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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章
1
:
◆POYO/UwNZg
:2019/09/24(火) 22:17:16
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
========================
ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
========================
296
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:39:00
「「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」」
二人の声が見事に声が重なる。
もともと似姿として作られた存在だからか、捕獲《キャプチャー》の影響か、
ずっと一緒の体に入っていたからか、あるいはその全部か――
カザハとガザーヴァは息がぴったりというレベルを遥かに超えて、魂がシンクロしていた。
>「バ……、バカな……。
バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」
「うりゃあああああああああ! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」
カザハは残った最後の攻撃スペルを乗せて、疾風纏うランスの一撃を叩きこむ。
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
中枢神経に致命打を与えた私達は、一瞬で飛び上がって離脱。
ヒット&アウェイは私の得意とするところだ。
>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」
「やった……!」
アジ・ダハーカが崩壊していく。
地面に墜落していった帝龍をゴッドポヨリンさんが受け止めるのが見えた。
私が地面に降り立つと、カザハはスマホから癒しの旋風《ヒールウィンド》のカードを取り出して、明神さんに手渡した。
味方全員をまとめて回復するスペルだ。
もはやスペルカード一枚発動する精神力すら残っていないということらしい。
レイド級を使役しながら自らも突撃するという無茶をしたのだ。無理もない。
「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
ボクはちょっと……疲れた……」
カザハはそう呟くと、気を失うように私にくたりと身体を預けた。
297
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:47:41
>「……れよ」
突き付けたスマホの捕獲ボタンを押す、その刹那。
ガザーヴァは俯きながら呟いた。
溢れるような言葉はやがて、気炎めいた叫びへと変わる。
>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」
「任せとけ、責任取んのは得意なんだ。……俺は、大人だからよ」
絶望のままに朽ちゆこうとしていたガザーヴァを、俺はもう一度この世界に引きずり出した。
こいつの気持ちなんかぴくちり考慮することなく。有り体に言えば、大人の事情で。
だったら、大人らしく……責任くらい、取らねえとな。
捕獲ビームがカザハ君の肉体に絡みつき、そこから黒いモヤだけを抽出する。
バルログの時のような抵抗を感じることはなく、すんなりとガザーヴァはスマホに収まった。
>『ボクを召喚しろ! 早く!!』
『捕獲完了』が表示されたスマホから、ガザーヴァの声が響く。
促されるままに俺は召喚画面に切り替え、ボタンをタップした。
これ他人のスマホだし他人のアカウントだけどよ。せっかくだから叫ばせてもらうぜ。
「サモン――ガザーヴァ!」
応じるように捕獲されたてのモヤがスマホから噴出。
形なんてなくて、なんとなくの輪郭でしか判別出来ないが、俺には分かる。
紛れもなくこいつはガザーヴァだ。
そして、形は――器は。これから獲得する。
>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」
ボケっとことの成り行きを見守っていたバロールが心底愉快そうに答える。
空間に亀裂が入り、ペっと吐き出されたのは――傷一つない黒甲冑。
まるでそこに在るのが当然だとでも言うみたいに、ガザーヴァのモヤが吸い込まれていく。
来た。来た来た来た来た来た――!!
>「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」
漆黒の面頬に、赤き意志の光がふたつ。
魂を宿した鋼の躯体は、凱歌を叫ぶかのように咆哮する。
忘れもしない。何度も何度も画面越しに戦いを繰り広げてきた、不倶戴天のライバル。
絶望と、執着と、呪いと――奇跡が捻じ曲げてしまった、ひとつの魂のあるべき姿。
幻魔将軍ガザーヴァは、今ここに、失った全てを取り戻した。
「へへ……」
腹の底がビリビリ震えるのが分かった。背筋を熱いものが駆け抜けていく。
俺はずっと、この姿が見たかったんだ。
「これ以上、言葉なんか要らねえな。行って来いガザーヴァ!お前はもう、自由だ」
298
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:48:13
>「ガーゴイル!」
同じように肉体を取り戻したダークユニサスが駆けつけ、ガザーヴァを背に乗せる。
完全復活だ。魔馬一体、在りし日の姿そのままに、幻魔将軍は空を翔ける。
>「明神さん……もう、あんな無茶して!
上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」
気付けば意識を取り戻したらしきカザハ君が隣に居た。
カケル君も一緒だ。つまりはこっちも……完全復活だ。
「うっせ。一人で自爆かましに行ったお前が言うんじゃねーよ!
分の悪い賭けに出たのは、俺もお前も互い様だぜ」
>「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
……って話は後だ! スマホを!」
「……悪かったよ。アコライト来てから色々ありすぎた。俺も情緒がだいぶバグってんだ。
ほらよ、お前も行ってこい。妹ちゃんにばっか良いカッコさせんなよ」
スマホを手渡すと、カザハ君はカケル君と共に離陸する。
ガザーヴァの後を追って、飛び立った。
>「幻魔将軍だと……!?」
二人と二匹の吶喊する先を目で追えば、帝龍が息も絶え絶えになりながら驚愕していた。
アジ・ダカーハはその巨体をズタズタに引き裂かれ、首に至っては一本失っている。
何が起きたのか――誰がこれをやったのか、見ていなくたって俺にはわかった。
ジョン。エンバース。マホたんが命がけで開いた活路を、お前らが繋いだんだな。
>「バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?」
だが、次いで帝龍が口にした言葉に引っかかるものがあった。
――継承者?十二階梯か?なんでそいつらの名前が今出てくる。
継承者はアルフヘイム側の戦力のはずだ。帝龍にとっては明確に敵。
だけどあいつの口ぶりはまるで、継承者から助言を受けていたかのような――
>「くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」
脇道に逸れた思考は、帝龍の叫びに寸断された。
ジョンが首一本をぶった切り、エンバースが臓腑を蹂躙したアジ・ダカーハも、
その驚異的な再生能力によって回復しつつある。
交渉に時間をかけすぎた。スタンから復帰すれば、あの超威力のブレスがもう一度来る!
だけど、絶望的な状況とは裏腹に、俺は全然焦ってなんかいなかった。
何故なら。今の俺達には、ガザーヴァが居る。
>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」
>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」
「忘れてんじゃねえだろうな帝龍!お前もこいつにゃ苦労したはずだろうが!」
――ガザーヴァの持つクソカスイライラうんちっち寿命マッハスキルがひとつ。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。
デバフのカウントをリセットするこのスキルは、事実上デバフの効果時間を二倍に延長する。
299
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:49:14
これがまぁデバフ主体のガザーヴァの戦闘スタイルとアホほど相性がよくて、
対策せずに挑めばストレスでスマホへし折る羽目になること請け合いのクソゲーメーカーだ。
スタンだの麻痺だのを延長された日には、何も出来ないままタコ殴りにされる。
ああああ思い出しムカつきで血尿が出るぅぅぅぅぅ!!!
だけどやっぱ、これが幻魔将軍ガザーヴァだ!
この開発の悪意を煮詰めたような反吐の出るスキル構成!
こっちの行動ガチガチに縛りつつ煽り交えて全体攻撃かましてくる超絶的な鬱陶しさ!
公式フォーラムですら擁護意見が一切出なかったクソオブクソの面目躍如だ!
たまんねえな!今すげえブレモンやってるって感じするわ!
やっぱブレモンってクソゲーなのでは!?
とか言ってるうちに不毛の荒野だった戦場が緑の絨毯みたいな草原に変わる。
カザハ君のフィールドカードだ。空中で2つの影が合流する。
>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
対峙するカザハ君とガザーヴァ。
二人がこうして向かい合うのは、多分この世界ではこれが初めてだ。
きっと思うところは山程あって、ガザーヴァは忌々しげにカザハ君を見遣る。
>「お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」
>「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」
二人のやり取りは、絶対今そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。
それでも、ここで交わさなければならない言葉だ。
こいつらが、お互いに一物抱えながらでも、手を取り合って前に進んでいくために。
>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」
>「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」
「俺も混ぜろよガザーヴァ。俺達とお前の因縁は、再会したらそれで終わりの軽いもんじゃねえだろ。
今度こそ、全力で闘ろう。バロールなんか放っといて、ブレイブと幻魔将軍の戦いをやり直そうぜ」
バロールに切り捨てられて、尻切れトンボに終わっちまったゲームの中の死闘。
そいつを最後までやりきって、初めてブレモンを取り戻したって言える。
>「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」
「要らねえ備えだな。お前とガザーヴァが組んだなら――そいつは無敵だ。そうだろ?」
>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」
そして、白と黒の光は流星と化した。
げに恐るべきは帝龍のド根性、アジ・ダカーハのスタン復帰が間に合った。
猛る咆哮、放たれるブレス。二色の流星と、煉獄の火炎が激突する!
300
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:49:44
>「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」
ブレスの勢いが目に見えて衰えているのは、アジ公のダメージが回復しきってないからだろう。
ジョンとエンバース、そしてマホたんが与えた痛打は、超レイドの巨躯すら機能不全に陥らせた。
ツイストする流星はブレスを容易く切り裂き、中枢神経へと直撃する。
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
――貫いた。ぶつかり合って、色が弾けた。
白と黒の稲光はアジ・ダカーハの巨体を縦横無尽に這い回り、切り裂き、破壊する。
傷口から光が溢れ出て、まるでトランプタワーが瓦解するように、巨竜が崩壊していく。
ブレイブ&モンスターズにおいて、プレイヤーが持ちうる最強最大の戦力。
レイド級が百体束になってもおよそ比肩し得ない、究極の存在。
――超レイド級、アジ・ダカーハ。
タイラントのような不完全な状態でも、ミドガルズオルムのような供給途絶でもなく。
完全体の超レイド級が、崩れ落ちていく。
俺達が、打倒した。
支えを失った帝龍が墜落していく。
ポヨリンさんがその落下地点で待ち構えて、身柄を確保した。
これで終わりだ。煌帝龍の制圧、アコライト防衛戦の勝利条件は、満たされた。
>「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
ボクはちょっと……疲れた……」
隣にふわりと降りてきたカケル君の背で、呻くようにカザハ君が呟く。
差し出されたカードは『癒しの旋風』、全体回復のスペルだ。
「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」
カケル君と連れ立ってなゆたちゃん達のもとへ合流する。
「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」
エンバースは元の姿をほとんど残していなかった。
白の甲冑姿。何度かスマホから顔出してた、こいつのパートナーを彷彿とさせる姿。
元の焼け焦げた死体は、大部分が鎧に置換されている。
イメチェンにしたって面影ぴくちり残ってねえのはどうかと思いますよ俺は。
もう別キャラじゃんこれ。むしろ俺よくこいつが焼死体だってわかったな。
ひび割れたスマホくらいしか共通点がない。
「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」
カザハ君から受け取った回復スペルを行使しつつ、ジョンに呼びかける。
アジ・ダカーハの首が一本吹っ飛んでたのは、多分こいつの仕業だ。
手元にある巨大な剣。バルゴスの大剣より遥かに大きなそれは、どう考えても人間の振るう武器じゃない。
301
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:52:00
……どういうフィジカルしてたらあんな鉄塊でドラゴンの首落とせるんだよ。
モンスターよりよっぽど化け物じゃねえか。
モンスターが半数占めるこのパーティで言うのもなんだけどよ。
「そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……」
自分自身に言い聞かせるように、俺はもう一度呟いた。
声が震えて、口の中はカラカラで、うまく喋れなかった。
アジ・ダカーハは討滅しおおせたが、こちらの損害も軽微とは言えなかった。
ジョンは相変わらずズタズタのボロボロだし、カザハ君はヘトヘトで人事不省。
エンバースに至っては何が何やら意味不明な状態と来た。
なにより。
朝、アコライト外郭を発った時には確かに傍にあったものがひとつ、欠落していた。
――ユメミマホロ。その笑顔を見ることは、もう二度とない。
臨戦状態の興奮で無理やり押し込めていた現実が、絶望が、後を追うように襲ってきた。
マホたんの判断は正しかった。彼女が身を投じたおかげで、俺達もオタク殿たちも生き残ることができた。
ユメミマホロは、自分が守りたかったものを、確かに護り切ったのだ。
握りっぱなしだった手を開く。
マホたんの羽、その感触を確かめるように、もう一度握り直した。
目を瞑れば、今だって彼女の最期を鮮明に思い出せる。
「クソっ……たれ……」
もっと、気の利いた言葉があったと思う。
マホたんの死を悼んで、それでも前へ進むために、皆を鼓舞するようなセリフは山程思い付いた。
それでも口から出たのは、知性の欠片も感じられない感傷。
それ以上、何も言う気にはなれなかった。
「……帰ろうぜ、アコライトに。マホたんが命がけで守った全部を、確かめに行こう」
どの道ずっとこの場でお通夜はしてられない。
帝龍がミハエルみたくニブルヘイムに回収される前に、城壁内で拘束し直さなきゃならない。
尋問も反省会も、それからだ。
「なんなら帝龍のスマホのロック割って、アジ・ダカーハをこっちの戦力にできるかも知れねえ。
バロール、帰りの足は――」
その時、不意に背筋を悪寒が走った。
第六感的なものではなくて、何かが高速で飛来する風切り音が聞こえたからだ。
302
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:56:22
とっさに身構えた俺の隣を、何かが擦過していった。
辛うじて目で追えたのは、燐光を帯びた矢のようなもの。
それは帝龍のスマホを刺し貫き、地面へと縫い止める。
「なっ……!?」
スマホを貫通した矢は、やがて光の粒に分解されて消えた。
あとに残ったのは、大穴空いて機能を停止したスマホ。
「スマホを破壊しやがった――?」
ブレイブのスマホは、地球のそれよりも遥かに頑丈に出来ている。
落とそうが投げてぶつけようがそうそう壊れはしないし、水没しても影響はない。
エンバースのスマホは画面こそバキバキだが、機能自体はちゃんと動いてる。
そのスマホを、こうも容易く貫通した、出どころ不明の矢。
どうなってやがる。魔力が切れたら防護機能も働かないってことか?
いや、それよりも。そんなことよりも!
撃ち込まれた矢は、物理的なものじゃない。
魔力を矢状に固めて撃ち放つ、攻撃魔法の類だ。
そして俺は知っている。
音律を矢として放つ、音速の魔法武器を。
この見通しの良い戦場で、見えないような距離からスマホを射抜く、超絶技巧の射手の存在を。
「こいつは、狼咆琴(ブラックロア)……!
そうか、カテ公が死んでねえなら、あいつも生きてておかしくねえよな……!」
――十二階梯の継承者、第十階梯"詩学の"マリスエリス。
音律を矢に変える『狼咆琴』で千里先の敵も撃ち抜く、吟遊のスナイパー。
ゲーム本編ではバロールによるキングヒル強襲の際に、エカテリーナと共に死んだNPCだ。
カテ公が生きてリバティウムを彷徨いてたように、マリスエリスもまた、この時間軸では生きている。
だけど何だって、顔も見せようとしない?筆頭のバロールがすぐ傍に居るってのに。
マリスエリスの加勢があったら、この戦いだってもっと楽にことを運べただろうに。
>『バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』
忘れ去ってた帝龍の言葉が、今更脳裏に蘇る。
あの時の帝龍の言い草は、まるで継承者が味方についているかのようだった。
スマホを狙撃したのも、『鹵獲の防止』――つまりは俺達に対する妨害工作ととることもできる。
「どういうことだ、バロール」
『導きの指鎖』で第二撃を警戒しつつ、俺は筆頭弟子に問い質した。
「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」
【アコライトへの帰還を提案。エリにゃんの狙撃についてバロールに詰問】
303
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:46:31
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」
>「やった……!」
「お帰り・・・カザハ」
アジダハーカは光となり霧散する。
それは、カザハが、みんなが勝ったなによりの証明であった。
「はあああ〜〜〜〜」
その場に倒れこむ。
スキルでブーストしたといっても一人の人間である僕がレイド級であるアジダハーカの首を一本切り落としたのだ。
無傷というわけにはいかなかった、全身に激痛が走る。
(だがこれで済むなら代償としては安い物だな・・・)
「やっぱり我ら!後方で待機などできませぬ!マホロちゃんが戦ったのに我らだけ逃げるなんて・・・」
「あはは・・・もう終わったよ・・・帝龍は倒したんだ」
決死の覚悟で戻ってきた兵士達に帝龍を倒した事を告げる
「そう・・・でござるか・・・」
上半身を起こし、周りを見渡す。
そこにいる全員・・・勝利の歓喜に沸くでもなく・・・静かに戦闘処理をしていた
>「クソっ……たれ……」
マホロは死んだ・・・未来を守るために、みんなを守るために。
この場にいる全員が覚悟していた。だれかを失う事を・・・自分が死ぬ事を。
だからこそ泣き言を言わずに帰還の準備をしている・・・泣きたい衝動を抑えながら。
自分以上にマホロがそれを望まないと分かっているから。
「余計な事しかしないな・・・ユメミマホロ・・・」
わかっているとも。マホロがいなかったらこの戦いがどうなっていたかわからなかった。
だからこそマホロは自分の役割を全うしただけなのだから。
みんな悲しんでいる・・・言葉に出さないだけで表情みれば一目瞭然だ。
だけど僕は・・・ついこの間まで喋っていた相手が死んだというのになにも感情が沸いて来ない。
僕は・・・
304
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:46:47
「――っ!?」
帰還の準備を手伝おうと踏み出した瞬間・・・気配を感じた。
気配を隠そうとせずこちらを見ている者がいる・・・?一人・・・?
だが残念だったな・・・僕はモンスターより対人間のほうが圧倒的に得意なんだ。
お前らの失敗はブレイブは対モンスター特化集団だと思っている事だ・・・!
なにかしてくる前に制圧してやる・・・そう思って一歩を踏み出した瞬間。
「あ・・・あ・・・?」
地面に顔から思いっきり倒れる、足に力が入らない。
手を使い体だけでも起こそうと試みる。
だめだ・・・意識が朦朧してきやがった・・・。
一体どうなってるんだ・・・?
その時大きい気配の横からまた別の気配を感じ取る。
もう一人だと・・・くそ・・・最初からいたのか・・・それとも・・・。
だめだ思考が纏らない・・・。
ヒュン!と風切り音が聞こえた次の瞬間なにかが壊れるような音がする。
>「スマホを破壊しやがった――?」
すまほ・・・?すまほ・・・がこわれた・・・
はやく追撃に備えて準備しなくては。
「血が・・・」
僕の手が血で塗れていた。手じゃない、顔から鼻から口から血が大量に流れていた。
その時理解した・・・これが・・・力の代償だと。
視界が紅く歪む。不思議と痛いという感覚はなかった。
みんなに別れも伝えてないのに・・・このまま死ぬのか・・・?
305
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:47:04
あら・・・あなたにしては随分と諦めが早いんじゃない?もっと苦しんでくれないと困るんだけど
紅く歪んだ世界に現れたのは一人の少女。
全身傷だらけで手は人間ではありえない方向に曲がり、足に至っては骨が外に出ている。
そして首に刃物で切られたような跡。
どうやって立っているのかさえわからない少女がこちらを見下していた。
私の事忘れた?
忘れるわけないだろう・・・。
「なぜだ・・・!なぜだ!君がいる!なんでここにいる!?」
今自分に起こっている状況が理解できず叫ぶ。
「おかしいだろ!君はなぜここにいる!?」
得体の知れない2人に狙われている状況など頭のどこかへ置き去りにし、目の前にいる少女に向かって叫ぶ。
私は・・・そうね・・・本来私は姿を表せないわ・・・だって
「くるな!こないでくれ!くるな!」
少女が近づいてくる。
僕はひたすら逃げる。
這いずりながら・・・痛みなんてそんな事気にしていられない。
彼女から逃げなくては・・・!
「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」
どの方向に逃げても少女は必ず僕の前に佇んでいた。
無表情で、僕を見ているのに見ていない・・・そんな雰囲気を纏ながら
彼女の首は通常ならば喋れないほどに切られている。
それなのに僕に話しかけてきている。
全身から血を流しながら・・・僕を見下しながら・・・。
十年以上も前の事だから・・・私の事・・・忘れた?
僕がしっている彼女はこんなに理性的に喋るタイプではなかった。
それどころか僕の記憶より成長しているようにもみえる。
嘘だ・・・こんな事ありえない・・・
「忘れるわけないだろう!・・・だって君は・・・」
「だって君は僕が したんだから」
殺
だって私は君に されたのだから
306
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:47:24
>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」
>「くるな!こないでくれ!くるな!」
「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」
ジョンの叫び声が木霊する。
「うーん・・・やっぱり、か」
バロールは這いずりながら叫ぶジョンに近づいていく。
>「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」
ジョンはひたすら虚空に向けて叫び続ける。
見えないなにかから逃げているように見える。
「ジョン君。僕の声が聞こえるかい?もしもーし?・・・うん!聞こえてないね!これは結構重症だなぁ」
出血自体はコトカリスの能力で治り始めてるいるが一向にジョンの怯え、叫びは止まらない。
「といっても私がジョン君にして上げれることは現状なさそうだし・・・」
バロールはそうだ!と手を叩き
他のブレイブ達に説明をし始めた。
「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」
「簡単に説明するならデメリットがある身体強化スキル・・・という所かな」
ジョンに残った力で回復と睡眠を促す魔法を掛けながらバロールは言葉を続ける。
「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」
赤いオーラを纏ってるのを見てもしかしたらとは思ってはいたんだけど。とバロールは言う
「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」
ジョン君ほど鍛えてなかったらあれほどの力を行使したのに
血を吐くだけで済むなんてありえないけどね。と付け加える
「なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ
「それと習得条件の難しさ、厳しさも君達が知らない理由の一つだろうね・・・
このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」
「人を・・・殺した事があるかどうか」
「だから相手が切り札として出してくるならともかくこっちからでると思わなかったよ」
「習得条件の一つが人殺しだという事はわかっているんだが・・・条件を限りなく似せても習得できない場合もあるし
そもそもその条件全部を把握できていない・・・なんせ自動習得するタイプはそれだけでレア中のレアスキルだからね
分かっている事はこのスキルを習得して使った者は碌な死に方をしないって事だけさ」
とある兵士は精神的な苦に負け自害した。
別の人間は肉体のダメージが致命的で、まるで破裂するように体がはじけ飛び命を失った。
さらに違う人間は何かに取り付かれたように戦場で死体の山を築き、その上で自分もまた、死体の一人になった。
「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」
307
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:47:41
「残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
・・・もう既に手遅れかもしれないけれど」
「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」
「さて・・・そろそろ放置しておくと暴れだす可能性があるね、兵士達!ジョン君を拘束して!」
ある程度回復したとはいえアジダハーカと戦闘して、疲労していてジョンはあっけなく拘束された。
それでも正常な状態ならば拘束できなかったかもしれない。
だが今のジョンは一種の錯乱状態にある、急激に落ち着いたり激昂を繰り返していた。
「仕方なかったんだ・・・仕方なかったんだよ・・・」
「拘束完了しました!」
ジョンは兵士達の手によって鎖でガチガチに固められていた。
「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」
肉体的なダメージならともかく精神的なダメージは防ぎようがない。
「あれが最善だった・・・僕は・・・」
「ニャー・・・」
ぐったりとした後にジョンは動かなくなる。
「回復と一緒に睡眠も掛けたけどやっと寝たか・・・とりあえず一安心かな?」
ジョンにしか見えない幻覚の少女は無表情のまま・・・ジョンを見下ろすのだった。
【ジョン君スキルのデメリットでご乱心】
【ジョン君気絶(睡眠)中】
308
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/05(木) 06:39:51
【ジャンクション・ポイント(Ⅰ)】
『ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』
「……耐えたか」
『……ま……だ……! まだ、だ……!
俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!』
「なら、通帳の預金残高で勝敗が決まるゲームを作るべきだったな」
『あと……1ターン……!』
「そうだ。それがお前に残された時間だ」
『あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――』
「俺達がBOTにでも見えてるのか?悪いが、ここは中国じゃない」
燃え尽きる寸前の焼死体の肉体/纏う未練の炎が一際激しく燃え上がる。
遺灰が舞う/風が渦巻く/熱が籠もる――火災旋風が、再び産声を上げる。
「あと1ターンもあれば、そいつにトドメを刺すには十分――」
振り翳される魔剣――だが不意に、焼死体の動きが止まった。
より正確には――焼死体の動作を補助する、フラウの動きが。
「……何のつもりだ、フラウ」
返答はない――白の甲冑はただ魔剣を下ろし、その場に跪く。
「何をしている、フラウ!追撃しろ!今を逃せば、もう勝機は――!」
〈――いいえ、それは出来ません。あなたが死んでしまいます〉
「死んでしまう?馬鹿言え、俺はもう死んでるじゃないか。
なあ、つまらない冗談を言っている場合じゃないだろ」
返答はない――焼死体が呻き/藻掻く/だが何も出来ない。
残された肉体は左腕と、半分に欠けた頭部のみ。
スマホを操作する事も出来ない。
〈絶対に、嫌です。あなたを死なせはしない〉
硬く、鋭い、刃のような返答――純白の右手が、漆黒の左腕を抱く。
〈私を、二度も主を死なせた騎士にしてくれるな〉
「……代わりに俺が、二度も仲間を死なせた男になるのか?」
〈――いいえ。あなたは、矛盾している。彼らを仲間と認めているのに、自分に仲間がいる事を忘れている〉
『サモン――ガザーヴァ!』
〈プランAは成立しました。もう、あなたが命を懸ける必要はない〉
309
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/05(木) 06:43:28
【ジャンクション・ポイント(Ⅱ)】
『幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』
「はは……やってくれたな、明神さん」
焼死体は宙を舞う一対の風精を見上げる/全身を包む未練の炎が、激しく燃え上がる。
配られたカードで構築可能だった二つの勝ち筋、その一つが成立した。
よってアジ・ダハーカが仲間を傷つける事も最早、不可能。
『くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――』
「いいや、お前の負けだ。お前はもうチェスや将棋でいう『詰み(チェックメイト)』に嵌まったのさ」
仲間を守る/超レイド級の撃破――その両方が達成された。
『この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!』
「俺の……俺達の勝ちだ」
だが未練と執着の炎は――なおも禍々しく、蠢いていた。
310
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/05(木) 06:44:12
【ジャンクション・ポイント(Ⅲ)】
『焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ』
「プランBを実行するに当たって、必要な犠牲を払った。それだけだ」
『ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!』
『そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……』
「……ああ、そうだ。俺は……俺達は、誰にも真似出来ない偉業を成し遂げたんだ」
肉体を再生した焼死体が体を起こす/変身を解いてゲル状化したフラウを見下ろした。
「なんだ、その……悪かったな」
〈気にする事はありません。愚かな主を戒めるのも、臣たる者の務めです〉
焼死体が立ち上がる/相棒へと左手を差し伸べた。
割れた液晶に、フラウが吸い込まれるように消える。
「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」
そして皆に背を向けて、歩き出した。
荒れ果てた戦陣を、努めて平然と、歩いていく。
焼死体を包む黒炎は――未だに勢いを弱める様子がなかった。
傍に転がっていた蜥蜴の死体に背中を預けて、その場に腰を下ろす。
「……サモンしたら、お前は皆を呼びに行くだろ。だからこのまま聞いてくれ。
悪いな、フラウ。どっちにしたって……俺はもう、ここで終わりだったんだ」
右手で衣嚢からライフポーションを取り出す/胸部へ突き刺す。
エアロゾル化した回復薬が全身を巡る――だが、足りない。
更に突き刺す/更に/更に――それでも火勢は衰えない。
「俺は……既に死んだ人間だ。魂だけの存在だ。記憶を正しく保存するメモリがないんだ」
未練と執着が、焼死体を焼き尽くす/その形質を、不可逆的に変質させる。
「だから……俺はもうすぐ、ただ俺の未練を晴らす為だけに存在する、何かになる。
そいつは、恐らくだが……表面的には、俺と殆ど変わらない筈だ。
皆を守る為に……俺は、俺のふりをするだろうからな」
衣嚢から右手を抜く――ポーションはもう、使い果たした。
「だから……悪い。そいつに付き合ってやってくれないか。俺の仲間を、守って欲しいんだ」
炎が肉体を完全に焼却すれば、[焼死体/■■■■]は己の存在のよすがを失う。
そして――[焼死体/■■■■]に酷似した何かが発生する。
ただそれだけだ。大きな変化は、何もない。
311
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:49:02
「……なんてこと」
なゆたは呆然と呟いた。
しかし、それはブレイブ&モンスターズ最強のモンスターの一角、魔皇竜アジ・ダハーカを撃破したことに対して――ではない。
確かにそれは奇跡のような大逆転劇。大金星の上の大金星。想像を絶する大番狂わせだった。
だが――それを成し遂げるため、なゆたたちはあまりにも大きな代償を支払いすぎた。
その結果――
>くるな!こないでくれ!くるな!
ジョンは突然地面に倒れ伏すと、何かに怯えるように大きな身体を悶えさせた。
目に見えない何かから必死で逃げようと足掻く、その哀れな姿からは魔皇竜の首を生身で叩き斬った勇士の面影はかけらもない。
あの、血のような毒々しい赤色の靄を伴ったバフ。
これは彼の使った正体不明のスキルの副作用なのだろうか?
>今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?
「……ブラッド……ラスト……?」
十二階梯の継承者は味方ではないのか、と詰め寄る明神をのらりくらりとやり過ごしたバロールが言う。
ブラッドラスト。聞いたこともないスキル名だ。
Wikiを編纂しているなゆたは、ブレモンに登場するスキルのすべてを知っている。
むろんその内容を網羅しているわけではないが、少なくとも名前を聞けば存在を思い出す程度の知識はあるのだ。
だが、そんななゆたの広範なブレモン知識を持ってしても、そんなスキルは見たことも聞いたこともなかった。
>なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ
バロールが説明を続ける。
彼の言い分は分かる。この世界はゲームのブレモンに酷似しているが、正確には違う世界だ。
何者かがこの世界を模倣してゲームを開発し、それをなゆたたち地球の人間にプレイさせた。
とすれば、まだゲーム実装されていないスキルがこの世界に存在したとしても、なにも不思議ではない。
さらにバロールはブラッドラストの発動条件のひとつに殺人の経験があること、まだまだ謎の多いスキルであること。
習得者は例外なく凄惨な死を迎えること、などをつらつらと語った。
「そんな……! ブラッドラストを解除する方法はないの!? バロール!」
>残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
・・・もう既に手遅れかもしれないけれど
アルフヘイム最高の魔術師、かつての魔王は残念そうにかぶりを振った。
だが、それは分かっていたことだ。ゲームの中でも一度習得したスキルを覚えなかったことにすることはできない。
プレイヤーにはただ、その使用不使用を決定する選択権が与えられるだけだ。
>君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・
「ジョン……」
ジョンは確かに、かつて人を殺めたことがあるのだろう。
しかし――だからといって、なゆたはジョンを殺人犯だとか。罪人だとか。そう忌避はしなかった。
もし快楽のために殺したというのなら、ここまで幻影に怯え苦悶することもないだろう。
何か、のっぴきならない事情があったのだ。そして、ジョンはそれをずっと心の傷にしてきた。
心の奥底でひっそりと眠っていた、古い傷痕。
それが、このアルフヘイムで開いてしまった。目の前の敵を倒すために、ジョンは自らそのかさぶたを剥ぎ取ったのだ。
そして今、傷口から流れ出る真新しい血に苦しんでいる。
>もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね
兵士にジョンを拘束させると、バロールはひとつ息をついた。
だが、説得などという生易しい行為で果たしてジョンが言うことを聞くだろうか?
なゆたが城郭で、殺すという言葉は金輪際使うなと。あれほど強く念押ししたにも拘らず――
彼は。それをあっさりと破ってしまったのだから。
312
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:49:32
代償を支払ったのは、ジョンだけではない。
エンバースもだ。エンバースは我が身を燃やし、その力をもってして魔剣を生み出し魔皇竜の臓腑を貫いた。
ほとんど真っ白になっていたエンバースだが、なゆたがジョンを見ている間にその姿は元の黒装束に戻っている。
思わず、なゆたはほっと安堵の息をついた。
>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む
切り札を使用する際のエンバースの言葉が、どうしようもなく別れを想起させるものだったからだ。
だが、彼は依然としてそこにいる。なゆたの傍に立っている。
確かにエンバースの切り札は、失敗すればその消滅を意味するものだったのかもしれない。
けれど――そうはならなかった。彼は賭けに勝ち、そしてその喪われた命をも繋げることができた。
彼の死体ならではの捨て身の戦いぶりは心臓に悪い。
「エ……」
右手を伸ばし、なゆたはエンバースの名前を呼ぼうとした。
>……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ
しかし、その手が、声が、エンバースに届くことはなかった。
エンバースは踵を返すと、ひとりで周辺の残敵の確認に歩いていった。
その背を追えばよかったのかもしれない。
エンバース、と。
待って、と。わたしも一緒に行くよ、と――
そう言えたのならよかったのかもしれない。
だが、言えなかった。
エンバースの背中が、何者をも拒絶するように見えたからだ。
「………ッ………」
おず、となゆたは伸ばしかけた手を引くと、軽く胸元に添えた。
「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
ぱん! と手を叩き、バロールが〆に入る。
なゆたはその音に反応してびくり、と一瞬身体を震わせ、エンバースから視線を外した。
「そうだね、夜になる前に戻らなきゃ……」
帝龍を撃破した今、もうこの場所に用はない。件の帝龍は拘束され、気絶したジョンの隣に転がされている。
日が暮れれば気温は下がるし、何よりスマホを狙撃した正体不明の存在も気になる。
一刻も早くアコライト外郭まで撤退するのが賢い行動というものだろう。
とはいえ、ここ帝龍の本陣に来るために使った魔法機関車は今やボロボロになって横たわっている。どう見ても使用不可能だ。
300人の守備隊を引き連れて徒歩でアコライト外郭まで戻るとなれば、丸一日はかかる。
激戦を潜り抜けた兵士たちにそれは酷であろう。何よりなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の体力が持たない。
しかし、バロールには策があるらしい。
「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」
トネリコの杖を大きく振るうと、バロールの目の前の空間に巨大な黒い穴が出現する。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』。ミハエル・シュヴァルツァーや兇魔将軍イブリースがたびたび利用した転移の門だ。
ゲームの中では敵キャラが撤退する際に使う都合のいいギミックで、プレイヤーは使用できなかった。
だが、バロールはさすが元魔王なだけあって使用できるらしい。
「この門をくぐれば、一瞬でアコライト外郭へ帰れる。
うん? 魔法機関車なんて使わないで、最初からこれを使っておけばよかっただろう……って?
この魔法は転移魔法の常で、一度行ったことのある場所にしか行けないからね! 仕方ないね、はっはっはっ!
さあ、帰ってごはんにしよう! わたしもヘトヘトに疲れてしまった、いやー働いた! 働いた!」
そう言うと、バロールはさっさと『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐって姿を消してしまった。
それから、守備隊の兵士たちも続々と門をくぐりアコライト外郭へと帰ってゆく。
「………………」
全員が門の向こうへと姿を消すと、最後までその場に残ったなゆたは軽く戦場跡地を見渡した。
そして最後に、マホロが活路を開くために自爆した場所へと視線を向ける。
ひょう……と広大な平地を冷たくなり始めた風が通り抜け、なゆたのサイドテールにした髪を撫でてゆく。
風は、まだかすかに焦げ臭いにおいがした。
「……さよなら……マホたん」
我が身を捨てて皆の命を護った、先輩『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
その挺身に感謝を、そして別れを告げると、なゆたは『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』へ足を踏み出した。
313
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:49:51
……いいにおいがする。
それは夕餉のにおい。ホッとする料理のにおい。
誰かが自分たちの帰りを待っていて、疲れた身体と心を癒すためのもてなしを用意してくれている――ということの証。
アコライト外郭には、守備隊以外にも人がいる。守備隊の家族や、守備隊相手に商売をしている人々だ。
そういった人たちが戦場へ向かった者たちを労うため、料理を作って待っていてくれたのかと思う。
果たして、それはその通りだった。城郭の中、兵士たちのレクリエーションルームや作戦本部を兼ねた食堂。
そのテーブルに所狭しと料理が並べられ、帰った兵士や『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを出迎えてくれた。
そして――
「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
そこには甲冑を纏い、さらにその上からエプロンをつけたユメミマホロがいた。
「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」
なゆたは驚愕した。
右の人差し指で彼女を指さし、大きな眼をさらにこれ以上なく大きく見開いて、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
彼女のファンであるアコライト外郭守備隊も、一様に言葉もなく絶句している。
そう。
確かになゆたや明神たちの目の前で、マホロは仲間たちを守るために自爆した。
それは間違いない。嘘や冗談であったなど、ありえないのだ。
だというのに、マホロはここに確かに存在している。ゴーストでもアンデッドでもない。
「……な、なんで……?
あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
「マホた―――――――んっ!! 信じてたぜ―――――――――っ!!」
「マホたぁぁぁん! ホァッ! ホァァァァァ!!」
「俺たちのマホたんはフォーエバーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
唯一無二のアイドルの電撃的な復活劇に、それまでマホロの死に打ちひしがれていた守備隊たちは一気に復活した。
中には感涙にむせび泣き、感極まって横倒しに卒倒する者までいる。
お通夜ムードから一転、いつものコンサートのような活気に食堂が湧く。
だが。
兵士たちと違い、スマホを持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはすぐに気付くだろう。
今、自分たちの目の前にいるユメミマホロは『本物ではない』。
といって、まったくの偽者というわけでもない。言うなれば、半分だけ本物……とでも言えばいいだろうか。
なぜなら――
スマホに表示されたユメミマホロのステータスは、かつてのマホロと比べると見る影もなく弱体している。
レベルも昨日までは極限まで上げられていたものが、今はたったの5。ほとんど手つかずといった状態だ。
むろん、『聖撃(ホーリー・スマイト)』などのスキルも弱く、未収得のものが大半である。つまり――
このユメミマホロは新たに用意された『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』ということだ。
マホロは確かに死んだ。自爆して消滅した。
だが、それはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のパートナーモンスターが死亡した、ということである。
マホロの主人である『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこの事態を想定し、
マホロが自爆した直後に新たな『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をパートナーとした。
そうすれば、表面上マホロがすり替わったことに気付く者はいない。
……スマートフォンを持ち、マホロの主人と同様のプレイヤーとしての知識を持つ者以外は。
「マホ――」
「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」
なゆたがそれを指摘しかけると、咄嗟にマホロはなゆたの首に右腕を回して顔と顔とを寄せ、ぼそりと呟いた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がマホロの真実に勘付くのは容易である。
が、それは絶対に秘されていなければならない。少なくとも、彼女のファンである守備隊の皆には。
314
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:04
「……マホたん……」
以前のパートナーが死んだから、すぐに次に乗り換えた。そう取る者もいるかもしれない。
変わり身が早いと、死んだモンスターへの哀悼の気持ちはないのかと非難する者も――しかし、そうではない。
ブレモンのプレイヤーならば、すぐに分かるはずである。
金を、時間を、そして何より愛情をかけ、手塩にかけて育ててきたパートナーモンスターが喪われる、その悲しみが。
ペットロスという言葉がある通り、ペットの犬や猫はもちろん、亀や熱帯魚が死んでも深く傷つく人は多い。
まして、マホロは地球でVtuberとして活動してきたころから苦楽を共にしてきたマスターとモンスターだ。
ふたりは家族よりも親密に、二人三脚どころか一心同体でユメミマホロという存在として活動してきたのである。
その片方が死んだ。それは残されたもう片方にとっては、肉体を真っ二つに引き裂かれるほどの苦しみであろう。
ならば。その死を悲しむこと。悼むこと。
それだけが、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとっては何よりの癒しになったはずだ。
けれど――
皆に悼んでもらうことよりも、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はまだファンのために偶像を続けることを選んだ。
何よりもかけがえなく愛した、慈しんだパートナーの死を。悲しみを。嘆きを。
たった独りで抱え込むことを選んで。
ファンに希望を、光を、笑顔を与えることこそが、アイドルの役目。
マホロは今なお、それを続けようとしている。
それが『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』。
この異世界に召喚された自分のできる、たったひとつの冴えたやり方だということを理解している。
「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
かんぱ――――――いっ!!」
「お――――――――――――――――っ!!!」
マホロが音頭を取り、エールをなみなみと注いだジョッキを掲げる。
守備隊の面々がそれに倣い、乾杯を始める。
かくして――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と守備隊が手当や入浴を終えた後、食堂でささやかな戦勝会が催された。
城郭に残っていた女衆が食糧庫の備蓄を惜しみなく開放して料理を運んでくる。
これからは、王都からの物資も定期的に送られてくるようになるだろう。もうトカゲを狩って食べる必要もない。
そもそもトカゲはもう出現しないのだが。
「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」
バロールがちゃっかり同席して、エールを鯨飲している。紅茶好きで下戸かと思ったら酒もいけるらしい。
しかも胸焼けするほど甘いバターケーキをつまみにして飲んでいる。
昼間に明神が言った質問に関しては、バロールはのらりくらりと話をはぐらかして明言を避けた。
挙句、まずは勝利をお祝いしよう! 無粋なことは後回しさ! と言ってエールを呷り始める始末である。
こうなってしまっては、無理強いもできないだろう。
「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
「え、えっ!? わたし!?」
マホロが急遽用意されたステージに上がり、それまでちびちびとワイン代わりに葡萄のジュースを飲んでいたなゆたを指名する。
突然ふたりで歌おうと誘われ、なゆたは仰天した。
断る暇さえない。もごもご言っているうちになゆたは兵士たちに手を引かれ、ステージまで押し上げられてしまった。
「いよっ、待ってました!」
ジョッキを片手にバロールが無責任な歓声をあげる。完全に出来上がっていた。
そうこうしているうちにイントロが流れ始める。もちろん曲は『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。
身体を軽く揺らしてリズムを取っているマホロの隣でマイクを持ち、しばらく所在なさげに突っ立っていたなゆただったが、
「ええ〜いっ! もう、破れかぶれよっ!」
と気合を入れると、マホロに合わせて振付を始めた。
実は地球ではしっかりマホロの配信を観ていたなゆたであった。
315
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:19
そんな、大盛り上がりの祝勝会の中。
明神の左隣には見慣れない少女が座り、ひとつのジョッキを両手で持って静かにエールを飲んでいた。
年齢はなゆたと同じくらいだろうか。腰まである白銀色の長い髪の毛先近くを緩い三つ編みにした、淡い褐色の膚の少女だ。
深い紅色をしたアーモンド形の双眸の、文句なしの美少女である。
臍出しのショート丈半袖トップスにベストを羽織り、ローライズのホットパンツにニーソックスとショートブーツを履いている。
徹底的に軽装なスタイルは斥候(スカウト)や盗賊(シーフ)のようにも見える。
少女はほんの少しだけ横に尖った耳をときどき動かし、ステージの方を眺めてなゆたとマホロの歌声を聴いているようだった。
そして、時折明神の顔を横目でちらりと見ては、すぐに視線をステージの方へ戻す――ということを、ずっと繰り返している。
もちろん、明神にはそんな少女の見覚えなどないだろう。
当然『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではないし、アコライト外郭守備隊は男ばかりだ。
守備隊の関係者という可能性もなくはないが、なぜわざわざ明神の隣に座っているのかという問題がある。
そう。
もう言うまでもなく、この少女は――
「……ボクだよ。ガザーヴァ」
ガザーヴァは視線を逸らすと、ぼそ、と呟くように言った。
ゲームでは幻魔将軍ガザーヴァといえばダークユニサスに跨った黒甲冑の黒騎士、というグラフィックしかなかった。
だから、ガザーヴァの装備する鎧の中身は誰も知らなかったのだ。
「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか。
パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」
ガザーヴァはベロベロバー、とばかりにバロールに向けて舌を出した。
「なんだよ。悪いかよ。
……似合ってないかよ」
明神の方を向き、軽く下唇を噛んで上目に睨みつける。
ガザーヴァは戦いが終わってすぐにカザハに詰め寄り、自分を『解放(リリース)』させた。
恨み骨髄の相手のパートナーモンスターになるくらいなら死んだ方がマシ、と今でも思っているし、
そもそも一度きりの助力という約束だった。
第一、ガザーヴァはれっきとしたレイド級モンスターである。
もし契約を続けるなら、ただ召喚しているだけでカザハは莫大なコストのクリスタルを支払わなければならない。
といって、普段はスマホの中に待機していて必要なときに召喚――など、ガザーヴァのプライドが許さない。
ガザーヴァに今後も協力してもらうとしたら、契約を解除しフリーにさせるのが最善なのである。
そういう流れで契約が解消され、野良モンスター扱いになっても、ガザーヴァはアコライト外郭を去るようなことはしなかった。
そして、今に至る。
「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
ガタッ! と立ち上がると、ガザーヴァは明神を指さして強弁した。
が、すぐに手を下ろすと微かに頬を赤らめ、
「……セキニン。とってくれるんだろ」
そう、ごくごく小さな声で言った。
バロールの言うとおり、三魔将の一角である幻魔将軍ガザーヴァがアルフヘイム側に付けば、大きな戦力アップになる。
ガザーヴァは外道と卑劣の二文字が人の形を取ったようなキャラクターだが、反面でバロールの忠臣という側面も持つ。
明神がかつてのバロールのようにガザーヴァの心の拠り所となるのなら、決して裏切ることはないだろう。
しかし――大幅な戦力の増強が図れた一方で、新たな懸念材料はまだ厳然とそこに残り続けていた。
……ブラッドラスト。
316
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:36
あの呪いとも言えるスキルがジョンの中にある限り、また同じ状況が繰り返されてしまうかもしれない。
いや、幻覚に悩まされ昏倒するだけならまだましというものだろう。
ブラッドラストを習得した者は、例外なく凄惨な最期を迎える――。
その言葉がずっと気になっている。そして、このままではきっとジョンも早晩その犠牲者の列に名を連ねることになるだろう。
このまま放ってはおけない。早急にブラッドラストに対する措置を講じなければならない。
できればジョンが生涯そのスキルを使わずに済むような、そんな措置を。
「ブラッドラスト……血の終焉……。
……呪い……か……」
マホロとのデュエットを終えてステージから戻ったなゆたは、腕組みして考える。
呪いを解くには、聖属性の『解呪』の魔法が一番手っ取り早い。
他にも『浄化』『祝福』など、聖属性には呪詛に対する抵抗手段が他属性とは比べ物にならないほど多い。
バロールは方法はないと言っていたが、それはあくまで彼の知識の中では、ということだろう。
だとしたら。
彼の手の届かないジャンル、思慮の及ばない場所に、解決のヒントが隠されているかもしれない。
祝勝会の喧騒が遠く感じられるほどの、深い深い思考。熟慮。
その末に――
「……エーデルグーテ」
なゆたは小さく、ひとつの名前を口にした。
聖都エーデルグーテ。
アルメリア王国の国教でありアルフヘイムの世界宗教である、プネウマ聖教の聖地。
教会はこの世界は太祖神の吐息(プネウマ)によって形作られている――という教義のもと、父なる太祖神に祈りを捧げている。
ブレモンのプレイヤーたちも、ストーリー上重要な役割を果たすかの聖都を訪れたことは必ずあるだろう。
そして、聖都はその名の通り聖属性の総本山でもある。
当然のように、呪詛に対する手段もアルフヘイム随一の数を誇っているだろう。
バロールは魔王であり、その属性は闇。ニヴルヘイムの知識には聡くても、アルフヘイムの聖域の知識に関してはどうか?
もしかしたら、バロールも知らない解呪の最新術式が生まれているかもしれない。
「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」
立ち上がり、仲間たちを見回すと、なゆたはそう提案した。
そして、そんななゆたの背を今まで沈黙していた者が後押しする。
《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
さて、頃合いやねぇ。せっかくの祝勝会の中、水を差すようで悪いんやけど……。
そろそろお仕事の話をしてもかまへんやろか〜?
いや、別にみんなはお祝いしてるのにうちだけキングヒルで書類に囲まれとるとか。
いけずやわぁとか、そんなことは全然考えてへんえ?》
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のスマホから音声が聞こえる。みのりの声だ。
「おおっと! 五穀豊穣君のことをすっかり忘れていた!
じゃあ、そろそろ――次のクエストの話をするとしようか。
君たちの新たに向かう場所の話を……ね」
バロールもジョッキを置き、一度咳払いをする。
そんな空気に身を引き締めるように、なゆたもまた居住まいを正した。
《うちも、次はみんなにエーデルグーテまで行ってもらおかと思とってなぁ。
エーデルグーテについては、うちが説明せんでもみんな分かっとるやろ?
ゲームでも一度は行ったことがあると思うんやけど……。万象樹ユグドラエアの麓に位置する、プネウマ聖教の聖地やね》
「みのりさん……。どういうこと?
どっちにしても、わたしたちはエーデルグーテまで行かなくちゃいけないって?」
《せやね。アルフヘイムで戦うなら、聖都のバックアップは不可欠や。
アルメリア王国の影響力は国外では著しく減退してまうけど、プネウマ聖教会の権威は国外でも絶大やからね。
これからはアルメリアの外にも行ってもらわなあかん場合も出てくるし、協力者は多い方がええもんねぇ。
ただ――》
そこまで言って、みのりは言葉を切った。
エーデルグーテまで行く、ということ自体は問題ない。しかし――
317
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:49
エーデルグーテは『遠い』。
聖都エーデルグーテのある万象樹ユグドラエアは、根源海という海洋の真ん中にそびえ立っている。
そこに陸地があるわけではなく、海の中から樹が生えているのである。
ユグドラエアの幾重にも絡み合った巨大な根が陸地の代わりとなり、そこにエーデルグーテが存在している。
当然、徒歩では行けない。根源海を渡るには、紺碧湾都アズレシアで船を借りるしかない。
そして、アルメリアからアズレシアへと到達するためには、国境にある橋梁都市アイアントラスを抜ける以外ないのである。
さらに、キングヒルからアイアントラスに行くにはその前に穀倉都市デリントブルグを経由せねばならず、
その穀倉都市の面積がやたらと広い。
通常、アルメリア王国から聖都エーデルグーテに行く巡礼者は、行きと帰りで最低二年は旅程を見積もるのが常識である。
尤もそれは交通機関を使わず行く場合であって、魔法機関車などを使う場合はその限りではない。
「でも、頼みの綱の魔法機関車は壊れちゃったからね……。
わたしはキングヒルに戻るから、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』は使えない。
申し訳ないが、君たちには徒歩で行ってもらうしかないかなぁ」
「ちょっ、ちょっと待って!
巡礼では、片道だけでも一年はかかるんでしょ!? そんな時間――」
「なに、案ずるには及ばないさ。
わたしがキングヒルへ戻るのは、魔法機関車の修理という意味もある。
軌条は敷かれているんだ、魔法機関車が修復されたらすぐに君たちの後を追わせよう。
まぁ半月ってところかな? 君たちの足なら、アイアントラスくらいには到着しているだろう。
よし! じゃあ、半月後にアイアントラスで魔法機関車と合流! ということで!」
アイアントラスから先はアルメリア王国領ではなく、隣国のフェルゼン公国だが、鉄道は敷かれている。
魔法機関車とアイアントラスで合流すれば、アズレシアまではすぐだろう。
アズレシアで船をチャーターし、アズル湾から根源海へ出航して、万象樹ユグドラエアの麓にある聖都エーデルグーテを目指す。
それが、次のクエストとなった。
《きっと、ニヴルヘイム――あちらさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も現れるはずや。
平坦な道のりではないと思う……けど、うちもバロールはんもサポートするさかい、安心しとくれやす〜。
ジョンはんのこともあるし、明日すぐ出立とは言わへんよ。まずはそっちで体力回復してから、かなぁ》
「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。
デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
みんなもそれでいい?」
なゆたはパーティー全員の顔を見て、意見を募る。
「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
「ヤダ」
「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」
折れた。
ともかくジョンを中心に、徹底的にジョンを矢面に立たせないパーティー編成を取る。
ブラッドラスト発動の引き金になるようなこと一切からジョンを遠ざけようという意図である。
何なら馬車を調達し、ジョンをその中に入れてもいいだろう。
318
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:51:05
「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
旅装を整えたなゆたは、城郭の門まで見送りに来たマホロや守備隊に礼を述べた。
結局、アコライト城郭にはキングヒルからの物資到着を待つなどして一週間ほど逗留した。
馬車にデリントブルグまでの食料などを積み込み、準備も万端だ。
なお、バロールは捕縛した帝龍を伴い『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』でキングヒルに帰った。
「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」
マホロが頷く。
城郭に逗留している間、なゆたはもう一度マホロにパーティーに加わって欲しいと告げた。
だが、マホロは首を縦に振らなかった。
今のマホロはかつての極限まで鍛え上げられていたマホロではない。
例えパーティーに入ったところで、足手纏いにしかならないだろう。
それに、そもそもマホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこか一箇所から移動することができない。
マホロの配信には、拠点が必要不可欠だ。そもそも旅のできるタイプではないのである。
そして、何より――
アコライト外郭の人々が、まだユメミマホロを必要としている。
「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」
半身の死を乗り越え、愚直にアイドルを続ける。人々の希望であり続ける。
それもまた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の在り方のひとつだろう。
そこまでの覚悟を決めているマホロを、なゆたはそれ以上誘うことはできなかった。
「帝龍の脅威がなくなっても、アコライトがアルメリアの最終防衛線であることは変わらない。
マホたん、城郭の防衛、よろしくね。
わたしもずっとお祈りしてる。アコライトのみんなが、マホたんが、ずっと幸せであるようにって」
「ん! また会いましょう、平和になったアルフヘイムの空の下で――!」
ぐっ、とふたりは固い握手を交わし、再会を約束しあった。
「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」
「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」
守備隊たちも別れを惜しんで、男泣きにむせび泣いている者もいる。
だが、別れを惜しんでばかりはいられない。きっとニヴルヘイムは帝龍の敗北を知り、すでに新たな策を練っているはずだ。
帝龍のスマホを破壊した『十二階梯の継承者』、マリスエリスの動向も気になる。
ジョンのブラッドラストを一刻も早く何とかして、アルフヘイムを救う次の一手を打たなければならない。
立ち止まっている時間はないのだ。
「じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!」
マントをはためかせ、大きく右手を振り上げると、なゆたは意気揚々と歩き始めた。
次なる冒険の地へ。新たなクエストへ。
……まだ見ぬ試練の待つ、過酷な戦場へ。
【アコライト外郭防衛戦決着。ジョンのブラッドラスト対策のため、聖都エーデルグーテへ。
帝龍は身柄をキングヒルへ護送。幻魔将軍ガザーヴァがパーティーに参入。
ユメミマホロ離脱。】
319
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:43:36
>「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」
意識朦朧状態のカザハを背に乗せた私は、明神さんの後に続く。
>「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」
>「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」
エンバースさんはよく分からない事になっていたしジョン君は例によって血塗れになっていたが、とにかく生きていた。
一件落着かと思われたが、どこからか飛んできた矢が、帝龍のスマホを貫通する。
>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」
明神さんがバロールさんに詰め寄る。
そういえば帝龍は、まるでバックに十二階梯がいるかのような発言をしていた。
>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」
バロールさんの視線の先では、ジョン君が這いずりながら発狂していた。
「どう……したの?」
ただならぬ雰囲気を察したカザハが呟いて身を起こそうとする。
《何でもありません……寝ていてください》
今のカザハには何が起こってもあっけらかんとしていたある意味でのメンタルの強さはもう無い。
それどころか我に返ったばかりの状態だ。いきなり凄惨な光景を見たらどうなるか分からない。
「解放《リリース》? そうだったね……。力を貸してくれてありがとう。これで自由だね……」
ガザーヴァの求めに応じあっさり『解放(リリース)』するカザハ。
きっと分離するために後先考えずに捕獲という手段を取ったのだろう。
激レアレイド級モンスターをパートナーモンスターとして連れ回すなんて、身が持たない。
「こっちも、必要だったかな……」
カザハは朦朧としたまま浄化の風《ピュリフィウィンド》を発動させると、また気絶してしまった。
>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」
エンバースさんが皆に背を向けて歩きだす。
若干の不自然さを感じたが、しょっちゅう一人行動してるしな……ということで納得することにした。
320
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:44:59
>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」
ど○でもドア、じゃなくて『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜って私達は撤収した。
アコライト外郭に帰ると、いい香りが漂っていた。カザハがぱっちりと目を覚ます。
「うわあ、いい匂い!」
《反応早っ! まさかお腹がすいて気絶してただけってオチじゃないでしょうね!?》
>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」
「マホたん!!!!????」
>「……な、なんで……?
あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」
>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」
「アイドルって……すごい……」
カザハは畏敬の念を込めて一言だけ呟いた。
マホたんのブレイブがどこにいるのかは未だに分からないが、何故決して姿を現さないのかは、分かり過ぎる程分かってしまった。
「ご飯にする?お風呂にする?」と聞かれるまでもなく、
全身傷だらけではあるものの奇跡的に重傷は無かったカザハは、回復薬入りの風呂に雑に放り込まれた。
カザハは首まで浸かって体育座りをしながらスマホの中の私に話しかけてきた。
「いつかボクが語る伝説の主人公はなゆちゃんだと思ってた――」
《そりゃまあいかにも王道ド直球主人公属性ですからねぇ。ん? ”思ってた”?》
「自分でもよく分からないんだけど……ラスボスを倒す最強の剣がう○こソードだって構わない、そんな気分なんだ……」
《どんな気分ですか!? ってかう○こソードとか言うから不審な視線が集まってるじゃないですか!》
皆が身繕いを終えると、マホたんの音頭で戦勝会が始まった。
321
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:46:34
>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
かんぱ――――――いっ!!」
>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」
「バロールさん……なんで知ってて黙ってたの!? 本当に危ないところだったんだから!
それに今回は十二階梯は向こう側に付いてるわけ!?」
1巡目の記憶を中途半端に思い出したカザハがバロールさんが質問攻めにするも、もちろんまともな答えが返ってくるはずはない。
のれんに腕押し、糠に釘である。
>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」
>「いよっ、待ってました!」
「なゆちゃんの歌聞きたーい!」
バロールさんができあがってるのはもう突っ込まないとして。
カザハさん、なんであなたオレンジジュースでできあがってるんですかね!?
「そうだ、ちゃんとお礼言わなきゃ……」
喧騒に紛れ、意を決したように明神さんの方に行こうとして足を止める。
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
>「……セキニン。とってくれるんだろ」
「……ご愁傷様です」
タイミングを逃したカザハはそそくさと立ち去った。
しかしこんなにあっさりと中身のグラフィックが実装されるとは思わなかったですよ……!
なんとなくもうちょっと引っ張るものかと……。
それにしてもなんだあのあざとさは! 自分が美少女であることを自覚してそうで実に怪しからん!
1巡目カザハなんて色気0の野生のナマモノ(※ただし外見だけ美少女)状態でしたよ!?
なゆたちゃんは、何やら考え込んでいる様子。
カザハはジョン君の元へ行き、ブラッドラストのことには敢えて触れずに生きて欲しいと告げる。
「ジョン君、ボクとガザーヴァを殺さないでくれてありがとう。だから君も……生きてね」
322
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:48:31
やがて今後の方針が決まったらしく、なゆたちゃんが皆を集める。
>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。
デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
みんなもそれでいい?」
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」
>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」
「ちょっと根本的なことを聞いてみるんだけど……みんなと一緒に行ってくれるの?」
ナチュラルにガザーヴァが加入する雰囲気になっていることについて確認するカザハ。
私も、なんとなく仲間になりそうな感じはしてたけど別動隊で偵察とかしてくれるのかな、となんとなく思ってました。
例えるなら某タイムトラベル系超有名名作RPGで魔王が仲間になった時の「え、お前一緒に来るの!?」という衝撃に近いものがある。
考えてみれば元魔王の指示で動いてるわけだから元魔王の手下が仲間になるぐらい今更っちゃ今更だけど。
「……そっか! ありがとう! みんなをよろしくね!」
答えを聞いたカザハがほんの一瞬だけ複雑そうな顔をしたのは気のせいだったのだろうか。
満面の笑みでそう告げた。
その夜、皆が寝静まった頃――カザハは突然私に告げた。
「カケル、一緒に帰ろう。随分無茶させたね……もう危険な戦いなんてすることないよ」
《いきなり何を言ってるんですか!? 鳥取には帰れませんよ!?》
見れば、荷物をまとめて夜逃げの準備をしている。といってもまとめる程の量もないけど。
「あはは、砂漠じゃなくて草原の方!
“カザハ・シエル・エアリアルフィールド”――思い出したんだ、この世界でのボクの名前。
よく考えてみればさ……時間が巻き戻ってボクが死んだのは無かったことになって無事にガザーヴァも分離した。
異邦の魔物使い《ブレイブ》を廃業して全部忘れた振りをして何事も無かったように帰れば全て元通りだ。
多分今頃最近ちょっと姿を見かけない程度の扱いになってるよ」
《確かにあの一族、細かい事は気にしないしいきなり性別が変わってもイメチェン程度で流しますもんねぇ……じゃなくて!》
「そもそも自分の意思で何かを頑張るなんてガラじゃない生粋のニートだから!
丁度良く超上位互換キャラが加入してくれるらしいから面倒なことは全部お任せして楽しいニート生活に戻ればいいじゃない!」
風渡る始原の草原にいれば風の魔力を食って生きれるから食うに困らない。
そう、私達は生粋のニートだったのだ。
三桁レベルに年期の入った筋金入りのニートがよく会社員なんて出来てたな。すげー! ……じゃなくて!
323
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:49:52
《もしかして……》
カザハはほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「アイツがあのパーティーでやっていくなら……ボクはいない方がいい。
今度は憎い相手の事なんて忘れて楽しくやってほしいから。
アイツの拠り所は明神さんがサブリーダーを勤めるあのパーティーだけなんだよ? ボク達には帰る場所がある……」
かと思うと、すぐに元の調子に戻ってしまう。
「ってのは建前で本当は背中から刺されそうで気が気じゃないしね!
そうじゃなくても妖怪キャラかぶりが出現して引換券とかいうあだ名が付いちゃうのがオチじゃん!」
《本当にそれでいいんですか!? 約束したじゃないですか! 伝説を語り継ぐって……》
「あれが本当の気持ちだったのかももう分からない……。
今まで前の周回の洗脳引きずってなんとなくいい奴やってただけなんだよ?
本性が知れたら幻滅されるだけだ。だからこれで……いいんだ」
そして、寝ている明神さんに先刻言えなかった感謝を一方的に告げる。
「明神さん、ありがとう。あの瞬間、ボクは確かに異邦の魔物使い《ブレイブ》だったよ――」
大昔のアイドルみたいなふざけた置手紙を机の上に置く。
【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】
もう止めることは出来ないと悟った私は、これでいいのかもしれないと思い始めていた。
「いくよ、カケル――解放《リリース》だ」
こうして契約は解除され、カザハと私はブレイブとパートナーではなくただの仲の良いモンスター同士に戻る――
はずだったのだが。何も起こらなかった。
「……あれ? 出来ない?」
《何かの仕様……ですかね? 初期の固定パートナーだからとか今モンスターが私しかいないからとか……?》
頭を捻っていると、カザハが突然悲鳴をあげた。
「ぎゃぁああああ!?」
《いきなり何ですか!?》
「スマホに怪文書が……!」
“お前の考えることは、全部すべてまるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだ!”
スマホを見ると、どこかで聞いたことのあるようなフレーズが表示されていた。カザハは大混乱だ。
324
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:50:53
「何!? ウィルスに感染した!? ボットを仕込まれて監視されてる!?」
追い打ちをかけるように怪文書の続き。
“逃亡したら地球時代の写真を拡散します”
「それは駄目ぇえええええ! って画像消えないし! そうだ、電源切ろう! ……電源も切れない!!
間違いない、呪われてる! 魔法の板だと思ったら呪いの板だった……!」
カザハは地球時代の写真を削除しようとしたりスマホの電源を切ろうとしたりして
ひとしきり大騒ぎした後、頭を抱えながら結論を出した。
「仕方がない、聖都エーデルグーテに行って解呪してもらうしかない……!」
《解呪できますかね!?》
【夜逃げ失敗】
「今テロップが流れていった気がする……」
《スタンとかの文字は出るけど流石にそういう仕様は無いと思いますよ!?》
カザハは頭を抱えながらも、どこか安堵したような表情をしていた。
それから出発までのカザハは意外と真面目で、弓矢を調達して練習したりしていた。
すぐに達人級の腕前になったが、風の軌道操作スキルを使っているので反則もいいところである。
差し当たっての行軍では、哨戒を任されている。
風の軌道操作スキルと組み合わせれば、敵の射程範囲外から牽制するのに最適なのだ。
そして、出発の日がやってきた。
325
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:51:40
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
>「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」
「マホたん……ありがとう」
この時間軸でカザハは生き永らえたが、1巡目では死ぬことは無かったモンスターのマホたんが死んでしまった。
歴史改変に必ずつきまとうジレンマ――
たとえ後に多くの命が助かる改変だったとしても、改変したばかりに死んでしまう命もある。
生き永らえた者に出来ることは、ただ感謝するだけだ。
>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」
カザハはすっとアコライトを守り続けるというマホたんを眩しそうに見ながら、ほんの少し気まずそうにしていた。
今のカザハには自分の意思で何かをやり遂げる甲斐性は皆無なのである。
反面、外部からの不可抗力で追い込まれれば観念して意外と頑張る。昔からそうだった。
>「じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!」
「レッツ・ブレーイブッ!!」
夜逃げを企てた気配などおくびにも出さずに、お約束の掛け声と共に右腕を振り上げる。
こうしてカザハは某有名RPG5作目の銀髪剣士の独壇場とされている引換券市場に無謀にも参入してしまったのである。
今のところエーデルグーテに着いたら解呪(?)して夜逃げする気満々らしいが、
私の予想だとエーデルグーテは超遠いから絶対道中で気が変わる。賭けてもいい。
どれぐらい賭けてもいいかというと――
百万引換券ぐらい。
326
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:20:51
帝龍撃破の戦勝ムードにぶっかけられた冷水。
『詩学の』マリスエリスと思しき射手から受けた狙撃について、
当然の疑問を俺はバロールにぶつけた。
>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」
だがバロールは、答えに言及するのを避けた。
胡散臭いイケメンのいつものはぐらかしともとれるその言動を、咎める権利が俺にはあったが、
追求は後回しにしとくべきっつうのには同感だった。
>「くるな!こないでくれ!くるな!」
ジョンが、錯乱している。
あいつの近くには何も居ない。少なくとも俺には見えない。
『見えない何か』を拒絶し、振り払うように暴れ続けるジョンの姿は……尋常のものじゃなかった。
>「……なんてこと」
隣でなゆたちゃんが慄然とつぶやく。
一字一句おんなじ気持ちだった。なんてこった。
兆候がなかったわけじゃない。先の戦いでも、あいつは自分を見失っていた。
「あの赤黒いモヤモヤ……ヒュドラの時と、同じだ。
なんなんだよアレ、あんなエフェクトゲームじゃ見たことねえぞ」
ただの臨戦の興奮、アドレナリンの過剰分泌なんかじゃ説明がつかない。
なにか、致命的な歯車の食い違いが、奴の中で起きている。
カザハ君の言葉を借りるなら、『キャラが変わった』。変わっちまっている。
俺達の驚愕と戦慄をよそに、バロールは興味深そうにジョンの様子を観察していた。
やがて手の施しようがないと見るや、振り返って解説を始める。
>「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」
「ブラッドラスト。なにそれ知らない……俺が知らないって相当やぞ」
自慢じゃねえけど俺はパッチノートの内容を実装年月日と合わせてソラで言える。
モンデンキント対策で有用そうなスキルはあらかた研究し尽くしたからな。
なゆたちゃんもピンと来てないところを見るに、ガチのマジで未実装のスキルらしい。
>「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」
強大な力。そいつは思いっきり目の当たりにしたばかりだ。
ジョンのガタイすら隠れそうな、バカみたいにデカい剣を振り回す膂力。
そいつで超レイド級のぶっとい首を叩き斬る、冗談みたいな攻撃力。
地球原産の、『ただの人間』がそれを成し遂げたってことの意味を、もっとよく考えるべきだった。
>「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」
――神がかり的な戦闘力の代償。
ジョンの精神はそれに苛まれ、人間性を失いつつある。
さながら、化け物と戦いすぎた人間が化け物になっちまうように。
覗き込んだ深淵から、覗き返されるように。
327
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:21:45
>「このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」
俺はどこか上の空でバロールの解説を聞いていた。
だが、もったいぶるように一段落とした声色だけは、否応なしに頭蓋を直撃した。
>「人を・・・殺した事があるかどうか」
頭の中で何かがつながるような感覚。
堰を切ったように溢れ出した記憶は、前線へ向かう途中でジョンが口にした言葉。
――>『大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない』
「……マジかよ」
過去のジョンの言動と、いま奴を蝕む現状が、一本の線で結ばれた。
ブラッドラストの習得条件は、殺人経験の有無。
そしてジョンはその口で、かつて人を殺したと、そう語った。
俺はあの時、ジョンの告白は敵に回ったカザハ君を呵責なく殺すための方便だと思っていた。
だけどあの言葉が、なんの比喩でもなく、純粋に人を殺した罪の吐露なのだとしたら。
俺達は、人殺しとパーティ組んで旅をしてきたことになる。
人を、殺した。
地球にいた頃なら、その事実だけで社会から隔離されるべき危険因子だ。
現代社会は同胞殺しを決して許すことはないし、そう扱われるべき大罪に違いない。
アルフヘイムに召喚された今なら事情は変わる。
着の身着のままでほっぽり出されて、野盗なんかに襲われて、正当防衛的に相手を殺したのかもしれない。
街中ならともかく、荒野で殺った殺られたなんてのは日常茶飯事だろう。
なんなら俺達だって、一歩踏み込んでりゃミハエルも帝龍も殺していた。
だが、ジョンの怯えようは、錯乱ぶりは、その手の『正当性のある』殺しに対するものには見えない。
深い罪悪感と罰への恐れは、まさに殺人が罪になる世界の感覚だ。
こいつは一体――どこで、誰を殺したっていうんだ。
>「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」
バロールはなおも饒舌に語る。
スキル習得者はみな、凄絶で陰惨な最期を辿る……血塗れの終焉、故に『ブラッドラスト』。
「最後(last)で渇望(lust)ね。癪に障るくらい小洒落たネーミングだぜ。
そんで行き着くところはみな血の錆(rust)ってわけか?ぞっとしねえな」
>「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」
こうしてバロールの解説を聞いてる間にも、ジョンは虚空へ向かって叫び続けている。
かつて自分が殺した相手に、弁明している。その姿はあまりにも痛ましい。
「……もう見てらんねえよ。どうにかなんねえのかバロール」
>「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」
「"こんな事"じゃねえよ。……俺達にとってはな」
こいつの超絶超然上から目線にはもう慣れっこだけど、俺は釈然としない気持ちでいっぱいだった。
ジョン・アデルは、ただのアルフヘイムの駒なんかじゃない。『人数』で語れる存在じゃない。
俺達の大事な仲間で――俺の数少ない大親友だ。
328
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:22:22
このクソスキルがジョンの心と身体を蝕んでるってんなら、使わせないようぶん殴ってでも止める。
ブラッドラストがどれだけ有用でも。使わなけりゃ勝てない相手と戦うことになったとしても。
それでジョンが犠牲になるのだけは、許せなかった。
>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」
暫くスマホとにらめっこしてたエンバースが、思い立ったように俺達に背を向ける。
いつの間にか白い四肢はいつもの焼死体フォルムに戻っていた。
「あっおい、あんま遠く行くんじゃねえぞ。お前も調子万全ってわけじゃねえだろ」
見た目には全部元通りって感じだが、あの戦いでエンバースもまた確かに変質していた。
俺の問いに『必要な犠牲を払った』とだけ答えたこいつが、何を失ったのか、窺い知ることは出来ない。
なゆたちゃんが立ち去らんとするエンバースに声をかけようとして、結局何も言えずに手を引っ込る。
彼女と同じように、俺もまた、奴の背を追うことは出来なかった。
>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
バロールの声だけが能天気に響く。
そうじゃん。結局帰りのアシどうすんの。こっから徒歩で帰れとか言われたら泣きますよ俺は。
>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」
そんな心配をよそに、バロールは杖を一振り。
すると虚空にぽっかりと穴が空いて、向こう側にはアコライトの城壁が見えた。
……門じゃん。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』じゃん!!
ニブルヘイムの糞どもの十八番、インチキテレポートの!!!
なにサラっと使ってんだおめー!やっぱこいつ魔王じゃないの???
とまれかくまれ、帰路の算段はこれでついた。
ゲームじゃ散々煮え湯飲まされたとんずら魔法にも今だけは感謝せねばなるまい。
>「……さよなら……マホたん」
門をくぐる直前、なゆたちゃんが振り返り、戦場跡に向けてそう呟いた。
俺は……聞こえなかったフリをした。
その感傷は、なゆたちゃんだけのものだ。他人がしたり顔で共感するもんじゃない。
そして、俺には俺の、感傷がある。
ユメミマホロは居なくなり、だけどこの世界を守る理由はひとつ増えた。
彼女の死が、無駄じゃなくなるように。
その遺志も一緒に連れて、彼女の愛したアルフヘイムを救おう。
◆ ◆ ◆
329
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:22:59
>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
アコライトに戻ったら、マホたんが居た。
普通に居た。
…………………………は!!?!?!?!???!!!???
食堂にずらりと居並ぶご馳走の向こうで、ユメミマホロは変わらぬ人好きのする笑顔を俺達に向けた。
俺は目頭を揉んで、もう一度前を見た。
マホたんのエプロン姿はいつ見ても可愛いなあ。
>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」
隣でなゆたちゃんが目の前の情報を処理しきれずにバグっている。
俺はといえば、やっぱりCPU使用率が120%を超えて、脳みそがフリーズしていた。
とりあえず一旦深呼吸しよ?あー空気おいちい!マホたんの存在する空気おいちいよぉん!!!!!
>「……な、なんで……?
あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!」
「せ、説明を放棄しやがった……!今日びワンピースでも人死にが出るんですけお!!」
男塾じゃねえんだぞ!特に理由なく生き残ったり生き返ったりしてんじゃねえよ!!
いや生きてて良かったんですけどね!良かったんですけどね!!??
俺となゆたちゃんの涙返せよ!!!!!
……実際のところ、自爆スペルを使ったマホたんが生き残ってるはずはない。
石油王の藁人形でも自爆は対象外だったはずだ。
それなら、今目の前でニコニコしているユメミマホロは一体何なのか。
その答えは、説明を受けるまでもなく分かった。
マホたんのレベルが下がってる。いや、下がったってのは多分、語弊がある。
ユメミマホロの名を持つ『笑顔で鼓舞する戦乙女』は、あの時確かに死んだのだ。
――二体目の『笑顔で鼓舞する戦乙女』。
ユメミマホロ(中の人)は、抜かりなく後継者となるべき戦乙女を用意していた。
>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」
なゆたちゃんの指摘をマホたんは制す。
戦力になりようもない低レベルの戦乙女を影武者に立てた理由は一つしかない。
オタク殿たち、アコライト守備隊の為だ。
彼らにとって、ユメミマホロは単なる戦意高揚のイコンではない。
孤立無援の逆境にあって明日を生きる意志を支える、文字通りの生きがい。
絶望に塗れた戦場を照らす福音であり、祝福だった。
旗手を欠いた守備隊は、どれだけ空元気を振り絞ったところで、いつか瓦解する。
今後も攻めてくるだろうニブルヘイムの軍勢に、抗うだけの気力を生み出せない。
マホたんと共に戦うというただそれだけが、彼らの拠り所だったからだ。
一度は失われた祝福を、彼女は再建した。
この先も、アルフヘイムを、アルメリアを、アコライトを守り続けるために。
オタク殿たちが、明日も笑って生きていけるように。
330
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:23:31
「この世界でも……やっぱ今世紀最高のアイドルだぜ、マホたん」
これがユメミマホロの選んだ道なら、俺は変わらずその背を押そう。
オタク殿たちを騙し続けるのなら、俺がその共犯になる。
そして推し続けよう。今のところたった一人の、俺の推しメンだからな。
>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……かんぱ――――――いっ!!」
「うおおおおおおっ!かんぱーい!!!!」
今だけは、あれこれ考えるの止めたって良いよな。
マホたんの音頭に合わせて、俺はジョッキを高く高く掲げた。
>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」
「ウソだろこいつ……このゲロ甘ケーキで酒飲んでやがる」
バロールの飲みっぷりに俺は戦慄していた。
いやウイスキーとかチョコレートつまみに飲む奴いるけどさぁ。
どー考えてもエールにケーキは合わねえだろ。でも饅頭食いながら焼酎うめえな……。
過労より先に糖尿病でぶっ倒れんじゃねえのこいつ。
>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」
「おーっ!いいねいいね!!ぼくなゆたちゃんのおうたききたーい!!
うひゃひゃひゃ!げひゃひゃひゃひゃひゃはははっははあはは!!!」
ステージに引っ張り上げられたなゆたちゃんを俺はゲラゲラ笑いながら見送った。
会場はもうだいぶ出来上がってる。しばらく物資不足の緊縮財政でまともな酒なんて飲めなかったもんな。
俺も希釈してないワインなんか久しぶりで、それはもう気持ちよく酔っ払っていた。
ほどなくして曲が始まる。
もうお馴染みになった全宇宙最高の神曲『ぐーっと☆グッドスマイル』である。
戸惑いながらマホたんに合わせていたなゆたちゃんだったが、すぐに振り付けまで完璧に踊り始めた。
か、完コピだ……!この女子高生、ノリノリである。
いやしかしなゆたちゃんも歌うめーな。声めっちゃ通るやん。
よーし俺ちゃんもファンとしてガチ恋口上述べちゃうぞ!!
「うぉぉぉぉぉおおっ!スタンダップオタク殿!!!行くぞっ!
言っいたっいこっとがあるんだよっ!!やっぱりマホた――スタンダップっつってんじゃろがい!!」
誰も乗ってこなくてふと隣を見れば、そこに居たのはオタク殿じゃなかった。
椅子にちょこんと腰掛けて、エールをちびちび飲んでいるのは、小柄な少女。
「………………誰?」
ヒュームじゃない。ほんのり褐色の肌に、銀色の髪、鳩の血みたいに鮮やかな赤い眼。
ちょっとだけ尖った耳をぴこぴこ揺らすその姿は、いっそ現実離れした可憐さだ。
少女はステージ上を注視しながら、時折こちらに視線をやる。
いや誰だよ。
オタク殿達の娘さんとか?うーんでも守備隊ってほとんどヒュームだったしなぁ。
それ以前にこんな歳の子供いるお父さんがアイドルにのめり込んでたらそれはそれで悲劇だわ。
331
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:25:12
もしもし君どこの子?パパはどこにいるのかな?
少女は鼻で息を吐いて視線を逸した。形の良い唇から溢れる声を、俺は知っていた。
>「……ボクだよ。ガザーヴァ」
「ぇあぁ!?ガザ公ってお前……えぇ……!?」
酔いが全部ぶっとぶ衝撃の事実が俺を襲った。
だけど鎧がない分若干クリアになったその声は、紛れもなくガザーヴァのもの。
え、マジで?お前鎧の中身こんなんなの!?ていうか鎧脱げたんだそれ!!
>「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか」
「そ、そりゃそうだ……中身入ってるにしてもグラ未実装だと思ってたわ……」
>「パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」
悪態をつきながら飲んだくれているバロールに舌を出す。
パパ居たわ、すぐ傍に。似てないお子さんっすね……。
どうコメントして良いやら黙っていると、ガザーヴァは上目遣いにこっちを睨む。
>「なんだよ。悪いかよ。……似合ってないかよ」
「は?可愛さ120点満点なんだが?バロールの十億倍センスあるわ」
ダークエルフめいた凄絶な美貌もさることながら、
シンプルにまとめた軽装のおかげで年齢相応の活動的な愛嬌もある。
飾りっ気がないと言うより、何も足さずとも十分過ぎる素材の良さをしっかり活かしている。
イラストアド高ぇな……。実装されたらマル公に次ぐドル箱になれるぜ。
「あとは笑顔があればカンペキだな。笑顔きらきら大将軍だ。
笑ってみ?ほら、俺が手本見せてやる。ニチャァ……」
美少女の前でキモオタスマイルかます不審者がそこに居た。フヒッ。
「幻魔将軍の中身がこんなに可愛いって知ってたら、
俺もスマホ叩き割らずに済んだのかなぁ……」
ゲームでのブレイブとの因縁も、異なる決着があったかも知れない。
こうしてガザ公と仲良く酒飲んでる、今この時みたいに。
俺達は、バッドエンドに終わった一つの物語を、望む結末に書き換えたんだ。
332
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:26:52
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
バロールはいつになく上機嫌で父親ヅラしてやがる。
適当言いやがって、人間相手に可愛いがられるようなタマかよあの幻魔将軍がよぉ。
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
「うん……うん?」
なんかその言い方だと、今後も俺に力貸してくれるみたいな感じじゃない?
帝龍戦では利害の一致で共同戦線張ったけど、これからは自由に生きていいのよ。
お父さんの元で今度はアルフヘイムの将軍やるとかさ。
再び回り始めたアルコールのせいで思考が纏まらない。
とりあえず気を落ち着けるためにエールを啜っていると、
ガザーヴァは小さくつぶやくように言った。
>「……セキニン。とってくれるんだろ」
「ぶべぇっ!?」
酒が気道に入って盛大に噎せて、俺は死んだ。
ほどなくして生き返ったが、周りのオタク殿たちのもの凄いドン引きした視線に刺し貫かれた。
ヒソヒソ聞こえる「事案では」の声に耐えられなくなって、俺は二度死んだ。
死にゆく意識の中、カザハ君の小さなつぶやきが聞こえる。
>「……ご愁傷様です」
うるせえよ!
◆ ◆ ◆
333
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:27:47
>「ブラッドラスト……血の終焉……。……呪い……か……」
みたびこの世に生を受けた俺が衆人環視の中縮こまっていると、
なゆたちゃんが何か思案しつつ零す。
僕の人生も社会的に終焉を迎えそうです。誰か助けてください。
閑話休題、ガザーヴァの助力が得られるなら俺達のパーティは大きくジャンプアップする。
ゴッポヨとガザ公のレイド級二枚看板なら大抵の敵にも負けやしないだろう。
だが一方で、新たな懸案事項もまた加わっている。
――ジョンを蝕む『呪い』。
血の終焉、ブラッドラスト。
この状況を放置していれば、遠からずジョンは呪いに呑まれて血塗れの最期を迎えてしまう。
バロールの物言いには反駁したが、戦力的にもジョンが戦えなくなるのは厳しい。
早急に何らかの対策――例えば解呪や治療を、施さなければならない。
暫くうんうん唸っていたなゆたちゃんは、やがてひとつの街の名前を口に出す。
>「……エーデルグーテ」
「聖都……プネウマ……ああ、なるほど!」
なゆたちゃんの頭の中で何が帰結したのか、俺にも分かった。
聖都エーデルグーテ。国教プネウマ聖教の聖地にして、闇祓う光の街。
>「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」
「だな。魔王様の呪いの知識が役に立たねえ以上、別の専門家に当たってみようぜ」
確かあの街には、魔族に受けた呪いを祓う為の聖水を持ってこいみたいなおつかいクエストもあった。
ブラッドラストがホントに呪いなのかはさて置くにしても、闇属性スキルを相殺する聖なるアイテムとかあってもおかしくない。
このままアルメリアに引きこもってるよりかは何かしら手がかりが見つけられるはずだ。
>《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
スマホから石油王の声が賛意を示した。
若干恨みがましい声音が籠もっているのは……うん、バロールが悪いよ。
石油王が言うには、ブレイブとしての『本来の行き先』も、エーデルグーテの予定だった。
アルフヘイムに存在する国家はアルメリアだけじゃない。ヒノデとか明らか異国っぽいしな。
この大陸だけに限定しても、近場じゃフェルゼン公国っていう山岳国家がある。
この先ニブルヘイムの侵略に抗い、侵食現象を食い止めるには、
アルメリア以外の国にも出向く必要が出てくる。
そんな時に頼りになるのが、国を跨いで影響力のあるプネウマ聖教ってわけだ。
問題は、エーデルグーテのアクセスが尋常じゃなく悪いこと。
まず周りが海に囲まれてて陸路で行けない。当然鉄道も通ってない。
アルメリア国内からはエーデルグーテまで行ける海路はなくて、国境越えてアズレシアからの出港になる。
ほんでアズレシアに陸路で行くには山越えが必要で、道中がクソほど長え。
(イマココ)
アコライト→デリンドブルグ→アイアントラス→アズレシア→エーデルグーテ――
聞いて驚け、都合3都市を経由して陸路と海路両方使って初めてたどり着けるのだ!!!
徒歩での道程、なんと片道丸1年!!!
「無理無理無理無理!デリンドブルグがどんだけ広いと思ってんだよ!
見渡す限り畑、畑、畑の平野だぞ!あぜ道で野営しながらずっと歩くのかよ!」
334
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:29:31
当然の反論だったが、バロールには腹案があるらしい。
魔法機関車さえ修理できれば、道中で合流して一気にコマを進められる。
俺達は機関車に追いつかれるまで、できる限り旅程を稼げば良い。
>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。
デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
みんなもそれでいい?」
「い、異論なし……めちゃくそしんどいだろうけど、悠長なことも言ってらんねえしな」
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛」
「それも了解。わかってんなジョン、正面で敵とかち合ったら迷わず後ろに下がってこい。
トーチカ被せてやっから。俺とカザハ君なら、お前が隠れるくらいの時間は稼げる」
正味な話を言えば、ジョンが事実上戦闘不能になるのはかなり痛い。
それでもやる。やってみせる。アコライトの作戦会議であいつに切った啖呵は、絶対にウソにしない。
それに隠密機動に長けるガザーヴァが先行偵察するなら、俺達は余裕をもって敵を迎え撃てる。
>「ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」
ガザ公はさぁ……協力してくれるって言ったじゃん!言ったじゃん!!
このひと僕のパーティーのリーダーなんですよ!
>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」
わぁ……なゆたちゃんが折れるの初めて見た気がするぅ。
今までみんなちゃんと指示聞いてくれる良い奴らばっかだったもんなぁ。カテ公は除く。
「まぁ後ろは任せとけよジョン。俺とガザっちが組みゃ無敵要塞だ。
お前が出てくるまでもなく寄ってくる敵全部ぶっ飛ばしてやらぁ」
主にぶっ飛ばすのはガザ公の役目になると思うけど。
俺は応援してるよ。オタク殿たちからハッピとサイリウムもらってきたしな。
「ガザぴっぴのイメージカラーっつうと何が良いかな。黒はなしね、サイリウムにそんな色はない。
とりあえず紫の濃いやつに闇の魔法オーラ纏わせていい感じの色にしよう」
とまぁそんなこんなで準備と静養に一週間を費やすことを決めて、
アコライト防衛戦祝勝会は幕を閉じた。
おそらくは。
何年かぶりに、アコライトの民は――熟睡出来た。
俺達が、その安眠を、勝ち取ったのだ。
◆ ◆ ◆
335
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:30:46
すげえ疲れてたしお酒入ってたから、朝までぐっすりコースだった。
窓から差し込む朝日で自然に目が覚める。おええ……頭痛い……。
二日酔いの頭痛は脱水症状が原因らしい。
したがって深酒した次の日の頭痛は水分補給で治る。治れ!!
誰だ迎え酒とかいうエビデンスのない対症療法考案したやつは!!!
……水飲んでこよ
むくりと起き上がると、手がカサリとなにかに触れた。
頭がぼやぼやしたまま拾い上げる。手紙だ、何かが書いてある。
>【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】
目はすぐに覚めた。
寝間着もそのままで、俺は部屋を出た。
走り出す。
「……カザハ君!」
こんなわけわからん置き手紙を残すのなんかあいつしかいない。
一体どうして。ガザーヴァと分離して、あいつが俺達から離れる理由はなくなったはずだ。
このさきもずっと、一緒に旅をしていくって、そういう流れだっただろうが!
一方で、なんとなくカザハ君が逐電する理由にも検討はついた。
ガザーヴァは、能力的に言えばカザハ君の上位互換だ。
機動力も隠密性も同等で、何よりガザーヴァにはレイド級としての戦闘能力がある。
そんな妹分がパーティに居て、自分の存在価値を見失った――のだとすれば。
最低限の言付けだけ残してパーティを離れていくことに不合理はない。
だけど、だけどよ。
お前が俺達とつるむ理由は、俺達がお前と旅する理由は、それだけじゃねえだろ。
戦力になるかならないかなんざ、鼻息ひとつで吹き飛ばしてみせろよ!
それに。
「お前……お前!キャンディーズて!マジでいくつだよお前!!」
二十世紀のアイドルを彷彿とさせる置き手紙。
いやそんなこたぁどうでも良くて、ああもう結局また脳みそバグってる!!
336
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:31:48
ブレイブに割り当てられた寝室にカザハ君は居なかった。
もう出発しちまったのか?クソったれ、まだ文句のひとつも言えてねえぞ!
ぜえはあ言いながら城壁内を駆け回る。
城壁から出たんなら、入門管理所が何か知ってるかも知れない。
思い立って、表に出た。
屋外の練兵場で、カザハ君が弓の練習をしていた。
なんか普通に居た。
「おるんかーーーーーい!!!」
ズコーーーーっ!!
すっげえ昭和臭いずっこけ方しながら俺は練兵場にまろび出た。
カザハ君に置き手紙を投げつける。
「お前っ……マジっ……心臓に悪いことすんなや……!!」
朝っぱらから何やってんだ俺は……。
あんだけ走り回ってゲロ吐かなかっただけでも、ジョンの訓練の成果は出てるといえるかも知れん。
とにかく!
「いいか、この先絶対に、こんな書き置き一つで消えるんじゃねえぞ。
お前が飽きようが嫌になろうが知ったこっちゃねえ。
俺の伝説を歴史に刻むのは、お前だ。ガザ公がそうであるように、お前の代わりなんかどこにも居ねえんだ」
キングヒルでの、あのクーデターの日。
俺が心で受注したクエストの達成条件は、今も何も変わっちゃいない。
世界救って、その様をカザハ君に刻ませる。俺は難易度を下げるつもりはない。
「あとなぁ、前からお前には言いたいことがあったんだよ。
昨日なんやかんやで結局言いそびれちまったから今言うぞ、謹聴しとけ」
あのクソ忌々しいバロールの言葉を借りるのは本当に癪だけど。
それでも、これだけは俺の口から言っておきたかった。
「……おかえり、カザハ君」
ようやく、ガザーヴァ混じりのシルヴェストルじゃなく、カザハ君におかえりを言えた。
前世からの因縁に端を発する哀しき精霊の堂々巡りは、これで一段落だ。
一度はパーティを離れたメンバーを迎え直して、俺達の旅は続く。
いつか世界を救って歴史に残る、その日まで。
◆ ◆ ◆
337
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:32:47
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
一週間後、俺達はアコライト外郭の城門前で壮行を受けていた。
マホたんは外郭に残る。そう決めた彼女を、これ以上誘うことは出来なかった。
>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」
「……頼もしいね。就活の時さんざん今後のご活躍をお祈りされてきた俺だけど、
生まれて初めて祈られて嬉しいと感じるよ。見ててくれよな、俺達の救世を」
マホたんは――昨日と変わらず晴れやかな笑顔だ。
だけどそれがやせ我慢だってことを、俺達は知っている。
ブレモンのモンスターには知性があり、意志がある。
他ならぬポヨリンさんはなゆたちゃんを何よりも大事に慕っているし、
物言わぬアンデッドのヤマシタだって、俺の意志を忖度して動く利口さがある。
初代の戦乙女、戦場で散った『ユメミマホロ』にだって、感情や意志があったはずだ。
プレイヤーとの絆は、余人が推し量るよりもずっと深いものだったんだろう。
きっと、肉親を失ったような痛みに、今も彼女は苛まれている。
「マホたん。この羽根なんだけどさ」
オタク殿たちに聞こえないよう、声を潜めてマホたんに声をかける。
懐から取り出したのは、純白の羽根。
帝龍との戦いで俺のもとに降ってきたものを、一週間かけて綺麗にした。
「ホントは返そうと思ってたんだ。あの場で唯一取り戻せた、その、形見みたいなもんだから。
この羽根の『持ち主』も、マホたんと一緒にアコライトを守り続けたいって……
今でもきっと、そう思ってるだろうしな」
この世界で死んだ命が、どこへ行くのかは知らない。
たまーにアンデッドになったりするけれど、大多数はあの世にでも行くんだろう。
それこそ、ヴァルハラみたいな。
きっとヴァルハラにいる初代は、ハラハラしながら二代目を見守ってると思う。
338
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:34:11
「だけどこれ、やっぱり俺が貰っていいかな。
みみっちいゲン担ぎみたいなもんだけど、なんかこうパワーがもらえる気がする。
……一緒に世界を救ってくるよ」
まぁこんなもんは自己満足だ。
返せって言われたら返さない理由もない。
形見って意味じゃ、やっぱりマホたんがこれを持つべきだしな。
あらかたの別れの挨拶が済んで、城門が開く。
ここからはレールに沿った旅路じゃない。寄る辺なき中で、手探りでも進んで行かなきゃならない。
それでも行く。高難易度クエスト相手に尻込みしてちゃ、ゲーマーの名が廃りますからよ。
>「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」
>「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」
「オタク殿ぉぉぉ!!貴君らの想い、情熱、愛!確かに受け取りましたぞ!!
このハッピにそれらを乗せて、世界を救って参り申す!!
……凱旋コンサートの会場、予約しといてくれよな!!」
俺がこの戦いで得たものは、ひとつだけじゃない。
アコライト守備隊――ブレイブと共に戦ってくれた、この世界の住人たち。
彼らの想いもまた、ピンクのハッピとともに俺の背中にある。
オタク殿たちの存在が、またひとつ俺が世界を救う理由になった。
だからもう、この足を止めるものはなにもない。
>「じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!」
「さあ!ちゃちゃっと聖都行ってサクっとジョンの呪い解いちまおうぜ!
ほんで流れで世界も救っちまおう。俺達の帰りを待ってる、これだけの連中が居るんだ。
行くぜ!レッツブレェェェェイブ!!!!!!」
【第5章 了】
339
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:01:19
「ん・・・?ここは・・・?」
目覚めるとそこは牢屋と思わしき場所の中。
体に何十にも巻かれていた鎖は今は取り外され、手足に枷もなく牢屋という場所だという事を除けば自由な状態だった。
「いくらなんでもこれは警戒心がなさすぎじゃないか・・・?」
王都の時も思っていたがこの程度の牢屋に中の囚人に枷を付けていないのはセキュリティ的にどうなのかと思う。
力を使って壁をぶち抜いてそのまま脱出できそうなレンガの壁に囲まれいる牢屋。
先ほどより頭が冷静なお陰でスキルを使おうとは思わないが・・・。
「目が覚めましたか?」
見張りの兵士がこちらが目覚めた事に気づき話しかけてくる。
「あぁ・・・おかげさまで・・・しかしあまりにも無用心じゃないか?僕は十分警戒するべき対象だと思うが」
「バロール様の手によって今貴方の体に弱体化魔法が掛けられています」
本気で拳に力をいれ壁を殴りつける。
「・・・痛い」
壁には傷一つつかず、逆に僕の手からは血がでていた。
どうやら今僕の体は一般成人男性並みの力しかだせないらしい
僕の体は本気で何かを殴ったからといって怪我するほどヤワではない。
なるほど・・・これはそこらのセキュリティより万全だな。
牢屋の兵士は結果に満足すると報告にいってきます。と一言残し立ち去っていった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
よく耳を澄ますと音楽が聞こえてくる、たしかこの歌は聴いた事がある・・・これは・・・
「ユメミマホロ!?」
聞き間違えるはずがない、ここに来た時強制的に聞かされた歌だ!しかも今は2人で歌っているように聞こえる。
「でもマホロは死んだはずじゃ・・・」
「マホロちゃんは生きてたんです」
兵士が報告を終え、戻ってくるなりそう言い放った。
「いやしかし」
「バロール様の許可が下りたので直接見にいきましょう」
「・・・」
僕はそのまま兵士に連れられ宴会真っ最中の場所に連れていかれるのだった。
340
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:01:46
「〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
ステージ上でなゆとマホロが楽しそうにダンスを踊っていた。
「一体これは・・・!?」
つれてきた兵士に事情を聞こうと振り返ると。
「おお〜〜〜〜〜〜〜!やっと起きたでござるか!いや〜〜〜〜よかったでござるな〜〜〜〜」
兵士達に囲まれあれよあれよと宴会の席に着かされた。
「ちょ・・・君達は僕の事がキライだったんじゃないのか?」
強引に中央のブレイブ達が集まる場所に押し込まれ。
おせっかいを焼いてくる兵士達に問う
「そりゃぶっちゃけていってしまえば好きではありませんぞ〜でも拙者達を統率してくれなかったら
全員生還なんて恐らくできなかったですからな〜感謝もしているのですぞ〜」
マホロに対する応援を続けながら兵士達は言う。
「ま〜とにかく今は歌って楽しめの精神が一番たいせ
うおおおおおおおおおおおマホロちゃああああああああん」
「気軽に・・・ね」
マホロの応援に専念し始めた兵士達を他所に目の前にある酒・・・はやめてジュースを飲みながら
ステージで踊っているマホロを見る。
・・・生きていたのか・・・?それにしてはなにか違和感があるな・・・
今ステージで踊っているユメミマホロに違和感を覚える。
本物であることは歌や踊りをみている感じほぼ間違いないと思うのだが・・・。
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
・・・今は無粋な事を考えるのはやめよう。
楽しい宴を邪魔する権利はだれにもないのだから。
341
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:02:07
なゆは宴の最中に考え込んでいた。
理由は当然僕だろう、当然彼女はこう考えているはずだ・・・
ジョンを助けるにはどうしたらいいだろう
と
「なゆ・・・考える必要なんてない僕を素直に見捨ててくれれば・・・」
>「……エーデルグーテ」
その名は知識としてしっていた・・・。
聖属性の要所ゲームでも知らないプレイヤーは居ないといわれるほど必ずプレイヤーが訪れる場所。
僕も一度なにかのクエストで生かされた気がするが・・・。
「なゆ、僕の事はいいんだ。旅に僕は必要ない、だから・・・」
そこにいけば呪いのようなこの力をどうにかする事ができる可能性はあるかもしれない。
だがゲームなら遠い場所に一瞬でいけても現実では途方もない時間がかかるだろう。
バロールの魔法を頼るにしても時間を空けなければならない。
なゆは・・・みんなは僕のなんかの為ではなく世界の為に時間を使うべきなのだ。
>「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」
>《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
さて、頃合いやねぇ。せっかくの祝勝会の中、水を差すようで悪いんやけど……。
そろそろお仕事の話をしてもかまへんやろか〜?
いや、別にみんなはお祝いしてるのにうちだけキングヒルで書類に囲まれとるとか。
いけずやわぁとか、そんなことは全然考えてへんえ?》
>「おおっと! 五穀豊穣君のことをすっかり忘れていた!
じゃあ、そろそろ――次のクエストの話をするとしようか。
君たちの新たに向かう場所の話を……ね」
《せやね。アルフヘイムで戦うなら、聖都のバックアップは不可欠や。
アルメリア王国の影響力は国外では著しく減退してまうけど、プネウマ聖教会の権威は国外でも絶大やからね。
これからはアルメリアの外にも行ってもらわなあかん場合も出てくるし、協力者は多い方がええもんねぇ。
ただ――》
どちらにせよ、エーデルグーテにいかなくてはならないと説明を受ける。
それでも、爆弾を・・・僕を抱えていくメリットなんてないはずだ・・・なのに・・・。
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
敵に情けを掛けてしまうほどやさしい君達は・・・僕を見捨ててはくれないんだね。
342
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:02:51
の後僕は自主的に牢屋に戻った、試したい事があって部屋より牢屋のほうが適していたからだ。
「ふうう・・・!」
ブラッドラストを発動させる、アジダハーカの時のように全力ではなく少しずつ。
戦闘時でもない限り全力発動は気分的に難しいが・・・。
それでもこれからふと気分が高揚するたびに暴走してはたまらない
だからどの程度までいけるのが試す必要があった。
「バロールの魔法が効いている今が試すにはちょうどいい!」
視界が赤く染まる、本能がむき出しになっていくような感覚。
力が強くなる・・・感覚が鋭くなる・・・体に溜まっていた今日一日の疲労がなくなる・・・
体の異常もなくなっていく・・・・・・!?
異変に気づいた僕は直ぐにスキルを解除する。
「バロールが僕に施した魔法の効力が弱まってる・・・」
壁を全力で殴る。
壁は少しへこみ、僕の手は痛くないわけじゃないが、血がでるほどではない。
弱体化はしているが先ほどより遥かに効果が弱くなっていた。
「・・・試す事すらできないのか」
牢屋のベットに倒れこむ。
やはり今の僕は爆発物だ、それも一体いつ爆発するかもわからない不良品。
なゆに甘えてる場合じゃない・・・早く別れなければ・・・早く・・・。
>「出来るだけジョンを戦わせないように。」
なゆならなんとかしてくれるんじゃないかという甘えと。
それでもマホロのようにどうにもできなかったという現実。
もし僕が完全に暴走したら?なゆ達と殺し合いをする事になったら?
そうでもなくても自爆するような事態になったら?
そんな事でなゆ達を悲しませるくらいなら・・・僕は・・・!
なゆ達に別れを告げようと牢屋から飛び出そうとしようとした時。
傷だらけの少女が目の前に現れる。
「なんだ・・・なんだよ・・・言いたい事があるならはっきりいえ!」
少女はなにも言わず佇んでこちらを無表情に見つめていた。
「恨んでるだろう?憎いんだろう!?だったらさっさと僕を殺したらどうだ!!一体僕の前にでてきてなにがしたいんだ!」
少女は喋らない。
「さっきはペラペラと喋ってたくせに・・・なんで今度はだんまりなんだよ!頼むよはっきりいってくれ!!!!」
「一体何事ですか!?」
騒ぎを聞きつけ牢屋に戻ってきた兵士に取り押さえられ、この件で牢屋に強制拘束される事になり旅が始まる日まで牢屋に監禁される事になった。
その間ずっと夜な夜な壁に向かって話すジョンが目撃され、周知の事実となる。
「君は一体僕に・・・なにをさせたいんだ・・・?」
旅が始まるまでの間・・・牢屋の扉の前に佇んだ彼女は一言も喋らなかった。
343
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/23(月) 23:22:45
【フィロソフィカル・バーンド・コープス(Ⅰ)】
焼死体の肉体が燃え尽きていく/その末端から中心に向けて、灰化の進行は止まらない。
〈マスター。あなたはもう助からない。誰を呼んだところで、もう間に合わない〉
「……ああ、そうだな」
〈だから……私をサモンして下さい。まさか、このまま顔も合わせずにお別れするつもりですか?〉
暫しの逡巡――焼死体の灰化した指先が、ひび割れた液晶に触れた。
魔力の燐光が渦を巻く/小さな騎士の輪郭を描く。
そして純白の騎士が、主を見上げた。
〈これが、あなたのエンディングですか〉
「どうやら、そうらしいな」
〈これが、あなたの望んだエンディングですか〉
「……さあ、どうだろうな。だけど、そんなに悪いエンディングじゃない気がするよ」
焼死体はあと数分もしない内に、■■■■の未練を果たす為だけの何かになる。
新しい仲間達を守り/己の強さを証明し――未来に待つ一周目を変える。
物語は続く――ただ、そこに宿る主観が消えるだけで。
〈あなたにとっては、そうかもしれませんが。でも私にとっては違う。
一巡目だとか、二周目だとか、そんな事は関係ないのですよ。
今ここにいる私の主は、今ここにいる、あなただけなんだ〉
瞬間、純白の閃き――灰化の及んでいない、焼死体の胸を貫く。
〈だから、あなたの欠片を下さい。いつか、あなたを呼び覚ます為に〉
「……ずっと前から思ってたけどさ」
〈……なんですか〉
「お前、俺には勿体ないパートナーだよな」
その言葉を最後に――焼死体は完全に灰と化した/なおも燃え続ける未練の炎。
遺灰に満たされた闇狩人のコートが――独りでに立ち上がる。
スマホを操作/黒手袋を装備/フードを目深に被った。
「――行こう、フラウ」
そして――いつもと変わらない/唯一無二の相棒への声色。
〈……それは、どうも。ですが……あなたは、最低のマスターだ。
そんな事、今言われたって――喜べる訳がないでしょうが〉
純白の騎士は吐き捨てるように呻いて、スマホの液晶に姿を消した。
344
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/23(月) 23:23:29
【フィロソフィカル・バーンド・コープス(Ⅱ)】
『おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!』
「……【自爆】と【死線拡大】のコンボか?いや、違うな――」
そして物語は進行する/何の変化もなく。
『マホ――』
『おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……』
「なるほど。マホたんと俺達だけの秘密か――蠱惑的な響きだ」
[■■■■の成れの果て/闇霊]は完全に、焼死体として振る舞う。
勝利を祝う宴の喧騒に、微かな/しかし楽しげな笑みを零す。
『みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!』
「……なるほど。ついでに俺も焼死体から“ただのしかばね”にジョブチェンジ出来る訳だ」
その身に染み付いた習慣のように、皮肉めいた諧謔を口遊む。
『それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛』
「ああ、任せておけ。仲間を守りながらの戦いなら、随分前にスキルレベルを上げてある」
『それも了解。わかってんなジョン、正面で敵とかち合ったら迷わず後ろに下がってこい。
トーチカ被せてやっから。俺とカザハ君なら、お前が隠れるくらいの時間は稼げる』
「悪いが明神さん、それは不可能だ――ゲージ一本貯まる前に、俺が戦いを終わらせるからな」
焼死体と同じように仲間を思いやり/焼死体と同じように強さを誇る。
『じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!』
「……レッツ・ブレイブ。なあ、この掛け声、どうしてもやらなきゃ駄目なのか?」
だが――そこには、実質的に誰もいない/ただ焼死体のような現象が、そこにあるだけだ。
345
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/23(月) 23:24:00
【ロスト・グローリー(Ⅳ)】
『――駄目です。やはり誰とも連絡取れません。ログインの形跡もなし』
『……そうですか。では、仕方ありません。事前の取り決め通りに事を運ぶのです。
かのクランは最新コンテンツにおける不正ツールの使用が確認された。
故に、そのコアメンバー全員をアカウント凍結処分とする』
『本当に、いいのですか?運営が、意図的に誤BANを行うなど……』
『日本代表選手とそのチームに失踪されたとなれば、我々の沽券に関わるのです。
彼らが本当に引退したのなら――どうせ、真相は誰にも分からないのです』
『……一体、何があったのでしょう』
『ふん、ゲーマーなんて所詮、飽きたらそれまでの連中なのです』
『……そんなものなのでしょうか』
『そんなものでなければ、困るのです。
彼らが全員、全くの同時に何らかの事件に巻き込まれて、
日課のゲームもろくに出来ない状況にあるなんて……それこそ馬鹿げてるのです』
『それは……そうですね』
『なのです。どうせ、新シーズンが始まったら思い出したようにゲームを起動するのです。
もっとも、その頃には……彼らのアカウントは全てBANされているのですが。
ああそうだ。サブアカウントの方も、監獄にブチ込んでおくのです』
『ああ、それはいいですね。反省文を書くまで新シーズンはお預けにしてやりましょう』
『です。では……仕事を始めましょうか。彼らの代わりも、探さなくてはなりませんし』
『――“ハイバラ”。お前も結局、一山幾らの、口だけのゲーマーだったのですか?』
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