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変身ロワイアルその6

1 名無しさん :2014/08/07(木) 11:23:31 ID:V1L9C12Q0
この企画は、変身能力を持ったキャラ達を集めてバトルロワイアルを行おうというものです
企画の性質上、キャラの死亡や残酷な描写といった過激な要素も多く含まれます
また、原作のエピソードに関するネタバレが発生することもあります
あらかじめご了承ください

書き手はいつでも大歓迎です
基本的なルールはまとめwikiのほうに載せてありますが、わからないことがあった場合は遠慮せずしたらばの雑談スレまでおこしください
いつでもお待ちしております


したらば
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/15067/

まとめwiki
ttp://www10.atwiki.jp/henroy/

822 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:16:34 ID:wTASm/Rk0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 おれのもとに穏やかな眠りをささげてくれないままに、朝はやって来た。
 結局、床の上に座ったり寝転んだりしながら惚けて考え込んでいたばかりで一睡もしていない。かといって、花華の邪魔をしては仕方がないので、物音を立てぬようにしていたから、作業を続ける事もなかった。
 花華の静かな寝息は、誰もいないこの家にそっと響き続けていたし、彼女は眠りにありつけたのだろうと思う。尤も、その日の夜の蒸し暑さからすれば、クーラーのない部屋では「穏やかな眠り」とは行き難かった事は容易に想像できた。
 外で一晩中うるさく鳴いていた猫どもは、いまだ喧嘩を繰り返しているらしい。

 おれは、眠れなかった事を口惜しく感じる事もなく、鳴り響いた六時半のアラームに合わせて動き出した。少なくとも、おれは眠らずに三日は動ける。もともと眠りの浅いほうだ。だから飽きもせず探偵をやっていられるのだ。
 どしどしと音を立てて動き出したおれの近く――花咲つぼみの部屋があったらしい場所で、ドアの向こうからうなり声が聞こえた。花華が目を覚ましたらしい。おれとは違い、即座に動き出すわけでもなかったようだ。
 女が朝起きてから男の前に顔を出すまで、無数の準備がある事はよく知っている。おれは黙ってそのドアの前を去った。

 おれはその部屋に背を向けて、物置部屋に立ち寄った。
 カーテンが閉じられたその部屋は、朝にも関わらず真っ暗で締め切られている。おれは、その部屋のカーテンを豪快に開けてみせた。部屋はすっかり明るくなったが、西向きの窓は、瞼に悪い朝日の光を見せなかった。
 元々花屋である手前、陽の向く場所に花を、陽の当たらない場所に資料を、という構造になっているらしかった。

「よし」

 おれは早速日記探しに取り掛かった。膨大な本や資料の山から、欲している日記を探すのはなかなか時間のかかる作業だ。纏まりのない小さな図書館と言っていい。
 どうにか掘り起こす為に時間がかかりそうだった。
 小さなため息が出そうになった。

「お、おはようございます! ……早いですねっ!」

 おれの背中に挨拶が向けられた。
 それは花華の声に違いなかった。が、おれは一瞥もせずに、探し物を続けて、「ああ、おはよう」と答えた。感じは悪いかもしれないが、それはおれなりの配慮だった。
 何せ、彼女が下階の洗面所まで降りた気配がない。どうせ水道も止まっているので、台所や洗面所に行って蛇口をひねったところで何も出ないが、そのためにペットボトルに水を入れて用意してある。トイレだって流せるくらいの量だ。
 髪を手で梳かして歯を磨き口をゆすいで顔を洗っただけのおれに比べ、彼女にはその数倍の労力でパーフェクトの自分を作り出すのだ。さすがに中学生なので化粧まではしないと思うが、それでも髪形を決めるだけでも異様な時間をかける。それを待つくらいの時間、わけはない。
 彼女はそのまま「ちょっと顔を洗って来るので失礼します」と声をかけて、すぐに階段を降りて行った。少々急いでいるようだったが、そんな性格なのだろう。朝くらいマイペースに準備しようが責めはしないというのに。

「さて」

 おれは、もう一度部屋全体を見た。
 おれには進度がいまいち実感できなかった。確かに進んではいるのだろうが、元の量が多いぶんだけ嫌に時間がかかる。
 しかし、案外今日中には終わるだろうという確信もあった。午前中に起きてから先は、時間が妙に短く、それでいて捗るのだ。
 このまま調子よくいけば気づかぬうちに正午を迎えるだろうし、その頃には部屋の半分はすっかり片付いているだろうと思った。

「……おや?」

 と、脇に目をやり、おれはその瓦礫のような本の山の隅に――「×××ぼみ」の文字列を見つける事になった。
 その上には結構な本の束が重なってタワーになっているので、これをどかす労力を想像すれば目をそらしたくなるが、手書きの筆跡がおそらく花咲つぼみと同じ物なのは間違いない。そこに花咲つぼみの名前があるからには、おれはそいつを探らなければならないのだ。
 ……こいつもスカだろうか、とあまり期待せずにそれを掘り起こして見せた。これまでも何度も花咲つぼみという名前にぬか喜びして、関係ない数式の羅列や漢字の練習が載っていたのを見流してきたのだ。
 今度は何だろう。教科書か、ノートか、それともただのポエム帳か。おれは、そんな想像をしながらそちらに一歩だけ足を動かし、手を伸ばした。

823 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:17:39 ID:wTASm/Rk0

「ったく」

 上に乗っかっている本の山を、おれは順に片づけ始めていた。本の束を降ろしながら、そちらもチェックしていた。どれかがまたつぼみのものかもしれなかっただ。
 しかし、園芸誌のバックナンバーや、大昔の陸上競技誌なんかがビニールの紐で束ねられているだけで、どうやら手がかりではないらしい。これこそもう読まないと決められたうえで、捨て損なったもののようだった。
 そうして乗っかっているものを降ろしていくと、そいつはバランスを崩しておれの方に寄りかかってきた。結構な重みのある本の山がおれのつま先の上に雪崩れのように落ちてきた。

「痛てっ!」

 鈍い痛みのする左足を抑え、おれは無様にぴょんぴょんと跳ねる。あんまりな事に、思い切り跳ねようにも周りもすっかり足の踏み場がなく、これ以上余計な動きをしようものなら、そのまま倒れてしまいそうだった。
 無感情におれの足を攻撃した本の山に、おれは一瞬、怒りさえ感じ、本の山を一瞥した。
 すると、――そんな痛みとやり場のない怒りが襲い掛かってはいたものの――そんな苦難に見合うだけの報酬がおれの目に映ったようだった。
 腹立たしい量の零れ落ちた古雑誌の向こう、「花咲つぼみ」の名前が書かれたそれは、まぎれもなくおれがさっき目にした「×××ぼみ」のノートだ。
 どうやら、そこに花咲つぼみのノートが、そこにまとまって置いてあったようだ。

「――これは……日記帳、か?」

 手に取り、めくってみると、日付は2010年ごろだ。
 おれは、ちょうどそれは彼女が殺し合いに参加させられた前後のものであるという事を悟る。少なくとも、プリキュアとしての活動を行っている時期の日記であるのは間違いのない事実である。
 左から右へと、ざっと流し込むように読んでいき、次々とページをめくる。彼女の人生の起点となる頃の物語が生々しく、彼女自身の筆で書かれていた。想像した通り、読める字で書いてくれてはいるが、それは丁寧な達筆というより、普通に女の子らしい字であったのが少々意外であったかもしれない。

「こいつは……どうやら、お待ちかねの品だ」

 しかし、やはりその年頃にしては非常に読みやすく、字が判別できないだとか、文章の意味が伝わらないだとか、そういった事態は発生しないだろうと安心できた。うちの三代前と二代前が書いたらしい報告書よりは出来がよさそうだ。
 おれはそいつを純粋に興味深く読んでしまっていた。

「――」

 そこにはまず、プリキュアとしての戦いについて、書いてあった。
 それから、数日が飛んで、殺し合いからの生還。脂目マンプクの逆襲。
 ここまでは、鳴海探偵事務所の一員たるおれも教養として把握している範囲の事だった。いわくのある探偵事務所にいるのだから、そのいわくも人並より詳しくは把握しているつもりである。

 だが、それから先は、おれの知らない様々な花咲つぼみの姿が――全世界に中継された殺し合いのなかで生き残った少女が暮らした一日一日と、その心のうちが嘘偽りも誇張もなく記されていく。



 響良牙の恋人・雲竜あかりとのファースト・コンタクト。
 時空管理局側で保護される事となったオリヴィエに再会した事。
 なにやら同級生たちから結構な数のラブレターが届いたらしいという事と、その返答への悩み。
 佐倉杏子と再会し、意見の食い違いから些細なトラブルが生じたらしいが、すぐに和解したなどという私事。
 孤門一輝が恋人を連れて訪問した事や、すぐあとに開かれる彼らの集まりへの誘いがあった事。
 殺し合い終了から一ヶ月が経ち、生還者全員と再会するも一人だけが特別の仕事で来られなかったという事。
 当時の志葉家当主――志葉薫より、血祭ドウコクおよび志葉丈瑠(外道としての彼の事だろう)のその後の動向に関する調査について話を聞いたという事。
 都内の大学で開かれた異世界移動技術に関する一般向けの学会に密かに参加したが、現段階の彼女ではまるで何もわからなかった事。
 来海家の三名が別の街へと引っ越す決意を固め、自分の中の来海えりかとの思い出が遠ざかるのが心の底から寂しかった事。

824 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:18:08 ID:wTASm/Rk0



 ……日記は殺し合いから生還してからも、毎日とは言わないながら結構な頻度で書かれており、ほとんどはそういった極私的な事や周囲の観察から始まっていた。
 詳しくは伏せるが、必ずしもポジティヴな事ばかりではなかった。
 戦いによりプリキュアとしての力を失った彼女は只の人間となったが、完全な一般人と違うのは、「世界に名の知れた有名人になった」という点であった。
 それは称えられるという事と同時に、誰かに利用されるという事であり、嫉妬されるという事であり、彼女を無自覚に傷つける言葉を人は想像しえないという事である――鳴海探偵事務所の左翔太郎が辿った運命と同様だった。しかし、彼女の場合は彼よりも、もっとずっと若い少女だったのだ。
 その分、とりまく社会は違うし、心はナイーヴでもある。
 悪意のない人間が時に彼女を傷つける言葉を放ったらしく、それを憎み切れない孤独なども赤裸々に書かれていた。蒼乃美希や高町ヴィヴィオとはメールのやり取りを頻繁に行い、そこで双方で――傷のなめ合い、と言っては流石に失礼だが、同じ立場ゆえの悩みを吐き出し合ってもいたらしい。他に理解者はいなかった。

 おれは、それらに目を通しながら、少し息をついた。
 おれもこうして彼女のプライベートを勝手に覗いてしまっている。好奇心や善意で彼女に妙な事を言った連中責められる立場にはない。――「生きて帰れてよかったね」という一言にさえ悩んだ彼女の心境はおれにだって理解できないのだ。
 だから、日記を読むのをやめてしまおうかと、少し悩みかけた。
 ……尤も、おれはそんな干渉は、即座に殺した。

 そいつは、紛れもないおれの探していたものだった。
 おれの目的は興味を貪る事でもなければ、花咲つぼみのプライベートを尊重する事でもない。
 花咲つぼみがあったからこそ、鳴海探偵事務所は存続し、その場所でおれは働かせてもらっている。その恩義を、彼女の曾孫が求める形で返還する事なのだ。
 そのために、おれはこうして有給を使ってまでもゴミ山と格闘し、見つけた資料から手がかりを探っているわけだ。上記の日記だけでも、雲竜あかり、他の生還者、志葉薫などと遭遇しており、このうち孤門一輝と志葉薫はこの家に上げたらしい事だって書いてある。万が一にでも、彼らの荷物に紛れたのなら――という可能性だって否めはしまい。
 それを詳しく考えるのが、おれの役目だ。

「――数年分は纏まってるな」

 日記は何年分もそこに重なっていた。おれはそれを花咲つぼみの部屋に移動させる事もなく、ぺらぺらとめくり始めていく。
 なにやら、この世界の西暦で云う2016年ごろまで、この場所にすべて纏まっていた。
 日記は続いていく。



 異世界同士がつながって以来初めて起きた「異世界間戦争」のニュースへの、怒り。
 相羽兄弟らが生きたテッカマンブレード世界を始めとする他世界の超技術がこの世界に本格的に転用され始め、相互補完的に技術革新が認められた事実への、歓喜。
 高校入試と、その結果。
 卒業式にて、卒業生代表としての挨拶を求められ、来海えりかや明堂院いつきがここに立てなかった事実を受け止めた事。
 佐倉杏子も中学生としてきっちり卒業した事。それと同時に鳴海探偵事務所でアルバイトを始めたのを聞き驚いた事。
 かつて信じた「響良牙が生きている」という事実への自信が、自分の中から毎日少しずつ失われていく事への恐怖……。



 おれは、佐倉杏子が鳴海探偵事務所で助手として働く事になった経緯や詳しい時期も、この日記を通して初めて知る事となった。彼女の中でも、同じ年頃の杏子が通信制高校に通いながら殆ど探偵業メインで活躍している事実は刺激的だったらしく、結構な文量がそこに費やされていた。
 おれは、それが間もなく「左翔太郎に依頼を行った日」に近づきつつあるのを、日付から逆算していた。
 少し期待は高まったが、一つ気になった情報があった。
 おれはそちらの事をもう一度少し考えた。

 響良牙――という名前が、この日記にはよく出てきていた事だ。あのRyogaの名前の元ネタの男だ。出来事としてはまったく絡まないのに、唐突に彼女は響良牙の名前を出す事もあったくらいだった。

825 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:18:28 ID:wTASm/Rk0
 それこそ、この世界での友人以外では、生還してコンタクトを取っているはずの左翔太郎や佐倉杏子よりも、その名前が頻出しているようにさえ思えた。蒼乃美希や高町ヴィヴィオはメールで度々話す調子のようなので、そのメールデータが残っていないと比較はできないが、彼女を動かしている強い影響力の一つなのだろう。
 無理もなかった。
 殺し合いのさなかで行動を共にし、あらゆる場面で双方助け合った名コンビと謳われた響良牙と花咲つぼみ。あらゆる場面で花咲つぼみは響良牙に助けられ、響良牙は花咲つぼみに助けられていた。
 あるいは、ふたりの間には――良牙に恋人がいた事から考えるに花咲つぼみが一方的に、想いを寄せていたとも邪推できた。実際にはわからない。探偵特有の下卑た考えなのかもしれない。

 だが、どうあれ――この日記の八十年後という時間を生きるおれは、彼女が信じ続けている明日が来ないのを知っている。
 何故、彼女は「響良牙が生きている」と仮定しているのかさえ、おれにはわからない。論理的に動いたうえでの事なのか、感情的に動いての事なのかさえわからないが、端から見れば明らかに後者を疑う状況だった。

 いずれにせよ、それはラスボスを倒せるほどの純粋な想いだった。しかし、彼女がその想いをどれだけ叶えようとしても、彼女にとってのゴールはなかった。
 彼女の生きた八十年――その過程で名誉ある賞を受けたとしても、その原動力となった響良牙への何かしらの想いが叶う事が決してないというのなら、それはあまりに残酷な結末であると思える。

 ……いや、それを除いても、だ。既に彼女を取り巻く環境は、見る限り成功者の幸福と呼べるものには見えなかった。
 彼女に付きまとったプリキュア、生還者、ノーベル賞受賞者といった肩書は――こういう生き方を選ばされた事が、はたして彼女の人生にとって歓迎される事象だったのか、おれは当人でないからわからなかった。
 しかし、どうしても靄がかかる。

 本当に、それは「青春」なのか。
 いまベッドの中で病魔と闘う彼女が振り返る人生は、まさしく茨の道――不幸の連続でしかないのではないか。

 おれには、あの殺し合いは、彼女の中でいまも続いているように思えた。
 彼女の周囲が――確実に、変わってしまった事実。これを見て、おれは、あの殺し合いがない彼女の人生というのを考え、友と笑い合って成長する一人の少女を浮かべた。
 そこにある苦難や戦いの数と、殺し合いから生き残って、その先を生きる少女に強いられたそれの数とは、秤にかけるまでもないだろうと思えた。そして、その世界の彼女の方がよっぽど、幸せに生きているような予感があった。そこに名誉の賞はないかもしれないが。
 世界は、殺し合いに参加させられた彼女の人生は、あの時定められた運命から変わっていない。





 ――もし、彼女が殺し合いに巻き込まれなかったとするなら、その方が、ずっと幸せだっただろうと、おれは確信できてしまった。





「――改めて、おはようございます。探偵さん」

 ふと、おれは、背後からかかった声に不覚を取られた。
 それは、咄嗟にそちらを振り向いた。花咲つぼみの事を考えていたおれは、何だか花咲つぼみの亡霊にでも呼びかけられた気分でいたのだが、そこにいたのは、すっかりパーフェクトな自分を作り出した桜井花華であった。
 用件は、単なる朝の挨拶だった。

 今日は、頭に花飾りをして、白いワンピースを着ていた。はっきり言って、こんなところよりも森のなかが似合いそうな恰好だった。
 おれは、その恰好が全くもって、この埃だらけのゴミ部屋で探し物する恰好ではないのに呆れつつも、再度挨拶を交わした。

「ああ。ほんとうに改める必要があるのなら、おはよう」
「それは――挨拶は、相手の目を向いてするものですから」
「悪かったな。おれとしては、『レディの寝起きの顔を見ないように』という配慮のつもりだったんだが。……いや、すまない。こちらも探し物に気を取られていたんだ」
「いえ、私を待ってくれているのも、何となく察してはいました。……ですから、それを責めてるわけじゃなく――とにかく、個人的にはそれではすまなかったので、もう一度正式な挨拶という事で」
「ああ、わかった、わかった」

826 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:20:34 ID:wTASm/Rk0

 彼女は面倒になるほど生真面目だ。おそらくそこが曾祖母との決定的な違いだろう。
 控えめなタイプに見えたが、その反面で芯があるというか、むしろ、厄介なほどに自分の在り方を曲げない。それとも、世間の情操教育に忠実すぎるのか。
 そのうえ、花咲つぼみが運動神経に自信を持たなかったのに対し、彼女はそれと対極的に「家族に心配されない」ほど、男でさえ撃退する自信があるほど、強い。
 いずれにせよ、おれに言わせてもらえば、ハードボイルドに近い存在だ。

 いや――そうだな、ハードボイルドと云っては失礼かもしれないので、ここは「委員長タイプ」とでも呼ぶのがいいか。
 おれは委員長少女に言った。

「――それよりか、聞いてくれよ、花華。きみの曾祖母の日記が見つかったんだ」
「えっ!?」

 彼女は、大きく口を開けて驚いていた。
 おれが手に持っている日記に目をやり、横に重ねられたおれの日記と、ものが雪崩れ落ちた形跡のある床を軽く見やった。何があったのかは察してくれたらしい。
 そんな彼女がおれの顔を向いた時、おれはしゃべり始めた。

「時期もちょうど、プリキュアになった頃のもの、殺し合いに巻き込まれた頃のもの、あとは以後数年のものだ。手がかりがあるとすれば、この辺りで間違いないだろうと思う」
「ああ、良かったです。私ももっと早く見つけて読みたかったのですが……」
「……花華。これだけの事を一人で勝手に見てしまって、済まないな」
「――それは、別に構いませんし、その為に来てくれたのだから全部読んだって全然良いんですけど」
「いや、きみが先に読んでくれた方が良かったのかもしれないな。もし機会があるのなら、きみもぜひ詳しく読んでみてほしい。曾祖母が、どんな風に生きたのかがわかってくるよ」
「えっ」
「……勿論、おれの方は、あまり詳しくきみの家族のプライベートは詮索しないつもりだがね。少なくともきみには、彼女の心境も含め、これを熟読できる資格があるだろう」

 こうは云うが、おれはむしろ、彼女はしっかりと読むべきだろう、それは資格というより義務なのだろうと思っていた。
 彼女が自分の行きたい道を――プリキュアとして活動する道を選んだうえで、花咲つぼみというひとがそれを阻もうとしたのなら、そのひとが花華を止めた理由をきっちり見つめておかなければならない。

 それが、間違いなくこの日記には書いてあった。
 生きるうえで不必要なまでの苦難、暴力的なまでの精神的負担、ともすれば自分で命を絶ちかねないほどの絶対の孤独やトラウマ、帰ってきた場所に友のいない寂しさと後悔。あらゆる物が襲ってきたであろう事は、言うまでもない。
 それを次代に継がせようとする者がいるだろうか。

「……」

 おれにもまた、かつて探偵という道を選ぶにあたっては、周囲からの反対も無数にあったし、それを振り切って、探偵になる覚悟を決めて、一人になった。
 それ以来、両親や家族とは、普通の家庭からすると驚かれるほどに、すっかり会ってもいないし、他の手段で近況を話す事さえない。家族も同じ風都という箱庭に住んでいるのだが、すっかり疎遠になっており、お互いの情報も交わされないまま、冷戦が続いているような状態だ。
 べつにそんな関係になった事には未練はないのだが、一つだけ言っておくと、おれはかつて、探偵の道を阻まれた時に家族の心情と向き合う覚悟だけは、全くした覚えがなかった。
 家族は、おれがおれの意思で決めた生き方を阻もうとするノイズとして、まったく無視していたのだ。――それを思えば、こうして機会が訪れた彼女は、おれとは違う選択肢を持てる状況だと云える。
 ただ、それを促すのも年寄り臭いし、おれは説教好きな年寄りは昔からきらいだった。どうあれ、どうするのが正解とも一概には言えないので、おれはただ彼女に「資格がある」と云うだけだった。

「……わかりました。後でちゃんと持ち帰って目を通します。興味も、ありますから。――それより、肝心の内容ですが、左翔太郎さんに依頼を行った際の事とかは書いてありますか?」
「いや、悪いが、そこはまだ読めていないんだ。しかし、逆算すると、間もなくというところに来ている。彼女はその時点で、どう受け止めたのか――それは気にしておきたいところだな」

827 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:21:01 ID:wTASm/Rk0

 そういいながら、おれはページを捲った。
 一ページ一ページが、花咲つぼみの中の苦難の一日を経過させていく。それは、文の量に比べてあまりに重々しく感じられた。

 花華が、傍らの、おれがもう読み終えた日記の方に手をやった。
 まだおれの読んでいないものを読んでくれたところで、話の筋が見えないだろうから、こうして既読のものを読んでもらった方が効率は良い。ここから先、別々の立場から共通の情報を議論できる。
 彼女がそこまで考えているとはさすがに思えないが、とにかく都合が良かった。

 しかし、だ。
 そんな折、花華の腹がぐぅ〜〜〜と長い音を立て、朝飯を欲しがる合図を送った。
 彼女が恥ずかしそうに腹を撫でるのを、おれは思わず笑った。尤も、先に笑ったのは、花華だったが。

「……まだ、朝飯を食べていなかったな」
「ええ、そうでしたね」
「まずは、そちらを食べてしまおう。最大の手がかりももう見つかった事だし、一日に習慣を優先した方がいい」

 おれはそんな提案を口にした。

「……でも、良いんですか? これを読む為にわざわざ来ていただいたのに」
「資料として、続きが気になるのは確かだ。だがな、こうして作業をすると、時間を忘れる。良いところだ良いところだと言って、永久に読み進めてしまうのが人情だ。キリがなくなるより前に食事にありつこう」
「――そうですね。後からでも読めますし」
「ああ。それに、おれも朝飯はともかく――コーヒーが、まだだった」

 おれは、苦いブラックコーヒーを飲みたくて仕方がなかった。
 それがおれの朝の文化で、休める日の寝起きの時には欠かせない習慣だった。
 うまいかはわからないが、朝飯の食える気の利いたカフェが、この辺りにある。おれは、一度この日記を持って、そこへ向かおうとしていた。
 ……こんなものを読みながら朝飯を食おうものなら、この少女は「ご飯を食べながら読書は行儀が悪いですよ」と言ってきそうだが。







 ――ここは希望ヶ花市内のカフェだ。
 創業百年という当時からのアンティーク・カフェ。コミュニケーションを嫌ってそうな店員と、木彫りの奇妙な人形が並べられたそこらの戸棚のレイアウト。ファンシーとは対極な店だが、一押しはパンケーキらしい。勿論、俺は頼まないが、向かいの中学生はそれを言われるがまま頼んだ。
 おれは、ベーコンエッグサンドイッチとコーヒーだけを頼んだ。花華はパンケーキにハーブティーだ。大した量ではないがほどほどに高い。
 肝心のコーヒーの味はそこそこだった。おれは、差し出された砂糖とミルクも入れない。こんな不純物を入れてしまえば、“そこそこ”ですらなくなるからだ。どちらかといえば、このベーコンエッグサンドイッチはうまかった。パン生地や焼き加減に拘りがあるのだろう。来た時点でもうまい匂いがした。
 流れる音楽も良い。心を癒すクラシック・ミュージックだ。
 だが、少なくとも、おれは、この店が嫌いだった。理由は単純だ。あそこに書いてある――『全席禁煙』。

「――失礼を承知で云いますけど。ご飯を食べながら本を読むのは行儀が悪いですよ、探偵さん」

 おれがベーコンエッグサンドイッチを租借しながら日記を読んでいると、案の定、想像した通りの言葉を言われた。当然ナイフとフォークは皿に置いている。おれは次の一口までのわずかな隙間の時間を有効活用しようと資料に再度目を通しただけなのだ。
 しかし、言い返す言葉もなく、おれは日記を置いた。

「悪いな、思わず先が気になって」

 ともかく、飯を食う時は飯に集中するのが礼儀、との事だろう。おれの中で通すルールの中には、その発想はない。情報を得られるだけの時間は利用しておきたいし、人生の空いている時間はすべて無駄にはしたくないのだ。意見は食い違う。
 尤も、ここで話が拗れるほうが人生の無駄な時間が繰り広げられるだろうと汲んで、おれは我慢をする事にした。

828 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:22:47 ID:wTASm/Rk0

「いえ、こちらこそ……。それにしても、良いお店ですね」

 そう恐縮しながらおれと合わない意見を告げたのを横目に、おれはさっさと食べ終えた。
 食事に時間をかけすぎてしまうのも良くはない。健康や美容の為にどうかは知らない。おれが朝飯にありつきたかったのは、缶以外の温かいコーヒーを飲むくらいの余裕が欲しかったのと、一応の朝飯が食べたかったためだ。
 それが案外、コーヒーが美味くもなくまずくもなく、むしろパンの方が美味かったので、どこか調子の外れた気分になる。そんな日もある。
 花華はまだパンケーキを食べているが、食事については急かされる事もなくマイペースに食っている。何にでも時間をかけるのは女の性だ。
 おれは、その待合時間ならば見事に利用してみせようと思った。

 ……おれは、再び日記を手に取る。
 ページをぱらぱらとめくり、まだ目にしていないページへ。そこには、遂に左翔太郎に依頼を行った日の事が記されていた。
 ……未解決ファイルに記された公的な記録とともに、こうした個人での記録が残っているのは見事な事だ。日付は7月の終わりごろ。高校生となった彼女の夏休みであった。
 前後には、高校で出来た友人の事も書いてあるが、必然的に量が多くなるのは長期休暇を利用した『かつての友人』とのふれあいだ。
 おれは、それを花華に見せてやろうかと思ったが、それより先に自分で一度目を通して見せた。



『7月30日
 今日は、風都にお邪魔しています。翔太郎さんや杏子、それから亜樹子さんのいる鳴海探偵事務所へ、ある依頼に伺いました。本当は美希も連れて行きたかったのですが、今月も忙しいようで、私だけで向かう事になりました。
 (中略)
 久々に会った杏子は、すっかり風都に詳しくなっていて、いくつかの名所を案内してくれました。――ところで、依頼の方はどうなんでしょう……?
 それでも風都の人たちは温かく、びっくりするほど巨大なナルトの風麺のラーメンはおいしく、相変わらずとても良い街でした。
 希望ヶ花市も良い街なのですが、私は翔太郎さんほど自分の街に詳しくはありません。街を愛する事もとても素晴らしい事なんですよね。(後略)』



 ……まあ、外から見て、事件に遭わなけりゃ、あの街も良い街に見える事だろう。人口も多く活気はあって明るい。だが、当時から犯罪都市には違いなく、ガイアメモリなんていう恐ろしい実験が繰り広げられていたような場所だ。
 住めばわかる。便利な街だが、必ずしも「良い」だけの街とは言い切れない。おれが個人的に気に入っているだけだ。少なくとも、少女には向いていない。

 とにかく、最初はほとんど観光同然の内容だった。
 当然だ。今のように、探偵がその日すぐにでも依頼に向かえるほど暇ではあるまい。この探し物の依頼も、風都を出なければ調査する事はできないし、左探偵はアクティヴな性格だったようだが、街から出るのは嫌う。調査はしばらく後になるだろう。
 おれは、そんな想いを抱えながら、花咲家に二人が訪問する記述を待った。



『8月3日
 杏子と翔太郎さんが私の家にいらっしゃいました。用件は、以前依頼した件についての調査です』



 ……数日後だった。
 案外、当時からこの事務所は暇だったのだろうか。
 その日の日記は当然、そこから先も続いている。



『様々な事を聞かれ、室内も多少探したようですが、結局見つからなかったとの事でした。それから、10日には私が生まれた実家の方を調査してくれるとの話でした。
 確かにあの件の後も私の手元にあったはずなんですが……。
 しかし、そこまでしてくれるのは本当にありがたく、二人とも二歳になったふたばとを楽しそうにあやしていました。
 ただ、翔太郎さんが抱えた時には突然大泣きしてしまい、翔太郎さんのスーツに粗相をしてしまったので……(後略)』

829 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:23:28 ID:wTASm/Rk0



 先々々代の恥は読まなかった事にしておこう。
 万が一、佐倉探偵がこのくらい頻繁に日記を書く性格であったなら、おれは相当数の左探偵の恥を目の当たりにする事になったかもしれない。
 おれは、続けて、依頼に関する記述を探してまたページを捲っていく。
 その間も、花華は食事を続けており、おれが一足先に重要な事実に触れている事など気づいてもいないようだった。



『8月15日
 鳴海探偵事務所の方から、調査報告書が届きました。未解決にせざるを得ないとの事で、非常に残念な結果でした。
 翔太郎さんからの直筆で、「但し、未来、君が必ず果たせる」とだけ書いてありましたが……私が果たしてどうするんでしょう。
 それとも、翔太郎さんの事だから、回りくどい言い方をしただけで、何か意味があるんでしょうか?
 試しに杏子にもメールで聞いてみましたが、何の事だかさっぱりとの事。ただ、翔太郎さんは無念の様子ではなく、やはり何か知っているみたいだそうです。
 ……それならそれで言ってくれればいいのに。
 とにかく、この件については、おばあちゃんがかけてくれた言葉を思い出して、前向きに捉えようと考えています。
 依頼の方は残念だったかもしれませんが、私の依頼に協力してくれた鳴海探偵事務所や風都の皆さんには感謝でいっぱいです。久々に会えた事も嬉しかったし、またいずれ会えたらと思います。
 何より、私はこの件を未来で果たさなければならない、と励まされています。そこにもし意味があるのなら、まずは私自身が今取り組もうとしている事をがんばらないと!』



 そうか……。――やはり、左探偵は何かを掴んでいたと見えた。
 しかし、日記上でここまではっきりとその事を書かれてしまうと、近づいたようで遠ざかったような気分にならざるを得なかった。
 たかがこれだけの依頼の真実を、どうして勿体ぶったのか。
 おれにはそれがわからない。裏組織の闇に繋がる事実や、国や大企業が抱えている癒着や不正の記録に辿り着くような内容でもなければ、そこに辿り着くようなプロセスをたどっていたわけでもなかったはずだ。
 それを、何故彼は意味深に放り出してしまったのか。
 その理由を知るには、おれはまだ早すぎるようだった。

 おれはそのページに指を挟みながら、更に日記をぱらぱらと捲っていった。
 そこからしばらく、左翔太郎や佐倉杏子と直接のコンタクトを取る事はなく、具体的にこの件について触れる記述はないまま――そして、再び彼らの名前が挙がったのは、この記述だった。



『3月29日
 とてもショックな事がありました。私も、まだ気持ちの整理がつけられていません……。
 この日の日記はもう読み返す事がないかもしれませんが、今の私が落ち着くために書く事にします。
 今日、風都×丁目の道路脇で、翔太郎さんが亡くなったそうです。男の子をかばって車にひかれてしまったとの事で、病院に搬送されて間もなく息を引き取ったと聞いています。
 詳しい事はわかりません。
 ただ、それを教えてくれた杏子に返す言葉も浮かびません』







 ――この後、おれは日記の続きと、それから花咲家に保管されていた調査報告書を見る事によって、すぐにすべての意味を知った。
 そして、それは極めて美しくもあり、時が過ぎた後となっては残酷で、桜井花華という少女にとっては縋りたいはずの奇跡を潰してしまうような結論だと云えた。
 尤も、「結論」の意味をおれはこの時、全くはき違えていたのかもしれないが――それは、まあいい。
 ……さて、そんな御託よりも、肝心の手がかりの方を振り返る事にしよう。





830 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:24:43 ID:wTASm/Rk0



 左翔太郎の死、という記述より後は、彼女は思い出に耽るようにして殺し合いに巻き込まれた時の事を回想している。そこでまた、響良牙に関する記述は頻出し、この頃にはすっかりノスタルジックにその話を思い出すようになっていた。
 おれにとって、それが幸せな事なのかはやはりわからなかった。
 再び花咲家に戻ったおれと花華は、二人で調査報告書を探したのち、日記の先まですべて確認していた。調査報告書の方は、すぐに見つかった。

 とにかく、まずは、順を追って振り返ろう。

「――調査報告書は、鳴海探偵事務所に未解決ファイルとして保管されているものと同一の内容だ。ただ、二点を除く」

 おれは、こう花華に告げた。
 結論から言えば、この事件の調査報告書は、思わぬ収穫だった。
 内容は事務所で目の当たりにしたデータとまったく同じながら、そこには日記に書かれていた通りの「但し、未来、君が必ず果たせる」という左翔太郎の肉筆が残されていた。何度か見た彼の肉筆だが、それが強い意味の言葉に感じられたのは初めてだった。
 大概は、おれからすればどうでもいい格言やメモ書きだったのだが、その一言には妙に強い感慨が込められていたのである。



 ――但し、未来、君が必ず果たせる。 左翔太郎より



 そして、その下にもう一つある。
 佐倉杏子が再調査した際に刻まれた言葉だ。



 ――この件の調査は、本日再び終了する。
 ――しかし、私も待っている。花咲つぼみの友達として。
 ――2017.8.7 佐倉杏子



 そんな遠い昔の日付の記録とともに、この依頼は『終了』していた。
 妙な納得感を筆に乗せていた佐倉探偵の言葉とともに、探偵たちは自分たちの職務を放棄していったのである。それは敗北や妥協というには、あまりにも小気味の良い言葉であった。
 おれは未解決ファイルにこの事件を見た時、この意図のわからない『終了』に、不気味な、そしてネガティヴな意味合いを感じ取っていたが、むしろ事実はその反対なのである。

「この記述は、いずれも花咲つぼみへの個人的なメッセージだ。それも、探偵としてでなく、左翔太郎として、佐倉杏子として書かれたもので――事務所に保管すべき資料には、残っていない」
「こんな言葉を残してたんですね……一体、どういう意味なんでしょう?」
「――つまり、このメッセージは、彼女への『信頼』の意味だよ。彼女こそが最もそれを見つけるに値する人物だと、彼らは結論づけた。そして、佐倉探偵がそれを告げた時に、彼女はそれに納得したんだ」
「……」

 何しろ、おれに言わせてもらえば、これは明らかに報告書ではない。――友人二名から宛てられた私信であり、三人だけが理解した暗号かポエムだ。
 いまだ鳴海探偵事務所に残されていたあの報告書も同様だ。当人たちしかわからない意味合いが乗っかっている。その時点で――先代やおれがまともに引き継げない時点で、あれはプロの報告書ではないのだ。
 しかし、彼らは「プロ」としてでなく、青い感情を伴ったまま、「友人」としてあれをファイルに綴じた。
 あの戒めと無念の羅列が綴じ込められたファイルの中で、この一つの報告書だけは、きっと彼らにとっても――読み返す事で、花咲つぼみと繋がれる感傷的な手紙としてしまい込まれていたのである。

「それなら、素敵ですね」
「――いや。信頼というのは、その信頼に応えられなかった時が残酷なんだ」

831 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:25:10 ID:wTASm/Rk0

 だから、おれは、答えられない依頼は受けたくないのだった。依頼人たちが希望を受けてしまうのは、おれを信頼しているからに違いない。悪戯な信頼を受けても、それに応える事ができないのなら、受けないに越した事はない。
 今回の場合、私的手伝い、と言い換えて金を受け取らないとしても、おれは桜井花華という少女から信頼されつつあるのが少々嫌ではあった。
 おれならば見つけてくれるのでは、と思われているかもしれない。だが、残念ながらその信頼には答えられない事がわかりつつあった。
 そう、この時――結論まで悟ってしまっていたのだから、なおさらだ。

「信頼は、祝福と呪いの両方を兼ね持っている。信頼される事で人とつながり、心は満たされるが、その代わりにそれを果たさなければならない呪いがかけられ、死ぬまで心を縛る。きみくらいの年頃だ、いくらでも心当たりがある事だろう」
「……」
「勿論悪い事ではないし、それがもし、信頼に応えられるのなら、あるいは応えられなくとも許されて報われるのなら良かったんだが――今回の場合は、ちょっと、な」

 そういうと、彼女はおれの方を向いた。
 驚いているようだった。今回の話の結末を既に読んで、それを踏まえておれが信頼を論じた事を、彼女はすぐに悟ったのだった。

「何かわかったんですか?」

 おれは、答えもせず、ただ花咲つぼみの日記を見やった。
 花咲つぼみの日記には、佐倉杏子がメッセージを送った同日、こんな記述がされてあった。



『2017年8月7日
 以前の依頼の件で、杏子から調査報告書が届きました。あの件について杏子から聞いた推理は、思いがけないものでしたが、報告書の杏子の言葉は励みになりました。
 私は、二人の探偵さんの言葉を信じます。だから、自分を信じて進む事にします。
 それより、杏子も仕事がすっかり板について、以前とは見違えるほどしっかりしたカッコいい探偵さんになっていました。
 美希だって今はモデル業と並行してデザインの勉強に必死です。
 ヴィヴィオはいま、大きな大会を目指して特訓中。
 孤門さんもすっかり威厳のある隊長さんで、それと同時に良いパパみたいです。
 零さんについては詳しく書けませんけど、相変わらず凄い活躍しているようです。今はどこにいるんでしょう。
 みんな良いところはそのまま、それでも立派に変わりました。
 ……でも、私も皆さんに負けられません!
 だって、お二人が私に託したように、私が未来、必ず果たさなければならない事があるんだから!』



 おれの中で、もう謎は謎ではなくなっていった。







 ――そう、彼らだけがわかる共通言語があった。誰かがそれを、他人が読めるような言葉として書き記す事はなかったのだった。
 特に、彼女の日記の中にある――「探偵の言葉を信じ、だから自分を信じて進む」なんていう一行だって、彼らの共通言語の中でしか意味を成しえない。
 だが、因果関係の不明慮なこの文が、彼女たちには強い説得力を伴っているのだ。その行間を見なければ、事実は見えない。

 彼らが何を思っていたのか。
 この意味を解きたいものは――彼らの共通言語から推理しなければならないのだった。
 そして、それは、この時のおれにはある程度推測が立てられていた。


キーワードは次の通りだ。
・響良牙
・左翔太郎と佐倉杏子のメッセージ
・8月15日の日記
・8月7日の日記
・左翔太郎の事故死
・『信頼』

832 80 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:25:34 ID:wTASm/Rk0


 そして、おれが推理した結論と、それをまるっきり裏返すかのような、植物園での出来事は、この後の事だった。
 人生は本当に何が起こるのかわからないゲームだ。



 これから先、おれがどうなるのかだってわからない――以前、花華にそう頼んだように、彼女に『死神』と呼ばれる事にもなった、いまのおれとしてはだ。







【『死神』/花畑】



 おれはあれから先――少しばかり長い時間をかけて、遂に記憶のすべてを思い出す事になった。

 すべてを思い出したのは、奇妙な怪物に襲われ、頭を打った時の事だった。

 かつての事、そして、いまの事、何もかもが頭に浮かんだ。

 そして、すべてを思い出すとともに、自分があまりに長い地獄の中に閉じ込められている事に気づいてしまった。

 ここは、まさしく真っ当な人間には住まう事のできない地獄だったのだ。

 人間も動物もいないが、時折、怪物だけが這って現れた。

 おれはなんとかそれを潰していったので、今ではすっかりそいつらが現れる事もなくなっていた。

 それから、食えるものを探すのにもかなり時間がかかった。……尤も、おれに本当に必要なのは、食い物などではなかったが。



 ――あれからまた相当な時間が経っている。

 今のおれを癒すのは、傍らで鳴り響いてくれる音色だけだった。

 しかし、おれと違ってこの音色ばかりはいつまでも響かない。

 昨日まで傍にいてくれたあいつのように、これもいつか壊れ音を発しなくなるだろう。

 本当の孤独はそれから先にある。

 それでも、おれはこれからも永久にこの煉獄の中で生き続けるのだろう。



 いつかの事を思い出した。

 いつかの少女を思い出した。

 いつかの――――いつか……いつか…………。

 気づけば、おれの両目は、涙であふれていた。





833 ◆gry038wOvE :2018/02/16(金) 18:26:07 ID:wTASm/Rk0
投下終了です。

834 名無しさん :2018/02/16(金) 19:25:53 ID:sYjI.nV60
投下乙です!
変身ロワが終わっても、生き残った人たちは決して幸せを取り戻したわけではないという真実が切ないです。
確かにつぼみは嫌でも名前が知れ渡ってしまい、また不幸なことが繰り返されてしまう……
だけど、かつての仲間たちがいてくれたからこそ、悩みを和らげることだけがせめてもの救いでしょうか。
一方で『死神』は記憶を取り戻したようですが、彼にも救いの手が差し伸べられてほしいです。

835 名無しさん :2018/02/18(日) 22:13:40 ID:oFc4oFmI0
失礼します
ttp://or2.mobi/data/img/194719.jpg
私の想像ですが、変身ロワエピローグに登場する探偵さんの姿を絵にしてみました。
もしもイメージと違っていたらすみませんが……

836 ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:39:21 ID:gooP8PFs0
感想、イメージ絵ありがとうございます。
一人称視点で進むゆえ、あまり『探偵』のビジュアルは描写できないのですが、代わりに様々なビジュアルイメージを持って読んでいただけたらと思います。
180cm、テーラードジャケット、無精ひげ……それくらいしか書いてなかったかなと。
ただ、もうそういう書いてあるイメージも全部忘れて、好きな外見で考えちゃっていいんじゃないかなって。

ただいまより、投下致します。

837 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:41:11 ID:gooP8PFs0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 花咲家で、おれは花華の視線を一身に浴びていた。
 この時には、おれはもうある程度、事の意図はつかめていたのだった。
 これまで、左翔太郎の余計な気障と、佐倉杏子と花咲つぼみの間に流れた友人同士のコミュニケーションがかなりのノイズになったが、おそらく、肝心の真相がどうかはともかく、左探偵や佐倉探偵がどういう結論に至ったのかは読み込めていた。
 それは極めて単純な答えだったが、決して安々と口にしたいものとは云えなかった。

 しかし、これまでも言った通り、おれはその真実がどんな物であれ、花華に正確にそれを伝えるべきだった。
 永久に探し物をさせ続けるよりは、ここで決着をつけさせておいた方が良い――それがおれたち探偵の信念なのだ。

 経験上、これより苦い結末の依頼をおれは何度も目の当たりにしている。
 彼女がいかに傷つくとして、それを告げる事は大したハードルではなかったし、少なくとも言いたくないなどと駄々をこねるような人生を送ってはいない。

「花華……もう、探し物はやめよう。それは、あまりにも意味のない事だ。既にこの件は、おれたちの手に負えない事――いや、既に叶える事が出来ない物なのだろう。おそらく、いつか見つかる希望があるとして、今のおれたちではそれを見つけ出す事はできないし、曾祖母を満足させる事もできない」
「何故ですか?」

 こう言った時、花華は少々不愉快そうに眉をしかめた。
 はっきりと言いすぎてしまったきらいがあるが、だからといってソフトに伝える事などできはしなかった。彼女にとって不快感が薄まるように言っても仕方のない事だし、結局のところおれに向けられる印象が少しばかり良くなるという事は、卑怯な事でもあった。
 はぐらかさずに、おれが行き着いた結論は、彼女が不快がるように言ってやった方が良いのかもしれない。
 本来、それは、不快にならざるを得ない本質を持つ結論だからだ。――言い方ひとつで愉快になれるものでもあるまい。
 それを伝える義務をわざわざ無償で負ってしまった以上、そこから逃れる事は出来ない。

 ……ただ、せめて全くの絶望の淵には立たせたくなかった。
 おれは、ちょっとばかり言葉を選ぼうと頭の中を回転させていたが――そんな折、花華の方が続けた。

「――何かわかったなら、私にもわかるように事情を説明してください」

 素敵に感じるほどに、彼女の声色は怒りのニュアンスも含まれていた。
 しかし、彼女自身はまだそれを表さないよう、少しばかりソフトに返していて、まだヒステリックにはなりようもない様子だった。
 本格的にマルボロを咥えたくなった。
 それを取り出すような間だけはあったが、おれは結局取り出せずに、再び口を開いた。

「……わかった。すぐにこの件の真実を話そう」
「お願いします――」
「ただ、勿論だが、おれが推理したのは、あくまで左翔太郎と佐倉杏子がどんな結論に至ったか、という事だ。だからつまり、真実とは言い切れないかもしれない。こうなっては、明確な証拠も証言も残ってないからね。……ただし、やはりおれとしては、それは99.9パーセント確実な事だと思う。彼らも有能な名探偵であったから、おれは彼らの下した結論を全面的に信頼する。だから、きみもおれを少しでも信頼する気があるのなら、それはもう確実な真実だと思って、ひとまずは諦めてくれ」

 そうでない理由がない。
 それが最も合理的で、最も納得しうる結論だったからだ。ふたりの探偵は、調査能力に関してはけちのつけようはないレベルだと云える。彼らは、通常応えないような難しい依頼さえもこなし、ガイアメモリ犯罪を根絶に近づけた名探偵なのだ。
 だから、この時、おれはそれを「真実」として告げる事に決めていた。

「……」

 彼女は、返事はしなかったし、どうとでも取れるような表情でおれの方を見続けた。
 応えるには勇気が要る。生返事は出来ない。それがわかっているから、無言なのだ。だが、安易な返事をしないのなら、おれはそれで良いと思う。聞いてからでも、諦めるか続けるか選ぶ事はできる。
 問題は、こうして提示した問いかけの意味を理解しない事だった。彼女は、理解はしてくれた。だからこうして悩んだ。
 おれは続けた。

838 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:42:04 ID:gooP8PFs0

「まず、おれから言っておきたいのは――きみの曾祖母がいくつかの後悔を口にしたと言っているが、彼女が本当に後悔しているのは、おそらく“探し物”の件じゃないのがわかった、という事だ」
「えっ……」
「おそらく、さっき告げたように、もっと、おれたちの手に負えない事こそが、きみに告げられた彼女の後悔の、ほんとうの正体なんだ」

 ――いきなり、花華は絶句しているようだった。無理もなかった。
 こう言われては、彼女の信じようとした「探し物を見つける」という行為は、曾祖母にとって何の意味もない話になってしまうかもしれない。ここまでの彼女の努力を無に帰す結果に終わるかもしれない、という事なのだった。
 それに、ただ彼女の行いが無意味になるのではなく、この推理を以て、事件の未解決は確定する。

 余命僅かな――そして迷惑や心配をかけてしまった曾祖母への恩返し、という純粋な想いと焦燥に対して、それはあまりに後味の悪い結果に違いなかった。
 それならば、余命僅かな曾祖母の傍に何度も見舞いに行った方が良かったのかも、と悔いる事となってしまうだろう。

「続けるよ」

 だが、おれにはそんな彼女への配慮はできない。この後の方が問題かもしれない。
 それでも、おれは彼女にすべての推理を展開し続けなければならなかった。

「……ただ、勘違いしないでほしいが、きみの曾祖母にとっては、それを探す事は確かに重要な事だったはずだ。しかし、彼女には“それ以前に”、“大前提として”、“もっとやらなければならない事があった”んだ」

 おれは、彼女の耳に入っているのか確かめながら、続けた。

「――たとえばだ。この依頼では、最終的にこのように二人に励まされ、逆に“託されている”だろう? それが、どういう事なのか、わかるか?」
「『信頼』されている、という意味ですよね……?」
「誰が?」
「えっ……おばあちゃんが……ですけど」
「――そうだ。そうとしか言いようがない。しかし、同じ探偵であるおれからすると、それはありえない事だと思う」
「どういう事ですか?」

 この件の未解決は、「この件は諦めろ」「継続する」という意味ではなかったのだ。書かれているように、依頼人に対して「君がやれ」という意味であった。
 探偵に限らず、まともな大人は依頼された案件に対してこうは切り返さないに決まっている。

「たとえば、これは、警察が市民に、『きみたちが犯罪者を逮捕しろ』と、医者が患者に『自分で治せ』とそう言っているに等しい事なんだ。……先に『信頼』を受けて仕事しているのは、我々探偵の方なんだから、本来は我々がそれを返さなければならない。達成できなかった時にはそれを伝える責務があるし、このように依頼人に丸投げして終わるわけはないだろう?」

 確かに、確実にありえない話とは云えない。少なくとも、税金泥棒の警察官も、やぶ医者も現実にいる。
 ……しかし、左探偵と佐倉探偵は、先に言った通り、「ハーフボイルド」ではあるが、おれも認める「名探偵」だ。プロとしての矜持は備わっている。難事件も解決しているし、過去の読める限りの記録を見ても、こうした不適当な行動を取った実績はない。

「でも、探しやすい場所に住んでいるのはおばあちゃんだったから……その状況なら、そう言われるのもありえなくはないんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。確かに任せただけなら、そうも言えるかもしれない。しかし、その場合、『未来、きみが必ず果たせる』なんていう言い方はされない。彼はもう、明らかに何かわかっている。『必ず』と言い切っているし、その前に『きみが』としている。この気取って恰好をつけた言い方が、彼女や周囲には厄介だったんだがね」

 実際、花咲つぼみも珍しく左探偵の返しには不満げな日記を書いているし、それは依頼人として当然の反応である。

「……そう――その気取り屋な性格はどうかと思うが、彼はプロだった。過去の事件を見ても、それは間違いない。では、それでいて、彼らは何故こんな結末にしてしまったのか。その理由を、おれは、この伝言を見て最初に疑問に思ったんだ」
「――」

839 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:42:32 ID:gooP8PFs0

 何故、二人のプロの探偵が同じようにプロらしからぬ結論に至ったのか。そして、何故依頼人は事情を説明されてそれを納得し、励みとしたのか。
 それがおれにはわからなかったのだが、紐解くうちにおれは事情を察する事になった。

 ――そう、言った通りの『信頼』を向けたとしか考えられなかった。そして、何故『信頼』したのか、が問題だった。

「おそらく、そこで左探偵は、この問題はまず花咲つぼみにしか解決しえない、あるいは彼女が解決すべき問題と確信し、彼女なら果たせると信じたんだろう」
「おばあちゃんが解決すべき問題……?」
「――ああ。だから、左探偵と、それからあとで再調査した佐倉探偵は“自分が関わる問題”としてのその依頼を『終了』し、それでいて“花咲つぼみが解決できていない状況”を『未解決』として、ファイルに綴じたんだよ」
「それが、『中断』ではなく『終了』としていた意味……」
「その通り」

 いつの日か、花咲つぼみがそれを達成したのを知って、ファイルから外して処分するつもりだったのかもしれない。しかし、その日は来る事なく、二人が先に世の中に処分され、謎だけが後の時代に残されてしまったのだ。
 これが、依頼が『中断』されずに『終了』した理由だった。
 何かしらの闇に触れたわけではない。――むしろ、探偵にあるまじき感傷だ。彼らのハーフボイルドが、事件を後から見て不可解な物に見せていたのである。

「おれは、そこまで推理した後で――そういう彼らの感傷から逆算して、探し物のありかもわかってしまった」

 花華は不思議がっているようだった。
 まだ答えは見えていない。いや、現段階で彼女がどれくらい日記に目を通したのかわからないが、たぶんこういえばわかるのだろう。
 おれの答えは、これ以外に考えられなかった。

「きみの曾祖母が生涯かけて……病床につくまでずっと研究していた、管理外の異世界への渡り方と、ある世界の捜索。彼女はきっと、この時には既に、左翔太郎や佐倉杏子に約束していたんだ。そして、二人は花咲つぼみを『信頼』して見守っていた」
「まさか……」

 曾孫である花華には、この言葉でわかったようだった。
 曾祖母の事を愛している彼女にとっては、何度も聞かされた話だろうし、もしかしたら、異世界移動の技術についても必死で学んでいた姿は、何度も目にしていたかもしれない。植物学者としてだけではなく、ある一人の男の友人として。
 それはついに報われなかったのかもしれないが、未解決事件を一つ作り出してしまったのかもしれないが――しかし、彼女の仲間たちも信じるに値するほどまっすぐな努力を積み重ねた、純粋な願いだった。
 響良牙を探しに行く、と書かれた日記。
 おれは、それを目にしてしまった。

「――結論を言う」

 それは、美しく、残酷な答えだった。










「そう――――きみの曾祖母が生涯かけて探した、『変身ロワイアルの世界』こそがその探し物――――きみの曾祖母が失くした骨董品、“オルゴール箱”のありかなんだよ」










 そう――そこからのシナリオは、単純だった。

840 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:43:35 ID:gooP8PFs0


 これより、様々な事を一方的に花華に話した。
 この八十年、果たして何があったのか。


 左探偵は、おそらく、紛失時期を考えたり、花咲つぼみの具体的な話を聞いたりしたうえで、変身ロワイアルの「支給品」としてそれが異世界に置き去りにされていると結論づけたのだと思う。
 左探偵の場合も、同様に「大事な所持品が向こうの世界に置き去りだった事」「変身ロワイアルの戦いの前後、事務所や私物から紛失した物があった事」に思い当たる節があるのなら、余計に推理の材料が整っていた可能性が高いだろう。
 これがわかった時点で花咲つぼみにきっちり説明すればよかったのだが、彼は気取り屋な性格を見事に発揮し、「未来の君が果たせる」などと持って回った言い回しだけを残して依頼を終えた。

 おそらく、この時は彼女が「変身ロワイアルの世界」を見つけ、そこで共にオルゴールを発見し、「おれの言っていた通りだろう?」とでも声をかける算段が彼の中ではついていたのではないかと思う。気取り屋のやりたい事は見当がついている。
 しかし、そのシナリオ通りに行けばよかったが、彼は事故によって旅立ってしまった。
 風都の大人として、そして仮面ライダーとして戦った男として、恥じない誇りある最期だが――ひとつだけ、置き土産を残してしまったのだった。

 ――それから数年後。
 結果的に、「謎」に変わっていったこの案件を引き継いで再度推理したのが、佐倉杏子だった。
 しかし、もしかしたら左翔太郎と長らくバディでもあった彼女は、左探偵のそういった性格ごと読んでいたのかもしれない。当初は探し物案件として必死で探していた彼女も、ある時――同様の結論に辿り着いた。
 それはおそらくだが、あの左翔太郎の自筆のメッセージについて思い出したか、前回の調査報告書の最後の一文に着目した時の事だろうと思う。
 そして、彼女の場合は、きっとくだらない謎を残して向こうに逝った相棒に呆れつつ――しかし励ますように、花咲つぼみにすべて事情を説明した。

 ――そう、変身ロワイアルの世界に行かなければ、大事なオルゴール箱は見つからない、と。

 ――だとするのなら、探偵である自分たちの仕事はここまでだ。
 その研究をしている花咲つぼみこそがその世界を探し、そのオルゴール箱を見つけなければならない。
 そう思い、佐倉探偵は――、響良牙の生存を信じ、あの世界に彼が取り残されていると信じ、そして、その世界に辿り着きたいと思いながら日々を重ねる花咲つぼみに、事件の解決を託した。
 花咲つぼみの、友達として。

 変身ロワイアルから八十年が経過した今。
 おれは未解決ファイルとして残されたデータを読み、花華は曾祖母から「後悔」としてそのオルゴール箱の依頼を聞いた。
 そして、おれたちは出会い、彼らが辿った結論に、遂にたどり着く事になった。
 ……つまりは、そういうわけだ。



 ――――おれはこのすべてを花華に説明し終えた。



 ……実に、人々を翻弄してくれるオルゴール箱である。八十年前と今とをつなげるオルゴール箱だったというのである。
 おめでたいロマンチストからすれば、それはロマンのある話に聞こえるかもしれないが、おれからすると、この結論には問題がある。
 八十年という今にもまだ、続いてしまっているという事だった。

「しかし……きみの曾祖母は、彼らから託された約束事を果たせないまま――自分の余命が永くないという段階に来てしまった。だから、『オルゴール』ではなく、『あの世界に行けなかった事』こそが――『響良牙に会えなかった事』こそが、彼女の後悔の一つなんだ。そう――『変身ロワイアルの世界に行く事』『響良牙に会う事』『オルゴールを見つける事』すべては、彼女の中で同じ意味を持つ言葉だったんだろうな」

 その世界に行く方法が見つからないいま、彼女の後悔はすべて後悔のままなのだ。
 当然、花華が花咲つぼみの後悔を果たす事もできなければ、花咲つぼみが最期の時までに響良牙と再会する事もない。

841 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:44:00 ID:gooP8PFs0

「彼女は、左翔太郎が死んだ事で、何よりその『信頼』を重く背負いながら生きる事になってしまったのだろう。彼が信じた未来を実現させなければならなかった……それから先、『涼邑零』が、『孤門一輝』が、『蒼乃美希』が、『佐倉杏子』が、『高町ヴィヴィオ』が…………彼女の中で背負われていったんだ。そして、彼女だけが残り、いまも病床で後悔としてそれを告げた……それは、今生、果たせない約束への謝罪として……きっと、胸が張り裂けそうな想いで…………」

 花咲つぼみが既に九十四歳。何度となく医療の恩恵にすがりながらも、遂にその生命は果てようという段階にきている。
 それに対し、響良牙はもう、生きていればの話だが、九十六歳。――何もない場所で、何もない世界で、生きているとは思えない。

 もっと言えば、だ。
 彼女が見つけ出そうとした世界――それさえも消滅していると言い切れない。殺し合いの為にベリアルが用意したステージであるのなら、そこはその役目を終えるとともに消えているだろうし、彼女たちが「送還」されたのもそんな意味があるように思えてならなかった。

 頭の良い彼女は、とうにその結論にだって辿り着いていたはずだ。
 しかし、信頼という呪いにかけられ、研究をやめる事もできず、一人で……ただ一人で……彼らが信じる自分を信じながら、彼女は生きた。孤独になっても、彼女は未来を信じ続け……そして、未来を生きる若い曾孫に言葉を託した。





 彼女の生きる未来なら――オルゴールは、見つかるかもしれない、と。





 ……残念ながら、おれが有給休暇を使ってたどり着いた結末は、この通りだ。
 はじめに察した通りだ。解決はできなかった。
 それは、確かにおれにとっても――とても後味の悪い結末だった。







 ……ここで話が終わるわけではない。
 ここで終えたいならば、読むのをやめてしまっても構わないが、まだ触れていない『死神の花』という事件について気になるならば、これより先の物語に入ってもらいたいし、おれもすっかり忘れていた前提を告げよう。

 そう、おれはこの時点で、あまりにも未熟だった。
 人生というのは、本当に何が起こるのかわからないゲームだという事――そんな立派な前提がある。だからこそ、「結論」というのは変わってしまう場合がある。

 何しろ、終わり、結末、というのはどの段階を以ての話とも言えない。死んだり、世界が滅びたりしても、生き返れば、世界が元に戻れば、ついにそれはバッドエンドではなくなってしまう。継続した「その後」が問題なのだ。
 例えば、敗北していたはずの試合が、相手の不正が発覚して勝利となるとか。
 例えば、有罪が確定した判決が、再審によって何年越しに無罪だと明かされるとか。
 そういう話も聞かないものではないし、つまり、「結末」「結論」というのは、その時点でそう思っているだけに過ぎない事でもあると云えるのだ。
 それが、おれたちの生きている世界のルールだ。

 ……いや、こう言ってしまえば誤解を招くかもしれない。
 これは、悪い方にも話が行くと云える。上のふたつの例だって、見つからなかったはずの不正が発覚して敗北になった奴にとってはバッドエンドだし、犯人が逮捕されていたと思って安堵していた被害者(あるいは遺族の場合もある)にとっては事件が迷宮入りなのだ。

 八十年前に、終わった筈の事がひっくり返される事だってある。
 あの時の事がハッピーエンドなのかどうか、それをどう認識しているかはわからないが――ハッピーエンドだと思っていたとしても、あの後、左翔太郎は不幸な事故に遭ったし、おれは花咲つぼみが一概に幸せになれたと云えない状況だったと感じている。
 だから、話を見届けるにはいつも……覚悟が必要だ。





842 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:44:23 ID:gooP8PFs0



 ――ここは、希望ヶ花市植物園だ。
 半民営化した植物園で、花咲薫子を理事とする。これが、花咲つぼみの祖母の名前らしく、おれからすればもうずいぶんと古めかしい名前だった。
 ……と、おれが言ってしまうのも何だが。

「……」
「……」

 そこを取り巻く空気は、最悪だった。
 謎は解決したが当初行く予定だったのだからせめて最後に花華と立ち寄ってやるか、とここに来てみたは良いのだが、何しろおれには見たいものもない。気分転換のつもりだった。彼女にとってはかなり落ち着く場所らしく、大好きな植物に囲まれる場所でもある。
 おれにとっては、園内が静かなのは実に良かった。良いのはそれだけだ。草なんてどれも同じに違いない。

 ……あのあと花華が泣きだしたのは言うまでもないが、この空気の中で再び泣き出そうとしている。
 おれは、流石にその涙ばかりは受け止めるしかなかった。彼女が確実に涙するのを予期したうえでの言葉だった。不思議と、それまでほどの居心地の悪さはなかった。おれもすっかりこの少女の涙に関しては慣れてしまったのかもしれない。
 しかし、やはり……対処には、困る。

「……なあ、花華。きみの曾祖母は幸せだったと思うか?」

 おれはそれでも、ふと訊いてしまった。
 オルゴール箱の所在よりも、おれにとってはそちらの方が大きな疑問であり、心残りにさえなっているのだ。
 この依頼の結論を踏まえると、なお納得はできないのだった。

「……え?」
「彼女は――変な力を得て、他人の為に戦って、報われないどころかその力に目を付けられて殺し合いに参加させられて、友人をたくさん失って、挙句に帰ってからもそこでの友人の響良牙の為に研究していた。世の中に認められたは良いが、その響良牙を救うといういちばんの目的は……願いは、果たせなかった事になる」

 彼女の方を見つめるが、花華の感情は図れなかった。
 どういう感情が返ってきたところで、おれは、覚悟はできている。過度に彼女に干渉するつもりはないし、この話が終わった以上は、最後にどういう心情を抱かれて終わっても構わない。
 しかし、謎が残って終わってしまうのは許しがたい。
 おれは遂に、花咲つぼみ本人に会う事もなかったのだから。

「勿論、殴られるのを承知で言っているが――それを悪いがおれには良い人生には見えなかった。きみは、あの日記を見てどう思った?」

 ここにいる桜井花華が――彼女がプリキュアとしてどう戦っているのかは知らない。
 しかし、それが戦うという事だ。あらゆる覚悟と、報われない事への諦めが必要なのかもしれない。

 そして、奇跡的に花咲つぼみという人間は、八十年前それが出来ていた。
 それでも、それが出来ていたところで幸せとは云えない。
 彼女は人間なのだ。規律や人々の生命を守り、おれたちの身を無償で守ってくれる素敵なロボットではない。
 その性格は、べつに嫌いじゃない。変だとも思わない。しかし、いつもそういう人間が報われない世の中だ。世の中は、常に間違いを正せないまま回る。そういう風に回り続ける。世界は、変わりはしない。
 そんな世界に生きていて、彼女は幸せなのか。
 ただ、そこで返ってくる返答次第で、おれは非常に後味の悪い気持ちで花咲家との関わりを絶つ事になるのだろうと思った。

「……それは」

 花華が何某かの感情を載せて口を開いた、その時だった。
 事件が更に続く事になり――――『死神の花』の事件へと進展する事になるのは。
 結果的に、この問いかけの答えは、直後の出来事によって保留されたのだ。





843 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:44:49 ID:gooP8PFs0





『――なら、あなたたちが彼女の願いを叶えてあげればいいじゃない』









 おれたちは、その瞬間、あまりにも唐突に、奇妙な声を訊いたのだ。
 若い少女の声だった。頭の中に響いてくるような、エコーのかかったような声。

「えっ……?」

 ふと、会話を中断して、おれと花華がそちらを見ると――深紅のドレスの少女がそこに立っていた。

『――』

 長い黒髪をなびかせて、見た事もないほど白い肌で無表情にこちらを見ている少女。
 それは、極めて心霊的で、この世のものとは思えないオーラを発して、花々の中に溶けていた。

「きみは――?」

 花華とは、違う。もっと、透けているような何か。
 おれは、オカルトは信じないが、その瞬間に背筋が凍った。
 花華を見ても、彼女を知らないように見えた。
 それどころか、おそらく誰が見ても――その少女に生気を感じる事はないだろうと思えた。
 彼女に父や母がいて、平然と団欒している姿がまったく想像ができない。どこかの病院で白いベッドに横たわって外を見ているような、あるいは本当に森の奥深くに住んでいるかのような――そんな生活をしている想像しかできない、ありえないほどの、美人。
 それはあまりに不気味で、見ている側の精神に支障を来すような膨大な不安をもたらしていた。

『……やっと見つけた、桜井花華――“もうひとりの私”。それに……そっちの名前は知らないけど、ついでにあなたも』
「きみは……一体、誰だ?」
『訊かれなくても後で全部説明するから。――とにかく、時間がないの。桜井花華には、全ての世界の因果律を守ってもらう使命がある』
「どういう事だ……?」

 おれはさっぱりわけがわからなかった。
 希望ヶ花市植物園に突如現れた少女――名も知らぬ少女。
 しかし、それでいておれたちの事情をよく知っていると見える。そんな相手におれは警戒を解かない筈がない。

『だから、ついてくれば、後で全部説明するから。――とにかく。今は、私についてきてもらうわ』

 次の瞬間、彼女の姿は小さな黒猫の姿へと変身し、突如その猫の前に現れたオーロラの中へと消えていった。
 きわめて不可解な状況に違いなかった。特に、おれにとっては彼女以上に慣れていない事象である。

 おれと花華は目を見合わせた。
 さっきの質問は、一度は保留だ。それよりか、いま一度訊きたいのは、この後どうするか――彼女の変身した黒猫についていくか否かだ。

「探偵さん、とにかく行ってみましょう……! この反応は、管理されていない異世界です――」

 それが、彼女の答えだった。
 おれはそのまま、彼女の背中を追っていた。





844 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:45:16 ID:gooP8PFs0



【『探偵』/異世界移動】



 花華が躊躇なくそのオーロラの向こうに突き進んだ時、おれはまったく躊躇せずにその後を追っていた。
 一応、一番傍にいた保護者としての責任だと思ったのだ。知り合いでもあるし、元々依頼ではなく「私的手伝い」とした理由も「鳴海探偵事務所の存続にとって不可欠な家系の人間だったから」だとするのなら、彼女がおれの視界で危うい目に遭っているのを見過ごさないのも筋だろう。

 自分の力でオーロラを出せる人間は珍しく、あまりに怪しい物であったが、それが異世界を渡る際の化学反応のひとつなのは中学校の理科の授業で習っている。あまり詳しく勉強する事などなかったが、今や異世界移動の際には一瞬のオーロラを目にするのは珍しい事ではない。
 しかし、よく言われるように綺麗な反応には思わなかった。
 おれはむしろ、その狭間に見える世界が谷底のように恐ろしく見えた。誰も知らない場所にいざなわれるような気がしてならなかったからだ。

 今回の場合も、オーロラの中に来てしまっていた事を既に後悔している。
 この先に何があるのか、おれはわからないままに異世界に来てしまった。
 少女の正体もわからない。
 そのうえ、黒猫に変身しているときた。

「もう一度訊くが……きみの名は? どこに行くつもりなんだ」

 黒猫に聞いてしまった。
 猫に話しかけるのは、ちょっとばかり異常だ。……と思ったが、振り返れば、おれは普段からよくやっていた。
 尤も、返事を期待するのは初めてだが。

 すっかり謎の少女は、黒猫の姿としてオーロラの中を歩いている。彼女は、まったくこちらを見ようともしない。
 こんな奴についていくのは不安だが、花華は妙に肝の据わった様子で前を歩いていく。
 猫と話していても仕方がない。おれは、人間である彼女の方に意識を向ける事にした。

「なあ、花華、きみは気にならないのか? 人間が猫になったんだぞ」
「……そういえば、探偵さんはあまりその辺りの文化が入ってきてない世界の人でしたね。別世界だとこういった変身魔法はそんなに珍しくないですよ」
「――ああ、そうだったな、それはわかってる、確かに人間から猫になれる奴はいるな。だが、猫に変身できる人間がいるとして、きみの名前を知って植物園に追いかけてくる事もなければ、オーロラを出す事もないし、正体を明かさずに因果律の話をして異世界に誘いに来る事もない。もっと言えば、管理反応のない異世界に行く事もできないだろうな。きみならどうする、この状況でついていくか?」

 もはや彼女の性格は常識がないと割り切っている。
 直前まで泣きそうだった彼女は、あまりにも毅然とした顔つきになっており、逆におれの方が泣きそうな気持ちになっていた。まだヤクザとの戦いの方がわかりやすい暴力だから自分の身を守れる確率がある。
 彼女はヤクザどころか、この状況でも物怖じしないというのなら、それはおれよりはるかに心が強い事と云えるだろう。
 今、万が一、少女が何かのおれたちに不利益な目的を持っていたなら、このままどこかの世界で神隠しだ。

「……確かに怪しいですけど、こういう事象を解決するのが、私たちの仕事です」
「中学生のアルバイトだろう」
「でも、今の世界を支えるうえでは、私みたいに超常的な力を持つ人間の行動が必要なんです。今の状況下、彼女が時空犯罪者ならば撃退に踏み切るべきです」
「それなら、時空管理局に所属する組織人として、向こうにきっちり許可をもらってから行動しろ。許可されないだろうがな」
「だから、今こうして勝手に進んだんです」

845 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:46:13 ID:gooP8PFs0

 などと、噛み合わない会話を続けていると、一番先頭の猫がこちらを向いた。

『――騒がしいわね。私からあなたたちに危害を加えるつもりはないから。……ただ、危害を加えるかもしれない相手と会わせに行くだけ』

 彼女はさらっと云う。
 なるほど、特別な手当が出て然るべき危険な話におれたちを乗せようというわけである。
 花華もどうかと思うが、この少女の方がおかしいと云える。
 彼女が危害を加えないとしても、おれたちには関係ないのだ。「お前が危険人物かどうか」ではなく、「おれたちが危険な目に遭うかどうか」――それが問題である。
 さて、おれは再び花華に振る。

「――と、この子猫ちゃんは言っているが、花華。引き返す準備は?」
「ありません。事情を聞きましょう」
「なるほど……。だとするなら、悪いがおれひとりで、引き返す事にする」

 おれは、もはや花華を放る事にして反対を向いた。義理の追いつく相手ではなかった。ここから先は自己責任だ。
 おれは、広がるオーロラの向こうをたどれば、きっと元の希望ヶ花市植物園に戻れるだろうと思った。
 しかし、そういう風に甘い考えを浮かべた矢先、背中に声がかかった。

『……戻れないわよ。ここに来たからには、私の望む行先にしか行けない』
「――じゃあ、行先を変えてくれ。さっきの希望ヶ花市、もしくは、おれの世界の風都へ」
『残念だけど、変えるつもりがないもの。ここに来た時点で、あなたはもうこの話に乗ったものとしてもらうわ。電車の車掌が一人の乗客の意見で行先を変える事なんてないでしょう。――それに、あなたも探偵なんでしょう?』
「悪いが鳴海探偵事務所は臨時休業中だ。それに、きみから依頼を受けた覚えがない」
『それなら依頼として受けてもらう形にするわ。依頼料は弾む。ただし成功報酬よ』
「……いくらだ?」

 金の事をいわれると、つい聞いてしまうおれだった。
 成功できる見込みがあるのなら、おれはその依頼に乗ってしまう。達成するだけ給料が弾むのだから、おれに乗らない理由はない。
 黒猫が口を開ける。

『――「あなたがこれから生きる未来」、そして「世界の命運」でどうかしら?』

 ……冗談だろ。







『――そう。あなたたちに今から頼みたいのは、「世界の命運」に関わる事よ。あなたにとっても悪い話ばかりではないわ。というか、もう乗らざるを得なくなる』

 彼女は、おもむろに切り出した。
 やはり、花華を追うべきではなかった。彼女の場合は、世界の命運を託されてもおかしくない出生だが、おれは違う。ただの探偵だ。
 唯一、鳴海探偵事務所という特別な探偵事務所と雇用契約を結んだ件だけが、こうした超常的事象とおれとを結び付けてくれるかもしれないが、少なくともおれはヒーローではないし、特別な力を持たない。
 多少、普通の人より喧嘩が強いだけ。……そう、それはあくまで、“普通の人”より、だ。

 しかしだが、ひとつ残念な事がある。今回は別に巻き込まれたのではない。
 花華の背中を追ったとはいえ、それは自分の意志で追ってしまった。そして、引き返せないらしい。文句を言わず、潔く諦めるしかなかった。
 あとは、もう彼女の話を聞いて、どういう形であれ生きて元の場所に帰ってみせるだけだった。それしかない。
 彼女は続けた。

『申し遅れたけど、私の名前は魔法少女、HARUNA<ハルナ>。インキュベーターとの契約により、魔法少女となり――今はとある勢力によって与えられた任務を果たす為に、あらゆる時代、あらゆる世界を渡り歩いている』
「とある勢力とは?」
『――ただ、私には、契約する前から長らく「実体」がない。あるのはHARUNAとしての情報だけ。だから、こうしたアバターを使っているけど、別にさっきの姿もこの姿も本当の姿というわけではないわ』

846 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:46:42 ID:gooP8PFs0

 いきなり、質問を無視されている。まあいい。
 情報のみを抽出して実体から分離する、一つの技術――実に怪しいというか、この時代から見ても先進的な技術の話をしている。……いや、技術としては可能かもしれないが、おそらく倫理的問題・安全面での問題をクリアーできていないというのが正確なところか。
 彼女が本当に魔法少女であるというのなら、「ソウルジェムに意志を転移する」という技術を太古の昔から可能としているのだ。
 それに、言い換えれば「情報体」――つまりデータ人間は、おれたちの世界の八十年前の技術だって可能だ。おれの探偵事務所にだって、まさしくそんな探偵がいたのだから、まあ、ありえない話ではないとは云える。

 ……それから、彼女の名前はHARUNAというらしい。まったくもって、おれの言える事じゃないかもしれないが、呼び名があるというのは便利だ。いつまでも「少女」「黒猫」では仕方ない。
 なんだか、奇妙なほどに花華(ハナ)とよく似た名前であった。HARUNAは、そんな自分と似た名前の少女の名前を呼んだ。

『――桜井花華』
「何でしょうか?」
『……あなたをこうして呼んだのは、他でもない。この八十年を耐えきった世界たちが、ある理由によってその形を崩すのを防ぐ為よ。――つまり、「この世界を壊させない事」が、あなたの使命。そっちのオマケは、残念ながら本当にオマケね。来る必要はないけど、とりあえず役には立ってもらうわ』

 彼女にとっての役割は、『オマケ』か。
 まあいい。花華にとって『探偵』であるとしても、彼女にとって『オマケ』であったというだけの事。これから何の役にも立てないのなら、おれは『オマケ』として見届けよう。
 尤も、役に立つとか役に立たないとか以前に、彼女の云っている事がよくわからないのが正直なところだが。

「……HARUNAさん。ある理由によって形を崩す、と云いましたけど、それはつまりどういう事ですか? 管理局には一切聞いていませんが――」
『そういうのも後で全部言うから、とにかく質問を挟まず黙って聞いててもらえる? まあ、ひとつだけ答えておくと、あなたが管理局から一切聞いていないのは、単に無能な管理局が事態を把握していないからよ。……尤も、それを感知できる力がないから当たり前だけど。それに、あなたは確かにその組織の一員ではあるとしても、決して全情報を開示される権利がある立場ではないでしょう――?』

 そう言われ、花華は少しばかりたじろいだ。
 こうまで強く、敵意や不快感を向けられて言われれば、彼女が泣き出すか、あるいはさすがに怒り出すのではないかと心配になった。
 おれが言うのも何だが、HARUNAももう少し不愉快にならない言い方を探せないのだろうか。……何にせよ、この「情報」は、よほど性格が悪いと見えた。
 この性格の悪い「情報」は、そのまま続けた。

『――で、当面の伝えたい事情は簡単よ。いま、花華の曾祖母、花咲つぼみ――えっと、今は違う名前だっけ? ……まあいいわ。とにかく、花咲つぼみが変身ロワイアルというゲームの最後の生存者という事になっているかもしれないけど、実はもう一人だけ、あのゲームには生き残りがいるの』
「花咲つぼみ以外の生き残り? そいつは誰だ……? って、訊いても無駄か……」
『そして、世界を守る為の私たちの急務は――――』

 案の定、質問は無駄だった。彼女は勝手に話を進める。
 この黒猫は、その先の言葉を冷静に告げた。





『――――その、もうひとりの生き残りを、“殺す”事』





 おれの質問を無視して、HARUNAから告げられた指示と目的。
 それは、探偵に依頼して良い仕事でもなければ、当然彼女の思惑通りにプリキュアに任せて良い任務でもない。そもそも、人に頼む時点でどうかしている――何者かを殺害しろ、というのが彼女のおれたちへのメッセージだった。

 こういう風に言われ、おれたちは言葉を失った。
 彼女が続ける言葉を、おれたちはただ聞くしかなかった。

847 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:47:12 ID:gooP8PFs0

『……あの変身ロワイアルというゲームの勝利条件によって得られるのは、「どんな願いも叶える権限」だった。その事は知っているわよね』

 おれはふと思い出す――何人かの参加者が、その条件を信じて「願いを叶える為」に戦いに臨み、そしてそれを果たす事がないまま散った事を。
 そう、花咲つぼみの友人の中にも、ただ一人だけそんな願いを伴ったまま戦った少女がいた。家族の蘇生という、極めて年頃の少女らしい純粋な願い。

 しかし、結局、願いを叶えた参加者はどこにもいない。最後の一人が決する事なくゲームは終わったし、あの言葉を投げかけた主催者の方が敗北した為にその権限が本当なのか偽りなのかもわからないままに物語は幕を閉ざしたからだ。
 もっと言えば、その願いを叶えようとした人間が「主催側」にもいたが、その願いはほとんど本人が望む形で叶いはしなかった。

 ある者の蘇生を望み、それを叶えはしたものの正しい形で蘇らなかった加頭順やプレシア・テスタロッサ。
 世界を取り戻す事を望み、それが叶った後に世界は元の形に矯正されたイラストレーターや魔法少女。
 そして――世界の支配を望み、一度は世界を支配したが、そのすぐ後に敗れ、世界の支配を叶えきれなかったベリアル。
 願いとは常に皮肉であるともいえた。

「ああ、だが、それがどうかしたのか? ――いや、こちらから訊いても仕方ないんだったな。……続きを頼む」
『……つまり、その願いは今、あの殺し合いの生存者が一人になろうとしている時に――その優勝者に託されようとしている』
「――優勝者、だと……?」
『そう。あの殺し合いは、一度収束したように見えたでしょう。でも、本当の意味で最後の一人になるまでは――決して終わりはしないみたいなのよ。たとえ加頭順やカイザーベリアルがいないとしても、もっと大きなシステムが動き続けている。つまり、あれから八十年間、「変身ロワイアル」はずっと続いていたの。参加者たちが互いに危害を加える事はなかったかもしれないけど』

 殺し合いはまだ終わっていないだろう、という想い。――それは、少し前におれが考えた事とまったく同じだった。
 ある意味で、それは現実だったと、彼女は云うのだ。

 しかし、その意味合いが――おれの思った形と、彼女の云う形で明らかに違う。
 おれは、生還者がまだ縛られるという意味で告げていた。しかし、彼女の言い分によると、あの殺し合いのシステムそのものが残存しているという。
 その事は、おれには関係のない話だが、驚かざるを得なかった。
 信頼の置ける情報ソースではないが、作り話にしては妙に詳しくもある。少なくともいま話している内容は正確な情報も多いし、おれは彼女のいざなうままにオーロラを辿っている。妄言発表会のやり方ではない。
 彼女は続ける。

『――そして、その生存者が、このまま花咲つぼみの死とともに願いを叶える権限を得たとするのなら、“彼”が望む願いはひとつしかない』
「それは――」
『――それは、この世界が歩んだ歴史、この八十年をリセットする事で、世界がそれぞれ独立し歩む「本来の形」にする事』
「本来の形……?」
『そう。実感がないかもしれないけど、あなたたちが生きている世界は、決して本来の歴史の通りには進んではいない。あの殺し合いがなければまた別の未来を――もしかしたらもっと幸福な未来を歩む事になったでしょうね』
「――」

 おれが、花咲つぼみを通して考えた事に違いなかった。
 あの殺し合いに巻き込まれた事による彼女への不幸は計り知れない。
 日記をめくって書いてあった事――そのすべては、端から見れば不幸と戦う健気な少女の書いた悲しみ。
 そして、おれが追って結論したのは――仲間に強く託された願いを叶えられないまま旅立つ事に未練を持った、無力な老婆になったという事。

「なるほど……」

 生還した事がハッピーエンドにはならない。生還した人間がその先を生きる事は、常に戦いだった。
 ふと、彼女の友人の死なども……彼女の友人が殺し合いに乗った事なども、頭をよぎる。
 明確な犠牲者がいた。そうなるべきでない事があった。
 あるべき事象か、あるべきでない事象かと言われれば、後者だった。

848 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:47:35 ID:gooP8PFs0

『そして、本来はそれこそが個々の世界の「正史」であり、「オリジナル」と呼ばれる歴史なの。いまあなたたちが生きている世界は、変身ロワイアルの介入ですべて変わった二次的世界「セカンド」と呼ばれる別の作られた偽の歴史よ……。でも、こういう形になったから、辛うじて一つの世界として成立し、持続しているし致命的な不安定はない。だけれど、万が一、それが優勝者の願いで「オリジナル」の形にもどれば――』

 おれは、この説明を聞いて即座に理解はできなかったが、咄嗟に花華の方を向いた。
 タイム・パラドックスという言葉が思い出された。彼女が言っているのは、それだ。
 この世界は既に、変身ロワイアルが発生させた「タイム・パラドックス」によって生まれ、そして育った歴史――おれたちにとっては正しくとも、決してあるべきでない形の世界。
 だが、そのタイム・パラドックスを優勝者が正してしまったとするなら、この世界からあらゆるものが消えるに違いない。
 それがその言葉の示す意味だ。

『――たとえば、わかりやすく言うと、桜井花華。あなたの存在は、消える。花咲つぼみが別の男性と出会い、別の子供が生まれ、きっとあなたの存在しない世界として再び世界は歩んでしまう。他にも多くの存在は消滅し、この時間は消える。八十年もあらゆる因果律が集った以上、今からすべて壊される事による被害は計り知れないわ。たぶん、そっちのあなたも消える。八十年が残した影響の中で、あらゆるものが消えるわ。――それから、たとえば、折角技術の相互補完により安定していた魔法少女の宇宙なんかは、再度、崩壊の危機を迎えて悲劇の世界に戻ってしまう』
「だからきみは――もう一人の生き残りを殺しに行くのか? あ……いや、殺しに行くというんだな」
『ええ、この歴史は、「オリジナル」からすれば間違ってはいる。本来殺されるべきでない人たちが殺し合いをしたけれど――その反面、殺し合いや殺し合いの後の歴史で多くの命や想いが残り、ある人たち、ある世界にとってはむしろ幸せなカタチを残している。そんなこの偽の歴史を守るのが、私の使命よ』

 おれは傍らの花華を凝視し続けた。HARUNAの言う事が本当ならば。彼女もまた、彼女やその勢力の恩恵を受けて守られる事となる――もっと言えば、あるいはおれもそうかもしれない。
 バトルロワイアルによって別の歴史を歩んだ世界において、その後の歴史で生まれた子供はすべて、消滅のリスクが極めて高い状態だと云える。あれだけ大規模な出来事が発生した中で死んだり、影響を受けたりした人間は膨大であるし――この八十年で生まれたものはおそらく、すべて消えるだろう。
 作り話にしては、設定が凝っていた。

『これから私たちの行く先――そこに、もう一人の生存者が生きているわ。言い忘れていたけど、彼は、不老不死の「死神」となっている』
「不老不死の死神……? きみは、不老不死の人間を殺せと――?」
『そして、これからあなたたちに行ってもらうのは、花咲つぼみの遺伝子情報を持つ花華や、先にあの世界に移動した“彼”。あとは、私のような“特異点”の情報端末だけが潜れる場所、――――「変身ロワイアルの世界」よ』
「……冗談だろ」

 彼女は、今、さらっと何を言ったか。
 今からあの凄惨な殺し合いの現場へ――花咲つぼみが探し求めた、変身ロワイアルの世界に連れて行くと、よりによって今日、このタイミングで、そう言ったのだ。
 いくらなんでも、あまりにもタイミングが良すぎると言わざるを得ない。おれたちの話を聞いていて、それで騙す為に話をしているとも言えない。
 八十年、それから、これから先の歴史において、そんな日はいくらでもあったはずだ。それが、よりによって今日重なるというのか。

 ……いや、だが、待て。
 先入観を捨てて考えるのなら、タイミングの良し悪しは関係ない。問題は、そんな主観よりも、確固たる事実の方だ。
 本当に、これからこのオーロラで変身ロワイアルの世界に行けるのなら――おれは、こいつを信用してもいいかもしれない。
 そこはいまだ誰も到達できない場所であるし、その不可能を可能とするのなら、彼女がそれだけ大きな力や影響力を持つ少女だと考える要因になる。
 本当にそれだけ世界の話を知っているのなら、彼女もあるいは、変身ロワイアルの世界への行き方さえ知っている、と云えなくもない。

 それにしても、何よりそこにもう一人参加者がいる――不老不死となった参加者がいるとするのなら、それは、まさか。
 おれは、変身ロワイアルの世界に残っている参加者を思い浮かべた。
 二人だけ、候補が浮かんだ。最終決戦でベリアルが倒されるまでの瞬間に生きていたが、生還はしなかった人物が二人いる。
 一人は、消滅した。
 一人は、ベリアルと相打ちになり、生死不明となった。
 だが、「死亡」は観測されていない。

849 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:48:02 ID:gooP8PFs0

『――そして、そこであなたたちが殺すべき死神は、かつて――ベリアルにトドメを刺して爆発する時、エターナルメモリの過剰適合によって「永遠」の身体を得てしまった少年――』

 おれの導き出した結論を裏付けるように、彼女はそう告げた。
 そして、その名前を出すよりも前に、おれは呟いていた。

「響、良牙……!」

 それが本当ならば――おれは、八十年間島に残り続けていた迷子と、ガイアメモリという化石に同時に出会う事になる。
 花咲つぼみの確信通りに響良牙は生きており、そして、おそらく確信を超えたところでずっと――八十年も、生きていた。
 恐ろしいほど、タフな男でもないと生きられない歴史を背負いながら。

 しかし、それを殺せとは、あまりに残酷だ。
 おれが殺し屋だったとして、受ける気にならないような依頼だった。
 ましてや、二人の人間が八十年願い続けた再会を無粋な介入で消し去ろうとしている。何より――花咲つぼみの曾孫の手で。

「――本当に、響良牙さんは生きているんですか!?」
『……とにかく、そちらのオマケは、参加者の遺伝子情報を持たないから、変身ロワイアルの世界に入る時には私が憑依する事で一時的に特異点の力を授けるわ。かつてもその方法で非参加者が入った事例があるようだけれど』
「――――本当に、その人は世界のリセットを望んでいるんですか?」
『それからもう一つ。死神はいま、エターナルの力を強めて、かつてより手ごわくなっているわ。それでも、花咲つぼみと瓜二つの顔をしている桜井花華が前に出れば、確実に油断する――その時にもう一人の“彼”に戦わせて、メモリブレイク。生身になったところで息の根を止めてもらう。憑依すれば私もあなたという実体を動かせるから、しくじっても私が何とかするわ』
「――――――本当に、そんな事に協力しろって言うんですか!? あんまりじゃないですか!? これがもし……もし、おばあちゃんも同じ願いを持っていたなら? 八十年間の歴史を戻すことを、おばあちゃんが望んだなら、今度はおばあちゃんを殺すつもりだったんですよね!?」
『いざという時は、あなたもプリキュアの力をぶつけてメモリを排出してくれれば良い。そうすれば、生身になるし、もう少し彼の殺害が現実的になる』
「――私、堪忍袋の緒が切れました!!!!!! 質問に答えてください!!!!!!!」

 花華も、この時ついに、曾祖母同様に堪忍袋の緒を切らしたのだった。







 ……ここから、おれは、あの『死神の花』事件に関わっていく事になる。
 オルゴール箱を探すという依頼の答えが提示された直後に、不可能と結論づけたはずのその答えの先におれたちは辿り着いてしまった。
 だが、それはこういう話へと続いていく。

 この変身ロワイアルの参加者は――残り二人だ。
 花咲つぼみと、響良牙。
 二人は、「つながった世界」と「孤立した世界」で、それぞれ最後の一人として分かたれ、孤独に生きてきたのだろう。……そして、お互い出会う事を望みながら、しかし出会う事がないまま、盤面に残った最後の駒となってしまった。
 確かにお互いが殺し合う事はないが、どちらかが生きている限り、殺し合いは続いてしまう。花咲つぼみがもし、この後で息を引き取れば、その時に響良牙に願いを叶える権利が与えられるだろう。
 HARUNAの勢力が求めるのは、響良牙が叶える願いの阻止だ。
 それは、おれたちの世界を守るためだと言われている。



とにかく、これまでのキーワードを纏めよう。
・オルゴール
・変身ロワイアルの世界
・エターナルメモリ
・優勝者の願い
・HARUNA<ハルナ>
・“彼”



 生きていた響良牙が、本当にこの世界を破壊してしまう……というのなら、おれは……。






850 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:48:40 ID:gooP8PFs0



【『死神』――響良牙/変身ロワイアルの世界】



 ……おれは、空を見つめた。
 今日が、その時だ。
 ――遂に、奴らが来る。



 ――ここに連れ去られ殺し合いをさせられてから今日までの長い出来事を、おれはずっと思い出していた。



 かつて、おれは、ベリアルを倒した爆炎の中からこの地に落ちた時、すべての記憶を失った。
 そのままわけもわからず、ふらふらと彷徨い、歩いた先の街で――おれは、男の死体を見つけた。

 早乙女乱馬……というよく知った男の死体だったが、その時に思い出す事はなかった。
 おれはその時は、ひたすら逃げて……森に辿り着いた。
 そこで、おれは冷静に考え――自分こそがその死体を作り上げた殺人犯だという結論に至った。
 おれは、気が狂いそうになっていた。

 やがて、おれは怪物たちと出会う事になった。
 怪物たちの名前はニア・スペースビースト――ダークザギの情報や遺伝子を受けて異常進化し、スペースビーストのように巨大化した微生物たちだったらしい。ただ、おれはずっとわけもわからないままそいつらから逃げ、自分自身の持つ馬鹿力で戦い続けた。
 ほとんどの怪物を、おれはなんとか倒す事ができた。ちょっとの損傷ではおれは死なない。必ずしも簡単な戦いばかりではなかったが、なんとか戦い抜いた。
 そして、ある日――そんな怪物と戦うさなか、おれは頭を打ち、偶然にも、記憶を取り戻す事になった。

 やがて、おれはいくつかの亡骸を見つけて、それを次々と埋葬していった。
 最初に埋葬したのは、乱馬の遺体だった。すっかり朽ち果てていたが、おれはあいつを運び、あかねさんのいる傍に、埋めた。

 いくつもの墓が出来た後、おれは、この世界で守るべきものも何もなく――強いて言えば、ただ墓守りとして、ただ明日が来るのを信じて、その怪物たちと戦った。
 おれには簡単だった。
 ロストドライバーを使わなくてもエターナルの力を発揮できるようになったおれは、死ぬ事もなければ、老ける事もない。元々、頑丈な体だ。ただ毎日、相手もいないのに強くなっていくだけだった。

 島の中を彷徨い、誰かが落とした支給品や残した支給品なんかも手に入れた。
 暇つぶしにはなった。

 そんな風に、地獄のような――しかしまだこれより後の地獄を考えれば短いほどの三十日が経った時、あるものがおれの近くで囁いた。
 インテリジェントデバイス――クロスミラージュだ。アクマロたちとの戦いで破壊されかけたデバイスだったらしい。
 クロスミラージュも、砂に埋もれながら、孤独な状況を嘆き続け、そんな折におれが現れて声をかけたらしい。
 それから、しばらくはクロスミラージュとともに二人で、おれは彷徨い続けた。
 会話の相手がいるのは信じがたいほどに嬉しい事だった。

 それから、時間をかけてイカダを作って外に出て、いくつかの島を見つけた。
 そこもまた、無人だった。かつてそこでも殺し合いが行われたように、あらゆる建物や武器の残骸、骨となった人間の跡が残っていた。
 果実の実る島を見つけたが、永遠の力を得たおれには、もはや必要がなかった。

851 80 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:49:05 ID:gooP8PFs0
 それからどれだけ彷徨っても、おれは仲間を見つける事はできず、孤独のままだった。
 気づけば、また元の島に戻っていた。手ごたえのない旅を徒労に感じ始めたおれは、別の島に行くのをやめた。

 またそれから、毎日、島から出る事もなくつまらない日々を暮らし、戦う相手もしないのに頭の中だけで修行し、おれは、誰かが来るのを待つ事にした。

 毎日毎日、ずっと同じ事を考えていた。
 彼らもここにいないという事は――左翔太郎や、涼邑零や、高町ヴィヴィオや、蒼乃美希や、佐倉杏子や、孤門一輝や、花咲つぼみは――元の世界に帰れたのだろうか。涼村暁はどうなったのだろう。
 彼らは、帰れたとして、その先が救えたのか、そこから先のあの管理世界は終わり、今度こそベリアルとの決着がついていたのか――そんな不安を持ちながら、きっと勝てたと信じ、彼らが助けてくれるのを待った。

 だが、来ることはなかった。
 もしかしたら、おれは死んだのかと思われているのかもしれない。

 おれたちだけが、ふたりで、迷子でここにいた。
 そして――クロスミラージュも、ある時に動かなくなった。どれだけ言葉をかけても返ってこなくなり、おれはクロスミラージュも埋めた。
 おれだけが、ひとり、迷子になった。

 それから、またずっと、長い孤独だった。時間はいつしか数えていない。ある時から、どう流れても一緒だった。いま何十年なのか――百年は経っていないと思う。
 その間中、ずっと、誰かの支給品だったらしい、このオルゴール箱はおれの心を癒してくれた……。
 悲しみに潰れそうな夜に聞くと、おれは壊れ行く心をなんとか維持できるようになった。
 それだけはなんとか、今日まで壊れる事なくおれの傍にあり続けてくれた。

 ……そうだ。おれは、あいつらと一緒にその先の未来で過ごす事はできなかった。

 ただ、ある時、ある予知の力と、いくつかの情報がおれの頭に過った。
 それはダークザギが得た情報と能力だった。一度だけ仲間とともにウルトラマンノアと融合して戦った事や、ニア・スペースビーストを倒し続けた事によっておれも潜在的にその力が覚醒していたのだった。
 バカなおれが、ニア・スペースビーストなんていう言葉を作り出せたのも、ノアやザギの情報によるものだ。
 そして、ちょっとした予知の能力を得られたおれは、それから十年間、今日だけを待った。

 誰かが来る。おれを殺しに来る。
 だが、おれはそいつらを撃退する。

 ――そして、おれは願いを叶える。



 おれはその願いを叶える時の事を、ずっと考えていた……。
 この永遠の中で――ずっと、何度思い描いた事か……。

 たとえば、あの殺し合いがなかった事にしたい……。
 おれはずっと、何度も、そう思い続けていた。
 願えば、きっと、おれのこの苦難の時間も忘れ去れさせるだろう。

 だが、ひとつどうしても考えてしまう事がある。
 最後の一人が願いを叶えるという事は――おれしかいなくなるという事だった。

「――――つぼみ。おまえはまだ、生きているんだよな……。どういう風に……どこで、どういう未来を生きたんだ……? なあ……おれが終わるとしても、世界が終わるとしても、どっちだとしても、せめて……おまえが生きているっていうのなら、おれはおまえと会いたい。おれにとっては、ここで出会った一番の友達だって、おれは――――」

 言葉を忘れない為に、おれは時折こうして空に言葉を投げかける。言葉が形を保っている自信は、あまりない。それでも、おれはかつての言葉を思い出した。
 おれは、つぼみがかつておれにくれた、花の形のヘアゴムを眺めていた。
 あの時身に着けていたこいつも、エターナルメモリの力でおれ同様に、朽ち果てる事なく長い時間を寄り添ってくれている。
 つぼみ以外の全員が死んだ事を、おれは悟っている。
 そして……。



【残り2名】





852 ◆gry038wOvE :2018/02/20(火) 02:52:02 ID:gooP8PFs0
投下終了です。
今回はちょっとギリギリまで書いていたので、誤字やミスがあるかもしれず、
その辺はwikiで修正するつもりですが、大筋はこんな感じです。

このスレ内で終わるのかちょっと心配ですが、万が一終わらなかったらwikiに直接投下になるかも……。
そうなったらすみません。

853 名無しさん :2018/02/20(火) 06:10:22 ID:6cTEM61I0
投下乙です!
つぼみが残した最後の謎と共に、まさかとんでもない真相が明かされるとは……!
これは花華ちゃんにとって辛いですし、怒って当然ですよね。
変身ロワの世界に取り残された良牙も切ないです。一歩間違えたら、かつての克己みたいになってもおかしくなさそう……

854 名無しさん :2018/02/21(水) 19:20:24 ID:yf5PLn9s0
投下乙です
残酷な真実と衝撃的な展開…
残り生存者2名、つぼみと良牙はどういう結末を迎えるんだろう

855 ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:42:32 ID:H/vzgqzw0
投下します。

856 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:43:47 ID:H/vzgqzw0
【『探偵』/変身ロワイアルの世界】



『――ここが変身ロワイアルの世界よ』

 おれの中で、HARUNAがそう告げた。
 いわゆる肉体無きデータ人間、HARUNAを自分の身体に憑依させてみた感想だが――実に、変化がなかった。手足も意のままだし、感覚も変わらない。体のどこかに異物感があるとか、頭の中がぼんやりするとか、そんな事もなかった。おれの中をすり抜けるようにしてHARUNAのアバターが結合したかと思えば、そのままおれの身体にテレパシーのような形で指示を出しただけである。
 おれとしては、それは「HARUNAがアバターを使わず、声だけになった」ような感じだった。
 つまるところ、初体験にしては、あまり味わいのない感覚だった。

 唯一違うとすれば、そう、おれの身体が異世界移動を一切拒絶せず、この花咲つぼみがついぞ見つける事のなかった「変身ロワイアルの世界」の座標を見つけ、そこに飛び込めるようになったという事だけだった。本来、この先は参加者の遺伝子情報を持つ人間以外は立ち寄れないらしい場所だ。
 だから、花華が何なく入れるとしても、おれは本来なら条件から外される存在であるはずだった。おれには、どうやっても一生入る事ができない場所なのだ。
 このHARUNA嬢のたいへん素敵なお力のお陰で、おれはここにいると思うと、頭が上がらなくなってもおかしくはないだろう。勿論、まったく嬉しくはないし、今まで一度たりとも旅行に来たいと思った事もないし、実際目の前にあるのは景色も悪い場所なのだが、……まあ、貴重な経験ではあると云える。

 ……しかし、八十年の隔たりがあったわりには、来てみれば、実にあっけないものだ。
 こんなところを八十年、一生涯をかけて探した花咲つぼみが――この上なく失礼だが――少し哀れに思ってしまうほどだ。
 おれは、呟くように言った。

「……で、おれたちが辿り着いたのは、一体、変身ロワイアルの世界のどこなんだ? こんな光景を、おれは見た覚えがない。少なくとも、異常な場所である事くらいは把握できるんだが――」

 ――おれたちの前にあったのは、おそらく何かの実験が行われたように、奇妙な機材が並んだ研究室だ。
 一応、廃墟の中の一部屋のようだった。外からの光は差さない。窓がないのだ。電気はついているようだが、それもかなり薄暗かった。
 そして――そこにある機材は、古びて埃を被ったり、錆びたりしているが、人類が直近でようやく手に入れたようなハイテクノロジーや、あるいはそれすら超えるようないまだ見知らぬテクノロジーによって生み出されたものばかりであった。複数世界が結集して数多の技術が確立されていったにも関わらず、それで追いつかないような超技術が、八十年も置き去りにされていたのだ。
 いうなれば、「今」が廃れた後の、ずっと未来の世界にさえ見えた。
 この八十年、似たような事象が――誰かが同じように支配や殺し合いをもくろむ事象が――発生しないのは、おそらくこのシステムに人類が追いつく事がないからだと言えよう。

 HARUNAは、ここは、おれたちの求めた変身ロワイアルの世界だと言う。――おれの想定していたイメージと、何となく合致していた。この、精神病院に来たような、鬱屈とした不安の絶えない場所。それは、確かにかつて殺し合いの起こった場所らしい感慨を覚えさせていた。
 変身ロワイアルの世界だという確証こそなくとも、ここが普通の場所じゃないのは誰でも直感的に察する事が出来るに違いない。

『――その質問の答えを今から言おうと思っていたところよ』

 おれの中でHARUNAは言った。
 彼女は質問されるのを極端に嫌う。だからコミュニケーションの相手としては最悪だ。毎度不愉快な気持ちを提供してくれるし、彼女は露骨に不機嫌な言い方をする。他人にはコミュ障といわれるおれだが、別段コミュニケーションが嫌いな性質ではない。ただ、こういうやつと話すのが大嫌いなのだ。

「悪いな、せっかちな性格で。続きをどうぞ」
『せっかちよりも、その皮肉な言い様が気に入らないけど。まあいいわ。――ここはカイザーベリアルらが本拠地とした地下秘密基地、マレブランデス。現在は地上へと出ているけど、ゲームの開催中は常に地下に沈黙していたわ。つまり、この基地から外に出ればあなたたちは見覚えのある光景の八十年後を観光する事が出来る』

 それはたいへん面白いだろう、などと皮肉りたいところだが、やはり実際には釈然としない思いが過っており、ふと皮肉を取りやめた。

857 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:44:17 ID:H/vzgqzw0

「……」

 おれの方を睨む花華の視線は耐え難いものがあったのだ。――それは、厳密にはおれの肉体を借りて好き勝手に念話を公開スピーチしてくれているHARUNAに向けられたものだが――彼女の心中はおれとしても察するものであった。
 確定性のない動機による響良牙の暗殺計画。拒む機会こそ与えられたが、入り込んだらもはや問答無用で承諾をさせるやり口。更には、その動機から推察できる花咲つぼみの身に起こりうる危険――つまり、響良牙の殺害で花咲つぼみが優勝者となった時に願いを叶えさせる権利を行使するのを同様の形で止めるのではないかという危惧――。
 あらゆる事を考えてみれば、HARUNAという少女に向けられる感情は決してやさしくは在れない。おれも同様だ。

 綴られた日記を目の当たりにした以上、おれだって心が動くのは止められない。
 しかし、彼女の持つ権限がなければ、おれは世界と世界を行き来できない。つまり、職場に帰れない。どうあれHARUNAとの関係の構築は重要な急務だ。

「……そこに、まだ響良牙が残っているんだな」

 おれは、そう訊いた。
 しかし、質問に答えないのがこのHARUNAである事は承知している。ただのつぶやきだった。案の定、明確な答えが返ってくる事もなく、おれの言葉は拾われる事もなく投げ出された。
 続けて、おれはもう一度口を開いた。

「――そうだ、ところでもう一人、ここに先客がいるんだろう。早くそいつを呼んでもらおうじゃないか」

 今度は質問ではなく、提案を呼びかけたのだ。
 良牙については、改めて確認せずとも、彼女が一度断定した以上、「良牙はここにいる」としか言いようがない。仮に彼女が答えてくれたとしても、それ以上の答えは返ってこないだろう。
 対して、彼女が散々言っていた“彼”なる人物についてはまだ詳しく聞けていないし、どこにいるのかもまったくわかっていなかった。
 ここにいないとすればどこにいるのか、率直に気になった。

『――“彼”ならこの基地のどこかにいるはずよ。出ないようにとは言ってある。外に出たところで何もないから』
「そんなんで大丈夫なのか」
『彼も人間よ。無理に鎖で繋がなくても、単なる指示で十分。……だって、世界の外を行き来できるのは私だけなんだから。彼が元の世界に帰るための力は私にしかない』
「……そうだな、きみの許可なく好き勝手に動き回るのは、誰にとっても損ばかり。おれたち同様、その“彼”とやらも、とっくに弱みを握られているという事だな」
『その通り』

 嫌な状況である。まるで騙されて入ったブラック企業から抜け出せなくなったような気分だ。尤も、今回は安易に知らない美女についていったおれにも、自業自得のきらいはある。彼女に憎しみを向けても仕方がない。
 何にせよ、本来おれと花華はオーロラに飛び込んだ事をもっと深く後悔すべきであるし、後悔しても事態が解決するまではどうしようもない状況であるという事だった。
 気がかりな事はいくつもあるが――そのうちボロを出してくれればおれたちにもわかってくるはずだ。無論、彼女が敵でなければの話に違いなく、常時不安しか伴わない会話だった。
 そんな折で、彼女の方もべらべらと話し出した。

『――ゲームオーバーの後の閉じたこの世界とのゲートをつなげられるのは、今は私だけよ。花咲つぼみだけじゃなく、時空管理局も、おそらくウルトラマンたちも……あらゆる人々がここに再び足を踏み入れようとしたけど、叶わなかった。それはわかっているでしょう?』

 ここにもやはり、疑問があった。
 彼女がどうして、こういう風に特殊であるのかという事だ。八十年間誰も見つけられなかった砂漠の中の一握の砂を、何故彼女は見つけ出せたのか。そして、何故彼女だけがそこに向かえるのか。
 時空を移動する能力を有し、それ以外のあらゆる知識を持った彼女は、一体どこから現れた何者なのだろう。それはもはや、確信的なまでに怪しい存在であった。
 それを疑問に思わないわけではないが――あまり迂闊に聞けなかった。

「なるほど……」

858 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:44:46 ID:H/vzgqzw0

 おそらく、おれが考えるに、彼女は少なくともかつての主催――ベリアルの内情に詳しかった人物だろうという事だ。
 ここを知っているという事は、この世界に立ち寄ったのもきっと初めてではないのだろうし、響良牙が本当に八十年生きている前提があるならば、彼女も八十年生きていたとしてまったくおかしくはない。
 たとえば、財団Xなる組織がかつて存在し、民間企業にも関わらずこの超世界規模の支配行為に加担をしていたというが、そこに所属していた人間やその実験によって生まれた存在である可能性も否めない。まともな人間でもなさそうだ。

 まったくのホラ吹きではないのは確かだった。おれたちをただ驚かせて楽しむだけのトリックに仕掛けているとするのなら、彼女はあまりにも力を持ちすぎであったし、おれの中に侵入するまでしなかっただろう。
 彼女の云っている事は真実だろうが、彼女の素性は隠し通されている。彼女に従ってうまく帰還の手段を探るしかあるまい。

「ずっと気になっていた事があります。HARUNAさん……あなたは、何故そのゲートを通れるんですか?」

 おれが頭の中で、口にしてしまおうか悩んでひっこめた言葉を、花華は直情的に差し出した。
 詮索して機嫌を損ねても仕方がないというのに。いくら合理的であれ、人に聞き出しすぎてヒステリックを起こされるパターンが最も厄介なのは、前の職場での教訓だ。そこでトラブルを作り出したのもこういう女だった。
 そのうえ、この女は質問されるのを極度に嫌う偏屈屋だ。事情は訊けないうえ、無理に訊こうとしても話は拗れる。

『質問に答える気はないわ。何度も言った通りよ』
「しかし、あなたを信じられるか、あなたの指示に従えるか……それを決めるには、やっぱりあなたの素性がわからないとどうしようもないです。言っている事だって信じられません。……だって、あまりにも一方的じゃないですか!」
『じゃあ私がこれから素性を告げたとして、そもそもそれは真実だと思う? それだって自在に嘘を告げられるでしょう? 何を言ったって嘘じゃないなんて言いきれない。単に説得力のある言葉を並べるだけに終わるわ。つまり時間の無駄よ。ここでは、目の前で起きる真実だけを信じればいい』
「……!」
『わかってもらえた?』

 まくし立てるような言い逃れの屁理屈だが、それは反論させない圧があった。

「……」

 花華は口惜しそうな顔をして、彼女と話すのを無駄だと悟ったようだった。両者の仲は先ほどから極めて険悪なままであった。
 おれは、花華がどんな瞳をしているのかと視線を下げたが、彼女はすぐに目をそらした。
 HARUNAと話す時、おれの方を見てはいるが、あまりおれの目を見ないようにしていたのだろう。

『――ただ、そうね。ちなみにひとつ言っておくけれど、私はかつての主催陣営とは何の関係もない。彼らの勢力に属していたわけでもなければ、過去の主催者や財団Xの残党でも何でもない。むしろ、彼らと敵対する存在といえるわ。変な邪推だけはされないように言っておくけど』

 彼女はそう言って、おれの推理を見事につぶしてくれた。







【響良牙/E-5 友の眠る地】



 今、やつらが来た。
 そう、おれが今日迎える事になる敵がまさしく――全員、この場所にたどり着いたらしい。この時、おれにはその事がわかりつつあった。
 どこに来たのかはわかっている。あそこに見えるでかい城の中だ。あと少し経てば、おれを見つけて狙って来る。

 そして、その後、おれはあいつらと戦い、勝ち、ずっと前に言われたように――「願いを叶える」という権利を得る事になる。
 あの時の参加者で生きているのは、おれと、つぼみだ。……それから……そう、あいつが来る。だから戦わなければならない。
 何となく、直感的に、ぼんやりとだけ……それが確信できる力が、おれには芽生えていた。これは今日の為に与えられた力なのかもしれなかった。
 それ以上の事はわからなかった。

859 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:45:09 ID:H/vzgqzw0

「……」

 おれは、城を見るのをやめて、足元の立て札の方を見た。
 そんなおれの目の前には、ある立て札が地面に突き刺さっていて、名前も知らない真っ白な花が添えられている。



『らんまとあかねさんのはか』



 目の前の立て札には、そう書いてあった。つまり、おれは、今、乱馬とあかねさんが眠っている墓の前にいるようだ。
 方向音痴なおれがここに辿り着けたのは、間違いなく天がおれに味方しているという事だった。
 永遠の時間と予知能力まであるというのに、方向音痴ばかりはまったく改善されないのだ。……これは呪われた宿命と言ってもいい。

 これまでも何度もこの場所に向かおうとして、何度も迷った。ひどい時はこの場所に来ようと決めてから辿り着くまで、一ヶ月や二か月かかる事があったくらいだ。
 どうせ、今日もここに辿り着く事はないだろうと、おれは内心で少し思っていたのだが――おれは今日という日には、迷う事なくここに辿り着いていた。

 この狭い島でも、いつも一人で遭難してばかりだったこのおれが……。
 かつて乱馬やつぼみに誘導されながら動いていて、ようやく行きたい場所にいけたこのおれが……。

「――どれだけ前だったかな。ここで、おれはあかねさんと戦い、救えなかった事がある。そして、つぼみとここで二人、泣いた日だ……」

 いまの俺は泣かない。何度流したかしれないが、とうに乾いた。
 ……それに、こうして運命の日に迷う事なくここに辿り着けた。運が良い。涙を流すには向かない日だ。

 おれは戦う――そして、間違いなく勝つ。
 そこまでがおれの予知した未来であり、これは確実な話なんだ。

「乱馬……あかねさん……今日でお別れだ。悪いが、もう二度と、こうして墓に花をやる事もできない。おれは、この後、最後の戦いをしに行く……」

 乱馬。おれはお前より強いが、今日は少しお前の力を少し貸してくれ。かなり久しぶりの戦いなんだ。腕が鈍っているつもりはないが、うまく動かす自信が少しない。倒さなきゃならない敵は簡単にはいかない相手だ。

 ……そうだ。それから、もう一つ。

「――待っていろ、乱馬。次に会った時、今度は間違いなく、おれはこの手でお前に勝つ。次にこの墓が作られるとしたら、その時おまえの息の根を止める事になるのは、このおれだ」

 そこでおまえがあかねさんと眠っている間中、おれは毎日……とても長い間、一人で“永遠”と戦い続けてきた。
 このおれが二度とお前に負ける事があるはずがない――久しぶりに戦う事になった時、おまえは間違いなくおれの強さに怖気づく。
 必ずおまえともう一度会い、今度こそぶちのめしてやる。

「――それより……まずはお前だ!」

 おれは空を見上げた。
 乱馬よりも先にぶちのめす相手がいる。
 おれたちをかつて戦いに巻き込んだあの化け物――そう、あのカイザーベリアルをもう一度倒さなければならないのだ。

 おれたちの周りに音楽が鳴る。
 オルゴールから流れる温かいメロディが、かつて競い合ったおれたち三人を取り囲んで、少しの間だけ癒した。
 今日ですべてが終わる……。





860 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:45:50 ID:H/vzgqzw0



【『探偵』/プチ・マレブランデス内】



 おれたちは、気まずい空気のままでマレブランデスの中身を歩いていた。
 部屋はいくつもあり、とにかく中身には不気味な空気ばかりが染みついていた。何しろ、八十年も無人なのにいまだシステムの生きている管制室に加え、妙な趣向の要人の部屋やら化け物向けの異文化的な部屋やらがあって、そこには時折、骸骨と化した死体が放置されているのである。誰か獣にでも荒らされた痕跡も残っていた。

 廃墟の方がまだずっと、恐怖は薄い。
 そこにまだ誰かが残っていそうな雰囲気さえあり、少し震える花華の隣でおれも息を飲みながら歩いていた。もしかするとおれも震えていたかもしれない。
 そんな折、花華が震えた声で言った。

「探偵さん、ここ少し……怖くないですか……?」
「……少しで済むなら立派だ。おれからすれば、ヤクザの事務所に話をつけに行って素っ裸にされた時よりか、ずっと怖いな」
「それを聞くと、探偵さんの経緯も怖いですが……」
「きみはその手の輩を相手取る仕事が怖いらしいが、おれにとってみれば超常的な戦いを強いられるきみの仕事の方が怖いね。きみは慣れていて、今も少し怖い程度で済むかもしれないが、おれの場合は、この状況は超怖いわけだ」
「まったくそうは見えませんけど」
「怖さを押し殺さなきゃ探偵なんてやっていられないさ。怖さをどう超えるか、どう対策して怖さを最低限に抑えるか、それも仕事のうちだよ。ましてや、あの街の駆け込み寺のおれにとっては、頼りのあるところを見せないと顧客も安心してくれまい」

 おれの場合、少女ふたりの手前でビクつくのは嫌なのもあるが、元々顔に出ない性質なのだろう。十分に情けない顔をしているつもりだったが、周囲からみれば全くそんな事はないだころか、厳めしいとさえ思えるらしい。
 そんな状況の中で宝さがしでもさせられているような気分だが、少しすると、目立つ大きなドアがあった。

「なんだこりゃ。HARUNA、この部屋は――?」
『開けてみるといいわよ』

 言われるだけで、教えてくれなかった。
 舌打ちしたいような気持ちでふてくされながらそこを開けると、今度は奇妙なほど暗くて広い場所に辿り着く事になった。

 数十人が並んで寝転べる、学校の体育館のような場所――それは、何か、嫌な予感を醸している。
 見覚えはないが、何となく近い場所を想起できる。

「――ここは、まさか」

 唖然としているおれだった。
 そこの空気だけ異様に冷えていて、これから何か始まってしまいそうな悪寒を募らせた。オカルトではないが、そういう風な心理的衝動を煽る作りが成されているのかもしれなかった。
 ここは、そう、おそらくかつて……すべてを始める暗闇だった場所なのだ。
 加頭順という男が、八十年前にここに立っていた。





 ――――本日、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。我々の提示するルールに従い、最後の一人になるまで殺し合いをして頂く為です。





 かつて六十九名に告げられたその言葉は、まぎれもなくこの空間に響いたのだ。
 おれたちは思わず、自分の首の周りを爆弾が囲んでないか触りたくなってしまった。
 楽観的な気分ではいられない、入り込んだだけでも背筋が薄ら寒い場所だったからだ。誘われるようにここに来たおれにとっては、おれの中の女がだまして再び殺し合いをさせようとしているんじゃないかという考えさえ過った。
 だが、ここには誰も寝転んでいないし、おれたちの首に首輪が巻かれる事もなかった。
 八十年経った今となっては、この殺し合いの舞台のどこもかしこもが立派に安全圏である。同じ宿命を負った仲間に狙われる心配はどこにもない。

861 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:46:24 ID:H/vzgqzw0

『――ここは、おそらくかつて殺し合いのオープニングが告げられた場所よ。七十名近くが一気に収容できるような広い場所は、マレブランデスの内部にはここしかなかったわ』
「つまり、数十名の運命を一斉に変えた場所か……」
『ロマンのある言い方をするわね』
「よせ。血なまぐさいロマンは好めない」

 ロマンなどというのは――あまり言いたくはない言葉だが――不謹慎に聞こえた。
 いくら八十年前の出来事であれ、いまはその出来事の渦中にあった少女の曾孫が隣にいる。おれ自身、ロマンチストのつもりはない。現実にここで数十名の運命が纏めて打ち砕かれたのだから、それを言っただけだ。
 とうの花華の顔色は、おれには暗闇で見えなかった。電気のひとつでもあれば良いが、ほとんど暗闇だ。まあ、辛うじてうっすらと何かが見える程度には光があり、真の闇ではないようだった。彼女がただ淡々としているようなのを見ておれは安心した。

 ――ふと、そんな花華がおれに声をかけた。

「探偵さん、あそこ……誰かいます……」

 片腕をゆっくりと上げたのがぼんやりとわかった。花華が指をさしたらしい方を、おれは目を細めて見つめた。
 その先には、気配だけがあった。おれは即座に構えた。
 そこにあるのが――あるいはいるのが、何なのかはわからなかった。
 しかし、前方から物音が立ったのが聞こえた。

「――」

 ……そう、誰かが闇の中で動いている。
 花華が先にそれに気が付いたのは意外だったが、人か獣か、とにかくその闇の中には何か見えない物が声を動いていた。
 こちらに気づいてさえいないのか、敵意も害意も感じる事はない。ただ、その存在が不透明すぎておれは警戒するしかなかった。
 可能性が高いのは、もう一人の“彼”であるか、あるいは、響良牙であるかという事であった。
 そして、そのいずれであっても、おれにとって敵であるのか否かが、即座にはわからなかった。

「――花華、おれの後ろへ」

 おれは、花華を誘導した。
 敵であるのかわからないという事は、敵である事を前提に行動して損はないという事だった。臆病に見えるほどに警戒を怠らない事が、おれにとっては生き方の定石だった。

 それは時に周囲にとって滑稽に見えるだろうが、間違いなく何度もおれの命を救ってきた。
 問答無用で殺されるくらいなら、笑われるくらいの方が良い。
 誘導しても後ろに立ってはくれない花華を退けるように前に立って、彼女の肩を抑えると、おれはちょっとずつ足を後ろへやった。上手い具合に相手の居所を見つめつつ、再び外へのドアを探していく。

「――探偵さん」
「この闇の中だ。光があるなら良いが、闇の中は初対面と挨拶するには向かない」
「……ええ。ただ、ここにいるのは私たちの他に、あとはHARUNAさんが呼んだもう一名と、響良牙さんの二人だけのはずですから……」
「だとするなら前者だが、きみの疑う通りHARUNAがまったくの嘘つきで、この世界の悪魔や魔獣に餌をやりに来たのなら、おれたちに襲ってくるかもしれないな」

 おれは、皮肉めいた言葉を返してしまった。
 すべての情報をHARUNAに依存している以上、そうとも言える。ここが怪物の檻で、おれたちはそこに餌として放り込まれているかもしれない。
 それはわからないし、だとするのなら逃げなければならないだろう。

『失礼ね。――あそこにいるのは、間違いなく“彼”よ』

 すると、HARUNAの声が響いた。彼女は淡々と、ただ少し呆れたように言った。目の前でこう言われて不機嫌にはなったかもしれない。
 おれは不意の言葉に少し心臓を高鳴らせる。

『ねえ、この中を彷徨って迷子にでもなったのかしら。それとも、別世界での父親がいた場所を探索しているの――?』

 今度の言葉は、おれたちではなく、そこに立っている“彼”とやらに向けられた言葉だったようだ。
 ただ、おれたち全員に聞こえるように念話をかけているのは間違いなかった。
 そこにいる者の正体を、彼女は直後に告げてくれた。





『かつての殺し合いの主催者、カイザーベリアルの息子――――朝倉リク』







862 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:46:45 ID:H/vzgqzw0



【響良牙/C-8 花畑】



 おれの予知した未来――そこで鋭い吊り目を輝かせるのは、まぎれもなくあのカイザーベリアルに違いなかった。
 その戦いへの覚悟はある。
 何度だって倒す。何度だってぶつかる。本当にその為だけに今日まで生きてきたというのなら、まだおれにも救いがあるような気がする。
 だが、おれの心に靄を残しているのは、ベリアルの事じゃなかった。

「――」

 そう――もう一人、どこか遠くで生き残っているはずの、つぼみの事だった。
 涼村暁も、左翔太郎も、涼邑零も、血祭ドウコクも、孤門一輝も、蒼乃美希も、佐倉杏子も、高町ヴィヴィオも……生き残っていたヤツは、他の全員がもういないらしい。
 おれが願いを叶えるという事は、つまり、間違いなく……つぼみももうすぐ死んでしまうという事だった。
 おれが置き去りになった後でも、きっと世の中は動き続けていたのだ。
 そんな中で、あいつらは、おれを残して勝手に先に逝って……おれを迷子のままここに残した……。
 外の時間がどういう風に動いていたか知らないが――あとはもう、あいつらの中では彼女にしか会えないという事だった。

「右京……ムース……それに、あかりちゃん……」

 生きているよな……?
 この何十年で、あのババアはくたばっただろうが、お前たちならおれを迎えてくれると信じている。

 そう……おれはベリアルとの決戦に向かう前の日、きみとデートする約束をしたんだったな、あかりちゃん……。
 残念ながら、おれはあの場所へ帰ってくる事ができなかった。
 だから、きみはもう別の人と結ばれて、おれを忘れて別の暮らしをしている事だろうと思う。――きみがどれだけ待ってくれていたかはわからないが、もし戻れたのなら、待たせた時間の分だけ謝りたい。
 きみが生きているのなら、おれは現れて謝ればいいのか、それとももう二度と会わない方がいいのか……それはおれにはわからない。

 だけど……おれは……もう一度……。

「――もう一度……時間をやり直す事が出来たら――」

 ……そうだ、一番勝手なのはおれなのだ。
 待っている人がいる世界に帰る事さえもなく……一人でずっとこんなところで迷子になり続けていた、そんなおれが一番……勝手なのだ。
 あの時、おれがちゃんと帰っていれば――約束を守っていれば、あるいは約束なんてしなければ、誰を待たせる事もなかった。

863 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:47:04 ID:H/vzgqzw0



「――――ッ!!」



 そんな事を考えた瞬間、強い頭痛がおれを襲った。
 予知能力が発現した時に頭に走る稲妻。――予知に慣れないおれには、その一瞬の痛みと情報は苦痛にさえ感じた。
 それは濁流のようにおれの頭の中を流れ込み、締め付けていく。
 無数の記憶。



(――なんだ!? どうして……こんな……)



 キュアブロッサム。花咲つぼみ。一撃。おれの眼前に拳。
 何か言っている。言葉。怒り。涙。
 空に影。深い闇。雷雨。
 花。
 白いカーテン。真っ白な光。ベッド。老婆。花。誰かの手。涙。
 言葉。優しい。冷たい。光。願いを告げる。水。光。



 ……おれは、この時になって、また未来を見た。
 おれが願いを告げるまでに起こる出来事たちが、パズルのピースを見せられるように、ほんの断片的に頭の中に注がれた。

 つぼみは再びおれの前でキュアブロッサムへと変身し、やがて、おれと拳を交える事になるのだった。
 それがおれの見た未来だ。
 おれは荒い息を整えながら、再び、言葉を忘れない為の独り言を言った。

「――あれからどれだけ、時が経ったのかしらんが!」

 つぼみは、これからかつてと同じ姿のまま、キュアブロッサムとしておれの前に現れる。
 だが、おれは久々の再会を喜ぶのではなく――何故か、彼女と戦っていた。
 彼女のまっすぐな拳がおれを狙い、おれはすかさず反撃していく。それがおれの見ているビジョンで、おれの知るこれから先の運命。
 ここに咲いた花々のうえで、おれたちは戦う事になる。

 ……おれは、また同じように、再会する事を待ち望んだ相手と戦わなければならないというのか。
 あかねさんと拳を交えたあの時と同じく――。

「……何故……! なんで、ここできみなんだ……! つぼみ……!!」

 最後の二人として残ったのが、もし血祭ドウコクやゴ・ガドル・バだったのなら、まるで躊躇する事なく戦えるだろう。
 あるいは、また別の誰かならばまだ心が痛む事はない。
 しかし、あの時の同行者で一番の友だちで、最後の戦いでもおれに力を貸してくれた……そのつぼみがおれの最後の敵だという事実に、おれは悲観に暮れていた。

「せめて……もっと戦う意味のある相手だったなら――おれはまだ、自分の生きた時間を誇る事ができるのに……!!」

 それだけでも、おれの生きる意味はぼやけていた。
 仲間だったシャンプーや乱馬を失い、一条や良や多くの仲間たちが死んでいくのを見届け、挙句はに敵意を向けるあかねさんと戦い合い、戦いの果てで死ぬ事もないまま永遠の迷子になり、そしてつぼみと今度は敵同士になる……そうまでして、おれに生きる意味はあったのだろうか。
 何度となく悩んだ事だが、最後の一つは決定的だった。
 おれはただ、死ぬ為だけに何十年をここで過ごしているんじゃないかと思い続けたほど――長い時間を生きてきたのに。



「くっ……何故なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」





864 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:47:24 ID:H/vzgqzw0



【『探偵』/オープニングの広間】



 朝倉リク、と呼ばれた男が目の前にいた。
 オレンジのシャツに、デニム生地のジャケットを着た、童顔の男性。おちゃらけた印象もなければ、真面目すぎるという事もなく、普通の小学生くらいの子供がそのまま体だけ大人になったような印象さえ受ける。
 おれたちは、オープニングの広間に灯りをつけて、そのリクという男を前にしていた。彼はその広間で灯りを探していたらしかった。
 当然ながら、そこに人を運んだり、スポットライトがつけられたりしていたのだから、ここには何らかの形で電気が通っているのが自然だ。彼もこの場所を探検していたというわけである。

『彼がそう、私が呼んだ少年』

 ……正直、もっと頼りがいのある奴を想像していたが、それは桜井花華同様に未熟な印象を覚えさせるタイプだった。
 随分と平均年齢が低いパーティだ。HARUNAがもし、おれより年下ならば、おれが一番最年長という事になる。子供は苦手だと何度も言っている通りだが、そんなおれが面倒見良く彼らに引率しなければならなくなるわけだ。適材適所とは程遠い。
 彼は、おれたちに向けて、恐縮そうに挨拶をした。
 ベリアルの息子などという肩書と共に差し出されたが、普通の人間の形をしている時点でその肩書も疑わしい。そもそもどう見ても日本人じゃないか。

「あの……こんにちは。朝倉リクです」
「ああ……あんたは――ベリアルの息子って本当なのか?」
「えっと、確かに僕は、ウルトラマンベリアルの息子だけど――僕のいた世界はこことは、違う歴史を歩んだみたいで……」

 彼は少しどもった。
 どういう奴なのかわからないが、薄く笑ったままどもっていて、人見知りのような感じを覚えさせた。おれと同じく、コミュ障などと呼ばれるカテゴリの、おれとは別のコミュ障なのかもしれない。
 ……いや、考えてみればおれが威圧的だから驚いたという線もあるか。初対面を相手に過大な態度でマウントを取ろうとしてしまうのはおれの悪い癖だ。
 自分の身長と痩せた顔が少しばかり初見に優しくないのをつい忘れてしまう。
 HARUNAが言った。

『――“彼”は、ベリアルの遺伝子情報を持つ人物として私が見つけ出したわ。彼がいたのは、変身ロワイアルの出来事そのものが認知されていない世界――もっと言えば、ベリアルが別の野望を果たし、別の形で散った世界から私の仲間が呼び寄せたのが、この朝倉リク』

 つまるところ、どちらにせよあのカイザーベリアルの息子と云えど、厳密にはおれたちが憎むべき相手とは程遠いというわけだ。
 ただ、遺伝子的には全く一致しているらしく、この世界へのゲートを渡る事が出来たという好都合な存在らしい。
 どうあれ、このリクという男からすれば、少々居心地が悪いかもしれない。
 珍しくHARUNAが心優しいフォローをした。

『まあ、ベリアルの息子といえど、性格はいたって温厚。かつてはその世界を守り抜いたウルトラマンの一人よ』

 それから、HARUNAはその世界に生じたクライシス・インパクトの存在や、ウルトラマンキングの存在などの話などを語りだしたが、おれには全くと言っていいほど興味がなかった。
 この男を信じるに値する説得力をよこしているつもりなのかもしれないが、それを説明するHARUNAさえ信じられないのだから、こんな話を聞いて何になると云える。
 結局のところ、誰が何を話そうが、あくまで参考程度だ。

「――で、そのまったく無関係な彼がここに来てくれた理由はなんだ。父親の尻拭いだとしても、違う世界の話なら、拭いてやる必要がないように思えるが」

 おれが気になるのはこの辺りだ。
 結局のところ、口で温厚だと言われても、おれにはどんな奴なのかわからない。
 花華やHARUNAの事でさえ、具体的にどんな奴と言われると――惑うところもある中だ。だが、花華は悪い奴ではないと思うし、HARUNAが嫌な奴なのはわかっている。それに対して、こいつがどんな奴なのかは全くわからない。
 リクのパーソナリティありきでないと話は進まなかったが、この質問にはリク本人が答えてくれた。

865 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:47:40 ID:H/vzgqzw0

「……今回の事も僕にとって、関係ない事じゃないと思ったから。誰かが困ってるのも、誰かの存在が消えるのも――それを守れるのが僕たちだけなら、力にはなりたいし、こうして僕たちが動かなきゃ問題は解決しない」
「まあ確かに……こうしてきみが来てくれないとHARUNAもおれも困るだろうが、きみにリターンはないはずだ。バイト料も出ないだろう」
「それは……まあ確かにちょっと困るけど……。あ、でも、それを言ったら、あなただってバイト料は出ないし、無関係でしょう! あなたこそなんで来たんですか!」

 確かにそうだ。返す言葉もない。
 誰が一番関係ないかというと、事故同然でここに来たおれだ。

「――おれも来たくて来たわけじゃないが、それは確かに……一理あると云えるな。理由はそれぞれだ。……悪かった、まあ、きみの言わんとしている事はわかった」

 考えてみれば、いわゆる「頼まれると断れない性格」というのはいくらでもいるし、それが自分にとってリスキーでも引き受けてしまうヤツはそこら中にいる。それを踏まえると、ごく普通の少年にしか見えない彼の方が、頼まれた事情を断らないリスクについて経験が浅く、こうしてここに来るのもわからなくはなかった。
 そうでなくても、HARUNAの勧誘は拒否権がない。退路を断って無理やり協力させる事だって珍しくは無かろう。
 自分にしかできない状況に使命感を覚えるというのもわからなくはない話だ。探偵が誰にでも務まる仕事だったのなら、おれはとっくに飽きていたかもしれない。

 協力できるかはともかく、まあ普通のヤツなのは見ての通りのようだ。
 これが演技だとするのなら相当凄いとしか言えない。

「……で、事情はおおよそ一割ほどわかったが、いずれにしろこうして揃ったからには、作戦を立てて良牙の殲滅をしろという話になるわけだが――これからどうするか考えてあるはずだろう」

 おれは、仲間が全員揃ったところでHARUNAに訊いてみた。
 主催者の息子である朝倉リクに、生還者の子孫である桜井花華、特異点の魔法少女HARUNAに、それから全く関係のないおれ。
 こちらには一応の戦力が二名いるとして、響良牙に勝てる見込みの話というのが不明だ。
 何しろ仲間の力も敵の力もさっぱりわかっていないし、あまりの事前研究不足の中で行き当たりばったりに世界の命運を託されている形になっている。
 このまま「作戦なんてないわよ」「力づくでいくわ」などと、むちゃくちゃな事を言われて外に駆り出されたらどうしようかという不安がおれの胸に湧いた。



『作戦なんてないわよ――こちらの戦力は十分と言っていい。……力づくでいくわ』



 ……案の定だ。
 などとあきれ果てた時だった――。



 外から轟音が鳴り響き、強い危険の匂いを感じたのは――。







 さて。
 ……おれにはHARUNAが一体何を考えているのか、いまだにわからない。
 可愛げのない機械的な指令をひたすらにおれたちに差し出してきて、その真意や目的、真偽すらもわからないまま引き返せない時間ばかりが過ぎた。
 こんな存在がおれの中に入っている事それそのものがかなり不愉快だが、もはやなってしまった以上仕方ないと諦めるしかなかった。
 艦内でだべっていたおれたちに、轟音が響いて、おれたちは次に外へ出て、遂に響良牙と出会う事になる。
 その前に、キーワードを一度整理しよう。



 今回のキーワードは次の通りだ。
・ベリアル
・朝倉リク
・響良牙との戦い



 おれたちが向かうのは――響良牙がいる、C-8の花畑だ。





866 80 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:48:18 ID:H/vzgqzw0



【HARUNA/――これより少し前――】



 ……遂に時は来た。

 八十年の隔絶によって、変わっていった時の流れ。
 あるべき世界オリジナルと、派生した世界セカンド。世界は二つに分かれていた。
 二つの世界は決して交わらず、それぞれ同じ人々から始まり、分岐し、どちらも平穏を大きく崩される事もなく動いていた。

 高町ヴィヴィオが先んじて永眠し、花咲つぼみの命も僅かとなったいま、残る参加者は二人だけ――世界はそんな、誰も知らない危機に瀕しているのだ。
 優勝者の願いによっては、今までバランスの取れていた世界は、いかようにも形を変えてしまう。
 ……勿論、八十年の中で多くの別の出会いを経て子孫を育んできた花咲つぼみが願いを叶えたのなら、彼女は世界の消失など望まない。
 だが、もしその八十年を孤独に過ごした響良牙ならば、かつてそれを口にしたように、世界を消し去る願いを込めるだろう。
 ほんのわずかな時間よりも、その前の長い日常や、その後の長い虚無の方が、彼への影響は大きかったに違いないのだから……。

 そんな危機を知っていた私のソウルジェムは既に、数多の戦いによって、あと僅かで救済というところまで来ていた。
 それまでに彼女には、私の力で――多元世界移動と多元世界誘導を能力とする私の魔法で、響良牙の願いを食い止めてもらわないとならない。

 ……たとえどれだけ憎まれたとしても、最悪の事態の前に、私は桜井花華を救ってみせる。

 もし、このままセカンドがリセットし、元のあるべき世界が――それぞれ孤立した世界が求められていたのなら、セカンドにあったその先の歴史すべては根絶されてしまう事になる。
 私は、すべてが手遅れになる前にその脅威からセカンドを救わなければならない。





 桜井花華が消えた時間の中で、私のような迷子になってしまう前に……。







867 ◆gry038wOvE :2018/03/09(金) 18:50:53 ID:H/vzgqzw0
投下終了です。
まったく予定になかったのですが、明日から「劇場版 ウルトラマンジード つなぐぜ! 願い!!」が公開するとの事で、宣伝のために登場させてみました。
元々いないはずの登場人物なので、他と比べるとあんまり話に絡まないかもしれませんがまあ、見られる方はぜひジードの映画もよろしくどうぞ。

868 名無しさん :2018/03/09(金) 21:41:16 ID:Bm4fu2iM0
投下乙です!
まさかここで彼が登場するとは……でも確かにべリアルにとってはなくてはならない人物ですからね!
そして良牙との決着が迫るこの物語はどんなエンドマークを迎えるのか……?

869 名無しさん :2018/03/22(木) 17:38:20 ID:FE2/s2to0
したらばの死者スレが4年ぶりに動いてたんだな
誰だか分からんが、こちらも投下乙!

870 ◆gry038wOvE :2019/08/06(火) 17:06:19 ID:l9/MeknI0
変身ロワ本スレの皆様、お久しぶりです。

長らくお待たせして大変申し訳ありませんが、今後諸事情によりエピローグの続きを掲載していく事が困難となってしまいました。
いつかは完成させたいと思ってはおりましたが、それが叶うかもわかりません。
仮に完成できるとしても、代筆・共作になったり、かなり後の話になってしまったり、あるいは台本形式などこちらの起こしやすい形になったりするかもしれないと思います。

その為、先んじてプロットのみを別サイトにて公開し、物語の結末をすべて明かす事にいたしました。
おそらく、この結末自体は2014年ごろから想定しており、その後の展開によって細部が決定したプロットであったと思います。

長い間お待たせして、このような形での発表になってしまう事をお詫び申し上げます。
プロットのみの先行公開という形での発表でも構わないという方のみ、お読みください。
よろしくお願いいたします。

当該サイトリンク。
ttps://privatter.net/p/4838230
※パスワードは「henshin」です。

871 名無しさん :2019/09/04(水) 02:35:22 ID:mORytF0w0
プロット公開ありがとうございました。
こういう形の公開もパロ小説の落とし方としてはアリなんではないかと思います。
気になってた点も殆ど(ジード以外w)クリアになって、とてもすっきりしました。
(探偵の名前が〇〇〇〇〇、ってのはちょっとやり過ぎな気はしますがw)

おつかれさまでした。ありがとう。


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