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変身ロワイアルその6

80880 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:08:47 ID:r7bKsKRs0

 後の方針が簡単に決まり、わずかばかりの安堵とともに、おれは花華と町を歩いた。
 花咲家の住所を選択すると、Ryogaは極めて正確におれたちの視界とほぼ同一の立体映像を表示した。それが曲がるべき場所の目印になる看板や標識を教えてくれるし、曲がった先の状況もワイプで表示してくれる。

 迷子の名前がつけられているわりには、正確性は極めて高いアプリだった。
 折角だ。おれも後で端末からダウンロードして喫煙所探しとカプセルホテル探しに使わせてもらおう。







 ……花咲家には、それからすぐに着く事になった。
 そこは、シャッターで閉じられていて、廃墟のような風体だった。シャッターの裏はおそらくガラス張りになっている。明らかに個店を営んでいた建物だったし、その上の階を住まいにしていたのは間違いなかった。
 建物としては古い。八十年、おそらくこのままの形で残っている建物だろう。
 その間、ちょっとしたリフォームはしたかもしれないが、部屋の中身を全部退いて改築するような大仕事はしていないと見えた。

 考えてみれば、風都にもよくあるようなタイプの家屋だった。
 我が鳴海探偵事務所も、八十年前から、ある建物の二階をずっと借りている。かつては一階がビリヤード場だったのが、パチンコ屋に変わり、リサイクル屋に変わり、いまは中小IT企業のオフィスだ。
 何度か多忙で事務所に寝泊まりした感覚だと、これらの経営者がうちの事務所を買って住まいにするのも案外居心地が良いだろうと想像させる。
 おれとしても、出勤が楽なのは最高である。所長の後継者が決まり、あの所長が召された暁には、ぜひともおれの住まいをあの探偵事務所にして頂きたいくらいだ。

 ただ、正直、おれは当初、花咲家がこういう家だとは思っていなかったのだ。
 花咲つぼみが研究者として有名になった後の事や八十年前の建物である事を考えると、やたらに広い豪邸だとか、あるいは別に倉庫や物置があるとか、そういった想像をしていたのだが――あまりにもふつうである。
 ここから始まった、と言い換えて見れば、情の厚い連中には感慨深いのかもしれない。

「ここがひいおばあちゃんの昔の家です」
「ああ」

 漏れたのは、間抜けな生返事だった。
 確かにここならば、「家の中を探すだけ」なら探偵が必要ない。
 むしろ、既に個人が家中のものをひっくり返して探しているのがふつうである。見たところ彼女も賢い部類の少女だ。本当にこの中から探し物を見つけたいなら、自力でやった方が効率は良いと気づくだろう。
 尤も、おれとしては、賢くない依頼人にそういうなんでも屋のような雑用係を依頼される事も――そして引き受けざるを得ない事も、珍しくはない話だが。

「開けるのでちょっと待っててください」

 彼女が、祖母から預かったという鍵を取り出した。旧式の施錠だ。
 この程度のセキュリティで何年も空き家にしたなら――風都なら、開けた瞬間に間違いなく愛する我が家のぐちゃぐちゃに荒らされた後の光景を目にする事だろう。

「……はい、どうぞ」

 しかし、数年分の埃をかぶりつつも、案外綺麗な玄関がおれを迎えた。
 暗い玄関に正面の小さな窓から注ぐ夕焼け。それは廊下に反射して、家の中をきわめてノスタルジックに映した。まるでおれもどこかへ帰ってきたような気持ちにさせられる。
 家族が住んでいたような一軒家に入るのは、何年ぶりだろうか。
 昔の恋人に誘われた家に、よく似ていた。

「ん?」

 ――ふと、奇妙な胸騒ぎがした。
 何年か人間に置き去りにされたこの家は――事件の香りがした。
 それはおれが何度か関わるハメになった血、暴力、欲望、狂気の事件とはまた違う類の、もっと得体の知れない何かがこの先にあるような気がした。
 おれの背筋を最も凍らせるもの……そう、謎という闇。
 おれの想像できる他人と、実際の他人の心の神秘を結びつける、ある種の精霊的なエネルギー。――それがこの先に、ある。
 数メートルの距離を無限に見せる不気味な光りと伴った廊下の、この先に。


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