っていた。

「──シャイニングエメリウムスラッシュ!!!!」
『──ライトニング・ノア!!!!』

 対して、負けじと二人のウルトラマンが、それぞれの最強の光線を、向かい来るデスシウム光線へと放った。
 光線のエネルギーは殆ど拮抗し、二つの光線がそれぞれ、ギリギリのところでぶつかり合う激戦を演出していた。





740変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:46:43 ID:GU7jrFVA0
正義はなんだダイナな分割終了

































































第八分割目へ

741変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:48:49 ID:GU7jrFVA0



 ──……ここは?



 ──ここは、どこだ……?



 ──俺は……俺は、一体、どこにいるんだ……?



 ──そうか……ここは……



 ──ここは、……宇宙か……



 ──この俺が、かつて守ろうとした宇宙……



 ──いや……違うか……



 ──俺が、滅ぼそうとした宇宙だ……



 ──だが、俺は……何故、ここに、こうして……







「──くっ……こんな所まで飛ばしやがって……」

 ウルトラマンノアとシャイニングウルトラマンゼロの二人の戦士の光線を同時に受けたベリアルは、最後まで自らの光線のエネルギーを緩めなかった。
 結果、カイザーベリアルは、あの島を──そして、星を離れ、空から星を見下ろす宇宙まで飛ばされていたのだ。
 一面が真っ暗な闇で、そこはあまりにも孤独に満ち溢れていた。
 あの星以外には、どこにも生命などない……。
 そして、ただ一つ生命があるあの星の命もまた、カイザーベリアルは滅ぼそうとしているのだ。

 ──だが、それで良い。
 ベリアルより才に満ち溢れ、幸せに恵まれたケンやゼロ──邪魔な物は全て消え去り、ベリアルはこの全宇宙で最強の存在となる。

「フフフフフフ……フッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!」

 宇宙から見下ろせば、あの星に浮かぶ小さな島など豆粒同然である。これまでの長い殺し合いも、最早、全宇宙の中のちっぽけな死に過ぎない。
 その上にいるシャイニングウルトラマンゼロとウルトラマンノアの輝きだけが、どこか美しく地上にあった。
 宇宙から地上を見下ろして「星」が輝いているというのは、なかなか面白い逆転現象であった。
 ……それは、ベリアルの視力だからこそ、辛うじて見える物でったが。
 ベリアルは、満月を背にしながら、それを、笑いながら見下ろしていた。

 ──俺様の勝ちだ。

742変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:50:40 ID:GU7jrFVA0

 ベリアルは、この時、そう思っていた。
 確かに、二人のウルトラマンの光線はあまりに強く、地上から吹き飛ばされ、こんな所まで来てしまった。その意味では、地上でのせめぎ合いは敗北と言って良く、今のままベリアルが戦っても勝ち目はなかっただろう。
 しかし、エネルギー合戦での敗北──それは、却って幸いだったのだ。

「だが……ノア、ゼロ……俺様をここまで飛ばしてくれてありがとよ……!!」

 この宇宙には、確かに生命はない。
 だが、──死んだ者の魂がある「怪獣墓場」が存在する事もあり、斃された邪悪の魂が行きつく先は常に宇宙であった。
 怪獣として宇宙を漂う、敗者。
 この場において、その邪悪なる魂がひときわ強く、そして、何より、そんな怪獣たちと同じ世界で生きてきた戦士の邪悪な霊が居るとすれば──そう。

 そこには、彼の邪心が残っていた──!



「────ダークザギッ!! ここで敗れたお前の力、借りるぜ!!」



 ここは、ダークザギの魂が浮遊している場所だったのである──!
 宇宙の果て、こんな場所にダークザギの怨念が残っているとは、ベリアルにとっても嬉しい誤算、そして最高の奇跡である。
 かつて、ペリュドラとして怪獣たちの怨念と同化したベリアルにとっては、怪獣との同化が齎すパワーアップも充分に心得られている。

 ゼロとノア──たとえ、あの二人のウルトラマンであっても、ダークザギとカイザーベリアルが融合した戦士には敵うまい。
 カイザーベリアルは、その身にダークザギの怨念を取り込もうとする。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 叫びあげ、全身にダークザギの怨念を取り込んでいったベリアル。
 その身体は少しずつ変質し、ベリアルらしい形を失っていった──しかし。

 実際の所、試みは、ほぼ成功と言えた。
 ダークザギの怨念は、ダークファウストやダークメフィスト、それから、この殺し合い以前に信じ行くに出現したビースト・ザ・ワンの力さえも加えて、カイザーベリアルの鎧へと変じ、変わった。
 エネルギーをかなり消耗したはずだったカイザーベリアルの身体は、再びエネルギーをその身に宿し、自らの名を高らかに叫んだ。

「──そう、これが……」

 最後の変身を遂げたカイザーベリアルが叫ぶ、その名は──





「──ダークルシフェルだ!!!!」





 ダークルシフェル。
 それは、未だドキュメントにない幻の怪物の名であった。
 禍々しい黒の怪物に、浮きでた血管のような赤いラインが迸った、伝説のスペースビースト──それがルシフェル。だが、その能力は元々、ダークザギよりも遥かに高いと言われていた。
 その両肩から巨大な羽根を生やすと、再び、あの星へとダークルシフェル──カイザーベリアルは降り立とうとする。
 その速度は、ベリアルのこれまでの物から格段に挙がっている。

「ゼロ……それに、ガイアセイバーズ……!! 今度こそ貴様らの最後の時だ!!」





743変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:52:20 ID:GU7jrFVA0



「ダークルシフェル……だと!?」

 ウルトラマンゼロが、空を見上げながら驚愕した。
 これまで、あらゆる宇宙でまだその名前こそ確認されていたものの、絶対に姿を現さなかった怪物──それが、ダークルシフェル。
 既にこの世界にはルシフェルは存在しえないとさえ思われていた。
 だが、最強のウルティメイト・ダークザギと最強のダークウルトラマン・カイザーベリアルが融合する事によって、ルシフェルが再臨しようとしているのである。
 それはまさしく、悪夢の出来事であった。

「──大丈夫だ」

 だが、ふと、ノアの中で、誰かが声にして言った。

「敵がどんなに強くても、決して僕達は諦めない!!」

 それは、孤門一輝である。
 彼は、島に降り立とうとする怪物を強固な瞳でにらみつけ、迎え打とうとしている。
 それは決して、敵の強さを甘く見ているからではない。

「ああ、やってやる──アイツがどこまで強くなろうと、最後に俺達が笑ってやる!!」

 響良牙も。

「むしろ、相手が強いなら、こっちも強くなるだけだから!!」

 高町ヴィヴィオも。

「アイツを倒して、俺も絶対決め台詞を言ってやるぜ!!」

 涼村暁も。

「最後まで人間を守り抜くのが、俺たちの使命だ!!」

 涼邑零も。

「世界に新しい記憶を刻んでいく僕達を、誰も止める事なんてできない!!」

 フィリップも。

「そう、希望が私たちにある限り、私たちは負けない!!」

 蒼乃美希も。

「私たちはこの戦いを変えるんです!!」

 花咲つぼみも。

「私たちが正しいと思う未来の為に……!!」

 レイジングハート・エクセリオンも。

「人間の、全ての生き物たちの、自由と平和の為に……俺たちはお前を倒す!!」

 左翔太郎も。

「──見てな、最高に変わってるだろ……あたしたち!!」

 佐倉杏子も。

 ここにいる誰もが、これから戦うべき相手に、恐れもせず、怯みもしない。
 ウルトラマンゼロは、そんな人々の姿をじっと眺めていた。
 彼自身の決意もまた、ダークルシフェルを前に怯む事はなかったが、それでも──そんな人々の姿を、ゼロはいつまでも見たいと思った。
 そして、彼は決意する。

「──ああ、そう来なくっちゃな!! 俺も最後まで、お前たちと一緒に戦うぜ!!」

744名無しさん:2015/12/31(木) 21:52:53 ID:eUbTBGsM0
グリッ「タ」ー

745変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:54:32 ID:GU7jrFVA0
>>744
トモダチハ、タベモノー♪

746変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:55:01 ID:GU7jrFVA0

 そう、彼らと共に戦う事をだ。
 ウルトラマンゼロが、小さな光の球となり、ガイアセイバーズ・ノアのエナジーコアへと場所を移した。
 ウルトラマン同士が融合する──その経験は、かつて一度、ハイパーゼットンとの戦いでも試みた事であった。

「──よっしゃ、いくぜ!!」

 しかし、ノアの姿は全く、変わらない。
 それだけのノアの力が絶大であるという事でもあり、それは既にガイアセイバーズという戦士の総体としての姿であるという事でもあった。
 ゼロもそれを受け入れた。
 シャイニングウルトラマンゼロを取りこんだノアは、更にその力を増す──これまでに見た事のない未知の力の戦士へと、“変わる”。







 ダークルシフェルは、その羽根を広げながら、地上に降り立った。
 それは、さながら堕天使が空から降りてくるようだった。
 それと同時に、空は深い闇に包まれ、先ほどまでの白夜の空は、まるで消え去ってしまったかのようだった。

「キシャァァァァァァァァァァァァァァウーーーーーーッ」

 ホラーのような怪物にも似ていた。
 しかし、その中からカイザーベリアルの意識が消えているというわけではない。
 確実にカイザーベリアルの意思を持ちながら、絶大な力が自らの中にある確信を持って、ガイアセイバーズ・ノアと戦おうとする怪物だった。
 羽根を地上で大きく広げる──その姿を見て、ノアも構える。

「──みんな……僕たちも、変身するんだ!!」

 フィリップが叫んだ。
 全員が、フィリップの声に納得して、無言で頷き、ダークルシフェルとの戦いを始めようとしていた。

「──ハアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 再び、グリッダー化した時のように、ノアの身体は金色の光を放っていく。
 これ以上光り輝く事などないはずのノアは、それでも尚、自らの姿を進化させようと──いや。
 その全身を丸ごと包んだ金色の光の中で、ノアは──想いを通じて別の戦士へと“変身”しようとしていた。
 そして、その光が次の瞬間、脱皮するようにして一瞬で解き放たれていく。


「ハァッ!! ──」


 ──そこにあった姿は。


「仮面ライダー──!!」

 仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーゴールドエクストリーム!
 かつて、風都タワーにて、世界中の人間を全て死者兵士ネクロオーバーへと変えようとした仮面ライダーエターナルとの決戦の際、初めて仮面ライダーダブルが変身した金色の姿であった。
 ノアはここで戦う全てのデュナミストたちの想いを全て受け入れ、その姿に変身を果たしたのである。
 ノアイージスは、風車のような六つの羽根へと姿を変え、ノアの中にいる左翔太郎とフィリップがその指先をカイザールシフェルへと向ける。

「仮面ライダー……だと!?」

 巨大な一筋の風が吹き、ノアを攻撃しようと歩み出たルシフェルの身体を止めた。

747変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:56:11 ID:GU7jrFVA0



「悪の化身、カイザーベリアル、いや……ダークルシフェル!!」
「僕達は、最後までお前と戦う……!!」



 ────さあ、お前の罪を数えろ!!!!!!!!!!!



 ダークルシフェルとさえも並ぶ巨体でそう叫んだノア・ダブル。
 巨体でウルトラマンのように構え、ルシフェルとの戦闘を続けようとするノア・ダブルの姿に、ルシフェルもまた驚きを隠せずにいた。

 高い声で鳴くような雄叫びを上げた。
 ウルトラマンノアの能力や奇跡は幾つも聞いているが、しかし、まさかその姿を仮面ライダーに変える事まで出来るとは──。
 しかし、そんな事でルシフェルの戦意は微塵も削がれない。

「──フンッ、戦いの勝者には、罪なんてねえんだよッッッ!!!」

 ルシフェルは、その両翼で風を払い、敢然とノア・ダブルに向かっていった。
 地面が揺れ、怪獣と化したベリアルが襲い掛かって来る。
 その拳が固く握られている──。

「なら来いよっ! 罪を罪と思わない奴らは、俺たちが罰を与える!」

 ノア・ダブルもまた、真っ向から攻撃を仕掛けてくるルシフェルに向かって身体を揺らして駆け出し、その右拳を固く握った。
 共に、敵を打擲しようと、立ち向かうノア・ダブルとルシフェル。

 その距離がゼロに縮まった時──ノア・ダブルの右拳が、ルシフェルの拳よりも先に、敵の胸元へと叩きつけられた。

「グアッ……!!」

 クロスカウンターとなりかけたルシフェルの右拳がノア・ダブルへと届く前に、ノア・ダブルの右拳の膨大なエネルギーがルシフェルを数百メートル吹き飛ばす。
 空を泳いだルシフェルの身体は、そのまま地面に叩きつけられる。

「何ッッ……!!」

 一瞬の攻防であった。
 ダークルシフェルは地面を泳ぐようにして再び身体を立て直すが、そんなダークルシフェルの前には、既にノアが距離を縮めている。
 ──ノアは、既にダブルから別の姿へと変身していた。

「ハァァァァッ!!」
『五代、一条──……力を借りる! みんなの笑顔を守る為に──!!』

 それは、仮面ライダークウガ ライジングアルティメットフォームである。
 記録上では五代雄介が一度も変身していないが──しかし、アマダムが再現できる仮面ライダークウガの限界の姿。
 かつて、ン・ダグバ・ゼバとの決戦で涙を流した五代のように──この暴力に涙を流したのは誰だっただろうか。
 優勢であれ、誰かは心の中で涙を流しながら、ダークルシフェルに一撃を叩きつけた。

「おおりゃあああああああッッッ!!!!」

 ルシフェルは耐える。
 今度は先ほどのように、こちらが強い勢いを出していない為、ガードをすれば吹き飛ばされる事はなかった。
 しかし、ルシフェルの中には重たい電撃の一撃と、先ほどの攻撃の残留ダメージが合わさり、かなりの負荷がかかっていた。

「……ッ!! ハァァァァァァァーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 ダークルシフェルの咥内から、膨大な空気の嵐がノア・クウガに向けて吐き出された。
 彼の吐き出す空気は邪気に塗れ、小さな爆弾を散りばめたように空中で爆ぜた。

「くっ……──」

748変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:58:46 ID:GU7jrFVA0

 ノア・クウガも少し怯み、右腕で身体を隠すように仰け反りながら、後方へと倒れかける。
 しかし、バランスを取り戻し、ルシフェルの放った邪悪な風を、そのまま胸部のアマダムで吸収していった。
 アマダムが徐々に回転し、だんだんとその姿を、最初の仮面ライダーが使っていたタイフーンへと変えて行った。

『ライダーの真骨頂は、クウガとダブルだけじゃない!!』
「──トォォォォォッ!!!」

 仮面ライダー新1号。
 飛蝗の改造人間にして、人間の自由と平和を守り続けた伝説の仮面ライダーの姿が、ここに顕現する。

 マフラーをなびかせ、仮面ライダーはダークルシフェルの肩にチョップを叩きこみ、更に胸部に向けてパンチを叩きこむ。
 元祖にして、最強の仮面ライダーの一撃は、ダークルシフェルの身体を、更に後方にまで吹き飛ばしていく。

「ぐっ……!!」

 ダークルシフェルが転がった所に向けて、巨大なノア・仮面ライダーは身体を揺らしながら、駆けだしていった。
 ダークルシフェルの瞳に見えたのは、一人の仮面ライダーが向かい来る姿ではなかった。彼と並び、合流しようとするように、その両脇から現れる二人の仮面ライダーの影。
 それは、先ほど自らに一撃ずつ与えた、仮面ライダークウガと仮面ライダーダブルの姿に他ならなかった。

 仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーエクストリーム。
 仮面ライダークウガ ライジングアルティメットフォーム。
 仮面ライダー新1号。
 三つの仮面ライダーの姿が重なり、飛び上がる。



 ──そして。



「──ライダァァァァァァァァキィィィィィィィィィィィック!!!!!」



 ライダーキック。
 数々の敵を葬って来た、仮面ライダー最強の必殺技が、ダークルシフェルに向けて降り立って来ようとしていたのである。
 それは、さながら流星を描くようにして、ダークルシフェルの頭部に激突する。
 電流を頭に受けたような強い衝撃が、ダークルシフェルを襲った。

「ぐっ……ぐあああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!」

 全身に電流の光を浮かばせたまま、ダークルシフェルは雄叫びをあげる。
 ダークルシフェルへと進化したというのに、能力はむしろ──低まっているという実感が、カイザーベリアルとしての彼の中には在った。
 彼の周囲は、ライダーキックのエネルギーを受けて燃え上がり、ダークルシフェルが生きているのはむしろ奇跡とも言えるシチュエーションを作り上げている。

「──なっ……一体、何故が……どうなってやがるッ!!?」

 ルシフェルは蠢きながら、考えた。──確かにノアは強いが、それだけではない。
 今の自分の出せる実力は、先ほどまでよりもむしろ劣化しているという実感が、ベリアルの中には湧いている。
 しかし、その疑問の答えが返って来るより前に、ノアは更なる変身を遂げる。

『──Dボゥイ!! 相羽タカヤ、力を貸してくれ……!!』
「──ブラスターテッカマン!!」

 ブラスターテッカマンブレード。
 自分の記憶さえも引き換えにして、ラダムたちと──己の家族たちと戦い続ける道を選び続けた宇宙の騎士の姿を、借りる。
 彼ら……相羽一家やモロトフの力を借りて、ブラスター化を許された巨大なノアは、そのエネルギーを充填する。

749変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:59:45 ID:GU7jrFVA0

「──ブラスター・ボルテッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 ブラスターボルテッカの灼熱が一斉にダークルシフェルへと押し寄せた。
 それは、雪崩のようにルシフェルの身体を一斉に包み隠してしまう。
 それでも、ルシフェルはまだ、その尋常ならざる耐久性と能力によって、まだ立ち上がっていた。



『あたしたちの絆……!! 力を貸してくれ、黄金の風を起こす為に……!!』
「魔法少女──!!」
 ──来たる絶望のワルプルギスの夜に、宇宙の因果さえも捻じ曲げる願いを叶えた少女の姿を、象った。


『鋼牙……!! 俺は、お前が伝えた使命を忘れない……陰我を断ち切る!!』
「黄金騎士──!!」
 ──ホラーの始祖メシアを倒す為に、守りし者と英霊の想いを受けて姿を変えた翼の牙狼の姿を、象った。


『ラブ、ブッキー、せつな……!! あなたたちの遺した想い、私が受け取る……!!』
「スーパープリキュア──!!」
 ──たくさんの人々の希望をミラクルライトで受けたプリキュアがブラックホールを浄化する姿を、象った。


「全侍合体──!!」
 ──人々の想いが込められた折神たちが全て集った、最強の侍巨人の姿を、象った。



 全てのノアは、次々にダークルシフェルを押していく。
 ノアはルシフェルから一撃も受けず、また、ルシフェルがそれらの攻撃で倒れる事も遂に無かった。
 そのあまりの優勢に、人々は大きな希望を取り戻していく。
 そして、それによってルシフェルは更に弱くなり、ノアは更に強くなっていく。そんな悪循環の中でルシフェルは、萎れながらも戦い続けていた。
 彼の内の野望は、簡単に消える物ではない。
 しかし、最早、その戦闘力の格差と、これから起きる結果は、歴然であった──。

「──シュッ!!」

 ノアは、まだ無傷で構え続けていた。
 まだいくらでも変身が出来る──変わり続ける事が出来る。
 そして、戦える。
 ダークルシフェルと化したカイザーベリアルの反撃にも、どこまでも持ちこたえる事が出来る──と。

「何故だ……何故、ルシフェルになった俺様をこんなにも簡単に超えやがるッ……!!」

 しかし、ベリアルにはそれが決して納得できなかった。
 何故、ノアやゼロに自らが勝てないのか──と。

「……まさか」

 だが、戦士たちの最強の必殺技を身に受け、体から煙をあげて、尚立ち上がろうとするベリアルは、この長時間の戦闘によってか、内心の疑問が少しずつ氷解していくのを感じてもいた。
 慣れ始めた戦闘でこそ、ようやく、「ダークルシフェル」という力そのものの弱点を強く理解し始めたようであった。
 なるほど──ベリアルは、悟る。

「──……そうか、貴様かァァァァァァ!!!」

 一体、何が今のベリアルを邪魔しているのか──その事に、ベリアルは、ようやく、気が付いたのだった。
 先ほどまでの自分と大きく違う性質を持つ力、それは一つだ。
 ダークルシフェルになる前には無かった物が邪魔しているという回答が殆ど正しいと言えるだろう。
 だとすれば、それは──

750変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:01:04 ID:GU7jrFVA0



「──ダークザギィィィッ……!! 貴様が俺様の邪魔をォォォォォォ!!」



 そう──宇宙で新たに得たダークザギの邪念と魂に違いなかった。
 それが、カイザーベリアルを拒絶し、今、カイザーベリアルの肉体を弱体化させようと、パワーをセーブしていたのだ。
 ノア・ダブルとの戦闘時、クロスカウンターにさえならなかったのもまた、他ならぬザギの邪魔立てのせいであり、ダークルシフェルとして知らず知らずの内にカイザーベリアルの身体を乗っ取っていたザギの意志である。
 その名前を大声で叫んだベリアルに、ノアも微かに動揺した。

「シュ……!?」
『ダークザギ……だって!?』

 孤門一輝は、その名を口にした。
 彼にとって、ダークザギとは、つまり、石堀光彦の名前にも直結する。
 共に戦ったナイトレイダーの隊員であり、その正体は、ずっと仲間を欺きながらスペースビーストによる暗躍を企てて来た男。
 だが、やはり──長い間の仲間意識があったのも、事実であった。
 心の内は、彼に対しても少し複雑な感情を寄せざるを得ない。ダークザギを葬ったのは、他ならぬ孤門隊員であったが。

『奴がいるのか、ザギが……!?』
『石堀さん──』

 涼村暁と、花咲つぼみがそれぞれ、憮然としながら口を開いた。
 他の全員は、唖然とした表情で、ここでダークザギの名前が出て来た事が、わけがわからないという様子であった。
 かつての強敵ダークザギが復活しようとしている、という事なのかと。
 些か戦慄しながら、僅かな時間は過ぎ去った。

 ──そして、やがて、口を閉ざしていたはずの死者・ザギが答えた。

『ようやくわかったか……ベリアル!』

 ……ダークルシフェルの中から聞こえた声は、石堀光彦の声に他ならない。
 やはり、その口調はダークザギとしての歪んだ、人の物とは思えない声質を伴っていた。
 不死の存在であり、情報因子から再生──憑依する事が出来るダークザギにとっては、あの一度の死など大きな物ではない。
 むしろ、怨念という立派な情報因子を取りこんだというのが大きなミスであった。
 ──ダークルシフェルとして融合した時に、ダークザギの情報が修復されてもおかしな話ではないのである。

「貴様……何故、俺様の邪魔をするッ!! 絶望の勝利って奴が見たくねえのかッ!」

 ダークルシフェルの、まるで一人芝居のような怒り。
 その場にいる全員は勿論、外の世界にまで響き渡っている、ベリアルとザギとの対話である。しかし、傍目には、ダークルシフェルは自分自身、ただ一人で喋り続けているようにしか見えなかっただろう。
 ダークルシフェルの中にも、ノアと同じように複数の戦士が融合しており、お互いに分裂を興そうとしているのだった。

『──俺は何者にも利用されない……!!
 貴様に利用されるくらいならば、ダークルシフェルなど、消し去ってくれる……!!』

 彼の中の「ダークザギ」が、再びベリアルに答えた。
 それが本心からの言葉であるのかは、結局のところ、誰にもわからない事だった。
 ダークザギの情報因子は、ダークルシフェルとして、ベリアルの身体を逆に乗っ取り、その自由を奪っていく。

「そうか……やはり貴様が──貴様が俺様の力をおおおッッ!!」
『──俺は全てを無に返す存在……! 貴様の力も無に返していくだけだ!!』

 そして、怒りに燃え、ダークルシフェルの姿は、アメーバが分裂するように動いた。
 それは、不自然に形を変えていった。
 ベリアルは、今、必死に形を変えて、ダークザギの妨害から逃れ、独立しようとしているのである。

751変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:02:41 ID:GU7jrFVA0

『俺を取り込もうとしたのが、運の尽きだ、ベリアル……!!』

 ダークルシフェルとしてザギと融合した時点で、カイザーベリアルにはむしろ大きなハンデを敵に与えてしまったのと同義だ。
 もし、ダークザギの意識がこのまま、完全にカイザーベリアルを乗っ取ってノアと戦う道を選んだならば、またノアとの間に生じるパワーバランスは変動したかもしれないが、ベリアルの意識が強く反映されたルシフェルには、これが限界であった。
 ザギもベリアルを完全には乗っ取れず、ベリアルもまたザギを従える事が出来ず、中途半端な力しか発揮できない──それが、ダークルシフェル。

「奴は、相棒に……仲間に、恵まれてなかった、ってわけか……」

 左翔太郎が呟いた。ダークルシフェルのそれは、仮面ライダーダブルと比べ、あまりに杜撰なコンビネーションだったと言えよう。

「……仲間っていうのは、利用するものじゃない……」
「支え合い、助け合うもの……」

 最後に頼れるのは、信じられる仲間──それは、ここにいる全員がよく知っている。
 自壊を始めようとするルシフェルをただ見送ろうとしたノアであったが、そんな時──ルシフェルから、声が発された。

『──そうだ……やれ、暁……!! そして、孤門……!!』

 ふと見れば、それは石堀の声であり──変質するルシフェルの形状は、石堀光彦の顔を象っている。

「……!?」

 彼は、わざわざ二人の男を名指しした。
 その事実に驚きながらも、涼村暁と孤門一輝は、どこか納得したように彼の瞳を見つめた。
 その表情は苦渋に満ちながらも、驚く暁と孤門に向けて頷いているように見えた。

「──石堀!?」
「石堀さん……!!」

 二人は、それをダークザギ、とは呼ばなかった。
 彼らにとって、ザギとして対峙した時間より遥か長く相手にしていた、石堀光彦という男の表情をわざわざ象った理由──それはわからない。
 しかし、その理由を何となく想像した二人は、ザギと呼ぶ事が出来なかった。

『俺が動きを封じている隙に、コイツを消せ──!!』

 彼の指示は、それだけだった。
 ただ、動かずに、ダークルシフェルの行く末を見守ろうとしていたノアに向けて、せかすようにしてそう言う。
 自分が抑え込める時間が僅かであると、そう悟ったのだろう。

「──……わかったぜ、石堀!」

 暁が、言った。
 なんだかんだで、石堀光彦といた時間は暁にとっても楽しかった……と言えなくもない。
 とんでもない奴で、大事な仲間を殺した仇でもあった。ちょっと感じてた友情みたいなものを裏切った奴でもあった。
 だが、最後の指示くらいは──聞いてやる。

『早くしろ!! こいつを、早く、無に返せッ!
 時間がない……躊躇うな……俺を誰だと思っている!!
 ────そして、貴様らは、一体、何者だ!!』

 押さえつけられる時間が僅かであるのか、彼はそう言った。
 ダークザギの持つ力を、カイザーベリアルが上回ろうとしているのである。
 急がなければ、

「──石堀隊員……こちら孤門。────了解!!」

 目の前にいるのは、ナイトレイダー兼ガイアセイバーズの石堀隊員。
 ここにいるのは、ナイトレイダー兼ガイアセイバーズの孤門隊員。
 孤門一輝は、この時──そう思っていた。

『──』

752変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:04:54 ID:GU7jrFVA0

 故に、それはナイトレイダー式の敬礼で。
 それが、ダークザギを──石堀光彦を、少し驚かせ、彼の目を見開かせた。
 しかし、孤門一輝がしようとしている事を──石堀は理解した。



『──……行け、負けるな……孤門隊長──ガイアセイバーズ!!』



 カイザーベリアルの身体を押さえつけながら、石堀は微かに微笑む。
 そして、その時であった。
 宿敵ウルトラマンノアだったものが、覚悟を決めて、再び黄金の光に身を包み、その姿を歴戦の勇士の一人の姿に、──“変身”したのであった。



「────宇宙に咲く、大輪の花!!」



 巨大な悪の浄化さえも可能とする、ハートキャッチプリキュアの最強の姿──かつて、デューンとの最終決戦で変身した、最大の浄化力を持つ最強のプリキュア・無限シルエットであった。
 まだ、ここにいる花咲つぼみにとっては、記憶の中に変身した覚えがあっても、その実感がない姿──。
 そして、彼らが望み続けている「助け合い」への変身を実現するものが、この無限シルエットという戦士──。



「無限の力と無限の愛を持つ星の瞳のプリキュア……!!
 ハートキャッチプリキュア────無限シルエット!!!!!!」



 ダークザギとカイザーベリアルをも──悪の化身をも包み込む、絶世の女神は、その拳を振り上げ、ダークルシフェルの顔面に叩きつけた。
 白いベールが揺れ、不思議と痛みのないパンチが、ダークルシフェルの闇を消し去って行く……。
 本来なら、この惑星よりも遥かに大きいはずのこの無限シルエットであるが、その心の内だけは、やはり、宇宙よりも広い愛を納めていた。



「憎しみは自分を傷つけるだけ……くらえこの愛、プリキュア──拳パンチ!!!!!!」



 それをその身に受けながら────ベリアルとザギは、浄化されていく。
 それはノアのエネルギーの全てを使い果たし、次の瞬間には全員の変身を解除させた。
 彼らの中にあった変身エネルギーの殆どが枯れ果て、中には、変身の為の道具を手に取っても変身できなくなる体質に変わってしまった者もいた。
 ──変身が解除されれば消える事になっていたフィリップもまた、この時、どこかに消えてしまった。
 戦士たちが、それぞれ、地面に転げ落ちて行く。



『石堀……お前の最後、ちょっとだけ俺たちの仲間っぽかったりしたぜ……──』



 ──ひとまず、ノアとルシフェルの戦いは、ここで終わりを告げた。





753変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:05:37 ID:GU7jrFVA0






 ──かつて、生み出された生命があった。
 星を救った英雄ウルトラマンノアの模造品。
 何故、生まれたのかもわからないまま──悪の道に堕ちたウルティノイド。










『────……ああ、……そうか……これが、俺の、本当の使命、だった、か……』










 かつて、無として消えた彼は、この時、無限シルエットの浄化力を受け、少しだけ心に満ち足りた物を感じながら、再び消滅した。







754変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:06:31 ID:GU7jrFVA0



「ウガァァァァァ……!!!」

 地上で、弱ったカイザーベリアルが吼える。
 いや、それはカイザーベリアルではなかった。
 かつてウルトラ戦士として戦った、赤と銀のアーリースタイルにまで、姿が巻き戻ったウルトラマンベリアルの姿である。

「ウウウウウウウッッ……」

 巨体を揺らし、自らにあったウルトラ戦士としての善意と、カイザーベリアルとしての悪意のせめぎ合いの中で、微かにだが、悪意が押し返そうとしているのが、今のベリアルの姿であった。
 ノア・無限シルエットの拳パンチの直撃は、ダークザギを盾にするようにして回避したが、それでもその慈愛の塊は、ベリアルに確かな葛藤を与えている。

「くっ……まだ……まだ戦うつもりなのか……あいつも……」

 変身が解除された戦士たちは、朝日が昇り始めた空をバックにしながら蠢くウルトラマンベリアルを、ぼろぼろの身体で倒れながら、見上げていた。
 これがかつてのベリアル──と、少し思いながら。

「おのれ……ダークザギィィィッ!!!!! ガイアセイバーズゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!!!! ゼロォォォォォォ……!!!!! グアアアアアアアッ……!!!!!」

 あらゆる戦士への怨念を抱きながら、まだ力を余らせているベリアル。
 たとえ、姿が戻っても、ベリアルの中に降り積もった怨念はそのままだった。ベリアルはやはり、急激に善意が湧きあがってくる反動で、微かな悪意が肥大化しようと反抗しているに過ぎないのだが──それでも、ガイアセイバーズを殺すという意志が残っている。
 ベリアルがどれだけ弱っているとしても、変身できない彼らには、もはや成す術は無かった。

「……まだ憎しみに囚われ続けるのか──ベリアル!」

 カラータイマーが鳴り響き、自らも膝をつく中で、ゼロがそう叫んだ。
 やはり彼ももう戦闘能力は残っておらず、ベリアルの怨念を振り払う事や倒す事は叶わないだろう。
 そして、何より、ここで倒してしまう事は、ベリアルに与えられた一撃──慈愛を否定してしまう事に他ならなかった。
 かつて出会ったウルトラマン、慈愛の戦士コスモスと同じ理想を、ベリアルにまで掲げようとして、そして、ここまでベリアルを葛藤させているプリキュアという戦士たちの想いを……。

「……ガイアセイバーズ、そしてゼロ……! こうなったら、貴様らも道連れだ……最後の力で貴様らもろともこの世界を潰してやるッッ!!!!」
「──!?」

 ──だが、ベリアルは無情であった。
 残っている僅かな力を右腕に充填する。そこから放った闇弾で、この地上にいる小さな人間たちを一斉に消し去ろうとしたのだ。
 勿論、これを受ければ、人間たちは一たまりもないに違いない。
 その場が戦慄した──そして、ベリアルに仇なす者の叫びがあがった。

「……くそ、なんでだよ……ベリアル!! お前だって、ウルトラマンだろォがァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!!」

 ゼロが、残り僅かな体力を振り絞り、小さな人間たちの前に立ったのである。
 それは、ウルトラ戦士として刻み込まれた、地球人を守る本能と使命の齎した結果と言っていい。──気づけばそうしてしまうのが彼らの性だった。
 それに抗う戦士は、ただ一人。──ここにいる、「ベリアル」という名のウルトラマンだけであった。

「くっ……!!」

 地球人を庇ったゼロの身体に、ベリアルの一撃が直撃する。
 ゼロの身体は大きく吹き飛ばされ、地面に落下した。

「ぐあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」
「ゼロ!!!!!」

 ゼロの巨体が大きく倒れ、大地が揺れる。シフォンを抱く美希が、ゼロに向けて絶叫する。
 しかし、今の一撃で、ベリアルも大きく体力を消耗したらしく、最充填には時間がかかりそうだ。

755変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:07:45 ID:GU7jrFVA0

「グゥッ……まだだ……次こそ貴様らを葬ってやる……!!」

 とはいえ、やはり──対抗策が無い今、次にベリアルがまた自分たちを攻撃して来れば、全員、それと同時に死ぬ事になる。
 ほとんどのメンバーの体力が尽きかけていた。

「……くっ……あと一歩だったのに……!!」

 ヴィヴィオが言って、ベリアルを見上げた。
 全員、変身が解除され、闘う術は残っていない。ヴィヴィオもクリスの力を借りられるほどの魔力が残っていない。
 変身。それが、それぞれの力を最大限に高め続けていたが、それが出来ない今となっては──と、誰もが、少し挫けかけた。

「いや」

 ────しかし。
 最後の最後で──ある一人の男が、口を開いた。

「……みんな、待ってくれ」

 そこにいたのは、響良牙である。
 全員がぼろぼろの身体と着衣で倒れこんでいる中、良牙だけは、よろよろになりながらも一人、立っていた。

「俺は……まだ何とかなる……」

 そう、彼だけは、変身をしなくても戦える。
 元々、彼にとっての変身は、むしろ戦闘能力を格段に低くする、“小豚”などへの変身である。今やそれも克服し、一人の人間として戦えるのだ。

「……だから、やってやるよ……俺が、最後に……一撃……」

 それだけではない。
 彼は、むしろ──“変身”などという物を、煩わしいとさえ思っていたのかもしれない。
 彼がこれから行う変身は、ただ一つでいい。
 たとえ、これからここにいる誰もが、一生、仮面ライダーやウルトラマンやプリキュアに変身できないとしても、

「────俺たちの、とっておきでな!」

 良牙の背を見ながら、それぞれが少し押し黙った。
 そんな時に、翔太郎が、彼の背に向けて言った。

「……今度は、信じていいんだな? 良牙……」

 先ほどの巨大化の事も忘れてはいないが、今度の良牙は先ほどよりもずっと本気に見えた。──その後ろ姿が、男の後ろ姿に見えたからだ。
 それは信頼できる男だけに許された男の背中だった。

「ああ……。元の世界のダチに教わった技が……まだ残ってるんだ──!!」

 良牙は、敵ではなく──味方の方に向き直って言った。
 それもまた、男の顔であった。友との約束を果たす為に、今、巨大な敵に立ち向かおうと言う、まさにそんな男の強い意志が作り上げている精悍な顔である。
 翔太郎は、自分が女だったら惚れちまうだろうな、などと思いながらも、笑いはせずに、彼の言葉を聞きいれた。
 誰もが──彼の言葉を耳に入れていた。
 ウルトラマンベリアルの手に、闇の波動が溜まっていった。

「俺も、こいつを必ず奴にぶつけるって約束した……まさかここでこんなチャンスが巡って来るなんて思わなかったぜ……」

 それから、良牙は、ゆっくりと、一人の少女のもとまで歩いて行った。
 そして、そこで、立ち止まり──少女の手を強く握った。

756変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:10:23 ID:GU7jrFVA0

「──……なあ、つぼみ。最後に、俺の手に、つぼみの力を分けてくれ」

 花咲つぼみ。
 これまで、長い間、響良牙とともに行動してきたプリキュアの少女。
 あらゆる戦いを共に乗り越え、共に泣いた──ここに来てから良牙が出会った中で、最も親しかった相手だ。
 今、良牙には彼女の力が必要だった。
 ムースに技を受けた時から、花咲つぼみという少女が持ち続けている感情が必要になると思っていたのだ。
 そして、それは、今や確信だったのである。

「私、ですか……?」
「きみの力が必要なんだ……。
 奴を最後に倒すのは──いや、救うのは、つぼみ……きみの力なんだ!!」

 普段の良牙は、こう言い直したりはしなかった。
 いつも、敵を倒す事ばかりを考えていた──それは、格闘家として戦い続けた男であるが故、仕方のない事かもしれない。
 だが、今、彼は、あの強敵を「救う」と言ったのだ。──つぼみと同じに。

「……」

 つぼみは、悩むというより、少し戸惑うように、良牙の目を見つめた。
 その瞳を見ていると、どこかつぼみも切ない気持ちになるが、それでも逸らす事は無かった。

 そして──つぼみは決意する。
 何が、良牙の力になるのかは、つぼみにはわからなかったが、それでも良い。
 良牙の力になれるのなら。

「どういう事かはわからないけど……わかりました」
「ありがとう、つぼみ」

 礼を言うと、良牙はつぼみの手を握ったまま、少しの間目を瞑った。
 その間、つぼみは何も考えなかった。
 ただ、二人の時間が止まり──良牙とつぼみの、これまでの戦いと日常の軌跡が、次々と頭の中に浮かんでくるだけだった。

(──)

 五代雄介の死地で墓を見舞った事。
 一条薫とつぼみと良牙の三人で行動していた間の事。
 仮面ライダーエターナルと戦い、二人のライダーの最後を見届けた時の事。
 冴島鋼牙という男の事。
 ダークプリキュアが仲間になった時の事。
 美樹さやかを救いに行こうとした時の事。
 天道あかねと戦う事になり、そしてその死を見送った時の事。

 共に戦い、共に笑い、共に泣き、成長した。

 大事な友達をなくしていく悲しみに耐えられたのは──お互いに支え合う事が出来たからに違いない。
 長い時間が過ぎ去ったような実感があった……しかし。

「ガイアセイバーズぅ……!!」

 空から、声が聞こえ、その時間は終わりを告げた。
 ウルトラマンベリアルが、次の一撃を放とうとしているのだ。──あの手が振り下ろされれば、巨大な闇が彼らを包み込むと同時に、ベリアルも、ガイアセイバーズも、誰も彼もが最後を迎える事になるだろう。

「あっ……」

 良牙の手は、戦いの為に、つぼみの手を離れた。
 その手が離れた時、不思議と、良牙とはもう会えないような……そんな気持ちがした。
 手に残ったぬくもりが冷めていく前に、良牙が叫んだ。

「──よし……見てろ、ベリアル!!」

 良牙の高らかな叫びと共に、つぼみは今の時間に引き戻される。
 この時に、こんな悪い予感がしているのは──おそらくつぼみだけだっただろう。
 誰もが良牙を信じている。
 つぼみも、良牙を信じている。──だが。



「もう上ッ面だけの変身なんざ必要ねえ……!! 俺は、このまま戦う……!!」

757変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:11:26 ID:GU7jrFVA0



 ベリアルが、闇の弾丸を地上に向けて放った。
 しかし、良牙はその前に立ったまま、まるでその闇弾に向かっていくように、地面を蹴とばして、思い切り飛び上がる──。
 その拳が、ベリアルの放った攻撃にぶつかった。
 生身の人間の身体ならば、ベリアルの攻撃を前に一瞬で蒸発しても何らおかしい事ではない。
 しかし、良牙のエネルギーは、その闇に打ち勝とうと前に押し進んでいる。

「これが、全宇宙を支配した男さえも超える、変わらない人間の力────!!!」

 そう──この拳には、つぼみから受け継いだ力があるのだから。
 彼女が──いや、乱馬も、ムースも、あかねも、良牙も。
 誰もが持っていた、想いが込められているのだから。

「俺が、乱馬や、ムースや、あかねさんや、つぼみから……仲間たちから受け継いだ、最強の必殺────!!!!!!!!!!!」







 ──元の世界に帰った良牙に、静岡の山中でムースが教えた技があった。
 その時のことを、もう一度振り返ろう。


----

 ……このままでは、たとえあの世でも、シャンプーを乱馬に取られてしまうのではないか。
 それどころか、乱馬がいなくなっても、今度は良牙がムースの前に立ちはだかってしまうのではないか。

「くっ……!」

 かつて見た、強く、何度挑んでも負けない男の姿。──目の前の良牙が、かつて、乱馬に対してムースが抱いた執着と重なってくる。
 そうなると、ムースは、どうしても、その男を殴らざるを得ない衝動にかられた。
 シャンプーは渡さん──と、何故か、良牙にさえ思う。

「それにあかねさんの事で辛いのは俺だけじゃない……。あの人たちも、俺なんかよりずっと辛いのに……それでもまだ戦おうとしてるんだ! 俺は、あの人たちにも負けるわけにはいかない……今すぐにでも行ってやるっ!」

 そして──遂に、その拳が、怒りに触れ、良牙の頬を殴った。

「この、たわけがっ! ────っ!!」

 ただのパンチではない。
 それは、この一週間、コロンとともに、ムースが鍛えて編み出した新たな気が込められたパンチである。
 暗器ではなく、修行によって得た“拳”の一撃は、的確に良牙の左の頬に叩きこまれ、彼を土産物の山の中に吹き飛ばした。

「……!?」

 頑丈な良牙が今、気づけば土産物の台や床を突き破り、地面に半分埋もれている──。
 良牙には、一体、何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
 コロンは頷き、シャンプーの父は呆然とそれを見た。──『土産物の台を突き破ったり、床を叩き潰したりしないでください』と書いてある注意書きの紙が、あまりの衝撃に剥がれた。
 良牙は、ムースを見つめ、呆然としていた。
 目を見開き、何かに興味を示した幼児のように、今のムースの攻撃を振り返る彼は、痛みなど忘れていた。


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758変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:13:28 ID:GU7jrFVA0



 ──気は、「気が重く」なれば、重い気の獅子咆哮弾を発する。
 ──気は、「強気」になれば、強い気の猛虎高飛車になる。

 つまり、気とは、使い手の感情の持ちようで形を変えていく概念である。

 さて、それでは、ムースが身に着けた気の技とは、何だったのだろうか。

 ヒントは二つ。
 あの時、ムースは、自らが愛するシャンプーの事を考えていた。
 そして、良牙は最後、強い愛情をその身に宿しているつぼみの力を借りた。



 そう──最も簡単な物だった。





 ────やっぱり、最後は、『愛』が勝つ、という事。







「喰らえええええええッッッ!!!! この『愛』……ッッッッッ!!!!!!!」



 その拳に『愛』を込め、ベリアルに向かっていく良牙。
 空に飛び上がった良牙の拳は、ベリアルの放った闇を押し返しながら空へと進み、彼の胸部に向けて肉薄した。
 勢いはとどまる事を知らない。
 ベリアルの放った光線すらも押し返そうとしている人の意志──。

「良牙さん──!!!」


 そして。


「────ガッ……!!!」


 次の瞬間、その一撃は、ベリアルの胸部のカラータイマーを砕いた。

759変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:15:41 ID:GU7jrFVA0



(おい、ムース……シャンプー……右京……乱馬……あかねさん……見てくれたか?)



「何だ……この力は……涙が……溢れる……ッ!!」



(見ろよ……おれは、乱馬を越えた……あいつよりも、ずっと強いんだぜ……!?)



「そうか……ケン……ゼロ……」



(……でも、これで俺の命は終わりだな……。
 五代、一条、大道、良……俺も最後は、ライダーらしく、笑顔で逝ってやるよ……!!)



「──……これが、貴様らの……守りし者の力……!!」



(……ごめん……あかりちゃん……こんな形で、約束破ってしまって────)



「──ぐああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」





(ありがとう……つぼみ……ここに来てからの俺の、一番の、友達……!!)






 ────直後、カイザーベリアルの身体は、周囲一帯、全てを巻き込んで、大爆発を起こした。



「良牙さああああああああああああああああああああああああああああああああああああんッッッッ!!!!!!!!!」


「良牙ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!」



 そして、そんな叫びとともに、支配と、殺し合いは全て、────終わった。



【カイザーベリアル@ウルトラシリーズ 死亡】
【GAME OVER】

【響良牙@らんま1/2 ────ETERNAL】
【残り9人】





760変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:19:35 ID:GU7jrFVA0
八分割目終了です。















































九分割目へ。

761変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:21:04 ID:GU7jrFVA0



「──……おばあちゃん、それって、やっぱり失恋だったんですか?」



「──ええ……二度ある事は、三度あるものよ。
 これが、私の三度目の失恋だったわ……。
 そして、これは、それまでで一番の失恋だったかもしれないわね」



「……」



「──そう。やっぱり。あなたも、今日失恋したのね?」



「……はい」



「……大丈夫よ。私も、おじいさんと出会って、今ではこんなに素敵な孫が出来たわ。
 失恋は、人を強くするものよ。……それにね、私と良牙さんとは、今もこれからも、ずっと友達なの」



「──でも、良牙さんって……」



「ううん、あの人は、きっとね、今も迷子になっているだけよ」



「……そうなんですか?」



「ええ。あなたもまた新しい恋をなさい。でも、あなたのその想いは、ずっと忘れてはだめよ。
 人を愛する事は、罪ではない……とても素敵な事だからね」







「──ここは」

 彼らの前には、絶えず続く真っ白な光の空間があった。
 まるで生まれる前にいた場所のイメージとして──あるいは死んだ後に行きつく場所として度々出るような、そんな場所だった。
 しかし、彼らはウルトラマンとの同化の際も、頭の中に漠然とこんな場所が浮かんでいた。
 だからか、彼らは全く違和感なく、そこがどんな場所なのかすぐに悟る事が出来たのだ。

「ウルトラマン……!」

 そして、目の前には、あのウルトラマンノアがいた。
 それどころか、あの殺し合いに生き残った全員がその場に林立していた。──響良牙だけは、その場にいなかった。
 誰しもがきょろきょろとお互いを見合っている。
 その後、誰かが言った。

「ノアがあの爆発の直前に僕たちを移動させたんだ」

762変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:22:55 ID:GU7jrFVA0

 ──ここは、ウルトラマンノアが彼らの肉体を運んでいる精神空間だ。
 しかし、それでもそれぞれを元の世界に向けて運んでいる。これを「ノアの箱舟」などと名付けるのは、少々センスの枯れた発想であるかもしれない。

「そうか……ありがとう、ノア」

 それを口にしたのは、ウルトラマンと同じ世界からやって来た孤門一輝であった。
 長い間、デュナミストとウルトラマンを見守り、そして、僅かな間だけウルトラマンと同化して来た孤門──。
 この時、どうやら自分が既にウルトラマンノアとは分離しているらしい事に、孤門は気づいていた。──そう、もう、それぞれがただの人間として独立しているのだ。

 だが、人間だけの力でどこまでやれるのかは、良牙が教えてくれた。
 ここにいる人間たちの多くは、既に変身エネルギーを使い果たしてしまった故に、変身する事が出来なくなっている──が。
 それでも、まだ、自分たちは、ウルトラマンとして、仮面ライダーとして、プリキュアとして……それぞれの意志だけは捨てずに、戦っていける。
 そんな感慨を抱いていた孤門だが、大事な事を言い忘れていたのを思い出して、視線を少し上げてから、言った。

「……長い戦いは終わりを告げたんだ。──僕達の勝利だよ」

 それは、孤門が隊長として真っ先に言わねばならない言葉であると同時に、歓声を上げるには少しばかり空気が盛り上がらない一言だった。
 他ならぬ良牙が、ベリアルと相打ちし、ただ一人の犠牲者となった事実を、夢だと思っている人間はこの場にはいまい。

「──」

 そう。──良牙は、もうこの場にはいない。
 勝利はしたが、それと同時に、大事な仲間が一人失われたのである……。

「──……勝利、か」

 それは、隊長としての冷徹にも聞こえる「報告」であったが、実のところ、孤門らしい感情も籠っていた。
 だから、誰もがそれを察して、素直に喜ぶムードになれなかったとも言える。
 特に──ここにいる、花咲つぼみはそうだった。

「……良牙さん」

 まだ少し暗い表情で、つぼみはそう呟いた。
 名前を呼んでも、ここには響良牙は現れない。──そう、彼だけは、まだ生還者が集うこの場所に辿り着かないのである。
 彼は、あのアースラの中でもそうだった。
 ミーティングに集まろうとすると、彼一人だけはどうしても迷子になってしまうので、つぼみが付き添わなければ、良牙が欠けた状態でミーティングをする事になるのだ。

「良牙……あいつは……クソッ……なんであんな事……!」

 翔太郎や、ここにいる者たち全員が、良牙がもういないという事実に、打ちひしがれていた。
 折角、こうして出撃前とほぼ同じメンバーが揃っているというのに、この場にはただ一人、彼だけが揃わない。──全員で帰る、とそう思っていたのに。
 だが、彼がいなければ、ここにいる誰も帰る事が出来なかったのもまた事実だろう。
 それでも、自分の命を犠牲に散った彼の事をどこかで責めずにはいられない。そんな感情の矛盾から、どうすれば逃れる事が出来るのか──その術を彼らは探した。

「……」

 そんな静寂の時、つぼみは、それを断ち切るように、おもむろに口を開いた。

「……大丈夫、ですよ」

 顔を上げないまま、彼女が一番、「大丈夫ではない」様子で、それでも、言葉を振り絞るようにして、ただ一言言った。

「……良牙さんは、きっと生きてると思います」

 それは、何かの根拠があっての物ではない。
 ただ、言ってみるならば、「信じたい」とそれだけの想いで口にした……そんな言葉であった。

763変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:23:56 ID:GU7jrFVA0
 だからか、震えた唇はそこから先、彼女が告げたい事を告げさせてはくれなかった。
 きっと、どこかで生きていると──信じたいのだが。

「きっと……きっと……」
「つぼみ……無理しないで」

 そんなつぼみの背を、美希が撫ぜた。
 同じプリキュアであり、変身ロワイアル以前にも、共に戦った事もある。そして、同じ年頃だった美希だから真っ先にこうして彼女を支える事が出来たのだろう。

「泣きたい時は、泣けばいいのよ。
 私だって、これまでの事……簡単に割り切れないんだから……」

 そんな美希の言葉を聞いた時、つぼみの脳裏には、いつか良牙と二人で涙を流した時の事が浮かんでいた。
 だから、──自分が良牙に言った事と、全く同じ事を美希の口から告げられ、そして、その言葉を良牙がどう感じたのか悟り……泣いた。
 ただ、今、涙を流すのは、あの時と違ってつぼみだけだった。

「……」

 つぼみ以外は、この場にいる者は泣いてはならない気がした。──つぼみ以上に良牙の死を悲しんでいる者はいないのだから。
 それでも……良牙という、クールなようでただのバカだった男はもういないと思うと、誰もが涙が溢れそうになった。
 きっと、先に、友や、かつて愛しく思った人たちの所へ行ってしまったのだろう。
 不幸にも、生きている仲間たちや想い人を、この世に残しながら……。

「……」

 翔太郎が、自らの顔を隠すように帽子を直して、それから少しして、つぼみに向けて言った。

「──……なあ、つぼみ。俺にも、さっき、加頭に言われた事の答えが出たんだ。
 誰かを愛する事ってのは、絶対に罪じゃない……きっと、あいつの歪んだ愛も。
 そして、ずっと……自分を守ってくれた人を想う、純粋な気持ちも」

 愛。──最後にベリアルに完全な王手をかけたのは、その見えない概念だった。
 確かに、その直前、加頭順との戦いで、彼の愛情を打ち破って勝利した彼らであったが、しかし、最後にはそれと同じ感情に助けられたわけだ。

「……なんかさ、愛っていいじゃねえか」

 加頭の罪は、誰かを愛した事ではない。
 それだけならば、何と素晴らしい事か──翔太郎は、この戦いの最後に、それを深く実感し……もし、加頭でさえも救えたなら、と僅かな後悔を芽吹かせた。
 彼女たちなら、確かに、それが出来たかもしれない。

「良牙くんがベリアルを救えたのも、きっと、きみの純粋な愛情があったお陰だよ。
 誰かを愛するって事は、……やっぱり、何より、素晴らしい事だと思う」
「今は、その強い力でこれからあいつの為に何が出来るのか、考える事にしようぜ。
 ……何せ、きみならそれも出来そうだしさ」

 かつて、愛した者を喪った孤門と零は、そう付け加えた。
 この戦いの幕を閉ざした良牙の一撃には、確かに、つぼみの力が必要だった。
 あれは、彼女の想いが勝ち取った終幕なのだ。

「みなさん……」

 つぼみは、涙を拭き、そして、この時に、ある決意を胸に抱く事になる。
 それは、後に、花咲つぼみが大人になった時にまで、在りつづける想いと夢だ。──そこに向かって、彼女はいつまでも惜しまぬ努力を続けるだろう。

「……私、やっぱり、あれだけの事で良牙さんが死んでしまったなんて思っていません。
 あの人は、誰より強いし、約束を破る人じゃないから……だから……」

 そう、彼女もまた、この殺し合いを通じて変わっていった。

「いつか、また、あの世界に行く方法を探して──良牙さんを、きっと見つけます。
 それで……あかりさんのもとに、必ず届けます」

 だから、泣いてもいいのだ。また笑顔に変える事ができるのなら……。

764変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:26:06 ID:GU7jrFVA0
 彼女は、自らの涙さえも、笑顔へと変えながら、言葉を噤んだ。

「それに……ああして、悲惨な殺し合いが起こった場所にも、たくさんの花が咲いてほしいから、私は──きっと、戦いがあったあの場所に、いつかまた……」

 ──彼女には、夢が出来た。
 良牙があの世界に、本当にまだ生き続けているのかはわからない。
 それでも、まだあの世界にやり残した事は、たくさんあるのだ……。

「そう。だから……私、決めました。────私、幾つもの世界を渡る植物学者になります!!
 暗い世界が幾つあるとしても、そこに悲しみのない未来を築いて……そして、世界中に笑顔の花が咲くように!!」

「出来るわよ。……だって、私たち──こんなに完璧に、世界を救ったんだから!!」







【その後】

 ……そして、花咲つぼみは、これより後、本当に有名な植物学者になったと言われる。
 元の世界に帰った後、「変身ロワイアルの世界」と外世界を繋ぐゲートは完全に閉ざし、その座標を見つける研究は困難を極めた。まるで全ては幻だったかのように、あの島に辿り着く術は消えてしまったのである。
 だが、つぼみもその後は粘り強く研究を続け、後には元の世界で男性と結婚している。それにより、花咲という名前は改姓し、その後は別の名前になっているが、やはり花咲の名前の方が多くの人の心に残っているようだ。
 そして、彼女の祖母、薫子と並び、長らく植物学の第一人者として有名になった彼女は、幾つかの惑星や、植物の無かった世界にも、新しい命を授けた功績で、ノーベル賞を受賞している。







「……──そうだね。僕も、みんなには、そうして笑っていてほしい」

 ふと、光の中から現れたのは、フィリップであった。
 先ほど、ノアがここに運んでくれた事を彼らに説明したのもまた、変身解除と共に消えたはずの──フィリップである。
 だが、誰も今、その姿を見て驚きはしなかった。
 変身解除とともに消えてしまった彼の事は、ふとどこかへ姿を眩ましたような……ただそれだけのような気がしていたからだ。
 しかし、今、ようやく実感としてここに現れるのだ。

「やっぱり、ここにいるみんなには、笑顔の方が似合っているね」
「フィリップ……」
「僕達……ガイアセイバーズは、カイザーベリアルに勝利した。だから──」

 そう──。

「──だから、僕とは、ここで、お別れだ」

 彼が、こうして現れたのは、また、言えなかったお別れを言いに来ただけに過ぎない事なのだという、実感として。
 フィリップと共に戦えるのは、最終決戦の間のみだった。それが終わり、かつてのように変身が解除されれば、フィリップとは本当の別れの時が来る。
 こうしてフィリップがここにいるのは、ここが、フィリップが同化して戦ったノアの中だからだ。──闇の欠片に再現された彼の思念が、辛うじてこの場に少し残っていたという事なのだろう。

「ウルトラマンの中に残っていた僕の思念も、もう消えてしまう。
 この戦いで散った者は、遂に本当の死者になるんだ……」

 フィリップ、そして、涼村暁……この戦いの終わりと共に、消えねばならない者たちが、良牙だけではなく、まだこの場にいる──そんな悲しい事実があった。

765変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:27:47 ID:GU7jrFVA0

 彼らは、最後まで世界を救った。
 その代償は、その身の消滅だ。自ら消滅に向けてアクセルを踏み、命を燃やし尽くした彼らの最後を、誰も止める事は出来ない。
 フィリップもまた、その宿命を受け入れていた。

「フィリップ……」

 翔太郎が、暗い面持ちを帽子の中に隠し、フィリップの方を見ないようにそう告げた。
 翔太郎とフィリップとの間には、何人かの仲間が遮ってしまっている。──彼らは、ゆっくりと二人の間を開けようとした。

「……君とは、何度か別れた事があるけど……やっぱり、君はいつも泣いているね」

 だが、フィリップは、今決して、目の前にいるわけでもない左翔太郎の表情をぴたりと言い当てる。──それは、彼が探偵だからというわけではない。誰でもわかる事だった。
 かつて、ユートピア・ドーパントとの決戦に際して、もう会えなくなったはずのフィリップ──今は、肉体もなくなり、精神だけが残っていたが、それも遂に消えてしまう。
 データとの同化ではなく、本当の死。
 翔太郎は、クールに振る舞うのをやめ、帽子の中に隠していた崩れた表情をフィリップに向けた。

「ああ、そうだよ!! 泣かねえわけねえだろ……! 
 何度だって……お前との別れになんて、慣れるはずがないだろ……クソッ……!!」

 ──だが、フィリップはそんな翔太郎の姿を見ない。
 このままいつまでも二人では、いられない。
 それが、翔太郎の目指す物──「ハードボイルド」とは、全く裏腹な物なのだから。

 もう二度と、戦う翔太郎の前にフィリップが現れる事はないだろう。──フィリップ自身が、それをもう望まないのかもしれない。
 しかし、彼が一人で戦い続ける姿を──たいせつな「相棒」の活躍を、フィリップはこれからも見守っていくに違いない。

「……そんなんじゃ……いつまでも、ハーフボイルドのままだよ……翔太郎」

 ──そう言うフィリップは、「ハードボイルド」だった。
 その名前も、高名なハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの傑作が生みだした名探偵フィリップ・マーロウに由来する。
 だから、涙を流す翔太郎を少し笑いながら、彼より少し、大人に、ハードボイルドに去ろうとするのだ……。

「……じゃあ、杏子ちゃん、みんな。」

 彼が成長し続ける為に……。
 少しは、冷たく見えてしまうかもしれないが……。
 フィリップが、翔太郎の泣き顔を振り返る事はなかった。

「……こんな奴だけど、これからも翔太郎をよろしく」

 そして、フィリップの後ろ姿から告げられるそんな願い。
 彼は、ただゆっくりと光の向こうへと、歩み進んでいく。
 彼はもう、有るべき場所に帰ってしまうのだろうか。

「──なあ。よろしくされるのは良いけどさ」

 ──だが、ふと、その前に。

「フィリップの兄ちゃん……一つだけ、いいか?」

 杏子が、フィリップの背中に向けて、一言だけ告げようとした。
 このまま返す訳にはいかない、と思ったからではない。彼女には、フィリップに対する大事な用事があったからである。
 一言、どうしてもフィリップに……そして、翔太郎にも言わなければならない事がある。
 去ってしまうのは仕方ないかもしれないが、その前に一つだけ、フィリップに言ってやりたい言葉があったのだ。
 杏子は、右手の人差し指と親指だけ伸ばし、ピストルのようなポーズを取り、ウインクしながら──フィリップに言った。



「────泣いている奴をからかっていいのは、泣いていない奴だけだぜ?」

766変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:29:40 ID:GU7jrFVA0



 杏子は、今決して、こちらを見ているわけでもないフィリップの表情をぴたりと言い当てた。
 そんな杏子の言葉は、どこか、ハードボイルド探偵に似ている。
 それを聞いたフィリップも、思わず、少し振り返って、赤い顔を見せ、そんな杏子の言葉に笑ってしまう。

「ふっ……。そうだね、結局──」

 フィリップは、身体データの残留から洩れた涙を、手で拭った。
 ハードボイルド探偵の名前を受け継いでいるとはいえ、フィリップも同じか。
 翔太郎も、フィリップも、ハーフボイルドだった。──お互い、どれだけ恰好をつけようとも。

「僕達よりも、君が一番ハードボイルドかもね……──はは」

 少しだけ、去り際の空気が湧いた。
 誰かが、フィリップを優しく笑った。そして、半泣きの翔太郎とフィリップも含め、全員が、この杏子の尤もな指摘に笑顔を見せた。

「はははははははははははっ!!!」
「はははははははははははっ!!!」

 悲しい筈だというのに、笑いがこみあげた。
 余裕があるように見えて、実のところ、そうでもないフィリップの姿が、少しおかしかったのだ。
 人が消えるというよりも、まるで卒業式で涙を見せる同級生をからかうような、笑みと涙の混ざり合った雰囲気が流れた。
 翔太郎も、つられて笑い、先ほどまでの涙が嘘のように笑って、フィリップに言った。

「──……ああ。……またな、相棒!」

 フィリップも微笑み返した。
 それが、フィリップの最後に聞いた、相棒の声だった。
 また会えるかはわからない。翔太郎がいつ、死んでしまうのかも、今のフィリップにはまだわからない。
 しかし、きっと彼はあの街の風の中で──。



「……うん。もう行くよ。翔太郎ならきっと、しばらくは大丈夫さ」

 フィリップの行く先には、ウルトラマンノアの巨体と、彼らの多くが初めて見る事になった“円環の理”の姿があった。
 ここは、もう変身ロワイアルの世界から遠く離れた、異世界の扉なのだろう。

「次に会う時も、翔太郎は、まだまだ全然……ハードボイルドにはなってないかもしれないけど──」

 二つの神。
 消えゆく二人を、ノアと円環の理が導き、連れて行こうとしているらしい。



「──きっと、誰よりも仮面ライダーだと思う」



 ……そこに、ゆっくりとフィリップはただゆっくりと、向かっていった。



【フィリップ@仮面ライダーW 再消滅】





767変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:32:20 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……左翔太郎は、この数年後、誰よりも早く、若くして亡くなった。
 理由は、風都市で少年を庇い、トラックに轢かれた為の事故死であったという。
 凄惨な殺し合いを生き残った生還者が、その後まもなくして、殺し合いと無関係に死亡したという事件は、多くの人に衝撃を与え、風都を愛した男の痛ましい死として、涙を誘った。
 しかし、風都で流れる涙を一つ拭い、そして、愛した街・風都で死ぬという結末を迎えた彼の死に顔は、満足げな笑顔が浮かんでいたという。
 また、誰も知る由もないが、この出来事は、このトラックに轢かれ死んでしまう筈だった少年──“葵終”とその家族の運命を変える事になった。

 そして、鳴海探偵事務所は、その後の時代も、所長の鳴海亜樹子や、ライセンスを取得して風見野市から移住した佐倉杏子らの尽力によって存続し、その後も風都に流れる涙を、新たな探偵たちが拭っている。
 そう、風都の風を愛する者たちが……。







『──あなたも時間よ。行きましょう、暁』

 フィリップの消滅後、そう告げられたのは涼村暁に他ならなかったが、それを告げたのが何者なのか、すぐには誰もわからなかった。
 空を飛ぶ天使のように、長い黒髪の少女が暁に寄って来たのである。

「……?」

 暁は、瞼を擦った後、頬をつねってその少女を何度か見直した。
 周囲の仲間たちを見ても、何やらその少女の方を見てキョトンとしている様子ばかり浮かんでいる。

「……ほむら? ん、夢じゃないよな?」

 それは、死亡したはずの暁美ほむらに違いなかった。
 これまで、夢で出てくる事はあったが、こんな、誰にでも見える形ではっきりとほむらが現れたのは初めてである。

『私たちは、円環の理の鞄持ち。
 どこの時空にも救われないあなたの魂をどこかに持って行かなきゃならないのよ。
 それまでは、私たちのもとで預かる事になるわね』
「ちょっと待て。どこかってどこだよ」
『“どこか”よ』
「あ、ああ……それはあんまり考えちゃいけないんだな……。
 でも……送るにしても、あとちょっと、ほんのちょっとだけ、待ってくれよ」

 何やら、このほむらも、円環の理と共に暁を迎えに来た形になるらしい。別に激励をしに来てくれたわけでもない。
 言ってしまえば、『フランダースの犬』でネロとパトラッシュを運んでいく天使が、ちょっと凶悪になった感じの物だと思っていいらしい。
 とりあえず、理屈で言うと、滅びゆく世界の中で分離した夢世界の暁の因果と、滅びゆく世界の中で概念と化したまどかの因果とが、なんか色々あって結びついたとかそんな感じである。
 そんなこんなで、暁も消滅の時が来たらしい。

「あーあ……やっぱり、俺、消えちまうらしいな」

 ……結局のところ、こうなる運命が抗えない事はどこかでわかっていた。
 あの世界は、やはりダークザイドによって滅ぼされてしまうのかもしれない。
 いや、そうでなくてもあの涼村暁という男は、あのままダークザイドと戦うとしても、きっと自らが見続けた甘い夢を捨て去ってしまうような予感がした。
 しかし、イレギュラーな存在である暁は、しばらくこうして誰かのもとに残り続ける事が出来た。
 最後に、自分もフィリップのように別れを告げようと、そうしているに違いない。

「……なあ、みんな」

 暁がそうして切りだす。

「あのさ、俺の事……忘れないでくれよ? なあ、頼むぞ?」

768変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:34:12 ID:GU7jrFVA0

 と、暁の口から出て来たのは、やや切実な悩み。
 このまま忘れ去られてしまうんだろうか、というちょっとした心細さが、下がった語尾から感じ取れた。
 死ぬだけならまだ良い。太く短く生きるという事で。
 だが、忘れ去られるのは、今になってみると少しいやな物だと思った。

暁にそう言われた仲間たちは、少し呆れた顔でお互いの顔を見合った。

「──そう簡単に忘れられるようなタイプかよ……まったく。
 忘れたくても忘れられるような奴じゃないぜ、お前」

 代表してそう口にしたのは、同じ「スズムラ」の零である。
 そんなニヒルな口調の中にも、どこか友情めいた意識が残っているようで、もうおそらく会えないであろう事に一抹の切なさを感じているような気分でもあった。
 郷愁感を噛みしめるような不思議な表情のまま暁を見つめる零は、それでも消えるまでの間、彼を思いっきり安心させてやろうと思った。

 それくらいはしてやってもいい。
 いや、それでも足りないくらいだ。
 ここにいた仲間は──ここに連れてこられた参加者たちは、誰が欠けてもベリアルを倒して、世界を救う事なんて出来なかったのだから……。

「お前は……涼村暁は、確かにここにいた。────ほら、聞こえるだろ? 暁」

 零は、そう言った。
 誰もが、そんな零の言葉を聞いて、耳を澄ませた。

「──!」

 ……何故、誰も気づかなかったのか不思議になるくらいの大歓声が、ずっと鳴り響いていた。ただ、それに零だけは、ずっと気づいていたのだ。

「これは……」

 今、外の世界はどうなっているのか──。
 それは、自分たちが支配はら解放された喜びと、それを助けてくれた人間たちへの感謝の言葉と喜びだけが響いている。
 こうして今、外の世界に向かおうとしている彼らは、大群衆に囲まれたパレードの道に運ばれているような物なのである。

『凄かったぞ、シャンゼリオン……!!』
『ありがとう、シャンゼリオン……!!』
『──忘れないぞ、お前の事は……!!』

 人々がシャンゼリオンに──涼村暁という、一人のどうしようもない男に向けた歓声が、その時、誰にも聞こえた。
 それは、暁の幻と生まれ、幻として消えゆく一生に光を灯してくれるような……今までで一番、嬉しい他人たちからの感謝の言葉だった。
 空を見上げ、シャンゼリオンへの人々の感謝の声に浸り、その人たちの笑顔を頭の中で想像する。──不思議と、実像に近いものが浮かんできた。

「これが、俺たちの戦いを見ていた、みんなの声さ……。
 誰も、絶対にお前を忘れる事なんかない。
 お前がいた時間は、誰にとっても、夢なんかじゃないんだ──!!!」

 ああ、それは今、誰もが実感していた。
 涼村暁は幻ではない。
 涼村暁は夢ではない。
 ここにいた、一人の人間であり、世界のヒーローであり、ここにいる全員の大切な仲間なのだ。

「──零。……全く気づかなかったけど、お前、意外と良い奴だな……!」
「お互い様だろ? 俺も、全く気づかなかったけど、良いザルバを持ってた」
「……ザルバ? ザルバってその──」
「旧魔界語で、『友』って意味さ」

 かつて無二の友に言った言葉──友(ザルバ)。
 ここにいる魔導輪の名前の由来であり、零にとって、旧魔戒語で好きな言葉の一つでもある。
 そして、それを聞いたレイジングハートが付け加えた。

769変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:36:17 ID:GU7jrFVA0

「……つまり、暁は、私たち全員の『ザルバ』というわけですね」
『おいおい、こんな奴と一緒にするなよ』

 本物のザルバが付け加えると、その場がまた少し笑いに溢れた。
 最後くらい暁に華を持たせてそういう口は控えろよ、と。
 しかし、それもまた、暁らしい最後のようにも思えた。
 それが少しまた自然と静かになってから、ヴィヴィオが口を開いた。

「……暁さん。私、暁さんといる時間……結構楽しかったんです。
 みんな、あんな状況だったけど、暁さんには、たくさん笑顔を貰えた。
 そういう意味では、暁さんも誰より輝いていたヒーローなのかもしれません。
 ……ゴハットさんが言っていたように」

 輝くヒーロー──超光戦士シャンゼリオン。
 勇気を心と瞳に散りばめ、駆け抜けていく光。
 風が円を描いて現れる光のヒーロー。
 選ばれた戦士。──MY FRIED。
 それが、この、涼村暁という男だった。

「ふっ……やっぱり、俺、意外と『みんなに慕われる無敵のヒーロー』じゃんか……」

 暁は自嘲気味に笑った。
 まさか、自分が本当にヒーローになるなんて、暁も全く思っていなかったのだろう。
 しかし、気づけば、暁は誰よりも「ヒーロー」だった。

「当り前さ。お前も、俺たちと一緒に世界を救ったんだからな」

 翔太郎が付け加えた。
 探偵という同職のよしみといったところだろう。あまり仲がよろしくはなかったかもしれないが、お互い案外楽しい時間ではあった。

『ねえ、暁。そろそろ……』

 と、そんな時、遂にほむらがせかした。もう時間がないという事だろう。
 しかし、お別れは充分に済ませた後だった。
 悔いはない。
 この世界には、もう、思いっきり自分がいた証を残したのだから。

「──おう、待たせただな……!」

 だが、たった一つだけ忘れた事を成し遂げる必要があった。

「じゃ、最後に一つだけ……」

 そう、まだアレをやっていない。
 ベリアルを倒したら、思い切り言ってやるつもりだったのだ。



 そして、彼は、大歓声の中心で、それに負けじと大きな声で叫んだ。







「────俺たちって、やっぱり……決まりすぎだぜ!!!!!!!!!!!」








【涼村暁@超光戦士シャンゼリオン ────OVER THE TIME】





770変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:38:13 ID:GU7jrFVA0



【その後?】

 ……涼村暁の夢を見る、本当の涼村暁は、ダークザイドとの決戦の瞬間、自分と同じ「もうひとりのシャンゼリオン」と出会い、パワーストーンと呼ばれるシャンゼリオンのパワーアップアイテムを受け取る事になった。
 だからといって、彼がダークザイド軍の圧倒的な戦力に勝ちえたのかはわからない。
 あの世界は滅び、やはりシャンゼリオンは消えてしまったかもしれない。
 だが、後の時代にも、あらゆる世界では、超光戦士シャンゼリオンと暗黒騎士ガウザーの決戦は世界に刻まれた名勝負として記され、「涼村暁」の名前は、多くの人間たちの胸に残ったと言われている。







「みんな……いなくなっちゃいましたね……」
「ええ。……でも、二人は、きっと向こうでも楽しくやっている事でしょう」
「そりゃあ……あのまま円環の理に導かれたら、ハーレムだもんな……」
「むしろ、あいつも今より楽しんでそうだな……」

 二人が去り、円環の理も消えた。
 この場所に残ったのは、孤門一輝、花咲つぼみ、左翔太郎、佐倉杏子、涼邑零、高町ヴィヴィオ、蒼乃美希の七名とレイジングハート──そして、二人のウルトラマンだけであった。
 その人数と存在感にも関わらず、既にこの場所はがらんとしたような雰囲気がした。

 どこか物悲しく、どこか寂しいが、それでも、ここにいる者たちは、残る時間をちょっとした雑談で埋めようとしていた。
 もう悲しむ時間など必要ない。

「あいつらは、きっと、どこかに存在し続けてるさ」

 そんな、前向きな一言が出てくる。
 彼らを縛っていた何週間もの苦痛は終わりを告げ、そして、またその後の彼らの新たなる人生が始まろうとしている。
 それぞれが別の道を行く事になるだろう。

「──そうだ……私も一つだけ、言っておく事がありました」

 ふと、レイジングハートが口を開いた。

 これからの生活を考えた時、ダークザギとの決戦前の零の言葉を思い出したのだ。
 あの時は、零もレイジングハートも、ヴィヴィオが死んだと勘違いしていた為、零は、「レイジングハートと共に旅する事」を提案していた筈である。
 零も元々孤独だったのに加え、シルヴァが破損し、相棒を喪い……二人は、お互いに孤独な身になるはずだったのだ。

 しかし、結果的に、二人とも、そうではなくなった。
 一応、約束だったのだ。返事をしておかなければならない。

「零……あなたに一つだけ伝えなければならない事があります。
 私は、あなたと一緒に行く事が出来ません」
「……」
「ヴィヴィオと一緒にいてあげたいのです。
 それに、アリシアも──親がいない二人についていてあげたい……それが、私の願いです」

 そう──レイジングハートはこれから、ヴィヴィオとアリシアのもとで二人の面倒を見ておきたいと思っていた。
 ヴィヴィオもアリシアもまだ幼い。
 二人とも、一人では生活できないが、レイジングハートがその身元を引き受ける形でどうにかする事はできないだろうか?
 彼女は、そう考えていたのだ。

「……何言ってんだよ、レイジングハート。俺だって、もう孤独じゃないんだ。
 それぞれの道を行けば良い。……また会えるさ」

 零も、とうに自分の道を進む決意を決めていたようだった。
 彼はこれから、修復されたシルヴァや、死んだはずだった父や婚約者とともに、魔戒騎士として戦い続けて行く事になるだろう。

771変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:40:33 ID:GU7jrFVA0
 しかし、零がそんな事を言うと、横からザルバが、

『とか言って、少し別れが惜しいんじゃないか? 零』

 などと茶化した。

「うるさいな……。
 でも、お前だって、帰ったら、次の黄金騎士が現れるまで眠るつもりなんだろ?
 お前こそ、本当にしばらく会えないじゃないか」
『ああ……鋼牙が死んでしまった以上は、そうなるな』

 ザルバも、これからしばらくは、零とは別の道にある事になる。
 同じ世界にいる零でさえ、その後ザルバと会う事は出来なくなってしまうだろう。
 それは、他の仲間たちにとっては、初めて聞く事になった事実である。

「そうだったんですか。……寂しくなりますね」

 ヴィヴィオが、それを聞いて、驚きつつも、視線を下げた。

『大丈夫さ、零が次の後継者を探してくれるらしい。俺もすぐにまた、どこかで会うさ』
「ああ。その時が来たら、いつか会わせてやるよ、お前たちにも」

 零は、そういう意味でも既に覚悟を持っている。
 ザルバと黄金騎士の鎧を継承する、新たなる魔戒騎士の誕生を支援し、見守る為に……。
 元々弟子を持つつもりのない零も、きっとその少年の師となる事になるだろう。

「──……そうですね。皆さん、また、会いましょう」

 ふと、つぼみが言った。

「毎年……ううん、もっと時間はかかるかもしれないけど……また、みんなで会いましょう! 一緒に約束したんですから……!」

 そんなつぼみの提案は、誰もが笑顔で返した。
 実際のところ、つぼみと美希は度々会う事になるだろうが、他の世界で生きる者たちはその機会は少ないかもしれない。
 しかし、出来るのなら、会える限り、みんなでまた会いたい。
 それこそ、「同窓会」というのもいいかもしれない。

「そうだな……」

 翔太郎も、それに乗った。
 出来るのなら、十年後、二十年後もみんなで揃って楽しくやりたいと、この時の翔太郎は思っていた。
 ヴィヴィオが再び口を開いた。

「じゃあ、今度は、誰が一番長く生きられるか──……そういう競争を始めましょう」
「なんだよそれ、ヴィヴィオが一番有利じゃねえか」
「あはは……考えてみたら、そうですね」

 そんな仲間たちの姿を、孤門はじっと見つめていた。



「そうだね。笑ってお別れが出来るように、死んだ仲間の分まで生きていこう──」







【その後】

 ……高町ヴィヴィオは、この後、ストライクアーツでの成績においては、概ね優秀ではあったものの、結局その選手生命の中においては、大きな大会で優勝を手にする事はなかった。
 その要因に、アインハルト・ストラトスに匹敵する良き友、良きライバルが現れなかったという事実がある。
 私生活では、ヴィヴィオはレイジングハート・エクセリオン、アリシア・テスタロッサの二名と共に、奇妙な共同生活を続け、それぞれ自立していった。
 ストライクアーツを引退した後は、そのトレーナーとして活躍。
 ヴィヴィオやアインハルト以上の選手を多数輩出している。





772変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:41:53 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……涼邑零は、その後、黄金騎士を追悼するサバックで見事優勝を果たし、その優勝賞品として一日だけ冴島鋼牙を現世に呼んだ。
 そして、そこで呼ばれた死者・冴島鋼牙と御月カオルの間には、冴島雷牙という子供が生まれた。
 ザルバも、雷牙の成長と共に再び始まった黄金騎士の系譜の中で、多くの魔戒騎士の生き様を見届けている。
 零は、別の管轄へと移り、「銀牙」という名を取り戻し、家族とともに暮らした。彼の仕事は、相変わらずホラー狩りだ。

 ……とはいえ、ベリアルを倒した英雄譚の中に、彼に関する記録は、もう殆ど残っていない。
 魔戒騎士やホラーの記録は、一部の人間以外の世間一般には、やはり抹消され、銀牙やそれを継ぐ魔戒騎士たちは、再び誰にも知られる事なく仕事を続けているのである。
 だが、ガイアセイバーズとして共に戦った仲間の内では、彼らに関する記憶は、消されなかった。







 ふと、ウルトラマンゼロとウルトラマンノアが作り出していた空間が、進行のスピードを緩めた。
 彼らにとっては、移動している実感が薄かったためか、ウルトラ戦士である二人以外は誰も気づていなかったようだが、ゼロが口を開いた事でその事実がわかる事になった。

「──おっと、俺たちが付き添えるのはここまでみたいだ」
「え?」

 美希が、ゼロの言葉に疑問符を浮かべる。
 このまましばらくは、こうして仲間たちと一緒にいられると思っていたが、ゼロももう何処かに行ってしまうのだという。

「俺たちも力を結構使っちまったからな。
 お前たちを纏めてミッドチルダまで送る事しかできないんだ。
 後は、各自、向こうで元の世界に帰ってくれ……本当なら、最後まで面倒見てやりたいんだが──」

 彼らウルトラマンが生還者を運べるのは、ミッドチルダまでらしい。
 しかし、そこにはアースラで共に戦った仲間たちが待っている。──そこにさえ辿りつけば、時空移動も出来るはずだ。
 ゼロはそれぞれの故郷の世界にまで生還者を帰してやれない事をどこか申し訳なさそうにしていたが、結局のところ、その準備がある場所に連れて行ってくれるというのなら、ゼロが気に病む必要はない。
 それよか、彼らにとって悲しいのは──。

「ウルトラマン……きみたちとも、また会えるかい?」

 そう……ウルトラマンという、最後に共に戦った仲間との別れであった。
 ウルトラマンゼロ、そして、ウルトラマンノア。
 最後の戦いを共に乗り越えた、絆を結んだ相手。
 二人のウルトラマンは、黙って、その巨大な頭を頷かせた。

 美希が、ゼロへと訊く。

「ゼロ……あなたは、これからどうするの?」
「ヘッ……俺はまた、助けを呼ぶ声に耳をすませながら宇宙を旅するつもりさ。
 宇宙にはまだ、ベリアルの遺した影響や、それ以外の脅威も残ってるからな」

 どうやら、彼はこれまでと同じように旅を続けるらしい。
 それは、広い宇宙と次元の旅で──寿命が地球人より遥かに長い彼らの旅だと思えば、本当にゼロがまた現れた時に、そこに美希たちが健在であるかはわからなかった。

773変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:43:25 ID:GU7jrFVA0

「それに、あのベリアルの事だ。また、いつ蘇って悪さするかわからない。
 まっ、その時は、今度こそ俺の手で引導を渡してやるぜ──!!」

 黒幕の再誕……という、悪夢をゼロは再度考えて言ったが、それは笑えなかった。
 またベリアルが現れ、これだけ大変な事を仕出かしてくれるなどあまり考えたくはない話である。
 とはいえ、不思議な安心感があるのは、何故だろう。
 ゼロの言うように、ベリアルがもしまた現れたとしても、今度はウルトラマンたちがきっと何とかしてくれるような……そんな力強さを感じた。

「……とにかく、その辺の後始末は、俺たちウルトラマンに任せとけよ!
 もし困った事があった時は、いつだって呼んでくれ。マッハで駆けつけてやるぜ!」

 ゼロは本当に、もうどこかの世界へ行ってしまうらしかった。
 それならば、美希も、この戦いで最後に自分を支えてくれたゼロにお礼を言っておかなければならない。

「……ゼロ、最後にあなたと戦えてよかった。……ありがとう。
 最後に孤門さんやシフォンを助けられたのは、あなたが信じてくれたからよ」
「きゅあー♪」

 ゼロは恥ずかしそうにそっぽを向いた。そんな姿を、美希とシフォンは顔を見合わせて笑う。
 孤門は、そんな様子を見た後で、今度はノアに訊いた。

「……ノア、君も次のデュナミストを探してどこかへ旅するのか……?」

 ノアは、一言も喋る事なく、その巨大な顔を頷かせた。
 孤門は、これまで多くのデュナミストとともに戦ってきた巨大な戦士を見上げ、不思議な嬉しさに目を潤ませた。
 彼はまた、どこかで新たなデュナミストに繋がっていくだろう。
 今回の戦いで再び力を使ってしまったノアは、もしかすると、今後再び、ザ・ネクストやネクサスの姿に戻ってしまうかもしれない。
 しかし、たとえその姿でも、そこに現れた新しいデュナミストと支え合い、共に戦うだろう。

「そうか……」

 寂しそうに俯いたように見えて、それでも、また新しい決意に満ちた表情で、再び顔を上げて、孤門は告げた。
 彼らの言葉を、信じよう。

「どこかの次元で、また必ず会おう……ノア、ゼロ!」
「おう! じゃあ、みんな、元気でな!」

 そして、それから、間もなくだった。
 ゼロが、最後の言葉を告げ、飛び去ったのは──。



「────さあ、もう着いたぜ。
 またいつか会おう、ガイアセイバーズのみんな……!
 さあ、行こうぜ……ノア!」



【ウルトラマンゼロ@ウルトラシリーズ 生還】
【ウルトラマンノア@ウルトラシリーズ 生還】







【その後】

 ……蒼乃美希は、当人の希望通り、モデル業を続けた。
 桃園家、山吹家の遺族には、孤門たち仲間の手を借りず、自らの口で再度事情を話し、遺品を手渡したという。
 モデルを引退した後は、自らのブランドを持つまでに成長した。
 彼女はこっそり自らが手掛けるファッションのモチーフに、友人へのメッセージを込めているらしい。
 そして、そうした遊び心も、概ね好評であったという。





774変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:44:26 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……孤門一輝は、西条凪と石堀光彦の死、和倉英輔と平木詩織の引退に伴い、この数年後にナイトレイダーの隊長となり、彼らの世界に残るスペースビーストと戦い続け、人々を守る事になった。
 魔戒騎士の世界がこの戦いの後に記憶や記録の改竄を行ったのに対し、ウルトラマンたちの世界は、メモリーポリスによる介入は行わず、人々はスペースビーストの脅威と戦いながら生きている。
 ちなみに、斎田リコもこの世界では健在であり、後に二人は結ばれ、「タケル」という息子を授かる事になった。
 そして、彼らの世界にはこの後に、ウルトラマンゼロや、多くのウルトラマンたちが訪れ、人々とウルトラマンは、「絆」を繋ぎ続けた。

「──諦めるな」

 ……そう、この言葉も伝えながら。







「──……おっと。さて。あと一つだけ、仕事が残ってるな」

「仕事? ……ああ、そうか!」

「こんな話、している場合じゃないですね」

「ああ、行こう」

「変身はできなくても……」

「そんな事は関係ありませんからね!」

「ザギやベリアルも救う事が出来たんだ……きっと、出来る」

「もし戦うなら、そん時は思いっきりやるけどな」





「────シンケンジャーの世界へ!!」





 これから、血祭ドウコクのもとへ向かう事になる彼ら。
 まだ、戦いは終わらないかもしれない。
 変身する事が出来ないヒーローたちに、これから何が出来るのかはわからない。
 しかし、バトルロワイアルは全て終わり──そして、助け合いの時が来ようとしている。



 ────ガイアセイバーズとカイザーベリアルの戦いの物語は、まずはこれまで。






【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはVivid 生還】
【左翔太郎@仮面ライダーW 生還】
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! 生還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 生還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 生還】
【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 生還】
【涼邑零@牙狼─GARO─ 生還】


【以上に加え、血祭ドウコクが先に生還】
【生還者 8/66名】



【変身ロワイアル MISSION COMPLETE】





775変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:45:54 ID:GU7jrFVA0




〜〜〜エンディングテーマ〜〜〜


(参戦作品から何か選んで十分割目まで聞いててください)






.

776変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:51:18 ID:GU7jrFVA0



 ……ここは、所も変わって、シンケンジャーの世界。
 はてさて、最終決戦に参加しなかった血祭ドウコクと、その友人の骨のシタリは、どうしているのだろうか。



 ゆらゆらと浮かんでいる六門の船の上──この「余談」は、始まる。



「しかし……アンタの言う事も、今回ばっかりは外れると思ってたよ、アタシは」

 六門船の上で、血祭ドウコクと骨のシタリはまたのんびりと語らっていた。
 それはさながら、外道衆にとっても、一つの祭が終わったような寂しさと虚無感を思わせる静かな落ち着きだった。
 先ほどまでの興奮は消え去り、静寂の中で二人はただ揺れる船に身を任せている。

「……結局、奪われた三途の川もさっきの戦闘で希望をまき散らされたせいで水かさが減って、結局プラスマイナスゼロだがね。商売あがったりなしだねこりゃ」

 とはいえ、結局、外道衆にあるのは完全な厭世のムードであった。
 何とも世知辛いもので、折角取り戻せそうだった三途の川の水は、ヒーローたちの尽力で根こそぎ消えてしまった。

 先ほど、インキュベーターにも言われたが、希望が絶望に打ち勝ってしまった事と、ドウコクがミラクルライトを三途の川に落としたのは、この三途の川にとって最悪の事らしい。
 希望の具現であるミラクルライトは、この外道衆のいる三途の川を滅ぼしかねないという。ドウコクもとんでもない事を仕出かしてくれた物で、人間がまた、希望を取り戻せば外道衆の命運にも相当な危機が起こりうるだろう。

「どうするよ、ドウコク。八方塞がりだよ」

 こうなったらもう、あれだ。
 生きる術はただ一つ──人間と、共存の手段を探すという事しかない。

「──シタリ」

 そして、その先の外道衆の命運を決めるのは、ここにいるドウコクの一言だった。
 これからの外道衆の方針をどうすべきかは、いつも総大将である彼の言葉にかかっているのだ。
 仮に逆らったとしても、誰も彼に力では敵うまい。
 まあ、シタリならば、友人のよしみで何とかしてくれるかもしれないが、どっちにしろ、右にも左にも希望のない今の外道衆でどうにかなるとも思えず、最後はドウコクの判断にゆだねるしかなかった。

「……」

 ──それから、ドウコクが口にしたのは、勿論、共存などではなかったが、これまでと同じ方針でもなかった。

「俺はしばらく、人間を襲うのは辞めにする。……後の連中は好きにしろ」
「えッ、そりゃまたどうしてサ」
「おめえも命は惜しいだろう」

 ──要するに、「戦わない」というのが彼の決めた方針だった。
 しかし、「共存」もする気はない。

 しばらくはまだ、この三途の川を消し去るほどの希望を人間が取り戻す事もないだろう。
 それまでの余裕を、ドウコクは全て、眠って考えるという事にしたのだ。
 外道衆にとって、暴れられないというのは少々、身体が窮屈になる状況かもしれない。
 それは、これまで、人間界に出る事が出来ずに六門船の中で荒れていたドウコクの事を思い出せば痛い程にわかるだろう。
 だが──こうなってしまった以上、案と言うものも浮かばない。

「……まあ、そうか。あんなもん見せられちゃね」
「ああ。……俺が再び目を覚ますのは、奴らがいなくなってから……あるいは、気が変わったらってとこだな」

777変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:52:29 ID:GU7jrFVA0

 ドウコクもこれから長い間眠る事にしたらしかった。
 その時下す判断がいかなる物であるかはわからない。

 ……と、そんな事を話していたが、シタリは一つだけ気になる事があった。

「……で、それはそうと奴らとの約束はどうすんだい?」

 そう、あのガイアセイバーズなる連中とドウコクは、「ここで戦う」などと約束したではないか。
 左翔太郎なり佐倉杏子なりには、因縁があったのではないか。
 お互いに、何かしらすり減らして殺し合いでもする義務があるのではないか。
 だが──そんな事をする気力が根こそぎ奪われた気分だった。
 最後に殴り合うのも一向だろうが、ここまで、萎えてしまってはわざわざやる意味もないかもしれない。

「フン。……俺たちは、『外道』だ。今更そんなもん守る必要はないだろ」

 ドウコクが彼らと再戦する事で知りたかったもの。
 彼らがああまでして戦う理由。──それは、既に何となくわかっている。

 確かに、約束、はしたかもしれない。
 しかし、それを逐一守る良識がないのが、『外道』という連中だった。

「……そうかい、それがアンタの奴らへの、最後の『外道』ってワケかい」

 外道衆も、『外道』として、選んだのである──『戦わない』という選択肢を。
 戦うという約束をしたが故に、それを反故にする。
 それはまさに、一時仲間として戦ったガイアセイバーズという連中への、最後の『外道』であった。

「……」

 この先、ドウコクがあの生還者たちの前に姿を現す事は二度と無いだろう。
 それこそ──人々があの戦いを忘れ去るまで、ドウコクは現れないかもしれない。
 そして、もし彼が現れるならば、それは次代のシンケンジャーが現れる時……彼らの戦いが全て忘れ去られた時だろう。

「──おい、シンケンレッド」

 ふと、ドウコクは、六門船の脇に居た自らの『家臣』を呼びかけた。
 置物のようにそこに佇んでいた外道シンケンレッド、である。
 シタリなどはすっかり、そいつの存在を忘れていたくらいに無口だが──しかし、一度気づくとやはりそこには存在感を見出してしまう。
 鎧武者の甲冑が置いてあるような物である。

「……行って来い。てめえのいる場所はここじゃねえ」

 はぁ、と、シタリはため息をつく。
 やはり、ドウコクも気づいていない訳がなかったか。
 ……あの外道シンケンレッドなる置物、ああ見えて実は──もう。

「さっきの戦いを見て、てめえからも外道の匂いが消えている」

 ──外道、でなくなっている。
 志葉丈瑠ではないが、それは既に、志葉丈瑠のような物に変わっていた。
 外道としての魂を忘れ、はぐれ外道としての人間らしさを取り戻してしまっているのである。
 ──そう、あの薄皮太夫のように。

「お前が奴らに教えて来い……てめえらの勝ちだ、ってな」

 それだけを外道シンケンレッドに吐き捨てるように告げると、ドウコクはシタリを呼びかけた。

「行くぞ、シタリ」

 シタリもそれに従うようにドウコクの背中を追って、どこかへと沈んでいく。
 最後の一度だけ、外道シンケンレッドと成り果てた男の方を見返りながら。

「ドウコク……」

 外道シンケンレッドは、その変身を解除し、一人の男──志葉丈瑠の姿を取り戻した。
 そして、彼もまた、この六門船から消えた。



 ──六門船は、無人のまま、ただがらんと、三途の川の上に浮かべられて揺れていた。





778変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:52:50 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……血祭ドウコク及び外道衆のその後の消息は殆ど知られていない。
 だが、ベリアルの支配が終了すると共に、ドウコクに代わって地上に現れたのは、脂目マンプクだった。
 そして、その結果は、散々なものであったと言われる。

 今のところ、わかっているのは、マンプクはヒーローたちだけではなく、人間たちにさえ敗れたという事である。
 互いを助け合う、人間の「絆」に……。












































 ────そして、殺し合いは、助け合いへと、変わっていく。




Fin.

779 ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 23:02:34 ID:GU7jrFVA0
以上、最終回投下終了です。

wikiによれば2011年7月18日に「変身ロワイアル」の企画が挙がり、2011年10月10日に正式に始まったという事で、今作も4年以上の歴史を重ねて、ようやく幕を下ろすという事になりました。
当初は、「シャンゼリオンとかネクサスとか好きだし宣伝の為に投下したろー」くらいの軽〜い認識で参加していただけに、こうして100話以上も書き連ね、気づけば最終回を投下しているという事実には驚いております。
しかし、2015年の最後にこうして、自分でも満足の行く最終回を投下出来たのは、多くの書き手、読み手の皆さんの支えがあったお陰もあったのだなーと実感しております。
ロワとはまさに、今作品で登場人物が掲げた『助け合い』に似ていたのでしょう。

今作品の参戦作品などで度々引用した素晴らしい作品群にも興味を持っていただけたら、そして、多くの人が築き上げた「変身ロワイアル」というロワを好きになっていただけたら幸いです。

後は、エピローグですが、これを2016年にいつか投下する予定です。
私の方から予定があるのは、一作のみ。良くて二作。
実は、これが最終回の中の幾つかの伏線を回収する真最終回だったり……ゲフンゲフン……。

ともあれ、書き手、読み手、その他関係者の皆さま、ありがとうございました!!
2016年、良いお年を!!

780名無しさん:2016/01/01(金) 00:51:17 ID:ALkpozFc0
読み終わったああ、投下乙!
その後までやっといて真最終回だと!?やはりあの辺りか!?
前座から本番までどこも変身もののロワらしくて、何よりこれまでの集大成だったけど。
やっぱりヒーローでも何でもないでも変身勢ならんまの良牙がギャグもシリアスも決めてくれたのが印象的だった
つぼみと良牙のコンビ、好きだったなあ
消えてしまったのだと暁も歌詞をもじった最後のパートがやばくて泣いた
ザギやベリアルさえどこか救われたり、ドウコクがミラクルライトでギャグしつつも渋くしめてったり
善も悪も吹き抜ける風なエピだった、まさに
今までお疲れ様でした。エピも楽しみにしています

781名無しさん:2016/01/01(金) 13:39:49 ID:U7O92BhsO
投下乙です

変身ロワイアル2の参戦作品はどうしようか?

782名無しさん:2016/01/01(金) 13:55:26 ID:OiwyQpwE0
投下乙です!
壮大な変身ロワに相応しいほどに、壮大な最終回でしたね!
終始ハラハラしましたし、時折混じるギャグには笑わされ、ラストには感動いたしました!
最後にそれぞれのエピローグが描かれたのを見て、ほんの少しだけ切なさを感じながら、真最終回の方にもワクワクしてしまいます。

783名無しさん:2016/01/01(金) 15:49:52 ID:UVmi1LoQ0
投下乙です!
ついに最終回キター!
本当に最後の最後まで夢のスーパーヒーロー大戦だったなあ
復活したウルトラマンノア改めガイアセイバーズ・ノアに全員の力が合わさって次々といろんなヒーローに姿を変えていっ時はもう負ける気がしない安心感があったけど
まさか、最後の最後であんなことになるとは…良牙
仮面ライダーになっても、やっぱり彼の本質は人間で、己自信の拳だったって事なのね
暁のその後エピローグは、黒岩の最期を彷彿とさせてウルっときますね
例え夢の住人っていう虚構の存在だろうと、涼村暁っていうスーパーヒーローは人々の記憶の中に残り続けたんですね…
後、プリキュアの妖精のごとくミラクルライト布教するキュウベエに和んだw
ドウコクのとこまで行くとか命知らず…
でも煽った結果外道衆が苦境に立たされた辺り、やっぱり真の外道は彼だったんですね

他にも色々言い足りないことはありますが、真最終回楽しみにしてます

784名無しさん:2016/01/01(金) 17:18:14 ID:vxkw4JnM0
正義の系譜に終わりはないんだ
乙、ただひたすら乙

785名無しさん:2016/01/15(金) 20:41:16 ID:M7T5LfygO

誰がなんと言おうとシャンゼリオンはヒーローだぜ

786名無しさん:2016/02/17(水) 11:45:45 ID:BxvMn3N20
遅れながらお疲れさまでした
やりきった暁ヒーローだぜ

787 ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:18:04 ID:jwxL9LHA0
お久しぶりです。
2016年に投下予定だったエピローグ、何のアナウンスもないまま放置してすみませんでした。
なんやかんやのトラブルがあったり、なんやかんやの忙しさがあったりであまり進んでなかったのが実情です。
結果的に完成はしていないのですが、またなんやかんやのトラブルが来て延期してしまうよりは、少しずつでも投下しようと思い立ったので、
これだけ時間をかけながら未完状態でこれまた大変申し訳ないですが、何回かに分けて投下する形を取りたいと思います。

ただいまより、エピローグの最初の章を投下いたします。

78880 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:19:27 ID:jwxL9LHA0



 ――どれだけ時間が過ぎれば、事のすべてを冷静に話せるだろう。



 変身ロワイアル。
 かつて、六十余名を中心にいくつもの人々と世界を巻き込んだバトル・ロワイアルは、既に遠い過去の時代の物語となっていた。
 今や、その殺し合いの事を感情を交えて語るのも少々恥ずかしいほどである。時が経てば、それは教科書の一文になり、それはただ「そういう事があった」という事実に変わっていく。詳しい感情を掘り下げるのは、なんだか嘘くさくなってしまっていた。
 八十年もの時間が経ったのだ。この歴史の中では他にもセンセーショナルな出来事はいくつもあった。そしてすべてその次代を席巻し、一つ前の大事件を遠くに追いやっていた。
 そんな事の繰り返しである。

 だから、八十年過ぎたからといって、その後の世界の変容について語る必要はないと思っている。せいぜい、あの事件が影響を残した事といえば、世界と世界がつながりを持ち、一部の人は自由に行き来できるようになった事。それによる技術革新や対立はあっても、それもまた問題の一つとして定着してしまった。
 あとは、八十年という歳月を隔て、人は次の世代へ、また次の世代へとバトンタッチを繰り返していくだけだ。
 結果的に、生き残った戦士も、あるいは殺し合いに巻き込まれる事すらなかったその友人・父母も、多くはもうこの世にいない。血祭ドウコクら外道は八十年の間に、ある戦乱の末に居場所を亡くして滅び、彼らに相対した戦士たちもまた時の流れの中で順番に終わりを迎えていったのである。
 子を残したものもいれば、残さなかったものもいる。

 すべてが入れ替わろうとしていた。
 脱皮した皮がはがれるように彼らの物語は忘れ去られ、今度は彼らの戦いを本の上でしか知らない人々が新しい歴史を作り出していく。
 変身ロワイアルは歴史の中で遠ざかっていき、そこで戦った人々の姿もまた古ぼけた写真の中にだけ残されていく。

 あの大きな殺し合いイベントも、世界の危機も、過ぎて見れば何ら特別な事ではなかった。
 異世界同士がつながった事、多くの人々が支配の下に屈しかけた事、凄惨な殺し合いが平和な暮らしをしていた人々の前に突き付けられた事……それらの影響力は、確かにその当時は大きかったのだろう。
 しかし、その後も世界にはまた多くの血が流れ、多くの悪意が渦巻き、そして、多くの侵略者が地球を狙い続けた。そんな中で多くの人々はまた逃げまどい、ヒーローを待った。
 ヒーローが現れる事もあれば、現れぬ事もあった。
 あるいは、待ち続けた者こそがヒーローになる事もあった。
 あるいは、ヒーローが現れたとして、敗北する事もあった。


 実感として、世界は、変わらなかった。


 彼らの長い長い戦いをすべて見つめてきた者には特別な物語に見えたかもしれないが、彼らの青春もまた、世界の歴史の一部に過ぎないのだろう。
 彼らの築き上げた、彼らの中で特別な物語も……歴史の端っこで、誰かにそっと伝えられるだけに留まっていく。

 八十年、という月日の中で、現代にその言葉を残せているのは二人だけだった。
 そして、二人ともまた近いうちに死ぬ事が確定している。
 一人は病でベッドに伏し、あとは今日死ぬか明日死ぬか……もってあと数日というところまできていた。
 あとの一人は……どこで何をしているのかわからない。



 この八十年後の物語は、変身ロワイアルの参加者が、残り二人となり、一人の死とともに残り一人となり、そして最後に誰もいなくなるまでの、本当の終わりの時間を記したものである。



【残り 2名】





78980 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:20:00 ID:jwxL9LHA0



 ――鳴海探偵事務所。

 風都に知らぬ者はおるまい。鳴海壮吉より築かれた、今や老舗の探偵事務所だ。
 かつて変身ロワイアルで生還した名探偵・左翔太郎、又の名を仮面ライダーダブル。あの男が、殺し合いから帰ってきた場所だった。
 あれから先、何名かの探偵がここに憧れ弟子入りをもくろみ、あるいは何名かの経営者が鳴海探偵事務所のネームバリューをビジネスに誘った。しかし、それらすべてが断られた結果、ここはいまだ小規模なまま、かつてのようなアンダーグラウンドな風都を支えている。
 翔太郎然り、その次代、その次代然り、弟子を取るなどという方向には特別な事情がない限りほとんど行き着かず、またこの事務所には人件費を払う余地もなかった。
 何せ、百歳目前までこの事務所の財布の紐を握り続けた鳴海亜樹子は、あまりにケチな性質だったのであるから、それはまた仕方のない話だ。やれ拘りやら、やれリスクがあるやらと、良くも悪くも旧態依然とした事務所経営を続けた結果、潰れもせず大きくもならず、今に至るのである。
 そうこうしているうち流れた八十年という歳月で、遂にここを頼る者も減っていき、依頼は元のような犬探し、猫探し、亀探しに偏りはじめ、時に(当時で云う)ガイアメモリ犯罪のような特殊な高額依頼が舞い込むといった具合だ。
 尤も、このくらい元の鞘に収まってくれていた方が、故・翔太郎らもあちらで安息できる事だろう。

 ……八十年後、という時間。

 ここで、この鳴海探偵事務所に弟子入りした『ハードボイルド体質』な探偵。
 それが、これからこの物語の語り部となる。
 彼のパーソナリティを予め話しておこう。

 特徴、百八十メートルを超える長身にして、華奢な体格。
 趣向、コーヒーはブラック、タバコはマルボロ。
 性格、『ハードボイルド体質』。
 憧れ、『ハーフボイルド』。
 嫌いな物、子供、女の涙。
 左翔太郎が築き上げた『ハーフボイルド』に憧れながら、しかし、意固地であまりに恰好が付いてしまう、様になってしまう『ハードボイルド』な運命にあった。
 それが、この『探偵』であった。

 これから彼が語るのは、八十年前のバトル・ロワイアルと、この時代とを結ぶ一つの奇妙な事件。
 その出来事は、この『探偵』自身の言葉を借り、その通称は、彼がタイプライターに綴ったこの名前を借りるとしよう。



 ――『死神の花』事件――



 さあ、変身ロワイアルの最終章を始めよう。







【『探偵』/風都】



 ……その日、軽い暇をしていたおれのもとに小さな天使から舞い込んだ依頼は、おれの五年間の探偵人生で最大に奇怪なものだった。
 まさかおれも、この小さな天使――かわいらしい十数歳の少女――の依頼が、あの『死神の花』などと名付ける事になるおどろおどろしい事件に結び付く事など、夢にも思っていなかったのである。
 それも、あまりにもその結びつきが突飛なもので、おれは八十年前にこの街にばらまかれた『ガイアメモリ』なんていう化石が、おれの精神に干渉しちまっているのかと疑った。しかし、どうやらそれはおれの思い違いだったらしい。
 昔よりか、ずっと平和になったはずのこの街だ。

79080 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:20:33 ID:jwxL9LHA0
 ガイアメモリなんてどんな悪人だって手に取れるわけがない。何億という金を積んだってあんなものはもう手に入らないし、そうまでして使うメリットはあるまい。余程の物好きか、拘り屋か、骨董屋か、あるいはミイラ人間か――いずれにせよ、この街の売れない探偵に白昼夢を見させる理由はない。

 と、後に繋がるような話を今のうちからしていても仕方がない。この時点でおれは、まだこの依頼が死神を呼ぶ事になるなど想像もしていなかったのだから。
 話は、おれがその依頼を受けるハメになったところまで戻そう。

「……つまるところ、きみはおれに骨董品探しを手伝ってもらいたいわけだ」
「はい」

 おれと向かい合っている依頼主は、角度によって薄っすらと赤色に光る綺麗な髪の少女だった――これがおれの先述した「小さな天使」だ。顔の作りも良く見ると端正で、十年後が楽しみだが、今の彼女とは仕事以上の関わりは避けたいものである。
 おれにとって、年頃の少女は天敵だ。扱いがわからないのである。下手に穢れがないだけに、何が機嫌を損ねるかのバランスがとても難しく、すっかり理解できない。
 更に、この娘は気弱で口下手なタイプな事だけは明確にわかってしまうので、こちらとしても話しづらい。保護者同伴で来てくれた方が、おれにとって都合が良かったように思う。
 ただ、今のところは、どこにでもいる普通の少女、というのがおれの受けた印象だ。この年頃の少女がこんな廃れた探偵事務所に一人で来て快活でいられるわけもない。おれの代から社会に言われてきた事だが、面と向かってのコミュニケーションが得意な人間なんてすっかり減ってしまったような気がする。正直、おれもそのクチだ。

 それから特殊なのは、彼女のパスケースだった。
 その住所を見るに、この風都どころか、仮面ライダーなる伝説が各地に残る「この世界」の住民ではないのだ。――この事務所を頼ってはるばる異世界旅行にやって来たようである。
 道理で、というか、少し風体が風都民らしくなかった。こう言っては何だが、品があるが少し幼く、クライム・シティには慣れていない顔つきは直感的にわかる。人種が違うわけでもないのだが、どうしてなのか、出身世界も区別できる人には区別できるものだ。
 ……そんな彼女の依頼である。

「私のおばあちゃん……厳密には、ひいおばあちゃんなんですが、そのおばあちゃんが今おかれている状況をお話します――」

 と、まず語られたのは、彼女の曾祖母が、今現在、闘病中で病床に伏しているという話だった。順調に九十歳を超えて俄然元気だった曾祖母は、この数年で何度も病気に罹り、治療と再発を繰り返し、遂には本当に余命僅かと宣言されたのだと云う。
 人間誰しもに訪れる永久のお別れが近い、というわけだ。

 そんな曾祖母の病院を訪ねると、毎回ベッドの上で、遺言の如く、生きているうちのいくつかの後悔を口にしている。この少女は、それをひとつひとつ丁寧にメモを取って聞いたらしい。それをおれに見せた。
 だが、残念ながらその殆どは、この依頼主にとって叶えられるものではなく、彼女は既にその多くにバツ印をつけている。確かに、誰に頼んでもどうしようもない物や過去に誰かを傷つけた出来事などを話していて、彼女の後悔を叶える事はできそうもない。
 亡くなる曾祖母にせめてもの恩返しがしたいのに、それが出来ない無力で彼女も相当落ち込んだ……らしい。



 ――――だが、そのメモの中に大きなマル印で囲まれた願いがあった。

 彼女の曾祖母が失くした、「ある骨董品の回収」だった。
 彼女はどうやら、この願いに関しては叶えられる希望があると感じているらしい。
 なんでも、彼女の曾祖母のそのまた祖母から預かった品を、彼女の曾祖母が失くしたぎり、生涯返せなくなってしまったのだと云う。
 無論、百歳近くの老婆のそのまた祖母など、とっくに冥土にいるに決まっている。あくまで、彼女の曾祖母がそれを祖母に返す事はできないのは彼女らも承知だろう。だが、確かにそれを見つけ出せれば、せめて一つの後悔に決着を付ける事が出来ると踏んだのだ。
 この少女は、そんな曾祖母の最期の願いの一つを必ず叶えてやろうと意気込んで、「骨董品探し」をおれに依頼したのである。

「お願いします、この願いだけ……依頼できませんか?」

 ……まったく、家族想いで健気な美少女である。
 佇まいから何から古風で丁寧。今時珍しいくらい健気で純粋である。
 彼女に対し、おれの出せる答えは一つだ。


「――悪いが、その依頼は断る」

79180 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:21:19 ID:jwxL9LHA0


 そう、拒否である。
 おれの返答に、少女は目を丸くした。

「えっ」
「きみの祖母がきみと同じ年頃に失くしたと云うのなら、残念だが、紛失というよりは既に処分されている可能性が高い」

 単純な話だが、当然だ。
 彼女の曾祖母の年齢から逆算すると、それは今から遡って八十年ほど前に失くしたという事になる。彼女が家探ししても見つからなかったというのだから、ほとんど間違いなく、それはもうこの世にない代物だろう。
 まして、古物的価値があるものではなく、それはあくまで彼女の曾祖母にとって大事なモノだったに過ぎず、誰かの手に渡って保管されている可能性も薄い(勿論、ないとは言い切れないがそう上手く探り出せるはずもない)。
 可能性が高いのは、家族の誰かが間違えて処分してしまったとか、引っ越しの際に置き去りにしてしまったとか、そんなところだ。
 彼女ら一家の家や敷地がどんな場所なのかはわからないが、それ以外の場所がまったく手つかずのままで八十年眠っているとは思えない。
 そのうえ、誰かの手に渡って存在するとしても世界は広すぎる。何の手がかりもなしにそれを見つけるのはあまりに困難だった。

 そうでなくても、彼女の依頼の場合、ただの物探しというには、あまりに特殊なケースなのである。
 おれの見込みでは、その探し物が偶然見つかる確率も極めて低い――というわけだった。

「おれは、叶えられない依頼は受けられない」

 下手に希望を与えて何も見つからず、そのうえで依頼料だけ受け取るなどという所業はおれのポリシーに反するものだ。感情に流されて安請け合いした方が恰好はよろしいかもしれないが、むしろそちらの方が失敗した時に冷酷だ。
 何も見つからず、何も成果を出せず、ただ美しい言葉だけ並べて、良い人の面をして、許されながら、誰も傷つけず、金だけ受け取って自分だけ得をする世界で一番せこいやり方である。――このまま依頼を受けるのは、おれ自身がそうなる可能性が極めて高い事だと思った。

 では、金を受け取らなければ良いか?

 残念ながら、それも出来ない。すべての依頼主は平等である。これが商売である以上、いくら温和な十代の少女でも、安くする事は出来ないのである。他の依頼主もいる手前、おれは相手が子供でも、余命僅かな老人でも、必ず報酬を受け取る。うちにはそういう割引システムやサービスは設けられていない。
 おれは、あくまで話を聞いて自分が達成できると踏んだ依頼のみを見定めて、それだけを受領し、それをすべて叶える形で探偵をやってきたのだ。言い訳をするつもりはないが、これでも大方の依頼は受けてきたつもりだ。そこらの探偵がしっぽを巻いて逃げるような危険な依頼だってこなしてきた。
 それに比べれば、探し物は比較的安全な依頼だろう。
 だが、何度も言うが、リスクの有無を問わず、おれは達成できる依頼のみを受ける。だからこそ報酬を得られるし、だからこそ信頼されると思っている。
 世の中は未だ資本主義だ。おれは、気に入っている。

 こういう娘にも、はっきりと現実を見せてやった方が良いのだ。



 バシッ――!!



 ――と、そんなおれの額に、突如として何かが叩きつけられた。
 額を駆け巡る鋭い痛み。おれは、それがまた、うちの所長が投げつけたスリッパの一撃だとすぐに悟った。こんな事をする人間は一人しかいない。

「痛ェな! 何すんだよクソババア!」
「そのくらいの依頼叶えてやりなさいよ、男でしょうが」

 鳴海亜樹子――それは、この事務所の所長である百歳の老婆であった。てっきり、奥でつまらないネット動画でも見ながら猫と戯れているのかと思いきや、依頼内容を全部聞いていたらしい。
 淑女亜樹子の動きと喋りは随分とスローモーだが、叩きつけられるスリッパの痛みは本物だ。すっかりスリッパの効果的な投げ方を覚えている。

79280 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:22:23 ID:jwxL9LHA0
 いつものように、「さっさとくたばれババア」と悪態をつきたいところだが、この少女の手前、口が滑ってもそんな事は言えない。
 とにかく、額を抑えながらおれは仕切り直す。

「……嬢ちゃん。残念だが、おれには所長にああ言われても、依頼を受けるのは難しいんだ。何しろ、見つけられると断言できない。『見つかるかもしれない』なんて嘘もつけない。タイム・マシンがない以上、おれはきみの依頼を達成できないと思っている。力不足で申し訳ないが、それがこのへぼ探偵の実力だ」

 ババアに言われずとも、おれはおれなりに男という性に向き合っているのだ。
 無為な理想を求めるファンタジックな男性像ではなく、大局を見る理性的なリアリストとしての男性像に。
 と、依頼主の少女は項垂れて、口を開いた。

「――わかりました。無理を言ってごめんなさい」

 物分かりが早くてありがたい。理解を示してくれたらしい。
 ……と、思ったが。

「……えっく……諦めるしか、ないですよね……えっく……。そうです……わかってました……」

 ……最悪だ。泣きやがった。
 女の涙は苦手だ。放っておくのも苦手だし、拭うのも苦手なのだ。
 この場合は、「放っておけないうえに、依頼を受けて甘やかせない」という厄介な状況だ。クレーマーやヤクザの方がまだ対処しやすい。
 おれは、クレーマーを上手くいなす交渉術についてはすぐに覚えられた。ヤクザは法律を上手く盾にすれば良いし、殴りかかってきたならばそれこそ拳を叩き込めば良い。
 だが、女は交渉術も法律も聞かない。自分の感情を直球でぶつけて、奇妙な理屈を当たり前に通そうとしてくる。そのうえ、殴れない。
 横から、その場にいたもう一人の「女」――所長が口をはさんだ。

「おい、ハードボイルド探偵」
「は?」
「ハーフボイルド、目指してるんじゃないのか」

 ……これも女の特徴だ。奇妙な理屈ばかりのくせに、痛いところを突いてくる。
 実を云うと、おれがこの事務所をわざわざ選んで、何代か前の左翔太郎の「ハーフボイルド」と呼ばれた探偵作法に興味とあこがれを示したからである。
 何せ、生まれながらのハードボイルド思考と、甘さと肩ゆで卵を嫌うハードボイルド嗜好が、板についてしまい、すっかり自分が嫌になったのである。人は自分に無い物を求めるというが、程よい甘さが欲しいという程度にはおれも人に嫌われてきた。
 一時の感情を切り捨てて、最良の決断をしようとするほど顰蹙を買ってしまうのも、この世の理だ。その割り切った性格が原因で、何人の女にビンタを受けたかは聞かないで頂きたい。
 おかげで行く先々で逢う人に冷血漢と呼ばれてしまい、前の探偵事務所(事務所というよりは大きな会社のようだった)は、それが原因でスタッフと話が拗れてクビである。

 つまるところ、ハードボイルドは、時代遅れだ。
 と、なると正真正銘合理的に生きるには、何もかもにラインを引いて平等のルールを押し付けるよりか、強いものには強くあたり、弱いものには施すような程よい甘さ――「ハーフボイルド」こそが仕事に必要だと考えているが、性格上踏み切れないのである。

 ……今回は、まさしくハードボイルドが拗れた時に近い状況だ。「依頼主の女が感情的になる」というシチュエーション――これはこちらの事務所では珍しいケースだが。
 まあ、ほんの少しだけ、踏み切ってみるのも悪くあるまい。
 おれは、すぐに口を開いてある提案をした。

「――わかったよ。そこまで言うなら、所長。悪いが一度、有給休暇を取らせてくれないか」
「は?」
「制度的にはあったが、今日まで一度も取ってないだろう。……おれとアンタだけじゃ臨時休業しなきゃ仕方がないから我慢はしていたが、ここらで一度労働者の権利を証明しておきたい」

 長らく自営業のような気分でいたが、一応おれは鳴海探偵事務所に契約社員として就職している。ここでは、就業規則のうえで契約社員に対しても権利が認められている有給休暇を取得する事が出来るわけだ。
 元々、いつが出勤でいつが休みかもよくわからない職業柄ゆえ(世間的にはブラックだがおれはむしろ気に入っている)、すっかり気にしてはいなかったシステムではある。しかし、雇用者である鳴海所長はこの権利を無視できないだろう。

79380 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:22:55 ID:jwxL9LHA0

「なんでこの話の流れで有給休暇を取るんだい」
「おれは、その有給を使い、探偵業ではなく、プライベートでこの娘の話を手伝わせてもらう。ただし、これはあくまで依頼じゃない。私的活動、いわば趣味だ。達成する義務はなく、達成しても報酬は頂かない」

 少しの間、鳴海探偵事務所は臨時休業となるが、ほとんどの人間にとってこんな探偵事務所は開店中だかもよくわからない状態だ。
 実は猫探しの依頼が一件だけ入っている。だが、これも、初めての依頼主ゆえに保留扱いだし、これも大概の猫は帰路を覚えて飼い主のもとに帰ってくるだろうから、放っておいても大丈夫だと見ている。

 残念ながら、他の予定は真っ白。一応この状況では好都合だ。
 これを所長に説明すると、納得はしがたいようだが、ちょっとだけ頭を悩ます様子を見せた後で、回答と質問が戻ってきた。

「……構わないが、あんたがそんな事言うなんて珍しいわね……主義を変えたのか?」
「――いや。そのつもりはない。ただ、彼女は少し特殊なケースだからな。タダで依頼を受けるのでなく、彼女にはおれとの繋がりを利用して貰う」

 言いながら、おれは、少女の方を向いた。
 いまだ泣き止まない彼女に真剣なまなざしを向けながら、

「一つ訊きたいんだが、何故きみはこの探偵事務所を選んだ? きみはこの街どころか、この世界の住人ですらないだろう?」

 と、おれは訊いた。
 彼女が風都の住人ではないのは勿論の事、別の世界の住民であるのは間違いない。鞄にぶら下げた定期券から判別できる「元の住所」が、それを告げている――そこに記されているのは、当然この世界のものではない。それは来た時点でも気づいていたし、どことなくこの古風な街並みに馴染めていない素振りも感じていた。もっと未来的な街並みばかりが並ぶ世界から来たという事である。

「は、はい……そうですけど」

 彼女は不思議そうに、答える。
 ビンゴだ。この小さな天使は、おれの推理した通り、別世界の日本から来たエトランゼなのだ。だとすると、いくつか疑問がある。
 そんなエトランゼの少女が、この事務所をわざわざ訪問した時点で、疑問は始まっていたし――その答えをおれは思考を巡らせて導こうとしていた。いくつかの仮説を立てて、その結果として出た推理、その裏付けがおれは欲しかった。

「この事務所を選んだ理由ですか?」
「ああ」
「曾祖母が信頼していた探偵事務所だと聞いていたからですけど――」
「そう。きみは曾祖母からこちらの探偵事務所を推薦されたわけだ。だが、ただ理由もなく選んだとすればきみの曾祖母はよほどの変わり者になってしまう」
「え?」
「こんな辺鄙な地方都市の探偵事務所、まして異世界の事務所を選ぶ理由がないだろう。探偵だって世界を跨ぐようになれば時間がかかる。なのに、何故ここを選んだのか? ――今度は、それが、おれにとって大きな謎になる」
「それは……えっと」

 言葉に詰まったようだ。彼女の性格上、隠し事をしているわけではないが、上手く説明ができないのだろうと思えた。
 おれは、フォローの意味で、まくし立てるように続けた。

「君に代えて答えよう。きみの曾祖母は、八十年前の人間だ。――と、なるとこの探偵事務所の最盛期にあたる。その頃は、ここもおれが想像できないほどたくさんの人だかりが出来たらしい。……尤も、来たのは依頼人ではなかったという話だがね」

 当時、押し寄せてきたのは、依頼人ではなく野次馬や、あくどい営業マンたちである。その時の事なら、隣の老婆から耳にタコができるほど聞いている。
 彼らは、探偵としての技量ではなく、その探偵の知名度と偉業に群がったのである。幸いにも、その探偵はお調子者だったので、しばらくはその状況に酔ってもいたとの事だが、何しろ、探偵には探偵の拘りがあったのだろうと推測できる。
 滅多な事では、「異世界の人間」の依頼など受けないのだ。――そう、俺の知るデータ上のその人物ならば。

「――そのうえ、この探偵事務所の探偵であった左翔太郎探偵は変な拘りを持って、この街以外の人間からの依頼は、よほど放っておけない事情でなければ、ほとんど受けていなかった。そうだよな? 所長」
「え? ああ。翔太郎くんは、なにより、この街が好きだったからねぇ……」

79480 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:23:17 ID:jwxL9LHA0

 所長が、感慨深そうに答える。――当時のこの事務所の探偵・左翔太郎がこの街以外の依頼をほとんど受けなかったと説明したのは、あくまで推理推測に過ぎなかったが、こうして当時の立ち合い者に裏付けられたので間違いない。
 左翔太郎なる人物のパーソナリティや、残っている事件のデータからも察する事が出来る話だ。

「――だとすると、ここでの一番の謎は、君の曾祖母は『依頼人』として、ここの探偵を信頼していた事だよ。可能性と考えられるのは、きみの曾祖母がこの街から向こうに越したとか、きみの曾祖母が特例的に依頼を受けてもらえたレアケースだったとか。――尤も、そこから消去法を使わなくても、答えはすぐそばにあったよ」
「……」
「おれはね、きみの曾祖母と、左翔太郎と――それから先々代の佐倉杏子とは、ある繋がりがあった筈と睨んでいる」

 おれは、ソファから立ち上がり、デスクの引き出しから一冊の本を取り出した。
 つい最近、ひまつぶしに読んだ一冊の本だった。手垢だらけで、日焼けまみれ。古びていて読みづらい状態だったが、おれが示したのはその本の内容ではない。

「この写真の中に、きみの曾祖母がいるんじゃないか?」

 おれは、左翔太郎探偵――および、佐倉杏子探偵の遺した古びた本に挟まれた数葉の写真を、彼女に見せた。
 異世界交遊時代を呼び寄せた決定的な出来事を記した、貴重な資料。それが、この『変身ロワイアル』と題された書物であり、この写真はその殺し合いの途上で撮られた写真であった。
 一応言っておくが、別に記念撮影というわけではない。参加者――高町ヴィヴィオが連れていたハイブリッド・インテリジェント・デバイスことセイクリッド・ハートが日常録画機能を用いて残した貴重な資料である。
 それでも、そこには楽しそうな笑顔もきっちり映っている。悲惨な殺し合いの渦中にあるとは思えず、おれはやらせなんじゃないかと疑ってしまったが、当時世界放送されたデータの一部には、参加者が団結する過程でほどほどにリラックスしていた事も確認できている。
 職業柄、あまり感じなかったが、人間というのは存外素敵なものなのかもしれない。
 それに、やらせというにはあまりにも――良い笑顔だ。

 おれが見せたかったのは、この写真群の方である。数枚だけ残されているのは、左翔太郎と佐倉杏子にとって思い入れの深かった場面。
 ある時点までの生存者のうち、チームを組んでいた人間が――左翔太郎、フィリップ、佐倉杏子、蒼乃美希、沖一也、孤門一輝、冴島鋼牙、高町ヴィヴィオ、花咲つぼみ、響良牙がそこに映っており、その中に一人だけ、この少女と瓜二つの人間がいた。

 八十年前の時点で、彼女と同じ年頃の少女――。



「花咲つぼみ、だね」



 写真の中で眼鏡をかけている少女は、彼女によく似ていた。
 キュアブロッサムとして戦い、生還後は植物学の研究者として従事し、何度とない病に侵されている――今では九十四歳の老婆。

「……はい。これが、私のひいおばあちゃんです」

 所長が、思わず驚いて口を大きく開け間抜け面を晒していた。
 依頼主は、花咲つぼみの娘の娘の娘――『桜井花華』(さくらいはな)であった。
 現在、十四歳。まさしく、当時の花咲つぼみと同年齢であった。







「……別に隠していたわけじゃないんです。ただ、私は来た事がなかったし、曾祖母の名前を出しても気づいてくれるかわからなくて」
「いや。本当に。すっかり……。うん。言われてみればつぼみちゃんとそっくりだわ」

 鳴海亜樹子にとって、花咲つぼみは遠い昔に出会った一人の少女に過ぎない。
 しかし、何か少しの会話を交わしたり、特別な思い入れこそなくてもお互いを覚えたりする程度の関係ではあるのではないかと思えた。
 と、何かふと思い出したかのように所長はまた慌てておれを見た。

79580 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:27:10 ID:jwxL9LHA0

「――もしかして、今回の依頼って……」

 何かに気づいたらしい。年老いてはいるが、勘は鋭い女である。彼女も、この八十年それなりに頭を使って、感覚を磨き生きたのだろう。
 あるいは、彼女にとっても「それ」は「気がかり」だったのか。
 おれは頷いた。

「ああ。この事務所の未解決ファイルの事件だ」

 ――未解決ファイル。
 鳴海探偵事務所は、法律による保管期限を超過した資料は破棄してしまうが、それとは別に未解決・未達成の事件の書類がファイリングされていた。ある意味、この事務所においても戒めとして残しているのだ。
 おれは、そのファイルを参考程度に何度か目にしているが、八十年分の未解決事件がすべて閲覧できる代物で、おれから見るとかなりくだらない依頼まで残されていた。
 今回おれが開いたページも、わざわざ八十年残す内容ではないと思うが、今回はこれが役に立ったと言わざるを得ない。残してみるものだ。

「実は、ちょうど八十年前、きみの曾祖母は左翔太郎探偵に、まったく同じ依頼を残しているんだ。だが、左探偵は依頼を途中で何らかの事情で終了。その数年後、たいへん惜しい事に事故死している」
「え?」
「更に彼の死後に未解決事件をすべて引き継いだ佐倉杏子探偵が再調査している。まあ、花咲つぼみ氏の知り合いだったからかな。しかし、佐倉探偵は、そこで再び、『依頼主に事情を説明』して調査終了しているんだ。それからしばらく後になるが、佐倉探偵も亡くなった」
「……」
「次の探偵は、佐倉探偵と同時期に所属していて事情でも説明されたのか、この事件については引き継いでいないようだな」

 次の探偵、というのはおれの師匠――おやっさんに他ならない。
 名は伏せる。
 だが、厳かで、ハードボイルドで、しかし優しくもあり、妙にバランスの取れた人間であった。飄々としていると言い換えても良い。
 そのおやっさんも既にこの世にいない。この世にこそいないが、おれにとってはいまだ尊敬する人間の一人である。
 そんなおやっさんは、佐倉杏子や左翔太郎を深く尊敬していたようだが、おれはいずれとも面識がないので、彼らについてはなんとも言えない。
 花華が、ふとおびえながら口を開いた。

「えっと……それじゃあ、これってまさか関係者が亡くなる、触れちゃいけない呪いの依頼とか……?」
「そう焦るな。依頼を受けてから終了するまで、そして終了してから担当者が死亡するまでに数年のブランクがある。左探偵はともかく、彼らと一緒にこの依頼を受けていたはずの雇い主・鳴海亜樹子がそこにいるだろう」
「ああ……そうですね」

 呪いの類は、ほとんどこじつけに違いない。都合の良い部分だけ抜き出せば、いかようにでも呪いを作り出せる。逆に、その呪いを成立させるには都合の悪い部分だって、少なくないのである。

 ただ、オカルト以外にも背筋を凍らせるものがある。
 それは、人間の意思の謎だ。――きわめて不可解な、しかし、何かしらの理論で動いている人間が遺したメッセージ。それは、おれの目にも不気味に映った。論理を持つ人間が得体の知れない行動を取った時、どうしてもおれはそこに闇を感じてしまう。
 謎、という闇だ。
 そんなものが無作為に世の中に散らばっているのが気持ち悪い――というのが、おれが探偵という職を選ぶ理由の一つである。
 おれは、花華に言う。

「ただ、オカルトじゃないが、奇妙な点はいくつかある」
「というと?」
「……まず、この未解決依頼に関してだが、そのほとんどは『終了』ではなく『中断』しているんだ。このファイルでは、今後再び事務所が解決できるかもしれないという希望を残して、ほとんどの事件を『中断』と表記しているんだろう。しかし――これは親族にも守秘義務の都合、詳しくは見せられないが、この依頼についてだけは、左探偵も佐倉探偵も『終了』と表記して保留している」
「『中断』と、『終了』で、何か違うんですか?」
「ああ。左探偵は、『中断』としたところをわざわざ書き直して『終了』として纏めているんだ。これを見るに、単に表現が違う同じ意味の言葉というわけではないらしい。それぞれ何か意味がある。そして、この『終了』もすべて解決に至らずに未解決ファイルに仕舞われている」
「――どういう事ですか?」
「わからない。――わからないから、おれには依頼としては受けられない。非常に高い確率で、おれはこの左探偵と佐倉探偵が解決できなかった依頼を達成できないと踏んだんだ。申し訳ないがね」

79680 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:27:51 ID:jwxL9LHA0

 深い知り合いであった彼らにさえ解決できなかったのがこの依頼だ。
 八十年後、曾孫や他人が手を付けたところで、このファイルから該当依頼を捨て去る事は難しいと云える。
 ましてや、左翔太郎も佐倉杏子もその探し物について、深いところまで掴んだうえで、おそらく不可能とみて『終了』を選択した。ただの骨董品探しだというのに、あまりにも不可解な結末だ。
 そんな依頼を安易に引き受けるのは無責任でさえある。

「きみの曾祖母は、佐倉探偵から事情を説明されたにも関わらず、今になって再びそれを見つけられなかった後悔を挙げている。――その意味からして、おれは、他の願い同様に今更叶えられないモノの一つとして挙げたのではないかと思った。たとえば、処分されていた事が確定したとか」
「……」
「――だが、それにしては、おれにはどうも引っかかるんだ。なぜ、依頼は『終了』されなければならなかったのか。……何しろ、左探偵の調査段階で、既に佐倉探偵は助手として行動を共にしている。その時点で、結果が『処分されて依頼達成不可能』であったのなら、左探偵はふつう、佐倉探偵にも花咲つぼみにもそれを報告するのではないかと思う」
「でも、友達だったから言えなかったとか……」
「……いや。確かにその可能性もないわけではないが、おれは違うと思う。依頼人にとってはね、保留されるのが一番怖いのさ。それは左探偵だってわかっているはずだ」

 保留――その恐ろしさは探偵や警察という職業の者が最もよく知っているはずだ。
 それは、永久に依頼人がそれを探し続ける結果を齎す。この事務所の未解決ファイルだって、保留したくて保留しているわけではないだろう。あのいくつもの事件は、探偵の敗北を意味する悔しさに満ちていた。
 おれたちの仕事は、相手が誰でも、見つけた真実を伝える事に他ならない。

「第一、そうならなかったから後に佐倉探偵が再調査をしている。依頼人本人に伝えなくとも、佐倉探偵や鳴海所長には伝えるのがふつうだろう。そうすると、そこから二度手間の調査までする必要はないと思える。……だから、おれには、どうも即座に言えない事情があったとしか思えないんだ」
「確かにそうですね」
「――それに、ここでは、『人探しを依頼されて捜索対象が死亡していた』という結末は、未解決に該当しないものと扱っている。同様に、『探し物が処分されていた』という結末を下した事件は、未解決には該当しないものと扱うのが自然だろう。少なくとも、この世のどこかにあると判断したうえで、それは決して見つけられないと判断したから――このファイルに綴じられているものだと思う」
「なるほど」

 そんなおれを、横から茶化す声が聞こえた。

「……さすが。腐っても探偵」

 所長である。
 他人事のようだが、彼女こそ当時の生き証人ではないか。――尤も、期待はしないが。
 念のため、おれは彼女に訊いた。

「所長はこの当時の事件について何か記憶があるか?」
「うんにゃ。依頼を受けた記憶はあるけど、何しろ特別な事件でもなかったからなぁ……未解決ファイルを読み返してそんな事があったと思ったくらいで……」

 やはりだ。
 八十年も探偵事務所を経営し、その依頼内容をすべて把握できるような人間はそういない。――ガイアメモリ犯罪などという殊勝な事件に巻き込まれるところに始まった彼女の所長人生は、そういった些末な事件を覚えられる具合ではないのである。
 それは無理もない話であるが、そう都合よく話が進むものでもないと思っていた。

「解決は、厳しそうですね……」
「おれもそう思ってはいる。出来るとすれば、きみの曾祖母が一体、佐倉探偵から何を訊いたのか知るくらいだ。曾祖母はいま、話せる状態にあるかい?」
「可能ですけど、親族以外はほとんど会えない状態です」
「きみの曾祖母は、有名人だからな……無理もない」

 いっぱしの探偵では、病院の意向を説得するのも難しい。
 彼女の方からまずは聞いてもらわなければならないわけだが、そうであるにせよ、彼女は曾祖母の後悔として話を聞いた時点で、それについて詳しく掘り下げようとはした筈である。
 ――そうでないとしても、曾祖母がそうして探し物を見つけられなかった事を後悔に挙げている時点で、左探偵や佐倉探偵による『終了』報告に納得はしていないと考えられる。

79780 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:28:18 ID:jwxL9LHA0

「……おそらくきみの様子では、曾祖母がその件を覚えていたり、探し物のありかに心当たりがあったりという感じではなかったみたいだな。佐倉探偵から受けた報告について、きみの曾祖母に聞いたところで、何かの手がかりにならないと感じているんじゃないか?」
「……」

 図星らしい。
 花咲つぼみが現在どういう状態かは知らないが、こうした反応を見れば察しが付く。少なくとも健康的な状態ではないし、探し物についてはもはや心当たりもないといった状況なのだろう。
 ぼけている、とまでは云わないが、少なくとも佐倉探偵から当時訊いた事情を忘れたのか承服しないのか、いまだにそれを本気で探したがっていると考えた方が自然だろう。
 続けて、おれは云った。

「そして、解決すると断言できない依頼は、おれは受けられないというのは先に云った通りだ」
「……じゃあ、やっぱり依頼は受けてもらえないんですか?」
「そう言いたいところだが――――と、ちょっとタバコを吸わせてくれ」

 おれは胸ポケットから取り出したマルボロを咥え、火力を最大にしたジッポライターで火をつけた。女性二名には露骨に不快がられたが、これは衝動だ。
 ヘビースモーカーにしかわからないだろうが、どうしても吸いたくなるタイミングというものが存在する。小さなストレスや頭の中のもやを晴らすのに、その穢れた煙を吸う衝動が必要になるのだ。
 おれは、タバコの香りを吸い込み、大きく吐き出す。

「――しかしだが、個人的にすごく気になる内容なのは確かだ。ここまでのデータを踏まえると、動けば何かの手がかりが入る話に違いない」
「それじゃあ、依頼を受けてくれるんですか?」
「いや、それはできない。――とはいえ、だ。これまで話した通り、かつては変身ロワイアルという営みがあったわけだ。すると、この事務所が存続しているのは、きみのご先祖が左翔太郎や佐倉杏子を生きて帰すのを手伝った事に由来がある。そうなれば彼らの孫弟子であるおれは、きみの家に恩を感じずにはいられない立場だ」
「はぁ」
「ここは、探偵ではなく、私人として無償で手伝うのも悪くはないだろう、と思っている。――きみとしては、どうだろうか」

 そういうと、花華は「そういう事なら」と、戸惑いつつも首肯した。すっかり泣き止み、おれとしては一つ事件解決というところである。
 おれは、笑みを浮かべて灰皿にタバコを押し付けた。華奢なマルボロがL字に曲がって吸い殻の山に重なる。
 ともあれ、おれはこの時点で最大のストレスが消えてくれた気分であった。思春期の少女の涙なるものはなるべく早々に視界から外したい。

「――さて、それじゃあ早速探しに向かおうか」



 おれは、その後、すぐに「今日から有給取得日」として所長に申請している。
 時系列が逆だが、今日の出勤を事後的に有給扱いとしたのである。以後三日に渡っておれは「休暇」を取り、この事務所は臨時休業となる。
 尤も、その間に依頼が来る可能性など僅かだ。この事務所にそう何人も続けて依頼人が来る事など、ポーカーでフルハウスを連続させる程度の可能性しかありえない。

 おれは、さっそく帽子を深くかぶり、出かける準備を整えた。
 と、出かけようとするおれに、所長が口をはさんだ。

「これは主義を崩すのとは違うのかい」
「……おれのルールは崩せない。だが、どんなルールにもこうした抜け穴があるものだ。そこを突いてもらえば、おれは主義を崩さず動ける事になる」
「動きたいように動く、じゃダメなのかね……」
「おれの作法だ。気にするな」

 滑稽で面倒に見えるかもしれないが、それがおれの性格だ。





79880 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:28:47 ID:jwxL9LHA0



 ――これまでが、おれのもとに舞い込んだ事件の発端である。



 これまでに出たキーワードは次の通りだ。

・八十年前に消えた骨董品
・左探偵、佐倉探偵が見つけた事実
・花咲つぼみ
・桜井花華
・風都
・鳴海探偵事務所
・未解決ファイル

 ……考えてみれば、この時点で八十年前と今とは繋がっていた。いくつものキーワードがそれを証明している。
 しかし、まさか、事件を追うにつれて、更に八十年前と今とをつなぐ言葉が増えていくなど……八十年前の怨念と、その時代の人間たちが遂にたどり着く事がなかった真実にまで足を突っ込むなど、誰が想像しただろうか。
 そう、少なくとも、おれのような弱小事務所の独り身探偵がぶちあたる問題ではない。
 神様がいるとして、花咲つぼみの子孫である彼女になら特別な課題を与えるかもしれないが、おれに人並以上の課題を与えた事など一度もないからだ。

 おれには、犬探しや猫探しでちょうど良い。
 ……と思ったが、この事件を経た今になると、そのポピュラーな依頼も一瞬躊躇させてしまうだろうか。







【『死神』/いつかの時代、廃墟と化した風都】



 ――おれは、無人の街を歩いていた。


 どれだけ探しても、誰もいなかった。
 そこかしこの店には客も店員もおらず、時に荒らされたように物が散乱していた。何かのオフィスもまた無人だったし、公園にも子供はいなかった。住宅街を探ってもやはり誰もおらず、どこを歩いても、その歩みは孤独だけを踏みしめさせた。
 しかし、この感覚にはどこか、なじみ深いものがあるのだった。

 ……そうだ。
 この街――歩いた事があった。

 そうだ。そうなのだ。遠い昔、ここを訪れた覚えがある。
 その時の事は――思い出せないが、他に誰かが居た。多くの人がいた。

 つまり、おれじゃない誰かがこの街に、住んでいた……?

 それならば、この街は何故、誰もいなくなったのだろう。
 災害か、争いか、それとも時代が街を死なせたのか?
 ふと頭痛がして、何か巨大な影が空に浮かんだ。――あれは、怪物?
 いや、思い出せない。

 頭痛を抑えながら、おれはひたすら足を進めた。
 どれだけ歩いても、どこも同じように寂れていて景色は変わり映えしなかった。

 そして、しばらくそのまま町をさまようと、おれは遂に他の人間を見かける事になった。



 そう――――誰か、死体となった男を。





79980 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:33:03 ID:jwxL9LHA0
今回はここで投下終了です。
一応、タイトルは「80 YEARS AFTER」としましたが、副題で「世界はそれでも変わりはしない」が付きます。

ここから先の続きはほぼ文章としてはできてないですが、だいたいここまでで50KBくらいになったので収録時はここで分割する形になるかと。
毎回そのくらいの文章で投下していく形になると思います。
よろしくお願いします。

800名無しさん:2018/02/06(火) 12:48:59 ID:tfH5K9.c0
投下乙です!
80年後とは、また凄まじいですね……生き残り二人のうちもう一人は誰なのか、ハーフボイルドに憧れるハードボイルド探偵の活躍にも期待ですね!

801名無しさん:2018/02/06(火) 17:50:30 ID:ZDmRYhys0
投下乙です!
あの殺し合いから既に80年もの月日が経って、かつての参加者達の意志を受け継ぐ者達が物語を紡ぐとは!
そして変身ロワイアルの世界に残った二人とは、果たして何者なのか……?

802名無しさん:2018/02/06(火) 21:15:52 ID:vINOufIo0
投下乙です!

80年の月日を経て舞い込んできた依頼…いったい何が待ってるというのか
杏子は翔太郎の死後に探偵事務所にやってきたものと勝手に思ってたけど、助手として一緒に活動してた時期もあったのね
二人の探偵生活がどんなものだったのか気になるなあ

803 ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:01:31 ID:r7bKsKRs0
感想ありがとうございます。
不定期ですが、今後もちょっとずつ書いて投下して完結させていきたいと思いますので、
見守っていただけると幸いです。

投下します。

80480 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:02:44 ID:r7bKsKRs0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 希望ヶ花市――というと、それはプリキュアなる伝説の戦士が活躍した世界の有名な街である。おれは初めて訪れるが、近未来的な――というよりは西洋的な街並みがおれの前に広がる。あまりの清潔さに、おれは少々頭が痛くなった。
 多量の風車を設置して風力発電事業を強化し自然共生を謳ったつもりの風都だが、所詮は人工物の詰め合わせである。対して、希望ヶ花はどうも建物や人工物の占める割合は少なく、街の半分は木々や花や植物にまみれていた。それでいて、何故か田舎臭さとは程遠い。田畑だらけで見渡す限り山、というわけでもないからだろう。
 かれこれ百年、人類が必死に云い続けている「自然との共生」やら「エコロジー都市」やらに、見た限り最も近づいている都市に見えた。大概、どちらかに偏るものである。
 皮肉抜きに素敵な事だ。色んなしがらみを突破しなければ実現できない理想が、ほとんど目の前に来ている。結局のところ、それが一番良い。
 だが、その強いしがらみがあるから、おれのようなやさぐれ者が世に生まれるのだ。

 尤も、だ。
 最初から犯罪都市に生まれたおれである。自ずとそこに馴染むような顔つきになっていったおれは、もっと汚い路地裏のようなところでなければ、サマにならない――ような気がする。おれの無精ひげが世間にどう映るかは、とうに承知しているつもりだ。
 世間が想像する「立派な社会人像」、「清潔感のあるさわやかな男性像」には、ここ十年ほど全く歓迎されていなかった。元の風都でもそれは同じ事かもしれないが――あちらにはまだ、おれとウマの合うタイプの奇人は多かった気がする。

 おれは、ふだん通り薄汚い黒のテーラードジャケットを着て、褪せた中折れ帽子を被っていた。どうもシャツも皺だらけに見えた――ふだんからアイロンをかけるのが下手だから当たり前か。指で圧をかけて少し伸ばしてみせるが、指で少し挟んだ程度で皺などなくなるわけがない。すぐにあきらめた。
 ……これでもおしゃれに決めたつもりだったんだが、どうやらおれのセンスはこの街では通用しないらしい。
 道行く人は大昔――1980年代――の2D映画を見せられているようだ。心なしか、そいつらがおれを笑っているような気がした。

「……」

 おれは、辺りを見まわして喫煙所を探したが、それもどうやらハードルが高いようだった。この都市にあまり馴染めないおれの心を、穢れが癒してくれる事はなかった。先ほどまでの花華と、立場がすっかり逆になっている。
 カプセルホテルも見当たらず、おれは一体どこで寝泊まりすれば良いのかさえも不安に駆られていた。
 が、そんな後の事を考えても憂うつになるのは目に見えていた。――おれは、色々な感情を押し込め、ひとまずは花華お嬢の探し物の話に集中する事にしよう。

「――心当たりのある場所を手あたり次第、というやり方では三日の期限に間に合わない。だからといって、それ以上の日数を休んでしまえば、流石にあの事務所も依頼人も現れてしまう。今までの探し方や、既にないと言い切れる場所を教えてもらえると助かるんだが、どうか」

 花華に言った。
 現場に来たなら、まずは彼女の指示・報告通りに動かなければ意味がない。おれと彼女、どちらが情報を多く持っているかと言われれば当然、彼女だ。
 おれのやり方よりも、まずは彼女の直感や心当たりに頼らせてもらう。

「あ、ちょっと待っててください」

 すると、花華は、そういって、ポケットの中の自前の携帯端末を取り出した。鮮やかな手つきでそれを少し弄ると、彼女は空中に立体映像を浮かべてみせた。
 映されたのは、この街の地図と経路を四次元化した図面だった。
 彼女が端末で設定を弄ると、立体映像はこの付近の街並みと同様のARを表示し始めた。おれが中学生の時にはもう少し出来の悪いARを流す地図アプリが流行った覚えがあるが、どうやらそれよりも技術は進化しているらしい。
 映像が、極めて鮮明で本物そっくりだった。

「こいつは……」

 そう、こいつは、アップルが開発した電子立体地図アプリ――『Ryoga(リョーガ)』とかいう代物だった。
 目的地までの経路や状況がリアルタイムで立体表示され、こちらの位置情報をもとに道案内をしてくれるアプリである。
 仕組みは簡単だ。過去のマップデータや街頭監視カメラの映像等から、その瞬間の街や目的地の現状をサーチし、リアルタイムでARとして立体映像に映すだけ。

80580 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:03:06 ID:r7bKsKRs0
 その中から人工知能が、人間視点で目印になりそうな看板などを立体映像上で光らせて注目させ、どこを曲がればいいのかをわかりやすく案内してくれる。
 地図が使用者の目に映っている光景を想像・理解し、次に見るべき光景や次に取るべき行動をすべて適格に案内してくれるのである。
 少なくとも、おれの頃に流行ったアプリは利用者にはわかりづらい目印で案内してきたし、数か月前の道路情報を前提に案内してくる事がやたら多く使いづらかったが、あれからどう進化したのかは使ってみてのお楽しみだ。

 ちなみに、このシステムは、人間が決して立ち入らないような山中や海上さえもカバーしている。遭難した際には現実世界側の海中や山中に設置された信号を光らせる事で、現実のマップそのものに目印を作ってくれるのである。そこが地球の表面である限り、ほとんどの場面で使用可能というアプリで、海産業務や探検家にも重宝されるようになった。
 そして、世界的に有名な男性から名を取って、『Ryoga』という名がつけられ、「どんな方向音痴でも確実に目的地にたどり着く」を広告に売り出した。

 無論、それは変身ロワイアル会場における最後の死亡者、響良牙の事だった。
 直接的に親玉を葬った英雄でもあるが、それと同時に「生きて帰ってくる事がなかった男」である。功績上、その当時活躍した人物の中でも人気は高いため定期的に特集はされるが、徐々にその名はアプリの知名度に乗っ取られつつある。
 かく言うおれも、最近あの本をめくるまではすっかり彼の動向を忘れてしまっており、今ではこのRyogaの由来という印象しか持っていない。
 そのせいか、「方向音痴」という負の側面ばかりが記憶に残ってしまった。当人にとっては偉く迷惑な話だろう。
 ……しかし、だ。そのRyogaが花咲つぼみの曾孫と、左翔太郎の曾孫弟子を案内するとは、なんという奇縁だ。

 そんな花華のRyogaには、二か所の行き先登録があった。

「この街なら、ひいおばあちゃんの実家か植物園が残っています。あるとすれば……もしかすると、そこかと」

 立体映像で点滅している二つの地点。これがその実家と植物園らしい。実家経由での植物園という形で、現在地からの歩行距離は2.4km。大した距離でもない。

「もう探したのか?」
「いえ。他に探した場所は結構ありますけど……」
「それなら、何故ここは訪れなかった?」
「単純に心当たりがある場所は多くて、私なりに優先順位を決めて探しました。……とは行っても、手近なところから探したんです」
「それで、後回しになったと?」
「……はい」

 彼女が頷いた。無理もない。
 考えてみれば、交通費も少なくないし、思い切って一人で来るには、彼女の住まいからだと遠い場所だと考えられる。そこに来て見つからないというのはあまりにも徒労だ。そのリスクが見えないわけでもあるまい。

 ……しかしながら、一応の最有力候補は間違いなくこの場所である。何しろ、ちょうど失くした頃の花咲つぼみが住み、紛失物を保管していた場所なのだから。
 実際、左探偵の未解決ファイル上でも調査を行った場所の一覧はすべて記載されていたが、そこには既に希望ヶ花市内の花咲家や植物園内は記されている。とりわけ、男性である左探偵は花咲つぼみの私物をかき乱さぬよう植物園を優先して捜索、その後に佐倉探偵が花咲家の方もかなりくまなく探したようだ。
 ほかにも中学校内を捜索、友人宅も聞き込みをしているが情報なしだったらしい。
 もっと言えば、彼らは、その交遊関係から花咲つぼみの実家(希望ヶ花市は転居によって中学二年生の時に移住している)まで電車を走らせて聞き込みまでしており、さすがは友人同士なだけあって入念な捜索がされたと見えた。
 そんな事を思い出していると、花華は付け加えた。

「――それに、もしここにあったらもう見つかっているはずだとも、思いました」

 これもまた同感だった。
 今になっておれが見つけられる可能性は極めて薄いとも思う。何せ、八十年前に左探偵と佐倉探偵が探しているし、そうでなくとも花咲つぼみは何度も家中を探してみせただろう。
 そこにあるのなら、誰よりもその骨董品を探していて、誰よりもこの家で生活していたはずの花咲つぼみが見つけられないはずがない。

「……どうする? そう思うのなら、他を探るのも良いし、てっきり複数の心当たりが残っているからこそ、わざわざおれを雇おうとしたものだとばかり考えていたんだが――」
「いえ、曾祖母の住んでいた家は探偵さんと一緒に確実に探したいと思っています。……それに、私もこれ以上多くの心当たりなんて、正直浮かんでないんです。だから、探偵さんに手伝ってもらおうと考えているというのも正直なところです」
「それはどういう事だ?」

80680 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:05:15 ID:r7bKsKRs0

 さすがに、おれも首を傾げた。
 この少女の云いたい事が、即座にはわからなかった。

「……私にとって心当たりのある場所とは言っても、寝たきりのおばあちゃんから聞いたものばかりで、その話だってごく一部の事だと思います。心当たりなんて、本当に少ないんです。私が知っているのはすべて八十歳、九十歳のおばあちゃんとしての曾祖母で、中学生だった頃の曾祖母の事を知ろうとしても、あまり実感がなくて。――だから、探偵さんならそこからヒントを得られるかもしれないと思って聞いたんです」

 ……なるほど。
 おれは、今ようやく依頼時の彼女の心情を察する事が出来たのだった。
 考えてみれば、親族とはいえ、本人でなければ中学時代の事などそんなに詳細に知る筈もない。――彼女ならば聞き出せているかとも思ったが、それは流石に女子中学生以上のキャパシティを求めすぎというものだ。
 彼女は、おれにこれから「必ず見つけてほしい」とまでは望んでいないし、「家のものをひっくり返して物を探す力仕事を手伝ってほしい」とも考えていない。彼女は見つかりそうな場所をより多く知りたい――つまり「曾祖母の訪れた場所から、曾祖母が行きそうな場所の手がかりをより多く見つけてほしい」のだ。
 おれの役目は、彼女と一緒に花咲つぼみの情報の集積地を調査し、その場で見つけた情報をもとに更なる推理に繋げてくれる事なのだ。
 おれは彼女の情報を頼りたかったが、彼女はおれが情報を広げてくれるのを待っている事になる。

「だが、花咲家にはどの程度、花咲つぼみの当時の所有物が残っているんだ?」
「……たぶん、曾祖母の当時の生活の跡は、花咲家に結構残っているはずです。家具は、確かそのまま。研究資料になる物や大事な物は持って行ったかもしれませんけど、中学時代や高校時代の勉強道具や本、小物は残ったままだって、母も言っていました」
「なるほど。内容次第だが、それなら良い。――まあ、昔の貴族のように日記でもつけていたのなら、手がかりも見つかるかもしれないが、流石にそう上手くも行かないだろうな……」

 冗談で口にしてみたが、ある筈がない。
 花咲つぼみが生きた2010年代ごろといえば、インターネットでウェブログやフェイスブックなるネット日記文化が始まった頃合いである。ソーシャルネットワーキングシステム、だったか。サーバーにもデータは残っていないだろう。
 おれのように、タイプライターで紙媒体に文字を起こす決まりの残る奇妙な探偵事務所の探偵が仕事で資料を残すのならともかく、私的な日記を紙に書く人間など八十年前でもいるはずがない。

「あ、それなら大丈夫です」
「何がだ?」
「曾祖母は、毎日日記をつけていました。私も今日帰ったら日記を書く予定ですし、うちは母も祖母も日記を毎日つけていますよ」
「冗談だろ」
「……ちょっと古めかしいかもしれないですね。だけど、私はノートとペンで書いた方が楽しいんです。書いている時も一日に何があったか頭がまとまるし、ちゃんと残って読み返せますし。……あ、だから、たぶん、曾祖母の日記帳も捨てられていなければ花咲家に残っていると思います」

 なんという古風な娘だ。昭和時代からやって来たのかもしれない。
 しかし、この話については随分と都合が良い事だった。本当に良い習慣を持つ一家である。日記をつけるのがノーベル賞の秘訣だとでも言っておけば、日記帳で一儲けできるかもしれない。
 ……無論だが、おれはそんなロジックで人を踊らせるつもりはない。単に日記を継続できるマメな性格の人間が、その性格を活かして成功しただけである。日記を買っただけの人間が成功したのじゃない。

「だが、仮にそれが捨てられていないとして、他の場所には移してないのか?」
「ええ。以前、今の家で興味があって読もうとした事はあったんですが、その時に曾祖母の日記は、二十歳より以前のものはほとんど残っていなかったので」
「読んだのか?」
「一応、途中までは読みました。大学での生活なんかも書いてあって、結構不思議な気持ちになりましたね。特に、曾祖父との出会いに関する――」
「で、手がかりは?」
「――あ、えっと、そちらには手がかりになりそうな物はないと思います。その時は、単純に興味があって読んだだけだったので」

 ふと、おれの胸に何か思うところが湧いた。

「――そうか。他人の日記を読んでみせるというのも、なかなか、何とも言えないな……」
「え?」
「いや、その件について、ふと思ったんだ。きみならまだ構わないかもしれないが、プライバシーの観点からすると、赤の他人であるおれがきみの曾祖母の思い出の品をあさってしまうのもどうかとは思うところがある」

80780 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:06:34 ID:r7bKsKRs0

 考えてみれば、あまり他人に日記を漁られるのは、当人として気持ちが良い事とは限らない。少なくとも、おれがそんな私的な日記を書いたなら、他人に見られるのは勘弁だと思ってしまう。
 これまでの探偵人生でも、紙の日記を手がかりにした事など一度もなかったので、あまり想像が及ばなかったが、ネットで大勢に公開しているわけではないデータという事は、内容を秘匿したうえで記録したい心理があるかもしれない。
 他人に知られたくない胸中までも書ける――いわば、プライベートの機密情報だ。

 おれには、果たして紙文化の日記とネット文化の日記がどう違うものなのか、いまいちわからず、本当にそれを見ていいのかさえよくわからなかった。
 少なくとも、自分の意思で外部に公開しているわけではないのなら、あまり見るものでもないと思えてしまう。
 果たして、八十年前を生きた人間の感覚はどういうものなのだろうか。
 探偵という職業柄、誰かの秘密を見てこなかったワケではないが、依頼ですらない私的活動でそれを行うのも、この内容で花咲つぼみの許可なく行うのも、気が引けるところがあった。

「……それは、そうですけど。でも、おばあちゃんが生きているうちに、このお願いは叶えてあげたいですから――絶対に」

 彼女としては、なりふり構わないつもりのようだった。
 考えてみればそれも合理的であるといえば合理的だ。彼女の曾祖母が亡くなった時、遺品は整理される宿命にある。結果的に、おれが忌避した手段を多くの遺族や関係者が行うだろうし、そこで手がかりが見つかったとして手遅れだ。
 少し強硬的、かつ、非道徳的だが、今更モラリストを気取れる立場でもあるまい。
 彼女がこういう以上、彼女に従うのが得策だ。

「オーケー、わかった。きみの曾祖母には本当に申し訳ないが、きみの云う通りにしよう」

 頷いた。
 先に反対はしたが、その日記に対して、おれ自身の中に湧いている興味は極めて強い方だった。
 今回の探し物や変身ロワイアルについての手がかりは勿論、左探偵や佐倉探偵について知れるものもあるだろう。未解決ファイルに残された謎の中に、八十年前の変身ロワイアル参加者にしか知りえない情報が関わってくるのはほとんど間違いない話だと思っているから、それが記載されているかもしれない日記は興味の対象の一つである。
 花咲家にはそれを示すヒントがあるかもしれない。

 同時に、おれは、ごく、個人的な、封印すべき好奇心も伴っている。
 八十年前の記録を、その時代のひとりの女性のプライバシーを覗きたいという、くだらない情が全くないわけでもない。
 おれの中にはそんな葛藤があったが、これは仮に日記を見てしまった後も心の底に閉じ込めておこう。――それは当然の流儀だ。

「いま現在は、その家は空き家なんだったな」

 おれは余計な事を考えるよりも、もっと別の事を聞く事にした。
 これから尋ねる場所がどういう状態にあるのか、だ。
 行けばわかる事だが、行く前に色々計画したい事もある。

「ええ。もともとは花屋を営んでいて、二階に部屋を借りていました。そこも曾祖母が継いでいたので、祖父母が住んでもいたのですけど、結局街を越してしまって、いまは――実際、持ち主はいても空き家です。鍵も祖母から預かったものです」
「なるほど」

 そんな場所、風都ならすぐに悪党どものたまり場にされそうだ。
 あの街では、すべての空き家と廃墟に、悪意と欲望が棲みついている。

「植物園の方はどうだ?」
「植物園の方は、はっきり言ってどうかわかりません。理事としてうちの名義が残っているので、ある程度の権限はありますけど、実際ほとんど営業や管理を外部に委託している形ですから。他のお客さんもいるかもしれませんし、改装はしていないにしろ、おばあちゃんの私物が残っているかどうかは……なんとも」
「わかった。だが、折角来たんだ。一応、行ってみよう。――ただ、その場合、そこの従業員の方が詳しいだろうから、そちらは聞き込みで十分と思えるな。スタッフがほとんど触れない場所、あるいは、関係者に心当たりを訊けば良い話だ。そうだな、やはり、調査は花咲家を優先しよう」

80880 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:08:47 ID:r7bKsKRs0

 後の方針が簡単に決まり、わずかばかりの安堵とともに、おれは花華と町を歩いた。
 花咲家の住所を選択すると、Ryogaは極めて正確におれたちの視界とほぼ同一の立体映像を表示した。それが曲がるべき場所の目印になる看板や標識を教えてくれるし、曲がった先の状況もワイプで表示してくれる。

 迷子の名前がつけられているわりには、正確性は極めて高いアプリだった。
 折角だ。おれも後で端末からダウンロードして喫煙所探しとカプセルホテル探しに使わせてもらおう。







 ……花咲家には、それからすぐに着く事になった。
 そこは、シャッターで閉じられていて、廃墟のような風体だった。シャッターの裏はおそらくガラス張りになっている。明らかに個店を営んでいた建物だったし、その上の階を住まいにしていたのは間違いなかった。
 建物としては古い。八十年、おそらくこのままの形で残っている建物だろう。
 その間、ちょっとしたリフォームはしたかもしれないが、部屋の中身を全部退いて改築するような大仕事はしていないと見えた。

 考えてみれば、風都にもよくあるようなタイプの家屋だった。
 我が鳴海探偵事務所も、八十年前から、ある建物の二階をずっと借りている。かつては一階がビリヤード場だったのが、パチンコ屋に変わり、リサイクル屋に変わり、いまは中小IT企業のオフィスだ。
 何度か多忙で事務所に寝泊まりした感覚だと、これらの経営者がうちの事務所を買って住まいにするのも案外居心地が良いだろうと想像させる。
 おれとしても、出勤が楽なのは最高である。所長の後継者が決まり、あの所長が召された暁には、ぜひともおれの住まいをあの探偵事務所にして頂きたいくらいだ。

 ただ、正直、おれは当初、花咲家がこういう家だとは思っていなかったのだ。
 花咲つぼみが研究者として有名になった後の事や八十年前の建物である事を考えると、やたらに広い豪邸だとか、あるいは別に倉庫や物置があるとか、そういった想像をしていたのだが――あまりにもふつうである。
 ここから始まった、と言い換えて見れば、情の厚い連中には感慨深いのかもしれない。

「ここがひいおばあちゃんの昔の家です」
「ああ」

 漏れたのは、間抜けな生返事だった。
 確かにここならば、「家の中を探すだけ」なら探偵が必要ない。
 むしろ、既に個人が家中のものをひっくり返して探しているのがふつうである。見たところ彼女も賢い部類の少女だ。本当にこの中から探し物を見つけたいなら、自力でやった方が効率は良いと気づくだろう。
 尤も、おれとしては、賢くない依頼人にそういうなんでも屋のような雑用係を依頼される事も――そして引き受けざるを得ない事も、珍しくはない話だが。

「開けるのでちょっと待っててください」

 彼女が、祖母から預かったという鍵を取り出した。旧式の施錠だ。
 この程度のセキュリティで何年も空き家にしたなら――風都なら、開けた瞬間に間違いなく愛する我が家のぐちゃぐちゃに荒らされた後の光景を目にする事だろう。

「……はい、どうぞ」

 しかし、数年分の埃をかぶりつつも、案外綺麗な玄関がおれを迎えた。
 暗い玄関に正面の小さな窓から注ぐ夕焼け。それは廊下に反射して、家の中をきわめてノスタルジックに映した。まるでおれもどこかへ帰ってきたような気持ちにさせられる。
 家族が住んでいたような一軒家に入るのは、何年ぶりだろうか。
 昔の恋人に誘われた家に、よく似ていた。

「ん?」

 ――ふと、奇妙な胸騒ぎがした。
 何年か人間に置き去りにされたこの家は――事件の香りがした。
 それはおれが何度か関わるハメになった血、暴力、欲望、狂気の事件とはまた違う類の、もっと得体の知れない何かがこの先にあるような気がした。
 おれの背筋を最も凍らせるもの……そう、謎という闇。
 おれの想像できる他人と、実際の他人の心の神秘を結びつける、ある種の精霊的なエネルギー。――それがこの先に、ある。
 数メートルの距離を無限に見せる不気味な光りと伴った廊下の、この先に。

80980 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:11:29 ID:r7bKsKRs0

「花華」
「え? どうかしましたか?」
「いや……。過去にこの家に来た事は?」
「え、一度か二度だけありますけど、ほとんど来た事はなくて――」
「そうか。いや、それなら、良い」

 花華の痕跡は、おそらくこの家にはない。曾孫であるとはいえ、それは必ずしもこの家を訪れなければならない理由にはあたらないだろう。
 しかし、それにしては、彼女がここに立つのは不気味なほどに似合ってもいた。いまになってみると、彼女もまた不気味に思えるほど、精霊的な存在にさえ思えた。

「別にいいんだ」

 八十年前――下手したら、百年前の人間が想像するような、奥ゆかしさという伝説を秘めた美少女。
 この時代には、決していないような、古風の魅力を体現した、そんな日本らしい娘。
 彼女もまた、何かおれの知らぬ闇を抱え、おれの知らぬ秘密をどこかに隠している。――そんな一抹の予感を覚えさせた。







「――曾祖母の部屋は上です。色んなものが保管されている場所があると思うんですが……」
「あ、ああ」

 それにしても、警戒心の薄い少女だと、思わされた。
 この家の無防備さも心配だが、花華もどうしてここまで無防備に男と二人きりになってしまうのか、おれには理解不能だった。今日会ったばかりの他人、それも間違いなく力でねじ伏せられるだけの体躯を持ったこのおれに、背中を平然と向けて振り向きもせずに階段を歩いていく。
 おれは少女性愛者ではないからまだ良いと云えるが、いくら児童ポルノが規制されていった世の中でも、少女性愛者や性犯罪者――あるいはそうなるだけの不甲斐ない男が存在してしまう事実ばかりは、どうにもならない。
 そんな事実がある以上、世の中が消し去らなければならない最大の問題は、こうして犯罪が起こりうる場所や状況が完成されてしまっている事なのだ。

 嫌な喩えではあるが、いま現在、おれがこの少女を力ずくで犯す事件が発生した、と仮定するのなら、そこには複数の直接的要因がある事になる。

 まず、この場合の「おれ」がそういう欲情を持ち、犯罪しうる危ういメンタリティの人間である事が事件の最大の要因になるはずだ。
 尤も、少女性愛のニュアンスで語るのは、おれとしては少々疑問が残るかもしれない。彼女はそれなりの背丈や体つきに成長した美少女である。
 角度によって赤く美しく光る髪、無垢で整った顔立ち、スレンダーだが肉のつきつつある体。まっすぐストレートに伸ばしつつ、毛先にウェーブのかかった髪は、写真の中の曾祖母と違い、ヘアゴムでは結ばれていない――それだけがかつての生還美少女との違いだった。そんな彼女は、間近で見るとさながら、出来のいい人形のようだ。
 もし少女性愛が日本の法律や現代の価値観のうえで禁止されていなかったのなら、男はこのくらい綺麗な少女を愛する事がないとは言い切れないし、このくらいの年の少女が相手なら一概に異常とまでは言い切れない。いまだ合法的に十代の少女と結婚する文化の国はあるし、日本も大昔はそれが当たり前だったわけだ。さすがにそれ以下となると特殊であると思わざるを得ないが、おれの感覚では法律や文化の規制がなければ、すでに多くの男に求婚されていてもおかしくはないのではと思えてしまう。
 そうすると、「おれが法律や世代の価値観といった抑止力が働かない、あるいはそれを無視できるほど、欲情が強いか図太い人間であった事」とするのが、本来正しいのかもしれない。
 そこに「おれ」の持つ先天的な知能・精神の疾患や、少女幻想を刺激するコミック、錯綜した家庭や教育環境が影響しうるかもしれないが、それはあくまで間接的な原因だ。

 次に、このように人気がない場所があるという事だ。家屋の中だから仕方ないというのもあるが、犯罪の最大のトリガーはそれが起きてもおかしくない「管理されていない場所」が存在している事だと思っている。上の犯罪者がむらっと来たなら、それはもう抑えられる事がないだろう。それが出来ると感じさせた瞬間が訪れる、その原因は場所だ。
 このネットワーク社会の中でも、いまだ盲点は膨大に存在する。犯行が行われた後には、防犯カメラや衛星写真をきっかけに事件は解決に導かれるとしても、犯行を未然に防ぐには、まだ足りないのだ。

81080 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:14:03 ID:r7bKsKRs0
 理想は、犯行が行われる直前、あるいは、その瞬間には被害者は守られなければならない。しかし、その壁を取り払う決定的な発展はないまま、時間はいたずらに過ぎていく。犯罪抑止の歴史は、おそらくこの壁を前に、しばらく止まり続けるに違いない。
 たとえば、プライバシーエリアであるこうした家屋の中では、結局彼女が被害者となった後でしか事件は発覚しないし、強姦魔になるまでにおれを逮捕する事もできないのだ。

 三に、彼女の無警戒さだ。すべての事件において、最も悪いのは当然ながら加害者だが、たとえば今この瞬間のように、被害者が行動に気を付ければ防げるケースにあたる。二人きりにならない、家にあげないといった警戒をすれば、間違いなく襲える状況ではなくなる。
 当然、それが出来ない精神状態になる被害者も多いのは実感として知っているが、彼女の場合そうではなく、本当の天然のようだ。
 だからこそ、怖い。
 おれからすれば、却って隙がない少女に思えるが――それがわからないほど感覚の鈍い男は、あるいはそれを察しながらも欲望を抑えきれない男は、おそろしいほどに多いのだ。

「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。ちょっとした事をきっかけに考えてこんでしまう、発作のような癖が出ただけさ」
「……?」
「だが、きみも、今日はまだ運が良いが――明日からは、人気につかない場所で男と二人きりになるのは避けた方が良いな。夜を前に、こんな男と二人きりで無人の民家にあがりこむのでは、きみの家族も心配するだろう」
「確かにそうかもしれません。ただ、これでも一応空手や護身術は習っていますし……」
「――そういう問題じゃないな」

 語調を強めたおれに、彼女は少し驚いて振り返った。
 こういう態度を取るのなら、彼女の今後の為にも、ある程度の教育はしなければならないと思ったのだ。
 本来それは、今日出会った男ではなく、彼女をふだん取り巻いている環境でもっと身近にいる大人がしなければならない事だが、それがされていないのならば、おれは彼女の親や教師を軽蔑しながらお説教をしておかなければならない。

「おれは、空手やら何やらのきみの実力はまったく知らないがね――きみにいかに相手をねじ伏せられる自信があるとしても、たとえば相手が道具を持っていたら? 複数だったら? 同じく拳法の素養があったら? 仮にきみが全世界一強い女性だったとしても、それを崩す力や手段は、いくらでもあるとおもう」
「……それは……えっと」
「忘れちゃいけない事だ。危険を防止する力と、犯罪や災害を可能とする力とは、いまも同時に進化し続けている。おれたちの前では『昔の犯罪』は起こらなくなっていったかもしれないが、常に『いまの犯罪』が起こる。――この稼業をやっているおれの前に、何人それに巻き込まれたやつが現れたのかは記憶にないほどだ」

 ましてや、いまだ稀代の犯罪都市として欲望の渦巻く風都では、珍しい事ではない。おれのいた以前の事務所よりもはるかに凶悪な犯罪に巡り合う事だってあるのだ。
 そんな心がけがありうる世界と、その心がけが薄い世界とが、今そっとまじりあった。

「もっと言えば、異世界の人間同士、それもその世界では特殊な能力を持った超人同士が戦ったバトルロワイアルがあった事も、きみにはなじみ深いだろう。……あの中で、当時のその世界の『最強』たちが殺されたのも、生きるなかでは忘れちゃいけない。いまは、ああいう力を持った人間たちが――ああいう力に影響を受けた人間たちが、あれから八十年、世界中でずっと共存している。おれも、そうだったなら?」
「……」

 彼女はすっかり黙ってしまった。
 これも、おれの悪い癖だ。おれにとって正しいと思っての行動は、常に他人が引いてしまう原因を作り出す。こうして、ぐうの音も出ないほど一方的に話をさせるという事は、みごとに恨まれる結末に至るという事だ。
 まったくといっていいほど、彼女に対する申し訳なさというのは出てこないし、自分の行動に対する悲観もほとんどない。

 しかし、心ない正論で相手を無自覚にねじ伏せてしまう――この嫌な体質から逃げるのが、将来的な目的だ。
 前のように泣かれたら困るので、まずはフォローでもしておこう。

「……悪いな、花華。べつに説教が好きなわけじゃないが――いや、少し言い過ぎた。ただおれは、きみの曾祖母にとって――もっと言えば、きみに関わるひとにとって、最も喜ばしいのは、きみが危ない目に遭う事もなく、安全に生きられる事だろうと思う。おれが言ったのは、その為の手段の一例だ。守ってくれとは言わないが、参考にしてもらえると嬉しいな」
「そ、そうですよね……」

 花華の顔がはっきりと歪んだ。
 嫌な予感がした。

81180 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:15:11 ID:r7bKsKRs0

「ひっく……ひっく……いえ……ありがとうございます……全部、探偵さんの、云う通りです……私が、間違っていました……」

 ……冗談だろ。
 いまのお説教で本気で感動して泣かれるなんて。







 花華が泣き止むまで、十分もかかりやがった。
 いまは、その次の一時間半が経過して、おれは必死に作業していた。

 おれの胸ポケットには、早く火をつけてほしいと泣いているはずのマルボロがいる。さっさと吸い込んでやりたいが、残念ながら肝心の作業の方がまったくできていない。この部屋でタバコを一服するのも常識がないし、はたしておれはいつこいつにありつけるのだと思いながら――六畳ほどの物置部屋で資料探しをしている。
 他の部屋がやたらと整理されていて花咲家の性格を感じさせるにも関わらず、この部屋はすっかりガタガタだった。侵入されて荒らされたのかと思ったが、他の部屋の様子がしっかりしているのを見ると、単にここ数年に発生した地震等の振動で書物の山が崩れたのだろうと思う。
 どっちにしろ、ゴミ部屋だ。

「これは……なんだよ、理科の宿題か」
「こっちは、ただのノートみたいですね」
「じゃあこの日記は――『花咲ふたば』、またご家族の日記だ」
「なかなか見つかりませんね……」
「これじゃあ確かにな」

 確かに、花咲つぼみの所持品が残っている。それは先ほどから確認している。
 段ボールに入れられていたり、ヒモで縛ってあったり、保管の方法は様々だ。段ボールの多くはすっかり壊れて、持ち上げるだけで中身が底から落ちてきたりする。お陰でおれにかなりのストレスをぶつけてくれている。
 中には、彼女の母のつけたらしい家計簿、彼女の妹の日記、彼女の娘のノートと、この家のものが様々ある。もっと後になると、花華の母の所持品もあるらしい。ここだけで四代の所持品が残っているというわけだ。
 個人事業主として保管していた花屋の営業資料もこの部屋にだいぶ残っていた。……おれも、この意味のない資料を残し続けさせられる気持ちはわかる。

 だが、肝心の日記がどこにあるのかわからなかった。
 探せば探すだけ、絶望がある。
 おれと花華は、掘り起こしたうち、花咲つぼみと関係のあるものだけ花咲つぼみの部屋(のちには彼女の孫が使ったのでいまは彼女の部屋ではないが)へ、それ以外をまた別の部屋へと仕分けて、一度この部屋のものを全部空にしようと計画していたが、思いのほか量が多い。
 それが今日の夜までにまったく終わりそうにないから、おれは絶望に瀕しているのだ。

「これなら、途中でジュースでも買ってくるべきでしたね」

 花華が汗だくで言った。電気も通っておらず、クーラーもない部屋で必死の力仕事だ。夏も近づいている今、彼女ひとりなら、おそらく途中で折れていただろう。
 挙句に、さきほどは隙間から現れたゴキブリに驚いて悲鳴を挙げて逃走している。いまも物置部屋に入るのを明らかに嫌がりながら、ドアの近くにあるものだけを取っては別の部屋に置いているような有様だ。
 彼女ひとりだったらどうなっていたかと思わされる。

 ……とにかく、だ。水の準備がないのはまずい。
 電気はまだ携帯端末のLEDライト機能を光源にしてなんとかなるとしても、冷房設備がないいま、水分補給ができないのは、案外危険な状態だ。

「……そうだな。おれが何か買って来よう。このまま探し続けるのは、体力的にも非常に危ない。それに、もうすぐ二十時だ。きみも夕飯を食べていないだろう。用意がないなら、それもおれが買って来るが――何が良い?」

 花華にそう言ってみせると、彼女は渋い顔をした。
 このままおれだけが去ると、ゴキブリのいる部屋に一人で閉じ込められる……とでも言いたげな不安を見せている。
 おれよりもゴキブリが怖かったらしい。

81280 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:16:46 ID:r7bKsKRs0

「それとも、一緒に行くか?」

 こう言うと、それはそれで渋っているようだった。
 2.4kmを歩いた後、一時間半もの遭難者捜索活動だ。しかも、涼しくもない部屋で、重いものを持って移動を繰り返しながら、すっかり汗をかいてフラフラである。水分補給がなかったのも痛手だろう。
 加えて、この後でまた近くの店まで水や食べ物を買いに行くのは、ちょっとハードだ。
 さすが空手に自信のある花華も、さぼり時というのが正直なところだろう。

「――いいか。じゃあ、少し休んでろ。おれ一人で行ってくる」
「……すみません」
「構わないさ。ただ、戸締りだけはしてくれよ。鍵はおれが持っていくから、ちょっと貸してくれ」

 そう言って、おれは花華と、少しだけ会話をしてからそっと外に出た。

 外の空気は極めて冷ややかだった。
 近くのコンビニでも行って、飲み物と紙コップと適当な弁当やおにぎりでも買って来よう。おれの好みで選んでしまうが、訊いても特に食べたいものを指定されなかった以上、おれが悩む必要はどこにもない。
 さて、ここまで来る途中にどんなコンビニがあったか――などと考えた。
 思わず、マルボロの箱を取り出して考えそうになったが、いけない。路上喫煙は厳禁だ。おれはタバコを胸ポケットに戻し、歩いて行った。



「――ちょっと」

 ……と、数歩も歩かぬうちに、おれの前に、年を食った警官が胸を張って構えて立っていた。まさか、先ほどからここにいたのだろうか。
 おれの、背筋に嫌な予感がした。

 おれはいままでも探偵として、どういうわけか毎度怪しまれて、警察に何度とない事情聴取を受け、ひどい時はいわれのない冤罪で逮捕されかけている。今回もその時と同じパターンであるような気がした。
 疑われるような心当たりは、有り余る。
 そして、これまでのパターン通り、彼はおれに向けて口を開いた。

「近隣住民から通報があったんだよ。空き家のはずのあの家から、女の子の鳴き声や悲鳴が聞こえると――」
「おい、ちょっと待ってくれ、話を聞いてくれよ、おれは何も……」
「ダメダメ。とにかく話は、向こうで伺うから。ね、だからこっち来いこっち。――――あー、こちら、××、応援、頼む」

 そう言って、警官はマイク越しの誰かに応援を要請し、おれは交番に連れていかれる事になった。
 思いのほか、この世界も公僕はしっかり動いているようだ。







「冗談だろう」

 紆余曲折あって帰ると、花華がすっかり笑っていた。
 笑い事ではないが、とりあえず容疑が落ち着いたという事で、なんとか釈放されている。もうすっかり二十二時を回り、探し物は全くはかどっていない状態にある。

 彼女も喉の渇きを感じながらこれだけ待って、相当イラついてもいただろうし、警察に突入されて何の事だかわからないまま事情を説明したのも相当手間のかかる事だったろうと思う。
 結局、おれの身分をすべて警察に提示させられ、嫌な気分のままカツ丼を食っている。おれをひっとらえた警官が、最後に爆笑しながら、小遣いでコンビニ弁当のカツ丼を奢ったのである。極めてみじめである。
 いかれている。警官でなければ殴っている。

81380 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:19:04 ID:r7bKsKRs0

「――まったく、職務でおれを連行したまではわからないでもないが、やつにおれの話を聞くだけの理解力がなかったのは厄介だった。その挙句に、おれの名前を聞けば笑い、職業を聞けば笑い、所持金を見ては笑い、最後には服の皺で笑い、言葉を発しただけでさえ笑いやがる」
「災難でしたね」
「ああ、極めてな。だが、それでもきみには、本当に悪かった、遅くなって。喉も乾いていただろうに、なかなか長引いちまった。うまく説得できなかったおれの不手際だ」
「いえ、仕方ない事です。……それより、いま気になったんですけど、探偵さんの名前って、何ていうんですか?」

 藪から棒に花華が訊いてきた。
 ずっと、「探偵」と呼んでいた彼女だが、それを気にはしていたらしい。ふつう、探偵業でも名刺でも渡して名乗るものだが、おれはそれをしなかった。それは、探偵である以上の事を問われたくないおれの拘りであり――同時に、触れられたくない話であった。
 だから、下手に名前の話題など出さない方が良かったのかもしれない。迂闊だった。
 とはいえ、彼女にとっては、名前のない相手と過ごすのは少々不安な事だったのかもしれない。その気持ちもわからないでもない。



「不破だ。不破夕二(ふわ・ゆうじ)」



 おれは、咄嗟にいつもの名前を答えた。

「そんな名前だったんですね……。でも、笑うほどの名前じゃないような……」
「ああ、まあな」

 当然ながら、これは偽名だ。
 本名は、出来るのなら伝えたくはない。彼女を騙したい気持ちはないが、出来ればすべての人間に伏せたいと思っている。

 人には、そうしなければならない事情があるのだ。
 ついて回る名前さえ語れない事情――というのもある。それは珍しい事じゃなかった。おれの依頼人の多くも、名前を名乗れないほどの訳あり者は少なくない。
 おれだって、ちょっとした事情を抱えている。

「……だが、花華。おれを呼ぶときは、これまで通り、『探偵』で良い。おれはそっちの方がおれの好みだ」
「え?」
「おれには、名前なんてどうでもいいんだ。おれには、役職だけあればいい。おれは、その役職に誠実である事で、初めて自分自身に誇りを持つ事ができるんだ。今回は私的手伝いとはいえ、その時でもおれは『探偵』と呼ばれた方がずっと気持ちが良い」
「それって、なんだか、かっこいいですね……」
「よせ。照れる」

 おれは、まんざらでもなく、薄くはにかんで見せた。
 だが、役職に誠実であるという事は――その役職で呼ばれるという事は、決して良い事ばかりではない。『探偵』という一見恰好のよろしい役職でない時も、おれは自分の役職を手放せないという事だった。
 おれは殺人鬼になったのなら、『殺人鬼』と呼ばれるしかない。
 悪魔になったのなら『悪魔』と、死神になったのなら『死神』と、そういう風に呼ばれるべきだ。気に入らない役職になっても、その呼び名から逃げる事は許されない。
 それが、おれの決めたルールなのだから、最後までそのルールを守り通さなければ、おれは極めて狡くて都合の良い人間になってしまう。
 これからどんなカードが配られたとしても、おれはその役割に誠実でなければならない――それが、名前を捨てた男の宿命なのだ。

「とにかく、だ。おれの事は、『探偵』と呼んでくれ」

 それが、おれの拘りでもあり、――そして、不破などという偽名で呼ばせ続けたくはないという、おれの良心だった。







 さて、作業に戻りたいところだが、あの警官のせいですっかり夜になった。
 おれたちは、ひとまずはここから1.1km離れた大型のスパ施設に向かって――風呂だけ浴びて帰ってきている。
 少なくともどこかで寝泊まりするつもりではいたから、何枚かのシャツやパンツを持ってきていた。これまでの白いシャツから紅いシャツに着替えて、おれの様相は余計にやくざ者っぽくなった。
 おれは、そこからカプセルホテルを探そうとしたが――そう行かなかった。

81480 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:20:54 ID:r7bKsKRs0

「本当にここに泊まっていいのか?」
「ええ。行く宛がないなら――」

 Ryogaを使って調べてみたが、喫煙所はまだしも、カプセルホテルは全くなかったのだ。おれのような根無し草には絶望的な立地だ。
 ネットカフェも相当に遠く、原付なしには行ける場所ではない。
 風都に閉じこもりすぎて、世間の不便さをまったく甘く見ていたというところである。地方都市と呼ばれるからには、もう少し住宅街と繁華街とかが近いと思っていたのだが、地方都市の正体は、結局、半分田舎まがいな都市であった。
 ……いや、考えてみれば、風都も同じか。
 あそこも結局は、本当の都会から見れば、「都会」を自称すれば笑われる。そんなダウン・タウンなのだ。――だからといって、「田舎」と言ってしまえば、今度は本当のクソ田舎から顰蹙を買うが。

「……」

 しかし、それはそれとして、先ほど同様、彼女が安易におれを泊めるのには、大きな問題ばかりがあった。
 あれほど説明し、彼女は泣いたくらいだというのに――何ゆえにここまで、平然と危険な状況に在れるのだろう。
 おれは我慢できず、また余計な口を開いてしまった。

「一応、訊いておきたいんだが、きみはべつに家出をしているわけじゃないよな?」
「えっ」

 こうした反応はすっかり慣れてしまった。
 おれの咄嗟の一言は、相手にとって即座に理解し得るものではない。
 おれは続けた。

「――いや、おれは、きみが親に探し物の旅について、どういう風に話しているのかさっぱりわかっていないんだが――ふつうの親は、電気も通らない空き家に年頃の少女を一人泊まらせる状況なんて作らないと思うんだ。付き添えとは言わないまでも、ここに泊まらせる事なんてあるか?」
「――」
「まして、きみの場合、ここに来たのは一度か二度ほどだと言っていただろう。それで祖父母が中学生の孫に快く貸すとは思えない。この近辺に泊まれる場所がないのは、祖父母だってわかりきっているだろうし、嘘を言って泊まったとしても無警戒が過ぎる。……勿論、放任主義の家もあるだろうが、きみの様子を見るにそうは思えない」

 何しろ、だ。
 彼女はこれまで非常に淑やかに敬語を使いこなし、年不相応なまでに立派な大和なでしこをやってのけている。その挙句に、毎日日記をつけているだとか、空手や護身術を習っているだとか、あまり放任されるような家の習慣ではない。
 おれとは対照的な、ハイソサエティーな空間で生きてきた香りがする。当たり前だ、花咲つぼみというあらゆる意味で著名な人物の家柄に生まれたくらいなのだから。
 そのうえ、その環境に対して息苦しさだとか苦痛だとか倦怠感だとかを覚えている様子もなく、今日一日彼女はぼろを出す事もなく、良い娘で居続けている。
 だが、無警戒で世間知らずなお嬢様、と呼ぶには――あまりにも聞き分けはなく、大胆でさえあった。
 彼女は、何なのだ。

「おれには、理由があるように見える」

 そうストレートに告げた。
 それは、彼女の、言葉を抑え込むような表情を見て、それが図星なのを悟っていた。
 惚けようという様子ではないし――それが出来る性格ではないのはとうにわかっている。

「――……」

 彼女は、そんな不安定な表情を一変させ、ふと意を決したような顔立ちへと変わった。――その瞬間を、おれは見た。

「……仕方がありません。そこまでわかっているのなら、あまり誤解の生まれないように、こちらも身分を明かしておきます」

 何かある――その想いは、間違っていなかったようだ。

 次の瞬間、意を決した彼女はおれの予想を超えた言葉を発した。

81580 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:23:00 ID:r7bKsKRs0



「私、これでも――時空管理局所属の、プリキュアなんです」



 それが、彼女の答えだった。
 そう、まったく予想はしていなかった。つまりは、彼女もまた変身者――あの花咲つぼみと同じようにプリキュアとしての姿を持ち、人並以上の能力を発揮できる、超人的な戦士。
 特別えらばれた人間の、一人だったのだ。

「なる、ほど……な」
「……実は、何の因果か、私も曾祖母と同様にココロパフュームを得る事になりました。それは、ずっと以前にこの街に訪れた時の事です。――それから先は、時空管理局と共同して時空犯罪者の制圧のため、時に協力を仰ぐ事になっています」

 時空管理局。あらゆる時空の秩序を安定させる為の、いわば国際警察のような組織――彼女はその一員だというのだろうか。
 入局の経緯が様々ある事を踏まえると、必ずしもその所属はエリート中のエリート、とは言えないが、いやはや、曾祖母の経歴を考えれば納得もできる話であった。そちらの人間とのコネクションは既にあるわけだし、彼女の場合、奇しくも曾祖母と同様のプリキュアの力を得たというのだから、更に入りやすくもある。

「そのせいか、この頃は家族にもあまりこの程度の事で心配されるようにはならなくなりまして……」
「そうは言うが、……いや、まあ良い。おれには実際どうなのかわからん」

 特殊な家系なのだろう、としか言いようがない。これ以上止める言葉もないくらいである。
 おれには娘はいないが、もしいるのなら中学生活と並行してそんな危険な副業をやらせるのはあんまりにも危険だと止めるだろう。
 ある意味、彼女が信頼されているという証かもしれないが、それでも――彼女への放任は、違和感のあるレベルに思えた。
 そんな疑問を知ってか知らずか、彼女はすぐに答えた。

「ただ、探偵さんの言ったように、私が安全でいてくれる事が家族の願いだというのも――、ずっと前、何度も言われた事です」
「言われた事があるのか?」
「ええ、父にも、母にも、祖父にも、祖母にも、特に――曾祖母にも……何度も言われました。でも、それでも、当たり前に変身して、当たり前に戦って、私はやめなかった」

 そうか、曾祖母――花咲つぼみは、自分の曾孫がプリキュアとなる事を誰より止めたのだろう。
 それは当たり前の事だ。
 花咲つぼみにとって、プリキュアとしての生き方が悪い事ばかり運んだわけではないのは、おそらく間違いない。プリキュアは、彼女にとっての青春であり、彼女にとっての誇りであり、彼女がいまの彼女であるためにとってなくてはならない成長の通過儀礼だったのだ。

「特に曾祖母は、一番心配していました。今も心配しているかもしれません。ずっと、ずっと……申し訳ないって思ってるんです。――だから、そんなおばあちゃんの願いは……私がきっと叶えなくちゃいけないんです」

 ……しかしながら、彼女はそんな力を持ったゆえに、変身ロワイアルという殺し合いに巻き込まれるハメになり、彼女と同じ力を持った友人たちが次々と亡くなった。
 力を持ち続けたがゆえに誰かに目をつけられ、そこでまた、これまでの戦い以上につらい想いを何度もした。
 親友・来海えりか、明堂院いつきの死と――それから、いまでは名前も伏せられている、闇に堕ちたプリキュア『少女A』の事(おれはその名前を知っているが)。他にも何人も、それまでの友人や、殺し合いの中で出逢った友人との別れを経験している。
 そんな凄惨な事実に直面したせいで、彼女の場合は帰ってから、何度とないPTSDやメンヘルに罹ったなどと、噂で聞いているし、おそらく事実だろう。
 それを思えば――愛する曾孫には、何があってもそんなリスクを負ってほしくないというのが、正直なところだ。

 ……だが、結局その反対を押し切って、彼女は今、プリキュアをやっている。
 だからこそ――彼女は、曾祖母の願いをひとつひとつメモに残して、わざわざ世界を移動してまで、おれに依頼をした。
 彼女の事情が、徐々に浮かんできたようだった。

「だが、そうであるとしても……いくらきみが返り討ちにできるとしても、おれのような素性の知れない男を泊めるのは、やはり良くないな」

 無論、おれはきっぱりと言った。

81680 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:23:33 ID:r7bKsKRs0
 彼女がプリキュアである事と、その無防備さは別の問題にあたる。おれは彼女の無防備さの恩恵で宿にありつけるわけだが、それでも彼女を預かる身として――それから、おれの主義として、必ずそれは教えておかなければならない話だ。
 そう言うと、そこで彼女は反論した。

「いいえ。それは、また違います」
「何?」
「探偵さんが、悪い人ではないのをわかったうえでの判断です」
「――」
「――それは、今日一日、一緒に話していて、それがとてもよくわかりましたから」

 花華は、そう言って、おれににこりと微笑みかけた。
 外では、野良猫の鳴き声が、うるさく響いていた。

「ったく……」

 そう。
 だから、子供は好きになれないのだ。
 ちょっとした一面ばかりして、御世辞を言いやがる。







 ――さて、一日が終わった。

 おれは結局、夜までまったくタバコを吸えないままに、もやもやしたものを頭に抱えながら床に就く事になっている。猫の鳴き声もうるさく、間近にある手がかりの山も気になって、眠ろうにも眠れなかった。
 もともと、夜は遅くまで起きて、翌日の昼まで眠ってしまう事の多い生活だ。
 あんまりにも、無駄な夜だった。

 しかし、今日一日を通し、桜井花華という少女には、思いのほか好意的に接されているようだった。
 彼女のような年頃の少女におれの言葉や態度が通じるケースは珍しい。大概は、わけのわからない不都合な事を言って来るおっさんとしか見ず、一方的な嫌悪を見せておれの言葉に理解を示さないからだ。
 ……まあ、世の中そんなもんだろう。
 人の話を聞かない奴は徹底的に聞かない。おれをひっ捕らえたあの老害警官も、おれの説明を一切聞かず、話をするだけで相当な体力を削られた。
 それに比べると、彼女との話はスムーズで、会話の相手としてはひどく肌に合う。

 尤も、おれは別に彼女と親しくなろうとは考えていない。この手伝いが終わったなら、お互い別々の世界でまったく干渉する事なく過ごすだろう。人間関係など、そのくらいがちょうどよいのだ。
 だが、彼女のようなやさしい少女と知り合えてよかった。それは本心だ。

 さて、ちょうど頃合いのところで情報をもう一度整理しようと思う。



今回出たキーワードは次の通りだ。
・Ryoga
・花咲家
・花咲つぼみの日記
・植物園
・不破夕二の本名
・桜井花華というプリキュア

 実をいえば、今回は――ヒントこそあるが、この事件にとって、大した話ではない。
 本当に事が進展を見せていくのは、明日の朝の話だ。

 ……そう。
 明日の朝、おれたちは遂に花咲つぼみの日記と、二人の探偵が残した奇妙なメッセージを見つける事になる。八十年前の生還者の肉筆にして、彼らがおれの代まで残した本当の、殺し合いのエピローグだ。
 そして、その後、おれたちは、植物園に向かい、そこで――――……と、残念だが、この先は言えない。



 あまりしゃべりすぎると、楽しみが減ってしまうだろう?





81780 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:25:45 ID:r7bKsKRs0



【『死神』/深い森の中】



 おれは、ふらふらと歩いていた。
 あの死体から逃れようと必死に走り、気づけば何が潜んでいるか知れない森の中を歩き続け、更に深いところへ迷い込んでいった。そのうちに、体中が痛んだ。
 単に疲れたのではない。見れば、おれの身体はひどく血まみれだった。ぼろぼろの身体を癒すものがなかったのだ。

 何かがあって、それからずっと気を失って――そして、おそらくそれまでの記憶も、その時になくなった。



 ――ここは、どこだ……? 俺は、誰なんだ……?



 ――それに、どうして、あんなところに死体が……?



 さきほど見た建物の中に……死体があった。
 おれは、それが眠っている人間なのではなく、死んだ――それも殺された人間のものなのだと、即座に知る事が出来た。
 もしかすると、おれはかつて死体を見慣れるほど見た男だったのかもしれない。
 逃げながらも――それは決して、別に、珍しい物だとは思わなかった。勿論、恐ろしいものだとおもったから逃げてきたのだ。

 殺された人間がいるという事は、殺した人間がいる。

 だが、どこに……?

 おれは、ここまで誰にも会っていない。
 誰にも会っていないどころか、人の気配さえ見かけていないのだ。
 それはつまり……ここには、この世界には――もうおれ一人しかいないという事なのかもしれない。



 ――――……そうか。



 おれの頭を、ある答えがよぎった。



 ……そう。そういう事なのだ。



 ……………おれなのだ。



 ここまで、死体以外の何を見た? この街、この森、道が続くどこにも人がいないではないか。
 まるで、この世界からすべての人間が消えてしまったかのようだ。
 この森の中には、動物さえいない。
 おれとあの男だけが、世界に残されていたのだとしたら――あの男を殺したのは、おれだったという事になる。


 血まみれのおれ。
 殺された男。
 記憶の無いおれ。



 ――――そう、おれこそが、『死神』なのだ。





818 ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:26:07 ID:r7bKsKRs0
投下終了です。

819名無しさん:2018/02/09(金) 17:52:48 ID:xrcrx5LM0
投下乙です!
良牙は後世に名を残す程の英雄になっていたとは! エターナルは街の新しい希望となる……かつての克己の信念は叶ったような気がして、感激します。
一方で、変身ロワイヤル最後の謎を探す探偵と花華の二人はどんどん信頼関係を積み重ねていきますね。とても微笑ましい……

820名無しさん:2018/02/12(月) 19:55:50 ID:SFpTLpeg0
投下乙!
地図アプリにRyoga(リョーガ)www
なんつー不安な名前をつけやがる

そして花華の正体がまさか時空管理局所属のプリキュアとは
探偵さんとのやりとりは微笑ましいが、並行して展開されてる『死神』はいったい…

82180 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:15:12 ID:wTASm/Rk0
投下します。

82280 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:16:34 ID:wTASm/Rk0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 おれのもとに穏やかな眠りをささげてくれないままに、朝はやって来た。
 結局、床の上に座ったり寝転んだりしながら惚けて考え込んでいたばかりで一睡もしていない。かといって、花華の邪魔をしては仕方がないので、物音を立てぬようにしていたから、作業を続ける事もなかった。
 花華の静かな寝息は、誰もいないこの家にそっと響き続けていたし、彼女は眠りにありつけたのだろうと思う。尤も、その日の夜の蒸し暑さからすれば、クーラーのない部屋では「穏やかな眠り」とは行き難かった事は容易に想像できた。
 外で一晩中うるさく鳴いていた猫どもは、いまだ喧嘩を繰り返しているらしい。

 おれは、眠れなかった事を口惜しく感じる事もなく、鳴り響いた六時半のアラームに合わせて動き出した。少なくとも、おれは眠らずに三日は動ける。もともと眠りの浅いほうだ。だから飽きもせず探偵をやっていられるのだ。
 どしどしと音を立てて動き出したおれの近く――花咲つぼみの部屋があったらしい場所で、ドアの向こうからうなり声が聞こえた。花華が目を覚ましたらしい。おれとは違い、即座に動き出すわけでもなかったようだ。
 女が朝起きてから男の前に顔を出すまで、無数の準備がある事はよく知っている。おれは黙ってそのドアの前を去った。

 おれはその部屋に背を向けて、物置部屋に立ち寄った。
 カーテンが閉じられたその部屋は、朝にも関わらず真っ暗で締め切られている。おれは、その部屋のカーテンを豪快に開けてみせた。部屋はすっかり明るくなったが、西向きの窓は、瞼に悪い朝日の光を見せなかった。
 元々花屋である手前、陽の向く場所に花を、陽の当たらない場所に資料を、という構造になっているらしかった。

「よし」

 おれは早速日記探しに取り掛かった。膨大な本や資料の山から、欲している日記を探すのはなかなか時間のかかる作業だ。纏まりのない小さな図書館と言っていい。
 どうにか掘り起こす為に時間がかかりそうだった。
 小さなため息が出そうになった。

「お、おはようございます! ……早いですねっ!」

 おれの背中に挨拶が向けられた。
 それは花華の声に違いなかった。が、おれは一瞥もせずに、探し物を続けて、「ああ、おはよう」と答えた。感じは悪いかもしれないが、それはおれなりの配慮だった。
 何せ、彼女が下階の洗面所まで降りた気配がない。どうせ水道も止まっているので、台所や洗面所に行って蛇口をひねったところで何も出ないが、そのためにペットボトルに水を入れて用意してある。トイレだって流せるくらいの量だ。
 髪を手で梳かして歯を磨き口をゆすいで顔を洗っただけのおれに比べ、彼女にはその数倍の労力でパーフェクトの自分を作り出すのだ。さすがに中学生なので化粧まではしないと思うが、それでも髪形を決めるだけでも異様な時間をかける。それを待つくらいの時間、わけはない。
 彼女はそのまま「ちょっと顔を洗って来るので失礼します」と声をかけて、すぐに階段を降りて行った。少々急いでいるようだったが、そんな性格なのだろう。朝くらいマイペースに準備しようが責めはしないというのに。

「さて」

 おれは、もう一度部屋全体を見た。
 おれには進度がいまいち実感できなかった。確かに進んではいるのだろうが、元の量が多いぶんだけ嫌に時間がかかる。
 しかし、案外今日中には終わるだろうという確信もあった。午前中に起きてから先は、時間が妙に短く、それでいて捗るのだ。
 このまま調子よくいけば気づかぬうちに正午を迎えるだろうし、その頃には部屋の半分はすっかり片付いているだろうと思った。

「……おや?」

 と、脇に目をやり、おれはその瓦礫のような本の山の隅に――「×××ぼみ」の文字列を見つける事になった。
 その上には結構な本の束が重なってタワーになっているので、これをどかす労力を想像すれば目をそらしたくなるが、手書きの筆跡がおそらく花咲つぼみと同じ物なのは間違いない。そこに花咲つぼみの名前があるからには、おれはそいつを探らなければならないのだ。
 ……こいつもスカだろうか、とあまり期待せずにそれを掘り起こして見せた。これまでも何度も花咲つぼみという名前にぬか喜びして、関係ない数式の羅列や漢字の練習が載っていたのを見流してきたのだ。
 今度は何だろう。教科書か、ノートか、それともただのポエム帳か。おれは、そんな想像をしながらそちらに一歩だけ足を動かし、手を伸ばした。

82380 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:17:39 ID:wTASm/Rk0

「ったく」

 上に乗っかっている本の山を、おれは順に片づけ始めていた。本の束を降ろしながら、そちらもチェックしていた。どれかがまたつぼみのものかもしれなかっただ。
 しかし、園芸誌のバックナンバーや、大昔の陸上競技誌なんかがビニールの紐で束ねられているだけで、どうやら手がかりではないらしい。これこそもう読まないと決められたうえで、捨て損なったもののようだった。
 そうして乗っかっているものを降ろしていくと、そいつはバランスを崩しておれの方に寄りかかってきた。結構な重みのある本の山がおれのつま先の上に雪崩れのように落ちてきた。

「痛てっ!」

 鈍い痛みのする左足を抑え、おれは無様にぴょんぴょんと跳ねる。あんまりな事に、思い切り跳ねようにも周りもすっかり足の踏み場がなく、これ以上余計な動きをしようものなら、そのまま倒れてしまいそうだった。
 無感情におれの足を攻撃した本の山に、おれは一瞬、怒りさえ感じ、本の山を一瞥した。
 すると、――そんな痛みとやり場のない怒りが襲い掛かってはいたものの――そんな苦難に見合うだけの報酬がおれの目に映ったようだった。
 腹立たしい量の零れ落ちた古雑誌の向こう、「花咲つぼみ」の名前が書かれたそれは、まぎれもなくおれがさっき目にした「×××ぼみ」のノートだ。
 どうやら、そこに花咲つぼみのノートが、そこにまとまって置いてあったようだ。

「――これは……日記帳、か?」

 手に取り、めくってみると、日付は2010年ごろだ。
 おれは、ちょうどそれは彼女が殺し合いに参加させられた前後のものであるという事を悟る。少なくとも、プリキュアとしての活動を行っている時期の日記であるのは間違いのない事実である。
 左から右へと、ざっと流し込むように読んでいき、次々とページをめくる。彼女の人生の起点となる頃の物語が生々しく、彼女自身の筆で書かれていた。想像した通り、読める字で書いてくれてはいるが、それは丁寧な達筆というより、普通に女の子らしい字であったのが少々意外であったかもしれない。

「こいつは……どうやら、お待ちかねの品だ」

 しかし、やはりその年頃にしては非常に読みやすく、字が判別できないだとか、文章の意味が伝わらないだとか、そういった事態は発生しないだろうと安心できた。うちの三代前と二代前が書いたらしい報告書よりは出来がよさそうだ。
 おれはそいつを純粋に興味深く読んでしまっていた。

「――」

 そこにはまず、プリキュアとしての戦いについて、書いてあった。
 それから、数日が飛んで、殺し合いからの生還。脂目マンプクの逆襲。
 ここまでは、鳴海探偵事務所の一員たるおれも教養として把握している範囲の事だった。いわくのある探偵事務所にいるのだから、そのいわくも人並より詳しくは把握しているつもりである。

 だが、それから先は、おれの知らない様々な花咲つぼみの姿が――全世界に中継された殺し合いのなかで生き残った少女が暮らした一日一日と、その心のうちが嘘偽りも誇張もなく記されていく。



 響良牙の恋人・雲竜あかりとのファースト・コンタクト。
 時空管理局側で保護される事となったオリヴィエに再会した事。
 なにやら同級生たちから結構な数のラブレターが届いたらしいという事と、その返答への悩み。
 佐倉杏子と再会し、意見の食い違いから些細なトラブルが生じたらしいが、すぐに和解したなどという私事。
 孤門一輝が恋人を連れて訪問した事や、すぐあとに開かれる彼らの集まりへの誘いがあった事。
 殺し合い終了から一ヶ月が経ち、生還者全員と再会するも一人だけが特別の仕事で来られなかったという事。
 当時の志葉家当主――志葉薫より、血祭ドウコクおよび志葉丈瑠(外道としての彼の事だろう)のその後の動向に関する調査について話を聞いたという事。
 都内の大学で開かれた異世界移動技術に関する一般向けの学会に密かに参加したが、現段階の彼女ではまるで何もわからなかった事。
 来海家の三名が別の街へと引っ越す決意を固め、自分の中の来海えりかとの思い出が遠ざかるのが心の底から寂しかった事。

82480 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:18:08 ID:wTASm/Rk0



 ……日記は殺し合いから生還してからも、毎日とは言わないながら結構な頻度で書かれており、ほとんどはそういった極私的な事や周囲の観察から始まっていた。
 詳しくは伏せるが、必ずしもポジティヴな事ばかりではなかった。
 戦いによりプリキュアとしての力を失った彼女は只の人間となったが、完全な一般人と違うのは、「世界に名の知れた有名人になった」という点であった。
 それは称えられるという事と同時に、誰かに利用されるという事であり、嫉妬されるという事であり、彼女を無自覚に傷つける言葉を人は想像しえないという事である――鳴海探偵事務所の左翔太郎が辿った運命と同様だった。しかし、彼女の場合は彼よりも、もっとずっと若い少女だったのだ。
 その分、とりまく社会は違うし、心はナイーヴでもある。
 悪意のない人間が時に彼女を傷つける言葉を放ったらしく、それを憎み切れない孤独なども赤裸々に書かれていた。蒼乃美希や高町ヴィヴィオとはメールのやり取りを頻繁に行い、そこで双方で――傷のなめ合い、と言っては流石に失礼だが、同じ立場ゆえの悩みを吐き出し合ってもいたらしい。他に理解者はいなかった。

 おれは、それらに目を通しながら、少し息をついた。
 おれもこうして彼女のプライベートを勝手に覗いてしまっている。好奇心や善意で彼女に妙な事を言った連中責められる立場にはない。――「生きて帰れてよかったね」という一言にさえ悩んだ彼女の心境はおれにだって理解できないのだ。
 だから、日記を読むのをやめてしまおうかと、少し悩みかけた。
 ……尤も、おれはそんな干渉は、即座に殺した。

 そいつは、紛れもないおれの探していたものだった。
 おれの目的は興味を貪る事でもなければ、花咲つぼみのプライベートを尊重する事でもない。
 花咲つぼみがあったからこそ、鳴海探偵事務所は存続し、その場所でおれは働かせてもらっている。その恩義を、彼女の曾孫が求める形で返還する事なのだ。
 そのために、おれはこうして有給を使ってまでもゴミ山と格闘し、見つけた資料から手がかりを探っているわけだ。上記の日記だけでも、雲竜あかり、他の生還者、志葉薫などと遭遇しており、このうち孤門一輝と志葉薫はこの家に上げたらしい事だって書いてある。万が一にでも、彼らの荷物に紛れたのなら――という可能性だって否めはしまい。
 それを詳しく考えるのが、おれの役目だ。

「――数年分は纏まってるな」

 日記は何年分もそこに重なっていた。おれはそれを花咲つぼみの部屋に移動させる事もなく、ぺらぺらとめくり始めていく。
 なにやら、この世界の西暦で云う2016年ごろまで、この場所にすべて纏まっていた。
 日記は続いていく。



 異世界同士がつながって以来初めて起きた「異世界間戦争」のニュースへの、怒り。
 相羽兄弟らが生きたテッカマンブレード世界を始めとする他世界の超技術がこの世界に本格的に転用され始め、相互補完的に技術革新が認められた事実への、歓喜。
 高校入試と、その結果。
 卒業式にて、卒業生代表としての挨拶を求められ、来海えりかや明堂院いつきがここに立てなかった事実を受け止めた事。
 佐倉杏子も中学生としてきっちり卒業した事。それと同時に鳴海探偵事務所でアルバイトを始めたのを聞き驚いた事。
 かつて信じた「響良牙が生きている」という事実への自信が、自分の中から毎日少しずつ失われていく事への恐怖……。



 おれは、佐倉杏子が鳴海探偵事務所で助手として働く事になった経緯や詳しい時期も、この日記を通して初めて知る事となった。彼女の中でも、同じ年頃の杏子が通信制高校に通いながら殆ど探偵業メインで活躍している事実は刺激的だったらしく、結構な文量がそこに費やされていた。
 おれは、それが間もなく「左翔太郎に依頼を行った日」に近づきつつあるのを、日付から逆算していた。
 少し期待は高まったが、一つ気になった情報があった。
 おれはそちらの事をもう一度少し考えた。

 響良牙――という名前が、この日記にはよく出てきていた事だ。あのRyogaの名前の元ネタの男だ。出来事としてはまったく絡まないのに、唐突に彼女は響良牙の名前を出す事もあったくらいだった。

82580 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:18:28 ID:wTASm/Rk0
 それこそ、この世界での友人以外では、生還してコンタクトを取っているはずの左翔太郎や佐倉杏子よりも、その名前が頻出しているようにさえ思えた。蒼乃美希や高町ヴィヴィオはメールで度々話す調子のようなので、そのメールデータが残っていないと比較はできないが、彼女を動かしている強い影響力の一つなのだろう。
 無理もなかった。
 殺し合いのさなかで行動を共にし、あらゆる場面で双方助け合った名コンビと謳われた響良牙と花咲つぼみ。あらゆる場面で花咲つぼみは響良牙に助けられ、響良牙は花咲つぼみに助けられていた。
 あるいは、ふたりの間には――良牙に恋人がいた事から考えるに花咲つぼみが一方的に、想いを寄せていたとも邪推できた。実際にはわからない。探偵特有の下卑た考えなのかもしれない。

 だが、どうあれ――この日記の八十年後という時間を生きるおれは、彼女が信じ続けている明日が来ないのを知っている。
 何故、彼女は「響良牙が生きている」と仮定しているのかさえ、おれにはわからない。論理的に動いたうえでの事なのか、感情的に動いての事なのかさえわからないが、端から見れば明らかに後者を疑う状況だった。

 いずれにせよ、それはラスボスを倒せるほどの純粋な想いだった。しかし、彼女がその想いをどれだけ叶えようとしても、彼女にとってのゴールはなかった。
 彼女の生きた八十年――その過程で名誉ある賞を受けたとしても、その原動力となった響良牙への何かしらの想いが叶う事が決してないというのなら、それはあまりに残酷な結末であると思える。

 ……いや、それを除いても、だ。既に彼女を取り巻く環境は、見る限り成功者の幸福と呼べるものには見えなかった。
 彼女に付きまとったプリキュア、生還者、ノーベル賞受賞者といった肩書は――こういう生き方を選ばされた事が、はたして彼女の人生にとって歓迎される事象だったのか、おれは当人でないからわからなかった。
 しかし、どうしても靄がかかる。

 本当に、それは「青春」なのか。
 いまベッドの中で病魔と闘う彼女が振り返る人生は、まさしく茨の道――不幸の連続でしかないのではないか。

 おれには、あの殺し合いは、彼女の中でいまも続いているように思えた。
 彼女の周囲が――確実に、変わってしまった事実。これを見て、おれは、あの殺し合いがない彼女の人生というのを考え、友と笑い合って成長する一人の少女を浮かべた。
 そこにある苦難や戦いの数と、殺し合いから生き残って、その先を生きる少女に強いられたそれの数とは、秤にかけるまでもないだろうと思えた。そして、その世界の彼女の方がよっぽど、幸せに生きているような予感があった。そこに名誉の賞はないかもしれないが。
 世界は、殺し合いに参加させられた彼女の人生は、あの時定められた運命から変わっていない。





 ――もし、彼女が殺し合いに巻き込まれなかったとするなら、その方が、ずっと幸せだっただろうと、おれは確信できてしまった。





「――改めて、おはようございます。探偵さん」

 ふと、おれは、背後からかかった声に不覚を取られた。
 それは、咄嗟にそちらを振り向いた。花咲つぼみの事を考えていたおれは、何だか花咲つぼみの亡霊にでも呼びかけられた気分でいたのだが、そこにいたのは、すっかりパーフェクトな自分を作り出した桜井花華であった。
 用件は、単なる朝の挨拶だった。

 今日は、頭に花飾りをして、白いワンピースを着ていた。はっきり言って、こんなところよりも森のなかが似合いそうな恰好だった。
 おれは、その恰好が全くもって、この埃だらけのゴミ部屋で探し物する恰好ではないのに呆れつつも、再度挨拶を交わした。

「ああ。ほんとうに改める必要があるのなら、おはよう」
「それは――挨拶は、相手の目を向いてするものですから」
「悪かったな。おれとしては、『レディの寝起きの顔を見ないように』という配慮のつもりだったんだが。……いや、すまない。こちらも探し物に気を取られていたんだ」
「いえ、私を待ってくれているのも、何となく察してはいました。……ですから、それを責めてるわけじゃなく――とにかく、個人的にはそれではすまなかったので、もう一度正式な挨拶という事で」
「ああ、わかった、わかった」

82680 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:20:34 ID:wTASm/Rk0

 彼女は面倒になるほど生真面目だ。おそらくそこが曾祖母との決定的な違いだろう。
 控えめなタイプに見えたが、その反面で芯があるというか、むしろ、厄介なほどに自分の在り方を曲げない。それとも、世間の情操教育に忠実すぎるのか。
 そのうえ、花咲つぼみが運動神経に自信を持たなかったのに対し、彼女はそれと対極的に「家族に心配されない」ほど、男でさえ撃退する自信があるほど、強い。
 いずれにせよ、おれに言わせてもらえば、ハードボイルドに近い存在だ。

 いや――そうだな、ハードボイルドと云っては失礼かもしれないので、ここは「委員長タイプ」とでも呼ぶのがいいか。
 おれは委員長少女に言った。

「――それよりか、聞いてくれよ、花華。きみの曾祖母の日記が見つかったんだ」
「えっ!?」

 彼女は、大きく口を開けて驚いていた。
 おれが手に持っている日記に目をやり、横に重ねられたおれの日記と、ものが雪崩れ落ちた形跡のある床を軽く見やった。何があったのかは察してくれたらしい。
 そんな彼女がおれの顔を向いた時、おれはしゃべり始めた。

「時期もちょうど、プリキュアになった頃のもの、殺し合いに巻き込まれた頃のもの、あとは以後数年のものだ。手がかりがあるとすれば、この辺りで間違いないだろうと思う」
「ああ、良かったです。私ももっと早く見つけて読みたかったのですが……」
「……花華。これだけの事を一人で勝手に見てしまって、済まないな」
「――それは、別に構いませんし、その為に来てくれたのだから全部読んだって全然良いんですけど」
「いや、きみが先に読んでくれた方が良かったのかもしれないな。もし機会があるのなら、きみもぜひ詳しく読んでみてほしい。曾祖母が、どんな風に生きたのかがわかってくるよ」
「えっ」
「……勿論、おれの方は、あまり詳しくきみの家族のプライベートは詮索しないつもりだがね。少なくともきみには、彼女の心境も含め、これを熟読できる資格があるだろう」

 こうは云うが、おれはむしろ、彼女はしっかりと読むべきだろう、それは資格というより義務なのだろうと思っていた。
 彼女が自分の行きたい道を――プリキュアとして活動する道を選んだうえで、花咲つぼみというひとがそれを阻もうとしたのなら、そのひとが花華を止めた理由をきっちり見つめておかなければならない。

 それが、間違いなくこの日記には書いてあった。
 生きるうえで不必要なまでの苦難、暴力的なまでの精神的負担、ともすれば自分で命を絶ちかねないほどの絶対の孤独やトラウマ、帰ってきた場所に友のいない寂しさと後悔。あらゆる物が襲ってきたであろう事は、言うまでもない。
 それを次代に継がせようとする者がいるだろうか。

「……」

 おれにもまた、かつて探偵という道を選ぶにあたっては、周囲からの反対も無数にあったし、それを振り切って、探偵になる覚悟を決めて、一人になった。
 それ以来、両親や家族とは、普通の家庭からすると驚かれるほどに、すっかり会ってもいないし、他の手段で近況を話す事さえない。家族も同じ風都という箱庭に住んでいるのだが、すっかり疎遠になっており、お互いの情報も交わされないまま、冷戦が続いているような状態だ。
 べつにそんな関係になった事には未練はないのだが、一つだけ言っておくと、おれはかつて、探偵の道を阻まれた時に家族の心情と向き合う覚悟だけは、全くした覚えがなかった。
 家族は、おれがおれの意思で決めた生き方を阻もうとするノイズとして、まったく無視していたのだ。――それを思えば、こうして機会が訪れた彼女は、おれとは違う選択肢を持てる状況だと云える。
 ただ、それを促すのも年寄り臭いし、おれは説教好きな年寄りは昔からきらいだった。どうあれ、どうするのが正解とも一概には言えないので、おれはただ彼女に「資格がある」と云うだけだった。

「……わかりました。後でちゃんと持ち帰って目を通します。興味も、ありますから。――それより、肝心の内容ですが、左翔太郎さんに依頼を行った際の事とかは書いてありますか?」
「いや、悪いが、そこはまだ読めていないんだ。しかし、逆算すると、間もなくというところに来ている。彼女はその時点で、どう受け止めたのか――それは気にしておきたいところだな」

82780 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:21:01 ID:wTASm/Rk0

 そういいながら、おれはページを捲った。
 一ページ一ページが、花咲つぼみの中の苦難の一日を経過させていく。それは、文の量に比べてあまりに重々しく感じられた。

 花華が、傍らの、おれがもう読み終えた日記の方に手をやった。
 まだおれの読んでいないものを読んでくれたところで、話の筋が見えないだろうから、こうして既読のものを読んでもらった方が効率は良い。ここから先、別々の立場から共通の情報を議論できる。
 彼女がそこまで考えているとはさすがに思えないが、とにかく都合が良かった。

 しかし、だ。
 そんな折、花華の腹がぐぅ〜〜〜と長い音を立て、朝飯を欲しがる合図を送った。
 彼女が恥ずかしそうに腹を撫でるのを、おれは思わず笑った。尤も、先に笑ったのは、花華だったが。

「……まだ、朝飯を食べていなかったな」
「ええ、そうでしたね」
「まずは、そちらを食べてしまおう。最大の手がかりももう見つかった事だし、一日に習慣を優先した方がいい」

 おれはそんな提案を口にした。

「……でも、良いんですか? これを読む為にわざわざ来ていただいたのに」
「資料として、続きが気になるのは確かだ。だがな、こうして作業をすると、時間を忘れる。良いところだ良いところだと言って、永久に読み進めてしまうのが人情だ。キリがなくなるより前に食事にありつこう」
「――そうですね。後からでも読めますし」
「ああ。それに、おれも朝飯はともかく――コーヒーが、まだだった」

 おれは、苦いブラックコーヒーを飲みたくて仕方がなかった。
 それがおれの朝の文化で、休める日の寝起きの時には欠かせない習慣だった。
 うまいかはわからないが、朝飯の食える気の利いたカフェが、この辺りにある。おれは、一度この日記を持って、そこへ向かおうとしていた。
 ……こんなものを読みながら朝飯を食おうものなら、この少女は「ご飯を食べながら読書は行儀が悪いですよ」と言ってきそうだが。







 ――ここは希望ヶ花市内のカフェだ。
 創業百年という当時からのアンティーク・カフェ。コミュニケーションを嫌ってそうな店員と、木彫りの奇妙な人形が並べられたそこらの戸棚のレイアウト。ファンシーとは対極な店だが、一押しはパンケーキらしい。勿論、俺は頼まないが、向かいの中学生はそれを言われるがまま頼んだ。
 おれは、ベーコンエッグサンドイッチとコーヒーだけを頼んだ。花華はパンケーキにハーブティーだ。大した量ではないがほどほどに高い。
 肝心のコーヒーの味はそこそこだった。おれは、差し出された砂糖とミルクも入れない。こんな不純物を入れてしまえば、“そこそこ”ですらなくなるからだ。どちらかといえば、このベーコンエッグサンドイッチはうまかった。パン生地や焼き加減に拘りがあるのだろう。来た時点でもうまい匂いがした。
 流れる音楽も良い。心を癒すクラシック・ミュージックだ。
 だが、少なくとも、おれは、この店が嫌いだった。理由は単純だ。あそこに書いてある――『全席禁煙』。

「――失礼を承知で云いますけど。ご飯を食べながら本を読むのは行儀が悪いですよ、探偵さん」

 おれがベーコンエッグサンドイッチを租借しながら日記を読んでいると、案の定、想像した通りの言葉を言われた。当然ナイフとフォークは皿に置いている。おれは次の一口までのわずかな隙間の時間を有効活用しようと資料に再度目を通しただけなのだ。
 しかし、言い返す言葉もなく、おれは日記を置いた。

「悪いな、思わず先が気になって」

 ともかく、飯を食う時は飯に集中するのが礼儀、との事だろう。おれの中で通すルールの中には、その発想はない。情報を得られるだけの時間は利用しておきたいし、人生の空いている時間はすべて無駄にはしたくないのだ。意見は食い違う。
 尤も、ここで話が拗れるほうが人生の無駄な時間が繰り広げられるだろうと汲んで、おれは我慢をする事にした。

82880 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:22:47 ID:wTASm/Rk0

「いえ、こちらこそ……。それにしても、良いお店ですね」

 そう恐縮しながらおれと合わない意見を告げたのを横目に、おれはさっさと食べ終えた。
 食事に時間をかけすぎてしまうのも良くはない。健康や美容の為にどうかは知らない。おれが朝飯にありつきたかったのは、缶以外の温かいコーヒーを飲むくらいの余裕が欲しかったのと、一応の朝飯が食べたかったためだ。
 それが案外、コーヒーが美味くもなくまずくもなく、むしろパンの方が美味かったので、どこか調子の外れた気分になる。そんな日もある。
 花華はまだパンケーキを食べているが、食事については急かされる事もなくマイペースに食っている。何にでも時間をかけるのは女の性だ。
 おれは、その待合時間ならば見事に利用してみせようと思った。

 ……おれは、再び日記を手に取る。
 ページをぱらぱらとめくり、まだ目にしていないページへ。そこには、遂に左翔太郎に依頼を行った日の事が記されていた。
 ……未解決ファイルに記された公的な記録とともに、こうした個人での記録が残っているのは見事な事だ。日付は7月の終わりごろ。高校生となった彼女の夏休みであった。
 前後には、高校で出来た友人の事も書いてあるが、必然的に量が多くなるのは長期休暇を利用した『かつての友人』とのふれあいだ。
 おれは、それを花華に見せてやろうかと思ったが、それより先に自分で一度目を通して見せた。



『7月30日
 今日は、風都にお邪魔しています。翔太郎さんや杏子、それから亜樹子さんのいる鳴海探偵事務所へ、ある依頼に伺いました。本当は美希も連れて行きたかったのですが、今月も忙しいようで、私だけで向かう事になりました。
 (中略)
 久々に会った杏子は、すっかり風都に詳しくなっていて、いくつかの名所を案内してくれました。――ところで、依頼の方はどうなんでしょう……?
 それでも風都の人たちは温かく、びっくりするほど巨大なナルトの風麺のラーメンはおいしく、相変わらずとても良い街でした。
 希望ヶ花市も良い街なのですが、私は翔太郎さんほど自分の街に詳しくはありません。街を愛する事もとても素晴らしい事なんですよね。(後略)』



 ……まあ、外から見て、事件に遭わなけりゃ、あの街も良い街に見える事だろう。人口も多く活気はあって明るい。だが、当時から犯罪都市には違いなく、ガイアメモリなんていう恐ろしい実験が繰り広げられていたような場所だ。
 住めばわかる。便利な街だが、必ずしも「良い」だけの街とは言い切れない。おれが個人的に気に入っているだけだ。少なくとも、少女には向いていない。

 とにかく、最初はほとんど観光同然の内容だった。
 当然だ。今のように、探偵がその日すぐにでも依頼に向かえるほど暇ではあるまい。この探し物の依頼も、風都を出なければ調査する事はできないし、左探偵はアクティヴな性格だったようだが、街から出るのは嫌う。調査はしばらく後になるだろう。
 おれは、そんな想いを抱えながら、花咲家に二人が訪問する記述を待った。



『8月3日
 杏子と翔太郎さんが私の家にいらっしゃいました。用件は、以前依頼した件についての調査です』



 ……数日後だった。
 案外、当時からこの事務所は暇だったのだろうか。
 その日の日記は当然、そこから先も続いている。



『様々な事を聞かれ、室内も多少探したようですが、結局見つからなかったとの事でした。それから、10日には私が生まれた実家の方を調査してくれるとの話でした。
 確かにあの件の後も私の手元にあったはずなんですが……。
 しかし、そこまでしてくれるのは本当にありがたく、二人とも二歳になったふたばとを楽しそうにあやしていました。
 ただ、翔太郎さんが抱えた時には突然大泣きしてしまい、翔太郎さんのスーツに粗相をしてしまったので……(後略)』

82980 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:23:28 ID:wTASm/Rk0



 先々々代の恥は読まなかった事にしておこう。
 万が一、佐倉探偵がこのくらい頻繁に日記を書く性格であったなら、おれは相当数の左探偵の恥を目の当たりにする事になったかもしれない。
 おれは、続けて、依頼に関する記述を探してまたページを捲っていく。
 その間も、花華は食事を続けており、おれが一足先に重要な事実に触れている事など気づいてもいないようだった。



『8月15日
 鳴海探偵事務所の方から、調査報告書が届きました。未解決にせざるを得ないとの事で、非常に残念な結果でした。
 翔太郎さんからの直筆で、「但し、未来、君が必ず果たせる」とだけ書いてありましたが……私が果たしてどうするんでしょう。
 それとも、翔太郎さんの事だから、回りくどい言い方をしただけで、何か意味があるんでしょうか?
 試しに杏子にもメールで聞いてみましたが、何の事だかさっぱりとの事。ただ、翔太郎さんは無念の様子ではなく、やはり何か知っているみたいだそうです。
 ……それならそれで言ってくれればいいのに。
 とにかく、この件については、おばあちゃんがかけてくれた言葉を思い出して、前向きに捉えようと考えています。
 依頼の方は残念だったかもしれませんが、私の依頼に協力してくれた鳴海探偵事務所や風都の皆さんには感謝でいっぱいです。久々に会えた事も嬉しかったし、またいずれ会えたらと思います。
 何より、私はこの件を未来で果たさなければならない、と励まされています。そこにもし意味があるのなら、まずは私自身が今取り組もうとしている事をがんばらないと!』



 そうか……。――やはり、左探偵は何かを掴んでいたと見えた。
 しかし、日記上でここまではっきりとその事を書かれてしまうと、近づいたようで遠ざかったような気分にならざるを得なかった。
 たかがこれだけの依頼の真実を、どうして勿体ぶったのか。
 おれにはそれがわからない。裏組織の闇に繋がる事実や、国や大企業が抱えている癒着や不正の記録に辿り着くような内容でもなければ、そこに辿り着くようなプロセスをたどっていたわけでもなかったはずだ。
 それを、何故彼は意味深に放り出してしまったのか。
 その理由を知るには、おれはまだ早すぎるようだった。

 おれはそのページに指を挟みながら、更に日記をぱらぱらと捲っていった。
 そこからしばらく、左翔太郎や佐倉杏子と直接のコンタクトを取る事はなく、具体的にこの件について触れる記述はないまま――そして、再び彼らの名前が挙がったのは、この記述だった。



『3月29日
 とてもショックな事がありました。私も、まだ気持ちの整理がつけられていません……。
 この日の日記はもう読み返す事がないかもしれませんが、今の私が落ち着くために書く事にします。
 今日、風都×丁目の道路脇で、翔太郎さんが亡くなったそうです。男の子をかばって車にひかれてしまったとの事で、病院に搬送されて間もなく息を引き取ったと聞いています。
 詳しい事はわかりません。
 ただ、それを教えてくれた杏子に返す言葉も浮かびません』







 ――この後、おれは日記の続きと、それから花咲家に保管されていた調査報告書を見る事によって、すぐにすべての意味を知った。
 そして、それは極めて美しくもあり、時が過ぎた後となっては残酷で、桜井花華という少女にとっては縋りたいはずの奇跡を潰してしまうような結論だと云えた。
 尤も、「結論」の意味をおれはこの時、全くはき違えていたのかもしれないが――それは、まあいい。
 ……さて、そんな御託よりも、肝心の手がかりの方を振り返る事にしよう。





83080 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:24:43 ID:wTASm/Rk0



 左翔太郎の死、という記述より後は、彼女は思い出に耽るようにして殺し合いに巻き込まれた時の事を回想している。そこでまた、響良牙に関する記述は頻出し、この頃にはすっかりノスタルジックにその話を思い出すようになっていた。
 おれにとって、それが幸せな事なのかはやはりわからなかった。
 再び花咲家に戻ったおれと花華は、二人で調査報告書を探したのち、日記の先まですべて確認していた。調査報告書の方は、すぐに見つかった。

 とにかく、まずは、順を追って振り返ろう。

「――調査報告書は、鳴海探偵事務所に未解決ファイルとして保管されているものと同一の内容だ。ただ、二点を除く」

 おれは、こう花華に告げた。
 結論から言えば、この事件の調査報告書は、思わぬ収穫だった。
 内容は事務所で目の当たりにしたデータとまったく同じながら、そこには日記に書かれていた通りの「但し、未来、君が必ず果たせる」という左翔太郎の肉筆が残されていた。何度か見た彼の肉筆だが、それが強い意味の言葉に感じられたのは初めてだった。
 大概は、おれからすればどうでもいい格言やメモ書きだったのだが、その一言には妙に強い感慨が込められていたのである。



 ――但し、未来、君が必ず果たせる。 左翔太郎より



 そして、その下にもう一つある。
 佐倉杏子が再調査した際に刻まれた言葉だ。



 ――この件の調査は、本日再び終了する。
 ――しかし、私も待っている。花咲つぼみの友達として。
 ――2017.8.7 佐倉杏子



 そんな遠い昔の日付の記録とともに、この依頼は『終了』していた。
 妙な納得感を筆に乗せていた佐倉探偵の言葉とともに、探偵たちは自分たちの職務を放棄していったのである。それは敗北や妥協というには、あまりにも小気味の良い言葉であった。
 おれは未解決ファイルにこの事件を見た時、この意図のわからない『終了』に、不気味な、そしてネガティヴな意味合いを感じ取っていたが、むしろ事実はその反対なのである。

「この記述は、いずれも花咲つぼみへの個人的なメッセージだ。それも、探偵としてでなく、左翔太郎として、佐倉杏子として書かれたもので――事務所に保管すべき資料には、残っていない」
「こんな言葉を残してたんですね……一体、どういう意味なんでしょう?」
「――つまり、このメッセージは、彼女への『信頼』の意味だよ。彼女こそが最もそれを見つけるに値する人物だと、彼らは結論づけた。そして、佐倉探偵がそれを告げた時に、彼女はそれに納得したんだ」
「……」

 何しろ、おれに言わせてもらえば、これは明らかに報告書ではない。――友人二名から宛てられた私信であり、三人だけが理解した暗号かポエムだ。
 いまだ鳴海探偵事務所に残されていたあの報告書も同様だ。当人たちしかわからない意味合いが乗っかっている。その時点で――先代やおれがまともに引き継げない時点で、あれはプロの報告書ではないのだ。
 しかし、彼らは「プロ」としてでなく、青い感情を伴ったまま、「友人」としてあれをファイルに綴じた。
 あの戒めと無念の羅列が綴じ込められたファイルの中で、この一つの報告書だけは、きっと彼らにとっても――読み返す事で、花咲つぼみと繋がれる感傷的な手紙としてしまい込まれていたのである。

「それなら、素敵ですね」
「――いや。信頼というのは、その信頼に応えられなかった時が残酷なんだ」

83180 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:25:10 ID:wTASm/Rk0

 だから、おれは、答えられない依頼は受けたくないのだった。依頼人たちが希望を受けてしまうのは、おれを信頼しているからに違いない。悪戯な信頼を受けても、それに応える事ができないのなら、受けないに越した事はない。
 今回の場合、私的手伝い、と言い換えて金を受け取らないとしても、おれは桜井花華という少女から信頼されつつあるのが少々嫌ではあった。
 おれならば見つけてくれるのでは、と思われているかもしれない。だが、残念ながらその信頼には答えられない事がわかりつつあった。
 そう、この時――結論まで悟ってしまっていたのだから、なおさらだ。

「信頼は、祝福と呪いの両方を兼ね持っている。信頼される事で人とつながり、心は満たされるが、その代わりにそれを果たさなければならない呪いがかけられ、死ぬまで心を縛る。きみくらいの年頃だ、いくらでも心当たりがある事だろう」
「……」
「勿論悪い事ではないし、それがもし、信頼に応えられるのなら、あるいは応えられなくとも許されて報われるのなら良かったんだが――今回の場合は、ちょっと、な」

 そういうと、彼女はおれの方を向いた。
 驚いているようだった。今回の話の結末を既に読んで、それを踏まえておれが信頼を論じた事を、彼女はすぐに悟ったのだった。

「何かわかったんですか?」

 おれは、答えもせず、ただ花咲つぼみの日記を見やった。
 花咲つぼみの日記には、佐倉杏子がメッセージを送った同日、こんな記述がされてあった。



『2017年8月7日
 以前の依頼の件で、杏子から調査報告書が届きました。あの件について杏子から聞いた推理は、思いがけないものでしたが、報告書の杏子の言葉は励みになりました。
 私は、二人の探偵さんの言葉を信じます。だから、自分を信じて進む事にします。
 それより、杏子も仕事がすっかり板について、以前とは見違えるほどしっかりしたカッコいい探偵さんになっていました。
 美希だって今はモデル業と並行してデザインの勉強に必死です。
 ヴィヴィオはいま、大きな大会を目指して特訓中。
 孤門さんもすっかり威厳のある隊長さんで、それと同時に良いパパみたいです。
 零さんについては詳しく書けませんけど、相変わらず凄い活躍しているようです。今はどこにいるんでしょう。
 みんな良いところはそのまま、それでも立派に変わりました。
 ……でも、私も皆さんに負けられません!
 だって、お二人が私に託したように、私が未来、必ず果たさなければならない事があるんだから!』



 おれの中で、もう謎は謎ではなくなっていった。







 ――そう、彼らだけがわかる共通言語があった。誰かがそれを、他人が読めるような言葉として書き記す事はなかったのだった。
 特に、彼女の日記の中にある――「探偵の言葉を信じ、だから自分を信じて進む」なんていう一行だって、彼らの共通言語の中でしか意味を成しえない。
 だが、因果関係の不明慮なこの文が、彼女たちには強い説得力を伴っているのだ。その行間を見なければ、事実は見えない。

 彼らが何を思っていたのか。
 この意味を解きたいものは――彼らの共通言語から推理しなければならないのだった。
 そして、それは、この時のおれにはある程度推測が立てられていた。


キーワードは次の通りだ。
・響良牙
・左翔太郎と佐倉杏子のメッセージ
・8月15日の日記
・8月7日の日記
・左翔太郎の事故死
・『信頼』

83280 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:25:34 ID:wTASm/Rk0


 そして、おれが推理した結論と、それをまるっきり裏返すかのような、植物園での出来事は、この後の事だった。
 人生は本当に何が起こるのかわからないゲームだ。



 これから先、おれがどうなるのかだってわからない――以前、花華にそう頼んだように、彼女に『死神』と呼ばれる事にもなった、いまのおれとしてはだ。







【『死神』/花畑】



 おれはあれから先――少しばかり長い時間をかけて、遂に記憶のすべてを思い出す事になった。

 すべてを思い出したのは、奇妙な怪物に襲われ、頭を打った時の事だった。

 かつての事、そして、いまの事、何もかもが頭に浮かんだ。

 そして、すべてを思い出すとともに、自分があまりに長い地獄の中に閉じ込められている事に気づいてしまった。

 ここは、まさしく真っ当な人間には住まう事のできない地獄だったのだ。

 人間も動物もいないが、時折、怪物だけが這って現れた。

 おれはなんとかそれを潰していったので、今ではすっかりそいつらが現れる事もなくなっていた。

 それから、食えるものを探すのにもかなり時間がかかった。……尤も、おれに本当に必要なのは、食い物などではなかったが。



 ――あれからまた相当な時間が経っている。

 今のおれを癒すのは、傍らで鳴り響いてくれる音色だけだった。

 しかし、おれと違ってこの音色ばかりはいつまでも響かない。

 昨日まで傍にいてくれたあいつのように、これもいつか壊れ音を発しなくなるだろう。

 本当の孤独はそれから先にある。

 それでも、おれはこれからも永久にこの煉獄の中で生き続けるのだろう。



 いつかの事を思い出した。

 いつかの少女を思い出した。

 いつかの――――いつか……いつか…………。

 気づけば、おれの両目は、涙であふれていた。





833 ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:26:07 ID:wTASm/Rk0
投下終了です。

834名無しさん:2018/02/16(金) 19:25:53 ID:sYjI.nV60
投下乙です!
変身ロワが終わっても、生き残った人たちは決して幸せを取り戻したわけではないという真実が切ないです。
確かにつぼみは嫌でも名前が知れ渡ってしまい、また不幸なことが繰り返されてしまう……
だけど、かつての仲間たちがいてくれたからこそ、悩みを和らげることだけがせめてもの救いでしょうか。
一方で『死神』は記憶を取り戻したようですが、彼にも救いの手が差し伸べられてほしいです。

835名無しさん:2018/02/18(日) 22:13:40 ID:oFc4oFmI0
失礼します
ttp://or2.mobi/data/img/194719.jpg
私の想像ですが、変身ロワエピローグに登場する探偵さんの姿を絵にしてみました。
もしもイメージと違っていたらすみませんが……

836 ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:39:21 ID:gooP8PFs0
感想、イメージ絵ありがとうございます。
一人称視点で進むゆえ、あまり『探偵』のビジュアルは描写できないのですが、代わりに様々なビジュアルイメージを持って読んでいただけたらと思います。
180cm、テーラードジャケット、無精ひげ……それくらいしか書いてなかったかなと。
ただ、もうそういう書いてあるイメージも全部忘れて、好きな外見で考えちゃっていいんじゃないかなって。

ただいまより、投下致します。

83780 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:41:11 ID:gooP8PFs0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 花咲家で、おれは花華の視線を一身に浴びていた。
 この時には、おれはもうある程度、事の意図はつかめていたのだった。
 これまで、左翔太郎の余計な気障と、佐倉杏子と花咲つぼみの間に流れた友人同士のコミュニケーションがかなりのノイズになったが、おそらく、肝心の真相がどうかはともかく、左探偵や佐倉探偵がどういう結論に至ったのかは読み込めていた。
 それは極めて単純な答えだったが、決して安々と口にしたいものとは云えなかった。

 しかし、これまでも言った通り、おれはその真実がどんな物であれ、花華に正確にそれを伝えるべきだった。
 永久に探し物をさせ続けるよりは、ここで決着をつけさせておいた方が良い――それがおれたち探偵の信念なのだ。

 経験上、これより苦い結末の依頼をおれは何度も目の当たりにしている。
 彼女がいかに傷つくとして、それを告げる事は大したハードルではなかったし、少なくとも言いたくないなどと駄々をこねるような人生を送ってはいない。

「花華……もう、探し物はやめよう。それは、あまりにも意味のない事だ。既にこの件は、おれたちの手に負えない事――いや、既に叶える事が出来ない物なのだろう。おそらく、いつか見つかる希望があるとして、今のおれたちではそれを見つけ出す事はできないし、曾祖母を満足させる事もできない」
「何故ですか?」

 こう言った時、花華は少々不愉快そうに眉をしかめた。
 はっきりと言いすぎてしまったきらいがあるが、だからといってソフトに伝える事などできはしなかった。彼女にとって不快感が薄まるように言っても仕方のない事だし、結局のところおれに向けられる印象が少しばかり良くなるという事は、卑怯な事でもあった。
 はぐらかさずに、おれが行き着いた結論は、彼女が不快がるように言ってやった方が良いのかもしれない。
 本来、それは、不快にならざるを得ない本質を持つ結論だからだ。――言い方ひとつで愉快になれるものでもあるまい。
 それを伝える義務をわざわざ無償で負ってしまった以上、そこから逃れる事は出来ない。

 ……ただ、せめて全くの絶望の淵には立たせたくなかった。
 おれは、ちょっとばかり言葉を選ぼうと頭の中を回転させていたが――そんな折、花華の方が続けた。

「――何かわかったなら、私にもわかるように事情を説明してください」

 素敵に感じるほどに、彼女の声色は怒りのニュアンスも含まれていた。
 しかし、彼女自身はまだそれを表さないよう、少しばかりソフトに返していて、まだヒステリックにはなりようもない様子だった。
 本格的にマルボロを咥えたくなった。
 それを取り出すような間だけはあったが、おれは結局取り出せずに、再び口を開いた。

「……わかった。すぐにこの件の真実を話そう」
「お願いします――」
「ただ、勿論だが、おれが推理したのは、あくまで左翔太郎と佐倉杏子がどんな結論に至ったか、という事だ。だからつまり、真実とは言い切れないかもしれない。こうなっては、明確な証拠も証言も残ってないからね。……ただし、やはりおれとしては、それは99.9パーセント確実な事だと思う。彼らも有能な名探偵であったから、おれは彼らの下した結論を全面的に信頼する。だから、きみもおれを少しでも信頼する気があるのなら、それはもう確実な真実だと思って、ひとまずは諦めてくれ」

 そうでない理由がない。
 それが最も合理的で、最も納得しうる結論だったからだ。ふたりの探偵は、調査能力に関してはけちのつけようはないレベルだと云える。彼らは、通常応えないような難しい依頼さえもこなし、ガイアメモリ犯罪を根絶に近づけた名探偵なのだ。
 だから、この時、おれはそれを「真実」として告げる事に決めていた。

「……」

 彼女は、返事はしなかったし、どうとでも取れるような表情でおれの方を見続けた。
 応えるには勇気が要る。生返事は出来ない。それがわかっているから、無言なのだ。だが、安易な返事をしないのなら、おれはそれで良いと思う。聞いてからでも、諦めるか続けるか選ぶ事はできる。
 問題は、こうして提示した問いかけの意味を理解しない事だった。彼女は、理解はしてくれた。だからこうして悩んだ。
 おれは続けた。

83880 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:42:04 ID:gooP8PFs0

「まず、おれから言っておきたいのは――きみの曾祖母がいくつかの後悔を口にしたと言っているが、彼女が本当に後悔しているのは、おそらく“探し物”の件じゃないのがわかった、という事だ」
「えっ……」
「おそらく、さっき告げたように、もっと、おれたちの手に負えない事こそが、きみに告げられた彼女の後悔の、ほんとうの正体なんだ」

 ――いきなり、花華は絶句しているようだった。無理もなかった。
 こう言われては、彼女の信じようとした「探し物を見つける」という行為は、曾祖母にとって何の意味もない話になってしまうかもしれない。ここまでの彼女の努力を無に帰す結果に終わるかもしれない、という事なのだった。
 それに、ただ彼女の行いが無意味になるのではなく、この推理を以て、事件の未解決は確定する。

 余命僅かな――そして迷惑や心配をかけてしまった曾祖母への恩返し、という純粋な想いと焦燥に対して、それはあまりに後味の悪い結果に違いなかった。
 それならば、余命僅かな曾祖母の傍に何度も見舞いに行った方が良かったのかも、と悔いる事となってしまうだろう。

「続けるよ」

 だが、おれにはそんな彼女への配慮はできない。この後の方が問題かもしれない。
 それでも、おれは彼女にすべての推理を展開し続けなければならなかった。

「……ただ、勘違いしないでほしいが、きみの曾祖母にとっては、それを探す事は確かに重要な事だったはずだ。しかし、彼女には“それ以前に”、“大前提として”、“もっとやらなければならない事があった”んだ」

 おれは、彼女の耳に入っているのか確かめながら、続けた。

「――たとえばだ。この依頼では、最終的にこのように二人に励まされ、逆に“託されている”だろう? それが、どういう事なのか、わかるか?」
「『信頼』されている、という意味ですよね……?」
「誰が?」
「えっ……おばあちゃんが……ですけど」
「――そうだ。そうとしか言いようがない。しかし、同じ探偵であるおれからすると、それはありえない事だと思う」
「どういう事ですか?」

 この件の未解決は、「この件は諦めろ」「継続する」という意味ではなかったのだ。書かれているように、依頼人に対して「君がやれ」という意味であった。
 探偵に限らず、まともな大人は依頼された案件に対してこうは切り返さないに決まっている。

「たとえば、これは、警察が市民に、『きみたちが犯罪者を逮捕しろ』と、医者が患者に『自分で治せ』とそう言っているに等しい事なんだ。……先に『信頼』を受けて仕事しているのは、我々探偵の方なんだから、本来は我々がそれを返さなければならない。達成できなかった時にはそれを伝える責務があるし、このように依頼人に丸投げして終わるわけはないだろう?」

 確かに、確実にありえない話とは云えない。少なくとも、税金泥棒の警察官も、やぶ医者も現実にいる。
 ……しかし、左探偵と佐倉探偵は、先に言った通り、「ハーフボイルド」ではあるが、おれも認める「名探偵」だ。プロとしての矜持は備わっている。難事件も解決しているし、過去の読める限りの記録を見ても、こうした不適当な行動を取った実績はない。

「でも、探しやすい場所に住んでいるのはおばあちゃんだったから……その状況なら、そう言われるのもありえなくはないんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。確かに任せただけなら、そうも言えるかもしれない。しかし、その場合、『未来、きみが必ず果たせる』なんていう言い方はされない。彼はもう、明らかに何かわかっている。『必ず』と言い切っているし、その前に『きみが』としている。この気取って恰好をつけた言い方が、彼女や周囲には厄介だったんだがね」

 実際、花咲つぼみも珍しく左探偵の返しには不満げな日記を書いているし、それは依頼人として当然の反応である。

「……そう――その気取り屋な性格はどうかと思うが、彼はプロだった。過去の事件を見ても、それは間違いない。では、それでいて、彼らは何故こんな結末にしてしまったのか。その理由を、おれは、この伝言を見て最初に疑問に思ったんだ」
「――」

83980 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:42:32 ID:gooP8PFs0

 何故、二人のプロの探偵が同じようにプロらしからぬ結論に至ったのか。そして、何故依頼人は事情を説明されてそれを納得し、励みとしたのか。
 それがおれにはわからなかったのだが、紐解くうちにおれは事情を察する事になった。

 ――そう、言った通りの『信頼』を向けたとしか考えられなかった。そして、何故『信頼』したのか、が問題だった。

「おそらく、そこで左探偵は、この問題はまず花咲つぼみにしか解決しえない、あるいは彼女が解決すべき問題と確信し、彼女なら果たせると信じたんだろう」
「おばあちゃんが解決すべき問題……?」
「――ああ。だから、左探偵と、それからあとで再調査した佐倉探偵は“自分が関わる問題”としてのその依頼を『終了』し、それでいて“花咲つぼみが解決できていない状況”を『未解決』として、ファイルに綴じたんだよ」
「それが、『中断』ではなく『終了』としていた意味……」
「その通り」

 いつの日か、花咲つぼみがそれを達成したのを知って、ファイルから外して処分するつもりだったのかもしれない。しかし、その日は来る事なく、二人が先に世の中に処分され、謎だけが後の時代に残されてしまったのだ。
 これが、依頼が『中断』されずに『終了』した理由だった。
 何かしらの闇に触れたわけではない。――むしろ、探偵にあるまじき感傷だ。彼らのハーフボイルドが、事件を後から見て不可解な物に見せていたのである。

「おれは、そこまで推理した後で――そういう彼らの感傷から逆算して、探し物のありかもわかってしまった」

 花華は不思議がっているようだった。
 まだ答えは見えていない。いや、現段階で彼女がどれくらい日記に目を通したのかわからないが、たぶんこういえばわかるのだろう。
 おれの答えは、これ以外に考えられなかった。

「きみの曾祖母が生涯かけて……病床につくまでずっと研究していた、管理外の異世界への渡り方と、ある世界の捜索。彼女はきっと、この時には既に、左翔太郎や佐倉杏子に約束していたんだ。そして、二人は花咲つぼみを『信頼』して見守っていた」
「まさか……」

 曾孫である花華には、この言葉でわかったようだった。
 曾祖母の事を愛している彼女にとっては、何度も聞かされた話だろうし、もしかしたら、異世界移動の技術についても必死で学んでいた姿は、何度も目にしていたかもしれない。植物学者としてだけではなく、ある一人の男の友人として。
 それはついに報われなかったのかもしれないが、未解決事件を一つ作り出してしまったのかもしれないが――しかし、彼女の仲間たちも信じるに値するほどまっすぐな努力を積み重ねた、純粋な願いだった。
 響良牙を探しに行く、と書かれた日記。
 おれは、それを目にしてしまった。

「――結論を言う」

 それは、美しく、残酷な答えだった。










「そう――――きみの曾祖母が生涯かけて探した、『変身ロワイアルの世界』こそがその探し物――――きみの曾祖母が失くした骨董品、“オルゴール箱”のありかなんだよ」










 そう――そこからのシナリオは、単純だった。

84080 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:43:35 ID:gooP8PFs0


 これより、様々な事を一方的に花華に話した。
 この八十年、果たして何があったのか。


 左探偵は、おそらく、紛失時期を考えたり、花咲つぼみの具体的な話を聞いたりしたうえで、変身ロワイアルの「支給品」としてそれが異世界に置き去りにされていると結論づけたのだと思う。
 左探偵の場合も、同様に「大事な所持品が向こうの世界に置き去りだった事」「変身ロワイアルの戦いの前後、事務所や私物から紛失した物があった事」に思い当たる節があるのなら、余計に推理の材料が整っていた可能性が高いだろう。
 これがわかった時点で花咲つぼみにきっちり説明すればよかったのだが、彼は気取り屋な性格を見事に発揮し、「未来の君が果たせる」などと持って回った言い回しだけを残して依頼を終えた。

 おそらく、この時は彼女が「変身ロワイアルの世界」を見つけ、そこで共にオルゴールを発見し、「おれの言っていた通りだろう?」とでも声をかける算段が彼の中ではついていたのではないかと思う。気取り屋のやりたい事は見当がついている。
 しかし、そのシナリオ通りに行けばよかったが、彼は事故によって旅立ってしまった。
 風都の大人として、そして仮面ライダーとして戦った男として、恥じない誇りある最期だが――ひとつだけ、置き土産を残してしまったのだった。

 ――それから数年後。
 結果的に、「謎」に変わっていったこの案件を引き継いで再度推理したのが、佐倉杏子だった。
 しかし、もしかしたら左翔太郎と長らくバディでもあった彼女は、左探偵のそういった性格ごと読んでいたのかもしれない。当初は探し物案件として必死で探していた彼女も、ある時――同様の結論に辿り着いた。
 それはおそらくだが、あの左翔太郎の自筆のメッセージについて思い出したか、前回の調査報告書の最後の一文に着目した時の事だろうと思う。
 そして、彼女の場合は、きっとくだらない謎を残して向こうに逝った相棒に呆れつつ――しかし励ますように、花咲つぼみにすべて事情を説明した。

 ――そう、変身ロワイアルの世界に行かなければ、大事なオルゴール箱は見つからない、と。

 ――だとするのなら、探偵である自分たちの仕事はここまでだ。
 その研究をしている花咲つぼみこそがその世界を探し、そのオルゴール箱を見つけなければならない。
 そう思い、佐倉探偵は――、響良牙の生存を信じ、あの世界に彼が取り残されていると信じ、そして、その世界に辿り着きたいと思いながら日々を重ねる花咲つぼみに、事件の解決を託した。
 花咲つぼみの、友達として。

 変身ロワイアルから八十年が経過した今。
 おれは未解決ファイルとして残されたデータを読み、花華は曾祖母から「後悔」としてそのオルゴール箱の依頼を聞いた。
 そして、おれたちは出会い、彼らが辿った結論に、遂にたどり着く事になった。
 ……つまりは、そういうわけだ。



 ――――おれはこのすべてを花華に説明し終えた。



 ……実に、人々を翻弄してくれるオルゴール箱である。八十年前と今とをつなげるオルゴール箱だったというのである。
 おめでたいロマンチストからすれば、それはロマンのある話に聞こえるかもしれないが、おれからすると、この結論には問題がある。
 八十年という今にもまだ、続いてしまっているという事だった。

「しかし……きみの曾祖母は、彼らから託された約束事を果たせないまま――自分の余命が永くないという段階に来てしまった。だから、『オルゴール』ではなく、『あの世界に行けなかった事』こそが――『響良牙に会えなかった事』こそが、彼女の後悔の一つなんだ。そう――『変身ロワイアルの世界に行く事』『響良牙に会う事』『オルゴールを見つける事』すべては、彼女の中で同じ意味を持つ言葉だったんだろうな」

 その世界に行く方法が見つからないいま、彼女の後悔はすべて後悔のままなのだ。
 当然、花華が花咲つぼみの後悔を果たす事もできなければ、花咲つぼみが最期の時までに響良牙と再会する事もない。

84180 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:44:00 ID:gooP8PFs0

「彼女は、左翔太郎が死んだ事で、何よりその『信頼』を重く背負いながら生きる事になってしまったのだろう。彼が信じた未来を実現させなければならなかった……それから先、『涼邑零』が、『孤門一輝』が、『蒼乃美希』が、『佐倉杏子』が、『高町ヴィヴィオ』が…………彼女の中で背負われていったんだ。そして、彼女だけが残り、いまも病床で後悔としてそれを告げた……それは、今生、果たせない約束への謝罪として……きっと、胸が張り裂けそうな想いで…………」

 花咲つぼみが既に九十四歳。何度となく医療の恩恵にすがりながらも、遂にその生命は果てようという段階にきている。
 それに対し、響良牙はもう、生きていればの話だが、九十六歳。――何もない場所で、何もない世界で、生きているとは思えない。

 もっと言えば、だ。
 彼女が見つけ出そうとした世界――それさえも消滅していると言い切れない。殺し合いの為にベリアルが用意したステージであるのなら、そこはその役目を終えるとともに消えているだろうし、彼女たちが「送還」されたのもそんな意味があるように思えてならなかった。

 頭の良い彼女は、とうにその結論にだって辿り着いていたはずだ。
 しかし、信頼という呪いにかけられ、研究をやめる事もできず、一人で……ただ一人で……彼らが信じる自分を信じながら、彼女は生きた。孤独になっても、彼女は未来を信じ続け……そして、未来を生きる若い曾孫に言葉を託した。





 彼女の生きる未来なら――オルゴールは、見つかるかもしれない、と。





 ……残念ながら、おれが有給休暇を使ってたどり着いた結末は、この通りだ。
 はじめに察した通りだ。解決はできなかった。
 それは、確かにおれにとっても――とても後味の悪い結末だった。







 ……ここで話が終わるわけではない。
 ここで終えたいならば、読むのをやめてしまっても構わないが、まだ触れていない『死神の花』という事件について気になるならば、これより先の物語に入ってもらいたいし、おれもすっかり忘れていた前提を告げよう。

 そう、おれはこの時点で、あまりにも未熟だった。
 人生というのは、本当に何が起こるのかわからないゲームだという事――そんな立派な前提がある。だからこそ、「結論」というのは変わってしまう場合がある。

 何しろ、終わり、結末、というのはどの段階を以ての話とも言えない。死んだり、世界が滅びたりしても、生き返れば、世界が元に戻れば、ついにそれはバッドエンドではなくなってしまう。継続した「その後」が問題なのだ。
 例えば、敗北していたはずの試合が、相手の不正が発覚して勝利となるとか。
 例えば、有罪が確定した判決が、再審によって何年越しに無罪だと明かされるとか。
 そういう話も聞かないものではないし、つまり、「結末」「結論」というのは、その時点でそう思っているだけに過ぎない事でもあると云えるのだ。
 それが、おれたちの生きている世界のルールだ。

 ……いや、こう言ってしまえば誤解を招くかもしれない。
 これは、悪い方にも話が行くと云える。上のふたつの例だって、見つからなかったはずの不正が発覚して敗北になった奴にとってはバッドエンドだし、犯人が逮捕されていたと思って安堵していた被害者(あるいは遺族の場合もある)にとっては事件が迷宮入りなのだ。

 八十年前に、終わった筈の事がひっくり返される事だってある。
 あの時の事がハッピーエンドなのかどうか、それをどう認識しているかはわからないが――ハッピーエンドだと思っていたとしても、あの後、左翔太郎は不幸な事故に遭ったし、おれは花咲つぼみが一概に幸せになれたと云えない状況だったと感じている。
 だから、話を見届けるにはいつも……覚悟が必要だ。





84280 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:44:23 ID:gooP8PFs0



 ――ここは、希望ヶ花市植物園だ。
 半民営化した植物園で、花咲薫子を理事とする。これが、花咲つぼみの祖母の名前らしく、おれからすればもうずいぶんと古めかしい名前だった。
 ……と、おれが言ってしまうのも何だが。

「……」
「……」

 そこを取り巻く空気は、最悪だった。
 謎は解決したが当初行く予定だったのだからせめて最後に花華と立ち寄ってやるか、とここに来てみたは良いのだが、何しろおれには見たいものもない。気分転換のつもりだった。彼女にとってはかなり落ち着く場所らしく、大好きな植物に囲まれる場所でもある。
 おれにとっては、園内が静かなのは実に良かった。良いのはそれだけだ。草なんてどれも同じに違いない。

 ……あのあと花華が泣きだしたのは言うまでもないが、この空気の中で再び泣き出そうとしている。
 おれは、流石にその涙ばかりは受け止めるしかなかった。彼女が確実に涙するのを予期したうえでの言葉だった。不思議と、それまでほどの居心地の悪さはなかった。おれもすっかりこの少女の涙に関しては慣れてしまったのかもしれない。
 しかし、やはり……対処には、困る。

「……なあ、花華。きみの曾祖母は幸せだったと思うか?」

 おれはそれでも、ふと訊いてしまった。
 オルゴール箱の所在よりも、おれにとってはそちらの方が大きな疑問であり、心残りにさえなっているのだ。
 この依頼の結論を踏まえると、なお納得はできないのだった。

「……え?」
「彼女は――変な力を得て、他人の為に戦って、報われないどころかその力に目を付けられて殺し合いに参加させられて、友人をたくさん失って、挙句に帰ってからもそこでの友人の響良牙の為に研究していた。世の中に認められたは良いが、その響良牙を救うといういちばんの目的は……願いは、果たせなかった事になる」

 彼女の方を見つめるが、花華の感情は図れなかった。
 どういう感情が返ってきたところで、おれは、覚悟はできている。過度に彼女に干渉するつもりはないし、この話が終わった以上は、最後にどういう心情を抱かれて終わっても構わない。
 しかし、謎が残って終わってしまうのは許しがたい。
 おれは遂に、花咲つぼみ本人に会う事もなかったのだから。

「勿論、殴られるのを承知で言っているが――それを悪いがおれには良い人生には見えなかった。きみは、あの日記を見てどう思った?」

 ここにいる桜井花華が――彼女がプリキュアとしてどう戦っているのかは知らない。
 しかし、それが戦うという事だ。あらゆる覚悟と、報われない事への諦めが必要なのかもしれない。

 そして、奇跡的に花咲つぼみという人間は、八十年前それが出来ていた。
 それでも、それが出来ていたところで幸せとは云えない。
 彼女は人間なのだ。規律や人々の生命を守り、おれたちの身を無償で守ってくれる素敵なロボットではない。
 その性格は、べつに嫌いじゃない。変だとも思わない。しかし、いつもそういう人間が報われない世の中だ。世の中は、常に間違いを正せないまま回る。そういう風に回り続ける。世界は、変わりはしない。
 そんな世界に生きていて、彼女は幸せなのか。
 ただ、そこで返ってくる返答次第で、おれは非常に後味の悪い気持ちで花咲家との関わりを絶つ事になるのだろうと思った。

「……それは」

 花華が何某かの感情を載せて口を開いた、その時だった。
 事件が更に続く事になり――――『死神の花』の事件へと進展する事になるのは。
 結果的に、この問いかけの答えは、直後の出来事によって保留されたのだ。





84380 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:44:49 ID:gooP8PFs0





『――なら、あなたたちが彼女の願いを叶えてあげればいいじゃない』









 おれたちは、その瞬間、あまりにも唐突に、奇妙な声を訊いたのだ。
 若い少女の声だった。頭の中に響いてくるような、エコーのかかったような声。

「えっ……?」

 ふと、会話を中断して、おれと花華がそちらを見ると――深紅のドレスの少女がそこに立っていた。

『――』

 長い黒髪をなびかせて、見た事もないほど白い肌で無表情にこちらを見ている少女。
 それは、極めて心霊的で、この世のものとは思えないオーラを発して、花々の中に溶けていた。

「きみは――?」

 花華とは、違う。もっと、透けているような何か。
 おれは、オカルトは信じないが、その瞬間に背筋が凍った。
 花華を見ても、彼女を知らないように見えた。
 それどころか、おそらく誰が見ても――その少女に生気を感じる事はないだろうと思えた。
 彼女に父や母がいて、平然と団欒している姿がまったく想像ができない。どこかの病院で白いベッドに横たわって外を見ているような、あるいは本当に森の奥深くに住んでいるかのような――そんな生活をしている想像しかできない、ありえないほどの、美人。
 それはあまりに不気味で、見ている側の精神に支障を来すような膨大な不安をもたらしていた。

『……やっと見つけた、桜井花華――“もうひとりの私”。それに……そっちの名前は知らないけど、ついでにあなたも』
「きみは……一体、誰だ?」
『訊かれなくても後で全部説明するから。――とにかく、時間がないの。桜井花華には、全ての世界の因果律を守ってもらう使命がある』
「どういう事だ……?」

 おれはさっぱりわけがわからなかった。
 希望ヶ花市植物園に突如現れた少女――名も知らぬ少女。
 しかし、それでいておれたちの事情をよく知っていると見える。そんな相手におれは警戒を解かない筈がない。

『だから、ついてくれば、後で全部説明するから。――とにかく。今は、私についてきてもらうわ』

 次の瞬間、彼女の姿は小さな黒猫の姿へと変身し、突如その猫の前に現れたオーロラの中へと消えていった。
 きわめて不可解な状況に違いなかった。特に、おれにとっては彼女以上に慣れていない事象である。

 おれと花華は目を見合わせた。
 さっきの質問は、一度は保留だ。それよりか、いま一度訊きたいのは、この後どうするか――彼女の変身した黒猫についていくか否かだ。

「探偵さん、とにかく行ってみましょう……! この反応は、管理されていない異世界です――」

 それが、彼女の答えだった。
 おれはそのまま、彼女の背中を追っていた。





84480 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:45:16 ID:gooP8PFs0



【『探偵』/異世界移動】



 花華が躊躇なくそのオーロラの向こうに突き進んだ時、おれはまったく躊躇せずにその後を追っていた。
 一応、一番傍にいた保護者としての責任だと思ったのだ。知り合いでもあるし、元々依頼ではなく「私的手伝い」とした理由も「鳴海探偵事務所の存続にとって不可欠な家系の人間だったから」だとするのなら、彼女がおれの視界で危うい目に遭っているのを見過ごさないのも筋だろう。

 自分の力でオーロラを出せる人間は珍しく、あまりに怪しい物であったが、それが異世界を渡る際の化学反応のひとつなのは中学校の理科の授業で習っている。あまり詳しく勉強する事などなかったが、今や異世界移動の際には一瞬のオーロラを目にするのは珍しい事ではない。
 しかし、よく言われるように綺麗な反応には思わなかった。
 おれはむしろ、その狭間に見える世界が谷底のように恐ろしく見えた。誰も知らない場所にいざなわれるような気がしてならなかったからだ。

 今回の場合も、オーロラの中に来てしまっていた事を既に後悔している。
 この先に何があるのか、おれはわからないままに異世界に来てしまった。
 少女の正体もわからない。
 そのうえ、黒猫に変身しているときた。

「もう一度訊くが……きみの名は? どこに行くつもりなんだ」

 黒猫に聞いてしまった。
 猫に話しかけるのは、ちょっとばかり異常だ。……と思ったが、振り返れば、おれは普段からよくやっていた。
 尤も、返事を期待するのは初めてだが。

 すっかり謎の少女は、黒猫の姿としてオーロラの中を歩いている。彼女は、まったくこちらを見ようともしない。
 こんな奴についていくのは不安だが、花華は妙に肝の据わった様子で前を歩いていく。
 猫と話していても仕方がない。おれは、人間である彼女の方に意識を向ける事にした。

「なあ、花華、きみは気にならないのか? 人間が猫になったんだぞ」
「……そういえば、探偵さんはあまりその辺りの文化が入ってきてない世界の人でしたね。別世界だとこういった変身魔法はそんなに珍しくないですよ」
「――ああ、そうだったな、それはわかってる、確かに人間から猫になれる奴はいるな。だが、猫に変身できる人間がいるとして、きみの名前を知って植物園に追いかけてくる事もなければ、オーロラを出す事もないし、正体を明かさずに因果律の話をして異世界に誘いに来る事もない。もっと言えば、管理反応のない異世界に行く事もできないだろうな。きみならどうする、この状況でついていくか?」

 もはや彼女の性格は常識がないと割り切っている。
 直前まで泣きそうだった彼女は、あまりにも毅然とした顔つきになっており、逆におれの方が泣きそうな気持ちになっていた。まだヤクザとの戦いの方がわかりやすい暴力だから自分の身を守れる確率がある。
 彼女はヤクザどころか、この状況でも物怖じしないというのなら、それはおれよりはるかに心が強い事と云えるだろう。
 今、万が一、少女が何かのおれたちに不利益な目的を持っていたなら、このままどこかの世界で神隠しだ。

「……確かに怪しいですけど、こういう事象を解決するのが、私たちの仕事です」
「中学生のアルバイトだろう」
「でも、今の世界を支えるうえでは、私みたいに超常的な力を持つ人間の行動が必要なんです。今の状況下、彼女が時空犯罪者ならば撃退に踏み切るべきです」
「それなら、時空管理局に所属する組織人として、向こうにきっちり許可をもらってから行動しろ。許可されないだろうがな」
「だから、今こうして勝手に進んだんです」

84580 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:46:13 ID:gooP8PFs0

 などと、噛み合わない会話を続けていると、一番先頭の猫がこちらを向いた。

『――騒がしいわね。私からあなたたちに危害を加えるつもりはないから。……ただ、危害を加えるかもしれない相手と会わせに行くだけ』

 彼女はさらっと云う。
 なるほど、特別な手当が出て然るべき危険な話におれたちを乗せようというわけである。
 花華もどうかと思うが、この少女の方がおかしいと云える。
 彼女が危害を加えないとしても、おれたちには関係ないのだ。「お前が危険人物かどうか」ではなく、「おれたちが危険な目に遭うかどうか」――それが問題である。
 さて、おれは再び花華に振る。

「――と、この子猫ちゃんは言っているが、花華。引き返す準備は?」
「ありません。事情を聞きましょう」
「なるほど……。だとするなら、悪いがおれひとりで、引き返す事にする」

 おれは、もはや花華を放る事にして反対を向いた。義理の追いつく相手ではなかった。ここから先は自己責任だ。
 おれは、広がるオーロラの向こうをたどれば、きっと元の希望ヶ花市植物園に戻れるだろうと思った。
 しかし、そういう風に甘い考えを浮かべた矢先、背中に声がかかった。

『……戻れないわよ。ここに来たからには、私の望む行先にしか行けない』
「――じゃあ、行先を変えてくれ。さっきの希望ヶ花市、もしくは、おれの世界の風都へ」
『残念だけど、変えるつもりがないもの。ここに来た時点で、あなたはもうこの話に乗ったものとしてもらうわ。電車の車掌が一人の乗客の意見で行先を変える事なんてないでしょう。――それに、あなたも探偵なんでしょう?』
「悪いが鳴海探偵事務所は臨時休業中だ。それに、きみから依頼を受けた覚えがない」
『それなら依頼として受けてもらう形にするわ。依頼料は弾む。ただし成功報酬よ』
「……いくらだ?」

 金の事をいわれると、つい聞いてしまうおれだった。
 成功できる見込みがあるのなら、おれはその依頼に乗ってしまう。達成するだけ給料が弾むのだから、おれに乗らない理由はない。
 黒猫が口を開ける。

『――「あなたがこれから生きる未来」、そして「世界の命運」でどうかしら?』

 ……冗談だろ。







『――そう。あなたたちに今から頼みたいのは、「世界の命運」に関わる事よ。あなたにとっても悪い話ばかりではないわ。というか、もう乗らざるを得なくなる』

 彼女は、おもむろに切り出した。
 やはり、花華を追うべきではなかった。彼女の場合は、世界の命運を託されてもおかしくない出生だが、おれは違う。ただの探偵だ。
 唯一、鳴海探偵事務所という特別な探偵事務所と雇用契約を結んだ件だけが、こうした超常的事象とおれとを結び付けてくれるかもしれないが、少なくともおれはヒーローではないし、特別な力を持たない。
 多少、普通の人より喧嘩が強いだけ。……そう、それはあくまで、“普通の人”より、だ。

 しかしだが、ひとつ残念な事がある。今回は別に巻き込まれたのではない。
 花華の背中を追ったとはいえ、それは自分の意志で追ってしまった。そして、引き返せないらしい。文句を言わず、潔く諦めるしかなかった。
 あとは、もう彼女の話を聞いて、どういう形であれ生きて元の場所に帰ってみせるだけだった。それしかない。
 彼女は続けた。

『申し遅れたけど、私の名前は魔法少女、HARUNA<ハルナ>。インキュベーターとの契約により、魔法少女となり――今はとある勢力によって与えられた任務を果たす為に、あらゆる時代、あらゆる世界を渡り歩いている』
「とある勢力とは?」
『――ただ、私には、契約する前から長らく「実体」がない。あるのはHARUNAとしての情報だけ。だから、こうしたアバターを使っているけど、別にさっきの姿もこの姿も本当の姿というわけではないわ』

84680 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:46:42 ID:gooP8PFs0

 いきなり、質問を無視されている。まあいい。
 情報のみを抽出して実体から分離する、一つの技術――実に怪しいというか、この時代から見ても先進的な技術の話をしている。……いや、技術としては可能かもしれないが、おそらく倫理的問題・安全面での問題をクリアーできていないというのが正確なところか。
 彼女が本当に魔法少女であるというのなら、「ソウルジェムに意志を転移する」という技術を太古の昔から可能としているのだ。
 それに、言い換えれば「情報体」――つまりデータ人間は、おれたちの世界の八十年前の技術だって可能だ。おれの探偵事務所にだって、まさしくそんな探偵がいたのだから、まあ、ありえない話ではないとは云える。

 ……それから、彼女の名前はHARUNAというらしい。まったくもって、おれの言える事じゃないかもしれないが、呼び名があるというのは便利だ。いつまでも「少女」「黒猫」では仕方ない。
 なんだか、奇妙なほどに花華(ハナ)とよく似た名前であった。HARUNAは、そんな自分と似た名前の少女の名前を呼んだ。

『――桜井花華』
「何でしょうか?」
『……あなたをこうして呼んだのは、他でもない。この八十年を耐えきった世界たちが、ある理由によってその形を崩すのを防ぐ為よ。――つまり、「この世界を壊させない事」が、あなたの使命。そっちのオマケは、残念ながら本当にオマケね。来る必要はないけど、とりあえず役には立ってもらうわ』

 彼女にとっての役割は、『オマケ』か。
 まあいい。花華にとって『探偵』であるとしても、彼女にとって『オマケ』であったというだけの事。これから何の役にも立てないのなら、おれは『オマケ』として見届けよう。
 尤も、役に立つとか役に立たないとか以前に、彼女の云っている事がよくわからないのが正直なところだが。

「……HARUNAさん。ある理由によって形を崩す、と云いましたけど、それはつまりどういう事ですか? 管理局には一切聞いていませんが――」
『そういうのも後で全部言うから、とにかく質問を挟まず黙って聞いててもらえる? まあ、ひとつだけ答えておくと、あなたが管理局から一切聞いていないのは、単に無能な管理局が事態を把握していないからよ。……尤も、それを感知できる力がないから当たり前だけど。それに、あなたは確かにその組織の一員ではあるとしても、決して全情報を開示される権利がある立場ではないでしょう――?』

 そう言われ、花華は少しばかりたじろいだ。
 こうまで強く、敵意や不快感を向けられて言われれば、彼女が泣き出すか、あるいはさすがに怒り出すのではないかと心配になった。
 おれが言うのも何だが、HARUNAももう少し不愉快にならない言い方を探せないのだろうか。……何にせよ、この「情報」は、よほど性格が悪いと見えた。
 この性格の悪い「情報」は、そのまま続けた。

『――で、当面の伝えたい事情は簡単よ。いま、花華の曾祖母、花咲つぼみ――えっと、今は違う名前だっけ? ……まあいいわ。とにかく、花咲つぼみが変身ロワイアルというゲームの最後の生存者という事になっているかもしれないけど、実はもう一人だけ、あのゲームには生き残りがいるの』
「花咲つぼみ以外の生き残り? そいつは誰だ……? って、訊いても無駄か……」
『そして、世界を守る為の私たちの急務は――――』

 案の定、質問は無駄だった。彼女は勝手に話を進める。
 この黒猫は、その先の言葉を冷静に告げた。





『――――その、もうひとりの生き残りを、“殺す”事』





 おれの質問を無視して、HARUNAから告げられた指示と目的。
 それは、探偵に依頼して良い仕事でもなければ、当然彼女の思惑通りにプリキュアに任せて良い任務でもない。そもそも、人に頼む時点でどうかしている――何者かを殺害しろ、というのが彼女のおれたちへのメッセージだった。

 こういう風に言われ、おれたちは言葉を失った。
 彼女が続ける言葉を、おれたちはただ聞くしかなかった。

84780 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:47:12 ID:gooP8PFs0

『……あの変身ロワイアルというゲームの勝利条件によって得られるのは、「どんな願いも叶える権限」だった。その事は知っているわよね』

 おれはふと思い出す――何人かの参加者が、その条件を信じて「願いを叶える為」に戦いに臨み、そしてそれを果たす事がないまま散った事を。
 そう、花咲つぼみの友人の中にも、ただ一人だけそんな願いを伴ったまま戦った少女がいた。家族の蘇生という、極めて年頃の少女らしい純粋な願い。

 しかし、結局、願いを叶えた参加者はどこにもいない。最後の一人が決する事なくゲームは終わったし、あの言葉を投げかけた主催者の方が敗北した為にその権限が本当なのか偽りなのかもわからないままに物語は幕を閉ざしたからだ。
 もっと言えば、その願いを叶えようとした人間が「主催側」にもいたが、その願いはほとんど本人が望む形で叶いはしなかった。

 ある者の蘇生を望み、それを叶えはしたものの正しい形で蘇らなかった加頭順やプレシア・テスタロッサ。
 世界を取り戻す事を望み、それが叶った後に世界は元の形に矯正されたイラストレーターや魔法少女。
 そして――世界の支配を望み、一度は世界を支配したが、そのすぐ後に敗れ、世界の支配を叶えきれなかったベリアル。
 願いとは常に皮肉であるともいえた。

「ああ、だが、それがどうかしたのか? ――いや、こちらから訊いても仕方ないんだったな。……続きを頼む」
『……つまり、その願いは今、あの殺し合いの生存者が一人になろうとしている時に――その優勝者に託されようとしている』
「――優勝者、だと……?」
『そう。あの殺し合いは、一度収束したように見えたでしょう。でも、本当の意味で最後の一人になるまでは――決して終わりはしないみたいなのよ。たとえ加頭順やカイザーベリアルがいないとしても、もっと大きなシステムが動き続けている。つまり、あれから八十年間、「変身ロワイアル」はずっと続いていたの。参加者たちが互いに危害を加える事はなかったかもしれないけど』

 殺し合いはまだ終わっていないだろう、という想い。――それは、少し前におれが考えた事とまったく同じだった。
 ある意味で、それは現実だったと、彼女は云うのだ。

 しかし、その意味合いが――おれの思った形と、彼女の云う形で明らかに違う。
 おれは、生還者がまだ縛られるという意味で告げていた。しかし、彼女の言い分によると、あの殺し合いのシステムそのものが残存しているという。
 その事は、おれには関係のない話だが、驚かざるを得なかった。
 信頼の置ける情報ソースではないが、作り話にしては妙に詳しくもある。少なくともいま話している内容は正確な情報も多いし、おれは彼女のいざなうままにオーロラを辿っている。妄言発表会のやり方ではない。
 彼女は続ける。

『――そして、その生存者が、このまま花咲つぼみの死とともに願いを叶える権限を得たとするのなら、“彼”が望む願いはひとつしかない』
「それは――」
『――それは、この世界が歩んだ歴史、この八十年をリセットする事で、世界がそれぞれ独立し歩む「本来の形」にする事』
「本来の形……?」
『そう。実感がないかもしれないけど、あなたたちが生きている世界は、決して本来の歴史の通りには進んではいない。あの殺し合いがなければまた別の未来を――もしかしたらもっと幸福な未来を歩む事になったでしょうね』
「――」

 おれが、花咲つぼみを通して考えた事に違いなかった。
 あの殺し合いに巻き込まれた事による彼女への不幸は計り知れない。
 日記をめくって書いてあった事――そのすべては、端から見れば不幸と戦う健気な少女の書いた悲しみ。
 そして、おれが追って結論したのは――仲間に強く託された願いを叶えられないまま旅立つ事に未練を持った、無力な老婆になったという事。

「なるほど……」

 生還した事がハッピーエンドにはならない。生還した人間がその先を生きる事は、常に戦いだった。
 ふと、彼女の友人の死なども……彼女の友人が殺し合いに乗った事なども、頭をよぎる。
 明確な犠牲者がいた。そうなるべきでない事があった。
 あるべき事象か、あるべきでない事象かと言われれば、後者だった。

84880 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:47:35 ID:gooP8PFs0

『そして、本来はそれこそが個々の世界の「正史」であり、「オリジナル」と呼ばれる歴史なの。いまあなたたちが生きている世界は、変身ロワイアルの介入ですべて変わった二次的世界「セカンド」と呼ばれる別の作られた偽の歴史よ……。でも、こういう形になったから、辛うじて一つの世界として成立し、持続しているし致命的な不安定はない。だけれど、万が一、それが優勝者の願いで「オリジナル」の形にもどれば――』

 おれは、この説明を聞いて即座に理解はできなかったが、咄嗟に花華の方を向いた。
 タイム・パラドックスという言葉が思い出された。彼女が言っているのは、それだ。
 この世界は既に、変身ロワイアルが発生させた「タイム・パラドックス」によって生まれ、そして育った歴史――おれたちにとっては正しくとも、決してあるべきでない形の世界。
 だが、そのタイム・パラドックスを優勝者が正してしまったとするなら、この世界からあらゆるものが消えるに違いない。
 それがその言葉の示す意味だ。

『――たとえば、わかりやすく言うと、桜井花華。あなたの存在は、消える。花咲つぼみが別の男性と出会い、別の子供が生まれ、きっとあなたの存在しない世界として再び世界は歩んでしまう。他にも多くの存在は消滅し、この時間は消える。八十年もあらゆる因果律が集った以上、今からすべて壊される事による被害は計り知れないわ。たぶん、そっちのあなたも消える。八十年が残した影響の中で、あらゆるものが消えるわ。――それから、たとえば、折角技術の相互補完により安定していた魔法少女の宇宙なんかは、再度、崩壊の危機を迎えて悲劇の世界に戻ってしまう』
「だからきみは――もう一人の生き残りを殺しに行くのか? あ……いや、殺しに行くというんだな」
『ええ、この歴史は、「オリジナル」からすれば間違ってはいる。本来殺されるべきでない人たちが殺し合いをしたけれど――その反面、殺し合いや殺し合いの後の歴史で多くの命や想いが残り、ある人たち、ある世界にとってはむしろ幸せなカタチを残している。そんなこの偽の歴史を守るのが、私の使命よ』

 おれは傍らの花華を凝視し続けた。HARUNAの言う事が本当ならば。彼女もまた、彼女やその勢力の恩恵を受けて守られる事となる――もっと言えば、あるいはおれもそうかもしれない。
 バトルロワイアルによって別の歴史を歩んだ世界において、その後の歴史で生まれた子供はすべて、消滅のリスクが極めて高い状態だと云える。あれだけ大規模な出来事が発生した中で死んだり、影響を受けたりした人間は膨大であるし――この八十年で生まれたものはおそらく、すべて消えるだろう。
 作り話にしては、設定が凝っていた。

『これから私たちの行く先――そこに、もう一人の生存者が生きているわ。言い忘れていたけど、彼は、不老不死の「死神」となっている』
「不老不死の死神……? きみは、不老不死の人間を殺せと――?」
『そして、これからあなたたちに行ってもらうのは、花咲つぼみの遺伝子情報を持つ花華や、先にあの世界に移動した“彼”。あとは、私のような“特異点”の情報端末だけが潜れる場所、――――「変身ロワイアルの世界」よ』
「……冗談だろ」

 彼女は、今、さらっと何を言ったか。
 今からあの凄惨な殺し合いの現場へ――花咲つぼみが探し求めた、変身ロワイアルの世界に連れて行くと、よりによって今日、このタイミングで、そう言ったのだ。
 いくらなんでも、あまりにもタイミングが良すぎると言わざるを得ない。おれたちの話を聞いていて、それで騙す為に話をしているとも言えない。
 八十年、それから、これから先の歴史において、そんな日はいくらでもあったはずだ。それが、よりによって今日重なるというのか。

 ……いや、だが、待て。
 先入観を捨てて考えるのなら、タイミングの良し悪しは関係ない。問題は、そんな主観よりも、確固たる事実の方だ。
 本当に、これからこのオーロラで変身ロワイアルの世界に行けるのなら――おれは、こいつを信用してもいいかもしれない。
 そこはいまだ誰も到達できない場所であるし、その不可能を可能とするのなら、彼女がそれだけ大きな力や影響力を持つ少女だと考える要因になる。
 本当にそれだけ世界の話を知っているのなら、彼女もあるいは、変身ロワイアルの世界への行き方さえ知っている、と云えなくもない。

 それにしても、何よりそこにもう一人参加者がいる――不老不死となった参加者がいるとするのなら、それは、まさか。
 おれは、変身ロワイアルの世界に残っている参加者を思い浮かべた。
 二人だけ、候補が浮かんだ。最終決戦でベリアルが倒されるまでの瞬間に生きていたが、生還はしなかった人物が二人いる。
 一人は、消滅した。
 一人は、ベリアルと相打ちになり、生死不明となった。
 だが、「死亡」は観測されていない。

84980 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:48:02 ID:gooP8PFs0

『――そして、そこであなたたちが殺すべき死神は、かつて――ベリアルにトドメを刺して爆発する時、エターナルメモリの過剰適合によって「永遠」の身体を得てしまった少年――』

 おれの導き出した結論を裏付けるように、彼女はそう告げた。
 そして、その名前を出すよりも前に、おれは呟いていた。

「響、良牙……!」

 それが本当ならば――おれは、八十年間島に残り続けていた迷子と、ガイアメモリという化石に同時に出会う事になる。
 花咲つぼみの確信通りに響良牙は生きており、そして、おそらく確信を超えたところでずっと――八十年も、生きていた。
 恐ろしいほど、タフな男でもないと生きられない歴史を背負いながら。

 しかし、それを殺せとは、あまりに残酷だ。
 おれが殺し屋だったとして、受ける気にならないような依頼だった。
 ましてや、二人の人間が八十年願い続けた再会を無粋な介入で消し去ろうとしている。何より――花咲つぼみの曾孫の手で。

「――本当に、響良牙さんは生きているんですか!?」
『……とにかく、そちらのオマケは、参加者の遺伝子情報を持たないから、変身ロワイアルの世界に入る時には私が憑依する事で一時的に特異点の力を授けるわ。かつてもその方法で非参加者が入った事例があるようだけれど』
「――――本当に、その人は世界のリセットを望んでいるんですか?」
『それからもう一つ。死神はいま、エターナルの力を強めて、かつてより手ごわくなっているわ。それでも、花咲つぼみと瓜二つの顔をしている桜井花華が前に出れば、確実に油断する――その時にもう一人の“彼”に戦わせて、メモリブレイク。生身になったところで息の根を止めてもらう。憑依すれば私もあなたという実体を動かせるから、しくじっても私が何とかするわ』
「――――――本当に、そんな事に協力しろって言うんですか!? あんまりじゃないですか!? これがもし……もし、おばあちゃんも同じ願いを持っていたなら? 八十年間の歴史を戻すことを、おばあちゃんが望んだなら、今度はおばあちゃんを殺すつもりだったんですよね!?」
『いざという時は、あなたもプリキュアの力をぶつけてメモリを排出してくれれば良い。そうすれば、生身になるし、もう少し彼の殺害が現実的になる』
「――私、堪忍袋の緒が切れました!!!!!! 質問に答えてください!!!!!!!」

 花華も、この時ついに、曾祖母同様に堪忍袋の緒を切らしたのだった。







 ……ここから、おれは、あの『死神の花』事件に関わっていく事になる。
 オルゴール箱を探すという依頼の答えが提示された直後に、不可能と結論づけたはずのその答えの先におれたちは辿り着いてしまった。
 だが、それはこういう話へと続いていく。

 この変身ロワイアルの参加者は――残り二人だ。
 花咲つぼみと、響良牙。
 二人は、「つながった世界」と「孤立した世界」で、それぞれ最後の一人として分かたれ、孤独に生きてきたのだろう。……そして、お互い出会う事を望みながら、しかし出会う事がないまま、盤面に残った最後の駒となってしまった。
 確かにお互いが殺し合う事はないが、どちらかが生きている限り、殺し合いは続いてしまう。花咲つぼみがもし、この後で息を引き取れば、その時に響良牙に願いを叶える権利が与えられるだろう。
 HARUNAの勢力が求めるのは、響良牙が叶える願いの阻止だ。
 それは、おれたちの世界を守るためだと言われている。



とにかく、これまでのキーワードを纏めよう。
・オルゴール
・変身ロワイアルの世界
・エターナルメモリ
・優勝者の願い
・HARUNA<ハルナ>
・“彼”



 生きていた響良牙が、本当にこの世界を破壊してしまう……というのなら、おれは……。






85080 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:48:40 ID:gooP8PFs0



【『死神』――響良牙/変身ロワイアルの世界】



 ……おれは、空を見つめた。
 今日が、その時だ。
 ――遂に、奴らが来る。



 ――ここに連れ去られ殺し合いをさせられてから今日までの長い出来事を、おれはずっと思い出していた。



 かつて、おれは、ベリアルを倒した爆炎の中からこの地に落ちた時、すべての記憶を失った。
 そのままわけもわからず、ふらふらと彷徨い、歩いた先の街で――おれは、男の死体を見つけた。

 早乙女乱馬……というよく知った男の死体だったが、その時に思い出す事はなかった。
 おれはその時は、ひたすら逃げて……森に辿り着いた。
 そこで、おれは冷静に考え――自分こそがその死体を作り上げた殺人犯だという結論に至った。
 おれは、気が狂いそうになっていた。

 やがて、おれは怪物たちと出会う事になった。
 怪物たちの名前はニア・スペースビースト――ダークザギの情報や遺伝子を受けて異常進化し、スペースビーストのように巨大化した微生物たちだったらしい。ただ、おれはずっとわけもわからないままそいつらから逃げ、自分自身の持つ馬鹿力で戦い続けた。
 ほとんどの怪物を、おれはなんとか倒す事ができた。ちょっとの損傷ではおれは死なない。必ずしも簡単な戦いばかりではなかったが、なんとか戦い抜いた。
 そして、ある日――そんな怪物と戦うさなか、おれは頭を打ち、偶然にも、記憶を取り戻す事になった。

 やがて、おれはいくつかの亡骸を見つけて、それを次々と埋葬していった。
 最初に埋葬したのは、乱馬の遺体だった。すっかり朽ち果てていたが、おれはあいつを運び、あかねさんのいる傍に、埋めた。

 いくつもの墓が出来た後、おれは、この世界で守るべきものも何もなく――強いて言えば、ただ墓守りとして、ただ明日が来るのを信じて、その怪物たちと戦った。
 おれには簡単だった。
 ロストドライバーを使わなくてもエターナルの力を発揮できるようになったおれは、死ぬ事もなければ、老ける事もない。元々、頑丈な体だ。ただ毎日、相手もいないのに強くなっていくだけだった。

 島の中を彷徨い、誰かが落とした支給品や残した支給品なんかも手に入れた。
 暇つぶしにはなった。

 そんな風に、地獄のような――しかしまだこれより後の地獄を考えれば短いほどの三十日が経った時、あるものがおれの近くで囁いた。
 インテリジェントデバイス――クロスミラージュだ。アクマロたちとの戦いで破壊されかけたデバイスだったらしい。
 クロスミラージュも、砂に埋もれながら、孤独な状況を嘆き続け、そんな折におれが現れて声をかけたらしい。
 それから、しばらくはクロスミラージュとともに二人で、おれは彷徨い続けた。
 会話の相手がいるのは信じがたいほどに嬉しい事だった。

 それから、時間をかけてイカダを作って外に出て、いくつかの島を見つけた。
 そこもまた、無人だった。かつてそこでも殺し合いが行われたように、あらゆる建物や武器の残骸、骨となった人間の跡が残っていた。
 果実の実る島を見つけたが、永遠の力を得たおれには、もはや必要がなかった。

85180 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:49:05 ID:gooP8PFs0
 それからどれだけ彷徨っても、おれは仲間を見つける事はできず、孤独のままだった。
 気づけば、また元の島に戻っていた。手ごたえのない旅を徒労に感じ始めたおれは、別の島に行くのをやめた。

 またそれから、毎日、島から出る事もなくつまらない日々を暮らし、戦う相手もしないのに頭の中だけで修行し、おれは、誰かが来るのを待つ事にした。

 毎日毎日、ずっと同じ事を考えていた。
 彼らもここにいないという事は――左翔太郎や、涼邑零や、高町ヴィヴィオや、蒼乃美希や、佐倉杏子や、孤門一輝や、花咲つぼみは――元の世界に帰れたのだろうか。涼村暁はどうなったのだろう。
 彼らは、帰れたとして、その先が救えたのか、そこから先のあの管理世界は終わり、今度こそベリアルとの決着がついていたのか――そんな不安を持ちながら、きっと勝てたと信じ、彼らが助けてくれるのを待った。

 だが、来ることはなかった。
 もしかしたら、おれは死んだのかと思われているのかもしれない。

 おれたちだけが、ふたりで、迷子でここにいた。
 そして――クロスミラージュも、ある時に動かなくなった。どれだけ言葉をかけても返ってこなくなり、おれはクロスミラージュも埋めた。
 おれだけが、ひとり、迷子になった。

 それから、またずっと、長い孤独だった。時間はいつしか数えていない。ある時から、どう流れても一緒だった。いま何十年なのか――百年は経っていないと思う。
 その間中、ずっと、誰かの支給品だったらしい、このオルゴール箱はおれの心を癒してくれた……。
 悲しみに潰れそうな夜に聞くと、おれは壊れ行く心をなんとか維持できるようになった。
 それだけはなんとか、今日まで壊れる事なくおれの傍にあり続けてくれた。

 ……そうだ。おれは、あいつらと一緒にその先の未来で過ごす事はできなかった。

 ただ、ある時、ある予知の力と、いくつかの情報がおれの頭に過った。
 それはダークザギが得た情報と能力だった。一度だけ仲間とともにウルトラマンノアと融合して戦った事や、ニア・スペースビーストを倒し続けた事によっておれも潜在的にその力が覚醒していたのだった。
 バカなおれが、ニア・スペースビーストなんていう言葉を作り出せたのも、ノアやザギの情報によるものだ。
 そして、ちょっとした予知の能力を得られたおれは、それから十年間、今日だけを待った。

 誰かが来る。おれを殺しに来る。
 だが、おれはそいつらを撃退する。

 ――そして、おれは願いを叶える。



 おれはその願いを叶える時の事を、ずっと考えていた……。
 この永遠の中で――ずっと、何度思い描いた事か……。

 たとえば、あの殺し合いがなかった事にしたい……。
 おれはずっと、何度も、そう思い続けていた。
 願えば、きっと、おれのこの苦難の時間も忘れ去れさせるだろう。

 だが、ひとつどうしても考えてしまう事がある。
 最後の一人が願いを叶えるという事は――おれしかいなくなるという事だった。

「――――つぼみ。おまえはまだ、生きているんだよな……。どういう風に……どこで、どういう未来を生きたんだ……? なあ……おれが終わるとしても、世界が終わるとしても、どっちだとしても、せめて……おまえが生きているっていうのなら、おれはおまえと会いたい。おれにとっては、ここで出会った一番の友達だって、おれは――――」

 言葉を忘れない為に、おれは時折こうして空に言葉を投げかける。言葉が形を保っている自信は、あまりない。それでも、おれはかつての言葉を思い出した。
 おれは、つぼみがかつておれにくれた、花の形のヘアゴムを眺めていた。
 あの時身に着けていたこいつも、エターナルメモリの力でおれ同様に、朽ち果てる事なく長い時間を寄り添ってくれている。
 つぼみ以外の全員が死んだ事を、おれは悟っている。
 そして……。



【残り2名】





852 ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:52:02 ID:gooP8PFs0
投下終了です。
今回はちょっとギリギリまで書いていたので、誤字やミスがあるかもしれず、
その辺はwikiで修正するつもりですが、大筋はこんな感じです。

このスレ内で終わるのかちょっと心配ですが、万が一終わらなかったらwikiに直接投下になるかも……。
そうなったらすみません。

853名無しさん:2018/02/20(火) 06:10:22 ID:6cTEM61I0
投下乙です!
つぼみが残した最後の謎と共に、まさかとんでもない真相が明かされるとは……!
これは花華ちゃんにとって辛いですし、怒って当然ですよね。
変身ロワの世界に取り残された良牙も切ないです。一歩間違えたら、かつての克己みたいになってもおかしくなさそう……

854名無しさん:2018/02/21(水) 19:20:24 ID:yf5PLn9s0
投下乙です
残酷な真実と衝撃的な展開…
残り生存者2名、つぼみと良牙はどういう結末を迎えるんだろう

855 ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:42:32 ID:H/vzgqzw0
投下します。

85680 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:43:47 ID:H/vzgqzw0
【『探偵』/変身ロワイアルの世界】



『――ここが変身ロワイアルの世界よ』

 おれの中で、HARUNAがそう告げた。
 いわゆる肉体無きデータ人間、HARUNAを自分の身体に憑依させてみた感想だが――実に、変化がなかった。手足も意のままだし、感覚も変わらない。体のどこかに異物感があるとか、頭の中がぼんやりするとか、そんな事もなかった。おれの中をすり抜けるようにしてHARUNAのアバターが結合したかと思えば、そのままおれの身体にテレパシーのような形で指示を出しただけである。
 おれとしては、それは「HARUNAがアバターを使わず、声だけになった」ような感じだった。
 つまるところ、初体験にしては、あまり味わいのない感覚だった。

 唯一違うとすれば、そう、おれの身体が異世界移動を一切拒絶せず、この花咲つぼみがついぞ見つける事のなかった「変身ロワイアルの世界」の座標を見つけ、そこに飛び込めるようになったという事だけだった。本来、この先は参加者の遺伝子情報を持つ人間以外は立ち寄れないらしい場所だ。
 だから、花華が何なく入れるとしても、おれは本来なら条件から外される存在であるはずだった。おれには、どうやっても一生入る事ができない場所なのだ。
 このHARUNA嬢のたいへん素敵なお力のお陰で、おれはここにいると思うと、頭が上がらなくなってもおかしくはないだろう。勿論、まったく嬉しくはないし、今まで一度たりとも旅行に来たいと思った事もないし、実際目の前にあるのは景色も悪い場所なのだが、……まあ、貴重な経験ではあると云える。

 ……しかし、八十年の隔たりがあったわりには、来てみれば、実にあっけないものだ。
 こんなところを八十年、一生涯をかけて探した花咲つぼみが――この上なく失礼だが――少し哀れに思ってしまうほどだ。
 おれは、呟くように言った。

「……で、おれたちが辿り着いたのは、一体、変身ロワイアルの世界のどこなんだ? こんな光景を、おれは見た覚えがない。少なくとも、異常な場所である事くらいは把握できるんだが――」

 ――おれたちの前にあったのは、おそらく何かの実験が行われたように、奇妙な機材が並んだ研究室だ。
 一応、廃墟の中の一部屋のようだった。外からの光は差さない。窓がないのだ。電気はついているようだが、それもかなり薄暗かった。
 そして――そこにある機材は、古びて埃を被ったり、錆びたりしているが、人類が直近でようやく手に入れたようなハイテクノロジーや、あるいはそれすら超えるようないまだ見知らぬテクノロジーによって生み出されたものばかりであった。複数世界が結集して数多の技術が確立されていったにも関わらず、それで追いつかないような超技術が、八十年も置き去りにされていたのだ。
 いうなれば、「今」が廃れた後の、ずっと未来の世界にさえ見えた。
 この八十年、似たような事象が――誰かが同じように支配や殺し合いをもくろむ事象が――発生しないのは、おそらくこのシステムに人類が追いつく事がないからだと言えよう。

 HARUNAは、ここは、おれたちの求めた変身ロワイアルの世界だと言う。――おれの想定していたイメージと、何となく合致していた。この、精神病院に来たような、鬱屈とした不安の絶えない場所。それは、確かにかつて殺し合いの起こった場所らしい感慨を覚えさせていた。
 変身ロワイアルの世界だという確証こそなくとも、ここが普通の場所じゃないのは誰でも直感的に察する事が出来るに違いない。

『――その質問の答えを今から言おうと思っていたところよ』

 おれの中でHARUNAは言った。
 彼女は質問されるのを極端に嫌う。だからコミュニケーションの相手としては最悪だ。毎度不愉快な気持ちを提供してくれるし、彼女は露骨に不機嫌な言い方をする。他人にはコミュ障といわれるおれだが、別段コミュニケーションが嫌いな性質ではない。ただ、こういうやつと話すのが大嫌いなのだ。

「悪いな、せっかちな性格で。続きをどうぞ」
『せっかちよりも、その皮肉な言い様が気に入らないけど。まあいいわ。――ここはカイザーベリアルらが本拠地とした地下秘密基地、マレブランデス。現在は地上へと出ているけど、ゲームの開催中は常に地下に沈黙していたわ。つまり、この基地から外に出ればあなたたちは見覚えのある光景の八十年後を観光する事が出来る』

 それはたいへん面白いだろう、などと皮肉りたいところだが、やはり実際には釈然としない思いが過っており、ふと皮肉を取りやめた。

85780 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:44:17 ID:H/vzgqzw0

「……」

 おれの方を睨む花華の視線は耐え難いものがあったのだ。――それは、厳密にはおれの肉体を借りて好き勝手に念話を公開スピーチしてくれているHARUNAに向けられたものだが――彼女の心中はおれとしても察するものであった。
 確定性のない動機による響良牙の暗殺計画。拒む機会こそ与えられたが、入り込んだらもはや問答無用で承諾をさせるやり口。更には、その動機から推察できる花咲つぼみの身に起こりうる危険――つまり、響良牙の殺害で花咲つぼみが優勝者となった時に願いを叶えさせる権利を行使するのを同様の形で止めるのではないかという危惧――。
 あらゆる事を考えてみれば、HARUNAという少女に向けられる感情は決してやさしくは在れない。おれも同様だ。

 綴られた日記を目の当たりにした以上、おれだって心が動くのは止められない。
 しかし、彼女の持つ権限がなければ、おれは世界と世界を行き来できない。つまり、職場に帰れない。どうあれHARUNAとの関係の構築は重要な急務だ。

「……そこに、まだ響良牙が残っているんだな」

 おれは、そう訊いた。
 しかし、質問に答えないのがこのHARUNAである事は承知している。ただのつぶやきだった。案の定、明確な答えが返ってくる事もなく、おれの言葉は拾われる事もなく投げ出された。
 続けて、おれはもう一度口を開いた。

「――そうだ、ところでもう一人、ここに先客がいるんだろう。早くそいつを呼んでもらおうじゃないか」

 今度は質問ではなく、提案を呼びかけたのだ。
 良牙については、改めて確認せずとも、彼女が一度断定した以上、「良牙はここにいる」としか言いようがない。仮に彼女が答えてくれたとしても、それ以上の答えは返ってこないだろう。
 対して、彼女が散々言っていた“彼”なる人物についてはまだ詳しく聞けていないし、どこにいるのかもまったくわかっていなかった。
 ここにいないとすればどこにいるのか、率直に気になった。

『――“彼”ならこの基地のどこかにいるはずよ。出ないようにとは言ってある。外に出たところで何もないから』
「そんなんで大丈夫なのか」
『彼も人間よ。無理に鎖で繋がなくても、単なる指示で十分。……だって、世界の外を行き来できるのは私だけなんだから。彼が元の世界に帰るための力は私にしかない』
「……そうだな、きみの許可なく好き勝手に動き回るのは、誰にとっても損ばかり。おれたち同様、その“彼”とやらも、とっくに弱みを握られているという事だな」
『その通り』

 嫌な状況である。まるで騙されて入ったブラック企業から抜け出せなくなったような気分だ。尤も、今回は安易に知らない美女についていったおれにも、自業自得のきらいはある。彼女に憎しみを向けても仕方がない。
 何にせよ、本来おれと花華はオーロラに飛び込んだ事をもっと深く後悔すべきであるし、後悔しても事態が解決するまではどうしようもない状況であるという事だった。
 気がかりな事はいくつもあるが――そのうちボロを出してくれればおれたちにもわかってくるはずだ。無論、彼女が敵でなければの話に違いなく、常時不安しか伴わない会話だった。
 そんな折で、彼女の方もべらべらと話し出した。

『――ゲームオーバーの後の閉じたこの世界とのゲートをつなげられるのは、今は私だけよ。花咲つぼみだけじゃなく、時空管理局も、おそらくウルトラマンたちも……あらゆる人々がここに再び足を踏み入れようとしたけど、叶わなかった。それはわかっているでしょう?』

 ここにもやはり、疑問があった。
 彼女がどうして、こういう風に特殊であるのかという事だ。八十年間誰も見つけられなかった砂漠の中の一握の砂を、何故彼女は見つけ出せたのか。そして、何故彼女だけがそこに向かえるのか。
 時空を移動する能力を有し、それ以外のあらゆる知識を持った彼女は、一体どこから現れた何者なのだろう。それはもはや、確信的なまでに怪しい存在であった。
 それを疑問に思わないわけではないが――あまり迂闊に聞けなかった。

「なるほど……」

85880 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:44:46 ID:H/vzgqzw0

 おそらく、おれが考えるに、彼女は少なくともかつての主催――ベリアルの内情に詳しかった人物だろうという事だ。
 ここを知っているという事は、この世界に立ち寄ったのもきっと初めてではないのだろうし、響良牙が本当に八十年生きている前提があるならば、彼女も八十年生きていたとしてまったくおかしくはない。
 たとえば、財団Xなる組織がかつて存在し、民間企業にも関わらずこの超世界規模の支配行為に加担をしていたというが、そこに所属していた人間やその実験によって生まれた存在である可能性も否めない。まともな人間でもなさそうだ。

 まったくのホラ吹きではないのは確かだった。おれたちをただ驚かせて楽しむだけのトリックに仕掛けているとするのなら、彼女はあまりにも力を持ちすぎであったし、おれの中に侵入するまでしなかっただろう。
 彼女の云っている事は真実だろうが、彼女の素性は隠し通されている。彼女に従ってうまく帰還の手段を探るしかあるまい。

「ずっと気になっていた事があります。HARUNAさん……あなたは、何故そのゲートを通れるんですか?」

 おれが頭の中で、口にしてしまおうか悩んでひっこめた言葉を、花華は直情的に差し出した。
 詮索して機嫌を損ねても仕方がないというのに。いくら合理的であれ、人に聞き出しすぎてヒステリックを起こされるパターンが最も厄介なのは、前の職場での教訓だ。そこでトラブルを作り出したのもこういう女だった。
 そのうえ、この女は質問されるのを極度に嫌う偏屈屋だ。事情は訊けないうえ、無理に訊こうとしても話は拗れる。

『質問に答える気はないわ。何度も言った通りよ』
「しかし、あなたを信じられるか、あなたの指示に従えるか……それを決めるには、やっぱりあなたの素性がわからないとどうしようもないです。言っている事だって信じられません。……だって、あまりにも一方的じゃないですか!」
『じゃあ私がこれから素性を告げたとして、そもそもそれは真実だと思う? それだって自在に嘘を告げられるでしょう? 何を言ったって嘘じゃないなんて言いきれない。単に説得力のある言葉を並べるだけに終わるわ。つまり時間の無駄よ。ここでは、目の前で起きる真実だけを信じればいい』
「……!」
『わかってもらえた?』

 まくし立てるような言い逃れの屁理屈だが、それは反論させない圧があった。

「……」

 花華は口惜しそうな顔をして、彼女と話すのを無駄だと悟ったようだった。両者の仲は先ほどから極めて険悪なままであった。
 おれは、花華がどんな瞳をしているのかと視線を下げたが、彼女はすぐに目をそらした。
 HARUNAと話す時、おれの方を見てはいるが、あまりおれの目を見ないようにしていたのだろう。

『――ただ、そうね。ちなみにひとつ言っておくけれど、私はかつての主催陣営とは何の関係もない。彼らの勢力に属していたわけでもなければ、過去の主催者や財団Xの残党でも何でもない。むしろ、彼らと敵対する存在といえるわ。変な邪推だけはされないように言っておくけど』

 彼女はそう言って、おれの推理を見事につぶしてくれた。







【響良牙/E-5 友の眠る地】



 今、やつらが来た。
 そう、おれが今日迎える事になる敵がまさしく――全員、この場所にたどり着いたらしい。この時、おれにはその事がわかりつつあった。
 どこに来たのかはわかっている。あそこに見えるでかい城の中だ。あと少し経てば、おれを見つけて狙って来る。

 そして、その後、おれはあいつらと戦い、勝ち、ずっと前に言われたように――「願いを叶える」という権利を得る事になる。
 あの時の参加者で生きているのは、おれと、つぼみだ。……それから……そう、あいつが来る。だから戦わなければならない。
 何となく、直感的に、ぼんやりとだけ……それが確信できる力が、おれには芽生えていた。これは今日の為に与えられた力なのかもしれなかった。
 それ以上の事はわからなかった。

85980 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:45:09 ID:H/vzgqzw0

「……」

 おれは、城を見るのをやめて、足元の立て札の方を見た。
 そんなおれの目の前には、ある立て札が地面に突き刺さっていて、名前も知らない真っ白な花が添えられている。



『らんまとあかねさんのはか』



 目の前の立て札には、そう書いてあった。つまり、おれは、今、乱馬とあかねさんが眠っている墓の前にいるようだ。
 方向音痴なおれがここに辿り着けたのは、間違いなく天がおれに味方しているという事だった。
 永遠の時間と予知能力まであるというのに、方向音痴ばかりはまったく改善されないのだ。……これは呪われた宿命と言ってもいい。

 これまでも何度もこの場所に向かおうとして、何度も迷った。ひどい時はこの場所に来ようと決めてから辿り着くまで、一ヶ月や二か月かかる事があったくらいだ。
 どうせ、今日もここに辿り着く事はないだろうと、おれは内心で少し思っていたのだが――おれは今日という日には、迷う事なくここに辿り着いていた。

 この狭い島でも、いつも一人で遭難してばかりだったこのおれが……。
 かつて乱馬やつぼみに誘導されながら動いていて、ようやく行きたい場所にいけたこのおれが……。

「――どれだけ前だったかな。ここで、おれはあかねさんと戦い、救えなかった事がある。そして、つぼみとここで二人、泣いた日だ……」

 いまの俺は泣かない。何度流したかしれないが、とうに乾いた。
 ……それに、こうして運命の日に迷う事なくここに辿り着けた。運が良い。涙を流すには向かない日だ。

 おれは戦う――そして、間違いなく勝つ。
 そこまでがおれの予知した未来であり、これは確実な話なんだ。

「乱馬……あかねさん……今日でお別れだ。悪いが、もう二度と、こうして墓に花をやる事もできない。おれは、この後、最後の戦いをしに行く……」

 乱馬。おれはお前より強いが、今日は少しお前の力を少し貸してくれ。かなり久しぶりの戦いなんだ。腕が鈍っているつもりはないが、うまく動かす自信が少しない。倒さなきゃならない敵は簡単にはいかない相手だ。

 ……そうだ。それから、もう一つ。

「――待っていろ、乱馬。次に会った時、今度は間違いなく、おれはこの手でお前に勝つ。次にこの墓が作られるとしたら、その時おまえの息の根を止める事になるのは、このおれだ」

 そこでおまえがあかねさんと眠っている間中、おれは毎日……とても長い間、一人で“永遠”と戦い続けてきた。
 このおれが二度とお前に負ける事があるはずがない――久しぶりに戦う事になった時、おまえは間違いなくおれの強さに怖気づく。
 必ずおまえともう一度会い、今度こそぶちのめしてやる。

「――それより……まずはお前だ!」

 おれは空を見上げた。
 乱馬よりも先にぶちのめす相手がいる。
 おれたちをかつて戦いに巻き込んだあの化け物――そう、あのカイザーベリアルをもう一度倒さなければならないのだ。

 おれたちの周りに音楽が鳴る。
 オルゴールから流れる温かいメロディが、かつて競い合ったおれたち三人を取り囲んで、少しの間だけ癒した。
 今日ですべてが終わる……。





86080 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:45:50 ID:H/vzgqzw0



【『探偵』/プチ・マレブランデス内】



 おれたちは、気まずい空気のままでマレブランデスの中身を歩いていた。
 部屋はいくつもあり、とにかく中身には不気味な空気ばかりが染みついていた。何しろ、八十年も無人なのにいまだシステムの生きている管制室に加え、妙な趣向の要人の部屋やら化け物向けの異文化的な部屋やらがあって、そこには時折、骸骨と化した死体が放置されているのである。誰か獣にでも荒らされた痕跡も残っていた。

 廃墟の方がまだずっと、恐怖は薄い。
 そこにまだ誰かが残っていそうな雰囲気さえあり、少し震える花華の隣でおれも息を飲みながら歩いていた。もしかするとおれも震えていたかもしれない。
 そんな折、花華が震えた声で言った。

「探偵さん、ここ少し……怖くないですか……?」
「……少しで済むなら立派だ。おれからすれば、ヤクザの事務所に話をつけに行って素っ裸にされた時よりか、ずっと怖いな」
「それを聞くと、探偵さんの経緯も怖いですが……」
「きみはその手の輩を相手取る仕事が怖いらしいが、おれにとってみれば超常的な戦いを強いられるきみの仕事の方が怖いね。きみは慣れていて、今も少し怖い程度で済むかもしれないが、おれの場合は、この状況は超怖いわけだ」
「まったくそうは見えませんけど」
「怖さを押し殺さなきゃ探偵なんてやっていられないさ。怖さをどう超えるか、どう対策して怖さを最低限に抑えるか、それも仕事のうちだよ。ましてや、あの街の駆け込み寺のおれにとっては、頼りのあるところを見せないと顧客も安心してくれまい」

 おれの場合、少女ふたりの手前でビクつくのは嫌なのもあるが、元々顔に出ない性質なのだろう。十分に情けない顔をしているつもりだったが、周囲からみれば全くそんな事はないだころか、厳めしいとさえ思えるらしい。
 そんな状況の中で宝さがしでもさせられているような気分だが、少しすると、目立つ大きなドアがあった。

「なんだこりゃ。HARUNA、この部屋は――?」
『開けてみるといいわよ』

 言われるだけで、教えてくれなかった。
 舌打ちしたいような気持ちでふてくされながらそこを開けると、今度は奇妙なほど暗くて広い場所に辿り着く事になった。

 数十人が並んで寝転べる、学校の体育館のような場所――それは、何か、嫌な予感を醸している。
 見覚えはないが、何となく近い場所を想起できる。

「――ここは、まさか」

 唖然としているおれだった。
 そこの空気だけ異様に冷えていて、これから何か始まってしまいそうな悪寒を募らせた。オカルトではないが、そういう風な心理的衝動を煽る作りが成されているのかもしれなかった。
 ここは、そう、おそらくかつて……すべてを始める暗闇だった場所なのだ。
 加頭順という男が、八十年前にここに立っていた。





 ――――本日、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。我々の提示するルールに従い、最後の一人になるまで殺し合いをして頂く為です。





 かつて六十九名に告げられたその言葉は、まぎれもなくこの空間に響いたのだ。
 おれたちは思わず、自分の首の周りを爆弾が囲んでないか触りたくなってしまった。
 楽観的な気分ではいられない、入り込んだだけでも背筋が薄ら寒い場所だったからだ。誘われるようにここに来たおれにとっては、おれの中の女がだまして再び殺し合いをさせようとしているんじゃないかという考えさえ過った。
 だが、ここには誰も寝転んでいないし、おれたちの首に首輪が巻かれる事もなかった。
 八十年経った今となっては、この殺し合いの舞台のどこもかしこもが立派に安全圏である。同じ宿命を負った仲間に狙われる心配はどこにもない。

86180 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:46:24 ID:H/vzgqzw0

『――ここは、おそらくかつて殺し合いのオープニングが告げられた場所よ。七十名近くが一気に収容できるような広い場所は、マレブランデスの内部にはここしかなかったわ』
「つまり、数十名の運命を一斉に変えた場所か……」
『ロマンのある言い方をするわね』
「よせ。血なまぐさいロマンは好めない」

 ロマンなどというのは――あまり言いたくはない言葉だが――不謹慎に聞こえた。
 いくら八十年前の出来事であれ、いまはその出来事の渦中にあった少女の曾孫が隣にいる。おれ自身、ロマンチストのつもりはない。現実にここで数十名の運命が纏めて打ち砕かれたのだから、それを言っただけだ。
 とうの花華の顔色は、おれには暗闇で見えなかった。電気のひとつでもあれば良いが、ほとんど暗闇だ。まあ、辛うじてうっすらと何かが見える程度には光があり、真の闇ではないようだった。彼女がただ淡々としているようなのを見ておれは安心した。

 ――ふと、そんな花華がおれに声をかけた。

「探偵さん、あそこ……誰かいます……」

 片腕をゆっくりと上げたのがぼんやりとわかった。花華が指をさしたらしい方を、おれは目を細めて見つめた。
 その先には、気配だけがあった。おれは即座に構えた。
 そこにあるのが――あるいはいるのが、何なのかはわからなかった。
 しかし、前方から物音が立ったのが聞こえた。

「――」

 ……そう、誰かが闇の中で動いている。
 花華が先にそれに気が付いたのは意外だったが、人か獣か、とにかくその闇の中には何か見えない物が声を動いていた。
 こちらに気づいてさえいないのか、敵意も害意も感じる事はない。ただ、その存在が不透明すぎておれは警戒するしかなかった。
 可能性が高いのは、もう一人の“彼”であるか、あるいは、響良牙であるかという事であった。
 そして、そのいずれであっても、おれにとって敵であるのか否かが、即座にはわからなかった。

「――花華、おれの後ろへ」

 おれは、花華を誘導した。
 敵であるのかわからないという事は、敵である事を前提に行動して損はないという事だった。臆病に見えるほどに警戒を怠らない事が、おれにとっては生き方の定石だった。

 それは時に周囲にとって滑稽に見えるだろうが、間違いなく何度もおれの命を救ってきた。
 問答無用で殺されるくらいなら、笑われるくらいの方が良い。
 誘導しても後ろに立ってはくれない花華を退けるように前に立って、彼女の肩を抑えると、おれはちょっとずつ足を後ろへやった。上手い具合に相手の居所を見つめつつ、再び外へのドアを探していく。

「――探偵さん」
「この闇の中だ。光があるなら良いが、闇の中は初対面と挨拶するには向かない」
「……ええ。ただ、ここにいるのは私たちの他に、あとはHARUNAさんが呼んだもう一名と、響良牙さんの二人だけのはずですから……」
「だとするなら前者だが、きみの疑う通りHARUNAがまったくの嘘つきで、この世界の悪魔や魔獣に餌をやりに来たのなら、おれたちに襲ってくるかもしれないな」

 おれは、皮肉めいた言葉を返してしまった。
 すべての情報をHARUNAに依存している以上、そうとも言える。ここが怪物の檻で、おれたちはそこに餌として放り込まれているかもしれない。
 それはわからないし、だとするのなら逃げなければならないだろう。

『失礼ね。――あそこにいるのは、間違いなく“彼”よ』

 すると、HARUNAの声が響いた。彼女は淡々と、ただ少し呆れたように言った。目の前でこう言われて不機嫌にはなったかもしれない。
 おれは不意の言葉に少し心臓を高鳴らせる。

『ねえ、この中を彷徨って迷子にでもなったのかしら。それとも、別世界での父親がいた場所を探索しているの――?』

 今度の言葉は、おれたちではなく、そこに立っている“彼”とやらに向けられた言葉だったようだ。
 ただ、おれたち全員に聞こえるように念話をかけているのは間違いなかった。
 そこにいる者の正体を、彼女は直後に告げてくれた。





『かつての殺し合いの主催者、カイザーベリアルの息子――――朝倉リク』







86280 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:46:45 ID:H/vzgqzw0



【響良牙/C-8 花畑】



 おれの予知した未来――そこで鋭い吊り目を輝かせるのは、まぎれもなくあのカイザーベリアルに違いなかった。
 その戦いへの覚悟はある。
 何度だって倒す。何度だってぶつかる。本当にその為だけに今日まで生きてきたというのなら、まだおれにも救いがあるような気がする。
 だが、おれの心に靄を残しているのは、ベリアルの事じゃなかった。

「――」

 そう――もう一人、どこか遠くで生き残っているはずの、つぼみの事だった。
 涼村暁も、左翔太郎も、涼邑零も、血祭ドウコクも、孤門一輝も、蒼乃美希も、佐倉杏子も、高町ヴィヴィオも……生き残っていたヤツは、他の全員がもういないらしい。
 おれが願いを叶えるという事は、つまり、間違いなく……つぼみももうすぐ死んでしまうという事だった。
 おれが置き去りになった後でも、きっと世の中は動き続けていたのだ。
 そんな中で、あいつらは、おれを残して勝手に先に逝って……おれを迷子のままここに残した……。
 外の時間がどういう風に動いていたか知らないが――あとはもう、あいつらの中では彼女にしか会えないという事だった。

「右京……ムース……それに、あかりちゃん……」

 生きているよな……?
 この何十年で、あのババアはくたばっただろうが、お前たちならおれを迎えてくれると信じている。

 そう……おれはベリアルとの決戦に向かう前の日、きみとデートする約束をしたんだったな、あかりちゃん……。
 残念ながら、おれはあの場所へ帰ってくる事ができなかった。
 だから、きみはもう別の人と結ばれて、おれを忘れて別の暮らしをしている事だろうと思う。――きみがどれだけ待ってくれていたかはわからないが、もし戻れたのなら、待たせた時間の分だけ謝りたい。
 きみが生きているのなら、おれは現れて謝ればいいのか、それとももう二度と会わない方がいいのか……それはおれにはわからない。

 だけど……おれは……もう一度……。

「――もう一度……時間をやり直す事が出来たら――」

 ……そうだ、一番勝手なのはおれなのだ。
 待っている人がいる世界に帰る事さえもなく……一人でずっとこんなところで迷子になり続けていた、そんなおれが一番……勝手なのだ。
 あの時、おれがちゃんと帰っていれば――約束を守っていれば、あるいは約束なんてしなければ、誰を待たせる事もなかった。

86380 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:47:04 ID:H/vzgqzw0



「――――ッ!!」



 そんな事を考えた瞬間、強い頭痛がおれを襲った。
 予知能力が発現した時に頭に走る稲妻。――予知に慣れないおれには、その一瞬の痛みと情報は苦痛にさえ感じた。
 それは濁流のようにおれの頭の中を流れ込み、締め付けていく。
 無数の記憶。



(――なんだ!? どうして……こんな……)



 キュアブロッサム。花咲つぼみ。一撃。おれの眼前に拳。
 何か言っている。言葉。怒り。涙。
 空に影。深い闇。雷雨。
 花。
 白いカーテン。真っ白な光。ベッド。老婆。花。誰かの手。涙。
 言葉。優しい。冷たい。光。願いを告げる。水。光。



 ……おれは、この時になって、また未来を見た。
 おれが願いを告げるまでに起こる出来事たちが、パズルのピースを見せられるように、ほんの断片的に頭の中に注がれた。

 つぼみは再びおれの前でキュアブロッサムへと変身し、やがて、おれと拳を交える事になるのだった。
 それがおれの見た未来だ。
 おれは荒い息を整えながら、再び、言葉を忘れない為の独り言を言った。

「――あれからどれだけ、時が経ったのかしらんが!」

 つぼみは、これからかつてと同じ姿のまま、キュアブロッサムとしておれの前に現れる。
 だが、おれは久々の再会を喜ぶのではなく――何故か、彼女と戦っていた。
 彼女のまっすぐな拳がおれを狙い、おれはすかさず反撃していく。それがおれの見ているビジョンで、おれの知るこれから先の運命。
 ここに咲いた花々のうえで、おれたちは戦う事になる。

 ……おれは、また同じように、再会する事を待ち望んだ相手と戦わなければならないというのか。
 あかねさんと拳を交えたあの時と同じく――。

「……何故……! なんで、ここできみなんだ……! つぼみ……!!」

 最後の二人として残ったのが、もし血祭ドウコクやゴ・ガドル・バだったのなら、まるで躊躇する事なく戦えるだろう。
 あるいは、また別の誰かならばまだ心が痛む事はない。
 しかし、あの時の同行者で一番の友だちで、最後の戦いでもおれに力を貸してくれた……そのつぼみがおれの最後の敵だという事実に、おれは悲観に暮れていた。

「せめて……もっと戦う意味のある相手だったなら――おれはまだ、自分の生きた時間を誇る事ができるのに……!!」

 それだけでも、おれの生きる意味はぼやけていた。
 仲間だったシャンプーや乱馬を失い、一条や良や多くの仲間たちが死んでいくのを見届け、挙句はに敵意を向けるあかねさんと戦い合い、戦いの果てで死ぬ事もないまま永遠の迷子になり、そしてつぼみと今度は敵同士になる……そうまでして、おれに生きる意味はあったのだろうか。
 何度となく悩んだ事だが、最後の一つは決定的だった。
 おれはただ、死ぬ為だけに何十年をここで過ごしているんじゃないかと思い続けたほど――長い時間を生きてきたのに。



「くっ……何故なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」





86480 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:47:24 ID:H/vzgqzw0



【『探偵』/オープニングの広間】



 朝倉リク、と呼ばれた男が目の前にいた。
 オレンジのシャツに、デニム生地のジャケットを着た、童顔の男性。おちゃらけた印象もなければ、真面目すぎるという事もなく、普通の小学生くらいの子供がそのまま体だけ大人になったような印象さえ受ける。
 おれたちは、オープニングの広間に灯りをつけて、そのリクという男を前にしていた。彼はその広間で灯りを探していたらしかった。
 当然ながら、そこに人を運んだり、スポットライトがつけられたりしていたのだから、ここには何らかの形で電気が通っているのが自然だ。彼もこの場所を探検していたというわけである。

『彼がそう、私が呼んだ少年』

 ……正直、もっと頼りがいのある奴を想像していたが、それは桜井花華同様に未熟な印象を覚えさせるタイプだった。
 随分と平均年齢が低いパーティだ。HARUNAがもし、おれより年下ならば、おれが一番最年長という事になる。子供は苦手だと何度も言っている通りだが、そんなおれが面倒見良く彼らに引率しなければならなくなるわけだ。適材適所とは程遠い。
 彼は、おれたちに向けて、恐縮そうに挨拶をした。
 ベリアルの息子などという肩書と共に差し出されたが、普通の人間の形をしている時点でその肩書も疑わしい。そもそもどう見ても日本人じゃないか。

「あの……こんにちは。朝倉リクです」
「ああ……あんたは――ベリアルの息子って本当なのか?」
「えっと、確かに僕は、ウルトラマンベリアルの息子だけど――僕のいた世界はこことは、違う歴史を歩んだみたいで……」

 彼は少しどもった。
 どういう奴なのかわからないが、薄く笑ったままどもっていて、人見知りのような感じを覚えさせた。おれと同じく、コミュ障などと呼ばれるカテゴリの、おれとは別のコミュ障なのかもしれない。
 ……いや、考えてみればおれが威圧的だから驚いたという線もあるか。初対面を相手に過大な態度でマウントを取ろうとしてしまうのはおれの悪い癖だ。
 自分の身長と痩せた顔が少しばかり初見に優しくないのをつい忘れてしまう。
 HARUNAが言った。

『――“彼”は、ベリアルの遺伝子情報を持つ人物として私が見つけ出したわ。彼がいたのは、変身ロワイアルの出来事そのものが認知されていない世界――もっと言えば、ベリアルが別の野望を果たし、別の形で散った世界から私の仲間が呼び寄せたのが、この朝倉リク』

 つまるところ、どちらにせよあのカイザーベリアルの息子と云えど、厳密にはおれたちが憎むべき相手とは程遠いというわけだ。
 ただ、遺伝子的には全く一致しているらしく、この世界へのゲートを渡る事が出来たという好都合な存在らしい。
 どうあれ、このリクという男からすれば、少々居心地が悪いかもしれない。
 珍しくHARUNAが心優しいフォローをした。

『まあ、ベリアルの息子といえど、性格はいたって温厚。かつてはその世界を守り抜いたウルトラマンの一人よ』

 それから、HARUNAはその世界に生じたクライシス・インパクトの存在や、ウルトラマンキングの存在などの話などを語りだしたが、おれには全くと言っていいほど興味がなかった。
 この男を信じるに値する説得力をよこしているつもりなのかもしれないが、それを説明するHARUNAさえ信じられないのだから、こんな話を聞いて何になると云える。
 結局のところ、誰が何を話そうが、あくまで参考程度だ。

「――で、そのまったく無関係な彼がここに来てくれた理由はなんだ。父親の尻拭いだとしても、違う世界の話なら、拭いてやる必要がないように思えるが」

 おれが気になるのはこの辺りだ。
 結局のところ、口で温厚だと言われても、おれにはどんな奴なのかわからない。
 花華やHARUNAの事でさえ、具体的にどんな奴と言われると――惑うところもある中だ。だが、花華は悪い奴ではないと思うし、HARUNAが嫌な奴なのはわかっている。それに対して、こいつがどんな奴なのかは全くわからない。
 リクのパーソナリティありきでないと話は進まなかったが、この質問にはリク本人が答えてくれた。

86580 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:47:40 ID:H/vzgqzw0

「……今回の事も僕にとって、関係ない事じゃないと思ったから。誰かが困ってるのも、誰かの存在が消えるのも――それを守れるのが僕たちだけなら、力にはなりたいし、こうして僕たちが動かなきゃ問題は解決しない」
「まあ確かに……こうしてきみが来てくれないとHARUNAもおれも困るだろうが、きみにリターンはないはずだ。バイト料も出ないだろう」
「それは……まあ確かにちょっと困るけど……。あ、でも、それを言ったら、あなただってバイト料は出ないし、無関係でしょう! あなたこそなんで来たんですか!」

 確かにそうだ。返す言葉もない。
 誰が一番関係ないかというと、事故同然でここに来たおれだ。

「――おれも来たくて来たわけじゃないが、それは確かに……一理あると云えるな。理由はそれぞれだ。……悪かった、まあ、きみの言わんとしている事はわかった」

 考えてみれば、いわゆる「頼まれると断れない性格」というのはいくらでもいるし、それが自分にとってリスキーでも引き受けてしまうヤツはそこら中にいる。それを踏まえると、ごく普通の少年にしか見えない彼の方が、頼まれた事情を断らないリスクについて経験が浅く、こうしてここに来るのもわからなくはなかった。
 そうでなくても、HARUNAの勧誘は拒否権がない。退路を断って無理やり協力させる事だって珍しくは無かろう。
 自分にしかできない状況に使命感を覚えるというのもわからなくはない話だ。探偵が誰にでも務まる仕事だったのなら、おれはとっくに飽きていたかもしれない。

 協力できるかはともかく、まあ普通のヤツなのは見ての通りのようだ。
 これが演技だとするのなら相当凄いとしか言えない。

「……で、事情はおおよそ一割ほどわかったが、いずれにしろこうして揃ったからには、作戦を立てて良牙の殲滅をしろという話になるわけだが――これからどうするか考えてあるはずだろう」

 おれは、仲間が全員揃ったところでHARUNAに訊いてみた。
 主催者の息子である朝倉リクに、生還者の子孫である桜井花華、特異点の魔法少女HARUNAに、それから全く関係のないおれ。
 こちらには一応の戦力が二名いるとして、響良牙に勝てる見込みの話というのが不明だ。
 何しろ仲間の力も敵の力もさっぱりわかっていないし、あまりの事前研究不足の中で行き当たりばったりに世界の命運を託されている形になっている。
 このまま「作戦なんてないわよ」「力づくでいくわ」などと、むちゃくちゃな事を言われて外に駆り出されたらどうしようかという不安がおれの胸に湧いた。



『作戦なんてないわよ――こちらの戦力は十分と言っていい。……力づくでいくわ』



 ……案の定だ。
 などとあきれ果てた時だった――。



 外から轟音が鳴り響き、強い危険の匂いを感じたのは――。







 さて。
 ……おれにはHARUNAが一体何を考えているのか、いまだにわからない。
 可愛げのない機械的な指令をひたすらにおれたちに差し出してきて、その真意や目的、真偽すらもわからないまま引き返せない時間ばかりが過ぎた。
 こんな存在がおれの中に入っている事それそのものがかなり不愉快だが、もはやなってしまった以上仕方ないと諦めるしかなかった。
 艦内でだべっていたおれたちに、轟音が響いて、おれたちは次に外へ出て、遂に響良牙と出会う事になる。
 その前に、キーワードを一度整理しよう。



 今回のキーワードは次の通りだ。
・ベリアル
・朝倉リク
・響良牙との戦い



 おれたちが向かうのは――響良牙がいる、C-8の花畑だ。





86680 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:48:18 ID:H/vzgqzw0



【HARUNA/――これより少し前――】



 ……遂に時は来た。

 八十年の隔絶によって、変わっていった時の流れ。
 あるべき世界オリジナルと、派生した世界セカンド。世界は二つに分かれていた。
 二つの世界は決して交わらず、それぞれ同じ人々から始まり、分岐し、どちらも平穏を大きく崩される事もなく動いていた。

 高町ヴィヴィオが先んじて永眠し、花咲つぼみの命も僅かとなったいま、残る参加者は二人だけ――世界はそんな、誰も知らない危機に瀕しているのだ。
 優勝者の願いによっては、今までバランスの取れていた世界は、いかようにも形を変えてしまう。
 ……勿論、八十年の中で多くの別の出会いを経て子孫を育んできた花咲つぼみが願いを叶えたのなら、彼女は世界の消失など望まない。
 だが、もしその八十年を孤独に過ごした響良牙ならば、かつてそれを口にしたように、世界を消し去る願いを込めるだろう。
 ほんのわずかな時間よりも、その前の長い日常や、その後の長い虚無の方が、彼への影響は大きかったに違いないのだから……。

 そんな危機を知っていた私のソウルジェムは既に、数多の戦いによって、あと僅かで救済というところまで来ていた。
 それまでに彼女には、私の力で――多元世界移動と多元世界誘導を能力とする私の魔法で、響良牙の願いを食い止めてもらわないとならない。

 ……たとえどれだけ憎まれたとしても、最悪の事態の前に、私は桜井花華を救ってみせる。

 もし、このままセカンドがリセットし、元のあるべき世界が――それぞれ孤立した世界が求められていたのなら、セカンドにあったその先の歴史すべては根絶されてしまう事になる。
 私は、すべてが手遅れになる前にその脅威からセカンドを救わなければならない。





 桜井花華が消えた時間の中で、私のような迷子になってしまう前に……。







867 ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:50:53 ID:H/vzgqzw0
投下終了です。
まったく予定になかったのですが、明日から「劇場版 ウルトラマンジード つなぐぜ! 願い!!」が公開するとの事で、宣伝のために登場させてみました。
元々いないはずの登場人物なので、他と比べるとあんまり話に絡まないかもしれませんがまあ、見られる方はぜひジードの映画もよろしくどうぞ。

868名無しさん:2018/03/09(金) 21:41:16 ID:Bm4fu2iM0
投下乙です!
まさかここで彼が登場するとは……でも確かにべリアルにとってはなくてはならない人物ですからね!
そして良牙との決着が迫るこの物語はどんなエンドマークを迎えるのか……?

869名無しさん:2018/03/22(木) 17:38:20 ID:FE2/s2to0
したらばの死者スレが4年ぶりに動いてたんだな
誰だか分からんが、こちらも投下乙!

870 ◆gry038wOvE:2019/08/06(火) 17:06:19 ID:l9/MeknI0
変身ロワ本スレの皆様、お久しぶりです。

長らくお待たせして大変申し訳ありませんが、今後諸事情によりエピローグの続きを掲載していく事が困難となってしまいました。
いつかは完成させたいと思ってはおりましたが、それが叶うかもわかりません。
仮に完成できるとしても、代筆・共作になったり、かなり後の話になってしまったり、あるいは台本形式などこちらの起こしやすい形になったりするかもしれないと思います。

その為、先んじてプロットのみを別サイトにて公開し、物語の結末をすべて明かす事にいたしました。
おそらく、この結末自体は2014年ごろから想定しており、その後の展開によって細部が決定したプロットであったと思います。

長い間お待たせして、このような形での発表になってしまう事をお詫び申し上げます。
プロットのみの先行公開という形での発表でも構わないという方のみ、お読みください。
よろしくお願いいたします。

当該サイトリンク。
ttps://privatter.net/p/4838230
※パスワードは「henshin」です。

871名無しさん:2019/09/04(水) 02:35:22 ID:mORytF0w0
プロット公開ありがとうございました。
こういう形の公開もパロ小説の落とし方としてはアリなんではないかと思います。
気になってた点も殆ど(ジード以外w)クリアになって、とてもすっきりしました。
(探偵の名前が〇〇〇〇〇、ってのはちょっとやり過ぎな気はしますがw)

おつかれさまでした。ありがとう。


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