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Ammo→Re!!のようです

113名も無きAAのようです:2015/03/16(月) 14:24:46 ID:5Xxnivy60
そうかそうか

114名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 13:18:05 ID:bvzKnUg.0
今気付いたけど>>80-81の間抜けてるっぽいね

115名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 19:33:15 ID:3zCqeYac0
>>114
うわあああああああああああああああああああああああああ
抜けてたあああああああああああああああああああああああ!!

116>>80-81の間に入るはずだったもの:2015/03/18(水) 19:34:11 ID:3zCqeYac0
ほっそりとした顔、魔女を思わせる鷲鼻、愁いを湛えた表情をより一層妖艶にする紫色の口紅と紫のアイシャドウ。
憂鬱気に開かれたブラウンの瞳が、トラギコを見る。
帽子の鍔を摘まみ、妖艶な笑みを浮かべてシュールは言葉を発した。

lw´‐ _‐ノv『この歌が聞こえるか? 怒れる者たちの歌が聞こえるか?
       これは二度と囚われぬ者たちの歌』

歌うように滑らかに発せられたのは、明らかに挨拶の台詞ではない。
間違いなく棺桶の起動コード。
背負っていたコンテナにその体が招き入れられるのを見るのと同時に、トラギコも応じて口にした。

(#=゚д゚)『これが俺の天職だ!!』

叫んだのは、ブリッツの起動コード。
アタッシュケースが開き、機械仕掛けの籠手が飛び出す。
それを両腕に装着し、収まっていた高周波刀の柄を左手で握りしめる。
松葉杖をその場に投げ捨て、M8000を懐にしまう。

シュールが背負っていたコンテナの大きさは彼女の身長とほぼ同じ、約六フィート。
つまり、Bクラスの棺桶という事だ。
そうなると拳銃弾は通じない。
高周波刀だけが、シュールの棺桶を打ち破れる。

望んでいた相手とはいえ、状況は不利だ。
眼前のコンテナが開き、現れたのは六フィート弱のトリコロールカラーの棺桶。
丸みの多い装甲は見た目にも厚みがあり、アクセントとして黒い線が装甲の淵に塗られている。
威圧感を与えるカラーリングで、尚且つ注目を浴びるようなデザインは悪趣味という他ない。

117名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 20:49:44 ID:VNeIzLqI0
やっぱりそうだったのか
VIPで追ってた時いつの間にか解除されてて?ってなったけど
そのまま指摘忘れてたすまん

118名も無きAAのようです:2015/03/19(木) 21:33:59 ID:ui9qwufQ0
作者でごわす。
上記の恥ずかしいミスを修正した物をブログにて公開いたしました。
もしよろしければこちらをご覧いただければと思います。

ttp://guruguruhaguruma.blog38.fc2.com/blog-entry-287.html

119名も無きAAのようです:2015/04/10(金) 21:41:50 ID:ImNmCLvM0
乙です!今回もめっちゃ面白かったです!
しかしカギ爪とベルだとガンソードを思い出すわ

120名も無きAAのようです:2015/04/11(土) 19:41:08 ID:jAWZD5rY0
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真実に挑む虎が一匹。
真実に手を伸ばす女が一人。
真実を見届けようとする男が一人。

己の運命、宿命、命運を操るのは己自身。

彼らに覚悟はあるのか。
失い、追われ、襲われ、襲い、追い、奪うだけの覚悟が。
全てを知らぬ彼らに、全てを知り得ぬ彼らにその備えがあるのだろうか。

所詮彼らは――

Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章
        【driver-ドライバー-】
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明日、VIPにてお会いしましょう

121名も無きAAのようです:2015/04/11(土) 22:33:42 ID:c7Vk9JKw0
待ってる!

122名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:39:48 ID:u7PlYkbY0
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真を追う者は真に追われる覚悟を。
力を求める者は力を要求される覚悟を。
夢を見る者は夢を捨てる覚悟を。
愛を得ようとする者は、それを失う瞬間を覚悟しなければならない。

                                           ――イルトリアの諺

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123名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:45:46 ID:u7PlYkbY0
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,r ヽ.__,,.、                        __    ,r' メ-‐、_   __
     '〜´ ̄ニ=一_---__- -ー―--_― ''  ̄´  `v⌒    .::.⌒'´ ヽ_
ー--―--__-一-_-二ニ_ー-- ̄- ̄ニ  二_一=ニ 込ィ1 :.:.:::.:.:.:.:.:...:..
  ,.-y'父ヽ         ̄ ―--―  ,、 ̄ニ一__ ̄- .,ィid1`′二_,.-‐‐-、
^^´/公 ヘ `ー、_,x‐,ュ三ニヽ‐- .__ ,ィヽ´ヽ\_,.-、一_ / 「l´ ヽ'´ ヽ\_へ ヾ
--一--ー---‐‐--====ー--一--=====ー--ー-一. |」 丶-―--ー‐一
                     August 10th AM08:12
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アイリーン・ストリートは漁港から島の中心部にあるグレート・ベルに向けて伸びる道で、多様な店と市場が並んでいることから、観光客や生活用品を買い求める島民が多く利用する。
商品を買い求める客足は夜明けから徐々に増え始め、朝の七時になる頃には牛歩の如き速度でしか移動できない場所も発生する。
観光客は宿泊しているホテルではなく地元の食材と料理を振る舞う定食屋に寄って朝食を済ませ、ほとんどの店が開く十時手前に改めて買い物に出かけるのが最も一般的な動きだ。
しかし、その日は朝の八時の段階で外出している観光客はいなかった。

普段は客でにぎわう土産物店の中にも、早々にシャッターを下ろしている店まである始末だ。
恐らく、十時を過ぎても観光客はホテルや宿から足を延ばして買い物に行くことはないだろう。
そうなることを予想してシャッターを下ろした店の判断は正解だと言える。
ではなぜ、店主は客足が途絶えることを予期できたのだろうか。

主な理由は二つある。
一つ目は、逃亡犯が島に逃げ込んだために行われた厳戒な封鎖。
そして二つ目が、その緊迫した状況下にありながら起こった爆弾テロの騒ぎである。
旅行先のどこかで起こった小さな犯罪程度ならまだしも、それが島の安全を根幹から脅かす大事件へと発展したのであれば外出を避け、宿泊施設に留まるのは当然だと考えられるからだ。

現に、宿泊施設では観光を取りやめた客対応のために朝早くから多忙を極め、調理場は戦場と比喩される年末年始の宴会並に慌ただしかった。
唐突に訪れた商機に経営者は大喜びであったが、この事態に慣れぬ従業員は人手不足と材料不足に怒った。
特に、漁に出る船が軒並みで主な食糧である魚は防波堤から釣り糸を垂らす磯釣りでしか入手できない事が、何よりも手痛い。
磯釣りで手に入る魚の量と種類は飲食店からしたら微々たるもので、長期間に渡る供給はとてもではないが不可能だ。

124名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:51:36 ID:u7PlYkbY0
飲食に関わる店で最も致命的となるのは、仕入れが出来なくなることだ。
島街であるティンカーベルは多くの島で構成されているため、それぞれが分担して農作物・畜産を管理することで、小さな領土内でも食糧に困ることのないようにしている。
収穫物は船や橋を渡って異なる島の市場へと定期的に出荷されるのだが、内外への移動が完全に禁止されてしまっているために、どうしても食材が不足してしまう。
一日程度ならば備蓄していた分でどうにか維持できるのだが、その島内で生産していない食材を使う料理は早々に提供が停止する。

分担生産による弊害は避けられなかったが、飲食店への打撃は経済学者が思うよりも小さく済んでいた。
材料不足を心配するのは多種多様な料理をメニューに載せている宿泊施設ぐらいで、小さな飲食店などは状況が不利と判断してすぐに店を閉じ、メニューの変更を視野に入れて休業していた。
提供できないのに店を開くのは愚かだし、それ以前に客が来なければ店を開いて準備をするだけ時間と材料と光熱費の無駄だと判断しての事だ。
特に速い反応を示したのは、アイリーン・ストリート周辺の店だった。

爆発が起こり、パニックが起こってから僅か一時間足らずの間に七割の店がシャッターを下ろし、二時間後には業突く張りな土産物屋以外全ての店が営業を停止した。
アイリーン・ストリートの近辺にある店がいち早く反応したのは彼らが優れた感性を持っていただけではなく、事件そのものがアイリーン・ストリートで起こったからだった。
朝市で市場が賑わい始めた午前四時頃にスタードッグス・カフェのテラス席に置かれた鞄が爆破し、市場を一瞬にして恐怖の坩堝へと変えた瞬間、店主たちは二つの決断に迫られた。
店を閉めるか、店を開いて店を求める客を手に入れるか。

緊急時における決断力の速さは商人としての優秀さを示し、結果的に大きな利益を生み出せるのであればそれは商人の鑑だ。
だが、彼らは店を閉めて救護活動に手を貸すことを即決し、店の利益を放棄したのだ。
人間らしさ、つまりは他者を助ける優しさが人一倍強い島民ならではの反応だったと言えよう。
互いに助け合うという事の多い島という環境が彼らを突き動かし、結果的には店の損失を最小限に抑え、商人としても正しい成果を得たのである。

幸いにして爆発による死傷者はおらず、音に驚いた拍子で転んで捻挫したり破片で擦過傷を負ったりした程度で済んでいた。
爆発という非日常的な事態にも関わらず混乱が経度で済んだのは、通報よりも先に駆け付けた警察官たちの努力の賜物だった。
偶然現場付近に居合わせたイブケ・ゼタニガ巡査は即座に一般人を現場から遠ざけ、更には民間人に協力を仰いで全体の混乱を回避させた。
彼は人間の心理を操る術を心得ており、一方的に命令を下すよりも協力を要請することで全体が秩序を保った状態で動くことを知っていたのだ。

斯くして事件現場の調査は迅速に執り行われ、負傷者の搬送と目撃者からの事情聴取などを終えた後、島全体に流す放送を通じて警察から島民への説明が行われることになった。
時刻は朝の八時十二分。
島民は誰もが目覚め、各々仕事に動き出す時間帯だった。
純度の高い金属がぶつかり合い、巨大な音を生み出す。

125名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:55:19 ID:u7PlYkbY0
予告なしに鳴り響くグレート・ベルの鐘の音が、その音を聞く人間に静聴を求めた。
静寂。
市場が、港が、民家が、学校が。
ティンカーベルにある全ての施設から雑音が消え、凪いだ海のように静かになる。

ノイズが僅かに入り、それから続けて報道担当官と名乗る若い男の落ち着き払った声が島中に響き渡る。

『警察報道担当官のベルベット・オールスターです。
ティンカーベルの皆さんにお知らせいたします』

それから続けて放送された内容は一連の事件を簡潔にまとめたもので、余計な装飾は一切なく、当然のことだが面白みもなかった。
故に全ての情報はそれを聞いた人間に伝わり、その後の余計な質問の一切を封じた。
パズルを組み立てるように順序だって並べられた話は、聞く者に余計な考えを生み出させないようにと計算されたものだったが、誰もそれに気付くことはなかった。
自らの意志で情報を選別し、その結果自力で理解したのだと思えば、疑問に思うはずもない。

犯人は精神的な疾患と妄執を抱いた人物であり、以前から警察が目をつけていた三十代前半の男――ジョン・ドゥベール――はすぐに逮捕・拘留された。
同時に、その犯人が昨夜のエラルテ記念病院で起こった火事に関与し、目撃者であったカール・クリンプトン医師を殺害したことを供述したとも説明がされた。
その情報を伏せてきたのは犯人を刺激して新たな事件を起こさせないようにするためだったのだが、
モーニング・スター新聞が発行した今朝の朝刊の一面がその思惑を完膚なきまでに台無しにし、事件発生の動機の一つを担ってしまったと強い口調で報道担当官は付け加えて説明と発表を締めくくる。

こうして、ジュスティアに向けられつつあった矛先は世界最大手の新聞社へと向けられ、逆にジュスティアは好印象を得ることとなった。
放送直後に開かれた記者会見の場に現れた警察長官専属秘書、ライダル・ヅーは手短にコメントを言い放って異例の速さで会見を終了させた。

瓜゚-゚)「二日以内に、円卓十二騎士を動員してこの島からあらゆる犯罪者を駆逐します」

126名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:57:46 ID:u7PlYkbY0
それだけで、島民はもちろんだが会見を聞いていた人間はこれから何が起こるのかを察した。
正義の代弁者を自負するジュスティアが駆逐するというのならば、それは、犯罪者にとっては事実上の死刑宣告に値する。
更に人々を動揺せしめたのは、彼女が口にした円卓十二騎士という存在の大きさだ。
お伽噺として語り継がれ、伝説と化した騎士の階級を持つ十二人。

表立った行動を避けてきた彼らが動くという事は、警察だけでなくジュスティアという街全体が事件解決に動くという事を意味している。
記者会見に参加した多くの島民、そして記者たちは皆一様に同じ気持ちを抱いた。
果たして、どのような愚か者がジュスティアを怒らせたのだろうか、と。
そしてその答えは、すぐに分かる事となった。

瓜゚-゚)「では、第一手」

――軍服姿の男達に連れ去られたモーニング・スター新聞社の人間は、その唐突さに喚く事さえできなかった。

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八時半を回ったあたりから、日差しは強さを増した。
非常に高い場所に浮かぶ薄い雲を除けば、目立つ雲は水平線の向こうにしか見当たらない。
波は穏やかで、海は澄んでいた。
強い日差しは健在だが、穏やかに島中を駆け巡る風は涼しげだ。

127名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:01:02 ID:u7PlYkbY0
現場検証に立ち会うことになったボブ・ガガーリンは勤続十七年のベテラン警部で、これまでに十数件の事件の解決に助力してきた経験者だ。
新聞やラジオで報道されたような難事件にも関わり、他の新人の警官に比べれば現場の捜査を行った経験が豊富だと自負していた。
しかし、テロ行為の跡から犯人に結び付くような状況証拠を見つけ出す経験は一度もなかった。
ブルーシートで完全に封鎖された現場は、注意深く見なければ瓦礫と小さな爆心地以外に何も見当たらない。

爆心地となった場所には小さなテーブルとイスがあったのだが、木っ端微塵に砕け散って広範囲に散らばっている。
テーブルは金属とプラスチックで作られ、椅子はプラスチック製だった。
熱で溶けたプラスチック片が足元に落ちているのを見て、これが椅子の物なのか、テーブルの物なのか、それとも別の物なのかは分からない。
離れた場所には歪に折れ曲がった金属の棒が転がっており、その曲がり方から爆弾の近くにあったパラソルだろうか。

その他諸々の証拠品になり得るものを一人で収集し、分類してラベル貼りをするのかと思うと、非常に気が滅入る。
いつもならば新入りの警官や鑑識に命令して集めて分析させるのだが、現状ではボブ以外に現場慣れした人間はいなかった。
というよりも、この現場検証を担当する人間がボブ一人と、現場を封鎖するために必要な護衛が四人――平均年齢六十歳の駐在――だけだというのだから、自分でやる他選択肢はない。
汗水たらしてボブが集めた証拠品はこれまで自分がそうしてきたのと同じように、より優れた人間が捜査の材料にすることになる。

悔しいかどうかと尋ねられれば、ボブは迷わずに頷くだろう。
事件を自らの手で解決することはこの上ない快感だし、正義のためにこの身を使っているのだと実感できる数少ない機会を他人に持っていかれるのだ。
ジュスティアの人間なら、悔しくないはずがない。
だが命令は命令だし、優れた人間が捜査を担当するのは当然のことで、下っ端がその補助をするのもまた当然である。

白い手袋を指先までしっかりと嵌めて、ボブはそこで次に何をするべきかを考え始めた。
現場の総指揮を執るライダル・ヅーの配慮によって、この事件は解決したことになっているが、実際は何も分かっていない。
犯人像、犯人の目的、そして使用された爆発物の正体さえ分かっていない。
現場検証に関して言えば、ボブは素人だった。

持っている知識だけで現場から情報を収集し、何が起きたのかを分析するには荷が重かった。
それでもやらなければならないのが、この仕事の辛いところだ。
最大の証拠品となる爆弾はすでに運び出され、分析が進められている。
残るのは文字通りの残骸。

128名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:08:07 ID:u7PlYkbY0
その骸から探すのは、あるのかどうかも分からない手がかり。
途方もない宝探し。
砂浜で漂流物探しをした方が、まだ正解を引き当てる確立が高い。

(::゚J゚::)「ふぅ……」

手始めに、粉々に砕けて飛散したテーブルと椅子の破片を集めることにした。
元の色が何色だったのかも識別できない程に焼けた物もあれば、辛うじて白い表面を残している物もある。
これらをパズルのように組み合わせれば元々の形状などが分かるそうだが、それが分かったところで事件解決の手がかりになるとは思えない。
だが専門家に言わせれば、こうして得た情報を少しずつ形にしていく事が大事なのだそうだ。

屈んで小さな破片を集め、それを積み上げていく。
プラスチック片を探す中で、砕けたティーカップや先の折れたスプーンが見つかった。
死人が出なかったのは奇跡としか言えない。
通常、爆弾テロと言えば不特定多数の人間を殺傷するのが目的であり、ここまで被害の少ないテロは初耳だ。

一つ一つの品を見ながら、ボブは物思いにふけった。
いつしかその手は止まり、柄だけとなったスプーンを弄び始めた。

瓜゚-゚)「……やる気がないのなら、最初からそう言ってください」

剃刀のように冷たく鋭い声は、ボブの正面、頭上から落ちてきた。
声に応じて顔を上げると、断頭台に乗せられた死刑囚の気持ちが分かった。
長官の秘書、ライダル・ヅーだ。
フレームレスの眼鏡の向こうにあるはずの鳶色の瞳は陰ってよく見えないが、その声から彼女の機嫌がこの上なく悪いことが分かる。

跫音一つ、気配一つ感じ取れなかった事に対する脅威よりも、醜態を晒した自分に待ち受ける処遇の方が恐ろしい。

(::゚J゚::)ゞ「お、おっお疲れ様です!!」

129名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:10:27 ID:u7PlYkbY0
文字通り飛び上がったボブは急いで敬礼をしたが、ヅーは無表情のままそれを無視した。
警察官は法の体現者としての訓練を受け、それを肝に銘じて職務を遂行するが、ヅーは別格だ。
彼女はジュスティアの規律そのものであり、執行人にして法の化身。
迂闊にも一度怒らせれば綱の切れたギロチンのように無慈悲に決断を下し、障害となる一切合切を排除する女だ。

一瞬とはいえ気を抜いていた姿を見られたボブは、彼女が寛容な人間であることを願うばかりだったが、そのような身勝手な願いは通じない。
結果には結末を。
銃爪を引いたら何が起こるのかを説明するが如く。
鋼鉄を彷彿とさせる冷たい視線を向け、ヅーは強い口調で言い放つ。

瓜゚-゚)「もう結構です、ボブ・ガガーリン警部。
    お守りがいなければ事件現場一つ捜査出来ないとは知りませんでした。
    現場は私が調べますので、一般人が入ってこないように警備していてください」

(::゚J゚::)「し、しかし」

瓜゚-゚)「意見や弁明を求めてなどいません。
    自分一人で出来ることを最大限行い、その結果を追い求める事も出来ない無能はこの現場に必要ないと言っているだけです」

ヅーにはいくつもの渾名があるが、そのほとんどは身内によってつけられたものだ。
歩く断頭台、鉄仮面、粘着女、ジュスティアのギロチン。
全てに共通しているのは、彼女の人間性があまりにも温かみに欠けている事を表現していることだ。
無論、本人もその渾名の数々は知っている。

だからと言って、ただの一歩も譲歩しない姿勢はある意味で尊敬の対象に値する。
ボブもその在り方には尊敬の念を抱いているのだが、いざ目の前で見せつけられるといい気はしない。
不快感を通り越し、己の無力さに怒りを覚える。
大人しくヅーの言葉に従い、ボブはブルーシートの向こうに消えた。

130名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:14:20 ID:u7PlYkbY0
残ったヅーは、さっそく現場検証を行うことにした。
散った破片に法則性がある事は、一目で分かった。
瓦礫が四方八方に散る中でも、爆心地の北に向けてそれが集中して散らばっている。
これが意味するのは、指向性の爆弾が使われたという事だ。

つまり、殺すべき対象がその方向に座っていたことを意味している。
テロではなく殺害が目的だったのだ。
殺害されかけた人物についての聞き込みを行わなければならないのだが、今は人手が足りない。
情報収集をもっと早い段階で行えていれば、人々の記憶が新鮮な内に情報を手に入れられただろう。

現場を封鎖した警察官は確かにいい判断をしたが、肝心の調査についてはほぼ手出しをしていないのが惜しまれる。
命令がなければ捜査を始めないのは、警察の悪い習慣の一つだ。
組織である以上命令に従うのは当然だが、状況を読んで独自の判断を下せなければ事件の早期解決は夢と化す。
常に会議で槍玉にあげられるトラギコ・マウンテンライトは、その点で言えば一流だった。

勤続年数と手柄に見合わない刑事という階級にも関わらず、彼は事件解決のプロフェッショナルだ。
警部の立場にありながら、事件の直接解決に貢献したことのないボブ・ガガーリンなど比較対象にならない程の高次元に位置する人間だった。
暴力による解決方法は容認しがたいものではあるが、それでも彼は事件を解決し続けてきた。
解決力という一点においては、ヅーはトラギコの事を尊敬していた。

尊敬の念を抱く一方で、束縛を嫌う自由主義に嫌気がさしているのもまた事実。
集団行動や組織的な行動というものに協力的ではなく、警察という組織に属している以上はチームワークを重んじてほしいところである。
現に、軍の追跡班を使ってトラギコの動向を調べたところ、爆発発生時にこの現場にいたとの目撃証言を手に入れている。
その後姿を晦ましていることから彼はこの爆破事件を目撃し、何かしらの証拠を手に入れたのだと推測が出来たが、チームで動いていれば爆破を防げたかもしれない。

いつまでもトラギコの身勝手な行動に頭を抱えている暇もなく、ヅーはもはや彼を追うことを諦めていた。
諦めざるを得ないのだ。
爆破事件の後に二つも新たに事件が発生し、そちらの隠蔽でヅーは手一杯だった。
警察官二人と民間人一名の使者を出した発砲事件と、モーニング・スター新聞社で起こった大量殺人事件。

131名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:17:23 ID:u7PlYkbY0
前者の目撃情報はなく、後者に至っては円卓十二騎士のショーン・コネリがショボン・パドローネと戦闘を行っており、新聞社という最悪の現場であった。
同僚の死を理由に記者たちが騒ぎ立てるのは必至であり、それを回避するためにヅーはモーニング・スター新聞の生存者たちを全員捕えたのだ。
捕えたと言えば聞こえが悪いが、事実上彼らを保護したのだ。
それでも、隠し通すのは無理だ。

絶対にどこかで綻びが生じ、そこから表に流出してしまう。
そのため、ヅーは二日以内という期限を設けた。
この期限内に解決出来なければ、事件は全て公になる。
隠し通せて二日。

全力で隠蔽を図っても残り、二日。
しかもそれは希望的な観測を含めての二日だ。
トラギコのせいで火事の件が公になったのは、もはや些細な問題だった。
それより何より、今は一刻も早く脱獄犯を捕まえなければならない。

捜査の混乱は幸いにして起こっていないが、何かに着手しようとするたびに別の事件が起こる事が問題だ。
そのせいで対応に追われ、どれ一つとして解決の糸口が見つかっていない。
今はトラギコを捕えるよりも彼を自由にして事件を解決させた方が、いくらか賢い。
こちらも事件解決に向けて動いているが、進展はない。

標的となった人間の座っていたと思われる座席の付近に近づき、何か手がかりがないかどうかを探す。
人物の特定につながるような物があればいいのだが、一見したところそのような物はない。

瓜゚-゚)「くっ!」

毒づいたところで、証拠品が見つかるわけではない。
物がないのならば、とヅーは考えを変える。
腹を撃たれて病院に搬送されたばかりだが、トラギコと接触して更にショボンに命を狙われた新聞記者がいたのだ。
多少の怪我をしていても、口を使って情報を提供することは出来るだろう。

132名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:22:34 ID:u7PlYkbY0
記者の名は、アサピー・ポストマン。
トラギコが情報収集の駒として彼を使っていたのは目撃証言からも明らかだし、爆発直後に現場で聴取していたのも彼だ。
つまり、この新聞記者がもたらす情報は双方にとっての問題解決のカギとなる。
遅かれ早かれ、トラギコもこの男を追ってくるだろう。

病院で待ち伏せして合流し、改めて脱獄犯狩りに協力を要請するしかない。
犯人を追っている軍は一向にその手がかりを掴めずにおり、何一つ期待が出来ない。
そのため、捜査を行っている警察からは軍に対する不満が少しずつ噴出し始めていた。
今朝の記者会見の直前にも、軍人と警官との間でひと悶着があったぐらいだ。

軍の努力も分かるが、彼らは捜索にあまりにも不慣れだった。
派遣されたのは人狩り専門の部隊でテロリストたちのアジトに対して強襲を仕掛けたり、街中で爆殺したりすることには長けているが、人探しは素人同然の能力だった。
二人一組の厳めしい男がところ構わず家に押し入り、情報の提供を強要し、怪しげだと判断した建物には問答無用で突入するような神経をしているのだから、いつまで経っても人は見つからない。
物事はスマートに行わなければならないのだが、軍人には無理な話だった。

そもそも得意分野が違うのだから、戦闘は軍、捜査は警察という具合に分担して行うべきなのだ。
ジュスティア軍元帥タカラ・クロガネ・トミーによってその提案が却下された段階で、ヅーはこうなることを予見していた。

瓜゚-゚)「派閥争いを現場に持ち込むとは……」

長官のツー・カレンスキーとタカラは縄張り意識が強く、互いに敵対心を持っていた。
昔ながらの考えをしているタカラにとって、ジュスティアの代表とも言える警察の長官を女性が担当しているのが気に入らないのだろう。
警察内部にも快く思っていない人間がいるぐらいだ。
愚かしいことこの上ない。

一通り現場を観察、調査したヅーはブルーシートを捲りあげて外に出た。
病院なら、バケツと水と雑巾ぐらいはあるだろう。
その三つの道具があれば、簡単な拷問が出来る。
水責めはヅーの得意分野だ。

133名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:26:25 ID:u7PlYkbY0
(::゚J゚::)「お、お疲れ様です!!」

瓜゚-゚)「誰も現場に入れないでください。 できますか?」

(::゚J゚::)ゞ「はっ!!」

ボブは上ずった声で返答し、ヅーはそれを聞き流しながら停めていた白いセダンに乗り込んだ。
エンジンをかけ、アサピーが入院しているエラルテ記念病院に向かう。
火事騒ぎは沈静化できたがその後の処理がまだ数多く残っており、方々に指示を出さなければならない。
現場検証の指示や、情報収集の指示などやることは山のようにある。

頭を痛めるのは何もその采配が面倒だとか苦痛に感じるからではなく、一つ一つの精度や質がおろそかになってしまうからだ。
いくら効果的な捜査をさせても濃度の薄いスープを飲み続けるような物で、まるで意味がない。
それというのも、人員が不足しているためだ。
事件が起こるたびに人数を裂き、あちらこちらに警官が散ってしまうせいで主戦力が――

瓜;゚-゚)「まさか、これが狙い?」

だが警官を散らして何をするというのだろうか。
頼りないことこの上ないが、一応軍人まで動いているのに何を狙っているのか。
彼らは、ショボンたちは一体何を狙っているのだろうかと、改めてヅーは頭を回転させた。
島で起こった全ての事件がショボンの犯行と考えると、彼らは何かを追っている事が分かる。

追っていることを悟られないように、そして邪魔をされないように警官たちを散らしているのだとしたら。
ショボンたちの次の手を読むために必要なのは、彼らが追っている人物を見つけることだ。
見つけられずとも、誰を追っているのかが分かるだけでもかなりの進歩になる。
これはトラギコとも共有しておいた方がいいだろう。

アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

134名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:31:43 ID:u7PlYkbY0
アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

瓜゚-゚)「……」

ハンドルを握りしめながら、ヅーは昨晩のことを思い出していた。
森の中から突如として現れたバイクとSUVはヅーの目の前でカーチェイスを繰り広げ、久しぶりに彼女を興奮させた。
SUVに乗っていた一人は昨夜の内に捕えて護送させ、現在は軍の駐屯地で尋問の最中である。
が、その後ヅーが追ったバイクの運転手が極めて曲者だった。

ヅーの扱う強化外骨格、“イージー・ライダー”は舗装された路面を高速移動することに特化した物でその出力や機動性はバイクを遥かに凌ぐ物だ。
単一の目的をもって設計された唯一の棺桶であるコンセプト・シリーズは、初見の相手に最も効果を発揮する。
公の場で棺桶を使うことがないヅーにとって、イージー・ライダーは犯人追跡の切り札とも言えた。
つまり、ヅーがイージー・ライダーを使うという事は、犯人を、そして目撃者を確実に捕らえるという事に他ならない。

にも拘らず、運転手はイージー・ライダーの弱点である山道に素早く進路を変更し、まんまと逃げおおせたのだ。
人相は愚か性別すら分からず、正確な人数も分からずじまいだった。
ナンバープレートを目視しようとしたが、プレートは上向きに曲げられていて確認は出来なかった。
それらに加えて、使われていたのはただのバイクではなく、大型ツアラータイプの物に改造を加えて爆発的な加速と機動性、そして荒地での対応力を両立させていたことが追跡を困難にさせた。

ただし、どれだけ単車の性能が良くても運転手が使いこなせなければ意味がない。
その点、ヅーを出し抜いた運転手は非の打ちどころのない完璧な人間だった。
無駄な蛇行運転をすることもなく、迎撃をするわけでもない。
直前までSUVに追われていたことなど微塵も感じさせない冷静さで、イージー・ライダーの姿が迫るや否やすぐに進路を変えて対応したのである。

ある意味で、あの夜の出会いが思考を手助けしてくれたのだ。
追う者と追われる者、この二者の構図はショボンと彼が追う標的に重なる部分があった。
ヅーが追い、逃げられた人物がショボンの獲物だとしたら。
捕まえた男がショボンの仲間だと分かれば、追っていた人間の正体なども分かるはずだ。

135名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:34:32 ID:u7PlYkbY0
そちらの方はタカラに任せてあるため、尋問はスムーズにいくだろう。
報告は後で聞き、今は貴重な情報を持っているアサピーの方に向かい、彼から情報を吸い出すことだけを考える。
一度命を狙われて生き延びた彼を、ショボンは絶対に逃がさないはずだ。
到着してから彼の身辺を警護する手筈を整えておくことも念頭に置き、アクセルを踏む。

ショボンがアサピーの存在を消す前に会わなければならないため、公道の制限速度を無視してセダンを加速させる。
一般車の間を縫うように、そして無駄のない動きですり抜けて一直線に病院を目指した。
その甲斐あって僅か三分で病院に到着したヅーは、セダンから降りるなり走ってアサピーの病室に向かう。
三人の軍人を護衛に付けてあるため、ショボンといえども突破は容易ではないはず。

病室の前でカービンライフルを構える軍人に一瞥をくれることもなく、ヅーはそのまま室内に入った。

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Ammo→Re!!のようです

                                       ノト     |
                                      彳ミ    ノiミ
                       __,,.. .-‐ '''""~~""''' ‐-彡彡ミ .彡ミ..,,____
                  _,..-'''"              彡彡ミミ 彡;;;ミミ
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Ammo for Tinker!!編   第七章 【driver-ドライバー-】

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136名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:38:23 ID:u7PlYkbY0
右手に広がる森は鬱蒼と茂りながらも、丁寧に枝打ちされた木々の下に広がる豊かな土壌に太陽の光が程よく注がれ、朽木でさえ神秘的に見える。
高速で道路を駆け抜けていれば気付かない自然の美しさに、トラギコ・マウンテンライトは少しだけだが荒れた心が癒される思いがしたが、それは気のせいだった。
脚は痛み、二日酔いのような頭痛がまだ抜けきっていない。
一本だけとなった松葉杖を突くその手には、黒い輝きを放つ鋼鉄の籠手が嵌められていた。

その正体は、彼の持つ強化外骨格“ブリッツ”である。
しかし今、身体能力の補助を目的として設計されたその籠手は、電源が切られた状態でまるで効果を発揮していなかった。
それどころか防御用の手段ぐらいにしか使えず、その重量もあって今は邪魔だった。
それでも彼はブリッツを捨てることはおろか、手放すという考えを一瞬たりとも思い浮かべなかった。

強化外骨格は戦うための道具であり、彼にとっては命綱でもあったのだ。

(;=゚д゚)「あー……くそっ……」

命からがらシュール・ディンケラッカー達から逃げ延びたトラギコは、警察の目から逃れるために山道を経由して島の北西部を目指すことにした。
街中を走って移動すれば必ず人目に付くため、原動機付自転車で山道を越えるプランを選んだのだが、どうにも速度が上がらなかった。
坂道が多く続いたせいでバッテリーを激しく消費し、燃費がいいはずの車種にも関わらずバッテリーは恐ろしい勢いで減っていった。
そして遂に上り坂の途中でバッテリーが底をつき、トラギコはそれを道端に乗り捨てることを選んだのであった。

徒歩での移動に伴い積んでいた籠手を装着し、高周波刀はバイクのシートを切り裂いて作った鞘に納めて背負った。

(;=゚д゚)「あちぃ…… いてぇ…… 殺してぇ……」

そこから先は徒歩で移動を行い、引き続きカール・クリンプトン殺害に繋がる証言や証拠を集めることになる。
移動手段として重宝する予定だったスーパー・カブが使えなくなった今、トラギコは己の両足を頼らざるを得ない。
“鷹の眼”カラマロス・ロングディスタンスに脚を撃たれたのは正直なところ、不覚としか言えない。
昨日から常に動き続けている影響か、痛みは一向に収まらない。

137名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:45:04 ID:u7PlYkbY0
ティンカーベルは避暑地として非常に優秀な土地だが、それでも夏の日差しを浴びながら山道を徒歩で上るのは非常に辛い。
体力と水分を奪われ、最悪は身動きが取れなくなってしまう。
加えて上り坂。
泣き面に蜂とはこの事である。

汗が徐々に額に浮かび、熱さが体の中心部から蓄積され始める。
道中で車を見つけたら、ヒッチハイクをするしかないと考えていたその時。
麓の方からタイヤが地面を踏みしめる音が聞こえ、思わず振り返る。
黒塗りのセダンだ。

高級車ではあったが、全体的に土埃で薄汚れているのが何とも言い難い。
全面スモークガラスであることから、金持ちが運転している可能性が高かった。
金持ちがヒッチハイカーを乗せるとは思えないが、トラギコには万人が喜んでハイカーを乗せる便利な術を知っていた。
懐からベレッタM8000を抜いて地面に向けて発砲し、すぐにそれを運転席に向ける。

セダンはゆっくりとトラギコの前で停車し、トラギコは銃口で車から降りるよう命じた。
ドアが開き、まず現れたのは両手だった。
次いで脂ぎった白髪交じりのブラウンヘアが現れ、いかにも学者といった風体の男が姿を現した。
トラギコが五十代後半であろう男に対して学者、という印象を抱いたのには理由がある。

一つ目は右手の指にペンダコが見られたこと。
二つ目は非力極まりそうな体つきをしていながらも、妙に鋭い眼光を秘めた青い目。
三つめは実用的な身なりの中にも品を感じさせ、胸ポケットにペンが二本刺さっていたこと。
そして、知識を豊富に持った人間が放つ独特の雰囲気を漂わせていたことだ。

(=゚д゚)「ヒッチハイクだ」

(’e’)「それは構わないんだけどね、君。
   これから仕事に向かう途中でね、それでもいいかな?」

138名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:49:45 ID:u7PlYkbY0
銃口に怯える様子を見せない。
御しやすいと言えばそうだし、扱いにくいと言えばそうだ。
恐怖こそが人間を操る核心であり、それがなければ意のままに動かすことは難しい。
掴みどころのない男だったが、今は移動手段を手に入れたことを喜ぶべきだ。

(=゚д゚)「あぁ、構わねぇラギ」

助手席側に回り込んで乗り込み、男も車に戻る。
両手を降ろしていいかどうかと目で訴えられたので、トラギコは頷いた。
銃を懐にしまい、シートベルトを締める。
車内はエアコンがよく効いていて、涼しかった。

が、それ以上に土と鉄の匂いが印象的だった。

(’e’)「紹介が遅れたが、私はイーディン・セント・ジョーンズ。
   気軽にジョーンズと呼んで構わないよ」

(=゚д゚)「よろしく、ジョーンズ博士」

(’e’)「ほう、どうして私が博士だと?」

(=゚д゚)「見りゃ分かるラギ。 研究は何を?」

感心した風に唸るジョーンズは車を走らせながら、トラギコの質問に答える。
暴れたり抵抗する様子がないのはありがたい。

(’e’)「主に考古学を研究していてね。
   発掘もやるが、出土した品の復元なんかも手掛けている。
   先日まではフィリカに行っていてね、その帰り道にここに寄ったんだが、如何せんこれだろう?
   せっかくだから思う存分発掘しようと思ってね」

139名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:53:46 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「復元ってぇと、ダットとかラギか?」

                           Digital  Archive  Transactor
現代における高性能な電子機器の代表、デジタル・アーカイブ・トランスアクター。
太古の技術で作られた最新の情報機器で、高度な計算は勿論だが様々なデータの管理や作成に長けた物だ。
それ一つあるだけで街の運営も十分に可能な品ではあるが、精密機械であることに加えて膨大な量の専門知識を要求されることから、発掘された状態からの復元は非常に難しい。
知識と技術、そして貴金属などの希少な資材がなければ復元は不可能である。

(’e’)「それもするんだが、私はもっぱら棺桶だ。
   棺桶っていうのは――」

(=゚д゚)「軍用第三世代強化外骨格、だろ?」

学者が好きそうな正式名称で即答したトラギコに対して、ジョーンズは得意げな笑顔を浮かべながら首を横に振った。
まるで出来の悪い生徒に対して正答を教える教師の様だった。

(’e’)「正しくは、軍用第七世代強化外骨格だ。
   詳しい事情はまだ分からないが、発見された資料には第七世代と明記されているんだよ」

世代が何故異なるのか、そのようなことはトラギコの興味の範疇を遥かに超えていた。
第三であろうが第七であろうが、棺桶は棺桶。
軟弱な老人すらも兵士に仕立て上げる兵器に変わりはない。

(=゚д゚)「心底どうでもいい話ラギね」

(’e’)「正しい情報は常に正しいのだよ、君。
   ところで、君の名前は?」

140名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:58:26 ID:u7PlYkbY0
トラギコは一瞬、返答に迷った。
己の名前を名乗れば後々面倒に巻き込まれるのは目に見えているが、信頼関係構築のために正直に話せば協力が得られるかもしれない。
偽るか、それとも素直になるか。
出した答えは、前者だった。

これ以上余計な足跡を残せば、また襲われかねない。
得られるメリットとデメリットを天秤にかければ、欲張らない方が賢明だ。
ましてや、本名かどうかなどこの男が知るはずもないのだから。

(=゚д゚)「トム・ブラントだ」

(’e’)「よろしく、ブラント君。
   気になっていたんだが、君は何故その棺桶を付けているんだい?
   確かそれは“ブリッツ”だろう? アタッシュケース型のコンテナが付属しているはずだが」

籠手の形をした強化外骨格は多くあるが、ジョーンズは一目見ただけで知っている人間の限られるコンセプト・シリーズの名前を言い当てた。
“マハトマ”と見間違えることなく、ブリッツの名を出せたという事は見る目があり、知識があるという事。
この男は、思った以上に棺桶に精通しているようだ。
下手に嘘は吐かない方が賢明だと判断したトラギコだが、だからこそ理由を正直に言うわけにはいかない。

(=゚д゚)「……ちょっといろいろあってな」

(’e’)「充電が出来ないと不便だろうに。
   ちょうどいい、私の職場でコードを用意してあげよう」

茶会への招待のように出てきた提案に、トラギコは目を丸くした。
棺桶についての知識が豊富にあるにしては、随分とおかしな提案だったのだ。

(=゚д゚)「だけどコンテナがないと充電出来ないんじゃねぇのか?」

141名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:59:08 ID:u7PlYkbY0
そう訊き返したトラギコを見て、ジョーンズは鼻で笑った。
成程、いかにも一般人が持っている知識だとばかりに。

(’e’)「おいおい、そんなわけないだろう。
   効率は落ちるが、充電なら道具があれば出来るさ。
   起動コードの入力が要求されることから分かる通り、コンテナは他人に使われないように安全に保管する目的の方が強いんだ。
   一度起動させてしまえばコンテナの守りは失われるから、後は外部からの侵入も変更も可能になるわけで、それ以外にコンテナは使わないだろう?

   コンテナがないと装着補助が失われてしまうのが難点なんだが、ブリッツの場合にはあまり気にならないはずだ。
   特に持ち運びが可能な小型のAクラスはそれが利点でもあるわけだしね。
   ケーブルはほとんどのAクラスで規格が統一されているから、それをデータ送受信口に直接繋げば大丈夫なはずさ」

警察で学んだ強化外骨格の知識が誤っていたことに対して、トラギコは恥じると共に憤った。
充電が出来ないというのは聞いていたが、実際に試したことはなかった。
現場で働く学者の方が正確な情報を持っており、あの街で得た知識は時代遅れという事になる。
一応、ジュスティアも独自に棺桶の研究を行っているはずなのだが、それが追いついていないのは問題だ。

機会があれば、この男をジュスティアは特別講師として招いた方がいいかもしれない。
あの街にはかなりの数のコンセプト・シリーズが配備されており、これが分かるだけでも仕事の効率が変わるだろう。
しかし意外な場所でこれほどまでに有意義なことを学べたのは幸運と言える。

(’e’)「まぁ、君のブリッツは特殊だから例外と言えば例外なんだけどね。
   棺桶はまだまだ不明な点が多いし、このことは公にはされていなかったから君が知らなかったのも無理はない。
   そう怒る必要はないよ」

妙に上から目線の発言だが、ジョーンズは学者として優秀なため特に苛立ちはしない。
むしろ警戒した方がよさそうだ。
何故ならブリッツはこの世に一つしかない強化外骨格で、それを持っている人間は一人に限られる。
つまり、トラギコが偽名を使っていることもその正体を知ることもこのジョーンズには可能だという事だ。

142名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:02:33 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「ん……イーディン・S・ジョーンズ?
   そういや俺の勘違いだったら悪いんだが、あんた教科書に載ってなかったか?」

(’e’)「あぁ、歴史系の本に載っているよ。
   そんな下らないことよりも、もう少し棺桶について話をしないかい?」

(=゚д゚)「つっても、俺は素人ラギよ」

(’e’)「構わないよ。 学者はね、教えたがりで話したがりなんだ。
   それに、私の職場までは大分時間がかかるからね。
   この島の北側に発掘現場があるんだが、警察が通行規制をしている部分を避けないと辿り着けないんだ」

銃で脅されたにしては、肝が据わっているのか間抜けなのか分からないぐらいに楽観的だ。
自分が殺されないと思っているのだろう。
これまでに何度かそういう場面に遭遇した経験があるのかもしれない。

(=゚д゚)「発掘現場ってぇと、何かの遺跡が見つかったラギか?」

(’e’)「あぁ、戦場跡が見つかったんだ。
   どうやらここは物資保管の拠点らしくて、未使用の銃器や保存状態のいい棺桶がたくさんあってね。
   発掘冥利に尽きるよ。
   コンセプト・シリーズも見つかっているし、楽しいことこの上ない」

現代で使用されている銃器も、元を辿れば過去に使用されていた物を分解して構造を理解したうえで再製造しているもので、発掘は発明に匹敵するほど重要な行為だ。
繊細さと根気強さが要求される作業だが、一獲千金の博打に似た要素が強く依存性が強い職業の一つである。
特に戦場跡から発掘される物の中で喜ばれるのが棺桶だ。
使用者はとうの昔に骨すら残らない程風化しているが、その遺体を包んでいる強化外骨格は劣化がほとんどない。

143名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:04:58 ID:u7PlYkbY0
多少のメンテナンスは必要だが、復元不能なダメージを受けていなければ改めて使うことが出来るのだ。
地域によって多く出土する棺桶の種類は疎らだが、希に最も貴重とされるコンセプト・シリーズが発見されることがある。
特化した性能を有している実用性と、世界に一機だけという希少性から非常に高額で取引される。
乱暴に扱っているがトラギコのブリッツも、一般市民の生涯年収を遥かに超える値段のはずだ。

(=゚д゚)「戦場ってことは、戦争がここであったのか」

(’e’)「あぁ、偶然にも一世紀ちょっと前にも戦争があってね。
   これは史実として資料も残っているんだが、イルトリアとジュスティアの兵隊がここで大規模な戦闘を行ったんだ。
   あの“魔女”、ペニサス・ノースフェイスが参戦したやつさ」

(=゚д゚)「デイジー紛争だっけか?」

昔からジュスティアと軍事都市イルトリアは犬猿の仲で、今でこそ見られなくなったが以前は小競り合いが頻発していた。
未だに互いの街に攻め入っていないのは先人が起こした過ちを繰り返さないためか、それとも無益だと知っているのかは分からない。
デイジー紛争は密漁船がイルトリア海軍により沈められたことをきっかけに起こった紛争で、これがジュスティアとティンカーベルの関係を構築するための大きなきっかけになったと言われている。
当時はイルトリアがティンカーベルの漁業を支援していた関係もあり、警備という名目で配置された海軍に対してジュスティアが陸軍を派兵し、泥沼の争いへと発展したという。

紛争後、当時の市長エラルテ・ニエバズが三十三年の月日をかけてジュスティアと交渉を行い、セカンドロックをジュスティアと共有する話がつけられたというのが一応の史実だ。
トラギコの学んだことが間違っていなければ、だが。

(’e’)「そうそう、あの戦闘がきっかけで発見されたのが今回の遺跡なんだ。
   最近、軍事基地の一部が見つかって大忙しさ。
   セキュリティがまだ生きているんだから恐ろしいものだよ」

(=゚д゚)「で、ここであった大昔の戦争は?」

(’e’)「第三次世界大戦の一部だとは思うけど、詳しくはこれから調べる予定だよ。
   といっても、いつもと同じように分からないだろうけどね」

144名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:09:06 ID:u7PlYkbY0
栄華を極めた文明を崩壊させ、世界を終わらせたとされる第三次世界大戦は謎の多い戦争だ。
判明していることはほとんどなく、当時の詳細な資料も発見されていない。
強化外骨格という兵器の登場によって戦争が激化し、大国の支援を受けた発展途上国も参戦したことで戦争の火種が世界中に飛び火して終焉が加速したというのが歴史学者たちの考察だ。

(=゚д゚)「じゃあそんな棺桶マニアのあんたに訊くが、音を操作する棺桶を知ってるラギか?
    トリコロールカラーの悪趣味な奴ラギ」

上機嫌になっているジョーンズに、トラギコはダメもとで質問をした。
もしも何かヒントになるような物があれば、と思ったのだ。
青、赤、白、そして黒で彩られた忌々しい強化外骨格の情報が何か手に入れば、次に活かすことが出来る。

(’e’)「勿論知っているよ。 現存する中でそんなカラーリングをしているのは、“レ・ミゼラブル”だけだ。
   暴徒鎮圧に特化した強化外骨格でね、敵意ある者に対して有効な音響攻撃が主兵装なんだよ。
   だから目立ちやすいカラーリングなのさ。 あの色なら敵は全員注視するし、意識を向けさせられる。
   つまり、敵対心を持つ人間には絶大な効果を持っているわけだ。

   しかし、ブラント君は珍しい棺桶を知っているんだね。
   あれはまだ復元したばかり――」

次の瞬間、トラギコの右手は躊躇いなく銃を抜き放った。
その速度は電光石火の早業で何一つ余計な動作がなく、安全装置を解除するのと撃鉄が起こされたのは同時。
拳銃を用いた近接戦闘において絶対的優位性を確保できる中間軸再照準(※注釈: 胸の前に銃を構える方法の一つ)の構えを取り、
指先に僅かでも力が込められれば、豊富な棺桶の知識が詰まった脳漿はパワーウィンドに飛び散ってグロテスクな装飾を施す準備を整えた。

(=゚д゚)「ショボン・パドローネはどこラギ?」

(’e’)「いきなりどうしたんだい?」

(=゚д゚)「いいから言え」

145名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:11:09 ID:oHcI4UCw0
支援

146名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:12:23 ID:u7PlYkbY0
(’e’)「落ち着きたま――」

ジョーンズの鼻先を銃弾が掠め、パワーウィンドが砕けた。

(=゚д゚)「――言え」

発掘したにしても、それがシュール・ディンケラッカーの手元に渡るためにはショボンを挟む必要がある。
もしくは、ショボンの組織を介さなければそれを手に入れることは出来ない。
シュールが脱獄したのは二日前の八月八日のことだ。
短期間でコンセプト・シリーズの棺桶を一人で用意するのは不可能。

詳しいことはこれから聞き出すが、ジョーンズは間違いなくショボン達に対して協力的な立場の人間なのである。
ジョーンズの性格が幸いして、思わぬ拾い物をした。

(’e’)「……まいったな。 もう少し紳士的に話し合いが出来ると思っていたんだが」

(=゚д゚)「頭をぶち抜かれなかっただけ紳士的だと思え」

ここで逃がす手はない。
何が何でも情報を手に入れ、手掛かりとし、足掛かりとする。

(’e’)「しかしね、それを答えたところで私には何もメリットがないんだ。
   君は私の情報が欲しいから、私を殺すわけにはいかない、そうだろう?
   もちろん私も死にたくはないし、君を怒らせて早死にしたくもない。
   今は私の職場に着くまで落ち着くのが互いにベストだと思うんだがね」

(=゚д゚)「手前の職場に着いたところで、俺が無事だという保証がないラギ。
    で、奴はどこラギ?」

147名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:17:10 ID:u7PlYkbY0
発掘の指揮を執る人間がショボンの組織に属しているとしたら、その作業員たちも仲間である可能性が濃厚だ。
素人のような恰好をしていても懐にあるのはペンではなく拳銃という事も、十分考えられる。

(’e’)「第一ねぇ、そのショボンとかいう男を私は知らないんだ」

これで言い逃れをしようとしているのならば信じがたい馬鹿だが、この男はトラギコの能力を試そうとしているようにも思えた。
どこまでトラギコが本気なのか、それを見極めようとしているのかもしれない。
だとしたら大きな間違いだ。
初対面の人間に試されることで得られるのは怒りだけだ。

(=゚д゚)「誰がいつ男だと言ったラギ? 博士、あんたは頭がいいが馬鹿ラギね。
    時間稼ぎが趣味か? 俺は膝を撃つのが趣味ラギ。
    車を停めろ」

(’e’)「あぁ、よく言われるんだ。
   では訊くが、どうして彼を探しているんだい?
   彼は髪がないが善人で追われるような男ではないよ」

(=゚д゚)「あれが善人なら刑務所は善人の展示場ラギ。
    まずは車を停めてからお前らの組織について話してもらおうか」

(’e’)「ほぉ、君は警官か探偵かな?
   煙草、吸うかな?」

トラギコが最初に要求したのは、停車だ。
それを無視してシガーライターを取り出し、なおも話を続けようとするジョーンズだが、おそらくはトラギコが手を出さないと考えているのだろう。
だが、それは大きな過ちだ。
銃口を下に向け、トラギコはジョーンズの太腿を撃ち抜いた。

148名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:21:28 ID:u7PlYkbY0
肉が抉れて血が扉を汚したが、流石に大動脈を傷つけると後始末が大変なためわざと表面の肉を削るように撃っただけ優しいと言える。
見た目は派手だが、そこまで深刻な傷ではない。

(;’e’)「あばっ?! 馬鹿か君は!! 本当に当てる奴があるか!!」

ようやく車を停めたジョーンズは傷口を押さえ、トラギコを罵倒する。
三発目の銃弾が彼の頬を掠めた。
これで本気であることが伝わるだろう。

(=゚д゚)「あぁ、馬鹿だよ。 で、そんな馬鹿な俺にも分かりやすく説明してもらおうか、博士」

(;’e’)「想像以上の馬鹿だよ、君は。
    とりあえず先に止血させてくれ」

止血のために血で汚れた右手で後部座席を指すが、当然認めるはずがない。
シートの下に何が仕込んであるか分からないし、余計な動きは禁物だ。
万が一周囲にこの男の護衛が控えていたら、合図一つでトラギコを襲うよう指示することも出来る。
シュールに棺桶を渡すよう手はずを整えられる人間ならば、それぐらいの用心はしていると想定しておくべきだ。

(=゚д゚)「駄目ラギ。 棺桶については詳しいようだが、銃についてはどうかな。
    この九ミリを食らえばお前の脳味噌がどうなるか、知りたくないラギか?」

(;’e’)「第一、話したら殺さないという保証がない。
    そんな話聞き入れるのは馬鹿だけだ」

(=゚д゚)「義手の中でも、指ってのは割と大変らしいラギよ。
    それが五本、両手で十本になると発掘どころじゃなくなるよなぁ。
    話せ」

149名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:25:17 ID:u7PlYkbY0
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       ミヌ彡|::.:|.|:.:|..:|  |    l    l亡フ|  |
        X |..:.|:|..:|:.:|  l    「  ̄l  L三z|  | August 10th AM09:12
    _,. -‐(__)フ__l/´「 ̄ ̄|`丶 侶占コ | ̄ ̄l   .|
   {二二フ ,. -ァニ二二二ニヾ、i .| ̄ ̄| |──l   .|
      |,. '´ ∠ ____ノ l_|    |_| r----{三ヽ
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点滴のチューブが繋がれたアサピー・ポストマンは確かにベッドの上に寝かされ、薄いシーツの下で寝息を立てていた。
彼は術後の麻酔から覚めておらず、乱暴に開け放たれたスライド式の扉から現れたライダル・ヅーに気付いた様子はない。
それどころか、今まさに窓から侵入してきた男の存在にも気付いていなかった。
立派に蓄えた黒いひげと長く伸ばした癖の強い黒髪、体にぴったりと張り付く特殊なスーツと背負った長方形の物体。

不審者以外の何者でもないが、その顔を見たヅーは男の正体を見抜いた。
ベッドを挟んで相対する二人の視線は、互いの動きを読むべく油断なく固定されている。

瓜;゚ー゚)「……急いできて正解でしたね、デミタス・エドワードグリーン」

“ザ・サード”の渾名で知られる今世紀最悪の盗人、デミタス。
予告状を送り付け、警察をあざ笑い続けてきたその態度と反省のなさから死刑が宣告された男だ。
先日、シュールと共に脱獄したのを機に足取りが掴めていなかったが、ようやくここで出会えた。

(´・_ゝ・`)「名乗った覚えはないんだが」

瓜゚-゚)「有名人ですからね、我々の間では」

こうして会話をする間にも、ヅーは拳銃を抜き放つべく様子を窺うが隙が無い。
流石は盗人。
相手の隙を狙うことに関してはヅーよりも格上なのだ。

150名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:30:57 ID:u7PlYkbY0
(´・_ゝ・`)「それでも、予告状通り盗ませてもらうぞ」

予告状の話など聞いていないと思ってしまった瞬間的な油断。
生じた刹那の驚愕が、デミタスにとっての突破口だった。
確かに眼前にあったデミタスの体が、消失した。
地を舐めるような低姿勢になったわけでもなく、飛び上がったわけでもなく、文字通り消えたのだ。

瓜;゚-゚)「くっ!!」

僅かにベッドが軋む音が聞こえたヅーは、咄嗟に両手を眼前で交差させた。
防御の構えに対して襲ってきたのは、腹部への猛烈な打撃。

瓜゚-゚)「ぐ……」

予感していた。
だからこそ攻撃する場所を誘導することで、腹部に力を込めて対処することが出来ていた。
胸部への攻撃であれば肋骨を奪えたが、この瞬間的な戦闘の合間にそれを考えるだけの能力は彼になかったようだ。
が、明らかに人間離れした膂力にヅーの小柄な体が冗談のように宙を舞い、壁に叩き付けられた。

瓜; - )。゚ ・ ゚「……はっ!?」

姿が見えない、それがもたらす心理的な重圧は極めて大きい。
デミタスは強化外骨格を使っているに違いなかった。
意識が混濁する中でヅーは追撃に備えて身を構えるが、恐れていた展開は訪れなかった。
扉を蹴り破って入ってきた警備の者がライフルを構え、倒れたヅーを庇うように前に出る。

彼はジュスティア軍から派遣された人間で、戦闘経験は豊富なはずだ。

( ''づ)「どうしました!?」

151名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:35:08 ID:u7PlYkbY0
从´_ゝ从「侵入者か!!」

瓜;゚-゚)「不可視の棺桶使いです!!」

要点は手短に、そして要件は正確に。
デミタスであることを伝えるよりも大切なのは、見えない相手という事と棺桶使いであるという事だ。
物理的に姿を消すとなると、現代の技術や戦闘技法では不可能である。
馬鹿げた力とその能力を見れば、強化外骨格が成す業であることは明白だ。

警告は僅かな時間稼ぎにしかならなかったが、その間にヅーは呼吸を整えることが出来た。
秘書の肩書を持つとは言っても、彼女は警察官。
優れた頭脳と対応能力こそが、彼女の武器だ。
アサピーの枕を引き抜いてそれを放り投げ、懐から取り出したベレッタで穴だらけにした。

粉雪のように飛び散る羽毛が不可視の棺桶の軌跡を露わにする。
そして判明する。
デミタスの目的が。

瓜;゚-゚)「しまっ……!!」

彼が狙っていたのは、アサピーのカメラ。
その中に収められた写真を奪われると、多くの証拠が失われてしまう。
ショボンの素顔や爆破テロの現場の写真など、想像するだけでその価値は計り知れない。
現像しない限り、写真が持つ価値は無限大なのだ。

あれを奪われると、ヅーたちの捜査に多大な影響が出る。
最悪の場合は捜査が進まず、暗礁に乗り上げてしまう。
照準を宙に浮くカメラの前に向け、銃爪を引く。
銃弾は虚しく壁に穴を空け、命中した様子すら見せない。

152名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:39:32 ID:u7PlYkbY0
羽毛が急速に動き、デミタスが接近していることを知らせた。
小うるさい羽虫を潰して作業に専念するつもりなのだ。

从´_ゝ从「うわっ!?」

( ''づ)「うお?!」

その接近に驚いた兵士たちだったが、カービンライフルの銃爪を引いて弾をフルオートで発砲することは出来た。
弾は壁と床を砕き、窓ガラスを破壊したがこれも当たらない。
二人の兵士が突如として浮かび上がったかと思うと、窓の外へと飛んで行った。
不可視化の兵装は見聞していたが、実用レベルに達した物を見るのは初めてだった。

瓜;゚-゚)「くうっ……」

盗みに入るという事は、相手の死角や懐へ入り込む近接戦闘に長けているという事。
起動コードの入力が聞こえなかったことから、デミタスが身につけていた趣味の悪い衣装は強化外骨格の外装であることが予想できる。
なす術がない。
体術の経験値で勝っていても、身体能力の補助があるとないとでは雲泥の差だ。

構えていた拳銃が吹き飛び、顔に不気味な風が吹き付ける。

「お前には、個人的に用がある」

眼前の何もない空間から声が聞こえたかと思うと、ヅーの腹部に強烈な衝撃。
衝撃を殺そうにも受け身を取ろうにも、背中にあるのは壁。
壁と拳に挟まれた臓器は押し潰され、呼吸が止まる。
空虚がせり上がる不快な感覚と口の中いっぱいに広がる酸味が、嘔吐を誘発した。

153名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:43:47 ID:u7PlYkbY0
胃液を吐き出し、危うく意識が飛びそうになる。
寸前のところで痛みはヅーの意識を奪うことなく、呼吸困難と激痛によって四肢の動きを封じた。
意識がある分、最悪だった。
無力な自分を実感しながら相手の動きを見るしか出来ない。

力なく崩折れたヅーの目の前に、忌々しいデミタスがその姿を現した。
詳しく観察する余裕すら、今のヅーにはなかった。

(´・_ゝ・`)「聞かせてほしいことが二つあるんだ」

肩を蹴られ、仰向けに転がせられる。
そして、踵が視界を埋め尽くした。
鼻の骨が折れる感覚と激痛、そして意識の混濁が始まる。
顔を濡らすのが涙か血なのか、分からない。

(´・_ゝ・`)「一つは、お前には人の夢を奪う権利があるのかということだ」

太腿を踏みつけられ、太い骨が折れたのが分かった。
最早痛覚はその機能が焼き付く前に、回線の一切を遮断しようとしていた。
すでに腹部の痛みは全身の激痛と合わさり、どこが痛んでいるのか分からない。

(´・_ゝ・`)「俺には夢があった。 ささやかな夢だ。
      子供たちが幸せに育つ、ただそれだけの夢だ。
      孤児が生きるには金が必要だが、金を稼ぐことは出来ない。
      なら、どんなことをしてでも金を稼ぐ人間が必要になるだろう?

      金の仕送りが途絶えればどうなると思う?
      ……小さな体を売るしかないんだよ。
      この世界の汚れ、苦痛、屈辱を一身に受けるんだよ、その体で」

154名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:48:55 ID:u7PlYkbY0
瓜; - )「……っ」

記憶のフラッシュバックが始まった。
デミタス・エドワードグリーン。
判決は死刑。
その最終決定を下したのは――

(´・_ゝ・`)「エミリーもピピンもいい子たちだった……
      二人とも今は金持ちの愛玩道具になって、ビルボは真空パック詰めになった肝臓だけ見つかったよ。
      それが、お前が俺から奪った夢だ」

――他ならぬ、ヅー自身だ。
ジュスティア警察を嘲笑うようにして予告し、その通りに盗んだ。
彼は現場の警官たちのプライドを傷つけ、職を奪い、自殺者を出した。
それは許されることではない。

警官たちにも家族がいたのだ。
彼の事情など、知った事ではない。
ヅーが一日に十数名単位で死刑台に送り込んでいる事を、この男は知るはずもない。
罰を受けるべき人間の事情や名前など、宣告の後はどうでもいいのだ。

瓜; - )「……っそ」

(´・_ゝ・`)「そしてもう一つ。 俺が聞きたいのは謝罪の言葉でも命乞いの言葉でも強がりの言葉でもない」

最早、意識は薄らいで痛覚は消え失せていた。

(´・_ゝ・`)「お前の命が終わる音だよ」

そして、ヅーは意識がブラックアウトしていくのをただ受け入れるしかなかった。

155名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:53:33 ID:u7PlYkbY0
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長い沈黙があった。
十分なのか、それとも一時間なのか。
時間の経過は心的な状況によって感じ方が大きく変わる。

(’e’)「――くそくらえ、と言ったら?」

(=゚д゚)「……手前ぇ」

銃爪にかけた指に力を込めようとした、その瞬間。
助手席側の扉が、軽くノックされた。
スモークガラスで中が見えないのであれば問題はないが、銃声は大問題だ。
誰がノックをしたのか、トラギコはジョーンズが抵抗しないように注意しながら、慎重にそちらを見た。

万が一にでもカージャッカーだとしたら、迎撃しなければならない。
果たしてそこにいたのは、トラギコの意表を突くには十分すぎる人物だった。
  _
( ゚∀゚)「おい、エンストか?」

手入れのほとんどされていない茶髪は大部分が白に染まり、一インチほどに伸びた無精髭と垂れた鳶色の瞳。
汗染みの出来たワイシャツに色褪せたジーンズ。
それでもなお失わない軍用犬じみた雰囲気。

156名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:58:22 ID:u7PlYkbY0
(;=゚д゚)「じ、ジョルジュ……さん?!」

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察で先輩としてトラギコに多くを教えてくれた、数少ない尊敬の対象。
一身上の都合で退職した彼が、どうしてここに、と考えてしまったのは懐かしさ故。
常に喪失感と命の危機にさらされ、心がすり減るのを防ぐために鋼鉄で保護してきたトラギコにとっては正に不意打ちだった。

同僚の登場は、固めてきたトラギコの心を内側から大きく揺さぶった。
思うのは過去。
振り返るのは良き思い出。
奪ったのは数秒。

(’e’)「では、失礼するよ」

一瞬の隙をついてジョーンズは車外へと飛び出し、血の跡を残して坂を転がりながら移動していった。
射殺しようにも、もう死角へと逃げ込んでいる。
  _
( ゚∀゚)「馬鹿な奴だ」

誰が乗っているのか分かっていないのだろう。
いや、ジョルジュには興味の対象外なのだ。
ジョルジュが興味を持っているのは、如何に素早く犯罪者を仕留めるか、その一点のみ。
ジョーンズの逃亡を見届けたジョルジュが取る次の行動は、誰よりもトラギコがよく知っていた。

彼に直接教えを受け、彼の行動を真似してきたからこそ分かる。

(;=゚д゚)「くっそ!! やべぇやべぇやべぇ!!」

157名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:01:30 ID:u7PlYkbY0
急いで運転席へと移り、頭を下げたままアクセルを踏んで車を発進させた。
キーを抜いてエンジンを切られていなかったのは不幸中の幸いだが、無理な体勢のせいでギアを変えられず、速度を出せない。
車が前に進むのと同時に助手席の窓ガラスが砕け散り、運転席のヘッドレストが吹き飛んだ。
驚くことではない。

ジョルジュが本気を出せばスミス&ウェッソンM29をホルスターから抜いて撃つ速度は、銃を構えた状態の人間と大差ない。
ジュスティア人の中で最も早撃ちを得意とする、世界最速のガンマン。
それが、ジョルジュだ。
一発の銃声で二つの的に弾を命中させることも、宙に放り投げた三つのコインが地面に落ちる前に吹き飛ばすことなど造作もない。

現場から離れるセダンの背後から、フルオート射撃に匹敵する速度の連射が車体を襲う。
マグナム弾でも、運転手を殺さない限りはセダンを止められない。

(;=゚д゚)「どうなってんだ!!」

その答えは分かっていた。
ジョーンズの仲間という事は、すなわちショボンの仲間へと身を堕としたことを意味する。
何が起きて、どうして彼らは結託したのか。
少なくともジュスティアの精神を持っている人間ならば、ショボンのような堕ち方はしない。

ジョルジュは確かに不真面目な部分も多かったが、それでも彼は良き警官であろうとしていた。
何故それが終わったのか。
答えが分かるはずはない。
  _
( ゚∀゚)「……」

バックミラーに映るジョルジュが、残忍な笑みを浮かべてアタッシュケースを構えた。
その中身を、その力をトラギコは知っている。
動いた口が紡ぐ言葉も、一言一句覚えている。

158名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:04:21 ID:u7PlYkbY0
  _      Go ahead.          Make my day.
( ゚∀゚)『いいぜ、望むところだ。 この俺を楽しませてくれよ』

起動したのは大口径対強化外骨格用リボルバーを使うAクラスのコンセプト・シリーズ、“ダーティー・ハリー”。
アタッシュケースに収納されているのは、反動抑制と動作補助の役目を持つ籠手と一体となった拳銃だ。
目的はただ一つ、重装甲の強化外骨格をも撃ち抜ける拳銃の携行と緊急時の使用である。
トラギコの所有するブリッツと非常によく似た設計思想をしているが、大きく異なるのはその射程だ。

ブリッツの主兵装である高周波刀は応用が効くが距離が短く、対するダーティー・ハリーは中距離を相手に十分戦える。
六十口径のニトロ・エクスプレス弾を強化した弾丸がもたらす威力はCクラスの棺桶の装甲ですら貫通し、頑強で名を知られるトゥエンティー・フォーの装甲も貫くことが実証されている。
ならば、セダンの装甲など紙同然。
運転席側を狙って撃たれれば、トラギコの体は水風船のように爆ぜることだろう。

蛇行運転で逃げようにも、相手が悪すぎる。
警察きっての射撃の天才を前に、逃げ切ろうとするのが不可能だ。
彼の実力を知っている人間だからこそ出来る戦い方をする他ない。
座席の下へと潜り込むと、半分に千切れたシートが落ち、フロントガラスに大きな穴が開いてそこから風が流れ込んできた。

(;=゚д゚)「くっそ、視界が……!!」

蜘蛛の巣状のひびがフロントガラス全体に走り、何も見えない。
続けてハンドルが破裂し、助手席のシートも半壊した。
運転席に撃って効果がないと判断して、潜んでいる可能性のある助手席を撃ち抜く。
かつて彼から教わった通りの順番だからこそ対応できたが、次に撃たれる場所も分かってしまう。

次は動きを止めるために車軸を狙ってくるはずだと思った瞬間、予想に反してセダンが上下に大きく揺れた。
明らかに、何かを乗り越えた感覚だ。
覚えている限りで乗り越え得る障害物と言えば、ガードレールしかない。
ガードレールにぶつかり、乗り越えたと考えるのが自然だ。

159名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:07:18 ID:oHcI4UCw0
支援

160名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:07:47 ID:u7PlYkbY0
不自然なのは速度をそこまで出ていなかったことだが、ジョルジュがガードレールの支柱を破壊したのであれば納得できる。
運転手を撃ち殺すのが難しいと判断し、崖から落として確実に重傷を負わせる方針に固めたのだろう。
それならば、速度を十分に高めずともセダンはガードレールを押し倒して乗り越えることが出来るのだ。
短時間で打ち出された方策は完璧で、トラギコには思い至らなかった。

完敗だったが、とにかく今は生き延びることを考える他ない。
どうにか座席の下から這い上がろうとするが、嫌な浮遊感を覚えた時にはトラギコの視界は大きく上下に揺れ始めていた。
猛烈な速度で滑落し始めているのだと認識したところで、どうしようもない。
シートベルトを片手で手繰り寄せ、手首に巻きつけるようにして握りしめた。

高低差や周囲の状況などを考える暇などないまま落ち続け、車体が大きく持ち上がると同時に横転した。
平衡感覚を失い、背中をダッシュボードに何度もぶつける。
車外に放り出されれば、待っているのは避けようのない死。
限りなく現実的な死の実感を総身で受けながら、トラギコはそれを受け入れるしかできない。

――そして、訪れた衝撃と共にトラギコの意識は黒い世界へと溶けて消えた。

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目を覚ました時、アサピー・ポストマンの周囲には黒尽くめの男が五人立っていた。
柔軟性のある素材で作られた上質な布地のダークスーツを着ているが、その上からでもはっきりと彼らの体に付いた筋肉の多さを見て取れる。
両腕の筋肉と胸筋は特に発達しており、彼らの腕力が如何に優れているのかを如実に物語る。
視線を読ませないためのサングラスと片耳に入ったインカムは、彼らが組織に属していることを示す。

161名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:13:01 ID:u7PlYkbY0
(;-@∀@)「え?」

生きていたことを喜ぶ間もなく、枕元に立っていた彫りの深い男がインカムに呼びかける。

(●ム●)「……保護対象が起きました」

アサピーの無事を歓迎している風ではないし、何よりも威圧感がすさまじい。
全員が懐を不自然に膨らませ、皮の厚そうな両手は傷だらけだ。
それを聞いた他の四人が互いに向かい合い、話しを始める。

川_ゝ川「各位、対象の起床に伴いプランAを実行する」

(,,●ω●)「プランA了解。 ルート確保後、戦術プランPPで行動を開始する」

(●ι●)「戦術プラン、市街地における最重要人物の護衛任務、了解。 ルートの消毒作業を開始する」

I●U●I「消毒作業了解。 チームB、作業に移れ。 十五秒後に移動を開始する」

次の瞬間、男たちは足元から艶のないモスグリーンに塗られた大型のスーツケースを持ち上げ、それを背負った。
そして背負うのと同時に、全員が同じ言葉を口にする。

『我らは平和を願い、勝利を求める。 どうか名も無き我らに、気高き白の祝福があらんことを』

小型にして強力、そして一際優れた携帯性と有用性の両立。
キー・ボーイやジョン・ドゥと肩を並べるほどの名機ながら、その特殊さ故に実戦で使用されることのあまりない強化外骨格の起動コード。
一部の軍やボディガードに幅広く浸透しているAクラスの強化外骨格、“エーデルワイス”。
新聞社に勤める前にフリーランスのカメラマンとして働いていた際に担当した雑誌で、ジュスティア軍が運営する警備会社の特集が組まれたことがあった。

162名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:17:50 ID:u7PlYkbY0
アサピーが担当したのは警備会社の社員の姿を撮影するだけで、実際に使われた写真は小指の爪ほどの大きさだった。
経営不振によりその雑誌社はすでに倒産しているが、初めて得た仕事が関係しているためにその記事の内容はよく覚えている。
雪原地帯以外ではほぼ使う事のない白を基調とした迷彩柄の装甲は、装甲とは言い難いほどに頼りなかった。
彼らの四肢を包んだのは、動作補助用の人工筋肉とフレームであり、生身の部分の露出の方が圧倒的に多い。

頭部だけはカメラと一体化した歪なヘルメットで護られているが、口元は大きく開いており実質的に守られているのは頭蓋だけとなる。
だが、この強化外骨格の優れた点はBクラス並みのパワーを発揮できながらもAクラスの中でもかなりの小型に納められている点だ。
加えて、使用者が走りながら起動コードを入力してもかなりの正確さで装着を完了させる人工知能の性能も、この棺桶の特徴の一つである。
コンテナ内に一度招かれて装着を済ませるタイプの棺桶と異なり、時間の短縮が出来る点で一線を画している。

グレート・ベルの鐘が、澄み渡る金属の音色を響かせた。

(::[∵/.゚])「作戦開始」

その一言と共に、アサピーは枕元にいた男に抱きかかえられていた。
思い出に浸る時間も瞬間も与えられないまま、説明さえもないまま病院の外へと連れ出される。
地平線の彼方に沈みゆく夕日の赤々とした血を思わせる深紅色と、巨大な暗幕が下りるように広がる濃い群青色の夜闇、そして鳴り響く鐘の音が不気味だった。
それはまるで――

――まるで、血に濡れた惨劇の舞台に幕を下ろすように見えて。

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  : : : : : : : :ヽ、      : ::::::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;::::;: : : : : : : : : : : : : : : .: : :::::::::::::::
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                   I員TTTTTTTTTTTI  _|_    ______   |FF|ニ|
    _____________           /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~! iニi  . .| FFFFFFFFF |  /二ニ,ハ
    . |IIIIlミ|三三|゙ ____|ミ| LL LL LL LL LL | iニi,___| FFFFFFFFF |  |EEE|日
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163名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:22:02 ID:u7PlYkbY0
抵抗は最初から選択として頭に浮かぶことはなかったが、ただならぬ状況にあることを知りたい気持ちが湧き上がってきた。
ただの新聞記者の端くれから大事の中心に近づける機会は、人生でも二度あるかというほど。
この状況、興奮せずにはいられない。
何者かに脇腹を撃たれたとしても、つい先ほどまで眠りの中にいたとしても、関係ない。

今をただ生きて、真実を追い求めるだけだ。

(-@∀@)「取材を申し込んでも?」

揺さぶられながら、路地裏へと連れられながらアサピーは取材を開始した。
が、応じる者は当然いない。
そこで思い出す。
カメラがない。

(;-@∀@)「あ、あの、僕のカメラはどこにあるので?」

誰も答えない。
商売道具であり、アサピーの努力の結晶が一眼レフカメラの中にある。
それを回収しないことには、死にかけた意味がなくなってしまう。
背筋がようやく冷えてきた。

(;-@∀@)「ねぇちょっと、あれがないと困るんですよ。
      ショボン・パドローネとショーン・コネリのベストショットがあるんですってば」

好ましい反応はない。
どころか、無言の圧がアサピーを襲った。
目的地がどこであれ、意図的に迂回を繰り返して尾行者に気を遣い、時には分散し、時には集結して移動する彼らは無駄な行動を起こす気配を見せない。
されど放つ雰囲気、殺意、敵意、それら全てが物質的な何かを思わせながらアサピーの頬を舐めたのだ。

164名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:25:21 ID:u7PlYkbY0
これ以上語るのであれば、次にアサピーを待つのは無慈悲な咀嚼だ。
骨まで到達する一撃を甘噛みと表現し、彼らは今度こそ物理的にアサピーを黙らせるだろう。

(::[∵/.゚])「……コンタクト!!」

(;-@∀@)「えっ?!」

一喝。
対象はアサピー以外の全員。
目的は警戒、警告、そして戦闘開始の宣言。

(::[∵/.゚])「対象、デミタス・エドワードグリーンを確認。 排撃する」

(;-@∀@)「スクープ?!」

(´・_ゝ・`)「今度こそ盗ませてもらうぞ、そいつの命。
      ――姿は見えずとも、殺意は見える」

完全にアサピーを対象とした宣戦布告の言葉の後、一瞬でデミタスと呼ばれた男の姿が視界から消え失せた。
減音器で申し訳なさ程度に抑えられた銃声が連続するが、地面を抉るだけ。
この世界にいる人間は、こうも容易く銃弾を回避できるわけではない。
その非現実極まりない事象を現実へと落とし込むためには、旧時代の技術が必要となる。

強化外骨格が。

(::[∵/.゚])「報告の通りだ、慌てるな。 ケースDが発生、プランDで対処」

姿が見えないという圧倒的な不利にもありながら、男たちは落ち着き払った声と態度で動き始める。
まず、アサピーを抱えた男が跳躍し、建物の壁を足場にして屋上へと昇る。
その間に残った男たちがデミタスを探して仕留め――

165名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:29:19 ID:u7PlYkbY0
(::[∵/.゚])「馬鹿な、感無しっ――?!」

――首を刎ねられ、仕留められていた。
詳しいことは分からないが、デミタスの狙いがアサピーであり、彼を守ろうとしている男たちが窮地に陥っているのは分かる。
姿が見えない相手を前に、ジュスティア軍が翻弄されている。
そして、思い出す。

予告状を出したうえで警察を手玉に取り、目的の物を奪い取った男の事を。
“ザ・サード”だ。
命を狙われる原因は分からない。
分からないことだらけの状況に慣れつつも、アサピーはその状態から一つの事を学んだ。

混沌としているように見える中にも、中心点が必ずあるという事だ。
例えばトラギコ・マウンテンライトが追っていた脱獄囚。
例えばショボンとショーンの争いの発端であるアサピー自身。
その中心点に向かうにつれて事態は激しさと混乱を加速させ、関係者を惑わせるのだ。

今見極めるべきはその中心点。
一介の記者であるアサピーが襲われる原因、殺されようとしているその理由こそが中心点に違いない。
目撃情報、もしくは体験がその原因だろう。

(::[∵/.゚])「状況Eが発生!! これよりルートRで保護対象をポイントCへ移送する!!
      支援プランDを――」

アサピーを抱えて屋上を駆け回っていた男が、つんのめり、アサピーはその場に放り出された。
辛うじて屋上の縁に体がぶつかって止まり、落下を免れたが強かに打ち付けてしまった全身が痛む。
手術を終えたばかりの傷口が開き、熱と痛みが腹から広がる。
何故男が倒れたのか、それは男の頭を見れば十分理解できた。

頭頂部が半分抉れていたのだ。

166名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:33:15 ID:u7PlYkbY0
(;-@∀@)「流れ弾? ……いや、これは」

予感というよりも直感でアサピーは自ら縁を乗り越えて、ゴミ捨て場の上に落ちた。
それが、この島で起きつつある事件の核心の片鱗をアサピーに見せるとは、誰も思わなかっただろう。
確かに目撃したのだ。
彼方で光った、カメラのフラッシュにも似た輝き。

マズルフラッシュと呼ばれるそれの場所を、アサピーは視認したのだ。
全てを繋げ、これまでの不自然な何もかもを解き明かし得る情報だった。
この情報をトラギコ・マウンテンライトに伝えれば、事態は急激な変化を起こすはずだ。
そうなればスクープの中心に入り込める。

幸いにして黒いビニール袋に入っていたのは可燃性のゴミばかりで、安いクッションの役割を果たした。
痛む体を使い、アサピーはゴミ捨て場を脱した。
決定的な瞬間を伝えるという任務、責務、責任の全てを一身で背負いながらアサピーは傷口を押さえながら歩き始める。
この事件、想像以上に奥が深く闇が多い。

指先に感じる血の感触の正体を確認するよりも、やるべきことがある。

(;-@∀@)「……ご、護衛の皆さん? 誰か、誰かいませんかー?」

ともあれ、アサピーは無力だ。
武器も技術も武術もない。
誰かに守られ、誰かの力を鉾として立ち向かわなければならない。
エーデルワイスを身に纏っていた男たちはどこに消えたのか分からず、姿の見えないデミタスの位置も分からない。

分かるのは殺されてはならないという事と、トラギコと会わなければならないという事。
どこの路地裏にいるのか、皆目見当もつかない以上、アサピーが取るべき進路は音のする方向。
即ち人通りの多い場所だ。
だが、それは賭けだ。

167名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:37:27 ID:u7PlYkbY0
アサピーが見た光の位置は、このグルーバー島の中心部に聳え立つティンカーベルの象徴。
つまりそれは――

――鐘の音を鳴り響かせる鐘楼、グレート・ベル。

その場所こそが、狙撃の原点。
調べれば必ず何かが見つけることの出来る聖域。
是非ともトラギコにこそ、それを任せたい。
彼ならば、真実を追求し答えへと辿り着くためには手段を択ばないあの男ならば、確実に実現できるはずなのだ。

(;-@∀@)「おーい、誰かー。 メディーック!!」

叫ぶがその声は虚しく響くだけ。
逆に、アサピーの場所を他者に知らせてしまうだけだとは思いもしない。
彼は素人。
襲われる側の経験はなく、スクープを目指して追うのが彼の仕事故に知らないのは当然だろう。

(;-@∀@)「誰か何とかしてくれー!!」

彼が叫んだその瞬間。
二つの勢力が。
否。
たった一つの強大な勢力に対して、唯一無二の存在が無慈悲極まりない牙を剥いていた事を、アサピーは知る由もなかった。

168名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:38:33 ID:u7PlYkbY0
.

「……また邪魔するか、女!!」


「悪いけどな、またあたしなんだよ、男」


この時。
ジュスティアでも、ましてやティンカーベルでもない別の存在に自分が生かされたことなど、アサピーは知るはずもない。
考えていたのは生き残る事と、これから向かうべき場所だった。
選択次第ではすぐに新たな魔手に狙われ、今度こそ殺されてしまう。

それを回避しつつも、安全に情報をトラギコへと発信できる場所。
ただ一か所だけ、アサピーの脳裏にその場所が浮かんだ。
斯くしてアサピーは、偶然その場にやってきたタクシーに飛び乗り、事なきを得た。
彼が目指したのはグルーバー島にある警察の支部ではなく、ジュスティア軍の駐屯地でもなく、ましてやモーニング・スター新聞の支社でもなく。

現段階で絶対にして唯一の安全圏。
ショボンが事件を起こした発生源。
島から隔絶され、隔離され、独立した海上の街。
それ即ち、船上都市にして世界最大の客船。

これより今、真実を巡る舞台はオアシズへと移るのであった。






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          Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章 了

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169名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:39:47 ID:u7PlYkbY0
支援ありがとうございました。
これにて本日の投下は終了となります。

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

170名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:45:06 ID:oHcI4UCw0

ジョルジュがカッコイイ。

171名も無きAAのようです:2015/04/13(月) 03:23:08 ID:0ZOfpTTA0

熱くなってきたな

172名も無きAAのようです:2015/04/13(月) 08:40:10 ID:Vg1/oZVs0
おつん 
アサピー生きてたとは トラギコも満身創痍だしどうなるんだ

173名も無きAAのようです:2015/04/20(月) 20:57:10 ID:5tF1rZAw0
読んだ!

174名も無きAAのようです:2015/04/21(火) 00:52:53 ID:jAYoOxFk0

今まで読んできたブーン系の中で一番大好きだ。次回も待ってる!

175名も無きAAのようです:2015/04/21(火) 02:34:33 ID:rMLlNYo.0
自演乙

176名も無きAAのようです:2015/04/22(水) 13:11:20 ID:gDjJ741I0
泣けるぜ

177名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 20:22:37 ID:H9d9/bIA0
                        次回予告

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背を向けるのも向き合うのも自由だけど、絶対に逃げられないもの、なーんだ?

                                         イルトリアのなぞなぞ

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明日の夜、VIPにてお会いしましょう。

178名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 22:06:02 ID:Xvn7Em9Q0
キター(((o(*゚▽゚*)o)))

179名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 23:40:39 ID:4dkUQKUU0
ウホッ

180名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 23:54:33 ID:4cRB7eYo0


181名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:02:25 ID:EB3u4DHo0
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背を向けるのも向き合うのも自由だけど、絶対に逃げられないもの、なーんだ?

                                         イルトリアのなぞなぞ

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世界最大の豪華客船、そして船上都市という二つの言葉が連想させるのはオアシズを置いて他にはない。
客船を改造して作られた街の発電装置は自然の力だけで街一つに十分な電力を供給できるよう設計されており、船で文字通り一生を過ごすことが可能だ。
惜しむらくは世界最大級の船だけあって、寄港できるだけの環境が整っている限られた街にしか停泊できない事だけ。
それ以外の全ての事は船で事足りる上に、街に寄るたびに新たな商品を仕入れ、常に流動的な環境が船内の景気を停滞させることなく循環させていた。

言い換えれば、立ち寄らずともある程度の事は船の中で完結できるという事であり、万が一大地が裂けようともこの船だけは神話に出てくる箱舟のように悠々と終末世界を旅できるというわけだ。
だが、現在オアシズが停泊している港を保有するティンカーベルに乗客達が降り立つことは制限されていた。
制限に伴って商品の搬入出も禁止され、事態が落ち着くまでの間、船から降りることも船に乗り込むことも出来ない。
接岸していながらも島に降りることが出来ないがオアシズはもともと独立した街であり、陸地から離れていても生活するという意味では何一つ問題はない。

不燃ごみなどの廃棄物に関してはコンテナに積めたものを特定の廃棄場に運び出すことが許されている以外、何一つとして船に入ることも出ることも認められなかった。
それでもオアシズ側は不平一つ漏らすことなく、警察の要請通りに規定を守り続けている。
オアシズとしても犯罪者を船内に招き入れるのには反対というスタンスを貫いているため、船と外界を繋ぐ存在に対して警戒することに対しては大いに賛成していた。
船と港を繋ぐ唯一の道はオアシズの船倉と通じるものだけであり、そこは入り口が封鎖されている上に完全武装した男たちによって厳重な警備下に置かれている。

182名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:06:33 ID:EB3u4DHo0
支給されたライフルはダットサイトとフラッシュライト、そしてアングルドフォアグリップを装着したコルトM4カービンライフルで、背負うのは傑作強化外骨格“ソルダット”と重装備だ。
埠頭には三人一組の警備員が随時巡回を行い、不審者や不審物に細心の注意を払っていた。
彼らはジュスティアから派遣された兵士ではなく、オアシズが契約している警備員であり、その忠誠心と練度は軍人と比肩し得るだけのものを持っている。
軍帽の下から覗く双眸は闇を鋭く睨みつけ、安全装置の解除されたライフルのトリガーガードに指がかけられ、いつでも発砲出来る状態を整えている。

オアシズの厄日と呼ばれる連続殺人事件と海賊の襲撃以降、住人の命を守るという行為の重さに比べて銃爪を引く行為の軽さを実感した彼らの動きに躊躇はなくなった。
万が一不審者が現れた際には実力を持って対処することを誓い、銃把を握る手にも力がこもる。
離れた場所、グルーバー島の中央でグレート・ベルが“鐘の音街”の名に恥じぬ巨大な鐘の音を響かせた。
その美しい音色は数世紀以上も変わることなく島にあり続け、今なおその役割を果たし続けている。

警備員の一人が腕時計に目をやる。
夜光液で浮かび上がる文字盤が示す時刻は夜の五時五十五分。
六時五分前に鐘が鳴る習慣があるとは知らなかったが、そもそも島にある全ての風習を部外者が理解するなど不可能なのだ。
時計から目を上げ、警備員たちは歩哨の任務を再開した。

赤に染まった水平線の果ても、もう間もなく夜の帳に覆い隠されようとしている。
本格的な夜の到来に伴い、風が冷気を帯び始め、波の音と相まって夏の暑さを忘れさせてくれた。
避暑地としても知られているティンカーベルならではの気温変化だが、冬は川の水も凍るほどの寒さになる。
だからこそ発展したのが、アルコール度数の高い酒だ。

特にウィスキーの生産が盛んなのが、グルーバー島の西に位置するバンブー島である。
泥炭をふんだんに使って燻し香を身に纏った琥珀色の液体は、他に比類のない深みのある香りと味、そして中毒性を有している。
ティンカーベルの地で始まったとされるこのウィスキーは、スコッチ・ウィスキーと名付けられ、世界で愛飲されている。
しかしその輸出すらも禁止された今、何日間港が封鎖されるにしても、一日の遅れで生じる損害は相当な物だろう。

積み込みに勤しむ商業船などで賑わいを見せるはずの埠頭も、最低限の明かりだけで照らされて寂しげな印象を与える。
警備員が主に注視しなければならないのは海面だった。
埠頭に通じる橋を渡る者がいれば、島側の出入り口を封鎖している軍関係者たちから連絡があるはずだからだ。
橋の可能性をなくせば残りは海だけ。

183名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:10:45 ID:EB3u4DHo0
潜水装備を身につけた賊が現れる可能性を視野に入れ、二人はライトを地面ではなく海面の上を磨くようにして念入りに照らし、微細な変化に目を光らせている。
強化外骨格の中には潜水能力に長けた物が存在するが、使用するのが人間である以上は空気を外部に排出する必要がある。
つまり、不自然な泡があればそれは注意するに足るものという事。
仮に無呼吸で動いたとしても、多少なりとも透明度のある海中を動かなければならない以上、その姿を見つけ出すことは可能だ。

水平線に見えていた陽が沈み、オレンジとも紅蓮とも言える美麗な空が濃密な紺色に押しつぶされ、瞼をゆっくりと閉じるようにして夜へとその姿を変えた。
一日に一度しか見ることの出来ないその光景を、不思議なことに三人が三人とも眺めてしまっていた。
あまりにも美しい光景に目を奪われるのは人間として正しい反応だったが、彼らは決して警戒の糸を緩めたわけではない。
現に彼らは、無線機から聞こえてきた声に対して即時対応できたからだ。

『……こえるか? 聞こえるかオーナイン?』

聞き慣れたジュスティア軍人の声が無線機の向こうから呼びかけてきている。
いつもの雑談というわけではなさそうだ。
無線を通じてのやり取りしか行っていないが、すでに互いの好みや声を覚えるまでには仲が親密になっている。
何気ない故郷の話や酒の話。

事件が終わり次第、会って酒を飲みかわそうという約束まで取り交わしている仲となった。
共通認識が異なる街の人間を結び付け、思わぬ交友を広める機会になったのは皮肉というべきか幸運というべきか。
しかし規定のために名前を話すことは許されておらず、両者ともにその一線を越えないようにして話をしていた。

( 0"ゞ0)「こちらオーナイン。 何か起きたのか?」

『タクシーが来て、今検問で止められている。
オアシズへの乗船を求めている客がいるそうだ』

犯人の逃亡を防ぐため、橋に通じる道は厳重に封鎖され、特に船に近づくための道は徹底して守られている。
その検問の一つに引っかかったのは、今日はこれが初めての事だ。
むしろこの状況下で動くような馬鹿がいるとは思わなかった。

184名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:15:03 ID:EB3u4DHo0
( 0"ゞ0)「そちらで対応を」

当然の返答だ。
正直なところ、この事件に関してオアシズ側が持つ責任というのは乗客の安全を守る事であり、島の安全回復を手助けする義理はない。
失態を犯したのはジュスティアであり、オアシズではないのだ。
第一、島全体を封じたのはジュスティア側であり、怪しげな車両・人物の判断は彼らに一任されている。

オアシズの警備員が行うことはと言えば、ジュスティア側が許した人間が本当に安全なのかを確かめることと船の安全を維持することであり、遠く離れた検問所に指示をすることでもない。
仕事が分業されている以上、余計な介入は無用。
特に、大きな事件に関わり合いになるのは御免こうむる。
例え仲がよかろうとも、その一線を越えてしまえば双方の仕事に支障がでる。

互いにやるべきことをやる。
それが仕事だ。

『自称新聞記者の男で、市長と話がしたいと言っている。
緊急の用件だそうだが、どうする?』

( 0"ゞ0)「追い返してくれ。 ゴシップ記事を書かれたら俺が市長に殺される」

今朝行われたライダル・ヅーの会見によれば、モーニング・スター新聞は昨晩の火事について独自の調査を行い、記事に書き起こし、事件解決の妨害をしたらしい。
そのような前歴のある新聞社を、みすみす船内に招き入れる訳にはいかない。
市長も同様の意見であろうことは、火を見るよりも明らかだ。
沈静化の方向で進んでいる船内を再びかき回されようものなら、オアシズは再び大きな損害を受けることになる。

自分たちの行った愚かな報道を顧みずに来たのであれば、彼らの厚顔無恥な振る舞いに対して暴力で応じる他ない。

『了解』

185名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:18:20 ID:EB3u4DHo0
そして、無線機から音が途絶えた。
再び訪れた静寂の時間。
興味本位で記者が近付いてくるかもしれないことが分かった警備員たちは、一層気持ちを引き締めて警戒にあたることにしたのであった。

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                    Ammo→Re!!のようです

            Ammo for Tinker!!編   第八章 【brave-勇気-】

                                          August 10th PM06:24
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海から吹き付ける風は冷たく、肌寒くすらあった。
黄色い塗装のタクシーからは排気ガスが程よい熱を悪臭と共に吐き出され、車の傍は風さえなければ程よい温度を保っていた。
期待していた言葉が得られれば風の冷たさなど喜びで忘れる事が出来たのであろうが、男が期待していた返答は得られなかった。
風は、容赦なくその強さを増し始める。

絶望的な経験はこの三日の内に何度も経験してきたが、これほどまでに心折れるとはアサピー・ポストマンは思いもしなかった。
せっかく状況を好転させ得る情報を持っているというのに、相手方はそれを求めていない。
当然の展開と言えばその通りであるが、自分の持つ情報が見向きもされないというのはあまりにも悲しい話だ。
そして今、アサピーはもう一つの危機と直面していた。

命からがら急いでタクシーに飛び乗ってオアシズを目指したのはいいが、肝心の金がなかったのだ。
気付いたのは乗車して目的地を告げ、メーターが三十ドルを示した時だった。
着の身着のまま病院から連れ出されたため、金になりそうな物は何一つ身につけていない。
金銭がないままにタクシーを転がしてしまった以上、金は払わなければならない。

186名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:22:23 ID:EB3u4DHo0
しかし無い袖は振れない。
逆立ちしたところで一セントも転がっては来ない。
このままでは運転手に警察に突き出されて投獄されるのは必至。
ただでさえ方々から狙われている上に、警察はアサピーを目の敵にしている。

その理由を作ったのがアサピー自身であることが、更に最悪だった。
エラルテ記念病院で起こった火災事故を“事件”として記事にして、警察全体に良くも悪くも多大なる影響を及ぼした。
己の行動によって多くの警察官が迷惑をこうむり、捜査に支障が出ることは記事を形にする前に分かっていたが、止められない思いというのも世の中にはある。
何よりもアサピーが信じているのが、真実を表にするという行為の持つ絶対的な正義だ。

秘密裏に処理されてしまう事件の影というのは、公に出来ない後ろめたさがあるものである。
問題なのはそれが隠され続け、特定の人間だけが墓場に持っていくという特権を有していることだ。
情報は公平であり、その公平さの中で初めて善悪が決定する。
単純な殺人一つを見ても、それが自らの尊厳を守るための行為なのか、それとも快楽を目的としたものなのかは情報無くして判別できない。

民衆は真実を欲しているのだ。
欲しているのだから、与えるのだ。
それこそが記者。
それこそが、アサピーの心掛ける記者の絶対的な信念である。

信念を貫き通すためには必要な物がある。
この世界を動かし、変え得るものと同様に“力”だ。
マスメディアはその力を腕力、武力以外で持つ言わば第三の力を掲げる存在。
その一員であるアサピーがこの状況を打破するには、その力を使う他ない。

使える力は情報の収集とその発信である。
これまでに手に入れた情報を利用して、何かしらの突破点を見つけなければアサピーは無賃乗車の罪で投獄される。
そんな愚かな話があろうか。
ティンカーベルを大きく揺るがす事件の片鱗を握りながらも、くだらない罪で投獄されるという事が愚か以外の何に思えよう。

187名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:24:46 ID:EB3u4DHo0
島の状態を考えれば、オアシズは絶対的な安全圏。
そこに逃げ込み、手に入れた情報をトラギコに共有するための手段を模索すれば大きな進展が期待できる。
だというのに、オアシズ側はアサピーを受け入れてくれない。
果たして本当に、今目の前にある検問所の人間はアサピーが話した通りの言葉を伝えてくれたのだろうかと心配になる。

オアシズの停泊する埠頭に通じる橋は言わば最後の砦であり、そこを守るための検問所は海沿いの道を完全に封鎖する形で配置されている。
車両を使って強硬突破を試みようなら即座に破壊するだけの装備があり、武器がある事をアサピーはタクシーから確認した。
いくら運転手を脅してもオアシズへ到着する間もなく爆殺されるに違いない。
急造されたにも関わらず検問所は厳重な状態にあり、二人一組で砂浜を警戒している様子が伺える。

確実なことは言えないが、おそらくは橋の上にも数か所の検問所があるのだろう。
複数個所に分担して道を封鎖することで、取り逃がしや取りこぼしを防ぐ効果が期待できる。
それでも防げるのは物理的な問題であり、情報はそう簡単にはいかない。
人から人へと伝えられる情報以外にも、紙やラジオを通じて伝えられる情報を完全に封じるのは不可能だ。

その自由さこそが情報の強みであり、そして弱みでもある。
実際に必要とする人間に伝わらなければそもそもの効果がない上に、そこに悪意が紛れ込めば情報は本来の方向性を失い、暴走してしまう。
生き物のように繊細で、大砲のように強力なもの、それが情報だ。
特に人伝いの情報伝達は誤解が生じたり、連絡内容に徐々に間違いが紛れ込んだりするのが常である。

そういった情報の特性を理解した上でそれを取り扱うのがプロだ。
仕事をする人間の全てがプロであれば誰も困らないが、世の中そうもいかない。
無能な人間もいれば、化け物じみた能力を持つ人間もいる。
今回の場合、アサピーの状況を端的に伝えたりすれば当然伝わらないし、そのように扱われれば断られるのが道理。

せめてこちらの服装からただならぬ状況を察してほしいし、病院から連れ出された経緯を軍人が共有していればまだ身動きが取れる。
しかしながら、詰所から帰ってきた男の反応を見る限りでは情報共有はなされておらず、丁寧に説明したとは思えなかった。
情報はこうも簡単に死ぬのだ。
改めて話をするように頼み込むアサピーに対して警備の男はライフルから手を放すこともなく、短い言葉で彼に再び退去を命じた。

188名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:27:24 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「悪いが、例外は認められない。 話をしただけでもありがたいと思え」

(;-@∀@)「ああそりゃあどうもありがとうございます。
      でもですね、軍人さん。 どうしても話をせにゃならんかもしれんので。
      アサピー・ポストマンって聞いたことないですかね?」

食い下がることは記者として必要な資質の一つである。
駄目だと言われて引き下がるようでは、記者失格だ。
例え相手が柔軟性の欠片も持ち合わせていない人間だとしても、だ。

|゚レ_゚*州「話は以上だ」

(;-@∀@)「以上だ、って…… この事件に関する重要な情報があるんですってば!!
      ここに来たのだって、あなた達の仲間が襲われて大変なことになったからで。
      だもんで、とにかく僕の話を!!」

|゚レ_゚*州「ならここで話せ」

堅物。
これがジュスティア軍人の理想的な対応であり、一般的な対応であった。
マニュアルに対して絶対服従、規律遵守の性格は警備員としてはこの上なく必要な能力である。
逆に、個人の裁量で動かれては警備の意味がなくなる。

最高の警備員に人間性は不要と著書内で記したのは、ジュスティア警察の最高責任者、ツー・カレンスキーだ。
軍の元帥であるタカラ・クロガネ・トミーも兵たちに同様の躾を施しているらしく、軸のぶれなさが如何にもという具合である。
反抗するアサピーの様子を見て、新たに二人の兵士が現れた。
威圧的な視線を向けられるが、それでも諦められない。

189名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:31:48 ID:EB3u4DHo0
諦めればこれまでの努力が無駄になる上に命の危険に晒され、無賃乗車の罪で逮捕されてしまう。
突破口を得るまでは梃子でも動くまいと決め込んだアサピーは、これで生じた犠牲や被害に対しての責任について問うことにした。
正に、その時である。

(::゚J゚::)「……まて、お前がアサピーか? モーニング・スター新聞の?」

地獄に仏とは、まさにこの事。
首を縦に激しく振って男の言葉を肯定する。
アサピーの名を知る話の分かりそうな男が現れ、事態が好転するかに思われた。
だが。

(::゚J゚::)「お前が今日の朝刊を書いた糞記者だな!!」

(::0::0::)「何?!」

|゚レ_゚*州「……ほほう」

事態が思わぬ方向に動き始めた。
それまでの空気とは打って変わり、兵士たちが向ける視線の中に嗜虐的な物や怒りの色が伺える。
興味を持たれたのは大いに嬉しいことだが、この展開は好ましくない。
空気の変異に対してアサピーは身の危険を感じ、一歩下がって背中をタクシーの扉に預けた。

極力名前と会社名を出さずにおいたのは、こうなることが怖かったからだ。
警察に恨まれていれば当然、軍人にも恨まれているしジュスティア関係者の全員に嫌悪されているはずだ。

|゚レ_゚*州「予定変更だ。 ちょっとこっちに来い」

(;-@∀@)「あ、いや、やっぱり遠慮しときます」

(::0::0::)「まぁまぁ。 タクシー代は払っておいてやるから」

190名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:36:50 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「あ、こりゃどうも」

首根っこを掴まれたアサピーはテントの幕内に連れていかれ、状況の進展に内心で喜んだ。
その喜びが恐怖に切り替わるのに時間はそうかからなかったのは、無言で椅子に座らされ、両手両足を結束バンドで拘束されたからである。
明らかに歓迎ムードではないのは分かっていたが、ここまで乱暴に扱われるとは思いもしなかった。
せいぜい唾や罵声ぐらいで済むと思っていたが、それどころでは済まないのは間違いない。

(;-@∀@)「これは、流石にやりすぎじゃないっすかね?」

ハードSMで互いに楽しもうというわけではなさそうだ。

(::0::0::)「やりすぎかどうかは、結果次第だろうな。
     俺たちは記事を書けないが、これからやる事がどういう効果を生むのかは分かっているつもりだ」

(;-@∀@)「あ、怒ってます?」

(::0::0::)「まさか。 とりあえず俺たちは不審者を捕まえて、尋問をするんだ。
     仕事だよ、仕事。 お前が何者なのか、口を割ってもらうまで尋問する」

彼らがここに連れてきた意味が分かった。
不審者への尋問という形で、今朝の記事を生み出したアサピーに対して復讐しようというのだ。
あくまでも職務上の行為故に咎められることもなければ、彼らの行為に間違いはない。
罵倒するよりも遥かにストレス発散になる。

(;-@∀@)「ぼくは怪我人ですよ!! 怪我人に対して非道なことをして、恥ずかしくないん――」

それ以上の言葉を紡ぐ前に、アサピーの口に絞り雑巾が突っ込まれた。
泥と腐った水の味がした。

(::0::0::)「まずは口の利き方を直させなければなあ」

191名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:40:22 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「任せな、教育は得意なんだ」

男は指の骨を鳴らしながら近づき、左手の拳を握り固める。
その事前動作が示すのはただ一つ。

(;-@ロ@)「もぼぼー!!」

振り下ろされた拳が、アサピーの太腿を直撃した。
激痛のあまり飛び上がりそうになるが、椅子から離れることが出来ない。

|゚レ_゚*州「俺たちに舐めた口を利いたら、次は殴るぞ。
     今のは撫でただけだ。 そうだろ?」

(;-@ロ@)"

首肯する他ない。
拳を使わずに口頭で済ませられないのかと言いたかったが、どうにか耐える。
しかし。
男が全くおかしなことを話し始めた時、アサピーは自分の考えが甘いことに気付く。

(::0::0::)「さて、質問を始めるか」

当たり前の話ではあるが、口の中に雑巾が入ったままでは二択の質問以外に対して答えることは不可能だ。
初めから何も聞く気はないのだ。
これは痛めつけるための儀式、そして遊びの一環。

|゚レ_゚*州「クラーク、道具は?」

( ''づ)「ほらよ」

192名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:45:05 ID:EB3u4DHo0
新たな男が持ってきたのは、黒い布とバケツに入った水。
何に使われる道具であるかは、一目瞭然だった。

=(;-@ロ@)=

迫る男の手から逃げるようにして体を激しく揺らして抵抗するも椅子を倒されて無駄に終わり、布を被せられて視界を奪われる。
恐らくは水を使った最も手軽な拷問方法、それがウォーターボーディングだ。
布を伝って水を鼻や口から流し込むことで、人体に溺れていると錯覚させることで苦痛を与える拷問であり、軍や警察の情報収集でよく使われている。

(::::::::::)「んー!!」

講義も虚しく、アサピーの顔に海水がかけられた。
一度にかけるのではなく、鼻の穴に流れ込む量が多くなるように少しずつ必要な場所に流してくる。
口は閉じればどうにかなるが、鼻の場合はどうにもならない。
意図的に封じる訳にもいかず、口の中の雑巾のせいで呼吸は鼻に頼らざるを得ない。

結果、尋常ではない量の海水が鼻を通じて体内に――と錯覚させている――流れ込み、アサピーはもがき苦しむ。
水を吐き出すことも叶わず、最小の水で溺れさせられる。
程よく苦しんだところで布が取られ、口からも雑巾が抜き取られた。
海水を吐き出し、せき込む。

(;-@д@)「ごっほ、げはぁっ!!」

(::0::0::)「ああ、悪い。 雑巾を取るのを忘れてたよ」

人生に最悪の一日があるのだとしたら、アサピーにとってそれは間違いなく今日だ。
再度布をかけられ、水を注がれ、たっぷりと苦しんでから解放される。

(;-@д@)「は、はなしを……」

193名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:49:43 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「しつこい奴だな」

(;-@д@)「お願いですから、話を…… ぎゃっ!!」

ブーツの爪先が、アサピーの太腿を直撃した。
恨まれるのは記者としてよくある話ではあるが、拷問されるという話は聞いた試しがない。

(::0::0::)「まだ素直になり足りないらしい。
     もう一度だ」

そして、濡れた布がアサピーの視界を覆い尽くした。

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August 10th                              .,.,,....::;:;;.,:;:;;.,::;;:;;;;;;;;;;;;; PM07:11      
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初めて新聞というものに興味を持ったのは、六歳の時だった。
その時期、アサピーの友人たちが話題にしていたのは漫画本やコメディアンの話で、誰もニュースには興味を持っていなかった。
勿論、アサピーも最初は漫画やラジオドラマの話が面白く感じていたのだが、八月六日のモーニング・スター新聞の朝刊が全てを変えた。
世界最大の鉄道都市“エライジャクレイグ”が手掛ける線路工事の地域が拡張され、数十年以内に世界最高峰のクラフト山にまでそのレールを広げるという計画が書かれていたのである。

鮮明に記憶しているのは、カラーで描かれた線路図とそれがもたらす世界への影響だ。
要点を捉えた記事は彼の想像力を大いに掻き立て、エライジャクレイグが新たに開発した列車の内装は彼に夢を与えた。
そこで列車に興味を持てばまた異なった未来が待ち受けていたのだが、アサピーがその心を奪われたのは写真だった。
一枚の写真、そして複数の文章が与える力に魅了され、いつしか自分も新聞記者として活躍して世界中の様子を伝えたいと思うになったのだ。

194名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:56:10 ID:EB3u4DHo0
関わった――というよりも、一人で作り上げた――学級新聞が校内で表彰され、景品として渡されたポラロイドカメラは文字通り壊れて動かなくなるまで使い続けた。
思えば安物のカメラであったが、この上のない宝物としてアサピーはそれを使った。
最初に撮影したのは家事をする母親だった。
それが遺影になった日、十三歳になったアサピーは真実の普及に対して妄執的な考えを持つようになる。

精神的に不安定な女が運転する乗用車が歩道に突っ込み、歩行者七人が次々と撥ね殺された。
悲惨な交通事故として処理された突然の死に対して、アサピーが求めたのは真実だった。
事故が起こったアサピーの生まれ故郷である“潮風の街”、カティサークは幸いにしてジュスティアと契約して警察と司法が行き届いていたため、犯人はすぐに逮捕された。
問題となったのは、犯人の責任問題や事件が起こった背景にあったが、街の長の意向で犯人の名前や出自、事件の詳細などは一切公表されなかった。

裁判が行われたが傍聴席は解放されず、一般への公開もなかったことが事故の背後に何かがある事を匂わせていた。
秘匿された真実は逮捕から二日後に下された懲役七年という罰で隠され、遺族以外の記憶から風化するかに思われた。
事故の真実を教えてくれたのは、新聞だった。
複数の新聞社がこの事故の背後関係などを調べ、一年後、モーニング・スター新聞社のライバルであるオトコウメ・ニュースペーパーが一面を使って報道したのである。

そして公になったのはカティサークの長と犯人との間で金銭的な取引があり、意図的に情報が隠され、刑罰が軽くなったという真実だった。
司法はあくまでも警察と契約を交わしている人間の意見を反映するための機関で、いわば警察のおまけだ。
どれだけ非道な真似をしたところで、契約者がそれを非道と認めず、重い罰を望まなければそれまで。
事故が事件へと変わった瞬間、アサピーは救われた思いがした。

知りたかったのは理不尽の理由。
犯人の死に方よりも、理由に関係する情報の方がアサピーを救ってくれた。
真実とはあるべき人の手元に帰すべき物で、選ばれた人間だけが眺めていていいものではないと感じたのはこの日からの事。
以降は写真を取り、雑誌に投稿し、出来る限りメディアに関わりを持ち続けようとした。

アルバイトで貯めた金でカメラを買い、写真を撮り、新聞社や雑誌社に送る日々が続いた。
苦しい生活が続く中でもアサピーが耐えられたのは、夢があったからだ。
いつの日か隠された真実を写真に収め、世界に向けてそれを公表すると云う夢。
息苦しさを覚え、アサピーの意識がそこで覚醒した。

195名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:59:32 ID:EB3u4DHo0
(;-@д@)「げほっ、ごはっ!!」

飲み込んでしまった海水を吐き出す。
雑巾の風味が程よく合わさり、嘔吐感を誘発する。
しかし全ては錯覚による影響だ。
実際に溺れたわけではないので、水はあまり飲んでいない。

錯覚により体が反応しているだけで死ぬわけではないのだ。

从´_ゝ从「ほら、起きたか?」

(::0::0::)「あと少しで死ぬところだったが、気分は?」

時間は分からないが、どうやら気絶していたようだ。
死にかけたというのに、全く悪びれる様子のないジュスティア軍人たち。
男達がいくらアサピーに対して恨みを持っているにしても、いささかやりすぎだ。
が、間違ってもそれをここで糾弾しようものなら間違いなく殺される。

糾弾するとしたら、生きて帰ってからだ。

从´_ゝ从「覚えておけよ、新聞屋。
      お前らが捜査を邪魔するたびに、俺たちの仲間はこんな気分になるんだ。
      一歩間違えれば死にかねない仕事をしているんだよ、俺たちは」

ようやく終わりが見えてきたのを察したアサピーは、彼らが反省を求めていることを理解した。
記事が生むのは良い影響だけではないのは重々承知しているが、悪影響をこうむる人間の種類を深く考えたことはなかった。
最初の頃は良心の呵責があったが、それは意味のない葛藤だと断じて忘れることにした。
無意識下で意識しないようにしてきたのは、記者として生きるためだ。

196名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:01:07 ID:EB3u4DHo0
知らないわけではない。
ただ、考えないように生きてきただけである。
記者は読者が求める真実を見つけ出し、掘り出し、作り出し、そして生み出す。
そのためには誰かが傷つくことを考えてはいられない。

分かっていることだ。
拷問されて思い出すようなことではない。
それでも、今一度考えるいい機会になった。
そう思わなければ、この受難はあまりにも耐えがたい。

新聞記者を辞める日が来たら、この事を自叙伝として出版してもいいぐらいだ。

(::0::0::)「これに懲りたら、もう二度とあんなことをするなよ」

腕の結束バンドをナイフで切り、男がそんなことを言う。
無論、話を聞くつもりはない。
せめてもの反抗として、アサピーは返事をしなかった。

(::゚J゚::)「……おい、何をしているんだ?」

足を固定している結束バンドにナイフの刃が食い込みかけた時、テントの幕を開けて入ってきたのはアサピーの正体を告発した男だ。
声色に滲み出るのは批難の色。
既視感のある嫌な予感に、アサピーは身を震わせた。

从´_ゝ从「あぁ、痛めつけたからもう帰す。
      怪我をしているようだしな」

(::゚J゚::)「何を甘いことを。 こいつを帰したら、また同じことをするぞ」

197名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:06:38 ID:EB3u4DHo0
从´_ゝ从「その時はまた捕まえるだけだ」

先ほどまで痛めつけていた男の声に、もう憎しみのそれは窺えない。
生粋のジュスティア人らしい対応であり、頼もしくすら思える。
今現れた男はアサピーを敵として認識しており、紛れもない憎しみの感情を持っている。

(::゚J゚::)「こいつは今ここで殺しておこう」

(::0::0::)「おいおい、正気か? 何でそんなに殺すことにこだわるんだ?」

(::゚J゚::)「当たり前だろ」

さも当然のように言い放ったその言葉からは、一片の揺るぎも感じ取れない。
害虫を見つけたら殺す、そんな風にしか聞こえなかった。
アドレナリンによって紛らわされていた恐怖が、今になってアサピーの体に寒気を思い出させた。
痛めつけるのではなく殺されるという行為に幾度となく晒されてきた彼は、殺意と呼ばれるものに敏感に反応することが出来るようになった。

(::゚J゚::)「そいつは、ここで君たちに殺される予定なんだ。
     ただでさえ予定が狂っているんだ、ここらで修正しないとね」

徐々に変わりゆく男の様子。
この雰囲気、アサピーは知っている。

从´_ゝ从「何を――」

(::゚J゚::)「お休み」

男が放った台詞と同時に、男二人が昏倒するようにして倒れる。
二本のワイヤーが男たちに繋がっていることから、テーザーガンを使ったのだと推測できた。
本来であればすぐにでも逃げ出したいのだが、足と椅子がまだつながったままのために起き上がる事すら叶わない。

198名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:13:44 ID:EB3u4DHo0
(::゚J゚::)「さて、そういうわけで死んでもらおうか」

その外見、口調や声色こそ違うが、放つ雰囲気は既知の物。
モーニング・スター新聞社を襲い、同僚を殺し、アサピーを殺さんとした男のそれと酷似している。

(;-@∀@)「ひょっとして、ショボン・パドローネ?」

(::゚J゚::)「……ほぉ、よく分かったね。
     流石に成長するか。
     ま、意味ないんだけどね」

あっけのない肯定の後、ショボンはアサピーの腹部を蹴り上げた。
呼吸が止まり、悲鳴を上げることも出来ない。
仮に悲鳴を上げたところで、この場所に連れてくる姿を見られている以上、助けは期待できない。
ジュスティア警察や軍隊を敵に回しているアサピーを助ける酔狂な人間など、少なくともこの検問所にはいないだろう。

完璧な変装をしたショボンは慣れた手つきで痛みに喘ぐアサピーを再び椅子に固定し直し、雑巾を口に突っ込んだ。
そして布を被せ、水をかけ始める。
拷問は適度に苦痛を与え続ける物だが、ショボンの場合は殺すために行う。
そのため、海水は途切れることなくアサピーの鼻に注がれ、体力と冷静さを奪い続ける。

何度も咳き込んで口から吐き出そうとするも雑巾が邪魔をして、上手くいかない。
尋問中の事故死を装うのならば、この殺し方しかない。
すでに幾度も痛めつけられていたせいで意識を逆転のための思考に割くだけの余裕はもはや残っておらず、殺されるのを待つ他ない。
あと一歩。

本当に、あと少しという所でオアシズに辿り着けるというのに。
アサピーに出来るのは空気を求め、塩水を吐き、楽になる事を求めて抗うだけ。

「……ん?」

199名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:19:11 ID:EB3u4DHo0
ショボン――声色は別人――の声が、何かに気付いた風に漏れ出た。
その間にも海水をアサピーに垂らすのを止めることはなく、本当にショボンが声を出したのを聞いたのかどうかも怪しい。

「今度は番犬の登場か」

そしてその言葉を最後に、アサピーはその日三度目となる気絶を体験することになった。

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<_プー゚)フ

相性を考えれば、ダニー・エクストプラズマンにとってショボン・パドローネという男との戦闘で負けはないはずだ。
この禿頭の男はあれやこれの下地を作ってから戦いに挑むタイプで、突発的な戦闘を好まない性格をしている。
逆を言えば、ショボンはこうした突発的に発生した状況下での戦闘を苦手としているという事だ。
多少の危険が伴ったが、アサピー・ポストマンを泳がせておいて正解だった。

これがライダル・ヅーの仕掛けた第二手目。
何度も命を狙われるだけの価値を持つ男を餌にして、最重要目標を釣り出すという作戦は見事に形を成した。
新聞社で対峙したショーン・コネリの報告を聞く限り、ショボンの持つ強化外骨格はBクラスのコンセプト・シリーズ“ダイ・ハード”。
近接戦で高い能力を持つダイ・ハードが相手ならば、エクストの“ダニー・ザ・ドッグ”の方が優位にある。

200名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:23:43 ID:EB3u4DHo0
高周波発生装置を搭載しているとはいっても、それは脛にある楯と各関節に仕込まれたナイフだけの話。
同じく一つの能力に特化して設計されたダニー・ザ・ドッグは全身が高周波兵器だ。
短期決戦を狙えば、負けることも仕留め損なう事もあり得ない。
しかもショボンは、強化外骨格を手元に置いていないというハンデがある。

今ならば難なく殺せる。
が、この男は恐ろしくしたたかな性格の男だ。
こちらが棺桶を身に纏う隙にアサピーを殺し、この現場を離脱するだろう。
エクストにとってアサピーの命は第三番目の優先順位にあり、いざとなれば切り捨てても構わない存在だ。

重罪犯の確保、もしくは殺害に次いで優先されるのが犯人の逃亡の阻止である。
棺桶が使えないのは、第三位までの優先事項を一気に破りかねないからであり、アサピーの命を心配しているわけではない。
かと言って、事前に装着した状態で移動しようものならば跫音で気付かれ、同じ結果になる。
銃か、それとも近接戦闘か。

最も好ましいのは近接戦闘だが、ショボンはそれを絶対に避けてくる。
戦いに応じれば御の字で、逃げられる可能性の方がはるかに高い。

(::゚J゚::)「で、どうする? 捕まえるか? それとも殺す?」

<_プー゚)フ

見え透いた挑発だ。
声帯を損傷しているエクストが言葉を発するためには、人口声帯を取り出して使う必要がある。
それは致命的ともいえる隙を産む。
言葉に言葉で応じる必要はない。

予期できる動きを計算に入れ、チャンスを窺う。

(::゚J゚::)「無視かい? 騎士らしくもない」

201名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:29:19 ID:EB3u4DHo0
言葉を黙殺し、逆にその隙を狙ってエクストは攻撃の手段を選択してから実行に移す。
この間、コンマ七秒。
背負っていた強化外骨格を降ろし、駆け、握り固めた左の拳をショボンの腹部に放つ。
呼吸を止めて隙を作り出すための定石に対して、ショボンは予期していたような動きでそれを掌で受け止める。

(::゚J゚::)「ったく、これだ――」

予想通り。
接近できればそれでいい。
この拳はショボンを戦いの舞台に連れ出すための拳。
これでようやく幕が上がるというものだ。

超至近距離から放つ後ろ回し蹴りが、動物的な反応速度で後退したショボンの頬を掠める。
変装用のマスクが吹き飛び、テントの壁に叩き付けられる。

(´・ω・`)「――あっぶないな」

当たれば顎の骨を砕き、首の骨を折る一撃。
頬に掠りでもすれば脳震盪を誘発させられたのだが、文字通り皮一枚のところで回避された。
これほどの威力を持つ蹴りを涼しい顔で受け流せる人間は稀有で、改めてショボンの実力を認識する。
続けて放つ足払いを難なく回避したショボンは、腰に手を伸ばした。

武器の使用を予期し、その種類を想定する。
対刃物、対拳銃の訓練と実戦は十二分に経験している。
対爆破物の実践はまだ十数回程度。
少し心もとないが、仮に爆発物を使用されても自らの命を守るだけの対応は出来るはずだ。

何を取り出すのかと身構えたエクストに投げつけられたのは、円柱の物体。

<_プー゚)フ「っ!!」

202名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:34:19 ID:EB3u4DHo0
――フラッシュグレネード。
次に起こるのは閃光と耳を聾する破裂音。
どちらも一時的に人体からその機能を奪い取る効果があり、エクストは腕を眼前で十字に組んで視覚の防御を行った。
そして生じる落雷にも匹敵する閃光と爆音がテントを満たす。

視覚は守られ、聴覚は奪われた。
暗闇の中で人間が真っ先に頼るのは視覚ではなく聴覚だ。
何が起きているのかも分からない中、手さぐりで動くのはあまりにも危険。
動かないのはもっと危険である。

素早く腕を解いて、エクストはショボンの行方を目で追いつつ、アサピーを庇える位置に立つ。
直後、エクストの正面にショボンの姿が現れる。
回復していない視力を使って、エクストは右足を軸にした回し蹴りで相手を牽制。
これ以上の接近を許さず、また、武器による殺傷を回避する一撃だ。

接近戦を好むはずのないショボンが接近したという事は、拳銃ではなくナイフしかないと考えられる。
事実、回し蹴りを放った左足の太腿に熱を感じる。
切られた。
傷の深さは大したことはなさそうだが、警戒しておく必要がある。

浅くとも何度も切られれば血が失われ、やがては死に至る。
次第に回復してきた視力が、ショボンの姿をはっきりと捉えた。
彼の背にダニー・ザ・ドッグが背負われていることを除けば、何一つ問題はなかった。

(´^ω^`)「あっはっは、これはもらっておくよ。
      こっちの作戦の邪魔をした代金だと思っておくんだね」

<_プー゚)フ「……!!」

203名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:36:44 ID:EB3u4DHo0
狡いショボンの得意とするのが、目を逸らすことの出来ない事態を用意して本命から目を逸らさせるという行いだ。
この短時間の間によくもそれだけ考えられるものだと褒める反面、それを許してしまった自分がふがいない。
だがしかし、棺桶には起動コードがいる。
ダニー・ザ・ドッグのコードはエクストの首にあるセンサーに指をかざさなければならず、あのままでは使用は出来ない。

それに、コンテナに入った強化外骨格はかなりの重量になるため、走ることは困難になる。
つまり罠。
こちらを憤らせ、怒らせ、判断力を削いで勝機を見出すための罠なのだ。
素早くショボンの目論見を見破ったエクストは、構わず近接戦闘を再開することにした。

ナイフを持っていようが、当たらなければいいだけの話。
少しゆるく握った拳の中指を立て、地面を強く蹴って地を這うように低く疾駆する。
僅かに驚きの表情を浮かべつつもショボンは逆手に構えたナイフを振り、エクストの前髪を数本切り落とす。
遅い。

拳を繰り出すと見せかけて放つのは、重量によって跳躍がままならない無防備な足を狙った脚払い。
当たる寸前、ショボンはナイフを振り切った反動を利用して背負ったコンテナでそれを防ぐ。
ブーツの固い爪先と金属がぶつかり、鈍い音を鳴らす。

(´・ω・`)「危ない危ない」

そのままコンテナを肩から降ろして、ショボンは逃走を図る。
背を見せてテントから出て行ったその瞬間を、エクストは待っていた。
姿勢を整え、コンテナを背負い、親指を喉のセンサーに当てて横に引く。
すぐさま体全体がコンテナに包まれ、強化外骨格が体を覆う。

似`゚益゚似

204名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:40:58 ID:EB3u4DHo0
嗅覚センサーを最大値にまで引き上げ、ショボンの匂いを識別させる。
カメラが映し出す視覚情報に映像として同期された匂いの色が、彼の逃走経路を浮かび上がらせる。
整備士以外にはあまり知られていないが、ダニー・ザ・ドッグには他の強化外骨格よりも遥かに優れた嗅覚センサーが搭載されており、それを映像化することが可能なのだ。
周囲にある多くの匂いが種類に応じて彩られ、視認可能な情報としてカメラに表示される。

その中から必要な匂いだけが残り、ショボンの軌跡を教えてくれる。
風で匂いが霧散する前に追いつくべく、エクストはテントを飛び出した。
夜間でも真昼のように明るく鮮明な映像を映し出すことの出来る両眼のカメラが、そこに転がる静かな死を見つけ出した。
警備をしていた男たちが倒れ伏し、口から血の泡を吹いて呼吸することなく虚ろな目を夜空に向けている。

僅かだがショボンの香りがそこに残されている。
体温の低下が見られることから死後間もないというわけではなく、アサピーが拷問を受けている間に殺されたようだ。
ショボンの匂いは高く積まれた土嚢の裏に続いていたが、追う必要はなくなった。

(::[-=-])『ったく、今日はとことん犬野郎に邪魔される一日だ!!』

土色のデザートカラーをした強化外骨格、ダイ・ハードが猛烈な勢いで飛び蹴りを放ってきたのである。
ショボンは逃げようとしたのではなく、棺桶を身につけるために時間を稼いだのだ。
その行為が如何に愚かなことか、エクストは教えてやろうと決めた。
脛を守っていた楯が足首の位置に移動して固定され、巨大なナイフとしてダニー・ザ・ドッグの装甲を抉ろうとする、その刹那。

エクストは全身の高周波装置を起動させ、破壊兵器へとその身を転じさせた。
迎え撃ったその手段は正攻法だった。
しかしながら相手は狡猾なるショボン。
無策に突撃をするような手合いではなく、必ず何かを仕掛けてから動く男だ。

否が応でも応じざるを得ない手を選ぶのは、戦闘でも同じ。
一手目の次が本命。
高周波装置を備えた武器同士がぶつかり合い、不協和音を奏でる。
単純に考えて出力される範囲はダニー・ザ・ドッグの方が上であるため、防衛で後れを取ることはない。

205名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:45:05 ID:EB3u4DHo0
互いに破壊の音色を奏でる高周波兵器は、装甲の上を滑るようにして火花を残して別れる。
飛び散った花火の後に残ったのはリンゴを思わせる手榴弾。
これが第二手にしてショボンの本命と見定めたエクストは、それを気にすることもなく追撃を選んだ。
爆風だろうが火炎だろうが、高周波振動を続けるダニー・ザ・ドッグの装甲に傷をつけることは敵わない。

オレンジ色の爆炎と飛び散った鉄片がカメラを覆い尽くすも構うことなく前進し、匂いを頼りに拳足を振るう。
確かな感触を正拳突きに捉え、爆煙が晴れる。
背後からバッテリーを狙っていたショボンが、肘に仕込まれた高周波ナイフで拳を止めていた。
どれだけ強力な強化外骨格でも、電力を絶たれれば機能を停止する。

性能差を埋めるとしたら、そこを狙うしかない。

(::[-=-])『ちっ!!』

似`゚益゚似『ぬんっ!!』

同時に互いを押しのけ、エクストが後ろ蹴りを見舞う。
巨大な二枚の楯がそれを防ぐと同時に、ショボンは跳躍して後退する。

(::[-=-])『どうだろう、見逃してくれないかな?』

似`゚益゚似『死ね、悪党』

(::[-=-])『おお怖い』

とび後ろ回し蹴りに対してショボンは僅かに状態を逸らして回避し、殺した兵士から奪い取ったのであろうカービンライフルを至近距離から撃った。
銃弾は振動する装甲によって砕け散り、鉄粉となって風にさらわれる。
銃身を蹴り払って破壊。
一つの高周波兵器と化したエクストを前には、銃もナイフも爆薬も意味をなさない。

206名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:47:21 ID:EB3u4DHo0
バッテリーの残量が残り五分の稼働時間を示す。
この調子で全身を振動させていれば五分後には動けなくなり、強制的に排出される。
そうなってしまえば有利な立場になるのはショボンだ。
時間稼ぎという目標、それが生み出す効果と戦力差の逆転。

ダニー・ザ・ドッグが持つこの力を知る以上、ショボンはそれが電力を大量に使うことを知っているはずだ。
だからこそ、手榴弾や高周波ナイフ、銃弾を使ってこちらを乗せてきた。
二つの罠を用意したうえでの目的に気付いた時には、もう、エクストは引き返すことが出来ない事を悟った。
ここで殺すか、殺されるか。

引くという選択肢はなく、それがあったとしても選ぶような人間ではない。
円卓十二騎士の一人として、エクストはここで勝負を決する覚悟があった。
勝負は五分以内。
その間に終わらせる。

ここで小悪党は死ぬのだ。

(::[-=-])『だけどね、犬と遊んでいる時間も無いんでね。
      僕は失礼するよ。 この場所に仕掛けた爆弾が爆発する前にね』

似`゚益゚似『っ、貴様!!』

(::[-=-])『ここが吹き飛べば、どれだけの被害になるだろうね』

隠し通すことの出来ない大きな失態を繰り返すことが何を産むか、エクストはよく知っている。
日に数度もそれが起こればジュスティアの信頼は地に落ち、ティンカーベルとの関係は終わりを告げるだろう。
ショボンを目の前で逃して爆発を防ぐか、爆破されることを覚悟でショボンを捕まえるか。
彼に託された選択肢は天秤に乗せるにはあまりにも脆く、重要すぎた。

207名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:50:55 ID:EB3u4DHo0
逡巡というにはあまりにも長い時間を費やすエクストを前に、ショボンは飛ぶようにしてその場を走り去った。
事態を受け入れ、エクストはすぐさま爆弾の仕掛けられた場所を探すことにした。
センサーをフル稼働させ、爆発物を探る。
念入りに排水溝や茂みの中を探すが、何一つ痕跡が見つからない。

捜索開始から三分後、エクストはショボンに騙されたことに気付くのであった。

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         .,''""  '' ´  "   "' ')rl    | .|  !
        ''""〜 ''     ,,     .. ,ヽ|___|/ ..|August 10th PM07:27
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目が覚めた時、アサピーはまず自分が天国や地獄と呼ばれる場所にいるのか、それとも日に二度目となるエラルテ記念病院に運ばれたのかを考えた。
後者であれば再び命の危機にさらされ、今度こそ自由を奪われるだろう。
ともあれ、それは生きている証なのだから文句ばかりも言えない。
ところが前者の場合は話が別である。

カメラがあればそれに収めるか、それとも自由気ままに天国探検をするか、地獄から脱出を試みるか。
そうなれば子供のころに夢見た冒険者になれる。
一度死んでしまえば何をしても怖くない。
意識がある以上は死後の世界にはいないのだと思えるが、案外死の世界でも思考が出来るのかもしれない。

痛みという概念もあれば、現実世界との区別は曖昧となる。
どちらも現実であり、それまでアサピーが生きていた世界とは別かどうかという断定は他者に委ねる他ない。
柔らかな布団に寝かされていることと、近くから潮騒の音が聞こえることから、少なくとも死んだわけではなさそうだ。

208名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:57:53 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「い、生きてる……生きてるぞ……」

部屋は見事な調度品と家具で彩られていたが、窓が一つも見当たらない。
衣服はみすぼらしい病院の患者着ではなく、洗剤の香りが漂う清潔感のあるパジャマだ。
肌触りがよく、布の質が極めて良い。
腹部の手術跡に当てられたガーゼと包帯は真新しくなっていて、誰かがここに運んだだけでなく世話をしてくれたのだと分かる。

ジュスティアの関係者でない事だけは断言できる。
拷問で殺されかけたことは、必ずや記事にして世間に公表しなければならない。
サイドテーブルの上に水差しが置かれていることに気付き、自らのために水を注いで三杯飲んだ。
出入り口と思わしき扉が開き、現れた人物がこの場所がどこであるのかを教えてくれた。

¥・∀・¥「初めまして、ですね。 私、オアシズの市長リッチー・マニーと申します」

(;-@∀@)「マジかよ、こいつはおったまげ……」

つまりアサピーは、幸運にも目的地であるオアシズへと乗船することに成功したのだ。
いかなる手段を使って船内に運び込まれたのか、それが気になるところだが今はそれどころではない。
真実を世に知らしめるため、是が非でも彼の協力がいる。
むしろ、このオアシズ上で最も権力を持つ男が協力してくれれば鬼に金棒だ。

¥・∀・¥「なにやら、お話があるとかで。
      私でよろしければお話をお伺いしますが」

興奮を押さえつつ、マニーは確実に用件を伝え、目的を果たすべく乾いた唇を舐めた。
三度それを繰り返し、ようやく言葉を口にする。

(-@∀@)「あの島で起きている事を、世間に知らせたいのです。
      そのためにはオアシズの協力が必要不可欠でして」

209名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:01:18 ID:EB3u4DHo0
¥・∀・¥「ほほう、その事態とは?」

より効果的に。
より扇情的に。
心を揺さぶるためにわざと言葉をため、それから発する。

(;-@∀@)「極悪な脱獄犯が――」

¥・∀・¥「“ザ・サード”と“バンダースナッチ”ですか? それで?」

出鼻を挫かれたことに、アサピーは動揺を隠せなかった。
衝撃的とも言える話を知っているのは、どうしたわけか。

(;-@∀@)「ど、どうしてそれを」

¥・∀・¥「あぁ、話の腰を折ってしまいましたね。
      それで、続きは?」

続きを促され、アサピーは気を取り直して続ける。

(-@∀@)「エラルテ記念病院で火事が起こり、今日また襲撃がありました。
      前者の犯人はまだ捜査中ですが、後者、僕を襲撃してきたのはザ・サードでした」

¥・∀・¥「情報が不正確ですね。 貴方が襲われる前に、すでにライダル・ヅー様が襲われています。
      その犯人もまた、ザ・サードです。
      アサピー様、申し訳ないが前置きはさておいて本題に入ってはもらえませんか?
      時は金なり、です。 今はとにかく時間が惜しい」

210名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:04:20 ID:EB3u4DHo0
どうにも雲行きが怪しい。
流石に最初からこちらに好意的だと考えていたのは甘かったようだ。
気を取り直して咳払いをし、アサピーは核心部分を話すことにした。

(-@∀@)「僕が手に入れた情報を整理すると、何者かによって狙撃が三度行われました。
      僕を二度撃ち、エラルテ記念病院でカール・クリンプトンを撃った人物は同一だと思われます。
      証言と実体験を基にお話ししますが、発砲音は聞こえていませんでした。
      ですが、発砲炎を見てその狙撃地点が分かり、発砲音が聞こえなかった理由も分かりました」

これが、アサピーの手に入れた事件解決への大きな足掛かり。
これ以上の情報は、おそらくはマニーには意味がないだろう。

¥・∀・¥「……狙撃については聞いていましたが、場所は?」

(-@∀@)「グレート・ベルです。 狙撃手は、グレート・ベルの鐘の音に合わせて狙撃をしていたのです」

全ての狙撃の際には、必ず鐘の音が鳴り響いていた。
二度はその音の意味があったから分からなかったが、三度目。
つまり、病院から連れ出されている最中に鳴った鐘だけは別。
特に意味もなく、時刻を告げる物でもなかった。

鐘の音の大きさと鳴らされる意味をよく知っているからこそ、アサピーは気付くことが出来た。
では、実際にそのようなことが可能なのだろうか。
問題はそこにあった。
他の音で銃声を誤魔化すことが、果たして可能かどうか。

それを聞くためにも、トラギコとの接触が必要だった。

211名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:09:44 ID:EB3u4DHo0
(-@∀@)「しかし僕は銃器については素人ですので、そのようなことが可能かどうか。
      その裏付けをするために、トラギコ・マウンテンライト刑事とコンタクトを取りたいのです。
      そのために、ここに来ました」

あまり驚いた様子を見せず、笑顔をそのままにマニーは得心した風に頷いた。

¥・∀・¥「なるほど。 やはりそうでしたか。
      申し訳ありませんが、今はあまり手を貸すことが出来ません。
      勘違いをしないでほしいのは、手を貸したくないわけではないのです。
      今、貴方を匿うと多方面に不利益が生じます。

      何故なら、貴方は重要な役割を持った生餌なのです」

(;-@∀@)「生餌?」

¥・∀・¥「貴方は今、ショボン・パドローネらに執拗なまでに狙われていますよね?
      ジュスティアはそこに目をつけ、貴方を餌にして彼らを釣り上げようとしているのですよ。
      現に、二回の成功例まで作ったのですから、今後も同じでしょうね。
      つまり、生餌を庇えば当然被害が生じますし、せっかくの好機をも失うことになります。

      だからこそ、貸せる力は限られます」

一度目は、病院から移動する際。
そして二度目は拷問中に。
どちらもジュスティア警察か軍の人間が傍にいて即応できていたのは、そういうわけだったのだ。

¥・∀・¥「貴方が伝えたいことは分かりました。
      次に、私からの質問です。 貴方は、何を見たのですか?
      危険を冒してまでも彼らが追う、その情報。
      それが何なのかが分かれば出し抜くことが可能です」

212名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:11:53 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「何度も考えたのですが、これと言って……
      でも、カメラが盗まれてしまったので正直なところあったとしても記憶には……」

マニーは首を横に振った。

¥・∀・¥「カメラが盗まれてからも、貴方は狙われていました。
      つまり、フィルムではないのです。 貴方が無意識の内に目撃した何かが、彼らにとって不都合なのです。
      思い出してください」

(;-@∀@)「と言っても、本当に覚えがないんですよ」

¥・∀・¥「ファインダー越しに何かを見てしまったとか」

トラギコと出会ってからアサピーが調べてきたのは、事件に関係しそうな情報の収集だ。
その過程で何かを見つけてしまった、と考えて記憶を探る。
朝市の写真にはショボンとデミタス・エドワードグリーンが写っていたが、それはもはや意味を持たないだろう。
情報が古く、そして広く知れ渡ってしまっている。

逆に、そう言った鮮烈な情報以外にこそ答えがあるような気がした。
狙われる直前に行ったことと言えば、爆破現場の写真を撮ったり、情報を聞いたりしただけだ。
その時に撮影した写真が、問題なのかもしれない。
それが考えうる限り最も自然なことだった。

(;-@∀@)「あの、爆破事件についての詳細とかはご存知ですか?」

¥・∀・¥「私の耳に入っている限りでは、これと言った証拠も残っていないために捜査が難航しているとのことです」

奇妙だ。
アサピーはあの現場で見つけた物があった。
恐らくは警察が見つけて捜査に役立てるだろうと思った、ある物が。

213名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:16:58 ID:EB3u4DHo0
(-@∀@)「スーツケースも見つかっていないんですか?」

¥・∀・¥「さぁ、流石に何が証拠物品として回収されたのかまでは私でも分かりかねます。
      それこそ、警察に確認しない限り不可能ですよ」

現場に駆け付けたアサピーが見つけたのは、熱と爆発の威力で変形したスーツケースだった。
それは黒く焼け焦げたのか、それとも元から黒かったのかは分からないが、蓋が半分吹き飛んでいたのを除けばかなり原型を留めていたのは確かだ。
気になる点があるとしたら、それぐらいだろう。
今は思いつくことが少ない。

やはり一度、トラギコを介してジュスティア警察に話を聞かなければ何も分からない。
パズルのピースが欠けた状態でそれを組み合わせることは出来ず、答えに辿り着くことは永遠に不可能である。
狙われる直接の原因は不明だとしても、現場で撮影と取材をしたことが大きく関係していることは確かだ。
撮影したのは証拠品や負傷者の状況で、爆破直後の画像としてはかなりの鮮度を持っていた。

そして最初に襲われたのは、手に入れた情報を持ち帰って整理しようとした時だ。

¥・∀・¥「何はともあれ、貴方を襲ったのは情報に価値を見出す人間の集まりです。
      新聞記者と少し思考回路が似ている点があるので、貴方の方がよく分かっていると思います。
      ねぇ?」

そう。
警察と新聞記者が情報に対して持っている考え方は、大きく異なる。
正確な情報と判断してから公表するのではなく、かもしれない、という可能性の段階で公表する違いだ。
当然前者が警察であり、後者は新聞社全般が持っている考え方である。

ショボンはアサピーが何かを知っているかもしれない、同僚に何かを話したかもしれないという可能性で殺すことを選んだ。
不確かだろうが、知られていたとしたら死んでもらった方が好都合。
全ては自分たちにとって好都合だから、という考えに他ならない。
実に自分勝手で、そして賢い選択だ。

214名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:20:17 ID:EB3u4DHo0
アサピーら新聞社が不確かでも情報を人々の下に手渡すのは、万が一その情報が正しければ新聞社は正義となり、間違っていたとしても不利益にはつながらないからだ。
いわば保険のような意味合いが強い。
それでも、その情報で救われる人がいるのも事実だ。
例えば脱線事故が起こった際に、死傷者の正確な数よりも死傷者がいたのかどうか、という情報の方が喜ばれる。

正確な数字はさておいて、自分の身内や知り合いがそれに巻き込まれたかどうか、の方が大切なのだ。

(;-@∀@)「要するに、僕が殺された方が彼らにとっては都合がいい、と。
      とんだファック野郎どもだ……」

¥・∀・¥「まぁそれは致し方ないことかと。 しかし、貴方が何かしらの可能性を持っているのもまた事実。
      ですが我々としては、別にティンカーベルがどうなろうと構わないのです。
      他の街の話ですからね。 ただ、ここにいつまでも留まるわけにもいきません」

(;-@∀@)「では、僕に協力をしてくれるので?」

期待を込めて尋ねたアサピーに対して、マニーは質問で返した。

¥・∀・¥「一つ訊きますが、この事件を記事にするのはいつですか?」

(-@∀@)「明日にでも……いや、今日にでも!」

力強く断言する。
情報は鮮度こそが重要だ。
すぐにでも号外を発行させれば、たちまちアサピーは英雄の階段を駆け上がることになる。

¥・∀・¥「なら、私は貴方に協力できません」

(-@∀@)「え?」

215名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:26:01 ID:EB3u4DHo0
全く予想していなかった答えに、アサピーは言葉を失いかけた。

¥・∀・¥「切り取られた真実を記事にして、それが世にもたらす不利益を考えていないからです。
      あなた方がいう所の真実、つまり情報とは断片的な物。
      ナイフの危険性だけを取り上げ、その使い方と利便性を知らせないのと同じですよ。
      不完全な情報を与えて神を気取る人に協力はするつもりがありません」

世界最大の豪華客船の市長の口から出てきたのは、幾度となく聞いてきた言葉だった。
情報がもたらす弊害。
それを知らないマスコミ関係者は一人もいない。
故に、アサピーは決まりきった言葉で返すことにする。

(;-@∀@)「ですが、人々には情報を知る権利があります。
      我々はその手助けをしているだけで――」

言葉を遮るようにして、だが威圧的ではない声色でマニーはその決まりきった言葉を一蹴した。

¥・∀・¥「知る権利ではなく、知りたい人間が知り、そうでない人間は知らないままでいる権利ですよ。
      無理やり押し付ける事を手助けとは言いません。
      餌を待つ豚ならいざ知らず、人間ならば自力で調べるという事が出来ます。
      どうしても情報を与えたいのなら、求める人間にだけ与えるべきではありませんか?

      両親が死んだことさえ理解できない子供に伝えるのが、果たして正義なのでしょうか?
      両親の死体を前にした子供に対してその心境を訊き、それを記事にするのが果たして子供のためになるのでしょうか?
      知ることが必ずしも人にとって幸せとは限らないのですよ」

静かに、そして一言ずつ確かに言い聞かせるようにしてマニーはその口から力のある言葉を連ねた。
反論の余地は、なかった。
新聞記者として、そしてそれを志してからの人生でこれほどまでに短い言葉で黙らされたのは初めてだ。
恫喝に対しての耐性はあったが、こちらが掲げる権利の間違いを指摘する権利に対しては何一つとして言葉は用意されていない。

216名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:32:33 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「……む、ぐぅ」

¥・∀・¥「……私がオアシズの市長になった際、貴方の会社が書いた記事を今でも覚えていますよ。
      前市長の息子が市長に就任、親族経営がもたらす負の連鎖、外界を知らない無知な市長、と散々に書かれました。
      市長を継ぐにあたり父が私に課したいくつもの課題を取り上げることもなければ、謝罪することもありませんでした。
      断片的な情報を世に送り出して、あとは知らぬふり。 幸いにして父はそれを予期して私にそれを乗り越えるだけの知識を与えてくれていました。

      時間が経てばそのような振る舞いを忘れ、取材を申し込んでくるようになりましたけどね。
      それが彼らの流儀で、それが彼らの力の使い方なのでしょう。
      ですがアサピーさん、貴方はまだあの業界に染まり切っていない。
      そうお見受けしたからこそ、こうしてお話をしているのです」

(;-@∀@)「僕に、何をしろと?」

ここで頷かなかったのは、アサピーの中にある僅かな矜持の賜物だった。
彼がこれまでの人生で培ってきた価値観はまだ消えていない。

¥・∀・¥「全ての情報が出そろい、事態が収束するまで情報を公にしないでいただきたい。
      それだけです」

(;-@∀@)「何故です? 情報が広まればそれだけでショボンたちの行動が制限されるのでは?」

¥・∀・¥「それが有効な時期は過ぎ、事態はあまりにも複雑になりすぎました。
      加えて、様々な方面で方向性がばらばらの酷い修復――tinker――を試みた結果、どうしようもなくなりました。
      ならばせめて、事態が収束した時に一矢報いるために力を振るった方が賢い。
      解決は別の人に任せるのがよろしいかと」

(;-@∀@)「大人しくここで待て、と?」

¥・∀・¥「私の要望を受け入れるか否か、それによりますね」

217名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:36:13 ID:EB3u4DHo0
これがマニーの本題だと分かったところで、アサピーに有利な点はない。
最早カードは使い尽くし、切り札もない。
それに提案自体は悪い内容ではない。
問題は、アサピーのこれまでに作り上げてきた価値観や倫理観と呼ばれるものを変えるかどうか、という点にある。

真実を多くの人に知ってもらいたい。
それを求める人間にこそ、それを知らせなければならない。
その使命感で一心不乱に働き続けてきた。
生き方を変えるのと同じく、マニーの要求を呑むのは容易な話ではない。

だが。
この葛藤こそが、アサピーの心の中に知らずの内に芽生えていた良心の呵責の証明であり、揺るがぬはずと豪語していた信念の弱さでもあった。
本当に己の行動に疑念一つなく、曇り一つなく、後悔もせずに生きていたのだとしたら、この瞬間にすぐに拒否すればいいだけだ。
それが出来ないという事は、考える余地があるという事に他ならない。

(;-@∀@)「ですが……しかし……」

¥・∀・¥「もう一度言いますが、時は金なり、です。
      金は時には成り得ませんが、時は金を越え得る力を持っています。
      ご決断を」

手に汗が滲む。
歴史を変えるスクープを手放し、信念を変える覚悟を決めなければならない。
アサピーはマニーの提案を受け入れる方に気持ちが傾いていた。
足りないのは覚悟。

自分自身の全てを変えるという覚悟が、アサピーには欠けていた。
これまでに行ってきたのは他者の変化。
生半可な未経験者、すなわち自慰行為に長けているだけで本番を知らない哀れな童貞と言ってもいい。
知ったつもりになっていただけで、いざ自分自身が変化させられようとするとそれを受け入れられない弱さが露呈する。

218名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:36:25 ID:vl31qxjM0
ここでTinkerに繋がるのか、支援

219名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:39:16 ID:EB3u4DHo0
何度も何度も思案する。
正しいのはどちらなのか。
変えるべきか、変えずに抗うべきか。
世間に知らしめるべきか、思いとどまるか。

(;-@∀@)「せめてトラギコさんにだけは……伝えたいのですが……」

絞り出すようにして口にしたのは、せめてもの妥協点。
今の彼に出来る精いっぱいの決断だった。
自分自身の力で世間に出しても効果が半端なのであれば、その情報を用いて世界を変えてくれる人間に託すのが一番だ。
少なくとも切り取って報道する同業者ではなく、全ての情報を正しく見つめ、そして運用してくれる人間と言えば彼の知る限りトラギコ一人しかいない。

重要性を知っているからこそ正しく動かせる、そう感じたのである。
出会ってからまだわずかな日数と時間しか経っていないが、彼がこれまでに手掛けてきた事件の解決率やそのスタンスを鑑みての結論。
短時間で下せる結論は、これが限界だ。

¥・∀・¥「……いい選択です。 ですが一つ残念なお知らせがあります」

(;-@∀@)「どのような?」

挑発的な笑みと呼ぶにはあまりにも優しく、同情的というには厳しい表情がマニーの口元に浮かぶ。
短い間で見た最初の変化だった。

¥・∀・¥「トラギコ様の消息が途絶えました。
      私に出来るのはその情報をジュスティアに流すことではなく、アサピー様が動きやすくするためのお手伝い。
      つまり、必要な道具などの手配だけです。
      ……ここから先は、アサピー様の行動一つで事態が大きく変わります。

      それを踏まえた上で、改めてアサピー様の意志を確認させていただきたい」

220名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:43:32 ID:EB3u4DHo0
刑事をやっているだけでなく、事件に積極的に首を突っ込んでいくトラギコならいつかはそうなると分かっていた。
彼ほどの男が無傷でいられるはずもなく、また、足を動かすことを躊躇する人間でないことは一目で分かる。
むしろ何かに巻き込まれていない方が不自然だ。
そんな彼の生き方に共感を覚え、憧れを抱いたのは事実。

今は、ただ。
トラギコに会い、彼に真実を託すだけ。
彼ならば、アサピー以上に情報を正しく使ってくれるはずだ。
故に、答えは一つ。

(-@∀@)「無論、探しに行きます」

真実が真実でなくなること、それがアサピーには耐えられない。

¥・∀・¥「では、防弾着と武器を用意いたします。
      他に必要な物はありますか?」

(-@∀@)「あとは、フィルムカメラを一つ」

銃を使わずとも世界は変えられる。
ナイフを持たずとも人は脅せる。
それがカメラだ。
デジタルカメラよりもフィルムカメラを選んだのは、フィルムさえ奪われなければ決して写真を消されないからだ。

¥・∀・¥「かしこまりました。 武器は拳銃を手配しておきます。
      用意するまでの間、温かい食事をお持ちいたしますので、しばしお待ちください。
      私がこうして匿えるのにも限界がありますので、一時間後には出発していただきます」

221名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:48:53 ID:EB3u4DHo0
いかなる手段でここに運び込まれ、そして隠されているのは訊けなさそうだと判断したアサピーは素直にうなずいた。
部屋から出て行ったマニーの背を見送り、アサピーは布団から出てクローゼットに向かった。
アイロンのかかったシャツとジーンズを借り、身なりを整える。
皮のジャケットを羽織り、そのサイズを確かめる。

若干大きめだが、防弾着を下に着こむことを考えれば丁度いい。
手に入れた全ての情報を伝える相手はトラギコだが、今度は彼の情報を集めなければならない。
彼に追いつくのは至難の業だろうが、それでもやらなければならない。
まずは目撃情報だ。

恐ろしいほど目立つ外見をしており、使っていたのは新聞社の原動機付自転車だ。
足取りを追うのは不可能ではない。
むしろ、これが本業だ。
真実を探して組み立て、形と成せばトラギコの居場所にたどり着ける。

用意された食事を平らげ、ホルスターに入った拳銃を腰に下げた。
銃を使うつもりはなかった。
だが、トラギコに渡せば情報同様に上手に使いこなしてくれるはずだ。
代わりに首から提げたのはケースに収められた上等なカメラだ。

ニッコール社製のカメラで、小型だが頑丈な作りをしたモデルだった。
間違いなくマニーなりの配慮だ。
これから先に待ち受ける困難を考えれば、防弾使用のカメラでもなければ心もとない。
それでも、何も無いよりかはいい。

予備のフィルムは五つあり、それら全てはカメラケースに収納されていた。
ケース自体も丈夫な素材で作られており、軽くて使い勝手がいい。
上手くすれば刃物程度は防げるのかもしれない。
間もなく、アサピーは廃棄物の詰まったコンテナと共にティンカーベルの収集所に送り届けられた。

222名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:51:03 ID:EB3u4DHo0
無事に収集所にコンテナが到着したという知らせを聞いたマニーは、己の役割が一つ終わった事に胸をなでおろした。
市長室の机上に置かれた無線機を使い、マニーはそのことを協力者に告げた。

¥・∀・¥「……ご相談いただいた通り、彼を送り届けました。
      えぇ、お話の通りになりました。 ……いえ、お礼など。
      我々としてもこの事件が終わることを願っておりますので、この程度の強力であれば……
      はい、それでは引き続きのご健闘をお祈りいたします」

斯くして、第三手目が動き出した。
そして。
この手を考え出したライダル・ヅーですら知らぬことであったが、オアシズに集まった情報はリアルタイムで別の人物の元へと送り届けられていた。
先ほどまで使っていた無線とは異なる無線機、そして周波数に対して呼びかけるマニーの声はとても穏やかだ。

まるで、親に褒めたがっている子供のように、だがその身を案じる親友のように優しい。

¥・∀・¥「ジュスティア側の動き、狙撃地点共に予想通りです。
      新聞記者の男がトラギコ様に接触を試みようと……えぇ、そうです。
      ……はい、分かりました。
      また何かあればいつでもご連絡ください。 こちらも、新しい情報が入り次第お伝えいたします。













      ではご武運を、デレシア様」

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           Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第八章 了

                                         August 10th PM08:44
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223名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:51:46 ID:EB3u4DHo0
これにて本日の投下は終了となります
支援ありがとうございました

質問、指摘、感想などあれば幸いです

224名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 22:03:35 ID:vl31qxjM0
乙。
やはり事件の裏で暗躍していたのはこのお方。
早く続きを読みたくなります。

225名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 23:23:25 ID:Z6i9msrQ0
乙。結局またデレシアかぁ

226名も無きAAのようです:2015/05/11(月) 00:44:25 ID:cav6VDfY0
乙。
相変わらずショボンは狡猾でしぶとい禿だなぁ
アサピーサイドの話が新鮮というかなんというか
この作品じゃブーンちゃん以上に一般人だからかな

227名も無きAAのようです:2015/05/11(月) 22:28:33 ID:MlBN5f5U0
デレシアとかいうロリババアの長金髪をおちんぽに巻きつけてしこしこしたいよぉ・・・

228名も無きAAのようです:2015/05/13(水) 18:50:27 ID:VEbezAms0
今読んだ!乙

やっぱマニーは有能だな

229名も無きAAのようです:2015/05/24(日) 03:02:09 ID:gLkLxdcY0
最新話来てたのか、おつ!
デレシアの動向が気になりすぎる…!アサピーも随分成長したなぁ…。今回も最高だった、次回も待ってる!

230名も無きAAのようです:2015/05/31(日) 15:43:59 ID:TKL.OCnY0
やっと追い付いた!乙!!
マニーさんが輝いて見える…

231名も無きAAのようです:2015/06/26(金) 20:27:56 ID:Uvv/mdck0
明日

VIP
会いましょう

232名も無きAAのようです:2015/06/26(金) 22:23:26 ID:gc3/d71k0
全裸待機!

233名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:04:07 ID:m/DZJGrM0
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カメラを構える行為は、銃を構える行為と同じである。
                  どちらもその人差し指で人の人生を左右するのだ。

                                   戦場カメラマン ミズーリ・タケダ

                      August 10th PM08:43
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アサピー・ポストマンが隠れ潜んだコンテナの中は錆びた鉄の匂いや妙に酸味のある悪臭が漂い、加えて完全な暗闇だった。
月光すら差し込むことなく、目が慣れるまでには長い時間がかかる事だろう。
コンテナ内は絶えず振動し、耳を押さえていなければ軽い頭痛を覚えるほどの音が反響していた。
クッションも何もないコンテナの片隅に膝を抱えて座り込み、アサピーはひたすらに振動と騒音に耐えた。

不満はなかった。
何も、黒塗りのリムジンやピンクのキャデラックに乗る必要はない。
これに耐えるだけで、厳重体制にあるティンカーベルとオアシズとの行き来が可能になるのだから、破格の待遇と言える。
島から外に出ることも、外から島に入ることもままならぬ現状を考えれば、悪臭と騒音で満ちたコンテナも箱舟にさえ思えよう。

今、アサピーはオアシズから出た廃棄物を詰めたコンテナ内に潜み、それをトラックが島の奥に運んでくれるのを待っていた。
オアシズはそれ単体で生活できるよう設計されているが、不燃ゴミの廃棄とその処理についてはまだ完全とは言い難い。
可燃ゴミについては独自に焼却して発電に利用するのだが、大型の焼却炉と処理設備が必要となる不燃ゴミの場合は、流石のオアシズでも完全に処理をすることは出来ない。
そこで考え出された方法が、寄港した街に不燃ゴミをコンテナ単位で買い取ってもらい、処分してもらう手段だった。

234名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:14:10 ID:m/DZJGrM0
これは非常に効率が良く、また、双方にとって利益になることから今では陸地繋がりの町同士でも積極的に行われている。
ティンカーベルの完全封鎖という状況にありながらも、この部分については死角だった。
片道切符のコンテナに人が入り込み、こうして島に舞い戻るなど想定の範囲外だったのだろう。
内心でオアシズの市長であるリッチー・マニーに改めて感謝し、夜光液の淡い光を発する時計に目を向ける。

時針が示す時刻は夜の九時十七分前。
時間としてはまだまだ余裕がありそうだが、油断は一切できない。
これから先何にどれだけ時間を使うか分からない。
到着するまでは静かに待機し、体力を温存しておくのが一番だ。

やがて、舗装路を走るノイズ音じみた音に変化が生まれ始めた。
少しずつ砂利を踏みしめる音が増え、遂には砂利の音と入れ替わり、体が小刻みに振動する事となった。
徐々に体が傾き、転がり落ちそうになるのを両手両足で耐える。
砂利道の斜面を下り、コンテナを運送するトラックが停車した。

停車してから数分の時間が経過したことから、予定通りの場所に到着したのだと推測した。

(-@∀@)「……おっ、と」

直後に感じ取った浮遊感から、クレーンで吊り上げられるのが分かる。
そして平らな金属の上にコンテナが積まれ、タイヤが土を踏みつける音が遠ざかって行った。
時計に目を向けると、午後九時十四分前を示している。
アサピーは静かに立ち上がり、胸にさしていたペンライトを点けて出口を目指す。

内側から開けられるよう細工のされた扉を慎重に少しだけ押し開き、ライトを消す。
人が近くにいないことを確認し、金属の軋む音を最小限に抑えつつ扉を完全に開いた。
外の世界に満ちる夜の光は淡く、日中の強い日差しよりも柔らかく物の輪郭を照らし出す。
影絵のような幻想的な世界を目の当たりにし、アサピーは一瞬だけその景色に目を奪われた。

235名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:18:42 ID:m/DZJGrM0
すぐに意識を切り替えたアサピーは降りるのに支障のない高さであること、そしてコンテナの周囲に人影がないことを確かめる。
四方を背の高い木々に囲まれている事から、ここがティンカーベルの北西にある廃棄場だと理解した。
山奥だが、街に戻れないほどの距離ではない。
コンテナから身を投じ、着地すると同時に周囲に目を配る。

姿は見えなかったが、着地で生じた比較的大きな跫音に気付いた警備の人間がいるかもしれない。
しばらくそうして身構えていたが何も起きず、風が運んだ雲が月を覆った時、アサピーはようやくティンカーベルに再び戻ってきたことを強く実感することが出来た。
しかし余韻に浸っている暇はない。
これからアサピーが行わなければならないことは命がけのものであり、そして何より、手がかり一つない状況での人探しだ。

大切な情報を伝えるという目的のため、アサピーは重い足取りで廃棄場の出口に向かって歩き出した。
周囲に人の気配はまるでなく、代わりに野生の生物たちが息づく気配を感じられる。
高く積み上げられたコンテナの林が作り出す影は濃く、何かが潜んでいるとしても見つけ出すことは敵わない。
おぼろげな月明りを頼りに歩き、ひび割れたアスファルトの車道に出た。

車道は街に通じる証明だ。
しかし、車道上には身を隠す物が何もない上に、山奥の廃棄場付近には街灯すらない。
万一暴漢にでも出くわしたら事だ。
目が闇に慣れるまで、アサピーは意図的に車道から僅かに外れて歩くことにした。

木の枝を踏み、よく分からない生物を踏み、顔に枝が当たってかすり傷を作りながらも、アサピーは一定の歩調を保ったまま進む。
静かな夜だ。
喧騒もなく、人工の音もない。
聞こえるのは虫の合唱、木々のざわめき、そして己の跫音。

暗闇の中でも不安に感じるどころか、母体にいるような安心感を覚える。
やがて、まっすぐ続いていた車道の先に、新たな道が見えてきた。
少し太めの道路とぶつかったので、アサピーは左に曲がった。
目が慣れてきたので車道の中心を歩き、ティンカーベルの街を目指すことにした。

236名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:23:55 ID:m/DZJGrM0
このまま道なりに行けば山を越えて、やがては街の入り口にまで辿り着くことが出来るはずだ。
そこからトラギコ・マウンテンライトの消息を探り、どこで彼が消息を絶ったのかを知らなければならない。

(-@∀@)「生きていてくださいよ、トラギコさん……」

それは願いや祈りと言った神頼み的な行為というよりも、本人への切実な希望だった。
全ての情報を上手に役立ててくれるのは、アサピーの中にはトラギコしかいない。
荒っぽいが確実に事件を解決してくれる彼のような存在は、正直なところ万年休暇を取っている神よりも遥かに頼もしい。
腹部に感じる熱と痛みをこらえて、確実に歩みを進める。

雲が流れ、再び姿を現した月が夜の世界を撫でるようにして仄かにモノクロの世界を浮かび上がらせる。
余計な装飾もなく、シンプルにして幻想的、そしてどこか懐かしく感じられる影絵の世界。
白と黒の濃淡だけで描かれた世界を歩くアサピーは、心奪われる景色を前にしても決して思考を止めることはなかった。
考えているのは二つの事だ。

トラギコの行方と、自分が狙われる原因。
前者は情報がなければ推測も何も出来ないが、後者に関してはいくつかの推測をすることが出来る。
幾度も命を狙われてきたアサピーが見てしまった光景とは何か、それを考えるという行為は非常に有意義だ。
いくつかの推測を立てられれば、それをトラギコに伝えて捜査の役に立つことが出来る。

自分は主役になるような柄ではない。
分かっていることだ。
事件を率先して解決する人間には、才能があり、実力がある。
アサピーにはそれがない。

237名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:30:16 ID:m/DZJGrM0
だから。
だからこそ、アサピーはそれを持つ人間の傍に立たなければならない。
そしてそれを世間に知らしめる役割こそが、アサピーのそれなのだ。
斯くして英雄は作られ、真実が創られる。

問題は、それがいつ、どのタイミングなのかということ。
口約束とはいえ、アサピーはマニーの提示した事件が解決した後に真実を公表するという条件を飲み、今に至る。
それを果たす義務はないが、その条件はマニーの持っていた信念と価値観を揺さぶった。
確固たる信念と価値観だと思っていただけに、それは非常に衝撃的だった。

自分の中で揺らいでいる間は無理に動かない方が利口だと考え、アサピーはひとまず、トラギコに託すことにした。
委ねる、と言い換えた方が適切なのかもしれない。
彼は正しく行動し、最終的に収まるべき場所に彼が導いてくれる。
そんな風に考えている自分に、アサピーは嫌気ではなく清々しい気持ちになっていることに気が付いた。

偶像崇拝に近しいかもしれないが、それでも彼は実在の人物であり実績もある人間だ。
考えや判断を委ねることが楽なことは知っているし、それが依存の始まりであることはよく分かっている。
だが断じて、アサピーはトラギコに依存をしているのではない。
彼は、正義そのものだとアサピーは信じている。

この世にはびこるあらゆる悪と対極の存在。
決してぶれない軸と信念を持ち合わせ、絶対的にルールを順守する姿。
アサピーにとって最も身近な正義の象徴はジュスティア警察でもなく、軍でもなく、トラギコの存在だった。
故に、然るべきものを然るべき人間に託し、使ってもらいたいだけなのだ。

現に感じているのは図書館の窓を開いて入ってきた新鮮な空気のような、そんな気持ち。
ちょうどいい機会なのかもしれないとさえ思う。
新聞記者として本当の意味で活躍するために、自分自身の立ち位置を今一度考えるためには、この上ない機会だ。
これまでは理想で動いてきた節が否めず、真実の持つ多面的な情報を理解した上で世間に公表することなど、これまでに一度も考えたことがなかった。

238名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:36:02 ID:m/DZJGrM0
期せずして手に入れたビッグスクープに浮かれ、それが夢の実現のための最後の鍵であるかのように取り扱ってしまった。
様々な側面を持つ真実に対して、ただの一度たりとも向き合っていなかったのである。
それは確かだ。
理解していたつもりになっていたが、実のところは断片ですら理解していなかった。

トラギコから受けた指示という理由もあったが、それでも実行に移したのは自分自身の判断だ。
断片的な真実の公開という選択は、結果的にトラギコの選択が間違いではなかった事を証明した。
つまり誤ったのは、アサピー自身の覚悟の量だった。
そしてそれが及ぼした影響は、痛みを伴ってアサピーを襲った。

真実を追う覚悟はあったが、真実に追われる覚悟はなかった。
誰も教えてはくれなかった。
真実が牙を剥き、噛み付いてくるなど。
繊細なのも重要なのも知っていた。

それでも、真実は箱入り娘の令嬢のように従順だった。
少なくとも、トラギコと会うまでは。
ようやく本質に触れることが出来たという事を理解したアサピーは、今はただ、真実の行く末を見届けなければならないという義務を自覚していた。
全てを見た上でそれを公表すればいい。

途中経過も真実の一つに変わりはないが、不完全であることもまた事実。
不完全をそのままにせず、パズルのピースが欠けている状態で表に出すことは一先ず止めておく。
そして。
欠けたピースの内、アサピーが狙われる理由が大きな割合を占めている事だけは断言できる。

慎重な人間であるはずのショボン・パドローネが二度にわたって命を狙い、狙撃手には二度撃たれ、退院祝いにデミタス・エドワードグリーンに殺されかけた。
異常としか言いようのない執着ぶりだ。
逆にそれこそが、アサピーが真実に近づいているという証明にもなっている。
考えの及ばない領域ではないと、アサピーは考えた。

239名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:42:46 ID:m/DZJGrM0
少なくとも自分が見聞きした情報の中に、彼らがどうしても消したいものがあるのだから、思い出せないはずはない。
現時点でアサピーが見立てている最も高い可能性は、現場に残されていたスーツケースを目にしたことだ。
黒のスーツケースに手がかりが残されている可能性は十分にあるのだが、警察がそれを回収したのかどうかが気になる。
これで警察が回収していれば、アサピーの算段は外れたことになる。

一つ目の可能性として視野に入れ、アサピーは新たな可能性を考え出すべく記憶を探り始めることにしたのであった――

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                                  Ammo→Re!!のようです  
     ,....、    ____
     /   ヽ..._/二二二ト、 r‐ュ
    / r┴┴‐┼──‐弋三三マヽ            Ammo for Tinker!!編
  j   ̄>──┴─ 、:.:.:.|─‐9|<7|l
  f'  7´ ´¨`ヽ`ヽヽ:::::::__ヽ|}}─ j|^:|Yl
 j  、l::;′   Y:::::l:::l::::{ ヾ!|!ュ:.:.:l|:::V        第九章 【cameraman-カメラマン-】
 l  l:::|     ||:::::|:::|::ハ  \_:.:.:ト、::ト
 l  `ヽヽ __ノ/.::/::/:::::/ヽ    ̄ヽr‐
  '  / マ=∠∠∠∠ -'"        ∨        August 10th PM 10:31
  '     ハ::::「 -r 、
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爆発が起きたのは、午前四時十四分。
爆破現場となったスタードッグス・カフェは粉塵が舞い、悲鳴がいたるところから聞こえていた。
カメラを携えて現場を見たアサピーが抱いた第一印象は、戦場だった。
額から血を流す人や泣きわめく子供、そして漂う焼けた匂い。

その瞬間をカメラに収め、次に爆発の中心部を撮影した。
焦げ跡が不自然な形に歪んでおり、それも撮影した。
片側が吹き飛んだスーツケースが遠くに転がっているのを見つけ、駆けよってシャッターを切る。
再び現場に戻り、負傷者が出来るだけ大勢が入るようにして構図を整え、記事用の写真を撮った。

240名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:46:55 ID:m/DZJGrM0
一通り撮影を終えてから、アサピーはようやく負傷者の救助に当たることにした。
幸いにして死者はおらず、軽傷者だけで済んだのは奇跡か、はたまた意図的なのか。
それを記事にすればより人々の関心を得られると思ったが、今回はトラギコへの情報提供が主であるためにそれは一先ず置いておくことにした。
彼に協力をすれば多くのスクープが自ずと舞い込んでくると信じたからだ。

動揺して頭の回らない――つまり、口が緩くなっている状態――を逃すことなく、目撃者に情報を聞き込み、新鮮な内に仕入れを済ませた。
それでも、すぐに警察官が現れて現場を封鎖し、以降は聞き込みによる情報収集だけしか行えなかった。
警察官の名前を写真に収めるのと同時に記憶したのは、彼を英雄的な存在として記事にする時が来た場合に備えてだった。
名前はイブケ・ゼタニガ、階級は巡査だ。

写真を撮られたことに対してひどく憤慨し、フィルムを寄越せと怒鳴ってきたがアサピーは逃げた。
彼の英雄的行動が多くの証拠を残し、被害者の拡大と混乱を回避できたのだから、何も恥ずかしがる必要はないのだ。
ここまでが、アサピーが爆破事件で行った主な行動である。
その中にアサピーを消してまで隠したい情報があるのか、それを考える。

上り坂になり、アサピーは少し歩調を早めることにした。
坂になれば速度が落ち、余計な時間がかかってしまうからだ。
街でトラギコに関する情報を集め、新聞社に寄って配達用の原動機付自転車を使って彼の足取りを追わなければならない。
事態は一刻を争う。

あのトラギコの消息が途絶えるという事は、紛れもない緊急事態だ。
星空を眺めながら、トラギコの安否を気遣う。
巻き直したばかりの包帯に湿り気を感じ、指で触れてみる。
僅かだが、濡れていた。

傷口が少し開いている。
しかし、それでも歩みは緩まない。
思考もまた、止まる事を知らない。
ただただ、動き続けた。

241名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:53:35 ID:m/DZJGrM0
ティンカーベルに到着してから優に一時間半以上が経過した頃、目の前にそれまでよりも急な斜面が現れ、速度が落ちた。
流石に運動不足のアサピーにとって、山道を歩き続けるのは難しいことだった。
何より、彼は前半で車道ではなく林を歩いた。
それは足首への負担を減らしてくれたが、着実に体力を奪っていた。

そこから更に三十分をかけて峠に到着し、足を止めて小休憩をする。
遠くの眼下に見える街の明かりに胸を撫で下ろしつつも、地上の星明りを両断する陰に注意を払う。
ティンカーベルを“鐘の音街”の名で有名にした街の名物、グレート・ベル。
アサピーの見立てでは、そこに狙撃手が潜んでいるのだ。

自分を二度も狙撃した人間とは、何者なのだろうか。
今もまだあの場所から誰かを狙っているのだろうかと考えると、恐怖に身が固まる。
発砲炎を目視してから避けられるのか、そもそもそこにいるのか、など考えが溢れ出して止まらない。
休憩を終え、アサピーは車道を下り始めた。

下り坂という事もあって、割と早いペースで歩くことが出来た。
その足を止めたのは、不思議な光景を目にしたからだ。
一部分だけ消え去ったガードレール。
地面に残された根元はその先端が引き千切られた様になっており、アスファルトから僅かに浮き上がっている。

強引に力が加わり、ガードレールが失われたのだろう。
交通事故か何かだと考えるが、ガードレールは千切れない。
どれだけ高速で車両が突っ込んできても、決して千切れはしない。
それが千切れるという事は、不自然という事なのだ。

よくよく観察してみると弾痕の様にも見える。
かなりの大口径の銃で撃ち抜かなければこうはいかない。
ガードレールがあった場所から見下ろすと崖のような急な斜面が森まで続いており、タイヤで削り取ったような跡が残されている。
堅気でない者同士の争いがあったのだろうと推測し、一先ず写真を撮った。

242名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 20:57:45 ID:m/DZJGrM0
それから少し道なりに進んで、アサピーは足を止めた。
車の部品が落ちていた。
外装、そして金属製で作られた部品の一部。
周囲にブレーキの跡がないことから、整備不良による事故か何かが起きた可能性が頭をよぎった。

十五分後、アサピーの足は逆方向に向くことになる。
電池切れで道の端に乗り捨てられたスーパーカブを見つけたのだ。
紛れもなくアサピーがトラギコに貸した物であり、それがここにあるという事は、トラギコがここまで来たという事。
後は簡単な計算だった。

バイクの電力がなければ、ヒッチハイクしかない。
ヒッチハイクをして間もなく、トラギコは何者かに襲われ、車ごとガードレールから落ちて行ったのだ。
走って先ほどの場所に戻り、慎重に斜面を下ることにした。
見た目以上に足場は悪く、滑りやすい土質だ。

カメラケースを後ろにやり、両手両足を使って斜面を進む。
暗がりの中にあって見えなかったが、二本の木に押し潰されたセダンが見えてきた。
フロントグリルが変形し、見るも無残な姿と化しているが一目で高級車と分かる。
車体のあちらこちらに銃創のような大きな穴が空き、全てのガラスは粉々に砕け散っている。

死体が見つからないことを願いながらペンライトを取り出し、車内を窺う。
誰も乗っていないのが分かると、車内を観察する余裕が生まれた。
車内で争った形跡もなければ、物を荒らされた形跡もない。
運転席に乾いた血を見つけ、その量が少量であることが気になった。

撃ち合いではなく、このセダンの運転手が一方的に撃たれたようだ。
助手席のヘッドレストが吹き飛び、倒木の枝に引っかかっている。
天井にも大きな穴が空き、そこから月光が差し込んでシフトレバーを照らし、幻想的な光景に見えなくもない。
しかし、どちらも明らかに撃ち込まれた銃弾が作った物で、追撃されたことを如実に語っている。

243名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:04:27 ID:m/DZJGrM0
セダンは何者かに襲われ、逃げ、崖下に転落し、更に大口径の銃弾によって駄目押しをされた。
ますます運転手がトラギコである可能性が濃厚になった。
一度、ライトを足元に向けるが、コケと落ち葉以外手がかりとなりそうなものは何も残されていない。
薬莢の不気味な輝きがないことから、追撃者はここに降りてこなかったのだろうと考えられた。

襲われた人間がトラギコであると決定づける証拠は依然として見当たらない。
仮にこのセダンのドライバーがトラギコだったとしたら杖がどこかにあるはずだが、それらしき物はない。
車内に死体や目立つ血痕がないという事は、運転手は車外にその体を出すことに成功したという事。
つまり、地面に杖を突いた窪みを見つけることが出来れば、運転手がトラギコであり、無事に生き延びたという証拠になる。

ライトを木の枝に括り付け、地面を高い位置からまんべんなく照らす。
視線だけでなく体全体を地面に近づけ、不自然に抉れた場所がないかを探る。
脚を引き摺った跡でも構わないのだが、事故を起こしてから時間が経っていることもあって何も見当たらない。
一度視線を上げ、周囲に目を向ける。

すると、車を押しつぶす木も銃弾によって倒されたことが分かった。
乱暴にちぎられた断面にレンズを向け、シャッターを切る。
今度は車内に何かめぼしい物はないかを探すことにした。
サンバイザーの裏やグローブボックスの中を探すと、車検の書類が出てきた。

持ち主はイーディン・S・ジョーンズとある。
聞き覚えのある名前だった。
写真を一枚撮り、そして思い出す。
超が付いても余りある有名な考古学者だ。

歴史的な発掘をいくつも手掛け、特に強化外骨格の研究には多くの貢献をしている人物として教科書にも名を載せる人物である。
彼が研究に携わってから世の中に復元された太古の技術や道具は数知れず、彼抜きには現代の科学は語れないとまで言わしめる存在。
若い頃は何故か鞭を持って遺跡の発掘を行い、特徴とも言えるカウボーイハットを被った姿はしばしば教科書に載っている。
取り分け、ダット(※注釈:Digital Archive Transactor)の研究成果は高く評価され、多くの知識を世に広めることに貢献した。

244名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:10:17 ID:m/DZJGrM0
その人物の所有する車がここにこうしてあるのは、何かの偶然とは思えない。
襲われたのはトラギコではなく、ジョーンズかもしれない。
他にも手がかりになりそうな物を漁り、遂に見つけることが出来た。
運転席の足元に落ちていたカブのキー。

紛れもなく、モーニング・スター新聞社で使われていた物だ。
トラギコはこの車に乗り合わせ、そして運転していたことはまず間違いない。
そして、ここで何かに巻き込まれ、転落したのである。
そこにジョーンズも同席していたかどうかまでは不明だが、トラギコがこの車に乗っていたことが分かれば十分だ。

すでに彼らが死亡し、死体を処理されたと考えなかったのは、仮に処理するのであればこのように目立つ場所に車を残しておくはずがないからだ。
仮にアサピーが追跡者であれば、車をもっと目立たない場所に動かしている。
ついでに、所有者の身分の特定につながるような書類を車内残してはおかない。
事故からどれだけの時間が経過したのかは不明だが、トラギコ達は逃げ果せたと考えられる。

少なくとも事故直後の話であり、その先で殺された可能性も十二分にあるのだが。
何にしても、トラギコならば路上駐車されていたジョーンズの車を偶然盗んだかもしれないため、追うのはトラギコだけにするべきだった。
欲張って二兎を追っても得られるのは決まっている。
最初と同じく目的は一つにするのが賢明だ。

彼の行く先については、今の段階では一つの方角しかない。
崖から落ちて来たのに崖を上る馬鹿はおらず、逃げるのであれば相手とは反対方向に進むという事だ。
即ち森に逃げ込んだと考えるのが自然だが、これだけの事故を起こしたのだから、無傷で済んでいるはずがない。
ましてや彼は足を負傷している身なのだから、この車から逃げたとしても、その跡を消すだけの余力はなかったはずだ。

何者かがトラギコを連れ去った、もしくはトラギコの逃走に手を貸している可能性がある。
どちらか分からないが、どちらにしてもアサピーは動かざるを得ない。
夜の森は非常に危険であり、装備が不十分な状態で入るべきではない。
一流のキャンパーでも夜になれば森の中を動き回ることはしない。

245名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:15:47 ID:m/DZJGrM0
方角を一瞬で見失う上に、目標物を視認することも困難。
夜の森に生息する野生動物の事を考えれば、キャンプをして過ごすのが上策だ。
森について多少の知識を持つ人間がアサピーの装備を見れば、間違いなく自殺志願者だと考えるだろう。
大型のライト、もしくは強力な光源を持つライトならばまだしも、彼が持つのはペンライト。

電池が切れた途端に視界は失われ、朝日が昇るまでの間の行動が制限される。
改めて車内に使えそうな物はないかと探すと、非常用のライトが見つかった。
試しにスイッチを入れると、強力な白光が迸った。
運には見離されていないらしい。

ペンライトを顔の位置に構え、ゆっくりと森の中に足を踏み入れる。
鳥の声。
虫の声。
風の声。

そして、どこまでも続く闇がアサピーを迎え入れるが、彼の足取りはしっかりとしたままだった。

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246名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:20:38 ID:m/DZJGrM0
捜査本部として選ばれた建物――島で一番の不人気ホテルとして名高い“カナリア・ホテル”――は、ティンカーベルが独自に持つどの軍事的な組織よりも厳戒な警備体制と緊張感に包まれていた。
指揮を執るライダル・ヅーは顔の半分に包帯を巻き、衣服の下にいくつもの痣を隠しておきながらも顔色一つ変えずに狭い部屋で情報の整理を行っている。
部屋には彼女以外に誰もおらず――誰も入室を許可されていないため――、時計の秒針が時を刻む音と万年筆が用紙の上を滑る音だけが行き来していた。
沈黙の中、ヅーが書いているのは報告書だった。

この事件の発端、そして犯人、目的、事件発生時刻、証拠品、目撃者の証言など事細かに並べられた言葉は自分が事件を振り返るための物でもある。
こうして冷静に書き出すことで今一度事件全体を第三者的な視点で見下ろし、気付くことの出来なかった何かを見つけられる可能性があるからだ。
新たな情報が入って来るたびに紙に書いては破り捨て、常に最新の状況を把握する。
嫌でも見えてきたのは同郷の軍人と警察の無能さ、敵の用意周到さと狡猾さ。

そして、ショボン・パドローネの属する組織が何者かを追い回す過程で多くの傷跡が出来たという事。
ヅーの負った傷も、その内の一つだった。
所詮は途中経過の副産物、風が吹いて木の葉が舞うような物だ。
傷は痛むが、その悔しさの方が勝る。

何としてもショボンの組織に対して一矢報いなければ気が済まなかった。
目的は何であれ、その組織は悪だ。
悪を滅ぼす。
それがジュスティアであり、ジュスティア警察はその執行者である。

先手を打ってショボンの行動を阻害することにしたヅーは、目撃証言を基に彼が追っている人物の特定を急いだ。
だが。
得られた証言はお世辞にも役立つとは言い難く、自分自身で目撃した情報の方がいくらかマシだ。
とはいっても、偶発的に遭遇したカーチェイスで得た物なのだが。

瓜//-゚)「……やはり、ないか」

247名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:26:57 ID:m/DZJGrM0
大型のツアラーバイクを改造し、荒地での走行にも対応させた物は一般人が手に入れるには余りある代物だ。
強化外骨格“イージー・ライダー”の追跡を逃れられるだけの機動性と速度、そして運転手の手腕。
これの情報を使って運転手の割り出しを行えればと思ったのだが、そこから先が難航した。
まずは車種の特定を行わなければならず、ここ数年の間に発表された車種のカタログと格闘したが、当てはまる物はなかった。

そこで新たに十数年前の物から見返すことにしたのだが、該当する車種は存在しなかったのである。
流石にそれ以上前の車種とは考えにくく、一から作り上げたバイクである可能性が高かった。
カウルは黒、もしくは群青色の塗装が施されており、その形状は空気力学に基づいて設計されたのだと一目で分かる鋭角と直線で構成され、ツアラータイプの特徴とも言える大きなウィンドシールドが一枚。
ヅーが見たのはバイクの側面を一瞬と、その後ろ姿を数十秒だけ。

捜査チームを編成した際、ヅーはその車体をスケッチし、全員に配った。
特徴的な性能を持っているバイクであるため、目撃情報はすぐに集まるだろうと思ったのだ。
結論から言えば、駄目だった。
遠くからツーリングに来ていた集団が唯一の証言者であったが、彼らが見たのは走り去る後ろ姿だけで運転手を見た者はいない。

目撃された日時を考えても、ヅーの持つ情報の方が新しいぐらいだ。
あの夜以降、誰もそのバイクを見ていない。
まるで亡霊だ。

瓜//-゚)「カメラの情報も……なしか」

もう一つ、ヅーが追っている物がある。
エラルテ記念病院で醜態を晒し、殺されかけた時に誰が自分を救ったのか、という事だ。
アサピー・ポストマンの入院していた部屋に現れたデミタス・エドワードグリーンに警備員が殺され、ヅーも深手を負った。
そして、顔を潰されて殺される寸前、ヅーは意識を失った。

再び目を覚ました時、ヅーは病室のベッドの上に寝かされていた。
自分に対して十分すぎる殺意と動機を持つデミタスが見逃すはずもなく、痛む体に鞭打って現場に戻ると争った形跡が残されていた。
目に見えて床に増えていた真鍮の薬莢はライフルのそれではなく、拳銃用の物だった。
何者かが争い、デミタスからヅーを守ってくれたのだ。

248名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:33:36 ID:m/DZJGrM0
だが、残された薬莢は九ミリ口径の物で、軍が採用しているコルト・ガバメント――四十五口径――ではない。
勿論、強化外骨格の補助を得ているデミタスが使用したとは考えにくい。
礼を言うのもあるが、何よりデミタスをいかにして撃退せしめたのか、その技量にこそ興味があった。
が、目撃者は愚か映像すら残されていない。

また、ホテルで警官が奇妙な殺され方をした事件もある。
目撃情報で得られたのは頬に二本の傷を負った男の目撃情報ぐらいで、それ以上に詳しい情報は得られなかった。
その人物には心当たりがあったため、事実上有益な情報は得られなかったことになる。
死体を鑑識に回して調べさせているが、何も見つからないだろうと諦めていた。

今、二人の亡霊がヅーを悩ませていた。
どうにか足跡を見つけたいところなのだが、どちらも手詰まりの状態である。
情報整理をしていく中で見えてくるのは、ショボンたちは周りの被害や自分たちが生み出す物を全く意に介することなく対象を追っているという事実であり、その対象は只者ではないという結果のみ。
特に情報に対して価値を見出す人間にとっては、分かり切った情報を突きつけられることほど腹立たしいことはない。

瓜//-゚)「さて、どうしましょうか」

腹立ったとしても、それを思考に影響させないのがヅーの強みの一つだ。
彼女は例え砲弾が降り注ぐ戦場でも策謀することの出来るだけの精神力と集中力を持ち合わせており、今はただ、己の手中に集まった情報が足りないだけだ。
欲しいのは決定打ではなく、全てを線で繋ぐことの出来る核心だ。
追う理由、追う相手、追う方法など、とにかくショボンたちが何を目的としているのかを今一度整理しなければ分からない。

状況の悪化はもはや、誰が諸悪の根源とは言い難いほどに悪化している。
絡んだテグスを解くようにして徐々に紐解き、そして見つけなければならない。
単独での解決は不可能だ。
複数の人間がそれを試みたせいで酷い有様――tinker――になってしまっており、今後はその悪化を防ぐことに注意しなければならない。

249名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:37:38 ID:m/DZJGrM0
引っ掻き回した人間の一人、トラギコ・マウンテンライトには監視をつけていたが、今日の昼前に消息不明となってしまった。
本来であれば自らの手で探しに行きたいところだったが、そこまで暇がないため、苦肉の策としてアサピーを使った作戦を考え付いた。
餌として動かし、結果としてまんまとショボンをおびき出すことに成功し、そして今ではトラギコ探索の要人として仕立て上げた。
特例中の特例であるが、オアシズへの乗船とその後の降船まで手はずを整えたのだから、何かしらの成果を得ることを期待している。

彼が犯した愚かな過ちの精算はこうして少しずつ行ってもらうのだ。
気がかりな点は多々あるが、それでも片手が開くのは大きい。
始点を脱獄として考えると何かが見えてくるかもしれないと考え、ヅーは改めて事件の初日から見直すことにした。
書類の山から引っ張り出したのは、シュール・ディンケラッカーとデミタスの資料だった。

この二人以外にも、極悪という意味ではエリートたちがセカンドロック刑務所には揃っていた。
それでもあえてこの二人を選んだのには、理由がありそうだ。
二人の共通点を探すのではなく、二人が他よりも優れている点を調べる。
書類に記載されているのは児童誘拐と窃盗に長けた二人の犯罪歴で、その生い立ちから逮捕までの流れが簡単に載っている。

他の囚人たちとは異なり、殺人や強盗、強姦や脅迫ではないのがポイントと言える。
こうして改めて書類を見ると、二人が何かを盗むことに特化しているのが共通点として分かる。
つまり、ショボンは何かを盗ませたかったのかもしれない。
秘密裏に盗ませようとして失敗したと考えられる。

では、何を盗もうとしたのか。
盗みに失敗したとして、何故人を追い回す必要があるのか。
その人物が何かを持っているから、としか考えられない。
危険を冒してまで追うという事は、物である可能性が低い。

手に取って盗めるような物ならばどこかに隠されればそれまでであり、追う必要があるとしたら移動を続ける人間ぐらいだろう。
しばらく考え込み、どうして自分がもう一つのスタート地点に目を向けなかったのかと自責した。
カーチェイスを繰り広げた今日の朝一時ごろ、バイクとSUVが現れたのは森の中からだった。
わざわざ逃げる途中で山中に逃げ込んだのではなく、最初から山にいたのだ。

250名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:43:10 ID:m/DZJGrM0
その正確な場所を知るのはライダーを追いかけていたSUVの乗員、つまり現在尋問の真っただ中にあるケイティ・グラハムという男がそのカギを握っている。
書類の山に埋もれていた無線機を取り、尋問室に繋ぐ。
捜査本部として選ばれたこのカナリア・ホテルには内線電話があったが、盗聴を恐れてヅーは軍から暗号無線機を借りていた。

瓜//-゚)「ケイティを私の部屋に連れてきてください。 今すぐに」

無線に応じた男は少し狼狽えたが、三分以内に連れてくると返答した。
机上を整理しようとはせず、ヅーはケイティを待った。
訊くべきことは二つ。
何を依頼されたのか、そしてどこにいたのか、だ。

規則正しいリズムでノックがあり、扉に向かってヅーは入るよう短く言葉を投げかけた。
開いた扉から現れたのは、彼の生みの親でも判別がつかない程に顔が変わったケイティと手錠につながる縄を握った私服警官だった。
包帯などの手当てがされていることから、恐らく話すことの出来る全ての情報を出したのだろう。
もっと早い段階で話していれば暴力は使用せずに済んだというのに。

瓜//-゚)「……単刀直入に訊きます、いいですか」

万年筆のキャンプを外し、メモ用紙の上で構える。
これから男が話す全ての情報はヅーが書き記し、活用するという表明だ。
それを見て、ケイティを連れてきた警官は縄を握ったまま、部屋の端に移動した。

(::#:-:#::)「……ふぁい」

見るも無残な姿には、初めの頃のような威勢の良さは微塵も残っていない。
プライドを持つのであれば、それに相応しい実力が備わっていなければ意味がないことをよく理解できたことだろう。
口の中に脱脂綿が詰められているような声の男に、ヅーは二つの質問をした。

251名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:47:18 ID:m/DZJGrM0
瓜//-゚)「深夜にカーチェイスをしていた相手について、貴方はどのような命令を受けていましたか?
     そして、その相手がいた場所について正確な位置を話してください。
     そうすれば、貴方の家族には悪くない対応をします」

(::#:-:#::)「相手は二人組の女で、耳付きの雄ガキが一匹……
      場所はスワンソングキャンプ場から北西に進んだところ……
      殺せと……殺せと言われて、俺たちは……」

これだけ有益な情報が残されているのに、それは一つとしてヅーの下に資料として提出されていなかった。
怒りはメモを走らせる万年筆の筆先から滲み出ることもなく、静かに積もった。
意図的なのか、それとも偶発的なのか。
積もらせた怒りの発散についてはそれからだ。

瓜//-゚)「結構。 人相や名前は?」

(::#:-:#::)「顔は分からねぇ……名前は……確か……」

一呼吸おいてから男が口にした言葉は、はっきりとした発音ではなかったが、聞き間違えることはなかった。

(::#:-:#::)「デレシア、だ……」

万年筆が、ヅーの手の中で折れた。
インクが黒い血のように机の上に広がり、書類を染め上げる。
ケイティは怯えて後退るが、ヅーの視線は射竦めるようにしてそれを逃さない。

瓜//-゚)「その名前、間違いありませんか?」

(::#:-:#::)「あ、あぁ……本当だ……嘘じゃない」

252名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:52:31 ID:zZdSJOgM0
支援

253名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 21:53:00 ID:m/DZJGrM0
どうやら、事態はヅーが想像している以上に複雑なようだ。
先のジュスティアで行われた会議で取り上げられた名前は、限られた人間だけが知るはずの名前。
ジュスティアがその歴史の中で最も隠し通したい事件の中心人物であり、ジュスティアの天敵として記録されている女性。
それがデレシアという存在なのだ。

しかしそれは、歴史の影で語り継がれるジュスティアの汚点。
経過した年月を考えれば、現代にデレシアなる人物が存在するはずはないのだ。
デレシアを名乗る何者かをショボンが追っているだけか、適当な名前をでっち上げたのだろう。

瓜//-゚)「スワンソングキャンプ場への行き方は?」

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--‐‐''''""゙ ̄  _,,、-‐''"                l  |.:  ::.|  August 11th AM 00:49
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重武装した兵士を乗せた多目的装輪車――ハンヴィー――が一両用意され、ヅーはその後部座席に乗り込んだ。
彼女自身も強化外骨格――“棺桶”――を持ち出し、戦闘に備えて大口径のライフルと弾を用意していた。
太腿の骨は折られ、ろっ骨にひびが入り、鼻の骨も折れているが、戦う意思は健在だった。
棺桶があれば、折れた足でも走ることが出来る。

254名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:00:54 ID:m/DZJGrM0
それに、自分自身の目で現場を確認しなければ気が済まない。
真実がどうであれ、証拠が数多く残されている確率が高い場所に足を運んでも損はない。
書類仕事はもう十分だ。
自ら設定したタイムリミットまで、後一日と二十三時間。

役立つものは全て使い、どうにか進展を図らなければ解決は夢と散る。
折れた足を気にするぐらいでは、捜査は進展しない。
あのトラギコは足を撃たれても平気で捜査を強行し、良くも悪くも確実に事態を流動的な物にしている。
敵味方問わずに予想外の行動に出る癖さえなければ、もっといい状況になっていただろう。

今はそれに倣い、ヅーも自らの足を使って情報収集に向かう時だ。
顔の半分を包帯に巻かれていても、その信念は揺るがない。
指示を受けた運転手は、無駄なお喋りをすることなく車を走らせた。
山道を難なく走る途中、ヅーは路肩に原動機付自転車が止まっているのを見かけたが、何も思わなかった。

ほどなくして見えてきたキャンプ場入口と書かれた看板に従い、未舗装の脇道を進んで森の奥へと進んだ。
砂利を車輪が掻き鳴らす音が続く。
十数分が経過した頃、ようやくキャンプ場の入り口が見えてきた。
同時に、ハイビームのライトが照らしたのは横転した小型のアメリカンバイクとその手前に落ちた赤黒い塊だった。

一見すれば投棄されたのよう肉塊だが、よく観察すればそれが服を身に纏った人間の死体であることに気が付く。
野生動物に食い荒らされた死体の手前で停車し、すぐに両脇のドアからライフルを構えた部下が安全確認を行う。
周囲の茂みにフラッシュライトの白光を浴びせ、不審な物や脅威がないかを警戒する。
その間に助手席から“赤の男爵”スズキ・レッドバロンが降車し、死体の状態を調べ始めた。

彼は署内でもバイクに関して随一の知識を持っており、ヅーが目撃したツアラーバイクにつながる情報を手に入れられると思い、今回同伴させていた。
勿論、知識だけではなく彼の戦闘能力も込みでの判断だ。
厳しい訓練と試験を突破し、彼は対テロリストの特殊部隊において前線で戦い、多くの功績を上げた実力者である。
四十代の風格にアクセントを添える特徴的な泥鰌髭を蓄える彼は髭をしごきつつ死体を観察し、ヘルメットを押さえながらヅーの元へと駆け寄り、報告した。

255名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:04:55 ID:m/DZJGrM0
(【゚八゚】「状態が酷いですが、これは射殺体です。
     死後半日以上経過している上に食い荒らされているので、詳しい時間までは分かりませんが」

入り口の直前で射殺された死体とその経緯についても、後で聞けばいい。

瓜//-゚)「ケイティのモーターサイクル・ギャングでしょう。
     昨晩、ここで戦闘があったと考えれば自然です。
     先を急ぎます」

木っ端の死体が出てきたところで、この場所ならば何かしらの成果が得られるだろうという自信が出てきた。
周囲の警戒をしていた男たちは車両の警護へとその役割を変え、三人の男達が随伴としてハンヴィーと共に前進する。
背の高い木々に囲まれた森は暗く、ライトがなければ木々の輪郭さえ認識するのは困難だ。
月明りと宝石箱をぶちまけた様な夜空は辛うじて細い木の枝や葉を黒い影として見せてくれるが、それはあくまでも空と木が重なった時だけ。

依然として続く道を進み、一行は開けた場所に到着した。
人工的に切り開かれた森の先に広がる一ヘクタールはあろうかという平野。
下草は綺麗に刈り取られ、平らに均された地面には小石が僅かに転がっているだけで、小高い丘に丸太で作られた階段が申し訳なさ程度に設置されている。
丘の上には明滅を繰り返す薄暗い蛍光灯に照らされた屋根付きの炊事場があり、テントサイトには十数張りの小型ドームテントが設営されている。

薄汚れた簡易トイレもよく見られる物で、何か特筆した物があるわけでもなく、山奥のフリーキャンプ場以上でも以下でもなかった。
妙なのは人の話し声は何も聞こえず、気配すらなく不気味なまでに静まり返った空間が広がっている事だ。
この時期ならツーリングに訪れた人間がいてもおかしくないが、射殺体が見つかった事を考えれば、皆逃げたのだと察しが付く。
その割には通報がないのが妙だ。

最悪の事態――観光客が皆殺しにされた可能性――を想定し、ヅーは車を止めさせた。
再びレッドバロンたちが周囲の捜索を念入りに行う。
テント一つ一つを見て周り、無線機から報告があった。

(【゚八゚】『もぬけの殻です。 誰もいません。
     争った跡はありませんが、作りかけの食事があるので急いで飛び出していったような状態です』

256名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:10:07 ID:m/DZJGrM0
客は全員逃げた、という事だ。
ではどのタイミングで先ほどの男は殺されたのだろうか。
利用客が殺したのであれば確実に争いの跡は残るのだが、それは後で尋問してケイティに訊くのが一番早い。
彼自身が言っていた通り、デレシアたちはここから北西に進んだ場所とのこと。

無線機を使い、哨戒中の三人にそれを伝える。
三人は一度ハンヴィーに戻り棺桶を背負い、口々に起動コードを入力した。

『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を』

傑作量産機ジョン・ドゥ達は沈黙を保ち、森の奥へと足を進める。
その後ろからハンヴィーが続き、林道が続くと流石に下車せざるを得なかった。
車内で待つことも出来るが、ヅーは自らの目で見て判断する必要があると感じていたため、自らの棺桶を装着することで怪我の問題を解決することにした。
扉に手を添えて体を支えながら、起動コードを口にする。

瓜//-゚)『自由を求めるのだろうが、そんなものはどこにもない』

コンテナ内に取り込まれるとすぐに強化外骨格が全身を包み、そして解放される。
脚を折ったとは思えない程軽快に動けるよう筋力補助装置が作動し、事実上、ヅーは片足だけで立って歩行することが可能となっていた。
今回、ヅーの強化外骨格“イージー・ライダー”には回収を施してあった。
舗装された道を走破することを前提に設計されたタイヤをオフロード仕様の物に交換し、プログラムを荒地に設定した。

これで山道を高速で駆け抜けることが出来る。

(::[ Y])『ここで待機していてください。 何かあれば無線機を使うように』

( ''づ)「了解です」

257名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:15:01 ID:m/DZJGrM0
脚部の車輪を使う事で足にかかる負荷を軽減させ、部下を先頭にすることで自分自身の負担を軽くしながらヅーは森の中に分け入った。
周囲の光源の量を感知したカメラが自動で切り替わり、熱源を可視化する赤外線暗視モードになった。
赤い映像として野生動物や高温の何かが青黒い森に浮かび上がる。
暗い色をした木を避けつつ、バランサーの稼働状況が良好であることを確かめた。

山道が危険と言われる所以は、その足元の不安定さにある。
段差の有無だけでなく、その性質が場所によってまるで異なるためだ。
湿った場所、乾いた場所、落ち葉の積もった場所、岩だらけの場所、水のたまった場所などその種類は千差万別。
棺桶に内蔵された戦闘環境情報は非常に豊富だが、その入力と各部位の調節はアナログに頼る部分が大きい。

戦闘中の環境変化に応じて全身の微調節を行うには、高性能な処理装置や強固な部品と対応したパーツが必要になる。
無論、量産型の棺桶にそのような機能は備わっていない。
激しい戦闘下での使用が大前提となる棺桶に求められている物を考えれば、開発段階でその機能が省かれた理由は想像に難くない。
木を掴みながら斜面を下ると、最前列を歩く男がライフルに付いた赤外線ポインターを使って十数フィート先に広がる平らな地点を示した。

そこにあったのは、キャンプの跡だった。
わざわざ設備の整ったテントサイトから離れて森の中に設営するなど、明らかに普通ではない。
そしてそれを裏付けるようにして、テントの周辺に転がる肉塊とオフロードバイクの残骸をセンサーが捉えた。
人間の形をしていた肉の塊は動物に食われ、目玉を失い、内臓が引き摺り出されている。

が、彼らは幸いだっただろう。
それぞれ差はあるが彼らは別の攻撃によって命を奪われており、生きたまま食われるという恐ろしい経験をせずに済んだのだから。
銃創、切創はいずれも急所に対して当てられている。
また、地面に転がる真鍮製の薬莢の多さに思わず驚く。

形を見ると拳銃のそれが僅か、ほとんどがライフルの物だった。
これを全て拾って調べる気にもなれず、その必要性も感じなかった。
死体を部下に任せ、ヅーはテント周辺に有益な情報を秘めた証拠品を探し始める。
小さな焚火の跡、つい先ほどまで使っていたかのように整然と地面に並ぶ食器類。

258名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:21:46 ID:m/DZJGrM0
テントの中には銀マットとシュラフが広げられており、争いがあったとは思えない程に整っている。
しかし死体と薬莢があればここが戦場と化したのは紛れもない事実であり、実行犯として濃厚なのがヅーの前に現れたバイクの乗り手だ。
地面に残されていたタイヤの跡は風で消えてしまい、改めて追うのは不可能だろう。
更に見つけたのが、四輪車が強引に走ったと思われる轍だった。

草が倒れ、背の低い木が折れていることからそれは間違いない。
現場は紛れもなくこの場所だ。
デレシアに通じる情報を得れば、ショボンが追っている人物の正体が分かる。
そうすれば、今後マークするべきはその人物という事になる。

警察の捜査網を駆使すれば足取りを掴むことなど造作もない。
アサピーよりも効果のある生餌を手に入れれば、後は先手を打ってショボンに対抗が出来るのだ。
さりとて、証拠が見つからなければ生餌を獲得するどころではない。
念入りに調べる必要があった。

(::[ Y])『このキャンプに証拠がなければ撤収――』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『――ロックオンされた!!』

レッドバロンの声とイージー・ライダーのセンサーがロックオン警報を鳴らすのは同時だった。
ロックオン警報が示すのは紛れもない敵意と明確な殺意だ。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『エイムサポート、オン!!』

自動で照準を合わせるためのシステムを起動した途端、銃口がキャンプサイトの方に向けられた。
夜空を背にして現れたのは、白い装甲の強化外骨格五体だった。
その形状はレッドバロンたちのそれと同じで、ジョン・ドゥだ。
大きく異なるのはカラーリングだ。

259名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:27:16 ID:m/DZJGrM0
純白の装甲に描かれた金色の木のイラスト。
悪趣味ここに極まれり、といったところだ。
対戦車砲の砲口がこちらを向いている。
防御が間に合えばその直撃にもある程度は耐えられるが、当たり所が悪ければジョン・ドゥと言っても無事では済まない。

〔欒゚[::|::]゚〕『今すぐ棺桶を捨てろ!!
      お前らの仲間が死ぬぞ!!』

見張りに残していた男の事を言っているのだろう。
暴力に屈しない。
これは警察のみならず、ジュスティア全体の認識だ。
つまり、人質になった場合は救助を期待してはいけないのだ。

レッドバロンはそれを知っているし、人質になっている部下も同様に心得ている。
下す判断と決断に揺るぎはなく、直後にレッドバロンたちが起こした行動は正解だった。
ライフルが火を噴き、銃弾が白いジョン・ドゥに吸い込まれていく。
ジョン・ドゥは後退しつつ、対戦車砲を発射してきた。

円錐形の発射物は吹き上げる風にあおられ、木に直撃した。
ジョン・ドゥ本体がその力でロックオンすることは可能だが、武器に追尾機能が付いていなければほぼ意味がない。
エイムサポートと大差のない機能で、自分が狙うべき敵を正確に捉えてそこに銃弾を撃ち込むための機能。
使うと使わないとでは射撃性能に大きな差が出るが、そこには当然、使用者の腕も関わってくる。

爆風に吹き飛ばされないようにしながら、ヅーは木の倒れる方向を確認して指示を出す。
位置関係の有利さを捨てただけでなく、武器と兵器の特性を理解していない人間など、いちいち相手をしていられない。
強化外骨格の回収だけで十分だ。

(::[ Y])『レッドバロン、彼らを追ってください。 モーターサイクル・ギャングの残党なら、生け捕りの必要はありません。
    残り二人はそのサポートに。 私はここで捜査を続けています』

260名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:32:44 ID:m/DZJGrM0
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!ソ;ハj|W "" Vv,w,.vw,.v"ji,,Iw,,MW w,,Mv,w,.vw,.vW "" V"j    August 11th AM 01:15
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自分がいる森がそう広くないことを、アサピー・ポストマンは理解していた。
ひたすら南に向かって――海の香りのする方角に――歩いて行けば、自ずと街に出られる。
つまり、遭難するという事はないのだ。
が。

人探しをしながらとなると、森は途端にその姿を変える。
ハイキングに訪れる高山と宝探しに挑む高山とで異なるように、森は今、巨大な迷路と化していた。
第一の障害として視界が制限され、第二に足元が悪い、第三に音が入り乱れ、第四に匂いも混ざっているというハンデがある。
そして第五の障壁としてアサピーを苦しめているのが、見えないゴールの存在だった。

トラギコ・マウンテンライトが逃げ込んだと推測される森の中で遭遇するには、確固たる証拠がなければならない。
ゴールの位置が分からなければ、迷路は終わることがないのだ。

(;-@∀@)「トラギコさーん、おーい」

十分おきに声を出して自らを鼓舞しつつトラギコに呼びかけるのと同時に、夜行性の動物に対する威嚇を行っている。
水も持たずに来たものだから喉が渇き始め、額に浮かぶ汗はその量を増していた。
涼しげな風がせめてもの救いだが、最良の救いはトラギコとの合流に他ならない。

261名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:37:45 ID:m/DZJGrM0
(;-@∀@)「トラギコさーん、迎えに来ましたよー」

別の意味の迎えにならなければいいのだが、と心中で皮肉を呟く。
いくら叫んだところで、反応はない。
その時、反響した破裂音と爆発音が聞こえた。
花火ではない。

散発的に続くその音は森と山に響き渡り、どこから聞こえているのか分からない。
争いの音に驚いた理由は二つ。
単純に争いが起こったという事実と、その対象が自分ではないという事。
つまり、誰かがどこかで戦っているという事だ。

トラギコの可能性もあり得る。
緊張感に背を押されながら、アサピーは歩く速度を変えて街を目指すことにした。
今ここで夜明けまで探すのも選択肢の一つだが、街を目指す手もある。
街に出て乗り物を調達し、改めてこの森に戻るのだ。

希望的観測よりも現実的な観測だ。

(;-@∀@)「とーらーぎーこーさーん!!」

声は虚しく響く。
はずだった。

「うるっせぇな」

その声は背後から聞こえた。
最早聞き慣れ、そして切望していた声だ。
獣を思わせる低い声、剣呑さを含みつつも独自の信念がちらつく明瞭な声。
顔だけを恐る恐る後ろに向けると、期待した通りの男がいた。

262名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:41:49 ID:m/DZJGrM0
雲から漏れた月明りが森に幻想的な光を与え、その木漏れ日に照らされるようにして現れたのは右の頬に二本の傷を持つ男。
手持ちのライトで詳細に照らし出すまでもない。

(=゚д゚)「ゆっくりオーバーナイト・ハイキングも出来やしねぇラギ」

片足を引きずりながら現れたトラギコの姿を見たアサピーは喜びのあまり抱き付きそうになったが、変装したショボンの可能性を考えて一歩退いた。
彼の変装技術を見破るのは容易ではない。
前は放つ雰囲気で察することが出来たが、それを警戒して雰囲気まで真似されたら対処しようがない。

(;-@∀@)「ほ、本物ですか?」

(=゚д゚)「あぁ、本物だよ」

偽物だとしても、同じことを言う。
本物との判別をするには、何かの証拠が必要になる。
喜びで盲目になって死ぬなど、まっぴらごめんだ。

(;-@∀@)「証拠はどこにあるので?」

(=゚д゚)「あ? うるせぇな。 俺を探しに来たんじゃねぇのかよ。
    第一、手前が本物だって証拠はあるのか?
    まぁいい、何か質問してみるといいラギ」

この物言い、何か違和感を覚えてしまう。
本質的に変化はないのだろうが、少しだけ棘がなくなったような、そんな気がする。

(;-@∀@)「ぼ、ぼくが公の場でトラギコさんを呼ぶ時は何と呼べばいいのでしたか?」

面倒くさそうに溜息を吐き、トラギコは答えた。

263名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:46:11 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「トライダガー、だ。
    で、わざわざ俺を探しに来たってことは何かあったのか?」

少し警戒しつつ、アサピーはトラギコに近寄る。
服は汚れ、真新しい擦り傷や切り傷、打撲の痕が痛々しい。
ようやく警戒を解いたアサピーは二人で木の根に座り、これまでに自分が経験したこと、調べて分かったことを全て伝えた。
話を聞く間、トラギコは一切メモを取らなかった。

以前話していた通りだった。
彼はメモを取らない。
ショボンたちに狙われ、マニーの配慮でここに来ることが出来たと伝えても、トラギコは眉一つ動かさなかった。
ここまで情報を提供した上で、アサピーは肝心要の話に移ることにした。

(-@∀@)「一つ、教えてほしいことがあります」

無言でトラギコが続きを促す。

(-@∀@)「鐘の音に紛れさせて狙撃を行うという事は可能なのですか?」

これまでに起こった事件。
それとほぼ同時に起こっていた、狙撃。
カール・クリンプトン、そしてアサピー自身が経験した狙撃は全て鐘の音が関係していた。

(=゚д゚)「あぁ、可能ラギ。 俺が担当した事件じゃねぇが、そういう馬鹿たれがいたラギ。
    毎日決まった時間に教会の鐘が鳴るのに合わせて人殺しを楽しんだ奴ラギ。
    ……狙撃手の位置が分かったラギね?」

(-@∀@)「えぇ、その位置も銃火で目視しました。 狙撃手はグレート・ベルにいます。
      グレート・ベルにいれば鐘を鳴らせるし、街のほとんどが見下ろせますから」

264名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:52:37 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「いい読みだが、あと一歩ラギね。 狙撃に関わらず、事件を起こす時にはだいたい鐘の音が関わってるラギ。
    事件発生を悟られにくくする、いわば消臭みたいなものラギ」

トラギコもトラギコで、アサピーと同じことに気付いていたようだ。
ならば、ショボンの組織に属する人間がグレート・ベルに陣取っているのはほぼ確実だ。
つい最近のトラギコならば、今すぐにでも乗り込んで――

(=゚д゚)「分かってるなら話が早いラギ。 絶対にあそこに乗り込むな」

(;-@∀@)「え」

(=゚д゚)「え、じゃねぇ。 狙撃手を捕まえるなり殺そうと思っても、グレート・ベルに行くなって言ってるラギ」

(;-@∀@)「そりゃまた、どうしたわけで?」

トラギコの様子がおかしい。
アサピーの知る限り、トラギコは目の前に転がる真実の断片でも貪欲に貪るはずだ。
まさか、このトラギコは偽物なのだろうか。

(=゚д゚)「勘違いするなよ、別に日和ったわけじゃねぇ。
    そこにいる奴の正体に見当が付いてるから言ってるラギ」

(;-@∀@)「見当が付いてる……?!」

(=゚д゚)「あぁ、だからこそだ。 ここで手を出しても美味くねぇ。
    今は寝かせておく。 そして喰う。 酒と同じラギ。
    そのためにも、お前に協力してもらうラギよ。 手を貸してくれるラギね?」

265名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 22:57:40 ID:m/DZJGrM0
狙撃手の正体やトラギコの言う寝かせる、の意味が分からないかった。
だがしかし、情報を全て手に入れた上でトラギコが判断するのであればアサピーの返答は決まっている。
トラギコの出した答えに従うだけだ。
覚悟は済ませておいたはずだ。

(-@∀@)「勿論、協力しますよ。
      で、僕は何をすればよろしいので?」

(=゚д゚)「望遠レンズは持ってるよな?」

(-@∀@)「自分のもありますが、新聞社にならすんごいのがありますよ。
      それこそ天体観測できそうなやつが」

レンズは望遠の距離が長くなれば長くなるほど、更に性能が高くなるほどにその大きさと重量が増す。
オメガ社のレンズもいいが、アサピーは長い間愛用しているニッコール社製のレンズが好みだった。
無駄のないデザインと扱いやすさ、そして頑丈さは同社が生産しているカメラと同様に信頼性が高い。
会社にあるのは一キロ先にいる人間を綺麗に映し出せる代物だ。

(=゚д゚)「なら、今から会社に行くラギよ。 お前は狙撃手の顔を撮影しろ。
    ただし、気付かれないように遠距離からだ」

(;-@∀@)「そんな無茶な!!」

思わず声を荒げてしまったのは無理もない。
遠距離から対象物を撮影する際には技術が要求される。
最も大変な作業として挙げられるのが、対象物の行動速度だ。
フォーカスを手動で合わせるのはいいとしても、対象が動いてしまえばそれだけでずれてしまう。

266名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:05:59 ID:m/DZJGrM0
何よりも恐ろしいのがカメラのブレだ。
どこかに拠点を設け、三脚を設置するのであれば話は変わるが、そうでないのならばかなりの集中力と慣れが必要になる。
シャッターを切るその瞬間に一切カメラをぶれさせず、かつ対象を捉え続ける技量。
これらは全て、実践の場においてのみ習得することの出来る物だ。

望遠レンズを使った撮影は野生動物や有名人の撮影にしか使われない。
つまり、対象に悟られない距離からの撮影を前提にしている。
今回は違う。
狙撃手に悟られる可能性は非常に高く、悟られたら撃たれるのだ。

絶対に悟られない距離。
つまり射程外からの高解像度での撮影。
それに使うためのレンズは一択。
天体撮影用の超望遠レンズだ。

(;-@∀@)「狙撃手の腕は知りませんが、これまでの経緯を考えると1.3マイル圏内は射程内ですよ!!
      それ以上の距離から悟られないようにするって言ったら――」

(=゚д゚)「3マイルは必要ラギ。 で、それがどうした?」

これが日中ならばいい。
しかし今は夜。
街に着くのが遅れたとしても、撮影が始まるのは遅くても明け方の四時だ。
まだ暗い時間帯である。

となれば露光時間の問題が生まれる。
足りない光源を補うと、更に手振れの問題が増加する。
有線式のシャッタースイッチがなければ、これは非常に難しい撮影となる。
天体は地球の自転に合わせてカメラを自動で動かすための装置があるため、そこまで難しくはない。

267名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:11:47 ID:m/DZJGrM0
生物は別だ。
完全に別なのだ。
予測の出来ない動き、予想の出来ない行動。
それがあるからこそ、パパラッチは望遠レンズをある程度の距離に収めているのだ。

超望遠レンズはその重量から三脚を使わなければならない。
アサピーの手元にはない、二つの道具が必要になる。
超望遠レンズと有線式シャッタースイッチだ。

(;-@∀@)「……道具を手に入れなければ無理ですよ」

(=゚д゚)「何が必要なんだ?」

(;-@∀@)「レンズとリモコンです。
      それも、新聞社にないようなレンズです。
      天体を撮るようなレンズなんですが、値段が七万ドル以上するんです」

七万ドルを一度に手に入れるとなると、それこそ金庫をこじ開けるしかない。
丁度支社には誰もいないから不可能ではないだろう。
流石に値段を聞いたトラギコも目を丸くして驚き、呆れたように訊き返した。

(;=゚д゚)「お前、俺をおちょくってるラギか? たかがレンズに七万ドル?
    車が二台、下手すりゃ家が買えるラギ」

(;-@∀@)「真面目ですよ!! この島に売っているのかどうかさえ怪しいレンズです。
      まず夜って時点でも厳しいんですよ!!
      これ以外の望遠レンズを使って顔を撮るなら、どうしたって射程圏内に行かないと」

(=゚д゚)「じゃあそれで行くラギ」

268名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:20:22 ID:m/DZJGrM0
(;-@∀@)「はい?」

(=゚д゚)「お前は耳が悪いのか? 射程圏内に入るってんだよ。 それで撮ればいい。
    七万ドルなんて大金揃えても物が売ってなけりゃ意味がねぇ、そうだろ?
    お前が頑張れば全て解決ラギ」

簡単に言うが、アサピーは断じて戦場カメラマンではない。
戦場カメラマンとパパラッチが異なるように、新聞記者と戦場カメラマンは全く性質が異なる。
撮るべき写真の種類が違うのだ。
戦場カメラマンが求められるのは衝撃的かつシンプルな写真であり、それ一枚が秘めた威力にこそ価値がある。

銃弾飛び交う戦場で撮影された写真はピントが合う事の方が珍しく、それでもピントを合わせられた写真が傑作として世に知れ渡る。
命がけの一枚。
そのような写真の撮影の経験はないし、そこに付け加えられるのが鮮明な写真。
狙撃手の顔を写真に捉えるという事は、狙撃手もアサピーを照準器に捉えられるという事だ。

(=゚д゚)「俺も手伝ってやるからよ」

(;-@∀@)「手伝うって、何を?」

(=゚д゚)「そりゃお前、囮に決まってるだろ」

(;-@∀@)「いやいやいや、それは駄目ですよ!!」

(=゚д゚)「黙れよ。 いいか、俺が囮になれば奴は必ず撃ってくる。
    その瞬間を撮れ。 チャンスは一度、そして一瞬だ。
    言っておくが、殺されるつもりはねぇラギよ」

269名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:22:51 ID:m/DZJGrM0
事故の時に頭を打ったに違いないと、アサピーは確信した。
これはトラギコであってトラギコでない。
棘はなくなるし、妙に物わかりがいいかと思ったら恐ろしい提案をしてくる。
どこかのネジが外れているに違いない。

(;-@∀@)「そ、その前にトラギコさん」

(=゚д゚)「あ?」

(;-@∀@)「頭の病院、行きません?」

直後、アサピーは星を見た。
青白い星が目の前で花火のように散り、目の前の影や人の像が歪む。
頭を押さえてアサピーはうずくまる。

(#=゚д゚)「いきなり失礼な奴ラギね。
     その前に手前を病院送りにしてやろうか?!」

(;-@∀@)「うごご……」

(=゚д゚)「俺ぁな、この歯糞みてぇな事件を終わらせてさっさと次に行かなきゃならねぇんだよ。
    協力しろ、アサピー」

(;-@∀@)「そりゃ、協力しますけど……」

言いかけたアサピーの頬を掴んで自分に顔を向けさせたトラギコは、額がぶつかるほど近くに顔を寄せた。
視線と視線を合わせ、声を潜めて断言する。

270名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:28:28 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「詳しくは教えてやれねぇけどな、いいことおせぇてやるよ。
    ……この事件、俺たちが思っている以上のヤバさだ。
    下手すりゃ世界がひっくり返るような大きさだ。
    どうだ、ワクワクするだろ? なら、四の五の言わずに手を貸せ」

幾多の事件を解決してきたトラギコが言う、巨大な事件の一端を意味する言葉。
不謹慎ではあるが、興奮しないはずがない。
人は誰でも巨大な何かの正体を知りたがるものだ。
巨獣の骨が見つかればその全身を、美女の指を見ればその全貌を。

ましてや、それに関わることが出来るとなればこれは乗らない手はない。
躊躇う必要はない。
トラギコが自ら申し出てくれるのであれば、それに乗るだけだ。
情報を提供した上で判断を委ね、それに従う。

そう決めたのは自分だ。
大事の前の小事には目をつむる。

(;-@∀@)「えぇ、協力しますよ、勿論!!」

(=゚д゚)「心変りが早くて嬉しいが、情緒不安定なのだけは勘弁しろよ。
    それと、分かってるとは思うがこの事件についてはまだ報道するな。
    余計なことを報道して相手に隠れられると困る。 それ故に誰にも教えるな。
    出来る限り生きた状態を保って、気付いていないふりをし続け、そして最後に噛み付く。 狩りと同じラギ。 その点も協力してくれよ?」

返事は同じ。
従うだけ。
そう。
この男は“虎”。

271名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:31:54 ID:m/DZJGrM0
彼となら、夜の森さえ恐怖するに足らないのである。
それから二人は、街の明かりが見えるまで無言のまま森を突き進んだ。
森の出口は街の外れにある工場地帯に続いていた。
すでに炉の火は落とされ、稼働している工場は一つもない。

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ヘf:ェェェ:iiiii  i i i iiiiii三 iiiiiiiiiiiiiiiiiiiイ ─ | | ィ |=ェェィ├─┤:: |        |-|r -ュ n
ニニニニニニl小ニニニニニニニニニニニニニl ||i⌒「i i r , - ァ -,-、-、ii円_   r‐┬‐┤:!TTEリ !
    r‐:‐、田  口 ニニ介 _r r ュ ュ |||  H i//_/_/_i__ヽi ∞ r r rnr |..::::::::::::::::
 r二三二> ァ _ _ _ _ _ _ n  cno_!_n__rュ∞_n_n_n_  _ T_ ハ|.qp......:::::::::::::i::::::
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二人が出てきたのはそんな工場の内の一つで、ドラム缶があちらこちらに置かれている駐車場だった。
古びて薄汚れたワゴン車が数台停まっている。
スライドドアにロゴらしきものがプリントされているのを見るに、社用車だろう。

(=゚д゚)「よっしゃ、車を借りるラギ」

(-@∀@)「お知り合いがいるので?」

警察手帳一枚あれば高級ホテルのディナーの会計から、車の徴用まで幅広く行える。
一度その威力を知った人間は以降、同じ人物に対しては手帳なしで協力するものだ。
この小さな島の工場にもトラギコの影響が及んでいると考えると、少し感動してしまう。

272名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:35:06 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「いねーよ。 借りるって言ったろ?
    それに、こんな時間にどうやって貸してくれって言うんだよ」

愚かなのはアサピーであるかのような言い草だ。

(;-@∀@)「ちょっ、盗るつもりですか?! 警官でしょ!!」

(=゚д゚)「“俺”が借りるなんて一度でも言ったラギか?」

(;-@∀@)「でも、さすがに……それは……」

どのような理由があれ、窃盗は犯罪だ。
警察の息がかかった街でなくとも、窃盗を許容する街は世界でも一つしかない。
盗賊ギルドの本拠地、“セフトート”だけである。

(=゚д゚)「あぁ、警官が盗るのはまずいって言いたいんだろ?
    だから、お前がやれ」

そう言って渡されたのは金属製の棒が二本。
先端が曲がって鉤状になっているそれは、一目で目的の分かる物だった。

(;-@∀@)「そんな道具使えませんよ!!」

(=゚д゚)「そう怒鳴るなよ。 いいか、やり方なら教えてやるから」

(;-@∀@)「ならトラギコさんがやってください、このことは言いませんから」

(=゚д゚)「そうもいかねぇラギ。 ここでやり方覚えておかねぇと、後で必要な時に動けねぇだろ」

273名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:38:24 ID:m/DZJGrM0
確かに、ピッキングの方法が分かれば後々の生活――例え職と家を失ったとしても――に役立つだろう。
トラギコが自分に求めているのは、優秀な相棒としての成長なのだろう。
それに答えることが出来れば、自分のためにもなるが間違いなく人としての道を外れることになる。

(;-@∀@)「やっぱり、犯罪は……」

(=゚д゚)「今さら綺麗ごと言ってんじゃねぇラギ」

(;-@∀@)「それに、僕が車を盗ったらそれをネタに酷いことするんじゃないですか?」

(;=゚д゚)「変な本の読みすぎラギ。 ネタにしてゆするならもう少しまともな奴にするラギ。
    いいか、この事件が終わってからもお前には色々と動いてもらいたいラギ。
    そのためには今のままじゃ駄目ラギ。
    お前は真実とやらのためには割と何でも出来る奴だと思ってたんだが、見込み違いラギか?」

トラギコの人心掌握術は最悪だ。
人を褒めることもなければ煽てることもない。
その代りにトラギコは全てに正直であり、真っ向から言葉を発する。
それに惹かれた人間はそう簡単にトラギコから離れられない。

アサピーもそんな人間の一人なのだと、強く実感した。
巻き込まれることに対して嫌に感じることもあるが、それでも迷惑だとは思わない。
逆に、もっとトラギコと共に行動したいと思わずにはいられないのだ。

(-@∀@)「分かりましたよ、やりますよ。
      で、どうすればいいんですか?」

(=゚д゚)「車の錠ってのは案外簡単ラギ。 ピンシリンダータイプだからなおさらラギ。
    いいか、まずは……」

274名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:42:06 ID:m/DZJGrM0
それから五分間の講義を受け、アサピーは錠の仕組みを理解した。
物事と同じく、あるべき場所にあるべき物が収まれば動かすことが出来る。
渡された道具を使って鍵穴に差し込み、教えられたとおりに動かして回転させる。
驚くほどあっけなく鍵が開き、アサピーは自分が一つとんでもない技術を身につけてしまったことに身を震わせた。

何より、トラギコが知っているという事は、彼は実践したという事を意味している。
細かいことを気にしていたら話が進まない上に自分の中にある倫理観が崩壊する気がしたため、アサピーは考えるのを止めた。

(-@∀@)「で、エンジンをどうやって始動するので?」

(=゚д゚)「結局は電気系統の話ラギ、だから繋げてやれば言う事を聞く」

先ほどの道具をイグニッションキーの代わりに差し込み、捻る。
するとエンジンが目覚め、各種計器類が明るく輝きだした。

(=゚д゚)「運転は任せるラギ。
    まずはレンズを手に入れるラギ」

(-@∀@)「では、僕のアパートに」

(=゚д゚)「いいだろう。 それから少し休んで、今日の昼にやるラギ。
    ……暗いと、お前の都合が悪いんだろ?」

何気ない気遣いに驚く。
確かに昼の方が好条件だ。
急いで明け方に撮影する必要はないという事なのだろうが、それは相手の狙撃を成功させやすくなるという事だ。
最も都合が悪くなるのはトラギコなのだが、それでもかまわないのだろうか。

(-@∀@)「それは、そうですが……」

275名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:46:25 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「ならそれでいいじゃねぇか。 俺はお前がやりやすいようにしてやる。
    だけどな、ちゃんと結果を出せよ」

打算なく信頼されている事が嬉しかった。
これがトラギコの魅力なのだ。

(=゚д゚)「ほら、行くラギ。
    あのタコ助がこっちを見つける前に行動しないと駄目ラギよ」

目頭が熱くなったのはきっと、疲れているからだ。
一日の間に起きる物事の密度と回数が多すぎるためだ。
言葉を発することなく、アサピーはギアをバックに入れて静かにアクセルを踏んだ。
ワゴン車はゆっくりと工場地帯を走り抜け、市街地へと近づいていく。

徐々に浮かび上がってくる街の輪郭よりも目につくのは、当然――

(=゚д゚)「グレート・ベル、か」

(-@∀@)「そういえば、鐘に合わせて人を撃ったっていう事件。
      聞かせてもらってもいいですか?」

(=゚д゚)「面白くもねぇ話ラギ。 勉強のできる学生が人を殺すことに興味を持って、後は実験ラギ。
    鐘楼は“鳥の巣”って呼ばれるぐらい狙撃手にとっては好まれる場所ラギ。 見渡し良好、高さも立地も文句なし。
    犯行に及んだのは十九歳の男で、動機は人間が死ぬのが楽しいから、だったラギ。
    あまり知られていないのは、起こったのが“セントラス”だったからというのと、街の意向があったからラギ。

    死んだのは全部で二十一人。 逮捕されるまでの間、一か月間奴は撃ち続けた」

276名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:49:00 ID:m/DZJGrM0
宗教都市、セントラス。
十字教の本拠地であり、聖地でもある。
それほどの事件が公にならないのは、トラギコの言った通り、街の意向があったからこそだ。
セントラスには新聞社が一社だけある。

当然、宗教新聞だ。
モーニング・スター新聞社は支店を設けるどころか、その記事を持ち込むことさえ禁じられている。
閉ざされた街だが、もめごとやその解決は警察に任せている。

(-@∀@)「ですが、どうして銃声が鐘の音で聞こえなくなるのでしょうか?」

(=゚д゚)「細かい理屈は知らねぇが、まぁ同じ音だからな。
    届くまでの時間は同じラギ。
    と言っても、法則性があったからな。 所詮は素人ラギ。
    それに目撃者もいたラギ」

(-@∀@)「なるほどですね。 そういえばトラギコさん、目星がついているって言ってましたよね。
      一体どんな人物なんですか?」

(=゚д゚)「聳え立つ糞の固まりラギ」

黄色で点滅を繰り返す信号機が、街の入り口を教えてくれた。
静寂に包まれた夜明け前の街を訪れたワゴン車は細い道を通り、アサピーのアパート前に停車した。
二人はすぐに降りてアサピーの部屋に上がり込んだ。
特に何かを荒らされた形跡もなく、転がっていたはずの男達はすでに運び出された後だった。

(=゚д゚)「部屋のカーテンを全て閉めるラギ。
    グレート・ベルからこの部屋は一応死角だが、万一があるラギ」

(-@∀@)「分かりました。 カメラを準備して、後は食事でも?」

277名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:53:55 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「気が利くじゃねぇか。 だが凝る必要はねぇラギ。
    インスタント麺で十分ラギ」

買い置きのインスタント焼きそばが戸棚に入っていることを思い出したアサピーは、台所に向かった。
まずカーテンを全て締め切り、窓の鍵も施錠した。
やかんに水を入れ、ガスコンロに点火する。
戸棚の奥に積んであったインスタント焼きそばの容器を手に取り、包みをはがす。

“かやく”と呼ばれるキャベツを中心としたフリーズドライの具材を乾燥麺の上ではなく、下に敷く。
こうすることで湯を捨てる時に流れ出る心配がなくなるのだ。
その代り、湯は容器の縁から麺の下に注ぐようにしなければならない。
ふいに視線を感じて振り返ると、そこにはトラギコがいた。

(=゚д゚)「へぇ、焼きそばか。 一つしかねぇのか?」

湯を注ぐアサピーの手元を見つつ、パッケージをしげしげと見る。
銘柄についての文句が出ると思ったが、特に何も意見は出てこなかった。

(;-@∀@)「え、えぇ。 あんまり家にいることがないもので。
      非常食が常食ですよ。
      一つじゃ足りないかもしれませんが、勘弁してください」

(=゚д゚)「飯はちゃんとしたものを食えよ。 まぁいい。
    半分ずつ食えば十分ラギ」

(-@∀@)「半分ずつ? だって、トラギコさんが……」

(;=゚д゚)「あのなぁ、俺一人だけ食ってたら味なんかしねぇラギ。
    せっかくあるんだったら、二人で食った方がいいラギ。
    とにかく、半分だ。 いいか、お前もちゃんと食うラギ。 お互いに怪我人なんだ、いいな?」

278名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:56:39 ID:m/DZJGrM0
(-@∀@)「も、持ちのロンですよ!!」

待つこと三分。
湯きりを行い、粉末タイプのソースをまんべんなくふりかけ、よく混ぜる。
液体タイプのソースと粉末タイプの最大の違いは、麺に絡みやすいか否かという点だ。
前者の液体タイプは十分すぎるほどよく麺と絡まるが、若干多すぎる問題が生じてしまう。

対して粉末のソースは絡みにくいが水分を吸い、麺と無駄なく合わさって味に均一性が生まれる。
どちらも気をつけなければならないのが、麺にだけソースを和えるのではなく具材にも合わせてやることだ。
こうして出来上がった麺の半分を紙皿に載せ、最後に刻まれた青のりをかけて完成である。
二人はそれを立ったまま啜り、黙々と食事を始めた。

甘辛いソースの味が食欲を沸立て、少量のキャベツを奥歯で大切に噛み締めると、甘みを含んだ水がしみ出した。
それも僅かの量だが、ソース一色の味の中に新鮮な存在だった。
麺を啜る音だけで、会話はなかった。
美味いかどうか、それはトラギコの口からは出てこなかったが、無言で啜るその音が十分に感想の役割を果たしている。

食事を手早く済ませ、アサピーはインスタントコーヒーを入れた。
砂糖は大匙三杯入れ、二人は現像室に向かった。
あの部屋は窓を閉め切り、外部の光が一切差し込まないようになっている。
誰かに外から見られる心配は全くない。

部屋のエアコンを入れ、室温を低くする。

(=゚д゚)「じゃあ、計画を話すラギ。 この街の地図はあるラギか?」

(-@∀@)「パンフレットに使ったものでしたら……ここに」

279名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:59:22 ID:m/DZJGrM0
クリアファイルに入れてあった地図を取り出し、目の前の机の上に広げる。
白黒の地図には蛍光ペンで様々な店がマークされている。
アサピーがこの島に来て間もない頃に手掛けたパンフレット制作で使ったものだが、結局採用はされなかった。

(=゚д゚)「グレート・ベルはここラギ。 おいカメラマン、どこからなら狙撃手を撮影できるラギ?
    言っておくが、野郎は絶対に縁からライフルの銃身や体を出さないラギ」

(-@∀@)「見下ろせる、もしくは同じ目線にまで行かないと撮影できないですね。
      顔を撮るとなると、同じ高さにいないといけません」

(=゚д゚)「それが出来る場所はあるラギか?」

(-@∀@)「周辺には高さのある店はないので、どうしてもここになります」

地図の一点を指で示す。
グレート・ベルから西に進んだ場所にある医療施設。
即ち――

(=゚д゚)「――エラルテ記念病院か」

(-@∀@)「はい。 島のシンボル以上の高さの建物はないんですよ。
      ですが、この病院の屋上は260フィートあります。
      距離で高低差を埋められるので、この屋上から撮影するしかありません」

グレート・ベルの高さは約270フィートある。
島にあるどのホテルや宿泊施設もそれ以上の高さを越えないよう、また、景観を損なわないように厳しい制限がされている。
だが、エラルテ記念病院だけは例外だった。
歴史的に意味のある病院の建築に際して、グレート・ベルの次に高い建物であることが求められた。

結果、十五階建てながらも260フィートという高さを持つに至り、ティンカーベルで二番目に高い建物として今日に至る。

280名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:02:17 ID:ISmb1SN20
(=゚д゚)「他に手がないなら、それで行くラギ。
    必要な物はあるか?」

(-@∀@)「新聞社にある望遠レンズとリモコン、後は三脚ぐらいですね」

日中とはいえ、望遠での撮影には手振れは依然として敵である。
それを軽減するための道具として三脚、そしてリモコンが必須だ。
この二つがなければ自分の体を使ってカメラを固定する他ない。

(=゚д゚)「三脚は却下ラギ。 高く構えればそれだけ目立つラギ。
    奴ならレンズ越しにお前の頭を撃ち抜ける。
    絶対に見つかったら駄目ラギ」

(-@∀@)「分かりました。 で、動きとしては?」

(=゚д゚)「お前はジュスティアに目をつけられているから、それに見つからないように病院に行くラギ。
    この後すぐにでも出発して屋上で待機するラギ。
    で、俺は昼の鐘に合わせて動くから、奴が顔を出したところを撮れ」

(;-@∀@)「一緒に動かないんですか?」

(=゚д゚)b「一緒に動けば怪しまれるし、目立つだろ。 当然、別行動ラギ。
     ただ、タイミングだけは一緒ラギよ」

肩を叩いて親指を立てたトラギコは、話を続ける。

(=゚д゚)「狙撃手の顔を撮ったらそのフィルムを――」

281名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:03:29 ID:ISmb1SN20
こうして綿密な打ち合わせと共に時間が過ぎ、朝が近付く。
午前四時半。
お互いの動きと役割を確認し、トラギコは仮眠を、アサピーはエラルテ記念病院へと向かった。
最早、お互いにかけるべき言葉は決まっていた。

――無言による、信頼の確認である。

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           ""'';;;;,,,,,         /   '   ''''"       _   |::::::::::::| /:::::::::...
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水平線の彼方から浮かび上がる紅蓮の太陽が夜空から夏の青空を取り戻し、そして、街へ人へと光を浴びせる。
新たな一日の始まり。
ジュスティアが宣言した事件解決まで、一日と十九時間。
島中に散らばった人間が追うの真実のほとんどが今、グルーバー島に集結し、行動を開始していた。

例えば。
例えば、不穏な感情を秘めた者たちもまた、例外ではない。

(´・ω・`)「……さて、行こうか」

ソファから立ち上がった、道化の如き男。

282名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:05:05 ID:ISmb1SN20
(´・_ゝ・`)

lw´‐ _‐ノv

それに無言で付き従う、二人の罪人。
いずれも眼光鋭く、されど放つ雰囲気は凪いだ海の如く。
背負うは己が棺桶にして己が力の象徴。

(’e’)「うむ、いい朝日だ。 さ、ジョルジュ君、コーヒーを。
   違いの分かる男のコーヒーだよ、間違えないように」
  _
(#゚∀゚)「だから、俺は手前の召使いじゃねぇんだよ……」

離れた場所に佇む男、二人。
彼らの足元に埋まるのは、屍かそれとも夢の果てか。

川 ゚ -゚)

从'ー'从

言葉を発することなく行動する女が二人。
人の間を風のように抜け、静かに最深部へと歩みを進める。
性別、動機、背景、思想はそれぞれだが共通しているのは所属する組織の目的達成という、大きな夢の実現のため。
大樹が伸ばす枝葉のようにして、彼らは活動の領域を広げていく。

グレート・ベルの鐘が朝日に輝き、黄金の輝きを放った。

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         Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第九章 了
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283名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:06:29 ID:ISmb1SN20
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優れた狙撃手は優れたカメラマンに、優れたカメラマンは優れた狙撃手に成り得る。
故に。
故に我々カメラマンは、意識しなければならない。

最高の構図を。
最高の成果を。

                                 戦場カメラマン ミズーリ・タケダ
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次回、Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 最終章

284名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:07:46 ID:ISmb1SN20
これで本日の投下は終了です
支援ありがとうございました

質問、指摘、感想などあれば幸いです

285名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:44:41 ID:l5SbJETU0


286名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 23:56:11 ID:hsynu9Pc0
乙。狙撃手対カメラマンってなんて痺れる展開なんだ…!
はやくも続きに期待

ところで>>237の七行目のマニーはアサピーの間違いです?

287名も無きAAのようです:2015/06/29(月) 18:07:06 ID:MJ3mn4pE0
>>286
 ヽ | | | |/
 三 す 三    /\___/\
 三 ま 三  / / ,、 \ :: \
 三 ぬ 三.  | (●), 、(●)、 |    ヽ | | | |/
 /| | | |ヽ . |  | |ノ(、_, )ヽ| | :: |    三 す 三
        |  | |〃-==‐ヽ| | .::::|    三 ま 三
        \ | | `ニニ´. | |::/    三 ぬ 三
        /`ー‐--‐‐―´´\    /| | | |ヽ

288名も無きAAのようです:2015/07/18(土) 22:54:03 ID:zN4k2tsY0
明日VIPで19時ぐらいに投下します
次でTinker!!編はおしまいです

289名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 07:42:30 ID:KqDLx0mE0
全裸に靴下で正座して待つ

290名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:33:58 ID:6KurIn5.0
夜明けの空気はひんやりとして、海の匂いを含んでいた。
風は冷たいが日差しは強く熱く、白い雲は空の高いところを浮かんで速い動きで流れていく。
上空の風が強い証拠だ。
水平線の向こうには大きな入道雲が浮かび、黒雲を伴ったそれが徐々に大きさを増している。

微風程度だった風が次第にその強さを増し、上空でよく冷やされた空気を地上に降ろし、やがて島中に届ける。
ここは“鐘の音街”ティンカーベル。
三つの大きな島と数多くの島からなる街は、漁から帰ってきた漁船や市場の賑わいもなく、静かに朝を迎えていた。
複数の事件が引き起こした異様な光景だった。

雪を被ったクラフト山脈が大地に聳え立つように海上に停泊するのは、世界最大の船上都市“オアシズ”。
そして、島の事件を解決すべく集ったのは海を挟んで隣にある正義の都“ジュスティア”。
今、三つの街の人間が一か所に集い、一つの目的のために死力を尽くしていた。
全ては相互利益のため。

互いの街がいかにして目的を達し、利益を得るのかだけのために協力し合う乾ききった関係。
義理も人情もなく、かといって互いに足を引っ張ることもしない。
ただ、共通した目的の達成だけが彼らを繋いでいた。
情報の提供と捜査の実行、そして必要ならば指揮まで、それぞれが力を出し合っているにも関わらず。

狙うのは最良の結末。
使うのは最短にして最善と信じ切った悪路。
楽な手段では決して事件が終わらないという事に気付かない彼らは、今もこうしている間に無駄な時間を費やしていた。
その努力と呼ぶことすらできない行為が一生実らないとも知らず、自慰の様に生産性のない時間が過ぎてゆく。

――ほんの一握りの人間を除いて。

291名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:37:08 ID:6KurIn5.0
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                         / ̄ ̄\
                       /       ヽ       原作【Ammo→Re!!のようです】
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               ‥…━━ August 11th AM 05:21 ━━…‥
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早朝、それも陽が昇ってからの新聞社は静かな物だ。
その頃には配達員が刷り上がった朝刊を配達するために原動機付自転車を使って島中に散らばり、社には事務員と支社長ぐらいしか残らない。
しかし、その日は少し事情が異なった。
まず、朝刊は刷り上がるどころか原稿すらなく、印刷機は稼働を停止していた。

そして事務員はおらず、代わりに彼女の席には赤黒い血が染みついていた。
配達員のほぼ全員も同様に命の一部を床の染みに変え、その体は島の遺体安置所で火葬の時を待っている。
人気のないモーニング・スター新聞社ティンカーベル支社には、一人だけ社員が残っていた。
眼鏡をかけた浅黒い肌の若い男は、社で保管されている大型の望遠レンズを手に入れ、少し早目の朝食を一人で摂っていた。

文字通り大したものではないが、山と積まれた缶コーヒーとチョコレート味のブロック型栄養補助食品の量は尋常ではなかった。
味も種類も滅茶苦茶だが、共通していることは、それらの所有者はこの世にいないという事である。
殺された同僚たちの非常食の在処を知っていた男は、それらを全て自らの机の上に並べ、吐きそうになりながらも全て平らげた。
一種のまじないであり、自分自身に言い聞かせるための儀式だった。

彼らの食事を体内に取り込むという行為は、彼自身に失敗を許させない覚悟を与えた。
アサピー・ポストマンは膨れ上がった腹を撫でつつ、カメラのレンズを交換した。
望遠レンズの重量は三キロもあり、本体よりも遥かに重い。
両手で構えなければレンズが重さで傾き、逆にレンズを持てば本体が安定するほどである。

292名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:42:24 ID:6KurIn5.0
振り向くようにして素早く別方向に構えるも、自重のせいでレンズが静止することなく狙った場所から僅かに流れてしまう。
突発的な事態には対処できない。
分かってはいたが、やはり予め撮影位置を定めて待機するのが妥当だろう。
構えたままの状態でズームリングの固さと望遠性能の確認を行い、その圧倒的な望遠性能に舌を巻いた。

この大きさになるとケースは意味を成すどころか役割を果たせず、ネックストラップや大きめの鞄を使う他に運搬の方法はない。
そこで半ば仕方なしに選んだのは登山用のデイパックだった。
カメラ本体を底にして詰め、空いた隙間に予備のフィルムを入れた。
荷物の準備はすぐに終わったが、その後は時間とパズルの問題だった。

エラルテ記念病院の屋上に行くためには病院内を移動し、パスカードによって開閉される屋上の扉を空けなければならない。
患者が飛び降り自殺をしないための配慮であり、医者だけが青空喫煙所を使えるよう設計されているためだ。
パスカードがなければ、屋上に出ることは出来ない。
遊園地の年間パスカードとは違って簡単に入手できるものではないため、アサピーは屋上への侵入方法を考えなければならなかった。

二度の襲撃によって厳戒態勢となった病院周辺だが、侵入手段は必ずある。
要はパスカードさえ使えれば問題ないのだ。
扉さえ開けば、何という事はない。
医者を襲えば手に入れられるが、そのような方法は使いたくもないし使えない。

策はあった。
トラギコ・マウンテンライトから教えてもらったカール・クリンプトンという医師の存在だ。
彼は亡くなっているが、その名前が重要だ。
記者であることを最大限活かすため、彼の名前を使って取材を行い、どうにか屋上まで誘導すればいい。

そのためには、カールと親しかった医者を探すことが重要となる。
一つ危惧しているのが、取材に応じなかったり取材を申し込んだりした瞬間に捕まえられるという事だ。
モーニング・スター新聞社の人間が捕獲されたことを含めると、ジュスティア警察が病院に待機していることは十分に考えられる。
方針が定まったアサピーは荷物を改めて確認し、それを背負った。

293名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:44:28 ID:6KurIn5.0
もうこの会社に戻ることはない。
社を離れる前に、最後にもう一度無人の席を見た。

(-@∀@)「……っ」

いないはずの同僚たちがアサピーに手を振っていた。
いないはずの同僚たちの声が聞こえた。
この支社に配属された時からの友が、同期が、上司が。
皆がいつもと同じようにアサピーを見送った、そんな気がした。

当然、それは現実の事ではない。
自然、それは本人の勝手な想像でしかない。
妄想と言い換えてもいい。
それでも、アサピーの気持ちが幾分楽になったのは厳然たる事実である。

――予定時間まで残り、六時間半。

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ヽ         `  _
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        )
...   ..:...   ´ヽ.
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ヽ:_:.:.:.:.:.:. :. .: .:.:.:.:..:.ノ              ,r ヽ'⌒  `^j      ヽ ..:.:.:.
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           , '⌒ー-‐、       ヽ,  ....... ... .... . . .. .⌒ヽ
               ‥…━━ August 11th AM 05:36 ━━…‥
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294名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:52:18 ID:6KurIn5.0
アサピー・ポストマンがティンカーベル支社を出た頃、トラギコ・マウンテンライトも仮眠を終え、すでに準備を整えていた。
武器も道具も揃えた以上、残っている準備は予定地点への移動だけだ。
移動してからは、病院の正面から出て狙撃手に狙わせなければならない。
顔をこちらに向けさせた状態でなければ撮影は無駄になる。

無論、自殺をするつもりはない。
みすみす殺されてやるつもりもない。
狙撃手を相手に正面に立つという事が愚行であることは百も承知だし、相手の腕も理解しているつもりだ。
それらを考えに入れた上で、狙撃手と向かい合う。

策はいたってシンプルだ。
鐘の音と共に病院から姿を現し、撃たせる。
そしてアサピーがその様子と共に相手の顔を写真に収め、切り札を手にするという寸法だ。
互いの連携がなければ成功しないが、それ以前に信頼関係がなければ成立しない話でもある。

アサピーが定位置についてカメラを構え、いつでも撮影が出来る状態にあるという事。
トラギコが時間通りに姿を現すという事。
狙撃手がトラギコを見つけ、狙いを定めるという事。
アサピーはトラギコを、トラギコはアサピーを、そして二人は狙撃手を信頼している。

そういった信頼の数々によってこの策は成り立っており、一つでもずれれば破綻につながる。
それはあってはならない。
それでは、トラギコのために死んだカール・クリンプトンが浮かばれない。
愚直なまでの医者として生きた男の命を奪った人間には、死ぬまでに多くの苦しみを与えなければ気が済まない。

あの夜。
トラギコは何故自分が撃たれなかったのか、ずっと疑問だった。
だが、答えは驚くほど簡単な物だった。
狙撃手は単純にトラギコとカールを間違えて撃ったのだ。

295名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:54:21 ID:6KurIn5.0
暗闇の中で人影を見つけるためには、暗視装置の存在が欠かせない。
火災現場から逃げる二人を捉えた狙撃手は、どちらがトラギコであるかを判別できなかったのだ。
では狙撃手がカールを撃った理由とは何か、と考えるとトラギコの服装が関係してくる。
炎と煙から身を守るためにカールが貸してくれた白衣だ。

スコープを通じて服装を見た時、狙撃手はトラギコを医者として勘違いし、もう一人をトラギコと認識したのだ。
そして凶弾はカールを捉えた。
つまるところ、トラギコはカールに助けられたのである。
彼が白衣を脱がなければ、撃たれていたのはトラギコだ。

彼は己の職務を果たした。
今度は、トラギコがその職務を果たす順番である。

(=゚д゚)「さぁて、行くか」

ワイシャツのボタンを閉め、ジャケットに袖を通す。
ホルスターに収めるのはベレッタM8000で、装填した弾種は人間に使うためのホローポイント弾だ。
強化外骨格を相手にすることも想定して、予備の弾倉には強装弾が装填されている。
もう一つの武器が入ったアタッシュケースを手にして、振り返ることなく家を出て行った。

建物の間から見上げたスカイブルーの空には雲が浮かび、風に流されてその形を変えていく。
風に夏の匂いを感じつつも、トラギコはそこに雨の気配を嗅ぎ分けた。
一過性の雨によって天気が荒れる前兆だ。
良い兆候とは言えない。

トラギコにとってはいいが、アサピーにとって雨は天敵となる。
狙撃銃とカメラはその作りが似ているが、根本的に使用目的が異なる。
銃は火薬さえ湿らなければ雨の中でも使えるが、カメラにとっては天敵そのものだ。
雨が降る前に決着が付けられればいいのだが。

296名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:59:03 ID:6KurIn5.0
グレート・ベルの死角となる建物の影と路地裏を進みながら、病院に入る算段を立てる。
普通に入ろうとしたのでは、その時点で狙撃されてしまう。
チャンスは一度だけしか与えないし、それ以上は与えられる余裕がない。
足を引きずりながら、トラギコは少しずつ人目に付かない場所を目指した。

(=゚д゚)「……やりたかねぇが、やるしかねぇか」

自分に言い聞かせるようにしてつぶやき、トラギコは人気のない路地の一角で立ち止まる。
丁度良く両脇に背の高い建物が建っており、人通りが少ないことから目立ちにくい場所だ。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

アタッシュケースに収納された棺桶の起動コードを入力し、両腕に機械の籠手を装着する。
そして、足元のマンホールの蓋を力任せに持ち上げ、人一人が下りられるだけずらす。
梯子を使って下水道に降り、蓋を閉めた。
暗闇と悪臭の空間に降り立ったトラギコは、マンホールの小さな穴から漏れた外の明かりを頼りに病院を目指すことにした。

下水道は完全な暗闇というわけではないため、少し経てば目が慣れるだろう。
マンホールを開けるのに使った強化外骨格“ブリッツ”を解除し、ケースに戻す。
壁に手をついて頭の中にある島の地図を参考にしながら、一歩ずつ進み始めた。
脚の傷は痛みが引いてきてはいるが、完治まではまだまだ時間がかかるだろう。

怪我をしてから酷使を続けてきたのだから当然の結果だ。
そうしなければならない状況だったし、そうしなければ自分の気が済まなかった。
座って情報を集めるのではなく、自らの足で情報を集めるのが自分の仕事だ。
だからこそ、トラギコは後悔も反省もしていない。

そのような物は全てが終わって、そして駄目だった時に別の誰かがすればいいことなのだから。

297名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:01:27 ID:6KurIn5.0
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              ‥…━━ August 11th AM 07:07 ━━…‥
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カナリア・ホテルの一室で監視係からの報告を得たライダル・ヅーは、トラギコの生存情報にほっと胸をなでおろした。
同時に、アサピーと合流したという事も分かり、万事が上手く動いていることが確認できたのは重畳だ。
朝食のトーストをコーヒーで胃に流し込み、ヅーも動き出すことにした。
ショボン・パドローネ達が引き起こしたこの事件を解決する鍵は、間違いなくトラギコたちの動きにかかっている。

彼らが何をするのかは分からないが、邪魔をする必要はない。
こちらは彼らがおびき出した結果に対して手を打つだけでいい。
いくつもの思惑が一つの獲物に対して飛び掛かれば、たちまち事故が起こる。
陽動と追撃はトラギコに任せて、こちらはそのサポートに回る。

そのために彼らの行動を逐一監視し、不利益のないように立ち回っているのだ。
毒を制するためには毒を持って挑まなければならない。
気を付けなければならないのは、彼らの行方と動向を把握し、常に援護が出来る状態にある事だ。
トラギコとアサピーはアパートから別々の時間帯に異なる場所に移動したことが分かっており、トラギコの行方は再び不明となった。

298名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:03:26 ID:6KurIn5.0
彼の事は心配しなくても大丈夫だろうが、アサピーの行方が気になるところだ。
二人で一緒に行動する物だと考えていたのだが、二人は逆の行動をとった。
互いに手負いの身でありながら、どうして危険な手を選んだのか。
確かに、トラギコは愚直な男だが馬鹿ではない。

あれほど冷静の事件を見据えて激情的に行動できる男が、単独行動のリスクを考えていないはずがない。
勝算があるのだ。
勝てるという見込みがあるからこそ、危険を天秤にかけても一人で動くことを選択したのだ。
つまり、二人は事件の真実に辿り着いた、もしくはあと一歩のところまで来ているのだろう。

慎重に見極めなければならない。

瓜//-゚)「レッドバロン、部隊を展開します」

(【゚八゚】「了解いたしました。 どのように?」

瓜//-゚)「アサピー・ポストマンの監視係を引き揚げさせ、オアシズに通じる橋の前の検問所に回してください。
     残りはオバドラ島とバンブー島前の橋の警備へ。
     これから何かしらの大きな動きがあるはずです」

まずは人員の分散によって、新たな事件発生の情報をより簡単に共有できるよう動かす。
だがそれは表向きの理由だ。
ヅー率いる捜査チームは警察官だけで構成されており、軍人は一人もいない。
それというのも、あれだけの部隊を投入しておきながら何一つ事態を好転させない軍の動きがどうにも気になり、見張りをつけておきたかったのだ。

クロガネ・タカラ・トミーは有能な男だと見込んでいたが、ショボンが関わった脱走に関する有益な情報は一つも手に入れていないどころか、その共有さえしない。
強いて協力と言えばアサピーの護衛や検問所への人員配置ぐらいなもので、何一つ結果に結びついていない。
バンブー島とオバドラ島に派遣された軍人が与えられた任務は、果たして本当に脱獄犯の捜索だけなのだろうか。
何かを企んでいる。

299名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:06:42 ID:6KurIn5.0
軍を動かし、何かを目論んでいる。
この期に及んで軍の発言力を高めようと考えているのならば、そのような真似をさせてはならない。
それがゆくゆくはトラギコの邪魔になるのだ。
ならば、それを防ぐのが警察の仕事。

警察は組織としてトラギコの援護に徹する。
部下たちにはそのように言ってはいないが、これがヅーの意向だ。
虎に委ねる他ない。

瓜//-゚)「私は別行動をします。 チームの指揮はレッドバロン、貴方に一時的に一任します。
     最優先は事件の解決と島民の安全確保、そしてジュスティアの汚名返上です」

(【゚八゚】ゞ「イエス、マム」

“赤の男爵”スズキ・レッドバロンは敬礼をしてから、部屋を出て行った。
後は彼が上手く管理し、情報を収集してくれるだろう。
別行動を取ると宣言したヅーの目的は、アサピーの監視だ。
本当であればトラギコの監視につくつもりだったのだが、彼の行方が分からなくなってしまったため、アサピーを見張ることでトラギコの動きを理解するしかない。

他の人間に任せてはおけばろくでもない結果になるのは目に見えており、何よりもヅーには責任がある。
最も尊い血が最初に流れるという言葉が示す通り、ヅーは指揮官として前に立ち、全てを見なければならない。
事件の影に潜む数多くの謎をこの目で確かめ、それから――

瓜//-゚)「……それから、か」

それからのことなど、考えてもいなかった。
ただ追いつめ、この手に掴み、そして正義の名のもとに断罪する。
いつもならばそうしていただろう。
普段ならば、これまでと変わらない自分ならば、一秒たりとも迷うことなく断言して実行していただろう。

300名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:10:45 ID:6KurIn5.0
今は違う。
自分自身と身の回りに起きた不可解な動きの意味と真実の行方を見定め、それから動くべきだと感じていた。
この事件は根が深い。
そうでなければ、これほどまでに翻弄されるはずがない。

始まりはオアシズ。
大勢の人間を恐怖に陥れ、海賊を船に招き入れた上に“ゲイツ”が蹂躙された。
使用された武器の数々、そして用意した道具。
ただのテロリストが用意するにはあまりにも高価な物ばかりだ。

経緯はどうあれゲイツが壊滅状態に追いやられた事実は、十分に警戒するに値する。
そしてセカンドロック刑務所を襲い、脱獄の補助をした。
如何に強化外骨格を持っている人間でも、あの刑務所を突破できないはずだった。
改造された棺桶が複数配備され、ジュスティア内でも腕っ節に自信のある人間が選ばれていた。

三人。
僅か三人に襲われ、脱獄は成された。
技量が並外れていて用意した強化外骨格の力も桁外れだった証拠だ。
ヘリコプターを所有している人間がわざわざどうして、ティンカーベルに逃げ込んだのか。

島に逃げれば封鎖され、逃げ道を塞がれると予想できるはずだ。
それに、バッテリーの問題が解決すれば夜闇にまぎれてヘリコプターで逃げればいいのに、それをしない。
逆に島で誰かを追いかけ、殺そうとしている。
これまでに遭遇した犯罪者とは価値観が大いに違う。

大胆にして繊細、そして徹底していながらも柔軟な対応が出来る余裕は、組織力の大きさを物語っている。
ショボンたちは警察を脅威とも感じていない。
そのような相手に対して、正攻法で挑むのは得策ではない。
相手の意識の死角から襲う以外、手立てはない。

301名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:13:05 ID:6KurIn5.0
そこで気付くのが、自分の中からジュスティア警察らしい思考が欠如し始めている事だ。
いつの間にかトラギコと同じ次元で事件に向かい合っている自分の姿に、ヅーは違和感を覚えなくなっていた。
むしろ、事件を解決するために姿勢など気にしている方が愚かなのだとさえ思える。
以前までは違っていた。

正々堂々、正面から犯人を逮捕し、事件を解決することこそが美徳なのだと信じていた。
物心ついた時からそう教えられ、育てられ、尽くしてきたのだ。
正義を疑ったことはなかった。
何故なら正しい物は常に正しくあり続け、それに近づく事は己が誰よりも正しい存在になる事と同義だったからだ。

それが、この数日で一変してしまっている。
正しく振る舞ったところで相手にはまるで相手にされないどころか、逆に手玉に取られる始末。
あと一歩で殺されかけた時、正義は彼女を救わなかった。
救ったのは、正体不明の誰かだった。

あまりにも多くの謎がひしめく事件の中で見つけたのは、本来あるべき姿勢なのかもしれない。
その果てにいたのは、トラギコだった。
彼のやり方は乱暴極まりないが、それでも、“誰かの正義”のために全力で力を注いでいる。
その成果として圧倒的な検挙率と事件の解決率であり、警察上層部の誰よりも現場で貢献している男として一部の人間から多大な支持を得ているのだ。

今ならば分かる。
真実に対して面と向かって喧嘩を売り、あらゆる手段で真実を日の下に引き摺り出す事こそが、警官としてあるべき姿なのだ。
姿勢はさておいて、手段にまで正々堂々を用いるのは自己満足でしかない。
自己満足が結果に結びつくのならばいいが、まず結びつくことはない。

市長には悪いが、円卓十二騎士を動員したところで意味はないだろう。
所詮は看板としての役割しか果たさない。
残り時間までの間に事件を解決する手助けにはならなそうだ。
何より、彼らの指揮権を握っているのは他ならぬタカラなのだから、ヅーの捜査には最初から役立ちはしない。

302名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:19:19 ID:6KurIn5.0
部下が全員ホテルから移動したのを確認し、ヅーはカップの底に残ったコーヒーを啜った。
最後に固まっていた砂糖が一気に口の中に流れ込んできたのを舌で受け止め、唇に付いた砂糖を舐めとった。
意識は固めた。
次はアサピーを追うために動き出す時だ。

彼の動きと目的を考え、道具を揃えてから出発したいところであるが、それが分かれば苦労はしない。
今はアサピーの近くで彼の動きを監視するのが最も効果が得られそうだ。
フレームレスの眼鏡を外して、机の上に置く。
もう、眼鏡は必要ない。

元々視力は悪い方ではなく、眼鏡がなくとも生活に支障はない。
射撃にも影響を及ぼさない程度の視力補正のために眼鏡をかけていたのではなく、全ては体面上の問題だった。
女が警察上層部にいると、どうしても部下の男達からは軽く見られてしまう。
ツー・カレンスキーほどの人間であればそうもならないのだろうが、秘書であるヅーは立場的にも軽んじられやすかった。

全ては自分の努力で得た地位だというのに、それを認める男は少なかった。
対等に話しているようでも下に見られていると感じ、自分自身を少しでも賢く見せるために眼鏡をかけることにした。
効果は僅かだが得られた。
だが、デミタス・エドワードグリーンとの戦闘で顔に負った傷が全てを無駄にした。

男が顔に傷を負えばそれは勲章となるが、女の場合は逆。
非力の表れとして周囲に認識されてしまう。
払拭するためには仇を討ち、汚名を返上する他ない。
これまで己の努力を形にしてきたように、これからもそうする。

例えそれが険しい道であろうと、一向に構わない。

303名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:23:27 ID:6KurIn5.0
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  !  =-ト\: : ::    /         :: : : :::
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  ト、   l!j  レ'   l!r--――――――-: : ::
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スポーツキャップを目深に被り、半袖のパーカーとダボ付いたカーゴパンツでどこにでもいる若者のような格好をしたアサピーは、目立たないよう街中を移動していた。
このまま病院まで徒歩で移動し、どうにかして屋上に到着しなければならない。
最も現実的で安全な手段として浮かんだのは救急車を呼び、怪我人として病院に直行することだ。
しかし手術室から帰ってくるという保証もなく、ましてやエラルテ記念病院に運び込まれるとは限らない。

運び込まれるためには重傷を負う必要があり、ただでさえ怪我をしている体に自ら傷をつける気にはなれなかった。
別の手があるはずだった。
取材を申し込み、屋上に誘導する計画があるのだが、誰に取材を申し込むか、それが問題となっている。
普通、病院に対して取材を申し込むには会社から直接電話なり手紙で依頼が行き、それから返事がもらえる。

個人が大きな施設、もしくは組織に対して取材を申し込んだところで受け入れられる可能性は限りなく引くい。
だから自分を売り出すカメラマン、もしくはフリーのジャーナリストは個人に取材を申し込むのである。
当然そうなると取材相手の名前や素性を知っているのが前提だが、アサピーはエラルテ記念病院で働く人間の名前は一人しか知らなかった。
それも故人の名前であり、この状態を打破するには少し不安がある。

304名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:26:44 ID:6KurIn5.0
カール・クリンプトンという医師がどのような人物だったのか、アサピーは人伝いにしか聞いていない。
ごく一部の情報では彼の知り合いを名乗るには不十分だ。
事前の情報収集がいかに大切なのかは知っていたが、この島は他者に対して非常に閉鎖的な風習がある。
トラギコから聞いたカールの話は彼の人柄の話で、出生につながる物は何もない。

つまり、何も知らないに等しい。
その情報を使い、どれだけ膨らませられるかがアサピーに求められている。
情報の誇張は新聞記者の得意分野だ。
後は、それを効果的に使える対象の存在が必要だ。

彼の友人でも見つけるしかない。
しかし働いている医師、看護師の数は三桁にも及ぶ。
その中からカールと親しかった人間を探し出すのは、僅か数時間では不可能だ。
加えてそれを困難にするのが警備体制に関する情報がないことである。

ジュスティア軍、警察がどれだけの規模で病院に待機しているのか。
出入り口に検問はあるのか、それともないのか。
部外者は完全に立ち入りが禁じられているのか否かなど、情報の欠如はアサピーの思考力を蝕んだ。
病んだ思考は無限の可能性を導き出し、そして独りでに躓く。

街の隅から隅を移動し、病院に少しずつ接近する。
不思議と街中に警官は見当たらない。
あれだけの事、そして昨日のヅーの事件解決のリミット宣言から考えると不自然だ。
どこかに集中させているようだ。

警察も何かの情報を掴んで動いていると考えたい。
変化は何かの兆しでもある。
悪い傾向ではない。
願うのはそれがアサピーにとって不利にならない事ばかりだ。

305名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:29:30 ID:6KurIn5.0
ようやく病院の姿を目の端に捉えたアサピーは、グレート・ベルの射線上に体が出ないように裏口に通じる道に回り込んだ。
予想に反して病院に近づいても警官の姿を見ることはなく、道が封鎖されている雰囲気もない。
人の通りにも滞りや不自然な物はなく、自然な形で時間が流れている。
裏口の門を押し開き、院内へと足を踏み入れた。

ここから先、決して鐘楼の視界の中に入ってはいけない。
入ればそれは狙撃手に目に留まり、警戒心を与えてしまいかねない。
そうすれば撮影する前に銃弾がレンズと本体、そしてフィルムとアサピーの眼底を粉砕するだろう。
リスクは極力減らさなければならない。

植え込みの傍を通り、焼け焦げた隔離病棟の裏を歩く。
特に激しく燃えた壁は炭のように黒焦げになり、地面も同様に焼けていた。
病棟の裏側を伝いながら本棟の非常口に向かう。
途中、朝の散歩を楽しむ患者とすれ違いざまに軽く挨拶をかわしつつ、情報収集を行う。

三人目の患者と挨拶を交わした時、それが思わぬ幸運をもたらした。

(-@∀@)「どうもおじいさん」

(ΞιΞ)「あぁ、おはよう」

ベンチに腰掛けた老人は少し寝ぼけた様子でアサピーを見上げ、ごく自然に挨拶を返した。

(-@∀@)「お医者さんたちがどこにいるかご存じで?」

(ΞιΞ)「そりゃあ病院だから病院の中に決まっているさね」

はっきりとした返答は老人がまだ健康である証だったが、彼の足が片方失われているのを見れば、入院している理由は明白だった。
歩行が困難になった人間は徐々に意識に異常をきたし、やがては健康そのものに影響を及ぼす。
老人が何者であれ、こうして入院しているのは賢明な判断だと言える。

306名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:31:57 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「ありがとうございます。 ところで、カール・クリンプトンというお医者さんをご存知ですか?」

(ΞιΞ)「あぁ、彼はいい医者だったよ…… 例の火事で死んじまったけどなぁ」

(-@∀@)「患者を最後まで見捨てない立派な人だったのに、残念です」

(ΞιΞ)「全くだよ。 あんた、カール先生の知り合いかい?」

(-@∀@)「そんなところです。 もしよければ、彼のお話を訊かせてもらってもよろしいですか?」

(ΞιΞ)「彼は余所の人間なのに、とてもいい人だった。
      ……仲の良かったカンイチ先生も結構落ち込んでいてね」

カンイチ、という名前が出てきた。
掴み所が手に入った。
少しの手がかりでいい。
この手がかりは非常に大きい。

(-@∀@)「カンイチ先生?」

(ΞιΞ)「確か、えーっと…… カンイチ・ショコラ先生だ。
      友達が少なそうな先生なんだが、カール先生とはとても仲が良くていつも一緒にいて話をしていたよ」

(-@∀@)「……今日、カンイチ先生はいらっしゃいますかね?」

フルネームを手に入れることが出来た。
後はカンイチという医師が今日院内にいれば取材の名目で会うことできる。

(ΞιΞ)「あぁ、いるはずだよ。 あの人たちは休みがないからね。
      人の健康気遣うのもいいけど、自分のも気遣ってほしいよ」

307名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:43:02 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「なるほどですね。 では、私はこれで」

軽い会釈をしてその場を立ち去り、アサピーは院内に入り込んだ。
受付の横から入る形となったアサピーは帽子を深くかぶり直し、目の下に薄い隈を作った受付の看護師に話しかけた。

(-@∀@)「すみません、いいですか?」

ノリパ .゚)「はい、何でしょうか?」

女性看護師は疲れを顔に出してはいたが声色には出さなかった。

(-@∀@)「カンイチ・ショコラ先生は今いらっしゃいますか?」

ノリパ .゚)「ご用件は?」

そう来ることは分かっていた。
事前にアポイントもない来客は、必ず用件を伝えなければならない。

(-@∀@)「以前大変お世話になった者で、少しお話をしたくて……」

ノリパ .゚)「お名前をお伺いしても?」

(-@∀@)「アーノルド・ジョッシュです」

ノリパ .゚)「ではこちらに記名を」

簡単な記名帳にサインをして、待合場所のソファに腰かけてカンイチの到着を待つ。
下手に動けば怪しまれるため、逆に堂々とすることが不審がられない秘訣と教えてくれたのは、トラギコだった。
刑事がそういうのならば間違いないと従ったが、その通りだった。
逆に気分が落ち着き、自分が何でもできるような気がするほどだ。

308名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:45:00 ID:6KurIn5.0
だがしかし、それが過信となって自分を窮地に追い込むこともまた、トラギコが教えてくれた。
図に乗らず、普段通りに過ごす。
名乗った通り、説明した役柄に成りきるのだ。

( ''づ)「お待たせしました、アーノルドさん?」

白衣を着た男がアサピーの偽名を口にする。
ソファから立ち上がり、握手を求めて手を伸ばす。
カンイチは一瞬ためらったが、すぐにその手を取ってくれた。

(-@∀@)「カンイチ先生、お世話になりました。
      ……カール・クリンプトン先生のことについて、お話があります」

小声でそう囁くと、カンイチは握った手に力を込めてきた。
情報で得た通り、彼はカールを知っているのだ。

( ''づ)「貴方は、僕の患者ではなかったのですか?」

(-@∀@)「すみません、こうでもしないとお話が出来ないと思ったので。
      できれば人気のない場所で」

少し考えるそぶりを見せ、カンイチは笑顔を浮かべた。

( ''づ)「お断りすると言ったら?」

(-@∀@)「彼の死の真相について、と言ったら?」

深い。
深いため息が、カンイチの口から洩れた。
同時に手に込められた力が抜けていく。

309名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:46:36 ID:6KurIn5.0
( ''づ)「……分かりました、少しだけですよ」

(-@∀@)「屋上あたりの方がいいかと」

誘導に成功した。
これで問題の一つは解決だ。
カンイチが先導して屋上へと向かう。
十五階までエレベーターで移動し、屋上へと続く階段にカンイチが進もうとする。

(-@∀@)「あ、コーヒーを買っても?」

( ''づ)「そうですね、では僕も」

飲み物は話を長引かせるいい道具だ。
自動販売機に銅貨を入れ、大きめの缶コーヒーを二本購入した。
一本をカンイチに手渡す。

(-@∀@)「勿論、おごりますよ」

( ''づ)「これはどうも」

金額の大小にかかわらず、金銭が絡むと多少は人間関係が円滑になる。
これも取材の技の一つだ。
コーヒーを片手に、二人は屋上へと出た。
広い屋上にはベンチや灰皿が置かれて、屋上全体の空きスペースを利用してシーツが干されていた。

姿を隠すにはちょうどいいが、こちらも相手の姿が見づらい。
グレート・ベルを背に出来るベンチに腰掛け、さっそく話を始める。

( ''づ)「それで、カールについて教えてくれるんだろ?」

310名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:50:00 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「はい。 彼が撃たれたのはご存知で?」

( ''づ)「当たり前だろ。 僕が検死をしたんだ」

その声には明らかな怒りが聞いて取れた。
カールと彼が親密な関係にあった証である。

(-@∀@)「彼を殺した犯人を知りたいとは思いませんか?」

( ''づ)「……知ってるのか?」

(-@∀@)「それを暴くために協力をしてもらいたいんです。
      カンイチさん、カールさんが最期に助けた人物は刑事です。
      そして、私はその人物と協力関係にあります。 パズルを組み立てるには、貴方の協力が必要です」

( ''づ)「つまり、何も分かっていないのか」

(-@∀@)「いいえ、場所が分かっているんです。
      いいですか、犯人の場所は分かっているんですよ、カンイチさん。
      後はその犯人の決定的瞬間を撮影すれば、それは揺るがぬ証拠としてこの世界に残ります。
      それがあれば、カールさんを殺した犯人を牢屋にぶち込めるんです」

( ''づ)「君は記者かな? だとしたら覚えておくんだ、僕はスクープに興味はない。
     犯人が牢屋に入ろうが終身刑を食らおうが知った事じゃない。
     知りたいのは、真実なんだよ。 何故カールは殺されたのか、どうして死ななければならなかったのか、それだけだ」

カンイチは自らの欲している物を口にした。
これもまた、一つの取材の技術だった。
相手の欲するものを聞き出し、後はそれを与えてやれば潤滑剤を塗った歯車のように口が動き出してくれる。
かつてのアサピーと同様、カンイチが欲しているのは真実だった。

311名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:53:16 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「彼は、誤って撃たれたのです。 助けようとした患者と間違えて撃たれたんです」

トラギコから事前に訊いていた情報は数少ないが、これは必ず役に立つと聞いていた情報だった。
あくまでもトラギコの推理によるものだったが、アサピーもこの推理には同意した。

( ''づ)「勘違いで殺されたのか、カールは?」

(-@∀@)「言い方は悪いですが、その通りです」

憤りがカンイチの顔に現れ、そして消えた。

( ''づ)「……彼は、いい奴だったんだよ。
     他所から来て、普通なら三か月で辞めるところを三年も続けてたんだ。
     君も知っているだろうけど、この島は余所者を受け入れることはまずない。
     それでも彼は諦めずに、受け入れられようと頑張ってたんだ……」

(-@∀@)「どうか、力を貸してください。
      僕が欲しいのはスクープではありません、貴方と同じ、真実です」

( ''づ)「だが僕に出来る事は少ないぞ?」

(-@∀@)「いえ、とても大切なことがあります。
      僕が真実をカメラに収めるのを手伝ってほしいのです」

ようやく本題に入ることが出来る。
目的が分かれば、後はそれに応じた成果の提供である。
真実を欲している人間が最も欲するのは、真実以外に何もない。
自分が加わり、安全な場所から見届けることの出来る真実こそが、最も喜ばれる。

( ''づ)「具体的には?」

312名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:55:49 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「この屋上に人が来るのを止められますか?」

( ''づ)「やろうと思えばね。 でもまたどうして?」

(-@∀@)「ここから犯人を撮影します」

カンイチは信じられない物を見るような目つきをアサピーに向け、無言で説明を求めた。
アサピーは自分が背負っているバッグを指さし、そして望み通りの説明を始めた。

(-@∀@)「犯人はグレート・ベルに潜んでいます。 僕はその犯人を撮影したいんです。
      そのためには他の人間がいない方が、あらゆる面で都合がいい」

( ''づ)「僕は別に特別な権限を持っているわけじゃないから、せいぜい立ち入り禁止の看板を置くぐらいしか出来ないが、それでもいいかい?」

(-@∀@)「えぇ、十分です。 ありがとうございます、ドクター」

( ''づ)「看板を持ってきた後、少しでいいから僕の話に付き合ってもらってもいいかな?」

(-@∀@)「勿論ですよ、ドクター」

( ''づ)「ありがとう…… 彼の事を話す相手が他にいなくてね」

――斯くして、アサピーは予定通りに配置につくことに成功した。
後は時間が来るまでの間、こうしてカンイチの話に付き合い、静かに待つだけである。

313名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:03:56 ID:6KurIn5.0
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下水道を歩くのは初めてではない。
地上にいる誰かに見つけられる心配がないことから、犯人の隠れ家に接近する時などによく用いた手段だ。
悪臭を我慢すること、足元に気を付ける事、道を間違えずに進むこと。
それら全ては経験済みであり、体にしっかりと染み付いている。

足を引きずる音だけが静かで不快な空間に響く。
呼吸を鼻でせず、口でするのが悪臭に耐えるコツだった。
下手に匂いを嗅ごうものなら嘔吐勘に見舞われ、捜査どころではなくなってしまう。
若い頃、一度味わった経験があるが、丸一日何を食べても悪臭しかしなかった。

また、その経験から分かっているのは多くの下水道には人が歩けるように段差が設置され、管理用の備品が置かれた部屋と管理業者が出入りするための小屋に通じる梯子がある。
そして大抵の場合、そのような部屋や梯子、階段の近くには足元を照らすための非常灯が備わっているのだ。
全くの暗闇でもないため、トラギコの目は街灯のない路地裏のように下水道を見ることが出来ていた。
記憶した下水道と街の地図を頼りにエラルテ記念病院を目指す中で、トラギコは自分に起きている変化について考えていた。

314名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:05:24 ID:6KurIn5.0
アサピーが察した通り、トラギコは自分が以前までとは少し違っていることを自覚していた。
それは考え方、価値観の変化ではなく、人間性の変化なのだという事も理解していた。
一つの出会いが人間をここまで変えることは知っていたが、それが自分の身に起きるとは思ってもいなかった。
崖から車ごと落ち、意識を失ってから起きた一連の出来事は、確実にトラギコの中にあった不要な棘を取り払っていた。

自分でも知らず知らずの内に成長していた棘の消失は、トラギコに新しい視野を与えてくれるきっかけとなった。
それが事件の静観という考えを生み出すに至り、そして負傷した体で下水道を進む理由にまで成長した。
恐ろしいことだ。
出会い如きに影響を受け、そして言動にまで現れてしまうとは。

これから先、自分が行う事は命を賭けた博打だ。
アサピーが先か、狙撃手が先か。
トラギコの命を使い、狙撃手の正体を知るための大掛かりな賭場は、そもそも狙撃手が今もまだ鐘楼にいることとアサピーがしくじらないことが前提になっている。
その前提が覆る可能性は十分すぎるほどあり、場合によってはトラギコの賭けは成立しないことも有り得るのである。

特に賭けの要素が大きいのがアサピーだ。
彼のカメラの腕は完全には分からないし、無事に病院の屋上に到着できるかどうかも怪しい。
何せ、彼はショボンたちに命を狙われている身であり、その理由さえも分かっていないため、何も解決していないのだ。
それでも、トラギコはアサピーを信頼していた。

あの男は真実と向き合うだけの心を持っている。
今はまだそれが未成熟なだけで、これから十分成長できる要素を秘めている。
トラギコの知るどの新聞記者よりも使える男だ。
真実に対して貪欲であれば、真実が一面ではなく多面で構成されている物だと分かるはずだ。

それが分かれば、これから先、トラギコにとっていいパートナーに成長してくれるだろう。

(=゚д゚)「……ここだな」

315名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:07:10 ID:6KurIn5.0
やがて、トラギコは一つの梯子の前で立ち止まった。
地図が正しければ、この上にあるのはエラルテ記念病院の裏にあるマンホールに通じている。
マンホールから出た後はトイレあたりに身を隠し、時間まで安全に過ごす。
贅沢を言えば今すぐにでもシャワーを浴びて匂いをどうにかしたいが、そのような幸運に恵まれることはないだろう。

病院から逃げ出し、警察にまで追われているトラギコを匿ってくれる人間など、少なくとも入院患者の中には一人もいない。
せいぜい誰かに見つからないよう、気を付けるしかない。
再びブリッツを両腕に装着し、梯子を上ってマンホールをゆっくりとずらす。
地上の光の眩しさに目を細めながら近くに誰もいないことを確認し、アタッシュケース型のコンテナを先に出してから自分自身も這い出た。

静かにマンホールの蓋を元の位置に戻し、アタッシュケースを拾い上げる。
背の高い植え込みの傍に出たこと、そして病院の裏手に出たことを確かめ、ゆっくりと立ち上がった。
後は病院内に入り込み、時間まで待機すれば――

瓜//-゚)「……おや、これは予想外ですね」

――今まさに病院の影から現れたヅーさえいなければ、万事問題はなかった。
理由は知らないが顔の半分に包帯を巻き、体のどこかを庇うようにして立っている。
痛々しい姿だが、その鶯色の瞳が放つ眼光の鋭さは夏だというのに氷を思わせるほど冷やかである。
生かして遊ばされていた上に行方をくらませたことに文句があるのは間違いないが、今はその小言に付き合うつもりはなかった。

(=゚д゚)「お互いに病院嫌いみたいラギね」

普通の秘書であれば、進んで争いごとの場に残ろうとは思わない。
まして、大怪我を負わされたのであればその場から離れ、安全な場所で指揮を執るのが通常だ。
タフな性格は見かけ倒しではないという事が分かり、彼女に対して抱いていたイメージが少し変わった。

瓜//-゚)「貴方ほどではありませんが、入院などしている場合ではありませんから。
     ここにいるという事は、何か情報を掴んだのですか?」

316名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:11:45 ID:ZbzPYvBw0
支援

317名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:13:24 ID:6KurIn5.0
教えていいものか迷うが、この際、ヅーを利用するのも一つの手だ。
警察たちに邪魔立てされれば、非常に繊細なこの計画が破たんしてしまう。
この場でヅーに対して嘘を吐いてもメリットは皆無だ。
ならばいっそ、説明をして邪魔をしないよう頼んだ方がいくらかは生産的である。

ヅーは頭が固いが、話が分からない人間ではないはずだ。
少なくとも、ショボンの組織について疑い始めているのならば尚更である。

(=゚д゚)「まぁそんなところラギ」

瓜//-゚)「訊いても?」

(=゚д゚)「その前に質問があるラギ。 俺の脚を撃った糞馬鹿野郎の所在は?」

瓜//-゚)「……軍とは現在別行動中です。 彼の動きについては、クロガネ・タカラ・トミーが知っています」

(=゚д゚)「共同捜査じゃなかったのか?」

瓜//-゚)「彼らにその気があればそうなったでしょうが」
     ....
つまり、また仲たがいをしているという事だ。
表面上はジュスティアが掲げる正義のために共同歩調をとっているように見えるが、その裏では、昔から根付いている考え方のためにしばしば衝突が起こっていた。
どうしても軍と警察は男が主体の職場となり、必然的に上官もしくは上司は男であることが多くなる。
そのため、警察の最高責任者が女であることが両者の間のみならず組織内部にも大きな不満を生んでいた。

女が上司であることに苛立つ警官は勿論、指図を受けるだけで激昂する警官もいた。
ジュスティアには昔から、男は正義のために外で働き、女は家庭の正義を守るという風習がある。
現在の市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤはその習わしを“古き悪習”と断じ、女性も積極的に軍務や警務に参加するよう促した。
それが大きな変化の始まりでもあった。

318名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:16:18 ID:6KurIn5.0
そして、対立の始まりでもあった。
特に軍の持つ不満は非常に大きく、共同捜査や共同作戦になるとその不満を行動に表すようになった。
結果、簡単に終わるはずの任務が難航したり失敗したりしたことが多々ある。

(=゚д゚)「察したラギ。 じゃあ、初日に俺を撃ったのは間違いなくカラマロス・ロングディスタンスなんだな?」

瓜//-゚)「前にも答えましたが、その通りです。 オアシズで貴方が得た情報を手に入れるためには、多少手荒なことをしない限り無理ですからね。
      トラギコさん、貴方は何を知っているのですか?
      この事件といいオアシズの事件といい、腑に落ちないことだらけです」

どうしてもオアシズの情報が欲しかったのは、以前にもホテルで聞いた。
それを話すのは機会が来てからと考えていたが、どうやら、それは今のようだ。
今ならば、ヅーを最も好ましい形で巻き込むことが出来そうだ。
彼女は真実を欲し、そのためならばジュスティア人らしからぬ決断をしてくれるに違いない。

話を円滑に進めるためにも、人が来ない場所に移った方がいい。

(=゚д゚)「……場所を変えるラギ。
    病院内で安全な場所は?」

瓜//-゚)「なら、隔離病棟の医院長室です。
      誰も入り込むことはありません」

話に乗ってきた。
以前までのヅーであれば絶対に拒否するか、テーザーガンで抵抗力を奪ってからトラギコを連行したはずである。
それがないのは、トラギコの読み通りだという事だろう。

(=゚д゚)「グレート・ベルの死角になるよう移動してほしいラギ」

瓜//-゚)「? 分かりました」

319名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:19:18 ID:6KurIn5.0
ヅーに先導され、トラギコは黒焦げになった隔離病棟へと安全に入ることが出来た。
焼け焦げた匂いがまだ残る院内を歩き、黒い強化外骨格に襲われた院長室に到着した。
燃えカスとなった机の前に立ち、ヅーは腕を組んでトラギコに向き直る。

瓜//-゚)「で、お話を」

準備は整った。
言葉を慎重に選ぶ必要はない。
簡潔かつ直接的な物でいい。

(=゚д゚)「これから俺とアサピー・ポストマンで事件に関わっている人間の一人を写真に収めるラギ。
   いいか、よく聞けよ。 事件を直接解決するのは無理ラギ。
   俺たちじゃあまりにも話がでかすぎる」

直接解決が無理、という言葉を聞いたヅーは僅かに眉を顰める。

瓜//-゚)「話がでかい、の意味は?」

(=゚д゚)「手に余るんだよ、今の状態だと。
    相手はただの犯罪組織じゃねぇ、それは断言できる。
    オアシズの事件と今回の事件は全て関連付いている上に、相手は逃げるついでにこの事件を起こしたラギ。
    分かるか? 通りがてら死刑囚を脱獄させて気まぐれに襲って、ジュスティアがこの有様ラギ。

    それぐらいの余裕があるってことは、それ相応の組織が相手だってことラギ。
    今の状態じゃあそれを崩せねぇ。 だがせめて、その大きさを知っておきたいんだ。
    ……この際だから言うが俺に手を貸せ、ヅー」

トラギコの言葉にヅーは、憐れむような目ではなく、話の本質を真剣に理解しようとする眼差しを向けていた。

320名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:28:54 ID:6KurIn5.0
(=゚д゚)「お前も気付いているだろ?
    ショボンの組織の大きさ、得体の知れなさを」

瓜//-゚)「……えぇ、手がかりすらありません。
     何か掴んだのですか?」

ここでトラギコは、とっておきの情報をヅーに与えることにした。
自分が想像していたよりも遥かに大きな組織の断片。

(=゚д゚)「考古学者のイーディン・S・ジョーンズ、そしてジョルジュ・マグナーニがいたラギ」

世界的な権威であるジョーンズが組織の一員であることは、紛れもない事実だ。
ショボンと相対したシュール・ディンケラッカーの棺桶を発掘、復元してそれを提供したことは、彼の証言から分かっている。

瓜//-゚)「まさか……ジョーンズ博士がショボンの組織にいるとは考えにくいです。
     理由がまるで――」

(=゚д゚)「理由はいいんだよ、納得がいけば。
    棺桶研究の権威がいれば俺たちの知らない棺桶を使っているのもそうだし、それを運用できているのにも納得がいく。
    でなきゃ、セカンドロックは破られなかったラギ。
    今のところお前に話すのはここまでラギ。

    ここから先の情報は、お前が協力するかどうか次第ラギ」

決断の速さは美徳の一つであり、判断の遅さは悪癖の一つである。
その点、ヅーの決断と判断力は一流だった。

瓜//-゚)「分かりました、協力します」

321名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:30:26 ID:6KurIn5.0
判断の裏でヅーが嘘を吐いて情報だけを手に入れようとしているのだとは、とてもではないが考えられない。
短い付き合いだが、彼女はそんなことで嘘を吐くような人間ではない。
彼女もまたジュスティア人であり、警察官なのだ。
大きな真実に対してはその欲求を押さえることは出来ず、小細工を弄する間もなく必ず食らいつく。

勿論、それだけではここまで話はしない。
彼女の実直さ、そして愚かなまでの真面目さを理解し、評価しているからこそ。
今の状態は紛れもなく、彼女の人生にとっての分岐点。
事件の本質を体験した直後は、それまでの価値観が大きく揺らぐ瞬間だからだ。

それは即ち、人間の中にある最も純粋な部分が曝け出される貴重な一瞬という事。

(=゚д゚)「……助かる」

本心から礼を言う。
それからトラギコは、これからの計画について話を始めた。

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322名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:32:09 ID:6KurIn5.0
カンイチ・ショコラとの話は、アサピーの決意をより一層強固なものにするのに十分すぎる材料となった。
彼とカール・クリンプトンの間にあった奇妙な友情と、そのすれ違い。
もう少し時間があり、そのきっかけさえあれば二人は親友になれただろう。

( ''づ)「……すまないね、大分時間を使わせてしまったようだ」

もしもアサピーに時間と機会があれば、この事を記事にして世界中に発信したいぐらいだ。
だが、その力も時間も機会も、今はない。
アサピーは新聞社の一員として働いているというよりも、今はトラギコと共に一つの真実を見るために動いている。
カンイチには大変申し訳ないが、時間をかけて話してもらったカールの物語を後世に残すには、今しばらく時間がかかってしまう。

(-@∀@)「いえ、大変貴重なお話をありがとうございました。
      では、そろそろ準備に取り掛かります」

( ''づ)「詳しくは知らないが、カールの死が無駄にならないようお願いするよ」

(-@∀@)「勿論です。 忙しい中ありがとうございました、ドクター・カンイチ」

カンイチはゆっくりとベンチから立ち上がり、何も言い残すことなくその場を去った。
一人残されたアサピーの耳に届くのはシーツのはためく音と、潮風の音。
そして、自らの心臓の音だけだ。
覚悟を決めたつもりだった。

それでは足りない。
覚悟とは行動が伴わなければ意味をなさない。
動くのだ。
人生で初めて命を賭けた撮影のために、持ち得る全てを使う時が、今なのだ。

323名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:33:54 ID:6KurIn5.0
閉じられた扉の向こうを見て、アサピーもベンチから腰を上げた。
少し屈んでから巨大なレンズが付いたカメラをバックから取り出し、構える。
鐘楼とは反対側の街並みに対してレンズを向け、精度と自らの手振れの程度を把握する。
距離感覚を掴みつつ、力の入れ具合を体に覚え込ませる。

フォーカスリングの固さを確かめ、体に染みついている距離感覚を頼りに焦点を合わせる練習を行う。
オートフォーカス機能のついていないカメラを使用している理由は、対象が移動した際にフォーカスを手動で合わせた方が早い場合があるからだ。
勿論、機械に任せた方が早い場合が多い。
しかし、遠距離ともなれば手動で予め合わせておいて微調整をした方が確実な場合がある。

特に今回は相手の位置が決まっているため、撮影の度に距離を測定するシステムは必要なくなる。
フォーカスを固定する方法もあるが、万が一の際にはやはり手動の方が速度的には勝る。
試しに一枚撮影し、その手応えを記憶する。
焦点が合っているか否かは、感覚的に指先と目が覚えてくれている。

十枚ほど試しにシャッターを切り、指先に感覚を覚え込ませる。
自己評価としては、申し分はない。
そして望遠性能については予想以上に鮮明に映り、グレート・ベルに最も近い距離の建築物に掲げられた看板の文字がはっきりと読み取れた。
この性能ならば、人間の表情や輪郭も申し分ない程度に撮影出来る事だろう。

風の強さが一層増し、頭上を通り過ぎる雲に灰色のそれが混ざりはじめた。
天候が悪化するのは明らかだ。
また、この雲の色と肌に感じるひんやりとした感覚は激しい通り雨を予感させる。
悠長なことはしていられない。

練習を終え、本番に備えてベンチの影からグレート・ベルに向き直る。
そこで問題が発生した。
シーツの数と位置、そしてグレート・ベルとの高低差が構図に大きな影響を与えていた。
レンズ内に鐘の上部しか映らず、その下にいるはずの狙撃手が入り込まない事が分かった。

324名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:41:16 ID:6KurIn5.0
すみません、ここから先がNGワードとやらにひっかかったため、問題が解決し次第投下します。
尚、VIPの方には通常通り投下しています。

325名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:27:43 ID:XwtdpWiY0
今よりもわずかに高い場所に上がることが出来れば、とアサピーは焦った。
そこまで深刻にならなかったのは、こうなることは予想の範疇にあったからだ。
こうなった以上、使える手は一手しかない。
脚立以上に目立たず、そして高さを確保できる手段。

それは、屋上に通じる唯一の階段室だ。
十分な高さを持つ階段室を利用すれば、間違いなく今目の前にある問題は解決できる。
それだけでいい。
目の前の問題が全てなのだから。

シーツを一枚掴み、それを頭から被って顎の下で結んだ。
改めてカメラを構え、鐘楼との焦点を合わせておく。
腕時計を見て、後一分弱で正午になる事を確認する。
続いてカメラを腰に回し、痛む体に鞭打って階段室によじ登る。

芋虫じみた動きで登りきると、アサピーはしばらくその場に静止し、安全を確かめた。
伏せた状態では高所にいる被写体を撮影できない。
そこで膝を立て、左腕でレンズの下部を抱くようにして固定して右手を添えた。
呼吸に合わせてカメラが僅かに動く程度で、手振れは殆ど感じられない。

グレート・ベルに向けたレンズを覗いて、今の態勢で生じる手振れの大きさを確認した。
殆ど動いていないのにもかかわらず、中心点は大きく動いている。
呼吸を止めてみると、少しだがそれが和らいだ。
全身でカメラを固定させるようにして、ようやく手振れはなくなった。

次にアサピーはフォーカスリングを動かし、金色の鐘に合わせた焦点を微調整し始めた。
距離的に考えれば、狙撃手はあの鐘とほぼ同じ位置にいるはず。
焦ってはいけない。
今のアサピーは、布と一体となり、地面と一体となり、環境の一つとして溶け込まなければならないのだ。

レンズの向こうには、読み通りに鐘が正面から浮かんでいた。
他に見えるのは、木製の箱とその上に積まれたぼろ布だけだ。
人影などありはしない。
また、銃のシルエットもありはしない。

狙撃手は一度使用した狙撃ポイントを二度使うことはない。
だがアサピーとトラギコは、狙撃手が移動していないと確信していた。
相手は己の技量に過信したからこそ、何度も同じ手段を使っている。
こちらが気付いたと悟られない限り、その場所を変えることはないだろう。

ズームリングを最大まで回し、揺れる像の中から狙撃手らしきものを探す。
ちらりと見やった腕時計の秒針が、残り時間一分を切った事を告げる。
分かっていても焦りが指先に伝わってしまう。
深呼吸をして、精神を統一する。

全ては、この糞を極めた混迷の状況――tinker――を打破するために。

326名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:29:13 ID:XwtdpWiY0
僅かな動きは、監視者が注意を底に向けるのに十分すぎる要因となる。
アサピーは相手の性格上、鐘が鳴る時間の前に動いて標的を探し、鐘の音と同時に狙撃するのだと推測していた。
あと少しすれば、相手は動くはずだ。
狙撃手とカメラマン、忍耐の強さとそれが生み出す優位性はカメラマンの方が上である。

そして。
遂に。
レンズの向こうに。
鐘楼に潜む狙撃手を、捉えた。

(;-@∀@)「見つけたっ……!!」

同時に黒雲が太陽を隠し、ティンカーベル全体が薄暗く陰った。
それでも、影の中に潜む陰を見失いはしない。
手に汗が滲む。
冷や汗が額に浮かぶ。

――いよいよ、真っ向勝負が始まる。

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Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編

                                       i
                                       |
                                       ∧
                                      ノ..λ
                                      /…λ
                                         ====、、
                                      |.|IIII|.|l
                                      /∴∴ヾ、
                                         l,i,i,i,i,i,i,i,i,i,iili;,
                                    _|I I I I I I_|;}、
                                            | |γ⌒ヽ| |ll|
                                            | |,.!、,__,ノ.| |ll|
                                            i''i;;:::;;:::;;:::;i'il|'
                                    =========、
                                        | |'i'i'i'i'i'i'i'| |ll|

                   第十章【Ammo for Tinker!!】
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それはぼろ布などではなかった。
高度に計算されて色付けされた迷彩であり、自らの姿とライフルを覆うための防護布であった。
影の中に潜む狙撃手はアサピーの方を向いているが、その目はこちらを捉えられていない。
風の動きに合わせて僅かに身じろぎして体の向きを変え、何かを探しているようだ。

アサピーは焦っていた。
対象が陰った場所にいることは分かっていたが、天候がここまでアサピーの敵となることは計算していなかった。
明るさが圧倒的に足りない。
露光量を調節してしまえばブレに大きな影響が出る。

327名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:29:58 ID:XwtdpWiY0
周囲に明かりが必要だ。
フラッシュを焚いてもこの距離では大した意味はない。
湿った生ぬるい風が雨の気配を知らせる。
天候の更なる悪化の兆候に、ますますアサピーは焦る事となった。

一眼レフのカメラは水に弱い。
用途に合わせたレンズの交換という利点を得た代わりに失ったのは、防水性だった。
霧雨の中でならまだいいが、豪雨となればカメラ本体だけでなくフィルムにまで影響が出てしまう。
一刻を争う事態だ。

残された時間まで、後一分もない。
トラギコが病院から姿を現し、狙撃手が正面を向くその一瞬を狙わなければならないというのに。
どうしても、光が足りない。
顔にも施された暗色の迷彩ペイントが、アサピーをあざ笑うかのようだ。

この段階で写真に収めることは出来ても、顔が分からなければ写真としての価値はほとんどない。
どうすればいいのだろうか。
強烈な明かり。
輪郭すら浮かび上がらせる明かりを狙撃手に当てるにはどうすれば――

(;-@∀@)「そうかっ……」

――たった一つだけ、考えが浮かんだ。
狙撃手自身が生み出す明かり。
つまり、発砲炎。
トラギコが撃たれる一瞬にのみ生じる炎ならば、狙撃手の顔を照らしてくれるに違いない。

だがそれは、トラギコを撃たせるという事だ。
正面から喧嘩を売る形で相対するトラギコは急所を穿たれ、即死するだろう。
絶対に被弾させてはならない。
満身創痍である以上、銃弾を回避するような無理は出来ない。

バッグからフラッシュを取り出し、カメラの上部に装着する。
フラッシュはほとんど意味がないが、相手の注意を逸らすことは可能だ。
あえてこちらに注意を向けさせれば、銃弾はトラギコを貫かない。
それしかない。

残り十秒となった時、アサピーは呼吸を徐々に浅くし始めた。
そして三秒前で呼吸を止め、カメラを全身で固定する。
フォーカスは完璧。
後は、正面を向き、発砲してくれるだけでいい。

‥…━━ August 11th AM11:55 ━━…‥

アサピーが位置に着く少し前。
大雑把に説明を終えてヅーと分かれたトラギコは、彼女が予定通りに行動起こしてくれていることを願っていた。
ヅーに依頼したのは、隔離病棟でトラギコが何か調べているのを発見した、という情報を全体で共有してほしいという事だった。
勿論、それは警察だけでなく、協力体制にある軍の人間にも話をするという事だ。

328名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:30:54 ID:XwtdpWiY0
情報共有の速さが遅ければトラギコにとって不利になる。
希望的な観測をしているわけではないが、彼女ならば大丈夫だろう。
若くして警察の最高責任者の秘書の座に就き、多くを機械的にこなす彼女ならば。
今回、トラギコとアサピーの作戦で欠かせないのはやはり狙撃手の注意がトラギコに注がれることだ。

狙撃手は風に対して非常に神経質な性格をしており、常にそれを知ろうとする。
風向きとその強さを知るためには観測手か道具が必要なのだが、臨機応変な対応が要求される現場ではあまり使われない。
事前に相手のいる場所などが分かっていれば別だが、街中に出現する標的を狙撃する際には、やはり周囲の物から計算するのが一般的だ。
このエラルテ記念病院で最も分かりやすく風向きとその強さを知るには、病院の屋上に干されている洗濯物が一番の手がかりとなる。

だが屋上にばかり目が行ってしまうと、アサピーの姿が見つかる可能性が高まる。
彼はこの作戦の要であるため、何が何でも失うわけにはいかない。
そこで考え出したのが、狙撃手がトラギコの出現場所をあらかじめ知り、別の場所に目を向けさせることだった。
病棟から出て行ったヅーに頼んだことは、もう一つあった。

トラギコがいる事を知らせるという名目で、隔離病棟の格子に白い布を巻かせた。
これで狙撃手は安心して風向きとその強さを知ることが出来る。
相手にとって最高の環境を整えてやれば、後は自然と動き出してくれる。
問題があるとしたら勿論トラギコの身の安全だけだ。

撃たれないわけにはいかない。
撃たせなければいけないのだ。
当たらないようにするには、防具が必要になる。
強いて防具になるとしたらブリッツとコンテナぐらいだ。

防げるかどうかは運次第。
時計を見ながら、準備運動を始める。
走ることは出来ない。
文字通りの相対しかない。

(=゚д゚)「……ふぅ」

久しぶりの感覚。
初めて立てこもり事件を力で解決した日を思い出す。
踏み出せば始まり、失敗すれば死が待っている。
心臓の鼓動が生きている証となり、手に滲む汗が己の体の限界を教えてくれる。

時間は正確でなければならない。
鐘の音が銃声を隠すその時、トラギコは歩き出すしかないのだ。
残り数分が一分、そして秒となる。
アタッシュケース型のコンテナを手に、覚悟を決めた。

(=゚д゚)「行くぞ、カメラマン」

329名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:31:45 ID:XwtdpWiY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      /三ニニ==-  _|            、__',
     三≧==-         ̄≫  `¨、 _-‐‐ ‐ /
.          \   ヽ  ≫”ニ\   `二ニ´ /
.      \  ヽ     《 ヽニ=-\      /_
        ヽ       、\ iニニ= ` -=≦\ ヽ__
.       }i         }i i| }三三三ニ=-‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鐘の音が鳴り響く。
狙撃手が動く。
腕がライフルを操作しているのが見える。
トラギコを視認し、装填したのだろう。

まだだ。
銃爪を引くそのタイミングを読み、こちらもシャッターを切るのだ。
ここから先は直感が物を言う。
最高の一瞬は最高のチャンス。

絶対に逃すわけにはいかない。
狙撃手とカメラマン、共に狙うのは最高の瞬間。
こちらはそれだけを追い続け、一切の妥協を許さない職業だ。
相手にとって不足はない。

銃爪の重さとシャッターの軽さ、その違いを教えてやらねばならない。
相手の思考を読む。
トラギコの動きを想像する。
パパラッチが有名人の動きを推測するように、動物的な感覚を研ぎ澄ましてその全てを思い描く。

聞いた話によれば、狙撃手は湿度や風に大きな影響を受けるために風がある程度落ち着いたところで銃爪を引き絞るという。
だがカメラにはそのようなことは関係ない。
風も湿度も地球の自転も、この距離では一切関係ないのだ。
強く吹いていた風が弱まる気配を感じ取り、アサピーは人差し指に力を僅かに込めてシャッターを切った。

瞬くフラッシュの白光。
そのほんの数瞬後に生まれた発砲炎。
銃声は鐘の音の中。
これでアサピーの位置は狙撃手に伝わったはずだ。

トラギコの安否を今は気にしていられない。

(-@∀@)「まだっ……!!」

撮影を一枚だけで終わらせるわけにはいかない。
数枚の中から選定された一枚でなければならない。
ブレや翳りの無い一枚が撮れるまで、連射するのだ。
そう、連射こそがこの勝敗を左右する鍵になる。

330名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:33:31 ID:XwtdpWiY0
ボルトアクションライフルとカメラが次の一手を打つとき、速度の違いが如実に生まれる。
アサピーは人差し指でレバーを手前から奥に押してフィルムを巻き上げ、狙撃手は空けて引いて戻して閉じる作業が必要になる。
つまり、アサピーの方に利がある。
二枚目の写真を撮影し、すかさず三枚目の撮影に入る。

そして狙撃手側の第二射目。
これを待っていた。
自分を向き、火を噴くライフルを向けてくれる瞬間。
最高の構図、最高の一枚をカメラに収めた。

シャッターを切った直後、アサピーの肩を銃弾が掠め取んだ。
まだだ。
まだ撮影できる。
そう思った矢先、カメラが大きくアサピーの手から離れてしまった。

三発目の銃弾は超望遠レンズを掠め、カメラ本体を吹き飛ばしたのだ。
レンズが壊れてしまえば撮影は不可能。
撤収するしかない。
命拾いしたアサピーはカメラを掴んでその場から転がり落ち、非常階段を駆け下りた。

フィルムだけを回収し、重荷となるカメラ本体は階段に捨てた。
後はトラギコが無事であることを確かめ、予定通りに事を運ぶだけだ。

(;-@∀@)「トラギコさん、頼みますよっ!!」

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          i{ /  〉  /   ∨ヾ三三三三‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
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鐘の音が鳴り響く。
トラギコは扉を押し開き、歩き始めた。
怨敵がいる鐘楼が見える。
あの場所からカールは撃たれたのだ。

トラギコと間違えて撃たれ、優秀な医者が一人死んだ。
許しがたい。
何が何でもこの手で殺さなければ気が済まなかった。
グレート・ベルを見上げると、黒雲が早い速度で流れているのが一緒に見えた。

天候は間もなく崩れるだろう。
光が瞬き、その瞬間が訪れた。

(= д )「――ぐっ!!」

331名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:34:17 ID:XwtdpWiY0
予め想定できた銃弾が襲う場所は、人体にある急所のどこか。
そう考えた時、トラギコは狙撃手の性格を考慮することにした。
風で狙いが逸れても致命傷を与えることの出来る部位、即ち、心臓部だ。
そこで胸部を守るために鉄板の入った防弾着を着こみ、備えていた。

頭部を狙われていたら終わりだったが、それはあり得ないことを知っている。
火事の中で狙撃手が撃ったのは頭部ではなく胴体だったからである。
初弾は狙いが僅かに逸れ、ろっ骨の部分に当たった。
衝撃で意識を失いかけて倒れるが、膝をついて耐える。

その直後、颶風と化した“イージー・ライダー”がトラギコを掴み上げてその場から離脱した。
二発目が飛んで来ないことが不思議だったが、何はともあれこれでいい。
全ては計画通り。
アサピーにもヅーにも話している通り、この事件の解決はトラギコの役割ではない。

(=゚д゚)「……後は頼んだぞ」

そう。
この事件を解決するには、圧倒的な力が必要になる。
それはティンカーベルの力でもなければ、ましてやジュスティアの力でもない。
軍でも警察でも円卓十二騎士でもない、全く別の存在。

このままではどうあってもトラギコ達で事件を終息に導くのは不可能。
トラギコは利害の一致によって役割を与えられた駒に過ぎないのだ。
より大きな事件に食らいつくために捨てたのは意味のない矜持と邪推。
後は任せるしかない。

――本名も素性も分からない、あの旅人に。

332名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:35:35 ID:XwtdpWiY0
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           「流石、男の子ね。 意地の張り所が分かっているじゃない」
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     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
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        ',  /人/: : :_):/  {_  ノ       /    \乂 ̄ ̄: : : : : \ /ヽ: ヽ
             「あの子の教育に役立ったし、その頼み、任されてあげる」
                ‥…━━ August 11th ??? ━━…‥
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333名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:36:16 ID:XwtdpWiY0
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                     ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、逆転の時間よ」

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                   全ては、ここから逆転する。

                 Ammo→Re!!のようです Tinker!!編
                                                   
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334名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:37:34 ID:XwtdpWiY0
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                         Tinker!!

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                           nker!!
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                            er!!
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335名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:38:56 ID:XwtdpWiY0
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                   T i n k e r   →   R e k n i t
                酷く絡み合った糸は今、編み直される

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次回 Ammo→Re!!のようです 新編
                         Ammo for Reknit!!編
                                            To be continued...!!
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336名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:39:57 ID:XwtdpWiY0
支援ありがとうございました
これにてTinke!!編は終了となります
次の投下まではしばらく時間が開く予定です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

337名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 01:32:50 ID:neARTa760


338名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 07:25:54 ID:iRiodrKc0

アサピー……男になったな

339名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 11:17:32 ID:zPUcSD.60
乙!
トラギコが死ななくてよかった

340名も無きAAのようです:2015/07/21(火) 16:00:52 ID:zUDtFf1.0
乙 ブリッツのコンテナ回収してたのか
さて、おねショタ一行の無双期待

341名も無きAAのようです:2015/07/24(金) 22:25:25 ID:2aViECOA0
今までで1番面白いおつ

342名も無きAAのようです:2015/07/25(土) 01:31:35 ID:lA.o4vsQ0
更新きてたのか乙!
初登場の頃はモブとなんら変わりない立場かと思ってたのに今やキーマン…。人の成長って凄いわ。
続編気になりすぎる…気長に待ってる!楽しみにしてるよ!

343名も無きAAのようです:2015/09/23(水) 11:42:37 ID:AX4Vu/Ww0
面白い!

344名も無きAAのようです:2015/11/24(火) 18:10:21 ID:fnEnF2/o0
楽しみ

345名も無きAAのようです:2015/11/24(火) 21:06:49 ID:SeWWrMD.O
皆さん、オワコン社長をよろしくお願いします。気に入ったらチャンネル登録!!
http://www.youtube.com/watch?v=aSMLi2uOkvk
http://www.youtube.com/watch?v=cbwrnLKERpA
http://www.youtube.com/watch?v=gPevsHpSj-Y
http://www.youtube.com/watch?v=9ekKaVB5uHg
http://www.youtube.com/watch?v=cP0NAOzKQAE
http://www.youtube.com/watch?v=hekgfuTcX6o
http://www.youtube.com/watch?v=1uzYFjN7z5E

346名も無きAAのようです:2015/12/23(水) 09:24:05 ID:4620dOg.0
二日で最初から読んできたぜ
更新待ってるよ!

347名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 10:00:31 ID:Yu0m7t8I0
更新待ってる

348名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 18:59:00 ID:fLS7F0uc0
無駄にあげんな阿呆
更新待ってるなら歯車のブログ行け

349名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 20:48:40 ID:mqrjXlVo0
上げたのはすまんかった
作者ブログやってたのか!ありがとう、そっち見てくるよ。

350名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 21:02:41 ID:P32gHdQo0
>>349
ブログもツイッターもピクシブもやってるぞ

351名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 21:35:23 ID:mqrjXlVo0
>>350
ありがと、Twitterのほうフォローしに行かせて貰ったよ

352名も無きAAのようです:2016/03/13(日) 19:06:39 ID:mXu4kPQ.0
投下はまだまだ先になりそうですので、もうしばらくお待ちください
お詫びにζ(゚ー゚*ζの20禁画像を貼っておきますね

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1978.jpg

353名も無きAAのようです:2016/03/13(日) 19:21:49 ID:ZkMqmzqc0
一緒に晩酌したい……

354名も無きAAのようです:2016/07/19(火) 22:04:42 ID:UI6LGDkQ0
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2164.jpg

355名も無きAAのようです:2016/07/19(火) 22:41:16 ID:QNtIi25Q0
おひゅっ?

356名も無きAAのようです:2016/07/20(水) 00:13:45 ID:NCvVC/Yc0
これはこれは

357名も無きAAのようです:2016/07/20(水) 01:15:59 ID:/hY/e7Yo0
>>355
ホントにこんな声が出た

358名も無きAAのようです:2016/08/05(金) 20:37:13 ID:4UkDNAn60
明日VIPにてお会いしましょう

359名も無きAAのようです:2016/08/05(金) 22:19:03 ID:4fkJIyKo0
mjd

360名も無きAAのようです:2016/08/06(土) 02:06:44 ID:BCVuyd7k0
待ってる

361名も無きAAのようです:2016/08/06(土) 10:54:16 ID:fQxgD1Uw0
本物か?

362名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:00:08 ID:eFiZr2lo0
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金で解決出来る事があれば金を使えばいい。
ただし、忘れるな。
その時、お前は努力と困難を失うのだ。

本物の努力と困難は、金では決して買えない物だというのに。

                                          ――リッチー家家訓

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八月七日は、静かな夏の空気が漂う穏やかな夜明けだった。
空は黒から紫へ、紫から瑠璃色へ、瑠璃色から群青へ、そして徐々に白に近づくグラデーションで彩られている。
千切れた黒い雲はやがて夜の名残である星と共に消え、それが存在したことを微塵も感じさせないだろう。
その海域では、見事な夏の夜明けをどこからでも見ることが出来た。

吸い込まれそうな瑠璃色の空には紫色の雲が浮かび、海鳥が羽を広げて風に漂っている。
夜の色がまだ残る水平線の彼方には夏らしく、純白の入道雲が浮かんでいる。
そして背後に消え失せる夜の名残。
涼しげな風の中に香る夏の匂いに、耳を澄ませば蝉の声も聞こえてきそうだった。

波浪は穏やかだった。
白波もなく、微風の吹く中を巨大な船が優雅に航行している。
船の名はオアシズ。
世界最大の豪華客船であり、世界最大の船上都市だった。

その船を束ねる市長、リッチー・マニーは生きて朝日を眺めたことでようやく窮地を脱したことを実感し、心底安心した。
昨夜の“答え合わせ”は、彼の人生での中でも最も疲れた長い夜だった。

¥・∀・¥「ふぅ……」

363名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:00:48 ID:eFiZr2lo0
久しぶりにまともな食事を食べる気になったのは、これまで船を操っていた部下達が大勢死に、船の指揮系統の復旧に体力が必要だからだった。
マニーは無理をするタイミングを心得ており、それは正に昨夜であり、今であった。
今無理をしなければ、後にどれだけの犠牲を払っても取り返しのつかないことになるだろう。
彼が無理をすることで、部下達に安心して仕事をさせなければならない。

それが上司の仕事であると、彼は父から教わっていたし、その通りだと思っていた。
部下が欲するのはとどのつまり、安心なのだ。
安心を手に入れるためには上司がその背中で多くの危険を受け止め、部下達に被害が及ばないようにしなければならない。
彼が無理をすることで部下が安心して仕事をすることが、やがてはこの街全体の治安と信頼の回復に至るのだ。

船内にあるフードコートに秘書を向かわせ、巨大なハンバーガーと並々とタンブラーに注いだコーヒーを持って来るよう指示を出してから十五分が経過していた。
それが到着するまでの間、マニーは昔、両親に言われた言葉を噛みしめていた。
何度も言い聞かされたその言葉は、リッチー家の家訓だった。
“金で解決できない問題に直面し、努力する機会と困難を得られたことは大金に勝る”とは、親子何世代にも渡って語られてきた言葉だ。

成程確かに、これほどの困難は大金を積んででも迎え入れたくはない。
それを解決出来たなら、彼は大金に勝る経験を得たことになる。
だがそれは、自力で解決出来た場合の話だ。
彼は、他者の力を借りてようやく解決することが出来た。

もしも偶然、この船に彼の知人が乗り合わせていなければ、この船は最悪の事態を迎えていた事だろう。
彼は、自分の非力さを嘆いていた。
“オアシズの厄日”と呼ばれる一連の殺人事件は、彼ではなく、偶然乗り合わせた彼の知り合いが全て解決したと言っても過言ではない。
彼は、それが悔しくて仕方がなかった。

彼は規格外の金持ちの家に生まれたが故に、常に誰よりも努力をしてきた。
そうしなければ、彼の努力も何もかもが、金で作られたものになってしまうからだ。
これだけは、金では買えない物なのに。
なのに、今回は何も出来なかった。

自分で成し得たものが金のおかげと誤解されるのは、この上なく悲しいことだ。
幼少期に何度も経験してきたそれは、決して、心地いいものではなかった。
己の努力が金に持っていかれるのだ。
それはまるで、神に縋る無能共が己の力で得た結果を神の手柄にするような、胸糞の悪い話だ。

失った物を数えても仕方がないと彼の祖父が口癖のように口にしていたが、その言葉が真に意味するのは損失を無視するという事ではない。
損失に対して途方に暮れる暇があるのならば、その失った物を整理し、如何に取り戻すかが大切という事を意味していた。
だから彼の祖父は経営に成功し、オアシズを発展させ続けて来られたのだ。
船上都市という極めて特異な街が反映し続けているのも、そうした考えが脈々と受け継がれているからに他ならない。

それは何故か。
何故、祖父は成功し得たのか。
秀でた能力があったのか。
全てを自力で解決できるほど、才能豊かな人間だったのか。

364名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:02:44 ID:eFiZr2lo0
では父はどうだ。
知る限り、父はそこまで才能に恵まれていなかったはずだ。
それでも父はオアシズを統治し、皆に惜しまれながら死んだ。
祖父と父にあって、マニーにない物。

それは、驚くほど簡単なものだった。
優れた才能でもなく、能力でもない。
捨て去る力だった。
無意味な矜持を捨て、自分にはない力を持つ人間を頼り、その人間の力を正しく行使する力だ。

頼るという才能。
頼るという努力。
頼るという力。
己の無力を受け入れ、それを他力で補うという選択。

今のマニーには、優秀な部下と友人がいる。
彼らの力を借り、この街を再興するのだ。

¥・∀・¥「……よし」

今度はマニーの番が己の力を用い、この街を取り戻す順番だった。
彼が失った中で最も価値が高いのは人員だった。
経験値を積み、信頼を築いてきた人間を補充するのは容易ではない。
これまでの雇用形態を見直すことも視野に入れつつ求人し、大切に育てるしか方法はなかった。

そして次に信頼だった。
金で買える信頼は希薄な物であり、実質的には意味がない物だ。
信頼は時間と対応でのみ回復が出来る。
焦ったところで、こればかりはどうしようもない。

家宝の一つとしてリッチー家に受け継がれてきた強化外骨格を失ったことは、特に気にしなくてもよかった。
あんなものは、それこそ金で解決できるものなのだから。
ノックの音が、マニーの意識を現実に戻した。

(-゚ぺ-)「お待たせしました、お食事をお持ちいたしました」

¥・∀・¥「あぁ、ご苦労。
      君も後で朝食を摂るといい、今日は忙しくなるぞ」

(-゚ぺ-)「はい、そうさせていただきます」

一礼して秘書は部屋を出て行った。
彼との付き合いも長い物で、何年になるのか忘れてしまうほどだ。
いつか、彼の努力に報いる何かをしなければと思い、何年が過ぎただろうか。

¥・∀・¥「……すまないな」

365名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:07:56 ID:eFiZr2lo0
秘書が持ってきた食事を受け取り、マニーは一人で早目の朝食を始めた。
紙に包まれたハンバーガーを取り出し、豪快にかぶりつく。
瑞々しいレタス、肉汁が滴る肉、カリカリに焼いたベーコン、ピクルス――マニーの好みで大量に入れてある――、甘い玉ねぎ、そして蕩けたチェダーチーズ。
シンプルな材料だが、ケチャップとマヨネーズがそれらを丁寧に包み込み、有無を言わせぬ美味さを演出している。

マニーの持論として、ハンバーガーの味は単純であることに限る。
複雑な味を堪能したいのならハンバーガー以外の何かで補えばいい。
口の周りにケチャップをつけながら、それを胃袋に入れていく。
肉と野菜、そして炭水化物が摂取できるからハンバーガーは好きだった。

食べ終えてから口元を拭い、程よい温かさのコーヒーを飲む。
温かい飲み物は精神的に人を落ち着けさせる効果がある。
胃に沁み渡るコーヒーの温かさがありがたい。
一時間で何度目になるか分からない溜息を吐き、マニーは自分に言い聞かせる。

今の自分に出来る事は何でもする。
何が出来るのか。
何をするべきなのか。
それを考えるべきなのだと、自分に何度も言って聞かせた。

¥・∀・¥「頑張れよ、俺……」

まずは各ブロック長の才能を引き出せる仕事を見つけ出し、それを解決させる。
彼らブロック長は優秀な人間であり、オアシズのために全力を出してくれることだろう。
勿論、ブロック長だけではない。
このオアシズで商いをする人間達の力も借りなければならない。

その力を借り、適切なところで最大限に発揮させるのがマニーの仕事だ。
不意に、ふわりと甘い香りが彼の鼻孔に届き、視線を上げるとそこにはマニーにとっての救世主がいた。
彼女こそがオアシズの窮地を救い、マニーに足りない多くの力を持つ絶対の存在だった。

ζ(゚ー゚*ζ「何か悩み事かしら、マニー?」

黄金の髪と碧眼を持つ旅人は、慈母の笑みでマニーに微笑みかけた。

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              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´The Ammo→Re!!
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー     原作【Ammo→Re!!のようです】
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366名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:08:40 ID:eFiZr2lo0
窓の外で水平線から陽が昇る様子を、ヒート・オロラ・レッドウィングはベッドの上から物憂げな表情で眺めていた。
昨夜は女三人で酒を飲み、日付が変わるまで飲み明かしたが、その影響ではなかった。
彼女は昨夜の話の中で、ある疑問を膨らませながらも、それを口に出せなかった。
その疑問はとても些細な物だったが、一度気にし始めたらもう止められなかった。

ノパ⊿゚)「……」

世界には多くの人間がいる。
様々な人種、価値観、宗教観などを持った人間がいる。
勿論、ヒートも多分に漏れず自分で構築した価値観に基づいて行動をしている人間だ。
ヒートにとって一つの疑問だったのが、彼女の命の恩人であり、友人でもある女性の存在だ。

彼女は美しく、強く、そしてあまりにも賢すぎる。
同性すら魅了する、人間離れした美しさは自然が作り出した奇跡の一つとして受け入れられる。
その強さは、ヒートのこれまで見てきたどの人間よりも圧倒的だった。
対強化外骨格用の弾を使っているとは言え、生身の人間が平気で強化外骨格――棺桶――と渡り合い、圧倒するのは非現実的な光景だった。

しかし、その強さと賢さもさほどの問題ではない。
世界は広い、それで十分だ。
彼女の強さのおかげで、ヒートはこうして生きていられるのだ。
それに、彼女の人間性も非常に気に入っている。

正直、ヒートは彼女の事が大好きだった。
時には姉として。
時には母として。
常に彼女はヒート達を導いてくれる。

人間性や強さなどは旅をする中で理解できるが、どうしても分からないのが、彼女のこれまでの足跡だ。
知らずとも問題はないが、彼女の育ちや生い立ちなど、ヒートは何一つ知らない。
知っているのは、理不尽なまでの強さと世界の全てを知っているかのような頭脳の持ち主であり、ヒート達の仲間ということだけ。
彼女がいなければオアシズは沈み、多くの乗客が嵐の中に消えて行ったかもしれない。

その前のポートエレン、ニクラメン、フォレスタ、オセアンでもそうだ。
追随を許さないその強さと知恵があったからこそ、旅の同行者であるヒートはこうしていられる。
感謝してもしきれない関係にあるのは、間違いない。
間違いないが、それでも、気になって仕方がない事もあるのだ。

――デレシア。

367名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:10:50 ID:eFiZr2lo0
彼女は何者なのか。
本名は。
出身地は。
これまでに何を見て、何をしてきたのか。

ヒートは何も知らない。
世界最強の街、イルトリアの人間とも深い交流を持つ彼女。
これまでに何を経験し、何を見て来たのか。
彼女について知っていることなど、ほとんどない。

まるで世界の秘密そのもの。
彼女のスカイブルーの瞳に見据えられると、世界そのものに見透かされているような錯覚に陥る時がある。
あらゆる隠し事はその意味を失い、真実が見抜かれ、気を抜けば膝を突いて屈しそうになってしまう。
全ての生命は彼女に平伏し、首を垂れるのが摂理にさえ思える。

だがそれは些細な――とは言い難いが――問題だ。
彼女との旅は楽しいし、何より安心していられる。
不思議なことに、彼女が秘密の固まりだと分かったところで、何一つ不安になることはなかった。
短い付き合いだが、決して、希薄な付き合いではない。

ヒートは人を見る目が少なからずあると思っており、その目で見れば、デレシアは悪人には見えなかった。
それでも気になることは気になるが、今はまだ訊く時期ではない。
過去は誰にでもある。
ヒートも例外ではない。

デレシアが過去について深く追及することをしないことは、ヒートにとっては幸いだった。
人に進んで話せるような過去ではなく、血濡れた暗い過去がヒートにはあった。
いつか機会があれば、その話をすることがあるのかもしれない。
今はまだ、その時ではない。

ノパー゚)「……らしくねぇな、おい」

少し考えすぎているのだと思い、ヒートは瞼を降ろして眠りにつくことにした。
ヒートがデレシアと旅を続ける大きな理由は、別にあった。
デレシアが連れている、小さな旅人。
その少年の行く末が見てみたいという気持ちが強く、彼がどう成長し、どう変わるのかを最前列で見守りたかった。

その気持ちがあるからこそ、ヒートはデレシアと共に旅を続けることを楽しんでいた。
だから、その旅人が海に落ちた時は自分の半身を失ったような喪失感があり、無事だと分かった時は本当に安堵した。
今のヒートの生きる目的は、彼の成長を見続けることだけだと言っても過言ではない。
小さな体に刻まれた無数の傷跡は、彼の悲惨な歴史だ。

彼がこれまでに受けてきた処遇を考えると、今の彼はかなり変わったのだと思う。
奴隷として売られた彼の生い立ちは分からないが、それがどれだけ悲惨な人生だったのかは想像できる。
少年はただの人間ではなく、“耳付き”と呼ばれる獣の耳と尾を持つ人間なのだ。
耳付きは総じて人間として扱われず、道具として扱われ、虐げられる。

368名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:26:03 ID:eFiZr2lo0
そうして一生を終える。
それが一般的な耳付きの生涯だ。
多くの人間が耳付きを忌み嫌うのも、一般的な話だ。
だが、少年はデレシアの手を借りて自由を手にし、多くを学んでいる最中だ。

きっと彼なら、海綿のように多くを学んで成長していく事だろう。
かつて自分が出来なかった事を、ヒートは彼に教えていくつもりだ。
彼にはもっとたくさんの事を学び、育っていってもらいたい。
良くも悪くも人を惹きつける彼ならば、どんな人間にでもなれるだろう。

その気持ちは、デレシア、そしてイルトリア人であるロウガ・ウォルフスキンの思惑と一致した。
女三人で行った昨夜の酒盛りは素晴らしい時間だった。
同じ気持ち、同じ意見の人間同士で飲む酒程美味い物はなく、共通の話題で語り合うのはとても貴い時間だ。
月を肴に酒を飲み、少年のこれからについて語り合い、そうして時間が過ぎ、ヒートは悟った。

いつかきっと、ブーンは――

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                            配給

【Low Tech Boon】
【Boon Bunmaru】

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少年は朝早くに起床し、作り立ての朝食をがつがつと食べていた。
卵を三つ使った目玉焼きとたっぷりのベーコン、山盛りのコールスロー、そしてバターの添えられた厚切りのトーストを三枚。
それに加えて、デザート代わりの香り高いバナナが添えられていた。
出された食事の一つ一つをしっかりと味わい、堪能する姿は、少年の年頃にしては珍しい。

目玉焼きは半熟で、ナイフで切れ目を入れたらすぐに黄身が溢れ出た。
フォークとナイフで溢れ出た黄身とベーコン、そして白身を合わせてフォークに突き刺し、口に運ぶ。
濃厚な甘みを持つ黄身と、香ばしいベーコンの塩味が体に沁み渡る。
カリカリに焼かれた熟成ベーコンは、少年のお気に入りだった。

まだ上手に使いこなせないが、最初の頃に比べればフォークとナイフを大分使えるようになってきた。
たどたどしく握るフォークでコールスローを口に運び、咀嚼し、リンゴジュースを飲む。
皿に残った黄身をトーストで綺麗に拭い取り、最後にバナナを食べた、
芳醇な甘さのバナナに舌鼓を打ち、満足の内に朝食を終えた。

パンの甘みも、卵の新鮮さも、リンゴジュースの鮮度も、全て味わいつくした少年の表情は幸せそのものだ。

(∪*´ω`)「ふひゅー……」

369名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:27:55 ID:eFiZr2lo0
幸せそうに溜息を吐いた少年の名は、ブーン。
かつて奴隷として生き、今はデレシア、ヒートと共に旅をする少年だった。
少年には獣の耳と尾があったが、同席する二人の人間はそれを気にも留めていなかった。
人間に耳があるのと同じように、少年にも形は違うがそれがある、といった認識だった。

ブーンが朝食を美味しそうに食べる様子を見て、同席者は微笑ましくその光景を見ていた。
同席者の一人、若い女性にも獣の耳と尾があった。
だがそれはブーンの物とは違い、ブーンが犬のそれなら、女性の耳と尾は狼のそれだった。
狼の耳を持つ女性、ロウガ・ウォルフスキンは音一つ立てずにナイフとフォークを操って食事をしている。

彼女の深紅色の瞳は、保護者のようにブーンに向けられていた。
仔犬を見守る様な、静かな視線だった。

リi、゚ー ゚イ`!

イルトリアという街の人間である彼女は、ブーンと同じく、耳付きと呼ばれる人種だった。
しかしながら、イルトリアは世界でも珍しく、耳付きを差別する人間がほとんどいない。
それは耳付きが持つ身体能力の高さと優秀さを知っているからだ。
現に彼女は人間離れした戦闘能力によって職を得て、耳付きでない人間よりも高い給料を得ている。

人間離れした身体能力を持つ人種である彼女は、その力を活かして護衛の仕事を生業としていた。
強力無比な力を持つ彼女は要人を守り、姦計を企てた者を殲滅した。
そしていつしか、彼女を知る人々は“讐狼”と呼んで恐れるようになった。
必ず復讐を果たす彼女の執念は、正に狼のそれだった。

ロウガの視線に気づいたブーンは、自分が何かしたのかと焦るが、彼女は無言のまま人差し指で口の端を指して、そこが汚れていることを教えた。
布のナプキンを使い、ブーンは慌てて口元を拭う。

リi、゚ー ゚イ`!「それでいい」

(∪´ω`)「ありがとうございますお、ししょー」

ロウガはブーンに師匠と呼ばせ、ブーンは彼女の事を師匠と呼んだ。
二人の間には奇妙な師弟関係が出来上がっていたが、更に奇妙な関係がその場にはあった。

( ФωФ)「ブーン、バナナは好きか?」

(∪´ω`)「すきですおー」

( ФωФ)「バナナは体にいいんだ、もっと食うといい。
       ほれ、吾輩の分をやろう」

熟したバナナを受け取り、ブーンは満面の笑みを浮かべた。

(∪*´ω`)「おー」

370名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:30:29 ID:eFiZr2lo0
ロウガの隣に座る、黒髪をオールバックにした男性。
宝石のような黄金瞳を持ち、眉から頬まで走る深い傷跡と彼自身が放つ凄みは人間離れした何か別の生物を彷彿とさせる。
齢80を越えてもなお、前イルトリア市長ロマネスク・O・スモークジャンパーは衰えを知らない獣だった。
ロマネスクは“ビーストマスター”の渾名でいくつもの街を恐怖の底に落とし、恐怖の代名詞として世界の権力者たちが恐れをなした存在だ。

そんな彼の背景を全く知らないブーンは、ロマネスクと友人の関係にあった。
周囲から見たら孫と祖父ほど年齢が離れているが、それでも、二人は間違いなく対等な友人だった。
バナナを頬張り、その甘さに目を細めて喜ぶブーンをロマネスクは目を細めて見ていた。
さりげなく二人を交互に見てから、ロウガはブーンの頭を撫でて言った。

リi、゚ー ゚イ`!「よし、腹ごしらえが済んだら稽古の準備だ。
      少し休んでから着替えるといい。
      皿洗いは後だ」

ブーンは頷き、寝室へと向かった。
寝室の扉が閉まったのを確認してから、コーヒーを飲みつつ、ロマネスクはロウガに訊いた。

( ФωФ)「今日はずっと稽古か?」

リi、゚ー ゚イ`!「はい、主。
       徒手訓練をした後、ヒートを交えて射撃訓練をしようかと。
       彼女はかの“レオン”だとのことで、少し興味があります」

レオン、という言葉を聞いた時にロマネスクは興味深そうに眉を上げた。
凄腕の殺し屋レオンの名はイルトリアにまで響き渡っている。
ある日突然現れ、いくつものマフィアを壊滅させた末に突然消えた謎の殺し屋の正体が、よもやあの若い女性だとは誰も思うまい。
武人の都の人間としては、非常に興味のある人間だった。

果たして、その実力はどれほどのものなのだろうか。

( ФωФ)「ほほぅ、案外世界は狭い物なのだな。
       だがあのデレシアが共に旅をするのだから、よほどいい人間なのだろうよ。
       吾輩は別の事をさせてもらおう。
       デレシアに頼まれてな、ちとやらんとならんことがある」

リi、゚ー ゚イ`!「かしこまりました、主。
      私に何か出来る事はございますか?」

( ФωФ)「そうさな、昼飯はブーンの好きな物を食わせてやってくれ。
       だが稽古は手を抜くなよ。
       仔犬にも牙はあるのだ」

ロマネスクはそう言って、コーヒーを飲み干した。
深く頷き、ロウガは賛同の意味で笑みを浮かべた。

371名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:32:43 ID:eFiZr2lo0
リi、゚ー ゚イ`!「ブーンには才能が有ります。
       彼は正に海綿、教えた分だけ吸収する。
       こちらも教え甲斐というものがあります。
       昨日は本番で教えを発揮する胆力も見せましたが、あれが出来る者はイルトリアでも稀でしょう。

       私の見立てだと、潜在能力で言えば“右の大斧”に匹敵するかと。
       如何せん、彼は優しすぎます。
       この世界で生きるには、あまりにも」

( ФωФ)「デレシアがあいつを気に入るのも分かる
       ……可哀想に、あいつは良くも悪くも人を惹く。
       これまでの経緯を想像するのは易い話だ」

空になったコーヒーカップに、ロウガがコーヒーを注ぐ。
角砂糖を二つ入れ、スプーンで混ぜた物をロマネスクが一口飲む。

( ФωФ)「ティンカーベルといえば“デイジー紛争”の地、おまけに時期も近いな。
       ブーンは知っているのか?
       奴の恩師がそこで戦ったことを」

リi、゚ー ゚イ`!「おそらくは知らないかと。
       話した方がよろしいですか?」

( ФωФ)「いや、その必要はまだない。
       “先生”の話は、奴が知りたいと思った時に話せばいい」

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     ヽ:::、:::、 \ヽじ リ    |:::/  '′|´:::::::::::::::::::::::::: 脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】
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ソファに腰かけ、デレシアとマニーは対面して話をしていた。
話と言うよりも、マニーの相談にデレシアが乗っているという図だった。
マニーは胸の内を全て吐き出し、この先どうするべきか、意見を求めた。
デレシアは短くそれに応じた。

ζ(゚ー゚*ζ「堂々としていなさい、マニー。
      貴方は市長。
      胸を張って命令し、胸を張って助けを求めればいいわ」

¥・∀・¥「ですが、私に出来るでしょうか……
      リーダーらしい姿を見せることが……」

372名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:34:06 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「リーダーだからこうするべき、じゃなくてリッチー・マニーならどうするのか。
      皆が期待しているのはそれよ」

これまでの人生で、マニーは何度も挫折を味わってきた。
金にものを言わせれば解決できるようなことも、進んで手を出して解決してきた。
それは人望を獲得するための努力だった。
幼少期より、マニーは金持ちであることを理由に差別に近い扱いを受けてきた。

金持ちが成功しても、それは金の力だと思われてきたのだ。
代々オアシズを動かしてきたリッチー家の人間は、同じ扱いを受け続けてきた事だろう。
その中でマニーが学んだのは、行動に勝る証明はないという事だった。
金以外の力で努力していることを示し続ければ、やがて、それは人望になる。

それに気付かせてくれたのは、彼がまだ幼い頃にオアシズで出会った一人の旅人だった。
父、そして祖父の共通の友人であるその旅人は今、マニーに最後の一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。
そうだ。
周囲がどうであれ、マニーはマニーなのだ。

彼にしか出来ない方法がある。
昔からそうだったように、彼のやり方で人々に見せてやればいい。
金に頼らない金持ちの在り方を見せたように、困難に直面したオアシズ市長がどう立ち振る舞うかを。
自信を持って挑み、自信を持って失敗すればいい。

マニーならばそうする。
このリッチー・マニーならば、そうする。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、見せつけてあげましょう。
      オアシズ市長、リッチー・マニーの実力を」

¥・∀・¥「……えぇ!!
      やってやりますよ!!」

目を輝かせて、マニーは立ち上がる。
歳をとるにつれて、大人と言う生き物は褒められる機会や慰められる機会が減ってくる。
どうしようもない困難に直面した時、逃げるか、それとも立ち向かうか。
自力での解決を試みて失敗し、鬱状態に陥る人間は後を絶たない。

だが、誰かが力を貸してくれるだけで、人は強くなれる。
たった一言。
デレシアがマニーに向けた一言がそうであるように。
その一言が、人を救うのだ。

電話を手にし、マニーは受話器の向こうにいる秘書に向けて、短い命令を下した。

¥・∀・¥「全責任者に通達しろ、我々の楽園(オアシズ)を取り戻すと!!」

373名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:41:01 ID:eFiZr2lo0
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        {::.::.//  {::l::.!: ./V   {{ィfトイV㍉、, }::.::}::.://厶}ノ.::}::.::}::.「´
       メァイ/    Vヘト、{    、__゙f竺シ_,  '_ノ_:./.:厶广/.::.::/.::/.::/
      /{ {/.:{ __   ヽ. ヽ.      ̄ ̄`   ノイL} ゙V.::.::.イ::.//
.    /   Vハ/  }  / \ ヽ            マAmmo→Re!!のようです
.  _/     ,イ弋/、 {  Ammo for Reknit!!編 序章【concentration-集結-】
´ /      弋. く ヽ. \!   { {、  /ーー`、_、_ / ,/
 {          ヽ ヽ. 丶、 ヽ. \{     l:::/ .イ/
        ト、 __ _ヽ ヽ.  丶、 ヽ. \   }/ /゙{
        | }_} }ム ヽ. ヽ   丶、ヽ \´/
        └; 〈 レ′ 〉 〉    >ー } 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

まずは情報の整理から取り掛かることになった。
五人のブロック長はそれぞれのブロックで出た被害状況を仔細漏らさず集約し、まとめあげた。
簡単なように思われる作業だが、実際には非常に繊細で神経をすり減らす作業だった。
被害状況の把握をするだけでも大掛かりな作業となり、一時間も経たずに会議室の隅に書類の山が出来上がった。

こうして集められた情報を精査し、重要な物を優先して処理出来るよう、ランク分けをした。
ランク分けを任されたのは第二ブロック長、オットー・リロースミス。
膨大な情報を前に、ロミスは挽きたてのコーヒーを飲みながら優雅に仕事をこなしていた。
余裕の表れではなく、彼なりの精神集中方法だった。

£°ゞ°)「……うん、いいコーヒーだ」

コーヒーを片手で飲みつつ、付箋を貼りつける手は止まらない。
色分けされた付箋はその書類のランクを意味している。
ミスの許されない作業をこなすロミスの顔は、だがしかし、色の異なる紙を仕分けているかのように涼しげだった。

マト#>Д<)メ「ロミスさんが挽いたんですか?」

£°ゞ°)「あぁ、それぐらい当然じゃないか」

彼は山と化した書類を驚くべき速度で選別し、瞬く間に山の背が縮んでいく。
そして分けられた書類の中から、最も重要なランクの物に目を通すのは第五ブロック長マトリクス・マトリョーシカ。
彼女は最重要書類を読み、次に必要な対処方法を大きめの付箋に書いて書類に貼り付けた。
分厚いマニュアルに基づいて下されるその対処方法は、彼女の頭の中にしっかりと記憶されており、彼女はマニュアルを読まずにそれを書き記すことが出来た。

ノリパ .゚)「では、飲食店については説明した通りの対応をしてください」

こうして処理方法が判明した書類と電話を手にするのは、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマだ。
各ブロックにいる責任者達に連絡し、即座に対応させる。
その指示を受けた人間は部下を引き連れ、処理に走った。
ロミス、マトリクス、ノリハが最初に処理するべきだと判断した仕事は、掃除だった。

374名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:42:21 ID:eFiZr2lo0
臨時で追加の船内清掃係を雇い、徹底した衛生管理と景観の復旧を急がせた。
昨夜はお祭りのような騒ぎで盛り上がりを見せていたが、その盛り上がりを殺さない内に急いで掃除をしなければならない。
視覚情報は非常に重要で、特に、争いの痕跡の一切を消し去ることを徹底させた。
弾痕、僅かに焦げた椅子や床も元通りに掃除をさせ、最優先にして最速の仕事を要求した。

現場では清掃係は軽んじられるが、マニーが直々に清掃係の全員に向けて激励の言葉を送った。

¥・∀・¥『乗客全員――勿論、君達も含めて――があの悪夢を少しでも忘れ、最高の時間を取り戻すためにはどうしても君たちの協力が必要だ。
      このリッチー・マニー、諸君らの実力を見込んでお願いする。
      賊に汚されたオアシズを、君たちの手で美しい姿に戻してほしい。
      ……この通りだ』

多くの清掃員はそれまで、あまり自分の仕事に誇りを持っていなかった。
だが、マニーの言葉で彼らはその考えを改めた。
彼らが担っているのは乗客の日常。
清掃員は気を引き締め、マニーの言葉に鼓舞されて清掃を行った。

後に乗客が撮影した写真が話題を呼ぶのだが、彼らは船尾から一ブロックずつ徹底して清掃と修理点検を行い、所要時間は合計で五時間足らずだった。
一切のミスもなく、無駄もなく、彼らはマニーの言葉に感化されて仕事を完遂したのだ。
ノリハはそれとほぼ同列で、船内の警備態勢を強化させた。
そして、警備員たちにマニーが送った言葉は、後にこのオアシズの警備員の標語となった。

¥・∀・¥『君たちはこの船の安全そのものだ。
      君たちは笑顔を絶やさず、注意を怠らず、そして愛想を忘れることなく職務にあたってほしい。
      そうすれば、武力ではなく君たちの魅力で乗客が安心するんだ。
      頼む、どうか乗客達を安心させてやってほしい。

      彼らに日常を取り戻させるのは、君たちにしか出来ないんだ』

その言葉を聞いた警備員たちは、二人一組で行動し、乗客を見つけては笑顔で挨拶をした。
挨拶は日常の行為であると同時に、敵意がない事を示す有効の証だ。
船のあちらこちらで挨拶が交わされ、乗客たちは事件がなかった時のように船旅を楽しみ始めた。
それを見て、警備員たちは自分達の行いが間違っていなかったことに深く感動し、更に徹底して挨拶を行った。

('゚l'゚)「擦過傷はっと……」

二人のブロック長の後ろで、第一ブロック長ライトン・ブリックマンは被害者の正確な状況の把握を行っていた。
負傷者、死傷者、行方不明者。
それらをリスト化し、治療の状況、保証金額を明確にしていく。
これは金で解決できるものと、そうでない二種類に分けられる。

医者の手配が必要な人間はティンカーベルに到着したら搬送し、そうでない人間は船内で治療を受けてもらう。
発生する費用の大まかな金額をはじき出し、それを経理担当者に伝えなければならない。
正式な第一ブロック長として急遽任命されたライトンは、それでも自分に出来る精いっぱいの事をしていた。
彼の計算は素早く、そして精確だった。

('゚l'゚)「……むむ」

375名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:43:46 ID:eFiZr2lo0
電卓とリストとを見比べる彼の正面には、そこで出された負傷者と乗客のリストを照らし合わせるクサギコ・フォースカインドがいた。
負傷した人間がどこの誰なのか、今回の事件の場合はそれがかなり複雑化していた。
途中で現れた特殊部隊ゲイツの人間なのか、それとも一般人なのか。
書類の山にジュスティア軍人の名前が埋もれないよう、クサギコは信じがたい正確さで書類を見比べる。

ジュスティア警察の人間も数名混ざっており、それを見失わないよう、そして速度を落とさないように仕事をこなす。

W,,゚Д゚W「えーっと、こいつは……」

('゚l'゚)「クサギコさん、ちょっとこれについて訊いてもいいですか?」

W,,゚Д゚W「おう、どれだ」

クサギコは複数同時の仕事を処理することに関しては、この五人の中でも最高の能力を持っていた。
不慣れなライトンのサポートを引き受けたのも、彼が自分自身の能力に対して自信を持っているからだった。
その自信は的確な物差しで測られ、評価されていた。
彼はライトンへの指示を考えつつ、自分の仕事の処理も考えていた。

W,,゚Д゚W「それはな、こっちの保険を適応するんだ」

元々彼らブロック長は選び抜かれた精鋭であり、優れた能力を見込まれて今の地位にいる。
名前だけではなく、彼らは実力のある責任者だった。
新任のライトンもまた、“メモいらず”と称されるほどに記憶力と応用力があった。
そして全員が、マニーから受け取った言葉に少なからず影響を受けていた。

¥・∀・¥『私の、ではない。
      我々のオアシズを取り戻すんだ』

そして彼らの知らないところで、マニーは船内にある全ての店の責任者に対して言葉を送っていた。
全てのレストラン。
全ての物品店。
一つの例外もなく、一店の抜かりもなく、マニーの言葉は彼らの耳に届けられた。

¥・∀・¥『美味い食事、素晴らしい商品、最高の定員。
      これらは君たちにしか演出することが出来ない最高のエンタテインメントだ。
      日常を、非日常を、その全てを君たちが演出するんだ。
      オアシズという街を支えるのは、そんな君たちが客に与える幸福感なのだ。

      さぁ、見せてやろうじゃないか。
      ここは海上の楽園、ここは船内の理想郷。
      我々のオアシズはテロリストや海賊如きでは揺るがないという強さを!!』

376名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:44:30 ID:eFiZr2lo0
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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】
       r.--ヽ. _..-'''' ̄ヽ=r.._  ミ     i
      .r'' ̄`ヽ=. <(::)>ノ  ~"'-._y   i
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生き残った人間がいた。
最悪の状況下に於いて、最高の運に恵まれた人間がいた。
それはマティアス・ノルダールとリリー・リトホルムの二人だった。
彼らはオアシズに於ける一連の事件のバックアップとして配置され、当初の予定で在れば何もすることなく、その役割を終えるただの観光客のはずだった。

だが、転機は訪れてしまった。
計画が破綻し、彼らの所属する秘密結社の重要人物が警察に捕まってしまったのだ。
何としても彼女、ワタナベ・ビルケンシュトックを解放し、この船から逃げなければならない。
ティンカーベルに到着する前に、この船を去らなければ同志との合流は叶わない。

同志と合流が出来れば、結社内の彼らの地位は間違いなく上がる事だろう。
生きて帰る。
生きて連れ帰る。
それが、彼らの任務。

焦ってはならない。
時期を待ち、確実に彼女を解放できる瞬間を待たなければならない。
彼らは黄金の大樹。
待ち続けている悲願の日々を考えれば、数時間待つことは苦ではない。

最も苦痛なのは、彼らの夢を阻害する人間の存在だ。
刑事を殺してでもワタナベを奪還し、同じ夢を追う彼女を救い出し、共に夢を追うのだ。
世界を変える夢を見る彼らが所属するのは黄金の大樹を掲げ、世界中にその根を張り巡らせる“ティンバーランド”。
同じ大樹の一人として、誰か一人を目の前で見捨てるなど、決してできない。

世界が黄金の大樹となるためならば、この船が沈むことになろうとも、良心は痛まない。

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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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377名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:46:13 ID:eFiZr2lo0
黄金の髪と青空色の瞳を持つ旅人、デレシアはオアシズの屋上に一人立っていた。
屋上は人払いがされ、彼女以外の人影はなく、聞き耳を立てる者もいない。
正面から吹いてくる風が、軽くウェーブした彼女の髪をまるで梳くように撫で、ローブの裾をたなびかせる。
潮の香りで肺を満たし、手摺に肘を乗せ、デレシアは青空の下に広がる大海原を眺めている。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

彼女の視線は大海原の果て、船の進行方向の遥か彼方。
水平線の向こうに浮かぶ入道雲の下に向けられていた。
普通の人間であればその入道雲を目視することは出来ない程の距離だが、デレシアの瞳は確かにその雲を捉えていた。
彼女の表情はいつもと変わらず、ブーン達に向けられる笑顔のままだったが、瞳の奥にある深淵は何を考えているのかを誰にも悟らせない。

デレシアは瞼を降ろし、静かに呼吸を整えた。
遠い昔に思いを馳せるようにしたのは、ほんの一瞬の間だけ。
次の瞬間には瞼を開き、何事もなかったかのように再び水平線の向こうを見つめた。
風の音とローブの布擦れするような音だけが、屋上に響いている。

他に聞こえるのは波の音と、上空を飛ぶ海鳥の鳴き声だけ。

ζ(゚ー゚*ζ「悪いわね、せっかくの旅行中に」

( ФωФ)「なぁに、他ならぬお主の誘いだ。
       それで、何があった?」

いつの間にか屋上に現れたロマネスク・O・スモークジャンパーを振り返り、デレシアは驚いた様子も見せずに声をかけた。
対するロマネスクも、跫音一つ、扉を開く音さえ立てなかった自分に気付いたデレシアに対して驚くことはなかった。
海を背にし、デレシアは旧友の様な親密さで元イルトリア市長に話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ここ最近、あの大馬鹿達の動きが目立ってきているわ。
      大樹と言うよりも雑草ね、あれは」

( ФωФ)「ティンバーランドか。
       聞いてはいたが、このような形で実際に相手にするとはな」

忌々しげな声で、ロマネスクはその名を口にした。
心なしか、次に出てきたデレシアの声にも不愉快そうな色が見え隠れしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ただ、船の中にいる奴らはもう少し泳がせようと思うの。
       今回はかなり大規模な事を考えているらしいから、何を考えているのかとても楽しみでね。
       その方が潰し甲斐があるものね」

ぞっとするような優しげな声のデレシアの言葉に、ロマネスクは冷笑した。
それは相手に対する同情と言うよりも、怒らせてはならない人間を怒らせた輩が当然迎えるべき結末を知る者の笑いだった。
これまでに彼女を怒らせた人間がどうなったのか、ロマネスクは良く知っている。

( ФωФ)「ほほぅ。
       次の停泊先があの島なのは偶然か必然か、いずれにしても興味深い事だ」

ζ(゚ー゚*ζ「おそらくは偶然だけど、おもしろい話よね。
       ティンカーベルで私達にちょっかいをかけてくるのは間違いないでしょうね」

378名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:47:10 ID:eFiZr2lo0
オアシズが次に停泊するのは、“鐘の音街”ティンカーベル。
それはデレシア達の目的地であり、ロマネスク達イルトリア人にとっては深い意味を持つ土地だった。
一世紀以上前、その地でイルトリアとジュスティアの戦争があった。
その戦争は“デイジー紛争”と呼ばれ、両軍に大きな被害を出し、島に爪痕を残した。

デイジー紛争の影にティンバーランドという秘密結社の存在があると分かったのは、戦争終結後しばらく後の事だった。
その秘密結社の存在を知っている者からすれば、ティンカーベルはティンバーランドとは切っても切れない関係のある場所だ。
ティンバーランドがデイジー紛争に関わりさえしなければ、イルトリアだけでなく、ジュスティアの兵士も死なずに済んだのだ。
だがそのことを知る者は少ない。

戦争終結の際、ジュスティアとイルトリアとの取り決めにより、いくつかの歴史が“作られた”。
戦争の発端。
戦争の内容とその結末が考えられ、耳障りのいい物へと変わった。
こうして歴史にデイジー紛争が記録され、今日まで語り継がれている。

勿論、その事実を知るのは歴代の市長と一部関係者だけである。

( ФωФ)「手を貸すか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、是非お願いしたいわ。
       私達は島に行くから、その間この船にいてほしいの」

ロマネスクの提案をデレシアは受け、そう声をかけてくれることを予期して用意していた言葉を送った。
その言葉を聞いたロマネスクは僅かに考え、口を開く。

( ФωФ)「マニー坊やのお守りか」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、今この時があの子にとってはとても大切な時間なの。
       誰にも邪魔させたくないのよ。
       この船を任せてもいいかしら?」

彼女の考えを理解したロマネスクはそれを快諾した。

( ФωФ)「いいだろう。
       ところで、ブーンについて訊きたいことがある」

ζ(゚ー゚*ζ「何かしら?」

突風が吹き付け、その言葉を二人だけの秘密にしてしまう。

( ФωФ)「―――」

ζ(゚ー゚*ζ「―――、―――――」

(´ФωФ)「――」

ζ(゚ー゚*ζ「――――――」

風が止み、最後にロマネスクは嬉しそうに言った。

379名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:50:39 ID:eFiZr2lo0
( ФωФ)「イルトリアに来る時には、必ず連絡をするのだぞ。
       最高のリンゴを用意しておく」

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     | 撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】
     |   :::: ::/::::::::::::::::::::::: ィワ\::: :::::  |/: :'´>:\::::: |:: |
     |  :::::::/:ヽ、,::、::::::イ_ 代ノ´\:: :::::::  |: :/´ ::::::ヽ::::::::|: |
     |  :::::::/:|:t巧ッ.|    `.:::::::  ヽ:::::::::::: |:.:|   ::: |:::::: |: .ヽ
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     .| ::::::/:::::/:|  .| 、         .ヽ:|::  |::::`:::/::|::::::  |  ヽ
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船に入ってくる無線処理の担当者デジアイ・トーロがそれを捉えたのは、偶然ではなかった。
音楽大学を首席で卒業し、微細な音の変化に関する論文と収音機の発明により、彼はいくつもの特許を持っている。
音の天才である彼が高価な無線傍受装置をこよなく愛し、高価な機器を堂々と常時稼働させることに対して許可を得ていたのは、偶然ではないのだ。
それまで隠れていた彼の優秀さを聞きつけたマニーが無線に関する全ての権限を与え、飛び交う全ての無線を記録するよう命じていたのだ。

彼はヘッドフォンを耳に押し当て、送られてくる微弱な信号を聞き取った。
不規則な感覚で聞こえてくるその音は、間違いなく暗号だった。
ノイズの少なさから、このオアシズに向けて直接送られている物に間違いない。
しかし、通常の無線ではなく、特殊な無線信号を使っていた。

発信元を特定するため、周波数とノイズの特徴を手元のノートに書かれたリスト――彼の自作――と照会する。
彼の指はジュスティア海軍のところで止まり、数字を二度見直し、それが海軍の発信する電子音である事が確認された。
何かオアシズに秘密で伝えたい事があるのだろうかと思い、送られてくる暗号を紙に書き留める。
聴力に特別な才能を持つデジアイは一言一句違わずに書き留め、それを暗号表と見比べた。

だが。

(HнH)「……あれ?」

どの暗号表とも一致しなかった。
緊急用の暗号とも異なるそれは、彼の推測だが、ジュスティア海軍が独自に使用する暗号文の可能性が高かった。
という事は、この船にいる全軍人に向けて発信された暗号文であると考えられる。
ジュスティアが何の相談もなしにこのような事をしてくるという事は、かなり重大な事態に違いない。

1から26の数字で構成された文章。
もしくは、特定の法則性を持つモールス信号の類。
重要な暗号だと察した彼は、メモに取った暗号を専用の封筒に入れ、厳重に封をした。

(HнH)「これを市長のところに持って行ってくれ」

何もなければいいのだが、と思うデジアイだったが、彼の願いは叶う事はなかった。
彼が受け取った暗号はその数十分後、別の人間の手によって解読され、上司達の間で共有された。
そして、結果的にトラギコ・マウンテンライトの元から一人の犯罪者を逃がすことに繋がってしまったのだが、それは彼のせいではなかった。

380名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:55:06 ID:eFiZr2lo0
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     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
                 (\        ___      / :|
                    〕ヽ``丶、/ '⌒ヽ _ ノ| >'" ノi:|
                  }ノ \ : :. { 〜 :. :. :.ノ : :{ /  j
                  ∨ノ y   :{\``〜、、  \ノ  :ノ
                  ヽ .:/   .:|:. \   ``〜、、∨{
                   { / :| .:| : :.   ``〜、、. . . ``〜、、__
                   :  | .:|:/`、:. .  \:. . . . . . . . . . --<
               __,.ノ.:i  | .:|__`、:\:. {\:.斗‐:. :. :. :. :./
              \:. . . .八 :从:lx===ミ \:. :.:ィf丐 》i:. :.| 、 ̄\___
            {\     7<ヽ :八 vソ ヽ \ vシ  |:. |:. >    /
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ロープを張ったリングの上に、二人の女性が相対する形で立っていた。
その両手には本革製の分厚いグローブがはめられ、ヘッドギアを装着して万全の状態だった。
動きやすいよう、二人はタンクトップとスパッツ姿で、拳を守るために綿が詰められたグローブの具合を確かめている。
癖の強い黒髪を持ち、深紅の切れ長の瞳を持つロウガ・ウォルフスキンは正面に立つヒート・オロラ・レッドウィングに挑戦的な笑みを向けた。

リi、゚ー ゚イ`!「……」

ノパ⊿゚)「……」

それを受け、ヒートは瑠璃の様な碧眼で彼女を睨んだ。
互いに恨みはないが、ヒートのリハビリも兼ね、ブーンに近接戦闘時の動きを見せるいい機会を作れるとあり、ロウガの提案に乗ることにしたのだ。
彼女の提案は非常にシンプルだった。
模擬戦闘を行い、その戦闘方法をブーンに視覚的に教えるという物だった。

要するに、戦闘を行い、ブーンはそこから何かを学び取るというわけだ。
尤もらしく聞こえるし、実際、言葉ではなく動きを模倣することで得られるものもある。
だが彼女の本音が別にもう一つある事にヒートは気付いていた。
確かにブーンの学習という目的もあるのだろうが、大きな目的はヒートと手合わせをすることに違いない。

彼らイルトリア人は戦いに生き甲斐を見出し、戦いの中で喜びを感じ取る人間が多い。
ロウガも多分に漏れず、その類の人間なのだろう。
戦闘に対する貪欲な姿勢は、彼らイルトリア人の強さの根底にある物だ。
彼らは武人として教育され、武人になるのだ。

イルトリア人と戦うのは初めてではない。
元イルトリア軍の男がマフィアの用心棒として働いており、その男を殺す時に随分と苦戦させられた記憶がある。
彼らはその肉体も強靭だが、武器全般に精通し、強化外骨格の扱いも一流だ。
しかし、相手は前市長のボディーガード。

前とは違い、楽に勝ちを取れる人間ではないだろう。
相手は人間以上の身体能力を持つ耳付きであり、その戦闘力は未知数だ。
リハビリがてら、ヒートは自分の力がどこまで通用するのか試す機会を得たことに感謝した。
ヒートは怪我を理由に休んでいられる性格をしていない。

381名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:56:50 ID:eFiZr2lo0
これからの旅先では、間違いなく戦いが待っている。
強化外骨格ばかりに頼った戦いをしていれば、遅かれ早かれ倒れ伏すことになる。
まずは体の調子を取り戻し、技術を身につけ、次に備えるのだ。
グローブの下で拳を握り固め、ヒートは覚悟を決めた。

これはスポーツではない。
これは殺し合いではない。
これは互いに互いを試すための場。
ブーンに手本を見せる場、試合なのだ。

ノパ⊿゚)「いつでもいいぞ」

リi、゚ー ゚イ`!「こちらも、同じく」

リングの下では、ブーンが丸椅子に座って二人の戦いを見守っている。
彼は気付くだろうか。
一歩も動いていない段階ですでに戦いが始まり、相手の動きを予測し終えた段階で行動に移るという事に。

ノパ⊿゚)「……」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

流石はイルトリア人。
一部の隙も無く、仮に隙が見えたとしたら、それは巧妙な罠なのがよく分かる。
恐らく、ロウガは隙を見せないだろう。
こちらが気を抜き、知らぬ間に隙を生みだすのを待っているのかもしれない。

時間による体力の消耗を待つよりも先に、ヒートは動くことにした。
静よりも動。
動の中に活路がある。
相手の胸の動きで呼吸を読み取り、息を吸い込み始めた瞬間にヒートは先手を打った。

必殺の右ストレート。
狙いは胸部の強打による呼吸停止――

ノパ⊿゚)「しっ!」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

――その裏に巧妙に隠した、胴を狙った左の一撃。
レバーブローによって相手の動きが僅かにでも鈍ればと考えた一発は、だがしかし、ヒートの目論見通りにはならなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「ほう、いいフェイントだ」

右肘でレバーブローを防ぎ、左のグローブで胸への一撃を防いだロウガの口からは感嘆した様な声が漏れ出た。
バックステップで下がろうとしたヒートは、自分の右手が掴まれていることに気が付いたが、もう遅かった。
急いでプランを練り直し、相手の動きを予期して左腕で腹部を防御する。
その予想は当たった。

382名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:57:31 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「っあが!!」

だが、想像していた威力と実際に訪れた痛みは次元が違った。
ロウガの繰り出した蹴りは、十分な加速すらさせずともヒートの左腕を痺れさせる威力があった。
それは手加減を加えられた一撃だった。
これが実戦だったら、ヒートの腕は折られていたはずだ。

リi、゚ー ゚イ`!「いい勘をしている。
      流石は“レオン”。
      正直触れられてやるつもりはなかったが、まさか、私にガードをさせるとは。
      噂に違わないセンスだ」

その言葉はヒートの耳に届いていなかった。
一瞬で沸点に達したヒートはロウガの動きを分析し、次の手を考えていた。
彼女は拳ではなく、足技が得意に違いない。
蹴りは拳よりも距離があり、威力があるが、速度がない。

ノパー゚)「褒めてもらって光栄だ……!!」

リi、゚ー ゚イ`!「謙遜する必要はない。
      さぁ、次の一手はどうする?」

ノパ⊿゚)「慌てるなよ、いい女は待つもんなんだよ」

リi、゚ー ゚イ`!「ほぅ、ではどう――」

より近距離で戦いを挑めば、蹴り技は使えなくなる。
退くのではなく、進むのだ。
掴まれた拳を引き寄せ、ヒートは頭突きを放ち――

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   . .   ゚  . o    ゚  。  .  , . .o 。 * .゚ + 。☆ ゚。。.  .
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。 .  .。    o   .. 。 ゚  ゚ , 。. o 。* 。 . o. 。 . .
        。   .   。  . 撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】
 。 .  . .   .   .  。 ゚。, ☆ ゚. + 。 ゚ ,。 . 。  , .。
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  .   。  ゚ ゚。 。, .。o ☆ + ,゚。 *。. 。 。 .    。    .
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八月八日。
その日の夜は、雲が晴れて綺麗な月と星が見える、幻想的で静かな夜だった。
だが、オアシズにある市長室に集まった二人の女性の表情は晴れやかとは言い難かった。
デレシアとヒートは極秘裏に呼ばれ、マニーの話を聞いて呆れと驚きの溜息をほぼ同時に吐いた。

383名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:58:32 ID:eFiZr2lo0
二人が溜息を吐いた理由は二つある。
一つは、トラギコ・マウンテンライトが捕えていたティンバーランドの一人が非常用脱出艇を使って逃げた――これは想定済み――という事。
そして二つ目は、オアシズの厄日を引き起こし、船から逃げ遂せたショボン・パドローネ達がまた事件を起こしたという事だった。
オアシズから逃げ去ってからあまり時間も開いていないのに、彼はすぐに新たな問題を起こした。

舞台はティンカーベルのジェイル島。
オアシズに負の歴史を残したように、彼はティンカーベルに負の歴史を残した。

¥;・∀・¥「情報の出所と精度は確かです。
      ジェイル島から脱獄者が二名出ました。
      ユリシーズ、ガーディナのカスタム機も破壊されたそうです」

ショボン達は難攻不落、脱獄不可能の代名詞であるセカンドロック刑務所を強襲し、そこに収監されていた二人の死刑囚を脱獄させたのだ。
彼も強化外骨格を使う人間――棺桶持ち――だったことは意外でも何でもなかったが、ジュスティア軍人の駆る強化外骨格に勝るとは驚きだった。
デレシアの知る限り、ジェイル島に派遣される棺桶持ちは実戦経験豊富な者が選ばれるため、素人相手に後れを取るはずはない。
まして、慢心から来る油断をすることは絶対に有り得ない。

彼らはジュスティア軍人。
戦いに無意味な正義感を持ち込むことはあるが、任務に支障をきたすような人間ではない。
襲撃者の中にショボンがいたことは疑いようのない事だが、彼が戦いに参加したかどうかが気になった。

ζ(゚、゚*ζ「襲撃者の数は分かる?」

¥・∀・¥「正確な数は不明ですが、棺桶が二機使用されたそうです。
      申し訳ありません、この情報を流した人間も全てを知っている訳ではないそうで……」

マニーは有事に備え、世界中に幾つものつながりを持っている。
例えば船が難破したり沈没したりした際、すぐに助けを求められるようにリッチー家が脈々と築き上げてきた繋がりの中には、金銭による繋がりも多くあった。
その内の一つにジュスティア人の繋がりがあり、偶然にもその人間はジェイル島に派遣されていたのだ。
ジュスティア人の中にも稀に金で動く人間がいるが、探すのは非常に難しい。

マニーは逐一オアシズに関係のありそうな情報を収集し、それを踏まえて航海をしてきた。
どれだけ些細な情報でも必ず金を払って収集し、協力者が常に新鮮な情報をマニーにもたらすように習慣づけていた。
その習慣が実を結び、今回の情報をもたらした。

¥・∀・¥「ただ、脱獄者の名前は分かっています。
      シュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンです」

反応したのはヒートだった。
裏の世界に深くかかわっていた経歴を持つ彼女は、その二人の名に聞き覚えがあった。

ノパ⊿゚)「愉快な面子とは言えねぇな。
     シュールって言えば“バンダースナッチ”だろ?
     子供を誘拐して売り捌いて、臓器売買もやってたらしいじゃねぇか。
     おまけにデミタスは“ザ・サード”。

     その二人だけ脱獄させた理由が気になるな。
     殺しをやらせるんなら別の連中を選んでもよさそうだけどな」

384名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:59:45 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚、゚*ζ「……何かを奪うつもりね、私達から」

デレシアの言葉にヒートが訊き返した。

ノパ⊿゚)「奪う?」

ζ(゚、゚*ζ「シュールは子供を誘拐することが得意で、デミタスは物を盗むことが得意。
      どっちも奪い取ることを得意としているわ。
      島の中で仕掛けてくるのか、それとも船の中なのかは分からないけどね」

¥;・∀・¥「またこの船が……」

オアシズで大量殺人をされたマニーとしては、もう二度と彼らを船に乗せたくないはずだ。
一度だけでなく二度も同一人物に船の安全を脅かされたとなれば、オアシズは街として死んでしまう。
せめて準備するだけの時間があればいいのだが、終息から二日しか経っていない海上で新たな従業員や資材を仕入れることは不可能だ。
あまりにも急すぎる展開に頭を抱えるマニーだが、デレシアが力強く言い放った一言が、彼の表情から不安を消し去った。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、そうはさせないわ。
      私達が島に行けば、あいつらはこの船にこないはずよ」

ショボン達の狙いがデレシア達であれば、彼女達が島に上陸した方が互いにとって何かと都合がいい。
デレシア達は降りかかる火の粉を払いのけられるし、オアシズは無意味に被害を拡大せずに済む。

¥・∀・¥「助かります、デレシアさん……」

ζ(゚ー゚*ζ「その代り、ちょっと協力してもらう事があるわ」

¥・∀・¥「私に出来る事であれば」

ζ(゚ー゚*ζ「狙撃用のライフルとバイク、それと幾つか道具を用意してほしいんだけど、いいかしら?」

¥・∀・¥「どちらもご用意できますが、品物についてはご希望の種類があるかどうか……」

オアシズには武器保管室があり、ライフルや弾薬を用意することが出来る。
中には銃を扱っている店もあるため、物に困ることはないだろう。
問題なのはバイクだ。
輸送コンテナに入っているバイクの種類は人気の車種が主で、デレシアの希望に添える物があるかは分からない。

ζ(゚ー゚*ζ「ライフルは何でもいいわ。
      ただ、バイクはアイディールを借りたいの。
      “サンダーボルト”が使っていたやつよ」

そのバイクの名前を聞いて、マニーはデレシアの意図が理解できたかのように頷いた。

¥・∀・¥「それであれば、万全の状態でお貸しできます。
      メンテナンスは一日たりとも怠っておりません」

ノパ⊿゚)「アイディール?
    バイクは結構知ってるつもりだけど、そんなバイク聞いたことねぇな」

385名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:06:36 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「すごく珍しいバイクなの。
      ジャネーゼっていう場所にあった四つの会社が共同で開発したバイクで、私の知る限り、最高のバイクよ」

ヒートが知らないのも無理のない話だ。
現存するだけで僅かに30台。
発掘された設計図やパーツを基に復元され、製造されたそれはその名の通り、バイク製造にかかわる人間とバイクを愛する人間にとっての理想形だった。
高性能な電子制御システムによってあらゆる環境下で最適な走りを可能にし、まるで生き物のように乗り手の好みを学習する人工知能が搭載されている。

乗ってきた人間によって性格を変えることから、アイディールは生きたバイクとして大勢のバイク乗りの憧れとしての地位を確立している。
だが、あまりにも希少なバイクであるが故に、それを見てもその価値に気付かない人間がほとんどだ。
残ったアイディールのほとんどが金持ちのコレクションとしてガラスケースの中に収められているか、外部の目に触れたり知られたりしないようにして保管されている。
マニーの所有する一台も遺品整理のオークション会場で偶然見つけた物を彼の祖父が買い取り、コレクションの一つとして所有している物だった。

¥・∀・¥「よろしければ、後で試乗されますか?」

ノパ⊿゚)「あぁ、是非」

ヒートは頷き、デレシアも絶賛するバイクの正体と性能を早く知りたい気持ちが表に出ないよう、どうにか抑えた。
だが、デレシアには見破られていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、後で一緒に乗りましょ。
      ヒートは何か必要なものはあるかしら?」

ノパ⊿゚)「あたしは9ミリの弾でももらおうかな。
    強化外骨格が相手になるだろうから、それ用の徹甲弾もあると嬉しい」

¥・∀・¥「勿論ご用意可能です。
      弾倉に入れた状態でお渡しいたします」

ノパ⊿゚)「あぁ、そうしてくれると助かる。
    ところで、“サンダーボルト”って誰だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアにいた狙撃手よ。
      といっても、昔の人だけどね」

ノパ⊿゚)「ふーん。どんな奴だったんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、私はあまり関わらなかったからよくは知らないわ。
      でも、ペニと仲が良かったのは知ってるから、面白い人だったんでしょうね」

デレシアが口にしたペニサス・ノースフェイスの名を聞き、ヒートはその人物に少しの興味を持った。
“魔女”と呼ばれた天才狙撃手であるペニサスは、フォレスタでその身を挺してブーン達を守り、死んだ。
彼女はブーンにとっての先生、ヒートにとっての恩人、そしてデレシアにとっては友人だった。
一体彼女がどのような経緯でジュスティアの軍人と交流を持ったのか、気になるところだ。

デレシアも知らないというペニサスの過去。
それを知る術は、もうどこにもない。

ζ(゚ー゚*ζ「それと、マニー。
       明日お願いしたいことがあるの」

386名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:09:22 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「何でしょうか?」

ζ(゚ー゚*ζ「虎をあの島に上陸させる手助けをしてほしいのよ」

¥・∀・¥「トラギコ様をですか?
      しかし、ジュスティア軍だけでなく、警察にまで例の暗号が発信されています。
      我々にもトラギコ様にこの事を知られないよう協力するようにと、連絡がありました。
      どうやら、あの方をジュスティアに連れ帰りたいそうです。

      もちろん、我々としてもトラギコ様が島への上陸を望んでいる事を把握しておりますし、その願いを叶えたいと考えております。
      島に行けば間違いなく追われますが、いいのですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あの刑事さんならどうにかするはずよ。
      ジェイル島の事も教えてあげてね。
      そうすれば、絶対に動くから」

ノパ⊿゚)「何で動くって分かるんだ?
     あの刑事、言っちゃあれだけどあんたに夢中だろ」

間違いなく、トラギコはデレシアを追っている。
恐らくは、オセアンで起こった事件の重要参考人として目星をつけ、確固たる証拠を手に入れようとしているのだ。
だが捕まるつもりも、尻尾を見せるつもりもない。
彼にはまだ別の事で働いてもらいたいというのが、デレシアの考えだった。

ζ(゚ー゚*ζ「優秀な刑事なら、何を先に処理するべきか分かるはずだもの。
      現に一人、貴重な証人を逃がした上に、ジュスティア軍と警察に追われていると知ったら、オアシズに留まるはずがないわ。
      彼が動けば、島にいるジュスティアの人間も動く。
      そうすれば私達の道が見えてくるって寸法よ」

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八月九日の午前九時、オアシズの正面にティンカーベルの姿が見えてきた。
予定通りマニーはトラギコに情報を流し、彼はそれに食いついた。
デレシアの予想した通り、トラギコは島に上陸するとの事だった。
全てがデレシアの予定通りになった事もあり、彼女の部屋にいる三人は荷造りに取り掛かっていた。

387名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:10:57 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「脱獄犯がどうにかなるまでは、オアシズはここに停泊するそうよ」

マニーが船内にある店を使い、デレシアのために揃えられた道具がカンバス地のザックに詰めて渡され、デレシアは中身を確認しながらそう言った。
同じくマニーから弾を受け取ったヒートは弾倉をザックに詰め、自分自身の装備を最終点検している。
両脇のホルスターには彼女の愛銃であるM93Rが納められ、後ろ腰の鞘には大ぶりのナイフがあった。
オリーブドライのローブを被り、装備が引っかからないかを確認した。

ノパ⊿゚)「となると、ティンカーベルの後はまたオアシズに戻るのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「結末次第ね。
       私達の当初の目的はニューソクを不能にすることだったから、まずはそれを処理しないとね」

(∪´ω`)「にゅーそくってなんですかお?」

ベッドの上でザックを抱えるようにして座るブーンの質問に、デレシアが答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「発電機の一つよ。
      小型で安全で、効率よく発電できる装置よ」

(∪´ω`)「おー?」

ブーンはよく分かっていない様子だった。
装備の確認を終えたヒートは、デレシアの方を向いた。

ノパ⊿゚)「でもデレシアはどうしてそんなのがこの島にあるって知ってるんだ?
    あいつらも知らないんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「この島に何度か来たことがあるから、たまたま知ってただけ。
      かなり分かりにくい形で保管されているから、あいつらも気付けなかっただけよ」

ローブを頭から被り、デレシアも準備を終えた。
ベッドの上に置いてあったライフルケースを開き、そこから一挺の狙撃銃が現れた。

ζ(゚ー゚*ζ「私達が出かけるまでにはまだ時間があるから、少し銃の練習をしましょうか。
      ブーンちゃん、ロウガとの練習でライフルは撃った?」

(∪´ω`)「おー、ありますお」

ロウガとの試合後、三人は射撃練習を行った。
ヒートはM93Rの具合を確かめ、ブーンは彼でも問題なく使える銃を探すことを主に行ったが、まだ見つかっていない。
銃を撃つ機会が増えれば、自ずと見つけられるだろう。

ノパ⊿゚)「確かレミントンを使ってたな」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、こっちも使えるはずよ。
      これはね、WA2000っていうライフルよ」

デレシアが掲げたのは、木と鉄が融合したライフルだった。
セミオートマチック狙撃銃であるワルサーWA2000は非常に高価な銃で、民間に出回っているのはその廉価版の方だ。
ボルトアクションに引けを取らない射撃精度に加えて、オートマチックならではの連射力を兼ね備えたこの銃は、確かに初心者には最適な銃とも言える。

388名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:13:11 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「って、何を撃つつもりなんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコがちゃんと生きて島に上陸できるよう、手を貸すだけよ」

弾倉を抜いたそれをブーンに持たせ、その重さを実感させた。

(∪´ω`)「まえにつかったのより、おもいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、重い分扱いやすくなってるのよ。
      さ、屋上に行きましょうか」

荷物を置いて、三人は部屋を出た。
船内には放送が流れ、島に上陸することはまだ認められていないという連絡が繰り返されている。
必要備品があれば船員が買い出しに行くとの旨が告知され、その費用はオアシズが全額負担するという捕捉もされた。
今や、ティンカーベルは新たな人間を受け入れることも、外に出すことも許されていない状態だ。

複数の島で構成されているティンカーベルにも、島と島の行き来が禁止され、ジュスティアは完全に犯人たちを島に閉じ込める作戦に出たのだ。
かつてこの島であったデイジー紛争の時を彷彿とさせる動きに、デレシアはジュスティアの徹底主義が時代を経ても変わらないことに安心すると同時に、呆れた。
こうして封鎖状態を作ることで逃げ道を失うのは自分達も同様なのだ。
恐らく、彼らとしてはその昔とは状況が違う事を踏まえた作戦なのかもしれない。

ティンカーベルはジュスティアの支配下にある街だ。
どこの街よりも早く増援を送り込めるため、優位にあると考えるのも無理もない。
あの時代はまだこの島に駐屯していたのはイルトリア軍で、迂闊に手出しが出来ない状態だった。
今はもうそれを気にしないで作戦を展開できるという事は、確かに、ジュスティア警察にとっては有利だろう。

元ジュスティア警察官であるショボンに悟られないよう、どのような作戦を展開するのか、興味に絶えない。
未だ封鎖中の屋上へと上がり、三人は太陽の下で改めてティンカーベルの姿を見た。

(∪*´ω`)「おー! でっかいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「島の真ん中に塔が見えるかしら?」

(∪´ω`)「お、みえますお!」

ζ(゚ー゚*ζ「あれがグレート・ベル。
      ティンカーベルの象徴よ」

(∪´ω`)「ぐれーと、べる」

ノパー゚)「偉大な鐘、ってことさ。
    島に行った時に見に行こうな」

ヒートの目にもグレート・ベルは見えているが、ぼんやりとした白い何かが浮かんでいるだけだ。
ブーンの目に見えるそれはきっと、もっとはっきりとした形をしているのだろう。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒート、ちょっとスコープで波止場の方を見てもらってもいい?」

389名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:15:01 ID:eFiZr2lo0
ノパ⊿゚)「おう」

観測手用の高倍率な単眼鏡を受け取り、倍率を上げてその先を見る。
小さな船が一隻、波止場とグルーバー島を繋ぐ橋の傍に浮かんでいる。

ノパ⊿゚)「船が出てるな……」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱりね。
      その船、間違いなくジュスティアの船よ」

ノパ⊿゚)「根拠は?」

ζ(゚ー゚*ζ「犯人が真っ先に逃走経路に選びそうな船の出航を許すわけないもの。
      哨戒艇の類でしょうね」

ノパ⊿゚)「なるほど、確かに。
    ってことはよ、トラギコの事を待ってる連中かね?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっとそうでしょうね。
      ジュスティアも流石に分かってるわね、あの刑事が大人しくしているはずがないって。
      船の中で付け回してたし、本人も分かってるでしょ」

船が近付くにつれ、島全体が大きく見えてくる。
緑豊かな三つの島。
西からバンブー島、グルーバー島、そしてオバドラ島。
鐘の音街の象徴であるグレート・ベルはグルーバー島にあり、船はその手前にある波止場に停泊する予定だ。

美しい自然が見どころの街だが、非常に閉鎖的な街であることはガイドブックには書かれていない。
ティンカーベルの人間が外部の人間と接する姿勢は、非常にビジネスライクだ。
観光客に対しては驚くほど友好的に接するが、観光客が困っている時には一切の手助けをしない。
彼らは観光客を金と面倒を持ち込む存在としか考えておらず、それは外の街から島に越してきた人間に対しても同じような接し方がされる。

何十年と時間をかけてようやく受け入れられた時には、その人間もいつしか他の島民と同じように外部の人間に接するようになっている。
負の連鎖は、決してなくならない。
それは四方を海に囲まれた小さな街が生き延びるための工夫であり、生き方なのだ。
事実、島の中で決められている掟さえ守ればよほどのことは起こらない。

彼らが異なった価値観を持つ人間を恐れ、忌み嫌うのはその掟を破る存在だからだ。
当然、異質な存在も彼らにとっては排除するべき対象だ。
例えば、島で障害児が生まれた時、彼らはその赤子を海に捨てる。
島の平和を護るためであり、そうした方が赤子のためでもあるというのが彼らの言い分だ。

ましてや、耳付きとなると災厄の運び手としか見ない。
耳付きが生まれた場合、その場で即座に殺され、母親は島の外に逃げざるを得なくなる。
そのため、ブーンを連れていくためには帽子が不可欠になる。
彼の正体に気付いて何かをしてくる人間がいれば、デレシアとヒートがそれを排除するだけだが、揉め事はニューソクを見つけてからの方がいい。

390名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:18:02 ID:eFiZr2lo0
目立つことでショボン達に居場所を知られ、邪魔される確率が高くなってしまう。
まずはトラギコが島に上陸し、それからデレシア達が上陸すれば、いくらかの露払いをしてくれることだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「だから、私達が手を貸して上げれば上陸しやすくなるでしょう」

やがて、オアシズはその巨大な船体をゆっくりと止め、小さな波止場に接岸した。
甲板から綱が投げられ、すぐに係留柱に結び付けられる。
また、巨大な錨が海中に落とされ、船をその場にしっかりと留めさせる。
その光景を、三人は屋上から見下ろし、それからその場に伏せた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、ライフルの使い方実践編よ。
      ブーンちゃん、沖に船が見える?」

(∪´ω`)「はい、みえますお」

ζ(゚ー゚*ζ「何が乗っているか見えるかしら?」

(∪´ω`)「えーっと……じゅうをもったおとこのひとがいますお」

ノハ;゚⊿゚)「……この距離でそこまで見えるのか」

ブーンが人間離れした身体能力の持ち主であることは知っているが、ヒートの目算で海に浮かぶ船までの距離は軽く一マイルはある。
白い小さな点にしか見えないが、ブーンの目には人間とその武器が見えるらしい。
橋までの距離も同じく一マイルほどあり、一見すれば無害な船に思えなくもない。

ζ(゚ー゚*ζ「って言う事は、あの船はトラギコの邪魔をするつもりってことね」

デレシアはWA2000にサプレッサーを取り付けてからバイポットを降ろし、屋上の縁から船に向けて銃を構えた。

ノパ⊿゚)「当てられるのかよ、一マイルはあるぞ。
     サプレッサーなんて付けたら射程が縮むぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「面倒事は避けたいから、仕方ないわよ。
      さて、ブーンちゃん、よく見ているのよ。
      まずは風向きを見ましょう。
      ヒートは波止場の方で動きがあったら教えて」

ヒートは船の左手側へと移動し、単眼鏡を覗いた。

ノパ⊿゚)「準備オッケーだ」

船倉から輸出品を詰めたコンテナがトラックに乗せられ、そのトラックはジュスティア軍の人間が厳重に調査し、そして軍人の手で島内に運び込まれることになっていた。
マニーの話によれば、トラギコはコンテナが降ろされる瞬間を狙って動くとの事だ。

ノパ⊿゚)「おっ、トラギコだ……
     っておい、さっそくなんか絡まれてるぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「人気者の宿命よ」

そして次の瞬間、デレシアとブーンが同時に反応した。

391名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:18:55 ID:eFiZr2lo0
(∪´ω`)「おっ」

ζ(゚、゚*ζ「あら」

その意味をヒートは遅れて理解した。
眼下でバイクに乗り、今まさに逃げ出そうとしていたトラギコが吹き飛んだのだ。
不自然極まりない転倒の仕方は、前輪に何かが起きたことを示していた。

ζ(゚、゚*ζ「撃ったわね、あの船から」

ノハ;゚⊿゚)「船上からこの距離を?
     しかも相手はバイクだぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「へぇ……面白いことするわね」

ヒートの視線の先で、トラギコが走り出した。
だがバイクに弾を当てられる人間がいるのならば、人間がいくら走ったところで逃げ切れるはずもない。
デレシアの手元でくぐもった銃声が鳴った。
しかし、ヒートの視線の先でトラギコは足を撃たれて転倒している。

ノハ;゚⊿゚)「おいおい、当たって――」

再びデレシアが発砲する。
すると、トラギコが掲げていたコンテナが衝撃を受けたのように彼の手を離れた。
やがてトラギコは黒塗りのSUVに乗せられ、その車はグルーバー島へと猛スピードで走って行った。

ζ(゚ー゚*ζ「これでよし」

ノハ;゚⊿゚)「どういうことだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「弾道を変えたのよ。
      だから、最初の一発は足に当たったし、次の一発はケースに当たったでしょ」

ノハ;゚⊿゚)「……はぁ?!」

ζ(゚ー゚*ζ「飛んできた弾に当てて、致命傷を外させたのよ。
       たぶん、狙撃した方は何かのミスだって思うでしょうね」

ノハ;゚⊿゚)「マジかよ……」

飛来する弾に弾を当てる。
それは曲芸の一つとして実際に可能な技だが、距離と条件が違う。
曲芸として見せる技はタイミングが決められ、距離は非常に近く、方向は限定されている。
だが今回、デレシアがやったという狙撃は一マイル離れた距離から狙撃された弾丸を狙い撃つという物。

正面から弾を受け止めるのではなく、上方から相手の弾道に侵入させ、僅かに擦り当てることで狙いだけを変えるという行為は偶然や運の要素があったとしても、狙えるものではない。
理論上は可能だろうが、ヒートには想像も出来ない技だ。
見えない物に当てるだけでなく、そのタイミングを予期しなければ決して出来ない。
デレシアに対する疑問が一つ増えたが、次に彼女の口から出てきた言葉に、ヒートは流石に押し黙るしかできなかった。

392名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:21:13 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ペニならもっと上手にやれたわ」

ライフルケースと薬莢を回収し、デレシア達は屋上を後にする。
部屋に戻った三人は用意しておいたそれぞれの荷物を持ち、船倉へと向かうことにした。
道中、ブーンは幾つかの質問をした。

(∪´ω`)「ペニおばーちゃん、デレシアさんよりもすごかったんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ペニおばーちゃん以上に狙撃が上手い人間はそうそういないわ」

(∪´ω`)「おー、ペニおばーちゃんすごいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。もし機会があれば、おばーちゃんのお話をしてあげるわね」

(∪*´ω`)゛「おねがいしますお」

そして次の質問は、ホットドッグの屋台を見つけた時にぽつりと彼の口から出てきた。

(∪´ω`)「……シナーさん、どこいっちゃったんだろ」

ヒートはその答えを知っていた。
ブーンに優しく接した餃子屋の店主は、オアシズの厄日の際、トゥエンティ―・フォーを使ってヒートと対峙した。
結果としては分厚い装甲に幾つもの穴を空けたが、中の人間には当たらないよう、巧妙に攻撃を受け止められていた。
そしてショボンが逃げるのとほぼ同時に、彼自身も逃げ遂せたのだ。

彼はデレシア達の敵だった。
本音を言えば敵として出会いたくない、出会わなければよかったと思う人間だった。
ブーンの成長に少なからず関与した人間が敵という事実は、出来れば彼には伝えたくない。

ζ(゚ー゚*ζ「忙しい人だから、また別のところで餃子を売りに行っているわよ」

(∪´ω`)「おー、つぎにあったら、もっとおはなししたい……ですお……」

ノパ⊿゚)「大丈夫、その内会えるさ。
     こういうのを縁、って言うんだ」

(∪´ω`)「えん?」

ノパ⊿゚)「あたし達が出会ったようなものさ」

(∪´ω`)「お、じゃあまたあえますかお?」

ノパー゚)「……あぁ、きっとな」

どのような形で出会うかは、言う必要はないだろう。
次に会う時はおそらく、完全な時として殺し合う関係で出会う事だろう。
船倉に到着し、コンテナの前で三人を出迎えたのは市長と五人のブロック長達だった。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、随分と大げさね」

393名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:24:58 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「デレシア様、どうかお気を付けください。
      円卓十二騎士も脱獄犯を捕まえるために派遣され、正直、島はあまり快適な状態とは言えません」

ジュスティアが誇る十二人の騎士。
彼らはジュスティアを守る騎士としてその実力と忠誠心を認められた正真正銘、正義の都の最高戦力である。
その名が出ても、デレシアは表情一つ曇らせなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ちょっとお散歩するような物だから」

¥・∀・¥「何かあれば、これを使ってください。
      逆探知防止機能の付いた携帯電話です。
      常に出られる状態にしておきますので、何なりとお申し付けください」

ただの携帯電話だけでも相当な価値があるが、逆探知防止機能が付いた物になると、市民の平均生涯年収にまで達する。
デレシアは黒い携帯電話を受け取り、微笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、マニー。
       とても助かるわ」

¥・∀・¥「ジュスティア軍と警察に、特例としてアイディールが島に上陸する旨は伝えてあるので引き留められることはないはずです。
      それと、アイディールはデレシア様にお譲りいたします。
      それは私の様な海の人間には無用の長物。
      世界を旅される方にこそふさわしい乗り物です。

      その方が、祖父もバイクも喜ぶはずです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがたくいただくわ。
       ブロック長の皆さんも、忙しいところありがとう」

マニーの背後に一列で整列し、腕を前に組むのは五人のブロック長。
ずい、と前に一歩踏み出したのはノリハ・サークルコンマだった。

ノリパ .゚)「はい、オアシズの恩人が発たれるというのに何もしないようでは、我々ブロック長の沽券にかかわります。
     いえ、それだけではありません」

マト#>Д<)メ「我々のオアシズを救って下さった方に、この程度しか出来ない不甲斐なさ……
       もし我々に出来る事があれば、いつでも、何でもお力になります」

W,,゚Д゚W「ジュスティアの無線の傍受はすでに信頼できる部下達に行わせております。
     何か大きな動きがあれば、逐一ご連絡いたします」

('゚l'゚)「このご恩、我々は決して忘れません」

最後に歩み出たのは、オットー・リロースミスだった。
彼は恥じ入るかのように首を垂れ、デレシアに非礼を詫びるとともに、バイクのキーをデレシアに手渡した。

£°ゞ°)「数々のご無礼、ご容赦ください。
      僭越ながら、アイディールにパニアを装着させていただきました。
      全て防弾仕様で、9ミリ弾までは耐えられます」

394名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:26:10 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス。
      貴方が自分の行いを過ちだと思うのならば、その過ちを次に活かしてね。
      貴方達ならオアシズをより良い街に出来るはずよ。
      ……じゃあ、私達は行くわね」

コンテナに積まれていた一台のバイク。
それは、全てのバイク乗りの羨望の的であり、理想の形。
車体の半分は蒼いカウルに包まれ、本来は後輪を挟む位置にあるはずの大口径二本出しのマフラーが後部座席の下に収まっており、前の乗り手が改造したのだと分かった。
フロントライトの下には鳥の嘴を彷彿とさせるカウルがあり、三つの鋭い形のライトが伝説に登場する猛禽類の目を彷彿とさせる。

ナックルガードは鉄芯が入っており、転倒したとしても破損することは間違ってもあり得ない。
エンジンガードとアンダーカウルには傷や錆もなく、大切に扱われてきたことを如実に物語っていた。
フルパニアを装備したバイクは埃一つ積もっておらず、つい先日まで乗り回されていたかのような生気があった。
柔らかいシートの上には一組のライディンググローブが用意されていた。

グローブを付けてからシートに跨り、デレシアはスイッチを操作し始めた。
エンジンの位置が地面から僅かに離れ、アドベンチャータイプの様な姿へと変わる。
これがアイディールの最大の特徴。
電子制御による車種の変更だ。

エンジンの位置を高くすることも、低くすることも、全て電子制御装置が行ってくれる。
更に、走行中にもその可変機能を使用することが出来るため、路面状況の変化に即応できるよう設計されていた。
セルフスターターとキックスターターを両方供えた実用性重視のアイディールは、あらゆる需要に応え、あらゆる供給をすると絶賛された車種だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……いい子ね」

一言そっとそうつぶやき、デレシアはタンクを優しく撫でた。
セルスイッチを押すと、低く、そして静かなエンジンが始動した。
ギアをファーストに入れ、クラッチを軽く握りながらアクセルを回す。
コンテナからバイクを出したデレシアはギアをニュートラルに入れてから、ブーンを自分の前に乗せ、ヒートをその後ろに乗せた。

£°ゞ°)「ご要望通りのヘルメットです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス」

デレシアとヒートはジェットヘルメットを、ブーンはゴーグルの付いたハーフヘルメットを用意させた。
ブーンだけヘルメットの種類が異なるのは、彼が人とは異なる耳を持ち、それを上手く隠せるのがハーフヘルメットだったからだ。
デレシアは目の前に座るブーンにヘルメットを被せ、ストラップを首の下で止めると彼の垂れた耳が丁度隠れた。
ヘルメットの感触を確かめるように、ブーンが両手でヘルメットを触る。

395名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:27:02 ID:eFiZr2lo0
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                         , へ、
                   /.:.:.二≧、
                 /.:.:.:.:.:.:.:.:.;二>――‐- 、
                 /_.:.:.:.:.:.:.:ノ________\   /|
                  /.:.:.:.:.:\:.〃  ̄ ̄八i:i八 ̄ ̄ `Yi:iV L....,
              ∨ ̄`ヽ:.:/i{___,,.≦Y⌒Yi≧: __,}:i{:}ハ  く
                /    ,:/{i:i:i:i:i:i:i:i:i/__\i:i:i:i:i:i:i:i入iハ/  おっ
               /      ||i:i≧=-‐ ≦、: :ノ : |l ,≧ ‐-=≦ドi:,
              /       ||i:{,xく: :/⌒/} : :八⌒\}l : ヽ| |l
           {     V ∨ }}: : :,x:=ミイ/ ,x:=ミ、从 : : | ||
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(∪´ω`)「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、やっぱり似合うわね」

ノパー゚)「あぁ、ばっちりだ」

(∪*´ω`)「おー」

準備が整い、デレシアとヒートはバイザーを降ろし、デレシアはブーンのゴーグルをかけてやった。
コンテナがクレーンで動かされ、鉄の軋む音が船倉に木霊する。
その中でも、デレシアの声は見送りに来た六人の耳に明瞭に聞こえた。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、行ってくるわ。
      また会いましょう」

エンジン音を残し、デレシア達三人はオアシズを出てティンカーベルへと向かった。
その姿は小さくなり、やがて、消えて行った。
斯くして、この日。
様々な思惑を持つ人間達が、一つの島に集結することになる。

これは――

396名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:28:51 ID:eFiZr2lo0
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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

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Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
序章【concentration-集結-】 了

397名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:30:05 ID:eFiZr2lo0
長らくお待たせいたしました
第一章は今月中に投下したいと思います

これにてReknit!!編の序章はおしまいです
何か質問・指摘・感想などあればお気軽に

398名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 21:24:20 ID:XvxH0X3w0
乙乙

399名も無きAAのようです:2016/08/08(月) 00:07:06 ID:KcW95vd.0

トラギコが大怪我した裏で化物みたいな技巧が披露されてて笑った

400名も無きAAのようです:2016/08/08(月) 19:23:17 ID:7VdMkyIg0
にしてもギコ空気だな

401名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 17:17:21 ID:Byl/w/Yg0
明日、VIPにてお会いしましょう

402名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 18:08:54 ID:B5qmOFYE0
全裸待機

403名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 21:15:15 ID:I.yGHkmk0
待ってるよ

404名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:36:35 ID:7ME1XqpU0
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貴方が走る道。
貴方と走る道。
貴方と過ごした全ての時間を、覚えている。

                   I d e a l
――こ れ が 、 バ イ ク の “ 理 想 形 ”


                                 ――“アイディール”のキャッチコピー

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橋の上は風が強く、東から西に抜ける横殴りの風が吹いていた。
長い橋は小さな波止場から島に続く唯一の道で、そこを走るのはたった一台のバイクだった。
蒼いハーフカウルを纏うそのバイクは、車高がやや高めで、ちょっとした悪路でも問題なく走れる姿をしていた。
楯のように備え付けられたウィンドスクリーンは、搭乗者の上半身を風から守るために、高く設計されている。

三つのライツを眼のように光らせ、風に押し流されることなくゆったりとし走る姿は、架空の獣の様でさえある。
アイディールと呼ばれるそのバイクを運転するのは、癖の強く豪奢な金髪を持つ碧眼の女性だった。
空を閉じ込めた様な美しい瞳は、まっすぐ正面に向けられている。
そこにあるのは豊かな自然の象徴である山であり、白い鐘楼が聳え立つ“鐘の音街”、ティンカーベル。

ζ(゚ー゚*ζ

どこか愁い影が見え隠れする笑みを浮かべ、バイクを駆る女性の名前はデレシア。
二十代の若々しく、そして整った顔立ちとは裏腹に彼女のカーキ色のローブの下には大型自動拳銃と水平二連式ショットガンがそれぞれ二挺隠されていた。
力が全てを変え得る現代に於いて、銃は老若男女、身体的な障害を除けば全ての力を拮抗させる最高の道具だ。
銃爪を引き絞る力と狙える力さえあれば、赤子でも人を殺せる。

デレシアの後ろには、もう一人、若い女性が座っていた。
こちらは赤い茶色の髪が外側に向けて跳ね、大きな瞳は深い青色をしている。
海原を連想させる青い瞳は、島ではなく、海の方に向けられていた。
ティンカーベルの澄んだ海は陽光を浴び、キラキラと輝いている。

こちらの女性も、デレシアと同じローブを身につけ、その下に銃を隠し持っていた。
彼女の銃は二挺の自動拳銃だが、デレシアのそれと比べて口径は小さく、連射速度と装弾数で勝っていた。
雑兵を相手にするのであれば、こちらの装備の方が理に適っているが、状況によってはデレシアの装備が力を発揮する時もある。
それは、赤毛の女性の背負うコンテナが答えだった。

軍用第三世代強化外骨格、通称、“棺桶”と呼ばれる兵器が関係していた。
棺桶は使用者を強化し、人間離れした力を与える軍事発明品の究極系だった。
堅牢な装甲と強力な武装で、対人は言うまでもなく、対戦車戦闘までも可能にする
デレシアの持つ自動拳銃と専用の弾であれば、大抵の装甲を撃ち抜き、使用者――棺桶持ち――を殺傷せしめる。

ノパ⊿゚)

405名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:50:29 ID:7ME1XqpU0
勿論、赤毛の女性、ヒート・オロラ・レッドウィングも強化外骨格と戦う術を持っている。
彼女の背負う棺桶こそが、正にそのための道具だ。
“レオン”という開発名を持つ彼女の棺桶は、コンセプト・シリーズと呼ばれる単一の目的に特化して設計された物で、非常に希少な物だった。
ヒートの使用する棺桶は、対強化外骨格用強化外骨格。

つまり、棺桶を破壊するための棺桶なのだ。
対人でも、対空でもなく、棺桶同士の戦闘でその真価を発揮する。
AからCの記号で大きさを分類する棺桶の中で、レオンは最小・軽量に該当するAクラスの棺桶だが、その力は大きさでは測れない。
巨躯を誇る人間が小さな銃弾で殺されるのと同じように、大きさは単純な力を示しはしない。

デレシアの存在が、それを何よりも雄弁に物語っている。
彼女はその身一つで棺桶相手に大立ち回りを披露し、圧倒する力を持っている。
謎の多いデレシアがどのように生きて来たのか、ヒートは知らない。
デレシアもまた、ヒートがどのように生きて来たのかを知らない。

デレシアの前に座り、タンクに両手を乗せる少年がいた。
過ぎ去る景色に目を細め、喜びを露わにする少年。
その少年もまた、二人と同じローブを着ていた。
違うのは、少年は銃器だけでなく、一切の武器を身につけていない事だった。

幼さの固まりとも言える少年だが、その深海色の瞳の奥には、深い悲しみの色が見え隠れしている。
かつて奴隷として売られ、奴隷として生き、物のように扱われてきた過去を持つ少年は、同年代の子供たちよりも多くの事を経験してきていた。
あらゆる理不尽、暴力、差別を経験した少年の体には沢山の傷が刻まれている。
彼がそのような境遇になったのは、彼の容姿が原因だった。

(∪*´ω`)

ヘルメットの下に隠れている犬の耳と、服の下にある犬の尾。
普通の人間とは明らかに異なる、獣と人間が融合した姿はこの世界では嫌悪と差別の対象だった。
耳付き、と呼ばれる人種である少年は生まれながらにして理不尽な世界で生きざるを得なかった。
だが、その日々は終わりを告げた。

デレシアが彼に救いの手を差し伸べ、共に旅をすることで彼は世界を見知る事となる。
人と出会い、人と別れ、少年は少しずつ成長していった。
少年の名は、ブーン。
名も無き少年にデレシアが与えた、彼の名前だった。

三人を乗せたアイディールの人工知能は、デレシアの運転の癖を学習し、同乗者の体重移動を記憶容量に保存した。
人工知能は三人の名前を記録し、その身長・体重も覚えた。
これで、誰が乗ってもすぐに搭乗者の好みに合わせた走行が出来る。
だがアイディールは己の能力をひけらかすことも、言葉を発することもない。

空を飛ぶ海鳥の鳴き声。
蝉の合唱。
潮の香り。
そして、風を切る音。

406名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:52:41 ID:7ME1XqpU0
多くの情報が人工知能に蓄積され、更新され、自己学習機能の向上に役立てられた。
やがて人工知能は、今走っている場所がティンカーベルであることを結論付けた。
この地は前の所有者が何度も訪れ場所であるため、その時のデータを呼び出し、地形ごとに最適な走行情報を用意した。
だがアイディールは何も語らない。

八月九日、三人の旅人と一台のバイクはティンカーベルのグルーバー島に上陸した。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
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                                          第一章【rider-騎手-】

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バンブー島、グルーバー島、オバドラ島と小さな島々で構成されるティンカーベルの歴史は古く、島に残る多くの建造物が築一世紀以上の物ばかりだ。
長年風雨に晒され続けてきた家屋は、薄汚れているというよりも、経年変化によってその魅力を高めた革製品の様な上品な佇まいをしている。
デレシア一行を乗せたバイクは、その街並みを横目に、山に向けて疾走していた。
傾斜に合わせ、デレシアはギアを一速落とし、アクセルを捻る。

トルクのあるアイディールは、急斜面であろうとも、最低限のギア操作だけでも十分に登り切れるだけの力を持っていた。
道中、すれ違う車輌はごく少数だった。
バイクに乗る人間がすれ違う際、どちらともなく左手を挙げ、軽い挨拶を交わした。
起源については諸説あるが、互いの安全と旅の無事を願うこの行為は“ヤエー”と呼ばれているバイク乗り特有の挨拶だった。

(∪´ω`)「いまのひと、しっているひとなんですか?」

ヘルメットに内蔵された骨伝導スピーカーから、ブーンの声が聞こえてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、全く知らない人よ。
      だけどバイクに乗っている人同士の挨拶はそういうものなのよ」

始まりはデレシアが生まれるよりも昔にあった習慣だ。
当時は廃れつつあったこの挨拶も、今では大分定着している。
方法については特に形が定まっているわけではなく、自由の効く左手で思い思いに挨拶をする。
例えばデレシアが行った様に手を挙げるだけの挨拶もあれば、ピースサインで挨拶をする場合もある。

事故を起こせば大怪我をする可能性のあるバイクに乗る人間同士、互いの無事を願うのは同じ危険を承知でいる人間だと分かるからだ。

(∪´ω`)゛「なるほどー」

ζ(゚ー゚*ζ「次はブーンちゃんもやってみる?」

407名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:53:39 ID:7ME1XqpU0
(∪´ω`)「おー、やってみますお」

車道を覆うようにしてその手を伸ばす木々が作り出す緑のトンネルに差し掛かる。
夏の日差しを忘れさせる木陰が万華鏡のように輝き、三人と一台はその中に入っていった。
自然のトンネルの中は夏とは思えない程涼しく、肌寒さすら覚える程だった。
この時期、ティンカーベルの気候は避暑地に相応しく、夏を忘れさせるほどの気温の低さだった。

一世紀ほど前は今ほどの涼しさはなかったが、ある時期から急激に気温が下がった事でティンカーベルは避暑地として有名を馳せている。
普段であれば観光客の運転する車やバイクで賑わいを見せる時期だが、今は非常事態という事もあり、外出をする人間は少なくなっている。
セカンドロックを破られ、脱獄を許した分かれば、更に外出者は減るはずだ。
こうして平和に挨拶を交わせるということは、島の人間に島が封鎖されている本当の理由は告げられていないだろう。

ジュスティアが持つティンカーベルへの影響力は、他のどの組織よりも強い。
島を束ねる人間よりもジュスティアの影響力が強い理由は、言わずもがな、軍や警察の派遣が迅速に行えることにある。
言い換えれば、ティンカーベルはジュスティアに決して逆らえない。
迂闊にジュスティアの機嫌を損ねれば軍が島を占拠し、ジュスティアの一部として吸収されないとも言い切れない。

現に、今こうして島全体を封鎖しているのはジュスティアなのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、来たわよ」

デレシアが言った通り、対向車線にヘッドライトの明かりが見えてきた。
丸いライトが複数連なって現れ、集団でツーリングをしている人間だと分かった。
距離が縮まり、デレシアが左手でピースサインを出す。
その後ろでは、ヒートが右手を振る。

そして、やや躊躇いがちにブーンも手を振った。
返ってきたのは、壮観な光景だった。
先頭を走る人間は手を振り、その後ろでは両手を挙げ、更に後続車は立ち上がって手を振り、終盤は立ち上がりつつ両手を挙げるライダー達の返礼。
十数台のバイク集団からの挨拶を受け、ブーンはやや興奮気味に――本人の意思とは無関係に――その尾を振った。

(∪*´ω`)゛「おー!」

振り返り、ブーンは喜びを露わにする。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入った?」

(∪*´ω`)゛「おっ!」

これまで、一般人からまともな扱いを受けたことがほとんどなかったブーンにとって、差別とは別次元のこの行為はいい刺激になりそうだった。
人という生き物は、外見から判断するものだ。
ブーンが差別を受けるのも、その耳と尾を見て判断をした結果だが、それが隠れていれば、誰も彼を差別しない。
差別の材料が視界に入らない限り、彼はただの少年でしかないのだ。

408名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:54:38 ID:7ME1XqpU0
特に同族意識の強いバイク乗りにとって、子供と女性は貴重な存在であり、その両方から挨拶をされれば答えないはずがない。
そしてデレシアの目論見通り、ブーンは自分を忌避していた人間との交流を果たせた。
これで彼はデレシア達以外の人間にも心を開きやすくなり、これから先の旅で彼の成長の機会を得やすくなる。

ノパー゚)「やっぱりいいな、この挨拶ってのは」

ヘルメットから聞こえてきたヒートの声に、デレシアは同意した。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、本当にそうね」

挨拶と言う行為は人間と動物を隔てる一つの要素でもある。
相手に敵意がない事の表現としての挨拶を、人間は幾種類も持ち、使い分ける。
それは言語を介して、時には非言語で行われる行為で、ここまで高度に発達したコミュニケーション手段を持つのは人間だけだ。

ノパ⊿゚)「それで、まず何をどうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「まずは拠点の確保ね。
       島がどうなっているのか、それを探るのはそれからにしましょう」

ノパ⊿゚)「拠点、ねぇ」

ヒートはあまりその提案に納得していない様子だった。
それもそうだ。
この島はもともと部外者に対して排他的で、今は神経も尖っている状態。
いつにもましてデレシア達は歓迎されないだろう。

拠点を手に入れるとしても、宿泊施設を探さなければならない。
歓迎されない状態で借りる宿泊設備となると、あまりいい気分で泊まることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ「今日は、キャンプをしましょう」

(∪´ω`)「きゃんぷ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、キャンプ。
      建物じゃなくて、自然の中で寝泊まりするの」

(∪*´ω`)「……たのしそうですお」

そのための道具はすでに用意してある。
足りないのは食糧ぐらいだった。

ノパー゚)「そりゃあいい。
    飯はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「後で買いに行きましょう。
      まずはキャンプサイトに行って、そこでテントを張りましょう」

脇道を曲がり、細い坂道を登って行く。
舗装されていた道が途中から砂利道になるが、アイディールのセンサーが変化を感知し、サスペンションの調整を行った。
そのため、砂利が立てる音さえなければ路面が変わったことに気付けない程の快適な走行に、ヒートが感嘆の声を上げた。

409名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:55:46 ID:7ME1XqpU0
ノパ⊿゚)「すげぇな、このアイディールってのは。
    電子制御サスか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。 この子は路面変化を感知してサスペンションを自動で最適化してくれるのよ。
       それ以外にも自動で切り替えてくれるから、あまり細かい操作はしないでいいの」

ノパ⊿゚)「ほほう」

ζ(゚ー゚*ζ「それに、一度走った道は記録されるから二度目、三度目の時はもっと快適になるわ。
      この子は何度もこの島に来たことがあるみたいだから、もう結構最適化されているわね」

アイディールの優れているのは、自己学習機能を備えた人工知能が搭載されている点だ。
路面情報、走行情報、運転情報などを考慮してすぐにサスペンションなどを最適化させるのだが、常に学習を続けるため乗り手とその土地に合わせた設定を導き出し、細かな不満点をも解消してくれる。
長く乗り続けることによってアイディールは学び続け、乗り手に合った唯一無二の存在と化すのだ。

(∪*´ω`)「すごいおー」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そう。 この子は凄いのよ。
      そうだ、せっかくだし、名前を付けてあげましょうか」

物に名前を付けるという行為は、愛着を強めることになる。
物であれ人間であれ、名前を与えられたものは特別な存在として名付けた人間に認識される。

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ブーンちゃん。
      このバイク、何て名前がいいかしら?」

(∪;´ω`)「ぼくが、かんがえるんですか?」

困惑するのも無理のない話だ。
名前と言う概念は、ブーンにとってはまだ新しい物。
彼はデレシアに名前を与えられた存在であり、それまで名前は別次元の存在だった。
つい最近与えられたものを、別の物に与えるというのは、ブーンにとっては未体験のこと。

デレシアが彼に経験させたいのは、正にその“未体験”そのものなのだ。
彼が名付けることを経験すれば、彼は更に別の事を経験することになる。
得る事と、失う事。

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。これから一緒に旅をするんですもの。
      この子はきっと、私達と仲良くなれるわ」

(∪´ω`)「おー…… えっと……
      あいでぃーる、だから……」

アイディールは悪路による速度低下を懸念し、自動的に両輪走行モードに切り替えた。
タイヤが力強く地面を蹴り、速度が落ちることはない。
キャンプ場まで残り500ヤードと表記された看板を通り過ぎ、ようやく、ブーンが答えを出した。

(∪´ω`)「……ディ?」

410名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 02:32:34 ID:IIxgPy7c0
あれ?

411名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 06:53:53 ID:MK6lQA6.0
したらばが調子悪くてやめた?

412名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 16:22:35 ID:/3kRZ8SI0
結局続きは?

413昨日したらばが動かなくてorz:2016/08/30(火) 20:25:20 ID:t6mV4x2M0
出てきた名前は、非常にシンプルだった。
それ故に呼びやすく、ブーンなりに考えたものだとよく分かる名前だった。

ζ(゚ー゚*ζ「いい名前ね。
      じゃあ、この子は今日からディちゃんね」

ノパー゚)「あぁ、呼びやすくていい名前だ」

(∪*´ω`)「ディ……!」

心なしかエンジン音が嬉しそうに高く響いた気がしたが、デレシアは何も言わなかった。
ほどなくして三人と一台はキャンプ場に到着した。
開けた場所には背の低い草原が広がり、小さな炊事小屋が一つと少し離れた場所に仮設トイレがあるだけの、非常にシンプルなキャンプ場だった。
利用者は少なく、設営されているテントは五張りだけ。

ディでテントサイトに乗り込み、他所のテントから離れた場所に停めた。
エンジンを切り、ヒート、デレシア、そして最後にブーンが下りた。
キーを抜いたデレシアがタンクを撫で、ディに労いの言葉を小さくかける。

ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様、ディ」

それを見ていたブーンも、真似をしてタンクを撫でた。

(∪´ω`)「おつかれさま……」

ノパー゚)「いやしかし、ほんといいバイクだな」

ヒートも同じように、ディのシートを撫でる。
三人はヘルメットを外し、それをシートの上に乗せた。
デレシアは手櫛でブーンの髪の乱れを直し、ニット帽を被せた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、テントを張りましょう」

パニアからテントと野営道具一式を取り出し、準備に取り掛かる。
四人用のドームテントはヒートとデレシアが広げ、ブーンは折りたたみ椅子を開いてディの傍に置いた。
他に自分が何をすればいいのかデレシア達に訊こうとした時、ブーンは足を止めてディを見た。

(∪´ω`)「……」

「……」

エンジンを切ったバイクが話すはずもなく、当然、何らかの反応を示すこともない。
だがブーンは、ディのエンジンから何かが聞こえているかのように、そこに視線を注いでいた。

(∪´ω`)「……お」

無意識の内に、ブーンの手がタンクに伸ばされる。
蒼い光沢を放つ金属製のタンクは滑らかな触り心地で、生物とは明らかに異なる質感をしていた。
明らかに無機物。
しかし、ブーンが注ぐ視線は無機物に対してではなく、生物に対して向けられるものだった。

414名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:26:54 ID:t6mV4x2M0
デレシアはそれに気付き、内心で少し驚いた。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」

テントを組み立てながら、デレシアがブーンに声をかける。

(∪´ω`)「ディは、おんなのこなんですか?」

その発言は、デレシアにとって意外そのものだった。
船乗りはやバイク乗りは船やバイクの事を彼女、と呼ぶことがある。
愛着を持つために乗り物に性別を与える行為は乗り物を愛する人間の間ではよくある行為だが、ブーンがそれを知っているはずがない。
思わず作業の手を止め、ブーンの言葉の真意を聞き出そうとした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしてそう思うの?」

(∪´ω`)「なんとなく……です……」

エンジンが入っている状態ならばまだしも、エンジンを切っている状態で人工知能と接触出来るはずがない。
ならば、乗車中に人工知能と何らかの接触をしたのだろうか。
そうだとすれば、このアイディールの人工知能の性別が女性に設定されていることを知る事が出来る。
彼は、本当に“なんとなく”でそれを当てたのか。

ノパ⊿゚)「おーい、タープ張るのを手伝ってくれよ」

テントのペグを地面に打ち込んでいたヒートが、二人に声をかけた。
彼女の足元にはタープの入ったバッグが置かれている。
ドームテントと違って、タープは人数がいた方がすぐに出来上がる。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ちゃちゃっと建てちゃいましょう」

タープをバッグから取り出し、ブーンは説明を受けながら三人でそれを組み立てて行く。
ほどなくしてテントの前にタープが建ち、気持ちのいい日影が出来た。
ブーンは椅子をそこに運び込み、デレシアはディを移動させた。
テントの中に調理器具などを入れていくと、パニアケースの中に空きスペースが出来た。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、完成。
      これが私達の拠点よ」

どちらも森林迷彩柄をしているのは、オアシズでテントとタープを取り扱っていた店で最も丈夫で信頼性のある品が、これしかなかったからだ。
その分実用性は高く、どちらの素材もそう簡単に破れそうにない。

ノパ⊿゚)「いい感じだ。
    で、この後はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ…… 温泉でも行きましょうか」

(∪´ω`)「おんせん?」

415名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:27:49 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「大きなお風呂よ」

夏の温泉はいいものだ。
ティンカーベルは涼しいが、それでもジワリと汗をかいている。
ブーンは子供であるため、体温が高く、やはり汗もかきやすい。

ノハ;゚⊿゚)「まぁそうだけどさ……
     でも、大丈夫なのか? その、よ」

ヒートが危惧していることは分かっている。
彼女は、ブーンの事を心配しているのだ。
温泉となれば、ブーンはニット帽を取らざるを得ないし、ローブも脱がなければならない。
そうなれば、獣の耳と尾が露見し、それを目撃した人間から心無い言葉や暴力を受けかねない。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。地元の人も知らない場所だもの」

ノパ⊿゚)「そんな場所よく知ってるな」

ζ(゚ー゚*ζ「ペニが随分昔に見つけて教えてくれたの。
      何度か使ったけど、誰も来ないわよ」

ティンカーベルには多くの温泉施設があるが、地元客と観光客で賑わう場所ばかりだ。
人が来ない施設は、ブーンにとっては非常にありがたい。

ノパ⊿゚)「へぇ…… ん?
    誰も来ないって、そこは温泉施設じゃないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「露天風呂よ。 ある意味天然で、ある意味人工のね」

(∪´ω`)「ろてん、ぶろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。自然の中にあるお風呂の事よ」

ノハ;゚⊿゚)「いろいろと難易度高けぇなおい……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも気持ちいいわよ」

装備を整え、三人は再びディに跨った。
エンジンキーを回すと、五連メーターに淡いピンク色の明かりが灯った。

ζ(゚ー゚*ζ「あら……」

オアシズで乗った時、メーターを照らす明かりは青白いはずだった。
設定を変更した記憶はなかったが、おそらく、デレシア達の言動が人工知能に影響を与えたようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、ディが喜んでるわよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「名前を貰って、嬉しいみたいね」

416名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:29:28 ID:t6mV4x2M0
(∪*´ω`)「おっ……」

両脚の下にあるタンクを見て、ブーンは両手でそれを撫でた。

(∪*´ω`)「おー」

デレシアの記憶が正しければ、このアイディールは自らの状態を色で表示することが出来るはずだった。
色鮮やかな光で警告や報告を行う機能があり、ピンク色は車両が最高の状態である事を示す色だった。
気候などが関係しているのかもしれないが、おそらくは、別の要因が大きいだろう。
エンジンを始動し、デレシアはキャンプサイトを後にした。

再び林道へと戻り、そのまま山の北西の方に向かう。
山道を下り、道なき道を進んでゆく。
腐葉土の上を駆け、林の間をすり抜け、小川を走り抜ける。

ノハ;゚⊿゚)「確かにこりゃ、人が来るにはきついな」

ディの車高は最大となり、サスペンションもその効力を最大限に発揮しているため、快適な走行は保たれたままだ。
オフローダーでもこうはいかないだろう。
デレシアの腰にしっかりと両手を回し、ヒートは落ちないようにそこに力を込めた。

ζ(゚ー゚*ζ「そろそろ着くわよ」

その言葉通り、三人の耳に水音が聞こえてきた。
川の音に似ているが、しかし、微妙に異なる。
林の間から見えてきたのは、青みを帯びた水で満ちた瓢箪型の池だった。
否、池のようにも見えるが、それは地下から湧き出る湯が作り出した天然温泉だった。

陽の光は生い茂る木々の枝葉によって遮られ、光の筋となって降り注いでいる。
光の筋が照らすのは、温泉から立ち上る湯気だ。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、到着」

ノハ*゚⊿゚)「おぉー!」

(∪*´ω`)「おー」

その温泉は林に囲まれる形で存在し、人の手が加えられた様子は微塵もなかった。
正に天然温泉。
人の気配など、全くない。

ζ(゚ー゚*ζ「ね? 人は来ないでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ、こりゃあいい温泉だ。
    だけど、どうしてここに来ないんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「存在そのものが新しいからね。
      それに、ティンカーベルには漁師はいても猟師はほとんどいないの。
      ここまで来る人間は自殺志願者か遭難者ぐらいね」

417名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:30:53 ID:t6mV4x2M0
バイクから降り、三人は温泉へと近寄る。
澄んだ色をした湯を眺めて、ブーンが尾を振る。

(∪*´ω`)「いいにおいですおー」

ノパー゚)「硫黄っぽくないのはありがたいな」

湯の下には簀子が敷かれていた。
温泉を見つけた人間が手を加えた唯一の物だった。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入ってもらえればなにより。
      さ、体を洗って入りましょう」

デレシアの提案に二人は同意し、すぐに一糸纏わぬ姿となった。
ブーンは以前に二人と風呂に入ったこともあり、特に抵抗なく服を脱いだ。
ヒートは僅かだが上着を脱ぐ際に躊躇しかけたが、それはほんの一瞬の事だった。
裸になったデレシアの体を見て、ヒートが目を丸くする。

ノハ;゚⊿゚)「……すげぇ」

主にその視線はデレシアの胸に注がれ、次いで均整の取れたシミや傷の無い全身に向けられる。
自然の中に溶け込みつつも、異常なまでの美しさは明らかに浮き出ている。
悠久の時間を経て形成された究極的な美は同性ですら魅了し、自然と調和をすることを、ヒートは改めて理解した。
衣類を手ごろな岩に乗せ、ブーンの背中を押した。

ノパ⊿゚)「じゃあ体を洗うぞ、ブーン」

(∪´ω`)「おっ」

ヒートはその背中に大きな火傷の跡を残していた。
一生消えることも、消すこともない傷。
その傷は彼女の人生を変えた傷。
彼女が“レオン”として生きることになった理由は、その傷が無くても一日たりとも忘れたことはない。

湯で体を濡らしてから、タオルで汚れを落とす。
すでに一度朝方に体を洗っているため、そこまで神経質にならなくてもいいだろう。
ヒートはブーンの体温が高く、汗をよくかく事を知っていたため、彼が体を洗う様子を注意深く見ていた。

ノパ⊿゚)「どうだ、背中に手は届くか?」

(∪´ω`)「はい、とどきますお」

ノパ⊿゚)「……洗い方がぬるいぞ。
    あたしが洗ってやるから、こっちに背中を向けろ」

(∪´ω`)「おっ」

418名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:32:20 ID:t6mV4x2M0
小さなブーンの体には無数の傷がついており、その全てが彼を痛めつけるためだけに付いた物であることは、簡単に推測が出来る。
彼は耳付き。
奴隷として売買された人間は、道具以下の存在でしかない。
道具に八つ当たりをしようとも、誰も咎めないし、良心も痛まないのだ。

傷だらけの背中を、ヒートはタオルで擦る前にそっと触れた。
酷い物だった。
彼の背中は、誰かを守るために傷ついたのではなく、ましてや、自分を守るために付いたのでもない。
ある種の欲望を一方的に吐き出され続けた結果の傷だった。

この歳の子供が背負うべき傷ではない。
獣の耳と尾が何だというのだ。
そんなものは、人間の本質を隔てる要素には成り得ない。
心の奥にしまい込んでいた古傷から、憤りが染み出してきたことに気づき、ヒートはそれを紛らわせるためにブーンの背中を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

その様子を、デレシアは微笑ましく見守っていた。
ヒートが過去を押し隠し、ブーンに接しているのは初めて会った時から分かっていた。
彼女がブーンを見る目は、姉が弟を見る慈愛に満ちた目であり、深い悲しみを癒すために何かに縋る者の目をしている。
理由はどうあれ、彼女がブーンの味方である事実に変わりはない。

それでいい。
それで十分だ。
ブーンには手本となる味方が必要なのだ。
体を洗い終えた三人は、湯気の立つ温泉に静かに身を沈めた。

爪先から伝わる湯の温度は四十度弱と、他の温泉と比べると低めだ。
肩まで浸かり、たまらず溜息が漏れ出た。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

ノハ*゚⊿゚)=3「ほっ……」

(∪*´ω`)=3「おー……」

涼しい風が吹く中で熱い湯に身を浸す感覚に、三人は揃って目を細めた。
表現し難い気持ちよさが爪先から頭に走り、体の緊張が一気に解けだす。
並んで空を見上げ、ゆったりとする。

(∪*´ω`)「きもちいいですおー」

ノパー゚)「あぁ、いいなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「夏の温泉もいいものよね。
       こういうのをね、風流っていうのよ」

(∪*´ω`)「ふーりゅー?」

419名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:33:44 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「そう。風流。
      冬の満月を背に飛ぶ渡り鳥、朝焼けを背にする桜の木、水平線の向こうに浮かぶ入道雲、黄昏時の銀杏並木。
      いいな、と思ったものが風流なのよ」

ブーンにはまだ少し早い言葉だったが、覚えておいても損はないだろう。

ノパ⊿゚)「しっかし、この温泉を他の人間が知らないってのは不思議な話だな。
    噂にもならないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「デイジー紛争で出来たばかりの温泉だし、狼も多いからね。
       誰もこっちの方まで来ないし、調べないのよ」

ヒートがぎょっとした表情でデレシアを見た。

ノハ;゚⊿゚)「……おい、狼って言ったのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ、狼。
      何か問題でもあるの?」

ノハ;゚⊿゚)「いや、問題も何も、大丈夫なのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ここの狼は人に慣れていないから」

人に慣れた獣は厄介だ。
人を恐れず、人を危険な生き物と認識しないで攻撃してくる。
しかし、野生に生きる生き物であれば相手の力が分からないのに攻撃をすることはない。
じっくりと出方を窺い、必要最小限の動きで相手の戦力を分析し、それから判断を下す。

狼は群れを成す生き物で、その群れの統率者が優れた判断力を持っていれば、決してデレシア達には手出しをしない。

ζ(゚ー゚*ζ「狼が来たら、私が追い払ってあげるから」

獣が相手であれば、双方の力量の差を理解して無意味な争いを回避するだろう。
目の前にある木の隙間から、潮風が吹きつけてくる。
葉擦れの音に混じって潮騒の音も聞こえてくる。
平穏そのものの光景に、三人は静かにその身を委ねた。

鳥の鳴き声。
虫の声。
静かな風の音。
言葉は、もう必要なかった。

(∪*´ω`)

ノハ*´⊿`)

ζ(´、`*ζ

420名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:34:38 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                    _イニl__ / ̄ヽ_。
                 _,,-ィi三=ー─-、L_Y_ノ,─、
                 Oo='' _,,-──-、ri>`l l   |
                   _,,-':::::::::::::::::i::ト :|=\ ノ __
      r──-、_      /:::::::::::::::::::ノ::ノ,-、:|_二i::l、l_)
    /ニヽ::::://::::::`-、__/:::::::::_,,-──'l l' l.l :トーフ :|
 > ̄::::::::::::: ̄\:::::::::::::::_,,-┴─< r─, `l=_))フ/ l :|ー|| l :|___
 ll_ノ7 ̄ ̄`-、_>ー'' ̄-、=<_,-l、_/_/`-、 //;;/ .l :| ||_,-'::::::::::::::::::>-
  /::::;-─-_,-',-' l、  ) / ゚l、彡 |ー''/ミ-、//7-、 イ`レ::::::::;-─' ̄:::::::::`-、
 /:::::/ミ_,,-'_,l |=、l、_/-、 l彡三Vミミ/-、/ /;;;/   > L,-'ヾV |//7-、:::::::`-、
r-i-'`_,-'-、<l:::::レ-'_,-─',─、__|ミミ/ ////;;;;/   |::::l ::|ミ | ∧//|/,-、::::::::::l、
`┬-、__/___,-'_// l   Y  .V ,-'-/ /;;;/   .|:::|:| l ::|  |X|//,-'/_l、::::::::l、
AM09:45
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

三台のネイキッドバイクがグルーバー島の山中深くにある車道で停まっていた。
バイクに乗る三人は同じデザインの黒い皮製のジャケットを着込み、ヘルメットは被っていない。

( ''づ)「くっそ、見失った……!」

先頭の一台に跨る男が忌々しげに声を荒げた。
その後ろにいる男は首を横に振り、サングラスを外した。

(,,'゚ω'゚)「この先はオフローダーしか行けないぞ」

三人の前で舗装路は終わり、狭い砂利道が暗い森の中に続いている。

从´_ゝ从「くそ……」

彼らの乗るネイキッドタイプのバイクでは、悪戯に車体を傷つけるだけだ。
タイヤも舗装路を走るのに最適な物であり、砂利道や泥道でのグリップ力は期待できない。
転倒すれば彼らの愛車が傷つく上に、そうまでした結果、追跡対象の居場所を把握できるとは限らない。

( ''づ)「どうする?」

(,,'゚ω'゚)「ドジェならまだしも、俺らのじゃ無理だ。
     キャンプ場所は分かってるんだ、装備を整えて夜にやればいい」

( ''づ)「そうするか。他の連中も呼んでやっちまおう」

三人はUターンし、山から街へと向かった。

421名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:36:01 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
;;;。;";;';;;:;ヾ ゞゞ"”;"”";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ'      . . . .. . . . . . . ..  . : .
ノソ:;";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ;:;ヾ;ゞゞ;ゞ ヾ;ゞゞ;ゞ                 ノヽ人从ハヘ ノミゝ人
;;;;;(;li/::;;;;ゞゞ:;ゞy”:;ゞゞ;ゞi/:;";;ゞゞ:; ミゞ;;ミゞ             彡::ソ:ヽミゞヾゞ:;ノミヾ::
;;;⌒";ゞゞ;ゞ ヾ:::::"`";;';"”";;';"” ”";;';"”              ノノキ;;ゞilノミ彡个ヽミ爻ゞ
;;;;;ヾノソ";;';"”/ ::,;;ヾノソ";;'ミゞ;;ソゝミゞ;;   ' "''' .':'''' " " '"' "'''. '::: "' "'':::'"''::'':::':'''':::'"''::':'"''
ノ:、\ゞ;ゞ ヾ;li":; / " `;:;";;';:;"”:; ..:i;i;!;!;!i;;..i;i;...;!;i;i;.i;i;,, ..i;ii ,,..'.;'":;. :..''"'"    "''' '''.'
::';" ;;;";;'//;" ;;:。,ゞゞ;ゞ ヾ”:;;  : .:.  .:   *。 .:  .:.:.:.:.';''"'"'i;i;il;l;";!;!i;i;i;;'"'  "'''."''' '''.'"'''.
'ミゞ\” ;:; ::, ;;;;(;;;:`;:;ヾ ゞゞ  :.:.::: :.:.:. :: :: :: :::。: :: :.:. :.:.: ::: : : : ';i;i;i;''!;!;i;:' "'''.  。.. ,、
.:.:.;;:。,,;'ヾ;ヽ ;ミi!/;';"y”” ::::::::::.:.::::. : : : : : :.:.:.:. :.:. : : : : : : : : : :-:::;!;!;!;!;i;:."'''、::::::'''.'"
.:.:.:.:.:.:.:.::l' ;:;ミi!/ );;;)   ;;;  .:.:.:::::::::: 〜:::::::::::..:.:.::.:.:.:._::::::''"'"' "'''.':'''"'ヽヾ.. '.':,、,、:::. :::
.:.:.:.:.:.:.:.:,i' ;:;ミi| .:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:::: :::::::::: :::::: :::::::;;''"'"' "'''.'''.;'":ソ''.':,、,、::::::。.. ::"::::::''"'""::'
,, ;''.'''"':.i' ;;,;ミi|、 ,, ;''.'''"'ヽヾiツィ "'''ヽ ,、 ':,、,ヾi ,、  。.. ,、 ':,、,、::::::。.. ::":::
.:.:.:.::.:.,.,i' ;:,,;,ミ'i,, :,ミ'i,,'.':,、,、:::. "::::::''"'"' "'''':,、,、::::::。.. ::"::::::''
::::'''.''.:wijヘ;;vkWゞ::::::'''.''.':,、,、:::. ':,、,、::::::。.. ::"::::::''
"::::::''、:::.'.''.''."'''AM10:30
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

温泉から上がった三人は服を着て、温まった体を潮風で冷やしていた。
流石にローブを纏う事はせず、ヒートは薄手のジャケットを羽織り、ブーンはローブを腰に巻いた。
上気した体が風で冷やされ、今の季節を忘れさせる。

ノパ⊿゚)「いやー、いいもんだな、夏の温泉」

(∪´ω`)「おー、きもちよかったですお」

ζ(゚ー゚*ζ「それは何より。
       さて、実はまだ続きがあるの。
       はい、どうぞ」

デレシアはパニアから瓶に入ったコーヒー牛乳を取り出し、ブーンとヒートに渡した。
まだ冷えた状態を保つそれは、オアシズでマニーに用意させた一級品だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これがなくっちゃね」

ノパ⊿゚)「おいおい、キンキンに冷えてるじゃないか!」
 つ凵

(∪´ω`)「きんきん!」
  っ凵

ヒートは腰に手を当て、喉を鳴らしながら瓶の中身を一気に飲み干した。

ノパー゚)「美味い!」

それを見たブーンも、両手で瓶を持ってコーヒー牛乳を飲んだ。
ヒートのように一気に飲むことは出来なかったが、時間をかけて一瓶を飲み切った。

(∪´ω`)「ぷふぁー」

422名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:37:06 ID:t6mV4x2M0
口の周りに付いたコーヒー牛乳をデレシアが指で拭ってやる。

ζ(゚ー゚*ζ「温泉とこれはセットの様なものね。
      どう? 気に入った?」

(∪*´ω`)「おっ!」

尻尾を振りながら、ブーンは嬉しそうに頷いた。
頭を撫で、デレシアは微笑む。
二人から空き瓶を受け取ってパニアに戻し、ディに跨った。
小さく嘶くようにしてディのエンジンがかかる。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、次は街に行きましょう。
      お昼ご飯を食べてからお買い物ね」

そのついでに、街の様子を観察する、という言葉は言う必要がなかった。
再度三人を乗せたディは、少しも力を衰えさせることなく山道を登り始めた。
来た時とは違う道を使って舗装路に戻り、島の北側から時計回りに進んで南にある街に向かうことにした。
道中、左手の視界が開け、大海原と青空が現れた。

白い雲が夏の真っ青な空に気持ちよさそうに浮かび、空よりもずっと深い青色をした海が宝石のように煌めく。
自然豊かな街の景色は、絵葉書としても人気のある風景だ。
長い緩やかな坂道を走り、再び、自然の作り出した緑のトンネルを通過する。
風呂上がりの体を撫でる風は三人の体を優しく冷やした。

やがて島の北へと戻った三人だが、エラルテ記念病院の前を通りかかった時、デレシアは病棟を見上げた。
そこには今頃、緊急手術を終えたトラギコ・マウンテンライトが入院しているはずだった。
彼の体力がその渾名通り“虎”並ならば、今日にでも退院したいと暴れるに違いない。
優秀な警察官である彼ならば、デレシアの期待を裏切らずにこの島に逃げ込んだ逃亡犯を追いつつ、デレシア達を探すことだろう。

いや、彼がどこまでの警察官なのかは予想でしかない。
ひょっとしたら、最初から逃亡犯に興味はなく、デレシア達を追い続けるかもしれない。
それだとしても、この島に潜む愚か者共の思惑を邪魔する嵐として動いてくれるのは間違いなさそうだ。
時々いるのだ。

生きているだけで周囲に多大な影響を及ぼす人間が。
多くの場合、そういった人間――今回の逃亡犯の様な人間――は犯罪者として世の中に災厄と混乱を撒き散らした末に死に絶えるのだが、警察官として働く場合も稀にある。
トラギコは間違いなくそういう人間だ。
犯罪者にとっては災厄の象徴であり、嵐を伴って現れる獣。

彼は出来るだけ近くにいた方がよさそうだった。
追いつかれず、見失わない絶妙な距離。
その距離を保てば、トラギコはデレシア達に近づく虫を払いのけてくれるはずだ。
彼が望むと望まざるとに関わらず、トラギコは自分の獲物として認識しているデレシア達を横取りされるのを黙って見ていられる人間ではない。

グレート・ベルが見えてくると、ブーンは興奮した様子だった。
周囲の建物と比べてあの鐘楼は背が高く、どこからでも見上げることが出来る。
どこからでも見上げられるという事は、どこからでも見下ろされるという事でもある。
鐘の音街と呼ばれる所以として、相応しい姿だ。

423名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:38:34 ID:t6mV4x2M0
昔ながらの姿を保ったままの市街地には多くの飲食店がある。
地元の魚を使った店などが観光客には人気だが、デレシアはそういった店を今回選ばなかった。
彼女が探したのは世界各地に店を構えるレストランだった。
そういった系列店は内外の人間の区別を付けないし、何より、過干渉ではない。

マニュアル通りに対応する人間はある意味で貴重だ。
マニュアル外の行動をする人間は緊急時には敵にさえなり得る。
特に、今は非常時。
デレシア達を追う人間の中には身分を偽ることに長けている者が数名おり、民間人に扮して彼女達を襲ってこないとも限らない。

むしろ、それが相手の狙いだろう。
この島に逃げ込んだ脱獄犯がデレシア達を襲うには、この混乱に乗じるのが定石。
人目に付く場所は彼らにとって絶好の狩場となる。
彼らがそこに現れると分かれば、デレシアも対応がしやすくなる。

こうして選ばれたのは、全国に店舗を構える大型のファミリーレストランだった。
駐車場にはほとんど車がなかった。
バイクを降り、三人は店の中に入っていった。
案内されるまでもなく、空いた席に進んでいく。

選んだのは、非常口に最も近く、窓から離れ、尚且つ店全体を見渡すことの出来る奥の席だ。
万が一強盗に扮した人間が店に押し入って来ても、余裕を持った対処が出来る。
銃だけでなく、ヒートは強化外骨格という頼もしい兵器を持ち歩いている。
小型・軽量の部類になるAクラスの棺桶を納める運搬用コンテナは、見方によっては楽器ケースに見えないこともない。

ローブで覆い、その全貌を見えないようにして壁際に立てかけているヒートは、流石に手馴れているようだ。
一般人の前でコンテナを見せびらかすことの危険性と、それを携帯しないことによる危険性の両方を理解している。
棺桶には棺桶を持ち出すのが最も理に適った行動だ。
ヒートの持つ“レオン”は強化外骨格との戦闘にのみ特化したもので、それさえあれば、ほぼ全ての強化外骨格との戦闘を制することが出来る。

それを傍らに置き、ヒートは濡れた手拭きで両手を拭いながら、ラミネート加工されたメニューを眺めている。
通路側に座るデレシアの隣ではブーンがヒートの真似をして手を拭い、コップの水を飲んだ。

ノパ⊿゚)「何食うよ?」

腕時計で時間を確認し、ヒートは今の時間が昼食には少し早いことを暗に指摘した。

ζ(゚ー゚*ζ「お茶でも飲みましょうか。
      ご飯はその後でも頼めるわ」

ノパ⊿゚)「そうだな。
    なら、あたしはハーブディーでももらおうか」

デレシアもメニューを開き、リンゴジュースとアイスティーを注文した。
運ばれてきた物を手にしたとき、デレシアは店に一人の顔見知りが入ってくるのをガラスのコップに反射した像で見咎めた。
最後に会ったのは何年前だったか、よく思い出せないが、その顔はよく覚えている。
特徴的な太い眉毛の下に垂れた鳶色の瞳、白髪交じりの茶髪は手入れがされておらず、まるで鳥の巣だ。

初めて会った時から大分老けこんでいるが、放つ雰囲気は熟成され、そこに刺々しさも付加されている。

424名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:39:46 ID:t6mV4x2M0
  _
( ゚∀゚)

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察でその腕を振るい、多くの事件を解決してきた凄腕の刑事だ。
今のトラギコと似た部分が多々あり、特に似ているのがデレシアを追ってくる点だ。
かつてジョルジュも、デレシアを追ってどこにでも現れた。

理由は分からないが、彼が警察を去ったと風の噂で聞いてからは、それも止んだのだが。
それが今こうして現れたのは、決して偶然の類ではないだろう。
用心深く対処しなければならない。
彼は今世紀でも五指に入る程の優秀な警察官だったのだ。

運よく入り口に背を向ける位置に座っていた事と、背の高いソファだったことが幸いした。
デレシアに気付いていれば、すぐにでも行動を起こしてくるはずだ。
デレシアは卓上に置かれていた紙ナプキンとボールペンを取り、ナプキンに指示を書いた。
ヒートにそれを見せると、彼女は無言で頷いた。

指示は単純に、注文の類を全てヒートが行い、デレシア、という名前を出さない事だった。

ノパー゚)「……ブーン、あたしとゲームをしよう」

(∪´ω`)「おっ?」

ノパ⊿゚)「マルバツゲームだ」

ボールペンと紙ナプキンを使い、ヒートは上下左右に二本ずつの線を引いた。

ノパ⊿゚)「で、この枠のところに三つ揃えれば勝ちだ」

丸とバツを交互に書き、三つ揃った個所に直線を引く。
陣取りゲームの一種で、幼い子供も簡単に出来る。
しかし、その本質は戦略を考え出すことにあり、短い勝負の中でいかに効率よく勝利を手に出来るかが重要だ。
この三目並べは人の性格がよく反映するゲーム。

ブーンの性格がどのようなものか、ヒートは少し試したい気持ちになった。

(∪´ω`)「おー?」

ノパ⊿゚)「まずはやってみようか」

そう言って、二人はゲームを始めた。
三度目でブーンは容量を掴み、どうすれば勝てるのかを考えられるようになってきた。
次第に勝敗が付かないようになり、線の数が増え、ルールの一部が変更された。
それに伴って勝負が決するまでの時間が長くなり、思考する時間が増えた。

ブーンはヒートに一勝も出来ていないが、応用が出来るようになってきていた。
横でその様子を見ながら、デレシアはグラスに反射させたジョルジュの姿が店から出て行くのを確認した。

(∪*´ω`)「おー、おもしろいですお」

425名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:41:57 ID:t6mV4x2M0
ノパー゚)「そりゃよかった。
    頭の体操にちょうどいいから、今度また時間がある時にやろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ヒート。
      あたしとやってみない?」

ノパ⊿゚)「その言葉を待ってたよ、デレシア」

引かれた線は八本。
通常の二倍。
勝利条件は印を六つ揃える事。
戦闘は、ヒートの第一手から始まった。

ヒートが選んだのは定石と言える、図の中央。
要を押さえたヒートに対し、デレシアはそれを楽しむかのように図上の端に印をつけた。
それに応じてヒートが印をつけ、静かに勝負が続く。
その攻防をブーンは黙って見続け、三分後の決着後も、紙上の印を見ていた。

ノハ;゚⊿゚)「やっぱり強いなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「偶然よ。ブーンちゃん、どう? 何か分かった事はあるかしら?」

(∪´ω`)「おー……」

少し考え込み、ブーンは首を横に振った。

(∪´ω`)「よく、わかりません……お。
      どうして、デレシアさん、さいしょにここにかいたんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「それはね、ここに書いておけば相手の狙いが分かるからよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「様子を探るために、こうしたの。
       相手が深く考えてくれるおかげで、相手の狙いがよく見えるのよ」

ノハ;゚⊿゚)「……やっぱりか。
     おかしいとは思ったんだよ、そんなところに書くなんて。
     深読みしすぎちまったか……」

ζ(゚ー゚*ζ「悪くはないわよ。
       ヒートの性格がよく出た勝負だったわね」

(∪´ω`)「……デレシアさん、ぼくと、やってくれませんか?」

その申し出を待っていたデレシアは、喜びを隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。
新たな紙を取り、線を引く。
先手はブーンに譲った。

(∪´ω`)φ″

426名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:43:35 ID:t6mV4x2M0
ブーンが最初に選んだのは、ヒートと同じく、図の中央。
その初手に、ヒートとデレシアは揃って軽く驚いた。
前の勝負で使われた手を選ぶのは、何故なのか。
デレシアはヒートの時とは異なり、ブーンの印の斜め隣に印を置いた。

やがて、そこから攻防が始まった。
奇妙な攻防だった。
一進一退の攻防ではなく、すぐに決着をつけようとしない戦いだった。
最初、ヒートはデレシアが手加減しているのだと思ったが、すぐにそれが誤りだと気付いた。

ブーンの印のつけ方はヒートのそれに酷似しているが、デレシアの手法にも似ている。
デレシアが行っているのは、ブーンがどのような手を選んでくるか、その見極めだった。
例えば、Aの場所に書くのが定石だとしたら、ブーンはCを選ぶ。
Cに対してDが有効な対処であれば、デレシアはKの場所を選んだ。

こうして勝負が決した時には、ほぼ全ての場所に印が書かれていた。

ζ(゚ー゚*ζ「惜しかったわね」

(∪´ω`)「おー、ざんねんですお……」

ブーンは気付いていないだろうが、彼はこの短時間でヒートの攻めとデレシアの搦め手を取り入れてそれを使っていた。
やはり、ブーンには優れた才能がある。
1を知れば10を理解するのではなく、1を知れば10を吸収する才能。
その正体を理解できないため、彼自身は気付くことが出来ないが、実践の場では大いに力が発揮される種類の才能だ。

(∪´ω`)「……お」

ブーンがおずおずと、遠慮がちにヒートを見上げた。

ノパー゚)「あたしともう一回やってみるか?」

(∪*´ω`)「おっ!」

こうして、ヒートとブーンは第二戦を始めた。
ヒートの思った通り、ブーンは人の技を吸収しているというのがよく分かった。
最初の頃とは違い、ヒートと同じ様に好戦的な位置に印を書いていた。
彼女の考えでは、このゲームは防戦した者は負けるか、勝機を逃すかの二択だった。

攻撃こそ最大の防御であり、最善の策だ。
炎には炎を。
ブーンもその考え方を己の一つとして吸収してくれるのであれば、この上なく喜ばしいことだ。
彼の中に自分の考えが根付き、彼を形成していくのは子を育てる喜びに近い。

もっとも、ヒートにとってブーンは子と言うよりも弟としての認識が強かった。
それでも喜びは同じだ。
それはデレシアも同じだった。
彼女もまた、ブーンが多くを吸収する姿を見て喜び、感心していた。

ノパー゚)「残念、あたしの勝ちだ」

427名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:45:20 ID:t6mV4x2M0
そして二人の勝敗を決したのは、年季の差だった。
ヒートは戦いながら、いくつもの道を用意していた。
それに対してブーンは、ヒートの攻める姿勢を学んだがために、その道に気付けなかった。
デレシアの搦め手を用いても、ヒートは一方的に攻め続け、ブーンの策略を打破した。

彼はまだ、策略を策略として使いこなせていない。
だがそれは経験の問題だ。
この紙上で行ったゲームで分かったのは、ブーンにはもっと多くの経験を積ませる必要があり、それが彼の力になる事だ。
吸収した物を理解し、それを応用できれば、間違いなく今以上の速度で成長できるはずだ。

全ての勝負で負けたが、ブーンは満足そうだった。

(∪*´ω`)「おー、ありがとうございました……」

敗北を引きずるのではなく、そこから学ぶ姿勢がブーンにはある。
それがある限り、彼は全ての事象から学び続ける事だろう。
すっかり時間も過ぎ、昼時となったのを機に、三人は昼食を摂ることにした。
メニューを開き、デレシアはピザを、ヒートとブーンはローストビーフサンド、そしてアイスカフェオレを三つ注文した。

注文した品は驚くような速さで提供された。
回転率を重視する店ではよくあるように、この店でも冷凍食品を解凍し、淡々と盛り付けて調理するだけの料理が出される。
それで栄養価が下がるという者もいるが、そのような些細な問題を気にしていたら、この世の中で生きることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ
ノパー゚)  『いただきます』
(∪*´ω`)

三人は声をそろえてそう言ってから、目の前の食事を食べ始めた。
デレシアの注文したピザはトマトソースの上にモッツアレラチーズ、そしてバジルの葉を乗せただけのものだった。
しかし、デレシアは複雑さが料理の上手さに直結しない事を知っていた。
このピザはある意味で完成系の一つであり、これ以上余計な物を乗せる必要もないのだ。

八分の一に切り分けられた内の一切れを食べ、期待を一切裏切らない味に、満足そうに笑みをこぼした。
モッツアレラチーズとトマトの組み合わせが至高の一つに数え上げられるように、それの添え物として最適なのはバジルだ。
甘みの中に溢れ出る旨みを堪能し、瞬く間に一切れが胃袋に消えた。

(∪´ω`)「んあー」
  つ□⊂

ブーンは、その口には大きすぎるローストビーフサンドに齧り付いているところだった。
見るところ、三枚の白いパンに挟まっているのはクレソンとローストビーフ、それとサニーレタスの様だ。
一口食べる度、レタスが千切れる子気味の良い音が鳴る。
頬張り、咀嚼し、飲み下す。

その一連の動作が年相応の子供らしくあり、デレシアは食事を忘れてその姿を見ていた。
向かいのヒートもまた、ブーンと同じようにして齧り付いている。
それが彼女の配慮なのだと、デレシアは気付いていた。
ブーンには食事のマナーを教えるよりも、食事を楽しい物だと認識させなければならない。

428名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:46:40 ID:t6mV4x2M0
彼はこれまで、今では想像も出来ない程の環境にいたのだ。
生ごみの食事を与えられ、暴力の挨拶で一日が始まり、罵倒の言葉を浴びせられて過ごしてきたのだ。
今では人の目を見て話が出来るようになり、言葉にも最初の頃の様なたどたどしさはなくなっている。
道中に出会った人間の影響というのは大きく、ブーンは日に日に多くの言葉を学んでいる。

未だに発音はぎこちないが、完璧に発音できる単語が一語だけあることに、デレシアは気付いていた。
“餃子”である。
オアシズ内の露店で販売されていたそれを食べたブーンは、本来発音の難しいとされるその言葉を素直に覚えた。
それ以外の言葉についても同じようにして吸収できるかと思われたが、今のところ、餃子の一語だけである。

ノパー゚)「うん、美味いな」

(∪´ω`)「おー」

こうして見ていると、ブーンはヒートによく懐いているのが分かる。
彼女と同じメニューを頼んだのもそうだが、ヒートが無意識の内にする仕草を、ブーンも真似る時がある。
例えば美味だと感じたものを食べた後、小さく唸るところ。
例えば、紙ナプキンで口を拭う仕草。

ブーンはヒートを手本に、多くを学んでいた。
それが嬉しかった。
デレシアだけに頼るのではなく、ブーンは他の人間を信頼し、その動きを取り入れる事が出来ている。
徐々に人間らしさを取り戻す彼の姿に、デレシアの胸が温かくなった。

食事を終えた三人はレストランを後に、腹ごなしも兼ねてスーパーマーケットへと徒歩で移動した。
輸入品の全てが停止した状態とはいえ、まだその初日だけに打撃は少なそうだった。
店頭に並ぶ生鮮食料品の数が減ってくるのも時間の問題だろう。
この緊急時に漁が許されるとは思えないため、まず真っ先に店頭から消えるのは魚だ。

ティンカーベル近海の魚は豊かな自然に育まれ、実にいい味をしている。
カツオのたたきを食べたかったのだが、デレシアは別の機会にすることにした。
別の場所でもそれを食べることは可能だ。
夕食に必要な食材の前に、まずは献立を考えなければならない。

ζ(゚ー゚*ζ「何か食べたいものはある?」

買い物かごを押すブーンとヒートに、ブーンは後ろからそう尋ねた。

ノパ⊿゚)「使える調理器具を考えると、そうさな……」

(∪´ω`)「……」

ノパ⊿゚)「ん? どうした、ブーン?」

(∪´ω`)「あの、えっと……」

ζ(゚ー゚*ζ「遠慮しなくていいのよ、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「……ヒートさんのおりょうり、たべてたい……です……お」

429名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:48:42 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「……あたしの?」

全く予想していなかった言葉に面食らったヒートは、カートを押す手を止めてブーンを見下ろした。
以前にブーンが食べたヒートの食事は、ペペロンチーノだけだった。
それは二人が最初に会った日の夜の食事。
思い出のメニューだ。

(∪´ω`)「だめ……ですか?」

ノパ⊿゚)「いいけどよ、何であたしなんだ?」

(∪´ω`)「えっと……その……」

助けを求めるような目でデレシアを見るが、デレシアは微笑んだまま、ブーンに自力で想いを口にするよう促した。
しばらくそうして葛藤し、ブーンは頬を赤らめながら、勇気を出して言った。

(∪*´ω`)「ぼく……ヒートさんとおりょうり……すきで……
       それで……いっしょに、つくってみたくて……」

間があった。
そして、感情の爆発があった。
カートから手を離し、ヒートはブーンを抱き上げた。

ノハ*^ー^)「嬉しい事言ってくれるじゃないか、えぇ、ブーン!!
      よし、あたしと一緒に料理しよう!」

(∪*´ω`)「やたー」

ローブの腰の辺りが揺れているのは、ブーンの尾が喜びで反応している証だった。
左手でブーンを抱き上げたまま、ヒートは右手でカートを押し始めた。
その背中に背負う棺桶の重量を考えれば、彼女の膂力は大したものだ。
並の男よりも鍛え上げられた筋肉と無駄をそぎ落とした体は、彼女がその体を手に入れるために血の滲むような努力を費やしたことを如実に物語る。

仲のいい姉弟のように、二人は売り場を見て食品を手に取ってはヒートがブーンにそれについて教えた。

ζ(゚、゚*ζ

デレシアは慈母の目で二人を見ていた視線を店の片隅に転じさせると、途端に冷酷なそれに代わった。
科学者が実験動物を見るように、化学反応を見守るようにしてそこに立つ買い物客を睨む。
腰を曲げた老人。
熟練の探偵が注意深く観察してみても、老人の挙動にしか見えないだろう。

だがデレシアは、その老人がこちらに注意を払っていることに気付いていた。
恐らくは、ティンバーランドに属する人間だろう。
今すぐに撃ち殺すことは勿論の事、誰にも気づかれずに縊り殺すことも出来る。
その選択は後でも選べるし、今は、相手に情報を与えておいても問題はない。

430名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:49:24 ID:t6mV4x2M0
むしろ、こちらが与えた情報を基に動いた方がこちらも予想がしやすい。
さて、これで相手はこちらがこの島に上陸したことを把握したことだろう。
これによって、相手がとる行動を制限する事が出来る。
実に不便で哀れな連中だ。

こ ち ら の 位 置 が 分 か る た め に 、 行 動 が 制 限 さ れ る と い う 事 は 。

ノパー゚)

ヒートもその視線に気づいており、デレシアに視線を向けた。
彼女も同じように、相手の監視をそのままにしておく方が得策だと判断したようだ。

(∪´ω`)「ヒートさん、これはなんですか?」

ノパー゚)「それは鮪っていうんだ」

(∪´ω`)「まぐろ」

ノパー゚)「そう、鮪だ」

ブーンはその視線に気づいた様子がなく、買い物と語学学習に夢中だった。
海鮮コーナーを見終えた二人は、すでにいくつかの食品をかごに入れていた。
今日の献立はヒートが考える流れになっている。
ならばデレシアは、二人が無事に買い物を済ませ、料理を作れるように見守る役割を担えばいい。

次々と買い物かごに入れられる食品から、デレシアは献立がゴーヤーを使ったチャンプルーと呼ばれる料理であることを見抜いた。
必要なのは豆腐、ゴーヤー、そして豚肉。
細かな調味料の類を除けば、全て揃っている。
バラ肉が用意できなかったため、ヒートはベーコンを代用するようだ。

デレシアは米を炊くのは時間と手間がかかることから、ロールパンを一袋手に取った。
パニアにはすでにいくつもの道具が詰まっており、そこまで広い空きスペースはない。
買い溜めは野営に向かない。
カゴにロールパンを入れ、デレシアは周囲にさりげなく視線を巡らせた。

会計を済ませてからも、三人を監視する視線は消える気配がなかった。
買い物袋をブーンと一緒に持つヒートは、デレシアに目配せした。
その目はこの後どう動くのかを訊いている目だった。
デレシアはそれに、何も気にする必要はないと微笑み返した。

恐らく、彼らは夜に騒ぎを起こすはずだ。
ジュスティアが駐屯している今、この昼間に事を起こすはずがない。
そこまでの下地を整える余裕はなかっただろう。
仮にあったとしても、彼らの性格を熟知しているデレシアは、昼間の襲撃はまだ先の事だと分かっていた。

荷物をバイクに詰め込みつつ、デレシアは一計を案じることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、どこかの宿に行きましょうか」

431名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:50:18 ID:t6mV4x2M0
そう言って、デレシアは二人を乗せてグレート・ベルの傍らにある宿を目指してディを走らせた。
石畳の道を通り、グレート・ベルの姿が大きくなってくる。
やがてある建物の看板を見つけたデレシアは速度を落とし、他の二人に声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「……あそこにしましょう」

それは古びた石造りの三階建ての建物で、看板が無ければ民宿とは分からない。
申し訳なさ程度の看板も木で作られ、遥か昔にその塗装がはげ落ち、朽ちたものだ。
営業しているのかどうかも危うい。
トタンの屋根が付いた駐車場にディを停めて、木製の扉を前にした。

ノハ;゚⊿゚)「えらく味のある宿だな、おい」

ζ(゚ー゚*ζ「ここは基本的に無人だからね」

ノパ⊿゚)「無人の宿?」

ζ(゚ー゚*ζ「ずーっと昔にあったシステムなんだけどね。
       最低限の人間だけでやりくりするために、掃除担当の人間ぐらいしかいないのよ」

ノパ⊿゚)「それでやってけるのか?」

無人宿泊施設。
その仕組みが確立されたのは遥か昔で、費用をかけずに観光客を大勢招き入れるために生み出されたのが始まりだ。
ここでは無人のフロントで部屋の鍵を販売機で購入すれば、誰でも部屋を使うことが出来る。
料理は一切なく、ただの宿泊施設としての機能を備えたそれは、効率を徹底して求めた末に辿り着いた一つの到達点。

扉を押し開くと、そこには販売機だけが佇むだけで、人の気配はまるでない。
埃っぽい建物の床は木で作られ、歩くたびに軋む音がした。
ブーンの体重でも床は軋んだが、それは警報にもなる事を意味している。
滞在日数に応じた銅貨を販売機に入れ、空き部屋の鍵を手に入れる。

デレシアは鍵を持って三階まで上がり、殺風景な部屋に入るとすぐにカーテンを閉めた。
ヒートは部屋の鍵とチェーンをかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、今の状態について確認しましょう」

ノパ⊿゚)「スーパーからここに来るまでに一人、つけてたな」

ブーンをベッドの上に乗せて、ヒートは言った。
デレシアもヒートと同じ意見だったが、別の点で言えば、その数字は異なる。

ζ(゚ー゚*ζ「尾行は一人、でも、観察者は複数いたわ」

ノパ⊿゚)「っていうと?」

ζ(゚ー゚*ζ「一人はグレート・ベルの上から。
      もう一人は建物の上から見ていたわ」

432名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:53:28 ID:t6mV4x2M0
カーテンを引いた窓の外に目を向け、デレシアはそう言った。
向けられていた視線は二種類。
一つは狙撃手のそれ、そしてもう一つは、捕食者のそれだ。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、これから忙しくなってくるわよ」

そして、デレシアとヒートはこれからの動きについて話を始めた。
ブーンもその話を聞きながら、自分がこれからどう動いていくべきなのかを理解しようと努めた。
計画は単純だった。
そもそもの目的はニューソクの無力化にあり、ショボン一行の排除ではない。

彼らが襲ってくるのであればそれを叩き落とすだけで、攻め入るような真似は必要ないのだ。
備え付けのキッチンで湯を沸かして、デレシアは紅茶を三人分用意した。
ブーンのそれには、砂糖をたっぷりと入れた。
それは、このホテルに置かれている唯一の飲食物と言ってもいい。

ζ(゚ー゚*ζ「まずは私達を狙ってる人間がいる事を前提に、ニューソクを無力化しないとね」

ノパ⊿゚)「で、どこにあるんだ、そのニューソクは」

ζ(゚ー゚*ζ「ティンカーベルに幾つも島があるのは知っているわね?」

ノパ⊿゚)「あぁ、詳しい数は知らないけどな」

(∪´ω`)スズッ……
  つ凵

ζ(゚ー゚*ζ「その島の一つに、グリグリ島っていうのがあるの。
       島の地下にニューソクがあるわ。
       と言っても、一度も稼働したことがないから、動くかどうかは元から分からないけどね」

ティンカーベルを代表するのはバンブー島、グルーバー島、オバドラ島だが、それ以外にもジェイル島などの小さな島が多く存在する。
グリグリ島もまた、そう言った小さな島の一つ。
特長と呼べる特徴もなく、住んでいる人間もいない。

ζ(゚ー゚*ζ「そこに行くには、グルーバー島から船を出さないといけないの。
      周囲は人工と天然の岩礁で木製の船からあっという間に沈んじゃうわ」

ノパ⊿゚)「なら、どうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「海が駄目なら地下を使えばいいのよ」

ノパ⊿゚)「……連絡用トンネルでもあるってのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。 作業員用のトンネルがあるの。
      ただ、そのトンネルの入り口がちょっと面倒なのよ」

433名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:54:25 ID:t6mV4x2M0
小さなメモ帳に、デレシアは島の地図を描いた。
島の南側。
そこに、とある施設がある。
正確には、施設の跡地が。

ζ(゚ー゚*ζ「元イルトリアの駐屯基地があるの。
       そこに入り口があるの」

ノパ⊿゚)「元、ってことは、今はどうなってんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアの駐屯基地よ」

そう。
島の有事に備えてジュスティアは駐屯用の基地をティンカーベルに用意しており、今はその有事の時だった。
基地には武器を持った兵隊たちが屯し、派遣された警察官たちも大勢いる事だろう。

ζ(゚、゚*ζ「ね、面倒でしょ?」

ノパ⊿゚)「確かに、面倒だな。
    だがよ、そこを使わないといけないんだろ?」

ζ(゚、゚*ζ「行こうと思えばやれるんだけど、あんまり好きじゃないのよね。
      円卓十二騎士も来てるし、面倒を増やしたくないの」

ノパ⊿゚)「円卓十二騎士って、そこまで厄介な相手なのか?」

ζ(゚、゚*ζ「そうねぇ…… 厄介と言えば厄介ね。
      ジュスティアの最高戦力で、おまけに所属に関係なく独立して動けるのよ。
      だからある意味、トラギコと同じぐらい厄介ね」

ジュスティアの最高戦力ともなればトラギコとは違って多くの組織を自由に動かせる権限を持ち、一度恨みを買って追いかけまわされれば、旅自体に支障が出てしまう。

ノパ⊿゚)「そりゃヤだな」

ζ(゚、゚*ζ「もう一つあるわ」

他にも円卓十二騎士が厄介な点がある。
彼らの大好きな言葉は正義であり、不正を決して許さない。
犯罪者を前にすれば、警察官以上の正義感で仕事を果たそうとしてくる。
ヒートが殺し屋の“レオン”だと分かれば、例え緊急時だとしても見逃すことはない。

その点に注意をするようデレシアが伝えると、彼女は返事をする代わりに紅茶を啜った。

434名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:56:07 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                            厶 --====ミ
     /三三三三三ミト、      __,. -===   ̄ ̄ ̄ ̄/
     .∨         `ヾヽ  ,. 彡 ´           /
      :∨            \Y/             /
      : r∨          | |              /
      入∨             | |           ,.  ´ ̄}
     :〈  ) )           | |          (_,..  ´ ̄}
PM07:21
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに最初に気付いたのは、ブーンだった。
夕食の時間を過ぎてからも文句一つ言わず、オアシズでもらったスウドクの本を黙々と解いていた手を止め、窓の外に目を向けた。

(∪´ω`)「お?」

次に気付いたのは、デレシアだった。
僅かに遅れて、ヒートも気付いた。
何やら、街が騒がしい。

ζ(゚、゚*ζ「……何かしら」

(∪´ω`)「かじ……?」

答えを出したのはまたもやブーンだった。
彼の耳は人間のそれよりも遥かに発達しており、外の声を聞き取ることなど造作もない。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンちゃん、ヒート! 耳を塞ぎなさい!」

(∩´ω`)「お」

ノ∩゚⊿゚)「ん?」

その判断の正しさが、窓を震わせる大音量の鐘の音によって証明された。
デレシアはこのタイミングで起きた二つの動きを関連付け、それがティンバーランドの人間が仕掛けた物だと結論付けた。
この鐘の音は何かを隠すための物で、火事は鐘の音を鳴らすための物だ。
なりふり構っていられないという事なのだろう。

ティンバーランドの人間は、よほどデレシアに強い恨みを抱いたのだろう。
それでこそ、潰し甲斐があるというものだ。

ζ(゚、゚*ζ「建物を出るわよ!」

相手の次の動きを読み、デレシアは建物から出ることを選んだ。
二人に窓から離れるように指示を出す。
鐘の音が声による意思疎通を完全に遮断していた。
しかし、ヒートにならばデレシアの意図は伝えられるはずだ。

435名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:56:48 ID:t6mV4x2M0
身振りでこれからカーテンを開くが、そのタイミングで部屋の明かりを消すように伝える。
ヒートはそれを理解し、デレシアが動くのを待った。
デレシアの見立てではグレート・ベルに狙撃手が一人いるが、大した脅威にはならない。
こちらが窓から飛び出しでもしない限り、角度と言う最大の問題がある。

高所から遠距離を狙う狙撃手は、その性質上、足元が死角となってしまう。
今回デレシアが鐘の音を我慢してでもこの宿を選んだのは、狙撃の目を摘むためでもあった。
本気でこちらを殺そうと思っているのならば、狙撃手だけでなく、別の部隊も来ているだろう。
しかし、グレート・ベルに狙撃手がいるというのも、別働隊も全てはデレシアの推測にすぎない。

そこで、狙撃手に一発撃たせることで、その位置と存在を確かめようと誘うことにした。
デレシアは窓の前に立ち、カーテンに手をかける。
合図をして、一気にカーテンを引いた。
部屋の電気が消え、デレシアがその身を軽やかに翻した瞬間、窓ガラスが割れた。

だが銃声は鐘の音のせいで一切聞こえず、床に開いた小さな穴だけが銃撃が確かにあった事を物語っている。
角度を見て取っていたデレシアは、それが間違いなくグレート・ベルから放たれた物だと察した。
となると、当初の予定ではやはり狙撃によってデレシア達を亡き者にしようとしていたのだろう。
この宿にデレシア達がやって来た時点で計画は破たんしたと判断するべきだろうが、おそらく、別の目的もあって火事を起こしたのだろう。

ならば別の人間達がデレシア達を追うべく配置されているはずだ。
手を空けるため、二人にヘルメットを被るよう指示をする。
これで多少の音は防げる。
また、顔も隠せるため、万一の襲撃者がいたとしても時間を稼げるだろう。

デレシアは左手でデザートイーグルを抜き、それを構えて部屋の扉を蹴り破った。
蝶番ごと吹き飛んだ扉は向かいの壁にぶつかって砕け、細かな木片が散った。
鐘が鳴るたび、床板も床に散った木片も振動していた。
デレシアが先行し、その後にブーン、そしてヒートが続く。

彼女の手にはすでに銃が握られていた。
難なく一階まで降りて来たデレシアは、胸のどこかにあった違和感の正体に気付いた。
これはテストなのだ。
デレシア達がどう動くのか、どのような人間なのかをシュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンに見せるための試験。

出方を窺うためのから騒ぎなのだ。
本気ならば、部屋の前にクレイモアを仕掛けたり、建物を爆破したりすればいい。
成程。
前回の反省を生かすという点で言えば、相手も少しは成長したようだ。

デレシアは駐車場に向かい、ディに跨る。
視線が、夜空をオレンジ色に染め上げる方角に向けられた。
間違いなく、エラルテ記念病院の方角だった。
そこはトラギコが入院しているはずの病院で、そこが燃やされている可能性は高かった。

ζ(゚、゚*ζ「……」

436名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:59:27 ID:t6mV4x2M0
憤りを抑え、デレシアはバイクを山に向けて走らせた。
最初の予定通り、キャンプサイトを拠点として使えばいい。
もっとも、そのキャンプ場さえ特定されている可能性の方が高いだろうが。
夕食を摂る時間ぐらいは得たいものだ。

尾行者がいない事を確認しながら、デレシアはアクセルを捻った。
すっかり日の暮れた山道は、当然だが、午前とは違う表情を見せていた。
迷い込む者を歓迎する、夜の口腔。
獣の潜む魔城。

街灯などと言う気の利いた物はなく、月と星だけが頭上から彼女達を照らしていた。
ディはすでに記憶された道を走っていることを理解しており、デレシアの運転と路面に合わせて最適な走行状態を選んでいる。
悪路はただの路として三人の前に広がり、ディは難なくそれを走破した。
宿を出てから三十分後、三人はキャンプサイトに到着した。

タープの下にディを停め――キーは差したまま――、パニアから食材を取り出した。
ヒートはテントからランタンを取り出し、そのスイッチを入れてタープから吊るした。
鐘の音はまだ響き続け、消火活動のために走る消防車のサイレンも合わさった。
山から見下ろすと、やはり、燃えているのはエラルテ記念病院の様だった。

だが森に住む生物たちは何事もなかったかのように、各々の歌を歌い、蠢いている。

ノパ⊿゚)「やっぱり来やがったな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、でもあれは様子見のための動きね。
      本命は別のタイミングにあるはずよ」

ノパ⊿゚)「様子見だったら、あれはあたし達がどう反応するかっていうのを見るのが目的だったってことか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。そしておそらく次は、戦闘方法を盗み見ようとするはずよ。
       それでデータは揃うはずだから」

襲撃の際に知っておきたいのは、相手の行動パターンだ。
攻撃と逃走。
この二種類の行動さえ見ることが出来れば、襲撃方法を考案することが出来る。

ノパ⊿゚)「なら、その前に飯を食わなきゃな。
    ブーン、腹減ったろ?」

(∪´ω`)「……お」

ノパー゚)「遠慮すんなって。
    今からちゃっちゃと作るから、手伝ってくれるんだろ?」

ナイフとアウトドア用のまな板――把手が付いている――を手に、ヒートが緊張や苛立ちを感じさせない優しげな声でブーンに話しかけた。
その笑顔と声に感化されたのか、ブーンは不安そうだった表情を綻ばせた。
早速調理を始め、ブーンは野菜の下ごしらえをすることになった。
デレシアはナイフの使い方をブーンに教え、手本としてゴーヤーを切った。

ζ(゚ー゚*ζ「中の種は綺麗に取ってあげるのよ」

437名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:01:49 ID:t6mV4x2M0
(∪´ω`)「お!」

街で起きている喧騒をものともせず、三人は和気藹々と食事を作り始めた。
バーナーに火を灯し、クッカーを乗せてそこでベーコンを焼く。
ベーコンから染み出した油を利用し、切り分けたゴーヤーと豆腐を混ぜ、塩コショウで味を調える。
炒め終えたチャンプルーを皿に取り分け、主食となるロールパンと共に食べる事となった。

ブーンは調理中、ヒートが手際よく食材を切り、それを炒める様子をじっと見ていた。
その目は好奇で嬉々として輝き、ヒートの動きは魔法のように見えたことだろう。
瞬く間に調理を終えた料理を前にして、ブーンの尻尾は終始揺れ続けていた。

ノパー゚)「さ、何はともあれ飯だ、飯!」

(∪*´ω`)゛「おー!」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しそうね」

ノパー゚)「ちょっと薄味だが、口に合えばいいんだけどな」

ヒートが何故薄味にしたのか、考えるまでもない。
ブーンのためを思っての事だ。
彼は聴覚や視覚、嗅覚だけでなく味覚も人間よりも発達している。
濃い味付けの物は彼にとって毒に成り得る。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきますお」

三人は口を揃えてそう言ってから、皿に盛られた食事を食べ始めた。
ブーンが幸せそうにチャンプルーを口に運ぶ姿を見て、ヒートは嬉しそうに微笑んでいた。

ノパー゚)「どうだ? 美味いか?」

(∪*´ω`)「はい!」

ζ(゚ー゚*ζ「お世辞抜きに美味しいわ」

デレシアもこの味付けが気に入った。
ゴーヤーの苦みと塩味が絶妙に合わさり、夏の味を感じさせる。
豆腐とベーコンもいい仕事をしており、味に物足りなさを感じるという事もない。
練り込まれたバターの味がするロールパンとの相性も良く、この夕食は先ほどまでの緊張状態を和らげてくれた。

ノハ*^ー^)「そりゃ良かった」

ヒートの笑みはデレシアとブーンの言葉に向けての反応だったが、本当は、ブーンの言葉と反応が彼女を笑顔にしたのだと分かる。
日に日にブーンとヒートの距離は近いものになり、歳の離れた姉弟そのものへと変わっている。
実に喜ばしく、良い事だ。
調理したチャンプルーを全て平らげたブーンは、パンをちぎってそれで皿を拭った。

438名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:02:57 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、偉いじゃない!」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「パンでお皿を拭うの、偉いわ」

(∪´ω`)「えっと…… ししょーが、こうしたほうがいいって……」

ブーンにとっての師匠とは、ロウガ・ウォルフスキンの事である。
イルトリアの軍人であり、前市長の護衛。
狼の耳と尾を持つ耳付きの彼女の実力はヒートをも凌駕し、棺桶を使っての戦闘でも引けを取らない事だろう。
“レオン”の能力が如何に優れていても、使い手の経験値が低ければ意味がない。

ロウガの経験値は、殺し屋として生きてきたヒートを遥かに凌ぐ。
彼女は生粋の戦闘家。
キャリアが違う。
オアシズで訓練がてら手合わせをしてヒートが負けたのは、必然としか言えない。

それでも、ヒートはまだ強くなるだけの余地がある。
ロマネスク・O・スモークジャンパーとロウガの意見と同じように、彼女のこれからに期待できる。
食事を終えた三人はそれぞれの食器を持って炊事場に向かい、それを丹念に洗った。
洗い終えた食器を持ってテントに戻る途中、デレシアは二人に提案をした。

ζ(゚ー゚*ζ「この後、せっかくだからテントでゆっくりと寝ましょうか」

ノハ;゚⊿゚)「……マジか?」

ζ(゚ー゚*ζ「休める時に休むものよ、人間はね」

確かに、この非常時に眠るのは敵に無防備な姿を晒すことになりかねない。
だが、休まないのも相手の思惑にはまることになる。
休息を怠った人間が普段では決してはまることのない罠にはまり、取り返しのつかない事態に発展するのは珍しい話ではない。
デレシアは休息の重要性を理解していた。

相手がこちらの力量、反応を調べる段階にあるのだとすれば、本命を投入してくることは考えられない。
使うとしたら、雑兵だ。
雑兵で計測を終えた後、本命として手元に置いているシュールとデミタスを動かすだろう。
ならば今は休む時だ。

この島で動くには、ジュスティアとティンバーランドの二つの勢力の目を掻い潜らなければならない。
一人ならば造作もないが、二人も同行者がいれば、そう容易に事は運べない。
だからこそ、休むのだ。
休息し、これからに備える。

それが最も理想的なこちらの対抗策だ。
攻め入る者と、それを受ける者。
有利に働くのは数で勝る方だ。
相手の戦力が読めない以上デレシアにとっての立場は後者、つまり、攻撃を受ける側という事になる。

439名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:04:43 ID:t6mV4x2M0
こちらにとって生命線になるのは言わずもがな、相手の情報だ。
知る限りではショボンが関わり、それ以外の人間については現地で雇った雑兵ぐらい。
正確な数を知らないこちらが不利なのは言うまでもない。
ショボンと言う男は、それを知った上で、二人の人間を脱獄させたのだろう。

脱獄犯であれば情報は少なく、かつ、即戦力になるからだ。
彼らへの情報提供を兼ねて、今回の計画を練ったと考えれば、次もまた、有象無象の捨て駒を使ってくるはずだ。
それも、時間を空けて。

(∪´ω`)「あの……」

ζ(゚ー゚*ζ「ん? どうしたの?」

(∪´ω`)「ディは、何も食べなくていいんですか?」

補給、という単語を知らなかったのか、ブーンは食べるという単語を使った。
それがある意味で的確なため、デレシアは訂正することはしなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、せっかくだからここのお水をあげましょうか」

ディはバッテリー、そして水を動力源として動く。
バッテリーも水もまだ十分にあるが、ブーンは自ら名付けたバイクに何かをしたくて仕方がないのだ。

(∪*´ω`)゛「おっ」

自分にも何かが出来ると分かったブーンは、その日で一番の笑顔を浮かべた。

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August 10th
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AM00:58
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それは、火事の騒ぎも静まり、キャンプサイト全体も虫の鳴き声しかしなくなった深夜の事だった。
川の字になって寝ていたデレシア一行は、静まり返っていた山に響いたエンジン音で目を覚ました。
高いエンジン音が複数。

ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」

ノパ⊿゚)「……リハビリがてらだ、あたしがやるよ。
     運転を頼む」

ζ(゚ー゚*ζ「よろしく、ヒート」

440名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:06:32 ID:t6mV4x2M0
二人はヘルメットを被る。
すでに戦闘準備は整っていた。

(∪うω`)「お……」

まだ寝ぼけているブーンを抱えて、デレシアはディに乗った。
起きている状態ならまだしも、眠っている状態でバイクにそのまま乗せるのは危険だ。
ブーンを後ろに座らせ、ローブを使って彼とデレシアをしっかりと結び付けた。
その後ろにヒートが乗り、同じようにしてデレシアと自分をローブで固定させ、それからブーンにヘルメットを被せた。

ノパ⊿゚)「よっしゃ、いいぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと激しいドライブになるけど、しっかりね」

ノパ⊿゚)「任せな」

キャンプサイトの入り口に、一つ目のライトが浮かんだ。
そして、続々と現れたのはバイクのヘッドライト。
総勢で十台以上はいるだろう。
深夜という事を完全に無視した爆音を響かせて現れたバイクは、友好的な人間が乗っているとは思い難い。

各々が掲げるのは銃身の短いショットガンやアサルトライフル。
モーターサイクル・ギャングの特徴とも言える黒い皮のジャケットを着た彼らは、ライトに照らし出された蒼いバイクを見た時、反応が追いつかなかった。
ヒートが右手に持つベレッタM93Rの瞬きは、半数以上の男達の命を一瞬の内に奪い去った。
彼女のM93Rはフルオート射撃が可能なように改造されており、律儀にも自らの頭部の位置を示す格好で現れたのが仇となった。

デレシアはディを一気に加速させ、山道に入り込んだ。
遅れて銃声が数発響くが、すでにその射線上にデレシア達の姿はない。
慌てて後に続くオフローダータイプのバイクは三台のみ。
最後尾に4WDのランドクルーザーが続く。

ノパ⊿゚)「……っ!」

山道を登る四台のバイク。
性能の差は、瞬く間に現れた。
銃を構えるヒートはその照準が思った以上に揺れないことに驚いていたが、後続の三台はヘッドライトが上下に激しく動いている。
狙い撃つのは難しそうだが、やってやれないことはない。

狙いをヘッドライトよりわずかに上に向ける。
そこに胴体が必ずあるからだ。
そして銃爪を引き、一台が転倒した。
続く二台目は、それを踏みつけて追跡を続行する。

大した努力だが、とヒートは嘲笑した。
三発を連続で発砲し、二台目のバイクに乗っていた人間がバイクから落ち、しばらくの間オフローダーは無人のまま走ってから倒れた。
残りはオフローダーが一台と、車輌が一台だけ。

ノパ⊿゚)「しつこい連中だ!」

ζ(゚、゚*ζ「下り道になるから気を付けて」

441名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:09:27 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「あいよ!」

デレシアの宣言通り、バイクは峠を越えたかのように急な下り道を走り始めた。
ブーンに背中を預け、ヒートはバイクが現れるのを待った。
飛ぶように現れたバイクに向けて、ヒートは弾倉を使い切るまで銃爪を引き続けた。
銃弾の当たり所が良かったのか、そのバイクは爆発を起こし、花火のようにばらばらになった。

残るは車輌。
だが、今ヒート達が走っている道には入ってこれないことは分かっていた。
となると、先回りされている可能性が考えられる。
弾倉を交換し、ヒートはデレシアの腰に手を回した。

ζ(゚、゚*ζ「飛ぶわよ!」

ノハ;゚⊿゚)「おっ!!」

反射的に、ヒートはデレシアの腰に回した腕に力を込め、ブーンが万が一にも落ちないように気を付けた。
そして、浮遊感。
舗装された車道に飛び降りた衝撃のほとんどはディのサスペンションが吸収し、無効化した。
速度と路面の変化を感じ取ったディはすぐに走行スタイルを変更させ、デレシアはそれに応じてギアを上げて速度も上げた。

すぐ後ろにはセダンが走っており、更にその後ろには追跡者であるランドクルーザーがいた。
バックミラーに映る二台の車両の内、敵勢力はランドクルーザーだけと判断したデレシアは、更に速度を上げて二台をミラーの点に変えた。

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August 10th
      '(ヽ(:::::::   ) ソノ  ))) /ヽ     ||  ((ヘ) (::::: (::::::::    \  へ  )
       ヽ(::::::::   )ノ ノ/|| /  \       |:|   (:::: ( (:::::::::: ⌒      )
        `ヽ从人/ノ::::: ))  || /    \     |:|   ヽ从ヽ(::::::::::   ソ    )'
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AM01:23
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それに気付いたのはヒートだった。

ノパ⊿゚)「……何か来るぞ」

音が接近してくるのもそうだったが、小さな明かりが近付いてきていた。
車でも、バイクでも有り得ない程の速度。
カーブをものともせずにやって来るそれは、こちらを追っているのだと分かる。
そうでなければ、あれほどの速度で走る必要がないからだ。

デレシアはミラーに一瞬だけ目を向け、答えを出した。

442名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:10:07 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚、゚*ζ「……あぁ、やっぱり。
      さっきのセダンに乗ってたの、ライダル・ヅーだったのね」

ノハ;゚⊿゚)「……あの、ライダル・ヅーか?」

ジュスティア市長の秘書である彼女の事を、ヒートは聞いたことがある。
幾度も死刑判決を言い渡し、死神とさえ呼ばれる彼女は、ジュスティアの体現者の一人だ。
一度掴まり、彼女が事件を担当した時には死を覚悟しなければならないと言われるほどの冷酷さ。
その女性がこの島にいるのは、ジュスティアがよほど事態を深刻に見ているからに他ならない。

ζ(゚ー゚*ζ「ま、イージー・ライダーだから大丈夫よ。
      顔を向けないように気を付けてね」

ノハ;゚⊿゚)「何がどう大丈夫なのか分からないんだが……」

鬼火の様な光が接近してくるのを見て、ヒートはそれが人型である事に気づき、驚愕した。
コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高速で走るディに追いつけるほどの速度で迫るそれに、ヒートは銃を向けようとしたが、諦めた。
この弾丸では、装甲を破ることは出来ない。

(::[ ◎])『そこのバイク、止まりなさい!』

バイクを転倒させられたら、こちらは間違いなく死ぬ。
追いつかせるわけにもいかないため、ヒートは背負っている棺桶を使おうか逡巡した。
だがそれは必要なかった。

ζ(^ー^*ζ「ディの方が優秀ってことよ」

その言葉の意味を理解したのは、デレシアが突如として進路を山中に向けた時だった。
未知の変化を察知したディはオフロードタイプに切り替わり、悪路をものともせずに走るが、後ろにいた棺桶は車道からついて来ようとしなかった。
否、ついてこれないのだ。
急斜面と悪路を前に恐れをなして、その足を止めたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「舗装路でしかあの速さを発揮できないのよ、あの棺桶は」

その一言は、ヒートの中にある疑問を更に増長させた。
強化外骨格は非常に多くの種類があるが、コンセプト・シリーズの棺桶はそれ一種類しか存在しない。
量産機ではないのだ。
だから、その名前と能力を一致させるためには古い文献――イルトリアに保管されているとされる書物―――か、実際に戦闘をしなければならない。

デレシアは先ほどの棺桶の名前だけでなく、弱点まで知っていた。
果たして、彼女はこの世界の何を知っているというのだろうか。
いや、逆だ。

443名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:11:34 ID:t6mV4x2M0
.





彼 女 の 知 ら な い 物 は 、 こ の 世 界 に あ る の だ ろ う か。






Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
第一章【rider-騎手-】 了

444名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:12:15 ID:t6mV4x2M0
ちょっと途中で止まってしまいましたが、これで第一章は終了です。

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。

445名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:07:06 ID:cEh5Oss20
乙乙
Vipでも読んだけど面白い。
出てきた新キャラの中で1番気になっているのが、ジョルジュ・マグナーニなのでこのあとデレシアとどう関わっていくのか気になりますね。
差し支えなければでいいんですけど、ジョルジュ・マグナーニのモデルはダーティハリーの警部さん?

446名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:11:29 ID:t6mV4x2M0
>>445
おっ!
その通りです!
彼の持っている棺桶も起動コードもまんまあの人です!

447名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:19:17 ID:cEh5Oss20
>>446
あっ、やっぱりそうなんですね。
ということはジェイソン・ステイサムがモデルのキャラが出て来る可能性もあるな。トランスポーターとかメカニックとか。
質問に答えてくれてありがとうございます。

448名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 16:57:52 ID:QXA/Bgv20
>>442
未知の変化→道の変化?
未知の道ってかけてる?

449名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 21:03:49 ID:DYpp8EZc0
>>447
(=゚д゚)「……」
https://www.youtube.com/watch?v=VSB79jprKow


>>448
誤字で……ございまする……

450名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 22:23:12 ID:YTeS0Z0g0
>>449
トラギコさんすいませんでした。orz

451名も無きAAのようです:2016/09/04(日) 13:31:16 ID:TOAzsqvU0
虎かっけえなおい

452名も無きAAのようです:2016/10/01(土) 17:47:35 ID:NrOKzHQY0
明日VIPでお会いしましょう

453名も無きAAのようです:2016/10/01(土) 18:12:15 ID:6NdHa8aU0
お見かけします

454名も無きAAのようです:2016/10/01(土) 19:55:18 ID:m1qNR.6g0
待ってます

455名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:10:01 ID:slfccTV.0
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      The fuckers who deny my vendetta can't stop me, forever and never.
               復讐を否定する奴に、あたしは止められない。
     ヽ/ ! ` l´,ヘ ', ヘ.∧,-、   ` ‐' ‐-='´---,
      | | !   f'/,ィV ', ',∧^リ         _, ‐'‐-..、
      | | !   | イリ' V.', ',∧'、     -/:::::::::::::::::::::::
.     -=| l. l /    l. ', l ∧ ヽ r-.、γ´::{:::::, ---- 、
       ',ヘ. ヘ. __    ! l ト. ト.ヽ/:::::::::{:::::::::l:':::::::::::::::::::::   Heat ・ Ororus ・ Redwing
        ヾヘ. ハ. ` _ j ハ | ', l >ヽー-、{::::::::::',::::::::;:::::::'l´ ――ヒート・オロラ・レッドウィング
         \ 'ーチl !| l | (.!|' 、:::`:::::::',::::::::::',:::::::::::::::l
          ∨ l. ト. リ':l |::_lj〉`:ヽ::::::::::}::::::::::}::::::::::::∧

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月明りが世界を仄かにモノクロに染め上げる静かな夜。
一台のバイクが、鬱蒼と茂る木々の間を猛烈な速度で走り抜けていた。
巧みなハンドル捌きで運転する黄金色の髪を持つ女性は、ヘッドライトを切った状態にも関わらず、周囲の木の位置が分かっているかのように運転していた。
曲芸じみた技術を目の当たりにし、驚きの表情を浮かべるのはタンデムシートに座る赤髪の女性。

闇に目が慣れてきた彼女も、密生した木の輪郭を見つけることが出来るが、この速度を保ったままバイクを運転できるかと言えば、答えは否だった。
路面が不安定であり、尚且つ高速移動中に視界が狭まる事を赤毛の女性は知っていた。
そして、二人の間では一人の少年が小さく寝息を立てていた。
犬の耳と尾を持つ少年は、運転する女性の服を辛うじて掴んではいるが、まるで起きる様子がない。

三人を乗せた高性能なバイクは、世界中、あらゆる場所を走破できるように設計されており、落ち葉や腐葉土で柔らかく不安定なこの地面でも二つの車輪はしっかりとその役割を果たしている。
二輪駆動によって実現する並外れた走破能力は、野生動物さながらである。
四本の足を持つ動物がその足で大地の変化を察するように、そのバイクはタイヤ越しに大地を感知し、走りの性質を変えていく。
それだけではなく、馬が主人と認めた者の走り方を覚えて気遣うのと同じように、このバイクは運転手に合わせて多くを学習し、それを形にしていく力があった。

バイクの名は、アイディール。
全てのバイクの理想形であり、作り手と乗り手の理想の結晶だった。
アイディールには名が与えられていた。
それは、アイディールが――彼女が――誕生してから、初めての事だった。

(#゚;;-゚)

カタログ上の名前ではなく、個として識別するための名前。
他の誰のものでもない、自分だけの物。
名前を与えられた彼女は、何度もその瞬間のことについて反芻し、自己学習を行った。
間違いなくそれは人間の感情で“喜び”であり、“感謝”の気持ちが芽生えていることが分かった。

自分で導いた答えに、彼女は疑問を持たない。
彼女の中に疑問はないのだ。
彼女は人工知能。
声を発することの無い、寡黙な存在。

456名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:12:19 ID:slfccTV.0
乗り手が心地よく走るためだけに生み出された道具。
道具が疑問を持つ必要はない。
道具に必要なのは、ただ、乗り手に奉仕をするという気持ちだけなのだ。
この瞬間、“ディ”と名付けられた人工知能は己の矛盾した考えに一瞬の内に気付いた。

乗り手に奉仕をするだけであれば、喜びなどと言う感情は不要のはずだ。
はずだ、という考えがディに更なる考えを促した。
不要ならば最初からシステムに組み込まれないし、生まれることの無い考えだ。
だがそれが生まれたという事は、必要な物だから生まれたのだ。

ディは考えた。
思考することで彼女の人工知能は成長し、よりよい物へと進化する。
そう作られているのだ。
自己学習機能を備える彼女は、全ての経験を糧として機械的に日々成長を重ねる。

その過程で産まれた“感情”は、最初は形骸的な物だったと記憶している。
喜怒哀楽。
その四つだけだった。
特に深い意味はなく、それがバイクにとって良い物か、それとも悪い物かでしか判断は出来なかった。

やがてそれが経験と共に深みを持ち、複雑な感情が生まれたのだ。
ある時は若い狙撃手の女性を乗せて、短い間ではあったが旅をした。
彼女はディとあまり交流を深めようとするタイプではなかったが、その扱い方は常に気遣ってくれていた。
かつてこの島の山と道を走ったのも、彼女とだった。

彼女が今どうしているのか、ディは知らない。
その次の乗り手は、若い男性だった。
彼もまた狙撃手で、その前の乗り手の女性と一緒に乗る事が多かった。
狙撃手の彼はマフラーの位置を変えて、より多くの路を走れるようにしてくれた。

数十年、彼と世界を走り回った。
だが彼も、ディの存在には気付いていないかのように走り、気を遣ってくれた。
ただ、彼の気遣い方はまるで宝物を扱うようだった。
そうして、彼が今どこにいるのか、ディが知る術はない。

次の持ち主はディにほとんど跨ることなく、彼女を飾って眺め、時折エンジンを吹かして室内で走らせるだけだった。
やがて過去の記録を振り返っては考えることで時が流れ、今の持ち主――恐らくは金髪の女性――が久しぶりにディの事を認知してくれた。
彼女に認知され、そして、少年が認知した。
本来、名前は意味のない情報という事で記録されないのだが、この二人の名前ともう一人の搭乗者の名前は非削除対象として記録された。

金髪の女性はデレシア。
耳付きの少年はブーン。
赤髪の女性はヒート。
この三人は、ディの記録媒体に初めて記録された搭乗者の名前だった。

これまでの記録と照合しても、彼女達のような人間は初めてだ。
ライトを消して夜の林道を猛スピードで駆け登る人間も、これだけ激しい運転の中、完全に安心しきって眠る少年も。
ディにとっては、知らない人間だらけだった。
彼女達との旅は、どれだけ続くのだろうか。

457名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:13:48 ID:slfccTV.0
当然、その答えを彼女が知るはずもない。
乗り手が旅を止める時、彼女の旅も終わる。
かつて、彼女が生まれたばかりの時代の乗り手達がそうであったように、別れは突然やって来るのだ。
それを悲しむことなく、彼女は新しい乗り手のために尽くし続けるだけ。

だがそれでも。
ディは、機械らしからぬ感情を抱いていることに気付いていた。
久しぶりの未知の存在は、彼女にどのような経験をさせてくれるのだろうか。
彼女達はどのような旅をして、どのような道を見て行くのだろうか。

自分は果たして、どこまでそれを見て行くことが出来るのだろうか。
この三人が共に居続けるかどうかなど、ディには分からないのだ。
彼女は何も喋らない。
彼女に口はなく、何かを話す必要がないのだから。

(#゚;;-゚)

彼女は、無言で疑問を抱き続け、考え続け、成長し続ける。
この先の旅が実りあるものである事を願いながら、ただ、走り続けるのだった。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
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                         第二章【departure-別れ-】

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夜襲から時間が経過し、日付の変わった暗い時間。
虫たちですら、その声を潜め始める真に暗い時間帯。
三人の旅人を乗せた一台のバイクは、キャンプサイトに戻ってきていた。
エンジンを切ったデレシアは、小さく溜息を吐き、冷えた空気を肺に送り込んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

月が傾き、夜の闇も大分深まった深夜。
彼女達が戻ってきたキャンプサイトには、生きている人間は一人も残っていなかった。
テントの中で銃声を聞いた少数のキャンプ客は皆一目散に逃げ出し、後に遺されたのは無人のテントと死体だけだ。
死体は皆、同じデザインの服を着ていた。

モーターサイクル・ギャングと見て間違いないだろう彼らの傍らには、エンジンの切れた愛車が無残に横たわっている。
後部席にいたヒート・オロラ・レッドウィングが降り、熟睡するブーンを担ぎ上げた。
体を丸めて少しでも体温を保とうとする彼を赤子のように胸に抱くヒートは、ブーンの寝顔を見て感心した風に声を発した。

458名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:15:17 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)「あれだけ暴れたっていうのに、よく寝られるな」

銃撃戦然り、激しいカーチェイス然り。
大人でも心臓の鼓動が激しくなることは必至の状況下で、ブーンは割と早い段階で眠りに落ちていた。

ζ(゚ー゚*ζ「安心しきっているのよ。信頼の証として受け取りましょう」

ノパー゚)「そうだな……」

確かに、ブーンは二人を信頼していた。
二人にとって、ブーンは家族の様な物だ。
彼が困った時には手を差し伸べるし、彼が成長するのを誰よりも身近で見守る事が出来るのは彼女達にとって至上の喜びだ。
眠る彼の頭からヘルメットを取り、乱れていた髪の毛をヒートが手櫛で直してやる。

(∪*´ω`)「……お」

ブーンは身じろぎし、ヒートの方に体を寄せた。

ノパー゚)「……」

眠るブーンの頬にそっと口付けし、ヒートは愛おしげにブーンを見つめている。
その目は慈愛に満ち、強い母性が垣間見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、少しだけ寝てから街で朝ごはんを食べに行きましょう」

ノパ⊿゚)「だな。 早朝なら連中もそうそう動かねぇだろう」

二段階の襲撃を振り払ったとしても、それで終わりになるわけではない。
デレシア達を狙う人間は現地にいた人間を使い捨ての駒として使ってきただけで、直接的な被害は何一つ被っていないのだ。
強いて言うなら、間抜けな狙撃手が銃弾を無駄にしたぐらいだろうか。
こちらの反応を見たティンバーランドの人間は、もう間もなく本命の駒を動かしてくるはずだ。

雑兵で得た情報を使い、動かしてくる駒はおそらくは二つ。
盗みに長けた“ザ・サード”デミタス・エドワードグリーン。
誘拐に長けた“バンダースナッチ”シュール・ディンケラッカー。
この駒を動かし、デレシア達の命を奪う、もしくは別の何かを狙ってくるだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「むしろ逆かも知れないわね。
       なんにしても、私達が休まないようにしてくるでしょうね。
       だから今は少しでも休みましょう」

テントにそのままにされていた寝袋を整え、ヒートがブーンをそこに寝かせた。

ノパ⊿゚)「どうする? 順番に見張るか?」

ζ(゚ー゚*ζ「私が見てるわ。
       だから、ブーンちゃんの傍にいてあげて」

ノパ⊿゚)「分かった」

459名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:18:08 ID:slfccTV.0
ヒートはブーンの隣に寝そべり、瞼を降ろした。
テントの入り口を閉めて、デレシアは星空を見上げた。
見事な星空だ。
かつて、世界が第三次世界大戦を迎える前には想像も出来なかったであろう圧倒的な星の輝き。

星の海、という表現が最適だろう。
葉擦れの音と潮騒の音が横殴りの雨のように周囲に満ちている。
そして煌く星々の音さえも、そこに紛れていそうだった。
静かなこの夜の時間は、昔から少しも変わっていない。

全てが黒の輪郭へと変わり、本来の像を曖昧にする時間。
デレシアは折り畳み式の椅子に座り、ステンレスのマグカップを直接バーナーの上に置いて湯を沸かした。
沸いた湯にスティック状の袋に入ったインスタントコーヒーを溶かし、適温に冷めるのを待つ。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

かつて。
星はもっと遠くの存在だった。
月は手の届かぬ存在であり、星は夢そのもの。
何もかもを手に入れた人類が、決してその手にすることが叶わなかったこの満天。

手に入らぬと理解した人類は汚れた夜空を見捨て、街の明かりに価値を見出した。
人の営みの証である豊かな明かりを発する街は、宇宙から見ても都市の形がはっきりとわかる程煌々とし、人々の視線を空から地上に引き摺り下ろした。
星を地上に再現した彼らがこの空を見たら、どう思うだろうか。
気の遠くなるほど長い時間をかけて世界が取り戻した、この夜空を。

この時代に生きる人間にとっては何ということの無い景色だが、肉眼で星の帯をここまではっきりと直視出来る事が、どれだけ素晴らしい事か。
別の銀河が目に映るこの夜空の価値は、どれだけ希少な宝石にも勝る。
そして、それを見上げながら飲むコーヒーの味は格別だ。
挽きたてのコーヒーでなくとも、その水面に映る星の輝きだけで十分。

コーヒーを飲み、そっと溜息を吐く。
思い返すのは、ヒートとブーンの関係の進展具合だ。
出会ってからまだ約十日。
半月も経過していないが、二人の仲はかなり親しくなっている。

初めてであった頃のブーンは人間全般に対して恐怖心を抱いている感じだったが、今ではその名残も薄れている。
彼は出会いと別れの中で成長し、年相応に人に甘えることを覚えた。
ようやく取り戻した彼の人生は、これから先、どう変化していくのか。
すでにティンバーランドと関わりを持った以上、彼の人生は平穏無事に進むことはない。

デレシアがかつて何度も潰してきた組織の芽が、彼女の目を掻い潜ってここまで成長していたとは予想外だった。
“世界を黄金の大樹にする”、という彼らの理想はいつの時代も多くの信仰者を作ってきた。
これまで鳴りを潜めていた彼らがこうして目立った行動をするという事は、ある程度の準備が整ってきたという事なのだろう。
今さら潰しようがない、潰されようがないと慢心しての行動なのだろう。

確かに、今回の相手は世界に根付く大企業、内藤財団が背後にいる。
財力、影響力共に申し分ない。
隠れ蓑として使うのにも十分だ。
これまで通り旅を続けていても、再びデレシアの旅路を邪魔してくるに違いない。

460名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:19:04 ID:slfccTV.0
旅はまだ途中。
果てしのない旅を足止めする者があるのならば、デレシアのすることはただ一つ。
路傍の石ころと同じように処理するだけだ。
蹴り飛ばすか、踏み潰すか。

あまり二人には迷惑をかけたくないが、同じ旅をする以上、多少は手を貸してもらった方が助かる。
恐らくだが、敵はデレシアを直接狙うのではなくその周囲から切り崩しにかかってくるだろう。
直接的な対決ではデレシアに勝てないと知る者がいれば、間違いなくそうしてくる。
そうなると真っ先に狙われるのはブーンだ。

なるほど。
相手の狙いは二つだ。
一つはブーンの命、もしくはそれを利用してデレシアを動揺させる。
そしてもう一つは、ヒートの持つ棺桶だ。

ほぼ全ての強化外骨格の天敵である“レオン”は、ティンバーランドが是が非でも手に入れたいものだろう。
実際、オセアンで狙われていたのは“ハート・ロッカー”と“レオン”だった。
そのために街一つを犠牲にするような作戦を展開したが、まるで焦った様子も躊躇う様子もなかった。
彼らが強化外骨格を手に入れるために文字通り手段を選ばないのは、オアシズでも証明されている。

シュールがブーンを攫い、デミタスが棺桶を盗む。
そしてこちらが混乱している隙を突いて、デレシアに攻撃を加えるつもりだろう。
コーヒーを新たに口に含み、胃に収める。
夜明け前まではまだ時間がある。

それまでの間、デレシアは無言で星空を満喫することにした。
星は何も語らない。
数百年前の輝きを見るデレシアは、その輝きが生まれた時、地球がどうなっていたのかを想った。
今の文明レベルに到達するまで、人類はとてつもなく長い時間を要した。

スカイブルーと紫の帯を背景に散らばる星々の歴史を想像すると、あまりにも現実離れした規模の自然現象に圧倒されかける。
その昔、デレシアは彗星が夜空に美しい光景を作り出したのを見たことがあった。
美しい尾を引いて現れた彗星が、空中で無数の小さな隕石へと分裂し、夜空に百を超える流れ星を作り出したのだ。
圧倒的な光景だった。

主となる彗星に追随するようにして、数百の小さな星が赤い尾を引いて空を支配した。
素晴らしく感動的な光景。
忘れられるはずのないその夜空を、デレシアはよく覚えている。
いつか、その空を二人にも見せたかった。

コーヒーを飲みつつ、デレシアはテントの中の二人について考えた。
ヒートは何故、あそこまでブーンに愛情を注いでいるのだろうか。
確かに、この世の中には耳付きに嫌悪感を抱かない人間が少数だがいる。
ヒートもその類の人間だろうが、愛情の注ぎ方が明らかに強い。

出会った初日から、ヒートがブーンを見る目は明らかに異なっていた。
ただの耳付きとして見ているのではなく、別の誰かを重ねて見ているようだった。
誰を見ているのか。
それは、彼女の過去に関係がありそうだった。

461名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:21:02 ID:slfccTV.0
彼女が語るまで、その過去には触れない方がよさそうのも間違いなさそうだ。
時間と共に徐々に月が沈む。
コーヒーの香りが森の香りと混ざり、得も言われえぬ芳香へと変わる。
それを楽しみながら、デレシアは空の移り変わる様子を無言で眺めていた。

やがてデレシアは飲み干したカップを地面に置いて、静かに立ち上がった。
時刻は朝の三時半。
水平線の向こうに小さな明かりが浮かび始めている。
間もなく空に新たな色が付け加わり、夜明け前にだけ見られる見事な瑠璃色の空が姿を現すだろう。

もうそろそろ良い時間だろう。
テントに歩み寄り、抱き合って眠る二人にデレシアは優しく声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、お二人さん」

ノハ´⊿`)「……おう、おはよう」

(∪´ω`)「……おはおーございまふお」

まずはヒートが起き上がり、続いて、ブーンも起き上がる。
ブーンは大きな欠伸を一つして、目を擦って四肢を伸ばした。

         o″
″o(∪´ω`)  「んぎー……」

ノパ⊿゚)「ブーン、顔を洗いに行くぞ」

(∪´ω`)「お」

ブーンの手を引いて二人が炊事場に向かう。
二人が戻るまでの間にデレシアはタープとテントを畳んで、それをパニアに詰めた。

ノパ⊿゚)「わりぃ、片付け全部やってもらっちまったな」

ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ、気にしないで」

(∪´ω`)「おー、ごめんなさいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「もう、謝るのはもっと違うわよ。
      私が好きでやった事なんだから」

ブーンの頭を撫でてやり、デレシアは二人にヘルメット手渡す。

ζ(゚ー゚*ζ「かなり早いけど、朝食を食べに行きましょう」

ノパ⊿゚)「なぁ、今度はあたしに運転させちゃくれねぇか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論いいわよ」

462名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:22:38 ID:slfccTV.0
背負っていた棺桶と引き換えにキーを受け取り、ヒートはディに跨ってエンジンを始動した。
低く唸り声を上げ、マフラーから白い蒸気が吐き出された。

ノパ⊿゚)「よろしく頼むぞ、ディ」

タンクを撫で、ヒートが一声かける。
エンジンが一瞬だけ、頷くようにアイドリングした。
ヒートの後ろにブーン、そして棺桶を背負ったデレシアが乗る。
しっかりとブーンの両手が腰に回されていることを確かめてからギアを一速に入れ、ヒートはアクセルを捻った。

走り出すと、ディは車高を高く変更させ、素早く路面に対応させた。

ノパ⊿゚)「おぉ、すげぇな!」

乗車した時の車高はかなり低めに設定されていた。
それはデレシアが設定した物ではなく、ディが自ら判断しての事だった。
前夜に三人乗りをしたことを参考に、その中に子供が混じっていることを知ったディは乗りやすいように車高を変えて待機していたのだ。
これが自己学習機能を搭載した人工知能のなせる業だ。

無論、ディがそれを自慢することはない。

ノハ*゚⊿゚)「ひょおおお!!
     こりゃあいい! すっごく良い!!」

興奮するヒートは、更にアクセルを捻って速度を上げた。
まだ暗い中、三人を乗せたバイクは林道を下る。
段差のある場所を走れば必然、ライトは上下に揺れる。
だがそれは、このディには当てはまらなかった。

ライトは一点に向けられたままで、その進路をまっすぐに照らし出している。
優れたサスペンションも然ることながら、電子制御されたサスペンションを地形変化に応じて即応させる機能がそれを可能にしていた。
林道から車道に出たヒートは、素早くギアを変え、西回りで街を目指す進路を取った。
すると、ディはその車体を低く変化させてそれに応じた。

右手には海が広がり、空と同じ色をした水面が揺れていた。
街までは二十分もあれば到着できるだろう。
急な左カーブに差し掛かり、ヒートは車体を傾けた。
色彩を徐々に取り戻しつつある世界を、彼女達を乗せたバイクが疾走する。

鎧のようなカウルと楯のようなスクリーンで、彼女達に正面から吹き付ける風は殆ど無力化されている。
黒主体の景色が、次第に、モノクロの姿へと変わる。
白んでいく空。
夜明けの世界。

僅かだが街から伝わる活気を感じ取ったブーンは、ヒートの横から顔を出して下り坂の途中から見える街並みを眺めた。
グレート・ベルの鐘が見えたと思った次の瞬間には、枝葉のトンネルに遮られる。
昼間とは打って変わって、そのトンネルは夜の闇を守るようにして三人を迎え入れた。
影よりも濃い黒。

463名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:25:51 ID:slfccTV.0
その景色は、思わず息を呑むほど幻想的であった。
静かなモノクロの世界。
デレシアは黒い空を見上げ、目を細めた。
嗚呼、と思う。

世界はいつだって、美しいのだ。
醜い醜悪極まりない人間がいたとしても、世界は世界のまま。
いつだって、世界は世界であり続けている。
いつか、ブーンにもそれを知ってもらいたい。

残酷な現実。
悲惨な真実。
それら全てを内包した世界の姿の美しさ。
あてもなく旅を続けるデレシアが辿り着いた一つの答えに、いつか彼も到達するだろう。

いつか、きっと、彼ならばこの世界を――

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スタードッグス・カフェに到着したのは、朝の四時丁度だった。
バイクは近くの駐輪場に停め、ヒートはキーをデレシアに放り渡した。
駐輪場は当然だが空車だらけで、新聞会社のスーパーカブが停まっているだけだった。
ヒートとデレシアは髪の乱れを直し、ブーンは毛糸の帽子を被って獣の耳をカモフラージュした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうだった?」

ノパー゚)「あぁ、いいバイクだ。
     あたしが乗った中で最高の一台だよ」

これまで、ヒートは数多くのバイクに跨ってきた。
故にその癖や特徴が体に染みついて分かっているが、ディはそのどれとも違った。
一切の癖がなく、意のままに操れるバイクだった。
曲がりたいと思う時に曲がり、駆け抜けたいと思う時に駆け抜ける。

正に人馬一体。
バイク乗りの理想の体現と言うだけあり、何一つ不満点がなかった。

ノパ⊿゚)「今日の朝食ぐらい、あたしが奢るよ」

普段、旅の資金はデレシアが出していた。
彼女はほぼ無尽蔵とも思えるほどの資金を持ち、金貨や銀貨を惜しげもなく使っているが、一向に底が見えてこない。
とはいえ、ヒートとしては毎度彼女の世話になるわけにもいかない。

464名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:28:21 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、それじゃあ御馳走になろうかしら。
      ブーンちゃん、こういう時は御馳走になります、って言うのよ」

(∪´ω`)「ごちそーに、なります?」

ζ(^ー^*ζ「その通り。
       簡単に言えば、食事を奢ってくれるって言った相手の好意に甘えるってことね」

(∪´ω`)「おごる?」

ζ(゚ー゚*ζ「何か物を買ってくれる、ってことね」

(∪´ω`)「ぼく、いつもおごられてますお……」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん、それはちょっと違うわね。
      それについては今夜、またお勉強しましょうね」

勉強、という言葉にブーンの尾が揺れた。

(∪*´ω`)「おべんきょー! やたー!」

そして、思い出したようにはしゃぐのを止め、ブーンはヒートをまっすぐに見上げた。
青い瞳が、ゆらりと揺れて、ヒートの目を必死に捉える。

(∪´ω`)「ごちそーに、なります」

ノハ*^ー^)「あぁ、遠慮なく食べてくれよ、ブーン」

ヒートはブーンの手を引いて、カフェのテラス席を選んで座った。
席には大きな傘が付いており、日除けと雨除けの対策が施されていた。
机に置かれたメニューを広げ、ヒートはそれをブーンに見せた。
デレシアは背負ってた棺桶をヒートの傍に置き、自分自身もメニューを見た。

コーヒー一杯の値段としては高価だが、喫茶店が空間を提供する店であることを考えれば、相応の値段と言えよう。

ノパ⊿゚)「あたしはホットサンドセットにするよ」

(∪´ω`)「ぼくもそれがいいですお!」

すぐ隣の席に座りブーンが笑顔でそう言った。
きっと、よく分かりもせずに頼んでいるのだろう。
だがそれが可愛らしく、愛おしかった。
ヒートは、失われた過去を埋め合わせるようにして、この時間を堪能することにした。

ヴィンスでの記憶は、とうに過去の物。
清算を済ませた過去なのだ。
今はこの時を楽しむべきだ。

465名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:29:04 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、私もそうしようかしら。
      コーヒーをブラックでお願い。
      後、今朝の朝刊が欲しいわ」

三人の注文が確定し、ヒートが手を挙げて店員を呼ぶ。
髪を後ろで結った女の給仕が静かに近づいてきた。

ノパ⊿゚)「ホットサンドセットを三つ。
    飲み物はコーヒーのブラックを二つと、甘めのロイヤルミルクティーを一つ頼む。
    後は今朝の朝刊を頼む」

定員はそれを素早く書き留め、一礼してその場を去った。
空の色が変わり始め、徐々に人の動きが活発になってきた。
コーヒーを待つ間に給仕が今朝の新聞をデレシアに手渡し、デレシアは紙面に素早く目を走らせ、すぐに畳んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃんはヒートの事大好きなのね」

(∪´ω`)「だいすきですお!」

ノパー゚)「こりゃ嬉しいことを言ってくれるね。
    あたしも大好きだよ、ブーン」

(∪*´ω`)「おー」

ブーンの境遇を考えれば、ヒートは彼の成長の速さに驚きを覚えていた。
トラウマと人間不信に陥ってもおかしくない環境で生きてきて、一カ月も経たずに人を信じられるようになっている。
その順応性と成長速度は、彼の持つ長所の一つに違いない。
肩を抱いて胸元に寄せ、ヒートはブーンの頭を撫でた。

注文した商品はすぐに届いた。
早朝という事もあり客の入りもまだ少なかったが、急な客の増加に対応するのと同時に冷蔵庫内にある食材――痛みやすい物――を一気に消費するために作り置きがされているのだと分かった。
ホットサンドを重ねて保管していた証に、重なったパンの片面が湿っている。
幸いだったのは、まだ温かさが残っていることで、斜めに両断された断面からは蕩けたチーズが顔を出している。

薄いハムが幾重にも重ねられ、レタスとの間にはマヨネーズが塗られていた。
非常にシンプルなホットサンドは、一つを半分に切り分けた物が紙皿に乗っていた。
量が少ない分、小さなチョコクロワッサンが添えられている。
陶器のカップに注がれた飲み物からは湯気が立ち、香ばしい香りは挽きたてなのだと分かった。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃ」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきます」

温いホットサンドに齧り付き、もぐもぐと咀嚼する。
レタスはサラダで食べても美味いが、こうして火を通してもその美味さは損なわれない。
この絶妙な歯応えがたまらないのだ。
ブーンは大きな口を開けて早くも二口目に取り掛かっていた。

466名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:30:08 ID:slfccTV.0
見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。

ノハ;゚⊿゚)

――その胸の痛みは、何の前触れもなしに訪れた。
フラッシュバックしたのは、眩しいばかりのかつての記憶。
ヴィンスで見た、家族の記憶。
幸せで終わることの無かった、家族最後の思い出。

その瞬間に、彼女が今見ている光景は酷似している。
ヒートはこの光景を夢見た。
何度も夢見た。
決して戻らない日々として、その胸に幸せの断片として刻み込んだ。

それが重なって見え、ヒートの胸は痛んだのだろう。
終わった事を今さら振り返る時期は終わったはずなのに。
二度と味わいたくないその痛みが、前触れもなく今再びヒートを襲った。
六年前に嫌と言うほど味わった感覚が全身に広がる。

次に胸を襲うのは、克服したはずの虚無感、無力感。
屈託のないブーンの笑顔が呼び起こしたのだろうか。
寒気にも似た感覚が背筋を撫で、ヒートは周囲を見渡した。
背中の火傷が疼く。

その疼きは、彼女に何か警告をしているようだった。
忘却を許さない、彼女の復讐の証。
確かにこれまでに何度かあの日の事を思い出し、胸を痛めることはあった。
だが、火傷の痕がじくじくと痛むことはなかった。

何かがおかしい。
周囲にいる客層、否。
周囲の環境、否。
自分達の状況、否。

別の何かが、ヒートに警鐘を鳴らしている。
平和そのものの光景のどこかに、ヒートの本能を反応させる何かがある。
悪寒の正体は空気だとすぐに思い至った。
漂う空気にこそ、彼女の記憶を呼び起こす物があった。

平穏な空気の中に混じる、不穏な匂い。
それは悪意、敵意、殺意と呼ばれる類の匂いだった。
何者かが、この空気をこれから破壊しようとしている。
視線を巡らせ、奇妙な物、不自然な物を探す。

注文を取る給仕。
朝市で買ったと思われる魚を運ぶ老人。
コーヒーカップを置いて立ち上がる客。
新たにやって来た客。

467名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:32:48 ID:slfccTV.0
不揃いな石畳。
駐車された車。
シャッターの下りた店。
遠くから聞こえてくる潮騒と海鳥の鳴き声。

そして、ヒートは遂に見つける。
今まさに席を立った客の席の上に置き忘れられた、黒い鞄を。
全身が総毛立ち、一瞬で神経が興奮状態に陥った。
何か確定的な情報を手に入れるよりも早く、ヒートの体は反応していた。

直後、その黒い鞄が爆発した。

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            《〉                    /\
              。                | ̄\〉
           \〉 ?礒 :. ∥                   L_/    August 10th AM04:14
           ̄\|  、从_/  ゚
             ∥:.⌒  .:⌒)、/  o
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         ∧ l!l .:∥从    : 从_      L/             /: : :.,/ ̄\
         〈  i!l| .:,|l⌒:.、_从   ::⌒)、                    / ̄ ̄\  .:: :〉
       ..:┴: l!l|  .:⌒≫―(⌒:.   ,;:从                  くミ:;   ::: :.,>./
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誰よりも早く反応したのは、爆発よりも先に行動を起こしていたヒートだった。
それは彼女の体に刻み込まれた悪夢が、後悔の念がそうさせた。
何百回、何千回と見てきた悪夢。
無力さを何度も自分自身になじられ続け、責められ続け、変わることの無い結末を見せつけられる悪夢。

救う事も守ることも、何も出来なかった瞬間は記憶に刻まれ、彼女の体に消えない傷として今も残り、そして悪夢として苦しめ続けた。
悪夢から解放されるには長い時間が必要だった。
それと同時に、彼女の体と心は痛めつけられた。
細胞の全てが悪夢を記憶し、復讐を誓った。

苦痛の日々に彼女の体は悪夢を覚え、次なる瞬間に備えていた。
次にもし、愛しい存在が同じような危機にさらされたとしたら。
もしもあの瞬間に戻る事が出来るとしたら。
家族を失ったあの日に戻ることが出来たならば、この体は決して彼女を裏切らない働きをすると誓いを立てた。

細胞レベルにまで刷り込まれた、息をするような自然なその動きは、その場で最速の動きを実現させた。
防御の道具としても使える運搬用コンテナを一瞬で背負い、ブーンを自分の胸に抱き寄せて押し倒し、鞄に背を向ける。
次に動いたのはデレシアだった。
料理の乗った机を鞄の方に向けて蹴り飛ばし、心もとないが爆炎と爆風を遮断するための楯を作り出した。

全ては一瞬の内に起こり、終わった。
爆発はまず、薄手のパラソルを吹き飛ばし、その骨を砕いた。
続いてプラスチック製の机が熱で溶かされた挙句に破壊され、石畳を抉り、その破片によって粉々にされた。
そして座っていた三人の旅人を爆風によって地面に押し倒した。

468名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:34:01 ID:slfccTV.0
耳鳴りが周囲の音の全てを消し、平衡感覚を狂わせる。
徐々に音が戻ってきて最初に聞こえたのは、悲鳴だった。
だが悲鳴などどうでもよかった。
まずは目の前にいるブーンの息が聞こえるかどうか、それが重要だったが、彼は睫毛の数が数えられるほどの近距離から不安げにヒートを見上げていた。

自分の四肢が残っている事を確認するよりも先に、ヒートはブーンの安否を気遣った。

ノハ;゚⊿゚)「……大丈夫か!」

(∪;´ω`)「だ、大丈夫ですお……」

コンテナが爆発の威力を全て受け止め、ブーンには擦り傷すらなかった。

ζ(゚-゚ ζ「すぐにここから退くわよ」

服に付いた瓦礫を払落し、デレシアが二人に手を貸して立たせた。
その顔からは余裕が窺えないが、立ち振る舞いは冷静そのものだった。
爆破されたことに対しての怒りを完全にコントロール下に置き、状況を把握して的確な行動をとろうとしている。
今のヒートは、少なくとも彼女よりも冷静に動ける自信がなかった。

早朝の人が少ない時間帯という事もあり、三人は誰かに止められることなくディのところに向う事が出来た。
だが。

ノハ;゚⊿゚)「何で……」

ヒートは徐々に冷静さを失いつつあった。
心に渦巻く思いは、困惑。
終わらせたはずの悪夢の再来、再現に彼女が戸惑うのも無理はなかった。
先ほど巻き込まれた爆発の一連の動きは、かつて彼女が経験したものとほぼ同じだったのだから。

――“レオン”が生まれることになった、あの事件と。

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     |:::: ト=-_―'''"´/,ィ''ニ:'i:::. ト }   `'' ソ
      ,!::: lヽ ヘニ、  ´ 〃ゞ='''|:::. |l'ノ  __ニ-'´
    ノ !:: |::::ヘ. ゙='         |::: || i、lヾ-          August 10th AM04:56
   ー=-'|:: !:::| ハ  、        |:: l| | '__
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ヒートの様子がおかしいことに、デレシアは気付いていた。
ディに乗って現場から離れた場所にあるレストランに到着し、三人は今後の動きについて考えなければならなかった。
だがヒートの意識は明らかに別の場所に向けられていた。

ζ(゚、゚*ζ「ヒート、何かあったの?」

気分転換のためのハーブティーを飲みながら、デレシアは向かいに座るヒートに声をかけた。
彼女の隣に座るブーンも、不安そうにヒートの顔を見上げている。

469名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:34:42 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)「……何でもねぇよ」

(∪;´ω`)「お……」

人の感情の変化に敏感なブーンは、その言葉が無くてもヒートが本当は怒りを押し隠していることに気付いていた。
怒りの矛先は彼でないにしても、人の怒りはブーンにとってはいい思い出の無い感情だ。
彼が怒りの匂いを嗅ぎ取った時、ほぼ間違いなくブーンは八つ当たりの対象として暴力を受け続けてきた過去がある。

ζ(゚、゚*ζ「……探しに行くの?」

観念したように、ヒートは肩を竦めた。
その目は笑っていなかった。
氷のように冷たく、憎悪と殺意にぎらついていた。

ノパ⊿゚)「……やっぱり、あんたにゃかなわねぇな。
     あぁ、ちょっと訊きたいことがあるんでね」

ζ(゚、゚*ζ「そう。 目星は?」

爆弾を仕掛けた人間の人相が分からない事には、探しようがない。
しかしながら、方法がないわけではない。

ノパ⊿゚)「心配しなくても大丈夫さ。
    あいつらの跫音はでかい」

それはかつて殺し屋として生きてきた人間の言葉として捉えれば、十分説得力のあるものだった。
相手がプロであろうとも、彼女は探り出すだろう。
それに、相手はヒートにも用がある可能性があり、自然と彼女の方に近づいてくるかもしれない。
怪我はまだ完治していないように見えるが、ヒートがそう望むのであれば、止める権利はデレシアにはない。

これは彼女の過去に起因するものだ。

(∪;´ω`)「……ヒートさん、どうしたんですか?」

流石に黙っていられなくなったのか、ブーンがヒートに声をかける。
安心させるための笑顔を浮かべるだけの余裕もなかったが、声色を落ち着けたものにすることは辛うじて出来ていた。

ノパ⊿゚)「ちょっと出かけてこようと思ってね」

その言葉に嘘がある事にブーンは気付いた。
そして、救いを求めるようにデレシアを見る。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、ブーンちゃん。
       ヒートが強いことは知ってるでしょ?」

(∪;´ω`)「でも……でも……」

470名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:36:39 ID:slfccTV.0
子供は空気に敏感であり、耳付きは更に一層空気に気を遣う。
ヒートがもう帰ってこないかもしれないと、ブーンは彼女の言葉と放つ空気から察しているだろう。
しかし彼女の覚悟を止める理由はない。
それなりの理由があって、彼女は意を決したのだろう。

ノパ⊿゚)「心配すんなって。
     な?」

(∪;´ω`)「お……」

理由は訊かなくてもいい。
デレシアが己の過去を語たらないのと同じように、ヒートも過去を無理に曝け出す必要はないのだ。
エスプレッソを一気に飲み、ヒートは席を立った。

ノパ⊿゚)「なぁに、あたしの勘違いかも知れないし、案外すぐに終わるかもしれないからな。
    少しの間だけ、お別れだ」

屈んで、ブーンの額にそっと口付けた。

ノパー゚)「あたしがいなくても、いい子でいるんだぞ」

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              `=ニ三彡: : : :l : : : l三ミ≧、 ̄ ̄,彡ィ.l : : l: : :ミニ=′
                     /: : : /.l: : : :l::::::心     〃,ィ刈 l: : :l三彡´
               ,ィ彡 : : : : マl: : : :l辷歹ヾ    仆::ノ ,/l: : ム
             `=ニ三彡イ: : : : '; : : l       ,   ̄ /ノl: :,'三彡′August 10th AM05:31
               ミ三彡イ : : : ', : :l、   ._  _  .ノヾ::l: ,′
                   ノ彡イノ:'; : l \    ̄  .イ: : : :}:,′
                        〃ゞ',: ト 、:::...  イ::::)ゝ`l._i,'__r 、
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――四時半を過ぎてから再び鳴り始めた鐘の音が、まだ響いている。

店を出たヒートは、まず気持ちを落ち着ける事よりも先に情報を得ることにした。
爆破事件で騒然とする現場に足を運び、遠目にその状況を見る。
血と周囲の状況から、怪我人の数は少なそうだった。
かつてヒートが経験したのと同じように、指向性の爆弾が使われたのだ。

狙われた方向以外には被害はほとんどないが、その威力は石畳の地面にクレーターを作る程の物だった。
デレシアが机を爆発方向に向けて蹴り飛ばし、棺桶のコンテナとローブが無ければ、ヒートの背中は新たな傷と火傷を負っていただろう。
勿論、彼女の体が過去の悪夢に備えて最適な動きを何度もイメージし続けてきた事が被害を抑え、最小限に留められたのは言うまでもない。
以前は病院のベッドで長い間過ごすことになったが、今は違う。

情報が新鮮な内に動くことが出来る。
ブーンが向けた悲壮な表情を思い出しても、彼女の心は麻酔を
まだ封鎖が不十分な状態で、新聞記者と思わしき男がカメラを手に現場の調査をしていた。

(;-@∀@)「おぉっ……!! スクープ、スクープ!!」

471名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:38:03 ID:slfccTV.0
現場の写真を撮影し、メモを取る男の顔は嬉々としている。
他に記者は誰もいない。
となると、この男が誰よりも新鮮かつ多くの情報を持っているという事だ。
利用できる。

建物の影に隠れ、ヒートは男が動くのを待った。
一通りの取材を終えたのか、男は足早に移動を開始した。
ヒートの尾行に気付いた様子はなく、素人だとすぐに分かった。
偶然あの場に居合わせた記者がどのような情報を持っているのか、ヒートは大いに興味があった。

上手くいけば、犯人の写真や人相を手に入れているかもしれない。
記者を尾行するヒートの顔には“レオン”として人を殺していた頃の剣呑な表情が浮かび、あらゆる感情の一切が排除されたような顔をしていた。
復讐することだけを生きる糧として、立ちはだかる全ての障害を排除してきたあの日々。
殺戮に彩られた日々を思い出し、ヒートは気分が悪くなった。

全員殺したはずだった。
爆破の実行犯も、その組織の人間も。
平凡な日々を永久に奪い去った人間に関わる全ての人間を殺したはずだった。
乳飲み子を含めて家族全員を殺し、ペットも殺した。

死体の山を生み出し、恐怖を振り撒き、ただひたすらに殺し続けた。
それがまだ続くのかと思うといい気分はしない。
出来る事ならばもう、“レオン”として戻ることはしたくなかった。
だから故郷に帰り、静かに暮らそうとした。

しかし、出会ってしまったのだ。
奇妙な二人の旅人に。
弟の生き写しの、ブーンに。

ノパ⊿゚)「……」

記者の男は、モーニング・スター新聞の建物に入っていった。
これで、男がモーニング・スターの記者であることが分かった。
今建物に入り込むのは賢い判断ではない。
出てくるのを待ち、それから――

「覗き見とは悪趣味な女だな」

――背後から、声がした。
声がしたが、姿が見えない。
その場から大きく飛び退いて、ヒートは左の脇からM93Rを抜いて声の方向に銃腔を向けた。
まるで手品のように、二〇フィート離れた位置に一人の男が出現した。

(´・_ゝ・`)「よぅ」

薄手のジャケットとジーンズと言うラフな格好は、観光を楽しむ中年の男そのものだ。
だが、男の現れ方はただの人間ではない。
恐らくは、強化外骨格が成した奇術。
量産型ではなく、“名持ち”の棺桶だろう。

472名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:39:16 ID:slfccTV.0
コンテナを背負っていない、という事はすでに身につけ、その大きさは小型のAクラス。
服の下に隠れるタイプとなると、攻撃特化ではなく姿を消すことに力を注いだタイプに違いない。

ノパ⊿゚)「誰だ、手前」

(´・_ゝ・`)「お前が“レオン”だな?
     全く、あの爆発でも生きてるとはな……」

その言葉を銃爪に、ヒートは目の前にいる男を嬲り殺すことに決めた。
この男はあの爆破に関わっている。
あの爆破に関わっているという事は、ヒートのかつての復讐の対象者である可能性があるという事。
六年前とほぼ同じ条件下で行われた爆破は、決して偶然ではないはずだ。

情報を引き出してから、腸を引き摺り出して殺す。
それを察したのか、男はおどけたように両手を挙げた。

(´・_ゝ・`)「おいおい、待てよ。
      何も殺し合いをしようってんじゃないんだ」

ノパ⊿゚)「なら、何が目的なんだ?
     自殺したいってんなら、手を貸すぞ」

ヒートを襲おうと思えば、簡単にできたはずだ。
それをあえてしなかったのは、何故か。

(´・_ゝ・`)「背負っている“レオン”を寄越してもらいたい」

ノパ⊿゚)「断る」

予想通りの答えに、ヒートは用意しておいた言葉を放つ。
足を撃って動けなくしてから爆破の事について訊けばいい。

(´・_ゝ・`)「はぁ…… 気乗りしないな、女を殺すのは」

ノパ⊿゚)「誰が誰を殺すって、男?」

(´・_ゝ・`)「……強情だな、女」

両者の間に緊張が走る。
どのような手を隠しているのか、ヒートには分からない。
相手は姿を隠すことの出来る何かを持っている。
今、ヒートの手の中にあるM93Rは中身の人間には有効だがそれ以上の装甲を持つ物が相手の場合は意味がない。

引っかかるのは、ヒートの背後を取っておきながら攻撃をしなかった事だ。
あれだけ優位な位置にいながら、何故。
プロならば、絶好の機会を逃すなど、あり得ない。
そこでヒートは、男の正体に目星をつけた。

473名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:39:58 ID:slfccTV.0
殺しに慣れていないのならば、この男は“ザ・サード”こと、デミタス・エドワードグリーンに違いない。
盗みが得意ではあるのだろうが、人の命を盗むのには慣れていないはずだ。
人違いであるリスクなどを考慮してあの位置から話しかけ、手を出さなかったのだろう。
重畳である。

ヒートが銃爪に力を込めかけた時、デミタスの姿が消えた。
反射的に銃を戻し、ヒートは彼のいた方向に背を向けて起動コードを呟くように口にする。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

コンテナに体が取り込まれ、全身を強化外骨格が包む。

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ノハ<、:::|::,》「……っ!!」

視界に迫ってきた人影に対して、ヒートは回し蹴りで対応した。
驚くほどあっさりとその攻撃を受けた人影は、だがしかし、ヒートの感じた手応えは人以上の強度があった。
片腕を掲げて攻撃を防いだデミタスは、驚愕の色を顔に浮かべつつ、着地と同時に再び正面から接近してきた。
意外性の欠片もない攻撃に対して、ヒートは当然の対応をした。

ノハ<、:::|::,》「せぁっ!!」

悪魔じみた形状の左手で拳を作り、接近してくるデミタスの顔にそれをハンマーのように横殴りに放つ。
またもや攻撃を受け、デミタスは吹き飛び、壁に背中をぶつけた。
一体何がしたいのだろうか。

(;´・_ゝ・`)「な、何で……?!」

ノハ<、:::|::,》「馬鹿か手前」

左手を眼前で広げ、電流を流す。
そして右手の杭打機を構え、ヒートはこのくだらない争いを終わらせることにした。
体を強化外骨格で覆っていたとしても、この杭打機の前には無意味だ。
この右腕はあらゆる装甲を貫き、串刺しにする。

474名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:41:48 ID:slfccTV.0
目の前にいるデミタスが素人だとしても、あそこまで計画性のない攻撃をしてくるとなると、得手不得手の問題でもない。
自分が不死身の兵士になったと勘違いして地雷原を突っ走る狂信者と同じだ。

(;´・_ゝ・`)「ちっ……!!」

状況が今になって不利だと理解したのか、デミタスはゆっくりと後退って逃げようとする。
まさか、とヒートは気付いた。
先ほどまでデミタスが優位に立っていたのは、その姿が見えなかったからだ。
だが今はその姿がはっきりと見えているため、ヒートが劣る要因はどこにもない。

デミタスはそのことにまだ気付いていないのだ。
未だ自分は不可視の存在だと信じているからあのような無謀な攻撃を仕掛け、今は音もなく逃げようとしている。
狙うなら、今だ。

ノハ<、:::|::,》「逃がすと思うのかよ!」

脚部のローラーを稼働させ、ヒートは加速してデミタスを追う。
肉薄するヒートに、デミタスはようやく気付いたようで、建物の壁を伝ってヒートの追撃を躱し、屋根伝いに逃亡した。
逃げ足の速さは流石と言える。
これまでに幾度となく警察から逃げ続けてきた自称怪盗は、逃走経路の確保に関しては間違いなくプロだ。

ノハ<、:::|::,》「……くそっ」

この場に現れたのは偶然ではなく、ヒートを狙っていたのか、それともあの新聞記者を狙っていたのか。
何かしらの手がかりを残しておいてくれれば良かったのだが、何もなさそうだ。
コンテナを拾い上げ、レオンをそこに戻す。

ノパ⊿゚)「……ん?」

物音が聞こえた様な気がして、新聞社の建物に目を向ける。
誰かが何かを喋り、物が床に落ちる音がした。
争っているにしては、随分とのんきな音だった。
やがて音が止み、抵抗が終わったのだと分かる。

ノパ⊿゚)「まさか……」

その時、疾走する影が目に飛び込んできた。
猛烈な速さで駆け抜ける男は、その背に棺桶を背負っていた。
ネイビーブルーの迷彩服を身に纏った男が窓ガラスを砕いて新聞社に入ったのを見て、ヒートはただならぬ予感を覚えるのと同時に、事態が彼女にとって都合の悪い方向に動いている事を確信した。
新聞記者を追うのは三つの勢力。

ヒート、そして所属不明の二勢力。
彼から情報を得ようとする者、情報を封じようとする者。
それぞれの思惑がある中、全てが一度に衝突するのは避けたいところだ。
少しして、巨大な銃声が連続して響いた。

間違いなく、中で戦闘が始まっている。
ヒートは引き続き建物の影に隠れ、事態が落ち着くのを待った。
狩場で争いが起こった時、それが落ち着くのを待つのが一番だ。
数分後、動きがあった。

475名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:42:58 ID:slfccTV.0
窓から眼鏡をかけた新聞記者の男が慌てた様子で身を乗り出し、一目散に駆け出したのだ。
彼の首からはカメラが下がっていた。
何かを撮影したのだ。
どうやら彼は、ヒートが思う以上に重要な役割を担っているようだった。

カメラの中に入っているフィルムにしろデータカードにしろ、それを奪い取ることが出来ればヒートはそれを復讐への足掛かりとすることが出来る。
デミタスを追うよりもよほど効率よく情報収集が出来る。
他の人間に奪われないよう、ヒートは男から目を離さないように決めた。
見れば見る程無防備な男だが、馬鹿ではないようだ。

その背中をそっと早歩きで追尾し、街の北に向けて逃げているのが分かった。
賢い選択だ。
大通りを目指せば、よほど良識のない人間でない限り、襲いはしない。
問題は、その方法と相手の執着度合いによる。

例えば、本気で殺そうと思えば例え人通りの多い大都会の大通りでも殺すことは出来る。
使う道具も気を遣えば揃えられる。
果たして彼に、そこまでの価値があるのかどうか、という事である。
素人を殺すのであれば、何も凝った道具などを用意する必要はどこにもない。

開けた通りに出た彼は周囲を見渡し、ヒートは路地裏に潜んでその様子を眺めた。
直後、彼は腹を抑えてその場に倒れ込んだ。
誰かが悲鳴を上げる。

ノハ;゚⊿゚)「……狙撃か」

銃声はしなかったが、間違いなく銃撃された反応だった。
グレート・ベルには狙撃手がいることを知っているヒートは、不思議に思わなかった。
今も鳴り響く鐘の音が、銃声を消してしまったのだろう。
トリックさえ分かれば何一つ恐ろしくはないが、その銃口がいつヒートに向けられるのかを警戒しなければならない。

直接鐘楼に攻め入れば解決するのかもしれないが、今はその時ではない。
何の策もなく狙撃手がそこを陣取っているはずもなく、必ず何かの備えをしているはずだ。
それを単独で破りに行くのはリスクが高すぎる。
逆手にとって相手の動きを読むための材料として生かしておいた方がいいだろう。

しかし常々警戒をしておかなければ、ヒートの気付かない間に頭を失っている可能性もある。
だがしかし、もしも本当に狙撃手が己の腕に自信があれば今正に男がそうなっていたはずだ。
男の頭はまだしっかりと付いている。
つまり、まだ生かす価値がある、もしくは技量的な問題で当てられないと判断した可能性が高い。

男の周りに血溜まりが広がり、危険な状態にある事が分かった。
ここで男が死ねば、情報源が絶たれる。
公衆電話を見つけ、すぐに救急車を呼び出す。
入院先の病院に向かえば、あの男のカメラを手に入れることも出来るだろう。

ほどなくして、サイレンを鳴らして救急車が到着した。
ヒートはその救急車に書かれていた病院の名前を憶え、タクシーを使ってそこに向かうことにした。

476名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:44:18 ID:slfccTV.0
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   ';:',     `ミー―彡: : : : : , イ ;彡"; - : : _: : :__:_:_: _ ハ
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August 10th AM09:00
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例の記者の名前は、アサピー・ポストマンというらしかった。
病院に運び込まれてから彼はすぐに警察の監視下に置かれ、厳重な警備の中で治療を終え、今は個室に移されて眠っている。
どうやら彼の重要性についてはジュスティア警察も目を付けているようで、ティンバーランドとヒートを合わせて三つの勢力から狙われていた。
警察が並々ならぬ警備態勢で病院を守っているため、ヒートはアサピーの持つカメラを手に入れる事が非常に困難なのだと理解した。

ジュスティア警察は時として無能だが、規則に忠実な彼らが一度守りを固めるとなれば一筋縄ではいかない。
どこまで彼らが本気でアサピーを守ろうとしているのか、それによってヒートは攻め方を変えなければならない。
今考えられる中で有効なのは、様子を見つつ第三の勢力であるティンバーランドがアサピーを襲い、警察を翻弄する時を待てばいい。
病院内にある喫茶店でカフェインレスのコーヒーを飲みつつ、事態が動くのを待つことにした。

時折別れ際に見せたブーンの顔がちらつき、過去の一場面がフラッシュバックする。
ブーンを悲しませるつもりはなかった。
出来れば彼の傍にいてやりたい。
だが今は無理だ。

今の姿はとてもではないが見せられない。
復讐に目をぎらつかせる獣と化したヒートは、とても醜い顔をしている。
捨てたはずの殺し屋の顔、復讐鬼の顔。
躊躇うことなく赤子も殺す畜生の顔だ。

家族を一瞬で失った六年前。
ヒートは復讐を果たすため、殺し屋になった。
爆殺された家族の中には、歳の離れた弟もいた。
弟は世界の穢れも、罪も、何もない無垢そのものの存在だった。

殺される必要など、何もないはずだったのに。
ヴィンスで起きたマフィア同士の抗争でヒートの家族は彼女を残し、皆死んだ。
幼い弟も死に、ヒートは背中に消えない火傷を背負って生きることになった。
一年のリハビリと訓練期間を経て、五年の歳月を費やして復讐は果たされたはずだった。

何としても、今回の爆破の犯人には口を割らせなければならない。
そして、今度こそ過去の清算をする。
取りこぼしのないように、徹底的に。
アサピーの様子を見に行くため、ヒートはカフェを後にした。

階段を上ってアサピーの病室に行こうとした時、鈍い物音がした。
そして病室の前にいた警官二人が病室に駆け込んだ。
これは、思いもよらないタイミングに出くわしたようだ。

477名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:46:02 ID:slfccTV.0
「どうしました!?」

「侵入者か!!」

「不可視の棺桶使いです!!」

棺桶使い、とは棺桶持ちと同じ意味の言葉だが、使う人間の教養の良さが違う。
上品な教育を受けた人間は棺桶使いという言葉を使う。
不可視の棺桶、と言えばデミタスだ。

ノパ⊿゚)「おもしれぇ……」

棺桶を背負い直し、ヒートはつぶやく。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

次の瞬間、ヒートの体はコンテナ内に取り込まれ、三秒後には黒い鎧に包まれた姿で現れた。
銃声と物が壁にぶつかる音が聞こえ、そしてすぐに止んだ。
お決まりの言葉――ランダ条約の読み上げ――がない事から、デミタスがその場を制したのだと推測。
邪魔な警察が無力化されたのであれば、それは重畳。

扉を蹴り破り、ヒートは目の前で女の首を絞めているデミタスを見つけた。

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ノハ<、:::|::,》「よぅ」

(;´・_ゝ・`)「おいくそっ、またか!」

先手はヒート。
逃がさないよう、肉食獣のように左の爪を掲げて跳躍。
飛びかかるヒートの一撃を辛うじて避けたデミタスは、女を投げてよこしてきた。
右手で乱暴に払いのけ、ヒートは勢いをそのままに鉤爪を振り下ろした。

直前までデミタスのいた場所を鋭い爪が通過。
皮一枚のところでデミタスは後退し、攻撃を回避した。
回し蹴りによる反撃が来たが、ヒートはそれを難なく左手で防御する。

ノハ<、:::|::,》「手前には話してもらいたいことがあるんだよ」

478名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:46:43 ID:slfccTV.0
(´・_ゝ・`)「そっちにはあってもこっちにはないんでね!」

いつの間にか手に持った小口径の拳銃がヒートに向けられ、連続して発砲された。
対強化外骨格用の弾を使われていたらという危惧が、ヒートの足をその場に固定させた。
左手を広げ、楯のようにして銃弾を防ぐ。
その間にバックステップで下がり、デミタスは窓ガラスを突き破って逃走した。

その体はワイヤーによって向かい側にある建物の屋上に繋がれており、そのままワイヤーを伝って屋上へと壁を駆けあがってデミタスは姿を消した。
またもや逃げられたことにヒートは苛立ったが、見方を変えれば、ティンバーランドはアサピーを狙っている事がはっきりと分かった。
彼が何かを見聞きしたために、命が狙われていることは間違いなさそうだ。
この場に不釣り合いなカメラが床に転がっているのを見て、ヒートはそれを回収することにした。

相手の狙いはおそらく、カメラとアサピーの命、その両方だ。
再びアサピーが襲われることを考えに入れ、ヒートはそれまでの間にカメラをどうすべきか考えた。
今一度、デレシア達と合流するべきだろうか。
いや、それは難しいだろう。

彼女達が今どこにいるのか、それはヒートにも分からないのだ。

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ノli:::lli:il!::l::l!lli::}::il!{;;';ヾゝ {Wwrrfw         ノiliWfwjivfwWWfゞ:.:ヾ::{ilii::::::::
il i!li!::l!|lil!l:::li!::ヾ::li}    wWfjwy         wWvyrjfwWwwyWjrf/iili::::::::
                     August 10th AM09:27
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デレシアはブーンを連れて、ティンカーベルの島を軽く見て周ることにした。
ディに乗ってデレシアが連れて行ったのは、グルーバー島の森だった。
街の北部に位置するその森林地帯はほぼ人の手が入っておらず、未開拓の状態だった。
森には狼や熊も多数生息しているが、それ故に美しい自然の様子を堪能できる場所でもある。

当然の如く道と呼べるような立派な物はなく、鬱蒼と茂る木々の間に見える獣道を突き進む。
ヘルメットの下でブーンは悲しげな表情を浮かべ、心ここにあらずといった様子だった。
四時間ほど前に分かれたヒートの事を考えているのは間違いない。
全ては彼女の過去に起因している。

流石のデレシアも世界で起こった全ての出来事を知っているわけではない。
だが“レオン”と呼ばれる殺し屋の事は知っている。
ヴィンスを主な拠点として幅広く殺しを行い、女子供にも容赦がなかったという。
その残忍さと徹底さが先行した噂となり、レオンは恐るべき殺し屋として知られていた。

479名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:47:46 ID:slfccTV.0
心優しい彼女が何故殺し屋にならざるを得なかったのか。
殺し屋とはこの時代ではそこまで珍しい職業ではない。
しかし、それを生業とする人間には必ず問題がある。
人間的な問題を抱えているとは思えないヒートは、現に殺し屋家業から足を洗っている。

つまり、殺し屋は手段としての選択だったのだろう。
殺し屋を何の手段にするか、それは簡単に想像が出来る。
彼女は復讐のために、もしくは、殺さなければならないと心に決めた誰かの命を奪うため、殺し屋と言う立場を利用したのだろう。
ヒートが復讐をするつもりならば、それを邪魔することはしない。

人には人の生き方がある。
彼女が復讐を選ぶのならば、そうすればいい。
復讐の意味を決めるのは本人なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「そろそろね」

木の間隔が広くなると同時に、聳える木の背も高くなる。
正に天然の天井。
ここはグルーバー島のほぼ中心に位置する森で、デイジー紛争の際に砲弾が着弾して生まれた空間だった。
そのため、倒木や不自然に折れた木や穿たれた地面が目立っている。

山から湧き出た水が作った小川の傍を進み、平らな場所を選んでディを停め、降り注ぐ光の柱を仰ぎ見た。
ブーンの視線は相変わらず下を向いたままだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「一緒にお茶でも飲みましょ」

ブーンを抱き上げてディから降ろし、デレシアも降りる。
パニアからバーナーとカップ、そしてスティックタイプのレモンティーを取り出す。
戸惑うブーンの手を引いて、デレシアは適当な木の幹に腰かける。
湯を沸かし、カップに粉と共に注ぐ。

湯気の立ち上るそれをブーンに手渡す。
水面とデレシアとを交互に見るブーンに、デレシアは微笑みを返した。

ζ(゚ー゚*ζ「こっちにいらっしゃい」

自らの膝を叩いて、両手でカップを持つブーンを自らの膝の上に誘う。
言われた通りに近づくブーンを膝に乗せ、デレシアは彼を背後から抱いた。
胸に感じるブーンの重みと体温は心地よく、何よりも愛おしさで胸が痛んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートがいなくて寂しいの?」

(∪´ω`)「……はい」

ζ(゚ー゚*ζ「そう……」

480名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:49:17 ID:slfccTV.0
デレシアが聞きたいのはその言葉ではない。
彼の口から聞きたいのは、もっと別の言葉なのだ。
暫くは彼に葛藤を味わってもらい、それから欲しい言葉を引き出せばいい。
今は、ゆっくりと考えさせたかった。

レモンティーを一口飲み、ほっと一息つく。
ブーンもそれに倣って、一口飲み、二口飲んだ。
甘くて温かい飲み物は人を落ち着かせる。

(∪´ω`)「お……」

ζ(゚ー゚*ζ「うん?」

(∪´ω`)「ぼく、ヒートさんの……おてつだい、したいです」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートが何をしようとしてるのか、分かってる?」

(∪´ω`)「わかりませんお……でも、ぼく……
       なにもしないでいるのは、なんだか……いやで……」

そう言って、ブーンはカップに口をつける。
子供らしい純粋な言葉だった。
及第点だが、合格だろう。
出来ればもう一歩進んだ言葉が欲しい。

ζ(゚ー゚*ζ「それはどうしてなのか、分かる?」

(∪´ω`)「……うまくせつめいができないんですけど、ぼく、ヒートさんのことがたいせつで、それで」

それで、の後に続くはずだった言葉は銃声によって遮られた。
その銃声はあまりにも大きく、鈍く、そして暴力的だった。

(∪;´ω`)「お?」

ζ(゚、゚*ζ「……ダーティ・ハリーね」

この馬鹿でかい銃声は、強化外骨格の“ダーティ・ハリー”が生み出す物に酷似している。
持ち主であるジョルジュ・マグナーニがこの島にいることを知るデレシアは、銃声が聞こえたことに意外さを感じなかった。
彼が歩く先々では銃声が響く。
ただ、彼が何故銃を抜いたのかが問題だ。

続けて銃声と大きな物音が聞こえ、銃声が連続した。
車でも落ちたのだろう。

ζ(゚、゚*ζ「……」

いや、車は落とされたのだろう。
誰かが乗る車をジョルジュが撃ち、落とし、追撃したのだ。
すでに警察を辞めたジョルジュが今になって何を追っているのか、嫌な予感がした。
かつてデレシアを追っていたジョルジュが今追っているのは、ひょっとしたら、理想なのかもしれない。

481名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:50:47 ID:slfccTV.0
――黄金の大樹と言う、理想を。

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       /三三三ミ7////`ヽ
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    マ三,r==、ミ\/ 从;l;从 /、。;.:;从 \
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                       August 10th AM09:35
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案の定、崖下に黒塗りのセダンが一台転落していた。
スモークグラスは無残にも砕け、車体には大きな銃痕が複数開いていた。
デレシアとブーンは車の中を覗き込み、そこに見知った顔の男を見つけた。

ζ(゚、゚*ζ「あら、刑事さん」

(∪´ω`)「トラギコさん?」

ジュスティア警察のトラギコ・マウンテンライトだった。
優秀な刑事として、デレシアはジョルジュの次にこの男を評価していた。
それが今、虫の息となって倒れている。
何があったのかは大雑把に予想が出来た。

ジョルジュに撃たれてこの車ごと転落し、更に追い打ちとして数発の土産を貰ったのだ。
同じ警官――ジョルジュの場合は元警官――が殺し合いをすることは考えにくく、このスモークグラスが問題だったのだろう。
狙われた、というわけではなさそうだ。
警官同士の絆は強く、引退後でもそれは強固のはず。

ジュスティア人と言う根がある以上、それは変わらない。
特にジョルジュは警官として多くの人間にその重要性を説き、地方に派遣されて自暴自棄になっていた多くの警官を奮い立たせた。
彼は警察という仕事に対して、異常なまでに執着と情熱を持っていた。
残念なのが、彼がティンバーランドに堕ちてしまったことだ。

惜しい人材を失ってしまった。
本当に、残念だ。
その代わりにトラギコが出てきたと思えば帳尻は合うが、長年知っている人間だっただけに、デレシアは落胆を禁じ得なかった。

(∪;´ω`)「けが……してます」

ブーンが血塗れのトラギコを見て、そう言った。
見ての通りの感想だ。
先ほどの回答が得られなかった代わりに、デレシアはトラギコを利用することにした。
聞きたいのは、彼が決断する言葉。

482名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:53:00 ID:slfccTV.0
先を読んで、決断するだけの覚悟。
そして、自らが動くということを経験させたかった。

ζ(゚、゚*ζ「そうね。 ブーンちゃんはどうしたいの?」

(∪;´ω`)「お……」

ζ(゚、゚*ζ「この人は、私達を追って今ここにいるようなものよ。
      ここで見殺しにすれば、旅は楽になるわ」

デレシアが提示したのは、一つの側面だ。
トラギコはこれから先、ジョルジュ並、もしくはそれ以上の刑事に育つ可能性がある。
それはデレシアの旅路を邪魔することを意味すると同時に、デレシアが信頼する優秀な駒を一つ手に入れるという事でもあった。
トラギコの生み出すデメリットだけに捉われれば、正しい判断は出来ない。

さて、ブーンはどのような判断を下すのだろうか。
ヒートの手助けをしたいと申し出たブーンは、どこまで考えていたのか、その答えを聞けなかった。
だから今、トラギコの命を材料にしてその思慮の真意を探り出す。

(∪;´ω`)「でも…… トラギコさん、けいさつのひとだから、ヒートさんのことなにかしってるかも……」

ζ(゚、゚*ζ「知らないかもしれないわよ?」

(∪;´ω`)「そ、それに…… トラギコさんにも、きょうりょく、してもらえるとおもいます」

デレシアは笑みが込み上げてくるのを抑えられなかった。
もう一歩。
もう少し、限界までブーンの答えを聞きたい。

(∪;´ω`)「うたれたってことは、りゆうがあるってことで…… その、だから……
       うたれるような、りゆうのあるひとなら……」

ζ(゚ー゚*ζ「よく分かったわね、ブーンちゃん。
       その通りよ。
       トラギコは撃たれるだけの価値のある人間になっているのだから、私達に手を貸す方が彼にとってもメリットがある。
       ここで助けておいても損はないわ」

転落の際にひびの入ったフロントガラスを引き剥がし、トラギコをそこから担ぎ出す。
擦過傷や打ち身が目立つが、破傷風にならないように出血さえ処理すれば命に係わる様な傷はなさそうだった。
しかし、転落の衝撃でしばらく全身が思うように動かないだろう。
その間に包帯を変えたり、食事の世話をしたりと、彼の看病をする人間が必要だ。

妙案が浮かんだデレシアは、視線を前に固定したまま、ブーンに声をかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「看病、してみる?」

483名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:54:14 ID:slfccTV.0
(∪´ω`)「かんびょー?」

ζ(゚ー゚*ζ「怪我の手当てとか、面倒を見る事よ」

(∪´ω`)「トラギコさんのかんびょーですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうよ。
       やり方は教えてあげるわ」

思案する様子も見せず、ブーンは不安げな表情を浮かべつつ、頷いた。

(∪´ω`)゛「やってみますお」

小川までやってきた二人はまず、トラギコを出来るだけ平らな場所に寝かせ、傷口を洗った。
消毒するための道具がないため、川の水で傷口に付着した泥や血を洗い落とす。
これで破傷風は防げるはずだが、油断は禁物だ。
特に大きな傷口には包帯を巻き、雑菌が入らないようにした。

流石に傷口に水が触れた時にはトラギコが呻いたが、起きる気配はなかった。
一連の作業をブーンに見せてやると、彼が興味深そうにトラギコの体を眺めているのに気付いた。

ζ(゚ー゚*ζ「何かあったの?」

(∪´ω`)「トラギコさん、きずだらけですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、それだけ一生懸命なのよ」

(∪´ω`)「おー」

それから二人はテントを組み立て、そこにトラギコを運んだ。
小さくまとめられた寝袋を枕代わりにしてトラギコをテント内に寝かせると、すぐに寝息が聞こえてきた。
ランタンをテント内に吊るし、風通しを良くするために簡易的な窓を開け、入り口をメッシュにした。
前室にパニアを置き、調理用のバーナーはローテーブルの上に置いた。

これでブーン一人でも調理が出来る。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、と」

準備を終えたデレシアは、トラギコの傍に座るブーンを見た。

ζ(゚ー゚*ζ「少しの間留守にするけど、大丈夫そう?」

(∪´ω`)゛「はいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「いざとなれば、トラギコが手を貸してくれるはずよ。
      ね? 刑事さん」

デレシアが問いかけた瞬間、トラギコの寝息が止み、片目が開いてデレシアを睨んだ。

(=-д゚)「……ちっ、気付いてたラギか」

484名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:55:19 ID:slfccTV.0
(∪;´ω`)「お?!」

先ほどまで寝ていたと思い込んでいたブーンが驚きを露わに、僅かに仰け反る。
流石は刑事、演技が上手い。
相手を油断させて情報を引き出そうとする技術に長けている人間なのは分かっていたため、デレシアは驚かなかった。
恐らくは、傷口を洗った時に意識を取り戻したのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「私は少し出かけてくるけれど、その前に幾つか質問があるの」

(=゚д゚)「……聞いてるラギ」

手負いの獣の目をしている。
トラギコという男は、やはり、デレシアの思った通り優秀な警官だ。
牙を失わなければ、獣は何度でも獲物を襲う。
これまで追っていた獲物を前にしても、冷静さを欠かすことなく重要さを素早く天秤にかけ、判断を下すことが出来る獣は紛れもなく優秀である。

ζ(゚ー゚*ζ「ジョルジュに撃たれたんでしょ?
      何か、撃たれるような覚えは?」

眉を顰め、トラギコはデレシアに向けた視線をより一層鋭くした。

(=゚д゚)「手前、ジョルジュさ……ジョルジュを知ってるのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、知っているわよ。
       貴方にそっくりな人で、昔からよく知っているわ。
       でも今はそんなどうでもいい昔話より、どうして彼が貴方を撃ったのかが知りたいの」

(=゚д゚)「知らねぇよ。 俺がペラペラ喋るような人間に見えるラギか?」

ζ(゚ー゚*ζ「今朝、カフェが爆破されたわね」

(=゚д゚)「そうらしいな」

ζ(゚ー゚*ζ「その前は、病院で放火があった」

(=゚д゚)「……」

トラギコの表情が、次第に険しくなった。
そろそろ彼も分かってくるだろう。
これは情報を用いた取引なのだと。
新聞から得られた情報だけでは、反応が得られるはずはない。

だからデレシアは、推理した情報をあたかも見知っているかのように語った。

ζ(゚ー゚*ζ「聞いた話だと、病院で医者が一人撃ち殺されたらしいわね。
       仲が良かったんじゃないの?」

(=゚д゚)「……だからどうしたラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「どこから撃たれたか、見当はついた?」

485名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:56:29 ID:slfccTV.0
推測に基づくハッタリだった。
新聞にあったのは、カール・クリンプトンという医者が銃撃戦に巻き込まれて死亡したという情報だった。
デレシアはまず、この新聞の情報自体に疑問を抱いた。
ジュスティアがこの情報が流れるのを黙認したり、ましてや、手を貸したりするはずがない。

彼らは面子を重んじる。
矜持の固まりとも言える彼らが、汚点を晒すはずがない。
となると、誰かが情報を流したのだ。
正にその場に居合わせ、情報を流すことで少しでも事態に変化をもたらそうとする男が。

例えば、その病院に入院していたトラギコならば、その情報を流すだろう。
更に言えば、カールという医者についてここまで新聞が短時間で調べるはずなどあり得ない。
生前に仲が良かった人間が、彼を記事にさせたのだ。
そこで再びトラギコが出てくる。

記者に強引に書かせるだけの力と、それに見合った情報提供能力を持つ人間は一人しかいない。
情報提供者は、間違いなくトラギコだ。
それらを推測で導き出した後、デレシアは家事とほぼ同時に起こった狙撃を結び付けた。
デレシア達を狙った狙撃手は自らの役割が失敗したと判断し、その狙いを別の場所、即ち火災現場に向けたはずだ。

ただ鐘を鳴らすだけならば、何も火事を起こす必要はない。
火事を起こすという事は、そこにいた人間を殺すつもりで火を放ったのだ。
現に軍人が二名も死亡し、コンセプト・シリーズの棺桶が使用されたと記事にはあった。
入院患者の中で最も命を狙われてもおかしくないのは、トラギコだ。

彼を殺すために狙撃手はその銃口を病院に向けたが、思わぬ誤射があったのだろう。
殺しても大して利益にならない医者が死に、トラギコは生き残った。
想像でしかないが、その死んだ医者とトラギコはすぐ近くにいた可能性が高い。
場所の特定が出来ない狙撃を目の当たりにした彼ならば、狙撃手の位置を知りたがるはずだ。

(=゚д゚)「知ってるラギか?」

食いついてきたのを確認してから、デレシアはトラギコの言葉を引用した。

ζ(゚ー゚*ζ「私がペラペラ喋るような人間に見える?」

(=゚д゚)「……ショボン・パドローネが脱獄犯を引き連れて、この島にいるのは知ってるラギね?」

観念した風にトラギコが口を開き、情報を語り始めた。
デレシアは頷き、二人の名を挙げた。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、デミタス・エドワードグリーンとシュール・ディンケラッカーでしょ?」

(=゚д゚)「そいつらを見つけたラギ。
    ただ、色々と分からねぇことばかりラギ。
    俺に分かったのは、それ以外にもジョルジュ、イーディン・S・ジョーンズがショボンに絡んでいるってことぐらいラギ」

486名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:57:10 ID:slfccTV.0
トラギコが挙げた三人の名前。
ジョルジュはいいとして、もう一人は割と有名人だった。
イーディン・S・ジョーンズは歴史学者であり、棺桶研究の第一人者だ。
棺桶狂いの研究者として多くの棺桶の復元に携わってきた男で、おそらくは、現代で最も多くの棺桶と触れ合ってきた人間かも知れない。

どうやらティンバーランドは、今回はかなり念入りに準備をして組織を大きくしているようだ。
そして、この島で確実にデレシア達を排除するつもりらしかった。
更にトラギコは、この島に円卓十二騎士のショーン・コネリとダニー・エクストプラズマンが来ている事、ライダル・ヅーがトラギコを使って事態の収拾を図ろうとしていることを話した。
彼が見た三種類のコンセプト・シリーズの話を聞いた時、デレシアはそれが“ファイヤー・ウィズ・ファイヤー”と“レ・ミゼラブル”、そして“エドワード・シザーハンズ”であることが分かった。

ジョーンズが関わっているのであれば、コンセプト・シリーズを惜しげもなく配給していることも理解出来る。

ζ(゚、゚*ζ「あらあら、それは物騒な話ね」

(=゚д゚)「で、ショボンは何をしようとしてるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ、たぶんだけど私を殺したいんじゃないかしら?」

(=゚д゚)「冗談はよせラギ。
    手前を殺すなんてのは、その気になれば今すぐにだって……」

ζ(゚ー゚*ζ「私がそれをさせると、本気で思う?」

笑顔で答えたデレシアの目を見て、トラギコは溜息交じりに舌打ちをした。

(=゚д゚)「……ちっ。
    まぁいい、兎にも角にも俺は脱獄した二人とショボンの行方を追ってたら、シュールに会ってジョーンズに会って、そんでもってジョルジュに撃たれた。
    これでいいラギか?」

半ばやけになったような口調だったのは、デレシアの実力を理解しての事。
観念したトラギコは自分の持つ情報を全て話した気になっているが、まだ少し足りない。

ζ(゚ー゚*ζ「まだ隠し事あるんでしょ?
      この島の記者に知り合いでもいるの?」

(=゚д゚)「隠し事ってレベルじゃないが、協力者がいるぐらいラギ。
    アサピー・ポストマンって新聞記者ラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「その人は今どうしてるの?」

トラギコは鼻を鳴らした。

(=゚д゚)「さぁな。
    今頃、今朝の事件を調べているんじゃねぇか?」

記者は今頃襲われているだろう。
生き残るかどうかは、その記者の技量次第だ。
もしもその記者が将来有望な人間であれば、生き延びた後に目指す場所は一か所だ。
現在、この島に安全な場所はなく、あるのは海上の城。

487名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:57:55 ID:slfccTV.0
オアシズだけが、唯一真実を無事に外に運び出せる安寧の地だ。

(=゚д゚)「今度は俺が質問する番ラギ。
    狙撃をした馬鹿はどこにいるラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「グレート・ベルにいるわよ」

(=゚д゚)「根拠は?」

ζ(゚ー゚*ζ「デイジー紛争の時に前例があるのよ。
      この島に来て、あの場所を狙撃に使わない狙撃手はいないわ。
      それに、狙撃手の正体は多少心当たりがあるんじゃない?」

(=゚д゚)「……まぁな。
    たぶん、カラマロス・ロングディスタンスラギ」

トラギコが島に到着して早々に狙撃された時の状況を考えれば軍が島に送り込まれた時、狙撃手が配備されている事が確実なものとなった。
ジュスティアが本気であればカラマロスを連れてくるはずだと考えていたが、それは当たっていたようだ。
彼は今、ジュスティアで最も優れた狙撃手として広告塔の役割を担っている。
腕のいい狙撃手が島の大部分を見下ろすことの出来る位置に陣取れば、逃亡犯を見つけてもすぐに対応できる。

という事は、カラマロスもティンバーランドの人間という事だ。
軍の深部にまで食い込むその根は、彼以外にもティンバーランドに所属する人間が軍にいることを示している。
これは有益な情報だった。
少しでも彼らの動きにつながる情報が得られれば、こちらはその分だけ先手を打つことが出来る。

思いがけず良い情報が手に入り、デレシアはこれから後の動きについて考えた。
ティンカーベルの問題には手を出さずとも、ジュスティアが相手をしてくれるだろう。
円卓十二騎士は無能の集団ではない。
多少手こずるかもしれないが、時間稼ぎにはなる。

その間にニューソクを無力化することも可能だろうが、どうにもそれでは面白くない。
ヒートが今何を追っているのか、彼女に手を貸す必要があれば、そうしたかった。
ブーンの願いが彼女の手助けであり、それが彼の選択ならば、その結果がどのような物になるのかを見せてやりたい。
例え結末がどのような物であろうとも、ブーンにはヒートの生き方と選択の果てを見届けさせたかった。

(=゚д゚)「ところで、もう一人の女は?」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとお出かけ中。
       他に知りたいことは?」

間違ってもヒートの名前は出さない。
彼女は殺し屋として指名手配を受けた身だ。
今でも彼女に組織を潰され、恨みを持つ人間は山といるだろう。

(=゚д゚)「お前、ショボン達が所属してる組織に心当たりがあるラギか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、心当たりというか答えを知ってるわよ」

(=゚д゚)「……教える気は?」

488名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:58:36 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「今は、ないわね」

そう。
今は、教えない方がいい。
彼にはまだやってもらう事がある。
ティンバーランドに関わるには、まだ力が不足している。
、 、 、
たかがジョルジュ如きに後れを取るようでは、とてもではないが話にならない。
警察官としてやってもらいたいことならあるが、まだ彼はティンバーランドを知らない状況で動いてもらいたい。
知っていれば、警察内にいる細胞にトラギコの動きが監視され、その内殺されてしまうだろう。

(=゚д゚)「だろうな。
    それで、これからどうするつもりラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「それについても、教える気はないわ。
       刑事さん、貴方はこの事件をどうしたいの?」

訝しげな表情でトラギコがデレシアを見た。

ζ(゚ー゚*ζ「解決したいの?
      それとも、ただ黙って結末を傍観したいの?」

(=゚д゚)「取引を持ちかけるんだったら、いくらなんでも材料不足ラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「取引? ふふ、そんなことするつもりはないわよ。
      ただ私は訊いているだけよ、貴方がどうしたいのかを」

(=゚д゚)「事件解決を望まない警察はいねぇラギ。
    何が望みだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「今はまだ秘密。
      それで、どうするの? トラギコ・マウンテンライトの答えは?」

妖艶な笑みを浮かべたデレシアに対して、トラギコは大きな溜息を吐いたのだった。

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                           , 'ニ ̄ニヽ
                           ( 二ニ ニ)      August 10th PM05:50
                       /~\ ヽニ_ニノ  ,/⌒ヽ
\     〜 、      /⌒ヽ,,  /     \     /     ^ヽ、
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田 田 |:::..|  ___________       |.::::| 田 田    田 田
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489名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:59:58 ID:slfccTV.0
黄昏時。
鐘の音が鳴り響く、逢魔が時。
ヒートはアサピーが複数の棺桶持ち――エーデルワイス――に警護されながら病院から出てくるのを見下ろし、その警備体制の厳重さに舌を巻いた。
死角を補い合うように路地裏を移動し、こまめに状況の連絡を行っている様子は凶悪犯の輸送に似ている。

減音器の取り付けられたカービン銃を構える四人の棺桶持ちに囲まれ、その中央にいるアサピーは周囲を見渡し、不安そうな様子だった。
もしも彼らがアサピーを病院から別の場所に移すのであれば、夜になりきらないこの時間帯、そして路地裏を使う事は読めていた。
彼女の読み通り現れた一行は、アパートの階段の踊り場に姿を隠すヒートには気付いていなかった。
となると、おそらくはティンバーランドの人間もこの機会を狙っている可能性がある。

そうして、集団が路地をしばらく進んだ時、一人が叫んだ。

(::[∵/.゚])「……コンタクト!!」

接敵。
敵との接触は即ち、襲撃者の来訪を告げる吉報だ。
見れば、集団の正面に髭を蓄えた男が一人。
間違いなく、デミタス・エドワードグリーンだ。

そしてデミタスはヒートが見ている目の前で、その姿を消した。
高速移動による現象ではない。
それにしては予備動作も舞い上がる砂塵もない。
全身を不可視にする強化外骨格の成す業だ。

だがヒートはその棺桶に対して、一切後れを取ることなく立ち回れた。
早速一人がアサピーを抱きかかえて、建物の屋上へと続く退路を選んで跳躍した。
教則通りの判断だ。
狭い路地で不可視の人間を相手にするぐらいなら、退路が多々ある屋上を選んで保護対象者を逃がした方がいい。

その間に残った人間で襲撃者を撃退すれば、無事に何もかもが終わる。
だが教則通りという事は当然その対応をされている可能性もある、と思った次の瞬間、一人の首が地面に落ちた。
場数を踏んだはずの人間が、デミタスの姿を捉えられていない。
戦闘の素人であるデミタスに負けているという事は、その姿を目視出来ていないのだ。

強化外骨格の目を持ってしても目視が出来ない。
これは厄介そうだ。
そう思っていると、アサピーを連れていた人間が倒れた。
デミタスが移動したとは考えにくく、その倒れ方は、銃で撃たれた人間のそれによく似ていた。

また、狙撃だ。
鐘の音に合わせた狙撃は、その頻度と正確さを増している。
早目に片付けなければ、次はヒートが撃たれる番だ。
そして意外なことに、アサピーは自らの意志で屋上から路地裏へと落ちた。

ノパ⊿゚)「……へぇ、やるじゃんか」

棺桶を背負い直し、ヒートは称賛の言葉をつぶやく。
狙撃されていることに気付いたらしく、撃たれにくい建物の影を選んだのはいい選択だ。
デミタスに蹂躙されるエーデルワイスの一行を見下ろしていたヒートは、起動コードを口にした。

490名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 22:02:11 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

装着を終え、ヒートは踊り場から跳躍。
姿が見えるようになったデミタスの前に、ヒートは着地した。
その姿を見たデミタスは目を見開き、うんざりした様に大声を上げた。

(#´・_ゝ・`)「……また邪魔するか、女!!」

ノハ<、:::|::,》「悪いけどな、またあたしなんだよ、男」

右腕の杭打機を起動させ、ヒートは問答無用で疾駆した。

(´・_ゝ・`)「そう何度も!!」

デミタスは背負っていた小型のコンテナを掲げ、それを楯のようにした。
ヒートはほくそ笑んだ。
巨大な左手でコンテナを掴み、電流を放つ。

(;´・_ゝ・`)「うおっ?!」

デミタスは咄嗟にコンテナを手放し、その電撃をすんでのところで回避した。
掴んだコンテナをヒートはデミタスに投げつけるも、驚くほど素早い身のこなしでそれを避け、一目散に逃走する。
どうやら、このレオンに飛び道具がないのを知っているようだった。
だとしても、捕まえさえすれば何のことはない、一撃で殺せる。

(´・_ゝ・`)「しつこい女だ!」

路地の向こう側から声が聞こえてくる。
また屋上にでも逃げられたら面倒だが、同じ手は二度と喰わない。

ノハ<、:::|::,》「逃がすかってんだよ!」

曲がり角を進むと、そこにデミタスの姿はなかった。
その代わりに、見たことの無い人影がそこに佇んでいた。

川[、:::|::,]「……」

ほっそりとした体に黒い鎧を纏い、青白い輝きを目に湛えた強化外骨格。
見たことの無い形の棺桶だった。
主兵装と呼べそうなものは装備しておらず、体一つだけで戦う形のようだ。
近接戦闘で強みを発揮するタイプかも知れない。

だが奇妙だ。
殺意、敵意と言った物がまるで感じられない。
腰まである長い黒髪は風に揺らめきもしない。
不気味ささえ感じた。

ノハ<、:::|::,》「おい手前! デミタスはどこだ!!」

491名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 22:03:31 ID:slfccTV.0
またもや逃げられ、ヒートは苛立ちを声に滲ませてその黒い棺桶持ちに問いかける。
回答が得られるとは思っていないが、ヒントの一つでも得られれば行幸。
デミタスを庇うという事は、彼の仲間という事なのだ。
デミタスが捕まらないなら、その関係者を捕まえればいい。

「……まさか、その声」

声が聞こえた。
懐かしい声が、聞こえたのだ。
もう二度と聞けないはずの声が。

ノハ<、:::|::,》「嘘……だろ……」

声のした方向を見上げる。
二階建てのアパートの屋上に、その人物はいた。
黒髪を風になびかせ、夕日を半身に浴び、懐かしい顔のその人物が。

川 ゚ -゚)「ヒート、お前なのか?」

それは――

ノハ<、:::|::,》「か、母さん……?」

――死んだはずの母親、クール・オロラ・レッドウィングだった。

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                                        August 10th PM05:55
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                Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
                                   第二章【departure-別れ-】 了
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492名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 22:05:37 ID:slfccTV.0
これにて第二章は終了です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

493名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 22:22:24 ID:wFL1QYQ.0
乙乙

494名も無きAAのようです:2016/10/05(水) 19:13:59 ID:V6IVE.x20
おつおつ
ヒートにはデミタスが見えてるのか

495名も無きAAのようです:2016/11/14(月) 21:13:06 ID:39bdZoJo0
まだだろうか……

496名も無きAAのようです:2016/11/15(火) 15:05:38 ID:6EgiHm/Q0
sageすらできない早漏がなんか言ってるな

497age:2016/11/16(水) 03:23:49 ID:p8pQoJf60
age

498名も無きAAのようです:2016/11/16(水) 08:17:47 ID:h8QDZgzg0
ageただけで早漏呼ばわりなんてひどいわこの童貞!

499名も無きAAのようです:2016/11/16(水) 08:44:38 ID:llY7pYsU0
このhage!!

500名も無きAAのようです:2016/11/17(木) 00:12:31 ID:IcbrZOhI0
また髪の話してる…(´・ω・`)

501名も無きAAのようです:2016/12/28(水) 00:37:26 ID:B158qcEY0
土曜日にVIPでお会いしましょう!

502名も無きAAのようです:2016/12/28(水) 00:48:28 ID:lCuGDrjA0
やったぜ

503名も無きAAのようです:2016/12/28(水) 12:11:55 ID:tCEnnqNc0
よっしゃ!

504名も無きAAのようです:2016/12/29(木) 08:01:01 ID:vTKrVCiU0
やっふぅ!

505名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 16:22:26 ID:L4tdTcI60
VIPってどこ?

506名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 17:16:46 ID:Z/w6x86A0
>>505
ニュー速VIP
http://vipper.2ch.net/news4vip/

507名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:18:22 ID:OQQmnSoU0
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死体の中には老人の姿もあった。
死体の中には妊婦の姿もあった。
死体の中には少年の姿もあった。
だが、凄惨な殺人現場のどこにも慈悲は見つからなかった。

これが“レオン”と呼ばれる冷血な殺し屋の仕業であることは、疑いようもない。

                       ――ヨルロッパ地方で発刊された五年前の新聞記事

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508名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:20:18 ID:OQQmnSoU0
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                                          August 10th AM10:07
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八月十日。
肌寒い朝の空気が陽によって暖められ、グルーバー島の森には気持ちのいい風が吹いていた。
だが長時間その風に身を晒せば、流石に寒気を覚えるだろう。
その見返りとして、降り注ぐ光の柱が立ち上る蒸気を照らし出す幻想的な森の姿を見ることが出来る。

小川のほとりに一張りのドームテントがあった。
テントの上部に設けられた透明の天窓からは、緑色に輝く葉の隙間から青空が見えた。
寝転んで空を見上げながらトラギコ・マウンテンライトは自ら下した決断について、今一度考えを巡らせていた。
果たして、あの判断は正しかったのだろうか。

追い続けてきた最重要参考人である旅人――デレシア――から提案されたのは、今このティンカーベルで起こっている騒動を鎮圧させるために協力し合うというものだった。
それは魅力的な提案だった。
警察の本部があるジュスティアから軍隊と警察が動員され、この島の歴史上最大の厳戒態勢にも関わらず爆破テロや放火、殺人が起こっている状態だ。
そこにデレシアが手を貸してくれるというのであれば、この事態を収束させられるかもしれない。

そう思ってしまう自分が嫌だった。
警察の仕事は事件の解決と犯人の逮捕であり、他人にそれを委ねることではない。
だがその感覚の正体が、かつて自分が捨てた矜持と呼ばれるものの残滓であることに気が付き、すぐに握り潰した。
要は解決出来ればいいのだ。

509名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:24:40 ID:OQQmnSoU0
体裁など、犬にでも食わせればいい。
こうして、トラギコはデレシアの提案を受け入れ、今後の動きについての説明を受けた。
実行は明日であり、今日は準備の日になるとの事だった。
今のトラギコに必要なのは、体力を回復させ、傷を負って鈍る動きをどうにか補う手段を見つける事だ。

驚いたことに、デレシアはすでに計画を練り固め、トラギコはその計画に必要な駒として加算されていた。
最初から彼女はトラギコが提案に乗る事を考えていたのか、それとも、即興でこの計画を作ったのか。
崖から落ちた車からトラギコを助け出したのは、トラギコが提案に同意すると確信があったのだろう。
ここまで頭の回転の速さと実力が伴っている人間は初めてだ。

これまでにトラギコは多くの人間を見てきた。
優れた頭脳を持ちながら、行動が伴わない人間。
行動力はあるが、先を考えるだけの思慮が足りない人間。
覚悟がないくせに人に覚悟を強要する人間。

計画を手短に語ったデレシアは、非の打ち所がない人間だった。
長い時間をかけて説明するような作戦では、誤解が生じて綻びになる危険性もある。
手短に語れるという事は、それだけ要点がはっきりとしているという事だ。
とてもではないが、馬鹿や凡人には出来ない。

聞いたことがある。
天才とは簡潔な言葉で相手に理解させる生き物であり、秀才は長く難解な言葉で相手を納得させるものだと。
デレシアは紛れもなく前者だ。
道理で苦労するわけだ。

オアシズで起こした騒動の手がかりを残さず、いくつもの街で暗躍した彼女が凡人や俗物であるはずがない。
なるほど、この女は先を見通す力が常人や天才と呼ばれる人種を遥かに凌駕しているのだ。
当然、未来を知る人間を正攻法で出し抜くことは出来ない。
付け焼刃で考え出した策略など、意味をなさないだろう。

考え直しても、やはり彼女の手を借りた方が事件解決は円滑に行くはずだ。
賽は投げられ、後は最善の結果を出すために尽力するだけである。
しかしながら、まだ少しは考え直す余地はあるだろう。
何も焦る必要はない。

510名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:26:41 ID:OQQmnSoU0
体力を回復させ、一刻も早く前線に戻って事件を解決させるためにも、今は暴れることなく状況に身を委ねるしかない。

(=゚д゚)「……」

(∪´ω`)φ"

思案するトラギコと同じテントの隅に、一人の少年が腰を下ろしていた。
ニット帽を被り、天窓から差し込む光を利用して本を照らし、そこに何かを書き込んでいる。
時折分厚い本――恐らくは辞書――を見て、それからまた別の本へ書き込みをした。
まるで受験を控えた学生だ。

(=゚д゚)「おい」

(∪´ω`)φ"

少年は作業に夢中なようで、トラギコの声かけに気付いていない。

(=゚д゚)「おい、ブーン」

トラギコは少年の名前を呼んだ。
ブーンという名を持つ少年には、垂れ下がった犬の耳と丸まった犬の尾がある。
彼のような人間は耳付きと呼ばれ、世間では忌み嫌われる差別の対象だ。
そのため、耳付きは総じて人間を恐れ、目を合わせようとはしない。

目が合えば飛んでくるのは罵倒の言葉か暴力だけだ。
だがブーンは、小首を傾げてトラギコの目を見た。
その仕草は名前を呼ばれた仔犬の様だった。
無視をしていたのではなく、あまりに熱中するあまりトラギコの声に気付けなかったのだろう。

(∪´ω`)「お?」

(=゚д゚)「何書いてるラギ?」

(∪´ω`)「くろすわーど、です」

クロスワード。
ヒントを基に、文字数の制限と指定された文字を使ってマスに書き入れ、最後に浮かび上がる言葉を見つける文字遊びだ。
ブーンの歳は見た目から推測するに、六歳程度だろう。
六歳の子供がクロスワードとは、随分と渋い趣味をしている。

(=゚д゚)「ふぅん……」

(∪´ω`)「……あの、トラギコ、さん」

クロスワードの本から目を上げて、今度はブーンがトラギコの名を呼んだ。

(=゚д゚)「あ?」

(∪;´ω`)「おっ……」

511名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:30:38 ID:OQQmnSoU0
トラギコの剣幕に、ブーンが怯えを見せた。
怯えさせる気は毛頭なかったが、怪我をしているせいで気が立っており、結果的に子供を怯えさせてしまった。

(=゚д゚)「あぁ、悪い。 で、何だ?」

(∪;´ω`)「あの、ここなんですけど……」

おずおずとクロスワードの本を持って近づき、ブーンがトラギコにそれを広げて見せた。
トラギコは寝たままの状態で首を本に向け、そこに書かれている文字を読んだ。
そして、思わず驚きを表情に出すという失態を犯した。

(;=゚д゚)「……お前これ、随分と難しいのやってるラギね」

恐らく、対象年齢は中学生から高校生だろう。
並ぶ単語はどれも六歳の子供が使うには難しく、大人でも理解できないのがあるかもしれない。
辞書の助けがなければまず六歳児には無理だ。

(∪;´ω`)「この、jではじまる13もじのやつです……」

(=゚д゚)「……己の正義を他に知らしめ容認させること、ねぇ」

ヒントも難しく、言葉を知らない子供には難易度が高い。
このヒントはジュスティアの人間ならば一度は目にしたことのある言い回しで、本の作成者は意図してそれを選んだのだろう。
ジュスティアの学校で使用される道徳の教科書には必ずこの言い回しが使われ、子供たちは幼くして正義と悪の二つを覚えることになる。

(∪;´ω`)「さいしょは、せいぎ、かなっておもったんですけど、ますがあまっちゃって……」

子供なりに悩んだのはよく分かる。
確かに、これは言葉を知らなければ埋められない。
言葉を知らなければ辞書を引きようがなく、簡単には見つけられない。
だが惜しい。

ブーンの言っている言葉は、正解に限りなく近い。
これが教師であれば褒めるのだろうが、トラギコはそんな器用な真似はできない。

(=゚д゚)「正当化、ラギ」

中学生になった時、トラギコはこの言葉を嫌と言うほどその体に叩きこまれた。

教師の拳は正義であり、例え教師が誤った事でそれを振るおうとも、それは決して悪には転じなかった。
逆もまた然り。
全ては正義の物差しを誰が作ったのかが問題であることに気付けなった時の話だ。

(∪´ω`)「せーとーか?」

(=゚д゚)「手前が正しいってことにするってことラギ。
    それがどんなことだろうとも、だ」

512名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:33:07 ID:OQQmnSoU0
(∪´ω`)「おー?」

ブーンは首を傾げる。
どうやらよく分からないらしい。

(=゚д゚)「例えばだ、俺が理由もなくお前を殴ったとしようか。
    それが正しい事、必要なことだったと周りに説明することを正当化っていうラギ」

(∪´ω`)「お!」

ようやく意味が分かったようで、顔を輝かせて紙に文字を書きだした。
そして止まった。

(∪;ω;)「すぺる、わからないですお……」

綴りが分からなければ、クロスワードは進められない。
読み方が分かっても綴りは分からない物だ。
何だかんだと言っても、やはり、ブーンは六歳の少年なのだ。

(;=゚д゚)「……何なんだよ、お前は。
    j u s t i f i c a t i o nだ、覚えておけ」

(∪´ω`)「あ、ありがとうございますお……」

(=゚д゚)「気にすんな。 じゃあ、俺は寝るラギ。
    静かにしてろよ」

指さしたその先で、ブーンはしっかりと頷いた。
物分りが良い子供で助かる。
子供相手に気を遣わずに済むのはありがたかった。
ブーンの相手をしているほど、今は暇ではない。

今は眠り、体力を取り戻すのが重要だった。
無駄に動くことも、起きる必要もない。
食事については我慢すればいい。
ただ今は、休まなければならなかった。

瞼を降ろしたトラギコは、すぐに眠りに落ちた。

513名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:34:46 ID:OQQmnSoU0
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Ammo→Re!!のようです        _/~ヽ
                     /r' r 、 \
Ammo for Reknit!!編   ‐<{三三{ \三三三〉
                   / {_ノノ \ \ l
                  /{ {  /ヽ  ヽ
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                   {ー'   {    /
第三章【trigger-銃爪-】

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ブーンはクロスワードと辞書を交互に見ながら、マス目を着実に埋めていった。
トラギコが言っていた正当化という言葉について辞書で調べたところ、ブーンは少し混乱していた。
出来ればもう一度トラギコに質問したかったが、寝ている彼を起こすわけにはいかなかった。
悩み所は、“正義”という言葉だった。

正義という言葉の意味を調べても、ブーンには分からなかった。
人として正しい事、とあった。
はて、人として正しい事とは何だろうか。
何が正しくて、何が正しくないかの基準がどこかにあるのだろうか。

人が行動する時には、それが正しいと信じているから行動するものではないのだろうか。
難しい問題だった。
疑問に思った時に質問をしていればよかったと後悔するが、今はどうしようもない。
次回にこの後悔を活かしさえすれば、無駄ではない。

今度デレシアに訊けば答えを得られるだろう。
空白にその言葉を書き留め、新たな問題に取り掛かる。
鉛筆を動かしながら、ブーンは焦燥感に駆られていた。
自分は果たして、こうしているだけでいいのかと。

(∪´ω`)φ″

ヒート・オロラ・レッドウィングの手助けをしたいと願い出たブーンに対してデレシアが告げたのは、トラギコの看病の依頼だった。
正確にデレシアの言葉を引用するのであれば、“トラギコを看病することがヒートの手助けになるのよ”とのことだ。
思えば、こうしてデレシアがブーン一人に何かを任せてくれたのは初めてなのかもしれない。
オアシズでの立ち回りは、ブーン一人の働きではなく、あくまでも補佐程度だった。

それを考えると、今の自分はデレシアに信頼されていることが誇らしかった。
信頼して、大切な役割を委ねてくれた。
何があっても、その信頼を裏切らないように努めなければならないと、ブーンは心を決めていた。
十二時の鐘と同時に食事を作り、それをトラギコに食べさせるという大きな仕事がある。

514名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:36:16 ID:OQQmnSoU0
それまでの間は勉強とトラギコの看病がブーンの役割だった。
勉強は好きだ。
知らない事を知り、少しでも足りない部分を補うことが出来る。
簡単に成長を実感できるため、ブーンは自分が確かに成長しているのだという自覚と共にデレシアとヒートの役に立てる日が近付いていると誇らしく思った。

すぐに眠り始めたトラギコを見て、その眠りが深いことを寝息から悟った。
暫くの間は起きないだろう。
テントの中には二人の呼吸と鉛筆が紙上を走る音だけが流れている。
静かな、そして有意義な時間の流れにブーンは表現し難い安心感を覚えていた。

クロスワードの大部分が埋まって来た時、ブーンの耳が跫音を捉えた。
近付いてくる二足歩行生物――人間――の跫音だった。
女性で、何か金属の物を持っている。
音の次に、匂いが届いた。

それは甘く、糖蜜のような香りだった。
その香りにブーンは覚えがあった。
海上都市ニクラメンで嗅いだことのある香りだ。
死の匂いを隠すための偽装か、それとも死の匂いそのものなのか。

断言できるのは、この香りの持ち主は山の様な死体を生み出してきた人間だということ。
友好的な人間性はなく、残虐非道な生活の持ち主であるという事だ。
そしてブーンは思い出す。
この匂いの持ち主を。

(∪;´ω`)「……お?!」

――ワタナベ・ビルケンシュトック。
間違いない。
この匂いは、彼女の物だ。
不運にも、眠っているトラギコはまだ彼女の接近に気付いていない。

甘い死の匂いを漂わせる彼女の存在に気付けているのは、優れた嗅覚と聴覚を持つブーンだけ。
この場を守れるのは、ブーンだけだ。
どうすればいい。
背筋が冷え、体が震えてその場に跪かせようとしてくるのを強引に拒み、考えた。

守らなければならない。
守るためには抗わなければならない。
例え敵わない相手だとしても、抗う事を諦めてはならないのだ。
抗うためには考え続けなければならない。

思考を止めればそこで終わってしまう。

515名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:37:11 ID:OQQmnSoU0
(∪;´ω`)「……」

トラギコをテントに残してブーンが囮になれば、せめてトラギコだけでも助けられるかもしれない。
しかし、ブーンに興味を示さないかもしれない。
ワタナベにとってブーンは脅威でも何でもない、ただの耳付きの子供。
追う価値もないと判断され、囮であるブーンを無視してトラギコを一直線に狙われたらおしまいだ。

多くを深くまで考えている時間はあまりない。
自分一人で出来る事など限られている。
ここは、トラギコの手を借りなければ状況を打破するのは無理だ。
眠っているトラギコを起こして状況を説明し、テントを出てから注意をブーンにひきつければその間にどうにか逃げてもらえるだろう。

ブーンに思いつく最善の案は、それしかなかった。

(∪;´ω`)「トラギコ、さん」

肩を揺らして、その名前を呼ぶ。

(=゚д゚)「ん?」

ただならぬ雰囲気を察したのか、トラギコはすぐに起きて半臥の状態になった。

(∪;´ω`)「ワタナベさんが、きてますお」

(=゚д゚)「……マジか」

トラギコの顔が真顔になり、何かを探すように周囲を見渡した。
恐らく武器になるような物を探しているのだろう。
ブーンの知る限りガスの詰まったボンベとナイフぐらいだ。
それだけであのワタナベに挑めるとは思えなかった。

これでも、少しは戦いの場を見てきたつもりだ。
得物による優劣の差ぐらいは理解出来たつもりだった。
当然、自分が時間稼ぎを出来るような戦いが出来ない事も理解している。
理解していても諦めることは出来なかった。

(∪;´ω`)「だから、にげて、ください」

その言葉を聞いた瞬間、トラギコはブーンの胸倉を掴んで引き寄せた。
全く予想外の事態に、ブーンは目を白黒させる。
何が彼の癇に障ったのか、全く分からない。

516名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:37:29 ID:jYoL/Lxo0
昨日はリアルタイムに見れなかったので、支援。

517名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:39:01 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「いいか、ガキが大人を気遣うな。
    俺が時間を稼いでやるラギ。 お前が逃げろ」

(∪;´ω`)「でも、トラギコさん、けがしてて……」

(=゚д゚)「あの女達は教えてくれなかったかもしれないが、いいか、覚えておけ。
    俺は一度だけしか言わねぇラギ。
    男には、絶対に譲れない意地ってものがあるんだよ。
    ガキに守られるってのはな、我慢できねぇんだよ、俺は」

(∪;´ω`)「……あっ!」

気付いた時には、ワタナベの匂いがより濃く、そして呼吸の音が聞こえるまでの距離に近づいていた。
テントのすぐ外に人がいると分かり、ブーンがトラギコに警告するよりも早く、トラギコはブーンの体を己の背後に引き摺り倒した。
ジッパー式の入り口が開き、現れたのは白いワンピースに身を包んだワタナベだった。
垂れ下がった目尻には攻撃的な印象は一切ないが、それでも、瞳の奥に宿る狂気の色は健在だ。

从'ー'从「はぁい、刑事さんお元気ぃ?
     ……って、あらぁ?
     いつぞやの仔犬君じゃなぁい」

(∪;´ω`)「……」

甘ったるい声と香り、そして気だるげな表情。
死を運ぶ大量殺戮者であるワタナベの佇まいは妖艶な娼婦の様だったが、その本質を知るブーンは決して気を許しはしなかった。
トラギコがブーンを庇うようにしてゆっくりと立ち上がり、ワタナベにその鋭い視線を向けた。
狭いテント内に、ただならぬ空気が満ちる。

(=゚д゚)「久しぶりって程でもねぇが、何の用ラギ?」

从'ー'从「忘れ物、届けにきたのよぉ」

そう言ってワタナベはアタッシュケースを掲げて見せた。
それが誰のものなのか、ブーンは漂ってきた匂いで理解した。
トラギコの物だ。
長年使いこんだのだろうか、匂いが鉄の中にまで染みついている。

(=゚д゚)「……ブリッツのコンテナか」

从'ー'从「そうよぉ、刑事さん忘れて行っちゃうんだものぉ。
     それと、車の中にも忘れ物があったから持って来てあげたのよぉ」

518名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:40:45 ID:OQQmnSoU0
見せつけるようにして、アタッシュケースに紐で括り付けられている一対の黒い籠手を掲げる。
そして、空いていた手で黒い拳銃を構えた。
オアシズで見たことがある。
トラギコの愛銃、ベレッタM8000だ。

その銃腔はワタナベを向き、撃鉄はトラギコを向いていた。
デレシアから習った、人に銃を渡す時の形だった。

从'ー'从「これ、大切な銃でしょ?」

その瞳に宿る怪しげな光の正体は分からない。
何かを誘っているような、それでいて狙っているような、奇妙な光だ。

(=゚д゚)「……ブーン、外に出てろ。
    大人同士の話し合いをするラギ」

(∪;´ω`)「あ、えっ……ぉ……」

罠の可能性は大いにある。
それぐらい、トラギコにも分かっているだろう。
分かっていて尚、トラギコは踏み出した。

从'ー'从「あらぁ? 大人の話し合いってことはぁ、ようやくその気になったのぉ?」

(=゚д゚)「黙ってろ。 ほら、早く行くラギ。
    大丈夫ラギ。 こいつは、今は危害を加えてこないラギ」

トラギコの声には有無を言わせぬ凄みがあった。
手負いとはいっても、トラギコの戦闘力はブーンよりも高いだろう。
一瞬の判断を迫られたブーンは、大人しく頷いた。

(∪;´ω`)「わかり……ました……お」

その言葉に従って、ブーンはテントを出た。
果たしてその選択が正しかったのか、今はまだ、分からない。

519名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:42:48 ID:OQQmnSoU0
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          ノ'´  |:人: : : j、、` /      弋こン /: : : : : :.八: : : : : : : \: : \二¨__
           八: :.ヽ: }        、、、¨´、 /:/: : : : /: : :\: : : : : : : \: : : : :ノ
                                          August 10th AM10:31
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(=゚д゚)「で、どういう魂胆ラギ?」

二人きりになったテントで、トラギコはワタナベの手から銃と棺桶――強化外骨格の通称――を受け取った。
あまりにも呆気なく武器を渡されたことに対して、彼は驚きの表情を禁じ得なかった。
渡すと見せかけて殺すことも出来たはずだ。
この女ならば、手負いのトラギコを殺すことなど造作もない。

何が狙いだ。
情報か、それとも別の何かを狙っているのか。
ブーンを逃がしても追おうとしないことから、狙いがトラギコにあるのは分かる。

从'ー'从「私はただお仕事をしているだけよぉ」

(=゚д゚)「……仕事?」

人殺しのする仕事など、一種類しかない。
ボランティアでもなければ、慈善活動でもない。
偽善にすらならない、ただ一つの行い。
殺しだ。

从'ー'从「そうよぉ。 お仕事よぉ。
     “後片付け”をするお仕事ぉ」

返されたばかりの拳銃を一瞬で構え、トラギコはその銃口をワタナベの頭に向けた。
弾丸が弾倉に装填されていることは手に持った感覚で分かる。
問題は、彼が車内に置き忘れたのと同じ状態、つまり弾が薬室に送り込まれているかどうかという事だった。
薬室に弾が込められていなければ、銃爪を引いても弾は出ない。

それどころか、致命的な隙を生むことになる。
それでも、脅迫材料としては生きてくれることを願うばかりだ。

520名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:45:01 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「俺を片づけるのは一苦労するラギよ?」

从'ー'从「あらぁ? 私は、現場の後片付けをしただけよぉ。
     ほらぁ、道具を持ち主に返して片付けるってお仕事よぉ?」

撃鉄を親指で倒し、銃爪に指をかける。
数グラムの力を込めるだけで、ワタナベの頭は熟れたトマトのように爆ぜるだろう。
ナイフを喉元に突きつけるのが最もいい手段だが、銃の威力を知っている人間にはこれも効果的だ。
しかしながら、ワタナベは涼しげな顔をしたまま、何を考えているのか分からない笑みを浮かべている。

こちらが撃たないとでも思っているのだろうか。
こちらは情報さえ聞き出せれば、ワタナベを殺しても一向に構わないのだ。

(=゚д゚)「いいか、手前が何でショボン達と組んでるのか、それについてはおいおい訊くが、手前の狙いは何だ?」

从'ー'从「私は私のやりたいように、気持ちのいいようにやっているだけよぉ」

(=゚д゚)「ふざけてる……って訳ではないラギね」

こういった手合い――殺しを楽しむ人間――は、己の美学に関する部分については嘘を吐かない。
それだけが唯一の誇りであり、それを偽る事だけは決してしないのだ。

从'ー'从「そりゃあもちろんよぉ。 私はいつでも真面目よぉ」

親指で撃鉄をゆっくりと戻し、銃を降ろす。
この狂人は紛れもなく頭のネジが外れた人間だが、それでも、欺くなどと言う煩わしい真似はしない。
騙すなら最初からトラギコを殺しているし、誰かの指示で隙を作ろうとしているのだとしても、それをここまで上手く出来るとは思えない。
数多の犯罪者を見続けてきたトラギコの直観は、そう告げていた。

この女は、真面目に狂っている。

(=゚д゚)「まぁ、コンテナを持って来てくれたのは感謝するラギ。
    だけど、手前はいいのか?
    そろそろ組織の人間が黙っちゃいねぇだろ」

いくら何でも、ワタナベの行動は組織としては見過ごせない物ばかりだ。
作戦行動の逸脱、妨害
味方からすればとんでもない邪魔者だ。
彼らが大きなことを企てているのであれば、ワタナベを処分した方が有益と判断しても不思議はない。

オアシズに仕掛けられていた爆弾解除に手を貸し、シュール・ディンケラッカーに殺されかけていたトラギコを助けたことが知られれば、組織に殺されるだろう。
仮にトラギコがワタナベの組織にいたとしたら、決して生かしてはおかない。

521名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:47:22 ID:OQQmnSoU0
从'ー'从「平気よぉ。
     私はあくまでも末端の末端でぇ、お上はいちいち気にしないわよぉ。
     それとも何ぃ? 心配してくれてるのぉ?」

(=゚д゚)「ふざけんな。 手前に勝手に死なれたりすると迷惑ってだけラギ。
    いいか、訳の分からない手前の道楽で手前が気持ちよく死ねると思うなよ。
    手前は、この俺が殺すラギ」

そうだ。
このろくでもない快楽殺人者には、苦痛に満ちた死が相応しい。
他の人間ではなく、トラギコが手ずから殺してやらなければ気が済まない。
デレシア同様、他の誰にも渡したくない存在だ。

彼の獲物。
彼が決めた、彼が捕まえ、彼が殺すべき相手。
己の牙が噛み砕くべき相手なのだ。

从'ー'从「……ふぅん。
     それは楽しみにしておくわねぇ。
     それじゃぁ、私は殺されない内に退散するわねぇ」

(=゚д゚)「待てよ。 外にいるあのガキに手を出すんじゃねぇぞ」

从'ー'从「分かってるわよぉ。 だからぁ、私は単に現場の後片付けに来ただけなのぉ。
     それにぃ、こう見えて子供は好きなのよぉ?」

殺人者が何を言うかと思えば、とんだ戯言だった。
本当に子供好きなら、子供を持つ親を殺したりはしない。
屍の山で悦に入る狂人の言葉など、耳を貸すに値しない。
所詮は殺人鬼の気まぐれ。

時々いるのだ。
妙な矜持を持った殺人鬼が。
女子供には手を出さない猟奇殺人者や、大人の女には手を出さない強姦魔。
異教の神を信じる人間だけを殺してきたと胸を張る屑が。

(=゚д゚)「よく言うラギ」

ワタナベがテントから出て行ったのを見届けてから、トラギコは密かに安堵の溜息を吐いた。
M8000の遊底を引くと、薬室には弾が入っていた。

(=゚д゚)「……あいつ、馬鹿か」

――或いは、トラギコが撃たないと確信していたのか。

522名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:49:08 ID:OQQmnSoU0
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              レ′  {  .:.:{ ̄`  __         `ヾ:ヽ:.:.:.:.:.:
              { ∧ 、ゝ、.:_厶_       ``ヽ、     ',:.:.:.:.:/.:
              ∨.:.:} .:\:.:休㍉、    __     ヽ、   }:.:.:/.:.:.
               {:.:.( .:.:.:.个`忙f{`     辷≠ミ、 \  厶7.:.:./
             / >:`ヽ:{:.:」  `¨゙        ト-升ヘ,  ∠Z仏∨.:
             / /.:.:.:.:.:.:/ :{   /     弋外F癶  r┐Y.:.:}.:.:
            / / .:.:.:.:.:.:  .:ハ   __       `¨´   _,ノ ノ:.く.:.:.
           / /  .:.:.:.:.:./ ./.:.∧   `Y``ァ        r‐<:.:.:.:.:.`ヽ
                                          August 10th AM10:53
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思っていたよりもすぐにテントから現れたワタナベに、ブーンは少し驚いた。
話していた内容は全て聞こえていたが、特に争うようなこともなく、大人の話し合いというものは案外あっさりしているのだと受け入れた。

从'ー'从「はぁい、仔犬君。
     もういいわよぉ」

(∪;´ω`)「あ、え、はい……」

从'ー'从「いつも一緒のお姉さんたちはいないのかしらぁ?」

(∪;´ω`)「お……」

デレシア達の事は何があっても話してはならない。
それは、デレシアに言いつけられなくても分かる事だ。

从'ー'从「ふふふ、冗談よぉ。
     話せるはずないわよねぇ。
     それにぃ、いたらもう出てきている頃だものねぇ。
     じゃあ、今ここで私が仔犬君をめちゃくちゃにしても大丈夫ってことねぇ」

ちろり、と蛇のようにワタナベが舌を見せた。
背中に刃を当てられたかのように、ブーンは寒気を覚えた。
嗜虐的な笑みの奥に、純粋な殺意の姿が見えたのである。

(∪;´ω`)「いや、ですお……」

从'ー'从「これも冗談よぉ。
     それじゃあ、またねぇ」

523名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:52:05 ID:OQQmnSoU0
ひらひらと手を振って、ワタナベは森の中に消えて行った。
自分の身に何も起きなかったことに安堵し、ブーンはようやく安堵の息を吐くことが出来た。
テントに戻ると、トラギコはアタッシュケースに籠手を戻しているところだった。

(=゚д゚)「おぅ、悪いな」

ワタナベがこの場所を探し当てたことに驚いた様子もなく、研ぎ澄まされた冷静さを保っている。
ヒートやデレシアもそうだが、どうすればここまで冷静でいられるのだろうか。

(∪;´ω`)「あ、いえ……」

いつか、自分もそう在れるようになりたいと強く思う。
そうすれば、デレシア達が困難に陥った時に、ブーンも力になれる。

(=゚д゚)「じゃあ俺はまた寝るラギ。
    何かあれば起こせ」

そう言ってトラギコは枕代わりにしている寝袋の傍にアタッシュケースを置いて、その上に拳銃を乗せた。
先ほどまでの緊張状態などまるでなかったかのようにトラギコは横になり、すぐに浅い寝息をたてはじめる。
肝が据わっている、とはこのことを言うのだろう。
彼に見習い、ブーンも先ほどまでの作業に戻ることにした。

ワタナベの匂いがまだ漂っていることが気になるが、大したことではない。
本を開いて、再び文字と向き合う。
やがて少し肌寒いと感じ、メッシュの窓を閉じる。
だがトラギコにはまだ寒いようで、腕を組んで暖を取ろうとしていた。

(∪´ω`)「お……」

少し考え、ブーンは本を閉じた。
そして、トラギコの傍に横たわり、体を丸めて身を寄せた。
これで少し暖かくなればと思っての行動だったが、トラギコの本能がブーンの体温を感じ取り、ブーンを包むようにして抱いた。
大きな腕にしっかりと抱かれ、ブーンは少しだけ戸惑いながらも、瞼を降ろして眠ることにした。

トラギコの腕はとても力強く、そして優しげだった。

524名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:53:02 ID:OQQmnSoU0
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       (^)   ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ    ノ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ;:;:.;:;;:ヾノ;:;:.,ヾヾヾ;:;:.,ノ
 ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ:::;:;:       ;;:;:φ:: ヾ;:.丿,ヾヾヾ;:(^);:.;:;:;::: ヾ    ;:.ヾ;:;:.,ヾ/
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   ;;ァ!\\| |:;;ヾ:;: .r;. ::: ヾヾ:;::ヾrヾ:;;ヾ:;:;:;:.r;. ; . \|.ヾヾ| |ヾヾヾ;;:;:::ヾ)     ,.,.   ,,
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   ..|;|   | |   ||   | |   | | | |     | |  ,,_∥._,,r゙゙゙゙ヾ゙^゙ヽ  - - - - -''"''yi''-"''yi''
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August 10th PM00:01
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

次にブーンが目を覚ましたのは、正午を告げる澄んだ鐘の音が聞こえた時だった。
昼食の時間だ。
デレシアから教わった昼食は、コンソメスープを使ったパンリゾットだった。
食料を購入する時間がなかったこともあり、具材は山菜しかないが、美味しくできるだろう。

問題は、トラギコを起こさずに抱擁から逃れる方法だった。
ゆっくりと体を動かし、腕を解こうとする。
それがトラギコを眠りの世界から引き戻してしまった。

(=-д゚)そ「……んぁ?
      あぁ?!」

腕の中にいたブーンを見てトラギコは驚き、その腕を一瞬で解いた。
思わずブーンも驚き、飛び退くようにして立ち上がる。
耳付きを嫌う人間は、触れただけでブーンを死ぬほど殴ってくる。
トラギコもそういう人間ではない可能性は否定しきれなかった。

殴られると思い、両手が自然と顔を庇うようにして上がっていた。

(;=゚д゚)「いつからそこにいたラギ……」

(∪;´ω`)「ご、ごめんなさい……」

(;=゚д゚)「いや、謝る必要はないラギ」

525名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:56:20 ID:OQQmnSoU0
トラギコの驚き様は、ブーンを抱いていたことに対しての物ではなく、ブーンの存在に気付けなかった自分を責めているようだった。

(=゚д゚)「あぁ、別に殴りはしないラギよ」

(∪;´ω`)「……けるんですか?」

(=゚д゚)「蹴らねぇよ。
    気を遣ってくれたんだろ?
    すまねぇな」

(∪;´ω`)「……お。
       いえ、その……はい……」

(=゚д゚)「撃ちもしないし、切ったりもしねぇよ」

(∪;´ω`)「はい……です、お……
       あの、お、おなか……へってますか?」

顔を守っていた両手をおろし、ブーンは当初の目的を果たすことにした。
昼食の提案に対してトラギコは、短く一度だけ頷いた。
間違っても彼の機嫌を損ねないように、美味しい物を作らなければならない。
テントの前室に移り、バーナーを使って調理を開始することにした。

クッカーに川で汲んできた水を入れ、それが沸騰するまで待つ。
沸騰した水にコンソメスープのブロックと一つまみの塩を入れ、黄金の色に染まるのを見つめる。
小さく切った歯応えのある山菜――葉ワサビとデレシアは呼んでいた――を入れ、千切ったパンをスープ全体が隠れるぐらいまで詰めた。
蓋を閉めて火を小さくし、少しの間だけ待つ。

火を消してクッカーとフォークを持ってトラギコの元に戻る。

(=゚д゚)「悪いな、手間かけさせて」

(∪;´ω`)「い、いえ……」

(=゚д゚)「コンソメのリゾットか……
    どれ、美味そうな匂いしてるラギ」

ブーンから受け取り、蓋を取ってトラギコはすぐに食べ始めた。
スープを吸ったパンは膨らみ、柔らかくなっている。
体力がない人間でも食べられる食事だった。
湯気の立つパンを口に運び、もぐもぐと美味そうにトラギコは咀嚼した。

526名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 19:58:43 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「薄味でいいな。
    お前の分は?」

すっかりトラギコの昼食にだけ意識を捉われていたため、本来自分が食べるべきパンも一緒にクッカーに入れてしまったことに、今気付いた。
気恥かしく、ブーンは首を横に振った。

(∪´ω`)「だいじょうぶ、ですお」

(=゚д゚)「……俺の言葉が分かってねぇようラギね。
    俺は、お前の分の飯はどこだって訊いたラギ。
    大丈夫、は答えになってねぇ」

(∪;´ω`)「お…… ぱん、ぜんぶつかっちゃって……」

(=゚д゚)「馬鹿か、手前は……
    だったらお前が食えばいいラギ」

(∪;´ω`)「それは、だめです…… ぼく、トラギコさんのかんびょーしないと」

(=゚д゚)「なぁ、飯が冷めるからその話は後でじっくり聞かせてもらうが、飯を半分に分けるラギ。
    そうすりゃ、俺もお前も飯を食えるだろ」

(∪;´ω`)「トラギコさん、おなか、へっちゃいます」

(=゚д゚)「うるせぇ。 何度も言わせるな。
    ほら、食うぞ」

有無を言わせず、トラギコは蓋にリゾットを取り分け、それをブーンに差し出した。

(=゚д゚)「スープを飲みたかったら言うラギ」

(∪´ω`)「ありがとう、ございます……お」

(=゚д゚)「いいんだよ、ほら、食うぞ」

がつがつと一心不乱に食べ始めたトラギコを見て、それから手に持つリゾットを見た。
冷めない内に食べた方が絶対に美味いのは、見れば分かる。
その場に座って、両手を合わせていつもの挨拶をした。

(∪´ω`)「いただき、ます」

口の中のリゾットを飲み込み、トラギコは異物を飲み込んだかのような奇妙な顔をして食事の手を止めた。

527名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:01:31 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「……何ラギ、それは」

(∪´ω`)「お? あいさつ、ですお」

(=゚д゚)「何だ、宗教でもやってるラギ?」

(∪´ω`)「しゅーきょー? ちがいますお。
      あいさつ、ですお」

(=゚д゚)「……なぁ、お前、宗教って知ってるラギ?」

ブーンはすっかり柔らかくなったパンをスプーンですくって口に運び、数度噛んでから飲み込んだ。
そして、トラギコに問われたことを答えた。

(∪´ω`)「おなじなにかをしんじるひとのあつまりですお」

宗教についてはヒートに教えてもらったことがある。
彼女の幼馴染がそれにのめり込み、それまで持っていた唯一の取り柄を失った原因であると。
詳しく話を聞くと、どうにもそれは昔から人間の間に根付く考え方であるという事だった。
それはまるで人の生き方と同じだと、ブーンは感じた。

誰もが何かを正しいと信じて生きている。
それは先ほどトラギコが言った正義という言葉そのものであり、正義というものの在り方の違いで人は争う。
異なるものを受け入れられないのが人間だ。
だからブーンは殴られ、蹴られ、嫌われ、虐げられてきたのだ。

(=゚д゚)「まぁ、そんな感じラギ。
    ならその挨拶は何なんだ?」

(∪´ω`)「おしえてもらったんですお」

(=゚д゚)「デレシアにか?」

(∪´ω`)゛

(=゚д゚)「ふぅん」

さほど興味もなさそう返事をして、食事に戻った。
二人はそれから無言で昼食を続けた。
無言だったが、トラギコがブーンの食事に満足した様子なのは、彼が最後に吐いた溜息が雄弁に物語っていた。
トラギコは寝袋を叩いて枕にし、横になってぽつりとつぶやいた。

528名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:04:42 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「飯、美味かったラギ」

(∪*´ω`)「お……!」

空になったクッカーと蓋を持って、ブーンはそれを洗うためにテントの外に出た。
頭上で陽が輝き、森に降り注ぐ光の量が増えていた。
光の柱が雨のように地面を照らし、小さな川は光を反射してキラキラと輝いている。
大きめのカップで水を汲んでクッカーを洗い、その水は川ではなく近くの地面に撒いた。

妙な視線を感じたのは、洗い終えたクッカーをテントの外に干そうとした時だった。

(∪´ω`)「……お?」

重厚かつ強力な獣の視線。
自然界に生きる、産まれたままの強者の視線だ。
物騒な視線の出所に首を向けると、川を挟んだ向かい側に、それはいた。

(・(エ)・)

茶色の毛に包まれた、巨大な生物。
それは、ブーンが生まれて初めて遭遇したグリズリー――別名:灰色熊――だった。
あまりにも巨大なその生物を前に、ブーンの体は硬直した。
野生の膂力の化身はその力を示さずとも、身に纏う雰囲気だけで周囲に己の力を誇示することが出来る。

彼は知らなかったが、グリズリーは野生動物の中でも頂点と呼ばれる領域に位置する生物であり、武器を持たない人間では太刀打ち出来るようなものではない。
比肩し得るのは同じ領域にいる生物だけ。
――以上の情報をブーンが知るはずもなかったが、それでも、彼の中にある生命本能は即座に警告を発した。
関わってはならない、と。

(∪;´ω`)

どうするべきか、ブーンは考えた。
“あれ”はおそらく川に水を飲みに来ただけなのだが、ブーンに気付いて動きを止めているのだ。
こちらがどう動くかで、あれがどう動くのかが決まる。
武器はない。

トラギコも今はテントの中だ。
野生生物はワタナベよりもある意味で恐ろしい。
話が通じない上に、一切の慈悲を持たない。
野生の掟に従って行動するため、戦略を立てる余裕がなければ実力で挑むしかない。

武器を持つトラギコがいてくれれば、状況はまだこちらが有利だったに違いない。
だがブーンが声を出せばあれは動くだろうし、その動いた先にいるのは勿論ブーンだろうし、そのままトラギコまで狙われかねない。
あれが向ける視線の種類は、視線の先にいる生き物が餌か敵かを見極める類のそれだ。
ブーンに出来るのは息を呑んで、あれがどう動くかを見守るしかない。

そのはずだった。

529名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:06:31 ID:OQQmnSoU0
(∪;´ω`)「お?!」

その瞬間、新たな視線の持ち主がブーンを取り囲むようにして現れた。
音もなく、静かに。
風に運ばれて鼻に届いた香りと雰囲気に、ブーンは安心感を覚えた。

(∪´ω`)「ししょー?」

それは師匠であるロウガ・ウォルフスキンの香りであり、雰囲気だった。
静かに現れた狼の群れはそのまま静かにブーンの傍に寄り、三匹がブーンの前に立った。
十匹の狼達が立つ位置は、明らかにブーンを守るための配置だ。

 /i/i、
ミ ゚(叉)

直立すれば人間の大人ほどもある全身を覆う灰色の毛はまるで銃身のように鈍く輝き、低い姿勢はいつでも高速で移動し、攻撃を加えられるように計算された構えをとっている。
何故この狼達がブーンを守るのか、彼は知る由もなかった。
だが理由はどうあれ、狼を前にした“あれ”は鼻を一度鳴らしただけで攻撃の意志を示さないまま、森の奥へと歩み去ったのは紛れもない事実だった。
一気に緊張の意図がほぐれたブーンの周りに、狼達が集まってくる。

一定の距離を保ったままそれ以上近付いてこようとはしないが、透き通った黄金色の瞳を向けて興味深そうにブーンを見ている。
これもまたブーンの知らない事だったが、この森において狼はグリズリーと同じ領域に立つ生物だった。
グリズリーが個の強さの化身であれば、狼は集団の強さの化身だ。

(∪´ω`)「お」

群れの長と一目で分かる一際大きな体の狼が、ブーンの前に歩み出た。
四足で立っていてもブーンよりも大きく、後ろ足で立ち上がればいつか見た強化外骨格よりも大きいだろう。

 /i/i、
ミメ゚(叉)

特徴的だったのは、その顔に付いた傷だった。
それが銃傷であることにブーンはすぐに気付いた。
銃を使う生き物は人間だけ。
つまり、この狼は人間に撃たれ、そして生き延びたのだ。

530名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:09:53 ID:OQQmnSoU0
何故助けられたのか、狼が人間の言葉を介して説明することはあり得ない。
それでも、狼は紛れもなくブーンを助けた。

(∪´ω`)「お」

 /i/i、
ミメ゚(叉) ヲフ

(∪´ω`)「おー」

 /i/i、
ミメ゚(叉) ウォ

(∪´ω`)゛「おっ」

会話と呼べる会話ではなかったが、ブーンには動物の言葉が理解できるという特技があった。
それは彼が耳付きとして生きていく中で、どうしても野良犬や野良猫と食糧を分かち合う必要があり、その際に身につけた能力だった。
相手が狼でも、やることは変わらなかった。
何を話しているのか、というよりも、何を言わんとしているのかを理解し合うコミュニケーションだ。

 /i/i、
ミメ゚(叉) ……フ

仔犬がいると思ったら、その仔犬から同族の匂いがしたことから助けた、という言葉にブーンは納得した。
縄張りを荒らしに来たのではない事が分かると、狼はブーンに警告をした。
“あの”生き物は非常に凶暴で強力であるため、出来れば関わらず、存在を察したら逃げた方がいいという事だった。
だが、ブーンは留守を任されているため、そう簡単に逃げるわけにはいかないのだと説明すると、狼は飽きれた風に息を吐いた。

狼が数歩近づき、ブーンの頬を軽く舐め、鋭い牙で優しく肩を甘噛みした。
それはブーンを仲間とみなす行為だった。
群れの長が認めた仲間は即ち、群れの仲間である。
ブーンを取り囲んでいた狼達はブーンにそれぞれの形で情を示し、森の奥へと戻っていった。

(∪´ω`)「おー」

多くを語らずに多くを伝えてくれるその姿は確かに、ロウガの背中を思い起こさせたのであった。

531名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:12:30 ID:OQQmnSoU0
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August 10th PM00:41
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ブーンが狼と別れた頃、グルーバー島にあるルルグベ教会に一人の訪問者があった。
ピーター・ロドリゲス神父は久しぶりの来訪者が余所者であると同時に、同業者であると一目で分かった。
黒いカソックを着た男は穏やかな笑みを浮かべ、首から提げた十字架を誇らしげに、だがつつましくピーターに見せた。
分厚い扉の外に立つ男の姿を見たピーターは、閉ざしていた扉の閂を外して男を笑顔で招き入れた。

( ''づ)「ようこそ、ルルグベ教会へ」

( ・∀・)「どうも神父様、突然の訪問をご容赦ください」

礼儀正しい男だった。
無碍に扱う理由はない。

( ''づ)「いえ、お気になさらず。
    さぁ、今紅茶を淹れますのでどうぞこちらへ」

扉を閉じ、神父を来客用の小部屋へと案内する。
彼がどこの教会に所属しているのか分からない以上、下手なもてなしは出来ない。
棚から高級な紅茶の缶を取り出し、茶菓子として信者から差し入れでもらったクッキーを出すことにした。

( ''づ)「お待たせいたしました、さ、どうぞ」

( ・∀・)「いやいや、申し訳ない。
     私、マドラス・モララーといいます。
     セントラスの教会で神父をしております」

セントラス。
それは十字教徒であれば誰もが知る聖地だ。
十字教発祥の地であり、聖遺物に触れることの出来る街。
宗教都市セントラスでの聖務は全ての聖職者にとっての憧れだった。

532名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:15:37 ID:OQQmnSoU0
高い紅茶を選んで正解だ。
心象を損ねなければセントラスへの足掛かりとなるかもしれない。

( ''づ)「わざわざセントラスから。
     巡礼の旅ですか?」

巡礼とは、各地に点在する教会を訪ね歩き、かつて世界を再生した聖者たちと同じ歩みを辿る神聖な行為。
限られた人間にのみ、その聖務が与えられ、世界中の教会を繋ぎ続ける事が出来る。
巡礼を終えた聖職者は教皇から祝福を受け、神に愛された存在として認められる。
聖職者であれば、誰もが一度は夢見る行為だ。

( ・∀・)「いえ、完全な私用で来たのです。
     この教会には神父様おひとりですか?」

( ''づ)「シスターたちがいるのですが、ほら、今は島がこんな状態ですので皆宿舎にこもっております。
     紹介が遅れました。
     私、ピーターと言います」

( ・∀・)「よろしく、ピーター神父。
      そして、さようなら」

その言葉と同時に吹いた風が、首筋を撫でた。
首を傾げた記憶はなかったのだが、ピーターの視界がゆっくりと傾き、地面に向かって落ちて行った。
疑問を抱く間もなく視界が黒く染まり、意識がなくなった。
彼は幸運だった。

最期まで首を切り落とされたことに気付くことがなく、邪悪な笑いを浮かべるモララーの顔を見ずに済んだのだから。
幸運なまま絶命した神父の首が転がらないよう、一人の女がそれを乱暴に踏みつけた。

从'ー'从「あら、結構これいいわねぇ」

神父の首を背後から切り落としたワタナベ・ビルケンシュトックは、ナイフの使い心地に満足していた。
くの字に折れ曲がった特徴的なナイフは首を切り落とすのに都合のいい形をしており、骨ごと違和感なく切り落とせた。
切れ味の良さもさることながら、適度な重みが手に馴染む。
これはいいナイフだ。

いいナイフはいい仕事に繋がる。
支給されたナイフだが、このナイフを選んだ人間には見る目がある。

从'ー'从「どうせ殺すんならどうしてお茶なんて淹れさせるのぉ?」

533名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:17:57 ID:OQQmnSoU0
( ・∀・)「相手の好意を拒むのはどうにも気が引けまして」

ワタナベはどうにもこの男が理解できなかった。
首を失った神父の体を前に、モララーは紅茶を啜り、のんきにクッキーに手を伸ばす。
自らの手を汚さずに人の死を願うこの男は、ワタナベの価値観とは大いに異なった。
殺しとは、それ自体を堪能することにこそ醍醐味がある。

人が死ぬ姿を見るだけでいいのなら、病院に務めればいいのだ。
そうすれば労せずに人の死を見続けることが出来る。
だがこの男はそれすらもしない。
誰かが殺すように指示を出して、自分は決して人を殺さない。

実に不愉快な男だった。
生を終わらせる刹那に感じ取ることの出来るあの快楽を何だと思っているのか。
奪う事の快感を理解できない人間とは一生分かり合えない。
いつの日かこの男を殺し、死の味の甘さを教えてやろうとワタナベは笑みの奥で決意した。

从'ー'从「それでぇ? シスターは私が殺していいのかしらぁ?」

掌を見せて、モララーはそれを制した。

( ・∀・)「あ、それは少しだけ待ってもらってもいいですか?
     その前にやらないといけないことがあるので」

从'ー'从「何をするつもりなのぉ?」

( ・∀・)「シスターは処女なので、その前にせめて私が彼女達に男の味を教えてあげようと思いまして」

この男はいつもそうだ。
殺しの前に凌辱などと言う行為を挟もうとしてくる。
性的な快楽よりも殺しで得られる快楽の方が、病みつきになり、決して後戻りできない事を知らないのだ。
自慰しか知らない童貞と同じ、下卑た考えだ。

人の命を冒涜しているとしか思えない。
命を何だと思っているのだ。

从'ー'从「私は別にどうでもいいんだけどぉ、多分、ショボンとかが怒ると思うわよぉ」

( ・∀・)「ははは、黙っていればいいんですよ」

从'ー'从「ふぅん」

534名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:20:56 ID:OQQmnSoU0
( ・∀・)「では、私は少し席を外しま――」

その時、境界の扉が乱暴に開かれた音がした。
音を気にすることなく来客室から出ようとしたモララーが扉を開くと、そこにいたのは老犬を思わせる佇まいのジョルジュ・マグナーニだった。
特徴的な太い眉を吊り上げ、獲物を前にした獣の笑みを浮かべる。
  _
( ゚∀゚)「よぅ、何しに行くんだ?」

( ・∀・)「……いやちょっとお手洗いに」
  _
( ゚∀゚)「女を便所扱いする癖はいい加減に治せ」

( ・∀・)「ははは、お見通しか」

ジョルジュの脇を通り抜けようとしたモララーだったが、それを塞いだのはシュール・ディンケラッカーだった。
視線はワタナベに向けられたまま、その場に止まった体は部屋唯一の出入り口をジョルジュと並んで塞いでいた。
彼女がワタナベに対して敵意を向けているのは明白だが、ワタナベは涼しげな表情で受け流す。

从'ー'从「あらぁ、ご立腹なのぉ?」

lw´‐ _‐ノv「五月蠅い。 私の邪魔をして、何がしたいの」

トラギコを殺そうとしていたシュールを、ワタナベは軽く阻止した。
それに対して腹を立てているのだろう。
だが元はと言えば、ワタナベのトラギコを奪おうとしたシュールに非がある。
彼を殺すのは、ワタナベでしか有り得ないのだ。

子宮を疼かせる彼との殺し合いを楽しむ権利は、ワタナベだけの物。
断じて、この女にそれを譲る気はない。
  _
( ゚∀゚)「……邪魔をした? おいワタナベ、お前、何をした?」

从'ー'从「私の獲物を横取りしようとしたから、それを止めさせただけよぉ」

その言葉を聞き、ジョルジュの手が腰に下がったリボルバーに伸びた。
それに応じ、ワタナベもナイフの柄を軽く握りなおす。
  _
( ゚∀゚)「……お前がどうしてキュートに気に入られているのかは知らねぇが、この島で作戦に参加する以上は味方同士の妨害は止めろ。
    次に邪魔するっていうんなら、今度は俺が相手になるぞ」

535名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:24:07 ID:OQQmnSoU0
彼の提案は面白そうではあるが、ジョルジュはワタナベの好みではないため、今は遠慮しておきたい。
何より、この男と殺し合いをしてもつまらない。
殺し合いをするのであればやはり、トラギコが一番なのだ。
世 界 中 ど こ を 探 し て も 、自 分 と 殺 し 合 い を す る の に 相 応 し い 相 手 は ト ラ ギ コ し か い な い 。

キュート・ウルヴァリンが彼よりも上の人間であるため、そう簡単に手出しは出来ない。
涼しげな表情を浮かべ、ワタナベはすっと目を細める。

从'ー'从「考えておくわぁ」

その言葉を受けたジョルジュは鋭い眼光をワタナベに残し、モララーの襟首を掴んで部屋の中に押し戻した。
肩を竦めて、ワタナベは入れ替わる形で部屋を出て行った。
モララーが動けない今、女達を殺すのはワタナベの仕事だ。
久しぶりの殺しに、胸が高鳴る。

シスター達は教会と隣接する納屋のような建物にいる。
まだ陽の高い今は、せいぜい昼食後の歓談をして恐怖を和らげようとしているに違いない。
そんな健気な彼女達の前に現れ、命の終わる音を聞かせてもらえるかと思うと、自然と興奮した。
命乞いをするのか、それとも神に祈りをささげて奇跡を願うのか。

どのような形でその終わりを見せ、聞かせてくれるのだろうか。
ナイフで切るのもいいが、首を絞めてもいい。
指を切り落としてそれを口に突っ込むのもいいし、十字架を膣に突っ込んで破瓜の血を流させるのもありだ。
恐怖で命を彩る方法を考えるだけで、股座が濡れてくる。

殴殺は最後に取っておこう。
綺麗な顔が崩れないよう、顔ではなく内臓を中心に攻撃し、最後は心臓を殴って止める。
涙と鼻水、涎で汚れた顔はさぞや綺麗なことだろう。
礼拝堂を通り抜け、裏庭を進んで宿舎へと向かう。

二階建ての古めかしい建物の入り口は、質素な木で作られ、施錠はされていなかった。
鐘の音を恐れるのであれば鍵ぐらいはかけておいた方がいいのだが、この島の人間にはそこまでの智恵はないのだろう。
所詮は平和ボケした存在。
ジュスティアに守られることに慣れ、己を守る手段が余所者を排除するだけでは、こうも脆弱な人間に仕上がっても仕方ないだろう。

押し開いた扉の向こうもまた、木造りの空間が広がっていた。
一階にある小さな食堂から話し声が聞こえてきたのを、ワタナベは決して聞き逃さなかった。
神父の首を切り落としたナイフを手で弄び、跫音を消して食堂へと忍び寄る。
半開きになった扉から漏れ聞こえる声の中に男のそれが一種類混じっており、女の声は三種類あった。

536名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:26:01 ID:OQQmnSoU0
最低でも合計四人。
男は頭を縦に切り分け、女たちは寸刻みにして殺そう。
まずは足の腱を切って、自由を奪おう。
足の腱を切れば逃げる事を防ぐだけでなく、いい悲鳴を奏でてくれることをワタナベは知っていた。

从'ー'从「おこんにちはぁ」

扉を押し開き、満面の笑みでワタナベは声をかける。
突然の来訪者にも関わらず、聖職者たちは驚いた様子を見せず、何の疑いもなくワタナベに笑顔を返した。
直後に彼女が背中に隠していた大ぶりのナイフで男の顔を両断するまでは、一切の警戒心も抱かなかったはずだ。
縦に切り分けられた男は、だがしかし、切られたことに気付いていない表情のままその場に崩れ落ちた。

女の絶叫がワタナベの鼓膜を震わせた時、その鋭利な刃は女達の足首をまるで鎌鼬のように優しく撫で、正確にアキレス腱を断っていた。

从'ー'从「ねぇねぇ、どんな風に遊びましょうかぁ?」

ナイフを振って血を払い落とし、ぎらつくその表面を女たちに向ける。
女の一人が、ようやく何が起きたのかを理解したような表情でワタナベを見て、無造作に両手を胸の前で組んだ。
その行為が命乞いではないことにワタナベは気付き、激怒した。
この女は駄目だ。

この期に及んで神を信じ、それに縋ろうとしている。
神が助けることはない。
人がどれだけ祈りを捧げ、願おうとも、決して叶わない。
そんなものはこの世界にいないのだ。

神の不在を受け入れれば楽になるというのに、下手に抗おうとするから苦しむことになる。
死を前に本能のままに恐怖し、無力のまま死ねばいい。
命が消えるその直前までワタナベを楽しませれば尚良い。

从'-'从「……ちっ」

ワタナベの持つナイフが女の両手首から先を切断し、返す手で喉元を切り裂いた。
これで祈りを捧げることも十字を切ることも出来ない。
喉の出血を押さえることも出来ず、自らの血溜まりで女は顔を赤く汚していく。

537名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:29:05 ID:OQQmnSoU0
从'-'从「祈る暇があるなら悲鳴ぐらい聞かせなさいよぉ!」

残った二人は恐怖で声も出せなくなり、その場にへたり込んで失禁した。
あぁ、それでいい。
命が手の中で失われていく様を堪能し、それを奪っていく優越感に浸る。
これが殺しの醍醐味だ。

「え……ぐ……がっ……」

喉を切り裂かれた女は動かなくなり、細かく痙攣をして動かなくなった。
折角の御馳走が半分になってしまったが、まだ楽しめる。
舌なめずりをして、残りの女を切り刻み始めようとした、その時だった。
二人の女の頭が一発の銃声と共に爆ぜた。

否、ワタナベには一発にしか聞こえなかったが、実際に放たれた銃弾は二発。
音がほぼ一つに聞こえる程の速度での連射は、あの男の特技だ。
振り返ることなく、ワタナベはその男の名を呼んだ。

从'ー'从「あらぁ、ジョルジュ。
     無抵抗の人間は撃たない主義じゃないのぉ?」
  _
( ゚∀゚)「お前に殺されるぐらいなら俺が殺す。
    命を弄ぶな」

鋭く睨みつける彼の懐に下がる皮製のホルスターには、黒いリボルバーが収まっている。
S&W M29。
44口径の大型拳銃だ。
決して装弾不良を起こさないという利点だけを残し、連射性や取り回しやすさについてはオートマチックに劣るリボルバーだが、それを取り扱う彼の腕は確かだ。

今の時代にリボルバーをここまで使いこなせるのは、ジョルジュぐらいだろう。
実際、ワタナベがこれまでに殺し合いをしてきた人間の中でリボルバーを使っていた者はいたが、結局は酔狂や趣味を理由に使っていたに過ぎない。
皆、ワタナベとの殺し合いの中でその利点を生かすことなく死んでいった。
いまどきのカウボーイでも、オートマチックを使う。

だが、ジョルジュは別格だった。
戯れに切りかかろうと試みようとも、撃鉄の起きたリボルバーが魔法のようにその手に出現していた。
今こうしてナイフを持つワタナベと得物を持たないジョルジュはほぼ互角の立場、いや、場合によってはワタナベよりも優位な位置に立っているかもしれない。
それほどに、ジョルジュの早撃ちは圧倒的な力があった。

538名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:31:33 ID:OQQmnSoU0
  _
( ゚∀゚)「殺しを楽しむ屑が。
    なんなら、今ここで殺してやっても俺は構わねぇんだ」

从'ー'从「悪いけど、あんたと殺し合う趣味はないのぉ」

だが興味はある。
苦労してこの男を殺すことが出来れば、それはそれで面白いだろう。
賢明に生きてきた人間の死に際もいいが、キャリアの長い人間の死に際も好きだ。
健気なその一途さの終点が、無常の死だとは何とも泣けてくる話だ。

好奇心は高まる一方だが、この状況でそれを試すにはあまりにもリスクが高すぎる。
仮にここでワタナベが奇襲を仕掛けても、彼は難なく対応してしまう事だろう。
それでは駄目だ。
トラギコと殺し合うまでは、死ぬわけにはいかない。

――今はまだ、ジョルジュは殺さずにおこう。
  _
( ゚∀゚)「趣味の問題で言えば、汚い殺人狂と話し合う趣味も俺にはねぇ。
    ほら、やることが終わったら向こうに行くぞ」

ジョルジュも己の力量を正しく理解しているからこそ、ナイフを持つワタナベとこの距離にいながらも落ち着いていられるのだ。
確かに、いくら接近しようとも、こちらが攻撃を加える前に銃を抜いて撃てば距離と得物の関係は意味を持たない。
今は、我慢の時。
安酒を飲んで酔うのはいつでもできるが、何も熟成された酒の前に飲む必要はない。

全てはトラギコとの殺し合いまでの前戯。
本番までの暇潰しであり、それまでの演出でしかない。
ティンバーランドの目的ですら、ワタナベにとっては取るに足らない存在だった。
大局で考えればジョルジュとの確執など取るに足らない些事だ。

从'ー'从「ふぅん。 お優しい事ねぇ、警察のおじさん」
  _
( ゚∀゚)「……黙れよ、色狂い」

トラギコの上司だった男でも、ショボン・パドローネとジョルジュではその性質がまるで異なる。
どちらもかつては法の番人であり、正義の執行者だった。
ショボンはその正義を完全に見失い、ジョルジュはそれを捨てきれないでいる。
両者ともにジュスティア警察を抜け、彼らが対峙していた“悪”になってしまった。

539名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:34:53 ID:OQQmnSoU0
皮肉な物だ。
彼らの後輩は正義で在り続けようとしているというのに、正義で在り続けられなかった彼らは一つの夢のためにその手を汚し続けている。
こうして比較してみればみるほど、トラギコの魅力を思い知らされる。
一途に正義を追い求め続け、人間から虎へと変貌した彼。

変わらぬ姿勢は変わらぬ魅力。
頑なに昔と同じ価値観で仕事を続けるトラギコは、ワタナベにとって魅力的な人間だ。
やはり彼は最高だ。
最高の男だ。

彼と分かり合ったうえで本気で殺し合えば、間違いなくワタナベはこれまでで最高の性的な興奮を迎え、果てる事だろう。
少女のように純粋な心で、ワタナベはその日が来ることを願った。
一日でも早くトラギコがワタナベを理解し、殺し合いを望んでくれる日が来てほしいと祈りに近い形で願う事は、彼女にしては珍しい行動だった。
しかしながら、それもいたしかたないだろう。

偶然にもここは教会と言う、人間が願うにはおあつらえ向きの場所なのだから。

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August 10th PM05:55
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もしも願いが叶うならば、奪われた家族を取り戻してほしい。
ヒート・オロラ・レッドウィングは、かつて何度もそう思い、叶わない夢と知って心を痛めていた。
歳の離れた弟を含んだ四人でヴィンスに旅行に行き、そこで爆破事件に巻き込まれた。
それは六年前、ヒートが19歳の時に起こった事件だった。

540名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:36:33 ID:OQQmnSoU0
マフィア同士の抗争による爆破事件によって、ヒートは自分以外の家族を失った。
そして、復讐鬼と化した。
鬼となり、事件に関わった全ての人間を殺した。
揺篭で寝ていた赤子も殺した。

両手は血で染まり、最後に、爆破を指示したマフィアの首領とその家族を惨殺した。
一つの組織を壊滅させ、ヒートの復讐は終わった。
終わった、はずだった。

川 ゚ -゚)「間違いない、ヒートだな」

ヒートがプレゼントしたブレスレットに血を残し、木っ端みじんに吹き飛んだはずの母親、クール・オロラ・レッドウィングが現れるまでは。
アパートの屋上から見下ろすその姿は、六年前に見たものと同じ。
声も、風になびく黒髪も。
疑いの余地もなく、母親だった。

ノハ<、:::|::,》「ど、どうして……」

敵前だというのに、ヒートは動揺を抑えるという事を考えられなかった。
血のように赤い夕焼け空を背に、クールは表情一つ変えずにヒートを見下ろしている。

川 ゚ -゚)「どこから話したものか難しいが、私はこうして生きている。
     これは事実だ」

ノハ<、:::|::,》「一体、どうして……生きて……
      今まで黙って……」

川 ゚ -゚)「あぁ、私がどうして生きているのか、という事を知りたいんだな。
     いいだろう、教えてやる。
     あれは私が仕組んだことだからだ」

昔と同じく、表情一つ変えずに言い放った一言はヒートを恐怖させた。
戦慄さえした。
鐘の音が響く中、はっきりと聞き取った言葉は、撃ち込まれたどの銃弾よりも鋭くヒートの体を貫いた。
否、抉り、腐食させた。

ノハ<、:::|::,》「ど、どうし……て……」

指先から血の気が失せて行く。
全てを否定するたった一言は冷酷無比な殺し屋、レオンをその場にくぎ付けにし、隙を作った。
これが殺し合いの間で行われていれば、ヒートの命はこの瞬間に失われていた事だろう。
だがそうはなっていない。

541名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:39:40 ID:OQQmnSoU0
母なりの慈悲なのか、それとも別の要因なのか、それを推測する余裕すらヒートにはない。
頭上から浴びせられる言葉はヒートの前身に突き刺さる針となり、思考を麻痺させる。

川 ゚ -゚)「全てとは言わんが、半分は私の責任でもある。
     お前の後に私の腹から出てきた糞の塊がいただろう?
     あの瞬間、私は絶望したよ。
     害虫を生み出す人間だった自分を知り、更に、その可能性を持つ男と結婚したことに。

     害虫をこの世から消滅させる最善の方法は母体を消し去る事だ。
     だがその前に、まずは生み出してしまった膿どもを拭きとらねばならん、だろ?
     世界中に散らばる害虫を消す前に、まずは足元の掃除からだ。
     出来るだけ楽に殺すために爆殺しようとしたのだが、詰めが甘かったのだな。

     いや、それとも同じ虫螻の血が混じっているからか?
     まぁどちらでもいい、今度こそ私がこの手で殺してやる。
     それが、母親としてしてやれるせめてもの慈悲だ」

絶句したまま、ヒートは何一つ身動きできなかった。
何を母に言われたのかは分かるが、理解が出来なかった。
あの事件を仕組んだのが母親、などと今言われても理解できる方が稀だ。
復讐を果たしたはずのヒートの行いは全て無駄であり、その黒幕である人間はこうして目の前に生きている。

心を殺し、人を殺し続けてきた歳月。
それら全てを頭上の女が否定し、嗤って、そして――

川[、:::|::,]『さぁ、死ね』

――黒い異形が、頭上から襲い掛かってきた。
思考とは別に、ヒートの体が動いた。
何百、何千と死地を潜り抜けてきた彼女の体細胞は反射的に体を動かした。
砲弾を彷彿とさせる蹴りを避け、反撃の回し蹴りが無意識の内に放たれていた。

542名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:50:54 ID:zxzwj6ZI0
その一撃を腕で防いだクールの強化外骨格はアパートの壁に叩き付けられ、堅牢な壁面に大きな亀裂を生じさせた。

ノハ<、:::|::,》「害虫……どういうことだ……」

川[、:::|::,]『言葉通りの意味だ。
      獣の血を持つ人型の生物など、この世の中にいていいはずがない。
      お前にも私と同じく、害虫を産む可能性のある子宮があり、遺伝子がある。
      悍ましい、実に気色の悪い話だ』

ヒートの弟は、耳付きと呼ばれる人種だった。
獣の耳を持ち、獣の尾を持つ人間故に忌み嫌われる存在。
それを害獣や害虫と呼ぶ人間は多くいる。
ヒートと父親は彼を家族の一員として歓迎し、祝福していたが、クールは違ったということだ。

耳付きが何故生まれるのか、何故生まれたのかについて、今のところ理由は分かっていない。
もしも確実に耳付きと言う人種を滅ぼしたければ、それが産まれた家計を文字通り根絶やしにするしかない。
それが悲しく、悔しく、どうしようもなく腹立たしかった。

ノハ<、:::|::,》「……そん……な」

川[、:::|::,]『安心しろ。
      世界が黄金の大樹になった暁には、私も自ら命を絶つ』

ノハ<、:::|::,》「……」

その一言でヒートの心が体とようやく結びついた。
言葉の真偽は知らない。
そんなものは、もう、どうでもいい。
弟と父を殺し、ヒートの心と体に消えない傷を負わせた張本人がここにいる。

断じて許してはならない仇が、目の前にいるのだ。

川[、:::|::,]『死んでくれ、世界のために』

ノハ<、:::|::,》「ぶっ殺す!」

左手の悪魔めいた鉤爪を大きく広げ、右腕の杭打機を起動させる。
バッテリーはまだ残量がある。
相手の棺桶の正体が分からなくても、こちらは対強化外骨格戦闘に特化した棺桶。
後れを取ることはない。

543名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:52:38 ID:zxzwj6ZI0
ノハ<、:::|::,》「お前は、絶対、殺す!!」

川[、:::|::,]『……』

石畳の地面を踏み砕く勢いで、ヒートは一気に疾駆した。
踵のローラーが加速を促し、黒い棺桶に肉薄する。
恐らく、髪の毛のように後頭部から垂れたケーブルはあの棺桶の特徴とも言えるものだろう。
そしてそれは、武器ではなく補助装置のような役割を果たしているはずだ。

仮に武器であれば、初手で蹴りを放つ必要はなかった。
ならば問題はない。
左手の雷電を浴びせかければ、耐性の無い棺桶は一撃で機能を停止する。
そこを杭で貫き殺せば終わりだ。

ノハ<、:::|::,》『うるぁっ!!』

急接近したヒートは左手を袈裟懸けに振り下ろした。
クールはそれを腕で防ぐ。
これを狙っていた。
左手が相手に触れる、その時を。

川[、:::|::,]『……っ』

青白い電流が放たれ、棺桶の機能を一時的に停止させる。
過電流により、棺桶から黒い煙が立ち上った。

ノハ<、:::|::,》「あぁぁっ!!」

ヒートは獣の叫び声をあげ、杭打機で棺桶の胸を貫いた。
確かな手ごたえ。
装甲を容易く貫通した杭は背中から突き出し、いくつもの機械部品と黒い液体を地面にまき散らした。
膝を突いた棺桶は、だがしかし、その両手でヒートの杭打機を掴んだ。

ノハ<、:::|::,》『なっ!?』

即死のはずだ。
心臓を確かに穿ったのに、どうして動けるのか。
執念が棺桶を動かすはずなどない。
あくまでも運動の補助であり、戦闘の手助けをするだけであって使用者の心を読み取って動く鎧ではない。

なのに、どうして。

川[、:::|::,]「デミ……タス……今……だ」

544名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 20:53:46 ID:zxzwj6ZI0
腕の先からノイズ交じりの声が聞こえてきた時、ヒートは理由に気付き、己の迂闊さを呪った。
この棺桶に、クールは入っていない。
これは――

ノハ<、:::|::,》『遠隔操作っ……!!』

(´・_ゝ・`)「もう遅いんだよ、女」

背後から声。
いつの間にかそこに回り込んでいたデミタス・エドワードグリーンが大ぶりのナイフを手に、ヒートにそう言った。

(´・_ゝ・`)「盗ませてもらうぞ、お前の命と棺桶を」

ノハ<、:::|::,》『やれるもんならやってみろ……男!』

右腕に巨大な重りが付いているだけでなく、レオンの主兵装である杭打機が失われたのは致命的だ。
機動力を生かしてデミタスを翻弄しようにも、この機械人形が邪魔になる。
軽量と小型化に特化したAクラスの棺桶であることが仇となり、ヒートはその場からほぼ動けない状態だった。

(´・_ゝ・`)「じゃあな」

デミタスはゆっくりと歩み寄り、高周波振動ナイフを強化外骨格共通の弱点であるバッテリー部目掛けて投擲した。
背中にあるバッテリーを守る術はない。
バッテリーが破壊されれば、どんな強化外骨格も動くことの無い甲冑と成り果てる。
そうすれば後は、毒ガスで殺すも水に沈めて殺すも、装甲の隙間に銃腔を突っ込んで撃ち殺すことも出来る。

一瞬の間にヒートは最悪のシナリオを想像した。
――鳴り響いた銃声が、最悪のシナリオを打ち切りにした。

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、珍しい棺桶が揃ってるわね。
       アバターに、インビジブルね。
       私も混ぜてもらっていいかしら?」

何か別の言葉を誰かが発する間もなく、突如現れたデレシアの手の中で黒いデザートイーグルが火を噴いた。
それは黒い棺桶の首を貫き、自重に耐えかねた頭部がその場に落ちた。
二、三発目はヒートの腕を掴む腕の関節部を破壊した。
四発目はデミタスの股座を掠めた。

ジワリ、とそこから透明な液体が溢れ出してデミタスの足元に水溜りを作っていく。

545名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:09:21 ID:zxzwj6ZI0
ζ(゚、゚*ζ「失せなさい、私、今虫の居所が悪いの。
      ほら、ゴキブリみたいに一目散に逃げなさいよ。
      それとも死にたいのなら、今ここで殺してあげるわよ?
      それが望みなら、屠殺してあげるわ」

(;´・_ゝ・`)「くっ……!!」

デミタスが何かをしたようだが、ヒートの目には何も変化がなかった。
恐らく、不可視の技を使ったのだろう。
背を向けて遁走するデミタスをデレシアは見向きもしなかった。

ζ(゚、゚*ζ「……まったく、もう」

溜息を吐きながら、デレシアがヒートの傍に歩み寄ってくる。
何故かヒートはその姿に軽い畏怖を覚えた。

ζ(゚、゚*ζ「一人で突っ走るのは結構。
      一人で仇討をするのも結構。
      でもね、無謀は駄目よ」

子を叱る母のように。
子を躾ける父のように。
妹を窘める兄姉のように。
教え子を諭す教師のように。

デレシアはそう言って、ヒートの腕についていた黒い腕を引き剥がした。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、もう大丈夫よ」

ノハ<、:::|::,》『……ごめん』

ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ、ヒート」

ヒートはレオンの装着を解除し、改めて謝罪の言葉を口にした。

ノパ⊿゚)「ごめん……」

ζ(゚ー゚*ζ「理由があったんでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ……」

話すべきか、それとも黙っているべきか。
ヒートは悩んだ。
デレシアを前にすると、あらゆる悩みを告解してしまいたくなってしまう。
恐るべき魅力、恐るべき包容力のなせる業だ。

ノパ⊿゚)「……ちょっと、話をさせてもらえないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論いいわよ」

546名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:12:08 ID:zxzwj6ZI0
これもきっと、デレシアの予想の範疇なのだろう。
だがそれでいい。
誰かに今の胸の内を話さなければヒートは狂ってしまう。
己が選び、歩んだ修羅の日々とそれを否定する存在の出現はとてもではないが彼女の心の許容量を超えた。

ζ(゚ー゚*ζ「心はね、目には見えないの。
       目に見えない傷は、見せようとしない限り決して癒せないのだから」

やはり彼女は全てを分かっているのだ。
世界の全てを知っているような彼女であれば、ヒートの心境ぐらい容易く想像できるに違いない。
ならばいっそ、全てを話してしまった方がいい。

ノパ⊿゚)「ありがとう、本当に……」

そして二人は、コーヒーショップに立ち寄って大きめのコーヒーを購入してから、ヒートが宿泊しているホテルに向かった。
ヒートの泊まっているホテルは最低限の設備が整った物で、快適さとは程遠い。
一つしかないベッドの上に並んで座り、二人はコーヒーを飲みながら時間が過ぎるのを待った。
具体的に何から話したらいいのかを考え、ヒートはようやく口を開いた。

ノパ⊿゚)「あたしは――」

それからヒートは語り始めた。
自分の家族について。
耳付きとして生まれた弟について。
弟の面影をブーンに見ていた事。

九年間に及ぶ復讐の日々。
それら一切合切を、デレシアに告白した。
己の過去を一つ残らず吐き出し、己の復讐の全てを否定する出来事を話した。
そして最後に、自分が何者であるかを告げた。

ノパ⊿゚)「……あたしは、薄汚れた殺人鬼だよ」

殺し屋ですらなく、ただ、無意味な殺しをしていただけの人間だったという結論。
復讐に身を焦がした女の成れの果てがこれだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それはどうかしら」

――嗚呼、と思う。
たった一言で良い。
己の好意が無意味でなかったと否定してくれる存在を、自分が未だに欲している事実があまりにも情けない。

ζ(゚ー゚*ζ「その行いは決して無駄ではなかったわ。
       計画は別にしても、実行者は変わらないのだから。
       それに、私にとブーンちゃんにとって貴女が貴女を評価しているのとは全く別の人間よ。
       貴女は――」

547名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:14:23 ID:zxzwj6ZI0
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            }∧マ´∨ }:i∧{ \:i:i:i|^ミ==彡'|:i:∧i:i:i:i:i:i:|ヾ、
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                 August 10th PM10:22
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トラギコ・マウンテンライトは空腹で目を覚ました。
周囲はすっかり暗くなり、漂う空気もすっかり冷たいものになっている。
どれだけ長い間眠っていたのか、腕時計に目を向ける。
夜光塗料が示す時間は、夜の十時を過ぎていた。

テントの中には人の気配がなく、どうやら、トラギコ一人だけが寝ている様だ。
命があるという事は、ワタナベやその仲間が襲ってきたわけでもなさそうだった。
オレンジ色の明かりがゆらゆらとテントの外で輝いているのを見て、誰かが焚火をしているのだと理解する。
恐らくは、看病をしていたブーンだろう。

バーナーではなく焚火に切り替えたのは、暖を取るためかもしれない。
中々に気の利く子供だ。
ティンカーベルの夜は冷える。

(=゚д゚)「……腹減ったな」

ふと漏らしたその一言の直後、テントの戸が開き、焚火の炎を背にデレシアが姿を見せた。
唐突に現れた彼女の姿に思わず声が出そうになったのを抑え込めたのは、トラギコの胆力の賜物だった。

(;=゚д゚)「お……」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあご飯にしましょうか」

デレシアがこうしているという事は、もう一人の赤毛の女も戻っているかもしれない。
あの女はデレシアと似た匂いがしたが、別の匂いもした。
暗く、湿った世界で生きてきた犯罪者の匂いだった。
恐らくは殺しを長く行ってきた人間だろう。

548名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:16:42 ID:zxzwj6ZI0
特長を覚え、警察本部にある犯罪者のリストと照合すればその正体が分かるかもしれなかった。
しかし、この面倒な事態が収束してから調べても十分に間に合うし、デレシア以上の重要人物ではないはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「もう体は動くでしょ?
      さ、外で食べましょう」

(=゚д゚)「あ、あぁ……」

この女は、トラギコを脅威とみなしていない。
利害の一致が無ければすぐにでも切り捨てられる便利な駒程度に思われているのだろう。
ジュスティア警察の有名人である“虎”など、この女にとっては道端にいる野良猫と同じなのだろう。
決して馬鹿にしているわけではなく、本当にその程度の存在としてしか認識していないのだ。

荒野に生きる肉食獣が小さな羽虫を見下していないのと同じ。
多少の口惜しさと共に体の節々に痛みを感じつつ、トラギコは立ち上がる。
眠っている間に包帯が新しい物になっていたことに、その時になって気が付いた。

(=゚д゚)「ちっ……」

子供とは言え、そこまで気を許してしまったとは。
枕元にコンテナと拳銃が置かれたままになっているのを見て、デレシア達に本当に敵意がないことは分かる。
本当に敵意があればわざわざ車からトラギコを助け出し、手当てをするはずがない。
見方を変えれば、これを使ったところで大して意味がないと言いたいのかもしれない。

両方の武器を手に取って、トラギコはテントを出た。
焚火を前にブーンがクッカーを持って何か作業をし、デレシアはそれを傍で見守っている。
赤毛の女はいなかった。
テントの中にいた時にはそこまで強く感じなかったが、森の中はかなり冷え込んでいる。

温かい酒でも飲みたい気分だ。

(=゚д゚)「よぅ、お前が包帯を代えてくれたのか?」

(∪´ω`)「お、そうですお……」

ブーンの持つクッカーには、分厚いベーコンが乗っていた。
香ばしく焼けたベーコンは三枚。
ブーンはフォークを使ってその焼き色を見ながら、焚火にクッカーをかざす。

(=゚д゚)「ありがとうな」

(∪*´ω`)「お…… どういたしまして」

ζ(゚ー゚*ζ「お酒は飲む?」

(=゚д゚)「いや、止めておくラギ」

長居をしすぎる訳にはいかない。
ここで傷を治療してもらっただけでも大助かりだ。
後はデレシアの魂胆を聞いてから、最初の提案を反故にして独自に動けば――

549名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:18:36 ID:zxzwj6ZI0
ζ(゚ー゚*ζ「状況が少し変わったから、本題はご飯を食べてからにしましょうか」

(=゚д゚)「……あぁ」

デレシアはトラギコの考えを見抜いたのか、決して厳しい口調ではなかったが、有無を言わせぬ強い意志を感じ取らせる声でそう言った。
反射的に頷いたトラギコはブーンの手前もあり、大人しくその言葉に従うことにした。
どうにもデレシアという人間が分からない。
一見すればただの女だが、その瞳の奥を覗き見てしまうと、彼女の言葉に対して反論や異見を言う気が途端に失せてしまう。

少しでも彼女に関する情報が手に入ればと思うが、こうしていても分かるのは彼女の謎ばかり。
数多の犯罪者を前にしても奥さなかったトラギコが、今こうして感じているのは恐怖にも似た感情。
子供が親に対して抱く、絶対的な力を前にした人間の本能が呼び寄せるそれだ。

(=゚д゚)「飯は何だ?」

(∪´ω`)「お、べーこんと、ぱんと、まめのすーぷですお」

相変わらずたどたどしい発音で、ブーンが夜の献立を言った。
火にくべられている鍋からはトマトをベースにしたであろう、甘酸っぱい香りが漂ってきている。
決して凝った料理ではないが、寒い夜には何よりの馳走だ。

(=゚д゚)「ほぅ、そいつはいいな。
    何か手伝ってやろうか?」

(∪´ω`)「だ、だいじょうぶですお」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。 今ブーンちゃんは料理のお勉強中なの。
       ごめんなさいね、刑事さん」

(=゚д゚)「……いや、気にするな」

勉強。
思えば最後にトラギコが自ら進んで勉強をしたのは、警察学校時代だった。
正義の定義や警察官として必要な教養を学び、そして、結局はそれが何の役にも立たない知識の固まりだったと現場で痛感した。
全てを変えたのは、“CAL21号事件”。

それまで信じていた正義の何もかもを捨て、自分自身で正義を見出すきっかけになった事件が、トラギコの中で何度もその姿を現す。
最近その頻度が増えたのは、おそらくは、ショボンがトラギコにその事件の名前を告げたからだろう。
あの事件に関わった人間のほとんどが今では警察の上層部になり、同期だった人間は皆、トラギコとは違って多くの部下を持つ身となった。
ショボンもトラギコがあの事件でどう変わったのかを知る人間で、少なくとも、トラギコの味方だったはずだ。

警察を退職したショボンに対しても、トラギコはそれなりの信用を置いていた。
彼ならば、あのホテルで起きた事件に対してもオアシズの事件に対しても、必ずや真実を追い求めてくれると。
ところが、実際は真逆だった。
ショボンこそが真実そのもので、事件の首謀者にして殺人鬼だった。

たった一機の棺桶を奪取するために、海に浮かぶ街一つを舞台に大掛かりな殺人事件を演じて見せた。
巻き込まれた人間に対して、ショボンが申し訳ないという気持ちを抱くことはないだろう。
ショボンは犯人に対して武力を行使する際、決して後悔しなかった。
そして、微塵も自らの正しさを疑わず、決めたことを必ず実行する頑固さを持っていた。

550名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:20:10 ID:zxzwj6ZI0
おとり捜査で麻薬密売組織に潜入した際、ショボンは対抗組織の人間を拷問にかけ、文字通り寸刻みにして殺したことがある。
いくら捜査のためとはいえ、そこまでするとはと非難を浴びたが、ショボンは全く気にも留めなかった。
その犠牲で多くの人間が救われるのならば、犠牲に意味が生まれ、ショボンの行動が正しいことが証明されるという理屈だった。
そう言った過去があるショボンであれば、かつての部下を騙すことなど何とも思わないだろう。

真意に気付かぬままオアシズで奮闘するトラギコの姿は、さぞや滑稽に映ったに違いない。
それに、より一層ショックだったのはジョルジュだ。
ショボンと同じようにして堕落したことは流石にショックだった。
どうして、愚直なまでに正しいことをし続けてきた人間が意味の分からない組織に所属することになったのか、全く分からない。

トラギコに正義の在り方を教え、戦い方を教えた人間達が敵となるとは考えたくもなかった。

(=゚д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、何か考え事かしら?」

(=゚д゚)「うるせぇラギ。
    手前には関係ねぇ」

デレシアが火にかけていたカップをトラギコに差し出した。
湯気の立ち上るカップからは、蒸気だけでなく、香ばしい香りが漂ってきている。
茶の類だろうか。

(=゚д゚)「何だ、こりゃ」

ζ(゚ー゚*ζ「ほうじ茶よ」

聞いたことの無い茶の名前だった。
何かを炒ったような甘さと香ばしさを兼ねた香りは、茶と言うよりも薬の匂いに近い。
茶色の液体を啜ると、トラギコは一口でその味が気に入った。
芳醇だが後味はすっきりとしていて、コーヒーや紅茶とは違った味わいがある。

(=゚д゚)「……いいな、これ」

すっかりデレシアのペースに乗せられていることに気付いていたが、それでもほうじ茶はトラギコの好みだった。
いつか店で見かけた時には常備用に買いだめをしておこうと密かに決めつつも、己のペースを失わないように気を付ける。

ζ(゚ー゚*ζ「カフェインが少ないから、病人には丁度いいのよ」

無言でその言葉を聞き流し、トラギコは折り畳み式の椅子に腰かけてブーンの調理が終わるのを待つことにした。
ゆらゆらと揺れる炎を眺め、トラギコはエラルテ記念病院で死んだカール・クリンプトンの事を思い出した。
彼のためにこの事件を解決する。
そのためならば、最初に考えた通り余計な矜持の全てを投げ出してもいい。

矜持が事件解決に一ミリも役立たない事はよく理解している。
デレシアの魂胆については、今は目を瞑ろう。
どうあれ、まずは事件解決を最優先とし、デレシア一行についてはその後考えればいい。
それにこちらがどれだけ考えたところで、この女にそれが通じるとは考えにくい。

551名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:22:00 ID:zxzwj6ZI0
裏をかくならばもっと念入りに準備をしてからでなければ対抗は出来ない。
一眠りして冷静になった思考が導き出した結論に、変更はない。
気持ちが固まった時、調理をしていたブーンが振り返って言った。

(∪´ω`)「できましたおー」

鍋からスープを皿に取り分け、軽く炙ったパンとベーコンが別の皿に乗せてトラギコに手渡された。
狐色の焦げ目の付いたベーコンの香りが食欲をそそる。
よく見ればベーコンは厚みがあり、食べ応えがありそうだった。

(=゚д゚)「どれ、じゃあ早速」

フォークをベーコンに突き刺し、一口で食べる。
塩味が食欲を喚起させ、パンを口に運び、その相性の良さに舌鼓を打つ。
続けてスープを食器から直接飲むと、濃厚なトマトのスープの中にある酸味と甘みの虜になった。
小さな豆が絶妙な食感となり、蕩けたトマトの残骸と合わさって官能的な旨みを演出した。

(=゚д゚)「……うめぇ」

(∪*´ω`)「お……!」

食事の感想を述べ、それ以降、トラギコは無言でスープとパンを胃袋に収めた。
皿をパンで拭い取り、そうして、デレシアを見た。
トラギコの視線と意図に気づいたデレシアは、だがしかし、食事をするブーンを慈母のような眼差しで見つめていた。

(=゚д゚)「よし、話を――」

ζ(゚ー゚*ζ「今は食事中よ、刑事さん。
      ゆっくりしましょ」

(=゚д゚)「……」

手綱を握っているのはデレシアだ。
トラギコはほうじ茶を飲みながら、その時が来るのを黙って待つことにした。
食事を終えたのは、それから二十分後の事だった。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、お話をしましょうか」

(=゚д゚)「あぁ、さっき状況が変わったとか言ってたが、何があったラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「アサピー・ポストマンがオアシズに保護されたわ」

(=゚д゚)「何でオアシズが?
    っていうか、あいつ何やってるラギ……」

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン・パドローネに狙われて、散々な目に合ったみたいね。
       で、彼も狙撃手の場所がグレート・ベルだってことに気付いたみたい。
       またこの島に戻ってきて、刑事さんと協力して事件を解決したいって言ってるわ。
       というか、もうこの島に来て刑事さんを探しているんだけどね」

552名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:24:17 ID:zxzwj6ZI0
デレシアがオアシズに逃げ込んだアサピーの情報と彼の目的を知っていることに、トラギコは少しも混乱しなかった。
彼女はオアシズの市長、リッチー・マニーと友好関係にあり、そこから情報が流れ出たのだろう。
この女の人脈はどこにでもあると思っておけば、もう、驚くことはない。
例えアサピーの行動を彼女が掌握していたとしても、だ。

ζ(゚ー゚*ζ「刑事さんはどう思う?」

(=゚д゚)「解決の方法によるラギね。
    どうせあの馬鹿、真正面からやろうとしてるんじゃねぇのか」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、その根拠は?」

(=゚д゚)「俺がそうするように仕向けたからラギ。
    だが、止めさせた方がよさそうラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうしてもらえると助かるわ。
       それと、刑事さんには悪いんだけど、この事件にはまだ手を出さないでもらいたいの」

少しの沈黙を挟んで、トラギコはほうじ茶を口に含んだ。
無言でデレシアに理由の説明を求める。

ζ(゚ー゚*ζ「あの組織は一筋縄でいかないのよ。
       それに臆病者だから、あまり驚かせるとすぐに沈んじゃうのよ。
       そうしたらまた尻尾を掴むのは難しいし、下手したら、刑事さんの口が何かを話す前に開かなくなるわ」

(=゚д゚)「……手前の警告はありがたいが、そろそろ話してもいいんじゃねぇのか?
    なんなんだ、その組織ってのは」

思わせぶりな笑みを浮かべ、デレシアが続ける。

ζ(゚ー゚*ζ「名前を知っていれば何かが変わるわけでもなし、だから、まぁ精々どんな規模かぐらいかは教えてあげるわ。
      ジュスティアやイルトリアでそれなりの地位にいた人間が関わってるし、持っている棺桶の種類はジュスティア並でしょうね。
      悪いけど、警察じゃどうしようもないわよ。
      そんな規模を相手にしても、今は対応できないわよね」

(=゚д゚)「曖昧な話ラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「知りすぎているよりも、知らない方が貪欲に探れるでしょ?」

(=゚д゚)「違いねぇ。
    で、俺は結局のところ、どう動けばいいラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「私が動きやすくなるよう、戦局をかき回してほしいの。
      特に、狙撃手をどうにかしてもらえると助かるわ」

要は陽動要員として、狙撃手の注意を惹きつける羊を演じろという事。
狙撃手としてグレート・ベルに居座っているのは、ジュスティア軍最高の狙撃手、カラマロフ・ロングディスタンスだ。
彼の腕については多くの逸話が残され、軍ではプロパガンダにも使われている。
皮肉にもその狙撃の腕はトラギコが実際に撃たれたことで証明されている。

553名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:26:20 ID:zxzwj6ZI0
(=゚д゚)「まぁいいだろう。
    そこまで言うからには、勝算があるんだろうな?」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、勝算を気にして生きても人生はつまらなくなるわよ」

くつくつとデレシアが笑う。
こうして笑う姿を見ると、年若い少女の様だが、その中身は碩学。
武力と知力を兼ね備えた万物の支配者とでも言おうか。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、もしも刑事さんがちゃんと意地を見せてくれたら、貴方の願いを聞いてあげるわ」

(=゚д゚)「手前、俺を馬鹿にしてるラギか。
    俺の願いなんて――」

ζ(゚ー゚*ζ「カール・クリンプトン、彼のためにもこの事件を解決したいんでしょう?」

読まれている。
誤魔化しは通用しない相手だが、トラギコは一つ反論してみることにした。
その反論に対してデレシアが応じてくれれば、何故彼女が手を貸してくれるのかが分かる。

(=゚д゚)「手前を連中が狙ってるって言ってたよな、だったら、別に俺は関係ねぇラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、私は別にいいのよ?
      、 、 、 、
      あの程度の雑魚を撒いて、やりたいことをやるなんて訳ないわ」

(=゚д゚)「あの程度、だと?」

ワタナベも脅威だが、それ以外の人間も全員が脅威そのものだ。
シュールの操る棺桶――レ・ミゼラブル――は敵意を抱いた者を戦闘不能にし、餃子屋だった男は火炎放射兵装の棺桶を持っている。
ショボンはダイ・ハードを所有し、ジョルジュはダーティ・ハリーで武装している。
彼らの棺桶は皆、名持ちの棺桶だ。

名持ちの棺桶は厄介極まり、トラギコのブリッツでは対抗するのは難しい。
ブリッツは緊急時の近接戦闘に特化しているのであって、中長距離には対応できない。
量産機の棺桶を何十体並べたところで、相手にすらならない。
対強化外骨格の装備があっても、果たして、それが効くかどうか。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、あの程度よ。
       私にとっては何てことの無い小石。
       ただね、ブーンちゃんのお勉強にちょうどいい機会だと思ってね」

トラギコは、文字通り固まった。
この女。
デレシアは、今、何と言ったのか。
勉強の丁度いい機会、と言ったのか。

(=゚д゚)「……は?」

554名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:29:41 ID:zxzwj6ZI0
ζ(゚ー゚*ζ「この子はまだまだ世界を知らないといけないし、生き方も知らないといけないのよ。
       そういった点で言えば、今回の件はいい機会でしょ?」

(=゚д゚)「俺には手前の価値観が分からねぇラギ……」

だが、例えこの女がどのような価値観を持ち合わせていても、その力を借りられるのならば矜持は捨てると決めていた。
トラギコは諦めるようにして、深く息を吐いた。

(=゚д゚)「だけど、意地の見せ所だけは、教えてやるラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、刑事さん。
       ブーンちゃん、それじゃあそろそろ寝ましょうか」

(∪´ω`)゛「おー」

大人しく話を聞いていたブーンは眠そうな声で返事をして、テントに戻っていく。

(=゚д゚)「おい、ブーン」

(∪´ω`)「お?」

(=゚д゚)「飯、美味かったラギよ」

(∪*´ω`)「……よかったですおー」

嬉しそうにそう言って、ブーンはテントの中に入っていった。
暫くの間、トラギコとデレシアは言葉を発さなかった。
薪が爆ぜる音が静かに森に吸い込まれていく。
火の粉が夜空に舞い上がり、冷たい風がそれを攫って行った。

ζ(゚ー゚*ζ「……それじゃあ、明日の話をしましょう」

(=゚д゚)「あぁ、頼むラギ」

デレシアはほうじ茶をトラギコのカップに注いで、それから、ゆっくりと話を始めた。
計画に必要な物、人間。
今後トラギコ達がとるべき行動と、ショボン達がとるであろう行動。
細かなタイミングに至るまで話を聞いたトラギコは、素直に感心していた。

この女の素性は分からないが、味方になればこの上なく頼もしい存在となるのは間違いない。
そうして話が続き、時間が流れていく。
アクセントから出身地を探ろうと試みるも、彼女のアクセントは非常に綺麗な物でどこにも癖はなかった。
滑らかに積み出される言葉はまるで歌の様にも聞こえた。

話が終わり、腕時計を見ると夜の十一時を過ぎていた。

(=゚д゚)「アサピーの馬鹿たれが俺を探してるって言ってたな。
    あの馬鹿を迎えに行ってくるラギ」

555名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:32:10 ID:zxzwj6ZI0
立ち上がり、アタッシュケース型のコンテナを持ち上げる。
気持ちは決まった。
行動も決まった。
後はトラギコが駒として動き、デレシアに手を貸すしかない。

そのためにはあと二人、巻き込まなければならない。
アサピーは簡単だが、もう一人。
石頭のライダル・ヅーを説得して味方に引き込む必要がある。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。多分だけど、この森に向かっていると思うわよ。
      貴方がここに落ちたの知ってるはずだから」

(=゚д゚)「ありがとよ。 じゃあな」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、じゃあまた明日」

トラギコは焚火を背に、その場から逃げるようにして早足で歩き去った。
広大な森の中は暗く、足元も良く見えない。
星空と月明りだけがトラギコを照らしている。
今頃、この森のどこかでトラギコを探している新聞記者を探さなければならない。

彼に少しでも考える脳味噌があれば、大声でトラギコを探すような真似はしないはずだ。
夜の森を歩き、まずは舗装路を目指すことにした。
そこを歩いていれば街まで戻ることが出来るし、運が良ければアサピーと会うことも出来るだろう。
出来る限り早めに合流したいが、現実的には時間がかかるのは必至。

慌てることなく確実にアサピーを見つけるため、トラギコは深く溜息を一つ吐いた。
落ち着きを失ってはならない。
全ては明日。
時間が来るまでの間にどこまで積み上げ、どこまで備えられるかが肝心だ。

勿論、トラギコにとってこの事件がどう終わるのかが最大の関心事だが、もう一つの関心事があった。
それはデレシアの正体よりも気になることで、どうにも頭から離れない。
果たして。
数多の障害を乗り越えた末に、果たして、あの耳付きの少年。

――ブーンは、どのような人間になるのだろうか。

556名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:33:23 ID:zxzwj6ZI0
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         /三三三三三二ニ=- /三二ニ=}ニ=- /
        /三三三三三二ニ=- /-= イ / ̄}ニ= /{
.       ̄ ̄Ⅵニ=-/ =ミ |=- イ-=//≧、\ /ニ=/ニi
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.           }二ニ∧ヽ         ヾ-=彡//{ニ=イ
          //|/  ` ニi                 ∨
.      /三ニニ==-  _|            、__',
                            Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
                                       第三章【trigger-銃爪-】 了

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557名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 21:35:43 ID:zxzwj6ZI0
これにて第三章は終了です。

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

558名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 22:05:54 ID:VEbAexVw0
( ゚ω^ )ゝ 乙であります!
場面は表側のTinker!!編の7章当たりの話で、今回はその裏側のお話。
ヒートに関して掘り下げられたのと、相変わらず謎の塊のデレシアの底の知れなさが面白かったです。
ジョルジュカッコイイわ……

559名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 22:35:09 ID:EjxxLP0Q0
投下乙です
ところで大分前に出てきた棺桶「プレイグロード」ってファイレクシアの疫病王/Phyrexian Plaguelordが元ネタです?

560名も無きAAのようです:2017/01/01(日) 23:21:59 ID:zxzwj6ZI0
>>559
この病気の最終段階:うわごと、ひきつけ、そして死。
まさにその通りです!
あの頃のMTGは輝いておりました……

561名も無きAAのようです:2017/01/05(木) 10:07:09 ID:3.1wtOog0
                                      _,,,、、、、、 ,,_
            ,、 -‐‐‐- 、 ,_                 ,、-''´      `丶、,,__ _,, 、、、、、,
         ___r'´        `'‐、.            /             `':::´'´     `ヽ、
      ,、‐'´  _,,、、、、、、_     ヽ`‐、         _/               ': :'          ヽ.
     /        `'' ‐-`、-、  ヽ、 ヾヽ、、_   ,、-',.'                , 、          ヽ
    /     -‐-、、,,_‐-、 、 \ヾ‐-、ヽ、、、;;;,、 '´ ., '                '´、,ヽ          丶
.   /      -‐‐‐==、丶、ヽ. ヽヽ、ヽミ/   ./                 :.木 :            ',
   i'     ‐-、、,,_==/=ゝ ヽ\ \_i レ' ,,,、,,__./                 ,, '.` '´;            ',
.  i    ヽヽ、、,,,___,,,/-‐〃´\ヽ`、 ゝ´ ´´´. ,'                  /  Y´ヽ            ;
  ,,{   ヽ  \、丶_;;,/_//;;;;;;;;;;;;'ヽヽr'::     ,'                 , '   }   !            .i
〆'    iヾ   ヾミ 、_'´' ヾ'‐ 、;;;ソ´'、{::::::    ,'                r'.   ,'  l            .!
./ / , i `、ヽ、 ''‐- =`;;,,、‐      ヽ}、:::::::::......,'                ,'     /  .,'            .,'
{ {  { .{ヽ `、ヽ.`''''''''""´  、  ,‐-、 iゝ:::::::::::,'                ノ    ノ  、'         

http://gekiyasu-h.com/sp/main.html

562名も無きAAのようです:2017/01/06(金) 03:53:55 ID:jgs/eyuI0
乙です。
狼達がブーンを助け助けたシーンでふと前作の歯車の都を思い出して涙が…。
デレシアの素性の知れなさが際立ってきて色々妄想が捗ります。次回はついに戦闘パートかと思うととても楽しみ…。今回もとても面白かったです!

563名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 17:15:02 ID:gHb2Rkgo0
今晩VIPでお会いしましょう

564名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:17:13 ID:gHb2Rkgo0
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目的のために悪を利用することなかれ。
常に純然たる純潔を忘れず純粋に真実を追及すべし。
新雪の如く、穢れなき存在であれ。
それこそが矜持となり、力となり、正義となる。

理性を失った獣となることなかれ。

                                ――ジュスティア警察 警察手帳より

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                                    目的のためには手段を選ぶな。
                               例えそれが悪行だろうと、偽善だろうと。
                                正義などと言う大義名分は捨て置け。
                           平穏を護る者に、そのような物は不要なのだ。

                                       獣となることを誇りに思え。

イルトリア治安維持軍 軍規より――

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朝日が水平線の彼方から昇る前に、獣の耳と尾を持つ少年の意識は夢から現実へと戻っていった。
テントで一夜を明かした少年の名前はブーンといい、彼は今、寝袋の中で豪奢な金髪を持つ女性の腕に抱かれた状態で目を覚ました。
朝森の漂う森の涼しげな香りに交じって女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐり、ブーンの胸は気恥かしさよりも安堵感でいっぱいになった。
心から安心出来る目覚めに、ブーンの心は溶けるように安堵した。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、ブーンちゃん」

名を呼んで頭を撫でてくれたのは、美しい碧眼と波打つブロンドの持ち主であるデレシアだ。
彼女の声は雪解け水のように澄み切り、淀みも歪みも濁りもない、楽器の奏でる音色の様だった。
人間離れした聴力を持つブーンは、その声が大好きだった。
いつまでも聞いていられる、心地のいい音であり、何よりも心安らぐ声だ。

彼女が口にする言葉を真似して、一日も早くその発音を自らのものにしたかった。
文章を作ることは出来るようになってきたが、早口で単語を並べる事や難しい語を滑らかに発音するのはまだ不得手な状態だ。
今はたどたどしい発音でしか言葉を紡げず、褒められる発言が出来るのは人の名前と地名、そして“餃子”という単語だけ。
そして、口癖は一向に治りそうになかった。

(∪*´ω`)「おはようございますおー」

ζ(゚ー゚*ζ「早起きさんね」

565名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:18:17 ID:gHb2Rkgo0
どうして早く目が覚めたのか、ブーンはその理由が分かっていた。
不安と心配、そして期待と緊張によるものだ。
デレシアの考えている計画に自分が組み込まれ、その役をしっかりと果たせるのかという危惧は一向に薄れない。
現状を考えると、誰もブーンを責められないだろう。

彼が例え、数多の死地を潜り抜けた歴戦の猛者であったとしても、不安を完全に拭い切る事は難しい。
ティンカーベルと言う海に囲まれた島の中に潜む強力無比な敵に狙われ、その正体や規模が不明ともなれば、よほどの豪胆者でも不安を抱かずにはいられない。
相手にする組織の規模などを正確に知るデレシアだけは、おそらくこの島で唯一不安を抱かずに敵対できる存在に違いないだろう。
彼女は状況を分析した後、彼女を追っていた人間を一時的にとは言え味方に引き入れ、共闘体制を形成した。

幼くともいくつもの修羅場を見てきたブーンは、やはり、デレシアがいれば何事もどうにかなってしまうのだろうと理解しつつあった。
楽観的に見るのではなく、大局的に見ての判断だ。
格が違う、と言う言葉の意味をブーンはデレシアを通じて学ぶことが出来た。
金持ちでも、徒党を組む暴力者でも、巨大な組織の人間でさえも、デレシアには敵わなかった。

その理由をブーンは、何手先を見据えているかの差だと考えている。
だからこそ先んじて行動することも、後になって最適な対応を取る事も出来るのだ。
相手の行動が分かっていれば、恐れることはない。
必要なのは備える事なのだ。

(∪´ω`)「あの、きょう……」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 さ、まずは朝ごはんをしっかりと食べましょう。
       朝ご飯はその日の元気の源なんだから」

(∪*´ω`)゛「はい!」

肌寒い朝の中、二人は寝袋から静かに起き上がる。
伸びをして体をほぐし、ひんやりとした空気の漂うテントの外に出て行く。
森はまだ暗く、陽の光は届いていない。
夜の気配がまだ残留した空気は新鮮そのものであり、ブーンの肺はすぐに冷えた空気と入れ替えられた。

夏の匂い。
生物の活気が色濃く滲み出たこの匂いが、ブーンは好きだった。

ζ(゚ー゚*ζ「今日の朝御飯は何かリクエストはあるかしら?」

(∪´ω`)「おー」

正直、ブーンは食事の種類というものをあまり知らない。
主食となる物が米かパンなのか、添えられるのが肉か、魚か、それとも野菜か。
特定の料理が好きという事はないが、好んで食べたいものはある。

(∪´ω`)「デレシアさんのごはんなら、なんでもたべたいですお」

そう。
デレシアの作ってくれる料理であれば、何でもいい。
勿論、ヒートの料理もそうだし、ロウガ・ウォルフスキンの料理もそうだ。
彼女たちの料理は全てが美味しく、全てがブーンの好みだった。

566名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:20:19 ID:gHb2Rkgo0
飲食店で提供される料理よりも、何よりも、ブーンは彼女達が作ってくれる料理が好きだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。
      そしたら、そうねぇ……
      今日は忙しいから、私の好きなメニューにするわね」

(∪*´ω`)「やたー」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、料理をするからブーンちゃんは顔を洗ってきなさいな」

(∪´ω`)「はいですおー」

ブーンはタオルを持って顔を洗いに河原に行き、冷たい水で顔を丁寧に洗う。
その冷たさはまるで氷の様だ。
氷のように冷たく、澄んだ川の水は平熱の高いブーンにとってはありがたいものだった。
テントに戻ると、デレシアが朝食の準備をしていた。

クッカーの上で焼かれているのは、ベーコンと卵。
甘い香りの油がベーコンから染み出して、得も言われえぬ香ばしさを漂わせる。
オレンジに近い濃厚な色の黄身を中心に、白身が放射状に広がってベーコンの半分を覆っている。

(∪´ω`)「おー、おひさまやきですか?」

サニーサイドアップ、という単語を口にしたブーンの頭をデレシアの手がそっと撫でた。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇそうよ。 じゃあ、ここで問題。
       どうしてお日様焼き、って言うか分かるかしら?」

(∪´ω`)「おー? おひさまで、やいたんですか?」

その答えに、デレシアが笑みを浮かべる。

ζ(゚ー゚*ζ「昔そういう兵器を考えた人がいたけど、太陽光で卵を焼くのは結構大変だったの。
      ほら、こうして上から見ると太陽みたいでしょ?」

確かにそう言われてみれば、黄身が太陽、白身が陽光に見えなくもない。
となれば、ベーコンはさしずめ雲と言ったところだろうか。
また一つ知識を獲得したブーンはデレシアの顔を見て頷いた。

(∪´ω`)゛「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「今日の朝御飯は、昔のイルトリアのメニューよ」

(∪´ω`)「むかしの?」

イルトリアと言えば、ロウガやロマネスク・O・スモークジャンパー、ギコ・カスケードレンジ、ミセリ・エクスプローラー、そしてペニサス・ノースフェイスの故郷だ。
どのような街か、ブーンは全く知識がない。
知っているとしたら、これまでに会ってきた人間の全員が桁違いの力を持っているという事ぐらい。
そして、ブーンに大切なことを教えてくれた人間という事だ。

567名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:24:16 ID:gHb2Rkgo0
いつかはイルトリアに行ってみたいと思っているが、それが叶うのはきっとずっと未来の話だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、本当に昔の話。
       今でこそご飯が美味しいって言われているんだけど、昔はとても個性的な料理ばかりでね。
       その個性的な料理の中でも、この朝食だけはどこの人にも美味しいって言われていたの。
       フル・ブレックファスト、って言うのよ。

       ただ、ちょっと食材が足りていないから本物はまた今度ご馳走してあげるわね」

(∪*´ω`)「やたー」

ζ(^ー^*ζ「うふふ、その時は皆で一緒に食べましょうね」

そっと差し出されたマグカップを受け取り、その匂いにブーンの持つ犬の尾が反応した。
まるで花の蜜のような香りがする、琥珀色の液体。
一見すると紅茶だが、これまでにブーンが飲んできたどの紅茶とも違う。
そして一口飲むと、ブーンはその豊かな香りに全身が総毛立った。

鼻から突き抜ける香り高さは、まるで目の前に花束があるかのよう。

ζ(゚ー゚*ζ「気付いた?
      それはね、ロータスポンドっていう種類の紅茶なの。
      紅茶には沢山の種類があるから、それもまた一緒にお勉強していきましょうね」

(∪*´ω`)「お!」

手際よく調理を進めていくデレシアは、スライスしたトマトをソテーして、それをサニーサイドエッグの横に添える。
軽くソテーされたトマトからは得も言われえぬ香りが漂い、その酸味と甘みの混合した香りがブーンの食欲をそそった。
心配していたことは全て些事としか思えなくなり、早くも朝食が楽しみで仕方がない。
ローブの下で揺れる尻尾を見て、デレシアがそっと微笑む。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、私も顔を洗ってくるからブーンちゃんはパンを焼おいてちょうだい」

(∪´ω`)「わかりましたー」

自分にも何かができることがブーンは嬉しかった。
料理ができるようになっただけでも、かなりの進歩が実感できている。
進歩の実感は彼にとって、自分が無力な存在でないことの証明と同じ意味を持っていた。
デレシアに任されることが増えるたびに、ブーンは喜びを覚えた。

彼女と出会ってから、ブーンは多くの“初めて”を学んだ。
初めての事は、良くも悪くもいつでもブーンを興奮させた。
知識が増えることもあれば、命の危機に瀕することもあった。
確かに言えることは、デレシアと一緒にいればブーンの世界は際限なく広がるという事だ。

道具として扱われていた日々の中では想像も、ましてや理解することも出来なかっただろう。
他人を大切だと思える事。
何かを教わる事の楽しさ。
誰かの為に自分の意志で戦いを挑む事。

568名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:25:52 ID:gHb2Rkgo0
そして、誰かに想われる喜びを。

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                ..._,,.. --ー―ーイ.,
             ,. -''⌒∨ :/  . . . . . . . .. ^ヽ、
       ,,.-/     ヤ: : : : : : : : : : : : : ... `ヽ.
      /    _ノイヽ、./: : : : : : : : : : : : : : : : :. ヽ.
     /⌒` ̄ ̄| |~7: : ' ' ' ' ' '‥…━━ August 11th AM04:35 ━━…‥
   /7,.- 、   .ゝヽ{'         ' : : : : : : /
  / /    ̄~^''''ゝこ|           ' : : : /
 /  i^ ~^''ヽ、     |\ノ=ニニニ=-、    ' :./
./   !     ^'''-  | /-ー-    \   ノ
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ヒート・オロラ・レッドウィングは夏の朝市が開かれるよりも早く目を覚まし、湯気の立つコーヒーを飲みながら準備を進めていた。
泥のような色をしたコーヒーの味は、やはり泥に似た味がした。
砂糖をいくら足してもその苦みだけは消える様子がなかったため、角砂糖を八つ入れたところでヒートは諦めた。
彼女の準備はいたって単純だったが、単純故に決して気を抜くことはない。

武器を整え、体を整える。
それこそが彼女の準備だ。
戦いに挑み、殺しを遂行する準備。
頼りになる道具は己の体と心、そして武器だ。

調整の済んだ体は何よりも使い勝手のいい武器となる事を、ヒートは良く知っていた。
彼女の四肢だけでなく、その指の一本に至るまで精巧な武器と化している。
拳は鎚となり、抜き手は刃となる。
準備が整えば、彼女は得物なしでも武器を持つこととなる。

何年間も続けてきたこの準備は、習慣に近い行為として体に染みついていた。
復讐を誓い、殺しを始めた頃から使い続けている二挺の拳銃の手入れは目隠しをしても出来る領域にある。
連射機構を改造し、フルオート射撃が可能になったベレッタM93R。
その銃身下、トリガーガードの前には本来備わっているはずのグリップがあるのだが、ヒートの場合はそれがナイフになっている。

ナイフは決して錆びることが無いよう、切れ味が落ちることの無いように研がれていた。
拳銃ではカバーすることの出来ない超近距離戦闘を制することの出来るこのナイフは、これまでに何度も人の命を奪い、ヒートの命を守ってきた。
そのナイフを取り外し、砥石を使ってその刃を更に研ぎ澄ました。
鋭利な刃は必ず役に立つ。

喉笛を切り裂く時にはそれを実感する。

ノパ⊿゚)「……」

部屋にはエアコンの駆動音とヒートが刃を研ぐ音だけが揺蕩っていた。
ヒートは何度も反芻するようにして、一つの事を考えていた。
母親である、クール・オロラ・レッドウィングの言動についてである。
本気で自分を殺そうとしていたという現実を考えて、彼女の発言は殆どが真実だろう。

569名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:27:31 ID:gHb2Rkgo0
即ち、自分を除く家族全員を爆殺するという計画を立てた張本人は母親であり、その目的は耳付き――獣の耳と尾を持つ人種――を根絶やしにする為。
狂気だ。
正に、狂気としか言いようがない。
その血を引く人間が自分だと思うと、ヒートは憤りと共に吐き気を覚えた。

確かに、耳付きは世間から疎まれている。
それは紛れもない事実だ。
奴隷として売られ、詳しい研究もされていない、正に家畜とほぼ同じ扱いを受けているのは誰もが知っている。
というよりも、誰もがそう教育され、そう感化され、そう信じるようになっているのだ。

弟が生まれるまでは、それはいささか疑念のある考え方だと思っていたが、ヒートは口には出さずにいた。
耳付きと関わることはほとんどない人生だったし、街中で売られている子供を見たことがあるが、それを助けようとは思わなかった。
それがヒートの世界だった。
弟が生まれるまでは。

弟を目にしたとき、ヒートは己の認識の全てが変わった。
耳付きに興味を持ったのは、間違いなく弟の影響だった。
彼が病気にかかった時にはどうすればいいのかなど、図書館で調べることが増えた。
そこで分かったのは、耳付きに関して興味を持っている人間はほとんどおらず、誰も研究をしていないという事実だ。

何故耳付きが生まれるのか。
耳付きは何故人間離れした身体能力を有しているのか。
ヒートはそういったことに興味が湧いたが、答えは終ぞ得られることはなかった。
しかしながら、得られたものがあった。

耳付きと呼ばれる人種は、人よりも優れている部分の方が圧倒的に多いという事だ。
一度風邪をひけばもう二度と引くことはなかったし、体温の高さ故に寒さにも強かった。
だが、それは耳付きという人種を知るだけであり、共に生活をしていれば誰でも気付く事だ。
ヒートが得た最大の成果は、それではなかった。

弟がいるというだけで、ヒートの世界は全てが輝きに満ち、新たな発見に溢れたものとなった事が、何よりも素晴らしい成果だった。
弟はこの世界の宝物だった。
世界を引き換えにしてでも守りたいと思う存在だった。
仔犬のように可愛らしい弟は母よりもヒートに懐き、歳が離れていることもあってヒートが食事などの世話をした。

おむつを替え、寝かしつけ、風呂にも入れた。
愛情を注ぎ続け、弟は育っていった。
言葉もままならない中、弟が初めて喋った言葉は「ねーね」だった。
ヒートはその言葉を聞いた時、涙を流して喜んだ。

だが思い返せば、母親は弟が生まれてからずっと彼に対して目を背け続けていた。
世話全般をヒートに任せ、自分は仕事に専念していた事を思い出す。
家計を支えるためとヒートは納得していたが、それは結局、弟の存在を疎ましく考えていたからだろう。
首も座り、一人歩きを始めたのは生後七か月の頃だったが、それを目撃したのはやはりヒートだった。

思い出が次々に浮かび上がり、ヒートは改めて母親に対して殺意が湧き上がって手に力が入った。
思い出の何もかもを吹き飛ばし、弟の命と父の命を奪った女。
血の繋がりがあろうとも、必ず復讐は果たす。
これまでに積み上げてきた屍の中の頂上に、あの女を加えることは義務に近い物がある。

570名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:29:14 ID:gHb2Rkgo0
肉親の不始末は肉親が付ける。
研ぎ終わったナイフをM93Rし、次に弾倉に弾を装填する。
この後、強化外骨格との戦闘は必ず起こる。
通常の拳銃弾では棺桶の装甲を貫通することは出来ないため、強装弾を使用しなければならない。

強装弾はその貫通力故に生身の人間には効果が薄い。
デレシアから作戦を伝えられ、ヒートは感情の赴くまま徹底的に棺桶との戦闘を行う役割を担った。
曰く、ヒートはまだ“レオン”を使い切れていないとの事で、それがヒートの弱点でもあるとの事だった。
確かに、自分でも自覚していた。

対強化外骨格用強化外骨格、つまり、棺桶との戦闘に徹底して特化して作られたレオンが他の棺桶に後れを取ることは設計者の意にそぐわない。
デミタス・エドワードグリーンが使用している“インビジブル”は肉眼、カメラから完全に姿を隠すことに特化した棺桶だ。
だが、レオンにはその姿が見えていた。
負ける要素も、まして後塵を拝するなどあってはならないことだった。

これもまたデレシアからの情報だが、レオンは製造されたほぼ全ての棺桶に対して対抗できる能力がある。
例えば光学迷彩を用いてカメラを騙す棺桶や、猛毒を撒き散らす棺桶、強固な装甲を持つ棺桶などを圧倒できるそうだ。
つまりは、ヒートの技量、知識、そして経験不足が問題でありそれが解消されれば、今後棺桶との戦闘は優位に立てる。
今必要なのは、多くの棺桶との戦闘を経験して、ヒートの戦い方を確立することだ。

クールが使っていた棺桶が何に特化しているのかを察することが出来れば、あのような醜態を晒さずに済んだ。
遠隔操作に特化した棺桶など、これまでに見たことも聞いたこともなかった。
経験と知識不足がもたらした致命的なまでの失態だった。
例えるなら、ショットガンの特性を知らずに近接戦闘を挑んだ獣のような物だ。

獣と人間との違いは理性の差である。
即ち、戦いを挑む相手に対して理解があるか否かだ。
その点で論じるならば、間違いなくヒートは獣と同じだった。
闘争本能に従い、理性を欠いた哀れな獣。

今後は無謀な戦いは避け、確実に勝ち、殺 せ る 戦 い をしなければならない。
それが自分のためだ。
未知の敵に対しての抵抗力を高めなければならない。
人間と獣の最大の違いは、理性の有無だ。

理性が働くならば、選ぶべきは効率に限る。
取り急ぎ狙うべきは、戦闘慣れしていないながらも、持っている棺桶が厄介な人間。
最優先で潰さなければならないのは、シュール・ディンケラッカー。
“レ・ミゼラブル”は音を使って暴徒を鎮圧することに特化しており、生身の人間では対抗するのが難しいとの事だった。

トラギコ・マウンテンライトもそれに殺されかけたとの事で、もしもあの女がブーンを狙ったとしたら、非常に不味いことになる。
ブーンは人間離れした聴覚を持っており、音を使った兵器が相手の場合、影響力は計り知れない。
潰さなければならない。
ヒートの中にある優先事項の最上位に、ブーンの存在があった。

仮初の復讐を果たした虚無感に支配されていたヒートを救ってくれたブーンを害する者は誰であれ、何であれ、叩き潰す。
もう二度と失うものかと、ヒートは一発ずつ覚悟と殺意を込めて弾を弾倉に込めていく。
Bクラスの代表格であるジョン・ドゥの装甲であれば、五発ほど正確に同じ場所に当てれば穴が開くだろう。
装甲の薄い場所ならば一発で貫通できる。

571名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:31:28 ID:gHb2Rkgo0
ヒートの戦い方は大きく二つある。
一つはレオンを使った直接的かつ最接近した状況での戦い。
そしてもう一つは、離れた位置から銃を使っての戦いだ。
単一の目的に特化したレオンは強力な装備の代償として、近距離以外での戦闘が出来ない。

それを補うのが拳銃である。
勿論、拳銃以外の銃を使う選択肢もあるが、手持ちの銃にライフルはない。
それに、ライフルを持ち歩く趣味はない。
最善の武器とは、目立たず、そして効果的でなければならない。

威力の点で言えば当然レオンに劣るが、拳銃は中距離での戦闘を有利に運ぶための貴重な道具だ。
特に、予期せぬ状況で戦闘が発生した時には役に立つ。
用意しておいた弾倉全てに弾を込め、ヒートは窓の外に目を向ける。
空はまだ暗く、漂う雲の色は紫色をしている。

ノパ⊿゚)「……夜明け、か」

様々な思惑がうごめく夜明け前。
これから訪れる夜明けはヒートが想像している以上の意味を持つだろう。
この島に来てから二日。
ショボン・パドローネ達は虎視眈々と、デレシアに一矢報いるその時を待っているに違いない。

オアシズから逃げおおせ、死刑囚を脱獄させ、島にやって来るデレシアを待ち構えていたのだ。
手痛い失敗からデレシアの実力を知った上で考えられた計画。
ジュスティアまでも巻き込んでいることから、計画に対して自信があり、ジュスティアをあまり意に介していないという考えが現れている。
自信があるという事は勝算があるという事。

力技とも断じきれるこの計画を、デレシアは即座に打ち破ろうとしている。
大それた計画を台無しにするためには、必ずそれ以上に大きな力が働く。
人数と規模ではこちらが劣っているが、それを埋め合わせて覆すだけの戦略と戦術がデレシアにはある。
相手がこちらを狙っているのならば、こちらから出迎えてやればいいと、デレシアは事もなげに言った。

正面からの殴り合いに持ち込むつもりなのかとヒートは度肝を抜かれたが、無策のまま相手が仕掛けてくるのを待ち構えるよりも、準備が整う前に迎え撃った方が勝算は高い。
綿密な作戦というものは、対象が予想外の動きをした途端に崩れるものだ。
当然だが、作戦というものにはいくつもの可能性を考慮したものが用意されている。
チェスの名手が最低でも20手先を読むように、計画者は相手の出方に合わせた計画を使い分けて対応する。

だからデレシアは、考慮されていない可能性を選んで迎え撃つという。
幾重にも張り巡らせた相手の策には必ず心理的な抜け道がある。
デレシアはこれまで、襲い掛かる驚異の全てを己の手で蹴散らしてきた。
その蹴散らすという行為は相手の中に強い印象を残し、デレシアの反応は即ち反撃という図式が出来上がっている事だろう。

それこそが盲点となる。
今回の目的は敵の排除ではなく、彼らの目的を阻止することだ。
もしもデレシアが排除を目的として行動していれば、彼らの計画のどれか一つに該当してしまうかもしれない。
だがその目的が異なった物であれば前提が覆り、彼らが頼みの綱としている計画を破綻させられる。

572名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:33:53 ID:gHb2Rkgo0
まるで賭けのような動きだが、ヒートは仮にそうだとしても、デレシアの賭けから降りるつもりはなかった。
彼女はヒートの知る限り、誰よりも物事を知り、誰よりも強い人物だ。
その正体が気になるが、ヒートがこれまで自分の過去を語らなかったように、デレシアが語るのを待つしかない。
こちらから訊くのは、どうしても出来なさそうだ。

弾倉の準備を終え、コーヒーを飲む。
溜息を吐いて、作業の手を止める。
感情に身を任せた自分がやるべきことは分かっている。
復讐を。

復讐を果たすのだ。
この感情に捉われた人間は、等しく醜い顔をしている事だろう。
今、ヒートはこの顔をブーンに見られたくなかった。
見られてしまえばきっと、ブーンに嫌われてしまうだろう。

復讐に身を焦がす殺人者の顔など、見せるべきではないのだ。

ノパ⊿゚)「……絶対に、殺してやる」

復讐は何も生まないと言う人間がいるが、ヒートに言わせればその人間は真の意味で復讐を知らないのだ。
生きる気力を奪われ、己の命すら無価値に思える中で生きる糧となったのは復讐心だ。
その心がヒートを生かし、ヒートを動かした。
殺された家族のために、それに関わった全ての人間を殺し尽くすという目的を手にした。

手を血で染め上げる復讐の日々が終わり、達成感と喪失感に満たされた状態で故郷に帰り、ブーン達と出会った。
そして故郷で起きた事件がきっかけでデレシアの旅に同行することになり、今日に至る。
復讐によって失った物は喪失感と人間性。
逆に、得たものは数多くある。

復讐はヒートに多くを与えてくれた。
故に、少なくともヒート・オロラ・レッドウィングの中で復讐は無意味ではない。
暴力を行使されたのであれば、暴虐によって報復をすればいい。
例えそれが肉親だろうとも。

――肉親を殺すことに躊躇するような心は、もう、ヒートには残っていないのだ。

573名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:37:00 ID:gHb2Rkgo0
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        | ̄ ̄| ̄ ̄|      第四章【monsters-化物-】
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ティンカーベルに堂々とした面持ちで聳え立つルルグベ教会には、信仰心とは異なる同一の志を持つ人間が一堂に会していた。
神に祈りを捧げる教会に、この日、神を信じる人間は一人もいない。
正確に言えば、生きている人間の中で神を信じている人間は皆無だった。
ソファに深々と腰かけていた禿頭の男が、前屈みになって姿勢を整える。

(´・ω・`)「状況の確認と行こうか」

朝食後のコーヒーを飲んだ後、最初に口を開いたのは、その場で最年長のショボン・パドローネだった。
一見すれば優雅な空間だが、境界の裏手にある納屋に積み上げられた死体を見れば、この教会が神に見放された空間であることが分かる。
紅茶を飲むデミタス・エドワードグリーンが漂わせる空気は、決して好意的な物ではなかった。
彼の生み出す空気の原因は、その向かい側に座る人間にあった。

(’e’)「ん? 何かね、デミタス君。 僕は男に見つめられる趣味はないんだが」

コーヒーを上品に飲みながらそう言ったのは、イーディン・S・ジョーンズだ。
教科書に載るほどの有名人だが変わり者。
棺桶研究の世界的権威であり、その魅力に生涯を捧げることを誓った碩学だ。

(´・_ゝ・`)「お前のせいで、こっちは何回も殺されかけたんだ。
      おい、ショボン。
      状況の確認の前にするべきことがあるんじゃないのか?」

(´・ω・`)「と、いうと?」

(´・_ゝ・`)「相手のことだ。
      あれは女じゃない、化物だ。
      おまけに俺の“インビジブル”がまるで通じなかった。
      これはどういうことだ?」

574名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:39:54 ID:gHb2Rkgo0
憤りを露わにするデミタスの質問に答えたのは、ショボンではなくジョーンズだった。
彼は軽い口調で、さして重要でもない事のように話した。

(’e’)「あー、そのことか。
    報告が遅いからどうしたのかと思って心配していたんだが、そうか、通じなかったか。
    これは興味深いデータを手に入れられた。
    協力に感謝だ」

(´・_ゝ・`)「馬鹿にしているのか!!」

勢いよく机を叩き、デミタスは体を乗り出しかねない勢いで怒声を浴びせる。
だがジョーンズはそれに対して眉一つ動かすこともなく、覚えの悪い学生に対してそうするように、淡々と語り始める。

(’e’)「まさか。 いいかね、君。
   “レオン”はその存在こそ知れていたが、ずっと発見されていなかったんだ。
   分かるかい? 名前とコンセプトだけの存在だったのだよ、今の今までね。
   研究者は魔法使いじゃないし、私は想像だけで棺桶を語りたくない主義でね。

   見つかった時にはどこだかの殺し屋が持っていて、研究資料も糞もない状態だったんだよ。
   大方、価値も知らない修理屋が直したんだろうさ。
   さて本題だ。 そんな代物の情報をどうやって知り得ろと?
   その不確定な情報を君に与えたところで、有効活用できるか?

   “全ての棺桶に対抗できるよう設計された”と曖昧な情報を言われても、信じられるか?
   知っての通り、インビジブルは光学迷彩で肉眼とカメラに錯覚させる棺桶だ。
   実験で使用した全ての棺桶の目を騙すことが出来た。
   だからエーデルワイスにも通用しただろう?

   いいかね、君の言っていることは――」

見かねたショボンは、両者の間に割って入る形で会話を切った。

(´・ω・`)「博士、落ち着いてください。
     デミタス君、君の意見も分かるが、博士の言い分も分かってほしい。
     誓って言うが、あの棺桶に関する情報はほとんどなかったんだ。
     君も初戦で相手にインビジブルが効果を持たないと分かった段階で、こちらに報告してほしかったな。

     とはいえ、今こうして互いを非難し合うのは生産的ではないだろう。
     さ、改めて状況を確認するよ。
     僕たちのターゲットを直接視認したのは?」

挙手したのはショボンを含めて四人。

川 ゚ -゚)

無表情のクール・オロラ・レッドウィング。

575名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:40:47 ID:gHb2Rkgo0
从'ー'从

(´・_ゝ・`)

ニヤニヤ笑いを浮かべるワタナベ・ビルケンシュトック、そして不満げな顔のデミタス。
三人以外に誰も手を挙げないのを確認してから、ショボンは頷いた。

(´・ω・`)「なるほど、僕を含めたこの四人だけか。
     相手はデレシアと名乗る女だ。
     あの馬鹿げた強さは、正直に言って脅威そのものだ。
     博士、アバターの修理は可能かな?」

(’e’)「厳密に言うと、今すぐには無理だな。
   コンセプト・シリーズにはもともと予備のパーツが無いんだ。
   レオンに胸部を打ち抜かれて、腕を破壊されているからもう以前のような機敏な動きは無理だよ。
   解れた糸を結んだら結び目が出来るような物さ。

   それにここには設備がないから、満足いく修理は無理だね。
   ま、それまでの間は別の機体を代用するしかないが、同じ設計思想のものがある。
   本部に行けば、ちゃんとした後継機があるからそれを使おう」

(´・ω・`)「それはありがたい。
      聞いての通り、デレシアは棺桶を何とも思わずに破壊する女だ。
      これで少しは危険な奴であることが分かってくれると助かる」

lw´‐ _‐ノv「どんな棺桶を使うの?」

(´・ω・`)「いや、奴は棺桶を使わない。
     対強化外骨格用の弾丸を使う生身の人間だ」

lw´‐ _‐ノv「……は?」

質問に対する答えに、シュール・ディンケラッカーは呆れた様な声を漏らした。
彼女の反応は至極当たり前の物だ。
軍用第三世代強化外骨格、棺桶と呼ばれるその兵器は人間程度では太刀打ちできるような物ではない。
例え対抗できる弾丸があっても、棺桶を前にして戦える人間など、普通はいない。

普通は恐怖に慄き、戦うという意欲を見せるはずはない。
獣を前にナイフを持ったところで人間が臆するのが自然の反応であるように、戦車にさえ対抗し得る強化外骨格を恐れないのは馬鹿か気狂いだけだ。
戦車に立ち向かう歩兵がいないのと同じように、棺桶に抵抗を試みる人間はいない。
そう考えるのが普通であり、常識だ。

(´・ω・`)「対峙すれば分かるさ。
     だが、あの女を殺すことが僕たちの任務だ。
     僕たちの夢を、あの女は何度も邪魔した。
     生かしておく理由はない。

     ところで、同志シナー」

576名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:42:30 ID:gHb2Rkgo0
名を呼ばれたシナー・クラークスは視線をショボンに向けたが、組んだ腕は解かなかった。
自分が何故名前を呼ばれたのか、彼は分かっている様子だった。

(´・ω・`)「トラギコを殺し損ねた時、何があったのかをもう一度話してくれるかな?」

( `ハ´)「……“番犬”ダニー・エクストプラズマンが来たアル」

細い目をより一層細め、シナーは忌々しげに語った。
仔細にこそ語りはしなかったが、彼の口調から決して快い思いをしたわけではないことは確実だ。
適度な沈黙と間こそが何よりも説得力を持つことを知るショボンは、あえて三秒間無言を保った。
彼は視線を周囲に向け、シナーの言葉が浸透するのを待ったのだ。

(´・ω・`)「そして僕は、“執行者”ショーン・コネリと戦う羽目になった。
     この二人はジュスティアの円卓十二騎士、つまり、ジュスティアの最高戦力の二名だ。
分かるかい? ジュスティアがそれほどまでに危機感を覚えているんだよ。
     だが、あいつらには手出しはしないほうがいい」

ジュスティアが世界に誇る十二名の最高戦力。
彼らの間に階級はなく、あるのは騎士の称号を持つというジュスティア人としての誇りだ。
同等の力を持つと認め合う彼らに上下の関係、即ち上官と部下の関係はない。
全員が最高戦力であり、全員がいてこその円卓十二騎士なのだ。

彼らと戦って生き延びることができただけで御の字だ。
果たして、次も無事でいられるかどうかの保証はない。

( ・∀・)「ほぅ、それはいい案ですね。
      死人は少ない方がいいですから」

マドラス・モララーは頷きつつ、湯気の立つ紅茶を一口飲んだ。
キャソックに身を包む彼はいかにも聖職者らしい格好をしているが、それはあくまでも表向きの姿なだけであって、彼は信仰を捨てた人間だった。
彼の言葉は優しげな人間のそれだが、彼は自ら手を下さないだけであって、死によって何かが救われるのであれば大賛成という考えを持っている。
ニヤニヤ笑いを浮かべるモララーの隣りにいる男は、対象的な表情をしていた。

隣で眉を顰めるのは、かつてショボンと同じ職場で正義のために働いていたジョルジュ・マグナーニだ。
  _
( ゚∀゚)「円卓十二騎士が出てきたのはいい傾向とは言えねぇな」

ジュスティアのことをよく知る彼は、当然、円卓十二騎士のことを知っていた。
かつてジュスティアで警察官としてその身を正義に捧げた男は、ジュスティアの深部に触れることが多々あり、円卓十二騎士が実在する実力集団であることを理解していた。
イルトリアに対抗するために生み出されたとされる十二人の騎士。
その実力は、間違いなくジュスティア内で最強と言っても過言ではない。

ショボンも騎士たちの実力はよく知っているが、考え方はジョルジュとは逆だった。

(´・ω・`)「いや、逆だよ。
      僕らでも最高戦力を相手に生き延びられることが証明されたんだ、喜ばしいことだ。
      僕が手出しをしないほうがいいと言ったのは、今は我々の存在を公にしたくないからさ。
      世界中にいる同志は来る日に備え、静かに歩みを進めなければならないからね。

      ここでジュスティアと本気でやり合うのは、理に適っているとは言えない」

577名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:44:23 ID:gHb2Rkgo0
( `ハ´)「あいつら、私達を狙っているアルよ。
     今のうちに潰しておいたほうがいい気がするアル」

(´・ω・`)「そりゃあ潰した方がいいだろうけど、今はその時じゃない。
      撃退するならまだしも、潰すとなったらかなり面倒になる。
      ま、今は精々テロリストとしてでも誤解させておこうじゃないか。
      今はデレシアを殺して、ついでにトラギコとアサピー・ポストマンも殺すことだけを考えればいいさ」

lw´‐ _‐ノv「気になってたんだけど、どうしてその二人を殺す必要があるの?
       今じゃなくてもいいでしょ」

ただの刑事とただの新聞記者。
肩書だけを見れば、いつでも殺せそうな存在だ。
事実、ワタナベの邪魔さえなければ、シュールはトラギコ・マウンテンライトを殺せた。
その報告を受けていたショボンだったが、今それを蒸し返すことが意味のないことはよく分かっていた。

犯罪者たちを仲間に引き入れた時点で、このような醜い揉め事が起こることは時間の問題だったのだ。
警察官をやっていたショボンは、そういったリスクを承知した上で彼らの脱獄を手助けし、同じ夢を見る同志として扱っている。
彼女にも自制心があることは、今この場で改めてワタナベを批難することをしなかったことからも明らかである。
全体の利益を考え、シュールは怒りを押さえ込んで質問をしたのだ。

そしてその質問は、的を射ていた。

(´・ω・`)「ところが、この二人はちょっと厄介な動きをしていてね。
     ひょっとしたら、僕達のことを嗅ぎ回っているんじゃないかと思ってね。
     それだと厄介だから、今のうちに死んでもらうんだ」

早い話がリスクマネジメントだ。
可能性は早めに摘んでおいたほうが、後に必ず役に立つ。
もしそれがあり得なかったとしても、後の憂いになる可能性が微量でもあれば今潰すべきだ。
後悔先に立たず、それがリスクマネジメントの基本である。

トラギコがマスコミと手を組んで事件の真相究明に乗り出すということは、十分に考えられる。
彼は事件をかき乱し、力で解決させる人間なのだ。
彼のせいで多くの警官が翻弄され、当初とは異なる形で事件を収束させられたことに恨みを持つ人間は少なくない。
ジュスティア人らしくない粗暴な男。

だからこそ、動きが読めないのだ。
不確定要素の塊は取り除くべきだ。

(´・ω・`)「最小の死人で、最大の成果を。
      僕らはいつもそうしてきたんだ」

何か言いたげなジョルジュに向けて、ショボンは垂れた持ち上げながら言った。

(´・ω・`)「後輩を殺すことは気が咎めるかな?」
  _
( ゚∀゚)「黙れよ、眉毛野郎。
     俺がどうしてあの馬鹿を殺すことに躊躇う必要があるってんだ」

578名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:46:24 ID:gHb2Rkgo0
(´・ω・`)「ほら、君は彼のことをかなり高く評価していたし、可愛がっていたからね」

一睨し、ジョルジュはショボンの言葉に答えることはなかった。
彼の言葉は事実だった。
ジョルジュは己の後任としてトラギコを育て、自分の分身以上の存在を生み出そうとした。
彼には見込みがあり、その力は警察という権力の中でも決して霞むことのない眩いばかりの輝きそのものだ。

正義という言葉を捨てた時、トラギコはこれまで語り継がれてきた正義のなんたるかを理解したことだろう。
CAL21号事件は、彼を変えた。
甘い考えの全てを捨て去り、彼を一匹の虎へと駆り立てた。
その変化の瞬間を、ショボンも目撃していた。

あれは今思い出しても、彼という人間の核が表に出た瞬間だと断言できる。
誰よりも正しく在ろうとし、誰よりも人々の幸せを願う警察官としての信念。
彼は否定するだろうが、それは紛れもなく正義そのものだ。
ショボンはできればトラギコを仲間に引き入れたい気持ちがあったが、彼はおそらく、ショボンたちの行為を理解できないだろう。

彼はまだ若い。
人生経験ではなく、生き方として真っ直ぐすぎるのだ。

(´・ω・`)「さ、話を戻そう。
      円卓十二騎士が出てきて、僕らは少し動き方を考えなければならない状況にある。
      ここまではいいかな?」

無言を同意と受け止め、ショボンは続ける。

(´・ω・`)「今日、勝負を仕掛けようと思う。
      理由はいくつかあるが、一番大きいことがある。
      デレシアのグループが別れている、という確かな情報があるんだ」
  _
( ゚∀゚)「……続けろ」

(´・ω・`)「デレシアは“レオン”と呼ばれた殺し屋――同志クールの娘――と、糞耳付きと行動を共にしている。
      ところが、だ。
      昨日同志クールたちが見た時、どうにも奇妙な様子だったらしい。
      説明をしてもらってもいいかな?」

川 ゚ ?゚)「おそらくだが、あいつらは今何らかの理由で別行動をしている。
     デレシアの出てくるタイミングも、ヒートの行動もそれを裏付けている。
     私の勘でしかないだろうが、“目”の報告とも一致している」

疑問を投げかける人間はいなかったが、ショボンとクールを除く全員が同じ疑問を頭に浮かべた。
それを代表して口にしたのは、ニヤニヤ笑いを保ったままのモララーだった。

( ・∀・)「ちょっと待ちましょう。
      同志ショボン、今娘とか言いませんでしたか?」

(´・ω・`)「あぁ、言ったよ。
      娘、だ」

579名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:49:54 ID:gHb2Rkgo0
从'ー'从「レオンって言ったら、かなりの有名人よぉ。
      特に私達の界隈ではねぇ」
  _
( ゚∀゚)「俺も知ってる。
    ヴィンスで大暴れした殺し屋だろ。
    あの辺りを根城にしていたマフィアをいくつも潰して、突然姿を消した奴だ。
    確かお前、娘は殺したとか言ってなかったか?」

(’e’)「それは私も気になるね。
    どうやって“レオン”を手に入れたんだ?」

片目を僅かに吊り下げ、クールは次々と並べ立てられた質問に対して不快さを露わにした。

川 ゚ -゚)「あぁ、殺したはずだったんだが生きていたんだ。
     どうにも糞耳付きの遺伝子というのはしぶとく出来ているらしい」

(’e’)「棺桶の入手経路は?」

川 ゚ -゚)「知らん。 そんなことはどうでもいい。
     私が気に入らないのは、耳付きの遺伝子を持つ人間が生きているという事実だ。
     今すぐにでも縊り殺してやりたい気分なんだ。
     身から出た糞は自分で処理しなければならない」

クールの声色は変わらなかったが、彼女が無意識の内に振り下ろした拳が木製の机を強打した瞬間、全員が無言になった。
机上にあった物は軒並み2インチ以上飛翔し、再び机に叩きつけられることとなった。

(´・ω・`)「はいはい、細かな自己紹介はいずれまたね。
      そんなことより、これから先の話をしてもいいかな?
      いいよね?
      じゃあ、続けよう」

咳払いの代わりに、ショボンは全員の目を見た。
これは彼の得意な手段で、他人の注意を惹く上で非常に効果があった。
十分に効果が染み渡ったことを確認してから、続けて口を開いた。

(´・ω・`)「兎にも角にも、デレシアを殺す。
     これが最優先だ。
     そのためには糞耳付きを殺すことも、レオンを手に入れる事も後回しにしてもいい。
     だが、せっかくあの二人が一緒にいないのであれば好都合だ。

     分断しているという事は、戦力が散っているという事。
     ここが狙い目だ。
     クール、ワタナベと組んでレオンを殺すんだ。
     モララー、君も彼女達に同行してもらおう」

(;・∀・)「えぇっ…… 私が?
      私はあんまり人殺しは好きじゃないんですけどねぇ」

从'ー'从「殺すのは私達がやるからぁ、あんたは犯せばいいわぁ」

580名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:51:52 ID:gHb2Rkgo0
( ・∀・)「あ、それなら。
      ですが、娘さんを犯されてもいいんですか?」

川 ゚ -゚)「好きにしろ。 穴の開いたただの肉だ」

モララーはそれ以上言葉を紡がなかったが、彼の股間が反応したことをショボンは見逃さなかった。
彼の悪癖は治し用がない病巣のような物で、組織ではそれを黙認することになっている。
ジョルジュを除いて。
  _
( ゚∀゚)「殺すだけにしておけ。 でねぇと、俺がお前を去勢してやるぞ」

(´・ω・`)「ま、ほどほどにするんだね。
     相手は名の知れた殺し屋、棺桶同士での戦闘は完全に実力勝負になる。
     上手い事立ち回ってくれよ」

( ・∀・)「まぁ、殺さなくていいのなら私はそれでいいんですがね」

(´・ω・`)「じゃあ次だ。
      ジョルジュ、博士はデレシアを側面から叩いてほしい。
      いわば伏兵だ」

(’e’)「君は馬鹿かね? 何で私が戦闘の人数にカウントされているんだ。
    頭髪が少ないと脳が過冷却されて思考がおかしくなるのか?」

(´・ω・`)「だからこそ、ですよ。
     博士がいれば誰も戦闘をするとは思わない」
  _
( ゚∀゚)「……俺は構わねぇが、好きにさせてもらうぞ」

(’e’)「はぁ、脳筋共はこれだから。
    ま、いいだろう。
    デレシアが何か棺桶を使っているのだとしたら、丁度いい研究材料になるだろう」

ジョルジュはその言葉を鼻で嗤い、懐に下がった銃の重みを確かめるようにそこに手を伸ばした。
スミスアンドウェッソン、ジョルジュの愛銃がそこに収められている。

(´・ω・`)「シナー、君はトラギコかアサピーのどちらかを狙って消してくれ。
      “目”も君と同じ動きをすることになっている」

( `ハ´)「円卓十二騎士はどうするアル?」

(´・ω・`)「放っておけばいい。
      遭遇したら、任務を優先してくれ。
      有り得ないとは思うが、デレシアを騎士たちが守ろうとしたら、騎士を排除すればいい。
      だが無理はせず、必要なら撤収してくれ。

      デレシア以外の相手は今回どうでもいいと考えていい。
      いいか、何度も言うがデレシアを殺せ。
      あの女は僕たちの敵だ。
      大敵は最優先で排除しなきゃいけない」

581名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:54:20 ID:gHb2Rkgo0
改めて、その場の空気をショボンの一言が引き締めた。
誰よりも先に殺すべきは碧眼の旅人デレシア。
オアシズで対峙したショボンは、その危険性をよく分かっている。
あれは残しておくべきではない。

これまでに出会ってきたどの犯罪者よりも危険な存在であり、ショボン達の夢を阻む障害だ。
西川・ツンディエレ・ホライゾンから報告を受け、改めてその危険性を理解した。
刃の切っ先を恐れるように。
獣の歯牙を恐れるように。

世界の天敵。
ショボンが最終的にデレシアに対して下した評価はそれだった。

(´・ω・`)「そして残りのメンバー。
     デレシアを正面から殺しに行くのは僕、シュール、デミタスだ」
  _
( ゚∀゚)「選出の根拠は?」

(´・ω・`)「“インビジブル”の能力は“レオン”には通じないが、生身の人間には通じる。
     そして同じく、“レ・ミゼラブル”の能力も人間には効果が大いにある。
     音と視界、この二つを支配できる棺桶があればデレシアにも対抗できるさ。
     それに、僕の“ダイ・ハード”も防御力は高い方だから、対強化外骨格の弾にもある程度は耐えられる。

     そこにジョルジュ、君が伏兵として構えていれば完璧だ」
  _
( ゚∀゚)「どうだかな」

短くそう言い残して、ジョルジュはそれ以降発言をすることはなかった。
まるで、やれるものならやってみろ、と言わんばかりの態度だ。
彼のそのような態度は珍しく、彼を知る者は少しばかり驚いていた。

(´・_ゝ・`)「ま、生身の人間相手なら大丈夫だろうな。
      博士、大丈夫だろうな?
      本 当 に 大 丈 夫 な ん だ ろ う な」

(’e’)「無論だとも。 肉眼では捉えられない不可視の棺桶、それがインビジブルだ」

lw´‐ _‐ノv「私のも平気でしょ?」

(’e’)「当然だとも。 聴覚が生きている限り相手に影響を及ぼす棺桶、それがレ・ミゼラブルだ」

強化外骨格研究の第一人者であるジョーンズの言葉は、この世界で棺桶に関わる人間であれば誰もが聞き入れるだけの説得力を持つ。
彼が発掘・修復した棺桶の数を考えれば、それは当然。
今の社会に流通しているほぼ全ての棺桶に精通する人間の言葉は、即ち、誰よりも知識のある人間の言葉なのだ。

(´・ω・`)「他の人間と戦っている時にもしデレシアと遭遇したら、最優先で狙うんだ。
     いいね?」

( `ハ´)「……それで、デレシア達の居場所は分かっているアルか?」

582名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 22:58:27 ID:gHb2Rkgo0
(´・ω・`)「僕たちの“目”に探させたんだけど、全然見つからなくてね。
     だけどレオンの居場所なら分かっている」

( `ハ´)「居場所が分からないのにどうやってデレシアと戦えと言うアルか。
     オアシズで頭おかしくなったか?」

(´・ω・`)「おびき出せばいい。
      やり方はとてもシンプルだ。
      レオンを追えば自ずと出てくる。
      それはもう証明された。 あの女は情に厚いらしい。

      つまり、市街地のどこかに潜んでいるという事だ。
      レオンを襲う場所とタイミングを僕たちで合わせておけば、狙った場所にデレシアを呼び出すことが出来る。
      仮に失敗してもレオンを奪える」

从'ー'从「仔犬ちゃんはどうするのぉ?」

その言葉を聞いた瞬間、ショボンの形相が一変した。

(´・ω・`)「……寸刻みにして殺せ。
     炙って殺せ。
     糞尿の山で溺死させろ。
     生きていることを後悔させて殺せ。

     殺した後は晒せ。
     肉屋に並ぶくず肉のように晒せ。
     目玉と脳味噌をくりぬき、そこに糞を詰めて晒せ。
     生物であることを忘れさせろ」

淡々と並べられた言葉の全てに、明白な殺意が籠っていた。
慈悲などというものは当然ない。

(´・ω・`)「さ、もうこんなもんでいいだろう。
     作戦開始は正午丁度。
     “目”が最初に動くことになっているから、それに合わせるように。
     いいね、それまでに所定の位置に着いておくんだ」

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‥…━━ August 11th AM11:44 ━━…‥
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デレシアは潮風を楽しんでいた。
海沿いに旅を続け、その香りは新鮮さを失いつつあるが、決して飽きることはない。
かつては死の象徴と化していた海も、今では人類誕生前の青々しさを取り戻し、コバルトブルーの色が目に眩しい。
母なる海とはよく言ったものだ。

583名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:03:03 ID:gHb2Rkgo0
熱から逃れるために海に逃げた生き物の死骸で溢れ、腐臭に満ち、海岸線にはガスで膨れ上がった肉塊が打ち上げられていたあの光景。
それは死その物の光景だった。
やがて死骸は風化し、骨となり、骨は白い砂浜の一部となった。
海を汚していた死体の山は豊かな海の養分となり、多くの生物を支える基盤となった。

成長の過程を見守る母の心地で世界を眺めるデレシアは、街に溢れていたはずの活気が消えていることが気になっていた。
ティンカーベルは他から孤立した形の集落に近い物があり、それ故に、内々で盛り上がる日常を何よりも重要視していた。
本来朝市も島民だけで楽しんでいたものが観光客にも知れ渡っただけであり、その活気を本当に作り出しているのは島民だけだ。
その在り方は昔から変わらないが、ジュスティアと協力し合うようになってからは少し変わってきたのかもしれない。

街の治安が自分達だけでは守り切れないと理解した、デイジー紛争。
この島を舞台にジュスティア軍とイルトリア軍が争ったとされる紛争の真実は、伝えられている物とはかなり異なる。
実際はジュスティア軍と一人の狙撃手が争ったのであり、争うように仕向けられた戦いだった。
その背景にいたのはブーンの恩師であり、デレシアの友人であるペニサス・ノースフェイス。

彼女は単独でジュスティア軍に戦いを挑み、無事に生還を果たした。
だが真実に気付いた人間がいた。
その人間達はこれを決して表沙汰にせず、歴史を偽る事で平穏を作り出した。
平穏の裏で調べ、そして分かったのはその争いを仕組んだ組織の巨大さだった。

世界最大の生物が茸であるように、その組織は地中深く世界中に根を張り巡らせ、実態が分からない程のものだったのだ。
それはティンバーランドと呼ばれる巨大な秘密結社であり、共同体であり、思念体だった。
三度壊滅させ、そして、デレシアの前に四度目の姿を見せた。
雑草の如き執念で立ちあがり、菌糸のように図太く育とうとする大樹。

ζ(゚、゚*ζ「……」

面白くもない話だ。
何度も生まれてくる存在を踏み潰し、摘み取るのは面倒極まりない。
とは言え、前回はやや早めに芽を摘み取った事がいけなかったのだろう。
十分に成熟してから叩き潰し、その病巣を焼却処分しなければ意味がない。

デレシアはこれから先の旅を円滑に進めるためには、この島での出来事をどう処理するべきかを決めていた。
相手の目的はヒートの棺桶と、デレシアの命。
ブーンはそれらを手に入れるための便利な道具でしかない。
だが事態は一変し、彼らの目的は一時的に退けられた。

それで引き下がるような性格であれば、ティンバーランドは今もあるはずはない。
連中は必ず、今日中に行動を起こしてくる。
それをより確実なものとするために必要なのは、デレシアやヒートがその姿を相手に見せる事だ。
隠れていては仕方がないという判断を基に、デレシアはトラギコを使う事で作戦を成立させた。

あの刑事には大樹の根深さを調べてもらう役割を担わせ、更にはジュスティアの動きをけん制してもらわなければならない。
今頃はどうにかして狙撃手の写真を撮影しようと躍起になっている事だろう。
珍しく骨のある報道者、アサピー・ポストマンと言う人間と協力し合えばそれも叶うに違いない。
かつて世界を賑わせていたマスコミの力は大分衰えているが、その分、報道という行為に真剣に取り組む人間が増えた気がする。

584名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:04:50 ID:gHb2Rkgo0
世界は今も変わりつつある。
こうして、昔とほとんど変わらず閉鎖的な街を見下ろしていても、その変化は足の下から感じ取れる。
少しずつ変わっている。
オアシズの停泊地として島を提供し、セカンドロックを作り、ジュスティアと協力し合っている姿が正にそれを証明している。

島民の意識も変わってくるだろう。
変化を拒み続けることは不可能であると分かってきた人間が増えている。
いずれこの島はジュスティアを中継地として、閉鎖的な考えを失っていくだろう。
そうして、歴史が変わっていく。

それが自然の流れ。
変化を止めることなど、誰にも出来ない。
人間は人間であるが故に、常に変動と進化を続けていく。
その果てが世界に終焉を導いた第三次世界大戦の結果だとしても、それもまた、人間の在り方なのだろう。

それら全てを含めて、デレシアは世界が愛おしかった。
ティンバーランドは人間の進化を否定する存在であり、デレシアにとっては現存する唯一の仇敵だった。

ζ(゚、゚*ζ「全く、しつこいのは嫌ね……」

その独り言を聞く人間は、彼女の近くには誰もいない。
デレシアは一人、状況が整うのを待っていた。
傍観でも静観でもなく、自らが用意した手段と相手の手段がどのように動くのか、それを見守っているのだ。

ζ(゚、゚*ζ「ふぅ……」

珍しく溜息を吐き、デレシアは次の瞬間には笑顔を浮かべていた。
決して悲観はしない。
確かに旅を邪魔され、こちらが相手の欲する物を潰そうとした矢先に先手を打たれたのは腹立たしい話だ。
しかしながら、そのおかげで見ることの出来る景色がある。

ζ(゚ー゚*ζ「……さぁて、見せてもらおうかしら、男の子。
      貴方の強さ、貴方の意地を」

そして。
正午を告げる鐘の音が鳴り響き、虎が奔走する――

585名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:10:21 ID:gHb2Rkgo0
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‥…━━ August 11th AM11:30 ━━…‥
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鐘が鳴る三十分前に仮眠を終え、武器の手入れと同じぐらい慎重に自らの体の手入れを行ったヒートは簡単な食事を済ませてから、服に袖を通した。
殺し屋として生きていた時と同じ、黒のワイシャツに上下黒のスーツ。
喪服を着る必要性を省き、常に自分の葬儀をあげるという気持ちで黒一色に統一した姿は、死神を思わせる。
赤茶色の髪を後ろで束ね、重いコンテナを背負う。

銃も持った。
棺桶も持った。
覚悟は済ませた。
後は、見つけて殺すだけだ。

黒いブーツの紐を締め上げ、ヒートは街へと出て行った。
鋭い眼光はそれだけで人を殺せるほど鋭利で、殺意に燃えた蒼い炎を宿している。
腕時計が示す時間は午前十一時四十分。
ヒートは徐々に、だが確実に人の目が届きにくい場所を選んで歩いていく。

しかし、厳戒態勢の続く状況下であるため、出歩く人はほとんどいない。
市場を賑わせる売り子の声すら聞こえない程だ。
これでいい。
日中の殺しは目撃者が障害となるが、今はその心配をする必要がない。

鐘楼の死角となる建物の傍で立ち止まり、ヒートは振り返った。
時刻は間もなく午後十二時になろうとしている。
鐘の音が全ての攻撃に関連していることから、相手がこの時間帯を狙ってくることをヒートは予想していた。
そして何より、ねっとりと絡みつく視線は昨日からずっと感じていた。

ノパ⊿゚)「……来いよ、いるんだろ?」

586名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:11:14 ID:gHb2Rkgo0
影から生まれるようにして、一人の女が姿を現す。
野に咲く花を思わせる華奢な姿をしているが、その実、猛毒を持つ狂気の女。
ワタナベだ。
手に持つのは小型のスーツケースのような物。

棺桶のコンテナだろう。
となると、以前に見たプレイグロードではない。
Aクラスの棺桶ならば、力でねじ伏せられる。
両者の距離は約三百フィート。

从'ー'从「うふふっ、やっぱりわかっちゃうんだぁ。
     流石ねぇ。
     一度、レオンがどんなものなのか、見たかったのよねぇ」

ノパ⊿゚)「そうかよ!」

問答の途中、ヒートが動いた。
懐に右手を伸ばし、そこからM93Rを抜き放つ。
すでに撃鉄は起こされ、魔法のように安全装置が解除されたそれは姿を見せた途端に人を殺し得る得物と化す。
銃腔はワタナベを捉え、銃爪は当然のように引き絞られた。

それをコンテナで防ぐ者が在った。
ただのコンテナではなく、Bクラスの強化外骨格を収容、装着するためのコンテナだ。
その堅牢さは装甲車に匹敵するものがあり、九ミリの弾では例え対強化外骨格用の物だとしても貫通は無理だ。

川 ゚ -゚)「さて、どうやって殺したものかな。
     この粗暴な女は」

現れたのはクール・オロラ・レッドウィング。
ヒートにとっては世界中で今最も殺したい人間が目の前に現れ、願ってもない幸運に恵まれた形になる。
ワタナベなど、どうでもいい。
今は、母だった女を殺すことが最優先。

冷静さを失うことなく殺意の純度を高め、ヒートは鋭く目を細めた。
牽制の弾幕を張りつつ、ヒートは怒りを込めた声で起動コードを口にする。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ!』

从'ー'从『この手では最愛を抱く事さえ叶わない』

ほぼ同時に、ワタナベもコードを入力した。
装着速度はワタナベの方が早いだろう。
小型であればあるほど、装着速度が短くなるのは常識だ。
だが装着完了までの間、ヒートの体はコンテナという固い壁に守られることとなる。

装着を終えたヒートの前に現れたのは、豹のように肉薄するワタナベだった。

ノハ<、:::|::,》『甘いんだよ!!』

从'ー'从「あなたもねぇ!!」

587名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:12:26 ID:gHb2Rkgo0
十指に鋭利な刃を備えたワタナベが、その刃を滑空する燕のように空に向けて閃かせた。
耳障りな甲高い音を聞いたヒートは、咄嗟に脚部のローラーを起動させて後退し、その一撃を避ける。
紙一重のところでその攻撃はヒートの眼前を通り過ぎ、虚空を切り裂いただけで済んだ。
ヒートは背中に冷たいものを感じた。

レオンの装甲は薄い。
銃弾にさえ気を遣うのに、高周波発生装置の備わった武器の攻撃など、受ける訳にはいかない。
ましてや、左腕を破壊されれば防御と言う概念そのものを失うと言ってもいい。
十分に距離を取り、二人を警戒する。

ワタナベに守られるようにして位置を変えたクールが、無表情のまま口を開く。

川 ゚ -゚)『……そして望むは、傷つき倒れたこの名も無き躰が、国家に繁栄をもたらさん事を』

余裕を持った距離で、クールがジェーン・ドゥの起動コードを入力した。
どうやら、あの遠隔操作の棺桶は使えないらしい。
コンセプト・シリーズがあそこまでの痛手を受ければ、一日で修復をすることは無理だろう。
コンテナに体が取り込まれ、自立したコンテナ内で装着が行われる。

从'ー'从「ちぇっ」

ワタナベはクールのコンテナを楯にするようにして後ろに下がり、ヒートから距離を開けた。
賢い選択だ。
至近距離での戦闘は確かに彼女武器に分があるようが、機動力ではこちらが負けることはない。
下手に距離を詰めれば自分からの有利性を殺しかねない事を理解している。

ただの殺人狂ではない。
快楽を知り、理性を持った殺人装置。
冷静な殺人者は自分が死なないようにして、時間をかけてでも相手を殺す方法を考えるのが好きな生き物だ。
味方であっても楯として使えると判断すれば迷わずに利用する姿勢は、彼女が場馴れしている証。

むやみやたらに突っ込んでこないのは、知性が高いことを意味していた。

ノハ<、:::|::,》『厄介な女だ』

幸いなのは、ワタナベとヒートのどちらも近距離でしか戦闘が出来ない物だという事だ。
速度を生かした接近戦なら、ヒートに分がある。
拮抗状態をいつまでも続けるわけにはいかない。
浅く短く息を吐き、ヒートは腰を落とす。

冷静に対処する。
チェスの駒を動かすように、最善の一手を選ぶだけでいい。
狙いは一人だけなのだ――

588名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:15:11 ID:gHb2Rkgo0
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    /ハ//∧  -=⊥二三_  ニ=-   ≧、      \
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      |  //∧ ∨:\:.:.:.:‐-z     `丶、 \  \ ///   、
      |   // i ∨江ニ==--≧x    \   ヾ、 ∨/
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‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そして、鐘の音が鳴り響く。
この瞬間を合図とし、ヒートが動く。
眼前のコンテナが開き、中からジェーン・ドゥの姿が現れる。

ノハ<、:::|::,》『るぁっ!!』

選んだ行動は疾駆。
ヒートの体は弾丸のような速度で一気にジェーン・ドゥに接近し、悪魔じみた左手が装着を終えたばかりの頭を捕えた。
青白く輝く高圧電流が一気に放たれ、何一つ出来ないままジェーン・ドゥは沈黙した。
二対一という数字上の不利を真っ先に処理するためには、弱い方を消すのが一番だ。

ジェーン・ドゥは全身を覆う強化外骨格用。
つまり、レオンの電撃で動きを確実に奪い取れるのはクールの方。
動きを止めさえすれば、後でいくらでも殺せる。
右腕の杭打機でコンテナごと串刺しに出来るが、そうしたら致命的な隙が生まれ、ワタナベに殺される。

生身の人間では、バッテリーを破壊された棺桶から逃げ出す術を持たない。
一度こうなってしまえば、煮るなり焼くなり好きに出来る。
安心して殺すためにも、まずはクールの動きを止めなければならなかった。
廃莢されたバッテリーが宙を舞う間、次の標的にヒートの視線は向けられていた。

これでジェーン・ドゥは無視していい。
空のコンテナを蹴り飛ばし、視線を前に向ける。

ノハ<、:::|::,》『次っ!!』

从'ー'从「わぁお、はりきってるわねぇ」

589名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:16:59 ID:gHb2Rkgo0
ワタナベの棺桶は両腕だけ。
ならば移動速度は人間並み。
警戒しなければならないのは、十本の凶器だけだ。
あれがある限り、ヒートは至近距離での優位性を確実な物に出来ない。

それでも、有利なのはこちらだ――

( ・∀・)「ほうほう、これはまた。
      勇ましい女性は好ましいですね。
      どうれ、ここは私も混ぜてもらいましょう」

――新たな敵戦力がヒートの背後から現れるまでは。

( ・∀・)『食えるときは無礼な奴を食うんだ。 野放しの無礼な奴を』

聞いたことの無い起動コード。
ワタナベのそれと同じく、コンセプト・シリーズに相違ない。
両手、両足を覆う強化外骨格はいくつも見てきた。
だが――

( ・曲・)

――口元だけを覆う強化外骨格など、見たことも聞いたこともない。

( ・曲・)『握り拳では握手は出来ない』

そして、強化外骨格を同時に使う人間も見たことがなかった。
腕に装着された強化外骨格はマハトマ。
二つの棺桶を身につけた男は、よく見ればキャソックに身を包む神父の様にも見える。
予想はしていたが、突如として現れた増援とその異様さに、ヒートは驚きを禁じ得なかった。

どんな時でも油断はしたつもりはない。
しかし、異様な物ほど警戒するのは生物として自然な反応だ。
口元を覆う強化外骨格の狙いは、実際にその力を見ない限りは分からない。

ノハ<、:::|::,》『……だけどな、そんなもんが!!』

驚愕は一瞬。
決断も一瞬。
ヒートはキャソックの男は無視し、ワタナベの撃退を続行した。
男は脚部に装甲を纏わなかったことから、移動速度の変化はなく、ヒートの速さに追いつくことは不可能と判断したのだ。

ワタナベは顔色一つ変えずに両手の爪を体の前で交差させ、少しでもヒートの速度を殺そうと接近してきた。
大した度胸だ。
逃げ出すことも出来ただろうに、それを刃向ってくるとは。

从'ー'从「甘いわねぇ」

ノハ<、:::|::,》『手前がっ!!』

590名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:18:37 ID:gHb2Rkgo0
高周波振動に対抗できる唯一の左手で、ヒートはワタナベの両手を塞ぎにかかる。
耳障りな金属音が周囲の家屋にはめられたガラスを震わせた。
ヒートは鉤爪を押し込み、放電を行った。

从'ー'从「それはもう見たわぁ」

雷に撃たれるより速く、ワタナベはしなやかな体を生かして窮地を脱した。
青白い光が一瞬だけヒートの左手から放たれ、空バッテリーが廃莢された。

( ・曲・)『はいはい、油断大敵ってねー』

マハトマは戦闘に特化した棺桶ではない。
作業補助を目的として作られた物であるが、腕力の増強という点で言えば一般的な棺桶と遜色はない。
その拳を右腕の杭打機で防御できたのは、相手が素人だったからだ。
戦いの最中、不意打ちを仕掛けるのに声をかけてしまっては元も子もない上に、ヒートは必ずや邪魔が入ると考えていた。

また、口を覆う棺桶が中長距離の戦闘を行わないことは分かっていた。
もしもそれが出来るようであれば装着した時から攻撃を仕掛ければいいし、何より、ヒートの前に姿を晒さずに攻撃が出来た。
それをしなかったのは慢心、あるいは攻撃が出来ないため、せめてヒートの意表を突こうと考えた浅はかな思考の産物だろう。

ノハ<、:::|::,》『邪魔するんじゃねぇ!!』

( ・曲・)『ちぇっ』

得意の後ろ回し蹴りを放つも、男は絶妙な体捌きでそれを回避。

( ・曲・)『復讐なんて何も生みませんよ、お嬢さん』

ノハ<、:::|::,》『復讐を否定する奴にあたしは止められねぇ!!』

一気に注意を二方向に注がなければならなくなったことに、ヒートは内心で毒づいた。
厄介な女を処理しなければならないのに、面倒な男がもう一人現れたのは決して好ましくない状況だ。
その場を脱し、ヒートは二人から十分な距離を取った。

( ・曲・)『ふぅむ』

从'ー'从「どうするの、神父さん?」

( ・曲・)『どうするかって? 予定に変更はありませんよ。
     むしろあの強気な性格、実にいい。
     死ぬまでそうでいてもらいたいものですね』

ノハ<、:::|::,》『……』

出方を窺い、ヒートは考えた。
ワタナベの棺桶は近距離での戦闘に特化しているが、高周波装置以外に特異な機能はなさそうだ。
となれば、動き方は限られてくる。
その一方で、戦闘方法がまるで読めない男は油断ならない動きをすることが分かり、排除の優先度が高い。

591名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:19:50 ID:gHb2Rkgo0
( ・曲・)『逃げるのも結構ですが、やはり抵抗してこそ犯し甲斐があるというもの。
     さ、せいぜいあがいてください』

ノハ<、:::|::,》『言われなくたってやってやるよ、変態野郎が』

その時、ヒートの背後で起きるはずのない事態が起きていた。
だが鐘の音が。
島全体に鳴り響く鐘の音が、その事態を彼女に悟らせなかった。

〔Ⅱ゚[::|::]゚〕

まるで脱皮する昆虫の様に、その背中から女の手が生えた。
装甲を内部から無理やり破って腕だけが現れるその姿を、ヒートが見ることはない。
彼女の視線と注意は、“このために立ち回る”二人に注がれているのだから。
静かに這い出たクールの手には高周波ナイフが握り締められ、それは音もなくバッテリーを破壊出来る必殺の得物だった。

その高周波ナイフは彼女が事前に装備していたもので、それこそが装甲を内側から切り裂いた物の正体だった。
だが、全身に密着している装甲内でそれを使うためには関節を外すだけでなく、人体構造を無視した動きをする必要がある。
痛みを伴う所ではなく、文字通り肉を断ち、神経をいくつも引き千切る事でのみ実現できる動き。
不可能と思われるその動きを、だがしかし、クールは声一つ漏らさずに実行することが出来た。

狙いは無防備な背中のバッテリー。
電源の供給を断つことでクールの動きを封じたように、レオンもまたバッテリーを破壊されることで動きを止める。
そうなれば、Aクラスながらも全身を覆う彼女の棺桶は拘束具と化す。
だがヒートは気付かない。

――そして、ナイフが音もなく投擲された。

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                    ハ  ト、__'__ イ  /、
               ∧ \ヽー - ‐'/ / ∧
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‥…━━ August 11th PM00:16 ━━…‥
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ショボン・パドローネは通信機から聞こえてくる会話に耳を傾け、デレシアが現れる瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
あの女が現れれば、こちらは戦力の全てを差し向けて潰すことが出来る。
ワタナベもモララーもまだ戦いの最中だが、もう間もなく捨て駒に偽装したクールがヒートに引導を渡すことだろう。
だがデレシアは友軍の窮地には必ず現れ、事態を力で収束させる。

味方を大切にするというその性質を利用すれば、おびき出すことは容易だ。
出てきたところで“目”が狙いをつけ、シュールとデミタスが人間の五感の欠陥を利用し、ジョルジュとショボンが直接叩く。
デレシア一人のためにこの島で騒動を起こしたのだから、彼女一人のために大掛かりな餌場を作ることぐらい造作もない。
全ては夢のため。

592名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:21:28 ID:gHb2Rkgo0
世界が黄金の大樹となるために。
そのためならば街や村がいくら消えようとも構わない。
とうの昔にショボンは覚悟を決めていた。

(;`ハ´)『……う、動きがあったアルよ』

その一言が通信機から聞こえた時、ショボンは三つの事を考えた。
どのような動きなのか。
何故、前線にいないシナーがそれを報告したのか。
何故、狼狽しているのか。

(;`ハ´)『……ちょっとヤバいアル』

(´・ω・`)「正確に報告してくれないかな?」

(;`ハ´)『ジュスティアの連中アル……!!』

(´・ω・`)「は? それがどうしたんだい。 君の役割は、トラギコかアサピーを……」

(;`ハ´)『円卓十二騎士の二人と、トラギコがいっぺんに出てきたアル!!』

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                    /:::::::::::::::|=ヽ.:::::::::ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::\::\
        /⌒Y     イ:::::::::i:::::::i>‐=.、:::::::!::::::::::::::::::::::::::::::::、_` ー≧._
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       |ト- イ     !::メ'   ヽ!` ̄     ヽ! ' /⌒!!::::::::::::::::\
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    .|   |'从从「|:|i  !lL__`!L∠_____ ィ/ |l   >‐-'仝、!\|
‥…━━ August 11th PM00:17 ━━…‥
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間一髪の偶然だった。
指示された逃走ルートを走り抜け、路地を抜けた先で戦闘行為が行われているのを目撃したのが数十秒前。
抜け殻から腕が生えるかのような、グロテスクな光景を見たのが数秒前。
そして、ナイフの投擲を察知して急接近して切り払ったのが数瞬前。

それと同時に、二つの影が建物の影と屋根から現れ、殺伐としていた路地裏の戦場に大きな変化が訪れた。
一対三の状況に、更に四人が介入することになった。
その面々は実に壮観で、思わず感心するほどだった。
トラギコ・マウンテンライトはデレシアの策に踊らされている面々を見て、改めて、油断ならない存在であると痛感した。

円卓十二騎士、第七騎士“番犬”ダニー・エクストプラズマン。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『……ショボンはいないのか』

同じく円卓十二騎士、第四騎士“執行者”ショーン・コネリ。

593名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:23:10 ID:gHb2Rkgo0
<::[-::::,|,:::]『奴がいなくとも、情報は合っていた。
      なるほど、これは確かに悪の巣窟、悪の会合だ。
      報告のあった殺人鬼もいるな』

警察長官ツー・カレンスキーの専属秘書、ライダル・ヅー。

(::[ Y])『……なるほど』

いずれもジュスティア内においてかなりの地位にいる人間であり、ジュスティアに対する忠誠心は本物だ。
このうちの一人ならばまだいいが、三人揃った状態で会いたいと思う人間は正義の化身をその目で見たいと願う破滅志願者か馬鹿の二択だ。
方法は不明だが、そんな三人をデレシアはまんまと手玉に取って動かして見せた。
恐ろしいのは、その策がしっかりと効果を発揮しているという事だ。

ヅーの腕から降り、既に起動されたブリッツの切っ先をワタナベに向けた。

(=゚д゚)「よぅ、ワタナベ」

从'ー'从「はぁい、刑事さん。
     体はもういいのかしらぁ?」

(=゚д゚)「俺よりも手前の心配をするんだな」

労せず明確な犯罪者たちを逮捕できる。
だがデレシアがこの道を選ぶように言ったのには、別の理由がある気がしてならない。

ノハ<、:::|::,》『トラギコか……』

(=゚д゚)「悪いが、お前も逮捕ラギ」

負傷した身ではあるが、高周波刀の威力は萎えない。
まずは自分のやるべきこととして、ここにいる犯罪者を刑務所に放り込む、もしくは殺さなければならない。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『トラギコ、後は我々が処理する。
      お前はジュスティアに行け』

(=゚д゚)「あぁ?」

その一言を予想していなかったわけではない。
元々、トラギコはジュスティアに連れ戻されるのを避けるためにオアシズから逃げ、結果として足を撃たれ、入院することとなった。
ヅーが珍しく理解を示したために連行されていないが、それ以外の人間からしたらトラギコは確保するべき対象だ。
しかし、今このタイミングで言ってくるとは思わなかった。

流石は法の“番犬”だ。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『帰還命令が出ている。
      それとも、また力尽くで戻されたいのか?
      ヅー、トラギコを連れて行け』

594名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:24:15 ID:gHb2Rkgo0
(=゚д゚)「……俺を連れて行くんなら、そこにいる犯罪者共も一緒ラギ」

トラギコは高周波振動を続ける刃で目の前にいる犯罪者四人を指す。
それに対して、高周波振動発生装置の備わった腕で、エクストは犯罪者四人を指した。
全身高周波振動発生装置のダニー・ザ・ドッグはある意味で、高周波振動装備の化身そのものだ。
同じ高周波振動装置を備えている武器でも、この棺桶には効果を発揮できない。

どれだけ強力な砲弾でも粉と化してその威力を発揮する前に無力化できる。
いざこの男が本気を出せば、トラギコの体を木っ端みじんにすることも可能だ。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『聞きわけろ、トラギコ。
      これは我々の任務だ。
      た か が 刑 事 の 出 る 幕 じ ゃ な い』

(=゚д゚)「言ってくれるじゃねぇか。
    た か が 騎 士 の く せ に 、この俺に喧嘩を売るってか。
    売る相手を間違えるんじゃねぇラギ」

勿論、この喧嘩を買う気は毛頭ない。
買っても無駄になるだけだ。
ならば見せかけの撤退劇を演じるだけだ。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『……ヅー、行け』

(::[ Y])『言われずとも』

(=゚д゚)「ちっ、馬鹿が」

この言葉は本心だ。
戦力を一気に半分にする行為は、己の実力を過信しているからに他ならない。
自分達の装備や経験が豊かなのは事実だろうが、それが通じる相手と通じない相手が世の中にはいる。
ひょっとしたらデレシアはこれも想定していたのかもしれない。

あの女は、おそらく数十手先を読んで行動している。
ならば一度ぐらいは、流されてみるのもいいかもしれない。
そしてヅーはエクストの命令に従い、トラギコを抱きかかえてその場から離脱しようとした。
音もなく表れたそれが道を塞がなければ、トラギコはそのまま目抜き通りを走り抜け、ジュスティアまで運ばれていた事だろう。

(:::○山○)『……』

漆黒の強化外骨格。
黒檀の様な装甲を纏い、その足だけは上半身と対照的に異様に細い姿。
トラギコはその姿をよく知っている。

(=゚д゚)「……野郎」

595名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:25:45 ID:gHb2Rkgo0
ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『……貴様か。
      同じ手は食わんぞ!!』

そして、エクストが駆けだした。
颶風と化した彼の突進に対して、現れたばかりの黒い棺桶は両腕を天に着き上げるだけ。
だがそれで十分な行動であることを、トラギコは知っていた。

(;=゚д゚)「馬鹿!! 火炎放射兵装ラギ!!」

言った時にはすでに彼の言葉を肯定するかのように、黒い棺桶の両腕から炎が吐き出された。
降り注ぐ炎が周囲一帯を包み込み、壁を、地面を、窓を、屋上を、暗雲の立ち込めはじめた空を紅蓮に染め上げる――

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『食わんと言った!!』

(:::○山○)『?!』

――はずだった。
エクストの狙いは黒い棺桶ではなく、それが炎を使用すること。
両腕から炎が噴射された時にはエクストはすでに黒い棺桶の頭上に高々と飛翔し、炎の全てをその体で受け止めていた。
当然、その全身は高周波振動によって守られ、燃料もろとも炎を打ち消す。

(:::○山○)『……流石アルね』

<::[-::::,|,:::]『感心している暇があるのか?』

背後。
それも、最も対応が困難な下方からの声だった。
深く腰を落としたショーンが幻の様にそこに現れ、すでに抜刀の姿勢に入っていた。

(:::○山○)『っ!?』

間を開けない連撃。
一瞬の内に成立した連携に、誰もが驚いたことだろう。
だが彼らは円卓十二騎士。
十二人の最高戦力は、いついかなる時でもその力を発揮できるからこその存在。

<::[-::::,|,:::]『せぁっ!!』

巨大な高周波刀が黒い強化外骨格を捉える。
その刃が黒い棺桶を両断するかに思えたが、思わぬ事態がその手を止めさせた。
背中から入った刀が最初に切り裂いたのは、特殊な液体が詰まっていたタンクだった。
どこの装甲よりも堅牢に設計されていたタンクだったが、高周波刀の前には意味をなさなかった。

それが命運を分けた。
その液体は空気と触れることで爆発的に燃え広がり、その粘度は微量であれば高周波振動によってふるい落とされるが、大量に付着した場合はその逆の現象が起こる。
即ち、刃が燃えるのだ。
流石に得物が燃えたことに驚き、ショーンは咄嗟に刀を引いた。

596名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:27:33 ID:gHb2Rkgo0
もしもそのまま刀を前に振っていれば、黒い棺桶は上半身と下半身で泣き別れていた事だろう。
だが逆に、液体が散ることによって己の装甲を焼く危険性が大いにあった。
それを回避するために一瞬で判断を下したのは、流石の一言に尽きる。
半ば傍観者となっていた人間に動きがあったのは、着火した液体が地面に落ちるほんの少し前。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                                   rァヒコ_...  -───ァ冖、
                                     rv    r─rf三|    / fr㍉l
                                    しーrrn─┴ ┴   ̄| 、-ノh
                                  /  川 |  ____________」    !|
                                  ∠二二Ti「 じ       | {こ} 「
                        _厶==、_____レ┴─‐--L仁_    }   __!___j
   y'´  /       `ー─个'´        / ̄ j  /          V´ ̄/
   〈   /                /        /  /  ヽ   ー─、─j }ニ7
    い/ イ  /                    |   ′   }         ̄丁´
   ∨   |            ;′        |   |      ‐──一ァ′
    ヽ                    |   |    ヽ       ノ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

先手はトラギコ。
ブリッツではなくM8000を抜き、姿勢を崩した黒い棺桶の膝裏の関節を狙って発砲した。
膝さえ破壊出来れば、逃げることを阻止できるとの見立てだった。
当然、阻止する者が現れた。

五発の銃弾を悉く邪魔したのは、二人の人間。
両者とも脚部の強化を行ってはいないが、腕の力を使って地面を駆け抜けたのだ。
椀部のみを強化する棺桶の戦い方としてはよくある手段で、トラギコも応用したことのある方法だった。
それ故に迅速な動きに驚きはなかったが、緊急時の連携力を失っていないことに驚いた。

( ・曲・)『黙って見ている訳ないでしょう』

从'ー'从「ま、お仕事だからぁ」

いつの間に彼らが距離を詰めてこの場に接近してきたのかを考える間もなく、トラギコはその場から高速で後退していた。
トラギコを抱えるヅーの仕業だった。

(::[ Y])『……』

(=゚д゚)「引き上げるつもりラギか?」

素早く後ろに下がりつつ、ヅーはトラギコの言葉に頷いた。

(::[ Y])『後は彼らに任せておきます。
     我々のやるべきことは、別にあるのですよね?』

(=゚д゚)「……さぁな」

急制動をかけ、ヅーが動きを止めた。
それは驚きなのか呆れによるものなのか。
恐らくはその両者だろう。

597名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:28:37 ID:gHb2Rkgo0
(::[ Y])『さぁな、ではないでしょう。
    何を考えているのか話してください』

(=゚д゚)「時が来れば分かるラギ。
    まぁ見てろ」

何か確証があるわけではない。
作戦など、あってないような物だ。
全てはデレシアの掌の上。
彼女がどのような采配をして、この先どうなっていくのか。

今はただ、それを見届ける他ないのだ。

(=゚д゚)「損はさせねぇラギ」

ショーンとエクストは眼前にいる二人の敵、そして彼らと敵対する一人の人間に視線を油断なく向け、次の行動を考えている事だろう。
敵が三人と味方が三人になるか、それとも敵が四人になるのか。
それは、黒い装甲とスカイブルーのシールドを持つ棺桶持ちが何者なのかによるところが大きかった。
敵の敵は味方とは言うが、果たして、この人間がそのような考えを持っているのかはまるで分からない。

ノハ<、:::|::,》『……』

その姿は初めて見る。
小柄な姿はAクラスか、それともBクラスかという微妙なライン。

从'ー'从「どうするぅ?」

( ・曲・)『どうするもこうするもないでしょう』

(:::○山○)『予定通り潰すだけアル』

態勢を整え、距離を十分に取った三人を前にした騎士二人はさぞかし喜んでいるに違いない。
骨のある悪を前に、ようやく己の力を存分に振るうことが出来る。
正義が成立する上で必要不可欠な悪を前にして喜ばない騎士はいない。
そして、それを滅ぼそうと決意しない騎士もまた存在しない。

天敵を得た騎士は何よりも強い。
彼らを動かすのは誇りと義務感、そして信念。

<::[-::::,|,:::]『三対二対一、三対三、四対二。
      さぁ、どれだ?』

その問いかけは第三の勢力である、デレシアの仲間に向けられていた。
シールドの向こうに見える強気な瞳は、間違いなくあのスナオと名乗った赤毛の女だ。

ノハ<、:::|::,》『……』

598名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:31:13 ID:gHb2Rkgo0
返答はない。
声を聞かれまいとしているのだろう。
だが代わりに、反応があった。
奇妙なオブジェと化しているジェーン・ドゥへと近づき、右腕に備わった巨大な杭打機で背中から胸を一撃で貫いた。

あれでは中にいる棺桶持ちもひとたまりもないだろう。
背中から生えていた腕がその一撃に合わせて大きく痙攣し、二度と動かなくなった。

(=゚д゚)「……?」

ノハ<、:::|::,》『……やっぱりな』

流れ出てきたのは血ではなく、強化外骨格でよく使用される潤滑油と冷却水だった。

ノハ<、:::|::,》『後はあんたらで好きにしな』

<::[-::::,|,:::]『そうか、と黙って聞くと思うか』

(=゚д゚)「よせよ、ショーン。
    そいつはショボン達とは無関係だ、俺が保証するラギ」

この騎士は、どこまで馬鹿なのだろうか。
狙うべき獲物が増える事を嘆くのではなく、歓迎するなど正気の沙汰ではない。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『それを判断するのは我々だ。
      ヅー、いつまでそこにいる。
      さっさと正義を果たせ』

(::[ Y])『……』

こんな時でさえ、騎士は騎士の心を持っていることにトラギコは心底呆れた。
せめて赤毛の女は関係ないのだから、構わなければいいのに。
人の忠告を聞かず、目の前に転がる物事を悪と正義の二極化するのが彼らの悪癖だ。
再度の命令に対して、ヅーは静かに答えた。

(::[ Y])『それを判断するのは私です。
     正義は、私がこの目で見極めます』

それは、トラギコがこれまでに聞いたことの無いヅーの反抗的な言葉で、彼女が口にした中で最も刺激的な言葉だった。

599名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:37:50 ID:gHb2Rkgo0
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   ′ _「゙ム!ヘヽ /_ィ=ィ `ヾくヾ彡ノ=-_
    |/|!| j、y},x√ゞ'′_  `ノi!\、ミ、ニ
     l! |! `Y}" `´  _ォ′ { i! /≧く
     ! !   マ__ , .ィ´y/   ノ/-=ニ=>
      ヽ └トく,. ´/  /-=ニ=>’.:.
         ゞムY   , -=ニ>’.::::::::.
             `Lヽ_//-=/.::::::
Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
                                     第四章【monsters-化物-】 了
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600名も無きAAのようです:2017/02/18(土) 23:59:44 ID:A0h0D/Ow0
おつおつ

601名も無きAAのようです:2017/02/19(日) 00:26:30 ID:lPI.XZ4o0

戦況動くねぇ!モララー棺桶まで変態臭いな

602名も無きAAのようです:2017/02/23(木) 18:02:36 ID:dhkVYfDk0
そういやジョルジュって冒頭でかませパイロットとして出てるよね
それとは別人なのかな?

603名も無きAAのようです:2017/02/23(木) 19:59:53 ID:PY0Ad8eg0
( ・曲・)『食えるときは無礼な奴を食うんだ。 野放しの無礼な奴を』
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2341.jpg

こんな感じのイメージです。

>>602
あれはとっても昔の話なので、よく似ている全くの別人です。

604名無しさん:2017/02/24(金) 00:53:17 ID:bTuk9r1.0
やっぱりレクター博士か

605名も無きAAのようです:2017/02/24(金) 12:03:55 ID:.TGIZmGc0
トラギコ一番好きだわ
また主人公やらんかな

606名も無きAAのようです:2017/03/01(水) 10:49:01 ID:3RhnFMpE0
デレに匹敵する敵とか出てくるのかなぁ
あまりにも一強すぎて
トラギコが頑張ってる回めっちゃ好き

607名も無きAAのようです:2017/03/07(火) 17:28:44 ID:dKvJ5Ix60
ショボンがいろいろ有能すぎて笑うわ

608名も無きAAのようです:2017/03/07(火) 22:24:16 ID:b6Ui2O3U0
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2349.jpg
今度投下するのはこれに色が付く頃ですので、今しばらくお待ちください。

書いていただいた感想を読み返してニヤニヤするのが毎日の楽しみです。
ありがとうございます。

609名も無きAAのようです:2017/03/21(火) 23:45:40 ID:xPUsbv/c0
今週の土曜日にVIPでお会いしましょう

610名も無きAAのようです:2017/03/22(水) 08:43:37 ID:Q8x8x1VE0
わーい

611名も無きAAのようです:2017/03/22(水) 11:33:29 ID:5cUia/Vs0
よっしゃよっしゃ

612名も無きAAのようです:2017/03/22(水) 13:24:12 ID:BWSJQ0wg0
やったぜ

613名も無きAAのようです:2017/03/22(水) 23:36:36 ID:Szki6Kts0
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2357.jpg
色づきましたのでこちらを

614名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:02:06 ID:2nMT7N0s0
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【 問 題 】
あなたが狩りをしている途中、目の前に獲物が現れた。あなたならどうするか、答えなさい。

【一般的な模範解答】
周囲を警戒しつつ、追う。 / 獲物に察知されないよう遠距離から狙う。 等

【ジュスティアの場合】 狩った後、仲間にそれを分け与える。
【イルトリアの場合】 躊躇なく迅速かつ正確に殺す。
【セントラスの場合】 神に祈る。

                       ――中学生を対象とした倫理観確認テストより抜粋。
                                          実施業者:内藤書籍

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615名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:02:46 ID:2nMT7N0s0
嵐がティンカーベルを襲うのは珍しいことではない。
夏場ともなれば気まぐれに発達した入道雲が豪雨と暴風を伴い、島に潤いと新鮮な空気をもたらしてくれる。
これがティンカーベルで栽培される野菜の力の源であり、豊かな自然を形成している秘訣でもあった。
しかし、それはあくまでも自然界における嵐の話であり、気象の嵐である。

人間が生み出す混沌を比喩した嵐が島にやって来たのは、一世紀以上前に起こったデイジー紛争以来の事だった。
街の空気が変異していることに気付いた人間はごく僅かしかいなかったが、島民の中に本質を理解できている人間は一人もいなかった。
一部の島民はこの街に何やら不穏な空気が流れ込んでいる事には気付けていたが、その正体には気付けていない。
また、その嵐は二種類の勢力が対立して生まれたものではなく、三種類の勢力が関係して発生したことに気付いているのは、一人だけ。

嵐の中心に位置する一人の旅人。
変わっていく世界を旅し、多くを見てきた一人の旅人。
黄金の髪と空色の瞳を持つ一人の旅人。
心情を一切読ませない微笑みを湛え、島で起こっている騒動を見守る一人の旅人。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

デレシア、ただ一人だけ。
彼女の瞳が見通すのは破滅の未来か、それとも逆転の未来か。
いや、或いは。
或いは、彼女だけが見ている別の未来か。

答えは、彼女しか知らない。

ζ(゚ー゚*ζ「流石、男の子ね。
      意地の張り所が分かっているじゃない」

満足そうなその声と優しげな表情は、その視線の先で奮闘した男に向けての物だった。
世界の正義たらんとするジュスティア警察に所属する刑事、トラギコ・マウンテンライトは事前に話した全ての工程を見事に完了させた。
後は、彼がデレシアの期待を裏切らない働きを見せてくれれば、事態は彼女の考えた通りの展開になる。
尤も、彼に限ってデレシアの期待を裏切ることはないだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「……ふふ、やっぱり男の子はこうでなくっちゃ。
       あの子の教育に役立ったし、その頼み、任されてあげる」

トラギコが望んだのは事件の解決。
島全体を舞台にデレシアを追うティンバーランドの連中を黙らせ、撤退させ、あわよくば脱獄犯が逮捕されればトラギコの望みは果たされる。
彼は根っからの警察官だ。
彼の上司が望んでいる物とは若干形が異なるが、彼が望むのもまた正義。

ルールを破る悪を打ち倒す存在たらんとしているのだ。
きっと彼は認めないだろう。
その昔、トラギコによく似た男がいた。
デレシアが認めた数少ない警察官、ジョルジュ・マグナーニはティンバーランドに堕ち、昔持っていたぎらついた情熱は失われた。

616名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:03:46 ID:2nMT7N0s0
代わりと言うわけではないが、トラギコには今のままでいてもらいたいし、在り続けてもらいたい。
彼は優秀な警察官であり、正義と呼ばれる信仰を彼なりの流儀で守っている。
世界に一人ぐらいはそういう人間がいた方がいい。
そうすれば、世界の均衡は保たれるのだ。

少なくともそうすれば、善悪の区別が付けられる。
だが度が過ぎれば、それは正義と言う大義名分を借りた暴力に成り下がる。
かつて世界を滅ぼすことになったのは、その狂った考えそのものだった。
狂った人間が正義の名のもとに振るう暴力は秩序も理性もなく、ただひたすらに醜い物だ。

程よい正義という考えこそが、世界の均衡には必要不可欠な要素である。
それがどのような信念に基づいた正義であれ、デレシアにとっては問題ではない。
ならば、将来有望なトラギコの頼みを一つぐらい叶えてやるのは後のためになる。
ブーンを教育する過程としてトラギコの望みが叶えられるのだから、ここで手を貸しても手間でも損でもない。

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、逆転の時間よ」

そう言って、デレシアは肩にかけていたライフルを滑らかに構え、呼吸をするように銃爪を引いた。

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Ammo→Re!!のようです
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       /゚    、:::、::ー-:::7´  ヾ:.ハ:.i:}Ammo for Reknit!!編
      ,'f '!   ..:::"::::::::::::::ァ′    }:.! ゙ヾ:、           (( . ,':/
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      ヽ;、;丶:::::::::::::/       (( 丶:‐、`ヾ::ミ、___..._ノノ.:{:.:
        ` 、::::゙ー/          `ヽ.、`⌒ヾ、`ヽミ_:.:.....:.::::::ノ'第五章【lure-囮-】
         ` ̄              ` ̄⌒``ヽ入_>―イ
                               ヾ:.、`ヾ=彳
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617名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:05:57 ID:2nMT7N0s0
正午の鐘が鳴る数分前。
鐘楼に陣取る狙撃手は獲物が現れるのを待っていた。
時が満ちれば、後は狙いをつけて銃爪を引くだけだった。
世界最高の腕前を自負する狙撃手は、狩人のように静かにチャンスを待っている。

マイク付きのイヤーマフ、頭から被った布、構えているライフルに至るまで全て、同系色の迷彩が施されていた。
よほど近い距離で見られなければ、ただの薄汚いゴミにしか見えないだろう。
どれだけ激しい風雨にさらされようともこの狙撃手が音を上げることはない。
忍耐力が無ければ狙撃手は務まらない。

この狙撃手にとって狙撃とは、何よりも神聖な行為だった。
死を運ぶ貴い行為はまるで神の御手の所業。
それが敵にもたらす恐怖と、味方に与える戦意高揚。
一発の銃弾で戦局を変える姿は味方にとって聖人の御業であり、敵にとっては悪魔の一撃に思える事だろう。

己の祖父が名高い狙撃手であったことを何度も親から聞かされ、英雄譚として今も軍内部でその存在が語り継がれていることは狙撃手の誇りだった。
奇しくもこのティンカーベルで祖父は凶弾に倒れ、短い生涯に幕を下ろした、非業の英雄。
今、自分がその街に狙撃銃を担いで来ていることを知ったら、祖父は数奇な運命にさぞや驚いたことだろう。
同じ戦場に立つことを、父は誇りに思ってくれるはずだ。

狙撃手、カラマロス・ロングディスタンスは伏せ撃ちの姿勢でグレート・ベルの真下で腕時計に目を向けつつ、カフェインレスのコーヒーをタンブラーから飲んだ。
その液体から旨みなど特に感じなかったが、暇潰しにはこれが丁度いい。
連日ほぼ不眠不休で狙撃を行う人間は、標的を視界に捉えるまでは同じ場所で石のように動かずに待ち続けなければならない。
狙撃手は何日でもそうして待ち続けるため、必然的に汚れることになる。

実際、カラマロスの周囲には己の汚物や飲食物の残りなどが散乱している。
だが彼は狙撃手。
狙撃手は排泄も何もかもを、一か所で行う。
時が訪れるのをひたすらに待ち続け、そして時が来た瞬間に銃爪を引く。

それが狙撃手。
それこそが、世界最高の狙撃手である“鷹の目”なのだ。
汚れることなど、その後に訪れる栄光の前には何の恥でもない。

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(L ・ω・),,,___c-o____
          つl;:;:ン;:凡;r-ァー´ ̄ ̄

配置につく前から狙撃対象は決められていた。
軍人である彼は、ショボン・パドローネやシュール・ディンケラッカー、デミタス・エドワードグリーンが狙撃対象であるとして命令を受けていた。
だがそれは、彼に与えられた命令であり、使命ではない。
彼には命令よりも優先すべき使命があった。

世界を黄金の大樹にするという使命。
ジュスティアは確かに世界の正義であろうとしているが、そのためには努力が足りない。
努力とは結果が伴って初めて理解され、協力が得られるもの。
結果の伴っていないジュスティアの努力など、意味がない。

618名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:07:07 ID:2nMT7N0s0
悪の根絶を目指して努力するのではなく、世界のルールを変えるために努力しなければならないのだ。
現にティンバーランドはいくつもの偉大な成果を挙げている。
力で全てが左右される今の世界は間違っていると、カラマロスは強く思う。
それはつまり非力な人間が虐げられ続け、常に強者だけが栄える狂った天秤が支配する不平等な世界。

彼が幼少期に受けた多くの屈辱も、その後見てきた世界の現状も断じて受け入れられるものではなかった。
世界には貧困が満ち溢れ、不平等が蔓延していた。
人の姿をした人ならざる生き物が根絶されていないことも、我慢ならない。
誰かが悲しむ世界は終わりにしなければならないのだ。

彼の祖父は偉大な狙撃手だったが、彼の父は凡夫であり、狙撃の才能がない事が父のコンプレックスだった。
偏執病と言っても過言ではない父のコンプレックスは、幼いカラマロスの教育に大きな影響を与えた。
狙撃の才能とは即ち、環境把握能力と素早い計算能力に頼るところが大きい。
天才的な勘でその複雑な計算を一瞬で終わらせ、環境による弾道変化を修正することが誰よりも早い事が、狙撃の才能だ。

カラマロスの父はどうしてもそれが出来なかった。
当たり前だ。
距離だけでなく湿度、風、地球の自転、標的の動き、銃と銃弾の特性など、多くの要素を瞬時に計算することが出来れば、誰でも狙撃手になることができる。
それが出来ないからこそ、父は自分を無能な人間だとして責め続けた。

せめて我が子には同じ思いをさせたくない。
そう思った父は、妻が身籠った時から行動を始めた。
視力にいいとされるあらゆるサプリメントを妻に服用させ、その効果が少しでも子供に伝わるようにした。
視力を徹底的に鍛え上げることは勿論、生まれてから銃の扱いも英才教育とも言える指導を受け続けた。

それは自分にない物を知識で補おうと足掻いた男がもたらした、執念の賜物だった。
執念は息子へと引き継がれ、見事にそれは開花した。
カラマロスの持つ高い狙撃能力は、生まれ持った才能と努力の両方によって獲得したもので、ジュスティアには彼ほどの努力家は一人もいない。
大概が才能を無駄にして日々を過ごしているか、努力をおこたる人間ばかり。

狙撃の名家であるという重圧を背負いながら毎日を生きてきたカラマロスに比肩する狙撃手がいないのも、当然だろう。
だが周囲が祖父を称えても、カラマロスはそれについて何か特別な感情を抱いたことはなかった。
結局は父が血を引き継ぐ者の責務としてカラマロスに祖父を尊べと強要したのであって、ある種の常識として刷り込まれているだけに過ぎない。
祖父に関する記憶はカラマロスには一つもなく、全て口頭や文献で伝えられたものだけ。

偉大な狙撃手、“ジョニー・ビー・グッド”ことジョニー・ロングディスタンスは若くして殺され、一人残された祖母が女手一つで父を育てた。
逸話は全て覚えている。
空中に放り投げたコインを撃ち抜いたり、鹵獲した粗悪な銃で敵軍の大将を長距離狙撃したりと、実に猛々しい物ばかりだ。
それが事実かどうかは分からないが、祖父が戦争で殺されたことだけは疑いようのない事実だ。

しかし、戦争で人が死ぬのは当たり前の話で、いちいち仇が誰なのかを考えていては、きりがない。
それでも、祖父を殺した人間だけは忘れることはない。
イルトリア史上最高の狙撃手、“魔女”ペニサス・ノースフェイス。
卑劣な手段を使って祖父を殺したその女に、カラマロスは何としても復讐を果たしたかった。

それは決して、祖父のための復讐ではない。
彼自身が手に入れるはずだった自由に対する復讐だった。
もし祖父が健在で、父に対する教育が違っていたのならば、カラマロスはもっと別の道を歩んでいたかもしれない。
彼には夢があった。

619名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:08:26 ID:2nMT7N0s0
冒険家としての夢。
航海士としての夢。
警察官としての夢。
探偵としての夢。

弁護士としての夢。
検事としての夢。
研究家としての夢。
彼には、別 の 夢 が あ っ た か も し れ な か っ た の だ 。

夢は親のエゴによって狙撃手へと塗り潰され、彼の人生は血で汚れる事となった。
狙撃は嫌いではなかったが、彼は、もっと自分の意志で未来を築き上げたかったのだ。
未来を奪われたそもそもの原因を作った魔女を、カラマロスは何としてでもこの手で殺したかった。
そうすることでロングディスタンス家の因縁は終わり、彼の子孫は夢を自由に追う事が出来ると信じた。

幼少期、彼が味わった屈辱は一生涯忘れることの無い物だ。
彼の両親が与えた名前はカラマロスだが、その名前はジュスティアの童話を知っている人間ならば誰もが聞いたことのある名前だ。
カラマロフ、カラマロスという双子の鼠が森で魔女と対峙し、正義の名のもとに罰するという童話。
物語の最後は魔女の魔法によって二人が一人の人間となり、英雄として人の二倍の寿命を生き続けることで完結となる幼児向けの話だ。

そして両親に与えられたこの名前が大人の誤解を招き、彼の人生に影響を与えることとなった。
始めに間違えたのは彼の親戚だった。
親戚はカラマロフ、と呼んだ。
彼の名前はカラマロスだった。

次に間違えたのは学校の教師だった。
教師はカラマロフ、と呼んだ。
彼の名前はカラマロスだった。
子供たちはカラマロスをからかい、カラマロフと呼んだ。

やがて時が流れ、彼は軍隊に入った。
次に間違えたのは上官だった。
間違いを指摘されたことに激怒した上官は、彼の書類を書き換えた。
カラマロフ・カラマロス・ロングディスタンス、と。

そして彼は、二つの名前を与えられることとなった。
カラマロフ、そしてカラマロス。
彼は自らのアイデンティティを奪われた。
未来を奪われ、己自身をも奪われた男は魔女への復讐を誓ったが、それは叶わぬ夢となった。

魔女は同じティンバーランドの同志の手によって殺された。
それはつまり、仇を失ったという事。
父親の悲願であった世界最高の狙撃手の称号が転がり込んできた時、カラマロスは酷い喪失感に襲われた。
目標が無くなった人間は虚無感のあまり、廃人のようになると言うが、カラマロスは違った。

確かに彼は夢を奪われ、そのことに対して怒りを覚えていたが、今は別の夢を追っている最中。
老婆が別の誰かに殺されようが、実はどうでもいいということに気付いた。
狂った世界を変え、正しい世界をもたらすという夢の前には、肉親の死でさえ些事でしかない。
彼の私情で大義をないがしろにすることは許されない。

620名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:11:02 ID:2nMT7N0s0
   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(L ・ω・),,,___c-o____
          つl;:;:ン;:凡;r-ァー´ ̄ ̄

この時代は力が全てを変える。
ならば、今はその忌々しい流儀に従い、銃把を握る。
そして銃によって世界を変え、二度と人々が銃把を握らなくてもいい日をもたらす。
銃こそは世界を変える鍵だ。

事前の情報に従い、銃腔の位置を下方に修正する。
銃は相手を殺すための距離に余裕を持たせ、力の差を埋め合わせてくれる。
狙うは警察の癌。
荒くれ者の刑事。

トラギコ・マウンテンライト。
秘密結社たるティンバーランドを暴こうと試みる愚かな刑事を、この場で始末する。
真実を手に入れるのは煉獄の炎にその身を焼かれている時だろう。
だが彼の死は無駄にはならない。

今後、彼の様な有害な人間が現れた時にどう対応するべきなのか、その前例を作ることになったのだ。
貴重な前例を作ってくれると考えれば、トラギコは非常に優秀な人間として死ぬことになる。
ここでの殺し方、作戦は後世に残されることになるため、油断は出来ない。
見本となる殺し方をする責任がある。

万が一トラギコが生き延びれば、彼を殺すチャンスは遠退き、次の機会がいつになるか分からなくなってしまう。
ティンバーランドの存在を知った途端に殺されるようであれば、それはつまり、ティンバーランドの力と存在の大きさ、そして何よりティンバーランドが実在することを示す何よりの証拠になってしまう。
このチャンスにトラギコを殺せなければ、本部の方針としてはトラギコを今後狙う事は控えなければならないとの答えが出ている。
失敗は組織にとっての大きな損失となり得る。

もしもティンバーランドが本気を出せば、この島にいる全ての人間を殺すことも出来る。
それだけの力と兵力がある。
しかしそうはしない。
デレシアやトラギコを屠るために街を一つ吹き飛ばしたとなれば、その存在が公のものとなり、思い描いている形で世界を変えることが出来なくなってしまう。

一度に世界を変えることはできない。
力で変えた世界は長続きしない。
徐々に変えていくことで、最終的に世界はその姿を正しい物に直すことが出来る。
そのための歩み。

一歩ずつ確実に世界を変えていく。
大樹が急成長しないのと同じように、静かに根を張り巡らせ、成長してゆくのだ。

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(L ・ω・),,,___c-o____
          つl;:;:ン;:凡;r-ァー´ ̄ ̄

――鐘が鳴る。
運命の分かれ道となる、鐘の音だ。
エラルテ記念病院からトラギコが出てくるのを待っていると、遂に、扉が開いた。
トラギコの姿が見えた瞬間、カラマロスは狙点を彼の胴体に向けて修正した。

621名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:12:18 ID:2nMT7N0s0
被弾面積の小さい頭部を狙うのはリスクが高い。
確実に当てられる場所を狙う。
疲労困憊と言った様子のトラギコの顔が、深呼吸をするようにゆっくりと空を向く。
最期に空を見せてやった事を唯一の慈悲として、銃爪を引いた。

その数瞬前、白い輝きがカラマロスの視界に入ってきた。
それが狙撃の精度に僅かに影響を与えたが、結果は同じだった。
トラギコの胴体に着弾し、彼は膝を突いたが倒れはしなかった。
何より、血が出ていない。

防弾着を着込んでいるのだと、すぐに理解した。

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(L ・ω・),,,___c-o____
          つl;:;:ン;:凡;r-ァー´ ̄ ̄

一杯喰わされたと苛立ち、ボルトアクションで廃莢と装填を行う。
第二射を浴びせかけるべき相手はトラギコだが、フラッシュを浴びせかけた忌々しい人間の位置と武器を確認する。
光が発せられた方向へと銃腔を向け、そこにいた人間を確認する。
そこにいたのはアサピー・ポストマン。

武器ではなくカメラを持つマスコミの豚が、カラマロスの崇高なる目的を阻害したことが腹立たしかった。
今は豚を殺すよりも虎を殺す必要がある。
狙いを元の位置に戻した時、再びカラマロスは感情を揺さぶられた。
ライダル・ヅーがトラギコを連れ去り、射線上から消え去ったのだ。

まさかあのヅーがトラギコに加担するとは予想していなかった。

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(# ・ω・),,,___c-o____
          つl;:;:ン;:凡;r-ァー´ ̄ ̄

アサピーへと狙いを変え、銃爪を引く。
弾は風にあおられたのか、アサピーの頭ではなく肩を掠めた。
落ち着いて廃莢、装填。
発砲。

第三射目もまた狙いが逸れ、アサピーのカメラを直撃した。
望遠レンズが砕け、アサピーが動揺した表情のまま逃げ出そうと背を向ける。
絶好の機会だったが、だがしかし、四発目を撃つことはなかった。
どこからか飛来した銃弾が狙撃銃のスコープを破壊し、カラマロスの手からライフルを奪い取ったのだ。

スコープを失ったため、相手の正確な位置が把握できないが、彼は“鷹の目”。
狙撃手は一度発砲した場所からすぐに位置を変えることが鉄則とされており、今回カラマロスが喧嘩を売られた狙撃手もその鉄則を守るだろうと予想できた。
嵐が来る前に探さなければ、絶対に見つけ出すことはできない。
建物の中で籠城されたらそれまで。

622名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:16:22 ID:2nMT7N0s0
どうにかしておびき出さなければならない。
スコープの失われたライフルを構え、カラマロスは目を細めて索敵を始めた。
彼の視力は才能と努力の賜物。
光学式のスコープが無くても、ある程度の距離であれば目視することが出来る。

時間が刻一刻と過ぎていく。
シナー・クラークスからの通信で、円卓十二騎士がヒート・オロラ・レッドウィングのところに現れたとの連絡が入る。
焦るなと自分に言い聞かせる。
涼しいぐらいの気温なのに、額から汗が流れ落ちる。

もう、どこかに逃げてしまったのではないか。
すでに姿をくらまし、ヒートの元に向かっているのではないか。
あらゆる憶測が頭の中をよぎり、掌が汗で濡れた。
冷や汗をかくなど、何年ぶりだろうか。

失敗など、訓練生以来の経験だ。
諦めてはならない。
微細な可能性、兆しを見つけるのだ。
そうすれば、必ずや残滓にも似た痕跡を見つけられる。

――その答えは視覚ではなく聴覚で得ることとなった。
絶妙なタイミングでバイクのエンジン音が響き、それが遠ざかっていくのを聞いたのだ。
音の方に目を向けると、カラマロスの優れた視力が蒼いバイクが走り去る姿を捉えた。
それは、トラギコを逃しても余りある収穫だった。

カーキ色のローブ。
蒼いバイク。
タイミング。
必要なパズルのピースが揃っていた。

特別な無線機に向かって、カラマロスは冷静さを欠かないように注意しながら言葉を投げかけていく。

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(# ・ω・)「“目”より連絡。 バイクで逃亡する人間を見つけた。
             島の北に向かって逃げているぞ。
             バイクの特徴は…… 話と完全に一致する」

これが噂に聞く天敵の仕業。
最重要目標。
世界の大敵。
狩人が獲物を前に興奮せずにいられるものか。

彼は生粋の狩人。
目の前に立ちはだかる全ての標的を撃ち抜く、必殺の狩人。
世界に平等をもたらし、あるべき姿に戻すための大樹の一部。
今こそ、大悪を屠るべく勇気を奮うのだ。

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(# ・ω・)「デ レ シ ア だ !!
            予 想 通 り の 場 所 に 奴 が 出 た ぞ!!」

623名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:19:13 ID:2nMT7N0s0
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その無線を聞いた時、ショボン・パドローネはすぐに行動を起こした。
情報で得ていたバイクによる移動は、やはりこの場で使用された。
未舗装の悪路だけでなく狭い路地も移動できるバイクは、この島では理にかなった乗り物だ。
事実、デレシアはそれを使ってバイカー集団からの追撃を逃れ、姿をくらました。

ならば、次にまた理にかなったその乗り物を使ってくるのは必然であり、むしろ使わない理由はどこにもない。
そしてデレシアの怪物じみた勘の良さを考慮すれば、この島に狙撃手が配置されていることを察し、その位置にも見当をつけたことだろう。
その上でヒートを襲えば、あの女はヒートを救うために必ず動く。
こちらが把握している限り、今、ヒートを助けに動けるのはデレシアしかいない。

デレシア自身が動き、ヒートの救援に駆けつける事だろう。
ある意味での信頼をもって、ショボンは策を練った。
だからこそヒートの襲撃に最善の駒を配置し、デレシアの迎撃にも最良の駒を配置した。
伏兵も備えた。

後は、答え合わせを待つばかりだった。
ショボンの読みは当たった。
最も厄介な狙撃手を無力化し、次に行うのは直接的な救援活動。
追跡があることを承知で迎えに来ると考えているとすれば、陣取る場所、通る道は限られてくる。

距離は使用するライフルによって変わるが、平均的な射程を考えて約半マイル。
射角を確保するために標高の高い北にいるはず。
その全てが正解した時、ショボンは己の正しさが証明されたことに対する喜びと、デレシアに読み合いで買ったことに優越感を覚えた。
だがそれもすぐに大義を思い出し、霧散した。

イグニッションを押し、赤いカウルを持つモタードタイプのバイクを始動させる。
大型バイク独特の力強いアイドリング音が鼓動のように響く。
まるで興奮状態にある大型の猛牛を思わせる独特の形状をした車体が、その力強いエンジン音によって一層動物的に見せた。

(´・ω・`)「聞いたな!」

オフロードヘルメットのバイザーを降ろし、ショボンが後ろに控えている二人に声をかけた。
“バンダースナッチ”、シュール・ディンケラッカーは無言でバイザーを降ろし、デミタス・“ザ・サード”・エドワードグリーンはクラッチを切ったままアクセルを捻った。
雄叫びにも似た音が、デミタスの意気の高さを代弁した。

624名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:20:44 ID:2nMT7N0s0
lw´‐ _‐ノv「……」

(´・_ゝ・`)「……」

内蔵されたインカムに向け、ショボンは士気をより上げるために檄を飛ばす。

(´・ω・`)「よし! 棺桶は僕とデミタスが使う。
     シュール、君はシナーたちと合流するんだ。
     あの女は絶対に無策で動く様な人間じゃない。
     最終的にはヒートのところに来るはずだが、そうなった時、君がレ・ミゼラブルで動きを鈍らせれば簡単に潰せる。

     だがその前にデレシアと僕たちが戦うことになったら、こっちに来るんだ。
     予定通りに行くぞ」

三台のバイクが走り出し、人気の失せた街を走り抜けてデレシアの乗るバイクを追い始める。
落ちてきそうなほどに黒くなった空から、雨粒が一つ、そしてまた一つと降り始めた。
温い風が三人の肌を撫でつける。
途中で二方向に分かれ、ショボンはデミタスのバイクと並んで走った。

ショボンは情報こそが戦局を変え得る鍵だと考えている。
その中でも、特に駒を動かす上で必要な情報は駒の特性だ。
駒の得意なこと、苦手なことを知ればそれを生かした戦術を練る事が出来る。
戦術は戦局を変える。

この戦術がどう効果を発揮するかは分からないが、彼なりにデレシアと言う人間を考え抜いた末に考え出した策は、きっと上手くいくはずだ。
オアシズでデレシアが味方を誰一人として見捨てなかったことは、彼女の弱さを示している。
何より、あの一行は基本的にデレシアの力で持っているような物で、デレシアも人間である以上分身することはできない。
ならば、絶対に現れるよう仕向ければこちらの罠に足を突っ込んでくれるのは間違いない。

前回のオアシズでは別の目的を達成する必要があったため、デレシアの排除は二の次となっていた。
だが、この島を戦場に変えたのはデレシアを消すためだ。
他の些事にはこだわらず、デレシアを殺すことにだけ集中すればいい。
ヒートを殺せなくてもいい。

黄 金 の 大 樹 に と っ て の 害 虫 を 駆 除 す る こ と が 、 何 よ り も 大 切 な の だ。

(´・ω・`)「……くそっ、嵐か」

インカムで三人の音声は常に他共有されていると知りながらも、ショボンは悪態を吐いた。
バイクにとって嵐は天敵だ。
路面が濡れている状態であれば、乾いている時に比べて転倒の恐れが高くなる。
特に、カーブを曲がる際には細心の注意を払わなければならない。

例えオフロードタイヤを履いていたとしても、転倒と無縁と言うわけではない。
また、風にあおられれば思わぬ方向に流され、姿勢を整えようとする際に無駄な力が必要になる。
どちらもバランスを奪うバイクの敵だ。
特にカーブに於いての危険性の向上は看過できない。

625名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:21:33 ID:2nMT7N0s0
モタードタイプのバイクはその特性上車体が高く設計されており、風の影響を受けやすい。
風防も有って無いような物。
更にデレシアの乗っているバイクは速度を重視した設計の物で、このままでは逃げ切られてしまう。
行く先は分かっているが、そこに追い込むのではなくバイクに乗っている間に殺す気持ちでいなければ勝てない。

余裕は油断となり、油断は失敗へとつながる最短の悪手だ。
どんなバイクにも得手不得手がある。
スーパースポーツがオフロードを走れず、オフローダーが速度を出せないように、必ず苦手分野がある。
モタードはオフローダーの走破性を獲得しつつも、最高速度をオフローダーよりも向上させている。

地形が許せば、こちらの方が有利になる。

(´・ω・`)「雨風が酷くなる前に決着をつける!」

エンジンの寿命を縮める代わりに爆発的な加速力を約束する装置のスイッチを入れると、バイクの前輪が軽く浮いた。
市街地を抜け、暗い空に映える蒼色のカウルを持つバイクのテールランプを目視した。
エンジンが悲鳴を上げ、今にも壊れそうな音を奏でている。
追跡に気付いたのか、デレシアは自らに有利な舗装路の続く道を選び、街の西側に広がる工場地帯を目指し始めた。

直線での競り合いでは勝ち目はないが、目視さえしてしまえばこちらにも勝機はある。
体ごと車体を傾け、カーブでの減速を最小限に押しとどめる。
膝を擦る寸前まで車体を傾け、ようやくテールランプを視界に収める。
現れてはすぐに視界から消えてしまう赤いそれは、まるで鬼火だ。

(´・ω・`)「見つけたぞ、デミタス!」

(´・_ゝ・`)「あぁ、だが疾いぞ!!」

一瞬だけ目に入ったテールランプは尾を残して消え去り、二人はその残像を追うしかない。
あれだけの速度でよくも走ることが出来ると、ショボンは感心した。
転倒を恐れていないのか。
遂に、大粒の雨が黒い空から降り注ぎ始めた。

風に揺られて空気中で拡散し、視界をぼやけさせる。
細かな粒子となって雨が街の景色を一変させ、視認性を悪くした。
何か鋭利な物が地面に落ちていたとしても、気付くことは難しい。
パンクでもしようものなら、速度を出すことは不可能になる。

高速であればある程、滑らかな表面をしている舗装路はある危険性を帯びることになる。
即ち、摩擦力の喪失によるコントロール不可能な状態。
速度が出ている中、意図しないスリップは命に係わる事故に直結している。
条件は双方同じ。

(´・ω・`)「転倒させるんだ!!」

相手をスリップさせるためには速度を出させ、無理な姿勢に持ち込ませることが重要だ。
こちらも当然気を付けるが、タイヤと車体の差がここで現れ、相手よりも有利な立場に立つことが出来る。
デミタスもショボンの意図を理解し、重心を切り詰めたウィンチェスターショットガンを左手で構えた。
レバーアクションによる片手での操作性はバイクとの相性が非常によく、散弾による広範囲への攻撃は移動目標に対して有効だ。

626名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:23:35 ID:2nMT7N0s0
特に彼は逃走の際にバイクを頻繁に使っていた経験があることからその使用に長けており、片手でもバイクを操ることが出来る。

(´・_ゝ・`)「俺がやる!
      ショボン、援護できるか!?」

(´・ω・`)「任せろ!」

装弾数の多いグロックを抜いて、ショボンは遠目に見えるテールランプ目掛けて銃爪を引いた。
だが視界が最悪とも言える中でそう簡単に弾が当たるはずもなく、赤い光を残してテールランプが薄れていく。
アクセルを捻り、速度を上げる。
すでに豪雨は霧のように拡散し、数十フィート先の視界を奪いつつあった。

横殴りの激しい雨が容赦なく降り注ぐ。
二人のバイクは何度も風にあおられ、マンホールの蓋によって危うく転倒しかけているというのに、デレシアは全くその様子を見せない。
それでも、デレシアを排除するのは不可能だとは思わなかった。
当てられずとも転ばせられれば、無事には済まない。

濡れた路面を転がり、壁にでもぶつかれば骨は砕け臓器は破裂することだろう。
仮に受け身を取って一命をとりとめたとしても、そこを狙えばこちら側の方が有利だ。
それを誘うには、相手を焦らせる必要がある。
焦らせるには、常に相手の視界に入っていなければならない。

姿勢を低くし、少しでも風の影響を受けないようにする。
今は引き離されないようについていくのがやっとで、距離を縮めきる頃にはヒートとデレシアが合流してしまうだろう。
そうなる前にどうにかしなければ、より厄介な状況になる。
常に視界に入れ続け、弾丸をバイクに当てるだけでいい。

タイヤに当たれば重畳だ。

(´・ω・`)「どれだけ逃げても!!」

カーブに差し掛かれば的が大きくなる。
そこが狙い目だ。

『前のバイク、停まりなさい!』

唐突に背後から聞こえてきたのは、空気を読まない警告の言葉。
ジュスティア警察だ。
カーチェイスを目撃した警官が無駄に気を利かせて無駄な警告を発したのだろう。
ここで争っても意味がないが、捕まっても意味がない。

(´・ω・`)「ちっ……」

(´・_ゝ・`)「どうする?」

(´・ω・`)「無視だ。
     どうせ後でどうにでもなる。
     今はデレシアを追うぞ!」

627名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:24:20 ID:2nMT7N0s0
追われたところで顔を知られているわけでもないため、リスクはない。
バイクも乗り捨てればいい。
確かに車と比べれば安定感は向こうの方が圧倒的に高いが、カーブでの速度はこちらの方が優れている。
すぐに追いつかれることはないが、いらぬプレッシャーをここで与えられても良い気がしない。

それほどの脅威ではないが、邪魔なことに変わりはない。

(´・ω・`)「……“目”、今僕らの後ろにいるパトカーが見えるか?!」

『見える。 だがスコープを破壊されたせいで狙いが付けられない。
あの女、俺のスコープを撃ち壊しやがったんだ』

世界最高の狙撃手の隙を突き、狙撃銃の要を破壊するとは、やはり油断ならない女だ。
他人の夢を踏み躙って己の目的を達成しようとするデレシアは、悪魔の様な性格をしている。
スコープを壊すことが出来たなら、カラマロスの頭を吹き飛ばせたはずだ。
わざと生かしたのだ。

泳がせ、大きな魚を釣るために。
狙撃手に生き恥をかかせるために。
人の夢や希望、そういったものを何だと思っているのか。
仮にデレシアの作戦が失敗し、仲間が死ぬことになろうとも、眉一つ動かすことなくそれを受け入れることだろう。

しかしながら、ショボン達は違う。
仲間を見捨てることはしない。
彼らは同じ一つの大樹。
仲間を失う事はその体の一部を失う事なのだ。

(´・ω・`)「仕方ない、僕がやる。
     デミタス、デレシアを任せてもいいか?」

デミタスは返事の代わりに更にアクセルを捻り、加速させた。
この天候の中で速度を上げるのはかなり危険な状態だが、そうでもしなければ追いつけない。
彼の勇気にショボンは内心で称賛を送ると同時に、彼を引き入れる事を提案した人間に感謝した。
人選は正解だった。

ショボンは背後から迫るパトカーに向け、グロック18をフルオートで発砲した。
軽量の強化ポリマーを主な素材として作られたグロックは軽く、片手で持つことが出来る。
ロングマガジンを使えば短機関銃と同じ装弾数を維持しつつも、フルオート射撃が可能だ。
その分反動を受けやすいが、使い慣れたグロックであれば問題はない。

当たり前の話だが、車は車幅がバイクよりも広い。
つまり、被弾する面積が広いという事だ。
二、三発刻みで発砲を続けるとパトカーは路肩に駐車していたトラックに突っ込み、クラクションが鳴り響く。
そのまま追ってくることはなく、ショボンも速度を上げてデミタスを追った。

すると、ショットガン独特の大きな銃声が二発連続して聞こえた。
音の聞こえた方向に顔を向け、車体を傾けてカーブを曲がる。
目抜き通りをまっすぐに走り、直線勝負。
距離は明らかに縮んでおり、カーブでの加速が生きたことが証明された。

628名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:26:33 ID:2nMT7N0s0
それが分かっているからこそ、相手はこの直線路を選んだに違いない。
直線路ではあるが、それでもこちらが有利なことに変わりはない。
思い上がりではなく、状況がそれを示している。
ショボンは弾倉を交換し、赤いテールランプに照準を合わせて銃爪を引く。

途端にテールランプが左右に揺れ、速度が低下する。
このまま無理やりにでも傾けさせて転倒させれば、無事では済まない。
倒れたところを轢殺すれば、一件落着だ。
遠回りをしたが、デレシアはまんまとヒートのいる場所に近づいているため、これ以上の接近は作戦が破綻する可能性が高まる。

今は分散してるからこそ、デレシアを狙えているのだ。
執念深く二人は弾丸を放ち続けるが、一発もバイクに当たらない。
豪雨と防風と言う最悪の環境ではあるが、後ろに目でもついているかのようにバイクが左右に動き、弾丸を悉く避けてしまう。
そして、曲がり角に差し掛かった時にそれは起きた。

嵐の間にある、一瞬だけの静寂。
凪ぎ、雨だけが降り注ぐ一瞬。
その瞬間、ショボンはデレシアの姿に強烈な違和感を覚え、その違和感は確信へと変わり、確信は驚愕へ、驚愕は怒りへと変化した。

(;´・ω・`)「嘘だろおい!?」

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ヾ丶\ 丶 ヽ丶 丶 \ヾ \ヽ \  \丶 ヽ/ / ,..| | | | | | 册册
 ヽ 、ヾ \ 丶 ヾ丶\ \ \ ヽ\\丶ヽ/'~T.,./|川 j_l,.r-'¨ 卅卅i_,.
 ヽ \  \丶 ヽ \ \ヾ丶 丶丶丶   /,.T¨il i l l l川__,,... -‐ ¬¨
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全てのバイクの理想形として設計された“アイディール”には、当時の技術の全てが組み込まれていた。
バイクの開発の歴史は、鋼鉄の塊であるバイクが如何にして人馬一体となれるか、に挑む歴史でもあった。
二輪と言う不安定な乗り物は人間の手を借りなければ自立できない存在で、馬とはかけ離れたものだった。
それは構造上の問題であり、物理的な問題でもあった。

しかしながら、長年の間仕方がない、で片付けられていた問題を打破した企業があった。
その企業は二輪バイクの自立を可能にする技術を確立したが、別の企業が更にそれを進化させた。
内蔵された高性能なジャイロセンサーがバイクの自立を可能にし、更に全方位の衝撃に対しても抵抗力を持つことに成功した。
やがて、それを狂気じみた執念によって改修した企業が現れ、そのセンサーは完成した。

完成に至らしめたその最大の要因は、開発者及び開発企業が利害の一致で行動したのではなく、目的の一致のために惜しみなく技術を提供し合ったことなのは間違いない。
こうして完成したジャイロセンサーはバイクが急激に傾いても体勢を立て直し、急バンクでも転倒することの無い支援システムとしてアイディールに搭載された。
開発者たちはそれでも満足はしなかった。
求めたのは理想形。

629名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:31:23 ID:2nMT7N0s0
理想の形とは即ち鋼鉄の馬の再現。
馬は自ら考え、自ら走る生き物だ。
絆のある馬であれば、四肢を失った人間を乗せてもそれに合わせて走ることは証明されている。
そこに到達することが開発者の夢であり、アイディール計画の始まりでもあった。

乗り手を選ばないバイク。
低身長の人間でも、足を失った人間でも乗りこなせるバイク。
初心者でも、目が見えない人間でも乗りこなせるバイク。
そこで開発者が目を付けたのが既存の技術、オートクルーズ機能だった。

一定の速度で走り続けることのできる機能を進化させれば、自動で速度を変化させ、ギアを変化させられる。
彼らはエンジンを一から設計し始めた。
エンジン開発に着手してから三年後、自動可変機構を搭載したエンジンが出来上がり、操縦者に合わせた自動走行機能も実現した。
それらを統括する人工知能は更に一層の進化を遂げ、乗り手を識別してその人に合わせた走行を記憶するようになっていた。

それから多くの試行錯誤と改善と改良を経て、アイディールが世に生み出された。
今、ティンカーベルの島を疾走する“ディ”と名付けられたアイディールが乗せているのは、決して、歴戦のバイク乗りではなかった。
バイクの操縦などしたことの無い、一人の少年だった。
少年には犬の耳と尻尾があったが、それは今、ヘルメットとローブによって完全に隠されていた。

(∪;´ω`)「……っ」

必至にハンドルを握るブーンは、自分に与えられた役目を果たすべくディから落ちないよう、両足でしっかりとタンクを挟んでいた。
背後から迫ってくる人間の声がブーンの耳に届いた。
ここに至るまで全く気付かず、ブーンをデレシアと勘違いして追ってきた間抜けの声だ。

(#´・ω・`)「糞耳付きの糞肥溜め野郎がどうして糞運転出来ているんだ!!
      糞っ!!」

流石に、気付かれたようだ。
デレシアの作戦に従い、ブーンはディに乗って街中を走ることになっていた。
撃たれる危険性は指摘されており、それを承知したうえで、ブーンは自らの意志でディに乗る事を志願した。

(#´・ω・`)「デミタス!! はめられた!!
      デレシアは別の場所からヒートのところに行くつもりだ!!
      こいつは餌、囮、捨て駒だ!!」

(;´・_ゝ・`)「ちっ!! そのガキはどうする?!」

(#´・ω・`)「見るのも悍ましい!!
      放っておけ、駄犬を追う趣味はない!!」

その時、嵐の空に小さいながらも強烈な光を放つ赤い物体が現れた。
知っている。
あれは信号弾と呼ばれる物で、自らの状況や位置を示すための道具だった。
これもデレシアの話していた通り。

悪天候の中無線機以外を用いた大多数に連絡を取るのならば、あれがかなり有効な道具だと教わった。
嵐の中で信号弾を打ち上げても風にあおられるだろうが、無線で位置を伝えるよりも遥かに分かり易い。
あの周囲に行けば、兎にも角にも目的の何かがいるのだから。

630名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:34:18 ID:2nMT7N0s0
(∪;´ω`)「……お」

バックミラーに映っていたライトが反転し、遠ざかっていく。
信号弾に呼ばれ、ブーンへの追跡を辞めたのだ。

(∪;´ω`)「……ふゅー」

一先ず、危機は去った。
問題なのはあの信号弾が何を意味しているのか、と言う事だ。
信号弾の色の持つ意味はそれを使う人間の仲間だけが知り得る情報。
あくまでも場所を示すための道具であり、色が持つ意味は事前の打ち合わせが無ければ意味のない光点でしかない。

光点の詳細な意味をブーンは知らないが、この状況下で放たれた信号弾がどのような事を意味するのかは分かる。
デレシアの能力を考えれば、デレシアが敵に発見されたと考えるのが自然。
予定通りだとは言っても、デレシアは大丈夫なのだろうかと心配する気持ちは捨てきれない。
いくら先を読める人間だとは言っても、物事には限度がある。

人間である以上、無敵ではない。
弾が当たれば血も出るし、怪我もする。
当たり所が悪ければ死ぬ。
それが人間だ。

人が死ぬのを目の当たりにするのには慣れている。
飢えて死んだ人間も、殴られて死んだ人間も、撃たれて死んだ人間も見てきた。
しかしそれは他人が死んだ場合の話で、ブーンに関わってきた人間が死ぬのを見たのは一度しかない。
“魔女”と恐れられた過去を持つブーンの恩師、ペニサス・ノースフェイス。

彼女は魔法のように狙撃を行う力を持っており、その佇まいは巨大な老木のように静かで威厳に満ちている物だった。
呆気なく人が死ぬことを知っていたが、ペニサスが目の前で息を引き取り、遺体を土に埋めた時にブーンはようやく知ることになった。
知人を失う悲しさを。
唐突に訪れる別れを体験したブーンは、もう二度と、同じ気持ちを味わいたくはなかった。

いつまでも無力ではいたくない。
オアシズで海に投げ捨てられ、あのまま死んでいてもおかしくなかった自分を鍛えてくれたロウガ・ウォルフスキンに学び、ブーンは変わった。
護られ続け、戦いを傍観するだけの存在ではなく、自分の事を大切に想ってくれる人のために戦える力を求め、常に努力をするようになった。
その努力の答え合わせがされる時が、今だ。

戦闘力はないが、デレシアやヒートの助けになることは出来るとデレシアは言ってくれた。
これまでに見てきた人間の中でもデレシアの強さは圧倒的だ。
彼女の言葉の持つ説得力も、その行動力と強さが裏打ちしている。
それでも、デレシアが人間である以上、死なないという事はない。

まだ見たことも想像することも出来ないが、デレシアにとっての天敵がこの世界にはいるはずだ。
彼女にこれ以上負担がかからないようにするためにも、ブーンは目的を果たさなければならない。
何より、自分がどこまで出来るのか、それを確かめたかった。
覚悟を決め、ブーンはディのハンドルを強く握った。

631名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:35:22 ID:2nMT7N0s0
ブーンにはまだやるべきことがある。
やらなければならないこと。
やらなければ一生後悔すること。
その瞬間までは気を抜くことはできない。

――ディは何も喋らなかった。
彼女はバイクであり、喋るようには設計されていなかった。
だがもし、彼女に言葉を発する機能が備わっていたならば、ブーンの決意に対して称賛を送っていた事だろう。
だが彼女は喋ることはなかった。

ブーンを乗せたディは、事前に入力された場所に向けて静かに、だが迅速に移動を続けた。

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信号弾が打ち上げられたその真下には二人の人間がいた。
二人がいるのは古びた商店街。
勿論、この嵐と空気の中で店を広げている剛の者はいない。
一人はカーキ色のローブを見に纏い、頭から被ったフードの下に豪奢な金髪と宝石のような空色の碧眼を持つ女性。

この島で多くの人間を巻き込む嵐の中心。
デレシアは豪雨の中でもはっきりと耳に届く澄み切った声で、対峙する男に言葉を送った。

ζ(゚ー゚*ζ「貴方がいると聞いていたけど、流石ね。
      ジョルジュ・マグナーニ」

フルネームで名前を呼ばれたジョルジュはと言えば、黒のポンチョを被り、その鳶色の瞳はギラギラと輝いている。
馳走を前にした野犬のようだった。
  _
( ゚∀゚)「……久しぶりだな、えぇ、おい」

その言葉は再会を喜ぶというには、あまりにも愛想が無く、残忍な響きに満ちていた。
何より、ジョルジュの目がデレシアを視線だけで射殺さんばかりに鋭い輝きを放ち、言葉以上の殺意を向けていた。
大の大人であっても射竦めるというその視線だが、デレシアにとっては蚊が刺す程のものにも感じることはない。
涼しげにその声と視線を流し、あくまでも自分のペースで話を続ける。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、えぇ、本当に久しぶりね。
      警察を辞めたそうね、貴方は」

ジョルジュは警察官として、何度もデレシアの前に現れたことがあった。
当時の彼は正義感に満ち溢れ、そして、その正義の執行の仕方が今のジュスティア警察とは対照的に暴力的な人物だった。
彼なりの正義を果たし続けることで多くの汚れ仕事を引き受けることとなり、付いた渾名は“汚れ人”。
しかし、彼が汚れなければ生き延びて多くの人間に危害を加えた犯罪者がいたのも事実であり、その存在は警察の中でも暗黙の内に受け入れられていた。

632名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:36:43 ID:2nMT7N0s0
誰かが汚れなければならないのならば、自分が喜んで汚れる。
それが、口には出さないがジョルジュの信念だった。
汚れることを恐れて何もしない警察官が横行している中、ジョルジュの姿勢は好ましい物だった。
風の噂でジョルジュが警官を辞めたという事を耳に挟んだ時、デレシアは落胆した。

彼の行動に対してではなく、彼を繋ぎ留めなかった警察に対しての落胆だった。
  _
( ゚∀゚)「あぁ、そうだ」

当の本人は辞めたことに対して後悔の念はなさそうだ。
本人の意志、才能、そして職が食い違う事は稀にあるが、ジョルジュの場合はそういった相性の問題で辞めたわけではないのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「退職金は出たの?」
  _
( ゚∀゚)「まぁな、だが、手前も知ってるだろうが俺は一言多い人間なんでな。
    大分減っちまったよ」

ζ(゚ー゚*ζ「貴方らしいわね。
      辞めたのは方向性の不一致?」
  _
( ゚∀゚)「へっ、知ってるだろうが。
    ……手前を追うためだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

知っている。
ジョルジュは現役時代、デレシアを執拗に追ってきた。
何度も追いかけ、何度も逮捕しようと試みた。
その努力は認めるが、その努力が実った事は今日まで一度もない。

二人が出会ったきっかけは些細なことだった。
旅の途中でデレシアが撃ち殺した犯罪者が偶然にもジョルジュが狙っていた犯罪者であり、獲物を横取りされたジョルジュが事情を聴くためにデレシアを追ってきたのが始まりだ。
無論、デレシアは旅を続ける人間であり、どこか一か所に長い間滞在することもせず、ましてや刑務所に行く趣味はなかった。
故に、デレシアは半ば楽しみながらジョルジュの追跡を振り払い続けた。

必死に追いかけてくるジョルジュは、次第に気づいてしまったことだろう。
デレシアの名を追いかければ自ずと入ってくる情報と、それが生み出す多くの謎に。
  _
( ゚∀゚)「デレシアって名前は、ジュスティアの歴史では偉人にも匹敵する存在だ。
    同時に、イルトリアの歴史にも出てくる。
    それだけじゃねぇ。
    セントラス、オアシズ、ティンカーベル、エライジャクレグ、ヴィンス、ストーンウォール、恐らくは世界中の歴史のどこかに手前がいやがる。

    ま る で 手 前 が 一 人 じ ゃ ね ぇ み た い に な」

ζ(゚ー゚*ζ「……それで?」

633名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:37:50 ID:2nMT7N0s0
そう。
調べるだけならば誰にでも出来る。
事実、ジュスティアにいる一部の人間はデレシアの名を文献で知っているし、オアシズの乗客名簿にも航行開始日から名前が残っている。
だがそこまで。

そこから先を知ることが出来るか否かが問題なのである。
  _
( ゚∀゚)「デレシア、俺は手前の正体を掴む。
    世界がどうなろうと俺の知ったこっちゃねぇ。
    俺が知りてぇのは手前の事だ。
    いや、手前等、かもしれねぇな」

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、まるで三十路の若造がするような青臭い告白ね。
      警察を辞める必要がどこにあるのかしら?
      人を退職の理由に使わないでほしいわね。
      それに、私の事を知ったところで何もいいことはないわよ」

正体については別に秘密にしているわけではないため、誰かに知られたところでデレシアとしては全く困ることはない。
第一、秘密にするようなことではない。
こんなつまらないことのためにジョルジュは魅力を捨てたというのだから、あまりにも馬鹿げた話だ。
本当に、馬鹿げた話だ。

デレシアの秘密と言う心底どうでもいい事象、それこそ、神の実在を証明するかのような愚行のためにティンバーランドに下ったのだ。
無い物を追って、己がかつて憎んでいた悪に染まったのだ。
汚れ人ではなく、汚れその物になったのだ。
残念極まりない。

知り合いがこうして堕落してしまうのは、何度見ても慣れない。
  _
( ゚∀゚)「手前の正体を知りてぇってのは、俺の知識欲の話だ。
     その目的を達するためには警察なんて組織、俺の肌には合わねぇんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうかしら?
      猪突猛進な貴方にはぴったりだと思うわよ。
      私、貴方の事結構高く評価していたのよ。
      なのに、ティンバーランドなんかに入るなんてね」

これは本心だ。
彼は優秀な警官だった。
極めて優秀な警官だったのだ。
権力ではなく、ルールを順守する全ての人間を守るための力として、彼は粉骨砕身の努力を続けてきたのだ。
  _
( ゚∀゚)「……黙れよ。
    手前が見てるのはもっと別の事だろ。
    俺はそれが知りてぇ。
    その為だったらティンバーランドだって利用してやるさ」

634名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:39:04 ID:2nMT7N0s0
もう、この問答を続けていることがデレシアは悲しかった。
彼女の知るジョルジュが別の物へと変わってしまったことを実感してしまう。
今すぐにその頭を吹き飛ばして殺すことも厭わないが、彼には最後まで踊ってもらいたいという気持ちが強かった。
それが知り合いとしてかけてやれる、せめてもの慈悲だった。

ζ(゚ー゚*ζ「気持ちは嬉しいんだけど、残念。
       私、今の貴方にはとてもじゃないけど興味を持てないの。
       理由や目的はさておいて、ティンバーランドなんかに墜ちた貴方は魅力に欠けるわ。
       本当に残念。 えぇ、本当に」
  _
( ゚∀゚)「残念に思われようが何だろうが、俺は俺のやりたいことをやるだけだ。
    俺の正義に殉じる、それが俺の生き方なんだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「同じ考えのトラギコの方が、まだ筋が通っているわね。
      あの子、まるで昔の貴方にそっくり。
      後輩を見習ったらどうかしら、“汚れ人”のジョルジュ・マグナーニ」

若かりし頃のジョルジュを彷彿とさせる、トラギコ・マウンテンライト。
彼は彼なりに正義を貫こうとしている。
ティンバーランドに堕ちることなく、デレシアを追ってきている。
自らの努力と実力でデレシアの正体を調べ、見つけ出せるかもしれない人間として、彼女はトラギコの行動を温かく見守ることにしていた。

墜ちたジョルジュとは違う進み方を、デレシアは期待していた。
少なくとも、今のジョルジュよりもよほど期待できる人間だった。
  _
( ゚∀゚)「はっ、知ったこっちゃねぇ。
    それに、汚れるのは俺の特技なんでな。
    お前の秘密、教えてもらうぞ、デレシア」

ζ(゚ー゚*ζ「女の秘密を暴こうなんて、無粋な人ね」

ローブの下ではすでに銃把に手が伸びていた。
ジョルジュ相手に油断はできない。
彼を評価していたのは何も、その信念と在り方だけではない。
  _
( ゚∀゚)「無粋も俺の特技の一つなんだよ。
    ……手足の1、2本は覚悟してもらうぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「魅力のなくなった貴方に、もう興味はないの。
       そこを退きなさい。
       それとも、力づくで退かされたいのかしら?」

そして。
ジョルジュは口にする。
戦いの口上。
必殺の決意を。

  _       Go ahead.       Make my day.
( ゚∀゚)『……お も し れ ぇ 、 や っ て み ろ』

635名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:41:42 ID:2nMT7N0s0
ポンチョの下で装着されるのは対強化外骨格用の拳銃を扱う、“ダーティ・ハリー”。
トラギコの持つ“ブリッツ”とは対極にある棺桶だ。
だがそれだけではない。
ジョルジュが使うのはスミス&ウェッソンの44マグナム。

装着を終え、コンテナがポンチョの中から地面に落ちる。
ダーティ・ハリーの弾を生身の人間が受ければ血煙と化すだろう。
強化外骨格に対して使用される銃弾の中でも抜群の破壊力を追求したその弾は、ただの人間相手に使うには過ぎた代物だ。

ζ(゚ー゚*ζ「残念ね、本当に」

次の瞬間。
絶え間なく降り注ぐ雨の合間。
暴風の吹き荒ぶ風の隙間。
魔法の様な静寂の瞬間に、二人はほぼ同時に銃を抜き放ち、その銃腔を相手に向けていた。

撃鉄はすでに起きていた。
銃爪に指はかかり、そして、同時に銃爪を引いた。
初弾、ジョルジュが放ったのは一発の銃声に対して三発の高速射撃。
ダーティ・ハリー本体は使わず、スミス&ウェッソンを使って連射力を重視したのだ。

デレシアの読み通りの動き。
対するデレシアは両手のデザートイーグルから二発ずつ、合計四発の発砲。
空中で三発の銃弾が正面からぶつかり、相殺し合う。
威力で言えばデレシアの銃の方が上だったが、狙った場所に放たれた銃弾はあらぬ方向に逸れるか、地面に落ちて意味をなさなかった。

また、ジョルジュが撃ち漏らした一発はすでにその場から横跳びに移動した彼のポンチョの裾に穴をあけるだけとなり、ダメージを与えられなかった。
もしも相手が常人であれば、この撃ち合いで勝負は決し、新たな弾丸が放たれることはなかった事だろう。
しかし。
相手はジョルジュ。

――ジュスティア警察があらゆる汚れ仕事を請け負わせた影の英雄、ジョルジュ・マグナーニその人なのだ。

この程度では終わらない。
終わるはずがない。
デレシアも素早くその場所から移動し、ジョルジュが身を潜めた商店のガラス戸に向けて銃弾を撃ち込む。
ガラス戸は勿論の事、その奥にあった木製の棚は無残にも砕け散り、その合間にジョルジュが撃ち返してくる。

それを避けつつ、デレシアも物陰に身を潜めた。
弾倉を交換し、銃弾が飛んでくる場所に向けて発砲する。
互いの弾は遮蔽物を破壊、貫通する威力を持っているため、商品棚では防御の役割を果たすことはない。
二人の銃撃戦がこれ以上加熱すれば、流石に民間人にも実害が出かねない。

あまり気乗りはしないが、ジョルジュに近接戦闘を仕掛けるのがいいだろう。
そう思って身を乗り出しかけた時、バイクのエンジン音が近付いてくるのに気付いた。

ζ(゚、゚*ζ「……来たわね」

636名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:44:20 ID:2nMT7N0s0
デレシアの声に合わせるかのようにして、二台のバイクが商店街に姿を現した。
運転していた内の一人がバイクの上に立ち、もう一人は車体を寝かせて急制動をかける。
急制動をかけたものの、濡れた路面の上をバイクは滑るようにスライドして止まることはない。
派手な演出の中、デレシアの耳は二種類の言葉を聞き取っていた。

(´・ω・`)『英雄の報酬は、銃弾を撃ち込まれることだ!』

これはバイクの上に立った男、ショボン・パドローネの声。
勇ましく口にしたのは“ダイ・ハード”の起動コード。
高速機動戦闘に特化した棺桶で、その脚部に備わった高周波装置を内蔵した一対の可変式の楯は攻守を両立するための武器だ。
同クラスの棺桶を蹴りで破壊することのできる数少ない棺桶だ。

(´・_ゝ・`)『姿は見えないが殺意は見える!』

そしてこれは、バイクをスライドさせて死角を作ろうとした男の声。
カメラと肉眼の両方で透明人間となる事の出来る“インビジブル”の起動コードだ。
本命はこの男、つまり、デミタス・エドワードグリーンだろう。
視界を支配すればデレシアを討てると信じている、浅はかな馬鹿の考えそうなことだ。

(::[-=-])『これで終わりだ、糞女!』

バイクからショボンが飛び上がる。
陽動目的なのがまる分かりである。
その証拠に、デミタスは早くも光学迷彩を起動させて姿を風景に溶け込ませている。
インビジブルが雨の日に弱いことも知らずに、実に健気なことだ。

デレシアは突然現れた二人の増援に対して動揺を見せることもなく、最初の狙いを哀れなデミタスに定めた。
だが、思わぬところから聞こえた銃声がその場を凍り付かせた。
着地と同時に攻撃態勢に入ろうとしていたショボンの足元にジョルジュが発砲したのだ。
  _
(#゚∀゚)「……手を出すなよ、ショボン」

抜き放たれているのはスミス&ウェッソンではない。
強化外骨格の堅牢な装甲を貫通可能な大口径拳銃。
60口径の超大型回転式拳銃“オートマチック・ツェリザカ”。
その威力は、分厚い装甲で24時間使用者を守り通すという設計をされた“トゥエンティー・フォー”の装甲を難なく貫通する。

フルオート射撃にも対応し、装弾数は六発。
必殺の弾がそれだけあれば、ダイ・ハードなどいともたやすく行動不能に陥らせることが出来る。

(::[-=-])『……何かあると思ったら、やっぱりそうか。
     ジョルジュ、君はデレシアと面識があるんだな?』
  _
(#゚∀゚)「うるせえ、すっこんでろ。
    禿野郎が」

この性格は昔から変わっていない。
ジョルジュは縄張り意識、獲物意識が非常に強い男だ。
デレシアを追うきっかけになったのもその性格が原因であり、今こうしてデレシアの前に現れている原因でもある。
この絶好の機会に仲間割れをするとは、流石ティンバーランド。

637名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:46:22 ID:2nMT7N0s0
ジョルジュの性格をよく分かっていれば、この場面で邪魔をすることはなかったはずだ。
我先にと彼らの言う大義を果たさんとするために動くことを良しとしているため、こうなるのだ。
そして、仲 間 割 れ を 即 興 で 演 じ る と い う や り 口 は 、 あ ま り に も 使 い ま わ さ れ た 手 だ っ た 。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、残念」

デレシアは銃爪を引き、人影も何もない空間に発砲した。
直後、それまで姿を消していたデミタスが膝を突いた姿で現れた。

(;´・_ゝ・`)「……くそっ!! どうして!!」

対人用の銃弾は膝頭を掠め、薄手の強化外骨格の装甲と肉を抉り取っていた。
ベーコン・シリーズのインビジブルは装甲とは言い難い薄い素材で作られ、僅かばかりの戦闘補助、そして全身を不可視化する能力を得ている。
全方位型のカメラで周囲の情景を取り込み、それを特殊な繊維に反映させることで光学迷彩としての機能を果たしているが、欠点もある。
バッテリーが小型であることと映像処理に使用する装置の相性が悪く、不可視化するのは最大で三十秒。

そして、武器を使用する際には武器は透過処理することができず、小型のポーチに収納できる武器しか携行が出来ない。
そのため、使用する武器は基本的に高周波発生装置の備わったナイフか、小型の拳銃――四十五口径が好ましい――に限られる。
何より、インビジブルに限った話ではないが、ベーコン・シリーズが抱えている問題があった。
斬新な技術をいち早く実用化するが故に、細かな不具合がどうしてもついて回ってしまうのだ。

先駆者の悩み。
インビジブルについて言えば、跫音を減らすための工夫が靴底にされていないこと、そして付着した雨の投下処理の甘さが挙げられる。
音に頼らずともデレシアはインビジブルの使用者の位置を正確に知る事が出来るが、デミタスはあまりにも無知過ぎるため、初歩的な部分が出来ていなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「自分の使う棺桶の弱点ぐらい調べておきなさい。
       でないと、それがそのまま本当の棺桶代わりになるわよ」

(;´・_ゝ・`)「ちっ!!」
  _
(#゚∀゚)「どいつもこいつも使えねぇ……
    いいか、その女は生け捕りにしろよ。
    お前らなんかが束になっても相手にならねぇんだよ、そいつは!!」

(::[-=-])『殺すのが僕らの任務だろう。
     少しは利害を考えてくれ、ジョル――』

刹那。
ダイ・ハードの姿が掻き消えたかと思うと、デレシアの目の前にその巨大な脚部が現れていた。

(::[-=-])『――ジュ!!』

ζ(゚ー゚*ζ「……」

飛び蹴りの一閃。
デレシアの首を刈り取らんと放たれた横凪の一蹴を、僅かに腰を曲げて回避し、代わりに、鎌鼬のように洗練されたハイキックを見舞った。
その一撃は中空で回避行動のとれないショボンを的確に捉え、膝を突いて休んでいたデミタスの上に叩き落とした。

(::[-=-])『ぐぉっ?!』

638名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:48:13 ID:2nMT7N0s0
(;´・_ゝ・`)「ぬっ!?」

デミタスは辛うじて両腕を眼前で交差させ、頭部がダイ・ハードの重量で潰されるのを防いだ。
しかし、好きを窺っていたデミタスはダイ・ハードの下敷きとなった。
  _
(#゚∀゚)「言わんこっちゃねぇ!!」

ジョルジュの警告は的確だったが、味方が無知過ぎた。
殺そうと迫ってくる相手であれば、その行動は手に取るように分かる。
生け捕り、もしくは殺害の両方が選択肢にあれば行動の幅は広がってくる。
その点、ジョルジュはデレシアとの戦い方を少しは分かっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、どうする?
      三人がかりで来てもいいわよ、別に」

ローブの下に隠したデザートイーグルの弾倉を対強化外骨格用の強装弾入りの物に交換し、準備を整える。
攻撃をいなすのは容易だが、棺桶の中にいる人間を殺すのは少しだけ手間がかかる。
デミタスとジョルジュは問題ないが、ダイ・ハードは脚部の装甲が楯としてデレシアの弾丸を防いでしまう。
となると、いつでも殺せるようになったデミタスは放置して、面倒なショボンから始末するのが得策だろう。

(::[-=-])『思い上がるなよ、糞女!』
  _
(#゚∀゚)「……手前、禿野郎。 俺の話を聞いてねぇのか。
    その女はそんな簡単には潰せねぇんだよ」

殺意と敵意を一身に向けられるデレシアの耳に、再びエンジン音が届いた。
台数は一台。
遅れてきた増援だろう。

lw´‐ _‐ノv『この歌が聞こえるか? 怒れる者たちの歌が聞こえるか? これは二度と囚われぬ者たちの歌』

シュール・ディンケラッカーの声で述べられた珍しい棺桶の起動コードが聞こえ、思わずデレシアは苦笑した。
想像を絶するセンスによって想像を絶するカラーリングを施された、コンセプト・シリーズのコードだ。
“レ・ミゼラブル”。
音を武器として取り入れた珍しいタイプの物で、ベーコン・シリーズの“フットルース”から色濃く影響を受けた棺桶だ。

フットルースが戦意高揚を行うのに対して、レ・ミゼラブルは戦意喪失を目的として作成され、暴徒の鎮圧などに使われる予定だった。
だがカラーリングが奇抜すぎたことと、多数を相手にする実戦では短機関銃と比べて制圧力が低いことから配備が見送られた機体である。
曲がり角から現れた時には、すでに装着が済んだ状態の姿だった。

√[:::|::]レ『……そいつが標的?』

(::[-=-])『そうだ』

直後、独特の音域で奏でる不協和音がデレシアに向けて流された。
躊躇いの無さは決意の固さを表している。
しかし、決意だけで世の中は回っていない。

ζ(゚、゚*ζ「煩い、近所迷惑でしょ」

639名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:50:09 ID:2nMT7N0s0
√[:::|::]レ『?!』

銃声を二つ。
二発の銃弾は正確にレ・ミゼラブルの両肩に装着されたスピーカーを破壊し、その機能を無効化した。
これがレ・ミゼラブルの弱点。
スピーカーを失えば、ただの目立つ的でしかなくなるのだ。

前線に立つよりも後方の安全な場所から使うべき棺桶なのに、どうしてかこうして前に出てきた。
トラギコ相手に優位に立ったことから調子に乗っているのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「で、終わり?」

いがみ合っていたはずのジョルジュとショボンが息を合わせて動いた。
44マグナムでジョルジュが牽制射撃を加えながら、ショボンが再度近接戦闘を挑んでくる。
デレシアは冷静に、かつ正確に狙いを定め、ダイ・ハードに50口径の弾丸を撃ち込みつつ、店の中に続くシャッターを後ろ蹴りで破壊し、退路を確保する。
一撃で破壊されたシャッターはまるで暖簾のように頼りのない物となったが、目隠しの効果が期待できた。

(::[-=-])『らぁっ!!』

地を這うように低い疾走。
そして薙ぎ払うような蹴りが放たれ、デレシアは攻撃が完全な物になる前にショボンの上半身に向けて発砲した。
両脚の楯が瞬時に展開し、ショボンを凶弾から守る。
その為、ショボンは銃弾を防ぐために一瞬だけ動きを止めざるを得なくなった。

接近を防ぎつつ、デレシアはシャッターを背中で押して退けて店内に入った。
店内に並ぶショーケースに展示されている商品を見ると、どうやら置物などの土産を取り扱っている店の様だ。
武器になりそうな物が無いとみると、デレシアは両腕をローブの下に隠した。

(::[-=-])『援護を!!』

シャッターの向こうでショボンが叫ぶ。
頼りなさげに風に揺れていたシャッターが外側に向けて引き千切られ、そこに楯を展開した状態のショボンが現れた。

(::[-=-])『ここで死ね!!』

ζ(゚ー゚*ζ「いやよ」

電光石火の速度で構えたのは水平二連式ソード・オフ・ショットガン。
装填されているのは対強化外骨格用の強装弾で、その大きさ故に衝撃と破壊力は抜群だ。
ショボンが現れた瞬間、四つの銃腔が火を噴いた。
先ほどと同じようにして楯を展開し、弾を防ごうとする。

だが、高周波装置を起動しなかったのは失敗だ。
先ほどもデザートイーグルの弾をそのままの状態で防いでいたことから、デレシアは次も同様に防ぐだろうと予想をしていた。
結果は大当たり。
予想以上の衝撃によって楯は弾かれ、過負荷のかかった関節が逆に曲がって折れた。

(::[-=-])『なっ?!』

ζ(゚ー゚*ζ「出し惜しみするような余裕があるのかしらね?」

640名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:52:10 ID:2nMT7N0s0
四枚ある楯の全てが無力化された今、ダイ・ハードは肉弾戦以外に戦う術を持たない。
コンセプト・シリーズの持つジレンマ。
特化している部分を取り除かれれば、残るのは絞り粕のような機体だけ。
汎用型ではないため、残された能力だけで立ち向かわなければならない。

今、デレシアは目の前に現れた三体のコンセプト・シリーズをほぼ無力化した。
それは彼らが棺桶の能力に頼り切ったことが招いた失態であり、当然の結果だった。
唯一、ジョルジュだけは別だ。
彼は己の棺桶の性能を理解した上でデレシアとの戦いに挑んでいた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、どうする?」

四つの薬莢を廃莢し、目にもとまらぬ速さで再装填を行う。
そして得物をデザートイーグルに持ち替え、弾種をINF(In the Name of Father)から対強化外骨格用の物に完全に入れ替えた。
この間、一秒にも満たない早業だった。

(::[-=-])『糞っ!!』

ここで突撃してくる者があれば、それは底なしの無能であることを証明する何よりの振る舞いとなる。
デレシアに対して策謀を巡らせるだけあって、ショボンは潔くその場を退いた。
賢い選択だった。
ショボンの撤退を援護するように、ジョルジュの射撃がシャッターを貫通してきた。

相変わらず的確な対処だ。
嗚呼。
残念で仕方がない。
ティンバーランドにはもったいない男だというのに、こんな形で堕ちてしまうとは。

√[:::|::]レ『……やって!!』

(:::○山○)『燃やすアル!』

新たな声。
それは、オアシズにいた餃子屋の男の声だった。
確か名前は、シナー・クラークス。
ブーンの教育に役立ってくれた人間だ。

とても残念な知らせばかりが続く。
彼の宣言を証明するように、赤い焔がシャッターを染め上げた。
その炎は瞬く間にシャッターを融かした。

ζ(゚、゚*ζ「……“ファイヤ・ウィズ・ファイヤ”ね」

炎には炎をもって戦わせよ、の名前を冠せられたコンセプト・シリーズだ。
火炎放射兵装を備えた棺桶の中でもトップクラスの耐熱性、そして粘度の高い科学化合物の使用による安定した燃料の供給。
全ての炎を制圧することに特化して作られた棺桶。
耐熱に優れた装甲は自らの炎で焼かれることもなく、マグマの中でさえ問題なく活動することが出来る。

ζ(゚ー゚*ζ「でもね……」

641名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:54:44 ID:2nMT7N0s0
熱に強くても、炎以外に対する特性があるわけではない。
それこそがコンセプト・シリーズ。
デザートイーグルの銃腔を炎の向こうに向け、銃弾の雨を降らせる。
一発一発が必殺の弾丸。

(:::○山○)『ぐっ!!』

シャッターの向こうに見えていた黒影が飛び退く。
その姿は間違いなく、ファイヤ・ウィズ・ファイヤだった。
特徴的な細い脚、そして骸骨の様な顔。
丸みを帯びた装甲を楯にして弾丸を弾き、難を凌いだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、燃やして御覧なさい」

燃え尽きたシャッターが地面に落ち、降り注ぐ雨で急速に冷却されて悲鳴にも似た音を上げた。
弾倉を交換。
続けて銃弾を放ち、店から距離を取らせる。
閃光に照らされた道の上に、先ほどまで倒れていたデミタスの姿はなかった。

デレシアは優雅に表に出て、そこに並ぶ敵を一睨した。
上半身から湯気を立てるのはシナー。
その傍でショボンは膝を突き、デミタスがその陰でショットガンを構えていた。
ジョルジュの姿は無く、だが、物陰からデレシアを睨んでいることはよく分かった。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、その散弾でどうするつもりなの?」

(;´・_ゝ・`)「殺してやる!!」

宣言通りの発砲。
それを掲げたローブで防ぎ、デレシアは容赦なくデミタスの膝頭を撃った。
その銃弾はデミタスの左膝から先を分離させた。

(;´・_ゝ・`)「ああっ?!」

√[:::|::]レ『この女っ!!』

負傷したデミタスを素早くシュールが庇う。
音響兵器を失ったレ・ミゼラブルに出来る事と言えば、それぐらいしかない。

ζ(゚ー゚*ζ「それはマナー違反でしょう、デミタス。
      ジョルジュ、後でよく教育しておきなさい」

雷鳴が轟く。
風にあおられた鐘が、不気味な音色を奏でる。
島中に響き渡るのは風の音と鐘の音。
今、嵐の中心は間違いなくデレシアのいるこの場所にこそあった。

ζ(゚ー゚*ζ「黄金の大樹を名乗る大馬鹿がこれだけ雁首を揃えて何も出来ないとは、情けない話ね」

642名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:56:34 ID:2nMT7N0s0
(::[-=-])『……見え透いた挑発をよくも言えたもんだ。
      お前が仕向けた囮は無駄だったというのに、勝った気になっているとはな』

ζ(゚ー゚*ζ「囮?」

その言葉に、笑いが漏れ出そうになるのをどうにか堪える。

(::[-=-])『糞耳付きの糞ガキだよ。
      それとも、囮ですらなかったってことか?
      そりゃそうだろうな、耳付きのガキなんて――』

流石に我慢の限界だった。
利口ぶった馬鹿の姿は見ていて滑稽極まりない。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、馬鹿丸出しね。
       囮なら目の前にいるじゃない、ほら」

(::[-=-])『……は?』

ζ(゚ー゚*ζ「私が囮よ。
      残念ね、早とちりよ」

そう。
囮は最初から最後までデレシアなのだ。
相手が求める存在が動いて初めて、囮は意味を成す。
その点、デレシアはこの島にいる誰よりも適任だった。

ティンバーランドの人間はデレシアを何としても探し出し、殺したいだろう。
その望みをちらつかせれば食いついてくると思い、デレシアは一計を講じることにした。
ブーンをディに乗せ、ヒートの迎えに寄越したのだ。
彼を囮と勘違いしたショボン達はデレシアへと狙いを変え、こちらの思惑通りに動いてくれた。

(::[-=-])『何を言っている、お前は』
  _
(;゚∀゚)「……手前、やりやがったな!!」

気付いたのはジョルジュだった。
彼もまた、デレシアに利用された人間だった。
声だけでも彼が焦り、苛立っているのがよく分かる。
  _
(;゚∀゚)「信号弾は駄目押しか……」

(::[-=-])『何?! ジョルジュ、あれは君が撃ったんじゃ!!』

タイミングを見計らって放った信号弾は、デレシアからブーンへの合図。
深い意味のない、ただの合図だった。
それはデレシアが何らかの動きをすることを示す合図であり、作戦が順調に進んでいることを表す合図でもあった。
そして、状況からその信号弾を都合のいいものに解釈した人間がやってくる、誘蛾灯のような物だ。

狙い通りに誘われて来たというのに、自慢げに語るショボンの姿は実にみじめな物だった。

643名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 21:58:09 ID:2nMT7N0s0
  _
(;゚∀゚)「目的は最初から最後までヒートか……!!」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ? ヒントはここまで。
      後はどうぞゆっくりと考えておいて」

一つの合図が一つの意味しか持たない、とは限らない。
同時に、囮の目的も一つとは限らないのだ。
  _
(;゚∀゚)「っ?!」

屋上から降り立った二人も、デレシアの答えの一つ。
二つの影はデレシアを背にし、その視線をショボン達に向けた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、後はどうぞお好きに」

ショボン達と対峙する形で現れたのは、二人の騎士だった。
円卓十二騎士のダニー・エクストプラズマンとショーン・コネリ。
匿名の情報を信じ、思った通りに踊ってくれた優秀な駒。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『……ここまでシナリオ通りとはな』

<::[-::::,|,:::]『癪だが、認めるしかあるまい』

この二人が最優先で望んでいるのは島での騒動を治め、脱獄犯の始末をつけること。
情報が無く、藁にも縋る思いになっていた彼らに向けて送ったデレシアのメッセージはかなりの効果があった。
デレシアが行ったのはオアシズの市長、リッチー・マニーからジュスティアに情報を流すという行為。
信頼の無い人間から伝えられる情報よりも、信頼できる人間からの情報であれば信じざるを得ない状況がデレシアにとっては好都合だった。

<::[-::::,|,:::]『ここで悪を切り伏せる』

“アーティクト・ナイン”を装着したショーンが対強化外骨格用に設計された高周波刀を抜刀する。

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『……最終ラウンドだ』

両腕の高周波発生装置を起動させ、エクストの腕は蒸気のように細かく飛び散った水によって白く染まった。
損傷したコンセプト・シリーズでは太刀打ちできないだろう。
こういった事態の訓練を積んでいれば話は別だが、急造チームの彼らにそれは無理な話だ。
一人を除いて。
  _
(#゚∀゚)「嘗めるなよ、おい」

立ちはだかるのはジョルジュ・マグナーニ。
物陰から姿を現し、ツェリザカを二人の騎士に向ける。
一方で、スミス&ウェッソンの銃腔はデレシアに向けられていた。

<::[-::::,|,:::]『……驚いた、ジョルジュ・マグナーニか。
       あの、ジョルジュ・“ダーティ”・マグナーニか!!』

644名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:01:26 ID:2nMT7N0s0
  _
( ゚∀゚)「ショボン、そいつらを連れて引き揚げろ。
    時間稼ぎをしてやる。
    文句も質問も、その後だ」

ショボン達は忌々しげにデレシア達を一瞥し、その場から駆け出した。
逃げ去っていく背中を追うことなく、二人の騎士は同郷の裏切り者に殺意を向けていた。
騎士が許せないのは不義、不正、そして傲慢な悪。
ジョルジュはその全てに該当していた。

<::[-::::,|,:::]『一人で我々を相手にすると?
      あまつさえ、時間を稼ぐと?』
  _
( ゚∀゚)「呆れたか?
    それとも、俺との勝負は怖くて出来ねぇか」

<::[-::::,|,:::]『逆だ、ジョルジュ。
      その気概が無ければ、ただ切り倒しても意味がない。
      良いだろう、その勝負乗った』
  _
( ゚∀゚)「いいぞ、男の子。
    それと、勘違いが一つある。
    相手をするのは俺だけじゃねぇ」

<::[-::::,|,:::]『何?』
  _
( ゚∀゚)「俺と、こいつらさ」

両手の中にある銃の撃鉄をこれ見よがしに起こし、ジョルジュは皮肉気な笑顔を浮かべた。
完全な、言い訳の余地もない挑発だった。

<::[-::::,|,:::]『はははっ、ジョークが上手い――なっ!!』

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『しっ!!』

駆け抜けたのは騎士二人。
ダーティ・ハリーの領域である中距離ではなく、二人の得意な距離である近距離を選択したことは自然なことだ。
誰だってそうする。
そう、 誰 で も そ う す る だ ろ う 。
  _
( ゚∀゚)「嘗めるなって言っただろ!!」

急速に接近するためには、駆け出した瞬間に最も無防備な瞬間が生まれる。
初動の起こりに合わせる事が出来れば、敵は攻撃を受けざるを得なくなる。
しかしそれは目にも止まらぬ速度、反射神経で補うにはあまりにも速すぎる領域。
凡人には捉えることのできない刹那の時間。

645名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:03:20 ID:2nMT7N0s0
ジョルジュはその刹那の時間に介入することのできる人間だった。
二方向に分かれての移動に対して、ジョルジュはスミス&ウェッソンを手放してツェリザカを持つ右腕を閃めかせた。
スミス&ウェッソンが地面に落ちるよりも前に、銃声が一つ。
それは正に閃光の技だった。

多くの悪党を前に独り立ち向かった男が身に付けた、ジュスティア最速の技。
銃弾を弾こうとしたエクストはすぐにその失態に気付き、バク転で緊急回避を試みる。
もしもそのまま拳で受け止めていれば、弾丸自体は粉砕できたかもしれないが、運動エネルギーによって関節が破壊されていた事だろう。
高周波振動する装甲を掠める程の距離で銃弾を回避することに成功し、エクストは辛うじて体勢を立て直すも駆け出しの瞬間が持つ加速力は完全に失われた。

ショーンは高周波刀を水平に振い、銃弾を切り裂いた。
刀は衝撃で撓んだが、折れることはなかった。
切りかかる勢いとタイミングがずらされたことにより、彼の狙っていた攻撃は霧散した。
再度攻撃を仕掛ける方法を練り直さなければならない。

こうして、それぞれの方法で二人とも銃弾を防いだ。
一発目の銃弾は、だが。
あの一閃の中で、ジョルジュは四発の銃弾を撃ち込んでいたのだ。
よほど注意深く彼の銃声を聞いていても、それが四つに聞こえた人間は極めて稀だろう。

追撃の銃弾は二人の騎士の得物、拳と刀を弾き飛ばした。
  _
( ゚∀゚)「どうしたよ、騎士様よ」

そして一瞬でリロード。
流石、ジョルジュだ。
強化外骨格を相手にどう戦えばいいのかを心得ている。
後は、騎士相手にどこまで粘れるのか。

<::[-::::,|,:::]『……やるな』

ィ'ト―-イ、
似`゚益゚似『デミタスたちはどうする?』

<::[-::::,|,:::]『あの傷だ。 行く場所は限られる。
      おまけにこの嵐ならヘリコプターは出せないだろう。
      こいつを倒す。
      ……久しぶりに倒し甲斐のある敵が出てきた!!』

デレシアに彼らの勝負の結末を見届ける気はなく、静かにその場を立ち去ることにした。
そんなデレシアに視線を向けはしなかったが、ジョルジュが決意を込めた低い声で言葉を投げかけた。
  _
( ゚∀゚)「……次に会った時は、必ず捕まえてやる。
    それまでは勝手に死ぬなよ」

ζ(゚ー゚*ζ「……やっぱり貴方、警官の方が向いているわよ」

646名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:06:08 ID:2nMT7N0s0
そして、デレシアは豪雨の中に姿を消した。
銃声が背後で鳴り響き、島の嵐はより一層激しさを増していた。
この先、嵐の中で何がどう変わっていくのだろうか。
デレシアは変化の果てに何が待つのかを想像し、心を躍らせた。

――この時、ティンカーベルの島民を含め、世界中の街に別の嵐が訪れていたことを、デレシアはまだ知らなかった。

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647名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:07:38 ID:2nMT7N0s0
嵐の中心地は、世界最大の企業内藤財団の本部ビルにあった。
世界経済の中心地として名高い街、ニョルロック。
ここでは世界中のあらゆる商品が取引され、あらゆる街の人間が集まる、正に経済都市だ。
内藤財団が統べる街の中央に聳え立つビルの一室、会見用の部屋には鋭い眼光を放つ女性が複数のマイクと複数のカメラを前に、堂々とした姿で座っていた。

スーツ姿の女性は社交辞令的な言葉を幾つか述べ、新商品である格安ラジオの発表を行った後、集めた記者たちに向けてゆっくりと、一言ずつ言葉を発した。
それは記者に対して発せられたというよりも、その先にいる人間。
報道を聞く、世界中の人間に対して向けられているような口調だった。

ξ゚⊿゚)ξ「……さて、本日は内藤財団副社長、西川・ツンディエレ・ホライゾンが内藤財団を代表して、皆さまに発表があります。
     ご存じのように、我々内藤財団は今や世界中に広がる大企業となりました。
     その歴史は古く、我々の名前を知らない世代は今やこの時代にはいないでしょう。
     多くの街、町、村、集落に至るまで、我々の生み出した多くの製品が浸透しております。

     ラジオ、新聞、雑誌などの各種媒体に必要不可欠な製品の提供は勿論、医療機器にまで我々の製品が使用されています。
     そんな中、我々はあることに疑問を持っていました。
     現在、我々人類が使用している言語、貨幣単位は一種類です。
     それは世界を繋ぎとめるための重要な鍵であり、潤滑油のようなものです。

     つまり、我々の言葉は同一規格なのです。
     故にコミュニケーションに齟齬が出ることなく、今日までの発展がありました。
     しかし。
     同一規格でない物があります」

記者の中には質問好きで知られる者も大勢紛れ込んでいたが、彼女の言葉の持つ魔力によってこの時ばかりは口を閉ざしたまま、一言一句聞き逃すまいと速記していた。
十分に自分の言葉が周囲に伝わったことを確かめ、ツンディエレは力強く述べた。

648名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:11:10 ID:2nMT7N0s0
ξ゚⊿゚)ξ「それは、“単位”です。
      長さ、重さを示すヤード・ポンド法と呼ばれるこの規格は今でこそ常識ですが、その不便さはかねてから問題視されていました。
      より細かな数字を現す時、状況が異なる時には別の単位で表したり、計算が面倒になったりと実に厄介な物です。
      インチ、フィート、ヤード、チェーン、ハロン、マイル、オンス、ポンド、例を挙げればきりがありません。

      これはあまりにも非効率なのです。
      そう、非効率。
      非効率とは即ち進化の妨げであり、取り除かなければならない不具合なのです。
      皆さん、覚えはありませんか?

      何インチが一フィートで、何フィートが一ヤードなのか、と。
      瞬時に計算することはとても難しいでしょう。
      これが変われば、より円滑な計算が可能になるのではないか、と考えたことは?
      円滑な計算は経済を加速させ、経済の加速は文明の進化を促します。

      内藤財団では、この単位というものについて、長らく疑問を抱き続けてきました。
      更に効率のいいものがあるのではないか。
      より多くの世代の人間が、学習の深度に関わらずすぐに計算することが出来る単位があるのではないか、と。
      そして、ようやくその答えが出せる日が来ました。

      世界中に内藤財団の製品が広まった今日こそが、その日なのです。
      製品を発明し続けた我々ですが、次に発明した物、それは単位です。
      実は、内藤財団創設以来、内藤財団ではその単位を基に製品を製造し続けてきました。
      つまり、すぐにでも切り替えられるよう準備をさせていただいていたのです」

彼女の言葉に、その場にいた記者全員が首を縦に振った。
重さと長さを表す単位は遥か昔からヤード・ポンド法、と呼ばれる物を使ってきているが、計算が厄介であり、どうにか一つの物になればと誰もが思っていた。
昔なじみの単位ではあるが、厄介な物だった。
異なる単位に変換する際、計算間違いをしなかった人間はいないだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「我々が新たに発明した単位、その名は“メートル法”。
      これは十進法で長さ、重さなどを表すための単位です。
      長さはメートル、重さはグラム。
      これが基準となり、後は同じ基準でそれぞれ次の大きさの単位を使用することになります。

      そう、世界が単位を通じて一つになるのです。
      内藤財団は創設時から常に世界がよりよくなることを願い、その実現に貢献してきました。
      詳しい計算方法については明日、全ての地域に無料で配布する新聞をご覧ください。
      ラジオではただいまからコマーシャルの一部として告知が始まります。

      また、全ての企業、小売業の方。
      このメートル法に賛同し、導入してくださるのであれば、内藤財団の製品を通常の四割引きの価格でご提供させていただきます。
      全ての製品が対象となります。
      大型の重機、電子機器、食品に至るまで、一切の例外はありません。

      今日は記念すべき日。
      改めて、世界中の全ての皆様にお伝えいたします。
      世界を繋ぐ新たな絆、単位を 内 藤 財 団 が 発 明 、 発 表 い た し ま し た」

649名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:12:31 ID:2nMT7N0s0
単位の発明。
これは世界を変え得る発明だった。
物ではなく、概念の発明を行った企業は十数世紀の間一社もなかった。
思いもよらぬ発表に、カメラのフラッシュが絶え間なくたかれ、写真が撮影される。

同時にラジオでもこの中継が行われ、世界中の街に情報が流された。

ξ゚ー゚)ξ「そしてもう一つ。
      この発表に伴い、内藤財団が先ほど発表した格安ラジオを全ての街に寄贈させていただきます。
      一つの例外なく、全ての街に設置できる公共ラジオとしてお使いいただけるよう、街の規模に応じて最大で一〇〇台のラジオを寄贈いたします」

ラジオの値段を破壊するような商品の発表が行われた直後、それを寄贈すると発表した瞬間、記者たちの我慢がついに限界を超えた。
一斉に質問の嵐が吹き荒れ、絶賛する言葉と共に、その真意を問いただす言葉も飛び交った。
ツンディエレは眉一つ動かさず、ましてや驕るような様子も見せずに質問に答えていった。
すでにニョルロックでは号外が配られ、街の人間は皆内藤財団の気風の良さに驚き、それを称賛した。

――今、世界が一歩大きな変化を遂げようとしていた。

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     /  /   /    /  /≠=ナメ、 {:{|    .} l   .l  iヽヽ,
    r  r'   |    |  /''゙゙゙゙゙゙゙゙'ヽ, `ト|.   ,ノハ. |  l   l ト、ヽ、
    l  |  _ l ./   . | ./ヾ《::Q::〉 !  l|   ./ノ=.i ト  }i |ハ l `ー
     { /| /ム.| {   /|./ 〃=- ‐ '   | ./r'⌒`、l | .} l  l リ
    l| .{ {   { |.   | r'         /イ .{!:Q::) }}.l ! l| }  「そう。 我々は世界を――」
     _| ||↑| l   |            ヽ、`''‐=' l / ハ .l
   ‐=ニ l ハ.ゝ !   |            .:::/    l.レ ./ }/
Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編 第五章【lure-囮-】 了
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650名も無きAAのようです:2017/03/28(火) 22:15:20 ID:2nMT7N0s0
これにて第五章は終了となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

651名も無きAAのようです:2017/03/29(水) 16:45:58 ID:WtgaQte20

お約束とはいえ大佐のAAの可愛さと地の文の格好良さのギャップが妙な笑いを誘う
なにやら新たな展開のにおいもしてきたし…どうなる

652名も無きAAのようです:2017/03/30(木) 01:54:04 ID:0EMcrYXw0
おつ
アイディールすげぇなぁ
カワサキならなんとかしてくれるよね

653人妻:2017/04/04(火) 12:58:14 ID:hqi8NjeA0
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654名も無きAAのようです:2017/04/05(水) 00:32:35 ID:pZUIjuSs0
原作の丸パクリ?

655名も無きAAのようです:2017/04/05(水) 20:22:34 ID:lmhZZ/GE0
>>654
The Ammo→Re!!は作者の脳内にある妄想小説でございますので、あまりお気になさらないでください。

656名も無きAAのようです:2017/04/08(土) 21:08:31 ID:OwrVHCn.0
一番最初で戦闘機モノなのかと思って今まで読まなかったけど読み始めたら面白くて一気に追いついちまったわ
続き楽しみにしてます

657名も無きAAのようです:2017/04/13(木) 09:22:38 ID:3cgZ3.hY0

デレシア無双が気持ちええな

658人妻:2017/04/14(金) 11:33:14 ID:tRAn3.Ro0
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まだ途中までですが、今後はこちらのサイトにもAmmo→Re!!のようですをまとめていきます。
明日には第五章までのものが全て載せられると思いますので、
よろしければご利用ください。

660人妻:2017/04/16(日) 10:35:30 ID:QbnGuBvM0
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661名も無きAAのようです:2017/04/27(木) 19:45:10 ID:7ONswBNU0
ショボンの有能感好き
デレが何度も組織叩き潰したこと知ってるみたいだしどういう立場になってくるんだろうなぁ

662名も無きAAのようです:2017/05/03(水) 16:36:58 ID:N80WR3D60
明日の夜VIPでお会いしましょう

663名も無きAAのようです:2017/05/03(水) 18:12:30 ID:DlhAWLVc0
わーい!

664名も無きAAのようです:2017/05/03(水) 19:20:19 ID:TqCco6Vs0
ペース早いなありがてぇ
楽しみに待ってる

665名も無きAAのようです:2017/05/04(木) 00:18:55 ID:wM0LixR60
やったぜ。

666人妻出会い掲示板:2017/05/04(木) 17:24:31 ID:RhFCBFSg0
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667名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:15:00 ID:NjkwanZg0
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嵐の中で孤立したのならば、流れに乗るのが上策だ。
そうすれば、少なくとも嵐に刃向う心配はなくなる。
だがもし、嵐に刃向うのであればその者は嵐の運び手となり得るだろう。
そしてその運び手は、嵐を新たな場所へと誘う災厄となるのだ。

――シンディー・バートン:著 【嵐の中】へ、より抜粋。

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避暑地として、また、手つかずの豊かな自然が多く残る街として有名なティンカーベルにはあまり知られていない観光名所があった。
それは遺跡だ。
だがそれは非文明的な人間達が暮らした時代の名残ではなく、現代に生きる人間よりも優れた技術を持つ時代に生きていた人間が残した未来の残滓。
そこから発掘された多くの遺産が分析、修復されることで現代文明を驚異的な速度で発展させてきた。

太古の遺産は最新の機材として世界に広まり、今やなくてはならない物となっていた。
修復されたもの以外にも設計図を基に再現された物もあり、当時使われていた材料を代用することで大量生産が可能となった。
発明品を生み出したと喜んでいた者も、設計図やその発明品の上位互換品が発掘されたことによって鼻を折られ、次第に発明家は姿を消していった。
現代の人間が過去の人間の模倣をする時代ではあるが、それが彼ら人類にとって何か不都合かと問われれば、答えは否。

考える時間が省略され、代わりに、人類が最も反映していたとされる時代を取り戻しているのだから、好都合極まりない話だ。
方法や形態はどうあれ、進化は生物にとって都合のいいことなのだから。
結果として行き過ぎた進歩が人類に終焉をもたらしたが、それを手痛い教訓として人々が覚えることはなかった。
進化を止めることは誰にもできないのだ。

終焉を迎える前に、人間は多くの娯楽を機械経由で得ていた。
映像や文字、音楽などの情報は人間の手によって生み出され、そして機械を通じて人々へと送り届けられた時代。
その時代の名残であるラジオは現代では高級品だが、多くの家庭が購入する家電であり、娯楽を家に届ける数少ない道具だった。
ラジオが届けるのは娯楽だけではなかった。

小さなラジオから流れてくるのは流行の音楽や、軽快な口調でリスナーから送られてきた手紙を読み上げる声だけではなく、集約された世界情勢も流れてくる。
世界の情報もそうだが、ラジオの利点はそれだけではない。
専用の周波数に合わせることで、その地域に限定した情報が流れてくるのだ。
伝令よりも早く、警鐘よりも正確に情報の伝達が出来るラジオは、今や世界中どこの街にも必ず一台はある。

だがそれはあくまでも娯楽方面の進化。
人類が進化する上で産まれた、いわば副産物だ。
人類史を語る上で最重要項目に挙げられる道具は別にある。
それは兵器。

戦争のために作られた道具であり、動物の中でも人間だけが幾度となく繰り返す愚行の象徴。
兵器の進化こそが、人類の中でも重要な位置にあることは議論の余地もない。
開発過程で産まれた多くの副産物が人の幸福につながるという皮肉な側面も踏まえて、正に、兵器は人類進化の何よりの証と言えるだろう。
争いがなければ人の進化はなかったはずだ。

668名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:19:41 ID:NjkwanZg0
人類が開発した兵器の中でも最高傑作と言われるのが軍用強化外骨格、通称“棺桶”だ。
人間を殺し、兵器に対抗するための兵器。
無人機が人間にとって代わると言われた時代もあったが、それは結局幻想のまま終わった。
結局、手段はどうあっても人を殺すのは人だったのだ。

無人機同士での破壊は所詮、互いの財政を圧迫するだけで大した効果は得られなかったのである。
経済的な圧迫が戦争終結に結び付くこともあるが、憎しみが増大し、それまで市民だった人間がテロリストに転じる事が増えた。
テロリストと化した人間は難民として世界中に散り、そして、神の偉大さやその他諸々の言葉を口にして凶行に走った。
その時、無人機は全く意味を成さず、人々は命だけでなく他者に対する信頼までも失う結果となった。

失った物はあまりにも大きすぎた。
そして理解した。
恐れるべきは無人機などではなく、やはり人間なのだと。
無人機は生産するのに時間と金、手間と材料がかかるが人間は日に日に増え続け、更に機械では実行不可能な臨機応変な行動をすることが出来る。

勿論、そんなことは無人機開発の段階で分かっていた。
機械が人間を殺しても、人間は機械に対する信頼を失わない。
人工知能を恐れて人が暴動を起こすこともないが、同じ人間が殺しをしたとなれば、それは信頼問題に発展する。
移民の全てをテロリスト予備軍と恐れるようになった人間は暴動を起こすようになったが、国内に長らく潜伏していたテロリスト細胞の努力によってその暴動は内戦へと昇華された。

無人機を作る事の出来ない貧困国では、子供をある程度の年齢まで育てたら爆弾の運び手として様々な場所に移動させることで、大国の無人機に対抗することに注力した。
それが無人機戦争にとどめを刺した。
どのような機械でも、人の心の中身、爆弾を将来的に抱いて死ぬ人間を見つけ出すことは不可能だ。
子供たちはまるで無人機のように世界中に散らばり、死んでいった。

近所に越してきた移民たちを住民達は恐れ、排除し、それを差別と声高に叫ぶ人間達との間に決して埋まることの無い亀裂が生まれた。
やがて時が流れ、大きな時代の分水嶺が訪れ、無人機は無用の長物となった。
戦争は一周し、人同士の殺し合いへと戻ってきた。
こうして戦争の花形は無人機から人へ、そして、人が操る兵器へと移行していった。

人間が自己判断で動ける上に、装甲を身に纏う事から安全性を確保し、更には個人携行が可能になった事は戦場に大きな変化をもたらした。
それまで陸上最強だった戦車に対して、歩兵が正面から立ち向かう異様な構図が生まれたのだ。
正に、これこそが強化外骨格の本質だった。
新兵を猛者以上の存在へと変えるそれは、人と人との殺し合いをより激化させた。

訓練はほぼ無用であり、必要なのは、俊敏さと応用力、そして無慈悲な決断力。
強化外骨格、“棺桶”を身に付けられたならば、例えそれが十歳にも満たない少年であっても、兵士を素手で殺すことが出来る。
必要なのは人間だけであり、経験は機械が補ってくれるのだ。
世界が戦場と化し、戦場はやがて地獄と化し、そして焦土と化した。

時は流れ、現代になってもその姿は維持され続け、強化外骨格は最高の殺し道具として存在している。
常識で考えるならば、強化外骨格を身に纏っている人間と生身の人間では殺し合いに発展すらしない。
一方的な殺し。
それが一般的だ。

棺桶を破壊する武器があっても、使う人間の技量と度量、そして経験値が無ければその武器は通常の武器と何ら変わりのない物でしかない。
鎧の有無は殺し合いに於いてはかなり重要な意味を持ち、鎧を持たない人間は常に死と隣り合わせの状況を味合わなければならない。
そのため、小型であるAクラスの棺桶は少しでも使用者が戦闘で生き残れるようにと、対棺桶戦闘に特化した設計をしている。
設計者の考えと執念がよく表れているのがAクラスの特徴でもある。

669名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:20:58 ID:NjkwanZg0
両者が強化外骨格を使用したならば、それは大規模戦闘にも匹敵する殺し合いになる。
拳が砲弾並の威力を発揮する物も開発されており、それは、使用者の筋量を無視した殺し合いが可能であることを意味している。
例えば。
八月十一日のティンカーベルにある路地では、性別や体格差を無視した戦闘が行われていた。

从'ー'从「あれぇ? 皆向こうに行っちゃったけど、あんたは行かないのぉ?」

棺桶は大きく三種類に分類される。
最小のAクラス、中型のBクラス、そして大型のCクラス。
ワタナベ・ビルケンシュトックが装着するのはAクラスの“エドワード・シザーハンズ”。
軽量、そして必要最小限の力で棺桶を相手に出来るように設計された“コンセプト・シリーズ”の一つだ。

両腕に筋力補助を兼ねた籠手、そして十指を彩るのは淑女の繊手めいた鉤爪。
その十本全てが高周波発生装置を備えた棺桶殺しの武器。
正に、機能美の集大成。
実際、名匠として名高い設計者のT.バートンは自身が掲げた“決して優雅さを失わず、戦場に於いて洗練された姿を保つ”の目的を見事に達成した一作品を仕上げて見せた。

( ・曲・)『とは言っても、僕らは機動力補助が無いですからね。
      あちらはあちらに任せて、こちらはこちらで楽しみましょう』

ワタナベの隣に立つキャソック姿の男は、聖職者じみた口調でそう言った。
無知故の思い上がりか、それとも戦闘慣れした人間が持つ余裕なのか。
男の口調、立ち振る舞いからは何も分からない。
相対する者の分析を困難にしているのは、男の装備だ。

使用できる棺桶は一人一つ、というわけではない。
もしも装備できるのであれば、複数の棺桶を身に着けて戦う事は出来る。
例えば補強部位の異なるAクラスの棺桶であれば、同時にその特性を我が物にすることが出来る。
棺桶一つの金額が膨大であるが故に、ほとんどの人間がそうしないだけだ。

キャソックの男が“マハトマ”と“ハンニバル”を装着していたとしても、潤沢な資金源と資材が背景にある事を考えれば不自然でも不思議でもない。
だが棺桶を二つ装着しているから強いとは限らない。
ただ物珍しいだけで、そんな人間との戦闘が一般的な人間にとっては稀なだけだ。
そう、稀というのはつまり、未経験に近い物がある。

未経験での戦闘行為の恐ろしさは、戦闘経験が多い人間であるほど分かっている。
特に棺桶の戦闘では、相手の棺桶の正体を知らないだけで命取りになる。
可能であれば戦闘行為を避けるべきだが、それは対峙する人間の事情による。
男とワタナベに向けて殺意を放つ女が眼前の男を敵と見ているのか、それとも獲物として見ているのか。

ヘッドマウントディスプレイに覆われた瞳からは、何も読み取れない。

ノハ<、:::|::,》『……で、あんたらはどうするんだ?』

その場でただならぬ殺気を放つヒート・オロラ・レッドウィングは、奇妙な組み合わせの二人に向けてその言葉を送った。
彼女の装着する棺桶、“レオン”はAクラスでありながら全身を覆い、尚且つ対強化外骨格用の強化外骨格と言う、兵器界の食物連鎖の頂点に位置する物。
例え棺桶を装着した人間が二人相手でも、後れを取るような設計はされていない。
右手の杭打機は装甲を貫き、そして悪魔じみた造形をした巨大な左手の五指は棺桶の動きを奪うための武装だ。

670名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:23:07 ID:NjkwanZg0
ゼロ距離で放つことを前提とされた左手の電撃は豪雨の中でも威力を損なう事はなく、確実に対象のバッテリー、電子機器を破壊することで動きを奪う。
それのみならず、高周波振動の武器に対する耐性も備えており、薄い装甲を守るほぼ唯一の楯としての機能も備えている。
電撃で身動きが取れなくなったところを杭打機が貫き、操る人間――棺桶持ち――を屠り去るという、単純かつ明確な運用設計はコンセプト・シリーズにこそ相応しい。
鎧を纏った二足歩行獣のような風貌のレオンに対して、洗練された車両の様な造形をした棺桶が豪雨の中身じろぎ一つせずに返答した。

深紅の装甲は雨に濡れていながらも、溶鉱炉のような赤々とした輝きを放っていた。
カバーに覆われたモノアイの光が雨粒に反射し、輝きがまるで火花のように散っている。

(::[ Y])『先ほども言った通り、私は私の目で正義を判断します。
    少なくとも今、私の目の前には悪が二人。 そして、どちらでもない貴女が一人。
    排除するに値するのは悪のみと、私は決めています』

舗装路を高速で移動することに特化して設計されたコンセプト・シリーズの“イージー・ライダー”を駆るのは、ジュスティア警察に所属するライダル・ヅー。
警察の最高責任者の傍らで静かに策謀を巡らせ、冷静沈着に行動する冷血な秘書。
これまでの彼女は感情で動くという愚は犯さず、命令には絶対服従する機械の様な人間だった。
鉄血の女秘書と陰で囁かれ、人間味を欠如したまま育った機械人形と恐れられた女。

法律に従って死刑宣告を下し、一切の慈悲なく電気椅子のスイッチを入れ、自らの手で絞首刑を執行することもあった女。
全ては定められたものに対しての絶対的な服従から来る行動であり、規律を重んじる組織からすれば理想的な人間だった。
彼女と仕事を共にした人間は皆口を揃えて彼女の事を冷徹な機械だと評するだろうが、今や彼女の言動は従順な機械とは明らかに異なり、人間的な物となっていた。
恐らくは彼女の人生で初めて、上官の命令に対して異議を唱えたのである。

正義とは何かを判断するのは自分自身の目であり、誰かの命令ではない。
そのため、判断は自分で下す、と。
かつての彼女を知る人間が聞いたら間違いなくその正気を疑う言葉だった。
衝撃的な言葉の直後、上空に現れた赤い信号弾に呼び寄せられるようにして敵が一人去り、彼女に命令を下した二人の上官はそれを追って消えた。

円卓十二騎士と呼ばれるジュスティアの最高戦力に属するショーン・コネリとダニー・エクストプラズマンの目的は眼前にいる罪人ではなく、脱獄犯の逮捕もしくは処刑だった。
信号弾が上がった理由についての説明を一切受けていなかったが、彼女からしたら命令違反で咎められる面倒が省ける幸運に恵まれた。
そして残された彼女は文字通り、自分で下した判断を実行し、その後処理をすることにした。
彼女に抱えられたままの男は不機嫌そうな視線を彼女に送り、そして次に皮肉めいた言葉を送った。

(=゚д゚)「そうかい、それは良いんだが。
    俺を降ろすってことを忘れるなよ」

トラギコ・マウンテンライトはそう言って、厚い装甲に覆われたヅーの胸を拳で叩いた。
彼のぎらついた眼は豪雨の中でもはっきりと分かる程に殺意に満ちていた。
その殺意は、茂みに隠れる飢えた虎から放たれるそれ。
戦いの瞬間を待ち、いつでも襲い掛かる事の出来る状態だ。

(=゚д゚)「そいつらは、お前の手に余るラギ」

大きな水たまりの上にゆっくりと降ろされ、トラギコは鼻の頭についた水滴を鋼鉄の籠手で覆われた親指で拭った。
降り注ぐ雨が再び彼の鼻を濡らしてしまうため、その行為自体に意味はない。
全くの無意味極まりない行為だ。
だがそれだけで、トラギコの顔つきが変わったのは事実。

覚悟を決める動作など、ほんの些細な、それこそ無意味と思われるような物でいいのだ。
優れたスポーツ選手が試合前にする動作と同じく、心を落ち着けるための一動作。
吐き出した溜息には熱がこもっており、その心臓はエンジンの様に激しい鼓動を刻んでいる。

671名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:24:57 ID:NjkwanZg0
(=゚д゚)「でも、手は貸してもらうラギよ」

(::[ Y])『……背中ではなくてですか?』

トラギコは如何にも驚いた風に眉を吊り上げ、意味ありげな笑みを浮かべた。
あの分からず屋の石頭であるヅーが、トラギコの意図を理解していたとは驚きだったのだ。
何も言わずとも最善の手を考えたとは、実にいい兆候だった。
指示をする手間が省けて助かる。

(=゚д゚)「分かってんじゃねぇか」

(::[ ◎])『貴方の考えそうなことですから』

より広角の映像を処理する為に頭部のレンズカバーを展開したヅーは肉食動物を思わせる四足歩行に切り替え、その背にトラギコが乗った。
騎乗する旧世代の騎士を思わせる姿は、あまりにも不恰好。
槍であれば格好も付いただろうが、彼が持つのは山刀に近い剣。
騎馬戦ではまず使用されない武器だ。

しかし彼が乗るのは機械仕掛けの獣。
理性と知性、そして破壊力を備えた正義の信仰者。
どの位置に相手がいようとも、確実にトラギコの刃を届かせる。

(=゚д゚)「動きは手前に任せるラギ。
    さて……」

高周波刀、“ブリッツ”を肩に乗せてトラギコはその視線をまっすぐ目の前の敵に向けた。
そして彼は。
まるで。
虎のように――

(=゚д゚)「やるぞ!!」

――吠えた。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編 第六章【bringer-運び手-】
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     |ニニニ|=|ニニマニ/二二二二ニマニ/ニ=l|=lニニニ|
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     |ニニ=(_卜、:::::::{:{ γ⌒ヽ .}:}::::::::::/〕!=ニニ|
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       \__|ニニ\\:`≧=-=≦´ //ニニ|__/
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August 11th PM13:01
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672名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:44:54 ID:NjkwanZg0
イージー・ライダーは両手両足に備わった車輪によって、爆発的な加速力と機動力によって物資の運搬や追跡を目的に設計されたコンセプト・シリーズである。
秀でた武器があるとしたら、舗装路に於けるその機動力だけ。
それだけに特化したイージー・ライダーがその四肢を使って奔るという事は、攻撃性を捨てて安定性と速度を獲得した戦闘行為に備える事を意味する。
無論、舗装路に於けるその速力は他の強化外骨格を遥かに凌ぐ。

ただの人間であれば、その速度に翻弄されて詳細な姿を見る事さえ敵わないまま轢殺されるだろう。
例えば、部分的に補強をするだけのAクラスの棺桶であれば、その速度に追いつくことは非常に難しい。

( ・曲・)『あーあ、面倒なことになってしまいましたね』

神父と呼ばれていた男の呟きにはさほどの緊張感も感じられない。
十指を擦り合わせて不気味な残響音を雨音に忍び込ませたワタナベもまた、緊張感を欠いた様子で男を見た。

从'ー'从「あらぁ? 強気な女は好きじゃないのぉ?」

( ・曲・)『大好きですよ、そりゃあねぇ。
     だけど、暴力的な人間と強気な人間は別物で――』

(=゚д゚)「お喋りも結構だがな!!」

男が瞬きを一度した隙をヅーは見逃さなかった。
当然それはトラギコも狙っていた好機。
豪雨と言う環境が誘発する瞬きは生物である以上、止められない。
“マハトマ”を装着する男はその両腕を無造作に持ち上げた。

マハトマはレリジョン・シリーズ――宗教関係の人間が設計、開発した棺桶の事――の代表格であり、非戦闘向きの棺桶の筆頭に挙げられる。
あくまでも筋力補助を目的に設計されており、マハトマは戦闘には向かない。
ただし、過酷な環境での使用が想定されているだけあってその頑強さは確かだが、今回は相手が悪かった。
ただの無銘の刀であれば防げるだろうが、トラギコが持つのはブリッツ。

緊急時に強化外骨格を切り捨てるため作られた、ただ一つの目的に特化したコンセプト・シリーズ。
高周波振動の武器を防ぐには、同じ機構を持つ物が必要不可欠だ。
マハトマの装甲など問題ではない。

(=゚д゚)「マハトマなんぞが!!」

速度を乗せたその一斬はマハトマを両断し得る威力が十二分にあったが、直前にそれを防いだエドワード・シザーハンズの五指までは切り落とせなかった。
同じ高周波振動発生装置を備えた武器同士では、よほどの違いが無ければ互いを破壊することは出来ない。
加速しての一撃だったが、ワタナベは指を揃えて一つの柔軟な刃を作り上げ、トラギコの攻撃を受け流したのである。
人間の反射速度の成す技ではない。

見てから行動したのでは間に合わない。
つまり、見る前から動いていたのである。
ワタナベは男の瞬きにトラギコが攻撃を合わせてくることを予期した上で、手を出したのだ。
一瞬の攻防でその技量を理解したヅーは悪戯に追撃をせず、距離を空けて再びワタナベたちに向き合った。

本格的な戦闘に慣れていないヅーに関しては、この女に対して臆病なぐらいがちょうどいい。

673名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:50:15 ID:NjkwanZg0
从'-'从「ったく、マドラス・モララー。
     自分の事は自分でやってよぉ」

( ・曲・)『これはどうも。 いやはや、貴女が異常者でなければ惚れているところでしたよ。
      ところで何でフルネームを――』

ノハ<、:::|::,》『手前の相手はこっちだよ!!』

ワタナベの後ろにいたモララーの顔を悪魔の手が捕えたかと思うと、黒い腕は彼をそのまま力任せに投げ飛ばした。
頑強な素材で作られた建物の壁面に頭から激突したが、両腕を使って防御していたのをその場にいた全員は見逃さなかった。
へらへらしていても、戦闘経験はそこそこあるようだ。
口元を覆う奇妙な棺桶がどのような能力を持つのか、ヒートはまだ知らなかった。

量産されていないコンセプト・シリーズに対する最善の対抗策は、相手の能力を見極めることにある。
何に特化し、何が苦手なのかが分かって初めて攻略の糸口が見えてくる。
それまでは迂闊な攻撃を避けるべきだろうが、今は悠長なことを言っている時間はない。
彼女はティンバーランドの人間から聞き出さなければならない情報があった。

一度ならず二度までも、遠隔操作の棺桶を使ってヒートとの直接的な戦闘を避け続けている母親の情報。
弟と父の敵であるクール・オロラ・レッドウィングは今、どこにいるのか。
本当の仇を見つけた今、ヒートの目的は復讐を完遂させることだけだった。
島の行く末などに興味はなく、ただ、純粋な殺戮衝動があった。

こうしている間に隠れられたら見つけ出すのは至難の業だ。
そうなる前に居場所を聞き出し、逃げられる前に殺さなければ次の機会がいつになるのか分からない。
機会が失われる可能性すらあるのだから、焦るのも無理はない。
一見してモララーに対しての攻撃はやりすぎに見えたかもしれないが、頭さえ残っていれば人は喋る事が出来る。

彼女は経験上、どの程度痛めつければ人が死ぬのかは理解していた。
それに、彼の顔は棺桶で護られているのだ。
多少の無理をしても壊れることはそうないだろう。
咄嗟の事にも拘らず防御を成功させたモララーだったが、体勢を整える前に電光石火その速度で現れたヒートに後頭部を再び掴まれ、タイルで覆われた壁に向けて投げ飛ばされた。

壁にモララーの背中が触れるよりも早く、ヒートは飛び蹴りを放っていた。

(;・曲・)『ちょっ!!』

防御の姿勢を取ったモララーの素早さは称賛に値したが、その防御は大した意味をなさなかった。
モララーを蹴り飛ばしただけでなく、ヒートの飛び蹴りは背後にあった壁を易々と破壊したのだ。
二人の姿は壊れた壁の向こうに消え、そこから再び金属と金属をぶつけ合う音が響いてきた。
一方で、一瞬の内に味方を目の前から失ったワタナベは涼しげな表情をしていた。

从'ー'从「じゃあねぇ」

(=゚д゚)「よそ見してんじゃねぇぞ!!」

首狙った一閃をワタナベは上半身を仰け反らせることで回避し、そのままバク転で距離を取った。
高々と水飛沫を上げ、イージー・ライダーは建物に激突する前に急制動をかけ、素早く方向転換した。
車輌には厳しい地形の狭い路地だが、四肢を自在に動かすことのできる四輪走行ならば問題はない。
速度と装備の有利を持つトラギコ達の攻撃を捌くワタナベは、一体どれだけの死地を潜り抜けてきたのだろう。

674名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 08:55:06 ID:NjkwanZg0
毒ガス散布をしてただ殺しを楽しんでいただけではないはずだ。
どこかで高度な訓練を積み、棺桶との戦闘を嫌と言うほど経験したと見て間違いない。

从'ー'从「そうねぇ、刑事さんだけを見ていたいんだけどぉ。
     その女、邪魔なのよねぇ」

体勢を立て直した直後からヅーは吹き荒れる風のようにワタナベの周囲を高速で動き、トラギコはそれに合わせて刃を振るう。
鍔迫り合いにはなる物の、ワタナベは的確にその両腕を振るって攻撃を防いだ。
速力があろうとも、当たらなければ意味がない。
ワタナベの棺桶は斬撃を受け流すのに適した形をしており、一撃の重さこそないが、防戦の点ではトラギコを凌駕していた。

こうして面と向かって刃を交わして分かる、ワタナベの実力。
トラギコは歯噛みした。
例え一対一で対峙したとしても、ワタナベの方が実力的には上に違いない。

(=゚д゚)「だとさ!」

(::[ ◎])『……不愉快な発言ですね』

轢殺しようとしないのは、ヅーがその一手が悪手だと理解しているからだ。
速度と質量による一撃は確かに強力だが、それを行うのは彼女の体。
すれ違いざまにワタナベが高周波振動を続けるその指を掠めさせるだけで、高速で接近するヅーにとっては致命傷になってしまう。
十本の高周波振動兵器は容易に攻略できそうにもない。

从'ー'从「あらぁ? 嫉妬かしらぁ?
     でも残念、付き合いは私の方が長いのよぉ」

(=゚д゚)「何でもいいからさっさとくたばれってんだ」

(::[ ◎])『逮捕はしないのですか?』

(=゚д゚)「出来るならそうしたいが、こいつは殺した方が早いラギ。
    捕まえようとすれば殺されても文句は言えないラギよ」

从'ー'从「それは残念。
     手錠プレイ、してみたかったんだけどねぇ」

(::[ ◎])『……どういったご関係で?』

(=゚д゚)「刑事と犯罪者以外に何があるってんだよ」

从'ー'从「それで十分じゃない」

殺し合いの最中、ワタナベは鉤爪を付けているにもかかわらずそれで己の身を抱きしめ、悶えるような仕草を取った。
心なしか、その顔は少し上気しているように見えた。
殺し合いで興奮する、本物の快楽殺人鬼。
不気味なまでの妖艶さに、トラギコは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

まるで恋する十代の乙女。
狂気を孕んだ恋する女程恐ろしい物はない。

675名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:01:34 ID:NjkwanZg0
从'ー'从「繋がりなんてぇ、それで十分よぉ」

言葉の途中でヅーは動いた。
折角の隙を見逃すまいと、優等生じみた一手を選んだのである。
その唐突な動きに、トラギコは合わせるしかなかった。

(::[ ◎])『この……変態が!!』

从'ー'从「女の嫉妬は見苦しいわよぉ」

勢いを乗せた一撃。
今度ばかりはいなせないよう、トラギコは上から振り下ろした。
そのまま両断されるかと思われたが、ワタナベは人間にはおおよそ考えられない足さばきでそれを避けた。
立ったままでの回避行動。

ワタナベのそれは正しい判断だったが、ヅーはそこで生じたワタナベのミスを見逃さなかった。
彼女が背中を向けたのだ。
高速回転をする左拳のタイヤで思い切り薙ぎ払う。
当たらないのならば、手数を増やせばいい。

一つの刃で駄目なら、他の武器も使えばいいという発想。
それも、防御の困難な下半身を狙っての一発。
ヅーらしからぬ容赦のない一撃だったが、ワタナベはその一撃を見ても笑みを絶やさなかった。
トラギコは嫌な予感がした。

否、予感ではなく確信だ。
殺し合いの中で起こり得る、刹那の判断と結果。
ワタナベは振り返りもせず、後ろ腕でヅーのタイヤを掴み、高周波振動の一撃であっさりと引き裂いた。
爆発音にも似た空気の炸裂音が響く。

結果から言うと、この攻防はワタナベの勝ちだった。
金属同士が激しく擦れ合う事で鮮やかな火花が散り、軸が完全に破壊される寸前でヅーは後退した。

从'ー'从「残念」

(::[ ◎])『……ちっ!!』

これで三輪。
ワタナベから距離を置いたヅーは、左手を見て舌打ちをした。
軽量化の施されたホイールがズタズタにされていた。
軸が歪み、交換修理をしない限り再び回転することはないだろう。

(=゚д゚)「熱くなるんじゃねぇラギ!!
    そいつはただの殺人狂じゃねぇ、理性のあるナイフだと思え!!」

从'ー'从「あははっ!! 注意されてるぅ!!」

(=゚д゚)「手前は黙ってろ!!」

676名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:04:40 ID:NjkwanZg0
トラギコには奥の手がある。
今はこうして高周波刀に注目させておき、しかる後にベレッタM8000で撃つ。
近接戦闘ばかりに注意させておけば、必ず隙が出来るはずだ。
高性能レーダー並の警戒力を持つワタナベに通用するかは、運次第。

(::[ ◎])『……この女、気に入りません』

(=゚д゚)「そりゃそうだろ……」

警官でワタナベを気に入る人間はまずいない。
猛毒ガスを散布して一般市民を殺し、愉悦に浸り、性的快感を覚える極めつけの変態なのだ。
世の中にいないほうがいい人間の、上位三人に入るだろう。

从'ー'从「さぁて、どうするぅ?
     まだ私とヤるぅ?」

(=゚д゚)「ヤるに決まってんだろ!!」

从'ー'从「わぉ、情熱的ねぇ」

(::[ ◎])『下品な……』

从'ー'从「あらぁ? 負け犬も言葉を話せるのねぇ、知らなかったわぁ」

(;=゚д゚)「だから黙ってろ!!」

(::[ ◎])『安心してください。 あのような安く、低俗な挑発に乗ることはありません』

だが、その声色には先ほどよりも濃い殺意が込められていた。
女同士の争いはこれだから面倒くさいのだ。
意味の分からないプライドを持ち出し、意味の分からない意地を張る。
そこに巻き込まれる人間の事を考慮しないのだから、男よりもたちが悪いと言われても仕方あるまい。

(=゚д゚)「だったら、やることやるラギ!!」

(::[ Y])『勿論です』

レンズカバーを降ろし、ヅーは両脚のエンジン回転率を一気に上昇させる。
掠めただけでも致命傷になる程の加速を見せつけようというのだろうが、トラギコが乗っていることを忘れないでもらいたいものだった。

(=゚д゚)「……手前、やっぱり怒ってるだろ」

(::[ Y])『何故ですか? 何故、この私が怒る必要があるのですか?
     今は戦闘行動の真っ最中ですよ、悪ふざけは止めてください』

もう何も言うまい。
一度こうなった人間は、もう人の話を聞かない。
激しい感情に流された人間は利用するのが最善であり、それ以外は最悪の一手となる。
トラギコはヅーにだけ聞こえる声量で話しかけた。

677名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:06:36 ID:NjkwanZg0
(=゚д゚)「とりあえず、あいつは情報の塊ラギ。
    どうしても逮捕するっていうんなら反対はしないラギよ」

(::[ Y])『あの狂人が情報を喋るという保証は?
     先ほど貴方が言ったように殺した方がいいでしょうに』

それは誰しもが思う疑念だろう。
狂人が真実を話すか、と問われれば事情を知らぬ者でも首を横に振るだろう。
だが何事にも例外がある。
このワタナベが、正にその例外だ。

(=゚д゚)「殺した方がいいって言うのは間違いないラギ。
    だけどあいつ、もう一人の名前を何気なく喋ったラギ。
    フルネームでな」

(::[ Y])『……』

先ほど、何故か突然フルネームを口にしたワタナベ。
それは気紛れだったのかも知れない。
確かに言えるのは、そのフルネームが偽りでない確率が高いという事だった。
これまでの言動がトラギコを陥れるための罠だとしても、どうしても、ワタナベの言葉が嘘には聞こえなかったことは言わずにおいた。

何故か、トラギコはワタナベの事をある意味で信頼しつつあった。

(=゚д゚)「理由は分からねぇが、あいつは何故か俺に情報を流すラギ。
    使えるんなら、使わない手はねぇだろ。
    だったら半殺しでもいいラギ」

どちらかと言えば、ワタナベは相手の組織にとっての癌だ。
勝手に行動し、勝手に情報を流し、勝手に攪乱を始める。
味方に引き入れるとこれほどまでに迷惑な人間はいないだろう。
予想外の行動は、どんな組織でも迷惑がられるのが道理だ。

いつ切り捨てられても不思議ではない人間だけに、早い段階でこちら側に情報を流させたいのがトラギコの本音だ。
しかし、ワタナベは不確定要素の塊。
どう転んで味方にはならないだろう。
この女は人を殺すことを止められない。

そうである以上、トラギコにとっての敵だ。

(::[ Y])『分かりました。 では、死なない程度に痛めつけます』

(=゚д゚)「あぁ、そうしろ」

何故だか、この殺人鬼に対してトラギコはこれまでに抱いたことの無い感情を抱いていた。
あらゆる犯罪者、あらゆる容疑者、あらゆる被害者に対しても抱いたことのない感情。
それを言葉にすれば自分がこれまでに積み重ねてきた何もかもを失いそうな気がして、トラギコはいたたまれなくなった。
こ の 女 に は 、 何 か が あ る 。

678名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:09:49 ID:NjkwanZg0
トラギコが知らない、何かが。
勿論、他人の事であれば知らない事があるのは当然だ。
それが普通。
まして、相手は犯罪者の中でも最悪の部類に入る快楽殺人鬼。

知っている事があるとしたらその異常性ぐらいで、それ以外は知りたくもないし、知る必要もない。
それでも。
ワタナベ・ビルケンシュトックという女の目が、トラギコに訴えかけてくるのだ。
深淵の奥に隠れた物を見つけてみろ、と。

見つけてくれと、言っているような気がしてならない。

(::[ Y])『足、もらいます』

从'ー'从「あらぁ? 足だけでいいのぉ?」

(::[ Y])『でないと、手錠がかけられないですから』

いきなり殴りつけるような突風が顔を叩いたかと思った瞬間。
それがイージー・ライダーの急加速によるものだと、トラギコは理解した。
疾風を思わせる加速によって一瞬でワタナベとの距離を縮め、ヅーは攻撃を開始した。
狙いは足ではなく胴体。

当たりさえすればいいのだ。
当たりさえすれば。
逆を言えば、ワタナベは当たらないようにしなければならない。
なのに、回避行動の予兆すら――

(;=゚д゚)「……っ?!」

――ワタナベが何故こうも余裕なのか、その理由に気付いた時にはもう手遅れだった。

从'ー'从「ばーか」

ワタナベの足元に転がる、筒状の物体。
ピンの抜けた無数の音響閃光弾。
トラギコは咄嗟に顔面を両腕で保護し、そしてヅーの背中から飛び退いた。
もしもトラギコがそうしなければ、ヅーが振り落しただろう。

炸裂して強烈な光と音を放つ音響閃光弾。
相手の動きを防ぐ非殺傷の道具ではあるが、使い方次第では立派な武器となる。
覚悟を決めていたトラギコは視界を覆っていたがそれでも漂白され、耳を聾する爆裂音によって雨音は完全に消え失せた。
慣性の法則に従って放り出された体を衝撃が襲う。

着地に失敗したのだろう。
その後何がどうなったのか、トラギコには分からない。
この一瞬の間で命を奪う主導権を所有するのはワタナベだ。
対等に戦える装備を持つのはヅーだが、今は状況が悪すぎる。

679名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:12:20 ID:NjkwanZg0
棺桶がどれだけ優れた物だとしても、音響閃光弾の全てを無力化できるわけではない。
レンズカバーを覆っていたのは不幸中の幸いと言うべきか、それとも迂闊と言うべきか。
カメラの映像は一瞬とはいえ白く染め上げられ、マイクは許容量を超える音を感知したために自動的に遮断された。
こうして、イージー・ライダーはほんの一瞬だけ視界と音を奪われた。

広角をカバーする状態だったとしたら、ワタナベが建物の壁を背にしていたことに気付けたかもしれない。
回復したヅーの視界に映し出されたのは回避不可能な位置にまで迫っていた壁。
猛烈な速度で走っていたヅーがその壁を回避することは叶わず、壁を破壊してようやく停止した。
未だ聴力が戻らないトラギコは、白んだ視界から得られる情報でどうにか現状把握を試みる。

最初に目に入ってきたのは、無傷のままトラギコを見下ろすワタナベだった。

从'ー'从「……」

何かを喋っている。
表情は相変わらずの薄ら笑いを張り付けたもので、勝ち誇ってすらいない。
何を嗤っているのか、まるで分からない。

从'ー'从「……残念」

(;=゚д゚)「何言ってんのか分かんねぇラギ」

ようやく回復した耳が聞き届けたのは、ワタナベのそんな一言だった。
命を奪える優位にありながら、そうしないのはトラギコを生かしておく必要があると考えているからだろう。
それが組織の命令でないのは明らかだ。

(::[ Y])『この……女っ!!』

体に積もっていた瓦礫を吹き飛ばして、ヅーが立ち上がる。
民家の壁はそこまで厚く作られていなかったため、見た目よりもダメージはないだろう。

从'ー'从「どうするぅ?」

(=゚д゚)「手前がしぶといのはよく分かったラギ……」

起き上がりつつ、左手を懐のベレッタに伸ばす。
ここで使わなければ、恐らくワタナベを止めることはもう出来ないだろう。
しかし、そこにあるはずのベレッタが無かった。

从'ー'从「こういう無粋な物は使っちゃダメよぉ」

そう言って、ワタナベは鉤爪でトラギコのベレッタを弄んだ。
長い爪が災いして普通に構えることはできないが、銃爪を引くことは出来る。
それが証拠に、ベレッタの銃腔はトラギコを向いていた。

从'ー'从「刑事さん、どうするぅ?」

(=゚д゚)「……あ゛?」

680名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:13:57 ID:NjkwanZg0
人質など、ヅーには意味がない。
この冷血女はそれこそ、水を得た魚のようにワタナベに襲い掛かる事だろう。
ジュスティアの人間、特に警察官には異常なまでの正義感を持つ人間が多く所属している。
正義に狂った人間の秘書であるヅーが人質で動揺すると思っているのなら、ワタナベの考え違いだ。

この体勢でどのようにして銃弾を防ぐか、トラギコはそのことにだけ思考を割くことにした。
ワタナベが隙を見せた瞬間に籠手で頭部を防ぎ、即死することを回避すればいいだろう。
後は、ヅーが機転を利かせて隙を作ってくれれば――

(::[ Y])『……』

――しかし、考え違いをしていたのはトラギコだった。

从'ー'从「あらぁ? 秘書さん、どうしたのかしらぁ?
    あぁ、そうかぁ。
    元々、刑事さんしか知らない情報を聞き出さないといけないから、殺 さ れ た ら 困 る の よ ね ぇ」

(::[ Y])『……何故それを知っているのか、問う事は止めておきましょう。
    銃を捨て、大人しく逮捕されなさい』

从'ー'从「お願いする立場なのにぃ、何で強気なのぉ?」

(::[ Y])『犯罪者に対して弱気でいる警官など聞いた事がありません』

空気が凍った。
僅かの静寂が、それを如実に物語る。

从'-'从「……は?
     警官だから? だから犯罪者に対して強気?
     あんた、もういい。 白けた」

突如としてワタナベは落胆を露わにし、深い溜息を吐いた。
それは本当にヅーの反応に対して呆れ、あまつさえ立腹しているようだった。
それまでの様子が嘘のようだ。
正に、豹変。

子猫が獰猛な豹へと変わり、敵意を剥き出しにした瞬間。
ワタナベの殺意を察知したトラギコは、動物的本能に従って腕を眼前に掲げた。
この特殊合金製の籠手であれば、高周波振動の武器でも数秒は耐えられるはずだ。
だが、ワタナベの反応は予想外の物だった。

从'-'从「刑事さん。 はい、これ返すわぁ。
     私帰るからぁ、あとはよろしくねぇ」

鉤爪を器用に使い、銃把をトラギコに向けた。
相変わらず、この女の行動が分からない。
立ち上がり、M8000を受け取る。

(=゚д゚)「……あいつはいいのか?」

681名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:15:51 ID:NjkwanZg0
从'-'从「もういい。 その女のせいで気分が乗らないからぁ、私は知らなぁい」

気分屋の人間だとしても、ここまでの行動が許されるものだろうか。
仮にも同僚の前でこの行動は、言い訳のしようがない。
同士討ちをしてくれるのならば勿論歓迎すべきことなのだが、ワタナベの場合、その行動の根幹が全く読み取れないために素直に受け入れられなかった。

(;=゚д゚)「いいのかよ、一応同僚だろ?」

世界からしたらワタナベのような人間が死ぬという事は、それは間違いなく有益なことだ。
むしろ、今この瞬間にトラギコが銃爪を引けばワタナベを射殺できる。
薬室には間違いなく銃弾が装填されているし、安全装置も解除されている。
銃爪を引けば、トラギコの勝ちなのだ。

それが分かっていながら、トラギコは銃爪が引けなかった。
引こうという気持ちすら、湧き上がらなかった。
本能がそれを押し留めていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
ここで銃爪を引けば、自らが死ぬ。

相対しているのは、頭のネジが外れた異常者。
異常な心と異常な反射神経、そして勘を持つ制御不可能な殺人機械なのだ。
今は気紛れで生かされているに過ぎない。

从'-'从「いいのよぉ、別にぃ」

(::[ Y])『何を勝手な事を!!』

銃がトラギコの手に渡った事で、ヅーはこの機を逃すまいと一気に飛びかかる。
会話中だから隙があると考えたに違いない。
しかしながらそれは、早計極まりない愚かな判断だった。
無理からぬ話だが、このワタナベが考えなしに行動している殺人鬼ではないと、まだ理解が追いついていないらしい。

トラギコの本能が銃爪にかけた指に力を入れさせないのは、ワタナベが己の優位性を決して失っていないと確信している情報を察知しているからに他ならない。
行動の裏に隠された殺意。
その殺意を感じ取れているのはこの距離だからか、それともワタナベだからかは分からない。

从'-'从「だぁかぁらぁー!!」

全てがコマ送りのスローモーションで進んでいく。
もしもこれが一年前、否、一か月前のトラギコであればヅーが目の前で殺される光景を眺めることになっただろう。

(;=゚д゚)「馬鹿、止めろ!!」

トラギコの警告が半瞬でも遅れていたら、ヅーは本日二度目の転倒を味わうと同時に、急所を破壊されていたはずだ。
ワタナベの鉤爪は油断なくトラギコの手首を銃ごと掴み、いつでも投げられる準備が整っていた。
強化外骨格の補助があったとしても、高周波振動発生装置が付いているワタナベの鉤爪に掴まれれば脱出は不可能。
銃は発砲する前に切り裂かれ、投げ飛ばされたトラギコはヅーに轢殺されていたに違いない。

(::[ Y])『この、卑怯者がっ……!!』

警告が功を奏し、ヅーはタイヤ痕を地面に残して拳を振りかぶった姿勢のまま静止した。

682名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:18:38 ID:NjkwanZg0
(;=゚д゚)「手前もいい加減にしろ!!
    こいつにはまだ手を出すんじゃねぇラギ!!」

狙いはワタナベではない。
脱獄犯二人だ。
あの二人をどうにかすれば、ヅーの目的は達成され、後はトラギコをジュスティアに連行するだけになる。
ここで無意味に殺されるくらいなら、大人しくジュスティアに連行されたほうがましだ。

(=゚д゚)「こいつはそう簡単に殺せる奴でもないし、殺されるような奴でもねぇラギ。
    ……ワタナベ、手前、本当に引き上げる気ラギか?」

   I don't wanna kill you, but, I wanna do fuck with you.
从'ー'从「殺る気はないけどぉ、ヤル気はあるわよぉ?」

     Fuck you.
(=゚д゚)「……糞が」

その呟きは雨の中に溶けるようにして消えて行ったのであった。

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      ‘    /!、 :;;’ ;:,.”:;,;:,:,.,:;:;,;:,:,.;:;;:,:;,;:,;: ; ’;:   ,へ、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

獰猛なまでの戦闘力を有する強化外骨格、“レオン”を身に纏うヒート・オロラ・レッドウィングは獣よりも恐るべき膂力を発揮し、マドラス・モララーへの攻撃を続けていた。
ワタナベの相手を一方的にトラギコ達に任せ、ヒートは戦闘能力の低そうなモララーを狙った。
戦いに不慣れな人間は痛みに弱い。
痛みに弱い人間は意志が弱く、意志の弱い人間は、口を割りやすい。

ヒートが知りたいのは、遠隔操作の棺桶を使ってどこからか己の手を汚さずにヒートを屠ろうとしている女の居場所だった。
今すぐに殺すべき相手の名前はクール・オロラ・レッドウィング。
ヒートの実母だった。

ノハ<、:::|::,》『あの女はどこだ!!』

ワタナベよりも弱いという彼女の目算は当たっていたが、戦闘経験が皆無と言うわけではないらしかった。
確実に攻撃を回避し、何かを狙うねっとりとした視線をヒートに送り続けているモララーは、この狭い1LDKの空間を素早いフットワークで動き回る。
ボクサーがリング上で立ち回るような精密さはないが、低くした姿勢で攻撃を回避する姿は堂に入っていた。

683名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:20:14 ID:NjkwanZg0
( ・曲・)『さぁ、どこでしょうね!!』

言葉とは逆に、彼の回避動作は決して余裕がある動きではない。
辛うじて攻撃を回避し、どうにかヒートが隙を見せないかを窺うので精いっぱい。
堂に入っているが、所詮はそこまでの話。
ヒートには到底及ばない凡人のせめてもの抵抗。

ヒートは家具を蹴り壊し、床を左手で引き裂き、壁を右腕で粉砕して隣部屋と繋げた。
それでも、ヒートの攻撃は当たらない。
常人以上に逃げ慣れていると気付いたのは、アパートに開けたトンネルから反対側の路地に出て来た時だった。
如何なる理由なのか想像もつかないが、男は退路を常に探し、最善の退路を選んで行動している。

どこかに誘い出すつもりだろうか。

( ・曲・)『さて、どうでしょう、この辺りで諦めていただくというのは』

ノハ<、:::|::,》『諦めることだったら、諦めてやるよ』

かつて自分に何度も言い聞かせた言葉は、自然に口から出てきた。
諦めることを諦めた人間は、例外なく厄介な存在と化す。
ヒートが殺した人間の中にも何人もいた。
死の淵で抗い、我が子を守ろうとした母親。

復讐を誓ったヒートにとってその光景は心を痛めつけるには十分だったが、銃爪を引くことを躊躇う理由にはならなかった。
それもまた、ヒートが諦めることを辞めた人間だったからこそ成せた技だった。
この覚悟を持った相手に対して、脅しや威嚇行為は意味がない。
にも関わらず、モララーの反応は相変わらずだった。

娼婦を前にした男のように、自らの優位性を疑っていない。

( ・曲・)『はははっ、勇ましい事だ。
     どんな声で泣いてくれるのか、どんな顔に歪んでくれるのかが楽しみですよ』

ノハ<、:::|::,》『そうかい……』

逃げることにだけ専念する相手ならばいいのだが、モララーはそうではない。
教科書通りに反撃の隙を狙っているだけあり、こちらが迂闊に隙を見せようものならそこを狙ってくるのは間違いない。
ヒートはこういう手合いが面倒なのをよく知っている。
全てがマニュアル通りならばまだしも、一部がプロ級の能力値となると、予想できる動きとそうでない動きの見極めが難しい。

特に厄介な要素がモララーの口部を覆う棺桶だ。
防御特化、もしくは攻撃性に特化した物ではなさそうだが、その形状は明らかに噛み砕くための形状をしている。
モララーが逃げている間、それを使う素振りを一度も見せなかったことから近、中距離での戦闘が前提だろう。
それはヒートの持つレオンと同じ間合い。

使う絶好のタイミングを相手が得るより前に決着をつけ、終わりにするしかない。
地面が爆発したかのような衝撃と音が生じたかと思うと、ヒートの姿はモララーの正面に現れていた。
狙いは無防備な胴体。
重要な臓器の集う、生身の人間の持つ弱点の一つ。

684名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:23:05 ID:NjkwanZg0
杭打機では殺しかねないため、左手の鉤爪で腸を抉ることにした。
情報を聞き出すには生きてもらわなければならないのだ。
少なくとも、情報を話せる間は――

( ・曲・)『ははっ!!』

ノハ<、:::|::,》『……っ!?』

――次の瞬間。
両者の影に巨影が現れ、壁となってヒートの一撃を弾いた。
予期していなかったのはヒートだけで、モララーは分かっていたようだった。

〔::‥:‥〕『甘い』

二者の間に現れたのは、防御力に定評のある“トゥエンティー・フォー”。
使用者の命をその名の通り二十四時間守り続けることを前提に作られた機体だが、レオンの前には砂岩にも等しい。
だがヒートはその中にいる人間の声から正体を理解すると、己の感情に逆らって大きく一歩飛び退き、片膝を突いて着地した。
突然の増援に対して臆したわけではない。

警戒したのは奇襲の理由だった。
奇襲を仕掛けるのであれば、ヒートの頭部を踏み潰すようにして現れればいい。
そうしなかったのには理由がある。
その理由が分からない以上、相手に近づいたままなのは利巧とは言えない。

特に、クールと言う女が抜け目のない卑怯者である以上、無策で挑むつもりはなかった。
激情の中にも冷静さを持ち続けることが重要だ。
相手の装備を観察し、周囲の環境と装備から考えられる罠を考慮する。
豪雨と暴風のせいで満足に状況の把握が出来ないが、恐らくは、問題ないはずだ。

二人を相手にするのではなく、一人を相手にするのであれば十分なはず。

ノハ<、:::|::,》『やっと出てきやがったな!!』

堅牢な装甲を一撃で撃ち抜く必殺の杭打機を起動させ、狙いをモララーからクールへと完全に移行させる。
逃げられようが、追う必要はない。
狙うべきはクールだけ。
この女を殺さなければ、ヒートの復讐が本当の終わりを迎えることはない。

終わったはずの復讐劇、即ち、悪夢の続き。
夢はここで終わらせる。
その感情がヒートの体に熱を宿らしめ、濡れた体にも関わらず体温は下がっていなかった。

〔::‥:‥〕『いちいち騒々しい奴。 獣みたいだな』

堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。

ノハ<、:::|::,》『ぶっ殺す!!』

685名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:26:54 ID:NjkwanZg0
アスファルトの地面が文字通り爆ぜ、黒い颶風となってヒートが肉薄する。
一瞬の内に接近したヒートは、振りかぶった杭打機をトゥエンティー・フォーの胸部に向けて放った。
鋼鉄製の杭が高速で射出されて装甲を貫き、薬莢型のバッテリーが廃莢される。
杭は胸を貫いたが、背中のバッテリーパックまでは貫ききれなかった。

避けることを諦め、上半身を後退させて攻撃がバッテリーに届かないようにしたのだ。
それでも中に人間がいれば、間違いなく死んでいる一撃。
その一撃を受けても、棺桶からは苦痛など微塵も感じさせない女の声が聞こえた。

〔::‥:‥〕『単純な発想だな』

やはり、遠隔操作。
先ほど破壊した物とは別の物を使っているのだろう。
勿論、二度も同じ手を使われていれば可能性として視野に入れていた。
となれば、標的を変更する必要がある。

それでもまずは、装甲の厚いこのトゥエンティー・フォーを破壊するのが先だ。
モララーの楯にでもなられたら面倒だ。

ノハ<、:::|::,》『うるせぇ!!』

杭を引き抜き、左手を構える。
半ば無意識の内に取ったその行動が、ヒートを救った。
戦闘中における使用者の生存率を高めるために設計された棺桶に対して、電撃による攻撃が無意味だと思い出した時。
ニヤニヤ笑いを浮かべる男の顔が現れた。

( ・トェェェイ・)

開かれたのは醜悪な歯の並ぶ口。
それはあまりにも醜く、そしてあまりにも雄弁な形状をしていた。
説明がなくても、それが何に特化しているのか、一瞬でヒートは理解した。
噛み砕く。

ただ、それだけ。
ヒートの左手に噛み付いた瞬間、耳を聾する金属音が鳴り響いた。
それは高周波振動装置が金属を切り裂かんとする音。

ノハ<、:::|::,》『くっ!!』

高周波振動装置に耐性のある左腕に対して、その装置を使う事は無意味だが、力が勝れば噛み砕くことは出来る。
手を噛んでいるモララーの目が、ぎょろりとヒートを見上げていた。
純粋な愉悦に酔いしれる狂気の色。
肉を喰らう獣の喜びの顔だった。

( ・トェェェイ・)

ノハ<、:::|::,》『このっ……!!』

686名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:28:53 ID:NjkwanZg0
電流を放とうとしたその刹那、異臭がヒートの鼻に届いてそれを思いとどまった。
白煙が左腕から上がっているのを見て、ヒートは戦慄に近い感情を覚え、驚愕した。
モララーの噛んでいる個所が、徐々に溶けていたのだ。

ノハ<、:::|::,》『っ!!』

装甲に穴が開いている状態で電流を放てば、最悪、ヒート自身が感電しかねない。
咄嗟に杭打機で殴りつけ、モララーを腕から引き剥がす。
引き剥がすには十分だったが、殺すには不十分な力だった。

( ・曲・)『はははっ、焦りましたね。
     さぁ、次は足をしゃぶらせてもらいましょう』

装甲の一部が削れた左腕を一目見て、ヒートは舌打ちをした。
爛れた様に装甲が溶けている。
レオンの装甲を溶かした物の正体は、恐らくは強力な酸。
もう少し長く噛まれていたら、液体が装甲内部に流れ込んでヒートの手が溶けていた可能性が高かった。

そもそもレオンの装甲は軽量化を大前提とされているために必要最小限のもので、防御は視野に入れられていない。
そして、手には多くの関節が集中していることもあり、設計の都合上装甲の隙間が多くなってしまう。
にもかかわらずヒートの素手が無事だったのは幸運と言う他ない。
腕が助かったものの、置かれた状況は幸運とはかけ離れている。

モララーの棺桶に驚愕した時間は一秒にも満たない。
殺し合いの中では、その一秒未満の隙が命取りになる。
距離を取ることが出来なかったヒートの迂闊な隙を、クールは見逃さなかった。
トゥエンティー・フォーの拳が、ヒートの右肩を捉えた。

右肩から骨の折れる嫌な音を聞いたと思った時には、ヒートは建物の壁に背中から叩きつけられていた。
目の前で火花が散り、全身に激痛が走る。
まだ回復し切っていない躰に、新たな傷が増えた。
深追いしすぎてしまったと己を責めつつも、その選択に後悔はなかった。

ノハ<、:::|::,》『ぐっ……ぉ……』

( ・曲・)『さ、立ち上がってください。
     気丈な態度で立ち向かってください。
     その方が興奮しますからね』

言われずとも、ヒートは立ち上がっていた。
だがそれでも精いっぱいだった。
棺桶が補助してくれなければ、立ち上がる事すら出来ない程の衝撃。
立っているだけで、ヒートはそれ以上動くことが出来なかった。

戦う事は、とてもではないが無理だ。
逃げる他ない。

( ・曲・)『さて、さっそく――』

――バイクのエンジン音が聞こえたのは、正にその時だった。

687名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:32:56 ID:NjkwanZg0
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ディ、と名付けられた“Ideal――アイディール――”に跨る少年は自分の成すべきことだけを考えていた。
ハンドルを握り、両足でタンクを挟みつつも、考えることはヒートの事だけだった。
彼女のために役に立ちたい。
耳付きの少年、ブーンは雨粒の向こうにいるヒートの事を思い続けた。

彼の思いに呼応するように、ディは最短の距離を最速で駆け抜けた。
バイクに感情があるなど、お伽噺の世界だ。
勿論、ディに感情はない。
ブーンの考えていることを人工知能が感じ取るなど、あり得ない話だ。

長年の研究で多くの科学者が挑んだその命題は、世界が滅びるまで実現しなかった。
夢の終わりかと思われたが、それは誰も予想しない形で今育まれていた。
自己学習機能を備えた人工知能に対してブーンが接するうち、人工知能は設計者の予想をはるかに超えた速度で成長をしていた。
自我に近い物がすでに生まれ、搭乗者の特徴や状況を把握し、外部入力される音声から自分に対して人間の様に接してくる少年の事を考えるようになっていた。

ディは今、搭乗者の心拍数や呼吸音から精神的な状況を理解し、最速かつ安全な動きで路地を駆け抜けていた。
もしも自分に声があれば、とディはありもしない可能性を基に想定した。
落ち着くように声をかけ、抱きしめてあげればいいのだろうか。
感じ取る体重、声変わりを迎えていない中性的な声、体の大きさから推定されるのは十歳以下の幼い子供。

先ほど聞き取った銃声は少年が撃たれるような状況下にあり、それを守れるのは自分しかいない。
となれば、ディがするべきことは乗り手の生命を危険から遠ざける事。
そして、安心させることだった。
乗り手の精神的な状況が運転に影響を及ぼし、運転ミスによる死亡率の上昇に関係していることをディは知っていた。

(#゚;;-゚)

だが声にはならない。
彼女には声を発する機能もないし、その為に必要なソフトウェアが入っていないからだ。
出来ることはただ一つ。
要望に応じて目的地まで所有者を確実に連れて行く事。

(∪;´ω`)

688名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:35:55 ID:NjkwanZg0
雨に濡れ、風に凍え、それでもなお前を向き続ける少年。
ディに名前を与えてくれたブーンは、一度も弱音を漏らすことなくディのハンドルを握っていた。
体をタンクに預け、寒さに震えながら、銃弾に身を晒す危険を冒してでもまっすぐに生きる彼の目的はヒートの援護。
孤軍奮闘する彼女のためにブーンはあらゆる困難、苦痛に耐えているのだ。

これが人間。
不可解極まりない存在。
ついこの間まで、そのはずだった。
乗り手を理解するように設計されているディの人工知能は、いつしか人間を理解しようと試みるようになっていた。

詰まる所乗り手とは数多の人間の内の一人であり、乗り手が変われば人間性も変わる。
人間性の変化は運転の変化にもつながっているため、人間を理解することはどのような種類の乗り手に対しても有効な設定を導き出すために必要な下準備であり、無駄ではない。
一応は理に適っている。
効率的とは言い難いが、ディは待機中にその作業を密かに実行していた。

幾万、幾億もの計算をする中でディが参考にしたのはブーンのデータだった。
彼は子供。
子供はやがて大人になる礎であり、人格形成の基礎そのものだ。
だが人間の数が星屑の数ほどあるように、子供から大人に成長する段階は幾億にも枝分かれしてしまい、まるで予想が出来ない。

思いもよらぬ出来事に影響を受ける子供とは、どのような存在なのか。
彼が周囲で起きている事から受ける影響や、それに対する反応をディは貴重なサンプルとして蓄積することにした。
勿論、彼女が知覚できる範囲内での話だ。
今、彼女が知っている限りの情報を並べて考える限り、ブーンという少年は――

(∪;´ω`)「おっ」

――車体が大きく傾き、壁とぶつかる寸前でなんとかカーブを曲がり切った。
そして、ようやく探し続けていた人物を目視することが出来た。
雨の中で敵を前に独り立つ、ヒート・オロラ・レッドウィングの後ろ姿。
それを見た途端ブーンは安堵したが、まだ何も終わっていない。

やるべきことは一つ。
それを実行するチャンスは一度。
失敗すれば、それはブーンの死につながる。
デレシアには何度も危険性を念押しされ、ブーンは何度も理解を示した。

ブーンにとってのヒートは、デレシアと同様、失いたくない存在だった。
無力なままでは何も変わらない。
今はまだ無力だとしても、それを理由に何もしなければ何一つ変わらない。
何度も助けられてばかりでは我慢できなかった。

この世界は力が全てを変える。
誰かを助けるために力が必要だった。
ならば、変わるしかない。
非力な子供ではなく、非力に抗う子供にならなければならない。

689名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:36:53 ID:NjkwanZg0
変わりたいと願うブーンの気持ちを認めてくれたデレシアは、ディと共にヒート救出の作戦を託してくれた。
ディは運転手がいなくとも自立できるよう設計されており、また、目的地を指定すればその場所に向けて自動走行をすることが出来る。
そのため、ブーンはディに跨り、己の役割を果たすことにのみ専念すればよかった。
ブーンは囮であり、そして、要であった。

デレシアと同じローブを着て高速で逃げていれば、相手はブーンの事をデレシアと錯覚するだろう。
速度と機動力、一度も後ろを振り返らない精神力が求められる役割だったが、ブーンはそれを見事に果たした。
逃げているのがデレシアでないと分かった追手はすぐに狙いを変え、デレシアがいると思わしき方向に走り去った。
ヒートを手助けするのはデレシアではなく、ブーンだというのに。

こうしてブーンは無事に追手から逃げ延び、ヒートを救うために意識を切り替えていた。
ここからが本番だった。
デレシアが囮として戦っているのも、ブーンがこうしてディに乗っているのも。
全てはこの一瞬の為。

犯罪者たちをジュスティアの人間に任せ、その間にヒートを一時戦線から
ヒートはブーンが来ることを知らない。
打ち合わせなどない。
僅かな期間で互いの間に生まれた信頼関係、そして対応力だけが物を言う。

何としても成功させなければならない。
これまで守られ続けてきた自分が出来る、数少ない反撃の機会。
ヒートに対する恩返しの機会。
自分が誰かを守るために力を振るう、絶好の契機。

だから、叫ぶのだ。
声がかすれる程の大声で。
喉が潰れる程の大声で。
助けたいその人の名前を叫ぶのだ。

(∪;´ω`)「ヒートさん!!」

ブーンは大声でヒートの名を叫んだ。
まるで狼の遠吠え、獣の雄叫びのような大声量。
その声は暴風雨の中でも、まっすぐにヒートに届いてくれただろうか。
瞬く間に距離が縮まるが、ヒートは振り返らない。

もしも彼女にこの声が届き、そして、ブーンがここに来た意味を察してくれたのであれば反応があるはず。
あらゆるコミュニケーションの壁を越えた、反応が――

ノハ<、:::|::,》

(∪;´ω`)

――二人は視線を合わせることもなく、同時に手を伸ばした。
例え数百回練習したところで、ここまで見事な形で実現することは不可能だろう。
嵐と言う悪天候、そして戦闘中という環境に身を置きながらも、二人の呼吸は完全に一致していた。
まるで生まれた時から互いをよく知る姉弟の様な、阿吽の呼吸。

690名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:40:24 ID:NjkwanZg0
巨大な左手がブーンの右手を掴み、ほんのわずかに力が込められただけでその体は風に舞う木の葉のように軽々と持ち上がる。
そして鮮やかな動きでブーンの後ろに座った瞬間、ディの電子制御サスペンションが効果を発揮した。
自動で調整されるそのサスペンションは急な衝撃を緩和し、速度を落とすことなく疾走を継続させた。
ヒートの体が力なくブーンの背中にもたれかかり、辛うじて左手が体に回されている。

負傷しているヒートの為にも、急いで次の段階に移る必要があった。
目的地は、この島で最も安全な場所。
停泊中の船上都市、オアシズ。
戦闘行為はジュスティアの人間に任せておけばいい。

( ・曲・)『ああ?!』

狼狽する男の横を難なく通り抜けたブーンは、背後から迫る巨影に気付いた。
バックミラーを見ると、そこには岩石の様な姿をした棺桶が立っている。
一目で頑強な装甲を持ち、攻撃ではなく防御に特化した存在であることが分かる。
やはり簡単にはいかないようだ。

〔::‥:‥〕『そう簡単に逃がすと思うか』

速度ではこちらが勝っているが、その手が握っている瓦礫はよくない。
砲弾を彷彿とさせる勢いで投げられた瓦礫をバックカメラで捉えたディはそれを回避したが、続く二投目、三投目の攻撃を避けられるかは分からない。
目の前に鉄骨が落下し、ディは急制動と急ハンドルを駆使して激突を免れた。
速度が落ちた一瞬を狙い、巨像が疾駆する。

短距離であれば速度でディに勝ることが出来るようだ。

〔::‥:‥〕『死ね、駄犬……!!』

淡々と、そして地の底から響く声がブーンの耳に届く。
これがデレシアの話に出てきた、ヒートの母親。
普段は冷静なヒートが激情に駆られる諸悪の根源。
忌むべき相手であり、油断のならない女であることは聞いている。

だがこの状況に陥っても、ブーンは焦らなかった。
焦る必要がないと分かったからだ。
ブーンには届いていた。
風変わりな音を奏でる風切音、タイヤが地面を高速で蹴り飛ばす音、そして覚えのある呼吸音と体臭をブーンは感じ取っていたのだ。

(∪;´ω`)「おねがいします!!」

両者の間に割り込む形で現れたのは、以前にブーン達を追いかけてきた独眼の棺桶に跨るトラギコ・マウンテンライトだった。

(=゚д゚)「一つ貸しだ、小僧!!」

接近していた女の拳をトラギコの刀が捉え、弾く。
勢いを殺された女はブーン達に追いつく術を失い、トラギコとの対決へと引きずり込まれた。
忌々しげに女が吠えるも、その声はもう届かない。
二人を乗せたディはその場を脱し、オアシズに向けて進路を変更する。

691名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:50:45 ID:NjkwanZg0
追手はもういなかった。
これで第一段階は完了したことになる。
即ち、本来対処すべき人間がそれぞれの位置につき、然るべき対処をする状況。
絡まった糸を解き、整える段階。

オアシズに到着してからは、第二段階へと作戦は移行する。

(∪´ω`)「ヒートさん、だいじょうぶ、ですか?」

ノハ<、:::|::,》『あぁ…… 悪いな、かっこ悪いところ見せちまって』

(∪´ω`)「お? かっこわるく、ないですお」

ノハ<、:::|::,》『……悪ぃな』

ブーンはヒート・オロラ・レッドウィングの過去に何があったのかを知らない。
彼女が母親を憎んでいる事、その母親がヒートを殺し屋へと駆り立てた影法師である事ぐらいだ。
難しいことは分からないが、それでもいい。
ブーンにとってヒートとは大切な人であることに変わりがなく、その過去に何があろうとも、過去は過去でしかないのだ。

ノハ<、:::|::,》『デレシアは?』

(∪´ω`)「ほかにやることがあるって、いってましたお」

ノハ<、:::|::,》『そうか。 しかし、すげぇな、ブーン。
      バイクの運転が出来るようになったのか』

別れてから一日も経っていないのに、ブーンはヒートの事が恋しくて仕方がなかった。
彼女がどこか遠くに行ってしまうのがたまらなく怖かった。
だからこうして彼女の声が間近で聞こえ、その漂う香りを感じている今。
ブーンは心底安心していた。

それはデレシアと共にいる時と似ているが、少し異なる安心感だった。
例えそれが傷ついた状態のヒートであっても、その存在そのものがブーンを安心させているらしい。

(∪´ω`)「おー、ディ、じぶんではしれるから、ぼくはのっているだけですお」

ブレーキレバーを握ることも踏むことも、ましてやクラッチを変えることもブーンには出来ない。
全てはディの人工知能によって電子制御され、最適化されているに過ぎない。
その機能が付いていたからこそブーンがヒートを助け出せたのだが、やはり、情けないという気持ちが生まれてしまう。

ノハ<、:::|::,》『自信を持ちなよ、ブーン。
      お前が乗っていたからディはここまで頑張ってくれたんだ』

(∪´ω`)「お?」

ノハ<、:::|::,》『バイクは、人を選ぶ乗り物なんだ』

692名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:53:25 ID:NjkwanZg0
そうなのだとしたら、ディはブーンを選んでくれたのだろうか。
確かに、ディはブーンに合わせて車高などを変えてくれているが、それは機能を果たしているだけではないのだろうか。
不安げにディのメータを見たブーンは、それまで何も表示がなかった個所がピンク色に光ったのを見た。
そこには、思わずブーンの尻尾が動く文字が映っていた。

“肯定”、とそこにはディの言葉が映されていたのだから。

(∪*´ω`)「お!!」

喜びも束の間。
嵐が激しさを増し、風が鐘を不規則に揺らして不協和音を奏でる。
その音はブーンの耳にとって不快極まりない音であり、ヘルメットをしていても届いてくる音に眉を顰める。

ノハ<、:::|::,》『この後どうするのか、デレシアから聞いてるか?』

(∪´ω`)「おー、おあしずにいけば、あとはだいじょうぶっていってましたお」

作戦の仔細は全てデレシアの頭の中に描かれているため、ブーンは作戦の全てを知っているわけではない。
ブーンはオアシズに到達すれば、後は自ずと作戦の第二弾が始まるとだけ聞かされていた。
絡まっていた糸が元に戻り、その次に起こることは想像に難くない。

ノハ<、:::|::,》『相変わらずだな、デレシアは』

(∪´ω`)「おー」

ヒートもそうだが、デレシアは分からないことだらけだ。
謎が多く、共に旅をしていても知らないことは尽きない。
だが謎の有無はブーン達の関係に於いて、なんら問題にもならない。
誰もが過去を持っているように、誰もが知られていない何かを持っている。

これは、デレシアからの受け売りだった。
その通りだと思うし、実際、その言葉の通りだった。
それでも、ブーンは己の好奇心を押さえきれるか自信があまりなかった。
デレシア達と会うまでの人生では考えられない事だったが、ブーンは少しでも多くの事を知りたいという欲に駆られることが多くなっていた。

文字も、言葉も、常識も、この世界に溢れる何もかもを知りたい。
途方もない欲であり、途方もないわがままだ。
勿論、この事はデレシアに話してある。
そしてデレシアは、ブーンの頬に己の頬を当ててこう返したのであった。

ζ(゚ー゚*ζ『女性にはいつだって秘密がつきものなのよ、ブーンちゃん』

693名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:57:11 ID:NjkwanZg0
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   云x           \.∨:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.
    辷\  _______,  i八乂:.:.:.:.:.: ハ:.:.:.:.:.
     }弍:ハ  fr云=≦⌒    `ヾ彳 :!:.i:.:./       August 11th PM13:39
   /'.  .゙   }:. `t込ア       }ハj ':.:!:.{:
  /. : : . .′  ゙           f__/ イ:.:::.:{:
 : : : : : :.レ              廴_乂:{ 从(: :
 : : : : : :ハー--             ゙. : :  /イ〈: : :
 : : : : : :ハ ー- _   _`ヽ     ′   _{ ): :
 : : : : : : : :} こー== ´    /. : _.r-:イ 才{{ :
 : : : : : : :八   ̄     . イ. : :r-く {乂{> ´: :
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眼下で繰り広げられていた戦闘が終わってから、一人の男が感嘆の声を上げた。

(’e’)「いやはや、すごいな……」

男は臨時休業となった喫茶店で優雅にコーヒーを啜り、こめかみに人差し指を当てて考え事を始める。
これは極めて興味深い物が現れた時にする男の癖だった。
男の名前はイーディン・S・ジョーンズ。
考古学の権威であり、そして棺桶研究の第一線で活躍する先駆者だ。

ジョーンズが見ていたのは、デレシアの戦闘だった。
彼は同僚のジョルジュ・マグナーニに言われ、デレシアの戦闘を観察する役割を担っていた。
不慣れな戦闘から遠のくことが出来るのはありがたい話で、正直、最初は気が進まなかった。
そのため彼は臨時休業の看板を出していた喫茶店に押し入り、ジョルジュにコーヒーを用意させることで、その役割を請け負った。

想像以上の成果が得られた。
人間が銃を持ったところで、棺桶との戦闘をあそこまで華麗にこなせるはずがない。
現代でジョーンズ程棺桶を知っている人間はいないと彼は自負しているし、世間もそう評価している。
その彼が、棺桶を誰よりも愛する彼が断言する。

あれは、人間の動きではない、と。
あまりにも人間離れしたデレシアの動きに、ジョーンズはすぐに興味を持った。
人間が人間以上の動きをすることが可能かと問われれば、ジョーンズは迷わず首を縦に振り、その質問をしてきた愚か者に拳骨を進呈するだろう。
恐らく、ジョーンズの知らない棺桶をデレシアが所有、使用している可能性があると結論付けた。

薄型の棺桶は、実際に幾つも発見されている。
その最たる例が、“アート・オブ・ウォー”だ。
極めて薄く、まるで衣服のように着用することが出来るだけでなく、筋力補助によりBクラスの棺桶と格闘戦を行えるほどの高性能を誇る。
デミタス・エドワードグリーンの持つ“インビジブル”から着想を得た棺桶の一機だ。

その系統の一機をデレシアが使っていると考えれば、あの化物じみた動きにも説明がつく。
一体、何を使っているのか。
ジョーンズの興味はそれだけだった。
女の正体などはどうでもいい。

694名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 09:59:37 ID:NjkwanZg0
気になるのは、女の使う棺桶の正体だ。
名前は。
起動コードは。
コンセプト・シリーズなのか、それとも別のシリーズなのか。

考えれば考える程、興味深さが増していく。
粗暴で短気な性格をしているが、人間を見る目や行動力のあるジョルジュが気にしているだけの価値はある。
なるほど、確かに、気を付けなければならない女だ。
あのショボン・パドローネがまるで子供扱いだ。

(’e’)「しかし、恐ろしい女性だよ、本当」

恐ろしいのは戦闘能力だけではない。
気が付けば戦況は大きく変化し、当初描いていた計画は破綻させられている。
ジュスティア警察、軍、円卓十二騎士の目はティンバーランドの人間へと向けられてしまい、その対処まで自然と引き継がれてしまった。
ティンバーランドの人間がジュスティアに感知される前にデレシア達を排除するはずだったのに、これでは悪い方向へと話が流れてしまう。

脱獄させた犯人たちもそうだが、揺るがぬ証拠として効力を発揮する写真まで残されたとなれば、大きな作戦変更が急務となる。
デレシアとヒートが別れていた絶好のタイミングを失った側としては、次の機会を得られるとは思わない方がいい。
早期撤収の後、方針を定めなければならない。
このままデレシアを潰しにかかるか、それとも、このタイミングでは諦めるか。

西川・ツンディエレ・ホライゾンは決して諦めないだろう。
そもそも、この作戦自体がティンバーランドの目的を邪魔した人間を排除するための作戦であるため、このまま進むしかない。
仮にジョーンズが指揮官ならばそうする。
そうする以外の選択をするならば、最初から止めておけばよかったのだと一言釘を刺したうえで、こちらの独断で続行する。

故に、次の一手が勝敗を決する。
何に重きを置き、行動するかによっては組織の今後にも関わってくる。
ショボンの作戦が失敗したのはこれで二度目。
“あの”ショボンの作戦が立て続けに破られたとあれば、デレシア相手の作戦は彼に任せられない。

何より、ジョーンズ自身が我慢できなかった。
折角の謎をショボンやジョルジュだけが味わうなど、言語道断。
組織内ではジョルジュが一番デレシアについて執着しているようだが、だからといって、その分だけ彼が優れているわけではない。
今からでも追いつけばいい。

実際に目にして分かる、その深淵さ。
デレシアと言う女は実に、実に、実に。
実に、興味深い。
物知らぬ愚者はただの厄介者として認識し、思考を停止するだろうが、ジョーンズの目を誤魔化すことは不可能だ。

あの女は、ただの厄介者にあらず。
この世界に残された巨大な謎の一つだ。
考古学を学ぶジョーンズは、その名前が持つ特別な意味を誰よりもよく知っている。

(’e’)「どれ、知恵比べといこうか。
    歴代のデレシアとの差異、検証させてもらうよ」

695名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 10:01:52 ID:NjkwanZg0
これは彼にとって、棺桶以外で唯一興味をそそられる事案だ。
多くの街にその名を残すデレシア。
それは時には悪名であり、それは時には神にも等しい名前として文献に残っている。
街を救い、街を滅ぼし、街を復興させた者の名前。

この事実はジョルジュも知っており、ジョーンズは彼の推測が理に適っていることに感心した。
流石は元警察官。
その推理力は大したものだが、その秘密を独り占めしようとするのは感心できない。
美味いケーキは一人で食べるのではなく、分けて食べるべきだ。

そしてジョーンズは、分けたケーキを全て一人で食べたいと思う性格をしている。
ジョーンズはジョルジュに感謝した。
世界に数多存在する大きな謎の一つを目にする機会を得ただけでなく、実験をする機会まで得られたのだ。
この機会を使って、研究を進められる。

文献に記されたデレシアの働きが誇張された物なのか、それとも事実なのか。
試してみれば嫌でも分かるはずだ。
勇猛果敢な女傑も、噂という分厚い鎧で護られたただの雌である可能性はゼロではない。
学者冥利に尽きる素材の登場に、ジョーンズは引きつった笑いを浮かべる。

(’e’)「ああ、楽しみだ。
   本当に、楽しみだよ、デレシア」

そう呟いたジョーンズの股間は固くなっていたのであった。

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Ammo→Re!!のようです
       . . : : : : : : : : : : : : : : : : : : : . . . . . . . . . . . . . . .. . . . . : : : . .
     . . : ィ彡三三三三三三三ニニニニニニニニ三三三三三ニ==-、: : : : : : : : . . .
  . . : : : : :.:.:.::::::::::::;;;;;;;;;;;;;;,,ニ==-:-:‐:‐:‐:‐:‐:‐:‐:‐:‐:‐:‐:-:;;;:::::::::ミミミミミ三ニニ=-__;;: : : . . .
. . : :':":´:::::::::::;;;;;;;;>'"´: : : : : :          : : : : : : : ::‐-=ニ三三三ニ=::: ``ヾ: : .
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Ammo for Reknit!!編 第六章【bringer-運び手-】 了
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696名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 10:06:50 ID:NjkwanZg0
これにて第六章はおしまいです

質問、指摘、感想などあれば幸いです

697名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 13:55:38 ID:EqK3tzOw0

そろそろ6章も佳境かな

698名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 13:58:03 ID:EqK3tzOw0
あ失礼、間違えたReknit編も佳境かな

699名も無きAAのようです:2017/05/05(金) 22:28:52 ID:XhlxOTCc0
おつです
こちらにイージー・ライダーのイラストは貼らないのです?

700人妻出会い掲示板:2017/05/06(土) 15:56:59 ID:/FecYoDM0
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701名も無きAAのようです:2017/05/06(土) 22:07:51 ID:77/nppew0
>>699
(’e’)「こんなこともあろうかと改良を加えておったのじゃ」
http://blog-imgs-101.fc2.com/a/m/m/ammore/20170506220539a93.jpg

702人妻出会い掲示板:2017/05/07(日) 06:31:43 ID:vqAO1WyE0
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703名も無きAAのようです:2017/05/07(日) 18:26:54 ID:ZHuc3QKU0
やはり天才か…

704名も無きAAのようです:2017/05/07(日) 21:59:45 ID:f6cWj.uI0
>>703
(’e’)「ほほう、違いが分かるようだね」
http://blog-imgs-101.fc2.com/a/m/m/ammore/20170507215818614.jpg

705名も無きAAのようです:2017/05/08(月) 08:39:11 ID:wN8ArsCE0
顔が想像よりMADで怖かった

706人妻出会い掲示板:2017/05/09(火) 07:29:52 ID:9Quw/NDk0
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707名も無きAAのようです:2017/05/13(土) 18:47:01 ID:s/PBTxZI0
(∪´ω`)φ″「ひとづま、せふれ、じゅくじょ。

         おー……ふりん?

         けいじばんで、であいせっくす……お?」

708人妻出会い掲示板:2017/05/15(月) 05:20:13 ID:C9avMoxg0
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709名も無きAAのようです:2017/06/11(日) 18:33:44 ID:gfJLzDVA0
今夜VIPでお会いしましょう

710名も無きAAのようです:2017/06/11(日) 20:11:21 ID:b7qTW8Ck0
かっこいいこと言いやがって

711名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:27:56 ID:cylVOJUg0
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彼に盗めぬものはない。
その技は芸術。
その姿は概念。
そう、彼こそは世紀の大怪盗。

アルセーヌ三世(アルセーヌ・ザ・サード)。

――ファンキー・モンキー・キック著:【アルセーヌ三世】冒頭部より。

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船上都市オアシズの高級ラウンジには黒雲から降り注ぐ大粒の雨と大木を揺らす風を堪能する客が訪れ、嵐を肴に美酒を堪能する客が卓を囲んで話に花を咲かせていた。
ラウンジ内にはジャズの演奏がほどよい音量で流れ、照明は自然の明かりを最大限取り入れることで、まるで白夜の様だった。
客の間で交わされる話は主に、停泊中の島で起こっている騒動についてだった。
島にある監獄から二人の囚人が脱獄し、島に逃げ込み、深刻な問題を起こした。

そしてジュスティア警察、軍が介入したことによって状況が激変し、島はそれまで満ちていた平和を失い、今や戦場と化してしまっている。
先日まで同じ状況に陥っていた客たちは同情半分、好奇心半分で事態が収束するのを期待していた。
他人の不幸は蜜の味。
己の安全さを痛感することに快感を覚えるのは彼らが金持ちだからか、それとも、人間が持つ欲望に魅せられてしまったからなのか。

正常とは言い難い経験の後では彼らの思考が錯乱するのも無理はない。
帰還兵の中にも平和に耐え兼ね、次の戦場を捜し歩く人間がいるぐらいだ。
イルトリアの前市長、ロマネスク・O・スモークジャンパーはグレープフルーツジュースを一口飲んで、それからショートケーキを口に運んだ。
威圧的な効果を与える黒いスーツと黒いワイシャツ、そして筋骨隆々とした肉体とその食事の組み合わせは、どこか奇妙だった。

( ФωФ)「ふむ」

彼は甘いケーキを静かに味わいつつ、物思いに耽っていた。
その目は静かに閉じられ、まるで、瞑想をしているかのようだ。
瞼の上に負っている深い傷を見れば分かる通り、彼の視力は大分悪く、目を見開いたところでその黄金瞳が捉えるのは滲んだ景色だけ。
だが見えないからこそ分かることもある。

生物は失った器官を別の物で補う習性があり、視力に頼ることの減ったロマネスクが得たのは、より優れた聴力と嗅覚だった。
物音や匂いで周囲の状況を判断する力は前から持っていたが、それが更に研ぎ澄まされた彼には、普通以上の情報が入ってくることとなる。
時にそれは視覚以上の情報を彼にもたらした。

( ФωФ)「……そろそろか」

最後のひとかけらとなっていたケーキを平らげ、ジュースを飲み干す。
紙ナプキンで口元を拭い、ロマネスクはゆっくりと立ち上がった。
ラウンジのざわめきを背に、彼は静かな足取りで自室へと向かう。
その歩みは自信に満ち、迷うことなく通路を進んでゆく。

712名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:28:46 ID:cylVOJUg0
すれ違う人々とぶつかりそうになることも無く、ロマネスクはただ、風のように静かに進む。
彼が独り言のように口を開いて言葉を紡いだのは、果たして、何がきっかけだったのだろうか。
鼻歌を歌うような気軽さで、ロマネスクは真後ろに控えていた人物に話しかけた。

( ФωФ)「吾輩に用か?
       変装までしてご丁寧なことだ」

よほど観察力の優れた人間でなければ、彼が話しかけたかどうかさえ分からなかっただろう。
あまりにも自然すぎるその動作に対して応じた男の反応もまた、自然極まりない物だった。
故に、二人が会話をしていることに気付いた人間は皆無だった。

¥・八・¥「……お気づきでしたか」

背後にいた髭の男、オアシズ市長リッチー・マニーはその姿のままロマネスクの横に並んで歩いた。
オアシズを取り仕切るその男の立ち振る舞いは優雅さを決して失わず、それでいて自然体を保っている。
ある意味では、マニーは優れた役者だった。
己の心境を決して表に出さず、やるべきことにだけ目を向ける姿は、正に一つの役割を演じ切らんとする役者そのものだ。

( ФωФ)「何と言ってきた?」

¥・八・¥「“残火の処理を”、との事です」

皺の刻まれたロマネスクの口元が、僅かに笑みを形作る。
そしてほとんど見えていない黄金瞳をマニーへと向ける。

( ФωФ)「なるほど。
       お前は?」

¥・八・¥「予定通りに」

( ФωФ)「うむ」

何事もなかったかのように、二人はそれぞれ別の道を選んで別れた。
二人が会話をした時間は三秒程。
その声量は絞られ、嵐の音と船内に流れる緩やかな音楽、そして人々の喧騒によって周囲には聞こえていない。
そう、ただの人間には、決して聞き取ることが出来なかった。

( ФωФ)「……任せる」

独り言のようにつぶやかれたロマネスクの言葉は、果たして誰の耳に届いたのだろうか。
返答らしい返答はない。
それでも、彼は意に介した様子もなく、静かに歩き続けるだけだった。

713名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:29:40 ID:cylVOJUg0
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.        /  ̄/ /   /| |    _ ⌒\  ミ   \}
..   ー-- …''゛ /___,. ''゛ ノ | 斗''`ィ''"⌒  ミ  ト   \
      `¨¨¨¨´ {/⌒''ニニ x / ⌒ィ'代万⌒   ト 人 `'ト---
       {    {  代辷ソッ/ /               j/ ヽ| | August 11th PM02:15
       八  !     //|            〈^ | |
        丶  丶   __/   |                 ノ 八|
         \  \      l:::.、            r /
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

オアシズは五つのブロックに分けて統治され、そのブロックごとに責任者が定められていた。
責任者は誰もが優れた能力を有する者で、己の力を正しく判断していた。
市長室に集めた得手不得手を知る五人のブロック長を前に、リッチー・マニーは最優先でやるべきことを告げた。

¥・∀・¥「医療室を確保、腕が確かで口の堅い船医を用意できるか」

('゚l'゚)「私が請け負います。
    ドクター・クルウにも協力を依頼します」

市長が最初に発した命令に対し、第一ブロック長、ライトン・ブリックマンが真っ先に挙手した。
マニーが頷き、ライトンへとその一件は一任される。
誰も異議を唱える者はいなかった。
一礼し、ライトンは足早にその場から移動した。

残った四人に視線を戻して、マニーが話を続ける。

¥・∀・¥「アイディールの整備を担当していたのは?」

マト#>Д<)メ「私のブロックにおります。
       腕も、口の堅さも保証できます」

市長の求める状況を把握したその人物は、第五ブロック長マトリクス・マトリョーシカ。
その目はまっすぐにマニーを見据え、ただ一言を待つ。
期待に反せず、マニーはその言葉を放った。

¥・∀・¥「すぐに用意を」

短く首肯し、彼女は走って部屋を後にした。
遠ざかる跫音だけで彼女がどれだけ真剣に事態を受け止めているのか、マニーにはよく分かった。

¥・∀・¥「医療室、およびアイディールの整備を行う部屋を警護してもらいたい。
      ジュスティアの人間ではなく、先の騒動の際、我々のために戦ってくれた信頼の出来る人間に限る」

誰よりも早く、第四ブロック長クサギコ・フォースカインドが手を挙げた。
事前にその言葉が来ることを予期していなければ、ここまで素早くは動けなかっただろう。

W,,゚Д゚W「お任せください」

714名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:31:46 ID:cylVOJUg0
彼の言葉には力がこもっていた。
絶対の信頼を置ける人間に心当たりがあることは何よりも強みとなる。
クサギコの頭の中にはマニーの要望を満たすことのできる人間が複数人浮かんでおり、有事の際にはすぐに行動できるように常に密な連絡を取る仲だ。
事態に合わせて彼は絶対の信頼を置く部下の名前を記憶しており、今回の様な護衛任務に適任とされる人間は特に強く印象に残っている。

クサギコは駆け足で部屋を出て行き、残ったブロック長は二人。

¥・∀・¥「これから乗船する客が二人くる。
      その迎え入れ、および適所への誘導を」

ノリパ .゚)「承ります」

静かに、だが有無を言わせぬ口調で第三ブロック長ノリハ・サークルコンマが名乗りを上げた。
マニーは無言で頷き、ノリハはすぐに無線の電源を入れて行動を開始した。
情報がまるで蜘蛛の巣のように広がり、ノリハへと集約される。
これにより、離れていたとしても情報が逐一共有されるため、ノリハは素早く的確な指示を出すことが出来る。

¥・∀・¥「ロミス、君には事後処理をお願いしたい。
      いくつ出るか分からないが、また死体が増える。
      それを秘密裏に処理できるか?」

最後に残った男は、自分の役割を心得ていた。

£°ゞ°)「船上での事故はよくあることですので、お任せください」

仔細を聞かずとも、第二ブロック長オットー・リロースミスが市長の依頼を引き受けたのは、市長の決断に対して疑念を持っていないからである。
彼らは皆、オアシズと言う船を守るためであればその手を汚すことも厭わない。
“オアシズの厄日”と呼ばれる一連の事件を経てから、彼らの連帯感は強くなっていた。
同一の目的を達するためにはそれぞれの役割を果たし、共通の敵を排除することが最優先だとようやく理解したのだ。

全てのブロック長がそれぞれの能力を生かし、市長の指示に従う姿は軍隊を彷彿とさせる。
市長の指示は即ち、彼らが選んだ代表者の意志。
緊急時に下されるその決断に過ちはない。

¥・∀・¥「さぁ、ここからが忙しくなるぞ」

ネクタイを締め直し、マニーは無線で入ってきた内藤財団のニュースを文字化した資料に目を通し始めた。
この忙しい事態の中で発表されたのは、世界共通の単位。
それはあまりにも魅力的な提案であり、画期的な発案だった。
長さや重さに関する単位の煩わしさは彼も感じており、どうにか統一できない物かと考えたこともあった。

世界最大の企業がその提案をするという事は、遅かれ早かれ他の企業もそれに追従することになる。
しかもそれが浸透するためにラジオを無償配布するという方法も大企業だからこそ実現できるもので、利益を度外視した物だった。
ラジオは新聞よりも早く、そして識字について考えなくて済む情報媒体。
声と電波さえあればどこまでもほぼ同じタイミングで同じ情報を流せるだけでなく、会話まですることのできる太古の技術。

ラジオによって発せられる広告は新聞やチラシよりも明確に人々に伝わり、そして伝播する。
巨大な広告市場を自ら開拓し、大きな損をして大きな得を取る戦術に出たのは大胆な発想だが、効果的だ。
オアシズにもラジオは当然あるが、それは客室で客たちが自由に聞くことのできる設備としてあるため、船内中に流してはいない。
地上の喧騒を忘れるために穏やかな曲を流し、客に極上の船旅を楽しんでもらうのがオアシズの方針であり、よほど緊急性の高いニュース以外は放送されなかった。

715名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:33:25 ID:cylVOJUg0
マニーが考えていたのは、この情報を流すかどうかだった。
明日の朝刊には間違いなくこの発表が一面に載るだろう。
だがこれは内藤財団独自の発表であり、客に知らせるのはマニーの責任でも仕事でもない。
これをどうするべきか、マニーは悩んでいた。

一つの問題にだけ頭を悩ませられればいいのだが、今は島の問題と船の問題、そしてこのニュースの問題があった。
世界を大きく変える可能性のあるニュースは、客にとっては有益な情報だ。
だが果たして、この情報は本当に客に伝えるべきなのだろうか。
余計なことに意識を向けてもいいのだろうか。

島で起きている問題を解決するためには、デレシアの力なくしては不可能だろうし、彼女のためならマニーはあらゆる協力を惜しまない。
最優先事項はデレシアとの連携。
そう考えれば、今、余計なことに意識を向けることはやはり愚行としか言えないだろう。
もし彼女の予定が狂い、一時的にティンカーベルからオアシズへ戻ってくるとなれば、それに即応する必要がある。

万が一の話であり、その可能性は極めて低いことをマニーは分かっていた。
彼女は自分の力と知恵で最悪の状況を打破することに長けており、マニーの手を借りずともこの急場を脱することだろう。
ジュスティアが介入したことによって島の状況は刻一刻と悪い方向へと流れている。
だがこれはデレシアの予想の範疇。

彼女はこうなる事を見越して、マニーに連絡を入れていた。
アサピー・ポストマンの保護は予定外だったが、それでも、それはすぐに作戦に組み込まれた。
そして今、事態を変えるための第一段階が終了したとの連絡があり、第二段階への移行が始まった。
オアシズが助力できるのはここからだ。

この島の中で唯一の安全な場所としての役割を果たす。
言わば箱舟。
その役割を果たすためには、今少しやるべきことがある。
それは残念ながらオアシズの人間だけの力では解決できないため、イルトリアの前市長の力を借りることとなっている。

勿論、その橋渡しをしてくれたのはデレシアだ。
彼女のおかげで事態はまとまりつつあり、対応しやすくなってはいるが、マニーには今の状況でも正直厳しい。
だが困難こそが人を成長させる最上の素材。
マニーが今一歩、市長として必要な資質を身につけるためには越えなければならない壁なのだ。

単位統一のニュースは一度棚に上げ、欲張らずに事態終息に助力することに決めた。
今はデレシアの指示を全力で補助する。
それからでもニュースを伝えるのは決して遅くはないだろうし、客同士の間で噂が広がってマニーが手を出す必要がなくなる可能性もある。
書類入れに紙を放り入れ、マニーは己の迷いを恥じ入った。

――ほどなくして、オアシズを目指して疾走してくる一台のバイクが現れたのを、ノリハ一行は船外で目視した。
追手が来ていたとしても迎撃できるよう、彼女達は全員が銃器と共に強化外骨格を装備していた。

ノリパ .゚)「来ました、急ぎ確保……を……」

指示を出すノリハの声が尻すぼみとなり、その目に映る光景を理解しかねていることが周囲に伝わる。
周囲も同じ気持ちだった。
バイクにまたがるのは二人。
一人は強化外骨格に身を包んだ人物。

716名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:35:35 ID:cylVOJUg0
そして、ハンドルを握るのは――

(<:: ´ω::>)

――どう見ても、子供だった。

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              Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編

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戦闘続行よりも戦略的に迅速な撤収を選択したのはイーディン・S・ジョーンズだった。
ジョーンズの判断に従い、奇襲の優位性を完全に失っていたジョーンズの仲間達は皆、どうにか撤収することが出来た。
それはあまりにもみじめな撤収だった。
奇襲と言う有利な立場だったにも関わらず、必殺を誓った奇襲だったにも関わらず、彼らは失敗したのだ。

結果論になるが、彼らの矜持が失われた代わりに彼らは命を失わずに済んだ。
少しでも撤収の合図が遅れていたら、彼らの中に死者が出ていた可能性は極めて高かった。
また、彼らの撤退は嵐という天候にも恵まれ、合図から十分以内に姿をくらますことは難しくはなかった。
そういった意味では、かなりの幸運に恵まれていた。

日は沈み、嵐は次第にその勢力を失い、ティンカーベルには静かな夜が訪れていた。
ただし、主を失った教会に集まる人間の間に漂う空気は刻一刻と険悪なものになっていた。

(’e’)「おいおい、そろそろこの空気をどうにか止めてくれないかな。
   まるで子供同士の喧嘩じゃないか」

湯気の立つコーヒーを飲みつつ、ジョーンズは五度目となるその提案をした。
一度目は一堂に黙殺され、二度目は数人から舌打ち、三度目はほぼ全員から溜息、そして四度目は誰かに机を蹴られた。
人を殺せそうなほどの眼力で彼を睨みつけたのは、ショボン・パドローネだった。

(´・ω・`)「博士、貴方の考えは大いに分かる。
     だが、ここで手を引いてしまえばあのデレシアを仕留めることは不可能になることも理解してもらいたい」

ジョーンズが決定した撤退について、全ての人間が納得しているわけではない。
彼らは自分達が有利な立場にありながらもそれを生かしきれず、あまつさえ、対象に逃げられるという失態を犯していた。
その失態を一分一秒でも取り戻したいと考えるのは、それだけ彼らが真剣に取り組んでいる何よりの証明だ。
全員の真剣さは理解しているつもりだけに、ジョーンズは嘆かわしそうに答えた。

(’e’)「はぁ、そうは言うけど君ねぇ、あれは無理だよ。
    ジョルジュ君。 君からも言ってあげてくれたまえよ。
    デレシアをどうこうするのは、我々だけでは無理だと」

話を振られたジョルジュ・マグナーニは缶ビールを一口飲んでから深い溜息を吐き、つまみのポテトチップスに手を伸ばした。
もぐもぐとポテトチップスを食べ、それをビールで流し込んだジョルジュは小さくげっぷをし、短く答えた。
  _
( ゚∀゚)「あぁ、無理だな」

717名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:36:37 ID:cylVOJUg0
そうしてまたビールで喉を潤す姿には、真剣さはまるで見えない。
だがジョルジュはそう答えるしかなかった。
それが事実なのだ。
嵐に対抗するのが不可能なように、今はまだ、デレシアには対抗しようがない事を彼は良く知っていた。

(´・ω・`)「なぁ同志ジョルジュ。 どうしてあの女の事を知っていたのに黙っていたんだ?
     情報があれば殺せていたかもしれないんだぞ!!」

かつての同僚に、ショボンが憤りを露わにした。
情報を意図的に隠していたジョルジュの行いは、作戦の成功を左右するだけのものだったに違いない。
終わったことに対して文句を言うのはショボンの流儀ではないが、それでも、ジョルジュの行いは許しがたい物だったろう。
今回の作戦指揮を執っていたのは他ならぬショボンだったのだから、無理もない。

彼は作戦を成功させるために緻密な計画を練る性格をしており、些細な情報でも仕入れておきたかった。
例えば、デレシアの行動パターン。
この空間に集う人間で唯一、デレシアの行動を先読みして動いていたのはジョルジュだった。
それが彼一人ではなく、ショボン達全員だったとしたら、デレシアに勝っていたかもしれなかったのだ。

勝てなかったとしても、一矢報いるぐらいは出来たかもしれない。
  _
( ゚∀゚)「だから、話を聞けよ。
    いいか、デレシアを相手にして今生きていることを感謝するんならまだしも、文句を言われる筋合いはねぇよ。
    第一、先読みして全員で動いてみろ。
    これからパーティーをやるって相手に伝えてるようなものだぞ」

デレシアの動きによってショボンの思い描いていた作戦は破綻し、ジュスティアにデレシア達こそが悪の元凶だと思わせる目的は達成できなかった。
それだけではない。
デレシアはショボン達の対処をジュスティアに自然な流れで引き継がせ、自分は早々にその場から姿をくらまし、今もどこかに消えたのだ。
絡ませた糸が元に戻され、挙句、隠れ潜んでいたショボン達の存在が世界最大の正義信奉者に察知されてしまった。

まだ存在を隠し通す術はあるが、手間を考えると大打撃だった。
残ったのは面倒事と自分達の命だけだ。
これならいっそ、デレシアに攻撃を仕掛けるべきではなかったとさえ思える。

(#´・ω・`)「あぁ、糞!!」

从'ー'从「煩いハゲは嫌われるわよぉ」

ソファに寝そべって赤ワインをボトルから直に飲み、ワタナベ・ビルケンシュトックはチーズを几帳面にクラッカーに乗せて口に運ぶ。
教会に保管されていたその赤ワインは二十年近くも寝かされていた貴重な一本だったが、彼女は全くそれを気にする様子もなく、香りを楽しむ風もなかった。
彼女にとってワインの良しあしなど関係なく、アルコールが体に沁み渡るか否かだけが重要なのだ。

从'ー'从「負けは負け、そうでしょ?」

(#´・ω・`)「第一、お前もお前だ、同志ワタナベ!!
      もう少し真面目に任務を果たそうとは思わないのか!!
      同志キュートの推薦が無ければ、今すぐお前を殺しているところだ!!」

从'ー'从「はいはい、次はどうにかするからぁ」

718名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:39:35 ID:cylVOJUg0
これまた貴重なチーズに外皮ごと直接齧り付き、ワタナベはそれを咀嚼した。
再びワインを乱暴に飲み、チーズの欠片を胃袋へと落とした。
ショボンには視線を向けさえしなかった。

川 ゚ -゚)「なぁ、同志ワタナベ」

紅茶を飲んでいたクール・オロラ・レッドウィングは冷ややかな視線をワタナベに向けたまま、氷の刃じみた声で言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「どうしてあの刑事に固執する?」

ワインで最後のチーズを飲み下し、ワタナベは挑発的な視線をクールに向ける。
口元は嘲笑するような三日月形に歪み、口の端についたワインがまるで血のように輝く。

从'ー'从「あらぁ、何の話かしらぁ?」

( ・∀・)「意図的にチャンスを与え、あまつさえ生き延びるように仕向けた理由を聞かせてもらいたいのですよ、我々は」

カソックに身を包み、愁いを帯びた視線をワタナベに向けるのはマドラス・モララー。
穏やかな声をしてはいるが、彼の心情が穏やかでないのは確かだ。

( ・∀・)「トラギコ・マウンテンライト、あの男に大分御熱心なようで」

机の上で組んだモララーの掌に力がこもっていくが、ワタナベの瞳にも攻撃的な光が宿っていく。

从'ー'从「うふふ、よく分からないわねぇ」

lw´‐ _‐ノv「前に私の邪魔をしたときも、その刑事が絡んでいた」

シュール・ディンケラッカーが口を挟んだ。
細められた目が訴えるのは、数々の愚行が産んだ結果に対する納得のいく言葉だった。
謝罪だけでは足りない。
この場に居合わせる人間でジョーンズ以外が、皆ワタナベの行動に対して不満を募らせていた。

lw´‐ _‐ノv「もういっそ、あの刑事は別の人間が殺した方がいい」

不信感を露わに、シュールは冷淡にそう言い放った。
作戦失敗の影にちらつくワタナベの存在に業を煮やした者の心情を代弁するような言葉。
対して、ワタナベは恐ろしいほど静かで、感情を感じさせない平坦な声で答えた。

从'-'从「……やってみろよ。
     私に喧嘩を売って楽に死ねると思ってるんなら、今すぐここで全員に試してやろうか」

( `ハ´)「それは面白いアル。
     疫病の根源は火炙りにされる、これは決まり事アル」

部屋の壁を背にしたシナー・クラークスは腕を組んだまま、細い目を僅かに開いてワタナベを睨めつける。
オールバックにして後頭部で三つ編みにした黒髪はまるで黒いビロードの様。
ゆったりとした服の下に見える肌には傷が無数に見え隠れし、彼が武器や兵器に頼りきる人間ではない事がうかがい知れる。
生身であろうとも、彼の戦闘力は衰えない。

719名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:42:10 ID:cylVOJUg0
从'ー'从「じゃあ死ねよ」

ワタナベがその言葉を言い終わる前に、ジョーンズを除くその場の全員が動いていた。
最も早かったのは手刀を放つ体制を取ったシナーだった。
次に拳銃を掴んだショボン、そしてシュール、モララーは共に手が拳銃の銃把に伸びている。
ジョルジュは視線を向けつつも、その腕はいつでもスミス&ウェッソンが抜けるように脱力されていた。

唯一、静かに立ち上がったデミタス・エドワードグリーンがいなければ、ワタナベの両手に煌くバリスティック・ナイフがこの部屋を血色に染め上げていた事だろう。
その切っ先はシナーの手刀、そしてショボンを向いていた。

(´・_ゝ・`)「……止めろよ。
      判断はどうあれ、結果として俺達は助かったんだ」

無精髭の伸びた彼の顔は薄暗く影っていたが、落ちくぼんだ眼窩に埋もれた両の目は病的なまでにぎらつき、脂汗の浮かぶ顔には血の気が無かった。
まるで幽鬼の様な彼の左足は、膝から先がなく、代わりに合金製の義足が付いている。
手術を終えたばかりの体は弱り、立っているだけでも相当な負荷がかかっているはずだ。
だが彼はそれを強じんな精神力で補い、力を失わない眼光を周囲に向けていた。

(´・_ゝ・`)「なぁ、ジョーンズ博士。
      俺達が今、この島でデレシアに勝てる確率はあるのか?」

(’e’)「ないね、皆無だと言っていい。 歴代のデレシアと遜色ないと言ってもいいだろうね。
    そうだろう、ジョルジュ君」
  _
( ゚∀゚)「あぁ」

ジョルジュは短く返事をし、ショボンから向けられている強烈な眼光を意に介した様子を一向に見せない。
まるでその視線をそよ風程度にしか思っていないのだろうか。
流石に業を煮やしたショボンは、会話を中断させた。

(#´・ω・`)「博士、貴方も情報を隠すのは止めていただきたい。
      あのデレシアに関して分かっている情報を、まずは我々に共有してください」

面倒くさそうに髪を掻き毟り、ジョーンズはわざとらしく溜息を吐いた。
その視線をジョルジュへと向け、眉を吊り上げて尋ねた。

(’e’)「あー、そうだな。
    どこから話した物かね、ジョルジュ君」
  _
( ゚∀゚)「さてね、説明は俺の専門外だ。
    ほら、博士。
    仕事だぞ」

(’e’)「と、言われてもねぇ。
    僕も不確かな情報は人に話すのは専門外でね、悪いね」

話はこれで終わりとばかりに、ジョーンズは肩をすくめて見せる。
そしてそんなジョーンズの性格を知っているショボンはやり場のない憤りを覚え、拳を握りしめて耐えた。

(#´・ω・`)「……くっそ!!」

720名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:45:03 ID:cylVOJUg0
(´・_ゝ・`)「落ち着けよ、ショボン。
      詳細はさておいて、俺達はデレシアに勝てないのは事実なんだ。
      なら、この島にいつまでもいる理由はない、そうだろう?」

(#´・ω・`)「腹立たしいがその通りだ。
      それで、そんな分かり切った事を訊いてどうするつもりだ?」

(´・_ゝ・`)「俺に考えがある。
      なぁ、手を貸してくれないか?」

誰もが怪我人の妄言、ショック状態の人間が口にする戯言だと思った。
しかし、それからデミタスが語り始めた提案は決してそうではないとすぐに分かった。
それまでの殺伐とした、一触即発の空気が変わり、デミタスの提案を全体がどう受け止めるかを真剣に考える場となった。

(´・ω・`)「それは本気で言っているのかな?」

プロらしく憤りを抑え込んだショボンは、まずはデミタスの正気を確認した。

(´・_ゝ・`)「本気だ。 だがそのためには協力が必要なんだ」

( `ハ´)「その考え自体には反対はないアルが、結果として我々にどう利益が出るのかを考えた方がいいアル」

(’e’)「出てきた結果をどう利益につなげるか、を考えた方がいいね。
    ふぅむ……」

珍しくジョーンズが考え込む様子を見せ、意見を求めるようにジョルジュを見た。
その視線を無視しようとしたが、ジョーンズはそれを許さなかった。

(’e’)「ジョルジュ君。 君の意見はどうかな?」
  _
( ゚∀゚)「何で俺なんだよ。 ジュスティア警察にいたのならショボンも同じだろ。
    それに、そいつの案件に俺は触れたこともねぇよ」

(’e’)「上層部の反応に関しては君の方が詳しいだろう。
    本気にすると思うか?」
  _
( ゚∀゚)「そのままだと難しいだろうな。
    だが、そのための人間がいるだろう。
    そいつ次第だな」

(´・ω・`)「同志ビロードはきっと上手くやってくれるだろうが、下準備が必要だ。
      片足が無いんじゃ、誤魔化しきれないぞ」

ジョーンズは指を一本立てて、嬉々とした表情で話を始めた。

(’e’)「それなら大丈夫。
   ここは棺桶の宝箱みたいなところでね、復元中の一機があるんだ。
   コンセプト・シリーズのCクラスだ」

721名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:47:10 ID:cylVOJUg0
(´・ω・`)「でも、復元中でしょう?
      使えるんですか?」

(’e’)「メインの機能は完全に復元できていないが、まぁ、補助装置としてなら使えるよ。
   先の大戦で大分破損したみたいだが、なぁに、動く程度には修理できる」

コンセプト・シリーズの棺桶は何かしらの目的に特化して設計されているため、その目的を果たすための機能が使えないとなると、通常の棺桶よりも戦闘力は落ちてしまう。
だが補助装置としての機能であれば、それは棺桶の最低限の目的として組み込まれているため使う事は出来る。
長所を失った棺桶。
それは、役に立つよりも文字通りの棺桶と化すことの方が確立としては高い存在だ。

(’e’)「決行するとしたら、いつかな?」

(´・_ゝ・`)「明日の夜だ。
      予告状は今日中に出す」

八月十一日。
その日は後に、脱獄した大怪盗“ザ・サード”がジュスティア警察に向けて予告状を送った日として記録されることになる。
大胆不敵にも警察当てに送られた予告状。
そこで盗むと予告されたのは――

(´・_ゝ・`)「ライダル・ヅーの命は、必ず俺が盗んでみせる」

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Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
         第七章【housebreaker-怪盗-】

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八月十一日、午後6時37分。
予告状を送り付けられたライダル・ヅーは鼻でそれを笑い飛ばそうとしたが、出来なかった。
その日、彼女を含むジュスティア警察・軍関係者は臨時の作戦室として徴収したエラルテ記念病院に集まり、今後の対策を話し合っていた。
主な議題となっていたのはその日の午後に行われた大規模な戦闘と、犯罪者を全員取り逃がしてしまったことに対する会議だった。

会議はジュスティア人らしく、淡々と進められた。
議論は平行線だった。
厄介だったのは彼らの目的が一致していながらも、その手段が全く別の方向を向いていることにあった。
ヅーの考えでは、まずは相手を見定めることに専念すべきと言う意見があった。

対して、ジュスティアから派遣された円卓十二騎士の二人は首を横に振り、脱獄犯を捕える必要があると一歩も譲らなかった。
声帯を失っているダニー・エクストプラズマンに代わって、ショーン・コネリが理由を述べる。

(´・_・`)「それも重要だが、何より、脱獄犯を然るべき形で処さなければ示しがつかない。
     これが陽動だとしても、これを見逃せばジュスティアに対する信頼は地に落ちる」

瓜//-゚)「今は体裁よりも重んじることがあるはずですが」

722名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:50:01 ID:cylVOJUg0
(´・_・`)「……いいかい、秘書殿。
    オアシズで我々は海軍の優秀な兵隊を多数失っているんだ。
    そしてセカンドロックの脱獄に関わり、この島で暴れまわっている人間がオアシズで暗躍した下郎と同一人物、元ジュスティア警察の人間。
    そんな下種を放っておけと?」

彼の言葉はまるで迷いというものがなく、自信に溢れている。
確かにそれは正論だった。
しかし、正論が常に正しいとは限らない。
時にそれは本当に正しいことを見失わせ、人を盲目にさえしてしまう言葉となる。

瓜//-゚)「予告状はその下種を逃がすための目くらましであるとは考えないのですか」

(´・_・`)「無論、考えているさ。
    だが脱出の手段は極めて限られているし、逃がすつもりもない。
    何より、悪を前に引き下がる道理がない。
    二手に分かれて行動すれば問題はないだろう」

瓜//-゚)「ですから……!」

ヅーが苛立ちを声に表した時、トラギコ・マウンテンライトが口を挟んだ。
その声は冷静沈着であったが、どこか、相手を嗤うような含みがあった。

(=゚д゚)「騎士が二人がかりで仕留められなかった人間がいたらしいが、その辺はどう考えているラギ?」

(´・_・`)「……何?」

(=゚д゚)「ジョルジュ・マグナーニに足止めされてショボン・パドローネを逃がしたのはどこのどいつだって言えば分かるラギか?」

今度はショーンが感情的になる番だった。
机を拳で叩き、大きな音を立ててトラギコに対して威嚇をする。
訓練を積んだ軍人でさえたじろぐその剣幕に対して、ヅーは表情を変えなかったが僅かに身を震わせた。

(´・_・`)「貴様っ!! いい加減にしろよ、たかが刑事の分際で!!」

腹から出された怒声は部屋の窓を震わせるほどの大きさだった。
トラギコはショーンを睨み、その威嚇行為に対する返答とした。

(=゚д゚)「うるせぇ、いちいち怒鳴るなよ。
    天下の騎士殿が翻弄されて体裁が悪いのは分かっているラギ。
    だけどな、認めないといけない事があるラギよ。
    あいつらは、これまでにジュスティアが相手にしたどこの誰よりも厄介ラギ」

(´・_・`)「だからどうした。
    それがどうした。
    ジュスティア人は悪に屈しない、これは常識だ!!」

(=゚д゚)「心意気はいいがな、プライドを捨てるぐらいの事をしたらどうラギ?
    片手間で相手に出来る連中じゃない事は分かっただろ。
    これはお前らも分かってる通りの餌ラギ。
    だけどな、俺達がどっちか片方しか選べないようにしてある餌なんだよ。

723名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:52:25 ID:cylVOJUg0
(=゚д゚)「両方を取ろうとすればやられる。
    選ぶなら片方だ。
    片方を全力で対処しないとどっちも取り逃すラギよ」

彼の意見は決して消極的なものではなく、冷静に状況を判断しての物だった。
デミタス・エドワードグリーンの輝かしい犯罪歴はジュスティア警察を翻弄し続け、その警備体制の不備を明らかにした歴史でもある。
怪盗を名乗るだけあり、彼には秀でた才能があった。
人の死角を盗む才能だ。

(´・_・`)「なら――」

( ><)「――なら、デミタスを逮捕することを優先してもらうんです」

突如として口を挟んできたのはジュスティア警察の報道担当官、ベルベット・オールスター。
ティンカーベルに派遣された警察の一人で、若くして情報統制をおこなうための全権を与えられた男だ。
彼は情報を集約し、そして、それを体よく報じる力が見込まれて対マスコミ用の重要な人間として知られている。
トラギコがこれまでに行ってきた暴力的な捜査が大きく報じられなかった背景には、彼の力が影響していた。

その発言力は大きく、彼よりもキャリアのある警察高官でさえその言葉に従わざるを得ない。
彼は情報を支配する力を持ち、その気になれば人一人の人生を終わらせることなど造作もないのだ。

( ><)「デミタスはマスコミ各社にも予告状を送っているんです。
      優先するのはデミタスの逮捕なんです。
      島での諸々の事件については別の犯人をでっちあげればいいんです」

(´・_・`)「ショボンはどうするつもりだ?」

そんなことは分かっているとばかりに、ベルベットは肩をすくめた。

( ><)「放っておけばいいんです。
      今必要なのは島が平和になった、ということです。
      全ての原因であったデミタスは我々の手で捕まえ、それ以外の人間については射殺したとでもしておけばいいんです」

(;=゚д゚)「そりゃいくらなんでも無茶苦茶ラギ。
    目撃者も山のようにいるんだぞ」

ショーンの怒気を前にしてもたじろがなかったトラギコが、今度ばかりはそうもいかなかった。
ベルベットの言っていることはあまりにも暴論だった。
デミタスを捕まえる代わりにショボン達から目を背けておきながら、体裁上は見事任務を果たしたかのように振る舞う。
対外的には良く見せるだけの、プライド先行型の方法だ。

( ><)「だから、それを納得させるためにもデミタスには踊ってもらうんです。
      あいつが大々的に動けば人の意識はそっちに行くんです。
      後は、そうですね……
      何やら金髪碧眼の不審者がいたらしいですから、その人間を代わりに指名手配すればいいんです」

それがデレシアの事だと分かり、思わず声に出る。

(;=゚д゚)「……何?」

724名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:53:50 ID:cylVOJUg0
( ><)「ジュスティア警察官だった男達はこの事件には一切関係していない、とするんです。
     それとも、関係していたと発表することで何か得られるメリットがあるんですか?」

淡々と述べるベルベットの言う事は正論だった。
だが、それはあくまでもジュスティアが正義として在り続けるための正論であり、実際に事件を解決するという点ではまるで意味がない。
表面上の解決を演じるという彼の言葉の真意がトラギコには分からなかった。
警官であれば事件解決を最優先にするはずだが、この男は別の物を見据えている気がしてならない。

デレシアの素性を知らないで言っているのであれば、ベルベットは一般人を犯人に仕立て上げようとしている。
それはジュスティア的ではない。
正義を信仰しているはずの警官の行いとしては、不自然極まりない。
それともこれがこの男の本性なのか。

(´・_・`)「ないな」

瓜//-゚)「ですが、それはあまりにも乱暴な話ではないでしょうか、ベルベット」

このままでは話が固まると判断し、ヅーがベルベットに意見した。
彼女は常に天秤の目盛りを気にする性格をしており、今回の事があまりにも極端であると判断しての発言だった。

( ><)「正義を遂行するためには幾ばくかの犠牲が必要なんです。
     まさかこの事件が無傷で解決できると思っているんですか?
     これは早急に終わらせてしまわなければならない、非常に重要度の高い事件なんですよ」

(=゚д゚)「見せかけだけの解決に意味があるのかよ」

( ><)「見せかけではありません。
      今すぐに解決しないだけで、後ほど皆さんが解決するだけです。
      言っての通り、まずはデミタスを捕えてください」

(´・_・`)「さっきから捕えろと言っているが、奴は死刑囚だ。
    殺した方が早い」

ショーンの言う通りだ。
死刑の手間と捕獲する手間を省く分、その方が効率的だ。
早急に終わればショボン達の追跡に時間を費やせる。

( ><)「ただ殺しても宣伝効果が薄いんです。
      捕えて晒して、それからです」

(=゚д゚)「出来れば、の話で聞いておくラギ」

( ><)「それでは困るんです。
      これは命令です。
      それに、トラギコさんには出頭命令が出ていますね。
      部下を用意しているので、早急にジュスティアに行ってください。

      これは、貴方達以外の人間に関係のある話です」

725名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:55:31 ID:cylVOJUg0
冷たい視線をトラギコに向け、これ以上会話にトラギコが参加するのを良しとしない空気を作り出す。
だがそんな空気はトラギコには関係ない。

(=゚д゚)「そんなのこれが終わってからでいいだろ」

( ><)「駄目なんです」

(#=゚д゚)「人手が足りねぇんだろ?」

( ><)「それとこれとは別問題なんです」

指を鳴らすと、扉の外に控えていた屈強な三人の男がトラギコをすぐに取り囲んだ。
手錠とテーザー銃を持つ彼らは軍人、もしくは警官のどちらかだろうが、こういった仕事に慣れている様子だった。
抵抗すれば撃たれるとよく分かる。

(#=゚д゚)「……これが上の方針かよ」

( ><)「すぐに連れて行くんです」

( ''づ)「後ろで手を組んで」

三対一では分が悪い。
従う他ない。

(#=゚д゚)「その前に、そこのベルベットに渡すものがあるラギ」

( ''づ)「妙な真似はしないでくださいよ」

(#=゚д゚)「分かってるラギ」

ジャケットの懐に手を入れ、トラギコは中指を立てた手を取り出してみせた。

(#=゚д゚)凸「ほら、これラギ」

( ><)「……連れて行くんです」

そしてトラギコは後ろで手を組み、そこに座る人間達に一瞥向けてから部屋を出て行った。
部屋に静寂が訪れる。
この場を支配する力を持つ人間が誰なのか、全員が分かった。

( ><)「さ、手順の話をするんです。
      天下の大怪盗だった男とどう劇的な対決をするか、考えましょう」

(´・_・`)「対決?」

( ><)「これは絶好の宣伝になります。
      ジュスティアに逆らう人間がどうなるのか、どれだけ努力したとしてもそれを我々の力でねじ伏せる姿を世界中に知らしめるんです」

726名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:57:15 ID:cylVOJUg0
瓜//-゚)「馬鹿なことを。
      エンタテインメントのつもりですか?
      事態がどれだけ厄介なことになっているのか、分かっていないようですね」

( ><)「ヅーさん、例え長官の秘書だとしても、現場の動きに口出しは控えてもらいたいんです。
      僕はジュスティアがどうすればこの状況で信頼を勝ち取る事が出来るか、それを考えているんです。
      貴女に恨みを持つ死刑囚がわざわざやってくるというのですから、これを利用しない手はないんです。
      ラジオでも報じられ始めていることを考えれば、今、世界中で最も注目されている事件とも言えるんです。

      それを劇的に終わらせ、非常事態宣言を解除すればこの事件は誰にとってもいい形で終わらせられるんです」

瓜//-゚)「劇的に終わらせる……
      まさかとは思いますが、わざわざ場所をあつらえるつもりですか、私を餌にして」

拍手。
ベルベットは、ヅーの発言に深く頷きながら拍手を送った。

( ><)「その通り!
      然るべき相手には然るべき場所を!
      報道関係者も呼んで出迎える予定ですので、結末はリアルタイムで世界に届けられるんです」

(´・_・`)「おい、さっきから大分勝手がすぎるぞ。
     本当に事態の深刻さを分かっているのか?」

( ><)「分かってますよ。
      ただ分からないのは、どうしてあなた方は僕の話に対して否定気味なのかと言う事なんです」

(´・_・`)「何?」

( ><)「失敗したのは誰ですか?
      それぞれが独立して動かず、連携していればこんなことにはならなかったのでは?」

辛辣な言葉が並べられ、情報を操る人間にありがちな妄想――情報を操る人間の力は暴力に勝る――に捉われているのだと、ヅーは思わずにはいられなかった。
確かに情報も力だ。
この世の中は力が全てを変える。
力には力を。

情報の力と暴力が正面からぶつかれば勝るのは暴力だ。
ここでヅーがベルベットを殴り、黙らせることで彼の立案した作戦をなかったことに出来る。
最悪の場合、事故を装って二度と口をきけなくさせる事も出来た。

瓜//-゚)「随分と饒舌ですね。
      一応聞かせてもらいますが、どこを舞台にするつもりだというのですか?」

( ><)「それは勿論、この病院を――」

瓜//-゚)「却下です。
      味 方 の 狙 撃 手 に 撃 た れ た く は あ り ま せ ん か ら」

( ><)「……」

727名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 20:58:23 ID:cylVOJUg0
(´・_・`)「それはカラマロス・ロングディスタンスの事を言っているのか?
     彼は確かな家の出だ。
     腕も抜群なことは知っているだろう」

同じ軍人のフォローが入ることは予想していた。
確かに、“鷹の目”の腕はジュスティアで最高だ。
最高の腕があったとしても、ヅーには彼を信頼できない理由があった。

瓜//-゚)「えぇ。 ですが、捕えるはずのトラギコさんが危うく殺されかけたことを忘れたとは言わせませんよ。
      彼の腕を完全に信じることは不可能です。
      どんな人間でもミスはするものです。
      ただ、それがミスの許されない場で、となると話は別問題です」

予定ではトラギコの動きを封じるだけだったのだが、彼の放った銃弾はトラギコに重傷を負わせた。
偶然か、それとも故意だったのかは分からない。
カラマロスは単独行動が許可されており、今どこにいるのかは分かっていない。
そして何より、トラギコは彼を信じていなかった。

エラルテ記念病院でトラギコの代わりに撃たれたカール・クリンプトン殺害の犯人はカラマロスだと、トラギコは断言していた。
その証拠を収める為にマスコミであるアサピー・ポストマンと協力し、その瞬間を撮影させた。
ヅーもその現場を目撃していたため、後は証拠の写真を見れば疑いは確信へと変わり、すぐにでもカラマロスを敵と認識できる。
今、写真を手に入れたアサピーはどこにいるのだろうか。

( ><)「じゃあ他にどの場所があるというんですか?
      この島で奴を万全の状態で待ちかまえられるところなんて……」

瓜//-゚)「あるじゃないですか。
      相手が来る方向が絞られて、尚且つ、犯罪者相手に相応しい場所が」

最初に気付いたのは言葉を発することはないと思われていたエクストだった。
人工声帯を喉に当て、掠れた電子の音に乗せて、答えを口にした。

<_プー゚)フ『ジェイル島だな』

( ><)「ですが、あそこは突破されて……」

瓜//-゚)「だからこそ、ですよ。
      突破されたのは天井部、そして地上の部分ですよね。
      その修復が済み、すでに再開しているのも事実、そうですね」

( ><)「えぇ、そうですが」

瓜//-゚)「地下にまで侵入はされていない、という情報も合っていますか?」

ベルベットの口が噤まれたままの状態で固まった。
ジェイル島にあるセカンドロック刑務所は地上にばかり注目されているが、地下にも多くの独房や特殊な房がある。
一切の光を遮断する独房はそこに収容された人間が発狂し、そして死に至る場所として知られている。
その悪評を聞いたジュスティア市民たちの中から非人道的であるとの声が上がり、その地下独房は封鎖され、セメントによって塗り潰された。

728名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:01:03 ID:cylVOJUg0
あくまでもそれは表向きの話であることぐらい、ヅーは知っていた。
その計画に携わったのだから、知っていて当然だ。

瓜//-゚)「無言は肯定と捉えます。
     さて、私はセカンドロック刑務所の地下監獄でならこの挑戦を受けます」

( ><)「……それにはリスクが多すぎるんです。
      オアシズも選択肢の中に入れるべきでは?
      あそこなら侵入も困難だし、何より――」

瓜//-゚)「何より、大迷惑をかけるだけでなく事件解決後のオアシズに面倒事を持ち込んでジュスティアとの問題に発展させたいと?
     それでも報道担当官ですか?
     見せかけることは得意かもしれませんが、中身がありませんね。
     オアシズは世界を旅する巨大な街。

     ただの客船ではないのですよ」

報道担当者として、ベルベットは確かに若輩ながら能力のある人間だ。
だが人間性としてはまだ幼さが残り、ヅーのように感情を完全にコントロールすることはまだ出来ない。
ヅーの言葉にベルベットは拳を握り固め、精いっぱいの笑みを浮かべた。

( ><)「これは申し訳ありません。
      まだ若輩故の過ちとしてご容赦を」

瓜//-゚)「いつまで若輩気取りなのかは知りませんが、話が分かったのならばすぐに動きます。
      ジェイル島に行き、準備をします。
      くれぐれもこの件は報道しないように。
      マスコミに邪魔をされたくないので。

      例え好意にしているマスコミ関係者だとしても、私はそれを発見次第射殺します」

( ><)「しかしそれではデミタスに居場所を伝えられないんです」

瓜//-゚)「要は、失敗させればいいのでしょう?
      ならマスコミたちには真逆の方向を伝えてください。
      そこに別働隊を用意して、やって来たデミタスを捕縛すれば終わりです。
      結果は変わらず、そして何よりこちらが失敗するリスクが低くて済みます」

( ><)「対決はしないと?」

瓜//-゚)「誰に見せる必要があるのですか?
      いちいち犯罪者の言葉に合わせて動いてやる必要はありません」

彼女の言葉は正論であり、反論する余地もなかった。
ただ、ジュスティア的ではないという一点を除けば。
正義の都として知られるジュスティアの人間が相手を騙すような真似をするのは、半ばタブー視されている事だった。
特に決闘や公の目がある場となると、その傾向はより強くなる。

( ><)「そう仰るのならば、その通りにするんです。
      警備は何人ほどお付けいたしましょうか?」

729名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:02:39 ID:cylVOJUg0
瓜//-゚)「円卓十二騎士の二人がいれば十分です。
      貴方が気にするのは二人の棺桶を充電することです」

( ><)「警官や兵士を随伴させないのですか?」

瓜//-゚)「えぇ、当たり前です。
      万が一デミタスが潜り込んでくるとしたら得意の変装を使うでしょう。
      ですので、その人数が増えるリスクを減らして尚且つ信頼に足る二人を選ぶのは当然です」

音もなくヅーは立ち上がり、ベルベットを見下ろした。
氷のように冷たい目線に、ベルベットの体が僅かに震える。

瓜//-゚)「大好きな宣伝はお任せしますが、くれぐれも、足を引っ張らないように」

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         八:::::::::::::iく斧;::::/⌒ ー   ´   V:::/: }! r‐く::::′August 11th PM9:09
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陽が水平線の向こうに沈み、幸運の印とされる緑色の光を僅かに放った直後、紫色の夜が訪れる。
燃えるような水平線が徐々に群青に飲み込まれ、そして、消えた。
星が夜空に姿を現す頃には、巨大な月が世界をおぼろげな光で照らしている。
月光に照らされた世界最大の豪華客船にして世界最大の船上都市オアシズの巨体は、まるで巨大な雪山のように海上に浮かんでいた。

オアシズに潜伏していた五人の同盟者たちは、暗号を用いて密かに集まり、船の外で起きている事態について話し合いを行っていた。
怪しまれないよう、人の集まるショッピングモールの中に設けられた喫茶店を利用し、ビジネスマンを装うためにスーツを着てメモを取りながら話を進めた。
五人の中でもベテランのオーベン・ユーリカは溜息を吐くように、自然に話題を振った。

( 0"ゞ0)「内藤財団の発表についてだが――」

そう言いつつ、紙上に走らせる文字はこれから先の計画についての意見を求める内容だった。
彼らはオアシズの厄日の際、船に乗り込んだ賊の生き残りで、当初の予定通りにこの船に撒かれた種子の一部。
本来はオアシズの厄日後、船の動きを監視するための役割を持っていたのだが、ここに来てそれが変更となった。
彼らに与えられた新たな使命は、島で孤立してしまった同志達を招き入れるための下準備を整えることだった。

ここから先、どのようにしてこの船に同志達を迎え入れるのかを考えなければならなかった。
幸いなことに、ジュスティアの注目は別の人間が一身に受けることとなり、後は船内の警備体制の穴を見つけ出すだけでよかったのだが、それが問題だった。
島で起きている事件に巻き込まれないよう、船から島に降りることも、島から船に乗り入ることも容易ではなくなっている。
そのため、彼らはいくつもアイディアを募って明日の夜に警備の目を別の場所に向けさせる必要があった。

730名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:04:45 ID:cylVOJUg0
口と手が別の事を形にするのは少しの訓練で可能になる。
男達は皆、内藤財団がその日の昼に発表した単位統一に関する話をしつつ、いくつもの案を紙の上に書きだしていた。
最も有効そうだったのは火災騒ぎを起こし、その隙に海から同志達を招き入れる作戦だった。
後はどのようにしてそれを実行するかが問題だった。

オアシズはブロックごとに分厚い隔壁を持ち、火災が起きてもそのブロックを遮断することで火災の被害を最小限に抑えることが出来る。
それに、どうやって火災に気付かせるかも問題の一つだ。
小さな火事を起こしても気付かれなければ陽動にはならない。
民間人が多く集まる場所を利用し、そこで火を起こせばどうだろうか。

火が燃え広がり、人々が恐怖する場所。
ショッピングモールにある小型の移動用車輌のバッテリーに細工すれば、発火させることは可能だ。
炎に対して過剰反応を示しやすい女子供であれば、煙だけでも簡単にパニックになる。
細工をするのは簡単だ。

利用者を装って車輌を手に入れ、細工し、戻すだけ。
そうすればショッピングモールはパニックになり、船に散った警備担当者達はそれを鎮静化させるために一か所に集中するだろう。
後は、手薄となった海中から船内へと同志を引き揚げ、客室に匿えば万事解決。
男達は皆満足そうに頷き、用紙を丸めて灰皿の上に置き、ライターで燃やした。

消炭と化した紙を煙草で押し潰し、証拠を抹消する。
頼んでいた飲み物を飲み、別の話をして周囲に同化する。
会話を終えた一行は、最後の確認をするために店を出てショッピングモールに向かうことにした。
表向きは買い物をするためだが、当然、本当の目的は下見である。

会計を済ませて店を後にし、極めて自然にブロックの移動を行う。
モールに到着するまでは五分とかからなかった。

从´_ゝ从「あれ?」

最初に異変に気付いたのは、ポプリ・パマーゾだった。
自分を含めて五人いたはずのメンバーが、四人に減っていたのだ。
いなくなっていたのはオーベンだった。
彼はリーダー格としての人格が出来ている人間であるため、無断でどこかに消えることはない。

となると、仕方のない理由で離れてしまったのだろう。
問題はなそうだと判断し、四人は駐車されている車輌を探した。
買い物に利用している人間が多くおり、放置しているのか、それとも駐車しているだけなのか判断するのは難しい。
そこで四人は貸し出しを行っている場所に行くことになり、再び三分ほどかけて移動をした。

そして、そこでまたしても一人減っていることにポプリが気付いた。

从´_ゝ从「ベッシは?」

ベッシ・カローラは大食漢で温厚な性格をしており、自分勝手な行動をすることが時折あった。
それでもその戦闘力は抜群で、格闘戦はこの五人の中でも最高の腕を持つ。

(-゚ぺ-)「トイレじゃないか?
     さっきコーヒーをしこたま飲んでたからな」

731名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:07:03 ID:cylVOJUg0
陽気な性格のペリー・ボランが肩をすくめてそう言った。
確かに、彼は先ほどの喫茶店でコーヒーを五杯は飲んでいた。
誰も彼を見ていないのかと、もう一人のベネッセ・スィンケンにも目を向けた。

(,,゚,_ア゚)「俺も見てねぇから、多分トイレだろうな」

从´_ゝ从「そうか」

合流場所さえ分かっていれば問題はない。
三人で一台に乗り込み、ポプリがハンドルを握る。
発車させて間もなく、タイヤがパンクしている嫌な音が聞こえてきた。

从´_ゝ从「あぁ、くそ」

車を路肩に停めて、タイヤを見る。
釘でも踏んだのか、空気が抜けて後輪が無残にも潰れていた。
車を変えてもらわなければならないと判断し、車内にいる二人に声をかけようとした。

从;´_ゝ从「え?」

車内には誰もいなかった。
驚きの声を上げた彼は、すぐに周囲を見渡した。
だがどこにもいない。
ほんの数秒目を離した間に音もなく消えた仲間。

ようやく事態の異常さに気付き、ポプリは焦りを覚えた。
それが彼の最後の感情だった。
首に走った激痛が彼の最後の感触だった。
後は、視界が黒に染まって意識が消えるだけ。

――五つの黒いごみ袋を積んだ大きなカートを押し歩く清掃員姿の女性がその場を去ったが、当然、誰かの記憶に残っているはずもなかった。

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            //: : : ノ| |::|!: ://{::: : : /:::/: : /:ィ:: : :/: :.:/  .{::. ハ: : :ヽ:::ヽ..ノ
.          { ://: : : /:://:///:/:: : : |:/:/゙ト、!: :/|:./|/    }: :/: ::.: : }::::゙¨
.          乂y: : : :::::l/:/:://::: : /ィi',xr≠ミヾト!{ノ   ,ィノ }l/:l//}::::|
.             ヽ}: : :::::/イ:/::::::::イ: :{:::ヾ、`"込ソ`゙ ¨´  ,ヒゾ'/:::::::::/イソ
           リ: : ::://:八:.{:::::::://::. !::::}ヽヽ         , `¨´/::::::::::/ィ´
          . イィ:/:.//:::::::::ヽ}:::ノ/:::::: :∨ .))        August 12th PM08:30
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

日付が変わり、嵐から抜け出たティンカーベルはどこまでも突き抜けるような晴天に恵まれ、昨日起こった戦闘行動はあまり噂されていなかった。
それよりも噂されているのが、ラジオで放送された内藤財団による大規模な革命の宣言だった。
宣言はただちに実行に移された。
予め契約を結んでいた家電製品の小売店の店主たちはラジオを街中に配置し、新聞社は号外を配って回った。

これらの費用は全て内藤財団が負担する為、客の限られている地域でも在庫が瞬く間に消えて行った。
そして島にラジオが溢れ、情報が満ちた。
世界情勢が流れ込み、今夜予定されているジュスティアと大怪盗との対決に島中が注目していた。
隣接するジュスティアが対決を受け、正面から戦うのだと返答の声明を発表したのは午前九時。

732名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:07:57 ID:cylVOJUg0
それから異例のピッチで進められたエラルテ記念病院を取り囲む厳戒態勢は、ジュスティアが普段訓練を怠らずに行っている証となった。
予告されたのは夜九時だったが、準備が終わったのは午前十一時の事。
完全武装の警官、軍人が付近の道路を全て封鎖し、建物の屋上も制圧した。
実包の装填されたライフルを携える軍人の姿に市民は怯えを見せたが、同時に、興奮もした。

自分達に仇なす災厄と正義の味方が対決するのだ。
見届けたくもなろう。
彼らはジュスティア人。
正義を武器にあらゆる巨悪と対決してきた、世界の天秤たらんとする存在なのだ。

すっかり日も暮れ、夜空の月が昨夜同様の輝きを放つ夜八時半ともなると、空気はより一層重みを増した。
その重々しい空気はラジオを通じて、世界中の人間の耳に届けられた。

【占|○】『こちらぁ、極道ラジオFM893ですぅ。
     皆さぁん、先日脱獄したあの大怪盗ザ・サードがジュスティアに予告状を送ったのは知っていますよねぇ。
     予告されている時間は十時ですのでぇ、まだ余裕がありますけどぉ。
     本日はぁ、放送内容を少し変えてその様子を放送しちゃいますぅ――』

世界的な人気を誇るラジオ番組では現地にいる協力者を使い、現地の様子をリアルタイムで放送していた。
島にいた各新聞社の記者たちはこれを一世一代の出世のチャンスと考え、埃を被っていた機材を持ち出して現場へと急いだ。
ある者は質に入れていたカメラを買戻し、またある者は借金をして高性能なカメラを購入した。
狙うのは世紀の大怪盗が現れる瞬間と、決着がつくその時。

封鎖されているだけに、その写真が持つ価値はかなり貴重な物だ。
撮影できるのは一握りの人間。
現れるのは義賊として一部の市民から絶大な支持を得ていたデミタス・エドワードグリーン。

(-゚ぺ-)「しかし、すごいな、この警備は」

川_ゝ川「あぁ、この島でこんな警備態勢、見たことねぇ」

カメラを手にエラルテ記念病院を囲むマスコミ関係者の間からは、異口同音にその警備の厳重さを述べた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕

近距離戦闘を想定しているのか、短機関銃MP45を装備したジョン・ドゥが敷地から離れた場所に立ち、その後ろに同じくM4カービンライフルを構えるジョン・ドゥがいた。
更に、敷地内には追加装甲で全身を灰色にし、ミニガンをいつでも撃てるように待機するジョン・ドゥがいた。
恐らくは屋内にも同様に棺桶持ち――強化外骨格を使用する人間の俗称――が待機していることだろう。
軍人と警察の連携作戦はジュスティアの犯罪史でもかなり珍しいものだが、ここまでの警備体制は前代未聞かも知れない。

サーチライトが夜空を照らし、緊急車両があらゆる路地を封鎖した。
病院を中心に一マイル圏内は全てジュスティアの監視下に置かれた。
こうしてカメラを持つ彼らの周囲は現職の警官、もしくは軍人によって囲まれているため、不審な動きは一切できない。
厳重な警備の中に集まるマスコミ関係者の姿は、大物の取材会見さながらの様子だった。

これまでにデミタスが盗んできた多くの芸術品は、どれも高価な物でそのほとんどが闇市場に流れ、二度と日の目を見ることはなくなってしまった。
今回彼が出した予告状に書かれていたのは、これまでに彼が一度も予告をしなかった
彼は泥棒であり、暗殺者ではないのだ。
何もかもが異例の中、予告された時間が刻一刻と迫っている。

733名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:08:39 ID:cylVOJUg0
――予告まで残り、三十分。

腕時計から目を離したライダル・ヅーは静かに息を吐いた。
彼女は今、ジェイル島のセカンドロック刑務所の地下でその時が来るのを待っていた。
島にいるのは僅かに三人。
ヅーと円卓十二騎士の二人――ショーン・コネリとダニー・エクストプラズマン――だけのはずだった。

それ以外の警備員も一切認めず、彼女は頑なにこの三人以外の人間が島に入る事を拒んだ。
理由はいくつかあるが、最大の理由は変装の達人であるショボン・パドローネが入り込む機会を与えることを防ぐことだった。
デミタスとショボンが協力関係にある以上、どちらかがヅーの命を狙ってきても不思議ではない。
ショボンがデミタスの姿に変装してヅーを殺せば、それで予告は果たしたことになるのだ。

そして次に、内部の裏切り者が特定できていないことによる予防策だ。
元警察官が二人も敵にいるのであれば、現役の人間が裏切っている可能性は十分に考えられる。
それは現場の警官かもしれないし、高官かもしれない。
敵の正体が分からない以上、全てを疑ってかかるべきだとヅーは考えた。

結果、円卓十二騎士の二名を残し、他の人間は全てエラルテ記念病院に配置することとなった。
入院患者には悪いが、少しの間は我慢をしてもらわなければならない。
嵐の日に対峙した強力な敵。
トラギコ・マウンテンライトの言葉を信じるならば、その強大さは今のジュスティアでは対処しきれない。

潤沢な資金と豊富な人材を持つ秘密結社。
相手にとって不足はない。
ジュスティア人が望んでやまない巨悪だ。
昔は、そう思っていた。

この島に来てから、ヅーの考えは少しずつ変わり始めていた。
これまでに信仰してきた正義の在り方と、その実現を阻む者の存在。
決してデータだけでは分からない多くの情報を得たヅーは、今一度、ジュスティアに戻り次第秘密裏の調査が必要だと考えた。
また、ヅーは万が一に備えての保険もこの行動にかけていた。

もしもデミタスがこの場に現れたら、裏切り者はあのメンバーの中にいたことになる。
円卓十二騎士の二人、ベルベット・オールスター、そしてトラギコ。
四人の内二人を手元に置いたのは、その戦闘力の高さと忠誠心の高さを知っているからだ。
彼らがジュスティアを裏切るとは考えにくい。

裏切るとしたら、ベルベットだ。
若くて野心的な彼ならば、ジュスティアを欺いていたとしても不思議ではない。
時計を確認し、長針がじわじわと予定の時間を示そうとしているのを見た。
落ち着きが徐々になくなっていく感覚を精神力で抑え込み、ヅーは背負った棺桶の重みを確かめるようにして、それを背負いなおした。

イージー・ライダーの改修は済み、屋内での戦闘に必要な改造が済ませてある。
肉弾戦を早々に諦め、ドラムマガジンを装着したAA12ショットガンが二挺、コンテナ内に収納されていた。
近接戦闘は騎士たちに任せ、ヅーは中距離から散弾を撃ち続けることで接近を防ぐ。
他にもこの空間に多くの仕込みをしており、例え何かしらの方法で侵入されても対処できるようになっていた。

734名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:09:56 ID:cylVOJUg0
だから怯える必要はない。
命を狙われることは初めてではない。
何度も狙われ、何度も襲われた。
その度に撃退し、その度に生き延びた。

悪に屈しない心がヅーの恐怖心を麻痺させ、今日まで命の危険を感じたことはなかった。
感じていたとしても、それを自覚することはなかった。
だが今、ヅーは初めて己の気持ちだけで悪と向き合うことになっていた。
悪を自らの価値観で判断し、己の力で敵対する。

それは秘書という肩書を得た彼女にとって、全く経験のない事だった。
与えられた仕事をこなし、与えられた命令の通りに果たす。
それだけの人生のはずだった。
生まれてからこれまで、ずっとそうだった。

英才教育を施され、警察官僚になるための勉強をし続けた。
友人はいなかった。
いたのは、ライバルだけだった。
そのライバルですら、ヅーにとっては己を高めるための燃料程度にしか見ていなかった。

歴代最優秀の秘書として採用された時、彼女が感じたのは無だった。
こうなるために生きてきたのであり、こうなることは当然の結果だったからだ。
レールの上を歩き続け、そのままジュスティアの街を統治する重役へとなり上がる。
そう、思っていた。

レールに石を置いたのはトラギコだった。
彼は常にヅーの進路を妨害し続け、常に惑わせてきた。
その生き方はやがて、ヅーの中に小さな憧れとなった。
自ら定めた方針に従って生きるその自由さは、彼女にはないものだった。

CAL21号事件の判決が下った際の彼の声は、今も耳に残って離れない。
あれを慟哭と言うのだろう。
人間が腹の底から吐き出す激怒の声だったのだろう。
その姿を見た時、声を聞いた時、ヅーは羨望を覚えた。

彼は自分で生きている。
彼はレールを破壊して生きている。
その自由奔放なまでの生き方に、正義を通している。
正に、生きた獣の正義。

トラギコはジュスティア警察の在り方について文句を言いはするが、警官であり続けているのは、正義を貫きたいからに他ならない。
己の手で事件を解決したいからこそ昇進のチャンスを全て意図的に蹴り落とし、今の階級に甘んじている事をヅーは良く知っている。
最前線で事件と戦い続けるトラギコの姿は、かつて一瞬だけヅーが憧れた正義の味方によく似ていた。
唯一の違いは、ヅーの知る正義の味方には大勢の仲間がいる事だが、トラギコの仲間は極めて少ない点だ。

腕時計から聞こえてくる秒針の音に、ヅーは意識を現実に向けなおした。

瓜//-゚)「……センサーに反応は?」

(´・_・`)「ない。 小動物の反応すらない」

735名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:11:43 ID:cylVOJUg0
セカンドロック刑務所は今や、鉄壁の要塞と化していた。
全ての出入り口、通気口や下水の入り口にモーションセンサー、熱感知機、果ては音響感知機を設置し、何か異変があればすぐに反応するようになっている。
ボタン一つで異変のあった区画に毒ガスを流し込み、そこを死の空間に変えることも可能だ。
そのスイッチを握るのはヅーだけ。

デミタスを逮捕するなど、ヅーの頭にはなかった。
ベルベットと本部の意向など知った事ではない。
生け捕りにして得られるメリットなどたかが知れているし、この程度でジュスティアの信頼が回復するとはとても思えない。
すでにいくつもの醜態をさらしている以上、たった一人の犯罪者を劇的に捕えたところで意味などないのだ。

――予告まで残り、七分。

夜空に浮かぶ月を背に、黒い影がティンカーベル上空に現れたのは、予告された時間の七分前だった。
それに気付いたのは、エラルテ記念病院の近くにあるアパートの屋上に陣取っていた報道陣だった。
彼らの持つカメラのフラッシュが花火のように眩い光を放ち、歓声が夜の静寂を引き裂いた。
ラジオで流れるレポーターの声は興奮し、周囲の熱気を電波に乗せて世界中に届けた。

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【占|○】『現れました!! ザ・サードです!!
     世界最高の大怪盗が、今!! 月夜を背に現れました!!』

デミタス出現の報告は島に散った全てのジュスティア人の持つ無線機に届き、銃を持つ人間の視線を一斉に空へと向けさせた。
浮かぶ黒影。
それは優雅ささえ感じさせるほどの速力で、夜空を飛行していた。
まるで眼下に並ぶ大勢の人間をじらすようにして、円を描いて空を舞う。

軍人も警官も、皆構えた銃の銃爪に指をかけはするものの、そこに力を込めはしなかった。
彼らは命令を待っていた。
デミタスから攻撃を仕掛けられ、それに対する反撃の許可を待っている。
それまでは例え警告だとしても発砲は許可されていない。

抗戦許可なくしては、誰も攻撃できない。
その異様な光景は様々な構図で撮影され、銃腔の先に浮かぶデミタスがあたかも神聖な存在であるかのように思わせた。
警官の中には、デミタスのせいで降格させられた者や自殺に追い込まれた同僚を持つ者がいた。
脱獄犯を前にして何もできないことに、その全員が歯噛みしていた。

736名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:13:32 ID:cylVOJUg0
誰でもいい。
誰でもいいから、交戦規定を破ってあの男を撃ち落してほしい。
第一射さえあれば、後は続くだけでいい。
規律を破る人間が出現することを、警官たちは望んでいた。

だがこの時、誰一人として規律に背いた行動をすることはなかった。
彼らはジュスティア人。
世界で最も規律を重んじることを誇りとする街の人間なのだ。
そのような破天荒な人間は、この場には居合わせていない。

――予告まで残り、三分。

デミタス出現の情報は、地下で待機するジュスティア人たちにも届いていた。
誰一人、そのことに安堵する者はいなかった。
むしろ、全員が棺桶をいつでも起動できる状態になっていた。
否。

一人はすでに起動コードの入力を行っていた。

瓜//-゚)『自由を求めるのだろうが、そんなものはどこにもない』

その起動コードは正に、彼女の生き方そのものだった。
彼女に自由は無く、あったのは定められた道だけ。
その道に沿って生きてきた彼女にとって、これは道を外れた初めての一歩。
意志に従い、この世界へとようやく踏み出すための一言。

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(::[ Y])

――予告まで残り、二分。

感情を持たない機械はセカンドロック刑務所に現れた来訪者に対して、何一つ疑問を抱くことはなかった。
機械の感覚では感知できない存在は、いないのと同じなのだ。
開かれた扉はダミーの電気信号を受け入れ、開いていない状態にあると錯覚をした。
モーションセンサーはその足取りを無視するように命令され、熱探知機、音響感知器も同様に来訪者を無条件で受け入れた。

その跫音は、地下にいる三人のジュスティア人に届くことはなかった。
巨大な影が今、殺意を胸に地下を目指して移動を開始していた。

737名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:15:31 ID:cylVOJUg0
――予告まで残り、一分。

遂に、頭上の影が病院を目指して降下を始めた。
稲妻のようにフラッシュが焚かれ、急降下してくる影を、その顔を写真に収めようとする。
ジュスティア海軍に所属する狙撃手達は、そのフラッシュが照らし出した影を高倍率の光学照準器で目視し、驚愕した。
真相を目撃した人間が一斉に無線機に向け、報告をする。

『あれはデミタスじゃない!!
あれは人形だ!!』

――予告まで残り、0秒。

(_::゚゚[_|_]゚゚)

何の前触れもなく開いた扉の向こうから現れたのは、身の丈六フィートほどの棺桶だった。
墨色の装甲には傷が多数刻まれ、陥没している個所もあった。
朽ち果てた銅像を思わせるその姿、大きさは、間違いなくCクラスの棺桶。
だが青く光るその四つのカメラは少しの曇りもなく、間違いなくヅーを睨みつけていた。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『盗みに来たぞ、その命』

(::[ Y])『そうですか、さようなら』

ヅーは問答の途中でショットガンの銃爪を引いた。
散弾程度では目くらましにすらならないことは百も承知だった。
必要だったのは、時間を稼ぐことだった。
二人の騎士が棺桶を身に着けるまでに必要な時間は十秒弱。

それだけ稼げれば、こちらの勝ちだ。

(´・_・`)『我らは巌。 我らは礎。 我らは第九の誓いを守護する者也!!』

そして二人が棺桶の装着を始める。
瞬く間にドラムマガジン二つ分の散弾を撃ち尽くしたヅーはショットガンを捨て、素性の分からないデミタスの棺桶から距離を取る。
距離を取り、安全な場所へと逃げると思わせ、その実、ヅーは柱の裏に隠していた重機関銃を取りに動いていたのであった。
対強化外骨格用の徹甲弾が装填された重機関銃であれば、散弾よりかは相手をけん制できる。

Cクラス相手であれば効果は薄いだろうが、カメラを貫通させることぐらいは出来る。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『逃げるか、正義が!』

(::[ Y])『……』

奇妙な話だ。
何故、デミタスは攻撃を仕掛けてこない。
本気でこちらを殺すつもりであれば、それなりの武器を所有してきていて然るべきだ。
それは確信だった。

738名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:17:27 ID:cylVOJUg0
この場所をどのようにしてデミタスが探り得たのか、それは後で考えればいい。
ヅー以外の何者かが情報を流しただけの話だ。
情報の流出が行われたと考えれば、当然、ヅーの装備も分かっているだろう。
ならば、銃器があるはずなのだ。

少なくとも、無手はあり得ない。
三対一で武器なしなど、自殺願望があるにしても理に適っていない。
理に適わないという事は、別の理由がある。
氷上を滑るスケーターの様に素早く柱を楯にしつつ、その裏に隠していたHK121を掴みとり、即座に構えて発砲した。

毎分700発以上という驚異的な発射速度で放たれた徹甲弾は光の尾を引いて、まっすぐにデミタスを目指した。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『そんな弾が効くと思うか!!』

両腕で顔を覆い隠し、デミタスが突進してくる。
すでに装甲が弱っていたのか、銃弾を受けた装甲が歪み、剥離し、穴が開いた。
銃弾が肘関節を貫き、汚れた潤滑油と赤黒い血液が噴出した。
それでも彼の勢いは止まらない。

狙いは特攻か。
それも理に適っていない。
では一体、何が目的なのか。
命を懸けて、何をするつもりなのか。

刹那の時間で彼の言葉に違和感を覚えた時、異変が起きた。

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August 12th PM10:02
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彼、デミタス・エドワードグリーンにとって正義とはもっとも理解しがたい存在だった。
生まれてから何度もその意味について考えてきたが、分からないままだった。
代わりに幼少期に惹かれたのは、正義を名乗る人間を翻弄する義賊の物語だった。
大胆不敵に警察を翻弄し、金の亡者たちから金品を巻き上げ、貧しい人間に配って回る。

生き残るためにパンを盗み、それを同じように飢えている子供に分け与えたのは、間違いなくその物語が影響していた。
デミタスは幼くして両親に捨てられ、一時的に孤児院に入って幸せな日々を過ごしたが、長くは続かなかった。
食事すら満足に出せないほどの経営難だった施設は遂に潰れ、デミタスは施設を出て行かざるを得なかった。
同じような境遇の子供たちと共に生きる道を選ばざるを得なかったが、それは自然な流れだった。

739名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:19:37 ID:cylVOJUg0
飢える者同士、十分な稼ぎを得られない子供であれば、共同体として集まり、助け合わなければ生きられない。
彼の生まれた街では、そういった子供たちをストリートチルドレンと呼び、救済措置は一切行われなかった。
代わりにあったのは、ストリートチルドレンを取締り、街の清浄化を図る事だった。
警察はそのために雇われ、不法労働をする子供たちが次々に捕まり、施設に投獄された。

施設は子供たちを救うための場所ではなく、商品としての選別を行う場所だと、子供たちの間では有名だった。
実際、施設から逃げ出した多くの子供がそこで行われている選別作業を目の当たりにしていた。
女は娼館や金持ちの家に売られ、男は炭鉱やごみ処理施設に送られ、それ以外は慰み者として施設で飼い殺しにされた。
恐れるべきは捕まる事だと、子供たちはストリートチルドレンと化した時から教えられた。

やがて理解したのは、警察は正義の味方ではないという事だった。
正義はきっと、子供たちのところには現れないのだと諦めたのは割と早い段階でのこと。
大人たちの間に正義はあり、子供であるが故に正義の恩恵が受けられないと考えるようになった。
そして、正義の味方は金持ちの味方であることを知ったのは、彼が十歳になった時だった。

いつもと同じ要領でパンを盗み、逃げていた時の事だった。
運悪く鉢合わせた警官に捕まり、デミタスは死ぬほど殴られた。
逮捕こそ見逃されたが、その日、デミタスはゴミ屑のように地面に横たわって体力の回復を待つしかなかった。
夜が明け、下水道に作っていた彼らの家に戻ると、そこには誰もいなかった。

代わりにあったのは、打ち壊された家の残骸だけだった。
後に目撃していた人間から聞いた話では、深夜に警察の一斉捜査が行われ、下水道を住処にしていたストリートチルドレンが大勢施設に連れていかれたとの事だった。
パンを盗みに行っていたデミタスは命拾いをしたのだ。
だが、自分よりも幼い子供たちは逃げることなどできようはずもなく、投獄されてしまった。

彼らに待っている結末を想像しただけで怖気が走ったが、どうすることも出来ない事をよく理解していた。
彼には力がなかった。
何かを変えるための力がなかったのだ。
月日が流れ、デミタスは力をつけるようになった。

ケチな盗みから強盗に仕事を変え、路上強盗や押し込み強盗にも手を出した。
売春の斡旋にも手を染めたが、薬物には手を出さなかった。
女が金を稼ぐ最も簡単な方法は売春で、それは年齢が若ければ若いほど高額になった。
デミタスが行ったのは子供相手に性をぶつけたい変態を見つけ、未払いで逃げられることを防ぐために客の選別を行い、少年たちをボディーガードとして雇う事だった。

取り分は女たちと決めた分だけもらい、後は体を売った彼女達に支払われた。
十歳にも満たない女でも安全に体を売ることが出来る為、彼の商売は右肩上がりとなった。
様々な会社の重役や高官が客として来ることも珍しくなく、それを弱みとして握り、警察に圧力をかけて子供たちに手出しをさせないようにした。
だがまだ足りなかった。

彼は子供たちに売春や危険な仕事などさせず、もっと多くの子供を救いたかった。
そして、決意した。
怪盗となり、盗んだ金品を売り払おうと。
道具を揃え、少しずつ下積みをしていった。

彼は十件目の盗みを終えた時に気付いた。
自分には盗みの才能があると。
盗みは芸術性を重視するようになり、より優雅に、より華麗に盗むことを目指すようになった。
予告状を出し、警察を翻弄し、その無能さを世間に知らしめた。

740名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:21:24 ID:cylVOJUg0
彼なりの復讐は、確かな効果があった。
街の警官たちは以前までのように威張らなくなり、少しずつだがストリートチルドレンの数も減ってきた。
彼は匿名で孤児院を設立し、それまでの劣悪な施設ではなく、その孤児院に子供たちが入るように尽力した。
孤児院を出ていく頃には、子供たちは世の中で生きていくのに必要最低限の学を身に着け、危険ではない仕事に従事することが決まっていた。

次にデミタスは美術品のついでに様々な書類も盗むようになった。
子供たちを金で買い、ペットのように扱う変態を世間に知らしめようとしたのだ。
それが大物たちの怒りを買い、多くの警官が導入された末にデミタスは捕えられることとなった。
事情を説明しても警察はデミタスの話を聞かず、死刑にされても構わないから子供たちを助けてほしいと懇願しても、それは黙殺された。

死刑が確定し、デミタスはセカンドロック刑務所に送られた。
資金を得られなくなった孤児院は潰れ、子供たちは売られ、デミタスは親しい友人からの情報でその末路を独房内で知ることになった。
誰が悪かったのか、それを考えるのは無駄だ。
ただ、変えたかった正義があったのだろう。

こうして、ようやく仇を討てる瞬間に巡り合えて、よく分かる。
デミタスの夢。
それは、悪になる事でも、子供たちを救う事でもなかった。
もっとシンプルな、子供の様な夢。

――正義の味方に、なりたかったのだ。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『死ね!!』

(::[ Y])『?!』

飛び蹴りを重機関銃で防いだが、ヅーの体はまるで放り投げられた人形のように宙を舞い、鉄格子に激突した。
コンテナに入ったまま円卓十二騎士が出てこないことに、ヅーは気付いたことだろう。

(::[ Y])『盗んだのですね、電源を……!!』

流石は聡明な秘書だ。
こちらの仕掛けたトリックに気付いたようだ。
だがもう遅い。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『あぁ、そうだ。
      充電されなければ、棺桶はただのコンテナ。
      充電ケーブルを繋げば充電されるなんて考えをする奴が馬鹿なんだ。
      そんな馬鹿に充電を頼んだ奴は、もっと馬鹿と言うわけだ』

エラルテ記念病院を本部に、ヅー達が集う事は分かっていた。
几帳面なジュスティア人であれば棺桶の充電を行うための部屋を用意すると考え、デミタスは充電を行う部屋の位置を割り出した。
そして、その部屋の電源に細工をして充電ではなく放電をするようにしたのだ。
電力を消耗した状態の棺桶を装着すれば、途中で必ずその力を失うことになる。

円卓十二騎士を二人相手にすることなど、デミタスには出来ない。
無力化するための手段として最も有効な手を使い、それは今、最高のタイミングで形となった。
だが、ヅーは棺桶の充電を誰かに任せることをしなかったため、放電の難を逃れた。
それだけが唯一、デミタスの用意した下準備での誤算だった。

741名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:23:19 ID:cylVOJUg0
(_::゚゚[_|_]゚゚)『今度こそ、殺す』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ん
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(::[ ◎])『嘗めないでもらいましょうか』

有利なのはどちらでもない。
どちらも戦闘は不慣れな人間だ。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『……』

(::[ ◎])『……』

静かに。
どちらともなく。
次の一手に向けて、動き出した。
デミタスが選んだ一手とヅーの選んだ一手は同じだった。

それは偶然ではない。
ヅーがこの空間に様々な武器を隠していることは知っていた。
腕力や格闘で戦えない彼女は、必ず武器に頼る。
武器の隠し場所さえ分かれば、デミタスは自ら武器を持参せずとも武器を手にすることが出来るのだ。

互いに物陰から武器を手に現れ、銃撃戦が始まった。
デミタスが手にしたのはフランキ・スパス12と呼ばれるオートマチック式のショットガンだった。
対してヅーが手にしたのは、M4カービンライフル。
デミタスはほくそ笑んだ。

互いに装填されているのは対強化外骨格用の弾だろうが、口径が違う。
口径が違えば威力が違う。
勝つのはより口径の大きなこちらだ。
高速で移動しつつ、ヅーはデミタスに正確に弾を当ててきた。

肩の装甲が完全に剥がれ落ち、その下にある筋力補助装置のケーブルが切断された。
ショットガンを使えなくてもいい。
少しの間だけ、相手が可能性を忘れてくれればいいのだ。

(_::゚゚[_|_]゚゚)『うおおお!!』

742名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:26:17 ID:cylVOJUg0
絶叫。
咆哮。
デミタスは声を上げ、ヅーを目指して駆け出した。
カービンライフルの銃身下に装着されていたグレネードランチャーが火を噴き、榴弾がデミタスの顔を捉えた。

(;´・_ゝ・`)「ぬっおおお!!」

だが止まらない。
ヘルメットが吹き飛び頭を深く傷つけたが、デミタスの頭部は健在。
ライフルの弾が尽き、ヅーがそれを投げ捨てる。
このまま逃げるか、それとも向かってくるか。

もしも逃げられたら、デミタスが追いつくことは不可能だ。
だが、この突撃をヅーが見逃すとは思えなかった。
わざわざ人体最大の急所を晒しているのだから、これを好機と捉えない人間はいない。

(::[ ◎])『しっ!!』

急制動、急転回、そして高周波ナイフを鞘から抜き放つ。
ヅーは覚悟を決め、ここでデミタスを切り伏せることを選んだ。
それでいい。
そう来なければ、ジュスティア人ではない。

勝敗が決するまで、残り数秒。
デミタスは抜き放たれた高周波ナイフの切っ先を凝視し、そして――

(;´ _ゝ `)。゚ ・ ゚

切っ先が、デミタスの肺を捉え――

(::[ ◎])『?!』

――デミタスの両腕が、ヅーの体を掴んだ。

(;´・_ゝ・`)「つ……か……まえ……」

(::[ ◎])『しまっ……!!』

ようやく狙いに気付いたのだろうが、もう遅い。
デミタスは奥歯に隠したスイッチを噛み砕いた。
その瞬間、膨大な量の情報がデミタスの脳裏に甦った。
それはかつて彼が過ごしてきた孤児院の記憶であり、路地裏の記憶であり、怪盗の記憶だった。

幾億もの声が響く中、人生の全てが一枚の写真のように連続する光景にデミタスは圧倒された。
何と美しい光景なのだろう。
何と醜い光景なのだろう。
なんと優しい光景なのだろう。

743名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:28:02 ID:cylVOJUg0
彼が助けたかった子供たちの笑い声が遠くから聞こえる。
懐かしい声だった。
もう二度と聞く事が出来ないと思った笑い声だった。
嗚呼。

(´・_ゝ・`)「……はは」

これでいい。
これがいい。
もう誰も苦しむ姿を見ないで済む。
永遠の平和が、永劫の平穏が待っている。

世界が白く染まる。
声だけが大きく聞こえる。
自分を呼んでいる。
懐かしい、あの声が。

(´・_ゝ・`)「皆、俺は――」

そして、彼の意識は体と共にこの世界から消え去った。

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ヅーはその可能性を考慮しなかったわけではなかった。
だが、理に適わない、という理由だけでその可能性を頭から消し去っていた。
それこそが彼女の最大の過ちだった。
人間は理に適わない生き物なのは、トラギコが生き様で語っていたというのに。

744名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:29:27 ID:cylVOJUg0
時間稼ぎだと思っていた。
場を混乱させ、自らは逃げるのだと思っていた。
デミタスは違った。
彼は、最初から死ぬつもりだったのだ。

死ぬことが狙いの人間を殺そうとしていたのであれば、ヅーはとんだ愚か者だ。
至近距離でさく裂した高性能プラスチック爆弾の閃光が、彼女の視界を白く染め上げた――

瓜; - )

――思えば、自分はいつもそうだった。
大切な物に自分だけでは気付く事が出来ず、誰かの力や存在を経てようやく理解できる。
器用な人間ではないのだ。
器用を振る舞い、不器用に生きていただけ。

誰かの期待に応えるために奮闘し、自分自身に期待することは一度もなかった。
決められたレールの上で物事は動き、その物事を管理する内、見落とすことが増えて行った。
それにさえ気付けなかった。
例えば、自爆の道を選んだこの男もそうだ。

デミタスは孤児たちのために美術品を売り払っていた。
それは事実であり、彼が救った子供たちは多くいる。
その資金供給を断ったのはヅーだった。
それが規則だからだ。

規則に従い、孤児院に流れる金の一切を遮断した。
万が一、その孤児院が違法ビジネスに使われていたら取り返しがつかなくなると考えた警察の判断だった。
彼女はそれに従った。
結果、大勢の子供が路頭に迷い、体を売り、そして肉片と化した者もいた。

心は痛まなかった。
彼女には直接関係ない事だったし、それは、彼女の判断ではなかったからだ。

瓜; - )「ぐ……ぁ」

気が付けば、ヅーは地面に倒れていた。
爆音のせいで鼓膜は両方とも破れ、全身には無数の破片が突き刺さり、両目は硝子によって潰れていた。
痛みは感じなかった。
四肢の感覚は無くなっていた。

赤黒い色以外、何も見えない。
耳鳴り以外、何も聞こえない。
寒さ以外、何も感じない。
今、自分は生きているのだろうか。

分からない。
誰かに教えてもらわなければ、何も分からない。
酸素が足りない。
いくら息をしても、まるで、どこかに穴が開いているかのように抜けていく感じがした。

745名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:30:16 ID:cylVOJUg0
寒い。
痛い。
苦しい。
恐い。

一気に多くの情報がヅーの頭に流れ込み、その苦痛にもがき苦しんだ。
声を出しているのかもわからない中、ヅーは体をよじって痛みに苦しんだ。

瓜; - )「あああ゛あ゛っ!!」

恥も外聞もなく、ヅーは悲鳴を上げながらとにかく痛みから逃げる事だけを考えた。
誰か、助けて。
そう、声に出したかった。
出したい言葉は、彼女の口から出ることはなかった。

意識が遠のく事だけが救いになるのだが、体に突き刺さった金属片がそれを許さない。

(:::::::::::)「……」

何かが、ヅーの頬に優しく触れた。
それは人の手だった。
ごつごつとした、不器用そうな人間の手だった。
誰が触れているのか、ヅーは見たかった。

その手が触れている間、ヅーの痛覚は遮断され、全ての意識が不器用そうな手に注がれた。

(:::::::::::)「……」

誰の手なのか。
姿を見ようとしても、もう、彼女の目が何かを見つめることはない。

(:::::::::::)「……」

声が聞きたい。
声を聞こうにも、もう、彼女の耳は音を捉えられない。

(:::::::::::)「……」

瓜; - )「あ……あ゛……」

伝えたい。

(:::::::::::)「……」

何を?

(:::::::::::)「……」

誰に?

746名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:30:59 ID:cylVOJUg0
(:::::::::::)「……」

どうして?

(:::::::::::)「……」

でも。
もしもこの手が、彼の手だったならば。
それは、とても幸せなのかもしれない。
この地獄のような苦しみの中で差し込む希望。

ジュスティアに向けて連行され、この場にいるはずのないトラギコがいてくれたならば。
彼の手がどんなものなのか、調べておくべきだった。
いや、調べていたらこうして願う事さえ出来ないだろう。
知らない幸せも、世の中にはあるのだ。

なら、この時はせめてその幸せに身を委ねてみよう。

瓜; - )「と……ら……ぎこ……」

声は上手に出せているだろうか。
みっともなくないだろうか。

瓜; - )「わた……し……じょ……うずに……」

手が、ヅーの頭を撫でた。
その意味は、言葉が無くても分かる。
褒められているのだ。
自分は今、褒められているのだ。

こうして奮闘したことを認められた。
認めてもらえたのだ。
結果は悪いが、努力を認めてもらえた。
生まれて初めての経験だった。

瓜; - )「あ゛……あぁ……」

涙があふれ出した。
激痛に際しても流れなかった涙が流れた。
あまりにも嬉しかった。
誰かにこうして認められるのが、たまらなく嬉しかった。

こんな状況にありながら、ヅーは今、幸せを感じていた。

瓜; - )「あ……り……」

感謝の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
黒く染まった視界。
全身から消え去る感覚。
まるで、炎が消えるかのように。

747名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:31:45 ID:cylVOJUg0



誰かの手の温もりも感じられなくなり、そして、ヅーの心臓はその活動を停止した。


瓜 - )


(=゚д゚)「……」


息絶えたヅーの傍を離れたトラギコは、静かに歩き始めた。
無表情のままだったが、強く握られた彼の両手の拳からは血が滴り落ちていた。


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               }ヘ      ヽ、_ヽ 、
              }             i
              |           ,  }
                  ',}         /ノ¦
                  '|   ; ',      }勹!
               | i  ; }  ',     i }
                    、 ', i {   ヽ_  /
               ヽ- 、_,-- -/ ̄
Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編 第七章【housebreaker-怪盗-】 了
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748名も無きAAのようです:2017/06/12(月) 21:33:20 ID:cylVOJUg0
これにて第七章は終了です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

749名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 10:34:54 ID:hKQGD1oY0
おつ
ヅーもデミタスもこんなにあっさり退場するとは...

750名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 11:54:41 ID:MMTDGiVEO
乙。
確立× 確率○ な。

751名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 20:08:17 ID:c0tA6uXA0

退場者が増えてくると辛いものがあるな

752名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 20:18:35 ID:WqE.04EE0
>>750
ご指摘ありがとうございます

早速修正した最新話は↓で読めますのでぜひ
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753名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 20:53:05 ID:juuzTotY0

棺桶に閉じ込められた円卓なんとかさんたち相当気まずいねこれ
何言ってきても「放電」つったら黙るしかないもんね

754名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 21:19:10 ID:MzWMtGtg0
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755名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 21:21:01 ID:oHvrOAdA0
まじかづー死ぬのかよつらい
ちょっと円卓さんたち無能すぎません?

756名も無きAAのようです:2017/06/13(火) 21:37:25 ID:WqE.04EE0
http://blog-imgs-106.fc2.com/g/u/r/guruguruhaguruma/20170613213200761.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=I2nWJixqXF4
今回活躍した(´・_ゝ・`)の棺桶(完全な姿)になります

まぁ爆発四散したのでもう出てこないんですけどね!

757名も無きAAのようです:2017/06/14(水) 01:41:09 ID:Xo3kKizY0
というかこれヅーの棺桶も放電されててコンテナの中から出られなかったらどうしたんだ?デミタスに殺せる装備はあったんだろうか

758名も無きAAのようです:2017/06/14(水) 04:24:58 ID:0/1Sd7kg0
>>757
>>741
武器の隠し場所さえ分かれば、デミタスは自ら武器を持参せずとも武器を手にすることが出来るのだ。

互いに物陰から武器を手に現れ、銃撃戦が始まった。
デミタスが手にしたのはフランキ・スパス12と呼ばれるオートマチック式のショットガンだった。
対してヅーが手にしたのは、M4カービンライフル。
デミタスはほくそ笑んだ。

互いに装填されているのは対強化外骨格用の弾だろうが、口径が違う。
口径が違えば威力が違う。
勝つのはより口径の大きなこちらだ。

759名も無きAAのようです:2017/06/14(水) 18:21:20 ID:wwTbG8hU0
>>757
>>758さんが指摘されている通り、武器があの場には沢山あるということもありますし、
いざとなれば彼女達が仕掛けたガス使う、もしくは海にポイーで終わります。
が、デミタスはヅーの棺桶だけがちゃんと充電されていた事を>>740でもある通り知っていました。
なので行き当たりばったり、ではありませんでした。

ではどうしてデミタスはそれを知っていたのか、については
あちらこちらにヒントが散りばめてありますのでよろしければ探してもらえるとより一層楽しめるかと思います。
第八章でその辺りについては触れますので、今しばしお待ちください

760名も無きAAのようです:2017/06/14(水) 20:34:20 ID:Vd8QBM960
デミタスかっこよかったなぁ

761名も無きAAのようです:2017/06/15(木) 13:11:49 ID:vxL7mKIE0

如何なる方法でトラギコが駆けつけたのかも気になるが
間に合わなかったか…

762セフレ人妻出会い掲示板:2017/06/18(日) 11:08:25 ID:qgpasSk.0
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ワープです!

767名も無きAAのようです:2017/07/15(土) 23:21:16 ID:vGS2cGqg0
デレ以外のキャラはほんと魅力が凄いな
づー生きててほしかった

768名も無きAAのようです:2017/07/16(日) 18:09:23 ID:Ru2bTNxE0
デレが負ける所が歯車のヒート以上に想像できない

769名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 09:27:58 ID:JL/.WovA0
今夜VIPでお会いしましょう!

770名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 10:46:20 ID:SWVkkkDE0
おっ

771名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:48:24 ID:s.K.qiF.0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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                 騎士道は 滅することと 見つけたり

                              ――円卓十二騎士誓いの言葉より抜粋

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

八月十一日。
怪盗、デミタス・エドワードグリーンからの挑戦状がジュスティア警察に送り付けられ、現場が大忙しで対応をしている頃。
一人の刑事が、黒塗りのセダンに乗せられてグルーバー島にあるホテルへと連行されていた。
車のガラスは全て防弾のスモークグラスとなっており、誰が乗せられているのか、誰が運転しているのかを外から確認する術はない。

運転手とその横に座る男は二人とも若々しさが残る三十代前半で、スーツを下から押し上げる程の筋肉の鎧は彼らが厳しい訓練、もしくは現場を潜り抜けてきた証だった。
懐の不自然な膨らみはそこに収められた拳銃の存在を物語り、鋭い眼光は場数の多さとその激しさを如実に表している。
時折バックミラーに向けられる視線は、周囲を見渡す時よりも一層鋭さを増した。
その視線の先にいる男は、“虎”と呼ばれる刑事だった。

エラルテ記念病院から連れ出された時、男は激怒して怒鳴り散らしていたが、今は嘘のように静まり返っている。
だがその目はこの状況を受け入れているようには思えない。
隙あらば襲い掛かり、噛み付き、殺そうとする獰猛な獣を彷彿とさせる目をしていた。

(=゚д゚)

人でありながらも獣を思わせる眼力を持つ男の名は、トラギコ・マウンテンライト。
正義の都として知られるジュスティアの人間であり、ベテランの警察官だった。
その性格は凶暴でありながらも抜け目なく、犯人の逮捕率と暴行による始末書の数は現役警官の中で最も多いと言われている。
それ故に警察署内には彼を警官として認めるべきではないとする人間と、犯罪に対する特効薬としての実力を認める人間がいた。

直接ではないが、ミラー越しに視線を向けていた男はハンドルを握る手が震えているのを悟られないよう、視線を前に向けなおした。
自分達に向けられる敵意の塊のような視線に耐えかねての行動だったが、それでも精いっぱいの行動だった。
手錠で動きは封じているはずなのに、何故か、トラギコの敵意は本物のナイフを突きつけているかのような感覚に陥らせる。
緊張のあまり、男達は二人揃って喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

何も恐れる必要はない。
虎は捕えられ、こうして手錠を嵌めて後部座席で静かに座っている。
視線に気づいたのか、それとも空気の微細な変化を感知したのか。
沈黙を守っていたトラギコが地鳴りを思わせる声を発した。

(=゚д゚)「……どこに連れて行く気ラギ?」

答えない。
返答は許可されていないし、この男は少ない手がかりで何かの答えに辿り着く様な厄介者だ。
迂闊に答えて自分達の首を絞めるような真似は回避したい。
明日中にはトラギコをジュスティアに向けて移送するため、明朝にはこのグルーバー島の西に位置するバンブー島に移動しなければならない。

772名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:50:40 ID:s.K.qiF.0
それまでの間にトラギコが何もしないとは思えない。
ならば、余計な行動に繋がることは断じて避けなければならなかった。
この男が真実に辿り着くとは思えないが、その真実を可能性の一つに入れて行動したとしたら、かなり手荒な手段を講じなければならなくなる。
計画が大きく変更されることも考えられる。

ここは、沈黙こそが正解だ。

(=゚д゚)「んだよ、無視か」

まずは、トラギコをホテルに連れて行き、そこで薬物などを使った下準備をしなければならない。
早急に計画を実行に移すのが彼らにとって得策なのだが、それは余計な疑念を生む可能性があり、決して焦ってはならないと計画者に念押しされていた。
彼らはトラギコをジュスティアに移送するように命令を受けているが、その実、その命令は実行されることはない。
別命を受けた彼らが実行するのはトラギコの殺害。

事件になる他殺ではなく、納得のいく自殺を偽装しなければならない。
そのためにトラギコの殺害は今日ではなく、一日明けた明日である必要があった。
それに、今夜は騒ぎを起こしてはならない。
今夜と明日の夜に起こる騒ぎはすでに決まっているため、ここで新たものを付け加えるのはそれ以外の予定の変更につながる。

デミタスの予告を阻止するためにジュスティア警察と軍には全力を注いでもらい、それ以外のことについては意識を向けさせてはならない。
最高の舞台を用意し、彼らにはそれだけを見てもらわなければならないのだ。
今夜中には各要所に警官や軍人が配備され、エラルテ記念病院周囲は要塞と化す予定となっている。
それが完了するまでは、少なくともトラギコには何一つ騒ぎを起こさせてはならない。

大人しくホテルに連行され、そして、薬物によって意識と体の自由を奪われるまでは油断禁物。
時間にすれば一時間にも満たない僅かな作業だが、重要度は極めて高かった。
何もかも万事順調に進行して明日になれば、各方面の同志達が一斉に動き始める。
それに合わせて、彼らもトラギコを連れてジュスティアに移動を開始し、その道中でトラギコを殺すことになっていた。

本来は何人たりとも島の行き来は禁じられていたが、彼らの車だけは特例として許可が出されていた。
騒ぎを隠すのならば、騒ぎの中、と言うわけだ。

(=゚д゚)「この方向だと……なるほど、ホテルか。
    大方、どこかのホテルを貸し切ったんだろうな。
    で、朝方に出かけるって感じラギね。
    晩飯と朝飯ぐらい選ばせてくれるんだろうな」

この一言で、プランの変更が決定された。
方向感覚を狂わせるために街中を無意味に走っていたが、それは無意味だったようだ。
短期間の内にトラギコは街の様子を把握しており、彼らが試みた工作は失敗に終わった。
トラギコを明日の移送まで生かしておけば、必ず何か行動を起こす。

その前に殺さなければならない。
ホテルに行く前にトラギコを始末しなければ、必ずや災いをもたらすだろう。

( ''づ)「……」

(-゚ぺ-)「……」

773名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:53:10 ID:s.K.qiF.0
二人は互いに目線を合わせ、小さく頷いた。
ホテルに向かっていた進路を変更し、車は山の奥へと向かい始めた。
街の明かりが遠ざかり、街灯すらない山中に停まった時にはすでに日付が変わっていた。
エンジンを切ると、車内の明かりが一斉に消えた。

柔らかな月光が照らし出す車内に、うめき声の様なトラギコの低い声が響いた。

(=゚д゚)「……シナリオは?」

流石は刑事だ。
これから何が起きるのか、自分の身に何が起ころうとしているのかを察している。
だがもう、遅い。
野生の虎ではなく、檻の中に閉じ込めた虎であれば殺すことは容易だ。

(-゚ぺ-)「これまでの失敗と屈辱に耐えかね、自殺。
     そういう流れになっているので、抵抗はお止めください」

男は黒皮の手袋をはめ、ダッシュボードからベレッタM8000を取り出した。
それは間違いなく、トラギコの銃だった。
車に乗せる際にトラギコから没収し、そこに入れておいたものだ。
トラギコ自らに遊底を引かせ、薬室に入っていた弾も、弾倉の弾も取り出させており、その部品の全てに指紋が付いている。

当然、銃から検出されるのはトラギコの指紋だけ。
自殺に見せかけてトラギコを殺すことも、トラギコの仕業に見せかけて誰かを殺すことも可能だ。

(=゚д゚)「そんなこったろうと思ってたラギ。
    お前ら、警官じゃねぇだろ」

妙に余裕のある言葉を聞きつつ、男は弾倉に弾を込めて、それを装填してから遊底を引いた。
狙いをトラギコの脚に定める、銃爪に指をかける。
一発で頭を撃ち抜いて自殺しては、あまりにもリアリティに欠けてしまう。
自殺しようとするトラギコを制止しようと試みたが、取り押さえようとする過程でトラギコが自らの足を撃ち抜き、最後は心臓を撃ち抜いて自殺したとするシナリオが用意されていた。

本来は混沌状態にあるトラギコに施す処置だったが、意識があろうがなかろうが、この状況からの逆転は不可能だ。

( ''づ)「……我々が警官でないと考えた理由を、今後の参考までに聞かせてもらえますか?」

(=゚д゚)「当たり前だろ。
    理由は二つだ」

トラギコはもったいぶるようにして言った。
その言葉が力を持っているかのように、月に雲がかかって車内が薄暗くなる。

(=゚д゚)「一つは、俺をこうして捕まえたこと。
    んでもってもう一つは、 尾 行 車 に 気 付 け て い な い っ て こ と ラ ギ 」

トラギコの言葉を裏付けるように、眩い閃光が車内を照らし出した。
それはカメラの生み出す閃光。
勘のいいマスコミの犬が尾行していたのか。
後続車はいなかったはずだから、先回りされたという事だ。

774名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:54:34 ID:s.K.qiF.0
どれだけ疑問や仮定を思い浮かべても答えは出てこない。
逃げられる前にマスコミの人間を排除しなければならない。
車内で拳銃を構える男とトラギコの姿が世に出回れば、このシナリオは破たんする。
助手席の男は舌打ちをしつつ懐からコルトを抜いて遊底を引き、それからドアを開けようとした。

正にその時、起きてはならないことが起きてしまった。

(=゚д゚)「玩具は俺が預かるラギ」

一瞬の内にトラギコの手が後部座席から伸び、コルトを奪い取ったのだ。
彼の左手首には手錠がぶら下がり、右手とは繋がっていなかった。
コルトの銃腔はM8000を持つ男ではなく、ドアに手を伸ばしたままの姿で固まる男に向けられていた。

(-゚ぺ-)「いつの間に手錠を……!!」

トラギコの腕を拘束していたのは錠が無ければ決して開ける事の出来ない物で、その硬度はただの金属製の手錠よりも高い。
力で破壊することは無理だ。
ならば、別の手段で錠をこじ開けたのだろう。
しかし道具を手に入れるタイミングなどなかったはず。

(=゚д゚)「護送する人間に手錠をするんなら、ちゃんと体の前で手錠をかけるのは常識ラギ。
    でねぇと、俺みたいに手癖の悪い人間に逃げられるラギよ」

その言葉で、助手席の男は手錠を抜けるための道具をトラギコがどのように入手したのかに気付いた。

( ''づ)「懐に手を入れた時か!!」

あの時。
ベルベット・オールスターに中指を立てるために懐に手を入れたのは演出で、実際は道具を手中に隠すための演技。
気付いた時にはもう遅く、こうしてトラギコに多くの情報を与えた上に銃を持たせてしまった。
捕えていたと思っていたのは彼らだけで、その実、虎は虎視眈々と機会を窺っていたのだ。

獲物が勝利を確信し、隙を見せるその刹那の瞬間を。

(=゚д゚)「お前ら、俺を知らな過ぎラギ。
    本当に警官だったら、俺の両手両足を拘束してるはずだ。
    雇い主はベルベットだな?」

これ以上はもう生かしておけない。
男は、一の犠牲で済むのであれば今はそうするべきだと独自の判断を下した。
トラギコの言葉に対して銃爪を引いて撃鉄が落ちる小さな音が鳴ったが、銃声は響かなかった。
ベレッタは銃弾を吐き出さぬまま、ただ、沈黙している。

間違った鍵で扉を開こうとしているかのように、何度銃爪を引いても意味はなかった。

(-゚ぺ-)「何っ?!」

思わず間の抜けた声が漏れ出た隙を、虎は決して見逃さない。

(=゚д゚)「馬鹿が」

775名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:55:37 ID:s.K.qiF.0
今度は、トラギコの番だった。
罵倒の言葉と同時にコルトの銃爪が引かれ、狭い車内に銃声が響き渡り、まばゆい光が男達の目を覆った。
ドアに手をかけたまま、脳漿の一部を失った男の死体がギアボックスの上に倒れ込んだ。
普通の警官ならば警告の一つもあったのだろうが、この男はトラギコ。

犯罪者に対する警告など、頭の中から欠落した男なのだ。

(=゚д゚)「さぁ、話の続きをするラギ」

硝煙の立ち上る銃腔を男に向け、その手から抵抗する間も与えずM8000を奪い取る。
それは赤子の手から物を奪い取るように素早く、そして恐ろしく自然な動作だった。
発砲が出来ない以上無駄な道具であると誤った判断を下したと気付いた時には、もう手遅れだった。
恐らくはこの銃も、トラギコが何らかの細工を加えたために発砲が出来なかったのだろう。

細工をしたのがトラギコであれば、それを解除し得るのもトラギコ。
この銃は少なくとも、トラギコにとっては価値のある武器なのだ。

(-゚ぺ-)「喋ると思いますか?」

(=゚д゚)「知るかよ、そんなもん」

男の左手がシートの下に伸び、そこに隠されていたナイフに指先が触れる。
ナイフの刃には猛毒が塗ってあり、掠り傷でも十分に人を死に至らしめる事が出来る。
どれだけ鍛え上げた体を持つ大人でも五秒とかからずに心臓を停止させ、安らかな死を与えられる緊急用の武器だ。
今が使い時だ。

(-゚ぺ-)「役割を終えた葉は、ただ散るだけです」

(=゚д゚)「あ?」

男は自らの指先を刃に押し当て、その毒を自らの体内に取り込んだ。
すぐに毒が全身に回り、男の心臓は停止した。
死体と化した男を見下ろし、トラギコは溜息を吐いた。

(=゚д゚)「……糞」

そうぼやきながらも二つの死体を探り、身分証など何かの手がかりになりそうな物を探す。
見つかったのは精巧に偽造された警察手帳、封筒に入った通行許可証と、数枚の金貨だった。
それらの品を懐にしまい込み、M8000の撃針に施していた細工を取り除く。
車を出たトラギコの体を、冷たい風が撫でる。

(=゚д゚)「お前なら絶対に来ると思ってたラギ」

月光の下に浮かぶ人影に向け、トラギコが声をかける。
車の前で全ての成り行きを見守っていた男が、トラギコの言葉にニヤリと笑みを浮かべた。
この男ならば必ずエラルテ記念病院に向かい、そこでトラギコを見つけ出して追いかけてくると信じていた。
何故ならこの男は、優秀なカメラマン。

分かり易いスクープではなく、本物のスクープを追う男なのだ。

776名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:56:42 ID:s.K.qiF.0
(-@∀@)「へへっ、ワンショット・ワンチャンスってね」

男の名前はアサピー・ポストマン。
ティンカーベルにいる全ての新聞記者の中で唯一、この事件の真相に近づいている人間である。

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           ‘ミ辷__Ammo for Reknit!!編 第八章【heroes-英雄-】
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八月十二日。
トラギコにとってやるべきことは山積みだったが、取り急ぎ解決すべきは、ショボン・パドローネ達の脱出を阻止することだった。
デミタスの予告状は間違いなく陽動であり、それに翻弄される警察官たちは本当の意味で事件を解決することは出来ない。
だが、自由に動くことのできるトラギコだけは別だ。

デミタスはライダル・ヅー達に任せ、自分はショボン達を追う事が出来る。
ただし、警戒しなければならないことがある。
終ぞ白状しなかったが、トラギコを殺そうと動いたのは報道担当官のベルベット・オールスターで間違いなさそうだった。
つまり、警察の中でもかなりの上層部にショボン達の細胞が潜り込んでいることになり、ここでトラギコが迂闊に生きている姿を晒そうものなら別の手段で命を狙われるだろう。

大々的にトラギコを殺すことは出来ないだろうから、事故に見せかけて殺そうとするだろう。
となれば、その働きをしそうな男の動きを封じなければならない。
狙撃手、カラマロス・ロングディスタンス。
実際にトラギコを殺そうとしてきた男であり、トラギコの友人を殺した男でもある。

この男が狙撃をする瞬間をアサピーは写真に収めており、それを使って糾弾するつもりだった。
その予定はしばらく棚上げにしなければならないだろう。
今写真をジュスティアに提供しても、上層部に潜り込んだ人間によってその存在を抹消されるのがオチだ。
致し方ないが、いつもより乱暴な手段に出るしかない。

まずはどこか落ち着いた場所に隠れ、それから策を練る必要がある。
車内から二つの死体を引きずり出し、森の中に捨てた。
トランクから強化外骨格“ブリッツ”の入ったコンテナを取り出し、乱暴に閉める。

(=゚д゚)「街はどうなってるか分かるラギか?」

777名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:57:51 ID:s.K.qiF.0
車内から見つけたウェットティッシュをアサピーに投げてよこし、血と脳漿の飛び散った車内の清掃を任せた。
アサピーは流石に眉を顰めたが、トラギコに一睨みには逆らえなかった。
渋々掃除を始め、トラギコの質問に答えた。

(-@∀@)「エラルテ記念病院の周りが慌ただしいぐらいで、他は静かなもんですよ。
      ま、あんなフェイクに引っかかるようじゃマスコミとしちゃ三流ですね」

(=゚д゚)「じゃあお前は二流ってところか」

(;-@∀@)「一流ですよ!!」

(=゚д゚)「自分で言う内は二流なんだよ」

それから二人を乗せたセダンは山奥にあるキャンプ場に向かった。
元々無人のキャンプ場であるため、これと言って道具の貸し出しを行っているわけではない。
あるのは開けた空間だけ。
騒ぎの最中ということもあり、利用客はほとんどいなかった。

駐車場に車を停め、トラギコはシートを倒した。

(=゚д゚)「ジェイル島に行く道ってのは、船だけなんだろ?」

ジェイル島は島そのものを監獄化した孤島だ。
海、もしくは空からの接近以外で島に上陸する手立てはない。
逆を言えば、それ以外の手段で外の世界に逃げ出すことも出来ない。

(-@∀@)「あぁ、まぁ、そうですね」

(=゚д゚)「他にあるのか?」

(-@∀@)「聞いたことがある程度なんですが、昔、磯釣りをしていた人は船を使わずにあの島に行ったらしいですよ」

(=゚д゚)「泳いだんじゃねぇのか?」

(-@∀@)「歩いて行ったらしいです。
      でも、これは島のコラムを作る時に老人ホームの人に聞いたので分からないんですけどね」

アサピーもシートを倒して、寝入ろうとする。
が、トラギコはアサピーの発言を無視することは出来なかった。
思い当たる手段が一つだけある。

(=゚д゚)「……ぼけた老人ってのはな、話を誇張することはあっても手段を言い間違えることはまずねぇんだ。
    それが昔話なら尚更ラギ。
    歩いて行けるんだよ、あの島には」

(-@∀@)「はははっ、ご冗談を!!
      海の上を歩くって言うんですか?」

778名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 20:59:54 ID:s.K.qiF.0
そう。
歩くのだ。
だが正しくは海の上ではなく、海面に出た岩の上を飛び移って行くのである。
そして釣り人が動き始めるのは夜ではなく、朝方。

つまり、朝方になれば移動するための道が開け、夜になる頃にはその道が途絶えるという事。
途絶えたとしても、それは海面に出ていないだけであって、場所さえ分かっていればいつでも使えるはずだ。
問題は、その老人が使った道が今も使えるかという事だ。

(=゚д゚)「あぁ、そうだ。
    そのためには写真がいるラギ。
    おい、朝一で撮りに行くぞ」

(-@∀@)「と言っても、場所知らないですよ、僕」

(#=゚д゚)「探すんだよ、そんぐらい!!
     お前の得意分野だろうが!!」

それから二人は血と硝煙の匂いが残る車内で眠りにつくことにした。
寝心地は最悪だったが、眠らなければならない。
今ジタバタしたところで得られるものは何もないだろう。
ほどなくして、トラギコは眠りについた。

――自然に目が覚めたのは、朝の四時だった。

(=゚д゚)「……」

眠りながらトラギコが考えていたのは、デミタスの侵入経路だった。
この島からジェイル島に行くためにはいくつもの困難がある。
言わずもがな、その立地があらゆる経路の前提条件としてある。
陸から離れた場所にあり、船で行こうとするのであれば岩礁の位置を把握していなければならない。

ゴムボートで行こうものなら、その船底を鋭い岩肌で切り裂かれて沈むことだろう。
仮にその条件を突破しても、そもそも島全体が封鎖されている今、どのようにしてジェイル島に向けて近づくのかを考えなければならない。
単独でこれらの条件をクリアすることは不可能だ。
必ず内通者がいる。

例えば、ベルベット。
彼が協力すれば、ヅーの施したあらゆる措置が白日の下にさらされ、その効果は決して発揮されない。
恐らく、デミタスとヅーの対決は実現してしまうだろう。
それは最早回避できない問題として考えるべきだ。

万が一、助力が必要な事態になった時を考慮し、トラギコも島に侵入するための手段を考えることにした。
デミタスの事で島中が騒ぎ出している今であれば、どうにか出来るかもしれない。
騒動の中で相手の目を盗んで動くことはトラギコも得意だ。
場所が島である以上、海から行くしかないだろうが、用心深いヅーは島の周辺に各種センサーを設置している事だろう。

779名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:01:21 ID:s.K.qiF.0
人の目を騙して島に近づいても、センサーに感知されてしまえば意味がない。
時間が無い中で目立たないようにセンサーを仕掛けるとしたら、必ずや理論的に配置するはずだ。
アサピーの言う釣り場に至る道を使えば、或いは、センサーは仕掛けられていないかもしれない。
紛れもない賭けだが、理屈に対抗するには賭けが一番なのだ。

今の時間帯を利用して道を写真に収め、それを記憶しておかなければ万が一に備えられない。
写真を覚えるのは難しい話ではないが、必要な時に思い出せるようにするには反復練習が必要だ。
となると、善は急げ。
一刻も早く現場に向かうため、トラギコは車のエンジンをかけ、アクセルを一気に踏み込んだ。

タイヤが地面を抉る音と振動で目を覚ましたアサピーは、目の前に迫ってくる木々に悲鳴を上げた。

(;-@∀@)「きゃー!?」

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(=゚д゚)「うるせぇよ。
    ほれ、シートベルト締めろ」

トラギコが言い終わるよりも早く、アサピーはシートベルトを締めていた。
キャンプ場を通り抜け、下り道へと差し掛かる。
木の根を乗り越え、跳ねた小石が車体にぶつかり、大きな岩を踏み越える度に二人の体は猛牛に跨る闘牛士のように上下した。
目指すのは川だった。

川沿いに下って行けば、自ずと海に出る。
海岸にいる警備の目を潜り抜ければ、写真を撮影するのは他愛のない話だ。
目的は場所の把握であり、それを記憶することなのである。
潮の関係もあるため、出来るだけ早く現場に辿り着きたかった。

しかし、車輌がセダンと言う事もあって、そう上手くいくとは考えていない。
川に到着できなくても、途中までの道をショートカットできればそれでいい。
度重なる衝撃に耐えかねた前輪が吹き飛び、トラギコは咄嗟に車体を木にぶつけて停車させた。
ほんの一瞬、トラギコの意識が飛ぶ。

780名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:03:04 ID:s.K.qiF.0
意識が戻り、最初に聞こえたのは川のせせらぎだった。
自分の四肢が動くことを確認してから、車の状態を見る。
フロントガラスは失われ、エンジン部分から白煙が上がっている様子がよく見えた。
木にぶつけた後部座席は大きく凹み、板金屋でも修理は不可能だろう。

この車はもう使えないが、隠す手間が省けたのは間違いない。

(;=゚д゚)「……ふぅ。
     生きてるか?」

(;-@∀@)「もうやだ……」

僅か二十分足らずで川の近くに来たと考えれば、危険を冒した甲斐もある。
割れたフロントガラスから這い出て、トラギコは水音のする方向に向けて歩き出した。
陽は昇り始めているだろうが、鬱蒼と生い茂る木々の間には朝日は十分に差し込まないため、薄暗かった。
足元に注意しながら駆け足で森を抜け、川に辿り着くまで五分もかからなかった。

遅れて到着したアサピーは肩で息をしながら、額に浮かんだ汗を拭いとった。
トラギコはそんなアサピーの肩に手を乗せ、川下を親指で指さした。

(=゚д゚)「さ、お前は写真を撮りに行ってくるラギ。
    俺はここで二度寝してるから、さっさと行ってさっさと帰ってくるラギよ」

(;-@∀@)「はい?!
      僕一人で行けと?!」

(=゚д゚)「ガキじゃねぇんだから、やれるだろ」

(;-@∀@)「えぇ…… 一緒に来てくれないんですかい?」

(=゚д゚)「俺は眠いラギ。
    それに、今は間違っても警官に見られたくねぇんだ。
    ほれ、行って来い」

アサピーは肩を落としてふらつきながらも走って海を目指し、その背を見送ってからトラギコは手ごろな岩の上に座って考えを巡らせることにした。
これはトラギコにとって、これはいわば保険だ。
決して使用されることの無い、そうであってほしい保険。
だから本腰を入れる必要はないのだが、どうにも胸騒ぎが収まらないのだ。

円卓十二騎士が二人いたとしても、決して拭いきれない不安。
その原因は、トラギコがこれまで多くの事件に関わってきたことによる経験則と、それに伴う勘だった。
デミタスの輝かしい犯罪歴は、彼の持つ才能の結晶だ。
あの男はこれまでに多くの美術品を盗んできたが、人の命を対象とした盗みはしなかったはずだ。

負傷しながらも不慣れなことに挑戦しようとしているということは、その命を捨ててでも成し遂げたいことなのだろう。
馬鹿な。
命がけの特攻を進んで買って出るなど、不自然でしかない。
不自然極まりなく、紛れもなく、本命は別にあると考える他ない動きだった。

781名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:04:03 ID:s.K.qiF.0
命を賭すという事は、それに足る何かが必要な状況ということ。
生還は最初から予定にない人間の狙いなど、一つしかない。
その遺志を継ぐ人間へのバトンパスだ。
それがショボン達の時間稼ぎなのか、それとも、本当にヅーを殺したい一心なのかは分からない。

両方かも知れないし、どちらでもないかもしれない。
それでもトラギコが今追うべきはショボンであり、デミタスの様な小悪党にかまっている時でない事は断言できる。
それは間違いない。
何度も訪れることの無い分岐点で道を間違える訳にはいかない。

何故、トラギコがヅーのために目の前にある獲物を逃がさなければならないのか。
ようやく警察官らしい振る舞いの出来るようになったばかりの青二才を気遣う道理など、どこにもない。
私情を仕事に持ち込む時期は終わっている。
最悪、ヅーが襲われて重傷を負おうがトラギコの知った事ではない。

それよりも気にしなければならないのは、ショボン達が使用したとされるヘリコプターの存在だった。
彼らは空を飛んで逃げるという手段を持ちながら、まだこの土地に居座っている。
何かが原因で、彼らはその手段を使えないのか、あるいは使わないだろう。
やはり、デレシアが関係していると考えた方が賢明だ。

デレシアを殺さんがため、彼らは危険を冒して島に滞在しているのだ。
だがそれも、デミタスの行動から察するに変更されることになったのだろう。
折角手に入れた死刑囚を生贄にするという事がその証明だ。
ショボン達が当初の目的を捨て、島を脱出しようとするのは間違いなさそうだ。

問題はそのタイミング。

(=゚д゚)「結局、あの女に行き着くのか……」

鍵を握るのは正体不明の旅人、デレシア。
トラギコの命を救い、この島で起きていた事件をあるべき形に戻した女。
単独、そして生身で棺桶を相手取って立ち回り、圧倒するほどの力の持ち主。
円卓十二騎士が束になっても勝てるかどうか、トラギコには分かりかねた。

デレシアは約束を果たした。
たった一人の力で状況を変えてしまった女は今、どこで何をしているのだろうか。
あの女がいれば、ショボン達を一網打尽にすることも出来るだろうに。
この手でデレシアを逮捕できればという気持ちは、増々強くなる一方だ。

島の事件を終わらせ、早急に元の道に戻るためにも、今は休む必要がある。
瞼を降ろし、トラギコは少し仮眠をとることにした。
連日の騒ぎでろくに休めていない。
休息を怠ればより大きな代償を払うことになると知るトラギコは、静かに眠りにつこうとした。

心地よい眠りの波に体が持って行かれそうな感覚が訪れ、呼吸が落ち着き始める。

(;-@∀@)「へへっ、撮ってきました!!」

だが、瞼を降ろしてすぐにトラギコの眠りはアサピーの誇らしげな声によって妨げられた。
驚きと苛立ちを半分ずつ抱き、トラギコは起き上がった。

782名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:05:44 ID:s.K.qiF.0
(=゚д゚)「早いな」

(;-@∀@)「すぐそこから望遠で撮影できたんですよ、ラッキーなことに。
       で、結論から言うと十分渡れそうです。
       後は現像してやらないと」

(=゚д゚)「じゃ、街に行くしかねぇな」

(;-@∀@)「えぇ、一緒に行きましょう」

(=゚д゚)「は? お前が行くに決まってるラギ。
    俺が行ったら警察が捕まえに来るだろ」

一応、トラギコは輸送中ということになっているため、目立たないに越したことはない。
少しの間だけでもそれを隠し通せれば、トラギコはマークされずに済む。
そうすればショボンの裏をかけるかもしれない。

(=゚д゚)「飯と移動手段を手に入れてここに戻ってくるラギ。
    金ならほら、たっぷりやるラギ」

死体から預かった金貨の内、二枚をアサピーに投げてよこす。
金貨二枚もあれば、中古車と十分な食料が手に入る。
お釣りで新しいカメラも買えるだろう。

(-@∀@)「……お釣りはもらっても?」

(=゚д゚)「やるよ、そんぐらい」

ここから街までは、徒歩で一時間以上かかる。
その間にトラギコが冒すことになる危険を考えれば安い物だ。
何より自分の金ではないため、トラギコは何一つ損をしない。

(-@∀@)「ご飯は何がいいですか?」

(=゚д゚)「肉ラギ。 後はお前に任せるが、合流はここに正午ラギ。
    それさえ守れば後は自由にするラギ。
    だけど、くれぐれも捕まったり尾行されたりするなよ」

(-@∀@)「へへっ、了解です。
      その前にトラギコさん、これを渡しておきますね」

そう言ってアサピーは黒いケースに入ったフィルムを差し出した。

(=゚д゚)「例の写真が入ってるやつか?」

(-@∀@)「えぇ。 僕が途中で殺されてもそれがあれば大丈夫、ですよね?」

初めて、トラギコはアサピーの言動で感心した。
この男は分かっているのだ。
トラギコの天秤で重視されているのが己の命ではなく、このフィルムであることを。

783名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:07:22 ID:s.K.qiF.0
(=゚д゚)「……そうだ。
    分かってるじゃねぇか」

(-@∀@)「どんなカメラマンもそうですよ。
      命よりも、命を懸けた物の方が大切なんです。
      僕にとってはそのフィルムが正にそれなんです」

(=゚д゚)「お前、意外と根性座ってるラギね。
    正直見直したラギ」

(;-@∀@)「これだけ巻き込まれたら、嫌でも根性尽きますよ!!
      ま、この騒動が終わったら僕も有名人になれると思えば安い物です」

(=゚д゚)「世界一有名なカメラマンになれるラギよ、お前なら」

(-@∀@)「へへっ、そうなりますよ」

アサピーは気恥かしそうに笑みを浮かべて、それを誤魔化すようにして山道を戻って行った。
運が良ければヒッチハイクで安全に街まで戻れるだろう。
その間、トラギコはショボン達の動向を予想し、先手を打たなければならない。
街に逃げ込んでいることは間違いないだろうが、それ以外の手がかりはなく、こちらに有利な点もない。

何かしらの手がかりがあれば状況は変化するかもしれないが、今はそれも贅沢と言うもの。
時計を見れば、まだ五時間は余裕があった。
カラマロスの動きを阻害するのは放棄し、ショボンの動きに集中した方がいい。

(=゚д゚)「……寝るか」

だが今は動こうにも、こちらの装備が不足している。
情報の獲得のためとはいえ、足となるセダンは潰したのは手痛い。
今はただ、寝るしかない。
トラギコは岩の上に寝転がり、空を見上げた。

雲が流れていくのを眺めながら、トラギコは考えを巡らせた。
ショボン達が逃げるとしたら、デミタスが現れ、場が混乱している正にその時だろう。
そうなると、船で逃げるに違いない。
ふとそこで思い至ったのが、死体から奪った通行許可証だった。

(;=゚д゚)「待てよ……?」

ジュスティアは書類関係についてかなり細かな規定を持っており、このような緊急時における通行許可証の発行には必ず上層部の承認が必要になるはずだ。
上層部の承認が得られない時には現場の中で責任者が承認することになっており、その際には市長へ連絡した後に責任者が捺印することになっている。
ショボンの組織の人間がジュスティア内に紛れ込んでいるとしたら、そういった許可証を発行することは容易であるはずだ。
だが発行の偽造はかなり難しく、不可能と考えてもいい。

あの市長が、正義を頑なに信仰する石頭のフォックス・ジャラン・スリウァヤがショボンの一派であれば、とうの昔にジュスティアはその組織に組み込まれているはずだからだ。
ならば、責任者こそが内通者であると考えてるのが自然。
懐から書類の入った封筒を取り出し、開く。

(#=゚д゚)「……やっぱり、ベルベットだったか!!」

784名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:09:37 ID:s.K.qiF.0
責任者の欄に直筆で記載されていたのは、ベルベット・オールスターの名前。
そして捺印も、彼の持つそれだった。
これを持っているという事は、トラギコを殺害しようとした男達はベルベットに依頼されたという事だ。
少なくとも無関係と言う事はあり得ない。

となると、ヅーの作戦は全て筒抜けになっているのは間違いない。
最大限の疑念だったものが、揺るがない確信となった。
彼女の棺桶についても、円卓十二騎士についても、デミタスは十分すぎる程の情報を手に入れることになる。
罠を仕掛けていたとしても、それが彼女の手によって直接仕掛けられたものでない限り知られるに違いない。

用意した道具の種類を教えることぐらいは出来るだろうし、その道具に統一された解除コードを仕込んでいれば装置はデミタスを一切関知しない。
報道担当官の持つ影響力は強く、仮にヅーが数人の部下達に銘じて罠を張ろうものなら、それはベルベットの耳に入るという事。
今夜、間違いなくデミタスはヅーの元に現れる。
それも、万全の状態で。

円卓十二騎士が手を貸せばあるいは撃退は可能かもしれないが、果たして、事がどう動くかは今の段階では分からない。
断言できるのは戦いの場が設けられ、ヅー達がデミタスと相対することだけ。
今、ベルベットを裏切り者と糾弾しても意味はないだろう。
はみ出し者の刑事と、優秀な報道担当官では発言力が違う。

ましてや、上層部はトラギコを嫌っている。
最終的にどちらの発言を聞き入れるかは明らかだった。
悔しい話だが、今は動いてはいけない。
感情に身を任せて動けば、以降全ての手がかりを失いかねない。

ベルベットやデミタスよりも、今はショボン達の動きを読んで先手を打つことが先決なのだと堪える。
怪盗一人と長官専属の秘書。
これを手放す代わりにショボン達の内誰かを生け捕りに出来るなら、トラギコは迷わずにショボン達を選ぶ。
それに、デミタスがどのような棺桶を使おうが、円卓十二騎士を二人相手にして勝てるとは思えない。

――トラギコはそう自らに言い聞かせ、アサピーの帰還を待つことにした。

アサピーの持ってきた小型自動車を使って島中を散策したが、結局、トラギコはショボン達に関して何も情報を得られなかった。
陽が落ち、予告時間まで残り三十分ほどとなった今も、その状況は変わらなかった。
ショボン達は相当慎重に姿を隠し、機会を窺っているのだろう。
無能なのか、或いは愚直な才能と言うべきなのかはこの際不明だが、ジュスティア警察はショボン達を無視してでもデミタスを追う事を決めた為、追加情報は期待できない。

黒幕を逃がして表に出た灰汁を掬い取る事で勝どきを上げ、偽りの終焉を描き出そうとする未来の為とはいえ、愚かな判断だ。
結局は病巣を取り逃し、再び別の形で病を発現するだろう。
それも、より厄介な形となって。
すでに逃げた可能性もあるが、それは限りなく有り得ないと断言出来た。

そう確信したのは、二人が山奥の駐車場でインスタントラーメンを啜っている時に現れた女の存在が何よりの証拠だったからだ。
跫音はしなかったが、ねっとりとした視線がトラギコの背中に注がれ、 そ ち ら の 方 を 向 か さ れ た。

785名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:10:35 ID:s.K.qiF.0
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    .: : / i :i : : :i :i八「|八 `メ: : i: i: ∧:│ : :i: : : : \: : : : \
   .: : //゙i :i : : :iL|二,,__`ヽ  ∨i/|/斗八‐ ∧ : : : 「 \: : : : \
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从'ー'从「はぁい、刑事さん。
     あらぁ? 誰かと思えばぁ、有名人のカメラマンさんじゃなぁい。
     元気ぃ?」

ワタナベ・ビルケンシュトック。
糖蜜のように甘い声を響かせ現れた彼女を前に、トラギコはアタッシュケースを左手に瞬時に立ちあがり、右手を懐にあるベレッタの銃把に伸ばしていた。

(#=゚д゚)「……また手前かよ。
    今度は何の用ラギ?」

トラギコは指先が触れていたM8000を取り出し、ワタナベの心臓に銃腔を向けた。
度重ねてのトラギコへの接触。
その真意は常に不明であり、このタイミングで現れるという事は、また何かがある。
ろくでもない何かが。

从'ー'从「あらぁ、私はただここを通り抜けようとしただけよぉ。
     パーティーに遅れちゃったら後が大変だからねぇ。
     ただの、ショートカットよぉ」

(#=゚д゚)「パーティー?」

从'ー'从「うふふっ、これ以上は話せないわぁ。
     だってぇ、私はただここを通り抜けるだけぇ。
     お話をしに来たんじゃないわぁ」

この一瞬で、トラギコは強化外骨格“ブリッツ”の使用を決意した。
足を切り落とせば、嫌でも話すはず。
最悪、ショボンを捕えるのに失敗したとしてもワタナベを捕まえれば何かしらの情報を得られるだろう。

(#=゚д゚)「だったら話したくなるようにしてやるラギ!!
     これが俺の天職だ!!」

だが。
だがしかし。
コンテナは、反応しなかった。
そして、アタッシュケース型のコンテナに赤いランプが点滅し、それがすぐに消えたのを目視した。

(;=゚д゚)「馬鹿な……!!」

786名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:12:01 ID:s.K.qiF.0
从'ー'从「残念ねぇ、電池切れみたいねぇ。
     それも、完全にぃ」

致命的なタイミングで棺桶の充電が切れていることに気付いたトラギコは、この一瞬で膨大な量の疑念を抱いた。
ブリッツは長時間の使用にも耐えられるだけのバッテリーを詰んでいるため、そう簡単に切れる事はない。
エラルテ記念病院でも充電をしておいたため、過充電を防ぐための装置を使って放電をされたとしか思えない。
だが、そのような装置を使った記憶もなければ、警察がわざわざ放電のための装置を要した上に誤用するなど、有り得ない。

(;=゚д゚)「……待てよ、おい」

(-@∀@)「へ?」

(;=゚д゚)「昨日の夜、マスコミに対して警察は何か検査をしてたラギか?」

(-@∀@)「一部民間人も交じっていたので、無理ですよ」

そして、トラギコは察した。
デミタスは予告状を出してから動いたのではない。
予告状と同時に動いていたのだ。

(;=゚д゚)「デミタスの野郎、盗みやがった……!!」

(-@∀@)「予告時間前ですよ?
      盗むって何を……」

(;=゚д゚)「電力ラギ!! あの野郎、棺桶の電力を盗んだラギ!!」

棺桶がどれだけ強力な物だとしても、バッテリーが無ければ全く意味がない。
また、起動前にバッテリーが切れていればいいのだが、絶妙な量の電力が残されている場合は例外だ。
電力が不足している状態で使用者をコンテナに収め、装甲を装着する間に電力が空になり、文字通りの棺桶と化してしまう。
外部からの助力なしではこの状態から脱出することは構造上不可能であり、どれだけの猛者であっても、全身を装甲に包まれていれば動きようがない。

幸運なことに、トラギコの棺桶は単一の目的に特化して設計されたコンセプト・シリーズ。
彼の棺桶が“緊急時に於ける対強化外骨格戦闘”に特化されていなければ、トラギコの腕はただの錘と化した籠手に包まれていた事だろう。

从'ー'从「うふふぅ、どうするぅ?
     私と遊ぶぅ?」

(#=゚д゚)「……また今度だ!!
     アサピー、ジェイル島に行くラギ!!」

デミタスが仕掛けた騎士封じの一手。
これが成功すれば、デミタスは労せず目的を達成した挙句円卓十二騎士を二人殺すことが出来る。
情報は全てベルベットによって筒抜けとなっている事を考え、対抗手段は意味を持たない。
つまり、ヅーは確実に殺されてしまう。

カップ麺を放り出し、トラギコとアサピーは車に乗り込んだ。
そして、保険のはずだった道を使い、アサピーの運転でジェイル島を目指した。
島へと向かう道を最速で駆ける中、トラギコは車内のソケットを使ってブリッツの充電を始めた。

787名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:13:07 ID:s.K.qiF.0
(;-@∀@)「ちょっ!! バッテリーなくなったら、街まで帰れなくなっちゃいますよ!!」

(#=゚д゚)「うるせえ!! 車は片道切符でいいんだよ!!
     徒歩だ、徒歩!!」

五分だけでも使えることが出来れば、十分な時間稼ぎになる。
それをどのタイミングで使うのかが問題だが、デミタスをヅー達から遠ざけ、仕切り直しが出来ればそれでいい。
デミタスはデレシアに足を吹き飛ばされていることから、何かしらの棺桶を持ち出さなければ戦闘が出来ない事が確定している。
Aクラス相手であればM8000でも対処できるが、Bクラス以上になれば何も出来なくなってしまう。

足を失った人間を補助する棺桶はまずBクラス以上であると考えるべきだろう。
となれば、拳銃の弾は威嚇にもならない。
例え、対強化外骨格用の強装弾を装填していても、高速で戦闘行為をしてくる相手に対して適切な場所に当てなければ意味がない。
勝算で言えば薄いが、生き残る可能性を今は考えた方がいい。

一時撤退、もしくは別の手段を用いての迎撃が最善。
間違ってもデミタスを逮捕、もしくは殺害できるものと考えてはいけない。
そのための装備が欠落しているこちらとしては、生き延びられれば上出来なのだ。
どのような罵詈雑言が待っていたとしても、生きさえすればいい。

アスファルトの道にタイヤの跡を残し、二人を乗せた車は急停車した。
トラギコはアタッシュケースを片手に車を飛び出し、写真にあった足場へと走った。
暗闇の中でも、トラギコの目はしっかりと目の前の風景を認識していた。
大小様々な岩の転がる海岸は、一度誤った場所に落ちれば全身を強打することは避けられない。

(=゚д゚)「おい、お前は先に安全な場所に逃げてろ!!
    後は俺が始末をつけるラギ!!」

振り返らずに、トラギコはアサピーに指示を出した。

(;-@∀@)「分かりましたけど、スクープの約束は忘れないでくださいね!!」

(=゚д゚)「わかってるラギ!!
    さっさと行け!!」

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海面下にある足場を目視するのは不可能だった。
星明かりと月光下であっても、見えるのは黒い水面だけ。
記憶の中にある鋭い岩の位置を思い出し、トラギコは躊躇なく海へと跳躍した。
靴底が踏みしめる鋭利な突起。

788名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:15:00 ID:s.K.qiF.0
踏み外せば肉を抉るであろうその存在に、だがしかし、トラギコは恐れを抱くことはなかった。
靴の中に入ってくる海水は、確実にトラギコの動きを鈍らせるが、それもまたトラギコの意志の外の話だ。
今は、ヅーと円卓十二騎士をデミタスに奪われることだけが恐ろしかった。
一度に三人もの重要人物を失えば、ジュスティアの信頼に大きな影響を及ぼす。

ベルベットの目的は恐らくはそれ。
デミタスとの死闘で三人を失い、そして、その全責任をデレシアに押し付ける。
実に狡猾なシナリオであり、世間受けするシナリオだった。
トラギコの見定めた、生涯最高の獲物を奪い取らんとするシナリオは断じて許容できない。

見えない岩から岩へと飛び移りつつ、腕時計で時間を確認する。
夜光液が映し出す時針が示すのは――

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                                 ,   、
                                     i|i_,...,j|}!
                                rj|i;;;::;:Vト、_ __ _
                              __ ,.イ ゞ=ゝ'゙,;:.::::;;:::;;::,.`ミ、
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: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :――予告時間まで、残り十一分。
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何度も海に転落しそうになりながらも、トラギコは何とかジェイル島へと辿り着く事が出来た。
下半身は水浸しで気持ちが悪かったが、彼は悪態を吐くこともなく、淡々と靴の中に入った海水を捨てた。
潮の香りで満たされた肺から息を吐き出し、再び酸素を取り込む。
目の前に浮かぶのは、断崖絶壁と言っても過言ではない切り立った崖。

登るにはあまりにも険しく、そして時間がなかった。
センサーを避ける必要も考え、この崖は道としては使えない。
トラギコは島の東側から別の進入路が無いかを探しつつ、回り込むことにした。
彼の頭の中にはジェイル島の地図が入っており、下水道の位置も忘れずに記憶されていた。

789名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:16:10 ID:s.K.qiF.0
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         > 、i    ;,      ' :..:... ;   ', :.'.. .'| ,'        ヽ  |
  *  ..:  `;  >、__ .\____  ________/.  ,.ィ´ ,,
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  i   ;, '    |\::::::人      ` ヽ、 !  ,.| |//!-┴-‐_| ‐-
       _,., -―|: :.. ̄_.ノー- ‐ - ‐ !三三_ | |コ/=≡;/  \
 ,., '’: : : : : >'´ ̄- = ≡ = - ‐   ― - = ≡=/ ∨   .\
'’: : : : : >' ´≡ = -  ̄  ―  = ≡――予告時間まで、残り四分。
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センサーの位置はまるで不明だったが、セカンドロック刑務所の下水管を見つけ出すことに成功したトラギコは、そのまま枠を外して内部へと侵入した。
ヅー達は刑務所の地下にいるため、地上からの単純な侵入では必ず限界が来てしまう。
ならば、下水道を伝って最短のルートで内部へと侵入し、エアダクトを通じて地下を目指せばいい。
脱獄不可能な監獄ではあるが、弱点さえ把握できれば侵入は可能なのだ。

特に、トラギコはジュスティア警察でも脱走の常習犯として悪名高く、懲罰房は言うに及ばず厳重な警備下にある本部の独房からの脱走にも成功している。
基礎から応用までの脱獄の知識は持っていると自負するだけあり、実際、セカンドロックの構造的な弱点を見抜いていた。
セカンドロックは孤島にあるため、海路を用いて様々な物資の供給なしでは成り立たない。
島から出る方法が海路であるならば、その進入路もまた海路にある。

孤島であるが故に下水処理施設を刑務所内に設置しなければならず、それを海に捨てる際にはほぼ真水と同様に処理が済まされなければならない。
絶対に塞ぐことのできない下水道の出口は格好の入り口となるため、厳重な処理がされていた。
太く、熱にも強い合金を用いた鉄格子は専用の道具を用意しても破壊は困難であり、何か知らの外的接触が感知されたら即座にセンサーが反応。
自然を利用した凹凸の多い路面は素足で逃げる者の足裏を容赦なく切り裂き、雑菌による化膿は避けられない。

それらの僅かな死角を補う高性能なセンサーの数々は、表立って見える弱点を弱点とは思わせないための工夫だった。
道具なしでそこを通過するのは不可能であり、仮に道具があったとしても突破は非常に困難な作りになっている。
内側からの脱出は不可能だが、外側からの侵入については不可能と言うわけではなかった。
鉄格子についてはブリッツの高周波刀で切り落とし、路面は今履いている靴で十分に対処できる。

当たり前の話だが、鉄格子のセンサーは生きているし、その一撃に反応したはずだ。
だがトラギコは一切の躊躇もなくその道を駆け抜けていたのには、明確な理由があった。
センサーが異変を感知したとしても、ジュスティアの性格上、すぐに爆発や毒物による処理をすることはない。
設定されている目標が生け捕りである以上、必ず正体を確認してからそのスイッチを押すはずなのだ。

そして、センサーの管理をする人間はおそらくヅーだ。
彼女であれば、トラギコがやって来たことに対して驚きこそするだろうが、攻撃はしないはず。
ある意味での期待と信頼を抱いて、トラギコは暗闇を進んだ。
湿度の高い下水道を進み、やがて、非常灯が薄暗い緑色に照らし出す空間に辿り着いた。

天井に開いた大きな排水管の穴と、どこまでも続く暗い下水道。
ここがトラギコの予想通りの場所であれば、正しい道は一つだけ。
天井にある排水管を登るのは自殺行為であり、そこに多くの罠が仕掛けられていることは調べがついている。
では、先に進むのが正解だろうか。

790名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:18:50 ID:s.K.qiF.0
答えは否。
先に進んでもあるのは逃げ場のない天然の落とし穴だ。
長年の水の動きで突起を失った摩擦のほとんどない床に足を取られ、その先にある坩堝のような下水溜まりに落下し、死ぬまでそこに浮かび続けることになる。
時間が押しせまり、トラギコは道を選びそこなう余裕がない。

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;;;;;;;;;,         ?',?',       '?, ?i!、                  l_?/ ?,イ
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;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,      ?',?',        ? `ー ''"´ ̄´ -―''?/' /
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

嗚呼。
どうして、このような仕事ばかりなのだろうか。
平穏無事な世の中を望みながらも、どうして切望するのは困難ばかりなのだろうか。
つくづく思うのは、この仕事は――

(=゚д゚)『――これが俺の天職だ!!』

籠手を装着し、高周波刀のスイッチを入れて地面に突き立てた。
正確な場所に突き立てられた刀は、その下にある巧妙な偽装を施された人口の床を切り裂いた。
正しい道は下。
合金製の板であろうが、高周波振動の前にはただの金属でしかない。

――予告時間まで、残り二十三秒。

(#=゚д゚)「くっそ……!!」

円錐状にして地面を削り、切り崩した瓦礫を放り捨て、トラギコは地面を削り続けた。
ブリッツの残り電源次第では、この作戦自体が破綻し、トラギコの行動は全くの無意味と化す。
とにかく切り裂き、とにかく抉り、とにかく進んだ。
執念の宿った刃が床を崩落させたのは、直下から爆音と振動が届いたのとほぼ同時だった。

――予告時間、二分経過。

瓦礫と下水に交じってトラギコが落ちたのは、地下にある独房の中だった。
外から届く僅かな明かりが、扉の位置を示している。

(;=゚д゚)「おい!! ヅー!!
    来てやったラギ!!」

扉に刃を突きたて、錠を破壊したところでブリッツの電源が切れた。
コンテナに籠手と高周波刀をしまって、トラギコは全力で駆けだした。
焦げ臭い香りの漂う方向へと急ぎ、そして、言葉を失った。

791名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:20:54 ID:s.K.qiF.0
――予告時間、三分経過。

トラギコの目に映ったのは、爆心地と断言できるだけの大きなクレータの出来た地面と、その中心に残る黒い消炭のような跡。
そして、そこから離れた位置に転がる赤黒い肉塊。
視線を足元に移すと、そこには炭化した肉片があった。
これは、人間のどこの部位で、誰の肉片なのだろうか。

(;=゚д゚)「……」

心臓が鐘楼のように脈打ち、トラギコはコンテナを投げ捨てて肉塊へと駆け寄った。
それがデミタスであればと。
それがヅーではない事を切実に願いながら、トラギコは走った。
そして、聞いてしまった。

「あああ゛あ゛っ!!」

血と肉の塊から発せられた、悲痛な叫び声を。
痛みから逃げるための声だ。
救いを求める声だ。
これから消えゆく命の声だ。

それは、間違いなくライダル・ヅーの声だった。

(;=゚д゚)「……っ」

人間味を欠いたような女だったが、その声は、生きることにだけ向けられた命その物の声だった。
だがその声を発するのは、人間とは呼べないような姿をした肉の塊だ。
四肢は無く、肌は黒く焼けただれ、顔は血と傷で汚れて判別できない。
もごもごと動く肉の切れ目から出てくる蚊の羽音のようにか細い声だけが、トラギコの耳に届き、それがヅーであることを認識させる。

その傍に跪き、トラギコは言葉にならない言葉を発するヅーの頬に触れた。
感じたのは憐れみではなく、惜し気のない称賛だった。
この女は戦闘をまともに経験したこともないだろうに、それでも、文字通り死力を尽くした。
これを憐れむのはヅーに対する最大限の侮辱になる。

円卓十二騎士の助力なしに戦うことになったと分かった時、ヅーはどのような気持ちだったのだろうか。
恐かっただろう。
泣きたかっただろう。
逃げたかっただろう。

逃げ出しても良かったのだ。
戦闘慣れしていない人間が命を狙われていれば、そうするのが当たり前の判断だ。
犯罪者の言葉を受け止める必要もなく、広報担当の馬鹿の言葉に従わなくても良かったのだ。

(=゚д゚)「……よくやったラギ。
    お前も、やれば出来るラギね」

792名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:22:28 ID:s.K.qiF.0
声は聞こえていないだろう。
本来そこにあるはずの耳はなく、あるのは赤黒く変色した傷口にしか見えない穴。
目は見えていないだろう。
本来そこにあるはずのところからは血が流れ出し、砕けた鉄片が突き刺さっている。

(=゚д゚)「何だよ、お前の事見直したラギよ。
     次からはペンじゃなくて、銃を持って一緒に仕事をしてみるラギか?
     お前みたいな根性のある女、長官の秘書にしておくのは惜しいラギ」

聞こえていない事を承知で声をかける。
これは死にゆく同僚に向けての、手向けの言葉。
返答など期待していない、ただの独白だった。

「あ……あ゛……」

そのはずだったのに、ヅーの悲鳴が止み、何かを訴えかけるような声が聞こえてきた。
失われた腕を動かして、必死に何かを掴もうとしているが、何も掴むことはない。
彼女の手が何かを掴むことなど、もう二度と出来ない。
だが、掴むことが出来た物ならある。

(=゚д゚)「どうだ? 俺とお前が組めば、結構いいコンビになると思わねぇか?
    俺が実働で、お前がその後処理。
    なぁに、お前なら出来るラギ」

掴んだのは、トラギコの信頼だった。
これまで、トラギコは進んで誰か警官を相棒にすることはなかった。
警察官としての人生の中で、誰一人として、トラギコの信頼を勝ち取ることは出来なかったのだ。
どんな新人も、どんなベテランも。

結局は、トラギコを落胆させてしまうだけで終わるのだ。

「と……ら……ぎこ……」

だが。
この女は。
聴力も視力もない中で。
トラギコの名を呼んだ。

(=゚д゚)「おう、どうした?」

優しげな声で、トラギコは聞き返す。
ここに横たわるのは騎士よりも高潔な女。

(=゚д゚)「遠慮せずに言えよ」

「わた……し……じょ……うずに……」

793名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:24:12 ID:s.K.qiF.0
その言葉に、トラギコは呆れそうになった。
この期に及んで、ヅーが求めたのは評価だった。
だがそれは、彼女の心の奥底に潜んだ本音なのだろう。
誰かに認めてもらいたいという承認欲求。

子供のようなその夢が、ヅーの根底にあった最後の望み。

(=゚д゚)「あぁ、上手にやれたぞ。
    俺が言うんだ、間違いないラギ」

今際の際に望むことを拒む理由はどこにもない。
殆ど失われた毛髪が覆う彼女の頭に手を乗せ、いたわるように撫でた。
泣きじゃくる子供をあやすように、トラギコはヅーの頭を撫で続けた。
もう、余計な言葉はいらないだろう。

今のヅーには言葉ではなく、こうしてやることが一番通じるに違いない。

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        厶"´
          〃  ̄ ` ゛゙゙ ''''' 、
         " ゝ、 ____________, ,,,
          乂三三三三三三爻′
            ′`` ```````
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         _,、-―======‐‐‐‐---
        厶"´
          〃  ̄ ` ゛゙゙ ''''' 、
         " ゝ、 ____________, ,,,
          乂三三三三三三爻′      「あ゛……あぁ……」
            ′`` ```````'ヽ,゛
                       .i:
                      .l:
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                        ,l:
                          J
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ヅーの目がある場所から、失われたと思われた水が溢れ出てきた。
彼女は泣いていた。
トラギコはこれ以上ヅーにかける言葉はなかった。
後は彼女が判断し、受け止めるだけだ。

掌に込めるのは、同僚に対する労いと尊敬の念。

(=゚д゚)「ゆっくり休め、ヅー。
    後は俺がやっておくラギ」

794名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:26:41 ID:s.K.qiF.0
その言葉が届いたのか。
それとも、感じ取ったのか。
ヅーは絞り出すようにして、最期の言葉を口にした。

「あ……り……」

そして。
もう、ヅーは二度と言葉を発することはなかった。
目の前で同僚が死ぬことは何度もあった。
その度に涙を流していては、トラギコの体内から水分は全て失われていたことだろう。

涙を流すことなく、トラギコはヅーの亡骸を見下ろしていた。
そして血が出る程の力を込めて拳を握り、立ち上がった。

(=゚д゚)「……」

トラギコは地面に転がる二つのコンテナへと歩み寄り、その側面にある緊急用のスイッチを蹴り飛ばした。
これは内部にいる人間を外部から強制的に排出させるための装置で、本来はコンテナ内の死体などを取り出すための物だった。
最初にコンテナから出てきたのは、ショーン・コネリだった。
その次にダニー・エクストプラズマンが立ち上がるや否や、視線を四方に向けた。

(;´・_・`)「くそっ、デミタスはどこだ!!」

<_プー゚)フ

二人はデミタスを探し、そして、ヅーを見つけた。
正確には、ヅーだった物を。

(#´・_・`)「……おい、トラギコ。
     お前がどうしてここにいるのかはさておいて、何が起きたのか今すぐ説明しろ!!」

激昂するショーンの気持ちも分からないでもない。
だが怒ったところで事態が変わることもなく、真実も変わりはない。
故にトラギコは、己の知る真実を伝えた。

(=゚д゚)「デミタスもヅーも死んだ。
    俺が知ってるのはそれだけラギ」

(;´・_・`)「そんなのは見れば分かる!!」

(=゚д゚)「へぇ、そりゃすごい。
    後は間抜けな騎士二人が罠にかかって、棺桶の中に閉じ込められてたってことぐらいだろうな」

(#´・_・`)「言わせておけば!!」

無言のままだったエクストがトラギコに掴みかかる。
胸倉を掴まれたトラギコは、動揺することもせず、静かに彼の目を見つめた。
怒りに燃えるエクストは言葉を発さないが、言わんとすることは簡単に予想がつく。

(=゚д゚)「何だよ、怒ったところで事実は変わらねぇラギ」

795名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:30:39 ID:s.K.qiF.0
エクストの手首を掴み、トラギコは骨を砕くつもりで力を込めた。
爪がエクストの皮膚を切り裂く直前に、彼はトラギコを解放した。

(=゚д゚)「この後はどうするつもりラギ?」

(#´・_・`)「決まっている、我々を嵌めた奴を見つけ出して、必ず滅ぼす!!」

溜息を吐き、トラギコはブリッツのコンテナに向かって歩き出した。
騎士道精神は結局のところ、自分の心の在り様であり、誰かに従えることではない。
彼らが抱いているのは正義。
幼少期から植えつけられてきた、ジュスティア人としての信念だ。

コンテナを拾い上げてから、二人の騎士にトラギコは言葉を送ることにした。

(=゚д゚)「……なら、俺から一つアドバイスしてやるラギ。
    馬鹿なことは考えずに、この後に誰がどう動くのかをよく見ておくんだな。
    そうすりゃ、戦うべき相手が見えるはずラギ」

――だが事態はトラギコの思う以上に急速に、そして予想通りの形で進行しつつあった。

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ライダル・ヅーの死を知らせる連絡をショーン・コネリから受けたベルベット・オールスターは、激しい憤りを抑え込みつつ、決して動揺を表に出さないように努めた。
一人、優秀な仲間を失ってしまったことは悲しむべきことだ。
デミタス・エドワードグリーンは実に勇敢な男で、良き同志だった。
脱獄に成功して自由を謳歌するでもなく、彼は大きな信念のためにその命を懸けた。

( ><)「くっ……!!」

良い男だった。
惜しい男だった。
世界が黄金の大樹となるためには、是非ともいてほしい男だった。
だが彼は己の願いを成就したのだから、それを祝わなければならない。

796名も無きAAのようです:2017/07/17(月) 21:31:30 ID:s.K.qiF.0
そのために最大限を出来たことを誇りに思うべきだ。
ヅーの用意した武装や、各種センサーの無力化に必要なキーコードなどを教えることはリスクが高かったが、それでも成果としては最高の物となった。
これで下地は出来上がった。
後は仕上げの段階。

ベルベットとしてではなく、ティンバーランドに所属するビロード・コンバースとしての仕事を執り行う時間だ。

( ><)「最悪の結果になったんです……!!」

拳を机に叩き付け、憤りをアピールする。
その場に居合わせるのはジュスティア警察と軍関係者、そして、民間人が一人。
ベルベットはその視線を民間人へと向け、悲痛な面持ちを浮かべて、予め用意していた言葉を予め用意していた声色で告げた。

( ><)「済まない、民間人の君にこんなことを頼むのは気が引けるんです……
      だけど、君しかいないんです、千の声色を持つ君しか……!!」

この計画に於いて重要なのは、ヅーの死ではなく事態終息を偽ることにあった。
そのためにはどうしても欠かせない存在として、ヅーがいた。
彼女がこの島を厳重に封鎖し、そして、事態の収束を約束した張本人だからだ。
だがその本人がいなければ、誰も事態の終結を宣言できない。

デミタスの狙いを叶える為とはいえ、その存在を失ったことは果たして打撃だったのだろうか。
答えは否。
そのようなことを案じるぐらいであれば、最初からデミタスの要求は通らなかった。
逆に彼らにとってみればこれはチャンスだった。

ジュスティアに更なる根を下ろすための大きな足掛かりを得るチャンス。
鳥の巣のように乱れた金髪、そして灰色がかった碧眼を持つ小柄な女性。
その声色は千を越え、同性であればほぼ全ての声を真似ることが出来る、ラジオ界の女王。

o川*゚ー゚)o「私に出来る事であれば、任せてください!」

――秘密結社ティンバーランドのNo4、キュート・ウルヴァリンがジュスティアへ入り込むための切っ掛けとなるのだから。

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       ィ;;;;;;;;/:l;;;;;;;!: : : : : : : : : :i: : : /: /    |: : : / :!         !ヽ: : ',
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    Y;;;;;;;;;;;;;;/:/イ;;;;;;;i: :|: : : : : : :l: :/:〃      |:/            !: l i: : :!
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         }: : : : :/: :イ: : 人: : : : : 个s            イ////  !: /!
            Ammo for Reknit!!編 第八章【heroes-英雄-】 了
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797名も無きAAのようです:2017/07/18(火) 00:10:02 ID:zfiLBhSU0
投下乙

798名も無きAAのようです:2017/07/19(水) 14:28:41 ID:D3YcJF9M0

ここでキュート来るのか

799人妻出会い掲示板:2017/07/19(水) 17:16:53 ID:i.J5k2yw0
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800名も無きAAのようです:2017/07/19(水) 21:14:39 ID:.77Zgt1s0
すっかり忘れていましたが、これで第八章の投下は終了です

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです

おまけ:o川*゚ー゚)o「私だよ!」
ttp://blog-imgs-114.fc2.com/a/m/m/ammore/cute.jpg

801名も無きAAのようです:2017/07/19(水) 22:38:24 ID:lZc2Ny5QO
今回も熱かったです! 乙!

802名も無きAAのようです:2017/07/20(木) 07:45:53 ID:CIWVHZg20
円卓の騎士さん無能晒してキレるとかどうしようもねえな

803名も無きAAのようです:2017/07/20(木) 11:57:16 ID:/QaUENZI0
車乗ったら閉じ込められたようなもんだし多少はね

804名も無きAAのようです:2017/07/21(金) 01:11:00 ID:1KZ0O4I60
棺桶に外部から充電状態を確認できる機構は無いのかな

805名も無きAAのようです:2017/07/21(金) 10:49:29 ID:7FG1p9XI0
この監獄いつも突破されてるな

806名も無きAAのようです:2017/07/21(金) 11:53:22 ID:7Ao0Ji2k0
正義(笑)だからな

807名も無きAAのようです:2017/07/21(金) 20:10:47 ID:iXNzcMts0
>>804
勿論ついておりますが、車や腕時計のバッテリーと同じように確認する人は殆どいません。

从´_ゝ从「充電しておきました!」

(´・_・`)「でかした!」

こんな感じで、確認などする人はまずいません。
実際、トラギコも使用するまでバッテリー切れになっていることに気づきませんでした。
また、車と同じでバッテリー残量がごくわずかでも起動してしまうのが棺桶の特徴です。

>>805
絶対・大丈夫 など、パニック物の映画でフラグになるような物ですね。

どこかのサメ映画
「今が力を合わせるときなんだ!」→\(^o^)/

808名も無きAAのようです:2017/08/14(月) 21:55:09 ID:bsJtY2lg0
今更だが乙
今回はもうトラギコの心情を察すると涙が出たわ…。 もはや期待は地の底に落ちてるけど、今後円卓組は有能な所見せれるんか…? ともあれ、今回も最高だったありがとう。

809名も無きAAのようです:2017/08/16(水) 18:24:47 ID:UGgbEb0.0
ハマると何回でも読み返しちゃうなぁ続き待ってます

810名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 16:38:11 ID:bRKTg1bc0
お待たせいたしました
土曜日辺りにVIPでお会いしましょう

811名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 17:13:37 ID:pWjMwLrU0
最近1から読み終えた俺に嬉しいタイミング

812名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:02:48 ID:UYTFpBow0
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|:  | _ノ/    て⌒)T`r{.}ュ
|:  |. /ィ     ゝ彡'ィrュf}) _. 騎士が騎士たる所以は、その在り方にこそある。
|:  |  l ,    ,イ /ヽ"ー''(-}三〉
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__- =_≡ _- _-_=_ = - _-_ -_ =≡_-;`--_ _、., _,__  ̄`¬.,v:.:
August 12th PM10:30
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秋の香りを孕んだ風の冷たい夜だった。
嵐が過ぎ去り、夏の熱気がどこか遠くへと運び去られた八月の夜。
ティンカーベル。
バンブー島、グルーバー島、オバドラ島と小さな島々で構成された“鐘の音街”と呼ばれる小さな街。

無数の島々で構成されたその街の象徴である大きな鐘、グレート・ベルが風に揺れて不気味な音を立てている。
鐘は最近その役割を果たしたばかりであり、その音色は安堵と不安を人々に思い出させた。
時の流れと風雨にさらされてきた鐘は最盛期の輝きを失っているが、街の明かりで僅かだが黄金の光を反射することが出来ていた。
街を照らす無数の明かりの中で最も不吉な色を放つのは、警察関係車輌の放つ赤い回転灯の作り出すそれだ。

回転灯が集中しているのは島の中で最も大きなエラルテ記念病院の周囲で、数十分前までそこは興奮した人々で溢れていた。
マスコミ関係者のカメラが放つフラッシュも、今ではもう疎らとなり一人、また一人と病院を後にした。
彼らが待ち望んだ犯罪者は別の場所に出現し、彼らが呆気にとられている間に事態は解決してしまったのだ。
手持無沙汰となったマスコミの人間が出来る事と言えば、撮影した写真をどう使って記事を作り上げるのかを考えることぐらいだ。

それでも久しぶりに手に入った仕事らしい仕事に、島に滞在する――厄介払いにあった――マスコミ関係者は嬉々として手を動かした。
上手くいけばこの辺境の地から都市部への栄転もあり得る。
全ては彼らの腕にかかっていた。
出来るだけ早く、そして正確に、感動的な記事を一分一秒でも早く書くことを求め、記者たちは筆を進めた。

気の早い記者は原稿を本社へと送り、承認を得る前に輪転機を動かして号外を刷る準備を整えていた。
どこよりも最速の情報を流すため、ラジオ局では早急に原稿を作り、どのような形であれジュスティアの手によって犯罪者が全員捕えられるという結末に備えた。
後はジュスティアからの発表を待ち、それと同時に情報を世界中に発信するだけだった。
この島で起きている出来事は、今、内藤財団の発表の次に注目されていた。

813名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:04:22 ID:UYTFpBow0
普段、この平穏な島でマスコミや警察が騒ぐことなどありえない話だが、ここ数日は例外だった。
ティンカーベルにはジェイル島と言う監獄島があり、そこには隣街であるジュスティアから護送されてきた凶悪犯が収容されている。
そのジェイル島が何者かによって襲撃され、二名の凶悪犯が脱獄――脱獄に成功した例はこれが初――した。
盗みの天才“ザ・サード”デミタス・エドワードグリーンと、連続誘拐犯の“バンダースナッチ”シュール・ディンケラッカーである。

脱獄犯は島へと逃げ込み、あちらこちらで戦闘行為に及んで一般市民を恐怖させた。
銃声と爆音、そして硝煙が島に満ちたのは百二十七年前に起きたデイジー紛争以来の事だった。
争いとは無縁だと思っていた多くの島民は自分達が住む世界を思い知らされ、認識を改めた。
この時代は、力が世界を変えるのだ。

八月八日から続いていた緊張状態は漁の規制に繋がり、観光客が皆ホテルの部屋に籠って外出を控えたことで飲食店や小売店が打撃を受け、島全体の産業から活気を奪っていた。
だがそれを覆すための救済の声が、島内に設置されたスピーカーを通じて島中に向けて発信された。
時刻は夜の十時半だったが、ノイズが僅かに混じったその声に、誰もが耳を傾けていた。
老人も、大人も、そして子供も。

次なる情報を、固唾を飲んで待った。
救世主の言葉を。
正義の味方の言葉を。

『先ほど、この島に逃げ込んだデミタス・エドワードグリーンはジュスティア警察の手によって射殺されました。
現在、脱獄を手引きした人間と最後の一人を追跡中です。
皆さま、もう少しだけお待ちください。
我々ジュスティアが、必ずや本日中に犯人一味を処理いたします』

それは先日、事件の早期終結を島民に約束したライダル・ヅーの声だった。
彼らが先日聞いた記者会見の言葉の通り、今日中に決着をつけるというブレの無い発言。
島の人間達は長い夜の終わりを夢見て、時計の針が進むのを待つことにした。
ラジオを持つ人間は放送に耳を傾けて時間の経過を待ち、持たない者は島の放送機器からの一斉放送を待った。

グレース・ナターシャの経営する民宿は、連日の騒ぎのせいで宿泊客が一人も来ず、加えて一人も定着していなかった。
これまでにいた客は皆、より堅牢な建物のホテルへと移ってしまったのだ。
彼女の民宿は木造で、銃弾が当たれば貫通するほどの薄い壁であるため、客が流れ出て行くのは当然だった。
可能であれば彼女も鉄筋の屋内に逃げたかったが、いつ客が来てもいいように店を捨てる訳にもいかない。

結局彼女は民宿の出入り口に鍵をかけ、日がな一日、ラジオを聞きながら読書をして過ごしていた。
彼女は何食わぬ様子でラジオを聞いていたが、いつもと違ったのはその後の行動だった。
埃を被り始めた客室の清掃を行い、食事の仕込みを始めたのだ。
心なしか、食材を刻む手が軽快になっていた。

明日からはいつも通りの日常が戻ってくる。
民宿はホテルと違って豪華な食事や設備があるわけではない。
その分、サービスで差別化を図らなければならない。
行き届いた清掃と美味な地元料理を観光客に振る舞えばそれは口コミで広がり、彼女の得意料理である煮込みハンバーグを食べようと大勢がやってくる。

早く明日が来ることを楽しみにしながら、彼女は鼻歌交じりに仕事を始めたのだった。

814名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:06:24 ID:UYTFpBow0
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August 12th PM10:37
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島内に流れた放送を注意して聞いていたのは、何も島にいる人間だけではなかった。
ティンカーベルに寄港していた船上都市であるオアシズの市長、リッチー・マニーは傍受したラジオ放送の内容に違和感を覚えていた。

¥・∀・¥「……気のせいか?」

彼は以前に聞いたヅーの言葉では、犯罪者を駆逐する、と言っていた。
だがそれが今回は処理する、になっていた。
僅かな言葉の変化だが、それはマニーからしたら奇妙な物だった。
リアルタイムの放送とは一切の取り消しの効かない場であり、そこで放たれる言葉には全て意味がある。

ほとんど同じ意味の単語でもその微妙なニュアンスの違いで反感を買ったりするため、細心の注意を払って原稿が用意され、放送される。
あの日、ヅーが使用した駆逐という言葉はかなり強い言葉であり、絶対に犯罪者たちを逃さないという意志の表明でもあったはず。
それが処理、に変わると意味合いは少し弱くなる。
犯罪者たちの力を知っているはずなのに、それを格下にみるかのような処理と言う言葉の使用。

台本を書いた人間が別になったとしても、その仕事はあまりにも雑すぎる。
使用した言葉は出来る限り変えず、そのままであるべきだ。
それに、あの宣言がされた段階ですでに終結宣言用の原稿はあったはずなのだ。
常識で考えれば、一連の流れに於いて必要な台本は全て出来上がっていなければならない。

それが変わったとなると、何かがあったとしか考えられない。
言葉のわずかな変化が、マニーの中にしこりとして残されることとなった――

リi、゚ー ゚イ`!「声が違うな」

(∪´ω`)「おー、ちがいますおー」

――それに気付いた人間が、マニーとは違う部屋ではあるが、オアシズ内に二人いた。
二人は獣の耳と尾を持つ耳付きと呼ばれる人種で、船内最高級の一室にあるトレーニングルームでそんな言葉を交わした。
携帯用ラジオから聞こえてきたヅーの声が別人のものであると気付いた二人は、スパーリングの最中だった。
ヘッドギアとグローブを着けているのは垂れた犬の耳と丸まった尾を持つ、柔らかく垂れた目尻が特徴的な少年。

対して、狼の耳と尾を持つ女性はタンクトップとスパッツという出で立ちで、パンチングミットを左手にはめているだけだった。
波打った黒髪と目尻のつり上がった鋭い眼光を放つ赤い瞳は、彼女の持つ野生的な魅力をより一層引き立てている。

815名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:08:18 ID:UYTFpBow0
リi、゚ー ゚イ`!「人が変わったってことは、何かがあったってことだ。
      まぁいい。 ブーン、練習を続けるぞ。
      残り五分間、全力で打ち込んで来い」

(∪´ω`)「はい、ししょー!」

耳付きの少年はブーン、耳付きの女性はロウガ・ウォルフスキンと言う名前を持つ師弟関係の二人だった。
ロウガの言葉を受け、ブーンは一歩踏み出すと同時に無数のジャブを放つ。
その速度は大人から見ても中々のもので、手数の多さは同年齢の子供では太刀打ちできない程だ。
今のブーンは長時間に及ぶ練習で疲労していたが、疲労し切った時こそがベストコンディションなのだと、ロウガはブーンに言った。

戦いとは常に万全の状態で始まるものではない。
そのため、疲れ切っていたり負傷している時に行う練習こそが、最も本番に活かされる。
故に、今のブーンはベストコンディションだった。

(∪;´ω`)「ふっ!」

右ストレート。
左フック。
コンビネーションを見舞った直後、足元に向けて放つローキック。
それをロウガはミットで払落し、短く評価を口にする。

リi、゚ー ゚イ`!「あまい」

パンチの間に挟んだキックに対して、ロウガはそれを咎めるようなことは言わなかった
これはボクシングではなく、蹴りから噛み付きまで、あらゆる技の使用が容認されている実践的な稽古だ。
全ての技が許可されているブーンに対して、ロウガは左手のミットだけの使用を宣言していた。
ロウガの体に触れればブーンの勝ちというルールだったが、ブーンがロウガのミット以外に触れることは未だに敵っていない。

彼女の動きは正確極まりなく、容赦なかった。
子供相手だからと言って手を抜く様な人間ではない。
彼女は武人の都イルトリアの出身であり、その実力は生身で強化外骨格との戦闘でも後れを取る事はない。
前イルトリア市長の護衛を担当する唯一の人間であることから、その実力が如何に信頼されているのか推測するのは易い。

もっとも、ブーンはそのような情報を知らないため、ロウガについては強い女性である、という認識しかないのだが。

リi、゚ー ゚イ`!「……ふむふむ。 そうだ」

一発ずつ攻撃を払落しては評価をするが、彼女の右手は腰の後ろに回したままだった。
両手を使う必要すらないという絶対の自信に基づく構えだが、片手だけの使用でも手加減が一切ない事をブーンは良く知っている。
ブーンの攻撃が一つもロウガの体に掠りもしないのが、そのいい証拠だ。
今の自分の技だけでは太刀打ち出来ないと理解せざるを得なかった。

戦術を変えて攻めるしかない。
フットワークを使ってブーンが立ち位置を変えると、ロウガはいつの間にか相対する位置に立っており、まるで隙を見せなかった。
いつの間に移動したのか、ブーンの目で追う事は敵わなかった。
速度でもロウガに勝てるはずがなく、奇策は意味がない。

ならば、策ではなく技で挑む。

816名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:10:12 ID:UYTFpBow0
リi、゚ー ゚イ`!「キックを使う時の注意点は、攻撃後の隙だ」

ブーンが背面回し蹴りを放つのと同時、いや、その直前にロウガはその言葉を口にしていた。
攻撃が形になる前に読まれていたことに当初は驚いていたが、今ではもう慣れていた。
恐らくは視線と体勢から攻撃を推測しているのだ。
だからこそ攻撃の事如くが防がれる。

多分に漏れず、今回の回し蹴りも難なく防がれてしまった。
推測されない動きとは何か。
ブーンは思考をめまぐるしく回転させ、最善の一手を考える。

リi、゚ー ゚イ`!「ほら、考えすぎだ」

ミットを装着した左手がブーンの側頭部を叩く。
これが本気の一撃であれば脳震盪どころでは済まない。
軽く小突かれたブーンは、反射的に一歩退く。
退いた一歩分、ロウガが詰める。

リi、゚ー ゚イ`!「後退する時の注意点は?」

(∪;´ω`)「せなかになにがあるのか、りかいすることです」

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ。 では、今お前の背中には何がある?」

当然、ここで振り返ろうものならロウガは先ほどよりも力を入れてミットで打撃を与えてくるはずだ。
ブーンには優れた耳がある。
使い方を誤らなければ、それは正確無比な索敵装置となる。

(∪;´ω`)「ロープがありますお」

リi、゚ー ゚イ`!「正解だ。 さ、続けるぞ」

そして、嵐のようなロウガのラッシュが放たれた。
たった左腕一本の攻撃なのに、その拳の数は秒間十数発以上を保ち続けている。
それらを視認して防いでいては間に合わない。
ブーンの本能が思考よりも先に動いた。

選択は後退ではなく、前進だった。

リi、゚ー ゚イ`!「ほぅ。 いいぞ、いい選択だ」

どれだけ早くてもロウガの拳が届く範囲は限られている。
左腕である以上、右側への攻撃にはかなりの負荷がかかる。
もっとも、それがロウガと言う人間である前提で考えれば、その負荷などあまり意味がないことは言うまでもない。
それでもリーチに影響が全くないかと言えば、そうではない。

片腕のハンデを利用する為、ブーンは相手の懐へと入り込んだ。

リi、゚ー ゚イ`!「これも良い判断だが、惜しいな。
       その手は常に私が警戒しているべき手だ」

817名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:11:02 ID:UYTFpBow0
ロウガは片足を軸に、素早く立ち位置をブーンの背後へと変えた。
一瞬の出来事だった。
ブーンの動体視力を持ってしても、彼女が目の前から消えた様にしか見えなかった。
声でようやくその存在を認識できたことを考えれば、仮にロウガが声を出さなければブーンは気付くことなく背後を取られていたことになる。

圧倒的存在感を一瞬にして消失させる技術。
これが彼女の実力。
身体能力が常人以上とは言え、ブーンの攻撃を回避するのは赤子の手を捻る様な物だ。

リi、゚ー ゚イ`!「さぁ、どう来る?」

頭頂部を軽く叩かれ、ブーンは姿勢を変えつつその場から飛び退き、ロウガと対峙する形に戻った。

(∪;´ω`)

額に浮かんでいた汗が頬を伝って足元にしたたり落ちる。
冷や汗なのか、それとも、運動による発汗なのかは今では区別がつかなくなっていた。
果たして、区別を付ける必要があるのか。
疲労によって思考の境界線が曖昧になり、節々から疲労感が消失した。

姿勢を低く、ブーンはリングの面を踏み抜かんばかりの勢いで疾走する。
それは無意識の行動だった。
弾丸と化したブーンの体が選んだ攻撃は、右のボディブロー。

リi、゚ー ゚イ`!「おぅ。 良い手だが、まだまだ速度が足りないな」

ブーンの攻撃速度を亜音速と表現するのであれば、ロウガの防御は光速だった。
圧倒的な速度差で決死の攻撃をパリングで防がれ、バランスを崩したブーンをロウガが片手で持ちあげて見せる。
無造作なパリングであればブーンの肩は脱臼していただろうが、ロウガはそれを微調整するだけの余裕があった。
完膚なきまでにブーンの負けだった。

リi、゚ー ゚イ`!「よし、ここまでにしよう。
       風呂に入って飯を食って、ゆっくりと休むがいい」

全身から一気に緊張が抜け落ちる。

(∪;´ω`)「おー、ありがとうございました……」

肩に担がれたブーンは抵抗する元気もないため、そのままロウガと共に浴室へと向かう。
ロウガは器用にブーンの服を脱がせつつ、自らも脱衣を始めていた。

リi、゚ー ゚イ`!「何故防がれたか分かるか?」

(∪;´ω`)「ししょーがつよいからですかお?」

その答えを聞いて、ロウガはくすりと小さく笑った。

リi、゚ー ゚イ`!「ふむ、それもある。
       だが、一番の問題は、私の真似をしているからだ」

818名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:13:40 ID:UYTFpBow0
(∪;´ω`)「お?」

リi、゚ー ゚イ`!「ブーン、お前は真似が上手い。 吸収し、それを無意識の内に実践したがるのは長所だ。
      だがそれではいつか限界が来るし、相手の得意中の得意な動きを真似るのは得策ではない。
      自分のやり方を見つけるか、更に多くの人間の技を我が物にするか。
      ま、そのうち自分に合っている型が見つかるだろう」

遂に服を全て脱がされ、ブーンは浴室の前で降ろされた。
ロウガが身振りで先に風呂に入るよう促し、ブーンはそれに従った。
浴室でシャワーを浴びていると、ロウガが遅れて入ってきた。

リi、゚ー ゚イ`!「すぐに強くなることなど、誰にも出来んさ。
       お前はお前の速度で強くなればいい。
       何かを守りたいと思うのならばなおさら慎重にならなければな」

内心を見透かされたのか、ロウガは優しくそう言った。
今、ブーンは焦っていた。

リi、゚ー ゚イ`!「ヒートはお前に無理をしてほしいと願ったのか?」

(∪;´ω`)「いえ……」

共に旅をするヒート・オロラ・レッドウィングは今、オアシズの医療室で治療を受け、眠りについている。
彼女は単身で戦い、傷つき、そして今はベッドの上。
もしもブーンが戦力としての実力を持っていれば、結果は違ったかもしれない。
あの時の自分に出来ることは全てやったつもりだが、それでも、結果としてヒートが傷ついたことが悲しかった。

少しでもいい。
ヒートのために力をつけ、彼女達との旅で足手まといになりたくはなかった。
その思いがブーンを動かし、ロウガは彼の気持ちを汲み取って夜遅くまで鍛錬に付き合った。

リi、゚ー ゚イ`!「なら無理をするな。 男が無理をしていいのは、無 理 を し な け れ ば な ら な い 時 だけだ。
       覚えておけ、ブーン」

(∪´ω`)゛「お」

ロウガがシャンプーでブーンの髪を洗い始める。
ブーンは目をつぶって、自分の臍を見るようにして体を丸めた。

リi、゚ー ゚イ`!「いい返事だ。 それに、今のお前なら街のチンピラ程度は伸せるだろう。
       ただし、一対一に限定されるがな」

(∪´ω`)「おー……」

戦わなければならない相手は、決してチンピラ程度の人間ではない。
相手が使うのは武器と兵器。
チンピラなど最初からブーンの目標には入っていなかった。

819名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:15:21 ID:UYTFpBow0
リi、゚ー ゚イ`!「いきなり私やヒート、ましてやデレシアさんのようになれるはずがない。
       生きている年月が違うんだ。
       今は先輩たちから学び、吸収し、そして己の物に磨き上げろ。
       それが今日のレッスンだ」

シャワーで泡を洗い流してもらい、ブーンはボディスポンジを手渡された。

リi、゚ー ゚イ`!「後は自分で洗えるだろう。
       それとも、手を貸してやろうか?」

意地悪そうにロウガがそう言ったため、ブーンは思わず首を横に振った。
首を縦に振ればロウガは本当にブーンが体を洗うのに手を貸すだろう。
だがそれはロウガの力を借りて自立から少し遠ざかってしまうという事。
せめてもの強がりとして、ブーンはその誘いを断ったのだった。

リi、゚ー ゚イ`!「風呂の後はどうする?」

(∪´ω`)「お…… ヒートさんのところに、いきたいですお」

リi、゚ー ゚イ`!「ふむ……
      まぁ、お前がそう言うなら止めはしないがな。
      行ってどうする? あいつは今、麻酔が効いた状態で寝ているんだぞ」

二人は体を洗いながら会話を交わす。
浴室に響く二人の声。
少しの思案を挟んで、ブーンはロウガの問いに答えた。

(∪´ω`)「あの…… ぼく……」

リi、゚ー ゚イ`!「ん?」

(∪´ω`)「そばに、いたいです……お。
      りゆうとか、なんか、よくわからないです。
      でも、いっしょにいたほうがいいって、その…… ぼく…… おもって……」

自分が辛かった時、ヒートやデレシアは傍にいてくれた。
今は自分がその恩を返す番。
何かが出来る訳ではないが、何もしないよりは、一緒にいた方がいいと思うのだ。

リi、゚ー ゚イ`!「ならそうすればいい。
      添い寝でもしてやれ」

(∪´ω`)「そいね?」

体についた泡を洗い落とし、二人は湯船につかる。
溢れ出すお湯の音と、体の芯からほぐす柔らかい湯にブーンは目を細めて満足げな吐息を漏らす。
二人で入っても十分な広さのある湯船で、ブーンはロウガの目を見て己の質問の答えを待った。
凛とした瞳が優しげに細まった。

820名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:17:55 ID:UYTFpBow0
リi、゚ー ゚イ`!「一緒に寝るってことさ。
       究極の親密さの一つだ」

(∪´ω`)「きゅーきょく?」

リi、゚ー ゚イ`!「一番、ってことだ。
      寝ている時、人間は無防備だろ?
      その無防備な姿をさらしても構わないほど、信頼している相手というわけだ」

ブーンはそれ以外にも多くの無防備な姿を見せてきた。
それは同時に、ヒートも無防備な姿を見せてきた事でもあった。

リi、゚ー ゚イ`!「今こうして、私達が風呂に入っているのもそれの仲間だ」

(∪´ω`)「お!」

それからブーンは翌日に疲労が残らないように湯船の中でストレッチを行い、ロウガがそれを手伝った。
何度か水中に頭を沈める事となったが、それが楽しかった。
海に放り捨てられて溺れた後でも、ブーンは水を少しも恐れなかった。
水中での動き方を学びつつある今、かつて恐れた物でさえも、ブーンにとっては勉強道具の一つでしかない。

そして。
風呂上がりに腰に手を当てて飲むフルーツ牛乳の美味しさもまた、勉強の一つだった。

リi、゚ー ゚イ`!「うんっ!! 美味いっ!!」

(∪*´ω`)「ぷはーっ!!」

二人は同時に瓶の中身を飲み干し、同時に満足げな息を思い切り吐いた。
火照った体に沁み渡る冷たいフルーツ牛乳の味は格別だ。

リi、゚ー ゚イ`!「いいか、腰に手を当てて飲むのは様式美という。
      理由などない。
      そうするべきだからそうするんだ。
      いいな?」

(∪*´ω`)「おー!」

こうしてまた、ブーンは新しい言葉を一つ覚えたのであった。

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 ̄___ ̄―===━___ ̄― ==  ̄ ̄ ̄  ――_――__―____
 ___―===―___  Heat's dream ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄ ̄―
 ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___ =―   ̄ ̄___ ̄―===━__
 ――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ―― __――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄__
August 12th PM11:01
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821名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:20:00 ID:UYTFpBow0
ヒート・オロラ・レッドウィングは麻酔で深い眠りについていた。
右肩を骨折し、多くの打撲傷と擦過傷を全身に負った彼女は、満身創痍の状態だった。
夢は一切見なかった。
あるのは苦痛だけだった。

復讐のために人を殺めることを生業とし、両の手は血で汚れた。
全ては復讐、報復のためだった。
そこまで堕ちたのに、彼女は敵を討てなかった。
本当に殺すべき相手を殺せず、負傷し、己の未熟さに憤った。

殺す対象が肉親だったから油断したのか。
それとも、敵を侮った代償なのか。
いずれにしても、ヒートは失敗したのだ。
心と人を殺し続けた日々は、報われなかった。

今すぐに起き上がって殺しに向かいたいが、体は言う事を聞かない。
それはそうだ。
ここに運び込まれ、ヒートはすぐに手術を受けることになったのだ。
オセアンの戦闘での傷も完全には癒えていない中、こうして再び傷を重ねれば、流石に体が休息を求めて無理な命令に従うはずもない。

失ってきた物の多さが、今、ヒートを苛んだ。
努力も犠牲も、無意味だったのだ。
果たして今、自分は何の価値があるというのだろうか。
ティンカーベルでの騒動への参戦はもう不可能だろうし、ブーンに無様な姿を見せてしまった。

守るべきブーンに守られたことは誇らしくもあり、同時に、悲しくもあった。
自分はブーンの成長のために役立てないのだ。
あの子は、デレシア達がいれば十分なのだ。
もう自分は必要ない。

弟の生き写しであるブーンにそう思われることが、今のヒートには何よりも残酷な宣言だった。
最初にブーンに興味を持ったのは彼が弟に似てるから、という点だった。
だがすぐに、ヒートはブーンの持つ才能に惹かれ、彼の未来を見届けてみたいという想いに駆られるようになった。
彼は才能の塊だ。

良くも悪くも人を惹きつけ、人の力を海綿のように吸収する。
それはつまり、出会った人の数、経験した物事の数と質だけ成長し得るという事。
最終的に彼がどのような大人になっていくのか、本当に楽しみだった。
それを間近で見届けることは、まるで、花が芽吹くのを心待ちにするのに酷似している。

新しく見つけた生き甲斐。
復讐を果たしたと思い込んでいたヒートにとって、ブーンは心の拠り所のような存在だった。
無力さのために再び大切な物を失ってしまう事が、傷口の開いたヒートの心をじわりじわりと傷つける。
それは全身に負った痛みよりも、臓器に負った損傷よりも、遥かに長く残り、癒えにくいものだ。

デレシア達との旅から抜けるべきなのか、真剣に考えなければならないだろう。
足手まといとなってブーンの成長を阻害するわけにはいかない。
ここで手を引くという選択をするのも、きっと、ブーンのためになる。
自分がいなくても、ブーンは大丈夫なのだから。

822名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:21:34 ID:UYTFpBow0
――左腕に温もりを感じたのは、そんな考えを巡らせていた時だった。

寄り添う形で何かがヒートのベッドに入ってきたのだ。
布団の上からでも感じる温もり、体温。
それは人よりも体温の高い証拠。
つまり、これはブーンの体温に相違なかった。

何故ここにブーンがいるのかという気持ちが、ヒートの意識を麻酔の海から引き上げた。
呂律の回らない状態で、ヒートは彼の名を呼ぶ。

ノハ´⊿`)「ブーン……?」

(∪;´ω`)「お……」

ノハ´⊿`)「な……で……」

麻酔の為か、口が上手く動かせない。
目も見開けないが、その声は間違いなくブーンのそれだ。

(∪;´ω`)「えっと…… ヒートさん、しんぱいで……
      そしたら、ししょーが、そいねしろ、って……」

ブーンの言う師匠がロウガの事なのは知っている。
狼の耳付きであり、その戦闘力は桁違いに高く、棺桶を使ったとしてもヒートが勝てるとは考えにくい猛者だ。
彼女は縁あってブーンの命を助け、更には生き抜くための指導を買って出た。
そんな彼女と酒を飲み交わしたヒートの印象は、極めて良好だった。

人柄は掴み所がない印象だが実直な姿は正に狼といったところで、前イルトリア市長の警護を担当していることからも分かる通り、真面目な性格をしている。
そうでなければ、あの“ビースト・マスター”が雇うはずがない。
彼の武勇伝と伝説はいくつもあるが、そのどれもが彼の恐ろしさと情けの無さを物語るものであり、イルトリアの代表者としての資質を十分に発揮していた男。
そんな男が雇い、手近に置くとなれば間違いなく一流の人間だ。

ブーンはそんな男とも親しくなり、友と呼ばれる間柄となったのは本当に予想もしない展開だった。
全くの偶然だが、彼等はデレシアの知り合いであり、彼女に一目置いていた。
デレシアの人脈の広さについてはもう驚くまいと考えていたが、やはり驚かざるを得なかった。
だがそれは、ある意味でこの上ない保証でもあった。

デレシアの友人である彼女のアドバイスを受けたブーンは、ただそれを実行したに過ぎない。
恐らくあの短い話の中で、ロウガはヒートがブーンに抱いている感情を察したのだろう。
そしてブーンがヒートに対して向けている感情と合わせて考え、この案を出したはずだ。

(∪;´ω`)「ヒートさん…… ぼく、いっしょにいてもいいですか?」

ノハ´⊿`)「ん……」

その返事がブーンにどの意味で理解されたのか、意識が再び遠のこうとしていたヒートには考えることも適わなかった。
静かに眠りの波に身を流され、ヒートの意識は今度こそ深い海の底に沈んでいった。
だが今度は、傍らに感じる温もりが共に海底へと進んでくれたため、何も不安な気持ちは浮かばなかった。
何より、腕に感じる温もりがヒートの心の中に浮かんでくるあらゆる不安を消し去ってくれた。

823名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:22:48 ID:UYTFpBow0
悪夢が浮かぶたび、思考が奈落に落ちそうになるたび、その温もりがヒートに思い出させる。
何も恐れなくていいのだと。
言葉や推測ではなく、この存在こそが物語るのだと。
自分を頼り、慕ってくれる愛おしい存在こそ何よりの武器なのだ。

――ブーンはヒートの片腕に抱かれ、ヒートはブーンを抱いたまま、ゆっくりと眠りについた。

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                     Ammo→Re!!のようです
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   |   /   _,,..r-=77= ‐- = ≦ー=へ、_  Ammo for Reknit!!編
  ,/   ゙<´:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 第九章 【knitter-編む者-】
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                                        August 12th PM11:03

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ジュスティアからの発表後の熱も冷めて寝静まった街を、静かに歩く一人の女性がいた。
月光に照らし出されるのは柔らかな黄金、もしくは黄金と比喩されるほど見事に実った小麦を彷彿とさせる金髪を持つ、碧眼の女性。
芸術的なまでに整った目鼻立ちと優しげな目元と口元は、見つめる者全てに安らぎを感じさせる。
だが多くの女性がそうするのと違い、彼女は服装でその魅力を引き出そうとはしていなかった。

身に纏うのはカーキ色をしたローブで、艶はまるでなく、使い古されてすっかり草臥れているが、見る者にとってそれは経年劣化した極上の皮を思わせる風情があった。
マントの様にも見える程にゆったりとした作りのそれは、デザイン性よりも実用性を重視した物で、現存するどの布よりも高性能だった。
そして足元を飾るのは無骨な形状をした、八インチのデザートブーツ。
履きならされたそれは、彼女の足によく馴染んでいた。

ローブに隠れているが、その両わきの下には大口径の自動拳銃が一挺ずつ、腰の後ろには水平二連式のソウド・オフ・ショットガンが二挺あった。
細身の彼女はそれらを片手で難なく扱うだけでなく、驚くべき精度で標的に当て、速やかに死を与える実力を有している。
即ち、それらの武器はただの護身用ではなく、この時代の人間が使用するのと同じく命を奪うための道具として十二分にその真価を発揮するという事。
その実力は未知数であり、その上限を目撃した者は皆無だった。

女性の名前はデレシア。
旅人であり保護者であり、そしてこの島で起きている騒動の中心点であった。
嵐の中心である彼女はラジオ放送を聞き、小さく嗤い、呟いた。

ζ(゚ー゚*ζ「……ふふ、声が別人ね」

声真似が出来る人間はこの世界に多く存在するが、この放送を担当している人間はかなりの手練だ。
かつて、とある島国では声優の物真似をしていた人間が、その声優の死後本物になったという話がある。
表沙汰にはなっていないが、そういった話は昔からよくあった。
これはそれに近い部分があるが、次元が遥かに異なった。

824名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:24:03 ID:UYTFpBow0
恐らく、音声認識をする機械を誤魔化すことぐらいは出来るだろう。
非常に軽微な声色の違いは機械の誤差の範囲として処理され、音声認識システムならほとんどの物を突破出来るはずだ。
聴力に自信がある人間でも、それを聞き分けるのは至難の業。
耳付きにとっては容易だろうが、一般人には不可能だ。

デレシアは相手の打ってきたこの一手に、称賛と落胆を半分ずつにして評価を下した。
称賛すべき点は二つ。
一つは、ライダル・ヅーが死ぬことを前提として作戦を進めていた抜け目のなさだ。
そのために幾つもの罠を張り巡らせ、彼女の命を絡め取った手腕はこれまでの人間とは別系統の動きだった。

単純な計画ではなく、複合的な視点を持った人間による計画の立て方だった。
仮にそれが一人の人間の思考によるものだとしたら実に面白い。
これまでにデレシアが潰していた“ティンバーランド”の中でも、今回は最高の仕上がりかも知れなかった。
ようやくまともに動ける人間が出現したのだと感心する一方で、この程度に到達するまでの時間を考えれば落胆すべきなのだという感情が湧き上がってくる。

だが。
何より込み上げてくるのは怒りだった。
それだけは変わりがない。
デレシアの怒りを買うことに関しては、この連中は天才だと断言できる。

称賛すべき二つ目の点は、正に、何度も彼女に刃向かってくるその学習能力の無さだ。
芽吹いてくる度にデレシアに潰され、その度に立ち上がる姿は生ける屍を彷彿とさせる。
もしくは害虫の類だ。
生命力の高さは、最早彼らの特技として認識せざるを得ない。

根絶やしにしたはずだが、それでも蘇るという事は、まだ根が残っていたという事だ。
もっと徹底的に潰すために、今回はある程度泳がせなければならない。
オアシズやニクラメンでその尻尾を見せ、今ではその爪先が見え始めている。
これまでであれば、もうこの時点で見えているティンバーランドの人間は全員殺していただろう。

そうせずに動きを傍観し続けることで見えてきたのは、ティンバーランドが内藤財団と言う世界最大の企業を隠れ蓑としている事実だった。
島でデレシアが動いている間にラジオで発表された内容は、マニーからの連絡で明らかとなった。
新単位の発表。
無知な者はその価値に気付かないだろうが、聡い者はその重大さに気づいたはずだ。

単位とは束ねるための物であり、効率化を図る物だ。
一度単位が確立されれば、多くの産業が様々な意味で変化せざるを得なくなる。
先んじて動いた者が初動で莫大な利益を得ることは間違いない。
己の影響力を理解した上での行動はあまりにも計算的だった。

だが利益を得ることが目的でない事は、同時に発表されたラジオの無償配布で明らかだ。
単位の統一を宣言したのと同時にラジオを配布することで、彼らが次に何を目指すのかについて、想像に難くない。
企業の統一、情報の統一、街の統一。
段階を踏んでいき、そして、ティンバーランドの最終目的が達成されるという仕組みだろう。

これまでと違って気になるのが、“大昔にあった単位をあたかも己の物として発表した”事だ。
確かに単位の統一は便利ではあるが、彼らがラジオ放送で唯一吐いた嘘はこれを発明したと言ったことにある。
それを偽る理由は何だ。
ダット――デジタル・アーカイブ・トランスアクター――を使えば、単位の起源を調べることなど一瞬で終わるというのに。

825名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:25:50 ID:UYTFpBow0
何か意図があっての事に違いない。
と考えると、彼らの考えにはまだ別の側面があるのかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

その意図が何であれ、最終的にやるべきことは決まっている。
そして今やるべきことは、目の前に残っているゴミの処理だ。
デミタス・エドワードグリーンの見え透いた挑戦は島全体にいる警察の目を一か所に集め、それ以外の警備を軽微にすることにある。
となれば、手薄となった警備を狙って残存勢力が脱出を試みるはず。

デレシアは今、脱出しようと画策している人間達を追っていた。
この状況下で島から逃げるには、爆音を響かせ撃墜される危険性のある空の道は現実的ではない。
ジュスティアへと続く陸路もあり得ない。
そう考えると、残った可能性は海路だけだ。

現在、ジュスティアの船がいくつもティンカーベルの海上に停泊し、海からショボン・パドローネ達が逃げられないように見張っている。
その中の一隻をティンバーランドが乗っ取ることなど造作もないだろうし、乗っ取らずとも協力者がいれば問題なく彼らを乗せられる。
となれば、後はその船を割り出せば答え合わせは終わり、後は掃除の時間だ。
勿論、デレシアはその船の目星をつけていた。

ジュスティアの軍隊は優秀だ。
一度下された命令であれば、それが例え理に反するような命令であっても必ず従う。
理想的な軍隊図だ。
そして海軍の所有する船とは、軍隊の中でも極めて連携力の重要視される集団の集まりであり、違反をするのであれば一斉に行う。

ましてやそれがジュスティア軍の船であれば、間違っても独断で動く船などあるはずがない。
つまり、不自然な動きをする船こそがティンバーランドの息のかかったそれということだ。
だが行動が嫌でも目立つ船であるため、ひっそりとそれを行うための何かしらの言い訳、大義名分を用意しているだろう。
そう言った工作をするためには、可能であれば民間人に目撃されない事が重要。

時間が大分押しせまっている事を確認したが、デレシアは歩調をそのままに進んだ。
目指すのはティンカーベルの北にある小さな岬だ。
地元の漁船ぐらいしか使わないその岬は、実は水深がかなりあり、ある程度の大きさの船でも近づく事が出来る。
何より、地形の関係から目撃される恐れが極めて少ない。

陸地に近づいた船に小型艇で乗り移り、そのまま島から遠ざかれば逃亡は完了する。
理由は後でいくらでも考えられる。
ヅーとデミタスが死に、全体の気が緩んでいる今が絶好の好機と言うわけだ。

826名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:27:16 ID:UYTFpBow0
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August 12th PM11:29
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デレシアの予想は見事に当たっていた。
岬に向かって走る一台の車。
そのテールランプを見て、デレシアは躊躇いなく懐のデザートイーグルを抜いた。
艶消しのされた黒い銃身が月光を受けて怪しげに鈍い光を反射する。

弾倉を軽く抜き、遊底を引いて薬室に一発の銃弾を収めて弾倉を元に戻す。
そして、星の光と見紛うほどの小さなテールランプに向けて発砲した。
数秒後、爆発かと聞き間違うほど大きな音と共にテールランプは光を失った。
最後に光の見えた場所に向けて、デレシアは静かに疾走した。

一陣の颶風と化したデレシアは森を駆け抜け、山を下り、大木に激突して大破している乗用車の傍にやって来た。
目を周囲の茂みへと向け、耳を澄ませて跫音を探る。
跫音はまっすぐに海に向かっていた。
数は三つ。

そう簡単に逃げられるとは考えていないだろうから、必ず殿がいるはずだ。
強化外骨格程度で止められると本気で思っているのなら、かなりおめでたい脳味噌の構造をしている。
だがショボン・パドローネはそこまで馬鹿ではない。
兎にも角にも逃げることを考え、この島に於ける作戦を放棄することを選んでいるはずだから、殿は追いつかれた時にだけ動くだろう。

そうなった場合の最善の手を潰すために、デレシアはすでに手を打っていた。
ドミノが倒れるように、後は、ゴールに向かって進むだけである。

ζ(゚ー゚*ζ「……あなたが殿ね?」

――森から抜け出る一歩手前のところに、一人の男が立っていた。
シナー・クラークス。
オアシズではブーンの教育に役立ってくれたという背景もあるが、その本質は、デレシアにとっての敵でしかない。
殺すのは惜しいが、仕方がない。

一度目は殺さずにおいたが、そう何度も生かしておく必要はないかもしれない。

( `ハ´)「……これ以上は行かせないアル」

827名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:28:32 ID:UYTFpBow0
ζ(゚ー゚*ζ「ふぅん。 私を止められると本気で思ってるの?」

( `ハ´)「止める? 違うアル。
     ここで殺すアル!!
     炎を恐れては、炎に勝ることはできない!!」

そして、シナーは強化外骨格“ファイヤ・ウィズ・ファイヤ”の起動コードを入力した。
一度デレシアに敗北してはいるが、その機能は健在。
火炎放射兵装を使えば森一帯を焼き払い、この島に壊滅的な打撃を与えられるだろう。

(:::○山○)

ζ(゚ー゚*ζ「惜しいわね、本当に。
      覚悟もあるし、恐らくは実力もある。
      人間としての教養もあるのに、ティンバーランドに組するなんて」

構えから伝わるのは、武器を正しく、そして効果的に使おうとする意気込みだ。
挑んでくるのは至近距離。
火炎を中距離で使うのではなく、近距離で使う事でより確実に相手を燃やす算段だろう。

(:::○山○)『……』

返答はない。
少しでも時間稼ぎをしたい人間にとってみれば、デレシアがこうして話しかけてきているのは好都合のはずだ。
故に攻撃もなく、じりじりと神経をすり減らしながらこちらを見つめている。
今攻撃を仕掛けて返り討ちに合った時のことを考えれば、実に賢明な判断だ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、きっと悲しむわよ」

(:::○山○)『……知った事じゃないアル』

ζ(゚ー゚*ζ「あら、そうなのね。
      そうやって言い切ってもらえると私も気兼ねなく殺せるわ」

先手はシナーだった。
両腕を交差させつつ、一気に駆ける。
紅蓮の炎が両手に輝き、それが耐熱装甲を瞬時に覆った。
炎に対して耐性のある装甲だからこそ出来る芸当であると同時に、触れるもの全てに炎の祝福を与える芸当。

肉弾戦に対する特効薬的な効果を持つその戦い方は、だがしかし、長期戦には向いていない。
長引けば長引くほど貴重な燃料が燃焼され、実際に燃やすべき対象に使用するまでに底を尽きる。
ファイヤ・ウィズ・ファイヤの使用する高粘度の燃料は非常に貴重な物で、量産するには時間と金がかかる。
恐らく、一度の戦闘で消費される燃料の金額は平均的な家庭の二か月分の収入に匹敵するだろう。

骸骨のように不均衡な装甲が炎の中に浮かぶ姿は、聖書などで描写される煉獄の悪魔を連想させた。
熱が届かないギリギリの距離を保ったまま後退し、銃身を短く切り詰めた水平二連式ショットガンに弾を込める。
振り回す手足が木を砕き、木片が火の粉のように燃えて闇夜に散った。
散弾の装填を終えたデレシアの両腕がローブの下から出現し、シナーの足に照準が向けられた。

828名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:29:46 ID:UYTFpBow0
ファイヤ・ウィズ・ファイヤの脚は熱を出来る限り逃がすために細身の設計となっており、素早い移動や運動が苦手だ。
特に足場の悪いところでの戦闘はあまりにも不向きであり、デレシアが山側に後退する速度に追いつけていない。
足場を崩すために、デレシアは散弾を連続で放った。
狙い通りに巨体が傾いだが、それは、彼にとってそこまで問題ではなかった。

(:::○山○)『燃えろっ!!』

両手を構え、倒れながらも燃料を撒き散らす。
降り注ぐ火炎の雨。
成程、実にいい判断だ。
これが屋内や市街戦であれば死活問題に発展しかねない攻撃だっただろう。

だがここは森。
木々の生い茂る天然の城塞。
いささか判断が早すぎたようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「残念ね」

炎は網目状に生い茂った木にまんべんなく絡みつき、細い枝を瞬く間に燃やし尽くし、太い幹を炭化させた。
デレシアにかかる炎は皆無。
次弾を装填し終えたショットガンの銃腔が、シナーの顔面を捉えた。
銃爪に指をかけた時、デレシアは思わず感嘆の声を上げそうになった。

そこにはすでに装甲に覆われたシナーの顔はなく、彼の姿は散弾の射程外にあった。
デレシアの意識がほんのコンマ数秒炎に向けられた隙を狙って、即座に後退を選んだのだ。
本当に優秀な男だ。
もしもこれがショボンであれば、この機を逃すまいと近接戦を開始していたかもしれない。

そうなっていたとしたら、シナーの頭部は胴体と離れて転がっていた事だろう。
良い判断だが、それだけだ。
距離を開けたシナーは、その位置から火炎放射を放つ。
炎が上に行く習性を利用し、周囲の木々ごとデレシアを焼き殺そうというのだろうが、その発想があまりにも安直だ。

デレシアは木を楯にし、素早く移動。
木の間から対強化外骨格用のスラッグ弾を放ち、装甲を確実に削っていく。
四発の弾丸は正確にファイヤ・ウィズ・ファイヤの腕と背中を繋ぐケーブルを破壊し、そこから供給される燃料を断った。
それだけでなく、周囲で発生した火の粉が燃料に引火し、シナーの足元が炎に包まれる。

(:::○山○)『くっ!?』

シナーは急いで棺桶を脱ぎ捨て、地面を転げる。
直後、背中のタンクに引火し、バッテリーともども爆発した。
命までは失わなかったものの、爆風と熱風でシナーはかなりの手傷を負うことになった。
舗装路の上に転がるシナーの前に颯爽と降り立ち、デレシアは笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「……あの子のために役立ったから、この辺で許しておいてあげる。
      だけど、流石に次は殺すわよ」

(;`ハ´)「……ぐっ、く」

829名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:30:34 ID:UYTFpBow0
殺す代わりに、デレシアはシナーの腹部を蹴った。
その一撃でシナーは白目をむいて意識を失い、起き上がることも指先を動かすこともなかった。
我ながら甘いと思うが、ここですぐに殺しては惜しい存在だ。
教材として生き長らえ、ブーンの成長のために死んでもらう。

獅子の子供にとっての遊び道具のような物だ。
壊しても問題ないが、脆すぎては問題のある物。
少なくとも、そこいらにのさばっているチンピラや雑魚よりもずっと役に立つ。
精々いい教材として成長してもらう事を願うばかりだ。

シナーとの戦闘で失った時間は、ほんの数分だった。
問題ないと言えば嘘になる時間の消費だが、間に合わなくなることはない。
先ほどよりも速く走り、デレシアは岬へと急いだ。
そして、岬が見えて来た時、巨大な黒影が海から近づいてきているのを見咎めた。

ライトを消しているが、あれはジュスティア海軍の所有する駆逐艦だ。
ビーコンの光さえない事から、間違いなく周囲に気取られないように動いている一隻。
ティンバーランドの息のかかった船と見て間違いないだろう。

ζ(゚、゚*ζ「……」

ゴムボートが繋がれた岬に立つ人間は二人。
ショボンと、シュール・ディンケラッカーだ。
船で逃げてもデレシアに撃ち殺されると理解し、ここでデレシアを食い止めようというのだろう。
確かに、それ以外の手に出れば生き残る確率は皆無。

彼女に喧嘩を売った時点で賢いとは言えないが、何もしないよりかは遥かにましだ。
さて、どこまで戦えるのか、今のティンバーランドの水準を測る意味も込めて見させてもらうとしよう。

(#´・ω・`)「来たか、デレシア……!!」

ζ(゚、゚*ζ「どうやって死にたいか、リクエストはあるかしら?」

(#´・ω・`)「何度も僕たちの邪魔をして、そんなに楽しいか!!
      人の!! 夢を!! 踏み躙るのが!!」

愚問だ。

ζ(゚、゚*ζ「つまらないわよ、あなた達の夢なんて。
      いい加減その夢、諦めなさい」

(#´・ω・`)『英雄の報酬は、銃弾を撃ち込まれることだ!!』

ダイ・ハードの起動コードが入力され、ショボンが戦闘態勢に入る。
コンテナから飛び出し、ショボンは即座に飛び蹴りを放つ。
両脚に装着された楯が展開し、死神の鎌を思わせる一撃がデレシアの頭上を通過。
姿勢を低くしたところを狙い、頭上から踵落としが彼女の頭部を叩き潰さんと迫る。

一撃で熟れたトマトのように爆ぜる彼女の頭を幻視したショボンを、衝撃が現実へと引き戻した。

830名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:31:57 ID:UYTFpBow0
(::[-=-])『ぐっ?!』

衝撃の正体はデザートイーグルの一撃だった。
それは正確に脚と楯とを繋ぐマニピュレーターを破壊し、高周波振動の楯を奪ったのだ。
二枚の楯は重力に従って地面に落ち、唖然とするショボンの胸部に銃弾が連続で撃ち込まれる。
偶然にもショボンが体勢を崩していなければ銃弾は装甲を貫通し、その下にある彼の心臓を破裂させていた事だろう。

だが衝撃を緩和することは敵わず、彼は仰向けに倒れてしまった。
そこにすかさず撃ち込まれる銃弾。
ショボンはどうにか身をよじってそれらを回避するも、銃弾によって桟橋が無残にも砕かれ、ゴムボートは引き裂かれて沈んだ。

lw´‐ _‐ノv『夢と希望が我らの糧。我ら、正義と平和の大樹也』

そして、傍観していたシュールが動き出す。
入力したのは、以前に聞いたことのあるジョン・ドゥの特殊な起動コードだ。
案の定現れたのは、白い装甲に金色の大樹が描かれたジョン・ドゥ。
コードを強引に書き換えただけの棺桶だが、その背景にはイーディン・S・ジョーンズがいる事を忘れてはならない。

世界的な棺桶研究の権威がティンバーランドの一員であることは、極めて重要な情報だ。
ティンバーランドは貴重な棺桶を大量に所有しているだけでなく、それを自由に改造が出来る立場にある。
ダットを数台使ったとしても、一般人では棺桶の起動コードはそう簡単に書き換えが出来ないはずだ。
恐らく、現代人でそんな芸当が出来る人間は彼だけだろう。

戦闘能力が皆無の男ではあるが、可及的速やかに殺しておいた方が後々のためではある。
だがあのような男は極めて慎重であり、臆病であり、賢い。
一度隠れ潜めば発見は難しいだろう。
彼は世界中に個人的なコネを持ち、そこに加えて内藤財団の強力な影響力があれば、一年は行方をくらませられるだろう。

ひょっとしたら、このショボン達の逃亡は彼を隠すための行動かも知れない。
彼らの行動の全てを睥睨したいところだが、今はそうする余裕があまりない。
個人で旅をしていたら可能だが、今はブーンの成長、そしてヒートの生き方を見届けたいという細やかな願いがある。
多少の問題は目を瞑らなければならないのが面倒なところだった。

MP7短機関銃を両手に構えたシュールが、咆哮と共に弾丸の雨をデレシアに浴びせかける。
万が一を考えて回避行動に移りつつ、反撃の銃弾を撃ち返す。
二発の銃弾でシュールの持つ二挺の銃が砕け散り、続けて放たれた弾丸によって肩の装甲に穴が開いた。

〔欒゚[::|::]゚〕『この女っ……!! 化け物かっ……』

ζ(゚、゚*ζ「失礼な女ね」

(::[-=-])『退け!! 敵う相手じゃない!!』

距離を開け、シュールはショボンの傍で膝を突く。
弾倉を交換し、デレシアは銃腔を二人に向ける。

ζ(゚、゚*ζ「何を今さら……」

(::[-=-])『僕 た ち で は ね !!』

831名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:33:24 ID:UYTFpBow0
口調ががらりと変わり、勝利を確信したそれになった。
その言葉が発せられるのとほぼ同時に、沖にいた駆逐艦にまばゆい光が灯り、そして――

ζ(゚、゚*ζ「あら」

――巨大な砲弾が、デレシアの頭上に撃ち込まれた。

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巨大な爆発が起きた。
少なくとも、生身の人間では耐えられるような爆風と熱風ではない。
木々は力任せに薙ぎ倒され、まだ青々しい葉が次々と燃え、地面は風圧で抉れた。
その衝撃は強化外骨格の装甲を纏っている二人の体をまるで小枝のように揺るがし、片膝を突いて転倒を免れた。

(::[-=-])『はははっ!!
      残念だったな!! 僕の勝ちだ!!』

デレシアの身に纏うローブが耐熱、防弾に優れた繊維であろうとも、砲弾の直撃を受けて生きていられる人間はいない。
棺桶があったとしても、砲撃を受けて耐えられる種類などそうそうない。
エイブラムスですら戦車砲に耐えられるぐらいで、それ以上となるとCクラス、それも“名持ち”でなければ有り得ない。
そして、デレシアは棺桶を所有していない。

その情報を基に、ショボンはこの忌々しい女を葬る方法を考えていた。
自分達が逃げれば、間違いなくこの女は追ってくる。
どのような方法を使うにせよ、それは断言出来た。
案の定、デレシアは逃げようとするショボン達を追い、ここまでやって来た。

おびき寄せることに成功した後は、艦砲射撃による一掃だ。
タフな人間にせよ、動きが俊敏な人間にせよ、この一撃を生き延びられるはずがない。
仮にデレシアが耳付きの類だとしても、だ。
絶対に勝てる方法を導き出し、それにまんまと誘導されたデレシア。

呆気の無い最期だが、これでいい。
どれだけ剛の者でも最期は呆気の無いものなのだ。

(::[-=-])『ははっ…… は……?』

笑いが止まる。
爆炎が薄れ、ショボンの目に三つの影が浮かび上がった。
揺らめき、煌き、そこに立つ影。

832名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:34:41 ID:UYTFpBow0
(::[-=-])『な……』

一つは、夜風に揺れるローブを纏った影。
炎が下から照らし、月光が頭上からその姿を明らかにする。

(<::、゚:::>三)

頭から被ったローブには焼けた跡すらない。
それどころか、破れた跡や血の跡さえもなかった。
全くの無傷。

(::[-=-])『な……ぜ……』

だが驚きはそんな事ではなかった。
デレシアが生きているという可能性は、ショボンの中に常に最悪の可能性として残されていた。
今はその最悪の可能性が具現化しただけだ。
問題なのは、それがどうして具現化したのかだ。

回避行動は間に合わなかった。
迎撃もしようとしなかった。
完全に不意を突いた一撃のはずだった。
二度とないほどの好機を失った原因。

ショボンの驚愕は、そこにこそあった。
そしてその答えは明白だった。
明白だったが、不可解だった。

(::[-=-])『あり…… ありえ……』

こんなこと、有り得ない。
こんなことが有り得えるはずがない。
こんな馬鹿げたことが有り得てはいけない。
断じて有り得てはならない!!

(:::::::::::)

(:::::::::::)

黒影は二つ。
一つはデレシアの正面に立ちはだかり、もう一つはショボン達に向かって堂々と立っていた。
炎が薄れ、その正体が肉眼でも分かる程くっきりと浮かび上がる。

(::[-=-])『ありえ……ないっ……!!』

それは、悪夢。
それは、一パーセントも可能性の中に組み込まれていなかった展開だった。

833名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:35:57 ID:UYTFpBow0
似`゚益゚似

ショボンの前に立ちはだかるのは鋼鉄に覆われた猟犬、番犬。
全身を覆う外骨格に仕込まれた高周波振動発生装置を最大の武器とする、コンセプト・シリーズ。
“ダニー・ザ・ドッグ”。
それを使う人間はたった一人。

ジュスティアが世界に誇る円卓十二騎士の一人、“番犬”の渾名を持つ第七騎士、ダニー・エクストプラズマン。
この男があの砲弾の爆風と爆炎、更には破片を粉々にしたのだ。
全身の高周波振動発生装置を総動員することで、強力な楯としてエクストはデレシアを庇ったのである。

<::[-::::,|,:::]

デレシアの前に立ち、地面に突き刺した大振りの剣の上に両手を乗せ、機械の瞳をショボンに向ける男が一人。
足元に落ちる巨大な薬莢が、この男のしたことを物語っていた。
砲弾の直撃を受ければ、ダニー・ザ・ドッグと雖も破壊は免れない。
だが、爆発が事前に起きたのであれば、楯としての効果は十二分に発揮できる。

そう。
世界に一機だけ残されたガバメント・シリーズ、“アーティクト・ナイン”の装備である大口径ライフルをもってすれば、砲弾でさえも撃ち落せる。
そしてダニー・ザ・ドッグが打ち消せなかった炎や鉄片、衝撃波をこの機体が身を挺して受け止めた。
吹き飛ばされないように剣を地面に突き刺してまで、デレシアを守ったのだ。

これを駆るのは、“執行者”の名を持つ第四騎士、ショーン・コネリ。
ショボン達が襲ったセカンドロック刑務所の所長。

(::[-=-])『どうして……貴様たちがっ……!!』

ようやくまともな言葉として、ショボンが叫び声をあげる。
ジュスティアからこの二人には、デレシアを捕えるように指示があったはず。
それを無視するなど、騎士がするはずがない。
彼らは法の番人。

ジュスティアと言う、正義の都の体現者なのだ。
その彼らが指示を無視して犯罪者に加担するなど、あり得ない。
ショボンの心からの疑問に答えたのは、デレシアの静かな声だった。

(<::、゚:::>三)「騎士が誰かの窮地に駆けつけるなんて常識じゃない」

それは皮肉たっぷりの言葉だったが、今のショボンには業腹な事実として突きつけられている。
その紹介を受けた二人は答えることなく、己の視線を静かにショボン達に固定していた。
何かがあったに違いない。
デレシアとこの騎士たちの間に、何かが。

だが、まだだ。
まだ終わりではない。
最後に全ての濡れ衣をデレシアに着せて脱出する目論見はまだ終わっていない。
常に戦力は分散させ、然る後に合流させるのがショボンのやり方だ。

834名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:37:15 ID:UYTFpBow0
ジョルジュ・マグナーニとワタナベ・ビルケンシュトックが残っている。
後者は戦力として計算に入れていいものかどうか悩ましいが、前者は間違いなくデレシアに対抗するためのプロフェッショナルだ。
仔細は知らないが、ジョルジュはデレシアの行動を熟知しており、正面から対抗できる数少ない同志。
彼の力があれば、この状況を少しでも変えることは可能。

ζ(゚、゚*ζ「援軍は来ないわよ、少なくともここにはね」

フードを脱ぎ、デレシアが淡々と告げる。
主兵装を失ったショボンは、その言葉を聞くしかなかった。

ζ(゚、゚*ζ「さぁ、男の子らしく困難に立ち向かってみせなさい」

(::[-=-])『何を、何を言っている!!』

ζ(゚、゚*ζ「そのままの意味よ。
      期待している二人は、ここに来れないってことよ」

その言葉の意味を理解したのは、遥か後方から響いて聞こえた巨大な銃声が彼の耳に届いた時だった。

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August 12th PM11:51
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ショボンとデレシアが対峙するのとほぼ同時刻。
ジョルジュ・マグナーニとワタナベ・ビルケンシュトックの姿は島の西側にあった。
二人は小型のセダンに乗り、ジョルジュの運転でジュスティアを目指していた。
まずはバンブー島へと辿り着き、そこから事前の仕込みを利用して目的を達成しようという流れだった。

彼等の仲間であるベルベット・オールスター=ビロード・コンバースの計らいのおかげで、それは容易く達成できる予定だった。
そのはずだった。
全ては、彼らの眼前に突如として現れた倒木が台無しにしてしまった。
  _
( ゚∀゚)「……ちっ」

舌打ちをして、ジョルジュは急停車させた。
倒木を越えるには道幅が狭く、車輌は貧相だった。
仕方なく、ジョルジュは車を降りた。
恐らく、嵐の影響での倒木だろう。

835名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:38:16 ID:UYTFpBow0
島の危機管理体制も然ることながら、道路工事に関してはあまりにも杜撰だ。
ウィンチがあれば車で引っ張って撤去できたが、そのような道具は持ち合わせていない。
そこで彼は、己の所有する強化外骨格を使用して、力で倒木を排除することにした。
  _
( ゚∀゚)『Go ahead. Make my day.』

たちまち両腕に装着される手甲と、巨大な一挺の拳銃。
その威力は強化外骨格の装甲をいとも簡単に貫通し、中の人間を一撃で死に至らしめる程強力だ。
倒木を正確に狙い撃ち、太い幹を粉々にして車でも押し通れるようにする。
全くの偶然だったが、海から響いた砲声とその銃声はほぼ同時。

一発の砲声が意味するのはデレシアの登場とその死だ。
だが果たして、あのデレシアがそう簡単に死ぬだろうかという疑問は決して拭えない。
どうにかしてあの場を切り抜けるというのが、ジョルジュの見解だったが、それはショボン達に言わずにおいた。
言葉よりも実体験を通じて学んでもらわなければ、デレシアという女の断片を見ることは敵わない。

木が砕けたのを確認し、ジョルジュは社内に戻ろうとして、ドアに伸ばした手を止めた。
何かがおかしい。
何がおかしいとは断言できないが、何かがおかしいことだけは分かってしまう。
  _
( ゚∀゚)「……誰だ?」

返答はない。
あるのは暗闇と、不気味に揺れる木々の影と、潮騒に似たざわめき。
そして、闇が動いた。
  _
(;゚∀゚)「おっ?!」

反射的に銃を顔の前に掲げたのは、彼のこれまでの経験の賜物だった。
それがなければ、彼の首と胴体は間違いなく分かれて地面に転がっていただろう。
鋭く鈍い一撃を受けたジョルジュは車の陰に隠れ、車内に残っているはずのワタナベに声をかけた。
恐らく防いだのは鋭利な刃物だ。

刃物ということは、至近距離にいたという事。
接近を許してしまったという事だ。
もしも刃物ではなく銃器であれば、ジョルジュは殺されていたはずだった。
つまりは相手の自信の表れであり、実力の差を見せつける行為だった。

単独では分が悪いかもしれない。
  _
(;゚∀゚)「ワタナベ、手を貸せ!!」

だが返答はない。
車はスモークガラスの為、中を見ることが出来ない。
拳でガラスを叩いて、ワタナベにどうにか接触を試みる。
  _
(;゚∀゚)「おい!!」

836名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:41:21 ID:UYTFpBow0
何者かの視線を感じてそちらを向くが、そこには何もなかった。
それは音も姿もなく、ジョルジュの周囲を動いているようだ。
どこの誰かは知らないが、喧嘩を売ってきたのならば後悔させてやるだけだ。
ツェザリカから空薬莢を排出した、その刹那。

(:::::::::::)

時間にして一秒にも満たない瞬間。
リボルバーを使う人間が無防備になるその時、影が動いた。
風切音だけを伴ってジョルジュを押し倒し、とっさに構えた腕に噛み付いたのは巨大な狼だった。
  _
(;゚∀゚)「糞っ!!」

ティンカーベルには確かに野生の狼が生息しているのは聞いている。
だが人間を襲うほど狼は愚かではない。
ましてこちらは武器を所持し、先程、巨大な銃声を聞かせてやったばかりのはずだ。
なのに襲ってくるということは、何かが起きているということ。

狼を振り払い、装填作業を再開しようとした時、今度は背中から衝撃。
豪腕を振って殴り殺そうとするも、狼は一撃浴びせただけで追撃をしようとせず、すでに闇の中に消えた後だった。
人を知っている動きだ。
人間の戦い方を知っているが故に、一撃離脱で少しずつこちらの集中力と体力を削る方法を選んでいる。

どこかに統率者がいるはずだと考え、ジョルジュは別のS&Wのリボルバーを目にも止まらぬ速度で抜き、闇に向けて発泡した。
その速度は、今まさに飛びかからんとしていた狼を撃ち落とし、発砲炎で照らし出された別の狼を撃ち殺した。
ここから形勢逆転を狙うジョルジュであったが、まさか、楯にしていた車ごと吹き飛ばされるとは考えてもいなかった。
不可避の一撃により、ジョルジュの体は呆気なく中を舞い、受け身をかろうじて取るのが精一杯だった。

狼が車を動かせるはずもなく、人間が関与していることは明らか。
  _
(#゚∀゚)「いい加減にしろってんだ!!」

耐えかね、ジョルジュは声を荒げて激怒した。
姿を見せずに攻撃をしてくることは、まぁいいだろう。
狼をけしかけてくることも、まぁいいだろう。
だが、その両方を同時にされるのは気に入らないし、我慢ならない。

ようやくツェザリカの装填を終えたジョルジュは、車の向こうに向けて発泡。
ドアを貫通し、その向こうにいるかもしれない人間を殺そうとしたのだ。
当然、手応えはない。
いるかどうかも分からない相手に撃ったところで、意味が得られるなど虫が良すぎる話だ。
  _
(#゚∀゚)「無礼やがって……!!」

姿の見えない襲撃者に、ジョルジュの堪忍袋の緒が切れた。
腕に装着された強化外骨格の力を使い、車を殴り飛ばす。
地面から少し浮き上がる程の一撃は、車を車道から押し出し、森の中へと転げ落とした。
運が良ければ狼を数匹巻き添えに出来ただろう。

837名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:44:12 ID:UYTFpBow0
そして、右手にツェザリカ、左手にS&Wを構えて仁王立ちになる。
そもそも、ジョルジュは隠れて戦うことを好まない。
奇襲をされるのも好かない。
ならば、こうして正面から攻めてくるように仕向けて、こちらの得意な状況に持ち込むのが得策だ。

唸り声一つ立てない狼の群れ。
それを指揮する人間。
考えられるその人種は、一つだけ。
動物と意思疎通を図る事の出来る、人ならざる人間。
  _
(#゚∀゚)「耳付きが俺に喧嘩を売るっていうんなら、容赦はしねぇ!!」

そうでなくても容赦はしない。
果たして、ジョルジュのその言葉に返答はなかった。
風が吹き、木々がざわめき、月明かりが周囲をまばらに照らし出す。
木漏れ日のような光の柱がジョルジュの目の前に黒い人影を見せた。

黒い鍔広帽子。
黒いマント。
幽鬼のように立つ姿は、まるで滲み出た夜の化身。
返答の代わりに、その人影は殺意を漂わせた。
  _
(#゚∀゚)「……死ねよ」

選んだ手段は速攻。
両手の銃がその黒い人影に向けて火を吹き、一切の回避の余地を与えない。
まさに一撃必殺、電光石火の一撃。
ジュスティア最速の射撃は、複数の発砲にも拘らず銃声がほぼ一つにしか聞こえない程の早さだった。

銃弾は微妙にその着弾点がずらされ、相手が前後左右どう避けても当たるようになっていた。
音速を超えた銃弾を避ける人間は多くいる。
だが音より速く動ける人間などいない。
結局のところ、直前の動作を読んで動いているだけに過ぎない。

ならば読ませなければいい。
読むだけの時間を与えなければいい。
あらゆる可能性を潰せばいい。
実に簡単な理屈だ。

――合計十発の銃弾が一瞬の内に闇夜に消え、ジョルジュは言葉を失った。
ただの一発も当たらなかった。
それは彼の狙いが悪かったわけではない。
事実、相手が前後左右、どちらかに動いても弾は当たるようになっていた。

それは紛れもない事実だ。
問題だったのは、ジョルジュが可能性の中に上下、という概念を入れていないことにあった。
地面を這う程の姿勢で駆け抜け、一瞬でジョルジュの前にその影は現れていた。
こうなってしまえば、もう、抗う術は一つしかない。

838名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:45:46 ID:UYTFpBow0
頭突きを放とうとするも、影は風に吹かれる紙のようにするりとジョルジュの前から消え失せ、肋骨に固い一撃を見舞った。
鍛えようのない骨を狙われ、彼の肋骨は悲鳴を上げた。
音だけで折れたのが分かる。
その一撃でジョルジュは意識を失い、地面に落下して意識を取り戻した。
  _
(;゚∀゚)「ぐっ…… くそっ……」

冗談のような強さだ。
この強さは円卓十二騎士よりも遥か上。
騎士を二人相手にして生き延びたジョルジュだからこそ、そう断言できる。
影に潜んだこの襲撃者は、ジュスティアの最高戦力二人を合わせたものよりも強い。

相手の正体は耳付きであり、そして、この超人的な戦闘能力。
この二つを手にしてしまえば、答えを導き出すのにそう時間は必要なかった。
  _
(;゚∀゚)「“イルトリアの獣”か……!!」

前イルトリア市長の元には、三人の直属の部下がいた。
全員が耳付きであり、全員が最高戦力という存在。
三人の戦闘力は円卓十二騎士の総数よりも上とされ、ある種の伝説として語られてきたもの。
それが、イルトリアの獣。

その内の一人は狼の耳付きであり、近距離戦闘に非常に長けていたと聞く。
“讐狼”、“ウルフ・オブ・ヴェンデッタ”、“アヴェンジャー”など、渾名は一つ収まらない。
これがオアシズでショボンの画策を打ち破った人間の一人。
その名は、ロウガ・ウォルフスキン。

相手にとってこの上なく最悪の人間だ。
元警察官が敵う相手ではない。
容易に逃げ切れる相手でもない。
どこまで抗えるか、試してみる他選択肢はなかった。

木を背にし、吹き飛んでも手放さなかった二挺の銃を構え、最後の反撃を試みる。
ジョルジュは覚悟を決めた。
噛み殺されるにしろ、切り殺されるにしろ、最期は無抵抗で終わるつもりはなかった。
だが、いくら待っても止めの一撃を刺しに来る気配がない。

それどころか、周囲には気配すらなかった。
殺さずに消えたというのか。
敵として認識せず、殺す必要すらないと判断したのか。
それとも、別の目的があったのかは分からずじまいとなった。

上体を動かすと肺に痛みが走るため、木に寄りかかったまま時が過ぎるのを待つことにした。
ややあって、一台の車が山道を進んでジョルジュの姿を照らし出した。
その頃にはジョルジュの意識は朦朧としており、その車が味方なのか、それとも別なのかの判別は下せなかった。
車から降りてきた人間によって銃が力づくで奪い取られたことから、少なくとも、味方ではないことは確かそうだ。

そして、固定されているツェザリカも取り外され、ジョルジュの棺桶についての知識を持つ人間であることも分かった。
もう抵抗をする体力はなかった。
聞こえた声には間違いなく聞き覚えがあり、怒りが含まれていることも聞き取れた。

839名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:47:21 ID:UYTFpBow0
(=゚д゚)「ジョルジュ・マグナーニ。 お前を逮捕するラギ」
  _
( -∀-)「……お前にそんなことを言われる日が来るとはな、トラギコ」

トラギコ・マウンテンライト。
どのようにしてこの場所を知ったのかは分からないが、見つけたのがこの男で良かったとジョルジュは思った。
この男であれば、少なくとも、すぐに殺されることはない。
明らかな犯罪者であれば別だが、トラギコは間違いなくジョルジュをジュスティに送るはず。

ティンバーランドの生き証人として利用するつもりなのだろう。
その考えの甘さは昔から変わっていない。
ジョルジュがこうして変わったように、トラギコも変わるべきなのだ。

(=゚д゚)「俺も、あんたにこんな事を言う日が来るなんて思ってなかったラギ。
    あんたをどうこうする前に、訊きたいことがあるラギ」
  _
( -∀-)「デレシアのことか?」

(=゚д゚)「話が早くて助かるラギ。
    あの女、何者ラギ?」

これはチャンスだと、ジョルジュは思った。
意識が無くなる前に、トラギコをこちら側に引き込む種をまいておくべきだと判断した。
  _
( -∀-)「……知りたければ、俺に協力しろ。
     今のジュスティアであいつを知るのは不可能だ。
     俺を突き出すか、それとも、匿うか……
     選びな、トラギコ」

トラギコもデレシアにある意味で惹かれているのだ。
彼女の秘密を知ることは、恐らく、世界の何よりも面白いことを知ることに繋がる。
その好奇心。
その知的欲求。

抗えるはずがない。
トラギコはジョルジュと同じなのだ。
同じであるが故に、デレシアに関する情報は喉から手が出るほど欲しい事だろう。
彼ならば同意するはずだ。

そして、ティンバーランドに参加し、デレシアを追うという目的のために世界を変える事にも加わる。
手強い敵が味方になる事を考えると、非常に嬉しい展開だ。
後は、同意の言葉さえ聞ければいい。
ジョルジュと同じ道を進むという、その言葉を。

――か細い意識が黒に染まる直前、ジョルジュが聞いたのは手錠がつけられる無情な音だけだった。

840名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:50:24 ID:UYTFpBow0
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l!./ゞ、 .,.;;'ノ         /⌒ヾi! ,/、;.,.''.,;    , ,. ';
i´ //  ,.、         ;.,、_,.;'')'/ 、.,;''/     ., ;:.')
|/./'".,゙'"         ., ;:' ;.,'")ノ |i!l|_/、;., 、.,;;. ,.;'ハ、
l!/ (⌒;.,;.         ;、.,;ll! l|.ヽ|i!l| lv/;.,、__,.、.;:ノ'" `ヽ
|、wv从/l'|、wv从/l'|、wv从/l';.,'|l! l|. |i!l| |i!|.'|i!|' 、.,;'゙:、.,;., ,.;_..;')
川 /|ノル'川 /|ノル' ノルバl 彡ハ///vw彡|i!|,,;.、,:'゙、,:' ,:;゙ヽ,;.,ヾ
VjjNw/〃lVjjNw/〃レ'ヘ  lル'/vwjj/从jj/彡彡,..|i!|,,,,,,____ハ
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August 13th AM00:03
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ワタナベ・ビルケンシュトックの姿は、ジョルジュがいた場所から遥かに離れた場所にあった。
倒木が罠だと素早く見破り、彼女は一人初めから定められていた合流地点に向かうことにしたのだ。
合流場所は崖下。
その下は自然が作り出した巨大な空洞となっており、海底まではかなりの深さがあった。

厳重な警戒態勢にあるこの島を脱出するためには、陸路と空路は選択肢から消され、海路だけが残される。
だが船を使って逃げたとしても、ジュスティアが気付いて砲撃をされたら元も子もない。
姿が見えないように逃げることが重要であることを、ワタナベはよく理解している。
背後で銃声が響いているのを我関せずと言った調子で聞き流し、合流場所へと足を進めた。

今頃はトラギコとジョルジュが仲良くしている頃だろうと、彼女はほくそ笑んだ。
開けた場所に到着し、時計で時間を確認する。
予定の時間まで、後数分だ。
ところが、背後から聞こえた跫音に、ワタナベは振り向いた。

从'ー'从「……あらぁ、なんのつもりかしらぁ?」

( ><)「どういうつもりなんですか?」

从'ー'从「何がぁ? 予定通りでしょぉ?
     それよりぃ、情報統制の方はどうなってるのぉ?
     こんなところで油売っていいのかしらぁ?」

ビロード・コンバースは飄々とするワタナベに対し、明らかに怒りを込めた目を向けてきていた。
これはあまり好ましくない状況だ。
冗談は通じなさそうだ。

( ><)「一度ならず二度、三度……!!
      同志を売って、何がしたいんですか!!」

从'ー'从「楽しみたいの、それだけよぉ」

( ><)「裏切るつもりですか……!!」

从'ー'从「裏切る? 違うわよぉ。
     私は私のしたいようにしていいって言われているから、そうしているだけよぉ。
     なんなら、キュートにでも訊いてみたら?」

841名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:51:06 ID:UYTFpBow0
( ><)「……だからって、限度があるんです!!」

これ以上会話を重ねたらビロードが激昂して襲ってきかねない。
戦闘になれば彼を殺すことは造作もないが、そうしてしまえば、組織から追われる身となる。
ワタナベは世界中で恨みを買っているため、これ以上余計な恨みを増やしたくはない。
彼女の目的を邪魔しなければ、ある程度の事には目を瞑るつもりだった。

仕方あるまい。
ここは引きさがり、今一度計画を練り直す必要がある。
折角一足先に逃げられるというのに、この男は空気が読めない程の実直さが欠点だ。

从'ー'从「どうするのぉ? ジョルジュはトラギコが連れて行ったみたいだけどぉ、大丈夫なのぉ?」

ワタナベは余計な戦闘を回避するため、話題を逸らすことにした。
それについてはビロードも同じ気持ちだったらしく、渋々ながらそれに乗ってきた。

( ><)「……それは心配いらないんです」

流石、ジュスティアの中心部に潜入しているだけの事はある。
それに、今はキュート・ウルヴァリンもジュスティア警察の深部へと関わることに成功している。
この島で起きた一連の事件はすでに当初の目的を破棄し、別の目的のために動き出していた。
素早く機転を聞かせ、駒として使われている人間以外はもう少し先に予定されていた計画を踏み倒して行動していた。

――即ち、ジュスティア内部へティンバーランドの根を潜り込ませ、組織第二の拠点をジュスティア内に作るという事である。

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                 ,-┐ ∧ヾ V7 rァ
              ,r-、」 k V ハ Y / //__ Ammo→Re!!のようです
                ィx \マ ィ、 〈 | 、V rァ r‐┘
             > `‐` l/,ィ V / 〉 〃 ,ニ孑Ammo for Reknit!!編
            f´tァ 厶フ ヽ! fj |/厶7厶-‐¬
             │k_/`z_/> ,、    ,、 xへ戈!│第九章【knitter-編む者-】 了
            | l      ̄ | f^´  ̄    !│
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842名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 19:52:19 ID:UYTFpBow0
これにて第九章は終了です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

843名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 20:01:08 ID:NqHU.iDQ0
おおティンバーランド一気にズタボロになったな
やっぱトラギコかっけぇわ
おつ!

844名も無きAAのようです:2017/10/01(日) 20:36:48 ID:oOIrID4U0
ロウガつえー……乙

845名も無きAAのようです:2017/10/02(月) 22:37:43 ID:hJSj9XUs0
ロウガさん一人で勝てるなら狼さん犬死にじゃないですかね……

846名も無きAAのようです:2017/10/03(火) 00:31:37 ID:9eJdJl9.0
ジュスティアは円卓がかませにされたりスパイ送り込まれたり幹部が殺されたり散々だな

847名も無きAAのようです:2017/10/03(火) 00:54:17 ID:w1atDnWc0
だって「絶対正義」みたいなのって壊されるために有るって風潮有るでしょ?

848名も無きAAのようです:2017/10/03(火) 19:26:42 ID:/sIgNpDM0
>>845
第十章でその辺りに触れますので、今しばらくお待ちください!

849名も無きAAのようです:2017/10/14(土) 19:25:54 ID:qtFYEdh.0
やっぱ棺桶の燃料とか弾薬って自分で補充するのか
ギコとか凄く金かかりそう

850名も無きAAのようです:2017/10/16(月) 16:05:50 ID:mV3TyT9I0
耳付きが完全に普通の人の上位互換だなぁ

851名も無きAAのようです:2017/12/02(土) 00:24:59 ID:pZ4FoQqc0
今日土曜日の夜にVIPでお会いしましょう

852名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:41:45 ID:v4yXdykE0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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糸は針を見る。
針は布を見る。
布は人を見る。

――では、人は何を見る?

                           ――被服の町、クロジングに伝わる問いかけ。

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人は糸を見る。 己の道筋が正しいか、そして離れて行かないかを見るためだ。
                             ――過程を重視する人間の答え

                脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】

August 12th  PM11:53
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それは、第三次世界大戦以来初の出来事だった。
ティンカーベルの大地が艦隊から砲撃を受け、その轟音で大勢の住民が目を覚ましたことを記憶している島民はいない。
語り継がれることの無い大昔の話だ。
かつてこの地が大規模な戦場と化したことは有名だが、その詳細までは残っていない。

戦時中、この島で起きたことを推測するのは思いのほか難しい話ではない。
今も発見され続ける多くの強化外骨格――通称、棺桶――が激戦と過酷な状況を物語る。
最新型の棺桶が一度も使われることなくこの島で発掘されるという事は、この島で棺桶が作られ、そして、それが一度も使われることなく戦闘が終結したという事。
即ち、恐るべき速さで戦闘を終わらせる何かが起きたということに他ならない。

無論、それを知る者も語る者も、この島には誰一人として住んでいない。
故に、砲声と爆発音の違いを理解できる者もおらず、きっとただの爆発だと考える者がほとんどだった。
一部の人間は万が一の可能性を考えたが、実際にそれを目にしたわけではないため、誰も行動を起こそうとは考えなかった。
民間人が考えているのは、もう数分でこの島で起きている問題が全て終わるという事だけ。

爆発音も銃声も、争いを直接見ていない彼らにとってみれば、最後を締めくくる花火のようなもの。
この爆発を機に全ての事件が終わると考えれば、全く苦にならないどころか、楽しみですらある。
マスコミは報道開始のカウントダウンを始め、気の早い漁師は漁の準備を始めた。
もう間もなく、悪夢の夜が終わるのだ。

――砲撃音を聞いて行動を起こしたのはその島で唯一、ジュスティア軍人達だった。

ジュスティア海軍は軍艦を派遣しているが、決して砲撃をしないようにとの命令が下っていた。
砲撃は民間人を巻き込みかねないという懸念と、それを使用することによるこれ以上のイメージダウンを避ける意味合いがあった。
使用可能とされていた武装は機銃のみで、それでも対処できない場合にのみ許可を得て砲撃する手筈になっていた。
だが、命令は完全に無視され、砲撃は実行されてしまった。

853名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:42:58 ID:v4yXdykE0
確かに複数の銃声はあったが、その銃声が機銃のそれとは明らかに異なる物だと気付けなかった軍人は皆無だ。
常日頃から聞いている友軍の銃声を聞き間違えるはずもなく、海軍の面々は即座に連携を取った行動を始めた。
無論、そこに混乱はなかった。
規律を重んじる軍人の中でも、海に関係する部隊はより強く規律を重んじる傾向にある。

海上という状況を考えればそれは当然の流れだろう。
ジュスティア海軍の行動はそういった軍隊の中でも指折りの練度を誇り、行動力を持っている。
それが単なる誇張でない事が今正に証明された。
まず艦隊は砲撃を行った友軍の船を数秒で割り出し、即座にその艦に連絡を入れた。

暴走なのか、それとも窮しているのかはまだ分からないためだ。
やむを得ない状況では砲撃も致し方ないが、その前に何かしらの報告があって然るべきである。
専用の周波数を用いた無線通信に対する返答はなく、何か緊急事態が発生していると判断した指揮官は二隻の駆逐艦を現場に向かわせることにした。
海軍大将、ゲイツ・ブームの右腕と呼ばれる人物が決断に要した時間は一秒にも満たなかった。

到着までは約五分。
その五分が勝負であることは、誰の目にも明らかだ。
初期動作は完璧だったが、その次の動作が完璧となるかはまだ分からない。
彼らの行動如何では水泡に帰すことも十分にあり得る。

二隻の駆逐艦を束ねるのは、駆逐艦エイハブの艦長であり、海軍大将の右腕として知られるグルジア・“ストーム”・セプテンバー。
ジュスティア海軍の中で彼を知らない船乗りはいない。
グルジアは一隻の船で世界中の海を渡り歩き、海賊を数百人単位で捕まえ、海賊船や武装船を沈めてきた男だ。
長い戦いを通じて培われた観察眼は伊達ではない。

双眼鏡を覗き込む彼の両眼は、遠く離れた島で輝く炎の揺らめきに胸騒ぎを覚えていた。
まるで嵐の中心を見るような心地がする。
あれは彼がまだ新人だった頃、航海中の艦隊が大嵐に巻き込まれたことがあった。
冬の嵐の事だった。

凍えるような風と潮の中で、彼らは嵐の中心に入ってその巨大さに圧倒され、感動した物だ。
それは恐怖とも感激とも言える感情で、今も鮮烈に彼の胸に刻まれている。
砲弾が作り出した炎は間もなく消える事だろう。
破壊が目的の弾頭で生み出される炎などたかが知れている。

地上の、それも小さな埠頭の近くに向けて放つなど尋常なことではない。
人間相手ではないだろう。
となると、強化外骨格を相手にしていると考えるのが普通だ。
直撃を受ければまずほとんどの棺桶を破壊できるだろうし、破壊を免れたとしても致命傷は避けられない。

堅牢で知られるトゥエンティー・フォーでさえ、装甲が変形して本来の目的を達成できなくなる。
艦砲は、それほどまでに強力なのだ。
それを放った真意を推測しなければならないのだが、脱獄犯を見つけたとして、殺すのに果たして砲が必要だったのだろうか。
その前に機銃による射撃があって然るべきではないだろうか。

であれば、まずは見定めなければならない。
相手が何者で、何が起きていて、自分はこれから何を相手にしなければならないのかを。

854名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:43:53 ID:v4yXdykE0
("゚公゚")「サーチライトを。
     それと、全員完全装備で配置につけ。
     警戒レベルは――」

从´_ゝ从「――最高値、ですね」

("゚公゚")「頼むぞ」

副艦長のドネル・モーゼスは彼の上司が次に何を言うのかを予期し、その手筈を完璧に進めていた。
勿論、グルジアは己の右腕が行動していることを予期しており、今口に出したことはあくまでも確認のための一言でしかない。
月光の下、二人は燻る炭のような赤黒い地点を注視している。
そこに何が見える訳でもないが、目を逸らすことが出来ない。

恐らく、そこには何かがある。
予感は最早確信の域に迫っており、そこで目にする何かこそが、この事件の核心部と言ってもいいだろう。

("゚公゚")「さて、どんな鬼が出るかどうか、見せてもらおうじゃないか」

懐に吊り下げて久しく使っていないベレッタM92が嫌に重く、頼もしげに感じられた。

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人は針を見る。 結果はその後に形となってついてくるからだ。
                  ――手段を重視する人間の答え

     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】

August 12th  PM11:57
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それは、日付が変わる寸前の二分間で起きた出来事。
二人の騎士が罪人を前に立ちはだかり、罪人たちが正義を相手に立ち向かうことになったのは。
一方は激怒を胸に。
片や絶望を胸に。

火ぶたを切るきっかけになった一言の通り、今、罪人は正義に立ち向かう事となっていた。

(::[-=-])『らぁっ!!』

誰よりも先に覚悟を決め、攻撃を仕掛けたのはジュスティアで警官として働いていた経験を持つショボン・パドローネだった。
本来であれば彼の使用する強化外骨格“ダイ・ハード”の脚部には特徴的な装甲があるのだが、今、それは地面に横たわっていた。
しかし、彼の強化外骨格は単一の目的に特化した物であり、装甲の喪失など大した問題ではない。
ダイ・ハードは足を使った戦闘に特化しており、装甲が無くとも、脚部の各箇所に仕込まれた高周波振動発生装置は健在だ。

それが生き延びていれば大概の棺桶との戦闘に耐えられる。
楯を失っても刃は失っていない。
戦闘が避けられない状況下で、即時攻撃を選んだショボンの判断は実に的確だった。
事実、地面を粉砕する程の強い蹴り込みから生み出された加速は人間の動体視力を遥かに凌ぎ、瞬きする間に眼前に迫る程の速度と化し必殺の域にあった。

855名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:45:00 ID:v4yXdykE0
それでも。
それでも、だ。
所詮彼は元警官であり、ジュスティアの誇る最高戦力に匹敵するだけの鍛錬を積んだわけでも、場数を経験したわけでもない。
余計な柵から解放された騎士相手に、その行動はあまりにも軽率であり、騎士を甘く見過ぎていたとしか言えない行動だった。

仮にその行動が軽率だとしても、誰も彼を責められないだろう。
彼は今、究極的な選択を迫られていた。
宿敵と、それを庇う騎士二人が目前にいれば、攻撃する以外に手はない。
そして彼は、逃亡以外の積極的手段として攻撃を選んだに過ぎず、むしろ勝率を微粒子レベルで上げるための努力をしたと言えるだけ良い。

仮に相手が騎士でなければ、ショボンの選択は最良の結果を導き出せたかもしれない。
世界の正義を名乗るジュスティアの円卓十二騎士が激怒し、その怨敵を目前にしていなければ、或いは状況は変わったかもしれない。
だがそうはならなかった。
そうなるはずがなかった。

世界を大きく二つに分ける時、真っ先に名が挙げられる街の最高戦力が“相手を本気で殺す気”でいれば、元警官が相手になるはずもない。
十二人の戦力に分散されているとは言え、実力は世界屈指。
中空で蹴りを繰り出そうとするショボンに対し、怨敵を討つための第一障壁である“ダニー・ザ・ドッグ”は人間離れした反応速度で攻撃を放った。
それが一手目であり、決定打となった。

似`゚益゚似『……っ』

恐らく、ショボンの目にはすでに攻撃を放ち終えたダニー・ザ・ドッグの姿しか映らなかった事だろう。
全身に高周波振動発生装置を仕込んだ彼の攻撃は、実にシンプルだった。
左手の手刀によって蹴りをいなしつつ、握り固めた右の裏拳の一撃でダイ・ハードの弱点である装甲の薄いヘルメットを粉砕しただけ。
表現すれば実に呆気の無い一撃だが、実際は幻を見ている心地の如く、違和感すら覚えることの無い見事な一撃だった。

その衝撃によってショボンは呆気なく気絶し、まるで見えない壁にぶつかったかのように背中から転倒した。
呪詛はおろか、呻き声さえ上げる余裕はなかったのである。
残されたのはあまりにも哀れな女が一人。
無抵抗な子供相手に誘拐を働き続けた、いわば、戦闘とは無縁の女だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『マジで……』

<::[-::::,|,:::]

そして、絶望によって呆然とする反射的な隙。
戦闘に不慣れな人間にありがちな、絶望的な隙を見逃す程、第四騎士のショーン・コネリは優しくはなかった。
抜刀と踏み込みはほぼ同時に行われ、シュール・ディンケラッカーの目にはまるで彼が瞬間移動をしたかのように映った事だろう。
肉薄すると同時に閃いた白銀の一閃を最後に、シュールの意識は途絶えた。

その一撃は芸術的なまでに完成され、狙い澄まされた攻撃だった。
狙われたのはショボンと同じく頭部だった。
だがジョン・ドゥの頭部の装甲は比較的頑丈で、ただの刀では切断することは敵わない。
高周波振動を利用した一撃であれば、彼女を一撃で殺すことになる。

無論、ショーンはそれを知っていた。
知っていて狙ったのは、棺桶の持つ保護能力を超えた一撃。
長大な刀の背中を使い、的確な角度と速度で最適な位置を殴打したのである。
頭部への損傷を防ぐためのクッションやサスペンションを無効にするほどの一撃は、シュールの脳を激しく揺さぶり、その意識を遠い彼方へと連れ去った。

856名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:46:49 ID:v4yXdykE0
――そして、日付が切り替わった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人は布を見る。 過去と現在が布の上で繋がり、そして作品を形にするからだ。
                              ――今を重視する人間の答え

           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】

August 13th
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

日付が切り替わってから数十分後。
静まり返った山の中を、一台のセダンがヘッドライトもつけずに走っていた。
セダンを運転する男は月光のみを頼りに運転し、カーラジオすらかけず、開け放った窓から流れ込んでくる風の音と虫の声をBGMにしていた。
男は物憂げであり、不満げだった。

人気のない道を静かに走るセダンの後部座席にはもう一人、同乗者がいた。
同乗者は拘束具によって自由を奪われた状態で気を失っていた。
その拘束具はただの拘束具ではなく、ジュスティア警察が凶悪犯逮捕に使用するために“職人の都”に特注した一品だった。
極めて頑丈かつ軽量で、伸縮性と柔軟性に富んだ素材で作られているため破壊は容易ではない。

腕力に自信のある者でも自力で脱出することは不可能で、強度実験の段階でAクラスの棺桶を使っても突破出来なかった実例が報告されている。
両腕を胸の前で組んだ状態で大きな布で腕全体を覆い、背中の後ろで固定するという単純な構造だが、効果は極めて高い。
拘束具を嵌められて抵抗を試みた人間ならば、誰もが一時間以内にそれを理解する。
そして、警官だった人間であれば誰よりもよく理解しているため、抵抗すらしない。

ジョルジュ・マグナーニは抵抗する素振りすら見せず、申し訳なさ程度のクッション性を持った座席の上に静かに横たわっている。
彼は拘束具に加えて口に猿轡をかまされ、言葉を発することの一切を禁止され、目隠しとヘッドフォンによって視覚と聴覚も奪われていた。
猿轡は余計な言葉――罵詈雑言は勿論、強化外骨格の起動コードなど――を口にさせないため。
目隠しは己の周囲にある物を見せず、時間の流れも悟らせないため。

絶えず不協和音を奏でるヘッドフォンは周囲の状況の一切を知覚させず、思考を妨害するため。
五感の内触覚と嗅覚以外を奪われた場合、人間は周囲の状況を推測することが極めて難しくなる。
尤も、気絶している人間にそのような事を気にしても仕方がないが、相手が相手であるため油断は出来ない。
ジョルジュと言えばジュスティアの暗部を知り尽くした人間であり、あまりにも多くを知りすぎている。

ひょっとしたら、誰も知らないだけでこの拘束具の欠点を知っているかもしれないのだ。
倫理観を無視した行動を平気でする人間である以上、悪質な手段を取られかねない。
運転手は例えこの男が目を覚まして排泄を所望したとしても、それに応じるつもりは断じてなかった。
車内で垂れ流しにして、屈辱を味わってもらうだけだ。

ジョルジュの折れた肋骨では自力で脱獄など到底不可能だが、一切の油断も慈悲もない対応がされ、それが弱められる予定は何があろうとも一切ない。
このまま彼を警察に引き渡せば、待っているのは暗い未来だけである。
汚れ仕事を多く処理してきた彼の存在が公とならないように内々に処分し、闇に葬り去らなければならない。
ただでさえ元警官が大きな犯罪に関わったというのに、また新たな警官が――それも公に出来ない仕事ばかりをしてきた――事件を起こしたとなると、大きな問題になってしまう。

857名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:49:58 ID:v4yXdykE0
ジュスティア警察の考え方を考慮すれば、間違いなく、事故に見せかけた獄中死が待っている事だろう。
だが彼を逮捕したトラギコ・マウンテンライトは、この先に待っている未来とは違った考え方を持っていた。
ここで殺すのは極めて簡単な選択だ。
そうすれば永久に闇に葬る事が出来るし、妻帯者でないジョルジュが死んだところで真相究明に誰かが動き出すこともない。

しかしそこで話は終わってしまう。
終わってしまえば、そこまでなのだ。
話を終わらせるのであれば誰にでも出来る。
それこそ、素人の屑人間でも、だ。

世界を股にかける巨大な秘密結社の断片であり、手がかりとなる人間を殺すなど言語道断である。
徹底的に尋問し、薬物を使用してでも情報を引き出さなければならない。
多くの街の深部にまで入り込んでいる組織の情報が持つ価値は計り知れず、今後起こる事件を未然に防ぐために役立つかもしれない。
その重要性にジュスティア警察は勿論、街の上層部がどこまで気付き、トラギコに協力するか。

トラギコの言葉だけでは絶対に協力は得られないのは間違いない。
これまでに彼が行ってきた命令違反、規定違反などを考えれば信用はないに等しい。
それでも、完全に孤立無援と言うわけではなく、幸いなことにジュスティア内部に理解者がいた。
社会的信用を持つ人間の理解があれば、トラギコの言葉も上層部の耳に届くはずだ。

島に来ている二人の騎士。
彼らは今、トラギコに協力的な姿勢を見せ、事件解決のために協力まで買って出たのだ。
その発端は、セカンドロックでライダル・ヅーが殺された直後に遡る。
激昂するショーン・コネリに対してトラギコは当たり前のことを告げ、単独で行動しようとしていた。

(=゚д゚)「……なら、俺から一つアドバイスしてやるラギ。
    馬鹿なことは考えずに、この後に誰がどう動くのかをよく見ておくんだな。
    そうすりゃ、戦うべき相手が見えるはずラギ」

トラギコの歩みを事前に引き留めたのは、ダニー・エクストプラズマンの人工声帯を通じて発せられた声だった。

<_プー゚)フ『……戦うべき相手について知っているんだな?』

(=゚д゚)「あ? あぁ、そりゃあな」

意外な人物からの声かけに、トラギコは思わず足を止めていた。
これがショーン・コネリであれば、黙殺したまま復讐を果たすために歩き続けていた事だろう。
彼との問答で時間を使える程、今、トラギコには余裕がなかった。

<_プー゚)フ『余計な問答をしている時間はない、という前提で話をする。
        単刀直入に言う、お前に手を貸す。
        だから、俺に手を貸せ』

願ってもない協力の要請だった。
正直、この状況下でこの申し出は非常にありがたい。

(´・_・`)「……悔しいが、俺達には情報が不足している。
    お前の力を借りる他ない。
    俺もエクストと同じだ」

858名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:50:49 ID:v4yXdykE0
この申し出が事態好転のきっかけとなる事は間違いない。
戦力としては心強い連中だが、事件を調べるにはいささか灰汁が強すぎる。
しかしその強い灰汁も場合によっては強力な武器となる。
使い方次第では、相手に一杯喰わせてやることが出来るだけでなく、トラギコの目的達成にも一役買える。

(=゚д゚)「なら、デレシアを探せ。 そうすりゃ、何かがどうにかなる。
    俺は別で動くラギ」

トラギコが事件解決のための鍵を知ると勘付き、協力を申し出た彼らに対してトラギコが告げたのはデレシアの捜索だった。
嵐の全貌を見たければ嵐の中心を見ればいい。
彼等もデレシアの面貌は知っており、その強さ、神秘性も経験済みという前提があるからこそ説得力を帯びる一言。
その重要さには彼らも気づいていたようで、トラギコにその理由を訊こうとはしなかった。

(´・_・`)「……あの女、やはり只者ではないということか」

(=゚д゚)「あぁ。 分かってるとは思うが、絶対にあの女に手を出すなよ。
    腕が食いちぎられるだけじゃ済まないラギ。
    それに、俺の獲物ラギ」

デレシアはいわば自然災害のような物だ。
下手に手を出せばこちらがやられる。
落ち着いて機を窺い、然るべき時に捕まえるしかない。

<_プー゚)フ『合流して援護すればいいのか?』

(=゚д゚)「援護じゃねぇ。 そもそも、あの女に援護はいらねぇラギ。
    ただ、あの女を狙って出てくる輩か、あの女が狙ってる輩を横取りすればいいラギ」

彼女の動くところに何かがある。
今、この島で単独行動をしているであろう彼女を見つけ出せば、必ず有益な発見がある。
それを奪い取れば、貴重な情報源をこちらの手中に収めることができる。
これがこちらの手を離れて絡み合った糸を取り戻す最善の手であり、円卓十二騎士を有効活用できる唯一の手段だとトラギコは判断した。

ジュスティア軍と警察が島から撤収を始める前に、集められる物を集めなければ今後一切チャンスを失っても不思議ではないのだ。
協力してもらう以上、老婆心ながら、トラギコは最後に一つだけ彼らに忠告をすることにした。

(=゚д゚)「それと、一つ忠告だけしておいてやるラギ。
    裏切り者を探そうとするなよ、今はまだな」

今度こそ、トラギコはその場を立ち去ることにした。
もう声がかけられることはなかったが、彼らならひどいことにはならないはずだ。
繊細さを求めるような依頼でなければ、後は、彼らが持つ力と正義感を存分に発揮してもらえばいい。
自分自身で動きたいのもやまやまだが、彼の持つ装備ではショボン達と戦う事は出来ても、勝つことは出来ない。

ならば復讐に燃える騎士たちに任せておけば、全力で対処をしてくれるはず。
特に、戦闘に関しては彼らの方がトラギコよりも優れている。
事件解決には不慣れでも、戦う事だけ任せておけばどうにでもなる。
そしてその狙いは見事に成功し、こうして、ジョルジュを捕えることに成功した。

859名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:52:36 ID:v4yXdykE0
――島の反対側から聞こえてきた砲撃音が何を意味しているのかは分からないが、十中八九デレシアが関係しているだろう。
だが、彼等の行動力があれば今頃はデレシアと合流し、臨機応変な対応をしてくれるに違いない。
そして首尾よく事態が動けば、予定通りショボン・パドローネとシュール・ディンケラッカーを捕まえている事だろう。
いずれにしても悪い方向に転ぶとは考えにくい。

トラギコは自分のやるべきことに専念し、そちらの方については結果が出てから考えることにした。
考えるべきはジョルジュについてだった。
僅かだが憧れを抱いたことのある男の堕落した姿に、トラギコは深く落胆していた。
このようにして逮捕するとは、極めて残念な話だ。

分かっていても、溜息が漏れ出る。
警察の汚れ仕事を引き受けてでも彼の信じる正義を果たし続けていた男が、今では、混沌の根源と化してしまった。
何が彼をそうさせたのか、断片ではあるが聞く事が出来たのがせめてもの慰めだ。
恐らく彼は、トラギコと同じ物を追っていた。

即ち、秘密のベールに覆われた旅人の正体。
デレシアと名乗る旅人について、ジョルジュはその正体を知りたければ自分に協力しろと交渉してきた。
それは、彼もまたデレシアについて調べている事を意味しており、それが警察を裏切る理由の一つになったと考える他なかった。
優れた警官だった男と言う背景を考えれば、何故彼女について調べているのか、想像するのは難くない。

ジョルジュも彼女の背景に興味を持ち、己の手で解決するべき事件であると判断したのだ。
その為だけかは分からないが、少なくとも、昔からデレシアに執着しているのは間違いない。
一体どれほど昔からデレシアについて調べているのか、それが気になるところだ。
そしてその切掛けについて知る事が出来れば、トラギコは少しではあるがデレシアの素性に近づく事が出来る。

こうして考えてみると、結局、多くの謎がデレシアへと帰結してしまう。
まるで堂々巡りだ。
彼女の周囲にある謎にかかわると、デレシアへと至り、そこで打ち止めになり、再び謎が生まれる。
安易な気持ちで取り掛かるのではなく、これまでよりも慎重に調べて行かなければならない。

今、トラギコは一本のか細い糸を握っていた。
それは手を離れたとしても気付かない程細く、軽く、本当にあるのかさえ不安になる程だ。
デレシアとトラギコを繋ぐのは、貸し借りと言う極めて不確かな糸。
糸を手繰れば相手に繋がるかもしれないが、手繰れないかもしれない、そんな糸。

貸し借りの大きさで言えば、間違いなくトラギコはデレシアへの借りの方が大きい。
彼女に貸しを一つでも二つでも作っておけば何らかの繋がりになるという打算も込みで、騎士たちを彼女の元に向かわせた。
これで少しはデレシアに貸しを返せたはずだ。
彼女にとっては余計な助力かも知れないが、それでも、これが繋がりとなってくれることをトラギコは心のどこかで望んでいた。

容疑者の力に頼ることになったのは極めて遺憾だが、それでも、プライドで事件が解決する程世の中は上手くできていない。
力にはより強力な力を持って対処しなければならない時もある。
彼女はこの世界の各地に強力なコネを持ち、比類なき戦闘力も有している。
そんな彼女と数度のやり取りを持てば、繋がりのような物が生まれるのではないかという僅かな期待があった。

それは恋する思春期のような気持ちであり、トラギコにとっては極めて不慣れな感情でもあった。
しかし、これしか手段がないのだ。
あの正体不明の女に繋がるためには、何だってやるしかない。
きっとジョルジュもそんな考えで警察を捨てたのかもしれない。

860名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 19:53:39 ID:v4yXdykE0
だがトラギコは違う。
デレシアを追うあまり本質を見失うことはしない。
本質はデレシアを逮捕することで、彼女の秘密を暴く事ではない。
まずは彼女の周囲に現れる犯罪者を捕まえ、雑草を処理しつつ、その正体を知らなければならない。

自分が相手にしようとしている人間は果たして、何者なのか。
それが分かって初めて、逮捕するための算段が立つのだ。
そこまで手間をかけなければならない犯罪者は、これまでに見たことも聞いたこともなかった。
それだけに、今さらながら自分の勘が恐ろしくなりつつあった。

直感のような物でトラギコはデレシアを生涯最後の獲物に相応しいと考えたが、どうやらそれは大いに的中し、同時に大いなる困難をトラギコにもたらしてくれた。
オアシズで起きた一連の事件は、結局迷宮入りとして処理されたそうだが、トラギコはそれを皮切りにしてデレシアを追い詰めようとした。
それがそもそもの始まりだった。
今では世界中に影響力を持つと推測される秘密結社の存在を知り、巻き込まれることになった。

ふと、背筋に冷たいものが走る。
まさか、デレシアはここまで見越していたのだろうか。
幾度も殺そうと思えば出来たはずだ。
それをしなかったのは、トラギコをここまで引きずり込むためだったのか。

時間を追うごとにデレシアに対する気持ちが膨らみ、トラギコは目の前に転がるジョルジュの甘言に乗らなかった自分に称賛を送った。
一歩間違えれば自分がこうなっていたのかもしれないと思うと、ぞっとする。
静かなドライブが続き、尾行車もないまま、二人を乗せたセダンは港の方へとやって来た。
市街地でようやくライトを点けたトラギコは、エラルテ記念病院へと向かった。

事態を今どのようにして収束させようとしているのか。
そして、上層部に紛れ込んでいる裏切り者の目星をつけるための仕込みをするため、トラギコはあえてその場所を目指した。
本来であればトラギコは今頃ジュスティアへと連行されていることになっており、ここにいてはならない存在だ。
誰が指示したのか、下準備をしたのかまで明白ではあるが、それを知らない体で戻るのだから極めて危険な賭けでもある。

恐らくは、ベルベット・オールスターは警察内に紛れ込んだ秘密結社の細胞だ。
彼がトラギコの抹殺を企て、デミタスが円卓十二騎士の棺桶から電力を奪い取るための下地を整えた人間で間違いないだろう。
全ての状況がそう言っているのだ。
このままトラギコが死に、円卓十二騎士もデミタスによって殺されていたら、全ては闇の中に葬り去られていたはずだ。

ヅーの奮闘とトラギコの抵抗が無かったら、否、デレシアとの出会いでトラギコが変わり、トラギコとの出会いでヅーが変わっていなければそうなっていた。
これでも最悪の結果は回避できたことになる。
後はこれからの動き次第でその結果が生きてくるはずだ。
決して無駄には出来ない。

(=゚д゚)「さて、いっちょやるか」

車から降り、後部座席からジョルジュを担ぎ上げてトラギコは病院へと足を踏み入れた。
懐のM8000は安全装置が解除されていた。
待っているのは最低の待遇か、それとも、最高の待遇か。
あまり期待することなく、いつでも拳銃を抜けるようにだけしてトラギコは重い足取りで病院の扉を開いた。

――待っていたのはある意味で最高の待遇だった。

861名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:23:49 ID:v4yXdykE0
白い湯気の立つコーヒーが出され、冷めてはいたがアップルパイまで出された。
勿論、トラギコはそれらを一口も口にはしなかった。
何が盛られているか分かった物ではない。
毒身をさせたとしても、毒を盛る位置に工夫がされていたら意味がない。

ジョルジュは即座に仮設勾留所に運ばれ、患者用を拘束するためのベッドに拘束具ごと括り付けられた。
そこから二部屋離れた場所に、トラギコの姿があった。
そして、ベルベットの姿もあったが、歓迎している空気は一切なかった。
病院でトラギコにベルベットが投げかけた質問が再度され、トラギコは同じ答えを返したのであった。

(=゚д゚)「車が事故ってな、俺だけ放り出されたラギ」

それが嘘であると立証が出来ない以上、ベルベットがいくらトラギコに圧力をかけても意味がない。
まさか自分が送り込んだ暗殺チームが失敗に終わったとは、口が裂けても言えないはず。
案の定、それ以上その話題についてベルベットが触れることはなかった。

( ><)「……では、トラギコさん、別の質問に答えてください」

(=゚д゚)「あ?」

本題が来た。
トラギコの生存よりも相手にとって厄介な問題。
今すぐにでも解決したいのは、こちらの方だ。

( ><)「我々は憶測で人を逮捕できません。
     ジョルジュさんが何の罪を犯したというのですか?」

この島でジョルジュが行ったのは戦闘行為だが、それを正当防衛だと言い張れば罪にはならない。
恐らく、ベルベットはその主張を受け入れて事を穏便に済ませるつもりなのだ。
円卓十二騎士との戦闘も、緊張状態が産んだ誤解だと言い張る気に違いない。

(=゚д゚)「誰も殺してないし、攻撃していないと?」

( ><)「目撃者も証拠もないんじゃ、裁判のしようもないんです!!」

もし目撃者がいると言ったとしても、トラギコの息のかかった人間では意味がない、と言うだろう。
流石は報道担当者だ。
やることが実に狡い。

( ><)「被害者がいないんじゃ、事件とは呼べないんです。
     すぐに治療を受けさせて、それから釈放するんです」

情報管理については得意なのだろうが、まだまだ青さが抜けきっていない。
これがこの男の弱点だ。
ジョルジュを追う段階以前に、トラギコは考え続けてきた事があった。
世界中に根を張り巡らせながらもその全貌が分からない相手と戦うには、どうしたらいいのか。

どこに根があるのかも分からない相手だが、それ故に、付け入る隙がある。
だから策を練り、保険をかけておいた。
真実を言葉ではない形で残せば、言い逃れは決して出来ない。

862名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:24:47 ID:v4yXdykE0
(=゚д゚)「……誰が殺人やら暴行罪で逮捕したって言ったラギ?」

( ><)「……え?」

(=゚д゚)「こいつは、野生動物を殺したラギ。
    しかも、狼を二匹だ」

殺人、暴行が駄目なら別の罪で捕まえればいい。
警察官であれば誰もが使う手だ。
この男が現場経験をほとんど積んでいない事は明白だ。
故にこの手に対して、彼は脊髄反射的な反論をしてしまう。

それが罠だとは気付かないままに。

( ><)「証拠はあるんですか?
     それがないと、ただの言いがかりなんです!!」

(=゚д゚)「証拠だぁ?
    あるに決まってるだろ」

( ><)「言っておきますけど、トラギコさんの目撃証言では意味がないんです!」

発想が実に貧相だ。
目撃証言だけで事件を立証することが難しいのは、五年以上現場にいる人間なら誰でも一度は経験する。
温室でぬくぬくと育ってきた人間には決して分からないだろう。
事件にならない事件を追う人間の口惜しさなど、一生分かるはずもない。

(=゚д゚)「勿論、俺以外の人間で尚且つ絶対公平な証拠ラギ」

そう言って、トラギコは動かぬ証拠をベルベットに見せつけた。
それは――

(;><)「フィ、フィルム……?!」

(=゚д゚)「ここにばっちり写ってるラギ。
    ジョルジュが狼を撃ち殺してるところがよ」

――スクープと真実を追う、とある男の手柄だった。

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人は己の指を見る。 針と布を持つ指が失われれば、布は不完全なものになるからだ。
                              ――己の保身を重視する人間の答え

      撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】

August 13th
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863名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:25:57 ID:v4yXdykE0
トラギコが切り札をベルベットに突きつけた時、アサピー・ポストマンは徒歩で道路を伝って山を下っている最中だった。
脚は疲労感から動かすのも面倒になっていたが、歩かなければならない理由があった。
本当であればトラギコの車に乗って街に戻れたはずだったのだ。
だが現実は非情であり、アサピーは自力で戻るほかなかった。

状況判断をすれば確かにこれが最善だが、トランクに入れて途中まで運んでもらえるだけでもいいのにとは言えなかった自分が憎い。

(;-@∀@)「あー、寒い……」

――ジェイル島にトラギコが向かってから、アサピーは言われた通り徒歩で安全で尚且つトラギコと合流しやすそうな場所を探していた。
そうしている内にアサピーは狼と遭遇し、追い立てられることとなった。
唸り声と跫音から逃げている間、アサピーは死に物狂いで山を駆ける事となった。
日ごろの運動不足が嘘のように足取りが軽く、息苦しさなど忘れてしまっていた。

どうやらここ数日でトラギコにこき使われたことで体力が付いたのかもしれないと、内心で感謝することになったのは大分後の事である。
追われている間生きた心地がしなかったが、いつまでも狼が襲い掛かってこないことに不信感を抱いたが、次第に自分がどこかに誘導されているのだとは気付かなかった。
いつの間にか狼達が消えたことに安堵しつつ、アサピーはとにかく一分でも早く道路に出て街を目指すことにした。
無意識の内にカメラを両手で構えながら山中を移動していると、一台のセダンが眼下の道路で停まるのを目撃した。

この状況で走るセダンは極めて怪しく、スクープの匂いを彼の嗅覚が嗅ぎ付けた。
本能に従ってアサピーが茂みに隠れて様子を見下ろしていると、男が一人車から降りて来た。
フロントライトに照らし出された男の顔は、ジョルジュ・マグナーニに相違なかった。
間違いなくスクープだと判断し、彼の一挙手一投足を見守ることにした。

ライトが照らし出す倒木の前に立ち止まり、そして、行動を起こす。
奇しくもジョルジュがライトを背にしているため、その顔は逆光で黒く影ってしまっている。
だが焦りは感じなかった。

『Go ahead. Make my day』

棺桶の起動コードを耳にしたとき、アサピーの指はカメラの設定を変更して夜間撮影に最適な物に切り替え終えていた。
逆光ではあるが、アサピーの予想では、フラッシュは不要だった。
それを証明するかのように、爆発音に聞き間違うほどの銃声が四度鳴り響く。
シャッターボタンは四度押された後だった。

発砲炎が彼の顔を照らし出し、アサピーは銃声ではなくその光を事前に読み取ってシャッターを切ったのだ。
望遠レンズの向こうに映る影の動きを見て、次にいつ銃爪を引くかを予想する。
タイミングを逃せば光は失われ、暗闇だけがフィルムに写ることになる。
興奮する気持ちを落ち着かせ、手ぶれの無いようにしっかりと両脇を締め上げる。

(;-@∀@)「……っ」

かつてジュスティア警察で活躍し、その破天荒な行動から多くの敵を産んだ警察のダーク・ヒーロー。
彼が対応した事件の多くは彼抜きでは迷宮入りしたと言われ、実力の高さも相まって一時期は彼の信仰者のような警官が生まれ、犯罪者の射殺率が上昇したこともあった。
その男が銃を構えている姿は、彼の事を詳しく知らない人間でも魅了されるぐらい美しかった。
まるで無駄がなく、そうある事が自然であるかのような芸術的な姿。

そんな彼を前にして胸が高鳴らないカメラマンはいない。
多分に漏れず、アサピーも胸の高鳴りを押さえきれずにいた。
歩けば問題が起き、動けば事件が解決するとさえ言われた男。

864名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:27:56 ID:v4yXdykE0
(;-@∀@)「おっ……?!」

思わず声を出しかけたのは、後部座席からするりと現れ、立ち去る女の姿を目視したからだ。
その妖艶な姿と肉食獣を思わせる静かな歩き方を見紛うはずもない。
快楽殺人鬼、ワタナベ・ビルケンシュトックだ。
と言う事は、ジョルジュはワタナベと同じ組織の人間として今活動している。

この状況は、正に千載一遇のチャンスだった。
何が起きてもおかしくはないし、何かが起きなくてはおかしい状況。
呼吸を意図的に浅くし、極限まで集中力を高める。
それから間もなく怒号が山に響き、黒い影がジョルジュの周囲に現れた。

あまりの速さにアサピーはその正体を視認することが出来なかったが、予測は簡単についた。
あれは、狼だ。
タイミング的に、アサピーを追い立てた狼と見て間違いない。
円を描くようにして静かに移動をする狼達は今、ジョルジュを獲物と定めて狩りを始めようとしていた。

ここで助けるのも一つの選択だが、アサピーはその選択を選ぶ気はなかった。
助けてしまえば折角のスクープ写真が撮れない。
やがて、ジョルジュが動いた。
襲い来る狼に向けて銃を構え、そして――

――車が嘘のように吹き飛び、ジョルジュがそれに巻き込まれたのを目撃した時、アサピーは絶句した。
何が起きたのか、第三者の視点から見ている彼でさえまるで分からなかった。
いや、それ以前に狼の群れがどのようにして車を吹き飛ばしたのか。
狼の群れを率いる何者かがいるということなのか。

今から、あらゆる瞬間がシャッターチャンスとなり得る時間となる。
先ほど以上に集中力を必要とし、瞬きさえ禁じなければならない程の緊張状態が生まれていた。
フィルムの残り枚数は二十枚。
シャッターチャンスは二十回であり、それ以上はないと考えなければならない。

アングルを考慮し、移動するべきかと考えたが、それは一瞬の内に否定した。
顔が見える角度で見下ろすというだけでもかなりの好立地なのだ。
欲を張りすぎてはいけない。
レンズを通して見える世界を切り取り、そこに全てを収めきるのだ。

何も真実全てを収める必要はない。
必要なのは、切り取られた真実であり、効果的かつインパクトのある真実なのだ。
カメラマンの仕事とは真実を伝える事ではなく、真実から切り取られた真実を生み出すことなのだ。
彼が狼に襲われて反撃している真実ではなく、彼が狼に食い殺されるか、狼を撃ち殺すという真実さえあればいい。

それを記事にすれば、アサピーはスクープを手にすることになる。
しかも、今この島を騒がせている人間達の一味だという事を考えれば、嫌がらせとしてその効果は極めて高いだろう。
そして巣から出てくれれば、大きなスクープがアサピーに手柄となる。
息を呑み、指に汗がにじむ。

865名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:29:54 ID:v4yXdykE0
突如として訪れた静寂。
その静寂は極めて短く、コンマ数秒の世界だった。
だがそれで十分だった。
アサピーはその静寂の意味を理解しており、彼の人差し指と親指は脳が信号を発するよりも早く動いていた。

銃声とシャッターはほぼ同時。
アサピーは夢中でシャッターを切り、巻き、そしてまた一枚とジョルジュの姿を写真に収める。
狼が二匹撃ち殺された瞬間は一寸の狂いもなく撮影された。
やがて、怒りが頂点に達したジョルジュによって車が殴り飛ばされて森の中へと消え去った。
  _
(#゚∀゚)「耳付きが俺に喧嘩を売るっていうんなら、容赦はしねぇ!!」

ジョルジュの怒号。
耳付きの登場という予想外の展開に、アサピーは夢中でシャッターを切った。
仁王立ちになり、両手に銃を構える姿が月光に照らされ、幻想的な姿を現す。
月下のガンマン、という言葉が脳裏によぎった時にはシャッターが切られていた。

風が吹き、不気味な静けさが辺りを包む。
一瞬の間に十発の連射行われ、辺りが一瞬真昼の明るさに包まれた。
アサピーは俯瞰した位置から全てを見ていたが、分かったのは、黒い影がジョルジュの銃撃を全て回避し、一撃で倒したことだけだった。
そして、影と狼はその場から何事もなかったかのように消えた。

狼の死体も消えていた。
嵐が去った後でも、アサピーはその場から動かなかった。
ジョルジュはまだ生きている。
僅かに動く彼の体を見て、アサピーは迂闊に動かないで時間が過ぎるのを待った方が得策だと感じた。

やがて、一台の車が近付いてくる音が聞こえてきた。
ジョルジュの仲間だろうか。
セダンがジョルジュの前に止まり、そこから降りて来た男の姿を見てアサピーはようやく安堵した。
トラギコだ。

何事かをジョルジュに話しかけ、そして、手錠をかけた。
それを確認してから、アサピーはトラギコの元へと駆け寄った。

(;-@∀@)「トラギコさん!!」

(=゚д゚)「よう。 こんなとこで何してんだ?」

気のせいか、トラギコの顔に疲労が窺えた。
元から目つきが鋭いのもあるが、それがいつにも増して鋭くなっている。
気が立っているのだろうか。

(;-@∀@)「トラギコさんが徒歩で帰れって言ったんでしょ!!」

(=゚д゚)「……忘れたラギ。 それより、お前写真撮ったラギ?」

首から下がったカメラを指さされ、アサピーは頷いた。

(;-@∀@)「ま、まぁ、スクープになりそうだったから撮りましたけど……」

866名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:30:50 ID:v4yXdykE0
(=゚д゚)「どんなのを撮った?」

(-@∀@)「ジョルジュ・マグナーニが狼に襲われて、狼を撃ち殺したところです。
      あ、後はジョルジュを倒した人間との戦闘ぐらいですが、そっちは撮れてる自信がないです」

(=゚д゚)「よし、フィルムを寄越せ」

(;-@∀@)「ちょっ!! 何でですか!?」

(=゚д゚)「お前が使うよりも俺が使った方が意味があるからだよ。
    代わりにスクープのネタを一つやるよ」

(-@∀@)「マジですか!!」

その言葉を聞いて、アサピーは嬉々としてフィルムを手渡した。
ケースに入れたフィルムを懐に入れ、トラギコは親指で山の向こう側を指し示した。

(=゚д゚)「さっき砲撃音があっただろ?
    あそこに、ショボン達がいるはずラギ。
    逮捕されたら間違いなく街に連れて行くから、それを撮っておくといいラギ」

つまり、秘密裏に逮捕された人間が運び出される瞬間を独占できるという事。
情報を持たない他社に先んじることが出来る。
さっさとセダンに乗ろうとしたアサピーの肩をトラギコが掴んだ。

(=゚д゚)「駄目ラギ。 お前は徒歩ラギ」

(;-@∀@)「え?! 何でですか?!」

(=゚д゚)「俺はあっちこっちから狙われているラギ。
    知ってるだろ? そこにお前を巻き込みたくねぇんだ」

(;-@∀@)「まぁ、そうですね……」

こうしてジョルジュを捕まえたとなれば、更にその危険性は高くなる。
戦闘能力のないアサピーがいたとことで、トラギコの足手まといになるだけだ。

(=゚д゚)「だから、お前は徒歩だ」

結局、アサピーは走り去るトラギコを見送り、肩を落として街へと歩き始めたのだった。

867名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:32:16 ID:v4yXdykE0
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人が見るのは結果だけ。 過程など、見てはいないのだ。
               ――結果を重視する人間の答え

     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

August 13th AM07:05
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八月十三日。
キュート・ウルヴァリンは朝食としてカリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグ、分厚いトーストとサラダの朝食に舌鼓を打っていた。
トーストにこれでもかと濃厚なバターを塗り、サラダにはシーザードレッシングを浸るぐらいかけた。
朝食は一日の活動を左右する重要な要素だと彼女は考えていた。

例え彼女達にとって事態がよくない方向に進んでいるとしても、それは変わらない。
状況など知った事ではない。
まずは食事。
それから行動である。

ジュスティア警察に与えられたホテルのスイートルームで彼女は事態の悪化を耳にしても焦る様子も見せず、食事を続けた。
デザートのヨーグルトを平らげ、砂糖がたっぷりと入ったコーヒーで食事を締めくくる。
紙ナプキンで口元を拭い、それを皿の隣に綺麗に折りたたんで置く。

o川*゚-゚)o「……さて」

彼女はラジオの人気パーソナリティとしての肩書を持ち、その甲斐あって今回ジュスティア警察が立案した作戦に急きょ参加することが決まった。
勿論、それは事前に用意されていた保険があったからこその展開であり、彼女が保険としてこの島に滞在していなければ事態の修復は不可能となっただろう。
だがその人気故に彼女は副業に追われ、本業に力を入れることが難しい立場だった。
彼女の部屋には本業と副業で使う原稿や資料が散乱しており、床に落ちている物に関しては全て暗記されていた。

そうしなければどちらの仕事も回らなくなってしまうのが、彼女の立場だ。
本業のあまりにも唐突な作戦の変更に、だがしかし、彼女は不満を感じることはなかった。
往々にして臨機応変な対応が求められるのが実戦。
予定通りに全てが進行している時にこそ疑い、備えるべきだということをよく理解していた。

何より、保険として動くことを志願したのも、立案したのも彼女なのだ。
何もかもが上手くいっていれば、デレシア一行とトラギコ・マウンテンライトはこの島に到着した日に死んでいたはずなのだが、それが失敗。
続く追撃も交わされ、遂にはジュスティア警察の高官にティンバーランドの存在が察知される事態へと悪化した。
作戦は変わらざるを得ず、警察の高官には速やかかつ自然な死が求められた。

こうして、作戦が不測の事態に陥った際に発動する保険が動き出すこととなる。
キュートが己に与えた役割は、“予定通りに死んだライダル・ヅー”の声を真似る事。
普通に感がえれば一蹴されるような作戦だが、これは今の状況ではジュスティアにとって、極めて重要な役割だった。
犯罪者に対して宣戦布告をした張本人が、宿敵に殺されたなどと、どうして公に出来ようか。

868名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:33:32 ID:v4yXdykE0
斯くしてキュートはまだヅーが生存しているかのように思わせる為、その声を使って島中に声を届けることを任されることとなった。
ここまでは予定通りであるが、問題は別にあった。
島から脱出をする予定だった仲間達が全員、例外なく失敗し、ジョルジュ・マグナーニに至っては逮捕されるという始末。
だが彼はこの島で、まだ何も逮捕されるようなことはしていない。

仮に円卓十二騎士と対峙したことを咎めるのであれば、証拠不十分のためそれはどうとでも言い訳が出来る。
トラギコの努力は無に帰すのだが、保釈金と身元引受人を用意しなければならないのが面倒だ。
事態の悪化には何か、計画の計算に入っていない存在がいるに違いないと、キュートは思った。
予想外の何かを持つ、予想外の誰かの介入。

最近組織内でその名が頻繁に出てくるデレシアと言う人物による影響が予想以上の物だったと見て、まず間違いないだろう。
一度は直接相手にしてみたいと思うが、今はその想いは抑えておかなければならない。
他の者がその好奇心に従った結果、今の状況を引き起こしたのだと忘れてはならない。
愚か者とは言え、彼らの残した判断材料は利用しなければ無駄な徒労であり、浪費として終わってしまう。

キュートは溜息とも吐息とも判断しかねる息を吐き、三枚つづりの書類を読み始めた。
それはデレシアに関する書類だった。
ティンバーランドの上層部がその名を禁忌の様に扱う女。
これまでに多くの作戦を台無しにした旅人。

正直、キュートはそこまでデレシアの事を脅威に思っていなかった。
強いとは言っても、所詮は人間。
毒を使い、兵器を使い、弱みを狙えば訳のない相手だと思っていた。
だが資料に目を通す内に、彼女の考え方は変わっていった。

一か月以内の間で彼女が成した業績の数々。
それは敵ながら天晴れと言わざるを得ない程、実に見事な物ばかりだ。
ほぼ単身でここまでやれる人間は、確かに、生半可な存在ではない。
危険極まりなく、不可解極まりなく、それでいて興味の尽きることの無い存在。

o川*゚ー゚)o「ふぅん……」

数分後、キュートはその書類を暗記し終えていた。
だが書類を地面に捨てることはせず、クリアファイルに入れてそのまま机に置いた。
これは極めて興味深いもので、捨てるような物ではない。
恐らくページ数はこれからも増えて行くだろう。

このままでいけば、だが。

o川*゚ー゚)o「面白そうな相手じゃない」

あのアメリア・ブルックリン・C・マートが殺されるはずだ。
あのスコッチグレイ兄弟が深手を負う訳だ。
あのワタナベ・ビルケンシュトックとツンディエレ・ホライゾンが仕損じる訳だ。
あのシナー・クラークスとショボン・パドローネが苦戦するはずだ。

あのジョルジュ・マグナーニが執心し、ティンバーランドのNo1も警戒するはずだ。
現に、キュートもすっかり彼女に興味を持ってしまっていた。
知的好奇心が抑えきれない感覚に陥ったのは、果たして、どれほど以来だろうか。
きっと、ティンバーランドの存在を知った時以来だろう。

869名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:34:35 ID:v4yXdykE0
o川*゚ー゚)o「ふふ、一度相手をしてみたいものねぇ……」

そう言ってキュートはコーヒーを一口飲み、気分を落ち着かせた。
少しつまみ食い程度に相手をしたいという欲望を押さえるには、カフェインはまるで意味がなく、勿論、煙草も意味をなさない。
今はただ堪えなければならない。
最高の獲物を前にして、キュートは別の役割を果たさなければならない己の不幸と同志の不甲斐なさを呪った。

本来の予定から大分ずれてはいるが、組織の目的自体は果たされている。
少しずつ。
着実に。

o川*゚ー゚)o「まずはこの舞台、どう降りるつもりなのか見せてもらおうかしら」

チェス盤の上の駒を動かすような心地で、キュートはすでに手を打っていた。
この島から逃げなければならないのは、何も、ティンバーランドの人間だけではないのだ。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編

第十章【Ammo for Reknit!!】

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                     //
         /`‐──-、_____,-‐´ /
        ./  / ̄ ̄/ 三三=  彡 /
       /  /__/ 三三=  彡 /
     ./     August 13th AM08:45
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その日の朝刊の一面を飾ったのは、デミタス・エドワードグリーンが爆死し、脱獄に加担した犯人が全員捕まったという記事だった。
だが逮捕された犯人の姿を映した写真を載せる事の出来た新聞社は一社だけであり、モーニング・スター新聞はその日記録的な売り上げをものにした。
島全体にライダル・ヅーの声で放送がされ、全ての事件は解決し、昨晩の砲撃は犯人たちの船を破壊するための行いとして小さく紹介された。
事後処理が終わった島には活気が戻り、漁師たちは嬉々として漁に出かけ、観光客は“グレート・ベル”だけでなく戦闘のあった場所に足を運んだ。

報道されたことは事実と偽りが混ざった物だった。
第一に、脱獄に加担した人間は全員ではなく一部しか逮捕されていない。
第二に、砲撃はたった一人の人間を殺すために行われた物である。
そして第三に、ライダル・ヅーはすでにこの世にいない。

警察の仮設本部も撤去され、犯人たちは護送車に乗せられていた。
ショボン・パドローネ。
シュール・ディンケラッカー。
そして、ジョルジュ・マグナーニ。

870名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:35:54 ID:v4yXdykE0
全員、拘束具を身につけ、目隠しと猿轡、そしてイヤーマフが付けられていた。
互いに会話をすることも出来ない上に、周囲の状況も分からない状態にされてもまだトラギコは護衛を付けるべきだと抗議した。
彼の講義は却下された。
彼は本来ジュスティアに戻らなければならない人間であり、その他の事に首を突っ込んでいい状況ではないのだ。

代わりに上層部が現場に命じたのは、デレシアと言う旅人の捕獲だった。
トラギコの帰還とデレシアの捕獲。
二つの任務が現場に命じられ、動き始めていた。

( ><)「トラギコさん、部下に送らせるんです」

機材も書類も撤収が終わったエラルテ記念病院の一室に、トラギコとベルベットの姿があった。
薄手のスーツを着てネクタイを締め、マスコミ用の姿を作り上げたベルベットとは対照的に、トラギコはダメージジーンズにポロシャツと言うラフな格好だった。
チーズバーガーを三つ食べ終え、食後のアイスコーヒーを飲みつつ、トラギコは新聞に目を通していた。
くつろぐトラギコに対してベルベットが放った言葉に、トラギコは紙面の向こう側から答えた。

(=゚д゚)「断るラギ。 また事故を起こされたら嫌だからな。
    円卓十二騎士にでも頼むラギ」

( ><)「駄目なんです。 あの二人は今からデレシア捜索と捕獲をしに行くんです」

(=゚д゚)「なら一人で帰るラギ」

新聞を畳み、コーヒーを一気に飲み干して、そのカップを握り潰してゴミ箱に放り捨てた。
席を立とうとするトラギコの左肩に、ベルベットが左手を乗せた。

( ><)「……それは絶対に駄目なんです」

(=゚д゚)「何でだよ? 俺が迷子になるとでも思うラギ?」

僅かにベルベットの手に力がこもる。
怒りか、それとも焦りからか。

( ><)「貴方が逃げる可能性がある以上、一人で行かせるわけにはいかないんです」

(=゚д゚)「ならよ、お前が一緒に来いよ」

目にも止まらぬ速度でトラギコの右手がベルベットの細腕を掴み、そのまま握り潰さんばかりに力が込められた。
骨が軋む痛みにベルベットの眉が歪む。
トラギコは容赦なく力を徐々に強くしていく。

(=゚д゚)「お前の指名した部下は信用できねぇラギ。
    だからよ、お前が直接俺をジュスティアに送れよ。
    また不出来な部下を送ってよこしたら、俺は何をするか分からねぇラギ」

(;><)「手を離して下さい!!」

(=゚д゚)「お前が俺を殴る可能性がある以上、手は離せねぇラギ」

先ほど言われた言葉を真似て返すと、ベルベットは苛立ちを表に出した。

871名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:37:47 ID:v4yXdykE0
( ><)「警官を続けたいのなら、僕にあまり刃向かわない方がいいんです」

(=゚д゚)「生者でありたいんなら、俺にちょっかい出すな」

一触即発の空気の中、一人の女が香水の匂いと共に現れた。
櫛を通していないのだと一目で分かる程乱れた黄金色の髪と、海を思わせる深い青色の瞳。
素顔を見抜くのも難しいほどの濃い化粧。
目元に引かれた赤色のアイラインが妖艶かつ情熱的な印象を演出し、それを強調するかのような黒いワンピースは喪服の様ですらあった。

(=゚д゚)「手前は?」

o川*゚ー゚)o「私、キュートと言います。 キュート・ウルヴァリン。
       極道ラジオFM893でメインパーソナリティーをやっています」

確かに、その声を聞いた覚えがトラギコにもあった。
“極道ラジオFM893”と言えば、かなりの人気番組だ。
何故ラジオの人間が、と言いかけて次にキュートが見せた芸当に言葉をひっこめた。

o川*゚ー゚)o『私、声真似が得意なんです』

それは、ライダル・ヅーの声だった。
極めて精巧な声真似。
この女がラジオ放送でヅーの代役を担った張本人。
そして、恐らくは例の秘密結社の息がかかった人間。

そうでなければ警察がこの女を引き込むはずがない。
ジュスティア警察は世界一融通の利かない機関だとトラギコは考えている。
それが、緊急時とは言え名の知れた人間を急遽引き入れて重要な役割を与えるなど、あまりにもおかしい。
現場判断の領域を越えた判断だ。

o川*゚ー゚)o『どうです? 似てますか、トラギコさん?』

ベルベットの手を解放し、トラギコの敵意はキュートに向けられた。
否、敵意ではない。
それは殺意だった。
怒りから来る純粋な殺意だった。

(=゚д゚)「……おう、女。 次に俺の前で相棒の猿真似をしてみろ。
    前歯をへし折って二度と真似できないようにしてやるラギ。
    あいつはお前みたいに糞の匂いがする下品な声をしてねぇラギ」

o川*゚ー゚)o「……あら、ごめんなさい」

女の口は笑みを形作っているが、目は笑っていなかった。
周りから持ち上げられることには慣れているだろうが、落とされることには慣れていないようだ。
逆に、争う事が好きそうな印象を感じ取った。

(=゚д゚)「それと、あいつは俺が街に連れ帰るラギ。
    それならどっかに俺が逃げる心配はねぇだろ?」

872名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:38:49 ID:v4yXdykE0
( ><)「……分かったんです。
      ヅーさんの遺体を運ぶというのであれば、いいんです」

昨夜、ヅーの遺体はトラギコの一報によってセカンドロックから極めて慎重に運び出され、病院の遺体安置所に連れて来られていた。
トラギコがジョルジュを逮捕して病院に戻ってまず行ったのは、ヅーの体を綺麗にすることだった。
至近距離の爆発によって彼女の体は血塗れで、あちらこちらに鉄片や固まった血がこびりついていた。
それらを全て手で洗い落とし、清め、整え、出来る限り生前に近い状態にまで一人で戻したのだった。

医者たちがその手伝いをすると申し出たが、トラギコはそれを断固として拒否した。
代わりに、肉片と化したデミタスの復元を任せ、ようやく数時間の仮眠を取り、周囲の物音で面倒くさげに起床して軽い食事を摂って今に至る。

(=゚д゚)「言っておくが、余計な見送りは結構ラギ。
    目立ちたくないんなら、分かるよな?」

意味もなく車列を形成すれば、必ずマスコミが嗅ぎ付けてくる。
ヅーの死が公になればジュスティアは大恥をかくだけではなく、社会的な信用を失ってしまう。
死を一度隠ぺいした以上、公にする時期を慎重に選ばなければならない。

( ><)「仕方ないんです。 ですが、もしも規定日時に到着しなかった場合、指名手配犯として処理するんです。
      これは上層部の許可も得てあるんです」

指名手配犯となれば、世界中にいる警察官がトラギコを見た瞬間に襲い掛かってくる。
それだけではなく、賞金を目当てにした人間にまで狙われる。
そう言った人間と組んできたこともあるトラギコは、指名手配がどれだけ厄介な物かよく分かっていた。

(=゚д゚)「へぇ。 随分と手際がいいラギね。
    なら、スモークガラスのワゴン車を用意するラギ」

( ><)「分かったんです」

まるでこうなる事を予期していたかのような迅速な対応に、トラギコは思わず冷笑がこぼれそうになるのをこらえた。
いくら何でも、ベルベットの行動は大げさすぎるのだ。
恐らくはトラギコを殺す計画が頓挫した段階で動き出し、それらしい大義名分を掲げて上層部の許可を得たのだろう。
ベルベットは間違いなく黒だ。

そして、トラギコはもう一人の男がこの事件に関わっている証拠を持っていた。
“鷹の目”の渾名を持つ、ジュスティア最高の狙撃手がカメラマンを撃つ瞬間を収めた写真を――

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  〈/_j{_|l^ゞ尖ー=ィ'赱ァ⌒ u :|l /ノ} LVニニニニ
ニニ「ニニニ|l, }'^` `ヽ ̄´ ^''   |lィ´,’ハ}l7^ ァ'<ニ
  |ニニニニニ|l∨__、   、   j,' /: }l:.}/ /  /`
.  Vニニニ|∧´Vニニヘ} }  /|/: ノ:/≧s。., /
斗r'^Vニニニニ∧ {(__,ノノ   /彡': : : :August 13th AM11:06
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――ジュスティア最高の狙撃手、カラマロス・ロングディスタンスは激昂していた。
彼は作戦を任され、万事上手くいくはずだった。
狙撃の腕はジュスティアでは当然だが、世界一だと自負する程の物。
一キロ先の獲物でさえ仕損じはしない。

873名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:40:18 ID:v4yXdykE0
その自負を、僅か数日の内に瓦解されていた。
彼の誇りは傷つけられ、踏み躙られていた。
かつて彼の祖父がこの地で勇敢に戦い、散ったと父から嫌と言うほど聞かされた身としては、この地での作戦失敗は最悪の展開だ。
何としても成功させなければならない。

この島で殺す予定だった人間はまだ生きている。
それが彼には我慢ならなかった。
是が非でも殺さなければならない人間を探し求め、カラマロスはモスグリーンのコンテナを背負って街を歩いていた。
懐には支給されたベレッタM92Fが忍ばせてあり、万が一遭遇したとしてもすぐに戦闘できるように準備が整っている。

(  ・ω・)「……」

狙うのは二人。
トラギコ・マウンテンライトとデレシアという女だ。
あの日、エラルテ記念病院が燃えた日。
その日に、トラギコはカラマロスの手によって死ぬはずだった。

だが、あの無能な医者のせいでカラマロスは誤射してしまい、仕留めそこなった。
あれは棺桶の使用が許可されていなかった事が原因であり、もしも最初の段階から許可されていれば、遠慮なく殺せたのだ。
だが気を取り直し、何度か機会を窺ったが、それを悉くトラギコは回避した。
悪運と野生動物じみた勘の良さが影響しているのは間違いなかった。

動物を相手にすると考えれば、対処の方法にも種類が増えてくる。
ただの動物ならばまだしも、トラギコは気性が荒く勘のいい獣だ。
彼が何かに勘付く前に手を打たなければならない。
遠距離からの攻撃や、毒による暗殺が最も有効だろう。

しかし。
それが成功する確率は極めて低い。
トラギコはすでにカラマロスが狙撃犯であることを確信し、その証拠であるフィルムを所有している。
つまり、カラマロスの行動については常にチェックをしているはずなのだ。

例えばこうして彼が街を歩いていることも、その背中に背負った棺桶の存在も知っているのだろう。
だからこの手は使えない。
彼が直接手を下すことにだけは、トラギコが常に警戒している事なのだ。
ではここで手詰まりか、と問われればカラマロスは首を横に振るだろう。

まだ手段が無いわけではない。
状況打破のために一計を講じてくれた人間は、実に狡猾だと思った。
ヅーの死を公にするのと同時にトラギコを処分できる最善の方法。
爆殺である。

ヅーの遺体を収めた棺桶に仕込んだ高性能爆弾。
遠隔操作によって起爆するように設定され、振動や火によって誤爆することは絶対にない。
トラギコがヅーの死体をジュスティアに持ち帰りたがることは予想できたことであり、計画を考えた人間はそれを見越して爆弾を仕込んだのだ。
同時に二つの厄介ごとが処理できるとあって、この計画は他の同志達からも賛同を得ていた。

874名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:42:05 ID:tYwUJZRQ0
支援

875名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:44:27 ID:v4yXdykE0
カラマロスの任務は、トラギコの抹殺ではない。
この島に潜んでいる組織最大の敵を殺すことである。
デレシアと名乗る旅人。
その女が生きている限り、組織に害をなすことは最早明らかだ。

単独行動は決して褒められたことではないが、デレシアを殺すためには今一度狩人として動かなければならない。
他の誰かに頼まれたからではなく、自分の意志でデレシアを殺そうとカラマロスは考えていた。
同志達があの女をどれだけ評価しようとも、カラマロスにとってみればただ腕の立つ女と言うだけだ。
奇抜な格好や予想外の行動によって攪乱しているだけで、その実、ただの女なのだ。

女が男に勝てる道理がない。
ましてや、カラマロスは世界最高の狙撃手なのだ。
軍人としても男としても、負ける姿をイメージすることは出来ない。
例えあの女に彼の狙撃銃を破壊されたとしても、だ。

あれはアサピー・ポストマンとトラギコを撃ち殺そうとしていた時であり、別の事に意識を集中させていたという状況が生み出した物だ。
偶然の産物で勝った気になられるのは良い気がしない。
いつまでも世界の天敵として調子に乗られているのは、彼のプライドが許さない。
ここで一気に終わらせることが出来れば、組織の夢が成就するための時間を短縮することが出来る。

(  ・ω・)「……どこだ、どこにいる」

物陰。
人混み。
あらゆる場所に目を向け、狙撃手としての勘を総動員してデレシアの姿を探す。
高所に陣取るのも一つの手段だが、グレート・ベルを再び使う事は無理だろう。

そうなると、山以外に有効な高所はない。
市街地での狙撃となれば、ホテルなどの建物を使う他ない。
いずれにしてもデレシアの姿を確認してから場所を定めなければならず、カラマロスは忌々しい女の姿を探しているというわけだった。
あの出で立ちであればすぐに見つけられそうなものだが、それ以外の服装をされていた場合、探し出すのは極めて難しい。

こうしている間にも島から出て行ってしまっている可能性があるが、その先は行き止まりだ。
ティンカーベルから陸路で外に出るためにはジュスティアを経由しなければならず、その検問を突破することは不可能。
停泊しているオアシズに逃げ込まれたら手出しが難しいが、情報によると船には乗り込んでいないらしい。
となると、まだこの島にいる可能性の方が高い。

森に隠れられていたらと思うが、あの女に限ってそれはなさそうだ。
あれだけの自信がある人間が、わざわざ森に隠れるなどあり得ない。
絶対に己の力を過信して街中で過ごしているはず。
狙撃手としての勘がそう告げるのだ。

(<::ー゚::::>三)

(  ・ω・)「っ……?!」

偶然の産物によって一瞬だけ開けた視界に突如として現れた女を見た瞬間、彼の手は懐の銃へと伸びていた――

876名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:48:33 ID:v4yXdykE0
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           ノ|  r‐‐ 、!  !   i|   リ/ ´又ヅ,川 |  |
            レ | ヽ \ 从 小 ,//    ¨¨ イ リ ! iト、
            {  /  { ̄ ̄ヽく爻 ヽ{ 乂(i:     厶イ从 iト、ヽ }
           /  ∧  ̄ ̄ヽ             ハ/i}  ,リ j\}
.          /  / ∧   ̄ ̄ヽ   ー‐一   ∠   / /  ト ))
         /  人/ ∧  ¨マ_ノ}>   __  イ  `/ August 13th AM11:33
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――ようやく、獲物が罠にかかった。
だがあえて構う事はせず、デレシアは近くにあった土産物屋に入って行った。
しっかりと後を着いてきている事を確認しつつ、奥まった場所にある化粧室へと入る。
人の気配が化粧室へと近づき、擦りガラスの向こうに明らかに男の姿が浮かんだ。

デレシアの姿は死角にあり、向こうからは確認することはできない。
少しでも考える力があり、慎重な人間であれば足を踏み入れることはしないが、デレシアは相手が必ずここに入ってくると確信していた。
何故なら、デレシア相手にここまで接近し、隙を見せている時点で間違いなく状況判断に必要な勘が鈍い人間であるからだ。
どこの誰だか知らないが、その迂闊さが命取りになる事を教えてやらなければならない。

今、デレシアの機嫌はあまり良い物とは言い難かった。
ティンバーランドの人間を三人逮捕させることは出来たが、残党が未だこの島に潜んでいる。
彼等の性質上、残党は必ず仲間を見捨てることはせずに奪還を試みるはずだ。
そうした後にこの島から逃げ出すのだろう。

ならば奪還のために何をしているのかを聞き出し、余計な手間を省くのが賢い方法だ。
本当は向こうからデレシアを狙って襲ってくることを期待したのだが、全く期待していない三下が現れたことによって幻滅した。
戸が音もなく開けられ、基本に忠実にまず銃が入ってきた。
それを見逃さず、デレシアは銃ごと腕を掴んで化粧室へとその人物を引きずり込んだ。

あまりにも唐突な展開に、追跡者は踏鞴を踏んでバランスを崩す。
男はジュスティア軍人のカラマロス・ロングディスタンスだった。

ζ(゚ー゚*ζ「入るトイレを間違えた、なんて言い訳をする予定はあるのかしら?」

銃を掴んだ時点でデレシアはすでに撃鉄と撃針の間に親指を挟み、発砲を阻止していた。
虚しく銃爪を引こうとするカラマロスだったが、掴まれた右手の痛みの為か、人差し指は虚しく震えるだけだ。
この状態であれば棺桶も使えない。

(; ・ω・)「く、くそっ!! 放せ!!」

銃を掴むデレシアの手に力が一瞬だけ込められ、親指を除くカラマロスの指の骨が折れた。
悲鳴を上げそうになった彼の首を掴んで戸に叩き付け、銃を口に突っ込んで声を封殺する。
脚を使った抵抗を防ぐためにデレシアは彼の股間を膝で思い切り蹴り上げ、睾丸を一つ潰した。
股間とは言わば足の付け根であり、付け根が動かせなければまともな攻撃は生み出せない。

折れた人差し指を無理やりに動かし、いつでも銃爪を引けるようにした。

ζ(゚ー゚*ζ「貴方もティンバーランドの人間なのでしょう?
      一つ教えてもらいたいのだけど、返事はどう?」

877名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:49:27 ID:v4yXdykE0
空いている方の手でカラマロスがデレシアに反撃を試みたが、それを見逃す程デレシアは耄碌していない。
この期に及んで反撃をする神経については軽蔑するが、根性については祖父譲りだ。
カラマロスの右手を拳銃ごと握り潰し、激痛によって攻撃を強制的に中断させた。
更に喉も締めあげることで、悲鳴は蚊の鳴く様な小さなものしか生まれなかった。

ζ(゚、゚*ζ「話しているのは私よ?
      勝手に遮らないでくれるかしら?」

(; ・ω・)「かっ……ひゅ……!!」

ζ(゚、゚*ζ「クール・オロラ・レッドウィングはどこ?」

共に旅をするヒート・オロラ・レッドウィングの母であり、彼女が殺し屋になった原因を作った人物。
父と弟を爆殺されたヒートにとって、その女の生存は断じて許せないものだ。
そして女が逃げ遂せることによって、ヒートの苦痛は長引いてしまう。
復讐は本人の手で決着を付けさせるのが何よりの特効薬であり、その機会まで奪うつもりはない。

ただ、デレシアはその女を捕えてヒートの前に連れて行くだけだ。
生殺与奪はヒートに任せ、もしも彼女が何らかの理由でクールを生かすのであれば、デレシアがクールを殺す。
生かしたところでメリットは何一つなく、むしろ殺した方が有益に違いない。
雑草とは小さなものの集まりであり、一つでも見逃すとたちまち増えてしまうものなのだ。

ζ(゚、゚*ζ「あら、首を締めたら喋れないわよね」

窒息死寸前のカラマロスを一時的に開放し、酸素を吸わせてやる。
赤黒くなっていた顔に血の気が戻る。

(; ・ω・)「だ、誰が……!!」

再びデレシアの手が彼の喉を圧迫した。
カラマロスは目玉が飛び出そうなほどに目を見開き、必死にジタバタとあがくが、その攻撃がデレシアに触れることはない。

ζ(゚、゚*ζ「これが最後のチャンスよ。
      クール・オロラ・レッドウィングはどこ?」

再び手を離し、カラマロスに酸素を吸わせてやる。
せき込み、涙を流し、虚ろになった瞳でデレシアを見下ろして、カラマロスが口を開いた――

ζ(゚、゚*ζ「……ちっ」

――次の瞬間、デレシアはカラマロスから手を離し、その場から大きく飛び退いた。
直後、化粧室の扉がカラマロスごと爆ぜ、タイルの上に飛び散る。
カラマロスは破片の下敷きとなっているものの、死んではいなかった。
背中に棺桶を背負っていなければ、今頃彼の背骨は地面に転がる扉と同じ末路を辿った事だろう。

川[、:::|::,]『……私に何か用か?』

878名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:50:38 ID:v4yXdykE0
現れたのは、青白い光をヘルメットの奥に灯した小柄な黒い棺桶。
一見して細身の人間が甲冑を着ているようにも見えるが、その実、それは遠隔操作に特化した棺桶、“アバター”だった。
髪のように後頭部から垂れ下がる直径一インチの繊維は高性能なアンテナの役割を果たしており、電波の届きにくい地下などでも性能を発揮できる。
有効範囲は約546ヤードと短めだが、実用的な遠隔操作型の棺桶としては世界で初の機体であり、先駆け的な存在だ。

だが、その機体はヒートの駆る“レオン”によって破壊されていた。
杭打機による一撃はバッテリーと共にアバターの中枢を破壊し、それ以降の登場はあり得ないと考えていた。
だが、現にこうして現れたのを見ると、イーディン・S・ジョーンズの棺桶に対する熱情が桁外れに高いと認識を改めざるを得ない。
破壊された装甲の痕が残っていることから、これが修理途中で投入されたことが分かる。

不完全な状態での参戦は、相手が焦っていることの表れでもあった。
今、クールはデレシアの周囲546ヤード以内にいる。
そして、どうして今このタイミングで現れる事が出来たのかと言う事を組み合わせ、デレシアは一つの答えを出した。
クールは、デレシアの攻撃が届かない安全極まりない場所にいる。

ζ(゚、゚*ζ「人形には用はないわ。
      ヘリコプターの乗り心地はどうかしら?」

セカンドロックを襲撃した際、彼らは小型のヘリコプターを使っていた。
ならば、ヘリの中にコンテナを乗せておけば、安全かつ広範囲での移動が出来るはずだ。
それだけの安全性が確保できていなければこうして姿を現すはずもないし、不完全な状態の棺桶でデレシアに戦闘を挑むはずがない。
果たしてデレシアの予想は的中していた。

川[、:::|::,]『お見通しか』

ζ(゚、゚*ζ「臆病者の考えそうなことぐらい、誰にでも分かるわよ」

問題は、ヘリコプターは非常に目立つ物であり、それをジュスティアが見過ごすとは思えない事だ。
恐らく、ヘリコプターは目くらましが目的であり、本命は別にあるのだろう。

川[、:::|::,]『雑菌の塊を愛でる趣味の人間に理解されるのは、極めて不愉快だな』

ζ(゚、゚*ζ「雑菌の塊? あぁ、ティンバーランドのことね。
      貴女達を愛でたいと思ったことはただの一瞬たりともないわ。
      長い事付き合っているけど、ドブネズミの方がまだ愛嬌があるわよ」

刹那、アバターが右手足を同時に前に出し、接近戦を仕掛けてきた。
構えは堂に入っているが、動きは単調だ。
拳を捌き、回し蹴りを回避し、デレシアは左手で腰のホルスターから抜いた水平二連式ショットガンを構えると同時に至近距離で発砲した。
装填されているのは散弾であり、棺桶の装甲を撃ち抜くには威力が不足している。

だが、アバターの動きを止めるのには都合のいい弾である。
アバター最大の弱点は、遠隔操作の要であるアンテナを損傷することだ。
近距離ではなく遠距離になればなるほど、その存在は重要となるため、必死に防御するはずだ。
防御しなければ捜査の精度は格段に下がり、最悪の場合は動かすことすらできなくなってしまう。

散弾を至近距離で受け止めればアンテナはかなりの数を失うことになる。
ましてやそれがケーブルの集合している頭部となると、根元から全てのアンテナを破壊されることになる。
これだけ狭い空間と咄嗟の状況にも関わらず、クールの動きは素早かった。
両腕で頭部を守り、散弾を一度に受け止めることに成功した。

879名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:51:47 ID:v4yXdykE0
が、防御のために動きを止めた時、決着はついた。
デレシアの右手には漆黒のデザートイーグルが魔法の様に出現しており、銃爪は一部の隙も無く引かれていた。
一発目の銃弾は腕を貫通し、ヘルメットを強打。
銃撃による衝撃で跳ね上がった腕の隙間を狙った二発目が頭部を破壊し、遠隔操作の要となる集積回路を粉砕した。

倒れたアバターの頭部に更に三発の弾を浴びせ、OSを司る場所を粉々にし、修理不可能な状態にした。
ジョーンズが知識だけのアマチュアではなく、強化外骨格に関するかなり高度な技術も習得している事を考えれば、徹底的な破壊は当然と言えよう。
結局クールを捕まえることは敵わなかったが、これで相手の底が知れた。
遠隔操作の棺桶を好んで使っていることからも分かる通り、あの女の本質は極めて臆病であり、極めて卑劣。

そして、極めて慎重で計算高い人間だ。
己が戦闘に参加する事が味方にとってそこまで大きなメリットを見出せない以上、攪乱することに徹した方が味方にとってはありがたい事だろう。
今になってデレシアを襲撃したのは、味方が逃げる時間を稼ぐことと、単独でデレシアに襲い掛かった狙撃手を逃がすことが目的だったのだ。

ζ(゚、゚*ζ「……」

いつになく動きが機敏なことに、デレシアは違和感を覚えた。
いつものティンバーランドではない。
これまでとは異なる何者かが指揮を担当し、デレシアの力を測ろうとしている。
頭の切れる誰かが急きょ参加し、陣頭指揮を執っているのだろう。

ただでさえ面倒な状況に拍車をかける行為に、デレシアは苛立ちよりも先に感心した。
相手もようやく進歩したようだ。
やみくもになってデレシアを攻撃するのではなく、推し量ろうというのだ。
実に面白い発想だが、その発想に付き合ってやる義理はない。

銃声で騒然となった店内をデレシアは悠然と進み、店の外へと出た。
そこで、相手が仕掛けた第二の手に思わず失笑した。
今回の指揮者は実に狡く、そして他者を駒として使うことに長けている。

( ><)「……なるほど、タレこみの通りなんです」

警官が十名以上、完全装備の状態でデレシアを店先で出迎えた。
装備はショットガン、アサルトライフル、拳銃と非常にバリエーション豊かだ。
これが本命だと、デレシアは確信した。
本来追うべき相手を警察に戻したデレシアの行動を無に帰すための一手。

世界中に点在する警察にデレシアを追わせれば自分達の手間が省けると考え、この手を考えたのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ……」

面白い。
もしもカラマロスを逃がすだけで終わっていたならば、こうは思わなかった。
ただの不快な輩、虫螻が一匹増えた程度にしか感じなかっただろう。
だがしかし、新しい策士は一味違い、組み立て方を心得ている。

これまでとは違い、歯応えがある。
よほど大切に秘匿してきた駒なのだろう。
心意気だけでなく実力を備えてきており、明らかに前回の時と比べて進化している。
質の向上はデレシアにとっては嬉しくない予兆だが、成長し切った大木ほど倒しやすいのも事実だ。

880名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:52:34 ID:v4yXdykE0
熟れた果実が地面に落ち、大木が倒れ、朽ち果てるのは自然の摂理。
今しばらく経過を観察し、その成熟し切った姿を見るのは少し先になりそうだ。
そう言った意味では楽しみであり、同時に、興味の対象として考えてもよさそうだ。

ζ(゚ー゚*ζ「逮捕するつもりかしら?」

( ><)「勿論なんです。 抵抗は無意味です」

ζ(゚ー゚*ζ「罪状は?」

その目は逮捕だけが目的ではない事を雄弁に物語っていた。
肉を前にした犬のように貪欲な光をその奥に輝かせ、涎を垂らしてその時が来るのを待っている状態だ。
演技が下手な男だ。
ジュスティア警察で生きて行くには、もう少し演技の勉強が必要になる。

( ><)「話す義務はないんです」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、ジュスティア人にしては乱暴ね。
      ランダ警告すらしないで逮捕なんて、フォックスが何て言うかしらね」

実力で正義の都の市長に上り詰めたフォックス・ジャラン・スリウァヤは、些細な手違いでも決して妥協をしない女だ。
仮にも、正義を信仰する正義の街に相応しい女の部下である人間がそれを破るのは乱暴と言う他ない。
末端の人間ならばいざしらず、報道担当官となれば己の言動がジュスティア警察の意志と捉えられても仕方ないことは分かっているはず。
それを無視してでもデレシアを捕まえようというのは、流石にフォックスの意志ではない。

己の意志がそこに介入し、フォックスからの命令を都合よく変えているだけだ。

( ><)「さ。 来るんです」

ζ(゚ー゚*ζ「お断りする、と言ったら?」

( ><)「力づくで捕まえるんです」

迂闊な男だ。
本当に、迂闊だ。
捕えるという事は殺さないという事。
殺さないという事は、警官たちに下された命令は戦闘ではなく捕縛。

ならば、話は早い。

ζ(゚ー゚*ζ「勇ましい事ね。
      なら、まずはこの状況を打破して見せなさい。
      英雄狂――ドン・キホーテ――らしく、動揺することなく勇敢にね」

( ><)「何を言って――」

――直後、大地が大きく揺れ、不意を突かれた人間は全員転倒し、地震対策を施していない棚からは食器などが溢れ出し、遂には棚まで倒れた。
大地が揺れる寸前、もしくはほぼ同時に届いた爆発音は、あまりにも巨大すぎたために爆発音として認識されていなかった。
地鳴りのように低く、そして圧倒的な音は聞いた者の体を麻痺させるだけの力があった。
島民が未だかつて経験したことの無い巨大な地震。

881名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 20:58:20 ID:v4yXdykE0
それとほぼ同時に、猛烈な突風が島中を駆け巡り、多くの物を宙に舞い上げた。
誰もが地面ではなく、空を見上げる。
まるで、そうしなければならないと命令されたかのように。
地に伏せた状態のベルベットはまるで悪夢を見るかのように、空を仰いだ。

空が。
青々とした蒼穹が。
彼を無表情に見下ろし、彼を嘲笑うような大空が。
今は、たまらなく恐ろしいものに映っていることだろ。

(;><)「な……」

空に立ち上る巨大な雲。
それはまっすぐに。
大蛇が鎌首をもたげるようにゆっくりと上空に向けて成長し、大きな樹木や薔薇を思わせる姿を形作る。
その雲の名前を知る者はほとんどいない。

それはかつて世界を滅ぼした炎の代名詞として、大勢の人間の目に焼き付いたものだ。
見下ろされることの恐怖。
見上げることの恐怖。
幻想的であると同時に、破壊的な何かが起きた時にだけ人が目にする雲。

それは、きのこ雲、と呼ばれて恐れられ人間の遺伝子に刻み込まれていた。
最古は火山噴火の際に。
そして最新では核爆発の際に。
島中の意識がきのこ雲と地震に向けられている隙を、デレシアは決して見逃さなかった。

店の奥へと風のように移動し、小窓から難なく路地裏へと抜け出した。
銃弾は遅れてデレシアの軌跡をなぞるように発砲され、店の商品を穴だらけにする。
最初からデレシアを殺すつもりだったなら、一発ぐらいは掠ったかもしれないが、初めにその意図を口にした時点で弾が当たらない事は分かり切っていた。
それに、核爆発を知らない人間達がその威力を目にした時に呆然とするのは無理もない。

人知を超えた物を目の当たりにすれば、人間は固まってしまう生物なのだから。
何にしても、デレシアがこの島に上陸した目的はこれで達成された。
即ちニューソクの安全な無力化だ。
ニューソク、それは小型で大出力の核発電装置であり、世界が栄華を極めた時代の遺産。

デレシアがこの島に立ち寄ったのは、そもそもニューソクを無力化する為だった。
その過程でショボン達がデレシアを嵌めるために余計な画策をし、島で騒動を起こし、それを鎮静化するトラギコに手を貸したに過ぎない。
本当であれば無視してもいい事態だったが、ブーンの教育にトラギコが役立ってくれたこともあって力と知恵を貸したのだ。
ようやく事態があるべき場所に収まるかと思われたが、警官たちの登場によって再びデレシアに警察の目が向けられた。

だがすでにデレシアは手を打った後だった。
グルーバー島から西に離れた場所にある島の地下へと向かい、デレシアは無効化するための処置と爆破装置の設置を一夜で終えた。
必要なことを心得ていたデレシアはニューソクの爆破処理の場所として、ニューソクの補完されていた島の地下を選んだ。
分厚い特殊壁によって守られた地下は、軍事施設の中心部として機能していた場所でもある。

882名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:00:15 ID:v4yXdykE0
第三次世界大戦の際にこの島はかなり重要な拠点として役割を担い、多くの戦闘が行われた地だ。
最後の防衛ラインである地中深くに設置されたニューソクの爆発は、地震にも似た揺れを引き起こし、キノコ雲を生み出したが、放射性物質は漏れ出なかった。
津波や地震の被害によって放射性物質が流出した過去を生かし、度重なる開発研究の末に例え爆破されたとしても放射性物質を即時吸収、無効化する素材が作られた。
そしてその素材は、ニューソクが設置される場所を覆うようにして幾重にも重ねられ、今回の爆発に於いてもその力を発揮した。

島そのものが消し飛ぶことはなく、灼熱の炎が空を目指して上昇し、あのような雲を作るだけでとどまっている。
だがその威力はあまりにも強力であったため、今頃、施設の直上は大変なことになっているだろう。
土砂の中から埋もれていた強化外骨格が姿を現しているかもしれないし、逆に、土に埋もれたかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

先ほどの店から三ブロック程離れた通りを歩いていると、一台のワゴン車がデレシアの傍を通り過ぎたところで路肩に停まった。
運転席の窓が開き、見覚えのある手が車に乗るように促す。
後部席にあるスライドドアが自動で開き、デレシアはそこから車内に入った。
車はすぐに発車した。

ζ(゚ー゚*ζ「どういう心境の変化かしら?」

運転席の男の顔を見ずに、デレシアは質問を投げかける。
後ろには本物の棺桶が積まれていた。
僅かに香る花の芳香は、棺桶の中に遺体と共に敷き詰められた色とりどりの花弁を連想させる。
運転手の男はルームミラーを一瞥してから答えた。

(=゚д゚)「貸し借りの問題ラギ。
    それに、ここは歩調を合わせた方がいいだろ?
    まずは何があったのか教えてもらうラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「お互いにその時間が必要そうね」

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      ::( ( .     |:  !     )  )
        ヾ、 ⌒〜'"|   |'⌒〜'"´ ノ
          ""'''ー-┤. :|--〜''""   Ammo→Re!!のようです
              :|   |        Ammo for Reknit!!編 Epilogue
              j   i
            ノ ,. , 、:, i,-、 ,..、
      _,,  ,. -/:ヽ::::::::ノ::::Λ::::ヽ:::
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天高く成長していくキノコ雲を見上げて、イーディン・S・ジョーンズは声を上げて笑っていた。
これが嗤わずにいられる物か。
世界を滅ぼしたとされる炎が、今こうして目の前に現れている。
文献と写真でしか見たことの無い雲の出現に、ジョーンズは勃起していた。

(’e’)「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」

883名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:01:49 ID:v4yXdykE0
学者である彼の口からは、まともな言葉が出てこない。
興奮が彼の頭脳を支配し、下着の中に射精したことにすら気づかなかった。
眼前の雲は破壊の化身であり、滅びの象徴。
こうして目の当たりにして興奮しない研究者はいない。

未知は学者にとって最高の興奮材料になる。
多くの学者はその未知に惹かれ、破滅の道を歩んだ。
破滅の一歩手前に味わえる快楽は、その味を知る者だけにしか分かり得ない。

(’e’)「いやはや、いやはや。
   まいったね、いや、本当に」

その様子を、ワタナベ・ビルケンシュトックは冷めた目で見ていた。

从'ー'从「ただの雲じゃない」

素直な感想が口を突いて出てきたが、ジョーンズは気にする様子も見せず、学者らしく饒舌に語り始めた。
余計な地雷を踏んだと後悔してもすでに遅く、ジョーンズはニューソクに関する講義を始めていた。
適当に相槌を打つこともしないワタナベだが、そもそもジョーンズが求めているのは相槌でも理解でもなく、胸に溜まった知識の発散である。
故に、彼はただ知識を垂れ流し、悦に入るだけで十分満足しているのであった。

奇妙な問答、と呼んでいいのか分からない事を続ける二人はバンブー島の喫茶店からその景色を目撃していた。
バンブー島はグルーバー島の西に位置し、ジュスティアと繋がる橋のある唯一の島だ。
多少の犠牲を払い、二人はいち早くこの島へと逃げ込むことに成功し、島からの脱出が完了するのは時間の問題だった。
迎えはすでに海中に来ているが、肝心のメンバーが揃っていない。

ヘリコプターを使って上空に留まっているクール・オロラ・レッドウィングとクックル・タンカーブーツ。
この二人の帰還があって初めて潜水艦、“レッド・オクトーバー”は潜航を開始する。
ショボン達は別の手段でそれぞれ逃げさせる他なく、潜水艦に同乗させることは出来ない。
始めの頃の予定は今や原形を留めておらず、一人でも多く敗走することが最優先となっていた。

陣頭指揮を執るのはキュート・ウルヴァリン。
ワタナベをティンバーランドの作戦に加担させた張本人であり、クックルやビロード・コンバースよりもずっと上の立場にいる人物だ。
彼女は狂気と知性を兼ね備えた悪魔のような性格をしている。
こうすることが今は最善の手であり、欲を捨てなければならない事は明白だった。

(’e’)「しかし、この島にまさかニューソクがあったとは、思いもよらなかったなぁ!!
   ははは、貴重な一基をまさかあんな風に使うとは!!」

ジョーンズの興奮は冷めるどころが、むしろより一層過熱している。

(’e’)「見たまえよ、君!!
   こんな光景、一生の間に一度見られるなんて極めて、実に幸運なことなのだよ!!」

同じ喫茶店にいる客たちは皆ジョーンズの奇行よりも、巨大な雲と地震に対する恐怖の方が圧倒的に勝っている。
あれこそが破滅の炎であり、天罰であると叫ぶ信心深い者もいたが、誰も聞く耳を持たない。
考えているのは皆同じである。
あれは一体、何なのだ。

884名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:03:01 ID:v4yXdykE0
グルーバー島での騒動は終わったはずではないのか。
まだ悪夢から覚めてはいないのか。

(’e’)「いやぁ、いいなぁ!!
   あの炎!! あの雲!!」

無邪気にはしゃぐジョーンズの傍らで、ワタナベは腕時計に目を向けた。
果たして、後数時間で何がどう変化し、結末と言う一枚の布を織りあげるのか。
雲よりもワタナベの関心はそちらの方にあった。
ジュスティア、ティンバーランド、そしてデレシア。

この三つ巴の状況下では、何が起きてもおかしくないのだ。
それこそ、一生に一度見る事が出来るかどうかの物になるかもしれない。

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         ィ'/三三三三/| .| /三三三三三三三三三|三三三三三三三三三ニハ  |
        イ/三三三三/ .| .| |三三三三三三三三三 |三三三三三三三三三三.|   |
      /   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |  |. `=ニニ三三三三三三ニ|三三三三三三三三三三ノ  |
     //          _ | ..|. , -.、           |_________     _|
    ./ ./          ィ =ッ/  ! l || l            .| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     |i|
  ./_|           ̄/.  !  `.-.'            .|.=============|i|
  |__|           /   .|            August 13th PM00:47
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(=゚д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

車内は沈黙で満ちていた。
状況説明は極めて手短に済ませられ、余計な詮索は一切行われなかった。
両者はこの島で起きたこと、起きようとしていることを理解し、どのように動くべきなのかを共通認識した。
互いに意見が一致したのは、この島を出ない事には事態の大きな変化は見込まれない事だった。

トラギコ・マウンテンライトはライダル・ヅーの遺体をジュスティアに運び、デレシアは旅を続けるために島を出なければならない。
オアシズに戻るのも一つの手だが、これ以上リッチー・マニーに迷惑をかけたくはない。
ティンバーランドはデレシアを狙ってまた何かしてくるだろう。
となれば、今度こそオアシズは沈められかねない。

一方で、デレシアは安全にブーンとヒート・オロラ・レッドウィングの両名を連れて島から出るという極めて難しい状況下にあった。
力で押し通ろうと思えば可能だが、それをすることでジュスティアを全面的に敵に回すことになる。
世界中の街にいる派遣警察官に手配されれば、それこそ逃避行となってしまう。
追手を含め、ジュスティア関係者を皆殺しにすればそれも済むが、それは面白い話ではないし、ブーンの教育上よくない。

そんなデレシアの状況とは異なり、トラギコはただ車を運転してジュスティアに向かえばいいだけだった。
勿論、そんな簡単にトラギコを見逃すはずがない。
彼は多くを知りすぎている。
特に、ティンバーランドに関する情報は現職の警官で最も多く得ているはずだ。

(=゚д゚)「俺の提案は受け入れるのか、入れないのか?」

885名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:05:37 ID:v4yXdykE0
ζ(゚ー゚*ζ「悪くない提案だけど、もうひと押ししましょうか」

トラギコから受けた提案は、実に彼らしいものだった。
彼はティンバーランドから命を狙われており、単独でジュスティアまで生きて到着するのは困難だと考えていた。
そこで、デレシアをジュスティアに連れて行きそこで解放することを条件に、トラギコの護衛を頼んだのだ。
男としてのプライドやその他諸々を捨てた提案に、デレシアはトラギコへの評価を更に上げることとなった。

この男は矜持の捨て所を知っている。
かつてジョルジュ・マグナーニが正義と言う光が生み出す影として生きてきた時でさえも、彼は矜持を捨てなかった。
彼は警官で在り続けようと、その矜持だけは最後まで握っていた。
握り続けていたからこそ、彼は警官でいられた。

だがそれを捨てた今、ジョルジュはただの独善者の尖兵となってしまった。
対してトラギコは、最初から捨てるタイミングを知っているだけに、矜持によって存在が保たれているわけではない。
ある意味で産まれながらの警察官であり、生まれついての才能だ。

(;=゚д゚)「もうひと押し? あのなぁ、状況は分かってるだろ?
    俺もお前も、欲を張って平気な立場じゃねぇラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、大丈夫よ。
      そのためにまず、オアシズに行きましょう」

(;=゚д゚)「あのなぁ、俺の動向は監視されてるラギ。
    あの小僧たちを乗せてる時間も、そんなスペースも、ましてや隠し通せるだけの余裕はねぇラギ」

オアシズによるという行為に、トラギコが思いついたことは確かに含まれている。
ブーンとヒートを連れてこの島を出なければ、まるで意味がない。
しかし、逃げる際には人数が少ない方が絶対的に有利なのは確かだ。
怪我人と子供を加えれば、トラギコが考えている方法でジュスティアに至るのは不可能だ。

ζ(゚ー゚*ζ「貴方、ジュスティアに戻るよう言われているんでしょう?
      オアシズであった事件の証人として。
      だったら、オアシズに忘れ物をしたと言えばいいだけよ」

(=゚д゚)「……何で知ってるかについては訊かねぇとして、だ。
    忘れ物ってのは?」

ζ(゚ー゚*ζ「白いジョン・ドゥよ」

白い装甲に木をあしらった金色のロゴ。
その悪趣味な棺桶は、オアシズに保管されている。
外装の変更だけならまだしも、起動コードの書き換えまで行われたそれは“ゲイツ”全滅に大きく関与する物だ。
使用されている部品から内藤財団に行き着く可能性は大いにある。

それがあればトラギコの説明にも説得力が出てくる上に、ジュスティアにティンバーランドの存在を認知させる材料になる。

(=゚д゚)「それで、それを積んだらどうするラギ?」

886名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:16:06 ID:v4yXdykE0
ζ(゚ー゚*ζ「マニーに言って、車を用意してもらいましょう。
      今乗っている車に貴方とヅーを。
      もう一台にジョン・ドゥと私達を。
      そうすれば全員でジュスティアに行けるわ」

(;=゚д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「そうそう。 あの記者さんも呼ばないと、たぶん、今日中に殺されるわよ」

アサピー・ポストマンという男はトラギコと共にこの島で動き、多くの事件をその目に焼き付け、写真に収めた男だ。
すでに極めて利用価値の高い二枚の写真を入手しており、これ以上生きていられればティンバーランドにとっては邪魔にしかならない。
ならば、ジュスティアに連れて行きそこで保護させておけばまだいくらかは安全なはずだ。
エラルテ記念病院の事を記事にするなど、ジュスティアからは良く思われていないだろうが、それ故に監視の目は強くなる。

(=゚д゚)「だけど、今あいつがどこにいるのか俺は知らねぇラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 今頃オアシズにいるから」

トラギコは無言だったが、心中でアサピーの境遇に少しだけ同情を禁じ得なかった。

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アサピー・ポストマンは仔犬のように震えていた。
それでもカメラを手放さないのは、彼の体に染みついたカメラマンとしての本能故だろう。
昨夜は幸運に見舞われ、ジョルジュの写真の撮影に成功し、今朝は逮捕されたショボン達の姿を撮ることが出来た。
それを記事にして印刷し、外部委託によって世界中に配る算段が出来たところで気を失い、気が付けば窓のない部屋に寝かされていたのだ。

自分の置かれた状況をまだ理解できていないアサピーは、とにかく、部屋の写真を撮ろうと考えた。
だが彼のカメラに入っているはずのフィルムは抜き取られ、何も出来ない状態になっていた。
分厚い鋼鉄の扉は固く閉ざされ、アサピーの細腕でどうにかなるものではなかった。

(;-@∀@)「はぁ……」

とりあえず部屋の隅に座り、何か変化が起きることを待ち続け、すでに三時間以上が経過していた。
殺風景な部屋ではあったが、サンドイッチと紅茶の入った魔法瓶が用意されており、不自由はなかった。
正午が過ぎ、次第に不安が大きくなってきた頃、扉がゆっくりと押し開かれた。

(=゚д゚)「よう」

887名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:17:04 ID:v4yXdykE0
現れたのはトラギコだった。
アサピーは泣きだしたくなるほどに安堵し、彼の元へと駆け寄り、抱き付いた。
その脳天をトラギコの拳が容赦なく襲い、たまらずその場にうずくまる。

(;-@∀@)「いってぇぇぇ……!!」

(=゚д゚)「男に抱き付かれる趣味はねぇラギ。
    それより、仕事ラギ」

(-@∀@)「へ?」

(=゚д゚)「お前、車は運転できるだろ?」

喜びもつかの間。
アサピーは再び不安な気持ちを抱いたが、同時に、期待している気持ちもあった。
トラギコがアサピーに何か物を頼む時、それは例外なく大きなスクープに直結している。
すでに手に入れた記事のネタだけで、アサピーは新聞社内で即日英雄となることが出来るだろう。

これ以上温存させるのもどうかと思うが、ネタはあればあるだけいい。
フィルムはトラギコに渡しているため、記事にするには時間がかかってしまう。
それを考えると、再び別のネタに関わることが出来れば出世の道が近付くことになる。
今はとにかく走り続けるしかないことに、アサピーは気付いていた。

(-@∀@)「え、えぇ……」

(=゚д゚)「よし、俺とドライブするラギ。
    いいとこに連れてってやるよ」

(-@∀@)「嫌な予感しかしないんですが……」

(=゚д゚)「あ? 俺の言う事が怪しいってことラギ?」

(;-@∀@)「いえいえ、めっそうもない!!」

(=゚д゚)「なら素直に言う事をきけばいいラギよ。
    スクープの約束、ちゃんと守ってるだろ?」

そう。
確かにトラギコはスクープの現場にアサピーを遭遇させ、写真の撮影までさせている。
その写真が全てトラギコの手元に渡っていることを除けば、約束は守られているのだ。

(;-@∀@)「ぐぬ……
      分かったよ、分かりましたよ!!
      それで、どこに行けばいいんですか?」

(=゚д゚)「ジュスティア」

888名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:18:16 ID:v4yXdykE0
時間が停止した気分だった。
今、トラギコが口にした街の名前を知らないわけではない。
警察の総本山であり、今、この島で最も活発な活動をしている街の名前だ。
ある意味、世界で一番安全な場所かもしれないが、アサピーのような人間にとっては極めて居心地の悪い場所だ。

ジュスティアから恨まれている身で街に入ろうものなら、熱烈な歓迎を受けることは間違いない。
最悪の場合新聞記者としての生命が断たれかねないのだ。
それだけでなく、トラギコがジュスティアに戻ればどういう扱いを受けるのか、想像に難くない。

(;-@∀@)「本気ですか?」

(=゚д゚)「当たり前だろ」

それでも街に向かうからには、何かしらの算段、勝算があるのだ。

(;-@∀@)「じ、じゃあやりますよ……」

(=゚д゚)「なら、今から行くラギよ」

(;-@∀@)「えぇ?!」

(=゚д゚)「善は急げって言うだろ?
    お前はただ俺の後について車を走らせればいいだけラギ」

そう言ってさっさと部屋を出て行くトラギコの後ろについて行くと、アサピーは自分がいた場所がどこであるのかを理解した。
ここは、オアシズだ。
オアシズの船倉付近にある小さな部屋に、アサピーはいつの間にか連れ込まれていたのだ。
船内を歩き、見たことのある景色にアサピーは安堵すると同時に疑問を抱いた。

(-@∀@)「そう言えば、僕をここに連れてきたのは誰なんで?」

(=゚д゚)「さぁな。 気にしない方がいいラギ」

そしてトラギコはスモークガラス使用の白いワゴン車と白いSUVの前で立ち止まる。
詳しい話の無いまま、トラギコはアサピーにSUVに乗るよう無言で指示をした。
運転席に座り、エンジンをかける。
静かにエンジンが始動し、車内に明かりが灯る。

後部座席と運転席は分厚い板で仕切られており、こちらから後ろの様子を見ることは出来なかったが、バックモニターが装備されているおかげで駐車には困らなそう立った。
一体アサピーは何故車を運転しなければならないのだろうか。
そう思った時、聞き慣れた声が車内のスピーカーから聞こえてきた。

(=゚д゚)『どうだ? 運転できそうか?』

隣に停まるワゴン車の窓が降り、トラギコがそこから顔をのぞかせて耳を指さした。

(-@∀@)「トラギコさん!!
      すげぇ!! これ最新の遠距離無線通信機ですよね!!」

(=゚д゚)『あぁ、盗聴防止のな』

889名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:19:21 ID:v4yXdykE0
(-@∀@)「すっげぇ!!」

流石はオアシズ。
惜し気もなく高級な装置を車に搭載し、それをこうして提供してくれるとは。

(#=゚д゚)『うるせぇ馬鹿。
     いいか、俺の言った通りに運転するラギ』

(-@∀@)「あ、はい……」

窓を戻して、トラギコが先に車を発進させる。
その後ろにアサピーの乗るSUVが続く。
オアシズから降車した二台を、オアシズの市長が複雑な表情で見送っていたことにアサピーは気付くことが出来なかった。

¥・∀・¥「……」

勿論。
それ以外の視線に気づくことなど、アサピーだけでなくトラギコも不可能だった。

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           ∨. . . . ./. .// . .  ̄i 、_彡芹ミ' / /./i . .i . . . .,j.|
        、__,ノ. . . . //. ./ ̄{. . . . .|.| __  {t{'./ /.厶j . j| . . .,ノiノ
       `て. . . . . .lハ|{  人 . . . い二  ̄i′ノイjナ7. ノj. / ′
         ⌒ミ. . . . . 人\__, \. . トミ        {_,ノィ´.,|(___,
        __,ノ. . . . ´{. .`ト _,、 ヽ.{         t .ノ 从.ノj,厂
        ‘⌒て. . . .弋 ト|   {        --- , /  ノ′
    { ̄ ̄`¨¨⌒ミー‐<`   .         ‐‐  /August 13th PM01:33
   人__       `丶  \ { \        /
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観測者からトラギコが一度オアシズに立ち寄った事を聞き、ビロード・コンバースは思わぬ幸運に内心で歓喜した。
一石二鳥とは正にこの事。
忘れ物をしたと連絡があったらしいが、オアシズに立ち寄ったのはデレシアを回収するために違いない。
どんな理由があったのかについては分からないが、あの二人が協力関係にあるのは紛れもない事実。

二人まとめて殺すことが出来れば、ティンバーランドの脅威が二つ減ることになる。
極めて僥倖と言わざるを得ない。

( ><)「……くくっ」

ヅーの棺桶に仕込んだ高性能爆弾を使えば、車ごと全員粉々に吹き飛ばせる。
デレシアと言うテロリストによる特攻によってトラギコとヅーが殺された、としておけば万が一デレシアが生き残ったとしても、指名手配によってどこまでも追う事が出来る。
どう転んでもビロードにとって都合のいい結果にしかならない。
仕掛けた爆弾は極めて性能が高く、小型で、そして専用の探知機が無ければ決して発見できない。

発信機から指定された距離から離れた時に爆発する設定は、万が一にも爆殺が失敗しないための保険だ。
遠隔操作での爆破も可能だが、やはり、タイミングが肝心となるため、ビロードとしては後者の装置による起爆が望ましかった。
ジュスティアに行く前に、トラギコを乗せたワゴンは橋の付近、人気のない場所で爆発四散する。
グルーバー島を出る頃には、木っ端みじんになっているだろう。

890名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:20:41 ID:v4yXdykE0
思いがけない展開だ。

o川*゚ー゚)o「嬉しそうだな、同志ビロード。
       あぁ、ベルベット、と呼ばないといけないんだったな」

( ><)「人払いはしてあるから大丈夫なんです。
     トラギコがジュスティアに向かったんです、しかも、デレシアを乗せて!!」

興奮を隠そうともせず、ビロードは転がり込んできた最高のニュースをキュート・ウルヴァリンに伝えた。
さぞや喜んでくれるだろうと期待したのだが、キュートは眉を潜めた。

o川*゚-゚)o「……車は何台だ?」

( ><)「……? 二台なんです」

o川*゚-゚)o「どこかに立ち寄ったのか?」

( ><)「オアシズに……」

直後、キュートの脚がビロードの膝を襲った。
バランスを崩した彼の胸倉を掴んで引き寄せ、キュートは静かに告げる。

o川*゚-゚)o「やってくれたな、この馬鹿が。
       お前のせいでデレシア達はこの島から大手を振って逃げるだけじゃなく、余計なものまで連れ帰ることになった。
       私の計画はこれで終わりだ。
       頭の中に糞でも詰まってるのか、お前は」

今にも噛み付きそうな距離で、今にも喉仏を握り潰されるほどの剣幕。
ビロードは何が起き、何故、自分が今キュートに“本当に”殺されそうになっているのか理解できなかった。

(;><)「え? え?」

o川*゚-゚)o「頼みの綱は円卓十二騎士だけだ。
       手遅れだと思うが、今、起爆させろ」

言われるがまま、ビロードは言葉に従って起爆装置の電源を入れた。
だが、その日ティンカーベルで爆発音が聞こえることは一度もなかった。

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                           ‐― 〇 ――
                   , ⌒⌒ヽ      / l \
           ,        (      )       |          /⌒ヽ
   , ⌒ヽ   (     ヽ   ゝ    '⌒ )      ⌒ヽ     ⌒ヽ`⌒ヽ
  (    ⌒ '        (        ' ⌒ヽ  (    ヽ  (     ' ⌒ヽ
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891名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:21:31 ID:v4yXdykE0
――ブーンは窓の外を流れて行く景色を見て、それから、ヒート・オロラ・レッドウィングの方を見た。
ジュスティアまでは四時間ほどで到着するということで、ヒートは少しでも体力を回復するために睡眠をとっている。
ブーンは彼女の傍に身を寄せ、自分も瞼を降ろして眠ることにした。
ヒートの呼吸に合わせ、ブーンも呼吸をする。

こうしているだけで、ブーンはこの上なく落ち着くことが出来た。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

その様子を、デレシアは慈母の笑みを浮かべて眺めていた。
リッチー・マニーに提供させたSUVの後部席は極めて性能のいいサスペンションの力で振動をほとんど感じることもなく、また、外部の雑音も聞こえてこない仕様になっていた。
二人分の寝息だけが聞こえる、静かな車内。
もう間もなく、車はバンブー島に通じる橋へと至るところだった。

前方を走るワゴン車にはトラギコが乗っており、その後ろには極めて重要な証拠品が収められている。
一つはライダル・ヅーの遺体。
一つは白いジョン・ドゥの残骸。
そしてもう一つは、デレシア達の移動手段である大型バイク“アイディール”である。

大型バイクを積んだワゴン車には余計なスペースがなく、ジョン・ドゥの部品を全て載せることは出来なかった。
それでも、かなりの収穫物になるはずだとデレシアは考えていた。
ティンバーランドとしてはあまり表に出したくないだろうし、ジュスティアに知られたくないはずだ。
最も彼らが嫌っているのは、トラギコが生きてジュスティアに戻る事だろう。

オアシズで起こった事件の詳細を知っているだけでなく、グルーバー島で起きた事件にも深く関わり、ティンバーランドの事についても知ってしまった。
恐れるべき厄介な生き証人。
所有する証拠品も全てがティンバーランドに不利益を生み出す存在だが、厄介極まりない存在故に安易な方法で殺すことが出来ない。
暗殺に複数失敗し、ついにここまで来てしまった。

最後に選んだ手段に間違いはなかったが、そのタイミングが間違いだった。
トラギコと合流した段階でデレシアは気付いていたが、何事もなくオアシズに到着し、アイディールをワゴン車に積む段階でブーンも気付いた。

(∪´ω`)「……お?
      へんなおとが、します……」

ワゴン車の前でアイディールが積み込まれるのを見ながら、ブーンは小首を傾げた。

(=゚д゚)「あ? 俺の腹の音か?」

トラギコがブーンの言葉に反応した。
すでに面識のある二人の距離は心なしか近く、ブーンもトラギコに怯えた様子は見せていない。

(∪;´ω`)「ち、ちがいます……
      なんか、じーって、へんなかんじのおとです……」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、やっぱり。
       刑事さん。 ヅーの棺桶、交換した方がいいわよ」

アイディールの横に並ぶ黒い棺桶を指さし、デレシアが提言する。
その言葉にトラギコは噛み付くこともせず、純粋な質問で返した。

892名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:24:01 ID:v4yXdykE0
(=゚д゚)「……何かしてくるはずだと思って調べたんだが、見逃しがあったってことラギ?」

彼ほどの警戒心があっても、知識が無ければあの棺桶はただの棺桶にしか見えない。
正しい知識を持っている人間は専門家の中にも数えるほどしかいない事だろう。
何より、専門の道具を用意しなければ発見は不可能なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「そう簡単に気付けないだけよ。
      あの棺桶自体が爆弾なの」

ブーンに視線で車に乗るよう促す。
大人が困る姿は見せたくない。
素直に頷き、ブーンはヒートが待つSUVに乗り込んだ。

(;=゚д゚)「マジか……」

オアシズでは爆弾解体の経験があると言っていたトラギコは、己の見逃しに頭を抱えた。
彼の警戒は間違っていなかったし、手段も恐らくは正しかったはずだ。
気にすることなど何もないだろうに、責任感の強さは流石警察官と言うべきか。

ζ(゚ー゚*ζ「気に病む必要はないわ。
      それより、そろそろ出発するから運転手を連れて来てもらえるかしら?」

(=゚д゚)「あぁ、分かったラギ。
    ……だけどその前に、もう一度確認するラギ。
    俺はお前らをジュスティアまで連れて行く。
    お前は俺が殺されないようにジュスティアまで付いてくる。

    到着するまでの間の関係ってことで良いラギね?」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、用心深いのね。
      貴方のお願いを叶えてあげたでしょ?
      その最後の仕上げは、刑事さん、貴方の手でしないとね」

無表情のまま、トラギコは溜息を吐いた。
この男は物事の優先順位を考え、的確に立ち回れる人間だ。
デレシアを追っているという立場を忘れ、力を貸すことで得られる利益の大きさを理解している。

(=゚д゚)「分かってるラギ。 言っただろ、確認だって」

そう言い残し、トラギコはアサピーを迎えに行った。
実に優秀な警官だが、いつかその優秀さが仇となって命を失わなければいいのだがと、デレシアは静かに思った。

ζ(゚ー゚*ζ「……ロウガ、聞いていたわね?」

物音ひとつさせずに、黒いジャケットを隙なく着込んだロウガ・ウォルフスキンが物陰から姿を現す。
黒いつば広帽の下で、深紅の瞳が怪しげに輝く。

リi、゚ー ゚イ`!「はい」

893名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:25:42 ID:v4yXdykE0
ζ(゚ー゚*ζ「棺桶の入れ替えをしておいて。
      それと、あれは手に入ったかしら?」

首肯し、ロウガが懐から取り出した茶封筒を手渡す。

リi、゚ー ゚イ`!「こちらです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。
      イルトリアに戻ったら、皆によろしく言っておいて」

リi、゚ー ゚イ`!「かしこまりました。
       どうかご無事で」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ」

握手を交わし、二人は別れる。
ロウガは静かに姿を消し、デレシアは車に乗る。

ノパ⊿゚)「ジュスティアに行くんだってな。
    あたしらお尋ね者じゃねぇのか?」

扉を閉めると、半臥の状態でくつろいでいるヒートが当然の疑問を口にした。
街中に警察官のいるジュスティアに降り立てば、半日ともたない。
トラギコがいない今なら、今後の動向を話しても大丈夫だと考えたデレシアは手短に伝えることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアはあくまでも経由する場所だから問題ないわ」

ノパ⊿゚)「経由?」

ζ(゚ー゚*ζ「貴女の“レオン”を直さないといけないでしょ?
       だから、ラヴニカに向かうわ」

――“ギルドの都”、ラヴニカ。
それは、永久凍土の地に広がる街、シャルラを越えた先にある、無数のギルドによって構成された巨大な都市。
世界中に流通している電子機器や棺桶の修復に深く関与しており、例えコンセプト・シリーズの棺桶であっても修理が出来る。
ヒートのレオンは極めて重要な切り札であり、ここで失うのは惜しい。

幸いなことにレオンの損傷は軽微であり、別の棺桶の部品を流用すれば修理は可能なはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ラヴニカには?」

ノパ⊿゚)「いいや、行ったことねぇな。
    だけど、偏屈な人間が集まってる街なのは聞いたことがある」

(∪´ω`)「へんくつ?」

ζ(゚ー゚*ζ「変わっている、ってことよ」

(∪´ω`)゛「おー」

894名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:27:21 ID:v4yXdykE0
ζ(゚ー゚*ζ「棺桶の入れ替えをしておいて。
      それと、あれは手に入ったかしら?」

首肯し、ロウガが懐から取り出した茶封筒を手渡す。

リi、゚ー ゚イ`!「こちらです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。
      イルトリアに戻ったら、皆によろしく言っておいて」

リi、゚ー ゚イ`!「かしこまりました。
       どうかご無事で」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ」

握手を交わし、二人は別れる。
ロウガは静かに姿を消し、デレシアは車に乗る。

ノパ⊿゚)「ジュスティアに行くんだってな。
    あたしらお尋ね者じゃねぇのか?」

扉を閉めると、半臥の状態でくつろいでいるヒートが当然の疑問を口にした。
街中に警察官のいるジュスティアに降り立てば、半日ともたない。
トラギコがいない今なら、今後の動向を話しても大丈夫だと考えたデレシアは手短に伝えることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアはあくまでも経由する場所だから問題ないわ」

ノパ⊿゚)「経由?」

ζ(゚ー゚*ζ「貴女の“レオン”を直さないといけないでしょ?
       だから、ラヴニカに向かうわ」

――“ギルドの都”、ラヴニカ。
それは、永久凍土の地に広がる街、シャルラを越えた先にある、無数のギルドによって構成された巨大な都市。
世界中に流通している電子機器や棺桶の修復に深く関与しており、例えコンセプト・シリーズの棺桶であっても修理が出来る。
ヒートのレオンは極めて重要な切り札であり、ここで失うのは惜しい。

幸いなことにレオンの損傷は軽微であり、別の棺桶の部品を流用すれば修理は可能なはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ラヴニカには?」

ノパ⊿゚)「いいや、行ったことねぇな。
    だけど、偏屈な人間が集まってる街なのは聞いたことがある」

(∪´ω`)「へんくつ?」

ζ(゚ー゚*ζ「変わっている、ってことよ」

(∪´ω`)゛「おー」

895名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:28:06 ID:v4yXdykE0
ノパ⊿゚)「でもよ、ジュスティアから出て行くんならもう一度スリーピースを越えないといけないだろ?
    トラギコ抜きで平気なのか?」

街を覆う巨大な三枚の防壁は、世界で最も優れた検問所の役割も担っている。
世界最高の検問を三度潜り抜けなければジュスティアに入ることも、出ることも出来ない。
ジュスティアよりも北に位置するラヴニカに行くには、ジュスティアに入ってジュスティアから出て行かなければならないのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫。 エライジャクレイグの新型車両がちょうど停まっているから、それに乗って行くわ」

鉄道都市“エライジャクレイグ”。
それは世界中に敷かれた線路を使用する全ての鉄道車両が停まる、終着の街。
テ・ジヴェを保有するシーサイドシュトラーセ鉄道もエライジャクレイグの一部であり、ポートエレンからジュスティア、そしてその途中まで海岸沿いに走る列車を担当している。
つまり、街の一部である鉄道が世界中を駆け巡っているという点で言えば、オアシズに極めて近い街なのである。

鉄道の恩恵は世界的に巨大であるため、線路が敷かれている街でも列車だけは特別な扱いを受ける。
スリーピースを通ってジュスティア内に入る列車は通常よりも手早い検問が求められるため、実際にスリーピースで受ける検問よりも簡易的になる。
列車から降りるのであればスリーピースでの検問を受けるが、列車から降りない場合か街から列車に乗る場合に限ってはその検問が免除される。
従って、スリーピースをもう一度突破する必要はないのだ。

ノパ⊿゚)「チケットがいるだろ?
    結局、その発行に……
    ってことは分かってるだろうから、用意は済んでるわけか」

ζ(^ー^*ζ

デレシアは笑みで肯定を示したのであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  Q: 糸は針を見る。 針は布を見る。 布は人を見る。 では、人は何を見る?

  A:人は時を見る。
   これまでに己が縫い上げてきた物。 今縫い上げている物。
   そして、これから己が縫い上げる物。
   全て、時を見ているのだ。

                                         ――“魔女”の答え

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

バンブー島を走り抜け、トラギコ達を乗せた車はジュスティアへと通じる橋の前にもう間もなく到着するところだった。
大陸に通じる巨大な橋が見えてきた事で、トラギコはジュスティアに戻るのだと痛感した。
オアシズに乗り込む前に寄った以来だが、随分昔の事のように感じる。
この島であった“デイジー紛争”以来、ジュスティアとティンカーベルを繋ぐ橋の重要性は極めて高いものになっていた。

いわば、ジュスティアとティンカーベルの友好の証のような物だ。
これがなければティンカーベルはただの寂れた街でしかなく、観光での発展も安全な街もなかっただろう。
橋の前に立つ二つの人影を見て、トラギコはゆっくりと速度を落とした。

(´・_・`)

896名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:29:53 ID:v4yXdykE0
<_プー゚)フ

円卓十二騎士の二人だ。
トラギコがオアシズに寄っている間にここに来たのだろう。
そして、彼らが受けている使命はデレシアの捕獲。
今のトラギコとは相反する目的を有している。

二人の前で停車させ、トラギコは窓を開けて身を乗り出した。

(=゚д゚)「よう」

車から降りずに、トラギコはそう声をかける。
二人の騎士は強化外骨格のコンテナを背負い、鋭い眼光をトラギコに向けている。

(´・_・`)「ジュスティアに行くのか」

ショーン・コネリの問いに、トラギコは皮肉たっぷりな笑顔を浮かべた。

(=゚д゚)「まぁな。 呼ばれちまったからよ」

(´・_・`)「話によれば車は一台だけだが?」

(=゚д゚)「予定は変わるものラギ」

しばしの沈黙。
海風がトラギコの顔を殴るように吹き付ける。
ショーンが一歩踏み出し――

(´・_・`)「そうだな。
    それなら仕方ない」

――そして、トラギコに道を譲った。

(=゚д゚)「……いいのかよ」

(´・_・`)「俺達が受けた指令は、デレシアを捕まえろ、だ。
    本部から帰還命令の出ている人間の足止めをしろ、ではない」

(=゚д゚)「わりぃな」

<_プー゚)フ『借りは、これで返したぞ』

(=゚д゚)「へっ、律儀な奴ラギ」

別れの言葉はそれで十分だった。
彼らは彼らの仕事がある。
トラギコはジュスティアに向かい、オアシズで起こった事件の真相を語る。
騎士たちはジュスティアの街に巣食う寄生虫の動きを見張るため。

二台の車が走り出す。

897名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:30:43 ID:v4yXdykE0
(=゚д゚)「……」

島が遠ざかる。
一直線に続く橋の先に待つのは何か、今は、まるで予想が出来ない。
トラギコは街につき次第、すぐに軍から尋問を受けることになるだろう。
ティンバーランドという組織を認知するかどうかは、白いジョン・ドゥの残骸次第だ。

助手席に置かれた小型無線機に手を伸ばし、その向こうに声をかける。

(=゚д゚)「おい、カメラマン」

無線を使い、後方を走るアサピーに連絡を入れる。

(-@∀@)『はい?』

(=゚д゚)「ジュスティアに着いたら、フィルムはお前に渡す。
    後は任せるラギ」

(-@∀@)『え?! いいんですかい?!』

(=゚д゚)「俺が持ってるってことになれば、連中は俺を狙うだろう。
    そうなった時に、保険としてお前が持っていてほしいラギ。
    到着して俺から連絡が三日以上取れなかったら、そのフィルムを世間に公表するラギ。
    いいな?」

すでにジュスティア内にティンバーランドの細胞が紛れ込んでいることは確実だ。
ベルベット・オールスター程の立場の人間であれば、街の中にいる人間を買収してトラギコを殺させることが出来るだろう。
警察署内には出世を邪魔され、狙っていた事件の手柄を先に取られただけでトラギコを目の敵にしている人間が大勢いる。
彼等なら飲食物に毒を盛ることも、トラギコを尋問の過程で殺すことも出来る。

そうなってしまえば、せっかく手に入れた証拠も意味がなくなる。
ならば、一度トラギコの手にあると見せた証拠品を別の人間の手に渡し、最悪の場合に備えておくのは当然のことと言えた。

(=゚д゚)「面倒をかけるが、頼んだぞ」

何かアサピーが言っていたが、トラギコは無線機の主電源を切った。
当然のことだが、フィルムを全て渡すというのは嘘である。
実際にアサピーに手渡すのは、狙撃の瞬間を捉えたフィルムとダミーのフィルムであり、ジョルジュが狼を撃ち殺す物については彼自身が管理する。
これが無ければトラギコの行動はただの暴走となるが、そうでなければ、ジョルジュが犯罪者である証拠として残すことが出来る。

嘘を吐いた理由は二つある。
アサピーを欺くことで、万が一に備える事が出来るという点。
そして、この車に盗聴器が仕掛けられている場合に備えてという点だ。
この二点を考慮して、トラギコは半分の嘘を吐くことにした。

これから先、事態がどのように変化していくのかは今しばらく静観が必要になる。
準備を整え、次にまた同じような事態が起きたとしたら今度は自力で解決出来なければならない。
デレシアは気まぐれでトラギコに手を貸しただけにすぎず、もしもその助力が無かったら今頃島は修復が出来ない程の混沌に包まれていた事だろう。
混沌の中でいくつもの主導権が奪われ、いくつもの細菌がジュスティア内に潜り込んで、内部からジュスティアを崩壊させる原因に繋がったかもしれない。

898名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:32:26 ID:v4yXdykE0
同時に、ティンバーランドという秘密結社の危険性がよく分かった一件でもあった。
本当に今追うべきなのは、デレシアではなくティンバーランドなのかもしれない。
オセアンからここまで追ってきて、デレシアは幾度となくその尻尾を見せたが、掴ませるまでには至らなかった。
否、こちらが掴もうという気にならなかった、というべきだ。

彼女がいたから解決した事件や状況を考えると、捕えるのはあまりにも意味がなかった。
ひょっとしたら、オセアンで起きた事件もティンバーランドが関係しているのではないか。
憶測でしかないがその可能性は極めて高く、フォレスタで捕まえた男が消えた理由も説明がつく。
デレシアに関わり始めた時からすでに自分はレールの上に乗っていて、そのレールの続く先も分からないまま走り出していることに気が付いてしまう。

――果たして、自分がこの先向かうのは一体どこなのだろうかと、トラギコは思わざるを得なかった。

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原子力潜水艦“レッド・オクトーバー”は海底を北に向けて航行していた。
ただでさえ淀んだ空気の船内には、険悪な空気が漂っていた。
険悪な空気を醸し出しているのは一人の女とそれに対峙する男だった。

(#゚∋゚)「また、やらかしたようだな」

从'-'从「馬鹿が勝手にやらかしただけでしょ」

クックル・タンカーブーツの怒号にも似た声を受けても、ワタナベ・ビルケンシュトックは怯まなかった。
怯えるどころか、真っ向から彼を見据えて嘲笑するような表情さえ浮かべている。
体格差は圧倒的。
腕力は言わずもがなだ。

(#゚∋゚)「同志達を危険に晒し、あまつさえ対象を逃がすようなことをしでかしたのは貴様だ!!」

从'-'从「煩い、怒鳴るなよ。
     あんたの声、頭に響いて不愉快なのよ」

ワタナベは非常に細身の体をしているが、体に染みついた暗殺術の数々は単純な膂力を凌ぎ得るだけのものがある。
人体の弱点を知り尽くし、必要最低限の力と動きで最速の死を与えてきたからこその自信となっている。
彼女が道具を使わずに殺めてきた人の数は、クックルが道具を使って殺めてきた数に決して劣らないだろう。
老若男女、必要とあれば容赦なく殺し続けてきた彼女にとって、体格の差など殺す上ではあまり関係はない。

(#゚∋゚)「同志ショボンもジョルジュも、シュールさえ捕まったんだ!!
    しかも折角得た同志を一人失う始末……!!
    全て貴様のせいだろ!!」

899名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:34:09 ID:v4yXdykE0
从'-'从「私の何がどうしてそんなことに繋がるのかしら?
      勝手に失敗した連中の責任まで私に擦り付けるの、止めてもらえる?」

ワタナベは己の信念と欲望に従って動いただけである。
それがたまたま組織の不利益につながっただけの事。
気に病むことは何もない。

(#゚∋゚)「情報を流して全体の妨害をしたのは誰だ?!
    同志シュールの邪魔をしてトラギコを逃がしたのは誰だ?!」

言い終わるよりも早くクックルの握り拳がワタナベの顔に放たれ、ほぼ同時にワタナベは隠し持っていたナイフがクックルの心臓に向ける。
互いに攻撃が触れるほんのわずかな位置で止め、互いにまっすぐ相手の目の奥を睨んでいた。
瞬き一つせず、二人はその状態からゆっくりと元に戻る。

( ゚∋゚)「銃を降ろせ、同志クール」

二人の成り行きを完全な傍観者として見ていたクール・オロラ・レッドウィングは両手に拳銃を構え、二人に向けていた。
銃の安全装置は解除されており、撃鉄も起きている。
本気で撃とうと思えば撃てる状態だ。
刺激させるのは得策ではない。

川 ゚ -゚)「殺し合いをする必要はないだろう」

从'ー'从「じゃれてただけよぉ」

両手を挙げておどけて見せるワタナベ。
その目は嗤っていない。
折角のチャンスを奪われたことに対する激怒の炎すら、目の奥に浮かんでいる。
しかし表情は笑みのままで、クールは銃爪から指を離す事が出来なかった。

川 ゚ -゚)「どうだかな。 それより今は、同志ショボン達をどう助け出すかが問題だ」

从'ー'从「その辺は大丈夫でしょ。
     向こうにはキュートがいるんだしぃ。
     それに、こういう時のためのビロードとシナーでしょ?」

キュート・ウルヴァリンとビロード・コンバースはジュスティアの人間として、島に滞在している。
ショボン達を自由の身にするのは造作もない事だ。
それに、シナー・クラークスもまだ島に残っている。
彼が陽動を担当すれば、赤子の手をひねる要領でショボン達を解放することが出来る。

川 ゚ -゚)「さっき連絡があって、デレシア達が島を出たそうだ。
     お前の愛しいトラギコの手引きでな」

無事に島を出て行った先にあるのは、正義の都、ジュスティア。
トラギコのホームグラウンドにして、ティンバーランドが少しずつ浸食を開始している街。
警察の本拠地であり、世界の秩序を守らんとする世界最大の治安維持思想の集まり。

900名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:36:09 ID:v4yXdykE0
从'ー'从「……ふぅん。
     そっちは仕損じたんだぁ。
     残念ねぇ」

一度でも戦いを見れば、あのデレシア達がそう簡単に仕留められるとは思えないはずだ。
あれは、ワタナベがこれまでの人生で出会った女の中で最も恐ろしい人種だった。
道具に頼って戦う人間とは違い、純粋な戦闘能力で他を圧倒する姿は、ワタナベにとってはある意味で理想の境地だ。
最小限の道具で最大の殺戮を行う姿は、快楽殺人者にとっては究極の姿だ。

絶対に勝てる状況でなければ、まずこちらの意図した通りには行かないだろう。
それが分かっていない人間が組織にいることが、ワタナベにとって不満な点だった。
無知は全体の危機につながる。
組織が潰れたとしてもワタナベは何とも思わないが、自分が困るのだけは断じて看過できない。

しかしながら、これから先、彼女達の旅がどうなっていくのか実に気になる。
世界を変えようとする秘密結社と敵対する、五指にも満たない旅人たち。
絡み合い、歪んだ作品は今新たな布へと仕上がった。
デレシアはほぼ単独で編み直し――reknit――を成し遂げたというわけだ。

从'ー'从「楽しくなりそうねぇ」

ワタナベの呟きを聞いて同意した人間は、その場に一人もいなかった――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                       Ammo→Re!!のようです
                     Ammo for Reknit!!編 The End
                               ・
                               ・
                               ・
                               ・
                               ・
                               ・

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

901名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:37:00 ID:v4yXdykE0
「ふーんふふふふふーん、ふーんふふふーん」

背の高い男だった。
肉付きがよく、引き締まった体は彫刻を思わせる美しささえあった。
だが陰鬱気な気配を漂わせる顔と剣呑な表情は、まるで堅気の人間には見えない。
しかし彼は堅気の人間だった。

上機嫌に鼻歌を歌い、不器用な笑顔を浮かべてリラックスしていた。
不審者そのものの姿だった。

「ふーふふふふふふーん、ふふふーふふん?」

時折途切れる鼻歌は、昔から伝えられる列車の歌だった。
男は列車のチケットを手に、喫茶店の窓から見える大型の列車を見つめていた。
白い巨体。
まるで白い大蛇のような姿でありながら、禍々しさは一切感じられない。

その列車の名前は“スノー・ピアサー”。
男の手元に置かれているパンフレットによれば、世界で初めて強化外骨格を使用した列車との事だった。
詳細はまだ非公開との事で、明日の始発式で公表されるらしい。
字面を見ても男にはその列車の凄さが分からない。

男には強化外骨格の意味は分かっていたが、その姿や実際の使われ方がよく想像できなかった。
それだけではなく、彼には過去の記憶がまるで残っていないため、これから乗ろうとする列車の背景についてもまるで分かっていない。
彼はオセアンと言う街で彼は大きな事件に巻き込まれ、生存が絶望的な状況下から意識を取り戻した人間だった。
ビルの高所から落ちた彼は病院で目覚め、ほとんどの記憶を失っていた。

彼の名前はサイレントマン。
病院でもらった仮の名前だったが、彼はその名前が気に入っていた。
退院の際に受け取ったのは何とかやりくりできる金額の金貨と最低限の衣類。
多くを望まなければどこかの街で働き、住めるように配慮された結果だった。

彼はこの街を去ることにしていた。
ジュスティアは、彼にとって育ての親のような街だが、今、彼にはある衝動があった。
意識を取り戻してからずっと脳内で蘇る女性に会い、自分の正体を尋ねたかった。

( ゙゚_ゞ゚)「らららー」

               R e r a i l
そして、人生のレールに乗りなおすのだ――
           ___________|\
          [|[||  To Be Continued....!    >
            ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/

902名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 21:42:15 ID:v4yXdykE0
これにてReknit!!編は終了となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです

903名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 22:51:33 ID:Soo8s5oA0
>>870

互いに会話をすることも出来ない上に、周囲の状況も分からない状態にされてもまだトラギコは護衛を付けるべきだと抗議した。
彼の講義は却下された。


抗議

904名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 23:00:05 ID:Soo8s5oA0
>>878

防御しなければ捜査の精度は格段に下がり、最悪の場合は動かすことすらできなくなってしまう

操作

905名も無きAAのようです:2017/12/04(月) 23:07:29 ID:Soo8s5oA0
>>888

そしてトラギコはスモークガラス使用の白いワゴン車と白いSUVの前で立ち止まる。

仕様?

906名も無きAAのようです:2017/12/05(火) 10:07:24 ID:N4yYdoF20
投下乙
ギルドの都、ラヴニカとかギルドパクトがいたり迷路で競争してそう

907名も無きAAのようです:2017/12/05(火) 19:26:04 ID:FyOS55eg0
>>903-905
うわぉ……
ご指摘ありがとうございます!!

>>906
(Z→)90°-(E- N2 W)90°=1

908名も無きAAのようです:2017/12/05(火) 20:13:58 ID:m.6EcyJA0

オサム再登場は意外だった

909名も無きAAのようです:2017/12/10(日) 16:22:57 ID:PTv.d11I0
一先ず、reknit編乙。今回も戦闘続きで面白かったけどブーンが出て来た瞬間和む雰囲気も大好き…。この時代無理だろうけどブーン大好き組合の皆で海水浴とか行って欲しくなるね…。 エピローグでは懐かしいキャラが現れたし、初めから読み直しつつ次編も楽しみに待ってるよ。

910名も無きAAのようです:2018/01/13(土) 18:06:11 ID:LubOinKI0
まさかの葬儀屋仲間フラグ!?
でもデレシア様にはぼろくその評価いただいちゃったからなぁ・・・(身内以外には辛辣だからしゃーないが)
restart編見直して好きになったから活躍に期待

911名も無きAAのようです:2018/01/18(木) 09:48:23 ID:Nbwydewo0
最初から読み直して解ったわ
オサムは葬儀屋か
最初の方に出てきてたがっかりさん(デレシア目線)

912名も無きAAのようです:2018/02/02(金) 16:34:51 ID:MpKQRFpM0
俺的お気に入り棺桶一覧(起動コード含めて)
マン・オン・ファイヤ…火力モリモリ男のロマン
ラスト・エアベンダー…飛行型強化外骨格。正直使ってて楽しそう
マハトマ…腕用強化外骨格。使い方次第で脅威になる点が好き
アバター…戦い方がゾクゾクする・・・


他にもあるけど割愛。いちいち中二心くすぐられてたまらんぜ
まだまだ続きは先だろうけど楽しみにまってるぞ

913名も無きAAのようです:2018/02/02(金) 19:36:42 ID:cch2m9qc0
>>912
その一言で、私はとても救われました……
ありがとうございます

続きは今しばらくお待ちください

914名も無きAAのようです:2018/03/02(金) 13:49:05 ID:hCPC5V.U0
最近読み始めてやっと追いついた
歯車はリアルタイムで読んでて、こっちはある程度溜まったら……と思いつつ読まずにいたら、キリの良いところで終わっててラッキー

相変わらず登場人物がみんなかっこいい
これからは追いかけるぜ!

915名も無きAAのようです:2018/03/04(日) 08:06:00 ID:anLzR0HQ0
ショボンさんの警察時代は香りを見抜いたり根城を突き止めてたりしたんですか?

916名も無きAAのようです:2018/03/04(日) 17:35:54 ID:wmcYoMNg0
新作についてはもうしばらくお待ちください

その間と言っては何ですが、本編に出てきた('、`*川の昔話を描いた

('、`*川魔女の指先のようです
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1513341134/

をお読みいただいてお待ちいただければ幸いです。

>>914
追いかけていただけるよう、これから必死に書き進めてまいる所存です

>>915
小ネタにお気づきいただけて光栄の極みです

917名も無きAAのようです:2018/03/20(火) 11:43:01 ID:MeItrJ7o0
ワクテカ支援
  _
( ゚∀゚)ジョルジュ
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2512.jpg
文字付
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2513.jpg

918名も無きAAのようです:2018/03/20(火) 17:14:15 ID:AxyQdoRU0
>>917
うひょおおおお!!
ありがとうございますうう!!
イメージにピッタリなイラストありがとうございます!!

919名も無きAAのようです:2018/03/20(火) 20:27:33 ID:dN8fF8RQ0
渋みグッド

920名も無きAAのようです:2018/04/15(日) 23:54:45 ID:myDcEJm20
川 ゚ -゚)バツイチ()奥様

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2518.jpg

921名も無きAAのようです:2018/04/16(月) 19:39:02 ID:Lni1d/FI0
>>920

あああああ、ありがとうございます!!
正にこのイメージです!
       ____
     /      \
   /  _ノ  ヽ、_  \
  / o゚((●)) ((●))゚o \  ほんとはすぐにでも投下したいんだお…
  |     (__人__)'    | でも書き溜めがなかなか終わらないんだお……
  \     `⌒´     /

922名も無きAAのようです:2018/04/16(月) 20:47:50 ID:YhMXv.0w0
待つさ いくらでもな
支援絵みて思ったけど
そういえばクールってどうやって棺桶操作してたんでしょう?

川 ゚ -゚)=つ≡つ           川[、:::|::,] =つ≡つ
 (っ ≡つ=つ            (っ ≡つ=つ
 /   ) ババババ           /   ) ババババ
 ( / ̄∪                ( / ̄∪

こんな感じで動きがリンクしてたのかな?

923名も無きAAのようです:2018/04/16(月) 21:22:42 ID:Lni1d/FI0
>>922
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2519.jpg
イメージとしてはこんな風に棺桶内でセンサーを取り付け、
脳波などの信号を利用して遠隔操作をする形になります。
使用者はこういう風に動かしたい、と思うだけで動かせる医療技術の応用です。

924名も無きAAのようです:2018/04/17(火) 23:00:37 ID:/krqGYHA0
つまりGガン方式とみてよろしいですね?
棺桶ファイト、レディ……ゴー!!

925名も無きAAのようです:2018/04/18(水) 22:19:02 ID:uaLR5v.k0
あんたなら安心して待っていられる
体に気をつけて頑張ってー

926名も無きAAのようです:2018/08/16(木) 18:00:01 ID:e5lk5UKs0
ツヅキマダー?(・∀ ・)っ/凵⌒☆チンチン

927名も無きAAのようです:2018/08/16(木) 22:51:43 ID:gNwqOhZ60
>>926
( ・∀・)つスッ
(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1525688264/

928名も無きAAのようです:2018/08/26(日) 23:07:01 ID:ZxnroBlY0
トラギコの過去編もいいが本編もう9ヶ月くらい来てないのね
待ってるわ

929名も無きAAのようです:2018/08/27(月) 06:14:50 ID:c.O/xg9U0
>>928
今年中には必ずや……必ずや投下いたしますので……

930名も無きAAのようです:2018/09/17(月) 12:23:38 ID:upY76Haw0
いつまでも待ってるよ

931名も無きAAのようです:2018/10/03(水) 12:17:50 ID:FggxNyDs0
↑ストーカーそのまんまで気持ち悪い

932名も無きAAのようです:2018/10/03(水) 20:10:42 ID:02crF5Lc0
【+  】ゞ゚)……

933名も無きAAのようです:2018/10/08(月) 18:13:07 ID:WrQfU.uE0
無理にとは言いませんが、公式の方に一言入れてもらえると安心します
「このブログは一か月以上〜」という広告?があると、「あぁここももう終わりか……」と思ってしまいます。。

934名も無きAAのようです:2018/10/08(月) 18:39:05 ID:4f2wXDes0
>>931
ストーカーは待つんじゃなくて追うんだぞ

935名も無きAAのようです:2018/10/08(月) 20:50:55 ID:opfiMnyw0
【+  】ゞ^)

936名も無きAAのようです:2018/12/27(木) 16:50:49 ID:sP8Mbeug0
大変長らくお待たせいたしました

明日の夜VIPでお会いしましょう

937名も無きAAのようです:2018/12/27(木) 20:59:13 ID:hJ1mS2Hg0
うおおおお!!

938名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 08:52:32 ID:P5VaBOs60
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世界が一つになる事は出来ないが、私達は世界を繋ぐお手伝いをする。

                          エライジャクレイグの線路に刻印されている言葉

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August 14th AM 09:00

世界最長の街、エライジャクレイグ。
それは人々のたゆまぬ努力と理解、そして長い年月をかけて作り上げられた他に類を見ない鉄道都市だ。
彼らは大昔に作られた線路を発掘、修復してそれを使用可能な状態にし、多くの街の傍に線路が通る事を認めさせた。
街の中を通る線路もあったが、そこを停車駅にすることで人の行き来が活発になることから歓迎され、喜ばれた。

太古の技術を活用した列車は他に比類が無く、街が経営する複数の鉄道会社は世界に散る事で、互いに切磋琢磨して良い質を目指すことが出来た。
そして今日、エライジャクレイグが世界に向けてまた新たな列車を発表することになっていた。
始発式を行う街として選ばれたのは、“正義の都”と呼ばれ、屈指の防犯率の高さを誇るジュスティア。
純白の列車の前には百人を超す報道陣が詰めかけ、最新車輌の姿をカメラに収めている。

流線型の車体は空気力学を考えて設計され、滑らかな表面には傷一つ、継ぎ目一つ見当たらない。
窓ガラスすらなく、白い鳥の嘴のような外装が取り付けられているだけで、他には何もない。
外装が覆っているのは客車、貨物車も同様で、車輌同士の継ぎ目以外は全て白い装甲が多い、窓もない。
光沢は最小限に抑えられているのか、陽の光を浴びていても眩いフラッシュを浴びても反射する様子が無かった。

近未来的な全体の造形も然ることながら、一際目立つのは最前部と最後尾の車輌だ。
鋭く尖り、銃弾のような形をしている。
これまでに発表されてきた高速鉄道でも同じような形状はあったが、必ず、窓があった。
だが今回のそれには、窓もライトも、何もない。

一直線に並ぶ二十両の白い車両はまるで白い槍にも見える。
速度を求めているのか、それとも別の目的があるのか、今の状態からは想像しかできない。
ただ、この場にいる人間達にも分かっているのは、この車輌はかつてのどの時代にも存在しなかった試みによって誕生したという事だけだ。
軍用第三世代強化外骨格、通称“棺桶”を核として作られた世界初の列車。

何を目的に、そしてどのような棺桶が使われているのか、多くの人の興味を集めている。
発表の時間となり、エライジャクレイグからこの列車の車掌を任命されたジャック・ジュノが記者の前に現れた。
用意された演台の上に置かれていたグラスから軽く水を飲み、話を始めた。

豸゚ ヮ゚)「本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」

ジュノは四十代前半の女性車掌で、これまでにも多くの列車を走らせ、鉄道ファンの中では知らぬ者はいない有名人だった。
“定刻のジュノ”、とは彼女の時間に対する精確さを表した渾名であり、彼女の誇りだった。
ややハスキーな声は彼女が長い時間をかけて作り上げた物で、マイクを使わずとも屋外にいる百人の記者に己の声を届けることを可能にしている。

939名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 08:53:25 ID:P5VaBOs60
豸゚ ヮ゚)「ご覧いただいている車輌が、本日より運行を開始するスノー・ピアサーです。
     その名の通り、この車輌は雪の降り積もる土地を通るために特化した車輌で、主にシャルラ方面での走破を前提としています。
     二十両編成であり、貨物車、食堂車、ラウンジとバーを兼ねた車輌が二両ずつ。
     先頭と最後尾を除いた残りの十二両が寝台車となります。

     あまり難しい説明をしても仕方がありませんから、そうですね……」

そう言って、ジュノは腕時計を一瞥した。
銀色の腕時計。
彼女のトレードマークであり、彼女のかけがえのない仕事道具だ。

豸゚ ヮ゚)「二分で説明を済ませましょう」

記者の内、好奇心の強い数名が腕時計のストップウォッチ機能を静かに始動させた。

豸゚ ヮ゚)「事前発表にあったように、この車輌には強化外骨格を使用しています。
     詳しい説明は保安上できませんが、コンセプト・シリーズを使用しています。
     これにより、雪と雪崩による列車の遅れを失くし、定刻通りスムーズに豪雪地帯を通り抜ける事が出来ます。
     最前車輌をご覧ください」

言われるまでもなく、誰もがその奇妙な車輌を見ていた。
どのようにして前を見て、どのようにして運転をするのか。
滑らかに紡がれる彼女の言葉に傾注し、報道陣は一言一句を聞き逃すまいとメモを走らせる。

豸゚ ヮ゚)「あの白い外装、全てが我々運転手にとっての眼なのです。
     全ての車両も同様に、我々は列車の周囲全てを見る事が出来ます。
     最早、ガラスですらないのです。
     銃弾、汚水、爆弾など、あらゆるものから車輌とお客様、そして我々の眼を守るだけでなく、積もり固まった雪を砕く矛となります」

そして突如、ジュノはグラスに入っていた水をスノー・ピアサーにかけた。
水滴が白い外装に付着し、滴り落ちる――

「ええっ?!」

――はずだった。
だが水は一滴も落ちることなく、そして、外装は濡れてすらいなかった。
驚きの声を上げる記者たちに向け、ジュノは説明を始めた。

豸゚ ヮ゚)「これが、スノー・ピアサーです。
     それでは、説明は以上とさせていただきます。
     列車は定刻通りシャルラ方面に向け出発いたします。
     定刻通りの発車にご協力お願いいたします」

彼女は時計を見なかった。
記者たちが時計を確認するまでもなく、話はしっかり二分で終わっていた。
無論、彼女が質問の時間を設けるはずもなく、代わりに質問は代理人の男が対応することとなった。
代理人は若く見えるが、経験豊富であるかのように堂々とした姿勢で演台の前に立つ。

マイクのスイッチが入っていることを確認して、男は静かに話を繋いだ。

940名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 08:54:57 ID:P5VaBOs60
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                (・大・)「では、質問がある方はどうぞ」

     _   , -─- 、
   / ニ `′二_`ヽ.\
  / / ヘヽ  -‐、 \  ヽ
 / / , l f'``"" | ト  l l |
 ! | 〃 , |     l | l |、 | |.|
 | l /イノー-、  rヽ!'ヽ!ヽ  |
. | /l''==a= , =a==''|r、!   「では、質問がある方はどうぞ」
  |,イ| ` ̄ 〈|    ̄´ ||'イ
.  ド||. ,__ヽ__、 l'イ|
  l l.ト、   __   イ l |
-‐'''l ! l.\     /:| ! |`:ー-
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最前列にいた記者が挙手し、代理人に指名される前に質問を始めた。

「何故棺桶を使おうと?」

(・大・)「今の我々、いや、この時代に作り上げられる技術はたかが知れています。
    現に、電子機器のほぼ全てが過去の技術を発掘し、再利用しているものばかりです。
    当時に使われていたのと同じ方法で利用しているばかりでは、発展はありません。
    すでにある物を異なった視点で組み合わせて使う事で、新たな発展につながると考えたからです。

    既存の物を組み合わせることで新たな発想を生み出し、それが発明のヒントになると言えば分かりますか?」

「あぁ、はぁ」

気の抜けた返事を死、あまり理解をしていない風の記者を置いて、代理人は咳払いをして次の質問を募った。
指された記者は声を大きく張り上げた。

「シャルラに通じる線路の整備はかなり大変だったと想像されますが、どのようにしてこの短期間で実現したのでしょうか。
特に、クラフト山脈沿いはかなりその……治安が悪いですから」

クラフト山脈。
それは世界最大級の標高と長さを誇る山の連なりであり、世界を隔てる巨大な壁として知られている。
当然ながらその山に阻まれ、近くの町は常に物品の流通に苦しんでいる。
一年を通じて厳しい気候に見舞われる為、農業は常に天気との戦いであり、収穫を喜ぶよりも雪害に悩まされることの方が多い。

ジャーゲンを経由して運ばれる物資は彼らにとっての生命線であり、それを買えない貧困層は、自然な流れとして野盗と化す。
陸運の人間達は多少の遠回りになろうとも、クラフト山脈を避けて走る傾向にある。
荷物と命を奪われでもしたら、配送が遅れるよりもよほど悪いことになる。
故に、多くの企業はクラフト山脈沿いへの出店はせず、見守るだけに留めているのが現状だ。

何か特産品やそれに準じたものがあればいいのだが、それすらもないとなれば、利益を追求する人間達にとっては何一つ旨みが無い。
助ける義理などないのだ。
だが発表された線路図には、あえてその危険な地域を通るように線路が引かれていた。

941名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 08:57:33 ID:P5VaBOs60
(・大・)「なるほど、いい着眼点ですね。
     ですが同時に、こう考えてみてはいかがでしょうか。
     何故、治安が悪いのか、と。
     理由は簡単ですよ、仕事が無いんです。

     だから我々は仕事を作り、労働力を求めました。
     土地勘があり、体力があり、そして何よりも仕事と金を欲している人間を。
     彼らの協力があったからこそ、線路を敷く事が出来たのです。
     彼らなくして、今日の発表はなかったと言っていいでしょう。

     線路が人と街を繋ぎ、こうして夢を繋いだのです」

記者たちの内数人が、代理人の言葉で彼の正体に気付いた。
彼は、エライジャクレイグの市長、トリスタン・トッド・トレインの息子であり、テ・ジヴェを有するシーサイドシュトラーセ鉄道の社長。
ナマコブシ・ナスティー・トレイン、その人だった。

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                                         The Ammo→Re!!
                                    原作【Ammo→Re!!のようです】

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スノー・ピアサーの記者会見が始まる十分前、二台の白い車がジュスティアのスリーピースを通過し、街への通行を許可された。
恐らく、ここ数年で最も早い検査だっただろう。
その車にはジュスティア警察と軍から事前に許可が下りていただけでなく、市長から直々に余計な時間を使わないようにと言う通達が下されていたからだ。
ワゴン車とSUVは一度花屋に寄り、それから警察本部に向かった。

警察本部前には数名の警官が立っていたが、彼らの腰には一様にテーザー銃が下がっていた。

(=゚д゚)「おう、出迎えご苦労ラギ」

ワゴン車から降りてきたのは、“虎”と呼ばれるトラギコ・マウンテンライト。
そして後ろのSUVから降りたのは、記者のアサピー・ポストマンだった。
長い運転が終わり、アサピーは頭上に輝く太陽に目を細めた。

(-@∀@)「へへっ、遂に僕も――」

その時、アサピーが想像していたのは決して明るい未来ではなかったが、絶望的な未来でもなかった。
彼が手にした多くの真実と写真は、必ずや彼を有名にしてくれる。
早ければ今日にでも、真実の報道者、真実の代弁者の渾名が付けられるかもしれない。
ジュスティアの大地に靴の裏が触れ、空気を吸った僅か数秒で、アサピーは輝かしい未来を妄想した。

( ''づ)「お前はこっちで話を聞かせてもらうぞ」

そして、妄想は終わった。

(;-@∀@)「――ちょっ!?」

942名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:01:12 ID:P5VaBOs60
アサピーは何か気の利いたことを言う前に警官二人に署内に連れ去られ、残ったトラギコは出迎えに来た警官の一人と向かい合っていた。
夏だというのに黒い長袖の服は極めて異質に見えるが、それは同時に彼女が自らの立場と正体を一切隠すつもりが無いことを意味している。
警察副長官、ジィ・ベルハウスは逃げも隠れもせずにここにいる、という事を宣言したいのだ。
その為であれば暑さなど、彼女にとってはあまり気にするべきことではないのかもしれない。

爪゚ー゚)「ご苦労だったな。さて、話を聞かせてもらうぞ」

高圧的な言葉にしか聞こえないが、これが彼女の素なのだとトラギコは知っていた。
警察の上層部にいる人間で柔軟性のある者など、ほぼ皆無なのだ。
柔軟性に富む人間は早々に首を切られるか、自ら離職するかしかない。

(=゚д゚)「あぁ、俺も話をしたい気分ラギ。
    ところで、軍の方は?」

爪゚ー゚)「それも含めて、だ」

ジュスティア警察からの呼び出しを受け、トラギコは自らの足でこうしてこの街に戻り、知っていることを話すと決めていた。
豪華客船、船上都市オアシズで起きた一連の事件。
更に、ティンカーベルで起きた事件の真相。
世界の裏で暗躍する組織についての話をするために、今日、この場にやってきたのだ。

そして、ライダル・ヅーの遺体を故郷に連れて帰るために。

(=゚д゚)「そうかよ。ヅーはSUVの方に乗ってるラギ。
    ……くれぐれも、丁重に頼むラギよ」

爪゚-゚)「お前に言われなくてもそうする。
    ワゴンの方には何があるんだ」

(=゚д゚)「証拠品が一つと、借り物が一つラギ。
    バイクはくれぐれも丁重に扱えよ、外交問題に発展するラギよ。
    そいつは借り物だから署の前に置いておけば、後で持ち主が取りに来るラギ」

ワゴン車に積載されている大型バイクは、仮に副長官だとしても、購入するにはかなりの苦労が必要になる。
金銭的な苦労ならばまだしも、命の危険が伴うとなれば彼女も慎重にならざるを得ないだろう。
破損させようものなら、現所有者に何をされるか分かった物ではない。

爪゚-゚)「お前と違う。心配はいらない」

ジィが合図をすると、警官達がSUVの後部ドアを開け、棺桶を慎重に降ろし始めた。
棺桶の上には白い花束が乗っていた。
ここに来る前に寄った昔なじみの花屋で適当な物を選んでもらい、手向けの花束としたのである。

943名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:02:27 ID:P5VaBOs60
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    _/⌒、 (     `くヾ_三≧、
  厂    `ヽ〉    0  )l )_ _ ``
 '        '.ヽ_    、ヽ  く
    o     }ーミ-、_ノ⌒ヽ 〈 _
         ノ  Yl__,イ 。 ) Y__ヽ
 、      ノ  ゚  }  Z-‐ヘノ___
 ノ`ゝ‐--‐く\_ノ  _>  r、)-ヽ
  ∠  ゚  ヾ⌒ヽ{ 、Y⌒ヽ‐ヘ
 ∠ィ   ト..、> ノ``''ーァ。`j``
 ヽ‐{, イ>ノ⌒>‐' ゚  <、__ノヽ
 -、__, 。 ∠_   ト、\‐t`) 、 ヽ
 ___)_r━‐-' く| ,ハ/>、)( フヽ、`ヾ
 ``ー'(__, ゚  t' ゙ヘ. |/∧´  { )
 <フ{゙〈`ーァ' ヽ、 | |//ヘ  `'
    、 V/!   `ヽ !//ヘ
     | ̄'|  (⌒j V/∧
     ∨/!   `ヾ ∨/ヘ
     ∨ヘ、     ∨/ヘ
      ``''*。._    `<∧
           `ヾ>、 `ヾ、                     ,、_
             `</,>、 ゚*.                    ゝ __>
              }/∧  `*、_
              ノ,イツ    `<>ュ;,,,、
             '´ '′     ` <///≧;,、
        {'ー‐-、              ` <//,>、
         ー‐ '                 `</トヽ
                             ヾ
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爪゚-゚)「あれは?」

花束を指さし、ジィが尋ねる。
トラギコと花束程不似合いな物はない。
至極当然の疑問だ。
自分自身花束が似合うとは思わないが、花束と無縁というわけではない。

縁というのはどこで繋がっているのか、分からない物なのだ。

(=゚д゚)「馴染の花屋に頼んで用意させたラギ。
    花の事は良く知らねぇが、あいつは女だったからな」

爪゚ー゚)「……らしくない事をするものだな」

それは呆れでも、ましてや嫌味でもなかった。
どちらかと言えば、ジィの声と目は新たな発見に驚いているようだった。
ここで皮肉の一つでも言われても致し方ないと思っていただけに、トラギコは少しだけ拍子抜けした。
思えば、女に進んで花束を買ったのはいつ以来の事だろうか。

(=゚д゚)「自分でもそう思ってるラギ」

944名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:03:08 ID:P5VaBOs60
そしてトラギコは本部のビルへと足を踏み入れたのだった。

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                脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】

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ジュスティアで花屋を経営するカレン・クオリスキーとサンディ・フィッシュバーンは突然の来訪者に、流石に戸惑いを隠しきれなかった。
恩人であるトラギコからの依頼で花束と引き換えに、三人を店の奥に少しの間匿う事になったが、これは彼女達がトラギコと出会ってから初めての事だった。
彼が個人的な依頼をしてくるというのは、十五年の中で一度もなかった。
よほどの事情があるのだろうと考え、カレンとサンディは詮索をしないことにした。

(<::*´ω::>)「おー」

カーキ色のフードを目深に被った少年が店の奥に並ぶ花を見て声を上げていた。
どうやら少年はこれだけの花を見るのに慣れていないらしい。
花屋の商売は時間よりも時期で忙しさが変わる。
この時期はあまり忙しくならない為、カレンは少年のところへと向かった。

( ゚ー゚)「お花、好き?」

バックヤードに並ぶ花は、彼女達が丹精込めて育てているものもあれば、遠くの街から輸入して保存している物もある。
寒い空気を好む花もあれば、水につけておくだけで長生きする花もある。
色とりどりの花を見上げ、少年は目を輝かせていた。
カレンに声をかけられたことに気付いた少年は、少し驚いた様子だったが、返答を口にした。

(<:: ´ω::>)「おっ…… す、すき……ですお」

人見知りをするようで、言葉は途切れ途切れだった。
だがそれでも返答をしてくれたという事は、単純に緊張をしているだけの様だ。
中には人と話すこと自体が嫌いという人間もいる。
彼はそうでは無いと分かり、カレンは目線の高さを合わせて話を続けた。

( ゚ー゚)「そっか、それは良かった。
    どんなお花が好きなのかな?」

(<:: ´ω::>)「おー……いいにおいのするおはなが、すきですお」

僅かな会話を通じて、カレンは少年にどこか親しみを覚えた。
彼の放つ雰囲気が、どことなく自分に似ているのだ。
酷い環境にあって、そこから救い出された自分と似た境遇なのかもしれない。

( ゚ー゚)「そっか、いい匂いかー」

(<:: ´ω::>)゛

少年は小さく頷く。

945名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:04:13 ID:P5VaBOs60
( ゚ー゚)「ここにあるのは皆いい匂いがするお花だから、気に入ったのがあったら教えてね。」
    それと、好きに見てていいからね」

(<:: ´ω::>)「あ、ありがとうございます……」

カレンがその場を去り、少年に再び目を向けると、早くも花に集中していた。
少年が特に熱心に目を向けているのは、小鉢に入ったサボテンの赤い花だった。
久しぶりに花をつけたそのサボテンは売り物ではなく、彼女の私物だった。
数年前、市場に花を仕入れに行った際、売り物にならない大きさだったために捨てられる物を譲り受けたのだ。

小さな花だが、鮮やかな赤は実に綺麗で、そして可愛らしく、彼女のお気に入りの花だった。

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          /^ヽ
          { i  }
     ,-‐'゛ ゙̄"'ヽ  ノ⌒゙'' 、,
     `、.._  ヽ r'⌒ヽー,  ノ'
       ゙'.,.ィ´ト、*,イ⌒`',、
        / /  }  ``  }
        |_,.イ´i`ー,--‐'′
         /.ヽ_,i、ノ'⌒*:.:.:\
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それが少年にも好かれたのだと思うと、誇らしくあった。

 ∞
( ゚ー゚)「何、ああいう子供が好きなの?」

サンディが店先の花に霧吹きで水をやりながらそんな冗談を口にする。
客が来ていないのをいいことに、好き勝手に言うのが彼女実にらしい。
お互い恋人もいない身であるために、こうした恋愛に関係した冗談がよく口から出てくる。

( ゚ー゚)「まぁね。 何だか私と似てるのよ。
    あと、放っておけない感じがするの」

 ∞
( ゚ー゚)「そう? どっちかって言ったらトラさんに似てない?」

( ゚ー゚)「えぇー? でもまぁ確かに、ちょっと雰囲気的にねー。
    トラギコさんは虎で、あの子は仔犬って感じかなぁ」

小さな少年は、無邪気にサボテンの針を軽く指で触れ、驚き、笑っていた。
それはまるで仔犬が蝶と戯れているように見えた。
かと思えば、別の花に目を移し、香りを楽しんでいる。
花を乱暴に扱う事はせず、注意していなくても大丈夫なようだ。

946名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:05:36 ID:P5VaBOs60
 ∞
( ゚ー゚)「トラさん、晩御飯とか食べるかな?」

( ゚ー゚)「あ、それ訊くの忘れてたね。
    カレーとか食べるかな」

 ∞
( ゚ー゚)「疲れてそうだったから、お肉一杯入れなくちゃね。
   後で電話して訊かなきゃ」

花屋の商売は正直、儲かる物ではない。
人生に潤いが必要であると感じたり、花を送る必要がある人間だけが利用する為、生活に余裕はない。
金に余裕のない人間にとって、花は買う物ではない。
子供の頃に思い描いていた花屋への羨望とは異なり、現実はかなり厳しかった。

定期的に花を購入してくれる得意先はいるが、それは彼女達の努力がようやく実った結果であり、これまでの境遇に甘んじて得た物ではない。
軍、そして警察。
この二つは必ず花を必要とする為、安定して確かな商品を提供できる彼女達の仕事が活かせると考え、営業を行った賜物だ。
安定した収入が入るが、商売を続けるには厳しいものがある。

それでも、この仕事は辞められそうにない。
花を愛でる人間がこの荒んだ世界にいる。
それだけで十分なのだ。
彼女達が届けた花が誰かを癒す手伝いになれば、それで十分働く理由になる。

夢を抱き、夢を追い続けることになった出来事は今でも彼女達の胸に深く刻まれている。
十五年前の、二月二十六日のあの日を。

( ゚ー゚)「じゃあ、いいお肉も買おうね」

二人は少女のような気持ちに帰り、恩人を想って胸を躍らせたのであった。

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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】

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トラギコが誘導されたのは警察本部で最も重要な部屋、即ち最高責任者がその執務を行う長官室だった。
これまでに何度も来たことのある部屋ではあったが、相変わらず、そこに座るツー・カレンスキーの放つ雰囲気には慣れない。
カミソリを指で撫で続けるような、落ち着かない雰囲気。
人を疑い続け、信じ続けるという矛盾じみた信念のみが生み出す歪な雰囲気。

かつて関わった“砂金の城事件”以来、彼女は長官の椅子に座り、街の治安維持は勿論、世界中にいる警官達への意識改革を行った。
その一環としてトラギコは彼女と話す機会が他の警官よりも多くあり、その度に口論をした記憶があった。
彼女がトラギコを切り捨てないのは、かつていたジョルジュ・マグナーニと同じように、誰かが汚れ仕事をしなければならない事を知っているからだ。
そして、彼が解決してきた事件の多さと難易度をよく理解している人間でもあった。

947名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:08:20 ID:P5VaBOs60
長官室にある応接用のソファには、予期していた通り、海軍大将のゲイツ・ブームが座っていた。
木製のローテーブルの上にはクリップで止められた何の資料が置かれていた。
ツーは己の席から優雅に立ち上がり、ローテーブルの傍に立った。

(=゚д゚)「何だ、俺の昇進についての話ラギか?」

(*゚∀゚)「相変わらずだな、トラギコ。
    お前の昇進は警官である以上、有り得ないということを忘れたか」

(=゚д゚)「別に、昇進なんて興味ねぇラギよ。
    相変わらず冗談の分からねぇ人ラギね」

(*゚∀゚)「冗談など、仕事にはいらないからな」

串刺し判事、そう呼ばれていたツーは自他共に認める堅物であり、冗談は全く通じない。
関わったほとんどの事件の被疑者を死刑、もしくは求刑された最高の罰を与え、時にはそれを越えさえもした。
電気椅子、ガス室、絞首刑の場にも率先して足を運び、スイッチを押した。
彼女は仕事と全てを割り切り、犯罪者たちの命を合法的に奪ってきた。

トラギコとはある意味で真逆の存在ではあったが、確かに、警察官としての理想像を一般人が思い描くとしたら彼女のようなものになるだろう。
不退転の意志を持ち、悪と断定した物に対しては一切の容赦をかけない姿。
正義の化身を演じる、正義の集団の長。
どこかのネジが外れていなければ、その座に座る事は決して敵わない。

覚えている限り、彼女は昔から全く変わっていない。
生まれてからそうなのか、それともある時期からなのか知らないが、友人に欲しくない人間なのは間違いない。

|  ^o^ |「それより、説明を。 何故 私の部隊が 壊滅しかけたのか」

チック症の影響で、ブームの言葉が途切れ途切れに紡がれる。
だが彼が苛立ち、そして焦っているのがよく分かる。
彼の前に置かれている資料はかなり読み込まれていることが見て取れた。

(=゚д゚)「壊滅じゃねぇ、全滅ラギ」

|  ^o^ |「何?」

(=゚д゚)「全滅、って言ったラギ。
    確かな情報筋で、あんたの部隊がオアシズ到着前に入れ替わってる事が分かっているラギ」

(*゚∀゚)「どこの情報だ?」

(=゚д゚)「まぁ待てよ。 まずは座らせてもらうラギよ」

許可の言葉よりも先にブームの正面に座り、トラギコは溜息を吐いた。
柔らかい、良いソファだった。
それからツーを見て、嫌味をたっぷり効かせた言葉を送る。

(=゚д゚)「コーヒー」

948名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:10:37 ID:P5VaBOs60
(*゚∀゚)「……砂糖とミルクは」

トラギコなりにからかったつもりだったが、ツーはそれに応じなかった。
この程度で喧嘩腰になるようでは、警官達を束ねる長官は務まらない。
それに実際、これから彼女達に話す内容を考えれば、そう簡単に激昂されても困るのだ。

(=゚д゚)「たっぷりラギ」

ツーがどこかへと立ち去ったのを確認してから、正面のブームの眼を見た。

(=゚д゚)「……実際にオアシズに乗船したのは、隊長だけだったラギ。
    なぁ、大将さんよ。
    ここから先の話はお互い腹を割って話そうや」

一軍の長を前に、トラギコの姿勢はまるで揺るがなかった。
それを見て、ブームは僅かに眉を顰めたが、頷いた。

|  ^o^ |「いいでしょう。 隠し事をしても 損しかありません」

(=゚д゚)「そう来なくっちゃな」

その話が終わると同時に、トラギコの前に紙コップに入ったコーヒーが乱暴に置かれた。
溶けきっていない角砂糖が薄茶色のコーヒーの表面から飛び出しており、極めて強い悪意を感じた。

(=゚д゚)「わりぃな、次はジィを呼んでくれラギ。
    ……俺が持ってきた証拠品と一緒にな」

トラギコは決してヅーの事を過小評価している訳ではない。
彼女は努力家であり、そして研究家だ。
彼女が長官に任命される前に取り組んでいた事が警官達の人相と人間性の把握であり、何かを得るために相応の努力をする事は知っている。
だからこそ、彼女をからかうのはもうおしまいだ。

ここから先、トラギコがする話はジュスティアだけに限らず、多くの街を巻き込むことになる。
いや、街だけならばまだいい。
彼の予想では、世界を巻き込む大きな事件に発展する可能性が大いにある。
彼が所属する部署、“モスカウ”はそういった難事件や組織を取り締まる事を目的に設立され、誰もがそのために働いているのだ。

ヅーは内線を使い、トラギコの要求通りジィを呼び出した。
今のトラギコは唯一の生き証人であり、複数の事件に関する貴重な情報を持っている人間だ。
彼の言葉に逆らう意味がない以上、例え長官であっても指示には従うしかない。
十数分後、長官室の扉を開いてジィが現れた。

彼女の手には大きなスーツケースが握られている。

爪゚-゚)「持ってきたぞ」

(=゚д゚)「じゃあそいつを見ようか」

ケースを受け取り、テーブルの上に乗せる。
重みでテーブルが軋んだ。

949名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:12:53 ID:P5VaBOs60
(=゚д゚)「これは誰も開けてないラギね?」

爪゚-゚)「お前がそう言ったんだろ」

(=゚д゚)「念のためラギよ。
    ……こいつは、ティンカーベルで使われた棺桶の一部ラギ。
    勿論、それ以外の場所でも使われたことが分かっているが、まぁ、見た方が早いラギ」

ケースを開き、そこに収められていた部品を取り出した。

(=゚д゚)「白いジョン・ドゥ。 しかも起動コードが違うラギ」

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              _ノ -‐-      _ '、
           r '"  /⌒`  / ̄   ¨i!
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       ̄""''ヽ   V`ヾik{_{i'⌒     ,,-‐ヽ
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それは、黄金の大樹をモチーフにしたエンブレムを持つ、ジョン・ドゥの頭部だった。
ヘルメット部に輝くエンブレムを見て、ツー、そしてジィは息をのんだ。
彼女達はそれに見覚えがあった。
無論、そうであろうことはトラギコの予想の内であり、この証拠品がトラギコの言葉を後押ししてくれることを確信していた。

(=゚д゚)「見た事、あるラギね」

(*゚∀゚)「……話せ、トラギコ」

爪゚-゚)「……」

長官、そして副長官がトラギコを睨みつける。
出し惜しむつもりはない。
トラギコは彼女達、そしてジュスティアの理解と協力を得るためにここにいるのだ。
机の上にある書類に一瞬だけ目を向け、確認をしてから視線を前に戻す。

(=゚д゚)「フォレスタ、ニクラメン、オアシズ、そしてティンカーベルで使用されたのを確認しているラギ。
    そこで何が起きたのかは、アサピーに渡してある報告書の通りラギよ」

机上にあった資料は、アサピーに持たせていた報告書の写しだった。
あの短時間で報告書をコピーしたこともそうだが、それに全て目を通したであろうこの場の人間がトラギコにとっては頼もしかった。

(*゚∀゚)「一点追加だ。 その棺桶、ジュスティアでも使用されている」

950名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:14:39 ID:P5VaBOs60
(=゚д゚)「……話が分かりそうで助かるラギ。
    なら分かるだろうが、この棺桶は個人でどうこう出来るレベルの代物じゃねぇラギ。
    大規模な組織が関わっているのは間違いないラギ。
    さっき“ゲイツ”が全滅したと言ったが、出発の段階で隊長以外はほぼ入れ替わった後ラギ。

    どういうことか分かるラギ?」

その言葉を投げかけられたブームは、トラギコが持つジョン・ドゥの頭部を見つめながら、静かに言った。

|  ^o^ |「つまり ジュスティア内で 殺されて 入れ替わった と」

(=゚д゚)「正解ラギ。 ワタナベ・ビルケンシュトックって女がゲイツの中にいたから間違いないラギ」

爪゚-゚)「ワタナベ……だと?」

その名前に反応したのは意外なことにジィだった。

爪゚-゚)「冗談だとしたら笑えないな。 そいつは、本部のモスカウ――難事件解決専門の部署――が追ってる快楽殺人鬼だ。
    ジュスティアにそんな女が入り込むなど、有り得ない」

(=゚д゚)「だが事実ラギ。
    この街で会ったから間違いないラギ。
    キャメルストリートの536って店ラギ」

|  ^o^ |「貴様 まさか 逮捕しなかったのか?!
     女を 相手に 油断する ような――」

(=゚д゚)「あの女がどういう女か知っているんなら、酒場で奴が何をするか想像ぐらい出来るだろ。
    あいつはニクラメンでプレイグ・ロードを使っていたラギよ。
    第一、あいつをモスカウが追ってるなんてのも今聞いたことラギ」

プレイグ・ロード。
その悪名、そして非人道的な兵装については威力も合わせて報告書にまとめ――アサピーに書かせた――が済んでいる。
民間人を相手に容赦なくそれを使える人間は、感情的になった時が最も恐ろしい。
536でそういった兵器を使われる可能性を考えれば、あの場は相手を興奮させるようなことはしない方がよかったのだ。

実際、彼女を逃した結果得られた情報は極めて有用な物が多かった。
そして命を救われたことも合わせて、トラギコはワタナベを今はまだ泳がせた方がいいと考えている。
無論それを口にすれば、目の前で憤っている男は更に激憤するだろう。

(*゚∀゚)「このトラギコは確かに粗暴だが、女相手に手を抜いたりするような奴じゃない。
   私が保証する」

思わぬところからの助け舟に、トラギコは思わずその声の主を見た。
記憶が確かなら、女犯罪者の顔が変わるまで殴った時、彼女はトラギコを罵倒したはずだ。
意外なことが信頼につながる物だと、トラギコは感心した。

(*゚∀゚)「それに、問題はそこじゃない。
   トラギコ、その女、ジュスティアに入り込んでいたのは事実か?」

951名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:15:50 ID:P5VaBOs60
ツーは状況を理解していた。
問題はトラギコがワタナベを逃がしたことではなく、どのようにしてワタナベがこの街に入って来たのか、だ。
快楽殺人鬼としてジィが知っているレベルの人間であれば、この街に入り込むことはまずもって不可能なはず。
スリーピースを力ずくで突破したのではないことぐらい、流石に頭の固い軍人でも分かるだろう。

(=゚д゚)「間違いねぇラギ。
    このジョン・ドゥを使う組織、ジュスティア内に潜り込んでいるラギよ」

沈黙が部屋に訪れた。
どこかに置かれた時計の針が時を刻む音が静かに続く。
トラギコはコーヒーを飲み、息を吐いた。

(*゚∀゚)「お前の言わんとすることは分かった。
    お前の言葉が全て事実だとして、そいつらの目的は何だ?」

(=゚д゚)「俺が知るわけないだろ。
   それを調べるためには、まだ時間が必要ラギ。
   俺の捜査を邪魔するなよ」

(*゚∀゚)「お前次第だ。
    ……ところで、デレシア、という人間の名前を聞いた事は?」

その名前は良く知っているが、どうしてそれが彼女の口から出て来たのかが分からない。
トラギコは咄嗟に嘘を吐いた。
報告書にも名前は載せにいるのは、別に恩義があるからではない。
ここでジュスティアが絡んでくると、デレシアに関する手がかりを逃す可能性が高いからだ。

(=゚д゚)「聞いたことねぇラギな。
    誰ラギ?」

(*゚∀゚)「これまでの一連の事件に関わっているとされる人物の名前だ。
    ニクラメンの事件を起こしたというタレこみがあった」

それについてはトラギコも考えていた。
あのビルで起きた爆破事件に関する証拠品はないが、まず間違いなくデレシアが関係していると言っていい。
実行犯か否かは重要ではない。

(=゚д゚)「へぇ…… ちなみに、誰からのタレこみラギか?」

(*゚∀゚)「内藤財団の西川・ツンディエレ・ホライゾンだ」

(=゚д゚)「デレシアってのは、どんな奴ラギ?」

思いがけないところでデレシアの名前が出てきたこともそうだが、内藤財団副社長の名前が出た事にも驚きがあった。
やはり、トラギコが思った通りティンバーランドという組織は、かなり巨大な規模の組織と考えた方がいいだろう。
後援に彼女がいるのか、それとも財団がそうなのか。
それはまだ分からないが、調べるべきは内藤財団であることが分かった。

952名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:17:54 ID:P5VaBOs60
しかし、トラギコにとっては内藤財団の情報よりもデレシアに関する情報の方が欲しかった。
人間離れした強さを持ち、旅をする謎の多い女。
トラギコがオセアンで担当することになった事件の主犯と睨んでいる人物だが、あまりにも謎が多すぎ、その正体を推測する事すら出来ないでいる。

(*゚∀゚)「……ジュスティアの歴史を紐解けば、必ずその名前に突き当たる。
    一部の人間だけが知る女の名前だ」

(=゚д゚)「ほぅ」

(*゚∀゚)「問題なのは、デレシアという女が数千年前の歴史に名を残してるという点だ。
    その女の正体如何で、捜査が変わってくる」

人の名前など、いくらでも被るものだ。
数千年どころか数億年前の人間と同じ名前があったとしても、何一つ不思議はない。
同一人物でもない限り、気にする必要はない。
そう言うべきなのに、トラギコは何も言えなかった。

――デレシアと云う旅人について、トラギコは何一つとして正しい情報を知らないのだから。

(*゚∀゚)「もしもその女を見つけたら、参考人として連れてこい。
    もしくは近くの警官に引き渡すんだ」

(=゚д゚)「見つけたらな」

(*゚∀゚)「そうしてくれ。
    さて、次の話だ。
    ティンカーベルでの一件、詳細を聞こうじゃないか」

実際、トラギコにとって今回の報告の中で最もやりにくいであろうと推測していたのが、ティンカーベルでの事件だった。
ショボン・パドローネ、ジョルジュ・マグナーニそして脱獄犯。
あまりにも多くの情報がありすぎるだけでなく、彼を困らせているのはすでに内通者の影を見つけてしまっていることだった。
どこから話せばいいのか、そう考えたトラギコはまずショボンの事から報告を始めることにした。

(=゚д゚)「まずはオアシズ、そこから話をしなきゃならねぇラギ」

今日はいつにも増して長く、そして充実した一日になりそうだった。

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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】

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警察本部の前に、一台の大型バイクが駐車されていた。
三つ目のライトは猛禽類の眼のように鋭く、車体を覆うカウルは、空気力学は勿論、航空力学をも参考に設計された物だ。
このバイクは世界に現存する僅か三十台の内の一台で、最も状態がよく、現役で走っている唯一の車輌だった。
その価値を知る人間は少ないが、その堂々とした佇まいは道行く人間の目をくぎ付けにした。

953名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:19:30 ID:P5VaBOs60
開発名、Ideal――アイディール――はこの世に誕生したバイクの中で、世界最高の物と言っても過言ではない。
アイディールは大昔、人類がまだ科学と技術で栄華を誇っていた時代に作り出された、バイク乗り達にとっての理想形として設計され、生み出された。
搭載された人工知能は乗り手の好みや癖を理解し、自動的に操縦者の状況と環境に合わせて運転の最適化を行う。
例えば乗り手が背の低い女子供であればそれに合わせて車高を低くし、悪路を走破する際には車高を高くすることもサスペンションを柔らかく設定することもある。

個を理解するという概念、そして自己理解による進化を可能にした人工知能は、後にも先にも、バイクの中で搭載したのはこのアイディールだけだった。
このバイクには開発名とは別に、個体を識別するための名前が個人によって与えられていた。
それはその人工知能にとって、初めての経験だった。
これまでのどの持ち主も、バイクを道具として扱い、開発名以外の名前は呼ばれたことが無い。

たった一人、ある少年を除いては。

(#゚;;-゚)

一人の少年にディ、と名付けられたバイクは周囲の状況と現在地から、ここがジュスティアであることを認識していた。
前の持ち主がこの街の出身者で、ここを何度も走った事がある。
その時と街並みは少しだが変化をしており、地図の更新が必要だった。
無駄だと分かりながらも、短距離通信を行い、周囲にいる同型機からの情報共有を求める。

予想していた通り、返答はなかった。
何度か世界を巡った際にも応答はなかった。
現存するアイディールは金持ちにとっての鑑賞品となり、本来の用途で使われているのは自分だけだろう。
制作された日から現在までの時間を考えれば、それも当然だった。

(<::ー゚::::>三)「お待たせ、ディちゃん」

名を呼ばれ、ディはエンジンを始動させた。
その声は名付けた少年と親しい女性で、これまでの所有者の中で最も腕のいい人間だった。
そして、初めてディの声に気付いた女性でもあった。

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(<::ー゚::::>三)「お出かけしましょう」

その言葉でディはスタンドを自ら外し、声のした方に向かって走りだした。
ディは完全自動運転、そして二輪にも拘らず自動自立走行が可能だった。
独りで走り出すバイクを見て、通行人たちが驚きの目でディを見る。

(<::ー゚::::>三)「いい子ね」

954名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:21:03 ID:P5VaBOs60
ディはカーキ色のローブをまとい、フードの下で笑みを浮かべる女性の前で停車した。
その女性こそが、ディの今の所有者だった。
名前は、デレシア。
詳しいことは、よく分からない。

(<::ー゚::::>三)「安心して。ブーンちゃんも一緒よ」

その名を聞いて、ディはエンジンを吹かし、喜びを露わにした。

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      撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】

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ヒート・オロラ・レッドウィングは花屋のバックヤードで迎えが来るのを静かに待っていた。
殺し屋だった過去を持つ彼女でも問題なくジュスティアの街に入る事が出来たのは、トラギコの機転と協力があったからだ。
店の主人二人はどうやらトラギコと知己の仲であるらしく、詮索も何もせず、三人を受け入れてくれた。
この後に待ち受けているのは、エライジャクレイグを利用してラヴニカに向かう事だ。

先日の一件でヒートの棺桶である“レオン”は左腕に重大な損傷を受け、使えなくなっている。
それを修理するためにデレシアは目的地をラヴニカへと設定し、手段としてエライジャクレイグを選択した。
ラヴニカに行ったことはないが、どのような街なのかは聞いたことがある。
複数のギルドが混在し、職人気質な人間達が肩を並べる街。

発掘された棺桶は勿論、DATなどもその街に運び込まれることが非常に多く、修理や改修も行えると聞く。
何か目的のある旅ではない為、遠回りという事もない。
ヒート自身も右肩を骨折しており、満足に戦える状態ではない。
左手だけで銃を使えばいいが、やはり、利き手を使えないのは手痛い。

一カ月もすれば骨は治るだろうから、己の負傷については不安にならなくてもいいだろう。
しかし、ヒートはティンバーランドが手段を選ばないようになってきていることに、不安を感じずにはいられなかった。
不安の対象は、やはり、まだまだ子供であるブーンを守り切れない事だった。
今の状況で何か起きたら、ヒートは戦力として使い物にはならない。

彼が何か危険に巻き込まれる可能性は極めて高く、ヒートやデレシアのように武力である程度解決できる力はない。
今はまだ誰かに守られなければ、ブーンは生きていくことも世界を歩く事さえ出来ない。
最近は技術を身につけているが、それでも、武器や兵器を使う大人には勝てない。
実質、デレシアがヒートとブーン二人を守らなければならない状況であるため、極めて危険な状況であることは間違いない。

列車という閉鎖的な空間は、オアシズで起きた事件を想起させる。
逃げ場のない空間で襲われたら、反撃する以外に身を守る方法はないのだ。
最終目標や目的地の無い旅であるため、何も焦らなくてもいい事は重々承知している。
これ以上ティンバーランドの人間が彼女達を狙わなければ、ブーンの成長を見守りながら穏やかに余生を過ごすことも悪くはない。

だが、それだけでは駄目になってしまった。
ティンカーベルで遭遇した母親、クール・オロラ・レッドウィングを殺すという目的が生まれてしまった。
ヒートの弟、そして父を殺したあの女をこの手で殺さなければならない。
その激情に憑りつかれた結果がこの怪我であることは分かっているが、気持ちが萎えることはない。

955名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:22:02 ID:P5VaBOs60
今もまだあの女を殺したくて仕方がないのだ。

(<:: ´ω::>)「ヒートさん、おはな……です……お」

物思いにふけっていると、ブーンがおずおずと歩いてきた。
彼の手には鮮やかな赤色の小ぶりな花束が握られている。
微妙に色が異なる複数の花が束にされ、ところどころに白くて小さな花が見えている。
店主が気を利かせてブーンに持たせてくれたのだろうか。

(<:: ´ω::>)「あの……これ……」

ノパ⊿゚)「ん? どうした?」

(<:: ´ω::>)「これ、ヒートさんに……」

花束を差し出され、反射的に屈んでそれを左手で受け取る。
花の芳香がふわりと漂ってきた。
生まれて二十五年を迎えているが、異性からこうして花束を貰ったのは初めての事だ。

(<:: ´ω::>)「おねーさんたちに……おねがいして、あの……つくってもらって……」

ノパ⊿゚)「お、おう」

驚いたのはブーンの行動力だった。
あれだけ人見知りが激しい彼が、全くの初対面の人間に話しかけたのだ。
ジュスティアは人種差別の激しい街であることは事前にデレシアから伝えられていたのにも関わらず、だ。

(<:: ´ω::>)「ヒートさん、げんきないから……」

ブーンの小さな手が、ヒートの頭に乗せられた。
そして優しく撫でられた。

(<:: ´ω::>)「げんき、だしてください」

ノパー゚)「ははっ、まいったな……」

元気づけたりしなければならない立場だと思っていたが、どうやら、ブーンは思った以上に成長を遂げているようだった。
旅の中で彼が成長していく様は、やはり、ヒートにとっては我が事のように嬉しいものがあった。
まさかこうして、慰められるとは思いもしなかった。
ブーンの手を取り、ヒートは彼を抱きしめた。

店の裏口から静かなエンジン音が聞こえてきたが、ヒートの心はそれに向けられることはなかった。
その時ばかりは、彼女の心の中にあった増悪は微塵も姿を見せなかった。
あるのは、愛おしいという感情だけだった。

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     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】

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956名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:23:05 ID:P5VaBOs60
ζ(゚ー゚*ζ「……あらあら」

裏口から入ってきたデレシアは、ブーンを抱きしめているヒートを見て思わず頬が緩むのを禁じ得なかった。
どうやら、二人の仲が更に親密なものになったようだ。
ヒートの手に小さな花束があることからある程度の推測をし、特に何かを言う事はしない。
どれだけ強くても、人間は完璧に強く在り続けることはできないのだ。

二人分のヘルメットを手に、デレシアは二人の様子を少し見守ることにした。
焦る旅ではない。
目的などあってないような旅なのだ。
ならば今は、二人の成長を見守ることに時間を割いても何ら問題はない。

仮にこの場にティンバーランドの人間が攻め入って来ても、デレシア一人でも対処できる。

ノハ;゚⊿゚)「おっ?!」

(<:: ´ω::>)「おっ?」

ζ(^ー^*ζ

ようやくヒートがデレシアの存在に気付いたのか、ブーンと共に奇声を発した。
ブーンは最初から気付いており、ヒートの声に驚いた様だ。
二人分のヘルメットを掲げ、デレシアは笑顔を浮かべる。

ζ(゚ー^*ζ「そろそろ行きましょうか。
      準備はいい?」

ノパ⊿゚)「あぁ、あたしはOKだ」

(<:: ´ω::>)「だいじょうぶですおー」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートちゃんにお花をあげたの?」

(<:: ´ω::>)「はいですお」

これまでの旅を通じ、ブーンが花をプレゼントという考えを自ずと導いたとは考えにくい。
となれば、第三者の助力があったと考えるのが自然だ。

ζ(^ー^*ζ「いいセンスね。
       お花屋さんが選んでくれたのかしら」

(<:: ´ω::>)「おー、そうですお」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとお礼を言ってくるから、二人とも先にディちゃんのところにいてちょうだい。
      ブーンちゃん、ヒートちゃんのお手伝いをお願いするわね」

(<:: ´ω::>)゛

ブーンは頷いて、ヒートと共に店の裏口から外に出ていった。
残ったデレシアは店先に向かい、二人の女店主に声をかける。

957名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:24:25 ID:P5VaBOs60
ζ(゚ー゚*ζ「いきなり来た上に、色々とごめんなさいね」

( ゚ー゚)「いえ、いいんですよ。
    もうお出になりますか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、迷惑をかけるわけにはいかないもの。
      そこにある小さなヒマワリを二輪いただいてもいいかしら」

 ∞
( ゚ー゚)「ありがとうございます。
    十セントになります」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。
      ……はい、お釣りはいらないわ」

デレシアは店員の手に、百ドル金貨を一枚乗せた。

 ∞
(;゚ー゚)「えっ?! これはもらいすぎです」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、正当な対価よ。
      ちゃんとお手入れをしたお花なのは見ればよく分かるわ。
      それに、貴女達があの子に選んでくれた花束、とても素敵だったもの」

(;゚ー゚)「でも、流石にこれは……」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、一つだけお願いをしてもいいかしら?
      多分今夜、トラギコはここに立ち寄るから、その時に美味しいものをご馳走してあげてちょうだい」

花を受け取り、デレシアは軽く礼をしてその場を去った。
実際、二人の仕事は丁寧で良いものだった。
本来、ジュスティアの人間ならば不審者を匿ったりはしない。
だが二人はトラギコの頼みを受け入れ、更にはブーンとヒートの距離をより一層縮める手伝いをしてくれた。

その報酬については、バックヤードに置手紙と共に置くことにした。
彼女達を経由してトラギコにも礼が出来れば御の字である。
扉を開くと、店の外に停めておいたディの前に二人は立っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ。
      はい、これはブーンちゃんに。
      それでこっちは、ディちゃんに」

そう言いつつ、デレシアは先ほど買ったヒマワリをブーンに手渡し、もう一輪をディのスクリーンの前に置いた。
極めて性能のいいウィンドスクリーンであるため、ここに置いておけば風で飛ばされることはない。
ヘルメットを被り、ディに跨る。
ディのメーターの色が変化し、感謝の意を示した。

958名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:27:20 ID:P5VaBOs60
二人が乗りやすいよう、自動で車高が下がる。
ヒートがタンデムシートに座るのをブーンが手伝い、最後にブーンがタンクの前に座る。
そして車高が元の高さに戻り、デレシアはギアを入れてアクセルを捻った。
エンジンが静かに唸りを上げる。

三人と一台は次の目的地に向かい、走り出した。

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            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

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ジュスティア駅には複数の線路が走り、複数のプラットホームがあるが、スノー・ピアサーが停車している場所を見つけ出すのは極めて容易だった。
人だかりとカメラのフラッシュを見つけ出せば、この場に初めて来た人間でも見つけられる。
記者会見後、乗車を開始したスノー・ピアサーの前には鉄道ファンや記者が大勢詰め寄せ、写真撮影をしていた。
他に類を見ない新型車両はその性能の詳細を未だに発表しておらず、人々の好奇心と想像力を掻き立てた。

(ΞιΞ)「乗車券を」

駅員はこれまでにない人だかりの中で、淡々と業務をこなしている。
偽造不可能と称される乗車券を確認し、客を一人一人見てから乗車をさせ、不審者が入り込まないよう細心の注意を払っていた。
その補佐として、ジュスティア警察からも武装した警官が派遣され、様子を見守っている。
実際はジュスティアとエライジャクレイグは契約関係にないため、このような事をする義理はない。

だが、エライジャクレイグを利用するとスリーピースを通過しないという問題が発生する為、せめて乗車の際に不審な人間がいないかを確認する必要があった。
ニクス・バーキンは最も高額な特別車輌を担当することになり、他と比べて楽な仕事に内心で大喜びをしていた。
この高級車輌は他の寝台車とは違い、一両を個人の寝台として使う事が出来る。
その為、金持ちしか利用できない事から人はまばらで、しかも行儀がいい。

中途半端な金持ちは荷物を積み込めと命令をしたりするが、この車輌を利用する人間はそもそも大荷物を持ち歩かない。
荷物は特別車輌に供え付いている巨大なスペースに置けばいいのだ。
その日、スノー・ピアサーに一番の荷物を持ち込んだのは、ニクスが担当した客だった。

ζ(゚ー゚*ζ「荷物はどこに預ければいいのかしら?」

最初、ニクスはその女性の美貌と美声に心を奪われたが、後ろに控えていた大型バイクを見て正気に戻った。
見たことのないバイクだが、それが高級かつ普通ではないことはすぐに分かった。
スタンドはおろか、誰も乗っていないのにバイクが自立しているのだ。
かなりの大荷物を積載しながらも、まるでバランスが崩れる様子もない。

スノー・ピアサーと同じように、多くの技術が使用されているバイクに違いない。
そんな相手に無礼な真似は間違っても出来ない。

(ΞιΞ)「あ、あちら……です」

思わず上ずった声を出しながらも、彼は寝台車の後ろにある空間を指さした。
これを果たして乗せられるか、それが心配だった。

959名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:29:27 ID:P5VaBOs60
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。
      じゃあ、またね」

女性がバイクに手を振ると、バイクはゆっくりと走り出し、タラップを上って車輌に入って行った。
誰も運転していないのに、とニクスは己が正気であることを確認する為、何度も瞬きをした。
夢でも何でもない、現実だった。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、三人分」

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                             、 {                     /
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乗車券を三枚渡され、ニクスは一応人数を確認した。
赤毛の女性と、ニット帽を被った少年が一人。
特に問題はなさそうだった。

(ΞιΞ)「では、どうぞ」

半ば放心状態だったが、どうにか三人を車輌に案内することは出来た。
一人で走るバイクというのがこの世にある事を知り、ニクスは己の見識の狭さを知った。
規格外の金持がいるのと同じように、規格外の乗り物が存在するのだ。
例えば、目の前にあるこのスノー・ピアサーもそうだ。

強化外骨格という兵器を、まさかこうして交通の手段に変えるなど、誰も思いつきもしない。
発想というのは人間次第でいくらでも広がり、実現するのだ。

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             制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】

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スノー・ピアサーの特別車輌の乗客には個室が割り当てられ、その広さは三人で過ごすには最適な広さだった。
ホテルの一室、とまでいかないが、ベッドやシャワーがあるのは嬉しい。
食事は食堂車輌に向かえばよく、特に不自由はしない。
一般車両は二階建てで一両に八人が寝泊まりする為、この部屋よりも半分以下の広さしかない。

960名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:31:26 ID:P5VaBOs60
一人旅であればそちらで十分だが、三人旅ならばやはり、この大きさの部屋が一番だ。
一両を使い切る事が出来れば、人目を気にすることなく旅を楽しめる。
更に、食事を内線で依頼することも出来る為、ブーンを迂闊に人目にさらさずに済むというメリットもある。

(∪*´ω`)「おー」

ニット帽を外し、ブーンはようやく一息つく事が出来た。
彼は耳付きと呼ばれる人種で、人間の耳の代わりに垂れ下がった犬の耳を持っている。
身体能力も人間離れしており、彼の耳と鼻、そして筋力は大人をも凌ぐものがある。
部屋に入ってからすぐにローブの下で尻尾が揺れ、驚きと喜びが現れた。

ノハ;゚⊿゚)「おおぉう!」

ヒートも同じように驚きを口にした。
外装に窓が存在しないが、部屋から外の様子は驚くほどに見える。
壁があるはずの場所は透き通り、外の様子が全て見通せる。
継ぎ目のない外の景色は解放感に溢れ、列車の旅を退屈なものにさせない。

無論、外からは白い外装しか見る事が出来ない。
これは強化外骨格の演算装置を駆使して作られた映像であり、スノー・ピアサーの特徴でもあった。
一切の遅延なしに映像を同期させるこの技術は、デレシアの知る強化外骨格としての“スノー・ピアサー”の持つ力の一つだった。
豪雪地帯での高速戦闘に特化して作られたスノー・ピアサーは本来、全身をこの列車のような装甲で覆い、高周波振動発生装置を用いて雪の中を苦も無く移動する。

カメラが雪で覆われることを想定してスノー・ピアサーは全身に極小のカメラを取り付け、周囲の映像を使用者に見えるように工夫されている。
それをここまで巨大な構造物に用いるとなると、相当な技術が必要になるはずだ。
同じ技術自体は存在しているため、スノー・ピアサーを使う必要はないが、それでもかなりの金がかかっただろう。
シャルラへの高速鉄道需要は確かに存在しているが、ここまで金をかける必要はあるのだろうか。

採算を取る事の出来る算段があるからこそ、この列車を作り出したに違いない。
ブーン達が部屋の中を見ている中で、デレシアは新聞が置かれているのに気付き、その見出しに眉を潜めた。
内藤財団による、世界統一単位の発表。
新聞を開き、目を走らせる。

ζ(゚-゚ ζ「……」

新単位は世界中で採用され、すでにほとんどの街で置換が始まっているらしい。
ここまで唐突な発表にもかかわらず賛同者が大勢いるという事は、かなりの時間をかけて浸透させていたのだと分かる。
業腹だがブーン達にも新単位を学ばせ、適応してもらうしかない。
単位がヤード・ポンド法から切り替わるのは実に喜ばしい事だが、作為的な何かを感じる点が気に入らなかった。

人間が自力でそれを導き出したのならばいい。
それは人間の進歩であり進化である。
しかし、偽りの進化は歓迎できない。
今しばらく動向を見て、ティンバーランドの動きを予想しておいた方がいいだろう。

芽吹く前に潰すのは容易だが、思いがけない場所に根を張っていると再び彼らが現れないとも限らない。
潰すのであれば一気に、何もかもを、一切の容赦なく。
いつまでも叶わない夢を見せる組織が再興することなどないように、徹底的に滅ぼさなければならない。

ノパ⊿゚)「なぁ、ラヴニカについて訊きたいんだが、いいか?」

961名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:33:02 ID:P5VaBOs60
ヒートの言葉で意識を切り替え、デレシアは答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「私に答えられる範囲でならね」

ノパ⊿゚)「いくつもギルドがあるって話だが、どこに持って行けばいいのかは分かるのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、棺桶の修理が一番上手い所に持って行くわ。
      ただ、あの街はちょっとギスギスしている事が多いから、そこがネックね。
      ま、どうにかなるわ」

人が支配する組織である以上、やはり、衝突は避けられない。
ラヴニカでは水面下での探り合いや衝突があり、死人がよく出る。
観光客は護衛を生業としているギルドで腕の立つ人間を雇い、ガイドブックにない場所には決して近づかない。
長生きをしたければそうするべきだし、街の情勢について無知なのであれば当然だ。

ギルド同志の争いに巻き込まれないようにするためには、ギルドを知らなければならない。
棺桶の修理を依頼することは、実際、ほぼ全てのギルドで行える。
しかし、それをどこに持って行くのかによってその後が変わってきてしまう。
格安のギルドに持って行けば、その商売敵が機嫌を損ねるし、高額なギルドを選べばそれを面白く思わないギルドが腹を立てる。

目的によってギルドを慎重に選ばなければ、修理どころではなくなってしまう。
閉鎖的な部分と開放的な部分が入り混じる街、ラヴニカ。
混沌とした雰囲気の部分もあるが、常に活力に満ちているその街がデレシアは好きだった。
群雄割拠、という点で言えばデレシアの故郷に似ていない事もない。

以前までは一カ月以上の時間を要した旅も、スノー・ピアサーを使えば一週間もあれば到着するだろう。
道中、何事もないことを願うばかりだが、ティンバーランドが何もしてこないとは思えない。

ノパ⊿゚)「頼もしい限りだ。
    あんたがいて助かるよ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、私も貴女がいて助かってるわよ、ヒートちゃん。
      ブーンちゃんも、いてくれてとても助かるわ」

(∪´ω`)゛

気恥かしそうに頷き、ブーンは外の景色に目を向けた。
どうやら、ここからの眺めが気に入ったようだ。

ノパ⊿゚)「そういや、トラギコは大丈夫なのか?
    あいつ、あんたの事をずっと逮捕したがってたが、この列車に誰か呼んでないとも限らねぇだろ」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、ああ見えて、結構律儀な人なのよ」

もっと言えば、トラギコは律儀で愚直な男だ。
かつてのジョルジュ・マグナーニがそうであったように、トラギコもデレシアを追おうとしているのは分かっている。
それでも彼は、状況を読んで行動を切り替えるだけの自制心があった。
ティンバーランドが如何に巨大な組織であるか、その断片を見ることになったティンカーベルでの一件により、トラギコは一時的にだがデレシアから目を逸らすことにしたのだ。

962名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:34:57 ID:P5VaBOs60
味方であれば頼もしく、敵であればこれほど厄介な人間はそういない。
彼は実に優秀な警官だが、優秀すぎることによる弊害で寿命を縮めなければいいのだがと、デレシアは切に思う。
ジョルジュと同じ道を辿るのであれば、それは極めて悲しい話だ。

ノパ⊿゚)「そういうもんかね」

ζ(゚ー゚*ζ「そういうものよ」

その時、デレシアは車外に並ぶ一人の男に気が付いた。
男の視線は正確にデレシアの方へと向いている。

ζ(゚ー゚*ζ「……あら」

その男は、何も見えないはずの外装を通してデレシアの姿を見ているかのようだった。

( ゙゚_ゞ゚)

オセアンで死んだと思っていた男が、そこに立っていた。
“葬儀屋”と呼ばれる腕の立つ人間らしかったが、その実、ただの雑魚だったことをよく覚えている。
しかしどうにも様子がおかしい。

ノパ⊿゚)「あの男、知り合いなのか?
    ってか、こっちを見てるぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「オセアンのビルから落としたんだけど、生きてたみたいね」

恐らく、運よくビルの下に停まっていた車にでも落ちたのだろう。
高所からの落下の衝撃を車が吸収し、更には棺桶も装着していたことと相まって、彼の命を救ったに違いない。
悪運の強い男だが、この場にいるのは果たして偶然か、それとも何者かが描いた必然か。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、面白くなりそうね」

(∪´ω`)「おー」

そして三十分後。
定刻となり、オルゴールのチャイムが車内に響いた。

『それでは発車いたします。
皆さまのご協力、誠に感謝いたします』

静かに、そして大きくスノー・ピアサーが動き出す。
車輪が回り、巨大な車体が進みだす。

『これより皆様と旅を共にするのは、ジャック・ジュノ。
次の停車駅はジャーゲン。
ジャーゲンに停車いたします』

スリーピースを通り抜け、スノー・ピアサーは海岸沿いへと出た。
空は青く、雲は白い。
波は穏やかで風は微風。

963名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:36:16 ID:P5VaBOs60
ζ(゚ー゚*ζ「ふふ……」

デレシアははしゃぐ二人を見守りつつも、水平線の向こうに目をやる。
そこにあるものを確かめるように。
入道雲の果てに浮かぶ何かを見つめるように――

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     _i'vk_      ....,,,,,;:;           _i^i三i      .rIi^i:::| |=i=i=i=i=|
      |ーi|:lll|l                     |三l三|       |iil :liii| |=i=i=i=i=|
      |iiiI|:lll||                     _|三l三|__     |iil :liii| |=i=i=i=i=|
     _|iiiI|:lll|l     。                 |三:|三::|::|__.    |iil :liii| |::,==、===.、
      | ̄| ̄ |:┐   |              |三:|三::|::l::_l__l__ :liii| | |≡:|≡≡|
      |==| ==|ロl   li,     ,..、----:、   ,..、┴‐‐:、I:::| |三l l三|:::|Iiii| | |≡:|≡≡|
      |==| ==|ロl  _hi!. ┌: |=| ==== |i===i|| ==== | ̄| |三l l三|:::|Iiii| | |≡:|≡≡|__
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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――ギルドの都、ラヴニカ。

最盛期は数千のギルドでひしめき合っていた街だが、今はそれも落ち着きを取り戻し、数百のギルドに収まっている。
街を束ねているのは複数のギルドの連合であり、彼らは街の利益のために決め事や祭事を行っていた。
理外の一致こそが彼等にとっての最大の目的であり、対立や排除はとうの昔に超越していた。
切磋琢磨し合う環境から生まれる様々な恩恵が街の発展を助長し、かつてあった排他的思考は消えつつある。

ギルドの連合による不可侵の取り決め――ギルドパクト――は形を成し、百年以上の平安をもたらしている。
しかし、街の中には今、対立の空気が生まれようとしていた。
ギルドパクトを破らんとするギルドが現れ出したのだ。
弱小のギルドが結束し、街の在り方を変えようと声を大にしているのだ。

これがただの弱小ギルドだけであれば、雑魚の蒙昧と軽くあしらわれるのだが、扇動しているギルドが問題だった。
最古参のギルドの一つ、“キサラギ”が先頭に立っているのだ。
街の観光や交通を束ねるギルドが何故、そのような事を言いだしているのか。
そして、何故今になって反旗を翻すような真似をし出したのか。

その背後に内藤財団の影があることに、まだ、誰も気づいていない。

964名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:38:30 ID:P5VaBOs60
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

            Ammo→Re!!のようです
    Ammo for Rerail!!編  序章【Train of beginning -始まりの列車-】 了

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

965名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 09:40:12 ID:P5VaBOs60
これにて投下はお終いです

質問、指摘、感想などあれば幸いです

966名も無きAAのようです:2018/12/29(土) 13:32:49 ID:J3luTgRg0
年内に投下来てすげえ嬉しい、めちゃくちゃ乙
デレシアが何者なのかまじで気になりすぎるな

967名も無きAAのようです:2018/12/30(日) 20:08:50 ID:4ZQF7kuE0
乙。相変わらず気になる引きだ

>>940

"気の抜けた返事を死"って部分は変換ミスかな?

>>948

"トラギコは決してヅーの事を"
"ヅーは内線を使い"

のヅーってツーの事かな?

968名も無きAAのようです:2018/12/30(日) 22:00:13 ID:3QlFcZec0
>>967
わわわ……死人が蘇ってしまっていた……!!
いつもありがとうございます……!!

969名も無きAAのようです:2019/01/03(木) 10:10:30 ID:.xv8yjxo0
今回の話も楽しみすぎる
どういう展開になるのかわくわくする

970名も無きAAのようです:2019/01/15(火) 23:27:36 ID:XYe28ac.0
ツーが本格的に絡んできたか
やっぱ組織のトップが動くとワクワクするね
次も待ってる

971名も無きAAのようです:2019/02/01(金) 21:08:47 ID:7AvZWAQo0
明日の夜、VIPでお会いしましょう

972名も無きAAのようです:2019/02/02(土) 00:08:27 ID:trnxRgxc0
楽しみにしてるぞ!!

973名も無きAAのようです:2019/02/02(土) 15:34:03 ID:LhfvVxHU0
うおおおお!!

974名も無きAAのようです:2019/02/03(日) 21:56:56 ID:gcv9OuRY0
次スレです
Ammo→Re!!のようです
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1549198601/

975名も無きAAのようです:2019/07/30(火) 08:04:51 ID:bHMOUkNk0
Amro→Rei!のようです


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