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変身ロワイアルその6
584
:
BRIGHT STREAM(1)
◆gry038wOvE
:2015/09/02(水) 18:10:33 ID:RQpuUNRs0
「……おっ、この卵──良い感じに完熟じゃねえか!!」
──……そうではなかった。ただ単に、卵の焼き加減に個人的な拘りがあるだけだった。
ぱっくりと割れた白身から覗く黄身は、ぽそぽそと固まっている。とろみがある方が好みな者も多いと思うが、翔太郎は熟すまで焼かれた卵が好きだった。
──いや、それは好みというほどでもないかもしれない。彼は、自身が「ハードボイルド」の資格があるという証明の為に、願掛けに近い形で完熟ばかり食べるのだ。
とにかく、こんな状況で、チャーシュー麺の卵が半熟(ハーフボイルド)か完熟(ハードボイルド)かで熱くなれる翔太郎の神経は流石としか言いようがない。
ラーメンのスープに比べると少し冷たい卵の半分を箸でつまんで口の中に入れると、翔太郎はその味を噛みしめた。
「しかも、なかなか美味いじゃねえかコレ。俺好みの風麺の味に似てるぜ」
その香を嗅ぐような表情を見るに、嘘やお世辞ではないのだろう。──元々、そうして周囲に気を使う性格でもないが。
「──おい、もし半熟だったとしても、残したらバチが当たるぜ。こんな状況だし好き嫌い言うなよ? どれ」
隣に座る少女──佐倉杏子が、翔太郎のどんぶりの上に乗った卵のもう半分を割り箸で掴み、自らの口に放りながら言った。あまりの早業に翔太郎が呆然としている目の前で、杏子は全く意に介すことなくそれを咀嚼する。
「うん、確かに美味いな」
食べ物を粗末にしないのは、彼女の主義だ。
そもそも、世界が侵略されている最中で、その侵略に抗う勢力が大勢の艦の乗員の為に食料調達をする際には、普段以上に大きな苦労がかかるのは目に見えている。それを見越すと、ここでは僅かでも食べ残しは大罪だった。ただし、そんな主義を取っ払って、「美味い」、「不味い」という味覚の施しで物事を計っても、それは、充分美味だと言えた。
「おい! おまっ……それ俺の!! 完熟卵、半分しか食えなかったじゃねえか!!」
「……結局、あんたにはハーフがお似合いって事だよ。ごちそうさん」
「──んな事言ったって、俺だってちゃんとおやっさんに認められてきたんだからな!」
翔太郎がそう大声で反論した。彼は、元の世界にこそ帰れなかったが、死んだ鳴海壮吉と同一の男に出会い、彼に認められた充足感の余韻に浸り続けている。だからか、ここに帰ってから、何かと「おやっさん」の話題を出す事が多くなった。
死者としての話題ではなく、今も生き続けている生者という認識が一層強くなったのだろう。
だが、実際のところ、こうして普段の翔太郎を見ていると、そこにはハードボイルドの欠片も見られない。──鳴海壮吉という男について、結局杏子は知らないままだが、彼が憧れるハードボイルドが今の翔太郎のような男ではなさそうだ。
彼が、その外側まで「ハードボイルド」になるには、まだずっと時間がかかりそうである。
「だいたい、わざわざチャーシュー麺を頼んでおきながら卵から食べるってなんだよ」
「はぁっ!? 俺は完ッッッ……全に、熟したハードボイルドな卵が食いたかったんだよ! チャーシューを頼んだのは──」
食べ物を巡る二人の痴話喧嘩を、呆れ半分面白半分で眺めていた各々も、そのすぐ直後、翔太郎の向井に座ってカレーライスを食べていた響良牙の一言で、静まった。
「──おい、翔太郎。俺にも聞かせろ。……何故、わざわざ俺の前でチャーシュー麺を頼んだ?」
彼もその時、カレーライスを食べる手を止め、翔太郎に視線を合わせた。
妙に冷静に、しかし、明らかに強い口調で、眼前の翔太郎に上半身だけで詰め寄り始める良牙。
翔太郎は、座りながらも上半身だけ背もたれより後ずさり、良牙の威圧感に冷や汗を流す。
「チャーシュー麺は、“ブタ”だよな?」
既に答えが出ている問いを、あえて確認して念押しするように言った。何か言い知れぬ怒りを覚えているようにわなわなと震えている。──無理もない。
翔太郎は、良牙の方をまっすぐに見て、出来る限りのキメ顔で言う。
「そうだぜ!」
「──つまり、それは俺へのあてつけか!?」
良牙が、翔太郎に対して、堪えきれずに憤怒した。
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