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変身ロワイアルその6

168らんまの心臓(前編) ◆gry038wOvE:2014/10/07(火) 15:31:53 ID:4VrrmyR20
 早くも土埃がつぼみの頬や髪を穢しているのが見えた。クウガの実力が、殆ど五代や一条とはけた違いと言っていい被害を出しているのに、エターナルは焦燥した。
 生身のままだったつぼみに被害がないか、エターナルは今一度確認したかったのだ。
 エターナルはつぼみの全身を覆えたわけではない。つぼみの真上に落ちてくるはずだった大木のひとつを背負っているだけだ。下半身に被害がないか、それは彼の視界では見えない。

「はい。私は、……大丈夫です」

 主語の後に少しだけ嘆息するような間を開けて、彼女は言った。どこか気を使ったように自信なさげな解答である。ある決着への戸惑いもあるようだ。
 良牙も、つぼみとの付き合いが一日だけとはいえ、もう何となくつぼみの言いたい事はすぐにわかった。

 私は、とあくまで自分を指した解答をしたのは、他に三人、つぼみが良牙と同様の質問をしたい相手がいるからに違いない。
 一人は、響良牙。彼自身のポテンシャルの高さからしても木一本落ちてくるくらいは訳もない。それに加えて、エターナルの防御力の高さやエターナルローブによる衝撃吸収で、ほとんどダメージなどゼロ同然である。
 もう一人は、美樹さやか。今、まさに遺体が残酷に消えた事実だけ目の当りにしたばかりで、口にできなかった。
 そして、天道あかねだろう。

「……良かった」

 安心したようには言えず、どこかぶっきらぼうにエターナルは言った。
 良牙の脳内を何か別の事が支配しているからだろう。確かに安心感はあったが、言葉にその感情は乗らなかった。
 つぼみが何か問うのを予め阻止したいようにも見える。さやかとあかねに関する話をしたいとは思わなかった。

「良牙さん、あかねさんは──!」
「やめてくれ」
「でも、良牙さんはあの人を助ける事をずっと──」
「もう考えたくない!」

 考えたくないと言いつつも、良牙の思考はそれ一つに支配されているのが真実だった。
 自分が人間として下せる判断は、殺害が適切か、救済が適切か──。
 その二つの選択肢の内、良牙は前者を選んだ。
 一方で、つぼみが選択し、薦めるのは後者だろう。
 つぼみも、友人をこんなにも残酷に殺した人間に対して、許せない気持ちもある。いや、むしろいくら彼女であれ、そんな憎悪が大部分を占めているはずだ。しかし、それ以上に、良牙がこれから人を殺そうとする事に対する抵抗が、つぼみの語調に感じられた。
 比較的落ち着いているのも、つぼみ自身もそれなりに複雑な心境である証に見えた。

「……でも、まだいくらでも道があると思います。さやかだって、本当なら悔い改めようと……」
「そのさやかを殺したのが、他でもないあかねさんだ」

 当の良牙の言葉には堪えきれない激情が含まれている。
 これは、ごくごく個人的な怒りと憎しみであった。人が人を殺すと決めた時に、最も人間らしい理由かもしれない。
 少なくとも、ある種の正義の為という気持ちではなかった。あかねを野に放って犠牲を出す事を予め阻止する為に殺す──という、大義名分はなく、ただあかねの存在を消したいほどの恨みが自分の中に駆け巡るのを良牙は感じたのだった。

「俺はあかねさんを殺すと決めた」

 可愛さ余って憎さ百倍、とはいうが、純情な良牙にはこれまでその意味もわからなかっただろう。
 しかし、自分があかねを好きだった理由を──そして、自分が思い描いていたあかねの事を思い出した時、それを裏切られた気分になり、その言葉の意味を知った。
 そして、その時、どうしようもなく憎くなったのだ。勝手な理想を抱いて、それを裏切られた時に憎む──一見すると、独りよがりに見えるかもしれないが、この年頃の人間であれば全く仕方のない話かもしれない。

 彼は、それが断罪ですらないただの憂さ晴らしの殺害だと知りながら、それでも実行に移そうとしていた。
 まだ恋は冷めていないはずだが──あかねを獲得したい想いがあるが、それでも何故かあかねを消してしまいたい。
 そんな感情が己の中にあると確信できる。
 まだつぼみやさやかに対して「守りたい」という想いがあるだけ、自分の心がきわめて正常である事に、少しは安心しているが、その一方で不安な心持でもある。──一人恨めば、やがて感情はエスカレートするかもしれない、と。


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