したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:17:16
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

========================

2 ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:17:49
【キャラクターテンプレ】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【パートナーモンスター】

ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【使用デッキ】

合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。

カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。

3崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:18:54
『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
 当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

魔法機関車の客車の中で、車掌のボノがいつも通りに到着のアナウンスをする。
あまりに様々なことがありすぎた、キングヒルでの濃密な一日。
それから一夜が明けると、まだ早朝のうちから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは魔法機関車に乗り込み、王都を発った。
行先はアコライト外郭。現在、アルメリア王国とニヴルヘイムの戦いの最前線となっている場所だ。
ここで長い間兵の指揮を執り、たったひとりでニヴルヘイムの大軍と戦っている『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を援護する。
それが、今回バロールから言い渡されたミッションである。

《はいは〜い。うちやで〜。
 これからナビとしてみんなのバックアップをさせてもらうさかい、改めてよろしゅうなぁ。
 UI周りはおいおいアップデートしてくつもりやけど、最初のうちは慣らしちゅうことで不具合御免やね〜》

客車の壁面の一部がパッと切り替わり、窓くらいの大きさの画面にみのりのバストアップが大写しになる。
このアコライト外郭防衛クエストからは、みのりがキングヒルから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の支援をするのだ。
なお、バロールは別の仕事があって同席できないという。早くもみのりに丸投げしている格好だ。
しかし、同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるみのりがナビゲートした方が心強いし、安心できるだろう。

《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
 アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
 みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
 ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

バロールがその場にいたら『ぐはぁ!?』と仰け反って苦しんだに違いない皮肉をさらりと交えながら、みのりが説明する。
アコライト外郭はキングヒル防衛の要。ここを突破されると、王都は丸裸になってしまう。まさに最重要防御拠点だ。
ゲームのストーリーモードでは、漆黒の鎧を纏い闇の天馬ダークユニサスに跨った幻魔将軍ガザーヴァがボスを務める。
ブレモンでも屈指のトリックスター、軽妙な喋りとボケ・セルフツッコミで敵も味方も煙に巻く幻魔将軍との決着の場でもある。

《もう連絡途絶えてえらい経つけど、最後に生存確認したときの外郭側の戦力は300、二ヴルヘイム側の兵力は目算で約6000。
 こっちの兵士は体力的に限界で、兵糧も尽き掛けてる。持ってあと一週間ってとこやって》

しかし、それももうだいぶ前の話だ。
キングヒルも今回以前に幾度か兵士や兵糧、物資の支援を行っているが、これ以上兵力を外郭に回すと王都の防備が手薄になる。
王都防衛の観点からこれ以上の支援はできず、今はただ手をこまねいているしかなかった。
今回やっと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を派遣し戦力を補充することができるが、外郭が現状どうなっているかはわからない。
陥落していないことから全滅は免れているだろうが、危機的状況には変わりないだろう――というのが王都の見解だった。
ならば、一刻も早く参戦して援護しなければならない。

「アコライト外郭……か……」

客車の長椅子に腰掛けながら、なゆたは呟いた。
これからなゆたたちを待ち受ける戦いは、言うまでもなく過酷なものだろう。きっと、無傷ではいられない。
だが――そんな戦いへの不安と同じくらい、なゆたの心を占めるもの。
それは、アコライト城郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の存在だった。
キングヒルを守る堅固な外壁として建築された、長大な城塞――アコライト外郭。
難攻不落の要害ではあるが、城壁だけでは敵を食い止めることはできない。兵士はもとより、何より指揮官が有能でなくては。
自軍の20倍もの圧倒的戦力差。それを長い間埋めるとは、外郭にいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は只者ではない。
その強力な『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と、早く会ってみたい――
そんな気持ちが、なゆたを逸らせる。

《バロールはんが城郭に救援の一報を入れといたさかい、魔法機関車は攻撃されんはずや。
 到着したら、まず『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とコンタクトを取ってや〜?
 そうそう、みんなのスマホのインベントリに入れた支援物資は、到着したら兵士に分けたってえな〜。
 美味しい食べ物とぬくい毛布さえあれば、疲れもだいぶ回復するもんやからねぇ》
 
疲弊しきった心と身体を癒すのは、温かな食べ物と清潔な寝具。これにつきる。
それは、自衛隊活動の一環として地球で被災地へ救援に行ったこともあるジョンが誰よりもよく分かっているだろう。

《無事『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と面通しできたら、うちに連絡してなぁ。
 みんなのスマホにうちとの連絡手段は入っとるやろ? こっちはいつでも回線を開いて待ってるさかい、よろしゅうに〜。
 ほなら……みんな、あんじょうおきばりやす〜》
 
にこやかに笑うと、みのりは一旦通信を切った。
みのりの言ったとおり、パーティー全員のスマホにはみのりと連絡を取り合うアプリが入っている。
これで、いつでもキングヒルとは通信ができる状態だ。

「よし……! みんな、いくよ!」

前方に、長々とその身を横たえる城塞が見えてくる。その巨大な壁一枚の向こう側は、血で血を洗う激戦地だ。
椅子から立ち上がると、なゆたは右拳を握りしめて仲間たちをぐるりと見回した。

「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

大きく右腕を天に突き出し、気合を入れる。
やがて魔法機関車が外郭の脇に停車すると、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはアコライト外郭の内部へと乗り込んだ。

4崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:19:16
古今東西、籠城戦というものは酸鼻を極めたものになりがちである。
孤立無援で増援も物資の供給も断たれ、それでも持ち場を死守して戦わなければならない。
食糧は枯渇し、雑草をむしって食べる者、軍馬を殺して食べる者もいる。――いや、それならばまだマシな方だ。
中には進退窮まり、死んだ仲間の亡骸を貪ったり土を食べる者まで出始める。
激戦で埋葬する手が足りず、戦死者の亡骸がその場に放置されるということも珍しくない。
そんなとき、何が起こるかと言えば――死体の腐敗による疫病の発生だ。
不潔な環境は爆発的に伝播してゆき、生きている者たちは敵の他に死んだ仲間にも苦しめられる羽目になる。
日々精神的に追い詰められ、極限状態で死に瀕してゆくことを自覚することの恐怖もまた、筆舌に尽くしがたい。
中には、恐怖のあまり精神に異常をきたす者もいるくらいだ。
まさにこの世の地獄。そして、そんな籠城戦の最後はたいてい餓死か、敵も道連れの玉砕と決まっている。
アコライト外郭からの定期連絡はすでに途絶えて久しく、誰も内部の様子を知る者はない。
だが、その状況が決して楽観視できないものということだけは、容易に想像がつく。
歴史が示す通り、きっとこの城郭の中も埋葬されない屍があちこちに横たわり、汚泥の散らばる惨憺たる有様なのだろう――

と、思ったが。

「……はれ?」

仲間たちと一緒にアコライト外郭内に入ったなゆたは、思わず目を丸くした。
そう。
てっきり、城郭の中は酷い有様になっていると思っていた。亡骸のひとつやふたつ、いや十や二十はあると覚悟していた。
城郭に入ったらすぐさまインベントリの限界まで持ってきた物資を放出し、ひとりでも多くの人を救わなければ……と。
そう思っていたのだが。

「なんか、キレイ……」

なゆたは小さく呟いた。
片付いている。
むろん、戦場である。相応に破壊の跡や補修の形跡はあるものの、予想よりも遥かに状態がいい。
まるで、地球の有名な戦跡のような。観光地のような片付きっぷりである。
いや。このアコライト城郭の異様さは、そんなところにあるのではない。

『デコられている』。

無骨な城壁のあちこちに、大小さまざまな羊皮紙に描かれた似顔絵がずらりと貼られている。
一瞬、賞金首を捜索するための人相書きかと思ったが、違う。
ポップな書体で『MAHORO YUMEMI Absolutely Live in ACOLITE!!』と書いてある、その羊皮紙は――

「……ポスターだ」

そう。
これは賞金首の人相書きなどではない、紛れもないイベント告知のポスター。
そして、そのポスターにでかでかと描かれた、『キラッ☆彡』とばかりに茶目っ気たっぷりにポーズを決める人物は――。

「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」

呆気に取られてポスターを見ていると、不意に背後で声がした。
振り返ってみると、ひとりの男が立っている。
見知らぬ顔だ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーでない。とすればこのアコライト外郭の兵士なのだろう。
……たぶん。

「え……えーと……」

男のいでたちを見て、なゆたは口元を引き攣らせた。
簡素な兜とチェインメイルを着込んでいる辺り、兵士であろうとは思う……が、それ以外の付属品が常軌を逸している。
額には『マホロ命』と書かれたハチマキを巻き、リングアーマーの上に蛍光ピンクの法被を羽織っている。
手に持っているのは剣や盾ではなく、ただの棒である。――いや、ただの……ではない。光っている。
そう。

どこからどう見ても、男はオタクだった。

5崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:19:43
「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

男は満面の笑みを湛え、やけに馴れ馴れしく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に近付いてきた。

「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
 デュフッ! デュフフフフ……!」

「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」
 
「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

どこから湧いて出たのか、いつのまにか何人もの兵士たちに囲まれている。
その兵士たちも最初の兵士同様ハチマキを巻き、法被を着込んでいる。城郭防衛隊の制服かとも思ったが、明らかに違う。
法被の背中には『MAHORO LOVE』と大書されている。意味が分からない。
なゆた、明神、エンバース、カザハ、ジョンの5人は瞬く間に城郭の内部へと運ばれていった。

「……ここは……」

到着したのは、城塞の中庭に続く扉の前だった。このアコライト外郭の中でも、もっとも堅固な場所である。
扉の中から、歌声が聞こえてくる。
それは、どこかで聴いたことのある歌声だった。

「ささ、存分にお楽しみくだされー! 我らの戦乙女、マホロたんのアブソリュートリィ☆ライヴを!」

兵士が観音開きの大きな扉を開く。
その途端、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の視界に飛び込んできたのは――
中庭に設けられたステージの上で、煌めくライトに照らされながら歌うひとりの少女の姿だった。

「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」

眩しいほどの光の海。耳をつんざくような、アップテンポのメロディ。
地震かと思うほどに地面が激しく揺れているのは、ステージに集まったファンたちの鳴らす足踏みのせいだ。
中庭を埋め尽くす聴衆の前で、なゆたと同じくらいの年齢と思しき少女が踊り歌っている。
ほとんど足元まである長い金色の髪をツインテールに纏め、ヘッドセットと戦乙女の鎧一式を装備した、凛とした姿。
垂れ目がちな碧眼とキラキラした笑顔は、まさしく掛け値なしの美少女と言っていい。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!」

「マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!」

「マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

ファンたちが怒涛のような歓声をあげる。中にはキレッキレのオタ芸を披露している者までいる。
そう――これは、間違いなくライヴだった。そして――
なゆたは、ステージに立つ少女のことを知っていた。

「……ユメミ……マホロ……」

呆然とした様子で呟く。


ユメミマホロ。


ブレモン配信の第一人者と言われ、地球では圧倒的人気を博しているVtuberであった。

6崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:19:57
動画視聴者に『ブレイブ&モンスターズ!』の配信者で一番有名なのは誰か? という質問をした場合――
10人中10人がユメミマホロと答えるだろう。
ユメミマホロはブレモンのモンスター『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をアバターとするVtuberである。
ブレモンの膨大なデータを独自に研究し、日々新しいコンボや戦術を提案してはそれを配信している。
外見が可愛いのは当然だが、その喋りも楽しい上に分かりやすく、決してマニアックな技術の披露だけに留まらない。
ブレモンのみならずアニメ、時事ネタ、レゲーから最新ハードの話題まで広範な知識を有し、その視聴者数は他の追随を許さない。
もちろん、ただ喋るだけではない。デュエルにおいても相当の強豪である。
ユメミマホロのアバター『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は高レアでステータスも高い。
光属性のデッキはアンデッド、魔族、吸血鬼等にめっぽう強く、イベントでも引っ張りだこだ。
最近は声の良さを買われ、バーチャルライヴまで開催するほどの売れっ子ぶりである。
なゆたとはまったく別のアプローチでの、ブレモン界隈の寵児と言えよう。
そのバーチャルアイドル・ユメミマホロが、この場にいる。

「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

地球にいたときは、なゆたもユメミマホロの配信をよく視聴していた。
きっと明神も、エンバースもよく知っているだろう。
番組の中でぽよぽよ☆カーニバルコンボを取り上げられたこともある。『スゴいけど強いづらい』と評価はいまいちだったが。
しかし、アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がユメミマホロだというのなら納得である。
彼女ほどの腕があれば、生半な相手に押し負けることはないだろう。

「じゃあ、次の曲! いっくよ―――――――――――――っ!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

ステージは大盛り上がりだ。ここだけ見ていると、地球にいた頃のユメミマホロのライヴ配信と何も変わらない。
プログラムは流れるように次の曲へと移行した。地球で聴いたことのある、彼女の代表曲とも言うべき歌だった。

「……なんか……全然予想と違うね……」

傍らにいる明神に、ぎこちなく笑いながら言う。
てっきり、外郭の中は死と腐敗と絶望の渦巻く極限の世界だと思っていたのだが。
実際に見る外郭は死や絶望とはまったく無縁だった。どころか、漲るパワーに満ち溢れている。
それはきっと、ユメミマホロのお陰なのだろう。
Vtuberのトップアイドルとしてのカリスマが圧倒的不利にある兵士たちを結束させ、ひとつに纏めているのだ。
……纏めすぎてちょっと目も当てられないことになっているが、それはとりあえず不問としておく。

《はぇ〜、ほんなことになっとったんやねぇ。わからんもんやわぁ〜。
 ま、とにかく城塞の中の人たちの士気がまだまだ高いんなら安心やねぇ。
 うちは配信とか観たことあらへんから、そのマホロちゃんはよう知らへんのやけど……。
 詳しく事情を聞いて、敵さんを撃退する方法を考えなあかんねぇ》

「はい。……とりあえず、ライヴが終わってから彼女にコンタクトを取ろうと思います。
 彼女ひとりなら、食い止めるのが精一杯でも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと勝てるはず!」

《ほうやねぇ。まずまず、最悪の状況は回避できたことやし。
 次は敵さんの指揮官とか、軍の編成とか。なゆちゃん、その辺詳しく訊いといてぇな?
 情報が多ければ多いほど、うちもこっちで対策立てやすくなるしなぁ》

「了解です!」

スマホでみのりと交信してから、またステージの方を見遣る。
結局、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその後40分、たっぷりユメミマホロのライヴを観た。

7崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:20:12
「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 

「神増援キタ――――――――――――――――!!!」

ライヴ終了後、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは放送スタジオと書かれた部屋でユメミマホロと接触した。
ユメミマホロは快く応じてくれたが、やっぱり根っからのVtuberである。ライヴは終わっても生配信は続いているらしい。
どこに対して配信しているのかは不明だが。いや、そもそも本当に配信しているのかも不明だが。
兵士たちがガラス越しにサイリウムを振って熱い声援を送る中、なゆたが口元を引き攣らせる。

「ささ、皆さん自己紹介をお願いします!」

「え……ええと、わたしはモンデンキントって言います……。
 アコライト外郭が孤立無援で絶体絶命って聞いて、その援軍に……」

「うは! モンデンキントさん! 初めまして〜! ひょっとして、モンデンキントさんってあの『月子先生』です?
 スライムマスターの!」

「……あ、はい……その、一応……」

「お噂はかねがね! みんな―――――――――!! あのモンデンキントさんが増援に来てくれたよ――――――――!!
 っていうか月子先生、JKだったんですかぁ! これは意外! あたしてっきりもっとお年を召していらっしゃるかと!
 ヒュー! これはあたしとデュオっちゃうしかない的な!? 新ユニット誕生みたいな! 盛り上がってきた―――――!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!」

「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
 イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
 あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

テンションが異常に高い。なゆたは眩暈を覚えた。

「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!」

ぐっ! と拳を握り込むユメミマホロである。

「えと……。ユメミマホロさんは――」

「マホたんでいいですよ〜! あたしと月子先生の仲じゃないですかぁ!」
 
気安い。なゆたは絶句した。

「えぇ〜……。マ、マホたんは、今までどうやってニヴルヘイムの大軍に抵抗してたんですか?
 わたしたち、アコライト外郭は明日をも知れない状態って聞いてきたんですけど、全然違うし……。
 籠城って言うと普通は食べ物だって満足に食べられないだろうし、医療器具も……」

「え。別に?」

「え」

あっけらかんと返され、なゆたは間の抜けた声を出してしまった。

「食糧については心配なかったですよ〜?
 敵がね〜。ワニとかトカゲとか、そういう爬虫類系なんですよね〜。それ捕って食べてましたし。
 え〜と、『ムシャクシャしたんでバジリスクをムシャムシャしてみた』とか。
 『ヒュドラで燻製肉作ってみた』とか。いくつか配信もしましたよ。
 あんまり登録者数稼げませんでしたけどね〜。
 他にも『暇だからサバイバル生活してみた』とか『孤立無援だから籠城してみた』とか。ネタには事欠かなかったですね!」

「逞しすぎる……」

色々予想外すぎる事態に、なゆたはただ唖然とするしかなかった。

8崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:20:24
「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
 今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
 明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

「はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――」

ひとつ、気になっていたことを口にする。

「マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――」

今なゆたたちの目の前で会話しているのは、モンスター『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』だ。
ブレモンは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とパートナーモンスターで一組である。
であれば、当然ユメミマホロの近くにはマスターである『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるはずである。
だが、少なくとも周囲にそれらしき姿は見えない。
なゆたがきょろきょろと周囲を見回すと同時、マホロが凄い勢いで詰め寄ってくる。
美少女ヴァーチャルアイドルはなゆたの胸倉を一瞬掴むと、

「……中の人などいない」

と、やたらドスの利いた声でぼそ、と呟いた。

「あっ、ハイ……」

触れてはいけないところに触れてしまったらしい。なゆたはドン引きした。
筋金入りのVtuberだけに、中の人の存在に言及するのはタブーということなのだろう。
甚だやりづらいが、それでも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とモンスターの連携は取れているようだし、戦うのに問題はない。
それなら黙っておこう……となゆたは心の中で誓った。
パッと手を離すと、マホロは元の朗らかな表情に戻った。くるりと踵を返し、部屋から出ていこうとする。

「宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。
 何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし」

「ルール?」

「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

突然物騒な話になった。
どうやら、ユメミマホロを指揮官とする城郭防衛隊はそのルールを厳守してきたために、今まで生き残ってきたということらしい。

「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

マホロが背中越しに右手の親指で城壁を指す。
側防塔内部にある螺旋階段をのぼり、20メートルほど上の城壁上部の歩廊に行くと、アコライト外郭の内外がよく見渡せた。
背後に目をやると、うっすらと王都キングヒルの白亜の尖塔が見える。
そして、前方には――
城壁前に蝟集する、無数のバジリスクやヒュドラ、コカトリス、巨大なワニやトカゲなどの爬虫類型魔物たちの姿があった。
その数はほとんど地平線を埋め尽くしている。ざっと見ただけでも6000などという当初の情報を遥かに凌駕していた。
このモンスターがすべて、二ヴルヘイムの尖兵――。
絶望的というしかない彼我の兵力差に、なゆたはぞっとした。
だが、マホロは眼下に群がる魔物たちを見慣れているのか、顔色ひとつ変えない。

「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね」

「そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?」

「んー。そういうんじゃないかなー。知ってる人は知ってると思うけど」

「知ってる人は知ってる……?」

「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

「!!」

煌 帝龍。

その名を聞いて、なゆたは思わず身体をこわばらせた。

9崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:20:43
ブレイブ&モンスターズ! は、年に一度大規模な世界大会を開催する。
基本的にトーナメント形式で、まずそれぞれの国ごとにプレ大会が開催され、各国の優勝者が本大会へと進む。
煌帝龍はその世界大会の中国代表である。つまり、中国で最強のブレモンプレイヤーということだ。
しかし、この人物についてはそのデュエルの腕よりも黒い噂の方が知られている。

「まぁ、知ってるかー。でーすーよーねー。
 実はあたし、こっちに来る以前に一度トークイベントで会ってるんだけど……まさか異世界で敵同士になるなんてね」

なゆたの反応に、マホロが右手をひらひら振って笑う。
煌は中国の巨大コングロマリット、帝龍有限公司の若きCEOとして君臨している。
中国において帝龍の展開するIT産業、ならびにエネルギー事業の規模は他に比肩しうる者がない。まさに一強多弱だ。
そして、煌帝龍はそんな自社の潤沢にも程がある財力を遺憾なくブレモンに費やしているというのだ。
そのやり口は強引そのもの。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。
眉唾ものの噂では、中国黒社会で暗然たる影響力を持っている犯罪組織『龍頭(ドラゴンヘッド)』とも繋がりがあるという。
いうなれば、企業レベルの金銭感覚でブレモンに傾倒している人物――ということになる。

「そんなのが、ニヴルヘイムの召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……!」

なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と敵対する、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
それが、このアコライト城郭防衛戦の敵将。
自分たちが戦い、打倒しなければならない相手――。
なゆたたちはかつて、リバティウムにおいて世界大会優勝者ミハエル・シュヴァルツァーを撃退している。
世界大会で煌はミハエルに敗退しているが、だからといって煌がミハエルより劣る相手だということにはならない。
ブレモンは戦略、戦術の素養の他、知識や分析能力、勝負度胸など、あらゆる要素が複雑に勝敗に絡んでくる。
そして、それぞれのプレイヤーには得意とする戦い方があり、それは決して楽観視していいものではない。
状況によっては、ミハエルよりも煌の方が相手にしづらい――という可能性さえある。
いずれにしても気を引き締めていかなければならないということだ。

「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
 この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
 純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

は、とマホロは溜息をつき、肩を竦めた。
といって勝機のない籠城戦に絶望しているような素振りはない。どころか、ライヴで兵士たちを鼓舞していたくらいだ。
まだまだやる気、意気軒高という様子である。
これほどの圧倒的戦力差を見せられて、なぜいまだにマホロが意気阻喪していないのか、それが不思議である。

「……それじゃあ――」

「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」

「……わたしたちを?」

「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
 現状維持をすることしかできなかった。
 でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
 それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」
 
ネットの海でブレモン配信の第一人者と呼ばれたヴァーチャル・アイドルが、そう言ってにっこりと笑う。
正真、マホロは今までずっと待っていたのだろう。この劣勢を覆せる仲間の到来を。
たったひとりで巨大な城塞のすべてに目を配り、人員を配置し、襲撃に備え。
兵士たちの負傷を癒し、歌と踊りで恐怖心や不安感を取り除き、こんな状況なんて何でもないと励まし続けた。
いつ来るともしれない仲間たちをあてもなく待ち続ける、自らの心細さや苦悩など、おくびにも出さずに――。
そして、そんなマホロの努力は実を結んだ。

なゆたたちの訪れを信じ続けたマホロの想いを無碍にはできない。
たとえ相手がどんな大軍であろうと、潤沢な資金にものを言わせてスペルカードやレアモンスターを用意したとしても。
必ず、勝たなければならない。

「ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!」

なゆたはマホロと固い握手を交わした。
かくして、アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』・ユメミマホロと共に、防衛戦は幕を開けたのである。


【アコライト外郭のVtuber、ユメミマホロと合流。
 ニヴルヘイム軍の首魁が中国代表・煌帝龍と判明。パートナーモンスターやデッキについては不明。
 アコライト外郭防衛戦開始。】

10カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:41:24
早朝に魔法機関車に乗り込み、アコライト外郭に向かった私達。
カザハははじめて電車が開通した時の明治時代の人よろしく「魔法機関車パネェ!」と騒いでいた。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
 当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

「もう着くの? 魔法機関車はっや!」

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
 アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
 みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
 ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

幻魔将軍ガザーヴァは三魔将の一人だけあって攻略本でもそれなりの幅をとって解説されている。
漆黒の鎧を纏い闇の天魔を駆るという厨二病患者が大喜びしそうなビジュアルだ。
が、何故かページの隅に迷言集というコーナーが設けられており、
”我こそは魔王直属イワシ将のひとり……って弱そうだな!?”
“貴様らはこいつを日焼けしたユニサスだと思っているだろうが実は違う”
といった感じの台詞が並んでいる。

「この人絶対黙っといた方が格好いいタイプだ……!」

《間違いない……!》

今のところこのパーティーにデフォで飛行できるモンスターは私しかいない。
ゲームのストーリーモードではここのボスとして出て来るらしく、もし出てこられたら否応なく迎撃の要となってしまいそうだ。
とはいえ、この旅はすでにゲームとは全く違う展開に進んでいる。おそらくここで出て来る可能性は低いだろう。

>「よし……! みんな、いくよ!」
>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

「レッツ・ブレーイブッ!! ほらほら、明神さんもエンバースさんもやる!」

リーダー自ら考案したキャッチコピーと共に右腕を天に突き出す。
魔法機関車を降り、なゆたちゃん達に続いて歩き出そうとしたカザハがふと足を止める。

《どうしたんですか?》

「この場所、知ってる……」

《”以前”来たことがあるのかもしれませんね……》

昨晩の明神さんの「お前さ、ホントはいくつなの」という質問に対し、
カザハは本当のところは分からないけど地球での享年は自分は明神さんより少し年上で私は彼と大体同じぐらいと答えていた。
“少し年上”も”大体同じ”も結構幅がある表現だがまあ嘘ではない。しかしそれは飽くまでも地球での享年の話だ。
バロールさんは転生というより混線と言っていたし、本当は地球での享年なんて意味が無いのかもしれない。
カザハは暫し心ここにあらずといった様子で外郭を眺めていたが、すぐに我に返って駆け足で皆に追いついた。
ついにアコライト外郭に突入する。一歩踏み込めば屍累々の戦場が広がっている……と思いきや。

11カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:42:03
>「……はれ?」
>「なんか、キレイ……」

「綺麗ってかこのポスター、アイドルみたいな人がキラッとしてるよ!?」

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」

地獄絵図を覚悟して突入したところ予想外の光景で逆に戸惑っている一行を、
変わった装飾品を装備した兵士らしき者が出迎えた。

>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」
>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
 デュフッ! デュフフフフ……!」

「この世界にもオタクっているんだ……!」

>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」 
>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」
>「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

いつの間にか現れた大勢の兵士もといオタクに取り囲まれ、よく分からない間にライブ会場に運ばれた。
チーム陽キャのなゆたちゃんですら若干ついていきかねているこの状況、エンバースさんなどはHPをガリガリ削られてないか心配である。
一方のカザハはというと――すっかりオタク達に混ざって盛り上がっていた。
どうせライブを見る以外の選択肢がないのなら盛り上がってしまえということだろう。

「マホロちゃんかわい―――い!!」

これは別に異世界転生デビューしていなくても地球にいた時からそうである。
同類(オタク)に囲まれた時だけ陽キャと化す――オタクあるある性質のうちの一つだ。

>「……なんか……全然予想と違うね……」
>《はぇ〜、ほんなことになっとったんやねぇ。わからんもんやわぁ〜。
 ま、とにかく城塞の中の人たちの士気がまだまだ高いんなら安心やねぇ。
 うちは配信とか観たことあらへんから、そのマホロちゃんはよう知らへんのやけど……。
 詳しく事情を聞いて、敵さんを撃退する方法を考えなあかんねぇ》
>「はい。……とりあえず、ライヴが終わってから彼女にコンタクトを取ろうと思います。
 彼女ひとりなら、食い止めるのが精一杯でも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと勝てるはず!」
>《ほうやねぇ。まずまず、最悪の状況は回避できたことやし。
 次は敵さんの指揮官とか、軍の編成とか。なゆちゃん、その辺詳しく訊いといてぇな?
 情報が多ければ多いほど、うちもこっちで対策立てやすくなるしなぁ》
>「了解です!」

その後40分白熱のライブは続いた――
決して遊んでいるわけではなく、兵士達の士気を高揚させるためにやっているのだろう。
もしかしたら単に気分が盛り上がるというだけではなく、歌を媒介としたスキル的な何かなのかもしれない。
ライヴが終わったかと思うと、放送スタジオと書かれた部屋に招かれた。

12カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:42:51
>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」
>「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
>「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 
>「神増援キタ――――――――――――――――!!!」

「配信されちゃってる!? 生配信に出ちゃってる!?」

>「ささ、皆さん自己紹介をお願いします!」
>「え……ええと、わたしはモンデンキントって言います……。
 アコライト外郭が孤立無援で絶体絶命って聞いて、その援軍に……」

月子先生をも圧倒するユメミマホロ、強い……!

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!」

暫しユメミマホロとモンデンキントの対談のようになった。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
>「はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――」
>「マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――」

人型の上にあまりにも自然に喋っているので忘れそうになるが、今目の前でユメミマホロとして喋っている人物は、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』というモンスターらしい。
となれば、どこからか彼女を操る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が指示を出しているのだろう。

>「……中の人などいない」
>「あっ、ハイ……」

どうやらなゆたちゃんの質問は地雷だったようだ。
確かに兵士の士気の低下が要塞陥落に直結しかねないこの状況、中の人がおっさんだったりしたら目も当てられない。
カザハは私だけに聞こえるように「木を隠すなら森の中……」と呟いたのであった。
言われてみれば周囲にそれらしき人物が見当たらないとなれば、オタク軍団の中に紛れている可能性はあるかもしれない。
何はともあれ、中の人については深入りしない方がよさそうだ。

>「宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。
 何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし」
>「ルール?」
>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」
>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

城壁の上に上がってみると、外郭前方は、地平線の果てまで爬虫類魔物で埋め尽くされていた。

13カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:43:35
「おおう……」

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね」

>「そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?」
>「んー。そういうんじゃないかなー。知ってる人は知ってると思うけど」
>「知ってる人は知ってる……?」
>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

カザハはすぐに攻略本の該当ページを探し当てた。

「中国代表の社長!? この世界は自動翻訳機能が付いてるみたいだけど語尾がアルになってたらどうしよう……!」

《どうもしませんよ!?》

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
 この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
 純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

「そんな……」

>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」
>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
 現状維持をすることしかできなかった。
 でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
 それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

>「ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!」

「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

なゆたちゃんとマホたんさんは固い握手をかわし、カザハはどさくさに紛れてマホたんさんに感極まって抱き付く。
セクハラ勃発だが、よく考えると両方ともモンスターだしまあいいか。

こうして作戦会議が始まった。
相手の狙いは、モブ魔物の大群で消耗させて戦わずにして勝つといったところだろう。
いくらマホたんさんの加護があるといっても、このままではいつか力尽きる時がくる。
そうなる前にこちらから打って出なければならない。

14カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:44:10
「爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ
後方に控えているだろう指揮官のところに行けることは行けると思うけど……」

指揮官のところまで行って倒そうという単純明快な発想だが、この作戦にはいくつか問題点がある。
まず敵陣のド真ん中に突入するのは危険すぎる。
次に、敵の指揮官と戦うならマホたんさんの支援を受けたいところだが、
彼女がここを留守にするとその間に城壁防衛隊が陥落してしまう危険性がある。
何より、マホたんさんがここから移動するとなると”中の人問題”が発生してしまう。
カザハも同じような事を思ったようだ。

「駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?」

そこでカザハは一枚のカードを取り出した。みのりさんから借り受けた幻影《イリュージョン》。
ありとあらゆる幻影を作り出せるスペルカード。
もともとはエンバースさん入城禁止展開に備えて借り受けたものだ。

「指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!」

《歴戦の中国代表がそんなに簡単に騙されてくれますかね……》

「エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?」

ライブや生配信に付いていけずにすでにHP0になっているかもしれないエンバースさんに話を振ってみるカザハであった。
生存確認(焼死体だけど)も兼ねているのだろう。

15embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:22:57
【メモリータクシス(Ⅰ)】

アコライト外郭へ走る列車の中、焼死体は腕組みをして、座席に腰掛けていた。
石油王によるブリーフィングにも反応を示さず――ただ、俯いている。
薄暗い藍色の眼光の奥には、冷徹な思考回路が巡っていた。

二十倍の兵力差/半ば機能不全した兵站/音信不通の指揮官。
希望的観測は出来ない――城塞が既に陥落している可能性は、十分ある。
その場合、バロールによる援軍の報せは裏目となる――敵は迎撃の準備をする事が出来る。

「……到着後、すぐにでも加勢が必要になる可能性がある。戦闘準備をしておくべきだ」

進言しつつ、焼死体は立ち上がると列車の乗降口へと歩み寄る。
焼死体の判断――最初に下車するのは、刺突/飛矢に対して耐性を持つ己が適任。
革帯で左腕に留めた盾の具合を確認/右手は愛剣を収めるコートの内側へ――戦闘準備は万端。

窓の外の城郭が段々と近づいてくる/焼死体はそれを、食い入るように見上げ続ける。
城塞が既に陥落している場合、敵が取り得る迎撃手段は大別して二つあった。
援軍を懐まで呼び込んで圧殺するか、移動中の列車ごと狙撃するか。

しかし焼死体の危惧は、結果として全て杞憂に終わった。
高火力スペルによる狙撃はなかった/列車を降りた瞬間、奇襲される事も。
焼死体は城郭の中へと進む/怖気とは無縁の不死者の足音――それが不意に、鳴り止んだ。

『……はれ?』

後方から、なゆたの間の抜けた声が聞こえた。

『なんか、キレイ……』

「何かがおかしい。一度、列車まで戻るべきだ。俺が偵察を――」

『おぉ〜っ! お待ちしておりました!』

視界外からの声――焼死体が瞬時に愛剣を抜き/振り向きざまに取る平正眼の構え。
蒼炎の眼光が声の主を捉え――そこで焼死体は止まった/より正確には凍り付いた。
蛍光ピンクの法被/ライトブルーのサイリウムに彩られた兵士が、一行を見ていた。

『え……えーと……』

「……モンデンキント。なんだ、あの格好は。俺が知らない間に実装されたネタ装備か?」

『いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!』

「……誰か、日本の現地時間を確認出来る者は?俺達はエイプリルフールイベントに巻き込まれた可能性がある」

『よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!』

『え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?』
 
『デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!』

「……ひとまず、俺達の歓迎会が出来るくらいの余裕はあるのか――いい事だ」

眼前の不可解に対する理解の諦めを――焼死体はそう、表現した。

16embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:24:20
【メモリータクシス(Ⅱ)】

『ささ、存分にお楽しみくだされー! 我らの戦乙女、マホロたんのアブソリュートリィ☆ライヴを!』

大扉を抜けると、そこはライブ会場だった。

『み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!』

「……グッドスマイル・ヴァルキュリアか。汎用性の高い、いいモンスターだ。
 戦闘の規模が大きいほど、バッファーとしての能力も活きる。
 バロールの采配にしては――悪くないな」

焼死体の反応――至って平常運転/現実逃避。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!』
『マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロぉぉぉぉぉぉぉ!!』

「この乱痴気騒ぎも――こちらの士気を敵に示すには、悪くない手だ」

『はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!』
『マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

『……ユメミ……マホロ……』

「なんだって?何も聞こえないぞ……」

背を曲げ、少女の口元に耳を寄せる。

『まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?』

「ユメミマホロ?……記憶にない名前だな。だが、名が知れているのはいい事だ」

ゲームプレイヤーの名が知れ渡る理由は、大別すると三つだ。
ずば抜けて実力が高いか/恐ろしく実力が低いか――人格に難があるか、だ。
高く保たれた士気/パートナーチョイスから、ユメミ某は恐らくは一番目だと焼死体は推察した。

『じゃあ、次の曲! いっくよ―――――――――――――っ!!!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!』

助走をつけて、空へと飛び立つようなイントロは、焼死体にも聞き覚えがあった。
ブレモンをテーマにしたVtuber/検証動画/歌ってみた――断片的な記憶は、ある。
だが一体どうしてか――ユメミマホロという人物に関しては、何も思い出せない。

『……なんか……全然予想と違うね……』

「いい事だ。負け戦の陣営なんて、見ずに済むならそれが一番いい」

焼死体はライブに見入る一行を離れて中庭を出た。
防壁へと向かう/見上げる/切石に指をかけ/体を持ち上げる。
壁上に立つ見張りがいる事は、気付いていた――それでも、防壁を昇る。

何もしていない時間が、不安だった/常に何かに備えていなくては、不安だった。
地平を果てまで埋め尽くす魔物の群れを見て――焼死体は、安堵していた。
敵の攻略法/殺傷方法に思いを馳せると――心が、落ち着いた。

17embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:25:44
【メモリータクシス(Ⅲ)】

やがて音楽が鳴り止むと、焼死体は防壁から降りて一行と合流する。

『はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!』

『うおおおおおおおおおおおおおお!!』
『マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!』
『神増援キタ――――――――――――――――!!!』

今後の方針に関する合議の承諾を得て案内されたのは、硝子張りの見世物小屋だった。
蛍光色のソプラノ・ボイスが、焼け落ちた肉体の空洞に鮮烈に響く。
焼死体は狩装束のフードを掴んで、強く下に引いた。

『よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
 イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
 あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!』

「よしてくれ。左腕を失う予定も、ナメクジになる予定もない。果たすべき使命なら――最近見つけたけどな」

『おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!』

『えと……。ユメミマホロさんは――』
『マホたんでいいですよ〜! あたしと月子先生の仲じゃないですかぁ!』 

「マホたん。気が滅入るのは分かるが、そろそろ戦局について――聞いちゃいないな」

『えぇ〜……。マ、マホたんは、今までどうやってニヴルヘイムの大軍に抵抗してたんですか?
 わたしたち、アコライト外郭は明日をも知れない状態って聞いてきたんですけど、全然違うし……。
 籠城って言うと普通は食べ物だって満足に食べられないだろうし、医療器具も……』
『え。別に?』
『え』

「ヴァルキュリアのスキル構成なら、デバフ対策は容易だろう。兵糧は――」

『食糧については心配なかったですよ〜?
 敵がね〜。ワニとかトカゲとか、そういう爬虫類系なんですよね〜。それ捕って食べてましたし』

「――まぁ、その、なんだ。意外とイケるから心配いらないさ」

『え〜と、『ムシャクシャしたんでバジリスクをムシャムシャしてみた』とか。
 『ヒュドラで燻製肉作ってみた』とか。いくつか配信もしましたよ。
 あんまり登録者数稼げませんでしたけどね〜』

「放送事故にならずに済んだだけ、幸運だと思うけどな」

『まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
 今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
 明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!』

「明日から、か。なるほど――今日この配信に巻き込まれたのは、単なる交通事故として処理される訳だ」

『はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――』
『マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――』

「確かに、到着予定時間を伝えていなかったのは、こちらの落ち度だ。
 だが、それにしたっていい加減、身支度が済んでもいい頃合い――」

ユメミマホロのマスターは、女性である――焼死体の推察。
根拠――彼女のブレモンに対する、強い熱意/深い造詣/高い実力。
全てを兼ね備えた女性声優が実在、抜擢/或いは育成されたとは考え難い。

元からそうであったと考える方が妥当性が高い――

『……中の人などいない』
『あっ、ハイ……』

「なるほど、スピリット属なら生理現象とも無縁だろうしな。理想的なアイドル体質――」

焼死体の戯言は、聖威を伴う眼光によって封殺された。

18embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:26:15
【メモリータクシス(Ⅳ)】

『宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。』

「目を閉じていても、一周出来る自信があるよ。
 咎人断ちの大剣目当てで、嫌と言うほど周回したからな。
 だが戦術的要衝は、あんたから直接説明を受けた方が理解が早いだろう」

『何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし』

『ルール?』
『うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!』

「確かルールその1は、中の人などいない――だったな」

『じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから』

城壁の上から見下ろせる光景は先ほど確認済み/敵の主戦力は爬虫類系の魔物のみ。
攻城に長けた特殊能力も/策を弄する知性もない――特に感慨もない。
容易く殺せる/殺しても心の傷まない――楽な相手だ。

『大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね』

「手持ちのレベリングをするには少々、リンクする相手が多すぎるな」

『そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?』

「ガザーヴァなら、こんな手間の割に効果の薄い手は使わない。
 それとも……そう思わせる事すら、奴の手の内か。
 あり得ない話じゃないのが、怖いな」

『んー。そういうんじゃないかなー。知ってる人は知ってると思うけど』
『知ってる人は知ってる……?』

「ニブルヘイム側の、マイナーなキャラクターって意味か?」

『煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?』

「ああ、なるほど。そういう意味か。そいつなら知ってるぞ。何せ奴は――」

そこで、焼死体は黙り込んだ/死体に還ったかのように硬直した。

『まぁ、知ってるかー。でーすーよーねー。
 実はあたし、こっちに来る以前に一度トークイベントで会ってるんだけど……まさか異世界で敵同士になるなんてね』

――奴は、奴は――何だ?

『そんなのが、ニヴルヘイムの召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……!』

――何故思い出せない?……いや、違う。

『みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる――』

――何故、覚えている?自分の名前も、思い出せないのに。

19embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:27:54
【メモリータクシス(Ⅴ)】

『――それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!』
 『ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!』

――何か、すごく大切だった事を、忘れてしまっている気がする。

『マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!』
『爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
 カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ――』

「……敵地のど真ん中に、片道切符の急行便か。面白い冗談だな」

『駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?』
『指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
 遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!』

「多量のクリスタルと引き換えに召喚された超レイド級が、
 敵を薙ぎ払う訳でもなく突っ立っている、か。
 なるほど――中々ユニークな作戦だ」

『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』

「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

焼死体がユメミマホロへと歩み寄る/その細い肩を掴む――山吹色の双眸に、顔を寄せる。

「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

焼死体は冷静さを欠いていた/己が冷静さを欠いていると気付けないほどに。
不完全に蘇った失われた記憶は、強度の意識混濁を誘発していた。
亡者が生命の香りに惹かれるように、戦乙女を見つめる。

『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
 だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
 それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』

瞬間、ユメミマホロの左手が閃光と化した――肩を掴む右腕を強打/肘窩を掴み/引く。
焼死体の体幹を崩した動作は、同時に武闘における引手を成していた。
即ち、攻防一体/崩した時には、突いている――

『――ごめんなさい』

氷点下の声/徒手空拳による【聖撃(ホーリー・スマイト)】。
弱点属性によるクリティカル――焼死体からは悲鳴すら上がらない。
ただ、短打にあるまじき打撃力によって宙を舞い――城壁の内側へと落下した。

「――うおおおおおっ!?」

我に返った/己の状況を理解した焼死体の悲鳴と、その数秒後に地面への激突音が、周囲に響いた。

20明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:18:39
「魔法の習得は、君たちブレイブにとってそう難しいことではないよ。
 この世界においては資質と感性に恵まれてなければ会得し難いものだけど、君たちに限っては違う」

暖炉の火が煌々と燃える傍らで、その炎の揺らめきを映すグラスの中身を飲み干しながら……
バロールは言った。俺は対面で同じワインを傾けながら聞く。

「へえ。なんか転生チート的な特典で魔法適正アップとかあったりすんの?」

正確には転生じゃなくて転移だが、召喚の際になんらかの加護がもたらされてもおかしくはない。
少なくともミハエルとの一件で、言語の翻訳機能が追加されてることは明らかだ。

「そうわけではないんだ。アルフヘイム式の召喚技術では、召喚者に利するような加護は与えられなかった。
 翻訳は、召喚魔法ではなくアプリケーション側の機能だね。"多言語対応"が拡大解釈されたものなんだろう」

バロールは述懐する。俺は速攻で眠たくなりそうだったが、全然眠気は出てこない。
回復魔法の影響で疲れが消え失せたせいか、他の連中が寝静まっても俺は眠れなかった。
バロールが不眠不休で働き続けてるってのはこういうことか。

いつか絶対体壊すと思うけど、まぁ嫌な思いするのは俺じゃないしどーでもいーや。
そんなこんなで眠れない俺は、夜明けまでの時間、バロールから魔法について講釈を受けていた。
ジョンも指摘した、俺自身の戦力強化の為。魔法の習得は試しておくべきだろう。

「これは少し自慢になるけどね。元来、才ある者達が感覚的に理解し、行使してきた『魔法』という技術を――
 我が師、ローウェルは体系立てて纏め上げ、理論化することに成功した。私も手伝ってね。
 ある程度、読み書きや掛け算割り算が出来る知識水準の者ならば、誰でも魔法を習得出来るようになったんだ」

もちろん、専門的に学ぶにはやはり資質が必要になるけどね、と付け足す。
しかしそれじゃ、アルメリアはとっくの昔に魔法大国になってるはずだ。
国民全員が魔法を使えるなら、バルゴスみたいな肉弾特化の傭兵が幅を効かせてる理由がない。
肉体労働にしたって、魔法を使えばもっと効率よく大規模にやれるはずだ。

「読み書きも算数も、皆が当たり前のように習得しているわけじゃないよ。
 アルメリアの識字率は人口の半分にも満たない。その人口も、あくまで王都が把握出来ている限りだ。
 都市部から離れた村落では、未だに戸籍を持たない住民も多数存在しているからね」

「あ、あー……そりゃそうか。そうだよなぁ……」

見たところアルフヘイムは中世から近世の西洋くらいの文明レベルだ。
地球なら読み書きが特殊技能扱いだった時代だ。御触書を読み上げる公示人が専門職だったくらいの。
文字を読めない人間が、当たり前に存在している。これを異様と思うのは、文明人気取りの傲慢さなのかもしれない。

「私が召喚のターゲットに日本という地域を選んだ理由には、プレイヤー総数の多さの他にもう一つあるんだ。
 国民のほぼ全員が生まれると同時に市民権を取得し、最低でも9年にわたって厳密に整備された教育を受けている。
 識字率・四則演算習得率は限りなく100%に近い……魔法を学ぶ上でこれほどの好条件はそうそうないよ」

「詳しいな……」

21明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:20:56
それで命懸けの世界に放り出されちゃんじゃたまったもんじゃねえけど。
しめじちゃんとか多分まだ義務教育も終わってねえだろうしな。
ただ、アルフヘイムでイマイチ魔法が流行らない理由と、俺達が魔法を覚えられるって理由には納得がいった。

「前置きは分かった。そのおじいちゃん直伝の超凄い魔法メソッドとやらは、一夜漬けで覚えられるもんなの?
 俺夜明けにはアコライト行かなきゃだから、ちゃちゃっと攻撃魔法とか使いたいんだけど」

「難しいね。誰でも習得できるとは言ったけど、物覚えにはやっぱり個人の素質が絡む。
 そして気を悪くしないで欲しい。私の見立てでは、君に天性を感じさせるような魔法の素質は……ない」

「やっぱ?」

まぁなんとなくそんな気はしてたよ。俺が中高生だったらショックで寝込んでるね。
流石にもういいトシだから、魔法の才能がないことに絶望したりはしねえけど。
バロールは微妙に気まずそうに俺を見る。なんだその目はよぉ!哀れんでんじゃねえぜ!!

「ただ、魔法の属性によっても得意不得意は顕著に表れるからね。
 師の纏めた理論の要諦は教えるから、あとは君自身が得意分野を見つけて伸ばして行ってほしい。
 現状、この短い期間で私に出来ることは、ここまでだ」

ワインを一気に飲み干すと、バロールは自分に解毒魔法をかけて席を立った。
仕事に戻ると――そう言いながら部屋を出るバロールは、最後に振り返って言った。

「戦力の大幅なジャンプアップとはならなくても、魔法は着実に君の助けになるはずだよ。
 ただ忘れないで欲しいのは……君たちブレイブが最後に頼みを置くべきは、付け焼き刃の魔法やスキルじゃない。
 これらは君たちの旅路を支える補助輪にはなっても、メインシャフトがガタガタでは意味がないんだ」

「……パートナー、か」

「そう。君たちは『異邦の魔物使い』だ。こればかりは、アルフヘイムの誰にも真似できない。
 私たちには出来ない、君たちだから出来ること……それこそがこの世界を救うと、そう信じているよ」

それは、魔法の才能がない俺への、バロールなりの慰めだったのかもしれない。
あるいは、『自分達の劣化コピーになるな』という戒めの言葉なのかも。

ブレイブだから出来ること――その意味を、俺は多分まだ理解出来てない。
理解を、しなくちゃならない。
明日、アコライトで合流することになってる先輩ブレイブは、その答えを知ってるんだろうか。

バロールが辞した部屋で、俺は静かに目を閉じる。
暖炉の灯がまぶたを貫通して、いつまでも視界は明るいままだった。

 ◆ ◆ ◆

22明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:21:32
>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
 当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

汽車のガタゴト揺れる音に混じって、ボノのアナウンスが聞こえてきた。
コンパートメントの一室でジョンと組手の復習をやってた俺は、鬼軍曹から逃げ出すように部屋を出た。

「ついに来たな、アコライト。マル様親衛隊にベチボコにされて以来だぜ」

すでに客室にはパーティーメンバーが集まっていて、壁に石油王の顔が投影されていた。
遠隔通信魔法だ。バロールのサポートもあろうが、あいつもう魔法をここまで使いこなしてんのかよ。

>《はいは〜い。うちやで〜。
 これからナビとしてみんなのバックアップをさせてもらうさかい、改めてよろしゅうなぁ。

映像越しの石油王はいつものぽやぽやした顔で俺達を見回す。
俺はと言えば、昨日あんだけ名残惜しんだ手前、こっ恥ずかしくて目も合わせられなかった。

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
 アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
 みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
 ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

「出たなブレモン7大害悪パッチの一つ、アコライト消失……
 マル公の信者共が更地を巡礼する羽目になったアレだな」

アコライト外郭はマルグリット絡みのイベントでプレイヤーにとっても思い出深い人気スポットだ。
マル公のファン団体、通称親衛隊はここを拠点に活動しているし、プレイヤー同士が交流する場でもあった。
それを知ってか知らずか悪意の塊たる開発チーム様は大型パッチでガザーヴァにここを破壊させ、更地に変えちまった。
当然フォーラムは荒れに荒れ、親衛隊の何割かはゲーム自体引退したっつういわくつきの場所でもある。

>「アコライト外郭……か……」

なゆたちゃんが感慨深げにつぶやいて、窓の外に目を遣った。
車窓越しに見える城塞都市は、過日の峻険な姿が未だ健在だ。

アコライト外郭。
アルメリア王国の鎮守の要であり、国内最大規模の軍事拠点。
ぐるりと街を囲む城壁からは、国内各地へ向けて幾条にも鉄道や大街道が伸びている。

この整備され尽くした交通網によって、アルメリア国軍はアコライトの駐留部隊を全土に迅速に送り込める。
国内のどこが侵略されようが、反乱が起きようが、一両日には大部隊が陸運されて戦地に急行できるってわけだ。
内陸国家のアルメリア王国において、陸上の兵站輸送は何にも優先されるべき重要な要素である。

で、あるがゆえに。
ここアコライト外郭が落とされれば、その影響は国土の全てに波及する。
敵に奪われた鉄道や街道は、そのまま国内各地への進撃を迅速容易にしてしまうからだ。

アコライトからは俺達が乗ってきたキングヒルへの直行便も出てる。
魔法機関車で大部隊を王都に送り込まれれば、待ってるのはあの防衛観念のカケラもない都市構造。
つまりアコライトは国防の要であると同時に、致命的なウィークポイントでもあるのだ。

戦争で真っ先に狙われるであろうアコライトが、未だ陥落していないのは奇跡に近い。
その奇跡は……バロールが異世界から喚び起こした奇跡だ。
最前線で未だ戦い続けている、俺達より先輩の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――。

23明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:22:16
>《バロールはんが城郭に救援の一報を入れといたさかい、魔法機関車は攻撃されんはずや。
 到着したら、まず『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とコンタクトを取ってや〜?

だが奇跡はいつまでも続きはしない。ニブルヘイムの苛烈な攻勢によって、潰えようとしている。
それを阻止し、今再び祝福の灯をともすのは、俺達の役目だ。

>「よし……! みんな、いくよ!」

なゆたちゃんはやおら立ち上がり、来たるべき決戦に向けて気炎を吐いた。
俺も立ち上がる。こういう時に真っ先に支えんのもサブリーダーの役目だからな。

>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

……この掛け声だけはマジでどうにかなんねえかなぁ!?
でも。キングヒルに着いたばかりの頃とは、俺達はもう違うはずだ。

>「レッツ・ブレーイブッ!! ほらほら、明神さんもエンバースさんもやる!」

カザハ君さん(年上)の求めに応じ、右手を振り上げる。

「任せろ!いくぜ!!レッツ・ブレイブ!!!!!!!」

気恥ずかしさも何もかもうっちゃって、俺は高らかに叫びを上げた。
エンバースの野郎はガン無視くれやがったので無理やり腕を掴んで掲げた。

何も迷うことはない。
俺達は、同じ方向を見て、歩き出した。

 ◆ ◆ ◆

24明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:22:58
魔法機関車を降りて、すぐに目の前の状況の異様さが理解できた。
籠城戦ってのは基本的にドロ試合になりがちだ。
防衛拠点に籠れば兵力の不利は覆せるが、撃退はできても攻め手を滅ぼせるわけじゃない。
生まれる膠着は、下手すりゃ数ヶ月とかそのレベルで交戦状態を維持することとなる。

兵站補給のアテがなけりゃ、早晩城の備蓄は尽きてしまうだろう。
そうなれば待ってるのは極限の飢えと乾き、不衛生による疫病の蔓延に、先の見えない戦いに対する絶望。
その昔豊臣秀吉が行った鳥取城の兵糧攻めが阿鼻叫喚の地獄を生んだのは有名な逸話だ。

都合よく本国からの援軍が来るか、外的要因で敵の兵站が途絶えて撤退するか。
それ以外に、防衛側が単独で勝利した籠城戦の記録はほとんど残っていない。

そういうわけだから、もう何日も補給のないアコライトではさぞ惨状が広がってるだろうと思ってた。
死体の一つや二つ転がって、石畳は破壊しつくされて、兵たちは傷の治療も出来ずに死んでいくのだろうと。
そう、覚悟していた。

だが――

>「なんか、キレイ……」

なゆたちゃんが零した通り、アコライト外郭は予想よりも遥かに綺麗だった。
死臭や腐臭も漂ってこない。路傍には餓死者どころか、従軍商人の露天が立ち並んでいる。
景気よく食事や軍需物資を並べて呼び込みの声を上げる彼らに、疲れや絶望の顔色はない。

そして、なぜか建物の壁にはきらびやかな絵画がたくさん貼ってあった。
絵画っつうか、ポスターだこれ。それも戦時中のプロパガンダとかじゃない。
可愛らしい女の子が星間飛行のジャケ写みたいなポーズを決めてる、なんだこれ?

ポスターにはポップな字体の英語で、なんらかのイベントの日程が書かれている。
大須観音とかでよく見かけるライブの告知ポスターじゃねえか。

「英語……英語!?なんで地球の言語で書かれたポスターがあんだよ!?」

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」

ポスターに目を奪われていると、背後から妙に甲高い早口の声が聞こえた。
振り返ればそこに居たのは……こっちもなんだこれ?
兜は良い。チェインメイルも良い。ここは城塞だし、兵士ぐらいおるわな。

でもサーコート代わりに羽織ってるそのドピンクの法被はなんなんだよ!?
ほんでこいつが持ってるの、ライブとかで振るサイリウム棒じゃねーか!

>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! 
 お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

「お、オタクぅー……」

今どき笑い方まで完璧なオタク見ねえよぉ……世界観ガン無視すぎる……。
まさかこいつがアコライトで頑張ってる先輩ブレイブなの?

>「この世界にもオタクっているんだ……!」

「いやまぁオタク気質な奴はどの世界にも居るだろうけどよ……。
 こんな十年くらい前のテンプレみてーなオタクが居てたまるか」

今どきアキバでもこんなん見ねえよ。
アキバに居るの外国人観光客と地下アイドルくらいだけども。
ドン引きしている俺達をよそに、オタクはススっと近寄ってくる。

25明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:23:51
>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
 デュフッ! デュフフフフ……!」

萌え萌えキュンて。萌え萌え萌えキュンて!!
俺は一体何を見せられているんだ!真ちゃんの白昼夢が感染したのか!?

>「……誰か、日本の現地時間を確認出来る者は?俺達はエイプリルフールイベントに巻き込まれた可能性がある」

「なんぼなんでも悪ノリが過ぎるわ!誰が得するんだよ旧世代のオタクの生態なんか見て!」

>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」

流石のなゆたちゃんもこれには困惑である。
ライフエイク相手に真っ向から啖呵切った胆力もかたなしだ!

>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

オタクが仲間を呼び、俺達は取り囲まれた。
う……あ、圧が凄い……。完全なるヤバみを感じる。
そうして文字通り手も足も出ないまま、俺達はオタク集団に運搬されることとなった。

着いたのは城壁に囲まれた中庭。
オタク団子からぺっと吐き出されてすぐに、極彩色が目に飛び込んでくる。

>「ささ、存分にお楽しみくだされー! 我らの戦乙女、マホロたんのアブソリュートリィ☆ライヴを!」

「は?ライブ?こんなとこで?なんで!?」

頭いっぱいの疑問符は、すぐに押し流された。
音響魔法か何かで拡大された大音声が、音楽を伴って耳を貫いたからだ。

>「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」

光り輝くステージの上で、一人の少女が歌い、踊っていた。
人だかりの中央で、なお埋没しないその煌めき。
金髪ツインテールにヘッドセット、瀟洒な鎧をまとったその姿は……

「……馬鹿な、そんな、まさか」

俺は知ってる。ブレモンプレイヤーなら知らないはずがない。
今、俺の目の前で踊っている彼女。その、光輝に満ちた名を、叫んだ。

「マホたんだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!!」

ユメミマホロ――ブレモン配信をメインコンテンツに据える、バーチャルYouTuberだ。
そのブレモンに対する深い造詣、視聴者を飽きさせない喋りのテクニック、
何よりも高度なモデリングによって表情をコロコロと変える見た目の可愛らしさ!!!!
おそらく全宇宙で最高のバーチャルYouTuber、それがユメミマホロ……マホたんだ!!!!!!!!!!!

対モンデンキントの為にひたすら動画を漁っていた頃、マホたんの動画には何度も心を癒やされた。
陰鬱な最底辺を這いずり回る俺が出会った、電脳世界の福音だ!

26明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:25:13
>「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

「ま、マジで?こんな奇跡があっていいのか!?マホたんにリアルで会えるなんてっ!!!!!」

バロール……!ありがとう、それしか言う言葉が見つからない……!
俺は今!生まれて始めて幸運を神に感謝している……っ!!!

>「じゃあ、次の曲! いっくよ―――――――――――――っ!!!」

一曲吟じ終えたマホたんがMCで場を繋ぐ間に、ステージの機材が組み替えられていく。
裏方が手際よく機材を設置して、次の曲のイントロが流れ出した。
この曲は……!『ぐーっと☆グッドスマイル』!!マホたんの代表曲だ!!

>「……なんか……全然予想と違うね……」

なゆたちゃんが若干表情筋を引き攣らせながら笑う。
へいへいへいノリ悪いんちゃうかー?そんなぎごちない笑顔じゃノンノンですよ!!

「だけど予想よりずっと良い。こいつがバロールの差配なら、あいつもたまには良い仕事するぜ」

>「いい事だ。負け戦の陣営なんて、見ずに済むならそれが一番いい」

イントロがもうすぐ終わる。
俺は体がうずくのを感じた。心の底から湧き上がる熱が、エネルギーが、出口を求めてぐるぐるしている!
こうしちゃいられねえ!拙者もMIX打たせていただきます!!!

「オタク殿!コール表を!!」

「御意、こちらにご用意が!」

振り返って案内してくれたオタクに呼びかけると、返答と一緒に包みが飛んできた。
中身はライブの合いの手を記したコール表と、法被と、サイリウム棒。
スーツの上から法被を羽織り、光る棒を装備すれば、俺は、いや拙者は、もう無敵だ。

コール表に目を通す。
やはりライブ文化はマホたんがこの世界に持ち込んだモノ。
内容は全部分かる。一秒で覚えて、拙者は群衆の中に飛び込んだ。

「うおおおおおおおおおお!いくぞッ!!
 タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」

マホたんの歌声にオタク達と一緒になってMIX(合いの手)を打ち、
フレーズの合間にはクラップ(拍手)を入れる。
マホたんが放ったウインクは俺に向けられたものだいや俺だとオタク同士で殴り合う。

曲調が静かなバラードに移り変われば、みんなで壁にもたれて腕を組み、
『マホたんがビッグになって俺も鼻が高いよ……』と後方彼氏面だ。

「マホたぁぁぁあん!!!ホァ!ホァァァァァァァァ!!!!」

そうして拙者は実に40分、夢のような時間を過ごした。
いや!夢で終わらせない!マホたん単推し担当としてこれからも応援し続けるよ!!!!
世界とか救ってさぁ!!

27明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:26:35
 ◆ ◆ ◆ 

>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

ライブが終わった後、俺達はマホたんに連れられて放送スタジオにやってきた。
ライブ直後なのにすぐ配信だなんてマホたんは仕事熱心だなぁ。

「いやぁ、素晴らしいライブで御座った。尊みがMAXすぎて拙者感涙ヴォイ泣き致して候」

ライブの熱も覚めやらぬまま、マホたんの紹介を受けて雑にコメントする。
スーツの上からピンク法被は羽織ったままだ。ヨドバシカメラのスタッフみたいだぁ。

>「配信されちゃってる!? 生配信に出ちゃってる!?」

カザハ君は無邪気にはしゃいでいる。
ちょっとちょっとちょっとーカメラ回ってるでござるよー気付いておいでかーコレコレー。

>「ささ、皆さん自己紹介をお願いします!」
>「え……ええと、わたしはモンデンキントって言います……。
 アコライト外郭が孤立無援で絶体絶命って聞いて、その援軍に……」
>「うは! モンデンキントさん! 初めまして〜! ひょっとして、モンデンキントさんってあの『月子先生』です?
 スライムマスターの!」

モンデンキントの名前にマホたんは機敏に反応する。
うおお……ブレモン界の有名人二人、交わることのなかった両者が一同に!
尊ぇ……てぇてぇよぉ……。

>「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
 イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
 あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……」

マホたんは俺をチラっと見て、どうコメントしたものか迷うような仕草を見せた。

>「なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

「すっげえオブラート包んだな今!?」

いっけね、素が出ちゃった☆
でもね、でもね!それって『とくに特徴ない』って言ってるのと同義なんですよ!!
あとは最近のトレンドだと『パーティ追放されそう』とかそういう感じの形容だね!
いや実際それに近い感じにはなってたけど昨日まで!

「拙者は笑顔きらきら大明神と申す者。しかしこの場では名前に意味など御座りますまい。
 今の拙者はただの名もなきマホたん推しのガチ恋勢に過ぎぬゆえ」

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!」

メイン盾いないから勝つるかどうかは保証しかねるけど。汚い流石忍者汚い。
さっくりと自己紹介を終えた俺達は、早速アコライトの現状について情報共有に移る。
なゆた氏の懸念した、兵站物資の不足。マホたんはあっけらかんと問題ないと言った。

>「食糧については心配なかったですよ〜?
 敵がね〜。ワニとかトカゲとか、そういう爬虫類系なんですよね〜。それ捕って食べてましたし」

「な、なるほどぉー……マホたんのサバイバル知識は為になるなぁ」

28明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:27:22
敵さんも兵糧攻めしてる相手に食料提供してたとか考慮しとらんだろ。
爬虫類ってうまいのぉ?鶏肉みたいな味とか言うけど牛豚以外の大概のお肉は鶏肉みたいな味だしさぁ。

>「え〜と、『ムシャクシャしたんでバジリスクをムシャムシャしてみた』とか。
 『ヒュドラで燻製肉作ってみた』とか。いくつか配信もしましたよ。
 あんまり登録者数稼げませんでしたけどね〜。
 他にも『暇だからサバイバル生活してみた』とか『孤立無援だから籠城してみた』とか。ネタには事欠かなかったですね!」

そんでどこに配信してんだよ。アルフヘイムにもようつべってあんのか。
敵さんも兵糧攻めしてる相手に配信ネタ提供してたとか考慮しとらんだろ(二回目)。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
 今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
 明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

なんとも雑な質疑応答だったが、これでアコライトの異様さの謎は解けた。
メシは現地調達で、士気はライブで思いっきりバフかけて、そうしてこの城塞は戦線を維持し続けてきたのだ。
その有り様について、外野があれこれ口を出すべきじゃない。
ユメミマホロは間違いなく、アコライトの希望だった。

しかし外郭が壊滅してるわけじゃないなら、ずっと音信不通だったってのはどういうことなんだ?
バロールが先んじて救援の連絡を入れられたってことは、通信自体の不備ってわけじゃあるまいに。

>「はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――」

形にならない疑念はなゆたちゃんの声でふっとかき消えた。

>「マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――」

「あっおいやめろやめろマジで!」

制止も虚しく放たれた問い。
なゆたちゃんからしてみれば聞いて当然っつうか、雑談の一環くらいのつもりだったんだろう。
しかしそれは、Vtuberにとっては禁句、地雷を踏み抜く一言だ――

>「……中の人などいない」

マホたんは弾丸みたいな機敏さでなゆたちゃんに詰め寄り、ぼそりと呟いた。
有無を言わせぬ圧の籠もった言葉に、なゆたちゃんはドン引きしながら引き下がる。
これ放送事故じゃない?大丈夫?カメラ止めて止めて。

「いないよぉ中の人なんて。Vtuberは電脳世界に生まれた高性能AIなんだよ?わかれよな」

>「なるほど、スピリット属なら生理現象とも無縁だろうしな。理想的なアイドル体質――」

「うるせえアンデッド!お前は黙ってろ!!」

おそらくこの場で最も意味不明な存在であるエンバースの減らず口を塞いだ。
こいつはこいつでなんなんだろうな、今更だけど。お前こそ中の人どっかにいるんじゃないの?

>「宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。

なゆたちゃんから離れたマホたんは俺達を伴って配信室を出る。

>「目を閉じていても、一周出来る自信があるよ。
 咎人断ちの大剣目当てで、嫌と言うほど周回したからな」

「俺もやったなぁ。2ボスのレアドロだろ?あんだけ頑張って厳選したのに次パッチでもう鉄屑だぜ。
 俺の一ヶ月はなんだったんだっつー」

29明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:28:04
型落ち装備の価値が暴落すんのはまぁオンラインゲーなら仕方ないんだけどさ。
せめて強化派生できるとかさぁ!廃人の努力に報いるアプデをお願いしますよ!

>「何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし」
>「ルール?」
>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

「握手は一人10秒まで……とかそういうのじゃ、ねえんだよな」

急に剣呑な話になって俺は思わず茶化したが、かえって事態の物騒さを痛感する羽目になった。
守らなければ死ぬルール。ってことは、守らずに死んだ奴が少なからずいるってことなんだろう。
今更だけど、当たり前のように人死にが出てるって事実に俺はさぶいぼが立った。

>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

そうして俺達はオタク達に見送られ、マホたんと一緒に城壁を登る。
歩廊は幅が結構広いが、高所だけあって風が強い。気を抜いたら吹き飛ばされちまいそうだ。

>「おおう……」

カザハ君が城壁の外を見下ろして嗚咽に似た声を出した。
俺も同じ気持ちだった。っていうか出した。

「うげぇ。爬虫類ヅラの御用提灯が十重二十重……コミケの会場じゃねえんだぞ」

>「手持ちのレベリングをするには少々、リンクする相手が多すぎるな」

「範囲火力持ちが泣いて喜びそうだな。タンクは別の意味で泣くだろうけどよ」

新米タンクのジョンを揶揄して笑おうとしたが、ちっとも笑えやしなかった。
なんだこりゃ。敵兵力6000ってガセもいいとこじゃねえか。
ざっと見積もってもその十倍、地平線の向こうにもいるなら二十倍はくだらねえぞ。

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね」

「……お腹を空かせたアコライトの民にカザーヴァさんからお肉のプレゼント!ってか」

流石に想定外だ。この数相手にたった300人でずっと睨み合ってたのか?
なんぼマホたんがつよつよだからって数の暴力が圧倒的過ぎるだろ。

>「そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?」

脂汗の浮かぶなゆたちゃんとは対照的に、マホたんの顔は涼しげだった。
彼女は地平線の向こうから目を離さずに、とある名を口にする。

>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

「……マジかよ」

今度は俺が絶句する番だった。
煌帝龍ってのは、ブレモン世界大会の中国代表プレイヤーの名前だ。
つまり、ミハエル・シュヴァルツァーと同じ――世界クラスの強者。

「ニブルヘイムはまたピックアップ召喚でSSR引き当てやがったってのか」

30明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:28:41
リバティウムでイブリースがミハエルを回収した時、俺はニブルヘイムも人手不足だと見立てていた。
少なくともミハエルクラスの人材はそうそういないと。数が限られてると、そう思ってた。
だが現実として、ミハエル以外にもニブルヘイムはSSRを獲得している。
煌帝龍は、大会でミハエルとも争ったことのある正真正銘の実力者だ。

そして帝龍にはもうひとつ、世界的企業のCEO――資産家としての顔もある。
つまり、金持ちだ。それこそ石油王が霞んで見えるくらいに、リアルマネーを所有している。

>「ああ、なるほど。そういう意味か。そいつなら知ってるぞ。何せ奴は――」

焼死体が何か思い当たったようだが、そのままフリーズした。
CPU使用率が100%になっておられる?

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
 この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
 純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

「そんだけ金持っててやることがソシャゲの廃課金かよ。コロコロコミックのホビー漫画じゃねえんだぞ……」

途方も無いスケールの話に頭が痛くなってきた……。
だってあの帝龍ですよ?なんなら俺の会社のパソコン全部あっこの製品だよ?
帝龍はIT分野にも強い。煌が持ってるスマホなりタブレットなりも、相応のスペックがあると見て良いだろう。
複数所持だって十分あり得る。ミハエルの時みたくタブレット強奪での無力化は現実的じゃあるまい。

>「中国代表の社長!? この世界は自動翻訳機能が付いてるみたいだけど語尾がアルになってたらどうしよう……!」

頭を抱える俺の隣で、カザハ君は相変わらず能天気にコメントする。

「ミハエルが『ニーチェ大好きだリュッセル!』とか喋ってたらその可能性もあったけどな……」

いかんいかん、現実から目を背けるな。
敵のスケールがでかいなんてのは今に始まったことじゃねえだろ。
タイラントも、ミドガルズオルムも、俺達は乗り越えてきたじゃねえか。

>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」

目に飛び込んできた絶望的な光景。
だけれどマホたんは、いつもの人好きのする笑みで、俺達を見遣る。

>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
 現状維持をすることしかできなかった。
 でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
 それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

この城壁上には、アコライトに集う兵士達はいない。
ユメミマホロが弱みを見せるわけにはいかなかった、彼らはいない。

だから、彼女のこの言葉は、士気の鼓舞とは無関係の……本心なんだろう。
十重二十重に取り巻く絶望に、それでも抗い続けてきたブレイブの……俺達は、正真正銘の"救い"だ。
そうでなければならない。

>「ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!」

なゆたちゃんは迷いなく答え、マホたんの手を握る。

>「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

その圧倒的よさみの深い光景にカザハ君が乱入し、マホたんに抱きついた。
ッダロガケカスゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!何どさくさまぎれにくっついてんだエロ妖精が!!!
お客さんお触りはギルティですよ!!!!カザハ君の首根っこを掴んで引き剥がしながら、俺も言う。

31明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:29:49
「兵力も、物資も、何もかもが圧倒的に不利。どんだけ士気が上がったって、人間の体力には限りがある。
 下で楽しそうにライブの感想言い合ってる連中も、もうだいぶ限界が来てるんだろうぜ。
 マホたん氏もそのあたりは分かっておられよう」

ライブでの熱狂は、マホたんのサービス精神旺盛なパフォーマンスだけが理由じゃあるまい。
いやマホたんが今世紀最高にして最強のVtuberだってことには疑いはないけど、それだけじゃない。

みんな、何かに身を委ねて、絶望を忘れないとやっていけなかったんだ。
直視するには過酷過ぎる現実が、この壁の向こうには広がっている。

「……燃えるじゃねえか。燃え燃えキュンだぜ。こういう局面を、俺達は何度も覆してきたんだ。
 課金額の多さでイキってやがるクソったれのシャッチョサンを、ぶっ飛ばしてやろう。
 札束よりも拳でぶん殴られたほうが痛いってことを思い知らせてやるぜ」

俺の後ろでは剥がしたカザハ君とエンバースが今後の方針を話し合っていた。
つっても、カザハ君が出した案をエンバースが切って捨てるだけのいつもの光景だ。
こいつほんとこういうときだけイキキしてるよな……。

>『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

議論を思いっきり投げ捨てて、エンバースはマホたんに一歩にじり寄った。
……と思ったらこいつ何しよん!!!マホたんの肩掴みやがった!!!

>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

「てめっこのっピンチケ野郎(クソガキ的な意味)がぁぁぁぁぁ!!何マホたん氏に接触してんだ!!
 城壁はナンパをするところでは御座らんぞ!!!!」

唐突に直結厨と化したエンバースを剥がすべく俺がダッシュするより先に、
マホたんの左手が閃いた。エンバースの腕を打撃し、戒めを解いてバランスを崩す。

>『――ごめんなさい』

ドゴォ!とおおよそマホたんの細腕から想像もつかない音が響いて、焼死体は宙を舞った。
そのまま城壁から中庭へ20メートルの距離を自由落下していく。
地面とぶつかる音が聞こえるその時まで、俺は理想に殉じたエンバースに黙祷を捧げた。

うひゃひゃひゃ、ざまあみやがれ。
まぁ元から死んでるしこれ以上死にはしねえだろ。

「えー……なんというかその、うちの焼死体がとんだご無礼を……。
 あの子ゾンビだから本能的に人を襲っちゃうだけで悪い子じゃないんですよマジマジ」

しかしあいつ、マホたんとどっかで会ったことでもあんのか?
Vtuberとリアルで対面する機会なんてあるわけがねえ。
典型的なナンパの口上でないなら、あいつもループの記憶が戻って来てるのかね。

「それはそれとしてマホたん氏、サ、サインとかもらっていいですかね……?
 えーと色紙、色紙はないから……ふひっ、このネクタイに!『俊之くんへ』って入れてもらって!」

マホたんからサインを入れてもらったネクタイをウキウキ気分で身につけて、
俺は気合を入れ直した。デュフフ……最高だ……世界救い終わったら額縁に入れて家宝にしよう。

「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
 あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」

32明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:30:27
まあ多少欠損してようがポーション注射で治んじゃないのぉ?
なんでもいいけどあいつアンデッドのくせにポーションで回復すんのな。

「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
 戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
 敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」

いくら強固な城壁があるからって、あんな大軍がいれば突破は難しくあるまい。
門とか構造的に弱い部分はいくらでもあるし、そこに戦力を集中させれば一発で開門だ。
プレイヤーである帝龍は当然、アコライトの内部構造だって知ってるはず。
こんな、見せびらかすためだけみたいな布陣を組む理由はない。

「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」

これはカザハ君の提案から思いついた可能性だ。
『幻影』みたいな認識改変スペルで6000の兵力をウン十万に見せかけることはできなくもない。

「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
 カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
 ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」

ブレモンにおける帝龍の戦略は、盤石の布陣を構えたうえで敵を押しつぶすコンボ系だった。
やつがその定石に則るとすれば、可能性として一考の余地はある。
アコライトを陥落させてすぐに王都に攻め入ることを予定してるのかもしれないしな。

「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
 つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
 敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

レアル=オリジンやお姉ちゃんみたいに、知性を持ち、人間に限りなく擬態可能な魔物はいる。
敵が爬虫類系の異形だと強く印象づければ、人間型への警戒はどうしても薄くなる。
付近からの難民や行商を装って、外郭内に侵入することは不可能じゃない。

……とまぁべらべらまくし立てたけど、マホたん氏もそれくらいは考慮の内だろう。
伊達に何ヶ月も防衛戦を続けちゃいない。戦闘経験において、彼女と俺達には天地の開きがある。
俺は知らなきゃならない。この世界で戦い続けるってことが、どういうことなのか。

「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」


【情報共有。サインをねだる】

33ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:26:58
-----------------------------------------------------------------------------------
「あいつ最近テレビの取材受けたんだって?」「調子にのってるよな」「しっ!本人きたよ」

みんななぜか僕の悪口を影で言っている。
一体なにがいけないのだろう、僕はただ仲良くしたいだけなのに。

みんな僕が近くにいれば仲良く友達のフリをする。
でもそれは僕が怖いから、直接対峙したら勝てないと、そうわかっているから

「みんな!おはよう!」

ニコニコしながら、そんな人達にあいさつするのもいつの間にか馴れた。
笑顔を絶やさなければ、いつか僕の事を思いなおしてくれるかもしれないと思ったから、笑顔を続けた。
無駄なんて事わかっているのに。

歴代の天才高校生、そんなタイトルでも、テレビで紹介されれば、僕の事を理解してくれる人が現れる。
そう思ってテレビや雑誌のオファーを受け続けた、無駄だと分っているのに。

信じたかった、世界の広さを、テレビや小説でよく出てくる、人の温かさを。
結果的に言えば理解者はだれ一人として現れなかった。

「しょ・・・勝負ありー!」

テレビの企画で当時の金メダリストと戦う事になった。
天才と呼ばれ、天狗になってる子供を大人が容赦なく叩き潰す、そんな趣味の悪さ100%の企画だった。

「すみません・・・この人本物ですか?」

自分でもさすがにこの時の発言はよくなかったと思う、しかし本当に弱かった、侮辱したかったわけではないが、本当に弱かったのだ。
生放送だった為にどうしたらいいのか分らない大人達、笑いものにするはずが逆に自分たちが侮辱されたのだ。
あの時の周りの大人達のあの目線は忘れられない。

その次の日から倒した選手のファンから、テレビ局のお偉いさんから、通りすがりの人から、嫌がらせを受けるようになった。
結果を信じられない大人達が、僕をリンチにするため、徒党を組んで人気のない路地で襲い掛かってきたこともあった。

嫌がらせに屈せず、相手が凶器を持ってきても返り討ちにした。
行動はどんどんエスカレートし、僕を殺そうとする奴まで現れた、それでも僕は負けなかった。
一人で全てを返り討ちにし続けた僕は裏でこう呼ばれた・・・【化け物】と

たしかに僕の発言はよくないものであった、それは間違いないだろう。しかしこんな目に会うほどの物だったのだろうか?
圧力によってどのスポーツの世界にも入れなくなった僕は、この件で業界に絶望していた事もあり、逃げるように自衛官になった。

僕が入った当時の自衛隊の世界は年功序列の世界だった、人によっては最悪というかもしれないが、それ以外で差別される事はなかった。
途中で実力主義に変わり、当然一人だけ浮いていた僕は引き抜かれて、特別な扱いを受けた。

「いえーい!みんな!!自衛隊をよろしく!」

例えそれが健全PRの為のアイドル活動を含んだ引き抜きだったとしても、僕は認められた気がして、言われるがままにやり遂げた。
アイドルとして活躍するようになってから、世間の風向きが変わっていった。

「イケメン自衛官大人気・・・」「彼の素質は・・・」「災害の時の彼の活躍は勲章物で・・・」

過去の事をすっかり忘れ、今度は媚始めるマスコミ達。
家を出れば黄色い声と、嫌悪の目を向けていたはずの大人達が、一斉に僕に媚を売り続ける。
満足していた、しなきゃいけない、だってこんなにみんな僕をほめてくれるんだから、認めてくれるんだから。




あれ・・・結局僕は・・・なにがしたったんだっけ・・・?

-----------------------------------------------------------------------------------

34ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:27:25
最悪の目覚めだった。
よりにも旅立ちの日にこんな夢を見るなんて。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

呼吸を整えつつ洗面台へと向かう、そして顔を洗い、鏡を見る。
そこには普通の・・・いつものジョン・アデルがいた。

「大丈夫・・・大丈夫・・・落ち着け・・・落ち着け」

呼吸を整え、もう一度鏡を見る、そこには普通の自分。

「・・・お前のやりたい事を昨日見つけたじゃないか、ジョン。落ち着け、大丈夫だ」

そう呟くと顔を洗い、服を着替え、旅立つ準備を始めるのだった。


「まさか全部用意してもらえるとは・・・」

ジョンの部屋の豪華なテーブルの上に似つかわしくない武器を並べられていた。
これは昨日バロールに頼んでいた、持っていくかもしれない装備候補達であった。

これらは全て殺す為の装備であり、殺されないようにする為の装備である。
武器を調べるほど、調べるだけ、避けようのない殺し合いが存在するのだ、という現実を見せ付けられる。

これとブレイブとしての力を使えば、人を容易に殺す事ができるだろう。
そうでもなくても自分には化け物と呼ばれた力が、肉体があるのだから、更に容易である。

日本では人を殺めることは悪である、それが常識。
だがこの世界でそれはもう通用しない。

「殺さなければ・・・殺される」

だれかを殺さなければ前に進めないかもしれない。
この世界では殺す事は悪じゃない、むしろ世界を・・・国を救うためなら進んで殺す事こそ・・・正義なのだ。
元の世界の常識を、いつまでも持っているわけにはいかない。

人を殺すなんて訳ない事だ、昨日バロールの話を聞いた時点で覚悟は決めていた。だが

【化け物】

「ッ・・・!」

生まれて僕に負の感情を見せない・・・やっとできた友達を・・・失いたくない。
これは戦争だ、なら当然相手もこっちの命を奪うつもりで向かってくる、その悪意になゆは、みんなは耐えられるだろうか?
悪意に晒され続けた僕のような苦しみは、みんなには味わってほしくなかった。

「みのりと約束したんだ・・・なにがあってもみんなを守るって」

全ての悪意からなゆ達を守ろう、守る為に今、僕ができる事をしよう。
世界を救う事自体にそこまで興味があるわけじゃない、だがなゆが、みんなが行く道をいっしょに、笑って歩いていたい。

「・・・例え同じ世界の人間を殺す事になったとしても」

35ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:28:33
もっと重い空気になると思っていいたが、そこは歴戦のブレイブ達。
列車の中でも重たい空気になることなく、軽口を叩きながらいろんな話をしていた。

エンバースとなゆは二人で仲良く話しているし、カザハはなにかの本を読みながらニヤニヤし
僕と明神は昨日の確認とウォーミングアップを兼ねて体を動かしている。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
  当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

>「もう着くの? 魔法機関車はっや!」

「さて・・・僕達もそろそろ降りる準備始めよう」

僕の必要な物はトランクにほとんど詰めてある、バロールに頼んで貰った部長が背中に装備できる魔法のトランクだ。
質量を無視してアイテムを特定の個数だけ入れられるらしい、といっても部長の動きを阻害しない程度の小さいトランクなのでそんなに量は入らないが。

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
  アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
  みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
  ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

当たり前だが全員が知っている前提で話が進んでいく。
だがしかし僕はといえば、ソシャゲとかのストーリーは全スキップ派なのでまったく知らないのだ。

昨日寝る前にこの世界の事についてはある程度勉強できたつもりだ。
だがそれはあくまでもこの世界の今までの歴史であって、この人物はこうで、こんな事をしでかす、という情報ではない。
つまり・・・

「さっぱりわからん」

全然分らなかった、重要な所はみんなが教えてくれるのでいいのだが、細かいところはさっぱりだった。
別に分らなくても敵なら殺す、味方なら生かす、そのくらいの認識でまあ、大丈夫だろう。
必要な所は別途聞けばいい。

>《もう連絡途絶えてえらい経つけど、最後に生存確認したときの外郭側の戦力は300、二ヴルヘイム側の兵力は目算で約6000。
  こっちの兵士は体力的に限界で、兵糧も尽き掛けてる。持ってあと一週間ってとこやって》

重要な拠点と聞いていたが、あまりにもひどい報告に頭を抱える。
途絶えたにも関わらず兵士を即座に送って、正確な情報を確認していない事。
連絡が途絶え、殆ど未確認の地域にになゆ達を、ブレイブを送り込もうとしてる事。

「余裕がないにしろお粗末すぎる・・・」

列車から降りた途端に死体が見えるかもしれないな・・・なんて事を考える。
死体だけならいい、そこから病気が蔓延していたら、たまったもんじゃない。
追い詰められているなら死体を焼却する時間もないだろう、もしかしたら敵とは関係なく病気でほぼほぼ全滅なんてことも・・・。

陽気な雰囲気もここまでという空気が、列車内を、僕達を包もうとしていた。

>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

不穏な空気を察知したのか、みんなを元気付けようと、なゆは大声で叫ぶ。
さっきまでの空気はどこへやら、みんな一転元気に動き出す。

やっぱりなゆ・・・君はリーダーの素質があるよ

「もちろん全員でね・・・レッツ・ブレイブ!」

36ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:29:35
列車を降りたら死んでから時間が立っているような死体がお出迎え・・・という事はなかった。

>「なんか、キレイ……」

「キレイというか・・・これは・・・?」

>『デコられている』

「そう・・・それだよ」

機能性を重視された城壁のあちこちに謎の似顔絵?がたくさん貼られている。
行方不明者の似顔絵かと一瞬思ったが、全員同じ人間を描いたようだった。

>「綺麗ってかこのポスター、アイドルみたいな人がキラッとしてるよ!?」

「アイドルといえばアイドルだな、だがこんな人間僕は知らないぞ?色んなテレビに顔を出してるから色んな人を知っているつもりだが・・・」

こちらの世界にアイドルなんて概念があるのだろうか?だがそれにしてもあまりにも僕達の世界のアイドル像に近すぎる。
仕事柄、このくらいの年齢のアイドルは全員把握しているつもりだが・・・どの記憶にも引っかからない。
『MAHORO YUMEMI Absolutely Live in ACOLITE!!』 MAHORO YUMEMI・・・?知らない名前だ、やはりこの世界のアイドル・・・なのだろうか。

>「英語……英語!?なんで地球の言語で書かれたポスターがあんだよ!?」

あまりに自然で気づかなかったがここは僕達が住んでる世界とは別の世界なのだ。
このMAHORO YUMEMIが何者であるかわからないが、とにかく普通の事態ではない、とにかく----

>「何かがおかしい。一度、列車まで戻るべきだ。俺が偵察を――」

エンバースも僕と同じ違和感を感じ取ったらしい。

「賛成だ・・・なにかあってからじゃおそ・・・」

気づいたら目の前に一人の男が立っていた。
バロールに貰ったナイフを男に見えない位置で構える。

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」
>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

男は漫画の世界から飛び出してきたようなオタクスマイルを披露する。
なにが起こってるのかさっぱりわからない。

>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
  いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
  ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
  デュフッ! デュフフフフ……!」
>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
  あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
  ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」

気づくと大勢のオタクに囲まれていた。

「君達、最低限の説明すらする気がないならこっちにも考えがあるぞ・・・!」

>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
  皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

「ちょ・・・!?」「ニャアアアアー!」

結局抵抗していいのかわからず悩んでいる間にオタク軍団に連行されるのだった。

37ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:30:30
>「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!」

一体どうなってるんだ・・・?
ここを防衛しているという先輩ブレイブに会えず、ゲームのキャラクターのような少女の踊りを見させられている。
列車が目的地を間違えた?いやさすがにそれは考えられないだろう、最初にみた城壁はデコられていたとはいえ予め聞いていた情報と一致する。

>「マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

じゃあなんでこんな状況になっている?どこでなにを間違った?

>「……ユメミ……マホロ……」

「しっているのかい?なゆ、もしかしてあの子もゲームのキャラクターだったり・・・?」

それにしてはバロール等とは違い、あまりにもアニメ調すぎるが。

>「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

なゆがなにかを理解したらしく、おそらくユメミマホロがブレイブである、という。
必死に応援してるオタク達はここの兵士で、ユメミマホロが兵士達の士気を維持する最後の砦。

「どうやら・・・想像してたより方向性は違うけど、最悪の状況なのは間違いなさそうだね・・・」

ここの兵士達はユメミマホロに依存しすぎている、彼女の命令とあらば命を投げ打ってでも戦うだろう。
死の恐怖に立ち向かっていけるかもしれない、だがやっている事は麻薬で自分を騙している兵士となんら変わりない。
違うのはなにに依存しているのか、という違いだけだ。

ユメミマホロがもし死んでしまったら・・・依存する先を失った兵士達のその後は・・・。

>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
  今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
  地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

歓声を浴びているこの少女が一番よくわかっているはずだ、この依存体系は非常によくない、と
だがこうせざるを得なかったのだろう、そうしなければ体より先に心が死ぬのが分っていたから。

>「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
>「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 

予想通りに状態の悪いアコライト城郭の現状に頭を抱える。

>「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
  イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
  あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

元気よく紹介される、とりあえず考えるのは後にしよう。

「よろしく!でも僕と仲良くしないほうがいいんじゃないかな?ほら僕も君も立場とかあるしさ・・・」

すっごい客席からの視線が痛い、嫉妬のオーラを纏った負のなにかが僕の体を包んでいた。
元の世界だったらこの発言だけで週刊誌に載ってしまうレベルだ、イケメン自衛官複数のアイドルに手を出していた!とかそんなタイトルで。

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。

言われのない因縁をつけられるんで、やめてねホント・・・
口では言えないので心でそう呟くのだった。

38ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:31:33
ライブも終わり、兵士の鋭い視線から開放され、やっと一息。

「やっぱりあの雰囲気は嫌いだ・・・」

僕もあんな感じの場所で歌ったり踊ったりすることはあったが、やっぱり好きになれそうになかった。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
  今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
  明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

疲れた原因は殆ど君のせいなんだけどね・・・といいたいがやめた。
自分の口が災いしてまた兵士達の負のオーラを浴びたくない。

>「ルール?」

>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
  ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

「それは・・・一番最初に言うべき事なんじゃないか?兵士の手前言えないのはわかるがそれでも・・・」

>「確かルールその1は、中の人などいない――だったな」

凄いマジメなトーンで言い放つエンバース。
君のそのマジメにやってるのか、わざとなのかよくわからない言動・・・嫌いじゃないけど・・・自重しよう?めっちゃ睨まれてるよ?

>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

さっきまでのアイドルだったユメミマホロは息を潜め、冷静に答えながら、僕達を誘導する。
そこで僕達は自分たちの意識が、まだまだ足りてないという事実を突きつけられてしまう。

「な・・・なんだこれは・・・6000なんて嘘っぱちじゃないか・・・!」

時間が相当に経った情報など当てにならないと、分ってはいたがそれでも期待していた。
だが期待そのものが甘えだったのだと、改めて認識させられる。
新鮮じゃない情報などなんの価値もないのだ、と。

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
  空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
  こっちから手を出しさえしなければ、ね」

なぜだ・・・?こっちが崩壊寸前なのはわかっているはずだ、なのにわざとトドメを刺さないのは・・・?
モンスター達は穴を開けるでもなく掘るでもなくただそこに佇んでいるではないか。
まるで・・・なにかを待っているような・・・?

「だ、だが、これだけのモンスターを確保するには敵だって簡単にでできるわけじゃないだろう?」

>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

名前聞いた時、なるほど、と納得してしまった自分がいた、ブレモンだけじゃない、リアルでも有名なのだ。
その影響力は中国裏社会にまで及ぶといわれ、動かそうと思えば国すら動かせる、と噂されるほどの超が付く有名人。

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
  この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
  純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

ここに来てから、話がいい方向にまったく進んでいかない、いや、まだ全滅してなかったのは大変いい事だが・・・。

39ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:32:11
>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」\
>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
  現状維持をすることしかできなかった。
  でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
  それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

>「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

「なあ・・・僕達も協力したいのはやまやまなんだが、最低限その作戦の説明をしてくれないか?
 まさか無計画なんて事はないよね?そうじゃなきゃ僕達は協力関係には――」

>「兵力も、物資も、何もかもが圧倒的に不利。どんだけ士気が上がったって、人間の体力には限りがある。
  下で楽しそうにライブの感想言い合ってる連中も、もうだいぶ限界が来てるんだろうぜ。
  マホたん氏もそのあたりは分かっておられよう」
>「……燃えるじゃねえか。燃え燃えキュンだぜ。こういう局面を、俺達は何度も覆してきたんだ。
  課金額の多さでイキってやがるクソったれのシャッチョサンを、ぶっ飛ばしてやろう。
  札束よりも拳でぶん殴られたほうが痛いってことを思い知らせてやるぜ」

明神のハートに火がついてしまったようだ、明神だけじゃない、なゆも、カザハももうすでにやる気マンマンだった。
こうなったら・・・止められないな・・・みんなについていこうと決めたのだ、彼らのやり方を見届けてやろう。

「あーあー!わかったわかりましたやってやりましょう!ただ作戦には容赦なく口出しさせてもらうからね?」

ハイハーイ!と元気よく飛び出してきたのはカザハだった。

>「爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
  カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ
  後方に控えているだろう指揮官のところに行けることは行けると思うけど……」

「今現在敵戦力が見えてるだけの種類しかいないとは限らないからね
 当然、空に向けてなにかしらの迎撃手段を持ってるいると考えられる。そうなればあの速度じゃいい的だ。」

悪くないとは思うが今一歩それでは足りない、僕達の体は一つしかない。
失敗するリスクはできる限り減らしたいのだ。

>「駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?」
>「指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
  遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!」

>「多量のクリスタルと引き換えに召喚された超レイド級が、
  敵を薙ぎ払う訳でもなく突っ立っている、か。
  なるほど――中々ユニークな作戦だ」

ウーンウーンとカザハは頭を悩ませる。

しばしの沈黙が場に訪れる、この数相手にそうそう丁度良く作戦が生まれるわけじゃない。

>『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

「お・・・おい?なにしてるんだエンバース?」

シリアスな空気を突然ぶち壊したのは、このPTで一番シリアスな空気を生み出しているはずの・・・エンバースだった。

40ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:33:41
>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

エンバースの突然マホロの肩を掴み顔を近づける。
その行為は、よく言えば中二病、悪く言えばセクハラとも取れる行為だった。

「え・・・えんばーす・・・?」

マホロとエンバースの顔が近くなればなるほど、僕の背後から負のオーラを強く感じる、怖くて振り向けないほどの。

「エンバースサン?そろそろやめたほうがいいと思うんだ、君のそれ、どこからどうみてもセクハラだし?
 そもそも君にはもう既にお姫様がいるんじゃないかって僕思うんだ、うん、浮気は悪い文明って言われてるし」

>『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
  だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
  それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』

うんうん、そうだよね、テンプレみたいな断り方ありがとう!もう負のオーラに僕の胃が耐えられないからはやく離れてもらえるかな?

>『――ごめんなさい』

「いやホントやめようエンバース?マホロちゃんだって困ってるし僕の胃がまじで痛い――えっ!?」

目を疑った。
エンバースが一瞬体をずらされた、そう思った瞬間にはエンバースに拳が・・・。

>「――うおおおおおっ!?」

エンバースが勢いよく吹き飛ばされる。

「へえええ・・・凄いね今の。見たことない技だったけどそれもしかしてスキルだったりする!?
 できれば教えてもらえたりできないかな!僕実は格闘技とか大好きなんだ!
 あ、でもスキルだと習得するのに時間かかったりってやっぱあるのかな?今の状況でそんな時間ないかなあ・・・」

エンバースの心配はどこへやら、興味は完全にマホロの格闘技に移行していた。

まあエンバースなら大丈夫だろう、最低限の手加減はしてるだろうし。

>「えー……なんというかその、うちの焼死体がとんだご無礼を……。
  あの子ゾンビだから本能的に人を襲っちゃうだけで悪い子じゃないんですよマジマジ」

「本当に悪い人じゃないんですけど、たまに周りを見ずに特攻しちゃうクセがあって・・・
 たぶん相当きついお灸が据えられると思うんで許してあげてください」

たぶん相当きついお灸が据えられるだろう、うん。
今回は誰も助けない、僕だって助けない、こればっかりは自業自得だからね。

>「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
  あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」

「ああ、それなら僕も手伝おう」

41ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:34:34
>「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
  戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
  敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」

完全にギャグ時空に囚われたエンバースを引き上げながら、まずは明神が口を開く。

>「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」

「・・・それはさすがになくないか?実際マホロ達・・・はそのトカゲを焼いて食べた事があるんだろ?
 敵に捕まえさせる奴だけ本物のモンスターにすり替えるって方法もあるだろうけど・・・そんな器用な事する必要もないだろうし」

敵が圧倒的優位に立ってる状況でそんな事をする必要はほとんどないだろう。
もしあれの殆どが幻影だったとしたらここはこんなになるまで押されなかったはずだ。

>「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
  カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
  ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」

これは明神の言うとおりだと思う、本当に大事ならだらだらと攻める必要がない。

>「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
  つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
  敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

「その帝龍の狙いについてなんだが・・・」

僕が薄々感じていた事を口に出す。

「僕は本人に実際に会った事がないし、ゲーム内で接点が会ったわけじゃない、帝龍の事はあくまでもみんなと同レベルでしかしらない
 だから僕がこれから言う事は・・・聞く価値がないと思ったら聞き流して欲しい・・・」

「もしかして敵は・・・帝龍は・・・「期待」してるんじゃないかな?」

コイツは突然なにを言い出すんだ、顔見なくてもみんなそう思っているだろう。
僕だって逆の立場ならそう言うだろう。

「みんなもしってる通り、帝龍はブレモンだけじゃない・・・いやリアルが成功してるからこそブレモンも強いんだ
 帝龍は成功の方法を知っているんだ、生まれながらの天才っての奴かな、その才能はこっちの世界にきても圧倒的な物だっただろう」

「ライバル企業を潰し、吸収したのだって1件や2件だけじゃない、表沙汰にならないだけで当然、非合法の方法だってとってるだろう。
 帝龍にしてみればアコライト外郭を落とすのも、ライバル企業を落とすのと何ら変わらない
 むしろこれだけのモンスターを持っているんだ、法律もないこの世界じゃ、ココを落とすほうが彼にとっては楽かもしれない・・・」

たぶん法律なんて元々帝龍には関係ないのかもしれないけど、と苦笑いしながら話す。

「おそらく最初はここを即効潰すつもりだったと思う、でもそうはならなかった・・・マホロがいたからだ、
 予想以上の抵抗をされて、当初の予定が狂った帝龍は思ったに違いない」

『あそこにいる猛者はもしかしたら自分の退屈・・・飢えを満たしてくれるかもしれない』

「だから帝龍はマホロが力を蓄えて・・・勝算を持って行動に出るまで待っている、自分の目の前に来るのをただジっと・・・待っている
 1万はいるであろう軍勢を超えて・・・将を討ち取らんとする英雄を・・・【異邦の魔物使い】を待っている・・・そんな気がする」

「本人とせめて・・・話をしたことがあれば確証を得られたかもしれないけれど・・・」

あくまでも僕の中の妄想に過ぎないのだが・・・。

少しの沈黙の後パン!と明神が話を切り替えるように、手を叩く。

>「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
  そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」

「そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを」

この場にいる全員が、マホロの発言を静かに待つのだった。

42崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:18:40
>ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか

>そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを

明神とジョンがマホロに情報提供を要請する。
が、マホロは笑って両手をパタパタと振ると、

「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

そう言って、現段階での説明を避けた。

「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

マホロは軽い身のこなしでヒョイと城壁の胸壁にのぼると、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見た。
そして、そのまま何を思ったのか、身体を仰け反らせると仰向けに城壁の外へと身を躍らせる。

「あ! マホ――」

唐突にも程がある、マホロの身投げ。なゆたは仰天して胸壁から身を乗り出し、マホロの姿を目で追った。
マホロは真っ逆さまに落ちてゆく。
彼女は人間ではなく『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』というモンスターだ。
墜落しても死ぬことはないだろうが、それでも甚大なダメージは免れない。
しかも、落下地点には帝龍の放った爬虫類型の魔物たちが群がっている。落ちれば鋭い牙の餌食だ。
援軍が来たので、もう自分の役目は終わりと命を絶ったのか? ――いや、違う。
それは、狩りの始まりだった。

ぶあっ!!

地面に激突する寸前、マホロの背に一対の純白の翼が出現する。
マホロは落下から鋭く直角に方向転換し、地面すれすれを滑空すると、高速で弾丸のようにロール(回転)しながら飛んでゆく。
モーセが海を割ったように、大地を埋め尽くすトカゲの群れが中央から裂け、マホロに触れた者たちが跳ね飛ばされて宙を舞う。

「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」

マホロが呟くと同時、その周囲に光り輝く槍が無数に現れる。戦乙女の代表的武装、ヴァルキリー・ジャベリン。
出現した槍を即座に解き放つ。光の槍は四方八方に飛び散ると、当たるを幸いトカゲたちを貫いた。

ドドドドドドドウッ!!!

投げ槍どころの騒ぎではない、まるでミサイルだ。
ジャベリンはスペルカード『黎明の剣(トワイライトエッジ)によってブーストがかけられている。その威力は凄まじい。

「――はッ!」

ざざざざっ! と両脚で轍を刻みながら着陸すると、マホロは翼を消して徐に拳を構えた。武器の類は――ない。
無数のトカゲたちが集まってくる。マホロは瞬く間に取り囲まれた。
絶体絶命の危機に見える。……が、違う。
大顎を開き、マホロに食らいつこうとトカゲたちが攻めかかる。だが、一匹たりともマホロには触れられない。
迂闊に接近したモンスターたちは皆、マホロの拳に。蹴りに。瞬く間に打ち砕かれ、血ヘドを吐いて吹き飛ばされた。

「まだまだぁ!」

『聖撃(ホーリー・スマイト)』――徒手戦闘でのみ光属性の攻撃力を飛躍的に上昇させるスキルである。
本来、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は長槍や直剣などを武器とするモンスターだ。
しかし、ユメミマホロはこの『聖撃(ホーリー・スマイト)』を極限まで研ぎ澄まし、インファイターとして自己を鍛え上げた。
マルチのパーティープレイでは、マホロは後衛に位置しバフ効果のある歌で仲間たちを励ましている。
が、ソロではそのプレイスタイルは180度異なる。このゴリゴリのアタッカーがマホロ本来の持ち味と言う者も多い。
迂闊にマホロに触れてしまったエンバースが洗礼を受けるのは必然であったと言えよう。

「……『俊足(ヘイスト)』。プレイ」

ぎゅんっ!!

スペルカードが発動する。マホロの挙動がさらに速度を増す。
あたかも疾風のように、マホロがトカゲの大軍の間を縫う。そのたびに拳が一閃され、トカゲたちが砕け散る。
帝龍の軍団の中核をなしているモンスターはドゥーム・リザードといい、ストーリー中盤に出現するザコ敵である。
序盤ではフリークエストのボスを務めたこともある、それなりに硬くて強い敵なのだ。
しかし、それがまるで問題にならない。マホロの攻撃によって木っ端のように薙ぎ倒されてゆく。

「ギシャァァァァァァァァァッ!!」

轟く咆哮。見れば、ドゥーム・リザードの死体を踏みつけ、見上げるほどに巨大な多頭蛇が姿を現す。
ヒュドラ。ゲームでは終盤のダンジョンに出現する、ドゥーム・リザードとは比較にならない難敵だった。

43崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:22:59
「シャァァァァァ―――――――――ッ!!」

唸り声と共に、ヒュドラの無数の頭部がマホロへと殺到する。
恐るべき速さの波状攻撃だ。――しかし、当たらない。
マホロはまるで踊るように軽やかな身のこなしで、必要最小限の挙動によってヒュドラの牙を躱してゆく。

「ひゅッ!」

たんッ! と強く地面を蹴って跳躍し、そのまま伸びきったヒュドラの頭部へ舞い降りる。
長い首を道の代わりにすると、そのままマホロはヒュドラの胴体へと駆け上がってゆく。
ヒュドラの弱点は首の根元に存在する中枢神経だ。それが無数の首を統御している。
弱点を攻撃されまいとヒュドラが無数の首でマホロを迎撃する。――だが、それも無駄な足掻きでしかない。
マホロは繰り出される幾多の首を跳躍して回避し、足場とすると、瞬く間に胴体へと接近した。

「……『限界突破(オーバードライブ)』――プレイ」

カッ!!

スペルカードが発動し、マホロの身体が金色に輝く。

「はあああああああ――――――――――ッ!!!」

気合一閃、マホロは右腕を大きく振りかぶるとヒュドラの胴体に渾身の一撃を繰り出した。
ガゴォンッ!! という硬い音が轟きわたり、小山のようなヒュドラの巨体がぐらり……と傾ぐ。
弱点の中枢神経に強烈な一撃を食らい、気絶したのだ。頭上に【STUN】の表示が出ている。
あとはもう、マホロの独壇場だ。――最初からそうだという説もあるが。
マホロは群がるドゥーム・リザードたちを片手間に蹴散らしながら、ゆっくりヒュドラの解体を始めた。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」

ピンク色の法被を着た兵士たちが城門を開けると、マホロが朗らかに笑いながら入ってきた。
その後ろにはドゥーム・リザードとヒュドラの死体が山となっている。どうやら、こうして日々の糧を得ていたらしい。

「ヴァルハラ産ゴリラ……」

なゆたがボソリと呟く。マホロの愛称(?)のひとつである。

「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

そんなことを言いながら、台車に乗せた大量のトカゲたちを城塞の中にある厨房へと運んでいく。
わたしも手伝います! と、なゆたも慌ててマホロの後を追う。

「ドゥーム・リザードで食べるのは足と尻尾だけ。胴体は食べられないよ。
 でも、捨てないで取っといて。皮を剥ぐから――防具の素材に使えるからね」

「レア素材、リザードスキンね……。昔よく集めたっけ。じゃあ、こっちのヒュドラは?」

「ヒュドラは肉にも毒があるから、毒抜きしないと食べられないんだ。でも無毒化するとパサパサになっておいしくないの。
 どっちかというと薬の素材。あとはヒュドラの毒腺から毒を抽出して、武器に付与したりとか」

「あー。『英雄殺しの毒(ヒュドラ・プワゾン)』かぁ〜。ポヨリンにも使えるかなぁ」

女子ふたりで厨房に立ち、何やら和気藹々とやっている。……ガールズトークにしては女子力がないが。
しばらくすると、食堂にふたりの作った料理が並んだ。
ドゥーム・リザードの肉を使った炒め物とカツ。それに王都から持ってきた食材で拵えたコンソメスープなどである。

「ささ、どうぞ召し上がれー! 特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」

マホロが小首をかしげる。

「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

おたまを持ちながら、なゆたが眉を顰める。
激戦を予想し、ハイカロリーで高タンパクなものを中心に持ってきたのが裏目に出た。
食事を終えると、兵士が部屋の支度ができたと報告してくる。
客室というにはあまりに簡素な、使われていない部屋に毛布が置いてあるだけの様相だったが、戦時中だ。これでも上等だろう。

各々が用意された部屋に宿泊し、アコライト外郭での一日目は終わった。

44崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:26:55
翌日。なゆたはやはりマホロを手伝って食事の支度をしたり、城塞の中を見回って過ごした。
アコライト外郭の中では兵士が訓練をしたり、壊れた壁の補修を行ったりしている。

「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

マホロが注意を促す。
そして、城壁の内側にある広場に昨日狩ったトカゲやヒュドラの残骸を積んでおく。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが午前中に各自自由行動していると、やがて正午が近づいてくる。
全員が中央広場に集まると同時、マホロは空を見上げた。
ほどなくして、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちのスマホの時計表示が正午を指す。
それまで晴れていた空が、にわかに掻き曇ってくる。

「……来る」

険しい表情で空を眺めながら、マホロがぽそ、と呟く。
そして、その直後。
トカゲたちが群れなす地平線の向こうから、真っ黒い雲のような『なにか』がアコライト外郭めがけて湧き出してきた。

「総員、退避! 建物の中に入って!」

マホロはそう叫ぶや否や、踵を返して脱兎のように建物の中へと飛び込んだ。
全員が建物に入ったことを確認すると、鉄扉を閉めて厳重に封鎖する。

ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

扉の外で、巨大なプロペラを回したような轟音が響いている。
それはもちろん、飛行機が飛んでいるわけではない。それは『羽音』だった。
アコライト外郭の周辺を、何かが飛んでいる。
それも夥しい数だ。数えきれないほどの何かが扉の外を飛び回り、思うがままに蹂躙している。
あれほど士気の高かった兵士たちも、今は恐怖に身を縮こまらせている。
マホロも同様だ。ただ凝然と扉を睨みつけたまま、表情をこわばらせて佇立している。

「……マホたん、これは……」

「静かに。息を殺して、喋らないで」

事態を呑み込めないなゆたが訊ねようと口を開くと、マホロはそれを鋭く制した。
いつもの朗らかなユメミマホロの姿とはかけ離れた様子に、なゆたも口をつぐむ。
どれほどの時間が過ぎただろうか、実際の時間は5分から10分程度であったに違いない。
けれど永劫とも思えるような永い体感時間の果て、羽音が徐々に小さくなってゆき、徐々に消えてゆくと、マホロは息を吐いた。

「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

マホロは固く閉ざしていた扉に両手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
黒雲は去り、今はもう空もすっかりと元の青さを取り戻している。
だが、先ほどの青空と今の青空とでは、一点だけ違いがある。
通信の魔術だろうか、空にまるで大きなスクリーンでも張ったかのように、ひとりの人間の顔が映し出されていた。

《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

男である。年齢はだいたい明神と同じくらいだろうか。
長い黒髪をオールバックに纏めた、ひょろりとした痩身の青年だ。
仕立てのいいダークグレーのスーツを隙なく着込んだ、ビジネスマン然とした姿はファンタジー世界にはまるで似つかわしくない。
男は丸眼鏡のブリッヂを右手の中指でくいと持ち上げると、奥の細められた糸目でマホロを見た。

《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》

「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

《ほう》

男は愉快げに糸目をますます細めた。

煌 帝龍(ファン デイロン)。

世界でもトップクラスのIT企業、帝龍有限公司の長にしてニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
アコライト外郭攻略の主将であり、これからなゆたたちが戦うべき敵。
その姿が、ここにあった。

45崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:44:47
《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
 今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
 推奨できないアルネ》

「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
 これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」

ばっ! とマホロは右手を伸ばす。
その腕の先にいる明神、カザハ、エンバース、ジョン、なゆたたちを一瞥すると、帝龍は鼻で笑った。

《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
 イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

新たな5人もの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を目の当たりにしても、帝龍はまるで怯む様子がない。
それどころか、珍獣でも見るような眼差しで5人を眺めている。

《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵! この地を埋め尽くす軍勢に、たった6人で抗うと?
 日本人は単純計算もできないアルか? それとも、古臭いヤマトダマシイとかいうやつアルか! くふふふふッ!》

「ぐ……」

空に大画面で映し出された帝龍の人を見下した嘲笑を聞き、なゆたが歯噛みする。
だが、確かに。この大軍団を相手に勝ち筋が見当たらないというのも事実だった。
クツクツと一頻り笑うと、帝龍は徐に画面の中で右手を伸ばした。

《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

温情をかける、と言う。意外な提案だった。
だが、そんな帝龍の言葉にマホロは苦々しい表情を浮かべている。
帝龍はマホロを手招きすると、

《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

そう、まるで自分が主人であるかのように告げた。

「!!!」

その言葉に、マホロの隣で話を聞いていたなゆたは一度大きく震えた。

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。

『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をはじめとする戦乙女属が持つ特殊スキルである。
これと決めた対象に口付けすることによって、対象のATKその他のステータスを恒久的に爆上げする効果を持つ。
このスキルの特殊なところは、その戦乙女ひとりにつき一度きりしか使用できないというところにある。
一度『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を使用してしまうと、もうその戦乙女は二度とそのスキルを使えない。
よって、誰に対して使用するかは熟考に熟考を重ねることになる。
また、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』は戦乙女属が最後に覚えるスキルで、習得レベルも相当高い。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』目当てに戦乙女を濫造して使い捨てることはできないということだ。

「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

なゆたが呟く。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を受けた者には、『戦乙女の恋人』という称号が与えられる。
ただでさえ希少性の高いスキルである。それがブレモンでもっとも有名な戦乙女、ユメミマホロのものとなれば――
それは果たして、どれほどの価値を持つものか想像もできない。
当然、ファンの間でもマホロの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』については長い間議論されてきた。
とはいえ、マホたんの唇は俺のものだ、いや俺が予約してる、などフォーラムでの話題はネタでしかなかったのだが。

それを、本気で手に入れようとしている者がいる。

46崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:48:29
《オマエがワタシの軍門に下り、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなら、助命を受け入れてやるアル。
 このまま、ジリ貧で疲弊してゆき惨めに全滅するより、よほどいい条件だと思うアルが? くふふ……》

「だ……、誰がッ!
 あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

「…………!!」

痛いところを突かれ、マホロは俯いた。
敵である帝龍に『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の矜持が許さない。
いや、それ以前に女として生理的に無理である。帝龍は蛇のように陰湿で、残酷で、無道な男だ。
しかし、といって自分の意地や嫌悪でアコライトを守備する兵士たちの命を危険に晒すことはできない。

《素直になるアル、マホロ。
 オマエがワタシのところに来るだけで、すべてが解決するアル。
 嫌なのは最初だけアル……すぐに、ニヴルヘイムの方が居心地がいいとわかるアルよ?
 そんな死に体の世界など見捨てて、オマエもこちらに来るアル。
 ニヴルヘイム最強の我が軍団の庇護下にあれば、オマエはもう何も思い煩うことはなくなるアル!
 そんなくだらん城塞で! ゴミのような兵士相手に歌い! 踊り! 媚を売ることもなくなる!》

「………………」

俯いたまま、マホロはぎゅぅ、と強く強く拳を握りしめた。血が出るほどに強く唇を噛む。

《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

帝龍が哄笑する。
確かに、条件としては悪くないのだろう。マホロひとりを引き換えに、300人の兵士たちを助命する。
一時的にでも帝龍が軍を引けば、その間はアルメリアも体勢を立て直す猶予が生まれる。
単純に損得を考えた場合、帝龍の提案を飲むことは決して悪いことでは――

「…………ふざけるなッ!!!」

なゆたが叫ぶ。

「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
 助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
 あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」

《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》

「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
 兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
 マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
 ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」

びしぃっ! と右手の人差し指で空中の帝龍を指す。
帝龍は愉しそうに嗤った。

《ほぉ〜。それは、死にたいですという意思表示アルか? 面白い!
 であればワタシも手加減はしないアル。そんなチンケな城塞、一日あれば破壊できるということを証明してやるアル。
 バロールやガザーヴァの力がなくとも……アル!
 マホロの前で頼みの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにして、心を折ってやるのもいいかもしれないアルネ!》

帝龍の言いようはいかにもサディストといった風である。
やると言ったなら、帝龍は本当にやるだろう。地球でも目的のためには手段を選ばず、黒い噂の絶えなかった男だ。 

《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
 それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

終始圧倒的優位にある者の余裕を見せつけたまま、帝龍は通信を切った。
その顔が霧のように薄れてゆき、やがて消える。
束の間の会談は終わった。

47崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:52:31
「……ゴメン……やっちゃった……」

帝龍との面通しが終わった後、作戦本部代わりの食堂で、なゆたは両手で顔を覆って仲間たちに謝った。
黙っていればよかったものを、ついうっかりと帝龍の傲慢な物言いに腹を立て、反論してしまった。
おかげで帝龍に侵攻の口実を与えてしまった。帝龍は明日の正午に攻撃を開始するという。
もはや一刻の猶予もない。明日の正午までに外郭の周囲に蝟集している大軍団を倒す方法を考えなければならない。

「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

マホロがぱたぱたと手を振ってフォローする。
実際にその通りだ。帝龍は助命を受け入れると言ったが、その言葉が本当に履行されるかはわからない。
マホロが投降した後で、もうアコライトに用はない、皆殺しにしろ――という命令を下さないとも限らないのだ。
そして、帝龍はそれをやりかねない人物である。
いずれにせよ、あそこで帝龍の条件を飲むことはできなかった。

「こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも!
 全体攻撃だから、相当数減らすことが――」

「ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない」

「……どういうこと?」

「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「あー……」

今日の正午、地平線の彼方から湧き上がってきた不気味な黒雲。
そして、耳をつんざくような羽音。
それらの正体が、まだわからない。

「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
その効果は『破壊者(アポリオン)と呼ばれるイナゴの群れを召喚し、
敵ユニット全体に防御無視の地属性ダメージを与えるというものである。
アポリオンたちはすべてを食らい尽くす。思えば、広場に積み上げていたトカゲたちはいつの間にかすっかり消滅していた。
アポリオンが骨も残さずに食い尽くしたのだろう。絶対に守るべきルールとは、アポリオン対策だったのだ。
イナゴたちはユニットカード、しかも飛んでくる蟲の近接攻撃という分類のため、
ミハエル・シュヴァルツァーの使用した『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』さえ効き目がない。
まさにぶっ壊れ・オブ・ぶっ壊れと言うべき性能だ。
そんな性能のため大会では禁止カードに指定され、現在はコレクション以上の価値はほとんどない。
とはいえ、ここは現実のアルフヘイム。禁じ手も何もあったものではない。
帝龍は潤沢な資金にものを言わせて手に入れた禁じ手カードを、ここで遺憾なく使っているのだ。

「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

なゆたのスマホからみのりの声がする。回線は常に開いているということだったので、こちらの話も聞いていたのだろう。
マホロが怪訝な表情を浮かべる。

「え。誰?」

《うちは五穀豊穣言います〜、マホたんよろしゅうな〜。
 ところでマホたん、ひとつ訊きたいんやけど――》

「あ、はい……なんでしょう?」

《なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ。
 通信に問題はなさそうやし……できるなら状況連絡くらいはしてほしかったなぁって言うとったんよ》

みのりの言うことももっともだ。生存者の数や状況などが分かれば、王都としてもそれなりの対応ができる。
マホロが連絡をしなかったため、アコライト外郭は全滅したか生き残っているかさえも定かでなかったのだ。
しかし、みのりの問いに対してマホロは明言を避けた。

「あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……」

右手の人差し指で頬を掻きながら、バツが悪そうな表情を浮かべる。
だが、本当にただ忘れていただけだろうか?

48崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:55:17
《ほんならしゃあないなぁ。バロールはんにはうちから伝えとくわ。
 明日の朝イチまでに、帝龍の本陣の位置くらいは調べとくさかい。みんなも何かあったら言ってや、ほな頑張って〜》

みのりはそう言うと通信を切った。バックアップとしては頼もしい限りである。

「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

マホロが腕組みして告げる。
トカゲたちは城壁を登ってこない。城塞の内側にいる間は安全である。
『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』は城壁を飛び越えてくるが、一日一回限りのユニットカードだ。
そこに何らかの打開策を見つけられれば、それを足掛かりに帝龍へ反撃する機会を見つけられるかもしれない。

「……わたしには分が悪いかな……」

なゆたがぽそりと呟く。
帝龍の軍団は地属性だ。ブレモンの属性で言うと、水属性は不利属性となる。
属性で言えば、パーティーの中で地に有利が取れるのは――

「カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね」

カザハの方を見て言う。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーで風属性なのはカザハだけである。
加えて、カザハはカケルに乗って空も飛べる。対空手段のない帝龍の軍団に対して、これは大きなアドバンテージだ。
といって、そのアドバンテージをどう有効活用するかに関しては、まだ何も思いつかないのだが。

「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う。
 ……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?」

そんな都合のいい戦法がそうそう思いつくはずがない。
しかし、その無茶を通さなければ、アコライト外郭に明日はないのだ。

「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

マホロの存在は帝龍にとって何としても手に入れたい宝であると同時に、倒さなければならない敵将である。
相反するその要素によって、帝龍はアコライト外郭を本気で攻め潰すことができないでいる。
そこに、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が付け入る隙がある――。

ばん、となゆたは作戦本部兼食堂の長テーブルに両手をついた。

「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

絶対的寡兵を覆し、帝龍に致命打を与える方法。
それを、これから6人で考えなければならない。
リミットは明日の正午。残された時間は極めて少ない。

なゆたはリーダーとして、仲間たちの顔を順に見回した。


【帝龍の目的、アコライト外郭のルール開示。
 敵大軍の撃退法、正午に必ず訪れる『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』の対処法、
 煌帝龍への攻撃法などを協議】

49カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:13:29
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」
>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

エンバースさんは作戦会議そっちのけでマホたんにフラグを立てに(?)行った。
フラグを乱立し過ぎではないだろうか。

>『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
 だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
 それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』
>『――ごめんなさい』
>「――うおおおおおっ!?」

エンバースさんは突然繰り出されたマホたんのパンチに吹っ飛ばされた。
屋上の縁に駆け寄って下をのぞき込むカザハ。

「エンバースさぁああああん!? 生きてるぅうううう!?」

明神さん、さっきはカザハがこうなる前に引きはがしてくれてありがとう。

>「へえええ・・・凄いね今の。見たことない技だったけどそれもしかしてスキルだったりする!?
 できれば教えてもらえたりできないかな!僕実は格闘技とか大好きなんだ!
 あ、でもスキルだと習得するのに時間かかったりってやっぱあるのかな?今の状況でそんな時間ないかなあ・・・」

ライヴとか生放送の時とは打って変わってテンション爆上がりのジョン君。
やはり自衛官だけあって格闘技には興味があるらしい。

>「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
 あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」
>「ああ、それなら僕も手伝おう」

「……ってカケルが救出に行けばいいじゃん!」

《それもそうだ!》

まさかナンパに失敗してフィールドアウトした味方を回収するなんていう飛行能力の使い道があるとは思わなかった。
地面近くまで降り、途中まで引き上げられかけたエンバースさんを回収する。
例によって命に別状は無いようだ。

>「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
 戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
 敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」
>「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」
>「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
 カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
 ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」
>「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
 つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
 敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

50カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:14:21
>「その帝龍の狙いについてなんだが・・・」
>「もしかして敵は・・・帝龍は・・・「期待」してるんじゃないかな?」
>「おそらく最初はここを即効潰すつもりだったと思う、でもそうはならなかった・・・マホロがいたからだ、
 予想以上の抵抗をされて、当初の予定が狂った帝龍は思ったに違いない」
>『あそこにいる猛者はもしかしたら自分の退屈・・・飢えを満たしてくれるかもしれない』
>「だから帝龍はマホロが力を蓄えて・・・勝算を持って行動に出るまで待っている、自分の目の前に来るのをただジっと・・・待っている
 1万はいるであろう軍勢を超えて・・・将を討ち取らんとする英雄を・・・【異邦の魔物使い】を待っている・・・そんな気がする」

明神さんが裏工作説、ジョン君が強者を待つ戦闘狂説といった対照的な仮説を展開する。

>「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」
>「そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを」

皆がマホたんの見解を待つ。
しかし、マホたんは現時点での情報開示をさらりとかわしたのだった。

>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

明日の方が説明しやすい、見てもらった方がいいということは――
決まって毎日何かが起こり、しかも事が起こる時間帯が決まっている、ということなのだろうか。

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

「買ってくるっていっても……近くにスーパーもコンビニも……マホたん!?」

ちょっと買い物に行ってくる的なノリでいきなり身投げしたマホたんに皆仰天する。
しかも落下地点は先程のエンバースさんとは違って爬虫類の群がる城壁の外だ。

「カケル!」

すぐさま救出に行こうとするカザハと私だったが、しかしその必要は無かった。
地面に激突する寸前、マホたんの背に翼が出現した。

「マホたん飛べたの!? 跳び下り方紛らわしいわ!」

>「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
>「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」

マホたんは力強く且つ華麗にトカゲ達を仕留めていく。

「買い物じゃなくて狩りの方だったのね……」

51カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:15:47
>「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」

狩りを終えて帰ってきたマホたんをカザハは拍手で出迎える。

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

マホたんとなゆたちゃんが和気藹々と料理をはじめる。
なゆたちゃんには下心は無いだろうが、マホたんと一緒に料理をして親睦を深めるなど、明神さんなどから見れば物凄く羨ましいに違いない。
残念ながらカザハは料理はからっきし駄目だ。私は馬でさえなければ手伝えるんだけど……。

(馬だからね……)

《うん……》

悲しい事に馬はどちらかといえば料理をする側というより料理される側(食材)だ。
私達は、料理が出来上がるまで言われた通りにマホたんの動画を見て過ごした。

>「ささ、どうぞ召し上がれー! 特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」
>「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

「気にしない気にしない! それよりこのトカカツサイコ―――――ッ!!
マホたん料理人にもなれるんじゃない!?」

2人の料理を褒めちぎるカザハ。
こうしてマホたんのサバイバル料理を堪能し、用意された部屋に宿泊し、一夜が明ける。

「……嫌だ、嘘だぁあああああああああ!」

カザハの叫び声に起こされた。見れば、真っ青な顔をしている。

《どうしたんですかいきなり大声だして。悪い夢でも見たんですか?》

「ここが更地になった……」

《ゲームでは終盤で更地になるらしいですからねぇ。それを知ってる影響でしょう》

「それだけじゃないんだ……ボク達が更地にする側だった……」

《”達”って私も……!? なんて不吉な夢を見てやがるんだてめえはぁあああああああ!
まあそもそも夢なんてワケ分かんないものだし!? 気にしたら負けですよ! いいですね!?》

気を取り直して起き出し、マホたんの指示を受ける。

>「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

一体正午に何が起こるのだろうと思いつつも、空を飛んで城塞の周囲を見て回ったり壁の補修を手伝ったりして過ごす。
そして、ついに正午が来た。

52カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:16:45
>「総員、退避! 建物の中に入って!」

外では無数の虫が飛んでいるような羽音のようなものが響き、兵士達は恐怖に身を縮こまらせている。
飛んでいるのは虫の大群だろうか、それにしてもここまで皆が恐怖しているのは何故なのだろう。

>「……マホたん、これは……」
>「静かに。息を殺して、喋らないで」

疑問を口にしようとしたなゆたちゃんをマホたんが制止するが、たとえ外を狂暴な虫が飛んでいるにしても建物の中にいる以上安全なはず。
それとも、隙間からでも入って来られるぐらい小さい虫……?

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

外に出ると、丸眼鏡に糸目といったなんというか典型的な漫画に出て来る中国人みたいな顔が空にでかでかと映っていた。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

しかも――バッチリ語尾がアルになっていらっしゃる! カザハの予想がこんなどうでもいいところで当たってしまうとは。

>《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》
>「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

この会話から推察すると、帝龍はマホたんの腕を買い、以前から自分の側に来ないかと誘いをかけているのだろう。
それがここを一気に潰さない理由なのかもしれない。

>《ほう》
>《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
 今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
 推奨できないアルネ》
>「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
 これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」
>《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
 イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》
>《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵! この地を埋め尽くす軍勢に、たった6人で抗うと?
 日本人は単純計算もできないアルか? それとも、古臭いヤマトダマシイとかいうやつアルか! くふふふふッ!》
>「ぐ……」
>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

53カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:17:29
「一応聞いてみるアル。その条件とは何アルか!?」

《カザハ、伝染ってる伝染ってる――!!》

といっても相手の側にはこちらの言葉は全て中国語に翻訳されていると思われるので、
微妙な語尾の違いなんていう日本語特有の機微は向こうには分からないのだろう。

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

「はいぃいいいいいいいいいいい!?」

>《オマエがワタシの軍門に下り、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなら、助命を受け入れてやるアル。
 このまま、ジリ貧で疲弊してゆき惨めに全滅するより、よほどいい条件だと思うアルが? くふふ……》
>「だ……、誰がッ!
 あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」
>《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

更に帝龍は容赦なくマホたんを煽り誘惑する。

「騙されちゃ駄目だよ……マホたんがここを離れたらそれこそ……」

カザハが何を言おうとしているかはなんとなくわかった。
相手は誇り高い戦闘狂などではなく、目的のためには手段を選ばない卑劣な奴だ。
マホたんを手に入れたいがためにこの膠着状態を作っているのならば、
マホたんを手に入れてしまえばもうここを一気に潰さない理由が無くなってしまう。
しかしカザハがそれを言う前に、なゆたちゃんの渾身の怒声が響き渡った。

>「…………ふざけるなッ!!!」

「なゆ……!?」

>「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
 助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
 あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」
>《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》
>「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
 兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
 マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
 ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」
>《ほぉ〜。それは、死にたいですという意思表示アルか? 面白い!
 であればワタシも手加減はしないアル。そんなチンケな城塞、一日あれば破壊できるということを証明してやるアル。
 バロールやガザーヴァの力がなくとも……アル!
 マホロの前で頼みの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにして、心を折ってやるのもいいかもしれないアルネ!》
>《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
 それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

帝龍の顔が空から消えると、早速食堂に集合して緊急作戦会議が始まった。
なゆたちゃんは凹んでいた。

54カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:18:36
>「……ゴメン……やっちゃった……」

>「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

「そうだよ、何にせよ直接対決は避けられなくてそれが明日になっただけの話!
もうみんな持ち堪えるのも限界だろうからいっそ丁度良かったんじゃないかな?」

>「こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも!
 全体攻撃だから、相当数減らすことが――」
>「ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない」
>「……どういうこと?」
>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「そうだった! あの虫の大群みたいなのは何!? そんなにヤバイやつなの!?」

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

虫軍団の正体はイナゴだったようだ。
たかがイナゴといって侮るなかれ、ひとたびその攻撃に晒されれば骨も残らずに食い尽くされるらしい。

「恐過ぎるやろ……」

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

みのりさんがマホたんに自己紹介した後、連絡が途絶えていた理由を問い、マホたんは忘れていたと答える。
抜け目のなさそうなマホたんがそんなに重要な事を忘れるだろうか、と違和感を覚えるが、今はそこを突っ込んでいる暇はない。

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

>「……わたしには分が悪いかな……」

常に強気ななゆたちゃんが珍しく弱音を吐く。
しかしそれはブレモンの仕様を知り尽くしているが故の言葉だった。

>「カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね」

「ボクが……!?」

敵は地属性。なゆたちゃんの水属性では分が悪く、私達の風属性は地属性に対して有利が取れるらしい。
モンデンキント先生がそういうからには、それだけこの世界では属性が重要な意味を持つということだ。

55カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:19:42
>「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う。
 ……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?」
>「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

場を沈黙が支配しかけたところで、カザハが口を開く。

「昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?」

唐突に料理の話を始めたように聞こえるが、一応トカゲ対策の話だ。
戦場で酒を飲んでいる場合じゃないだろうと一瞬思われそうだが、度数の高い酒は気付け薬や消毒薬代わりにもなるのであってもおかしくはない。

「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

明神さんとの戦いの時、エンバースさんが放火した炎は下が石畳であるにも拘わらず、瞬く間に燃え広がっていた。
エンバースさんのモンスターとしての性質上、酒等の最初に引火させるものさえあればそれが可能なのだろう。
トカゲ軍団の上空を飛び回ってエンバースさんが放火し、更に私のスキルで風を送り込んで延焼させる。
それがカザハの考えたトカゲ軍団対策だった。

「ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね」

56カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:20:25
更にその流れで、どこまで本気かは分からないが、敵将を本隊から切り離す作戦案を提示。
尤もカザハや私がいくら頭を捻ったところでベテラン勢から見れば素人の浅知恵の域を出ないだろう。
会議というものは重要な議題であるほど最初に発言するのは勇気がいるもので、
たとえ案自体は速攻で却下されたところでそれをきっかけに議論が始まってくれれば上出来なのだ。
そして、仮にトカゲ軍団をどうにかして敵将を本陣から切り離すのに成功したところで、
相手が必ず発動させてくる『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を乗り切れなければお話にならない。
カザハは攻略本を見ながら何やら考えている。

「『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
ユニットカードで蟲の近接攻撃……敵ユニット全体に防御無視の地属性ダメージ。
防御無視ってことは防御系スペルカードも無効? 『風の防壁(ミサイルプロテクション)』は意味無しか……。
……ってことはユニットカードなら対抗できるのかな? あれ? これちょっと似てるかも。
『鳥はともだち(バードアタック)』――鳥をはじめとする飛行系モンスターによる近接攻撃で敵ユニット全体に風属性ダメージ」

『鳥はともだち(バードアタック)』自体は別に珍しくも無いカードで、
通常のゲームの仕様内で使う限りでは“防御無視”の文言があるかないかで天と地ほどの差があるのだが――

「ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……」

カザハが素朴な疑問を口にする。
当然ゲームではユニットカードで召喚した軍団同士を対決させるなんてことは想定されていない。
そしてこの世界ではゲームでは想定されていない行動をしたとき、ゲーム上のルールを超越したことが起こる傾向にあるようだ。
属性上風は地に対して有利であり、更に鳥の中にはイナゴを含む昆虫を食べる者も多いので、対抗できる可能性はあるかもしれない。
とはいってもやってみたけど駄目でしたでは文字通り骨も残らないが、
ゲームの仕様を知り尽くした上でそれを超越した戦いを繰り広げているベテラン勢の仲間達なら的確な推測をしてくれるだろう。

57embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:10:31
【ロスト・グローリー(Ⅰ)】
 
 
 
気が付けば、■■■■は見覚えのある場所にいた。
薄暗い石造りの監獄――規約違反者の隔離エリア。

「ここに呼び出されるような違反行為をした覚えはないぜ――今回もな」

『ええ、知っています。ですがプレイヤー隔離用のエリアはここしかないのです』

「……何が目的だ」

『警戒する必要はないのです。我々はあなたにトロフィーを与えたいだけなのです。
 例のコンテンツを、この世で最も早く攻略したプレイヤーに――相応しい報酬を』

「これは……装備品か。って……なんだよ、このデタラメな効果」

『デタラメで、当然なのです。何故なら、それは来たる世界大会の装備制限基準――
 ――そのグレーゾーンにまで足を踏み入れた、紛れもないインチキ武器なのです』

「……何故、俺にそんな物を?」

『分かりませんか?日本の競技シーンは海外に比べ、大きく遅れを取っているのです。
 それでは困る。どうせ海外勢には勝てないのにマジになっても、などと思われては』

「悪いが、お断りだ。この剣は返すよ」

『あなたにとっても、悪い話ではない筈なのですが』

「ああ、悪い話じゃない――だがそれ以上に、面白くない話だ」

『気分を害したのなら謝るのです。ですが――』

「違う。そうじゃない――弱い者いじめは、趣味じゃないって言ってるんだ」

『それは……その返答がどういう結果を招くか、考えた上での返答なのです?』

「ああ」

『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――』

58embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:11:21
【フレイミング・リグレット(Ⅰ)】


『さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから』

「百聞は一見に如かず、確かに道理だ。だが言葉を尽くしてこそ伝わるものもある筈だ。
 例えば愛や信頼――他にも、俺が気が付いたら城壁の上から落下していた理由とかな」

『それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――』

「狩ってくる?……ああ、なるほど。【河原へ行こうぜ!】か。
 確かにあのカードなら、安全に食料を確保出来る。
 だが、待ってくれ。ここは俺の――」

『あ! マホ――』

「――馬鹿な!何を考えてる!?」

戦乙女は城壁から戦場へと身を投げた/焼死体が即座に鋸壁から身を乗り出す。

「俺が加勢に入る……いや、【座標転換(テレトレード)】だ!今すぐ俺とマホたんを――」

『……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ』
『スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――』

「――入れ替える必要は……なさそう、だな」

宙を彩る無数の槍が、神鳴りの如く地を掃う。
戦乙女が地を蹴り/拳を放つ――後に残るのは、四肢の破片と血煙のみ。
巨岩の如き多頭蛇は、一撃の下に昏倒/一本ずつ首をもがれ/五本目の時点で絶命した。

『お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!』

「思い出したぞ、ユメミマホロ……ストライカー型ヴァルキュリアビルドの提唱者か」

グッドスマイル・ヴァルキュリアは、支援職だ。
当然、戦闘は可能な限り避けるべき/盤面における立ち位置は最後方。
装備の候補も槍や弓/中距離から敵の接近を牽制/火力支援を行う――それが定石だった。

ユメミマホロは、その従来の運用法とは全く異なる――真逆のドクトリンを提唱した。
徒手空拳によるDEX、AGIへのブースト/低下したATKを【聖撃】で補填。
高クリティカル率/高機動力/必要十分な火力を実現。

その結果――接近を拒む必要は最早なくなった。
迂闊に近寄れば逆に懐に飛び込まれ/致命打を叩き込まれる。
バッファーでありながら、必要に応じて前線に飛び出す事も出来る。

『ヴァルハラ産ゴリラ……』

世に轟く異名に相応しい、文字通り前衛的、かつ合理的なビルドだった。

『じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!』

「……遠慮しておこう。食事も俺には必要ない。寝床もだ。
 それと、城壁の立哨を休ませてやれ。代わりに俺が立つ」

側防塔を登る焼死体――敵に備えていない時間が不安だとは、言わなかった。

59embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:12:41
【フレイミング・リグレット(Ⅱ)】

夕日が沈み/月が浮かび/暁に溶け/朝日が昇る。
その間、焼死体は身動ぎ一つせず、戦場を眺めていた。
ただひたすら、まだ名も知らぬ敵を殺す術に、思いを馳せていた。

『午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から』

やがて城内を見回る戦乙女が傍を通り掛かると、そう警句を残していった。
中央広場――兵士達が何らかの搬入作業を行う様が見える。
魔物の残骸――骨や内臓を、山と積み上げている。

何故かは分からない――だが理由あっての事に違いない。
焼死体は城壁を降りると、暫し骨と臓物に塗れる労働に従事した。
そうして気付けば、周囲に人が集まっていた――皆、険しい顔をしていた。

『……来る』

俄かに曇る空を見上げて、戦乙女は張り詰めた声を零す。

「何がだ。俄か雨か?洗濯物の取り込みなら手伝えないぞ。煤塗れにしても――」

『総員、退避! 建物の中に入って!』

「……俺が最後尾に立つ。リーダー、チームを引率しろ」

避難が完了し、鉄扉が固く閉ざされる。
扉の外からは幾重にも連なる/絶え間ない羽音が響いていた。
焼死体が、衣擦れの音一つ立てず――守るべき者/少女へと、寄り添う。

『……マホたん、これは……』
『静かに。息を殺して、喋らないで』

やがて羽音が遠のき、消え去ると――戦乙女から安堵の吐息が漏れた。

『もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある』

「ああ、そうだな。まずは今、何が起きていたのか――」

《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

不意に天から降り注ぐ声/頭上を見上げる。
空を切り抜いたようなスクリーンに、一人の男が映っていた。
煌帝龍、中国最強と歌われたその男に――焼死体は確かに、見覚えがあった。

――何故だ。何故、俺はあいつを覚えている?どうして、あいつだけを……。

脳髄を切り裂くような頭痛/頭を抱える/考えても答えなど出る筈もない。
今更記憶を取り戻しても、何の意味もない――分かっている。
それでも――考えずにはいられなかった。

要するに、焼死体は己を、過大評価していた――記憶の欠落など、とうに割り切った心算だった。
割り切ったと思える事自体が、自身の記憶喪失が不完全である証左だと――気付いていなかった。

60embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:14:18
【フレイミング・リグレット(Ⅲ)】

『バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!』

「ああ、そうだ……俺は、お前を倒さなきゃいけない……」

《よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

「その言い回しも、覚えているぞ……どこだ……どこで、俺はそれを耳にした……」

強度の頭痛/記憶の混濁――焼死体は亡者の如く、思考の海を彷徨う。

《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵!》

だが――不意に、その譫言のような呟きが、止んだ。
焼死体は空を見上げたまま/ただ一点、変化が生じたのは、眼だ。
深く濁った蒼に燃えていた双眸、その左方に――仄かな、紅が浮かび上がった。

「……最強、だと?」

紅は、瞬く間に燃え広がっていく――蒼を塗り潰して、染め上げた。

《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》





「おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?」

燃え落ちた喉から零れる微かな声は、いつもの焼死体の声ではなかった。
擦り切れ、辛うじて紡ぎ直された魂が紡げる声ではない。
熱意と、自尊心を宿した――そんな声だった。

61embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:15:42
【フレイミング・リグレット(Ⅳ)】


『……ゴメン……やっちゃった……』

作戦本部代わりの食堂で、少女が背を丸めて、両手で顔を覆う。

『ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ』

「ああ、そうとも――あの提案を受けていたら、あいつの顔面を殴れないだろう」

焼死体の煤けた右手が少女の頭を、茶化すように二度、軽く叩いた。

『こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも――』

『ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない』

「ああ――俺の見立てではトカゲよりも、むしろ問題なのはもう一方だ」

『……どういうこと?』
『覚えてる? 今日の正午に起こったこと』
『あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ』

「厄介だな――どんなプレイヤーが使おうと、ユニットカードの性能は変わらない。
 そういう意味では、あいつにはお似合いのカードだが……やれやれ、どうするか」

『……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……』

「ふん、あいつがインチキカードを振り回すだけが能の、チャンピオン気取りじゃない事を祈るよ」

《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

「……負けは決定的?みのりさんらしからぬ、不的確な予想だな。
 俺がいるんだぜ。勝つ事自体は決定事項――問題は、勝ち方だ」

『え。誰?』

《うちは五穀豊穣言います〜、マホたんよろしゅうな〜。
 ところでマホたん、ひとつ訊きたいんやけど――
 なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ――》

「バロールにセクハラを受けたのが原因なら、庇い立てせずに言ってくれ。俺達は、君の味方だ」

『あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……』

「……この反応は、クロだな。みのりさん、略式裁判と刑の執行はそちらに任せる」

《ほんならしゃあないなぁ。バロールはんにはうちから伝えとくわ。
 明日の朝イチまでに、帝龍の本陣の位置くらいは調べとくさかい。みんなも何かあったら言ってや、ほな頑張って〜》

「ああ――そちらも健闘を祈る」

62embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:16:29
【フレイミング・リグレット(Ⅴ)】

『帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ』

「留意すべき点は、【進撃する破壊者】は所詮、一枚のカードという事だ。
 帝龍が予備のスマホや、アカウントを持っている可能性もある。
 最小限のカード使用で打開しなければ、後に響くぞ」

『……わたしには分が悪いかな……』

『カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね』

「そうだな。具体的には間違えずに、ゴッドポヨリンさんにバフを掛けてくれないと困る」

『昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成』

「暗殺は勇者パーティのお家芸だしな。とは言え――」

『ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う』

「そうだ。やるなら、一撃必殺でなくては意味がない。
 帝龍の本陣がどこにあるかすら分からない現状では、非現実的だ。
 今から偵察を出すのも……リスクとリターンを鑑みると、難しいと言わざるを得ない」

『……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?』

「あるさ――具体的な手段はこれから考えるが、間違いなくある」

『あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな』

「マホたんと一緒に献上する、輿入れの木馬でも用意してみるか?
 盾に括り付けるのは……じゃじゃ馬じゃなくて、子猫だったか」

『わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?』

「冷静に考えれば――」

『昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
 マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?』

「――城壁を飛び降りて、自分で狩ってこい。マホたんは今忙しい」

『料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね』

「すまない、言葉足らずだった。今忙しくないのは、お前だけだ」

『ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
 エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね』

「お前の世界には、お前より賢いやつは存在しないのか?」

『ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……』

「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
 そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

63embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:17:20
【フレイミング・リグレット(Ⅵ)】

焼死体が懐から革袋を取り出す/風精へと歩み寄る/その顔面を左手で掴む。
指先で頬を圧迫――開いた口に、革袋を押し込む。
袋の口から、僅かに火酒が零れた。

「それが、手品のタネだ。噛むなよ、飲み込むのもナシだ。溢れた酒で溺れたいなら、話は別だが」

風精の顔面を手放す/顔を背ける――つまり、それ以外へと向き直る。

「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」

当たり前の事を述べるような口調/態度。

「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」

予測される非難/反駁を、先んじて繰り出した右手で制する。

「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

左眼の紅眼が、燃え盛る。

「帝龍の明白な弱点は、俺達が撤退すればこの拠点を取らざるを得ない事だ。
 そうしなければ、あいつは次のステージへ進めないんだからな。
 どうだ……理解出来たか?まだ、説明が必要か?」

食堂の壁に歩み寄る/右手人差し指を滑らせる――削れた指先が描き出す、城郭の図面。

「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
 そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

振り返る/右拳で壁面を二度叩く――ここまで言えば分かるだろう、と。

「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

ゲーム感覚の笑みが――■■■■の口元を飾った。

64明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:42:54
>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

俺とジョンがそれぞれの仮説をもとに見解を求めると、マホたんはそれをふらりと躱した。
両手をパタパタ振って議論の空気を払底する。かわいい。

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー!」

ほんとぉ?それ死ぬか生きるかの話し合いより大事ぃ?
ただまぁお腹がペコちゃんじゃバトルはなしんこなしなしって古事記にも書いてある。
『今日は大した襲撃もない』ってのは、多分信憑性の高い経験則からくる言葉なんだろう。

>「じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

とかなんとか言いつつ、マホたんは唐突に壁の向こう、魔物ひしめく空間へ身を投げた。
仰向けの自由落下は着地のことなんか一切頭に入れてない、まさに投身。
これがマホたんでなかったら俺だって寿命がゴリゴリ削れてただろう。

>「買ってくるっていっても……近くにスーパーもコンビニも……マホたん!?」
>「あ! マホ――」
>「――馬鹿な!何を考えてる!?」

他の連中はそれぞれ驚愕の叫びを上げた。
わはは!貴殿らは知るまいて、戦乙女が背に担う一対の神々しき翼を!

>「俺が加勢に入る……いや、【座標転換(テレトレード)】だ!今すぐ俺とマホたんを――」

「落ち着けよ焼死体。日に二回も壁から落っこちたくねえだろお前も」

身を乗り出さんとするエンバースを抑えつつ、俺も壁下へ視線を落とした。
マホたんは地面すれすれで両翼を展開。自由落下のエネルギーを飛翔速度へ変換する。
急降下からの宙返りじみた方向転換。待ち受ける魔物共は反応すら出来てない。

そのままの速度で、マホたんは魔物の群れへと突っ込んだ。
屈強なトカゲ達が木の葉のように四散する冗談みたいな光景が繰り広げられる。

>「マホたん飛べたの!? 跳び下り方紛らわしいわ!」

「はっ?祈りを捧げながら身投げする由緒正しき聖女ムーブなんだが?
 マホたんの動画見てないんですか?アンテナ低くない????」

動画勢の典型的クソウザイキリムーブを決めながら俺は眼下の戦いを見守った。
戦い……戦いかこれ?一方的な蹂躙は戦いとは言わなくない?
まさにちぎっては投げ(槍を)、ちぎっては投げ(トカゲを)のマホたん無双だ。

「すっげー……トカゲの甲殻素手で引き千切ってるよ。
 ヴァルキュリアじゃなくてオーディンかなんかじゃねえの……」

65明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:43:14
そしてこれが、マホたんを在野のヴァルキュリア使いと明確に峻別する特異性。
戦乙女の本業はバッファーだ。パーティの後方で味方を強化し、支援するロールだ。
無論マホたんもレイド戦の際にはその役割を不足なくこなしている。

一方で、単独での戦力が期待できないバッファーという存在の宿命を、
『自分にバフかけて殴る』という単純明快な答えで覆したのがユメミマホロのビルドだ。
バフの方向性を絞り、シナジーを厳密に考慮したスキル構成を組むことで――

――歌って踊って殴れる新時代のアイドルが爆誕した。

支援職で近接戦闘もこなす、いわゆる『殴りプリ』とか『バフ殴り』と呼ばれるビルドは、
古今東西のネットゲームを紐解けば腐るほど見つけられる。
自分にヒールとバフかけながら強打を連発できるなら、事実上他のロール要らねえからな。
ソロ向けの、自己完結力の高いビルドとして齧った経験のある奴も多いだろう。

一方で、大抵のゲームではキャラのビルドに使えるリソースは有限だ。
ソロ特化型のビルドにパーティプレイでの居場所はない。
殴りも支援も、それぞれに特化した専門職にはどう逆立ちしたって勝てっこないのだ。

さりとて、殴りと支援を両立しようとすれば、どっちつかずの中途半端になってしまう。
マホたんのビルドは『ストライカー型』と名前がついちゃいるが、再現できる奴はそうそういまい。
育てるステータス、切り捨てても良いステータスを厳選し、スキルやスペルと緻密に組み合わせて、
長い長い試行錯誤と育成期間の果てに、いまのマホたんの強さがある。

そういう意味じゃ、モンデンキントとユメミマホロは、ある意味似たもの同士なのかもしれない。
どちらもその本質は求道者で、愛とこだわりを貫いた先にある、ごく僅かな可能性を掴み取った。
俺がマホたんを推してるのは、見た目や声や芸風だけじゃなく……その飽くなき努力の姿勢に感じ入ったからだ。

見た目や声だけじゃなくてね!!!!

>「はあああああああ――――――――――ッ!!!」

ドゥームリザードの群れから姿を現したヒュドラに、マホたんは乾坤一擲の正拳突き。
俺は思わず快哉の声を上げた。

「決まったァッ!マホたん超必、『ホーリー・腹パン』ッ!流動食しか食えねえ身体になったぜッ!!」

胴を打撃で打ち抜かれたヒュドラは苦しそうに喘ぎ、動きを止める。
弱点痛打によるスタンを皮切りに、息もつかせぬ連撃がヒュドラを流動食へと変えた。
トカゲをついでみたいに叩き潰しながら淡々とヒュドラを腑分けする姿は、なんていうか、アレっすね……

>「ヴァルハラ産ゴリラ……」

なゆたちゃんが隣で俺とまったく同じことをボソっと呟いた。
ゴリッゴリのゴリラプレイで変な笑いしか出ねえよ。
でもそんなところも明神好き!しゅきしゅき!!!!!!!

ソシャゲじゃゴリラは褒め言葉だからね……雑に強いってホント大事。
脳死で周回すんのにしちめんどくせえスキルとかスペルとかポチポチ叩いてられっかよ。
まーそれ言うたらポヨリンさんもじゅーぶんゴリラだと思うよ?
ゴリラ化すんのにちっとばかり時間かかるけれども。

 ◆ ◆ ◆

66明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:43:42
ほどなくしてマホたんは掃除され尽くした城門から凱旋してきた。
綺麗に精肉された山程のトカゲとヒュドラの死体を抱えて。

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

このVtuber、こんな時でも動画の宣伝に余念がない……。
俺はその動画もう20回くらい観たし脳内再生余裕なので頭の中のplayボタンをしめやかにクリック。
マホたんは脳内でも可愛いなあ。
食堂のテーブルに腰掛けて、マホたんとなゆたちゃんの料理風景をぼけっと眺めていた。

なんか手伝おうかと思ったが、生憎ながら俺は料理にスキルポイント振ってない。
なんなら掃除にも振ってないし洗濯はコインランドリーさんにアウトソーシングだ。
まいったねこりゃ、もうちょっと生活力高めるビルドしとくべきだったわ。
俺だってマホたんと肩並べてお料理とかしたいもん!!!!

でも俺この光景眺めてるだけで最The高だわ……。
バブみが広くて圧倒的爆アドですわ。無双委員会委員長になりそう。

せめて食材の下ごしらえでもと立候補すれば、毒があるからとやんわり断られた。
所体なくぶらつく俺を、哨戒明けのオタク殿達は暖かく迎えてくれた。
そうしてライブの感想を語り合い、ときに殴り合いになりながら、夕食の時間となった。

>「ささ、どうぞ召し上がれー!」

食堂に広がる晩餐は、そりゃキングヒルのご馳走に比べりゃ品数は少ないし色味も単調だ。
だけど美食の限りを尽くして舌の肥えた俺にも、上がったハードルを遥かに上回る感動があった。

>「特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」

「と、トンカツ!トンカツだぁぁぁぁっ!!!ジェネリックトンカツだけども!
 こんなことがあっていいのか!?マホたんの手料理で、しかもトンカツが食えるなんて!!!!!
 幸福ゲージが3本カンストしてやがる!俺は今日死んでも良いよ!!!」

油、卵、パン粉と保存の効かない複数の材料を使うカツを、物資の限られた城塞で常食してたとは考えにくい。
つまりこのトンカツ(?)は、今日ここへ来た俺達のために特別に誂えたものなんだろう。
俺の好物を誰がマホたんに伝えてくれたのか、考えるまでもない。

「あ、ありがとうなゆたちゃん……!君についてきて本当に良かった……っ!!」

俺は泣いた。ヴォイ泣きした。
人はパンのみに生きるにあらずだが、トンカツがあれば生きていける。
涙と鼻水でべちゃべちゃになりながら黄金色のカツをかじる。

「……うめぇ。トカゲのお肉って鶏肉ライクな印象あるけど、全然違うわ。
 屠りたてホヤホヤだからかな?野趣っつーか、ジビエっぽさがしっかり旨味になってる。
 筋切りの仕事も細かい。筋肉の塊みたいなもんなのにやわらかく仕上がってんだもんなぁ」

その昔リトルワールドで食ったワニ肉の串焼きとは風味からして別物だ。
あれはあれで美味しかったけど、臭み消しのためか香辛料が効きまくってて肉の味わかんなかったもんな。
臭みを覆い隠すのではなく、繊細な調理でフレーバーに変える。
ともすれば臭くて硬いだけになりがちなジビエ肉とは思えない香り高さだ。

67明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:44:05
……だけど同時に、このトカゲ料理の美味さは、アコライトの過酷な食糧事情によるものでもある。
他に食うものがなかったから、トカゲを美味しく料理する技術が発達したんだ。
ここまで美味しく仕上げるまでに、一体どれほどの努力と、生みの苦しみがあったのか。

>「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

「あと……米だな。ヒノデのジェネリック白米ってもう残ってないの?
 あっでも栄養のこと考えたら玄米のほうがいいのか……脚気になっちまう」

タンパク質、カロリーは問題ない。
ビタミンもまぁ、新鮮な生肉に解毒魔法かけて寄生虫殺せばなんとかなりそうだ。
ただ食物繊維が足りてない。野菜は持ち込んだ分しか食卓に出てこなかった。

「壁内にもいくつか畑があったけど、なんでかみんな掘り返され尽くしてたな。
 あれもう全部食べちゃったの?ジャガイモとか植えようぜ、めっちゃ育つし」

俺がなんの気なしに提案すると、マホたんは微妙な顔で首を横に振った。
その理由を……俺は翌日、知ることになる。

「うっし、腹も膨れたしあとは寝るだけだな。ジョン、ちっと付き合えよ。
 これから先の戦いじゃお前が俺達のメインタンクだ。お前の大好きな訓練をしようぜ」

夕餉を終えた後、寝るまでの間、俺はジョンを伴って王都の訓練の続きをした。
ヤマシタはステはともかく多様なスキルを覚えられる汎用性に優れたモンスターだ。
様々な攻撃に対して適切な防御行動をとるための訓練の仮想敵としては十分だろう。

ついでに言えば、俺自身魔法と護身術の練習を続けたかった。
どっちも実用レベルとは言い難いが、できることは増やしておいて損はない。
ここから先、いつ何時俺自身が攻撃に晒されるともわからないからな。

「石油王の座学は理解できたか?実践編は時間もねえからスパルタ方式で行くぜ。
 教育隊に戻ったつもりでついて来いよ!」

かくして、アコライト一日目の夜は更けていった。

 ◆ ◆ ◆

68明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:44:44
>「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

昨日夜ふかしした影響で俺が起床したのは日が高く登った後だった。
他の連中はとっくに起き出して、思い思いの場所で過ごしているらしい。
午前中待機ったって午前はもう一時間も残ってないので、俺はその足で広場へ向かった。

「オタク殿、これは一体何をしておられるので?」

アコライト兵、通称オタク殿たちは哨戒や訓練のかたわら広場で作業をしていた。
昨日の食材の余り――つまりはトカゲのクズ肉や骨、内臓なんかが広場に山積みにされている。
そろそろ気温も上がって腐臭を放ちかねないマッドゴアな物体を見上げて、俺は訝しんだ。

オタク殿曰く、これはマホたんの『ルール』に関連するものらしい。
どこに行ってたのかエンバースも積み上げ作業に加わっている。
ほどなくして、マホたん達も広場へ戻ってきた。

険しい表情。
呼応するように、快晴だった空に陰りが見える。
雲じゃ……ない。黒すぎる。なんだありゃ?

>「……来る」

見上げていたマホたんが、そう零した刹那。

>「総員、退避! 建物の中に入って!」

「は?あ?何!?」

何の説明もなく避難を促され、導かれるままに建物の中へと押し込まれる。
殿を努めたエンバースが戸をくぐると同時、頑丈な鉄扉が外界との通行を封じた。

「何だ、何だよっ!?一体何が始まるってんだ――」

思わず抗議の声を上げそうになって、二の句が継げなかった。
建物の中で、オタク殿たちは必死に身を縮こまらせて何かに耐えていた。

何にとはつまり……恐怖だ。
なにかに怯えている。

午前中あれだけ楽しそうに朗らかに、マホたんに声援を送ってた連中が。
ハッピの上からでも分かる、鍛え上げられた屈強な体躯の兵士達が。
ぎゅっと目をつぶって、自分の身体を抱きしめているのだ。

>ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

鉄扉の向こうから聞こえてきたのは、飛行機の発動機じみた『羽音』。
ベルゼブブの羽音もやかましかったが、こいつはその比じゃあない。
身体が震えるのが恐怖によるものなのか、空気振動の共鳴なのか、わからない。

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

やがて羽音は彼方へ去っていき、緊張を解いたマホたんがそう皆に告げた。
九死に一生を得たかのように、兵殿達に弛緩が伝播していく。

重たい鉄扉を開け、外に出ると、空は元通りの快晴だった。
だが、暗雲のかわりに陽光を遮るものがある。
ホログラムみたいに空間に投影された、映像だ。

69明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:45:20
映像の主は、俺と同じくらいの歳の若い男だった。
痩身矮躯を上等なスーツで包み、丸眼鏡の奥には冷たく鋭い眼光。
オールバックの髪型は俺みたいに毛羽立ってない、きっちりまとめたエグゼクティブスタイルだ。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

……アル?
俺は猛烈に嫌な予感がした。

このいかにも金持ちそうなシャッチョサンじみた風体。
世界のあらゆるものを見下してそうな、傲岸不遜な立ち振舞い。
なによりも、男を見上げるマホたんの、怒りと敵意に満ちた視線。

>《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》
>「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

マホたんの告げた名前が、嫌な予感がカンペキに的中したことを表していた。
煌・帝龍。中国最強のブレモンプレイヤーにして、暗黒メガコーポ帝龍有限公司の若き総帥。
そんな……ウソだろ……お前……お前!

「アルって!!カザハ君の妄言ドンピシャじゃねーか!!」

なんなんだよアコライトとかいう土地はよぉ!
ござる口調のオタク殿と言い、語尾にアル付ける中国人と言い、ステロタイプの見本市かよ!!
ここだけ二十年くらい前にタイムスリップしてんじゃあねえだろうな!?

俺のどうでも良い驚愕をよそに、マホたんは帝龍と舌戦を繰り広げる。
わぁーマホたん怒るとこんな感じなんだぁ。そういうところもしゅきぃ……。

>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

帝龍はどこまでも不遜な態度で、終戦の可能性を示唆する。
やっぱりか。この膠着、大軍をずらりと並べた示威行為は、交渉材料。
奴はアコライトを包囲したうえで、より大きな譲歩を引き出そうとしているのだ。

兵士の命と引き換えに要求するものは何だ?
将であるマホたんの首級か?キングヒルまでのフリーパスか?
無血でアコライトを開城できるなら、アルメリア全土に無傷の侵攻部隊を送り込めるだろう。

兵士をかばい全ての責任を負ったマホたんに対し、
敵軍の主、中国代表帝龍が言い渡した示談の条件とは……

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

一瞬、脳味噌が全ての機能を停止した。
遅れて理解がやってきて、俺は叫んだ。

「はああああああああああああああっ!!!???」

カザハ君も同時に叫んだ。

>「はいぃいいいいいいいいいいい!?」

70明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:45:50
ヴァルキリー・グレイス、それは戦乙女の持つのスキルの一つだ。
戦乙女が一生に一度だけ使える、対象の各種ステに超補正をかける永続バフ。
永続という性質上、もはやバフというよりステータスの上限突破に近い。
システム的にもバフ扱いじゃなく純粋なレベルアップに近いステータス上昇だ。

バトル的な観点から言えば、戦乙女の接吻は非常に強力かつ重要なスキルだ。
限界までレベルを上げ、ステを厳選し、スペルや装備で強化したキャラクターに、
さらに超強力な補正をかけられる。対象のリソースを消費することなくだ。

つまり、それまで頭打ちだった強さをひとつ上の段階に引き上げる。
接吻を受けたキャラクターは、もはや別種の種族になると言って良いだろう。

そして何より……気の遠くなるようなレベル上げの果てに習得した一回限りのスキルを、
その身に受け、進化する――これ以上ないくらい特別な栄誉に違いない。

>「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

なゆたちゃんが呟くその言葉を、実感を込めて俺も復唱した。

「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!!!」

言うまでもなくマホたんガチ恋勢の俺にとっても避けては通れぬ問題だった。
一体誰が戦乙女の恋人になるのか。有名プレイヤーか?投げ銭放りまくったファンの一人か?
そもそもマホたんはまだ接吻を残しているのか?残してるに決まってんだろぶっ殺すぞ!!!!!
みたいな議論を夜通し匿名で繰り広げたことも記憶に新しい。

帝龍は、ガチのマジで、世界を巻き込むような大戦争を仕掛けてまで――
マホたんの接吻を狙っているのだ。
フォーラムで駄文書き散らしてる俺達とは違って、実力を背景にした、現実的な手段で。

「マジかよ……誇張なしに世界の四分の一くらい手に入れてる超大金持ちが……
 その財産を湯水みたいに投げ打って得ようとしてるものが、マホたんのチュー、だと……?」

認めよう。
煌帝龍は、おそらく全宇宙で最強の、ガチ恋勢だ。
いやマジで、スケールが段違いすぎてなんも実感わかねえけれども。
こいつは本気で、マホたんの唇を奪おうとしている。その為に行動を重ねている。

やべえやつだ……。

>《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

俺は気圧されてしまった。帝龍のガチなヤバさに、ドン引きすら出来ない。
一方で、不思議な敬意じみたものを帝龍に感じる自分がいた。

アコライト外郭は、軍事拠点だ。この街で攻めた攻められたは善悪で線引きできない。
なんぼブレイブのチートじみた資金力が背景にあったって、帝龍がやってるのは正当な軍事行為だ。
戦力にブレイブを使うなんてのはアルフヘイムでも、それこそアコライトでもやってることだしな。

そして、終戦の条件として城主の身柄を要求するのだって、何もおかしいことじゃない。
いや言ってることはだいぶおかしいけれども、やってることには一定の正当性がある。
帝龍はニブルヘイムに雇われた自分の仕事を、文句なく遂行している。

71明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:46:19
たとえそこに戦略以上の思惑があろうとも、こいつはきっちり筋を通した。
マホたんへの想いを原動力にして、見事にアコライトを窮地に追い込んだ。
勝てるのか?手段はどうあれ、想いを形にしてきたこの男に、その愛で、俺は――

>「…………ふざけるなッ!!!」

思わず一歩下がった俺の代わりになゆたちゃんが前に出た。
彼女は至極まっとうな義憤――アコライトの人々を苦しめ、追い詰めてきた帝龍に怒りを顕にした。
卑劣な策略で兵士たちを人質にとり、ユメミマホロを思うがままにせんとする男の思想を撥ね付けた。

>「おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?」

二の句を継ぐようにエンバースも気炎を吐く。
そうか……そうだよな。単純な話じゃねえか。戦略とか軍事とか、ほんのオマケに過ぎねえ。

俺は、傲慢な帝龍の野郎が気に入らねえ。
マホたんをどうにかできるなんていう思い上がりが許せねえ。
ユメミマホロは皆のアイドルだ。そいつを独占しようなんざ、ガチ恋勢の風上にも置けねえなぁ!

この戦いにハナから正当性なんてない。
俺達は、たまたまバロールに召喚されて、ついでにこの世界がわりかし好きだから……
不当にアルフヘイムに加担しているに過ぎない。やってることは帝龍と同じだ。

だったら……遠慮は要らねえよな。
ただ、見知った連中に降りかかる災難を、いけ好かねえプレイヤーを、ぶっ潰す。
これまでもそうやって来たじゃねえか。

「眠てぇこと抜かしてんじゃねえぞ、この色ボケCEOがっ!
 十重二十重のトカゲさんに見守ってもらってねえと告白も満足に出来ねえのか?
 リバティウムの邪悪なおっさんだってボロ雑巾になりながらちゃんと告ったぜ」

ライフエイクのことを褒めてやる道理はぴくちりねえが、それでもあいつの最期は誠実だった。
命の最期の一滴を振り絞って、マリーディアに想いを伝えた。

「マホたんの唇が欲しけりゃ地平線の彼方にふんぞり返ってねえで自分で来い!
 てめぇの玉砕する姿はさぞ痛快だろうぜ。配信のネタが増えちまうなぁ!?」

うすら笑いのまま帝龍の映像が消える。
そうしてアコライト外郭には今度こそ、静寂と青空が戻ってきた。

話はこれで終わった。
あとはいつも通りの――拳で語り合うフェーズだ。

 ◆ ◆ ◆

72明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:47:00
>「……ゴメン……やっちゃった……」

嵐の過ぎった城郭都市の食堂で、なゆたちゃんは顔を覆った。

「でもスカっとしたぜ。終わり際のあいつのツラ見たか?
 俺には分かるね、ありゃ思わぬ反駁に戸惑いと怒りが追いついてない間抜け面だ。
 今頃顔真っ赤にしてプルプル震えてるだろうぜ」

相手が追い詰められていると憶測で信じ切るのもレスバトルの重要なテクニックだ。
まぁ実際どうだったかなんてわかんねえけど、多分涙目で敗走しているよあいつ。そういうのわかっちゃう。

それに、あの場でなゆたちゃんが言い返さなければ、俺達は終始気圧されたまんまだった。
侵攻を予定より早めたのは、奴にとっても準備の期間が短くなったのと同じだ。

「少なくとも、あの野郎にゃそこまで煽り耐性がねえってことは分かった。
 こいつは貴重な情報だぜ。うんちぶりぶり大明神が獲物にしてんのはああいう手合いだ」

>「ああ、そうとも――あの提案を受けていたら、あいつの顔面を殴れないだろう」
>「そうだよ、何にせよ直接対決は避けられなくてそれが明日になっただけの話!
 もうみんな持ち堪えるのも限界だろうからいっそ丁度良かったんじゃないかな?」

カザハ君とエンバースもフォローに回る。
これもその通りだ。アコライトは誰の目に見てもジリ貧だった。
このままじわじわ削り殺されるよりも、起死回生の一手が残されてる今の方がずっと良い。

なゆたちゃんは汚名返上とばかりに全体攻撃による一掃を提案するが、マホたんは神妙な面持ちでそれを却下した。
曰く、敵はトカゲ共だけじゃあないらしい。

>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「それな。ルールの説明はされたがその根拠は聞いてねえ。ありゃ一体なんなんだ?」

建物に押し込まれてたから、姿もなにも見えてない。
分かってるのはあのプロペラじみた羽音と、オタク殿たちの怯えた顔だけ。
避難しないと死んじまうってことは、大規模な範囲攻撃かなんかなのか?
会議のお供にと提供されたお茶(王都からの支援物資)をすすりながら、マホたんの説明を待つ。

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

「ぶーーーッ!!!??」

そして盛大に吹き出した。
アポリオン?マジで?あれ実在するカードだったの!?
万象法典(アーカイブ・オール)にすら並んでない、幻の中の幻、存在すら疑われるレアカードだ。
ほどなくして大会禁止カードになったから、実在することはするって結論に落ち着いたけど……。

「畑で野菜が育ってないのはそういうことかぁ……」

アポリオンは、人類史上幾度となく大量の人命を奪ってきた『蝗害』をモチーフにしたカードだ。
召喚された無数のイナゴはあらゆるものを食い尽くす。
草も木も、動物も。木造建築すらかじり取られて、後には石と土しか残らない。

ゲーム上では永続・無尽蔵の土属性ダメージと表現されてたが、この世界じゃリアルな蝗害ってわけか。
孤立無援のわりに城郭内がえらく片付いてる理由もこれで分かった。
死体もなにもかも、全部イナゴ共が食い尽くしていっちまうんだな……。

73明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:47:29
兵士達が過剰に怯えていたのは……生きたまま身体を喰われる恐怖だけが理由じゃない。
おそらくは、死体すら残さずかき消えてしまった仲間の姿を何度も見てきたんだろう。

だから、『ルール』が生まれた。
イナゴを誘導するために大量の有機物……トカゲの死体を積み上げて、人間は建物の中で息を潜める。
アポリオンが満腹になって帰っていくまで、物音ひとつ立てずに恐怖に耐えていたのだ。

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」
>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

出てきた課題をなゆたちゃんが整理すると同時、スマホから石油王の声が聞こえた。
通信越しにこっちの話も全部分かってるんだろう。話が早くてとっても助かる。

>《なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ。
 通信に問題はなさそうやし……できるなら状況連絡くらいはしてほしかったなぁって言うとったんよ》

それなオブそれな。
バロールはアコライトの戦況を把握できておらず、俺達が派遣されたのも半ば現状確認の意味合いが強い。
連絡は常に一方通行だった。支援が欲しいアコライトが、救援要請を怠るとは考えにくい。

>「バロールにセクハラを受けたのが原因なら、庇い立てせずに言ってくれ。俺達は、君の味方だ」

エンバースの妄言は置いとくにしても。
でもあの魔王に限っちゃないとも言い切れねえんだよなぁ……。

>「あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……」

対するマホたんの回答は、なんとも歯切れの悪いものだった。
忘れた?そりゃマホたんの業務は多忙を極めるだろうが、それでも忘れたで済ませられるもんか?
僅かな物資で、敵の肉まで食って生きながらえてるアコライトにとって、王都の支援は喉から手が出るほど欲しいもんだろ。

>「……この反応は、クロだな。みのりさん、略式裁判と刑の執行はそちらに任せる」

「取り調べがガバガバすぎる……あのエロ魔王が冤罪で処断されんのは別に良いけどよぉ」

しかしまぁ、今この場で連絡してたしなかったを問うてもしょうがないのは確かだ。
マホたんが忘れたって言うんなら忘れたんだよ!!!異論は許しませんよ!!!!

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

「リキャ回るごとにユニットぶっぱか。律儀なこったな」

カードのリキャストは丸一日。
つまり帝龍は再使用可能になった瞬間アポリオンを発動させている。
逆に言えば、丸一日経つまでは追撃は来ないってことで、アコライトがまともに運営できてんのもそれが理由だろう。

74明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:48:01
だが、カードのリキャストを早めるスペルは『多算勝』をはじめいくつかある。
俺達がこうして作戦会議してる間にも、アポリオンが降ってこないとは限らない。
確実に壊滅させられるそのコンボを使わないのは、やっぱり帝龍にもアコライトを今すぐ叩き潰す気はないんだろう。

奴はおそらく、明日の定刻まで本気で待つつもりだ。
マホたんが心変わりし、自分の唇を差し出すのを。

>「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う」

「十中八九、あいつは軍勢の奥で大量の護衛を引き連れてるだろうしな。
 狙撃も厳しい。遮蔽物のない平野じゃ、有効射程にたどり着く前にトカゲ警察にお縄だ」

>「あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」
>「マホたんと一緒に献上する、輿入れの木馬でも用意してみるか?
 盾に括り付けるのは……じゃじゃ馬じゃなくて、子猫だったか」

「人が入れるバカでかい嫁入り道具を本陣に運び入れてくれる知能を、トカゲ共に期待できりゃそれもアリかもな。
 あいつら馬なんか見たら我先に齧りついてきそうだぜ」

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

会議は踊らず、座して進む。
大小さまざまな提案が出ては、誰ともなしに却下される不毛な時間が続いた。
やがて建設的な案も出尽くして、沈黙の割合が増え始めた頃。

>「昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
 マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?」

「なんでトンカツの話から焼き物の話にジャンプするんですかね……美味しかったけど」

相変わらずアクロバティックな思考経路を辿ってカザハ君がポツリとこぼした。

>「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

「あの大軍を料理するには、ちょっと火力が足らねえんじゃねえかなぁ。クーデターの時みたく閉鎖空間ならともかくよ」

カザハくんの提案は、空から燃料を投下して地上を焼き払う焦土戦術だった。
地平線まで一気に焼き払える量の酒がありゃ話は別だが、そんなもんがあるならアコライトは困窮してねえ。
とはいえ、カザハ君も別に焦土作戦に固執するつもりはないようだった。

>「ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
 エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね」

「嫉妬ったってお前、お相手はこれ(焼死体)だよ?
 ヴァルキュリアに付き従うお供のモンスターにしか見えねえって。
 まだイケメンマッチョのジョン君のほうが真実味あるわ」

いやしかし、こうして提案のたびに否定を重ねてもなんも進まねえ。
なんかこう建設的な対案を出したいもんだが、物量差がでかすぎて通常の戦術なんか意味をなさない。
起死回生の一手。そいつを山札から引けるかは、多分神しか知らねえんだろう。

75明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:48:51
>「ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……」

攻略本に首っ引きで何やらうなっていたカザハ君が再びこぼした。
ユニット同士か……経験則から言えば、結局ものを言うのは火力と物量だ。
カザハ君の持つユニットは飛行系モンスターを召喚するが、その数はアポリオンと比べるべくもない。
ユニットとしてのステータスにも、レア度という隔たりはきっちり存在するのだ。

>「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
 そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

「このクソゲー、その辺だけはいやにキッチリしてんだよ。まぁソシャゲだから当然なんだけど。
 属性的に有利がとれようが、レア度に開きがあれば単純なステ差でゴリ押しされちまう。
 フォレストゴブリンがアースドラゴンにどうやったって勝てないみたいにな」

あとはまぁアルフヘイムではどうだか知らんけど、蝗害のイナゴって食えないんですよ。
身体の全ての器官が飛翔と暴食に特化してて、大部分がうすっぺらい翅。
中身はスカスカで、食ったものを即エネルギーに変換して飛んでいっちまう。

だから本来天敵であるはずの鳥も、このときのイナゴには手を出さない。
翅をどんだけムシャムシャしたところでなんの栄養にもならないからな。
アポリオンがその性質を再現してるとすれば、鳥に喰わせる作戦は期待できない。

ただ、ユニットは一つ置いてそれっきりじゃない。
重ね置きでステ差を補うことはできないか?
例えば俺の『奈落開孔(アビスクルセイド)』は……駄目だな。
持続時間が短すぎて焼け石の水にもならない。

>「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」

と、うんうん頭を捻っていた俺達に、エンバースがさも当然とでも言うように言葉を放つ。

>「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」

「お前このタイミングでそういうこと言うぅ?簡単にこっからアディオスできりゃ誰も悩んでねえよ!」

まぁ俺だってジリ貧だと思うよ!とっとと王都にでも撤退すべきだと思うよ!!
でもアコライトは放棄できねぇんだなぁ!王国まるっと蹂躙されちゃうだろーが!

>「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

当たり前の帰結として集中する非難に、エンバースは焼け焦げた手を翳して制する。

「勿体ぶってねーで結論言え結論!……なんか閃いたんだろ?」

>「帝龍の明白な弱点は、俺達が撤退すればこの拠点を取らざるを得ない事だ。
 そうしなければ、あいつは次のステージへ進めないんだからな。
 どうだ……理解出来たか?まだ、説明が必要か?」

「あー……あー、そういう……」

エンバースの物言いに、俺はようやく合点がいった。
現状、俺達には帝龍の行動をコントロールできる方法が一つだけある。

>「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
 そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
 【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

外郭の防衛を放棄し、戦線を瓦解させて……『敗北する』こと。
そうなれば、前線指揮官である帝龍は、必ずこの土地にやってくる。
自分のものになった街を見下ろしながら、マホたんの口づけを得るために。

76明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:49:51
>「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

「お前にそんなサービス精神があるとは思っちゃいなかったがよ」

エンバースの作戦をひとしきり聞いて、俺はもう一度お茶を啜った。
確かに合理的だ。あの大軍の中から帝龍一人を見つけるなんかまず無理だろう。
だったら、カザハ君が言っていたように、あいつをこっちに呼び寄せれば良い。
城郭内に滞留可能な戦力なら、ウン万の大軍相手にするよっかまだ勝算があるだろう。

「帝龍さんのご来訪を祝して城郭まるごとひとつくれてやるのはサービスしすぎじゃねえか。
 明日の正午から夜になるまで、300人からなる兵士をこの街のどこに隠すってんだ」

壁内に流れ込んできた敵兵は、まず間違いなくアコライトを蹂躙するだろう。
キングヒルやリバティウムみたいな大都市じゃない。総動員なら、半日で家探しは終わる。
俺達みたいな少数ならいくらでも隠しようはあるが、300人を隠し切るのは現実的じゃあるまい。

なら、300人を見捨てれば。偽りの勝利を掴ませるために、兵士を犠牲に出来るなら。
帝龍の油断をカンペキに誘って、ブレイブ同士の決戦に持ち込むことはできるかもしれない。
だけど俺は、アコライトの兵達を、オタク殿たちを、みすみす死なせたくはなかった。

「連中を城郭内に引っ張り込むってのには賛成だ。
 『本隊と帝龍を切り離し』、『こちらの総戦力で叩く』……この条件を満たすには、それしかないと俺も思う。
 ただ、街は蹂躙させられない。アコライトはアルメリアがニブルヘイムと戦う上で今後も絶対に必要だ」

街の被害を抑えつつ、帝龍がこの城郭に足を運ばざるを得ない理由を作る。
城壁の穴を敵兵力のボトルネックとして利用し、数の不利を補いながら戦うことは出来るだろう。
だが無限湧きに近い敵兵力をいつまでも相手には出来ない。空腹も疲労も、俺達には取り払う手段がない。

「昔の戦争の逸話に、『キスカ島上陸作戦』ってのがあってよ。
 かいつまんで説明すると、とっくに軍隊が撤退した空っぽの島で敵軍が同士討ちしまくったって話だ」

旧日本軍の軍事拠点だったキスカ島に対し、米軍は上陸制圧作戦を行う。
しかし前日に日本軍は撤収を完了させ、キスカ島はもぬけの殻、犬くらいしか彷徨いてなかった。
視界の悪さに加え、いるはずの日本軍の姿が見えないことで米軍は奇襲を警戒した疑心暗鬼の状態となり、
同士討ちが発生しまくって大損害を被ったっつーのがざっくりした概要だ。

「俺は『濃霧(ラビリンスミスト)』っつう視界をほぼゼロにするスペルを3枚持ってる。
 意思の疎通を阻害する『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』ってカードもだ。
 トカゲ連中を空っぽの壁内に招き入れて、視界を奪ったうえでの奇襲……思いっきり混乱させてやろう」

これだけの大軍だ、帝龍はおそらくなんらかの魔法で各部隊に指示を下している。
ジョンの持ってる強制沈黙のスペルで通信魔法を妨害してやれば、指揮系統は乱れに乱れるだろう。

「現場での混乱、ジョンの沈黙で通信も届かずって状況なら……指揮官が前に出てこざるを得ない。
 奴にとっても軍団を動かしちまった以上、なんかやべえから撤退しますってわけにはいかないからな。
 明日、確実にアコライトを落とすために、現場で起きたトラブルの原因を排除しに来る」

それでも絶対に帝龍本人がアコライトに来るとは限らねえが……。
そこは奴のプライドに賭ける。なゆたちゃんの啖呵に対する応答には、強者としての矜持が垣間見えた。
もともと使者も使わず対面でマホたんに交渉を持ちかけたところを見ても、
帝龍の本質は自分の能力に自信を持った、現地現認主義の優秀な経営者ってところだろう。

77明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:51:35
「禁断のアポリオン二度打ちでトカゲごと壁内を蹂躙するって可能性もあるにはある。
 だけどこいつは憶測に重ねた憶測だが……この城郭にはひとつだけ『ルール』があったよな」

広場にトカゲの死体を積み、アポリオンが現れたら建物に避難して息を潜める。
こいつは何人も犠牲が出た末にマホたん達が導き出した法則なんだろうが、一つの事実を示唆している。

アポリオンは帝龍の意思に関わらず、山積みにされた死体を真っ先に喰らった。
建物の中でじっと音を立てなければ、アポリオンはそれ以上の蹂躙をやめて帰っていく。
帝龍は、マホたんがアポリオン発動の間、建物に身を隠していること『だけ』を知っていた。

つまり――

「アポリオンは、帝龍も完璧にはコントロール出来てないんじゃないか。
 範囲を指定し、攻撃命令を下すだけで、対象を判別したり複雑な行動は指示出来ない。
 だから『あえて』定刻に発動して、対処させることでマホたんを傷つけずに恐怖だけを植え付けた」

マホたんが戦場に居る間は、アポリオンによる範囲攻撃は降ってこない。
アテが外れたとしても、マホたんを表に出すだけで効果が期待できるなら、やってみる価値はある。
少なくともマホたんを無傷で手に入れたい帝龍はマホたんごとアポリオンに喰わせることはできないはずだ。

「問題は焼死体の野郎がサラっと流しやがった正午の定刻アポリオンをどう凌ぐか、だな。
 戦闘が始まれば頑丈な建物なんか都合よく近くにあるとは限らない。
 マホたんのいないエリアを指定して発動されれば仲良くイナゴのお昼ごはんだ」

一応俺が身を守る手段に心当たりはある。
物理無効の『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』なら、レア度的にもアポリオンに対抗しうる。
とはいえ、防御範囲が狭すぎて兵士みんなを格納するなんざまず不可能だろうし、
そもそも『防御無視』と『物理無効』の矛盾のどっちが優先されるのか試したことないから知見がない。

「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
 カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
 それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
 トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
 とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」


【作戦提案:壁内に敵をおびき寄せて同士討ちや混乱、通信障害を招き、帝龍を現場に引っ張り出す
      アポリオンが無差別攻撃なら誘導したりマホたんに化けて撃たせないようにできるのでは?】

78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:00:04
>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
  それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

マホロはどうやらそのルールとやらは口で伝える気はないらしい。

「なゆ達の命が掛かってるのに見てもらってからって・・・それじゃ困るんだけどね・・・」

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
  今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
  じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

僕の嫌味を華麗にスルーしながらマホロは城壁の上から飛び降りた。
食事・・・そういえばトカゲを食べてるとかいってたような。

「なるほど、ここの食料は全部マホロが確保していたという事か」

>「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
>「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」
>「……『限界突破(オーバードライブ)』――プレイ」

凄まじい技の数々に目を奪われる。
さすがは戦乙女、美しい、その一言に尽きるその姿はま、さにアコライト外郭の希望に相応しい輝きであった。

>「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」
>「ヴァルハラ産ゴリラ……」

「いや〜まさに戦乙女って感じだったと思うけどね!人によってはゴリラといわれるのも仕方ないかとは思うけど!
 こんな状況じゃなかったらマジメに一戦戦ってみたいなあ〜!」

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
>『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

マホロに華麗にスルーされ(2回目)マホロはそのまま料理の為に奥に行ってしまった。

「うーんじゃきたる時の為に軽く体動かしてこよっかな!バロールにもらった物のテストもしたいしね!エンバースもどう?」

>「……遠慮しておこう。食事も俺には必要ない。寝床もだ。
  それと、城壁の立哨を休ませてやれ。代わりに俺が立つ」

「もうちょっと可愛くなろうよエンバース・・・」

エンバースは相変わらずクールというか他人の力を極力借りたくないのか。
必要な事だけ告げてそそくさとどこかにいってしまった。

ご飯はまあ・・・戦争中だし、無難な味でした、はい。
ていうかこればっかりはこの前に食べたのが王宮の料理だし、比べる対象が悪いのだろうけれども。

>「うっし、腹も膨れたしあとは寝るだけだな。ジョン、ちっと付き合えよ。
  これから先の戦いじゃお前が俺達のメインタンクだ。お前の大好きな訓練をしようぜ」

「おっいいねー、でも明日もあるからほどほどにしよっか」

明神は筋がいい、やる気もある、そう遠く無いうちに護身術を使えるだろう。
普段の生活習慣からくる基礎体力だけはどうにもならなそうだが・・・。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:00:34
大きな戦いを控えてるせいか、なにも夢をみなかった。
そのおかげで目覚めも良好、体調もばっちりだ。

>『午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
  ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
  それを守れないと……死んでしまう、から』

僕達はスマホを持ってるからいいけど時間ってここの兵士達はどうやってるんだ?点呼でもするのか?
そう思ったが兵士達はなにやら忙しく働いていた、暇なのは僕達だけだったか。

>中央広場――兵士達が何らかの搬入作業を行う様が見える。
>魔物の残骸――骨や内臓を、山と積み上げている。

「なあ・・・君達なにやってるんだ?この行動になんの意味がある?」

「時間がくればわかりますよ、これは決して無駄な作業じゃないって事が」

これ以上は邪魔だからどっかいけ、と追い出されてしまう。

「兵士もマホロもみな口を揃えて時間が来ればわかる・・・か、正午に一体なにが起きるっていうんだ・・・?」

てゆーか兵士さん達マホロがライブじゃない日は普通に喋るのね。
ここは戦場、気を抜いていいときとそうじゃないとはっきりわかっている、さすがにこの状況で生きてるだけの事はある。

そんな事を考えていたらあっという間に時間が経過し・・・正午になった。

>「……来る」

「大丈夫、言われた通り全員いる・・・って来る?なにが来るんだ?」

>「総員、退避! 建物の中に入って!」

言われた通り全員で誘導された建物の中に避難する。
暫くすると音が聞こえてきた。

ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

なんの音だこれは・・・?一体外でなにが起こってる!?なんだこの異様な音は?
外の様子を見たいが、それは死を意味することなのだと自分の体が理解し、マホロの反応がそれを裏付けていた。

>「静かに。息を殺して、喋らないで」

頼まれたって喋るものか、この状況で喋りたい奴なんて一人もいないだろう。
ただひたすら得体の知れないナニカに怯え、待つ。

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
  ……外へ出よう」

「まだなにかあるのか・・・聞きたい事はたくさんあるけれど、先にそっちをこなしてからだね」

外にでた僕達を待っていたのはスクリーンのような物に映し出された一人の男だった。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:04:40
ジョンは即座に物陰に隠れる、自分の姿を晒していい事など一つもない。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

スクリーンに映し出された男は、予想よりも細く、弱弱しい、服と装飾類は豪華だが・・・

「(なんというか・・・予想していたより遥かに小物くさいな)」

>《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
  今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
  推奨できないアルネ》

男は完全に舐め腐っている、自分が負けるなんて夢にも思っていない。
この世界では特別な力が各個人にあるというのに。

ただの馬鹿なのか、それとも絶対的な切り札があるのか、それとも後ろ盾を信じきっているのか。

>「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
  これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」

「なっ・・!?」

マホロは隠れていたなゆ達(僕含む)の存在もばらしてしまう、僕には到底理解できない行動だった。

>《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
  イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
  無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

今日部長はまだ召喚していなかったが、顔が完全にばれてしまった、幸運といえば相手が僕の事を知らない事ぐらいか。
特に作戦などなかったが、なにがあるかわからない以上、敵に存在はできるかぎりばらしたくなかった、のだが。

>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
  しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

以外でもなんでもない、絶対者の提案だった。
その条件はなんであれ絶対飲めない、飲める提案だったら僕達を呼ぶ必要などないからだ。

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
  オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》
>「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。
マホロに・・・戦乙女にキスされた者は潜在能力(ステータス)が異常に上昇するらしい。
だがそれは一度しか使えず、取り消すこともできない、選ばれた相手にしか捧げない乙女の純潔。

>「だ……、誰がッ!
  あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

なぜこちらの具体的な数を把握してるのか、気になるその疑問よりも。

僕はある事を考えていた。

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:05:17
>《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
  オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
  さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

なんだこれは?予想以上に小物ではないか。
表舞台ではその名に恥じぬ、帝王の称号を我が物にし。
裏世界では暗黒のフィクサーと呼ばれ、中国で動かせない物はない、といわれるような人物が・・・。

――いやもしかしたら相手を油断させる為の演技?

だが、ここを即座に攻め落とさなかった理由が乙女の純潔目当て?。
やはりただの小物なのか・・・。

>「…………ふざけるなッ!!!」

考えに耽っていた、僕を現実に戻したのは、なゆの魂の叫びだった。

>「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
  助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
  あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」

「なゆ・・・」

>《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
  ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》

>「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
  兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
  マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
  ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」

そうだ、僕の余計な感情なんて必要ない。
必要なのは敵を倒す事、つまり帝龍を殺す事だ、例えアレが小物だろうと、大物だろうと。

>《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
  それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

言いたい事を言うだけいった帝龍は、下種な笑みと、言葉を残し、立ち去った。

「自分の言いたい事を全て言い、そして要求する、まさに暗黒のフィクサーといった感じだな」

>「……ゴメン……やっちゃった……」
>「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
  どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

マホロに関して言いたい事はあるが・・・もう帝龍に顔がバレてしまった、完全に後の祭りである。
この件で騒いで時間を取ってるのも惜しい。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:05:55
>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「あの不快な謎の音か・・・なにか虫?が飛ぶような音に聞こえたけど」

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
  ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

大量の肉食の虫、なるほど、広場のトカゲの肉塊を山積みをさせていた理由がはっきりした。

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
  まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

何とかする、といえでもあちらと違いこちらのクリスタルは無限と呼べる物ではない。
両方なんとかしなければいけないのはわかるが、どっちも攻略するとなればそれなりのリソースを裂かなければいけない。

>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
  こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

バロールやみのりに期待したいが、具体的な解決策がでるかどうかは微妙なラインだろう。
タイムリミットはたったの1日。具体的な策ができても実行不能になってる可能性のほうが高い。

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
  それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

「あの手の奴は必ず自分が宣言した事は曲げないだろうな、無駄なプライドがあるうちは」

時間は明日の正午で間違いない、だが対策を立てられなかったらそれが僕達の命日になる。

>「……わたしには分が悪いかな……」

相性が悪いとはいえ、なゆの範囲攻撃でも殺しきれないトカゲの軍団と肉食虫。
僕達を、場を沈黙させるには十分な脅威だった。

>「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

「相手が一番、そして確実に油断するタイミングがあるとすればそこだろうね」

マホロの純潔自体は正直どうでもいいのだが、敵の強化だけは絶対に避けなければならない。
なゆ達の身の安全を考えるなら、絶対にマホロの「戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)」の能力だけは守らなければならない。

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
  CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
  みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

なにも考えがなくても作戦を出さなければならない、刻々と時間が迫りくる中。

作戦会議が始まった。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:06:56
>「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

場に訪れた、静寂を一番最初に破るのは今回もカザハだった。
カザハのような、場の雰囲気を壊してくれるのは、チームには必要だ。

>『ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
  エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね』
>「お前の世界には、お前より賢いやつは存在しないのか?」
>『ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……』
>「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
  そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

この手の会議において一番危惧するべき事は、意見交換がされない・・・沈黙してしまう事だ。
例え否定されても思った事を言い続ける、言葉が交わされるという事はそれだけで重要な事なのだ。
忌憚のない意見がでる、いい傾向だと言えるだろう。

>「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」
>「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」
>「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

「・・・なるほど」

>「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
  そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
 【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

相手のどこにあるかもわからない拠点を決死の覚悟で強襲するよりも、遥かに確実。
こちらにはアコライト外郭の構造を知り尽くしてるマホロがいるのだ。
エンバ-スが提案した場所より、身を隠せて、そして心臓部に奇襲できるルートをしっているかもしれない。

「たしかに・・・無理にこっちから打って出るよりも遥かに安全で、地形を把握できる場所で戦える」

そしてなにより作戦実行時にマホロ本人は必要ないのだ、それならば護衛しながら戦うというペナルティも発生しない。
護衛をする必要があるかどうかはアレだが・・・不意打ちで「戦乙女の接吻」を奪われる心配を少しでも減らせるというのは大きい。

>「帝龍さんのご来訪を祝して城郭まるごとひとつくれてやるのはサービスしすぎじゃねえか。
  明日の正午から夜になるまで、300人からなる兵士をこの街のどこに隠すってんだ」

「明神・・・分ってるとは思うがメインは勝つ事だ、兵士はあくまでも二の次だぞ」

勝利条件には兵士の命は関係なく、そしてそれは本人達が一番よくわかっているだろう。

>「連中を城郭内に引っ張り込むってのには賛成だ。
 『本隊と帝龍を切り離し』、『こちらの総戦力で叩く』……この条件を満たすには、それしかないと俺も思う。
 ただ、街は蹂躙させられない。アコライトはアルメリアがニブルヘイムと戦う上で今後も絶対に必要だ」

街は重要だ、だが兵士の命とは関係ない・・・モンスター一匹と満足に戦えない兵士を命がけで守ってどうする?とても戦力になるとは思えない
たしかに終戦後、復興するのに必要な人員は必要だ、だが逆に言えば300人全員は必要ない、全員を救わんとする明神は・・・優しすぎる。

84ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:08:04
>「アポリオンは、帝龍も完璧にはコントロール出来てないんじゃないか。
  範囲を指定し、攻撃命令を下すだけで、対象を判別したり複雑な行動は指示出来ない。
  だから『あえて』定刻に発動して、対処させることでマホたんを傷つけずに恐怖だけを植え付けた」

「もし自由に攻撃できるとすれば脅威だが・・・
 それなら兵士だけをピンポイントで攻撃するように命令し、マホロ一人だけ残し、絶望させてから命令を聞かせたほうが遥かに効率的だしね」

攻撃しろ、停止しろ、自分を守れ、たぶんあの虫の大群に命令できるのはこのくらいだろう。

>「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
  カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
  それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
  トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
  とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」

「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」

だが・・・なゆ達にはこの作戦は絶対できない決定的な理由がある。

「さっきのなゆとの会話で、帝龍はなんとなく分ったはずだ、なゆが・・・兵士の一人が食われるのを黙って見過ごすことができるような人間じゃないって
 この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」

なにも使わず見かけ倒しの幻影で作ってもいいが、動かない幻影なんて何十秒と持たずバレるだろう。

「そんな事をしていたら戦闘どころの騒ぎじゃない、ただ守るべき対象が増えただけだ、逆に見捨てる事ができれば相手を大いに混乱させられるかもしれない
 本物のマホロをもしかしたら襲ってしまうかもしれない・・・とね。もし実行できるなら僕はこの作戦を推したいね」

「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、街はめちゃくちゃになるだろうけど」

ため息をつく、僕だってこんな事進んで言いたいわけじゃないが、かといって黙っているわけにもいかない

「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い。
 兵士達に混ざって僕達も適当に戦えばさらに確立はあがる、カードを使わず、僕達は適当な所で逃げ出せばいい。
 理想は非戦闘員全員を保護、残りを全部戦場に出せれば更に確立はあがるだろうね。」

要は、兵士達をその場で見殺しにする、という事だ、それ以上でも、それ以下でもない。。

「当然この方法取れば犠牲者はでる、だが元々帝龍が来た時には・・・幻影作戦をやらないなら兵士達は邪魔にしかならない
 僕達と帝龍の戦闘は広範囲に攻撃の流れ弾が着弾するだろう、そうなると巻き込んでしまうし、人質に取られるリスクもある」

酷い事をいってる自覚はある、だけど勝つ確立を少しでも上げようと考えれば必然的にこうなってしまうのだ。

「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」

「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

85ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:09:31
「兵士達の犠牲をできる限り減らし、こちらの勝率を上げる方法が一つある」

マホロを指差し・・・いや厳密にいえばマホロの唇を指す。

「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」

当然、作戦会議の場は荒れる、しかし誰も口に出さない以上、僕が出すしかない。
兵士の命を大切にしておきながら即座にコレを提案しない理由はなんだ?と。

「帝龍に捧げるという選択肢もある、だがあいつが今は約束守っても、その後の事はわからない
 なら、こっちに使用して強化するのか無難な案だと思わないか?」

なゆ達を守ると、僕は決意した、みのりと約束した、みんなを守るためなら命を投げ打つ覚悟だってある。
だがマホロはいってしまえば赤の他人だ、マホロの意地、矜持、そんな事の為になゆ達が必要以上の危険に晒されるなんて事はあってはならない。

「言い方も悪いかもしれないな、だがこれだけは覚えといてくれ、僕はなゆ達が大事だ
 君の純潔を守っている事は悪いことだとは思わない、だが今は戦争していて
 僕達は君の矜持の為に、本来もっと楽な作戦にできるはずなのに、危険な作戦をさせられそうになってる」

なゆ達を守るためなら殺意だって出してやる、殺してやる。
その結果みんなに怯えられようともかまわない。

「どうしても捧げたくないのならそれで構わない、無理強いして、時間を取ってるような暇はないからね」

殺意を向けられた事は多々あれど・・・

「残念だが・・・僕はこんな時に冗談を言えるほどお調子者じゃあない」

僕は生まれて初めて人に殺意を向ける。

『マホロ・・・君が『戦乙女の接吻』を出し渋って、この中の一人でも・・・もし欠けるような事になったら・・・その時は帝龍の後に僕が君を殺すぞ』

言いたい事ははっきりと言った。
場の空気は凍りついたが、自分の意見として言いたい事は言ったつもりだ。

「僕が思った事、言いたい事は粗方言ったつもりだ・・・気分を悪くしたのなら謝る、だが必要な事なんだ
 当然だが僕の考えた作戦は穴もあるだろう、だけど大事な事を間違えないでくれ、と、それだけどうしても伝えたかった」

「最後の結論はPTリーダーのなゆに託そう。心配しないでくれ、例え僕の意見を全否定しても、捻くれて戦闘メンバーから外れたりしないと約束するよ」

僕は僕なりの意見を言ったが、当初のなゆ達を見届ける、という意思は変わっていない。
なゆが、みんなが、どんなに非効率でも、どんなに危険があってもやるというのなら。

「僕はなゆ達を必ず守ると誓おう」

86embers ◆5WH73DXszU:2019/10/25(金) 19:31:38
【ディスユナイト・ディスカッション(Ⅰ)】

『明神・・・分ってるとは思うがメインは勝つ事だ、兵士はあくまでも二の次だぞ』

左の紅眼/燃える紅蓮が揺れる――混濁する[焼死体/■■■■]の意識と共に。
記憶とは人格――記憶なき不死者が、ただの魔物に過ぎないように。
つまり――不完全な記憶は、不完全な人格を形成する。

『一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない――』

死を厭う敗者の魂が叫ぶ――違う。失われていい命なんてない。

『僕達は君の矜持の為に、本来もっと楽な作戦にできるはずなのに――』

栄冠無き王者の魂が嘯く――違う。大切なのは俺とあいつの、どちらが強いか。それだけだ。

『当然だが僕の考えた作戦は穴もあるだろう――』

魂をも凍りつく恐怖/死してなお再燃する未練――そのどちらも、嘘偽りのない、本心。
故に[焼死体/■■■■]は思考する――矛盾した行動原理を、両立させる為の方程式を。

『僕はなゆ達を必ず守ると誓おう』

「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」

不規則に揺れる、紅と蒼の双眸――[焼死体/■■■■]は曖昧な意識の中で言葉を紡ぐ。

「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない。
 否定はしないよ……特に、兵士は重要だ。アコライト外郭を守り抜くのは彼らだ。
 俺達は、ずっとここにはいられない。なら……置き去りも見殺しも、後々に響く」

《第二に、余計なリスクを背負うのは御免だ――当然だな。
 どうせ勝つなら、より完璧で、より合理的であるべきだ》

「……誰も死なせられないのは、俺達だって同じだ」

《二つの条件を満たす作戦が、一つだけある》

「……いや、二つだ。二つある」

《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。
 お前が残れば、帝龍に外郭防衛隊は勝算が立たず撤退したと証言出来る。
 助命するという約束は、信じられなかったとも》

左眼が紅く燃える――時を超え再燃した未練/野心/矜持を誇示するように。

《この作戦の一番のメリットは、城郭制圧後の帝龍の行動が制限可能という点だ。
 お前は自分自身と、戦乙女の接吻を人質に出来る――それで夜まで時間を稼げ。
 契約の履行は、俺達が追撃不可能な距離まで逃げてからだと言えば、筋は通る。
 隠れんぼは……もし不安なら、アコライトの外まで隠れる範囲を広げればいい。
 何より、これなら全てリスクは、ユメミマホロに集約する――文句なしだろ?》





「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」

右眼の蒼炎が俄かに燃え立つ――視線の先には、少女がいた。

87embers ◆5WH73DXszU:2019/10/25(金) 19:34:32
【ディスユナイト・ディスカッション(Ⅱ)】

「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」

[焼死体/■■■■]の右手が頭を抱える/過負荷に眩む思考を、押し留める。

「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む。
 それに蜥蜴どもの大多数は、俺達が戦場を駆け抜けた事にすら、気付けないだろう――」

意識が飛ぶ/何処まで語ったか思い出せない――誤魔化すように、笑った。

「いいか、学生服の準備は忘れるな――早朝における敵陣浸透作戦の、由緒正しき兵装だ。
 もっとも――兵士の練度に自信がないのなら、この作戦はやめておくのが賢明だけどな」

[焼死体/■■■■]がよろめいた/辛うじて、壁に背を預けるように倒れる。

「肝心要の帝龍の位置に関しては……みのりさんを、ついでにバロールを信じよう。
 結局、失敗した時のリスクは変わらない。敗北が短期的か、長期的かってだけだ。
 モンデンキント、結論はお前に任せる。どのみち、俺のする事は決まってる――」

そして――意識を失った。

88明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:25:59
>「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、
 しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」

俺の垂れ流した作戦案をジョンは一切遮らず静かに聞いて……それから俺を見た。
いつもの人好きのする爽やかスマイルじゃない。鋼でメッキしているみたいな、硬質な表情。

>この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、
 だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」

「なんだと」

ジョンが何を言ってるのか、全然頭に入ってこない。
いや、ホントは分かってんだ。ブレイブ同士の決戦の中じゃ、パンピーに毛が生えた程度の兵士は――
役に立たない。むしろ、足手まといでしかない。
300人の兵士がいなければ、俺たちはもっとずっと簡単かつ確実に潜伏できるのだから。

そして兵士を見捨てられるならもう一つ、俺たちにとってアドバンテージが生まれる。
『300人の人質』という帝龍の交渉カードを、この膠着状況の根幹を、潰せるのだ。

>「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、
 街はめちゃくちゃになるだろうけど」

「……らしくねえことを言うじゃねえかヒーロー。マスコミが喜んでペン取りそうな発言だ。
 被災地の希望、イケメン自衛官様の腹の裡は、こんなに真っ黒だったのか?」

>「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、
 突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、
 その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い」

口を突いて出たのは益体もない、批判の体すら為してない、ただの煽り文句だった。
ジョンは止まらない。マホたんや、他ならぬ俺たちに過酷な判断を強いると――こいつは理解している。
俺は次第に唇を噛んで、ただ黙ってジョンをねめつけることしかできなくなった。

>「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?
 僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」

結局のところ、街や兵士を守りたいなんてのは、薄っぺらいヒューマニズムによるものでしかない。
そこに戦略的な合理性はなく、俺はただ、顔見知りが死ねば寝覚めが悪くなるから、守ろうとしているだけだ。

>「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

ジョンが言うように、余計なリスクを背負い込んで、作戦の成功率を著しく下げている。
失敗すれば、死ぬ人間の数は300じゃきかないってことくらい、分かっているのに。

>「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」

「おい」

ジョンの提案に、にわかに食堂をざわめきが埋め尽くした。
戦乙女の接吻はいわば、対象のステータスを大幅に向上させる、解除不可能の『装備品』だ。
このままみすみす帝龍に鹵獲されるくらいなら、今この場で適当に使って消費しちまえばいい。
それだけでアコライト側の戦力は向上し、帝龍は潜在的なパワーアップの機会を逸失する。

食堂に走った動揺は、すぐに息を潜めた。
オタク殿――アコライト防衛隊の連中も、純潔がどうのなんて言ってられる場合じゃないと、理解してる。
この場で納得できてないのはきっと……俺だけだ。

89明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:26:52
「待てよ。確かに接吻を使わずに腐らせ続けるのは合理的じゃない。
 スキルの消費が帝龍にさえバレなければ、『人質』としての接吻の効果も維持できるだろう。
 だけどそれは、ユメミマホロが『みんなのアイドル』じゃなく、誰か一人に傅く戦乙女になるってことだ」

帝龍と、やってることは何も変わらない。
帝龍という脅威を交渉材料にして、マホたんから戦力を接収することに他ならない。

「オタク殿たちは、300人の兵士たちは、マホたんの為に命懸けでここまでアコライトを護ってきたんだ。
 故郷に残した家族の顔も見れず、死んでいった人間だって二桁じゃあ済まねえだろう。なのに……」

結局、俺は自分が唾棄してきたヒューマニズムを、偽善を、捨てることができないらしい。
この期に及んで、言うべきことなんかじゃなかった。それでも、言わずにはいられなかった。

「――アイドルを失っちまったら、彼らは今までなんのために戦って、死んでいったんだ」

アコライトにおけるユメミマホロの存在は、単なる戦地慰問の為のアイドルなんかじゃない。
もっと原義でのアイドル、偶像、崇拝対象として、兵士たちの心の拠り所だった。
『祝福』そのものであるユメミマホロを、俺は彼らから奪うことができない。

>『マホロ・・・君が『戦乙女の接吻』を出し渋って、この中の一人でも・・・
 もし欠けるような事になったら・・・その時は帝龍の後に僕が君を殺すぞ』

ジョンの底冷えがするような声音を、俺は初めて聞いた。
いつも陽気で、俺たちのことを気にかけていて、微笑みを絶やさなかったこいつの――『殺意』。
俺に向けられたものじゃなくても、全身の毛穴が開くのを感じた。

「お前……」

わかったのは、俺がジョン・アデルという人間を、ちっとも理解できてやしなかったって事実だ。
こいつは自衛官で、ヒーローで、マホたんと同じように過酷な環境に『救い』で在り続けた。
この戦いでも、変わらず皆を鼓舞する存在であってくれると、無根拠に信じ切っていた。

だけど……こいつは自分で言ってたじゃねえか。
クーデターのときに、腹の中身を見せてくれたじゃねえか。

>『ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・』
>『僕はね・・・本当は君が思ってるほどいい奴じゃないんだ、自分の事しか考えていないクソ野郎なんだよ』

こいつは俺が思うような聖人君子じゃない。
英雄のガワを被って、偶像を押し付けられて、喘ぎながら、絶望しながら、光を求めて這いずっていた。

アイドルを完璧にこなすユメミマホロに相対して、こいつは一体何を感じたんだ?
俺たちは、こいつが静かに上げる悲鳴を……何度聞き逃してきたんだ?

>「僕はなゆ達を必ず守ると誓おう」

ジョンが守ると誓ったそこに、マホたんはおろかアコライトの全ての者たちが入っていない。
親友になりたいとこいつが言った、俺たちだけを……こいつは誠実に守ろうとしている。
守れもしないのに、何でも守るなんて喧伝して回るのは、ただの不実でしかないのだから。

>「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」

何も言えなくなった俺の代わりに、エンバースが二の句を継いだ。
その両眼の炎は呼吸するように大きくなったり小さくなったり、安定しない。
知ってる。こいつが何か妄念じみたものに頭を支配されるとき、こんな揺れ方をするのだ。

>「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない」

エンバースの語りは、俺たちの反応を待たない。
矢継ぎ早に重ねる言葉は、まるで二人の人間が交互に喋っているかのようだ。

90明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:27:15
>《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。

今から明日の正午までに、300人の兵士を残らずアコライトから撤退させる。
この街は帝龍の軍に包囲されちゃいるが、逃げ場がないわけじゃない。
例えば俺たちが乗ってきた王都からの魔法機関車なら、包囲を突破して王都に戻れるだろう。

偽りの白旗で帝龍を外郭におびき寄せるプランは先程と同じ。
だが、300人の兵士を『本当に』撤退させれば、彼らを死なせることなく戦場から除外できる。
街は蹂躙されるだろうが、これもマホたんを囮に使えばトカゲ軍団の動きをある程度コントロール可能だ。
街を維持するための主要な施設を避けて逃げ回って、被害をなるたけ抑える。

>何より、これなら全てリスクは、ユメミマホロに集約する――文句なしだろ?》

「夜までにマホたんが捕まっちまえば全部が"わや"だ。お前も大概ギャンブラーだぜ」

だけど、300人分の命をチップにするよか良心的なレートだと感じた。
命懸けのリスクを、兵士達よりはるかに強いマホたんに集中させる。
いわばリスクのタンクだ。挑発も完備だしな。

……自分で言ってて驚いた。
俺は大ファンのマホたんよりも、昨日知り合ったばかりのオタク殿たちを優先してる。
そりゃマホたんならそうそう捕まることはないと分かっているけれど、それでも意外だった。

>「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」

次いで、エンバースはなゆたちゃんに水を向ける。

>「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」

「おい……おい、大丈夫か焼死体」

不意に頭を抱えるエンバースは、それでも言葉を続けた。

>「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む」

アポリオンはピンポイントでマホたん以外を狙えない。
こいつは希望的観測ではあるが、アコライトでの膠着状況を見るにまず間違いないだろう。
帝龍には膠着を作りはしても、大量のクリスタルを消費してまでそれを維持し続ける理由がない。
侵食現象でクリスタルの希少価値が高まってるのは、ニブルヘイムも同じだろうからな。

視界さえ防げば、誤爆を恐れて帝龍はアポリオンを使えない。
有視界距離での直接戦闘になるまでカードをプールさせとくのは不安だが、一方的な蹂躙は防げる。

>「肝心要の帝龍の位置に関しては……みのりさんを、ついでにバロールを信じよう。
 結局、失敗した時のリスクは変わらない。敗北が短期的か、長期的かってだけだ。
 モンデンキント、結論はお前に任せる。どのみち、俺のする事は決まってる――」

言うだけ言って、エンバースはそのまま沈黙した。
壁に背を預けて、ずりずりと座り込む。
喋り疲れて寝ちゃうおじいちゃんかよこいつ……。

だけど、こいつのおかげで俺はハラが決まった。
立ち上がって、ジョンの向かいに対峙する。

91明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:27:46
「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
 言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」

そろそろこいつとも、向き合わなきゃならない時が来た。
俺は机をベシっと叩いて、対面のイケメンに注目を促した。

「いいか、お前は何も間違っちゃいない。……何一つとして、間違ったことは言ってねえよ」

兵士の犠牲も、マホたんの接吻消費も、合理的に戦いを進めるなら避けて通れはしない。
何より……巻き込まれた転移者の俺たちには、この世界で命を優先されるべき正当性がある。

「俺だって誰かの犠牲になるなんざ御免だし、世界を救うのだって正直貧乏クジだと今でも思ってる。
 全世界1000万人のプレイヤーから宝くじ未満の確率で事故にあった、俺達は被害者だ」

もっとうまくやれる奴なんでゴマンといるだろう。
強力なスペルやモンスターを駆使して、帝龍なんか余裕でぶっ倒せるSSRが、まだ残ってるはずだ。
この絶望的な不利に、俺たちが必死こいて命かける理由はない。

「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
 自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」

も一度机をべしっと叩き、俺は身を乗り出した。
鍛え込まれたジョンの胸板に、拳を添えた。

「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
 こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」

たとえクリアの可能性が限りなく低くとも。
報酬が激マズで、難易度に見合った対価が得られなくても。
この信念を曲げちまったら、遠からず俺はどこかで折れる。世界なんて救えやしない。

「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
 ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
 だからジョン――」

あるいは、一方的な信頼の押し付けなのかもしれない。
俺を親友にしたいと言った、こいつを良いように扱ってるだけなのかもしれない。
だけど俺は、腹を割ったこいつの覚悟に、応えたかった。

「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

92明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:28:14
それから、とジョンの胸元から離れて防衛隊の面々に向き直る。

「焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか」

ラビリンスミストは戦場に濃霧を滞留させるスペルだ。
帝龍の大軍の端から端まで『戦場』と判定されるなら、迷霧は問題なく発動できるだろう。
クリスタルの消費がとんでもないことになるが、バロールに身銭を切ってもらうしかない。

「もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ」

戦場のど真ん中だから当然魔法機関車は使えない。
馬車だって大掛かりになれば即刻バレるだろう。

隠密性を担保しつつ、迅速に現場で急行できるアシにアテがなけりゃ、作戦は成り立たない。
真ちゃんもウィズリィちゃんも居ない現状、俺たちの機動力は限りなく最底辺だ。

「以上を踏まえて、移動手段が確保できるなら第二案。
 無理そうならすぐにでも兵士達を外郭外に放り出して、第一案の準備をすべきだ」

【ジョンと対立し、兵士を守るプランを強要。
 帝龍の本陣が見つかったとして、戦場を駆け抜ける移動手段にアテはあるの?】

93カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:16:57
>「それが、手品のタネだ。噛むなよ、飲み込むのもナシだ。溢れた酒で溺れたいなら、話は別だが」

「むぐぐぐぐんぎぐぎぐぎがごぐがぎごおごぎがぐ!」
(翻訳:フラグの乱立し過ぎは良くないと思います!)

口に革袋を突っ込まれ口封じをされたカザハは抗議(?)をするが、幸か不幸か皆にはただ呻いているだけにしか聞こえなかった。

>『おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?』

先程の言葉が思い出される。屋上でのナンパは単なる気まぐれではなかったようだ。
エンバースさんは、生前にマホたんとは何らかの関係があったのかもしれない。
そしてエンバースさんは、撤退したと見せかけた上での夜襲を提案した。

>「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

口から革袋を引っこ抜いたカザハは今度は必死に笑いを堪えている。
“総勢三百人を超えるマホたんによる夜這い”がパワーワード過ぎてツボに嵌ったようだ。
それに対し明神さんは、300人も隠れられないし街を蹂躙させるわけにもいかないと言い、
代わりにトカゲ軍団を混乱に陥れることで帝龍をおびき寄せる作戦を提示。

>「問題は焼死体の野郎がサラっと流しやがった正午の定刻アポリオンをどう凌ぐか、だな。
 戦闘が始まれば頑丈な建物なんか都合よく近くにあるとは限らない。
 マホたんのいないエリアを指定して発動されれば仲良くイナゴのお昼ごはんだ」
>「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
 カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
 それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
 トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
 とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」

続いて地球で本職兵士だったジョン君が意見を述べ始めた。

>「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」
>「さっきのなゆとの会話で、帝龍はなんとなく分ったはずだ、なゆが・・・兵士の一人が食われるのを黙って見過ごすことができるような人間じゃないって
 この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」
>「そんな事をしていたら戦闘どころの騒ぎじゃない、ただ守るべき対象が増えただけだ、逆に見捨てる事ができれば相手を大いに混乱させられるかもしれない
 本物のマホロをもしかしたら襲ってしまうかもしれない・・・とね。もし実行できるなら僕はこの作戦を推したいね」
>「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、街はめちゃくちゃになるだろうけど」

「なるほど、誰が襲われても助けると分かってるならこっちが兵士を助けるのに手一杯になるのを狙って撃ってきかねないってことか……」

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:18:05
>「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い。
 兵士達に混ざって僕達も適当に戦えばさらに確立はあがる、カードを使わず、僕達は適当な所で逃げ出せばいい。
 理想は非戦闘員全員を保護、残りを全部戦場に出せれば更に確立はあがるだろうね。」
>「当然この方法取れば犠牲者はでる、だが元々帝龍が来た時には・・・幻影作戦をやらないなら兵士達は邪魔にしかならない
 僕達と帝龍の戦闘は広範囲に攻撃の流れ弾が着弾するだろう、そうなると巻き込んでしまうし、人質に取られるリスクもある」

「ちょ、ちょっと……」

カザハは最初は流石自衛隊員だけあって現実的、といった感じで納得しながら聞いていたが、次第に発言内容が物騒になってきたのを感じ、戸惑っている。

>「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」
>「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

今までのジョン君の若干天然入った爽やか好青年キャラとの落差に、カザハは言葉も出ずにただただ唖然としている。

(モンスター以下の兵士って……)

《まあなんというか飽くまでも戦闘力的な意味で……だと思いますよ》

お人よしな青年といったイメージだったが、やはり自衛隊員。
ひとたび戦争となると一般人とは目線が違うということか――
が、激しい反対に合うのは予想済みだったのだろう、彼は兵士達の犠牲を出来る限り少なくするもう一つの作戦も用意していた。

>「兵士達の犠牲をできる限り減らし、こちらの勝率を上げる方法が一つある」
>「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」
>「どうしても捧げたくないのならそれで構わない、無理強いして、時間を取ってるような暇はないからね」

周囲が一斉にざわめく中、しばらく考えていたカザハが、渋々ながらも賛同の意を示す。

「まあ……例えるなら使わないまま負けたらラストエリクサーを持ったままボスに負けるみたいなもんだよね。
マホたんには悪いけど飽くまでも戦術的なスキルの使用として割り切ってもらうしかないのかな……」

《えぇっ!?》

「……でも相手を自分で選ばせるのは却って残酷だよ――それに、マホたんに拒否権を残すのも。
最終的には自分でキスすることを決めて限られた選択肢の中からとはいえ相手は自分で選んだってことになってしまうんだから。
だから……やるなら“相手も指定されて他に成す術もなく強制された”って形にしなきゃ。
というわけでお勧めは……ポヨリンさんだ。
単純な能力値で言えばここにいる中で一番強いだろうし見た目も人型じゃなくて可愛いマスコットだからマホたんの貞操的な問題も最小限に抑えられる……!」

95カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:19:18
カザハは大真面目な顔で言った。
もしポヨリンさんがスマホから出ていたらポヨリンさんを抱き上げて眼前に掲げ「うおおおおおおおっ!」と叫びながらマホたんに突撃しようとして
私が《待て!早まるな!》と言いながら足払いをかけて転ばせる、という騒動があったことだろう。
そんな一幕があったかはともかく。

>「待てよ。確かに接吻を使わずに腐らせ続けるのは合理的じゃない。
 スキルの消費が帝龍にさえバレなければ、『人質』としての接吻の効果も維持できるだろう。
 だけどそれは、ユメミマホロが『みんなのアイドル』じゃなく、誰か一人に傅く戦乙女になるってことだ」
>「オタク殿たちは、300人の兵士たちは、マホたんの為に命懸けでここまでアコライトを護ってきたんだ。
 故郷に残した家族の顔も見れず、死んでいった人間だって二桁じゃあ済まねえだろう。なのに……」
>「――アイドルを失っちまったら、彼らは今までなんのために戦って、死んでいったんだ」

「明神さん……」

確かにオタク達にとって、思わぬアクシデントでアイドルのキスが不定形生物(スライム)に捧げられました、ではやるせないだろう。
(そもそも本人が使用の意思を持ってキスしなければスキルは発動しないのかもしれないが)
そこでエンバースさんがまた何かを思い付いたようだ。

>「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」
>「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない。
 否定はしないよ……特に、兵士は重要だ。アコライト外郭を守り抜くのは彼らだ。
 俺達は、ずっとここにはいられない。なら……置き去りも見殺しも、後々に響く」
>《第二に、余計なリスクを背負うのは御免だ――当然だな。
 どうせ勝つなら、より完璧で、より合理的であるべきだ》

「……!?」

まるで二つの人格が代わる代わる喋っているような違和感があるが、皆ひとまず作戦を聞くことにしたようだ。

>《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。
 お前が残れば、帝龍に外郭防衛隊は勝算が立たず撤退したと証言出来る。
 助命するという約束は、信じられなかったとも》

>「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」
>「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」
>「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む。
 それに蜥蜴どもの大多数は、俺達が戦場を駆け抜けた事にすら、気付けないだろう――」

二つの人格(?)が一つずつ作戦を提示する。
言い終わると、エンバースさんは力尽きたように気を失ってしまった。

「……大丈夫!?」

カザハが駆け寄って軽く頬を叩いたり揺すったりしてみるが反応が無い。ただの屍のようだ。(屍だけど)
その間に、明神さんはジョン君に宣言する。

96カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:20:15
>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
 ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
 だからジョン――」
>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

なゆたちゃんは分かりやすいいい子なとんでもないお人よしだけど明神さんも大概一見悪い子ぶってるようでとんでもないお人よしである。
カザハは最初はやれやれ、といった感じで苦笑していたが次第に吹っ切れたような笑いに変わる。

「好き好んで最高難易度でクリアーって……最っ高に燃えるじゃん!」

明神さんは気を失ってしまったエンバースさんに代わって、案を煮詰めていく。

>「焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか」
>「もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ」
>「以上を踏まえて、移動手段が確保できるなら第二案。
 無理そうならすぐにでも兵士達を外郭外に放り出して、第一案の準備をすべきだ」

「……魔法機関車!」

カザハは唐突に一見脈絡のない単語を叫んだ。

《いくら霧で覆ってもそんなでかいのが地面走ってたらすぐバレるし……》

「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」

スペルカードの効果の一部分を読み上げるカザハ。

《機関車ですよ!? いくらなんでも……。
いや待てよ? 確かに重量○kg以内という但し書きは無いし
乗り物だからオタクを全員中に乗り込ませてしまえば魔法機関車という一つの物とみなされる……!?》

仮に理論上可能にしても、クリスタルを湯水のごとくどころではなく消費するので、実質は不可能だろう。
そう……通常ならば。バロールさんというATMもとい後ろ盾がある今なら、出来る可能性が無くはない……のか?
何にせよ意見は出尽くし、マホたんとなゆたちゃんの結論を待つ流れとなった。

97崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:58:35
ジョンの告げる非情な作戦に、食堂は騒然となった。
特に、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ誰かに使え――という提案に、マホロは暗い表情で奥歯を噛みしめる。
帝龍はマホロを狙っている。ブレモンきってのステイタスである彼女の唇を。
それを。戦いのために捨てろと言うのだ。

>うおおおおおおおっ!

何を思ったか、カザハが突然なゆたの傍にいたポヨリンを担ぎ上げ、雄叫びをあげてマホロに突撃しようとした。
その狙いは明らかだ。マホロの接吻をポヨリンに与えようというのだろう――が。

『…………ぽよっ!!』

ポヨリンは憤怒の表情を浮かべると、カザハに向かって渾身の頭突きを繰り出した。至近距離のカザハに避ける術はあるまい。
ゴギンッ!!という音が鳴り響き、カザハの顔面にポヨリンの額が炸裂する。カザハの頭上に『CRITICAL!』という表示が出る。
カザハからぴょんと飛び降りると、ポヨリンはすぐになゆたの許に戻った。
なゆたも両手を広げてポヨリンを迎え、胸に抱きしめる。
ポヨリンはなゆたに抱きしめられながら、カザハへ向かって非難がましい声をあげた。

『ぽよっぷぅ〜! ぽよっぽよよっ! ぷぅぷぅ!』

「カザハ、減点10。
 ポヨリンにキスしていいのはわたしだけ! わたしがポヨリンの恋人なんだから!
 あなたのやろうとしたことは、マホたんにも。ポヨリンにも。わたしにも。そして兵士のみんなにも失礼なこと。
 どんな有効な作戦だって、人の心をないがしろにすることは絶対にやっちゃいけないんだ」 

そう。カザハのやろうとしたことは、誰の心をも踏みにじる行為だ。
ただただ効率とか、目的だとかのために、皆の心を無視した蛮行だ。
例え冗談のような行動であっても、いや、冗談めかしているからこそ、なゆたにはそれを承服することはできなかった。
同様に。ジョンの提案もまた、なゆたには到底肯定できるものではない。
一見有効なようなその作戦は、持たざる者の立場に立っていない。
それは持ちうる者の感覚に基づいた提案だった。自分がもし、持たざる者の立場だったなら。見捨てられる兵士の側だったなら。
帝龍の提示した条件が『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』でなく、守ると誓ったなゆたたちの命だったなら。
最愛の部長と引き換えに兵士たちを助ける、などという内容であったなら――
彼は、今ほど冷徹な判断が下せただろうか?

「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」

その後も作戦会議は続いた。
明神がジョンに食って掛かり、エンバースが新たな作戦を提示して力尽き、多くの作戦が浮かんでは消える。
そして、あらかたの議論が出尽くした末に。
その総括をすべく、なゆたは荘重に口を開いた。

「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」

一同を見渡し、そう問うてみる。

「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
 じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
 ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」

なゆたは噛んで含めるように皆に対して告げる。
抱いていたポヨリンをそっと下ろし、長机に手をついて、パーティーの仲間たちひとりひとりに語り掛けてゆく。

「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
 ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
 その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
 それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
 わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」

静かに、しかし決然とした様子で、なゆたは言葉を紡ぐ。

98崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:58:51
「このアコライト外郭も同じ。わたしたちが守るべきなのは、城壁じゃない。街じゃない。
 外郭に住むマホたん。兵士のみんな。その全員を守ることが、アコライト外郭防衛っていうことなんだよ」

城壁を守り切ったところで、兵士たちが死んでしまえば何の意味もない。
城壁を築くのも、それを維持してゆくのも、すべて兵士たち。
この場所に存在する者たちの働きなしには、アコライト外郭は立ち行かないのだから。

「わたしたちの目的を間違えないで。
 わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
 みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
 サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
 わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

ただ戦いに勝つだけなら。敵を殺すだけなら。ゲーマーが召喚される必要はない。
軍人なり傭兵なり、地球にはもっと実際の戦闘に熟達した人間がいる。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が選ばれる理由はない。
しかし、この世界は召喚する対象に殺しや戦いとは無縁の一般人ゲームプレイヤーたちを選別した。
そこには、何か理由があるはず。決して無作為に抽出されただけではないはず。
自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけができる、世界の救い方があるはず――。
なゆたは、そう信じた。

「ということで、わたしも明神さんに賛成。……そして、ついでだからここで宣言しておくね」

フォーラムでは対立し、アルフヘイムでもつい先日熾烈な戦いを繰り広げたが、なゆたは自分と明神が似た者だと思っている。
つまり、ゲームというものに対する姿勢が、である。
畢竟、明神も自分も筋金入りのゲーマーということだ。

「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
 わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
 この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」

敵である帝龍やミハエル達。ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちも、殺す気はないという。

「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
 それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
 カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
 敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
 そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」

自分の信念を迷いなく告げると、なゆたは束の間目を閉じて、ふー……と息を吐いた。
それから、一拍の間を置いてまた目を開く。

「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
 自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
 『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!」

自分たちはもちろん、防衛隊の兵士たちも。帝龍さえも殺さずに、すべてを丸く収める方法。
そんな戦法が、果たして存在するのだろうか?

>焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか

明神がエンバースの提案に対していくつかの懸念を示す。
今まで出た意見の中で、自分たちにできそうで帝龍に最もダメージを与えられそうなのはその作戦だろう。
すなわち、この城塞を出て打って出る――古来より、寡兵が大軍に勝つには奇襲しかないのである。

99崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:59:03
>もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ

「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
 クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
 なぜなら――わたしたちには、これがあるから」

そう言って、なゆたは全員に見えるように右手の甲を上げてみせた。
その薬指には、輝く魔石の嵌った指輪がひとつ。そう――

『ローウェルの指輪』。

この、ありとあらゆるスペルを爆発的に強化させる伝説の超レアアイテムならば、『迷霧(ラビリンスミスト)』を超強化できる。
あくまでバフなので、大量のクリスタルも消費しない。まさにうってつけのアイテムであろう。
指輪の力によって、霧そのものの濃さも通常とは比較にならないものになるはず。トカゲたちには対処できまい。
なゆたは薬指からローウェルの指輪を抜くと、それを明神へ放り投げた。

「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。
 次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」

《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
 どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》

スマホを介して食堂の様子を聞いていたらしいみのりが、すぐに返答してくる。
みのりは『どうにかする』と言った。みのりがそう言うときは、必ず『どうにかなる』。
それは、彼女の相棒である明神が一番よく知っているだろう。
これで三つの問題のうちふたつは解消された。残るは、あとひとつ。

>……魔法機関車!

カザハが待ってました、とばかりに声をあげる。
確かに、魔法機関車なら車両に300人の兵士たちを乗せて進める。使用できるならそれが一番効果的であろう。
しかし原則的に機関車とは線路がなければ走れないものだ。
もちろん、敵本陣を見つけてから悠長にレールを敷設している時間などない。

>『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
 地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!

またカザハが言う。だが、スペルカード一枚で超重量の機関車を丸ごと空に浮かべることなどできるのだろうか?
ローウェルの指輪を使って『自由の翼(フライト)』に超バフを掛ければ可能だろうが、指輪は迷霧の発動で予約済みだ。
ただ、クリスタルを余分に消費して強化を施せば、ローウェルの指輪ほどではないにしても効果はあるかもしれない。
と、思ったが。

《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
 先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
 アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》

みのりと入れ替わるように、スマホからバロールの悲鳴が聞こえてきた。
言うまでもなく、侵食によってこの世界のクリスタル残量は減少の一途を辿っている。
ここで惜しみなくクリスタルを遣い、アコライト外郭を守り切ったとしても、後々の戦いでガス欠になっては元も子もない。
なゆたたちは出立する時に支給されたクリスタルで何とかするしかないのだ。
ならば、やはり魔法機関車は使えないのか?
……しかし。

《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》

何を思ったのか、スマホ越しにバロールは何やら考え事を始めた。
そして。

《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》

なゆたたちアコライト勢そっちのけで自賛している。
が、魔法機関車を浮かべて敵本陣に乗り込むという作戦は可能らしい。

100崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:13
《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
 見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
 魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》

「……わかった。みんなもいい?
 みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する。
 全員で魔法機関車に乗り込み、敵本陣まで一直線。
 『幻影(ミラージュ・プリズム)』で全員がマホたんの姿になって、敵陣を攪乱。
 帝龍を拘束して一気に勝負を決める――ってことで」

なゆたが全員を見遣る。

「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
 あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」

なゆたに次いで、マホロが提案する。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』にして、ブレモンの歌姫の本領発揮だ。
各種の歌はフレンドやプレイヤーの数に応じて倍率が上昇する。
マホロは地球でも大旅団を編成し、それで並みいるレイド級モンスターたちを狩りまくっていた。
300人の聴衆がいれば、その上昇倍率たるや相当なものになるだろう。やはり、兵士たちは作戦成功に必要不可欠な存在なのだ。
歌を歌うことで本物のマホロが見破られるかもしれない、という懸念に対しては、他の何人かが口パクで対応すればいい。
混乱した戦場の中では、本当に歌っているのか口パクなのかを瞬時に判断することは難しいだろう。
そして、一瞬だけでも惑わせてしまえば、身を隠してしまうことは容易だ。

「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

「ええ。了解」

300人マホロ大行進作戦によって、敵味方の区別をつけることは簡単である。マホロ以外は全員敵なのだから。
兵士たちは徹底的に敵本陣をかき乱す、それだけでいい。戦闘をする必要はないのだ。
帝龍は『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用できず、トカゲたちも本陣では思うように暴れられまい。
その間に帝龍本人を見つけ出し、なゆた、エンバース、カザハの三人で拘束する。
一度きりの奇襲だ。それに、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はすべてを賭ける。

「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
 無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
 危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

もしもこの戦いに勝てたとしても、甚大な被害と引き換えに――ということでは何も意味がない。
全員が生き残ること。それが大前提なのだ。
もちろん、全員が全員命惜しさに作戦を放棄して逃走に及べば、せっかくの機会を不意にすることになる。
だから――

――危険を冒すのは、わたしと。エンバースだけでいい。

なゆたはそう腹を括っていた。
指揮官であるなゆたが安全を最優先していては、それこそ作戦の成功など覚束ない。
だから、なゆたは先陣を切る。いの一番に、矢のように帝龍を目指す。
そして――エンバースはそんななゆたを守るだろう。なゆたはエンバースに守ってと言い、エンバースはなゆたを守ると言った。
誓いは果たされるだろう。なゆたはエンバースを信じている。だから、無理ができる。命を刃の前に晒して突き進める。
カザハは自分とエンバースに万一のことがあった場合の伝令役だ。
もし万一、自分たちに予想外のことが起こり、作戦が失敗するようなことがあったら。
カザハにはすぐさまその情報を後方の明神とジョンに伝えてもらわなければならない。
その際明神はサブリーダーとして、生き残った兵士たちを纏めて魔法機関車で退却する指揮を執ることになるだろう。

「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

ぱん、と一度大きく手を叩くと、なゆたは作戦会議を終了させた。
夕刻になり、マホロと一緒にまた料理を作る。トカゲを調理した晩餐を食べると、やがて夜が更けた。

101崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:27
作戦決行が明日と決まっても、アコライト外郭でやることは変わらない。
夜になると、城壁の上にある歩廊に夜哨が立つ。普段なら守備隊の兵士たちが持ち回りでするのだが、兵士たちも明日は出陣だ。
寝られる者は少しでも寝ておかなければならない。ということで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もそのサイクルに加わった。
三時間交代くらいで次の者に引き継ぎ、帝龍の攻撃に備えるのだ。
帝龍は定時にしか攻撃してこないと分かってはいるが、だからといって油断するわけにはいかない。
そして――
ジョンが夜哨に立つ順番となった時。城郭内へと続く螺旋階段をのぼって、何者かがジョンのいる歩廊にやってきた。

「えと……、こんばんは。
 交代の時間だよ、ジョン」

それは、なゆただった。手にはキングヒルから持ってきたお茶の入った木のコップをふたつ持っている。
ただ、交代の時間にしては随分早い。ジョンの担当はまだ一時間ほど残っている。
なゆたは湯気の立つコップのひとつをジョンへ差し出す。濃い目の紅茶だった。

「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
 明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
 それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」

自分のコップを壁の上に置き、空を見上げる。
天には星の大河。文明の光に照らし出された都会では決して見ることのできない原初の夜空が、目の前に広がっている。
なゆたは思わず歓声をあげた。

「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
 こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
 ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」

ジョンへ手招きして、自分の隣に来ることを促す。
なゆたはそれからしばらく、何も言わずに満天の星空を眺めた。

「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
 でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」

城壁に両手を乗せ、空を見上げたままで、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
 ……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
 友達と親友の違いって、なんだろう――?」

そう告げると、なゆたは静かにジョンを見た。身体ごとジョンへ向き直り、正対する。
まるで、ジョンの身体だけではなく。心と向き合うかのように。

「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
 そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」

ひゅうう、と夜風がなゆたのサイドテールにした長い髪を、フレアミニのスカートを。マントを撫でて吹きすぎてゆく。

「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
 わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
 あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
 可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
 みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」

違う? と。なゆたは後ろ手してジョンの顔を覗き込んだ。

「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」

或いはジョンはそんなことは全く考えず、素で提案しただけなのかもしれない。
だが、意識的にであろうと無意識であろうと、あの場でその提案をすること。それ自体に意味がある。
食堂で敢えて仲間以外を見捨てるという作戦を提示し、みなに憎まれる。それが大事なのだから。

102崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:40
「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
 どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
 そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」

ふる、とかぶりを振る。一拍を置いて、長い髪が揺れる。
なゆたはジョンの顔をまっすぐに見詰めると、

「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

と、言った。

「ね。わたしたちにも、あなたを守らせてよ。あなたの痛みを背負わせてよ。
 わたしも明神さんと一緒に、あなたと親友になりたい。わたしが守られるのと同じだけ、あなたのことも守りたいの。
 あなたのことがもっと知りたい。テレビや新聞で語られるジョン・アデルじゃなくて、ありのままのあなたが。
 だから……歩いていこうよ。わたしたちを守るって、気を張って先に行かないで。肩を並べて……さ」

なゆたはにっこりと満面の笑みを浮かべた。屈託ない、無垢な笑顔だった。
そして、右手を差し伸べる。

「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
 これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
 その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
 そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
 親友との約束! 守れるわよね?」

ぱちんと茶目っ気たっぷりにウインクすると、ジョンの右手の小指に自分の小指を絡ませる。

「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」

勢いよく指を振って離す。やや一方的ながらもジョンとの約束を果たすと、なゆたはまた笑った。

「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
 わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
 じゃっ! おやすみなさい!」

ジョンの背中を押し、螺旋階段へと歩いて行かせる。
ジョンが去り、ひとりになると、なゆたは誰もいなくなった螺旋階段の方を見遣り、小さく息をついた。

「………………」

明日は帝龍との決戦だ。みのりが帝龍の本拠地を特定し、バロールが魔法機関車を送り届けたら、すぐに作戦開始だ。
自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を含む300余人の兵士を乗せた魔法機関車が、帝龍の本陣へと爆走する。
しかし――なゆたはその作戦に言い知れぬ不安を抱いていた。
みのりは帝龍の本陣を見つけ出すだろう。バロールは遅滞なく魔法機関車を届けるはずだ。
ローウェルの指輪を持った明神は必ずこの戦場全体を濃霧で包み込むだろうし、ジョンは明神を守り抜くに違いない。
カザハはいつも通りのはずだし、エンバースも……。
だが、自分は?
自分はどうだ? この戦いにおける役目を遂行できるか? 皆の役に立てるのか?
生きて、戦場からこの城壁の内側へと戻ってくることができるのか――?

「……どうだろう」

帝龍は何かを持っている。
あのトカゲの大軍団よりも、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』よりも恐ろしい何かを。
確証はない。裏付けも根拠も何もない。ただ『そんな気がする』。
それは所謂第六感、女の勘とでも言うべきもの。
しかし、それが時としてどんな分析よりも的確に真実を暴き出すことを、なゆたは知っている。

「リーダーが。……頑張らないとね、真ちゃん」

だが、逃げることはできない。リーダーは常に先陣を切り、仲間たちに勇気を見せなければならない。
……たとえ、それで命を喪うことになっても。
夜風に弄ばれる髪を軽く右手で押さえながら、なゆたは小さく呟いた。

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:52
「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」

なゆたが夜哨を明神に代わって、三十分ほどが経過したころ。
ふわりと風が揺れたかと思うと、大きな翼を広げたマホロが城壁の歩廊へと舞い降りてきた。

「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
 綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」

翼を収納し、よいしょ。と歩廊の壁の上に腰を下ろし。
深くスリットの入ったロングスカートから惜しみなく太股を覗かせて脚を投げ出す。
はー。と息を吐き、マホロは空を見上げた。

「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
 明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」

無邪気な、ネット上で見るものと同じ人好きのする笑顔を明神へと向ける。

「ねえ……お兄さんは、楽しい?
 このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」

ぱたぱたと脚を交互に揺らしながら、マホロは訊ねる。

「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
 この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。
 そりゃ、アルフヘイムにはインターネットもなければパソコンもない。いつでも冷え冷えのジュースが飲める冷蔵庫も、
 ぬくぬく快適なエアコンもない。ベッドだってただ木の台にシーツを敷いただけの、酷いものだよ。
 でもね……それがすっごく新鮮なんだ。何より――この世界は、あたしに思い出させてくれた。
 あたしが一番最初にVtuberをやり始めた頃の、あの気持ちを……」

今でこそ500万人を超えるフォロワーを擁するユメミマホロだが、最初からそうだったわけではない。
むしろ、いわゆる動画配信者としては遅咲きだった。最初は配信に注目する者もいなかった。
Vtuberなどキワモノに過ぎないと、白けた目で見られ続けていたのだ。
しかし、それでもよかった。自分の好きな話題を、面白いと思う内容を配信し、たったひとつでも共感を得られれば嬉しかったのだ。
だが、ユメミマホロの名が売れ始め、スポンサーが付き、会場を借り切ってコンサートまでするようになったとき。
ユメミマホロはいつの間にか、一番最初のユメミマホロとは別物になっていた。
スポンサーに配慮し、あまり尖った内容の配信はできない。
まず視聴者ありきで、どんな話題が登録者を稼げるか? どうすれば視聴数が伸びるか? そればかりを考える。
分単位のスケジュールをこなし、歌を歌い、ラジオに、配信に、果ては声優の真似事までこなした。
気付いた時には、ユメミマホロはユメミマホロのものではなくなっていたのだ。

「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
 スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
 あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」

ぎゅ、とマホロは自分自身を両腕で抱き締める。

「だから。あたしは守らなくちゃならない。
 この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
 あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
 そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
 ――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。
 あたしは臆病者だね……。
 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」

この世界には、ユメミマホロに素行がどうのと口出ししてくる厄介なスポンサーはいない。
マホロは自分が自分らしくあるため、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として戦う道を選んだ。
その覚悟は生半可なものではない。マホロは命を懸けてここでアイドルをしているのだ。

「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
 地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」

ぐっ、と右の拳を握り込んでみせる。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の歌は強力だ。彼女は間違いなく自分の仕事をこなすだろう。

「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
 聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」

ひょい、と壁から降りると、マホロは明神に向き直った。
そして――まっすぐに明神を見据えながら、口を開く。

「バロールのことが信用できないからよ」

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:01:19
「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」

カシャ、と甲冑を鳴らし、ユメミマホロは鋭い眼差しと口調で明神に告げた。

「あたしがこのアコライト外郭に配属されたのは、窮地に陥っているこの場所の救援がしたかったという理由の他に――
 もうひとつ。『バロールのいるキングヒルから離れたかった』からっていう理由もあったんだ。
 あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
 あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」

マホロの声は震えていた。見れば、微かに肩も震えているのが分かるだろう。
冗談や虚言の類では決してない。マホロは正真、バロールに怯えている。
あの、いつもニコニコ笑顔を絶やさない。うっかり屋で女にだらしなくて、ダメダメな十三階梯の継承者。
『創世の』バロールを――。

「あたしはアルフヘイムへ召喚されてすぐにこのアコライト外郭を訪れ、籠城した。
 もしキングヒルと交信を続けていれば、物資は定期的に供給されたでしょう。兵力も、クリスタルも今よりはあったかも。
 でも――あたしにはできなかった。
 あたしにできたのは、ただ耳をふさいで背中から聞こえてくる声を無視し続けることだけ……。
 それも、あなたたちが来て終わりになったけれど、ね」

軽くマホロは肩を竦め、それから小さく息を吐いた。
マホロがこのアコライト外郭の守将として抵抗していたのは、帝龍の軍勢に対してだけではなかった。
背後に存在するキングヒル。その白亜の王宮で玉座の傍らに侍る、鬣の王の相談役。
今やアルフヘイムの存亡を一手に担う宮廷魔術師。十三階梯の継承者の第一位。
あの魔術師に対しても、抵抗を示していたのだ。

「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
 あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
 お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
 バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
 少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。
 でも――」

そこまで言って、マホロは一度口を噤んだ。
厳然たる眼差しで、明神を見つめる。
ふたりは束の間、沈黙の中で見つめ合った。

「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
 そして……確信を持ったわ。
 これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
 でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
 あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」

やがて、マホロが口を開く。その声音は強張り、緊張しているのが分かる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として、マホロもまた明神たちに共感している。
この世界に召喚され、戦うことを宿命づけられたゲームプレイヤー同士として、シンパシーを感じている。
だからこそ――

「……カザハは。敵よ」





濃い藍色の空の彼方、地平線がゆっくりと白んでゆく。


【作戦は300人のマホロで魔法機関車に乗り込んで帝龍の本陣に奇襲する作戦に決定。
 ジョンとなゆた、明神とマホロがそれぞれ夜の歩廊で話すイベント発生。
 ポヨリンのカザハへの有効度が10下がる。】

105カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 00:58:46
>《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
 先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
 アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》

「あ、やっぱり……?」

ATM扱いされそうな電波をビンビン受信してしまったバロールさんの悲鳴が響く。
こうして銀河鉄道スリーハンドレッドオタク作戦(仮称)は敢え無く頓挫かと思われたが。

>《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》
>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》
>《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
 見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
 魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》

「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」

なんだかよく分からないが出来るらしく、カザハがヨイショしまくる。
前世からの仲良しらしいからね、仕方がないね。(記憶は無いけど)

>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

私達は最前線の突撃組に配属された。
なゆたちゃんとエンバースさんがアタッカータイプなので、私達はサポート役といったところだろう。

>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
 無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
 危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

106カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:00:15
こうして作戦会議は終わり、夜。私達も交代要員のうちの一人として夜哨に立った。
昼間のなゆたちゃんの言葉が思い出される。

>「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
 それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
 カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
 敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
 そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」
>『明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
 自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
 『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!』

「ゲーマーって……凄い人種だね」

カザハも私と同じことを思い出していたのだろう。ぽつりと呟いた。
込められたのは、尊敬と憧憬と呆れと疎外感が全部混ざったような複雑な感情。
そう――所詮私達はどう頑張ってもゲーマーにはなれないのだ。

《……私達の場合どっちかといえば地球での人生の方がゲームだったということですよね》

私達はゲームを起動した瞬間に異世界転生(?)してしまったので広義のゲーマー(ゲームをする人)ですらない。
それどころか元々出身がこっちの世界っぽいからどっちかといえば原住民だ。
それが気付けばいつの間にやらゴリゴリのゲーマーに包囲されていた。

「あはは、言えてる。莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大すぎるクソゲー」
《広すぎてマップのほんの一部しか行けないオープンワールド! 大部分がストーリーに無関係な無駄に緻密な世界設定!》
「開始時のステータスと出自の影響がでかすぎる上に引き直しできないとか!」
《滅茶苦茶多すぎるマルチエンディング!》
「そのうちの一つがトラックにひかれてゲームオーバー!」
《悲しくなってくるからもうやめましょう!?》

最初はそんな感じで話していたが特に話すこともなくなってしばらく無言で見張りをし、やがて次の当番の人がやってくる。
するとカザハは唐突に語り始めた。いや――カザハであってカザハではない。
ちょっと目を放していた隙にいつの間にか身に纏う雰囲気が変わっている。

107カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:01:16
「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」

《いきなり邪気眼ごっこはやめてくださーい!》

確かに言われてみれば、最もかどうかは分からないが、結果的に戦略面から考えてもかなり良い作戦に行き着いたとは思う。
オタク軍はマホたんのアイドル性によって長い間士気を維持し、城壁を防衛してきた。
今回の作戦の目玉の一つは300人という数を活かしての攪乱で、マホたんの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップするらしい。
もしもマホたんに無理矢理ヴァルキリーグレイスを使わせたりしていたら、オタク達の士気もダダ下がりでこの作戦は取れなくなっていたかもしれない。

「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」

《確かにそんな気はするけど、さらっと流しただけかもしれないしそんな深読みしなくても!
つーかアンタ誰!》

「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

《こっちに無茶振りすんな!》

「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」

そこで唐突にいつもの雰囲気に戻ったカザハが騒ぎ始める。

《はいはい、お部屋に戻りましょうねー! すみません、バカな子なんです!》

私はペコペコ頭を下げながらカザハの首根っこをくわえてひきずって退散したのであった。

108カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:02:22
――次の日。

《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》

スマホからバロールさんとみのりさんの声が聞こえてくる。
一体どんな手段を使ったのかは我々には知る由も無いが、空飛ぶ魔法機関車の手配と帝龍の位置の特定はうまくいったようだ。

「凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!」

自分が前夜邪気眼を発動したことなど全く覚えていない様子のカザハは案の定いつも通りである。
やがて戦場じゃない側に魔法機関車が到着し、なゆたちゃん達がオタク軍団を順序良く乗り込ませていく。

「明神さん――いよいよだね」

『幻影』は到着するまでに車内でかければいいだろう。
まずはトカゲ軍団の視界を奪う――明神さんの『迷霧(ラビリンスミスト)』発動が作戦開始の合図だ。

109明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:15:30
再び議論に火が入り、喧々囂々と言葉が交わされるなか、
意見をまとめるようになゆたちゃんが口を開いた。

>「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」

俺たちのリーダーは、メンバーそれぞれを順番に見回して、その双眸に視線を合わせ――
パーティとしての意思を決定していく。

>「わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

俺たちがこの世界に喚ばれた理由。
レイド級に匹敵する戦力の増強だとか、オーパーツじみた魔法の板だとか、そんな実利的なことじゃなくて。
『ブレイブ&モンスターズ』をプレイしてきた人間だからこそできることがある。そのはずだ。
少なくともバロールはそう見込んで、俺たちを召喚した。

>「『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!」

それは結局、人が死ねば後味が悪くなるからっていう、気分的な問題でしかないんだろう。
RTAなんかじゃNPCをわざと死なせて時間短縮したりアイテム回収するのも珍しくない。
依然として、確実に世界を救うって観点で言えば、間違いなくジョンが正しい。

でも、それで良い。気分的な問題だって良いじゃねえか。
俺たちはゲーマーなんだ。この世界を、ゲームと同じように救おうとしてるんだ。
報酬やトロフィーなんかなくても。俺たちは全員助ける選択肢を選んで良い。

エンディングが分岐するなら、やっぱハッピーエンドが見たいからな。
傍から見れば無意味なこだわりに努力を費やすのも、やっぱりゲーマーの習性だ。

「……お前がリーダーで良かった」

お前が最後に頷いてくれるのなら、俺は全力でクエストに挑める。
月子先生の太鼓判だ、ブレモンにおいてこれほど価値のあるお墨付きはあるまい。

>「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
 クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
 なぜなら――わたしたちには、これがあるから」

「あっ?お前、これって――」

なゆたちゃんが掲げ、宙に放った輝く何か。
ガンダラでのクエスト報酬で手に入れた……『ローウェルの指輪』だ。
その効果は、『スペル効果の大幅アップ』と『全カードのリキャスト回復』――
おそらく世界に一つだけしか存在しない、超ド級のレジェンドレアアイテムだ。

かつて、マルグリットから託されたこの指輪を、俺は真ちゃんから掠め盗ろうとしていた。
結局機会が見いだせずに、パーティの共有資産としてリーダー管理になってたものだ。
指輪が常に真ちゃんの手にあったから、俺はこのパーティを抜けずに居たと言っても過言じゃない。

俺たちの旅の結晶、因縁の一端。
その代名詞と呼ぶべきものが、巡り巡って放物線を描き、俺の手の中に収まった。

110明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:15:53
>「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。

「……託された。あとのことは任せとけよ、リーダー」

妙な感慨が胸をいっぱいにして、静かに手の中の指輪を握り込む。
ある意味じゃ、俺がこのパーティの正式な一員として、認められた瞬間なのかもしれない。
こいつを持ってトンズラこくことはないと、信じて貰えたのだから。

>次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」
>《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
 どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》

なゆたちゃんに水を向けられた石油王は、二つ返事で仕事を請け負った。
その口ぶりに動揺や自信のなさは伺えない。いつも通りの飄々とした受け答えは、何より安心できる。

「頼んだぜ……相棒」

無茶振りはいつものことだと言わんばかりに、どうにかするとこいつは言った。
それならもう、何も心配することはない。それだけの付き合いを、こいつと重ねてきた。

残る課題は一つだけ。
特定した帝龍の本陣まで、どうやって大部隊を送り込むかだ。
城壁内をざっと見たところ、300人が全員乗れるだけの騎馬は存在していないようだった。
みんなアポリオンに喰われちまったか、維持するだけの飼料も足りなかったんだろう。

>「……魔法機関車!」

カザハ君が何か思いついたように声を上げた。
魔法機関車ぁ?行き先は敵陣の敷かれた平原だぜ、レールなんかねえだろ。
軌条もなしに鉄輪で不整地を踏もうもんなら、10mも進まないうちに列車は横転するだろう。
だが、カザハ君の考えはもう一歩先に進んでいた。

>「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
 地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」

「銀河鉄道じゃねーんだぞ、あんかクソでかい鉄の塊飛ばすのにどんだけ魔力使うんだよ。
 そりゃ魔法機関車なら装甲もあるし、ちっとやそっとの対空攻撃じゃビクともしないだろうけど……」

とはいえ、面白そうな発案ではある。いや絵面の話じゃなくてね!
あの巨体で敵陣に突貫すりゃ、並み居るトカゲくらいは余裕で跳ね跳ばせる。
迷霧と合わせれば、事実上空飛ぶ魔法機関車を撃ち落すほどの攻撃は飛んでこないだろう。
300人の兵力を一切傷つけず、疲れさせずに温存して敵陣深くに送り込めるのは大きなメリットだ。

しかしそこでバロールからストップが入った。
流石に列車飛ばすレベルのクリスタルは用意出来ないらしい。
まぁしょうがないね。クリスタルに糸目をつけなくていいなら、こんな包囲されることもなかったんだし。

111明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:16:29
>《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》

と、急にバロールは一人で何事か思案し始めた。
俺これ知ってる!なんか科学者がいい感じに妙案ひらめくパティーンや!

>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》

「そうなんだ!すごいね!!いいから結論だけ言ってあとは黙って貰えますかね!!!」

>「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」

「カザハ君ほんとにわかってるぅ?
 ……やっぱあいつマルグリットの兄弟子だわ。言ってることぴくちりわかんねーもん」

理系はさぁ……指示語と専門用語が多いよね。あれじゃねーんだよ。食卓の夫婦のやりとりかっつー。
ともあれ、空中爆走魔法機関車作戦は出来る。多分出来ると思う。出来るんじゃないかな?ま、ちょっとは覚悟しておけ。
バロールは魔法機関車の改造を確約し、これで全ての課題はクリアした。

>「……わかった。みんなもいい?
 みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する

なゆたちゃんが作戦の要諦を纏める。
本陣に機関車がたどり着けば、300人のマホたんがワラワラ這い出てきて帝龍軍はパニックだ。
混乱に乗じて奥深くにふんぞり返ってるドスケベ執行役員を囲んでボコる。

>「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
 あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」

「口パクなら任せとけ。何を隠そう俺はJOYSOUNDの『ぐーっと☆グッドスマイル』で95点を叩き出した男。
 歌詞も振り付けも完コピだ。オタク殿たちも踊りは完璧にマスターしてるだろ」

自慢じゃないが俺はマホたんの曲がまだカラオケに実装される前から音源持ち込んで歌ってたガチ勢だ。
懐かしいなあ。ちょっと前はカラオケの機械にiPod繋げて、練習用のインスト動画流したもんだ。
一人カラオケ行き過ぎて店員に『裏声原曲キーおじさん』とかあだ名つけられたの忘れてねえからな。

そして振り付けの完コピはドルオタの一般教養と言って良い。
十年くらい前は公園とかでよくハルヒダンスとか踊ってたしな。
今のアニメはEDで踊らないってマジ?一時期狂ったように踊るEDが量産されてたの何だったの……。

>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。

「……いいのか?モンスター二人と違ってお前は生身の人間なんだぜ。
 なんぼお姉ちゃんの回避スキルがあるからって、波状攻撃をいつまでも耐えられる保証はない」

忠告は、きっと聞き入れられることはないだろう。
最前線で、一番危険な場所で、命を張る。前線指揮官には絶対に必要な振る舞いだ。
誰かが前に出なくちゃならないし、その役目はパーティ最大戦力のなゆたちゃんが担うべき。
彼女はそれを理解していて……覚悟を決めている。

「言うまでもないことだろうが、エンバース。なゆたちゃんを頼んだ。
 お前はもう頼りない肉壁なんかじゃない。俺たちの仲間で……なゆたちゃんを守れるのは、お前だけだ」

カザハ君が随行するにしても、こいつには伝令役をこなしてもらわなきゃならない。
遅滞なく、確実に情報を届けるためには、戦闘に参加させることはできない。

112明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:17:02
>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

能天気にそう言ってのけるカザハ君に、なゆたちゃんは何も言わなかった。
場合によっちゃなゆたちゃんたちを置いてでも、前線から離脱してもらわなきゃならない。
俺たちは、そういう戦いをこれから始めるのだ。

そして同時に、俺たち後方組もまた安全とは言い難い。
スペルを起動し続ければ早晩居所はバレるし、近づかれればトカゲに襲われる。
帝龍の戦力が未だに全容を掴めてない以上、何らかの伏兵がいてもおかしくはないしな。

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

なゆたちゃんが柏手を打って、作戦会議はこれで終わった。
俺たちは順次解散し、明日に向けて各々の準備へ戻っていく。

出来ることは全てやった。議論も懸念も出尽くした。
仕込みは上々とは言えないが、それでも結果を御覧じるしかない。
明日。全てに決着がつくと……そう信じて。

 ◆ ◆ ◆

113明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:17:38
立哨をなゆたちゃんから引き継いで、俺は壁の上に一人佇んでいた。
マグの中ではギリギリ味がする程度に希釈された葡萄酒。水面に浮かぶ僅かばかりの胡椒とシナモン。
夜警のお供に淹れてきたホットワインだが、手元を暖める以上の効果は期待出来なかった。

酒も香辛料も、この街では貴重品だ。
決戦前夜ですら、こんなしみったれた飲み方をしなくちゃならないくらい。
肉以外の食料は本当に枯渇していて、アコライトはガチのマジにギリギリだったと否応無しに理解する。

「……これなら、なゆたちゃんみたく紅茶にしときゃ良かったなあ」

ただ僕ね、夜に紅茶とかコーヒー飲むと寝れなくなっちゃうタイプの人なんですよ。
立哨が終わったら明日のために早く寝なきゃだし、流石に目が冴えすぎちまうのは良くない。
ブレイブの武器はスマホと、モンスターと……思考力だ。
しっかりたっぷり睡眠摂って、本番に脳味噌をバリバリ動かすのが何よりの戦力補強になる。

……冷えてきたな。
壁の上は風が強い。上着がジャケットしかないスーツ姿に、夜の壁上は堪えた。

>「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」

30分ほどぶるっちょさむさむしていると、不意に後ろで風が起こった。
音もなく歩廊に降り立ったのは――ま、ままままっままマホたーん!!!?!??!??!!?
なっなんでマホたんが俺んところに!?どっかで会話イベントのフラグが立ったのか!?

「ちょっ、ちょっと待たれよ!今椅子か座布団用意すっから!あーっ!直に地べた座ったら汚れが!」

俺の制止も虚しくマホたんは壁にどっかり腰を下ろした。
クソ!せめてハンカチくらい敷いときゃ良かった!お尻が冷えちゃうじゃねーか!
いかんいかんぞ!目の遣りどころに困り申す。おみ足様がスカートから発艦しておられる!

>「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
 綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」

「俺も名古屋に居たからわかるよ。ウン万ドルの夜景ったって、あれ全部残業の明かりだもんな。
 星は良い。定時になったらさっさと西の空に帰宅するところが最高だ」

俺もまた、夜景の構成部品の一つだった。
毎日10時くらいまでブレモン片手にサビ残して、ブレモンやりながら帰宅してた。
明かりは人類史上最悪の発明と言って良い。アレのせいで暗くても仕事が出来ちまう。

……何を言ってるんだ俺は!もうちょっとなんかロマンティックな返しとかあったろ!
『星よりも君のほうが綺麗だよ』とか言っちゃう?言っちゃいますか????

>「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
 明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」

「明日は忙しくても、明後日とか明々後日とか、あるだろ。
 俺たちはその為に、明日戦うんだ」

アコライトが解放できれば、マホたんもようやく羽根を伸ばせる。
兵たちを戦い続けさせる為の士気高揚じゃなく、純粋なアイドルとして、歌って踊れるはずだ。
まるで「これが最後」と言わんばかりの彼女の言葉に、俺は素で反駁した。
マホたんは何も言わず、ただ俺に向けて微笑んだ。

114明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:18:32
>「ねえ……お兄さんは、楽しい?
 このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」

「……楽しいよ。色々あったけど、本当に紆余曲折あったけど――全部ひっくるめて、楽しかったって言える」

荒野も、鉱山も、港町も――王都も。
俺の心に残っているのは、結局のところ、楽しかった思い出ばかりだ。
なゆたちゃんや、石油王や、エンバース、カザハ君、ジョン……あいつらと旅をしてきて、良かった。
そう自信を持って思える。

>「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
 この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。

マホたんもまた、輝く思い出の箱を一つ一つ撫でるように、この世界での記憶を述懐した。
俺は彼女の大ファンだから……マホたんが大人気Vtuberに上り詰める過程で、
何を失ってきたのか、僅かながらに知っている。

ユメミマホロを、『企業におもねる拝金主義者』と罵る者が居る。
スポンサーのご機嫌ばかり伺って、初期のような自由さがなくなってしまったと。
面白くても金にならない企画は打ち切り、グッズとCDの販売にばかり注力していると。
そう発言したのは、彼女が駆け出しの頃から応援してきたファンの一人だった。

でもしょうがねえじゃん!そういうもんなんだよ!
ユメミマホロが個人でやってんのかバックに企業が付いてんのか詳しくは知らんが、
Vtuberとして活動するには金が居る。機材も人手もタダじゃない。
安定して配信を続けるには、どうしたって投資を回収するビジネスモデルが必要だ。

『ユメミマホロ』というブランドは、もはやマホたん一人の所有物ではない。
関わる人間が多ければ多いほど、彼らを露頭に迷わせないために、金を稼がなくちゃならない。
「なんか遠くに行っちゃった感じ」じゃねえんだよ。お前が立ち止まってるだけなんだよ!

俺はそう長文で言い返して、該当動画のコメント欄は炎上した。
すいませんでした。

>「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
 スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
 あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」

マホたんは自分の肩を抱いた。
あるいはそこにあるのは罪悪感、なのかもしれない。

拉致まがいの召喚とはいえ、マホたんは彼女を待ってる地球の人々を置き去りにしてしまった。
早晩撮り溜めた動画のストックは尽き、生配信の欠席もごまかしきれなくなるだろう。
たくさんの人が「マホたん消失」に絶望し、失望し、スポンサーは大打撃を被る。

彼女に責任はない。
一方で、アルフヘイムに拉致られたこの状況を、マホたんが好ましく思っていることも確かだ。
常に配信者に寄り添ってきた彼女が、現状に迎合する自分自身を許せるだろうか。

まぁ俺も人のことぴくちり言えないんですけど。
まともに実働してる総務経理は俺一人だったし、あの会社マジで潰れてんじゃねえかなぁ。

閑話休題、実際のところアコライトの兵たちにとってユメミマホロが希望であるように――
ユメミマホロにとってもまた、この街は失うわけにはいかない大切なものなのだ。
彼女が彼女で在り続ける、最後の拠り所。

115明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:19:53
>「だから。あたしは守らなくちゃならない。
 この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
 あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
 そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
 ――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。

「それは……間違っちゃいねえよ。接吻を捨てちまえば、オタク殿たちはきっと悲しむ。
 自分たちのせいでマホたんが大事なものを失ったなんて、ファンには耐えられねえよ」

接吻は、マホたんが『みんなのアイドル』で在り続けるために必要不可欠なアイデンティティだ。
彼女がそれを大切にしていることはファンならみんな知ってるし、それを守りたいって思える。
マホたんがそうであるように――オタク殿たちもまた、マホたんが大好きなのだから。

>「あたしは臆病者だね……。 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」

言及したのは、作戦会議でのジョンとの一幕。
俺はマホたんの唇を守らんと、不合理を押し通してでもあいつと対立した。
今でも、ジョンが正しかったと思う。反論したのは単純に、俺が嫌だったからだ。
マホたんの唇が、俺も含む誰かに奪われることに、耐えられなかった。

「……俺さ、ガチ恋勢なんて名乗っちゃいたけど、ホントはそこまでディープなファンではないんだ。
 CDだって1枚ずつしか買ってねえし、グッズもフィギュアと抱き枕くらいしか持ってない。
 多分、俺よりずっとマホたんのことが好きな奴は地球にもこの世界にも数え切れないくらい居る」

あの作戦会議の場で、俺が冷静になれなかった理由。
マホたんそのものより、オタク殿たちの命を優先してしまった理由。
それをずっと考えていて、マホたんと話して、ようやく思い至った。

「俺は多分、アイドルが好きなんじゃなくて、『アイドルを好きで居ること』が好きなんだよ。
 みんなでライブ観て、サイリウム振って、感想言い合ってる時間こそが、本当に守りたかったものなんだ。
 マホたんを庇ったわけじゃない。明日だって、マホたんが前線で命張るのを止めようとも思わない」

だから、俺がマホたんに協力するのは、彼女のファンだからなんて理由ではないんだ。
世界を守るって使命感で動いてるわけでもない。

ゲーマーとしてのプライドが、俺に高難度クエストをクリアせよとささやく。
そして同時に、ドルオタとしての俺が、マホたんを好きで居続けたいと叫び続けてる。

「――アコライトの連中を守る。あの気の良いオタク共に、これからもファンで居てもらう。
 そう在り続けようとするマホたんの意思を、俺は何より尊重する。
 他ならぬ俺自身が、このさきもずっとマホたんのファンで居続けたいからな」

マホたんはアイドルとして。俺はファンの一員として。
『ファンを守る』っていう目的において、俺たちのスタンスは同列で、対等だ。

そのためなら、俺は命だって懸けられる。
……今日、ここでマホたんと話せて良かった。

「問題は、厄介クソカスピンチケ野郎の帝龍君にどうご退場願うかだな。
 あいつの愛は本物だ。マホたんをモノにするために、どんな手を隠してるかも分からねえ」

アポリオンも大軍勢も、あくまで開示された手札の一部に過ぎない。
示威行為という目的があったにせよ、手の内を全て明かす必要性はないのだ。
ってことは、更にもう一枚伏せカードがあったっておかしくはない。

116明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:20:44
>「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
 地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」

「へっ、頼もしいね。地球じゃついぞ観られなかった、モンデンキントとユメミマホロの最強タッグだ。
 余裕あったら動画撮っといてね、家宝にするから」

マホたんは拳を握って戦意を顕にする。
嘘じゃなかった。なゆたちゃんとのタッグマッチを、間近で観られないのだけが俺の心残りだ。

>「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
 聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」

――心残りはもうひとつあった。
昼間はそれどころじゃなくて結局追及できなかったが、
アコライトがずっと音信不通だった件について満足の行く回答は得られてない。

王都と連携が密にとれていれば、アコライトがここまで困窮することはなかったはずだ。
兵站物資も供給出来たし、なんなら兵力の増援だって手配できた。
鉄道網という、高速至便な補給線が確保されているのだから。

俺の問いに、マホたんはふわりと目の前に着地して――笑顔を消した。

>「バロールのことが信用できないからよ」

吹きっ晒しの寒い壁上なのに、じわり、と背筋に汗が吹き出るのを感じた。
マホたんの言葉には、それだけの説得力と、迫真性があった。

>「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」

十三階梯の継承者筆頭、『創世の』バロール。
アルフヘイム最強の魔術師にして、"一巡目"で世界を裏切った『元魔王』。
超がつく甘党で、紅茶と薔薇が好きで、メイドには雑に扱われていて――三世界の平穏を望むと誓った男。

裏切り者というプロフィールに着目すれば、そりゃ信用しろって言う方が無茶苦茶だ。
胡散臭いあのイケメンが腹の中で何を考えているのか、結局俺たちには何一つわかりゃしないのだから。
なあなあであいつと協働関係を結んじまった俺たちと違って、マホたんはずっとバロールを警戒していた。

>「あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
 あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」

……いや。マホたんの不信は、バロールが『元魔王』であることが理由じゃない。
王宮で、王の隣で、ヘラヘラ微笑みながら紅茶を淹れ、甘いスコーンを焼く、あの姿が。
まるで人畜無害なその立ち振舞いが、恐ろしいのだとマホたんは言う。

――逆に俺は、なんであの男のことをあっさり信用しちまったんだ?
理由はある。逼迫したアルフヘイムの現状と、デウスエクスマキナの存在。
真ちゃんの白昼夢からループ説には一定の信ぴょう性があって、バロールの訴える窮状も理解はできた。

ローウェルも死んでない今なら、バロールがアルフヘイムの為に尽力することは、おかしくないと。
そう結論付けたから、あいつの支援を受けて、アルメリアの走狗となることを俺たちは選んだ。

だがそれすらも、魔王の巧みな話術に何らかの洗脳魔法を織り交ぜた、予定調和の意思決定だとしたら。
あいつの言ってることが全部嘘っぱちで、ホントはニブルヘイムや帝龍たちに理があるとしたら。

「……わからねえ。一体何から疑って、何を信じりゃ良いんだ」

結局のところ、俺たちは『クエスト』という指示がなけりゃ動けないから、指示をくれるバロールにおもねったのかも知れない。
元の世界への帰還ってエサをぶら下げられて、ダボハゼみてーに食いついちまっただけなのかも知れない。
バロールと距離をとったマホたんの判断が正しかったのかどうか、今の俺にはわからない。

117明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:21:51
>「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
 あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
 お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
 バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
 少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。でも――」

混乱する俺をよそに、マホたんは続けた。
俺たちのことは、外郭で過ごした時間を経て、信頼できるブレイブだとマホたんにわかって貰えた。
……ちょっと待て、今、誰か一人足りなくなかったか?
俺、なゆたちゃん、エンバース、ジョン。そして――

>「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
 そして……確信を持ったわ。これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
 でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
 あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」

心臓が耳まで移動してきたみたいに、鼓動の音がうるさい。
じわりじわりと背筋に熱が戻ってきて、血液がめぐるのがわかる。
理解が追いつかない俺の頭に、言葉が降ってくる。

>「……カザハは。敵よ」

そして、脳裏で情報が弾けた。

王都でバロールと初めて顔を合わせた時、あいつはカザハ君に言った。
『おかえり』と。『転生ではなく混線だ』と。
大した意味のない、優男のレトリックだと、その時は流しちまったけど。
元魔王のバロールが、面識のないはずのカザハ君に、旧知を迎えるような物言いをする理由は……ひとつだけだ。

二人が旧知だったのは、一体いつのことだ?
それが『一巡目』だとすれば、バロールは登場時から魔王だった。
それなら、魔王にとっての旧知は、三魔将――

「ふ、ふひ、ふはは!が、ガザーヴァ!ガザーヴァで……カザーハ?ぶはっ!
 ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!
 そりゃガザ公もダークユニサス乗ってるけど!カケル君のが万倍かっこいいわ!」

幻魔将軍ガザーヴァ。
イブリースと並ぶ魔王直属三魔将の一角であり、ニブルヘイムの最高戦力の一つだ。
そして、メインシナリオではここアコライト外郭を文字通りに更地に変えた仇敵。

あれが混線して変にバグって生まれたのが、カザハ君?
いや意味わかんねーわ。人違いじゃない?敵ってのも多分勘違いだよ。
だってあいつにそんな腹芸とか出来るわけねえもん!脊髄で喋ってるような奴だぜ!?

118明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:22:21
はらいてー、と俺は歩廊の壁に背中をぶつける。
いやあ笑わせてもらいましたわ。マホたんそーゆーギャグかます人なんすねえ。
本番前の緊張ほぐしには十分だったな。よーし明日に備えてさっさと寝るか!

「……すまん。ちょっと情緒がバグった」

ずりずりと歩廊の壁を背中で滑り落ちる。
顔を手のひらで覆ってみて、初めて俺は自分が全然笑ってないことに気が付いた。
カザハ君は。加入こそリバティウムでのなりゆきだったけど、もうなあなあの関係じゃない。

王都のクーデターで激突して、俺はあいつの本音を聞いた。
勇者になれなかった自分を肯定するために、あいつは語り手になろうとしている。
俺はそんなあいつに共感して、その姿勢を応援しようと、決めたんだ。

「勘弁してくれ。俺はどんだけ、何回、仲間を疑えば良いんだ……」

寄る辺なきこの世界で、俺は常に他人を疑って旅をしてきた。
ライフエイクみたいに外面を取り繕って近づいてきた奴はたくさんいた。
正体不明のウィズリィちゃんをはじめ、仲間だと思っていても、疑わなきゃならなかった奴も居る。

やがて敵側のブレイブなんてのも現れて、味方のはずのブレイブすら疑う必要が出てきた。
エンバースや、ジョンや……カザハ君。
こいつらを信頼するために、どれほどのやり取りと、ぶつかり合いがあったのか。
だからこそ、戦いを経て腹の中を明かし合った仲なら、絶対に信じようと……思っていたのに。

それに、出会った時から俺はカザハ君のことが嫌いになれなかった。
考えなしの突撃バカで、それなのに変なところに気が回って、なゆたちゃんのことをいつも気にかけてて――
なにより、あいつには裏表がない。竹を割ったような性格は、俺にとって好ましいものだった。

あいつが……敵?
ブレイブのフリをして、ずっと俺たちを騙してきたのか?

「……まだ、結論は出せない。少しだけ時間をくれ」

マホたんがどういう意図でカザハ君を告発したのか、知らなくちゃならない。
それに敵ったって、ガザーヴァかどうかはわかんねえしな。
名前が似ててお馬さんに乗ってるってだけで同一人物認定されちゃガザーヴァ本人もやりきれまい。

「俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
 カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな」

だけど多分、わかってた。
俺はただ、カザハ君が敵だと信じたくないだけなんだって。
カザハ君とバロールと……『敵』を、結びつける要素はあまりに多い。
こんな問答は時間を浪費するものでしかなくて、とっとと何かしら手を打つべきだった。

心の中の暗雲をあざ笑うように、東の空から光が挿す。

夜が――明ける。


【カザハ敵説に思いっきり動揺】

119ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:02:09
>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
  言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」

作戦会議の途中、明神がテーブルを手のひらでバン!っと叩きながら僕に向かって指を指す。

>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
  言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」
>「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
  自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」
>「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
  こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」

「一言で言えば、理解できない。だ
 ゲームの世界ならそれでいいと思うが、今となってはここが僕達の現実だ
 頬つねったら痛いだろう?夢でもゲームでもないんだよ」

それでも!と明神が大声を出す。

>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
  ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
  だからジョン――」

明神が僕の胸に拳を着き付ける

>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

そんなのズルイじゃないか。
そんな事言われたら僕がなにも言い返せないって、わかってるんだろう?
そんなの・・・ずるいじゃないか。

「わかった・・・」

言葉を交わし、冷静になった僕と明神は席に座り・・・そしてなゆの意見を聞くことにした。

120ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:02:32
>「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」

「別にないがしろにしたわけじゃない、ただ」

>「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
  じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
  ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」

「そんなの決まってる、帝龍を殺す!それだけだ、その為にできる限りの安全を確保することが一番大切だ、その為に――」

>「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
  ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
  その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
  それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
  わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」

そりゃそうだ、その理想論が実現できればだれも苦労しない。
ブレモンの世界だけじゃない、僕達が元いた世界だって、その価値観を全員が持っていれば戦争なんて起こらないだろう。

>「わたしたちの目的を間違えないで。
  わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
  みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
  サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
  わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
  『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

「だから?だから、自分が危険になるのはいいっていうのか?
 こんな囮ににしかならないような役立たず達の為に危険な賭けをするっていうのか!?
 どうせこいつらが死んだって後から兵士達がここに送られてくる!魔法があれば街を直すのに人手は必要ない!そうだろう!
 バロールもそう思ってたから連絡が途絶えた後も放置してたんじゃないのか!?」

声を荒げる僕を無視して、なゆは話を続ける。

>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
  わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
  この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」

「ここには帝龍を恨んでる奴が一杯いる、家族や仲間を奪われて、それこそ殺したいほどに
 そうでもなくても"人"が百、千単位で死んでるのに?馬鹿げてる!そんな事許されるはずがない!
 この世界に裁判所があると?そこで裁くと?なゆ達が犠牲になるリスクを背負ってまで?」

>「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
  自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
  『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
  クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
  だから――そのための作戦を考えよう!」

ゲームじゃないんだ今やってることは!何度もいうがこれは戦争なのだ、だれも死なない?そんなの無理だ。
どこかの偉い人が言っていた、争いになった時点で負けているのだ、と。
それくらい、ひとたび争いが起きれば犠牲を止める事はできないのだ。

「復讐心だって立派な人の心だぞ・・・なゆ」

僕は一人そう小さく呟く事しかできなかった。

121ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:01
それ以上僕が作戦会議に口を出す事はなかった。
別に作戦を聞き流していたわけじゃない、作戦の概要はちゃんと聞いていた。

ただこれ以上喋ろうという気分にならかった、それだけだった。
我ながら情けない事この上ない。

自分から全否定してもかまわないといったくせに。

>ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

「あぁ・・・ああそうだな・・・約束したからね・・・」

>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
  無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
  危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

結局なゆは自分が最前線に行くことにしたらしい。
作戦の一番危険な部分を自分で担当することに・・・。

理解できなかった。
なんで他人の為に危険を冒すのか、やり直しのできない戦場で危険を孕んだ行為をしようとするのか。

>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

そうカザハは能天気に笑う。
この期に及んで劣勢になったら逃げられると、そう本気で思ってるのが信じられなかった。

なゆ達が劣勢になって後方へ撤退すれば当然、帝龍はそのままなゆ達を追って前進してくる。
そうなればいくらパワーアップした霧といえどなにかしらのカードで無効化されてしまうかもしれない、そうなったら作戦は全て崩壊する。

そうでなくとも帝龍本人があの虫を引き連れ僕達の所にきた時点で霧を解除しなきゃいけなくなる。
視界不良の中、人食い虫が自由に飛びまわる戦場なんてフィジカルよりも、メンタル面のダメージがでかい。
いつ自分の体に虫が付くかわからない、そんな恐怖から逃げ出す兵士が必ず現れるだろう、そうなったら終わりだ。

だからこの作戦はカザハはともかくエンバースとなゆは絶対に撤退できないのだ。

当然、なゆはそれを分かっているはずだ。

なのに・・・

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
  みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

彼女は壊れているのだろうか?心のなにかが壊れているんじゃないだろうか?
馬鹿の一つ覚えのように不殺を誓い、目標に向かってひたすら進もうとしてる。
人の心を蔑ろにしないと言う割には、ここの兵士達の復讐心を無視して突き進んでいる。

僕から見ればこの世界で、圧倒的とも呼べる力を持ち、周り見ずの正義を振り回している君が一番・・・

122ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:19
ジョンは城壁の上にある歩廊に夜哨として立つ為に少し冷える外をゆっくりと歩いていた、帝龍は特定の時間に攻めてこない。
そうは分かっていても、大雑把な命令で動いてるモンスター達はもしかしたら予想外の動きをするかもしれない。
だから作戦前の今日は特に念入りに、なにかあっても一人である程度対応できる人間を立てよう、という話になった。
そして今はカザハの時間であった。

「うーんでもまだちょっと早いな・・・」

交代の時間までまだ時間があった、僕が寝付けず早く起きただけなのだが。

「かといって今から寝るほどの時間もないし・・・まあカザハと少し喋って時間を潰すか」

そう階段を上りながら思った時、声が聞こえてきた。

>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」

カザハの声でカザハが喋りそうにない事を口走っている声が聞こえた。
素早く静かに階段を上り、様子を伺う。

そこにはいたのは間違いなくカザハと・・・カケル・・・そうカケルって名前だったはず・・・と呼ばれる馬?がいた。

>「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
  作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
  いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」

喋る内容も気になるが、それ以上に一体カザハは誰と喋ってるんだ・・・?

もう一度、中を覗くが、やはりいるのはカザハとカケルだけだ。

馬??に話しかけてる?動物を飼ってる人間によくありがちなアレか?だがそれにしても会話が物騒すぎる。
・・・やはり本人を問い詰めるのが一番か。

そう思い、本人の前に姿を現したその瞬間。

>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
  ……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

さっきまでの中二病感はどこへやら、いつものカザハに戻っていた。

うんうん分かるよ、中二病はやりたいけど、人に見られたら恥ずかしくなっちゃうアレね、わかるとも。

「楽しんでた所悪いねカザハ、そろそろ交代の時間だよ」

カザハはぼけーと佇んでいる、そりゃ今の中二病発言全部聞かれたと分かればそんな反応したくなるのも頷ける。
誰だってそうする、たぶんやったことないからわからないけど僕もそうなると思う。

>「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」

・・・どうやら誤魔化す事にしたらしい。
あまりにもかわいそうなので、付き合うことにした。

「一応警備なんだからしっかりしてくれないと・・・まったくちゃんとしてもらわないと困るなぁカザハ」

カザハの変わりにカケル(馬???)が頭をブンブンと上げ下げし謝罪しているように見える。

頭を撫でると、カザハを引きずるようにカケル(馬????)はその場を去っていった。

123ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:40
「うーん・・・あれは馬なんだろうか・・・ポニーなんだろうか・・・」

最初の30分はマジメに警備っぽい事をしていたのだが、なにも変わらない風景に飽きてしまった。
あまりにも暇だったので、ふと思った疑問をひたすら考える事にしたのだった。

・・・そのほうがイライラしているよりはいいだろう。

なゆの事を考えて、もやもやいらいらしてるよりよっぽどいい。
夜中に考え事をするのはよくない、暗い気持ちにしかならないからね。

とそこに。

>「えと……、こんばんは。
 交代の時間だよ、ジョン」

スマホを見る。まだ交代までの時間は一時間ほど残っていた。

「おっと・・・紅茶かい?ありがとう」

なぜ一時間前なのに来たのか?とは聞かなかった。
話があるから本来の交代時間よりも早く来たに違いないからだ。

>「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
  明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
  それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」

「ああ、僕でよければいくらでも。
 でもいいのかい?男と二人きりで喋ってて・・・エンバースが嫉妬しちゃうよ」

もちろん本気で言ってるわけではない。
エンバースが一々そんな事で目くじらを立てない事はわかっている。
冷静なフリをしてうろたえるぐらいはするかもしれないが。

>「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
  こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
  ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」

無邪気にはしゃいでるなゆの姿はまるで子供だ、いや実際子供と呼べる年齢なのだろうが。
純粋で、無垢で、そしてだれよりもまっすぐだ。
この子が、明日には血まみれになるなんて、誰が想像できるだろうか。

「ああ・・・とても綺麗だね」

僕はそれしか答えられなかった。

>「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
  でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」

「言っただろう?全否定して構わないって、僕こそすまないね・・・ちょっと見苦しいものを見せてしまって」

なゆと同じように空を見る、元の世界なら観光名所に認定されそうなその景色は壮大だった。
モンスターさえいなければ僕ももっと喜べていただろう。

>「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
  ……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
  友達と親友の違いって、なんだろう――?」

僕は答えられなかった。
いや全世界探しても明確に答えられる人間などいるのだろうか。
なんとなくわかる人間はいるだろう、断定できる人間がどれだけいようか。

少なくともその理解者に僕は一生含まれないだろう。
それだけは間違いなかった。

124ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:57
>「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
  そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」

「・・・・・・」

>「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
  わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
  あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
  可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
  みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」

それは違う、そう口から出るよりも先に、なゆが言葉を紡ぐ。

>「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」

「たしかに功績だけ見るならヒーロー・・・になるのかな・・・
 でも、僕は誰よりも早く、助けられる人、助けられない人の判断が早かっただけさ」

場に静寂を訪れる、なにを言えばいいのかわからなかった。

>「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
  どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
  そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」

これから気をつけるよ

そんな薄っぺらい言葉を吐く事は簡単だ、でもなゆにそんな言葉を言いたくなかった。

>「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

「僕は・・・ただ・・・」

なゆ達が大切だから。それだけなんだ。

>「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
  これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
  その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
  そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
  親友との約束! 守れるわよね?」

僕なんて放って置けばいいのに、わざわざ二人きりになってまで、僕の事を気に掛けてくれている。
他のメンバーはともかく僕はつい先日会ったばかりだ、敵じゃないにしても今、この場で、女性であるなゆを襲うかもしれない。
僕は男で、スマホを取り上げたらなゆはただの非力な女の子だ。

彼女は微塵もそんな心配をしていないのだろう。
僕は笑顔で差し出された手を、黙って握る事しかできなかった。

>「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」

「ああ・・・約束だ」

>「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
  わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
  じゃっ! おやすみなさい!」

「待ってくれ」

125ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:04:17
「待ってくれ」

会話は終わり、という流れを断ち切る。

「僕の前の順番がカザハだったのだが・・・カザハが気になる事を言っていてね・・・」

「カザハって・・・中二病なのか?」

なゆはきょとん、とした表情。
そりゃそうだ、今までマジメな話をしたのに突然された質問がこれでは。

「早めに交代しようとしたらカザハが独り言・・・馬に話しかけててね
 それで君達のリーダーは優秀だ〜とか俺は現地の魔物だ〜とか言っててさ」

「その事を問い詰めようと思ったら恥ずかしかったのか、本気で寝ぼけてたのか・・・知らんぷりされてね
 まだ付き合いの浅い僕にはなにか不吉ななにかに取り付かれてるのか、ただの中二病なのか、それとも寝不足なのか・・・よくわかんなくてさ
 まあ、ただの中二病だろうけど、念のため聞いておこうかなっ・・・て」

なゆはなにか考え事をしているようだ。

「まあ、止めたけど話したい事はそれだけなんだ」

階段を下りようとして止まる

「あぁっと・・・僕からも・・・なゆに約束してほしい事があるんだ、絶対死なないで帰ってくるって、生きて帰ってくるって・・・約束してくれるよね?」
 返事も、ゆびきりも必要ない、無事に君が帰ってきてくれれば・・・いいか、絶対自己犠牲なんて考えは捨てろ、捨ててくれ、頼むよ」

でももし・・・そのもしがあったなら

「もし破ったら・・・その時は僕の好きにさせてもらうからね」

なゆの返事を聞かずに勢いよく階段を駆け下りた。


なゆ・・・僕は約束を守るよ。


君がいる限りずっとね。

126embers ◆5WH73DXszU:2019/11/13(水) 06:02:38
【ロスト・グローリー(Ⅱ)】

『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――
 やはり、魔王になる資格があるのは、あなただったのです』

「……なんだって?」

『聞こえませんでしたか?あなたは、魔王になるのです。このゲームには、魔王が必要なのです
 もっとも、あなたのような無礼者を選ばざるを得ないのは本当に、残念極まりないのですが』

「聞こえていたさ。そして何度聞かされても俺の感想は同じだ……あんたは、何を言ってるんだ?」

『――ブレイブ&モンスターズの、あらゆるエンド・コンテンツは、いつかは攻略されるのです。
 クリア不可能なコンテンツなどない。どんなコンテンツもいつかは必ず、クリアされるのです』

「オーケー、分かった。相槌は任せろ。心ゆくまで語ってくれ」

『当然なのです。我々……運営開発が、そのようにコンテンツを作るのですから。
 最初はクリア出来ずとも、新しく実装されるカードやユニットがあれば。
 或いはレベルキャップの解放によって、コンテンツは消化される』

「そりゃ、そうだ。ツイッターとフォーラムの大炎上は免れないだろうな」

『ええ。だから、あなたが魔王になるのです。
 誰もが手にし得るカードと、誰もが手にし得るユニットで。
 なのに、誰も勝てない。なのに、世界で一番強い――そんな魔王に』

「……えらく、熱く語るじゃないか」

『当然なのです。その時こそ、このゲームは終わらないコンテンツになるのですから。
 いえ、どんなゲームでも変わらないなのです。クリア不可能なコンテンツが、
 運営開発以外によって生み出された時――ゲームは、永遠になる』

「なるほど。クリア不可能なコンテンツか――ダサい、二つ名だな」

『そんな軽口は、実際になってから叩くのです』

「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」





気が付けば、■■■■は炎に包まれていた。
そして思い出す――自分は失敗した/もう元の世界には戻れない。
仲間を喪い/最愛を喪い/炎に灼かれ/最早叶わぬ白昼夢を見る――これで、ゲームオーバー。

「――忘れろ。俺はもう、終わったんだ」

魂を蝕む痛痒に耐えかねて、己にそう言い聞かせた。

――どんなに面白いゲームも、永遠にプレイし続ける事は出来ない。
開発チームの崩壊/ゲーム内環境の悪化/生活環境の変化。
様々な理由でゲームは終わる/プレイヤーは消える。

そして忘れられる。

デイリーミッションに/大型アプデに/期間限定ガチャユニットに。
流動するゲームの情勢に呑まれて、いつかは誰もそいつを思い出さなくなる。
だから……だから俺も、もう忘れるべきなんだ――俺を。俺が掴む筈だった全ての可能性を。

127embers ◆5WH73DXszU:2019/11/13(水) 06:03:30
【ダーク・エヴォリューション(Ⅰ)】


死を厭う敗者の魂/栄冠無き王者の魂は願う。
もう誰も死なせたくない/己が最強のプレイヤーだと証明したい。
再び得た仲間を、もう二度と失いたくない――未練の炎は、何処までも燃え盛る。

「……そうだ。思い出した」

意識を失い、光を失った[焼死体/■■■■]の双眸に――再び、精神の炎が灯った。
静かに揺れる炎の色は、紅ではない――しかし、蒼でもなかった。
眼光は、紅と蒼が溶け合ったような、闇色をしていた。

「俺は――魔王にならなきゃいけないんだ」

強烈な死者の未練が、その魂の本来の形すら塗り潰す。
そのような現象は、現代日本ならば悪霊化/怨霊化と表現されるだろう。
だが、この世界では違う言葉が用いられる――その現象は、ただ『進化』と、表現される。

「だが、それはそれとして――」

闇色の眼光が瞬いた――紅く/蒼く、不安定に。

「――みんなは、何処に行ったんだ?」

食堂を出て空を見上げると、夜は既に明けていた。
次に周囲を見回して――焼死体は異変に気付いた。
地面に落ちた己の影が、不自然に揺れている事に。
己の肢体の内側から、闇色の炎が漏れている事に。

「……ふん、好都合だな」

[焼死体/■■■■]は燃える右手を握り締めると、ただ一言呟いた。

128崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:55:08
作戦決行の当日は、雲ひとつない快晴となった。
これから、この晴天を濃霧によって覆い尽くし、帝龍の本陣を奇襲する。

《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。
 みんながおるアコライト外郭から南南東に約5.6km先に、妙にトカゲが密集しとるポイントがあるんや。
 他に目ぼしいもんはあらへんよって、そこが恐らく本陣や思います〜》

みんなで朝食をとっていると、みのりから連絡が入る。
なんとかすると宣言した通り、確かにみのりは自分の仕事をやり遂げたのだ。サポートとしてこれ以上の働きはないだろう。

>《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
>《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》

バロールも、夜が明けないうちに魔法機関車をアコライト外郭へ送り出したと言う。

>凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!

これで準備は整った。あとは、全員が一丸となって帝龍の本拠地へと殴り込みをかけるだけである。

「……ってことで。いい?エンバース。
 もう一度言うね……魔法機関車にアコライト外郭の兵士全員が乗り込んで、明神さんが『迷霧(ラビリンスミスト)』をかける。
 ローウェルの指輪でブーストをかけた霧は、わたしたちの姿を覆い隠してくれる。
 さらに『幻影(イリュージョン)』で全員がマホたんのスキンをかぶる。
 みのりさんの特定した帝龍の本陣に魔法機関車ごと突っ込んだら、全員で敵陣に散開。
 わたしとあなたとカザハは帝龍の捜索。明神さんとジョンは霧の維持に後方待機。
 マホたんの歌(チャント)で兵士たちにバフをかけて、一気に勝負を決める――」

魔法機関車の到着する予定の線路脇に待機しながら、なゆたはエンバースと作戦の概要を再確認した。
作戦会議の途中で気絶してしまったエンバースと話す時間が、今まで取れなかったのだ。

「今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって。
 でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
 『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
 ね。わたしに見せてよ、エンバース。
 みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を」
 
姫騎士姿の少女はそう言って目を細め、微かに微笑んだ。

「……頼りにしてるぞ」

白い手袋に包んだ右手を伸ばし、とん、とエンバースの胸元を拳で軽く叩く。

「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」

なゆたは首を傾げた。
エンバースの属性がいつの間にか変更されていることには気が付いていないらしい。

「きっきき、緊張してきたでござる……」

「なーに、マホたんへの愛があればトカゲの百匹や二百匹! 拙者が瞬コロするでござるよ! そしてマホたんとのフラグが!」

「百匹や二百匹どころか六千匹いるんですがそれは」

「これ絶対死んだwwwwww」

兵士たちも久しぶりの実戦ということで、一様に表情を強張らせている。
懸命にいつも通りなことをアピールし、おどける兵士もいるが、やはり緊張は隠せない。
……全員が鎧姿にドピンクの法被を着ているのだけは変わらないが。ここは譲れないところらしい。

「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
 帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
 もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
 必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」

「むろん! 『ヒマだからどこまでワンターンキルできるか試してみた』で学習済みでござる!」

マホロも兵士を相手に作戦方針を伝達している。
ドゥーム・リザードは半端にダメージを与えるとバーサークが発動し、凶暴になる。
どうせ戦うならばきっちり息の根を止めなければならない。だが、兵士たちには釈迦に説法といったところか。
戦闘の技量はともかく、全員筋金入りのガチ恋勢だ。

129崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:55:22
午前11時を回ると、やがてけたたましい汽笛の音と共に魔法機関車が到着した。

『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

客車の扉が開き、顔を出したボノがいつも通りのアナウンスをする。
これから客が乗り込む魔法機関車だ。アコライト外郭に到着した段階では、誰も客など乗っていない――と、思ったが。

「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

いやに朗らかな笑い声と共に、ひとりの魔術師が機関車の中から姿を現してきた。
膝裏くらいまである、ゆるふわなミルク色の癖っ毛。緊張感のない、それから年齢も感じさせない整った顔。
真っ白いローブに、ローウェルの弟子であることを示すトネリコの杖――

アルメリア王国の宮廷魔術師、『創世の』バロール。

本来キングヒルでみのりと共に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のバックアップをしているはずの男が、なぜかここにいる。

「あれ? バロール? どうしてあなたが?」

「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
 というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
 そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
 帝龍の相手は君たちに任せるよ」

あくまで魔法機関車を浮かせて帝龍の本陣へ運ぶ要員で、戦闘はノータッチだという。

「……バロール……」

前触れもなく突然現れたバロールの姿を睨みつけ、マホロが警戒心をあらわにする。
その空気と視線を感じ、元魔王はゆっくりと虹色の魔眼をマホロへ向けた。

「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」

「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」

「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」

敵意を隠そうともしないマホロを相手に、バロールは微笑んで小さく頭を下げた。

「………………」

マホロはそれ以上バロールと会話をしようとはせず、踵を返して兵士たちとの最終打ち合わせに歩いていった。

「ハハ……嫌われてしまったねえ」

バロールはわずかに眉を下げて、困ったように笑った。
昨日の夜、マホロは明神へ確かに言った。『バロールは信用できない』『カザハは敵』と。
それはいったい、何を意味した言葉なのだろうか?
バロールが実はニヴルヘイムと繋がっている?
もう一度アルフヘイムの支配を目論んでいる?
自らの野望の実現のために、人畜無害なふりをして『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を操っている――?

>ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!

昨晩、明神はそう言ってマホロの言葉を退けた。
しかし。

「……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
 お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。
 あいつは無邪気に悪を成すキャラだった。悪を悪と認識しないまま、死を。破壊を撒く……。
 たくさんの、あいつにまつわるイベントが。数えきれないくらい立証してくれてるわ」

歩廊の壁に身を凭れさせ、緩く腕組みしながらマホロはそう言った。
ブレモンのプレイヤーが幻魔将軍ガザーヴァと絡む機会は多い。
ガザーヴァはダークユニサスを駆るその機動性の高さから、魔王バロールの伝令としてアルフヘイム各所を飛び回っていた。
いきおい、プレイヤーともその旅の先々で顔を合わせることになる。
プレイヤーが新たな地域や国に駒を進めるたび、ガザーヴァが先回りしてその地域のボス敵と悪だくみをしているという寸法だ。
ガザーヴァが現れるたび『まーたお前か!』と文句を言うのが、プレイヤーの定番となっている。

130崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:03
ストーリー序盤、まだ魔王バロールの『バ』の字も出ないうちから、ガザーヴァは正体不明の黒騎士として姿を現していた。
山間の村ミノンでは、強大な力を秘めた魔石を手に入れるため山に火を放ち、たくさんの動物や人間の命を奪った。
港町セイルポートでは、街を牛耳る町長に成りすました魔物と共謀し、人々に圧政を敷いた。
砂漠の王国スカラベニアでは王家の墓を破壊し、眠りについていた古代のファラオの怒りを招きプレイヤーに差し向けた。
他にも細かい出番ならば枚挙にいとまがない。そして、極めつけはアコライト外郭の破壊だ。
ガザーヴァ最大の悪行とされるアコライト外郭の崩壊を経て、ストーリーは一気にクライマックスへと駆け上がってゆく。

「バロール様に命令されてやっただけなんですー! まぁ命令はされたけど嫌々ってわけでもなかったけどね!」

「うんうん! わかるよ……みんな辛かったんだね。ボクに任せて! すぐ楽にしてあげる!(殺戮的な意味で)」

「よーし、ボクもがんばってここを平らにしちゃうね! なんたって現場はお任せの現場将軍もとい幻魔将軍だから!」

素なのか演技なのか分からない、そんなガザーヴァの軽妙すぎる物言いにイラッとしたプレイヤーは多いだろう。
ガザーヴァと遭遇した、すべてのプレイヤーの共通認識。
それは――ガザーヴァがまったく悪意のない愉快犯だということにつきる。

三魔将のリーダー、凶魔将軍イブリースはあくまでニヴルヘイムの存続のためバロールに仕えていた。
だが、ガザーヴァは違う。ガザーヴァはまったく無邪気に、快楽のために。楽しむために破壊と殺戮を繰り返していた。
その突き抜けっぷりが逆にいいとして、意外と人気も高かったりするのだが――しかしここは現実のアルフヘイムだ。
ただ楽しいから、面白いからで殺されてしまっては堪らない。
武人肌のイブリースとは反りが合わなかったようだが、ゲームの中のガザーヴァはバロールには忠実に従っていた。
その繋がりが、この二巡目の世界でもまだ健在だとしたら――
バロールが使い勝手のいい忠実な駒として、ガザーヴァを使役するのは当然と言えるだろう。

>俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
 カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな

「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
 カザハがあたしに抱きついてきたこと」

それは、まさにこの歩廊で起こった出来事。
みんなを待っていた、と言ったマホロに対し、カザハは感極まって抱きついてきたのだ。

>マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!

そんなカザハを明神は憤怒の形相で引きはがした。だから、きっと覚えているだろう。
そして――思い出すことができたなら、同時に『おかしい』とも思うはずだ。
明神の顔を見つめながら、マホロが頷く。

「あたしはあのとき、カザハにまったく対処できなかった。棒立ちになることしかできなかった。
 その直後、同じことをしてきた焼死体さんには『聖撃(ホーリー・スマイト)』で反撃できたのに……。
 カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
 あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」

『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は聖属性のモンスターだ。
闇属性には敏感に反応する。そして、身に着けた『聖撃(ホーリー・スマイト)』は外敵に対し無意識に発動する。
見敵必殺のスキルが発動しなかったのは、カザハの内包する闇の大きさに身体が硬直してしまったということらしい。

「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
 あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて。
 月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
 ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
 お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」

作戦を纏め、決定したのはなゆただが、それまでの会議を主導していたのは明神だ。
例え足手まといだろうと、不要だろうと、兵士たちを一人として見捨てはしないと。全員で生き残るのだ、と。
そう最初に言ったのは明神だったのだ。
もしマホロが『ファンを見殺しにできない。全員助けたい』と言ったところで、ジョンを説得できなかっただろう。
単なる利己的な発言というだけで片付けられてしまっていたに違いない。
あの場所では、ジョンの仲間が。キングヒルから来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がその意見を押し通す必要があった。
そして、明神はなんの打ち合わせもなく、ごく自然にそれをやってのけた。
それだけで、マホロが明神をもっとも信頼に値する人間と判断するには充分だったらしい。

「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
 帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
 この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
 ……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」

この、何を信じ何を疑えばいいのかも分からない世界で。
ほんの一握りの信頼できる人間に対して、ブレイブ&モンスターズの歌姫はにっこりと笑いかけた。

131崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:17
「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

全員の用意が整ったことを確認すると、なゆたはアコライト外郭の兵士たちを残らず魔法機関車の客車に乗り込ませた。
仲間たちとマホロ、最後に自分も乗り込むと、バロールに目配せする。

「お願い、バロール」

「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」

そう言うと、バロールは城塞の中に入った。
しばらくして、元魔王が城壁の上にある歩廊へと顔を出す。
ボノはすでに魔法機関車をスタンバイさせている。いつでも走り出せる状態だ。
しかし、バロールはどうやって魔法機関車を飛ばす気なのだろうか?
見たところ、魔法機関車に特別な改造は施されていないように見える。内部も乗り慣れた客車のそれだ。
バロールはゆるやかに流れる風にミルク色の長い髪を遊ばせ、軽く目を細めた。

「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

ばっ! と歩廊の上で大きく両手を広げると、高々と言い放つ。
途端に虹色の双眸が輝き、全身を膨大な魔力が包み込む。

「とうっ!」

バロールは大袈裟なアクションで両腕をぐるぅりと回すと、トネリコの杖の先端で眼下の魔法機関車を指した。
と、外郭に敷設された線路の終点にある車止めの先が俄かに輝き始める。
そして現れたのは、虹色の軌条。
なんともメルヘンチックな、七色に輝く虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。
十三階梯の継承者の中でも、バロールにしか扱えない彼の完全オリジナルスキル――『創世魔法』。
無から有を生み出し、世界を創る。『創世』の二つ名の意味するところがここにある。
この魔法を使い、バロールはゲームのストーリーモードでも地上に最終決戦の場である天空要塞ガルガンチュアを建造した。
巨大な空中城郭を創造するほどだ。魔法機関車を帝龍本陣へ導くレールを敷設するなど朝飯前であろう。

「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

『魔法機関車、発車致しまス!』

バロールの号令一下、ボノが魔法機関車を発車させる。機関車は一度大きく汽笛の音を鳴らすと、ゆっくり虹のレールを走り始めた。

《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
 魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
 だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》

やがて魔法機関車は大きく坂を上がるように城壁を飛び越え、帝龍がトカゲの大軍団を配備している戦場に降り立った。
みのりがナビゲーションとして帝龍の本陣の方向を指示、進路を微調整し、それに従ってバロールがレールを創る。
魔法機関車の前方に、みるみるうちに虹色の軌条と枕木が組みあがってゆく。
レールの高度は地面すれすれである。あまり高度を上げると、万一のことがあった場合にリカバーできない。
あとは省エネである。
当然のように、トカゲたちは驀進する魔法機関車の存在に気付いた。すぐに機関車を止めようと襲い掛かってくる。

「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

なゆたは明神を振り返って言った。
『迷霧(ラビリンスミスト)』が発動すると、すぐに魔法機関車から濃霧が漂い、それは瞬く間に平原全体を包み込んだ。
ローウェルの指輪によって増幅された霧は、普通に発動させたものよりも遥かに強力に視界を奪う。
一方で、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とアコライト外郭の兵士たちには効果を及ぼさない。
あくまで、行動を阻害されるのは帝龍の軍勢だけだ。

「ギッ、ギギィ……」

ドゥーム・リザードたちは混乱した。もともと命令系統も何もない、野放しにしているだけの爬虫類である。
トカゲという生物は視覚に依存度が高い。濃霧によって視界を遮られ、たちまち我を失って暴れ始めた。
中には共食いを始める者もいる。

「やった!」

なゆたが快哉を叫ぶ。
進路上にいるトカゲたちを跳ね飛ばしながら、魔法機関車はスピードを上げて前進した。

132崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:35
ガゴンッ!!

「う、うわっ!」

突然、大きく客車が揺れる。思わず、なゆたは近くにいたエンバースにしがみついた。
どうやらトカゲたちが客車の側面や屋根に張り付いたらしい。
魔法機関車は頑丈な装甲を施されており、ちょっとの衝撃や攻撃ではびくともしない。
とはいえ、このままトカゲたちを張り付かせたままで走行はできないだろう。
しかし、バロールはそれも織り込み済みだったらしい。スマホからバロールの陽気な声が聞こえてきた。

「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
 そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」

「えっ!? ちょ、バロー……」

ぎゅうんっ!

バロールは歩廊で大きく両腕を振り上げると、ぐるんと空に一回転の軌跡を描いた。
と同時、魔法機関車のレールも空中に大きなループを作る。

「ひゃあああああああああああああ!!!??」

まるでジェットコースターだ。それを何十トンもある機関車でやっている。まさに桁違いの魔力と言うしかない。
なゆたはもう一度思い切りエンバースに抱きついた。
空中で一回転し、張り付いたトカゲたちを振り払うと、さらに魔法機関車は帝龍の本拠地へ突き進む。

「……あ……、ごめん……」

知らず知らずのうちにエンバースにしがみついていたなゆたは、微かに頬を赤らめながら慌てて離れた。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

同時刻、帝龍の本陣ではニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』・煌帝龍が優雅に飲茶を楽しんでいた。
正午になると同時にリキャストした『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を発動させ、マホロたちを怯えさせる。
それから勝者の愉悦に浸って午睡を取る、というのが帝龍の日課であった。

《そちらにアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもが行ったらしいな》

天幕に運び込んだ、豪奢なテーブルに置いてあるスマートフォンから声がする。
凶魔将軍イブリースの声だ。ニヴルヘイムから交信しているのだろう。
どこか咎めるような、威圧的なイブリースの声音に、茶碗を持っていた帝龍は露骨に不快げな表情を浮かべた。

「だからどうしたアル? あんな雑魚どもが来たところで、ワタシの勝利は微塵も揺るがないアル。
 せいぜい、一日や二日降伏する時間が伸びただけアル。ガタガタ騒ぐんじゃないアルヨ」

《油断をするな。その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもに、ミハエル・シュヴァルツァーは後れを取っている》

「ハ! ミハエル・シュヴァルツァー? あいつは所詮、大会ルールでしか勝てないお坊ちゃんアル。
 現実のアルフヘイムで負けるのも当然アルヨ。ここで強いのは、ルールを熟知している者ではないアル。
 どれだけ横紙破りができるか……他人の度肝を抜けるか、アルヨ。ワタシのように……ネ。
 世界大会では確かに後れを取ったアルが、こっちで戦えばワタシが確実に勝つアルネ。
 こっちでは、大会使用禁止カードも使い放題アルからネ……くふふッ!」

口角に薄い笑みを浮かべながらスマホを手に取り、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』のカードを見る。
凶悪な効力から世界大会では禁止カード扱いされているものも、この世界では遠慮なく使用することができる。
ミハエルの強力なパートナーモンスター『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』も、無数の蝗の前には無力だろう。

「ワタシにとって勝利とは当然の仕儀。大事なのはその手段、勝ち方アル。
 ワタシの力の圧倒的なところを見せつけ、心を完膚なきまでにへし折る!
 そうしてこそ、愚かな下級国民どもはワタシのような上級国民を崇め、奉る気持ちになるアル!
 ワタシのやり方に口は出させないアルヨ、イブリース。黙って勝利の報告だけ待っているヨロシ」

《……そうか。ならば何も言うまい。貴様のやり方で見事、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒してみろ。
 吉報を期待している……しくじるな》

「フン」

イブリースが通信を切ると、帝龍はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「余計な口出しを……。せっかくの飲茶がまずくなったアル。
 おい、さっさとお茶を淹れ直――」

「ご注進! ご注進ー!」

帝龍が近くの兵士に新しいお茶を注文しようとしたところ、物見が息せき切って帝龍のいる本陣天幕に入ってきた。

「騒がしいアル。ワタシは今、機嫌が悪いアルネ……吊るすアルヨ?」

「もっ、申し訳ございません! しかし、異常事態が発生しておりまして……」

「異常事態? ……言ってみろアル」

「はっ! 申し上げます、つい先ほどからこの平原一体に濃霧が発生しており――」

「濃霧……?」

物見の報告に、帝龍は胡乱な表情を浮かべた。

133崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:57:10
「さっきまで雲ひとつない晴天だったというのに、突然の濃霧とは……怪しいアルネ」

「立ち込める霧のせいで、内部にいるドゥーム・リザードどもが混乱している模様です。同士討ちを始める者もいると」

「放っておけアル。どうせいくらでも補充できるものアル、多少目減りしたところで私の懐は痛まないアルネ。
 ……とはいえ、霧の方は捨てては置けないアル……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 連中が行動を開始したと見るのが自然アル」

豪奢な椅子に腰かけ、長い脚を組んで帝龍が思案する。

「帝龍様、間もなく正午となりますが……」

兵士が恐る恐る報告してくる。
言うまでもなく、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使う時間が来たということだ。
だが、帝龍は一度かぶりを振った。

「今は『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』は見送るアル。
 奴らが何を企んでいるか分からないアルからネ。もしマホロが中にいたりしたら大変アル。
 ……いや、連中はむしろそれを当て込んでいる……? くふふ、それなら舐められたものアル。
 まぁいいアル、であればこっちもそれ相応の策を練るだけ……アルネ!」

蛇のような面貌にサディスティックな笑みを浮かべると、帝龍は顎をしゃくって兵士に指示した。

「ヒュドラを三体放てアル」

「はっ!」

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

《ほしたら、右に3度修正や〜。間違えんといてや〜?》

《右に3度ね……了解、よっこいしょ……っと!》

みのりの指示とバロールの創る虹のレールによって、魔法機関車は快調に進んでゆく。

「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」

客車の中で、なゆたはスマホの画面を覗き込むとスペルカードの一覧を表示させた。
今回の作戦のために、『浄化(ピュリフィケーション)』を『幻影(イリュージョン)』に変更してある。
車両内の人間を全員ユメミマホロの姿に変え、敵本陣の攪乱を図るためだ。
だが。

ガガガァァンッ!!!

またしても機関車が大きく揺れる。が、今度は先程ドゥーム・リザードに張り付かれたときのものとはまるで衝撃の強さが違う。
まるで急ブレーキでもかけたように、魔法機関車は平原の真ん中でストップしてしまった。

「ボノ! どうしたの!? 何があったの!?」

『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』

「何者かって……」

なゆたは慌てて客車の鎧戸を開け、外に顔を出した。
見れば、巨大なヒュドラが無数の首を魔法機関車に巻き付け、動きを止めている。
ギシギシと鋼鉄の車両が軋む。すさまじい締め付けだ。

「ヒュドラ!」

マホロは簡単に仕留めていたが、それはマスター・レベルの育成を終えたマホロだからこそできる芸当だ。
普通のモンスターでは、単体でヒュドラに立ち向かうことなどできない。
いくら強固な装甲を持っている魔法機関車と言えど、このままではヒュドラの締め付けに破壊されてしまうだろう。
おまけに、ヒュドラは一体ではなかった。

ドガァッ!ドガァァンッ!!

二度、三度と客車が揺れる。見れば、車体に絡みついている一体の他に、もう二体のヒュドラが機関車へ体当たりしている。
これほどガッチリと拘束されてしまっては、もう先ほどのようなループも使えない。なゆたは歯噛みした。
早く片付けなければ、前進はおろか帝龍の本陣に辿り着く前に全滅してしまいかねない。
バロールがスマホから指示を飛ばしてくる。

《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》

「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」

なゆたはマントとフレアミニスカートの裾を翻し、すぐさま客車の連結部分へと駆け出した。
連結部分の扉を開き、外に出ると、備え付けられたハシゴを使って屋根にのぼる。
スマホの召喚画面を開き、すぐに召喚をタップすると、ポヨリンが淡い輝きと共に実体化した。

「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!」

なゆたの目の前に現れたポヨリンが、やる気満々といった様子でぽよんぽよんと跳ねる。
帝龍、バロール、そしてガザーヴァ。
様々な不安を孕みながらも、戦闘の火蓋は切って落とされた。


【アコライト外郭防衛戦改め帝龍本陣奇襲戦開始。
 まずは前哨戦としてヒュドラ三体との戦闘。ユメミマホロと外郭守備隊は車内待機。】

134カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/16(土) 08:12:56
明神さんはカザハに対し「お、おう、そうだな」的な端切れの悪い返事をした。
昨日はジョン君に対して堂々と啖呵を切っていたが、流石に当日になると緊張しているのかもしれない。
カザハはそんな明神さんの頬をつまみ、みょーんと左右に引っ張る。

「あはは、変な顔ー! 今更ビビってんの? 最高難易度でクリアーするって君が言い出したんだからね!?」

カザハは手を離すと、微笑ましく青春している(?)なゆたちゃんとエンバースさんの方を見て悪い笑みを浮かべた。

「ほら、あれ見て? 少しは緊張ほぐれるでしょ?」

昼前になると、魔法機関車が到着した。
そこから、王都から動かないとばかり思っていたバロールさんが降りて来た。

>「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

バロールさんはオタクによってデコられた要塞というこの異様な状況を”結構きれい”でさらりと流すと、マホたんに挨拶する。

>「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」
>「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」
>「ハハ……嫌われてしまったねえ」

「さては召喚するなりセクハラしたんだな!? もしかして嫌われ過ぎて音信不通にされたんじゃないの?」

マホたんがバロールさんを目の敵にしている様子を見て、軽口を叩くカザハ。

>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

「ラジャー!」

>「お願い、バロール」
>「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」

カザハは期待の目でバロールさんを見つめている。
魔法機関車には特に改造は施されていない。
いつも王都で待機しているバロールさんが出向いてきた。
そして彼はアルフヘイム最高峰の魔術師である――となれば、機関車を飛ばす考えられる方法は一つしかない。

135カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/16(土) 08:13:56
>「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

バロールさんがオーバーなアクションで『創世魔法』を発動させると、虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。

「きゃー! バロール様かっこいいー!」

カザハがおふざけ半分マジ半分の歓声をあげる。

>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

「あはははは! ディ○ニーランドのアトラクションにありそう!」

《呑気に笑ってる場合じゃありませんよ!?》

案の定、トカゲ軍団が襲い掛かってきた。が、それについては対策済みだ。

>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

たちまちトカゲ軍団は大混乱に陥った。しかしそのうちの一部が機関車に張り付いてきたようだ。
なゆたちゃんがエンバースさんにしがみつく。

>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
 そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」
>「えっ!? ちょ、バロー……」
>「ひゃあああああああああああああ!!!??」

「間違えたぁ! 富○急ハイランドかも!」

>「……あ……、ごめん……」

可愛らしく頬を赤らめながらエンバースさんから離れたなゆたちゃんに、カザハがウザいツッコミを入れる。

「わざとやろ! 絶対わざとやろ!」

こうして暫し本陣に向かって順調に進む。

>《ほしたら、右に3度修正や〜。間違えんといてや〜?》
>《右に3度ね……了解、よっこいしょ……っと!》
>「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」

『幻影(イリュージョン)』は元々はカザハがみのりハウスから借り受けたものだが、今はリーダーのなゆたちゃんに預けてある。

「よっしゃあ! みんな、マホたんになるぞ―――――!! レッツ・マホたーん!」

カザハが右腕を振り上げながら謎の掛け声でオタク達を鼓舞する。その時だった。
急ブレーキでもかけたような衝撃と共に突然列車が止まる。

136カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/16(土) 08:15:25
>「ボノ! どうしたの!? 何があったの!?」
>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
>「何者かって……」

なゆたちゃんが外を確認し、叫ぶ。

>「ヒュドラ!」
>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」
>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!」

「さくせん『じゅもんせつやく』ってとこか!」

その作戦、随分前に廃止になってますけどね!? いい加減地球での享年を感じさせる発言やめて!?

「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」

カザハは列車の屋根からぴょんっと跳び下りながら私を召喚。具現化した私の背に着地した。
飛行能力がある私達以外は、狭い足場で戦うことを余儀なくされるこの状況、
高い火力を持つモンスターの誰かに同乗して足場として使ってもらうのがいいかもしれない。

「カケル、『カマイタチ』!」

私は相手の首のリーチが届かないギリギリの距離を飛びながら無数の鎌状の風の刃を放つ。

137明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:29:28
現実を受け止めきれず、俺は何かしらカザハ君=敵説を否定する根拠を探していた。
しかし懇願にも似た願いは届くことなく、マホたんはダメ押しのように告げる。

>「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
 カザハがあたしに抱きついてきたこと」

「あったなぁ、そんなの。あのエロ妖精め、俺が引きずり戻してなきゃ焼死体の二の舞に――」

そこまで思い出して、俺はマホたんの言わんとしていることを理解してしまった。
俺は若干マジギレしながらあいつを引っ剥がしたが、そんなことはする必要がなかった。
『するまでもなく』……『できるはずがなかった』。

エンバースと同じように、間髪入れない聖撃のカウンターが発動するはずだったからだ。
俺が制止するよりもずっと早く、あいつは壁の下に放り出されているはずだった。

>カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
 あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」

「自動発動のスキルが発動しないのは……"そういうこと"、だよな」

スキルの起動がシステムによって保証されている以上、そこに余人の意思の介在する余地はない。
たとえまったく無害の、それこそマホたんの愛するオタク殿たちであろうが、
あの場でマホたんに抱きつきなんてしようものなら速攻で掌底をぶちかまされる。
カウンターってのはそういうスキルだ。意識して止められるものじゃない。

であれば、カウンターに不具合を生じさせる、何らかの外的要因があったはず。
それは例えばスキル無効化のスキルであったり、あるいは――弱点補正による、『スタン』。
マホたんは聖属性。弱点を突けるのは、闇だけだ。

高レアのヴァルキュリアを怯ませられるほどの強力な闇属性を、あいつは持っていた?
いかにも風属性ですってツラして、事実スキルもスペルも風一色染めのあいつが?
それこそありえない。シルヴェストルにそんな能力はなかったはずだ。

つまり、カザハ君の中には「シルヴェストル以外のモノ」が混在していて。
俺の知る限り、闇属性でそんな芸当が出来るのは――幻魔将軍ガザーヴァだけだ。

>「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
 あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて」

「なゆたちゃんにはこのこと、言ってないのか?
 ああ、言わねえほうがいいと俺も思う。この状況でリーダーにこれ以上負担はかけさせられねえ」

138明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:34:30
>「月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
 ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
 お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」

買いかぶり過ぎじゃないのぉ?俺も面倒くさいからこの件握りつぶしちゃうかもよ?
そうでなくてもこれ、サブリーダーの抱えられるキャパの話じゃないしさぁ。
……いや。くだらん謙遜はもう止める。俺は頼れるすげえ奴だって、あの時王都でそう決めたんだ。

「その見立てで正解だぜ、マホたん。裏でコソコソ根回しするなら俺以上の人選はない。
 バロールやそのお友達のお考えなんざぴくちり分かりやしねえけど、
 このアコライト防衛戦で、帝龍とは別の思惑が動いてることが分かったのには価値がある」

ケツをぽんぽん払って、俺は立ち上がった。
目の前がクラクラするのは、立ちくらみだけが原因ってわけじゃねえだろう。
……だけど、これはきっと、俺にしか出来ない。
顔も見えない誰かの悪意から、『仲間』を守れるのは……現状、俺だけだ。

>「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
 帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
 この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
 ……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」

「そうだな、頑張ろう。アコライトを、ここに居る連中を守りたいのは、俺も同じだ。
 ……だけどマホたん。今だけは、まだ、――あいつのことを『ガザーヴァ』って呼ばねえでやってくれ」

状況証拠は一通り揃っていて、限りなくクロに近い推定有罪だけど。
それでも俺は、カザハ君をガザーヴァと、呼びたくなかった。
何の意味もない、くだらない感傷だ。未だに情緒がバグったままなのかもしれない。

「結論は俺が出す。カザハ君がマジにクロだったら、その時は……俺が戦って、あいつを倒すよ」

メインシナリオを一通りクリアしてるから、当然ガザーヴァの弱点も攻略法も頭に入ってる。
ゲーム通りに行くかどうか、この状況で自信持って言えることは殆どないけど……それでも。

あいつを信頼し、語り手としてパーティに迎え入れたのは俺だ。
だからきっと……あいつに引導を渡すべきなのは、俺なんだ。

 ◆ ◆ ◆

139明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:35:28
立哨を後任に引き継いで、俺は仮眠前にシャワーを浴びていた。
物流の封鎖されたアコライトじゃクリスタルはおろか煮炊きに使う薪すら枯渇しかけてて、
こうして温かいお湯の恩恵に与れるのも決戦前夜だからだと言う。

備え付けの手押しポンプを上下させれば、ボイラー室で沸かされた温水が天井から降ってくる。
頭を叩く雨のような湯に打たれながら、俺は髪を洗いもせずに俯いていた。

……こういうとき、前はどうしてたっけかな。

王都を出る前、俺は何か懸念事項があれば真っ先に石油王に相談していた。
冷静に状況を俯瞰できるあいつの見解を聞けば、何をすべきか考える余裕が出来た。
藁人形を仕込んだりして、情報戦でも俺たちは優位を取り続けることが出来た。

だけど、石油王はもう俺の傍に居ない。
通信魔法なんて使おうものなら、バロールに速攻で傍受されるだろう。
誰にも頼ることは出来ない。俺一人で、情報不足に喘ぎながら、結論を出さなくちゃならない。

「……クソ。甘えてたツケがこんなところで出てきやがった」

荒野からずっと、こうやって手探りで旅をしてきた。
バロールに会って、世界の真実を伝えられて、ようやく進むべき方向性が見えたと、思ってた。
なのに今度はそのバロール自体が全然信用ならなくて、しかもその手下がパーティに紛れ込んでいやがる。

もうしっちゃかめっちゃかだ。俺たちはちゃんと前に進めているのか?
知らないうちに世界を滅ぼすような、取り返しのつかない悪事に加担してるんじゃねえだろうな。

そして。俺はマホたんの警告に対して、すぐに行動をとることが出来なかった。
カザハ君のことを信じたいってのはある。あいつともそろそろ短い付き合いじゃないしな。
一方で――『ユメミマホロを信用しても良いのか』という疑念も、やっぱり頭にはあった。

140明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:36:27
個人的な感情で言えば、俺は彼女の言うことを全面的に信じたい。
アコライトのファンたちを守るっていう理念はなによりも尊いものだ。
その点において、間違いなく俺はマホたんを応援するし、手助けしたいって思える。

だけどそれでも、結局のところ、マホたんとは昨日出会ったばかりの仲でしかない。
カザハ君を信じると決めたその意思を、会ったばかりの女の一言で覆すことは、出来ない。
それは過去の俺に対する侮辱でしかないからだ。

バロールを信用できず、カザハ君をガザーヴァだと断ずる彼女の気持ちは分かる。
バロールは前世でも、なんなら今世でも、それだけのことをやらかしてる。
あいつがプレイヤーを何人も攫ってきて見殺しにしたのは変えようのない事実だしな。

カザハ君も、モンスターって時点で普通のブレイブとは何かが異なるのは間違いあるまい。
『混線』――ブレイブとして転移してくる時に、ガザーヴァと混じっちまったって仮説は、
そう突飛な考えではない。本人にどこまで自覚があるのかは置いとくとして。

少なくともバロールは、カザハ君の中の『ガザーヴァ』に話しかけていた。
混在する2つの魂は、どっちかが眠っててどっちかが起きてる状態なのか?
だとすれば、カザハ君はいつでもガザーヴァに変貌し得る存在なのか?

考えれば考えるほどドツボにハマる。
思えば闇の波動で聖撃が発動しなかったってのも、マホたんの主観でしかない。
マホたんが俺をだまくらかそうとしてるなんて考えたくもないが、思考を止めるべきじゃないだろう。

「……やっぱつれぇな、誰かを疑うってのは」

昔の俺なら、うんちぶりぶり大明神なら、喜んで疑心暗鬼をパーティ内に振りまいていただろう。
火のないところにも煙を立てて、醜く争い合う姿をオカズに飯だって食えた。
しかしいざ当事者になるとこんなもんだ。随分と、心の強度が下がっちまった。

マホたんにはああ啖呵を切ったけど。
もしもカザハ君がガザーヴァだった時、ホントに俺はあいつと戦えるんだろうか。
あいつを……殺せるんだろうか。

まんじりともしないまま朝日は上り、結局俺は一睡も出来なかった。

 ◆ ◆ ◆

141明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:38:50
>《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。

朝、食堂で決戦前最後の食事を摂っていると、石油王から通信が入った。
さらっと言ってのけるが、その目には僅かに疲れが見える。
寝ずに帝龍の居場所を探っていてくれたんだろう。

「流石だな。さしもの敏腕経営者もデスマーチによる納期短縮は考慮してねえだろう」

帝龍グループがどういうコーポレートガバナンスを採用してんのか知らんが、
中国企業ってあんま残業しまくるイメージないしな。
あいつら納期間に合わないときは間に合わないって言うんですよ。
マジで素晴らしいことだとぼくおもいます……。

>「……頼りにしてるぞ」

魔法機関車を出迎えるべく向かった発着場で、なゆたちゃんはエンバースにそう言った。
俺から言うことはもう何もないけれど、ホントに頼りにしてるからな。
リバティウムで切った大見得忘れてねえぞ。

>「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」

そういやなんか焼死体君イメチェンした?
まぁ男児3日会わざればなんとやらって言うしな。
俺も夏休み明けにワックスガチガチに固めて登校してドン引きされた思い出あるから間違いない。

「俺はいいと思うよ!その何か……紫っぽい目元とか!マジで何よそれ?カラコン入れた?」

>「明神さん――いよいよだね」

気づけば俺の隣にカザハ君が居た。
背筋の硬直を、僅かにでも表に出さなかった自分を褒めてやりたい。

「お、おう……そうだな」

なんとも歯切れの悪い言葉を返しながら、カザハ君を見る。
こいつは何も変わってない。王都で、こいつを信じると決めた、その時から。
お前はあの時から、もうガザーヴァだったのか?
語り手になりたいって付いてきて、俺たちをずっと騙していたのか?

疑念がぐるぐる渦巻いて、何も言えずにぼっ立ちしていると、カザハ君は俺の頬をぐにっと掴んだ。
シルヴェストルの柔らかな指先が頬肉を撫でる。両側から引っ張られる。

>「あはは、変な顔ー! 今更ビビってんの? 最高難易度でクリアーするって君が言い出したんだからね!?」

「ひゃめろ、ひゃめろ。びびってねーよ、楽しみすぎて昨日寝れなかったくらいだ」

>「ほら、あれ見て? 少しは緊張ほぐれるでしょ?」

なゆたちゃんとエンバースを指して、カザハ君はいたずらっぽく微笑む。
いっちょ前にこの俺を気遣っていやがる。

――>『……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
   お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。

不意に、昨日のマホたんの言葉がリフレインした。
立ちふるまいや言動って意味では、たしかにカザハ君とガザーヴァはよく似ている。
あっけらかんと明るくて、脳味噌のネジが二三本吹っ飛んだような、掴みどころのない仕草。
稀代のトリックスター、幻魔将軍のキャラクターは、俺もよく知るところだ。

142明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:40:40
だけど、ガザーヴァの本質が悪性であるなら、カザハ君のそれは底抜けの善性であると俺は思う。
こいつには打算がない。その場のノリでも勢いでも、誰かを救う為に動ける奴であることは確かだ。
そういう奴でなきゃ、ミドガルズオルムの前に飛び出したりなんかしなかった。

ガザーヴァのキャラ性そのままに、行動理念を『善』に置き換えたなら、カザハ君になるのだろうか。
あるいは、善悪の区別がまるでついていなくて、従える者によって善にも悪にもたやすく転ぶのか。
魔王バロールの指示のもと、ガザーヴァが大量殺戮や大量破壊を行ってきたことは事実だ。

「カザハ君。こいつをお前に渡しておく、ちゃんと忘れずに装備しとくんだぞ」

俺はインベントリから一枚の札を出して、カザハ君に握らせた。
『聖女の護符』。闇属性ダメージを大幅に軽減するアクセサリ系のレアアイテムだ。
試掘洞で真ちゃんが見つけた『水神の護符』の聖属性バージョンだな。

帝龍の軍勢は殆どが地属性。聖女の護符が効果を発揮する状況は殆どないだろう。
だからこれはお守りみたいなもんだ。他ならぬ俺自身の……気休め。

「お前が『従う』べきなのは、パーティーリーダーのなゆたちゃんで、サブリーダーの俺だ。
 ……そいつをしっかり覚えておけよ」

ほどなくして、魔法機関車が地平線の向こうから滑り込んできた。
見た目なんも変わってないけどこれどうすんの?側面にジェットくらい付けてこいよ。

>「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

みんなで首を捻っていると、癪に触るくらい元気な声が聞こえてきた。
舌打ちしながら目をやれば、やはりというかなんと言うか、これまた癪に障るイケメン顔がご開帳。

>「あれ? バロール? どうしてあなたが?」
>「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。

来ちゃったよ……暫定やべえ奴の元魔王様が。
これ以上頭痛のタネ増やさないで欲しいんですけお!舌打ち二回目。
突入部隊にはひっついて来ないようだが、それはそれで不安だ。

>「……バロール……」

姿を現したバロールに、マホたんは露骨に警戒した。
あっこれまずい奴じゃない?一触即発ってやつじゃない?
マホたんはバロールと短く二三言交わすと、それ以上は関わらないとばかりにその場を辞した。

>「ハハ……嫌われてしまったねえ」

「そりゃそーだろ。俺だってお仕事じゃなかったらお前みてえなクソイケメン様とお喋りしたくないもん。
 何馴れ馴れしく俺たちのアイドルと会話してんだお前あとで袋叩きやぞ」

少なくともマホたんは、バロールに対する警戒心を隠すつもりはない。
それは王都からの状況確認をシカトし続けてる時点でバロールにも伝わってるだろう。
隠し通さなきゃならないのは、俺たち増援のブレイブが、その警戒に合意しているかどうか。

こいつは何のためにアコライトまで出張ってきた?
必要があったからなんて言っちゃいるが、どこまで本当かわかりゃしない。
俺とマホたんの会話を聞かれていて、監視の為にこっちへ来た可能性だってある。

>「さては召喚するなりセクハラしたんだな!? もしかして嫌われ過ぎて音信不通にされたんじゃないの?」

「は?マジならギルティ案件なんだが?総力上げて潰すんだが?」

俺もまた、バロールに不信感を抱いていることを……悟られてはならない。
クソみたいな腹芸かましてでも。信じると決めた仲間を、欺くことになっても。

143明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:42:23
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

「いつでも行けるぜ、指差し確認も完了済みだ。今日も一日、ゼロ災でいこう」

車両も人員もヨシ!したけど一番肝心なところがヨシじゃない。
結局この機関車どうやって飛ばすの。朝礼でなんも説明受けてねーぞ!

>「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

歩廊に登ったバロールが高らかに叫ぶ。
そしてラジオ体操みたいな身振りで杖を振るうと――地面が不意に輝き出した。
魔力が凝結し、形をつくっていく。現れたのは、虹色に輝く列車のレールだ。

創世魔法――!バロールのユニークスキル、人智を超えた魔道の極致だ。
穴ぼこだらけになった王宮も五分で修復するアルフヘイム最上の魔法が、アコライトを照らす。
またたく間に、戦場へと伸びる軌条が完成した。

「……つくづく思うぜ。こいつを魔王にしちまったのが、ローウェル最大の失態だってよ」

ゲーム本編ではこの至高の魔法を、趣味の悪いラストダンジョン建設ぐらいにしか使わなれなかった。
もしもバロールが死ななけりゃ、更地になったアコライトだって元通りに出来ただろうに。
というのがここを拠点にしてたマル様親衛隊長の言だが、多分元通りにはならねえよ。
あいつ趣味悪いし……。変な装飾とかいっぱい付けそう。今のアコライトみたいにな!!

>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

虹の軌条は鉄の車輪をしっかりと受け止めて、巨体を前へと滑らせる。
やがて速度が乗って、俺達は当初の予定通りに空を飛んだ。
だいぶ低空スレスレだけれども。

>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

「了解。『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」

なゆたちゃんの指示に合わせてスマホをたぐる。
同時に手に嵌った指輪が輝き出す。ローウェルの指輪がその効果を発揮し、迷霧を強化した。
いつもより格段に濃い霧があたりに立ち込め、トカゲ共の視界を完全に奪う。

「これで対空防御はヨシ、あと警戒すべきは――」

そのとき、車体が大きく揺れて俺は舌を噛んだ。
トカゲが側面に張り付いていやがる。手探りでしがみついてきたか。これも想定済みだ。

>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
 そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」

……これは想定してねえよ!!!
何を思ったか通信越しにバロールはレールを組み換え、車体が急上昇する。
急上昇っつーか、ほとんど宙返りだ。天地が逆転し、胃袋が振り回される。

>「ひゃあああああああああああああ!!!??」

「ぎょえええええええええっ!!!ジョン!俺を放すなよ!ジョーーン!!!」

ふわりと浮いた空中を泳ぎながら、俺はなんとかジョンの肩にしがみつく。
あのクソ魔王!マジでお前裏切ってんじゃねえだろうな!?
なんとか車内で落下死することはなく、車体が水平に戻った。

144明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:43:57
>「……あ……、ごめん……」

なんかなゆたちゃんがまーたエンバースと青春やってるぅー!
そーゆーの帰ってからやってくだしあ。マジで!!

とまれかくまれ、トカゲを振り落とした魔法機関車は敵陣を快進撃。
軍勢の中を縦断する強行軍に、トカゲ共はほとんど対応出来ていない。

>「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」
>「よっしゃあ! みんな、マホたんになるぞ―――――!! レッツ・マホたーん!」

「ついに来たか、この時が……!
 この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!
 いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!」

しかし、ここからは順調に行かなかった。
突如として列車が動きを止める。何かがぶつかった衝撃が車内を襲う。

>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』

客車の窓から顔を出せば、ヒュドラがその巨体で機関車を食い止めていた。
一体だけじゃない。都合三体が列車に食らいつき、今にも車体を転がさんとしている。

>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」

「わかった!おらっ寝てんな焼死体、外に打って出るぞ!」

なゆたちゃんを追うように客車を出て、列車の屋根に登る。
こいつらどうやって魔法機関車にぶち当たってきた?迷霧は効いてるはずだ。
蛇の中には熱源を探知するサーモグラフィみたいな器官を持ってるのも居る。
多頭のヒュドラなら、もっと高い精度で熱源を追えるってわけか。

「捉えられたのは偶然じゃない。もたもたしてっと増援が来るぞ――『サモン・ヤマシタ』!」

スマホをたぐり、革鎧が傍に出現した。
鎧の各所にはミスリルの魔法鋲が打ち込まれ、若干厳しさを増している。
バロールの技術支援でいくらか外装を強化してあるが、ヒュドラ相手にどこまで通じるかは未知数だ。

>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!」
>「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
 明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」

なゆたちゃんがポヨリンさんを、カザハ君がカケル君を呼び出して、俺と戦列を揃えた。
この段階でスペルは使えない――カードは全て帝龍戦に注ぎたいのはもちろんのこと。
俺は、カザハ君への警戒にもリソースを確保しなくちゃならない。

「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」

145明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:47:36
革鎧一体程度なら機動力は落ちないし、なんならもうひとりくらい乗れんこともないはずだ。
メイン武装が弓である都合上、上空を取ったほうが有利は必定。

そしてこれは、保険でもあった。
ヤマシタには弓と一緒に――短剣も持たせてある。

パートナーと離れんのは自殺行為に等しいが……そこはそれ、『訓練』の成果を見せる時だ。
たった一晩二晩の付け焼き刃だが、それでも俺は、王都に来る前よりかは動ける自信がある。
ジョンから叩き込まれた技術には、根本的な『身体の動かし方』も入ってたからな。

攻撃の躱し方。躱した後の受け身のとり方。攻撃を受けない立ち回り方。
まだまだいっちょ前とはいえねえが、この期に及んで甘えたことは言ってられねえ。

「ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!」

クリティカル率アップのバフに加え、クリ補正の高い攻撃スキル。
迷霧の基本性能であるクリティカル補正と飛行ユニットの射撃補正も加えれば、ほぼ確実に弱点に痛打が入る。
蛇の熱源探知は上下方向の識別が弱い。空中からなら初撃は阻まれずに打ち込めるはずだ。

>「カケル、『カマイタチ』!」

カケル君のスキルと同時、風を切って放たれた光輝く矢は、狙い過たずヒュドラの中枢に直撃。
クソ硬い装甲に阻まれるが――カザハ君の突風がそれを後押しする。
『Critical!』の表示と共に弱点をぶち抜かれたヒュドラは、多頭をのたうち回らせて沈黙した。

「よし、まずは一匹!」

俺は思わずカザハ君に向けてガッツポーズした。
ヤマシタの貧弱な攻撃力でも、弱点の貫徹に特化すればヒュドラを仕留められる。
タイラントが残りHPに関わらずコアふっ飛ばされて即死したのと同じだ。

問題は……バフを盛りに盛った上に地の利をとった不意打ちで、初めて弱点に攻撃が届くって部分か。
うーん、致命的!
真っ向からぶん殴ってヒュドラ叩き潰せるマホたんがいかに化け物かよーくわかった。
伊達にヴァルハラゴリラとか言われてねーわ……。

だがこれで、連携をうまくすりゃスペルなしでもなんとか戦えるってことは検証できた。
あとは、同時にバロールから突貫教育された『魔法』。
こいつが実戦で使えるかどうかテストする、またとない機会だ。

元魔王の編纂した『字が読めればわかる!魔法入門』をさっと一読した限りじゃ、
魔法を使うのに最低限必要なのは『認識』と『決定』のふたつ。
自分の中に流れる魔力を感じ取り、方向性を定めて放出する。
あとはそれをどれだけ素早く、複雑に、正確に行うかが魔法の巧拙を決める。

丹田?みぞおち?だかそのあたりで練り上げた魔力を腕を伝って指先に込める。
闇っぽいオーラがドロドロと漂い、バチバチ言い出したところで、呪文を唱える。

「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」

――その辺に漂う低級霊を操り、敵に体当たりさせる闇属性の初級魔法だ。
どす黒い球体と化した複数の低級霊が残り二体のヒュドラの片方に直撃。
ゴキャキャ!と笑い声だか衝突音だかわからない音が響き……分厚い鱗には傷一つ付いていない。

「駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜っ!!」

まぁね!そうなんじゃねえかとは思ってたよ!見た感じショボいもん!
ゲームではもっと派手なエフェクトで大量の霊が突撃してったから、これはもう単純な練度不足だろう。
最強の魔術師をもって「オメー才能ねえわ」と言わしめた俺の面目躍如と言える(皮肉)。

146明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:48:17
なんなら幼虫のマゴットですらもうちょいまともな魔法吐くわ。
あいつ加減出来ないから数発撃ったらもうガス欠でダウンするけど。

……だが!まだまだこれで品切れじゃあないぜぇ!
攻撃魔法が駄目ならデバフだ!陰湿な嫌がらせなら誰にも負けねえ!!

「ヤマシタ、『閃光弾』!」

油断なく継矢をつがえたヤマシタにもうひとつ指示を飛ばす。
ヒュドラのはるか後方へ飛んでいった矢は、空中で炸裂した。
爆風は起こらず、代わりに発生したのは――目の眩むような閃光。

FF無効で仲間の視界は塞がず、こちらを向いてるヒュドラに効果があるものでもない。
ヒュドラの背後で炸裂した光は、多頭蛇の『影』を前方――俺の居る屋根上まで引き伸ばした。
足元に伸びてきた影を、魔力を込めた右足で、踏む。

「『影縫い(シャドウバインド)』――!」

ニブルヘイムの尖兵・バフォメットの十八番――対象の影を踏んで動きを封じる魔法だ。
決まれば超火力で殴り殺される理不尽コンボパーツ!決まればなぁ!
果たせるかな、ヒュドラ二体の動きは止まった。硬直し、多頭すらピタリと空中に停止する。
効果……あった……のか……?

「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」

なんだこれ、『持っていかれる』!
どう表現したら良いかわからんが、もの凄い負荷が右足にかかってる!
足の骨がバラバラになりそうだ!

バキン!と金属質な音がして、まず一体目のヒュドラの戒めが解けた。
次いで二体目も自由を取り戻す。右足を襲っていた負荷がようやく消える。
動きを封じられたのはほんの一瞬。それだけで、凄まじい疲労感があった。

「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」

たった二回の魔法行使で俺は疲労困憊し、車上に蹲った。
結論。やっぱ魔法はパートナーに任せるべきです。

「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」


【疑心暗鬼。カザハ君に『聖女の護符』を渡し、装備させる。
 カケル君にヤマシタを同乗させバックスタブの準備。連携でヒュドラを一体撃破。
 覚えたての魔法を使ってみるも、STR不足で拘束失敗】

147ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:24:05
列車くるのを、座り、目を閉じ、待つ。

緊張していないといえば嘘になる。
だがそれ以上に・・・

>「きっきき、緊張してきたでござる……」

兵士はみな口を揃えて言う、緊張している、と。
みな笑って冗談のように言っているが、全員から恐怖の感情が感じ取れる。
恐らく全員でここに帰ってこれないだろうという恐怖、死ぬかもしれないという恐怖。

仲間と話す事によってみなその恐怖を緩和している。
それが正しい人間のあり方なのだろう。

>「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
  帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
  もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
  必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」

・・・戦いの前に余計な事を考えるのは僕の悪いクセだ。
これから取り返しのつかない戦いに行こうというのにこれではダメだ。

さあもう一度、集中しようとした瞬間。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

作戦の時刻がきた。
僕は立ち上がり、部長を召喚する。

「ニャー!」「よし・・・いこう!部長」

列車に乗り込もうと近くによった瞬間中から一人の男が現れる。

>「あれ? バロール? どうしてあなたが?」

>「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
  というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
  そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
  帝龍の相手は君たちに任せるよ」

こんなにも大きい列車を一人で移動させるほどの力があるのだから驚きだ。
しかしまさか現場に姿を現すとは思わなかった、バロールは自分は危険に晒さないタイプの人間だと思っていたからだ。

>「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」

>「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」

やはりなにかあるのだろう、連絡を怠っていたというのはそれだけの事があるのだろう、とは思っていたが。
二人の間には敵対という言葉はあっても信頼はありませんよ。そんな雰囲気だった。

148ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:24:29
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
  その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

「もちろん!僕も部長も準備満タンさ!」

他の仲間がいる事を確認する。
全員いる、兵士達もやる気満々。

明神が・・・少し調子悪そうなのが気にはなるが・・・
本人がなにも言わない以上問い詰めても無駄だろう。

>「お願い、バロール」

>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
  さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

虹色の線路が出現と同時に汽車が動き始める。

「これが”創生”のバロールの力か・・・!」

>《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
  魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
  だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》

「そんなに早く着けるのか・・・!?胡散臭いだけだと思ってたけどこれは
 バロールの評価を改める必要があるな!」

まるでジェットコーストのように城壁から急降下で、トカゲ軍団が支配する戦場へ突入する。
当然異物・・・列車をトカゲ達が見逃してくれるはずもなく。

「急げ!トカゲがくるぞ!」

>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

>「ギッ、ギギィ……」

霧を発生した瞬間、こちらを認識できなくなったトカゲの軍団は迷走し始める。
中には相打ちし始めるものまでいた、予想以上の効果でていた。

「だが近くにいる奴は反応して列車に張り付き始めてる!」

列車が強くゆれる、このままでは脱線も時間の問題だった。

>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
  そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」

「なんだって!?・・・う、うわああああ!!?」

見事な360度回転を見せ、バロールの力を強制的に認識させられると同時に。
僕と部長は思いっきり頭をぶつける事になったのだった。

「次やるときは前から宣言してくれ・・・心臓に悪すぎる」

149ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:24:59
無事になんとか何を逃れて、逃げ延びる事に成功した。
部長の頭にちょっとしたたんこぶができあがったがまあ、仕方ないだろう。

「ニャー!!」「よしよし・・・」

>「ついに来たか、この時が……!
 この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!
 いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!」

明神が元気よく叫ぶ、調子が悪そうに見えたが・・・気のせいだったようだ。
ところでバ美肉ってなんだ・・・?ブレモン用語?

ガガガァァンッ!!!

「こんどはなんだ!?」

列車がさきほどより激しく、強く揺れる。
それだけで留まらず、列車自体の動きも止まってしまう。

>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』

完全に止まってしまったらさっきのような回転もできない、という事は。

「こっち側からすぐ打って出ないとまずいぞ!モタモタしてると振り切ったトカゲがまた来る!で!なにがこの列車止めてるんだ!?」

>「ヒュドラ!」

「なに!?」

ドガァッ!ドガァァンッ!!

列車がまた大きく揺れる、窓から外を見ると、そこには二匹のヒュドラがいた。
列車を止めているヒュドラとは別だろう、ということは3匹。

「3匹もいるのか・・・!」

>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》

>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」

やはりこっちから打って出るしか道はないようだ。

>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
  みんな、気を付けて! ……いくよ!」

「エンバースとなゆはなるべく戦闘を控えてくれ!なるべく俺達がやる!」

急がなければ後方や騒ぎを聞きつけたトカゲ達がやってくるだろう。

>「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
  明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」

>「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」

カケルの背中にサモンしたヤマシタを乗せ、明神は電車の上に上る。

「僕は明神の援護に回る!頼んだぞカザハ!」

僕も明神の後に続くように屋根に上った。

150ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:25:22
>「ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!」
>「カケル、『カマイタチ』!」

ヤマシタが放った弓の射撃にカザハのカマイタチが重なり相手の防御を突破。
『Critical!』の表示と共にヒュドラを切り裂き・・・少し暴れたあとヒュドラは完全に沈黙した。

>「よし、まずは一匹!」

「ゲームみたいに表示でるの・・・!?ってそんな事気にしてる場合じゃないね!二人ともナイス!」

だが一匹のヒュドラが死んだ事で他二匹は完全にこちらを"敵"と認識したようだ。
油断していた最初の一匹と違い・・・次の不意打ちは厳しいものとなった。

「さてどうする・・・っていうかこれもしかして僕する事ないんじゃあ・・・」「ニャー・・・」

巨大なヒュドラ相手に、いくら武器を持っているとはいえ一人の人間が突っ込んでいっても無駄死にするのは確実。
しかしなにかしらの援護はできるはずだ、チャンスを待つしかない。

次の作戦を考えてる時に横にいる明神当然が不気味に笑い出す。

「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!

魔法の詠唱だった。ゲームやアニメでよくある魔法の詠唱だ。
明神の腕になにかドロドロした・・・いやこの場合は魔力というべきだろう、たぶん。それが集まっている!

「かっこいい!かっこいいぞ!明神!そのままやれ!」

『呪霊弾(カースバレット)』!!」

明神の腕から・・・闇の波動的ななにかが放たれ!ヒュドラに命中する!

ゴキャキャ!

変な音と共に・・・ヒュドラは倒れ・・・倒れ・・・倒れ・・・ない。

「あの・・・明神?」

>「駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜っ!!」

ダメだったようだ。

「にゃ〜・・・」

151ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:25:48
攻撃を受けたヒュドラは標的を完全にこちらに定め、近寄ってくる。

「くそ!今ので標的が完全にこっちになった!なんか策はないのか明神!」

まだある!そう明神が起き上がった瞬間

>「ヤマシタ、『閃光弾』!」

瞬間、周りに眩い光に包まれる。
反射で目を瞑ったが・・・どうやら僕達には影響はないらしい。

>「『影縫い(シャドウバインド)』――!」

明神は光で相手が怯んでるその隙を逃さず・・・ヒュドラ2体を拘束する事に成功した。
ヒュドラ達は頭を動かす事もできずその場にピタリと停止している。

「おぉ!凄いぞ明神!相手の動きが完全に止まっていれば僕と部長でも仕留められる!」

僕と部長が列車から飛び降りようとした瞬間。

>「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」

「!?どうしたんだ明神!しっかりしろ!」

明神の悲鳴と共に、バキンという音がなりヒュドラ達が再び自由になる。
ヒュドラ達の動きが始まるのと同時に、明神の悲鳴も止まる。

おそらく・・・止める為の力が足りなかったのだ。
あれだけの巨体を止めたんだ、魔力的ななにかを膨大に消費するのだろう。

>「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」

魔力ではなかった。

「明神!起き上がれるか!?すぐ逃げないとまずいぞ!」

こっちに向かっていたヒュドラの動きが、今の拘束により焦ったのか、さらに早くなっている。
カザハを追う為に列車から一時的に離れていた距離が・・・もうすぐあの長い頭が・・・こちらに届く距離にくる。

>「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」

「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」

そう発言しながらヒュドラのほうを見る。
ヒュドラは、頭の一つを思いっきり振りかぶり・・・。
明神目掛けて・・・いや正確に言えば僕達目掛けて・・・なぎ払うように・・・まるで鞭でもふるかのように・・・

「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」

倒れて動かない明神の体を掴み。
カザハに目掛けて投げる、あっちも乗せる余裕はないだろうが、頼むしかない。
もし第二打がきた場合、ただ投げただけでは明神はその二打目を避けきれない。

「明神をたの――――」

そして・・・鞭のように放たれたヒュドラヘッドは僕と部長をなぎ払った。

152ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:26:09
痛い、痛い、痛い、体中が痛い、口の中が血で一杯だ、吐き出さなきゃ、窒息してしまう。
痛い、痛い、痛い、でも痛みを感じるって事はまだ、僕はまだ生きてるって事だ。
早く、早く、早く、状況を確認しなきゃ、明神は?部長は?今の僕の体はどこにある?

動かそうと思っても左手の感覚がない、なくなったわけじゃない、たぶん骨が・・・。
そんな事きにしてる場合じゃない、右手と・・・両足はまだ動く、とりあえず体を起さなきゃ。

目を開き、体を起し・・・見たものは・・・仲間達・・・ではなく、ヒュドラの体だった。
僕は・・・列車から引き吊り下ろされ、今ヒュドラの足元にいた、部長といっしょに。
恐らくさっきの攻撃は相手への殴打と同時に殴打した敵を引き寄せるための物だったのだろう。

「ヒュー・・・ヒュー・・・」

まだ部長も息がある・・・だが時間の問題だ、いかに自動回復があるとはいえ。
このままなにもしなければ・・・僕がこのまま死ねば・・・部長も・・・死ぬ。

なゆ達を待つにしても場所が悪い、今僕達がいるのは足元だ。
ヒュドラに向かって魔法を打とうものなら足元にいる僕達が巻き込まれるリスクがある。

もし僕達を巻き込まなくても、ヒュドラが倒れた瞬間僕達がその下敷きになる可能性もある。
強引に助けに僕達の所に来れば頭で撃ち落される。

ヒュドラは動かない、僕達にトドメを刺すこともしない。
僕達を足元で生かさず殺さず置いて置いたほうが、自分が有利になると、本能で理解しているから。

・・・なんて惨めなんだろう、人に散々言っておきながら、一番理解していないのは僕だったじゃないか。
命がけの戦争だ、遊びじゃないんだ・・・などと・・・偉そうな事言っておきながら・・・。

「ふふ・・・ふふふ・・・」

今まで、死の恐怖なんて味わった事がなかった、昔銃を向けられた時でさえ、恐怖なんて感じなかった。
さっき兵士達が恐怖を紛らわしていたときでさえ、僕は遠巻きに不思議に思っていた。

初めて死に瀕して分かったのだ、僕は恐怖を感じなかったのではない、知らなかっただけなのだと。

これが笑わずにいられるだろうか。
偉そうに人に向かって殺す、などと口にした自分が、一番殺す、殺されるを理解してなかったのだから!。

「一番ゲーム脳が抜けていないのは・・・僕じゃないか・・・」

ふらふらと立ち上がりながら・・・父から飽きるほど聞かされた言葉を思い出す。

"やり直しができる失敗はしておけ"

そう・・・まだ僕は死んでいない、なら・・・やり直せるはずだ、今からでも。

「雷刀(光)!プレイ!」

刀を召喚する、そして右手でそれを掴み、構える。

それと同時に心に、体に赤いなにかが纏わりついていく。
非常に不愉快だ、不愉快だが、でも今体から感じる激しい痛みに比べれば、心地よいものだ。

視界が赤く染まり、抗い難い破壊衝動に駆られる。

どんな時も冷静であれ、そう・・・父や母は言っていた。
だが・・・どうしてこの状況で冷静でいられようか?冷静で居られない事をだれが責めるというのか!

『アハハハハハハ!』

153ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:26:41
目の前の巨体・・・ヒュドラと対峙する。
汽車を止めるだけの巨体とパワー、そして複数の頭。
とても人間では勝てないだろう・・・人間では。

化け物の力がどこまで通用するか・・・試してみよう

『ここからが本当の戦いだ』

ヒュドラは僕と少し距離を取り、こちらを睨みつける。
どうやら僕の事を餌・・・ではなく敵と認識してくれたらしい。

『そうだ・・・それでいい・・・』

今、僕の周りには、死に通じる道が連なっている。
いや、見えてなかっただけで最初からそこにあったのだ。

死の恐怖が僕を包む、始めての感覚だが・・・悪い気分ではなかった。

『うおおおおおお!』

体の痛みが嘘のように素早く走りだす。
左腕は動かないし、正直足だっておぼつかない、でもヒュドラを殺す、死にたくない、死の恐怖をもう少し味わっていたい。
その矛盾した意思が、衝動が、心が、僕の体を普段以上に動かしている。

危険を察知したヒュドラが器用に頭を振り回し、僕を攻撃しようとする。

『甘い!』

向かってきたヒュドラの頭を回避し、その勢いを利用して頭部を切断する。

『悪いね、伊達に化け物・・・なんて呼ばれてたわけじゃないんだ』

ヒュドラは叫び、怯む。
当然その隙を逃さず、僕はヒュドラの体に剣を突き刺し、足場にしながら上っていく。

完全に根元まで上った後はもう、突き刺すだけだった。

急所は当然鱗に覆われておりなかなか突き刺さらない。
弾かれる、突き刺す、ヒュドラが暴れる、突き刺す、弾かれる。

それを繰り返す内に雷刀の効果が蓄積し、ヒュドラの動きが段々鈍くなっていく。

『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』

完全にヒュドラが麻痺した瞬間。
連打によってできた鱗の傷から勢いよく、刀が突き刺さった。

『しねええええええええ!』

突き刺さった刀を・・・思いっきりヒュドラの急所を抉るように・・・振り抜いた。

抉られた場所からは噴水のように血が溢れ出す。
最初こそもがき苦しむように暴れていたヒュドラも・・・血があふれ出すのが止まるにつれ・・・動かなくなった。

返り血に塗れ、真っ赤に染め上がった僕は、視界不良とは言わないまでも、迷霧で薄い白みかかった空を見ながら呟く

「あぁ・・・殺すじゃなくて・・・やっつける・・・だったな・・・
 いきなり・・・約束を・・・破って・・・しまったな・・・」

ピコン。

スマホにスキル習得の通知が来ていたが、放心状態の僕の耳には届かなかった。

【明神を庇い負傷するも、ヒュドラ一体撃破
 ジョンがスキル「ブラッドラスト」習得。効果???】

154embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:39:56
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅰ)】

意識を取り戻した焼死体は彷徨うような足取りで、しかし問題なく待機地点へと辿り着いた。
霊的強度の深化によって変質した知覚は、生命の気配を半無意識的に感知出来た。
世界は闇色に染まって見える/命は単なる熱分布として処理される。

《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜》

「……流石だな、みのりさん。これで後は、俺達が帝龍と遊んでやればいい訳だ」

軽口を叩く/平静を装う――そこに遅刻を誤魔化している以上の意味を見出す者など、いない。

『……ってことで。いい?エンバース。もう一度言うね……」

「面白いな、今の。チュートリアルを飛ばそうとボタン連打してたら、よくなるやつだろ。
 もう一回教えてって……何?違う?本当に俺が作戦を聞いてなかったと思ってたのか?」

背後から少女の声が聞こえた/振り返る/見下ろす――様子を伺う。
焼死体は“燃え残り”が如何なるモンスターであるかを知らない。

「――実のところ、その通りだ。よく分かったな」

少女はどうか――己の進化の兆候は、見抜かれているだろうか。

『今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって』

「無茶をしなくちゃいけない。なるほど、お前にとってはそうかもな。
 だが俺にとっては――煌帝龍なんてのは精々、新コンボの練習台だ」

『でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
 『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
 ね。わたしに見せてよ、エンバース。
 みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を』
 
「……お前がそれを望むなら、そうしよう」

亡霊の視覚では、少女の表情は殆ど読み取れない。
だが見えずとも視える――王宮のあの夜、少女が見せた微笑みが。
報恩と、贖罪を成す/あの微笑みを、守る――その誓いを翻すつもりはなかった。

『……頼りにしてるぞ』

「ああ、正しい選択だ。俺以上に強いプレイヤーなんて、存在しないんだからな」

『ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?』

「――なるほどな」

どうやら“燃え残り”の生態――もとい死態は、少女にも勘付かれていないようだった。
不可解な事ではない――燃え残りは、かつての未実装エリアから発生したモンスターだ。
その進化形態が、ゲーム本編において未だ未実装だったとしても、何もおかしくはない。

『俺はいいと思うよ!その何か……紫っぽい目元とか!マジで何よそれ?カラコン入れた?』

「知らないのか?明神さん。これは熱膨張……いや、粉塵爆発――――そう、炎色反応だ。
 お察しの通りカラコンを入れてみたら秒で燃え尽きた上に――気付けばこうなっていた」

明神に関しても同様――ならば己の現状を、敢えて告げる理由はない。
未練と執着が不死者を別の何かへと変えるのなら――その変化は実質、不可避だ。
――分かっている。全て終わった事だと。それでも……“最強”は、俺だったんだ。譲れない。
――分かっている。俺はモンスターだ。俺は容易く、俺以外の存在へと変容し得る。だが、それがなんだ?



――どうせ、一度死んだ身だ。俺がどうなろうと、こいつとの約束に抵触する事はない。

155embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:40:22
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅱ)】

『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

「魔法機関車で特攻か。クソ長いロード画面で見飽きたとは言え、今から使い潰すとなると――」

『いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!』
『あれ? バロール? どうしてあなたが?』

「――お前の顔は見飽きたし、潰れていようが何の感慨も湧かないけどな。何の用だ、バロール」

『うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
 というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ』

「なら、次からは先にそう言ってくれ。その必要がない、別のプランを立てる。
 だが、折角来たんだ。列車を浮かせるついでに、帝龍の軍団も蹴散らして――」

『そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
 帝龍の相手は君たちに任せるよ』

「……ふん、気が利かないな。出し惜しみをする理由が、何処にある?」

『久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった』

「答える義務はない、か?ああ、そうだな。分かっているさ――お前はそういう奴だ」

『そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?』

『いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう』

戦乙女は応じない――踵を返し、守るべき兵士達の元へと戻っていった。

『ハハ……嫌われてしまったねえ』

「――いいや。あれは許してあげるきっかけが欲しくて、追いかけてくるのを待っているパターンだ。
 すぐに後を追え。あくまでドラマチックに、例えば――肩を両手で掴んで引き止めると、効果的だ」

156embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:44:22
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅲ)】


『正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?』

「時間に余裕がありすぎるな。ウォーミングアップに一試合してから、出発でもいいぜ」

無根拠な大言――焼死体が、まだ■■■■だった頃の名残。

そして――魔法機関車は走り出した。
空中に伸びる虹をレールに、濃霧の中を龍のように、泳ぐ。
霧の底で彷徨うトカゲ達はすぐ頭上を征く列車の姿も、その走行音も知覚出来ていない。

『う、うわっ!』

だが、何事にも例外は存在する――例えば濃霧は、気流を感知する皮膚感覚を阻害し得ない。
不意に魔法機関車が激しく揺れた/鎧戸の壁面を何かが這うような重い金属音。
何が起きているかのは明白――だが、取り得る対策は限られている。

「モンデンキント、一度離れろ。心配するな、すぐに戻る。
 明神さん――障害物を隔てた先への召喚は習得済みか?」

焼死体が立ち上がる/溶け落ちた直剣を抜き、鎧戸を見つめる。
亡者の視覚には、見えていた――厚い金属板越しにも、トカゲ達の位置が。
まずは鎧戸に張り付く個体を刺殺/然る後に車外へ/敵を殲滅――全て、容易く実行可能だ。

『ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!』

「待て、何をする気だ。余計な事を――」

『そぉーれっ! 360度ループコースターだ!』
『えっ!? ちょ、バロー……』

「――ちっ」

少女が再び、焼死体にしがみつく/焼死体も、咄嗟に剣を仕舞い――少女を強く抱き寄せた。
時速80キロ前後の列車による曲芸飛行――それに伴う慣性力は、生身の人間を容易に殺め得る。

『ひゃあああああああああああああ!!!??』

モンスターの腕力/握力ならば、暴力的な加速度の中でも、内装の一部を掴み続ける事は可能だ。
だが焼死体/燃え落ちた肉体は、軽い――重量は各種装備品を含めても30キロ弱。
故に外力により容易く作用される――それは、少女にとって危険だ。
その危険性に対し、即時実行可能な予防策は一つだけだった。
つまり――少女を抱き留める腕に、更に力を込める。

「……落ち着いたら、手を離せ。接敵が一度だけとは限らない。
 次こそは、俺が出る。バロールが余計な真似をする前に――」

『……あ……、ごめん……』

不意に、焼死体の視界に色彩が返り咲く。
より正確には――色彩感覚があった頃の記憶に、塗り潰される。
指標無き冒険の最中――誰もが“日常の中にいた自分”を保てなかった頃の記憶。


『――ごめん。私らしくないのは分かってる……だけど、もう少しだけ、このままでいて』


焼死体が弾かれたように立ち上がり、少女に背を向けた――その眼差しから逃げるように。
少女の表情が見えないのは幸運だった――罪悪感は、あまりにも容易く、魂を黒に染める。

「……次の接敵に備える。そこで、じっとしていろ」

157embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:45:01
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅳ)】

濃霧の海を、魔法機関車は進む――二度目の接敵は、まだ、発生しない。

『帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな』

『ついに来たか、この時が……!』

「ああ、もうすぐ煌帝龍のマヌケ面が拝めるぞ。その数分後には、負け犬の吠え面も――」

『この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!』

「バビ……なんだって?俺が知らない間に流行した用語か?」

『いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!』

「ああ、いや、なるほどな。分からなくても問題ない事だと、分かった――」

不意に、列車の天井越しに何かを見上げる――亡者の眼のみに映る何かを。
数秒後に発生する、二度目の接敵を――焼死体は、事前に予期していた。

直後、魔法機関車が、先ほどよりも激しく揺れた/焼死体が咄嗟に少女へ振り返り、左手を翳す。
確かに発生した筈の、時速80キロからの完全停止による反動は――少女を害する事はなかった。

『ボノ! どうしたの!? 何があったの!?』
『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
『何者かって……』

少女が鎧戸を開け、顔を外に出す――ホラー映画なら、この後亡くなっていただろう。

『ヒュドラ!』

「――用が済んだら、すぐに首を引っ込めろ。危なっかしくて、心臓が動き出しそうだ」

《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》

「お前に言われなくても――」

『みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!』
『わかった!おらっ寝てんな焼死体、外に打って出るぞ!』
『捉えられたのは偶然じゃない。もたもたしてっと増援が来るぞ――『サモン・ヤマシタ』!』

「――分かってるさ。俺が一匹受け持つ。さっさと終わらせよう」

『帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!』

「ああ、行くぞ――フラウ。復帰戦だ」

緊迫した戦況の中――焼死体は笑みを浮かべていた。

158embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:45:19
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅴ)】

鎧戸から飛び降りる/霧の底に偶然いたトカゲの頭部へ着地/刺殺――視線を前方、上方へ。
多頭蛇の眼光は、既に焼死体を捉えている/焼死体は動じない――物理的にも、精神的にも。

「完全召喚はクリスタルの消耗が激しすぎる。剣を握るのは俺だ。
 新しい体には、もう慣れたか?まだなら、ここで慣らしておけ」

ヒュドラが、その頭部の一つを振り上げる。
次なる行動は明白/対する焼死体の行動は、たった一つ。
左手を、己を叩き潰さんと唸る蛇頭の大槌へとかざす――それだけ。
響く轟音/揺らぐ大地/濃霧が迸る衝撃を可視化する。
だが――ヒュドラの一撃は、外れていた。

ただ立ち尽くしていた獲物を何故、叩き潰す事が出来なかったのか。
ヒュドラには理解出来なかった――恐らくは、誰にも理解/認識出来なかった。
焼死体の左手――より正確には左手首から一瞬、純白の触腕が奔り、先の一撃を弾いていたとは。

「……問題なさそうだな」

狩装束の左手首には、革帯と鋲によって――画面の割れたスマホが固定されていた。

「みんなが心配だ。さっさと終わらせるぞ」

迫る次なる一撃/左手を掲げ/奔る触腕――ヒュドラの首に爪を掛け、同時に収縮。
燃え落ちた肉体は素早く軽やかに宙へ/だが多頭蛇の通常攻撃は、一度ではない。
左手を翳す――触腕が、追撃に牙を剥く蛇頭を、初撃の頭と一纏めに括り付ける。
怒りの咆哮/触腕を引き千切るべく荒ぶる双頭――拘束は数秒と続かずに解けた。
解かれたではなく、解けた/瞬間――焼死体が風を切り、宙空に大きく弧を描く。
双蛇の抵抗を、慣性として逆利用した、振り子運動――終着点は、決まっている。

「――よし、よくやった。列車に戻るぞ、フラウ」

急所に突き刺した愛剣を引き抜く/血振りを一閃――感慨も余韻も必要ない。
魔法機関車へ左手を伸ばす/触腕が焼死体を引き寄せる――着地を果たす。

「……みんな、無事みたいだな」

生命反応に陰りはない/故に焼死体は仲間の無事を確信する。
例えその内の一人が、夥しい量の血に塗れていたとしても。

159崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:24:21
魔法機関車の屋根にのぼったなゆたは、同じく屋根にやってきた明神、ジョンと轡を並べてヒュドラと対峙した。
明神とヤマシタ、ジョンと部長、なゆたとポヨリン。それぞれのマスターとモンスターが、同じ方向を見据える。
そんな様子に、緊迫した状況だというのになゆたは小さく微笑んだ。
そして、隣にいる明神の脇腹を肘で軽くつつく。

「ね、明神さん。
 お互いに鎬を削るPvPっていうのも、もちろん面白いけど……。
 やっぱり。みんなで一緒に強い敵をやっつける、レイド戦が一番面白いね!」

対人のランクマッチはブレモンの華だ。それは間違いないし、他ならぬ自分もランカーとして名を馳せている。
だが、それよりも。やっぱり全員が同じものを見て、同じ目的のために邁進する戦いが、なゆたは好きだった。
つい先日、王都で熾烈な戦いを経て。絆を深めたから、尚更そう思う。
だからこそ――誰も死なせたくない。この戦いは、必ず全員で成し遂げなければならない。

……とはいえ。

「ポヨリン! 『スパイラル頭突き』!」

『ぽよっ! ぽよよぉ〜っ!!』

なゆたの命令によってポヨリンが勢いをつけてジャンプし、高速回転しながらヒュドラに突っ込んでゆく。
ボムッ! という音が響き、ヒュドラの多頭のひとつに弾丸と化したポヨリンが激突する。
が、軽い。ヒュドラは衝撃に一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐにポヨリンめがけて大顎を開き反撃をしてきた。
持ち前のすばしっこさで、ポヨリンはぴょんぴょん跳ねながら巧みにその攻撃を避けてゆく。

――やっぱりきついか……!

なゆたは胸中で臍を噛んだ。
ブレモンは属性ゲーである。属性で優位を取れば、レベルやレアリティの低いモンスターでも高レアに勝てる。
逆に、不利属性が優位属性に対して攻めきる方法は極めて少ない。まだ互いに無関係な属性同士の方がいい勝負ができる。
ゲームの中のそんな設定が、この現実のアルフヘイムでも適用されている。
帝龍の軍団はその大半が地属性だ。なゆたの水デッキ、ポヨリンの水属性では帝龍のモンスターに致命打を与えられない。

>エンバースとなゆはなるべく戦闘を控えてくれ!なるべく俺達がやる!

「……ゴメン、ここは任せるね……! 気を付けて、ジョン!」

ジョンの提案に、なゆたは素早く後方車両の屋根に退く。
ただでさえ不利な属性相手だ。今は余計な消耗は避けたい。
なゆたの攻撃が決め手に欠く中、仲間たちは着々と戦いを進めてゆく。

>ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!
>カケル、『カマイタチ』!

カザハとヤマシタを乗せたカケルが、その名の通り天を駆ける。
ポヨリンでは僅かなダメージしか与えられなかったが、カケルの風属性とヤマシタの矢はヒュドラには効果覿面である。
弱点である多頭の付け根、胴体にある中枢を撃破され、三体のうち一体が活動を停止する。

>ゲームみたいに表示でるの・・・!?ってそんな事気にしてる場合じゃないね!二人ともナイス!

「出る出る」

他にも『Stun!』とか『Overkill!』とかいろいろ出る。
明神のターンは終わらない。さらに、残った二体のヒュドラへ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』自ら攻撃を試みる。

>喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!

「明神さん、いつの間に魔法なんて……! すごい!」

明神が魔法を使っている。これにはさすがのなゆたも度肝を抜かれた。
しかし、自分だって内緒で『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』のスキルを習得していたのだ。
明神がこれからの戦いに備え、何らかの戦術を構築していたとしても何ら不思議ではない。

――あの『うんちぶりぶり大明神』が魔法を使って世界を救ってるとか。
 スレのみんなに言ったって、ぜったい信じてもらえそうにないね……。

妙なところで感慨深くなるなゆただった。

160崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:35:50
だが、明神の快進撃は長くは続かなかった。
必殺の呪霊弾は音ばかりは派手だったが、ヒュドラには掠り傷さえ与えられずに消滅してしまった。

>駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜〜っ!!

「だめかぁ〜……」

>『影縫い(シャドウバインド)』――!
>あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!

さらに明神は名誉挽回とばかりに『影縫い(シャドウバインド)』を発動したが、これも不発に終わった。
魔法とは、言うほど便利なものでもないらしい。
いくら日本人の識字率が高いとは言っても、ハウツー本を読んだだけで大魔導師になれるなら苦労はしないのである。
ただ、どんなショボくれた結果でも『撃てる』ということは大事だ。あとは、純粋に練度を上げてゆけばいいのだから。
地球でもアルフヘイムでも、大事なのは反復練習であろう。

>ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も

《はっはっは! いやいや、そう卑下したものでもないよ明神君!
 次回は『影縫い(シャドウバインド)』に『負荷軽減(ロードリダクション)』の魔法を併用してみるといい。
 今後の課題としておきたまえ!》

スマホ越しにバロールが明神を褒める。
バフォメットはバカ筋肉なので、今の明神のように『影縫い(シャドウバインド)』の負荷を筋力で押さえ込んでいた。
しかし、普通の魔術師はその辺りをいろいろ工夫しているらしい。
カザハは――きっと風属性の加護があるのだろう。たぶん。
今の魔法で早くも力を使い果たしてしまったらしい明神が、機関車の屋根に蹲る。
そして、ヒュドラが動かなくなった敵を放っておくはずがなかった。

「くっ! ポヨリン、明神さんを……」

>!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア

ヒュドラの首が明神に迫る。なゆたはポヨリンに指示を出そうとした。
しかし、そんななゆたよりずっと早く、明神を助けるべくジョンが駆け出している。
明神に駆け寄ったジョンは持ち前の筋力で軽々と明神の身体を担ぎ上げると、空を舞っているカザハへと放り投げた。
渾身の投擲によって明神はヒュドラの攻撃対象から外れたが、それは代わりにジョンがヒュドラの攻撃対象となったことを意味する。

>明神をたの――――

明神を救うことに全精力を費やしたジョンに、自らを守る手段はない。
ヒュドラの首が死神の大鎌よろしくジョンと部長を薙ぐ。
まるで自動車事故防止の啓発ビデオで吹っ飛ぶダミー人形よろしく、ジョンと部長は吹き飛ばされた。

「ジョ――――ンッ!」

ジョンと部長はそのままヒュドラの首に手繰り寄せられ、列車外へと落ちていった。
すぐに、なゆたは屋根の縁ギリギリで身を乗り出し、下方のジョンを確認した。
幸い死んではいないようだが、そのダメージは甚大だ。血まみれのその様子から、骨折や内臓破裂もしているかもしれない。
すぐに、なゆたはスマホのスペルカード一覧をタップした。『高回復(ハイヒーリング)』を選択する。
しかしジョンはふらふらと立ち上がると、何を思ったのか巨大なヒュドラ対峙した。

「ジョン! 無理しないで、逃げて! 今『高回復(ハイヒーリング)』を――」

>雷刀(光)!プレイ!

驚いたことに、ジョンは満身創痍の状態でヒュドラと戦おうとしているらしい。しかも、自分自身が。
部長は動いていない。エンバースやカザハのようなモンスターならともかく、ジョンは生粋の人間だ。
いくら鍛えているとはいえ、巨大なモンスターに勝てるはずがない。
それは、ガンダラやリバティウムの戦いを経てなゆたが実感した経験である。
自殺行為だ――なゆたはそう思った、が。

「……!?」

なゆたは目を瞠った。
雷霆で作った剣を構え、ヒュドラと対峙するジョンの身体に、紅色の何かが渦を巻いて纏わりついてゆく。
最初は血煙かと思った。しかし、違う。
それは闘気のような、殺気のような。
あるいは、ジョンの中で日頃は静かになりを潜めている何か――

そう。狂気の、ような。

161崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:39:12
>アハハハハハハ!
>ここからが本当の戦いだ

ジョンが独りごちる。ぞっとするような、冷たい笑い声だった。
いつもの穏やかな、他人の身を案じるジョンの声とはまるで違う、怖気をふるうような声音。

――同じだ。マホたんを殺すって言った、あのときのジョンと……。

自衛隊のヒーロー、被災地のアイドル。
快活で正義感に溢れるジョン・アデルという人間の中に存在する、言い知れない昏さ。
それが顕在化しているかのような豹変ぶりに、なゆたは思わず息を呑んだ。
ヒュドラが巨体をじり……と後退させる。怯えているのだ、自分の質量の三十分の一もない人間相手に。
そこまでの巨大な魔物を怯えさせるだけの何かを、ジョンは持っている。

>うおおおおおお!

ジョンは血霧のようなものを纏いながらヒュドラを圧倒してゆく。
その動きはエンバースにも劣らない。ヒュドラの多頭を斬断し、中枢神経に狙いを定める。

>おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・
>しねええええええええ!

咆哮にも似たジョンの叫びと共に、弱点を貫かれたヒュドラはその活動を停止した。
まさに鬼気迫る、狂戦士(バーサーカー)と言っても差し支えないほどの戦いぶり。
あくまで仲間内での戦いでしかなかった王都のデュエルでは決して見せなかった、これがジョンの本当の姿なのだろうか?
それを考えると、なゆたはジョンの活躍を手放しで喜ぶことはできなかった。

「……なんてこと」

小さく呟く。
しかし、このままにしてもいられまい。なゆたは中断していたスペルカードの使用を実行した。
『高回復(ハイヒーリング)』をジョンに向けて切る。彼のダメージもこれで癒えることだろう。
それが終わると、なゆたはすぐに残り一体のヒュドラへ視線を向けた。

>みんなが心配だ。さっさと終わらせるぞ

眼下に、停止した列車の外へ飛び出していたエンバースの姿が見える。
今朝、なゆたはエンバースの雰囲気が以前とは違う、と指摘した。しかし、変わったのは雰囲気だけではなかったらしい。
戦闘方法までが変わっている。今までのエンバースの戦い方はそれこそ先ほどのジョンのような戦い方だった。
それが、何か――ロープか鞭のようなものを併用しての戦い方になっている。

「……あれは……」

よく見れば、エンバースの左手にはいつの間にか一台のスマホが括りつけられていた。
その割れた液晶画面から、一瞬ロープ状の何かが飛び出しては巧みにヒュドラを翻弄している。

「あれは……モンスター……?」

エンバースはスマホを持たないと思っていた。だが、どうやらそれは違ったらしい。
どういったいきさつでエンバースがスマホを解禁したのかは知らない。が、パワーアップには違いあるまい。
『俺以上に強いプレイヤーなんて存在しない』――圧倒的な自負心を裏付ける確かな強さで、エンバースはヒュドラを撃破する。
こともなげに列車の屋根へ帰還したエンバースを迎えると、なゆたはぱちりとウインクしてサムズアップした。

「おかえり!」

>……みんな、無事みたいだな

「ん……そうね。とりあえず……」

なゆたは頷いた。明神は力尽き、ジョンは血まみれになってしまったが――まだ、全員生きている。
不安はない訳ではないが、今はこのままの勢いで行くしかない。

162崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:46:30
ヒュドラを排除し、魔法機関車がふたたび虹のレールの上を走り出す。

「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」

「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

なゆたの号令にマホロが大きく右腕を振り上げ、守備隊が同調する。
スペルカードのまばゆい光が一瞬、魔法機関車の中を遍く照らし――
そして。300人のユメミマホロが爆誕した。

「うーん。300(スリーハンドレッド)って感じ」

《なゆちゃん、それ負け戦やから言うたらあかんよ〜?》

自分を含めて列車中の人間が全員ユメミマホロになったのを見てなゆたが呟き、みのりがツッコミを入れる。

『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

ボノがアナウンスする。何度か妨害はあったが、想定の範囲内だ。
作戦は順調に進行中と思っていい。あとは、本陣に乗り込むと同時に300人のマホロで攪乱し、帝龍本人を押さえる。
マホロを手に入れたい帝龍は変身した兵士たちをむやみに傷つけられない。うまく行けば、戦いは一瞬で終わる。
そう――

【うまく行けば】。

ガガガァァァンッ!!!!!

「きゃあああああッ!!」

またしても、激しすぎる衝撃が魔法機関車を揺さぶった。
トカゲやヒュドラの比ではない、巨大すぎる衝撃だった。機関車の鎧戸が一撃で吹き飛び、車体がミシミシと悲鳴を上げる。

「ボノ! またヒュドラ!?」

『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』

「一番の質量……!?」

『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

ガゴォォォォォォォォォンッ!!!!

横殴りの凄まじい衝撃が魔法機関車全体を襲う。そのあまりの威力に、機関車はただの二撃で虹の軌条から脱線し高く宙を舞った。
先頭車両からすべての客車含め、総重量400トンはあろうという列車が、まるで鉄道模型か何かのように――である。
このまま落下して地面に叩きつけられたら、全員終わりだ。
といって、全員を列車から退避させる方法などない。退避させるとしても、宙に飛ばされた今どこへ逃がすというのか。
万事休す――そう、思ったが。

《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》

スマホからバロールの声が聞こえてくる。
その瞬間、何者かによって虹の軌条の外へ弾き飛ばされた魔法機関車の足元に再度レールが現れる。

《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

吹き飛ばされたまま、ほとんど水平に倒れた姿勢で、魔法機関車は空中に敷かれたレールを突き進む。
先ほどのループコースターと違い、今度は重力操作の魔法のお陰で客車内の人間がひっくり返ることもない。
魔法を扱うのに必要なのは『認識』と『決定』。
どんなに優れた魔術師でも、魔法を行使する際にはこれから使う魔法と自らの魔力を認識しなければならない。
よって、魔法を使うのはひとつずつ順番に、ということになる。熟達した魔術師なら、その時間を限りなく短縮できる――が。
バロールはそれを『同時に』3つやってみせた。これは本来、頭が3つ付いてでもいない限り不可能な芸当である。
それをこともなげにやって見せるあたり、継承者筆頭の面目躍如といったところか。

《慣れれば明神君もこの程度の芸当はできるようになるさ! 頑張ろう!》

無茶だった。

163崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:50:19
なおも帝龍本陣へと突き進む魔法機関車だったが、軌条問題は解決したものの何れにせよ長くは持ちそうになかった。
二度の横殴りの攻撃に、車軸は歪み車輪もいくつか外れてしまった。走りながらも、客車がギシギシと嫌な音を立てる。

《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》

「は、はいっ!」

前方に巨大な天幕と防護柵、駐屯している敵兵士たちの姿が見える。
みのりが鋭い声で注意を促す。なゆたは頭を押さえて蹲った。
マホロや兵士たちも手近なものに掴まったり、床に身を屈めたりして衝撃に備える。

ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

最終的に魔法機関車は完全に横倒しになり、地面に不時着して百メートル近く巨大な溝を刻みながら止まった。
同時に先頭車両の機関部が黒煙を上げる。完全に故障してしまったらしい。

『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』

「いたた……。みんな、大丈夫……?」

ひっくり返ったボノのアナウンスを聞きながら、全員の安否を確認する。
マホロや兵士たちは無傷だ。それから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの様子を確かめ終わると、なゆたは立ち上がった。

「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」

「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

最初に客車からマホロに変身したなゆた、カザハ、エンバースが出、それから本物のマホロと兵士たちが出る。
魔法機関車が突然本陣に突っ込んできたあげく、中から大量のユメミマホロがワラワラ現れ、帝龍本陣は当然のように混乱した。

「なっ、何事アル!?」

本陣の奥にある天幕の中で、帝龍が叫ぶ。

「申し上げます! ユメミマホロが現れました! その数、多数!」

「おまえは何を言っているアル!? そんなバカな話――ぬおおおおおおお!?」

監視カメラのようなものでもあるのか、天幕内の様子をスマホでチェックした途端、帝龍は驚愕に目を見開いた。
ユメミマホロが攻めてきた。それもたくさん。
その数は200人は下るまい。そのキャラクター造型の隅々まで知悉している帝龍から見ても、全員本物のユメミマホロだ。

「って、そんなワケがあるかアル! 幻術か何かに決まっているアル!」

「ドゥーム・リザードとヒュドラを解放し戦わせますか?」

「待つアル! この中に本物のマホロがいるとしたら、迂闊に手は出せないアル……!
 モンスターは出さないアル、兵士どもで対応しろアル!」

「はっ!」

本陣を守備しているニヴルヘイム側の兵士たちが、ワラワラと散開してゆく。
帝龍本陣を防衛している兵士たちは100人程度。こればかりはアコライト外郭守備隊の方が多い。

「くそッ! アルフヘイムの連中、こんな策で!」

帝龍は歯噛みした。
そして――戦場と化した帝龍本陣の中に、弾むような疾走感のあるイントロが爆音で流れ始めた。
ユメミマホロの代表曲、『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。

「さあ――派手に始めちゃおう!
 あたしの歌……あたしの想い! 大切なみんなへ届けるよ!」

守備隊兵士たちの中に紛れながら、本物のマホロが歌い始める。
魔術に堪能な兵士の『拡声(ラウドヴォイス)』『音響(サラウンドアクション)』の魔法により、陣地の隅々まで歌声が届く。
なぜか七色のレーザービームが飛び交ったり、白煙が噴き上がったりしているが、これも兵士たちの仕業だろうか。
同時に、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と兵士たちの身体が淡く輝く。
自身を除く味方全員のDEFを大きく上昇させるマホロのスキル、『信仰の歌(クレド)』だ。
この戦場でマホロの歌を聴いている限り効果が持続するという優れものである。

164崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 22:01:52
「帝龍――――――ッ!!!」

マホロの歌を背後に聴きながら、なゆたは一直線に帝龍本陣を駆ける。
行く手を遮る敵兵たちには一顧だにしない。カザハとエンバースに露払いを任せる。
そして――
やがて、前方にひときわ大きな天幕が見えたとき、なゆたの眼差しは確かにその前に佇む煌帝龍の姿を捉えていた。

「チィ……存外早かったアルネ。
 魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
 我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
 窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル」

一分の隙もないスーツ姿の、先日見た姿と同じ帝龍が目の前にいる。
その傍らには、真紅のマントを纏い白銀色の全身鎧にハルバードとカイトシールドを装備した重装騎士が一体控えていた。
ヤマシタと同じ『動く鎧』、その上級モンスター『ロイヤルガード』である。
その名の通り、帝龍の護衛を務めているのだろう。
なゆたは自分にかかった幻影を解除すると、腰の細剣を抜いて切っ先を帝龍へと突き付けた。
同時に、カザハとエンバースの幻影も解ける。

「見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
 ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!」

「寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
 依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル」

「強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
 こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
 あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!」

地球で開催されたブレモン世界大会でも、帝龍の使っていた戦術は経済力にものを言わせた力押しだった。
『大軍に兵法なし』とはよく言うが、圧倒的な兵力の差の前にはちゃちな小細工など何ら意味をなさないのである。
ただ、なゆたたちはその物量差を奇襲によって補い、ユメミマホロに化けることで封じた。
あとは、帝龍を護るロイヤルガードさえ片付ければ、帝龍は丸裸だ。

「ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
 それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
 ――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!」

ゴウッ!!

帝龍の指示によって、ロイヤルガードが一気になゆたたちへ突っかけてくる。
身長が2メートル近くあり、鈍重に見える全身鎧の重装騎士だというのに、凄まじく速い。
あっという間に帝龍となゆたたちの間に躍り出ると、ロイヤルガードは眼にも止まらぬ速度でハルバードを振り下ろした。
その標的はエンバースだ。
さらに、ロイヤルガードはエンバースへと二合、三合と矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。
魔物の本能から、三人の中ではエンバースを一番最初に潰すべき――そう判断したのかもしれない。
面頬の奥で炯々と輝く双眸が、エンバースを確かに補足している。

「三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
 カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!」

なゆたもポヨリンを前線に出し、ロイヤルガードに吶喊させる。
だが、三対一の多勢に無勢をもってしてもロイヤルガードを撃破することは容易ではなかった。
ロイヤルガードは上級モンスターではあるが、準レイドやレイドといったモンスターではない。
だというのに、このロイヤルガードは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』三人と互角以上に渡り合っている。

「くふふ! 無駄無駄、無駄アルヨ!
 そのロイヤルガードはワタシが金に糸目をつけずに育成した特別製! そこらの同種族とはまるでモノが違うアル!」
 
ぐぉん、と旋風を撒き、ロイヤルガードは頭上で軽々とハルバードを振り回した。
帝龍の言うとおり、このロイヤルガードは相当に鍛え込まれているらしい。
使用に相当の熟練を要するはずのハルバードを、まるで自らの手の延長のように取り廻してエンバースを攻撃する。
巧みに間合いを図り、ポールウェポンの利点を活かして中〜遠距離からエンバースに対して揺さぶりを掛けてくる。
といって、長柄武器の弱点である懐に飛び込めばいいというわけでもない。むしろ、それは罠である。
軽率に懐に飛び込めば、カイトシールドによる強力無比なシールドバッシュが待っている。
フラウの触手によるハルバードの奪取を試みようとしても、すぐにシールドによって防がれてしまうだろう。

165崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 22:03:56
「ポヨリン! 『てっけんせいさい』――!」

『ぽよよっ!』

ポヨリンが全身を巨大な右拳に変え、ロイヤルガードを殴りつける。
が、浅い。全力の殴打は危なげなくカイトシールドによって防がれてしまった。
ロイヤルガードも地属性のモンスターである。やはり、ポヨリンとはどう考えても相性が悪い。

「ぐ……」

簡単に跳ね返され、ぽよんぽよんと地面を転がって足許に戻ってきたポヨリンを見て、なゆたは歯噛みした。
ただ、なゆたの攻撃が通らないのとは逆にカザハの攻撃はある程度ロイヤルガードにダメージを与えることができる。
風属性は地属性に強い。その効果が如実に表れている。
とはいえ、もともと非力なカザハの攻撃では帝龍特製ロイヤルガードの堅牢な装甲を破るには心許ない。
この場でロイヤルガードを倒せるとしたら、やはりエンバースだけなのだろう。
……しかし。

《あーあ、見ちゃいらんないなぁー! じれったいったらありゃしない!》

不意に、カザハの中で。胸の奥で。魂の一番深いところで――

声が、聞こえた。

《アッハハハハハッ! なーに驚いてるのさ? フュージョンするって言っただろ? フュー! ジョン! はーっ! てね!
 それなら当然、ボクだってここにいるさ。なんにも不自然なことじゃないよね?
 今までずーっと、おとなしく黙って見てたんだけど……そろそろ口出す頃合いかなーって!》

心の中の声はケタケタと能天気に笑っている。
その声に、カザハは聞き覚えがあることだろう。
それは、遠い記憶。遠い遠い“一巡目”の記憶。
善を嘲り、正義を罵り、ありとあらゆる生命を弄んだ――ひとりの外道の声。
声の主はなおもカザハに語り掛ける。

《こーんなクソザコナメクジ相手に何やってんのさ? ひょっとして遊んでる? 舐めプしちゃってますー?
 それならそれでいいけどさー。ボクとしてはもーちょっと、しっかり強さをアピールしてもらわなくっちゃさぁー。
 でないと――》

カザハの心の中で、じわじわと何かが凝固してゆく。
魂の底に沈殿していたものが浮き上がり、形を成してゆく。
禍々しい形状の闇の鎧を纏い、目庇で素顔を覆った魔将軍の姿へと――。
そして。



《――ボクの復活が、ド派手に演出できないじゃないのさ――?》




にたあ……と、粘つくような声で。
幻魔将軍ガザーヴァは嗤った。


【帝龍の本拠地に突撃。300人のユメミマホロで敵陣を攪乱。
 なゆた、カザハ、エンバースの三名は帝龍特製ロイヤルガード・カスタムと戦闘。
 幻魔将軍ガザーヴァ、カザハの中で蠢動。】

166カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:00:56
>「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」

「よしきた……ってこっちはいいけど明神さんは大丈夫!?」

そう言いながらもヤマシタさんを後ろに乗せる。今までに明神さんがヤマシタさんと離れて戦っているのを見たことが無い。
私のカマイタチは無数の首に阻まれるが、これはフェイント。
ヤマシタさんが放ったスキルで強化された矢を、カザハが更に突風で後押しする。

「『シュートアロー』!」

と言えば格好よさげだが、初期レベルシルヴェストルでも持っている風を少し操る力にそれっぽい技名が付いているだけだ。
まだ単体で攻撃するにはとても及ばず、放たれた矢の強化ぐらいにしか使えない。
それにしてもお前スキル使えたんかい!とツッコミが入りそうだが、今までの戦いで使わなかったのは、
「カードせつやく」状態でなければカードを使った方が圧倒的に強いからだ。
ちなみにカザハが今持っているカードは何故か初期装備で持っていたもので、しかもそこそこ高レベルのシルヴェストルのスキルを再現したもの。
ついでに、装備品こそ裸一貫(グラフィック的な意味ではなく装備品無し的な意味で)
だったものの、なゆたちゃん達と合流するまでに充分な量のクリスタルも何故か持っていた。
転移してきた当初はこんな疑問を持つ余裕も無かったが、ブレモンは当然そこまでサービスが良いゲームではない。
これは何者かの作為が働いた結果なのか、そうだとしたら誰なのだろうか――
そんな思考は、ヒュドラの断末魔に中断された。
ヤマシタさんの撃った矢は、ヒュドラの弱点にあやまたず直撃したのだった。

>「よし、まずは一匹!」

ガッツポーズを交わす明神さんとカザハ。
そういえば最初のミドガルズオルム戦では成り行きでみのりさんとタッグを組み、
その次のクーデター騒動では敵同士だったので明神さんとはこれが初めての共同作業となる。別に意味深な意味ではなく。
勢いづいた明神さんは魔法の詠唱をはじめ、カザハがズレた心配をする。

>「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」

「魔法!? そんなにいきなり覚えて尻から出たりしない!?」

効果は若干ショボかったが幸い魔法が尻から出ることは無かった。
そういえばモンスターのスキル使用やブレイブのカード使用はゲージを消費するが、
ブレイブのスキル使用はシステム外の行動なのでゲージを消費しないのだろうか。

>「ヤマシタ、『閃光弾』!」
>「『影縫い(シャドウバインド)』――!」

2体のヒュドラの動きが止まる。

「凄い……! ずっとボク達のターンじゃん!」

――と思ったら。

>「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」
>「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」
>「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」

「マジで!?」

167カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:02:19
魔法で力を使い果たした明神さんはへたりこんでしまい、しかも標的が向こうに移ってしまった。
これではヒュドラの格好の餌食だ。

>「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」

「ちょっとー! こっちこっち! 明神さん達は忙しいの! 君達の遊び相手はボク!」

私は一生懸命風の刃を放ち、カザハが変顔などしてみるが、当然効果は無い。
まあ、リーチ外から攻撃してくる相手を狙っても無駄なのは少し考えれば分かるので
ああ見えて意外とある程度は知能があるのだろうか。
ついにヒュドラの一体が列車に接近し、明神さんやジョン君を薙ぎ払いにかかる。

「ヤバイヤバイ逃げて逃げて!」

>「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」

ジョン君が意識朦朧状態の明神さんをぶん投げた。
人間一人をぶん投げるなんて凄い力だ――なんて感心している場合ではない。
ちょっと前に普通の人間より遥かに軽いエンバースさんを落っことした気がしますが!?

《背に腹は代えられない! 『フライト』を……って駄目か!》

確かエンバースさんが落っこちた時もフライトがかかっていたのだ。
本人が意識朦朧としていたり急なことに対応できなかったりすると意味が無いと思われる。
あの時は落っことしても腰を打つだけで済んだけどここで落ちたらあっという間にヒュドラの餌だ!
いや、あれは引っ張り上げようとしたのが失敗だったわけで下から受け止めれば――
というわけで私は明神さんの軌道下に全速力で滑り込んだ。

《カザハ、頼んだ!》

「『レビテーション』!」

当然カザハにはそのままでは落ちて来る人間一人を受け止める力はとてもないが、風をクッションにして受け止めることに成功。
一瞬お姫様抱っこのような体勢になり、抱えるように前に座らせる。

「ナイスパス、ジョン君……ってええええええええ!?」

明神さんを受け止めることに必死だった私達は、ジョン君がとっくに薙ぎ払われて落ちていることにようやく気付いたのだった。

>「雷刀(光)!プレイ!」

ジョン君は赤いオーラのようなものを纏い、ヒュドラと互角以上に戦っていた。
彼もいつの間にか何かのスキルを習得したのだろうか。

>『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』
>『しねええええええええ!』

狂戦士のような雄たけびと共に、ジョン君はヒュドラの一体にとどめを刺した。

「ジョン君、またキャラ変わってる……」

少し怖い気もするが、少なくともヒュドラの餌になるよりはずっといい。
戦いを終えたジョン君に、なゆたちゃんが若干引きつつも『高回復(ハイヒーリング)』をかける。

168カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:04:19
「カケル、明神さんも回復してあげて」

《『トランスファーメンタルパワー』》

私の角が淡く輝き、明神さんを白い燐光が包む。ユニサスが持つ癒しのスキルの一つ、精神力を分け与え回復させるもの。
これで間もなく意識を取り戻すだろう。いったん明神さんを降ろすべく、列車の上に降り立つ。

「そういえばあと一体は……」

>「……みんな、無事みたいだな」

エンバースさんがしれっと何事も無かったかのように列車の下から戻ってきた。
私達が明神さんキャッチで大騒ぎしていた間にサクッと一匹倒してきたらしい。

「いつの間に一人で倒したの!? 身一つでトカゲ大平原に跳び下りて!?」

>「おかえり!」

「ナチュラルに出迎えた!?」

更に驚くべきことに、なゆたちゃんはこの事態に対して驚いて無いようだ。
エンバースさん、元から強いとは思ってたけどここまで強かったっけ!?

「はいヤマシタさん、明神さんをよろしく」

カザハはまずヤマシタさんを降ろし、明神さんの顔をまじまじと見て意外そうな顔をしてからヤマシタさんに引き渡す。

(これはアレだね、ラノベの文章で”平凡な外見”って書かれてたら挿絵では当然のごとく結構なイケてる顔に描かれてる法則だね。
いやぁ、起きてる時はいっつも小悪党みたいな表情してるから気付かなかったよ〜)

《何言っちゃってんのこの人!》

>「……みんな、無事みたいだな」

約1名血塗れ、約1名ヘロヘロ、約1名頭の中身が無事じゃない(元から?)気がするが、無事の基準を生きていることと定義すればまあ全員無事なのだろう。

>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

約300名のユメミマホロが爆誕する。カザハもバーチャル美少女受肉略して美バ肉し、マホたんの姿になった。

「美少女かぁ、前世を思い出すなあ! ……って言ってて自分で悲しくなるわ!」

ボケてみたはいいもののいたたまれなくなったらしく自分でツッコミを入れるカザハ。
確かに地球時代は地味黒髪眼鏡の陰キャだったのでぱっと見のイメージは今と全く違う。
が、元々中性的且つ年齢不詳の系統の割と整った顔でベース自体は今と一緒だった事に気付いているのは多分私だけだ。
もちろん精霊族補正やら何やらが入っているので今の方が120%増しぐらいにはなっているが――
――あれ? そもそも“前世”っていつのことだ!? 多分地球時代のことで合ってるよね!?

169カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:05:21
>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

「――目標確認、ヨシ!」

カザハは、帝龍の本陣の方を指さしながら人間には重力の関係上出来なさそうな珍妙なポーズをしている。

《何やってるんですか!》

「このポーズ面白くない!?」

>ガガガァァァンッ!!!!!

「アッ――――――!!」

カザハは奇声を発しながら吹っ飛んでいき、列車の壁に激突した。
幸いギャグキャラ補正もとい体重が軽いため大きなダメージは無く、すぐに復帰してくる。

>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
>「一番の質量……!?」
>『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

「さすがバロール様! ボク達に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる!あこがれるゥ!」

>《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
>「は、はいっ!」

ついに本陣に突撃する魔法列車。カザハも今回ばかりは真面目に手すりにつかまっていた。

>『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
>「いたた……。みんな、大丈夫……?」

「安否確認――ヨシ!」

>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」
>「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「レッツ・ブレーイブ!」

カザハは勢いよく腕を振り上げ、なゆたちゃんに続いて駆けだした。
かと思うと、一度だけ後方に残る明神さんとジョン君の方を振り返り、ふわりと微笑む。
ちなみに今のカザハは美少女――とだけ聞けば絵になりそうだが、明神さんもジョン君も背景のオタクも全員美少女というカオスな絵面でしかない。

170カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:06:41
「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」

そして――なゆたちゃんを先頭に私達は突撃する。

>「帝龍――――――ッ!!!」

「カケル――『ブラスト』!」

幸い向かってくるのは人間の兵士ばかりなので、私の突風のスキルで軽く吹っ飛んでいく。
おそらく本物のマホたんを傷つけることを恐れてモンスターを出すのを躊躇したのだろう。
帝龍を探すのに難航したらどうしようかと思ったが、それは杞憂だった。
親切にも分かりやすく大きな天幕の前に待ち構えてくれていたからだ。

>「チィ……存外早かったアルネ。
 魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
 我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
 窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル」

分かりやすくアル口調の中国人社長の傍らにはこれまた分かりやすく「護衛です」と言わんばかりの重装騎士が控えている。
帝龍自身に戦闘能力があるようには見えないので、実質重装騎士を倒してしまえばこちらの勝ちだろう。
なゆたちゃんが剣の切っ先を帝龍に突きつけ、投降を促す。ここで美少女タイム終了のお知らせ。

>「見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
 ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!」
>「寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
 依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル」
>「強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
 こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
 あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!」

「ついでに教えといてあげるとボクはともかくこの二人は滅茶苦茶強い! 投降するなら今だ!」

自分を差し置いて何故かドヤ顔で言い放つカザハ。

>「ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
 それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
 ――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!」

――うん、やっぱ素直に投降しないよね。
ロイヤルガードは何故かエンバースさんに集中攻撃を仕掛けてきた。
知能が高く、一番危険な相手が誰かを分かっているということだろうか。
これでは機動力に優れた私達が囮になる常套手段は使えない。

>「三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
 カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!」

「必殺! ――真空刃《エアリアルスラッシュ》!」

171カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:08:39
エンバースさんが相手から距離を取った隙に、カザハは今まで温存してきたカードを切る。
弱いモンスターなら軽く真っ二つになるカードなのだが――カイトシールドに少し傷を付けるだけに終わった。

「うっそ! 固すぎやろ……!」

盾もモンスターの一部と考えれば数値上少しダメージが入った形にはなるのだが、数が限られたカードを切ってこれでは先が思いやられる。

>「ポヨリン! 『てっけんせいさい』――!」
>『ぽよよっ!』

属性不利のポヨリンさんの攻撃に至っては、傷すらつかない。

「エンバースさんが引き付けてる間に地道に削るしかないか……カケル、『カマイタチ』!」

1回使うごとに敵に当たる風の刃数十個。一つ当たるごとにダメージ1か2ずつ、というところだろうか。
気の遠くなるような話である。敵のHPを削り切るより先にエンバースさんが力尽きそうだ。
エンバースさんを強化してやれば膠着状態を打破できるか?
空飛ぶ焼死体――エンバースさんは接近戦主体、敵の攻撃のリーチがかなり長い今回はあまり意味はないだろう。
瞬足の焼死体にした上で風属性の強化をかける――これしかなさそうだ。

「――瞬足《ヘイスト》!」

まずはエンバースさんは順当に瞬足の焼死体に進化。
次はゲージが溜まり次第『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』ですね分かります。

《えっ……》

次の瞬間、敵のハルバードが眼前に迫っていた。一瞬にして距離を詰めて標的をこちらに移してきたのだ。
だってずっとエンバースさん一点集中だったからいきなりこっちに来るなんて思わないじゃん!?
なんとか刃の部分で斬られることだけは避けたが、胴体を強打され、カザハもろとも吹っ飛ばされた。

「うわっ……ロイヤルガードのKY力、高すぎ……」

落下時に頭を打ったカザハは、転職CMのパロディのようなことを言いながら気を失った。
この場合のKYは空気読まないの略ではなく危険予知の略らしい。
私達がエンバースさんの強化を始めたのを見て阻んできたのか――そうだとしたらマジでKY力高すぎですよ……

172カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:10:17
気付けば私は、漆黒の闇の中にいた。カザハの姿は見えないが、闇の中から声が聞こえてきた。

>《あーあ、見ちゃいらんないなぁー! じれったいったらありゃしない!》
>《アッハハハハハッ! なーに驚いてるのさ? フュージョンするって言っただろ? フュー! ジョン! はーっ! てね!
 それなら当然、ボクだってここにいるさ。なんにも不自然なことじゃないよね?
 今までずーっと、おとなしく黙って見てたんだけど……そろそろ口出す頃合いかなーって!》

そして私の目の前には、私と瓜二つの――しかし色だけを漆黒に反転させたような天馬がいた。
闇の天馬ダークユニサス――作中では幻魔将軍ガザーヴァの騎馬として有名である。

《ついに始まったようですね……ああ、あなたと争うつもりはありません。
あちらの主導権を握った方の相方が主導権を握る――そういう事になっていますから。
とはいえあなたの姉さんが勝つ可能性は万に一つも無いですけど》

(いきなり何を……!? お前は誰だ!?)

《申し遅れました。わたくしは幻魔将軍の騎馬”ガーゴイル”――
ガザーヴァ様がノリでこんな名前付けちゃったせいで石像に擬態させられたり大変だったんですよー》

(どーでもいいわ!)

何が何だか分からないが、ということはあの声は幻魔将軍ガザーヴァということか。

(姉さん! そいつの言う事に耳を貸しちゃ駄目だ!)

>《こーんなクソザコナメクジ相手に何やってんのさ? ひょっとして遊んでる? 舐めプしちゃってますー?
 それならそれでいいけどさー。ボクとしてはもーちょっと、しっかり強さをアピールしてもらわなくっちゃさぁー。
 でないと――》
>《――ボクの復活が、ド派手に演出できないじゃないのさ――?》

カザハが、漆黒の鎧を纏った魔将軍と向かい合っているのが見えてきた。

「復活なんてさせないよ。主導権はこっちにあるんだから。
ボクがボクである間に命を絶ったら……君は復活できないんだからね?」

一見強気に言い返して見せるが、私には分かる、精一杯の強がりだ。

《それが出来るぐらいなら君はボクの誘いに乗らなかった――
どうしても仲間達が世界を救うところを見届けたかったんでしょ? 違うかい?》

「全部お見通しってわけだ……」

カザハは、泣きそうな笑い顔で私に語り掛ける。

「ねえカケル、ボク達って本編未プレイだと思ってたら実は大昔にリアルにプレイしててさ……
でもベストエンディングに辿り着けなかったんだよね……。
それでつよくてニューゲームの餌に釣られて憎き仇敵に魂を売ったんだ……
君も巻き添えに……ごめん、ごめんね……」

173カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:11:18
(そこまでして見届けたかったんでしょ!?
だったら今度こそベストエンディングを見届けようよ! 命を絶つなんて言ったら駄目だ!)

「でも……こいつに乗っ取られたら……みんなを殺しちゃうかもしれない……!」

カザハは膝を突いて大粒の涙を零して泣いていた。
風の精霊であるシルヴェストルが実際に泣くことがあるのかは定かではないが、ここは精神世界なのでそういうこともあるのだろう。
私はどうすることも出来ずに立ち尽くしていた。

「あ……」

ふと、手首につけてある札に目を止めるカザハ。
『聖女の護符』――出撃前に、何故か明神さんがカザハにくれたレアアイテム。
カザハがまず額に貼り付けて明神さんが「装備箇所がちゃうわ!」系のお約束(?)のツッコミを入れるというやり取りを経て受け取っていた。

「バカだなあ、明神さん……敵、地属性ばっかじゃん……。
でもさ、大正解だったよ。もしかしてこうなるの知ってた……?
それに“ちゃんと忘れずに装備しとくんだぞ”とかツボ押さえすぎだから!」

カザハは腕で涙を拭うと、すっくと立ち上がり、幻魔将軍をびしっと指差す。

「勝負だ幻魔将軍―― ボク達は昔一度勝ってるんだから……次だって負けない!」

《総力戦の末に二匹掛かりで相打ちで勝ってるって言うんかーい! あははは! 大した自信だね!》

「それにね……万が一乗っ取られたら……明神さん達が君を倒してくれる。
君なんて自分では凄い黒幕のつもりかもしれないけど地球出身のブレイブから見ればバロール様のパシリの単なる中ボスなんだから!」

《フフフ、曲がりなりにも仲間だった者と同一存在を倒せるのかな?》

「大丈夫、明神さんは史上最強のクソコテでレスバトラーだから! ボクの振りして騙そうったってそうはいかない!」

《クソコテでレスバトラーって全く褒めてるように聞こえないぞおい!》

「そんな事よりつよくてニューゲーム頼むよ? そういう契約だったよね?
君のお望み通り強さをアピールしてあげるからさ。ただし絶対君には出来ないボクなりのやり方でね」

《そう来なくっちゃ面白くない! せいぜい楽しませてもらっちゃおっかなー!》

174カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:12:14
――意識が戦場に戻ってくる。どれくらい気を失っていたのだろうか。
それは定かではないが、エンバースさんも、なゆたちゃんもまだ持ち堪えていた。

「カケル、行くよ!」

カザハがひらりと背に飛び乗る。

《カザハ……》

「話は後だ! まずはアイツを倒すよ!」

背に乗ったカザハの魔力が爆上がりしているのを感じた。しかし考えてみれば、今までが弱すぎたのだ。
初期装備カードの謎の充実っぷりと飛行能力というゲーム上で表現される域を遥かに超えたアドバンテージでなんとなく誤魔化されていただけで。
なゆたちゃん達は本編クリアーは当然でその後のコンテンツまでやり込んだ状態のモンスターと一緒に転移してきたわけで、
本編のガザーヴァとの決戦時の能力値に補正されたところでまだ足りないぐらいかもしれない。
しかしそれでも相当な上級魔法系スキルをバンバン使えちゃったり!?

(……あっ、魔法思い出せない。復元されたの能力値だけみたいだわ。あ・の・アコライト解体工事総指揮官め!)

《はあ!? それじゃあ魔力だけ高くても意味無いじゃん!》

(まあ意味無くはないかな――術式はこのカードに入ってるからね)

カザハは思わせぶりにスマホから残り一枚の『真空刃《エアリアルスラッシュ》』のスペルカードを取り出した。

《でもそれ、さっき殆ど効きませんでしたよね……?》

「見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!」

カザハは腕を一閃して風の刃を放つ。案の定最初の時と同じようにカイトシールドに阻まれた――
……かと思ったが、一瞬後、カイトシールドはまるで漫画のようにスパッと真っ二つになって地面に落ちた。

175カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:12:55
《嘘……!》

「寝てる間にレベルアップしちゃったみたいで。睡眠学習ってやつ?」

カザハは謎の言い訳をしながら、戦線離脱中に溜まっていたゲージを使って次のカードを切る。

「『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!」

『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』の対象は通常一体。
カザハはそれを3倍――否、ブレイブとパートナー全員分なので6倍に拡大してかけた。
魔法自体は覚えていなくても、カード使用時に魔力を使って威力や範囲の強化が出来るということか。
ところで人間が使う魔法は学問的なものらしいが、魔法っぽいスキルを使うモンスターが皆が皆文字が読める程知能が高いわけではない。
両者は似ているように見えて根本的に別の物なのか、理論的に使うか感覚的に使うかの違いで本質的には同じものなのか――
それは私には分からないが、何はともあれ防御の要だったカイトシールドが破られ、全員の攻撃が相手の弱点属性である風属性となった。

「さあ――勝負はここからだ!」

個人の圧倒的な力で敵を薙ぎ払うのではなく皆を強化して連携して倒す―――
カザハはその宣言通り、友軍すら見境なく蹴散らしていたあの現場将軍には絶対不可能なやり方で勝利を掴もうとしていた。

176明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:04:53
油断も慢心も、なかったはずだった。
それでも、魔法とかいう超絶パワーを手にして、舞い上がってたとしか言いようがない。
中学生で卒業すべき全能感は未だに俺の脳みそにこびりついていて、そのツケは思ったより早く訪れた。

>「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」

頭の上をジョンの警句が通り過ぎる。
耳に入って来ない。想像以上の疲労感が、感覚器さえも埋め尽くす。
やべえやべえと理性が忠告するも、肝心の足はぴくちり動いちゃくれなかった。

魔法攻撃を受けたヒュドラの、多頭に光る無数の眼が、俺を見据える。
ばっちりヘイトを稼いじまって、奴らのタゲは今俺に向いていた。

蛇の首が鞭のようにたわむ。
……これはアレだ、キリンさんが縄張り争いでやるやつだ。
あの巨大質量で薙ぎ払われれば、この狭い屋根の上に逃げ場なんてない。

「やべ……」

風を切り裂くヘッドバッドが降ってくる。
回避は間に合わない――。

>「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」

「ぐえっ!?」

瞬間、ジョンが俺の襟首を掴んで屋根の外へ放り投げた。
三半規管を蹂躙する慣性の暴力。血流が脳に届かず失神しそうになる。
吹っ飛ぶ寸前の意識の中、いやにゆっくり流れる視界に、俺をカザハ君に託したジョンの姿が映った。

>「明神をたの――――」

声が最後まで俺の元に届くことはなく。
ジョンは、俺の代わりに部長ごとヒュドラの頭部に薙ぎ払われた。

「ジョン……!!」

同時、回り込んでいたカザハ君が俺を抱きとめる。
地面との激突はなんとか免れた格好だが、安堵できる要素は一つもなかった。

「助かった!けど俺よりジョンのことを……」

すぐにジョンの方へ目をやれば、あいつは血の尾を引きながらヒュドラの足元へ転がり、
息も絶え絶えになりながら立ち上がろうとしていた。
生きてはいる。だが負ってしまったダメージはあまりに甚大だった。

当然だ、あのクソぶっといヒュドラの頭部で打擲されて、生身の人間が無事でいられるわけがない。
それこそ車にハネられたようなもんで、即死してないのが不思議なくらいだ。

177明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:05:44
なんぼ武道の心得があろうが、人間は軽自動車にも勝てない。
空手も柔道もやってねえ軽自動車にだ。
事実、たった一撃でジョンは満身創痍。左腕は変な方向に曲がっちまっている。

「く……そ……」

今すぐにでもあいつを助け出してやらなきゃならないのに、俺は未だに身体が動かなかった。
目は霞み、耳に入ってくる音もどこか遠い。空気がうまく肺に入っていかない。
気を抜いたらそれだけで意識が飛びそうだ。

ジョンは俺を庇ってヒュドラの痛打を受けた。
否応なしに、リバティウムの記憶が蘇る。手の中で冷たくなっていく、しめじちゃんの感触を思い出す。

……ふざけやがって。二度もおんなじ思いしてたまるか。
俺がすべきことはお馬さんの上で打ちひしがれることか?違うだろ。
できることを今すぐ探せ。ジョンをあのクソ蛇の足元から救い出す方法を考えろ。

「ヤ、マシタ……『狙い撃ち』……」

曖昧すぎる指示にもパートナーは応え、ヤマシタが弓に矢を番える。
もう不意打ちは効かない。弱点に届く前に撃ち落とされるだろうが……それでも。
何も出来ずにエカテリーナにおんぶに抱っこだったあの時とは違うって、証明してみせろ!

風を切って矢が飛ぶ。
ヒュドラの頭部が翻り、ハエでも払うように叩き落とす。
俺にできることはこれが精一杯。だけど、少しでもヘイトが稼げたなら……今はそれで十分だろう?

ジョン。
あいつはスタボロになりながらも、無事な方の手でスマホを握っていた。
戦意を喪失していない。奴もまた、この状況でできることを模索している。

ヒュドラはジョンを『人質』にすると同時に、多頭の一つでその動向を観察していた。
なにか反撃に動こうものなら、すぐにでもトドメを刺せるように。
なら、わずかにでもヒュドラの注意を引いて、ATBゲージを消費する隙を作る。

>「雷刀(光)!プレイ!」

果たせるかな、ジョンはスマホを手繰った。
カードは発動し、生成された装備ユニット――雷刀を手に、立ち上がる。
同時に、奴の身体に赤いオーラめいた燐光がまとわりつくのを見た。

パーティクル・エフェクト――スキル発動の証だ。
俺が魔法をコソ練してたのと同じように。なゆたちゃんがお姉ちゃんに師事していたように。
あいつもまた、スキルを習得していたのか?

>『アハハハハハハ!』

人が変わったような哄笑を上げながら、ジョンは吶喊する。
一歩ごとに血がこぼれ落ちるような満身創痍で、足運びだってメチャクチャだ。
それなのに、気圧されたようにヒュドラは嘶く。全力で叩き潰しにかかる。

178明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:06:13
>『甘い!』

一度は瀕死にまで追い込まれた必殺の一撃。
それをジョンは身の捻りだけで躱し、カウンターまでぶち当てて見せた。
切り飛ばされた頭部が宙を舞う。

「どうなってんだあいつの身体……」

誰が見たって、飛んだり走ったりできるような怪我じゃなかった。
だけどジョンはダメージなど意に介さないかのように、凄まじい勢いでヒュドラの巨躯を登攀していく。
瞬く間に首の根本――弱点までたどり着き、間髪入れずに斬撃を加えまくった。

>『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』

罵声を浴びせながら刀を振るうその姿は、まるで別人だ。
少なくとも俺の知るジョン・アデルは、紳士的であらゆる振る舞いに理性を感じさせた。
だが目の前でヒュドラを蹂躙するこの男は……一体、誰だ?

>『しねええええええええ!』

雷刀の効果で麻痺したヒュドラ。
無防備なその中枢に、ジョンは刃を深く突き立て、刳りぬいた。
間欠泉のように湧き出す血飛沫を慈雨のように浴びながら、ジョンの顔には笑いが張り付いていた。
獰猛な、獣が牙を剥く仕草に由来する――笑みが。

>「ジョン君、またキャラ変わってる……」

「変わったんじゃなくて、『戻った』のかも、知れないぜ……」

ジョンは、メディアが囃し立てるような聖人君子のヒーローではないと、俺はもう知っている。
あいつの本当に護りたいものが、人類みんななんかじゃなくて、ごくわずかな『友達』だってことも。
カザハ君の身も蓋もないコメントを頭上で聞きながら、今度こそ俺は意識を手放した。

 ◆ ◆ ◆

179明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:07:23
目はすぐに覚めた。
多分カザハ君あたりがなんか回復魔法みたいなのをかけたんだろう。
朦朧とする意識でカケル君の背に臥せってる間、ずっと温かいなにかが流れ込んできていた。

「――そうだ!ジョンは!?」

ヤマシタに肩を借りながらあたりを見回す。
視界は明瞭、耳鳴りもしない。ゴリゴリ削れた精神力もなんとか持ち直してる。
ダメージの大きさで言えば、よほどジョンの方が心配だった。

ジョンもまた列車の上に戻ってきていた。
こっちも魔法による治療を受けたのか、出血は止まっている。

「足、ついてる、な……良かった。助けられちまったなヒーロー」

ばつの悪さを噛み殺して、俺はジョンの胸板を軽く叩いた。
俺が自分の能力も顧みずに魔法ぶっぱしてなけりゃ、こいつが庇って怪我することはなかった。
こいつのダメージの95割は俺の責任だ。

……「悪かった」とか、「もう無茶はしない」とか、言うべきなんだろう。
だけど、ジョンはそういう言葉を求めてなどいないと、なんとなく俺には分かった。
友達が友達を助ける。至極当たり前の行動規範に、こいつは準じてみせたのだから。
礼だけ述べて終わりになんてするつもりはない。

「借りひとつだ。こいつはデカいぜ」

俺もまた、その友情に、応えよう。

「しかしお前、ハンドル握ると豹変するタイプだったんだな……。
 ヒュドラ君ドン引きしてたもん。名古屋に来るときは俺呼べよ、運転するから」

こいつのアッパー加減で名古屋走りかまそうもんなら即日廃車確定だ。
生きて県境を跨ぐことはできまい。公道という名のバトルフィールドじゃけえの。

>「……みんな、無事みたいだな」

いつの間にか戻ってきたらしき焼死体が戯言を垂れた。

「はあーっ?お前目ン玉付いてんのか!?あっ付いてないね、ごめんね!
 『無事』ってのは『死んでない』って意味じゃないんですよ!」

残りのヒュドラが片付いている。しまった、こいつのバトルシーン見逃した。
奴の手には画面パキパキのスマホがある。いつの間に復活したんだ。

>「ん……そうね。とりあえず……」

なゆたちゃんも俺達の惨状を見てなにか言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。
なにはともあれ、欠員が出ることなく、俺達はヒュドラを撃退しおおせた。
スペルも殆ど使ってない。戦力を温存したまま、本陣へ切り込める。

>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」

「よっしゃああああああああああッッッ!!待ってました!!!」

スマホから光が降り注ぎ、俺の肉体が変性していく。
マホたんクリソツのホログラムをおっ被り、今ここに俺と言う名の美少女が爆誕する!!

「新米Vtuber・笑顔きらきら大明神……受肉完了!」

180明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:08:31
鏡がないのでイマイチ実感がないが、見える範囲では完璧にマホたんと化している。
わぁ……お手々ちっさいねぇ……足もめっちゃ細い。
背が低くなったのに視点に違和感がないのは、あくまでこれが幻影だからだろう。

「これが……俺……!?」

鎧もヘッドセットも実装されてるのに、重量は感じない。
そして視界の端に揺れる金色は、マホたんのアイデンティティであるツインテール!

「見てみ、これ見てみ?……ファサッ!」

ツインテールのあるあたりに手をやると、手応えもないのにツインテがふわりと翻った。
こ、これは……なにかに目覚めそうだ……!心まで美少女になろうとしている!
わたくし残酷ですわよッ!
オタク共に無自覚で無防備な愛を振りまきたいが、そいつらも一律マホたんと化していた。

>「美少女かぁ、前世を思い出すなあ! ……って言ってて自分で悲しくなるわ!」

カザハ君がしみじみと感慨を漏らす。
なんだぁおめぇ……美少女だった過去でもあんのかよ前世によ。
そういやこいつ当たり前のように女湯行こうとしてたし……転生で性別まで変わったのか?
どちらにせよ。

「少女って歳じゃねえだろお前……」

タッキー&ツバサでウケる年代は少女ではない。名推理。

>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

ワイキャイ言ってる間に列車は敵陣を進む。
このまま滞りなく進軍すれば、直に決戦のバトルフィールドへと辿り着く。
本当の戦いは、ここからだ。

その時、みたび列車が大きく揺れた。
ヒュドラの体当たりより遥かに強い衝撃が車内を襲う。

>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』

「ほ、砲撃かっ……!?この霧の中でどうやって狙ってきやが――」

>『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

遅すぎる警告に耐衝撃姿勢もとれないまま、列車は今度こそレールを逸脱した。
あまりの衝撃に車体が真横に傾く。高速で流れる地面がすぐそこに迫る!

「うぉわおおおおおおおおお!?」

>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》

万事休す、脱線事故もかくやの緊急事態に、バロールの声が響いた。
レールを敷き直す!?バカ言え、列車横転してんだぞ!?

>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

矢継ぎ早に魔法が発動し、地面と垂直にレールが形成される。
あろうことか列車は横倒しになりながら軌条を掴み、再び走り始めた!

181明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:09:20
「ウソだろおい……!空飛ぶ列車どころの話じゃねえ!壁走りまでしてんじゃねえか!」

重力操作によって真横に傾いたまま列車は進む。
げにおそるべきは、この大規模な魔法を『3つ同時に』展開したバロールの魔法技術だ。

>《慣れれば明神君もこの程度の芸当はできるようになるさ! 頑張ろう!》

「『慣れれば』?『この程度』!? む、無茶苦茶言うなぁーっ!」

何が起きてんのか殆ど理解出来てねえよ!
いくら魔法初心者の俺でも、バロールの芸当が練習すれば出来るようなもんじゃないってことは分かる。
どうなってんだあいつの脳みそ!左右と真上を同時に見るようなもんだぞ!

あいつは俺の『影縫い』に『負荷軽減』を組み合わせるようアドバイスしたが、
2つの魔法を同時に使うだけでも俺の脳みそは焼き切れちまうだろう。
参考にならねえ助言だなおい!!

そして奴の言葉が謙遜じゃあないのなら……バロールにとって魔法の同時行使など、大した負荷にもならない。
冗談じゃねえぞ。魔王の時より強いんじゃねえかこいつ!

>《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》

「ひいいいいいいっ!!!」

石油王の早めの警告超助かる。どこぞの車掌とは大違いだ。
皆で丸まり、防御魔法の使える兵士が複数人で緩衝結界を張る。
俺はといえばそんな高度な魔法はぴくちり覚えちゃいないので、手すりに掴まってひたすら縮こまった。

>『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』

軌条が途切れ、完全に脱輪した列車が本陣に突っ込む。
馬防柵をめちゃくちゃに破壊しながら、慣性を使い切った車体はようやく停止した。

>「いたた……。みんな、大丈夫……?」

「なんとかな……。ハードな一日だぜ、コナンの劇場版じゃねえんだぞ」

ベイカーストリートの亡霊でももうちっと安全に配慮するわ。
脱線した機関車で暴走した経験あんのコナン君と俺達だけじゃないの。

>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」

目の前を回る星が掻き消える前に、なゆたちゃんと焼死体、カザハ君の強襲部隊が列車を飛び出した。
兵士の一人に気付けの魔法をかけてもらって、俺達も打って出る。

182明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:10:12
>「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
 ……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」

「お前も。気をつけろよ……伝令が真っ先にやられたら部隊はガタガタだ」

俺達は心にもない『合理的な』理由をつけて、お互いを慮った。
ウソじゃない。カザハ君がいなくなるのは……困る。

>「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」

「うおおおおおお!!!セットリストは頭に入ってんな野郎共!
 今日の俺達は観客席でミックス打ってるオタクじゃない!
 300人からなる大合唱!裏声による輪唱――インバーテッド・カノンだ!」

無数のマホたんが次々に列車から飛び出し、帝龍本陣はかつてない混乱に見舞われた。
トカゲやヒュドラは出てこない。300人の誰がマホたんか分からないからだ。
代わりに出てきた人間の帝龍兵は、アコライトで歴戦を重ねたオタク殿たちの敵じゃない。

>「さあ――派手に始めちゃおう!
 あたしの歌……あたしの想い! 大切なみんなへ届けるよ!」

爆音でかかり始めた『ぐーっと☆グッドスマイル』のイントロをBGMに、
帝龍兵と300人のマホたんが激突する。剣戟の音を合いの手に、戦乙女の美声が響き渡る。
ユメミマホロの歌声は、血煙漂う戦場を綺羅びやかなライブ会場へと変えた。

「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!フゥーワッフゥーワッ!!」

『迷霧』がいい感じにライブミストみたいになって幻想的な空間を演出する。
『信仰の歌』によって強化された防御力は、飛んでくる矢や魔法にカスダメすら発生させない。

「部長は出すなよジョン。召喚すれば一発でブレイブだってバレちまうからな。
 徒手空拳以外の攻撃もなるたけ避けたほうが良い。やるなら掌底だけぶちかませ。
 ちまちま削りながら強襲部隊が戦果を上げるのを、ここで待つ」

ジョン(マホたんスキン)と最低限の言葉を交わしながら、俺達は戦場を逃げ回る。
敵兵に追われればダッシュで退避し、その辺で歌ってるオタク殿にタゲをこする。

隣のフィジカルエリートはともかく俺には攻撃手段がない。
現状ヤマシタは召喚できないし、迷霧以外のスペルを発動するわけにもいかない。

「なゆたちゃん達の方はどうなってる。ちゃんと帝龍の元に辿り着けたのか?」

強襲部隊はとっくに霧の向こうで、こちらからは何も観測出来ない。
何かあればカザハ君がすっ飛んで来るはずだが、頼りがないのは元気な証拠ってことか?
その時、視界の端にウインドウめいた新たなホログラムが展開した。
映っているのは、霧中を駆けるなゆたちゃん達の姿。

『はっはっはーっ!こんなこともあろうかと!映像中継も実装済みさ!
 希望なら私の気合入った実況解説も添えるけど……聞きたいかい?』

スマホからバロールの呑気な声が響いた。

「要らないですぅ……どっからカメラ回してんだエロ魔王、いつから仕込んでやがった?」

『おっと!冤罪はよしてくれ、五穀豊穣君の私を見る目がますます冷たくなってしまう!
 これでもコンプライアンス意識は高いつもりだよ、プライバシーには配慮している』

183明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:10:43
魔王軍の福利厚生が充実してようが知ったこっちゃないが、バロールは監視の存在をはぐらかしやがった。
これは言外の警告か?『いつでもお前らを見ているぞ』、そう言いたいのか。

『モンデンキント君達は帝龍と対峙した。彼のパートナーはロイヤルガード、君の完全上位互換だね。
 苦戦しているようだよ、メイン火力のポヨリン君は属性的に不利だ』

「実況要らないって言ったんですけお!!
 属性不利がどうした、カザハ君の支援スペルで風属性を付与すりゃそんなもんは――」

『――おや、カザハの様子が……?』

不意にバロールの声が一段低くなる。
中継映像の中で、ロイヤルガードに殴られたカザハ君が倒れ込む。
地属性のワンパンでシルヴェストルが沈むわけがない。何があった?

「おい!起きろカザハ君!追撃食らっちまうぞ!!」

――もしも。

マホたんの言う通り、カザハ君の中にガザーヴァが居て。
一つの身体に二つの魂が主導権を取り合っているのだとしたら。
なにかのきっかけで、カザハ君優位のバランスが崩れてしまったのだとしたら。

あるいは、元から二つの魂に境目なんてなくて、カザハ君もガザーヴァも同じ存在で。
気まぐれや興味本位で、たまたま俺達に手を貸していたに過ぎないとして。
帝龍相手に苦戦するなゆたちゃん達を見限って、ニブルヘイムに『戻る』つもりだとしたら。

今が、その時なんじゃないか。

「くそ……ッ!ジョン、作戦変更だ!強襲部隊のケツ追っかけるぞ!」

今から行って何が出来るってわけじゃない。
戦いになって迷霧を切れば、撹乱していた敵の攻撃が自軍に直撃する。
ここは唇を噛んででも、帝龍戦の成り行きを遠方で見守るのが正しい。

だけど俺は、耐えられなかった。
カザハ君が『変わって』しまうその時に、傍に居られないことに。

この眼で、見極めなきゃならない。
カザハ君が――どちら側なのかを。

この手で、摘み取らなきゃならない。
ガザーヴァと化したカザハ君の、その命を。

184明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:11:34
「カザハ君――!!」

俺の叫びが届いてか届かずか、中継映像に変化があった。
やおら、カザハ君が立ち上がる。
その双眸に風と闇、どちらの光が宿っているのか……分からない。

>『カケル、行くよ!』

だが、復帰したカザハ君はカケル君の名を呼んだ。
幻魔将軍の愛馬、ダークユニサスの『ガーゴイル』ではなく。
シルヴェストルの半身、ユニサスの名前を、口にした。

>『見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!』

カザハ君がスペルを手繰る。
その対象は――ロイヤルガードだ。
振るった腕から放たれた風の刃は、重厚鉄壁を誇るカイトシールドを濡れ紙のように引き裂いた。

「なんだ、あの威力……!」

真空刃は大したレア度のスペルじゃない。
俺の知る限りじゃ、一撃でロイヤルガードを部位破壊まで持っていける代物じゃなかった。
こんなもんが使えるなら、王都でのバトルももっと優位に運べたはずだ。

>「さあ――勝負はここからだ!」

方向の良し悪しはどうあれ。
この僅かな時間で、カザハ君は明確に――変わった。

「今のお前は……どっちなんだ」

一樽のワインに一滴泥水を落とせば、それはもう一樽の泥水だ。
カザハ君の魂に落ちた一雫が、ワインなのか泥水なのか、俺には判断がつかない。

結論は出ないまま……戦況だけが流れていく。


【ジョンの豹変にビビる。疑心暗鬼続行】

185ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:26:03
「ああ・・・それにしても・・・気持ちよかったなあ・・・」

目の前の動かなくなった肉塊を剣の先で弄りながら思う。

それなりに前に猟師に着いてって行って山でイノシシ狩りを経験したことがある。
当然、自分が持つ獲物は銃だ、昔から現代に至るまで、動物を狩るときはかならず遠距離武器だ。
身を潜め、息を殺し、相手が隙を晒した瞬間を待つそして殺す。

明確な武器のリーチ差は、恐怖をそれだけ和らげる、敵の殺意に怯えずに行動できる、怯えは行動を制限する。
その点、銃は完璧と言えるだろう。少し練習すればだれでも扱えるようになるし、明確な有利を一方的に突きつける事ができる。

その時はなにも感じなかった、当然だ、殺したのは間違いなく僕だが、だけど距離が遠すぎた。

「・・ん?」

その時ヒュドラからでてきた赤い塊に気づく。
左手を伸ばすと、その玉は左手に吸い込まれていった。

「・・・んん?」

気づけば左手が動かせるようになっている。
一体いつのまに?一体だれが回復をかけてくれたのだろう?集中しすぎて気付かなかった。

>「――そうだ!ジョンは!?」

明神のその一言で、まるで霧が晴れたように視界が、思考がクリアになっていく。

「明神!」

明神が心配になった僕は急いで部長を抱え、列車に戻る。

>「足、ついてる、な……良かった。助けられちまったなヒーロー」

「もう回復してもらったし、どうって事ないさ、僕の体は自慢じゃないけれど世界にいるどの人間よりも頑丈だからね」

>「借りひとつだ。こいつはデカいぜ」

異変に気づく、明神が明らか怯えている事に・・・。

「おいどうしたんだなにか・・・」

>「しかしお前、ハンドル握ると豹変するタイプだったんだな……。
  ヒュドラ君ドン引きしてたもん。名古屋に来るときは俺呼べよ、運転するから」

冗談を言いつつも明神の目は確かに訴えていた。

この化け物近寄るな



明神の怯えたその目をみた瞬間頭の中に情報が一気に流れてくる。

一時の感情に身を任せ、なゆとの約束を即効破った事、ヒュドラを部長なしで一人で圧倒した事。
そして、それを短時間とはいえ、自分で忘れていた事。

なにより・・・それを楽しんでいた、自分の事。

また・・・またなのか・・・?また・・・ぼくは・・・

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:26:21
-----------------------------------------------------------------------
だいじょうぶ?

「ひえ・・・!やめて!こっちこないでよ!しにたくない!」

だいじょうぶだよ、ぼくはたすけにきたんだ
もうだじょうぶ、ここにいるてきはみんなたおしたよ

「もうやだあ・・・なんでわたしばっかりこんなめにあわなきゃいけないのよ!!!」

どうしておびえてるの?
ぼくといっしょにみんなの所にかえろう?

「こっちこないで!!やめて!やめてよ!・・・ばけもの!」

だめだ・・・そっちは・・・!

「あんたからはなれられるならどこでもいいのよ!ついてこないで!!・・・え?」

-----------------------------------------------------------------------

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:26:40
>「……みんな、無事みたいだな」

その言葉で我に返る。

まただ、また、戦争中に余計な事を考えていた、今は・・・そうだ。
戦争の中の一人、その役割を全うしよう、この戦いを終わらせる事が今考えるべき事だ。

だから・・・今はなにも考えず・・・切り替えよう。

「ああ・・・おかげさまで・・・それで?次の工程は?」

僕が聞くよりも先になゆは準備をしていた。
マホロ計画、僕達全員にマホロの幻影を被せる作戦。

「いくら幻影で隠せてもこれだけ血なまぐさいと効果が薄いな・・・」

僕は部長の背中にあるトランクから水晶を取り出す。
それは魔法を記憶する水晶で、低レベルの魔法限定という制約があるものの。
この水晶に念じればだれでも魔法が発動できる夢のようなアイテムだ。

「えーと・・・対象は僕・・・発動!」

その瞬間僕の体が水の球体に包まれる。

これはメイドさんが、僕の体を洗う為に、使った魔法。
名前はたしか・・・洗濯機、僕も冗談かと思ったが本当に水球洗濯機という魔法らしい。
若干・・・いやかなり苦しいのは間違いないが、効果はたしかだ。

少しの間洗濯機に洗われた後、勢いよく水球からはじき出され、汚された水は扉から列車の外へ。
この魔法のいい所はちゃんと乾かしてくれるという所だろう。
本当にやられてる最中息ができないし!ぐるぐる回されるし!ほんとーに苦しいし、洗剤の味がするから飲み水にできないとか
本当に難点だらけだが!

だが、身だしなみを整えられるというのはどんな状況でもありがたい。
そう思ってもってきたが、大正解だったようだ。

「よし・・・僕は大丈夫だ・・・やってくれ」

その合図を聞いたなゆがスペルを使う。

>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

>「新米Vtuber・笑顔きらきら大明神……受肉完了!」
>「見てみ、これ見てみ?……ファサッ!」

「ハハ・・・随分楽しそうだな、明神」

幻影だから実際に変わったわけじゃないが、手とか足とか・・・
自分の物じゃないとなんだか落ち着かない気分になる。

188ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:27:09

>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

「ここからが本番だな・・・」

その時、列車がヒュドラ以上の衝撃で揺れる!

>「アッ――――――!!」
>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
>「ほ、砲撃かっ……!?この霧の中でどうやって狙ってきやが――」

「砲撃か・・・相手の急所に近づいてきたっていう事だね
 しかし防御しようにも止まってない列車の上に立つのは無理だ・・・一体どうすれば」

>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

また、列車を回転させる気か、と思ったが体はなんともない。
だが確実に列車は回転しているようだ。

「この世界の人間は本当に凄いな・・・いやバロールが凄いだけか・・・」

《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》

部長の召喚を解除し、身近な物に捕まる。

ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

大きな衝撃、列車横転。

列車はダメになってしまったが、その役割を果たし。
僕たちは帝龍がいる本陣まできた。

>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」

>「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」

>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

>「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
 ……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」

「ああ・・・安心してくれ、命を賭けて守るさ」

>「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!フゥーワッフゥーワッ!!」

兵士達と明神のテンションはMAXだ!

「さあ・・・いこう!」

189ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:27:29

>「部長は出すなよジョン。召喚すれば一発でブレイブだってバレちまうからな。
  徒手空拳以外の攻撃もなるたけ避けたほうが良い。やるなら掌底だけぶちかませ。
  ちまちま削りながら強襲部隊が戦果を上げるのを、ここで待つ」

「了解」

そう明神に伝え、敵兵士の群れに飛び込んでいく。

たとえ鎧を着込んだ兵士でさえ、人間なら僕の敵じゃない、一人、また一人と倒していく。

ドガ!バキ!ボコオ!

兜の上からでも衝撃を与えれば脳は揺れる。
目立たないように他のマホロ兵士に身を隠しながら、一人、また一人倒していく。

無意識の内に考える、なんで僕はこの世界に呼ばれたのだろうと。

僕個人の力は自分で言うのもなんだが凄まじいと思う、人対人という意味では僕は最強クラスである自信がある
たとえ相手がユメミマホロであろうとも、対人という意味では有利はこちらにある。
昨日の彼女の動きを見て確信した、対モンスターが基本の技である、と。
まだ隠し玉はあるだろうが・・・それでも僕は有利に戦える。

バロールのような魔法使いという人種に関しては・・・ちゃんと調べてみないとなんともいえないが・・・

だが『異邦の魔物使い』としてみた場合は?
部長は当然、サポートよりでパっとしない、コンボ組めばある程度火力は出せるがなゆや明神ほどじゃない。
僕も、ブレイブとしては下の中、よくて中の下、そのレベルだ。

みんながヒュドラを相棒と連携して倒してるなか、僕はそれができなかった。
それだけ他のみんなより劣っているのは事実だ。

なんで僕だけが、バロールのいた城についたのだろう?
野垂れ死にしたブレイブの中には僕よりもはるかに優秀な人材もいただろう。

おぞましい、化け物の力を持った僕じゃなく

僕は神様を信じているわけでも、いないと決め付けてるわけでもないが。
もしいると言うのなら・・・あの謎の力も・・・僕を選んだという人選も・・・あまりにも・・・残酷だ。

「うう・・・うう・・・うわあああ!痛いイイ・・・助けてくれ」

敵の兵士の悲鳴で我に帰る。

まただ・・・また戦闘中に余計な事を考えてしまった。
考え事をしながら戦っていたせいで、兵士を気絶させそこね、悲鳴を上げさせてしまった。

「うは! ごめ〜ん 私〜 なるべく兵士さんには痛く思いしてほしくなくて気を使ってたんですけど 
 私ったらうっかり!サービスしてあげるから ゆるしてね!」

ユメミマホロ風の口調を崩さず、兵士に詰め寄っていく。
決してふざけているわけではない、これも作戦というなら、僕はただ黙って遂行するのみだ。

倒れた相手の頭を思いっきり踏みつける
兵士は気絶したのか、動かなくなった。

「これだけ数を減らせば〜他のマホロちゃんで大丈夫だよね!」

敵兵士の数を大幅に削り、明神の所に戻るのだった。

190ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:28:02
>「なゆたちゃん達の方はどうなってる。ちゃんと帝龍の元に辿り着けたのか?」

「わからない・・・がカザハから連絡がないということは戦闘に入ったか
 特に問題なく捜索を続けてるか・・・そのどちらかだろう」

>『はっはっはーっ!こんなこともあろうかと!映像中継も実装済みさ!
 希望なら私の気合入った実況解説も添えるけど……聞きたいかい?』
>「要らないですぅ……どっからカメラ回してんだエロ魔王、いつから仕込んでやがった?」
>『おっと!冤罪はよしてくれ、五穀豊穣君の私を見る目がますます冷たくなってしまう!
 これでもコンプライアンス意識は高いつもりだよ、プライバシーには配慮している』

「言いたい事は数あるが・・・この際見れるならなんでもいい、バロールこの映像はどれだけのラグがある?」

ラグは特にないらしい、ということはバロールはいつでも僕達をリアルタイムに監視できるという事がこれではっきりした。
が、ここで問い詰めてもなんの特にもならない、言いたい事を全て飲み込み、映像を見守る。

>『モンデンキント君達は帝龍と対峙した。彼のパートナーはロイヤルガード、君の完全上位互換だね。
 苦戦しているようだよ、メイン火力のポヨリン君は属性的に不利だ』

>「実況要らないって言ったんですけお!!
 属性不利がどうした、カザハ君の支援スペルで風属性を付与すりゃそんなもんは――」

あの程度でなゆが負けるなんてありえない、そんな事は僕も、明神もわかっていた。
だからある程度落ち着いた気持ちで映像を見ていた、だが・・・。

>『――おや、カザハの様子が……?』
>「おい!起きろカザハ君!追撃食らっちまうぞ!!」

ロイヤルガードの攻撃を受けたカザハはぴくりとも動かない。
致命傷を負ったという雰囲気ではない。

「一体なにが起きて・・・!?」

カザハがよろよろと立ち上がる。

その刹那・・・身の毛がよだつような感覚に陥る。

今までの悪意に塗れた生活の中で、僕は人の悪意を感じれるようになった。

だが・・・一言に悪意といってもいろんな種類がある。

恨みの感情からくる悪意、人を殺そう、殺したい!憎い!そんな感情
事情があるような悪意、こんな事をしたくないが、仕事、もしくは脅されたからやる。
快楽からの悪意、人を犯すもしくは殺す事、人をいたぶる事で満足感を得る。

大小様々だが、悪意には常にそうなるに足る、様々理由がある。

大きなほど歪で、歪んでいる感情、衝動が付き纏う。
色んな人間を見てきて、感じた事だ・・・だが・・・。

「なんなんだ・・・!?この感じは・・・!?」

カザハ達がいるであろう方向を向いて呟く、この距離でも感じる程の大きな悪意。

大きな悪意には何度も対面した事がある・・・だが・・・だが。

「これほど強大な悪意を持っているのに・・・まっすぐで・・・純粋?」

理解が追いつかない、正体不明の初めて感じる悪意に、ただ、ただ、怯える事しかできないでいる。

191ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:28:39
>「くそ……ッ!ジョン、作戦変更だ!強襲部隊のケツ追っかけるぞ!」

「あ・・・あぁ・・・そうだな・・・いこう」

僕は明神の後ろを走る

>「カザハ君――!!」

映像の中のカザハが立ち上がる。

ゾっとした。不明の悪意の正体は・・・カザハだったのだ。

純粋で、それでいてまっすぐで無垢、だが誰よりも強い悪意を持っている。
その正体はカザハだったのだ。

夜、僕がみたカザハの様子を思い出す。

>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」
>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
  ……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

あの時は冗談だと思っていた、だがあれが本当の事だとしたら?
本当にカザハの中に違うなにかがいたとしたら?

呼吸が乱れる、悪意の正体に近づくにつれ、呼吸を荒くなっていくのを感じる。
帝龍とかいう小物は真の敵ではなかった、真の敵は身内にいたのだ。

>「さあ――勝負はここからだ!」

現場にたどり着くと、帝龍と対峙しているなゆ達を見つけた、だがしかし。

>「今のお前は……どっちなんだ」

明神もなにかでカザハが異常である、と悟っているらしい。

そして今、僕達は即座に援護に入れないで居る。
答えは簡単だ、ノコノコでていってもしかしたらカザハに殺されるかもしれないという可能性があるからだ。

だがこのまま手をこまねいていてはなゆがエンバースが危険に晒される。
解決する為には僕達は、やはりでていかなくてはならない。

192ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:29:31
「明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね」

明神に夜、僕がカザハから盗み聞きした情報を全て話した。

「カザハは自分を現地の魔物と称していた・・・その時は中二病の冗談だと思っていた、だが本当に中になにかいるんだな
 ・・・そしてカザハの中にいる悪意の正体を明神はしっているんだな?」

明神の顔色は見えない。

「別に、どんな理由でしっているのか無理に言わなくてもいいし、無理に聞く気もない
 ヒュドラ戦であんな戦い方してしまったせいで、信用がないのはわかっているしな・・・」

「だが、カザハの中にいる存在は異常だ、とてもじゃないがこの世にいていいレベルじゃない
 今のカザハの力を見れば力そのものも恐らく強大だ、今は落ち着いてはいるが、いつ暴走するかわからない」

懐からナイフを取り出し、明神に見せ付ける。

「もし次・・・あの悪意を振り撒いたり・・・暴走したら・・・その時は俺がこれでカザハを終わらせる」

友を殺すなど、正気の沙汰ではないが、それでもやらなければならない。
それだけ・・・カザハの中にいるナニカは・・・危険で・・・異質すぎる。

「説得が通用すると本気で思ってるのか?僕はそうは思わないな。あれは、あの悪意はそんなレベルじゃない」

マホロに殺すと、宣言した時の殺意を隠さず、僕は、本気でカザハを殺すつもりだ、と。
殺気だけで・・・そう明神に悟らせる。

「大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない」

おっとカザハは妖精だったな。と乾いた笑いをしながら覚悟を決める。

「安心してくれ、君に迷惑はかけない、僕一人でやるさ」

こうしてる間にもなゆ達の戦況を一刻、一刻と変化していく

「さぁ時間はないぞ!いこう明神」

僕は明神に向かって手を差し伸べた。




【あまりにも純粋な悪意を孕んだカザハ(カザーヴァ)を敵対視 
 事情を知らない為 次は暴走すると予想し、そうなった場合殺す決意を固める】

193embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:21:48
【トライアル・マッチ(Ⅰ)】

『おかえり!』

「ああ」

焼死体が仲間の様子を見る――生命反応に陰りはない。

「……みんな、無事みたいだな」

『はあーっ?お前目ン玉付いてんのか!?あっ付いてないね、ごめんね!
 『無事』ってのは『死んでない』って意味じゃないんですよ!』
『ん……そうね。とりあえず……』

「……次の戦闘に備える。みんなも警戒を怠るなよ」

可憐な出迎え/簡潔な応答――左手のスマホから触腕が閃く。
歪んだ鉤爪が瞬時に焼死体の耳を掴み/引き寄せる。
必然、スマホを耳元へ添える形になる。

〈あなたは、バカですか。もっと気の利いた返事が出来ないんですか?〉

「いいや。俺も、みんなもバカじゃない。重要なカードを消費したなら、自分から――」

〈もう結構。思い出しました。あなたは「俺はバカだ」と告白する時に限り
 文学的表現に恵まれる、どうしようもない、ゲームだけが取り柄の――〉

「もう結構だ。俺も思い出したよ。お前が、俺をなじる時に限り、文学的表現に恵まれる事を」

194embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:24:06
【トライアル・マッチ(Ⅱ)】

『じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!』
『オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!』

〈……何故、槍を装備しているのです?バカすぎてマホたんのビルドも忘れましたか〉

「いいや、お前が忘れているんだ。俺にはマホたんに扮するメリットは、ない。
 偽物だと確定すれば攻撃は俺に集中する。だが、それで何か困る事があるか?
 どうせ、マホたんAtoYに対して無差別攻撃が行えない事は、変わらないのに」

〈……思い出しました。あなたは、そうやって減らず口を叩くのが上手だった〉

「ああ、俺も思い出したよ。お前は、俺の切り返しが予想外に鋭いと、すぐにそれを減らず口だと言うんだ」

〈……ふん。それこそ、減らず口だ〉

『うーん。300(スリーハンドレッド)って感じ』

「マホたんがVtuberである事を鑑みると、マトリックスって線もあり得る。
 全てが終わった後、このスキンが呪われた装備になってなければいいが」

『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

「テンポが良くて結構だ。ボス前の雑魚戦なんて、何も楽しくない――」

不意に列車が激しく揺れる/轟音が響く――咄嗟に少女を引き寄せ、支える。

『ボノ! またヒュドラ!?』
『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
『一番の質量……!?』

「――違う、質量の正体はどうでもいい!今のをもう一度貰ったら――」

『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

轟音/衝撃/浮遊感――鎧戸の剥げた窓の外に、地面が見えた。

「――こうなるよな!ああ、分かっていたさ!」

焼死体が左手首のスマホを操作/カードを選択――【死に場所探り(ネバーダイ)】。
効果は、味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する。
要するに、持続時間のあるバリアを展開する為のスペル。

一部のスペルは、その効果範囲の定義が使用者の認識に依存する。
味方全体を列車内の乗員全てと定義すれば、落下の衝撃を緩和する事は可能だ。
だがスペルの使用にはクリスタルの消費が伴う/そしてその消費量は、起こす現象の規模に比例する。

そこまでしても、乗員が衝撃に堪えられるかは、怪しい――それでも、少女はそれを望むだろう。

「……丁度いいハンデだ。そう思わないか、フラウ」

〈――やはり、あなたは減らず口を叩くのが上手だ〉

焼死体の右手、人差し指が、スマホの画面に触れる――

《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》

その直前、少女のスマホから、声が聞こえた。
いけ好かない――だが信用には足る声だった。

《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

「……戦力の逐次投入は愚策だと教えてくれるブレイブは、今までにはいなかったのか?
 だったら教えてやる。次は、最初からこんな事態を回避出来る手段で俺達を届けろ」

195embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:24:49
【トライアル・マッチ(Ⅲ)】

《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
『は、はいっ!』

レールが途切れる/列車が脱輪する/そのまま数十メートルを滑空――地面に不時着。
轟く掘削音/激しい衝撃/振動――それらが徐々に弱まり、やがて完全に、止まった。

『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
『いたた……。みんな、大丈夫……?』

「問題ない――いつでも行ける」

『よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!』

「ああ、思うままに走れ――道は、俺が拓く」

少女が駆け出す/焼死体がその背を早足で追う。
亡者の視界が捉える、濃霧の奥から迫り来る兵士の輪郭。
左手を翳す/濃霧の中を音もなく泳ぐ白き触腕――兵士達を縛り上げる。
左手を掲げる/振り払う――身動き一つ取れぬまま兵士達は浮かび/投げ飛ばされた。

〈一つ、訂正を願います。この場合、道を拓いているのは、あなたではなく私だ〉

「俺一人で全部終わらせてもいいが、お前がつまらないだろ?」

少女は敵陣を駆ける/駆け抜ける――そして、辿り着いた。

『帝龍――――――ッ!!!』

『チィ……存外早かったアルネ。
 魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
 我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
 窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル』

「財布でメンコ遊びするしか能のない男が、何を偉そうに」

『見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
 ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!』

「おい、待て。それは困る。ギタギタのボコボコにされてから投降してくれないと――俺がつまらないだろ」

『寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
 依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル』

「……なあ。それに関してなんだが、俺の記憶が正しければ――」

『強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
 こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
 あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!』

「――いや、俺の話は後にしよう」

『ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
 それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
 ――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!』

「そいつがお前のトカゲの尻尾か?大した事なさそうだな」

196embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:25:52
【トライアル・マッチ(Ⅳ)】

瞬間、ロイヤルガードが地を蹴る/狙いは焼死体――彼我の距離が、急速に縮まる。
弧を描く斧槍が唸りを上げる/応じるように、朱槍が地から天へと逆巻く。
遠心力を帯びた斧刃をまともに受ければ、武器が耐えられない。
故に、狙いは斧槍を振り回せば必然、前へと伸びる左腕。
響く風切り音――初撃は、双方共に空振りに終わった。
互いが回避/攻撃の両立を図れば、必然そうなる。

初撃を振り抜いたロイヤルガードは、そのままハルバードを右へと振り被った。
重い斧槍も魔物の膂力であれば、右腕一本で容易く操り、振り回せる。
放たれるのは、初撃と対の軌道を描く薙ぎ払い。

代わり映えのない/しかし、それこそが工夫と言える一撃。
同じ命通わぬ五体故にロイヤルガードは理解している――刺突は無意味。
袈裟懸けの一撃を躱す為、体勢を低く沈めていた焼死体は、ほんの僅かに、出遅れる。

激音が響く/火花が散る――被弾したのは、初動を先んじたロイヤルガードの方だった。
命なき五体に対し、刺突は下策/だが――であるならば、ただ、突けばいい。
初撃を振り抜いた後、左手を逆手に変えての、石突による打撃。

ロイヤルガードが怯む/それを逃す焼死体ではない/朱槍を再反転/穂先を突きつける。
亡者の視覚には、見えている――肉体なき魔法生命体の、その心臓である魔力核が。

鋭い踏み込み/閃く刺突/響く金属音――焼死体が舌を鳴らす。
朱槍の一撃は、カイトシールドの表面を僅かに削り取るのみで終わった。
体勢を崩しながらも、刺突の先端を的確に逸らす――王室守護者の名に恥じぬ技巧。

「……やるじゃないか。思っていたよりは楽しめそうだ」

『三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
 カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!』

ポヨリン/カザハが加勢に入る――だが戦況は好転しない。
増援の一体は属性不利/もう一体はステータス不足。
致命打を与え得るのは結局、焼死体のみ。

『くふふ! 無駄無駄、無駄アルヨ!
 そのロイヤルガードはワタシが金に糸目をつけずに育成した特別製! そこらの同種族とはまるでモノが違うアル!』

「らしいな。さて、どうしたものか――」

焼死体の判断/更新された行動指針――撃破には何かしらの搦め手が必要。
左手をかざす――触腕は【シールドバッシュ】によって弾かれた。
その隙に焼死体が大きく踏み込む/ロイヤルガードの懐へ。

直後放たれる迎撃の前蹴り――防御は容易い/だが踏み留まれない。
単なる焼死体と総金属製の甲冑の、ウェイト差による必然的現象。

197embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:28:14
【トライアル・マッチ(Ⅴ)】

『エンバースさんが引き付けてる間に地道に削るしかないか……カケル、『カマイタチ』!』

「……よせ。明神さんから対人戦の講義を受けてないのか?
 無闇にスキルやゲージを消費すれば、反撃の備えがなくなるんだぞ。
 相手からしてみれば、格好の的だ。手を出すなら、何かしらの工夫が必要――」

『――瞬足《ヘイスト》!』

「――ああ、そうだな。お前はそういう奴だった!」

ロイヤルガードが焼死体へ間合いを詰める/左腕の盾が唸りを上げて、弧を描く。
【シールドバッシュ】――焼死体はそれを防御/しかし、大きく跳ね除けられた。

『うわっ……ロイヤルガードのKY力、高すぎ……』

地に落ちた風精の頭部めがけ、斧刃を振り下ろすロイヤルガード。

「――フラウッ!」

叫び/左手を前方へ――それだけで、無二の相棒は要請を理解した。
触腕が伸びる/鉤爪が地面へと刺さる/収縮――円運動が焼死体を宙へ誘う。
遠心力を回転力へ変換/ロイヤルガードの頭上を取る――朱槍が描く、血霧の旋風。
一際強烈な金属音――分厚い金属板から成る兜が歪み/吹き飛び/数メートル後方に落下した。

「どうした――俺に勝てそうにないからって、弱い者いじめは良くないぜ」

ロイヤルガードは無反応/そのまま不意に背を向けて、数歩前進。
弾き飛ばされた兜を拾い上げ、頭部へ再設置――振り返る。
憤怒の色に染まった眼光/焼死体が、愛剣を抜いた。

「そして……悪いが、こうなった以上、遊びはここまでだ」

溶け落ちた直剣を手放す/それを触腕が空中で掴み取る/槍を構え直す。

「どうせなら、お前の得意分野で負かしてやりたかったが……」

『カケル、行くよ!』

「……なんだ、起きたのか。悪いが、もう終わらせるところ――」

『見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!』

「――まぁ、いいさ。少しくらい見せ場がないと、可哀想だしな」

奔る風刃――ロイヤルガードの大盾が、両断される。

『寝てる間にレベルアップしちゃったみたいで。睡眠学習ってやつ?』

「ああ、それなら俺にも身に覚えがある――待て、お前もなのか?」

『『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!』

「……俺の手間を増やすような真似は、よしてくれよ」

ロイヤルガードが前へ踏み出す/盾を失った守護者の構えは、変化していた。
斧槍を両手で握っている/垣間見える、強者のみが知る武芸の真理。
即ち槍は――両手で振り回した方が、片手よりも、強い。

198embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:31:40
【トライアル・マッチ(Ⅵ)】

躍動する甲冑/暴風を奏でる斧槍――焼死体の朱槍がそれをいなす。
斧刃の入射角は最小限/それでも、衝撃を完全に受け流せなかった。
燃え落ちた肉体は軽い/体勢が大きく崩れる――負の連鎖が始まる。
敵の守りは脆い/体勢は崩れている――火を見るより明らかな好機。

左の袈裟斬り/朱槍を支えに側転宙返りを打ち、回避。
右から迫る薙ぎ払い――足捌きでは避け切れない/深く身を屈める。
幹竹割り――どう足掻いても避けられない/朱槍を頭上に掲げ/柄で受け流す。
鉄心入りの朱槍が歪む/再び振り上がる斧刃/焼死体は地を蹴り――ロイヤルガードの懐へ。
【シールドバッシュ】はもう使えない――触腕から愛剣を受け取り/脚部装甲を切りつけ/そのまま離脱。

風属性の加護を受けた刃は、分厚い金属装甲を、容易く切り裂いていた。

「……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ」

斧刃を躱しざま、下段の斬撃を放った焼死体の姿勢は、片膝を突く形。
背を向け、跪いたまま紡ぐ警告/ロイヤルガードは応じない。
開いた間合いを詰め直し、斧槍を振り被る。

「やめておけ。今日はこれくらいで勘弁してやるって、言っているんだ」

ロイヤルガードは、聞く耳を持たない――斧刃が、振り下ろされた。
だが、それが焼死体に届く直前――ロイヤルガードの動きが止まる。
甲冑の内側から歪んだ面頬を貫き――白い触腕が、飛び出していた。

膝を突いたまま立ち上がらなかったのは、フラウを地中から、先に刻んだ裂傷へ通す為。

「だから言っただろう、致命傷だってな……だが、マジにとどめは刺すなよ、フラウ」

言われるまでもない、と言いたげに響く金属音。
甲冑が内側から関節を破壊され、分解される音。

「さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――」

焼死体が立ち上がる/煌帝龍を振り返る。

「――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
 お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?」

挑発ではない/素朴な疑問を吐露する声色。

「まぁ……一応、代表選手だったのは覚えてるから、相手はしてやるけどさ。
 あんまり、強い言葉を使わない方がいいと思うぜ――弱く、見えるからな」

続く忠告――こちらは、言うまでもなく挑発だった。

199崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:50:16
覚醒したカザハの『真空刃(エアリアルスラッシュ)』が、ロイヤルガードのカイトシールドを両断する。
恐るべき威力だ。もちろん通常の『真空刃(エアリアルスラッシュ)』にこんなバカげた威力はない。
ガザーヴァの力を使って増幅されたカザハの力が、元の術の威力を何倍も強化しているのである。

「何あれ……すごい……」

なゆたは瞠目した。ハルバードで吹き飛ばされたはずのカザハが、急に起き上がったかと思うと突然パワーアップしている。
シルヴェストルはそんなギミックのあるモンスターではないし、カザハがそういったスペルを持っていた記憶もない。
まったく理解不能な、唐突なレベルアップ。それに戸惑いを禁じ得ない。

《きゃははははははッ! いいね、いいねェ! もっともっとやっちゃってー!》

カザハの意識の中で、ガザーヴァが両手を叩いて無邪気に快哉を叫ぶ。

《そらそら、出し惜しみはナシだ! ボクの力をもっと使って戦ってよ! 愛と正義と友情のためにね……くくッ!》

>『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!

さらに、カザハはスペルカードの効果を拡大して全員にバフを付与した。
これもまた通常の『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』にはない効果である。
なゆた、ポヨリン、エンバース、フラウ、カザハ、カケル。
六人分の風属性付与が発動し、パーティーは今までの不利から一転してロイヤルガードに優位を取る状況になった。

>さあ――勝負はここからだ!

《ホントホント! 勝負はここから、さぁー派手にいってみよぉー!》

カザハが凛然とした声で叫ぶと、ガザーヴァが心の中で相槌を打つ。
だが――カザハが使ったふたつのスペルカードはカザハ自身のものであっても、威力と範囲の向上はカザハのものではない。
カザハはあくまで、ガザーヴァの持つ幻魔将軍としてのパワーソースを借用しているだけである。
そして。
ガザーヴァは当然、単にボランティアや善意でカザハに力を貸しているわけではなかった。
カザハがスペルカードを切り、また何か行動を起こすたびに、カザハの身体の周りに黒い靄のようなものが浮かんでは消える。
それは、明らかに闇の力。風属性のカザハが本来持ち得ない、魔属性のエフェクトだった。

>カザハ君――!!

>明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね

魔法機関車の近くで、霧の維持のために後方待機しているはずだったふたりの声(CV:ユメミマホロ)が聞こえる。
なゆたはとっさに振り返った。

「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」

マホロの姿をしているふたりを見て、なゆたは声をあげた。
作戦では、あくまで前線に出るのはなゆた、エンバース、カザハの三人だけだったはずである。
それが明神達まで来てしまっては、計画が台無しだ。
だが、自分がサブリーダーとして信用する明神が何の考えもなしに事前の作戦を変えてくるとは思えない。
彼らのいた後方で何かが起こったか、それとも自分たちの見えないものが、後方でこちらを見ていた彼らには見えてしまったのか――

「ポヨリンッ!」

『ぽよよよっ!!』

明神とジョンもまた、カザハの不自然な強化に気付いたのだろう。その視線は小柄なシルヴェストルに釘付けになっている。
その防御はガラ空きだ。すぐに、ワラワラと帝龍側の兵士たちが明神とジョンへ群がってくる。
なゆたは即座にポヨリンへ指示を飛ばし、ふたりの周囲の兵士を蹴散らしにかかった。

「何やってるの! 早くこっちへ!
 ……状況報告! どうしてここへ!? 魔法機関車で何かがあったの!?」

リーダーとしてサブリーダーに説明を求める。
明神から説明を受けると、なゆたは軽く唇を噛んでカザハを見遣った。

「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
 炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」

黒い。

カザハのATBゲージが溜まり、彼が攻撃や回避、何らかのアクションを起こすたび、その身体から黒い光が迸る。
それはまるで、今までの自分を否定するような。
自分の本来の姿はこちらなのだと、そう叫んでいるような――。

200崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:50:32
>……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ

ざんっ! とエンバースが剣を一閃し、ロイヤルガードの胸部装甲をまるでバターのように切断する。
それでもロイヤルガードは斧槍を振り上げ、エンバースに肉薄しようとしたが、歴戦の焼死体の方が技量は上であった。
ロイヤルガードの動きが停まり、一瞬びくん! と痙攣したかと思うと、その内側から触手が飛び出す。
既にエンバースの――フラウの攻撃は、ロイヤルガードの中枢を破壊していたのである。
炯々と輝いていたバイザーの奥の双眸がフッと消え、重厚な騎士鎧はバラバラに分解して地面に転がった。
勝負ありだ。

>さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――
>――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
 お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?

勝利したエンバースがここぞとばかりに煽る。
しかし、護衛を撃破されたというのに帝龍の表情は変わらない。

「オマエ、底抜けのバカアルか? 偉そう、ではなく実際に偉いアルネ。
 世界王者? 禁止カードだらけでルールに縛られたママゴト大会の王者が、本当に強いとでも思ってるアルか?
 ひょっとして、プロレスはガチ! とか大真面目に信じちゃってるタイプアル?」

>まぁ……一応、代表選手だったのは覚えてるから、相手はしてやるけどさ。
 あんまり、強い言葉を使わない方がいいと思うぜ――弱く、見えるからな

「下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。
 第一……オマエたちはひとつ、大きな勘違いをしているアルヨ」

くくッ、と帝龍は右手で軽く口許を押さえて嗤った。
とはいえ、もうロイヤルガードはいない。
周りにいる者はせいぜいが人間の兵士たちくらいで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の相手にはならない。
帝龍に打つ手はないはず。もう、手詰まりのはずなのだ。
……というのに。

「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
 さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」

ロイヤルガードが倒れ、残るは帝龍のみとなった本陣内で、カザハが口を開く。
カザハは明神とジョンの方を向き、能天気な様子でぶんぶんっと大きく右手を振った。

『カザハの意思とは関係なく』。

《クク……なんにも驚くには値しないだろー? だってさ、ボクたちは『ひとつ』なんだから。
 キミの身体はキミだけのものじゃない。ボクのものでもあるんだ。
 キミはボクの力を自分のもののように使った。なら、ボクがこの身体をボクのもののように使ったって何も問題ないよね?》

カザハの意識の中で、ガザーヴァがにたあ……と嗤う。

《さあ、手助けしてあげるよ。それがキミの望みだろ……?
 もっともっとボクの力を使ってさぁ。そしたら、ボクの希薄だった存在はこの世界で確固たる基盤を確保できる。
 この世界にボクが、ガザーヴァが存在するっていう、存在定義の碇を投錨することができるんだよ。
 ホラホラぁー……何ボケッとしてるのさ? 戦えよなぁ……戦え! ボクの力を使えよ! 強くなりたかったんだろォ?
 くれてやるよ、力を! キミの食べたがってたおいしいニンジンが、目の前にぶら下がってるンだ!
 馬なら食べなきゃソンだろォ!? あ、馬なのはボクらじゃなくてガーゴイルの方か! くひッ、あっははははははッ!!》

ガザーヴァは一巡目の世界で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に敗北し、死亡した。
しかし、その瀕死の魂はなんとかカザハの前世のシルヴェストルに憑依し、融合することで消滅を免れた。
とはいえ、復活するには現段階では存在が希薄になりすぎている。このままでは、遠からず寄生先のカザハに吸収されてしまう。
そこで。
ガザーヴァはカザハに力を貸し、『ガザーヴァの力を使っている』と認識させることで、自己の存在を確立しようとした。
カザハがガザーヴァ由来の魔力を使えば使うほど、ガザーヴァという存在はこの世界でその色彩を濃くしてゆく。
そうして自身の存在証明を確保してから、ゆくゆくはカザハの肉体の主導権を奪い復活する――
それが、幻魔将軍ガザーヴァの狙いだった。

「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
 この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
 キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」

まるで有明月のように口許を歪ませ、カザハは嗤いながら明神の名を呼んだ。
そして、右手の人差し指を伸ばして明神とジョンのふたりに『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』を付与する。
しかし――明神とジョンは気付くだろうか。
今、カザハは『スペルカードを使用しなかった』。
だというのにバフは効力を発揮している。つまり――
今使った『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力ではない、ということだ。

ガザーヴァはカザハの望むままに力を与えている。それは間違いない。
だが、カザハがガザーヴァの力を使えば使うほど、ガザーヴァはこの世界で復活の下地を整えてゆく。
そして。

奇しくも先ほどカザハ本人が言った通り、本当の勝負はここからだったのだ。

201崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:50:45

「抵抗はやめなさい、帝龍!
 もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
 大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――」

「それそれ、それアル。
 そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
 このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」

「……え……?
 ――――――――――――あっ!!」

なゆたは怪訝な表情を浮かべ、それからすぐに気が付いた。
そうだ。
帝龍はロイヤルガードを護衛として配置しており、自分の鍛え上げた特別製と言ってはいたが、パートナーとは言っていない。
そして――それを裏付けるように。
帝龍はエンバースとロイヤルガードの戦闘の最中、一度も指示をせずスペルカードも使用しなかった。
それどころか、帝龍はスマホを持つことさえしていない。
パートナーとの連携には、魔法の板――スマートフォンが必要不可欠。それは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の大前提だ。
だが、帝龍はロイヤルガードの戦いをただ眺めていただけである。
つまり――




『帝龍のパートナーモンスターは、別にいる』。




「くふふ! やっと気付いたアルか、この下民どもが!
 『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を封じればワタシに勝てると思ったアルカ?
 本陣にさえ乗り込んでしまえばこっちのものだと――? 見通しが甘すぎて笑い話にもならないアル!
 ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!
 ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!」

そう高らかに言い放つと、帝龍は仕立てのいいスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
そして『召喚(サモン)』のボタンをタップする。
途端にゴゴゴゴ……と地面が振動を始める。大気が震え、空がにわかに掻き曇ってゆく。

《すごい魔力だ……! みんな! そっちは何が起こってるんだ!? ここからだと状況が把握できない!
 でも、君たちのいる場所を中心にとんでもない魔力が集まっているぞ!
 これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》

全員のスマホにバロールから通信が入る。
アコライト外郭からでは、距離が離れすぎていてよく見えないらしい。
だが、本陣にいる全員にはよく理解できるだろう。
膚が粟立つ。鳥肌が立つ。動悸が激しくなり、暑くもないのに脂汗が出る。
肉体が、ここにいるのは危険だと警鐘を鳴らす。

「くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!」

帝龍のスマホの液晶画面が激しく輝く。地属性を現す、茶色のオーラが迸って周囲を眩く照らす。
やがて帝龍となゆたたちの中央の地面に亀裂が走り、巨大なクレバスが出来上がる。
そこから、地の底で眠っていた神性がゆっくりと姿を現す――。

そう。

それは、尻尾までを含めた全長が200メートルはあろうかという、巨大なドラゴン。
高さは50メートルはくだらないだろう。暗褐色の鱗に全身を鎧っており、背に生えた翼は空を覆うほどの大きさを持つ。
長い三本の首はそれぞれ一本、二本、三本の角を持ち、覇者の威容を以て地上を睥睨している。
全身から嵐のような地属性の魔力を迸らせながら、『それ』は強靭な二本の後肢で束の間立ち上がり、天を睨むと、

『ギャゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』

と、耳をつんざく大音声で咆哮した。
巨竜の咆哮によって空気がビリビリと振動する。大地が震動する。
バロールの言った通り、これは既に準レイドとかレイドとか言った範疇を大きく逸脱している。

「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」

スペルカード『浮遊(レビテーション)』で巨竜の傍に浮かぶ帝龍が笑う。
魔皇竜アジ・ダハーカ。

ブレモン正式稼働一周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】にて実装された、六体の超レイド級モンスターのうちの一体だった。

202崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:57:11
「くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
 当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
 つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
 そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!」

帝龍は自信満々に言い放った。
アジ・ダハーカをはじめとする【六芒星の魔神の饗宴】の超レイドモンスターは、
八箇所の部位を前哨戦レイドで倒して集め、八箇所中五箇所を揃えて初めて召喚できるという特殊なモンスターである。
しかし、そもそもその各部位ごとの強さからして異次元な上、ドロップ率も極めて低い。
かつては日本でも大手ギルドが水属性のクロウ・クルーワッハを揃えたと話題になったが、
ドロップは一体分だったためギルド内部で醜い所有権争いが起き、そのあげくギルドが崩壊するという事件も勃発した。
元より個人で集めるのは不可能、マルチで戦っても内輪揉めは不可避。
結局誰も完全体を手にすることはできず、イベントも終息した――と思われていた。

みのりはパズズを部分的に召喚することができていたが、それも不完全極まりない右腕と頭部だけである。
だが――
ここに、ブレモンのプレイヤーが誰も見たことのない『完全体』のアジ・ダハーカが降臨している。

「金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
 無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル。
 貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
 さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!」

『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』

ふたたびアジ・ダハーカが叫ぶ。
確かに、六芒星の魔神の饗宴で実装された超レイド級をパートナーにできたプレイヤーはなゆたの知る限りは存在しない。
しかし――それはあくまでも日本国内の話。日本に話題が入って来づらい海外ならば、その限りではないのだ。
まして、帝龍は世界に名だたる大企業の豊富な資金力と、人員を確保するだけの権力がある。
社員にもブレモンをプレイさせてレイド級を従えたパーティーを作り、帝龍がリーダーとなってイベントに参加する。
そうすれば、誰が前哨戦で肉体の部位を手に入れようが所有権争いは発生しない。
帝龍はそうやってかつての【六芒星の魔神の饗宴】でアジ・ダハーカの肉体八箇所を入手し、秘匿していたのだ。
もちろん、超レイド級モンスターなど公式大会では使用不可能だし、そもそも所有している者もいない。
ママゴトのような大会での勝者などなんの価値もない――そう帝龍が言い放つのには、そういった理由があったのだ。
先程魔法機関車を一撃で吹き飛ばしたのも、このアジ・ダハーカの尻尾なり前肢なりの一撃だったのだろう。

「な……、なんてこと……」

アジ・ダハーカの降臨を前に、なゆたは驚愕してその場に立ちすくんだ。
何を隠そう、かつてなゆたも【六芒星の魔神の饗宴】にゴッドポヨリンを引き連れて参戦したことがある。
そのときの相手はアジ・ダハーカではなく火属性の超レイド級、第六天魔王だったのだが、相当な苦戦を強いられた。
同じ水属性のレイドパーティーで前哨戦に挑んだが、壮絶な消耗戦の果てに左腕、胴体、翼を手に入れるのがやっとだった。
そのとき得た部位は同じパーティーを組んでいたフレンドに譲渡してしまったが、二度と戦いたくないと思ったものである。
単なる一部位とのバトルに過ぎなかった前哨戦でさえ、それだけの苦労を伴ったのだ。
それが、完全体となれば――果たしてどれほどの強さなのか想像もつかない。

《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
 みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》

バロールが撤退を促す。まさか、帝龍がこんな隠し玉を持っていたとは露とも気付かなかった、という様子だ。
無理もない。幻の上の幻、誰も手に入れられなかったというのが定説の、神話上のモンスターが実在していたなど――
果たして、誰が思いつくだろうか?

だが。

「……逃げないよ」

なゆたは一度かぶりを振った。
確かに、なゆたの持ち札ではひっくり返ってもアジ・ダハーカには勝てない。
だが、といって退却していったいどこへ逃げるというのだろう?
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の抑えがなくなれば、巨竜はアコライト外郭を破壊するだろう。
アコライトが破壊されれば、次はキングヒルだ。アジ・ダハーカがキングヒルに到達した瞬間に、アルフヘイムの負けが決定する。
どちらにしても、ここで戦う以外にあるフレイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に選択肢はないのである。

「このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
 エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!」

ぐっ、となゆたは右手に持ったスマホを強く握り込んだ。

「いいとも! じゃあ、やっぱりボクの『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』が必要だねー!
 燃えてきたぁーっ! いや、ボクは風属性であって火属性じゃないけどね!?」

カザハの中のガザーヴァが、カザハの声で朗らかに笑う。
その身体には、相変わらず闇の波動が纏わりついている。

「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
 地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」

帝龍の指示によって、アジ・ダハーカの六つの眼が禍々しく輝く。
右の前肢を高々と持ち上げ、ドォォ――――――――ンッ!!と勢いをつけて地面を叩くと、途端に大地震が周囲を襲う。

203崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:57:43
「うッ、うわッ! うわああああああ――――――――ッ!!」

マホロの姿をしたアコライト外郭守備隊も、帝龍配下の兵士たちも、もう戦いどころではない。
天変地異そのものといった大地震に、ただ逃げ惑うばかりである。

「みんな、身の安全を図って!」

ポヨリンを抱き締めると、なゆたは低く身を伏せてパーティーの全員を振り返り叫んだ。

「月子先生! 明神さん!」

後方で歌による支援を行っていたマホロも、さすがにこの異常事態になゆたたちの許へと飛んできた。
大地震を引き起こしている巨竜の姿を見上げ、目を見開く。

「あれは……魔皇竜アジ・ダハーカ……。
 帝龍が持ってるっていう噂は聞いたことがあったけど、まさか本当だったなんて……」

「他に何か知らない? マホたん」

なゆたがマホロに訊ねる。マホロは頷いた。

「アジ・ダハーカは地属性の超レイド級モンスター。三つの首によって、ATBゲージは三本……つまり三回同時攻撃が可能。
 さっき使った『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』と、
 口から吐く三本分の『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』、爪と尻尾による物理攻撃がメイン攻撃ね。
 それから――」

マホロは軽く顎をしゃくって、アジ・ダハーカの横腹を指した。
よく見ると、暗褐色の鱗が蠢いている。それがまるで卵のように罅割れると、鱗の中からドゥーム・リザードが生まれ落ちた。
アジ・ダハーカの全身の鱗のたちこちで、そんな光景が繰り広げられている。
帝龍軍の中核を成していたドゥーム・リザードは、帝龍がわざわざ召喚したものではなかった。
アジ・ダハーカが召喚されているだけで、トカゲは無尽蔵に生まれ増殖していくのである。

「あれよ。ブレモンのアジ・ダハーカは悪竜の他、大地母神の側面も持っているの。
 アジ・ダハーカがいる限り、トカゲは無限に増えていく……トカゲだけじゃない、ヒュドラもそう。
 一刻も早くあいつを何とかしないと」

マホロは沈痛な面持ちで言ったが、しかしどうすればあの巨大な竜を倒せるというのだろう?
パーティーの最大戦力はG.O.D.スライムだが、幾多の強敵を打ち破ってきたレイド級のゴッドポヨリンでも今回は手に余る。
例え『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』で属性有利を取ったとしても、レイドと超レイドの間には絶対的な差がある。
かつてなゆたたちはガンダラで火の超レイド・タイラント、リバティウムで水の超レイド・ミドガルズオルムと戦っている。
だが、タイラントは不完全、ミドガルズオルムは暴走状態にあり、まともなコンディションではなかった。
完全な制御下にある万全の超レイド級と対峙するのは、今回が初めてなのである。

《むっふっふっ……さぁ〜て、面白くなってきたぞぉ〜。
 どうしよっかなぁ〜、いきなり裏切ってあっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』につくのもいいし……。
 夢が広がっちゃってドキがムネムネだぁ〜!》

カケルの中でガザーヴァがさも愉快そうにことの成り行きを見守っている。

「まずは、みんなを逃がさなくちゃ……! マホたん、守備隊のみんなを本陣から撤収させて!」

「わかった! みんな、こっちよ!」

なゆたの指示に、マホロはさっそく守備隊を纏めて離脱を図った。

「魔法機関車がまだ使えればいいんだけど……。バロール、みのりさん! 何とかならないの!?」

《そんな無茶な……! 魔法機関車は現在横転中! それでなくとも無理な運行で動力部がお釈迦になってしまった!
 修理には一ヶ月はかかるだろう、今すぐなんてとても無理だよ!》

「こういう時のための創世魔法でしょ!?」

《創世魔法にだって出来ないことはありまーす!
 それに『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』でもう私の魔力はすっからかんだよ!》

肝心なときに役に立たない魔王である。

「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
 しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
 たっぷり感じながら――死ね! アル!
 アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

がぱあ……と大口を開けた三つ首竜の喉奥で、莫大な熱が収束してゆく。

「みんな――防御して!!」

なゆたが叫ぶ。

カッ!!!!!

視界を灼くような閃光と共に、神の一撃の如き超レイドのブレスが平原を薙ぎ払った。


【ガザーヴァ、カザハの肉体の乗っ取りを開始。
 帝龍、パートナーの超レイド級地属性モンスター『アジ・ダハーカ』を召喚】

204カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/01/11(土) 03:02:17
《カザハ! それ以上その力を使ったらいけない!》

幸いというべきか、風属性の加護を得たエンバースさんは、すぐにロイヤルガードに勝利した。
そこに明神さんとジョン君が現れる。

>「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
 さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」

そう言って手を振るのは、カザハであってカザハではない。
そういえばカザハは、出撃前夜におかしな言動をしていた。あの時から、すでに奴はカザハを乗っ取り始めていたのだ。

「あ、えーと、折角来てくれたのに悪いけどもう終わったよ!
八つ裂き!? やだなあ、みんなで八つ橋でも食べようかなって言ったの!」

大慌てで誤魔化すカザハ。

>《さあ、手助けしてあげるよ。それがキミの望みだろ……?
 もっともっとボクの力を使ってさぁ。そしたら、ボクの希薄だった存在はこの世界で確固たる基盤を確保できる。
 この世界にボクが、ガザーヴァが存在するっていう、存在定義の碇を投錨することができるんだよ。
 ホラホラぁー……何ボケッとしてるのさ? 戦えよなぁ……戦え! ボクの力を使えよ! 強くなりたかったんだろォ?
 くれてやるよ、力を! キミの食べたがってたおいしいニンジンが、目の前にぶら下がってるンだ!
 馬なら食べなきゃソンだろォ!? あ、馬なのはボクらじゃなくてガーゴイルの方か! くひッ、あっははははははッ!!》

(そこまで親切に種明かしされて使うバカがあるか! もう金輪際使ってやらないから!)

>「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
 この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
 キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」

「何勝手なことしてんだボケェ!
……あっ、みんなで仲良くやるってのは新種のプレイ的な!? そう、エアプレイ!」

場は混迷を極めているが、とにかく帝龍を片付けなければなるまい。
なゆたちゃんが帝龍に投降を促す。

205カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/01/11(土) 03:03:18
>「抵抗はやめなさい、帝龍!
 もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
 大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――」
>「それそれ、それアル。
 そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
 このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」
>「……え……?
 ――――――――――――あっ!!」

――えっ、ロイヤルガードは前座!? このややこしい時に勘弁してください!

>「くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!」

大地が割れるド派手な演出と共に、巨大なドラゴンが出現した。
この絶望的な状況を前に、何かを悟ったかのようにカザハは私の背から降りた。

(どうして……!? この世界に来てからずっと一緒に戦ってきたじゃないですか!
いや、もしかしたらもっとすごく前から……!)

「カケル……君はバロール…さ…んをここに連れてきて」

そう言ったカザハの真意は分からないが、バロールを呼び捨てにするか、”さん”付けか”様”付けか迷ったように聞こえた。
世界を救うと言ったバロール様を信じ、彼ならガザーヴァを制御できると思ったのかもしれない。
バロールを裏切者とみなし、どさくさに紛れて今この場で倒してしまおうという意図だったのかもしれない。
どちらにせよ、バロールさんなら制御不能になって暴走し始めた自分の息の根を止めてくれると思ったのかもしれない。
あるいは――カザハ自身も自分がどれを意図しているのかよく分からないのかもしれない。それでも――

「行って――瞬足《ヘイスト》!」

送り出すようにスペルをかけられた私は、弾かれたように飛び立った。

206カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/11(土) 03:05:30
>「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
 しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
 たっぷり感じながら――死ね! アル!
 アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
>「みんな――防御して!!」

「風の防壁《ミサイルプロテクション》!」

両腕を付き出し、スペルを展開。
文字通り神の息吹のごときブレスが、暴風の壁に阻まれ横に逸れていく。
もちろんガザーヴァの魔力を使っている。使えるものは全て使うしかない。
ボクは前を向いたまま、後ろにいる皆に語り掛けた。

「ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ」

「なゆ、この状況でも逃げないなんて君はやっぱり最高に勇者だね! でも、少しは自分を大事にしてね。死んだら元も子もないんだからさ」

「エンバースさん、そんな全てを諦めたような顔してちゃ駄目! 死んでるけど生きてるんだから!」

「ジョン君、この場に君がいてよかった。君なら情に流されず迷わず正解を選んでくれるから」

「明神さん、カケルをよろしくね。理由は……”翔 中国語”で検索してみて」

ボクがガザーヴァに乗っ取られたら、カケルもガーゴイルに乗っ取られるようになっているらしい。
ならばボクがガザーヴァに乗っ取られる前に死んだ場合、もしかしたら、カケルは生き残れるのかもしれない。
もしも生き残ったら、ボクの代わりに――みんなを見届けてね。

「このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない」

ブレスが止み次第、全力で特攻を仕掛ける。
犠牲無しに勝てるようなレベルの相手ではないならば、ボクがなるのが都合がいい。
相打ちになれれば一番いいが、刃が立たずにこちらが一蹴されても厄介事の種が一つ減る。
万が一こちらが生き残ってしまった場合、皆に”幻魔将軍ガザーヴァ”を倒して貰わなければならない。
きっとその時には完全に乗っ取られているだろうから。

207カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/11(土) 03:07:04
「君達に会えてよかった。本当にありがとう」

ブレスが止む―― 一度だけ皆の方を振り向いて微笑むと、地面を蹴った。

「自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!」

精霊樹の木槍を軸に、巨大な風の鎌を作り出す。

「どうしよっかな〜と思ったけどやっぱりお前からだぁ!」

身一つでアジ・ダハーカに斬りかかる――我ながらヤケクソじゃなければ出来ない狂気の沙汰だ。
一瞬で叩き落とされて終わりかと思いきや、意外と攻防戦が成立してしまったのは幸か不幸か。

「アコライトなんてさっさと潰しちゃえばいいのにマホたんが欲しいとか言ってダラダラしてさぁ、ぶっちゃけニヴルヘイムへの忠誠心0っしょ!
ってなわけで危険因子は早めに潰しとかないとね! アルフヘイムのザコブレイブ共なんていつでも潰せるし?」

ガザーヴァの振りをして喋りまくる。もしもこちらが生き残ってしまった時に、彼らを躊躇わせてはいけない。

「忠誠心0をお前が言うな? あっはははははは! 言えてるー! 特大ブーメラン刺さってる!
ってなわけで真空刃《エアリアルスラッシュ》! ……ってもう2回使ってたわ!
しかしMPが足りなかった的な!? 超ウケるー!」

もはやボクが喋っているのかガザーヴァが喋っているのかも分からなくなってきたが、
真空刃《エアリアルスラッシュ》が出なかったということは、まだ完全には乗っ取られていないのだろう。
ボクの意識があるうちに――どうか殺してくれ。やっぱり、彼らに殺させるのは酷だ。
仲間を手にかけた罪の意識を一生背負わせるなんて、そんなのは嫌だ。

208カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/01/11(土) 03:08:40
私は全速力で飛びながら、遠い昔のことを思い出していた。
それは、姉さんとバロールさんに出会った日のこと。
確か狂暴なモンスターに襲われていたところを姉さんとバロールさんに助けられたんだっけ。
正確には姉さんが考え無しに飛び出してきて二匹揃ってのされそうになっていたところをバロールさんに助けられたような気もするが。
『どうして助けてくれたの?』
『君が美少女だからさ!』
『美少女の姿をしてると通りすがりの人に助けて貰えるんだ! じゃあ毎日美少女の姿をしていよう!』
この時の二人のやりとりにはずっこけそうになったものだ。
ということは美少女の姿をした姉さんが来なければ私は助けてもらえなかったわけで、やっぱり姉さんに助けられたのか。

恐れることを知らない それが勇気ではなく、恐れてなお逃げないこと それが本当の勇気
恐れることを知らないこと それが強さではなくて、恐れるものに打ち克つこと それがが本当の強さ

とは地球のとある歌の歌詞の一節だが、

『ボクは勇者にはなれない――恐れることを知らないから』

それが“姉さん”の口癖だった。
この世界に存在する四大属性の精霊族――地のノーム、水のウンディーネ、火のサラマンドラ、そして風のシルヴェストル。
その属性の魔力の集まる場から自然発生し、永遠に近い寿命を持ちながら世界に干渉せず、生きる事に飽きたら自然消滅するという。
彼らはその属性に応じた性質を持ち、一族の中でも最もその属性を色濃く体現する魂を持つ者が族長となる。
“風渡る始原の草原”に住まうシルヴェストルも例外ではなく、そして姉さんは次期族長候補の一人だった。
気まぐれで飽きっぽくて無責任、それでいて恐れを知らず、勢いだけで体を張って人助けしてしまうような、人間では決して持ち得ない純粋な魂――
精霊族は表立って世界に干渉しないのが常だが、姉さんが世界を救う旅に出ると言い出した時、誰も驚かなかったし止めなかった。
「どうせ3日で飽きて帰ってくる」と誰もが思ったからだ。
しかしその予想は外れ、悲劇は起きた――

そんな事を考えている間に、気付けば私はバロールさんの元へ辿り着いていた。

《世界を救うといったあの言葉は本当なんですよね?
小一時間ほど問い詰めたいところですが今はそんな暇はありません。
――トランスファー・メンタルパワー!》

自分が行動不能にならない分だけ残して精神力を譲渡する。
多分魔法機関車でGOで魔力を使い果たしてそうだが、これで少しは魔法が使えるようになるだろう。
勢いで来てしまったが、そういえばこの人、私の言葉は分かるんだろうか。
まあいいか。問答無用で信じると決めているので、大きな問題ではない。
信じる根拠はないどころか、冷静に考えれば改心した振りをして何かを企んでいる可能性の方が高い。
それでも信じるのは、そうでなければカザハは絶対助からないし、なゆたちゃん達の足元も全てが崩れてしまうからだ。
だから、これは信じるというよりも賭けるに近いかもしれない。

《乗ってください!》

そう言って背中を差し出す。もし言葉が伝わらなかったとしても、意図は伝わるだろう。

209明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:04:17
爆煙と濃霧漂う戦場を、ジョンと二人駆ける。
マホたんのバフが効いているのか、息は切れなかった。
走りながらジョンと会話する余裕すらある。

>「明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね」

「ってことはジョン、お前もか」

マホたんは俺にだけカザハ君に関する嫌疑を語ったと言ってた。
こいつがカザハ君についてなにか勘付いてるのには、他に理由がある。
ジョンは端的に、昨夜カザハ君との会話で起きた出来事を話した。

>「カザハは自分を現地の魔物と称していた・・・その時は中二病の冗談だと思っていた、だが本当に中になにかいるんだな
 ・・・そしてカザハの中にいる悪意の正体を明神はしっているんだな?」

「……悪い。推定有罪の段階じゃ、まだおおっぴらには出来なかった」

ジョンは俺を責めているってわけじゃあるまい。
だけどカザハ君の疑惑を、俺は敢えて他の連中には伝えていなかった。
疑惑が杞憂に終わるなら、あれこれ悩むのは俺だけで良い……そう思ってた。
結局は言い訳に過ぎない。俺はこの期に及んで、カザハ君を疑い切ることが出来なかったってだけだ。

>「別に、どんな理由でしっているのか無理に言わなくてもいいし、無理に聞く気もない
 ヒュドラ戦であんな戦い方してしまったせいで、信用がないのはわかっているしな・・・」
>「だが、カザハの中にいる存在は異常だ、とてもじゃないがこの世にいていいレベルじゃない
 今のカザハの力を見れば力そのものも恐らく強大だ、今は落ち着いてはいるが、いつ暴走するかわからない」

歯切れの悪い俺とは対照的に、ジョンの出した結論はシンプルだ。
懐から抜き放ったナイフ。その切っ先がどこに向いているのか、もう疑う余地はない。

>「もし次・・・あの悪意を振り撒いたり・・・暴走したら・・・その時は俺がこれでカザハを終わらせる」

「待てよ。もう少しだけ、待ってくれ。一度はあの悪意に呑まれずに済んだ。あいつはまだ……戦ってるんだ」

>「説得が通用すると本気で思ってるのか?僕はそうは思わないな。あれは、あの悪意はそんなレベルじゃない」

「信じてやれとは言わねえよ。だけどなゆたちゃんの、リーダーの指示を思い出せ。
 俺達は誰も死なせずに、アコライトを守り抜く……そう決めただろ」

その中には言うまでもなくカザハ君も入ってる。
あいつの中身がどうであれ、殺すわけにはいかない――殺したくない。

ジョンの意思は本物だ。マホたんに向けたのと同じ、明確な殺意が伝わってくる。
こいつは昨日も、暫定ガザーヴァに乗っ取られかけたカザハ君の姿を見ている。
未だ踏み切れない俺よりもずっと、危機感と覚悟を持っていた。

>「大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない」

「……なんだと?」

モゴモゴと擁護の弁を呟く俺を尻目に、ジョンははっきりとそう言った。
人を殺した?こいつが?冗談だろ。なんぼ職業軍人ったって、こいつは自衛官だ。
少なくともジョンが入隊してから自衛隊で人死の出るような交戦はなかったはず。

210明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:05:20
とすればこいつは一体、どこで、誰を殺したってんだ?

>「安心してくれ、君に迷惑はかけない、僕一人でやるさ」
>「さぁ時間はないぞ!いこう明神」

理解が追いつかないまま、ジョンは俺に手を差し伸べた。
唐突な殺人経験の告白は、もしかしたらこいつなりの方便なのかもしれない。
『荒事は任せておけ』と。『君が手を汚す必要はない』と。

ヒュドラ相手に大立ち回りをやらかしたジョン相手に、俺はビビっちまった。
化け物――そう呼んでも良いくらい、こいつの戦いぶりは苛烈だった。
冗談めかしてみたものの、言い訳しようのない『恐怖』を感じていた。

画面越しにすらガザーヴァの悪意を明確に感じ取れるこいつのことだ。
俺の怯えは間違いなく伝わってるだろう。
それで、これ以上ビビらせないように、距離をとった?

……クソったれめ。
自分でジョンのことを親友だなんだ言っといて、こいつに余計な気を回させてんじゃねえよ。
都合の良いときだけ友達ヅラすんのが俺にとっての友情か?違うはずだ。

「ざけんな。お前だけに良いカッコさせてたまるかよ」

人を死なせた経験なら俺にもある。
バルゴスは俺が巻き込んで、俺の身代わりになって死んだ。
それどころか死んだ後まであいつの霊をこき使ってる始末だ。

勝手に俺から離れて行くんじゃねえよ、ジョン・アデル。
お前は俺の親友で、俺達は一蓮托生だ。

「あいつは俺が殺る。あいつを殺すのは……俺でなきゃ駄目なんだ」

差し伸べられた手が、血に染まっていたとしても。
ヒュドラを嬲り殺しにするこいつの強さに、未だにビビっちまっていても。
ジョンの傍に居ることを、躊躇う理由にはならない。

伸びてきたジョンの手をぺしっと払って、俺は前を向いた。
じきになゆたちゃん達と合流する。
この霧の向こうに何が待っているのか……そいつをこれから確かめるんだ。

 ◆ ◆ ◆

211明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:05:49
>「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」

マホロスキンを被った俺達の姿を、なゆたちゃんは目敏く見抜いて声をかけた。
すぐ傍まで迫っていた帝龍兵たちをポヨリンさんが迅速に排除。
かくして王都のブレイブ一行は、敵地のど真ん中で再び集結した。

>「何やってるの! 早くこっちへ!
 ……状況報告! どうしてここへ!? 魔法機関車で何かがあったの!?」

「後方は無事だ。魔法機関車は絶賛横転中だが、アコライト兵に損耗はない。
 俺達がこっちに来たのは、バロールの映像中継で前線の異状を確認したからだ」

まだるっこしい状況報告は早々に切り上げて、俺は本題を端的に述べた。

「……カザハ君の中にガザーヴァが居る」

あるいはカザハ君に"中も外も"なくて、元からガザーヴァがカザハ君のガワを被ってるだけかも知れないが。
この際どっちだって良い。カザハ君がカザハ君でなくなる、その瀬戸際にあるのは間違いないだろう。
昨日のマホたんからの告発、ジョンが見たカザハ君の変容。
それら必要な情報を俺は掻い摘んでなゆたちゃん達に伝えた。

>「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
 炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」

説明を受けたなゆたちゃんは歯噛みしつつカザハ君を見る。
あいつが身にまとうエフェクトの色は――黒。闇のそれだ。

「あいつは今、俺達の仲間のカザハ君と……ニブルヘイムの三魔将。その間を行き来してる。
 黙ってて悪かった。ギリギリまであいつを信じていたかった……俺の判断ミスだ」

ガザーヴァがカザハ君の内側に引っ込んでいる以上、こちらからは手の出しようがない。
さりとてこいつをふんじばってその辺に置いておくことも出来ない。
この場で用意できる拘束なんざガザーヴァが本気出せば速攻でぶっ千切られるだろうし、
俺達の眼の届かない場所で好き勝手されることの方がリスクとしては大きいからだ。

まだ。まだバロールの野郎が映像を弄って、カザハ君がガザーヴァに呑まれてるよう誤認させてる可能性はあった。
だがこうして現地で現認して、一縷の望みは完全に潰えた。
カザハ君は、俺達の知ってるシルヴェストルとは違う。違ってしまっている。

>「さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――」

なゆたちゃんの向こうで、エンバースがロイヤルガードを仕留めるのが見えた。
崩壊していく鋼の四肢。破壊の根本は、奴のスマホから伸びる白い触手だ。
あれがエンバースのパートナー?いや、触手が本体ってわけじゃあるまい。
ガンダラの山道で俺もやった、クリスタル節約の為の部分召喚だ。

>「下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。

エンバースのさらにその先に、帝龍が居た。
相変わらずきっちりとスーツを着こなし、怜悧な顔貌には冷や汗一つかいてない。
パートナーを落とされてなおこの余裕。まだまだ隠し種は在庫潤沢ってツラだ。

>「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
 さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」

俺達の姿を認めたカザハ君は、こっちに向かって脳天気な声を上げた。
その口調も振る舞いも、俺の知ってるカザハ君のもの。
だけど……『八つ裂き』?こいつはそんな血生臭い言葉を好んで使ったか?

212明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:06:24
>「あ、えーと、折角来てくれたのに悪いけどもう終わったよ!
  八つ裂き!? やだなあ、みんなで八つ橋でも食べようかなって言ったの!」

自分で言ってて気付いたのか、取り繕うようにカザハ君は重ねる。
まるで、意に沿わぬ言葉が勝手に出てきたみたいに。

>「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
 この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
 キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」

カザハ君が呪文を唱え、風属性のバフエフェクトが俺とジョンの体に灯る。
――呪文を唱えた。スペルカードを使わずにだ。

>「何勝手なことしてんだボケェ!
 ……あっ、みんなで仲良くやるってのは新種のプレイ的な!? そう、エアプレイ!」

またしてもカザハ君は一人、虚空に向かって漫才を繰り広げる。
分からねえ。お前は今、『どっち』なんだ。俺はまだ、お前を信じて良いのか?

>「抵抗はやめなさい、帝龍!

だが、少なくともカザハ君はガザーヴァのいざないを一度は克服し、ロイヤルガードに逆転して見せた。
このまま帝龍を制圧し果せれば、当面の戦いはどうにか終えられる。
推定有罪のガザーヴァよりも、目の前の帝龍を優先すべき――なゆたちゃんもそう判断したんだろう。
しかしその降伏勧告を、帝龍が受け入れることはなかった。

>「このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」

「クソが……そういうことかよ」

帝龍の余裕の正体。勿体ぶった隠し玉。
この金満野郎が、たかが準レイド程度のロイヤルガードを虎の子にしているはずがなかった。

>「ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!
 ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!」

帝龍がようやく自前のスマホを取り出し、召喚を起動。
軋むような大気の鳴動と共に、夥しい魔力が空間に凝結していくのが俺にも分かった。

>《これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》

スマホから響くバロールの声もどこか遠い。
背筋を虫が駆け下りていくような強烈な悪寒、口の中が乾いて舌先がチリチリと痛む。
さながら、蛇に睨まれた蛙。本能に根ざした『天敵』への恐怖が、心臓を締め付ける。

この感覚を、俺は知っている。
以前おぼえた時は、ほんの数秒だけ威圧感に暴露されただけだった。
だが、いま俺を飲み込まんとする気配の濃密さは、その時の比じゃない。

そう、知っている。
これまで共に肩を並べて戦ってきたある女が秘蔵していた、ブレモン最強のモンスターが一角。

213明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:07:24
>「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」

出現したのは、ゴッドポヨリンさんが三体肩車してようやく届くかってぐらいに巨大な竜。
都合3つの首がうねるたびに突風が吹き荒れ、暗い体色はそれそのものが夜空のようだ。

――六芒星の魔神。魔皇竜『アジ・ダカーハ』。
国内はおろか全世界でもいまだかつて目撃されたことはないであろう、超レイド級の完全体だ。
各国の神話をモチーフとした六種の魔神は、プレイヤーが唯一『理論上』入手出来る超レイド級。
実際に揃えられた例など世界規模でも存在しないとされていた……はずだ。

「マジに揃えたってのかよ……!石油王でも切り身でしか持ってねえ、超レイド級を!」

一体どれほどの人脈と時間、何より金を注ぎ込めばアジ・ダカーハを手にできるのか。
その計算にはきっと天文学者が必要になるだろう。
会計どうなってんだ帝龍有限公司。株主激おこぷんぷん丸やぞ!

>《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
 みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》

バロールの退避勧告が頭の上を擦過していく。
足が竦んで動けない。アジ・ダカーハなんて、画面越しにだって見たことはなかった。
プレイ動画でも超レイド級との戦闘は配信されてない。
そもそも挑戦条件として各部位を揃えるのが難しすぎて、完全体と戦った事例が皆無に等しいのだ。
知見がない。Wikiの内容を諳んじられる俺でも、アジ・ダカーハが何をしてくるのか、分からない。

今すぐここから逃げる……ことは、出来なくはないだろう。
こっちにはマホたんという"人質"が居る。いきなり範囲焼きが飛んでくることはあるまい。
迷夢に紛れてうまいこと前線を離脱して、アコライトまで引き返すことは不可能じゃない。

帝龍がどれだけ潤沢な資産を抱えていても、結局は有限なクリスタルで超レイド級を常に召喚し続けることはできまい。
俺達が退却すれば、つまり短期決戦が不可能と見れば、無意味に消費を続ける愚は侵さないはず。

……だけど。
逆に言えばそれは、帝龍側にも仕切り直しのチャンスを与えることになるってことだ。
後日こっそりアコライトまで肉薄して、その場で召喚からの蹂躙コンボを決めることだってできる。
外郭から程よく離れたこの戦場に帝龍とアジ・ダカーハを釘付けに出来るのは、今だけだ。

ふわふわと足元がおぼつかない。
歯の根が合わない。
指先が氷みたいに冷たくなって、まともにスマホを手繰れるかも分からない。

それでも決めた。
どれだけ高難易度だろうが、この戦いから逃げはしない。
これを蛮勇と呼びたきゃ呼べ。譲れない矜持ってやつが、俺にはある。

>「……逃げないよ」

ぶるぶる震える俺の耳朶を、なゆたちゃんの声が力強く打った。

>「このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
 エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!」

「……よくぞ言ったぜ、リーダー。理不尽なこのクソゲーにゃ、難易度の急上昇なんて珍しくもねえ。
 クリア条件は変わってない。あの腐れCEOをぶっ倒して、アコライトを解放する。それだけだ」

勝算なんざぴくちりありゃしねーけどよ。
俺がかつて目指したプレイヤー像は、こういう逆境でこそ、強く笑った。
世界まるごと救おうってんだ。アジだかサバだか知らねえが、超レイド級がナンボのもんじゃい。

214明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:08:05
>「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
 地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」

恐慌を起こし逃げ惑う姿を期待してたんだろう。帝龍は短く舌打ちしてアジ・ダカーハに指示を下す。
巨竜の拳が大地を殴りつけ、地盤を揺るがした。

「うおあっ……!」

ゴッドポヨリンさんの拳でもここまで大規模な地震は起きない。
やはり規格外。その一挙手一投足が、わずかな身じろぎが、威力を持って襲いかかる。

>「あれは……魔皇竜アジ・ダハーカ……。
 帝龍が持ってるっていう噂は聞いたことがあったけど、まさか本当だったなんて……」

たまらず五体を地に投げると、騒ぎを聞きつけたマホたんがすっ飛んできた。
そして目の前の超レイド級に絶句。長らく帝龍と戦ってきた彼女をして、この事態は想定外だったらしい。
そしてアジ・ダカーハの能力は、何も地面をバシバシ殴ることだけじゃない。

>「あれよ。ブレモンのアジ・ダハーカは悪竜の他、大地母神の側面も持っているの。
 アジ・ダハーカがいる限り、トカゲは無限に増えていく……トカゲだけじゃない、ヒュドラもそう。

アジ・ダカーハの体表、そこを覆う鱗の一枚一枚から、トカゲがポロポロこぼれ落ちていく。
この異常な大群のカラクリはこいつか。シンのコケラみてえな奴だな。

「公式大会で出禁になるわけだぜ。寄生虫まみれのマンボウじゃねえんだぞ」

事実上、帝龍は無限の軍勢を常に補充し続けることが出来る。
俺達がどれだけトカゲ相手に無双かまそうが、アジ・ダカーハが居る限りジリ貧になる一方だろう。
これで遅滞戦術のセンも消えた。時間をかければかけるだけ包囲網が完成しちまう。

とにもかくにもドゥームリザードが戦場に湧き始めた以上、アコライト兵はこの場に居させられない。
早急に撤収させなければトカゲの餌食になるだけだ。

しかし肝心要の魔法機関車はぶっ壊れ、兵たちの帰りのアシがない。
頼みの綱のバロール大先生はこの土壇場でガス欠だとか抜かしやがる。

>「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
 しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!たっぷり感じながら――死ね! アル!
 アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

勝ち誇る帝龍の声が、戦場に轟く。
アジ・ダカーハの三つ首がそのあぎとを開き、タイラントもかくやの熱が顔を見せた。
あ。やばい。これ死ぬやつだ……死ぬやつだ!!

>「みんな――防御して!!」
「む、無茶振りだーーーっ!!」

平原ごと焼き焦がさんばかりの熱の波濤が、アジ・ダカーハの口から放たれる。
俺はスマホを手繰り、防御ユニットを発動しようとして――どっちだ?

魔法、物理それぞれに無類の耐性を誇るユニットが俺の手持ちにはある。
だが『神息』がどちらの属性なのか、まるで情報がない今判断がつかない。

ATBゲージは1本。切れるユニットは一枚だけ。
ブレスの属性と発動するユニットが違えば、俺達は一瞬でこの世から消滅する。
俺は情報を集めるだけ集めてからレイドに参加するタイプの人間だ。
運否天賦で……やるしかない!

時間にすれば、一瞬の判断の遅れ。
だけど致命的な防御の遅延は、ユニットを起動するまでもなく、俺達を消し炭にするはずだった。

215明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:08:32
>「風の防壁《ミサイルプロテクション》!」

その時、俺の目の前に飛び出す影がひとつ。
カザハ君だ。防御スペルが展開し、アジ・ダカーハのブレスが横に逸れていく。

「カザハ君!!」

地属性のブレスに、風属性の防御スペル。
相性的にはそりゃ優位だろうが、超レイド級の攻撃力相手に打ち勝てるはずがない。
だとすれば、やはりカザハ君は――

「ガザーヴァの魔力か……!」

カザハ君の身にまとうエフェクトがどす黒く変色するのを見た。
レイド級の中でも上位に位置する三魔将の魔力ならば、アジ・ダカーハの攻撃を凌ぐくらいは出来るだろう。
真空刃の威力を超強化したように。カザハ君は、ガザーヴァの力を使いこなせているのか?

だけど、黒のエフェクトは加速度的にカザハ君の総身を覆っていく。
さっきまで明滅する程度だった闇の魔力が、確かな存在感を持ち始めている。

「やめろ、それ以上力を使うなカザハ君!体真っ黒になってんぞ!!」

カザハ君は俺の制止に構わず、アジ・ダカーハと相対したまま語り始める。

>「ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった
 ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ」

溢れるような声で告げられたのは、カザハ君とガザーヴァのつながり。
自覚が……あったのか?自分の中にガザーヴァが居る、そのことに。

とっさに俺達を守ったその挙動は、間違いなくカザハ君の意思だ。
カザハ君はまるで別れの挨拶のようになゆたちゃん達一人ひとりに言葉を告げる

>「明神さん、カケルをよろしくね。理由は……”翔 中国語”で検索してみて」

「待て、おい、待て!!よろしくって何だよ!お前何するつもりだ!!」

何するつもりか。
なんとなくだけれど、俺にはもう分かっていた。
分かっちまったんだよ。分かるくらいには、こいつとも長く付き合って来たのだから。

>「このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない」

カザハ君は、ずっとガザーヴァを抑え込んでいた。
幻魔将軍が俺達に害をもたらさないように。その悪意が、解き放たれないように。
そして限界を悟ると同時に、死に場所を見つけた。

>「君達に会えてよかった。本当にありがとう」

カザハ君が振り向く。
首まで迫った黒の侵食。唯一無事なシルヴェストルの美貌が、ふっと微笑んだ。

>「自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!」

ブレスが止む。
もはやそれ以上言葉を交わすことはなく、カザハ君はアジ・ダカーハに飛び込んでいく。
俺はその背中を眼だけで追って、視線を地面に落とした。

216明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:09:34
「知ってるよ……翔の意味くらい」

中国語のスラングで、『翔』は大便――うんちを意味する。
いつからそう呼ばれてるのかは知らんが、検索するまでもなく俺は知っていた。
凍結されたアカウント名変えるときに、各国語版の『うんちぶりぶり大明神』は一通り使ったからな。

カケル君の名前を紹介されたとき、ニヤついちまった記憶だってある。
カザハ君にそんな意図があったかどうかなんて、わかりゃしねえけど。

だから――

「――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!」

んなクソくだらねえ理由でよろしくされてたまるか。
お前のお馬さんだろうが。お前がお世話しねえで、誰があいつにブラシかけるってんだ。

「うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
 どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!」

いい加減、腹が立ってきた。
金の力でマウントとり腐る帝龍の野郎にも。
死んでりゃいいものをしぶとく復活してカザハ君を侵さんとするガザーヴァにも。
――俺達の意思ガン無視して、一人で特攻決め込もうとしやがるカザハ君にもだ。

「干渉すべきでない種だ?知らねえよそんなもん、お前は地球出身のブレイブだろうが。
 鳥取の六法全書にゃ『世界救った者これを罰す』とでも書いてあんのか?
 前世がどうとかぴくちり興味ねえがなぁっ!そんな大昔の罪なんざノーカンだノーカン!!」

カザハ君が防御してくれたおかげで、『神息』の属性は判断できた。
『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を起動し、魔法を完全に遮断するユニットが出現する。
対象範囲は狭いが、少なくとも近くに居る限り範囲攻撃の餌食にはならない。
アジ・ダカーハ攻略戦における、即席の拠点だ。

「今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
 お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる」

カザハ君≒ガザーヴァはアジ・ダカーハの周りを飛び回りながら間断なく攻撃を加えている。
どちらの意思で行動しているのか判別できないが、その刃は俺達ではなく帝龍に向けられている。
まだ、間に合う。確証はなくても、俺がそう決めた。

「タイラント、ミドやん――俺達が出会ってきた超レイド級は、どれもまともに歯が立たない雲の上の存在だった。
 目覚めたての、不完全な状態でだ。元気いっぱいの超レイド級に勝ち目はねえ」

城壁の後方に下がりつつ、俺は仲間たちに告げる。

「唯一勝ち筋が見えるとすれば、前の二匹と違ってアジ公は人間が操作してるって点だ。
 つまり駆け引きが成り立つ。完全なマネーイズパワーから、PVPの土壌に引きずり込める。
 も一つ言えば、アジ・ダカーハの巨体を支えてるのは、全部帝龍のお財布の中身だ」

もちろん対人戦でも廃課金が強いのは変わらない。
それでも単純なステータス勝負になりがちなPVEに比べれば、戦術の介在する余地がある。
そして、クリスタルというリソースに限りがあるのは向こうも同じだ。

217明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:10:44
「アコライトに駐留してたマホたんですら、アジ公の存在は噂程度にしか聞いてなかった。
 示威行為って点じゃこれ以上ない適任のアジ・ダカーハを、帝龍が伏せ続けてきたのはなんでだ?
 あの傲慢な帝王が、ロイヤルガードを落とすまでアの字も出さなかったのには、理由があるはずだ」

わざわざアコライトを包囲せんでも、アジ公一匹見せれば即日無血開城だっただろう。
クリスタルの消耗が激しいから。これも大きな理由になり得る。
奴の懐事情を推測して魔力切れによる撤退を狙う――って戦術も使えなくはない。

ついでに言えば、これまで出し惜しんでたことで、帝龍自体アジ・ダカーハの操作に習熟してない可能性もある。
3つのATBゲージを同時に扱うのは一朝一夕で出来ることじゃない。
召喚するだけで大量のクリスタルを浪費する超レイド級を、練習の為だけに召喚するとは考えづらい。
現に、ガザーヴァの力があるとはいえ、カザハ君単独でアジ公との攻防が成り立っている。

「無限湧きのトカゲ共っつう邪魔は入るにしても、防御スペルをうまく使えば食い下がることは出来るはずだ。
 ブラフとハッタリでカタに嵌めて、対人戦の真髄を教えてやる。
 あの腐れドラゴンを振り回して疲れさせて、帝龍のお財布を空っぽにする。これが俺の第一案」

アジ・ダカーハと対峙するガザーヴァに視線を投げる。
両者は幾度となく小競り合いを繰り返すが、少しずつガザーヴァが押され始めている。
レベル差が大きすぎる。早晩、削りきられるだろう。

「……バロールが魔王にならなかったこの時間軸で、幻魔将軍ガザーヴァは誰に忠誠を誓ってるんだろうな」

ゲーム本編では、ガザーヴァは敵味方関係なく引っ掻き回すトリックスターだったが、
唯一魔王バロールにだけは忠実に従っていた。死ぬまで、そのスタンスを崩すことはなかった。
虚実織り交ぜた言動で身の回りのすべてを翻弄しつつも、忠義だけは確かな真実だった。

だが、魔王バロールはこの世界にはいない。ローウェルは未だに存命だ。
ガザーヴァが傅く相手によって善にも悪にも転ぶのだとすれば、
忠義の置き場を失った今、あいつはどちら側とも言えない中途半端な存在だ。


「――第二案は。ガザーヴァを、内応させる。
 あいつにニブルヘイムを裏切らせて、カザハ君ごと俺達の味方にする」


この時間軸において、ガザーヴァはまだ大量殺戮にも大量破壊にも手を染めてない。
あいつが更地にする予定のアコライト外郭も、未だ健在なままだ。
それはガザーヴァが復活出来てないからだが、同時にもうひとつ理由がある。
――殺戮の指令を下す指揮官、魔王バロールの不在だ。

つまり現状のこいつは、なんとなく……『その場のノリ』でニブルヘイムに属しているに過ぎない。
自分で言ってて笑えてきた。これじゃまんまカザハ君だな。
そしてだからこそ、カザハ君と同じように――アルフヘイムの味方につける余地がある。

少なくとも帝龍は、ガザーヴァの力を一切あてにしていない。
これもまた、現時点のガザーヴァが完全にニブルヘイムに与していない証左だ。

「交渉は俺がやる。ガザーヴァを上手く引き込めれば、第一案もぐっとやりやすくなるはずだ。
 倒すことは出来なくても、痛打を与えてクリスタルを浪費させられる。
 なんなら潜伏系のスキル使って帝龍にダイレクトアタックくらい出来るかもな」

そこまで言って、俺はかぶりを振った。
この期に及んで俺はなに理屈屋ぶってんだ。

218明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/14(火) 03:14:43
「……まぁ、こんなもんは建前だ。俺はまだ、カザハ君を諦めたくない。
 こんだけ状況証拠が揃ってるってのに、あいつが俺の仲間だと信じていたいんだ」

自分の死を覚悟してなお、俺達に向けたあの微笑みが……ずっと頭に焼き付いて離れない。
考えなしで、やることが雑で、デリカシーの欠片もないスケベ妖精だけど。

あいつの行動のすべてに、俺達への不器用な気遣いがあった。
それはきっと、今この瞬間だって、変わらない。

「あいつを信じて、ここまで連れてきたのは俺だ。
 カザハ君が完全にカザーヴァになってて、俺達に牙を剥くとしたら、その時は……俺があいつを仕留める」

あのクサレウンコ現場将軍の野郎に、ここまで引っ掻き回されっぱなしっつーのも。
ほっんとおおおおおおおおおおに癪だしなああああああああああ!!!!!

再燃してきた怒りに身を任せて、俺は前に出る。
踊るように空を舞うカザハ君へ向けて、人差し指を掲げる。

「お前は今、カザハ君か?ガザーヴァか?どっちだって良いけどよぉ。
 このままアジ公に消し飛ばされんのがお前の望んだ結末か?
 帝龍君がつごーよくお前だけ避けてビーム撃つとは思えねえなあ」

無論ガザーヴァも俺のこの煽りが単なる負け惜しみだとは思わないだろう。
何らかの布石、ミスディレクション、あるいは……内応策だと、見抜いてくるはずだ。
読まれてるならそれで結構。対話が成り立ちさえすれば、そこから先は俺の土俵だ。

「狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
 超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
 お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
 いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ」

この俺が簡単に引き下がると思うなよ。
見せてやるぜ……1年近くブレモンに粘着し続けた、うんちぶりぶり大明神の執着をなぁ!!!!


【魔法無効防御ユニット『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を発動
 1.今までアジ公のアの字も出てこなかったってことは軽々に出せない理由があるのでは
 2.超レイド級とかクリスタル消費やばいだろうしうまく凌いで魔力切れ狙おうぜ
 3.ガザーヴァ買収しよう。バロール魔王になってないしワンチャン→交渉開始】

219ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 21:56:08
>「ざけんな。お前だけに良いカッコさせてたまるかよ」

「別にかっこつけてるわけじゃない・・・僕はただ・・・」

なぜだ?カザハを殺せば当然他の二人から・・・なゆとエンバースから敵対されるかもしれないのに。
敵であろうが殺す事を絶対に許さないなゆが許すはずないのに。

「もう君が嫌われるのは終わった。これ以上君が汚れ役をやる必要なんてないんだ
 僕はまだPTに入って日が浅い・・・嫌われ役をするなら僕で十分なんだ、君がやる必要性は――」

>「あいつは俺が殺る。あいつを殺すのは……俺でなきゃ駄目なんだ」

>「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」

さすがに影でこそこそしていれば、マホロスキンを被っていてもばれてしまう。

>「後方は無事だ。魔法機関車は絶賛横転中だが、アコライト兵に損耗はない。
  俺達がこっちに来たのは、バロールの映像中継で前線の異状を確認したからだ」

「僕が数を兵士の数を3桁は削ってきたからたとえトカゲがきてもなんの問題もないよ
 作戦通りマホロの真似事をしながらね、当然殺してもいない」

モンスターを使役していたことで自分たちは必要ないと訓練をサボってるような兵士なんてものの数じゃない。

>「後方は無事だ。魔法機関車は絶賛横転中だが、アコライト兵に損耗はない。
  俺達がこっちに来たのは、バロールの映像中継で前線の異状を確認したからだ」

「ああ、それと幻影を解除していいかい?もう帝龍の前に姿をこんな形で出しちゃったし解除していいだろう?
 部長も出しておかないとゲージも溜まらないしね」

そういってバフ効果の幻影を解除し、部長を召喚する。

>「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
  炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」

「・・・黒」

> 「……カザハ君の中にガザーヴァが居る」

「どっちが本当の中身なんてこの際どうでもいい・・・だが一つ確実な事がある」

「なんにせよ早急に排除するべき対象だ、と言う事だ」

220ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:03:46
>……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ

ロイヤルガードとエンバースの戦闘も終了し、実質帝龍は終わり・・・ではなかった。

>――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
 お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?

エンバースが煽る、ひたすら煽る。
帝龍は顔真っ赤にして・・・。

>「オマエ、底抜けのバカアルか? 偉そう、ではなく実際に偉いアルネ。
 世界王者? 禁止カードだらけでルールに縛られたママゴト大会の王者が、本当に強いとでも思ってるアルか?
 ひょっとして、プロレスはガチ! とか大真面目に信じちゃってるタイプアル?」

いや顔真っ赤にしているのは間違いなかった。
しかし諦めたいるという風ではなく、まだ策があるようだった。

>「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
 さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」

!?

カザハに細心の注意を払っていた、なのに気づいたらカザハは僕達の真後ろに現れフレンドリーに話しかけてくる。

気配を感じなかった・・・!

やはり真に注意をするべきは帝龍ではなくカザハ自身である。ということ認識させられる。

>「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
 この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
 キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」

>「何勝手なことしてんだボケェ!
……あっ、みんなで仲良くやるってのは新種のプレイ的な!? そう、エアプレイ!」

どうやらいよいよをもって制御が利かなくなってきたらしい。
明神はああはいったが、情けをかけてしまうかもしれない。

今すぐ手を出したい衝動をこらえる。

>「それそれ、それアル。
 そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
 このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」

まだ帝龍との勝負は終わっていない。
カザハ抜きで決着はつけられないだろう。

だから・・・今はまだ手は出さない。

221ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:05:20
『ギャゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』

ドラゴンだ、ファンタジーの代名詞、角が生えていて、巨体で、圧倒的な。
昔の子供なら一度は倒す事を夢見た・・・ドラゴンがいた。

>「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」

>「くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
 当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
 つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
 そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!」

>「金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
 無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル。
 貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
 さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!」

『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』

「なるほど。一理あるな」

僕は冷静だった。
この世界にきてから驚く事が何回も起きたせいで麻痺してしまっているのか。
今までの人生における、うろたえた所で事態は好転しないという教訓から冷静さがきてるのか。
わからない、自分の冷静さの理由はわからないが。

「なゆのポヨリンさんの時のほうが絶望感あったね
 モンスターの威圧感は同じくらいなんだけどね、やっぱりマスターがしょぼいからかな?」

>《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
 みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》

バロールが通信越しに撤退しろ!と連呼する。
当然だ、これは完全に想定外だ。一度仕切りなおし作戦を練るのがどう考えても得策。

が、当然相手は撤退なんてさせてくれないし・・・そもそも。

>「……逃げないよ」

このまま撤退してしまえばこの龍が外郭に辿りついてアコライトはEND
もし消費を恐れて帝龍が追ってこなかった場合は戦争はさらに長期化。
さらにアジ・ダハーカの出現と作戦が失敗した事によって兵士達の士気は更に悪化。
マホロでなんとか保っていたが、こんどこそ内側から崩壊を起す可能性が高い。

そもそも撤退が完了するまでに双方どれだけの死者がでるのか・・・。

犠牲を許容できないなゆには・・・逃げるという選択肢はあるわけがないのだ。

222ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:05:43
>「いいとも! じゃあ、やっぱりボクの『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』が必要だねー!
 燃えてきたぁーっ! いや、ボクは風属性であって火属性じゃないけどね!?」

撤退という選択肢がない以上アジ・ダハーカを倒さなければならない。
そのためにはカザハ・・・もといカザハの中にいるカーザヴァとかいう奴の力は必要不可欠だ。

だがこのまま放置しておけばカザーヴァは確実に僕達の敵になるだろう。
帝龍とカザーヴァの連戦は絶対に回避しなければならない・・・となれば。

>「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
  地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」

>「うッ、うわッ! うわああああああ――――――――ッ!!」

アジ・ダハーカが思いっきり足を地面に叩きつける。
地面が激しく揺れ、割れ、荒れ狂う。

「荒波の海で漁を手伝った時以上に・・・揺れる!!」

ただ地面を蹴っただけでこの威力。まともに食らえば人間どころかモンスターでさえ即死だろう。
マホロがいるせいで直接狙ってはこないだろうが・・・

>「みんな、身の安全を図って!」

「僕は大丈夫だ!・・・だが」

アコライトの兵士、帝龍側の兵士双方共に大パニック状態に陥る。
こうなればもう戦争どころじゃない、このままでは余波だけで死人がでるだろう

>「まずは、みんなを逃がさなくちゃ……! マホたん、守備隊のみんなを本陣から撤収させて!」

>「わかった! みんな、こっちよ!」

「なっ!?・・・まてユメミマホロ!!!」

周りの騒音にかき消されジョンの声は誰にも届かず。
マホロはそのまま兵士を率いて前線を離れた。

「馬鹿か!?緊急時に備えて臨時の指令役を予め立てておくべきだろうが!そんな事も決めてないのか!?
 しかもよりにもよってなんでマホロがいなくなるんだ!!??」

マホロが離脱したことにより、タダでさえ足りていない戦力は更に下がり。
マホロがいなくなった事で帝龍は制約を解かれる事になる。

僕と明神は本物ではないと既にバレてしまっている状況で疑わしマホロが全員前線からいなくなってしまう。

>「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
 しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
 たっぷり感じながら――死ね! アル!
 アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

マホロがいなくなれば帝龍は当然・・・纏めて攻撃する手段に出る。

223ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:06:06
>「みんな――防御して!!」

なゆの声が聞こえた。

行動できなかった。

人間では対処のしようがない圧倒的な力。暴力を前にして。

防御なんてしようがない。防げる技も思いつかない。
ユメミマホロがいるから。と油断していた。

まさか攻略の要であるマホロ本人がなんの考えもなしに離脱するなんて――

>「風の防壁《ミサイルプロテクション》!」

暴力に飲まれる寸前、カザハが展開したバリアが暴力を防ぐ。
だが当然防いでるカザハも無事ではなかった。
苦しそうな声を出しながらも必死に耐えている。

「本当に助かった、ありがとう」

>「ボクは昔罪を犯した罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
  ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ」

「・・・なにいってるんだガザハ?それよりもなゆ、次の手を早く考えないと
 アレにヒュドラのような弱点はあるのか?もしあるならそこを全力で・・・
 いやマホロを連れ戻すのが先だ!こんなのもう一度うたれたらもうどうにもならないぞ!」

>「なゆ、この状況でも逃げないなんて君はやっぱり最高に勇者だね! でも、少しは自分を大事にしてね。死んだら元も子もないんだからさ」

「カザハ・・・?」

>「ジョン君、この場に君がいてよかった。君なら情に流されず迷わず正解を選んでくれるから」

「カザハ・・・君は・・・」

>「このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない」

完全に乗っ取られ、僕達と争うくらいなら・・・死ぬ。その覚悟。
カザハその覚悟を決め、僕達に別れの言葉を・・・

>「君達に会えてよかった。本当にありがとう」

「君のいつもの勢いはどうしたんだよ?どんな困難に遭遇したって簡単に諦めるような奴じゃないはずだろう?」

>「自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!」

ブレスが止むと同時にカザハは空高く舞い上がりアジ・ダハーカに突撃する。

「それが・・・これが君の選択か・・・カザハ・・・」

カザハの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
僕も、今できる事をしなくては。

224ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:06:32
>「――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!」

明神が叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

>「うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
  どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!」

>「今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
  お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる」

「言うのは簡単だ。だがその結果カザハが僕達のだれかを殺す事にでもなったらどうする?」

そりゃ僕だって相打ちなんて・・・そんなのは嫌だ。
だが現実に考えてできない事はできないと、言うしかないのだ。

「さすがに黙ってきいていられないぞ、明神
 カザハの覚悟を無駄にする気か?みんな仲良く全滅するのか?
 みんなカザーヴァに殺されたけど、自分の心は満たされてハッピーっていうのか!?現実を見ろ!」

カザーヴァと交じり合いながらアジ・ダカーハと激戦を繰り広げるカザハを指差す。

>「唯一勝ち筋が見えるとすれば、前の二匹と違ってアジ公は人間が操作してるって点だ。
  つまり駆け引きが成り立つ。完全なマネーイズパワーから、PVPの土壌に引きずり込める。
  も一つ言えば、アジ・ダカーハの巨体を支えてるのは、全部帝龍のお財布の中身だ」
>「無限湧きのトカゲ共っつう邪魔は入るにしても、防御スペルをうまく使えば食い下がることは出来るはずだ。
 ブラフとハッタリでカタに嵌めて、対人戦の真髄を教えてやる。
 あの腐れドラゴンを振り回して疲れさせて、帝龍のお財布を空っぽにする。これが俺の第一案」

「総力戦に持ち込めば僕達は帝龍には勝てるかもしれない
 だがその後カザハが敵に回ったらカードを使い果たした僕達はみんな殺されるぞ!」

>「交渉は俺がやる。ガザーヴァを上手く引き込めれば、第一案もぐっとやりやすくなるはずだ。
  倒すことは出来なくても、痛打を与えてクリスタルを浪費させられる。
  なんなら潜伏系のスキル使って帝龍にダイレクトアタックくらい出来るかもな」

「いいかげん現実をみろ明神!帝龍にだって勝てる保障すらないのに
 そんな事してる余裕は僕達にはないんだ!!君ならそれくらいわかるだろう!」

>「……まぁ、こんなもんは建前だ。俺はまだ、カザハ君を諦めたくない。
  こんだけ状況証拠が揃ってるってのに、あいつが俺の仲間だと信じていたいんだ」

「そりゃ僕だって・・・嫌だ・・・カザハが死ぬなんて認めたくない・・・でも」

できないんだ、不可能なんだ、無理なんだよ。
今の僕達に余計なリスクを負う余裕はないんだ。

>「あいつを信じて、ここまで連れてきたのは俺だ。
 カザハ君が完全にカザーヴァになってて、俺達に牙を剥くとしたら、その時は……俺があいつを仕留める」

なんでこんな。

>「狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
 超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
 お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
 いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ」

なんでこんな事になったんだよ・・・。

225ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:06:53
なんでこんな事になった?

帝龍が予想以上の隠し玉を持っていたから?

いや・・・もっと安全に作戦を遂行できたはずだ。

じゃあなんでカザハは、明神は、なゆは、エンバースは危険な状況に置かれている?

あの女だ・・・

ユメミマホロのせいだ。

あいつが最初から自分の体を差し出しておけばもっと楽にできた。

兵士達の命を優先したばっかりにこんな事になった。

そのくせ自分はクソの役にも立たない兵士達と前線からさっさと逃げやがった。

その場で臨時の指令役を立てる事だってできたのに。

しかももう通常の戦争は終わったも同然。

アコライトの兵士も、帝龍の兵士も、もう戦闘する余裕なんてないのに。

それなのにあいつはさっさといなくなった。

その尻拭いでカザハは死に掛けている。

カザハだけじゃない、なゆも、明神も、エンバースも・・・僕も死に掛けた。

死ぬべきはカザハじゃない、あの女なのに。

ユメミマホロという仮想の姿を纏って自分は一切本当の姿を現さないあの女なのに。

なんで僕はカザハを諦めようとした?死ぬのはあの女だけで十分だ。

諦めるべきはカザハじゃなく、あの女と兵士達のはずなのに。

必ず全員で帰るんだ・・・そしてあの女に報いを受けさせてやる。

絶対に

絶対に

絶対に













殺してやる

226ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:07:17
「ふふふ・・・ふはははは・・・そう・・・そうだな・・・」

立ち上がり、明神に向かって言い放つ

「カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!」

体に赤いオーラを纏う。
この力は一度きりにしようと決めていたが、今使えるものはなんでも使わないければいけない。
どんなリスクがあるかも分からない得体の知れない力。
もしかしたら・・・バロールあたりならこの力を知っているのかもしれない。
だが今それを聞いてる場合じゃない、今を全員で乗り切れるならどんなリスクがあろうと。

全員で生きて帰る為に、カザハを助けるために。

あの女を殺す為に。

「明神、カザハを説得するのは任せた!」

カザハのほうを向き狙いを定める。

「よしいくぞ・・・部長・・・うけとれええええええカザハあああああ!
 雄鶏乃栄光!雄鶏示輝路プレイ!対象カザハ!」

「ニャアアアアアアアア!」

カザハに強化魔法をかける、一つは攻防が上るカード。
もう一つはコトカリス専用カードでなければ恐らく壊れカードの一角だったであろうカード。
バフを掛けられた味方が任意で発動でき、発動した次のスペルカード効果量を2倍にする能力。

ゲーム本編では狩りで使うには限定的かつ発動できるのが一度だけというのが足をひっぱり
対人においては基本1VS1なのでコトカリス自体を採用するのは自殺行為といわれ、使う者は殆どいなかった。
バフ系統の最高格スキル、回復に使えば効果が倍に、攻撃に使えば威力が倍に、バフに使えばその効果も倍に。

「出し惜しみはなしだ!これも受取れ!雄鶏乃啓示!プレイ」

そしてその光を浴びたもののステータスを倍に引き上げ、敵には沈黙を与える太陽。

今回では沈黙の効果は期待できないにしろ、ステータス倍というのは凄まじい。
トドメをさせなくてもいい、時間を稼ぎ、ライフをできる限り削ることができるなら、それでいい。

「全力でぶちかませ!!!」

バフを全力で掛け終わり、まず一つ目の仕事を完了させる。

「よし・・・バフを掛け終われば部長と僕の役目は終わりみたいなもんだけど・・・」

だがこのまま指を咥えてみているわけにはいかない。少しでもカザハの援護をしなくては。
カザハを生かし・・・あの女を殺す為に少しでも動かなくては。

『明神のおかげで範囲攻撃対策ができたとはいえ・・・トカゲ達が押し寄せたらまずいだろう
 トカゲ共の相手は任せてくれ!ゲージはもうないが・・・僕が殺る』

力の巡りが最高潮になっていくのを感じる。

『大丈夫だ、あんな畜生共にはカードがなくたって悪いが負けないよ・・・ここに絶対近寄らせない』

言い終わるのと同時に部長と共に走り出した。

227ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/15(水) 22:08:34
明神達から離れた場所まで離れ、思いっきり叫ぶ

『『『お前らの餌はここにいるぞ!!!!』』』

その声でアジ・ダハーカから産み落とされ、ヨロヨロとまるで生まれたての子供のようにフラフラしている
トカゲ達とヒュドラは一斉振り返りジョンを見つめる。

『そろそろ赤子の時間は終わりだろう?さあ・・・餌がココにいるんだ・・・腹が減っただろう・・・?』

トカゲとヒュドラの半分ほどは完全に僕を標的にしている。

『さすがに全部の意識をこっちに向けるのは無理か・・・』

だがトカゲ共を殺し、その血で塗れれば最優先で排除すべき敵として判断してくれるかもしれない。
まずはあたり一面にこいつらの血をばら撒くところからか・・・骨が折れるね。

一番最初に産み落とされたであろうトカゲが突進攻撃を仕掛けてくる。

『いいね!君の血をばら撒いて全部のトカゲを呼び寄せるとしよう!か!部長!』

部長がトカゲと全力でぶつかる!
部長はたしかに非力である、が僕は今まで部長をずっと使い続け、育ててきた。
それでも全体で見れば攻撃力は低い分類に入るだろう。それでも。

『部長は!愛着もないような野良クソトカゲに遅れはとらない!』

僕はその隙を見逃さず、怯んだトカゲの背に乗る。そしてナイフを取り出しトカゲの脳に一撃。
クリティカル!という表示のあと少しの間もがき苦しんでいたトカゲはそのうち動かなくなった。

『ん、やっぱりバロールに貰ったこのナイフすごいなあ!さすが王都が誇る一級品だな!』

硬い鱗と頭蓋骨をまるで刺身を切るかのように切断し、突き刺さるナイフ。
もちろん力をこめて突き刺したが、それでもこのナイフの威力も凄まじい。

『さて・・・忘れずに・・・よっ!と』

トカゲの胴体を思いっきり力任せに切る。
勢いよく血が噴出し、周りに撒き散らされる。

いままでフラフラとしているだけだったトカゲ達が一斉に僕に振り向く。

『ふふふふ・・・楽しみで震えてきたよ!君達には僕と遊んでもらわなきゃね』

「ニャ・・・にゃー・・・」

怯えた部長を抱きしめる。

『僕と部長ならこの程度なんら問題ないさ!』

瞬く間にトカゲの大群に囲まれ、目の前にヒュドラが複数。

『んー・・・ゲージが溜まるまでは消極的に動こうと思ったけど、そうはいってられないか』

ナイフを強く握り笑みを浮かべる。

『化け物って言われてきた僕の本気・・・見せてやるよ』

「にゃー・・・」

この時の僕には、部長が別の意味で怯えていた事など、わかるはずがなかった。

228embers ◆5WH73DXszU:2020/01/20(月) 01:23:21
【プラン・バッドエンド(Ⅰ)】

『下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。
 第一……オマエたちはひとつ、大きな勘違いをしているアルヨ』

「勘違い?……ああ、なるほどな。お前、実はここのステージボスじゃないんだろ。
 精々、中ボスと言ったところか――確かに、いまいち雑魚っぽいとは思っていた」

『おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
 さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!』

「……どうした、カザハ。またいつもの滑り芸か?面白くないぞ……今回は、特にな」

『抵抗はやめなさい、帝龍!
 もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
 大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――』

「待て、諦めるな!お前はまだやれる筈だ!力を振り絞れ!でないと、俺がつまらない――」

『それそれ、それアル。
 そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
 このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?』

『……え……?』

「……なん……だと?」

『――――――――――――あっ!!』

「――なんだよ、そういう事はもっと早く言ってくれ」

『くふふ! やっと気付いたアルか、この下民どもが!
 『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を封じればワタシに勝てると思ったアルカ?』

「ああ、その通りだ。恨むなら、カード以外に誇るものが思いつかなかった自分を恨め」

『本陣にさえ乗り込んでしまえばこっちのものだと――? 見通しが甘すぎて笑い話にもならないアル!
 ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!』

「そのパターンは、もう飽きた――いい加減、お前の名前も忘れちまいそうだ」

『ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!』

「まぁ……精々楽しませてくれよ、ええと、確か……骨川だったか?」

口プレイの応酬――だが不意に、焼死体が口を閉ざす。
帝龍から溢れる、凄絶なまでの魔力/大地が震える/空が暗雲に包まれる。
天地に異変を及ぼすほどの魔力/存在感――尋常ではない事が、起きようとしている。

《すごい魔力だ……! みんな! そっちは何が起こってるんだ!? ここからだと状況が把握できない!
 でも、君たちのいる場所を中心にとんでもない魔力が集まっているぞ!
 これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》

「……完全召喚に備えておけ、フラウ。出し惜しみ出来る相手じゃなさそうだ」

『くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!』

地面が割れる/その奥底から岩山が迫り上がる。
山脈の如き巨体/地盤を磨り上げ傷一つ付かない鱗/空を覆う翼。
見間違えようのない威容/魔神の異名を取る、超レイド級の一角――

『くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!』

「……全部位揃えた奴が、いたとはな」

229embers ◆5WH73DXszU:2020/01/20(月) 01:25:08
【プラン・バッドエンド(Ⅱ)】

『くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
 当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
 つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
 そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!』

饒舌さを増す煌帝龍/対する焼死体の、返事はない。

『金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
 無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル』

〈黙って聞いていれば、寝惚けた事を――!何をしているのですか、マスター! 早くフルサモンを!〉

「黙って聞いていれば、寝惚けた事を……ゲージもろくに溜まっていないのに、完全召喚して何になる」

『貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
 さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!』

〈勝算はあるのですか?先手を取ってあの骨川を落とすのが、最も合理的ではないのですか!?〉

「少し黙れ。それが通じるほど、あいつがバカなら……仕留めるタイミングは幾らでも来る」

『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』

魔皇竜が咆哮を上げる――たったそれだけで、天地が震え上がる。

『な……、なんてこと……』
《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
 みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》

「……あいつに賛同するのは非常に癪だが、実際、この状況なら悪くない手だ。
 奴が追撃戦に踏み出せば、俺がダイレクトアタックを決めるチャンスも――」

『……逃げないよ』

「――ああ、お前ならそう言うと思ったよ」

瞬間――焼死体の双眸が、燃え上がる。

『このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
 エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!』

紅く/蒼く――分裂した行動原理が、互いに独自の思考回路を巡らせる。
紅く燃え盛る左眼/歓喜――面白い。つまらない男だと思っていたが、とんだサプライズだ。
蒼く奮い立つ右眼/決意――今の俺達で、勝てるのか?いや、勝つんだ。考えろ。誰も、死なせはしない。

『彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
 地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!』

『みんな、身の安全を図って!』

焼死体は、動じない/動かない――大地が鳴動する中で立ち尽くし、魔皇竜を見上げる。
双眸に灯る紅蓮/蒼炎が揺らぎ、瞬き、燃え盛り――闇色へと、回帰する。
思考回路/行動原理の統合――どうすれば、奴を倒せる。

――超レイド級のヒットポイントを削り切るのは、至難の業。
弱点属性の有効活用は必要不可欠/【烈風の加護】だけでは足りない。
もっと強大な、嵐のような風の力が必要だ。何もかもを、薙ぎ払うような――

《むっふっふっ……さぁ〜て、面白くなってきたぞぉ〜。
 どうしよっかなぁ〜、いきなり裏切ってあっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』につくのもいいし……。
 夢が広がっちゃってドキがムネムネだぁ〜!》

――だが、カザハは駄目だ。俺の、死人の眼には、見えている。
あいつは、あいつじゃない生命に侵されつつある――それが何かは、どうでもいい。
どのみち俺にあいつをどうにかする暇はない――機動戦で、火力を分散させる必要があるからな。

――――それでも、方法はある。誰も殺さず、誰も死なせず、あのデカブツを黙らせる。

『くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
 しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!

――もし、それが成し遂げられたなら。

『たっぷり感じながら――死ね! アル!
 アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!』

――やっぱり、最強は俺だった。そう言い張っても、誰も文句なんか言えないよな。

230embers ◆5WH73DXszU:2020/01/20(月) 01:26:35
【プラン・バッドエンド(Ⅲ)】

『みんな――防御して!!』

「言われるまでもなく、誰だってそうする――口を閉じてろ」

解き放たれる魔皇竜の息吹/地表から、焼死体と少女の姿が消える。
圧倒的な熱量によって、肉片も残さず蒸散した――訳では、ない。

【蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート) ……フィールドを縦断、または横断する大穴を生成する。落下すると炎属性の継続ダメージを受ける。
 ――敗者と、行く手を阻む断崖。その先に業火が待ち受けると知っていても、もう、他に道はない――】

スペルカードにより形成された大地の裂け目に、落下したのだ。
直後、スマホから白閃が奔る/絶壁を貫通/潜行/それを繰り返す。
即席のプラットフォームが織成され、焼死体がそこに着地する。

〈――私を踏みつけにする気分はどうです?楽しいですか?〉

「姫騎士装備で踏みつけにされる気分はどうだ?楽しいか?」

地上を見上げる――明神、ジョン、カザハがブレスを防御出来ているかは、祈るしかない。
だが――何か、様子がおかしいと焼死体は気づいた/細く狭い空の向こうに、何かが見える。

『風の防壁《ミサイルプロテクション》!』
『やめろ、それ以上力を使うなカザハ君!体真っ黒になってんぞ!!』

「……あのブレスを、防いでいるのか?まさか……いや、フラウ」

半信半疑ながら、焼死体はパートナーの名を呼ぶ/意思疎通はそれで十分。
伸長した触手が急速に収縮/その反動が焼死体と少女を地上へ投げ出す。

『ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
 ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ』

「……滑り芸の次は、厨二病か?」

『エンバースさん、そんな全てを諦めたような顔してちゃ駄目! 死んでるけど生きてるんだから!』

「ああ、そうだな――お前の頭の痛い発言を聞いていると、全てを諦めたくもなるさ」

『このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない』

「……なんだ。全てを諦めてるのは、お前の方か?
 今のは……今までで一番、つまらなかったぜ。
 あんたも、そう思うだろ。なあ――」

『――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!』
『うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
 どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!』

「そうだ。あんたは間違っていない――あらゆる意味でな」

『今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
 お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる』

「制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!」

焼死体がスマホを操作/再び大地に走る、長大な裂け目。
今度は――アジ・ダハーカの両前足を、落とし込むように。
上手く行けば、魔皇竜は己の自重で下顎を強打される事になる。

「俺は――プランBになる。誰も、死なせはしない」

己に言い聞かせる誓いの言葉/未練に、執着に、薪を焚べる。
死霊/悪霊の領域へと――敢えて一歩、足を踏み入れる。
プランBの遂行には、その最奥へ至る必要があった。

231崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/20(月) 21:59:40
魔皇竜アジ・ダハーカの三つの口から、紅蓮の炎が放たれる。
『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』――その名の通り活火山の火口から放たれる爆発の如き吐息。
地属性と火属性の複合属性を持つそのスキルは、神の怒りの一撃。視界に存在するすべてを等しく薙ぎ払う――

が。

「うゎひゃあああああああっ!?」

なゆたは思わず頓狂な悲鳴を上げた。
エンバースが足許にスペルカード『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』を使用し、咄嗟の避難路を造ったのだ。
なゆたはエンバースと共に、真っ逆様に落ちてゆく。神の攻撃は回避したものの、このままでは墜落死だ。
が、エンバースはそんな間抜けなことはしない。さらに連続で穴を掘り、見事に軟着陸を果たす。

「……あ、ありがと」

なゆたも無事である。エンバースの顔を見ると、なゆたは小さく呟いた。

>――私を踏みつけにする気分はどうです?楽しいですか?

エンバースのひび割れたスマホから声がする。今まで聞いたことのない声だ。
もちろん、ブレモンのモンスターには人語を解する者も多い。
エンバースがそういったモンスターをパートナーにしていたとしても、何も不思議ではない。

>姫騎士装備で踏みつけにされる気分はどうだ?楽しいか?

「え、わたし!? ご、ごごゴメンなさい! 重くなかった!? 大丈夫!?
 ……ええっと……エンバースのパートナーさん?」

エンバースとフラウのやり取りに、思わず慌てる。
そこまで重くはないはずなんだけど! と取り繕ってみるも、エンバースもフラウももうなゆたの声など聞いていない。
自分たちの頭上――穴の外を見つめている。

>風の防壁《ミサイルプロテクション》!

アジ・ダハーカの真正面に立ちはだかったカザハが両手を突き出し、スペルを展開する。
幻魔将軍ガザーヴァの力を惜しみなく使用した凄まじいまでの突風が、神の一撃を逸らしてゆく。
だが、いかなガザーヴァの力をもってしても超レイド級の攻撃を完全に防御することはできない。
カザハの突き出した手のひらに、みるみる火ぶくれが出来てゆく。衣服の袖が発火し、黒い炭となって散ってゆく。

《あっちち! あちちちちちっ! ちょっ、さすがにこれはヤバいでしょ!
 いくらボクの魔力が潤沢だからって、六芒星の魔神には勝てないってーの! もう属性有利とか言ってる場合じゃない!
 はい退避! 退避ー!》

さすがのガザーヴァも身の危険を感じたのか、カザハの心の中で退避を勧告する。
しかし、カザハは逃げない。両手が焼け爛れようと、決してその場を動かない。

「ほぉ〜。なんとか耐えたアルか……。しかし、そんなモノがアジ・ダハーカの前にどれだけ持つと思うアル?
 アジ・ダハーカ! 出力アップ! この身の程知らずに、神罰というものを教えてやるヨロシ!」

>やめろ、それ以上力を使うなカザハ君!体真っ黒になってんぞ!!

ゴアッ!! と三本首の放つ炎が威力を増す。
すでに、カザハの身体はそのほとんどが黒く変わっている。
周囲を漂う靄に過ぎなかったものが、確かな形状を現し始めている――
すなわち、幻魔将軍ガザーヴァの黒い鎧へと。
靄が完全に実体化し、カザハの身体に装着され。頭部までもが仮面の付いた兜によって覆われたとき。
幻魔将軍ガザーヴァは完全復活を遂げるのだろう。
その瞬間が、刻一刻と近付いている。

>……あのブレスを、防いでいるのか?まさか……いや、フラウ

エンバースが呟く。以心伝心、フラウがすぐさまエンバースとなゆたを地上へ放り投げる。

「もうちょっと丁寧に扱えーっ! 女の子だぞーっ!」

地上でエンバースに抱きとめられると、なゆたは横抱きに抱えられたまま右腕をぶんぶん振って抗議した。
が、いつまでもそんなことを言ってはいられない。すぐになゆたも地面を踏みしめ、カザハを見遣った。

「カザハ……!」

カザハは単身超レイド級と対峙しながら、ゆっくり口を開いた。

>ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
 ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ

「……なんてこと……」

カザハの中に、幻魔将軍ガザーヴァが入っている。
先程明神達と合流したとき、明神はそう言った。
そして、前夜の夜哨の際も。なゆたはジョンからカザハがまるで別人のような口調で喋っていた、という報告を貰っている。
最初は信じられなかった。そんな突拍子もない話が、と疑っていた。
しかし、カザハの身にへばりつく黒い鎧。そして独白。
それらを目の当たりにした今は、それを信じる以外の選択肢などなかった。

232崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/20(月) 21:59:53
>なゆ、この状況でも逃げないなんて君はやっぱり最高に勇者だね! でも、少しは自分を大事にしてね。死んだら元も子もないんだからさ

なゆたへの言葉を皮切りに、カザハはパーティーのメンバーひとりひとりに声をかけてゆく。
驚きに目を瞠り、奥歯を噛みしめながら、なゆたはその声を聞いた。
それはまるで、いや、まるっきり。
今生の別れの言葉のような――

>このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない
>君達に会えてよかった。本当にありがとう

「……待って、カザ――」

なゆたは右手を伸ばし、カザハを止めようとした。
だが、覚悟を決めたシルヴェストルを止めることなど、出来ようはずもない。

>自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!

カザハは精霊樹の木槍を触媒として、巨大な鎌を作り出すとアジ・ダハーカに吶喊した。
カザハの機動力の要であるカケルはいない。なゆたが穴に落ちている間に、カザハの命令でバロールの許へ飛んだのだ。
しかし、それでもカザハは身軽に立ち回り、アジ・ダハーカの巨体に当たるを幸い攻撃を繰り出してゆく。

>アコライトなんてさっさと潰しちゃえばいいのにマホたんが欲しいとか言ってダラダラしてさぁ、ぶっちゃけニヴルヘイムへの忠誠心0っしょ!
 ってなわけで危険因子は早めに潰しとかないとね! アルフヘイムのザコブレイブ共なんていつでも潰せるし?

「……ハァ? 何を言っているアル?
 ニヴルヘイムへの忠誠心? そんなもの、ワタシが持っているとでも思ったアルか?
 連中はあくまでビジネスパートナーアル。ワタシがこのアルフヘイムに覇を唱えるための……アルネ!」

宙に浮かんでカザハの言葉を聞いた帝龍がせせら笑う。

「ワタシはこの世界でも金を稼ぐアル。アルフヘイムだけではない、ニヴルヘイムでも!
 この世界は素晴らしいアル! 地球にはない知識、魔法、アイテム、資源!
 今、ワタシの頭の中には新たな金儲けのアイデアが無尽蔵に湧き出しているアル……! そのすべてを使い、金を手に入れる!
 ルピを! クリスタルを! この世界の富の全てを手に入れるアル――!!」

帝龍は両手を大きく開いて哄笑した。
地球で帝龍は世界的企業・帝龍有限公司のCEOとして、まさに巨万の富を稼ぎ出していた。
その栄耀栄華を、今度は異世界アルフヘイムで再現しようとしている。
この世界にあるありとあらゆる価値あるものを、根こそぎ手に入れようとしている。
それこそが帝龍の目的。ニヴルヘイムに与している理由だった。

「マホロもワタシにとっては商材のひとつに他ならないアル。
 マホロの歌声は万人を魅了する……地球でそれは実証済みアル、ならば! アルフヘイムで通じるのも間違いない!
 ワタシがスポンサーとなり、ヒュームを! エルフを! ドワーフを! すべての生命を魅了する歌姫にしてやるアル!
 そうすれば……ワタシはもっともっと金を手に入れられる……!
 マホロ! オマエは金の卵を産む牝鶏アルヨ! 死ぬまでワタシのために卵を! 富を! 生み続けるアル!!
 くふはははははははははははは―――――――ッ!!!!」

そう。
帝龍はユメミマホロのファンでも何でもない。
ただ単に、マホロのアイドル性。姿、歌声、存在そのものが『金になる』から。
我が物としておきたかっただけなのだ――商品として。

「だが、薄汚いシルヴェストル……オマエに商品価値はないアル!
 蚊トンボが……いつまでも神の面前を! ブンブンと飛び回っているんじゃないアルヨ!!」

グオッ!!

アジ・ダハーカの三本首が猛烈な速さでカザハを狙う。
魔皇竜がまだ本気を出していないことは明らかだ。――というのに、カザハはみるみるうちに傷ついてゆく。
幻魔将軍の加勢をもってしても、力の差は歴然だった。

233崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/20(月) 22:00:10
>――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!
>うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
 どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!

明神が叫ぶ。カザハの自暴自棄にさえ見える攻撃に目を奪われていたなゆたは、はっと我に返った。
さらに明神は自身の前方に『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を展開。
魔法攻撃を完全に遮断するこのスペルカードならば、魔皇竜のブレスにも対応できる。
なゆたはエンバースと一緒に城壁の内側に入った。緊急の作戦会議だ。

>今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
 お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる

「……何か……考えがあるの? 明神さん」

城壁の内側に屈み込み、ポヨリンを抱き締めながら問う。

>無限湧きのトカゲ共っつう邪魔は入るにしても、防御スペルをうまく使えば食い下がることは出来るはずだ。
 ブラフとハッタリでカタに嵌めて、対人戦の真髄を教えてやる。
 あの腐れドラゴンを振り回して疲れさせて、帝龍のお財布を空っぽにする。これが俺の第一案
>――第二案は。ガザーヴァを、内応させる。
 あいつにニブルヘイムを裏切らせて、カザハ君ごと俺達の味方にする

明神の提示した逆転の策は、そのふたつ。
どちらもかなり分の悪い賭けだ。失敗すれば、それがそのまま死に繋がる。
だが――他にいい方法などない。どのみち、やるしかないのだ。

>……まぁ、こんなもんは建前だ。俺はまだ、カザハ君を諦めたくない。
 こんだけ状況証拠が揃ってるってのに、あいつが俺の仲間だと信じていたいんだ
>あいつを信じて、ここまで連れてきたのは俺だ。
 カザハ君が完全にカザーヴァになってて、俺達に牙を剥くとしたら、その時は……俺があいつを仕留める

明神の独白。
もう、カザハの中には疑いの余地もなくガザーヴァがいて。今にもカザハを乗っ取って復活しようとしていて。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としては、何を差し置いてもそれを阻止するのが最善のはずなのに。
まだ、明神はカザハを信じている。諦めたくない、と言っている。
もし最悪の事態が起こったときには、自分がすべてのケジメをつける――とまで言っている。
あの、フォーラムで誰彼構わず毒を吐き。他人を罵り。嘲ることしかしなかった『うんちぶりぶり大明神』が――。

「……あは」

なゆたは小さく笑った。それから、立ち上がって明神の腕を自分の右肘でうりうりと突つく。

「かっこいいじゃん、明神さん。さすが『笑顔きらきら大明神』ね!
 じゃあ――やってみよう。やってみせよう!
 みんなが笑顔になるように。全員で生き残って、笑顔きらきらになるように!」

>そうだ。あんたは間違っていない――あらゆる意味でな

>カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!

明神に同調して、エンバースとジョンも戦う意志を固める。
そうだ。この強大な超レイド級モンスターを倒すには、全員で力を合わせなくてはならない。
か弱い光を。儚い力を。精いっぱい縒り合わせ、纏めあげ、ただ一本の矢に変えて――

魔神を、討つ。

「カザハの説得は明神さんに任せる! ジョン、エンバース! わたしたちは露払いよ!」

>制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!

エンバースがスペルカードを発動させる。先ほどブレスを回避した際に使用した『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』だ。
すぐにアジ・ダハーカの前肢の下に巨大な亀裂ができたが、アジ・ダハーカは僅かにバランスを崩しただけで、
右前足で地面を叩き自ら地震を起こすと、スペルカードの効果を相殺して亀裂を塞いでしまった。
『地』属性最強のモンスターと言っても差し支えない巨竜である。大地を制御する力は得手中の得手と言ったところか。

>よしいくぞ・・・部長・・・うけとれええええええカザハあああああ!
 雄鶏乃栄光!雄鶏示輝路プレイ!対象カザハ!

さらに、ジョンがカザハへとバフをかける。
黒い鎧に侵食されかかっているカザハの全身が、にわかに輝く。

「よし……!」

なゆたもまた、溜めに溜めていたATBゲージを惜しみなく使ってスペルカードを切ってゆく。
もちろん、召喚するのはゴッドポヨリンだ。
ポヨリンは今はまだカザハのかけたスペルによって風属性になっている。
アジ・ダハーカには効かずとも、無限に湧き出すドゥーム・リザードやヒュドラを蹴散らすには充分だろう。

234崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/20(月) 22:00:23
「くふふ……ゴミどもが!
 ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
 これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
 頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」

カザハがどれだけ捨て身で攻撃を繰り返そうと、ジョンやエンバースが懸命に露払いをこなそうと、帝龍の顔色は変わらない。

「安心しろアル。オマエたちはどうあってもワタシに勝てないということ! 世の中には、絶対的君臨者というものがいること!
 懇切丁寧に教えてやるヨロシ……当然、有料で!
 オマエたちの持つ一切合切!クリスタルの欠片のひとつに至るまで、価値あるものをすべて巻き上げてくれるアル!!」

むろん、帝龍の攻撃は身ぐるみを剥ぐくらいでは収まるまい。
最終的には、命までも奪われる――それが、生命にとって最も価値のあるものなのだから。

「持久戦に持ち込んで、ワタシのクリスタル切れを狙っているアルネ?
 くふふ……くふふふふふっ! まったく、まったくまったくまったく! まったく愚かしい! 道化にも程があるアルヨ!」

帝龍は背を仰け反らせて嗤った。

「教えてやるアル……アジ・ダハーカの継続召喚時間は、概算でおおよそ23時間と16分!
 ワタシのクリスタルは、この魔神を約一日ぶっ続けで動かし続けることができるほどに潤沢アル!
 オマエたちがそれに耐えられると? この魔皇竜を向こうに回して、生き延びることができるとでも――?
 虫けらどもを皆殺しにするのに! 一時間も必要ないアルヨ!!」

がぉんっ!!

アジ・ダハーカがもう一度前足で地面を叩く。スキル『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』。
大地をどよもす巨大な縦揺れに、立っていられなくなる。
そして――
ビシッ! という硬い音を立て、『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』に亀裂が入る。
『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』は魔法スキルだが、
『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』は物理スキルだ。つまり、城壁では防御できない。
同時に地面も砕け、地表が上下にずれ、深い深い裂け目があちこちに開いてゆく。

さらに、アジ・ダハーカの鱗からは無尽蔵にドゥーム・リザードが発生し、大顎を開いて襲い掛かってくる。
そんな混乱と混沌の中、明神がカザハに――否、カザハの中のガザーヴァへ語り掛ける。

>お前は今、カザハ君か?ガザーヴァか?どっちだって良いけどよぉ。
 このままアジ公に消し飛ばされんのがお前の望んだ結末か?
 帝龍君がつごーよくお前だけ避けてビーム撃つとは思えねえなあ

カザハ――ガザーヴァはアジ・ダハーカへの攻撃を一旦中止し、明神を見た。

「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
 ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
 ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」

むろん、ガザーヴァに身を挺してアジ・ダハーカを止めるなどという気はさらさらない。
カザハがまんまと魔力を使い切り、復活が叶った瞬間に、この場を離脱するつもりでいる。
あとは自由だ。何者にも縛られず、思う存分自分の楽しいことだけができる――そう思っている。
だが、そんなガザーヴァの態度にも明神は諦めない。

>狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
 超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
 お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
 いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ
 
「……お前……何が言いたいのさ?」

ガザーヴァは忌々しそうにカザハの顔を凶悪に歪めた。
それから、ほとんど主導権を奪いつつある身体の中でカザハの魂へ語り掛ける。

《コイツ、何か企んでるな? そうだろ、カザハ?
 ボクはリバティウムからずっとコイツらの動向を監視してきた。分析してきた。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――その中でも、コイツは一番『ボクに近い』――。
 面白いじゃん。ちょっと黙って見てろよ、カザハ……どうせボクの復活は確定なんだ。
 余興にコイツの戯言に耳を傾けてやるよ……まっ、どっちにしたってボクのオツムに勝てるはずなんてないけどさぁー!》

にたあ……と口許に厭な笑みをへばりつかせ、ガザーヴァは明神の前に降り立つと、余裕たっぷりに腕組みした。
交渉のスタートだ。

235崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/20(月) 22:00:38
「召喚! G.O.D.スライム! か〜ら〜の〜……『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!」

『ぽぉ〜よぉ〜よぉ〜〜〜〜〜んっ!!』

なゆたの召喚したゴッドポヨリンが、勢いをつけて上空へジャンプする。
そのまま空中で巨大な拳骨に変身――落下の勢いを利用して、地面を強烈に殴打する。
その瞬間、大地に発生した無数の亀裂から真空の刃が発生し、ドゥーム・リザードの群れを切り刻んでゆく。
風属性に変化した『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』の特殊効果だ。

>『『『お前らの餌はここにいるぞ!!!!』』』

さらに、ジョンが自らの身体を囮にしてリザードたちを引きつけ、一匹また一匹と仕留めてゆく。
しかし、どれだけなゆたとジョンが頑張ったところで、
たったふたりでは数百匹――否、数千匹にも届こうかというドゥーム・リザードとヒュドラの軍団すべてを相手にはできない。
秒単位で、アジ・ダハーカの鱗から数十匹のトカゲが産まれては牙を剥く。

「しまっ――」

なゆたとジョンの取りこぼしたトカゲたちが、一斉に無防備な明神へ向けて殺到する――
だが。

ザシュッ!!

ドゥーム・リザードの一匹が明神に喰らい付こうとした、その瞬間。
巨大なトカゲはその硬い鱗を袈裟斬りにされ、血潮を撒いてどう、と倒れた。
明神は見るだろう――すんでのところで自分を救った者の姿を。
サーコート代わりに羽織った、どぎついピンク色の法被を。

「無事でござるか、明神氏!」

甲冑の音を響かせ、マホロスキンの解けたアコライト外郭守備隊が明神を守るように陣を組む。
彼らはなゆたの指示を受けたマホロの命で、戦場から離脱したはずなのに……それが、なぜかここにいる。
明神もよく知っているだろう、守備隊の面々がニヤリと笑う。

「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方々にお任せして、離脱することは簡単でござる。
 しかし……我らはアコライト外郭守備隊。この地を守るという役目は、そう易々とは捨てられないのでござるよ」 

「拙者たちはマホたんにずっと励まされ、叱咤され、ここまで生きてきたでござる。
 その御恩、今返さずしていつ返すでござるか!」

「それに――明神氏。拙者らはマホたんの御旗の許に集った同志!
 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を……でござろう?」

守備隊はデュフフフ、と笑った。――気持ち悪かった。
けれど、その瞳には。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にも負けない戦う意志が宿っている。

「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」

そして、守備隊の避難と説得に失敗したマホロもまた、明神の近くに戻ってくる。

「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
 あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
 ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」

『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけで戦うよりも、守備隊を含めた頭数が増えた方が戦況は有利になる。
が、半面死亡率は上がる。いくらマホロの歌による加護があったとしても、戦えば犠牲は出るだろう。
けれど――『そうしなければいけない』。
戦う決意を持った戦士を命惜しさに戦場から遠ざけることは、何にも勝る侮辱なのだから。

「明神氏! ここは我らにお任せを! 心置きなく、したいことをなさって下され!」

「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」

守備隊たちがドゥーム・リザードを食い止める。血みどろの戦いが繰り広げられる。

「……みんな」

なゆたはぎゅっと右拳を握り、胸元に添えた。
胸が、熱い。
ひとは、ひとつの目的のために。ここまで団結できるものなんだ。

236崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/20(月) 22:01:07
「さぁてと……じゃ、あたしもそろそろ行くとしますか」

守備隊の奮闘を見ていたマホロが、ゆっくりと踵を返す。

「明神さん、彼を……カザハ君を説得する時間を稼げばいいんでしょ? あたしにいい考えがある。
 30分くらいなら、きっと帝龍を釘付けにできる。
 あとは守備隊のみんなと、月子先生。エンバースさん。ジョンさん……全員でドゥーム・リザードを止めてくれれば。
 帝龍は、わたしが何とかする……この役目は、あたしにしかできない」

マホロもまた普段のにこやかな表情を消し、決意に満ちた眼差しで明神を見た。
不退転の意志。我が身のすべてを賭して、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を勝利に導こうとする――
それは、まさしく戦乙女の貌。

「……みんな、いいメンバーだよね。いいパーティーだと思う。
 あーあ、あたしもアコライト外郭で籠城決め込まないで、少しはバロールの話を聞いとけばよかった!
 そしたら、あたしもみんなの仲間になって。一緒に旅ができたかもしれないのに!」

しかし、そんな険しい表情もほんの束の間のこと。
マホロはすぐにおどけて笑った。

「じゃあ……、じゃあ!
 この戦いが終わったら、一緒に旅をしようよ! わたしたちのパーティーに入ってよ……マホたん!
 マホたんがいてくれたら百人力だもの! 帝龍を撃破すれば、籠城する理由だってなくなるはずでしょ?
 明神さんだって、エンバースだって、ジョンだって、カザハだって! 絶対反対したりしないよ!
 だから――」

なゆたが言い募る。
ほんの僅かに、マホロは目を細めた。……泣き顔のようにも見える微笑みだった。

「……ありがと。嬉しいよ」

ガシャ、と甲冑を鳴らし、マホロは踵を返した。そしてアジ・ダハーカへと歩き出し、明神とすれ違いざま、

「……カザハ君に謝っておいて。
 疑ってごめんなさいって。あなたは立派なアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だって……
 あなたと仲良くしたかった。もっとお話ししたかったよって」

そう、囁くように言った。
すぐにマホロは背に収納していた純白の翼を展開すると、一気にアジ・ダハーカに迫った。

「帝龍――――――――――――――――ッ!!!!!」

「マホロ……! くふふッ、まさか戻って来るとは!
 ワタシの本気を見て、圧倒的戦力差にようやく膝を屈する気になったアルカ?
 安心しろアル、オマエは傷ひとつつけないアルヨ! 他の連中は皆殺しにするアルが――」

「バカ言わないで! あたしは絶対、絶対絶対! あんたの軍門に下ったりしない! あんたのものにはならない!
 あたしは……あんたの都合のいい商品なんかじゃない! あたしは……
 あたしは! あたしの意志で! あたしの心に従って歌うんだ!!!」

きっぱりと拒絶の言葉を叩きつけると、マホロはスペルカードを手繰った。

「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」

マホロがスペルを切ると同時、マホロとアジ・ダハーカを中心に魔力のドームが形成されてゆく。
『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』。
自身と指定した相手のみを包む決戦空間を作り出し、一対一での戦いを強制するスペルカードである。
この空間にいる存在は、相手を再起不能にするまで決して外に出ることができない。
当然、相手以外の対象に攻撃することもできない。
つまり、ここでマホロが粘る限りはアジ・ダハーカはアルフヘイム勢に一切手出し不能ということである。

「さあ……お待たせしたわね! 長い長いあたしたちの戦いに、決着をつけましょうか! 帝龍!」

「……ユメミ……マホロォォォォォォォ……!!」

輝く光の槍――ヴァルキリー・ジャベリンを構え、マホロが帝龍を睨みつける。
帝龍が心底忌々しいといった様子で歯ぎしりする。

戦いは、まだまだ続く。


【なゆた、ゴッドポヨリン召喚、明神がガザーヴァを説得するまでの露払いを買って出る。
 マホロ、アジ・ダハーカとの決戦空間を展開。アジ・ダハーカを釘付けに。
 ガザーヴァ、明神の交渉に耳を傾ける構え】

237カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:41:38
>「マホロもワタシにとっては商材のひとつに他ならないアル。
 マホロの歌声は万人を魅了する……地球でそれは実証済みアル、ならば! アルフヘイムで通じるのも間違いない!
 ワタシがスポンサーとなり、ヒュームを! エルフを! ドワーフを! すべての生命を魅了する歌姫にしてやるアル!
 そうすれば……ワタシはもっともっと金を手に入れられる……!
 マホロ! オマエは金の卵を産む牝鶏アルヨ! 死ぬまでワタシのために卵を! 富を! 生み続けるアル!!
 くふはははははははははははは―――――――ッ!!!!」

ボクはアジダハーカ相手に立ち回りながら、絶句していた。
帝龍のマホたんへの異常な執着は、行き過ぎたファンの歪んだ愛かと思っていたが、それですら無かった。

「つまり役に立つ間はこき使ってもし用済みになったら捨てるってことか……最低だな!」

絶句しているはずなのに、言葉が出ていた。今のガザーヴァが喋った!?
いやまさか、奴はそんな正義の味方側っぽいこと言うキャラじゃないし!

>「だが、薄汚いシルヴェストル……オマエに商品価値はないアル!
 蚊トンボが……いつまでも神の面前を! ブンブンと飛び回っているんじゃないアルヨ!!」

三本首の連携による攻撃に追いつめられ、一本による角による致命の一撃が迫る――

「瞬間移動《ブリンク》!」

次の瞬間、自分の意思ではなくスペルを発動し、間一髪で避けていた。
もう主導権を奪われかけているということか。

《勘弁してよ、これからボクが貰い受ける大事な体なんだからさぁ、あんまり傷物になって貰ったら困るんだよねぇ》

極限の状況では痛みを感じないって本当なんだね。言われてみれば全身傷だらけだ。
でもどーせお前のファッションは1年365日趣味の悪い全身鎧なんだから傷があろうがなかろうが関係ないじゃん!

《将来の可能性としてイメチェンするかもしれないし?》

ガザーヴァは相変わらずふざけたことを言っている。
そもそもガザーヴァは一応ニヴルヘイム側の存在のくせになんでこいつと戦うのに力を貸している?
ボクとしては都合がいいが、何がしたいのかさっぱり分からない。
ボクの体を乗っ取るのが目的にしてもわざわざこんな危険を冒す必要は無いはずだ。

《おっと、余計な詮索はナシだ。君だって分かってるんだろ?
殺してくれなんて思いながら戦ってどうにかなる相手じゃない。
死ぬにしても出来るだけ足掻いてから死ななきゃアイツら全員やられるよ?
だったら運を天に任せないか? 君の狙い通りやられるのが先か、ボクが君を乗っ取るのが先か――》

癪だけどその通りかもしれない。ここまでの攻防で分かった、力の差は歴然だ。
つまりこちらが生き残ってしまう心配をする必要はないということだ。ならば――

238カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:43:06
>「――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!」
>「うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
 どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!」

明神さんがいきなりキレていた。

>「干渉すべきでない種だ?知らねえよそんなもん、お前は地球出身のブレイブだろうが。
 鳥取の六法全書にゃ『世界救った者これを罰す』とでも書いてあんのか?
 前世がどうとかぴくちり興味ねえがなぁっ!そんな大昔の罪なんざノーカンだノーカン!!」

何故だろう、地球にいた頃はずっと自分の居場所はここじゃないと思っていたのに――“地球出身のブレイブ”と言われてちょっと嬉しい。
見るからに地球人類じゃなくて、こっちの世界のモンスターなのに、自分達と同じ仲間だと言ってくれてる気がして。
エンバースさんのスペルでアジ・ダハーカがバランスを崩した隙に、距離を取る。

>「よしいくぞ・・・部長・・・うけとれええええええカザハあああああ!
 雄鶏乃栄光!雄鶏示輝路プレイ!対象カザハ!」
>「出し惜しみはなしだ!これも受取れ!雄鶏乃啓示!プレイ」

ジョン君が手持ちのあらゆるバフ系スペルをかけてくれた。
攻撃力防御力上昇の上に、ステータス倍という大盤振る舞いだ。

「竜巻大旋風《ウィンドストーム》!」

天災級の竜巻による攻撃。
地上では赤いオーラを纏ったジョン君やゴッドポヨリンさんを駆るなゆがトカゲやヒュドラを蹴散らしていく。
本当にいい仲間を持ったな――君達に会えて本当にラッキーだった。
もうとっくに2度も死んでるんだ――今更死ぬのは怖くなんて無い。
むしろ怖いのは……帝龍の顔色が全く変わらないことだ。

>「くふふ……ゴミどもが!
 ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
 これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
 頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」
>「教えてやるアル……アジ・ダハーカの継続召喚時間は、概算でおおよそ23時間と16分!
 ワタシのクリスタルは、この魔神を約一日ぶっ続けで動かし続けることができるほどに潤沢アル!
 オマエたちがそれに耐えられると? この魔皇竜を向こうに回して、生き延びることができるとでも――?
 虫けらどもを皆殺しにするのに! 一時間も必要ないアルヨ!!」

「そんな……!」

アジ・ダハーカが前足で地面を叩く、それだけで大地震が起き、寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』に亀裂が入る。
地面には無数の裂け目ができ、地上は大混乱だ。
そんな中で、明神さんが語りかけてきた。正直、嬉しくて泣きそうになった。

239カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:44:38
>「お前は今、カザハ君か?ガザーヴァか?どっちだって良いけどよぉ。
 このままアジ公に消し飛ばされんのがお前の望んだ結末か?
 帝龍君がつごーよくお前だけ避けてビーム撃つとは思えねえなあ」

だけど――ごめん。もう殆どガザーヴァに主導権を奪われてるんだ。
今はその刃がたまたまでかいドラゴンに向いてるけど、刺激したらいつ気が変わって殺されるか分からない。
それ以前にそもそも聞く耳なんて持たないだろうから大丈夫かもしれないけど――

>「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
 ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
 ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」

――ガザーヴァは明神さんに意外と興味を持ってしまったようだ。

>「狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
 超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
 お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
 いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ」

>「……お前……何が言いたいのさ?」

ガザーヴァの奴、めっちゃイラッとしてません!? 煽り耐性低くね!?
明神さん、危ないからもうやめて! と叫ぼうとしたが声が出ない。ガザーヴァに口封じされたのだ。

>《コイツ、何か企んでるな? そうだろ、カザハ?
 ボクはリバティウムからずっとコイツらの動向を監視してきた。分析してきた。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――その中でも、コイツは一番『ボクに近い』――。》

誰が誰に近いだって!? 似ても似つかねーよ! 謝れ! 明神さんに謝れ!
明神さんのやった悪事といったらせいぜいネット上で暴れ回ったぐらいだ、大量破壊大量虐殺と比べれば無いに等しい。
ボクの知ってる明神さんは手がかかるウジ虫に毎日餌をやって育ててて。
仲間想いで、自分が憎まれ役になってまでみんなを団結させて、ヘラヘラしてばっかりのボクにちゃんと向き合ってくれて。
きっとボクの中にガザーヴァがいると知りながらお守りくれて、今もこうして諦めないでいてくれる。

240カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:45:28
>《面白いじゃん。ちょっと黙って見てろよ、カザハ……どうせボクの復活は確定なんだ。
 余興にコイツの戯言に耳を傾けてやるよ……まっ、どっちにしたってボクのオツムに勝てるはずなんてないけどさぁー!》

気付けばボクはでかいドラゴンを放置プレイして明神さんの前に降り立とうとしていた。
ガザーヴァは対話する気満々らしいが、一瞬前まで会話してた相手をいきなり殺しかねない奴だ。
明神さんが無事で済むかどうか気が気でない。
それにボクが相手しなかったらその間でかいドラゴンどうすんの!?
つーかトカゲ迫ってきてるよ!? こんなことやってる場合じゃないって!
と思っていると明神さんはすんでのところでオタクに助けられた。

>「無事でござるか、明神氏!」
>「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」
>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
 あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
 ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」

オタク軍団とマホたんが戦場に戻ってきたようだ。マホたんは覚悟を決めたように帝龍に突撃する。

>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」

一対一の決戦空間を作るスペル――裏を返せばその間は誰も手出しできないということでもある。
ガザーヴァの魔力を使ってすら力の差は歴然だったのに、たった一人で立ち向かうなんて自殺行為だ!
――こうなったら、ボクも腹を括って明神さんに全てを賭けるしかないのかもしれない。
でもそもそもガザーヴァ相手に会話が成立するのか!?
多分コイツ相手に交渉しようなんて思った人は明神さんが初めてだろうから、全てが未知の領域だ。
明神さんの前に降り立って、無駄にでかい態度でガザーヴァが口を開く。
ついに交渉が始まるかと思いきや――出てきたのは何故かバロールさんの怒涛の悪口だった。

241ガザーヴァ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:48:58
「お前の狙いは大体わかってる。
バロールをダシに説得しようったって無駄だよ。ボクはもう誰にも傅く気は無いのさ――
アイツはボクをこき使うだけ使って捨てたんだ。君達もよく考えた方がいいよ?
人使い荒いしいっつも菓子ばっか食ってるしセンス悪いし寝言ヤバイし!?
ニヴルヘイムの方が今はアイツが取り仕切ってないからどっちかっつーとホワイトなんじゃないかな?
あっ、どうせ全員あのデカブツにやられて死ぬから今更か!」

ボクは気付いた時にはバロール様に仕える者として存在していて、自分が何者なのか分からなかった。
友達も仲間もおらず、それでも主君であるバロール様と、相棒として宛がわれたダークユニサス(ガーゴイルと名付けた)がいた。
そして、バロール様の寵愛を一身に受けていて、何も不満は無かった。
彼は主君であると同時に、父であり、兄であり、恋人のような存在だった。
ボクはバロール様の言う事にひたすら忠実に従った。
バロール様が言うにはこの世界のためだというそれは一般的な感覚から見ると
かなり悪いことをやっているらしかったが、別に気にしなかった。
言う通りに出来たらバロール様が褒めてくれるから。
どうせやるなら楽しい方がいいに決まってる、ということで趣向を凝らして大量破壊や大量虐殺を重ねた。
そんなボクの態度をイブリースは気に入らなかったらしいが、よく意味が分からなかった。
楽し気にやっても真面目にやっても結果は一緒だ。どっちにしろ死んだ人は生き返らない。
そうしてボクは極悪非道の人格破綻者として敵からも味方からも恐れられるようになった。
ああそうだ、その通りだ――最凶の幻魔将軍を制御できるのはバロール様ただ一人さ。
でもボクは気が付いていなかった、いや、気付かない振りをしていた。
ボクを見るバロール様の瞳が、本当はボクを映していないことに。ボクを通して、他の誰かを見ていることに――
そして――運命の日。ボクの前に能天気な顔をしたシルヴェストルが現れた。
平和ボケしたムカつく奴だったが、それはどうでもいい。
問題はそいつの外見がまんまボクの色違いバージョンだったってことだ。
夜の闇のような漆黒の瞳と髪の代わりに、エメラルドの瞳に風渡る草原のような薄緑の髪。
オマケにガーゴイルをそのまんま白くしたようなユニサスもいた。
それまで気付かない振りをしていた疑念が一気に噴出した。
そしてボクは開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった――バロール様を問い詰めた。
観念したバロール様は語った。彼女らがオリジナルで、ボクらはそのコピーだと。
バロール様が本当に愛しているのは、ボクじゃなくてそいつだった。
ボクは生まれて初めての渇望に身を焦がした。欲しい、欲しい、その身体が、欲しい――!

そして――アコライト跡地での決戦。ボク達は互いに運命に導かれるように一歩も引かずに戦い、共に散った。
こんなところで終われない、今度こそバロール様の役に立ちたい――その一心で、ボクはシルヴェストルに取引を持ち掛けた。
ボクの原型だけあって、消滅間際のボクの取引に、幸いそいつは乗ってきた。
それでも分の悪い取引だった。オリジナルとコピーじゃオリジナルの方が存在としての力が強いに決まっている。
カザハの意識の奥底に潜伏して気取られぬままじわじわ乗っ取ろうと思っていたが、なかなかどうして乗っ取らせてくれない。
このままでは遠からず消滅する――それを悟ったボクは賭けに出た。
ボクの存在をカザハに認識させることは、うまくいけば存在を確立できる反面、拒絶されて消滅させられるリスクも伴う。
そこでハッタリを駆使してカザハに“このままじゃ遠からず乗っ取られる”と思わせた。
突然バカでかいドラゴンが出てきた状況も味方し、カザハはボクの力を駆使しての特攻を選んでくれた。
……ちょっと無茶し過ぎだけど、おかげでもう一息で復活できる。

242ガザーヴァ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:49:50
転生だか混線だかを重ねてバロール様と再会できた時は、滅茶苦茶嬉しかった。
ボクを表に引き出して、前みたいに使ってくれると思った。
でも、バロール様はあろうことかカザハに”また力を貸してほしい”といけしゃあしゃあと言った。
こっちは片時たりとも忘れなかったのに、ボクのことなんかすっかり忘れたみたいに。
前の周回でずっと力を貸してきたのは、カザハじゃなくてこのボクだ。
でも、考えてみりゃ当然だ。バロール様が好きな相手はボクじゃなくてカザハなんだから。
カザハの中にボクがいることに気付かなかったのか? いや、きっと放っておけばいずれ消滅するとたかをくくったんだ――
バロール様にとって所詮ボクは代用品に過ぎない、使い捨ての操り人形だった。
だからこれは、ボクを裏切ったバロールへの復讐でもある。カザハが消滅したら、アイツどんな顔するかな。
そうだな……あとは気が向いたら時々アルフヘイムの異邦の魔物使いの奴らを邪魔してやろうか。

「冥土の土産に面白いことをおしえてやろうか。
バロールのやつ、カザハが好きだったんだよ。趣味ヤバくねぇええええええ!?
どれぐらい好きかっていうと複製作って毎日毎晩愛でる程度に!
最初に会った時にそっちの姿の方が都合がいい、昔の姿はアレだったから、みたいなことを言ってただろ?
あれ多分、男の姿の方がついちょっかい出さずに済んで都合がいい、昔の姿は美少女過ぎて罪だったからって意味だから!
くくっ、ははははははははは! あー笑い過ぎておなか痛い!」

やばっ、ちょっと調子に乗って喋り過ぎたか!
ボクがカザハのコピーだなんてこいつに看破されたら胸糞悪い。コピー扱いはもうたくさんだ。
まあ、まず大丈夫だけど。なにせボクの鎧を着ていない姿はバロール以外の誰も見たことは無い。
ブレイブ達が言うところの未実装グラフィックってやつだからなあ!

243明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:07:57
生き死にのかかった戦場だ。判断は常に、合理的でなければならない。
ベットするのは自分の命だけじゃない。ここでミスれば掛け値なしに、アルメリアは滅ぶ。

そういう意味じゃ、『カザハ君を諦めない』俺の判断は……不合理の極みと言えるだろう。
移っちまった情に振り回されてるだけの、幼稚な感情論だ。
ガザーヴァが目覚めないうちに、カザハ君を殺しておくべきだった。
アルフヘイムの云百万の命とたった一人の命を秤にかけて、俺は後者を選んじまった。

後ろから撃たれたって文句は言えねえ。
一笑に付される迷妄な発言に、安易な同意が得られるとも、思っちゃいなかった。

>「……あは」

だけど、俺の提案を聞いたなゆたちゃんは――笑った。
300人の命を預かる総大将、ブレイブ達のリーダーは、俺の脇腹を肘で小突く。

>「かっこいいじゃん、明神さん。さすが『笑顔きらきら大明神』ね!
 じゃあ――やってみよう。やってみせよう!
 みんなが笑顔になるように。全員で生き残って、笑顔きらきらになるように!」

――リバティウムでのやり取りが、不意に脳裏を過ぎった。
ミドガルズオルムと対峙して、ライフエイクの悲恋を叶えようと言ったなゆたちゃん。
俺は面白そうだからなんて雑に自分を納得させて、彼女の提案に応じた。

『だしょ! 明神さんならそう言ってくれるって思ってた!』

……まるで逆の構図だな、あの時と。
そして俺もまた、なゆたちゃんならカザハ君を助けようとすると――信じていた。

「面白そうだろ。だから、やってやろう。いけ好かねえ連中の目論見なんざ残らず叩き潰して……。
 この場にいる全員、笑顔きらきらにしてやろうぜ!」

うんちぶりぶりのまんま世界救うってのも、些か格好つかねえからな。
カザハ君が見届け、語り継ぐこの歴史には――笑顔だけを刻んでいこう。

>「カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!」

>「制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!」

ジョン、そしてエンバースも俺と轡を並べる。
王都を出た時から、何も変わっちゃいない。ガザーヴァと戦い続けてるカザハ君も含めて。

俺たちは……同じ方を向いている!

>「明神、カザハを説得するのは任せた!」

ジョンはありったけのバフをカザハ君に投じて、踵を返す。
俺が交渉する時間を稼ぐために、単身トカゲの迎撃に躍り出た。

身に纏うのはあの赤いスキルエフェクトだ。
しばらく落ち着いていた暴力性が楔を切り、解き放たれる。
その余波は俺の方まで届いて、重みがあるかのように頬を打った。

姿はさながら、手負いの獣。
その牙が俺に向いていないことに、どこか安堵している自分がいる。

……無理するなとは言わねえよ。
だけど生きて帰ってこいよ、ジョン。
お前にはまだまだ返してない借りがあるんだ。

244明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:08:57
>「俺は――プランBになる。誰も、死なせはしない」

ブレスを避けて地面の裂け目に潜っていたエンバースの声が、下から響く。
さらにもう一つアジ・ダカーハの足元に裂け目が生まれ――その巨脚を掬った。

だが、浅い。地ならしでもするように巨竜が足踏みすれば、それだけでスペル効果が粉砕された。
巨体が不得手とする足元近くへの攻撃も、対策済みってわけだ。

やはり正攻法じゃ歯牙にも掛からない。
帝龍の足元を切り崩すには、奴とは別種の力が必要だ。

>「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
 ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
 ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」

残る希望は、あまりにも僅かな可能性だった。
俺の内応策に対し、ガザーヴァは三日月のように口を曲げて嗤った。
現状の手応えはなし。それでも会話に応じるのは、俺の断末魔を愉悦に変えようとする奴の性根によるものだろう。

ゲームにおける幻魔将軍ガザーヴァは、何かに付けて喋り倒す饒舌家だった。
周りの部下をイエスマンで固めていたからか、プレイヤーにもよく話しかけてくる。
その性質はバトル中にも発揮され、選択肢次第で攻略難易度すら変動した。

>「……お前……何が言いたいのさ?」

――つまりこいつは、会話を拒否しない。
言動で他者を翻弄するトリックスター。その性質に逆らうことはない。
相手の問いに答えることなく殺してしまうのは、獣の所業だと、知性の敗北だと……認識している。

だから、レスバを吹っ掛けてる間は問答無用で殺されることはない、はず。
なんの保証もない賭けでしかないが、今はそれに全てのコインをベットするしかない。

「何が言いたいかぁ?しっちめんどくせえなあ、いちから説明しないと駄目ですかそれ」

はぐらかして議論を間延びさせるのは簡単だが、交渉に時間はかけられない。
単なる命乞いだと看做されればその時点でアウトだ。
ガザーヴァの興味が失われる前に、全ての交渉を終わらせる必要がある。

考えろ――ガザーヴァをアルフヘイムに引き入れる方法を。
こいつが何を欲していて、それを提供する手段がないか。

>「しまっ――」

思考への没頭は、なゆたちゃんの息を呑む声に寸断された。
振り返ればトカゲの集団が俺めがけて疾走している。
もう数秒もしないうちにその牙や爪が俺を引き裂くだろう。

「やべ――」

ガザーヴァが口端を吊り上げる。
論破前に相手を殺すことはないと言っても、それは相手を助ける理由にはならない。
自分の身も守れないような弱者なら、そもそも戦場に出てくる資格なんかないからだ。

そして俺は、まさにその弱者だった。
ヤマシタを召喚――よりもトカゲの到達の方が早い。
そもそもリビングレザーアーマー単騎じゃ白兵戦でドゥームリザードには勝てない。
多勢に無勢。交渉を始めるまでもなく、俺はトカゲに喰われて死ぬ……?

245明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:09:43
>ザシュッ!!

その時、今まさに俺を喰らわんとしていたトカゲが、背中から血を噴いて崩れ落ちた。
その奥から姿を現したのは、土煙漂う戦場でもなお目立つ、目に痛いピンクの法被――

>「無事でござるか、明神氏!」

「……オタク殿!?」

アコライト守備隊、通称オタク殿。
鎧をガチャガチャ言わせ、派手な法被を翻し、オタク殿達が俺の周りに陣を組む。
マホたんに先導されて撤退したはずの連中が、なぜか未だにアジ・ダカーハの眼前に留まっている。

竜の鼻息一つで消し飛ばされる、命の恐怖――
それに震えながらも、彼らを支え、この場に立たせているのは、ひとえに戦う者としてのプライドだ。

>「それに――明神氏。拙者らはマホたんの御旗の許に集った同志!
 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を……でござろう?」

「へっ、どピンクだけに桃園の誓いってか。俺とマホたんくらいにしか伝わんねーよ、そのネタ……」

アルフヘイムに三国志なんてもんがあるならいざ知らず、
地球出身のブレイブにしかこの冗句は通じやしないだろう。情報元は多分、マホたんだ。

それはつまり……オタク殿たちなりの、決意の表明だった。
ブレイブ任せにしてきたこの戦場から逃げることを止め、俺たちと爪先を揃えて、共に戦うと。
アルフヘイムの民もブレイブも区別なしに、戦友として肩を並べると。
俺がこいつらを救いたいのと同じように――こいつらもまた、俺を助けたいと思ってくれている。

オタク殿はデュフフと笑う。
俺もニチャァ……とほほえみ返した。
俺たちの間には、そのキモオタスマイルの応酬だけで、十分だった。

>「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」

オタク殿達の背後から更にマホたんが頬を掻きながら戻ってきた。
笑顔ウルトラキモスの俺たちと違ってその微笑みは聖母の如くきゃわたんである。

>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
 あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
 ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」

撤収は失敗。アコライト守備隊がここで生き残れる保証はなにもなくなった。
きっと、たくさんの兵士が傷付くだろう。二度と戦えなくなる奴だって出るかもしれない。

「はは……。俺たちは、こいつらに死んで欲しくないから、ブレイブだけで帝龍に吶喊したんだぜ。
 本末転倒だ。こういうことされっとさぁ……」

……だってのに。
俺は今、腹の底からせり上がってくる快い熱を抑えられない。
ゲーマーのそれとはまた別の、俺自身の矜持が叫ぶ。
こいつらと一緒に戦いたいと。

「……エモキュンすぎて、テンアゲしちまうじゃねえか!」

異邦の魔物使い(ブレイブ)は、本質的には孤立無援だ。
アルメリアからの支援は結局支援でしかない。現場で命張るのは依然として俺たちだけだった。

マホたんがバロールを信用出来ないのも、あの男が俺たちの裏で糸引くだけの存在だからだろう。
ブレイブはシステムのパシリ。王都のお使いに過ぎない。それは正しい表現だった。

246明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:10:27
>「明神氏! ここは我らにお任せを! 心置きなく、したいことをなさって下され!」
>「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」

だけど今、俺たちにはアルフヘイムの戦士が肩を並べてる。
共に刃を揃え、共に戦ってくれる奴らは、ブレイブ以外にもこんなにもいる。
嘘偽りなく、命懸けで助けようとしてくれる奴らがいる。

裏切りだらけのこの世界で、常に誰かを疑って旅をしてきた俺にとっては――
それがなによりも嬉しかった。

「オタク殿!拙者にも衣装を!」

「応ッ!!」

俺の求めに応じて、まるで用意していたかのように小包が飛んできた。
アコライトで始めてマホたんのライブに傘下したあの時と、同じように。
ピンクの法被と鉢巻を、俺もまた装着する。

「俺はもう振り向かない。後ろは全部……任せた!」

この戦いが終わったら、王都から物資ふんだくってちゃんとした宴を開こう。
きっとうまい酒になる。話したいことは、山程あった。

>「明神さん、彼を……カザハ君を説得する時間を稼げばいいんでしょ? あたしにいい考えがある。
 30分くらいなら、きっと帝龍を釘付けにできる。
 あとは守備隊のみんなと、月子先生。エンバースさん。ジョンさん……全員でドゥーム・リザードを止めてくれれば。
 帝龍は、わたしが何とかする……この役目は、あたしにしかできない」

同様にマホたんも守備隊に背中を向けた。
決然とした双眸が俺を捉える。

「……マジかよ。相手超レイド級だぜ、ブレスが掠りでもすりゃなんぼマホたんでもお陀仏だ。
 それにPVEでもあるまいし、タゲ固定なんざヘイトとってどうにかなるもんじゃねえだろう」

一体どうするつもりなのか。
その問いに、マホたんは答えなかった。

>「……みんな、いいメンバーだよね。いいパーティーだと思う。
 あーあ、あたしもアコライト外郭で籠城決め込まないで、少しはバロールの話を聞いとけばよかった!
 そしたら、あたしもみんなの仲間になって。一緒に旅ができたかもしれないのに!」

「過去形で語んなよ。帝龍さえぶっ倒しゃ、これからいくらでも旅ができる。
 シナリオは王国編だけで終わりじゃねえんだ。アズレシアの海とか万象樹とか、見に行こうぜ」

>「じゃあ……、じゃあ!
 この戦いが終わったら、一緒に旅をしようよ! わたしたちのパーティーに入ってよ……マホたん!」

なゆたちゃんがマホたんを勧誘する。
いいなあそれ。すっごく良い。最高かよ!
オタク殿たちにゃ悪いが、マホたんと行くアルフヘイムツアーの席は俺のもんだ!

>「……ありがと。嬉しいよ」

だけど、マホたんは再び答えをはぐらかした。
いくらニブチンな俺でも、猛烈に嫌な予感が背筋を疾走してくのがわかった。

マホたんは振り返る。アジ・ダカーハへ向き直る。
すれ違うその瞬間、彼女のささやく声が聞こえた。

247明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:11:37
>「……カザハ君に謝っておいて。
 疑ってごめんなさいって。あなたは立派なアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だって……
 あなたと仲良くしたかった。もっとお話ししたかったよって」

「じっ……自分で言えよ!そんな大事なこと、他人に言伝すんな!
 あいつだってマホたんとお喋りしたいはずだ!おい!」

マホたんは最早返事すらせず、背の翼を開く。
たまらずその肩を掴もうとした俺の手が、空を切る。
ユメミ・マホロは振り返ることなく、アジ・ダカーハ目掛けて飛び立っていった。

――『明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……』

頭の奥で、昨日マホたんと交わした言葉が蘇る。
何をするつもりか。――何を、覚悟しているのか。
その双眸に込められた決意が意味するものを、俺は理解したくなかった。

>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」

マホたんとアジ・ダカーハを覆うようにドームが展開する。
あれは……対象とタイマン張る為に空間を隔離するスペル。
どちらかが斃れるまで、如何なる手段をもっても内外からの影響を完全に遮断する。
入ることも……出ることも、出来ない。

アジ・ダカーハは事実上、戦場から除外されたことになる。
マホたんが倒される、そのわずかな間のみ。

「……クソッ」

『河原へ行こうぜ!』はディスペル効果で解除出来ない。
マホたんと帝龍に対し、俺たちが出来ることはもうなにもない。
俺に出来るのは、一刻も早くガザーヴァを裏切らせることだけだ。

「待たせたなガザーヴァ。だけどこれでアジ公とかいう邪魔者は消えた。
 お前にとっちゃ、俺達を皆殺しにしてまったりご帰宅できるまたとないチャンスってわけだ」

さあ考えろ。

設定通りなら、ガザーヴァは人間の知恵で出し抜けるような相手じゃない。
奴は狡知を司り、高い知能と残虐な性向を併せ持つ。
俺がどれだけ脳みそ捻ったとしても、騙し果せることは不可能だ。

だからこれは論戦ではなく『交渉』だ。
勝ち負けを決めるゼロサムゲームじゃない。双方両得のWin-Winを目指す。
確実にガザーヴァにとって利益となるものを提示し、協力を引き出す。


俺が持ってる情報と手札はそう多くない。


デウスエクスマキナでリセットされる前の時間軸、便宜上これを『一巡目』としよう。
バロール曰く、一巡目はゲームのシナリオをそのままなぞり、魔王は倒された。
幻魔将軍ガザーヴァもアコライト跡地でブレイブと戦い、死んでいる。

今この時間軸は一巡目と違って、まだバロールは魔王になってない。
公式で魔王が生み出した設定のガザーヴァは、本来存在すらしていないはずだ。
だが奴は確かにここに居る。その原因となったのが、『混線』――

248明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:12:08
>『ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった』

乗っ取られる直前にカザハ君が零した言葉。
昔ってのはつまり、一巡目のことか?あいつも記憶保持者だったな。
詳細はわからんが、ガザーヴァはカザハ君と『混ざる』ことで、
世界のリセットに巻き込まれることなくカザハ君と一緒に再構築されたってことか。

憶測に憶測を重ねた結果だが、一応辻褄は合う。
だとすれば、ガザーヴァがそこまでして復活しようとしてるのは何故だ?

死にたくなかったから……ってのは奴のキャラに合わない。
あいつは命のやり取りすら楽しんで、最期は笑って死んだ。
あれだけ潔く散っといて、今更やっぱ生き返りますってのはあまりにも生き汚い。
そういう美学のなさは、奴が最も嫌うものだったはずだ。

なら、答えは一つだけだろ。
ガザーヴァは最期の最期までバロールに忠誠を近い、その名を呟いてこと切れた。
――魔王バロールに、もう一度会いたかったから。
多分、それが全てだ。

奴の琴線は、命がけの執着の対象は、未だにバロール。
揺さぶりをかけるとすれば、そこだ。

「しかし帰るったってお前に帰るお家あんの?ニブルヘイムの豪邸も着工すらしてねえだろ。
 ご主人様の元に戻るにしても、バロールの野郎まだ魔王になってねえしよ。
 幻魔将軍に帰って来られても扱いに困るだけなんじゃない?」

相手が絶対の優位にある場合の交渉術は主に2つある。
完全服従を示し、平身低頭して便宜を乞うか――感情を引き出して、会話のレベルを下げるかだ。
小学生の口喧嘩みたいな低次元の争いなら、まだ俺にも渡り合える余地がある。

こいつのバロールへの忠誠は本物だ。
そこをくすぐってやれば、必ず精神の『揺らぎ』、漬け込めるスキが生じる。

「実家帰るんならせめて親に顔向けできる格好しねえとなぁ?
 脱いじゃえよそんな鎧。堅気なシルヴェストルスタイルでバロールを安心させてやろうぜ」

揺らげ……揺らげ!

>「お前の狙いは大体わかってる。
 バロールをダシに説得しようったって無駄だよ。ボクはもう誰にも傅く気は無いのさ――」

煽りを受けて、ガザーヴァは口を開いた。

>「アイツはボクをこき使うだけ使って捨てたんだ。君達もよく考えた方がいいよ?
 人使い荒いしいっつも菓子ばっか食ってるしセンス悪いし寝言ヤバイし!?
 ニヴルヘイムの方が今はアイツが取り仕切ってないからどっちかっつーとホワイトなんじゃないかな?
 あっ、どうせ全員あのデカブツにやられて死ぬから今更か!」

――すっげえ長文でレスしてきた。

「お、おう……おう?めっちゃ喋るなお前……」

思わず素で気圧される。
なんだこいつ……バロールに不満タラタラじゃねえか。
いやこれ不満か?おノロケの類じゃない?

249明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:12:41
>「冥土の土産に面白いことをおしえてやろうか。
 バロールのやつ、カザハが好きだったんだよ。趣味ヤバくねぇええええええ!?
 どれぐらい好きかっていうと複製作って毎日毎晩愛でる程度に!
 最初に会った時にそっちの姿の方が都合がいい、昔の姿はアレだったから、みたいなことを言ってただろ?
 あれ多分、男の姿の方がついちょっかい出さずに済んで都合がいい、昔の姿は美少女過ぎて罪だったからって意味だから!
 くくっ、ははははははははは! あー笑い過ぎておなか痛い!」

「……マジで?」

バロールの野郎そんな業の深い趣味の持ち主だったの?
やべえやつじゃん……そういやなんか魔物のメイドさんと睦み合ってたけどさぁ!
急にそんな性癖暴露されても……その……困る。
明神ドン引きですぅ。

だけどこれで第一段階はクリア。
――ガザーヴァは、揺らいでいる。
不平、不満、課題点。それらを解決するソリューションを提案するのが、ここからの交渉だ。

バロールに使うだけ使って捨てられたと、ガザーヴァは言った。
人使い荒いのも、菓子ばっか食っててセンス悪いのも、正当な指摘だ。
それら個人の悪癖や、寝言のヤバさまで分かるほど、ガザーヴァはバロールの傍に居て……しかし捨てられた。

シナリオ攻略時、アコライト跡地の決戦でガザーヴァを追い詰めた際には、
毎度毎度『形成位階・門』とかいうインチキテレポートでやってくるはずの増援は、なかった。
同様にガザーヴァも『門』でニブルヘイムに帰ることなく、命果てるまで戦った。

あの時既に、ガザーヴァは見限られてたのか?
だから増援も、ミハエルをイブリースが回収していったような仕切り直しも、発生しなかった。
ガザーヴァは孤立無援のままブレイブと戦って、そして死んだ。

あれだけプレイヤーを引っ掻き回してくれたガザーヴァの野郎だが、
魔王バロールにとっては捨てても良い換えの効く駒でしかなかった……ってことなのか。

代わりにバロールの寵愛を受けたのは、一巡目のカザハ君だった。
ガザーヴァが言うようなフィギュア萌え族だったかはこの際どうだって良い。
一つ、理解できたことがある。

切り捨てた相手と再開して、その帰還を喜ぶ者は居ない。
――バロールの『おかえり』は、ガザーヴァに向けたものじゃなかった。
正真正銘、カザハに向けたもので……その中に居るガザーヴァを、まるで無視したものだった。

親にも等しい相手から無視される。どれほどの絶望があったろう。
ごく普通に親にも愛されて育ってきた俺にはまるで推し量れない。
あの真っ黒の甲冑の中で、ガザーヴァがどんな表情をしていたか、想像もしたくない。

そして俺もまた、ガザーヴァではなくカザハ君だけを助ける為に動いてる。
生きたいと思うガザーヴァの意思を、無視して。

協力を引き出す為に、こいつに対して何が出来るとか……てんで見当違いの考えだった。
俺達にとっての最良の結果はカザハ君の確保。それはガザーヴァにとっての最悪、存在の消滅だ。
Win-Winの取り引きなんか成立しない。

「バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ」

もうクリアしてからだいぶ経つけど、今でも鮮明に思い出せる。
ガザーヴァが、俺達プレイヤーにとって、どういう存在だったか。

250明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:14:51
「人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
 わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
 すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ」

何が現場将軍だよ。被害に対して言動が軽すぎんだよ。
アコライトぶっ壊したせいでマル様親衛隊の狂犬どもがアルメリア各地に解き放たれちまったじゃねえか。

俺はガザーヴァが嫌いだった。もちろんゲームのキャラとしてだ。
ヒールって役どころは分かっちゃいるけど、開発の悪意の根源みたいな言動は、
いちプレイヤーとして大いにムカつかされた。

「――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
 俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
 ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった」

ここから先は、アルフヘイムのブレイブとしての言葉じゃない。
このゲームをサービス開始当初からやってきた、プレイヤーとしての気持ちだ。

「今のお前はカザハ君に混じった残り滓みたいなもんだ。
 一樽のワインに混入した一滴の泥水。ただ汚染するだけの不純物。
 お前がカザハ君を乗っ取ったところで、それはただの黒いシルヴェストルでしかない」

あるいはシルヴェストルを愛するバロールなら、それでも満足なんだろう。
だけど俺は、『ガザーヴァ』がそんなふうに変わってしまうことを、許容できない。

「俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
 俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい」

カザハ君の肉体はシルヴェストルそのものだ。
ってことはガザーヴァの肉体は完全に失われていて、精神と魔力だけが残ってるんだろう。
だから、カザハ君の肉体を求めた。その精神を侵食し、我がものにしようとした。

「アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
 霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
 万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
 ――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな」

別の容れ物を用意して、ガザーヴァを正式に転生させる。
それで始めて、俺達は再会したと言える。

「取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
 そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
 お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ」

執着と絶望、そしてデウスエクスマキナが歪ませた、幻魔将軍の在りよう。
それを是正し、カザハ君もガザーヴァも、二つとも復活させる。

――俺の愛した『ブレイブ&モンスターズ』を、取り戻す。

俺はガザーヴァに右手を差し出した。

「俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!」


【交渉:ただの黒いシルヴェストルじゃなくて、ちゃんと幻魔将軍として復活したくない?】

251ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/28(火) 00:25:11
トカゲを一匹ずつ、確実に、潰していく。
不可能じゃない、僕と、このわけのわからない力と、部長がいれば・・・。
しかし・・・

僕が潰す以上に生まれてくる速度が早い。

>「くふふ……ゴミどもが!
  ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
  これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
  頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」

帝龍が言っている事は正しい・・・金を集めることも才能だ。
元の世界なら金はそのまま力だ。世の中の99%を叶える事ができる。

恋人だって、友達だって、自分の言う事を聞く完璧な奴隷だって・・・人を殺す事だって許される。

その事は僕もよく分かっていた。

有名になった後の僕はテレビ・CMに出てアイドル活動をしていた。
そのおかげで一般人が一生をかけて手に入れるような額を稼いだ。

その結果僕には友達が一杯できた、プライベートで街を歩けば色んな女の子に告白された。
家を建てたり、週に一回家でパーティを開いたり、彼女を家に連れ込んだり。

僕の理想だった、理想なはずだった。

『・・・哀れな奴』

>「召喚! G.O.D.スライム! か〜ら〜の〜……『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!」
>『ぽぉ〜よぉ〜よぉ〜〜〜〜〜んっ!!』

なゆのゴッドポヨリンさんによってトカゲ達が一斉に蹴散らされる。
だがそれでも・・・生まれてくる速度のほうが早い。

『チッ・・・数が圧倒的すぎる・・・!』

>「しまっ――」

『なっ・・・』

僕となゆの間をすり抜けるようにトカゲが明神に向かっていく。

>ザシュッ!!

しかしそのトカゲ達は明神に到達することなく倒れる。

>「無事でござるか、明神氏!」

『あれ・・・あの見てるだけで目が痛くなってくるような・・・あの格好は・・・』

>「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方々にお任せして、離脱することは簡単でござる。
  しかし……我らはアコライト外郭守備隊。この地を守るという役目は、そう易々とは捨てられないのでござるよ」

252ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/28(火) 00:25:31
『バカが!なにしに戻ってきたんだ!!』

明神が、なゆが、みんなが守るために危険を冒して作戦を組んで。
危険を承知でアジダハーカから逃がしたというのに・・・!

>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
 あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
 ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」

どいつもこいつも・・・なぜだ・・・マホロはともかくこいつらは・・・足手まといなんだよ!!

トカゲを処理しながら戦闘を開始した守護兵達の戦いを見る。

>「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」

勢いはいいが陣形がバラバラだ、このままじゃその内数に飲み込まれてるのが目に見えていた。

『マホロ・・・マホロはどこだ!』

周りを見渡すと、マホロは帝龍・・・アジダハーカと対峙していた。

>「マホロ……! くふふッ、まさか戻って来るとは!
 ワタシの本気を見て、圧倒的戦力差にようやく膝を屈する気になったアルカ?
 安心しろアル、オマエは傷ひとつつけないアルヨ! 他の連中は皆殺しにするアルが――」

>「バカ言わないで! あたしは絶対、絶対絶対! あんたの軍門に下ったりしない! あんたのものにはならない!
 あたしは……あんたの都合のいい商品なんかじゃない! あたしは……
 あたしは! あたしの意志で! あたしの心に従って歌うんだ!!!」

>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」

マホロがカードを使うと帝龍とマホロがドーム状のフィールドに包まれる。
効果はたしか・・・自分と指定した相手だけの空間を作る・・・。

あのフィールドに入ったという事は効果が解除されるまでこれ以上トカゲ達は増えないと言う事・・・。

だが・・・

「ハイ!ハイ!ハイ!テンション上げ!上げていくでござるうーーーーー!」「ラブ!アイ!ラブユー!マ☆ホ☆ロ」「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前」

一時的な勢いだけで戦ってる兵士達はこのままにしておけばマホロが出てくるまで耐えられない可能性の方が高い。
逆にいえば・・・このまま放置しておけばある程度の数は減らしてくれるだろう。
こっちの処理を終えてから残りのトカゲを掃討したほうが楽だ・・・僕達が負うリスクも最小限で済む。


>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
  わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
  この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」


『マホロ・・・相変わらず・・・余計な事しかしない女だ・・・!』

253ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/28(火) 00:26:41
『すまない!なゆ、ヒュドラの相手を頼む!』

そういい残し兵士達の下に走る。

『お前ら!手を止めるな!だが死にたくないなら今すぐ僕の指示に従え!!』

トカゲを蹴散らしながら戦う兵士達に激を飛ばす。
兵士達はどうしたらいいかわからずうろたえる、がスグに不満零し始める。

「お前は・・・!マホロちゃんに純潔を捧げろとかいった不届き者でござる!」
「お前の言う事だけは死んでも聞かねーぞ!!」
「当たり前だよなぁ?」

兵士達が僕を嫌っているのはわかっていた。

『黙れ!!なゆがお前らを守ると言った以上僕にはお前らを守る義務があるんだよ!!』

兵士達が静まり返る。

『僕となゆが先陣を切る!お前らは俺達の撃ち漏らしを確実に仕留める事だけに専念しろ!絶対俺達より前にでるな!
 次に不満を口にした奴から死んでいくと思え!!マホロの為に一人も欠けずに生きる事だけ考えろ!!』

「ござるう・・・」「チッ・・・」「クビだクビだクビだ!」

それでも煮え切らない兵士達

『自己犠牲は・・・正しい事だと本気で思ってるのか?いいか!
 本当にマホロの事を思ってるんだったら石に齧りついてでも生きる努力をしろ!
 マホロに俺達は全員無事だったんだぜって自慢するくらいの気持ちでいけ!』

「それともお前らはマホロと死体になって再会するつもりだったのか?
 どっちがマホロの事考えてないのかよく考えろ!!」

「マホロちゃん・・・」「ぐう・・・うう・・・」「ポッチャマ・・・」

『何度でも言うぞ!今お前らに必要なのは戦う!そしてかっこわるくていい!生きて帰る事だ!!』

『今すべき事がわかったか?・・・さあ!いくぞ!なめくさってるあいつに・・・帝龍にお前らの力をみせてやれ!!!』

トカゲにトドメを刺さず、傷を負わせて後ろで控えてる兵士達にトドメを刺してもらう。
そうする事によって倒す速度は跳ね上がり、みるみる数を減らしていく。

「ふう・・・僕は一体なにをしているんだろうな・・・」

勢いがついた兵士達と僕達はまさに破竹の勢いで進んでいく。
あれだけいたトカゲももうわずかになっていった。

「どけどけどけ〜〜〜〜!マホロ親衛隊のお通りでござるう〜〜〜!」
「全員生きてマホロちゃんにヨシヨシしてもらうしかねえ!!」
「Foo↑気持ちぃ〜」

「あいつら・・・前にでるなって言ったのに・・・」

形勢は完全に逆転。もはや僕となゆが援護する必要もなく。
兵士達は残りのトカゲとヒュドラを逆転した数の暴力で蹂躙していた。

「ふう・・・さすがに今まで耐え抜いてきただけの事はある・・・」

僕のやれる事は全部やった。後は・・・



「お前だけだ!カザハ・・・戻って来い!」

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 20:52:19
ボクの一番最初の記憶は、あのひとの微笑みから始まる。

「――やあ。初めまして……私は。君のパパだよ」

「……ぱ……
 …………ぱ…………」

母の胎内のような保育嚢から出て、初めてボクが口にした言葉がそれだった。
彼はボクに穏やかな笑顔を向けると、培養液まみれでずぶ濡れのボクを自分の衣服が濡れるのも構わず抱きしめてくれた。
温かだった。柔らかかった。トクントクンって、心臓の音が聞こえた。
……このひとが、ボクのパパ。ボクの家族。
ボクの大切なひと。

ボクは、このひとに産んでもらったんだ――

「パパ!」

「パパーっ! えへへ」

「……パパのばか」

「パパ……!」

「パパ! だぁ〜い好き!」

長い長い時間、ボクはパパと一緒に過ごした。
パパと一緒に、甘いお菓子を食べた。パパの膝におすわりして、絵本を読んでもらった。
手をつないでお散歩に行った。ひとつのベッドで、一緒に眠った。

……幸せだった。
ボクはこのひとの娘。ボクは、このひとにとてもとても愛されている。
まるで万華鏡のようにきらきらと輝くパパの虹色の瞳が、ボクは本当に好きだった。
このひとの言うことならば、ボクはなんだってしよう。どんな汚名だってかぶってやろう。
だって。
ボクには、このひとさえいればいい。このひとの愛さえ手に入るならば、他なんていらない。
他の生き物に価値なんてない。ボクは――

……ボクは。

だから、パパに黒い甲冑を纏って戦えと言われたときも、一も二もなく従った。
相棒のガーゴイルに跨って、ありとあらゆることをやった。集落を、村を、街を、国を破壊した。
人を殺した。ヒュームを、エルフを、ドワーフを、ホビットを、メロウを。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺しまくった。

街を燃やして、魔獣たちを解き放って、アルフヘイムの住人に苦悶の末の死を撒き散らす。
そうすると、パパは褒めてくれた。ボクの頭を撫でて、決まってこう言ってくれたんだ。

「よくやったね」

って。

「君は本当にいい子だ」

って――。



なのに。



「あれは失敗作だったよ、イブリース」

「どういうことだ? 魔王――」

「所詮、コピーはコピーだ。オリジナルではない……残念だが実験は失敗と言うしかないな。
 やはり、オリジナルを手に入れなければ。他のシルヴェストルでは駄目らしい」




……ボクが……失敗作……?

255崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 20:54:47
「“風渡る始原の草原”か……。しかし、ならば奴はどうする?
 あんたに懐いている……いや、あんた以外の何者の言うことも聞かない。あんただけが奴を制御できる。
 失敗作として処分するのか?」

「今まで通り、幻魔将軍として使いはするけれど。あれはもう、あの力を手に入れる鍵にはならない。
 あのシルヴェストルを探すんだ、イブリース。粗悪な複製品ではない、正真正銘のオリジナルを。
 私が求めるものはそれだ……それ『だけ』だ。わかるね」

「承知した。ならば、さっそく出立――」

「ま……、待って……! 待ってよ……!」

隠れて立ち聞きしていたなんて、そんな自分の状況も忘れて、ボクはパパの座る玉座へと駆け出した。
ああ、そうだ。ボクは今日も『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもをからかって、一戦交えて帰ってきたんだった。
この天空魔宮ガルガンチュアへ――パパのお城へ。ボクのお家へ。
今日は100人殺したよって。そう報告して、褒めてもらうために。
頭を撫でてもらうために。
ボクだけがひとりじめできる、あの温かな笑顔を見るために――


でも。


そのときボクに向けられたのは、温かな笑顔なんかじゃなかった。

「……いたのか」

「どういう……こと……?
 ボクが、失敗作……? コピー……?
 え、ウソ……冗談、だよね……? だって、ボクはパパの一人むす――」

「アコライト外郭に行くんだ。あの城壁を瓦礫に変えてきなさい」

「パパ……!」

「あそこにはアルフヘイムの強力な『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が集まっている……今のうちに潰さなければ」
 
「……ぱ、ぱ……」

「……何を突っ立ってるんだ? 早く行きなさい」

パパの眼差しは冷たかった。その言葉はひややかだった。
知ってる。それは、人間がそれまで執着していたものに興味を失ってしまったときの……。
そっか。
本当は、ずっと前からわかってた。
あの人はボクを見てなかった。ボクは、オリジナルとやらの替わりでしかなかった。
でも、それじゃやっぱりダメだったんだ。パパには、オリジナルが必要なんだ。
パパが何事かを成し遂げるためには。オリジナルだけが持っていて、ボクが持っていないものが必要なんだ。
ボクは。もう、いらないんだ――


……やだ。
そんなのやだ。やだ、やだやだ……絶対イヤだ……!
ボクは誰かの代替物なんかじゃない! 粗悪な複製品なんかじゃない!!
ボクは兜を脱いで素顔を晒し、パパの玉座に駆け寄ると、パパに抱きつこうとした。
愛してるのって。パパのことが大好きなのって。一番最初の記憶からずっと変わらない想いを伝えたくて。
けれど、それをパパの傍にいたイブリースが邪魔した。ボクの足をその持っている魔剣の鞘で払ったのだ。
バランスを崩し、ボクはどっと倒れた。それでも、懸命に手を伸ばしてパパの右脚にしがみついて顔を見上げた。

「パパ……」

パパは何も言わない。ただ玉座の肘掛けに右肘をついたまま、ボクを無感情に見下ろしている。
やだ。やだよ。
そんな冷たい、その他大勢を見るような眼差しで、ボクを見ないでよ……!

「……パ……、
 バ、ロール……さま……」

ボクが今までこのひとから注がれていると思っていたものは、全部幻だった。この人は最初からボクを愛してなかった。
ただ、ボクの元になったボクのような『何か』の姿を、ボクに重ねていただけ――。

ああ……

でも、それでもいい。それさえもかまわない。
ボクは受け入れる。どんなに不条理なことでも、悲しいことでも。
それが、あなたの望みなら。

オリジナルが一番でもいい。ボクはあなたの視界の隅っこに、ほんのちょっぴりいるだけでもいい。
だから……ボクのこと、嫌いにならないで。いらないって言わないで。
そして――もし。もし許されるなら。

「今よりもっと、あなたのお役に立てば……
 少しだけ。ほんの少しだけ……ボクのこと。愛してくれますか……?」

ボクは低く頭を伏せ、かつて父親だった主君の靴に口付けした。

256崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 20:57:08
>バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ

「……何ィ……?」

静かに語り始めた明神を前に、カザハ=ガザーヴァは怪訝に顔をゆがめた。

>人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
 わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
 すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ

当たり前だ。
幻魔将軍ガザーヴァとは、そういうキャラクターだ。『そういう役どころのキャラ』なのだ。
プレイヤーに対して徹底的に嫌がらせをする。怒りを抱かせ、屈辱を味わわせ、徹頭徹尾救いがたい悪役として行動する――
そうしてこそ。ガザーヴァを倒したときのプレイヤーのカタルシスは何物にも代えがたいものとなる。
実際の、一巡目の世界ではガザーヴァは自らのオリジナルと相討ちになって死んでいるが、少なくともゲームの中ではそうだ。
ガザーヴァ本人にもゲームの知識がある。だから『そんなことは言われずとも分かる』のだ。

だが。

「ははッ! そりゃそうだろうねぇ、みんなボクのことがさぞかし憎かっただろうさ!
 ボクは幻魔将軍ガザーヴァ! ボクにとっては罵声こそが賛辞。怨嗟こそが福音!
 なぜなら……」

>――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
 俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
 ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった

明神が続けたのは、そんな絶対悪の仇敵に対する恨み言ではなかった。

「……ボクが……ライバル……?」

一巡目でも、二巡目でも、自分に向けられるものは非難と憎悪のみ。
そう思っていたガザーヴァは思わず訊き返した。
明神はなおも言い募る。

>俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
 俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい

「なん……だとォ……?」

アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の言葉に、ガザーヴァはすっかり混乱した。
弁舌が達者で、人を口先三寸で騙くらかすのが何より得意な幻魔将軍が。
嘘偽りの一切ない、明神の心からの言葉を聞いて動揺する。

>アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
 霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
 万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
 ――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな
>取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
 そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
 お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ

明神はガザーヴァにゆっくりと右手を差し出した。
そして、決定的な交渉を持ちかける。

>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!

「ボクを……取り戻す……」

ガザーヴァは小さく慄えた。

そうだ。

ガザーヴァはカザハが欲しかった。カザハになりたかった。
自分がカザハになってしまえば、オリジナルになれば――きっとバロールは振り返ってくれる。
また、昔のように。一緒にお菓子を食べてくれる、膝に乗せて絵本を読んでくれる。手を繋いでくれる……。
愛してくれる。そう思ったのだ。

けれど、それは本当に自分の望むところだったのだろうか?
そも、バロールがカザハに求めるもの。カザハにあって自分にないものが何なのか、ガザーヴァには分からない。
それが理解できない限り、きっと。ガザーヴァの願いが叶うことはないのだ。
それどころか、カザハの肉体を乗っ取ることでバロールの求めるものが揮発し、消滅してしまう――といった可能性さえある。
万一そんな事態になってしまえば、もう二度と。バロールはガザーヴァを見てはくれないだろう。
といって今まで綿密に組み上げ、もうあと一歩というところまで来ている復活計画を今更放り出すこともできない。

嗚呼。

だとしたら。

「ボクは……どうすればいいの……?」

「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」

ガザーヴァの呟きに対する答えは、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの背後で聞こえた。

257崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:01:15
「いやまったく強引だなぁ! わたしは外郭から離れないって、あれほど言ったのに!
 それにスピードを出し過ぎだと思うんだ! 制限速度は守ろう! お兄さんとの約束だ!」

聞き慣れた能天気な声と共に、バサリ、と翼の羽ばたく音がした。
カケルがゆっくり地上に降り立つと、その背に跨っていたバロールがよっこらしょと鞍から降りる。
ガザーヴァが驚きに目を見開く。

「……バロー……ル、さま……」

「久しぶりだね、ガザーヴァ。……元気そうで何よりだ」

カツ、と身の丈以上もあるトネリコの杖を地面につき、バロールが虹色の瞳で穏やかにガザーヴァを見る。
ガザーヴァは唇をわななかせ、一歩、二歩と後ずさった。

「なぜ……ここに……」

「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
 それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
 ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
 カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」

はっはっは、とバロールは明神に視線を向けて陽気に笑った。場違いも甚だしい。

「まぁ、私のセンスについてはすべてが終わってから夜通し討論するとして。
 今は君だ……ガザーヴァ。君がうんと言うのなら、明神君の言うとおり君の新たな肉体を用意しよう。
 というか――実は、もう用意してあったりするんだな。これが!」

言うが早いか、バロールは杖を大きく振り上げ、虚空を指し示した。
途端に空間が歪み、ここではないどこか遠方の映像が浮かび上がる。
そこは、どうやらどこかの魔術工房の光景のようだった。薄暗い室内に、肉色で血管の浮き出た巨大な保育嚢がひとつ安置してある。
保育嚢はまるで臨月のように肥大しており、どくん、と鼓動するたびに内部が透けて見えた。
そして、その保育嚢の中に胎児よろしく身体を丸めて入っているのは――

「……ボクの……身体……」

「そうだ。君の身体だ……もちろん、ガーゴイルの分も用意してある。
 もう一度言うよ、ガザーヴァ……私たちに力を貸しなさい。かつてのように――
 私たちには君の力が必要だ。もう二度と、以前の失敗を繰り返してはならないんだよ」

トネリコの杖の先端で地面を叩くと、映像が音もなく消える。
このままガザーヴァの計画がうまく行き、カザハの肉体を乗っ取って復活しても、ガザーヴァにはその後の目的がない。
先程はバロールへの復讐も考えたが、実際にバロールと再会を果たした今、そんな気持ちはもうどこかへ吹き飛んでいた。
いや――きっと最初からそんな気持ちなんてなかったのだろう。
寄る辺なき模造品の魂に愛を教えてくれた、たったひとりのかけがえのない人。
例えどんな無慈悲な扱いを受けたとしても――そんな人のことを憎むなど、ガザーヴァにはできない。
とすれば、バロールの許へ帰参して肉体を取り戻し、かつてのようにその指示を仰ぐというのが最善の手であろう。
バロールは微笑みながら、ガザーヴァが明神の差し伸べた手を取るのを待っている。
ぎゅ、とガザーヴァは唇を噛みしめた。そして、手を強く握り込んで拳を作る。

「じ……、じゃあ……。ボクのお願い、ひとつだけ……聞いて、ください……」

「……言ってごらん」

「ボクが……。
 ボクがバロール様の味方に、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間になったら……」

強く強く握った拳が、小さく震える。
ほんの僅かな逡巡の後、ガザーヴァは意を決して口を開く。

「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」

それは、いつかも口にしたガザーヴァの心からの願い。
他の何もかもをなげうってでも、追い求めているもの。
それを聞いたバロールは、すぐに口許に微笑を浮かべた。――それは見る者を温かな気持ちにする、優しい笑顔。

「いいとも。おいで、ガザーヴァ」
 
そう言って、元魔王はゆるく両手を広げた。
愛した、求めた、欲した、唯一無二の相手。
そんなバロールの出した答えに対し、ガザーヴァの双眸にみるみる涙が溜まり、目尻から頬へと零れる。

「嬉しい……。嬉しいよ、パパ……。
 その言葉が聞きたかった……。ボクはオリジナルじゃない、ここにいるボクを見てほしかった。
 目の前のボクを愛してほしかったんだ……」

ガザーヴァはにっこりと笑った。愛らしい、可憐な笑顔だった。

だが。

「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」


「パパの目、全然……笑っていないもの――」


そこにあるのは、絶望だった。

258崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:06:37
ジョンとなゆた、そしてアコライト外郭守備隊の奮戦によって、フィールドにいるドゥーム・リザードとヒュドラは一掃された。
状況は少し前の絶望的劣勢から、徐々にアルフヘイム側有利へと推移しつつある。
が、優位と言ってもそれはほんの僅かな差に過ぎない。
スペルカードによってアジ・ダハーカを決戦空間に封印した、ユメミマホロの戦術あったればこその状況である。
もしマホロが敗れ、決戦空間が崩壊すれば、アジ・ダハーカはふたたび『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に牙を剥く。
ガザーヴァが味方に付かない限り、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に勝機はない。
いや、たとえガザーヴァを味方につけたとしても、勝てる保証などないが――
それでも。どんな細い糸でも、今は縒り合わせなければならないのだ。

「はあっ! はあっ、はぁっ……ク、ふ……!」

自ら創り出した『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』の結界の中で、マホロが浅い息を繰り返す。
その身体はもうボロボロだ。精緻で美しかった甲冑は右肩や腰当てが砕け、胸鎧にも大きなヒビが入っている。
剥き出しの二の腕や太股、整った顔立ちの頬にも裂傷が刻まれている。
通常のデュエルならばもう撤退のタイミングだ。――しかし、マホロは逃げない。
明神達がなんとかガザーヴァを説得するまで、ここで自分がアジ・ダハーカを釘付けにする。そう決めている。
……それで命を落とすことになっても。

「いい加減にするアル、マホロ……! オマエがどう頑張ったところで、勝ち目などないアル!
 他の連中のために時間稼ぎを買って出たのは大したものアルが、これ以上商品価値を落とすようなことはやめろアル!」

満身創痍でなおも戦意を喪失しないマホロに対し、帝龍が苛立たしげに言う。
帝龍にとってマホロは敵であると同時、是が非でも手に入れたい金の卵を産む牝鶏である。
帝龍がこの異世界で莫大な富を得るためには、マホロの存在は必要不可欠なのだ。
それゆえに、帝龍は本気を出してマホロに攻撃することができない。マホロという商品が傷物になることを怖れている。
そこに、付け入る隙がある。マホロはその高い機動力を『限界突破(オーバードライブ)』でさらに底上げし、
決戦空間内を飛び回ってアジ・ダハーカを攪乱し続けた。
とはいえ、それももう限界に近い。
アジ・ダハーカと自分とではレベルが違いすぎる。帝龍の手加減の攻撃さえ、当たれば致命打となりうるのだ。

「あんたこそ……手を引きなさいよ……!
 ニヴルヘイムなんて、ストーリーモードの完全な悪役じゃない……!
 あんたは、それでも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なの!? ブレモンのプレイヤーなの……!?
 プレイヤーなら、みんな……ニヴルヘイムが悪者だって知ってる!
 誰だって、アルフヘイム側でプレイしたいものでしょう!」

「ハッ」

マホロの反論に対し、帝龍はメガネのブリッジを右手中指で持ち上げると、嘲るようにせせら笑った。

「何が……おかしいのよ……!」

「これが笑わずにいられるかアル。やはり、オマエはアイドルアルネ……ただ上に言われるままに歌い踊るのがお仕事の、
 外見だけで頭カラッポの愚か者アル。
 『ニヴルヘイムが悪者』? くふふ! 確かにゲームの中ではそういう扱いだったアルが――
 ここは現実の世界! ゲームの中の常識や設定がそのまま通じる世界ではないアルネ!
 オマエは何を根拠に! 自分の所属する陣営が正義の味方だと言っているアル……?」

「……それは……」

帝龍の追及に、マホロは束の間返す言葉を失って立ち尽くした。

「くふふふ! ワタシのようにマクロなものの考え方ができないから、自分の立ち位置さえ分からない!
 だが、それでいいアル。オマエはワタシに言われるまま、指定されたステージで! 指定された歌を歌っていろアル!」

「……そうかもね。あたしには、大企業のCEOをやってるあんたみたいな視界の広さはないでしょう。
 高層ビルの最上階から下界を眺め見るあんたと違って、あたしは……地べたから空を見上げることしかできない」

「やっと、自分の分限というものが理解できたアルか……まったく梃子摺らせてくれたアルネ。
 さあ……もう遊びは終わ――」

「それなら!!」

マホロを連れ去ろうと身じろぎしかけた帝龍を、マホロの鋭い声が制する。
帝龍は不快に眉を顰めた。

「……?」

「あたしは! あたしの中の信念と、あたしが正しいと思う正義に従って行動するだけよ!
 あたしはこのアコライト外郭のみんなが好き。あたしの歌で、トークで、動画で、楽しんでくれるファンの人たちが大好き!
 だから――あたしからそんなファンを取り上げようとするあんたを……絶対に許さない!
 アルフヘイムとニヴルヘイム、どっちが正義で悪かなんてわからないけれど――
 少なくとも、あんたは! あたしの敵だ!!」

「まだ、そんな戯れ言を――!
 ええい! さっさとワタシの軍門に下れアル! やれ、アジ・ダハーカ!!」

帝龍の命令に応じ、巨竜がマホロを攻撃しようとそのあぎとを開く。
が。

「ぐ……、ぐぐぐ……ッ!」

アジ・ダハーカが行動を再開したそのとき、『浮遊(レビテーション)』のスペルカードで宙に浮いた帝龍が、
ほんの一瞬であるがバランスを崩してふらついたのを、マホロは見た。

259崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:10:22
(やっぱり……そういうことか……!)

ここに至り、マホロが心に抱いていた疑念は確信に変わった。
だとしたら――ひょっとして、ひょっとするかもしれない。
ブレモン1500体の頂点に君臨する超レイド級、その一角を崩せるかもしれない……そう思う。

で、あるならば。

自分は自分のするべきことをするだけだ。
マホロは最後の力を振り絞り、血と埃にすっかり汚れた白い翼を一打ちすると、矢のようにアジ・ダハーカへ迫った。
螺旋の尾を引きながら上昇してゆき、魔皇竜の三本首のうち一本角の頭部の上方に位置取りする。

「帝龍―――――――――ッ!!!」

「チ……! アジ・ダハーカ、叩き落と――」

「帝龍、あんたに質問するわ! ――私の商品価値はどこにある!?」

「何を言い出すかと思えば。それはもちろん、そのルックス。強さ。歌声に……」

「……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……でしょ?」

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。
戦乙女属のモンスターが最後に覚えるスキル。接吻を贈った相手に、永続のバフを掛ける乙女の祝福。
生涯に一度しか使えないそのスキルは、戦乙女の純潔の証。
それがあるからこそ、戦乙女属は価値がある――と言っても過言ではないだろう。
当然、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』であるマホロも、それを持っている。
そして。

「あたしの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』が欲しいって。そう言ってたわね、帝龍?
 ……いいわ。あげる……あたしの大切に守ってきた唇を」

何を思ったか、マホロは突然帝龍に対してそんなことを言った。
今まで頑なに守り続けてきた、戦乙女の命とも言うべきもの。
それを今、捧げるという。
あまりに予想外の突拍子もない発言に、さすがの帝龍も一瞬呆気にとられ、眼鏡の奥で目を見開いた。
が、すぐに我に返り、身体を仰け反らせて嗤う。

「くふッ! くふふ……くふははははははははははッ!!
 敵だなんだと口では威勢のいいことを言っても、やはり絶対的な質量差! 物量差はいかんともしがたいアル!
 マホロ、オマエにもやっとそれが分かったようアルネ。いいアル!
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』をもって、降伏の証としてやるヨロシ!
 さぁ、早くこっちへ来――」

「はっ? 何を言ってるの? 誰も、あなたにあげるだなんて言ってないわ」

自分に降伏と服従の口付けをしろ、とばかりの帝龍に対して、マホロは呆れ顔で肩を竦めた。
そして、アジ・ダハーカの一本角を持つ頭部へと近付いてゆく。
マホロの身の丈以上の大きさがある、魔皇竜の口許へと。そして――

「あたしが口付けを捧げるのは。コイツに対してよ……!」

言うが早いか、マホロは目を閉じるとアジ・ダハーカの口にキスをした。

ギュオッ!!!

すぐさまスキル『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』が効果を発揮する。
マホロと魔皇竜を中心に聖なる紋章が出現し、さながら魔法陣のように二体を包み込む。
マホロの肉体から流星のごとく幾条もの光が飛び出し、アジ・ダハーカへと流れ込んでゆく。

「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」

戦乙女の祝福を受け取ったアジ・ダハーカが咆哮を上げ、大気が振動する。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』の効果は絶大だ。それは平凡な低レアモンスターをも準レイド級にまで昇華する。
いわんや、超レイド級モンスターであるアジ・ダハーカが祝福を受ければ、それは果たしてどれほどの強化となるだろうか?
六芒星の魔神の完全体という時点で未知の強さだったというのに、さらに戦乙女の加護まで得てしまっては、手に負えない。
アジ・ダハーカの全身から暗褐色のオーラが迸る。その巨体がさらに大きくなってゆく。
それはまさに、このアルフヘイムを破壊する神の顕現。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』などという存在では抗うことさえできない、絶対の領域。
この強化された魔皇竜の前には、アコライト外郭の防壁など障子紙のようなものであろう。
このまま、アルフヘイムは魔神に蹂躙される以外ない――

しかし。

マホロはただ単に、アジ・ダハーカに接吻して帝龍に利する行為をしたのではなかった。

260崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:14:42
「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」

アジ・ダハーカが『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』の力を吸収し、劇的なパワーアップを果たした直後。
突如として、帝龍がスーツの胸を掻きむしって苦しみ始めた。
それだけではない。不意に右の鼻の穴から一筋の鼻血が垂れる。
今まで、余裕ぶった態度を一貫して崩さなかった帝龍が。
現在も攻撃を喰らうどころか、絶対的な優勢を微塵も崩していない帝龍が。

『アジ・ダハーカがパワーアップした瞬間に苦悶し、鼻血を出した』のである。

儀式を終えたマホロは魔皇竜から離れると、狼狽する帝龍を見遣った。

「思った通りね……帝龍!」

「これ……これは、いったい……? 何をした、ユメミマホロォォォ……!」

憎悪に歪んだ眼差しで、帝龍がマホロを見る。
そんなふたりのやり取りを、ジョンや守備隊たちと一緒に見ていたなゆたは、そこでやっと状況を理解した。
あのマホロが命よりも大切に守り通してきた口付けを、どうしていとも簡単に捨ててしまったのか。
超強化されて一層優位に立ったはずの帝龍が、どうして攻撃を受けてもいないのに苦しみ、鼻血を出したのか。
その理由を、遅まきながら把握した。

「……そういう……ことか……!」

地球でブレモンをプレイしていた時には分からなかったが、アルフヘイムへ来て分かるようになったということは沢山ある。
その中のひとつに『デュエルをすると疲れる』というものがある。
正確には『モンスターを召喚すると疲れる』と言えばよいだろうか。
モンスターを召喚すると、クリスタルが消費される。
レアリティの高いモンスターになればなるほど、消費されるクリスタルの量も増加する。
が――クリスタル以外にも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がモンスター召喚時に支払っているものがあるのである。
それは、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』自身の体力。精神力。
モンスターを召喚し、地上に繋ぎとめておくにはクリスタルが必要だが、
モンスターそのものを制御し、自分の手足のように使役するためには、召喚者の体力と精神力が必要不可欠なのだ。
そして。
消費する体力と精神力の幅もまた、モンスターのレアリティによって増減する。

なゆたを始めとするアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の連れ歩いているモンスターには、低レアが多い。
従って、召喚してもほとんど体力を消耗することはない。
一方でみのりはかつてアジ・ダハーカにも比肩しうる六芒星の魔神、パズズを召喚したものの、
その際の召喚時間はきわめて短時間であり、疲労を覚える暇もなかった。
だが、帝龍は違う。帝龍がアジ・ダハーカを召喚してから、すでに30分以上が経過している。

確かに、蓄えに蓄えたクリスタルは超レイド級モンスターを23時間現界させておくことが可能なほど豊富なのだろう。
しかし――
その超レイド級を従える煌 帝龍という男の体力と精神力は、クリスタルほどには潤沢ではなかったのである。

モンスターそのものがどんな攻撃も通さないほどに強いなら、その召喚者を狙えばいい。
だが、それは当然帝龍も何らかの対抗措置を取っているだろう。
単に遠距離攻撃や魔法で狙ったところで、きっとスペルカードなどで弾かれるか、逸らされてしまうのがオチだ。
……とすれば。

「おのれ……! おのれおのれおのれ! マホロォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

帝龍が激高する。
六芒星の魔神という決定的な切り札を持っていながら、帝龍がそれをずっと見せなかった理由がこれだった。
帝龍はクリスタルの消費と同等、いや、それ以上に、自分の体力と精神力の損耗を避けていたのである。
そして――マホロはアジ・ダハーカに『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を与え、一度きりのスキルを消費した。
純潔を喪った。戦乙女属の特権、たったひとつの大切なものを――永久に喪失した。

「キサマ! なんてことを! 最大の商材を! 価値を! キサマをもっとも高く売ることのできる要素を!
 よくも! こんな愚かなことに!! よくもよくもよくもよくもよくもォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

「愚かかどうかは、あたしが決める。あたしの口付けの価値の使いどころは、あたしだけが決めていい。
 そして……今がそのときだって。そう思ったのよ。
 さあ、帝龍。あなたが気絶するまで、あと何分かしら?」

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
 この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」

いつもの余裕ぶった語尾の協和語をかなぐり捨て、激怒した帝龍が叫ぶ。
宙に浮かぶマホロめがけ、三つの巨大な竜頭が口を開く。火山の噴火のような、神の一撃がチャージされてゆく。


マホロにそれを防ぐ術は、ない。

261崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:20:59
「マホたん……逃げて! もう充分よ! あとは帝龍が自滅するまで、わたしたちで相手を――」

なゆたが叫ぶ。
しかし、分かっているのだ。ここでマホロが逃げる選択肢などない、ということは。
もしマホロがサレンダーすれば結界が解除され、アジ・ダハーカは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』や守備隊に矛先を向ける。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』で超絶永続バフがかけられた、超レイドの強化版だ。
先刻でさえ、なゆたたちはアジ・ダハーカに掠り傷ひとつつけることができなかった。
パワーアップした魔皇竜が本気で殲滅に来たら、なゆたたちなど秒で全滅であろう。
だから――マホロには決戦空間の中で、一秒でも多く時間を稼いでもらわなければならないのだ。
ほんの一瞬、ちらと明神の方を振り返ると、マホロは小さく笑った。

「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
 短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
 憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
 本当は、もっとみんなと一緒にいたかったけど――これでお別れだね。
 明神さん……あたしの大切なファンのみんなの笑顔、守ってね。
 キラキラ輝く笑顔を……それが、あたしの。『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の望みだから。
 ……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」

別れの言葉を告げ終わると、マホロは間近の巨大な砲塔の如き三本首へと向き直った。
と同時、帝龍が巨竜へ攻撃を指示する。

「塵と化せ、神の怒りを思い知れ!! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!!!!」

「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオム!!!!!!!」

臨界点に達した超絶的なエネルギーが、極高温のブレスとなって解き放たれる。
それは、ちっぽけな戦乙女など一瞬のうちに影も形も残らず焼き尽くすほどの――

けれど。

「あたしの最後の動画配信、始めましょうか!
 タイトルは……『みんなのことが大好きだから、命を懸けて突破口開いてみた』!!
 アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ユメミマホロ……行くわよ!!!」

ドンッ!!

マホロは逃げるどころか、凄まじいスピードでアジ・ダハーカのブレスへと突っ込んだ。
しかし、燃えない。マホロの突き出した右拳から迸る純白の波動が、魔皇竜の熱波を真正面から斬り裂いている。
帝龍は驚愕した。

「バ……、バカな……」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

マホロは咆哮した。拳から放たれる白いオーラが、その量を増す。
自分の持ちうるすべてのスペルカードを使い、最大限にまでバフをかけての『聖撃(ホーリー・スマイト)』。その名も――

「おあああああああああああああッ!!! 『大 聖 撃(アーク・スマイト)』!!!!!!」

『聖撃(ホーリー・スマイト)』は敵のカウンターを取ったときにこそ最大限の破壊力を発揮する。
超レイド級、それも接吻によって強化されたアジ・ダハーカの攻撃。そのカウンターを取ったなら、
その威力たるや想像を絶するものになるだろう。
ただし――『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア』の肉体は、そこまでの負荷に耐えられない。
マホロの身体が崩れてゆく。左腕と右脚が砕け、翼がみるみるうちに燃えてゆく。
胸鎧が砕け、ツインテールにした美しい金髪が発火する。ビキッ! と鋭い音が響き、右頬に亀裂が走る。
それでも、マホロは止まらない。ただひとつだけ残った孤拳を突き出し、炎の海を突き進んでゆく。
そして――やがてマホロの身体は『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』を突き破り、
巨竜の懐に到達していた。
目の前に、アジ・ダハーカの三本首の付け根が見える。すなわち――

ヒュドラなど多頭竜に共通してみられる特徴、複数の首を統御する、中枢神経の位置が。

262崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:23:07
右腕以外の四肢を失い、黒く燃え残ったマホロは、そこへと真っ逆様に落ちてゆく。
城壁で見せたような、墜落寸前で翼を展開するようなサプライズはない。正真正銘の身投げだ。
墜ちてゆく途中で、ほんの僅か。霞む視界の先に、泣きそうな顔の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが見えた気がした。

「……そ……んな……
 ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……」

マホロの代表曲、『ぐ〜っと☆グッドスマイル』。
割れた唇でそのサビのフレーズを小さく呟くと、それを最後に目を閉じたマホロは魔皇竜の中枢神経の真上に墜落した。
その瞬間、マホロの持つ最後のスペルカードが効果を発揮する。
網膜を灼く閃光。耳をつんざく轟音。夥しいまでの爆発――

ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!

スペルカード『自爆(サヨナラテンサン)』。その名の通り、自分の命と引き換えに敵に大ダメージを与える魔法だ。
各種バフによる『大聖撃(アーク・スマイト)』。『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』から取ったカウンター。
それらの攻撃力を限界まで上乗せした、マホロの正真正銘最期の攻撃。

「ギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

アジ・ダハーカが、今までどんな攻撃にも怯まなかった魔皇竜が絶叫を上げる。
見れば、中枢神経を覆っていた強固な鱗と皮膚がごっそりと抉れ、
脳のようにも見えるピンク色の中枢神経が剥き出しになっている。今なら、攻撃も通ることだろう。

しかし――

「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」

なゆたはその場にがっくりと両膝を突き、辺り憚らず慟哭した。







ユメミマホロは、死んだ。
同志であるなゆたたち、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を。ファンであるアコライト外郭守備隊を。
自分の大好きな、かけがえのない生命を守るため……その命を散らした。

しばしの間を置いて、明神の前にひら……と一枚の羽根が舞い降りる。
血と埃に汚れ、煤けて、元の美しい白さをすっかり失ってしまっているものの――それは、確かに。
ユメミマホロという少女が、この場所に存在したことの証だった。

「ぐ……ぉ、どこまでも……この俺に逆らいやがる……あのスベタがぁぁ!」

帝龍が呻く。が、その言葉にも表情にも既に余裕はない。
体力の消耗が激しく、残り時間は少ない。帝龍も疲労しているのだ。ならば――


この戦いに決着をつけるのは、今しかない。


【バロール、ガザーヴァ説得に失敗。
 ユメミマホロ死亡。マホロの死によって『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』の効果消滅。
 アジ・ダハーカは接吻によりATKが従来の1.5倍になるも、弱点が剥き出しの状態。
 中枢神経の防御力は0だがHPが多いため単独での攻撃は非推奨。】

263カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:24:29
>「バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ」
>「……何ィ……?」

当たり前だ。
一巡目の記憶は朧げでしかないけれど、こいつが絶対に倒すべき敵だったことは覚えている。
前世のボクは、こいつがバロールを唆し闇落ちさせた黒幕ではないかと思っていたような気がする。
実際にはそこまで大物じゃなくて、バロールが作った手駒に過ぎなかったみたいだが、そんなことは当時は知る由も無かった。

>「人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
 わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
 すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ」

いつキレて明神さんに危害を及ぼすかと気が気ではないボクを他所に、ガザーヴァは笑い飛ばす。

>「ははッ! そりゃそうだろうねぇ、みんなボクのことがさぞかし憎かっただろうさ!
 ボクは幻魔将軍ガザーヴァ! ボクにとっては罵声こそが賛辞。怨嗟こそが福音!
 なぜなら……」

>「――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
 俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
 ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった」

あっ、アルフヘイムの異邦の魔物使いから地球のブレモンプレイヤーに明神さんのスイッチが切り替わってる。

>「……ボクが……ライバル……?」

ガザーヴァが呆然とするのも無理はない。
一巡目が地球でゲームになっているということを知らないというわけではないだろう。
が、まさかアルフヘイムの異邦の魔物使い目線ではなく地球のブレモンのプレイヤー目線で攻めて来るとは思うまい。
ガチ勢という人種が持つらしいゲーマーの矜持というやつにはボクだって畏敬とも呆れとも憧憬ともつかない念を抱いたもの。
いや、いくらガチ勢でも実際に死ぬかもしれない世界に放り込まれたらそんなものはどこかに吹っ飛んでしまうのが普通だ。

>「今のお前はカザハ君に混じった残り滓みたいなもんだ。
 一樽のワインに混入した一滴の泥水。ただ汚染するだけの不純物。
 お前がカザハ君を乗っ取ったところで、それはただの黒いシルヴェストルでしかない」
>「俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
 俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい」
>「アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
 霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
 万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
 ――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな」

264カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:26:27
その言葉は、ボクを助けてこの場を切り抜けるためでもあるが、本心でもあるのだろう。
……いやいやいや、ちょっと待て!
確かにここは切り抜けられるかもしれないけどめっちゃ厄介な敵が増えちゃうよ!?
幻魔将軍ガザーヴァが野に放たれたら何千何万という命が危険に晒されることになる。
明神さんったら本当にとんでもなくゲーマーなんだから!
そう思う反面、物凄く嬉しいと思っている自分がいることに戸惑う。
ここでガザーヴァを道連れに散ると、一度は覚悟を決めたはずなのに。

>「取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
 そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
 お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ」
>「俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!」

明神さんがこちらに手を差し出す。

>「ボクを……取り戻す……」

明神さんのトンデモ過ぎる提案が見事クリティカルヒットしたようだ。さあ、その手を取れ-―!
その時だった。激しい感情を伴った記憶の波が流れ込んでくる。

>『――やあ。初めまして……私は。君のパパだよ』

>『所詮、コピーはコピーだ。オリジナルではない……残念だが実験は失敗と言うしかないな。
 やはり、オリジナルを手に入れなければ。他のシルヴェストルでは駄目らしい』

>『今よりもっと、あなたのお役に立てば……
 少しだけ。ほんの少しだけ……ボクのこと。愛してくれますか……?』

今までこちらの考えは読まれている割に、ガザーヴァの思考がこっちに流れてくることはなかった。
何らかのブロックをかけていたと思われるが、それをする余裕もないほど動揺しているということか。
ゲームでは決して描かれることはなく、以前のボクも知る由も無かった、幻魔将軍のあまりにも意外過ぎる素顔。
アコライト跡地での決戦のとき、すでに帰る場所は無かったんだ――
最期までいつも通りに飄々とした態度を崩さずに笑っていたように見えたけれど、本当は泣いていたのかな。

『“風渡る始原の草原”か……。しかし、ならば奴はどうする?
 あんたに懐いている……いや、あんた以外の何者の言うことも聞かない。あんただけが奴を制御できる。
 失敗作として処分するのか?』
『今まで通り、幻魔将軍として使いはするけれど。あれはもう、あの力を手に入れる鍵にはならない。
 あのシルヴェストルを探すんだ、イブリース。粗悪な複製品ではない、正真正銘のオリジナルを。
 私が求めるものはそれだ……それ『だけ』だ。わかるね』

オリジナルのシルヴェストルが持っている何かが無いがために、ガザーヴァは見捨てられた。
オリジナルのシルヴェストルってまさか……。
“風渡る始原の草原”――その地名には聞き覚えがある。以前のボクの故郷だ。

265カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:28:13
『あまり人間と関わってはいけないよ――魂が穢れる』
『世界のあるがままの流れを変えようとしてはいけない――流れに逆らえば罰として穢れた世界に堕とされる』

そこでは人間やら地球が酷い言われようだった気がする。確かに地球はPM2.5とか飛び回ってるから間違ってはないけど!
ってかボク達が地球にいたのってマジで前世で罪を犯した罰だったの!? かぐや姫かよ!
確かに冴えない人生ではあったけど罰にしては結構楽しかったような……。
でもノームじゃあるまいしなんで鳥取やねん! シルヴェストルが地球に流刑になるなら普通は軽井沢あたりでしょ!

>「ボクは……どうすればいいの……?」

>「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」

バロールさんを背に乗せたカケルが降り立つ。

《姉さん……!》

(まだ生きてる、ギリセーフ!)

>「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
 それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
 ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
 カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」

衝撃的な事実を明かされ、驚きつつも妙に納得していた。
なんとなくそんな気はしていたけれど、やっぱりそうか……。
以前のボクは、人間では決して持ち得ない純粋な魂を持っていた。そして、純粋と狂気は紙一重だ。
置かれた状況次第で、善にも悪にも転ぶ。
以前の周回のボク達は、一見正反対に見えて、とてもよく似ていた。
でもボクを忠実に再現したという割には能力値が高すぎる気がするけど! 特に知能!
少なくとも今のボクを基準に考えれば、劣化コピーどころか超改良版だ。
バロールさんは、ガザーヴァに新たな肉体を用意しているのを見せ、味方になるように誘う。

>「ボクが……。
 ボクがバロール様の味方に、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間になったら……」
>「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」

>「いいとも。おいで、ガザーヴァ」

>「嬉しい……。嬉しいよ、パパ……。
 その言葉が聞きたかった……。ボクはオリジナルじゃない、ここにいるボクを見てほしかった。
 目の前のボクを愛してほしかったんだ……」

――落ちた!?

266カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:30:40
>「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」

>「パパの目、全然……笑っていないもの――」

そこで”だが断る”かよ! なかなか落ちねーなこいつ!
そもそも、世界の全てが見えてしまう魔眼の持ち主が、本当に笑うことなんてあるのだろうか――

《……お前の望み通り死んでやる!》

ガザーヴァは左手に闇の刃を作り、自らの首を搔き切らんとする。
ボクはそれをとっさに右腕で防いだ。いきなり何すんだよ危ないな!
下手すりゃ手首切られてどっちにしろ大出血で死ぬかと思ったが、そうはならなかった。
右腕に装備していた聖女の護符に丁度当たったのだ。
“闇属性ダメージを大幅に軽減する”ってこういう物理的な意味だったの!?(多分違う)
明神さんマジでGJだわ! 刑事ものドラマで銃弾が当たったけど胸ポケットにお守り入れてて助かった的なやつ!?

《何故邪魔をする! ボクを道連れに死ぬのが狙いだっただろ!》

(気が変わった! なんてったって風の精霊だからさ!)

そして今更だが、右腕だけ主導権がこっちになっていることに気付いた。
さっきガザーヴァが左腕を使ったのはそういうことか。
動揺のあまり、聖女の護符を装備している右腕が支配下から最初に外れたということだろう。

(君だけに言うけどね――ボクはバロール様のことが好き”だった”。
万象を見通す虹色の瞳は、穢れ無き純粋な魂を持つ以前のボクには何より魅力的に映った)

以前のボクが抱いた淡い憧憬に過ぎなかったそれは、寄る辺無き模造の魂にとっては狂気に至るまでの執着と化した。

(だけど今は……少し怖い。汚い部分まで全て見抜かれてしまいそうで。
ボクはあの地球という世界で純粋な魂を失ってしまった。君が羨望し、嫉妬し、憎んだシルヴェストルはもういない)

純粋な魂を失った。それは以前のボクの故郷でいうところの穢れたということだろう。
恐れることを知り、諦めることに慣れ、保身にも走るどこにでも転がっているような駄目人間と化してしまった。
でも、物は言いようだ。純粋ではなくなったということは、何かを得たということ。1と0の間を知ったということ。

(君はもう劣化コピーなんかじゃない。今のボクに君より優れたところなんて何一つ無いよ。
この際思い切って2巡目デビューしちゃいなよ!
明神さんの言う通り、大昔の罪なんてノーカンだ。だって、ボク達が刺し違えたあの時間軸は――もう存在しないんだもの!)

267カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:31:42
といってもなあ、元があれだけガード固いファッションだとイメチェンは勇気がいるよなあ。
メガネキャラが定着しちゃったらメガネ外せないみたいな。……ちょっと(かなり?)違うか。
というわけで、2巡目デビューというワードに動揺したのかは知らないが、隙が出来た。
ボクは自分の左腕からスマホをもぎ取って明神さんに投げ渡す。マジックテープで固定してて正解だったわ!
前に「なんちゃってアッ○ルウォッチ」とか言っていたらカケルに「いろんな意味で恥ずかしいからやめてください!」と突っ込まれたけど!

《貴様、何を……!?》

ごめんね――君より優れたところは何一つ無くても、優位に立てるかもしれない要素なら一つだけ持っている。
それはボクが地球出身のブレイブだということ。
どう見てもアルフヘイムのモンスターでありながら、ブレイブの証である魔法の板を持ち、
システム上もブレイブとして扱われていることは何か意味があるはずだ。

「明神さん、捕獲だぁあああああああああああ!!」

ボクは力の限り叫んだ。
捕獲、地球出身のブレイブだけが使用できる技――モンスターを問答無用で隷属させる、通称洗脳ビーム。
ガザーヴァはレイド級モンスターで、レイド級モンスターは理論上捕獲可能だったはず。
ちなみに持ち運び検知機能をONにしてあるので、すぐにはロックはかからない。
わざわざスマホを投げ渡したのは、ボクのスマホを使って行えばシステム上はボクが捕獲する扱いになるのを狙って。
そして思考の根底に同じものを持っているなら、洗脳ビームの成功率に補正がかかるかもしれないという二重の希望的観測の上に立ってのことだ。
自分より劣ったオリジナルに使役されるのは代え難い屈辱だろう。
でも今だけでいい、どうか力を貸してください! そして、今度こそ本当の意味で自由に生きて!

《このボクを捕獲だと!? ふざけるな! あんな奴腕一本で潰せる!》

捕獲されない自信があるなら落ち着いているはずで、キレているということは意外と自信がないのかもしれない、等と思っている場合ではない。
ガザーヴァは左手を一振りすると巨大な闇のランスを作り出し、明神さんに斬りかかる。

(やばいやばいやばい! カケル! 『足払い』だ!!)

足払いといったらボクが暴走した時にカケルがよくやるアレだ。ボクとモーションが同じならいけるよな!?
我ながら滅茶苦茶だけどさっき見た記憶の中ではあっさりこけてたし、
そういえば戦闘時は常にガーゴイルとセットだった、ということは意外と足元は甘いのかも。
実は日常的にふざけて変なポーズ取ってこけたりバナナの皮踏んでこけたりしてたんじゃないの!? さあこけろ!

268明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:04:43
差し出した右手。
これをガザーヴァが取るのなら、俺はこいつの未来を阻む万難に挑もう。
全ては、幻魔将軍ガザーヴァを――『ブレイブ&モンスターズ』を、取り戻す為。
そう決めていた。

>「ボクを……取り戻す……」

人心を擽る傾奇者のガワはとうに消え失せ、ガザーヴァは小鳥のように震える。
こいつが本当に望んでいたものが何なのか、俺には計り知ることは出来ないが……。
それでも、垣間見えた希望にガザーヴァが心を揺り動かしているのは、なんとなくわかった。

>「ボクは……どうすればいいの……?」

「……どうもこうもねえよ。選択肢は示した。根拠も添えた。あとはお前が、自分で決めろ」

>「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」

――その時。俺の後ろからあの癪に障るイケボが聞こえてきた。
バロールだ。カケル君の背から典雅に地上に舞い降りた元魔王が、俺の隣に立つ。

>「久しぶりだね、ガザーヴァ。……元気そうで何よりだ」

……こいつ、何しに出てきやがった。
ガザーヴァを見限り、絶望のまま見殺しにした記憶はこいつにもあるはずだ。
またぞろ顔出せば、確実に話が拗れると、理解してないわけがない。

――>『バロールのことが信用できないからよ』

否が応にもマホたんの声がフラッシュバックする。
美貌に張り付いた微笑みが、その下のどんな表情を覆い隠しているのか。
ピリついた気配は多分、ガザーヴァのものだけじゃない。

>「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
 それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
 ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
 カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」

満を持してご登場した元魔王様は、相変わらず口から戯言を垂れ流す。
淫靡て。また性癖の話っすか?ちょっとぼくついていけませんねぇ。

「うるせぇよ、要は色変えただけのパクリなんじゃねえか。微妙に再現し切れてねえしさぁ。
 なんで黒くしちゃったの?オリジナリティ出してんじゃねえよそんなところで」

……ちょっと待て、コピー?
ガザーヴァって元から黒いシルヴェストルだったの?
あの鎧の中身がどんな姿なのか、俺は知らない。グラフィックが未実装だったからだ。
ゲームのガザーヴァは死ぬまで鎧を着込んだままで……そういうもんだと思ってた。

>「まぁ、私のセンスについてはすべてが終わってから夜通し討論するとして。
 今は君だ……ガザーヴァ。君がうんと言うのなら、明神君の言うとおり君の新たな肉体を用意しよう。
 というか――実は、もう用意してあったりするんだな。これが!」

バロールは杖を振るう。例の中継映像魔法が発動する。
映し出されたのは、どくんどくんと脈打つ謎の臓物が部屋の中央に鎮座する、マッドな光景。
臓物は……たぶん、子宮だ。中には赤ん坊みたいな物体が逆さまになって浮いている。

>「そうだ。君の身体だ……もちろん、ガーゴイルの分も用意してある。
 もう一度言うよ、ガザーヴァ……私たちに力を貸しなさい。かつてのように――
 私たちには君の力が必要だ。もう二度と、以前の失敗を繰り返してはならないんだよ」

269明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:06:27
降って湧いたなにもかもを解決する光明に、ガザーヴァは大きく瞠目する。
肉体がある。カザハ君のものをぶんどらなくたって、ちゃんと自分だけの身体を手にできる。
幻魔将軍を、取り戻せる。

ガザーヴァにとっては喉から手が出るほど欲しい『未来』だったろう。
その一方で俺は、ぞわぞわしたものがうなじで燻るのを感じた。

……こんなものを、いつの間に用意してやがった?
見たところ臓物の中の胎児めいた物体は、それが"胎児だと分かる"程度に成長している。
俺とガザーヴァの話を聞いてちょっぱやでこしらえたんじゃ計算が合わない。

王都でカザハ君の中のガザーヴァと再会したのはたった数日前。
その時からこうなることを見越していたとしても、あまりに動きが早い。

つまりバロールは、ずっと前からガザーヴァの肉体製造に着手したことになる。
何の為に?ガザーヴァを作り出したのは『魔王』バロールだ。
師を失っていない、十三階梯筆頭継承者のバロールが、三魔将の製造に手を出すことはないはず。

>「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」

ふらり、ふらりとバロールに意識を向けるガザーヴァ。
それは、かつてすれ違った親子が改めて絆を結び直す、美しい光景なんだろう。
だけど俺にはガザーヴァが、目の前にちらつかされたエサに寄ってくる、哀れな魚に見えた。

このまま二人を会わせるのはマズいと、直感が警鐘を鳴らす。
だがなんて言って止めりゃいい?ずっと親の愛を渇望していた子供に、第三者が割り込めるのか?

>「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」

ガザーヴァの足が止まる。
カザハ君そっくりの、人好きのする相好が……氷の如く冷え切った。

>「パパの目、全然……笑っていないもの――」

バロールは、依然として微笑んでいる。
だけど俺にも分かった。極彩色の双眸に、ガザーヴァの姿は映っていない。
それが理解出来たのは、多分俺とバロールが同じ目的を持っているからだ。

――カザハ君を助ける。
そしてそのために、"不純物"であるガザーヴァを排除する。

カザハ君の『混線』は、バロールにとっても意図しないエラーだったはずだ。
切り捨てたガザーヴァが、執念だけで一巡目のカザハ君に取り引きを持ちかけ、応じられてしまった。
世界がリセットされて、失敗した被造物の介在しない、純粋なカザハ君との邂逅が約束されていたのに。
因果をいくつも捻じ曲げて、ガザーヴァは未だバロールに取り縋っている。

『以前の失敗を繰り返してはならない』……か。
その失敗ってのはつまり、"カザハ君を手に入れられなかった"ことにかかってんだな。

でっち上げた新たな肉体にガザーヴァが素直に入れば、純粋なカザハ君だけを手にできる。
だけどその後、ガザーヴァはどうなる?
またぞろ良いように扱って、使い倒して、適当なところで切り捨てるのか?
一巡目と、同じように。

俺は一巡目に起きたことなんざ知らねえし、ぶっちゃけ興味もそんなにない。
俺にとってのガザーヴァは、ゲームで死闘を繰り広げた幻魔将軍ただ一人だ。

270明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:07:02
どう転べばこいつが幸せになれるか分からない。幸せにしてやる義理もない。
ただ、それでも。ここで見送れば、俺がもう一度会いたかった幻魔将軍は、何かが決定的に変わってしまう。

パパの顔色伺いながら、ブレイブの走狗として使い潰されるこいつの姿なんか、俺は見たくない。
絶望のままにカザハ君を乗っ取って、劣化コピーに成り下がる姿も見たくない。
俺達が愛したブレモンを、こんな形で歪ませたくないんだ。

気付けば、手汗が滴るくらい拳を握っていた。
こいつを振り下ろすべき場所は、一体どこにある。

>「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」

不意に、胃袋を丸ごとひっくり返すような大音声が響いた。
咆哮。その出処は、タイマンフィールドにマホたんごと囚われたアジ・ダカーハだ。

ただでさえ圧倒的な巨躯を誇る邪竜が、更に大きく膨れ上がっていた。
全身を走る血管が太く浮き上がり、早鐘のように脈動する。
その身を覆う暗褐色のオーラははち切れんばかりに湧き上がる。

何が起こった?帝龍の野郎、まだなにかパワーアップの手段を残してやがったのか?
だが神の領域に踏み込んだしもべを目にして、帝龍の表情からは薄ら笑いが失せていた。

>「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」

胸を抑えて苦しむ姿に、これまでの揶揄するような余裕はない。
まるで、予期せぬ負荷に見舞われたかのように。

>「思った通りね……帝龍!」
>「これ……これは、いったい……? 何をした、ユメミマホロォォォ……!」

マホたんが何か、帝龍が予想だにしない手段を講じた。
その結果としてアジ・ダカーハがさらに強化され、帝龍は負荷に苦しんでいる。
思い当たる理由は一つしかなかった。

マホたんには一つだけ、敵も味方も問わずに対象を超強化するスキルがある。
――『戦乙女の接吻』。永続的なパラメータの大幅上昇。
そいつを……まさか、アジ・ダカーハ相手に使ったってのか?

その意図も、王都での決闘を経た今の俺には分かる。
なゆたちゃんはあの時、五月雨撃ち以外に直接攻撃を受けてないにも関わらず、決着の際にはぶっ倒れるギリギリだった。
ゴッドポヨリンさんと、アブホース。二つのレイド級を一つのバトルで連続行使したからだ。
強力なモンスターを操るには、クリスタル以外にも体力を消耗する。

つまり、マホたんは――
『接吻でアジ・ダカーハを強化し、操るブレイブの消費体力を一気に引き上げた』。
結果は見ての通りだ。帝龍は血反吐を吐きながら、自身を襲う強烈な負荷に喘いでいる。

「ふはっ、ふはは……マジかよ!なんぼなんでも掟破りが過ぎるぜ、マホたん……!」

一度限りの接吻。
それを使う機会があるとすれば、ジョンの言う通り味方の強化に消費するのがセオリーのはずだ。
だが、アジ・ダカーハ相手に所詮一人だけの超強化じゃ暖簾に腕押しにもなりやしなかったろう。

強すぎて手を出せない超レイド級が相手なら――。
ユニットの消費コストをさらに引き上げて、まともに運用出来なくすれば良い。
対ブレイブ戦だからこそ出来る、発想の逆転。誰も真似できない規格外の搦め手だ――!

271明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:07:43
>「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
 この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」

――その一方で、マホたんは接吻と同時にもうひとつ重要なカードを失った。
帝龍が求めていたのはユメミマホロの純潔。なればこそ、超レイド級とタイマンでも瞬殺されることはなかった。
接吻という名の『人質』を喪失した以上、帝龍にマホたんを生かしておく理由はない。

>「マホたん……逃げて! もう充分よ! あとは帝龍が自滅するまで、わたしたちで相手を――」

帝龍は苦しんではいるが、ただちに昏倒する様子はない。
奴もこの世界を生き延びてきた歴戦のブレイブ。体力の残高を安く見積もることは出来ない。
限界を迎えるまで数秒か、数十秒か、数分か。超強化されたアジ・ダカーハを相手にし続けなければならない。

>「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
 短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
 憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
 本当は、もっとみんなと一緒にいたかったけど――これでお別れだね」

それが何を意味しているのか、わからない奴なんていないだろう。
意志は既に伝わった。マホたんが突撃する、その時から。

>「明神さん……あたしの大切なファンのみんなの笑顔、守ってね。
 キラキラ輝く笑顔を……それが、あたしの。『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の望みだから。
 ……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」

「ざけんな!!一番大事なこと、他人任せにするんじゃねえよっ!!
 お前がいないこの街で、オタク殿たちが心から笑えるなんて、あり得ねえだろ!!」

――それでも、この期に及んで俺はマホたんの覚悟を受け入れられなかった。
まだまだ話したいことは山程ある。ブレイブの話だけじゃない、同じ地球から来た、友人として。
ユメミマホロがどんな風にこの世界に来て、どんな冒険があったか、何一つ聞けてない。

これからも。一緒に旅をして、いろんな人に会って、綺麗な風景をたくさん見る。
そういう未来が、俺達にはあったはずなのに。

>「あたしの最後の動画配信、始めましょうか!
 タイトルは……『みんなのことが大好きだから、命を懸けて突破口開いてみた』!!
 アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ユメミマホロ……行くわよ!!!」

俺の声は、アジ・ダカーハの咆哮にかき消されて、もう届かなかった。
マホたんはブレスの渦中に吶喊する。真っ白なエフェクトが、大気ごと煉獄の火炎を引き裂いた。

>「おあああああああああああああッ!!! 『大 聖 撃(アーク・スマイト)』!!!!!!」

カウンタースキルは、敵の攻撃が強ければ強いほど高い威力を発揮する。
何もかも焼き尽くす邪竜の吐息は、聖撃を神の鉄槌へと変貌させた。
四肢を砕き、輝く髪を焦がしながら、マホたんは流星の如くアジ・ダカーハへ着弾する。

>「……そ……んな……ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……」

咆哮とブレスに塗りつぶされて、マホたんの声は聞こえない。
見えたのは、唇の動きだけ。それでも彼女の動画をHDDが擦り切れるまで見返した俺には――
最期にマホたんが何を言ったのか、理解できた。

瞬間、全ての音が消失した。
鳴動していた大気が収束するようにマホたんの元へ集まる。
そして、弾けた。自爆スペルが発動し、膨張した魔力の波動があらゆる構造物を蹂躙する。

272明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:08:50
タイマン空間がなければ、余波で俺達も根こそぎ吹っ飛んでいただろう。
何もかもを砕き尽くす破壊の波は隔離フィールド内部を何度も反射しながら威力をぶち撒ける。
爆風が届いてもいないのに、大気の揺れが頬を叩いた気がした。

『河原へ行こうぜ』の効果が終了し、フィールドを構築する膜が砕け散る。
それは、術者であるユメミマホロが死亡したことを意味していた。

>「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」

音を失った世界で、なゆたちゃんの慟哭だけが耳に響いた。
気付けば、俺は膝を折っていた。頭の上にひらひらと何かが舞い落ちてくる。

「マホ……たん……」

両手で受け止めれば、それは薄汚れてしまった白い羽根。
ユメミマホロが背に生やす、一対の翼――その名残だ。

また。まただ。また俺の目の前で、命が消えた。
俺達を守るために、マホたんはその生命を燃やし尽くして……死んだ。
他に方法があったわけでもない。アジ・ダカーハが召喚された時点で、この運命は決まっていた。

ユメミマホロの犠牲なしに、俺達が生き残ることは出来なかった。
だけど。あんまりだろ、この結末は。

これはアルフヘイムとニブルヘイムの戦争だ。
人の死なない戦争なんてない。帝龍はクソ野郎だが、罪があるわけじゃない。
お互いに殺し合って、その決着として片方が死んだ。戦いにはよくある、それだけのこと。


……なんて割り切れるわけねえだろうが!!
恨みを持つのが筋違いだって分かってても、俺は憤らずにはいられない。
簡単には、受け入れられない。

それでも、マホたんの死に絶望する前に、やることがあるだろ。
人の死の意味を見出すのは、残された者たちの役目だ。
マホたんの犠牲に意義があったのか、それとも無駄死にに終わっちまうかは、俺達が決める。

アジ・ダカーハは中枢を覆う装甲の大半を失い、弱点がモロ出しだ。
アコライト守備隊はジョンの陣頭指揮のおかげで、トカゲをほぼ完全に抑え込めてる。

遠からず、決着がつく。
ユメミマホロの最期を『勝利』で飾るために、この足は止めない。
ゲーマーとしての矜持は、何も折れちゃいない。

手のひらで頼りなさげに揺れる羽根を、強く握る。
震える膝を一発殴って、立ち上がった。

振り向けば、ガザーヴァが左腕に形成した刃で自分の首を断とうとしていた。
自刃――?いや、右腕が同時に閃き、装備した護符をぶち当てて止めた。
ガザーヴァが舌打ちする。自刃を止めたのは奴の意志によるものじゃない。

……カザハ君か!
バロールの登場で話が長引いてるうちに、あいつ片腕一本分身体を取り返しやがった!

ガザーヴァによる主導権の塗り替えが完全ではなかったのか。
あるいは、心理的な動揺で生まれたスキをついたのか。
いずれにせよ、カザハ君はまだ『そこ』に居る。戦い続けてる!

273明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:10:01
>「明神さん、捕獲だぁあああああああああああ!!」

そのままガザーヴァの右腕はマジックテープで固定されたスマホをバリバリっと剥がす。
放物線を描いて飛んでくるカザハ君のスマホ。
ロックはかかってない。アプリも起動してる。すぐにでも、捕獲ビームを撃てる。

――捕獲(キャプチャー)。
この世界の全ての生き物の中で、ただひとつブレイブだけに許された特権。
モンスターを縛り、しもべとする、隷属の光だ。

だいぶ変則的な蘇り方はしたが、ガザーヴァはモンスター。
捕獲が効けば、まどろっこしい交渉なんか経なくても、こいつを味方にすることは出来るだろう。
ブレイブにしか出来ない、おそらくこの場で最も冴えたやり方。
実体を持たないガザーヴァなら、普通のモンスターよりも遥かに捕獲成功率は高いはずだ。

……それで良いのか?
捕獲で従わせれば、カザハ君の中に宿る『精神体としてのガザーヴァ』だけを抜き出せる。
カザハ君は自分の身体を取り戻し、バロールも純粋なシルヴェストルに会えてハッピーだろう。
ガザーヴァの精神と魔力をそのままブレイブの戦力に加算して、アジ・ダカーハにも痛打を与えられる。

しかしそれは、この場を切り抜けるのには役立っても、結局は問題の先送りでしかない。
ガザーヴァが抱える根深い絶望は何一つ解決せず、その意志を無視して隷属させるだけだ。
そんな終わり方が、俺の本当に望んだものだったのか。

約束しただろ、マホたんと。
全員を笑顔きらきらにするって。
ガザーヴァひとり曇らせたままハッピーエンドってのは……違うよな。

「ガザーヴァ!!!」

叫ぶ。
その名を呼んだ相手は、捕獲される前に俺を潰さんと、吶喊してきていた。
手に携えるは漆黒の馬上槍――だけど、乗るべき騎馬はなく、孤独な疾走だ。
バロールを運んできたカケル君が足払いをかける。ガザーヴァはたやすくすっ転んだ。

これで終わりじゃない。
こういうコミカルな動きはゲームの中で何度も見てきた。
五体投地と見せかけて、追撃は――下だ!

ズドドド!と地盤の割れる音が響く。
地面から無数の黒い槍衾が形成されて、俺の半歩横を貫いた。
ギリギリで横回避が間に合った。やっぱ油断ならねえな幻魔将軍!

そして攻撃を躱した今この瞬間なら、奴に肉薄できる。
今さらビビんな。近かろうが遠かろうがもう一発攻撃されりゃ俺は挽き肉だ。
だったら少しでも成功率を上げる為に、近づけ!

俺は一歩前に出て、ガザーヴァの鼻先にスマホを突き付けた。
この距離なら外さない。

「もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
 バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!」

どうすれば良いのじゃねえんだよ。そんなもんは俺が知りたい。
お前がどうしたいかなんて、お前にしか分かんねえだろ。
親離れしろなんて言える立場じゃねえがな。

「俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
 手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
 俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ」

274明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:15:16
俺は一巡目を知らない。前世の因縁も知ったこっちゃない。
俺にとってのガザーヴァは、ゲームで散々おちょくってくれやがった幻魔将軍ただ一人だ。
ブレイブである以前に、俺はブレイブ&モンスターズのプレイヤーなんだから。

「俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
 俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
 お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す」

これもただの価値観の押し付けなのかも知れない。
俺は俺の知ってるブレモンが歪まされるのが我慢ならないから、ガザーヴァを幻魔将軍にしようとしている。
ガザーヴァが本当にどうしたいのか、知りもしないまま。

でもそれでいい。
言いたいことは全部言った。やりたいことも全部示した。
後はお前が選べ、ガザーヴァ。

「自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
 お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる」

言うだけ言って、俺はカザハ君のスマホで捕獲を発動した。
精神だけの存在とは言え、ガザーヴァの力なら抵抗することは容易いだろう。

だからこれは、問いだ。ガザーヴァに対する、ブレイブ流の問いかけ。
ポヨリンさんや真ちゃんのレッドラのように、自由意志を残したままブレイブに協力するモンスターも居る。
つまり捕獲ビームは、ブレイブにとって差し伸べる手の代わりとなるものとも言える。

『仲間になれ』を体現した光の帯がスマホから放たれ、ガザーヴァに命中した。


【ダメ押しの勧誘しつつ捕獲ビームを撃つ】

275ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:27:44
外の敵は一掃された。
僕達・・・アコライト外郭の兵士達は陣形を組み、いつでもマホロ救出にいける体勢を整え終えている。

「マホロは一体なにを考えているんだ・・・?」

時間稼ぎの為のフィールドならもう維持する必要がないはずだ。
だがフィールドはまだ継続中で、説かれる気配がない。

一定時間経過するか中のマホロが戦闘不能になるまで解除されない?

馬鹿な!そんなのこれから自殺しますといっているような物じゃないか。

しかしジョンの考えは最悪の形で的中することになる。

ユメミマホロが、あろうことかアジダハーカに口付けをしたのである。
肉眼で確認できるほどの光と・・・力が共にアジダハーカに注がれていく。

>「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」

言葉を失った。
あろう事かマホロの・・・戦乙女の接吻を・・・帝龍でもなゆ達でもなく・・・アジダハーカにするなんて。
やはり・・・戻ってきた時点で殺しておくべきだった!

>「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」

しかし帝龍の様子がおかしい。
鼻からは血が垂れ、今にも体が破裂してしまいそうなほど咳き込んでいる。

>「おのれ……! おのれおのれおのれ! マホロォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

冷静で人を見下した態度を貫いていた帝龍が豹変する。

「一体なにが・・・?」

・・・力を制御できなくなっている?

マホロが純潔をアジダハーカに捧げた事でアジダハーカはもはや別のモンスターと呼べるほどの進化・強化を遂げた。
倍増なんて言葉では表せない程の強化を受けたはずだ、となれば。

「操ってるほうの負担も倍増なんて言葉で表せない程強烈・・・!」

進化する前の状態ですら負担がなかったわけではないだろう。
よくよく考えてみればクリスタルが無限な程ある人間が今までアジダハーカをなぜ使わなかったのか?この力で脅せばもっと早く決着が着いてたはずだ。
出し惜しみしてたのではなく長時間運用にリスクがあるから使わなかったのだ。
万が一抵抗されて、それが長引いた時クリスタルにではなく自分にリスクがある。だからせっぱつまるまで使わなかったのだ。

>「愚かかどうかは、あたしが決める。あたしの口付けの価値の使いどころは、あたしだけが決めていい。
 そして……今がそのときだって。そう思ったのよ。
 さあ、帝龍。あなたが気絶するまで、あと何分かしら?」

一気に有利な状況になった。
帝龍はアジダハーカを引っ込めなければ勝手に自滅する。引っ込めた場合はその瞬間僕達の勝ちが確定する。

276ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:28:01
>「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
 この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」

当然、マホロそのものではなく、能力を欲しがってた帝龍はマホロごと広範囲ブレスで焼くという行動してくる。
しかし・・・タイマンのフィールドがある限り僕達に被害はない。

こうなる事はわかっていたはずだ・・・純潔を失った時点でマホロに価値はなくなり・・・。
帝龍が自暴自棄の攻撃をすることくらい・・・。

誰の目にも明らかだった。マホロが帝龍の攻撃を避けれない事。フィールドを解除できない事。

>「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
 短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
 憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。


だめだ、なゆの優しい世界を維持する為には・・・全員が・・・生きていなければ・・・。

>……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」

「だめだ・・・マホロやめろ!!」

ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!

優しい世界が・・・音を立てて崩れ去った。

>「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」

なゆの悲鳴が響き渡る。

なゆの目指す優しい世界は

なゆが愛した未来は

なゆの目指した理想は・・・

マホロが死んだこの瞬間・・・全て無に帰った。

代わりになゆが泣いていたからだろうか?僕がマホロの事を嫌いだったからなのか?戦争はそうゆう物だと理解していたからだろうか?
僕の感情に変わりはなかった、むしろ冷静に次の手を考えだしていた。

この状況・・・まずするべき事は・・・。

「マ・・・マホロちゃ」

「黙れ!!!」

動揺したアコライトの兵士を速やかに脱出させる事

「お前らは全員ここから速やかに退却しろ」

放置しておけば自爆特攻をするのは目に見えていた、兵士達の目は希望から絶望に苛まれ、支配されていた。
その感情は直ぐに憎しみに変わり、彼らを帝龍の所へ導くだろう。

でもそれは・・・兵士達全員の全滅を意味する。

「マホロがいなくなったとしても・・・この戦いが終わってもお前らアコライト外郭を守っていかなきゃいけない
 マホロの意思を無駄にしないためにも・・・速やかに退却しろ」

「で・・・でも」

「お前らじゃ力不足なんだよ!はっきり言うぞ!いても邪魔なだけだ!!
 悔しいと思う心があるならさっさといけ!!!」


「安心しろ、マホロの無念は必ず俺達が晴らす」

277ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:28:18
アコライトの兵士達が退却を開始する。
これで一つ目の憂いが消えた・・・。

カザハは明神に任せてあるし、次にやるべき事は・・・。

「エンバース」

先ほどから無言を貫いているエンバースに声を掛ける。

「僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む」

我ながら無茶ぶりだと思う。
でも・・・カザハと明神はまだ決着はつかないし、なゆを立ち直らせる事は・・・僕にはできない。

「そしてなゆと・・・いっしょにアジダハーカを倒してくれ」

「雄鶏乃栄光!対象エンバース!プレイ!・・・すまないね、今僕にできるのはこのバフと、少しの時間稼ぎだけだ」

エンバースに最後のバフを掛ける。

「それじゃあ・・・頼んだよ・・・なゆの騎士様」

僕は暴走したアジダハーカとその上にいる帝龍を見つめる。

「これが・・・僕達の力・・・いくぞ部長・・・ライドオオオオオオン!」

「ニャアアアア!」

標準サイズのコーギーの背中に大男が乗るというギャグを通り越して虐待にしか見えない光景。

おふざけにしか見えないだろうが・・・決してふざけてやっているわけではない。

「漆黒衣プレイ!雄鶏疾走・・・プレイ!部長全力でいくぞ!」

ニャー!という泣き声と共に超高速で跳躍する。
漆黒衣は普段の部長の鎧より幾分か防御能力に劣る・・・だがその代わり速度は鎧の時より上昇する
電光石火の如く動き回る部長を攻撃できるものは少ない。

僕を乗せた部長は一瞬でアジダハーカの懐へともぐりこむ。
そして僕がナイフで傷をつけていく、当然こんなものはかすり傷にもなりはしないだろう。

だめだ・・・やはりこれではダメージが低すぎる・・・なら

「部長!飛べ!」

「ニャアアアアアアアア!」

部長と共に帝龍がいる場所まで一直線に飛ぶ。

当然アジダハーカは帝龍を、弱点を守る為に動く。
それでよかった、狙いは帝龍でも弱点でもないのだから。

278ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:28:34
-------------------------------------------------

それはアルメリア王宮で武器を選んでいるときの事だった。

「んー・・・どれでも弱点を突く事が前提の武器ばっかりだな・・・」

僕は王宮お抱えの鍛冶師と共に武器庫で武器を漁っていた。

「そりゃそうだ!人間がモンスターと戦うなら弱点である属性や部位を狙うのは当然であり必然だからな!」

そりゃそうだ、人間がモンスター相手に勝つなら弱点をひたすら突くしかない。
でもそれができない状況に陥ったら?自分より相手のほうが格上だった場合弱点を素直に突かせてもらえるとは思えない。
そんな状況でも対応できる攻撃力が、今の僕には必要だった。

僕は隅々まで武器庫を見て回った。

「しかしアンタにはモンスターを使役?する能力があるんだろ?なら武器なんかいらねーんじゃねーのか?
 他の奴らなんかこんなまじまじと武器庫を見て回るなんてことしなかったぜ?」

「あはは・・・まあ色々事情があってね」

だれが信用できるかわからない以上自分の弱点である部分を話すわけにはいかなかった。

「・・・?」

大剣と呼ぶには・・・あまりにも大きく・・・どちらかといえば盾のようにも鈍器のようにも見える
6mはあろうかというそれは武器庫の隅で静かに佇んでいた。

「これは・・・?」

「あーそれはな、人間用じゃねーんだ」

話を聞けばとあるモンスターに持たせる用に本来は武器毎に決められている理想重量、質量を無視し
威力と切れ味だけを追求した・・・いわば真正面から叩き切る、潰す事をメインにした一品だという。

「大将・・・僕2本目はこれにするよ」

「馬鹿いえ!持つことすらできない武器を選んでどうするんだ?
 魔法ボックスに入れればそりゃ持ち運べるだろうが結局武器として使えなきゃ・・・・・・まじかよ」

とても重い、今の僕の力じゃ一回振るのが精一杯だ・・・でもそれでいい・・・その為の武器を探していたのだから。

「それで・・・こいつの名前は・・・?」

「ねえよ、その剣は結局一度も使われる事がなかったからな」

なら・・・

----------------------------------------------------

279ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:29:23
「破城剣!」

アイテムボックスから破城剣を出しながら部長を足場に使いアジダハーカに向かってジャンプ。

「雄鶏守護壁!プレイ」

部長にバリアを貼り、落下後をケアし、自分はアジダハーカの中央の頭に狙いを定める。

弱点を守る為にアジダハーカもこちらに応じて対応する。
だがこの密着といっていい距離、ご自慢のブレスも、地震攻撃も意味を成さない。

先ほどまでならどこを攻撃してもダメージなど禄に通らなかっただろう。
だが今は弱点が露出し、帝龍はそこだけを命がけで守ろうとする。

「雄鶏乃怒雷プレイ!」

マホロが作った・・・本来あり得ないその一瞬の隙。帝龍ですら気づいていない弱点以外の場所の傷。
弱点に目が行きがちだが・・・マホロが作った綻びは・・・弱点だけではなく全身にある。

「雄鶏乃怒雷プレイ!!」

そして冷静さを欠いている帝龍は弱点を守る事で精一杯。
決定打を与えられる弱点はそこだけしかないと、強力なモンスターなばっかりにそう考えてしまう。

ここだけを守っていれば・・・勝てる・・・と

それ故にそこ以外の守りが薄くなる、弱点以外に気を回す余裕がなくなる。
レイド級だろうと生物である限り頭部は安易に攻撃に晒していい場所ではないと。
弱点ではないにしろ生物としての急所である頭の守りを疎かにするどころかそれを防御に回すという愚を冒す。

帝龍に少しの冷静さが残っていたら撃ち落されるか、首を他の首でカバーされていたかもしれない。

僕がここまでこれたのは・・・マホロが作ってくれた道を辿ったにすぎない。

僕はマホロが嫌いだ・・・やることなすこと後手後手でそのくせわがままで
勝手に一人でチャンスを作るために自分の身を犠牲にするところまでどこまでも気に入らない・・・だけど

だから・・・だからこそ・・・僕の力の全てを使って・・・マホロが切り開いた道を進む!この戦いを勝利で終わらせる為に!

ジョンの体を纏うオーラの輝きが強くなり、まるで燃えているかのように大きくなる。

『うおおおおおおおおお!!!』

3本の首の内、中央の一本の顔面に破城剣が振り下ろされる
本来堅固であるはずのその場所はマホロが与えたられたダメージと
2度に渡るバフ剥がしにより強化効果を失い本来の防御性能をまったく発揮できず。

グチャボキボキバキッ

本来剣では出せないような効果音を出しながら剣はアジダハーカの顔から首にめり込んでいき

『雄鶏乃怒雷!プレイ!』

電撃を切り裂かれた体内に撃たれ

『雷刀!プレイ!』

勢いが止まった瞬間即座に破城剣を手放し、持ち替えた稲妻の剣の一閃により・・・完全に切断された。


『『――――――――――――!!!』』


ジョンは・・・もはや人間の言葉ですらない・・・雄たけびを上げるのだった。

【エンバースにバフを付与】
【3本の内の中央の首を一本切断】
【スキルの反動で理性消失中】

280embers ◆5WH73DXszU:2020/02/08(土) 06:35:52
【ロスト・グローリー(Ⅲ)】


「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」

『……呆れ果てた男なのです。もういいのです。話はこれで終わりなのです。
 就労ビザの申請や諸契約事項については、また次の機会に説明するのです』

「そういう面倒な事は、全部そっちに任せちゃ駄目なのか?」

『駄目なのです。ああ、それと……』

「まだ何かあるのか?」

『その剣は、このままあなたに差し上げるのです。
 特別なプレイヤーには、特別なトロフィーが与えられる。
 プレイヤー同士の競争もまた、終わりのないコンテンツなのです』

「待った。だったら尚更、この装備は回収されるべきだ。
 こんな装備を持っていれば、次のレイド攻略も俺が有利に進められる。
 つまり一度成功したプレイヤーが次の成功を掴みやすくなる……それじゃ面白くないだろ」

『ふん、それくらいは我々も想定済み――心配せずとも、問題ないのです。
 なにせ、その装備は特定の条件下でしか真の性能を発揮出来ないのです』

「……その条件ってのは?」

『フレーバーテキストを読むのです。“大気に満ちる魔力を刃に”とありますね?
 つまり、そのようなフィールド効果が発生している場所でしか使えないのです』

「なるほど、オチが読めたぞ。そんなフィールド効果はゲーム内に実装されていないんだろ」

『ご明察なのです。付け加えるなら、今後実装する予定もないのです』

「……まぁ、ただのトロフィーだ。実用性は必要ない」

『一応、使い道がない訳ではないのですよ?』

「へえ……それは、どんな?」

『――装備してスキルを使うと、馬鹿みたいに派手なエフェクトが出るのです。全五種類なのです』

「……街中で使えば、スペックギリギリの連中をフリーズさせるくらいは出来るかもな」

『そんな事した日には、お前のアカウントを永久にフリーズさせてやるのです』

281embers ◆5WH73DXszU:2020/02/08(土) 06:38:16
【ジ・オンリー・ウェイ(Ⅰ)】


『……そ……んな……
 ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……』

天空に紅い花が咲いて、瞬きの間に散った。
ユメミマホロは死んだ――戦略上、不可欠な死だった。
ガザ―ヴァの籠絡と、それに伴う制御可能な風属性の、大火力の確保。
それを成功させる為の時間稼ぎとして、最も適任だったのが、ユメミマホロだった。

『……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!』

「泣くな、モンデンキント」

その行動の合理性を理解していたが故に、焼死体は冷静だった。
崩れ落ちて慟哭する少女に目線を合わせ、両手で肩を掴む。

「しっかりしろ……いいか。あいつは、自分の為に死んだんだ。
 俺達を守る為に、あの兵士達を守る為に、命を懸けてもいい。
 そう考える自分の為、自分の望みの為に、ああしたんだ――」

焼死体が言い聞かせる言葉――それは慰めではなかった。

「――俺が今からする事も、そうだ。俺が、こうするしかないと考える俺の為に、そうするんだ」

それは――言い訳だった。

「マホたんは、お前達を守ろうとしたんだ。マホたんの望みは、お前が継ぐんだ」

自分が今から、打ち砕かれた少女の願いを、更に踏みにじる事への。

「俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む」」

焼死体が立ち上がる/一歩前へ踏み出す。

「――残念だ、明神さん。時間切れだ。プランBを実行する」

黒焦げた五体が纏う闇色の炎が、業火の如く燃え盛っていた。
自分自身の未練/執念/愛着に灼かれて、焼死体の全身が灰と化していく。
初手で使用した【蓋のない落とし穴】、そこから昇る熱波が、灰を上空へ巻き上げる。

『僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む』

「……仲間を守るのは、タンクの仕事だ。そんな頼み事はこれっきりにしてくれ」

『そしてなゆと・・・いっしょにアジダハーカを倒してくれ』

「ああ、そうだな。万が一、俺が仕損じたら……後は、お前がやるんだ。モンデンキント」

『それじゃあ・・・頼んだよ・・・なゆの騎士様』

「はは……そのネタ、気に入ってるのか?俺を見ろよ。どう見たって、そんなキャラじゃないだろ」

風が吹き荒れる/地の底から立ち昇る熱風が――『渦を巻いて』いた。
焼死体の右手がスマホに触れる――その全身が更に激しく燃え上がる。

282embers ◆5WH73DXszU:2020/02/08(土) 06:40:13
【ジ・オンリー・ウェイ(Ⅱ)】

【奪えぬ心(ルーザー・ルーツ) ……対象に特殊バフ『内なる大火』を付与する。
 ――亡者と、その心。死者の顔色を伺え。物言わぬ躯にも譲れぬものがある。
 それが分からない奴が、ここで死ぬのさ 墓荒らしのウィック――】

焼死体の右手に、炎の薔薇が咲く/握り潰す――右腕に、炎が宿る。

【握り締めた薔薇(ルーザー・ローズ) ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する。
 ――谷底の死体と、握り締めた薔薇。負け犬とて、手放せないものくらい、ある――】

右手が急速に灰化する/それを上昇気流が攫う――旋風が勢いを増す。
灰化する焼死体/強まる旋風――その因果関係は明らかだ。
焼死体は、自らの意思で風を操っている。

「……この世界のモンスターは「自分の体と定義されたモノ」を完全に操る事が出来る。
 全てのモンスターがそうかは分からないが、少なくとも四体、実例が確認出来ている」

ポヨリンはG.O.Dと化した肉体で、本来の生体機能にはないスキルを使いこなす。
ヤマシタ/バルゴスも同じだ。無数の革鎧で出来た肉体で、自由自在に剣を操る。
フラウもそうだ。溶け落ち/ゲル化した肉体を、完全に制御する事が出来ている。

ならば――同様の事が焼死体に出来ても、何も不思議な事はない。
己の存在が怨霊に近づき、つまり肉体ではなく思念が自己の主体と化した状態で、
【烈風の加護】を受けた自身の灰が熱風の上昇気流に干渉する事は可能だと、焼死体は考えた。

そして実行した/成功した――限定的な気流操作の能力を、焼死体は会得した。

「お前に理解出来るか? 煌帝龍。俺が何をしているのか」

スマホを操作――液晶から、白いゲル状の塊が飛び出す/二種類のバフを付与。
右腕が完全に灰化/砕け散った――漆黒の霊体が、そこに残る。
次は右脚が砕けた/それでも、焼死体は立っていた。

「DPSの概念は流石に分かるよな?その応用である、時間を火力に変換するという発想はどうだ?
 つまり――例えば極めて限定的な気流操作能力を用いて、上昇気流の外側に風の渦を作るんだ。
 渦は熱波を巻き込みながら、熱をその内側に閉じ込める。増幅された熱は更に気流を強化する」

漆黒の霊体を、相棒が繭を紡ぐように抱擁する/失われた肉体を、純白の甲冑が補う。

「後はその繰り返しだ。なあ……俺が何を言っているのか、本当に理解出来ないのか?」

白と黒――その比率は瞬く間に、前者へと偏っていく。
焼死体の、本来の肉体はもう、殆ど残っていなかった。

「なら、もっと分かりやすく言ってやるよ」

出し惜しみをしていられる状況ではない。ここで確実に仕留めなくてはならない。
ならば――己の存在全てを火力へ変換する。それが最適解である事は明白だった。
それがガザーヴァの援護なしに、アジ・ダハーカを倒す火力を得る、唯一の方法。

純白の右腕が、漆黒の左腕が、溶け落ちた直剣を高く振りかざす。
周囲の魔力を刃とする――この星の因果の外で、生まれた魔剣を。

「嵐だけが、大樹を倒すのさ」

ゲーマー流の決め台詞――間違いなく刺さったであろうマホたんは、もういない。

「さあ、行くぞ。いつまで寝惚けてる?始原の魔剣よ。俺の呼び声に、応えてくれ……いや、応えろ――」

吹き荒れる灼熱の嵐が、溶け落ちた直剣へと宿る。そして、一振りの刃と化すまで収斂された嵐が――

「――【ダインスレイヴ】」

魔皇竜の肉体――その中心を音もなく、通り過ぎた。

283崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:03:16
「おのれッ……おのれェェェ! ユメミ……マホロォォォォォォォォ!!」

胸元を掴み、額に血管を浮き上がらせながら、顔面蒼白になった帝龍が絶叫する。
帝龍がこのアルフヘイムで最も欲しがっていた、何よりも価値ある商材――ユメミマホロ。
それが、死んだ。
マホロの心を折り、覇者の貫録を見せつけて勝利する――そんな帝龍の方針がこの結果を招いた。
今や帝龍の面子は丸つぶれだ。啖呵を切ったイブリースにも顔向けできまい。
マホロは帝龍の最も重視していたプライドや面子、体裁といったものを根こそぎ道連れにしていった。

アジ・ダハーカの頭上に『STUN!』の文字が浮かんでいる。
マホロの自爆によって弱点の中枢神経を痛打され、行動不能に陥っているのだ。
この強大な超レイド級、六芒星の魔神、邪竜を仕留めるには、今しかない。
だが――

「なんで……、どうして、こんな……」

なゆたはまだ、マホロの死という衝撃的な光景から立ち直れずにいた。
どんな崇高な理由があっても。どんなにその戦術が有効であっても。
命を犠牲にしていいことはないし、その上で勝利を得られたところでそんなもの、誰も幸せになれないと思っている。
それがどれだけか細い糸であっても。ごくごく可能性の低い作戦であろうとも。
全員が助かる道があるなら、迷わずそれを選ぶ。それがなゆただった。

なのに。

「わた、しっ……うぅ……ッぐ、ぅ……ふ、ゥッ……!」

ぼろぼろと涙が頬を伝い、顎先から地面に零れる。
そうだ。
一方で、とっくに理解していたのだ。マホロが最初から命を捨てるつもりだったということは。
分かっていたのに止められなかった。いや、『止めなかった』。
この絶望的な状況を打開するには、マホロの犠牲が必要だったということを理解していたから。
本当は止めるべきだったのに。マホロを縛り上げてでも、単騎特攻を阻止するべきだったのに。
リーダーとしての、戦術家としてのなゆたは、マホロの死を看過したのだ。

マホロの死を悼みながら、心の隅で『これで戦況が有利になった』とも思っている。
それは、なんと自分勝手で。醜くて。おぞましい心の綾なのだろう。
そんな身勝手な思考が自分の中にあるのが堪らなく憎らしく、恥ずかしく、呪わしい。
大切な仲間の死と自分自身の忌まわしさに、なゆたは歯を食い縛って泣いた。

>泣くな、モンデンキント

そんななゆたの肩を、エンバースが掴む。
なゆたは涙にぬれた顔をゆっくり上げ、エンバースを見た。

「……エン……」

>しっかりしろ……いいか。あいつは、自分の為に死んだんだ。
 俺達を守る為に、あの兵士達を守る為に、命を懸けてもいい。
 そう考える自分の為、自分の望みの為に、ああしたんだ――

「自分の……ために……」

そうだ。マホロは誰に言われたのでもなく、自分の意思で。自分がそうしたいと思うがゆえ、この道を選んだ。
自分の命と引き換えにしてでも、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を守りたい。ファンを守りたい。
それが叶うなら、自分などどうなってもいい――そう願ったから。
エンバースの強い言葉が、なゆたの萎えかかった心を鼓舞する。
ああ、キングヒルでの明神との戦いでもそうだった。挫けかかったなゆたの心を奮い立たせたのは、エンバースの声だった。
それがまた、ここでも繰り返されている。
エンバースの言葉はいつだって勇気をくれる。なゆたはただ、声もなくエンバースを見つめた。

284崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:06:34
>――俺が今からする事も、そうだ。俺が、こうするしかないと考える俺の為に、そうするんだ
>マホたんは、お前達を守ろうとしたんだ。マホたんの望みは、お前が継ぐんだ
>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む

「……エンバース……? 待って、あなた一体なにを――」

エンバースの言っていることが、咄嗟には理解できない。なゆたは涙を拭うことも忘れ、立ち上がったエンバースを見上げた。

>――残念だ、明神さん。時間切れだ。プランBを実行する

エンバースの全身を、闇色の炎が彩る。
それはただ身に纏っているだけの、自身の属性を現すエフェクト――という訳ではない。実際に燃えている。
燃え滓のようなエンバース自身の肉体を、さらに跡形もなく燃やし尽くすかのように。

「エンバース……待って! 待ってよ……!」

彼の発した言葉は、別れの言葉か。
想いを継ぐ。望みを継ぐ。それは、もう自分が望みを遂げられないと。そう思うがゆえの懇願であろう。
だとしたら――

>僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む

エンバースに競るように、ジョンもまた巨大な邪竜と対峙する。
ジョンもマホロやエンバースと同じだ。これからの活路を開くため――自分自身を犠牲にしようとしている。
それが、なゆたには理解できない。
戦いは生き残らなければ意味がない。死んでしまっては元も子もない。
命は、生きていてこそ光り輝くものだ。どんな理由があっても――
死んでしまっては、そこでおしまいなのに。

>これが・・・僕達の力・・・いくぞ部長・・・ライドオオオオオオン!

先に動いたのは、ジョンだった。何を思ったのか部長の上に無理矢理またがると、驚くべき速さで邪竜へ突進してゆく。
だが、行動不能に陥っているとはいえ半端な攻撃ではアジ・ダハーカにダメージを与えることはできない。
もともと、弱点以外はほぼ無敵と言っていい超レイド級だ。

>部長!飛べ!

部長が高く跳躍する。ジョンを乗せているというのに、まったくその行動には遜色がないようだ。
ジョンと部長は帝龍へと迫った。が、三本首の一本がその行く手を阻む。スタン状態で能動的な攻撃はできずとも、防御はできる。
大顎を開き、アジ・ダハーカはその鋭い牙でジョンたちを噛み砕こうとした。
しかし。

>破城剣!

ジョンはインベントリから6メートルはあろうかという武器を取り出した。
それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それは正に鉄塊だった。
破城剣――そんな名前の武具を手に、ジョンは部長を蹴って跳躍しアジ・ダハーカへと吶喊した。
自殺行為だ。空を飛べないジョンは部長の助けなくして空中での軌道を制御できないし、あとは落下していくしかない。
下方ではアジ・ダハーカの中央の首が大口を開けて待ち構えている。
このままでは、ジョンは呆気なく食べられてしまうだろう。
と、思ったが。

>雄鶏乃怒雷プレイ!!

部長の口から雷撃が迸り、アジ・ダハーカに直撃する。――むろんダメージはない。
しかし、その代わりアジ・ダハーカの身を鎧っている永続バフのひとつが無効化される。

>雄鶏乃怒雷プレイ!!

さらに、もう一度。邪竜の強みである堅牢さが、瞬く間に色あせてゆく。

「ぐおおおお! アジ・ダハーカ! 殺せええええええ!!!」

帝龍が叫ぶ。アジ・ダハーカがそれに応え、喉奥で破壊の吐息をチャージし始める。
が、遅い。

>うおおおおおおおおお!!!

ジョンは雄叫びを上げた。とうてい人間の発するもののようには聞こえない、狂戦士の咆哮だった。
破城剣が邪竜の顔面にめり込み、中央から真っ二つに斬り裂いてゆく。
さらに三度目の雄鶏乃怒雷によってバフを根こそぎ剥がされ、駄目押しとばかりに雷の剣によって首の一本が切断される。

「グギョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!」

どどう……と轟音を立て、唐竹割りされ半ばから切断されたアジ・ダハーカの中央の首が地面に落ちる。
かつてない痛みを感じてか、残り二本の首は甲高い悲鳴を上げた。

285崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:09:48
エンバースの身体が、燃えてゆく。
今までも燃えてはいたけれど、それは決して彼自身の肉体を消滅させるものではなかった。なのに――
今は違う。エンバースの身体が、焼却されようとしている。

「エン……バ……」

双眸を見開いたまま、なゆたはただそれを見ていることしかできない。
エンバースの肉体を中心に、烈風が巻き起こる。エンバースの肉体が燃えてゆくほどに、風は強さを増してゆく。

>……この世界のモンスターは「自分の体と定義されたモノ」を完全に操る事が出来る。
 全てのモンスターがそうかは分からないが、少なくとも四体、実例が確認出来ている

そうだ。モンスターたちは進化、ないし退化した時点でそのとき所有しているスキルを十全に運用できる。
ポヨリンはG.O.D.スライムになれば口からレーザーを撃てるようになるし、アブホースになれば津波も起こせる。
それは、ノーマルのポヨリンのときには使用できない特性だ。それと同様――
エンバースも形態変化することで、今まで使えなかった攻撃が可能になる。

>お前に理解出来るか? 煌帝龍。俺が何をしているのか

「……な……にィィィ……?」

左手で額を押さえて呻きながら、帝龍は眼下のエンバースをねめつけた。

>DPSの概念は流石に分かるよな?その応用である、時間を火力に変換するという発想はどうだ?
 つまり――例えば極めて限定的な気流操作能力を用いて、上昇気流の外側に風の渦を作るんだ。
 渦は熱波を巻き込みながら、熱をその内側に閉じ込める。増幅された熱は更に気流を強化する

エンバースが選んだのは、【烈風の加護】を受けた自らの肉体を燃やし尽くすことで熱波の嵐を作るという戦術だった。
肉体という外殻が消滅し、かつて肉体だった灰が嵐と融合すれば、嵐そのものがエンバースの疑似的な肉体となる。
その状態で、臨界点に達した熱量をコントロールしアジ・ダハーカにぶつける。
まさに捨て身、命を賭した大技だ。

>嵐だけが、大樹を倒すのさ

エンバースの身体が灰になる。失われた部位を、フラウの形作った純白の鎧が補う。
全身、墨を落としたように黒かったエンバースの肉体は、ほとんどが純白の鎧と化した。
その手には、半ばから溶け落ちた剣が握られている。
本来ならば用をなさないはずの剣。ただのガラクタに過ぎないはずの武具。
それが――巨竜を穿つ魔剣となる。

>さあ、行くぞ。いつまで寝惚けてる?始原の魔剣よ。俺の呼び声に、応えてくれ……いや、応えろ――
>――【ダインスレイヴ】

エンバースの呼びかけに応えるように、嵐が剣に収束してゆき風の刃を形成する。
臨界点に達した嵐の刀身がアジ・ダハーカの強固な鱗を薄紙のように貫き、熱波が臓腑を灼く。

「ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

魔皇竜は再度悲鳴を上げた。ジョンとエンバースの捨て身の攻撃によって、その肉体はすでに崩壊しかかっている。
だが、まだ倒れてはいない。あと一歩、もう一歩が――足りない。

「……ま……だ……! まだ、だ……!
 俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
 その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!」

ごふ、と口から血を吐きながら、帝龍が唸る。
アジ・ダハーカの受けた甚大なダメージは、マスターである帝龍にもフィードバックされているはずである。
常人ならばとっくに気絶しているだろう。が、帝龍はまだ倒れない。
世界の帝王として君臨する自身の強烈すぎるプライドが、限界を超えてなお意識をこの地に繋ぎとめている。

「あと……1ターン……!
 あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
 そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
 どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――」

アジ・ダハーカの肉体が蠢動する。エンバースの一撃で受けたダメージが、再生によって徐々に治癒しようとしている。
ジョンが斬り落とした首の切断面がボコボコと盛り上がり始める。首もまた、蘇生を開始しようとしているらしい。
このまま手をこまねいていては、遠からず邪竜は回復してしまうだろう。
そして1ターンが経過し、スタンから復帰すれば、すべてが終わる。

286崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:12:57
「がああああああああ!!させるかァァァァァァァ!!!」

カザハのスマホをキャッチした明神へと、ガザーヴァが手を伸ばす。
しかし、届かない。カケルが足を引っかけると、ガザーヴァはいともたやすくバランスを崩して突っ伏すように転倒した。
そして、その直後に地面から無数の槍が出現する。
槍衾は狙い過たず明神を標的としていたが、明神はぎりぎり半歩でそれを避けた。
ガザーヴァのトリッキーな攻撃を熟知している明神だからこそのファインプレーである。

「く……!」

奇襲が失敗に終わり、ガザーヴァは転んだまま忌々しそうに顔を上げた。
そして、その鼻先。至近距離にスマホが突き付けられる。
チェックメイト。これでガザーヴァに打つ手はなくなった。
この状態ならいつでも問答無用でガザーヴァを捕獲できる。――が、明神はそうしなかった。

>もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
 バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!

「……お前……」

>俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
 手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
 俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ
>俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
 俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
 お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す
>自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
 お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる

「アコライトの先の……景色……」

ただただ、バロールのためだけに生きてきた。
バロールの言うことを聞けば愛してもらえると。必要としてもらえると。自分の方を見てくれると、そう信じて。
けれど、そうではなかった。バロールにとってガザーヴァは駒のひとつでしかなく、代替が可能なもので。
何よりバロールはガザーヴァのことなど見てもいなかった。

でも。

ここに、そうじゃないと。そう言ってくれる人がいた。
このひとは。自分を必要としてくれている。代替が可能なコピーじゃないと言ってくれている。
自分のことを。見てくれている――。
それなら。

このひとなら、ボクのお願い。ボクのたったひとつの望みも、聞いてくれるかもしれない……。

この世界に何も残せないまま、ただのコピーとして消えていくなんて、イヤだ。
ボクは何かを残したい。ボクがボクのオリジナルとして、ボクにしかできないことを、この世界に。
ボクが存在したということを、みんなの記憶に残したい……。
ガザーヴァは強烈にそう念じた。

「……れよ」

ぼそ、とガザーヴァが呟く。

「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」

叫ぶ。明神がカザハのスマホから放った捕獲ビームが、ガザーヴァを幾重にも絡み取る。
カザハの肉体から黒い靄のような塊が飛び出て、捕獲ビームと共にスマホの中へと入ってゆく。
そして――

スマホのリザルト画面には『ガザーヴァ 捕獲完了』という文字が表示されていた。

287崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:16:58
『ボクを召喚しろ! 早く!!』

スマホの中でガザーヴァが叫ぶ。
明神が『召喚(サモン)』をタップすると、先ほどカザハから剥離した黒い靄がすぐにスマホから飛び出てきた。

「パパ! 身体……くれるんだろ!」

「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」

ガザーヴァの呼びかけに、バロールはすぐさまトネリコの杖を振るった。
途端に空間が裂け、中から漆黒の鎧が姿を現す。肉体の露出がまったくない甲冑姿は、見間違えようもなく幻魔将軍のものだ。
黒い靄はその甲冑の中へと入ってゆく。そして靄がすべて鎧の中に納まり、五体の隅々にまで行き渡ったとき。

「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」

ぎん! とフェイスガードの奥の双眸が紅く見開かれ、甲冑は背を仰け反らせて雄叫びを上げた。
それは紛れもなく産声。幻魔将軍ガザーヴァの復活、その証であった。

「ガーゴイル!」

左手を真上に高々と掲げ、パチン! とフィンガースナップを鳴らす。
途端、その呼びかけに呼応してどこからか甲冑を纏った漆黒のユニサスが飛んでくる。
ガザーヴァと同じく、その乗騎であるガーゴイルもカケルを離れて再度受肉したということらしい。
ひらりとガーゴイルに跨ると、ガザーヴァはすぐさま上空へと飛んだ。

「幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?
 くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」

「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」

小さく呟いたガザーヴァが軽く右手をかざす。人差し指に淡い燐光が灯り、アジ・ダハーカを狙う。
そして――
カウントダウンが終わり、アジ・ダハーカのスタンは効果が切れ――――


『なかった』。


「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」

何が起こったのか分からない、という具合に帝龍が狼狽する。
しかし、ブレモンを熟知するプレイヤーには理解できるだろう。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。幻魔将軍ガザーヴァが持つユニークスキルのひとつだ。
その効果は『デバフのリキャスト』。
つまり、ターン数持続効果のあるデバフを『最初からやり直す』という効果を持つスキルである。
デバフ無効や弱体効果回復などといったスペルカードやスキルを持っている者には効果は薄いが、
そういったデバフへの備えがないプレイヤーは、このユニークスキルによって悉く沈められる。
まさに、相手を幻惑しきりきり舞いさせることに特化したガザーヴァならではの、嫌がらせの極地のようなスキルである。
ともあれ、そんなガザーヴァの機転によってアジ・ダハーカはなおもスタンを継続することになった。

「おい、バカ! 手を貸せ! このデカブツ、ふたりでやっつけるぞ! 
 お前なんかと手を組むとか、マジありえないし! ぶっちゃけお前今すぐ死ねよって思うけどぉー!
 でも、約束だからな……ボクの力が必要なんだろ!? 他の誰でもない、このボクの力が!」

ガザーヴァはカザハへ手招きした。
誰かに必要とされること。誰かに求められること。
誰にでもできることではなく、ガザーヴァにしかできないことを成し遂げること――
それこそがガザーヴァの望み。それが為されるのなら、正義にも悪にもなろう。

カザハとカケルが合流すると、ガザーヴァは轡を並べて眼下のアジ・ダハーカを見下ろした。

「見えるだろ? アイツの弱点。あそこを攻撃するぞ、チャンスは一度きり……外せばアイツは回復しちゃうだろう。
 出し惜しみするなよ、出がらしになるまで全力出せ! ボクも……イヤだけど付き合ってやる!」

ゴウッ、と音を立て、ガザーヴァとガーゴイルの全身が黒い炎に包まれる。
といってもエンバースのように我が身を焦がすものではない。闇属性の力が全身に漲っていることを示すエフェクトだ。

「バカのお前にも分かるように、作戦自体は単純だ。
 全力出してアイツの弱点に突っ込む。ユメミマホロがやったのと同じやり方さ。
 ただし、今のアイツは首を一本失ってるし、弱点の中枢神経も剥き出し。
 全然余裕で行けるはずだ」

フン、とガザーヴァはフェイスガードで素顔のすっぽり隠れた顔をカザハへ向けた。

288崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:21:13
「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
 お前のせいで、ボクはパパに愛してもらえなかった。パパはボクには見向きもしなかった。
 パパはお前の中の『何か』が欲しかったんだ。ボクの持ち得ない『何か』が――。
 お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
 嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」

ガザーヴァはカザハに憎しみをぶつける。怒りを、怨嗟を、妬みを露にする。
そして。

「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
 そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」

ぷいっと顔をそむけると、ガザーヴァはそう呟いた。

「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
 お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
 ――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」

ガーゴイルの馬腹を蹴ると、ガザーヴァは一気にアジ・ダハーカへと突っかけた。
途中で右手に巨大な騎兵槍を出現させ、そのまま一直線に邪竜の中枢神経を目指す。

「ぐおお……! さ、せ、る……ものか……!
 アジ・ダハーカ! それでもモンスターの頂点! 六芒星の魔神の一角かァァァァ!
 力を見せろ……魔皇竜ゥゥゥゥゥゥッ!!!」

「ゴアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」

バヂィンッ! と派手な音が響き、アジ・ダハーカがスタン状態から回復する。驚くべき精神力だ。
すぐに魔皇竜は残った二本の首でカザハとガザーヴァを迎え撃った。
大きく開いた口腔に、膨大な熱が収束してゆく。

「塵と化せ――王に刃向かう愚か者! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

アジ・ダハーカのふたつの口から、カザハとガザーヴァめがけて灼熱の吐息が放たれる。
全身に闇の波動を纏ったガザーヴァは、真っ向からその吐息の中へと突っ込んだ。

「呼吸を合わせろ! 一緒に突っ込むだけじゃダメだ、ボクとお前で螺旋を描くように!
 力をひとつに束ねて――二本の首でバラバラに吐くコイツのブレスより、ひとつに繋ぎ合わせたボクたちの力の方が、絶対!
 強いに決まってるんだ!!」

そのまま、カザハとガザーヴァは螺旋を描いて炎の海に抗う。
三本首の際のブレスは『大聖撃(アーク・スマイト)』を用いたユメミマホロをも焼き尽くしたが、今度は違う。
ジョンの特攻によって首の一本を失い、エンバースによって臓腑に重篤な損傷を受けた邪竜の吐息は全盛期の面影もない。
白と黒、ふたつの力が融合し、アジ・ダハーカの吐き出す炎を切り裂いてゆく。

「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」

「バ……、バカな……。
 バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
 ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」

どぎゅっ!!!

「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

灰色に輝く螺旋の光弾がアジ・ダハーカの炎を突き破り、剥き出しのまま脈動する中枢神経を捉える。
無防備な中枢神経を穿ち、カザハとガザーヴァの携えた二振りの槍がその機能を完膚なきまでに破壊する。
中枢神経はまるで間欠泉のように大量の血を噴き出すと、鮮やかな紅色から濁った赤にその色を変えて機能を停止した。
そのまま急角度でV字を描き、ふたりはアジ・ダハーカの中枢から離脱する。

「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」

アジ・ダハーカの全身に亀裂が入る。その内側から光があふれ出す。
亀裂はすぐに崩壊へと変わる。ひとつの崩壊は他の部位の崩壊を呼び、あとは雪崩式だ。


断末魔の低い唸り声を上げながら、『地』の六芒星の魔神、アジ・ダハーカはゆっくりと崩れ落ちていった。

289崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:25:06
「ぅ……ぉ……」

アジ・ダハーカが撃破されたことで精神が限界を迎えたのか、
『浮遊(フライト)』で宙に浮かんでいた帝龍の身体がぐらりと傾いたかと思うと、地面に向かって真っ逆様に落ちてゆく。

「ポヨリン!」

なゆたが鋭く命じる。ゴッドポヨリンが素早く跳ねて帝龍の真下につき、クッションの要領でその身体を受け取める。
なゆたはほっと息をついた。たとえ憎い敵であったとしても、死ぬことはない。
助けられる命ならば助けたい。その想いは、マホロが戦死した今でも変わらない。
戦いは終わった。あとは、帝龍を拘束すればいいだけだ。
帝龍はニヴルヘイム側の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。当然、あちらの情報も多く握っていることだろう。
それを、これから何とかして吐かせる必要がある。虜囚とするのは申し訳ないと思うが、今は戦争中だ。やむを得まい。

そして。

「うおお……やっべえ! まじでやっべえな! アジ・ダハーカをやっちまったぞ、あいつら! まじやべぇ!」

「う〜ん、でぇら魂消たにゃぁ。あの魔皇竜をこわけさすとはにゃ……」

そんな戦場の光景を、数キロ離れた高台から眺めている人影があった。
両者ともフードを目深にかぶっており、その顔は見えない――が、特徴はある。
ひとりは左脇に竪琴を抱えており、声音からして女性のようだ。
もうひとりは男のようだが、背の高さが隣に立つ女の鳩尾あたりまでしかない。
背の低い方が女を見上げる。

「なぁ、あいつらと遊んできてもいいか? いいよな? ちょっとだけ!」

「たぁーけ、そんな時間にゃーでしょお。おみゃーさんは何かっちゃそればっかだで。
 兄さんに怒られても知らんよぉ」

「くっそー。つまんねーの」

女に窘められると、男はぶつくさと文句を言いながら腕組みした。
腕が太い。矮躯だというのに、その鍛え上げられた腕の太さはヒュームの戦士のそれを上回る。
ふたりの見ている先で、ゴッとポヨリンが帝龍を地面に下ろし、守備隊がその身柄を拘束している。

「助けなくていーのか、アイツ」

「いいんじゃにゃー。アタシらの役目は戦いの見届け人ってことだけだにゃぁ。
 結果については知らんがね」

「ふーん」

「とはいえ、なんもせんで帰ると兄さんがおそがいにゃ。
 最低限の仕事はしとかにゃきゃにゃ……」

女はそう言うと、徐に持っていた竪琴の弦にしなやかな指をあてがった。
そして、ぽろろん……と一曲を爪弾く。
と、その瞬間に竪琴から鳴り響いた音色が魔力の矢に変わり、凄まじい速さでなゆたたちのいる戦場へと飛んで行った。
その狙いは、いまだ気を失ったままの帝龍。――だが、その命を奪おうというのではない。

バキィンッ!!

硬質の破砕音。女の放った魔力の矢は、帝龍のスマホを正確に射貫き、破壊していた。

「これでよしっと。さ、帰ろみゃあ」

「うーい。あー、戦いたかったなぁー」

「それはまた今度にしよみゃあ。物事には順序ってものがあるんだにゃ。
 アタシらがアイツらを片付けちゃったら――出番を控えてるマル兄さんに怒られるでね」

「おれは別にいーけど」

「アタシがヤだにゃ」

短く返すと、女はその場から瞬く間に消え失せた。少し置いて、男もまた姿を消す。

アコライト外郭での戦いは、こうして決着した。


【幻魔将軍ガザーヴァ復活。魔皇竜アジ・ダハーカ撃破。
 煌 帝龍の身柄を確保するも、帝龍のスマホは何者かによって破壊されてしまう。
 アコライト外郭の戦いはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の勝利に終わる】

290カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:31:02
カケルの足払いが成功し、ガザーヴァ(つまりボク)は地面に突っ伏す。
安堵したのも束の間、地面から漆黒の槍が出現し明神さんを襲う。
ぎゃああああああ!? そうだった、そういえばこんな奴だった! 昔何度もハメられた気がする!
明神さんは一般人の身でありながらそれを奇跡的に避けていた。

>「もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
 バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!」
>「俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
 手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
 俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ」
>「俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
 俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
 お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す」

いいから早く洗脳ビームして!? 長々喋ってる場合じゃないよ!? 自分が死にかけてるの分かってる!?

>「自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
 お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる」

>「アコライトの先の……景色……」
>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」

明神さんはついに捕獲ビームを放つ。
どこまでも優しくて、同時にとても暴力的な光。ボクはこの光景を見覚えがある。
その昔、ボク自身が捕獲《キャプチャー》されていたからだ。

『君にお願いがあるんだ。この気持ちが嘘にならないうちに――ボクを捕獲して。
そうしなければ、きっとすぐに気が変わってしまうから』

捕獲《キャプチャー》――異邦の魔物使い《ブレイブ》だけが持つ、あらゆるモンスターを隷属させる技。
それは以前のボクの故郷では、思考を書き換え洗脳する強力無比な禁断の呪詛とされていた――
ボクは自ら望み、それを受けた。単なる怖いもの知らずの好奇心だったのかもしれない。
風の精霊の性質を誰よりも色濃く体現していたボクは、禁忌と聞けば犯したくなる性質だったから。

『な〜んだ、やっぱり何も起こらないじゃん! ボクにそんなの効くはず無いんだよね!』

結論から言うと、自分が洗脳されていることにすら気付かない程にがっつり洗脳されていた。
だけど、決して不幸ではなかった。それどころか幸せだった、楽しかった。
宿敵と刺し違えた時ですら、ただ世界の行く末を案じた――

『随分長いロード時間……じゃなくて夢だった気がする……。
そんなところで何をしているの? 早く行こう! 今度こそ世界を救うんだ!』

『どうして!? 君無しじゃ何も出来ない……! 君だって知っているでしょ!?
精霊族は諸刃の刃……正しき心を持つ者が使わなければ……』

『今度はボクが……異邦の魔物使い《ブレイブ》だって……!?』

『これは……魔法の板と予言の書……って、スマホと攻略本じゃん!
あの冴えない人間の人生は夢じゃなかったのか――!』

291カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:32:23
ずっと忘れていたけど、この世界に来るときに異世界転生ものあるあるのチュートリアルみたいなやつがあった気がする。
どうやらボクは地球に生きた事で異邦の魔物使い《ブレイブ》となる資格を得た、らしい。

『嫌だ、今度も君のモンスターとして行きたい! 異邦の魔物使い《ブレイブ》なんて、ボクには無理だ……!』

あの頃は洗脳されていたからこそ、最期まで全き善なる存在として迷わず突き進めた。
今度は自分の意思で歩まなければならない――それを受け入れられなかったボクは、都合良く忘れることにしたのだった。
今まで捕獲《キャプチャー》をしなかったのは、カケルがいるから必要なかったのもあるけれど、
それをすれば自分が疑いようもなく異邦の魔物使い《ブレイブ》だと認めることになるから、無意識に避けていたのかもしれない。
だけど、ついにその強権を行使してしまった。もう後戻りはできない。
徐々に身体の感覚が戻ってくる。捕獲《キャプチャー》が成功したんだ――
そして感覚が戻ってきたのは、身体だけではない。
ずっと長い間誰かに預けていた魂が戻ってきたような、そんな不思議な感覚。
遥か昔にかけられた捕獲《キャプチャー》の呪縛が今の今まで解けていなかったのだと悟った。
隷属の呪詛は、魂を繋ぐ契りでもあり、加護でもあった。
ずっと守られていたからこそ、内に膨大な闇を抱えながらも光の方を向いて歩いてこられた。
ガザーヴァの憎悪に飲まれずに、乗っ取られずにここまでこれた。
だけど、今度はボクが手を差し伸べる番みたいだ。

「今までありがとう――さよなら」

遥か昔にボクを捕まえた誰かに、そっと別れを告げた。

「ねぇガザーヴァ。君にはガーゴイルがいるでしょ? 相方を置いて勝手に死のうとしたら駄目だよ……あ」

ボクも一瞬、思いっきりカケルを置いて死のうとしてなかったっけ。

「また……刺し違えるところだったね」

以前アコライトの先を見れなかったのはボクも一緒だ。
随分遠回りしたけど、アコライトの先の風景を見に行けるんだ。
みんなが、明神さんが、未来を一つ変えてくれたから。
もしもあの時明神さんみたいに対話をしようとしていれば、何かが変わっていたのかな。
いや、一巡目に端からそんな選択肢は存在しなかったのだ。
あの頃のボク達にとってガザーヴァは、倒すべき敵でしかなかったのだから。
ガザーヴァは後戻りするにはあまりにも多くの命を奪っていたし、当時のボクはきっとそれを許せなかった。
でも、今となっては全ては消え去った。
だから―― 一巡目記憶保持者の記憶からすらも消えてしまった名前も知らない誰かに、ボクは一生感謝し続ける。

>『ボクを召喚しろ! 早く!!』
>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」

新しい身体って結局そのデザイン!? 折角2巡目デビューする気になったんだからもうちょっとかわいくしてあげればいいのに!
バタコロールさんのセンスは置いといて、幻魔将軍ガザーヴァはついに復活を遂げた。
どうしたいかなんていきなり聞かれたって困るよね。
だってモンスターって魔物使いゲー的には使役される存在だもの。
だけど困ったことに今回は異邦の魔物使い《ブレイブ》枠みたいだから――君を使わせてもらう。

292カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:34:15
《奇跡的に助かったようですね、あなたの姉さんも……私の姉さんも》

姉さん……? それってもしかしてガザーヴァのこと?
ああ、二体ともバロールさんに作られたからまあそうなるのか。

(えっ、姉さん!? 兄さんじゃなくて!?)

カザハの前世のコピーということらしいからまあそうなるのか!?

《それはこっちの台詞ですよ!》 

――確かに! なんでしょうね、デウス・エクスマキナのバグか混線時の手違いか。
シルヴェストルは厳密には無性別らしいしカザハのことだから「なんとなく気分を変えてみた」程度で深い意味はないのかもしれないけど!

《私はもう行きます。手のかかる姉を持つと苦労しますよね、お互い》

それっきりガーゴイルの声は聞こえなくなった。

>「ガーゴイル!」

ガザーヴァの呼びかけに応え、いかにも最初からいましたと言わんばかりに漆黒のユニサスが飛んできた。
さっきまで私に取り付いてたくせに何いきなり格好いい感じの登場してんの!?

《いつまで寝てるんですか!? まだ戦いは終わってないんですからね!》

一方の私はというと未だ這いつくばっているカザハを叩き起こし、背中に乗せた。
全く格好いい感じではない。

「カケル……ごめん」

カザハは一度私の首に抱き着いて、明神さんの方に向き直ると、口を開いた。

「明神さん……もう、あんな無茶して!
上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」

……いやいや、何偉そうにしてんの!? そこはお礼言うところでしょ!
それはそうと若干声震えてません? ……えっ、もしかして半泣き!?

「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
……って話は後だ! スマホを!」

カザハは明神さんからスマホを受け取って腕に付け直すと、アジ・ダカーハの方を見やる。
カザハがガザーヴァと体を奪い合っている間に、色々なことが起こり過ぎた。
マホたんは激闘の末に自爆して果て、ジョン君とエンバースさんは捨て身とも言える攻撃を繰り出し安否不明だ。

(ねえカケル、マホたんは大事なモンスターを犠牲にしてでもみんなを守りたかったんだよね……。
……昔のボク達のブレイブと同じように)

《それってどういう……あっ!》

293カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:35:11
「中の人はいない」の鉄の掟のせいで忘れがちだが、皆の前に姿を見せていたマホたんは、グッドスマイルヴァルキュリアというモンスター。
どこかにブレイブとしてのマホたんがいるはずだが、それらしき人物は影も形も見当たらなかった。
何らかの手段で遠隔操作していたのだろうか。
そうだとしたら、どこから操作していたのか、何故頑ななまでに姿を現さなかったのかは分からないが――

「たとえ姿を現せないとしても、ブレイブのマホたんは見てる……きっとどこかで見てる!
ちゃんと勝って見せなきゃ! モンスターのマホたんの犠牲は無駄じゃなかったって!
――風渡る始原の草原《エアリアルフィールド》!」

フィールドを風属性に書き換えるユニットカード。シルヴェストルの住まう地を再現したものらしい。
剥き出しの大地が、風が吹き抜けるどこまでも広がる草原へと塗り替わる。
つーかこんなの持ってたんなら最初に使おうよ!

(なんとなく怖くて今まで使えなかった……)

《まあ……禁忌を犯し過ぎて間違いなく出禁ですからね……》

>「幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?
 くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」

>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」

>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」

「あぁ――っ! 昔散々振り回された記憶が甦る! 駄目駄目、一巡目の呪縛は断ち切るって決めたんだから!
……あれ? マジで幻魔将軍捕まえちゃった!? ど、どどどどどどどうしよう!?」

カザハはひとしきり悶えた後、“うっかり幻魔将軍を捕獲《キャプチャー》してしまったド素人”に意識を切り替えた模様。

>「おい、バカ! 手を貸せ! このデカブツ、ふたりでやっつけるぞ! 
 お前なんかと手を組むとか、マジありえないし! ぶっちゃけお前今すぐ死ねよって思うけどぉー!
 でも、約束だからな……ボクの力が必要なんだろ!? 他の誰でもない、このボクの力が!」

「だって君って敵だったら最悪だけど味方になったら最強でしょ!
超強いしかっこいいし嫌がらせスキルが揃ってるところとかもう最高!
ヤバイ、そのファッションどうかと思ってたけど改めて見るとイケてるかも……!」

>「見えるだろ? アイツの弱点。あそこを攻撃するぞ、チャンスは一度きり……外せばアイツは回復しちゃうだろう。
 出し惜しみするなよ、出がらしになるまで全力出せ! ボクも……イヤだけど付き合ってやる!」
>「バカのお前にも分かるように、作戦自体は単純だ。
 全力出してアイツの弱点に突っ込む。ユメミマホロがやったのと同じやり方さ。
 ただし、今のアイツは首を一本失ってるし、弱点の中枢神経も剥き出し。
 全然余裕で行けるはずだ」

294カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:36:44
「なるほど、それなら全然余裕……ってえぇえええええええええええええええ!?」

我に返ったカザハの絶叫が響く。というか当然これ、私も道連れですよね……。
なんか毎度超レイド級に突撃させられてる気がする!

>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
 お前のせいで、ボクはパパに愛してもらえなかった。パパはボクには見向きもしなかった。
 パパはお前の中の『何か』が欲しかったんだ。ボクの持ち得ない『何か』が――。
 お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
 嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」

「……」

カザハは悲しげな困ったような顔をして口を噤……

「もう! 人が一巡目を断ち切って前に進もうとしてるのにそんなこと言う!?
せっかくみんなが未来を変えてくれたのに無駄にしないで!」

まなかった。割とガチギレしている。何かいつもと違うような違わないような……。

「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」

>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
 そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」

「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」

カザハはマジなトーンで言い放った。あれは私もやられたことがあるけど地味にエグい。
なんてったってカザハは周囲の視線を物ともせず鳥取を原宿系ファッションで闊歩する猛者だからな!
ちなみに鳥取県民の制服はユ○クロかG○です。(大袈裟)

(良かった……生まれてきたこと、後悔してないんだ。それならいつかきっと……)

《しっかり聞こえてたんですね……》

(シルヴェストルの地獄耳なめんな! 
ゴスロリとか着せたらきっとカワイイ……。あ、でも馬に乗るし王子系ファッションかな?
もちろん絶対領域は必須で!)

《今のところ中身のグラフィック実装する気配が無いんですけどそれは……》

>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
 お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!」

「奇遇だな……ボクも吐きそうだ!」

《恐怖のあまり!? それ多分意味が違います! つーか吐くなよ!?》

今までミドガルズオルムに割と平気で突っ込んでいったり、死を覚悟した時ですら躊躇う様子を見せなかったカザハが、怯えている。

(何これ滅茶苦茶怖いんですけど! みんなよく素面で戦ってるよマジで!
やっぱ一生洗脳されときゃよかったかもしれない!)

ああ、大昔の捕獲《キャプチャー》の影響がやっと切れたのか。
二回世界跨いでもまだ効いてたなんていくらなんでも効き過ぎでしょ!

295カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:37:49
《大丈夫ですよ。私達、強敵と戦う時はいつも二体で召喚されてましたよね。
あなたが私の背に乗れば、向かう所敵無しだった。……アイツらを除いてね》

(ふふっ、そうだね。最大の宿敵が味方に付いてるんだから恐いものなんてないよね。
不思議だな……前の周回のことは引きずらないって決めた途端に昔の事を思い出す)

「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」

明神さんの方を一瞬振り向いてしれっと無茶なことを言ってから突撃する。
相手は数百メートル級のドラゴンなんですが……。

>「――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」

「そっちこそ! ――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

カザハが右手に握った精霊樹の木槍を一閃すると、暴風のランスと化していた。
ところで何故かブレモンはカードを音声認識で発動できる機能を搭載している。
開発が何を血迷ったのかは知らないが、結果的に私達にとっては大変役立っているというわけだ。
中枢神経が目前まで迫ってきた。このままいけるかと思われたが、そうは問屋が卸さない。

>「ぐおお……! さ、せ、る……ものか……!
 アジ・ダハーカ! それでもモンスターの頂点! 六芒星の魔神の一角かァァァァ!
 力を見せろ……魔皇竜ゥゥゥゥゥゥッ!!!」

>「ゴアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」

ファイト一発気合でスタン状態から回復しやがった……! そんなのアリ!?

>「塵と化せ――王に刃向かう愚か者! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

二本の首から灼熱のブレスが放たれる。

「鶏示輝路《コトカリス・ゴールデンロード》使用! 対象2倍で烈風の加護《エアリアルエンチャント》!」

攻撃用にはすでにかかっているが、これは防御用だ。
ジョン君にかけられていた雄鶏示輝路《コトカリス・ゴールデンロード》の効果をここで発動し、
私とカザハは同時に風のバリアーを纏った。
ということは―――これ正面突破するんですよね!? うん、なんとなくそんな気はしてた!

>「呼吸を合わせろ! 一緒に突っ込むだけじゃダメだ、ボクとお前で螺旋を描くように!
 力をひとつに束ねて――二本の首でバラバラに吐くコイツのブレスより、ひとつに繋ぎ合わせたボクたちの力の方が、絶対!
 強いに決まってるんだ!!」

「当然! 光と闇が合わさると最強ってなあ!
この突撃方法、名付けて”ダークミストラル”ってどう!? カッコよくない!?」

……私達、一応属性風なんですけど! まあいいや、私が色的に白いからギリセーフ!
って“ミストラル”って風って自分で言ってるじゃないですか! せめて統一しようよ!
とにもかくにも私達は螺旋を描き、炎を切り裂きながら、中枢神経に迫る。

296カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:39:00
「「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」」

二人の声が見事に声が重なる。
もともと似姿として作られた存在だからか、捕獲《キャプチャー》の影響か、
ずっと一緒の体に入っていたからか、あるいはその全部か――
カザハとガザーヴァは息がぴったりというレベルを遥かに超えて、魂がシンクロしていた。

>「バ……、バカな……。
 バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
 ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」

「うりゃあああああああああ! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

カザハは残った最後の攻撃スペルを乗せて、疾風纏うランスの一撃を叩きこむ。

>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

中枢神経に致命打を与えた私達は、一瞬で飛び上がって離脱。
ヒット&アウェイは私の得意とするところだ。

>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」

「やった……!」

アジ・ダハーカが崩壊していく。
地面に墜落していった帝龍をゴッドポヨリンさんが受け止めるのが見えた。
私が地面に降り立つと、カザハはスマホから癒しの旋風《ヒールウィンド》のカードを取り出して、明神さんに手渡した。
味方全員をまとめて回復するスペルだ。
もはやスペルカード一枚発動する精神力すら残っていないということらしい。
レイド級を使役しながら自らも突撃するという無茶をしたのだ。無理もない。

「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
ボクはちょっと……疲れた……」

カザハはそう呟くと、気を失うように私にくたりと身体を預けた。

297明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:47:41
>「……れよ」

突き付けたスマホの捕獲ボタンを押す、その刹那。
ガザーヴァは俯きながら呟いた。
溢れるような言葉はやがて、気炎めいた叫びへと変わる。

>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」

「任せとけ、責任取んのは得意なんだ。……俺は、大人だからよ」

絶望のままに朽ちゆこうとしていたガザーヴァを、俺はもう一度この世界に引きずり出した。
こいつの気持ちなんかぴくちり考慮することなく。有り体に言えば、大人の事情で。
だったら、大人らしく……責任くらい、取らねえとな。

捕獲ビームがカザハ君の肉体に絡みつき、そこから黒いモヤだけを抽出する。
バルログの時のような抵抗を感じることはなく、すんなりとガザーヴァはスマホに収まった。

>『ボクを召喚しろ! 早く!!』

『捕獲完了』が表示されたスマホから、ガザーヴァの声が響く。
促されるままに俺は召喚画面に切り替え、ボタンをタップした。
これ他人のスマホだし他人のアカウントだけどよ。せっかくだから叫ばせてもらうぜ。

「サモン――ガザーヴァ!」

応じるように捕獲されたてのモヤがスマホから噴出。
形なんてなくて、なんとなくの輪郭でしか判別出来ないが、俺には分かる。
紛れもなくこいつはガザーヴァだ。
そして、形は――器は。これから獲得する。

>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」

ボケっとことの成り行きを見守っていたバロールが心底愉快そうに答える。
空間に亀裂が入り、ペっと吐き出されたのは――傷一つない黒甲冑。
まるでそこに在るのが当然だとでも言うみたいに、ガザーヴァのモヤが吸い込まれていく。
来た。来た来た来た来た来た――!!

>「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」

漆黒の面頬に、赤き意志の光がふたつ。
魂を宿した鋼の躯体は、凱歌を叫ぶかのように咆哮する。

忘れもしない。何度も何度も画面越しに戦いを繰り広げてきた、不倶戴天のライバル。
絶望と、執着と、呪いと――奇跡が捻じ曲げてしまった、ひとつの魂のあるべき姿。
幻魔将軍ガザーヴァは、今ここに、失った全てを取り戻した。

「へへ……」

腹の底がビリビリ震えるのが分かった。背筋を熱いものが駆け抜けていく。
俺はずっと、この姿が見たかったんだ。

「これ以上、言葉なんか要らねえな。行って来いガザーヴァ!お前はもう、自由だ」

298明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:48:13
>「ガーゴイル!」

同じように肉体を取り戻したダークユニサスが駆けつけ、ガザーヴァを背に乗せる。
完全復活だ。魔馬一体、在りし日の姿そのままに、幻魔将軍は空を翔ける。

>「明神さん……もう、あんな無茶して!
 上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」

気付けば意識を取り戻したらしきカザハ君が隣に居た。
カケル君も一緒だ。つまりはこっちも……完全復活だ。

「うっせ。一人で自爆かましに行ったお前が言うんじゃねーよ!
 分の悪い賭けに出たのは、俺もお前も互い様だぜ」

>「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
  ……って話は後だ! スマホを!」

「……悪かったよ。アコライト来てから色々ありすぎた。俺も情緒がだいぶバグってんだ。
 ほらよ、お前も行ってこい。妹ちゃんにばっか良いカッコさせんなよ」

スマホを手渡すと、カザハ君はカケル君と共に離陸する。
ガザーヴァの後を追って、飛び立った。

>「幻魔将軍だと……!?」

二人と二匹の吶喊する先を目で追えば、帝龍が息も絶え絶えになりながら驚愕していた。
アジ・ダカーハはその巨体をズタズタに引き裂かれ、首に至っては一本失っている。
何が起きたのか――誰がこれをやったのか、見ていなくたって俺にはわかった。
ジョン。エンバース。マホたんが命がけで開いた活路を、お前らが繋いだんだな。

>「バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?」

だが、次いで帝龍が口にした言葉に引っかかるものがあった。
――継承者?十二階梯か?なんでそいつらの名前が今出てくる。
継承者はアルフヘイム側の戦力のはずだ。帝龍にとっては明確に敵。
だけどあいつの口ぶりはまるで、継承者から助言を受けていたかのような――

>「くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」

脇道に逸れた思考は、帝龍の叫びに寸断された。
ジョンが首一本をぶった切り、エンバースが臓腑を蹂躙したアジ・ダカーハも、
その驚異的な再生能力によって回復しつつある。
交渉に時間をかけすぎた。スタンから復帰すれば、あの超威力のブレスがもう一度来る!

だけど、絶望的な状況とは裏腹に、俺は全然焦ってなんかいなかった。
何故なら。今の俺達には、ガザーヴァが居る。

>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」
>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」

「忘れてんじゃねえだろうな帝龍!お前もこいつにゃ苦労したはずだろうが!」

――ガザーヴァの持つクソカスイライラうんちっち寿命マッハスキルがひとつ。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。
デバフのカウントをリセットするこのスキルは、事実上デバフの効果時間を二倍に延長する。

299明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:49:14
これがまぁデバフ主体のガザーヴァの戦闘スタイルとアホほど相性がよくて、
対策せずに挑めばストレスでスマホへし折る羽目になること請け合いのクソゲーメーカーだ。
スタンだの麻痺だのを延長された日には、何も出来ないままタコ殴りにされる。
ああああ思い出しムカつきで血尿が出るぅぅぅぅぅ!!!

だけどやっぱ、これが幻魔将軍ガザーヴァだ!
この開発の悪意を煮詰めたような反吐の出るスキル構成!
こっちの行動ガチガチに縛りつつ煽り交えて全体攻撃かましてくる超絶的な鬱陶しさ!
公式フォーラムですら擁護意見が一切出なかったクソオブクソの面目躍如だ!

たまんねえな!今すげえブレモンやってるって感じするわ!
やっぱブレモンってクソゲーなのでは!?

とか言ってるうちに不毛の荒野だった戦場が緑の絨毯みたいな草原に変わる。
カザハ君のフィールドカードだ。空中で2つの影が合流する。

>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。

対峙するカザハ君とガザーヴァ。
二人がこうして向かい合うのは、多分この世界ではこれが初めてだ。
きっと思うところは山程あって、ガザーヴァは忌々しげにカザハ君を見遣る。

>「お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
 嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」
>「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
 昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
 そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」

二人のやり取りは、絶対今そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。
それでも、ここで交わさなければならない言葉だ。
こいつらが、お互いに一物抱えながらでも、手を取り合って前に進んでいくために。

>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
 そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」
>「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」

「俺も混ぜろよガザーヴァ。俺達とお前の因縁は、再会したらそれで終わりの軽いもんじゃねえだろ。
 今度こそ、全力で闘ろう。バロールなんか放っといて、ブレイブと幻魔将軍の戦いをやり直そうぜ」

バロールに切り捨てられて、尻切れトンボに終わっちまったゲームの中の死闘。
そいつを最後までやりきって、初めてブレモンを取り戻したって言える。

>「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」

「要らねえ備えだな。お前とガザーヴァが組んだなら――そいつは無敵だ。そうだろ?」

>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
 お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
 ――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」

そして、白と黒の光は流星と化した。
げに恐るべきは帝龍のド根性、アジ・ダカーハのスタン復帰が間に合った。
猛る咆哮、放たれるブレス。二色の流星と、煉獄の火炎が激突する!

300明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:49:44
>「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」

ブレスの勢いが目に見えて衰えているのは、アジ公のダメージが回復しきってないからだろう。
ジョンとエンバース、そしてマホたんが与えた痛打は、超レイドの巨躯すら機能不全に陥らせた。
ツイストする流星はブレスを容易く切り裂き、中枢神経へと直撃する。

>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

――貫いた。ぶつかり合って、色が弾けた。
白と黒の稲光はアジ・ダカーハの巨体を縦横無尽に這い回り、切り裂き、破壊する。
傷口から光が溢れ出て、まるでトランプタワーが瓦解するように、巨竜が崩壊していく。

ブレイブ&モンスターズにおいて、プレイヤーが持ちうる最強最大の戦力。
レイド級が百体束になってもおよそ比肩し得ない、究極の存在。
――超レイド級、アジ・ダカーハ。

タイラントのような不完全な状態でも、ミドガルズオルムのような供給途絶でもなく。
完全体の超レイド級が、崩れ落ちていく。
俺達が、打倒した。

支えを失った帝龍が墜落していく。
ポヨリンさんがその落下地点で待ち構えて、身柄を確保した。
これで終わりだ。煌帝龍の制圧、アコライト防衛戦の勝利条件は、満たされた。

>「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
 ボクはちょっと……疲れた……」

隣にふわりと降りてきたカケル君の背で、呻くようにカザハ君が呟く。
差し出されたカードは『癒しの旋風』、全体回復のスペルだ。

「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」

カケル君と連れ立ってなゆたちゃん達のもとへ合流する。

「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」

エンバースは元の姿をほとんど残していなかった。
白の甲冑姿。何度かスマホから顔出してた、こいつのパートナーを彷彿とさせる姿。
元の焼け焦げた死体は、大部分が鎧に置換されている。

イメチェンにしたって面影ぴくちり残ってねえのはどうかと思いますよ俺は。
もう別キャラじゃんこれ。むしろ俺よくこいつが焼死体だってわかったな。
ひび割れたスマホくらいしか共通点がない。

「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」

カザハ君から受け取った回復スペルを行使しつつ、ジョンに呼びかける。
アジ・ダカーハの首が一本吹っ飛んでたのは、多分こいつの仕業だ。
手元にある巨大な剣。バルゴスの大剣より遥かに大きなそれは、どう考えても人間の振るう武器じゃない。

301明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:52:00
……どういうフィジカルしてたらあんな鉄塊でドラゴンの首落とせるんだよ。
モンスターよりよっぽど化け物じゃねえか。
モンスターが半数占めるこのパーティで言うのもなんだけどよ。

「そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
 はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……」

自分自身に言い聞かせるように、俺はもう一度呟いた。
声が震えて、口の中はカラカラで、うまく喋れなかった。

アジ・ダカーハは討滅しおおせたが、こちらの損害も軽微とは言えなかった。
ジョンは相変わらずズタズタのボロボロだし、カザハ君はヘトヘトで人事不省。
エンバースに至っては何が何やら意味不明な状態と来た。

なにより。
朝、アコライト外郭を発った時には確かに傍にあったものがひとつ、欠落していた。
――ユメミマホロ。その笑顔を見ることは、もう二度とない。

臨戦状態の興奮で無理やり押し込めていた現実が、絶望が、後を追うように襲ってきた。
マホたんの判断は正しかった。彼女が身を投じたおかげで、俺達もオタク殿たちも生き残ることができた。
ユメミマホロは、自分が守りたかったものを、確かに護り切ったのだ。

握りっぱなしだった手を開く。
マホたんの羽、その感触を確かめるように、もう一度握り直した。
目を瞑れば、今だって彼女の最期を鮮明に思い出せる。

「クソっ……たれ……」

もっと、気の利いた言葉があったと思う。
マホたんの死を悼んで、それでも前へ進むために、皆を鼓舞するようなセリフは山程思い付いた。

それでも口から出たのは、知性の欠片も感じられない感傷。
それ以上、何も言う気にはなれなかった。

「……帰ろうぜ、アコライトに。マホたんが命がけで守った全部を、確かめに行こう」

どの道ずっとこの場でお通夜はしてられない。
帝龍がミハエルみたくニブルヘイムに回収される前に、城壁内で拘束し直さなきゃならない。
尋問も反省会も、それからだ。

「なんなら帝龍のスマホのロック割って、アジ・ダカーハをこっちの戦力にできるかも知れねえ。
 バロール、帰りの足は――」

その時、不意に背筋を悪寒が走った。
第六感的なものではなくて、何かが高速で飛来する風切り音が聞こえたからだ。

302明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:56:22
とっさに身構えた俺の隣を、何かが擦過していった。
辛うじて目で追えたのは、燐光を帯びた矢のようなもの。
それは帝龍のスマホを刺し貫き、地面へと縫い止める。

「なっ……!?」

スマホを貫通した矢は、やがて光の粒に分解されて消えた。
あとに残ったのは、大穴空いて機能を停止したスマホ。

「スマホを破壊しやがった――?」

ブレイブのスマホは、地球のそれよりも遥かに頑丈に出来ている。
落とそうが投げてぶつけようがそうそう壊れはしないし、水没しても影響はない。
エンバースのスマホは画面こそバキバキだが、機能自体はちゃんと動いてる。

そのスマホを、こうも容易く貫通した、出どころ不明の矢。
どうなってやがる。魔力が切れたら防護機能も働かないってことか?
いや、それよりも。そんなことよりも!

撃ち込まれた矢は、物理的なものじゃない。
魔力を矢状に固めて撃ち放つ、攻撃魔法の類だ。

そして俺は知っている。
音律を矢として放つ、音速の魔法武器を。
この見通しの良い戦場で、見えないような距離からスマホを射抜く、超絶技巧の射手の存在を。

「こいつは、狼咆琴(ブラックロア)……!
 そうか、カテ公が死んでねえなら、あいつも生きてておかしくねえよな……!」

――十二階梯の継承者、第十階梯"詩学の"マリスエリス。
音律を矢に変える『狼咆琴』で千里先の敵も撃ち抜く、吟遊のスナイパー。
ゲーム本編ではバロールによるキングヒル強襲の際に、エカテリーナと共に死んだNPCだ。

カテ公が生きてリバティウムを彷徨いてたように、マリスエリスもまた、この時間軸では生きている。
だけど何だって、顔も見せようとしない?筆頭のバロールがすぐ傍に居るってのに。
マリスエリスの加勢があったら、この戦いだってもっと楽にことを運べただろうに。

>『バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』

忘れ去ってた帝龍の言葉が、今更脳裏に蘇る。
あの時の帝龍の言い草は、まるで継承者が味方についているかのようだった。
スマホを狙撃したのも、『鹵獲の防止』――つまりは俺達に対する妨害工作ととることもできる。

「どういうことだ、バロール」

『導きの指鎖』で第二撃を警戒しつつ、俺は筆頭弟子に問い質した。

「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」


【アコライトへの帰還を提案。エリにゃんの狙撃についてバロールに詰問】

303ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:46:31
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」

>「やった……!」

「お帰り・・・カザハ」

アジダハーカは光となり霧散する。
それは、カザハが、みんなが勝ったなによりの証明であった。

「はあああ〜〜〜〜」

その場に倒れこむ。
スキルでブーストしたといっても一人の人間である僕がレイド級であるアジダハーカの首を一本切り落としたのだ。
無傷というわけにはいかなかった、全身に激痛が走る。

(だがこれで済むなら代償としては安い物だな・・・)

「やっぱり我ら!後方で待機などできませぬ!マホロちゃんが戦ったのに我らだけ逃げるなんて・・・」

「あはは・・・もう終わったよ・・・帝龍は倒したんだ」

決死の覚悟で戻ってきた兵士達に帝龍を倒した事を告げる

「そう・・・でござるか・・・」

上半身を起こし、周りを見渡す。
そこにいる全員・・・勝利の歓喜に沸くでもなく・・・静かに戦闘処理をしていた

>「クソっ……たれ……」

マホロは死んだ・・・未来を守るために、みんなを守るために。

この場にいる全員が覚悟していた。だれかを失う事を・・・自分が死ぬ事を。
だからこそ泣き言を言わずに帰還の準備をしている・・・泣きたい衝動を抑えながら。
自分以上にマホロがそれを望まないと分かっているから。

「余計な事しかしないな・・・ユメミマホロ・・・」

わかっているとも。マホロがいなかったらこの戦いがどうなっていたかわからなかった。
だからこそマホロは自分の役割を全うしただけなのだから。

みんな悲しんでいる・・・言葉に出さないだけで表情みれば一目瞭然だ。
だけど僕は・・・ついこの間まで喋っていた相手が死んだというのになにも感情が沸いて来ない。

僕は・・・

304ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:46:47

「――っ!?」

帰還の準備を手伝おうと踏み出した瞬間・・・気配を感じた。
気配を隠そうとせずこちらを見ている者がいる・・・?一人・・・?

だが残念だったな・・・僕はモンスターより対人間のほうが圧倒的に得意なんだ。
お前らの失敗はブレイブは対モンスター特化集団だと思っている事だ・・・!

なにかしてくる前に制圧してやる・・・そう思って一歩を踏み出した瞬間。

「あ・・・あ・・・?」

地面に顔から思いっきり倒れる、足に力が入らない。
手を使い体だけでも起こそうと試みる。

だめだ・・・意識が朦朧してきやがった・・・。

一体どうなってるんだ・・・?

その時大きい気配の横からまた別の気配を感じ取る。

もう一人だと・・・くそ・・・最初からいたのか・・・それとも・・・。
だめだ思考が纏らない・・・。

ヒュン!と風切り音が聞こえた次の瞬間なにかが壊れるような音がする。

>「スマホを破壊しやがった――?」

すまほ・・・?すまほ・・・がこわれた・・・
はやく追撃に備えて準備しなくては。

「血が・・・」

僕の手が血で塗れていた。手じゃない、顔から鼻から口から血が大量に流れていた。

その時理解した・・・これが・・・力の代償だと。

視界が紅く歪む。不思議と痛いという感覚はなかった。
みんなに別れも伝えてないのに・・・このまま死ぬのか・・・?

305ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:47:04
あら・・・あなたにしては随分と諦めが早いんじゃない?もっと苦しんでくれないと困るんだけど


紅く歪んだ世界に現れたのは一人の少女。
全身傷だらけで手は人間ではありえない方向に曲がり、足に至っては骨が外に出ている。
そして首に刃物で切られたような跡。

どうやって立っているのかさえわからない少女がこちらを見下していた。


私の事忘れた?


忘れるわけないだろう・・・。

「なぜだ・・・!なぜだ!君がいる!なんでここにいる!?」

今自分に起こっている状況が理解できず叫ぶ。

「おかしいだろ!君はなぜここにいる!?」

得体の知れない2人に狙われている状況など頭のどこかへ置き去りにし、目の前にいる少女に向かって叫ぶ。


私は・・・そうね・・・本来私は姿を表せないわ・・・だって


「くるな!こないでくれ!くるな!」

少女が近づいてくる。
僕はひたすら逃げる。

這いずりながら・・・痛みなんてそんな事気にしていられない。
彼女から逃げなくては・・・!

「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」

どの方向に逃げても少女は必ず僕の前に佇んでいた。
無表情で、僕を見ているのに見ていない・・・そんな雰囲気を纏ながら

彼女の首は通常ならば喋れないほどに切られている。
それなのに僕に話しかけてきている。
全身から血を流しながら・・・僕を見下しながら・・・。


十年以上も前の事だから・・・私の事・・・忘れた?


僕がしっている彼女はこんなに理性的に喋るタイプではなかった。
それどころか僕の記憶より成長しているようにもみえる。

嘘だ・・・こんな事ありえない・・・

「忘れるわけないだろう!・・・だって君は・・・」



「だって君は僕が したんだから」
        殺 
 だって私は君に されたのだから

306ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:47:24

>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」

>「くるな!こないでくれ!くるな!」

「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」

ジョンの叫び声が木霊する。

「うーん・・・やっぱり、か」

バロールは這いずりながら叫ぶジョンに近づいていく。

>「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」

ジョンはひたすら虚空に向けて叫び続ける。
見えないなにかから逃げているように見える。

「ジョン君。僕の声が聞こえるかい?もしもーし?・・・うん!聞こえてないね!これは結構重症だなぁ」

出血自体はコトカリスの能力で治り始めてるいるが一向にジョンの怯え、叫びは止まらない。

「といっても私がジョン君にして上げれることは現状なさそうだし・・・」

バロールはそうだ!と手を叩き
他のブレイブ達に説明をし始めた。

「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」

「簡単に説明するならデメリットがある身体強化スキル・・・という所かな」

ジョンに残った力で回復と睡眠を促す魔法を掛けながらバロールは言葉を続ける。

「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
 代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」

赤いオーラを纏ってるのを見てもしかしたらとは思ってはいたんだけど。とバロールは言う

「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
 そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」

ジョン君ほど鍛えてなかったらあれほどの力を行使したのに
血を吐くだけで済むなんてありえないけどね。と付け加える

「なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
 色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ

「それと習得条件の難しさ、厳しさも君達が知らない理由の一つだろうね・・・
 このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」


「人を・・・殺した事があるかどうか」 


「だから相手が切り札として出してくるならともかくこっちからでると思わなかったよ」

「習得条件の一つが人殺しだという事はわかっているんだが・・・条件を限りなく似せても習得できない場合もあるし
 そもそもその条件全部を把握できていない・・・なんせ自動習得するタイプはそれだけでレア中のレアスキルだからね
 分かっている事はこのスキルを習得して使った者は碌な死に方をしないって事だけさ」

とある兵士は精神的な苦に負け自害した。
別の人間は肉体のダメージが致命的で、まるで破裂するように体がはじけ飛び命を失った。
さらに違う人間は何かに取り付かれたように戦場で死体の山を築き、その上で自分もまた、死体の一人になった。

「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
 血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」

307ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:47:41

「残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
 唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
 ・・・もう既に手遅れかもしれないけれど」

「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」

「さて・・・そろそろ放置しておくと暴れだす可能性があるね、兵士達!ジョン君を拘束して!」

ある程度回復したとはいえアジダハーカと戦闘して、疲労していてジョンはあっけなく拘束された。
それでも正常な状態ならば拘束できなかったかもしれない。
だが今のジョンは一種の錯乱状態にある、急激に落ち着いたり激昂を繰り返していた。

「仕方なかったんだ・・・仕方なかったんだよ・・・」

「拘束完了しました!」

ジョンは兵士達の手によって鎖でガチガチに固められていた。

「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
 私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」

肉体的なダメージならともかく精神的なダメージは防ぎようがない。

「あれが最善だった・・・僕は・・・」

「ニャー・・・」

ぐったりとした後にジョンは動かなくなる。

「回復と一緒に睡眠も掛けたけどやっと寝たか・・・とりあえず一安心かな?」

ジョンにしか見えない幻覚の少女は無表情のまま・・・ジョンを見下ろすのだった。


【ジョン君スキルのデメリットでご乱心】
【ジョン君気絶(睡眠)中】

308embers ◆5WH73DXszU:2020/03/05(木) 06:39:51
【ジャンクション・ポイント(Ⅰ)】

『ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

「……耐えたか」

『……ま……だ……! まだ、だ……!
 俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
 その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!』

「なら、通帳の預金残高で勝敗が決まるゲームを作るべきだったな」

『あと……1ターン……!』

「そうだ。それがお前に残された時間だ」

『あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
 そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
 どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――』

「俺達がBOTにでも見えてるのか?悪いが、ここは中国じゃない」

燃え尽きる寸前の焼死体の肉体/纏う未練の炎が一際激しく燃え上がる。
遺灰が舞う/風が渦巻く/熱が籠もる――火災旋風が、再び産声を上げる。

「あと1ターンもあれば、そいつにトドメを刺すには十分――」

振り翳される魔剣――だが不意に、焼死体の動きが止まった。
より正確には――焼死体の動作を補助する、フラウの動きが。

「……何のつもりだ、フラウ」

返答はない――白の甲冑はただ魔剣を下ろし、その場に跪く。

「何をしている、フラウ!追撃しろ!今を逃せば、もう勝機は――!」

〈――いいえ、それは出来ません。あなたが死んでしまいます〉

「死んでしまう?馬鹿言え、俺はもう死んでるじゃないか。
 なあ、つまらない冗談を言っている場合じゃないだろ」

返答はない――焼死体が呻き/藻掻く/だが何も出来ない。
残された肉体は左腕と、半分に欠けた頭部のみ。
スマホを操作する事も出来ない。

〈絶対に、嫌です。あなたを死なせはしない〉

硬く、鋭い、刃のような返答――純白の右手が、漆黒の左腕を抱く。

〈私を、二度も主を死なせた騎士にしてくれるな〉

「……代わりに俺が、二度も仲間を死なせた男になるのか?」

〈――いいえ。あなたは、矛盾している。彼らを仲間と認めているのに、自分に仲間がいる事を忘れている〉



『サモン――ガザーヴァ!』



〈プランAは成立しました。もう、あなたが命を懸ける必要はない〉

309embers ◆5WH73DXszU:2020/03/05(木) 06:43:28
【ジャンクション・ポイント(Ⅱ)】

『幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』

「はは……やってくれたな、明神さん」

焼死体は宙を舞う一対の風精を見上げる/全身を包む未練の炎が、激しく燃え上がる。
配られたカードで構築可能だった二つの勝ち筋、その一つが成立した。
よってアジ・ダハーカが仲間を傷つける事も最早、不可能。

『くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――』

「いいや、お前の負けだ。お前はもうチェスや将棋でいう『詰み(チェックメイト)』に嵌まったのさ」

仲間を守る/超レイド級の撃破――その両方が達成された。

『この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!』

「俺の……俺達の勝ちだ」

だが未練と執着の炎は――なおも禍々しく、蠢いていた。

310embers ◆5WH73DXszU:2020/03/05(木) 06:44:12
【ジャンクション・ポイント(Ⅲ)】
 
 
 


『焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ』

「プランBを実行するに当たって、必要な犠牲を払った。それだけだ」

『ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!』
『そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
 はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……』

「……ああ、そうだ。俺は……俺達は、誰にも真似出来ない偉業を成し遂げたんだ」

肉体を再生した焼死体が体を起こす/変身を解いてゲル状化したフラウを見下ろした。

「なんだ、その……悪かったな」

〈気にする事はありません。愚かな主を戒めるのも、臣たる者の務めです〉

焼死体が立ち上がる/相棒へと左手を差し伸べた。
割れた液晶に、フラウが吸い込まれるように消える。

「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」

そして皆に背を向けて、歩き出した。
荒れ果てた戦陣を、努めて平然と、歩いていく。
焼死体を包む黒炎は――未だに勢いを弱める様子がなかった。
傍に転がっていた蜥蜴の死体に背中を預けて、その場に腰を下ろす。

「……サモンしたら、お前は皆を呼びに行くだろ。だからこのまま聞いてくれ。
 悪いな、フラウ。どっちにしたって……俺はもう、ここで終わりだったんだ」

右手で衣嚢からライフポーションを取り出す/胸部へ突き刺す。
エアロゾル化した回復薬が全身を巡る――だが、足りない。
更に突き刺す/更に/更に――それでも火勢は衰えない。

「俺は……既に死んだ人間だ。魂だけの存在だ。記憶を正しく保存するメモリがないんだ」

未練と執着が、焼死体を焼き尽くす/その形質を、不可逆的に変質させる。

「だから……俺はもうすぐ、ただ俺の未練を晴らす為だけに存在する、何かになる。
 そいつは、恐らくだが……表面的には、俺と殆ど変わらない筈だ。
 皆を守る為に……俺は、俺のふりをするだろうからな」

衣嚢から右手を抜く――ポーションはもう、使い果たした。

「だから……悪い。そいつに付き合ってやってくれないか。俺の仲間を、守って欲しいんだ」

炎が肉体を完全に焼却すれば、[焼死体/■■■■]は己の存在のよすがを失う。
そして――[焼死体/■■■■]に酷似した何かが発生する。
ただそれだけだ。大きな変化は、何もない。

311崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:49:02
「……なんてこと」

なゆたは呆然と呟いた。
しかし、それはブレイブ&モンスターズ最強のモンスターの一角、魔皇竜アジ・ダハーカを撃破したことに対して――ではない。
確かにそれは奇跡のような大逆転劇。大金星の上の大金星。想像を絶する大番狂わせだった。
だが――それを成し遂げるため、なゆたたちはあまりにも大きな代償を支払いすぎた。
その結果――

>くるな!こないでくれ!くるな!

ジョンは突然地面に倒れ伏すと、何かに怯えるように大きな身体を悶えさせた。
目に見えない何かから必死で逃げようと足掻く、その哀れな姿からは魔皇竜の首を生身で叩き斬った勇士の面影はかけらもない。
あの、血のような毒々しい赤色の靄を伴ったバフ。
これは彼の使った正体不明のスキルの副作用なのだろうか?

>今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?

「……ブラッド……ラスト……?」

十二階梯の継承者は味方ではないのか、と詰め寄る明神をのらりくらりとやり過ごしたバロールが言う。
ブラッドラスト。聞いたこともないスキル名だ。
Wikiを編纂しているなゆたは、ブレモンに登場するスキルのすべてを知っている。
むろんその内容を網羅しているわけではないが、少なくとも名前を聞けば存在を思い出す程度の知識はあるのだ。
だが、そんななゆたの広範なブレモン知識を持ってしても、そんなスキルは見たことも聞いたこともなかった。

>なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
 色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ

バロールが説明を続ける。
彼の言い分は分かる。この世界はゲームのブレモンに酷似しているが、正確には違う世界だ。
何者かがこの世界を模倣してゲームを開発し、それをなゆたたち地球の人間にプレイさせた。
とすれば、まだゲーム実装されていないスキルがこの世界に存在したとしても、なにも不思議ではない。

さらにバロールはブラッドラストの発動条件のひとつに殺人の経験があること、まだまだ謎の多いスキルであること。
習得者は例外なく凄惨な死を迎えること、などをつらつらと語った。

「そんな……! ブラッドラストを解除する方法はないの!? バロール!」

>残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
 唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
 ・・・もう既に手遅れかもしれないけれど

アルフヘイム最高の魔術師、かつての魔王は残念そうにかぶりを振った。
だが、それは分かっていたことだ。ゲームの中でも一度習得したスキルを覚えなかったことにすることはできない。
プレイヤーにはただ、その使用不使用を決定する選択権が与えられるだけだ。

>君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・

「ジョン……」

ジョンは確かに、かつて人を殺めたことがあるのだろう。
しかし――だからといって、なゆたはジョンを殺人犯だとか。罪人だとか。そう忌避はしなかった。
もし快楽のために殺したというのなら、ここまで幻影に怯え苦悶することもないだろう。
何か、のっぴきならない事情があったのだ。そして、ジョンはそれをずっと心の傷にしてきた。
心の奥底でひっそりと眠っていた、古い傷痕。
それが、このアルフヘイムで開いてしまった。目の前の敵を倒すために、ジョンは自らそのかさぶたを剥ぎ取ったのだ。
そして今、傷口から流れ出る真新しい血に苦しんでいる。

>もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
 私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね

兵士にジョンを拘束させると、バロールはひとつ息をついた。
だが、説得などという生易しい行為で果たしてジョンが言うことを聞くだろうか?
なゆたが城郭で、殺すという言葉は金輪際使うなと。あれほど強く念押ししたにも拘らず――
彼は。それをあっさりと破ってしまったのだから。

312崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:49:32
代償を支払ったのは、ジョンだけではない。
エンバースもだ。エンバースは我が身を燃やし、その力をもってして魔剣を生み出し魔皇竜の臓腑を貫いた。
ほとんど真っ白になっていたエンバースだが、なゆたがジョンを見ている間にその姿は元の黒装束に戻っている。
思わず、なゆたはほっと安堵の息をついた。

>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む

切り札を使用する際のエンバースの言葉が、どうしようもなく別れを想起させるものだったからだ。
だが、彼は依然としてそこにいる。なゆたの傍に立っている。
確かにエンバースの切り札は、失敗すればその消滅を意味するものだったのかもしれない。
けれど――そうはならなかった。彼は賭けに勝ち、そしてその喪われた命をも繋げることができた。
彼の死体ならではの捨て身の戦いぶりは心臓に悪い。

「エ……」

右手を伸ばし、なゆたはエンバースの名前を呼ぼうとした。

>……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ

しかし、その手が、声が、エンバースに届くことはなかった。
エンバースは踵を返すと、ひとりで周辺の残敵の確認に歩いていった。
その背を追えばよかったのかもしれない。
エンバース、と。
待って、と。わたしも一緒に行くよ、と――
そう言えたのならよかったのかもしれない。
だが、言えなかった。
エンバースの背中が、何者をも拒絶するように見えたからだ。

「………ッ………」

おず、となゆたは伸ばしかけた手を引くと、軽く胸元に添えた。

「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」

ぱん! と手を叩き、バロールが〆に入る。
なゆたはその音に反応してびくり、と一瞬身体を震わせ、エンバースから視線を外した。

「そうだね、夜になる前に戻らなきゃ……」

帝龍を撃破した今、もうこの場所に用はない。件の帝龍は拘束され、気絶したジョンの隣に転がされている。
日が暮れれば気温は下がるし、何よりスマホを狙撃した正体不明の存在も気になる。
一刻も早くアコライト外郭まで撤退するのが賢い行動というものだろう。
とはいえ、ここ帝龍の本陣に来るために使った魔法機関車は今やボロボロになって横たわっている。どう見ても使用不可能だ。
300人の守備隊を引き連れて徒歩でアコライト外郭まで戻るとなれば、丸一日はかかる。
激戦を潜り抜けた兵士たちにそれは酷であろう。何よりなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の体力が持たない。
しかし、バロールには策があるらしい。

「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」

トネリコの杖を大きく振るうと、バロールの目の前の空間に巨大な黒い穴が出現する。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』。ミハエル・シュヴァルツァーや兇魔将軍イブリースがたびたび利用した転移の門だ。
ゲームの中では敵キャラが撤退する際に使う都合のいいギミックで、プレイヤーは使用できなかった。
だが、バロールはさすが元魔王なだけあって使用できるらしい。

「この門をくぐれば、一瞬でアコライト外郭へ帰れる。
 うん? 魔法機関車なんて使わないで、最初からこれを使っておけばよかっただろう……って?
 この魔法は転移魔法の常で、一度行ったことのある場所にしか行けないからね! 仕方ないね、はっはっはっ!
 さあ、帰ってごはんにしよう! わたしもヘトヘトに疲れてしまった、いやー働いた! 働いた!」

そう言うと、バロールはさっさと『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐって姿を消してしまった。
それから、守備隊の兵士たちも続々と門をくぐりアコライト外郭へと帰ってゆく。

「………………」

全員が門の向こうへと姿を消すと、最後までその場に残ったなゆたは軽く戦場跡地を見渡した。
そして最後に、マホロが活路を開くために自爆した場所へと視線を向ける。
ひょう……と広大な平地を冷たくなり始めた風が通り抜け、なゆたのサイドテールにした髪を撫でてゆく。
風は、まだかすかに焦げ臭いにおいがした。

「……さよなら……マホたん」

我が身を捨てて皆の命を護った、先輩『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
その挺身に感謝を、そして別れを告げると、なゆたは『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』へ足を踏み出した。

313崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:49:51
……いいにおいがする。

それは夕餉のにおい。ホッとする料理のにおい。
誰かが自分たちの帰りを待っていて、疲れた身体と心を癒すためのもてなしを用意してくれている――ということの証。
アコライト外郭には、守備隊以外にも人がいる。守備隊の家族や、守備隊相手に商売をしている人々だ。
そういった人たちが戦場へ向かった者たちを労うため、料理を作って待っていてくれたのかと思う。
果たして、それはその通りだった。城郭の中、兵士たちのレクリエーションルームや作戦本部を兼ねた食堂。
そのテーブルに所狭しと料理が並べられ、帰った兵士や『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを出迎えてくれた。
そして――



「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」



そこには甲冑を纏い、さらにその上からエプロンをつけたユメミマホロがいた。

「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」

なゆたは驚愕した。
右の人差し指で彼女を指さし、大きな眼をさらにこれ以上なく大きく見開いて、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
彼女のファンであるアコライト外郭守備隊も、一様に言葉もなく絶句している。
そう。
確かになゆたや明神たちの目の前で、マホロは仲間たちを守るために自爆した。
それは間違いない。嘘や冗談であったなど、ありえないのだ。
だというのに、マホロはここに確かに存在している。ゴーストでもアンデッドでもない。

「……な、なんで……?
 あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」

「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
 ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
 あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
 そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」

「マホた―――――――んっ!! 信じてたぜ―――――――――っ!!」

「マホたぁぁぁん! ホァッ! ホァァァァァ!!」

「俺たちのマホたんはフォーエバーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

唯一無二のアイドルの電撃的な復活劇に、それまでマホロの死に打ちひしがれていた守備隊たちは一気に復活した。
中には感涙にむせび泣き、感極まって横倒しに卒倒する者までいる。
お通夜ムードから一転、いつものコンサートのような活気に食堂が湧く。

だが。

兵士たちと違い、スマホを持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはすぐに気付くだろう。
今、自分たちの目の前にいるユメミマホロは『本物ではない』。
といって、まったくの偽者というわけでもない。言うなれば、半分だけ本物……とでも言えばいいだろうか。
なぜなら――

スマホに表示されたユメミマホロのステータスは、かつてのマホロと比べると見る影もなく弱体している。
レベルも昨日までは極限まで上げられていたものが、今はたったの5。ほとんど手つかずといった状態だ。
むろん、『聖撃(ホーリー・スマイト)』などのスキルも弱く、未収得のものが大半である。つまり――


このユメミマホロは新たに用意された『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』ということだ。


マホロは確かに死んだ。自爆して消滅した。
だが、それはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のパートナーモンスターが死亡した、ということである。
マホロの主人である『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこの事態を想定し、
マホロが自爆した直後に新たな『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をパートナーとした。
そうすれば、表面上マホロがすり替わったことに気付く者はいない。
……スマートフォンを持ち、マホロの主人と同様のプレイヤーとしての知識を持つ者以外は。

「マホ――」

「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」

なゆたがそれを指摘しかけると、咄嗟にマホロはなゆたの首に右腕を回して顔と顔とを寄せ、ぼそりと呟いた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がマホロの真実に勘付くのは容易である。
が、それは絶対に秘されていなければならない。少なくとも、彼女のファンである守備隊の皆には。

314崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:04
「……マホたん……」

以前のパートナーが死んだから、すぐに次に乗り換えた。そう取る者もいるかもしれない。
変わり身が早いと、死んだモンスターへの哀悼の気持ちはないのかと非難する者も――しかし、そうではない。
ブレモンのプレイヤーならば、すぐに分かるはずである。
金を、時間を、そして何より愛情をかけ、手塩にかけて育ててきたパートナーモンスターが喪われる、その悲しみが。

ペットロスという言葉がある通り、ペットの犬や猫はもちろん、亀や熱帯魚が死んでも深く傷つく人は多い。
まして、マホロは地球でVtuberとして活動してきたころから苦楽を共にしてきたマスターとモンスターだ。
ふたりは家族よりも親密に、二人三脚どころか一心同体でユメミマホロという存在として活動してきたのである。
その片方が死んだ。それは残されたもう片方にとっては、肉体を真っ二つに引き裂かれるほどの苦しみであろう。
ならば。その死を悲しむこと。悼むこと。
それだけが、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとっては何よりの癒しになったはずだ。

けれど――

皆に悼んでもらうことよりも、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はまだファンのために偶像を続けることを選んだ。
何よりもかけがえなく愛した、慈しんだパートナーの死を。悲しみを。嘆きを。
たった独りで抱え込むことを選んで。
ファンに希望を、光を、笑顔を与えることこそが、アイドルの役目。
マホロは今なお、それを続けようとしている。
それが『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』。
この異世界に召喚された自分のできる、たったひとつの冴えたやり方だということを理解している。

「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
 祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
 あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
 かんぱ――――――いっ!!」

「お――――――――――――――――っ!!!」

マホロが音頭を取り、エールをなみなみと注いだジョッキを掲げる。
守備隊の面々がそれに倣い、乾杯を始める。
かくして――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と守備隊が手当や入浴を終えた後、食堂でささやかな戦勝会が催された。
城郭に残っていた女衆が食糧庫の備蓄を惜しみなく開放して料理を運んでくる。
これからは、王都からの物資も定期的に送られてくるようになるだろう。もうトカゲを狩って食べる必要もない。
そもそもトカゲはもう出現しないのだが。

「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
 あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」

バロールがちゃっかり同席して、エールを鯨飲している。紅茶好きで下戸かと思ったら酒もいけるらしい。
しかも胸焼けするほど甘いバターケーキをつまみにして飲んでいる。
昼間に明神が言った質問に関しては、バロールはのらりくらりと話をはぐらかして明言を避けた。
挙句、まずは勝利をお祝いしよう! 無粋なことは後回しさ! と言ってエールを呷り始める始末である。
こうなってしまっては、無理強いもできないだろう。

「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
 月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」

「え、えっ!? わたし!?」

マホロが急遽用意されたステージに上がり、それまでちびちびとワイン代わりに葡萄のジュースを飲んでいたなゆたを指名する。
突然ふたりで歌おうと誘われ、なゆたは仰天した。
断る暇さえない。もごもご言っているうちになゆたは兵士たちに手を引かれ、ステージまで押し上げられてしまった。

「いよっ、待ってました!」

ジョッキを片手にバロールが無責任な歓声をあげる。完全に出来上がっていた。
そうこうしているうちにイントロが流れ始める。もちろん曲は『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。
身体を軽く揺らしてリズムを取っているマホロの隣でマイクを持ち、しばらく所在なさげに突っ立っていたなゆただったが、

「ええ〜いっ! もう、破れかぶれよっ!」

と気合を入れると、マホロに合わせて振付を始めた。
実は地球ではしっかりマホロの配信を観ていたなゆたであった。

315崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:19
そんな、大盛り上がりの祝勝会の中。
明神の左隣には見慣れない少女が座り、ひとつのジョッキを両手で持って静かにエールを飲んでいた。

年齢はなゆたと同じくらいだろうか。腰まである白銀色の長い髪の毛先近くを緩い三つ編みにした、淡い褐色の膚の少女だ。
深い紅色をしたアーモンド形の双眸の、文句なしの美少女である。
臍出しのショート丈半袖トップスにベストを羽織り、ローライズのホットパンツにニーソックスとショートブーツを履いている。
徹底的に軽装なスタイルは斥候(スカウト)や盗賊(シーフ)のようにも見える。
少女はほんの少しだけ横に尖った耳をときどき動かし、ステージの方を眺めてなゆたとマホロの歌声を聴いているようだった。
そして、時折明神の顔を横目でちらりと見ては、すぐに視線をステージの方へ戻す――ということを、ずっと繰り返している。

もちろん、明神にはそんな少女の見覚えなどないだろう。
当然『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではないし、アコライト外郭守備隊は男ばかりだ。
守備隊の関係者という可能性もなくはないが、なぜわざわざ明神の隣に座っているのかという問題がある。

そう。

もう言うまでもなく、この少女は――

「……ボクだよ。ガザーヴァ」

ガザーヴァは視線を逸らすと、ぼそ、と呟くように言った。
ゲームでは幻魔将軍ガザーヴァといえばダークユニサスに跨った黒甲冑の黒騎士、というグラフィックしかなかった。
だから、ガザーヴァの装備する鎧の中身は誰も知らなかったのだ。

「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
 戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか。
 パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
 第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」

ガザーヴァはベロベロバー、とばかりにバロールに向けて舌を出した。

「なんだよ。悪いかよ。
 ……似合ってないかよ」

明神の方を向き、軽く下唇を噛んで上目に睨みつける。
ガザーヴァは戦いが終わってすぐにカザハに詰め寄り、自分を『解放(リリース)』させた。
恨み骨髄の相手のパートナーモンスターになるくらいなら死んだ方がマシ、と今でも思っているし、
そもそも一度きりの助力という約束だった。
第一、ガザーヴァはれっきとしたレイド級モンスターである。
もし契約を続けるなら、ただ召喚しているだけでカザハは莫大なコストのクリスタルを支払わなければならない。
といって、普段はスマホの中に待機していて必要なときに召喚――など、ガザーヴァのプライドが許さない。
ガザーヴァに今後も協力してもらうとしたら、契約を解除しフリーにさせるのが最善なのである。

そういう流れで契約が解消され、野良モンスター扱いになっても、ガザーヴァはアコライト外郭を去るようなことはしなかった。
そして、今に至る。

「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」

「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」

ガタッ! と立ち上がると、ガザーヴァは明神を指さして強弁した。
が、すぐに手を下ろすと微かに頬を赤らめ、

「……セキニン。とってくれるんだろ」

そう、ごくごく小さな声で言った。

バロールの言うとおり、三魔将の一角である幻魔将軍ガザーヴァがアルフヘイム側に付けば、大きな戦力アップになる。
ガザーヴァは外道と卑劣の二文字が人の形を取ったようなキャラクターだが、反面でバロールの忠臣という側面も持つ。
明神がかつてのバロールのようにガザーヴァの心の拠り所となるのなら、決して裏切ることはないだろう。

しかし――大幅な戦力の増強が図れた一方で、新たな懸念材料はまだ厳然とそこに残り続けていた。

……ブラッドラスト。

316崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:36
あの呪いとも言えるスキルがジョンの中にある限り、また同じ状況が繰り返されてしまうかもしれない。
いや、幻覚に悩まされ昏倒するだけならまだましというものだろう。

ブラッドラストを習得した者は、例外なく凄惨な最期を迎える――。

その言葉がずっと気になっている。そして、このままではきっとジョンも早晩その犠牲者の列に名を連ねることになるだろう。
このまま放ってはおけない。早急にブラッドラストに対する措置を講じなければならない。
できればジョンが生涯そのスキルを使わずに済むような、そんな措置を。

「ブラッドラスト……血の終焉……。
 ……呪い……か……」

マホロとのデュエットを終えてステージから戻ったなゆたは、腕組みして考える。
呪いを解くには、聖属性の『解呪』の魔法が一番手っ取り早い。
他にも『浄化』『祝福』など、聖属性には呪詛に対する抵抗手段が他属性とは比べ物にならないほど多い。
バロールは方法はないと言っていたが、それはあくまで彼の知識の中では、ということだろう。
だとしたら。
彼の手の届かないジャンル、思慮の及ばない場所に、解決のヒントが隠されているかもしれない。
祝勝会の喧騒が遠く感じられるほどの、深い深い思考。熟慮。
その末に――

「……エーデルグーテ」

なゆたは小さく、ひとつの名前を口にした。

聖都エーデルグーテ。
アルメリア王国の国教でありアルフヘイムの世界宗教である、プネウマ聖教の聖地。
教会はこの世界は太祖神の吐息(プネウマ)によって形作られている――という教義のもと、父なる太祖神に祈りを捧げている。
ブレモンのプレイヤーたちも、ストーリー上重要な役割を果たすかの聖都を訪れたことは必ずあるだろう。
そして、聖都はその名の通り聖属性の総本山でもある。
当然のように、呪詛に対する手段もアルフヘイム随一の数を誇っているだろう。
バロールは魔王であり、その属性は闇。ニヴルヘイムの知識には聡くても、アルフヘイムの聖域の知識に関してはどうか?
もしかしたら、バロールも知らない解呪の最新術式が生まれているかもしれない。

「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」

立ち上がり、仲間たちを見回すと、なゆたはそう提案した。
そして、そんななゆたの背を今まで沈黙していた者が後押しする。

《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
 さて、頃合いやねぇ。せっかくの祝勝会の中、水を差すようで悪いんやけど……。
 そろそろお仕事の話をしてもかまへんやろか〜?
 いや、別にみんなはお祝いしてるのにうちだけキングヒルで書類に囲まれとるとか。
 いけずやわぁとか、そんなことは全然考えてへんえ?》

『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のスマホから音声が聞こえる。みのりの声だ。

「おおっと! 五穀豊穣君のことをすっかり忘れていた!
 じゃあ、そろそろ――次のクエストの話をするとしようか。
 君たちの新たに向かう場所の話を……ね」

バロールもジョッキを置き、一度咳払いをする。
そんな空気に身を引き締めるように、なゆたもまた居住まいを正した。

《うちも、次はみんなにエーデルグーテまで行ってもらおかと思とってなぁ。
 エーデルグーテについては、うちが説明せんでもみんな分かっとるやろ?
 ゲームでも一度は行ったことがあると思うんやけど……。万象樹ユグドラエアの麓に位置する、プネウマ聖教の聖地やね》

「みのりさん……。どういうこと?
 どっちにしても、わたしたちはエーデルグーテまで行かなくちゃいけないって?」

《せやね。アルフヘイムで戦うなら、聖都のバックアップは不可欠や。
 アルメリア王国の影響力は国外では著しく減退してまうけど、プネウマ聖教会の権威は国外でも絶大やからね。
 これからはアルメリアの外にも行ってもらわなあかん場合も出てくるし、協力者は多い方がええもんねぇ。
 ただ――》

そこまで言って、みのりは言葉を切った。
エーデルグーテまで行く、ということ自体は問題ない。しかし――

317崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:49
エーデルグーテは『遠い』。

聖都エーデルグーテのある万象樹ユグドラエアは、根源海という海洋の真ん中にそびえ立っている。
そこに陸地があるわけではなく、海の中から樹が生えているのである。
ユグドラエアの幾重にも絡み合った巨大な根が陸地の代わりとなり、そこにエーデルグーテが存在している。
当然、徒歩では行けない。根源海を渡るには、紺碧湾都アズレシアで船を借りるしかない。
そして、アルメリアからアズレシアへと到達するためには、国境にある橋梁都市アイアントラスを抜ける以外ないのである。
さらに、キングヒルからアイアントラスに行くにはその前に穀倉都市デリントブルグを経由せねばならず、
その穀倉都市の面積がやたらと広い。

通常、アルメリア王国から聖都エーデルグーテに行く巡礼者は、行きと帰りで最低二年は旅程を見積もるのが常識である。
尤もそれは交通機関を使わず行く場合であって、魔法機関車などを使う場合はその限りではない。

「でも、頼みの綱の魔法機関車は壊れちゃったからね……。
 わたしはキングヒルに戻るから、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』は使えない。
 申し訳ないが、君たちには徒歩で行ってもらうしかないかなぁ」

「ちょっ、ちょっと待って!
 巡礼では、片道だけでも一年はかかるんでしょ!? そんな時間――」

「なに、案ずるには及ばないさ。
 わたしがキングヒルへ戻るのは、魔法機関車の修理という意味もある。
 軌条は敷かれているんだ、魔法機関車が修復されたらすぐに君たちの後を追わせよう。
 まぁ半月ってところかな? 君たちの足なら、アイアントラスくらいには到着しているだろう。
 よし! じゃあ、半月後にアイアントラスで魔法機関車と合流! ということで!」

アイアントラスから先はアルメリア王国領ではなく、隣国のフェルゼン公国だが、鉄道は敷かれている。
魔法機関車とアイアントラスで合流すれば、アズレシアまではすぐだろう。
アズレシアで船をチャーターし、アズル湾から根源海へ出航して、万象樹ユグドラエアの麓にある聖都エーデルグーテを目指す。
それが、次のクエストとなった。

《きっと、ニヴルヘイム――あちらさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も現れるはずや。
 平坦な道のりではないと思う……けど、うちもバロールはんもサポートするさかい、安心しとくれやす〜。
 ジョンはんのこともあるし、明日すぐ出立とは言わへんよ。まずはそっちで体力回復してから、かなぁ》

「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。 
 デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
 それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
 みんなもそれでいい?」

なゆたはパーティー全員の顔を見て、意見を募る。

「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
 みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
 わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
 ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」

「ヤダ」

「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」

折れた。
ともかくジョンを中心に、徹底的にジョンを矢面に立たせないパーティー編成を取る。
ブラッドラスト発動の引き金になるようなこと一切からジョンを遠ざけようという意図である。
何なら馬車を調達し、ジョンをその中に入れてもいいだろう。

318崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:51:05
「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」

旅装を整えたなゆたは、城郭の門まで見送りに来たマホロや守備隊に礼を述べた。
結局、アコライト城郭にはキングヒルからの物資到着を待つなどして一週間ほど逗留した。
馬車にデリントブルグまでの食料などを積み込み、準備も万端だ。
なお、バロールは捕縛した帝龍を伴い『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』でキングヒルに帰った。

「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」

マホロが頷く。
城郭に逗留している間、なゆたはもう一度マホロにパーティーに加わって欲しいと告げた。
だが、マホロは首を縦に振らなかった。
今のマホロはかつての極限まで鍛え上げられていたマホロではない。
例えパーティーに入ったところで、足手纏いにしかならないだろう。
それに、そもそもマホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこか一箇所から移動することができない。
マホロの配信には、拠点が必要不可欠だ。そもそも旅のできるタイプではないのである。
そして、何より――
アコライト外郭の人々が、まだユメミマホロを必要としている。

「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
 あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
 なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」

半身の死を乗り越え、愚直にアイドルを続ける。人々の希望であり続ける。
それもまた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の在り方のひとつだろう。
そこまでの覚悟を決めているマホロを、なゆたはそれ以上誘うことはできなかった。

「帝龍の脅威がなくなっても、アコライトがアルメリアの最終防衛線であることは変わらない。
 マホたん、城郭の防衛、よろしくね。
 わたしもずっとお祈りしてる。アコライトのみんなが、マホたんが、ずっと幸せであるようにって」

「ん! また会いましょう、平和になったアルフヘイムの空の下で――!」

ぐっ、とふたりは固い握手を交わし、再会を約束しあった。

「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」

「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」

守備隊たちも別れを惜しんで、男泣きにむせび泣いている者もいる。
だが、別れを惜しんでばかりはいられない。きっとニヴルヘイムは帝龍の敗北を知り、すでに新たな策を練っているはずだ。
帝龍のスマホを破壊した『十二階梯の継承者』、マリスエリスの動向も気になる。
ジョンのブラッドラストを一刻も早く何とかして、アルフヘイムを救う次の一手を打たなければならない。
立ち止まっている時間はないのだ。

「じゃあ――行きましょう、みんな!
 根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
 レッツ・ブレ――――イブッ!!」

マントをはためかせ、大きく右手を振り上げると、なゆたは意気揚々と歩き始めた。
次なる冒険の地へ。新たなクエストへ。


……まだ見ぬ試練の待つ、過酷な戦場へ。


【アコライト外郭防衛戦決着。ジョンのブラッドラスト対策のため、聖都エーデルグーテへ。
 帝龍は身柄をキングヒルへ護送。幻魔将軍ガザーヴァがパーティーに参入。
 ユメミマホロ離脱。】

319カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:43:36
>「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」

意識朦朧状態のカザハを背に乗せた私は、明神さんの後に続く。

>「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」
>「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」

エンバースさんはよく分からない事になっていたしジョン君は例によって血塗れになっていたが、とにかく生きていた。
一件落着かと思われたが、どこからか飛んできた矢が、帝龍のスマホを貫通する。

>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」

明神さんがバロールさんに詰め寄る。
そういえば帝龍は、まるでバックに十二階梯がいるかのような発言をしていた。

>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」

バロールさんの視線の先では、ジョン君が這いずりながら発狂していた。

「どう……したの?」

ただならぬ雰囲気を察したカザハが呟いて身を起こそうとする。

《何でもありません……寝ていてください》

今のカザハには何が起こってもあっけらかんとしていたある意味でのメンタルの強さはもう無い。
それどころか我に返ったばかりの状態だ。いきなり凄惨な光景を見たらどうなるか分からない。

「解放《リリース》? そうだったね……。力を貸してくれてありがとう。これで自由だね……」

ガザーヴァの求めに応じあっさり『解放(リリース)』するカザハ。
きっと分離するために後先考えずに捕獲という手段を取ったのだろう。
激レアレイド級モンスターをパートナーモンスターとして連れ回すなんて、身が持たない。

「こっちも、必要だったかな……」

カザハは朦朧としたまま浄化の風《ピュリフィウィンド》を発動させると、また気絶してしまった。

>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」

エンバースさんが皆に背を向けて歩きだす。
若干の不自然さを感じたが、しょっちゅう一人行動してるしな……ということで納得することにした。

320カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:44:59
>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」

ど○でもドア、じゃなくて『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜って私達は撤収した。
アコライト外郭に帰ると、いい香りが漂っていた。カザハがぱっちりと目を覚ます。

「うわあ、いい匂い!」

《反応早っ! まさかお腹がすいて気絶してただけってオチじゃないでしょうね!?》

>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」

「マホたん!!!!????」

>「……な、なんで……?
 あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
 ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
 あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
 そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」

>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」

「アイドルって……すごい……」

カザハは畏敬の念を込めて一言だけ呟いた。
マホたんのブレイブがどこにいるのかは未だに分からないが、何故決して姿を現さないのかは、分かり過ぎる程分かってしまった。
「ご飯にする?お風呂にする?」と聞かれるまでもなく、
全身傷だらけではあるものの奇跡的に重傷は無かったカザハは、回復薬入りの風呂に雑に放り込まれた。
カザハは首まで浸かって体育座りをしながらスマホの中の私に話しかけてきた。

「いつかボクが語る伝説の主人公はなゆちゃんだと思ってた――」

《そりゃまあいかにも王道ド直球主人公属性ですからねぇ。ん? ”思ってた”?》

「自分でもよく分からないんだけど……ラスボスを倒す最強の剣がう○こソードだって構わない、そんな気分なんだ……」

《どんな気分ですか!? ってかう○こソードとか言うから不審な視線が集まってるじゃないですか!》

皆が身繕いを終えると、マホたんの音頭で戦勝会が始まった。

321カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:46:34
>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
 祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
 あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
 かんぱ――――――いっ!!」

>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
 あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」

「バロールさん……なんで知ってて黙ってたの!? 本当に危ないところだったんだから!
それに今回は十二階梯は向こう側に付いてるわけ!?」

1巡目の記憶を中途半端に思い出したカザハがバロールさんが質問攻めにするも、もちろんまともな答えが返ってくるはずはない。
のれんに腕押し、糠に釘である。

>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
 月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」

>「いよっ、待ってました!」

「なゆちゃんの歌聞きたーい!」

バロールさんができあがってるのはもう突っ込まないとして。
カザハさん、なんであなたオレンジジュースでできあがってるんですかね!?

「そうだ、ちゃんとお礼言わなきゃ……」

喧騒に紛れ、意を決したように明神さんの方に行こうとして足を止める。

>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
>「……セキニン。とってくれるんだろ」

「……ご愁傷様です」

タイミングを逃したカザハはそそくさと立ち去った。
しかしこんなにあっさりと中身のグラフィックが実装されるとは思わなかったですよ……!
なんとなくもうちょっと引っ張るものかと……。
それにしてもなんだあのあざとさは! 自分が美少女であることを自覚してそうで実に怪しからん!
1巡目カザハなんて色気0の野生のナマモノ(※ただし外見だけ美少女)状態でしたよ!?
なゆたちゃんは、何やら考え込んでいる様子。
カザハはジョン君の元へ行き、ブラッドラストのことには敢えて触れずに生きて欲しいと告げる。

「ジョン君、ボクとガザーヴァを殺さないでくれてありがとう。だから君も……生きてね」

322カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:48:31
やがて今後の方針が決まったらしく、なゆたちゃんが皆を集める。

>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。 
 デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
 それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
 みんなもそれでいい?」
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
 みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
 わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
 ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」
>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」

「ちょっと根本的なことを聞いてみるんだけど……みんなと一緒に行ってくれるの?」

ナチュラルにガザーヴァが加入する雰囲気になっていることについて確認するカザハ。
私も、なんとなく仲間になりそうな感じはしてたけど別動隊で偵察とかしてくれるのかな、となんとなく思ってました。
例えるなら某タイムトラベル系超有名名作RPGで魔王が仲間になった時の「え、お前一緒に来るの!?」という衝撃に近いものがある。
考えてみれば元魔王の指示で動いてるわけだから元魔王の手下が仲間になるぐらい今更っちゃ今更だけど。

「……そっか! ありがとう! みんなをよろしくね!」

答えを聞いたカザハがほんの一瞬だけ複雑そうな顔をしたのは気のせいだったのだろうか。
満面の笑みでそう告げた。

その夜、皆が寝静まった頃――カザハは突然私に告げた。

「カケル、一緒に帰ろう。随分無茶させたね……もう危険な戦いなんてすることないよ」

《いきなり何を言ってるんですか!? 鳥取には帰れませんよ!?》

見れば、荷物をまとめて夜逃げの準備をしている。といってもまとめる程の量もないけど。

「あはは、砂漠じゃなくて草原の方!
“カザハ・シエル・エアリアルフィールド”――思い出したんだ、この世界でのボクの名前。
よく考えてみればさ……時間が巻き戻ってボクが死んだのは無かったことになって無事にガザーヴァも分離した。
異邦の魔物使い《ブレイブ》を廃業して全部忘れた振りをして何事も無かったように帰れば全て元通りだ。
多分今頃最近ちょっと姿を見かけない程度の扱いになってるよ」

《確かにあの一族、細かい事は気にしないしいきなり性別が変わってもイメチェン程度で流しますもんねぇ……じゃなくて!》

「そもそも自分の意思で何かを頑張るなんてガラじゃない生粋のニートだから!
丁度良く超上位互換キャラが加入してくれるらしいから面倒なことは全部お任せして楽しいニート生活に戻ればいいじゃない!」

風渡る始原の草原にいれば風の魔力を食って生きれるから食うに困らない。
そう、私達は生粋のニートだったのだ。
三桁レベルに年期の入った筋金入りのニートがよく会社員なんて出来てたな。すげー! ……じゃなくて!

323カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:49:52
《もしかして……》

カザハはほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「アイツがあのパーティーでやっていくなら……ボクはいない方がいい。
今度は憎い相手の事なんて忘れて楽しくやってほしいから。
アイツの拠り所は明神さんがサブリーダーを勤めるあのパーティーだけなんだよ? ボク達には帰る場所がある……」

かと思うと、すぐに元の調子に戻ってしまう。

「ってのは建前で本当は背中から刺されそうで気が気じゃないしね!
そうじゃなくても妖怪キャラかぶりが出現して引換券とかいうあだ名が付いちゃうのがオチじゃん!」

《本当にそれでいいんですか!? 約束したじゃないですか! 伝説を語り継ぐって……》

「あれが本当の気持ちだったのかももう分からない……。
今まで前の周回の洗脳引きずってなんとなくいい奴やってただけなんだよ?
本性が知れたら幻滅されるだけだ。だからこれで……いいんだ」

そして、寝ている明神さんに先刻言えなかった感謝を一方的に告げる。

「明神さん、ありがとう。あの瞬間、ボクは確かに異邦の魔物使い《ブレイブ》だったよ――」

大昔のアイドルみたいなふざけた置手紙を机の上に置く。

【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】

もう止めることは出来ないと悟った私は、これでいいのかもしれないと思い始めていた。

「いくよ、カケル――解放《リリース》だ」

こうして契約は解除され、カザハと私はブレイブとパートナーではなくただの仲の良いモンスター同士に戻る――
はずだったのだが。何も起こらなかった。

「……あれ? 出来ない?」

《何かの仕様……ですかね? 初期の固定パートナーだからとか今モンスターが私しかいないからとか……?》

頭を捻っていると、カザハが突然悲鳴をあげた。

「ぎゃぁああああ!?」

《いきなり何ですか!?》

「スマホに怪文書が……!」

“お前の考えることは、全部すべてまるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだ!”

スマホを見ると、どこかで聞いたことのあるようなフレーズが表示されていた。カザハは大混乱だ。

324カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:50:53
「何!? ウィルスに感染した!? ボットを仕込まれて監視されてる!?」

追い打ちをかけるように怪文書の続き。

“逃亡したら地球時代の写真を拡散します”

「それは駄目ぇえええええ! って画像消えないし! そうだ、電源切ろう! ……電源も切れない!!
間違いない、呪われてる! 魔法の板だと思ったら呪いの板だった……!」

カザハは地球時代の写真を削除しようとしたりスマホの電源を切ろうとしたりして
ひとしきり大騒ぎした後、頭を抱えながら結論を出した。

「仕方がない、聖都エーデルグーテに行って解呪してもらうしかない……!」

《解呪できますかね!?》

【夜逃げ失敗】

「今テロップが流れていった気がする……」

《スタンとかの文字は出るけど流石にそういう仕様は無いと思いますよ!?》

カザハは頭を抱えながらも、どこか安堵したような表情をしていた。
それから出発までのカザハは意外と真面目で、弓矢を調達して練習したりしていた。
すぐに達人級の腕前になったが、風の軌道操作スキルを使っているので反則もいいところである。
差し当たっての行軍では、哨戒を任されている。
風の軌道操作スキルと組み合わせれば、敵の射程範囲外から牽制するのに最適なのだ。
そして、出発の日がやってきた。

325カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:51:40
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
>「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」

「マホたん……ありがとう」

この時間軸でカザハは生き永らえたが、1巡目では死ぬことは無かったモンスターのマホたんが死んでしまった。
歴史改変に必ずつきまとうジレンマ――
たとえ後に多くの命が助かる改変だったとしても、改変したばかりに死んでしまう命もある。
生き永らえた者に出来ることは、ただ感謝するだけだ。

>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
 あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
 なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」

カザハはすっとアコライトを守り続けるというマホたんを眩しそうに見ながら、ほんの少し気まずそうにしていた。
今のカザハには自分の意思で何かをやり遂げる甲斐性は皆無なのである。
反面、外部からの不可抗力で追い込まれれば観念して意外と頑張る。昔からそうだった。

>「じゃあ――行きましょう、みんな!
 根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
 レッツ・ブレ――――イブッ!!」

「レッツ・ブレーイブッ!!」

夜逃げを企てた気配などおくびにも出さずに、お約束の掛け声と共に右腕を振り上げる。
こうしてカザハは某有名RPG5作目の銀髪剣士の独壇場とされている引換券市場に無謀にも参入してしまったのである。
今のところエーデルグーテに着いたら解呪(?)して夜逃げする気満々らしいが、
私の予想だとエーデルグーテは超遠いから絶対道中で気が変わる。賭けてもいい。
どれぐらい賭けてもいいかというと――

百万引換券ぐらい。

326明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:20:51
帝龍撃破の戦勝ムードにぶっかけられた冷水。
『詩学の』マリスエリスと思しき射手から受けた狙撃について、
当然の疑問を俺はバロールにぶつけた。

>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」

だがバロールは、答えに言及するのを避けた。
胡散臭いイケメンのいつものはぐらかしともとれるその言動を、咎める権利が俺にはあったが、
追求は後回しにしとくべきっつうのには同感だった。

>「くるな!こないでくれ!くるな!」

ジョンが、錯乱している。
あいつの近くには何も居ない。少なくとも俺には見えない。
『見えない何か』を拒絶し、振り払うように暴れ続けるジョンの姿は……尋常のものじゃなかった。

>「……なんてこと」

隣でなゆたちゃんが慄然とつぶやく。
一字一句おんなじ気持ちだった。なんてこった。
兆候がなかったわけじゃない。先の戦いでも、あいつは自分を見失っていた。

「あの赤黒いモヤモヤ……ヒュドラの時と、同じだ。
 なんなんだよアレ、あんなエフェクトゲームじゃ見たことねえぞ」

ただの臨戦の興奮、アドレナリンの過剰分泌なんかじゃ説明がつかない。
なにか、致命的な歯車の食い違いが、奴の中で起きている。
カザハ君の言葉を借りるなら、『キャラが変わった』。変わっちまっている。

俺達の驚愕と戦慄をよそに、バロールは興味深そうにジョンの様子を観察していた。
やがて手の施しようがないと見るや、振り返って解説を始める。

>「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」

「ブラッドラスト。なにそれ知らない……俺が知らないって相当やぞ」

自慢じゃねえけど俺はパッチノートの内容を実装年月日と合わせてソラで言える。
モンデンキント対策で有用そうなスキルはあらかた研究し尽くしたからな。
なゆたちゃんもピンと来てないところを見るに、ガチのマジで未実装のスキルらしい。

>「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
 代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」

強大な力。そいつは思いっきり目の当たりにしたばかりだ。
ジョンのガタイすら隠れそうな、バカみたいにデカい剣を振り回す膂力。
そいつで超レイド級のぶっとい首を叩き斬る、冗談みたいな攻撃力。
地球原産の、『ただの人間』がそれを成し遂げたってことの意味を、もっとよく考えるべきだった。

>「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
 そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」

――神がかり的な戦闘力の代償。
ジョンの精神はそれに苛まれ、人間性を失いつつある。
さながら、化け物と戦いすぎた人間が化け物になっちまうように。
覗き込んだ深淵から、覗き返されるように。

327明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:21:45
>「このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」

俺はどこか上の空でバロールの解説を聞いていた。
だが、もったいぶるように一段落とした声色だけは、否応なしに頭蓋を直撃した。

>「人を・・・殺した事があるかどうか」 

頭の中で何かがつながるような感覚。
堰を切ったように溢れ出した記憶は、前線へ向かう途中でジョンが口にした言葉。

――>『大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない』

「……マジかよ」

過去のジョンの言動と、いま奴を蝕む現状が、一本の線で結ばれた。
ブラッドラストの習得条件は、殺人経験の有無。
そしてジョンはその口で、かつて人を殺したと、そう語った。

俺はあの時、ジョンの告白は敵に回ったカザハ君を呵責なく殺すための方便だと思っていた。
だけどあの言葉が、なんの比喩でもなく、純粋に人を殺した罪の吐露なのだとしたら。
俺達は、人殺しとパーティ組んで旅をしてきたことになる。

人を、殺した。
地球にいた頃なら、その事実だけで社会から隔離されるべき危険因子だ。
現代社会は同胞殺しを決して許すことはないし、そう扱われるべき大罪に違いない。

アルフヘイムに召喚された今なら事情は変わる。
着の身着のままでほっぽり出されて、野盗なんかに襲われて、正当防衛的に相手を殺したのかもしれない。
街中ならともかく、荒野で殺った殺られたなんてのは日常茶飯事だろう。
なんなら俺達だって、一歩踏み込んでりゃミハエルも帝龍も殺していた。

だが、ジョンの怯えようは、錯乱ぶりは、その手の『正当性のある』殺しに対するものには見えない。
深い罪悪感と罰への恐れは、まさに殺人が罪になる世界の感覚だ。
こいつは一体――どこで、誰を殺したっていうんだ。

>「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
 血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」

バロールはなおも饒舌に語る。
スキル習得者はみな、凄絶で陰惨な最期を辿る……血塗れの終焉、故に『ブラッドラスト』。

「最後(last)で渇望(lust)ね。癪に障るくらい小洒落たネーミングだぜ。
 そんで行き着くところはみな血の錆(rust)ってわけか?ぞっとしねえな」

>「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」

こうしてバロールの解説を聞いてる間にも、ジョンは虚空へ向かって叫び続けている。
かつて自分が殺した相手に、弁明している。その姿はあまりにも痛ましい。

「……もう見てらんねえよ。どうにかなんねえのかバロール」

>「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
 私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」

「"こんな事"じゃねえよ。……俺達にとってはな」

こいつの超絶超然上から目線にはもう慣れっこだけど、俺は釈然としない気持ちでいっぱいだった。
ジョン・アデルは、ただのアルフヘイムの駒なんかじゃない。『人数』で語れる存在じゃない。
俺達の大事な仲間で――俺の数少ない大親友だ。

328明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:22:22
このクソスキルがジョンの心と身体を蝕んでるってんなら、使わせないようぶん殴ってでも止める。
ブラッドラストがどれだけ有用でも。使わなけりゃ勝てない相手と戦うことになったとしても。
それでジョンが犠牲になるのだけは、許せなかった。

>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」

暫くスマホとにらめっこしてたエンバースが、思い立ったように俺達に背を向ける。
いつの間にか白い四肢はいつもの焼死体フォルムに戻っていた。

「あっおい、あんま遠く行くんじゃねえぞ。お前も調子万全ってわけじゃねえだろ」

見た目には全部元通りって感じだが、あの戦いでエンバースもまた確かに変質していた。
俺の問いに『必要な犠牲を払った』とだけ答えたこいつが、何を失ったのか、窺い知ることは出来ない。
なゆたちゃんが立ち去らんとするエンバースに声をかけようとして、結局何も言えずに手を引っ込る。
彼女と同じように、俺もまた、奴の背を追うことは出来なかった。

>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」

バロールの声だけが能天気に響く。
そうじゃん。結局帰りのアシどうすんの。こっから徒歩で帰れとか言われたら泣きますよ俺は。

>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」

そんな心配をよそに、バロールは杖を一振り。
すると虚空にぽっかりと穴が空いて、向こう側にはアコライトの城壁が見えた。

……門じゃん。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』じゃん!!
ニブルヘイムの糞どもの十八番、インチキテレポートの!!!
なにサラっと使ってんだおめー!やっぱこいつ魔王じゃないの???

とまれかくまれ、帰路の算段はこれでついた。
ゲームじゃ散々煮え湯飲まされたとんずら魔法にも今だけは感謝せねばなるまい。

>「……さよなら……マホたん」

門をくぐる直前、なゆたちゃんが振り返り、戦場跡に向けてそう呟いた。
俺は……聞こえなかったフリをした。
その感傷は、なゆたちゃんだけのものだ。他人がしたり顔で共感するもんじゃない。
そして、俺には俺の、感傷がある。

ユメミマホロは居なくなり、だけどこの世界を守る理由はひとつ増えた。
彼女の死が、無駄じゃなくなるように。
その遺志も一緒に連れて、彼女の愛したアルフヘイムを救おう。

 ◆ ◆ ◆

329明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:22:59
>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」

アコライトに戻ったら、マホたんが居た。
普通に居た。

…………………………は!!?!?!?!???!!!???

食堂にずらりと居並ぶご馳走の向こうで、ユメミマホロは変わらぬ人好きのする笑顔を俺達に向けた。
俺は目頭を揉んで、もう一度前を見た。
マホたんのエプロン姿はいつ見ても可愛いなあ。

>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」

隣でなゆたちゃんが目の前の情報を処理しきれずにバグっている。
俺はといえば、やっぱりCPU使用率が120%を超えて、脳みそがフリーズしていた。
とりあえず一旦深呼吸しよ?あー空気おいちい!マホたんの存在する空気おいちいよぉん!!!!!

>「……な、なんで……?
 あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
 ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!」

「せ、説明を放棄しやがった……!今日びワンピースでも人死にが出るんですけお!!」

男塾じゃねえんだぞ!特に理由なく生き残ったり生き返ったりしてんじゃねえよ!!
いや生きてて良かったんですけどね!良かったんですけどね!!??
俺となゆたちゃんの涙返せよ!!!!!

……実際のところ、自爆スペルを使ったマホたんが生き残ってるはずはない。
石油王の藁人形でも自爆は対象外だったはずだ。
それなら、今目の前でニコニコしているユメミマホロは一体何なのか。

その答えは、説明を受けるまでもなく分かった。
マホたんのレベルが下がってる。いや、下がったってのは多分、語弊がある。
ユメミマホロの名を持つ『笑顔で鼓舞する戦乙女』は、あの時確かに死んだのだ。

――二体目の『笑顔で鼓舞する戦乙女』。
ユメミマホロ(中の人)は、抜かりなく後継者となるべき戦乙女を用意していた。

>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」

なゆたちゃんの指摘をマホたんは制す。
戦力になりようもない低レベルの戦乙女を影武者に立てた理由は一つしかない。
オタク殿たち、アコライト守備隊の為だ。

彼らにとって、ユメミマホロは単なる戦意高揚のイコンではない。
孤立無援の逆境にあって明日を生きる意志を支える、文字通りの生きがい。
絶望に塗れた戦場を照らす福音であり、祝福だった。

旗手を欠いた守備隊は、どれだけ空元気を振り絞ったところで、いつか瓦解する。
今後も攻めてくるだろうニブルヘイムの軍勢に、抗うだけの気力を生み出せない。
マホたんと共に戦うというただそれだけが、彼らの拠り所だったからだ。

一度は失われた祝福を、彼女は再建した。
この先も、アルフヘイムを、アルメリアを、アコライトを守り続けるために。
オタク殿たちが、明日も笑って生きていけるように。

330明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:23:31
「この世界でも……やっぱ今世紀最高のアイドルだぜ、マホたん」

これがユメミマホロの選んだ道なら、俺は変わらずその背を押そう。
オタク殿たちを騙し続けるのなら、俺がその共犯になる。
そして推し続けよう。今のところたった一人の、俺の推しメンだからな。

>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
 祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
 あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……かんぱ――――――いっ!!」

「うおおおおおおっ!かんぱーい!!!!」

今だけは、あれこれ考えるの止めたって良いよな。
マホたんの音頭に合わせて、俺はジョッキを高く高く掲げた。

>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
 あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」

「ウソだろこいつ……このゲロ甘ケーキで酒飲んでやがる」

バロールの飲みっぷりに俺は戦慄していた。
いやウイスキーとかチョコレートつまみに飲む奴いるけどさぁ。
どー考えてもエールにケーキは合わねえだろ。でも饅頭食いながら焼酎うめえな……。
過労より先に糖尿病でぶっ倒れんじゃねえのこいつ。

>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
 月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」

「おーっ!いいねいいね!!ぼくなゆたちゃんのおうたききたーい!!
 うひゃひゃひゃ!げひゃひゃひゃひゃひゃはははっははあはは!!!」

ステージに引っ張り上げられたなゆたちゃんを俺はゲラゲラ笑いながら見送った。
会場はもうだいぶ出来上がってる。しばらく物資不足の緊縮財政でまともな酒なんて飲めなかったもんな。
俺も希釈してないワインなんか久しぶりで、それはもう気持ちよく酔っ払っていた。

ほどなくして曲が始まる。
もうお馴染みになった全宇宙最高の神曲『ぐーっと☆グッドスマイル』である。
戸惑いながらマホたんに合わせていたなゆたちゃんだったが、すぐに振り付けまで完璧に踊り始めた。

か、完コピだ……!この女子高生、ノリノリである。
いやしかしなゆたちゃんも歌うめーな。声めっちゃ通るやん。
よーし俺ちゃんもファンとしてガチ恋口上述べちゃうぞ!!

「うぉぉぉぉぉおおっ!スタンダップオタク殿!!!行くぞっ!
 言っいたっいこっとがあるんだよっ!!やっぱりマホた――スタンダップっつってんじゃろがい!!」

誰も乗ってこなくてふと隣を見れば、そこに居たのはオタク殿じゃなかった。
椅子にちょこんと腰掛けて、エールをちびちび飲んでいるのは、小柄な少女。

「………………誰?」

ヒュームじゃない。ほんのり褐色の肌に、銀色の髪、鳩の血みたいに鮮やかな赤い眼。
ちょっとだけ尖った耳をぴこぴこ揺らすその姿は、いっそ現実離れした可憐さだ。
少女はステージ上を注視しながら、時折こちらに視線をやる。

いや誰だよ。
オタク殿達の娘さんとか?うーんでも守備隊ってほとんどヒュームだったしなぁ。
それ以前にこんな歳の子供いるお父さんがアイドルにのめり込んでたらそれはそれで悲劇だわ。

331明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:25:12
もしもし君どこの子?パパはどこにいるのかな?
少女は鼻で息を吐いて視線を逸した。形の良い唇から溢れる声を、俺は知っていた。

>「……ボクだよ。ガザーヴァ」

「ぇあぁ!?ガザ公ってお前……えぇ……!?」

酔いが全部ぶっとぶ衝撃の事実が俺を襲った。
だけど鎧がない分若干クリアになったその声は、紛れもなくガザーヴァのもの。
え、マジで?お前鎧の中身こんなんなの!?ていうか鎧脱げたんだそれ!!

>「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
 戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか」

「そ、そりゃそうだ……中身入ってるにしてもグラ未実装だと思ってたわ……」

>「パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
 第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」

悪態をつきながら飲んだくれているバロールに舌を出す。
パパ居たわ、すぐ傍に。似てないお子さんっすね……。
どうコメントして良いやら黙っていると、ガザーヴァは上目遣いにこっちを睨む。

>「なんだよ。悪いかよ。……似合ってないかよ」

「は?可愛さ120点満点なんだが?バロールの十億倍センスあるわ」

ダークエルフめいた凄絶な美貌もさることながら、
シンプルにまとめた軽装のおかげで年齢相応の活動的な愛嬌もある。
飾りっ気がないと言うより、何も足さずとも十分過ぎる素材の良さをしっかり活かしている。
イラストアド高ぇな……。実装されたらマル公に次ぐドル箱になれるぜ。

「あとは笑顔があればカンペキだな。笑顔きらきら大将軍だ。
 笑ってみ?ほら、俺が手本見せてやる。ニチャァ……」

美少女の前でキモオタスマイルかます不審者がそこに居た。フヒッ。

「幻魔将軍の中身がこんなに可愛いって知ってたら、
 俺もスマホ叩き割らずに済んだのかなぁ……」

ゲームでのブレイブとの因縁も、異なる決着があったかも知れない。
こうしてガザ公と仲良く酒飲んでる、今この時みたいに。
俺達は、バッドエンドに終わった一つの物語を、望む結末に書き換えたんだ。

332明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:26:52
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」

バロールはいつになく上機嫌で父親ヅラしてやがる。
適当言いやがって、人間相手に可愛いがられるようなタマかよあの幻魔将軍がよぉ。

>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」

「うん……うん?」

なんかその言い方だと、今後も俺に力貸してくれるみたいな感じじゃない?
帝龍戦では利害の一致で共同戦線張ったけど、これからは自由に生きていいのよ。
お父さんの元で今度はアルフヘイムの将軍やるとかさ。

再び回り始めたアルコールのせいで思考が纏まらない。
とりあえず気を落ち着けるためにエールを啜っていると、
ガザーヴァは小さくつぶやくように言った。

>「……セキニン。とってくれるんだろ」

「ぶべぇっ!?」

酒が気道に入って盛大に噎せて、俺は死んだ。
ほどなくして生き返ったが、周りのオタク殿たちのもの凄いドン引きした視線に刺し貫かれた。

ヒソヒソ聞こえる「事案では」の声に耐えられなくなって、俺は二度死んだ。
死にゆく意識の中、カザハ君の小さなつぶやきが聞こえる。

>「……ご愁傷様です」

うるせえよ!

 ◆ ◆ ◆

333明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:27:47
>「ブラッドラスト……血の終焉……。……呪い……か……」

みたびこの世に生を受けた俺が衆人環視の中縮こまっていると、
なゆたちゃんが何か思案しつつ零す。
僕の人生も社会的に終焉を迎えそうです。誰か助けてください。

閑話休題、ガザーヴァの助力が得られるなら俺達のパーティは大きくジャンプアップする。
ゴッポヨとガザ公のレイド級二枚看板なら大抵の敵にも負けやしないだろう。
だが一方で、新たな懸案事項もまた加わっている。

――ジョンを蝕む『呪い』。
血の終焉、ブラッドラスト。

この状況を放置していれば、遠からずジョンは呪いに呑まれて血塗れの最期を迎えてしまう。
バロールの物言いには反駁したが、戦力的にもジョンが戦えなくなるのは厳しい。
早急に何らかの対策――例えば解呪や治療を、施さなければならない。
暫くうんうん唸っていたなゆたちゃんは、やがてひとつの街の名前を口に出す。

>「……エーデルグーテ」

「聖都……プネウマ……ああ、なるほど!」

なゆたちゃんの頭の中で何が帰結したのか、俺にも分かった。
聖都エーデルグーテ。国教プネウマ聖教の聖地にして、闇祓う光の街。

>「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」

「だな。魔王様の呪いの知識が役に立たねえ以上、別の専門家に当たってみようぜ」

確かあの街には、魔族に受けた呪いを祓う為の聖水を持ってこいみたいなおつかいクエストもあった。
ブラッドラストがホントに呪いなのかはさて置くにしても、闇属性スキルを相殺する聖なるアイテムとかあってもおかしくない。
このままアルメリアに引きこもってるよりかは何かしら手がかりが見つけられるはずだ。

>《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。

スマホから石油王の声が賛意を示した。
若干恨みがましい声音が籠もっているのは……うん、バロールが悪いよ。

石油王が言うには、ブレイブとしての『本来の行き先』も、エーデルグーテの予定だった。
アルフヘイムに存在する国家はアルメリアだけじゃない。ヒノデとか明らか異国っぽいしな。
この大陸だけに限定し