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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:17:16
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

========================

2 ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:17:49
【キャラクターテンプレ】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【パートナーモンスター】

ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【使用デッキ】

合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。

カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。

3崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:18:54
『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
 当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

魔法機関車の客車の中で、車掌のボノがいつも通りに到着のアナウンスをする。
あまりに様々なことがありすぎた、キングヒルでの濃密な一日。
それから一夜が明けると、まだ早朝のうちから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは魔法機関車に乗り込み、王都を発った。
行先はアコライト外郭。現在、アルメリア王国とニヴルヘイムの戦いの最前線となっている場所だ。
ここで長い間兵の指揮を執り、たったひとりでニヴルヘイムの大軍と戦っている『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を援護する。
それが、今回バロールから言い渡されたミッションである。

《はいは〜い。うちやで〜。
 これからナビとしてみんなのバックアップをさせてもらうさかい、改めてよろしゅうなぁ。
 UI周りはおいおいアップデートしてくつもりやけど、最初のうちは慣らしちゅうことで不具合御免やね〜》

客車の壁面の一部がパッと切り替わり、窓くらいの大きさの画面にみのりのバストアップが大写しになる。
このアコライト外郭防衛クエストからは、みのりがキングヒルから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の支援をするのだ。
なお、バロールは別の仕事があって同席できないという。早くもみのりに丸投げしている格好だ。
しかし、同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるみのりがナビゲートした方が心強いし、安心できるだろう。

《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
 アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
 みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
 ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

バロールがその場にいたら『ぐはぁ!?』と仰け反って苦しんだに違いない皮肉をさらりと交えながら、みのりが説明する。
アコライト外郭はキングヒル防衛の要。ここを突破されると、王都は丸裸になってしまう。まさに最重要防御拠点だ。
ゲームのストーリーモードでは、漆黒の鎧を纏い闇の天馬ダークユニサスに跨った幻魔将軍ガザーヴァがボスを務める。
ブレモンでも屈指のトリックスター、軽妙な喋りとボケ・セルフツッコミで敵も味方も煙に巻く幻魔将軍との決着の場でもある。

《もう連絡途絶えてえらい経つけど、最後に生存確認したときの外郭側の戦力は300、二ヴルヘイム側の兵力は目算で約6000。
 こっちの兵士は体力的に限界で、兵糧も尽き掛けてる。持ってあと一週間ってとこやって》

しかし、それももうだいぶ前の話だ。
キングヒルも今回以前に幾度か兵士や兵糧、物資の支援を行っているが、これ以上兵力を外郭に回すと王都の防備が手薄になる。
王都防衛の観点からこれ以上の支援はできず、今はただ手をこまねいているしかなかった。
今回やっと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を派遣し戦力を補充することができるが、外郭が現状どうなっているかはわからない。
陥落していないことから全滅は免れているだろうが、危機的状況には変わりないだろう――というのが王都の見解だった。
ならば、一刻も早く参戦して援護しなければならない。

「アコライト外郭……か……」

客車の長椅子に腰掛けながら、なゆたは呟いた。
これからなゆたたちを待ち受ける戦いは、言うまでもなく過酷なものだろう。きっと、無傷ではいられない。
だが――そんな戦いへの不安と同じくらい、なゆたの心を占めるもの。
それは、アコライト城郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の存在だった。
キングヒルを守る堅固な外壁として建築された、長大な城塞――アコライト外郭。
難攻不落の要害ではあるが、城壁だけでは敵を食い止めることはできない。兵士はもとより、何より指揮官が有能でなくては。
自軍の20倍もの圧倒的戦力差。それを長い間埋めるとは、外郭にいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は只者ではない。
その強力な『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と、早く会ってみたい――
そんな気持ちが、なゆたを逸らせる。

《バロールはんが城郭に救援の一報を入れといたさかい、魔法機関車は攻撃されんはずや。
 到着したら、まず『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とコンタクトを取ってや〜?
 そうそう、みんなのスマホのインベントリに入れた支援物資は、到着したら兵士に分けたってえな〜。
 美味しい食べ物とぬくい毛布さえあれば、疲れもだいぶ回復するもんやからねぇ》
 
疲弊しきった心と身体を癒すのは、温かな食べ物と清潔な寝具。これにつきる。
それは、自衛隊活動の一環として地球で被災地へ救援に行ったこともあるジョンが誰よりもよく分かっているだろう。

《無事『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と面通しできたら、うちに連絡してなぁ。
 みんなのスマホにうちとの連絡手段は入っとるやろ? こっちはいつでも回線を開いて待ってるさかい、よろしゅうに〜。
 ほなら……みんな、あんじょうおきばりやす〜》
 
にこやかに笑うと、みのりは一旦通信を切った。
みのりの言ったとおり、パーティー全員のスマホにはみのりと連絡を取り合うアプリが入っている。
これで、いつでもキングヒルとは通信ができる状態だ。

「よし……! みんな、いくよ!」

前方に、長々とその身を横たえる城塞が見えてくる。その巨大な壁一枚の向こう側は、血で血を洗う激戦地だ。
椅子から立ち上がると、なゆたは右拳を握りしめて仲間たちをぐるりと見回した。

「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

大きく右腕を天に突き出し、気合を入れる。
やがて魔法機関車が外郭の脇に停車すると、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはアコライト外郭の内部へと乗り込んだ。

4崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:19:16
古今東西、籠城戦というものは酸鼻を極めたものになりがちである。
孤立無援で増援も物資の供給も断たれ、それでも持ち場を死守して戦わなければならない。
食糧は枯渇し、雑草をむしって食べる者、軍馬を殺して食べる者もいる。――いや、それならばまだマシな方だ。
中には進退窮まり、死んだ仲間の亡骸を貪ったり土を食べる者まで出始める。
激戦で埋葬する手が足りず、戦死者の亡骸がその場に放置されるということも珍しくない。
そんなとき、何が起こるかと言えば――死体の腐敗による疫病の発生だ。
不潔な環境は爆発的に伝播してゆき、生きている者たちは敵の他に死んだ仲間にも苦しめられる羽目になる。
日々精神的に追い詰められ、極限状態で死に瀕してゆくことを自覚することの恐怖もまた、筆舌に尽くしがたい。
中には、恐怖のあまり精神に異常をきたす者もいるくらいだ。
まさにこの世の地獄。そして、そんな籠城戦の最後はたいてい餓死か、敵も道連れの玉砕と決まっている。
アコライト外郭からの定期連絡はすでに途絶えて久しく、誰も内部の様子を知る者はない。
だが、その状況が決して楽観視できないものということだけは、容易に想像がつく。
歴史が示す通り、きっとこの城郭の中も埋葬されない屍があちこちに横たわり、汚泥の散らばる惨憺たる有様なのだろう――

と、思ったが。

「……はれ?」

仲間たちと一緒にアコライト外郭内に入ったなゆたは、思わず目を丸くした。
そう。
てっきり、城郭の中は酷い有様になっていると思っていた。亡骸のひとつやふたつ、いや十や二十はあると覚悟していた。
城郭に入ったらすぐさまインベントリの限界まで持ってきた物資を放出し、ひとりでも多くの人を救わなければ……と。
そう思っていたのだが。

「なんか、キレイ……」

なゆたは小さく呟いた。
片付いている。
むろん、戦場である。相応に破壊の跡や補修の形跡はあるものの、予想よりも遥かに状態がいい。
まるで、地球の有名な戦跡のような。観光地のような片付きっぷりである。
いや。このアコライト城郭の異様さは、そんなところにあるのではない。

『デコられている』。

無骨な城壁のあちこちに、大小さまざまな羊皮紙に描かれた似顔絵がずらりと貼られている。
一瞬、賞金首を捜索するための人相書きかと思ったが、違う。
ポップな書体で『MAHORO YUMEMI Absolutely Live in ACOLITE!!』と書いてある、その羊皮紙は――

「……ポスターだ」

そう。
これは賞金首の人相書きなどではない、紛れもないイベント告知のポスター。
そして、そのポスターにでかでかと描かれた、『キラッ☆彡』とばかりに茶目っ気たっぷりにポーズを決める人物は――。

「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」

呆気に取られてポスターを見ていると、不意に背後で声がした。
振り返ってみると、ひとりの男が立っている。
見知らぬ顔だ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーでない。とすればこのアコライト外郭の兵士なのだろう。
……たぶん。

「え……えーと……」

男のいでたちを見て、なゆたは口元を引き攣らせた。
簡素な兜とチェインメイルを着込んでいる辺り、兵士であろうとは思う……が、それ以外の付属品が常軌を逸している。
額には『マホロ命』と書かれたハチマキを巻き、リングアーマーの上に蛍光ピンクの法被を羽織っている。
手に持っているのは剣や盾ではなく、ただの棒である。――いや、ただの……ではない。光っている。
そう。

どこからどう見ても、男はオタクだった。

5崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:19:43
「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

男は満面の笑みを湛え、やけに馴れ馴れしく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に近付いてきた。

「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
 デュフッ! デュフフフフ……!」

「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」
 
「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

どこから湧いて出たのか、いつのまにか何人もの兵士たちに囲まれている。
その兵士たちも最初の兵士同様ハチマキを巻き、法被を着込んでいる。城郭防衛隊の制服かとも思ったが、明らかに違う。
法被の背中には『MAHORO LOVE』と大書されている。意味が分からない。
なゆた、明神、エンバース、カザハ、ジョンの5人は瞬く間に城郭の内部へと運ばれていった。

「……ここは……」

到着したのは、城塞の中庭に続く扉の前だった。このアコライト外郭の中でも、もっとも堅固な場所である。
扉の中から、歌声が聞こえてくる。
それは、どこかで聴いたことのある歌声だった。

「ささ、存分にお楽しみくだされー! 我らの戦乙女、マホロたんのアブソリュートリィ☆ライヴを!」

兵士が観音開きの大きな扉を開く。
その途端、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の視界に飛び込んできたのは――
中庭に設けられたステージの上で、煌めくライトに照らされながら歌うひとりの少女の姿だった。

「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」

眩しいほどの光の海。耳をつんざくような、アップテンポのメロディ。
地震かと思うほどに地面が激しく揺れているのは、ステージに集まったファンたちの鳴らす足踏みのせいだ。
中庭を埋め尽くす聴衆の前で、なゆたと同じくらいの年齢と思しき少女が踊り歌っている。
ほとんど足元まである長い金色の髪をツインテールに纏め、ヘッドセットと戦乙女の鎧一式を装備した、凛とした姿。
垂れ目がちな碧眼とキラキラした笑顔は、まさしく掛け値なしの美少女と言っていい。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!」

「マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!」

「マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

ファンたちが怒涛のような歓声をあげる。中にはキレッキレのオタ芸を披露している者までいる。
そう――これは、間違いなくライヴだった。そして――
なゆたは、ステージに立つ少女のことを知っていた。

「……ユメミ……マホロ……」

呆然とした様子で呟く。


ユメミマホロ。


ブレモン配信の第一人者と言われ、地球では圧倒的人気を博しているVtuberであった。

6崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:19:57
動画視聴者に『ブレイブ&モンスターズ!』の配信者で一番有名なのは誰か? という質問をした場合――
10人中10人がユメミマホロと答えるだろう。
ユメミマホロはブレモンのモンスター『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をアバターとするVtuberである。
ブレモンの膨大なデータを独自に研究し、日々新しいコンボや戦術を提案してはそれを配信している。
外見が可愛いのは当然だが、その喋りも楽しい上に分かりやすく、決してマニアックな技術の披露だけに留まらない。
ブレモンのみならずアニメ、時事ネタ、レゲーから最新ハードの話題まで広範な知識を有し、その視聴者数は他の追随を許さない。
もちろん、ただ喋るだけではない。デュエルにおいても相当の強豪である。
ユメミマホロのアバター『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は高レアでステータスも高い。
光属性のデッキはアンデッド、魔族、吸血鬼等にめっぽう強く、イベントでも引っ張りだこだ。
最近は声の良さを買われ、バーチャルライヴまで開催するほどの売れっ子ぶりである。
なゆたとはまったく別のアプローチでの、ブレモン界隈の寵児と言えよう。
そのバーチャルアイドル・ユメミマホロが、この場にいる。

「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

地球にいたときは、なゆたもユメミマホロの配信をよく視聴していた。
きっと明神も、エンバースもよく知っているだろう。
番組の中でぽよぽよ☆カーニバルコンボを取り上げられたこともある。『スゴいけど強いづらい』と評価はいまいちだったが。
しかし、アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がユメミマホロだというのなら納得である。
彼女ほどの腕があれば、生半な相手に押し負けることはないだろう。

「じゃあ、次の曲! いっくよ―――――――――――――っ!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

ステージは大盛り上がりだ。ここだけ見ていると、地球にいた頃のユメミマホロのライヴ配信と何も変わらない。
プログラムは流れるように次の曲へと移行した。地球で聴いたことのある、彼女の代表曲とも言うべき歌だった。

「……なんか……全然予想と違うね……」

傍らにいる明神に、ぎこちなく笑いながら言う。
てっきり、外郭の中は死と腐敗と絶望の渦巻く極限の世界だと思っていたのだが。
実際に見る外郭は死や絶望とはまったく無縁だった。どころか、漲るパワーに満ち溢れている。
それはきっと、ユメミマホロのお陰なのだろう。
Vtuberのトップアイドルとしてのカリスマが圧倒的不利にある兵士たちを結束させ、ひとつに纏めているのだ。
……纏めすぎてちょっと目も当てられないことになっているが、それはとりあえず不問としておく。

《はぇ〜、ほんなことになっとったんやねぇ。わからんもんやわぁ〜。
 ま、とにかく城塞の中の人たちの士気がまだまだ高いんなら安心やねぇ。
 うちは配信とか観たことあらへんから、そのマホロちゃんはよう知らへんのやけど……。
 詳しく事情を聞いて、敵さんを撃退する方法を考えなあかんねぇ》

「はい。……とりあえず、ライヴが終わってから彼女にコンタクトを取ろうと思います。
 彼女ひとりなら、食い止めるのが精一杯でも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと勝てるはず!」

《ほうやねぇ。まずまず、最悪の状況は回避できたことやし。
 次は敵さんの指揮官とか、軍の編成とか。なゆちゃん、その辺詳しく訊いといてぇな?
 情報が多ければ多いほど、うちもこっちで対策立てやすくなるしなぁ》

「了解です!」

スマホでみのりと交信してから、またステージの方を見遣る。
結局、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその後40分、たっぷりユメミマホロのライヴを観た。

7崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:20:12
「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 

「神増援キタ――――――――――――――――!!!」

ライヴ終了後、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは放送スタジオと書かれた部屋でユメミマホロと接触した。
ユメミマホロは快く応じてくれたが、やっぱり根っからのVtuberである。ライヴは終わっても生配信は続いているらしい。
どこに対して配信しているのかは不明だが。いや、そもそも本当に配信しているのかも不明だが。
兵士たちがガラス越しにサイリウムを振って熱い声援を送る中、なゆたが口元を引き攣らせる。

「ささ、皆さん自己紹介をお願いします!」

「え……ええと、わたしはモンデンキントって言います……。
 アコライト外郭が孤立無援で絶体絶命って聞いて、その援軍に……」

「うは! モンデンキントさん! 初めまして〜! ひょっとして、モンデンキントさんってあの『月子先生』です?
 スライムマスターの!」

「……あ、はい……その、一応……」

「お噂はかねがね! みんな―――――――――!! あのモンデンキントさんが増援に来てくれたよ――――――――!!
 っていうか月子先生、JKだったんですかぁ! これは意外! あたしてっきりもっとお年を召していらっしゃるかと!
 ヒュー! これはあたしとデュオっちゃうしかない的な!? 新ユニット誕生みたいな! 盛り上がってきた―――――!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!」

「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
 イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
 あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

テンションが異常に高い。なゆたは眩暈を覚えた。

「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!」

ぐっ! と拳を握り込むユメミマホロである。

「えと……。ユメミマホロさんは――」

「マホたんでいいですよ〜! あたしと月子先生の仲じゃないですかぁ!」
 
気安い。なゆたは絶句した。

「えぇ〜……。マ、マホたんは、今までどうやってニヴルヘイムの大軍に抵抗してたんですか?
 わたしたち、アコライト外郭は明日をも知れない状態って聞いてきたんですけど、全然違うし……。
 籠城って言うと普通は食べ物だって満足に食べられないだろうし、医療器具も……」

「え。別に?」

「え」

あっけらかんと返され、なゆたは間の抜けた声を出してしまった。

「食糧については心配なかったですよ〜?
 敵がね〜。ワニとかトカゲとか、そういう爬虫類系なんですよね〜。それ捕って食べてましたし。
 え〜と、『ムシャクシャしたんでバジリスクをムシャムシャしてみた』とか。
 『ヒュドラで燻製肉作ってみた』とか。いくつか配信もしましたよ。
 あんまり登録者数稼げませんでしたけどね〜。
 他にも『暇だからサバイバル生活してみた』とか『孤立無援だから籠城してみた』とか。ネタには事欠かなかったですね!」

「逞しすぎる……」

色々予想外すぎる事態に、なゆたはただ唖然とするしかなかった。

8崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:20:24
「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
 今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
 明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

「はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――」

ひとつ、気になっていたことを口にする。

「マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――」

今なゆたたちの目の前で会話しているのは、モンスター『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』だ。
ブレモンは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とパートナーモンスターで一組である。
であれば、当然ユメミマホロの近くにはマスターである『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるはずである。
だが、少なくとも周囲にそれらしき姿は見えない。
なゆたがきょろきょろと周囲を見回すと同時、マホロが凄い勢いで詰め寄ってくる。
美少女ヴァーチャルアイドルはなゆたの胸倉を一瞬掴むと、

「……中の人などいない」

と、やたらドスの利いた声でぼそ、と呟いた。

「あっ、ハイ……」

触れてはいけないところに触れてしまったらしい。なゆたはドン引きした。
筋金入りのVtuberだけに、中の人の存在に言及するのはタブーということなのだろう。
甚だやりづらいが、それでも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とモンスターの連携は取れているようだし、戦うのに問題はない。
それなら黙っておこう……となゆたは心の中で誓った。
パッと手を離すと、マホロは元の朗らかな表情に戻った。くるりと踵を返し、部屋から出ていこうとする。

「宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。
 何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし」

「ルール?」

「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

突然物騒な話になった。
どうやら、ユメミマホロを指揮官とする城郭防衛隊はそのルールを厳守してきたために、今まで生き残ってきたということらしい。

「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

マホロが背中越しに右手の親指で城壁を指す。
側防塔内部にある螺旋階段をのぼり、20メートルほど上の城壁上部の歩廊に行くと、アコライト外郭の内外がよく見渡せた。
背後に目をやると、うっすらと王都キングヒルの白亜の尖塔が見える。
そして、前方には――
城壁前に蝟集する、無数のバジリスクやヒュドラ、コカトリス、巨大なワニやトカゲなどの爬虫類型魔物たちの姿があった。
その数はほとんど地平線を埋め尽くしている。ざっと見ただけでも6000などという当初の情報を遥かに凌駕していた。
このモンスターがすべて、二ヴルヘイムの尖兵――。
絶望的というしかない彼我の兵力差に、なゆたはぞっとした。
だが、マホロは眼下に群がる魔物たちを見慣れているのか、顔色ひとつ変えない。

「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね」

「そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?」

「んー。そういうんじゃないかなー。知ってる人は知ってると思うけど」

「知ってる人は知ってる……?」

「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

「!!」

煌 帝龍。

その名を聞いて、なゆたは思わず身体をこわばらせた。

9崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:20:43
ブレイブ&モンスターズ! は、年に一度大規模な世界大会を開催する。
基本的にトーナメント形式で、まずそれぞれの国ごとにプレ大会が開催され、各国の優勝者が本大会へと進む。
煌帝龍はその世界大会の中国代表である。つまり、中国で最強のブレモンプレイヤーということだ。
しかし、この人物についてはそのデュエルの腕よりも黒い噂の方が知られている。

「まぁ、知ってるかー。でーすーよーねー。
 実はあたし、こっちに来る以前に一度トークイベントで会ってるんだけど……まさか異世界で敵同士になるなんてね」

なゆたの反応に、マホロが右手をひらひら振って笑う。
煌は中国の巨大コングロマリット、帝龍有限公司の若きCEOとして君臨している。
中国において帝龍の展開するIT産業、ならびにエネルギー事業の規模は他に比肩しうる者がない。まさに一強多弱だ。
そして、煌帝龍はそんな自社の潤沢にも程がある財力を遺憾なくブレモンに費やしているというのだ。
そのやり口は強引そのもの。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。
眉唾ものの噂では、中国黒社会で暗然たる影響力を持っている犯罪組織『龍頭(ドラゴンヘッド)』とも繋がりがあるという。
いうなれば、企業レベルの金銭感覚でブレモンに傾倒している人物――ということになる。

「そんなのが、ニヴルヘイムの召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……!」

なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と敵対する、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
それが、このアコライト城郭防衛戦の敵将。
自分たちが戦い、打倒しなければならない相手――。
なゆたたちはかつて、リバティウムにおいて世界大会優勝者ミハエル・シュヴァルツァーを撃退している。
世界大会で煌はミハエルに敗退しているが、だからといって煌がミハエルより劣る相手だということにはならない。
ブレモンは戦略、戦術の素養の他、知識や分析能力、勝負度胸など、あらゆる要素が複雑に勝敗に絡んでくる。
そして、それぞれのプレイヤーには得意とする戦い方があり、それは決して楽観視していいものではない。
状況によっては、ミハエルよりも煌の方が相手にしづらい――という可能性さえある。
いずれにしても気を引き締めていかなければならないということだ。

「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
 この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
 純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

は、とマホロは溜息をつき、肩を竦めた。
といって勝機のない籠城戦に絶望しているような素振りはない。どころか、ライヴで兵士たちを鼓舞していたくらいだ。
まだまだやる気、意気軒高という様子である。
これほどの圧倒的戦力差を見せられて、なぜいまだにマホロが意気阻喪していないのか、それが不思議である。

「……それじゃあ――」

「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」

「……わたしたちを?」

「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
 現状維持をすることしかできなかった。
 でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
 それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」
 
ネットの海でブレモン配信の第一人者と呼ばれたヴァーチャル・アイドルが、そう言ってにっこりと笑う。
正真、マホロは今までずっと待っていたのだろう。この劣勢を覆せる仲間の到来を。
たったひとりで巨大な城塞のすべてに目を配り、人員を配置し、襲撃に備え。
兵士たちの負傷を癒し、歌と踊りで恐怖心や不安感を取り除き、こんな状況なんて何でもないと励まし続けた。
いつ来るともしれない仲間たちをあてもなく待ち続ける、自らの心細さや苦悩など、おくびにも出さずに――。
そして、そんなマホロの努力は実を結んだ。

なゆたたちの訪れを信じ続けたマホロの想いを無碍にはできない。
たとえ相手がどんな大軍であろうと、潤沢な資金にものを言わせてスペルカードやレアモンスターを用意したとしても。
必ず、勝たなければならない。

「ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!」

なゆたはマホロと固い握手を交わした。
かくして、アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』・ユメミマホロと共に、防衛戦は幕を開けたのである。


【アコライト外郭のVtuber、ユメミマホロと合流。
 ニヴルヘイム軍の首魁が中国代表・煌帝龍と判明。パートナーモンスターやデッキについては不明。
 アコライト外郭防衛戦開始。】

10カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:41:24
早朝に魔法機関車に乗り込み、アコライト外郭に向かった私達。
カザハははじめて電車が開通した時の明治時代の人よろしく「魔法機関車パネェ!」と騒いでいた。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
 当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

「もう着くの? 魔法機関車はっや!」

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
 アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
 みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
 ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

幻魔将軍ガザーヴァは三魔将の一人だけあって攻略本でもそれなりの幅をとって解説されている。
漆黒の鎧を纏い闇の天魔を駆るという厨二病患者が大喜びしそうなビジュアルだ。
が、何故かページの隅に迷言集というコーナーが設けられており、
”我こそは魔王直属イワシ将のひとり……って弱そうだな!?”
“貴様らはこいつを日焼けしたユニサスだと思っているだろうが実は違う”
といった感じの台詞が並んでいる。

「この人絶対黙っといた方が格好いいタイプだ……!」

《間違いない……!》

今のところこのパーティーにデフォで飛行できるモンスターは私しかいない。
ゲームのストーリーモードではここのボスとして出て来るらしく、もし出てこられたら否応なく迎撃の要となってしまいそうだ。
とはいえ、この旅はすでにゲームとは全く違う展開に進んでいる。おそらくここで出て来る可能性は低いだろう。

>「よし……! みんな、いくよ!」
>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

「レッツ・ブレーイブッ!! ほらほら、明神さんもエンバースさんもやる!」

リーダー自ら考案したキャッチコピーと共に右腕を天に突き出す。
魔法機関車を降り、なゆたちゃん達に続いて歩き出そうとしたカザハがふと足を止める。

《どうしたんですか?》

「この場所、知ってる……」

《”以前”来たことがあるのかもしれませんね……》

昨晩の明神さんの「お前さ、ホントはいくつなの」という質問に対し、
カザハは本当のところは分からないけど地球での享年は自分は明神さんより少し年上で私は彼と大体同じぐらいと答えていた。
“少し年上”も”大体同じ”も結構幅がある表現だがまあ嘘ではない。しかしそれは飽くまでも地球での享年の話だ。
バロールさんは転生というより混線と言っていたし、本当は地球での享年なんて意味が無いのかもしれない。
カザハは暫し心ここにあらずといった様子で外郭を眺めていたが、すぐに我に返って駆け足で皆に追いついた。
ついにアコライト外郭に突入する。一歩踏み込めば屍累々の戦場が広がっている……と思いきや。

11カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:42:03
>「……はれ?」
>「なんか、キレイ……」

「綺麗ってかこのポスター、アイドルみたいな人がキラッとしてるよ!?」

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」

地獄絵図を覚悟して突入したところ予想外の光景で逆に戸惑っている一行を、
変わった装飾品を装備した兵士らしき者が出迎えた。

>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」
>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
 デュフッ! デュフフフフ……!」

「この世界にもオタクっているんだ……!」

>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」 
>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」
>「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

いつの間にか現れた大勢の兵士もといオタクに取り囲まれ、よく分からない間にライブ会場に運ばれた。
チーム陽キャのなゆたちゃんですら若干ついていきかねているこの状況、エンバースさんなどはHPをガリガリ削られてないか心配である。
一方のカザハはというと――すっかりオタク達に混ざって盛り上がっていた。
どうせライブを見る以外の選択肢がないのなら盛り上がってしまえということだろう。

「マホロちゃんかわい―――い!!」

これは別に異世界転生デビューしていなくても地球にいた時からそうである。
同類(オタク)に囲まれた時だけ陽キャと化す――オタクあるある性質のうちの一つだ。

>「……なんか……全然予想と違うね……」
>《はぇ〜、ほんなことになっとったんやねぇ。わからんもんやわぁ〜。
 ま、とにかく城塞の中の人たちの士気がまだまだ高いんなら安心やねぇ。
 うちは配信とか観たことあらへんから、そのマホロちゃんはよう知らへんのやけど……。
 詳しく事情を聞いて、敵さんを撃退する方法を考えなあかんねぇ》
>「はい。……とりあえず、ライヴが終わってから彼女にコンタクトを取ろうと思います。
 彼女ひとりなら、食い止めるのが精一杯でも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと勝てるはず!」
>《ほうやねぇ。まずまず、最悪の状況は回避できたことやし。
 次は敵さんの指揮官とか、軍の編成とか。なゆちゃん、その辺詳しく訊いといてぇな?
 情報が多ければ多いほど、うちもこっちで対策立てやすくなるしなぁ》
>「了解です!」

その後40分白熱のライブは続いた――
決して遊んでいるわけではなく、兵士達の士気を高揚させるためにやっているのだろう。
もしかしたら単に気分が盛り上がるというだけではなく、歌を媒介としたスキル的な何かなのかもしれない。
ライヴが終わったかと思うと、放送スタジオと書かれた部屋に招かれた。

12カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:42:51
>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」
>「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
>「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 
>「神増援キタ――――――――――――――――!!!」

「配信されちゃってる!? 生配信に出ちゃってる!?」

>「ささ、皆さん自己紹介をお願いします!」
>「え……ええと、わたしはモンデンキントって言います……。
 アコライト外郭が孤立無援で絶体絶命って聞いて、その援軍に……」

月子先生をも圧倒するユメミマホロ、強い……!

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!」

暫しユメミマホロとモンデンキントの対談のようになった。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
>「はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――」
>「マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――」

人型の上にあまりにも自然に喋っているので忘れそうになるが、今目の前でユメミマホロとして喋っている人物は、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』というモンスターらしい。
となれば、どこからか彼女を操る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が指示を出しているのだろう。

>「……中の人などいない」
>「あっ、ハイ……」

どうやらなゆたちゃんの質問は地雷だったようだ。
確かに兵士の士気の低下が要塞陥落に直結しかねないこの状況、中の人がおっさんだったりしたら目も当てられない。
カザハは私だけに聞こえるように「木を隠すなら森の中……」と呟いたのであった。
言われてみれば周囲にそれらしき人物が見当たらないとなれば、オタク軍団の中に紛れている可能性はあるかもしれない。
何はともあれ、中の人については深入りしない方がよさそうだ。

>「宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。
 何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし」
>「ルール?」
>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」
>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

城壁の上に上がってみると、外郭前方は、地平線の果てまで爬虫類魔物で埋め尽くされていた。

13カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:43:35
「おおう……」

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね」

>「そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?」
>「んー。そういうんじゃないかなー。知ってる人は知ってると思うけど」
>「知ってる人は知ってる……?」
>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

カザハはすぐに攻略本の該当ページを探し当てた。

「中国代表の社長!? この世界は自動翻訳機能が付いてるみたいだけど語尾がアルになってたらどうしよう……!」

《どうもしませんよ!?》

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
 この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
 純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

「そんな……」

>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」
>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
 現状維持をすることしかできなかった。
 でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
 それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

>「ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!」

「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

なゆたちゃんとマホたんさんは固い握手をかわし、カザハはどさくさに紛れてマホたんさんに感極まって抱き付く。
セクハラ勃発だが、よく考えると両方ともモンスターだしまあいいか。

こうして作戦会議が始まった。
相手の狙いは、モブ魔物の大群で消耗させて戦わずにして勝つといったところだろう。
いくらマホたんさんの加護があるといっても、このままではいつか力尽きる時がくる。
そうなる前にこちらから打って出なければならない。

14カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/27(金) 23:44:10
「爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ
後方に控えているだろう指揮官のところに行けることは行けると思うけど……」

指揮官のところまで行って倒そうという単純明快な発想だが、この作戦にはいくつか問題点がある。
まず敵陣のド真ん中に突入するのは危険すぎる。
次に、敵の指揮官と戦うならマホたんさんの支援を受けたいところだが、
彼女がここを留守にするとその間に城壁防衛隊が陥落してしまう危険性がある。
何より、マホたんさんがここから移動するとなると”中の人問題”が発生してしまう。
カザハも同じような事を思ったようだ。

「駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?」

そこでカザハは一枚のカードを取り出した。みのりさんから借り受けた幻影《イリュージョン》。
ありとあらゆる幻影を作り出せるスペルカード。
もともとはエンバースさん入城禁止展開に備えて借り受けたものだ。

「指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!」

《歴戦の中国代表がそんなに簡単に騙されてくれますかね……》

「エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?」

ライブや生配信に付いていけずにすでにHP0になっているかもしれないエンバースさんに話を振ってみるカザハであった。
生存確認(焼死体だけど)も兼ねているのだろう。

15embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:22:57
【メモリータクシス(Ⅰ)】

アコライト外郭へ走る列車の中、焼死体は腕組みをして、座席に腰掛けていた。
石油王によるブリーフィングにも反応を示さず――ただ、俯いている。
薄暗い藍色の眼光の奥には、冷徹な思考回路が巡っていた。

二十倍の兵力差/半ば機能不全した兵站/音信不通の指揮官。
希望的観測は出来ない――城塞が既に陥落している可能性は、十分ある。
その場合、バロールによる援軍の報せは裏目となる――敵は迎撃の準備をする事が出来る。

「……到着後、すぐにでも加勢が必要になる可能性がある。戦闘準備をしておくべきだ」

進言しつつ、焼死体は立ち上がると列車の乗降口へと歩み寄る。
焼死体の判断――最初に下車するのは、刺突/飛矢に対して耐性を持つ己が適任。
革帯で左腕に留めた盾の具合を確認/右手は愛剣を収めるコートの内側へ――戦闘準備は万端。

窓の外の城郭が段々と近づいてくる/焼死体はそれを、食い入るように見上げ続ける。
城塞が既に陥落している場合、敵が取り得る迎撃手段は大別して二つあった。
援軍を懐まで呼び込んで圧殺するか、移動中の列車ごと狙撃するか。

しかし焼死体の危惧は、結果として全て杞憂に終わった。
高火力スペルによる狙撃はなかった/列車を降りた瞬間、奇襲される事も。
焼死体は城郭の中へと進む/怖気とは無縁の不死者の足音――それが不意に、鳴り止んだ。

『……はれ?』

後方から、なゆたの間の抜けた声が聞こえた。

『なんか、キレイ……』

「何かがおかしい。一度、列車まで戻るべきだ。俺が偵察を――」

『おぉ〜っ! お待ちしておりました!』

視界外からの声――焼死体が瞬時に愛剣を抜き/振り向きざまに取る平正眼の構え。
蒼炎の眼光が声の主を捉え――そこで焼死体は止まった/より正確には凍り付いた。
蛍光ピンクの法被/ライトブルーのサイリウムに彩られた兵士が、一行を見ていた。

『え……えーと……』

「……モンデンキント。なんだ、あの格好は。俺が知らない間に実装されたネタ装備か?」

『いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!』

「……誰か、日本の現地時間を確認出来る者は?俺達はエイプリルフールイベントに巻き込まれた可能性がある」

『よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!』

『え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?』
 
『デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!』

「……ひとまず、俺達の歓迎会が出来るくらいの余裕はあるのか――いい事だ」

眼前の不可解に対する理解の諦めを――焼死体はそう、表現した。

16embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:24:20
【メモリータクシス(Ⅱ)】

『ささ、存分にお楽しみくだされー! 我らの戦乙女、マホロたんのアブソリュートリィ☆ライヴを!』

大扉を抜けると、そこはライブ会場だった。

『み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!』

「……グッドスマイル・ヴァルキュリアか。汎用性の高い、いいモンスターだ。
 戦闘の規模が大きいほど、バッファーとしての能力も活きる。
 バロールの采配にしては――悪くないな」

焼死体の反応――至って平常運転/現実逃避。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!』
『マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロ! マ! ホ! ロぉぉぉぉぉぉぉ!!』

「この乱痴気騒ぎも――こちらの士気を敵に示すには、悪くない手だ」

『はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!』
『マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

『……ユメミ……マホロ……』

「なんだって?何も聞こえないぞ……」

背を曲げ、少女の口元に耳を寄せる。

『まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?』

「ユメミマホロ?……記憶にない名前だな。だが、名が知れているのはいい事だ」

ゲームプレイヤーの名が知れ渡る理由は、大別すると三つだ。
ずば抜けて実力が高いか/恐ろしく実力が低いか――人格に難があるか、だ。
高く保たれた士気/パートナーチョイスから、ユメミ某は恐らくは一番目だと焼死体は推察した。

『じゃあ、次の曲! いっくよ―――――――――――――っ!!!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!』

助走をつけて、空へと飛び立つようなイントロは、焼死体にも聞き覚えがあった。
ブレモンをテーマにしたVtuber/検証動画/歌ってみた――断片的な記憶は、ある。
だが一体どうしてか――ユメミマホロという人物に関しては、何も思い出せない。

『……なんか……全然予想と違うね……』

「いい事だ。負け戦の陣営なんて、見ずに済むならそれが一番いい」

焼死体はライブに見入る一行を離れて中庭を出た。
防壁へと向かう/見上げる/切石に指をかけ/体を持ち上げる。
壁上に立つ見張りがいる事は、気付いていた――それでも、防壁を昇る。

何もしていない時間が、不安だった/常に何かに備えていなくては、不安だった。
地平を果てまで埋め尽くす魔物の群れを見て――焼死体は、安堵していた。
敵の攻略法/殺傷方法に思いを馳せると――心が、落ち着いた。

17embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:25:44
【メモリータクシス(Ⅲ)】

やがて音楽が鳴り止むと、焼死体は防壁から降りて一行と合流する。

『はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!』

『うおおおおおおおおおおおおおお!!』
『マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!』
『神増援キタ――――――――――――――――!!!』

今後の方針に関する合議の承諾を得て案内されたのは、硝子張りの見世物小屋だった。
蛍光色のソプラノ・ボイスが、焼け落ちた肉体の空洞に鮮烈に響く。
焼死体は狩装束のフードを掴んで、強く下に引いた。

『よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
 イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
 あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!』

「よしてくれ。左腕を失う予定も、ナメクジになる予定もない。果たすべき使命なら――最近見つけたけどな」

『おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!』

『えと……。ユメミマホロさんは――』
『マホたんでいいですよ〜! あたしと月子先生の仲じゃないですかぁ!』 

「マホたん。気が滅入るのは分かるが、そろそろ戦局について――聞いちゃいないな」

『えぇ〜……。マ、マホたんは、今までどうやってニヴルヘイムの大軍に抵抗してたんですか?
 わたしたち、アコライト外郭は明日をも知れない状態って聞いてきたんですけど、全然違うし……。
 籠城って言うと普通は食べ物だって満足に食べられないだろうし、医療器具も……』
『え。別に?』
『え』

「ヴァルキュリアのスキル構成なら、デバフ対策は容易だろう。兵糧は――」

『食糧については心配なかったですよ〜?
 敵がね〜。ワニとかトカゲとか、そういう爬虫類系なんですよね〜。それ捕って食べてましたし』

「――まぁ、その、なんだ。意外とイケるから心配いらないさ」

『え〜と、『ムシャクシャしたんでバジリスクをムシャムシャしてみた』とか。
 『ヒュドラで燻製肉作ってみた』とか。いくつか配信もしましたよ。
 あんまり登録者数稼げませんでしたけどね〜』

「放送事故にならずに済んだだけ、幸運だと思うけどな」

『まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
 今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
 明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!』

「明日から、か。なるほど――今日この配信に巻き込まれたのは、単なる交通事故として処理される訳だ」

『はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――』
『マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――』

「確かに、到着予定時間を伝えていなかったのは、こちらの落ち度だ。
 だが、それにしたっていい加減、身支度が済んでもいい頃合い――」

ユメミマホロのマスターは、女性である――焼死体の推察。
根拠――彼女のブレモンに対する、強い熱意/深い造詣/高い実力。
全てを兼ね備えた女性声優が実在、抜擢/或いは育成されたとは考え難い。

元からそうであったと考える方が妥当性が高い――

『……中の人などいない』
『あっ、ハイ……』

「なるほど、スピリット属なら生理現象とも無縁だろうしな。理想的なアイドル体質――」

焼死体の戯言は、聖威を伴う眼光によって封殺された。

18embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:26:15
【メモリータクシス(Ⅳ)】

『宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。』

「目を閉じていても、一周出来る自信があるよ。
 咎人断ちの大剣目当てで、嫌と言うほど周回したからな。
 だが戦術的要衝は、あんたから直接説明を受けた方が理解が早いだろう」

『何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし』

『ルール?』
『うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!』

「確かルールその1は、中の人などいない――だったな」

『じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから』

城壁の上から見下ろせる光景は先ほど確認済み/敵の主戦力は爬虫類系の魔物のみ。
攻城に長けた特殊能力も/策を弄する知性もない――特に感慨もない。
容易く殺せる/殺しても心の傷まない――楽な相手だ。

『大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね』

「手持ちのレベリングをするには少々、リンクする相手が多すぎるな」

『そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?』

「ガザーヴァなら、こんな手間の割に効果の薄い手は使わない。
 それとも……そう思わせる事すら、奴の手の内か。
 あり得ない話じゃないのが、怖いな」

『んー。そういうんじゃないかなー。知ってる人は知ってると思うけど』
『知ってる人は知ってる……?』

「ニブルヘイム側の、マイナーなキャラクターって意味か?」

『煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?』

「ああ、なるほど。そういう意味か。そいつなら知ってるぞ。何せ奴は――」

そこで、焼死体は黙り込んだ/死体に還ったかのように硬直した。

『まぁ、知ってるかー。でーすーよーねー。
 実はあたし、こっちに来る以前に一度トークイベントで会ってるんだけど……まさか異世界で敵同士になるなんてね』

――奴は、奴は――何だ?

『そんなのが、ニヴルヘイムの召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……!』

――何故思い出せない?……いや、違う。

『みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる――』

――何故、覚えている?自分の名前も、思い出せないのに。

19embers ◆5WH73DXszU:2019/10/03(木) 06:27:54
【メモリータクシス(Ⅴ)】

『――それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!』
 『ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!』

――何か、すごく大切だった事を、忘れてしまっている気がする。

『マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!』
『爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
 カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ――』

「……敵地のど真ん中に、片道切符の急行便か。面白い冗談だな」

『駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?』
『指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
 遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!』

「多量のクリスタルと引き換えに召喚された超レイド級が、
 敵を薙ぎ払う訳でもなく突っ立っている、か。
 なるほど――中々ユニークな作戦だ」

『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』

「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

焼死体がユメミマホロへと歩み寄る/その細い肩を掴む――山吹色の双眸に、顔を寄せる。

「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

焼死体は冷静さを欠いていた/己が冷静さを欠いていると気付けないほどに。
不完全に蘇った失われた記憶は、強度の意識混濁を誘発していた。
亡者が生命の香りに惹かれるように、戦乙女を見つめる。

『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
 だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
 それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』

瞬間、ユメミマホロの左手が閃光と化した――肩を掴む右腕を強打/肘窩を掴み/引く。
焼死体の体幹を崩した動作は、同時に武闘における引手を成していた。
即ち、攻防一体/崩した時には、突いている――

『――ごめんなさい』

氷点下の声/徒手空拳による【聖撃(ホーリー・スマイト)】。
弱点属性によるクリティカル――焼死体からは悲鳴すら上がらない。
ただ、短打にあるまじき打撃力によって宙を舞い――城壁の内側へと落下した。

「――うおおおおおっ!?」

我に返った/己の状況を理解した焼死体の悲鳴と、その数秒後に地面への激突音が、周囲に響いた。

20明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:18:39
「魔法の習得は、君たちブレイブにとってそう難しいことではないよ。
 この世界においては資質と感性に恵まれてなければ会得し難いものだけど、君たちに限っては違う」

暖炉の火が煌々と燃える傍らで、その炎の揺らめきを映すグラスの中身を飲み干しながら……
バロールは言った。俺は対面で同じワインを傾けながら聞く。

「へえ。なんか転生チート的な特典で魔法適正アップとかあったりすんの?」

正確には転生じゃなくて転移だが、召喚の際になんらかの加護がもたらされてもおかしくはない。
少なくともミハエルとの一件で、言語の翻訳機能が追加されてることは明らかだ。

「そうわけではないんだ。アルフヘイム式の召喚技術では、召喚者に利するような加護は与えられなかった。
 翻訳は、召喚魔法ではなくアプリケーション側の機能だね。"多言語対応"が拡大解釈されたものなんだろう」

バロールは述懐する。俺は速攻で眠たくなりそうだったが、全然眠気は出てこない。
回復魔法の影響で疲れが消え失せたせいか、他の連中が寝静まっても俺は眠れなかった。
バロールが不眠不休で働き続けてるってのはこういうことか。

いつか絶対体壊すと思うけど、まぁ嫌な思いするのは俺じゃないしどーでもいーや。
そんなこんなで眠れない俺は、夜明けまでの時間、バロールから魔法について講釈を受けていた。
ジョンも指摘した、俺自身の戦力強化の為。魔法の習得は試しておくべきだろう。

「これは少し自慢になるけどね。元来、才ある者達が感覚的に理解し、行使してきた『魔法』という技術を――
 我が師、ローウェルは体系立てて纏め上げ、理論化することに成功した。私も手伝ってね。
 ある程度、読み書きや掛け算割り算が出来る知識水準の者ならば、誰でも魔法を習得出来るようになったんだ」

もちろん、専門的に学ぶにはやはり資質が必要になるけどね、と付け足す。
しかしそれじゃ、アルメリアはとっくの昔に魔法大国になってるはずだ。
国民全員が魔法を使えるなら、バルゴスみたいな肉弾特化の傭兵が幅を効かせてる理由がない。
肉体労働にしたって、魔法を使えばもっと効率よく大規模にやれるはずだ。

「読み書きも算数も、皆が当たり前のように習得しているわけじゃないよ。
 アルメリアの識字率は人口の半分にも満たない。その人口も、あくまで王都が把握出来ている限りだ。
 都市部から離れた村落では、未だに戸籍を持たない住民も多数存在しているからね」

「あ、あー……そりゃそうか。そうだよなぁ……」

見たところアルフヘイムは中世から近世の西洋くらいの文明レベルだ。
地球なら読み書きが特殊技能扱いだった時代だ。御触書を読み上げる公示人が専門職だったくらいの。
文字を読めない人間が、当たり前に存在している。これを異様と思うのは、文明人気取りの傲慢さなのかもしれない。

「私が召喚のターゲットに日本という地域を選んだ理由には、プレイヤー総数の多さの他にもう一つあるんだ。
 国民のほぼ全員が生まれると同時に市民権を取得し、最低でも9年にわたって厳密に整備された教育を受けている。
 識字率・四則演算習得率は限りなく100%に近い……魔法を学ぶ上でこれほどの好条件はそうそうないよ」

「詳しいな……」

21明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:20:56
それで命懸けの世界に放り出されちゃんじゃたまったもんじゃねえけど。
しめじちゃんとか多分まだ義務教育も終わってねえだろうしな。
ただ、アルフヘイムでイマイチ魔法が流行らない理由と、俺達が魔法を覚えられるって理由には納得がいった。

「前置きは分かった。そのおじいちゃん直伝の超凄い魔法メソッドとやらは、一夜漬けで覚えられるもんなの?
 俺夜明けにはアコライト行かなきゃだから、ちゃちゃっと攻撃魔法とか使いたいんだけど」

「難しいね。誰でも習得できるとは言ったけど、物覚えにはやっぱり個人の素質が絡む。
 そして気を悪くしないで欲しい。私の見立てでは、君に天性を感じさせるような魔法の素質は……ない」

「やっぱ?」

まぁなんとなくそんな気はしてたよ。俺が中高生だったらショックで寝込んでるね。
流石にもういいトシだから、魔法の才能がないことに絶望したりはしねえけど。
バロールは微妙に気まずそうに俺を見る。なんだその目はよぉ!哀れんでんじゃねえぜ!!

「ただ、魔法の属性によっても得意不得意は顕著に表れるからね。
 師の纏めた理論の要諦は教えるから、あとは君自身が得意分野を見つけて伸ばして行ってほしい。
 現状、この短い期間で私に出来ることは、ここまでだ」

ワインを一気に飲み干すと、バロールは自分に解毒魔法をかけて席を立った。
仕事に戻ると――そう言いながら部屋を出るバロールは、最後に振り返って言った。

「戦力の大幅なジャンプアップとはならなくても、魔法は着実に君の助けになるはずだよ。
 ただ忘れないで欲しいのは……君たちブレイブが最後に頼みを置くべきは、付け焼き刃の魔法やスキルじゃない。
 これらは君たちの旅路を支える補助輪にはなっても、メインシャフトがガタガタでは意味がないんだ」

「……パートナー、か」

「そう。君たちは『異邦の魔物使い』だ。こればかりは、アルフヘイムの誰にも真似できない。
 私たちには出来ない、君たちだから出来ること……それこそがこの世界を救うと、そう信じているよ」

それは、魔法の才能がない俺への、バロールなりの慰めだったのかもしれない。
あるいは、『自分達の劣化コピーになるな』という戒めの言葉なのかも。

ブレイブだから出来ること――その意味を、俺は多分まだ理解出来てない。
理解を、しなくちゃならない。
明日、アコライトで合流することになってる先輩ブレイブは、その答えを知ってるんだろうか。

バロールが辞した部屋で、俺は静かに目を閉じる。
暖炉の灯がまぶたを貫通して、いつまでも視界は明るいままだった。

 ◆ ◆ ◆

22明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:21:32
>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
 当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

汽車のガタゴト揺れる音に混じって、ボノのアナウンスが聞こえてきた。
コンパートメントの一室でジョンと組手の復習をやってた俺は、鬼軍曹から逃げ出すように部屋を出た。

「ついに来たな、アコライト。マル様親衛隊にベチボコにされて以来だぜ」

すでに客室にはパーティーメンバーが集まっていて、壁に石油王の顔が投影されていた。
遠隔通信魔法だ。バロールのサポートもあろうが、あいつもう魔法をここまで使いこなしてんのかよ。

>《はいは〜い。うちやで〜。
 これからナビとしてみんなのバックアップをさせてもらうさかい、改めてよろしゅうなぁ。

映像越しの石油王はいつものぽやぽやした顔で俺達を見回す。
俺はと言えば、昨日あんだけ名残惜しんだ手前、こっ恥ずかしくて目も合わせられなかった。

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
 アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
 みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
 ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

「出たなブレモン7大害悪パッチの一つ、アコライト消失……
 マル公の信者共が更地を巡礼する羽目になったアレだな」

アコライト外郭はマルグリット絡みのイベントでプレイヤーにとっても思い出深い人気スポットだ。
マル公のファン団体、通称親衛隊はここを拠点に活動しているし、プレイヤー同士が交流する場でもあった。
それを知ってか知らずか悪意の塊たる開発チーム様は大型パッチでガザーヴァにここを破壊させ、更地に変えちまった。
当然フォーラムは荒れに荒れ、親衛隊の何割かはゲーム自体引退したっつういわくつきの場所でもある。

>「アコライト外郭……か……」

なゆたちゃんが感慨深げにつぶやいて、窓の外に目を遣った。
車窓越しに見える城塞都市は、過日の峻険な姿が未だ健在だ。

アコライト外郭。
アルメリア王国の鎮守の要であり、国内最大規模の軍事拠点。
ぐるりと街を囲む城壁からは、国内各地へ向けて幾条にも鉄道や大街道が伸びている。

この整備され尽くした交通網によって、アルメリア国軍はアコライトの駐留部隊を全土に迅速に送り込める。
国内のどこが侵略されようが、反乱が起きようが、一両日には大部隊が陸運されて戦地に急行できるってわけだ。
内陸国家のアルメリア王国において、陸上の兵站輸送は何にも優先されるべき重要な要素である。

で、あるがゆえに。
ここアコライト外郭が落とされれば、その影響は国土の全てに波及する。
敵に奪われた鉄道や街道は、そのまま国内各地への進撃を迅速容易にしてしまうからだ。

アコライトからは俺達が乗ってきたキングヒルへの直行便も出てる。
魔法機関車で大部隊を王都に送り込まれれば、待ってるのはあの防衛観念のカケラもない都市構造。
つまりアコライトは国防の要であると同時に、致命的なウィークポイントでもあるのだ。

戦争で真っ先に狙われるであろうアコライトが、未だ陥落していないのは奇跡に近い。
その奇跡は……バロールが異世界から喚び起こした奇跡だ。
最前線で未だ戦い続けている、俺達より先輩の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――。

23明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:22:16
>《バロールはんが城郭に救援の一報を入れといたさかい、魔法機関車は攻撃されんはずや。
 到着したら、まず『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とコンタクトを取ってや〜?

だが奇跡はいつまでも続きはしない。ニブルヘイムの苛烈な攻勢によって、潰えようとしている。
それを阻止し、今再び祝福の灯をともすのは、俺達の役目だ。

>「よし……! みんな、いくよ!」

なゆたちゃんはやおら立ち上がり、来たるべき決戦に向けて気炎を吐いた。
俺も立ち上がる。こういう時に真っ先に支えんのもサブリーダーの役目だからな。

>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

……この掛け声だけはマジでどうにかなんねえかなぁ!?
でも。キングヒルに着いたばかりの頃とは、俺達はもう違うはずだ。

>「レッツ・ブレーイブッ!! ほらほら、明神さんもエンバースさんもやる!」

カザハ君さん(年上)の求めに応じ、右手を振り上げる。

「任せろ!いくぜ!!レッツ・ブレイブ!!!!!!!」

気恥ずかしさも何もかもうっちゃって、俺は高らかに叫びを上げた。
エンバースの野郎はガン無視くれやがったので無理やり腕を掴んで掲げた。

何も迷うことはない。
俺達は、同じ方向を見て、歩き出した。

 ◆ ◆ ◆

24明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:22:58
魔法機関車を降りて、すぐに目の前の状況の異様さが理解できた。
籠城戦ってのは基本的にドロ試合になりがちだ。
防衛拠点に籠れば兵力の不利は覆せるが、撃退はできても攻め手を滅ぼせるわけじゃない。
生まれる膠着は、下手すりゃ数ヶ月とかそのレベルで交戦状態を維持することとなる。

兵站補給のアテがなけりゃ、早晩城の備蓄は尽きてしまうだろう。
そうなれば待ってるのは極限の飢えと乾き、不衛生による疫病の蔓延に、先の見えない戦いに対する絶望。
その昔豊臣秀吉が行った鳥取城の兵糧攻めが阿鼻叫喚の地獄を生んだのは有名な逸話だ。

都合よく本国からの援軍が来るか、外的要因で敵の兵站が途絶えて撤退するか。
それ以外に、防衛側が単独で勝利した籠城戦の記録はほとんど残っていない。

そういうわけだから、もう何日も補給のないアコライトではさぞ惨状が広がってるだろうと思ってた。
死体の一つや二つ転がって、石畳は破壊しつくされて、兵たちは傷の治療も出来ずに死んでいくのだろうと。
そう、覚悟していた。

だが――

>「なんか、キレイ……」

なゆたちゃんが零した通り、アコライト外郭は予想よりも遥かに綺麗だった。
死臭や腐臭も漂ってこない。路傍には餓死者どころか、従軍商人の露天が立ち並んでいる。
景気よく食事や軍需物資を並べて呼び込みの声を上げる彼らに、疲れや絶望の顔色はない。

そして、なぜか建物の壁にはきらびやかな絵画がたくさん貼ってあった。
絵画っつうか、ポスターだこれ。それも戦時中のプロパガンダとかじゃない。
可愛らしい女の子が星間飛行のジャケ写みたいなポーズを決めてる、なんだこれ?

ポスターにはポップな字体の英語で、なんらかのイベントの日程が書かれている。
大須観音とかでよく見かけるライブの告知ポスターじゃねえか。

「英語……英語!?なんで地球の言語で書かれたポスターがあんだよ!?」

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」

ポスターに目を奪われていると、背後から妙に甲高い早口の声が聞こえた。
振り返ればそこに居たのは……こっちもなんだこれ?
兜は良い。チェインメイルも良い。ここは城塞だし、兵士ぐらいおるわな。

でもサーコート代わりに羽織ってるそのドピンクの法被はなんなんだよ!?
ほんでこいつが持ってるの、ライブとかで振るサイリウム棒じゃねーか!

>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! 
 お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

「お、オタクぅー……」

今どき笑い方まで完璧なオタク見ねえよぉ……世界観ガン無視すぎる……。
まさかこいつがアコライトで頑張ってる先輩ブレイブなの?

>「この世界にもオタクっているんだ……!」

「いやまぁオタク気質な奴はどの世界にも居るだろうけどよ……。
 こんな十年くらい前のテンプレみてーなオタクが居てたまるか」

今どきアキバでもこんなん見ねえよ。
アキバに居るの外国人観光客と地下アイドルくらいだけども。
ドン引きしている俺達をよそに、オタクはススっと近寄ってくる。

25明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:23:51
>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
 いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
 ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
 デュフッ! デュフフフフ……!」

萌え萌えキュンて。萌え萌え萌えキュンて!!
俺は一体何を見せられているんだ!真ちゃんの白昼夢が感染したのか!?

>「……誰か、日本の現地時間を確認出来る者は?俺達はエイプリルフールイベントに巻き込まれた可能性がある」

「なんぼなんでも悪ノリが過ぎるわ!誰が得するんだよ旧世代のオタクの生態なんか見て!」

>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
 あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
 ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」

流石のなゆたちゃんもこれには困惑である。
ライフエイク相手に真っ向から啖呵切った胆力もかたなしだ!

>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
 皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

オタクが仲間を呼び、俺達は取り囲まれた。
う……あ、圧が凄い……。完全なるヤバみを感じる。
そうして文字通り手も足も出ないまま、俺達はオタク集団に運搬されることとなった。

着いたのは城壁に囲まれた中庭。
オタク団子からぺっと吐き出されてすぐに、極彩色が目に飛び込んでくる。

>「ささ、存分にお楽しみくだされー! 我らの戦乙女、マホロたんのアブソリュートリィ☆ライヴを!」

「は?ライブ?こんなとこで?なんで!?」

頭いっぱいの疑問符は、すぐに押し流された。
音響魔法か何かで拡大された大音声が、音楽を伴って耳を貫いたからだ。

>「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」

光り輝くステージの上で、一人の少女が歌い、踊っていた。
人だかりの中央で、なお埋没しないその煌めき。
金髪ツインテールにヘッドセット、瀟洒な鎧をまとったその姿は……

「……馬鹿な、そんな、まさか」

俺は知ってる。ブレモンプレイヤーなら知らないはずがない。
今、俺の目の前で踊っている彼女。その、光輝に満ちた名を、叫んだ。

「マホたんだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!!」

ユメミマホロ――ブレモン配信をメインコンテンツに据える、バーチャルYouTuberだ。
そのブレモンに対する深い造詣、視聴者を飽きさせない喋りのテクニック、
何よりも高度なモデリングによって表情をコロコロと変える見た目の可愛らしさ!!!!
おそらく全宇宙で最高のバーチャルYouTuber、それがユメミマホロ……マホたんだ!!!!!!!!!!!

対モンデンキントの為にひたすら動画を漁っていた頃、マホたんの動画には何度も心を癒やされた。
陰鬱な最底辺を這いずり回る俺が出会った、電脳世界の福音だ!

26明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:25:13
>「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

「ま、マジで?こんな奇跡があっていいのか!?マホたんにリアルで会えるなんてっ!!!!!」

バロール……!ありがとう、それしか言う言葉が見つからない……!
俺は今!生まれて始めて幸運を神に感謝している……っ!!!

>「じゃあ、次の曲! いっくよ―――――――――――――っ!!!」

一曲吟じ終えたマホたんがMCで場を繋ぐ間に、ステージの機材が組み替えられていく。
裏方が手際よく機材を設置して、次の曲のイントロが流れ出した。
この曲は……!『ぐーっと☆グッドスマイル』!!マホたんの代表曲だ!!

>「……なんか……全然予想と違うね……」

なゆたちゃんが若干表情筋を引き攣らせながら笑う。
へいへいへいノリ悪いんちゃうかー?そんなぎごちない笑顔じゃノンノンですよ!!

「だけど予想よりずっと良い。こいつがバロールの差配なら、あいつもたまには良い仕事するぜ」

>「いい事だ。負け戦の陣営なんて、見ずに済むならそれが一番いい」

イントロがもうすぐ終わる。
俺は体がうずくのを感じた。心の底から湧き上がる熱が、エネルギーが、出口を求めてぐるぐるしている!
こうしちゃいられねえ!拙者もMIX打たせていただきます!!!

「オタク殿!コール表を!!」

「御意、こちらにご用意が!」

振り返って案内してくれたオタクに呼びかけると、返答と一緒に包みが飛んできた。
中身はライブの合いの手を記したコール表と、法被と、サイリウム棒。
スーツの上から法被を羽織り、光る棒を装備すれば、俺は、いや拙者は、もう無敵だ。

コール表に目を通す。
やはりライブ文化はマホたんがこの世界に持ち込んだモノ。
内容は全部分かる。一秒で覚えて、拙者は群衆の中に飛び込んだ。

「うおおおおおおおおおお!いくぞッ!!
 タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」

マホたんの歌声にオタク達と一緒になってMIX(合いの手)を打ち、
フレーズの合間にはクラップ(拍手)を入れる。
マホたんが放ったウインクは俺に向けられたものだいや俺だとオタク同士で殴り合う。

曲調が静かなバラードに移り変われば、みんなで壁にもたれて腕を組み、
『マホたんがビッグになって俺も鼻が高いよ……』と後方彼氏面だ。

「マホたぁぁぁあん!!!ホァ!ホァァァァァァァァ!!!!」

そうして拙者は実に40分、夢のような時間を過ごした。
いや!夢で終わらせない!マホたん単推し担当としてこれからも応援し続けるよ!!!!
世界とか救ってさぁ!!

27明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:26:35
 ◆ ◆ ◆ 

>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
 今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
 地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

ライブが終わった後、俺達はマホたんに連れられて放送スタジオにやってきた。
ライブ直後なのにすぐ配信だなんてマホたんは仕事熱心だなぁ。

「いやぁ、素晴らしいライブで御座った。尊みがMAXすぎて拙者感涙ヴォイ泣き致して候」

ライブの熱も覚めやらぬまま、マホたんの紹介を受けて雑にコメントする。
スーツの上からピンク法被は羽織ったままだ。ヨドバシカメラのスタッフみたいだぁ。

>「配信されちゃってる!? 生配信に出ちゃってる!?」

カザハ君は無邪気にはしゃいでいる。
ちょっとちょっとちょっとーカメラ回ってるでござるよー気付いておいでかーコレコレー。

>「ささ、皆さん自己紹介をお願いします!」
>「え……ええと、わたしはモンデンキントって言います……。
 アコライト外郭が孤立無援で絶体絶命って聞いて、その援軍に……」
>「うは! モンデンキントさん! 初めまして〜! ひょっとして、モンデンキントさんってあの『月子先生』です?
 スライムマスターの!」

モンデンキントの名前にマホたんは機敏に反応する。
うおお……ブレモン界の有名人二人、交わることのなかった両者が一同に!
尊ぇ……てぇてぇよぉ……。

>「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
 イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
 あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……」

マホたんは俺をチラっと見て、どうコメントしたものか迷うような仕草を見せた。

>「なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

「すっげえオブラート包んだな今!?」

いっけね、素が出ちゃった☆
でもね、でもね!それって『とくに特徴ない』って言ってるのと同義なんですよ!!
あとは最近のトレンドだと『パーティ追放されそう』とかそういう感じの形容だね!
いや実際それに近い感じにはなってたけど昨日まで!

「拙者は笑顔きらきら大明神と申す者。しかしこの場では名前に意味など御座りますまい。
 今の拙者はただの名もなきマホたん推しのガチ恋勢に過ぎぬゆえ」

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。
 それはともかく、援護に来てくれたのは心強いですね! ありがとうございます! これで勝つる!」

メイン盾いないから勝つるかどうかは保証しかねるけど。汚い流石忍者汚い。
さっくりと自己紹介を終えた俺達は、早速アコライトの現状について情報共有に移る。
なゆた氏の懸念した、兵站物資の不足。マホたんはあっけらかんと問題ないと言った。

>「食糧については心配なかったですよ〜?
 敵がね〜。ワニとかトカゲとか、そういう爬虫類系なんですよね〜。それ捕って食べてましたし」

「な、なるほどぉー……マホたんのサバイバル知識は為になるなぁ」

28明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:27:22
敵さんも兵糧攻めしてる相手に食料提供してたとか考慮しとらんだろ。
爬虫類ってうまいのぉ?鶏肉みたいな味とか言うけど牛豚以外の大概のお肉は鶏肉みたいな味だしさぁ。

>「え〜と、『ムシャクシャしたんでバジリスクをムシャムシャしてみた』とか。
 『ヒュドラで燻製肉作ってみた』とか。いくつか配信もしましたよ。
 あんまり登録者数稼げませんでしたけどね〜。
 他にも『暇だからサバイバル生活してみた』とか『孤立無援だから籠城してみた』とか。ネタには事欠かなかったですね!」

そんでどこに配信してんだよ。アルフヘイムにもようつべってあんのか。
敵さんも兵糧攻めしてる相手に配信ネタ提供してたとか考慮しとらんだろ(二回目)。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
 今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
 明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

なんとも雑な質疑応答だったが、これでアコライトの異様さの謎は解けた。
メシは現地調達で、士気はライブで思いっきりバフかけて、そうしてこの城塞は戦線を維持し続けてきたのだ。
その有り様について、外野があれこれ口を出すべきじゃない。
ユメミマホロは間違いなく、アコライトの希望だった。

しかし外郭が壊滅してるわけじゃないなら、ずっと音信不通だったってのはどういうことなんだ?
バロールが先んじて救援の連絡を入れられたってことは、通信自体の不備ってわけじゃあるまいに。

>「はい! よろしくお願いします、マホたん!
 あ、ところで――」

形にならない疑念はなゆたちゃんの声でふっとかき消えた。

>「マホたんのマスター。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこにいるんですか? 中の人っていうか――」

「あっおいやめろやめろマジで!」

制止も虚しく放たれた問い。
なゆたちゃんからしてみれば聞いて当然っつうか、雑談の一環くらいのつもりだったんだろう。
しかしそれは、Vtuberにとっては禁句、地雷を踏み抜く一言だ――

>「……中の人などいない」

マホたんは弾丸みたいな機敏さでなゆたちゃんに詰め寄り、ぼそりと呟いた。
有無を言わせぬ圧の籠もった言葉に、なゆたちゃんはドン引きしながら引き下がる。
これ放送事故じゃない?大丈夫?カメラ止めて止めて。

「いないよぉ中の人なんて。Vtuberは電脳世界に生まれた高性能AIなんだよ?わかれよな」

>「なるほど、スピリット属なら生理現象とも無縁だろうしな。理想的なアイドル体質――」

「うるせえアンデッド!お前は黙ってろ!!」

おそらくこの場で最も意味不明な存在であるエンバースの減らず口を塞いだ。
こいつはこいつでなんなんだろうな、今更だけど。お前こそ中の人どっかにいるんじゃないの?

>「宿泊する部屋の用意ができるまで、城塞の中を案内しますよ。
 と言っても、みんなはもうゲームで間取りについては把握してるかもだけど……。

なゆたちゃんから離れたマホたんは俺達を伴って配信室を出る。

>「目を閉じていても、一周出来る自信があるよ。
 咎人断ちの大剣目当てで、嫌と言うほど周回したからな」

「俺もやったなぁ。2ボスのレアドロだろ?あんだけ頑張って厳選したのに次パッチでもう鉄屑だぜ。
 俺の一ヶ月はなんだったんだっつー」

29明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:28:04
型落ち装備の価値が暴落すんのはまぁオンラインゲーなら仕方ないんだけどさ。
せめて強化派生できるとかさぁ!廃人の努力に報いるアプデをお願いしますよ!

>「何か質問があれば、遠慮なく訊いちゃってください。知ってる情報は全部教えます、ホウレンソウは大事!
 ……あたしもみんなにアコライトで戦うにあたっての『ルール』を説明しておかなくちゃだし」
>「ルール?」
>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
 ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

「握手は一人10秒まで……とかそういうのじゃ、ねえんだよな」

急に剣呑な話になって俺は思わず茶化したが、かえって事態の物騒さを痛感する羽目になった。
守らなければ死ぬルール。ってことは、守らずに死んだ奴が少なからずいるってことなんだろう。
今更だけど、当たり前のように人死にが出てるって事実に俺はさぶいぼが立った。

>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

そうして俺達はオタク達に見送られ、マホたんと一緒に城壁を登る。
歩廊は幅が結構広いが、高所だけあって風が強い。気を抜いたら吹き飛ばされちまいそうだ。

>「おおう……」

カザハ君が城壁の外を見下ろして嗚咽に似た声を出した。
俺も同じ気持ちだった。っていうか出した。

「うげぇ。爬虫類ヅラの御用提灯が十重二十重……コミケの会場じゃねえんだぞ」

>「手持ちのレベリングをするには少々、リンクする相手が多すぎるな」

「範囲火力持ちが泣いて喜びそうだな。タンクは別の意味で泣くだろうけどよ」

新米タンクのジョンを揶揄して笑おうとしたが、ちっとも笑えやしなかった。
なんだこりゃ。敵兵力6000ってガセもいいとこじゃねえか。
ざっと見積もってもその十倍、地平線の向こうにもいるなら二十倍はくだらねえぞ。

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
 空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
 こっちから手を出しさえしなければ、ね」

「……お腹を空かせたアコライトの民にカザーヴァさんからお肉のプレゼント!ってか」

流石に想定外だ。この数相手にたった300人でずっと睨み合ってたのか?
なんぼマホたんがつよつよだからって数の暴力が圧倒的過ぎるだろ。

>「そうなんですか……。それにしても、これだけの数のモンスターを操るなんて……。
 敵の指揮官はどんな相手なんですか? やっぱり、ニヴルヘイムの三魔将の誰かだったり……?」

脂汗の浮かぶなゆたちゃんとは対照的に、マホたんの顔は涼しげだった。
彼女は地平線の向こうから目を離さずに、とある名を口にする。

>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

「……マジかよ」

今度は俺が絶句する番だった。
煌帝龍ってのは、ブレモン世界大会の中国代表プレイヤーの名前だ。
つまり、ミハエル・シュヴァルツァーと同じ――世界クラスの強者。

「ニブルヘイムはまたピックアップ召喚でSSR引き当てやがったってのか」

30明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:28:41
リバティウムでイブリースがミハエルを回収した時、俺はニブルヘイムも人手不足だと見立てていた。
少なくともミハエルクラスの人材はそうそういないと。数が限られてると、そう思ってた。
だが現実として、ミハエル以外にもニブルヘイムはSSRを獲得している。
煌帝龍は、大会でミハエルとも争ったことのある正真正銘の実力者だ。

そして帝龍にはもうひとつ、世界的企業のCEO――資産家としての顔もある。
つまり、金持ちだ。それこそ石油王が霞んで見えるくらいに、リアルマネーを所有している。

>「ああ、なるほど。そういう意味か。そいつなら知ってるぞ。何せ奴は――」

焼死体が何か思い当たったようだが、そのままフリーズした。
CPU使用率が100%になっておられる?

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
 この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
 純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

「そんだけ金持っててやることがソシャゲの廃課金かよ。コロコロコミックのホビー漫画じゃねえんだぞ……」

途方も無いスケールの話に頭が痛くなってきた……。
だってあの帝龍ですよ?なんなら俺の会社のパソコン全部あっこの製品だよ?
帝龍はIT分野にも強い。煌が持ってるスマホなりタブレットなりも、相応のスペックがあると見て良いだろう。
複数所持だって十分あり得る。ミハエルの時みたくタブレット強奪での無力化は現実的じゃあるまい。

>「中国代表の社長!? この世界は自動翻訳機能が付いてるみたいだけど語尾がアルになってたらどうしよう……!」

頭を抱える俺の隣で、カザハ君は相変わらず能天気にコメントする。

「ミハエルが『ニーチェ大好きだリュッセル!』とか喋ってたらその可能性もあったけどな……」

いかんいかん、現実から目を背けるな。
敵のスケールがでかいなんてのは今に始まったことじゃねえだろ。
タイラントも、ミドガルズオルムも、俺達は乗り越えてきたじゃねえか。

>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」

目に飛び込んできた絶望的な光景。
だけれどマホたんは、いつもの人好きのする笑みで、俺達を見遣る。

>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
 現状維持をすることしかできなかった。
 でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
 それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

この城壁上には、アコライトに集う兵士達はいない。
ユメミマホロが弱みを見せるわけにはいかなかった、彼らはいない。

だから、彼女のこの言葉は、士気の鼓舞とは無関係の……本心なんだろう。
十重二十重に取り巻く絶望に、それでも抗い続けてきたブレイブの……俺達は、正真正銘の"救い"だ。
そうでなければならない。

>「ええ! 絶対勝ちましょ、みんなで!」

なゆたちゃんは迷いなく答え、マホたんの手を握る。

>「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

その圧倒的よさみの深い光景にカザハ君が乱入し、マホたんに抱きついた。
ッダロガケカスゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!何どさくさまぎれにくっついてんだエロ妖精が!!!
お客さんお触りはギルティですよ!!!!カザハ君の首根っこを掴んで引き剥がしながら、俺も言う。

31明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:29:49
「兵力も、物資も、何もかもが圧倒的に不利。どんだけ士気が上がったって、人間の体力には限りがある。
 下で楽しそうにライブの感想言い合ってる連中も、もうだいぶ限界が来てるんだろうぜ。
 マホたん氏もそのあたりは分かっておられよう」

ライブでの熱狂は、マホたんのサービス精神旺盛なパフォーマンスだけが理由じゃあるまい。
いやマホたんが今世紀最高にして最強のVtuberだってことには疑いはないけど、それだけじゃない。

みんな、何かに身を委ねて、絶望を忘れないとやっていけなかったんだ。
直視するには過酷過ぎる現実が、この壁の向こうには広がっている。

「……燃えるじゃねえか。燃え燃えキュンだぜ。こういう局面を、俺達は何度も覆してきたんだ。
 課金額の多さでイキってやがるクソったれのシャッチョサンを、ぶっ飛ばしてやろう。
 札束よりも拳でぶん殴られたほうが痛いってことを思い知らせてやるぜ」

俺の後ろでは剥がしたカザハ君とエンバースが今後の方針を話し合っていた。
つっても、カザハ君が出した案をエンバースが切って捨てるだけのいつもの光景だ。
こいつほんとこういうときだけイキキしてるよな……。

>『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

議論を思いっきり投げ捨てて、エンバースはマホたんに一歩にじり寄った。
……と思ったらこいつ何しよん!!!マホたんの肩掴みやがった!!!

>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

「てめっこのっピンチケ野郎(クソガキ的な意味)がぁぁぁぁぁ!!何マホたん氏に接触してんだ!!
 城壁はナンパをするところでは御座らんぞ!!!!」

唐突に直結厨と化したエンバースを剥がすべく俺がダッシュするより先に、
マホたんの左手が閃いた。エンバースの腕を打撃し、戒めを解いてバランスを崩す。

>『――ごめんなさい』

ドゴォ!とおおよそマホたんの細腕から想像もつかない音が響いて、焼死体は宙を舞った。
そのまま城壁から中庭へ20メートルの距離を自由落下していく。
地面とぶつかる音が聞こえるその時まで、俺は理想に殉じたエンバースに黙祷を捧げた。

うひゃひゃひゃ、ざまあみやがれ。
まぁ元から死んでるしこれ以上死にはしねえだろ。

「えー……なんというかその、うちの焼死体がとんだご無礼を……。
 あの子ゾンビだから本能的に人を襲っちゃうだけで悪い子じゃないんですよマジマジ」

しかしあいつ、マホたんとどっかで会ったことでもあんのか?
Vtuberとリアルで対面する機会なんてあるわけがねえ。
典型的なナンパの口上でないなら、あいつもループの記憶が戻って来てるのかね。

「それはそれとしてマホたん氏、サ、サインとかもらっていいですかね……?
 えーと色紙、色紙はないから……ふひっ、このネクタイに!『俊之くんへ』って入れてもらって!」

マホたんからサインを入れてもらったネクタイをウキウキ気分で身につけて、
俺は気合を入れ直した。デュフフ……最高だ……世界救い終わったら額縁に入れて家宝にしよう。

「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
 あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」

32明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:30:27
まあ多少欠損してようがポーション注射で治んじゃないのぉ?
なんでもいいけどあいつアンデッドのくせにポーションで回復すんのな。

「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
 戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
 敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」

いくら強固な城壁があるからって、あんな大軍がいれば突破は難しくあるまい。
門とか構造的に弱い部分はいくらでもあるし、そこに戦力を集中させれば一発で開門だ。
プレイヤーである帝龍は当然、アコライトの内部構造だって知ってるはず。
こんな、見せびらかすためだけみたいな布陣を組む理由はない。

「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」

これはカザハ君の提案から思いついた可能性だ。
『幻影』みたいな認識改変スペルで6000の兵力をウン十万に見せかけることはできなくもない。

「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
 カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
 ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」

ブレモンにおける帝龍の戦略は、盤石の布陣を構えたうえで敵を押しつぶすコンボ系だった。
やつがその定石に則るとすれば、可能性として一考の余地はある。
アコライトを陥落させてすぐに王都に攻め入ることを予定してるのかもしれないしな。

「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
 つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
 敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

レアル=オリジンやお姉ちゃんみたいに、知性を持ち、人間に限りなく擬態可能な魔物はいる。
敵が爬虫類系の異形だと強く印象づければ、人間型への警戒はどうしても薄くなる。
付近からの難民や行商を装って、外郭内に侵入することは不可能じゃない。

……とまぁべらべらまくし立てたけど、マホたん氏もそれくらいは考慮の内だろう。
伊達に何ヶ月も防衛戦を続けちゃいない。戦闘経験において、彼女と俺達には天地の開きがある。
俺は知らなきゃならない。この世界で戦い続けるってことが、どういうことなのか。

「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」


【情報共有。サインをねだる】

33ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:26:58
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「あいつ最近テレビの取材受けたんだって?」「調子にのってるよな」「しっ!本人きたよ」

みんななぜか僕の悪口を影で言っている。
一体なにがいけないのだろう、僕はただ仲良くしたいだけなのに。

みんな僕が近くにいれば仲良く友達のフリをする。
でもそれは僕が怖いから、直接対峙したら勝てないと、そうわかっているから

「みんな!おはよう!」

ニコニコしながら、そんな人達にあいさつするのもいつの間にか馴れた。
笑顔を絶やさなければ、いつか僕の事を思いなおしてくれるかもしれないと思ったから、笑顔を続けた。
無駄なんて事わかっているのに。

歴代の天才高校生、そんなタイトルでも、テレビで紹介されれば、僕の事を理解してくれる人が現れる。
そう思ってテレビや雑誌のオファーを受け続けた、無駄だと分っているのに。

信じたかった、世界の広さを、テレビや小説でよく出てくる、人の温かさを。
結果的に言えば理解者はだれ一人として現れなかった。

「しょ・・・勝負ありー!」

テレビの企画で当時の金メダリストと戦う事になった。
天才と呼ばれ、天狗になってる子供を大人が容赦なく叩き潰す、そんな趣味の悪さ100%の企画だった。

「すみません・・・この人本物ですか?」

自分でもさすがにこの時の発言はよくなかったと思う、しかし本当に弱かった、侮辱したかったわけではないが、本当に弱かったのだ。
生放送だった為にどうしたらいいのか分らない大人達、笑いものにするはずが逆に自分たちが侮辱されたのだ。
あの時の周りの大人達のあの目線は忘れられない。

その次の日から倒した選手のファンから、テレビ局のお偉いさんから、通りすがりの人から、嫌がらせを受けるようになった。
結果を信じられない大人達が、僕をリンチにするため、徒党を組んで人気のない路地で襲い掛かってきたこともあった。

嫌がらせに屈せず、相手が凶器を持ってきても返り討ちにした。
行動はどんどんエスカレートし、僕を殺そうとする奴まで現れた、それでも僕は負けなかった。
一人で全てを返り討ちにし続けた僕は裏でこう呼ばれた・・・【化け物】と

たしかに僕の発言はよくないものであった、それは間違いないだろう。しかしこんな目に会うほどの物だったのだろうか?
圧力によってどのスポーツの世界にも入れなくなった僕は、この件で業界に絶望していた事もあり、逃げるように自衛官になった。

僕が入った当時の自衛隊の世界は年功序列の世界だった、人によっては最悪というかもしれないが、それ以外で差別される事はなかった。
途中で実力主義に変わり、当然一人だけ浮いていた僕は引き抜かれて、特別な扱いを受けた。

「いえーい!みんな!!自衛隊をよろしく!」

例えそれが健全PRの為のアイドル活動を含んだ引き抜きだったとしても、僕は認められた気がして、言われるがままにやり遂げた。
アイドルとして活躍するようになってから、世間の風向きが変わっていった。

「イケメン自衛官大人気・・・」「彼の素質は・・・」「災害の時の彼の活躍は勲章物で・・・」

過去の事をすっかり忘れ、今度は媚始めるマスコミ達。
家を出れば黄色い声と、嫌悪の目を向けていたはずの大人達が、一斉に僕に媚を売り続ける。
満足していた、しなきゃいけない、だってこんなにみんな僕をほめてくれるんだから、認めてくれるんだから。




あれ・・・結局僕は・・・なにがしたったんだっけ・・・?

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34ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:27:25
最悪の目覚めだった。
よりにも旅立ちの日にこんな夢を見るなんて。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

呼吸を整えつつ洗面台へと向かう、そして顔を洗い、鏡を見る。
そこには普通の・・・いつものジョン・アデルがいた。

「大丈夫・・・大丈夫・・・落ち着け・・・落ち着け」

呼吸を整え、もう一度鏡を見る、そこには普通の自分。

「・・・お前のやりたい事を昨日見つけたじゃないか、ジョン。落ち着け、大丈夫だ」

そう呟くと顔を洗い、服を着替え、旅立つ準備を始めるのだった。


「まさか全部用意してもらえるとは・・・」

ジョンの部屋の豪華なテーブルの上に似つかわしくない武器を並べられていた。
これは昨日バロールに頼んでいた、持っていくかもしれない装備候補達であった。

これらは全て殺す為の装備であり、殺されないようにする為の装備である。
武器を調べるほど、調べるだけ、避けようのない殺し合いが存在するのだ、という現実を見せ付けられる。

これとブレイブとしての力を使えば、人を容易に殺す事ができるだろう。
そうでもなくても自分には化け物と呼ばれた力が、肉体があるのだから、更に容易である。

日本では人を殺めることは悪である、それが常識。
だがこの世界でそれはもう通用しない。

「殺さなければ・・・殺される」

だれかを殺さなければ前に進めないかもしれない。
この世界では殺す事は悪じゃない、むしろ世界を・・・国を救うためなら進んで殺す事こそ・・・正義なのだ。
元の世界の常識を、いつまでも持っているわけにはいかない。

人を殺すなんて訳ない事だ、昨日バロールの話を聞いた時点で覚悟は決めていた。だが

【化け物】

「ッ・・・!」

生まれて僕に負の感情を見せない・・・やっとできた友達を・・・失いたくない。
これは戦争だ、なら当然相手もこっちの命を奪うつもりで向かってくる、その悪意になゆは、みんなは耐えられるだろうか?
悪意に晒され続けた僕のような苦しみは、みんなには味わってほしくなかった。

「みのりと約束したんだ・・・なにがあってもみんなを守るって」

全ての悪意からなゆ達を守ろう、守る為に今、僕ができる事をしよう。
世界を救う事自体にそこまで興味があるわけじゃない、だがなゆが、みんなが行く道をいっしょに、笑って歩いていたい。

「・・・例え同じ世界の人間を殺す事になったとしても」

35ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:28:33
もっと重い空気になると思っていいたが、そこは歴戦のブレイブ達。
列車の中でも重たい空気になることなく、軽口を叩きながらいろんな話をしていた。

エンバースとなゆは二人で仲良く話しているし、カザハはなにかの本を読みながらニヤニヤし
僕と明神は昨日の確認とウォーミングアップを兼ねて体を動かしている。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
  当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

>「もう着くの? 魔法機関車はっや!」

「さて・・・僕達もそろそろ降りる準備始めよう」

僕の必要な物はトランクにほとんど詰めてある、バロールに頼んで貰った部長が背中に装備できる魔法のトランクだ。
質量を無視してアイテムを特定の個数だけ入れられるらしい、といっても部長の動きを阻害しない程度の小さいトランクなのでそんなに量は入らないが。

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
  アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
  みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
  ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

当たり前だが全員が知っている前提で話が進んでいく。
だがしかし僕はといえば、ソシャゲとかのストーリーは全スキップ派なのでまったく知らないのだ。

昨日寝る前にこの世界の事についてはある程度勉強できたつもりだ。
だがそれはあくまでもこの世界の今までの歴史であって、この人物はこうで、こんな事をしでかす、という情報ではない。
つまり・・・

「さっぱりわからん」

全然分らなかった、重要な所はみんなが教えてくれるのでいいのだが、細かいところはさっぱりだった。
別に分らなくても敵なら殺す、味方なら生かす、そのくらいの認識でまあ、大丈夫だろう。
必要な所は別途聞けばいい。

>《もう連絡途絶えてえらい経つけど、最後に生存確認したときの外郭側の戦力は300、二ヴルヘイム側の兵力は目算で約6000。
  こっちの兵士は体力的に限界で、兵糧も尽き掛けてる。持ってあと一週間ってとこやって》

重要な拠点と聞いていたが、あまりにもひどい報告に頭を抱える。
途絶えたにも関わらず兵士を即座に送って、正確な情報を確認していない事。
連絡が途絶え、殆ど未確認の地域にになゆ達を、ブレイブを送り込もうとしてる事。

「余裕がないにしろお粗末すぎる・・・」

列車から降りた途端に死体が見えるかもしれないな・・・なんて事を考える。
死体だけならいい、そこから病気が蔓延していたら、たまったもんじゃない。
追い詰められているなら死体を焼却する時間もないだろう、もしかしたら敵とは関係なく病気でほぼほぼ全滅なんてことも・・・。

陽気な雰囲気もここまでという空気が、列車内を、僕達を包もうとしていた。

>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

不穏な空気を察知したのか、みんなを元気付けようと、なゆは大声で叫ぶ。
さっきまでの空気はどこへやら、みんな一転元気に動き出す。

やっぱりなゆ・・・君はリーダーの素質があるよ

「もちろん全員でね・・・レッツ・ブレイブ!」

36ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:29:35
列車を降りたら死んでから時間が立っているような死体がお出迎え・・・という事はなかった。

>「なんか、キレイ……」

「キレイというか・・・これは・・・?」

>『デコられている』

「そう・・・それだよ」

機能性を重視された城壁のあちこちに謎の似顔絵?がたくさん貼られている。
行方不明者の似顔絵かと一瞬思ったが、全員同じ人間を描いたようだった。

>「綺麗ってかこのポスター、アイドルみたいな人がキラッとしてるよ!?」

「アイドルといえばアイドルだな、だがこんな人間僕は知らないぞ?色んなテレビに顔を出してるから色んな人を知っているつもりだが・・・」

こちらの世界にアイドルなんて概念があるのだろうか?だがそれにしてもあまりにも僕達の世界のアイドル像に近すぎる。
仕事柄、このくらいの年齢のアイドルは全員把握しているつもりだが・・・どの記憶にも引っかからない。
『MAHORO YUMEMI Absolutely Live in ACOLITE!!』 MAHORO YUMEMI・・・?知らない名前だ、やはりこの世界のアイドル・・・なのだろうか。

>「英語……英語!?なんで地球の言語で書かれたポスターがあんだよ!?」

あまりに自然で気づかなかったがここは僕達が住んでる世界とは別の世界なのだ。
このMAHORO YUMEMIが何者であるかわからないが、とにかく普通の事態ではない、とにかく----

>「何かがおかしい。一度、列車まで戻るべきだ。俺が偵察を――」

エンバースも僕と同じ違和感を感じ取ったらしい。

「賛成だ・・・なにかあってからじゃおそ・・・」

気づいたら目の前に一人の男が立っていた。
バロールに貰ったナイフを男に見えない位置で構える。

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」
>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

男は漫画の世界から飛び出してきたようなオタクスマイルを披露する。
なにが起こってるのかさっぱりわからない。

>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
  いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
  ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
  デュフッ! デュフフフフ……!」
>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
  あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
  ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」

気づくと大勢のオタクに囲まれていた。

「君達、最低限の説明すらする気がないならこっちにも考えがあるぞ・・・!」

>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
  皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

「ちょ・・・!?」「ニャアアアアー!」

結局抵抗していいのかわからず悩んでいる間にオタク軍団に連行されるのだった。

37ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:30:30
>「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!」

一体どうなってるんだ・・・?
ここを防衛しているという先輩ブレイブに会えず、ゲームのキャラクターのような少女の踊りを見させられている。
列車が目的地を間違えた?いやさすがにそれは考えられないだろう、最初にみた城壁はデコられていたとはいえ予め聞いていた情報と一致する。

>「マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

じゃあなんでこんな状況になっている?どこでなにを間違った?

>「……ユメミ……マホロ……」

「しっているのかい?なゆ、もしかしてあの子もゲームのキャラクターだったり・・・?」

それにしてはバロール等とは違い、あまりにもアニメ調すぎるが。

>「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

なゆがなにかを理解したらしく、おそらくユメミマホロがブレイブである、という。
必死に応援してるオタク達はここの兵士で、ユメミマホロが兵士達の士気を維持する最後の砦。

「どうやら・・・想像してたより方向性は違うけど、最悪の状況なのは間違いなさそうだね・・・」

ここの兵士達はユメミマホロに依存しすぎている、彼女の命令とあらば命を投げ打ってでも戦うだろう。
死の恐怖に立ち向かっていけるかもしれない、だがやっている事は麻薬で自分を騙している兵士となんら変わりない。
違うのはなにに依存しているのか、という違いだけだ。

ユメミマホロがもし死んでしまったら・・・依存する先を失った兵士達のその後は・・・。

>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
  今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
  地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

歓声を浴びているこの少女が一番よくわかっているはずだ、この依存体系は非常によくない、と
だがこうせざるを得なかったのだろう、そうしなければ体より先に心が死ぬのが分っていたから。

>「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
>「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 

予想通りに状態の悪いアコライト城郭の現状に頭を抱える。

>「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
  イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
  あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

元気よく紹介される、とりあえず考えるのは後にしよう。

「よろしく!でも僕と仲良くしないほうがいいんじゃないかな?ほら僕も君も立場とかあるしさ・・・」

すっごい客席からの視線が痛い、嫉妬のオーラを纏った負のなにかが僕の体を包んでいた。
元の世界だったらこの発言だけで週刊誌に載ってしまうレベルだ、イケメン自衛官複数のアイドルに手を出していた!とかそんなタイトルで。

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。

言われのない因縁をつけられるんで、やめてねホント・・・
口では言えないので心でそう呟くのだった。

38ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:31:33
ライブも終わり、兵士の鋭い視線から開放され、やっと一息。

「やっぱりあの雰囲気は嫌いだ・・・」

僕もあんな感じの場所で歌ったり踊ったりすることはあったが、やっぱり好きになれそうになかった。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
  今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
  明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

疲れた原因は殆ど君のせいなんだけどね・・・といいたいがやめた。
自分の口が災いしてまた兵士達の負のオーラを浴びたくない。

>「ルール?」

>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
  ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

「それは・・・一番最初に言うべき事なんじゃないか?兵士の手前言えないのはわかるがそれでも・・・」

>「確かルールその1は、中の人などいない――だったな」

凄いマジメなトーンで言い放つエンバース。
君のそのマジメにやってるのか、わざとなのかよくわからない言動・・・嫌いじゃないけど・・・自重しよう?めっちゃ睨まれてるよ?

>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

さっきまでのアイドルだったユメミマホロは息を潜め、冷静に答えながら、僕達を誘導する。
そこで僕達は自分たちの意識が、まだまだ足りてないという事実を突きつけられてしまう。

「な・・・なんだこれは・・・6000なんて嘘っぱちじゃないか・・・!」

時間が相当に経った情報など当てにならないと、分ってはいたがそれでも期待していた。
だが期待そのものが甘えだったのだと、改めて認識させられる。
新鮮じゃない情報などなんの価値もないのだ、と。

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
  空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
  こっちから手を出しさえしなければ、ね」

なぜだ・・・?こっちが崩壊寸前なのはわかっているはずだ、なのにわざとトドメを刺さないのは・・・?
モンスター達は穴を開けるでもなく掘るでもなくただそこに佇んでいるではないか。
まるで・・・なにかを待っているような・・・?

「だ、だが、これだけのモンスターを確保するには敵だって簡単にでできるわけじゃないだろう?」

>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

名前聞いた時、なるほど、と納得してしまった自分がいた、ブレモンだけじゃない、リアルでも有名なのだ。
その影響力は中国裏社会にまで及ぶといわれ、動かそうと思えば国すら動かせる、と噂されるほどの超が付く有名人。

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
  この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
  純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

ここに来てから、話がいい方向にまったく進んでいかない、いや、まだ全滅してなかったのは大変いい事だが・・・。

39ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:32:11
>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」\
>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
  現状維持をすることしかできなかった。
  でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
  それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

>「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

「なあ・・・僕達も協力したいのはやまやまなんだが、最低限その作戦の説明をしてくれないか?
 まさか無計画なんて事はないよね?そうじゃなきゃ僕達は協力関係には――」

>「兵力も、物資も、何もかもが圧倒的に不利。どんだけ士気が上がったって、人間の体力には限りがある。
  下で楽しそうにライブの感想言い合ってる連中も、もうだいぶ限界が来てるんだろうぜ。
  マホたん氏もそのあたりは分かっておられよう」
>「……燃えるじゃねえか。燃え燃えキュンだぜ。こういう局面を、俺達は何度も覆してきたんだ。
  課金額の多さでイキってやがるクソったれのシャッチョサンを、ぶっ飛ばしてやろう。
  札束よりも拳でぶん殴られたほうが痛いってことを思い知らせてやるぜ」

明神のハートに火がついてしまったようだ、明神だけじゃない、なゆも、カザハももうすでにやる気マンマンだった。
こうなったら・・・止められないな・・・みんなについていこうと決めたのだ、彼らのやり方を見届けてやろう。

「あーあー!わかったわかりましたやってやりましょう!ただ作戦には容赦なく口出しさせてもらうからね?」

ハイハーイ!と元気よく飛び出してきたのはカザハだった。

>「爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
  カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ
  後方に控えているだろう指揮官のところに行けることは行けると思うけど……」

「今現在敵戦力が見えてるだけの種類しかいないとは限らないからね
 当然、空に向けてなにかしらの迎撃手段を持ってるいると考えられる。そうなればあの速度じゃいい的だ。」

悪くないとは思うが今一歩それでは足りない、僕達の体は一つしかない。
失敗するリスクはできる限り減らしたいのだ。

>「駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?」
>「指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
  遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!」

>「多量のクリスタルと引き換えに召喚された超レイド級が、
  敵を薙ぎ払う訳でもなく突っ立っている、か。
  なるほど――中々ユニークな作戦だ」

ウーンウーンとカザハは頭を悩ませる。

しばしの沈黙が場に訪れる、この数相手にそうそう丁度良く作戦が生まれるわけじゃない。

>『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

「お・・・おい?なにしてるんだエンバース?」

シリアスな空気を突然ぶち壊したのは、このPTで一番シリアスな空気を生み出しているはずの・・・エンバースだった。

40ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:33:41
>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

エンバースの突然マホロの肩を掴み顔を近づける。
その行為は、よく言えば中二病、悪く言えばセクハラとも取れる行為だった。

「え・・・えんばーす・・・?」

マホロとエンバースの顔が近くなればなるほど、僕の背後から負のオーラを強く感じる、怖くて振り向けないほどの。

「エンバースサン?そろそろやめたほうがいいと思うんだ、君のそれ、どこからどうみてもセクハラだし?
 そもそも君にはもう既にお姫様がいるんじゃないかって僕思うんだ、うん、浮気は悪い文明って言われてるし」

>『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
  だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
  それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』

うんうん、そうだよね、テンプレみたいな断り方ありがとう!もう負のオーラに僕の胃が耐えられないからはやく離れてもらえるかな?

>『――ごめんなさい』

「いやホントやめようエンバース?マホロちゃんだって困ってるし僕の胃がまじで痛い――えっ!?」

目を疑った。
エンバースが一瞬体をずらされた、そう思った瞬間にはエンバースに拳が・・・。

>「――うおおおおおっ!?」

エンバースが勢いよく吹き飛ばされる。

「へえええ・・・凄いね今の。見たことない技だったけどそれもしかしてスキルだったりする!?
 できれば教えてもらえたりできないかな!僕実は格闘技とか大好きなんだ!
 あ、でもスキルだと習得するのに時間かかったりってやっぱあるのかな?今の状況でそんな時間ないかなあ・・・」

エンバースの心配はどこへやら、興味は完全にマホロの格闘技に移行していた。

まあエンバースなら大丈夫だろう、最低限の手加減はしてるだろうし。

>「えー……なんというかその、うちの焼死体がとんだご無礼を……。
  あの子ゾンビだから本能的に人を襲っちゃうだけで悪い子じゃないんですよマジマジ」

「本当に悪い人じゃないんですけど、たまに周りを見ずに特攻しちゃうクセがあって・・・
 たぶん相当きついお灸が据えられると思うんで許してあげてください」

たぶん相当きついお灸が据えられるだろう、うん。
今回は誰も助けない、僕だって助けない、こればっかりは自業自得だからね。

>「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
  あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」

「ああ、それなら僕も手伝おう」

41ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:34:34
>「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
  戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
  敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」

完全にギャグ時空に囚われたエンバースを引き上げながら、まずは明神が口を開く。

>「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」

「・・・それはさすがになくないか?実際マホロ達・・・はそのトカゲを焼いて食べた事があるんだろ?
 敵に捕まえさせる奴だけ本物のモンスターにすり替えるって方法もあるだろうけど・・・そんな器用な事する必要もないだろうし」

敵が圧倒的優位に立ってる状況でそんな事をする必要はほとんどないだろう。
もしあれの殆どが幻影だったとしたらここはこんなになるまで押されなかったはずだ。

>「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
  カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
  ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」

これは明神の言うとおりだと思う、本当に大事ならだらだらと攻める必要がない。

>「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
  つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
  敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

「その帝龍の狙いについてなんだが・・・」

僕が薄々感じていた事を口に出す。

「僕は本人に実際に会った事がないし、ゲーム内で接点が会ったわけじゃない、帝龍の事はあくまでもみんなと同レベルでしかしらない
 だから僕がこれから言う事は・・・聞く価値がないと思ったら聞き流して欲しい・・・」

「もしかして敵は・・・帝龍は・・・「期待」してるんじゃないかな?」

コイツは突然なにを言い出すんだ、顔見なくてもみんなそう思っているだろう。
僕だって逆の立場ならそう言うだろう。

「みんなもしってる通り、帝龍はブレモンだけじゃない・・・いやリアルが成功してるからこそブレモンも強いんだ
 帝龍は成功の方法を知っているんだ、生まれながらの天才っての奴かな、その才能はこっちの世界にきても圧倒的な物だっただろう」

「ライバル企業を潰し、吸収したのだって1件や2件だけじゃない、表沙汰にならないだけで当然、非合法の方法だってとってるだろう。
 帝龍にしてみればアコライト外郭を落とすのも、ライバル企業を落とすのと何ら変わらない
 むしろこれだけのモンスターを持っているんだ、法律もないこの世界じゃ、ココを落とすほうが彼にとっては楽かもしれない・・・」

たぶん法律なんて元々帝龍には関係ないのかもしれないけど、と苦笑いしながら話す。

「おそらく最初はここを即効潰すつもりだったと思う、でもそうはならなかった・・・マホロがいたからだ、
 予想以上の抵抗をされて、当初の予定が狂った帝龍は思ったに違いない」

『あそこにいる猛者はもしかしたら自分の退屈・・・飢えを満たしてくれるかもしれない』

「だから帝龍はマホロが力を蓄えて・・・勝算を持って行動に出るまで待っている、自分の目の前に来るのをただジっと・・・待っている
 1万はいるであろう軍勢を超えて・・・将を討ち取らんとする英雄を・・・【異邦の魔物使い】を待っている・・・そんな気がする」

「本人とせめて・・・話をしたことがあれば確証を得られたかもしれないけれど・・・」

あくまでも僕の中の妄想に過ぎないのだが・・・。

少しの沈黙の後パン!と明神が話を切り替えるように、手を叩く。

>「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
  そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」

「そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを」

この場にいる全員が、マホロの発言を静かに待つのだった。

42崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:18:40
>ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか

>そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを

明神とジョンがマホロに情報提供を要請する。
が、マホロは笑って両手をパタパタと振ると、

「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

そう言って、現段階での説明を避けた。

「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

マホロは軽い身のこなしでヒョイと城壁の胸壁にのぼると、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見た。
そして、そのまま何を思ったのか、身体を仰け反らせると仰向けに城壁の外へと身を躍らせる。

「あ! マホ――」

唐突にも程がある、マホロの身投げ。なゆたは仰天して胸壁から身を乗り出し、マホロの姿を目で追った。
マホロは真っ逆さまに落ちてゆく。
彼女は人間ではなく『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』というモンスターだ。
墜落しても死ぬことはないだろうが、それでも甚大なダメージは免れない。
しかも、落下地点には帝龍の放った爬虫類型の魔物たちが群がっている。落ちれば鋭い牙の餌食だ。
援軍が来たので、もう自分の役目は終わりと命を絶ったのか? ――いや、違う。
それは、狩りの始まりだった。

ぶあっ!!

地面に激突する寸前、マホロの背に一対の純白の翼が出現する。
マホロは落下から鋭く直角に方向転換し、地面すれすれを滑空すると、高速で弾丸のようにロール(回転)しながら飛んでゆく。
モーセが海を割ったように、大地を埋め尽くすトカゲの群れが中央から裂け、マホロに触れた者たちが跳ね飛ばされて宙を舞う。

「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」

マホロが呟くと同時、その周囲に光り輝く槍が無数に現れる。戦乙女の代表的武装、ヴァルキリー・ジャベリン。
出現した槍を即座に解き放つ。光の槍は四方八方に飛び散ると、当たるを幸いトカゲたちを貫いた。

ドドドドドドドウッ!!!

投げ槍どころの騒ぎではない、まるでミサイルだ。
ジャベリンはスペルカード『黎明の剣(トワイライトエッジ)によってブーストがかけられている。その威力は凄まじい。

「――はッ!」

ざざざざっ! と両脚で轍を刻みながら着陸すると、マホロは翼を消して徐に拳を構えた。武器の類は――ない。
無数のトカゲたちが集まってくる。マホロは瞬く間に取り囲まれた。
絶体絶命の危機に見える。……が、違う。
大顎を開き、マホロに食らいつこうとトカゲたちが攻めかかる。だが、一匹たりともマホロには触れられない。
迂闊に接近したモンスターたちは皆、マホロの拳に。蹴りに。瞬く間に打ち砕かれ、血ヘドを吐いて吹き飛ばされた。

「まだまだぁ!」

『聖撃(ホーリー・スマイト)』――徒手戦闘でのみ光属性の攻撃力を飛躍的に上昇させるスキルである。
本来、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は長槍や直剣などを武器とするモンスターだ。
しかし、ユメミマホロはこの『聖撃(ホーリー・スマイト)』を極限まで研ぎ澄まし、インファイターとして自己を鍛え上げた。
マルチのパーティープレイでは、マホロは後衛に位置しバフ効果のある歌で仲間たちを励ましている。
が、ソロではそのプレイスタイルは180度異なる。このゴリゴリのアタッカーがマホロ本来の持ち味と言う者も多い。
迂闊にマホロに触れてしまったエンバースが洗礼を受けるのは必然であったと言えよう。

「……『俊足(ヘイスト)』。プレイ」

ぎゅんっ!!

スペルカードが発動する。マホロの挙動がさらに速度を増す。
あたかも疾風のように、マホロがトカゲの大軍の間を縫う。そのたびに拳が一閃され、トカゲたちが砕け散る。
帝龍の軍団の中核をなしているモンスターはドゥーム・リザードといい、ストーリー中盤に出現するザコ敵である。
序盤ではフリークエストのボスを務めたこともある、それなりに硬くて強い敵なのだ。
しかし、それがまるで問題にならない。マホロの攻撃によって木っ端のように薙ぎ倒されてゆく。

「ギシャァァァァァァァァァッ!!」

轟く咆哮。見れば、ドゥーム・リザードの死体を踏みつけ、見上げるほどに巨大な多頭蛇が姿を現す。
ヒュドラ。ゲームでは終盤のダンジョンに出現する、ドゥーム・リザードとは比較にならない難敵だった。

43崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:22:59
「シャァァァァァ―――――――――ッ!!」

唸り声と共に、ヒュドラの無数の頭部がマホロへと殺到する。
恐るべき速さの波状攻撃だ。――しかし、当たらない。
マホロはまるで踊るように軽やかな身のこなしで、必要最小限の挙動によってヒュドラの牙を躱してゆく。

「ひゅッ!」

たんッ! と強く地面を蹴って跳躍し、そのまま伸びきったヒュドラの頭部へ舞い降りる。
長い首を道の代わりにすると、そのままマホロはヒュドラの胴体へと駆け上がってゆく。
ヒュドラの弱点は首の根元に存在する中枢神経だ。それが無数の首を統御している。
弱点を攻撃されまいとヒュドラが無数の首でマホロを迎撃する。――だが、それも無駄な足掻きでしかない。
マホロは繰り出される幾多の首を跳躍して回避し、足場とすると、瞬く間に胴体へと接近した。

「……『限界突破(オーバードライブ)』――プレイ」

カッ!!

スペルカードが発動し、マホロの身体が金色に輝く。

「はあああああああ――――――――――ッ!!!」

気合一閃、マホロは右腕を大きく振りかぶるとヒュドラの胴体に渾身の一撃を繰り出した。
ガゴォンッ!! という硬い音が轟きわたり、小山のようなヒュドラの巨体がぐらり……と傾ぐ。
弱点の中枢神経に強烈な一撃を食らい、気絶したのだ。頭上に【STUN】の表示が出ている。
あとはもう、マホロの独壇場だ。――最初からそうだという説もあるが。
マホロは群がるドゥーム・リザードたちを片手間に蹴散らしながら、ゆっくりヒュドラの解体を始めた。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」

ピンク色の法被を着た兵士たちが城門を開けると、マホロが朗らかに笑いながら入ってきた。
その後ろにはドゥーム・リザードとヒュドラの死体が山となっている。どうやら、こうして日々の糧を得ていたらしい。

「ヴァルハラ産ゴリラ……」

なゆたがボソリと呟く。マホロの愛称(?)のひとつである。

「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

そんなことを言いながら、台車に乗せた大量のトカゲたちを城塞の中にある厨房へと運んでいく。
わたしも手伝います! と、なゆたも慌ててマホロの後を追う。

「ドゥーム・リザードで食べるのは足と尻尾だけ。胴体は食べられないよ。
 でも、捨てないで取っといて。皮を剥ぐから――防具の素材に使えるからね」

「レア素材、リザードスキンね……。昔よく集めたっけ。じゃあ、こっちのヒュドラは?」

「ヒュドラは肉にも毒があるから、毒抜きしないと食べられないんだ。でも無毒化するとパサパサになっておいしくないの。
 どっちかというと薬の素材。あとはヒュドラの毒腺から毒を抽出して、武器に付与したりとか」

「あー。『英雄殺しの毒(ヒュドラ・プワゾン)』かぁ〜。ポヨリンにも使えるかなぁ」

女子ふたりで厨房に立ち、何やら和気藹々とやっている。……ガールズトークにしては女子力がないが。
しばらくすると、食堂にふたりの作った料理が並んだ。
ドゥーム・リザードの肉を使った炒め物とカツ。それに王都から持ってきた食材で拵えたコンソメスープなどである。

「ささ、どうぞ召し上がれー! 特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」

マホロが小首をかしげる。

「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

おたまを持ちながら、なゆたが眉を顰める。
激戦を予想し、ハイカロリーで高タンパクなものを中心に持ってきたのが裏目に出た。
食事を終えると、兵士が部屋の支度ができたと報告してくる。
客室というにはあまりに簡素な、使われていない部屋に毛布が置いてあるだけの様相だったが、戦時中だ。これでも上等だろう。

各々が用意された部屋に宿泊し、アコライト外郭での一日目は終わった。

44崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:26:55
翌日。なゆたはやはりマホロを手伝って食事の支度をしたり、城塞の中を見回って過ごした。
アコライト外郭の中では兵士が訓練をしたり、壊れた壁の補修を行ったりしている。

「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

マホロが注意を促す。
そして、城壁の内側にある広場に昨日狩ったトカゲやヒュドラの残骸を積んでおく。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが午前中に各自自由行動していると、やがて正午が近づいてくる。
全員が中央広場に集まると同時、マホロは空を見上げた。
ほどなくして、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちのスマホの時計表示が正午を指す。
それまで晴れていた空が、にわかに掻き曇ってくる。

「……来る」

険しい表情で空を眺めながら、マホロがぽそ、と呟く。
そして、その直後。
トカゲたちが群れなす地平線の向こうから、真っ黒い雲のような『なにか』がアコライト外郭めがけて湧き出してきた。

「総員、退避! 建物の中に入って!」

マホロはそう叫ぶや否や、踵を返して脱兎のように建物の中へと飛び込んだ。
全員が建物に入ったことを確認すると、鉄扉を閉めて厳重に封鎖する。

ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

扉の外で、巨大なプロペラを回したような轟音が響いている。
それはもちろん、飛行機が飛んでいるわけではない。それは『羽音』だった。
アコライト外郭の周辺を、何かが飛んでいる。
それも夥しい数だ。数えきれないほどの何かが扉の外を飛び回り、思うがままに蹂躙している。
あれほど士気の高かった兵士たちも、今は恐怖に身を縮こまらせている。
マホロも同様だ。ただ凝然と扉を睨みつけたまま、表情をこわばらせて佇立している。

「……マホたん、これは……」

「静かに。息を殺して、喋らないで」

事態を呑み込めないなゆたが訊ねようと口を開くと、マホロはそれを鋭く制した。
いつもの朗らかなユメミマホロの姿とはかけ離れた様子に、なゆたも口をつぐむ。
どれほどの時間が過ぎただろうか、実際の時間は5分から10分程度であったに違いない。
けれど永劫とも思えるような永い体感時間の果て、羽音が徐々に小さくなってゆき、徐々に消えてゆくと、マホロは息を吐いた。

「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

マホロは固く閉ざしていた扉に両手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
黒雲は去り、今はもう空もすっかりと元の青さを取り戻している。
だが、先ほどの青空と今の青空とでは、一点だけ違いがある。
通信の魔術だろうか、空にまるで大きなスクリーンでも張ったかのように、ひとりの人間の顔が映し出されていた。

《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

男である。年齢はだいたい明神と同じくらいだろうか。
長い黒髪をオールバックに纏めた、ひょろりとした痩身の青年だ。
仕立てのいいダークグレーのスーツを隙なく着込んだ、ビジネスマン然とした姿はファンタジー世界にはまるで似つかわしくない。
男は丸眼鏡のブリッヂを右手の中指でくいと持ち上げると、奥の細められた糸目でマホロを見た。

《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》

「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

《ほう》

男は愉快げに糸目をますます細めた。

煌 帝龍(ファン デイロン)。

世界でもトップクラスのIT企業、帝龍有限公司の長にしてニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
アコライト外郭攻略の主将であり、これからなゆたたちが戦うべき敵。
その姿が、ここにあった。

45崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:44:47
《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
 今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
 推奨できないアルネ》

「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
 これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」

ばっ! とマホロは右手を伸ばす。
その腕の先にいる明神、カザハ、エンバース、ジョン、なゆたたちを一瞥すると、帝龍は鼻で笑った。

《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
 イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

新たな5人もの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を目の当たりにしても、帝龍はまるで怯む様子がない。
それどころか、珍獣でも見るような眼差しで5人を眺めている。

《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵! この地を埋め尽くす軍勢に、たった6人で抗うと?
 日本人は単純計算もできないアルか? それとも、古臭いヤマトダマシイとかいうやつアルか! くふふふふッ!》

「ぐ……」

空に大画面で映し出された帝龍の人を見下した嘲笑を聞き、なゆたが歯噛みする。
だが、確かに。この大軍団を相手に勝ち筋が見当たらないというのも事実だった。
クツクツと一頻り笑うと、帝龍は徐に画面の中で右手を伸ばした。

《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

温情をかける、と言う。意外な提案だった。
だが、そんな帝龍の言葉にマホロは苦々しい表情を浮かべている。
帝龍はマホロを手招きすると、

《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

そう、まるで自分が主人であるかのように告げた。

「!!!」

その言葉に、マホロの隣で話を聞いていたなゆたは一度大きく震えた。

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。

『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をはじめとする戦乙女属が持つ特殊スキルである。
これと決めた対象に口付けすることによって、対象のATKその他のステータスを恒久的に爆上げする効果を持つ。
このスキルの特殊なところは、その戦乙女ひとりにつき一度きりしか使用できないというところにある。
一度『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を使用してしまうと、もうその戦乙女は二度とそのスキルを使えない。
よって、誰に対して使用するかは熟考に熟考を重ねることになる。
また、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』は戦乙女属が最後に覚えるスキルで、習得レベルも相当高い。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』目当てに戦乙女を濫造して使い捨てることはできないということだ。

「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

なゆたが呟く。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を受けた者には、『戦乙女の恋人』という称号が与えられる。
ただでさえ希少性の高いスキルである。それがブレモンでもっとも有名な戦乙女、ユメミマホロのものとなれば――
それは果たして、どれほどの価値を持つものか想像もできない。
当然、ファンの間でもマホロの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』については長い間議論されてきた。
とはいえ、マホたんの唇は俺のものだ、いや俺が予約してる、などフォーラムでの話題はネタでしかなかったのだが。

それを、本気で手に入れようとしている者がいる。

46崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:48:29
《オマエがワタシの軍門に下り、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなら、助命を受け入れてやるアル。
 このまま、ジリ貧で疲弊してゆき惨めに全滅するより、よほどいい条件だと思うアルが? くふふ……》

「だ……、誰がッ!
 あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

「…………!!」

痛いところを突かれ、マホロは俯いた。
敵である帝龍に『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の矜持が許さない。
いや、それ以前に女として生理的に無理である。帝龍は蛇のように陰湿で、残酷で、無道な男だ。
しかし、といって自分の意地や嫌悪でアコライトを守備する兵士たちの命を危険に晒すことはできない。

《素直になるアル、マホロ。
 オマエがワタシのところに来るだけで、すべてが解決するアル。
 嫌なのは最初だけアル……すぐに、ニヴルヘイムの方が居心地がいいとわかるアルよ?
 そんな死に体の世界など見捨てて、オマエもこちらに来るアル。
 ニヴルヘイム最強の我が軍団の庇護下にあれば、オマエはもう何も思い煩うことはなくなるアル!
 そんなくだらん城塞で! ゴミのような兵士相手に歌い! 踊り! 媚を売ることもなくなる!》

「………………」

俯いたまま、マホロはぎゅぅ、と強く強く拳を握りしめた。血が出るほどに強く唇を噛む。

《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

帝龍が哄笑する。
確かに、条件としては悪くないのだろう。マホロひとりを引き換えに、300人の兵士たちを助命する。
一時的にでも帝龍が軍を引けば、その間はアルメリアも体勢を立て直す猶予が生まれる。
単純に損得を考えた場合、帝龍の提案を飲むことは決して悪いことでは――

「…………ふざけるなッ!!!」

なゆたが叫ぶ。

「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
 助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
 あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」

《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》

「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
 兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
 マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
 ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」

びしぃっ! と右手の人差し指で空中の帝龍を指す。
帝龍は愉しそうに嗤った。

《ほぉ〜。それは、死にたいですという意思表示アルか? 面白い!
 であればワタシも手加減はしないアル。そんなチンケな城塞、一日あれば破壊できるということを証明してやるアル。
 バロールやガザーヴァの力がなくとも……アル!
 マホロの前で頼みの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにして、心を折ってやるのもいいかもしれないアルネ!》

帝龍の言いようはいかにもサディストといった風である。
やると言ったなら、帝龍は本当にやるだろう。地球でも目的のためには手段を選ばず、黒い噂の絶えなかった男だ。 

《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
 それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

終始圧倒的優位にある者の余裕を見せつけたまま、帝龍は通信を切った。
その顔が霧のように薄れてゆき、やがて消える。
束の間の会談は終わった。

47崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:52:31
「……ゴメン……やっちゃった……」

帝龍との面通しが終わった後、作戦本部代わりの食堂で、なゆたは両手で顔を覆って仲間たちに謝った。
黙っていればよかったものを、ついうっかりと帝龍の傲慢な物言いに腹を立て、反論してしまった。
おかげで帝龍に侵攻の口実を与えてしまった。帝龍は明日の正午に攻撃を開始するという。
もはや一刻の猶予もない。明日の正午までに外郭の周囲に蝟集している大軍団を倒す方法を考えなければならない。

「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

マホロがぱたぱたと手を振ってフォローする。
実際にその通りだ。帝龍は助命を受け入れると言ったが、その言葉が本当に履行されるかはわからない。
マホロが投降した後で、もうアコライトに用はない、皆殺しにしろ――という命令を下さないとも限らないのだ。
そして、帝龍はそれをやりかねない人物である。
いずれにせよ、あそこで帝龍の条件を飲むことはできなかった。

「こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも!
 全体攻撃だから、相当数減らすことが――」

「ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない」

「……どういうこと?」

「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「あー……」

今日の正午、地平線の彼方から湧き上がってきた不気味な黒雲。
そして、耳をつんざくような羽音。
それらの正体が、まだわからない。

「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
その効果は『破壊者(アポリオン)と呼ばれるイナゴの群れを召喚し、
敵ユニット全体に防御無視の地属性ダメージを与えるというものである。
アポリオンたちはすべてを食らい尽くす。思えば、広場に積み上げていたトカゲたちはいつの間にかすっかり消滅していた。
アポリオンが骨も残さずに食い尽くしたのだろう。絶対に守るべきルールとは、アポリオン対策だったのだ。
イナゴたちはユニットカード、しかも飛んでくる蟲の近接攻撃という分類のため、
ミハエル・シュヴァルツァーの使用した『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』さえ効き目がない。
まさにぶっ壊れ・オブ・ぶっ壊れと言うべき性能だ。
そんな性能のため大会では禁止カードに指定され、現在はコレクション以上の価値はほとんどない。
とはいえ、ここは現実のアルフヘイム。禁じ手も何もあったものではない。
帝龍は潤沢な資金にものを言わせて手に入れた禁じ手カードを、ここで遺憾なく使っているのだ。

「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

なゆたのスマホからみのりの声がする。回線は常に開いているということだったので、こちらの話も聞いていたのだろう。
マホロが怪訝な表情を浮かべる。

「え。誰?」

《うちは五穀豊穣言います〜、マホたんよろしゅうな〜。
 ところでマホたん、ひとつ訊きたいんやけど――》

「あ、はい……なんでしょう?」

《なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ。
 通信に問題はなさそうやし……できるなら状況連絡くらいはしてほしかったなぁって言うとったんよ》

みのりの言うことももっともだ。生存者の数や状況などが分かれば、王都としてもそれなりの対応ができる。
マホロが連絡をしなかったため、アコライト外郭は全滅したか生き残っているかさえも定かでなかったのだ。
しかし、みのりの問いに対してマホロは明言を避けた。

「あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……」

右手の人差し指で頬を掻きながら、バツが悪そうな表情を浮かべる。
だが、本当にただ忘れていただけだろうか?

48崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:55:17
《ほんならしゃあないなぁ。バロールはんにはうちから伝えとくわ。
 明日の朝イチまでに、帝龍の本陣の位置くらいは調べとくさかい。みんなも何かあったら言ってや、ほな頑張って〜》

みのりはそう言うと通信を切った。バックアップとしては頼もしい限りである。

「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

マホロが腕組みして告げる。
トカゲたちは城壁を登ってこない。城塞の内側にいる間は安全である。
『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』は城壁を飛び越えてくるが、一日一回限りのユニットカードだ。
そこに何らかの打開策を見つけられれば、それを足掛かりに帝龍へ反撃する機会を見つけられるかもしれない。

「……わたしには分が悪いかな……」

なゆたがぽそりと呟く。
帝龍の軍団は地属性だ。ブレモンの属性で言うと、水属性は不利属性となる。
属性で言えば、パーティーの中で地に有利が取れるのは――

「カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね」

カザハの方を見て言う。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーで風属性なのはカザハだけである。
加えて、カザハはカケルに乗って空も飛べる。対空手段のない帝龍の軍団に対して、これは大きなアドバンテージだ。
といって、そのアドバンテージをどう有効活用するかに関しては、まだ何も思いつかないのだが。

「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う。
 ……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?」

そんな都合のいい戦法がそうそう思いつくはずがない。
しかし、その無茶を通さなければ、アコライト外郭に明日はないのだ。

「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

マホロの存在は帝龍にとって何としても手に入れたい宝であると同時に、倒さなければならない敵将である。
相反するその要素によって、帝龍はアコライト外郭を本気で攻め潰すことができないでいる。
そこに、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が付け入る隙がある――。

ばん、となゆたは作戦本部兼食堂の長テーブルに両手をついた。

「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

絶対的寡兵を覆し、帝龍に致命打を与える方法。
それを、これから6人で考えなければならない。
リミットは明日の正午。残された時間は極めて少ない。

なゆたはリーダーとして、仲間たちの顔を順に見回した。


【帝龍の目的、アコライト外郭のルール開示。
 敵大軍の撃退法、正午に必ず訪れる『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』の対処法、
 煌帝龍への攻撃法などを協議】

49カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:13:29
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」
>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

エンバースさんは作戦会議そっちのけでマホたんにフラグを立てに(?)行った。
フラグを乱立し過ぎではないだろうか。

>『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
 だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
 それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』
>『――ごめんなさい』
>「――うおおおおおっ!?」

エンバースさんは突然繰り出されたマホたんのパンチに吹っ飛ばされた。
屋上の縁に駆け寄って下をのぞき込むカザハ。

「エンバースさぁああああん!? 生きてるぅうううう!?」

明神さん、さっきはカザハがこうなる前に引きはがしてくれてありがとう。

>「へえええ・・・凄いね今の。見たことない技だったけどそれもしかしてスキルだったりする!?
 できれば教えてもらえたりできないかな!僕実は格闘技とか大好きなんだ!
 あ、でもスキルだと習得するのに時間かかったりってやっぱあるのかな?今の状況でそんな時間ないかなあ・・・」

ライヴとか生放送の時とは打って変わってテンション爆上がりのジョン君。
やはり自衛官だけあって格闘技には興味があるらしい。

>「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
 あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」
>「ああ、それなら僕も手伝おう」

「……ってカケルが救出に行けばいいじゃん!」

《それもそうだ!》

まさかナンパに失敗してフィールドアウトした味方を回収するなんていう飛行能力の使い道があるとは思わなかった。
地面近くまで降り、途中まで引き上げられかけたエンバースさんを回収する。
例によって命に別状は無いようだ。

>「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
 戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
 敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」
>「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」
>「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
 カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
 ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」
>「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
 つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
 敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

50カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:14:21
>「その帝龍の狙いについてなんだが・・・」
>「もしかして敵は・・・帝龍は・・・「期待」してるんじゃないかな?」
>「おそらく最初はここを即効潰すつもりだったと思う、でもそうはならなかった・・・マホロがいたからだ、
 予想以上の抵抗をされて、当初の予定が狂った帝龍は思ったに違いない」
>『あそこにいる猛者はもしかしたら自分の退屈・・・飢えを満たしてくれるかもしれない』
>「だから帝龍はマホロが力を蓄えて・・・勝算を持って行動に出るまで待っている、自分の目の前に来るのをただジっと・・・待っている
 1万はいるであろう軍勢を超えて・・・将を討ち取らんとする英雄を・・・【異邦の魔物使い】を待っている・・・そんな気がする」

明神さんが裏工作説、ジョン君が強者を待つ戦闘狂説といった対照的な仮説を展開する。

>「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」
>「そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを」

皆がマホたんの見解を待つ。
しかし、マホたんは現時点での情報開示をさらりとかわしたのだった。

>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

明日の方が説明しやすい、見てもらった方がいいということは――
決まって毎日何かが起こり、しかも事が起こる時間帯が決まっている、ということなのだろうか。

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

「買ってくるっていっても……近くにスーパーもコンビニも……マホたん!?」

ちょっと買い物に行ってくる的なノリでいきなり身投げしたマホたんに皆仰天する。
しかも落下地点は先程のエンバースさんとは違って爬虫類の群がる城壁の外だ。

「カケル!」

すぐさま救出に行こうとするカザハと私だったが、しかしその必要は無かった。
地面に激突する寸前、マホたんの背に翼が出現した。

「マホたん飛べたの!? 跳び下り方紛らわしいわ!」

>「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
>「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」

マホたんは力強く且つ華麗にトカゲ達を仕留めていく。

「買い物じゃなくて狩りの方だったのね……」

51カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:15:47
>「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」

狩りを終えて帰ってきたマホたんをカザハは拍手で出迎える。

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

マホたんとなゆたちゃんが和気藹々と料理をはじめる。
なゆたちゃんには下心は無いだろうが、マホたんと一緒に料理をして親睦を深めるなど、明神さんなどから見れば物凄く羨ましいに違いない。
残念ながらカザハは料理はからっきし駄目だ。私は馬でさえなければ手伝えるんだけど……。

(馬だからね……)

《うん……》

悲しい事に馬はどちらかといえば料理をする側というより料理される側(食材)だ。
私達は、料理が出来上がるまで言われた通りにマホたんの動画を見て過ごした。

>「ささ、どうぞ召し上がれー! 特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」
>「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

「気にしない気にしない! それよりこのトカカツサイコ―――――ッ!!
マホたん料理人にもなれるんじゃない!?」

2人の料理を褒めちぎるカザハ。
こうしてマホたんのサバイバル料理を堪能し、用意された部屋に宿泊し、一夜が明ける。

「……嫌だ、嘘だぁあああああああああ!」

カザハの叫び声に起こされた。見れば、真っ青な顔をしている。

《どうしたんですかいきなり大声だして。悪い夢でも見たんですか?》

「ここが更地になった……」

《ゲームでは終盤で更地になるらしいですからねぇ。それを知ってる影響でしょう》

「それだけじゃないんだ……ボク達が更地にする側だった……」

《”達”って私も……!? なんて不吉な夢を見てやがるんだてめえはぁあああああああ!
まあそもそも夢なんてワケ分かんないものだし!? 気にしたら負けですよ! いいですね!?》

気を取り直して起き出し、マホたんの指示を受ける。

>「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

一体正午に何が起こるのだろうと思いつつも、空を飛んで城塞の周囲を見て回ったり壁の補修を手伝ったりして過ごす。
そして、ついに正午が来た。

52カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:16:45
>「総員、退避! 建物の中に入って!」

外では無数の虫が飛んでいるような羽音のようなものが響き、兵士達は恐怖に身を縮こまらせている。
飛んでいるのは虫の大群だろうか、それにしてもここまで皆が恐怖しているのは何故なのだろう。

>「……マホたん、これは……」
>「静かに。息を殺して、喋らないで」

疑問を口にしようとしたなゆたちゃんをマホたんが制止するが、たとえ外を狂暴な虫が飛んでいるにしても建物の中にいる以上安全なはず。
それとも、隙間からでも入って来られるぐらい小さい虫……?

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

外に出ると、丸眼鏡に糸目といったなんというか典型的な漫画に出て来る中国人みたいな顔が空にでかでかと映っていた。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

しかも――バッチリ語尾がアルになっていらっしゃる! カザハの予想がこんなどうでもいいところで当たってしまうとは。

>《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》
>「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

この会話から推察すると、帝龍はマホたんの腕を買い、以前から自分の側に来ないかと誘いをかけているのだろう。
それがここを一気に潰さない理由なのかもしれない。

>《ほう》
>《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
 今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
 推奨できないアルネ》
>「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
 これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」
>《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
 イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》
>《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵! この地を埋め尽くす軍勢に、たった6人で抗うと?
 日本人は単純計算もできないアルか? それとも、古臭いヤマトダマシイとかいうやつアルか! くふふふふッ!》
>「ぐ……」
>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

53カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:17:29
「一応聞いてみるアル。その条件とは何アルか!?」

《カザハ、伝染ってる伝染ってる――!!》

といっても相手の側にはこちらの言葉は全て中国語に翻訳されていると思われるので、
微妙な語尾の違いなんていう日本語特有の機微は向こうには分からないのだろう。

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

「はいぃいいいいいいいいいいい!?」

>《オマエがワタシの軍門に下り、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなら、助命を受け入れてやるアル。
 このまま、ジリ貧で疲弊してゆき惨めに全滅するより、よほどいい条件だと思うアルが? くふふ……》
>「だ……、誰がッ!
 あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」
>《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

更に帝龍は容赦なくマホたんを煽り誘惑する。

「騙されちゃ駄目だよ……マホたんがここを離れたらそれこそ……」

カザハが何を言おうとしているかはなんとなくわかった。
相手は誇り高い戦闘狂などではなく、目的のためには手段を選ばない卑劣な奴だ。
マホたんを手に入れたいがためにこの膠着状態を作っているのならば、
マホたんを手に入れてしまえばもうここを一気に潰さない理由が無くなってしまう。
しかしカザハがそれを言う前に、なゆたちゃんの渾身の怒声が響き渡った。

>「…………ふざけるなッ!!!」

「なゆ……!?」

>「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
 助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
 あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」
>《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》
>「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
 兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
 マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
 ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」
>《ほぉ〜。それは、死にたいですという意思表示アルか? 面白い!
 であればワタシも手加減はしないアル。そんなチンケな城塞、一日あれば破壊できるということを証明してやるアル。
 バロールやガザーヴァの力がなくとも……アル!
 マホロの前で頼みの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにして、心を折ってやるのもいいかもしれないアルネ!》
>《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
 それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

帝龍の顔が空から消えると、早速食堂に集合して緊急作戦会議が始まった。
なゆたちゃんは凹んでいた。

54カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:18:36
>「……ゴメン……やっちゃった……」

>「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

「そうだよ、何にせよ直接対決は避けられなくてそれが明日になっただけの話!
もうみんな持ち堪えるのも限界だろうからいっそ丁度良かったんじゃないかな?」

>「こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも!
 全体攻撃だから、相当数減らすことが――」
>「ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない」
>「……どういうこと?」
>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「そうだった! あの虫の大群みたいなのは何!? そんなにヤバイやつなの!?」

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

虫軍団の正体はイナゴだったようだ。
たかがイナゴといって侮るなかれ、ひとたびその攻撃に晒されれば骨も残らずに食い尽くされるらしい。

「恐過ぎるやろ……」

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

みのりさんがマホたんに自己紹介した後、連絡が途絶えていた理由を問い、マホたんは忘れていたと答える。
抜け目のなさそうなマホたんがそんなに重要な事を忘れるだろうか、と違和感を覚えるが、今はそこを突っ込んでいる暇はない。

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

>「……わたしには分が悪いかな……」

常に強気ななゆたちゃんが珍しく弱音を吐く。
しかしそれはブレモンの仕様を知り尽くしているが故の言葉だった。

>「カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね」

「ボクが……!?」

敵は地属性。なゆたちゃんの水属性では分が悪く、私達の風属性は地属性に対して有利が取れるらしい。
モンデンキント先生がそういうからには、それだけこの世界では属性が重要な意味を持つということだ。

55カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:19:42
>「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う。
 ……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?」
>「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

場を沈黙が支配しかけたところで、カザハが口を開く。

「昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?」

唐突に料理の話を始めたように聞こえるが、一応トカゲ対策の話だ。
戦場で酒を飲んでいる場合じゃないだろうと一瞬思われそうだが、度数の高い酒は気付け薬や消毒薬代わりにもなるのであってもおかしくはない。

「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

明神さんとの戦いの時、エンバースさんが放火した炎は下が石畳であるにも拘わらず、瞬く間に燃え広がっていた。
エンバースさんのモンスターとしての性質上、酒等の最初に引火させるものさえあればそれが可能なのだろう。
トカゲ軍団の上空を飛び回ってエンバースさんが放火し、更に私のスキルで風を送り込んで延焼させる。
それがカザハの考えたトカゲ軍団対策だった。

「ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね」

56カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:20:25
更にその流れで、どこまで本気かは分からないが、敵将を本隊から切り離す作戦案を提示。
尤もカザハや私がいくら頭を捻ったところでベテラン勢から見れば素人の浅知恵の域を出ないだろう。
会議というものは重要な議題であるほど最初に発言するのは勇気がいるもので、
たとえ案自体は速攻で却下されたところでそれをきっかけに議論が始まってくれれば上出来なのだ。
そして、仮にトカゲ軍団をどうにかして敵将を本陣から切り離すのに成功したところで、
相手が必ず発動させてくる『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を乗り切れなければお話にならない。
カザハは攻略本を見ながら何やら考えている。

「『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
ユニットカードで蟲の近接攻撃……敵ユニット全体に防御無視の地属性ダメージ。
防御無視ってことは防御系スペルカードも無効? 『風の防壁(ミサイルプロテクション)』は意味無しか……。
……ってことはユニットカードなら対抗できるのかな? あれ? これちょっと似てるかも。
『鳥はともだち(バードアタック)』――鳥をはじめとする飛行系モンスターによる近接攻撃で敵ユニット全体に風属性ダメージ」

『鳥はともだち(バードアタック)』自体は別に珍しくも無いカードで、
通常のゲームの仕様内で使う限りでは“防御無視”の文言があるかないかで天と地ほどの差があるのだが――

「ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……」

カザハが素朴な疑問を口にする。
当然ゲームではユニットカードで召喚した軍団同士を対決させるなんてことは想定されていない。
そしてこの世界ではゲームでは想定されていない行動をしたとき、ゲーム上のルールを超越したことが起こる傾向にあるようだ。
属性上風は地に対して有利であり、更に鳥の中にはイナゴを含む昆虫を食べる者も多いので、対抗できる可能性はあるかもしれない。
とはいってもやってみたけど駄目でしたでは文字通り骨も残らないが、
ゲームの仕様を知り尽くした上でそれを超越した戦いを繰り広げているベテラン勢の仲間達なら的確な推測をしてくれるだろう。

57embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:10:31
【ロスト・グローリー(Ⅰ)】
 
 
 
気が付けば、■■■■は見覚えのある場所にいた。
薄暗い石造りの監獄――規約違反者の隔離エリア。

「ここに呼び出されるような違反行為をした覚えはないぜ――今回もな」

『ええ、知っています。ですがプレイヤー隔離用のエリアはここしかないのです』

「……何が目的だ」

『警戒する必要はないのです。我々はあなたにトロフィーを与えたいだけなのです。
 例のコンテンツを、この世で最も早く攻略したプレイヤーに――相応しい報酬を』

「これは……装備品か。って……なんだよ、このデタラメな効果」

『デタラメで、当然なのです。何故なら、それは来たる世界大会の装備制限基準――
 ――そのグレーゾーンにまで足を踏み入れた、紛れもないインチキ武器なのです』

「……何故、俺にそんな物を?」

『分かりませんか?日本の競技シーンは海外に比べ、大きく遅れを取っているのです。
 それでは困る。どうせ海外勢には勝てないのにマジになっても、などと思われては』

「悪いが、お断りだ。この剣は返すよ」

『あなたにとっても、悪い話ではない筈なのですが』

「ああ、悪い話じゃない――だがそれ以上に、面白くない話だ」

『気分を害したのなら謝るのです。ですが――』

「違う。そうじゃない――弱い者いじめは、趣味じゃないって言ってるんだ」

『それは……その返答がどういう結果を招くか、考えた上での返答なのです?』

「ああ」

『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――』

58embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:11:21
【フレイミング・リグレット(Ⅰ)】


『さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから』

「百聞は一見に如かず、確かに道理だ。だが言葉を尽くしてこそ伝わるものもある筈だ。
 例えば愛や信頼――他にも、俺が気が付いたら城壁の上から落下していた理由とかな」

『それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――』

「狩ってくる?……ああ、なるほど。【河原へ行こうぜ!】か。
 確かにあのカードなら、安全に食料を確保出来る。
 だが、待ってくれ。ここは俺の――」

『あ! マホ――』

「――馬鹿な!何を考えてる!?」

戦乙女は城壁から戦場へと身を投げた/焼死体が即座に鋸壁から身を乗り出す。

「俺が加勢に入る……いや、【座標転換(テレトレード)】だ!今すぐ俺とマホたんを――」

『……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ』
『スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――』

「――入れ替える必要は……なさそう、だな」

宙を彩る無数の槍が、神鳴りの如く地を掃う。
戦乙女が地を蹴り/拳を放つ――後に残るのは、四肢の破片と血煙のみ。
巨岩の如き多頭蛇は、一撃の下に昏倒/一本ずつ首をもがれ/五本目の時点で絶命した。

『お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!』

「思い出したぞ、ユメミマホロ……ストライカー型ヴァルキュリアビルドの提唱者か」

グッドスマイル・ヴァルキュリアは、支援職だ。
当然、戦闘は可能な限り避けるべき/盤面における立ち位置は最後方。
装備の候補も槍や弓/中距離から敵の接近を牽制/火力支援を行う――それが定石だった。

ユメミマホロは、その従来の運用法とは全く異なる――真逆のドクトリンを提唱した。
徒手空拳によるDEX、AGIへのブースト/低下したATKを【聖撃】で補填。
高クリティカル率/高機動力/必要十分な火力を実現。

その結果――接近を拒む必要は最早なくなった。
迂闊に近寄れば逆に懐に飛び込まれ/致命打を叩き込まれる。
バッファーでありながら、必要に応じて前線に飛び出す事も出来る。

『ヴァルハラ産ゴリラ……』

世に轟く異名に相応しい、文字通り前衛的、かつ合理的なビルドだった。

『じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!』

「……遠慮しておこう。食事も俺には必要ない。寝床もだ。
 それと、城壁の立哨を休ませてやれ。代わりに俺が立つ」

側防塔を登る焼死体――敵に備えていない時間が不安だとは、言わなかった。

59embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:12:41
【フレイミング・リグレット(Ⅱ)】

夕日が沈み/月が浮かび/暁に溶け/朝日が昇る。
その間、焼死体は身動ぎ一つせず、戦場を眺めていた。
ただひたすら、まだ名も知らぬ敵を殺す術に、思いを馳せていた。

『午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から』

やがて城内を見回る戦乙女が傍を通り掛かると、そう警句を残していった。
中央広場――兵士達が何らかの搬入作業を行う様が見える。
魔物の残骸――骨や内臓を、山と積み上げている。

何故かは分からない――だが理由あっての事に違いない。
焼死体は城壁を降りると、暫し骨と臓物に塗れる労働に従事した。
そうして気付けば、周囲に人が集まっていた――皆、険しい顔をしていた。

『……来る』

俄かに曇る空を見上げて、戦乙女は張り詰めた声を零す。

「何がだ。俄か雨か?洗濯物の取り込みなら手伝えないぞ。煤塗れにしても――」

『総員、退避! 建物の中に入って!』

「……俺が最後尾に立つ。リーダー、チームを引率しろ」

避難が完了し、鉄扉が固く閉ざされる。
扉の外からは幾重にも連なる/絶え間ない羽音が響いていた。
焼死体が、衣擦れの音一つ立てず――守るべき者/少女へと、寄り添う。

『……マホたん、これは……』
『静かに。息を殺して、喋らないで』

やがて羽音が遠のき、消え去ると――戦乙女から安堵の吐息が漏れた。

『もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある』

「ああ、そうだな。まずは今、何が起きていたのか――」

《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

不意に天から降り注ぐ声/頭上を見上げる。
空を切り抜いたようなスクリーンに、一人の男が映っていた。
煌帝龍、中国最強と歌われたその男に――焼死体は確かに、見覚えがあった。

――何故だ。何故、俺はあいつを覚えている?どうして、あいつだけを……。

脳髄を切り裂くような頭痛/頭を抱える/考えても答えなど出る筈もない。
今更記憶を取り戻しても、何の意味もない――分かっている。
それでも――考えずにはいられなかった。

要するに、焼死体は己を、過大評価していた――記憶の欠落など、とうに割り切った心算だった。
割り切ったと思える事自体が、自身の記憶喪失が不完全である証左だと――気付いていなかった。

60embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:14:18
【フレイミング・リグレット(Ⅲ)】

『バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!』

「ああ、そうだ……俺は、お前を倒さなきゃいけない……」

《よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

「その言い回しも、覚えているぞ……どこだ……どこで、俺はそれを耳にした……」

強度の頭痛/記憶の混濁――焼死体は亡者の如く、思考の海を彷徨う。

《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵!》

だが――不意に、その譫言のような呟きが、止んだ。
焼死体は空を見上げたまま/ただ一点、変化が生じたのは、眼だ。
深く濁った蒼に燃えていた双眸、その左方に――仄かな、紅が浮かび上がった。

「……最強、だと?」

紅は、瞬く間に燃え広がっていく――蒼を塗り潰して、染め上げた。

《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》





「おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?」

燃え落ちた喉から零れる微かな声は、いつもの焼死体の声ではなかった。
擦り切れ、辛うじて紡ぎ直された魂が紡げる声ではない。
熱意と、自尊心を宿した――そんな声だった。

61embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:15:42
【フレイミング・リグレット(Ⅳ)】


『……ゴメン……やっちゃった……』

作戦本部代わりの食堂で、少女が背を丸めて、両手で顔を覆う。

『ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ』

「ああ、そうとも――あの提案を受けていたら、あいつの顔面を殴れないだろう」

焼死体の煤けた右手が少女の頭を、茶化すように二度、軽く叩いた。

『こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも――』

『ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない』

「ああ――俺の見立てではトカゲよりも、むしろ問題なのはもう一方だ」

『……どういうこと?』
『覚えてる? 今日の正午に起こったこと』
『あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ』

「厄介だな――どんなプレイヤーが使おうと、ユニットカードの性能は変わらない。
 そういう意味では、あいつにはお似合いのカードだが……やれやれ、どうするか」

『……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……』

「ふん、あいつがインチキカードを振り回すだけが能の、チャンピオン気取りじゃない事を祈るよ」

《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

「……負けは決定的?みのりさんらしからぬ、不的確な予想だな。
 俺がいるんだぜ。勝つ事自体は決定事項――問題は、勝ち方だ」

『え。誰?』

《うちは五穀豊穣言います〜、マホたんよろしゅうな〜。
 ところでマホたん、ひとつ訊きたいんやけど――
 なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ――》

「バロールにセクハラを受けたのが原因なら、庇い立てせずに言ってくれ。俺達は、君の味方だ」

『あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……』

「……この反応は、クロだな。みのりさん、略式裁判と刑の執行はそちらに任せる」

《ほんならしゃあないなぁ。バロールはんにはうちから伝えとくわ。
 明日の朝イチまでに、帝龍の本陣の位置くらいは調べとくさかい。みんなも何かあったら言ってや、ほな頑張って〜》

「ああ――そちらも健闘を祈る」

62embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:16:29
【フレイミング・リグレット(Ⅴ)】

『帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ』

「留意すべき点は、【進撃する破壊者】は所詮、一枚のカードという事だ。
 帝龍が予備のスマホや、アカウントを持っている可能性もある。
 最小限のカード使用で打開しなければ、後に響くぞ」

『……わたしには分が悪いかな……』

『カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね』

「そうだな。具体的には間違えずに、ゴッドポヨリンさんにバフを掛けてくれないと困る」

『昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成』

「暗殺は勇者パーティのお家芸だしな。とは言え――」

『ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う』

「そうだ。やるなら、一撃必殺でなくては意味がない。
 帝龍の本陣がどこにあるかすら分からない現状では、非現実的だ。
 今から偵察を出すのも……リスクとリターンを鑑みると、難しいと言わざるを得ない」

『……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?』

「あるさ――具体的な手段はこれから考えるが、間違いなくある」

『あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな』

「マホたんと一緒に献上する、輿入れの木馬でも用意してみるか?
 盾に括り付けるのは……じゃじゃ馬じゃなくて、子猫だったか」

『わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?』

「冷静に考えれば――」

『昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
 マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?』

「――城壁を飛び降りて、自分で狩ってこい。マホたんは今忙しい」

『料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね』

「すまない、言葉足らずだった。今忙しくないのは、お前だけだ」

『ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
 エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね』

「お前の世界には、お前より賢いやつは存在しないのか?」

『ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……』

「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
 そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

63embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:17:20
【フレイミング・リグレット(Ⅵ)】

焼死体が懐から革袋を取り出す/風精へと歩み寄る/その顔面を左手で掴む。
指先で頬を圧迫――開いた口に、革袋を押し込む。
袋の口から、僅かに火酒が零れた。

「それが、手品のタネだ。噛むなよ、飲み込むのもナシだ。溢れた酒で溺れたいなら、話は別だが」

風精の顔面を手放す/顔を背ける――つまり、それ以外へと向き直る。

「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」

当たり前の事を述べるような口調/態度。

「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」

予測される非難/反駁を、先んじて繰り出した右手で制する。

「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

左眼の紅眼が、燃え盛る。

「帝龍の明白な弱点は、俺達が撤退すればこの拠点を取らざるを得ない事だ。
 そうしなければ、あいつは次のステージへ進めないんだからな。
 どうだ……理解出来たか?まだ、説明が必要か?」

食堂の壁に歩み寄る/右手人差し指を滑らせる――削れた指先が描き出す、城郭の図面。

「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
 そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

振り返る/右拳で壁面を二度叩く――ここまで言えば分かるだろう、と。

「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

ゲーム感覚の笑みが――■■■■の口元を飾った。

64明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:42:54
>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

俺とジョンがそれぞれの仮説をもとに見解を求めると、マホたんはそれをふらりと躱した。
両手をパタパタ振って議論の空気を払底する。かわいい。

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー!」

ほんとぉ?それ死ぬか生きるかの話し合いより大事ぃ?
ただまぁお腹がペコちゃんじゃバトルはなしんこなしなしって古事記にも書いてある。
『今日は大した襲撃もない』ってのは、多分信憑性の高い経験則からくる言葉なんだろう。

>「じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

とかなんとか言いつつ、マホたんは唐突に壁の向こう、魔物ひしめく空間へ身を投げた。
仰向けの自由落下は着地のことなんか一切頭に入れてない、まさに投身。
これがマホたんでなかったら俺だって寿命がゴリゴリ削れてただろう。

>「買ってくるっていっても……近くにスーパーもコンビニも……マホたん!?」
>「あ! マホ――」
>「――馬鹿な!何を考えてる!?」

他の連中はそれぞれ驚愕の叫びを上げた。
わはは!貴殿らは知るまいて、戦乙女が背に担う一対の神々しき翼を!

>「俺が加勢に入る……いや、【座標転換(テレトレード)】だ!今すぐ俺とマホたんを――」

「落ち着けよ焼死体。日に二回も壁から落っこちたくねえだろお前も」

身を乗り出さんとするエンバースを抑えつつ、俺も壁下へ視線を落とした。
マホたんは地面すれすれで両翼を展開。自由落下のエネルギーを飛翔速度へ変換する。
急降下からの宙返りじみた方向転換。待ち受ける魔物共は反応すら出来てない。

そのままの速度で、マホたんは魔物の群れへと突っ込んだ。
屈強なトカゲ達が木の葉のように四散する冗談みたいな光景が繰り広げられる。

>「マホたん飛べたの!? 跳び下り方紛らわしいわ!」

「はっ?祈りを捧げながら身投げする由緒正しき聖女ムーブなんだが?
 マホたんの動画見てないんですか?アンテナ低くない????」

動画勢の典型的クソウザイキリムーブを決めながら俺は眼下の戦いを見守った。
戦い……戦いかこれ?一方的な蹂躙は戦いとは言わなくない?
まさにちぎっては投げ(槍を)、ちぎっては投げ(トカゲを)のマホたん無双だ。

「すっげー……トカゲの甲殻素手で引き千切ってるよ。
 ヴァルキュリアじゃなくてオーディンかなんかじゃねえの……」

65明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:43:14
そしてこれが、マホたんを在野のヴァルキュリア使いと明確に峻別する特異性。
戦乙女の本業はバッファーだ。パーティの後方で味方を強化し、支援するロールだ。
無論マホたんもレイド戦の際にはその役割を不足なくこなしている。

一方で、単独での戦力が期待できないバッファーという存在の宿命を、
『自分にバフかけて殴る』という単純明快な答えで覆したのがユメミマホロのビルドだ。
バフの方向性を絞り、シナジーを厳密に考慮したスキル構成を組むことで――

――歌って踊って殴れる新時代のアイドルが爆誕した。

支援職で近接戦闘もこなす、いわゆる『殴りプリ』とか『バフ殴り』と呼ばれるビルドは、
古今東西のネットゲームを紐解けば腐るほど見つけられる。
自分にヒールとバフかけながら強打を連発できるなら、事実上他のロール要らねえからな。
ソロ向けの、自己完結力の高いビルドとして齧った経験のある奴も多いだろう。

一方で、大抵のゲームではキャラのビルドに使えるリソースは有限だ。
ソロ特化型のビルドにパーティプレイでの居場所はない。
殴りも支援も、それぞれに特化した専門職にはどう逆立ちしたって勝てっこないのだ。

さりとて、殴りと支援を両立しようとすれば、どっちつかずの中途半端になってしまう。
マホたんのビルドは『ストライカー型』と名前がついちゃいるが、再現できる奴はそうそういまい。
育てるステータス、切り捨てても良いステータスを厳選し、スキルやスペルと緻密に組み合わせて、
長い長い試行錯誤と育成期間の果てに、いまのマホたんの強さがある。

そういう意味じゃ、モンデンキントとユメミマホロは、ある意味似たもの同士なのかもしれない。
どちらもその本質は求道者で、愛とこだわりを貫いた先にある、ごく僅かな可能性を掴み取った。
俺がマホたんを推してるのは、見た目や声や芸風だけじゃなく……その飽くなき努力の姿勢に感じ入ったからだ。

見た目や声だけじゃなくてね!!!!

>「はあああああああ――――――――――ッ!!!」

ドゥームリザードの群れから姿を現したヒュドラに、マホたんは乾坤一擲の正拳突き。
俺は思わず快哉の声を上げた。

「決まったァッ!マホたん超必、『ホーリー・腹パン』ッ!流動食しか食えねえ身体になったぜッ!!」

胴を打撃で打ち抜かれたヒュドラは苦しそうに喘ぎ、動きを止める。
弱点痛打によるスタンを皮切りに、息もつかせぬ連撃がヒュドラを流動食へと変えた。
トカゲをついでみたいに叩き潰しながら淡々とヒュドラを腑分けする姿は、なんていうか、アレっすね……

>「ヴァルハラ産ゴリラ……」

なゆたちゃんが隣で俺とまったく同じことをボソっと呟いた。
ゴリッゴリのゴリラプレイで変な笑いしか出ねえよ。
でもそんなところも明神好き!しゅきしゅき!!!!!!!

ソシャゲじゃゴリラは褒め言葉だからね……雑に強いってホント大事。
脳死で周回すんのにしちめんどくせえスキルとかスペルとかポチポチ叩いてられっかよ。
まーそれ言うたらポヨリンさんもじゅーぶんゴリラだと思うよ?
ゴリラ化すんのにちっとばかり時間かかるけれども。

 ◆ ◆ ◆

66明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:43:42
ほどなくしてマホたんは掃除され尽くした城門から凱旋してきた。
綺麗に精肉された山程のトカゲとヒュドラの死体を抱えて。

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

このVtuber、こんな時でも動画の宣伝に余念がない……。
俺はその動画もう20回くらい観たし脳内再生余裕なので頭の中のplayボタンをしめやかにクリック。
マホたんは脳内でも可愛いなあ。
食堂のテーブルに腰掛けて、マホたんとなゆたちゃんの料理風景をぼけっと眺めていた。

なんか手伝おうかと思ったが、生憎ながら俺は料理にスキルポイント振ってない。
なんなら掃除にも振ってないし洗濯はコインランドリーさんにアウトソーシングだ。
まいったねこりゃ、もうちょっと生活力高めるビルドしとくべきだったわ。
俺だってマホたんと肩並べてお料理とかしたいもん!!!!

でも俺この光景眺めてるだけで最The高だわ……。
バブみが広くて圧倒的爆アドですわ。無双委員会委員長になりそう。

せめて食材の下ごしらえでもと立候補すれば、毒があるからとやんわり断られた。
所体なくぶらつく俺を、哨戒明けのオタク殿達は暖かく迎えてくれた。
そうしてライブの感想を語り合い、ときに殴り合いになりながら、夕食の時間となった。

>「ささ、どうぞ召し上がれー!」

食堂に広がる晩餐は、そりゃキングヒルのご馳走に比べりゃ品数は少ないし色味も単調だ。
だけど美食の限りを尽くして舌の肥えた俺にも、上がったハードルを遥かに上回る感動があった。

>「特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」

「と、トンカツ!トンカツだぁぁぁぁっ!!!ジェネリックトンカツだけども!
 こんなことがあっていいのか!?マホたんの手料理で、しかもトンカツが食えるなんて!!!!!
 幸福ゲージが3本カンストしてやがる!俺は今日死んでも良いよ!!!」

油、卵、パン粉と保存の効かない複数の材料を使うカツを、物資の限られた城塞で常食してたとは考えにくい。
つまりこのトンカツ(?)は、今日ここへ来た俺達のために特別に誂えたものなんだろう。
俺の好物を誰がマホたんに伝えてくれたのか、考えるまでもない。

「あ、ありがとうなゆたちゃん……!君についてきて本当に良かった……っ!!」

俺は泣いた。ヴォイ泣きした。
人はパンのみに生きるにあらずだが、トンカツがあれば生きていける。
涙と鼻水でべちゃべちゃになりながら黄金色のカツをかじる。

「……うめぇ。トカゲのお肉って鶏肉ライクな印象あるけど、全然違うわ。
 屠りたてホヤホヤだからかな?野趣っつーか、ジビエっぽさがしっかり旨味になってる。
 筋切りの仕事も細かい。筋肉の塊みたいなもんなのにやわらかく仕上がってんだもんなぁ」

その昔リトルワールドで食ったワニ肉の串焼きとは風味からして別物だ。
あれはあれで美味しかったけど、臭み消しのためか香辛料が効きまくってて肉の味わかんなかったもんな。
臭みを覆い隠すのではなく、繊細な調理でフレーバーに変える。
ともすれば臭くて硬いだけになりがちなジビエ肉とは思えない香り高さだ。

67明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:44:05
……だけど同時に、このトカゲ料理の美味さは、アコライトの過酷な食糧事情によるものでもある。
他に食うものがなかったから、トカゲを美味しく料理する技術が発達したんだ。
ここまで美味しく仕上げるまでに、一体どれほどの努力と、生みの苦しみがあったのか。

>「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

「あと……米だな。ヒノデのジェネリック白米ってもう残ってないの?
 あっでも栄養のこと考えたら玄米のほうがいいのか……脚気になっちまう」

タンパク質、カロリーは問題ない。
ビタミンもまぁ、新鮮な生肉に解毒魔法かけて寄生虫殺せばなんとかなりそうだ。
ただ食物繊維が足りてない。野菜は持ち込んだ分しか食卓に出てこなかった。

「壁内にもいくつか畑があったけど、なんでかみんな掘り返され尽くしてたな。
 あれもう全部食べちゃったの?ジャガイモとか植えようぜ、めっちゃ育つし」

俺がなんの気なしに提案すると、マホたんは微妙な顔で首を横に振った。
その理由を……俺は翌日、知ることになる。

「うっし、腹も膨れたしあとは寝るだけだな。ジョン、ちっと付き合えよ。
 これから先の戦いじゃお前が俺達のメインタンクだ。お前の大好きな訓練をしようぜ」

夕餉を終えた後、寝るまでの間、俺はジョンを伴って王都の訓練の続きをした。
ヤマシタはステはともかく多様なスキルを覚えられる汎用性に優れたモンスターだ。
様々な攻撃に対して適切な防御行動をとるための訓練の仮想敵としては十分だろう。

ついでに言えば、俺自身魔法と護身術の練習を続けたかった。
どっちも実用レベルとは言い難いが、できることは増やしておいて損はない。
ここから先、いつ何時俺自身が攻撃に晒されるともわからないからな。

「石油王の座学は理解できたか?実践編は時間もねえからスパルタ方式で行くぜ。
 教育隊に戻ったつもりでついて来いよ!」

かくして、アコライト一日目の夜は更けていった。

 ◆ ◆ ◆

68明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:44:44
>「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

昨日夜ふかしした影響で俺が起床したのは日が高く登った後だった。
他の連中はとっくに起き出して、思い思いの場所で過ごしているらしい。
午前中待機ったって午前はもう一時間も残ってないので、俺はその足で広場へ向かった。

「オタク殿、これは一体何をしておられるので?」

アコライト兵、通称オタク殿たちは哨戒や訓練のかたわら広場で作業をしていた。
昨日の食材の余り――つまりはトカゲのクズ肉や骨、内臓なんかが広場に山積みにされている。
そろそろ気温も上がって腐臭を放ちかねないマッドゴアな物体を見上げて、俺は訝しんだ。

オタク殿曰く、これはマホたんの『ルール』に関連するものらしい。
どこに行ってたのかエンバースも積み上げ作業に加わっている。
ほどなくして、マホたん達も広場へ戻ってきた。

険しい表情。
呼応するように、快晴だった空に陰りが見える。
雲じゃ……ない。黒すぎる。なんだありゃ?

>「……来る」

見上げていたマホたんが、そう零した刹那。

>「総員、退避! 建物の中に入って!」

「は?あ?何!?」

何の説明もなく避難を促され、導かれるままに建物の中へと押し込まれる。
殿を努めたエンバースが戸をくぐると同時、頑丈な鉄扉が外界との通行を封じた。

「何だ、何だよっ!?一体何が始まるってんだ――」

思わず抗議の声を上げそうになって、二の句が継げなかった。
建物の中で、オタク殿たちは必死に身を縮こまらせて何かに耐えていた。

何にとはつまり……恐怖だ。
なにかに怯えている。

午前中あれだけ楽しそうに朗らかに、マホたんに声援を送ってた連中が。
ハッピの上からでも分かる、鍛え上げられた屈強な体躯の兵士達が。
ぎゅっと目をつぶって、自分の身体を抱きしめているのだ。

>ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

鉄扉の向こうから聞こえてきたのは、飛行機の発動機じみた『羽音』。
ベルゼブブの羽音もやかましかったが、こいつはその比じゃあない。
身体が震えるのが恐怖によるものなのか、空気振動の共鳴なのか、わからない。

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

やがて羽音は彼方へ去っていき、緊張を解いたマホたんがそう皆に告げた。
九死に一生を得たかのように、兵殿達に弛緩が伝播していく。

重たい鉄扉を開け、外に出ると、空は元通りの快晴だった。
だが、暗雲のかわりに陽光を遮るものがある。
ホログラムみたいに空間に投影された、映像だ。

69明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:45:20
映像の主は、俺と同じくらいの歳の若い男だった。
痩身矮躯を上等なスーツで包み、丸眼鏡の奥には冷たく鋭い眼光。
オールバックの髪型は俺みたいに毛羽立ってない、きっちりまとめたエグゼクティブスタイルだ。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

……アル?
俺は猛烈に嫌な予感がした。

このいかにも金持ちそうなシャッチョサンじみた風体。
世界のあらゆるものを見下してそうな、傲岸不遜な立ち振舞い。
なによりも、男を見上げるマホたんの、怒りと敵意に満ちた視線。

>《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》
>「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

マホたんの告げた名前が、嫌な予感がカンペキに的中したことを表していた。
煌・帝龍。中国最強のブレモンプレイヤーにして、暗黒メガコーポ帝龍有限公司の若き総帥。
そんな……ウソだろ……お前……お前!

「アルって!!カザハ君の妄言ドンピシャじゃねーか!!」

なんなんだよアコライトとかいう土地はよぉ!
ござる口調のオタク殿と言い、語尾にアル付ける中国人と言い、ステロタイプの見本市かよ!!
ここだけ二十年くらい前にタイムスリップしてんじゃあねえだろうな!?

俺のどうでも良い驚愕をよそに、マホたんは帝龍と舌戦を繰り広げる。
わぁーマホたん怒るとこんな感じなんだぁ。そういうところもしゅきぃ……。

>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

帝龍はどこまでも不遜な態度で、終戦の可能性を示唆する。
やっぱりか。この膠着、大軍をずらりと並べた示威行為は、交渉材料。
奴はアコライトを包囲したうえで、より大きな譲歩を引き出そうとしているのだ。

兵士の命と引き換えに要求するものは何だ?
将であるマホたんの首級か?キングヒルまでのフリーパスか?
無血でアコライトを開城できるなら、アルメリア全土に無傷の侵攻部隊を送り込めるだろう。

兵士をかばい全ての責任を負ったマホたんに対し、
敵軍の主、中国代表帝龍が言い渡した示談の条件とは……

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

一瞬、脳味噌が全ての機能を停止した。
遅れて理解がやってきて、俺は叫んだ。

「はああああああああああああああっ!!!???」

カザハ君も同時に叫んだ。

>「はいぃいいいいいいいいいいい!?」

70明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:45:50
ヴァルキリー・グレイス、それは戦乙女の持つのスキルの一つだ。
戦乙女が一生に一度だけ使える、対象の各種ステに超補正をかける永続バフ。
永続という性質上、もはやバフというよりステータスの上限突破に近い。
システム的にもバフ扱いじゃなく純粋なレベルアップに近いステータス上昇だ。

バトル的な観点から言えば、戦乙女の接吻は非常に強力かつ重要なスキルだ。
限界までレベルを上げ、ステを厳選し、スペルや装備で強化したキャラクターに、
さらに超強力な補正をかけられる。対象のリソースを消費することなくだ。

つまり、それまで頭打ちだった強さをひとつ上の段階に引き上げる。
接吻を受けたキャラクターは、もはや別種の種族になると言って良いだろう。

そして何より……気の遠くなるようなレベル上げの果てに習得した一回限りのスキルを、
その身に受け、進化する――これ以上ないくらい特別な栄誉に違いない。

>「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

なゆたちゃんが呟くその言葉を、実感を込めて俺も復唱した。

「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!!!」

言うまでもなくマホたんガチ恋勢の俺にとっても避けては通れぬ問題だった。
一体誰が戦乙女の恋人になるのか。有名プレイヤーか?投げ銭放りまくったファンの一人か?
そもそもマホたんはまだ接吻を残しているのか?残してるに決まってんだろぶっ殺すぞ!!!!!
みたいな議論を夜通し匿名で繰り広げたことも記憶に新しい。

帝龍は、ガチのマジで、世界を巻き込むような大戦争を仕掛けてまで――
マホたんの接吻を狙っているのだ。
フォーラムで駄文書き散らしてる俺達とは違って、実力を背景にした、現実的な手段で。

「マジかよ……誇張なしに世界の四分の一くらい手に入れてる超大金持ちが……
 その財産を湯水みたいに投げ打って得ようとしてるものが、マホたんのチュー、だと……?」

認めよう。
煌帝龍は、おそらく全宇宙で最強の、ガチ恋勢だ。
いやマジで、スケールが段違いすぎてなんも実感わかねえけれども。
こいつは本気で、マホたんの唇を奪おうとしている。その為に行動を重ねている。

やべえやつだ……。

>《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

俺は気圧されてしまった。帝龍のガチなヤバさに、ドン引きすら出来ない。
一方で、不思議な敬意じみたものを帝龍に感じる自分がいた。

アコライト外郭は、軍事拠点だ。この街で攻めた攻められたは善悪で線引きできない。
なんぼブレイブのチートじみた資金力が背景にあったって、帝龍がやってるのは正当な軍事行為だ。
戦力にブレイブを使うなんてのはアルフヘイムでも、それこそアコライトでもやってることだしな。

そして、終戦の条件として城主の身柄を要求するのだって、何もおかしいことじゃない。
いや言ってることはだいぶおかしいけれども、やってることには一定の正当性がある。
帝龍はニブルヘイムに雇われた自分の仕事を、文句なく遂行している。

71明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:46:19
たとえそこに戦略以上の思惑があろうとも、こいつはきっちり筋を通した。
マホたんへの想いを原動力にして、見事にアコライトを窮地に追い込んだ。
勝てるのか?手段はどうあれ、想いを形にしてきたこの男に、その愛で、俺は――

>「…………ふざけるなッ!!!」

思わず一歩下がった俺の代わりになゆたちゃんが前に出た。
彼女は至極まっとうな義憤――アコライトの人々を苦しめ、追い詰めてきた帝龍に怒りを顕にした。
卑劣な策略で兵士たちを人質にとり、ユメミマホロを思うがままにせんとする男の思想を撥ね付けた。

>「おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?」

二の句を継ぐようにエンバースも気炎を吐く。
そうか……そうだよな。単純な話じゃねえか。戦略とか軍事とか、ほんのオマケに過ぎねえ。

俺は、傲慢な帝龍の野郎が気に入らねえ。
マホたんをどうにかできるなんていう思い上がりが許せねえ。
ユメミマホロは皆のアイドルだ。そいつを独占しようなんざ、ガチ恋勢の風上にも置けねえなぁ!

この戦いにハナから正当性なんてない。
俺達は、たまたまバロールに召喚されて、ついでにこの世界がわりかし好きだから……
不当にアルフヘイムに加担しているに過ぎない。やってることは帝龍と同じだ。

だったら……遠慮は要らねえよな。
ただ、見知った連中に降りかかる災難を、いけ好かねえプレイヤーを、ぶっ潰す。
これまでもそうやって来たじゃねえか。

「眠てぇこと抜かしてんじゃねえぞ、この色ボケCEOがっ!
 十重二十重のトカゲさんに見守ってもらってねえと告白も満足に出来ねえのか?
 リバティウムの邪悪なおっさんだってボロ雑巾になりながらちゃんと告ったぜ」

ライフエイクのことを褒めてやる道理はぴくちりねえが、それでもあいつの最期は誠実だった。
命の最期の一滴を振り絞って、マリーディアに想いを伝えた。

「マホたんの唇が欲しけりゃ地平線の彼方にふんぞり返ってねえで自分で来い!
 てめぇの玉砕する姿はさぞ痛快だろうぜ。配信のネタが増えちまうなぁ!?」

うすら笑いのまま帝龍の映像が消える。
そうしてアコライト外郭には今度こそ、静寂と青空が戻ってきた。

話はこれで終わった。
あとはいつも通りの――拳で語り合うフェーズだ。

 ◆ ◆ ◆

72明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:47:00
>「……ゴメン……やっちゃった……」

嵐の過ぎった城郭都市の食堂で、なゆたちゃんは顔を覆った。

「でもスカっとしたぜ。終わり際のあいつのツラ見たか?
 俺には分かるね、ありゃ思わぬ反駁に戸惑いと怒りが追いついてない間抜け面だ。
 今頃顔真っ赤にしてプルプル震えてるだろうぜ」

相手が追い詰められていると憶測で信じ切るのもレスバトルの重要なテクニックだ。
まぁ実際どうだったかなんてわかんねえけど、多分涙目で敗走しているよあいつ。そういうのわかっちゃう。

それに、あの場でなゆたちゃんが言い返さなければ、俺達は終始気圧されたまんまだった。
侵攻を予定より早めたのは、奴にとっても準備の期間が短くなったのと同じだ。

「少なくとも、あの野郎にゃそこまで煽り耐性がねえってことは分かった。
 こいつは貴重な情報だぜ。うんちぶりぶり大明神が獲物にしてんのはああいう手合いだ」

>「ああ、そうとも――あの提案を受けていたら、あいつの顔面を殴れないだろう」
>「そうだよ、何にせよ直接対決は避けられなくてそれが明日になっただけの話!
 もうみんな持ち堪えるのも限界だろうからいっそ丁度良かったんじゃないかな?」

カザハ君とエンバースもフォローに回る。
これもその通りだ。アコライトは誰の目に見てもジリ貧だった。
このままじわじわ削り殺されるよりも、起死回生の一手が残されてる今の方がずっと良い。

なゆたちゃんは汚名返上とばかりに全体攻撃による一掃を提案するが、マホたんは神妙な面持ちでそれを却下した。
曰く、敵はトカゲ共だけじゃあないらしい。

>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「それな。ルールの説明はされたがその根拠は聞いてねえ。ありゃ一体なんなんだ?」

建物に押し込まれてたから、姿もなにも見えてない。
分かってるのはあのプロペラじみた羽音と、オタク殿たちの怯えた顔だけ。
避難しないと死んじまうってことは、大規模な範囲攻撃かなんかなのか?
会議のお供にと提供されたお茶(王都からの支援物資)をすすりながら、マホたんの説明を待つ。

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

「ぶーーーッ!!!??」

そして盛大に吹き出した。
アポリオン?マジで?あれ実在するカードだったの!?
万象法典(アーカイブ・オール)にすら並んでない、幻の中の幻、存在すら疑われるレアカードだ。
ほどなくして大会禁止カードになったから、実在することはするって結論に落ち着いたけど……。

「畑で野菜が育ってないのはそういうことかぁ……」

アポリオンは、人類史上幾度となく大量の人命を奪ってきた『蝗害』をモチーフにしたカードだ。
召喚された無数のイナゴはあらゆるものを食い尽くす。
草も木も、動物も。木造建築すらかじり取られて、後には石と土しか残らない。

ゲーム上では永続・無尽蔵の土属性ダメージと表現されてたが、この世界じゃリアルな蝗害ってわけか。
孤立無援のわりに城郭内がえらく片付いてる理由もこれで分かった。
死体もなにもかも、全部イナゴ共が食い尽くしていっちまうんだな……。

73明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:47:29
兵士達が過剰に怯えていたのは……生きたまま身体を喰われる恐怖だけが理由じゃない。
おそらくは、死体すら残さずかき消えてしまった仲間の姿を何度も見てきたんだろう。

だから、『ルール』が生まれた。
イナゴを誘導するために大量の有機物……トカゲの死体を積み上げて、人間は建物の中で息を潜める。
アポリオンが満腹になって帰っていくまで、物音ひとつ立てずに恐怖に耐えていたのだ。

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」
>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

出てきた課題をなゆたちゃんが整理すると同時、スマホから石油王の声が聞こえた。
通信越しにこっちの話も全部分かってるんだろう。話が早くてとっても助かる。

>《なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ。
 通信に問題はなさそうやし……できるなら状況連絡くらいはしてほしかったなぁって言うとったんよ》

それなオブそれな。
バロールはアコライトの戦況を把握できておらず、俺達が派遣されたのも半ば現状確認の意味合いが強い。
連絡は常に一方通行だった。支援が欲しいアコライトが、救援要請を怠るとは考えにくい。

>「バロールにセクハラを受けたのが原因なら、庇い立てせずに言ってくれ。俺達は、君の味方だ」

エンバースの妄言は置いとくにしても。
でもあの魔王に限っちゃないとも言い切れねえんだよなぁ……。

>「あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……」

対するマホたんの回答は、なんとも歯切れの悪いものだった。
忘れた?そりゃマホたんの業務は多忙を極めるだろうが、それでも忘れたで済ませられるもんか?
僅かな物資で、敵の肉まで食って生きながらえてるアコライトにとって、王都の支援は喉から手が出るほど欲しいもんだろ。

>「……この反応は、クロだな。みのりさん、略式裁判と刑の執行はそちらに任せる」

「取り調べがガバガバすぎる……あのエロ魔王が冤罪で処断されんのは別に良いけどよぉ」

しかしまぁ、今この場で連絡してたしなかったを問うてもしょうがないのは確かだ。
マホたんが忘れたって言うんなら忘れたんだよ!!!異論は許しませんよ!!!!

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

「リキャ回るごとにユニットぶっぱか。律儀なこったな」

カードのリキャストは丸一日。
つまり帝龍は再使用可能になった瞬間アポリオンを発動させている。
逆に言えば、丸一日経つまでは追撃は来ないってことで、アコライトがまともに運営できてんのもそれが理由だろう。

74明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:48:01
だが、カードのリキャストを早めるスペルは『多算勝』をはじめいくつかある。
俺達がこうして作戦会議してる間にも、アポリオンが降ってこないとは限らない。
確実に壊滅させられるそのコンボを使わないのは、やっぱり帝龍にもアコライトを今すぐ叩き潰す気はないんだろう。

奴はおそらく、明日の定刻まで本気で待つつもりだ。
マホたんが心変わりし、自分の唇を差し出すのを。

>「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う」

「十中八九、あいつは軍勢の奥で大量の護衛を引き連れてるだろうしな。
 狙撃も厳しい。遮蔽物のない平野じゃ、有効射程にたどり着く前にトカゲ警察にお縄だ」

>「あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」
>「マホたんと一緒に献上する、輿入れの木馬でも用意してみるか?
 盾に括り付けるのは……じゃじゃ馬じゃなくて、子猫だったか」

「人が入れるバカでかい嫁入り道具を本陣に運び入れてくれる知能を、トカゲ共に期待できりゃそれもアリかもな。
 あいつら馬なんか見たら我先に齧りついてきそうだぜ」

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

会議は踊らず、座して進む。
大小さまざまな提案が出ては、誰ともなしに却下される不毛な時間が続いた。
やがて建設的な案も出尽くして、沈黙の割合が増え始めた頃。

>「昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
 マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?」

「なんでトンカツの話から焼き物の話にジャンプするんですかね……美味しかったけど」

相変わらずアクロバティックな思考経路を辿ってカザハ君がポツリとこぼした。

>「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

「あの大軍を料理するには、ちょっと火力が足らねえんじゃねえかなぁ。クーデターの時みたく閉鎖空間ならともかくよ」

カザハくんの提案は、空から燃料を投下して地上を焼き払う焦土戦術だった。
地平線まで一気に焼き払える量の酒がありゃ話は別だが、そんなもんがあるならアコライトは困窮してねえ。
とはいえ、カザハ君も別に焦土作戦に固執するつもりはないようだった。

>「ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
 エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね」

「嫉妬ったってお前、お相手はこれ(焼死体)だよ?
 ヴァルキュリアに付き従うお供のモンスターにしか見えねえって。
 まだイケメンマッチョのジョン君のほうが真実味あるわ」

いやしかし、こうして提案のたびに否定を重ねてもなんも進まねえ。
なんかこう建設的な対案を出したいもんだが、物量差がでかすぎて通常の戦術なんか意味をなさない。
起死回生の一手。そいつを山札から引けるかは、多分神しか知らねえんだろう。

75明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:48:51
>「ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……」

攻略本に首っ引きで何やらうなっていたカザハ君が再びこぼした。
ユニット同士か……経験則から言えば、結局ものを言うのは火力と物量だ。
カザハ君の持つユニットは飛行系モンスターを召喚するが、その数はアポリオンと比べるべくもない。
ユニットとしてのステータスにも、レア度という隔たりはきっちり存在するのだ。

>「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
 そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

「このクソゲー、その辺だけはいやにキッチリしてんだよ。まぁソシャゲだから当然なんだけど。
 属性的に有利がとれようが、レア度に開きがあれば単純なステ差でゴリ押しされちまう。
 フォレストゴブリンがアースドラゴンにどうやったって勝てないみたいにな」

あとはまぁアルフヘイムではどうだか知らんけど、蝗害のイナゴって食えないんですよ。
身体の全ての器官が飛翔と暴食に特化してて、大部分がうすっぺらい翅。
中身はスカスカで、食ったものを即エネルギーに変換して飛んでいっちまう。

だから本来天敵であるはずの鳥も、このときのイナゴには手を出さない。
翅をどんだけムシャムシャしたところでなんの栄養にもならないからな。
アポリオンがその性質を再現してるとすれば、鳥に喰わせる作戦は期待できない。

ただ、ユニットは一つ置いてそれっきりじゃない。
重ね置きでステ差を補うことはできないか?
例えば俺の『奈落開孔(アビスクルセイド)』は……駄目だな。
持続時間が短すぎて焼け石の水にもならない。

>「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」

と、うんうん頭を捻っていた俺達に、エンバースがさも当然とでも言うように言葉を放つ。

>「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」

「お前このタイミングでそういうこと言うぅ?簡単にこっからアディオスできりゃ誰も悩んでねえよ!」

まぁ俺だってジリ貧だと思うよ!とっとと王都にでも撤退すべきだと思うよ!!
でもアコライトは放棄できねぇんだなぁ!王国まるっと蹂躙されちゃうだろーが!

>「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

当たり前の帰結として集中する非難に、エンバースは焼け焦げた手を翳して制する。

「勿体ぶってねーで結論言え結論!……なんか閃いたんだろ?」

>「帝龍の明白な弱点は、俺達が撤退すればこの拠点を取らざるを得ない事だ。
 そうしなければ、あいつは次のステージへ進めないんだからな。
 どうだ……理解出来たか?まだ、説明が必要か?」

「あー……あー、そういう……」

エンバースの物言いに、俺はようやく合点がいった。
現状、俺達には帝龍の行動をコントロールできる方法が一つだけある。

>「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
 そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
 【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

外郭の防衛を放棄し、戦線を瓦解させて……『敗北する』こと。
そうなれば、前線指揮官である帝龍は、必ずこの土地にやってくる。
自分のものになった街を見下ろしながら、マホたんの口づけを得るために。

76明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:49:51
>「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

「お前にそんなサービス精神があるとは思っちゃいなかったがよ」

エンバースの作戦をひとしきり聞いて、俺はもう一度お茶を啜った。
確かに合理的だ。あの大軍の中から帝龍一人を見つけるなんかまず無理だろう。
だったら、カザハ君が言っていたように、あいつをこっちに呼び寄せれば良い。
城郭内に滞留可能な戦力なら、ウン万の大軍相手にするよっかまだ勝算があるだろう。

「帝龍さんのご来訪を祝して城郭まるごとひとつくれてやるのはサービスしすぎじゃねえか。
 明日の正午から夜になるまで、300人からなる兵士をこの街のどこに隠すってんだ」

壁内に流れ込んできた敵兵は、まず間違いなくアコライトを蹂躙するだろう。
キングヒルやリバティウムみたいな大都市じゃない。総動員なら、半日で家探しは終わる。
俺達みたいな少数ならいくらでも隠しようはあるが、300人を隠し切るのは現実的じゃあるまい。

なら、300人を見捨てれば。偽りの勝利を掴ませるために、兵士を犠牲に出来るなら。
帝龍の油断をカンペキに誘って、ブレイブ同士の決戦に持ち込むことはできるかもしれない。
だけど俺は、アコライトの兵達を、オタク殿たちを、みすみす死なせたくはなかった。

「連中を城郭内に引っ張り込むってのには賛成だ。
 『本隊と帝龍を切り離し』、『こちらの総戦力で叩く』……この条件を満たすには、それしかないと俺も思う。
 ただ、街は蹂躙させられない。アコライトはアルメリアがニブルヘイムと戦う上で今後も絶対に必要だ」

街の被害を抑えつつ、帝龍がこの城郭に足を運ばざるを得ない理由を作る。
城壁の穴を敵兵力のボトルネックとして利用し、数の不利を補いながら戦うことは出来るだろう。
だが無限湧きに近い敵兵力をいつまでも相手には出来ない。空腹も疲労も、俺達には取り払う手段がない。

「昔の戦争の逸話に、『キスカ島上陸作戦』ってのがあってよ。
 かいつまんで説明すると、とっくに軍隊が撤退した空っぽの島で敵軍が同士討ちしまくったって話だ」

旧日本軍の軍事拠点だったキスカ島に対し、米軍は上陸制圧作戦を行う。
しかし前日に日本軍は撤収を完了させ、キスカ島はもぬけの殻、犬くらいしか彷徨いてなかった。
視界の悪さに加え、いるはずの日本軍の姿が見えないことで米軍は奇襲を警戒した疑心暗鬼の状態となり、
同士討ちが発生しまくって大損害を被ったっつーのがざっくりした概要だ。

「俺は『濃霧(ラビリンスミスト)』っつう視界をほぼゼロにするスペルを3枚持ってる。
 意思の疎通を阻害する『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』ってカードもだ。
 トカゲ連中を空っぽの壁内に招き入れて、視界を奪ったうえでの奇襲……思いっきり混乱させてやろう」

これだけの大軍だ、帝龍はおそらくなんらかの魔法で各部隊に指示を下している。
ジョンの持ってる強制沈黙のスペルで通信魔法を妨害してやれば、指揮系統は乱れに乱れるだろう。

「現場での混乱、ジョンの沈黙で通信も届かずって状況なら……指揮官が前に出てこざるを得ない。
 奴にとっても軍団を動かしちまった以上、なんかやべえから撤退しますってわけにはいかないからな。
 明日、確実にアコライトを落とすために、現場で起きたトラブルの原因を排除しに来る」

それでも絶対に帝龍本人がアコライトに来るとは限らねえが……。
そこは奴のプライドに賭ける。なゆたちゃんの啖呵に対する応答には、強者としての矜持が垣間見えた。
もともと使者も使わず対面でマホたんに交渉を持ちかけたところを見ても、
帝龍の本質は自分の能力に自信を持った、現地現認主義の優秀な経営者ってところだろう。

77明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:51:35
「禁断のアポリオン二度打ちでトカゲごと壁内を蹂躙するって可能性もあるにはある。
 だけどこいつは憶測に重ねた憶測だが……この城郭にはひとつだけ『ルール』があったよな」

広場にトカゲの死体を積み、アポリオンが現れたら建物に避難して息を潜める。
こいつは何人も犠牲が出た末にマホたん達が導き出した法則なんだろうが、一つの事実を示唆している。

アポリオンは帝龍の意思に関わらず、山積みにされた死体を真っ先に喰らった。
建物の中でじっと音を立てなければ、アポリオンはそれ以上の蹂躙をやめて帰っていく。
帝龍は、マホたんがアポリオン発動の間、建物に身を隠していること『だけ』を知っていた。

つまり――

「アポリオンは、帝龍も完璧にはコントロール出来てないんじゃないか。
 範囲を指定し、攻撃命令を下すだけで、対象を判別したり複雑な行動は指示出来ない。
 だから『あえて』定刻に発動して、対処させることでマホたんを傷つけずに恐怖だけを植え付けた」

マホたんが戦場に居る間は、アポリオンによる範囲攻撃は降ってこない。
アテが外れたとしても、マホたんを表に出すだけで効果が期待できるなら、やってみる価値はある。
少なくともマホたんを無傷で手に入れたい帝龍はマホたんごとアポリオンに喰わせることはできないはずだ。

「問題は焼死体の野郎がサラっと流しやがった正午の定刻アポリオンをどう凌ぐか、だな。
 戦闘が始まれば頑丈な建物なんか都合よく近くにあるとは限らない。
 マホたんのいないエリアを指定して発動されれば仲良くイナゴのお昼ごはんだ」

一応俺が身を守る手段に心当たりはある。
物理無効の『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』なら、レア度的にもアポリオンに対抗しうる。
とはいえ、防御範囲が狭すぎて兵士みんなを格納するなんざまず不可能だろうし、
そもそも『防御無視』と『物理無効』の矛盾のどっちが優先されるのか試したことないから知見がない。

「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
 カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
 それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
 トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
 とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」


【作戦提案:壁内に敵をおびき寄せて同士討ちや混乱、通信障害を招き、帝龍を現場に引っ張り出す
      アポリオンが無差別攻撃なら誘導したりマホたんに化けて撃たせないようにできるのでは?】

78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:00:04
>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
  それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

マホロはどうやらそのルールとやらは口で伝える気はないらしい。

「なゆ達の命が掛かってるのに見てもらってからって・・・それじゃ困るんだけどね・・・」

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
  今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
  じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

僕の嫌味を華麗にスルーしながらマホロは城壁の上から飛び降りた。
食事・・・そういえばトカゲを食べてるとかいってたような。

「なるほど、ここの食料は全部マホロが確保していたという事か」

>「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
>「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」
>「……『限界突破(オーバードライブ)』――プレイ」

凄まじい技の数々に目を奪われる。
さすがは戦乙女、美しい、その一言に尽きるその姿はま、さにアコライト外郭の希望に相応しい輝きであった。

>「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」
>「ヴァルハラ産ゴリラ……」

「いや〜まさに戦乙女って感じだったと思うけどね!人によってはゴリラといわれるのも仕方ないかとは思うけど!
 こんな状況じゃなかったらマジメに一戦戦ってみたいなあ〜!」

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
>『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

マホロに華麗にスルーされ(2回目)マホロはそのまま料理の為に奥に行ってしまった。

「うーんじゃきたる時の為に軽く体動かしてこよっかな!バロールにもらった物のテストもしたいしね!エンバースもどう?」

>「……遠慮しておこう。食事も俺には必要ない。寝床もだ。
  それと、城壁の立哨を休ませてやれ。代わりに俺が立つ」

「もうちょっと可愛くなろうよエンバース・・・」

エンバースは相変わらずクールというか他人の力を極力借りたくないのか。
必要な事だけ告げてそそくさとどこかにいってしまった。

ご飯はまあ・・・戦争中だし、無難な味でした、はい。
ていうかこればっかりはこの前に食べたのが王宮の料理だし、比べる対象が悪いのだろうけれども。

>「うっし、腹も膨れたしあとは寝るだけだな。ジョン、ちっと付き合えよ。
  これから先の戦いじゃお前が俺達のメインタンクだ。お前の大好きな訓練をしようぜ」

「おっいいねー、でも明日もあるからほどほどにしよっか」

明神は筋がいい、やる気もある、そう遠く無いうちに護身術を使えるだろう。
普段の生活習慣からくる基礎体力だけはどうにもならなそうだが・・・。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:00:34
大きな戦いを控えてるせいか、なにも夢をみなかった。
そのおかげで目覚めも良好、体調もばっちりだ。

>『午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
  ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
  それを守れないと……死んでしまう、から』

僕達はスマホを持ってるからいいけど時間ってここの兵士達はどうやってるんだ?点呼でもするのか?
そう思ったが兵士達はなにやら忙しく働いていた、暇なのは僕達だけだったか。

>中央広場――兵士達が何らかの搬入作業を行う様が見える。
>魔物の残骸――骨や内臓を、山と積み上げている。

「なあ・・・君達なにやってるんだ?この行動になんの意味がある?」

「時間がくればわかりますよ、これは決して無駄な作業じゃないって事が」

これ以上は邪魔だからどっかいけ、と追い出されてしまう。

「兵士もマホロもみな口を揃えて時間が来ればわかる・・・か、正午に一体なにが起きるっていうんだ・・・?」

てゆーか兵士さん達マホロがライブじゃない日は普通に喋るのね。
ここは戦場、気を抜いていいときとそうじゃないとはっきりわかっている、さすがにこの状況で生きてるだけの事はある。

そんな事を考えていたらあっという間に時間が経過し・・・正午になった。

>「……来る」

「大丈夫、言われた通り全員いる・・・って来る?なにが来るんだ?」

>「総員、退避! 建物の中に入って!」

言われた通り全員で誘導された建物の中に避難する。
暫くすると音が聞こえてきた。

ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

なんの音だこれは・・・?一体外でなにが起こってる!?なんだこの異様な音は?
外の様子を見たいが、それは死を意味することなのだと自分の体が理解し、マホロの反応がそれを裏付けていた。

>「静かに。息を殺して、喋らないで」

頼まれたって喋るものか、この状況で喋りたい奴なんて一人もいないだろう。
ただひたすら得体の知れないナニカに怯え、待つ。

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
  ……外へ出よう」

「まだなにかあるのか・・・聞きたい事はたくさんあるけれど、先にそっちをこなしてからだね」

外にでた僕達を待っていたのはスクリーンのような物に映し出された一人の男だった。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:04:40
ジョンは即座に物陰に隠れる、自分の姿を晒していい事など一つもない。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

スクリーンに映し出された男は、予想よりも細く、弱弱しい、服と装飾類は豪華だが・・・

「(なんというか・・・予想していたより遥かに小物くさいな)」

>《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
  今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
  推奨できないアルネ》

男は完全に舐め腐っている、自分が負けるなんて夢にも思っていない。
この世界では特別な力が各個人にあるというのに。

ただの馬鹿なのか、それとも絶対的な切り札があるのか、それとも後ろ盾を信じきっているのか。

>「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
  これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」

「なっ・・!?」

マホロは隠れていたなゆ達(僕含む)の存在もばらしてしまう、僕には到底理解できない行動だった。

>《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
  イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
  無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

今日部長はまだ召喚していなかったが、顔が完全にばれてしまった、幸運といえば相手が僕の事を知らない事ぐらいか。
特に作戦などなかったが、なにがあるかわからない以上、敵に存在はできるかぎりばらしたくなかった、のだが。

>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
  しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

以外でもなんでもない、絶対者の提案だった。
その条件はなんであれ絶対飲めない、飲める提案だったら僕達を呼ぶ必要などないからだ。

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
  オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》
>「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。
マホロに・・・戦乙女にキスされた者は潜在能力(ステータス)が異常に上昇するらしい。
だがそれは一度しか使えず、取り消すこともできない、選ばれた相手にしか捧げない乙女の純潔。

>「だ……、誰がッ!
  あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

なぜこちらの具体的な数を把握してるのか、気になるその疑問よりも。

僕はある事を考えていた。

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:05:17
>《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
  オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
  さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

なんだこれは?予想以上に小物ではないか。
表舞台ではその名に恥じぬ、帝王の称号を我が物にし。
裏世界では暗黒のフィクサーと呼ばれ、中国で動かせない物はない、といわれるような人物が・・・。

――いやもしかしたら相手を油断させる為の演技?

だが、ここを即座に攻め落とさなかった理由が乙女の純潔目当て?。
やはりただの小物なのか・・・。

>「…………ふざけるなッ!!!」

考えに耽っていた、僕を現実に戻したのは、なゆの魂の叫びだった。

>「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
  助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
  あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」

「なゆ・・・」

>《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
  ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》

>「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
  兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
  マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
  ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」

そうだ、僕の余計な感情なんて必要ない。
必要なのは敵を倒す事、つまり帝龍を殺す事だ、例えアレが小物だろうと、大物だろうと。

>《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
  それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

言いたい事を言うだけいった帝龍は、下種な笑みと、言葉を残し、立ち去った。

「自分の言いたい事を全て言い、そして要求する、まさに暗黒のフィクサーといった感じだな」

>「……ゴメン……やっちゃった……」
>「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
  どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

マホロに関して言いたい事はあるが・・・もう帝龍に顔がバレてしまった、完全に後の祭りである。
この件で騒いで時間を取ってるのも惜しい。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:05:55
>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「あの不快な謎の音か・・・なにか虫?が飛ぶような音に聞こえたけど」

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
  ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

大量の肉食の虫、なるほど、広場のトカゲの肉塊を山積みをさせていた理由がはっきりした。

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
  まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

何とかする、といえでもあちらと違いこちらのクリスタルは無限と呼べる物ではない。
両方なんとかしなければいけないのはわかるが、どっちも攻略するとなればそれなりのリソースを裂かなければいけない。

>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
  こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

バロールやみのりに期待したいが、具体的な解決策がでるかどうかは微妙なラインだろう。
タイムリミットはたったの1日。具体的な策ができても実行不能になってる可能性のほうが高い。

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
  それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

「あの手の奴は必ず自分が宣言した事は曲げないだろうな、無駄なプライドがあるうちは」

時間は明日の正午で間違いない、だが対策を立てられなかったらそれが僕達の命日になる。

>「……わたしには分が悪いかな……」

相性が悪いとはいえ、なゆの範囲攻撃でも殺しきれないトカゲの軍団と肉食虫。
僕達を、場を沈黙させるには十分な脅威だった。

>「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

「相手が一番、そして確実に油断するタイミングがあるとすればそこだろうね」

マホロの純潔自体は正直どうでもいいのだが、敵の強化だけは絶対に避けなければならない。
なゆ達の身の安全を考えるなら、絶対にマホロの「戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)」の能力だけは守らなければならない。

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
  CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
  みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

なにも考えがなくても作戦を出さなければならない、刻々と時間が迫りくる中。

作戦会議が始まった。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:06:56
>「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

場に訪れた、静寂を一番最初に破るのは今回もカザハだった。
カザハのような、場の雰囲気を壊してくれるのは、チームには必要だ。

>『ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
  エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね』
>「お前の世界には、お前より賢いやつは存在しないのか?」
>『ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……』
>「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
  そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

この手の会議において一番危惧するべき事は、意見交換がされない・・・沈黙してしまう事だ。
例え否定されても思った事を言い続ける、言葉が交わされるという事はそれだけで重要な事なのだ。
忌憚のない意見がでる、いい傾向だと言えるだろう。

>「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」
>「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」
>「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

「・・・なるほど」

>「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
  そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
 【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

相手のどこにあるかもわからない拠点を決死の覚悟で強襲するよりも、遥かに確実。
こちらにはアコライト外郭の構造を知り尽くしてるマホロがいるのだ。
エンバ-スが提案した場所より、身を隠せて、そして心臓部に奇襲できるルートをしっているかもしれない。

「たしかに・・・無理にこっちから打って出るよりも遥かに安全で、地形を把握できる場所で戦える」

そしてなにより作戦実行時にマホロ本人は必要ないのだ、それならば護衛しながら戦うというペナルティも発生しない。
護衛をする必要があるかどうかはアレだが・・・不意打ちで「戦乙女の接吻」を奪われる心配を少しでも減らせるというのは大きい。

>「帝龍さんのご来訪を祝して城郭まるごとひとつくれてやるのはサービスしすぎじゃねえか。
  明日の正午から夜になるまで、300人からなる兵士をこの街のどこに隠すってんだ」

「明神・・・分ってるとは思うがメインは勝つ事だ、兵士はあくまでも二の次だぞ」

勝利条件には兵士の命は関係なく、そしてそれは本人達が一番よくわかっているだろう。

>「連中を城郭内に引っ張り込むってのには賛成だ。
 『本隊と帝龍を切り離し』、『こちらの総戦力で叩く』……この条件を満たすには、それしかないと俺も思う。
 ただ、街は蹂躙させられない。アコライトはアルメリアがニブルヘイムと戦う上で今後も絶対に必要だ」

街は重要だ、だが兵士の命とは関係ない・・・モンスター一匹と満足に戦えない兵士を命がけで守ってどうする?とても戦力になるとは思えない
たしかに終戦後、復興するのに必要な人員は必要だ、だが逆に言えば300人全員は必要ない、全員を救わんとする明神は・・・優しすぎる。

84ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:08:04
>「アポリオンは、帝龍も完璧にはコントロール出来てないんじゃないか。
  範囲を指定し、攻撃命令を下すだけで、対象を判別したり複雑な行動は指示出来ない。
  だから『あえて』定刻に発動して、対処させることでマホたんを傷つけずに恐怖だけを植え付けた」

「もし自由に攻撃できるとすれば脅威だが・・・
 それなら兵士だけをピンポイントで攻撃するように命令し、マホロ一人だけ残し、絶望させてから命令を聞かせたほうが遥かに効率的だしね」

攻撃しろ、停止しろ、自分を守れ、たぶんあの虫の大群に命令できるのはこのくらいだろう。

>「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
  カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
  それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
  トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
  とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」

「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」

だが・・・なゆ達にはこの作戦は絶対できない決定的な理由がある。

「さっきのなゆとの会話で、帝龍はなんとなく分ったはずだ、なゆが・・・兵士の一人が食われるのを黙って見過ごすことができるような人間じゃないって
 この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」

なにも使わず見かけ倒しの幻影で作ってもいいが、動かない幻影なんて何十秒と持たずバレるだろう。

「そんな事をしていたら戦闘どころの騒ぎじゃない、ただ守るべき対象が増えただけだ、逆に見捨てる事ができれば相手を大いに混乱させられるかもしれない
 本物のマホロをもしかしたら襲ってしまうかもしれない・・・とね。もし実行できるなら僕はこの作戦を推したいね」

「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、街はめちゃくちゃになるだろうけど」

ため息をつく、僕だってこんな事進んで言いたいわけじゃないが、かといって黙っているわけにもいかない

「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い。
 兵士達に混ざって僕達も適当に戦えばさらに確立はあがる、カードを使わず、僕達は適当な所で逃げ出せばいい。
 理想は非戦闘員全員を保護、残りを全部戦場に出せれば更に確立はあがるだろうね。」

要は、兵士達をその場で見殺しにする、という事だ、それ以上でも、それ以下でもない。。

「当然この方法取れば犠牲者はでる、だが元々帝龍が来た時には・・・幻影作戦をやらないなら兵士達は邪魔にしかならない
 僕達と帝龍の戦闘は広範囲に攻撃の流れ弾が着弾するだろう、そうなると巻き込んでしまうし、人質に取られるリスクもある」

酷い事をいってる自覚はある、だけど勝つ確立を少しでも上げようと考えれば必然的にこうなってしまうのだ。

「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」

「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

85ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:09:31
「兵士達の犠牲をできる限り減らし、こちらの勝率を上げる方法が一つある」

マホロを指差し・・・いや厳密にいえばマホロの唇を指す。

「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」

当然、作戦会議の場は荒れる、しかし誰も口に出さない以上、僕が出すしかない。
兵士の命を大切にしておきながら即座にコレを提案しない理由はなんだ?と。

「帝龍に捧げるという選択肢もある、だがあいつが今は約束守っても、その後の事はわからない
 なら、こっちに使用して強化するのか無難な案だと思わないか?」

なゆ達を守ると、僕は決意した、みのりと約束した、みんなを守るためなら命を投げ打つ覚悟だってある。
だがマホロはいってしまえば赤の他人だ、マホロの意地、矜持、そんな事の為になゆ達が必要以上の危険に晒されるなんて事はあってはならない。

「言い方も悪いかもしれないな、だがこれだけは覚えといてくれ、僕はなゆ達が大事だ
 君の純潔を守っている事は悪いことだとは思わない、だが今は戦争していて
 僕達は君の矜持の為に、本来もっと楽な作戦にできるはずなのに、危険な作戦をさせられそうになってる」

なゆ達を守るためなら殺意だって出してやる、殺してやる。
その結果みんなに怯えられようともかまわない。

「どうしても捧げたくないのならそれで構わない、無理強いして、時間を取ってるような暇はないからね」

殺意を向けられた事は多々あれど・・・

「残念だが・・・僕はこんな時に冗談を言えるほどお調子者じゃあない」

僕は生まれて初めて人に殺意を向ける。

『マホロ・・・君が『戦乙女の接吻』を出し渋って、この中の一人でも・・・もし欠けるような事になったら・・・その時は帝龍の後に僕が君を殺すぞ』

言いたい事ははっきりと言った。
場の空気は凍りついたが、自分の意見として言いたい事は言ったつもりだ。

「僕が思った事、言いたい事は粗方言ったつもりだ・・・気分を悪くしたのなら謝る、だが必要な事なんだ
 当然だが僕の考えた作戦は穴もあるだろう、だけど大事な事を間違えないでくれ、と、それだけどうしても伝えたかった」

「最後の結論はPTリーダーのなゆに託そう。心配しないでくれ、例え僕の意見を全否定しても、捻くれて戦闘メンバーから外れたりしないと約束するよ」

僕は僕なりの意見を言ったが、当初のなゆ達を見届ける、という意思は変わっていない。
なゆが、みんなが、どんなに非効率でも、どんなに危険があってもやるというのなら。

「僕はなゆ達を必ず守ると誓おう」

86embers ◆5WH73DXszU:2019/10/25(金) 19:31:38
【ディスユナイト・ディスカッション(Ⅰ)】

『明神・・・分ってるとは思うがメインは勝つ事だ、兵士はあくまでも二の次だぞ』

左の紅眼/燃える紅蓮が揺れる――混濁する[焼死体/■■■■]の意識と共に。
記憶とは人格――記憶なき不死者が、ただの魔物に過ぎないように。
つまり――不完全な記憶は、不完全な人格を形成する。

『一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない――』

死を厭う敗者の魂が叫ぶ――違う。失われていい命なんてない。

『僕達は君の矜持の為に、本来もっと楽な作戦にできるはずなのに――』

栄冠無き王者の魂が嘯く――違う。大切なのは俺とあいつの、どちらが強いか。それだけだ。

『当然だが僕の考えた作戦は穴もあるだろう――』

魂をも凍りつく恐怖/死してなお再燃する未練――そのどちらも、嘘偽りのない、本心。
故に[焼死体/■■■■]は思考する――矛盾した行動原理を、両立させる為の方程式を。

『僕はなゆ達を必ず守ると誓おう』

「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」

不規則に揺れる、紅と蒼の双眸――[焼死体/■■■■]は曖昧な意識の中で言葉を紡ぐ。

「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない。
 否定はしないよ……特に、兵士は重要だ。アコライト外郭を守り抜くのは彼らだ。
 俺達は、ずっとここにはいられない。なら……置き去りも見殺しも、後々に響く」

《第二に、余計なリスクを背負うのは御免だ――当然だな。
 どうせ勝つなら、より完璧で、より合理的であるべきだ》

「……誰も死なせられないのは、俺達だって同じだ」

《二つの条件を満たす作戦が、一つだけある》

「……いや、二つだ。二つある」

《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。
 お前が残れば、帝龍に外郭防衛隊は勝算が立たず撤退したと証言出来る。
 助命するという約束は、信じられなかったとも》

左眼が紅く燃える――時を超え再燃した未練/野心/矜持を誇示するように。

《この作戦の一番のメリットは、城郭制圧後の帝龍の行動が制限可能という点だ。
 お前は自分自身と、戦乙女の接吻を人質に出来る――それで夜まで時間を稼げ。
 契約の履行は、俺達が追撃不可能な距離まで逃げてからだと言えば、筋は通る。
 隠れんぼは……もし不安なら、アコライトの外まで隠れる範囲を広げればいい。
 何より、これなら全てリスクは、ユメミマホロに集約する――文句なしだろ?》





「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」

右眼の蒼炎が俄かに燃え立つ――視線の先には、少女がいた。

87embers ◆5WH73DXszU:2019/10/25(金) 19:34:32
【ディスユナイト・ディスカッション(Ⅱ)】

「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」

[焼死体/■■■■]の右手が頭を抱える/過負荷に眩む思考を、押し留める。

「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む。
 それに蜥蜴どもの大多数は、俺達が戦場を駆け抜けた事にすら、気付けないだろう――」

意識が飛ぶ/何処まで語ったか思い出せない――誤魔化すように、笑った。

「いいか、学生服の準備は忘れるな――早朝における敵陣浸透作戦の、由緒正しき兵装だ。
 もっとも――兵士の練度に自信がないのなら、この作戦はやめておくのが賢明だけどな」

[焼死体/■■■■]がよろめいた/辛うじて、壁に背を預けるように倒れる。

「肝心要の帝龍の位置に関しては……みのりさんを、ついでにバロールを信じよう。
 結局、失敗した時のリスクは変わらない。敗北が短期的か、長期的かってだけだ。
 モンデンキント、結論はお前に任せる。どのみち、俺のする事は決まってる――」

そして――意識を失った。

88明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:25:59
>「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、
 しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」

俺の垂れ流した作戦案をジョンは一切遮らず静かに聞いて……それから俺を見た。
いつもの人好きのする爽やかスマイルじゃない。鋼でメッキしているみたいな、硬質な表情。

>この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、
 だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」

「なんだと」

ジョンが何を言ってるのか、全然頭に入ってこない。
いや、ホントは分かってんだ。ブレイブ同士の決戦の中じゃ、パンピーに毛が生えた程度の兵士は――
役に立たない。むしろ、足手まといでしかない。
300人の兵士がいなければ、俺たちはもっとずっと簡単かつ確実に潜伏できるのだから。

そして兵士を見捨てられるならもう一つ、俺たちにとってアドバンテージが生まれる。
『300人の人質』という帝龍の交渉カードを、この膠着状況の根幹を、潰せるのだ。

>「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、
 街はめちゃくちゃになるだろうけど」

「……らしくねえことを言うじゃねえかヒーロー。マスコミが喜んでペン取りそうな発言だ。
 被災地の希望、イケメン自衛官様の腹の裡は、こんなに真っ黒だったのか?」

>「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、
 突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、
 その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い」

口を突いて出たのは益体もない、批判の体すら為してない、ただの煽り文句だった。
ジョンは止まらない。マホたんや、他ならぬ俺たちに過酷な判断を強いると――こいつは理解している。
俺は次第に唇を噛んで、ただ黙ってジョンをねめつけることしかできなくなった。

>「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?
 僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」

結局のところ、街や兵士を守りたいなんてのは、薄っぺらいヒューマニズムによるものでしかない。
そこに戦略的な合理性はなく、俺はただ、顔見知りが死ねば寝覚めが悪くなるから、守ろうとしているだけだ。

>「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

ジョンが言うように、余計なリスクを背負い込んで、作戦の成功率を著しく下げている。
失敗すれば、死ぬ人間の数は300じゃきかないってことくらい、分かっているのに。

>「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」

「おい」

ジョンの提案に、にわかに食堂をざわめきが埋め尽くした。
戦乙女の接吻はいわば、対象のステータスを大幅に向上させる、解除不可能の『装備品』だ。
このままみすみす帝龍に鹵獲されるくらいなら、今この場で適当に使って消費しちまえばいい。
それだけでアコライト側の戦力は向上し、帝龍は潜在的なパワーアップの機会を逸失する。

食堂に走った動揺は、すぐに息を潜めた。
オタク殿――アコライト防衛隊の連中も、純潔がどうのなんて言ってられる場合じゃないと、理解してる。
この場で納得できてないのはきっと……俺だけだ。

89明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:26:52
「待てよ。確かに接吻を使わずに腐らせ続けるのは合理的じゃない。
 スキルの消費が帝龍にさえバレなければ、『人質』としての接吻の効果も維持できるだろう。
 だけどそれは、ユメミマホロが『みんなのアイドル』じゃなく、誰か一人に傅く戦乙女になるってことだ」

帝龍と、やってることは何も変わらない。
帝龍という脅威を交渉材料にして、マホたんから戦力を接収することに他ならない。

「オタク殿たちは、300人の兵士たちは、マホたんの為に命懸けでここまでアコライトを護ってきたんだ。
 故郷に残した家族の顔も見れず、死んでいった人間だって二桁じゃあ済まねえだろう。なのに……」

結局、俺は自分が唾棄してきたヒューマニズムを、偽善を、捨てることができないらしい。
この期に及んで、言うべきことなんかじゃなかった。それでも、言わずにはいられなかった。

「――アイドルを失っちまったら、彼らは今までなんのために戦って、死んでいったんだ」

アコライトにおけるユメミマホロの存在は、単なる戦地慰問の為のアイドルなんかじゃない。
もっと原義でのアイドル、偶像、崇拝対象として、兵士たちの心の拠り所だった。
『祝福』そのものであるユメミマホロを、俺は彼らから奪うことができない。

>『マホロ・・・君が『戦乙女の接吻』を出し渋って、この中の一人でも・・・
 もし欠けるような事になったら・・・その時は帝龍の後に僕が君を殺すぞ』

ジョンの底冷えがするような声音を、俺は初めて聞いた。
いつも陽気で、俺たちのことを気にかけていて、微笑みを絶やさなかったこいつの――『殺意』。
俺に向けられたものじゃなくても、全身の毛穴が開くのを感じた。

「お前……」

わかったのは、俺がジョン・アデルという人間を、ちっとも理解できてやしなかったって事実だ。
こいつは自衛官で、ヒーローで、マホたんと同じように過酷な環境に『救い』で在り続けた。
この戦いでも、変わらず皆を鼓舞する存在であってくれると、無根拠に信じ切っていた。

だけど……こいつは自分で言ってたじゃねえか。
クーデターのときに、腹の中身を見せてくれたじゃねえか。

>『ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・』
>『僕はね・・・本当は君が思ってるほどいい奴じゃないんだ、自分の事しか考えていないクソ野郎なんだよ』

こいつは俺が思うような聖人君子じゃない。
英雄のガワを被って、偶像を押し付けられて、喘ぎながら、絶望しながら、光を求めて這いずっていた。

アイドルを完璧にこなすユメミマホロに相対して、こいつは一体何を感じたんだ?
俺たちは、こいつが静かに上げる悲鳴を……何度聞き逃してきたんだ?

>「僕はなゆ達を必ず守ると誓おう」

ジョンが守ると誓ったそこに、マホたんはおろかアコライトの全ての者たちが入っていない。
親友になりたいとこいつが言った、俺たちだけを……こいつは誠実に守ろうとしている。
守れもしないのに、何でも守るなんて喧伝して回るのは、ただの不実でしかないのだから。

>「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」

何も言えなくなった俺の代わりに、エンバースが二の句を継いだ。
その両眼の炎は呼吸するように大きくなったり小さくなったり、安定しない。
知ってる。こいつが何か妄念じみたものに頭を支配されるとき、こんな揺れ方をするのだ。

>「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない」

エンバースの語りは、俺たちの反応を待たない。
矢継ぎ早に重ねる言葉は、まるで二人の人間が交互に喋っているかのようだ。

90明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:27:15
>《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。

今から明日の正午までに、300人の兵士を残らずアコライトから撤退させる。
この街は帝龍の軍に包囲されちゃいるが、逃げ場がないわけじゃない。
例えば俺たちが乗ってきた王都からの魔法機関車なら、包囲を突破して王都に戻れるだろう。

偽りの白旗で帝龍を外郭におびき寄せるプランは先程と同じ。
だが、300人の兵士を『本当に』撤退させれば、彼らを死なせることなく戦場から除外できる。
街は蹂躙されるだろうが、これもマホたんを囮に使えばトカゲ軍団の動きをある程度コントロール可能だ。
街を維持するための主要な施設を避けて逃げ回って、被害をなるたけ抑える。

>何より、これなら全てリスクは、ユメミマホロに集約する――文句なしだろ?》

「夜までにマホたんが捕まっちまえば全部が"わや"だ。お前も大概ギャンブラーだぜ」

だけど、300人分の命をチップにするよか良心的なレートだと感じた。
命懸けのリスクを、兵士達よりはるかに強いマホたんに集中させる。
いわばリスクのタンクだ。挑発も完備だしな。

……自分で言ってて驚いた。
俺は大ファンのマホたんよりも、昨日知り合ったばかりのオタク殿たちを優先してる。
そりゃマホたんならそうそう捕まることはないと分かっているけれど、それでも意外だった。

>「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」

次いで、エンバースはなゆたちゃんに水を向ける。

>「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」

「おい……おい、大丈夫か焼死体」

不意に頭を抱えるエンバースは、それでも言葉を続けた。

>「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む」

アポリオンはピンポイントでマホたん以外を狙えない。
こいつは希望的観測ではあるが、アコライトでの膠着状況を見るにまず間違いないだろう。
帝龍には膠着を作りはしても、大量のクリスタルを消費してまでそれを維持し続ける理由がない。
侵食現象でクリスタルの希少価値が高まってるのは、ニブルヘイムも同じだろうからな。

視界さえ防げば、誤爆を恐れて帝龍はアポリオンを使えない。
有視界距離での直接戦闘になるまでカードをプールさせとくのは不安だが、一方的な蹂躙は防げる。

>「肝心要の帝龍の位置に関しては……みのりさんを、ついでにバロールを信じよう。
 結局、失敗した時のリスクは変わらない。敗北が短期的か、長期的かってだけだ。
 モンデンキント、結論はお前に任せる。どのみち、俺のする事は決まってる――」

言うだけ言って、エンバースはそのまま沈黙した。
壁に背を預けて、ずりずりと座り込む。
喋り疲れて寝ちゃうおじいちゃんかよこいつ……。

だけど、こいつのおかげで俺はハラが決まった。
立ち上がって、ジョンの向かいに対峙する。

91明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:27:46
「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
 言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」

そろそろこいつとも、向き合わなきゃならない時が来た。
俺は机をベシっと叩いて、対面のイケメンに注目を促した。

「いいか、お前は何も間違っちゃいない。……何一つとして、間違ったことは言ってねえよ」

兵士の犠牲も、マホたんの接吻消費も、合理的に戦いを進めるなら避けて通れはしない。
何より……巻き込まれた転移者の俺たちには、この世界で命を優先されるべき正当性がある。

「俺だって誰かの犠牲になるなんざ御免だし、世界を救うのだって正直貧乏クジだと今でも思ってる。
 全世界1000万人のプレイヤーから宝くじ未満の確率で事故にあった、俺達は被害者だ」

もっとうまくやれる奴なんでゴマンといるだろう。
強力なスペルやモンスターを駆使して、帝龍なんか余裕でぶっ倒せるSSRが、まだ残ってるはずだ。
この絶望的な不利に、俺たちが必死こいて命かける理由はない。

「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
 自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」

も一度机をべしっと叩き、俺は身を乗り出した。
鍛え込まれたジョンの胸板に、拳を添えた。

「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
 こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」

たとえクリアの可能性が限りなく低くとも。
報酬が激マズで、難易度に見合った対価が得られなくても。
この信念を曲げちまったら、遠からず俺はどこかで折れる。世界なんて救えやしない。

「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
 ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
 だからジョン――」

あるいは、一方的な信頼の押し付けなのかもしれない。
俺を親友にしたいと言った、こいつを良いように扱ってるだけなのかもしれない。
だけど俺は、腹を割ったこいつの覚悟に、応えたかった。

「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

92明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:28:14
それから、とジョンの胸元から離れて防衛隊の面々に向き直る。

「焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか」

ラビリンスミストは戦場に濃霧を滞留させるスペルだ。
帝龍の大軍の端から端まで『戦場』と判定されるなら、迷霧は問題なく発動できるだろう。
クリスタルの消費がとんでもないことになるが、バロールに身銭を切ってもらうしかない。

「もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ」

戦場のど真ん中だから当然魔法機関車は使えない。
馬車だって大掛かりになれば即刻バレるだろう。

隠密性を担保しつつ、迅速に現場で急行できるアシにアテがなけりゃ、作戦は成り立たない。
真ちゃんもウィズリィちゃんも居ない現状、俺たちの機動力は限りなく最底辺だ。

「以上を踏まえて、移動手段が確保できるなら第二案。
 無理そうならすぐにでも兵士達を外郭外に放り出して、第一案の準備をすべきだ」

【ジョンと対立し、兵士を守るプランを強要。
 帝龍の本陣が見つかったとして、戦場を駆け抜ける移動手段にアテはあるの?】

93カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:16:57
>「それが、手品のタネだ。噛むなよ、飲み込むのもナシだ。溢れた酒で溺れたいなら、話は別だが」

「むぐぐぐぐんぎぐぎぐぎがごぐがぎごおごぎがぐ!」
(翻訳:フラグの乱立し過ぎは良くないと思います!)

口に革袋を突っ込まれ口封じをされたカザハは抗議(?)をするが、幸か不幸か皆にはただ呻いているだけにしか聞こえなかった。

>『おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?』

先程の言葉が思い出される。屋上でのナンパは単なる気まぐれではなかったようだ。
エンバースさんは、生前にマホたんとは何らかの関係があったのかもしれない。
そしてエンバースさんは、撤退したと見せかけた上での夜襲を提案した。

>「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

口から革袋を引っこ抜いたカザハは今度は必死に笑いを堪えている。
“総勢三百人を超えるマホたんによる夜這い”がパワーワード過ぎてツボに嵌ったようだ。
それに対し明神さんは、300人も隠れられないし街を蹂躙させるわけにもいかないと言い、
代わりにトカゲ軍団を混乱に陥れることで帝龍をおびき寄せる作戦を提示。

>「問題は焼死体の野郎がサラっと流しやがった正午の定刻アポリオンをどう凌ぐか、だな。
 戦闘が始まれば頑丈な建物なんか都合よく近くにあるとは限らない。
 マホたんのいないエリアを指定して発動されれば仲良くイナゴのお昼ごはんだ」
>「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
 カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
 それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
 トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
 とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」

続いて地球で本職兵士だったジョン君が意見を述べ始めた。

>「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」
>「さっきのなゆとの会話で、帝龍はなんとなく分ったはずだ、なゆが・・・兵士の一人が食われるのを黙って見過ごすことができるような人間じゃないって
 この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」
>「そんな事をしていたら戦闘どころの騒ぎじゃない、ただ守るべき対象が増えただけだ、逆に見捨てる事ができれば相手を大いに混乱させられるかもしれない
 本物のマホロをもしかしたら襲ってしまうかもしれない・・・とね。もし実行できるなら僕はこの作戦を推したいね」
>「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、街はめちゃくちゃになるだろうけど」

「なるほど、誰が襲われても助けると分かってるならこっちが兵士を助けるのに手一杯になるのを狙って撃ってきかねないってことか……」

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:18:05
>「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い。
 兵士達に混ざって僕達も適当に戦えばさらに確立はあがる、カードを使わず、僕達は適当な所で逃げ出せばいい。
 理想は非戦闘員全員を保護、残りを全部戦場に出せれば更に確立はあがるだろうね。」
>「当然この方法取れば犠牲者はでる、だが元々帝龍が来た時には・・・幻影作戦をやらないなら兵士達は邪魔にしかならない
 僕達と帝龍の戦闘は広範囲に攻撃の流れ弾が着弾するだろう、そうなると巻き込んでしまうし、人質に取られるリスクもある」

「ちょ、ちょっと……」

カザハは最初は流石自衛隊員だけあって現実的、といった感じで納得しながら聞いていたが、次第に発言内容が物騒になってきたのを感じ、戸惑っている。

>「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」
>「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

今までのジョン君の若干天然入った爽やか好青年キャラとの落差に、カザハは言葉も出ずにただただ唖然としている。

(モンスター以下の兵士って……)

《まあなんというか飽くまでも戦闘力的な意味で……だと思いますよ》

お人よしな青年といったイメージだったが、やはり自衛隊員。
ひとたび戦争となると一般人とは目線が違うということか――
が、激しい反対に合うのは予想済みだったのだろう、彼は兵士達の犠牲を出来る限り少なくするもう一つの作戦も用意していた。

>「兵士達の犠牲をできる限り減らし、こちらの勝率を上げる方法が一つある」
>「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」
>「どうしても捧げたくないのならそれで構わない、無理強いして、時間を取ってるような暇はないからね」

周囲が一斉にざわめく中、しばらく考えていたカザハが、渋々ながらも賛同の意を示す。

「まあ……例えるなら使わないまま負けたらラストエリクサーを持ったままボスに負けるみたいなもんだよね。
マホたんには悪いけど飽くまでも戦術的なスキルの使用として割り切ってもらうしかないのかな……」

《えぇっ!?》

「……でも相手を自分で選ばせるのは却って残酷だよ――それに、マホたんに拒否権を残すのも。
最終的には自分でキスすることを決めて限られた選択肢の中からとはいえ相手は自分で選んだってことになってしまうんだから。
だから……やるなら“相手も指定されて他に成す術もなく強制された”って形にしなきゃ。
というわけでお勧めは……ポヨリンさんだ。
単純な能力値で言えばここにいる中で一番強いだろうし見た目も人型じゃなくて可愛いマスコットだからマホたんの貞操的な問題も最小限に抑えられる……!」

95カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:19:18
カザハは大真面目な顔で言った。
もしポヨリンさんがスマホから出ていたらポヨリンさんを抱き上げて眼前に掲げ「うおおおおおおおっ!」と叫びながらマホたんに突撃しようとして
私が《待て!早まるな!》と言いながら足払いをかけて転ばせる、という騒動があったことだろう。
そんな一幕があったかはともかく。

>「待てよ。確かに接吻を使わずに腐らせ続けるのは合理的じゃない。
 スキルの消費が帝龍にさえバレなければ、『人質』としての接吻の効果も維持できるだろう。
 だけどそれは、ユメミマホロが『みんなのアイドル』じゃなく、誰か一人に傅く戦乙女になるってことだ」
>「オタク殿たちは、300人の兵士たちは、マホたんの為に命懸けでここまでアコライトを護ってきたんだ。
 故郷に残した家族の顔も見れず、死んでいった人間だって二桁じゃあ済まねえだろう。なのに……」
>「――アイドルを失っちまったら、彼らは今までなんのために戦って、死んでいったんだ」

「明神さん……」

確かにオタク達にとって、思わぬアクシデントでアイドルのキスが不定形生物(スライム)に捧げられました、ではやるせないだろう。
(そもそも本人が使用の意思を持ってキスしなければスキルは発動しないのかもしれないが)
そこでエンバースさんがまた何かを思い付いたようだ。

>「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」
>「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない。
 否定はしないよ……特に、兵士は重要だ。アコライト外郭を守り抜くのは彼らだ。
 俺達は、ずっとここにはいられない。なら……置き去りも見殺しも、後々に響く」
>《第二に、余計なリスクを背負うのは御免だ――当然だな。
 どうせ勝つなら、より完璧で、より合理的であるべきだ》

「……!?」

まるで二つの人格が代わる代わる喋っているような違和感があるが、皆ひとまず作戦を聞くことにしたようだ。

>《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。
 お前が残れば、帝龍に外郭防衛隊は勝算が立たず撤退したと証言出来る。
 助命するという約束は、信じられなかったとも》

>「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」
>「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」
>「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む。
 それに蜥蜴どもの大多数は、俺達が戦場を駆け抜けた事にすら、気付けないだろう――」

二つの人格(?)が一つずつ作戦を提示する。
言い終わると、エンバースさんは力尽きたように気を失ってしまった。

「……大丈夫!?」

カザハが駆け寄って軽く頬を叩いたり揺すったりしてみるが反応が無い。ただの屍のようだ。(屍だけど)
その間に、明神さんはジョン君に宣言する。

96カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:20:15
>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
 ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
 だからジョン――」
>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

なゆたちゃんは分かりやすいいい子なとんでもないお人よしだけど明神さんも大概一見悪い子ぶってるようでとんでもないお人よしである。
カザハは最初はやれやれ、といった感じで苦笑していたが次第に吹っ切れたような笑いに変わる。

「好き好んで最高難易度でクリアーって……最っ高に燃えるじゃん!」

明神さんは気を失ってしまったエンバースさんに代わって、案を煮詰めていく。

>「焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか」
>「もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ」
>「以上を踏まえて、移動手段が確保できるなら第二案。
 無理そうならすぐにでも兵士達を外郭外に放り出して、第一案の準備をすべきだ」

「……魔法機関車!」

カザハは唐突に一見脈絡のない単語を叫んだ。

《いくら霧で覆ってもそんなでかいのが地面走ってたらすぐバレるし……》

「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」

スペルカードの効果の一部分を読み上げるカザハ。

《機関車ですよ!? いくらなんでも……。
いや待てよ? 確かに重量○kg以内という但し書きは無いし
乗り物だからオタクを全員中に乗り込ませてしまえば魔法機関車という一つの物とみなされる……!?》

仮に理論上可能にしても、クリスタルを湯水のごとくどころではなく消費するので、実質は不可能だろう。
そう……通常ならば。バロールさんというATMもとい後ろ盾がある今なら、出来る可能性が無くはない……のか?
何にせよ意見は出尽くし、マホたんとなゆたちゃんの結論を待つ流れとなった。

97崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:58:35
ジョンの告げる非情な作戦に、食堂は騒然となった。
特に、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ誰かに使え――という提案に、マホロは暗い表情で奥歯を噛みしめる。
帝龍はマホロを狙っている。ブレモンきってのステイタスである彼女の唇を。
それを。戦いのために捨てろと言うのだ。

>うおおおおおおおっ!

何を思ったか、カザハが突然なゆたの傍にいたポヨリンを担ぎ上げ、雄叫びをあげてマホロに突撃しようとした。
その狙いは明らかだ。マホロの接吻をポヨリンに与えようというのだろう――が。

『…………ぽよっ!!』

ポヨリンは憤怒の表情を浮かべると、カザハに向かって渾身の頭突きを繰り出した。至近距離のカザハに避ける術はあるまい。
ゴギンッ!!という音が鳴り響き、カザハの顔面にポヨリンの額が炸裂する。カザハの頭上に『CRITICAL!』という表示が出る。
カザハからぴょんと飛び降りると、ポヨリンはすぐになゆたの許に戻った。
なゆたも両手を広げてポヨリンを迎え、胸に抱きしめる。
ポヨリンはなゆたに抱きしめられながら、カザハへ向かって非難がましい声をあげた。

『ぽよっぷぅ〜! ぽよっぽよよっ! ぷぅぷぅ!』

「カザハ、減点10。
 ポヨリンにキスしていいのはわたしだけ! わたしがポヨリンの恋人なんだから!
 あなたのやろうとしたことは、マホたんにも。ポヨリンにも。わたしにも。そして兵士のみんなにも失礼なこと。
 どんな有効な作戦だって、人の心をないがしろにすることは絶対にやっちゃいけないんだ」 

そう。カザハのやろうとしたことは、誰の心をも踏みにじる行為だ。
ただただ効率とか、目的だとかのために、皆の心を無視した蛮行だ。
例え冗談のような行動であっても、いや、冗談めかしているからこそ、なゆたにはそれを承服することはできなかった。
同様に。ジョンの提案もまた、なゆたには到底肯定できるものではない。
一見有効なようなその作戦は、持たざる者の立場に立っていない。
それは持ちうる者の感覚に基づいた提案だった。自分がもし、持たざる者の立場だったなら。見捨てられる兵士の側だったなら。
帝龍の提示した条件が『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』でなく、守ると誓ったなゆたたちの命だったなら。
最愛の部長と引き換えに兵士たちを助ける、などという内容であったなら――
彼は、今ほど冷徹な判断が下せただろうか?

「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」

その後も作戦会議は続いた。
明神がジョンに食って掛かり、エンバースが新たな作戦を提示して力尽き、多くの作戦が浮かんでは消える。
そして、あらかたの議論が出尽くした末に。
その総括をすべく、なゆたは荘重に口を開いた。

「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」

一同を見渡し、そう問うてみる。

「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
 じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
 ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」

なゆたは噛んで含めるように皆に対して告げる。
抱いていたポヨリンをそっと下ろし、長机に手をついて、パーティーの仲間たちひとりひとりに語り掛けてゆく。

「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
 ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
 その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
 それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
 わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」

静かに、しかし決然とした様子で、なゆたは言葉を紡ぐ。

98崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:58:51
「このアコライト外郭も同じ。わたしたちが守るべきなのは、城壁じゃない。街じゃない。
 外郭に住むマホたん。兵士のみんな。その全員を守ることが、アコライト外郭防衛っていうことなんだよ」

城壁を守り切ったところで、兵士たちが死んでしまえば何の意味もない。
城壁を築くのも、それを維持してゆくのも、すべて兵士たち。
この場所に存在する者たちの働きなしには、アコライト外郭は立ち行かないのだから。

「わたしたちの目的を間違えないで。
 わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
 みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
 サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
 わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

ただ戦いに勝つだけなら。敵を殺すだけなら。ゲーマーが召喚される必要はない。
軍人なり傭兵なり、地球にはもっと実際の戦闘に熟達した人間がいる。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が選ばれる理由はない。
しかし、この世界は召喚する対象に殺しや戦いとは無縁の一般人ゲームプレイヤーたちを選別した。
そこには、何か理由があるはず。決して無作為に抽出されただけではないはず。
自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけができる、世界の救い方があるはず――。
なゆたは、そう信じた。

「ということで、わたしも明神さんに賛成。……そして、ついでだからここで宣言しておくね」

フォーラムでは対立し、アルフヘイムでもつい先日熾烈な戦いを繰り広げたが、なゆたは自分と明神が似た者だと思っている。
つまり、ゲームというものに対する姿勢が、である。
畢竟、明神も自分も筋金入りのゲーマーということだ。

「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
 わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
 この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」

敵である帝龍やミハエル達。ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちも、殺す気はないという。

「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
 それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
 カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
 敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
 そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」

自分の信念を迷いなく告げると、なゆたは束の間目を閉じて、ふー……と息を吐いた。
それから、一拍の間を置いてまた目を開く。

「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
 自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
 『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!」

自分たちはもちろん、防衛隊の兵士たちも。帝龍さえも殺さずに、すべてを丸く収める方法。
そんな戦法が、果たして存在するのだろうか?

>焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか

明神がエンバースの提案に対していくつかの懸念を示す。
今まで出た意見の中で、自分たちにできそうで帝龍に最もダメージを与えられそうなのはその作戦だろう。
すなわち、この城塞を出て打って出る――古来より、寡兵が大軍に勝つには奇襲しかないのである。

99崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:59:03
>もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ

「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
 クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
 なぜなら――わたしたちには、これがあるから」

そう言って、なゆたは全員に見えるように右手の甲を上げてみせた。
その薬指には、輝く魔石の嵌った指輪がひとつ。そう――

『ローウェルの指輪』。

この、ありとあらゆるスペルを爆発的に強化させる伝説の超レアアイテムならば、『迷霧(ラビリンスミスト)』を超強化できる。
あくまでバフなので、大量のクリスタルも消費しない。まさにうってつけのアイテムであろう。
指輪の力によって、霧そのものの濃さも通常とは比較にならないものになるはず。トカゲたちには対処できまい。
なゆたは薬指からローウェルの指輪を抜くと、それを明神へ放り投げた。

「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。
 次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」

《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
 どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》

スマホを介して食堂の様子を聞いていたらしいみのりが、すぐに返答してくる。
みのりは『どうにかする』と言った。みのりがそう言うときは、必ず『どうにかなる』。
それは、彼女の相棒である明神が一番よく知っているだろう。
これで三つの問題のうちふたつは解消された。残るは、あとひとつ。

>……魔法機関車!

カザハが待ってました、とばかりに声をあげる。
確かに、魔法機関車なら車両に300人の兵士たちを乗せて進める。使用できるならそれが一番効果的であろう。
しかし原則的に機関車とは線路がなければ走れないものだ。
もちろん、敵本陣を見つけてから悠長にレールを敷設している時間などない。

>『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
 地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!

またカザハが言う。だが、スペルカード一枚で超重量の機関車を丸ごと空に浮かべることなどできるのだろうか?
ローウェルの指輪を使って『自由の翼(フライト)』に超バフを掛ければ可能だろうが、指輪は迷霧の発動で予約済みだ。
ただ、クリスタルを余分に消費して強化を施せば、ローウェルの指輪ほどではないにしても効果はあるかもしれない。
と、思ったが。

《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
 先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
 アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》

みのりと入れ替わるように、スマホからバロールの悲鳴が聞こえてきた。
言うまでもなく、侵食によってこの世界のクリスタル残量は減少の一途を辿っている。
ここで惜しみなくクリスタルを遣い、アコライト外郭を守り切ったとしても、後々の戦いでガス欠になっては元も子もない。
なゆたたちは出立する時に支給されたクリスタルで何とかするしかないのだ。
ならば、やはり魔法機関車は使えないのか?
……しかし。

《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》

何を思ったのか、スマホ越しにバロールは何やら考え事を始めた。
そして。

《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》

なゆたたちアコライト勢そっちのけで自賛している。
が、魔法機関車を浮かべて敵本陣に乗り込むという作戦は可能らしい。

100崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:13
《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
 見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
 魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》

「……わかった。みんなもいい?
 みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する。
 全員で魔法機関車に乗り込み、敵本陣まで一直線。
 『幻影(ミラージュ・プリズム)』で全員がマホたんの姿になって、敵陣を攪乱。
 帝龍を拘束して一気に勝負を決める――ってことで」

なゆたが全員を見遣る。

「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
 あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」

なゆたに次いで、マホロが提案する。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』にして、ブレモンの歌姫の本領発揮だ。
各種の歌はフレンドやプレイヤーの数に応じて倍率が上昇する。
マホロは地球でも大旅団を編成し、それで並みいるレイド級モンスターたちを狩りまくっていた。
300人の聴衆がいれば、その上昇倍率たるや相当なものになるだろう。やはり、兵士たちは作戦成功に必要不可欠な存在なのだ。
歌を歌うことで本物のマホロが見破られるかもしれない、という懸念に対しては、他の何人かが口パクで対応すればいい。
混乱した戦場の中では、本当に歌っているのか口パクなのかを瞬時に判断することは難しいだろう。
そして、一瞬だけでも惑わせてしまえば、身を隠してしまうことは容易だ。

「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

「ええ。了解」

300人マホロ大行進作戦によって、敵味方の区別をつけることは簡単である。マホロ以外は全員敵なのだから。
兵士たちは徹底的に敵本陣をかき乱す、それだけでいい。戦闘をする必要はないのだ。
帝龍は『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用できず、トカゲたちも本陣では思うように暴れられまい。
その間に帝龍本人を見つけ出し、なゆた、エンバース、カザハの三人で拘束する。
一度きりの奇襲だ。それに、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はすべてを賭ける。

「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
 無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
 危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

もしもこの戦いに勝てたとしても、甚大な被害と引き換えに――ということでは何も意味がない。
全員が生き残ること。それが大前提なのだ。
もちろん、全員が全員命惜しさに作戦を放棄して逃走に及べば、せっかくの機会を不意にすることになる。
だから――

――危険を冒すのは、わたしと。エンバースだけでいい。

なゆたはそう腹を括っていた。
指揮官であるなゆたが安全を最優先していては、それこそ作戦の成功など覚束ない。
だから、なゆたは先陣を切る。いの一番に、矢のように帝龍を目指す。
そして――エンバースはそんななゆたを守るだろう。なゆたはエンバースに守ってと言い、エンバースはなゆたを守ると言った。
誓いは果たされるだろう。なゆたはエンバースを信じている。だから、無理ができる。命を刃の前に晒して突き進める。
カザハは自分とエンバースに万一のことがあった場合の伝令役だ。
もし万一、自分たちに予想外のことが起こり、作戦が失敗するようなことがあったら。
カザハにはすぐさまその情報を後方の明神とジョンに伝えてもらわなければならない。
その際明神はサブリーダーとして、生き残った兵士たちを纏めて魔法機関車で退却する指揮を執ることになるだろう。

「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

ぱん、と一度大きく手を叩くと、なゆたは作戦会議を終了させた。
夕刻になり、マホロと一緒にまた料理を作る。トカゲを調理した晩餐を食べると、やがて夜が更けた。


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