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変身ロワイアルその6

443あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE:2015/07/26(日) 18:06:05 ID:2QeaXfr60



「やあ」

 ──バトルロワイアルを終え、元の世界に帰還した佐倉杏子を迎えたのは、彼女にとって一番会いたくない存在であった。
 真っ白な体毛を生やした、両手に収まるほどの体。無感情な赤い瞳。動物に喩えるならば兎のようで、しかし、言葉を話し、少女に魔法を授ける力を持つ。……そんな奇妙な小動物。
 人間を魔法少女へと契約させ、その運命を翻弄するインキュベーター──キュゥべえである。

 彼は、相も変わらず無生物のようなその瞳で、路地裏に倒れている杏子の姿をただ見つめていた。この瞳がいつもどこか不安を煽る。
 野良犬の住むような薄暗い路地に、直角に差しこんでいたただ一つの光が、丁度、はっきりとそこから撤退し、正午の終わりを告げたように見える。
 随分と静謐で涼し気な場所に帰って来たような気がする。

「おかえりのようだね、杏子」

 そうキュゥべえに言われるが、その時の杏子の耳には入らなかった。脳裏にあるのは、今は全く別の事だ。──勿論、目の前にキュゥべえがいる事を認識してはいるが、それはあくまで認識だけで、主だって彼の事を考える事は、今はない。

 ──この世界について、杏子が殺し合いに来る前と、来た後による記憶の差があるのを思い出し、それが彼女を一時混乱させたのである。
 先ほど、粒子の流れに乗って、この殺し合いに向かってきた時──杏子の記憶にないはずの記憶が植えつけられたのだ。これは杏子や一部の参加者に起こる現象だった。
 鹿目まどか。美樹さやか。暁美ほむら。巴マミ。──それらの魔法少女と自分との関係性が、杏子の中で更に変化を辿る。いや、もっと言えば──杏子の中には、一度、“人魚の魔女”と共に自爆し、消えたという記憶までが蘇る。
 どの世界においても、杏子は悪の道を捨てる運命にあったらしいが、その反面で、彼女自身は、その場合に死ぬ事にもなるらしい。

(どうなってんだ……? あたし、帰って来たんだよな……)

 彼女は、一度、キュゥべえの瞳から目を逸らして、辺りを見回す。だが、ここはビル街の裏路地で、右も左も関係ない場所だった。自分の周りの視覚情報に意味はなかった。

(実感はないが……あたしはここで、魔女じゃなく魔獣と戦っていた記憶がある)

 だが、おそらく今、杏子がいる世界は、──おそらく、魔法少女が、“魔女”ではなく“魔獣”と戦っているという世界である。そんな気がする。何故か、杏子は最近までこの世界の事を忘れていたが、確かにこの世界の住人であった気もした。

 戦いに巻き込まれた世界。魔女と戦い果てた世界。魔獣と戦う世界。
 彼女自身、その三つの記憶を混濁させ、やや、目の前のキュゥべえに対しての意識をどう向ければいいのか迷った挙句、ただ一言だけ、彼に向けて言葉を投げかけた。

「なんだ……テメェ? 何見てるんだよ」

 聞きたい事はいくらでもあったが、まだ少し混乱していて、そう口に出す。

「僕の事を忘れたのかい? 佐倉杏子」
「……忘れるわけねえだろッ!」

 彼の事は忘れるはずがあるまい。魔獣と戦っているはずの今の世界にも彼はいたし、魔女と戦う世界の頃の話は忘れるはずもない。杏子にとってはそちらの世界の恨みの方が根深い記憶だ。
 多くを説明せずに杏子を魔法少女の道に引き込んだキュゥべえの存在は、あのバトルロワイアルの最中でも何度杏子を悩ませた事か──。今も殴りたい気持ちがあるが、頭の整理がついていない状態だった。
 そんな杏子に、キュゥべえは言う。

「そうか。別に記憶を失ったわけではないようだね」
「ああ、忘れたい奴の事も覚えちまってる……!」

 杏子はキュゥべえに皮肉を込めて言ったが、キュゥべえは無視した。

「……それにしても、君もよくあの戦いで生き残る事ができたね。僕も驚いているよ。まさか、魔法少女も及ばないような強敵を前にしても勝利してしまうなんてね」


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