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念を使わせてみよう小説スレッド

21:2004/11/08(月) 22:24
何か書いてみようと思うんだけど
舞台背景とか原作やこのスレの本編に忠実でないと駄目?

31:2004/11/09(火) 04:38
 ガシュ、ガシュ、ズリュル

 思わず耳を塞ぎたくなるような咀嚼音が、裏路地の暗がりに響く。
 時刻はかっきり午前3時。
 魔街東京の片隅での出来事。

 グチャ、クチャ、ゴキュリ

 セントバーナードを更に上回ろうかという程の巨躯を持つ二頭の黒犬が、
 帰宅途中だったであろうサラリーマン風の男を貪るように喰らい続ける。
 かつてサラリーマンだったその男は殆ど原型を留めておらず、
 最早人間というより肉塊と表現したほうが正しかった。

 ガツ、ゴキャ、メキリ

 犬がサラリーマンの右腕を骨ごと喰い千切る。
 その横に佇む一人の男。
 一仕事を終えたかのように満足そうな顔で、犬がサラリーマンを喰らうのを見やっていた。
 いくら魔街東京といえど、およそありふれたとは言えない光景。
 だがその惨劇を知る者は、男と二匹の犬しか居ない。
 …そのはずだった。

「アヒャ、ナンカウルセートオモッタラ、コリャヒデーアリサマダナ!」
 いきなり背後からかけられた声に、男と犬が咄嗟に振り向く。
 そこには、狂ったような笑みを顔に貼り付けた一人の青年が立っていた。

「…獰猛な番犬(レザボア・ドッグス)」
 男が小声で犬に合図を送る。
 犬達は体を翻し、青年の喉笛目掛けて跳び掛かる。
 魔街の夜に二人目の犠牲者が、
 犬を操る男がそう確信した瞬間―――

「剣の舞(ダンスマカブル)!!」
 一瞬にして青年の両手に片刃の剣が具現する。
 鍔の部分に大きな目のついた左右の刀が闇に煌き、
 すれ違い様に犬達の体にその閃光が這い回る。
 直後、犬達は文字通り微塵切りになって地面に散らばり虚空に散った。

「な…!」
 あっさりと犬を仕留められた男が狼狽する。
 男には目の前の光景が信じられなかった。
 彼の思念から生み出した黒い犬。
 これに勝てる者など存在しないはずだった。
 事実、今までそうだった。
 今日だって、ちょっとしたストレス発散に偶々目に付いた人間を虐殺、そのまま家に帰って就寝する。
 そんな日常が当たり前のようにやってくると思っていたのに。
 それなのに。
 なのに、眼前にそびえるこいつは一体何なんだ…!

「アヒャ、ツギハオマエノバンダナ」
 それが、男の聞いた最後の言葉だった。





「やれやれ、やっぱりこうなったか…」
 輪切りになった死体を見下ろしながら、フーン顔の男が溜息をついた。
「アヒャ、依頼はなるだけ生け捕りにして連れて帰れという事だった筈だぞ?
 それをお前、こんな組み立て前のプラモデルみたいな有様にしてしまってどうする」
 フーン顔の男が、両手に刃物を持った青年に諭すように言う。
 心なしか、その声には諦めが混じってしるようにも聞こえた。

「ウルセーゾ、フーン。
 フカコーリョクダ、フカコーリョク」
 アヒャと呼ばれた青年の返答に、フーンはやれやれと肩を竦める。
「アヒャ、頼むからもう少し加減というものを覚えてくれ。
 お前が念能力犯罪者を憎む気持ちも判るが…」
「ソノハナシハヤメロ…!」
 アヒャの刺すような眼光に、フーンがはっと口を塞いだ。
「悪かった、すまない」
 フーンが軽く頭を下げる。
 そこで二人の間の会話は途絶え、気まずい沈黙が周囲に流れた。

「…ソウイヤ、ツギノシゴトハドウナッテル」
 と、アヒャが口を開いた。
 静寂の重圧に耐えられなくなったのだろう。
「特に決まっていない。
 が、目処はつけてある」
 フーンがアヒャの前に新聞の一面を差し出した。
 アヒャが新聞に目を通すと、まずは大きな見出しの文字が目に飛び込んでくる。

『N市連続猟奇殺人事件、犠牲者はや16人に!』

「…アヒャ」
 アヒャが目を細める。
 まるで、新しい玩具を見つけた子供の様に。
「どうやら、これで決まりのようだな」
 フーンが煙草を咥え、ライターで火を点けた。


                   〜序章・完〜

4能力不明の念能力者:2004/11/09(火) 20:37
イイ!(・∀・)

51:2004/11/09(火) 23:55
 放課後。ガランと静まり返った学校の美術室。僕は一人、そこで絵を描いていた。いや、
『絵を描いていた』という表現は少し違うか。正確に言うならば、絵を写していたという
べきか。半分開けられた窓からは、五月の爽やかな風が流れ込んで僕の顔をくすぐる。
「……」
 黙々と筆を動かし続ける。目の前の、かつて美術部に所属していた人が書いていたであ
ろう絵を見、それを模写する。輪郭、色使い、筆の動かし方、それら全てをより本物へと
近づけ、全く同じ絵を再現する事のみを念頭において筆を動かし続ける。

 他人の猿真似。昔から、僕はそれが得意だった。それしか出来なかった。小学校の時の
自由工作だって、いつもクラスメイトが作っていたものを真似するだけだった。今もそう。
ただでさえ部員が少ない上に、幽霊部員が全体の九割以上を占める廃部寸前のこの美術部
に入ったのだって、別に絵が好きだったからじゃない。風景写生、既存絵画の模写、僕に
はそれぐらいしかする事が無かったからだ。だから、僕自身のオリジナルの絵は一年生の
時ここに入部してから一年経った今でも、一枚たりとも描いてはいない。僕には、僕自身
の絵は描けない。…描き方が、分からない。

「…てと」
 日も暮れ始めた頃、ようやく模写が完成した。だが、達成感など微塵も感じない。
「……」
 一見、本物とそっくりそのままな複写絵。だけど、違う。足りない。本物に比べて、圧
倒的に足りない。正確さ、緻密さ、才能、センス、そして何より絵を描きたいという熱意。
僕の絵からはそれらがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
 いくら姿形を真似ようと、偽者は偽物。本物(オリジナル)の前にはその矮小な存在な
どあっけなく消え失せる。所詮は代理品。所詮は出来損ない。それが、僕の全てだった。

「宝擬古、そろそろ校門閉めるぞー」
 美術室のドアが開き、先生がそう告げる。
「あ、はい。分かりました」
 私立二番組高校2年B組宝擬古。これが僕の名前であり、そして今からどうしようもな
い程絶対的な、絶望的な、黒々とした混沌の渦に巻き込まれていくなど、この時の僕には
知る由などあろう筈もなかった。

61:2004/11/09(火) 23:58





 夕暮れの街角、僕は家路を急いでいた。最近この街を賑わしている連続猟奇殺人事件。
犠牲者にそれらしい関連性は無い事から、無差別殺人と予想されている。あえて関連性を
挙げるとするならただ一つ、いずれもが人間とは思えない程の力で惨殺されているという
事。その犠牲者はすでに20人の大台を突破したらしい。確率的には僕がその犯人に襲わ
れる確率は交通事故に遭うより少ないのだろうが、それでも用心に越した事はない。君子
危うきに近寄らず。面倒事からは出来る限り遠ざかっておくに限る。

「ちょっと、そこの少年」
 いきなり、横から声を掛けられた。女の人の声だ。
「道を尋ねたいんだが、いいかな」
 見ると、そこには着物を着た女性が立っていた。落ち着いた感じの色を基調とした、や
やくたびれた感のある和服。動きやすくする為か、裾にはかなり深めのスリットを入れて
いる。背は、174cmある僕よりも少し高い。厚底の靴を履いている風でもないから、
デフォルトで背が高いようだ。年齢は20代の前半から中盤といった所か。髪は染めてい
るのか元々白髪なのか、雪のような白。腰に掛かりそうな程長い髪は後ろで纏められてい
る。顔は…やや表情に乏しいが、かなりの美人だ。
「そういう説明の為の心理描写はいいから。俺も、暇を持て余してる訳じゃないんだ。」
 うわ、俺女だ。着物姿の俺女だよ。もしかして、もしかしなくても、これってイタい人
との歴史的遭遇の決定的瞬間ってやつなのか?
 待て、まさかこの人ってもしや…!

「うわあああ!身包み置いて行きますんで命だけは助けて下さい!!」
 僕は会心の土下座をかました。やばいよやばいよ。まさかこんな所で連続猟奇殺人犯に
会うなんて。父さん、母さん、先立つ不幸をお許し下さい。
「馬鹿者。こんないたいけな少女を前にして誰が連続猟奇殺人犯だ。第一、これから殺す
 相手に道を尋ねる殺人鬼が何処にいる」
 前半の部分には全く同意できないが、後半は成る程その通りだ。
「あ、そうですか。それは失礼しました」
 立ち上がり、裾についた土を払う。よかった。どうやら明日の朝刊の一面に僕の顔写真
が載るような事態にはならないらしい。

「まったく何て礼儀知らずな少年だ、君は。まあいい、この辺りでUFOキャッチャーの
 あるゲームセンターを探しているんだが、何所にあるのか知っているか?」
 着物を着た人から、UFOキャッチャーだのゲームセンターだのの横文字を聞くのは何
か違和感がある。てかあんたゲームセンターって、『暇を持て余してる訳じゃないんだ』と
言っておきながら、暇を潰す気満々じゃねえかよ。
「ああ、それならここから東の方に500メートルも行けば商店街が見えますから、そこ
 に行けばゲーセンくらいゴロゴロしてますよ」
 東を指差しながら、僕は答える。
「東の、どっちだって?」
「ですから、あっちです」
 しっかり指を差して教えてやっているのに何で理解できないんだ。お前は響良牙か。獅
子咆哮弾でも撃ってろ。爆砕点穴でも撃ってろ。
「今時らんま1/2なんて分かる奴は少ないだろ」
 あんた分かるのかよ。
「面倒臭い。折角だからそこまで案内してくれよ」
「何が折角だからですか!」
 お前はコンバット越前か。青い扉でも選んでろ。
「いいから」
 無表情のままそう告げる女性。
「だから何がいいからなんですか!」
 無愛想なくせに人懐こい。どうやら僕は、連続猟奇殺人犯よりももっと厄介な相手に捕
まってしまったらしかった。

71:2004/11/09(火) 23:58





「着きましたよ」
 結局、僕は不承不承この変な女性を商店街のゲームセンターまで案内する事になった。
やれやれ、しかしそれもここまでだ。
「じゃ、僕は家族が心配するかもしれないんでこれで」
 そう言い残しその場を立ち去ろうとする僕の後ろ襟を、着物姿の女性は掴んだ。何だ?
未成年略取の現行犯か?
「まあそう急ぐなよ少年、折角だから一緒に遊んでいかないか?」
 女性がそう言って僕を引き止める。これは一種の逆ナンというやつか?
「有難い申し出ですが、最近は物騒なので早く家に帰る事にしているのですよ。ではこれ
 で。縁が合ったらまたお会いしましょう」
 もう沢山だ。こんな変人とはすぐにでもおさらばしたい。
「家に帰っても安全とは言い切れないと思うんだけどな。件の連続猟奇殺人事件の犠牲者
 の4人は、家の中で惨殺されてたって話だろ?」
 この女、異常な外見言動とは裏腹、しっかりニュースにはチェックを入れているらしい。
「言い換えれば家の中で殺されたのは20人中4人、つまり20%という事ですよね?な
 らば矢張り家の中の方が確率上安全という事実が統計によって導き出されます。よって
 僕は家に帰ります」
「まあ待てって。少年、まさか本気でそう思っている訳じゃないよな?確率的にはそうな
 のだとしても、お前が、家の中で殺される確率を上げるのに一役買わないという保証は
 どこにも無いんだぞ?」
 …思った程馬鹿という訳でもないようだ。かといって、この女性が変であるという僕の
認識は覆らないが。
「それに帰り道で殺人鬼に襲われないとも限らないしな。だけどそれは大丈夫。少年、君
 が俺とここで一緒に遊んでくれるなら、帰り道の安全だけはこの俺が確実に保証しよう。
 どうだい、悪くない取引だろ?」
 連続猟奇殺人犯よりあんたの方が心配だよ。というか、この人一介の市民が殺人鬼をど
うこう出来ると思っているのか?ちゃんと税金払ってるんなら、警察に期待すべきだと思
うのだが。

「…それに正直に言うとだな、俺、今手元に持ち合わせが無いんだよ」
 この人最悪だ。最初から僕の財布を目当てに、僕をここまで案内させたんだ。
「すみません帰ります、もう帰ります。お金については僕より人徳がありそうな人に相談
 して下さいではこれで」
 帰ろう。早く帰ろう。今日は下らない事で時間を無駄にし過ぎた。
「君が俺に金を出さないと言うのなら、俺は今ここで君の歯を全部へし折る覚悟がある」
「あんたそれカツアゲじゃねえかよ!」
 警察の皆さん、今すぐここに来て下さい。話題の連続猟奇殺人犯ではありませんが、今
ここに犯罪者が存在してます。
「わかりましたよ!出しますよ!出せばいいんでしょう!」
 もうヤケクソだ。こんな女に関わってしまった時点で僕の運命はお先真っ暗だったのだ、
と割り切って考えるしかない。
「うむ。君は実に気前のいい奴だな、少年。この恩は一生忘れないぞ」
 どうせ覚える気も無いくせに。僕はこの荒唐無稽な女性を前に、ただ呆然とするしか出
来なかった。

81:2004/11/09(火) 23:59



「いやー、楽しかったな少年」
 山盛りのヌイグルミを両手に抱え、着物の女性が満足そうな顔を見せた。この女、僕の
財布が底をつくまでUFOキャッチャー続けやがった。しかし、出会った時から徹頭徹尾
無愛想だったこの女性がこんな顔する
「せめてもの礼だ、これやるよ」
 山盛りのヌイグルミを僕に差し出す女性。
「いやこれそもそも僕のお金で取った物ですし、こんなにヌイグルミあっても嫌がらせに
 しかなりません。ていうか、ヌイグルミいらないなら何でUFOキャッチャーなんかし
 たんですか」
 僕は溜息をつきながらそう答える。
「分かってないな。UFOキャッチャーの本質は、握力の弱いアームや、引っかかりの少
 ないヌイグルミ、それら難攻不落の城砦に挑んでヌイグルミを奪取するのが醍醐味なん
 じゃないか」
 うるせえよ。人の金で遊んで知ったげに語るな。

「兎に角、これで満足してくれましたね。ではこれで」
 そう言って、僕は帰ろうとする。
「おい、待てよ。最近は物騒だから、俺が送ってやるって言ったろう?」
「いえいえ、これでも僕は北斗神拳の使い手でして、お気遣いは無用です。では今度こそ
 さようなら」
 勿論そんな拳法など使えないが。
「すぐバレる嘘つくなよ。本当に大丈夫なのか?」
 多分あんたといるよりは安全だ。
「はい、大丈夫です。ではお気をつけて」
 今度こそ、ゲームセンターから出ようとする。

「ちょっと待ちたまえ少年」
 女性が後ろから声をかけて来た。
「まだ何か用があるんですか?」
 僕は苛立たしげにそう返した。
「こんないい女に出会っておきながら、名前の一つも聞いていかないのかい?」
 何をいけしゃあしゃあと。悔しいことに美人という点については反論しようが無いが。
「結構です。僕は、余計な人間関係は出来るだけ作らない主義なので」
「おいおい、若いうちからそんなだとこれから先苦労するぞ?まあいいや、いやだと言っ
 ても教えてやる。俺の名前は外法狐。狐娘と呼ぶ奴もいるがね。覚えておいて損は無い
 名前だぞ」
 覚えて損は無い、ですか。僕はついさっき、あなたのお陰で3500円損しました。
「苗字が外法で、名前が狐さんですね。分かりました。走馬灯の時には何とか名前が出て
 くるようには努力してみます」
 鳥のように、三歩歩いて速攻で忘れてやる。
「ふむ。それは嬉しいな、少年。で、君の名前は何だい?」
 外法狐さんが僕の顔を覗き込む。
「宝が苗字で名は擬古、タカラギコですよ」
 偽名で答えてやろうかとも思ったが、本名を教える事にする。まあ、名前を教えたくら
いでどうって事あるまい。
「タカラギコ。いい名前だな、少年。まあ、せいぜい帰りは気をつけてな」
 外法狐さんがポンと僕の右肩に手を置いた。
「言われなくともそうしますよ」
 そして、僕と外法狐さんはゲーセン前で別れるのだった。

91:2004/11/10(水) 00:00





 日は既にとっぷりと暮れていた。都心を離れた土手地にはもう人影は無く、犬の遠吠え
だけが低く響く。
「くっそ、まだお小遣いまで一週間以上あるってのに…」
 軽くなった財布が懐の温度を急速に下げる。一体結局何だったんだ、あの女性、外法狐
という人物は。これまで17年、とても人生経験が豊富とは言えないが、あんな人間に出
会う事は二度と無いと断言出来る。
「たくもー、本当にどうするんだよ…」
 愚痴を言っても財布の中身がビスケットみたいに増える事はありえないと分かっていな
がらも、愚痴を言わずにはいられない。どうする、どうするタカラギコ。一世一代のピン
チだぞ。

「……?」
 と、前方に黒い人影が見えた。周囲が暗いが、身長からして女性の確立は少ないだろう。
しかし連続猟奇殺人犯が街中を闊歩しているかもしれないというのに、こんな夜遅く人通
りの少ない場所を歩くとは物好きな人だ。人の事は言えないが。

「ギ…ギシュ……」
 人影の方からそう呟く声が聞こえて来た。ギシュ?何だそりゃ。義手の事か?
「ギシ、ギシュ…」
 マリオネットの様にカクカクとした動きでこちらに向く人影。ある程度近づいた所で、
それがどこにでもいそうな中年男性という事がようやく視認出来る。というか、あの人少
しおかしいぞ?
「ギシュ、ギシュ、ギシュ…」
 そこで、僕はやっとある結論に到達した。さっき僕はこう思った。『連続猟奇殺人犯が街
中を闊歩しているかもしれないというのに、こんな夜遅く人通りの少ない場所を歩くとは
物好きな人だ』、と。でも、それは大きな誤りだった。この人は物好きな人なんかじゃなく
て、そんなんじゃなくて、それはつまり…

「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 こいつこそが連続猟奇殺人犯だったのだ…!

「う、うわああああああああああああああああああああ!!」
 僕はすぐさま後ろに振り返ると、全力で逃げ出した。そんな、そんな事って。ニュース
で連続猟奇殺人について見ていた時には、こうなるなんて思ってもいなかった。テレビの
向こう側で騒がれているだけで、僕には関係無い、そんな根拠も無い安心感に浸っていた。
でも、でも今は、それが現実として襲い掛かって来ている。

「うあッ…!」
 視界が大きく揺れ、直後僕は地面と熱烈な口付けを交わす。しまった。石に躓いて転ん
でしまったのだ。
「ひッ、ひいぃ!」
 腰が抜けて立ち上がれない。そんな間にも、殺人鬼は物凄い勢いで僕に向かって来る。
死ぬのか!?ここで!?嫌だ、死にたくない!僕には、まだやりたい事が…

 ―――やりたい事って、何だったんだ?

 時が止まったような錯覚。その中で、今までの記憶が一瞬にして脳の中を渦巻く。幼稚
園、小学校、中学校、高校、妹、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、今まで
会った人、今まで見た景色。これが、走馬灯ってやつなのか…

『俺の名前は外法狐。狐娘と呼ぶ奴もいるがね。覚えておいて損は無い名前だぞ』
 その言葉と共に、あの奇妙奇天烈な女性のシルエットが脳裏をよぎった。畜生、何だってよりによって、あんな奴の事なんて。

「ギシュアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 殺人鬼の右腕が、およそ人間とは思えない速度で僕の頭に振り下ろされる。僕は恐怖に
耐え切れず、ギュッと目をつぶり―――

101:2004/11/10(水) 00:03

「ギュバア!!」
 しかし、腕は僕の頭に振り下ろされなかった。何だ?一体、何が起こった!?
「……?」
 恐る恐る目を開いてみる。すると僕の真正面にいた筈の殺人鬼の姿はそこになく、5メ
ートル程離れた所に倒れている。代わりに、目の前に立っていたのは…

「よう、少年。危機一髪、だったな」
 外法狐さんが、あの珍奇人間がそこに立っていた。あの連続猟奇殺人犯と至近距離で相
対しているというのに、いつ殺されてもおかしくないのに、それなのに、僕とであった時
と同じ飄々とした顔で、僕を背中で庇うように立っていた。
「き、狐さん、この人―――」
「分かってるよ、まあ心配せずにそこで座ってろ」
 どこから来るのだ。この人のこの自信はどこから来ているのだ。そして、どうして僕は、
この人が来ただけでこんなにも安心してしまっているのだ。

「そこのお前、こいつにはちょっとした借りがあってね。見殺しには出来ないんだよ。命
 が惜しかったら、このまま回れ右して失せろ。そうすれば、お前の事は見なかった事に
 してやってもいいぜ?」
 まるで立ち話でもするかのような無防備な姿勢で、狐さんは殺人鬼に言う。
「ギシュ!」
 殺人鬼が、倒れたままの体勢から一気に跳ね起きて狐さんに突進する。交渉決裂。いや、
最初から交渉だの会話だのが通じる相手じゃない。
「それが答えかよ。まあこうなるとは思っていたがね。もう何言っても無駄だろうけど一
 応予め断っとこうか。俺、目茶苦茶強えぜ?」
 狐さんはまだ何の構えも取らない。両手をぶらんと下げたまま、向かってくる殺人鬼を
見据える。そして殺人鬼の腕の一薙ぎが、狐さんの首目掛けて放たれた。
「不死身の肉体(ナインライヴス)…!」
 狐さんが、小さく、しかし力強い声でそう呟いた。


                〜次回へ続く〜



 〜追記〜

AA大辞典より
        ,
  _, -ー"´|
  \フノリハリル
  イ从゚ ー゚ノi、
  ⊂i) `y'〉つ
  ,,-'''ん、ハゝ
.,;',_,,_;:'(ノ ヽ )

狐娘【きつねむすめ】
通称きっちゃん
爪技、狐火などを使うことが出来る。
貧乳疑惑アリ。

【スレ立てる前に】新キャラ・自キャラを披露するスレ【ここへ来て】
http://aa.2ch.net/test/read.cgi/mona/1068109560/321
うゐのおくやまけふこゑて 巻之一
http://aa3.2ch.net/test/read.cgi/mona/1071282721/
うゐのおくやまけふこゑて 巻之二
http://aa3.2ch.net/test/read.cgi/mona/1073808351/
うゐのおくやまけふこゑて 巻之三
http://aa3.2ch.net/test/read.cgi/mona/1077886895/

外法狐の元AAはこれです。
ほぼオリキャラ化してるとか言わない。

111:2004/11/10(水) 00:05
訂正
>山盛りのヌイグルミを両手に抱え、着物の女性が満足そうな顔を見せた。この女、僕の
財布が底をつくまでUFOキャッチャー続けやがった。しかし、出会った時から徹頭徹尾
無愛想だったこの女性がこんな顔する
 ↓
>山盛りのヌイグルミを両手に抱え、着物の女性が満足そうな顔を見せた。この女、僕の
財布が底をつくまでUFOキャッチャー続けやがった。しかし、出会った時から徹頭徹尾
無愛想だったこの女性がこんな顔するなんて意外だ。

121:2004/11/11(木) 17:41
 グシャアッ!

 狐さんの顔面に、殺人鬼の拳がめり込んだ。
 肉が潰れ、骨の砕ける音。
 おそらく狐さんの顔は見るも無残に陥没している筈だ。
「どうした、その程度か?」
 ―――!
 僕は耳を疑った。
 馬鹿な。
 あんなに凄い音がしたのに、どうしてこの人はこんな平気な声が出せるのだ!?
 いやそれよりも、どうしてこの人は生きているんだ!?

「……!」
 僕は戦慄する。
 肉が潰れ、骨が砕けていたのは殺人鬼の腕のほうだった。
 ありえない。こんな事、ありえない。
 この人の体は、鋼鉄製だとでもいうのか!?

「それじゃあ、今度はこっちの番だな」
 狐さんは先程の殺人鬼の一撃など毛程も効いていない様子で、腕を大きく振りかぶった。
 あまりにも単純な、あまりにも愚直な、あまりにも率直なパンチの為の姿勢。
 攻撃準備態勢。

「……!?」
 目を凝らすと、狐さんの周りに何かもやのようなものが纏わり付いているのが見えた。
 そのもやは、狐さんの今まさに放たれんとする右拳に特に大きく纏わり付いている。
 何だ、あれは?
 目の錯覚かなにかなのか?

「いくぜ…!」
 臨海まで力を溜めた狐さんが、今まさに拳を打ち込もうとした。

 轟音。

 振り上げた拳を振り下ろす、ただそれだけの行為。
 たったそれだけの筈なのに、僕には狐さんのその動作が見えなかった。
 あまりにも速く、あまりにも強く、それはあまりにも常軌を逸し過ぎていて、
 地面に出来た小規模のクレーターと、半分以上挽き肉と化した殺人鬼の有様を見て、
 ようやく何が起こったのか理解出来る、それ程の超常現象。
 文字通りの一撃必殺。

「…っと。 少しやり過ぎたかな」
 袖を払いながら、狐さんが呟く。
 ……。
 目の前で起こったこの世ならざる出来事に、思考が追いつかない。
 落ち着け。考えろ。
 今、僕がするべき事は…

131:2004/11/11(木) 17:41

「? 少年、電話なんか取り出してどうするつもりなんだい?」
 ポケットから携帯電話を取り出した僕に、狐さんが訊ねた。
「警察! 警察ですよ! これは間違い無く警察に連絡すべきです!」
 目の前で殺人事件が起きた。
 ならば矢張り一般市民としての僕が取るべき行動は、警察に連絡を入れる事だろう。
「おいおい、警察に連絡されると、色々面倒な事になりそうなんだ。 止めてくれよ」
 平然と言い放つ狐さん。
「いや、駄目でしょう! どう考えても駄目でしょう!
 あなたが僕を助けようとしてくれた事はちゃんと証言しますから、
 大人しく警察に自首して下さい!
 過剰防衛は免れませんが、情状酌量の余地は残されてます!」
「悪いが、君が警察を呼んだら、俺は警察諸共君を殺す」
 やばい。目がマジだ。
 もう嫌です。もうこんなの嫌です。
 誰か僕をここから連れ出して下さい。

「それにさあ、君は大きな誤解をしているぞ、少年。
 俺はあのおっさんを殺してなんかいないよ」
 何を言ってんだこの人は。今になって容疑の否認か?
 でも残念。僕はきっちり殺人現場を見ています。
 それとも、犯した罪に耐え切れずに精神がおかしくなっちゃったのか?
「あー… やっぱ口でこう言っても信じられないか。 仕方無い」
 と、狐さんはいきなり僕の腕を掴んだ。
 凄い力。振りほどこうという気すら起こらない。
 そのまま、僕は狐さんが惨殺した殺人鬼の死体の傍まで連れてこられた。
「ほらよ」
 あろう事か、狐さんは僕の手を殺人鬼の死体の一部に押し当てた。
「うわああああああああああああああ!」
 何をするんだこの人は!新手の嫌がらせか!?
 ひんやりとした、生命が失われた事を象徴するような冷たさが手の平に伝わってくる。
 ……?
 え?
 待て。
 冷たい?
 これは、おかしいぞ?

「分かったみたいだな」
 狐さんが僕の手を死体から離した。
 冷たい。
 この死体は冷た過ぎる。
 こいつは、つい今し方殺されたばかりの筈なのに、だ。
 本来なら、肉体にはまだ温かみが残っていないと理屈に合わない。

「…どういう事なんですか?」
 僕は狐さんの方を向いて言った。
「どういう事も何もそういう事さ。
 こいつは、ずっと前に死んでいた」
 馬鹿な。そんなの、信じれるか。
 漫画やゲームじゃあるまいし、死体がひとりでに動くなんてある訳が無い。

「まっ、信じれないのも無理は無いさ、少年。
 君のような一般人(カタギ)には、俺達逸般人(アウトロー)の世界の事なんざ知らないだろうからな。
 理解出来ないのが当然だし、理解出来ない方がいい」
 狐さんが屈みこみ、何やら死体を調べ始める。
「はぁん、ふむふむ、成る程ね。
 これは多分、いや、間違い無く…」
 何やらぶつぶつ呟きながら、狐さんがわりと原型を残している殺人鬼の頭部を眺めた。
 そして思い出したように、僕の方へと顔を向ける。
「少年、ここまでだ。
 君の退屈で平凡で安全で安心で正常な日常を失いたくないのなら、ここで回れ右して家に帰りな。
 それで、今日ここであった事なんざ忘れろ。
 覚えていても、決して碌な事にはならない。
 君は殺人鬼になんか襲われなかったし、そもそも君は俺には会わなかった。
 それで万事は終了する。
 未解決という形で何事も無く解決する。
 いいか、少年。
 世の中には関わらない方がいい世界が、確実に存在するし、君には関わる資格は無い」
 真面目な顔で、狐さんがそう告げた。
 言われなくとも、元よりそのつもりだ。
 というかこうなった原因の一部はあんたにもあるじゃないか。
 いいさ。
 丁度殺人鬼も死んだ事だし、これ以上猟奇殺人が発生する事も無いだろう。
 そして、再び僕の日常は続く。
 何も本物など無い、偽りの日常が―――

 ウゾリ

 その時、殺人鬼の耳から蛭のような蟲が這い出て来た。

「う、うわあああああああああああああ!?」
 ホラー映画のようにおぞましいその出来事に、僕は本日何回目か分からない悲鳴を上げた。
 もう勘弁してくれ。
 何だって今日に限ってこんな馬鹿げた事ばっかり。厄年にはまだ早過ぎるぞ!?

141:2004/11/11(木) 17:42

「何だ、藪から棒に情けない声出して」
 狐さんが呆れたように言う。
「む、む、む、蟲。
 今、耳から蟲が…!」
 震える手で殺人鬼の耳元で蠢く蟲を指差す。
 狐さん、あれ見て何とも思わないのか?

「……!」
 その時、狐さんの目付きが変わった。
 何だ?
 僕、何かおかしい事言ったか?
「『視える』のか、『あれ』が…!?」
 低い声で僕に尋ねる狐さん。僕はそれに頷く事で答える。

「…はッ、くっくっく… あはははは!
 成る程成る程、こういう落ちがつくか」
 愉快そうに狐さんが笑う。
 前からおかしいとは思っていたが、この人ついに狂ったか?

「!!」
 と、いきなり狐さんは僕の肩を両手で掴んだ。
 そして僕の顔をぐいと眼前まで引き寄せる。

「いいだろう、少年。 君は遅かれ早かれ選択の場面に出くわす人間だったのか。
 さっきの『世の中には関わらない方がいい世界が、確実に存在するし、君には関わる資格は無い』、
 という発言だが、すまない、あれは訂正しよう。
 どうやら俺は君を見くびっていたようだ」
 何を言ってるんだこの人は。
 何が言いたいんだこの人は。
 分からない。
 一体全体十把一絡げ一から十まで分からない。

「いいか、今君は人生の転機を迎えた。
 君は選択しなければならなくなった。
 そして君には選択する権利と義務がある。
 このまま日常に埋没するか、日常に放逐されるか。
 二つに一つ。 右か左か、上か下か、赤か黒か、死ぬか生きるかだ。
 逃避は許されない。 逃亡は許されない。 逃走は許されない。
 これは君の選択だ。 君の人生だ。 君が選んで君が決めろ」
 狐さんが僕の肩から手を離す。
 そして、おもむろに地面の石を一つ拾って放り投げた。
 メジャーリーガーも顔負けの速度で石は投擲され、瞬く間に視界の外へと行ってしまう。
「ああ、今のは気にしなくていい。 ちょっと鼠を追い払っただけだ。
 尤も仕留められはしなかったろうが…」
 鼠?
 そんなのがあんな向こうにいたと言うのか?

「さて、ここからが本題だ、少年。
 もし君が日常を失ってもいいのなら、非日常に抗う事を選ぶのなら、
 今日君と一緒に遊んだゲームセンターに、今日と同じ時間に来るんだ。
 そうすれば、全てとは言わないが教えてやろう。
 今日、君が今ここで見たものの本質というやつを。
 言っておくがこれは強制じゃないぞ。
 君にその気が無いのなら、悪い事は言わない。 来るのはやめておけ。
 生半可な覚悟で歩んでいい道じゃないし、そうすれば人としての幸せの幾つかも失わずにすむ。
 いいか、忘れるなよ。 これは君が決める事なんだぞ」
 それだけを一方的に告げると、狐さんは身を翻して跳躍した。
 有に10メートルはあろうかという距離を助走無しで跳躍して着地。
 そして背中はこちらに向けたまま、その端正な顔だけを僕の方に振り返らせる。
「じゃあな、少年。 なかなか楽しかったが、今日はこれでお開きだ。
 君にその気があるならまた逢おう」
 そう言い残し、狐さんは夜の闇へと姿を消した。
 ポツンと、その場に僕と殺人鬼の死体だけが残される。
 不気味な程の静けさだけが、そこには漂っていた。

「…結局何だったんだよ、あの人は」
 考えるだけ無駄とは分かりつつも、僕はそう自問自答せずにはいられない。
 外法狐。
 着物姿の俺女。
 それはまるで嵐のような奴だった。



                      〜続く〜

151:2004/11/13(土) 01:32
 〜三話〜

 狐さんと別れた(というより一方的に立ち去られた)後、
 僕は結局警察には通報しないまま家に帰った。
 警察にあそこであった事を話しても到底信じてくれないだろうし、
 もし信じる人がいるならそれは病院へ行く事をお勧めするべきだろう。
 それより何より、通報した僕が容疑者として疑われるかもしれなかったからだ。
 かくして僕は3000里歩いて来たかのような疲労感と感じながらも何とか家に辿り着き、
 「今日は食欲が無いから」と晩御飯も食べずにそのまま寝てしまった。
 というより、殺人鬼の死体のあの有様を見て普通に食欲が湧く方が異常だ。
 そして、今日、何事もなかったかのように学校へと登校している。

「夢じゃ…なかったんだよなあ……」
 朝、眼が覚めた時、僕は昨日の惨劇は悪い夢なのかと思っていた。
 そうであって欲しかった。
 しかし、そのささやかな願いも朝のニュースを見た時に脆くも崩れ去った。

 『連続猟奇殺人事件、21人目の被害者か!?』

 何度目か分からない緊急速報。
 テレビのレポーターが実況しているのは、紛れも無く昨日のあの土手地だった。
 そしてそこに映る小規模のクレーター。
 それが昨日のあれはどうしようもなく疑いようもなく抗いようもなく現実だったという事を示していた。
「冗談じゃねえぞ…」
 何だったんだ。何だったんだ、あれは。
 そして、あの人は。
 外法狐。着物の似合う女性。俺女。容姿端麗。豪放磊落。馬鹿力。異常頑丈耐久力。
 僕を巻き込んだ人。僕に何かを見出した人。僕に何かを教えようとしている人。
 そもそも、あれは本当に人なのか?

「タカラギコ君、急がないと遅れますよ?」
 と、思案に耽る僕の横から柔和な声がかけられた。
「…あ、お早うございます、おとうふ先生」
 二丁目冬夫(にちょうめふゆお)。僕の高校で生物を教えている先生だ。
 生徒達からは、冬夫(ふゆお)を音読みした『とうふ先生』、または『おとうふ先生』の愛称で親しまれている。
「? 先生、きょうは自転車で学校へ行かれているんですか?」
 僕は先生に訊ねた。
 おとうふ先生はいつもは白い愛車で通勤しているのだが、今日に限って自転車に乗っていたのだ。
「ああ、最近下っ腹のたるみが気になってきましてね。
 健康の為に車を控える事にしたのですよ。」
 歳相応にやや皺の入った顔を恥ずかしげにほころばせて先生が答える。
 成る程、そういう事か。これで合点がいった。
「では私はお先に。 タカラギコ君も遅刻してはいけませんよ」
 そう言うと先生は一足先に学校へと向かった。
 さて、それでは僕も少し急ぐとしよう。

161:2004/11/13(土) 01:34





 その日も、つつがなく六限目まで授業は終了した。
 授業という学校の檻から開放された学生達が、放課後という空へと思い思いに羽ばたいていく。
 ある者は部活へ。ある者はそのまま家へ。ある者はコンビニへ。ある者は繁華街へ。
 ある者はファーストフードへ。ある者は塾へ。ある者はゲーセンへ。
 そして僕は、相も変わらず美術室で絵を写していた。

 人の絵を模倣している時は、何と言うか心を無にして落ち着く事が出来る。
 何の目的も無いが、何の意味も無いが、僕にとっては時間を潰す程度の役には立つ。
「……」
 ちらりと、壁にかかった時計を見る。現在4時30分。閉校時間まではまだもう少しある。
『君にその気があるならまた逢おう』。
 狐さんの言葉が頭の中で再生される。昨日狐さんとあのゲーセンについたのは確か午後6時くらい。
 学校から歩けば30分程で到着する。
 言い換えれば、5時30分、つまりあと1時間の間に僕は選択をせねばならなかった。
 あのゲーセンに行って狐さんと会うか、それともそうしないのか。
「ま、考える必要も無いけどね」
 そう、考える必要は無い。答えは『行かない』だ。
 大体何で僕が明らかに危険(ヤバ)そうな事に足を突っ込まなきゃならないのか。
 あんなの、無視するのが一番いいに決まってる。そうすれば、今までと同じ日常を送れるのだ。
 わざわざ虎の穴に飛び込むような愚を冒す必要などありはしない。
 そうさ、僕はこのまま―――

「……?」
 ガラリ、と美術室のドアが開く音。誰かが部屋に入って来たらしい。
 こんな所に、何か用でもあるのだろうか。
「あ…ごめん、邪魔した…?」
 すまなそうに僕に声をかけてきたのは、一人の女子生徒だった。
 制服のリボンの色から、どうやら僕と同じ2年生らしい。
 えーと、見覚えがある気もするんだが… 誰だったっけ?
「いえ、別にいいですよ」
 そう返しながら、僕はこの女子が誰だったのかを思い出そうとする。
 あまり人とは関わらない性格の所為か、僕はどうにも人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。
 狐さんのようにどぎついインパクトでもない限り、一度あったくらいでは顔と名前は一致しない。
 さて、この人は誰だったか。
 美術部の幽霊部員か、それとも同じクラスの女子だったか…

171:2004/11/13(土) 01:34

「あの、タカラギコ君、一つ聞いていい?」
 女子が僕に訊ねる。
 思い出した。確か、この子は僕のクラスメイトだった。
 名前は…そうそう、山吹萌奈香(やまぶきもなか)だ。
 で、僕に何を聞きたいだって?
「はあ、別にいいですけど」
 一応内容だけは聞いてみる事にした。
 しかし、分からない。
 僕とモナカさんは全くと言っていい程交流なんて無かった筈だ。
 せいぜい、二言三言他愛も無い会話を交わしただけだろう。
 それなのに、わざわざ美術室に来てまで僕に聞きたい事って何だ?

「えっと… その…
 昨日、タカラギコ君が凄く綺麗な和服の女の人とゲームセンターで一緒に遊んでた、
 って噂を聞いたんだけど、それって本当なの…?」
 うげげ。
 よもやとは思っていたが、うちの学校の生徒に目撃されていたのか。
 そういや今日クラスの連中がいやにジロジロ僕を見ていたと思っていたが、それが原因か。
 そうと分かればモナカさんがここに来た理由も納得がいく。
 女の子は噂が好きだからな。直接僕に事の真偽を確かめに来た訳だ。
「あー… 一応本当ですけど、あれは何と言うか…」
 困ったな。どうモナカさんに説明したものか。
「…もしかして、恋人?」
「いえ、違います。 神に誓って仏に誓って絶対完全違います」
 この子はよりによって何という事を言うのか。
 僕と狐さんが恋人?
 そりゃ外見だけなら狐さんは恋人として完璧だろうが、肝心の中身が破滅的だ。
 あらぬ噂が流れぬよう、ここで完璧に否定しておかねば。
「本当に?」
「本当です」
 僕はきっぱりと言い切った。
 人生に余計な波風を立てない為にも、誤解を生むのだけは避けなければならない。
「…信じていいんだね」
 疑り深い人だな、この子は。
 最初から違うって言ってるじゃないか。
「ええ、嘘はいいません」
 僕がそう答えると、モナカさんの顔が心なしか明るくなる。
「そっか、そうだよね。
 ごめんね、変な事聞いて」
 モナカさんは何故か嬉しそうににっこり微笑んだ。
 ?
 どうして彼女が嬉しがるんだ?
 僕、何か彼女が喜ぶ事でも言っただろうか。
「ごめんね、邪魔しちゃって。 絵、頑張ってね」
 モナカさんが恥ずかしそうに美術室から出て行く。
 結局、彼女は何をしに来たのだろう。
 いくら考えても、僕にはその答えが分からなかった。

181:2004/11/13(土) 01:35





「よう。 来たか、少年」
 昨日僕の財布の中身が盛大につぎ込まれたUFOキャッチャーを背に、狐さんがシニカルに笑った。
 …来てしまった。
 僕はどうしてここに居るのだろう。
 僕はどうしてここに来てしまったのだろう。
 あれだけ、この人と関わり合いになるのは止そうと思っていたのに。
「どうしてここに来てしまったのか、って顔だな。
 何、難しく考える事は無い。
 少年。 君は、昨日のあれに関わってしまった時点で、答えが決まってたんだ。
 君の細胞が、君の存在が、ここに来る事を選んだのさ。
 言っておくがこれは運命論じゃないぜ。
 『君がここに来た』。
 これは運命でも何でも無く、君が君の意思で選んだ事だ。
 意識的か無意識的かは別としてね」
 僕が、選んだ…?
 …いや、それはそうなのだろう。
 下校途中、僕はいつでも引き返す事は出来た。それは簡単な事だった。
 だが、それをしなかった。
 それはつまり、確実に僕が選んだという事なのだろう。
「しっかしまあ、本当今の世の中って髪染めてる奴が多いよな。
 ファッションだか何だか知らないが、自分の持って生まれたものにどうして手を加えるのかね。
 その点、君は自毛のままのようだな。 感心感心」
 どうやら、狐さんは結構頭が固いようだ。
「…そういう狐さんの髪はどうなんです?」
「ああ、こりゃ生まれついての白髪だよ。 格好いいだろ?」
 「はあ、まあ」と生返事で答える僕。
「ま、ここで立ち話も何だし、場所を移そうか。
 一緒に茶でもしばこうぜ、少年。」
 有無を言わさず狐さんが僕の腕を引っ張る。
 強引だ。この人本当に強引だ。この人に他人の話を聞くという概念は無いのだろうか。
 ほぼ拉致も同然に、僕は近くの喫茶店へと連れ込まれる。

「何名様ですかー?」
「お二人様で」
 ウエイトレスに指でVの字を作って見せる狐さん。
 あんたこっちから言う時には『お』も『様』もつけねーぞ、普通は。
「よーいしょっと」
 狐さんが案内された席へどっかりと腰を下ろす。
 本当にいっつも態度でかいひとだな、この人。
「では聞かせてましょうか。
 僕に教えてくれる事って、一体何なんですか?」
 お冷やを渡しに来たウエイトレスさんが向こうに行ったのを見計らって、僕は狐さんに訊ねた。
「まあそう急ぐなよ、少年。
 武士も食わねば何とやら、まずは飯にするとしようぜ」
 狐さんがパラパラとメニューをめくる。
 待て。
 確か昨日、UFOキャッチャーの金を僕にせびる程この人は金が無かった筈だ。
 と、いう事は…

「狐さん、ところで食事の代金はどなたが払うので?」
「え? 奢ってくれるんじゃないのか?」
 ……。

「帰る帰る帰ります帰れば帰る時!
 帰らせて貰います僕は実家に帰らせて貰います!」
 畜生。
 やっぱりか。
 来るんじゃなかった。
「えー、ター坊のケチー」
「人を変な仇名で呼ばないで下さい!
 大体僕は昨日あなたがUFOキャッチャーをしたおかげで、一文無しなんですよ!?」
「お金が無ければ代金を払わなければいいじゃない」
「あんたそれ食い逃げじゃねえかよ!」
 よくもまあヌケヌケと。
 殺すぞ。
 無理だけど。

「冗談だって。 いくら俺でもそこまであつかましくないよ。
 昨日の礼も兼ねて奢ってやる」
「奢ってやるって…
 あなた昨日お金持ってないって言ってたじゃないですか」
「昨日は昨日、今日は今日さ」
 狐さんが懐から茶色い封筒を取り出した。かなりの厚みがある。
 やっぱり中身って…

191:2004/11/13(土) 01:35

「? 少年、電話なんか取り出してどうするつもりなんだい?」
「警察に連絡します。 銀行強盗の犯人がここに居ると」
 ああ、この人は本当に何て人なんだ。
 昨日の殺人に飽き足らず、銀行強盗にまで手を染めるなんて。
 今朝のニュースで見た銀行強盗事件の犯人がまさか目の前にいるとは、
 灯台下暗し、事実は小説より奇なりだ。
「失礼な奴だな、君は。
 俺が銀行強盗をするような奴にみえるのか?」
 見えます。
 果てしなく究極的に。
「じゃあ、その僕には到底お目にかかれないような札束は何なんです!?」
 僕は声を荒げた。
「あー、これはまあ色々、色々さ。
 多分君は知らない方がいい」
 眼をそらしてお茶を濁す狐さん。
 よく見ると、その眼は笑っていない。
「…分かりました。 詮索しても無駄なようですし、もう聞きません」
 影で暗殺でもしてんじゃないだろうな、この人。
 それか実はどこかの国のスパイとか。
「いい子だ、少年。
 まあ話すべき時がくればそのうち話すよ。
 今の所、俺は君に嫌われたくないんでね」
 悪戯っぽく狐さんが笑う。
 …可愛い。
 一瞬、僕はその笑顔に引き込まれそうになり、慌ててぶんぶんと首を振った。
「お、どうした? 顔が赤いぞ、少年。
 お姉さんの魅力にドッキュンバッキュンかな?」
「うるせえ」
 図星を突かれてしまった… って、今日はこんなストロベリートークしにここまで来たんじゃないぞ!?

「てか狐さん、早く本題に入って下さい。
 僕も遅くなる前に帰りたいんで」
「まー待てって。 飯を奢ると言っただろう?
 取り敢えず何か注文しようぜ」
 狐さんがウエイトレスを呼ぶ。
 出所不明の金でご馳走になるのは気がかりだが、折角なので奢ってもらう事にした。
 家には、「今日は晩御飯いらないから」と連絡を入れておく。
「それじゃ俺は、カレーライスにペペロンチーニにサンドイッチに…」
 目に付いたメニューを片っ端から注文する狐さん。
 おいおい、まさか全部食うつもりなのか!?
 いや、この人ならそれくらい充分にありえる。

「…んじゃ、飯が来るのを待ってる間に本題に移るとしようか」
 ようやく本題に入るようだ。
 狐さんが真面目な顔で僕の顔を見据える。
「昨日のあれ、確かに見えたんだな」
「…はい」
 あれとはおそらく蟲の事だ。
 もしかしたら、狐さんに纏わりついていたもやの事かもしれないが。
 でも、多分どちらでも正解だろう。
「そうか。 それなら大丈夫だな」
 と、狐さんがポンと僕の肩に右手を置いた。
 次の瞬間、狐さんの右手に昨日と同じもやが出て―――

201:2004/11/13(土) 01:36

「う、う、う、うわあああ!?」
 僕の内側から、何かが溢れ出した。
 見ると、狐さんと同じようなもやが僕の体全体からも湧き出ている。
 何だ。
 これは、何だ。
 僕は一体、何をされたんだ!?
「っと、やべ」
 狐さんが慌てた声をあげ、右手にかかるもやが更に大きくなる。
 押さえ込まれるような感覚。
 すると、僕の中からはちきれそうな程溢れ出していたもやもかなり収まった。
「お客様、どうなされました!?」
 僕の叫び声に気づいたウエイトレスさんが慌てて僕達に駆けつけて来る。
「ああ、何でも無いよ。
 こいつには持病の癪があってね、それさ。 驚かせてすまない」
 信じられないくらい丁寧な態度で頭を下げる狐さん。
 てか、礼儀を知ってるなら僕にも少しは気を使え。
「そ、そうですか」
 訝しがりながらも、ウエイトレスはその場を去って行った。
 どうやら、大事にはならなかったらしい。

「な、何なんですか、今のは!?」
 僕は掴みかからんばかりの勢いで狐さんに尋ねた。
 先程より大分程度は小さくなったといえど、僕の体からはまだ微量に何かが溢れている。
 こいつ、本当に碌な事しないなあ。
「悪い悪い。
 まさか、君がここまで素質があるとは思わなかったからさ。
 俺も驚いちまったよ。
 ま、心配すんな。 ちゃんと俺が『押さえ込んでおいた』からさ」
 悪びれもせずに狐さんが言う。
「ま、大分落ち着いたろ?
 それじゃあここからがお楽しみだ」
 おもむろに、狐さんが一枚の葉っぱを取り出してお冷やの上に浮かべた。
「あの、狐さん。 あなたの故郷では水を飲む時に葉っぱを浮かべる風習があるのですか?」
「んな訳あるかよ。 いいからそのままコップの淵に手を当ててみろ」
 何を言ってるんだこの人は、と思ったが、逆らうと恐いので言う通りにコップに手を触れてみる。
 …何も起こらない。
「あの、狐さん。 これは一体どこの国の祭りで?」
 こんな事をさせる狐さんの意図が分からない。
 こんなんで、何が分かるというのだ?
「見かけに反応は無し、か。 それなら…」
 狐さんがお冷やに指を突っ込み、ついた水を舌先で舐める。
「水の味にも変化無し。
 つまり、気(オーラ)は確かに水に流れている筈なのに、何の変化も起こっていない。
 …はッ、こいつは本当に傑作だ。 よりによって『特質系』か」
 特質…系?
 何だ、それは?
 何の話だ?
「ん? ああ、説明が要るよな。
 今のは水見式っつって、個人個人の持つ念の性質ってのを識別する為の儀式さ」
 念?性質?
 助けて下さい。この人の言ってる事の意味が分かりません。
「まずは念の説明からした方がいいな。
 いいかい、少年。 念ってのは、俺達生き物の持つ潜在的な能力の一つさ。
 気孔とかの類を想像してもらえば分かり易いか」
 気孔?
 よく漫画やゲームに出てくるあれか?
 波動拳とかタイガーバズーカーとかのあれなのか?
「で、その念というやつにも勿論個人によって個性や得手不得手がある。
 その個性ってのは、大雑把に分けると六種類になるのさ。
 例えば、ものの持つ働きや強さを強くする『強化系』。
 念の元となる気の性質を変える『変化形』。
 気を飛ばす『放出系』。
 物質や生物を操る『操作系』。
 気を物質化する『具現化系』。
 そして最後に、それらどれにも属さない『特質系』だ」
 狐さんの説明は続く。
「そして、それらの系統のどれに属するかを見極める為に使われるのが、さっきも言った水見式だ。
 気をコップとかに注いだ水とその上に浮かべた葉っぱとかに流す事で、
 それによって起こった変化を元に気の特性を判断するのさ。
 具体的に言うと、『強化系』なら水が増えてコップから溢れる。
 『変化系』なら水の性質、例えば味とかが変わる。
 『放出系』なら水の色が変わる。
 『操作系』なら水に浮いた葉っぱが動く。
 『具現化系』ならコップの中に不純物が生まれる。
 『特質系』は、上に挙げた奴以外の事が起きる。
 お前の場合、何も起こらないという現象がそれな訳だ」
 ああ、そうか。
 だから狐さんは僕の事を『特質系』と言ったのか。

211:2004/11/13(土) 01:37

「…でも、僕の場合ただ単にその『念』とかいうやつの才能が無いだけなんじゃないですか?」
「いいや、それはない。
 あれだけの気が流れて、水や葉っぱには何の変化も無い。
 そんな事がある訳無いんだ。
 紛れも無く、お前は『特質系』の念能力者さ」
 何も起こせないのが特別…
 何か、嫌な感じだ。
「次にそれぞれの系統の得意不得意、端的に言えば相性について教えよう。」
 そう言うと、狐さんはナプキンに以下のようなものを書いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★系統の相性について

    強化系
   /    \
放出系    変化系
  |      |
操作系    具現化系
   \    /
    特質系

この六性図で自分の属する系統に近いものほど相性が良く
逆に自分の属する系統から離れるほど相性が悪くなる
(特質系の威力・精度は不明)

各系統の能力を使用するときの具体的な威力・精度は
自分の属する系統の能力     100%
隣り合う系統の能力        80%
二つ先に位置する系統の能力   60%
一番遠い系統の能力         40%
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「以上相性についての説明終了」
「うわ、すっごい手抜きだ」
「仕方ないだろ、作者が面倒臭いんだ」
「そっすか」

「…それで、狐さんはどの系統なんですか?」
 僕は狐さんの顔を見て言った。
「いい質問だ、少年。
 しかし気をつけろ。 自分の系統や能力を人に話すってのは、言い換えれば自分の長所短所をバラすのも同然だ。
 だから、俺達の世界では相手の能力を聞くのは最大のマナー違反にあたる。
 これは分かるな?」
 そういえばそうだ。
 いくら強い人でも、その能力に応じてしっかりと対策を立てられたら十分に負ける可能性が出てくる。
 つまり、自分の能力を吹聴して回る事はそれがそのまま敗北に繋がるという事か。
「ま、今回に限って言えば、君の系統だけ知って俺だけ秘密ってのはフェアじゃないよな。
 特別だ。 サービスに俺の念を教えてやるよ」
 狐さんの手にもや(多分これが気ってやつなのだろう)が宿り、
 そのままそれがコップの淵に―――

「!!!!!」

 水柱が、上がった。
 水が猛烈な勢いでコップから溢れ出し、さながら噴水のように店の天井に向かって飛び出す。
 その余波でコップは跡形も無く砕け散り、一拍の間の後僕の頭に飛び出した水が降りかかった。
 凄まじ過ぎる。
 これが、狐さんの念だというのか。

「お、お客様! 何事ですか!?」
 再びウエイトレスさんが僕達の所に駆けつけた。
 それどころか、店中の視線が僕達に釘付けになる。
 まずい。
 これで僕も、明日から奇人変人の仲間入りだ!
「ああ、ごめんごめん。
 手品の練習してたら、ちょっと失敗しちゃってね。
 これは迷惑代だ。 取っといてくれ」
 狐さんが札束から三万円を抜き出して、惜しげもなくウエイトレスさんに手渡した。
 手馴れた様子からして、こういうのは初めてではないらしい。

「…どうだい、惚れ直しただろ?」
 狐さんが僕の顔を覗き込む。
 いえ、僕はこれで益々あなたと関わり合いにはならないという決心がつきました。
「見ての通り、俺はこれ以上無い程の強化系。
 そして、それを肉体強化にだけ徹底して練り上げたのが俺の念、
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』さ」
 成る程。
 だから、あの殺人鬼の攻撃も通用しなかったし、
 単なるパンチであそこまでの威力が出せたのか。
 まさに化け物。
 まさに怪物。

221:2004/11/13(土) 01:37

「…?
 そういや、『俺の念、『不死身の肉体(ナインライヴス)』って言いましたけど、
 念ってやつには一人一人の名前をつけるものなんですか?」
 僕は狐さんに聞いた。
「ああ、それか。
 そういえば重要な事を教えるのを忘れてたな。
 念それぞれの系統ってのはさっき教えた通りだが、
 同じ系統の中でも、気をどう使うかによって無限のバリエーションを見せる。
 例えば、具現化系でも刀を作るか槍を作るか、それとも銃を作るかでもう別の能力な訳だ。
 そしてその自分独自の念能力に対する誇りと矜持の表れとして、
 俺達念能力者は念能力に名前をつけてるのさ。
 それが、そのままそのスジでの通り名になる事もある」
 よく分からんが、ようはスタンドみたいなものか。
「自分の念能力を何にするか、これは念能力者にとって一番重要な問題だぜ。
 それがそのまま自分の一生を左右する。
 身の振り方から戦い方、そして下手すりゃ寿命の長さまでな。
 お前の場合は特質系だから、あらかた方向性が定まってる事が多いんだけど、無論例外だって存在する。
 どんな能力にするかは、慎重に決めろよ」
 諭すように告げる狐さん。
 どんな能力にするか。自分は何になりたいか。
 そんなの、そんな事―――
 僕に、分かる訳が無いじゃないか。
「…僕には決められませんよ、狐さん。
 だって、僕には、自分自身の何かを創る事なんて出来ないんですから」
 自嘲気味に僕は呟く。
「自分自身の何かを創れない、ね。 ふん、そりゃまた難儀な話だな。
 まあいいさ、暴走迷走は青春時代の特権だ。
 存分に悩んで存分に足掻きな。
 それがそのままお前の肥やしになる」
 好き勝手言いやがって。
 あなたに僕の何が分かるというんだ。
 世の中の人は皆が皆、あなたのように強くて確固たる自分を持っている人間じゃないんだ。
 そんな気もしらないで、よくもまあそんな無責任な事を。

「…話はそれだけですか」
 僕は不機嫌そうに言った。
「んあ、どうした? 何か俺、まずい事でも言ったか?」
「いいえ、別に」
 つっけんどんに言い返す。何をやってんだか、僕は。
 これじゃまるで子供だ。

231:2004/11/13(土) 01:38

「そうか… 俺の所為で気分を害したんなら謝るよ。
 それじゃ、これで最後だ。
 念使いがこの世界でどうやって生きていくのか、これを教えておく」
 真剣な顔で、狐さんが口を開いた。
「いいか、念ってのは確かに便利な能力だが、
 使い方を間違えれば… いや、間違えなくても危険な力になる。
 念を使えない奴にとってみりゃ、俺達は化け物も同然さ。
 何せ、銃(チャカ)や日本刀(ポントウ)を遥かに凌ぐような凶器を、
 常に体の内側に隠して歩いているようなものだからな。
 当然、精神力が弱けりゃ力に飲まれる」
「そんなに恐い力なら、使わなければいいだけじゃないですか」
「それは無理だ、少年。
 いいかい、俺も君も、もう力を持ってしまったんだ。
 それを制御する事は出来ても、無視する事は出来ない。
 今更無かった事には出来ないんだ。
 そしてこの念という力は、放置するには余りにも強過ぎる。
 結局、捌け口見つけて折り合うしかないのさ。
 野球が上手い奴は野球選手を目指さずにはいられない。
 ピアノが上手い奴はピアノを捨てる事が出来ない。
 昨日、俺が君に日常を失うと言ったのはそういう事なんだぜ?」
 そうか。
 あれは、そういう事だったのか。
「そして、およそ日常では念能力を使うような事態なんてまず起こらない。
 しかし力は使いたい。
 するとどうなるか?
 答えは簡単、使わざるを得ないような事態に首を突っ込む」
 狐さんが獰猛な笑みを見せた。
「まず一つ。 これはすぐに思いつくだろう、悪党だ。
 力を持て余した奴、力に飲み込まれた奴、力に狂った奴は大概この道に堕ちる」
 成る程、つまりはあんたみたいな人がそうなるのか。
「次は、その悪党に対抗する為の組織。
 分かりやすくいえば警察や政府お抱えの兵隊だ。
 と言っても、別にこれは正義の味方という訳じゃないぜ。
 お前も政府が善人の集団なんて思っちゃいねえだろう?
 あいつらだって、裏でやってるのはマフィアとかとどっこいどっこいさ。
 あくまで対抗組織であって、それ以上じゃない」
 正義の味方はテレビの中だけの存在。
 分かってはいたが、仮面ライダーなんて現実にはありえなかったという事か。
「三つ目、これらの組織に所属せず、己の力を頼みに生きていく人種。
 それが、『ハンター』だ。
 そして俺はこれに属している」
 『ハンター』?
 どうでもいいが、もっとセンスのあるネーミングは無いのか。
「『ハンター』ってのは、年に一回行われる『ハンター試験』ってのに合格する事で与えられる免許証(ライセンス)を持った、
 自営業の何でも屋みたいなもんなんだけど、中には免許を持たないモグリもいる。
 ま、さっき己の力のみを頼りにって言ったけど、
 『ハンター』の社会にも寄り合いとか派閥とか組織みたいなものはあってね、
 実際には一人(ピン)でやってる奴なんか稀さ」
 個人は集団に屈する。
 数の暴力がこの世で最も恐ろしい暴力という事は、矢張りどこでも同じらしい。
「狐さんは一人で働いてるんじゃないんですか?」
 僕は訊ねた。
「俺は、えーと… まあ、仕事は大体一人でやってるんだけどね。
 一応ある集団に所属しているのさ、これが」
 何やらあまり言えないような事情があるらしい。
 というか、狐さん程の人でもどこかの組織に組していないと生活出来ないのか。
「まあ、『ハンター』も裏家業って事には変わりはないがね。
 口に出せないような仕事だって、結構ある」
 そこまで聞いて、僕は狐さんの札束がどういう意味を持っているのかについて思い当たった。
 口には出せない仕事。
 それは、例えば、一つ挙げるとするならば…

241:2004/11/13(土) 01:38

「…殺したんですか?
 その報酬が、そのお金なんですか?」
 何を、とは僕は言わない。
 狐さんも、何が、とは聞かない。
「いいや、これは違う。 これは殺しの金じゃないよ。
 殺しの金なんかで、君に飯を奢ったりはしないし、
 俺は金の為に殺しなんかしない」
 それは本当なのか。
 嘘をついているんじゃないのか。
 確証なんて無い。
 保証なんて無い。
 なのに、僕は、何故かそれを聞いて安心した。
「…分かりました。 信じますよ、狐さん」
 僕は狐さんの目を見る。
「ありがとう。 信じてくれて嬉しいよ、少年」
 狐さんが真っ直ぐに僕の目を見つめ返した。
 …信じて、いいんですよね、狐さん。
 あなたは、金の為に人を躊躇無く殺せるような人でなしじゃないんですよね。

「さて、こんなもんか。
 言っておくが、今のはほんの一例に過ぎないからな。
 念能力者でも真っ当な暮らしを送っている奴なんて幾らでもいる。
 今挙げたのは、悪い見本ってやつだ。
 なるべくなら、こんな世界に踏み込むなよ」
 狐さんがそう言って微笑んだ。
 まるで、我が子を見る母のように。

「お待たせしましたー」
 丁度話に一区切りがついた所で、ウエイトレスさんが注文した食事を運んで来た。
 カレーライスにサンドイッチにハンバーグに… そのいずれもが狐さん一人によるものだ。
 実際にこうして注文したものを目の前にすると壮観である。
 本当に、狐さんといえどこれだけの量を食べきれるのか?
「お、来た来た。
 それじゃあ少年、難しいお話は一旦中止だ。
 こっからは楽しい話しながら飯にしようぜ」
 狐さんが待ちかねたとばかりに箸に手を伸ばした。

251:2004/11/13(土) 01:38





 僕は、人間の胃袋にあれ程の量のものが入るという神秘を初めて目の当たりにした。
 30分もしない間に、狐さんは山積みの食事を平らげてしまったのだ。
 はっきり言って、あれはもう人間業じゃあない。

 食べながら、僕と狐さんは他愛も無い話で盛り上がった。
 最近見たニュース、昔読んでいた漫画、面白いと思ったゲーム、などなど。
 よく考えれば、僕が家族以外の他人とあんなに親しく会話するなんて、
 初めての事だったように思う。
 僕自身、その事実に驚いていた。
「…ガラでもないな」
 そう、本当にこんなのガラじゃない。
 僕が、あそこまで他人に深く(と言っても普通の人にとっては珍しくもないレベルだが)接するなんて。
 何も無いから、何も出来ないから、自分である事を諦め、
 どこにでもいる端役(エキストラ)に徹していたこの僕が。
 本当に全然、ガラじゃない。

 夜道を一人、歩く。
 狐さんに「送ってやろうか」とも言われたが、
 また学校で噂になるのも嫌だし丁重に断った。
 まあ大丈夫だろう。
 殺人鬼は、昨日狐さんが抹殺している。
 いや、元々死んでいたのを動かなくしたという方が正しいか。
 …え?
 殺人鬼?

「…あ」
 一番大切な事を聞くのを忘れていた。
 死体だった筈の殺人鬼が、どうして動いていたのか。
 まず最初にこれを聞いておくべきだったのだ。
 念という突飛過ぎる話の所為で、その事をすっかりと忘れていた。
 というか、この事を話さない狐さんも狐さんだ。
 あの野郎、よりによって最も肝心な話をすっぽかしやがった!
「…いや、違うか」
 僕は軽く頭を振った。
 あの狐さんが、こんな重要な事を話し忘れるだろうか?
 多分、それはない。ならば何故話さなかったか。
 考えられる回答はただ一つ。
 僕には知らない方がいい事だから。
 おそらく、あの殺人鬼には狐さんの言っていた『踏みこまない方がいい世界』の出来事なのだろう。
 だから、僕に話さなかった。
 話せば、知ってしまえば、僕も巻き込まれてしまうかもしれないから。
 …あの人なりに、僕に気を遣ってくれたんだろう。

261:2004/11/13(土) 01:39

「…あれ?」
 おい。
 おいおい。
 おいおいおい。
 おいおいおいおい。
 何だ何だこの気持ちは。
 何だ何だ何だこの感情は。
「うっそだろう…」
 ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。
 これってやっぱりもしかして、俗に言うあれってやつですか?
 あれっていうそれなんですか?
 馬鹿な。
 やめとけ。
 僕は下らない偽物なんだぞ?
 それに、あの人みたいな美人なら、彼氏の一人や二人(もっと沢山?)いるだろう。
 てか、いるのが自然だ。
 僕なんかに振り向いてくれる訳がない。
 僕の想いが届く訳なんてない。
 何故なら、僕は、ただの虚構なんだから―――

271:2004/11/13(土) 01:39

「…って、あれ?」
 ふと、前方に四つんばいになって何かを探している人を発見した。
 体の大きさからして、14、5歳の少女。
 …どうしよう。
 またあの殺人鬼みたいなやつじゃあないだろうな。
「ふえ〜ん、どうしよどうしよ〜」
 今にも泣き出しそうな、可愛い声。
 どうやら、昨日の殺人鬼みたいに問答無用で襲い掛かってくるような事はないみたいだ。

 カツン

 爪先に何かが当たる音。
 見ると、足元には度の高そうな眼鏡が落ちていた。
「めがね〜、めがねめがね〜〜」
 うわ、おい、これって、そうなのか?
 あの漫画とかでお馴染みの、馬鹿の一つ覚えを通り越して王道になりつつあるあれなのか?
 眼鏡っ娘、ウィズアウト・眼鏡、イコール「眼鏡が無いと何にも見えない〜」。
 はッ、これは罠だ!
 何者かが僕を罠に嵌めようとしているッ!

「あの〜、君の探している物って、もしかしてこれですか?」
 しかし放っておくのも哀れなので、僕は少女に眼鏡を渡す事にした。
「ふえ?」
 こちらに振り向く少女。
 すげえ、絵に描いたような、勉三さんの眼鏡外し時の目。
 いわゆるεの形をした目である。
 まさか、こんな天然記念物をこんな所で見る事が出来るとは。
 これぞキテレツ大百科だぜ。
「はわわ〜!ありがとうございます〜!」
 嬉しそうに叫んで、少女が大慌てで眼鏡を装着する。
「……!」
 僕は絶句した。
 こ、これは、『眼鏡をかけたら超美人』という、
 『眼鏡を外したら美人』の定理の正反対なのか!?
 こんな事が、この現実世界に存在していいのか!?
 これは神の摂理に背く程の反逆だぞ!

「あ、あの! どこのどなたか存じませんが本当にありがとうございました!
 このご恩は一生忘れません!」
 深くお辞儀をする少女。
 いえ、こちらこそ結構なものを拝見させて頂きました。
 ごちそうさま。
「いや、気にしなくていいですよ。 えーっと…」
「あ、私しぇりー、死神見習いの人吊詩絵莉(ひとつり しえり)と申します!」
 死神?
 死神見習い?
 この子、もしかして電波でも受信しているのではなかろうか。
「あの、えーっと、
 失礼ですが、お兄さんのお名前は…」
「ああ、宝擬古。 タカラギコですよ」
 どうやら会話が通じるだけの知能は持ち合わせているみたいだった。
 それにしても、可愛い子だな。
 まあ、狐さんには敵わないが。

281:2004/11/13(土) 01:40

「タカラ…ギコ…
 タカラギコ…?」
 と、しぇりーちゃんが何やら考え始めた。
 どうした。
 新たに宇宙からのメッセージでも受け取ったか?
「タカラギコ…タカラギコ…」
 懐から写真を取り出すしぇりーちゃん。
 その写真には、僕の顔が写っている。
 ええ!?
 僕って、実は人気者だったのか!?
 じょしこーせいのアイドルだったりしたのか!?

「あ、ああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 しぇりーちゃんがいきなり僕に人差し指を向ける。
 おいおいしぇりーちゃん。
 人に指を向けるのは失礼だって、お父さんかお母さんに教わらなかったのかい?
「ターゲット、発見です!」
 ターゲット?
 誰が?
 もしかして、僕が?

「『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』」
 その掛け声と共に、しぇりーちゃんの両手にフラフープ大の輪が握られた。
 一見それはチャクラムのようではあるが、それにしては大き過ぎる。
 というか、あんな大きな物どっから取り出したんだ?
 いやそんな事より、それで一体何をするつもりなんですか?
「あの、その、眼鏡を拾ってくれた事は心から感謝してます。
 でも、お仕事はちゃんとやり遂げなくちゃならないのです、ごめんなさい」
 しぇりーちゃんがもう一度ペコリと頭を下げた。
 ごめんなさい。
 それは謝罪の言葉。
 それを、どうして僕に言う必要があるのか。
 それはきっと、僕の考えているので当たり。
 いや、まさか。
 そんなまさか。
 こうなる理由が見つからない。
 こうなる必然が見つからない…!
「せめて、痛みを感じないように一瞬で終わらせますので、
 じっとしておいて下さいね?」
 輪っかを握り締めたまま、しぇりーちゃんが僕に向かって突っかけて来た。



                 〜続く〜

291:2004/11/15(月) 02:27
 〜四話〜

「死んで貰いますぅッ!」
 しぇりーちゃんの特大チャクラムが、両側から挟み込むように僕に襲い掛かる。
 それも、もの凄いスピードで。
「おわあ!」
 生命活動への危機感から、本能的に体が回避行動を取る。
 いや、回避というよりは、情け無く尻餅をつくようにして倒れこんだ。
 その真上を特大チャクラムが通り過ぎ、逃げ遅れた髪の一房が切り落とされる。
 わーい、散髪する必要が無くなって儲けたぜ。
 って、そんな呑気な事考えている場合じゃない。
「ま、ま、ま、待って!
 しぇりーちゃん、ちょっと待って!」
 腕を突き出してしぇりーちゃんに動きを止めるよう懇願する。
 しぇりーちゃん、冗談だよね?
 これは、最近流行の悪戯か何かなんだよね?
 いやあ、流行には疎いと思っていたけど、
 まさかこんなのがナウなヤングにバカウケとは知らなかったなあ。
「問答無用ですぅ」
 可愛らしい口調のまま僕に特大チャクラムを振るってくるしぇりーちゃん。
 情け無用の二撃目。
 死神の口付けにも等しい斬撃。
「ひいぃッ!」
 尻餅をついたままの体勢から、転がるようにしてなんとかかわす。
 その真後ろで、まるで発泡スチロールのように苦も無く切り裂かれるコンクリート塀。
 どうみても、常識の通じるような威力ではない。

「避けちゃだめですよぅ、お兄さん。
 生きたまま腕とか足とか切り落とされたら痛いですよ?」
 さらっと恐ろしい事をのたまうしぇりーちゃん。
「いや、ね、しぇりーちゃん。
 そう思うんならこんな事やめようよ?
 お兄さんSMの趣味なんか無いよ?
 ノーマルプレイ専門だよ?」
「それ、セクハラです。
 警察に訴えますよ?」
 いやしぇりーちゃん、自分のやってる事棚に上げて何を言ってるんすか君は。
 この場合警察に訴えられて困るのはどっちかってーと君の方だと、お兄さんは確信するぞ?
 こうなったら俄然国家権力に訴えちゃうぞ?
「大体、何で僕が君に殺されなくちゃいけないのさ?
 まずはそこら辺から整理しようよ。 ね?」
 物騒極まりない少女に対し、必死に理性的なコミュニケーションを試みようとする僕。
 しぇりーちゃん、人間には言葉というものがあるんだから、
 それを少しでも活用してくれるとお兄さん嬉しいなあ。
「えっと、その、それは守備事務なのです。
 お話し出来ないのです、ごめんなさい」
 しぇりーちゃんがペコリと頭を下げる。
 …守備事務?
 17年間生きてきたが、初めて聞く四字熟語だ。
「…ひょっとして、守秘義務の事?」
 僕がそう指摘すると、たちまちしぇりーちゃんの顔が赤くなった。
 うわ、ひょっとして、素で間違えてた?
「…キリングユーです」
 むっすりとした表情で特大チャクラムを構え直すしぇりーちゃん。
 どうやら、怒らせてしまったようだ。
 いや、いやいや、しぇりーちゃん。
 悪いのは間違えた君だから。
 それはただの逆ギレだから。

301:2004/11/15(月) 02:27

 だけど、どうする。
 さっきと今のは偶然にも避けられたけど、マグレが次にも起こるとは思えない。
 しぇりーちゃんも次で確実に仕留めにかかるだろう。
 待ち受けるは、死、のみ。
 このままでは確実に殺されてしまう。
 くそ、考えろ。
 この現状を打破するような手段は。
 この現状を覆す裏技は…!

『そして、およそ日常では念能力を使うような事態なんてまず起こらない。』

 狐さんの台詞。
 そうだ、念。
 だけど、念は日常を容易く壊す諸刃の剣と、狐さんも言っていた。
 だけど、そんな事構ってられるか。
 今は間違い無く日常なんかじゃない。
 非日常だ。
 使うぞ、念を。
 思い出せ、あの感覚。
 確か、自分の内側に流れる力を感じ取って―――

「!?」
 今まさに僕に飛びかかろうとしていたしぇりーちゃんが、慌てて足を止めた。
「お兄さん、念使いだったんですか!?」
 明らかに驚いている声。
「…だったら、どうだって言うんだい?」
 溢れる。
 僕の内側から、何かが溢れてくる。
 だけど、これは何だ?
 何かが僕の中から出ているのは分るが、そこには何の力も感じられない。
「でも、どうやらまだ素人のようですね。
 練(レン)や纏(テン)や凝(ギョウ)すら出来ていない。
 それどころかその気(オーラ)は何なんですか?
 体から出てくると同時に、空気にでも溶けるかのように消えちゃってますよ?
 そんなんじゃ、練もへったくれもないです。
 何も出来やしないじゃないですか」
 練?纏?凝?
 何だそれは。
 そんな事、狐さんからは聞いてないぞ。
 そうか、多分狐さんは明日か明後日にでも教えるつもりだったんだ。
 一気に教えては、僕が混乱するかもしれないと思ったから。
 だが、今はそれが完全に裏目に出た。
 だけど狐さんを責める事は出来まい。
 だって、二日連続で命の危機に晒されるなんて、どこの誰が考えつく?
「それなら、どうって事ないです。
 一般人に毛が生えた程度の念使いなど、
 五位とはいえ卑しくも『禍つ名(まがつな)』である、
 この『人吊(ひとつり)【一理】』の敵ではありません」
 しぇりーちゃんが、今度こそ僕の首を落としにかかる。
 速い。
 とても、対応出来ない。
 いまさっきの二回は、本当にただの幸運だったようだ。
 しぇりーちゃんが僕を一般人と思って油断した、という事もあるだろうが。
 嫌だ。
 死にたくない。
 僕はまだ、あの人と話が聞きたいんだ。
 狐さんと、話がしたい。
 畜生。
 駄目なのか。
 ここで全て終わりなのか。
 念とやらがあっても、僕には結局何も出来ないのか。
 そりゃそうさ。
 だって僕は偽物。
 何一つ本当のものなど作れやしない。
 しぇりーちゃんも言っていた。
 僕の気は、何にもならずに消えてしまっていると。
 僕には、念ですら何も作れない。
 全てが偽り。
 全てが虚ろ。
 ならば、“人の真似をすれば”いい…!

311:2004/11/15(月) 02:28



     静けき夜 巷は眠る
 此の家に 我が恋人は嘗て住み居たり
  彼の人は 此の家既に去りませど
   其が家は 今も此処に残りたり

 ―――複製対象、記憶内検索開始
 ―――検索完了、複製対象発見

 一人の男其処に立ち 高きを見やり
  手は大いなる苦悩と闘うと見ゆ

 ―――複製対象、『不死身の肉体(ナインライヴス)』
 ―――解析開始
 ―――筋力強化、敏捷性強化、感覚強化、治癒力強化、解析完了
 ―――構成要素抽出開始

  其の姿を見て 我が心戦きたり
   月影照らすは 我が己の姿
  汝 我が分身よ 青ざめし男よ
   などて 汝の去りし日の
   幾夜を此処に悩み過ごせし
   我が悩み まねびかえすや

 ―――複製対象構成要素、抽出完了
 ―――複製開始
 ―――複製処理正常
 ―――複製完了
 ―――完全再生率12%
 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・不死身の肉体(デグラデーションコピー・ナインライヴス)』

321:2004/11/15(月) 02:28



「!!!」
 しぇりーちゃんの特大チャクラムが、僕の首を捉えた。
 その小柄な体からは信じられない程の膂力。
 衝撃に耐え切れず、僕は吹っ飛ばされる。
「なッ…!?」
 しぇりーちゃんは、狼狽を隠そうともせずうろたえた。
 そう、しぇりーちゃんのコンクリートすら切り裂く特大チャクラムは、
 確実に僕の喉元に命中した筈だ。
 だが、“僕の首は繋がったまま”だった。
「……」
 僕は首を押さえながら立ち上がる。
 斬れこそしなかったものの、衝撃を防ぐ事は出来なかった為、ダメージはある。
 恐らく、狐さん本物の『不死身の肉体(ナインライヴス)』ならば、
 今の攻撃など屁でも無かったのだろう。
 まあ、劣化コピーにしては上等といった所か。
「あ、ありえません、こんな―――」
 今起こった現象が信じられないのか、しぇりーちゃんが今度こそ僕の体を切り刻もうとする。
 一閃。
 二閃。
 三閃。
 しかし、僕の体はそれでもバラバラにはならなかった。
 ただ、くどいようだがインパクト時の衝撃はしっかりある為、
 僕は斬撃の勢いそのままに宙を飛んで壁に叩きつけられる。
「…こいつはいいや」
 僕は驚嘆した。
 頑丈なだけでなく、体中に力が満ち溢れてくる。
 今の僕なら、岩だって叩き割れるだろう。
 劣化コピーで、これ。
 だとすれば、狐さんは一体どれ程の力をその身に宿しているというのか。

「い、痛くないんですか!?」
 自分で僕を傷つけておきながら、しぇりーちゃんが目を見開きながら訊ねた。
「…痛い?」
 痛い。
 それって、今僕が感じている感覚でいいのだろうか?
「はは、どうなんだろう。
 痛いって、これで合ってるのかな?」
 僕は偽物しか作れない。
 だから、感覚も偽物。
 それを感じる心も偽物。
 だから痛いという感覚だって、きっと誰かの偽物。
 偽物の体だから本物の痛みを感じれない。
 偽物の心だから本物の痛みが分らない。
 教えてくれよ。
 痛がる真似って、こんな感じで正解なのか?
「し、質問を質問で返さないで下さい!
 理解出来ません!
 あなたは、本当に理解出来ません!
 何なんですかその念は!?
 何なんですかその体は!?
 何なんですかその心は!?
 分りません!
 分りません!
 不安です不定です不純です不明です不快です!」
 不安定で不完全で不愉快。
 それはその通りだよしぇりーちゃん。
 だって、僕は偽物なんだから。
 何一つ本当のものなど持ってやしないんだから。
 そこに安定や秩序が在るなんて考える方がどうかしてる。
「いいです!
 もうどうでもいいです!
 斬って抉って叩き潰して、それであなたとはお別れです!」
 再び突進してくるしぇりーちゃん。
 あの特大チャクラムを喰らった所で、一撃で倒されるような事は無いだろうが、
 それでも黙ったまま攻撃を受けてやる程僕もお人好しじゃない。
 視力並びに動体視力が強化されている為、
 しぇりーちゃんの体術も何とか見極める事が出来る。
 紙一重で、斬撃を回避。
 そのままカウンターの形でパンチを放つ。
 よし、当たっ…

331:2004/11/15(月) 02:34

「!?」
 しかし、僕のパンチはあっけなくしぇりーちゃんにかわされてしまった。
「…何ですか、それは?
 素人同然のパンチですよ?」
 そうだった。
 いくらパワーとスピードが増しているとはいえ、本体である僕は戦いに関してはずぶの素人。
 そんなへっぽこパンチが、恐らく戦闘のプロフェッショナルであるしぇりーちゃんに当たる筈も無い。
「ははっ、どうやら立派なのは念だけのようですね!
 そんなんじゃ、百年経っても私に触れる事すら出来ませんよ!?」
 僕が本格的戦闘未経験者である事を見抜いたしぇりーちゃんの顔に、余裕の色が戻ってくる。
 そう、僕は誰かと殺し合いをした経験も無ければ、
 格闘技を習っていた事だってない。
 ならば答えはただ一つ。
 誰かの真似をすればいい…!



 ―――模倣対象、記憶内検索開始
 ―――検索完了、模倣対象発見
 ―――模倣対象、
『「それじゃあ、今度はこっちの番だな」
 狐さんは先程の殺人鬼の一撃など毛程も効いていない様子で、腕を大きく振りかぶった。
 あまりにも単純な、あまりにも愚直な、あまりにも率直なパンチの為の姿勢。
 攻撃準備態勢。

「……!?」
 目を凝らすと、狐さんの周りに何かもやのようなものが纏わり付いているのが見えた。
 そのもやは、狐さんの今まさに放たれんとする右拳に特に大きく纏わり付いている。
 何だ、あれは?
 目の錯覚かなにかなのか?

「いくぜ…!」
 臨海まで力を溜めた狐さんが、今まさに拳を打ち込もうとした。

 轟音。

 振り上げた拳を振り下ろす、ただそれだけの行為。
 たったそれだけの筈なのに、僕には狐さんのその動作が見えなかった。
 あまりにも速く、あまりにも強く、それはあまりにも常軌を逸し過ぎていて、
 地面に出来た小規模のクレーターと、半分以上挽き肉と化した殺人鬼の有様を見て、
 ようやく何が起こったのか理解出来る、それ程の超常現象。
 文字通りの一撃必殺。』
 ―――解析開始
 ―――力点、作用点、攻撃角度、攻撃速度、攻撃距離、攻撃威力… 解析完了
 ―――構成要素抽出開始
 ―――模倣対象構成要素、抽出完了
 ―――模倣開始
 ―――模倣処理正常
 ―――模倣完了
 ―――完全再現率9%
 ―――全工程終了
 ―――発動、『不完全模倣・闘法外法狐(インパーフェクトバトルモード・KITUNE GEHO)』

「それじゃあ、今度はこっちの番だな」
 僕の体が動き、あの時と同じように拳を振り上げる。
 狐さんが見せた、あの攻撃態勢と同じように。
 あの凄絶な一撃と同じように。
「いくぜ…!」
 模倣ししろ再現しろ再生しろ。
 あの時起こった全てを。
 あの最強を。
 あの無敵を。
 正確に精密に緻密に忠実に再現しろ…!
「ひッ―――」
 しぇりーちゃんが、思わず後ろずさった。
 おいおい、しぇりーちゃん。
 そんな化物でも見てしまったような、怯えたような声を出さないでくれよ。
 僕は化物なんかじゃない。
 化物なんて大層な存在じゃ、決して無い。
 僕はただの偽物。
 そう―――化物の――――――偽物だ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 僕は力一杯、振り上げた拳を振り下ろした。

341:2004/11/15(月) 02:35

 轟音。

 地面が陥没し、砂煙が上がり、狐さん程ではないが極小規模のクレーターが地面に穿たれる。
 しかし、しぇりーちゃんの姿はそこには無かった。

「…今のは、危なかったです」
 砂煙の中に、しぇりーちゃんの姿がうっすらと見えた。
 避けられた。
 今の、渾身の一撃を。
 どうやら、偽物は結局どこまでいっても偽物であり、
 本物に及ぶ事は決して無いという事か。
「分かりません。
 全く分りません。
 素人の筈なのに、確かについさっきまでただの素人だった筈なのに、
 お兄さんのその豹変振りは何なのです?」
 首を傾げるしぇりーちゃん。
 そんなの、こっちが聞いてみたい。
「ですが、その答えを知る事に最早意味はありません。
 お兄さんはもう、王手詰み(チェックメイト)なのですから」
 しぇりーちゃんがふと上を見上げた。
 吊られて、僕もつい上へと顔を上げてしまう。
「!!!」
 気づいた時には、遅かった。
 上から落ちてくる特大チャクラム。
 それが輪投げを的棒(ポール)に引っ掛ける要領で僕の体をすっぽりと包み、
 瞬間、その輪が急速に収束した。
「あ、ぐ―――」
 形容し難い程の力で、僕の体が収束したチャクラムに締め付けられる。
 もし『劣化複製・不死身の肉体』が無ければ、
 そこで僕の体は半分に引き千切られていたであろう。
「凄いです。
 私の『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』の隠し技、
 『満月の呪縛(バッドムーン)』まで使わせるなんて」
 感服したように、しぇりーちゃんが呟く。
「しかし、ここまでです。
 そのチャクラムはちょっとやそっとの力では破壊出来ません。
 それを力ずくで破ったのなんて、『九尾』の異名を冠するあの人くらいです。
 抵抗しても、苦しむ時間が増えるだけですよ?」
 勝利を確信した声色で、しぇりーちゃんが告げた。
 成る程。
 その通りだよ、しぇりーちゃん。
 僕では、このチャクラムは到底破壊出来そうにない。
 だけど、君は一つ勘違いをしている。
 僕はもう君を倒す事は出来ないが、それは僕の敗北じゃない。
 勝利とは勝利条件を達成する事であり、その勝利条件は必ずしも相手を倒す事じゃない。
 君の勝利条件は僕を殺す事なのだろうが、僕は違う。
 そう、僕の勝利条件は―――

351:2004/11/15(月) 02:35

「おい!こっちで何かすげえ音がしたぞ!」
「キャー!助けてーーー!!」
「何だ何だ!?猟奇殺人か!?」
「誰か来てくれ!」
「警察呼べ!警察!!」
 野次馬達の声が、辺りから流れて来た。
「―――!!」
 はっとして僕の顔を見るしぇりーちゃん。
 『してやられた』、可愛い顔にそう書いてある。
 もう遅い。
 その通りだ、しぇりーちゃん。
 さっきの一撃は、君を倒す為だけに君に放ったんじゃない。
 “大きな音を立てて人を集める為でもあった”んだ。
 この戦闘での僕の勝利条件は『君を倒す事』ではなく、『この戦闘から生き延びる事』。
 それならば、幾らでもやりようはある。

「…あは、は―――」
 しぇりーちゃんが、乾いた笑い声を漏らした。
「は、は―――」
 体を震わせ、カタカタと笑う。
「いいですよいいですよいいですよいいですよいいですよいいですよいいですよ。
 あなた、“いい”ですよお兄さん。
 凄いです天才です天災です傑作で奇怪です超然です喝采です。
 この『人吊』と、『禍つ名』とここまで張り合った一般人は初めてです偶然です必然ですありえません」
 明後日の方角を向きながら、それでも殺気はこちらに向けたまま悶えるように呻くしぇりーちゃん。
 正直、かなり恐い。
「いいでしょうそうでしょうどうでしょう当然でしょう。
 あなた以外の人を殺すのは、仕事の内容に入っていません。
 今回は私の負けで決着です完敗です乾杯です」
 しぇりーちゃんが膝を曲げて跳躍。
 一足飛びで電信柱の天辺に着地する。
「ですが、次はこうはいきません。
 次は負けません。
 万全の態勢を整えて、十全の力を蓄えて、完全の覚悟を持ってして、
 この人吊詩絵莉(ひとつり しえり)はお兄さんを殺しに窺います覗います伺います」
 最後に、しぇりーちゃんが僕の顔をキッと睨んだ。
「それではまた遭いましょう。
 人の姿をした人の擬似、タカラギコのお兄さん」
 そう言い残し、しぇりーちゃんは一瞬にしてどこかへ飛び去ってしまった。
 …我ながら、よくあんなのと戦って無事生き残れたな。

「…あれ? え―――?」
 と、僕の視界が大きく傾いた。
 いや、傾いているのは視界じゃない。
 僕の体そのものだ。
「え? え?」
 体から急速に力が抜けていく。
 それと同時に襲い来る、まるでフルマラソンをつい先程走り終えて来たばかりのような疲労感。
 何だ。
 僕に、何が起きた?
「う、あ…」
 まずい。
 ここで気を失うのはまずい。
 何とかして、気を持ち堪えさせなくっちゃ―――



@           @           @



 倒れた少年を、二人組みの男達が見下ろしていた。
「…アヒャ。 ドウスンダ、コノガキ?」
 アヒャ顔の男がもう一人のフーン顔の男の見る。
「どうやら念能力者のようだな。
 そしてさっき逃げていった少女…
 間違いあるまい、『殺人人形(キリングドール)』、人吊詩絵莉だ」
 フーン顔の男が、深刻そうな表情で告げた。
「アッヒャー。 ヨリニモヨッテ『禍つ名』カヨ」
 アヒャ顔の男がやれやれと首を振る。
「…どうする? 五位とはいえ、『禍つ名』と関わるのは危険極まりないぞ。
 こいつはここに放置しておくか?」
 フーン顔の男が訊ねる。
「ナニイッテヤガル。 モシカシタラリョウキサツジンジケンノテガカリヲニギッテルカモシレネエンダ。 ツレテイクゾ」
 当然のように答えるアヒャ顔。
「そう言うと思ったよ…」
 フーン顔が呆れたように溜息をついた。


                 〜続く〜

361:2004/11/15(月) 15:49
 〜五話〜

「タカラギコ。 いい子ね、タカラギコ。
 こっちへいらっしゃい?」
 …違う。
 違う。
 違う違う違う。
「タカラギコ… おいで、タカラギコ」
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!
 僕はタカラギコじゃない!
 僕は違う!
「タカラギコ」
「タカラギコ」
「タカラギコ」
「タカラギコ」
 お父さんやめて!
 お母さんやめて!
 おじいさんやめて!
 おばあさんやめて!
 僕は違う!
 僕はタカラギコじゃない!
 僕は兄さんじゃないんだ!
「何を言ってるんだ。 お前はタカラギコじゃないか」
「おかしな子ねえ」
 違う!
 兄さんはもう死んだんだ!
 兄さんはもうここには居ないんだ!
 僕は、兄さんじゃない!
「タカラギコ」
「タカラギコ」
 違う!
 僕は違う!
 僕は僕だ!
 僕は兄さんの代わりじゃない!
「タカラギコ」
「タカラギコ」
「タカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコ」
 やめてくれ!
 僕をその名前で呼ばないでくれ!
 僕は違う、違うんだ!
 僕の名前は違う!
「タカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコ
 タカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコ
 タカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコタカラギコ」
 誰も、僕の名前を呼んでくれない。
 誰も、僕を僕として見てくれない。
 僕としての僕は、誰にも必要とされてない。
 僕は、兄さんの代用品でしかない。
 僕は、兄さんの偽物として生きるしかない。
 僕の名前、あった筈なのに忘れちゃった。
 助けて。
 誰か、助けて。
 助けて、狐さん…!





「うわああああああああああああああああああああああああ!!」
 絶叫と共に、僕はベッドから跳ね起きた。
 あの夢だ。
 どうして、今頃になって。
 もう、見る事なんて無くなってた筈なのに。
 …え?
 『ベッドから跳ね起きた』、だって…?

371:2004/11/15(月) 15:51

「随分と騒々しいお目覚めだな。
 恐い夢でも見たのか?」
 知らない部屋に、知らない男が立っていた。
 ここはどこだ?
 僕は、確かあのエキセントリックな少女と戦った後道端でぶっ倒れて…
「念は言ってみれば生命力の塊だ。 あまり無闇に使いすぎるな。
 でないと、今回みたいに気絶する事になるぞ?」
 フーン顔の男が僕に水を差し出す。
 変な薬が入ってはいないかと躊躇もしたが、
 僕に何かするつもりなら倒れている間にやってるだろうし、
 何より激しい喉の渇きに耐えられずに、一気に水を飲み干す。
 しかしこれで急に気絶してしまった理由が分かった。
 いくら念とはいえ、無尽蔵に力を引き出せるようなうまい話は無いという事だったのか。
 考えてみれば当然だが。
「…あの、ここは」
 僕は男に訊ねた。
 僕は一体どういう経緯で、ここに寝かされているのだろう。
 …まさか!?
「ま、まさかあなた、ウホッ、いい男!?」
 僕はとっさに身構えた。
 お尻は痛くないから、どうやらまだ菊の純潔は守られてはいるらしい。
 だが、今ここでこの男が行為に及ばぬ保証など何も無い。
「やらないか… って、そんな訳あるか!」
 ノリ突っ込みで返すフーン顔の男。
 よかった。
 こんな見ず知らずの相手とクソミソテクニックなんて、洒落にならな過ぎる。
「ここは俺達の住処(ヤサ)だ。
 取り敢えず、今の所俺達は君の敵ではないから安心していいよ、
 宝擬古(タカラ ギコ)君」
 …タカラギコ。
 そうだった。僕の名前はそれだった。
 いや、そんなことよりも…
「…どうして僕の名前を知ってるんです?」
 僕の記憶が正しければ、こんな男に僕の名前を教えた覚えは無い。
「悪いとは思うが、学生手帳を見させて貰った。
 私立二番組高校2年B組所属、タカラギコ。 間違い無いね?」
「ええ、まあ…」
 間違ってはいない。
 僕の名前はタカラギコ。
 例えそれが偽りなのだとしても、全員が嘘を真実と錯覚すればそれは本物と変わらない。
 そもそも、僕に本物などあったっけか。
「…それで、どうしてあなたは僕をこんな所に?」
 見た感じ誘拐の類と言う訳でもなさそうだ。
 それなのに僕みたいな赤の他人を連れ込むなど、酔狂としか言いようが無い。

381:2004/11/15(月) 15:51

「連続猟奇殺人事件。
 …流石に知っているな?」
 フーン顔の男が煙草を咥える。
「ええ、まあ、一応は」
 知ってるも何も、その犯人であろう殺人鬼に襲われました。
「君も念能力者ならば薄々感づいているだろうが、
 あれは恐らく普通の人間の仕業じゃない。
 俺達のような念能力者が、高確率で一枚噛んでいる」
 念能力。
 およそ尋常ならざる特殊能力。
 動く死体。
 死の光輪を操る眼鏡っ子。
 それらを軽く凌駕する最強の和服俺女。
 もしかしなくとも、念能力が事件に関係しているとは馬鹿でも思いつく。
「加えて、『禍つ名(まがつな)』第五位の『人吊(ひとつり)【一理】』まで出てくる騒ぎだ。
 こりゃお前、何か重大な事が起こっていると考えるさ」
 フーン顔の男が煙草に火を点ける。
「ん? ああ、煙草の煙が出るか。 すまないね」
 あんた火を点けてから謝るなよ。
 しかも気にせず吸ってるし。
「別にお構いなく」
 それにしても、『禍つ名』って何なんだ?
 確か、しぇりーちゃんも同じような事を言っていた気がする。
「どうやらお前さん『人吊詩絵莉(キリングドール)』とバトってたみたいだが、
 そこら辺にどういう背景があるのか、よければ聞かせて貰えるかな?」
 フーン顔が僕の顔を覗き込む。
「話せ、と言われましても…
 元々あの子が問答無用でいきなり殺そうとしてきただけですし、
 何で僕が殺されなくちゃならないのかも分りません。
 これでも、人にそこまでの恨みは買ってないと思いますから。
 それに第一、その『禍つ名』ってのは何なんです?」
 本当に、最近僕の周りで連発してる奇怪な現象は何なのだ?
 僕にはさっぱり分らない。
「…本当に、何も知らないのか?」
「ええ。 嘘をついてどうなるんです」
 嘘はついていない。
 だって、僕は本当に知らないのだから。
 知っている振りをしようにも、圧倒的に情報が少な過ぎる。

391:2004/11/15(月) 15:51

「今度はこちらから質問してよろしいですか?」
 僕は訊ねた。「構わんよ」とフーン顔の男。
「まず、あなたの名前を聞かせて下さい」
「ああ、これは自己紹介が遅れたな。
 俺は扶雲一郎(ふうん いちろう)、フーンでいい」
 フーンさんが答える。
「では、次の質問です。
 さっき『俺達』と言いましたが、他の仲間はどこにいるんですか?」
 僕のその問いに、フーンさんが感心したような表情を見せた。
「ほう、結構耳聡いな。
 誤解の無いように言っておくが、別に隠れて監視してたり外で待ち伏せしていたりする訳じゃない。
 今、丁度外へ買い物に行ってるだけさ… っと、帰ってきたようだな」
 ノックも無しに、部屋の入り口のドアが乱暴に開かれる。
 そこから、アヒャ顔の男が姿を現した。

「アヒャ、ヤットオキヤガッタカコノクソガキ」
 いきなり半角で失礼な事を言うアヒャ顔。
「紹介しよう、こいつが俺の相棒である亜火屋寒河(あひや そうご)。
 俺はアヒャと呼んでいるがね」
「ヤジウマガケイサツヨンデクルマエニヒロッテヤッタンダゾ。 カンシャシロクソガキ」
 いや、警察のご厄介になるのを避けてくれたのは感謝するけどさあ。
 そもそもあんたらが勝手にここに拉致してきたんじゃん。
 …待て。
 拉致してここに連れて来られてから、一体どれ位の時間が経ったんだ?
「あの、フーンさん。
 そういえば今何日何時なのですか?」
「5月18日午前10時。
 君が倒れてから半日近く経ってるな」
 勿論、今日は平日で学校がある。
 遅刻確定。
 だが、もっと重大な問題がある。
「や、やばい!
 家に何も連絡してない!」
 この物騒なご時世、何の連絡も無く我が家の子供が家に帰らなかったら、
 まず間違い無く警察に連絡を入れる。
 うわ。
 最悪だ。
 家族や警察にどうやって弁解しよう…
「安心しろ。
 君の家族には、友達の家に泊まっているからと連絡を入れておいた」
 フーンさんが僕に僕の携帯電話を手渡す。
 人の携帯勝手に使ってんじゃねえよと思ったが、
 それでも今回はその厚顔無恥さに助けられてしまったようなので、
 素直に「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べておく。

401:2004/11/15(月) 15:52

「デ、コイツナンカシテタノカ?」
 アヒャさんが僕を指差した。
 あんた大人のくせに礼儀のなってない人だな。
「いや、どうやらただ巻き込まれただけらしい。
 嘘を言っているふうでもないしな」
 フーンさんが俺を見ながら告げる。
「アヒャ、バカイウナ。 タダノトオリスガリガ『禍つ名』トワタリアエルワケネエダロ!」
 アヒャさんが驚く。
「しかし、可能性は0でもない。
 が、異様ではある。
 タカラギコ君、君は中々素晴らしい念使いのようだが、誰に念を教わったんだ?」
「えっと、本名は知らないんですが、凄く強い人に…」
 迷惑をかけてはいけないので、狐さんの名前は伏せておく。
 まあ、狐さんから教わったのはほんの少しだけで、
 あとはぶっつけ本番の物真似が殆どだったのだが。
「物凄く強い人、ね。
 漠然とし過ぎて何とも言えんな」
 フーンさんが考え込む。
「あ、あの。
 さっきから気になってたんですけど、『禍つ名』って何なんです?」
 これ以上追求される前に、話題を変える事にした。
 『あなた達の能力は何なのですか?』でもよかったのだが、
 狐さんに他人の能力を聞くのはマナー違反と教えられたのでやめた。
「ああ、それか。
 …本当に、何も知らないのか?」
 確認するように訊ねるフーンさん。
「は、はい」
 答える僕。
「…そうか。
 まあ、素人が知るべき事ではないから、当たり障りの無い範囲でしか教えられんが、それでいいか?」
「はい、構いません」
 僕は頷いた。
「ふむ、それでは教えてやろう。
 タカラギコ君、君は念の師匠から『ハンター』については聞いたか?」
「はい」
 『ハンター』。
 狐さんが生業としている、職業。
「なら話は早い。 俺達は、その『ハンター』という仕事をしている。
 この街での連続猟奇殺人事件の調査も、その一環だ」
 そうか、それで僕をここに連れてきて色々訊ねたのか。
 だとすれば、狐さんも同じような仕事でこの街に来たのかな?
「で、『ハンター』とは決して善人のあつまりではないし、
 当然裏家業に手を染める事もある。
 というか、『ハンター』自体裏の住人とスレスレさ。
 そんな『ハンター』の暗部を象徴する六つの集団、それが『禍つ名』だ。
 殺人強奪強襲暗殺拷問略奪何でもやる、まさに人外魔境の外道が勢揃いの集団さ」
 フーンさんの表情が真剣なものに変わる。
「格上とされる順番で名前を挙げれば、第一位からいって、
 『妖滅(あやめ)【彩女】』、『魔断(まこと)【真琴】』、『鬼祓(きばらい)【木払】』、
 『獣死(じゅうじ)【十字】』、『人吊(ひとつり)【一理】』、
 …そして、その頗る付きの魔人どもですら毛嫌いし、
 序列の中にすら組み込まれない最凶最悪の絶無集団、『外法(げほう)【下方】』だ」
 外…法……?
 今、何と言った?
 外法?
 外法だって?

411:2004/11/15(月) 15:52

「いいか、ただでさえやばい『禍つ名』だが、『外法』にだけは何があっても関わるな。
 あいつらは人であって人でない、人を人とも扱わない、正真正銘の殺人鬼だ」
 嘘だ。
 嘘だ。
 嘘だ嘘だ嘘だ。
 だって、あの人は、『金の為には殺さない』、って―――
「あいつらにとっては、殺人なんて禁忌ではない。
 『禍つ名』を核とする裏社会での掟(ルール)すら守りはしない。
 故に法(ルール)の外、『禍つ名』の一番下の方に位置する、『外法(下方)』なのさ」
 ああ―――そうか。
 あの人は、殺してないなんて一言も言っていない。
 金の為に殺していないと言っただけだ。
 言い換えれば、金の為なんていう理由が無くても、
 簡単に殺す事が出来るという事だったんだ―――
「? おい、どうした? 顔色が悪いぞ?」
 フーンさんが心配そうに言ったが、僕には最早何も聞こえていなかった。
 殺人鬼なんだ。
 あの人こそ、狐さんこそ本物の殺人鬼だったんだ。
「いえ… 何でもありません。
 今日、学校で小テストがあるんで、そろそろ行っていいですか?」
 平気な真似をする。
 大丈夫、何て事無い。
 僕は偽物。
 感情すら、誰かの真似で塗り固める事が出来る。
 大丈夫。
 僕は、何も感じてやしない。
「そうか。 長居させて悪かったな。
 これは俺の携帯の電話番号だ。 何かあったらここに連絡を頼む」
 フーンさんが僕に紙切れを差し出す。
 放心状態のまま僕は黙ってそれをポケットに入れた。
「…お邪魔しました」
 フーンさんの家を出る。
 どうやら、幸いにも学校の近くのアパートだったみたいだ。
 これなら、10分もあるけば学校に到着するだろう。
「さーて、と。
 小テストは5時間目だったよな」
 偽物の想いだから、決して実らない。
 偽物の想いだから、裏切られたって傷つかない。
 僕は教科書の小テストに出る範囲を覗きながら、急ぎ足で学校に向かっていた。


                〜続く〜

421:2004/11/16(火) 01:30
 〜六話〜

 僕は、絵を写していた。
 うん、大丈夫だ。
 筆が乱れている感じも無い。
 小テストだって落ち着いて解答出来た。
 僕に今の所異常は無い。
「……」
 自分の心を塗り潰すように、絵の具を白いキャンパスに塗りたくる。
 考えるな感じるな。
 この身をただの、贋作作製機と化せ…

「よう、少年」
 窓から、あの溌剌とした声が聞こえてきた。
 目を向けると、狐さんが窓の淵に座って僕を見ている。
 あの、ええと、僕の記憶が確かなら、ここって三階ですよね?
「よっと」
 狐さんが軽快な様子で美術室の床に足をつけた。
「…よく僕の学校が分かりましたね」
 まず何から突っ込むべきか迷ったが、僕は取り敢えずそれから尋ねる事にした。
「ああ、一昨日ゲームセンターで会った時、こっそり学生手帳見たんだよ」
「あんたそれスリじゃねえかよ!」
「スリとは失礼な。
 覗いた後ちゃんと戻しておいたぞ?」
 狐さんが口元を緩めて微笑む。
 本当に。
 本当に屈託無く笑うんだなあ。
 本当に、僕は、この笑顔を見るだけで、それなのに。
「…何の用ですか?」
「そう邪険にするなよ。 俺と君の仲だろ?
 いやさ、念ってえのは昨日話した事だけじゃ全然説明が足りないんだ。
 ま、君が混乱するだろうから、敢えて昨日全部は話さなかったんだけどな」
 狐さんが言いたいのは、恐らく練や凝とかいうやつなのだろう。
 まさか、僕が昨日殺し屋みたいな少女に襲われて、
 そいつから練等の事を教えてもらってるとは夢にも思うまい。

「あ、あの、狐さ―――」
 僕は思わず、狐さんに昨日の事を話しそうになった。
「ん? どうした、少年?」
「…いえ、何でもないです」
 話したい事は山ほどある。
 昨日、変な少女に殺されかけた事。
 ハンターの二人組みに助けて貰った事。
 その人から、色んな話を聞いた事。
 そして、狐さんの事。
 僕は未だに、狐さんが殺人鬼とは信じられなかった。
 信じたくなかった。
 学校に来て冷静に考えてみれば、アヒャさんとフーンさんが嘘をついていないという保証はどこにもない。
 だからあの二人が僕を動揺させる為に、『外法』とかいう組織をでっちあげたとも考えられる。
 だがしかし、二人が僕を騙して得をする事なんてあるのだろうか。
 そもそも、あの二人が僕に嘘をつく理由が見つからない。
 いや、考えるのはよそう。
 もしかしたら、たまたま外法という苗字が一致しただけなのかもしれない。
「ははーん、もしかして俺の3サイズが聞きたいのか?」
「うるせえんな訳あるかペチャパイ」
 …本当は恐かったのかもしれない。
 狐さんに、外法について聞く事が。
 曖昧なままに、しておきたかったのかもしれない。

431:2004/11/16(火) 01:31

「んじゃ話しを戻すぞ、念には練、纏、凝、隠、円とかいうのがあって… んん?」
 狐さんが、僕の描いていた絵を覗き込んだ。
「へえ、絵なんて描く趣味があったんだな、少年。
 後ろにあるやつは全部君が描いたのか?」
 狐さんが、後ろに立てかけてある僕が今までに描いた絵に視線を移す。
 正確に言えば絵を描くのではなくて模写だし、それに模写は趣味ではない。
 これしか出来ないからしているだけだ。
「見てもいいかい?」
「どうぞ」
 僕の返答を確認すると、狐さんは僕の絵をしげしげと眺め始めた。
 てか、この人に芸術とかその類の事が理解出来るのだろうか。
「ふん、へえ、ほお〜。 成る程ね…」
 五分程鑑賞した所で、狐さんは僕へと視線を戻した。
「忌憚の無い意見を言わせて貰うが、いいかい?」
 狐さんが僕に訊ねる。
「別に、いいですよ」
 どうせ的外れな意見だろうけど、許可する。
 この人に情操教育が備わっているとは到底思えないし。
「んじゃ言わせて貰うけど、この絵は、何と言うか恐い。
 本来絵に備わっているべきものが、決定的に欠けてるんだ。
 俺はこういう芸術には門外漢だから詳しい事は分からないけど、
 絵っていうのは描いたやつの心が透けて見えるのが普通なのは知ってるぜ。
 それが例え既存の絵の模写であろうとも、だ。
 なのに、君の絵からは君自信の何かが感じられないんだ。
 本当に、ただそこにある絵が写されているだけなんだ。
 『この絵が好きだから描き写す』とか、
 『この絵に近づきたいから描き写す』とか、
 そういうのすら見えてこない。
 これは異常だぜ。
 機械のようにただそこにある物をコピーするなんて、
 およそ人間の技術とは思えない」

 ―――――!

 僕は言葉を失った。
 たった数分見ただけで、狐さんに全てを言い当てられてしまったからだ。
 僕の絵の本質を。
 僕自身の本質を。
 まるっきり余す所無く言い当てられてしまったのだ。
「…悪いな、こんな言い方して」
 狐さんがすまなそうに謝る。
「別にいいです。
 全部、あなたの言う通りですから。
 僕は、ただの偽物なんですから」
 そうだ、僕は偽物なんだ。
 体も心も絵も名前も。
 みんなみんな出来損ないの偽物なんだ。
「いいや、君は偽物なんかじゃないよ。
 『機械的にコピーする』。
 これだって君の立派な個性であり、才能さ。
 他の誰かに真似出来る事じゃない」
 狐さんがそう言って僕の肩を叩く。
「…それでも、所詮偽物は偽物です。
 本物の前では、その存在なんてゴミ屑同然になる。
 僕にはそんな偽物しか作れないんです」
 僕は自嘲気味に笑った。
 何を言ってるんだか僕は。
 拗ねていじけて、狐さんに同情でもしてもらおうってのか?

441:2004/11/16(火) 01:31

「あの、タカラギコ君、居る?」
 と、いきなり美術室の入り口のドアが開いた。
 僕はギョッとしてそちらに目を向ける。
 やばい、こんな所を誰かに見られたら、またあらぬ噂が立ってしまう!
「…あれ?」
 しかし僕の隣に居た筈の狐さんは、いつの間にか姿を消していた。
 まさか、あの一瞬の間にどこかに隠れたのか。
 忍者の末裔か何かか、あの人は。
「? どうしたの、タカラギコ君」
 入って来たのは、モナカさんだった。
 消えた狐さんを探していた僕を見て、不思議そうな声を上げる。
「いえ、何でもないです。
 それで、何の用ですか?」
 この前といい、この子はこんな所に来て何が楽しいのだろうか。
 最近の女学生の嗜好については全く理解しかねる。
「あ、あのね…
 大切な話があるんだけど… いい?」
 おずおずと口を開くモナカさん。
 大切な話?
 そんなものを、何だって無関係なこの僕に。
 それとも、あまり親しくないからこそ打ち明けられるような悩みなのだろうか。
「いいですよ。 聞きましょう」
 僕はモナカさんに向き直って言った。
「あの、その、えっとね。
 その、私ね。 私…」
 もじもじするモナカさん。
 何をそんなにもったいぶっているのだろう。
 大切な事ならすぐに話せばいいのに。
「私、タカラギコ君の事が―――」



「…え?」
 モナカさんの発した言葉を、一瞬理解する事が出来なかった。
 今、何て言った?
 今モナカさんは何と言った?
「…あの、迷惑かな、やっぱり……」
 顔を真っ赤にしてモナカさんがうつむく。
 迷惑ではないが、さしたる感慨も無い。
 どうしよう。
 その気が無いのに惰性で付き合うのも失礼だし、きっぱり断るのが正解だろうか。
 それとも、人生経験の一つとして付き合ってみるべきなのだろうか。
 困った。
 一応、僕には狐さんという心に決めた人がいるし。
 まさかモナカさんの目の前で、コイントスをして決める訳にもいかないしな。
 …そうだ。
 折角だから、一つ質問しておく事にしよう。

451:2004/11/16(火) 01:32

「…モナカさん」
「え、は、はい?」
 僕の呼びかけに、モナカさんがしどろもどろになって答える。
「どうして、僕の事を好きになったの?」
 僕はモナカさんの目を見て、言った。
「あ―――その…」
 返答を詰まらせるモナカさん。
 おいおい、まさか理由も無いのに好きになったって事は無いだろう。
「えっと…そのね…」
 モナカさんが意を決したように僕の目を見つめ返した。
「…似てるんだ。 タカラギコ君が。
 私の、初恋だった人に…」

 …。
 ……。
 ………。
 へえ。
 そうかい。
 成る程。
 成る程成る程。
 成る程ね。
 『あの人に似ている』、か。
 そうか。
 君も結局は“そういう事”なんだな。

「…あの、タカラギコ君、怒った……?」
 モナカさんが黙りこくった僕に、心配そうに訊ねた。
「いいえ、そんな事ありませんよ」
 いいだろう。
 君は僕に“そういう事”を求める訳だ。
 君は本当に見る目がある。
 僕は“そういう事”が得意中の得意なんだ。
 “そういう事”しか出来ないんだ。
 ならば僕は偽物としての本分を発揮させて貰おうじゃないか。
「分かりました。 僕はあなたと付き合いましょう」
 僕はモナカさんにそう返事をした。
「え―― ほ、本当…!?」
 モナカさんの顔がパアッと明るくなる。
 心の底から、嬉しそうな顔。
「その前に色々と聞いておきたい事があるんですけど、いいですか?」
「えっ、うん、いいよ。 何でも聞いて」
 僕のお願いに二つ返事で了解するモナカさん。

「それじゃあ、教えて下さい。
 そのあなたの初恋の人について」
「え―――?」
 モナカさんが表情を固まらせた。

461:2004/11/16(火) 01:32

「もう一度言いますよ?
 あなたの初恋の人についてです。
 情報が無ければ、その人の真似をする事なんて出来ませんからね。
 どんな些細な事でもいいんです。 教えて下さいよ」
「な、何を言って―――」
「その人の口癖は? その人の好きな食べ物は? その人の好きな本は?
 その人の好きなゲームは? その人の好きなテレビは? その人の好きなスポーツは?
 その人の趣味は? その人の日課は? その人の宝物は?
 その人は勉強が得意ですか? それとも運動が得意ですか?
 分かる範囲でいいんです、教えて下さいよ。
 そうすれば、僕はその人の真似をしてあげますよ。
 あなたの望む初恋の人の真似をして、あなたと愛を育んであげましょう」
「ち、違います! 私は、私はただ…」
「違う? 変な事を言う人ですね。
 あなたさっき言ってたじゃないですか。
 『初恋の人に似ているから僕を好きになった』、と。
 それならば、出来るだけ僕はその人に似ている方があなたにとって幸福でしょう」
「ひ、酷―――」
「酷い? 何を言ってるんですか。
 あなたが僕に望んでいる事は、つまりは“こういう事”なのですよ?
 それに率先して協力すると言っているのですから、寧ろ優しいと言って欲しいですね。
 ああ、これは失礼。
 もしかして一人称が違っていましたか。
 一人称は『僕』ではなくて『俺』ですか?
 俺にお願いがあるなら何だって言ってくれよ。
 どうです? こんな感じでよろしいですか?」
「―――!!」
 モナカさんは僕の頬に平手を打つと、泣きながら美術室を飛び出していった。
 遠のく足音。
 恐らくこれで、モナカさんと僕との縁はきれいさっぱり切れてしまったのだろう。

「おい…」
 振り向くと、いつの間にか狐さんが後ろに立っていた。
 見るからに不機嫌そうな顔で―――
 いや、怒りを隠そうともしない顔で、黙って僕を睨みつけていた。
「ああ、狐さん。
 お待たせしてすみませんでしたね。
 それでは念についての講義をお願い出来ますか?」
 僕はそう狐さんに言おうと―――

「歯ぁ喰いしばれ…!」

471:2004/11/16(火) 01:33

 狐さんの拳が、僕の顔面を捉えた。
 物凄い力。
 僕はその勢いに耐え切れずに張り倒される。
 その拍子で置かれていた机や椅子も一緒に巻き込まれ、大きな音を立てて床に倒れた。
「……。
 気が済みましたか、狐さん」
 偽物の体だから、本物の痛みなんて感じれない。
 偽物の心だから、本物の痛みなんて分からない。
 だから、ちっとも痛くない。
 ちっとも……痛くなんてない筈なんだ。
「見損なったよ、お前」
 『少年』でもなく、『君』でもなく、冷たい声で僕を『お前』と呼んだ。
 離別の証。
 別離の証。
「お前が誰と付き合うのかはお前の自由さ。
 告白されたからって、必ずそいつと付き合わなければいけないって法律も無い。
 振る振らないはお前が決めても誰も文句は言わない。
 『好意を持ってくれた奴全てと付き合え』なんて、トチ狂った理屈だしな。
 だけど、だけどな、
 お前のコンプレックスの八つ当たりに、
 関係無いあの娘を巻き込むんじゃねえ!!」
 体の芯まで突き抜けるような狐さんの怒声が美術室に響く。
 うるさい。
 あなたに何が分かる。
 あなたに僕の、何が分かるっていうんだ…!

481:2004/11/16(火) 01:33

「…あんまり偉そうな事言わないで下さいよ。
 『禍つ名(まがつな)』の『外法狐(げほう きつね)』さん」
 自分でも恐ろしくなるような冷淡な声が、僕の声から滑り出た。
「……!
 お前、それ、どこで聞いた…!」
 狐さんの表情が強張る。
「どこだっていいでしょう
 逐一、僕の全てをあなたに報告しなければいけない理由でもあるんですか?」
 止まれ。
 止まってくれ、僕の口。
 僕は、こんな事を言いたいんじゃない!
「聞きましたよ?
 『外法』って、ハンターの暗部である『禍つ名』の中ですら忌み嫌われているんですってね?
 人を人とも思わない、化物の集まりなんですってね?
 僕の事も殺すつもりだったんですか?
 それとも、念を教えて『外法』とやらの一員に引き込むつもりだったんですか?
 あの僕を襲った殺人鬼のおじさんも、もしかしてあなたの演出だったんですか?
 最初から騙すつもりで、僕に接触したんですか?」
「違う! 俺は、君を騙すつもりなんか―――」
「騙すつもりなんか無かった。
 はッ、とんだお笑い種だ。
 そういえばあなた言いましたよね。
 『金の為の殺しはしない』って。
 ええ、全く嘘は言ってません。
 で、金以外の理由では、一体何人殺したんです?」
「……ッ!!」
 どうして、
 どうして黙るんですか、狐さん。
 否定して下さいよ。
 俺は殺人鬼なんかじゃない、って。
 『外法』なんかとは、何も関係が無い、って。
 黙ったまんまじゃ分からないじゃないですか。
 お願いだから、違うって言って下さい…!

「…そうだな。 そうだった。
 俺は、君に偉そうに説教なんて出来る立場じゃなかったな」
 狐さんが微笑む。
 悲しそうに。
 哀しそうに。
「あーあ。 バレちゃったか。
 ま、自業自得か」
 狐さんがつかつかと窓まで歩く。
 背中をこちらに向けている為、その表情を見る事は出来ない。
「…今更、こんな事言えた義理なんかないけどさ、言っておくよ。
 自分を偽物なんて卑下するのはやめろ。
 君は、間違い無くたった一人の君なんだからな、少年。
 少なくとも、俺はそう思ってるぜ?」
 狐さんが窓の桟に手をかけ、そして、もう一度だけ振り返った。
「それじゃあな、少年。 達者でやれよ」
「き―――」
 僕が引き止めようとしたその瞬間、狐さんはあっという間に窓から姿を消してしまった。
 慌てて窓から外を覗くも、狐さんの姿は影も形も残っていない。
「……」
 偽物の体だから、本当の痛みを感じれない。
 偽物の心だから、本当の痛みが分からない。
 それなのに―――
「……」
 それなのに、
 狐さんとモナカさんに殴られた場所には、
 確かな痛みが残されていた。


                〜続く〜

491:2004/11/16(火) 23:05
 〜七話〜

「あら、おかえり」
 学校から帰った僕に、お母さんが声をかけた。
「あ、うん。 ただいま」
 そっけなく返事をして、制服の上着を居間の椅子に掛ける。
「昨日お友達の所に泊まってたみたいだけど、
 あんまりお友達に迷惑かけちゃ駄目よ?」
「うん」
 フーンさんの言っていた通り、家族にはきっちりと連絡をしておいてくれたらしい。
 面倒な事にならなくて、本当によかった。

「……」
 僕は仏壇の間に行き、そこに立てかけられている遺影に手を合わせて黙祷した。
 一卵性双生児だった、僕と本当にそっくりだった僕の『兄』。
 …あの事故で死んでから、もう十年以上も経ったのか。
「…生きていたら、一緒の学校に通ってたかもしれないのにね」
 後ろで、お母さんが誰に言うでもなく呟いた。
「…うん」
 信号が赤になっている事に気づかずに、横断歩道に飛び出て即死。
 どこにでもある、ありきたりであっけない人生の終焉。
 あまりに唐突過ぎる、『兄』の最期。
「弟の分まで、しっかり頑張らなくちゃね、『お兄ちゃん』」
「…うん」
 家族は、『兄』が死んだ事を認めたくなかった。
 認めなかった。
 だから家族は、“僕”に『兄』を求めた。
 だから“僕”は『兄』になった。
 『兄』の偽物としての人生を強いられた。
 僕は偽物。
 僕は代理品。
 僕は贋作。
 だから、僕は僕であって僕でない。
 誰でもないから、誰の真似でも出来る。
 一つも顔(かお)が無い故に、無限の貌(かお)を持っている。
「…ごめん、僕ちょっと寝るよ。
 晩御飯になったら起こして」
 いいだろう。
 それならば、僕は偽物としての人生を全う(まっとう)しよう。
 あなた達が僕に僕以外の“誰か”を求めるならば、僕はそれに答えよう。
 全てを偽って、全てを欺いて、自分自身を完全に殺しつくそう。
 この“家族ごっこ”を、“おままごと”を、あなた達の気が済むまで続けよう。
 『兄』は死んだ。これは事実だ。
 だが、誰もがそれを否定するのならば、その事実に一体何の意味がある?
 『兄』は死んだ。
 確かに死んだ。
 だけど、それと同時に『僕』も死んでしまったのかもしれない。
 そんなふうに、僕(タカラギコの偽物)は考えていた。

501:2004/11/16(火) 23:06



        @          @          @



「あっま〜〜〜〜〜い!
 おいし〜〜〜〜〜い!
 幸せ〜〜〜〜〜!」
 かなり高級そうな甘味所の一室で、人吊詩絵莉(ひとつり しえり)は
 デラックスジャンボクリーム餡蜜を口に運んでは顔をほころばせていた。
「そうかい。
 遠慮せずにどんどん食べろよ」
 それに向き合い、これまた山盛りの宇治金時に舌鼓を打つのは外法狐。
「狐さん、奢ってくれて本当にありがとうございます〜!
 狐さん大好きです〜! らぶ〜、らぶらぶ〜」
「構わないさ。
 こっちも付き合わせて悪かったな」
 はしゃぐしぇりーに、外法狐は苦笑する。
 その表情は、心なしか暗い。
「ふえ? 狐さん何かあったですか?
 いつもならジャンボ宇治金時三杯はペロリなのに。
 食欲無いんですか?」
 しぇりーが心配そうに外法狐に訊ねる。
「ああ、いや…
 まあ、ちょっと友達と喧嘩してしまってね。
 大した事じゃない」
 外法狐が一つ溜息をつく。
「ええ!?
 狐さんと喧嘩するような人がこの地球上にいたんですか!?
 どこの気狂いですか、その人は!」
「…人を人間爆弾みたいに言うなよ。
 それに、相手はカタギだぞ。 手なんて出せるか」
 外法狐にとって、グーで殴るくらいでは手を出したうちに入らない。
「そうですか。
 でも、狐さんがそこまで落ち込むなんて珍しいですね」
「ばーか、落ち込んじゃいないよ。
 ちょっと、気がかりなだけだ」
 外法狐は笑い飛ばそうとしたが、出来なかった。
 …あの少年は、今頃どうしているのだろうか。
 もう家に帰ったか、それともまだ絵を描いているのか。
 どっちにしろ、もう会わない方がいい。
 どこで聞いたのかはしらないが、自分が『禍つ名』である事がバレてしまった。
 ならば、これ以上一般人であるあの少年とは関わるべきではない。

「…なあ、しぇりー」
 外法狐はおもむろに口を開いた。
「ふえ? 何ですか狐さん?」
 しぇりーが首を傾げる。
「お前、確か漫画描くのが趣味だったよな」
「ええ、そうですけど」
「あのさ、変な事聞くけど、人の漫画の真似をする事ってあるのか?」
 外法狐がしぇりーの顔を見据える。
「ええ。 人の作品を模倣するのは、技術の向上に欠かせませんからね。
 トーンの貼り方とか、構図とか、上手い人の真似をするのが上達の早道ですね。
 あ、すみません。 もう一つ同じの下さい」
 餡蜜を平らげたしぇりーが、店員にお替りを注文する。
「ふうん。 で、それって楽しいのか?」
「いえ、模倣はあくまで技術向上の一環ですから。
 楽しいとかそういうのとは別問題です。
 やっぱり物を創るからには、自分の物を創らないと。
 自分の考えた物が形になった時のあの達成感は、人真似では得られませんね」
「へえ…」
 外法狐の脳裏に、あの少年の姿が映る。
 『僕は偽物』。
 あの少年はそう言っていた。
 独創性の欠如。独自性の欠落。
 しぇりーは言った。
 『自分の考えた物が形になった時のあの達成感は、人真似では得られませんね』、と。
 そしてあの少年は『自分自身の何かを創れない』と言った。
 それはつまり、何をしても何も得られないという事。
 達成感も満足感も勝利感も敗北感も絶望感も飢餓感も落胆感も、何も生まれないという事。
 そこにあるのは、ただ絶対の虚無のみ。
 それは、どれ程の地獄だというのか―――

511:2004/11/16(火) 23:06

「…? 狐さん?」
 しぇりーが、物思いに沈んでいた外法狐に声をかける。
「あ、ああ、少し考え事をしていた。 すまない」
「いえ、別にいいですけど…
 それにしても、どうしてこんな質問を?
 ひょっとして、狐さん漫画でも描くつもりなんですか?」
「うんにゃ、違うよ。
 ちょっと聞いてみたくなっただけさ」
 外法狐は軽く頭を横に振る。

「そういやしぇりー、お前はどうしてこの街に来てんだ?
 確かお前、地元は別の場所だろ?」
「ああ、それですか。
 そうそう、思い出しましたよ。
 実は私、こないだ仕事をしくっちゃったのです」
 がっくりと肩を落とすしぇりー。
「あー、仕事でこっちに来てたのね。
 しかし、『人吊(ひとつり)【一理】』であるお前がしくじるとはな。
 それほどの手合いか」
「いえ、何と言うか…
 強いとか弱いじゃないんです。
 そう、言葉で言い表すなら、理解出来ないんです。
 理解出来なくて、恐いんです」
 しぇりーがぐっと拳を固める。
「んあ? 恐い?
 『禍つ名(まがつな)』であるお前さんを恐がらせるなんて、そりゃ一体どこの化物だ」
「分かりません。
 戦っている最中ですら、人間を相手にしているとは思えませんでした。
 まるで、そう、夢か幻とかとでも戦っているような、
 それくらい、全くと言っていい程手応えが無かったんです。
 私には信じれません。
 あんな人間が、この世に存在するなんて…」
 しぇりーの額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいた。
「存在自体が嘘っぱち、ってか。
 はん、そりゃ傑作な話だな」
「笑い事じゃないですよぅ。
 私、またその人と戦わなきゃならないんですから。
 正直言って狐さんに手伝って欲しい位ですよ」
「悪いがそれは却下だ。
 お前も知ってるだろ?
 俺は自分に殺す理由が無い相手は殺さない。
 金で、俺じゃない別の誰かが殺して欲しい相手を殺すのは、俺の道義じゃない」
 きっぱりと、そう言い切る外法狐。
「ですか。
 …ですよね、ごめんなさい」
 しぇりーがペコリと頭を下げた。

「…あ。 そうだ、狐さん」
 しぇりーが思い出したように口を開いた。
「うん? どうした?」
 外法狐が聞き返す。
「あの、やっぱりこの街の連続猟奇殺人事件は、
 『魔断(まこと)【真琴】』の『冥界の支配者(ネクロマンサー)』が関わっている可能性が高いです」
「…だろうよ。
 けっ、あの最低の下種野郎が」
 不快感を隠そうともせず、外法狐は毒づく。
「それで、他の『禍つ名』もこの騒ぎに乗じてこの街に集まってきているみたいです。
 未確認ですが、『鬼祓(きばらい)【木払】』と『獣死(じゅうじ)【十字】』が来ているとの噂も聞きました。
 狐さんならまあ大抵の事は大丈夫でしょうけど、一応気をつけて下さい」
 しぇりーが、真剣な面持ちでそう告げた。
 その表情に、餡蜜を頬張っていた時のあどけなさは、無い。
「ああ、心配すんなって。
 俺の『不死身の肉体(ナインライヴス)』は無敵さ。
 お前の方こそ、気をつけろよ」
 優しい顔で、外法狐がしぇりーに微笑んだ。

521:2004/11/16(火) 23:06



        @          @          @



 夜の公道を、青いスポーツカーが走る。
 道路交通法って何ですか、とでも言わんばかりのスピードで、
 スポーツカーは都心へ向けて突き進んでいた。
「あーあ、すげえかったりーんじゃネーノ?
 せっかくハワイでバカンスを楽しんでたってーのによ」
 助手席に座っていた男が、運転席の男に顔を向けた。
「そう嫌がる事もねーんヂャン。
 上手くいけば、一生ハワイで暮らせるだけの金が手に入るかもしれないヂャン」
 運転席の男が、脇見運転もなんのそのと助手席の男の顔を見ながら話す。
「しっかし連続猟奇殺人事件の犯人がよりにもよって『魔断』とは、
 最悪ここに極まれり、って感じじゃネーノ。
 ま、でも今回はそれが好都合なんじゃネーノ。
 そいつぶっ殺せば、俺達『鬼祓』の株も大上がりってもんじゃネーノ?」
「それだけじゃないヂャン。
 『人吊』の『殺人人形(キリングドール)』もあの街にいるらしいヂャン。
 それより何より、あの『外法』の化物までがいるという噂もあるヂャン」
「…ああ。
 考えただけで身震いするんじゃネーノ?
 あの『歩く災厄(ヒューマノイドタイフーン)』が、『純粋なる暴力(パワーイズジャスティス)が、
 『白紙返し(ホワイトアウト)』が、『九尾(ナインライヴス)』が、
 『絶対最強者(ストロンゲスト)』が、まさかあの街にいるなんてな…!」
 助手席の男が肉食獣の笑みを浮かべる。
「これは絶好の機会ヂャン。
 もしかしたら、『禍つ名』の序列を俺達が変える事が出来るかもしれないヂャン」
 運転席の男が、車をさらに加速させた。


                     〜続く〜

531:2004/11/17(水) 17:16
 〜八話〜

「狐さん、今日は本当にありがとうございました〜」
 しぇりーが頭を深く下げながら外法狐に礼を言う。
「ああ、まあ気にするなよ。
 今度は寿司でも食いにいこうぜ」
 外法狐は微笑み返し、軽くしぇりーの頭を撫でた。
 それを受けてしぇりーは「うゆー」と可愛らしい声を上げる。
 外法狐としぇりーの身長にはかなり開きがある為、傍から見れば親子と言っても差し支えない光景であった。
「それじゃ狐さん、バイバイですぅ」
 右手を高く振り、しぇりーは雑踏の中へと消えていった。
 外法狐も手を振り返し、しぇりーの姿が見えなくなった所で腕を下げる。

「…さーてと」
 一人になり、外法狐はこれからどうするかについて考え込んだ。
 金はまだ充分に残っている為急いで仕事をする必要も無いし、今の所依頼も入ってはいない。
 かといって宿に帰って寝るにはまだ早すぎる時間である。
 ゲーセンやボーリング場で一人で遊んでも面白くない。
 となれば映画館や漫画喫茶で時間を潰すのが、最良の選択肢になるだろう。
「通はブックオフで立ち読み。 これ最強」
 などとしょうもない独り言を呟き、外法狐は甘味所の前から立ち去った。



「ありがとうございましたー」
 両腕に大きな紙袋を引っ下げて、ブックオフから出てくる外法狐。
 言うまでも無く、その紙袋の中身は大量の漫画雑誌である。
 そこから文学的教養を窺い知る事は、到底出来そうも無い。
「さて、帰るか」
 せっかく漫画を買った事なのだし、一刻も早く宿で読みたいものだ。
 しかし、“その前にやるべき事が出来てしまった”らしい。
「……」
 足早に、滞在している宿とは別の方角に足を運ぶ。
 後ろには決して視線を向けず、しかし注意は逸らさないまま、
 人通りの少ない方へと歩き続ける。

541:2004/11/17(水) 17:17

「…ここら辺でいいか」
 人気の無い工事現場で外法狐は足を止めた。
 そして、ここでようやく後ろの方に振り返る。
「さっさと出て来いよ。
 折角、人目に付かない所まで連れてきてやったんだからさ」
 誰も居ない筈の空間に向かって、外法狐は声をかけた。
 程無くして、物陰から二人の男が姿を現す。
「…やっぱりバレてたみたいじゃネーノ?」
 右側の男が、尾行は気取られていたのに気づいていたかのような口振りで呟いた。
「流石は外法狐(げほう きつね)といった所ヂャン」
 左の男が続けて口を開く。
 その足には、ローラーブレードのような物が履かれていた。

「お前ら、俺がブックオフで立ち読みしてた時から尾けてたろ。
 大体想像つくけど一応聞いとくぜ。
 お前ら何者で、おの俺に何の用だ?」
 二人の男が放つ異様な気配に全く動じる事なく、
 いつも通りの威風堂々とした態度で外法狐が訊ねた。
「話す必要は無い… と言いたい所だけど、特別に教えてやるんじゃネーノ?
 俺は鬼祓根依乃(きばらい ねえの)。 そして隣は…」
「同じく鬼祓智按(きばらい ぢあん)。 これ以の説明は要らない筈ヂャン」
 確認するように告げる鬼祓智按(以下・ヂャンと表記)。
 鬼祓根依乃(以下・ネーノと表記)と共に、ジリジリと狐との間合いを詰める。
「はん。 『禍つ名』の三位が、揃いも揃って何の用だ?
 愛の告白にしちゃあ、ちょっと風情が無いんじゃないか?」
 外法狐が何ら警戒する素振りも見せずに軽口を叩く。
「少し余裕かまし過ぎなんじゃネーノ。
 いくら『外法』と言えども、俺達『鬼祓』を二人同時に相手にして、
 無事に済むと思うのは自信過剰だと思うんじゃネーノ。
 『禍つ名』の序列外、『外法』の外法狐」
 外法狐から15m程離れた所で、ネーノとヂャンは足を止めた。
 ここが、ギリギリ外法狐の必殺の間合いの外なのだろう。

551:2004/11/17(水) 17:17

「で、俺は『何の用だ』って聞いてるんだよ。
 そっちから勝手に押しかけて来て、こっちの質問には無視(シカト)か?」
 外法狐が腕を組んだままで口を開いた。
「口の減らない奴ヂャン。
 まあ、冥土の土産に教えてやるヂャン」
 ヂャンが外法狐との間合いを固持したまま問いに答える。
「お前も知ってると思うけど、この街の連続猟奇殺人事件は『魔断(まこと)』の一味の仕業ヂャン。
 『魔断』はこの件とは直接関係無くて、
 『冥界の支配者(ネクロマンサー)』だけが勝手に暴走してるみたいだけど、
 そんな事は大した問題じゃ無いヂャン。
 『禍つ名』の二位である『魔断』の一員が、この街で好き勝手している。
 これが最も重要な事なんヂャン」
 説明を続けるヂャン。
「けッ、ちゃちい縄張り争いってやつかよ」
 鼻で笑う外法狐。
「事はそんなに浅くないヂャン。
 これはつまり、お互いに不干渉が暗黙の了解になっている、
 『禍つ名』どうしが戦うだけの立派な大義名分になるヂャン。
 つまり、ここで『禍つ名』の二位である『魔断』の一員を俺達が倒せば、
 俺達『鬼祓』の株が大幅に上昇するって事ヂャン」
「で?
 それがこの俺に何の関係がある」
「ここまで言えば分かってる筈じゃネーノ?
 案の定、俺達のようにこの街には他の『禍つ名』が集まりつつある。
 表面上は波風立ってはいないけど、『禍つ名』は決して仲良しこよしの集まりじゃないんじゃネーノ。
 隙あらば、その地位をひっくり返してやろうと考えてるんじゃネーノ。
 そう、今ここで『外法』であるお前を殺せば、
 『魔断』を倒すのと同様『鬼祓』の名を上げる事が可能なんじゃネーノ。
 『魔断』を押しのけて、俺達が『禍つ名』の二位になるのも夢じゃねえんじゃネーノ」
 ネーノが外法狐を見据えた。
 その目には、らんらんと殺意が宿っている。

「やめとけ。 お前らじゃ俺の相手にはならない。
 そんなヘボい功名心で命を落とすなんざ、割りに合わねえぞ?」
 それでも、外法狐はその自信満々の態度を崩す事無くそう言い切った。
「やってみなくちゃ分かんないんじゃネーノ?」
 外法狐の言葉を挑発と受け取り、ネーノがあからさまに激昂する。
 その表情は、今にも外法狐に噛み付かんばかりだ。
 それはヂャンも同様である。
「…実は今日、友達にきつい事言われてな。
 あんまり人殺しなんてしたい気分じゃないんだ。
 ここでお前らが回れ右して帰るってんなら、俺はお前らを追わない。
 どこへなりとも行くがいいさ。
 だけど襲われて無抵抗のまま殺される程、俺だって優しくないぜ?」
 外法狐が組んでいた腕を下ろした。
 相変わらず何の構えも取らないまま、しかしその体は着実に念で戦闘態勢へと移り変わっていく。
「はは! もう勝ったつもりヂャン!
 勝てるとでも!
 1対2のこの圧倒的不利の状況で、お前が俺達に勝てるとでも!?
 笑える冗句ヂャン!
 腕と足を切り落として、犯し尽くした後で殺してやるヂャン!」
 ヂャンが下卑た笑みを浮かべて外法狐を嘲笑った。
 対して外法狐は、無表情のまま二人を見据える。

561:2004/11/17(水) 17:17

「…俺はね、出来るんだよ」
 ポツリと、外法狐が言葉を漏らした。
「ああ?」
 訝しげに聞き返すネーノ。
「俺は、殺せるんだよ。
 恨みも憎しみも辛み悲しみも哀しみも怒りも利益も快楽も悦楽も達成感も義務感も
 責任感も使命感も勝利感も敗北感も絶望感も意思も意志も理由も理屈も理論も信念も
 観念も概念も信仰も理性も知性も本能も本望も感情も感覚も躊躇も後悔も呵責も
 痛みも苦しみも悩みも嬉しさも楽しさも愛も勇気も希望も欲望も何も何も何も無くとも、
 俺は殺せるんだよ。
 誰だって殺せるんだよ。
 何だって殺せるんだよ。
 生物も非生物も人間も動物も有機物も無機物も神も悪魔も聖人も悪人も、
 何の区別も無く余す所無く残すもの無く殺せるんだよ」
 ゾクリ。
 ネーノとヂャンの背筋に、液体窒素でも流し込まれたかのような悪寒が走った。
 馬鹿な。
 俺達の優位は動かない筈だ。
 それなのに、それなのにこのたった一人の女に圧されている!?
「勿論、大抵の事には我慢がきくけどな。
 俺だって、無差別に目に付いた奴らを片っ端から殺してやしない。
 それどころか、俺は理由無き殺しは、殺す対象が人間じゃなくとも最低の行為と考えている。
 だけど、“始まった”となれば別だ。
 お前らが俺を殺そうとするなら話は別だ。
 俺は不器用だからな。
 半殺しなんて悠長な真似は出来ないぞ?」
 ずいっ、と外法狐が二人の前に進み出た。
 同時に、ネーノとヂャンが外法狐が前に出た分だけ後ろに下がる。
「お前ら『禍つ名』は、『外法』について何か勘違いをしているみたいだから教えてやるよ。
 『外法』の連中は確かに殺人鬼だが、殺すのが楽しいから殺してるんじゃない。
 無論、金の為なんかじゃ断じて無い。
 それしか知らないから、
 何か問題にぶち当たった時、殺す以外の方法を思いつけないから、
 殺す事でしか自分を確立出来ないから、殺してるんだ。
 いわば、正真正銘殺す為にのみ存在する存在なのさ」
「――――――!」
 ネーノとヂャンは絶句した。
 何だ。
 この目の前にいる奴は一体何なのだ。
 今までに会った人殺しのどれとも違う、いや、人殺しとすら認識出来ない、
 ここに存在する事自体が大罪の様な怪物。
 まるで、それは殺意の結晶―――

「だからって…」
 ネーノが意を決して、一歩足を踏み出した。
「だからって、ここで尻尾巻いて逃げるなんて出来ないんじゃネーノ!?」
 ネーノは吠えた。
 それに鼓舞される形で、戦意を喪失しかけていたヂャンも戦う意思を取り戻す。
 歪む空間。
 震える大気。
 張り詰めた空気が、今にもはちきれんばかりの圧力を帯び、
 それが今まさに、あえなく決壊しようとしていた。
「そうかい、上等だこのボンクラども。
 いいぜ相手してやるよ。
 死んだ事に気がつく暇も無く絶殺してやる。
 いくぜお前ら。
 あの世で暴力に懺悔しな…!」


                   〜続く〜

571:2004/11/19(金) 09:55
 〜九話〜

「殺すよ、お前ら―――」
 外法狐が体中にオーラを纏った。

 『殺す』。
 たったこれだけの言葉が、これ程の重みをもっていたのかと、ネーノとヂャンは戦慄していた。
 彼らも、『殺す』だとか『死ね』だとかいう言葉くらいは使った事がある。
 しかしそれは大抵の場合、売り言葉に買い言葉の末だったり、
 単なる脅し文句だったりであり、
 本気で相手の事を絶対に殺すつもりで使った事など数える程しかない。
 しかし、外法狐は違う。
 ネーノとヂャンは確信していた。
 この女はそんな生半可な覚悟で『殺す』という言葉を使っていない。
 いや、覚悟という次元すら超越しているように思える。
 外法狐にとって、『殺す』と言った時には既に、
 その言葉を投げかけた相手の死は決定事項なのだ。
 外法狐の中では、『殺す』と言った相手は既に死んでいるのだ。
 だから『殺す』という言葉は最早『死』と同意語であり、
 外法狐は相手の死を確認する為に『殺す』という言葉を使うのである。
 故に外法狐は相手を殺すのに一切の躊躇は無い。
 己の中に想像した相手の死を、ただ忠実に実行して実現するだけ。
 そこに、何の意思など介在しようも無い。
 道具が何かを殺める際に、何も考えたりしないように。
 今外法狐は、比喩でなくただ一振りの刃と化しているのである。

「―――ッ!」
 直後、外法狐の姿が二人の前から消え去った。
 否、消えたのではない。
 二人の反応限界を超える速度で移動したのである。
「『果てしなき暴走(キャノンボール)』!!」
 本能的に危険を察知したヂャンが、己の念を発動した。
 ローラーブレードに注がれるヂャンの念。
 するとローラーブレードの車輪が一瞬にして加速して、
 ヂャンの体を瞬時に後方へと移動させる。

 パアァン!

 風船の破裂したような音が、辺りに響いた。
「…?」
 ヂャンがその音の正体を探ろうと周囲を見回す。
 しかし、その原因らしいものは一向に見当たらない。
 空耳か?
 いや、確かにさっき音はした筈だ。
「……あ?」
 ヂャンは、自分の右腕の部分が軽くなっているような感覚を覚えた。
 違う、軽くなっているのではない。
 重さが全く無くなっているのだ。
 ヂャンが不思議に思って自分の右腕を見―――

581:2004/11/19(金) 09:56

「え? えああああああああああああああああああああああ!?」
 ヂャンは信じられないといった顔で叫び声を上げた。
 飛び散る鮮血。
 ヂャンの腕は、二の腕の辺りからごっそりと無くなっていたのだ。
「外したか」
 いつの間にかヂャンの後ろに回っていた外法狐が、不敵な笑みを浮かべた。
 その足元には、木端微塵になったヂャンの右腕だったであろう肉片。
 どう見ても全く腕の原型など留めておらず、それが外法狐の攻撃破壊力の凄まじさを物語っていた。
 先程の破裂音は、ヂャンの右腕が爆ぜた音だったのだ。
「うわあああああああああああああああああああ!!」
 後ろからの外法狐の回し蹴りを、ローラーブレードを操ってかわすヂャン。
 今度は、かわしきれずに攻撃を貰うような事態にはなってはいない。
「ヂャン!」
 ヂャンへの追撃を防ぐべく、ネーノが外法狐に跳びかかる。
「『刺突寸鉄(シャドウニードル)』!!」
 ネーノの手に何本もの黒い針が具現する。
 ネーノはそのまま、その針を外法狐目掛けて投げつけた。
「当たるかぁ!!」
 腕の一振りで、外法狐は飛来する無数の針を弾き飛ばす。
 しかし、ネーノはその様子を見ても何ら動揺する素振りは見せなかった。
 寧ろ、外法狐に今の攻撃が当たらない事など予測していたようにすら感じられる。
 それもその筈。
 ネーノの真の狙いは、“別の所”にあったのだ。

「!?」
 今まさにネーノに突撃をしかけようとしていた外法狐が、突然その動きを止めた。
 正確に言うならば、動きを止められた。
「…! 成る程な」
 外法狐の影に、先程の黒い針が突き立てられていた。
 先程ネーノが針を投擲した時、外法狐の体だけではなく、その影にも針を狙いを定めていたのである。
 外法狐は自分の体に向かっていた針だけを防御した為、影にまでは気が回らなかったのだ。
「…影縫い。 これが俺の『刺突寸鉄』の能力なんじゃネーノ?」
 ネーノが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「はッ、動きを止めたくらいでいい気になるんじゃねえよ。
 それで、お前らはどうやって俺を殺す気なんだい?」
 外法狐が、これくらいのピンチなど丁度いいハンデとばかりに肩をすくめた。
「すぐに分かるんじゃネーノ?
 お前はもう、俺達のコンビネーションの術中に落ちている…!」
 ネーノが勢いよく後ろへと振り向く。
 そこには、腕を落とされたばかりのヂャンが立っていた。
 そしてその後ろには…

「ロードローラーだ!!」
 ヂャンが腕を失った恨みを全て込めて、外法狐に怒号を叩きつける。
 ヂャンの念能力『果てしなき暴走』は、車輪がついているものを自在に操作する能力。
 そして今、ヂャンは工事現場に駐車されていたロードローラーを操り
 それを身動きの取れない外法狐に猛スピードで突進させた。
「WRRRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
 ぶっ潰れよおおおおおおおおおおおお!!!」
 軽く時速100kmを超える速度で、ロードローラが外法狐にぶち当たる。
 鼓膜が破れそうな程の爆音。
 巻き上がる土煙。
 これだけの攻撃を喰らって、生きていられる生物などいよう筈も無い。
 そう思うのが当然だった。

「や…やった! 勝ったんじゃネーノ!?」
「ああ! 俺達の勝利ヂャン!
 片腕は失ったが、あの外法狐を仕留めれたのなら安いも…」

591:2004/11/19(金) 09:56


 !!!!!!!!


 次の瞬間、轟音と共にロードローラーがぶっ飛ばされた。
 ロードローラーはさっきヂャンが操っていた時以上の速さで水平に滑空し、
 その軌道上にいたヂャンを巻き添えにして地面に激突する。
 ヂャンは見事にロードローラーの下敷きになり、
 文字通り人間押し花となって地面に赤黒い染みを遺した。
「『不死身の肉体(ナインライヴス)』」
 ネーノは、自分の目を疑った。
 そして次に、目の前の化物の存在を疑った。
 馬鹿な。
 こいつは今、間違い無くロードローラーに押し潰された筈だ。
 それなのに、どうしてこいつは生きているのだ…!
「いやー、驚いた。 だけどそれだけだな。
 その程度じゃ、この俺は殺せない」
 殆ど無傷の状態で、外法狐は『刺突寸鉄』によって動きを止められた場所に佇んでいた。
 もしかしたら、体に受けた損傷よりも、着物の傷の方が大きいのかもしれない。

「ば…ば、ば… 化物… この化物ォ!!」
 今にも発狂しそうな勢いで、ネーノが外法狐に向かって叫んだ。
「あー、そんな台詞はとうの昔に聞き飽きてるんだ。
 遺言を遺すなら、もっと気の聞いた事を言ってくれよ」
 外法狐が「ふんッ」と気合を入れると、彼女の影に刺さっていた針が一本残らず抜け落ちた。
 純粋な暴力だけで、ネーノの『刺突寸鉄』の呪縛を引き剥がしたのである。
「ま、待て! 待ってくれぇ!
 もうお前の前には二度と姿を見せない!
 だから命だけは助けてくれ!!」
 ネーノは後悔していた。
 自分は、何て相手に喧嘩を売ってしまったのだろう。
 かつて『鬼祓』の上役からくどいほど聞かされていた言葉。
 『外法狐とは、何があっても敵対するな』。
 あれは本当だったのか。
 加えて、こうも聞かされていた。
 外法狐には、半端な作戦や小細工など何の役にも立たない、と。
 あいつが、外法狐が戦う事が、
 それ自体が既に戦術であり戦略であるレベルにまで昇華しているのだ、と。
 今、はっきりと分かる。
 この女はもう自然災害と同じなのだ。
 そもそも人間が太刀打ち出来るような存在ではなく、
 いかにして被害から逃れるかの対策を立てるしかない、
 そんな絶対的な暴力の権化なのだ。
 自分達が生き残るには、一目散に逃亡するしかなかったのだ。
 そして外法狐の中では、『殺す』と言った時点でネーノとヂャンの死は確定している。
 そんな相手に、命乞いなど通用する筈も無い。

601:2004/11/19(金) 09:56

「悪いけどさ、もう俺にも止められないんだよ。
 俺はもう、殺すのを止められない。
 今お前を見逃せば、きっと俺は俺を殺す。
 だから、お前には死んで貰う」
 ゆっくりと、外法狐が前に出てくる。
 ゆっくりと。
 ゆっくりと。
 しかし確実に、ネーノとの距離を縮めながら。
「ひッ… ひッ… ひいいいいいいいいいいいいいいい!!」
 ネーノの足元には、生暖かい水溜りが生まれていた。
 恐怖のあまり失禁してしまっていたのだ。
 ネーノは動けなかった。
 ネーノの体の細胞は、いくら動いた所で目の前の殺人鬼から逃れる術など無い事を悟っていたのだ。
 待ち受けるは、必ずもたらされる死。
 手からボールを離せばボールは落ちる。
 それくらい当然に訪れる死。
 子供の様に涙を流して泣き叫びながら、ネーノはただ震えていた。
 しかしそんなネーノの様子を見ながらも、
 外法狐は顔色一つ変える事は無かった。
 考えている事はただ一つ。
 目の前の生き物を、殺す事―――
「じゃあな」
 外法狐が無造作に左腕を振るうと、ネーノの頭部はまるで西瓜のように砕け散った。



「……」
 外法狐は、今しがた自分が生産したばかりの死体を眺めていた。
 何の感慨も無く、ただ虚ろな目でネーノとヂャンの死体を眺めていた。
「何なんだよ、俺は…」
 人を殺した。
 だけど、外法狐はその事について一切の罪悪感も感じてはいない自分を認識していた。
 人が生きる為に食事をする、殺すのだってそれと同じような事。
 そんな風に考えてしまう自分を、外法狐は自覚すると同時に嫌悪していた。
 殺すのに快楽を感じる事が出来れば、命を蹂躙する事に狂う事が出来れば、
 犯した罪に悩み苦しむ事が出来れば、殺す事に目的を見出す事が出来れば、
 それならばどれだけ楽になれる事か。
 それだけ救われた気持ちになれる事か。
 だけど、自分にはそれすら無い。
 何も考えなくとも殺す。
 何も感じなくとも殺す。
 殺したくなくとも殺す。
 何であろうとも殺す。
 ただその為のみに存在する、それしか為せない存在。
 生物は生きる為に他の生物を犠牲にする、そういった自然の摂理からすら逸脱した化物。
 それが自分の全てであり、それ以外のものなど知らない。
「何だっていうんだよ、俺は…!」
 外法狐は、もう一度呟いた。


               〜続く〜

611:2004/11/21(日) 01:57
 〜十話〜

 二時間目の数学の授業。
 僕の三つ左隣の席には、誰も座っていなかった。
 モナカさんが学校に来なくなって、もう三日になる。
 学校には風邪を引いているからとの連絡が入っているらしいが、
 本当の所は僕が原因なのだろう。
 僕はモナカさんの気持ちに答えてはあげれなかった。
 答えるつもりも無かった。
 まあ、いいさ。
 こういった問題は時間と共に風化していくのが世の常になっている。
 モナカさんも、あれは一時の気の迷いだった、と古い思い出にすり替わっていくのだろう。
 そして僕も、すぐにモナカさんの事など思い出さなくなるのだろう。
「…最低だなあ」
 本当に最低だな、僕は。
 好きな人に拒絶されれば傷つく。
 それが辛辣なものであれば尚更だ。
 僕も、恐い。
 狐さんに嫌われるのが恐い。
 だから、狐さんにモナカさんとの事を怒られた時には深い絶望を味わった。
 そんなのは分かっていた筈なのに。
 それなのに。
 僕は、モナカさんに酷い言葉をぶつけてしまった。
 どうする。
 住所を調べて、謝りにいこうか。
 …やめておこう。
 そんな事をしても、徒に傷口を拡げてしまうだけだ。
 やっぱり、ほとぼりが冷めるまで下手なアクションはしないのが最善の策なのだろう。

「……」
 モナカさんが学校へ来なくなると同時に、狐さんもぱったりと姿を消した。
 あの人の事だから多分死んではいないのだろうが(というより殺しても死ななそう)、
 あんなのが最後の会話では心残りにも程がある。
 だけど、多分もう二度とあの人とは会えないのだろう。
 再びあの人と話せはしないのだろう。
 それでもいいかと思った。
 それでいいやと思った。
 所詮、僕は偽物。
 あの人と想いを通わせる事など、不可能ではないか。
 それなら、いっそ綺麗さっぱり望みが絶たれる方がまだ諦めがつくというものだ。
 だけど、もう一度会いたいと心のどこかで思っていた。
 それは下らなくて馬鹿馬鹿しくて意味などなくて取り留めのない一縷の望み―――
「…では宝、この問題を解いてみろ」
「はい」
 やめよう。
 こんな事考えたって、どうしようもないじゃないか。
 いくら想いをつのらせても、どうしようもないじゃないか。
 それに狐さんだって、モナカさんのように僕の中に誰か別の人を投影していただけかもしれないじゃないか。
「え〜と…」
 僕は狐さんの事もモナカさんの事も頭の中から追い出し、
 因数分解の解式に思考を専念させるのだった。

621:2004/11/21(日) 01:57





 午後6時15分。
 その日も特に変わった事など無く、僕は学校から下校した。
 いつも通りに授業を消化し、いつも通りに絵を写して一日が終了。
 恐らく卒業までずっと一緒であろうその日課。

「…まだ残ってるんだ、このクレーター」
 狐さんに殺人鬼から助けて貰った場所で、僕は足を止めた。
 土手地の地面には、今もなお痛々しい程の戦いの爪痕が残されている。
 事件現場という事もあり、当分の間埋め立てが行われる予定はないらしい。

「…?」
 ふと、僕は地面に穿たれたクレーターから視線を上げた。
 前の方に、人がいる気配を感じたからだ。
 さっきまでは確かに誰も居なかった筈なのに、
 そこには一人の女の子が立ちはだかっており、
 待ちかねたと言わんばかりの顔で僕の事を見つめていた。
「やあ、しぇりーちゃん。 お久し振り」
 僕は片手を挙げ、その女の子人吊詩絵莉に挨拶をした。
「…自分を狙う殺し屋を目の前にしたというのに、随分と個性的な応対の仕方ですね」
 呆れたように口を開くしぇりーちゃん。
「そうでもないよ。 ここ数日、いつ君が襲って来るのかとビクビクしてた」
「あなたにそんな感情があったなんて、驚きです」
 失礼な事を言う子だ。
 まるで人を妖怪か何かのように言いやがって。
 オジサンイカッチャウゾ?
「…で、マジな話、どうして僕が君に殺されなきゃいけないのさ。
 君が誰に頼まれたのかは知らないけど、
 僕は殺される程の恨みを他人から買った覚えは無いよ?」
 もしかしたらモナカさんが振られた腹いせに、とも考えたが、
 時期的にそれはありえないだろう。
 僕がモナカさんを振ったのはしぇりーちゃんに襲われた後だし、
 殺し屋を雇ってから告白するなんて人間、フィクションの世界ですら見た事が無い。
「これから死ぬ人間が知る事ではないです」
 前と同じように、しぇりーちゃんの手の平に特大チャクラムが魔法のように創造される。
 狐さんに教えて貰った、具現化系の念能力というものなのだろう。
「そうか。
 そうだよね…」
 僕は一つ息をついた。
 殺し屋を目の前にしているというのに、僕の気持ちはひどく落ち着いている。
 もう何もかも終わらせてしまっていいか、そう考えてしまっているのかもしれない。
 僕は偽物。
 だから初めから人生に意味は無い。
 ならば、ここで人生が終了したとして何の悔いが残る。
 家族は僕が死んだらどうするのだろうか。
 僕が死んだ事を悲しむのか、兄さんが死んだとして悲しむのか。
 それとも、今度は僕と兄さんなど最初から存在しなかった事にしてしまうのか。
 どうでもいいや。
 そんなの、僕の考える事じゃない。

 だけど、狐さんは。
 …あの人は、僕が死んだら何か感じてくれるのだろうか。

「…くッ」
 思わず、自嘲的な笑い声が漏れた。
 狂っているな。
 戦いを目前にして、僕は何を考えているんだ。
「…何がおかしいんですか?」
 ムッとした顔で、しぇりーちゃんが訊ねる。
「いや、何でも無いよ。 自分の愚鈍さ加減に愛想が尽きただけさ」
 静かな声で、僕はそう告げた。
「それにしても、凄いねそのチャクラム。
 そんなのを思いつけるなんて羨ましいなあ」
 僕には無理だから。
 僕には、自分自身のの何かを創れないから。
 だから、誰かの真似をする。

 ―――完全再生率、27%
 ―――発動、『劣化複製・穴あきの満月(デグラデーションコピー・フライングドーナッツ)』

631:2004/11/21(日) 01:57

「!?」
 僕の両手に握られた彼女とそっくりの特大チャクラムを目にして、しぇりーちゃんが目を見開く。
「あ、あなた、強化系じゃなかったんですか!?」
 驚くのも無理は無い。
 あの時僕は強化系である狐さんの真似をして戦った。
 だから強化系と相性が良くない筈の具現化系の能力を使うなんて、
 彼女には思いもよらない出来事だったのだろう。
「ああ、驚かせてしまったみたいだね、ごめん。
 だけどあまり警戒する事も無いよ。
 こんな物、単なる紛い物に過ぎないんだから」
 僕はチャクラムを持ったまま、鏡合わせの如くシェリーちゃんと同じ構えを取る。
 彼女の全てを真似するように。
 彼女の全てを模倣するように。
「まさか、特質系―――」
「どうやら君達念能力者の定義ではそうらしいね。
 でも、正直な所僕は特質系であるかどうかも疑わしいんだ。
 僕は何にもなれない。
 僕は何も創れない。
 ただ、水鏡のように別の何かを映すだけ。
 そんなの、個別に区分された能力なんて言わないだろ?」
「要するに、単なる猿真似ですか」
「うん、まさしくその通りだよ。
 僕に出来るのは誰かの真似事だけ。
 誰でも無い故に誰にでもなれる。
 誰でもあるが故に誰でもない。
 そうだ、やっと僕の念能力の名前を思いついた。
 『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』とでも名付けようか」
 二重体(ドッペルゲンガー)。
 特定の個人でなく、誰かの影の中にのみ潜む者。
 他者なくして決して己を形作れぬ者。
 そもそも己など存在しない者。
 まさに、僕にぴったりだ。

「そ、そうと分かればもう問題ありません!
 所詮は偽物、本物に勝つ事なんて出来ない筈です!」
 チャクラムを僕に向け、しぇりーちゃんが叫んだ。
「そうだね。
 事実僕の作ったこのチャクラムの性能は、本物である君のやつの半分にも及ばない。
 戦えば、確実に僕は負けるだろう」
 事も無げに、僕は言った。
「だったら!
 だったらどうしてそんなに落ち着いていられるのですか!?
 あなたは死ぬのが恐くないんですか!?」
 信じられないといった顔つきで、しぇりーちゃんが僕を見据える。

641:2004/11/21(日) 01:58

「…正直に言うとさ、僕は、君に殺されてもいいかなと思っているのかもしれない」
 僕のその言葉に、しぇりーちゃんが息を飲み込んだ。
 いくら彼女が凄腕の殺し屋といえど、
 自分から殺されるのを望む標的に出会ったのは初めてだったらしい。
「な、何を馬鹿な―――」
「僕はさ」
 口をパクパクさせるシェリーちゃんに構わず、僕は言葉を続ける。
「僕はさ、いつも僕ではない誰かを僕の中に投影されるだけだった。
 誰も僕自身を見ず、そして僕も自分自身の何かを生み出す事は出来なかった。
 だけど、君は違う。
 誰に頼まれたのかは知らないけど、君は他の誰でもない僕を殺す為に僕の所に来てくれた。
 僕そのものを必要としてくれた。
 それなら、僕はここで殺されてもいいんじゃないか――― そう思ったのさ」
 淡々と、僕は告げた。
 しぇりーちゃんは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔のまま、僕の話を聞いている。
「あ、それとも恐がる真似をした方が、君にとっては都合がいいのかな?
 それは気配りが足りなかったね。
 『ひいいいいいいいい! い、命だけは、命だけは助けて下さい!!』
 どう?
 この前見たサスペンスドラマの真似をしてみたんだけど、雰囲気出てた?」
「もうやめろこの変態!!」
 悲鳴にも似た叫び声で、しぇりーちゃんが僕の言葉を遮った。
「何ですかあなたは!?
 何なんですかあなたは!?
 あなたにとっては、死の恐怖すらも誰かの真似事でしかないと!?
 何一つ本物なんて持っていないと!?
もう話しかけないで下さい!
 こっちを見ないで下さい!
 近寄らないで下さい!
 やめて下さい気持ち悪い!
 私の視界に入らないで下さい!
 私にその存在を意識させないで下さい!
 あなた、壊れてます!
 生き物として完全に壊れきってます!!」
 生き物として完全に失格。
 その通りだよしぇりーちゃん。
 もしかしたら、僕は生き物の真似をしているだけかもしれないんだから。
「気持ち悪いです!
 あなたがそこに存在するだけで不愉快極まりないです!
 もう我慢出来ません!
 ここで、塵一つ残さず殺します!!」
 その言葉を言い終わると同時に、しぇりーちゃんが僕目掛けて一直線に駆け出した。
 チャクラムの刃が、吸い込まれるように僕の首へと向かう。
 ああ、これでお仕舞いか。
 ここで僕は死んでしまうのか。
 最後に、会いたかったなあ。
 狐さんと、話がしたかったなあ…

651:2004/11/21(日) 01:58



「……?」
 しかし、僕の首は両断されなかった。
 見ると、しぇりーちゃんの特大チャクラムは僕の首に届く寸前で止まっている。
「あ…あ…あ……」
 確実に僕を殺せた筈のしぇりーちゃんが、顔面を蒼白にして小刻みに震えていた。
 その視線は僕、いや、僕の後ろに向けられている。
 何だ?
 この子は、一体何を見たっていうんだ?
「…?」
 不思議に思い、僕は後ろを振り替えってみると―――

「き―――」
 僕は言葉を詰まらせた。
 白髪の長髪。着物。一人称俺。
 それが形容詞につく人が、狐さんが、僕の後ろに立っていた。
「…何があったのかは知らないけどさ。
 そいつを殺すのはやめてやってくれないか?
 友達なんだよ―――そいつ」
 優しい顔で、狐さんがしぇりーちゃんにそうお願いした。
 しぇりーちゃんは言われるまま、ゆっくりと得物を下に下ろす。
「き、狐さん、何で…」
 僕は目をパチクリさせながら、狐さんに何か言おうとした。
「ああ、近くを歩いてたら何か穏やかでない声が聞こえてね。
 それにしても危機一髪だったな、少年」
 狐さんがはにかみの笑顔を浮かべる。

「つーわけでさ。
 ここは俺に免じて勝負は預かりって事にしといてくれ。
 俺の友達どうしが殺し合うなんて、真っ平御免なんでね」
 友達どうし?
 もしかして、しぇりーちゃんと狐さんって知り合いだったのか?
 まあ狐さんも裏家業に身を置く人みたいだから、
 殺し屋に知り合いがいてもおかしくないが。
「わかりましたです」
 驚くほど素直に、しぇりーちゃんが承諾した。
 確かに狐さんに逆らえば殺されるのは目に見えているが、
 プロの殺し屋がこんなんでいいのだろうか。

661:2004/11/21(日) 01:59

「…狐さん」
「ん? どうした、少年?」
「…どうして、僕なんか助けてくれたんですか」
 僕は狐さんの顔から目を逸らして言った。
「決まってるだろ。 友達だからだ」
 さも当然のように、狐さんは答えた。
「…!
 どうして!
 この前の事怒ってないんですか!?
 僕は、あなたに―――」
 あなたに嫌われるような事を、した筈なのに。
「ああ、怒ってるよ」
 狐さんが静かに告げる
「だったら…」
「だけどさ、俺が怒っているって事と、お前と俺が友達だって事とは別問題だろ?
 友達ってのはそいつが好きだけで成り立ってんじゃない。
 良い所も悪い所も、好きも嫌いも含めて、そいつと向かい合いたいと思う。
 それが一番大切な事の筈だぜ」
 …あなたは、
 あなたはどうしてそんな風に、
 僕が決して得られないものをそうも簡単に言ってのけるのか。
 どうして、そう言われただけでここまで安心出来るのか。
 どうしてあなたは、どうしようもない位にあなたなのだ。
「俺が友達じゃ、迷惑か…?」
 不安そうに、狐さんが僕に訊ねた。
「…いえ、そんなんじゃ…ないです」
 迷惑であるわけがない。
 だけど、僕は不安なんだ。
 僕は偽物だから。
 僕とあなたとの絆も、きっと偽物だから。
 いつか、その偽物の絆が、壊れてしまう日が必ず来るから。
 だから…

「…この前は、ごめんなさい」
 僕は頭を下げ、狐さんに謝った。
「いい子だ、少年。
 でも、君が謝らなきゃいけないのは俺じゃないだろ?」
 僕の頭を撫でながら、狐さんがそう告げる。
 てかこの歳になって他人に頭を撫でられるとは思わなんだ。
「はい」
 今度は狐さんの目を真っ直ぐ見て、そう答える。
 そうだ。
 謝らなくちゃ。
 モナカさんに。
 到底、許してもらえるとは思えないけど。
 許されるような事ではないけど。
 それでも、僕には謝らなければいけない義務がある。
「分かればよろしい。
 それじゃあ、景気づけに一緒に飯でも食いにいこうぜ。
 お前も来るだろ、しぇりー?」
 狐さんがしぇりーちゃんに顔を向ける。
「え?あ、はい!」
 慌てて頷くしぇりーちゃん。
 どうやら、狐さんには全く頭が上がらないようだ。
「よし、それじゃ出発するか!」
 こうして、狐さんに引っ張られる形で僕達三人は食事に行く事になるのだった。


 …この時はまだ、明日になればいつもと変わらない日常が来ると信じていた。
 当たり前のように学校に行って、当たり前のように家に帰る。
 宿題をして絵を写して食事をして風呂に入って寝る。
 そして明日はそこにモナカさんに謝るという特別なイベントが追加される。
 そんな明日が来ると、信じて疑わなかった。
 だけど、もう全ては遅かった。
 この時から、いいや恐らく初めて狐さんにあった時から既に、
 僕は二度と引き返せないレールの上を走っていたのだ。
 今日この日が、僕にとって最後のいつもと変わらぬ日常だったのだと、
 まだ僕は気づいてすらいなかった―――


                   〜続く〜

671:2004/11/22(月) 01:55
 〜十一話〜

『連続猟奇殺人事件の犠牲者は、既に26人に上り…』
 テレビのニュースキャスターが、淡々と記事を読み上げる。
 アヒャとフーンは、それをビール片手に眺めていた。
「…未だに手がかり無し、か」
 フーンが缶ビールに口をつけ、一つ溜息をつく。
「……」
 アヒャは何も言わないまま、黙ってテレビを見ている。
「おい、アヒャ?」
「……」
 フーンの問いには答えないまま、アヒャはすっと立ち上がった。
「? アヒャ、どこへ行くんだ?」
「チョットソノヘンヲウロツイテクル」
 それだけ言い残し、アヒャは荒々しくドアから出て行った。
「やれやれ…」
 肩をすくめるフーン。
 しかしこういった事には慣れているのか、フーンはアヒャの後を追おうとはしない。

「…大変だな、あいつも」
 かつてフーンはアヒャの過去を聞いた事がある。
 アヒャがまだ子供だった頃、家族を念能力犯罪者に皆殺しにされたらしい。
 それ以来、アヒャは念能力を使った犯罪を憎み、
 このハンターという裏稼業に従じていると聞いた。
 だからこそ、今回のような事件に対しアヒャは特別な思い入れがあるのだろう。
「言っても聞かないとは思うが、無茶はするなよ」
 既に誰も居なくなった入り口のドアに向かって、フーンは静かに呟いた。



          @        @        @



「狐さん」
「何だね、少年」
「この歳になって、僕は世界の神秘を一つ発見しました」
「ほう。 してそれは?」
「この世には、回転しないお寿司というものが実在したという事です」
 僕は狐さんとしぇりーちゃんと一緒に、お寿司屋さんに食事に来ていた。
 店の入り口から、僕、狐さん、しぇりーちゃんの順で木製のカウンターに並び、
 板前さんからお品書きを渡される。
 ぱっと店内を見渡しただけで、半端なく高そうという事が嫌でも理解させられていたのだが、
 お品書きに書かれてある値段を見て僕は更に仰天した。
 あの、すみません、四桁以上の数字が普通に並んでいるんですけど、
 ここら辺ではこれがデフォルトなんですか?
 それとも、僕の知らない間にインフレが進んでいたんでしょうか?
「がんだ〜らがんだ〜らぜいせいいとわずいんい〜んでぃあ…」
 思わず、ガンダーラの歌詞を口ずさんでしまった。
 その国の名はガンダーラ、どこかに在るユートピア…
 まさか、そんなものが実際にあったとは。
「お兄さん貧民です〜」
 しぇりーちゃんに鼻で笑われる。
 悪かったな貧乏人で。
「はは、まあそう言ってやるなよ。
 今日は俺の奢りだ、存分に食べな」
 お猪口に入った熱燗を啜りつつ、狐さんが笑う。
 和服で日本酒を飲むその姿は、厭味なくらい様になっていた。
「ありがとうございます〜!
 それじゃあ私玉子!」
 しぇりーちゃんはまだ子供なのでオレンジジュースだ。
 僕はというと、ちびちびとアガリを口に含んでいた。
「あの、本当にいいんですか?
 こんな高そうな店でご馳走になっちゃって…」
 僕は狐さんにおずおずと訊ねた。
 いくら僕がマトモな神経を持っていないとはいえ、
 流石にあの値段を見ても気にせずどんどん注文するほど非常識でもない。
「遠慮するなって。
 別に食い逃げさせたりしないから安心しろよ」
 狐さんはそういうが、僕はまだ不安だった。
 僕、100mを何秒で走れたっけなあ…

681:2004/11/22(月) 01:56

「…あの、狐さん」
 寿司の値段も心配だが、僕はもう一つの心配事を狐さんに聞く事にした。
「うん? どうした、恋愛相談か?」
「うるせえ黙れ」
 即座に突っ込みを入れる僕。
「ひ、ひどいわ、タッチャン!」
「人を某野球漫画の主人公の仇名で呼ばないで下さい。 真面目な話です」
 真剣な目で、僕は狐さんを見た。
 狐さんも冗談を交わす雰囲気ではないと悟ったのか、茶化すのをやめる。
「…連続猟奇殺人事件の犠牲者が、26人に増えました」
 26人。
 ここまでくれば、間違いなく日本犯罪歴史上に殿堂入りするレベルである。
「しかもその犠牲者の一人は、ロードローラーで押し潰されたって話じゃないですか。
 きっと犯人は時を止められる吸血鬼ですよ?」
 僕がそう言うと、何故か狐さんは微妙な表情へと変わった。
 何だ?
 何か変な事言ったか、僕?
「でも、重要なのは殺され方じゃありません。
 殺されてるって事が重要なんです。
 そもそも、殺人鬼は以前に狐さんが止めた筈なんですから」
 そうだ、殺人鬼は確かに狐さんが殺した。
 なのにまだ猟奇殺人は続いている。
 これはまるで悪夢のような冗句だ。
「教えて下さい、狐さん。
 この街で、一体何が起こっているっていうんです?」
 僕は狐さんを見据えて言った。

「…前、言ったよな。
 お前さんが踏み込むべきでない世界ってのが存在するって」
 しばしの沈黙の後、狐さんがゆっくり口を開いた。
「はい。 ですけど…」
「君も薄々は感づいてはいるんだろ?
 この事件には、常識など及びもつかない力、『念』ってのが関係してるって事に。
 最近念能力に目覚めたばかりの君なら尚更そういうのに敏感だろうしな」
 トロを口に運び、狐さんが一つ間を置いた。
「やっぱり…」
 やっぱり、念か。
 人間では考えられない力で犠牲者の死体がぐちゃぐちゃにされている事からよもやとは思っていたが、
 どうやらそれで正解だったらしい。
「そう。
 だからこそ君の質問には答えられない。
 君には、念使いの念能力がバレる事は致命傷だとも教えたよな?
 だから君にここで事件のあらましを説明したら、君まで巻き込む事になる」
 真面目な顔で、狐さんは僕にそう告げた。
「…わかりました」
 念使いにとって自分の能力を知られる事が鬼門ならば、
 それは自分の能力を知る者は敵と見なされるという事。
 知ってしまえば、もう引き返せない。
 だから狐さんは僕に何も教えない。
 真実が気にならないといえば嘘になるが、狐さんの好意を無下に断るのも気が引ける。
 だから、僕はこれ以上聞かない事にした。
「よろしい。
 お姉さん素直で物分りのいい子は好きよ。
 ちゅーしたげるちゅー」
「うるせえセクハラすんな年増」
 …本当はノリもいいからでちゅーして欲しいと思ったが、
 流石に公衆の面前ではヤバいと思ったので丁重に断った。

「狐さんとお兄さんばっかり話しててつまんないです〜!」
 会話から外されていたしぇりーちゃんが、耐え切れなくなったのか横から口を挟んだ。
 ああ、そういやこの子の事すっかり忘れてたな。
 ごめんごめん。
「今度は私が狐さんとお喋りするんです〜!」
 歯を剥き出しにして、あからさまに僕を敵視するしぇりーちゃん。
 ふざけんな。
 お前如き薄っぺらい藁の家が僕と狐さんとの会話に割り込むんじゃない。
「あ、いや、ごめんなさい…」
 しかし勿論僕にそんな事を言う度胸なんてあるわけなく、
 せっかくの狐さんとの会食はしぇりーちゃんによって台無しになるのだった。

691:2004/11/22(月) 01:56





「いや〜、食った食った」
 店から出た帰り道、狐さんがお腹を一つポンと叩いて満足げに呟いた。
「あの、狐さん、今日はありがとうございました」
 僕は深々と頭を下げる。
「ありがとうです〜」
 しぇりーちゃんも狐さんに礼を言った。
 そういえばお勘定が10万を超えていたような気もするが、きっとあれは目の錯覚だろう。
 まさか一回の食事であんなにかかるわけないよね。
 …でも、当分の間は狐さんに足を向けて寝れないと思った。

「でも驚きました。
 まさか、お兄さんと狐さんがお友達だったなんて」
 僕も君と狐さんが知り合いだったなんて驚いたよ、しぇりーちゃん。
「ああ。 世間って、案外狭いもんだったんだな」
 狐さんが腕を組んで頷く。
 よく考えたら、僕ってついさっきまで僕を殺そうとしてた奴と一緒に飯食ってたんだよな。
 思い出してみれば随分と凄い経験だ。
「てかしぇりーちゃん。
 今更だけど僕を殺すのやめていいの?
 その、勝手に仕事を中止したりしたら報復とか受けたりしないのかい?」
 僕はそうしぇりーちゃんに聞いた。
 僕がもう殺しの標的にならないのはいい事だが、
 それが原因でこんな年端もいかない少女が死ぬような目に遭っては流石に寝覚めが悪い。
「それなら大丈夫です。
 契約にお菓子がありましたので、お兄さんを殺すという依頼は破棄しても構いません」
「お菓子って、ひょっとして瑕疵の事?」
 僕のその言葉に、しぇりーちゃんが顔を真っ赤にした。
 この前といい、どうやら語学は苦手なようだ。
「と、とにかく契約は無効という事です!」
 苛立たしげにしぇりーちゃんが吐き捨てる。
 どうやら怒らせてしまったらしい。
「それが疑問なんだよ。
 その契約を無効に出来る位の瑕疵って、一体何なのさ?」
「あなたが狐さんと友達だという事です」
 …はい?
 それ、本当ですか?
「お兄さんには信じれないかもしれませんが、それで全てに説明がつくのです。
 私の依頼主は、お兄さんが狐さんと友達だという事を事前に伝えなかった。
 それが既に重大な契約違反なのです。
 私達の世界では、狐さん、『外法狐』さんを敵に回すという事は、それ程の事なのです。
 いいですか、そもそも狐さんは…」
「しぇりー、お喋りが過ぎるぞ」
 しぇりーちゃんの言葉を、狐さんが遮った。
「ご、ごめんなさいです」
 慌てて謝るしぇりーちゃん。
 詳しい事は知らないが、狐さんはものすげえ凄い人だというのは何となく分かった。
 しかし、それは僕が聞いていい事ではないのだろう。

701:2004/11/22(月) 01:57

「つーかさ、少年。
 君はどうしてこいつに命狙われてたんだ?
 何か人に恨み買うような事でもやったのか?」
 狐さんが僕の方に向く。
「いえ… それがさっぱりなんですよ。
 モナカさん…僕がこの前振った女の子の差し金かなとも思ったんですが、
 それだと時間的に矛盾が生じますし、かといって他に理由も見当たらないんです」
 僕は答えた。
 本当に、誰がどういった理由で僕なんかに殺し屋を雇ったのだろう。
 僕なんか殺して、何の得になるっていうんだ?
「そうか…
 しぇりー、お前の依頼主はどんな感じだった?」
 狐さんが今度はしぇりーちゃんの方を見る。
「あ、あの、それは流石に…」
 口ごもるしぇりーちゃん。
 まあ、殺し屋が簡単に依頼主をバラすような事は出来まい。
「いいじゃん。 どうせ契約は破棄されたんだろ?」
「…ですけど、私もよく分からないのですよ。
 実際に顔をつき合わせて契約はしてませんし、電話にも変声機が使われてましたし、
 身辺を調べようとしても、なかなか尻尾は掴めませんでしたし…」
 手がかり無し、か。
 僕みたいな一般人を殺す為に殺し屋を差し向けるなんて、どこの酔狂な奴だよ。

「…!」
 と、狐さんがいきなり足を止めた。
「? どうしました、狐さん?」
 僕は狐さんに声をかけた。
 急に立ち止まったりして、一体どうしたんだろう。
「まさか…!
 いや、“もうそれしか考えられない”!」
 突然、狐さんが物凄い形相で僕の肩を掴んだ。
「ちょッ、狐さん!?」
 道端で押し倒そうとするなんて強引な人ですね、と冗句の一つでも言おうと思ったが、
 その鬼気迫る表情を見て何も言えなくなる。
「少年、君の家はどこだ!」
「え…? もうすぐそこですよ?
 その通りの角を右に曲がって左手に…」
 僕が説明を終えないうちに、狐さんは飛燕の如き勢いで僕の家に向かって疾走した。
 おいおい、何ですかこれは?
 お父さん、息子さんを僕に下さいとかそういうオチですか。
 いや狐さん、そういうお付き合いをするのはまだちょっと早い…

711:2004/11/22(月) 01:57

「……!?」
 その瞬間、僕は言いようの無い不安に襲われた。
 僕の知らない所で、取り返しのつかない事が起こってしまった。
 そんな感じの悪寒。
 はは、そんなまさか。
 僕はこれから家に帰って、寝て、起きて、学校に行って、
 いつもと変わらない日常がこれからも続くに決まってる。
「…!!」
 気がつくと、僕は家に向かって走っていた。
「ちょっと、お兄さん!?」
 しぇりーちゃんも後ろからついてきているみたいだが、
 そんなのを気にかけている余裕も無かった。
 大丈夫だよな。
 こんなの、ただの杞憂だよな。
 玄関の扉を開ければ、いつものようにお母さんが迎えてくれて、
 お父さんが居間でテレビを見てて、
 おじいさんとおばあさんは早めに就寝していて…

「……!」
 しかし、僕が玄関を開けてもお母さんの『おかえりなさい』の声は聞こえてこなかった。
 代わりに僕を向かえたのは、居間から伸びる夥しい程の血痕。
 おかしい。
 これはおかしい。
 こんなの、いつもの日常じゃない。
 何だ。
 ここで、何が起こった。
「はは、皆、僕を驚かせようとしてるんだよな…」
 ふらふらと、僕は居間へと足を運んだ。
 冗談だよな。
 うん、そうに決まってる。
 実はこの赤い染みもただのペンキで、居間では家族が僕を驚かせようと隠れているんだ。
 その筈だ。
 ほら。
 もう少しで居間につくぞ。
 せいぜい驚いた振りをしてやるか。
 それとも逆に驚かせてやろうか。
 何だ。
 居間へのドアが閉まってるじゃないか。
 開けなきゃ中が確認出来ない。
 開けるか。
 開けるぞ。
 せーの、



「――――――」

721:2004/11/22(月) 01:58



「――――――」



 赤い海が、目の前には広がっていた。
 血。血。血。
 むせ返りそうな血の匂い。
「見るなぁ!!」
 一足先に居間についていた狐さんが、僕に叫ぶ。
 しかし、僕はもうしっかりと目の前の惨状を見てしまっていた。
 誰が誰だか判別がつかなくなるほど無残に引き千切られた、かつて僕の家族だった肉塊。
 潰された腕。
 引き裂かれた足。
 かち割られた頭。
 ズタズタになった衣服。
 そこに宿る微かな温かみが、確かについさっきまで生きていたという事を示していた。

「あ―――」
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。
 偽物の、心だから、何も、感じない。
 …感じない、筈なんだ。

731:2004/11/22(月) 01:58



 RRRRRRRRRRRRRRRRRR!
 RRRRRRRRRRRRRRRRRR!

 電話が鳴った。
 あ、そうだ。
 家族はもう電話に出られないんだから、僕が出なくちゃ。
 僕が、電話に、出なくちゃ。
「もしもし」
 自分でも吃驚する程の抑揚の無い声が出た。
『コンバンハ、タカラギコクン』
 知らない人の声だ。
 というか、変声機で声が変えられていて、男か女かすら判別がつかない。
「あの、どなたですか?」
 平坦な声のまま、僕は相手に訊ねる。
『キミヲヨクシルジンブツ、トデモナノッテオコウカ。
 シカシキミハホントウニイイイミデキタイヲウラギルヤツダヨ。
 コロシヤガヤクニタタナカッタヨウダカラ、
 キョウカゾクトイッショニコロシテアゲヨウトオモッテイタンダケド、
 キミノカエリガオソクナッタオカゲデストーリーがヨリオモシロイホウコウニコロガッタ』
 ああ、そうか。
 こいつが僕を殺す為に殺し屋を雇ったのか。
 そして、今、僕の家族が死んでいるのも―――

「てめええ! 許さねえ!! 絶対に殺してやる!!」
 あらん限りの大声で、僕は受話器に向かって叫んだ。
『サスガタカラギコクンダネ。
 ミゴトナオコルモノマネダ』
「怒る――物真似だと?」
『オイオイ! ジカクガナカッタワケジャナインダロウ!?
 キミハダレカノモノマネシカデキナイハズジャナイカ!
 イマダッテ、キミハカゾクヲコロサレテオコルトイウマネゴトヲシテイルダケダ、
 ソレハキミガイチバンヨクシッテイルトオモウケドナ!』
 誰かの、猿真似。
 死の恐怖も。
 家族を殺された怒りすらも。
 そうだ。
 そうじゃないか。
 僕は偽物なんだ。
 自分の意思で怒るなんて芸当、出来る筈がない。
 家族関係だって、とうの昔から偽物だったじゃないか。
 僕は兄さんの真似をして、家族ごっこを続けていただけだったじゃないか。
 そんな、
 そんな僕が怒るなんて、
 喜劇もいい所―――

「貸せ」
 と、狐さんが僕が持っていた受話器をひったくった。
「…『魔断(まこと)』の『冥界の支配者(ネクロマンサー)』だな」
 狐さんが、低い声で短く告げる。
『コレハコレハ、カノゴコウメイナゲホウキツネサンデハアリマセンカ!
 イカニモソノトオリデゴザイマス』
 受話器から、向こうの会話が何とか聞き取れる程度に流れ出て来る。
「いいか、てめえの人生は今ここで終了した。
 てめえは決してやってはいけない事をした。
 せいぜいこれから先の短い人生をよく噛みしめて生きな。
 楽には死なせやしねぇ…
 てめえは、俺が、地獄の果てまで追い詰めてでもぶっ殺す…!」
 そういい終えると同時に、狐さんの手の中で受話器が圧壊した。
 狐さんの握力に、受話器が耐えられなくなったのだ。

741:2004/11/22(月) 01:58

「…少年、取り敢えずここを出るぞ。
 ここに居ても、辛くなるだけだ」
 辛い?
 はは、まさか。
 偽物の僕に、そんな感情などあるわけがない。
「少年!」
 狐さんが僕の腕を引っ張った。
 引きずられる形で、僕は居間から連れ出される。

「…僕の所為で、死んだんですね」
 居間を出た廊下で、僕は呟いた。
「…! それは違うぞ、少年!」
「…電話の奴は、僕を狙ってるようでした。
 だから、僕が狙われていたから、家の皆はその巻き添えを受けた」
 そう、僕の所為で。
 下らない偽物の僕の所為で、家族は、殺された。
「違う!
 悪いのは殺した奴だ!
 君には、何の責任も無い!」
 責任は確かに僕には無い。
 だけど、原因はある。
 それなら、直接手を下してはいないものの、僕が家族を殺したようなものじゃないか。
 なのに、僕にはそれを悔やむだけの本物の心すらない。

「…僕だけ死ねば、よかったんだ」
 僕が死ねばよかった。
 これだけは、多分僕の本当の気持ちなのかもしれない。
 兄さんが死んでから、僕は死んでいたようなものだった。
 だって、僕は僕として生きる事を許されなかったのだから。
 兄さんの偽物でしかなかったのだから。
 なら、死んだ所で別に不都合なんて無かった筈だ。
「最初にしぇりーちゃんに会った時に、大人しく殺されればよかったんだ」
 空っぽな声で、僕は言った。
 何であの時抵抗してしまったんだろう?
 何であの時生き延びてしまったんだろう?
 それさえなかったら、こんな事には。
「もういっぺん同じ事言ってみろ!!」
 狐さんが僕の胸倉を掴む。
 怒っている。
 哀しそうな顔で、怒っている。
 何でこの人は、こんなにも必死になって怒っているんだろう。
 僕は偽物でしかないのに。
 なのに何でこんなにも必死に怒ってくれるのだろう。
「…僕は、兄さんの偽物でしかなかったんです。
 最初から、僕は死んでいたんです。
 だから、僕が死ねばよかった。
 宝擬古だって、本当は僕の名前じゃない、兄さんの名前だ。
 僕は、偽物の家族にすぎなかったんだ。
 だから…」
 だから、家族が死んだって、僕には泣く事すら―――

751:2004/11/22(月) 01:59

「―――?」
 僕の頬を、熱いものが伝った。
 …?
 これは、涙?
 泣いているのか?
 僕が?
 違う。
 これも偽物だ。
 偽物の涙だ。
 僕には、本物の涙を流すなんて出来やしない。
 出来っこ、ない。
 なのに、なのにどうして涙が勝手に出てくるんだ!?

「…少年」
 優しい顔で、狐さんが僕の顔を見つめた。
「…悲しいよな」
「はい」
「悔しいよな」
「…はい」
 うつむき、僕は狐さんに答えた。

「…少年、君と君の家族との間に何があったのかなんて、俺には分からない。
 もしかしたら、君の言う通り偽物だってあったのかもしれない」
 僕の両肩に手を置き、狐さんが静かに口を開く。
「だけど、そこには本物もあった筈だ。
 でなきゃ、例え偽物でも涙なんて出やしない。
 俺が保証してやる。
 君と君の家族には、確かに本物の絆がそこにあったって事を。
 君の流す涙は、紛れも無い本物だったって事を。
 それを嘘だという奴がいるなら、俺が全部叩きのめす」
「う、うううううううう…!」
 喉から嗚咽が漏れた。
 そこで、僕は本当に心の底から泣いているのだと、気がついた。
 もう、会えないのだと思った。
 お父さんにもお母さんにもおじいさんにもおばあさんにも、
 もう決して会えないのだと思った。
 二度と、話が出来ないのだと思った。
「うううううううう」
 十年以上も昔の、兄さんがまだ生きていた頃、
 その時は確かに、僕は他の何とも代替の利かない、
 正真正銘のお父さんとお母さんとの息子だったのだろう。
 兄さんが死んで、僕は兄さんの偽物である事を求められたけど、
 それでもそれまで僕は正真正銘の僕自身だったのだろう。
 それが、悲しかった。
 悲しんでいるのは、その時の昔の僕なのかもしれない。
 だけど、その僕は今もなお僕の心の奥底に生きている。
 だから、死ぬ程悲しいんだろうと思った。

「…0人だ」
 狐さんが、言った。
「俺が『殺す』と決めて一ヶ月以上生きてた奴の人数だ。
 逃がしゃしねぇ。
 今まで生きて来た事を後悔するまで、何度でも殺してやる…!」
 狐さんは、阿修羅の如き憤怒の面を浮かべていた。


                 〜続く〜

761:2004/11/23(火) 01:34
 〜十二話〜

 目が覚めた。
 そこで僕は気がつく。
 いつものベッドではないと。
 いつもの寝室ではないと。
「〜♪〜〜♪♪」
 隣の部屋から狐さんの鼻歌が聞こえてくる。
 え〜と、これはどういった状況なのでしょうか。
 知らない間に、僕と狐さんとはそーいう深いかんけーになってたのか?
 これはしくじったなあ。
 肝心のベッドインの記憶が残ってないじゃないか。
 宝擬古人生最大の不覚ってやつだ。
「……」
 起きたばかりで朦朧とする頭を振り、狐さんの声がする方に向かう。
 どうやらここはかなり高級なホテルの一室らしい。
 床には所狭しと漫画やゲームが山積みになっているが、全部狐さんのものだ。
 見かけによらず、狐さんは結構インドアな趣味の持ち主らしい。
「えーと…」
 しかし本当にどうして僕がこんな所に。
 夜のプレイをするだけなら、安いラブホテルでもいいじゃないか。

「お、起きたか少年」
 狐さんは備え付けのキッチンで朝食を作っていた。
 割烹着(かっぽうぎ)というおよそ萌えとは程遠い服装にもかかわらず、
 ばっちりと決まっているのは流石である。
 しかしキッチンまで完備の部屋って、修学旅行でも泊まった事ねえぞ。
「もう少し待ってな。
 すぐ朝ご飯出来るから」
 香ばしい焼き魚の匂い。
 どうやら和風の朝食のようだ。

 …思い出してきた。
 僕の家族が死んで、警察に通報して、警察に保護されて、事情聴取を受けて、
 家族の葬式を済ませて、そこで親戚に会って、クラスメイトにも会って、
 腫れ物扱いされて、僕がまだ狙われてるかもしれないって事で、
 親戚の家にいたりしたらまたそこで周りを巻き込むかもしれないから、
 それで狐さんが泊まっている宿にご厄介になる事にしたんだ。
 で、そんな事がこの一週間の間に起こった。
 一週間。
 まだ、一週間しか経ってないんだ。
 もう、十年以上経ってるのかと思った。

「お待ちどう様」
 テーブルの上に、出来立ての食事が並ぶ。
 シャケに卵焼きにほうれん草のおひたしにノリに納豆に味噌汁に白いご飯。
 うん、やっぱ日本人なら朝はご飯だよね。
「いただきます」
「いただきます」
 同時に手を合わせ、黙々と朝食を食べる。
「ご馳走様でした」
「御粗末さまでした」
 一言も会話の無いまま、朝食は全て胃の中に納められた。
 家族が死んで二、三日は食べてもすぐに吐いてしまっていたのだが、
 ようやくマトモに食事を受け付けるくらいには精神状態は安定したらしい。
 人間は慣れる生き物だといわれているが、
 人の死すら過ぎ去った思い出として処理するその冷徹さに、我ながら恐ろしくなる。
「狐さん、一つお願いがあるのですが」
「何かね少年」
「今度、裸エプロンで料理して下さい」
「死なすぞ糞餓鬼」
「ごめんちゃい」
 冗句の応酬。
 僕としては冗句などではなく、本気で裸エプロンが見たいと思っての真剣な発言なのだが、
 狐さんに確実に殺されるのでこれ以上のおねだりは止めておく。

771:2004/11/23(火) 01:35


 ピンポーン♪


 チャイムの音。
 そうだ、そろそろあいつが来る時間だったか。
 嫌々ながら、入り口の鍵を開ける事にする。
「おっはよーございまーーす!」
 突き抜けるくらい快活な声が、部屋の中に響き渡った。
 来たか、殺し屋。
 来たか。人吊詩絵莉。
 この僕と狐さんとの蜜月をぶち壊しに来やがって。
「お早うさん、しぇりー」
 狐さんがしぇりーちゃんを迎え入れる。
「…お早う」
 無視する訳にもいかないので、僕も渋々しぇりーちゃんに挨拶する。
 正直朝っぱらからこのテンションにはついていけない。
「何ですかそのあからさまに嫌そうな顔は?」
 僕の表情に気がついたのか、しぇりーちゃんがなじってくる。
 いや、その理由は少し考えれば分かるだろ?
 君ももうすぐ大人になるんだから、少しは気の利かせ方を考えてみてはくれないかな。
「残念でした!
 狐さんは私のものなのです!
 お兄さんなんかに渡さないのです〜!
 い〜〜〜だ!」
 口を真一文字にするしぇりーちゃん。
 畜生。
 よりにもよって確信犯かよ。
 あれ?
 確信犯の使い方ってこれで合ってたっけ?
「私の目の黒いうちには、
 チュンチュン、イエ〜イ、FOR YOUなんて許さないのです」
 …チュンチュン、イエ〜イ、FOR YOU?
 また新しい電波を受信したのかこの子は。
「…ひょっとして、不純異性交遊の事?」
 最早語感しか合ってねえよ。
 それともまさかワザとやってるのか、この子は?
「…! 細かい事はどうでもいいのです!」
 顔を真っ赤にするしぇりーちゃん。
 これで三度目。
 どうやらワザとではないらしい。
 というか細かい間違いじゃないから。
 かすってすらいないから。

「ほら、しぇりー。
 そろそろ学校行かなくていいのか?
 遅刻するぞ?」
「あ、そうでした。
 ではそろそろ失礼します。
 また夕方に遊びに来ますね」
 そう言って部屋から出て行くしぇりーちゃん。
 わざわざ通っている中学校の通学ルートから外れてまで、律儀にここに挨拶をしに来ているらしい。
 そこまでして僕の邪魔をしたいか。
 二度と来るな、二度と。

「…まあ、仲良くしてやってくれよ。
 あんなだけど、結構好い所もあるんだぜ?」
 狐さんはそう言うが、つい最近まで自分の命を狙っていた殺し屋と仲良くなれる奴が居たら是非お目にかかりたい。
「ほらほら〜、そんなしけた顔してないで笑って笑って。 ピースピース」
 微笑む狐さん。
 無表情な僕。
「イエ〜イ」
「うるせえ」
「遺影」
「殺すぞ」
 何でこんなテンションの高い人たちばかりなのだ、僕の周りの人は。
 …違う。
 明るく振舞ってくれてるんだ。
 僕の、為に。
「ターちゃんつまんな〜い」
「僕をどこぞのジャングルの王者みたいな仇名で呼ばないで下さい」
 前言撤回。
 素でやってる、この人。

781:2004/11/23(火) 01:35



「…狐さん、ちょっと、いいですか?」
 一段落した頃、僕は狐さんにずっと聞きたかった事を訊ねる事にした。
「何だい?」
 洗い物を終えた狐さんが、椅子に腰掛ける。
「…教えて下さい。
 この街の、連続猟奇殺人事件の真相ってやつを」
 短く、僕は告げた。
「…これは君が」
「君が知るべき事ではない、とは言わせません。
 殺されました、僕の家族が。
 僕はもう、無関係ではありません。
 僕には、知る権利と義務がある筈です」
 僕は正面から狐さんの目を見据えた。
 もう、引き返すだの引き返せないだの言っている事態ではない。
 何としてでも殺人鬼の正体を暴き出して、殺す。
 偽物の身とはいえ、僕は家族の仇を討たねばならない。

「…どうやら、はぐらかしても無駄みたいだな」
 観念したように、狐さんが呟いた。
「分かった、教えてやる。
 確かに、もうお前は部外者じゃないんだからな。
 その代わり、本当に日常には戻れなくなるぞ?」
「日常なんて、僕の兄さんが死んだ日からすでに壊れてます。
 聞かせて下さい。
 覚悟は、出来てます」
 「上等だ」と狐さんは言い、そしてゆっくりと口を開き始めた。
「『禍つ名』ってのは、もう知ってるんだよな?」
「ええ」
 そう、狐さんがそれに属している事も、知っている。
 あのアヒャとフーンとかいう変な二人組みに、教えて貰ったのだ。
「ハンター世界の暗部を司る者達の集まり、『禍つ名』。
 魑魅魍魎、一騎当千、百鬼夜行、鎧袖一触、人外魔境、
 およそ人間とは言えないような化物どもが群成す、文字通りの地獄の集団さ」
 迫る〜、ショッカー。
 なぜかそんな歌詞が頭に浮かぶ。
「上位から並べて、『妖滅』、『魔断』、『鬼祓』、『獣死』、『人吊』、枠外に俺が所属する『外法』。
 一応今の所はこういった順位になってるが、
 その戦闘能力とタチの悪さにそこまでの差は無い。
 紙一重も紙一重、いつ崩れたっておかしくないバランスの上に秩序がなりたってるのさ」
「そこら辺は、もう聞いています」
「それは重畳。 じゃあ説明を続けるぜ。
 そいつらは腐ってもハンターの一部だから、依頼が無い限り別段動く事は無い。
 だけど、どこの世界にもルールから外れる奴は出てくる」
 誰かの依頼でなく、意思でなく、意味の無い殺し。
 今回の連続猟奇殺人事件も、その一つという事か。
「今回はそれが『魔断』の手合いだった。
 手口から推理して、恐らく犯人は『冥界の支配者(ネクロマンサー)』で間違い無い」
「その、『冥界の支配者』というのは?」
「そいつの念能力が、そのまま通り名になってるのさ。
 本名は分からない。
 というより、記録に残っていない。
 何せ、そいつは十年以上も昔に『魔断』を破門同然になってるからな」
 ルールを破れば阻害される。
 それは裏社会でも一緒という事か。
「奴の能力は、死体の脳に念で作った蟲を埋め込み意のままに操る事。
 お前が殺人鬼に襲われた時に見た蟲がそれさ」
 成る程。
 だから、狐さんは僕があの蟲が見えた事に驚いてたのか。

791:2004/11/23(火) 01:36

「だけど、奴がヤバいのは能力じゃない。
 その異常性さ。
 奴は、人を殺傷するのが愉快で堪らない。
 人をいたぶるのが面白可笑しくてならない最低の下種野郎なんだ」
 口にするのも忌々しいといった様子で、狐さんは顔をしかめた。
「だから、多分遠回しに君を狙うのもその一環さ。
 そして、その責任は俺にある」
「…?
 どうして、狐さんに責任があるんですか?」
 僕は不思議そうに言った。
 だって、悪いのはどう考えてもその『冥界の支配者』じゃないか。
「この前、殺人鬼に襲われてた君を俺が助けたよな」
「ええ。 ですがそれとこれと何の関係が?」
「あの時、『冥界の支配者』に君の事を見られた」
「え―――?」
 それは、どういう事なんだ?
「少し考えれば分かる事さ。
 死体を操って人を襲わせるのに、操る本人がその様子を観察しないって筈は無い」
 そうか。
 あの時狐さんが『鼠退治』と称してどっかに石を投げてたのは、
 僕達を観察していた『冥界の支配者』を追い払う為だったんだ。
「で、でも、あんな暗い場所で、それこそたった少しの間顔を見られただけで…」
 それだけで僕個人をあんな短時間で突き止めるなんて、
 いくら裏社会の住人とはいえ可能なのだろうか?
「ああ、君の言う通りだ。
 俺達ハンターだって万能じゃない。
 君のようなただの一般市民を、何の情報も無しに特定するなんて、かなり厳しい。
 それには膨大な時間と金がかかり過ぎる。
 だから、わざわざ君を探してまで殺しにかかるなんてありえないだろうと思っていた。
 すまない、俺の失策だ」
 狐さんが深く頭を下げた。
「で、ですけど…」
「…それに、あの日君を呼び止めたりしなければ、君を巻き込む事は無かった。
 言ってみれば、俺が君の家族を殺したようなものだ」
 沈痛な面持ちで、狐さんは告げた。

 ……。

 僕は何も言えなかった。
 確かに、あの日狐さんと会わなければ、僕が事件に巻き込まれる事は無かったかもしれない。
 だけど、狐さんだって僕や僕の家族を殺すつもりなんか無かった筈だし、
 あの時自分の行動が人の死に結びつく事を予想するなんて、神様でもなければ不可能だ。
 …それでも、僕は狐さんに何も言えなかった。
 狐さんの所為じゃないですなんて、言えなかった。
 愚かにも、醜くも、
 僕は家族の死の怨み辛みを、身近な対象にぶつけたいと、そう思ってしまっていたのだ。
 狐さんは悪くなんかないのに、
 これっぽっちも悪くなんかないのに、
 それでも心のどこかで僕は狐さんを責めようとしていた。
 僕は心底嫌になった。
 自分の弱さが。
 自分の醜さが。
 それを許容してしまおうとする、自分自身が。

801:2004/11/23(火) 01:36

「…君は、俺を憎んでいい。
 殺してやると思ってくれていい。
 罵っていい。
 君にはその権利がある。
 俺は紛れも無く、君の家族の仇だ」
 視線を下げたまま、狐さんが低い声で僕に告げた。
「俺も、『冥界の支配者』と同じなのさ。
 薄汚い人殺しだ。
 『冥界の支配者』を殺すのだって、君を巻き込んだ償いをする為なんかじゃない。
 本当は適当な理由をつけて人が殺したかっただけなんだ。
 軽蔑するだろ?
 俺は、こんな人間なんだ」
 自分を傷つけるかのように、狐さんは言葉を吐き捨て、嘲(わら)った。
「だから君は―――俺を殺していい。
 その覚悟は出来ている。
 殺すのが嫌なら、辱めたって構わない。
 君が何をしようと、俺は抵抗しないよ」
「…やめて下さい」
 もう、やめて下さい。
 僕には、そんなつもりなんか無い。
 あなたを殺したりなんかしない。
 殺したくない。
 だって、
 僕は、
 それでも、
 あなたの事が―――

「…ごめん。 変な話しちまったな」
 ポリポリと頭をかきながら、狐さんは僕に背中を向けた。
 多分、僕の顔を見なくても済むようにする為だろう。
「狐さん、僕は―――」
 僕は狐さんの背に何か言おうとして… 出来なかった。
 僕は、何も言葉をかける事が出来なかった。

811:2004/11/23(火) 01:36

「あ、そうだ!
 ここん所ずっとこの部屋に缶詰だったから退屈してるだろ?
 しぇりーが来るまでに、ちょっと外の空気でも吸おうぜ」
 すっかり暗くなってしまった場の空気を払拭するように、狐さんが手を叩いてそう提案した。
「いいですね。 ここにある漫画やゲームにも飽きてきましたし。
 でも、外に出ても大丈夫なんですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
 外に一人で出ては危険なので、僕は学校にも行っていない。
 まあ、行ったところで皆に余所余所しい態度で接されるだけだろうので、
 始めからしばらく学校にいくつもりは無かったが。
「なあ〜に、向こうも白昼堂々と仕掛けては来ないだろ。
 それに心配するな。 何があろうと、この俺が守ってやるよ」
 まあ狐さんが一緒なら、核ミサイルでも撃ち込まれない限り危険はあるまい。
 久々に日光に当たるというのも、悪くは無いだろう。
「んじゃ決定だな。
 喜べ、きゃわいいおねーたんが手取り足取りエスコートしたげるぞ?」
「うるせえ脳足りん」


                 〜続く〜

821:2004/11/23(火) 15:58
 〜十三話〜

「あっかっきちっしおが は〜げしっくうねっる
 せ〜いぎの疾風(かぜ)が あ〜れるぜゲッター!!」
 熱唱する狐さん。
「俺の嵐っが ま〜きおこるとっき
 悪の炎なんてすべてけっすさ〜〜〜!」
 ホテルを出てから、狐さんは僕を連れてカラオケ屋に直行した。
 で、僕が今ここで狐さんの歌を聞いているという訳だ。
 入店してから既に3時間は経とうかというのに、狐さんの声はまるで衰えを見せない。
「とばっせ〜 てっけ〜ん ロケット〜パンチ〜〜!
 今だ 出すんだ〜 ブレストファイ〜ヤ〜〜〜!!」
 てかさっきからこの人アニソンしか歌ってねえ。
 これでは無難にJポップを歌っている僕の方が馬鹿みたいだ。

「どうした、歌わないのか少年?」
 狐さんが言った。
「いや、あなたが曲入れ過ぎです。
 六連続で自分の歌入れないで下さい。
 もっと譲り合いの精神を持ちましょう」
「き〜せきお〜こせせ〜んじょうに
 お〜くれた〜ゆうしゃ〜た〜ち〜〜
 か〜なえるのさだ〜れもが のぞんでいたゆ〜め〜を〜〜!」
 聞いちゃいねえ。
 犯すぞ、このアマ。



「ほらどうした。 もうへばったか、少年?」
 肩で息をする僕に、狐さんがにこやかに話しかけた。
 カラオケの後あちこちを右往左往させられた所為で、僕はもうヘトヘトだ。
 畜生、何がエスコートしたげる、だ。
 自分の行きたい所に僕を連れ回しただけじゃないか…!
「次で最後だ。 頑張れ少年」
 次って、まだ行く所があるのかよ。
 まあいい、どうやら最後みたいだし。

「あの、ここは…?」
 連れて来られたのは、小ぢんまりとした美術店だった。
 外から中を覗こうとするも、ステンドグラスの窓からは中の様子を窺う事は出来ない。
「あの、狐さん、絵なんか買う趣味あったんですか?」
 いくら狐さんが金持ちとはいえ、絵画を蒐集するのはかなりお金がかかるぞ?
 そこまでこの人に経済的余裕があるのだろうか。
「いいや、俺は台詞とオチのある絵しか買わない主義だ」
 んな事威張って言うんじゃねえ。
「まあ、入れば分かるさ」
 そのまま狐さんは強引に僕を店の中へと連れ込んだ。

831:2004/11/23(火) 15:59

「いらっしゃいませ」
 店の中に入るやいなや、いかにもジェントルメェンといった感じの老紳士の店員が僕達を出迎えた。
 店の中はいかにも整然としていて、壁にはよくわからんがとにかく凄そうな絵がずらずらとかかっている。
 あの、僕達、思いっきり場違いといった感じなんですけど…

「岸部露伴の最新作を見たいんだけど」
 狐さんは店員にそう告げ、何やら一枚のカードを見せた。
 何だ、あのカード?
 ハンター…ライセンス……って書かれているのか?
 てか岸部露伴って誰だよ。
「かしこまりました。 それではこちらに…」
 店員が僕達を店の奥へと案内する。
 僕は訳も分からないまま、黙って店員と狐さんについて行った。
「こちらでございます」
 連れて来られたのは、押入れのような部屋だった。
 高そうな壷やら何やらがごちゃごちゃと置かれているが、
 悲しいかな僕にはその価値は全く分からない。
 所詮は小市民に過ぎないという事か。

「……!」
 と、いきなり部屋がガクンと揺れた。
 地震か!?
 いや、部屋がエレベーターのように、下に動いている!?

「お待たせいたしました」
 ある程度下に移動した所で部屋の動きは止まり、店員がゆっくりと入ってきたドアを開けた。
 一体、ここになにがあるって―――

「……!」
 僕は目の前の光景に息を飲んだ。
 先程のちっぽけな美術展の様相とは打って変わって、
 そこには今まで映画の中でしか見た事が無いような類の物品が陳列されていたからだ。
 具体的に言えば、武器や兵器。
 拳銃からアサルトライフル、果てにはバズーカや刀剣類に至るまで、
 ありあらゆる武器がずらっと並べられている。
「ご来店ありがとうございます、外法狐様。
 あなたの程の高名な方にお越し下さって頂き、光栄の至りです」
 丁寧に会釈をする店員。
 狐さんって、結構有名人だったんだ。
「お世辞はいいよ。 礼なら商品を買った後で言ってくれ」
 苦笑する狐さん。
「左様ですか。
 それでは本日はどのような得物が御入用で?
 どのようなリクエストであろうと、満足できる品を提供できると自負しておりますが」
「ああ、得物が入るのは俺じゃない。
 俺は素手で戦う主義だからな。
 今日ここに用があるのはこいつさ」
 狐さんが僕の方に顔を向ける。
 え?
 僕ですか?
「…?
 しかし、この方はどうみても素人のようにしか…」
 明らかに狐さんやこの店員さんとは住む世界が違うであろう僕を見て、店員さんが訝しむ。
 僕も、何でこんな所に居るのか理解に苦労する。
「お前さんの店は、客を選り好みするのか?
 それとも、俺の友達ってだけじゃ信用出来ないと?」
「め、滅相もございません!
 失礼いたしました、どうぞごゆるりと得物をお選び下さい」
 半ば狐さんに脅される形で、店員さんがすごすごと後ろずさっていった。
 どんな系統の店であっても、お客様は神様という事らしい。

841:2004/11/23(火) 15:59



「…狐さん、何で僕をこんな所に?」
 拳銃を手に取りながら、僕は狐さんに訊ねた。
「護身用の武器の調達だよ。
 君は今狙われてるんだし、念能力もまだまだ未熟だ。
 だったら、銃(チャカ)の一つでも持っておいた方がいい。
 こんなんでも、一応の脅しにはなる」
 刀を物色したまま、狐さんが答える。
「でもまあ、ついこないだまで堅気だった君が持ってても、
 無いよりマシといった程度だろうけどな。
 しぇりー位の手練に襲われたなら、銃を撃ってる暇があるなら逃げる事をお勧めする」
 確かに、僕が銃を撃った所でしぇりーちゃんに命中するとは思えない。
 狐さんに至っては、豆鉄砲みたいに跳ね返されて終了だろう。

「今度はこっちが聞いていいか、少年」
「ええ、どうぞ」
 珍しく、狐さんから質問してきた。
「君は、『禍つ名』の事をどこで聞いたんだ?」
 そうだ。
 そういえばしぇりーちゃんに襲われた後で、
 フーンさん達に助けて貰った事はまだ狐さんに説明していなかった。
「えっと、この前しぇりーちゃんに襲われて、何とか追い払う事は出来たんですけど、
 その後気絶してしまいまして。
 その時、連続猟奇殺人事件を調べてるハンターの二人組みに助けて貰ったんですよ」
「はあん、そうだったのか。
 で、どんな奴なんだ?」
 狐さんが僕の顔を見る。
「え〜と、名前は確かアヒャさんとフーンさんといって、
 顔はですね…」
 僕がどう説明しようか迷っている所に、突然入り口の扉が開いた。
 どうやら、新しい客が入って来たらしい。
「そうだ、丁度この人達にそっくりなんですよ」
 僕は、店に入って来たばかりの二人組みを指差して言った。
 うん、間違い無い。
 そっくりくりそつだ。
 しかし本当に良く似てるな、この人達…

851:2004/11/23(火) 15:59

「あ…」
「あ…」
 僕達はお互いに顔を見合わせて言葉を失った。
 今気づいた。
 そっくりなのではない、本人その人なのだ。
「アッヒャーーーーーーーーー!」
 いきなり、アヒャさんが二本の剣を狐さんに向けて構えた。
「外法狐…!」
 フーンさんも、即座に懐から拳銃を抜いて狐さんに照準を合わせる。
 忘れてた。
 狐さんもまた、ハンターの禁忌である『禍つ名』の一員だったのだ。

「物騒な物はしまえよ。
 サインが欲しいんなら、出すのは得物じゃなくて色紙だぜ?」
 二人の闘気を正面から受けながらもなお、狐さんは平然と言い放った。
 蚊帳の外にいる僕ですら押し潰されそうなこのプレッシャーも、
 狐さんにとっては涼風も同然といった感じである。
「貴様が、どうしてここに…!」
 交通事故にでも遭ったかのような顔つきで、フーンさんがジリジリと後退する。
 アヒャさんも退がってこそいないものの、その表情は微かに引きつっていた。
「どうしたもこうしたも、俺はこの少年と逢引(デート)の最中でね。
 ちょっとショッピングに立ち寄ったのさ。
 それが、お前さん方に何の問題がある?」
 あれってデートのつもりだったのか…
 それにしては、武器屋でショッピングなんてあまりにもムードに欠けるのではないだろうか。

「あ、あの、お客様、店内での抜刀行為は遠慮して頂きたいのですが…」
 物陰から、店員さんが恐る恐る声をかけた。
「ほら、店主も迷惑してるじゃねえか。
 得物をしまえ。
 いいか、三度目の忠告は無いと思った方がいいぞ?」
 狐さんが低い声で告げると、アヒャさんとフーンさんは静かに武器を下ろした。
 意地を張って狐さんと一戦交えるのがどれ程愚かな事かなんて、考えるまでも無い。

「理解が早くて助かるよ」
 さっきまでの緊張をほぐすように、狐さんはにっこりと微笑んだ。
「それと、どうやらこの前この少年を助けてくれたみたいだな。
 礼を言っておくよ。
 俺の友達が世話になったな、ありがとう」
 そう言ってフーンさん達に頭を下げる狐さん。
「あ、あの、本当にありがとうございました」
 狐さんだけに頭を下げさせる訳にはいかないので、僕からも頭を下げてお礼を言う。
「いや、別に構わないが…
 しかし驚いたな。 まさか君が、外法狐と知り合いだったとは」
 心底意外そうにフーンさんが呟いた。
「はあ、まあ、色々ありまして…」
 色々、そう、本当に色々な事があった。
 あり過ぎて、とても一言では説明出来ない。

「そういや、お前らも連続猟奇殺人事件の犯人を追ってるんだって?」
 狐さんが訊ねた。
「ああ、そうだが…」
「なら、丁度いい。
 ここで会ったのも何かの縁だ。
 率直に言おう、手を組まないか?」
「手を、組む?」
 狐さんの申し出に、フーンさん達は返す言葉が無かった。
「そう、共同戦線を張るって事だ。
 実は、俺達もその犯人を追っててね。
 人手が欲しいと思っていた所なんだ。
 そっちにとっても悪い話じゃないと思うんだがな」
「いや、しかし…」
 フーンさんが口ごもる。
「アヒャ、イイジャネエカ!
 ソッチノホウガオモシロソウダ!」
 了承の言葉を口に出したのはアヒャさんだった。
「…分かったよ」
 何を言っても無駄という事が付き合いの上で分かっているのか、
 フーンさんもあっさりアヒャさんの意見に承諾する。
「決まりだな。
 もうすぐヤサに俺の相棒が来る頃だ。
 詳しい話はそこでするとしようぜ」
 狐さんとフーンさん達が、同盟結成の証である握手をがっちりと交わした。


                〜続く〜

861:2004/11/23(火) 23:14
 徒然とキャラ紹介とか


『宝擬古(たから ぎこ)』
通称タカラギコ。
この作品の主人公。幼少時兄が死んだ事で、兄の死を認めようとしなかった家族から兄の代理品として育てられた。
その事が原因で『自分は所詮偽物である』という強烈なトラウマが生じ、
それにより唯一物である事を諦めて、偽物としての人生を受け入れてしまう。
彼は自分自身の特徴など何も無いと蔑むが、実はツッコミにおいて非凡な才能を持つ事に気づいていない。
もっとも、周りの人物がツッコまずにはいられないような狂人ばかりというのが大きな原因でもあるのだが。
他人と話す時には丁寧な口調だが、考えている事は結構過激な事がある。

念能力・『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』
特質系。
一度でも見た事のある物を、念に限らず何でもコピーする。
誰かの動きを、自分の体を使って再現する事も可能。
ただし劣化コピーなので本物の性能には決して及ばず、
また自分の気(オーラ)のキャパシティを超えるような念を真似する事も出来ない。
制限として、気は誰かの真似をする事にしか使えず、
自分の意思で錬や纏や円などを行う事は出来ない。


『外法狐(げほう きつね)』
通称狐さん。
一応この物語のヒロイン。というか実質的な主役かも。
『外法』という裏ハンターギルド(詳しくは設定編で解説)に所属しており、
その中でも最強に近い実力を有している。
『歩く厄災』、『白紙返し』、『純粋なる暴力』、『絶対最強者』、『九尾』など、様々な通り名がある。
長髪の白髪を後ろでくくり、着物を好んで着用している為、ぱっと見イタい人。
趣味は漫画読書、ゲームとかなりオタクっぽく、またそういった系統への造詣も深い。

念能力・『不死身の肉体(ナインライヴス)』
強化系。
自己の肉体の強化のみに特化した念であり、
ただの肉体強化にもかかわらずそれ自体を一つの特殊能力と呼ばれる程の力がある。
その体には生半可な攻撃など通用せず、単なるパンチがミサイル並みの破壊力を持つ。
その悪魔すら凌駕する圧倒的な暴力を行使する様は、まさに不死身。


『人吊詩絵莉(ひとつり しえり)』
通称しぇりー。
『禍つ名』の5位である『人吊』に所属する駆け出しの暗殺者。
仕事でタカラギコを狙っていたが、外法狐の仲裁により今は暗殺の目標から外している。
語学力に乏しく、難しい言葉を言おうとして間違ってはタカラギコに突っ込みを入れられている。
眼鏡っ娘女子中学生。

念能力・『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』
具現化系。
フラフープ程もある特大のチャクラムを生み出す能力。
その切れ味は抜群で、コンクリート塀くらいなら容易く切り裂く。
隠し技として、チャクラムの穴を縮める事で相手を捕縛する、
『満月の呪縛(バッドムーン)』というものがある。

871:2004/11/23(火) 23:15


『扶雲一郎(ふうん いちろう)』
通称フーン。
後述のアヒャとコンビを組んでいるハンター。
どこにも所属していないフリーランスのハンターで、気絶したタカラギコを助けた人物。
猪突猛進型のアヒャとは対照的に、落ち着いた雰囲気の男。
念能力は今の所明らかになっていない。


『亜火屋寒河(あひや そうご)』
通称アヒャ。
フーンの相棒で、幼い頃念能力犯罪者に家族を殺された過去を持つ。
序章に出てきたアヒャと同一人物。
『剣の舞(ダンスマカブル)』という念能力を使うが、詳細は不明。


『鬼祓根依乃(きばらい ねえの)』
通称ネーノ。
『禍つ名』の三位である『鬼祓』に所属するハンターであり、
ヂャンとコンビを組んでいた。
名を上げようと外法狐と戦闘を行い敗北。
無残に殺された。
グッバイネーノ。

念能力・『刺突寸鉄(シャドウニードル)』
具現化系。
細長い黒い針を創造する能力で、それに影を刺された者は体が動かなくなる…筈なのだが、
外法狐は莫大な身体能力と気で強引にそれを打ち破った。
しかしそれは別にネーノの念が弱かったのではなく、ただ外法狐が規格外の強さだっただけである。


『鬼祓智按(きばらい ぢあん)』
通称ヂャン。
ネーノの相棒で、ネーノ同様語尾に特徴のある男。
外法狐と戦い、ロードローラーでぺっちゃんこに押し潰されて死亡。
グッバイヂャン。

念能力・『果てしなき暴走(キャノンボール)』
操作系。
車輪がついている物なら何であろうと自在に操作出来る。
ただし、勿論操作の対象が重ければそれだけ気の消費が増し、
操作スピードや精密性も落ちる。


『冥界の支配者(ネクロマンサー)』
『禍つ名』の『魔断』に所属する人物らしいが詳細不明。
その異常性から、『魔断』からも破門同然になっている。
死体を操るという能力を使って連続猟奇殺人事件を起こし、
タカラギコの家族まで手にかける。
一連の事件の黒幕。


『山吹萌奈香(やまぶきもなか)』
通称モナカ。
タカラギコのクラスメイト。
タカラギコに告白するも、こっぴどく振られて傷心中。
死亡フラグがビンビンに立っている気がするけど気にしないで下さい。


『二丁目冬夫(にちょうめふゆお)』
通称おとうふ。
タカラギコの通う高校の生物教師。
勤続17年目。

881:2004/11/23(火) 23:16



          @        @        @



『禍つ名(まがつな)』
ハンター社会の暗黒面を支配するギルドの総称で、
上位から順に『妖滅(あやめ)【彩女】』、『魔断(まこと)【真琴】』、
『鬼祓(きばらい)【木払】』、『獣死(じゅうじ)【十字】』、『人吊(ひとつり)【一理】』、
そして序列外に位置する、『外法(げほう)【下方】』を合わせて六つの組織から構成されている。
金次第でどんな非合法的な活動も行い、人を殺す事など日常茶飯事である。
ハンターの間では、『禍つ名』に関わる事は死を意味すると恐れられており、
畏怖の対象として忌避されている。


『外法(げほう)【下方】』
残虐と暴虐と醜悪と劣悪の象徴である『禍つ名』からすら忌み嫌われる、
裏社会の倫理道徳からすら逸脱した異形の化物たちが群れを為す最凶最悪の集団。
順位こそ序列外とされているが、その構成員の実力は
『禍つ名』の最上位である『妖滅(あやめ)【彩女】』にすら勝るとも劣らないとされている。
組織といっても明確な規則原則がある訳ではなく、
外法狐をはじめとして普段はそれぞれが好き勝手に行動している。
では『外法』に属するものの共通点は何かと問われれば、
それは自分自身すら殺しの標的にする程の強烈な殺傷本能である。
彼らは殺すしかない故に孤立し、殺すしかない故に『外法』に集う、
殺す為だけの存在なのである。
もちろんそれは外法狐とて例外ではなく、
彼女もまた自分の呪いともいうべき性に苦しんでいる。

891:2004/11/24(水) 19:57
 〜十四話〜

「…と、まあこんな事があったわけだ」
 部屋に戻り、狐さんはフーンさんとアヒャさんに今までの事のあらましを説明した。
「ふむ、成る程な…」
 フーンさんが煙草をふかしながら考え込む素振りを見せる。
 どうやらこの人はかなりのヘビースモーカーらしく、
 30分くらいの説明の間に、もう煙草のケースを二箱も空にしてしまっていた。
「アヒャ、ヨウスルニマダナニモワカッテナイモドウゼンナワケダ!」
「悔しいがその通りだよ。
 だから、お前達の手を借りる事にした」
 やや表情を暗くする狐さん。
「『冥界の支配者(ネクロマンサー)』が『魔断(まこと)』とまだ繋がってれば、
 こんな苦労も無かったんだがな」
 狐さんがやれやれと溜息をつく。
「? それはどういう事ですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「『魔断』が『冥界の支配者』とまだ接点があって、その居場所を掴んでれば、
 俺が『魔断』から直接その場所を教えて貰えば解決するって事さ」
「で、でも、その『魔断』だって、簡単に身内を売るような真似はしないでしょう?」
 いくらなんでも狐さんのその案は無茶苦茶だ。
「いいえ、狐さんならそれが出来るのです」
 横からしぇりーちゃん話に割り込んでくる。
「構成員一人の命くらいで、狐さんと『外法』を敵に回すような愚を冒す人は、
 私達の世界には存在しないのです」
 断言するしぇりーちゃん。
 そこまでの実力者か、外法狐。
「まあ、それもあくまで最終手段のつもりだったがな。
 流石に俺も、他の『禍つ名』との関係がこれ以上悪化するのは避けたいし」
 狐さんがソファの背もたれに体重を預けて苦笑した。
「ま、今はこれ以上考えてても仕方がないか。
 あちらさんの性格上、これからもちょっかいを出してくるだろうし、
 そこから何らかの手がかりを探すとしようぜ」
 何を呑気な事を、とも思ったが、実際それ以上の良策は存在しないので、
 取り敢えずはその案に従う方向で調査を進める事が決定した。



「アヒャ、ソウイヤコレハナンダ?」
 アヒャさんがテレビの前に散らばるゲームの山に気がついた。
「ああ、それは俺の私物さ」
 狐さんが答える。
「ファミコンにディスクシステムにメガドライブにPCエンジンに
 プレステ2にドリームキャストにセガサターンにPCFXにニンテンドー64に
 X−BOXにゲームキューブにアドバンスにゲームギアにバーチャルボーイに…
 うわ、3DOまであるぞ!?」
 フーンさんがそのラインナップに仰天した。
 僕も、初めてここに連れられて来た時には驚いたものだ。
「狐さん駄目人間の引きこもりです〜」
「うるせえ」
 しぇりーちゃんの暴言に言い返す狐さん。
 というか『うるせえ』は僕の決め台詞なんですけど。
 真似すんな。

901:2004/11/24(水) 19:58

「ん? これは…」
 と、フーンさんがゲーム機の山の中から四角いボードを発掘した。
 あれは…雀卓?
「あ、そんな所にあったんだ。
 一人じゃ麻雀をやる機会なんて無かったから、いつの間にか見失ってたんだよ」
 使わないなら、何でそんな物持ってるんだよ。
「丁度いいや。
 面子も揃ってる事だし、親睦会代わりに麻雀でもするか」
 雀卓を机にセットしながら、狐さんがそう提案する。
「ふむ、悪くはないな」
「アヒャ、オレモサンセイダゼ!」
「私もやりたいです〜」
 フーンさん達も全員賛成する。
 真昼間から麻雀かよ。
 このプータローどもが。
「じゃあ、僕は横で見てますね」
 僕も麻雀のルールくらいは一応知っているのだが、
 何故か嫌な予感がしたので参加しない事にした。
 …そして、この時感じた嫌な予感は見事的中するのだが。

「…ドウセヤルナラ、ダツイマージャンテノハドウダ?」
 牌を手でかき混ぜながら、アヒャさんが恐ろしい言葉を口にした。
 脱衣麻雀!?
 あの、既に伝説の競技となりつつあり、
 ゲームセンターには必ずそれ用のゲーム機体が置かれているあれか!?
 あの禁断の遊戯を、今ここで繰り広げようというのか!?
「うむ、それはいいな」
 即座に賛同するフーンさん。
「ふ、ふざけんな!
 何で俺がそんな事を…」
 当然狐さんは猛烈に反対する。
 僕としては狐さんの服が一枚一枚脱がされていくのを心の底から見たいのだが、
 勿論そんな事を言ったら殺されるぐらいでは済まなそうなので言わない。
「…負けるのが恐いんですか?」
 狐さんを挑発したのはしぇりーちゃんだった。
 いやしぇりーちゃん、君もしかして脱衣麻雀をするつもりなのか!?
 お兄さんとしてはすんげえ嬉しいけど、
 今の児ポ法強化の風潮が強いこの現代社会では下手すればこの小説が終了するぞ!?
「な…!」
 狐さんが言葉を詰まらせた。
「やれやれ、しょうがない。
 タカラギコ君と言ったな、君が代わりに入れ。
 どうやら、外法狐は敵前逃亡するらしいからな」
「アヒャ、トンダコシヌケダゼ!」
 アヒャさんとフーンさんがぼろくそに罵る。
「上等だ!
 お前ら丸裸にして恥ずかしいポーズ写真に撮ってやるから覚悟しとけよ!!」
 狐さんが激昂した。
 どうやらかなり負けず嫌いらしい。
「ちょっと待ってろ!」
 いきなり、狐さんが立ち上がった。
「どこへ行くつもりだ?」
 フーンさんが訊ねる。
「服を着替えさせて貰う。
 お前らのように服の下に下着をつけてないんだから、
 これくらい認められたっていい筈だ」
 和服を着る時には下着はつけないって、本当だったんだ。
 てことは今まで狐さんはノーパン…
 いかん、鼻血が。
「構わんよ。 何なら、逃げたって構わないんだぞ?」
 フーンさんが隣の部屋に向かう狐さんの背に嘲りの言葉をかけた。
「…手前ら、後悔するなよ」
 物凄く恐い眼光を投げかけて、狐さんは着替える為に隣の部屋へと消えた。

「…あの、しぇりーちゃん、本当に大丈夫なの?」
 狐さんが隣の部屋に行ったのを見計らい、僕は恐る恐る訊ねた。
 狐さんのあの様子だと、勝敗によってはここにいる全員を皆殺しにしかねない。
 巻き添えだけは、御免だ。
「大丈夫なのです。
 狐さんは、暴力で勝負を反故にするような卑怯者ではありません。
 あの人ほどルールを遵守し正々堂々と戦う人もいないのです」
 そうは言うけど本当かなあ…
 だってああいうパワータイプのキャラって、
 頭を使わず筋肉を使う力馬鹿ってのが馬鹿一じゃん。

「お待たせ」
 と、隣の部屋へと通じるドアが開いた。
 どうやら、狐さんが着替え終わったみたい―――

911:2004/11/24(水) 19:58

「!?」

 僕達は全員愕然とした。
 狐さんが着替えたその服は、なんと…
「じゅ、十二単(じゅうにひとえ)…」
 フーンさんが思わず呟く。
 十二単。
 その名前通り十二枚の着物を羽織るというわけではないが、
 合計で十枚もの着物を着用するという日本古来の伝統的な衣装である。
 その重量は、何と20kg近くにも及ぶらしい。
 まさか、よりにもよってこんな服を着てくるなんて…!
「さ、始めようぜ」
 どかっと卓席に座る狐さん。
 いやあんた、着替えてもいいとは言ったけどさあ、
 確かに着替えていいとは言ってたけどさあ、
 それって反則スレスレじゃね?
「き、狐さん…」
「あ?」
 何か言いたげなしぇりーちゃんを、狐さんが睨みつけて黙らせる。
 フーンさんもアヒャさんも、その迫力に気圧されて何も言えない。
 しぇりーちゃん、この人暴力使ってるじゃねえかよ。

「で、ではルールを決めておきます。
 持ち点は関係無しに、5000点マイナスになる毎に一枚服を脱いでいく、
 これでよろしいですね?」
 狐さんの服装には触れないままに、しぇりーちゃんがルールを取り決めた。
 全員が、黙ってそれに頷く。
「それでは開始です」
 サイコロを振り、最初の親がフーンさんに決まる。
 そして、それぞれが山から牌を取っていく。

921:2004/11/24(水) 19:59

「リーチ!」
 11順後、しぇりーちゃんが先制リーチをかけた。
 捨て牌にマンズが無いから、恐らくはマンズのホンイツかチンイツ。
 ドラがマンズの4だから、少なくともハネ満は超えると見ていいだろう。
「はッ、そんなリーチにビビるかよ!」
 何をトチ狂ったか、一発目からマンズの9を手に取る狐さん。
「ちょ、ちょっと、狐さん!!」
 不公平とは思ったが、僕は思わず狐さんに声をかけた。
「何かね、少年」
「何かね、じゃないですよ!
 あなた分かってるんですか!?
 しぇりーちゃんは間違い無くマンズで染めてるのに、
 大物手をテンパってもいないのに一発目からマンズを放る人がありますか!」
 狐さんが脱ぐのは嬉しいんだが、流石にこれは止めるべきだろう。
 素人だってこんな牌切らねえよ。
「…例え99%失敗するのだとしても、
 俺は残りの1%に全てを賭ける!!」
「格好いい台詞で誤魔化さないで下さい!
 無理ですから!
 絶対放銃しますから!!」
「うるせえ、俺はこの牌を切る!
 うりゃー!」
「ロン、九蓮宝燈。 32000」
 しぇりーちゃんが無慈悲に手牌を倒した。
 すげえ、始めて見た、九蓮宝燈。
「ぎゃーーーーーーーー!!」
 狐さんがひっくり返る。
 5000点を割る毎に一枚脱ぐ計算だから、
 これで狐さんは六枚も服を脱がねばならない。
 まさか東一局目から、いきなり十二単を半分以上脱ぐ破目になるなんて…

「ロン、満貫」
「アヒャ、ロン。 16000ダ!」
 次々と放銃する狐さん。
 あの、ひょっとして狐さんってすっごく麻雀弱い?

931:2004/11/24(水) 19:59

「くっくっく。 ついに残り一枚ですね、狐さん」
 しぇりーちゃんが邪悪な笑みを浮かべる。
 狐さんが残すのは、もう肌襦袢一枚のみ。
 次服を脱ぐような事があれば、全裸決定である。
「ケケケ…」
「ふっふっふ」
 アヒャさんとフーンさんも嫌らしい笑みで狐さんを見据えている。
 僕も内心は、狐さんのヌードを今か今かと待ち望んでいた。
「くっ、お前らの好きにさせるかよ!
 おりゃー!」
「ロン、5200」
 フーンさんが手牌を倒した。
「ヤッダーバアーーー!」
 悲鳴を上げて転倒する狐さん。
 やったー!これで全て終わりだ!勝った!第三部完!!

「さて…それでは最後の一枚を脱いで貰いましょうか」
 しぇりーちゃんが狐さんに詰め寄る。
「くッ…」
 後ろずさる狐さん。
 ここでしぇりーちゃん達を殺せば狐さんはこのピンチを脱出出来るし、
 事実それを簡単に実行出来る程の実力があるのだが、狐さんはそれをしなかった。
 ここで暴力に訴えれば、狐さんは己の誇りを失う事になるからだ。
 誇りを失えば、二度と狐さんはしぇりーちゃん達に勝つ事は出来なくなる。
 それは、敗北よりも辛い事だった。

「…少年」
 おもむろに、狐さんは僕に顔を向けた。
「はい、何でしょうか?」
 いいからさっさと脱げよ、あんた。
「俺の代わりに君が脱げ」
 …。
 ……。
 ………。
 今、何と言いましたかこの人は?
「はあ!?
 何で僕がそんな事しなくちゃいけないんです!
 ついに脳味噌の温度が臨界点を超えましたか!?」
 目茶苦茶だ。
 こんな理不尽、許されていい筈が無い。
 正義だ。
 僕は今完全完璧に正義の側にいると宣言出来る。
「俺と君とは一心同体の筈だろ?
 だったら俺の苦難は君の苦難。
 俺が服を脱ぐなら君も脱ぐのが順当だろう」
「何ですかその意味不明な理屈は!?
 大体いつ僕があなたと一心同体になったんです!」
 何を言ってるんだ。
 何を言っているのだこの人は。
 頭がクラクラする。
 誰か僕にバファリンを下さい。
 半分が優しさのあの薬を下さい。
「…あーあ、俺の裸を最初に見せるのは、君って決めていたのに」
 …!?
 今、何とおっしゃりました?
「少年となら、文字通り一心同体になってもいいって思ってたのに」
 一心同体。
 文字通りの。
 つまり、それって…

941:2004/11/24(水) 19:59

「オーケイ分かりました狐さん。
 このタカラギコ、あなたの為に死にましょう」
 僕は勢いよく上着を脱ぎ捨てた。
 断じてこれはやましい気持ちからの行動ではない。
 義を見て動かざるは勇なきなり。
 目の前で人が困っているのを見捨てられるだろうか、いや出来まい。
「ひ、卑怯ですよ、狐さん!!」
「貴様それは駄目だろう!!」
「アッヒャー、キタネエヤロウダ!!」
 しぇりーちゃんが怒鳴った。
「うるせえ僕と狐さんとの一心同体の邪魔すんな」
 消えろ人吊詩絵莉。
 消えろ扶雲一郎。
 消えろ亜火屋寒河。
 ここはお前らの出番じゃない。
「そういう事。
 悔しかったらお前らも捨て駒を連れて来いよ」
 今さりげなく捨て駒とか言われた気がする。
 はは、いやそんな、空耳ですよね狐さん。
「じゃあ少年、後は任せたぞ」
 僕を狐さんの席に座らせ、狐さんは部屋から出て行った。
 ええ?
 任せたって、何を?
「……」
「……」
「……」
「……」
 顔を見合わせる僕達。
 ちょっと待った。
 もしかして、これって…
「僕用事を思い出したんで帰ります」
 僕はすぐに席を立とうとした。
「まあ待ちたまえ」
 フーンさんががっしりと僕の腕を掴む。
「お兄さん言いましたよね、狐さんの為に死ぬって」
「カクゴハデキテルンダロウナ…」
 小動物を前にした肉食獣の笑みを浮かべるしぇりーちゃんとアヒャさん。
 しまった、狐さんに完全に化かされた!
 狐だけに(ここ笑い所)!
「全裸になった人は肛門にネギを刺して裸踊りをするって追加ルールはどうだ?」
「アヒャ、ソリャイイヤ!」
「賛成ですぅ」
 僕の意思を無視して恐ろしい取り決めをする三人。
 この後僕がどうなったのか、それは最早語るまでも無いだろう。

951:2004/11/24(水) 20:00



          @        @        @



 夜の街角の外れを、一人の男が歩いていた。
 羽織に袴、それから腰に下げてある大小の刀といったその出で立ちからは、
 まさしく現代に蘇った侍といった印象を与え、
 どうしてこんな格好をして警察に捕まらないのか不思議なくらいである。
 兎も角、そんな時代錯誤も甚だしい容貌の男がそこにいる。
 それだけは確かな事であった。
「……」
 突然、侍が足を止めた。
 その後方には明らかに正気を失っている様子の男が一人、
 攻撃意思を隠そうともせず侍の後ろに佇んでいる。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 男が、背中を向けたままの侍に襲い掛かった。
 その速度は、常人のそれではない。
 それでも侍は、何ら動揺する素振りすら見せなかった。
「…未熟」

 瞬閃。

 振り向きもしないままに、侍が後ろから飛び掛かって来た男を両断した。
 刀を抜いた瞬間も見えなければ、納める瞬間すら視認出来ない程の早業。
 その姿は一種の芸術のようですらある。

「サスガハ『獣死』ノ『ギコ侍』、『獣死三羅腑(じゅうじ さぶらふ)』。
 ミゴトナオテマエデス」
 ギコ侍が真っ二つにしたばかりの男の死体から、
 変声機で元の声を判別出来なくした声が聞こえてきた。
 どうやらポケットに無線を入れておいてあったようである。
「誰だ、貴様は」
 日本刀のように鋭い声で、ギコ侍が言い放つ。
「シツレイ、モウシオクレマシタ。
 ワタクシ、『冥界の支配者(ネクロマンサー)』トモウスモノデス」
「…連続猟奇殺人事件を起こしている輩か。
 こんな悪趣味な使いまで寄越して、拙者に何の用だ?」
 刀に手をかけながら、ギコ侍が注意深く尋ねる。
「デハサッソクホンダイニウツリマショウ。
 アナタニハトアルジンブツヲコロシテイタダキタイ」
 変声機で変えられた声が、不気味に夜の暗がりに響く。
「断る。
 我が剣は、暗殺の為に磨いている訳ではない」
 二つ返事で断るギコ侍。
「…ソノトアルジンブツヲ、アノ『外法狐』ガゴエイシテイルトイッテモ?」
「……!」
 『外法狐』という単語に、ギコ侍の表情が一変した。
「…面白い。
 あの最強の体現者と死合う事が出来るというならば、
 その話、乗ってやる」
 ギコ侍が戦いの悦びに打ち震える戦鬼の笑みを見せる。
「ドウヤラ、コウショウセイリツノヨウデスネ」
 無線から聞こえる声は、変声機を通していながらも愉快そうに聞こえるのであった。


              〜続く〜

961:2004/11/25(木) 18:31
 〜十五話〜

 僕はしぇりーちゃんと二人、ホテルの部屋の中に取り残されていた。
 ホテルに女子中学生と二人。
 こんな事が他の人にバレたら、僕の経歴に大きな傷がつくのは間違い無い。
 で、今何でこんな状況に陥っているのかというと…

『今日はちょっと出かけてくるから』
『どこに行くんですか、狐さん?』
『仕事だよ、仕事。
 そろそろ資金が心許なくなってきたんでな。
 この部屋を追い出されないうちに稼いで来なくちゃならねえ』
『…すみません』
『馬鹿、気にするなって。
 …元はといえば、少年がこんな所に来る事になったのは、俺の責任でもあるんだからな』
『…! それは、違―――』
『ま、君は漫画でも読んでくつろいでてくれよ。
 護衛にしぇりーを置いておくからさ。
 あいつが一緒なら、何があっても大丈夫だろ』
『はあ、それはそうですが、しかし…』
『心配すんなって。 もうお前の命を狙ったりはしねえよ』
『そっすか』
『万が一の場合、避妊だけはちゃんとやっとけよ』
『うるせえ黙れ』

 …と、こういう経緯な訳である。
 まあまるっきり当然な事なのだが、
 こんな豪勢な部屋に泊まってれば、相応の金もかかるというものである。
「……」
 チラリ、と横目でしぇりーちゃんを見てみる。
 しぇりーちゃんは僕などそ知らぬ顔で、『スーパーマリオブラザーズ2』に興じている。
 しかし先日まで命を狙われていた殺し屋に今度は命を守られてるなんて、
 よくよく考えてみれば凄い経験だよなあ。

「……」
「……」
 か、会話がねえ…
 何でか僕しぇりーちゃんに嫌われてるみたいだし、
 だとすればあまりこちらから話しかけるのも迷惑なのではと思ったが、
 流石にこのままでは空気が重過ぎる。
「…やっぱ、バイトでも探したほうがいいのかなあ」
 沈黙に耐え切れず、僕は呟いた。
「いきなり何を言い出すのですか、お兄さん?」
 聞き返すしぇりーちゃん。
「だってさ、ほら、僕のこの今現在の立場って、まんまヒモ同然じゃん」
「ようやくそんな事に気づきましたか、この登校拒否」
「うるせえ死ね」
 登校拒否とは失礼な。
 いや、実際それと同然ではあるけどさあ。
「ですけどバイトなんて無理でしょう。
 命を狙われてるのに、呑気に仕事するなんてどこの白痴ですか」
 お前こそ前まで僕を殺そうとしてたじゃねえかよ。
「いや、だけどさあ、このまま狐さんにおんぶに抱っこってのはちょっと。
 一応、僕にも男としてのプライドっていうか何と言うか…」
「本当にプライドがあるなら、
 黙ってここから出て行ってる筈なのです」
 ぐはあ、クリティカルヒット!
 急所に当たった!
 効果は抜群だ!
「いっすよいっすよ、どーせ僕は、どーせ僕は…」
 床に指で文字を書く僕。
 事実その通りだけどさあ。
 もっとオブラートに包んだ言い方ってもんがあるんじゃない、しぇりーちゃん?

971:2004/11/25(木) 18:32

「というか私には理解不能です。
 狐さんにこれほど良くして貰って、何が不満なんですか?」
 不思議そうにしぇりーちゃんが訊ねる。
「不満は無いけど…
 その、えーっと、僕としては、あの人とは対等な立場でだね…」
 見下されたくない。
 哀れまれたくない。
 情けをかけられたくない。
 僕を、一人前の一人の人間として見て欲しい。
 そんな事は、ただの我侭というのは分かっているけど。
「…狐さんの事、好きなんですか?」
 …………。
 ……………………。
「わはははははは!
 おもれーこというなーおめー!!」
 動揺のあまり口調がかなり変わってしまった。
 ストレートだ。
 160kmストレートど真ん中の直球だよ、しぇりーちゃん。
 その剛速球に僕はもうノックアウト寸前だ。
「ま、薄々感づいてはいましたけどね。
 ですがそれなら…」
 すっと、僕を指差すしぇりーちゃん。
「やっぱり、お兄さんは私の敵です」
 敵?
 何でさ?
 こいつまさかまだ僕を殺すのを諦めてなかったのか?

「そういえば、しぇりーちゃんと狐さんはどこで知り合ったの?」
 かなり気まずくなったので、僕は話題を変える事にした。
「仕事です」
 仕事。
 それってやっぱり、一般の中学生としての仕事ではなくて―――
「…しぇりーちゃんは、その、いつから仕事を……」
 そこまで言って僕は後悔した。
 僕は何て事を聞いてるんだ。
 こんなの、僕が訊ねるべき質問じゃ無い。
「二年前です」
 二年前って、今でもまだ十分子供なのに、そんな小さい時からあんな事を!?
 していたのか、
 させられていたのか、
 したかったのか、
 したくなかったのか、
 どっちでもなかったのか、
 どうでもよかったのか。
「…?
 ああ、余計な同情なら結構ですよ。
 別に、私は私の仕事にさして何たる感慨はありませんから」
 事も無げに、しぇりーちゃんは言った。
 何の感慨も無い?
 嘘だ、そんなの。
 そりゃあ、今はそう思えるのかもしれない。
 だけど、君にも最初の頃はあった筈だ。
 その時にも、君は本当に何も感じなかったのか?
 感じないように、育てられていたのか?
「お兄さんには理解出来ないでしょうけど、
 『禍つ名』ってのは、そういう領域なのです。
 そういう世界なのです」
 殺す。
 理由さえ有れば、理由さえ無くとも、人を、人でなくとも。
 それが『禍つ名』。
 それが『人吊詩絵莉』。
 そして多分狐さんも。
 地獄。
 正にこの世の地獄だ。
 血で血を洗い、死で死を贖う、血と死で血に塗れた死に塗れな、
 魑魅魍魎が右往左往に東奔西走へ跳梁跋扈な掃き溜めの世界。
 命など、そこには微塵の価値も無い。

981:2004/11/25(木) 18:32

「…それは、だけど……」
 だけど、そんな事で納得していい訳が無い。
 そんなのって、あまりにも―――
「…やっぱり、狐さんの言う通りですね」
「?」
「お兄さん本人に、家族の敵討ちとして『冥界の支配者』を殺させては駄目、という事です」
 狐さんが、そんな事を言っていたのか?
「待ってくれ! 僕はあいつを許さない!
 あいつは、僕がこの手で―――」
 この手で、殺す。
 殺す。
「駄目です。
 お兄さんは、後悔してしまう人です。
 いいですか、人を殺すというのは、動物を殺すのとは訳が違います。
 種族保存の本能か、他者との共感力なのかは知りませんが、
 人を殺すという事には、少なくない覚悟と犠牲がつきまといます。
 そして、お兄さんはその覚悟と犠牲に耐えられるのだとしても、
 きっと後悔してしまいます。
 殺しを、割り切れない人です。
 そんな人は―――どんな理由であれ、人を殺すべきではありません」
「――――――」
 明らかに僕より年下の少女に、人殺しとは何なのか説教をされる。
 そしてそれは恐らく正しい。
 僕の想像など遥かに及ばない程の修羅場を、しぇりーちゃんは潜ってきたのだろう。
 そんなしぇりーちゃんに、今までぬくぬくと日々を暮らしてきた僕が、
 何かを言う事なんて出来る筈が無い。
「……」
 僕は、自分の不甲斐無さが口惜しかった。
 いいのか?
 本当にいいのか、これで?
 このまま狐さん達に、全てを任せたままでいいのか?
 それで、僕は本当にいいのか?

「…お兄さんは不思議な人なのです」
 しぇりーちゃんがふと呟いた。
「お兄さんと話していると、何故か鏡に向かって話している気になるのです」
 鏡、か。
 それはそうなのだろう。
 僕には、あまりにも自分が欠け過ぎている所為で、誰にでもなれる。
 だから、しぇりーちゃんは僕の中に自分自身を投影してしまったのだろう。
 何て、愉快。
 何て、奇怪…

991:2004/11/25(木) 18:33

「!!!」
 突然、しぇりーちゃんがガバッと入り口のドアへと振り向いた。
「!?」
 僕も釣られてそちらへと目を向ける。


 キンッ


 乾いた音と共に、ドアに鋭い切れ目が走る。
 程無くしてドアはそのまま真っ二つになって倒れた。
 おいおい、どこの不法侵入だ?
「…外法狐は、おられるか?」
 ドアが無くなった入り口から、一人の男が侵入して来る。
 何だあいつは。
 どっからどう見ても侍だ。
 あんな格好でここまで来たのか!?
 警察は何をやっているんだ!?
「あ、あなた誰ですか…?」
 僕は恐る恐る訊ねた。
 和服の女性は好みだが、和服の男性は守備範囲外だ。
 こんな変態さんには、とっととご退場願いたい。
「拙者は、獣死三羅腑(じゅうじ さぶらふ)と申す者。
 …ギコ侍とでも呼ぶがいい」
 『獣死』?
 こいつ、『禍つ名』か!
「四位の『獣死』が、一体何の用なのです!」
 特大チャクラム『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』を構えて、
 しぇりーちゃんが侍に叫ぶ。
「先程も申した通り。
 外法狐と、お会いしたい」
 狐さんに、この時代錯誤の侍が何の用だってんだ?
 和服友の会の会合か?
「…会って、どうするんです」
 僕は思わず後ろに下がりそうになるのを堪えて、言った。
「死合って頂く」
 きっぱりと侍は答えた。
 死合うだって?
 あの狐さんと戦うなんて、この人正気なのか?

「…しかし、どうやら今はここに居ないようだな。
 仕方が無い。 先に契約を済ませて、ゆっくりと帰るのを待つとしようか」
 侍がゆっくりと僕に顔を向けた。
「そこの男、お主が宝擬古で相違無いな?」
 一瞬にして体から冷や汗が噴き出し、口の中がからからになる。
 これは、殺気!?
 いや、それより、何でこんな奴が僕の名前を知っている!?
「相違無いようだな。 ならば―――」
 沈黙を肯定と受け取り、侍が腰に差した刀に手をかける。
「死んで貰おう」
 気がついた瞬間には、既に間合いを詰められていた。
 侍の刀が鞘から目にも止まらぬ速度で滑り出し、
 僕の脳天目掛けて銀のきらめきを瞬かせる。
 しまっ―――殺され――――――

1001:2004/11/25(木) 18:34

「させません!!」
 激しい金属音が、目の前で鳴り響いた。
 しぇりーちゃんが、侍の一撃が僕に到達する前に受け止めてくれたのだ。
「あ…しぇ、しぇりーちゃ……」
「何をしているのです!
 早く逃げて下さい!!」
 こちらには目を向けず、大声で怒鳴るしぇりーちゃん。
「そ、そんな!
 君を置いて―――」
「一般人のお兄さんに、『禍つ名』の相手が出来るとでも思っているのですか!
 そんな役立たずが、ここに居ても邪魔なだけです!
 分かったら早く逃げて下さい!
 私に、狐さんとの約束を破らせるつもりですか!?」
 そうだ。
 この子は、狐さんから僕を守るように言われていたんだった。
 だから、僕を守ってくれたんだ。

「ごめんっ、しぇりーちゃん!」
 僕は出口に向かって駆け出した。
 しぇりーちゃんの言う通り、ここに僕が居ても足手まといになるだけだ。
 ならば僕に出来る事はただ一つ。
 狐さんやアヒャさん達に連絡を入れて、一分でも早くしぇりーちゃんを助けて貰う事。
「逃がさん!」
 侍が逃げようとする僕を引きとめようとする。
「させません、と言いました!」
 再び起こる、金属と金属とがぶつかる音。
 僕は逃げた。
 逃げ続けた。
 戦う事から、
 守る事から、
 殺す事から、
 決断する事から、
 ただ、ひたすらに、逃げ続けた。


               〜100getしつつ続く〜

1011:2004/11/26(金) 18:00
 〜十六話〜

「……!!」
 下に降りるエレベーターの中で、僕は狼狽していた。
 何で、何でこんな時に限って電話が通じないんだ。
 狐さんもアヒャさんもフーンさんも、誰も電話に出てくれない。
 誰も助けに来てくれない。
 いや、これでも構わないか。
 いずれ僕からの着信に気がついて、向こうから電話を掛けなおしてくれる筈。
 それまで、僕は逃げ回っていればいいだけだ。
 このホテルの中ならともかく、人ごみの中に紛れれば、
 いくらあの侍でも僕を見つける事など不可能だ。
 逃げるだけなら、僕にも十分アドバンテージがある。
 だけど、それじゃしぇりーちゃんはどうなる?
 いや、考えるな。
 しぇりーちゃんはあれが仕事なんだ。
 それに、僕が今更戻った所で何が出来る?
 偽物の僕に何が出来るというんだ?
 そうだ、僕は偽物だ。
 だから…



          @        @        @



 人吊詩絵莉(ひとつり しえり)にとって、外法狐は初めての友達であった。
 『人吊』の一員として育てられていた頃には、
 友情だの愛情だのといったものは何一つ教えられなかったし、
 また自分もそれでいいと思っていた。
 それに、疑問すら覚えていなかった。
 ただ生けとし生きるものの命を刈り取る為の刃と化す。
 それだけが人吊詩絵莉の全てだった。
 それは、二年前仕事を任されるようになってからも変わらなかった。
 殺し殺され死に死なす為に生きて死ぬ。
 そんな生き方に納得していたのだ。
 諦めていたのだ。
 しかし、それが僅かながらに変わった。
 外法狐に出会ってから、変わったのだ。
 殺しの宿命に囚われながらも、
 なお気高く生きようとするその生き様を見せつけられた。
 その時から既に、自分は外法狐という人間から逃げられなくなっていた。
 あの人は、自分の事を友達にしてくれた。
 その気になれば、花の茎を手折るかの如く殺せるであろう自分を、
 それでも対等の存在として、友達として見てくれた。
 今日出かける前に、あの人は言った。
 『タカラギコを守ってやってくれ』、と。
 それは、まさかこんなに早く居所が見つかるとは思わなかった故の、
 簡単なお願いのつもりだったのだろう。
 まさか『禍つ名』の四位である『獣死』が出張ってくるとまでは予想していなかったのだろう。
 だが、現実にはここに獣死三羅腑(じゅうじ さぶらふ)が来ている。
 思ったより、敵の情報網は広かったらしい。
 だけど、逃げる訳にはいかない。
 あの人は自分に『任せる』と言った。
 自分を『任せる』と言えるだけの存在として認めてくれたから、『任せる』と言ったのだ。
 だから、自分はその信頼を裏切る訳にはいかない。
 任された以上、やりとげなければならない。
 死ぬのは恐くない。
 でもあの人に、外法狐に嫌われるのだけは嫌だ。
 それが、それだけが、人吊詩絵莉を突き動かしていた。

1021:2004/11/26(金) 18:01



「…!!」
 鍔迫り合いの状態から、どちらともなく後方に跳躍して間合いを離す。
 この侍、強い。
 しぇりーは冷や汗を流した。
 二撃刃を打ち合わせただけだというのに、もう両手が痺れ始めている。
 恐らく、この侍の先天的念特性は強化系。
 だとすれば、純粋な身体能力だけでの白兵戦はこちらに不利…!
「…中々の使い手とお見受けする。
 名を、聞かせてはくれまいか?」
 侍が左手で脇差を抜いた。
 二刀流。
 しぇりーが両手に『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』を持っているのに合わせたのであろう。
「…人吊詩絵莉」
 構えは崩さぬまま答える。
 この剣鬼を前にしては、一瞬の隙を見せる事すら致命傷だ。
「成る程、『禍つ名』か。
 …通りで、手強い」
 刀を十字に交差させて、ギコ侍が呟く。
 タカラギコはもう逃げただろうか?
 一旦このホテルから出さえすれば、取り敢えずの危険は去る。
 このホテルの広さから計算して、外に出て人通りの多い所まで辿り着くのに凡そ5分。
 それだけの時間を、稼げればいい。
 この侍を倒す必要は無いのだ。
 ある程度戦いを引き延ばしたら、逃げる事に専念すればいい。
「…あの男を逃がす為の時間稼ぎだけすればいいと考えているようでは、死ぬぞ」
 読まれている。
 だが、構うものか。
 こうやって話している間にも、刻々と時間は経過していっている。
 それこそ、こちらの望む所だ。

「参る!」
 ギコ侍が刀を振り上げて突進した。
 速い―――!
 来る、と思った時にはもう既に間合いの内まで詰め寄られている。
「くッ!」
 左手の『穴開きの満月』で、斬撃を受け止める。
 しかしただでさえ小柄で体重の軽いしぇりーは、
 その衝撃に耐えられず大きく横に吹っ飛ばされた。
「…!」
 急いで立ち上がろうとするも、ギコ侍の姿はしぇりーの目の前から消えていた。
 右!?
 しぇりーは右を向く。
 居ない。
 左!?
 しぇりーは左を向く。
 居ない。
 どこに!?
 ……!
 上―――――!

1031:2004/11/26(金) 18:01

「覚悟!!」
 しぇりーの真上から、ギコ侍はしぇりーを串刺しにするべく刀を突き出してきた。
「うッ――あああああ!!」
 反射的に横に転がり、寸前でその攻撃を回避する。
 あとコンマ一秒でも反応が遅れたら、間違いなく床に刀で磔になっていたであろう。
 そして―――
 相手が攻撃を失敗したこの瞬間こそ、最大にして最高のチャンスだった。
「ああああああああ!!」
 叫びながら、右腕の『穴開きの満月』でギコ侍のいる空間を薙ぐ。
「……!」
 ドサリ、と何かが床に落ちる音。
 赤い液体を撒き散らせながら、ギコ侍の左腕が床に転がった。
 攻撃を避けながらという不安定な体勢だった為、
 首や胴体を両断する事は出来なかったが、それでも大きなダメージには間違い無い。

「ッ!」
 回転の勢いを利用し、しぇりーが華麗に立ち上がる。
 ギコ侍は、切り落とされた自分の左腕の傷口を黙ったまま押さえていた。
「…これで、こっちがかなり有利、ですね」
 『穴開きの満月』についた赤い液体を振り払いながら、しぇりーが言った。
 片腕を失う。
 これが戦闘においてどれ程不利な影響を与えるか、それは今更言うまでも無いだろう。
「見事…」
 獰猛な笑みを見せながら、ギコ侍が口を開いた。
 まるで、片腕が落とされた事など微塵も気にしていないかのように。
「…?
 随分な余裕ですね。
 言っておきますが、片腕だからといって油断も容赦もしませ―――」
 そこでしぇりーは、自身の背後より迫る気配に気がついた。
「!!!」
 咄嗟に振り返った時には、遅かった。
 ついさっき、確かに切り落とした筈の左腕が、今、しぇりーに襲い掛かってきたのだ。
「なッ!?」
 何とかかわそうとするも、間に合わない。
 白銀の閃光がしぇりーを捉え、その華奢な左腕へと踊りかかった。
「―――! うああああああああああああああああああああああ!!」
 甲高い悲鳴。
 今度は、逆にしぇりーの左腕が切り落とされた。
 鮮血が迸り、カーペットに真っ赤な染みを残す。
「…!」
 しかし、痛がっている暇はしぇりーには無い。
 虚をつかれた隙をギコ侍が見逃す筈もなく、
 左腕を落としたばかりのしぇりーに何の躊躇も無く斬り掛かる。
「ッ!!」
 しぇりーがそれに気づき、斬撃を避ける為に後ろに跳ぶ。
 だが、ギコ侍の刃はしぇりーを逃さなかった。
 着地するしぇりー。
 それから一拍の間を置いて、右足が太ももの部分から分断された。
「ッ、ああああああああああああああああああああ!!」
 片脚を失った事でバランスを失い、しぇりーが床に転がって絶叫する。
 誰がどう見ても、最早勝負は決していた。

1041:2004/11/26(金) 18:01

「…何故、切り落とした筈の拙者の腕が動いたか」
 ギコ侍が、倒れたしぇりーに話しかけた。
「簡単な事。 離れた腕を操作したまで」
 そんな馬鹿な。
 しぇりーは驚愕した。
 さっき切り落とされたばかりの腕をあそこまで精密に操作するなんて、操作系でも難しい。
 ましてやギコ侍の先天能力は強化系。
 単なる思い付きで、可能なレベルではない。
 長い間の鍛錬が無ければ、とてもあんな芸当など出来る訳が無いのだ。
「一つ勘違いをしているようだな。
 誰が、この腕が拙者自信のものだと言った?」
 侍が切り離された左腕を手に取り、その切断面をしぇりーに見せた。
 …!
 あれは―――
「そう、義手だ。
 拙者は常日頃から義手を操作し、本物の腕のように見せかけていたのだ。
 血糊を中に仕込んでおけば、斬られた時にそれが噴き出し、本物の腕と錯覚する。
 お前のようにな」
 聞いてみれば単純極まりないトリックだった。
 しかし、まだ半分の謎が解き明かされていない。
 強化系が、何故そこまでの精度で相性の悪い操作系の能力を行使出来る?
「拙者は、この能力の為に自分の手足を自分で切り落とした。
 それが、この能力『傀儡の糸(マッドネスマリオネット)』の誓約だ」
 自分で自分の手足を切り落とす!?
 何て覚悟だ。
 いいや、覚悟なんてものじゃない。
 狂っている。
 そして、狂っているからこそ、相性の悪い操作系の能力をここまで引き出せたのか。
「…今拙者の能力を貴公に教えたのは、貴公の強さへの敬意だ。
 ここまで血沸き肉躍る死合いは、久し振りだった。
 尊敬しよう、貴公は強い。
 そして、能力を教えた以上、ここで死んで頂く」
 ギコ侍が刃をしぇりーに向けて振りかぶる。
 しぇりーは、死を覚悟した。
 ごめん、狐さん。
 私、どうやらここまでみたいです―――



「!!!!!!!」



 銃声が鳴り響き、それとほぼ同時にギコ侍が刀で何かを弾き飛ばした。
 それにより、しぇりーへの止めの一撃は中断される。

 銃声?
 銃声だって!?
 しぇりーはその音がした方向に急いで顔を向けた。
「貴様は…!」
 ギコ侍が驚いた様子でそこに立っている男を睨む。
 そこにいたのは、間一髪でしぇりーを助けたのは…
「ごめん、しぇりーちゃん。 遅くなった」
 タカラギコだった。
 両手で拳銃を構え、その銃口をギコ侍狙って定めている。
「お、お兄さん!?
 どうして――――――!」
 馬鹿だとしか言いようが無い。
 あのまま逃げれば、確実に助かった筈なのに。
 それなのに、どうしてこの人はここに戻って来た!?
「主人公が逃げっぱなしじゃ、格好つかないだろ?
 汎用人型決戦兵器の初号機パイロットだって、逃げちゃ駄目だって言ってたじゃないか」
 苦笑いを浮かべながら、タカラギコは飄々とそう答えた。
「…仲間を見捨てて逃げなかった度胸は認めるが、
 些か短慮であると言わざるを得んな。
 勇気と蛮勇は、似て非なるものぞ?」
 刀をタカラギコに向け、ギコ侍が告げる。
「…蛮勇なんかじゃないよ。
 僕ならお前に勝てる、そう思ったからここまで来た」
「何?」
 ギコ侍が聞き返す。
「聞こえなかったのか?
 ならもう一度言ってやる」
 タカラギコが、ギコ侍を睨み返し言い放つ。
「狐さんが戦うまでも無い。
 お前なんか、僕一人で十分だ…!」


                 〜続く〜

1051:2004/11/28(日) 00:42
 〜十七話〜

     静けき夜 巷は眠る
 此の家に 我が恋人は嘗て住み居たり
  彼の人は 此の家既に去りませど
   其が家は 今も此処に残りたり

 ―――『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』、作動開始
 ―――複製対象、記憶内検索開始
 ―――検索完了、複製対象発見
 ―――複製対象、『不死身の肉体(ナインライヴス)』、『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』

 一人の男其処に立ち 高きを見やり
  手は大いなる苦悩と闘うと見ゆ

 ―――解析開始
 ―――筋力強化、敏捷性強化、感覚強化、治癒力強化、念骨子、形状、念硬度…解析完了
 ―――構成要素抽出開始
 ―――複製対象構成要素、抽出完了

  其の姿を見て 我が心戦きたり
   月影照らすは 我が己の姿
  汝 我が分身よ 青ざめし男よ
   などて 汝の去りし日の
   幾夜を此処に悩み過ごせし
   我が悩み まねびかえすや

 ―――複製開始
 ―――複製処理正常
 ―――複製完了
 ―――完全再生率9%、21%
 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・不死身の肉体(デグラデーションコピー・ナインライヴス)』
 ―――二重発動、『劣化複製・穴開きの満月(デグラデーションコピー・フライングドーナッツ)

1061:2004/11/28(日) 00:42



「…しゃきーん」
 僕の両手に、しぇりーちゃんとそっくりのチャクラムが握られる。
 僕の念は何かになれない。
 だから故に何にでもなれる。
 これが、これこそが僕の力。
「……」
 チラリとしぇりーちゃんを見る。
 急激に血を失っているせいか、その目は胡乱としていた。
 どうやら、早めに決着をつけなければヤバいみたいだ。
「…お主は、そこの娘と同じ能力を使うのか?」
「聞かれて答えるとでも思っているのかい?
 自分の念能力を吹聴するなんて、三流のやる事だぜ。
 そういう意味じゃあ、戦った相手への敬意だのなんだの理由をつけて、
 自分の能力をペラペラ喋るお前も三流、それ以下だ。
 さっき僕一人で十分と言った理由も、それさ。
 三流如き、狐さんの相手になる筈が無いからね」
 僕のその言葉に、侍の周囲の温度が見る見る上昇していくのが分かった。
 そうだ、もっと怒れ。
 まともに僕がこの侍と戦ったって、勝てる見込みは少ない、というより全く無い。
 それはさっき狐さんに買って貰った拳銃でこの侍を狙撃した際に、痛い程分かっている。
 不意打ちで、背後から射撃したにもかかわらず、この侍は刀で銃弾を弾いた。
 決定的だった。
 この侍に、銃は通用しない。
 銃なんかで倒せるような、生っちょろい相手なんかじゃない。
 だからこそ、ここで可能な限り侍を逆上させておく必要があった。
 勝機は、無い訳じゃない。
 その為にも、ここで怒らせて冷静な判断力を奪うという事が、僕が勝つ為の絶対必要条件だ。
「…冗談にしては、笑えぬな」
 口調こそ静かだが、侍の声は明らかに震えていた。
 噴火まであと少しといった所か。
「冗談かどうかは、実際に試してみればいい。
 何なら、ハンデとして指一本しか使わずに戦ってやろうか?」
 ―――!
 その言葉が引き金となった。
 怒髪天つく程の怒りを余す所無く顔に表した侍が、
 僕を一刀両断にするべく大上段から斬り掛かる。
「う、おおお!」
 右手のチャクラムで、その斬り下ろしをガード。
 開いた胴に侍が左手の脇差で横薙ぎを払うが、こちらも逆の手のチャクラムでそれを防ぐ。
 やっぱりだ。
 怒って冷静さを欠いている分、攻撃が荒い。
 攻撃速度そのものは速いが、それに移るまでの予備動作が大きい分、
 どこにどういう攻撃が来るのか、僕の不完全な『不死身の肉体』でも何とか察知出来る。
 これなら―――
「!!!」
 そう思った瞬間、物凄い力で吹き飛ばされた。
 鍔迫り合いの体勢から、侍が僕を力任せに突き飛ばしたのだ。
 いくら攻撃の軌道が辛うじてではあるが見えるとはいえ、
 純粋な膂力の差は予測や予想ではどうにもならない。
 バランスを崩され、不様に尻餅をつく。
「!!!」
 侍が倒れた僕に追撃を仕掛ける。
 まずい、何とかしてかわさなくては。
 すぐに横に跳び―――

1071:2004/11/28(日) 00:43

 ゴトリ

 左腕が、僕の胴体からおさらばした。
 かわしきれなかったが、頭が真っ二つになるよりかは100億万倍マシだ。
 痛くなんかない。
 痛みを感じる暇はない。
 偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。
 だから、痛くなんかない。
 元より、無傷で勝てるとなんて思っちゃいない。
「止め!」
 片腕を失い尻餅をついたままの僕に、侍が最後の一撃を加えんと振りかぶった。
 勝利を疑わない表情。
 そこに生まれる、一瞬にして絶対の油断。
 こいつは、まだ僕が生きているにもかかわらず、自分の勝利を確信した。
 さっきしぇりーちゃんに自分の能力を喋っていたのも、その慢心ゆえだろう。
 教えてやる、獣死三羅腑。
 それこそが、お前の最大の弱点だ…!

 ―――完全再生率17%
 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・傀儡の糸(デグラデーションコピー・マッドネスマリオネット)』

「!!!!!」
 ついさっきまで僕を刺し殺そうとしていた侍の右腕が、
 まるで別の生き物のようにその向きを変え、
 侍の心臓目掛けてその手に持つ刀を突き出した。
 奴は言っていた。
 奴の能力は、自分の義手義足を操作する能力だ、と。
 ならばそれをコピーすれば、僕からでも奴の手足を操作する事が可能。
「ぐああああ!」
 侍が、自分の刀で自分の体を突き刺す。
 よし、勝っ―――

「……!!」
 僕は奥歯を噛み締めた。
 甘かった。
 心臓を貫く直前、侍はギリギリのタイミングで急所だけは外したのだ。
「…紙一重、だったな」
 口から血を吐きつつ、侍がこちらを見据える。
「くッ…!」
 僕はもう一度侍の手足を操ろうとする。
「させぬ!」
 侍が、自分の念で僕の念によるジャミングを強引に捻じ伏せる。
 やっぱり、無駄だったか。
 所詮僕の劣化コピーでは、どうしても本家本元の念能力には劣ってしまう。
 その為、ほんの少しでも注意されたら僕からの義手義足の操作など破られてしまうのだ。
 そうさせない為にも侍を怒らせたのだが、どうやらそれは失敗に終わってしまったみたいだ。
「…分かったぞ。
 お主、人の真似をする念能力だな」
 そこまでバレたか。
 くそ、どうやってこのピンチを乗り越えようか。
「!!」
 考える隙間も与えまいと、侍が僕に斬りつけてくる。
 即座に後ろに跳躍して回避。
「だが、所詮は猿真似。
 本物には到底及ばぬわ!」
 どうやら、向こうは冷静さを取り戻してしまったらしい。
 これは冗談抜きに絶対絶命のようだ。
 どうする?
 何とかしぇりーちゃんを抱えて逃げ―――

「あ―――?」
 腰のあたりがじわりと湿るのを感じた。
 …?
 不思議に思って、僕は自分の腹を見てみると…
「あ、あ、あああああああ!?」
 腹の部分にパックリと裂け目が開き、そこから腸がこぼれ出した。
 さっきの斬撃は、避けれてなどいなかったのだ。
「…今度こそ、終わりのようだな」
 何とか腸がこれ以上はみ出さないように腹を押さえる僕に、侍がゆっくりと近づいて来た。
 畜生、ここまでか。
 しぇりーちゃん、ごめん。
 僕、君を助けられなかった。
 狐さん、ごめんなさい。
 僕の所為で、僕だけでなくしぇりーちゃんまで巻き添えにしてしまいました。
 僕の巻き添えで、僕の家族もしぇりーちゃんも殺してしまいました。
「今度は油断はせぬ。
 全身全霊を持ってして、いまここでお主を屠り去る」
 侍が、頭上に刀を振り上げて…

1081:2004/11/28(日) 00:43



「子供をいたぶるのは、そこまでにしておいたらどうだ?」
 突然、僕の後ろから男の声がした。
 いや、僕はこの声を知っている。
 この声は、この人は、
「フーンさん…」
 掠れた声で、僕は何とかその言葉を絞り出した。
 痛みなんかどうでもいいが、失血によって意識が朦朧とするのだけはどうしようもない。
 気を抜いたら今にも気絶してしまいそうだ。
「君の着信があったから嫌な予感がして来てみれば、
 ふん、かなり面倒な事になっているみたいだな」
 拳銃を持った両腕をダラリと下げたまま、フーンさんが涼しい顔で侍を見据える。
「…今日は客人の多い日だ。
 一応聞いておこう、貴殿の名は?」
 戦闘不能になった僕としぇりーちゃんには目もくれず、侍がフーンさんに訊ねた。
「扶雲一郎(ふうん いちろう)。
 しがないフリーのハンターさ」
 肩をすくめ、フーンさんが答える。
「承知した。 拙者は…」
「そっちは別に名乗らなくていい。
 どうせそこで倒れている坊やとお嬢ちゃんに既に名乗っているだろうし、何より―――」
 フーンさんが口に煙草を咥え、ライターで火を点けた。
「この煙草を吸い終える頃には死んでいる男の名前なぞ、
 聞くだけ無駄というものだ」


               〜続く〜

1091:2004/11/29(月) 02:13
 〜十八話〜

「残念だが、その煙草を吸い終える事は叶わぬよ」
 侍が刀を十字に交差させ、フーンさんを睨む。
「その前に、貴様は死ぬのだからな!」
 斬りかかる侍。
 さっき僕がつけた腹の傷の影響か、その動作は以前と比べて多少劣るが、
 それでもなお目で追うのがやっとの速さだった。
「ふーん」
 フーンさんが銃を侍に向けて待ち構える。
 駄目だ、フーンさん。
 その侍は、拳銃なんかじゃ倒せない!
「そのような鉛玉で、拙者が仕留められるか!」
 侍が刀を振り上げる。
「お生憎様。 こいつはただの銃じゃない」
 フーンさんが落ち着いた表情のまま引き金を絞り―――

「!!!」
 侍が驚愕に顔を歪ませた。
 フーンさんが、今まさに自身の頭に振り下ろされんとしていた刀を、
 その刀身を狙撃する事で弾き返したからだ。
「なッ!?」
 信じられない、といった顔つきのまま、侍が続けざまの剣撃を放つ。
 しかしその全ては同様にフーンさんの銃撃によって阻まれた。
「くッ!」
 銃撃を受けた時の衝撃に耐え切れず、侍の左手の脇差が弾き飛ばされる。
 脇差は回転しながら宙を舞い、僕の目の前の床に突き刺さった。
「…!
 この威力、念の銃弾か…!」
「言っただろう? ただの銃じゃない」
 侍は落とした刀を拾おうとはしない。
 そんな事をすれば、その隙に撃ち殺されるのは明白だからだ。
「しかし、ならば受けずにかわせばいいまでの事!」
 侍が再びフーンさんに突進する。
 フーンさんはそこ目掛けて銃弾を放つが、侍は身を屈めてそれをかわす。
 それと同時に、身を屈めた体勢から斬り上げる形でフーンさんに斬りつける。
「ちッ!」
 銃弾で弾く間は無い為、フーンさんはその一撃を拳銃の銃身で受け止めた。
 しかし筋力では侍の方に分があったようで、フーンさんは衝撃を受け止めきれず大きく仰け反る。
「はあッ!」
 侍がそこにすかさず刀を突き出す。
 体をよじる事で、フーンさんは何とかその突きを回避。
 刀がフーンさんの横顔を掠め、そこに赤い線が走った。
「喰らえ!」
 身を反らしつつも、フーンさんが左手の拳銃で侍に銃弾を撃ち込む。
 しかし既にその場所には侍の姿は無く、
 神業のような身のこなしでフーンさんの背後に回った侍が、
 後ろから横一文字に刀を振り抜いた。
 しかし後ろを向かないままの姿勢で、フーンさんが拳銃でその斬撃を防御する。
 そのまま馬のように後ろ蹴りを叩き込み、強引に侍との距離を離した。

1101:2004/11/29(月) 02:13

「…成る程、大きな口を叩くだけはある」
 感心したように口を開く侍。
「しかし、そこまでだ。
 後二度か三度打ち合えば、必ず貴様に一太刀入れる事は出来る」
 確信に満ちた声で、侍は言った。
 確かに僕から見ても、フーンさんの方が押されている事は否定出来ない。
 このままでは、近いうちにフーンさんは殺されてしまう。
「だろうな」
 しかし当事者であるフーンさんは、まるで他人事のようにそっけなく呟いた。
 煙草は未だ、口に咥えたままである。
「だから、こっちも奥の手を使わせて貰う」
 フーンさんがにやりと笑い―――

「『二重殺(ダブルファング)』」

 次の瞬間、何も無い筈の空間から突然銃弾が飛び出した。
「がッ!!」
 予期せぬ不意打ちに、侍が背中にマトモにその銃撃を喰らってしまう。
 何だ、今のは!?
 フーンさんは一体、何をやったんだ!?
「終わりだ、侍(ソードマスター)」
 銃弾を受けて体をぐらつかせた侍に、フーンさんが止めの銃弾を次々に撃ち込みまくる。
 頭が西瓜のように爆ぜて脳漿を撒き散らし、
 体に大穴を開けて肉と血で床に赤黒いアートを描きながら、侍は力無く床に倒れ伏した。
 その体は、もうピクリとも動かない。

「…ギリギリ、間に合ったか」
 フーンさんが僕達の方に向いて言った。
 それは僕達の身を按じての事なのか、
 根元に来る直前まで灰になった煙草の事を言っているのかは定かでないが、
 どっちにしろそんな事はもうあまり僕にとって意味を持たない。
 当然だがフーンさんが戦っている間にも僕は血を流し続けていたので、
 もう意識を保つのも限界に近かったのだ。
「お、おい、寝たら死ぬぞ!?」
 フーンさんが叫ぶが、もう僕の耳には入って来なかった。
 視界が大きく傾き、頬に何かがぶち当たる。
 そしてようやくそれが床であると気づいた時には既に、
 僕の思考回路は真っ暗な闇の中へと落ちていくのだった。

1111:2004/11/29(月) 02:14





 目が覚めると、僕はベッドの上に横たわっていた。
 天井の模様からして、狐さんの所のホテルではない事は分かったが、
 だとすればここは一体どこなのだろうか?
 天井はシミやススだらけでお世辞にも天国だとは言い難い。
 とすれば、ここは地獄か?
「起きたか、少年」
 誰かが僕の顔を上から覗き込む。
 狐さんだ。
「おおゆうしゃよ しんでしまうとはなにごとじゃ」
 狐さんはおどけた調子で話しかけてきた。
「…そりゃすいませんでしたね。
 ここはどこですか?
 ラダトーム城にしては貧相ですけど」
 僕はゆっくりと周囲を見渡した。
 薬や包帯の入った棚。
 立てかけられている点滴台。
 もしかして、ここは病院か?
「金さえ払えば信用の出来る裏医者だよ」
 ふむ。
 病院というよりは診療所といった方が正しいのか。
 どうやら、僕は命だけは助かったみたいだ。
「…!?」
 ベッドから身を起こした所で、僕は異常に気がついた。
 左腕が、くっついてる。
 いや、左腕があるのは普通に考えて正常なのだが、僕の場合においてはおかしい。
 なぜなら、僕の左腕はあの侍に切り落とされたからだ。
 不審に思って小指から親指にかけて折り曲げ、そして開くという運動を繰り返してみるが、
 これといった障害も無く普通に動く。
 馬鹿な。
 腹の傷は兎も角、複雑に神経などが通っている腕が、
 一旦切り離されたのをくっつけてここまで回復するのか!?
「驚くのも無理は無い。
 私の腕は、そんじょそこらのヤブ医者とは違うからな」
 部屋の中に一人の男が入って来た。
 その男は髪が半分白くなっていて、その顔には大きなツギハギの跡が残っている。
 これって、ひょっとして…
「私の名前はモラックジャック。
 無免許のモグリ医者さ」
 モグリだけじゃなくてパクリだ。
 手塚虫先生、ごめんなさい。
「君の左腕は、私が元通りにしておいた。
 もう日常生活を行う分には支障は無いだろうが、
 しばらくの間は急激な運動は避けておきたまえ」
 左腕を元通りにした、って、そんな簡単に出来る事なのか!?
「『生物の肉体を治療する』、そういった念能力だよ」
 モラックジャックが簡単に自分の能力をバラす。
 いや、この場合は能力を隠す必要は無いのか。
 寧ろ、能力が知れ渡っていた方が、その噂を聞きつけてこの診療所に来る患者も増えるというものだ。
「しっかしおどろいたぜ、本当。
 二日前にホテルに帰ってみれば、君としぇりーがボロ雑巾になって倒れてるんだから。
 おまけに訳の分からない侍は死んでるしよ。
 あれから、君としぇりーをここまで運んできたり、
 ホテルの件の隠蔽工作に駆けずり回ったり、
 このボッタクリ医者の治療費を融通したりで大変だったんだからな」
 二日間。
 僕は二日間も眠り続けていたのか。
 どうやらその間にかなり多くの問題が発生していたらしい。
 まあ、ホテルの一室であんなにドンパチやらかしたら問題になって当然か。

1121:2004/11/29(月) 02:14

「…!
 そういえば、しぇりーちゃんは!?」
 思考が現実に追いついた所で、僕はハッとその事を思い出して叫んだ。
 そうだ、しぇりーちゃん。
 彼女は、無事なのか!?
「心配するな。
 あいつも五体満足に回復してる。
 今は、隣の部屋でぐっすり寝てるさ」
 そうか。
 無事なのか。
 よかった。
 …本当に、良かった。
「ネーノとしぇりーから大体の話は聞いた。
 災難だったな、少年」
「?
 しぇりーちゃんは寝てるんじゃなかったんですか?」
「阿呆。
 しぇりーは今夜中の2時だから寝てるだけだ。
 あいつなら、昨日の時点でとっくに意識を取り戻してるよ」
「そっすか」
 流石『禍つ名』。
 ついこないだまで小市民だった僕とは耐久力が違う。
「しかししぇりーを助けに駆けつけるとはやるねー。
 喜べ少年。
 エロゲーなら、しぇりールートにフラグが立ってるぞ?」
「うるせえ」
 フラグって何だフラグって。
 ついでにしぇりールートって何だ。

「…ごめんなさい、狐さん。
 心配かけてしまって」
 僕は素直に謝った。
「かかったのは心配だけじゃなくて、金もだがな。
 君の左腕と腹の裂傷、そしてしぇりーの左腕と右足、加えてホテルでの戦闘の隠蔽。
 せっかく仕事で稼いだ金がすっからかんだ」
 怒っているのかそうでないのか判別しかねる声で、狐さんは告げた。
「…狐さんと初めて会った時、ゲーセン代を渡しましたよね。
 お詫びにあれちゃらにしてあげますよ」
「桁が全然違うぞ」
「僕の銀行は、利子が一日10割なんですよ」
 冗談を交し合い、僕と狐さんは苦笑する。

「…本当にごめんなさい。
 格好つけるだけで、僕は何も出来ませんでした」
 そう、僕は何も出来なかった。
 勇ましくしぇりーちゃんを助けに駆けつけたが、結果は見事に惨敗。
 僕が勝てなかったしぇりーちゃんですら勝てないような相手に、僕が敵う訳など無い。
 フーンさんが来るのがあと少し遅ければ、僕はしぇりーちゃん諸共殺されていただろう。
 しぇりーちゃんは命がけで僕を逃がしてくれたのに、
 僕はそれを台無しにしてしまう所だった。
 この罪は、いくら謝っても償えるものではない。
「ああ、そうだ。
 フーンが来てくれなければ、お前はしぇりーを無駄死にさせる所だったんだ」
 責めるような冷たい声で、狐さんが僕を叱る。
 僕は何も言い返せない。
 言い返せる筈が無い。
「…だけどな」
 狐さんが、ポンと僕の肩に手をのせた。
「しぇりーが今生きてるのは、他でもない君のお陰だ。
 君が命を賭して、傷つきながらも戦ってくれたから、しぇりーは死なずに済んだんだ。
 君があのまま逃げたら、フーンが着く頃にはしぇりーは死んでいた筈だ」
「そんなの、結果論です。 僕は…」
「結果論でも何でもいい。
 しぇりーが今生きている。
 それが、俺にとって何より重要なんだ。
 君の行動は大局的に見れば浅はかな愚行だったのかもしれないが、
 俺はしぇりーの友達として、しぇりーを助けてくれた君に感謝し、尊敬する。
 …ありがとう」
 そう言って、
 狐さんは、
 そっと、
 僕の右頬に、
 その薄紅色の唇で、
 触れた。
 …?
 唇で、
 触れた?
「頑張った君への、お礼とご褒美さ。
 光栄に思え。 誰にでもする事じゃないぞ?」
 ほんのり顔を赤らめて、狐さんが照れ臭そうに頭を掻く。
 えっと、今、確か―――
「!!
 うわッ!
 おい、少年、大丈夫か!?」
 体中の血液が沸騰するような感覚に、僕は卒倒した。
 鼻からは止めど無く鼻血が流れ、塞がりかけていた腹の傷が開く。
 こうして、ついさっき起きたばかりだというのに、
 僕はもう一度気絶する事になるのであった。

1131:2004/11/29(月) 02:15



          @        @        @



 モラックジャック診療所の待合室の長椅子に、外法狐が座っていた。
「…坊やの様子はどうだ?」
 と、缶コーヒーを持ったフーンが外法狐の後ろから現れる。
 どうやら、外にジュースを買いに行っていたらしい。
「ああ、またおねんねだよ。
 最近の若いのは純情だあねえ」
 フーンからコーヒーを受け取りつつ、外法狐が笑う。
「…悪ふざけが過ぎたのではないか」
 半ば呆れ顔で、フーンは呟いた。
「そうさな。
 いやでもあれ位で倒れるなんて普通思うか?」
 缶コーヒーのプルタブを開け、外法狐は飲み口に口をつける。

「…そういえば、坊やにご褒美をあげるというのなら、
 その坊やとお嬢ちゃんを助けた俺にもご褒美を渡すのがスジではないのか?」
「ん、ああ、忘れる所だった。
 少年としぇりーを助けてくれてありがとう。
 お前さんが来てくれなきゃ、二人ともお陀仏だった。
 こいつはその礼だ」
 思い出したように、外法狐が分厚い封筒をフーンに手渡す。
「…ほっぺにちゅーじゃないのか?」
「殺すぞ」
「冗談だ」
 封筒の中身の札束を確認しながら、フーンが苦笑する。
「お前さんも金の方が嬉しいだろ?
 それに少年にも言ったように、あんなの誰にでもしやしないよ」
 コーヒーを飲み終え、外法狐は空き缶をゴミ箱へと投げ捨てた。
「あの坊やなら、してもいいと?」
「うるせえぞ」
「失礼。 余計な詮索だったな」
 フーンも缶コーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ入れる。

1141:2004/11/29(月) 02:16

「…あの坊や、あんたに惚れているぞ。
 それも、かなり重症なくらいに」
 少しの静寂の後、フーンの方から口を開いた。
「うわ、やっぱり? 俺も罪な女ねー」
「それを知っていて、なおかつ弄ぶような気持ちで、
 さっきあの坊やにあんな事をしたというのなら、俺はあんたを軽蔑する」
 きっぱりと、フーンは言い放った。
「……」
 外法狐は何も答えない。
「差し出がましい事かもしれんが、
 そっちにその気が無いのなら、さっさとその事を坊やに教えてやれ。
 中途半端な希望を残したままにするのは、絶望を突きつけるより下劣な行為だぞ。
 それに、気の無い相手に好かれても迷惑なだけだろう」
 窓から診療所の外を不審者が来ていないか見張りながら、フーンが淡々と告げる。
「…迷惑じゃあ、ないさ。
 あそこまで真っ直ぐに想いを寄せられて、悪い気のする奴は居ないよ」
 視線を落としたまま、外法狐は呟いた。
「だったら―――」
「だけど、俺はあの少年の想いには答えられない」
 外法狐は静かに告げた。
「それは、あの坊やを愛してはいないという事か?」
「…まあ、そんなもんかな。
 正確に言えば『愛してはいない』というより『愛してはいけない』だけど」
「?」
 フーンが首を傾げる。
「あの少年の事を本気で好きになったら、俺は間違い無く少年を殺す」
 ―――!
 フーンは絶句した。
 外法狐は、何の躊躇いも無くはっきりとそう答えたからだ。
「これは予想なんかじゃないぜ?
 それよりもっと確かな、言うならば予言の域さ。
 それくらい確信して、俺は少年を殺すと断言出来る」
「それは、どういう…」
「誰かを愛するというのは、そいつを自分のものにしたいという感情と表裏一体だろ?
 つまりはそういう事さ。
 俺が少年を好きになれば、俺は少年が誰かのものになるのが我慢出来なくなる。
 少年が俺以外の誰かと話せば、俺はその話してた奴を殺す。
 少年が誰かと手を繋げば、俺はその手を繋いでた奴を殺す。
 そして最終的には、俺以外の存在とあの少年が接するのが耐えられなくなり、
 永遠に自分のものにする為に少年を殺す。
 これはコーラを飲んだらゲップが出るってくらい、
 当然で確実で必然な事実であり理論であり概念であり理屈であり戒律だ。
 もう一度言うぞ?
 俺が心から少年を愛せば、俺は絶対に少年を殺す」
 フーンはそれを聞いて、この目の前の殺人鬼を理解するのを諦めた。
 同時に目の前の殺人鬼をこれ以上無いくらいに理解した。
 ああ、だから、こいつは外法なのか。
 こいつには、殺すという選択肢以外は存在しないのだ。
 殺す為に殺し殺さない為に殺し殺す故に殺し殺さない故に殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す殺す殺す。
 そこには最早『殺す』という以外の何の概念も存在しない。
 『殺す』存在だから殺す。
 そうとしか言葉で表せれない。

1151:2004/11/29(月) 02:16

「…あんたは、そうなんだな。
 『今日の天気が雨だから』とか、
 『今日の朝食がご飯ではなくトーストだったから』とか、
 そういう理由で人が殺せるのだな」
 フーンは遠い目で呟くように訊ねた。
「そんなのは理由ですらないよ。
 せいぜい、きっかけとかその程度さ。
 いいや、そもそも俺は、『外法』は、殺すのには理由すら必要無いんだ。
 理由があれば、なおさらさ。
 …そういうロクデナシの集まりなのさ」
 自分は何という化物と今までこんな至近距離で会話していたのか。
 今更にしてフーンは戦慄した。
 こいつにとって、殺す事とは空気を吸うのと同じ次元だ。
 老いも若いも男も女も人間も非人間も関係無く、こいつは殺す事が出来るのだ。
 仲間だとか友達だとか恋人だとか利害が一致してるかなんて、
 その殺傷本能の前ではまるで意味を成さない。
 この化物は、自分以外の存在は、いや、自分すら殺す為の対象でしかないのだ。
 『外法』が『禍つ名』の中ですら孤立しているという事実も、これなら納得出来る。
 こんな歪な化物、『禍つ名』の中ですら存在を許される訳が無い。
「…そう恐がるなよ。
 ついこないだ仕事のついでに何人か殺してきたばかりだ。
 今ここで、お前さんを殺すとかそういうつもりは無い」
 外法狐は笑みを浮かべるが、それでもフーンは信用ならない。
 何故なら、ちょっとした気紛れでこの化物が自分を殺さないという保証など、どこにも存在しないのだ。
「…金の為の殺しはしない人だと、あの坊やからは聞いたのだがな」
 かといって逃げ出す訳しもいかず、フーンは外法狐と会話を続ける。
 下手な事をして外法狐を刺激するなど、ニトログリセリンをもってダンスをするようなものだ。
「ああ。 仕事っつうのは要人の護衛で、暗殺じゃあない。
 だけど、向こうから喧嘩を売ってくるなら話は別だ」
「…それが狙いだったんじゃないのか?」
「俺はちゃんと事前に通告したぜ?
 戦えば、俺はお前らを殺す、と。
 それでも向かってくる奴らに好き勝手させる程、俺は善人じゃない」
「そういうのは、詭弁というのではないか?」
「そうかもしれないな。
 …いや、その通りだ。
 だけどな、多分、この詭弁さえ言わななったら、
 自分を正当化する事すら必要無いと感じてしまったら、
 誰をいつどこで殺したって構わないじゃないかと思ってしまったら、俺はもうお終いだ。
 そうなったらもう俺は人間や生物ですらない。
 死と破壊のみを振りまく害虫さ。
 そうなるのだけは、俺は嫌だ」
 憂いを湛えた瞳で、外法狐は口ごもる。
「…あの坊やも、とんだ相手に惚れたものだ」
「ああ、本当にそうだ。
 人を見る目ってもんがなってないな」
 フーンが「お前が言うか」と外法狐に突っ込みを入れる。

1161:2004/11/29(月) 02:17

「…本当はさ」
 外法狐が呟くように言った。
「うん?」
「本当は、未練なのかもしれないな。
 まだ、俺にも普通の生活が出来るんじゃないか。
 漫画を読んで、ゲームして、友達と遊んで、下らない事で大騒ぎして、
 …誰かを、好きになって。
 そういうありふれた、ごく普通の生活をする余地が、俺にも残されているんじゃないか、
 そんな未練が、まだ残ってるんじゃないかって事さ。
 だから、しぇりーと友達でいたい。
 あの少年との、ぬるま湯のような距離感に浸っていたい。
 だから、あの少年の問題は可能な限り先延ばしにしたい。
 でも、俺が普通の生活をするなんて、とっくの昔に手遅れになってるってのにな。
 とんでもない笑い話だ」
 外法狐は自嘲気味に笑った。
 フーンは思う。
 この化物は、誰よりも人間らしくない。
 だからこそ、誰よりも人間らしくあろうとするのだ、と。
 それは何と愚かしく、何と憐れな存在であるのか。
 神は何を思って、このような存在を生み出したのか。

「…はは、ガラにもなく喋り過ぎたな。
 今の話は聞かなかった事にしといてくれ。
 特に、あの少年には教えるなよ?」
 外法狐が欠伸をしながら立ち上がった。
「それは分かったが、あんたもそろそろ休んだらどうだ。
 あの少年が起きるまで、碌に睡眠を取っていないのだろう?
 見張りは俺とアヒャでやっておく」
「お気遣いありがとうさん。
 それじゃ、お言葉に甘えて寝させて貰うよ」
 もう一度大きく欠伸をして、外法狐は待合室から立ち去るのであった。


                〜続く〜

1171:2004/11/30(火) 00:15
 〜十九話〜

「ん……」
 僕は小さく声をあげながら目を覚ました。
 え〜と、僕はどうしてまた気絶したんだっけ。
 気を失ったというのは覚えているんだが、その理由がうまく思い出せない。
 まさか、記憶が消し飛ぶくらいとんでもない目に遭ったのだろうか?
 例えば狐さんでも敵わないような強い敵が襲ってきたとか。
 いやそれはないか。
 そんな奴がこの世に存在するとは思えないし、
 何よりもしそんな敵と戦ったのなら、今僕がこうして生きているなんてありえない。
 まあいいや。
 あとで誰かに聞けば分かるだろう。
 そうと決まれば頭をすっきりさせる為に顔でも洗って…
「!?」
 洗面所の鏡を覗き込んだ所で、僕の右頬のあたりがうっすらと赤くなっているのに気がついた。
 何だこりゃ。
 血か?
 いや、血にしては色がおかしい。
 もしかして、口紅か?
 でも何でこんな所に口紅なんかがついてるんだ?
 僕は女装の趣味なんかないし、
 僕が眠っている間に別の人格が現れて女装をしたという可能性も無いと考えていいだろう?
 とすればこれはどういう事だ?
 いや、待て、思い出してきた。
 確か気絶する前に、僕は狐さんと話してて、それでその時狐さんは僕に―――
「……!」
 そして僕は気絶した理由を完全に思い出すと同時に、
 またもや高揚のあまり気を失ってしまうのであった。



「…ったく、洗面所の前で気絶する奴がいるか」
 呆れ顔で、狐さんは僕にそう告げた。
「すみません…」
 僕は謝りながら、うどんの上に乗っかっていた蒲鉾を口に入れる。
 ここは商店街近くの、やや大きめなうどん屋。
 あまり長居しても迷惑だと思ったので、僕達はモラックジャック先生の診療所を出て、
 昼食がてらに立ち寄ったこの店で作戦会議を開いていた。
 僕の右隣の席には狐さん。
 向かい側にはフーンさんとアヒャさん。
 しぇりーちゃんは学校に行っているので今は居ない。
「しかしあそこまで早く居場所を突き止められるとはな。
 正直計算外だったぜ」
 狐さんがうどんをすすりながら忌々しげに言った。
「それで、あんたと坊やはどうするのだ?」
 フーンさんが訊ねる。
「ビジネスホテルやカプセルホテルとかを転々としながら身を隠すさ。
 俺一人ならこそこそする必要も無いが、
 この少年を戦いに巻き込むのはまずいからな」
 うわ、僕って完全にお荷物じゃん。
 実際その通りだけど。
「お前らはどうするんだ?」
 今度は狐さんからフーンさん達に訊ねた。
「アヒャ、オレラハオレラノヤサガアル。 ソコラヘンハシンパイスルナ」
 アヒャさんが得意気に胸をはって答えた。
 ヤサってのはつまり秘密基地みたいなものか。
 秘密基地…
 何と甘美な響きだろう。
 僕も小さい頃、自分だけの秘密基地が欲しかったんだよなあ。

1181:2004/11/30(火) 00:15

「んじゃ、寝場所はそれでいいか。
 次はこれからどうするか、だが…」
 狐さんが本日10杯目のうどんを平らげ、山積みになったどんぶりを更に重ねた。
 いつも思うのだがが、この人のスリムな体のどこに、
 これほどの食べ物を収納するスペースが隠されているのだろう。
 もしかして、僕にも秘密の念能力を使っているのか?
「…あの、狐さん」
 僕は少し迷った後で、言った。
「僕は、殺された僕の家族を調べてみようと思います。
 もしかしたら、何か手がかりが見つかるかもしれませんし。
 …それに、あの時、何か違和感を感じたんです」
 僕のその言葉に、狐さん達が沈黙する。
 狐さん達も、僕と同じ事を考えてはいたのだろう。
 だけど、僕に気を使って言わないでいてくれた。
 ありがとうございます、フーンさん、アヒャさん、狐さん。
 でも、これは、僕がやらなくちゃいけない事だ。
「…覚悟した上で、言ってるんだな」
 狐さんが、僕の目を見つめた。
「はい」
「辛くなるぞ」
「はい」
 僕は逃げない。
 目を背けない。
 家族は、僕の巻き添えで死んだ。
 だから、僕はせめてその家族を殺した犯人を、突き止めなければならない。
「分かった、そうしよう。
 というか、それしか無い。
 警察の方には、俺が手を回しておいてやるよ」
 狐さんが一つ息をつく。
「…すみません。
 迷惑ばかり、かけてしまって」
「気にするなよ。 友達だろ?」
 狐さんが当然のように告げる。
 そう、僕と狐さんとはただの友達だ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 嫌われてはいないけど、特別好かれている訳でもない。
 それは当たり前の事なのだけれど。
 この人に、僕の想いが伝わる事など、決して無いのだろうけど。
「悲しくなったらいつでもおねーさんの胸に飛び込んできたまえ」
「うるせえペチャパイ」
 ペチャパイという言葉に、狐さんが視線だけで殺せるんじゃないかという程の目つきで僕を睨む。
 どうやら、胸囲の事はかなり気にしているらしい。

1191:2004/11/30(火) 00:16

「それで、どうする?
 遺留品を調べたり、坊やの家を直接調べたりと、
 やるべき事は大まかに分けて二つあるが」
 フーンさんが指でVの字を作る。
「あまり時間をかけてると、『冥界の支配者(ネクロマンサー)』に気づかれるかもしれないしな…
 しょうがない、二手に分かれるか」
「じゃあ、僕は狐さんと…」
「マチナボウズ」
 僕の言葉を、アヒャさんが遮った。
「タダデサエオマエトゲホウキツネハメヲツケラレテルンダ。
 ソンナノガフタリイッショニアルイテタラ、イヤガオウニモメダツダロウ。
 ウカツニフタリイッショニデアルクノハトクサクジャナイゼ」
 アヒャさんが低い声で告げる。
 この人、まともに考える脳味噌があったんだ…
 いや、人を見かけで判断するのはよくないってのは分かってたんだけどさ。
「ふむ、それもそうだな。
 では、どのように組を分ける?」
 フーンさんが全員に向けて訊ねる。
「オレガコノボウズノオモリヲスルゼ!
 ドッカノダレカサンタチハ、キノウノヨルナカヨククッチャベッテタミタイダカラナ!」
 !?
 まさか、僕の眠っている間に、フーンさんと狐さんとが仲良くお喋りしていたってのか!?
 …いいや、分かってたさ。
 狐さんだって、僕みたいな餓鬼よりは、
 フーンさんみたいな大人の男の方がいいってのは分かってたさ…
「…別に坊やが心配するような色気のある話はしていない」
 フーンさんが静かに否定する。
 なあんだ、よかった。
 しかし、フーンさんが嘘をついている可能性もあるからな…
 ここに来て、新たなライバルの登場か。
「まあ組み分けはそれでいいとして、どっちがどっちに行くのだ?」
 フーンさんが僕達を見渡して言った。
「俺としては、俺とフーンが少年の家に行く方がいいと思う。
 …少年には、あんな事が起こった場所に行くのはまだ少しキツいだろうからな」
 狐さんが僕の方を見た。
「…お願いします」
 僕は深く頭を下げた。
 僕も、正直あの家に帰るのはなるべく避けたかった。
 帰ったら、あの夜の事を色々と思い出してしまうから…
「それじゃあ、それでいくか。
 そうと決まれば腹ごしらえだ」
 追加でうどんを注文する狐さん。
 あんたまだ食うのかよ。

1201:2004/11/30(火) 00:16

「…あの」
 丁度いい機会なので、僕は一つ質問する事にした。
「何かね、少年」
 狐さんが返事をする。
「多分、前襲って来た侍って『冥界の支配者』の刺客ですよね。
 でも何であの人ってたった一人で来たんでしょう?
 本気で僕を殺すつもりなら、もっと集団で連続で襲って来てもいいと思うんですが…」
 僕は小さな声で訊ねた。
 どう考えてもあの襲撃はおかしい。
 あの時はたまたま狐さんが居なかったものの、
 もし狐さんとあの侍が戦えば、返り討ちに遭うのは必至だ。
 『冥界の支配者』は僕を狙っているというのに、これは少し異様だ。
「…どうやら、少しは頭が回るらしいな」
 フーンさんが感心したように呟く。
「教えてやるよ、少年」
 狐さんが僕を見据えて口を開いた。
「『冥界の支配者』は、あの下種は、お前をネチネチいたぶるのを楽しんでいるのさ。
 自分は絶対に安全な場所に居て、標的であるお前を生かさず殺さず痛めつけようとほくそ笑んでる。
 『冥界の支配者』ってのはそういう奴だ」
 そんな理由で…
 そんな理由で、僕の家族や、しぇりーちゃんを…!
「許せねえよなあ…」
 その狐さんの呟きに、ゾクリと背筋に悪寒が走る。
 まるで、狐さんの周囲の温度だけが、絶対零度まで下がったかのようだ。
「殺す必要なんてないのに、
 殺さなくっても生きていける筈なのに、
 快楽の為に殺す、ってか。
 許せねえ、許せねえよ…
 『外法』である俺には、それがどうしても許せない。
 殺す以外の選択肢を選べるのに、敢えて殺す方を選ぶその存在が許せない…!」
 狐さんの手の中のコップが、音を立てて砕け散った。
 心の底からの憎悪。
 狐さんが、怒っている。
 吹き荒れる負の感情。
 フーンさんとアヒャさんは、その様相に恐怖を隠せない。
「……」
 だけど、僕は狐さんを恐いとは感じなかった。
 少しも、恐いとは思わなかった。
 だって、横から見る狐さんの怒った顔は、とても哀しそうだったから。
「……」
 狐さんは、怒っていた。
 だがそれは、誰に対する、何の為の怒りだったのか。
 でも僕にそれを知る事なんて、出来る筈もなかった。


                  〜続く〜

1211:2004/12/01(水) 19:18
 〜二十話〜

 連続猟奇殺人事件を管轄している警察署に到着すると、僕達はすんなりと資料室まで案内された。
 狐さんの言ってた『警察に話はつけておく』というのは、
 どうやら僕が思っていた以上の効力があったらしい。
 机の上には、事件現場にあった遺留品、僕の家族の死体を写した写真、
 その他諸々の証拠になりそうな物品が並べられている。
 果たして、ここから『冥界の支配者』の手がかりを掴む事は出来るのだろうか、
 という不安は拭えなかったが、それでも今僕に出来る事はこれしかない。
 ごく僅かな可能性を信じて、進むだけだ。
「さて、と…」
 僕は覚悟を決め、家族の死体の写真に目を移した。
 ……!
 腹の中から、先程食べたばかりのうどんが逆流しそうになるのを、無理矢理押さえ込む。
 引き裂かれ、押し潰され、叩き潰され、文字通り肉塊となった家族の無残な姿。
 まるでぼろ雑巾のように、まるで挽肉のように、
 …人の命を、何だと思っていやがる。
「―――!」
 嘔吐感を我慢するのも、ここまでが限界だった。
 慌てて資料室から飛び出し、洗面所で胃の中のものを残らず吐き出す。
 情けない。
 お前はその程度か、宝擬古?
 そんなんで、家族の仇を討てるのか?
「…オイ、ダイジョウブカ」
 アヒャさんが、僕の背中をさすりながら声をかける。
「…はい」
 お腹がすっからかんになったおかげで、何とか吐き気は収まった。
 ああ、くそ。
 本当に、僕は何だってこんなにも無力なんだ…!
「ドウスル? モウヤメトクカ?」
「冗談はよして下さい。 大丈夫、続けれますよ」
 ふらふらとした足取りで、再び資料室に戻る。
 こんな所で諦められるか。
 僕はまだ、何も掴んじゃいないというのに。
 もう一度、家族の死体の写真を見てみる。
 見れば見るほど、およそ人間の仕業とは思えない。
 まるで獣のような力で、人体を悉く破壊されたみたいだ。
 狐さんが言うには、「『冥界の支配者』の能力は死体を操る事だが、
 その死体は本来人間が無意識に制御している筋肉を100%使用するから、
 常人を遥かに超える身体能力をその死体は有する」のだそうだ。
 成る程、この家族の死体の惨状を見れば、その説明も納得である。
「……」
 今度は、遺留品の方へと目を移す。
 砕かれた椅子、画面に大穴が開いたテレビ、陥没した電子レンジ、きれいに真っ二つになった腕時計、
 しかしどれもこれもそこから『冥界の支配者』の情報が得られるとは到底考えられない…
「!?」
 いや、待て。
 おかしい。
 これはおかしいぞ!?
 よく考えれば、いいや、よく考えなくとも、どうしてこんな遺留品が存在するのだ!?
 家族の死体はあんな状態になっているというのに、これは絶対におかしい。
 そうか、あの時のあの違和感はこれだったのか。
 だけど、分からない。
 こんなものが存在している理屈が分からない。
 …!
 待てよ。
 もしかして、僕はとんでもない勘違いをしていたんじゃないのか?
 それならば、あの遺留品の矛盾にも説明がつく。
 だが、そこまでだ。
 それでも、『冥界の支配者』がどこの誰なのかは依然として掴めない。
 寧ろ、より謎は深まったと言える。
 状況は何も変わってなどいやしない。
「ドウシタ、ボウズ」
 ぼーっと突っ立ったままの僕に、アヒャさんが訊ねた。
「…いえ、何でもありません」
 僕はさっき生じた疑問を伝えようかとも思ったが、やめた。
 疑問を解決するには、あまりにも情報が足りなさ過ぎる。
 それに、もしこの疑問から導かれる『ある仮説』が正しいのだとしたら、
 不用意にこの疑問を口外するべきではない。
「…今日はこれくらいにしておきましょう」
 そう言って、僕は警察の資料室を後にするのだった。

1221:2004/12/01(水) 19:19





「…ケッキョクナニモワカラナカッタナ」
 アヒャさんが僕の横で溜息をついた。
 まあさんざん意気込んで出張ってきたわりに収穫は0とくれば、落ち込むのも無理は無い。
「…狐さん達は、何か手がかりを見つけてますかねえ」
 まあ、恐らくは向こうも大した発見は無いだろうが。
 だがしかし、本当にあの遺留品はどういう事だろうか。
 アヒャさんには話さなかったが、狐さんには話しておくべきかもしれない。
 あの人なら、信用が出来るだろうから。
 信頼、したいから。
 ああもう、僕がもう少し賢ければ、こんなに悩む必要だって無いのに…

「タカラギコ君!?」
 突然、後ろから声をかけられた。
 振り向いてみると、そこには見知った顔の壮年男性が立っている。
「冬夫先生…」
 二丁目冬夫。
 通称、おとうふ先生。
 僕の高校の、生物学教師。
 まさかこんな所でばったり会うとは偶然である。
「よかった、心配していたのですよ。
 あの事件から、ぱったりと学校に来なくなってしまって…」
 心からほっとしたような顔をするおとうふ先生。
 流石に二週間近くも学校に行っていなければ大事にもなるか。
「…すみません」
 僕はおとうふ先生に頭を下げた。
「いえ、構いませんよ。
 …その、君の家族については、本当にお気の毒としか……」
 気の毒なのは僕ではない。
 僕の家族だ。
 僕の所為で、あの人達は、死んだ。
「…ところでタカラギコ君、今までどこにいたんですか?
 親戚の方々に連絡しても、行方知れずになっているとの事でしたので…」
 あ、そっか。
 狐さんにご厄介になってるって事、親戚や学校には伝えてないんだった。
 こりゃうっかりしてた。
「あー…、えっと、今は何と言うか、この人の所でお世話になってます」
 僕はアヒャさんに視線を向けた。
「そうでしたか。 それでこちらの方は…」
「アヒャダ」
 短くアヒャさんが告げる。
「そうですか…
 タカラギコ君、辛いかもしれませんが、また元気に学校に来て下さい。
 クラスの皆も、心配していますよ?」
「はい」
 学校か…
 行ったところで、もう二度と前と同じような退屈な学園生活を送る、
 というのは不可能に近いだろう。
 あの事件で僕もかなりの有名人になっているだろうし、
 そんな僕に分け隔てなく接するような善人ばかりがあの学校にいるとも思えない。
 どうしようか。
 転校するか、いっそ高校を中退してしまうか。
 いずれにせよ、もうあの学校には戻れない。
「ああ、そういえば」
 おとうふ先生が思い出したように呟いた。
「山吹萌奈香さんが行方不明になっているのですが、何か心当たりはありませんか?」
 モナカさん―――?
 行方不明になった、だって?
 そうだ、僕は彼女に謝らなければならないんだった。
 でも、何だって彼女が行方不明なんかに。
 いいや、考えられる可能性はただ一つ。
 『冥界の支配者』―――
「どうしました、タカラギコ君?」
 顔面蒼白になった僕に、おとうふ先生が訊ねる。
「いえ、何でも、ないです」
 モナカさんまでが、『冥界の支配者』の毒牙に?
 こうしちゃいられない。
 すぐにでも、探し出さなければ。
 だって、僕は、まだ彼女に謝っていない。
「アヒャさん」
「アア」
 僕の考えを察したのか、アヒャさんが頷く。
「すみません、先生。
 僕、もう行かなければ」
「?
 そうですか。 また学校で、元気な顔を見せて下さいね…」
 そのおとうふ先生の微笑を背に、僕達はモナカさんを探しに街中へと駆け出すのであった。

1231:2004/12/01(水) 19:19



          @        @        @



「…なーんもありゃしねー」
 辟易の声を漏らしながら、外法狐ががっくりと肩を落とした。
「まあ、予想はしていたがな」
 やれやれといった顔でフーンが呟く。
「しかし、どうするよ。
 何も収穫ありませんでしたー、って帰るのはかなり格好悪いぞ?」
「仕方あるまい。
 愚痴ったところで、情報が降ってくる訳でもない」
 フーンがポケットから煙草を取り出して一服する。
 ちなみにこのタカラギコの家に到着してから、これで15本目だ。
「あっちは何か見つけてるかねー…」
「まあ、期待は出来んだろうな」
 ぷかぷかと煙でわっかを作りながら、フーンは外法狐に答える。
「ちっ、しゃあねえ。
 もっぺん最初から出直しか…」
 外法狐が玄関に向かおうとしたその瞬間、彼女の細胞は身に迫る危険を察知した。
「!!」
 即座にその場を跳びのき、臨戦態勢を整える。
「…!
 敵か! どこから―――」
 フーンが周囲を見回したその瞬間―――

「!?
 ッ、ぐあああああああああああああああ!!!」
 突如として、フーンの体が瞬く間に炎に包まれた。
 火達磨になりながらも、フーンは床を転がってなんとか火を消し止める。
 が、それでもダメージはかなり大きいらしく、フーンは倒れたまま起き上がれない。
 敵襲!?
 しかし、一体どうやって!?
「……!」
 外法狐は、窓の外からこちらを覗き込む男を発見した。
 頭が亀頭の形をした、歩く猥褻物陳列罪といった風貌の男。
 その男と、目が合う。
 そして、男は確かに、こちらを見てにやりと笑った。
「テメ、上等だ!!」
 ガラスをぶち破り、外法狐は亀頭男目掛けて突進した。
 ものの1、2秒で、50m程離れていた筈の男の目の前まで駆けつける。
「…あ〜もう、遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅いおっそ〜〜〜〜〜〜い!
 何日この家を張り込んでたと思ってんだよ!
 もっと早く来てくれないかなぁ、ホント」
 亀頭男がわざとらしい程大きな身振り手振りをつけて喋り出す。
「お前、誰だよ」
「いやしっかし、それでも待ってた甲斐があったってもんですよ。
 こうして、あの外法狐が目の前に来てくれたんだから。
 うん、素敵無敵で幸福に至福だ」
「誰だ、と聞いた」
 自分の話を無視された事に腹を立てた外法狐が、ドスを利かせた声で再度告げる。
「ん?ン?んん〜?
 いやはやこれは紹介が遅れましたね。
 人の名前を訊ねる前に、まずは自分から名乗れ!って言いたい場面ですが、
 あいにくぼかぁ既にあなたの名前を知っっちゃってますからね。
 ではお教えしましょう、外法狐さん。
 僕の名前は魔断真裸々(まこと まらら)、マララーって呼んで下さいね。
 キャハッ☆」
「そうかい、お前が『魔断』の『自然発火能力者(パイロキネシス)』か。
 さっきのも、お前の仕業か」
 外法狐がマララーを見据えて言う。
「そ・う・で〜〜〜〜〜〜〜〜〜す!
 僕の趣味は人間の丸焼き!
 さっきの彼にはその為の憐れな犠牲者となっていただきましたァ!」
 誇るようにマララーは告げた。

1241:2004/12/01(水) 19:20

「…豚が人間の言葉を喋るな。
 大方『冥界の支配者』に頼まれたんだろうが、そんな事は関係無い。
 俺の身内に手を出した瞬間、お前の死は決定している」
 外法狐が嫌悪感を露にして吐き捨てる。
 こいつは、根っからのクズだ。
 今回だけでなく、ずっと前からこいつは人を焼き殺してきたのだろう。
 そう思わせるだけの腐臭が、この男からは漂っている。
「あれあれ〜?
 そんな生意気な口利いちゃっていいのかな〜?
 僕の能力、知ってるんでしょ?」
 次の瞬間、外法狐の後ろで不法投棄のゴミ袋が突然炎上した。
 そしてその先には―――
「!!」
 外法狐が、はっと息を飲む。
 そこには、下校途中の学生や、買い物に出かける主婦など、
 様々な人々が行き交っていたからだ。
「はい、もう分かりましたね〜。
 ご存知の通り、僕の能力は見たものを自然発火させる事。
 さあて、今この能力を使えば、果たして何人の人間を殺せるのかな〜?」
 『自然発火能力』のマララー。
 それはマララーの所属する『魔断』だけでなく、
 その外においても有名な事実であった。
 しまった、と外法狐は舌打ちする。
 こいつは人の多い場所に自分を誘い込む為に、わざとさっき見つかったのだ。
「この、外道が…!」
 外法狐がマララーに襲いかかろうとした直後、
 今度は空を飛んでいた鳥が燃え上がり、ローストチキンになって地面に墜落する。
「はいは〜い、動いちゃ駄目ですよ〜?
 確かに僕は直接戦闘だとあなたには敵いませんが、
 それでもそっちが僕を殺す前に、何人かは確実に道連れに出来ますからね〜。
 『外法』は自分の所為で他人が巻き添えになるのが、何より嫌いなんでしょう?」
 マララーはおどけるようにせせら笑った。
「実を言うと、ここ最近の僕の夢は、あなたを火葬する事だったんですよ〜。
 精一杯愛情を込めて焼き殺してあげますから、
 頑張って立派な消し炭になって下さいね〜」


                 〜続く〜

1251:2004/12/03(金) 01:18
 〜二十一話〜

 マララーを前に、外法狐は動かなかった。
 いや、動けなかった。
 動けば、何の関係も無い人々を、自分の所為で犠牲にしてしまう。
 それは『外法』にとって、自分にとって、何よりも許せない事だからだ。
「うんうん、物分りがよくって助かりますね〜。
 それじゃあ…」
 マララーが嫌らしく口の端を吊り上げ、
「まずは右腕から」
 直後、外法狐の右腕の部分から勢いよく炎が燃え上がった。
 着ていた服が焼け、同時に皮膚までが灼けていくが、外法狐は顔色一つ変えない。
 ただ、マララーを侮蔑と怒りの感情を込めて睨むだけである。
「すっご〜〜〜い!
 火に焼かれる痛みって、生物にとって最も耐えがたい痛みの一つであるのに、
 悲鳴や命乞いの一つも口にしないんだ!
 やっぱり最高だよ!
 今日まで生きてて本当によかった!!」
 マララーが心の底から感動して声をあげる。
「それじゃあ今度は左腕だ!」
 続けて、外法狐の左腕までもが炎に包まれた。
 それでも、外法狐は何も動じない。
 ひたすらに、マララーを睨み続けている。
「ああ〜〜〜!
 もう、たまんない!
 ほら見て見て!
 僕の息子も今までに無いくらいに絶好調だよ!
 ここまで興奮出来たのは初めてだ!!」
 マララーの股間は、ズボンが破れそうな程パンパンに膨らんでいた。
 厚手の生地であろう筈なのに、その盛り上がりからマララーの逸物の形がはっきりと見
て取れる。
「ええいもう我慢出来ないや!
 次は右足と左足をいっぺんにイクよ!?」
 マララーの叫びと共に、外法狐の両足が炎上した。
 四肢を今にも焼き尽くされようとしているのに、なおも外法狐の表情は微動だにしない。
 口を真一文字に結んだまま、黙ってマララーを見据えているままである。
「いい!
 いいよ!
 自分とは無関係な誰かを守る為に、そこまで命を張るなんて最高だ!
 ああなんて素敵なんだ!
 自分より強い人を、卑怯な手を使って丸焼きにするなんて!
 もう三回も射精しちゃったよおおおおおおお!!」
 マララーのズボンの股間部分には、濡れたようなシミが浮かんでいた。
 三回射精したというのは、どうやら法螺ではないらしい。

1261:2004/12/03(金) 01:18

「おい、変態」
 体を炎上させながら、外法狐は短く告げた。
「んん?
 何ですか〜?
 質問は年中無休24時間体制で受け付けてますよお?」
 マララーが耳に手を当てて聞き返す。
「勘違いしてるようだから教えておいてやる。
 お前は、周りの奴らの命を握っているつもりなんだろうが、逆だ。
 お前が生殺与奪を自在に出来ると思っているそいつらに、お前は生かされているんだよ。
 お前がもし俺以外の奴を攻撃したその瞬間、俺はお前を殺す。
 いいか忘れるな。
 命を握られているのはお前の方だ」
 きっぱりと、外法狐は言い切った。
 お前など、優位に立っている訳でも何でも無い、と。
 お前など、いつでも殺す事が出来る、と。
「…どうやらあ、自分の立場ってもんがいまいち理解出来てないみたいですねえ〜?」
 マララーが憎らしげに外法狐を睨むと、ついに外法狐の体全体が炎に包まれる。
 さながら業火を身に纏うその姿は、一種の美すら有していた。
「あはははは!
 いくら口では強がりを言おうとも、現にお前は手も足も出ないじゃないか!
 はは、全く『外法』ってのはとんだ愚か者の集まりだよ。
 殺人鬼のくせに、他人を巻き込むのを嫌うなんて、馬鹿としか言いようが無い!
 『殺戮機会(バッドタイミング)』や『殺戮機械(レッドラム)』の二つ名を有していた
外法狸だって、
 どこぞの馬の骨を庇った所為でおっ死んだって―――」
「貴様がその名前を口にするな…!」
 と、それまで炎に焼かれようと顔色一つ変えなかった外法狐の表情が一変した。
 氷のように鋭い視線をマララーに向けつつも、
 その顔には自身を包む炎すら凌駕する程の、烈火の如き憤怒の表情を浮かべている。
「貴様なんぞが、お師匠様を侮辱するんじゃねえ。
 もういっぺんその汚い面で俺の師匠の名前を呼んでみろ。
 殺すぞ…!」
 外法狐は、これ以上ないくらいに怒っていた。
 その様相に、マララーは思わず後ずさりする。
「な、何をそんなにムキになっているのやら。
 はッ、ならばお望み通りもう一度お師匠様とやらの名前を呼んであげましょう。
 外法狸は、どうしようもないくらいの大馬鹿野郎―――」
「なら、死ね」

1271:2004/12/03(金) 01:19


 !!!!!!!


 外法狐を中心として、辺りに突風が巻き起こった。
 いや、突風という表現は少し正しくない。
 正確に言えば、外法狐の気が、猛烈な勢いで周囲に迸ったのである。
「!?」
 その圧力に圧され、マララーが情けなく尻餅をつく。
 近くにいた通行人に至っては、その気に当てられて残らず失神した。
「てめえは、許さねえ…
 お師匠様を愚弄した罪、その命で償わせてやる…」
 外法狐を包んでいた炎は、先程の現象で残らず吹き飛んでいた。
 しかも、着ていた和服こそ黒焦げになっているものの、
 外法狐本人の素肌には、殆ど火傷の跡は見受けられない。
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』によって炎の熱など大幅に遮断され、
 更には治癒力の強化によって火傷が治療されたからである。
 まさしくそれは、不死身そのものの所業であった。
「ま、待て!
 動けば、他の奴等を道連れに…」
「やってみろ。
 出来るもんならな」
 マララーの制止に構わず、外法狐はゆっくりとマララーに歩み寄り始めた。
「まあ、出来る筈も無いけどな。
 もうお前の『自然発火能力(パイロキネシス)』とやらは、使えないんだから」
 外法狐が自信たっぷりに呟く。
 事実、外法狐が目前まで迫ろうとしているのに、マララーは炎を起こしていない。
「手品の種はこうだ。
 多分お前の先天能力は変化系。
 だが気(オーラ)を直接炎に変えるんじゃない。
 着火、炎上能力の高い性質を持つ気に変えているんだ。
 その気を周囲広域に撒布、そして都合のいい時に気で火種をつけて炎上。
 以上が、お前の『自然発火能力』の正体。
 そう、お前の能力は、見たものを燃やすなんて高尚なもんじゃねえ。
 三流手品師のペテン技さ」
 マララーの驚愕の表情が、その外法狐の推理が正しい事を物語っていた。
「この俺が、ただ黙ってお前にいいようにやられてたとでも思っていたのか?
 俺は考えていたんだよ。
 お前みたいな下種野郎を、確実に始末出来る方法をな…!」
 外法狐は、もうすぐそこまでの位置にまでマララーに近づいていた。
「う、うおおおおおおおおおおお!」
 マララーが振り向き、背中を見せて脱兎の如く逃走を図る。
「逃がすかよ」
 それを外法狐は許さない。
 一足飛びでマララーに追いつき、体を沈めて回し蹴りでマララーの足を払う。
 足払い。
 だがその威力は最早技の域など超えており、
 マララーの脚部が足払いを受けた部分から残らず爆散するように吹き飛ぶ。
 外法狐の蹴りが、マララーの足の肉と骨を完膚なきまでに粉砕しつくしたのだ。
 その破壊力の前には、防御など意味を成さない。
 どこであろうと、その攻撃が当たった部分を確実に破壊する。
 そこまでの力を、外法狐は有していた。
「ひ、ひいああああああああああああああああああああああああ!!!」
 足を失った為マララーは逃げる事が出来なくなり、
 最後っ屁とばかりに懐から抜き出した拳銃で外法狐を撃つ。
 しかし弾丸は外法狐に着弾すると同時に、まるで銀玉鉄砲のように全て弾き返された。
「まさか、そんな玩具でこの俺を殺せるなんて思ってたんじゃないだろうな」
 弾丸を避けようともしないまま、外法狐が笑った。
 頭に当たっても、腹に当たっても、胸に当たっても、腕に当たっても、足に当たっても、
 弾丸は外法狐に傷一つつける事すら出来ない。
「ひいい!ひい!ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
 やがて拳銃の弾丸は尽きた。
 が、それでもマララーは空になった拳銃を外法狐に向け、引き金を引き続ける。
 それが、マララーに出来る最後で唯一の抵抗だった。

1281:2004/12/03(金) 01:19

「こ、こ、殺すのか、僕を!
 は、ははッ、そうだろうなあ!
 だからこその『外法』なんだもんなあ!
 他人を巻き添えにするのは嫌いなんて、いい子ぶりやがって!
 所詮貴様らは薄汚い人殺し…」
 最後まで言わせず、外法狐は無造作にマララーの拳銃を持つ手を蹴った。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
 ただ蹴っただけ。
 それだけでマララーの腕が挽肉同然となって胴体から千切れ落ちた。
 マララーの体は、念でガードされていたのに、である。
「…冥土の土産に教えてやる。
 俺達『外法』が、どうして他人を巻き添えにするのを禁忌とするのか…」
 外法狐が、マララーを見下ろしたまま言った。
「俺達『外法』は、殺せるんだよ。
 理由も何も無くてもな。
 だけど、俺達は殺しに理由を求めなければならない。
 確固たる自分の信念を持って、殺さなければならない。
 そうでなきゃ、俺達はただの化物だ」
 外法狐は侮蔑の眼差しをマララーに向けたまま、話を続ける。
「殺す時は、己の理屈に基づき、己の理由で、己の為に、己の手で殺す。
 これが『外法』唯一の戒律だ。
 だからこそ、俺達は人を巻き添えにしてはならない。
 己の理屈も理由も関連しないのに、己の所為で人が死ぬのは耐えられない。
 だから、人を自分の巻き添えにしない事には命を賭ける」
 それは詭弁だった。
 どっちみち、殺す事には変わりは無いのだ。
 そしてそれは矛盾だった。
 殺すのに理由や理屈が要らないからこそ『外法』である筈なのに、
 『外法』は理由や理屈で己を正当化しようとしている。
 それは愉快で奇怪な戯言であった。
「…そして、俺は巻き添えにしてしまった。
 何の罪も無い少年を、傷つけてしまった。
 少年の家族を、殺してしまった。
 帰る場所を、奪ってしまった…」
 外法狐が、悲し気な表情を一瞬見せる。
 が、すぐにそれは能面のような無表情に変わり、
 怖気の立つような殺意のこもった目でマララーを見据えた。
「…喋り過ぎたな。
 そろそろ、殺すとするか」
 ぽつりと、まるで挨拶でもするかのような平坦な声で、さも当然の如く外法狐は呟いた。
 殺す。
 それがどういう事か、どういう結果をもたらすのか理解した上で、外法狐は殺すと言った。
「ま、待て!
 嫌だ! 僕はまだ死にたくな―――」
「俺が俺である為に、死ね」
 外法狐の拳が、マララーの亀頭のような頭を打ち砕いた。





「おーい、生きてるかー」
 マララーを殺した外法狐はタカラギコの家に戻り、倒れたままのフーンに声をかけた。
「…何とかな」
 全身ススだらけになったフーンがよろよろと身を起こす。
「そりゃ重畳。
 で、悪いんだけどすぐにここから逃げるぞ。
 ついそこで一人殺しちまってね、お巡りさんが来るかもしれない」
 悪びれもせず、外法狐は告げた。
「…お前は、もっと事を穏便に済ますという事が出来ないのか?」
 フーンが煙草を咥えて火を点け、大きく息を吸い込んでから煙を吐いた。
「悪かったな。
 それより、とっととずらかるぞ。
 肩を貸した方がいいか?」
「頼む」
 外法狐はフーンの肩を担ぎ、外に出るべく玄関に向かう。
 外法狐の方がマララーの攻撃を多く喰らった筈なのに、
 受けたダメージはフーンより外法狐の方が少ない。
 その事に、フーンは心からの畏怖を覚えると共に、
 こんな化物に想いを寄せるタカラギコの正気を疑うのであった。


                 〜続く〜

1291:2004/12/03(金) 01:34
失礼コピペミスりました

>「この俺が、ただ黙ってお前にいいようにやられてたとでも思っていたのか?
>俺は考えていたんだよ。
>お前みたいな下種野郎を、確実に始末出来る方法をな…!」
>外法狐は、もうすぐそこまでの位置にまでマララーに近づいていた。

この部分の後ろに、
「今、俺の気を周囲に放出して、お前の撒布していた気を周囲100mに渡って吹き飛ばした。
 俺の先天系統は強化系だが、相性のいい放出系ならそれ位は出来る。
 気絶した奴は気の毒だが、火達磨になるよりはマシだろ?」

と付け足して下さい。

1301:2004/12/04(土) 01:39
 〜二十二話〜

 僕とアヒャさんは、モナカさんを探しに街中を奔走した。
 しかし、こんな大都会でそう都合よく一人の人間を見つけれる道理などあるわけなく、
 ただひたすらに時間を無駄にするだけだった。
 日は既に沈みかけ、夜の帳が街に黒いベールをかけていく。
 それでも、僕はモナカさんを探さずにはいられなかった。
 僕はまだ、彼女に謝っていない。
 彼女に、「ごめん」の一言を伝えねばならない。
「…くそッ」
 全く成果をあげられない事に舌打ちしつつ、僕は立ち止まり大きく肩で息をついた。
 ずっと走り回っていたせいで、心臓は張り裂けんばかりに早鐘を打ち、喉はカラカラだ。
 それでも、僕はモナカさんを探すのを止める訳にはいかない。
 これは僕の責任でもある。
「オイ、イッタンムコウノヤツラトゴウリュウスルゾ。 コノママジャラチガアカネエ」
「出来ません! 今この時もモナカさんは危険に晒されてるかもしれないんですよ!?」
 これ以上時間がかかっては危険だというのは明らかだった。
 いいや、ひょっとしたら既に手遅れなのかも―――
 馬鹿な。
 僕は何て事を考えてるんだ。
 今はとにかく、一刻も早くモナカさんを見つけ出さなければ。
「イイカラオレノイウコトヲキケ! ソレニオレタチダケデコレイジョウデアルクノハキケンダ」
「だったらあなただけ勝手に狐さん達の方へ行ってて下さい。
 僕は一人でだって―――」
 そう言おうとした瞬間、アヒャさんは僕の顔を思い切り殴りつけた。
 痛い。
 目がチカチカし、頭がクラクラする。
「チマヨウノモイイカゲンニシロ…! ネラワレテルオマエガ、ソンナンデドウスル!」
 アヒャさんが厳しい声で僕を怒鳴りつけた。
 分かっている。
 そんなのは分かっているんだ。
 だけど…
「…すみません」
 僕は俯いたままアヒャさんに謝った。
 本当に、情けない。
 僕には、人一人助けられないなんて…!
「…オマエノキモチハワカル。 デモナ、マッスグナキモチダケデハウマクイカナイトキダッテアルンダ。
 ツライダロウガ、イマハタエロ。 トニカクイマハアイツラトゴウリュウシテカラツギノテヲカンガエルンダ」
 アヒャさんが殴られた衝撃で倒れた僕に手を差し出した。
 僕は歯を喰いしばったまま、黙ってその手を取るのであった。

1311:2004/12/04(土) 01:39





「何だって!? あのお嬢ちゃんが行方不明になった!?」
 僕の説明に、狐さんが驚いた。
 ここは僕と狐さんが滞在しているビジネスホテルの一室。
 結局僕とアヒャさんは、狐さん達と合流する為に一旦ここまで戻って来ていた。
「…はい」
 僕は小さく告げた。
「…ただの家出、と考えるのは些か楽観的だろうな」
 フーンさんが煙草の煙を吐きながら呟く。
 そう、これは絶対に単なる家出だとか誘拐事件ではない。
 間違い無く、あいつが絡んでいる。
「『冥界の支配者(ネクロマンサー)』… ですね」
 しぇりーちゃんが確信した風な顔で言った。
 どうやら、もう学校は終わったらしい。
「だろうな」
 忌々しげな顔で吐き捨てる狐さん。
「ドウスルンダ?
 ヤミクモニサガシタッテ、ソイツヲミツケルノハチトヤッカイダゾ」
 アヒャさんが腕を組む。
「…知り合いの情報屋に当たってはみるが、期待は出来ないだろうな。
 『冥界の支配者』が、そう簡単に尻尾を見せるとは思えない」
 フーンさんが暗い顔で低く告げた。
「…そうだな。
 だがあの『冥界の支配者』のことだ。
 連れ去るだけ連れ去って、はいお終いなんて真似はしねえだろ。
 ちッ、仕方ねえが、棒に当たるのを期待して地道に探し回るしかなさそうだな」
 狐さんが舌打ちをして、座っていた椅子から立ち上がった。
 フーンさんやしぇりーちゃん達も、それに合わせて腰を上げる。
「フーン、アヒャ、しぇりー、悪いがもう一度モナカって嬢ちゃんを探してみてくれ。
 俺と少年は、ここで待機してる」
「!? そんな、僕も一緒に探します!」
「…駄目だ。 少年はここでお留守番だ」
「どうして!?」
「警察で、吐いたんだって?
 それに今日は一日中街を駆けずり回ってたんだろ。
 そんな精神的にも肉体的にもヘトヘトの奴が外に出たって、足手まといなだけだ。
 それに、もしかしたらお前さんから俺達を引き剥がす罠なのかもしれない。
 そうだった場合、俺はここで君を護衛しているのが一番都合がいい」
「でも…!」
 でも、僕はモナカさんを探さなければ。
 もしかしたら、モナカさんも僕の家族と同じように、
 僕の知り合いってだけで狙われたのかもしれないのに。
「もうちょっと仲間を信用しろって。
 大丈夫。 こいつらなら、きっと嬢ちゃんを無事見つけてくれる」
 狐さんが優しく微笑んだ。
 フーンさん達も、それを受けて僕を励ますように頷く。
「…分かりました。
 どうか、よろしくお願いします」
 僕は無力だった。
 どうしようも無いくらい、無力だった。
 力が無い事が、弱い事が、こんなにも歯がゆく、罪深い事だったなんて。
 僕はそんな事すら知らずに生きていた自分が、情けなく、許せなかった。

1321:2004/12/04(土) 01:40



 しぇりーちゃん達が部屋を出てから、もう二時間が経過しようとしていた。
 まだ、モナカさんを見つけたという連絡は入っていない。
 畜生。
 僕は、ここでじっとしてるしか出来ないっていうのか!?
「そう恐い顔すんな。
 今はあいつらを信じて待とうぜ」
 狐さんはそう言うが、落ち着いてなどいられる訳が無い。
 もしかしたら、しなくとも、モナカさんは殺されるかもしれないというのに。
 それなのに、落ち着いてなどいられるものか。
「はやる気持ちは分かるが、動かないのも勇気だ。
 結局、警察じゃあ手がかりの一つも見つからなかったんだろ?
 そういう日の悪い時にあくせく動いたって、裏目に出るのが大概さ。
 お前に今出来るのは、動くべき時に備えてゆっくり休む。 それだけだ」
 それだけしかないのか。
 だが、現実として僕に出来る事は今狐さんが言った事で全てだ。
 警察では、結局『冥界の支配者』に関する情報は何一つ見つからなかった。
 …いや、違う。
 何も無かった訳じゃない。
 僕はある違和感をそこで感じたんだ。
「……!
 忘れてました、狐さん。
 あなたに、伝える事があったんです」
「うん?」
 そうだ。
 何をうっかりしていたのだろう。
 これだけは、狐さんに教えなければいけない事だったんじゃないか。
「実は―――」


 メキリ


 入り口のドアから、軋むような音が聞こえた。
 同時に、狐さんが僕を庇うように戦闘の構えを取る。
 ノックも無しに強引に部屋に入ろうとする奴なんて、この状況では敵以外に考えられない。
 ギイ、という音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
 そこから姿を現したのは―――

「!!!!!」
 僕と狐さんが、顔を引きつらせる。
 そんな、まさか。
 まさか、本当にこんな事になってしまってしたなんて。
 考え得る限り最悪の予想が、的中してしまった。
 何で、どうしてこんな事に。
 何で、今、僕の目の前で、『彼女』が『こんな姿』になってるんだ…!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 しゃがれた精気の無い声が、『それ』の口から漏れる。
 体のあちこちが腐り、変色しているが、崩れかかっているが、
 それでも見間違える筈なんてない。
 見覚えのある制服。
 見覚えのある体型。
 見覚えのある顔。
 見間違える訳が無い。
 彼女は、彼女は…
「山吹萌奈香(やまぶき もなか)…!」
 僕は彼女の名前を呼んだ。
 そこに居たのは、確かに『かつてモナカさんだった筈』の存在だった。

1331:2004/12/04(土) 01:40



          @        @        @



 タカラギコと外法狐がどんな状況に陥っているかなど露も知らないまま、
 しぇりーは夜の街で山吹萌奈香を探し回っていた。
 とはいえ今現在タカラギコ達の目の前にいる山吹萌奈香を見つけるなど出来る筈も無く、
 一向に手がかりすら掴めないまましぇりーは聞き込みを続ける。
「…ふう」
 正に骨折り損のくたびれもうけと言うのが相応しい作業に疲れたのか、
 しぇりーはビルの壁にもたれかかって大きく息をつく。
 そしてかわいい柄の財布から小銭を取り出すと、近くの自動販売機でオレンジジュースを買い、
 蓋を開けて喉に流し込んだ。
 ジュースの糖分がしぇりーの疲労を和らげ、水分が喉の渇きを潤す。
 ほう、と一息ついた所で、しぇりーは再び人探しに戻ろうともたれていた壁から背を離した。

「ぎゃあああああああああああ!」
 その時、しぇりーのもたれていた壁の後ろの方から、断末魔らしき叫び声が聞こえてきた。
 悲鳴!?
 しぇりーが声のした方向に振り向く。
 声の大きさからして、そう離れてはいない。
 位置的には路地裏の奥の方か。
「…どうしましょうかね〜」
 しぇりーは少し考え込んだ。
 ただの喧嘩にしては、あの叫び声は異常過ぎる。
 もしかしたら、『冥界の支配者』の死体人形による殺人かもしれない。
 ならば、どうする。
 狐さんに連絡を入れて、彼女がここに来るのを待つべきか。
 いや、そんな悠長な事をしていては、この絶好の機会を逃してしまう。
 一人というのは心細い気がしないでもないが、
 自分とて伊達に『禍つ名』である『人吊』の一員ではない。
 死体人形の一体二体など、物の数では無い筈だ。
 ならば、取るべき行動は一つ…!
「…しぇりー、行っきま〜す」
 掛け声で自分を鼓舞し、しぇりーは俊敏な動きで路地裏の中へと潜り込んで行った。
 漂ってくる血の匂い。
 どうやら、ついさっき誰かが殺されたのは間違い無いようだ。
 進むにつれ、血の匂いはどんどん濃くなっていく。
 やれやれ、人を探してみれば、思わぬ事態に遭遇したものだ。
 でも、もしかしたらこれで何かの手がかりが見つかるかもしれない。
 そんな風に考えながら、しぇりーは『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』を両手に握って突き進んだ。

「……!」
 角を曲がった所で、しぇりーは殺人現場を目撃した。
 輪切りにされた、二十台前半と思しき男性の死体。
 そこに佇む、恐らく犯人であろう人影。
 暗くて、その顔をはっきり見る事は出来ない。
 !?
 コンマ一秒にも満たない時間の中、しぇりーの脳裏を一つの疑問がよぎる。
 輪切り?
 輪切りだって!?
 ありえない。
 どうしてこの男性は、輪切りになって死んでいるのだ!?
「!!」
 犯人が、しぇりーに気が付き勢いよくそちらに顔を向けた。
 それに呼応するかのように雲間から月が顔を出し、犯人の顔を露にする。
「―――――!」
 しぇりーはその顔を見て驚愕した。
「―――」
 しぇりーが犯人に何か言おうとしたが、それが命取りとなった。
 既に殺し合いは始まってしまっているというのに、
 その目の前の事態による思考の混乱は死神のキスも同然だった。
「―――」
 しぇりーが我に返った時には、もう遅かった。
 鋭利な刃物がしぇりーの両腕を切り落とし、
 続けざまに彼女の小柄な胸に深々と突き刺さる。
「―――あ」
 犯人がしぇりーの胸から刃物を引き抜くと、しぇりーはそのまま地面に崩れ落ちるのであった。


                 〜続く〜

1341:2004/12/05(日) 02:07
 〜二十三話〜

「あ、あ、あ―――」
 しぇりーは地面に倒れていた。
 血が傷口から流れると共に、体温が急激に下がっていく。
 死ぬのか、私は。
 しぇりーは思った。
 それはいい。
 油断した自分が悪いのだし、今まで散々人を殺してきたのだから、
 自分が死ぬ覚悟だって出来ている。
 だけど、このままでは駄目だ。
 このまま犬死にするのだけは駄目だ。
 何とかして、この目の前の犯人の事を狐さん達に伝えないと。
 それだけは、やり遂げないと。
 でなければ、自分と友達でいてくれた狐さんに、申し訳が立たない―――
「……!」
 しぇりーは最後の力を振り絞り、『あるもの』をその口に咥えた。



          @        @        @ 



「―――」
 犯人は狼狽していた。
 しまった。
 よりによって、こいつを殺してしまうとは。
 こんな事なら、さっきの男を殺すんじゃなかった。
 肩がぶつかったと因縁をつけられたくらいで、殺すんじゃなかった。
 だが起こってしまったものは仕方が無い。
 ここは、いつも通りに偽装工作を施して…

「お、お巡りさん!
 こっちです!!」
 甲高い声が、通りの向こうから響いた。
 くそ、何という事だ。
 さっきの悲鳴を聞きつけられたか。
 警察を殺すのなど訳は無いが、自分の顔を見られるのはまずい。
「……!」
 犯人は、不本意に思いながらも急いでその場を立ち去るのであった。

1351:2004/12/05(日) 02:08



          @        @        @



 何をどう頑張ろうと、何をどう足掻こうと、何をどう立ち向かおうと、
 既にどうしようもない状況というのは時として存在する。
 最悪しか選択肢の無い、そんな絶望的な状況というのは、時として存在する。
 そんな状況に、僕は今まさに直面していた。
「ギ…ギギイイイイイイイ…」
 モナカさんが僕達に半分以上崩れかかった顔を向ける。
 まさかとは、思っていた。
 だけど、そのまさかと考える事自体が、間違っていたのだ。
 『冥界の支配者』に誘拐されたかもしれないという時点で、
 モナカさんがどうなってしまうかなど、一つしか考えられないではないか。
 だがそれでも、僕は愚かにももしかしたら無事助け出せるのではないか、などと考えてしまっていたのだ。
 そして、その僅かな望みも、この目の前の現実によって無残に砕かれた。
「モナカさん…」
 僕はほとんど無意識に、モナカさんに歩み寄ろうとした。
 ごめん。
 謝っても許してはくれないだろうけど、本当にごめんなさい。
 僕は君を傷つけたばかりか、巻き込んだ上に殺してしまった。
 どれほど君に償おうと、僕は決して許されなどしない。
 僕が、許せない。
「…行くな、少年」
 狐さんが僕の腕を掴んで引き止める。
「でも…!」
「あいつはもう、お前の知ってるモナカ嬢ちゃんじゃない」
 重い声で、狐さんはそう告げた。
 違う。
 そんな訳ない。
 彼女は、紛れも無くモナカさんだ。
 どうしようも無いくらいに、正真正銘モナカさんだ…!
「……」
 狐さんが、無言のまま拳に気を宿した。
「!!
 何をするつもりなんですか!?」
 何をするのか。
 そんなのは本当は僕にも分かっている。
 それでも、僕は問わずにはいられなかった。
「…殺す」
 当然の事のように、狐さんは断言した。
「…!
 駄目です! お願いだからやめてください! モナカさんは…」
「それじゃあ、このまま生ける屍として放置しておくのが、本当に嬢ちゃんの為なのか?
 そうじゃないだろう。
 …もう、『冥界の支配者』の呪縛から解放してやるしか、
 この嬢ちゃんに救いは残されてないんだ」
 視線をモナカさんから外さないまま、狐さんが静かに言う。
 殺すしかない。
 それはもう誰の目から見ても明らかなのだろう。
 それでも、僕は往生際悪く、他の道に縋ろうとしていた。
 縋りたかったのだ。
 何故だ。
 どうして、こうなった。
 原因は誰だ?
 きっかけは誰だ?
 本当に悪いのは誰だったのだ?
 それは、恐らく、僕なのだろう。
 ならば、せめて―――
「…分かりました。 だったら、それは僕がやります」
 僕は狐さんを押しのけ、モナカさんの前に立ちはだかった。
 一つだけ残された、僕に出来る事。
 それは、他ならぬ僕がモナカさんを殺す事だ。
 殺す事の罪を、殺す事の罰を、他ならぬ僕が背負う事だ。
 最早それだけしか、僕の償いの術は残されていない。
「…そうか」
 狐さんが、悲しそうな顔を僕に見せて―――

「それだけで、十分だ」

1361:2004/12/05(日) 02:08

 そこからは、僕の目では追いつけなかった。
 一瞬にして狐さんが僕の視界から消え、気づいた時にはモナカさんの胸に深々と腕を突き刺した。
 心臓を貫かれたモナカさんの体は二・三度大きく痙攣すると、
 程無くしてぐったりとしたまま動かなくなった。
「…!!」
 僕は狐さんに駆け寄り、その胸倉を掴んだ。
「…!
 どうして!!」
 僕は叫んだ。
 あらん限りの声で叫んだ。
 どうして、あなたが殺した。
 どうして、僕に殺させてくれなかったのだ。
 これは、本来僕がするべき、僕が被るべき事だったのに…!
「…君は、殺しちゃ駄目だ」
 呟くように、狐さんは告げた。
「殺さなければ、何でもいいと言うんですか!?
 殺さない事が、正しい事なんですか!?
 そうじゃないでしょう!
 殺すというのは、そんな簡単な事じゃあないでしょう!
 モナカさんは、僕の所為でこうなってしまったんです!
 だから、だから僕は―――!」
 モナカさんは、これで二度死んだ。
 一度目は僕の所為で。
 二度目も僕の所為で。
 それなのに、僕は自分で手を下す事さえしなかった。
 どこまでも安全圏の中に居ながら、彼女を殺してしまったのだ。
「そうだ。 君はそれが分かっている。
 だから、余計に殺しちゃならない。
 君はこっち側に来ちゃならない。
 殺せば、いつかその事実に耐えられなくなる日が、きっと来る」
 耐えられなくなる日がくるのが、どうした。
 どうせ僕は偽物でしかないんだ。
 いつか破綻する事の決定していた人生なんだ。
 罪に耐えられなくなるならそれでいい。
 罪から目を背け、逃げ続けるよりは、ずっとマシじゃないか。
「…僕は、まだ謝ってないんです」
「そうか」
「僕は、モナカさんに謝ってないんです」
「…そうか」
「もう、僕はモナカさんには、謝れないんです…!」
 僕はもう、許しを請う事すら出来やしなかった。
 死んだ人間に謝るなど、神様ですらそこに意味を付随出来ない。
 僕は永久に、モナカさんに謝る機会を失してしまったのだ。
「…謝れないのは、辛いな」
 狐さんは言った。
「…はい」
 僕は答えた。
「苦しいな」
「…はい」
 二度と、僕はモナカさんには謝れない。
 その事実が、僕を責め苛んでいた。
「ならそれが、お前の背負う罪であり、罰だ。
 お前はその痛みをいつまでも忘れず生き続けろ。
 後悔に妥協するな。
 懺悔に溺れるな。
 死に逃げるな。
 自分を否定する自分を肯定しろ。
 その矛盾の苦しみを心に刻め。
 それだけで、十分だ。
 それだけの罪と罰を受ければ、それで十分だ。
 敢えて、殺すという罪まで背負う必要なんて、無い」
 狐さんは、僕の顔を見据えてそう言ってくれた。
 …それでも、僕の心は軽くはならない。
 軽く感じては、いけない。
 この地獄にまで引きずりこまれそうな重さだけは、きっと、忘れてはいけない事だ。
 忘却は罪悪だ。
 逃避は最悪だ。
 『死に逃げるな』。
 狐さんはそう言うが、死を以って償う時は、必ず訪れるのだろう。
 もし僕がモナカさんの家族なら、きっと僕は僕を殺す。
 だから、多分僕にはもう生きる価値なんて残されてやしないのだろう。
 だから僕がこれから生きるのは、僕の為ではない。
 僕を殺そうとする人に殺される為に、これから僕は生きるのだ。
 それが、僕の十字架だ。

1371:2004/12/05(日) 02:09

「…兎に角、すぐにここを出るぞ。
 居場所がバレた以上、長居するのはよくない」
 モナカさんの瞳を指で閉じながら、狐さんがそう口を開く。
「…はい」
 モナカさんの死体をここに放置するのは気が引けたが、僕は狐さんの指示に従う事にした。
 そして、冷静さを取り戻してきた僕の頭に一つの回答が導き出される。
 これはおかしい。
 あまりにも、都合が良過ぎる。
 あまりにも、お膳立てが整い過ぎている。
 それは自信というより、確信に近かった。
 確証は無い。
 だけど、もうこんな事をする奴は、あいつしか考えられない。
 これから何をする?
 決まってる。
 決着をつける。
 この、最低で最悪なゲームに。
 ゲームマスターを気取っているあいつに、深々と牙を突き立てる。
 そしてそれは、それだけは、狐さんに任せてはいけない。
 これだけは、僕がやらなければいけない。
 結果的に人を殺す事になろうと、いくら狐さんに人を殺すなと言われようと、
 これだけは僕が終止符を打たねばならない事だ。
 それは、他の誰かにやって貰ってはいけない…!

「…!」
 その時、携帯の着信音が響いてきた。
 この音楽(ルパン三世)は狐さんの携帯か。
「っと、誰だ?」
 狐さんが携帯電話をいそいそと取り出し、電話に出る。
「ああ、フーンか。
 何か見つかったのか?」
 どうやら電話の主はフーンさんだったらしい。
 何か、有力な手がかりでも見つけたのだろうか?
「…え?」
 さあっと、狐さんの顔から血の気が引く。
 どうしたのだろう?
 何か悪い事でも起こったのか?
「しぇりーが、死んだ…?」
 その言葉に、僕も、その言葉を実際に口に出した狐さんも、己が耳を疑わずにはいられなかった。

1381:2004/12/05(日) 02:09





 パトカーのサイレンが、けたたましく鳴り響いている。
 事件現場である路地裏への道はテープで遮られ、野次馬がその周辺にごった返している。
「…来たか」
 フーンさんが駆けつけて来た僕達に気づき、沈痛な面持ちで顔を向ける。
「アヒャももうすぐここに来るそうだ。 それで…」
 と、狐さんはフーンさんの言葉などまるで耳に入っていない様子で、
 『KEEPOUT』と書かれたテープを引き千切りながら路地裏へと入って行った。
「!?
 何だ君は!
 ここは立ち入り禁止…」
 狐さんを制止しようとした警察官が、壁に叩きつけられて失神する。
「き、狐さん!?」
 僕は慌てて狐さんを後を追った。
 あの様子では、下手をしなくても回りの人間全員皆殺しにしかねない。
「君! 止まりたま―――」
「何のつもり―――」
 普通の人間である警察官などに、狐さんを止められる訳など無く、
 邪魔する者は残らず例外なく気絶させられて倒れ伏す。
 まるでモーゼのように、狐さんは己の前を阻むもの全てを薙ぎ倒しながら進んで行った。
「……」
 狐さんが、足を止める。
 その前には、輪切りにされた若い男の死体と―――
 両腕を落とされ、胸を貫かれたしぇりーちゃんの死体が、横たわっていた。
 ダイイングメッセージなのか、しぇりーちゃんは口に捨てられていたらしいこうもり傘を咥えて絶命している。
「……」
 狐さんは胸の前で両手を合わせ、黙祷を捧げた。
 死んでいた。
 しぇりーちゃんが、死んでいた。
 どこからどうみても、天地をひっくり返そうとも、絶対的に死んでしまっていた。
 しぇりーちゃんは僕を殺そうとした。
 しぇりーちゃんは僕を守ってくれた。
 だから、死んだ。
 また、僕の所為で人が死んだ。
 まだやりたい事だってあった筈だろうに。
 友達と遊びたかっただろうに。
 好きな人だって、いただろうに。
 それが全部お終いになってしまった。
 全部、僕が台無しにしてしまったのだ。

『しぇりーちゃんは…
 今の仕事をやめようとか、思ったりした事無いの?』
『無いです。
 というより、そんなの考えた事すらありません』
『そう…』
『…でも、本当は、少しだけ羨ましかったりするのです。
 学校の、クラスメイトが…』
『……』
『でも、もう無理なんですよね。
 もう私は殺すには十分過ぎる力を持っちゃってますし、実際何人も殺してきました。
 今更普通の生活を送ろうなんて、おこがましいにも程があるのです』
『そんな、だけど、君は…』
『あ、心配なんて無用ですよ?
 私、今が不幸だなんて思ってませんから。
 学校では上手くやってますし、狐さんも可愛がってくれるのです。
 寂しくなんて、ないのです』
『でも、それでもさ…』
『…そこから先は、考えちゃいけないのです。
 そうでないと、自分を騙せなくなるから…』
『……』
『ごめんなさい、しんみりしちゃって。
 この事は、狐さんには内緒にしてて下さいね?』
『…うん』
『それに、諦めなければ道は必ず開けるのです。
 今はまだ、力もお金も有りませんけど、大きくなったらどこか遠くで第二の人生を歩むのです。
 今流行りの自分探しの旅ですよ』
『自分探しの旅とは違うと思うぞ』
『えへへ、そうなのですか』

 ごめんね。
 しぇりーちゃん、本当にごめんね。
 あんなに楽しそうに、君は自分の未来を語っていたというのに、僕がぶち壊しにしてしまった。
 何で、僕はまだ生きている?
 家族を殺して、モナカさんを殺して、しぇりーちゃんを殺して。
 最初から、僕が死ねばよかったんじゃないか…!

1391:2004/12/05(日) 02:10

「…悪いな、しぇりー。
 俺なんかの我侭に無理に付き合わせた挙句、死なせちまって」
 何で狐さんが謝るんですか。
 悪いのは、全部僕なのに。
「俺はお前を忘れない。
 お前という友達がいた事を、忘れない。
 …今まで、ありがとう」
 狐さんが、ゆっくりとしぇりーちゃんの亡骸を抱え上げた。
「き、貴様!
 死体をどうするつもりだ!?」
 無事だった警官の一人が、拳銃を抜いて狐さんに銃口を向ける。
「持って帰る。
 こいつを、お前らなんかに好きにいじくり回させやしない」
 しぇりーちゃんを抱えたまま、狐さんは言い放った。
「行くぞ、少年」
 拳銃を向けられているのにも構わず、狐さんはその場を立ち去ろうとした。
「止まれ!
 止まらねば撃つぞ!!」
 警官が銃を構えたまま叫ぶ。
「好きにしろ」
 狐さんは我関せずと進み続けた。
「本当に、撃―――」
 そこで、警官は体を硬直させた。
 狐さんの顔を、直視してしまったからだ。
 今にも泣き出しそうな顔で、しかし触れただけで殺されそうな怒りを瞳に湛えたまま、
 狐さんは自分の唇を血が滲む程にまで強く噛み締めていた。
 撃てば、殺される。
 警官はそう本能的に悟ったのだろう。
 そして、それは多分正しい。
 もう、狐さんを止めれる存在など、この地球上にいはしない。
「…狐さん」
 僕は狐さんの背中に声をかけた。
 これで、はっきりした。
 これで全ての点は線に繋がった。
 真っ二つに切り裂かれた時計。
 輪切りになった男の死体。
 腕を斬られ、胸を貫かれて殺されたしぇりーちゃん。
 僕達の部屋まで襲ってきたモナカさん。
 こうもり傘を咥えていた、しぇりーちゃんのダイイングメッセージ。
 それらが、一つの解を如実に現していた。
「分かってる。
 俺も、そこまで馬鹿じゃない」
 背中を向けたまま、狐さんは言った。
「この落とし前は、兆倍にして返してやる…!」
 狐さんは、怒っていた。
 狐さんは、泣いていた。


                    〜続く〜

1401:2004/12/06(月) 00:49
 〜二十四話〜

 嘘には、良い嘘と悪い嘘があると言われている。
 だとすれば、僕が狐さんについた嘘は、きっと悪い嘘なのだろう。
 今から30分程前に、僕がついた嘘。
 それは狐さんの想いを裏切るものなのだろう。
 それでも、僕は後悔していない。
 後悔してはならない。
 皆死んだ。
 お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんもモナカさんもしぇりーちゃんも、
 皆みんなミンナ死んでしまった。
 だから、これは僕がきっちりと幕を下ろさねばならない。
 僕の手で、決着をつけなければならない。
 これは、僕の罪であり、罰だ…!

「……」
 しぇりーちゃんが死んでから二時間足らず。
 僕は、とある家の前に立っていた。
 回りに人がいないかどうか確認し、『目的地』である家のインターホンを押す。
 幸い郊外に一戸建てという立地条件なので、多少騒ぎが起こっても問題は無さそうだ。
「おや、タカラギコ君ではないですか」
 そいつはそ知らぬ顔で僕に声をかけた。
「こんな夜遅くにどうしました?
 まあ、とにかく上がりなさい」
 そいつは僕を家の中に迎え入れる。
 分かっている。
 これは罠だ。
 それでも、僕は敢えてその誘いに乗った。
 それくらいの事は、覚悟していた。
 そいつに導かれるまま、僕は応接間へと足を運ぶ。
「待っていて下さい。
 今、お茶を淹れてき…」
「お遊戯会はもう終わりにしませんか」
 応接間から出ようとするそいつに、僕は言った。
「…?
 言っている意味が、よく分かりませんが…」
「全部、あなたの仕業という事は予測がついています。
 いや、あなたとしか考えられない」
 そいつを睨んだまま、僕は糾弾を続ける。
 向こうだって、僕がこの為にここに来た事くらいは予想していた筈だ。
 言ってみれば、この告発など儀式みたいなものである。
 そう、これから始まる殺し合いの場を整える為の、儀式。
「僕の家族が殺された時、
 『僕の事をよく知ってる人間』と犯人は電話で言っていました。
 つまり、僕と少なからず関わりを持っている人物だと、誰でも思います。
 勿論、その時はただ混乱を招かせる為だけの冗談とも考えていました。
 だけど、モナカさんが誘拐されて、生ける死人にされた時、それは確信に変わりました。
 『冥界の支配者』は、僕の近くにいる人物だ、と。
 だからこそ、僕がより自己嫌悪に浸れるような手口で、僕をいたぶる事が出来た」
 僕をネチネチといたぶる。
 そんな為だけに、家族もモナカさんもしぇりーちゃんも、殺されたのだ。
「何より、モナカさんがあんなにタイミングよく襲ってくるなんて、どう考えてもおかしい。
 モナカさんが誘拐された→その日のうちにモナカさんが生ける死人となって発見される、なんてのは、
 三文小説でもない限り、現実にはありえない。
 お膳立てが整い過ぎている。
 そして―――」
 僕はすっと指を上げ、そいつを指差した。
「僕にモナカさんが行方不明になったと教えたのは、あなたでしたよね。 おとうふ先生」
 二丁目冬夫。
 僕の学校の生物教師。
 こいつこそが、一連の事件の黒幕だった。

1411:2004/12/06(月) 00:49

「…おやおや。
 何を言い出すかと思えば、家族を亡くされて錯乱しているようだ」
「…まだ証拠はあります。
 僕が死体人形に襲われて狐さんに助けて貰った次の日、あなたは自動車でなく自転車で学校に来た。
 それは何故か?
 答えは一つ、あのとき狐さんが投げた石で、車を壊されたから。
 街中の修理工場に電話しまっくて調べたんですが、
 あなた自動車を同じくらいの時期に修理に出してますよね?
 修理場の人は、まるで隕石にでも穴を開けられたみたいだ、とも言っていました。
 そして、そんな事が出来るのは、狐さんくらいしかいない」
 狐さん。
 最強の、念使い。
「はは、随分と強引なこじつけだ」
 おとうふ先生は、いや、『冥界の支配者』が笑った。
 しかし、その顔に人のいい生物教師だった頃の面影は無い。
「しらばっくれるのはそこまでにして下さい。
 あなたには、今日、僕がここに一人で来る事まで、
 全部お見通しだったのでしょう?
 だからこそ、僕が狐さんを連れて来ないと分かっていたからこそ、
 あなたは逃げずにここにいる」
 狐さんが来れば、全ては何の問題も無く解決するのだろう。
 だけど、僕はそれでも狐さんに頼る訳にはいかなかった。
 何故なら、これは僕のケジメだから。
 僕がやらなくちゃ、いけない事だから。

1421:2004/12/06(月) 00:50

「…ははッ」
 もう一度、『冥界の支配者』は笑った。
「そこまでお見通しでしたか。
 いや、テストならば80点を与えたいくらいですね」
 やっぱりこいつの筋書き通りだったか。
 薄々感づいてはいたが、こうまでこいつの予想と違わず動かされていたかと思うと正直腹が立つ。
「…あなたに『共犯者』さんがいるのも分かっていますよ。
 今頃、狐さんがそいつを殺している所でしょう」
「何と。 そこまで解を導いていたとは。
 さっきの発言は訂正ですね。
 80点なんてものじゃない、100点満点です」
 『冥界の支配者』はパチパチと手を叩きながら言った。
「…何で、こんな事をしたんですか」
「何で? 人を殺すのに、そんなに大層な理由が必要ですか?
 ちょっと人が殺したくなったから、『共犯者』と共に私の能力で人を殺した。
 で、そんな時に偶々君が事件に巻き込まれたから、
 面白そうだと思って君や君の回りの人間を殺してみようと思った。
 強いて言えば、退屈だったから、これが理由の全てですね」
 そんな理由で。
 そんな理由でお前は人を殺したのか。
 そんな理由であの人達は殺されたのか。
 こいつは、こいつだけは―――
「…僕は、あなたを許しません」
 僕はありったけの憎しみを込めて、言った。
「許さなければ、どうすると?」
 『冥界の支配者』は嘲るように訊ねる。
 それに対する答えなど、たった一つ。
「―――殺す」
 殺す。
 己の為に、殺す。
 己の怒りの為に、殺す。
 こいつだけは許せない。
 こいつが一秒だって長生きするのが許せない。
 こいつだけは、僕が、この手で、殺す…!
「あはははは! それは勇ましい事で!
 で、あなたは私を殺してどうすると?
 それで、死んだ人間が生き返るとでもいうのですか?
 私がヒロイン役なら、『殺すなんていけない!』とか、
 『憎しみは何も生まないわ!』とでも言いたいですね!」
「そうだ。
 お前を殺したって、誰も生き返らない。
 僕の家族も、モナカさんも、しぇりーちゃんも、誰も生き返らないんだ。
 もう、あの人達は戻って来ないんだ…!」
 殺す事が悪だというならば、罪を許す事が善ならば、
 これから僕のする事は、紛れも無い悪なのだろう。
 だけど。
 だけどそれでも。
 僕はあいつが許せない。
 憎くて恨めしくて、殺してやりたい。
 だから僕は悪人でいい。
 こんな外道にまで生きる価値があるとするのが正義なら、
 僕はそんな正義などこちらから願い下げだ…!
「大体、君が一方的に被害者ぶるのは筋違いなんじゃないのかい?
 君の周りの人間が死んだ原因の一端は、君にもあるのだよ、タカラギコ君」
 『共犯者』を見るような目で、『冥界の支配者』は僕に言った。
「…その通りですよ。
 皆が死んだのは、他でもない僕の責任だ。
 だから、僕は一人でここに来た。
 あなたの読み通り、『留守番をしておく』と狐さんに嘘をついて、ここに来た」
 『冥界の支配者』を見据え、僕は一歩前に出る。
「僕の所為で人が死んだのに、僕は自分の手すら汚していない。
 あなたも、自分の手を汚していない。
 だからここに来た。
 同じ卑怯者どうし、最後ぐらいは自分自身で戦おうじゃないですか」
 皮肉なものだ。
 立場は違えど、僕と『冥界の支配者』にはそんな共通点があったのだから。
 僕達は自分で直接手を下さないまま、人を殺してきたのだ。

1431:2004/12/06(月) 00:50

「くっく… 君は本当に興味深い人材だ。 期待以上だ」
 愉快そうに、『冥界の支配者』は声を立てて笑った。
「君にはどうやら、一種の才能があるらしい。
 いや、きっとある。 私が保障しよう。
 君は、自分の周囲に混沌を引き寄せる天才だ。
 まさに君は、運命における台風の目だ」
 成る程。
 それは実に的を射た表現だ。
 台風は周りを巻き込んで傷つけるが、中心である台風の目だけは全く風が無い。
 災害の中心である自分だけは、傷つかない。
 まるで、今回の事件における僕のように。
 最悪の卑怯者で偽物な、僕のように。
「どうです、私と手を組みませんか?
 色々と行き違いもありましたが、どうやら私と君とは仲良くするべき人間のようだ。
 君なら、うまくすれば『妖滅』はおろか『外法狐』にすら匹敵出来るようになる。
 君の才能を、こんな所で失うのは惜しい」
 『冥界の支配者』がその手を僕に差し出した。
 だけど、僕はこの手を握りなどしない。
 そんな事をすれば、僕は一生僕を許せなくなるから。
 僕が、僕を殺してしまうから。
 僕を殺していいのは、僕が傷つけてしまった人だけだ。
 だから、僕はこんな所で僕で僕を殺す訳にはいかない!
「寝言は寝てから言え」
 吐き捨てるように、僕は告げた。
「そうですか…」
 『冥界の支配者』は残念そうに肩を竦め…

「!!!」
 気がついたら、僕は勢いよく壁に叩きつけられていた。
 『冥界の支配者』の前蹴りが、僕の鳩尾に深くヒットしたのだ。
 遅れて腹部にとてつもない痛みが走る。
 用心に『劣化複製・不死身の肉体』を発動させていなければ、お腹に大穴が開いていた事だろう。
「アテが外れたみたいですね。
 操作系の能力者なら、肉弾戦に弱いとでも?
 『禍つ名』の二位、『魔断』であるこの私に、念を覚えたての君が勝てるとでも?」
 倒れた僕を『冥界の支配者』が見下ろす。
 強い。
 『禍つ名』という事で、ある程度の戦闘能力は覚悟していたが、予想以上だ。
 だけど、逃げる訳にはいかない。
 こいつは、今ここで、僕が殺す。
「どうします?
 今ならまだ前言の撤回が有効ですよ?
 私の仲間になるというなら、殺しはしません」
 ふざけるな。
 何度聞かれようと、答えは一緒だ。
 口の中に鉄の味が広がる。
 血だ。
 さっきの前蹴りで、内臓にもダメージがいったらしい。
 でも、僕はまだ生きている。
 僕はまだ戦える。
「遺言のつもりなら、もっと気の利いた台詞を考えるんだな…!」
 口に溜まった血と共にその言葉を吐き出し、僕は立ち上がった。
 上等だ。
 やってやる。
 今まで安全圏にばっかりいたんだ。
 この程度の痛み、その代償には丁度いい。
「やれやれ…
 どうやら、死ななければ分からないらしい」
 『冥界の支配者』がわざとらしく溜息をつく。
 それに構わず、僕は奴目掛けて突っ込んでいった。


                    〜続く〜

1441:2004/12/07(火) 02:37
 〜二十五話〜

 ―――強い。
 外法狐という人物の特徴を挙げろといわれれば、まず間違い無くこの二文字が出てくる。
 では、強さとは何なのか。
 怪力や強力の事を指すのか。
 目にも止まらぬ素早さであるのか。
 卓越した技か。
 想像を絶する特殊能力か。
 何事にも動じぬ精神力か。
 あらゆる困難から逃れられる幸運か。
 全てを見通す頭脳か。
 座したままに指先一つで世界を動かせる権力か。
 どんなものでも手中に収められる財力か。
 掴み取った栄光や名声か。
 あるいはそれら全てか。
 それともそれらなど必要ですらない、超越的な何かなのか。
 だが外法狐は、苦笑しつつこう言うだろう。
 「俺は強くなんてない」と。
 「俺は殺す為の力に長けているだけだ」と。
 「『強い』という事と、『力がある』という事は、似ているようで全然違う」。
 それが外法狐が敬愛する師匠外法狸から教えられた道であり、そして彼女の矜持であった。
 だから外法狐は、自分は強くはないと考える。
 強さとは、己の我侭を通す事が出来るという事。
 己の生き様を貫くという事。
 ならば矢張り自分は強くなどないのだろう。
 自分には、出来なかった。
 人吊詩絵莉を守る事が、出来なかった。
 ずっと友達でいたいと思っていた。
 ずっと一緒に居たかった。
 だけど、守れなかった。
 ならばそんな力などに何の意味がある。
 人一人守れない脆弱な力など、どうして『強い』と呼ぶ事が出来る。
 殺す為の、殺す為にしか使えない力。
 そんなのが、そんなものが、『強さ』などである訳がない。



 街外れの波止場。
 外法狐は、変わり果てたしぇりーの亡骸をただ見つめていた。
 連絡を入れたので、もう暫くすれば『人吊』の構成員がしぇりーの遺体を引き取りに来る筈だ。
 『禍つ名』とはいえ、自分の身内くらいは丁重に葬ってくれるだろう。
 少なくとも、警察で司法解剖されるよりかは何倍もマシだ。
「……」
 外法狐は一言も発さないまましぇりーの見つめ続けた。
 もうしぇりーは動かない。
 もうしぇりーは喋らない。
 もうしぇりーは笑わない。
 それは分かりきった事。
 外法狐にとって、死などごくありふれた日常でしかなかった筈だった。
 それでも、しぇりーの死は外法狐の心に大きな空洞を作っていた。
「……」
 フーンはそんな外法狐に声をかける事が出来なかった。
 近寄っただけで殺されてしまうと思ったからだ。

1451:2004/12/07(火) 02:38

「アヒャ、スマネエナ。 チョットオクレチマッタ」
 と、遅れてアヒャがその場に駆けつけて来た。
「…やあ、待ってたよ」
 外法狐が寒気がする程の無表情な顔で、アヒャに告げる。
「オイオイ、ドウシタンダヨ。 ナンカコエーゾ?」
 アヒャが場の雰囲気を和ませようと笑う。
 しかし外法狐はピクリとも表情を変えないまま、アヒャを見据えていた。
「…ナンダヨキモチワリイナ」
 アヒャが訝しげに呟く。
「一応、聞いておくぜ」
 外法狐がすっくと立ち上がる。
「…しぇりーを殺したの、お前だろ?」
 外法狐がアヒャに向かって確認するように言う。
「!?
 お前、いきなり何を!?」
 外法狐の言葉に驚いたのは、アヒャ自身ではなくフーンだった。
 アヒャは何も言わないまま、ただ外法狐と顔を向き合わせている。
「…お前だって、本当は気づいてるんだろ?」
 悲しげな声で、外法狐はフーンにそう言った。
「おかしいとは、思ってたんだ。
 ねぐらを転々としてたのに、『冥界の支配者』はあっという間に俺達の居場所を突き止める。
 そりゃあ『冥界の支配者』が俺達が考えている以上の情報網を持っているのかもしれない。
 だが、普通ならこう考えるよな。
 『内通者が俺達の中に紛れている』と」
 外法狐は淡々と口を開いた。
「もう一つ。
 しぇりーは両腕を切り落とされ、胸を貫かれて死んでいた。
 そしてその横に転がってた可哀想な兄ちゃんは、輪切りになっていた。
 『冥界の支配者』の能力で死体を操って殺したと考えると、それはおかしい。
 動く死体なんぞに、ナイフだの刀だのを使う知性があるとは思えないし、
 事実連続猟奇殺人事件の被害者は、例外無く引き千切られたり、叩き潰されて殺されていた。
 ありえないんだよ。
 鋭利な刃物で殺されてるなんてのは。
 だが、ここが盲点だった」
 外法狐がキッとアヒャを睨む。
「ぐちゃぐちゃになって殺されているから、俺達は『冥界の支配者』一人の犯行だと勘違いしてしまっていたんだ。
 だけどそれこそが大きな落とし穴だった。
 逆を言えば、『刃物で殺した』のだとしても、
 『その後死体を無残に叩き潰して刃物で斬った跡を潰してしまえば』、
 『冥界の支配者』の動く死体の仕業と見せかける事が出来る」
 アヒャの顔が強張った。
 外法狐はそれを容疑の肯定と受け取り、更にアヒャが身中の蟲であるとの確信を高める。
「多分しぇりーの時は人が来ちまって、偽装工作が出来なかったんだろうな。
 だから死体をぐちゃぐちゃに潰さないまま立ち去らざるを得なかった。
 そしてそれがしぇりーに決定的なダイイングメッセージを残させる結果となった」
 外法狐がアヒャを指差す。
「しぇりーは口にこうもり傘を咥えて死んでいた。
 これはどういう事か?
 答えはたった一つ。
 こうもり傘→こうもり→裏切り者、だ。
 あいつは最後に、裏切り者が俺達の中に居ると教えてくれたんだ…!」
 自分は何て愚かだったのだろうか。
 外法狐は後悔する。
 もっと早くこの事に気づいていれば、しぇりーは死なずに済んだかもしれないのだ。
 しぇりーを守れたかもしれないのだ。

1461:2004/12/07(火) 02:39

「待て!
 いくらなんでも、そんなの強引過ぎる!
 こいつが、そんな事するわけ―――」
 外法狐に詰め寄ろうとしたフーンが、突然ガックリと膝をついた。
「え―――?」
 フーンの腹部に、鋭い刃物が突き刺さっていた。
 フーンはその刃物の形状に、よく見覚えがある。
 『剣の舞(ダンスマカブル)』。
 アヒャの、念能力。
「ワルイナ、フーン」
 アヒャがフーンの腹から刃物を抜き、刀身についていた血を払った。
「…やっぱり、そういう事かよ」
 慌てるでもなく、怒るでもなく、外法狐は腕を組んで呟いた。
 否。
 外法狐は、とっくの昔からどうしようも無いくらいに怒っていた。
「アヒャ…どうし、て……
 お前は、誰より念能力犯罪者を… 憎んでいた筈、だ…」
 途切れ途切れに、フーンがアヒャに訊ねる。
 即死ではないようだが、急所を抉られているのは間違い無さそうだった。
 急いで治療をせねば、長くは持たないだろう。
「アア、ソウダ。
 オレノカゾクハネンノウリョクハンザイシャニコロサレタ。
 ソレハウソジャネエ」
 忌々しそうな顔で、アヒャが呟く。
「デモナ… キヅイチマッタンダヨ。
 オレノカゾクノカタキヲコロシタトキ、アノカンカクニ。
 ジブンノノウリョクヲツカッテ、ジャクシャヲイタブリコロスッテイウカイカンニ。
 ナニヨリ…」
 アヒャが邪悪な笑みを浮かべる。
「ジブンダケガフコウヲアジワウナンテ、ガマンデキネエ」
 フーンが愕然とした表情のまま、地面に突っ伏した。
 意識を保つ事すら、困難になったらしい。
 それとも、相棒に裏切られていたというショックが、フーンに考える事を放棄させたのか。
「…同情はしねえし、共感もしねえ。
 お前は、しぇりーを殺した。
 だから、俺はお前を殺す」
 結局、自分には、外法狐には、殺すしか出来ない。
 殺したところで、しぇりーが生き返る訳でもないのに。
 それでも、外法狐には殺すという選択肢しか選べなかった。
「…いつから、『冥界の支配者』と絡んでた?」
「レンゾクリョウキサツジンジケンガオキルマエカラダ。
 チョウドヒトヲコロシテミタクナッテタトキニ『冥界の支配者』ガオレニコエヲカケタ。
 カモフォラージュニチョウドイイトオモッタカラ、オレハワタリニフネトバカリニソノモウシデヲウケタ。
 リガイノイッチッテヤツダナ」
 連続猟奇殺人事件の起きる前から。
 ならばこの事件の計35人の被害者のうち、アヒャが殺したのは何人なのか。
 いや、そんな事など考えるだけ無駄だ。
 直接手を下したかどうかなんて関係無い。
 35人は、『冥界の支配者』とアヒャの手によって殺されたのだ。
「その前からも、人を殺してたのか?」
「アア」
「フーンには内緒で?」
「アア」
「いつかバレると、思わなかったのか?」
「…サアテナ。
 マアコンカイハヤバイトオモッタヨ。 フーンノヤツ、コノジケンヲシラベヨウッテイッテキタカラナ。
 ロコツニイヤガレバ、オレガカンケイシテルノガバレルカモシレナイカラアセッタゼ。
 ホントウハアルテイドシラベタトコロデ、ケッキョクハンニンハミツカラズメイキュウイリニナリマシタ、ッテオチダッタンダガナ。
 ソレガアノボウズトデアッタオカゲデゴハサンサ」
「…あの少年には、今回の事件について何の関係も無い」
「ホントウニソウオモッテルノカ?
 アノコムスメヲオレガコロシタノダッテ、イッテミリャアアノボウズニモセキニンノイッタンガアル。
 オマエダッテ、アノボウズヲニクンデイルンダロウ。
 コロシタイトオモッテルンダロウ」
「…かも、しれないな。
 でも、今はそんな事はどうだっていい。
 最後に質問だ。
 『冥界の支配者』の居場所を教えろ。
 そうすりゃ、少しは痛みを感じないように殺してやる」
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』を発動させ、外法狐は言った。
「ソレハアノボウズニキイタホウガハヤインジャナイカ?」
「何…?」
「アノボウズニハトックニ『冥界の支配者』ガダレダカワカッテルハズダゼ。
 ナンダ。 キヅイテナカッタノカ?」
 あの馬鹿野郎は…!
 外法狐は舌打ちした。
 「アヒャから『冥界の支配者』について聞き出すまで留守番している」と言っていた時に、
 妙に余所余所しい態度だったのはその所為か。
 何で、自分に助けを求めなかったのだ。
 何で、一人で決着をつけようなんて早まったのだ。

1471:2004/12/07(火) 02:39

「…『冥界の支配者』はどこに居る」
 外法狐は訊ねた。
 そうと分かった以上、こんな所でぐずぐずしてはいられない。
 早くあの少年を助けにいかねば、殺されてしまう。
「ココダヨ」
 アヒャは『冥界の支配者』の居る住所を書いた紙切れを外法狐に投げて寄越した。
「…用意がいいんだな」
 もしかしたら、アヒャは自分が裏切り者であるとバレている事など、分かっていたのかもしれない。
 だとすれば、何故こんな所にノコノコとやって来た。
 来れば、自分に殺される事は明白なのに。
 そこで、外法狐は考えるのをやめた。
 多分、これは自分がいくら考えたところで、アヒャ本人以外に分かる問題ではない。
 自分に出来る事はただ一つ。
 目の前の、人間を、殺す事。
 殺すという概念に生き、殺すという概念で死ぬ。
 殺すという概念で活かし、殺すという概念で殺す。
 己を殺せ。
 他人を殺せ。
 有象を殺せ。
 無象を殺せ。
 殺す為のみ存在し、それ故他に意味は無し。
 殺す以外の意味は無く、それ故存在に意義は無し。
 存在に何らの意義は無く、それ故殺しに意味は無い。
 だから『外法』。
 だからこその『外法』。
 自分には、殺す事しか考えられない。
 殺す事でしか世界に関われない。
 きっと、自分は人吊詩絵莉を殺したかったのだろう。
 いつか殺してしまうかもしれなかったのだろう。
 それでも、自分は、あいつの事が好きだった。
 あいつといつまでも一緒でいたいと、願っていたんだ…!

「…んじゃ、そろそろ始めるか」
 外法狐は腕をダラリと下げ、アヒャを見据えた。
 アヒャは両手に『剣の舞』を構え、外法狐に相対する。
「…ヒトツ、オネガイガアル」
「…何だ?」
「アイツハ… フーンハミノガシテヤッテクレ。
 アイツハオレノコロシトハ、ナンノカンケイモナイ」
 倒れたフーンを悲しそうに見つめながら、アヒャは静かにそう告げた。
「…分かった」
 それ以上、外法狐は何も言わなかった。
 アヒャも、何も言わなかった。
 互いの視線が、月夜の下交錯し―――



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ―――外法狐の腕が、アヒャの心臓を貫いた。


                 〜続く〜

1481:2004/12/08(水) 02:40
 〜二十六話〜

 僕は仰向けになって倒れていた。
 鼻血が出ているのか、鼻から息が出来なくて苦しい。
 頭がガンガンする。
 吐き気が止まらない。
 手足が無くなったように動かない。
 僕、どうしてこうなってるんだっけ?
 そうだ、確か一人で『冥界の支配者』の所までやってきて、戦って、それで…

「せーー、のお」
 『冥界の支配者』が、笑みを浮かべながら大きくハンマーを振りかぶる。
「!!!」
 左足の太ももに、太い杭をハンマーで打ち込まれた。
 ああ、そうだ。
 思い出してきた。
 結局『冥界の支配者』には手も足も出なくって、それで無様にも負けちゃったんだ。
 それで、今拷問を受けている所だったんだ。
「もういっちょお」
「!!!」
 もう一度杭にハンマーが叩きつけられ、杭が足に更に深々と突き刺さる。
 悲鳴は上げない。
 悲鳴を上げたところで『冥界の支配者』を喜ばせるだけだし、
 偽物の心と体だから本物の痛みなど感じはしない。
「…いや、本当に我慢強い人だ。
 私が言うのもなんですが、尊敬すらしてしまいますよ」
 言いながら、『冥界の支配者』はさらに深く杭を打ち込んだ。
 痛くはない。
 こんな痛み、家族やしぇりーちゃんのものに比べたら、屁みたいなものだ。
「さて、いつまでも同じ事を繰り返すのも芸がありませんしね…」
 『冥界の支配者』が何やら戸棚をゴソゴソと探す。
 あれは…トンカチに釘、か?
「これで何をする、か。 正解はこれです」
 僕の指先の爪の間に、釘の先端が当てられた。
 次の瞬間、トンカチでその釘を爪の間の奥へと突き刺される。
「…!!」
 流石にこれはかなり嫌な気分がした。
 でも、問題無い。
 偽物の体だから、何も感じない。
 偽物の心だから、何も感じない。
 程無くして左右の手と足の爪全てに、計20本の釘が突き立てられた。
「おやおやおや。
 おやおやおやおやおやおや。
 命乞いの一つや二つくらい、して下さいよ。
 これじゃあ、全然面白くないじゃないですか」
 呆れたふうに、『冥界の支配者』は肩を竦める。
 命乞いなどするものか。
 死を覚悟したりするものか。
 僕が考えるのはただ一つ。
 お前を、確実に、殺す事だ。
「どうしましたどうしましたどうしました。
 私を殺す為にここまで来たのでしょう?
 ならばもっと頑張ってみてはいかがですか?」
 『冥界の支配者』は笑う。
「………な」
「?
 何です?
 はっきり言ってくれないと聞こえませんよ?」
「もうそれ以上口を開けて喋るな。 息が臭いんだよ」
「…ほう、まだまだ元気なようだ」
 『冥界の支配者』が顔を歪め、僕の太ももに刺さった杭をその足で踏みつけた。
 そして足の裏でグリグリと、抉るように杭を刺しこむ。
「しかし残念でしたね。
 折角勇気を振り絞って、私と一騎打ちを仕掛けに来たのに。
 これでは全くの無駄死にだ。
 君は、君の家族や『人吊』の少女の仇を討つ事が出来なかった。
 ははははは。
 いつの世も正義が勝つとは限らないのですよ」
 正義が常に勝つとは限らない。
 全く持ってその通りだ。
 この世で最後まで生き残るのは、正義の味方の勇者なんかじゃない。
 自分が生きる為ならいくらでも邪悪になれる、ただの悪党だ。

1491:2004/12/08(水) 02:40

「悔しいでしょう?
 許せないでしょう?
 しかし残念。
 あなたの無念は決して晴らせない。
 あなたはただの脇役として、舞台の上から退場するのです。
 あなたの死体を外法狐に見せれば、彼女は一体どんな顔をするのでしょうねえ?
 全く傑作もいいところだ、あの女は。
 自分は最凶の殺人鬼だというのに、真人間のふりをしているのだから。
 そういう意味では、あなたも彼女も似たようなものですよ。
 普通の人間の真似をすれば、普通の人間になれると思っているのですからねえ」
「狐さんを侮辱するな…!」
 違う。
 あの人は僕とは違う。
 本物だった。
 しぇりーちゃんが死んだ時にあの人が見せた涙は、確かに本物だった。
 偽物なんかじゃない、本当の涙だ。
 本当の怒りと悲しみだ。
 あの人としぇりーちゃんとの絆は、確かに本物だったんだ。
「それで?
 そこから君はどうすると?
 怒りの力でパワーアップでもしてみますか?」
 僕の目の前までその反吐が出そうな顔を近づけ、『冥界の支配者』は訊ねた。
「…しませんよ。
 あいにく僕は少年漫画の主人公じゃありませんからね。
 怒りだの愛だの友情だので超サイヤ人なんかにはなれない」
 僕は『冥界の支配者』の顔を睨んでそう告げた。
「そう、僕はただの人間の偽物だ。
 弱くてちっぽけで矮小で邪悪な、ただの人間の模造品だ。
 だから…」
 だから。
 僕は正義の味方の勇者なんかじゃないから。
 その偽物ですらないから。
「だから、いくらでも卑怯な事が出来る…!」
 その言葉と共に、僕は『用意していたもの』に『合図』を送った。
「!?」
 次の瞬間、窓のガラスをぶち破って何匹もの野犬が家の中に飛び込んで来る。
「な!?」
 狼狽する『冥界の支配者』。
 それに構わず、野犬の群は一斉に『冥界の支配者』に襲い掛かった。
 これが、僕の用意した秘策だった。
 ここに来る前に手ごろな野犬を何人か殺し、
 『冥界の支配者』の念能力を真似して僕の支配下においておいたのだ。
 『冥界の支配者』の能力は、僕が狐さんに助けてもらった時既に見ている。
 ならば、僕の『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』でコピー出来る。
 僕は内通者のアヒャさんには、僕の能力を教えていない。
 だから『冥界の支配者』は僕の能力を知らない筈であり、
 それこそが僕にとって唯一の勝算だった。
「ちィッ!」
 『冥界の支配者』が腕を横に振って犬を薙ぎ払う。
 しかし、野犬の群はそれだけで全滅するような数ではない。
 物量に物を言わせ、次々と犬達が『冥界の支配者』に牙を剥いて跳びかかる。
「なめるなァ!
 こんな、こんなのもので…!」
「ええ。
 こんなものではあなたは倒せない」
 杭によって地面に縫い付けられていた左足を強引に引き剥がし、
 僕は『冥界の支配者』に突進した。
 もとより犬なんかでこいつを倒せるとは思っていない。
 僕が狙っていたのは、この瞬間。
 犬に気を取られた『冥界の支配者』が見せる、一瞬の隙。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 ―――発動、『劣化複製・不死身の肉体』
 思い出せ。
 あの強さを。
 狐さんが見せた、あの最強の一撃を。
 そのほんの一部でも、忠実に僕の体で再現しろ。
 不完全でいい。
 こいつさえ、『冥界の支配者』さえ殺せるなら、僕は偽物のままでいい…!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 僕の突き出した右拳が、深々と『冥界の支配者』の胸に突き刺さった。
 拳を通して伝わる、胸骨の砕ける感覚。
 殴り飛ばされた『冥界の支配者』はその勢いのままに壁に激突し、ずるずると床に崩れ落ちた。

1501:2004/12/08(水) 02:40

「…くくッ、やってくれましたねえ」
 苦笑しつつ、『冥界の支配者』が口から塊のような血の泡を吐く。
 今ので、肺が破裂するか折れた骨が突き刺さるかしたらしい。
 もう戦う事はおろか、十分も生きている事すら出来まい。
「…どうしてですか」
 僕は虫の息の『冥界の支配者』に訊ねた。
「今のは、あなたなら避けれた筈だ。
 なのに、どうしてわざと攻撃を受けたんですか」
 思えば、こいつの行動はさっきから異様だった。
 念能力者の戦いは、ちょっとしたきっかけで優勢劣勢が逆転する。
 なのに、こいつは僕に止めを刺す事なくいたぶり続けた。
 加虐趣味のただの馬鹿かとも思ったが、それは違う。
 あんなに用心深く、狡知に長けた『冥界の支配者』が、そんなミスを犯す筈がない。
 何せ、もたもたしていたらあの狐さんがここに来るかもしれないのだ。
 そうなれば最早万に一つの勝機も無い事なんて、火を見るより明らかなのだ。
「くくッ…」
 『冥界の支配者』がほくそ笑む。
「どうするも何も、こうなるのがそもそもの狙いだったとすれば、どうします?」
「何…?」
「あなたは私を殺す為に、何匹もの罪の無い犬を殺した。
 言ってみれば、私と同類になったのです。
 自分の目的の為に、他の命を奪う。
 あなたはただ人間を殺さなかったというだけで、やった事は私と同じだ」
 ……。
 その通りだ。
 僕は、何の関係も無いあの犬達を巻き込んで、殺した。
 人間を殺さなかったのは、正義感なんかじゃない。
 人を殺すと面倒な事になるかもしれないという保身の為だ。
 野良犬なら、自分の為に殺したって構わない。
 僕は、心の奥底でそう考えてしまったのだ。
「そして、私ももうじき死ぬ。
 これで、あなたもめでたく人殺しの仲間入りだ。
 くくくッ。
 どうですか、人殺しになる感想は?
 よかったですねえ。
 これで、あなたの愛しの外法狐と同類ですよ」
 僕は何も言わなかった。
 何も、言えなかった。
「…あなたが私を殺す事すら、私の計画通りだったのですよ。
 あなたは最初から最後まで、私の手の平の上で操られていたに過ぎない。
 そろそろ、生きるのにも飽いていた所だ。
 ここで死ぬのも、丁度良い…」
 ふざけるな。
 さんざん人を殺しておいて、飽きたからもうどうでもいいや、だと?
 そんな事で、お前は人を殺したのか。
 しぇりーちゃんを、モナカさんを、僕の家族を、殺したのか。
「満足だ。
 とても満足だ。
 死ぬ前に、ここまでの悦楽を得る事が出来たのですからね。
 私こそが勝者。
 私こそが達成者だ。
 君はせいぜい、私に負け、全てを失ったという事実を背負いながら、
 ひっそりと生きていくがいい。
 くッ、くッく、あーっはっははははははははははは―――」
「……!」
 僕は『冥界の支配者』の頭を叩き潰し、奴の高笑いを止めた。
 これ以上、一秒たりとも奴の声を聞いていたくなかった。
 奴のいう事は、全部本当だったから。
 僕にはもう、何も残っていない事は、本当だったから。
「あーあ、殺しちゃったなあ…」
 殺した。
 『冥界の支配者』を。
 人間を。
 自分の手で、殺してしまった。
 誰も戻って来やしなかった。
 僕の家族は戻って来やしなかった。
 モナカさんも戻って来やしなかった。
 しぇりーちゃんも戻って来やしなかった。
 誰も、誰ももう戻っては来なかった。
 ただ、僕一人だけが、そこには取り残されていた。

1511:2004/12/08(水) 02:41





 『冥界の支配者』の家を出た僕は、とぼとぼとあてども無く彷徨い歩いていた。
 どこに行けばいいのだろう。
 もう、どこにも、僕の帰る場所は無い。
 どこにも、何も残ってはいない。
 これから僕はどうなるのだろうか。
 『冥界の支配者』を殺した犯人として、指名手配されるだろうか。
 それならそれでいいかもしれない。
 逮捕されれば、どこかの少年院にぶちこまれるだろう。
 そこが僕の居場所になるというなら、それはそれで構わない―――

「…狐さん」
 気がつくと、道の向こうに狐さんが立っていた。
「よう、少年」
 片手を上げ、僕を出迎えるように声を掛けてくる。
 恐らく、一足先に『冥界の支配者』の居場所に向かっていた僕を追いかけてきたのだろう。
 だけど、全てはもう遅かった。
 僕はもう、狐さん抜きで、自分独りで決着をつけてしまっていた。
 僕の敗北という形で。
「『冥界の支配者』はどうした?」
 狐さんは僕に訊ねた。
「…殺しました」
 僕は答えた。
「…そうか」
 狐さんは少し俯いて、そう言った。
「…足、怪我してるな」
 狐さんが血まみれになった僕の左足の太ももに気がつく。
「すぐに医者に行かなきゃ大変だ。
 乗れよ。 モラックジャックのとこまでおぶってやる」
「いえ、いいですよ」
「いいから四の五の言わずに黙って言うことを聞け」
 狐さんは半ば強引に僕を背中に背負った。
 おんぶされるなんて、何年ぶりだろう。
 子供の頃、膝をすりむいて泣いてた僕を、お母さんはおんぶしてくれたっけ。
 …そのお母さんも、もういない。
 僕が、殺してしまったから。
「…何も聞かないんですか?」
 おぶられたままで、僕は狐さんに問うた。
 狐さんは、僕が人を殺した事について何も言わなかったからだ。
「俺が一々口を出す事じゃない。
 罪も、罰も、君自身の問題だ」
 狐さんは、責めも赦しもしなかった。
 顔を後ろに向けたまま、ただそう答えるだけだった。
「…アヒャさんは、どうなったんですか?」
「殺したよ」
 短く、狐さんは言った。
「フーンさんは…」
「アヒャに腹を刺されてな。
 かなり危険だったが、もう大丈夫だ。
 今は、モラックジャックの所で寝てる」
 狐さんがフーンさんを殺さなかったという事は、
 フーンさんはアヒャさんとは何の関係も無かったのか。
 となると、フーンさんは相棒だったアヒャさんに裏切られた事になる。
 フーンさんは今、何を思っているのだろう。
「……」
「……」
 それから、僕と狐さんはお互い何も言わなかった。
 黙ったまま、狐さんは僕をおんぶして歩いていた。

1521:2004/12/08(水) 02:42

「…狐さん」
「うん?」
「…狐さんが、人を殺しちゃ駄目だって言ってた理由が、よく分かりました」
「そうか」
 人を殺すという事。
 命を一方的に奪うという事。
 それがどういう事なのか、僕は身をもって痛感していた。
「僕は、殺しました」
「そうか」
「『冥界の支配者』だけじゃない。
 何の関係も無い、犬まで沢山殺しました」
「そうか」
「家族も、モナカさんも、しぇりーちゃんも、僕が殺したようなものです。
 ただ僕自身が手を下していないというだけで、
 あの人達は僕が殺したようなものです」
「そうか」
「あの人達は、もう戻って来ない」
「そうか」
「凄く、嫌な気分です」
「そうか」
「嫌で嫌で嫌で嫌で、自分を許せないんです」
「そうか」
「僕が本当に殺したいのは、自分だったんです…!」
「…そうか」
 殺した。
 皆殺してしまった。
 僕が、何もかも奪って、失くしてしまったんだ。

1531:2004/12/08(水) 02:42

「…君は」
 狐さんが小さく呟くように言った。
「君は、もう二度と戻れなくなった。
 君が生きている限り、殺したという罪悪感は、君を責め続けるだろう。
 君は一生、君を許す事など出来はしないだろう」
 死ぬまで、いいや多分死んでからも、永遠に圧し掛かり続ける罪。
 逃れられぬ罰。
 僕の心に刻まれた十字架。
「君は人殺しだ。
 それは、どんな理由があったところで、その事実だけは決して消えはしない。
 君はこれからずっと、人殺しとして生きていかねばならない。
 人に軽蔑され、忌避されながら生きていかねばならない」
 人殺し。
 大罪を犯した者。
 最低最悪の外道。
 分かっている。
 そんな事は分かりきっていた筈なのに。
 誰も救えなかった。
 誰も守れなかった。
 誰も助けられなかった。
 皆を傷つけ、殺してしまった。
 僕には、何一つ出来なかった。
 何にも、何にも出来なかったんだ…!

「でも」
 狐さんが振り向いて、僕に顔を向けた。
「でも、俺は許してやる。
 俺だけは、君を許してやる。
 俺は知っているから。
 君の心の中には、そこには確かに君だけの殺す理由があった事を、知っているから。
 それがこの世界のどんな正義よりも尊いものだったという事を、俺は知っているから。
 俺だけは、それを知っているから」
 狐さんが微笑む。
 優しそうに。
 悲しそうに。
 そんなふうに、微笑んだ。
「それだけを以ってして、俺は君を肯定する。
 例え世界が君を敵と見なそうと、俺は君の味方でいる。
 もし君が人を殺した事で君を罵る奴がいるならば、俺はそいつをぶっ殺す」

 ―――――――!

 多分、その時僕は泣いていたのだろう。
 嬉しかったから。
 悲しかったから。
 だから、泣いていたのだろう。
「だから、自分を殺したいなんて言うな。
 どれだけ人から蔑まれても、どれだけ自分を許せなくても、君は生きろ。
 …もう、これ以上友達が死ぬなんて、俺は嫌だ」
 ああ、だから。
 だから、僕は、この人が。
 僕は、この人を―――
「…狐さん」
「何だい?」
 多分これが、最初で最後の僕の言葉。
 誰かの真似なんかじゃない、何かの偽物なんかじゃない、
 僕自身の心からの言葉。
「僕は、あなたが好きです」


                      〜続く〜

1541:2004/12/08(水) 23:44
 〜二十七話〜

 ハッピーエンドであれ、バッドエンドであれ、
 漫画やゲームの物語ならば、ストーリーが終わればそこで舞台は終了となる。
 この後主人公達がどうなるかはあなた方の心の中で決まるのですめでたしめでたし、
 とかそんな感じで、きれいさっぱり喜劇にも悲劇にも幕が下ろされるのだろう。
 だけど、現実はそんなふうにはいかない。
 一定の目標が成功であれ失敗であれ達成されたところで、それは“続き”でしかない。
 そこには須らく後始末が必要となる。
 ゲームは続く。
 死ぬ以外にゲームを放棄する手段は無い。
 いや、ひょっとしたら死んでもゲームは続くのかもしれない。
 兎に角僕は、『冥界の支配者』を殺した後もこの現実で生きていかねばならなかった。
 日常と、折り合いをつけていかねばならなかった。

 色々考えた末、僕は実家を引き払って一人暮らしをする事にした。
 一応親戚からうちに来ないかとも言われたが、
 一人食い扶持が増えるのは迷惑だろうし、
 家族が皆殺しになって一人だけ生き残った僕を引き取るのも、
 あまりいい気はしないだろうと思ったので丁重に断った。
 遺産相続の権利だの何だので親戚の間では一悶着あったそうだが、それは僕には関係無い事だ。
 暫くの間生活するには困らない程度の分け前には預かれたので、それ以上を望むべくもない。
 あとは弁護士さんとかが上手くやってくれるだろう。
 『冥界の支配者』を僕が殺した件については、狐さんが隠蔽工作をお願いしておいたらしい。
 狐さん曰く、「現行犯逮捕でない限りあらゆる犯罪を揉み消せる専門機関」だそうだ。
 僕としては警察のご厄介になる覚悟だったし、それも吝かではなかったのだが、
 折角なので狐さんの好意に甘える事にしておいた。
 通っていた学校には何となく行きづらかったので、転校届けをお願いしておいた。
 家も変わり、学校も変わり、気分一新という訳にはいかないが、
 このままあの家や学校に留まるよりは、ひっそりと去るのが賢い選択だろう。
 同情や哀れみの目で見られ続けるのは、好きじゃない。

「うひゃー、すごい所に住むんだなあ、君は」
 新しく僕が住む事になったボロアパートを見て、狐さんが嘆息する。
 引越し業者を頼むのは金がかかるので、力仕事が得意分野の狐さんにお手伝いして貰おうとここに呼んだのだった。
 …実は、もう一つの目的というか、聞きたい事もあるのだが、それは後でいいだろう。

1551:2004/12/08(水) 23:44

 ものの20分足らずで、あっという間に荷物は全て僕の部屋に片付けられた。
 部屋が六畳一間なのであまり多くの荷物は入らなかったのと、
 必要最低限の物を残して実家にあった家具は全て処分してしまったので、
 運んで来た荷物はごく僅かだったのだ。
 まあ、狐さんがダンボールとかを5段重ねでひょいひょい運んだのが、
 早く引越しを完了出来た最大の理由だろうけど。
「これで最後、っと」
 狐さんが丸めておいた布団をどさりと床に置いた。
 僕の記憶に障害が無ければ、これで全ての荷物は新しい部屋に運び込まれた事になる。
「どうもありがとうございました。
 ちょっと待ってて下さい、お茶でも入れますから」
「おう、悪いな」
 運んで来た布団を座布団代わりにして、狐さんが腰を下ろす。
 いやあんた、人の布団に勝手に座るなよ。
「えーっと…」
 ダンボールの封を開けて、やかんと急須、それからお茶葉と湯飲みを取り出す。
 洗面台兼流し台の蛇口を捻ってやかんに水を入れ、ガスコンロで火にかけた。
 ガスコンロは手入れが行き届いていないのか、ところどころ錆びていた。
 というかボロいのはガスコンロだけではない。
 床の畳には、所々煙草の灰が落ちて焼けた跡やほつれがあるし、
 壁には大小の罅やポスターを貼り付けていたであろうシールの残骸で満載だ。
 天井など、猫でも上を通ったら板に穴が開くんじゃないかってくらい老朽化している。
 不動産屋さんに初めてここに連れられて来た時は、我が目を疑ったものだ。
 それでも、都心に近いという立地条件を考慮に入れなくても破格過ぎる家賃の魅力には勝てず、
 僕はこのオンボロアパートに住むのを決めたのだった。
「粗茶ですが」
 急須で湯飲みに茶を注ぎ、狐さんに差し出した。
「茶菓子もねえのかよ。
 例えば金つばとか葛餅」
「うるせえ」
 今、久々に『うるせえ』と言った気がする。
「仮面タカダーのケチー」
「もはや仇名ですらないじゃねえかよ」
 仮面ノリダーよりも強引だぞ、それ。

「…あの」
「うん?」
 茶を啜りながら、狐さんが聞き返した。
「フーンさんは…」
「あー…
 あいつも今日来るように誘いはしたんだけどな、やっぱり来れないってよ。
 …やっぱ、お前とは顔を合わせ辛いんだろうよ」
「そんな!
 アヒャさんが僕の家族を殺したのは、フーンさんには関係なんて…」
 寧ろ関係があるのは、僕の方だというのに。
「そんな簡単に割り切れるもんでもないだろ。
 大人ってーのは、まあ、色々と複雑なんだよ、少年」
 それは詭弁だ。
 子供だからとか、大人だからとか、そういう問題じゃあないだろう。
「…そう悲観すんなって。
 生きてりゃあ、そのうちまた逢う事だってあるさ。
 それまでの一先ずのお別れとでも考えとけ」
 出会いがあるから別れがある。
 別れがあるから出会いがある。
 そういう事なのだろうけど、それでも僕は胸に何かがつかえたかのようにすっきりしなかった。

1561:2004/12/08(水) 23:45

「んじゃあ、そろそろ帰るよ。
 じゃあな少年。
 多分これで、最後のお別れだ」
 お茶を飲み干し、狐さんは立ち上がった。
「!?
 最後って、どういう事ですか!?」
 僕は慌てて訊ねる。
「言った通りの意味さ。
 俺と君とは、もう会わない方がいい」
「だから、どうしてですか!
 理由を説明して下さい!」
「どういう事も何も、そういう事。
 俺は君とは会わない方がいいし、会いたくない。
 そう思っただけの事さ」
 あっさりと、狐さんはそう告げた。
「…僕が告白したから、ですか」
「……」
 狐さんは何も答えない。
 あの時、狐さんにおんぶしてもらってた時も、狐さんは何も答えてはくれなかった。
 僕が狐さんを今日呼んだもう一つの理由というのは、その答えを聞かせてもらう為だった。
「…迷惑、だったですか」
「ああ、そうだ」
 そうか。
 それなら仕方が無い。
 好意を持ってない相手から告白されても、気持ち悪いだけだろう。
 ましてや僕は偽物。
 そんな僕が受け入れられる筈なんて、なかったのだ。
「…ごめんなさい」
 僕は謝った。
 ここで未練がましく引き下がるなど、醜悪にも程がある。
 振られた以上、潔く引き下がるべきだろう。
「君が謝る必要なんて無いよ。
 本当は俺が謝るべきだ。
 一方的に、もう会わないって我侭言ってるんだからな」
「でも…」
「話はここまでだ。 ここでお別れだ。
 後の事は心配しなくていい。
 面倒事は、こっちで全部後始末しておくからさ。
 じゃあな、少年。
 君と友達でいて、楽しかったよ」
 狐さんが背中を向け、部屋を出ようとする。
 これで、終わりか。
 これでもう、この人とは会えなくなってしまうのか。
 でも多分その方がいいのかもしれない。
 決して想いが伝わる事など無いのなら、いっそ二度と合えなくなる方が諦めがつく。
 だけど、それでも僕は―――

1571:2004/12/08(水) 23:45

「狐さん!
 僕は―――」
 今更、僕に何が言えるというのか。
 だけど僕は、何かを言おうとせずにはいられなかった。
「言うな」
 背を向けたまま、狐さんが短く告げる。
「それ以上言えば、俺は君を殺す」
 本気だった。
 声を聞けば分かる。
 本気で、狐さんは僕を殺すつもりだった。
「いいえ、言わせて頂きます。
 僕は、やっぱりあなたの事が、好…」
「言うな、と言っている!!」
 言い終わる前に、狐さんは乱暴に僕を押し倒した。
 といっても決してやらしい意味では無く、
 純粋に僕を殺すのに丁度いい馬乗りの体勢になったに過ぎない。
 そのまま狐さんは、僕の首にその手をかけた。
「君だって分かっているだろう!
 俺が君を好きになれば、俺は必ず君を殺す!
 絶対、絶対にだ!
 それなのにどうして君は俺なんかを好きになる!
 迷惑なんだよ!
 誰かに好きなんて言われるのは、迷惑なんだよ!!」
 軽く、狐さんの手に力が加えられる。
 首を絞められる事で気管が圧迫され、息苦しい。
 だけど、狐さんはまだ本気じゃない。
 もし本気なら、既に首をへし折られている所だ。
「ああ、そうだよ!
 俺も君の事が好きなのかもしれない!
 だから殺したくない!
 だから殺したいんだ!」
 今にも泣き出しそうな顔で、狐さんは叫ぶ。
 好きだから、殺したい。
 好きだから、殺したくない。
 一見矛盾を孕んだその感情は、しかし狐さんにとってはごく当たり前の事なのだろう。
 この人にしてみれば、この世の全ては殺す事とイコールなのだから。
「俺だって、普通の生活がしたかった!
 下らない事で笑って、他愛も無い事で泣きたかった!
 友達とお喋りして、遊んで、楽しい時間を共に過ごしたかった!
 誰かを好きになったり、好かれたりしたかった!
 でも、でも駄目なんだよ!」
 狐さんは普通の人間じゃない。
 でも、普通の人間じゃない事と、普通の人間でありたいと願う事とは、違う。
 だが狐さんは、自身の持つ大き過ぎる力が、普通である事を許さなかった。
「俺は殺してしまう…
 何もかも、殺してしまう。
 手に入れたいものも、そうでないものも、全部殺してしまうんだ…!」
 欲しいから殺す。
 殺してしまえば、二度と手に入らなくなると分かっているのに、殺す。
 いや、だからこそか。
 殺す事で、永遠に自分のものにしておきたいのか。
 だから、殺すのか。
「…好きだよ、少年。
 だから…俺の為に殺されてくれ」
 狐さんの両手に、ぐっと力が込められ―――

1581:2004/12/08(水) 23:45

「……」
 そして、狐さんはそっと僕の首から手を放した。
 まだ、僕は生きている。
 殺されては、いない。
「…これで、分かっただろう?
 俺なんか好きになったって、ろくな事なんてない。
 若気のいたりと思って、さっさと忘れちまいな」
 狐さんが馬乗りの体勢からゆっくりと体を離し、微笑む。
 …この微笑みは偽物だ。
 本当は泣きたい筈なのに、無理矢理笑顔を作ってる。
 僕にはそれがよく分かる。
 僕も、同じ偽物だから。
「…お断り、ですね」
 僕のその言葉に、狐さんは目を大きく見開いた。
 こんな脅しなんかで、僕の気持ちがどうこう出来ると思っていたのか。
 僕はもう、笑ってしまうくらいに狐さんの事が好きになっているというのに。
「馬鹿を言うな!
 俺は、君を殺すと言っているんだぞ!」
「それがどうかしましたか?
 その程度の恫喝で、僕が引き下がるとでも?
 見損なわないで下さい。
 僕は、あなたの為なら命を懸けれる」
 本心からの、言葉だった。
「君は、死にたいのか!?」
「いいえ、死ぬつもりなんてこれっぽっちもありません。
 あなたは何か勘違いをしているようだ。
 『命を懸ける』という事は、死を覚悟する事じゃない。
 生きる事を恐れず、死と正面きって戦う事だ。
 僕は好きな子には嫌がらせをして気を引くタイプですからね。
 あなたが僕を殺したいというなら、僕は絶対に殺されてなんかやらない」
 本当は、僕が生きるなどおこがましい事なのかもしれない。
 色んな人を巻き込んで殺してしまった僕には、生きる資格など無いのかもしれない。
 だが、これだけは、どうしても狐さんに伝えたかった。
「僕は死なない。
 だから、あなたに僕は殺せない…!」
 その時、すっと狐さんの体が動いた。
 何をするのか、と考えていると―――

1591:2004/12/08(水) 23:45

「……!」
 狐さんの右腕が、僕の腹を貫いた。
 目が霞み、口から血が流れる。
「!!
 お、俺は―――」
 狐さんがたじろいだ声を上げる。
 どうやら、狐さんの意思とは無関係に、反射的に手が出てしまったらしい。
 成る程、確かに僕を殺すというのは、はったりでも何でも無かったようだ。
 だけど。
 それでも、僕は、まだ生きている。
「…どうしました?
 僕はまだ、死んでなんかいませんよ?」
 出来るだけいつもと同じような声で、僕は狐さんに言った。
 痛みは感じない。
 偽物の心と体だから、本物の痛みなんて感じない。
「馬鹿か君は!!
 死ぬぞ!! 本当に死ぬんだぞ!!」
 狐さんが叫ぶ。
 もう、泣くのを堪えようともしない。
 僕の腹部に腕を突き刺したまま、狐さんは子供のように泣きじゃくっていた。
「だったら、早く殺したらどうですか?
 僕はまだ生きてるんですよ?
 それともあなたの言う殺すってのは、
 こんなちっぽけな怪我をさせる事を言うんですか?」
「――――――!」
 実際には全然ちぽっけな怪我なんかじゃないのだけれど。
 僕はそれでも得意げにそう言った。
 僕だって男だ。
 やせ我慢の一つや二つぐらい、やってみせる。
「僕は、あなたに殺されたりなんかしない」
 言いながら、僕は狐さんを抱きしめた。
 腕を腹に突き刺している為、狐さんには逃れる術は無い。
 これぞまさしく怪我の功名というやつだろう。
「やめろ!
 放せ! 放せえ!!」
 狐さんが僕の腕を振り解こうともがく。
 放すものか。
 絶対に、放したりするものか。
「放して欲しいなら、僕を殺せばいい。
 あなたにとっては、簡単な事なんでしょう?」
「……!」
 腕に鈍い痛みが走る。
 それと同時に、両肩から先の感覚が全く無くなった。
 狐さんに、両腕をもぎ取られたからだ。
 だけど、僕はまだ、生きている。
「…それで終わりですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
 こんなもの、モナカさんやしぇりーちゃん、それから僕の家族が受けた苦しみに比べれば、大した事なんてない。
「―――!」
 狐さんがよろよろと後ずさる。
 多分、狐さんを後ろに下がらせた人間は、僕が史上初だろう。
「ほら、どうしました?
 僕を殺すんじゃあ、なかったんですか?
 だったら早く…」
 そこで、僕は勢いよく地面に倒れた。
 ああ、そうか。
 痛みには耐えれても、出血多量による意識喪失だけは防げない。
 その事を、すっかりと忘れていた。
「●●●●! ●●●●●●●!」
 狐さんが何か言っているみたいだが、上手く聞き取れない。
 最悪だ。
 あれだけ格好つけて、結局死ぬのかよ。
「     、     。          」
 もう、何も聞こえない。
 死ぬのか、ここで。
 ああ、畜生。
 死にたくないなあ。
 死にたくないなあ。
「          。         」
 僕が死んだら、狐さんはしぇりーちゃんが死んだ時みたいに悲しんでくれるのだろうか。
 いいや、出来れば、忘れて欲しいな。
 僕なんかと事で、この人に悲しい思いなんてして欲しくないから。
 僕は狐さんの事を好き。
 それだけで、僕は―――

1601:2004/12/08(水) 23:46





 殺す、というのはどういう事か。
 それを簡単に説明するなら、矢張り『奪う』という言葉に集約されるのだろう。
 だがそれは、殺す相手の命を奪うという事だけではない。
 その殺した人の家族、友達、恋人。
 その人達からも、その殺した人を永久に奪ってしまうのだ。
 そこからは何も生まれない。
 ただ、空虚な喪失感だけが残される。
 殺す事からは憎しみや悲しみが生まれる、という人もいるかもしれないが、厳密には違う。
 憎しみや悲しみは喪失感から生まれるのであって、殺す事自体から直接生まれるのではない。
 殺す事からは何も生まれない。
 それでも殺さずにはいられない人は、きっと何も手に入れられないのだろう。
 だから、僕は、あの人に何かを分けてあげようと思ったんだと思う。
 だから、好きになったんだと思う。
 自分は、何一つ本物など持ってやしないというのに。
 偽物しか、持ってやしないというのに。
 何も持ってやしないというのに。
 それでも僕は、あの人に何かを遺してあげたかった。
 …夢の中で、僕はそんな風に考えていた。



「―――――」
 僕は目を開けた。
 えっと…ここはどこだ?
 天国か?
 地獄か?
 いや、この天井には見覚えがある。
 ここは…
「目が覚めたか」
 白黒頭にツギハギの顔。
 モラックジャック先生だ。
 やっぱり、ここはモラックジャック診療所だったか。
「…全く。
 この短期間にここまで担ぎ込まれて来た患者は、君が初めてだ。
 経営者の立場からすれば、儲かるから別にいいのだが、
 医者としての立場から言わせて貰えば、もっと体を大事にしたまえ」
 そうか。
 そういやこの2週間かそこらで、計3回もここに来たんだったな。
 で、僕をここに連れて来たのはやっぱり…
「起きたのか、少年」
 ドアを開けて、狐さんが入って来た。
 良かった。
 僕をここまで運んで、書置きを残してさようならなんて展開ではなかったらしい。
「…先生。 こいつと二人で話がしたいんだけど、いいかな」
 狐さんがモラックジャック先生に聞いた。
「…仕方が無い。 手短にしておけよ」
 話が分かる人なのか、空気が読める人なのか、モラックジャック先生はあっさり部屋から出て行った。
 そういえば前から気になっていたのだけれど、
 ここには『アッチョンブリケ』が口癖の少女はいないのだろうか?

1611:2004/12/08(水) 23:46

「…こんちわ」
 僕は片手を上げて狐さんに挨拶した。
 流石モラックジャック先生。
 完璧に腕をくっつけてくれている。
「ああ」
 そっけなく、きつねさんは返事をした。
「…悪かったな。
 その、酷い事してしまって…」
「別にいいです。
 原因は僕にあるんですし。
 それに―――」
 それに。
「僕は、今こうして、生きている」
 僕はそう言って苦笑した。
 もし狐さんが僕をここに連れて来てくれなければ、僕は死んでいたのだろうけれど、
 そんな事を議論するのに意味など無い。
 僕は今生きている。
 それが全てだ。
「減らず口だな」
「ええ」
 減らず口で、負けず嫌いの屁理屈なのは百も承知だ。
 それでも、僕はそれでよかった。
「狐さん、僕は…」
 そこで、僕は言葉を詰まらせた。
 ここから、僕は何を言えばいいのだろう?
 考えても考えても、次の言葉が見つからない。
「自惚れるなよ、少年」
 ピシャリと、狐さんが僕に告げた。
「俺が君を殺さなかったのは、君がつまりはその程度の人間だったからに過ぎない。
 本当に君が好きなら、俺はとっくに君を殺している。 そこの所を忘れるな」
 …やっぱり、そうですか。
 いやまあ、予想はついてたけどさあ。
「…だったら、これからあなたをその気にさせてみますよ。
 そして、その時にはあなたに殺されないくらい、強くなってみせる」
 負けじと、僕は言い返した。
 だけど、狐さんに勝てるようになるなんて、不可能に近いどころか不可能そのものではないのだろうか。
 いや、考えるのはよそう。
 目標は、高いに越した事はない。
 しかし達成不可能な程高い目標を据えるのもいかがなものか。
「ふふ、それは楽しみだ。
 ならばそれを証明してみせろ。
 君の言葉は嘘ではなかったと、俺に見せてみろ。
 言っておくが、俺はその時が来れば、微塵の躊躇も無く君を殺すぞ?」
 それは半分は嘘で、半分は本当だったのだろう。
 曖昧であやふやな言葉。
 本物で偽物な言葉。
「…だからそれまでは、君と一緒に居てやる」
 多分、それは、保留なのだろう。
 殺すか活かすか、どちらか決まるまでの時間稼ぎでしかないのだろう。
 それでいいと思った。
 それじゃあいけないと思った。
 だから僕は、一言だけこう告げる。
「ありがとう」


                      〜『冥界の支配者編』・完〜

1621:2004/12/08(水) 23:54
〜予告〜

『冥界の支配者』の打倒。
それはタカラギコにとって、数奇な運命の序曲でしかなかった。
ひょんなきっかけでハンター試験を受ける事になったタカラギコ。
そこで彼は、『擬古(ギコ)』と名乗る少年に出会う。
開始されるハンター試験。
巻き起こる血と殺戮のハプニング。
そしてついに、『禍つ名(まがつな)』の一位、
『妖滅(あやめ)【彩女】』がそのベールを脱ぐ…!

『ハンター試験編』、番外編の後に多分開始。

1631:2004/12/09(木) 00:43
主要キャラデータ

〜タカラギコ〜
本名:宝擬古(たから ぎこ)【ただし本名ではない。本名は不明】
年齢:16歳
生年月日:8月12日
身長:174cm
体重:62kg
特技:物真似 ツッコミ(ボケもある程度はこなす)
趣味:無し
嫌いなもの:物真似 巨乳(Cカップ以上はストライクゾーン外)
好きな本:年上貧乳倶楽部


〜狐娘〜
本名:外法狐(げほう きつね)
年齢:25歳
生年月日:1月1日
身長:179cm
体重:65kg
B/W/H:80/64/82
特技:格ゲー(百人抜きの経験有り) 大食い 殺傷行為
趣味:漫画読書(主に少年漫画系) テレビゲーム
嫌いなもの:暴力 殺傷行為 寄せて上げるブラジャー
好きな言葉:お前はもう死んでいる


〜しぇりー〜
本名:人吊詩絵莉(ひとつり しえり)
年齢:14歳
生年月日:5月27日
身長:147cm
体重:32kg
B/W/H:75/53/76
特技:図画工作(学校の成績は5) 輪投げ
趣味:漫画執筆(主に少女漫画系)
嫌いなもの:虫類全般 理解出来ない人間
好きな可愛がられ方:頭を撫で撫でされる事


〜フーン〜
本名:扶雲一郎(ふうん いちろう)
年齢:28歳
生年月日:10月4日
身長:180cm
体重:72kg
特技:射撃 煙を嗅ぐだけで煙草の銘柄を当てる事
趣味:インターネット(主にアダルトサイト巡り) 喫煙
嫌いなもの:喫煙マナーを守らない奴(フーンは携帯灰皿持参)
好きな煙草の銘柄:ピース(両切り)


〜アヒャ〜
本名:亜火屋寒河(あひや そうご)
年齢:28歳
生年月日:7月18日
身長:169cm
体重:57kg
特技:料理(というより包丁が使いたいだけ)
趣味:ナイフコレクション 人間の解体
嫌いなもの:自分より幸せな奴
好きな2chの板:ガイドライン板


〜モナカ〜
本名:山吹萌奈香(やまぶきもなか)
年齢:17歳
生年月日:4月7日
身長:160cm
体重:49kg
B/W/H:84/57/83
特技:百人一首
趣味:ファッション雑誌を読む事 ウインドウショッピング
嫌いなもの:鼠 雷
好きな硬貨:500円玉(あの大きさが何とも嬉しい)

1641:2004/12/10(金) 00:40
 〜番外編〜

 時は12月。
 師走の名前の通りに人々は慌しく行きかっており、
 街角からはどこからともなくクリスマスソングが流れてくる。
 そんな寒空の下、僕は狐さんと商店街を一緒に歩いていた。
 …って、あれ?
「狐さん。
 これって少しおかしくないですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「別におかしい事なんて何も無いだろう。
 俺と君とは恋人どうしなんだから、一緒に商店街へ買い物に出かけるぐらいはするさ」
「いえ、そうではなくてですね。
 確か、本編では時期設定は5月だった筈ですよ?
 それなのに、何でもう12月になってるんですか」
「ああ、そういう事か。
 それはだな、俺の隠された念能力『時間ふっ飛ばし(キングクリムゾン)』の影響だ」
 事も無げに狐さんは答えた。
「なあんだ。
 時間を7ヶ月も消し飛ばしただけだったんですね。
 それなら納得が出来ますね……
 って、出来る訳ねえだろ!」
 思わずノリツッコミをしてしまった。
 番外編とはいえ、そんなのでたらめだ。
「20点」
 狐さんの採点は辛口だった。
「まあそんなのはどうでもいいじゃん」
「よくねえ」
 断じてよくねえ。
 例え神が許そうともよくねえ。

「お、福引やってるじゃん」
 狐さんが前方を指差す。
 見ると、人だかりの中心に福引のテナントが出ていた。
「そうですね」
 そっけなく僕は相槌を打つ。
「せっかくだから福引でもやってみようぜ」
「せっかくだからも何も、福引券なんて持ってないでしょう」
 まあ仮に福引をやったとして、ティッシュぐらいしか貰えないだろうが。
「おーーっと!
 何故か俺の足元に福引券が落ちている!」
「うわあ、そりゃすげえ!
 こんな偶然あったんだ!」
 やっぱりこういう展開になったか。
 作者はしかし、こんなありきたりな展開を書いてて楽しいのだろうか?
「それじゃあさっそく福引開始だ!」
 狐さんが福引券を係りの人に手渡し、滑車の取っ手を回す。
 程無くして、金色の玉が滑車から転がり出てきた。
「おめでと〜〜〜〜ございま〜〜〜〜〜す!!」
 係員がカランカランと鐘を鳴らしながら叫ぶ。
「金色の玉ですので、
 特賞『湯煙殺人温泉ツアー』3泊4日の旅をペアでご招待です!!」
 うわあ。
 聞いただけで何か起こりそうな名前だ。

1651:2004/12/10(金) 00:40

「やったーーー!
 よかったな、少年!
 温泉旅行だぞ!」
「いや、ちったあ頭冷やして下さい!
 『湯煙殺人』て、殺人事件に巻き込まれる確率100%じゃないですか!」
 ただでさえ本編で人殺しはお腹一杯なのに、これ以上周りで人が死んでたまるか。
「君はノリが悪いなあ。
 見た目だけで物事を判断するなんて、悪い癖だぞ?」
「その理屈はおかしいし見た目で判断してねえ!」
 正しくは見た目でなくて名前だ。
「固いこと言うなよ」
「固くねえ!」
 これが固い事だというなら、世の中は豆腐か何かで構成されている事になってしまう。
 世界の存続の為にも、この一線は死守せねば。
「タケちゃんマンのケチー」
「『タ』しかタカラギコと合ってねえ!」
 タケちゃんマンて、あんた一体いくつだよ!?
 リアルタイムで見てた世代は、少なくとも30歳超えてるぞ?
「君は疑り深い奴だなあ。
 これはきっと、日頃の行いのいい俺達に対する、神様からのプレゼントさ」
「んな訳ないでしょう!」
 僕が神様なら、きっと僕や狐さんにはプレゼントじゃなくて天罰を下すと思う。
「お願いですから行くのはやめましょう!
 何と言うか、予定調和を通り越したご都合主義という名前の、
 神の見えざる手を露骨に感じます!
 これはもう陰謀レベルで罠ですから!」
「駄目だね。
 行かなきゃ話が進まないじゃないか」
「あんたそれ言ったらお終いだろ!」
 かくして、僕は狐さんと二人で、『湯煙殺人温泉ツアー』へと旅立つ事になるのであった。





 電車やバスを何時間も乗り継ぎ、僕達はようやく福引券で当てた旅館まで到着した。
 旅館はいかにも老舗の温泉宿といった感じで、外見だけでもマトモなのは正直以外だ。
 てっきり、幽霊屋敷みたいなのが出てくるかと思ってたのに。
「…何にも無い所ですね」
 僕は嘆息した。
 周りは見渡す限り森、森、森。
 陸地だというのに、僕はまるで絶海の孤島にいるかのような感覚を禁じえない。
「ん〜〜、いい気持ち」
「この空模様で、よくそんな事が言えますね…」
 空は今にも夕立が降りそうなくらいに、どんよりと雲っていた。
 嫌な予感がするなあ…
 絶対豪雨の所為でがけ崩れとか起こって、麓の町と連絡取れなくなったりするよきっと。
「ようこそいらっしゃいました…」
 と、宿の入り口から一人の老婆が現れた。
 背は小さく顔は皺だらけ。
 いかにもいわくつきな妖怪ババアという風体に、益々嫌な予感が強くなる。
「私がこの旅館の女将を勤めている、春側乃畝(はるかわ のうね)【以下、ノーネ】でございます。
 この度はこちらにお越し頂き、まことにありがとうございます…」
 丁重に頭を下げるノーネ女将さん。
「いえ、こちらこそお世話になります」
 狐さんもお返しに頭を下げた。
 この人、こういう所で常識はあるんだよなあ…
「お世話になります」
 僕も合わせて一礼する。
 これからしばらくご厄介になるのだから、良好な関係を維持するのに越したことはあるまい。

1661:2004/12/10(金) 00:41

「それでは早速、お部屋の方にご案内させて頂きます…」
 ノーネ女将さんは僕達を引き連れて旅館の中を案内した。
 内装は…意外と普通だ。
 何だ、これなら案外普通に温泉旅行を楽しめるかもしれな…
「……!」
 しかし、僕のその考えは目の前の存在によって無残にも打ち砕かれた。
 スペシウム光線でも跳ね返しそうな金属製の扉。
 それが、廊下にずらりと並んでいる。
「あの、女将さん…」
 僕は卒倒しそうになるのを堪えつつ、訊ねた。
「まさか、このとてつもなく無意味に頑丈そうな扉の奥に、客室があると?」
「左様でございます。
 ちなみにこの扉は特殊な鍵を使わねば決して開けられず、
 いかなる方法を持ってしても壊す事は出来ません。
 また壁の内側にもこの扉と同じ金属を仕込んでいる為、壁を壊して侵入するのも不可能です」
 そうですか。
 つまり密室殺人がここで起こるという訳ですね。
 気の滅入る解説ご苦労様。
「ふむ、凄いなこれは。
 多分俺でもこの扉は壊せない」
 狐さんでも壊せないって…
 超合金か何かで出来てるのかよ、この扉は。
「こちらがお客様の部屋の鍵になります。
 では、どうぞごゆっくり…」
 僕に鍵を渡して、ノーネ女将さんはその場を去って行った。
「よし、それじゃあ部屋の中に入ってくつろごうぜ」
 くつろげねえよ、こんな物騒な扉で守られた部屋。

「…中は普通なんですね」
 意外にも、部屋の内装は普通の旅館と変わらなかった。
 テレビにテーブル、それから冷蔵庫にポット。
 普通過ぎて、逆に恐い。
「お、すげえ。
 PAYビデオがついてる」
 狐さんがテレビの横の硬貨入れを見て言った。
 PAYビデオ。
 そんな物までついているのか。
 説明するまでも無いだろうが、
 PAYビデオとはお金を入れればエロビデオが見れるというあれである。
 まさかこんな所でそういった前時代の遺物にお目にかかるとは。
「少年。
 見たいなら俺に遠慮しなくていいぞ?」
「うるせえ黙れ」
 いや、僕だって男だから興味が無いと言えば嘘になるが、
 流石に女性がいるのにAVを見る程神経は図太くない。
「それじゃ、取り敢えず温泉に浸かりに行こうか。
 折角温泉旅館に来たんだから、温泉に入らない馬鹿は居ないだろ」
 狐さんが洗面具を風呂敷から取り出し、温泉に行く準備をする。
 温泉。
 いよいよお待ちかねという事か。
 そう、僕だって何の考えも無く、こんな胡散臭いツアーに参加した訳じゃない。
 温泉。
 温泉と言えば混浴。
 混浴と言えば裸!
 そう、僕がここまで来た最大の目的は、狐さんの裸体を拝む為と言っても過言では無い!
「…何だよ、さっきからニヤニヤと笑って。 気持ち悪いなあ」
 狐さんが怪訝な視線を向けるが気にしない。
 こうして僕は、邪な欲望と共に温泉へと向かうのであった。


               〜続く〜

1671:2004/12/15(水) 00:40
 〜二十八話〜

 自分は何の為に生まれてきたか。
 誰しも一度はこんな事を考えた経験があるだろう。
 しかし大抵の場合、この問いに対する答えは無い。
 何故なら、生きる事に意味を見出すのは他ならぬ自分自身であり、
 誰か他の要因によってもたらされるものではないからだ。
 しかし、物事には必ず例外が存在する。
 「運命により自分の生きる意味が決定されている」という事象が、
 この世には確かに存在したのだ。
 今なら、そう確信できる。
 それは、まさにこの僕が、運命により自分の存在意義を与えられた者だからだ。
 これは自信でも、ましてや自慢でもない。
 紛れも無い事実だ。
 皮肉な事に、自分自身の生きる意味を見出せなかったこの僕に、
 運命は生まれた意味というのを付加していたのだった。
 だけど、だからといって別にどうこうなりはしない。
 僕は、何も出来やしなかった。
 僕には、何も出来なかった。
 『ハンター試験』。
 成り行き上僕が参加したこの試験で、様々なものが行き交った。
 生と死が。
 正と負が。
 聖と邪が。
 是と非が。
 血と肉が。
 命と魂が。
 行き交い衝突し合いせめぎ合い殺し合った。
 それでも僕は、何一つ出来やしなかった。

 『D』。
 常軌を逸した研究の副産物。
 狂気的に猟奇的な生物兵器。

 『妖滅(あやめ)【彩女】』。
 殺す為の理由を自ら放棄した人外。
 『外法(げほう)【下方】』の対極。
 『外法(げほう)【下方】』に唯一対抗し得る集団。
 『外法(げほう)【下方】』が唯一対抗出来る集団。

 『兇人絶技団(サーカス)』。
 『妖滅(あやめ)【彩女】』の一員であり、選りすぐりの滅殺師達。
 『小波(キリングパルス)』、妖滅零母那(あやめ れもな)。
 『殺人技術(ジェノサイダー)』、妖滅刺菅(あやめ さすが)。
 『殺人奇術(マントラップ)』、妖滅狭州我(あやめ さすが)。
 『一騎当千(コープスダンス)』、妖滅裏螺(あやめ うらら)。

 外法八(げほう はち)。
 『絶対零度の炎(コールドブラッド)』。
 情報屋。
 八頭身。

 外法狐(げほう きつね)。
 和服の俺女。
 最強の体現者。
 殺す為のみ存在する異形。
 僕の好きな人。

 …そして、擬古(ギコ)と名乗った、あいつ。
 僕の原型(オリジナル)。
 僕に全く似ていない故に、僕がそっくりである少年。

 いずれもが、己が己である為に、戦い屠り殺し合った。
 誰もが正しく、誰もが間違っていた。
 ただ僕は、それを見ているしか出来なかった。

 ならば僕は、せめてあそこであった事を心に刻み続けよう。
 一字一句逃さず、記憶しよう。
 一分の漏れも無く言い伝える語り部となろう。
 これは僕の贖罪であり、罪そのもの。
 だからここに、僕は記す。
 僕があそこで何を見て、何を感じ、何を想ったのか。
 それを今ここに、明かそうと思う。

1681:2004/12/15(水) 00:41





『ハンター試験編』





 夕暮れ時の空き地で、僕と狐さんは距離を離して向かい合っていた。
「どうした、かかってこいよ」
 狐さんが右手の中指と人差し指で僕を手招きする。
 僕は『劣化複製・不死身の肉体(デグラデーションコピー・ナインライヴス)』を発動させたまま、ジリジリと後ろに下がる。
 隙が、全く見つからない。
 一見無防備に立っているだけなのに、360度どの方向から向かっても返り討ちを喰らいそうだ。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
 そう言った時には、既に狐さんは僕の間近にまで迫っていた。
 速過ぎる。
 10メートル以上は離れていた筈なのに、全く近付いて来るのが見えなかった!
「せい!」
 掛け声と共に、狐さんが右足でローキックを放った。
「!!」
 骨の折れる乾いた音。
 今の一撃で、僕の左脚の太もも部分の骨は、完全に粉砕されてしまった。
「がはッ…!」
 それだけでは狐さんの攻撃は止まらない。
 今度はローキックを放った足を軸にして、中段の前蹴り。
 爪先が鳩尾にめり込み、僕は胃液を吐きながらくの字に体を折ってうずくまる。
「痛がる暇があったら反撃しろ!」
 狐さんが、倒れた僕の右腕を足で踏みつける。
 左足に続き、右腕の骨まであっけなく折られてしまった。
 痛い。
 無茶苦茶、痛い。
 けど、どうって事はない。
 偽物の心と体だから、本当の痛みは感じな―――
「!!」
 同じように、左腕の骨も踏みつけによってへし折られる。
 これでもう、無事なのは右足しか残っていない。
「どうした、逃げないのか?
 逃げなきゃ死ぬぞ!?」
 踏みしめていた腕から足を離し、狐さんが僕の頭に向かって蹴りを出す。
「うああ!?」
 反射的に頭部を仰け反らせ、ギリギリの所でそれをかわした。
 ヤバイ。
 この人、止めを刺す気だ!
「う、うああああああああああああああああああああああああ!!」
 咄嗟に振り返り、何とか逃げようとする。
 しかし片脚が折れた状態でマトモに走れる筈もなく、
 不様に足を引きずりながら遁走するしか方法が無かった。
 勿論、そんなので狐さんから逃げ切れよう訳などない。
「敵が目の前にいるのに、背中を見せて逃げる奴があるか!
 闇雲に逃げ出せばいいってもんじゃない!」
 あっという間に狐さんに追いつかれる。
 後ろから何かが高速で飛来する気配。
 恐らく、狐さんがハイキックを繰り出したのだろう。
「―――!」
 頭部に叩きつけられる重い衝撃。
 そこで、僕の意識は残らず刈り取られるのであった。

1691:2004/12/15(水) 00:42





「……」
 僕はゆっくりと意識を取り戻した。
 ここは…僕の部屋か。
 どうやら気絶してる間に、狐さんがここまで運んで来てくれたようだ。
「お、起きたか少年」
 狐さんが枕元から僕の顔を覗き込む。
「…おはようございます」
 僕はのそのそと起き上がろうとしたが、体中から襲い掛かる激しい痛みに断念せざるを得なかった。
 頭がガンガンする。
 右腕と左腕、それから左足が骨が折れたみたいに痛い。
 いや、実際骨が折れているんだけどね。
「…やれやれ」
 僕は溜息をつきながら、『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』を発動させた。

 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・間黒男(ブラックジャック)』

 ツギハギ顔の医師が、僕の負傷部分を高速でオペし治療する。
 この前モラックジャック先生の念能力で治療した時に覚えた念だ。
 一度この目でみれば、どんな能力でも僕はコピー出来る。
 まあ本家本元モラックジャック先生のように、
 千切れた腕まで完璧に修復するのは無理だけど、
 骨折程度の怪我なら僕の劣化コピーでも2、3日で完全に治癒が可能だ。
「いつみても便利な能力だな」
 狐さんが感心したように呟く。
「…所詮猿真似ですよ」
 そう。
 こんなの、全く意味なんて無い。
 本物の前では、僕の存在価値など皆無に等しい。
「で、今日の手応えはどうでしたか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「全然駄目。 弱いにも程がある。
 これじゃあ君が俺に殺されないぐらい強くなるってのは、夢のような話だね」
「…そっすか」
 ぐはあ。
 そんなにはっきり言わなくても。
 いや、確かに手も足も出なかったけどさあ。
「てか狐さん。
 僕としては、そろそろ映画館とか遊園地とか、普通のデートがしたいのですが」
 狐さんに文字通り命懸けの告白をしてから早2ヶ月。
 しかし、僕と狐さんとの関係には全くと言っていい程進展は無かった。
 狐さんにはハンターの仕事があるから、毎日逢うわけにはいかないし、
 たまにこうして一緒になれても、やる事といったら今日みたいな組み手や地獄のようなトレーニング。
 「狐さんに殺されないぐらい強くなる」と宣言した手前断るわけにもいかないのだが、
 いかんせんそろそろ手を繋ぐとかそういうステップを踏んでもよいのではなかろうか。
「だから前から言ってるだろ。
 俺に一発でもマトモに攻撃を当てる事が出来たら、ちゅーでも何でもしてやるって」
 それは事実上不可能だ。
 例えるならペンギンが空を飛ぶって事くらいに。
「…やっぱ、僕には才能無いんですかね」
「そういう台詞を口にする資格があるのは、血反吐吐くまで努力した奴だけだ。
 今度そういう事を言ったら、俺は怒るぞ」
 真剣な眼差しで、狐さんが僕を叱る。
 そうだ。
 僕はまだたった2ヶ月かそこらしか狐さんに稽古をつけてもらってないのに、
 何を早まった事を言ってしまったのだろう。
「…ごめんなさい」
 僕は狐さんに謝った。
「分かればよろしい」
 狐さんが微笑む。
「まあ、だけど見込みが無いってわけでもないよ。
 むしろ戦闘センスにしては上等な方さ。
 ただ、君には一つ、致命的な欠点がある」
 致命的な欠点?
 何だ、それは。
「分からないか。 なら教えてやるよ。
 君には、死に対する恐怖が欠けている」
 狐さんが僕を見据えて、言った。
「君は心のどこかで、自分なんて死んでも構わないやって思ってしまっている。
 これはかなり危険だ。
 死神は、そういう奴から真っ先に首を掻き切りに来る」
 死んでもいいや。
 確かに、そう思っているのかもしれない。
 僕の所為で、何人もの人が死んだ。
 だから僕に、生きている価値など微塵も無い。
「…いいか、少年。
 自分の命を軽んじるな。
 自分の命を軽視するってのは、つまりは他者の命まで軽視するって事だ。
 君には、そうなって欲しくない」
 狐さんが諭すように僕に告げる。
「命を軽視するってのは、簡単に殺すって事だ。
 だけど、そんなのは強さじゃない。
 躊躇無く人を殺す事は、簡単に自分の命を投げ出す事は、力ではあっても強さじゃない。
 『強い』という事と、『力がある』という事は、似ているようで全然違う。
 君は絶対に強くなる。 俺が保証する。
 だから、負けるな」
 負けないという事。
 それはある意味勝つより難しい。
 それでも僕は負けてはならないのだろう。
 僕が殺してしまった、人達の為にも。

1701:2004/12/15(水) 00:42

「…じゃあ、『強い』ってのはどういう事なんですか?」
 僕は狐さんに聞いた。
「『強い』か…
 それは多分、己の生き様を貫くという事なんだろうな。
 ま、全部師匠の受け売りだけどね」
「師匠?」
 始めて聞いた。
 狐さんにも師匠がいたんだ。
「ん、ああ。
 外法狸(げほう たぬき)っていう名前でね。
 …十年くらい前に、死んじまったけどな」
 狐さんが悲しそうな顔を見せる。
 どうやら、聞いてはいけない過去だったようだ。
「ご、ごめんなさい」
 僕はいたたまれなくなって頭を下げた。
「いいよ。 君の気にする事じゃない。
 もう、ずっと昔の話だ」
 狐さんが苦笑する。
 そういえば、僕は狐さんの事について何も知らない。
 今はハンターで生計を立てているって事や、凄く強いって事は知ってるが、
 それ以前の事については何も知らないのだ。
「そういえば、狐さんってどこの出身なんですか?」
 ふと、僕は狐さんについてもっと知りたくなった。
 勿論、さっきの師匠のように、聞いてはいけない過去もあるのだろうけれど。
 まあ出身地を聞くくらいなら大丈夫だろう。
「……」
 狐さんがあからさまに顔を曇らせる。
 げげ、またしても地雷を踏んでしまったのか!?
「…東京、って事になるのかな、一応」
 狐さんが呟くように言う。
「あ、あの。
 狐さんが答えたくないのなら別に…」
「いや、いいよ。
 そういや、君には俺の事何も教えてなかったからさ。
 少し話しておくのも、悪くない」
 狐さんが大きく息をつく。
 そして、まるで遠くを見つめるかのようにその視線を泳がせた。
「…東京の地下に、非公式の都市が存在するって言ったら信じるか?」
「?
 それはどこぞの少年ガンガンで連載中の漫画ですか?」
「ま、普通はそういう反応をするわな。
 だけど、これは嘘じゃない。
 今俺達のいるこの都市の真下には、確かに存在するんだよ。
 地獄の釜の底、この世の最底辺(ボトム)、『地下魔街(アンダーグラウンド)』がな」
 地下都市だって?
 余りにも突拍子が無さ過ぎて、俄かには信じ難い。
 でも、狐さんの目は嘘を言っているふうには見えなかった。
「そこではありあらゆる悪徳が横行している。
 人身売買、麻薬取引、生体実験、改造手術、暴行殺人、それらが日常茶飯事さ。
 文字通り、表の世界の塵が押し込められる掃き溜めだ。
 俺は、そんな場所で生まれた」
「じ、じゃあ、どうやってそんな所から地上に出てこれたんですか!?」
 地下都市など、こうやって狐さんから聞くまでは全然知らなかった。
 そんな公になっていないような場所、入るのはともかく出るのはそう簡単にいくとは思えない。
 まあ狐さんの実力なら、強引に暴力で突破出来るかもしれないが。
「…俺の師匠のお陰さ。
 師匠が、俺を地下から出してくれただけでなく、
 生き方や戦い方まで教えてくれた。
 俺がハンターになったのも、師匠の影響かな」
 狐さんの師匠。
 外法狸といったか。
 それは、狐さんにとってとても大切な人だったのだろう。

1711:2004/12/15(水) 00:43

「…ごめん。
 つまらない話聞かせちまったな」
 狐さんが悲しそうに笑う。
「そんな事、ないです」
 きっと今話した事なんか、狐さんの過去のほんの一部に過ぎないのだろう。
 僕の想像など及びもつかないような苦労を、狐さんはしてきたのだろう。
 僕には何も出来なかった。
 ただ話を聞くしか、狐さんにしてあげられなかった。
 僕は、少しでも狐さんの力になってあげたかった。
 エゴなのかもしれない。
 独り善がりなのかもしれない。
 でも僕は、狐さんの力になりたかったんだ。
「…ごめんな」
 もう一度、狐さんは僕に謝った。
「君がこんなに俺の事を想ってくれているのに、俺は君に何もしてやれない。
 …抱かれてやる事すら、出来ないんだ」
 抱かれれば、殺してしまうから。
 絶対に、殺してしまうから。
「…僕は」
 僕は、言った。
「僕は、あなたを抱きたいから、あなたを好きになったんじゃないです」
 好きだから抱きたいという式は成り立っても、その逆は成立しない。
 不可逆。

「……」
「……」
 いかん、会話が止まった。
 何とかして、再び流れを取り戻さなくては。
「そ、そういえば狐さん。
 ハンターの仕事って儲かるんですか?」
「ん、えーと…
 まあ、個人の腕次第だな。
 俺みたいな高給取りもいれば、初任給を貰う前にくたばる奴もいる」
 つまりは、完全出来高制という事か。
「ハンターになるのって、難しいんですか?」
「まあ、そうだな。
 ハンター試験ってのを受けて、それに合格すれば免許が発行されるんだが、
 倍率は軽く100倍を超える。
 場合によっちゃあ、四桁に上る事もザラじゃねえ」
 おいおい。
 国家Ⅰ種でも、そこまでいかねえぞ。
「ま、そんな試験を俺は一発で合格したんだけどな。
 流石俺。
 かわいくて強くて、しかも心まで美しい」
「うるせえ四捨五入したら30歳」
 禁句である年齢を使ってツッコミを入れてみた。
「君、最近ツッコミに容赦が無くなってきてるぞ…
 そうだ。
 折角だから腕試しにハンター試験受けてみるか?」
「はい?」
 いや、僕はそんなつもりで話を振ったんじゃないんですけど。
「別に嫌ならいいさ。
 最悪死人が出るような試験だしな。
 素人が手を出した所で、怪我するのがオチだし」
 死人が出るような試験を受けさせるつもりだったのかよ、この人。
「…ただ、少年って臆病者だったんだなあ、って思うだけさ」
 カチーン。
「いいでしょう、ハンター試験とやらを受けてあげますよ。
 ただし、もし合格したら何でも僕の言う事を聞いて貰いますからね!」
「いいよ〜別に。
 どうせ君が受かる訳ないし〜」
 鼻で笑う狐さん。
「望む所だ!
 後でギャフンと言わせてやる!」
 こうしていわゆる売り言葉に買い言葉というやつによって、
 僕はハンター試験を受ける事になるのだった。


                   〜続く〜

1721:2004/12/15(水) 18:41
 〜二十九話〜

「…大体ここらへんだな」
 ハンター試験を受けると豪語してしまってから4日後、
 狐さんから渡されたハンター試験会場の住所が書かれた紙切れを頼りに、
 僕は都内某所に足を運んでいた。
 本当は試験会場を探すのも試験のうちなのだそうだが、
 そんなのはスーパーマリオでいう1−1に過ぎないからという事で、
 特別に狐さんが会場を教えてくれた。
 狐さんが言うには、「コネも実力のうち、君が俺と知り合いなのも、才能の一つさ」、との事らしいが、
 逆を言えば、この程度の手助をした所で受かるような楽な試験ではないとも取れる。
 てかここ、思いっきり街中なんですけど、
 こんな人通りの多い場所でハンター試験とかしちゃっていいんだろうか。
「まあ、どうでもいいけどね」
 試験をどこでやろうが、それは僕が口出しする事ではない。
 チラリと時計を見る。
 午後2時から開始との事だが、今は午前10時を少し回ったくらい。
 どうやら、少し早く来過ぎてしまったらしい。
 しょうがない。
 取り敢えず試験会場を見つけたら、適当にどこかで時間を潰すとするか。
「よう、そこのお前」
 いきなり、後ろから声を掛けられた。
 声からして、僕と同じくらいの年齢の男だろうか。
 僕は声のした方向に振り返り―――

「―――――」

 僕は言葉を失った。
 そして、全てを理解してしまった。
 僕の目の前には、一人の少年が立っている。
 所々ほつれた薄手のシャツに、よれよれのGパンというラフな格好。
 背中には、剣道で使う竹刀袋を担いでいる。
 身長も体重も、僕と同じくらいか。
 でも、顔立ちは全然似ていないし、性格だって全く僕とは違うだろう。
 それにも関わらず、いや、だからこそ、僕はこう直感した。
 僕は、こいつに似ている。
 いいや、僕はこいつの真似をする為に生まれてきたのだ、と。
 僕の兄さんでも狐さんでもない、他ならぬこいつの偽物になる為に、僕という存在は生み出されたのだ。
 僕が誰かの真似しか出来ないのも、全てはその副産物に過ぎない。
 そう思えるだけの確信が、僕の体を貫いた。
「ちょっと道を教えちゃくんねえかな」
 そいつは飄々とした表情のままでそう言った。
 こいつがどこに行きたいか。
 それはきっと、いいか必ず、僕と同じ場所。
「ハンター試験会場って、どこだ?
 知ってるんだろ、お前」
「どうして、僕が…」
 そこで僕は訊ね返すのを止めた。
 どうして、僕が試験会場の場所を知っているのか、だって?
 愚問にも程がある。
 そんなの、鏡に向かって「あなたはどうして僕の事を知っているんですか?」と訊ねるようなものだ。
「知ってるよ」
 だから僕はこう答えた。
 答えないのも、嘘をつくのも、この場では無意味だ。
「そうかい。
 まあそうだろうと思ったぜ」
 そいつはおかしそうに笑った。
 何がそんなにおかしのか。
 君がそこに居る事か。
 それとも僕がここに居る事か。
 あるいは、そのどっちもか。
「んじゃ悪いけど、道案内頼めっかな。
 この辺りっつーのは突き止めたんだけど、詳しい場所まではさっぱりでね」
「分かった」
 僕は二つ返事で了解した。
 そうするのが、僕の役目だと思ったから。
「サンキュー、助かるぜ。
 ああ、そうだ。 一応聞いとくよ。
 お前、名前は?」
 名前。
 僕とこいつとの間に、そんなもの何の意味があるというのか。
「…宝擬古(たから ぎこ)」
「そうかい、いい名だ。
 俺は―――」
 そいつは一瞬だけ逡巡して、
「擬古(ぎこ)っていうんだ。
 苗字は訳あって言えねえが、まあ気にすんなゴルァ」
 これが、僕とギコとの、最初の出会いだった。

1731:2004/12/15(水) 18:41





「いらっしゃいませー」
 アルバイトの店員さんが無料のスマイルで僕とギコを出迎える。
 試験会場の下見を済ませた僕達は、まだ時間もあるので近くのファーストフードで昼食を取る事にした。
「俺はテリヤキバーガーセット」
「僕はチーズバーガーセットで」
 それぞれ注文し、バーガーとポテトとドリンクの載ったトレイを受け取って席に着く。
 道案内のお礼と、ギコは僕の分の代金まで払ってくれた。
「いやしかし、びっくりしたぜ。
 目の前にいきなり鏡が出てきたのかと思ったぞゴルァ」
 ギコがハンバーガーの包みを開きながら言う。
「ふうん、そう」
「そう、って気の無い返事だな。
 お前は驚かなかったのかよ」
「いや、驚いたよ。
 だけど別に、そこまで引きずる程の事でもないからね」
 僕が誰かに似ているなど、僕にとっては日常茶飯事だ。
 それでも、ここまで正反対に対照的に対称的に一致していたのは、
 僕にとっても始めてだったけど。
「僕としては、試験会場の方が驚いたね。
 あれ、どっからどうみてもただの公民館だろ」
「んー?
 まあそれもそうだな。
 てかお前、本当にあの場所で合ってんのか?」
「僕に住所を教えてくれた人が嘘をついてなければ、あそこで間違い無いよ」
 狐さんが僕に嘘をつく理由はさして見当たらないから、あの場所で合っているのだろう。
 まあ仮に嘘だったとしても、元々試験を受けるのに初めから乗り気だった訳じゃないし、
 それはそれで丁度いい。
「そのお前に住所を教えたのって、どこの誰よ?」
「年上ツルペタ和服美人俺女」
 外法狐という名前は、ここでは出す必要は無いだろう。
 あの人結構有名人らしいし、あの人の関係者というのがバレて面倒事に巻き込まれないとも限らない。
「なんだよそのおもしろおかしい設定のキャラは…
 つーか、俺の身内以外にもそんな奴居たのか」
「身内?」
「ん、ああ、失言だったかな。
 まあ深くは気にするな。
 俺の家族…っつーか、まあ親しい知り合いに、それと似たような奴が居るって事。
 ま、お前さんは多分知らないよ」
 どこの誰かは知らないが、狐さんと同じような人がこの世に存在したのか。
 そりゃ何とも恐ろしい怪談だ。

「そういやーさー」
 ふいに、ギコが話題を変えようとした。
「お前、どうしてハンター試験なんて受けようと思った訳よ」
 どうして僕がハンター試験を受けるのか。
 さっきまでは狐さんとの口論が発展して成り行き上、と思っていたけれど、
 今ならその本当の理由がはっきりと分かる。
 僕がハンター試験を受ける理由、それは…
「…君がハンター試験を受けに来たから、だと思う」
 僕は君の、ギコの偽物として生まれてきたから。
 だから僕は、影が実像に追いすがるように、ここにやって来たのだろう。
「何だそりゃ。
 理由としちゃあありなんだろうが、主体性の無い野郎だな」
 つまらなそうにギコがハンバーガーを頬張る。
「そういう君はどうなんだ」
「俺はまあ、あれだよあれ。
 何となくとか、風の向くまま気の向くままとか、適当にとか…
「君だって人の事言えないじゃないか。
 君には主体性はあるのかもしれないが、 理由が根本的に欠けている」
「はん。 試験を受ける理由なんざ、俺にとってはどうでもいい事さ」
 理由無き行動。
 理由無き殺し。
 外法狐。

1741:2004/12/15(水) 18:42

「お。
 おい、あれ見てみろよ」
 と、ギコが小声で僕に話しかけながら、遠くの方の席を指差した。
「あの人がどうかしたのか?」
 そこには、女子高生らしい女の子が座っていた。
 向こうは、僕達の視線には気づいていないらしい。
「お前の目は節穴か。
 あの胸を見て、お前は何も感じないのか?」
 成る程、確かにあの女子高生の胸は大きい。
 だがしかし、それがどうしたというのだろう。
「別に、何も。
 僕はCカップ以上のバストには、何ら興味が湧かないんでね」
「お前は馬鹿か!?
 おっきい胸の中にはな、夢とか希望とか愛が、一杯詰まってるんだよゴルァ!」
 こいつ、巨乳マニアだったのか。
 ならばとてつもなくどうしようもなく、こいつは真っ向から僕の敵だ。
「ただ大きければいいなんて滑稽だね。
 重要なのは形さ。
 何より、あの子は僕達と同じ年齢かそれ以下だ。
 僕としては、年上のお姉さんでなきゃホームランは打てない」
「はあ!?
 お前男なら年下だろうが!
 日本人はロリコンって統計も出てるんだぞ!?」
 激昂するギコ。
 どうやら、向こうにも譲るつもりは無いらしい。
「そんなにブルセラがしたいかこの変態め。
 未成年強制猥褻罪で逮捕されとけ」
 そしてそのまま獄死しろ。
 年上貧乳の素晴らしさが分からない奴に、生きている価値など無い。
「…どうやら、俺とお前とは本質的に相容れないようだな」
「全くだ。
 僕は君の偽物として生まれてきたのだ、
 なんて一瞬でも考えてしまった僕の愚かさが悔やまれてならない」
 こんなロリコン巨乳オタが、僕のオリジナルなんかである筈がない。
 というか、そうであってくれ。
「はッ、負け惜しみを。
 せいぜい今のうちに虚勢を張っておくんだなゴルァ」
「そっちこそ。
 僕の恋人を見たら、きっと腰抜かすぞ」
「!?
 お前、彼女いたのか!?」
 ギコが眼を見開いて仰天した。
「? そんなに驚くような事か?」
 正確には、恋人未満な訳だが。
 まあ、狐さんが居ない時くらい少しホラを吹いてもバチは当たらないだろう。
「いや、当然だろうが。
 何で、俺みたいな人間であるお前に、彼女なんて居るんだ?
 そんなのは、決してありえない事だぞ?」
「どうしてだよ」
「俺みたいな奴が誰かを本当に好きになったら、必ずそいつを殺すからさ」
 まるでさも当たり前の事のように、ギコは平然と言い放った。
「無茶を言うな、君は。
 好きになったらその人を殺すなんて、まるで―――」
 まるで、狐さんみたいじゃないか。
「言っとくが、これは大げさな冗談でも何でもねえぞ?
 俺には分かるし、お前も分かってるんだろうが。
 お前が深く関わろうとした奴は例外無く死ぬし、それが無理なら、お前自身が死ぬ。
 なのに何で、お前にゃ彼女なんてのがいるんだ?」
「……」
 そんな、馬鹿な。
 確かに僕は周りにいた人を大勢殺してしまったが、別に殺したかった訳じゃあない。

 …本当に、そうなのか?
 僕が気づいてないだけで、心の底ではそんな感情が無かったと言えるのか?
 いや、もしかしたら、そんな感情すら無くても、僕は殺せてしまうというのか?
 さながら、狐さんのように―――

「ま、もしかしたら俺の思い過ごしかもしれないがな。
 人の心なんてえのは、そう簡単に解明出来るもんでもないし、
 何より俺とお前とが、完全完璧に同じな訳でもねえ。
 鏡ってーのは、対象とそのまま同じ像を写すものじゃないからな」
 左右対称。
 あべこべな鏡合わせ。
 鏡像はあくまで実像とそっくりなだけであって、実像そのものではない。
「…と、そろそろ時間だな。
 そんじゃま、話の続きは試験会場についてからにしようぜ」
 ギコが最後のポテトを口に放り込んで立ち上がった。
 時計の針は12時20分を刺している。
 ここから歩けば、時間的には丁度いい位か。
「ああ、そうだ。
 最後に質問がある」
 おもむろに、ギコは僕に向き直って訊ねた。
「裸エプロンと裸ワイシャツ、どっちが好みだ?」
「裸エプロン」
 僕は即答した。
「…やっぱり、お前とは永遠に分かり合えそうにねえな、ゴルァ」
 どうやらギコは裸ワイシャツがお好きなようだった。
 この変態め。


                      〜続く〜

1751:2004/12/21(火) 01:57
 〜三十話〜

 ―――とある研究所の音声記録より抜粋―――

「『D』シリーズ、突然暴走を始めました!」
「障壁を落とせ!
 連中を絶対に外に出すな!」
「分かりました!
 ……、ば、馬鹿な!
 障壁をぶち破って!!」
「已むを得ん!
 廃棄処分にしろ!」
「じゅ、銃が効かない!?」
「何だあれは!
 何なんだあれはぁ!?
 う、うわあああああああああああああああああああああああ!」
「駄目だ!
 抑え切れない!
 逃げろ!
 逃げろお!」
「来るな!
 来るな化物!
 ッ、ぎゃああああああああああああああああ!」
「ひああああああああああああああああああああああああああ!」
「助けてくれ!
 死にたくない!
 死にたく……」



          @        @        @



「いいか!?
 裸ワイシャツってーのはな、その服装もさる事ながら、
 『一夜を共にした』というシチュエーションを連想させるのが本質なんだよ!
 『一夜を共にした』、『夜明けのコーヒー』、この素晴らしさが分からねえのか!?」
 ギコが大きく身振り手振りをつけながら、顔を真っ赤にして力説する。
「はッ、そんなもの裸エプロンの神々しさの前にはカス同然だね。
 人類3大欲求の一つである性欲を象徴する『裸』、
 そして同じく3大欲求の一つである食欲を象徴する『エプロン』、
 これらが組み合わさった裸エプロンの前に、敵など存在しない」
 僕も負けじと言い返す。
 全国の裸エプロンフェチの為にも、ここでギコに敗北する訳にはいかない。
「てめー!
 よくぞ言いやがった!
 こうなりゃ力ずくでも裸ワイシャツの優位性を思い知らせてやる!」
「望む所だ!
 所詮裸ワイシャツなど賊軍に過ぎないという事を、その身に刻んでやる!」
「はじゃー」
「ふぎー」
 とうとう取っ組み合いになってしまった。
 僕、何でこんな事してんだろう?

1761:2004/12/21(火) 01:57

「…と、こんな事してる場合じゃねえな」
「だね」
 5分程経ってから、僕達はどちらともなくお互いから体を離した。
 そう、こんな事してる場合じゃない。
 試験会場らしき公民館についたのはいいが、
 いくらその中を探せど、ハンター試験会場らしき場所は見当たらないのだ。
 その間にも、刻々と試験開始時間は近づいている。
「おい、お前。
 本当にここで合ってるんだろうな!?」
「その筈なんだけど…」
 やっぱり狐さんは嘘を教えたのだろうか?
 狐だけに、化かされてしまったのかもしれない(しつこいようだけど、ここ笑い所!)。
「ん?」
 と、僕は狐さんから渡された試験会場の場所の載ったメモ用紙の端に、
 何か書かれているのに気がついた。
「え〜と、『試験会場に着いたら、受付の人に「関東裸会の催しはどこですか?」、と訊ねるように』、だって」
 これはうっかりしていた。
 メモにこんな事が書かれていたとは、すっかり見落としていた。
「おいおいお前、そんな大事な事見落としてんなよ!
 危うく試験に間に合わなくなる所だったじゃねえか!」
「ごめんごめん。
 ま、でもまだギリギリ間に合うよ」
 本当に際どい所だったが、時間に遅刻して脱落という不様な真似だけはせずに済んだようだ。
「ったく、本当にしょうがねえなあゴルァ。
 そんなんでこれからの試験大丈夫なのか?」
 はあ、とギコが溜息をつく。
「まあ何とかなるさ。
 それに、元々ハンターになろうと思ってた訳じゃないんだし」
「じゃあ何でハンター試験なんて受けようと思ったんだよ?」
「とある人との、口喧嘩のなれの果てみたいなもんさ」
 あわよくば、「合格したら何でも言う事聞いてやる」との約束を利用して、
 むふふな欲望を叶える為というのもあるけれど。
「訳分かんねー。
 何だ?
 その口喧嘩の相手が、お前に試験会場まで教えた年上ツルペタ和服美人俺女か?」
「そうだよ」
 そして名前は外法狐という。
「もしかして、そいつがお前の言ってた恋人ってやつか?」
「そう」
 正確には友達上恋人未満、なのだろうけれど。
「しっかし、そいつよくハンター試験会場なんて知ってるな。
 もしかして、そいつハンターか何かなのか?」
「うん」
 さっきから相槌しか打っていない僕。
「はん、年上ツルペタ和服美人俺女でハンターねえ…
 こいつあ益々、俺の知ってる姉御とそっくりだぜ」
「姉御?」
「ん、ああ。
 俺の所属する組織っつーか、集団っつーか、家族っつーかの先輩でな、
 お前の言う奴に似てるのが居るんだよ。
 まあ年上で貧乳って時点で、俺のストライクゾーン外なんだがな」
「あっそ」
 年上や貧乳の良さが分からないとは、つくづく度し難い野郎だ。
「ま、そいつの前で貧乳だのおばさんだのとは言えないし、言うつもりも無いがね」
「どうしてだ?」
「殺される」
 一瞬の間も開けず、ギコは即答した。
「悪いが、あれと斬った張ったやらかすのはこの俺でも御免被るね。
 あんなん相手にしたら、命がいくつあっても足りやしねえ」
 心底恐れる口調で、ギコは言う。
「その人はそんなに強いのか?」
「ああ、強い。
 いや、強いなんてもんじゃねえ。
 ありゃあもう存在自体が反則だぜ。
 怪物や怪獣なんて言葉も、あれの前では可愛らしい。
 あれは、正真正銘の化物だ。
 例えるなら、ファイアーボールを5発当てても死なないクッパだ」
「へえ」
 そりゃまるで、狐さんみたいな人だな。
 でも…
「まあ、それでも僕の知ってる人の方が強いだろうけどね」
 あの人なら、狐さんなら、
 ファイアーボールを5発当てても死なないクッパだろうが、
 ベホマの通用しないゾーマだろうが、
 鼻で笑いながら超克してみせるだろう。
「いや、いやいやいやいやいや!
 お前それはありえねーぞ!?
 お前はあいつに会った事がねえから、そんな事が言えるんだって!」
「そっちこそ、あの人の事を知らないからそう言えるんだ」
「ああ!?
 てめえ俺の言う事が信用出来ねえ、っつーのかゴルァ!?」
「君こそ人の話を聞くつもりが無いみたいだね」
 こうして僕達は、再び口論を始めるのだった。

1771:2004/12/21(火) 01:58



          @        @        @



「っくし!」
 郊外のあばら家の前で、外法狐は一つくしゃみをした。
「ったく、風邪引いちまったかな。
 それともどこぞの馬鹿が、ろくでもねえ噂してくれやがってるか…」
 悪態をつきながら、入り口のインターホンを押す。
 すぐに家の中からドタドタという音がし、勢い良くドアが開け放たれた。
「1さ〜〜〜ん!!
 ようやく僕と君との愛の巣に来てくれたのか〜〜〜い!?」
 家から出てきたのは、8頭身だった。
「1さんじゃねえ。
 てか1さんがお前の家なんぞに来るか馬鹿。
 俺俺俺だよ、俺俺」
 呆れたように首を振りつつ、外法狐は8頭身に答える。
「何だ、狐か…」
「何だとは何だ。
 せっかくこうして来てやったのに、それが客を迎える態度か」
 腕を組んだままふんぞり返る外法狐。
「はいはい、分かりましたよ…」
 渋々と言えに外法狐を迎え入れる8頭身。
 家の中は、パソコン他あらゆる電子機器とそのケーブル、
 そしてお手製の1さん人形で埋め尽くされていた。
 常人なら、2秒で退出を願いたくなるような内装である。
「で、何の用?」
 8頭身が外法狐に訊ねた。
「仕事が見つからなくてね。
 何かおいしそうな情報はあるかい、外法八(げほう はち)」
 8頭身の差し出した茶を受け取りつつ、外法狐は言った。
「無い事もないけど…」
 8頭身が口ごもる。
「?
 何だよ、その間は」
「いや、何と言うか、お勧め出来なくてね。
 それでもいい?」
「いいから教えろって。
 使える情報かそうでないかは、聞いてからこっちで決める」
 外法狐はお茶を飲み干し、床に湯飲みを置いた。
「んじゃ教えるけど…
 仕事にはならないと思うよ?」
「分かったから早く言え」
「んとね、フシアナコンツェルンって知ってるよね?」
「ああ、あの日本有数の大企業だろ」
「そう。
 そしてその研究チームが、地下魔街(アンダーグラウンド)で
 非合法な実験を行ってるっていうのも、言うまでも無いよね?」
「…ああ」
 知っているも何も、元々外法狐は地下の出身なのだ。
 そういう意味では、8頭身よりもその手の情報には造詣が深い。
「で、その手のプロジェクトの一環として、
 最強の生物兵器を創ろうっていう計画があったんだ。
 その生物兵器の名は『Dシリーズ』。
 でぃのでぃによるでぃの為の生物兵器さ」
「下らねえ。
 その上むかっ腹が立つ」
 外法狐は嫌悪感を隠そうともしなかった。
 生物兵器の開発。
 その名の下で、どれ程の非道がなされてきたというのだろうか。
「それで、そのプロジェクトなんだけどね、最近ようやく成果が挙がったらしいんだよ。
 いや、成果なんてものじゃない。
 成功、それも大成功さ。
 そして、それ故そのプロジェクトを行っていた研究所は壊滅した」
「?」
「実験途中、『D』達が暴走してね。
 研究員は、その性能を自分達の命を持って実感したって訳さ」
「はん、自業自得だな」
 外法狐は吐き捨てるように言った。
 その口調には、一切の同情も含まれていない。
「そして最近、その『D』達が地上に上がって来たのが確認されたらしい」
 8頭身が外法狐の顔を見据える。
「勿論、まだ公にはなっていないけどね。
 それでも事が露見するのは時間の問題だろう。
 そうなる前に事態を揉み消すべく、フシアナコンツェルンはおおわらわさ」
「ふん。
 つまり、その後始末にハンターが要るって事か」
 外法狐が得心したように頷いた。
「いや、さっきも言ったように、この情報は仕事にはならない。
 フシアナコンツェルンはもう既にハンターを雇っている」
「へえ。
 それでそのハンターは?」
 外法狐が8頭身に聞いた。
「『妖滅(あやめ)【彩女】』の、『兇人絶技団(サーカス)』」

1781:2004/12/21(火) 01:59

「……!」
 外法狐の表情が強張る。
 8頭身の表情もまた、外法狐と同じく固いものであった。
「…そいつあ大事だな。
 よりによって『妖滅』かよ」
 外法狐が呟くように言った。
「そう。
 だから仕事にならないって言ったんだよ。
 あんな奴らの仕事を横取りするなんて、割りに合わなさ過ぎる」
「だな」
 外法狐は軽く横に頭を振る。
「しゃあねえ、地道に他の仕事探すとするか」
 外法狐は残念そうに溜息をつきながら立ち上がった。
 用件が済んで、帰る事にしたらしい。

「あ、そうだ」
 外法狐が思い出したように言った。
「八、そういやお前、あの坊主今何やってるんだ?」
「ああ、あいつか。
 悪いけど分からないな。
 またいつものように、ふらっとどっか出て行ってそれっきりさ」
 8頭身が外法狐にそう返す。
「そうか。
 いや、久し振りに顔でも見てやろうと思ったんだけどな」
「向こうは迷惑だろうけどな。
 この前といい、もう少しあいつに優しくしてやったらどうなんだい?」
「だってあいつ、『ツルペタ年増女なんか眼中にねえ』とか言うんだぜ?
 そりゃ俺だって相応の態度を取らせてもらうさ」
「…君の場合、手加減したつもりでも洒落にならないんだよ。
 ま、見かけたらまた教えるさ」
「ああ、頼むよ」
 そういい残し、外法狐は8頭身の家を後にした。



          @        @        @



「へえっきし!」
 ギコがいきなりくしゃみをした。
 てかこっち向いてくしゃみなんかすんな。
 服にかかったじゃないか。
「うー…
 どっかで巨乳ロリ少女が俺の事噂してるな」
「それは無い」
 断言出来る。
 それは絶対に違う。
「夢の無い事いうなよ〜」
「それは夢だったのか!?」
 陳腐な夢だ。
 どうせなら年上貧乳お姉さんが噂してるとか、そういう大きな夢を持つべきだろう。
「ま、いいじゃん。 それより急ごうぜ。 もうあんまり時間が無い」
「だね」
 残り10分。
 急がねば、間に合わない。
「すみません、あの」
 僕は公民館の受付の人に声をかけた。
「はい、何でしょう」
 そばかす顔の受付嬢さんが、僕に訊ね返す。
「関東裸会の催しはどこですか?」
 狐さんのメモ通り、僕はそう言った。
「かしこまりました。
 こちらになります」
 受付嬢さんが立ち上がり、僕達を案内する。
 通路を進んで行き、僕達が辿り着いたのは…
「こちらでございます」
 受付嬢さんが一礼して僕達に手で指し示す。
 でも、そこにあるのは何の変哲も無いただの壁だった。
「あの、これってただの壁…」
 僕がそう言おうとした瞬間、重い音と共に壁の一部が動き出した。
 程無くして、壁のあった部分がエレベーターへの入り口へと姿を変える。
「隠し扉、か」
 ギコが嘆息する。
 まさか、公民館にこんな隠し機能がついていたとは。
 ひょっとしたら合体ロボとかも隠されてるんじゃねえだろうな?
「ご検討をお祈りしております」
 受付嬢さんが深く頭を下げる。
「あ、ども」
 釣られて、僕も会釈を返した。
「んじゃまあ、行こうぜ」
 ギコが急かすように僕にそう告げる。
「うん」
 僕とギコは、並んで隠しエレベーターの中へと入り込む。
「鬼が出るか邪が出るか…」
 エレベーターの入り口が閉まるのを見ながら、僕は小さくそう呟いた。


                      〜続く〜

1791:2004/12/22(水) 01:03
 〜三十一話〜

 静かに音を立てながら、エレベーターはゆっくりと下に移動していった。
 しかし移動を始めてからかれこれ5分が経とうというのに、
 エレベーターは止まる気配を見せない。
 まさか、このまま地球の裏側まで行くんじゃねえだろうな。
「……」
 ふとギコの横顔を見ると、何やら暗い顔をしていた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
 僕はギコにそう言った。
「…いや、何でもねえ。
 ただ、地下にはいい思い出が無くってな」
 地下にいい思い出が無いって、生き埋めにでもされた経験があるのか?
「そう。
 ならいいけど…」
 これ以上深く探るのも失礼なので、僕はそこでその質問を止めた。
 誰にだって一つや二つくらい、言いたくない過去はあるだろうから。
「そういえばさ」
 僕は質問を変える事にした。
「その竹刀袋の中って、何が入ってるんだ?」
 始めてギコにあった時から、気になっていた事だった。
 まさか、本当に竹刀が入っているだけな訳ではあるまい。
「ん、ああ。
 今見せてやるよ」
 ギコが竹刀袋の入れ口を開ける。
 その中から出てきたのは、一本の日本刀だった。
「これは物心つく前から常に、俺の傍らにあった刀だ。
 言ってみりゃあ俺の腕の延長みたいなものさ」
 自慢げに日本刀を見せびらかすギコ。
「…さいですか。
 で、君はそんな物騒なものを常に携帯してるのか?」
「おうよ」
 銃刀法違反で捕まれ、この通り魔。
「そんなもの持ち歩いて何するつもりなんだよ…」
「殺す」
 ギコは即座に返答した。
 刀を何に使うか。
 そんなの、決まっている。
 殺す為だ。
 一切合切、殺す為に他ならない。

1801:2004/12/22(水) 01:03

「…なあ」
 今度は、ギコから僕に訊ねてきた。
「お前、人を殺した事はあるか?」
 まっすぐに、ギコは僕にそう問うた。
 これ以上無いくらい純真に。
 これ以下無いくらい愚直に。
 ギコははっきりとそう聞いてきた。
 僕が、人殺しなのかどうかという事を。
「……」
 こいつに嘘をつく事など無意味だし、元より嘘をつくつもりも無かったが、
 それでも僕は答えを返すのを躊躇った。
 でも、僕ははっきりと言わなければならない。
 ギコの質問に、答えなければならない。
「…あるよ」
 それだけ、僕は答えた。
 殺した。
 みんな殺した。
 直接僕が手を下したのは一人だけど、
 大勢の周りの人を僕の所為で殺してしまった。
「ふうん。
 やっぱそうか」
 予め僕の答えを予測していたかのように、ギコは頷いた。
「で、殺した時お前はどんな気持ちだった?」
 ギコは更に容赦無く僕に訊ねる。
 まるで、自分自身に問うているかのように。
「…嫌だったよ。
 最低最悪の思いで一杯だった。
 自分を殺したくて、仕方がなかった」
 今も、そう思っている。
「そっか。
 それを聞いて安心した」
「どういう事だ?」
 安心したって、どういう意味なんだ?
「いやな、たまにいるんだよ。
 殺す事を一種のステータスのように思っているような奴が。
 人を大勢殺すのが、凄い誇らしい事のように錯覚してるクズ野郎が。
 どうやら、お前はそんな奴じゃなかったようだ。
 だから、安心した」
 ギコはそう言って、軽く微笑む。
 僕には絶対に真似出来ないような顔で、微笑む。
「そりゃどうも…」
 僕は苦笑するしかない。
 作り物の表情で、苦笑するしかない。

「…君は、人を殺した事があるのか?」
 僕は一体何を聞いているのか。
 よりによってこいつに、『人を殺した事があるのか』だって?
 馬鹿馬鹿しい冗句だ。
 果々(はかばか)しい冗長句だ。
「あるよ」
 そっけなく、ギコは答えた。
「殺した。
 何人も殺した。
 男も女も子供も老人も、更には人間以外だって何人も何匹も殺してきた。
 俺は、屍の山の上に立っている」
 ギコが僅かに、眉をひそめる。
 こいつの偽物の僕でない限り分からない程、本当に僅かに。
「…君はその時、どう思ったんだ?」
 無為と知りつつ、僕は質問を続ける。
「思わなかったね、何にも。
 誰を殺そうが何を殺そうが、殺す時には何も思わなかったね」
 殺す時に何も思わない。
 何も持たない。
 何も感じない。
 何も得ない。
 何も失わない。
 何も残さない。
 それ故何も、理由が無い。
 あれ?
 知ってるぞ。
 僕はこんな欠落者を、
 こんな逸脱者を、
 知っているぞ?

1811:2004/12/22(水) 01:04

「でもな、殺した後にはきっちり後悔するんだ。
 何で俺まだ生きてるんだろーなー、って。
 何で死なないのかなー、って。
 そう考えてしまうんだ。
 それでも俺はこれからも殺し続けるだろう。
 死ぬまでずっと、殺し続けるだろう。
 そして…」
 ギコが、僕の目を正面から見据えた。
「多分お前も、同じ道を歩む。
 お前が正しく、俺の複製品としての運命の元生まれてきたというならな。
 俺と同じで、偽物の運命を辿る筈だ」
 きっぱりと、ギコは言い切った。
 何の疑いも無く。
 何の迷いも無く。
「…まるで、自分の事のように言うんだな」
 僕は言った。
 何て、戯言。
「自分の事、だろ?」
 シニカルにギコは笑う。
 全くその通りだ。
 こいつの事は、一から十まで僕自身の事だった。
「俺はね、漠然とながら感じているんだよ。
 お前が俺の真似をするという運命を感じたように、俺自身の運命も。
 俺は、ある定められた誰かを殺す為に生まれてきた。
 それが誰なのかは、分からない。
 でも、確信できるんだ。
 世界は俺に、そいつを殺させる為に俺を創り出した、と。
 だから殺す。
 それが分かるまで、殺し続ける。
 そしてお前はそんな俺の代用品だ。
 だから殺す。
 お前は殺し続ける。
 それが自分で手を下すかどうかは別として、お前は殺し続ける。
 死ぬぞ。
 もっと死ぬぞ。
 俺やお前の周りでは、人がどんどん死んでいくぞ。
 俺もお前も、そういう運命の下に生まれて来たんだ。
 望むに望まぬに関わらず、死と殺しは常に俺達の傍に在る」
 何だ。
 何なんだこいつは。
 いや、こいつが、こいつこそが、そうだというのか。
 こんな歪な化物が、僕の原型だというのか。
 『誰か』を殺す為―――
 それは一体、誰だっていうんだよ。
「…僕以外で、君に良く似た人間を一人、知っている」
 僕の意思とは無関係に、僕の口が勝手にその言葉を紡いだ。
「へえ?
 お前以外にも、俺のそっくりさんはいたんだ」
「…似ている、と言っても、僕のとは性質が違うけどね。
 僕は君と魂の形が似ているとするならば、
 その人は、魂の向いている向きが似ている」
 ギコはまるで、
 そう、ギコはまるで―――

 ―――狐さんと、同じような。

「はん、どこのどいつかは知らねえが、そりゃけったいな奴とお知り合いだな。
 差し出がましいだろうが、そんな奴とは縁を切るのをお勧めするぜ。
 でなきゃ、そいつはいつかお前を殺しにくるだろうからよ」
 ギコは「くっく」と含み笑いを漏らした。
 ギコの言う通りだ。
 実際、僕は狐さんに殺されかかっている。
「ま、お前がそいつを、殺すかもしれねーけどな」
 ギコは付け加えた。
 だがしかし、その可能性は絶無と言って差し支えないだろう。
 あんな人を殺すなど、核ミサイルでも使わなければ不可能だ。

「……!」
 と、ようやくエレベーターが動きを止めた。
「いよいよって訳だな…」
 ギコが低い声で呟く。
 そして、エレベーターのドアがゆっくりと開いていき―――

1821:2004/12/22(水) 01:04

「――――――!」
 僕は目の前の光景を目にして呆然と立ち尽くした。
 人、人、人。
 見渡す限り人だらけ。
 ざっと見ただけで、1000人以上はいる。
 まさか、ここにいる全員がハンター試験の受験者なのか!?
「…こりゃまた、手厚いご歓迎で」
 ギコが嘆息する。
 僕とギコには、周囲からの視線が一斉に集まっていた。
 僕達を品定めするような眼。
 嘲るような眼。
 見下すような眼。
 およそ友好的な関係は築けそうにない。

「みっなさ〜〜〜〜〜ん!
 ようこそ第64回、ハンター資格試験in日本においで下さいました〜〜〜〜!!」
 突然、あまりにも場違い過ぎる陽気な声が、
 マイクのエコーつきで会場に響き渡った。
 驚いて声のした方を見てみると、そこにはツインテールの似合う若い女がマイクを持って立っていた。
 さっきのは、あいつか。
「え〜〜〜、テステス、テステステス、
 只今マイクのテスト中」
 マイクのテストは最初にやれよ。
「コホン…
 あ〜〜〜皆様初めまして。
 私、柊華折(ひいらぎ かおり)、かおりんと申します。
 かおりん祭りと呼んで下さ〜〜〜!
 新スレおめでとうございま〜す!」
 新スレって何ですか。
 新スレって。
「まあ、私なんかの自己紹介を聞く為にこんな辺鄙な場所に来た訳じゃないですよね。
 それでは早速、一次試験の内容を発表させていただきま〜〜〜す!
 オウイエ〜〜〜〜!」
 すげえ。
 天井知らずのハイテンション。
 あの人頭が100℃を超えて沸騰してんじゃねえのか。
「俺、いくら胸が大きくてもああいうタイプはパスだわ…」
 ギコが絶句する。
「奇遇だね。
 僕も同意見だよ…」
 珍しい事もあるものだ。
 まさかこいつと、女性の好みが一致するとは。
 奇跡はやっぱり起こるものだったんだ。
 奇跡は起こらないから奇跡とは誰の言葉だったか。
「第一次試験、その内容は〜〜〜!」
 デレデレデレデレデレデレと自分の口でドラムロールを演出するかおりん。
 どうでもいいからさっさと教えろ、この気違い(放送禁止用語)。
「ババン。
 何と、腕相撲で〜〜〜〜〜〜す!
 ルールは単純、誰とでもいいから腕相撲で勝負。
 勝ったら残り、負ければ退場。
 それだけで〜〜〜〜〜〜す!!」
 腕相撲?
 そんな簡単な試験でいいのか?
「…成る程ね」
 一人納得したように呟くギコ。
「つまりは、手っ取り早く人数を半分に減らそうって魂胆か。
 それとも、ここで落ちるような奴に端から用は無いって事かもな」
 そうか。
 この試験内容なら、少なくとも一気に人数が2分の1まで削られる。
「そんじゃ、俺は適当に相手を探してくるぜ。
 いきなりお前と対決するのもアレだからな」
 そう言って、ギコはさっさとどこかに行ってしまった。
 いや、僕をこんな所で一人にしないでくれ…

「おい、そこの兄ちゃん」
 いきなり、浅黒マッチョ男が僕に声をかけてきた。
 マッチョ。
 主食はプロテインです、って真顔で答えそうなくらいマッチョ。
 筋肉に話しかけてそうな程マッチョ。
 有り体に言えば黒い中山きんに君。
 キンニクマンゼブラ…って、今の若人には分からない人もいるかな。
「お前の相手はこの俺だ」
 …狐さん。
 どうやら僕、いきなり失格のピンチみたいです。


                      〜続く〜

1831:2004/12/26(日) 22:54
 〜三十二話〜

「それでは栄えある一組目の対戦者が決定しました〜〜!」
 僕とマッチョの腕を取りながら、不思議を通り越して不可思議系馬鹿女ことかおりんが腕相撲対戦台へと案内する。
 見た感じは、何の変哲も無い腕相撲台。
 僕とマッチョが昇ったって来たやつの他にもいっぱい同じような台が設立されているが、
 まあこれぐらいの数が無ければここにいる受験者全員を短時間で捌く事は出来まい。
「おいおい… あんなの勝負になるのか…?」
「ラッキーだな、あんな餓鬼と対戦できるなんて…」
 壇下からヒソヒソ話が聞こえてくる。
 どうやら、僕が勝つとは誰一人思っていないようだ。
 てか、僕でもそう思う。
「それではお二人様、台の上に肘をついて下さ〜〜〜い!」
 かおりんに言われるまま、僕は台に肘をついてマッチョと手の平を合わせた。
「一秒で決着つけてやるぜ」
 マッチョが三角筋をひくつかせながら自信気にほくそ笑む。
 にやけるマッチョ。
 すんごい、不気味だ。
「それでは準備はよろしいですか!?
 いきますよ〜〜。
 レディ〜〜〜〜〜〜〜…」
 半分諦めつつ、『劣化複製・不死身の肉体』を発動させる。
「GO!」
 その合図と共に、凄い力が僕の右腕に襲いかかった。
 一秒で決着をつけるとの宣言通り、マッチョは一気に決着をつけにきたみたいだ。

「!!!」
 しかし、腕を台の上にねじ伏せられたのはマッチョの方だった。
「!?」
 僕自身、自分が勝ったという現実に信じられない。
 そんな。
 これだけの体格差で、どうして?
 …まさか。
 いや、まさか。
 念能力というのは、これ程までに常人離れしたものだというのか!?
 『念を使えない奴にとってみりゃ、俺達は化け物も同然さ』
 いつかの狐さんの言葉が、頭の中で復唱される。
 そうか、あれは、つまりこういう事だったのか。
「勝負あり〜〜〜!
 こちらのお兄さんの勝ちです〜〜〜!
 パフパフ〜〜〜!」
 かおりんが僕の腕を取って頭上へと掲げた。
 場内では、明らかにどよめきが起こっている。
 万馬券が出てしまった時のように、降水確率0%で雨が降ったように、
 皆が僕の勝利に驚愕していた。
「ま、待て!
 これは何かの間違いだ!
 もう一回勝負させ…」
「ポチっとな」
 何とか食い下がろうとしたマッチョを尻目に、かおりんが何やら変なボタンを押した。
 直後、マッチョの足元の床が開き、「あああ〜〜〜」という悲鳴と共にマッチョは穴の中へと落っこちていった。
「言い忘れてましたが、敗者は問答無用で退場させていただきま〜す。
 あ、でも安心してくださいね。
 穴に落ちた後はちゃんとリサイク… じゃなくて、
 責任持って上の公民館まで戻してあげますから。
 どうか心配なさらないでくださ〜〜〜い」
 『リサイク』の後何を言おうとしたのか気になったが、それ以上は考えない事にした。
 でも、よかった。
 負けなくて、本当によかった…!
「それでは開幕式も終わったので、ちゃっちゃと済ませましょ〜」
 かおりんは、陽気な声で一次試験を進行させていくのであった。

1841:2004/12/26(日) 22:55





「ふい〜〜〜、ようやく全試合が終了しましたね。
 これで一次試験はお終いで〜〜〜す!」
 周りを見渡せば、受験者の数は明らかに入った時に比べて激減していた。
 およそ、半分くらい。
 というか正しく半分にまで減ったわけなのだが。
「よお、ええかっこしい。
 まさかとは思っていたが、やっぱ念を使えたんだな」
 後ろからギコが僕の肩を叩く。
「まあね。
 ところでさっきの君のは何なんだ?
 見たところ、念を使ったようには見えなかったけど」
 ギコの腕相撲の相手は、僕程とは言わないけれど、相当にガタイのいい奴だった。
 それをギコは、苦も無く倒してのけたのである。
 その光景は、まるで相手が自分から倒れるようでもあった。
「合気の一種みたいなもんさ。
 色々、そういう殺人術は習わされたんでね」
「合気は武道じゃないのか?」
「武道なんてーのは、突き詰めりゃあただの殺人技さ。
 まあ今みたいな世の中じゃ、殺す為に技を使えないから誤解するのも無理はないけどな」
 物騒な話だな、おい。
 しかしまあ現代において殺す為の技を習得する事に、
 あまり付加価値がないというのは同意である。
 事実空手だの柔道だのの初段より、英検1級の方が社会では役に立つだろう。
「しかし、あんな日と目につく所で念を軽々しく使うのは感心しねえな」
 ギコが咎めるような視線を僕に向けた。
「どうして?」
「阿呆かお前は。
 あれだけの体格差がある相手をお前みたいな平凡な兄ちゃんが軽々倒せば、
 誰でも警戒するだろうが。
 お前が大きな障害になるかもしれないっつー理由で、
 誰かが邪魔をしないなんて保証はどこにもねえんだぞ?」
「……あ」
 そういや、その通りだ。
 僕としては余程の事が無い限り、フェアプレイはするつもりではあるが、
 ここにいる全員が全員、そんなスポーツマンシップにのっとった連中ばかりではないだろう。
 出ている杭は打つ。
 垂れ下がる足は引っ張る。
 本気で『ハンター試験』に合格する気があるなら、それぐらい平気でやる奴は、間違いなく居る。
「中には、他人を蹴落とす事だけを目的に『ハンター試験』を受ける奴もいる。
 『新人潰し』って糞ったれな異名まで持つ馬鹿も、存在するらしいしな」
 『新人潰し』。
 そりゃまた随分と不名誉で下種な通り名だ。
「しまったね。
 迂闊にも程がる」
 僕は自分の余りの迂闊さに呆れ果てた。
 あーあ。
 やっちゃったよ。
 これからどーすっかなー。
「ま、そんなに心配するなよ。
 いざって時は、俺が助けてやっからさ」
 ギコがはにかみながら言う。
「そいつはどうも。
 でも、何だって僕にそんな事をしてくれるんだ?」
「友達だろ?」
 当然のように、ギコは答えた。
「…そっすか」
 僕はそう返すので精一杯だった。
 何で、どうして今日会ったばかりで、
 こいつはこんなにも屈託なく「友達だ」って言えるのだ。
 僕には、出来ない。
 僕には到底そんな事は出来ない。
 所詮、僕はこいつの劣化コピーにしか過ぎないという事か。
 本物であるこいつの前では、無意味な存在という事なのか。

1851:2004/12/26(日) 22:55

 ぞくり。
 体を駆け抜ける不安。
 もし、狐さんとこいつが出会ったら?
 狐さんは、こいつを選ぶのではないだろうか。
 いや、きっと選ぶ。
 だって、僕は、こいつの、代用品でしか、ないのだから。
 本物の、代わりにしか、過ぎないのだから。
 だから狐さんは、僕でなくギコを選ぶ。
 偽物は、どこまでいっても偽物――――――――


 ――――――――なら、本物(オリジナル)を殺せばいい。


 ――――――――!
 何だ。
 今、僕は何を考えた。
 違う。
 僕は、こいつを、ギコを殺したいなんて思っていない。

 ニセモノガホンモノニナリカワルニハ、
 ホンモノヲケスシカナインダゾ?

 違う。
 僕は、
 僕は―――

「おい、どうした?
 顔色悪いぞ?」
 ギコのその声に、僕は反射的に叫び声をあげそうになった。
「…何でもないよ」
 何て卑劣な奴なんだ、僕は。
 ギコは心から僕を友達と言ってくれたのに、
 僕は今、一瞬でもこいつを殺そうと考えてしまっていた。
「皆さ〜〜〜ん!
 ご静聴願いま〜〜〜す!」
 底抜けに明るい声が、会場に響く。
 今回ばかりは、あの脳足りんのハイテンションに救われた気分だ。
「それでは、只今より二次試験に移りたいと思います!
 ではまず、近い人どうしで30人ずつのグループを作って下さい」
 僅かにざわめきが起こったが、周りの人達がかおりんの言うままグループに分かれていく。
 僕達も、近くに居た人と一緒になって30人の組を作った。
「では今から係の者がとある物を渡すので、
 グループにつき一つずつ受け取って下さ〜〜い!」
 と、どこからともなく黒服連中が現れ、それぞれのグループにロープみたいな物を手渡していった。
 いや、あれはロープみたいなものじゃなくて、ロープそのものだ。
「受け取りましたか?
 受け取りましたね。
 では、今から二次試験のルールを説明しま〜〜〜す、ブイブイ!」
 ブイブイは余計だ。
「二次試験の内容は何と!
 長縄跳びで〜〜〜〜〜〜〜〜す!」
 その時、会場の空気が凍りつくのが手に取るように分かった。
 はあ!?
 長縄跳び!?
 どこぞの小学校のお遊戯会なんだ、それは!?
 そんなものが二次試験の内容なのか!?

1861:2004/12/26(日) 22:55

「ふざけんな!
 俺達は運動会しにここまで来たんじゃねえぞ!」
「そーだそーだー!」
 当然ながら会場のあちこちから野次があがる。
 僕も、国会よろしく暴言の一つでも飛ばしたい気分だ。
「文句がある方は、どうぞ遠慮無く帰って下さ〜〜〜い」
 その言葉に、その場の全員が黙りこくる。
 ハンター試験を棒に振ってまで、試験官に歯向かう馬鹿はいないらしい。
「んじゃ、静かになったところで説明を続けますね〜。
 ルールは簡単。
 二次試験の合格条件は、2時間以内に30人組で長縄跳びを連続で500回成功させる事で〜〜〜す!
 合格者に上限はありませんが、達成した組がなければそこで今年は全員不合格で〜〜〜す」
 何人でも合格する可能性もあるが、逆を言えば何人でも失格する可能性もあるという事。
 つまりは、オールオアナッシングというやつか。
 でも、ここに居る人は皆、運動神経の良さそうな人ばっかりだ。
 いくら何でも、長縄跳びというのは簡単過ぎるのではないだろうか?
「それでは、二次試験開始で〜〜〜す!」
 かおりんが開始の合図である笛を吹く。
 同時に、会場の上の方の電光掲示板に残り時間を表す数字が映し出された。
 残り、1時間59分52秒。
「ぐずぐずすんな、すぐに始めるぞ!」
「急げ!」
 受験者が全員、さっそく長縄跳びを開始する。
「おい、ぼさっとしてんなよ。
 俺達も始めるぞ!?」
 ギコが僕の袖を引っ張った。
「じゃあ、俺とこいつがロープを回す」
 僕のグループの男性二人が、縄を回す役を買って出た。
 特に反対する理由も無いので、皆がそれに従う。
「いくぞ、せーっの!」
 男がロープを回し始める。
 それに合わせて跳躍を始める僕達。
 大の大人が、皆で揃って長縄跳び。
 傍から見れば、とてもシュールな光景だろう。
「1!2!3!4!5!」
 数を数えながら跳躍を続ける。
 6回、7回、8回、9回…
「!!」
 10回目を跳ぼうとした時、ロープが誰かの足に引っかかった。
 これで、もう一度1からやりなおしである。
「ドンマイ!
 もう一度だ!」
 ロープを回していた人が声を掛け、めげずに再チャレンジを試みる。
「7!8!9… !!」
 またもや、10回目直前で失敗。
 嘘だろう?
 僕はともかく、これだけ身体能力の高そうな人達が集まって、
 どうしてこんなに早く失敗するんだ!?
「はッ、成る程ね」
 ギコが、納得したように呟いた。
「何とまあ意地の悪い試験を思いつくもんだ。
 下手すりゃ、ここで全員不合格になるかもな…」
 駆る口を叩くギコの目は、笑っていなかった。

1871:2004/12/26(日) 22:56



          @        @        @



 廃屋と化したビルの一室で、二人の男が向かい合っていた。
 一人は、フーンの顔をした8頭身の青年。
 もう一人は、人間と呼ぶには余りに獣じみた、余りに獰猛な外見。
 辛うじて、男、いや、雄というのが判別出来るくらいの…
 それくらい人間離れした様相だった。
「…GUUUUUUUU……」
 しかし、精神的に圧しているのは普通の人間にしか見えない青年の方だった。
 ジリジリと、ジリジリと、獣のような男が後退していく。
 まるで、本能的に危険を察知しているかの如く。
 今にも、逃げ出そうとしているかの如く。
「GUOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
 しかし、獣のような男の闘争本能は、逃走本能を凌駕していた。
 バネに弾かれたように、猛スピードで青年に跳びかかる。
「ほう、素晴らしい速さだ。
 だが…」
 青年が、クンッと指を動かして―――

「その速さが、仇になったな」
 それは一瞬の出来事だった。
 獣のような男の体が、頭から爪先にかけて次々と、
 次々と輪切りになっていく。
 まるで鋭利な刃物に切り裂かれたかのように、限りなく平面に近い傷口を晒しながら、
 獣のような男はバラバラになって血の海に沈む。
 恐るべきは、青年は指を動かす以外に何も行動を起こさなかった事。
 そう、青年はそれ以外何もしはしなかったのだ。
「OK、標的ゲット」
 青年が決め台詞を言う。
「流石だよな、俺ら」
 青年の後ろから、これまた青年にそっくりな男が現れる。
「おお、弟者。
 そっちは済んだのか」
 獣のような男を解体したばかりの青年が、自分とそっくりな男に話す。
「ばっちりだ、兄者」
 弟者と呼ばれた男がガッツポーズをする。
「ふむ。
 『D』というのがどれ程のものかと思ったが、存外に手応えが無かったな」
「いいや兄者。
 俺達が強過ぎるのさ」
「それもそうか。
 まあ、俺の『殺人技術』と、お前の『殺人奇術』に、敵などいる筈がなかったな」
「その通りだ」
 兄弟が声をあげて笑う。
「さて、早いとこ『掃除屋』に電話を入れるとするか…
 ……ん?」
 兄者と呼ばれた男が携帯電話を取り出したその時、電話が振動した。
「もしもし、俺だ」
 電話にそう告げる兄者。
『面倒な事になった』
 電話の主は、開口一番そう言った。
『Dの残党が包囲網を突破したらしい。
 急いで追撃に当たってくれ』
「…ほう、少しは、骨のある奴がいたという事か」
 兄者が感心したように呟く。
『そういう事だ。
 俺もすぐにそちらと合流する。
 零母那(レモナ)にも連絡を伝えておいてくれ』
「ああ…
 分かったよ、裏螺(うらら)。
 で、そいつらはどっちに逃げたんだ?」
 兄者が訊ねる。
『詳しくはまだ分からない。
 だが、西へ逃げたのは確かなようだ』
「西、か」
 兄者が復唱する。
「OK分かった。
 すぐにでもそちらに向かおう」
 それだけ言って、兄者は電話を切った。
「兄者」
 弟者が告げる。
「ああ、今すぐ出発だ。
 お前はレモナに電話を入れてくれ」
 兄者は弟者にそう言い、弟者が携帯電話を取り出すのを確認すると、
 弟者から視線を外してそっと呟いた。
「妖を滅する彩なる女、魔を断ち切る真なる琴月、鬼を祓いて木を払う、
 獣の死に十字をきって、人を吊るすは一つの理、それら法を外れし下なる方、
 我は『禍つ名』、字は『妖滅(あやめ)【彩女】』。
 殺す由を排除して、殺す故を駆逐して、今宵一つの刃と化さん。
 我に最早、己は無い」


                     〜続く〜

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<削除>

1891:2004/12/30(木) 03:44
 〜三十三話〜

「!!」
 またもや、誰かの足にロープが引っかかって失敗した。
 これで、通算79回目の失敗。
 残り時間は既に30分を切っている。
 一回跳ぶのに1秒かかるとして、500回だから少なくとも500秒。
 つまり、8分20秒は時間が必要だという事だ。
 そろそろ、失敗は許されなくなってきているというのに、
 僕達は未だに半分の250回の跳躍すら成功していなかった。
 ちなみに今までの最高回数は、87回である。
「お前何ひっかかってんだよ!」
「お前がぶつかってきたからだろうが!」
 ついには、グループ内で喧嘩が起ころうとしていた。
 まずい。
 こうなっては、もう絶対に成功しない。
 実際にこうして長縄跳びをして分かった。
 長縄跳びに必要なのは、高度な個人身体能力ではない。
 確かに500回跳躍出来る程度の、最低限度の身体能力は必要だが、
 ここにいる人間にはそれくらい全員備わっている。
 長縄跳びに必要なのは、本当に必要なものはそんなのもではなく、
 連帯感と信頼感、これだけだ。
 逆を言えば、それがなければ長縄跳びは不可能である。
 個人がいくら強大な能力を持っていようと、関係無い。
 お互いに息を合わせる事が、長縄跳びの秘訣なのだ。
 少しでもタイミングが乱れれば、やがてそれは大きな差異となって、
 体と体がぶつかる、跳び越せると思った筈のロープに足が引っかかるといった形で、失敗に結びつく。
 20回や30回なら、そんな少しの乱れなど押し通せるのかもしれないが、
 500回という膨大な回数の前では、致命傷だ。
 ようやく理解出来た。
 この一件遊びのような試験で、何を試されているのか。
 始めて会ったばかりの見ず知らずの人間とチームを組んでも、
 一定の成果を挙げる能力があるかどうか。
 『ハンター』の仕事をしている上で、突然誰かと協力関係にならねばならない事なんて、
 当然のようにありうるだろう。
 その時、「こいつとは知り合いじゃないから実力が発揮し難い」なんてのは、
 言い訳にすらなりはしない。
 いつ、どこで、どんな奴とでもチームワークを発揮できる柔軟さ。
 それをこの試験では試されているのだ。
 しかしそれは言うほど簡単なものではない。
 少なくとも、今ここでそれを求めるのはかなり厳しい。
 何故なら、今ここで一緒に長縄跳びをしているのは、
 次の試験では敵になりうる連中なのである。
 昨日の敵は今日の友ならぬ、今日の友は明日の敵。
 自分の障害になるかもしれない人間と協力関係を結ぶなど、
 少しでも頭が回る奴なら躊躇うのが当然だ。
 だからこそ、だからこその―――『試験』か。
 ギコが言った『意地の悪い試験』というのは、こういう意味だったのか。
「お前の所為で不合格になるだろうが!」
「ああ!? 自分の無能を棚に上げるなよ!」
 今にも、取っ組み合いになってしまいそうだった。
 駄目だ。
 これでは、試験官の思う壺じゃないか。
 でも、どうすればいい。
 無理矢理喧嘩を止めたって、わだかまりが残っては根本的な解決にはならない。
 また失敗するのが落ちである。
 だけど、このままでは全員仲良く失格だ。
 そんなところだけ仲良く一緒になってもしょうがない。
 ああ、畜生。
 本当にどうすれば―――

1901:2004/12/30(木) 03:44

「やめないか君達!」
 と、よく通った声が殴り合いをしようとしていた連中の動きを止めた。
 僕達の視線が、その声の主に集まる。
 そこにいたのは、一人の青年だった。
「今はそんな事をしている場合じゃないでしょう。
 このままでは皆不合格になってしまいますよ?」
 青年が周囲を見回して言う。
「だけど、どっちみちこのままじゃ500回なんて…」
 グループの一員である男が口ごもる。
「ええ、確かにこのままでは無理です。
 しかし、勝算はあります」
 自信に満ちた表情で、青年は告げた。
「まず、ロープを回す人を交代しましょう。
 今回している人では、回す速度が微妙に違う為に、
 前と後ろでそれぞれジャンプのタイミングがずれてしまいます。
 そうですね…」
 青年が僕とギコの方を見やった。
「ロープを回すのは君達にお願いしましょうか。
 君達なら、息もぴったりでしょうから」
「はあ、分かりました」
 異論は挟まない。
 というか、短時間でそこまで見抜くこの人の眼力に敬服しさえした。
「で、次に私達跳ぶ側ですが…
 皆さん、隣どうしで手を繋いでください」
 青年の言われるまま、グループの人達が手を繋いで整列する。
「これで、他の人とジャンプのタイミングを合わせ易くなった筈です。
 いいですか、それでは始めますよ」
 青年が僕とギコに目で合図を送った。
 僕とギコはお互いに頷き合い、ロープを回す。
 鏡に向かい合わせの如き僕とギコに、タイミングや速度のすれがある筈も無い。
「1!2!3!4!5!…」
 掛け声と共に、全員が跳躍する。
 凄い。
 さっきまでとは大違いだ。
 たったあれだけの事で、ここまで一致団結出来るとは。
 僕とギコとのロープを回すタイミングが抜群というのもあるのだろうが、
 何より大きいのは、跳ぶ人どうしが手を繋ぐ、体の一部を接着させるという事だろう。
 文字通り人との触れ合いが、一時的にとはいえ、擬似的にとはいえ、
 安心感や信頼感、それから連帯感というものを作り出しているのか。
 手を繋ぐというのは、そういう心理的なものを狙ってのものだったのか。
 勿論ジャンプする時に繋いだ手は邪魔になるかもしれないが、
 そんなものを克服するくらいの身体能力は、
 この場所に残っている者なら有しているだろう。
 だからこそ出来るテクニック、そういう事か。
「!!」
 217回目の所で、誰かが足を引っ掛けて失敗してしまった。
「大丈夫、まだ時間は残っています!
 次こそ成功させましょう!」
 青年が皆を鼓舞する。
 残り時間は10分と少し。
 時間的に次が最後のチャンスである。
「1!2!3!4!…」
 僅かな可能性を信じて、再び跳び始める。
「187!188!189!190!191!…」
 ここまできたら、もうやり直す時間は無い。
 このまま失敗せずに飛び続けるしか、僕達には残されていないのだ。
「342!343!344!345!…」
 隣で歓声が上がる。
 どうやら、どこかのグループが成功したらしい。
 構うものか。
 いや、そんな事に構っている余裕は無い。
 集中力を切らすな。
 ふとした気の緩みがそのまま失敗に繋がってしまう。
「423!424!425!426!…」
 もう少し。
 もう少しだ。
 お願いだから、どうかこのまま―――

1911:2004/12/30(木) 03:44

「499!500…!」
 …やった。
 500回、達成出来たのだ。
 やったぞ!
「うおおおおおおおおおお!」
 最後の跳躍の直後、歓喜の声と共に全員が肩を組んで喜び合う。
 共に一つの事を成し遂げた友情すら、そこには生まれていたのかもしれない。
「やあ、お疲れ様。
 見事だったよ、君達」
 青年が、僕とギコの方に歩み寄って手を差し伸べてきた。
「いえ、そんな僕達は…」
 照れながら、僕は手を握り返す。
「でもあんた、俺とこいつと息がぴったりって、よく分かったな」
 ギコが青年に訊ねた。
「はは、そんなの一目見れば分かるよ。
 君達は、本当にそっくりだからね」
 青年が笑う。
 そっくり。
 鏡像。
 代用品。
 贋作。
 模造品。
 偽物。
 凡そ本物には到達し得ない虚偽。
「で、君達は兄弟か何かなのかな?」
 今度は青年僕達に訊ねた。
「いいえ、僕達は…」
「まるっきりの赤の他人だよ。
 出会ったのだって今日が初めてだ」
 僕の言葉を遮ってギコが答えた。
「ふうむ、それはまたなんとも…」
 考え込む青年。
 疑問に思うのも無理からぬ事だろうけど。
「…まあ、そういった偶然も世の中にはある、という事なのかもしれないね。
 ああそうだ、自己紹介が遅れていた。
 僕は山崎渉(やまざき わたる)という」
「僕は、宝擬古です」
「俺は擬古だ」
 やっぱり苗字を名乗らないギコ。
 そんなに格好悪い苗字か何かなのだろうか。
「二人とも擬古という名前なのか。
 これは益々奇妙な偶然だな。
 兎も角、次の試験もお互いに頑張ろう」
 もう一度手を差し出す山崎渉さん。
 僕と擬古は握手をし、軽く会釈した。

1921:2004/12/30(木) 03:45

「終〜〜〜〜〜了〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 大音量でかおりんのアナウンスが流れた。
 どうやら、今丁度2時間が経ったようだ。
「どうやら成功したのは2組だけみたいですね〜。
 それでは、残りの組には退場して貰いま〜〜〜す!」
「ちょっと待て!
 あんな遊びみたいな試験で失格なんて納得いく…」
 不合格になった連中が抗議しようとする前に、
 かおりんは腕相撲の時と同様変なスイッチで失格者を落とし穴の中へと叩き落した。
 彼等がどこへ行くのか、非常に不安だ。
「それじゃあ、早速次の試験内容を発表したいと思いま〜す。
 言っときますけど、今までのはほんの小手調べですよ?
 ハンター試験はここからが本番です」
 かおりんがパチンと指を鳴らすと、ロープを渡しに来た黒服たちが再び現れた。
 そして今度は、一枚の写真を僕達に手渡す。
 写真には、森の中みたいな風景が写っていた。
「3次試験は、この写真を写した場所を探して、そこに到着する事で〜す!
 合格定員は先着30名!
 早い者勝ちですよ〜〜〜!」
 この場所を探せって…
 このたった一枚の写真だけで、そうやって場所を特定しろってんだ!?
「それではよ〜〜〜い、スタート!」
 かおりんの掛け声と共に、周りの人が一斉にこの地下室まで来たエレベーターに殺到した。
 僕は巻き込まれるのが嫌だったので、落ち着くまで待つ事にする。
「ったく、また面倒な試験だな」
 ギコが僕の隣で舌打ちした。
 どうやら、ギコも一段落つくまで待っている事にしたようだ。
「どうよ?
 お前さんこの写真の場所に見覚えとかある?」
「ある訳無いだろ。 君は?」
「俺も分からん。
 凄く深い森のようではあるが…
 これだけじゃどうしようもねえな」
 肩を落とすギコ。
 本当に、どうやってこの場所を調べようか。
「ま、ここで考えてもしゃあねえ。
 上に戻ったら、どっか落ち着ける場所で考えようぜ」
 ギコが苦笑しつつ、写真の風景に目を向けるのだった。

1931:2004/12/30(木) 03:45



          @        @        @



『あんたが、俺が殺さなきゃならない相手なのか?』
 地下で、
 あまり嬉しくない生まれ故郷への久々の帰郷で出会った坊主は、
 開口一番外法狐に言ったのはこの言葉だった。
 まるで世界の全てを憎んでいるような―――
 諦めているような―――
 そんな目をしていた坊主。
 かつての自分と、同じ目をしていた坊主。
 外法狐はそんな坊主を『外法』に迎え入れた。
 それが興味だったのか、単なる気紛れだったのかは、
 今となっては外法狐自身にも分からない。
 ただ一つ言えるのは、その坊主は『外法』の中ですら変り種の異端児であったという事。
 『外法』殺意は、不特定の、それこそ人間に限らない全てに向けての、
 無差別で無区別で無軌道な殺意である。
 理由も無ければ必然性も無い、殺す為に殺す、殺す為の存在だから殺す者の集団である。
 だが、あの坊主は違った。
 あの坊主は誰でも殺せばいいというものではない。
 殺意に、指向性がある。
 誰かは分からないが、あの坊主は特定の誰かを殺すという目的がある。
 それはもう、そういう運命の下に生まれたと言っても差し支えの無いくらい、
 絶対的な目的であり、存在理由だった。
 何故か、外法狐はそう感じていた。
 では、あの坊主がそこまでして殺したいのは誰か?
 それは未だに分からない。
 それは自分かもしれないし、あの坊主自身かもしれない。
 もしかしたら、一生分からないままなのかもしれない。
 だが、もしそんな相手が存在するのだとしたら、ぞっとしない話である。
 あの坊主の念能力―――
 外法の中で、いいやこの世界で最も、『殺す』事に特化した能力。
 余りに『殺す』事に特化した所為で、他の何者にもなれない念能力。
 こと『殺す』という点においては、外法狐すら凌駕する念能力。
 そんな能力を持つあの坊主が、どうしても殺さなければいけない奴とは、
 一体どういった存在だというのか。
「…ま、考えてもしゃあないわな」
 外法狐は思考を中断し、PSPを起動させた。
 しかし、自分は何だって今頃あの坊主の事を。
 それに、この言いようの無い感覚は何だ。
 外法狐は自問する。
 歯車が噛み合わないような、螺子が締まらないような、漠然とした不安感と不快感。
 まるで、運命が軋みをあげて捩れていくような、嫌悪感。
 運命。
 そうだ、2ヶ月以上前に出会ったあの少年。
 これはあの少年と出会った時と同じような感覚だ。
 そして、その不安の通りに、あの少年の運命は崩壊した。
 他の運命すら巻き込んで、崩壊していった。
 いや、もしかしたら崩壊する事すら、運命の予定調和だったのかもしれない。
 それどころか、崩壊したのは周りの運命だけだったのかもしれない。
 だとすれば、あの少年は危険だ。
 自分の意思とは無関係に、運命レベルで他者を巻き込んで殺す。
 あの少年はそういった運命を持っているのかもしれない。
 ならば、今のこの得体の知れない感覚は、そうなのか?
 また、少年の周りで何かが起ころうとしているのか?
 そしてあの坊主も、それに関係しているというのか?
「…下らねえ」
 やめよう。
 論理的でないにも程がある。
 ただの空想、どころか妄想だ。
 それに、第一あの少年とあの坊主が、ばったり出会うなんて事が起こる訳が無い。
 それこそ天文学的な確率での偶然だ。
「あの少年、頑張ってんのかねー」
 それとも、もう失格してしまっているのだろうか。
 まあ常識的に考えて、ついこないだまで素人だったあの少年なんて、
 余程の幸運なり運命の後押しでもなければ1次試験すら突破出来まい。
 少なくとも、3次試験までにでもいけば失格確実である。
 だからこそ、合格したら何でも言う事を聞くと言ったのだ。
「ま、2次試験までいってたら、ご褒美にちゅーくらいはしてやるか」
 PSPのディスクを射出して遊びながら、外法狐は薄く微笑むのだった。


                     〜続く〜

1941:2004/12/31(金) 00:33
 〜三十四話〜

 図書館で、僕は試験会場で渡された写真を食い入るように見つめていた。
 うっそうと生い茂った木々が乱立する森のような場所。
 木の葉で光が遮られているからなのか、風景はやや暗めだ。
 写真の右端の方に、何やら看板のような物が立っているのが分かるが、
 一部しか写っていない為、何が書かれているのかまでは判別出来ないが、
 どうやら茶色い看板であるようだ。
 写真が撮られた日付は7月20日と出ているから、
 ごく最近に撮られた写真にようだ。
 まあ日付を偽装している可能性もあるが、
 こう情報が少な過ぎては日付が嘘だろうとそうでなかろうと、余り違いは無いっぽい。
「おら、持って来たぞ」
 ギコが僕の座っている机の前にどさりと分厚い本を置く。
 植物百科事典。
 僕が頼んで持ってきて貰ったのだ。
「で、こんなもんどーすんだよ?」
 ギコが訊ねる。
「写真に写っている樹がどんなものなのかを調べる。
 もしかしたら、場所を特定出来るかもしれない」
「な〜る」
「分かったら君も一緒に調べろ。
 早くしないと、誰かに先を越されてしまう」
 へいへい、と言ってギコは百科事典を開き、
 写真に写っている樹と事典に写っている樹とを見合わせ始めた。





 一時間程調べて分かったのは、写真の樹はどれも、
 本州広くに分布している陰葉樹であるという事だけだった。
 つまり、収穫は殆ど無し。
 分かったのは、この写真は本州のどこかで撮られたものであるという事だけ。
「がー、どうすんだよこんなの!
 全然分からんねーよ!」
 ギコが頭を掻きながら叫ぶ。
「図書館で大声出すな、恥ずかしいだろ」
 そうは言っても、本当にどうしたものか。
 先着30名が合格定員と言っていたが、このままでは一生かかっても場所を特定出来そうにない。
 狐さんに聞いてみようか、とも思ったが、やめた。
 確かに狐さんならこんな問題などあっという間に解決してしまうのだろうけど、
 合格したら何でも言う事聞くとの約束を下以上、何も教えてはくれまい。
「…なあ、君の知り合いに、こういう分野に強い奴は居ないのか?」
 駄目もとでギコに聞いてみる。
「身内にこういう情報系に強い奴はいるけど、ちょっとな…」
「何か問題があるのか?」
「いや、実は俺、身内に内緒でハンター試験受けに来たんだわ。
 後で驚かせようと思って、こっそりとな。
 だからそいつに俺が試験を受けてるのをバラしたくないんだよ」
「そうは言っても、落ちたら元も子もないだろう」
「そうなんだが、もう一つ問題があるんだ。
 そいつの情報料、むっちゃ高いんだわ。
 お前今すぐに100万円以上用意出来るか?」
 成る程。
 そいつは無理な相談だ。
「僕は無理だね…
 君は?」
「俺も無理。
 俺、今3000円くらいしか持ってねーもん」
 となると、矢張りその情報屋を頼るのはNGみたいだ。
「でもどうするんだよ。
 このままじゃ、僕達ここで失格だぞ?」
「そーだよなー…」
 何の打開策も出ないまま、時間だけが無為に過ぎていく。
 どうしよう。
 このままじゃ、埒が開かない。

1951:2004/12/31(金) 00:33

「そうだ!」
 ギコがポンと手を叩いた。
「どうしたんだ。
 何かいい案でも思いついたのか?」
「誰か他の人に聞いてみようぜ」
 あっけらかんと、ギコは言った。
「あのな…
 そんな都合よくこの写真の場所を知ってる人が居る訳無いだろう」
「だけど、どうせこのままじゃ手詰まりには変わりねえ。
 だったら、少しでも確率のある方法を試してみるしかねえだろ」
 そうは言っても、そんな確率100000分の1も無いと思うぞ。
「つー訳で…」
 ギコが僕の肩に手を置く。
「…何だよ」
「後は任せた」
「任せた、って、君が訊ねるんじゃないのか!?」
「いや、ほら、俺って人見知りだし」
「うるせえ」
 こいつ、言いだしっぺの癖に自分で何もしやがらないつもりか。
「そうむくれるなよ。
 こういうのはお前の方が得意そうだからさー。
 人助けと思っていっちょ頼むわ」
 次こいつがピンチになる事があっても、僕はものすごい勢いで無視しよう。
 で、見殺しにしよう。
 僕がするのは、死んだ後こいつを土に埋めるくらいだ。
「しょうがないなあ…」
 しかし、このまま何もしないという訳にもいかない。
 非常に癪ではあるが、僕はこの写真について誰かに訊ねる事にした。
 けど、誰がいいかな…
「あの、すみません」
 迷った末、僕は図書館の司書らしき男性に聞いてみる事にした。
「マンドクセ」
 司書の男性は露骨に迷惑そうな顔をしやがった。
 ネームプレートのは鬱山毒男(うつやま どくお)と書かれてある。
 何か、毎晩隣の部屋のギシギシアンアンという音に悩まされてそうな、そんな顔だ。
「この写真の風景について、何かご存知ないですか?」
 僕は男性の前に写真を差し出した。
「マンドクセ…」
 嫌々といった感じに、男性が写真を見る。
「……!」
 と、男性の表情が一変した。
 まるで、思い出したくないものを思い出してしまったような、そんな顔だ。
「何か、心当たりがあるんですか?」
 僕はおずおずと訊ねた。
「…知ってるも何も、この前ここに行って来たばっかだよ」
 男性は重苦しい声で答える。
「!?
 そうなんですか!?
 どこなんです、教えて下さい!」
 思わず、声を荒げてしまう。
「…富士山樹海の、入り口さ。
 見間違える筈も無い。
 この茶色の看板は、間違いなく樹海の入り口に立ててある自殺防止の看板だ」
 へえ、そうだったのか。
「そうなんですか。
 でも、どうしてあなたはそんな所に行ったんです…」
 そこで、僕は慌てて口を押さえた。
 富士山樹海。
 入ったら二度と出て来れない魔境。
 自殺の名所。
 そんな所へ行く理由といったら、もう二つしかない。
 単なる話のネタの為の旅行か、あるいは…
「…生きるの、マンドクセ」
 男性は僕まで底なし沼に沈んでしまいそうな程重い溜息をついた。
 やばい。
 こっから先は、聞かない方がいい。
「あ、ありがとうございました〜…」
 僕は逃げるように男性の前から立ち去った。
 危ねえ危ねえ。
 もう少しで、僕まで欝になりそうな身の上話を聞いてしまう所だった。
 でも、これではっきりした。
 この写真が写された場所は、富士山樹海の入り口。
 急いで、そこに行かなければ。
 もしかしたら、いいやきっと、他の人もとっくに場所を割り出しているだろう。
「ギコ!
 写真の場所が分かったぞ!」
 僕は早足でギコの所へと駆けるのであった。

1961:2004/12/31(金) 00:33





「遅いなあ…」
 東京駅のホームで、僕はギコが静岡行きの新幹線の切符を買ってくるのを待っていた。
 ギコが「俺が切符買ってくる」と言ったから、その好意に甘える事にしたのだ。
 しかし、何で僕があいつの切符代まで出さなきゃならないんだ。
 後で返すとギコは言ってたけど、本当に返してくれるんだろうな…
「はあ…」
 一つ息をついて、僕は携帯電話を取り出した。
 やる事も無いし、丁度いい時間つぶしにもなるので、
 狐さんに3次試験まで到達した事でも自慢しようと思ったのだ。
 電話帳を検索して、狐さんの番号に電話をかける。
「……」
 しかし、電話は留守電だった。
 ああ、そういやこの前新しいゲームを買ってたと言っていたな。
 となれば、そのゲームに熱中していたら電話に気づきはしないだろう。
 仕方が無いので、メールを打つ事にする。
「『ハンター試験で静岡に行く事になったんですが、お土産は何がいいですか?』」
 いきなり僕の打った文章を朗読する声が後ろから聞こえ、僕は咄嗟に振り返った。
「誰にメールしてるのかな〜?」
 やっぱりというか、声の正体はギコだった。
 こいつ、勝手にメールの文章覗きやがった…!
「誰でもいいだろ」
「恋人か?」
「うるせえ」
 何でお前にそんな事一々詮索されなくちゃならんのだ。
「大体、どこまで切符を買いに行ってたんだよ。
 遅いじゃないか」
 声に怒りを込めながら、僕はギコにそう言った。
「悪い悪い。
 買い物してたら時間かかっちゃってさー」
「買い物?」
「ああ。
 富士山の樹海に行くんだ。
 ある程度準備は必要だろうと思ってね」
 へえ。
 こいつもそこまで考えていたのか。
 これは僕が配慮が足らなかった。
 素直に反省しよう。
「そうか、そりゃすまなかった。
 で、なにを買って来たんだい?」
「おう、これだ」
 ギコが大きいビニール袋を僕の前に突き出す。
 その中に入っていたのは…
「……!」
 僕は袋の中身を見て絶句した。
 袋の中身。
 黄色の長方形の形をした、よく見慣れた紙の箱。
 それが、袋一杯に詰められている。
「…何、これ」
 僕は出来るだけ穏やかな声でギコに訊ねた。
「いやな、やっぱ樹海に入るなら非常食が必要だと思った訳よ。
 で、それに丁度いいものを買ったのさ。
 主にカロリーメイトとかカロリーメイトとかカロリーメイトとかカロリーメイト。
 あとカロリーメイトとカロリーメイトとカロリーメイトとカロリーメイト」
 眩暈を起こしそうな程、膨大な量のカロリーメイト。
 フルーツ味、チョコ味、チーズ味、ベジタブル味、
 それから飲料用カロリーメイトまで完全網羅。
「もしかして、このカロリーメイトに使ったお金って…」
「ああ。
 意外と切符代のお釣りが余ったんでな。
 全部注ぎ込ませて貰ったぜ」
 悪びれもせず、ギコは答えた。
 僕のお金が…
 僕の大切なお金が…
 全部カロリーメイトに…
「ギコ、君に一つ言いたい事がある」
「何だい。
 感謝や賞賛の言葉なら、24時間年中無休で受け付けてるぜ?」
「死ね。
 これ以上地球上の酸素を消費するな」
 生まれて始めての、心の底から本気での「死ね」という言葉だった。

1971:2004/12/31(金) 00:34



          @        @        @



 携帯電話が、兄者こと妖滅刺菅(あやめ さすが)の内ポケットの中で振動した。
「俺だ」
 携帯電話を取り出し、誰からの着信か確認してから兄者が電話に出る。
『ああ、兄者?
 さっきウララーから連絡が入ったわ』
「それで、その内容は? 零母那(れもな)」
『Dがどこに向かったのか掴めたらしいわ。
 至急、そこに集合するようにって』
「そうか。
 で、その場所は?」
『富士山樹海よ。
 連中、そこでゲリラ戦をするつもりみたいね。
 どうやら、こっちが思う程馬鹿じゃあないらしいわ』
「ふん。
 そんなに構える事も無かろうよ。
 俺の『殺人技術(ジェノサイダー)』と弟の『殺人奇術(マントラップ)』、
 それにお前の『小波(キリングパルス)』が居て、何の失敗要素がある。
 何より、『一騎当千(コープスダンス)』のウララーまでが出てくるんだぞ?」
 自信というより確信に満ちた表情で、兄者は電話越しのレモナに告げた。
「そうなんだけど…
 何か、嫌な予感がするのよね。
 女の勘ってやつ」
 お前はオカマだろう、と兄者は思ったが、
 うるさくなるだけなので言うのはやめておいた。
「兎に角、富士山樹海でいいんだな。
 すぐに向かうと、ウララーに伝えておいてくれ」
『分かったわ』
 それだけを伝えると、兄者は電話を切った。
「兄者」
 隣で電話のやりとりを聞いていた弟者こと妖滅狭州我(あやめ さすが)が、兄者に声をかける。
「聞いた通りだ、弟者。
 すぐに支度をしろ。
 富士山樹海に出発するぞ」
 背広に腕を通しながら、兄者は弟者にそう告げるのだった。


                〜続く〜

1981:2005/01/02(日) 00:08
 〜三十五話〜

「だーかーらー!
 ナース服の方が萌えるに決まってるだろうがゴルァ!」
「いいやこれだけは譲れないね。
 巫女服こそ至上の萌えコスチュームだ」
 静岡に向かう新幹線の中で、僕とギコは熱い討論を交わしていた。
 議題は『巫女服とナース服どっちが萌えるのか』。
 ミコミコナースの歌の話題に端を発したこの議論は、既に30分目を迎えようとしている。
「いいか!?
 ナース服の看護婦さんの別名は『白衣の天使』だ。
 そして天使と言ったら神様。
 つまり、ナース服は唯一神ヤハウェの恩恵を受けた究極の萌えコスなんだよ!」
「何が唯一神だ、この伴天連かぶれの売国奴め。
 日本男児でありながら、毛唐のランチキ衣装にうつつを抜かすなど恥ずかしくないのか。
 そっちが唯一神なら、こっちは八百万の神霊だ」
 お互いに一歩も譲らない僕とギコ。
「あの、お客様…
 申し訳ありませんが、他のご乗客の迷惑になりますので…」
 見かねた車掌さんが僕達の間に割り込んで来る。
「す、すみません…」
「悪かったな、ゴルァ…」
 第一回僕VSギコチキチキ討論バトル、水入りによって引き分け。



「しかし、本当に運が良かったな」
 袋からカロリーメイトを取り出して齧るギコ。
 この馬鹿が鬼のようにカロリーメイトばっか購入しやがったので、
 袋の中にはまだカロリーメイトがぎっしり詰められている。
 絶対後で金払わせてやる。
 絶対後で金払わせてやる。
「運?」
「すぐに目的地が見つかった事だよ。
 もしかしたら、今んとこ俺らが一位なんじゃねえの?」
 ギコが一箱目のカロリーメイトを食べ終え、次の箱に手を伸ばす。
「ふうん、運が良い、ねえ」
「何だよその奥歯に物が挟まったような物言いは」
 憮然とした表情で、ギコが僕に言う。
「いや、別に。
 ただ、あれを単なるラッキーと受け取る程、
 僕は楽観的な人生を送ってないんでね」
 たまたま僕が訊ねた人が、たまたま写真の風景を知っている。
 それは決して可能性が0な訳ではないけれど、
 決してあり得るような事ではない。
 それこそ何万分の、何億分の途方も無い確率の低さだ。
 にも関わらず、僕はあの男性から写真の場所を聞き出す事が出来た。
 これはもう、幸運を通り越して不自然だ。
 ではあの毒男という男性は、僕を陥れる為のスパイか何かだったのだろうか?
 いや、多分そうじゃない。
 僕は無造作に無作為にあの男性を選んだ。
 誰かに操作されたとは思えない。
 それに、僕達があの図書館に行ったのだってたまたまだ。
 だから、あの男性とは間違い無く偶然の産物として接触したのだ。
 偶然。
 単なる、偶然。
 つまりは偶然が、僕を後ろから押しているのだろうか?
 あの場所に僕が辿り着くように、運命が偶然という手段を介して仕向けているのだろうか?
 運命―――
 もしこれが運命だというのならば、
 きっととんでもない事が、起きるのかもしれない。
 何だ、このざわざわする、落ち着かない感じは。
 何かがおかしい。
 何かが噛み合っていない。
 何かがずれてしまっている。
 不安だ。
 不快だ。
 恐い。
 怖い。
 苛々する。
 そしてその原因が全く掴めない。
 全く理解出来ない。
 全く感知出来ない。
 待て。
 この感じ、どこかで覚えがある。
 そう、これは、狐さんと、始めて遭った時のような…

1991:2005/01/02(日) 00:10

「一人でお花畑に行くなっつーの」
 考え込む僕に、ギコが声を掛けて現実に引き戻す。
「ああ、すまない…
 でももしかしたら、ここで引き返した方がいいのかもしれない。
 何か、凄く嫌な予感がする」
 漠然とした、しかし必ず『何か』が起きる事だけは確実な、予感。
「ここまで来て何言ってんだよ。
 心配すんなって。
 ハンター試験で何が起こるんだとしても、
 死ぬ前にギブアップすりゃいい話だ。
 向こうだって、なるべく人死には出したくねえだろうからな」
 ギコが笑う。
 僕は、笑えなかった。
 まあでも、今更心配してた所でどうにかなる話でもないか。
 最悪の場合でも、ギコの言う通りギブアップをすればいいんだし。
 用心するには越した事は無いだろうが、
 無闇矢鱈に不安がってても物事は快方には向かわないだろう。
 なので、気にするのはここで終了する事にしておく。
「そーいやーさあ」
 ギコが話題を変えた。
「お前、彼女いるとか言ってたよな」
「うん。 それがどうした?」
「お前年上好きって言ってたろ。
 やっぱ彼女も年上なの?」
「そうだけど」
「そいつ幾つ?」
「25歳って言ってた」
「お前は?」
「16」
「お前それ、9も上じゃねえか!
 そんなババアのどこがいいんだ!?」
 狐さんが聞いてたら確実に殺されるであろう台詞を吐くギコ。
「でも来月の12日で僕の誕生日が来るから、
 そうなったら8歳差になる」
「それでも相当な年齢差だろ。
 俺には信じられねえな。
 お前も男なら女子中学生とかを好きになるべきだぞ?」
 余計なお世話だ。
 未成年強制猥褻罪で極刑になっとけ、この犯罪者予備軍め。
「で、どうなのよ」
 ギコが訊ねる。
「どうなの、ってどういう意味だよ?」
「そいつとはどこまで行った訳かって聞いてんだよ?
 A?B?C?」
 ギコが興味津々といった風に目を輝かせる。
「愚問もいい所だね
 もう夜になったら凄いよ。
 口に出しては言えないようなプレイをバンバンだよバンバン」
 嘘をついた。
 本当はろくに手すら握っていない。
「ちっくしょ〜!
 羨ましいなあ、おい!
 殺す! お前絶対近いうちに殺す!」
 ギコが悔しがる。
 ざまあみろ。
 でもギコが悔しがったところで、僕と狐さんの関係がより親密になる訳でもない。
 そんな虚しさが、僕の胸を去来した。
 あ、窓から富士山が見える。
 凄いなあ。
 大きいなあ。
 もうどうでもいいや

2001:2005/01/02(日) 00:10





「お〜、やっとついたか」
 静岡駅の改札口を通り、ギコが大きく背伸びをする。
 時刻は今現在午後5時過ぎ。
 夏とはいえ、そろそろ辺りは暗くなり始めていた。
「ところで、富士山の麓までどうやって行く?」
 僕はギコに聞いた。
「適当に人に道を訊ねながら、バスとか電車を使えばいいさ。
 タクシーだと金がかかるし、こんな時間から『富士山の樹海まで』なんて言ったら、
 自殺志願者と間違われるかもしれねえし」
 こいつにしては常識的な意見だ。
「それじゃ駅員さんに聞いてみるよ。
 もしかしたら、駅から富士山の近くまでの直通の電車かバスが出てるかもしないし」
 そう言い、駅のホームに戻ろうとする僕の腕を、ギコの手が掴んだ。
「待った。
 その前に、やるべき事がある」
 それだけ告げると、ギコは強引に僕の腕を引っ張って場所を移そうとする。
「おい、一体どこへ行く―――」
「しっ。 あんま大きな声を出すな。
 …尾行(つ)けられてる」
「――――――!」
 反射的に振り向こうとする僕を、ギコが制した。
「尾行されてたって…?
 いつから?」
 ひそひそ声で、僕はギコに訊ねる。
「静岡駅のホームに下りた時からずっとだ。
 あるいは、もっと早くからかもしれない」
 後ろを見ずに歩きながら、同じくギコが小声で話す。
「でも、どうして…」
「多分狙いはお前だ。
 これからの試験で、障害になりそうな念能力者を始末するつもりなんだろうよ」
「……!」
 くそ。
 やっぱりそうだったか。
 仕方無かったとはいえ、腕相撲の時に念を使ったりするんじゃなかった。
「…何人、ついて来てるんだ?」
「気配の感じからして、1人だな。
 ただの馬鹿か、それとも相当自信があるのか」
 僕が考えるに、恐らく後者。
 ギコも同じ意見だろう。
「…ギブアップすれば許してくれるかな?」
「そんなのが通用すると思うか?」
 質問に質問で返すな、と言いたかったが、僕は黙ったまま首を横に振った。
 これは試験ではないのだ。
 ギブアップなんて上品な手段、相手が認める訳が無い。

2011:2005/01/02(日) 00:10

「…君はここで僕と別れた方がいい、ギコ。
 あいつが僕を狙ってるっていうなら、僕一人で…」
「僕一人で引き受けるっていうのは無しだぜ。
 お前みたいな半分素人に、どうこう出来る手合いじゃねえよ。
 それに、お前とつるんでる時点で、俺も立派な標的の一人だろうしな」
 皮肉っぽい笑みを浮かべながら、ギコは静かに告げた。
「…すまない」
「謝るなって。
 まあ悲観するばかりでないさ。
 確かにお前一人じゃ無理かもしれねえが、今は俺もいるしな。
 2対1に持ち込めれば、大した事ねえだろ」
 ああ、そうか。
 どうしてギコが、今こうして僕を連れてあてどなく歩いているか、ようやく分かった。
 僕を餌に、尾行している相手を誘っているのだ。
 2対1は不利とみて逃げるならそれでよし。
 誘いに乗るならそれでよし。
 よくもまあ、そこまで度胸が座っているもんだ。
「ここら辺でいいか…」
 人気の無い路地裏に入った所で、ギコは足を止めて振り返った。
「出て来いよ。
 折角おあつらえ向きの舞台を整えてやったんだぜ。
 それとも、尻尾巻いて逃げ出すか?」
 竹刀袋入れから刀を取り出しながら、ギコが未だ姿を見せぬ相手に向かって挑発する。
 しかし、そこには人っ子一人居はしなかった。
「……」
 沈黙が続く中、時間だけが流れていく。
「…本当に、誰かが尾行してたのか?」
 僕はギコに言った。
 こいつ、格好いい台詞を言ってみたかっただけなんじゃないだろうか。
 そんな不安が、僕の頭をよぎる。
「いいや、誓ってそれは無い。
 間違い無く、『ここ』に誰かが『居る』」
 周囲を用心深く見回しながら、ギコが呟く。
「そうは言っても、誰も居ないじゃ―――」
「危ねえ!」
 いきなり、ギコが僕を突き飛ばした。
 直後、「ぐうッ」というギコのくぐもった声が聞こえてくる。
「…!
 何をすんだ―――」
 文句を言おうとした僕は、そこで言葉を止めた。
 ギコの右腕の服が、鋭利な刃物で切り裂かれたように破れ、
 そこから鮮血が滴っているのを見たからだ。
「―――ッ!」
 僕は息を飲む。
 これは!?
 攻撃されたのか!?
 いつ!?
 どこから!?
 どうやって!?
 相手は!?
「くッ…!」
 慌てて周りをぐるっと見回すも、そこには誰も居ない。
 馬鹿な。
 ギコは確かに、誰かが居ると言っていた筈だ。
 ならば何故そいつの姿が見えない。
 それとも、僕達は今まさに透明人間と相対しているとでもいうのか!?
「…はッ」
 ギコが不愉快そうに笑った。
「どうも面白くねえ展開になっちまったようだなあ」
 ゆっくりと、ギコが刀を鞘から引き抜く。
 その刀身は炎のように朱く、
 まるで血を吸ったかのように紅く―――
 吸い込まれそうな程赤い、
 刀だった。
「いいさ、どっからでもかかって来い。
 最初の一撃だけは、サービスで受けてやるよ。
 だがな―――」
 ギコが、どこにいるかも分からない敵に対して刀を構える。
「その一撃で俺を殺せなきゃ、屍(かばね)を晒すのはてめえの方だぜ…!」


                       〜続く〜

2021:2005/01/03(月) 02:34
 〜三十六話〜

 不可視の刺客が、どこからか僕達を狙っている。
 その緊張感が、僕の心臓を締め付けていた。
「…壁に背中を預けとけ」
 こちらには顔を向けずに、ギコが僕に告げる。
 言われた通り、僕は壁にもたれかかるように背中をつけた。
 これで、少なくとも背中から攻撃を受ける事は無いだろう。
 だがギコは、通路の真ん中に立ったまま動こうとしなかった。
「ギコ、君も壁に背を預けるんだ!」
 僕は叫ぶ。
 しかし、ギコはまるでそんな事聞こえていないかのように、つっ立ったままである。
「ギコ!」
 あいつは何をやってるんだ!?
 このままじゃ、格好の標的じゃないか。
「……!」
 まさか。
 ギコは敢えて、自分の身を危険に晒しているのか?
 自分が囮になって、敵の攻撃の矛先が僕に向かないように―――
 そういう事なのか!?
「ギコ!」
「動くんじゃねえ!」
 駆け寄ろうとした僕を、ギコが大声で怒鳴って押し止める。
「だけど、このまじゃ君が…」
「勘違いすんなよ。
 こうするのが、俺達が勝つのに一番合理的だと思っただけだ。
 別に、お前を庇おうとかそういう青臭えもんじゃねえ」
 苦笑するギコ。
 しかし、目は笑っていない。
「おら、どうしたよ。
 来るならさっさと来やがれ腰抜け。
 早くしねえとお前まで失格になっちまうぞ?」
 ギコが見えない敵に向かって罵声を浴びせる。
 そうだ。
 この試験の合格定員は30人なのだ。
 もたもたしていたら、枠があっという間に埋まってしまう。
「……」
 沈黙。
 静寂。
 不気味な。
 異様な。
 来る。
 どこから?
 上?
 横?
 下?
 後ろ?
 前?
 まだ、来ない。
 考えているのか。
 僕とギコ、どちらを狙うのか。
 どこから狙うのか。
 だけど、もう間も無く攻撃は来るだろう。
 僕であれ、ギコであれ。
 時間が無いのは向こうも同じなのだ。
 余り時間を掛けすぎれば、敵も30人の定員に入れなくなる恐れがあるからだ。
 来る。
 来る。
 来る。
 今にも敵は僕達に―――

2031:2005/01/03(月) 02:34

「がッ!!」
 ギコが悲鳴をあげる。
 その腹部からは、鮮血が滴っていた。
 狙われたのは、ギコだった。
「ギコ!!」
 僕はすぐさまギコに向かって走り出そうとした。
「!!!」
 が、
 突然、
 その足が、
 止まる。
 ギコの眼がまだ死んでいなかったから、
 近寄ればそれだけで殺されてしまいそうな、
 そんな眼をしていたからだ。
 そう思った時には、既にギコは動いていた。
 敵から攻撃を喰らった瞬間―――
 その直後というより、ほぼ同時に、
 攻撃を受けた方向から敵の居る位置を予測して、
 そこ目掛けて刀を振るったのである。
「!!!」
 何も無い空間から舞う血飛沫。
 どうやら、ギコの斬撃は見事にヒットしたみたいだった。
「くッ…!」
 僕のともギコのとも違うくぐもった声がし、
 誰かが走り去っていくような足音だけが聞こえた。
 しかし、それもすぐに聞こえなくなる。
 多分、これ以上の戦闘は無益と考えた敵が逃げて行ったのだろう。
「待て…!
 逃げんじゃねえ…!」
 口から泡のような血を吐きながら、ギコが敵を追おうとする。
「ギコ、やめろ!」
 僕はギコを止めた。
 とっさに急所は外したみたいではあるが、
 あの傷はどうみても命に関わる重唱である。
「ちッ…!」
 ギコもここで深追いする程冷静さを失ってはいなかったのか、大人しく敵を追うのを中断する。
「大丈夫か?」
 僕はギコに訊ねた。
「大丈夫じゃねーっつーの!
 腹刺されてんだぞ?
 すげえ痛えに決まってるだろ…!」
 脂汗を流しながらギコが呻くように呟く。
「悪いけど、救急車呼んでくんねえ?
 俺、このままだとすげえやべーわ。
 つーか死ぬ」
 成る程ギコの腹からは止めど無く血が流れ続けていた。
 このままだと、出血多量で危険な状態になってしまうだろう。
「それはいいが、ハンター試験はどうするんだ?」
「あ…」
 ギコが「しまった」という顔をする。
「ギコ、ありがとう。
 君の尊い犠牲は決して忘れないよ…」
「待てやおい!
 勝手に人をリタイヤさせんな!」
「そうは言ってもそんな怪我でどうするんだ。
 病院で然るべき処置を受けなきゃ、君死ぬかもしれないんだぞ?」
「だけど、ここまで来て諦められっか!
 ああ、畜生。
 こんな時治癒系の念が使えりゃあ…」
「あ」
 僕は思わず声を出した。
「何だよ、『あ』って」
「いや、そういや僕、治療の能力も使えるんだった」
 すっかり忘れていた。
 モラックジャック先生の念能力を、僕はコピー出来るんじゃないか。
 跡形も無く傷を消すのは無理かもしれないが、
 応急処置としては充分過ぎる位の効果は見込めるだろう。
「おお!
 そりゃ丁度いいや!
 すぐにでも頼む!」
「……」
「おい、どうしたんだよ。
 早くしろって」
「……」
「おい!」
「…君、そういや巨乳の方が好きって言ってたよね」
 その時の僕の顔は、きっと見た事が無い位邪悪なものだったであろう。
「…ま、まさかお前」
「ああ!
 急に僕の念能力が使えなくなってしまったぞ!
 これは大変だ!
 でも、もし今ここに貧乳好きな人が現れたら、
 能力が復活するかもしれない!」
「ざけんな!
 言っとくが、俺は巨乳マニアである自分を裏切るような真似はしないからな!
 俺は比喩でなく、巨乳に命を捧げれる男だ!
 巨乳信仰をやめさせられるくらいなら死んでやる!!」
「なら死ね!」
 僕とギコは、またもや下らない喧嘩を始めるのであった。

2041:2005/01/03(月) 02:36





「ご到着、おめでとうございま〜〜〜す!」
 自殺防止の看板の前で僕達をまず出迎えたのは、かおりんの陽気な声だった。
 僕の隣にはげんなりした顔のギコ。
 モラックジャック先生の念能力で傷は塞いだが、
 流れ出てしまった血まではどうしようもないので、
 軽い貧血になってしまっているのだ。
 僕としては巨乳信仰を改めないなら治療はしないと思っていたのだが、
 あのまま死なれても寝覚めが悪いので結局治療する事にした。
 先程からギコが「いつか殺す、いつか殺す」とブツブツ呟いているが、気にしない。
 気にしたら精神衛生上最悪そうなので、無理にでも気にしない。
「あなた達は29番目と30番目で〜す」
 何と。
 あれだけの幸運に恵まれてなお、最下位だというのか。
 それだけ、他の連中が半端じゃないという事なのか。
「そうだ。
 他の―――」
 僕は周りに居る他の受験者を見回した。
 さっき僕とギコを襲った奴は、この中に居るのだ。
 だとすれば、そいつはギコの刀に斬られた事による怪我を負っている筈だ。
 そいつを探せば…
「……!」
 しかし、そんな僕の目論見は不発に終わった。
 受験者の何人かが、刃物で切られたような傷を折っていたり、
 血の滲んだ包帯を巻いていたりしていたからだ。
 これでは、判別のしようが無い。
「くそ、やられたぜ…」
 ギコが舌打ちする。
「まさか、ここまでやるとはな。
 いや、やって当然か」
 一人で納得するギコ。
「どういう事なんだよ?」
「頭悪いなおめー。
 つまりだな、俺達が傷で犯人を判断するのを見越して、
 他の受験者を襲って同じような傷をつけたって事だよ。
 少し考えれば分かるだろうが」
 成る程。
 そういう事か。
 しかしこいつに納得のいく説明をされるのって、何か不愉快だ。
 ギコみたいなキャラは、熱血直情猪突猛進型って決まってるのに。
 お前みたいなのが頭使ってんなよ。
「…お前の言ってた、悪い予感ってのはさっきのか?」
 神妙な顔でギコが僕に質問する。
「いや、多分、違う」
 違う。
 僕悪い予感が正しいのだとすれば、“あんなもの”で済む訳がない。
 もっと、おぞましい事が起こるに決まってる。

2051:2005/01/03(月) 02:36

「そういや結局、君の能力って何なんだよ。
 あの赤い刀がそうなのか?」
「人に能力を訊ねるのはマナー違反だって教えられなかったのか?」
「おおっと〜、会話の通じないアホが一人登場〜。
 質問に対し質問で答えるとテストで0点なの知ってたか? マヌケ!」
 SBRを読んでから一度は言ってみたかった台詞を、ここぞとばかりに炸裂させた。
 でもこの台詞言ったキャラって、自分でも質問に対して質問で答えてたんだよなあ…
「死ね」
「うわあッ!」
 ついさっきまで僕の頭があった部分を、ギコの刀が横に薙ぎ払う。
 あとコンマ1秒でも頭を下げるのが遅かったら、間違い無く死んでいた。
「何をするだあーーーーーッ!」
 もうちょっとで彼岸島の雅様になるところだったじゃないか!」
「今のは単なる愛情表現だ、気にするな」
 ずいぶんとエキセントリックでハイブロウな愛情表現だな、おい。
「悪いけどいくらお前の頼みでも教えられねえな。
 どっから自分の能力がバレるか分かったもんじゃねえし。
 例えば、お前が拷問を受けて俺の能力をゲロさないという保証も無いしな」
 ギコの言う通りだ。
 知らない能力はどう足掻いてもバラすなんて出来ないが、
 知ってしまった以上そこから能力が漏れる可能性は0ではない。
 生き延びる為には、ギコの行為は当然正しいものだと言える。
「でもまあ心配すんなよ。
 お前の能力は、何があってもバラしゃしねえから」
 ギコは僕に笑いながら言うが、僕もまたギコに能力を明かした訳ではない。
 ギコは僕の能力を治癒系統だと思っているのかもしれないが、正確には違う。
 治癒はあくまで、あらゆるものを劣化コピーするという能力の応用に過ぎない。
 そもそも突き詰めて言えば、あれは僕の能力ではない。
「それでは、合格者はここで締め切らせてもらいま〜〜〜す!」
 マイクで増幅されたかおりんの声が周囲に響く。
「そして、いきなり4次試験内容の発表で〜す!
 4次試験はなんと、かくれんぼ!」
 かくれんぼ?
 うわ、何かすげえ嫌な予感がする。
「そう、皆さんにはこの富士山樹海でかくれんぼをしてもらいま〜〜〜す!
 ルールは単純。
 皆さんが樹海に逃げた2時間後に、鬼である私達試験官が捜索を開始します。
 で、皆さんを見つけ次第捕獲します。
 捕獲されたらそこで失格。
 見つからずに、鬼が捜索を開始してから24時間逃げ切れたら合格。
 それだけで〜〜〜す!」
 それだけって…
 もし樹海で迷子になったらどうするんだ。
 本気で洒落にならんぞ。
「あ、そうだ忘れてました」
 と、かおりんが何やら小ぶりな袋を取り出す。
「皆さんにはこの袋に入っているバッヂをつけてもらいま〜す!
 これは小型の発信機でして、万一迷子になった場合でも大丈夫で〜す。
 あ、鬼はこの発信機の信号を辿って皆さんを探すなんて卑怯な事はしないので安心して下さい」
 本当にそんな卑怯な事をしないのかどうかは定かでないが、
 樹海で遭難するのは流石に御免なので素直にバッヂをつける事にした。
 もし遭難でもしたら、年間自殺者の数を増加させる一助になりかねない。
 いざとなったら狐さんに電話して助けて貰うか…
 っておい、携帯電話の電池が切れてるじゃないか。
 しくじったな。
 まあ、いいさ。
 携帯電話が使えなくても、どうにかなるだろう。
「それではこれで説明は終了で〜す!
 皆さん質問はありませんか?
 ありませんね?
 それでは、スタート!」
 かおりんの合図と共に、僕達は樹海の中へと一斉に飛び込むのであった。

2061:2005/01/03(月) 02:37



          @        @        @



 とある高級ホテルの一室で、外法狐はゲームに勤しんでいた。
 周囲の床には、読み捨てた漫画が散乱している。
「…あ」
 ふと、少し前に携帯電話が鳴っていたのを思い出した。
 のそのそと、充電器に立てかけている携帯電話に手を伸ばす。
『ハンター試験で静岡に行く事になったんですが、お土産は何がいいですか?』
 タカラギコからの着信履歴で、そういった内容のメールが入っていた。
 という事は、メールの時点ではまだあの少年は脱落してないという事だ。
 存外に、健闘しているらしい。

『〜〜〜♪』
 と、その時外法狐の携帯電話が着信の合図である音楽を奏でた。
 この音楽、『デビルマン』は外法八こと8頭身からの着信だ。
「もしもし、八か?」
 外法狐が電話に出る。
『やあ、狐。
 例のDについての事なんだけど、新しい情報が入ってね。
 一応、報告しようと思ったんだ』
「そうか。
 まあ聞いておくよ。
 それで?」
『うん。
 どうやら『兇人絶技団(サーカス)』はかなりDを追い込んでるみたいだね。
 それで、Dの生き残りはとある場所に逃げ込んだらしい』
「へえ。
 それでその場所はどこなのよ?」
『富士山樹海』
 ―――!
 外法狐が一瞬、硬直する。
 富士山。
 静岡県。
 少年。
 いや、まさか。
 そんな偶然が―――
 いいや。
 あの少年なら、充分にあり得る。
 あんな運命を持つ少年が、そんなのを巻き込まない筈が無い…!
「八…」
 動揺を抑え、外法狐は8頭身に言った。
『何だい?』
「…今年のハンター試験って、今どこでやってる」
『?
 どうしたんだよ、藪から棒にそんな質問―――』
「どこでやってるかって聞いたんだ! 答えろ!!」
 外法狐は受話器に向かって叫んだ。
 受話器の向こうでは、8頭身が突然の大音量による耳鳴りに悶える。
『わ、分かったよ…
 ちょっと待ってて、すぐに調べるから』
「悪いな」
 そこで一旦電話を切ると、外法狐は急いで外に出る身支度を整え始めた。
 そうか。
 あの不安は、これだったのか。
 しかし、よりによって『妖滅』―――
 しかも、『兇人絶技団』とは。
 出来るだけ、奴らとは関わり合いにはなりたくなかったのだが―――
 しかしこうなってしまっては已むを得まい。
 あの少年の運命が、あんな物騒な奴らを引き寄せない筈が無い。
 確実に、奴らとあの少年は鉢合わせする。
 そうなった場合、穏便に事が進みはしないというのは、想像に難くない。
 最悪―――
 いいや、5割以上の確率で戦闘になる。
 どころか、戦闘と呼べるものにすらなりはしないだろう。
 一方的な虐殺。
 そうなれば、あの少年の命など『妖滅』の前では風前の灯も同然だ…!
「…ったく、俺も損な性分だあねぇ」
 自嘲しながら、外法狐は特注しておいた着物に袖を通すのだった。


                   〜続く〜

2071:2005/01/04(火) 22:13
 〜三十七話〜

 草木を掻き分けながら、僕達は樹海の中を進んでいた。
 とはいえもう日はほとんど沈みかけている為かなり視界は悪く、
 ゆっくりとしたペースでしか進めない。
「なあ、ギコ。
 懐中電灯か何か無いのか?」
「あるけど」
「なら、どうして使わないんだよ」
「馬鹿かお前は。
 そんなもん使ったら、光で位置を掴まれるかもしれないだろうが」
 やれやれといった風にギコが言う。
「大丈夫だよ。
 2時間経たなきゃ鬼は追ってこないんだろ?」
「このアホ。
 お前本当に、敵が鬼である試験官だけだと思ってんのか?」
「?」
「受験者が、他人を蹴落とす為に妨害してこないなんて保証がない事くらい、
 さっきので分かってるだろうが」
 あ、そうか。
 考えれば当たり前の事だった。
 この状況、ゲリラ戦にはうってつけの舞台である。
 ここまでお膳立てが整えてあって、何もしないような善人ばかりである筈がない。
「ごめん」
「ったく、お前本当に抜けてんなー」
 悪かったなこのロリコン。
「しかしギコ、どこまで行くんだ?」
「出来るだけ遠く、樹海の奥にまで、だ。
 可能な限り鬼から離れておくのに越した事はねえからな」
 だけど、随分奥の方まで歩いて来たぞ。
 まさかとは思うが、このまま本当に遭難するんじゃねえだろうな。
 それにしても、さっきから何か変な臭いがするんだが…
 もしかして、ギコがすかしっ屁をしたのだろうか。
「……?」
 と、僕の足元に落ち葉や雑草とは違う感触があった。
 眼を凝らして見てみると… どうやら、かなり古ぼけたバッグみたいだ。
「どうした?」
 ギコが足を止めた僕の方に向く。
「いや、これ…」
 僕は足元のバッグを指差した。
「…あー。 多分お前の思ってるので正解だな」
 そう。
 多分僕とギコが思っているので正解。
 これはやっぱり、遺留品っていうやつか。
「…本当に、ここに自殺しにくる人って居たんだね」
 僕は呟いた。
 帰りたい。
 もう家に帰りたいです。
 ここ、何か恐い。
 絶対怨霊とか出てくるよ、きっと。
「だろうな」
 そっけなく、ギコは返事をした。
 やれやれ。
 しかし夜という事もあるし、本当に気味が悪いな。
 自殺した死体とか見つけちゃったりしないだろうな…

 ドン

 余所見をしていた所為で、僕は不意に何かにぶつかってしまった。
 木かと思ったが、感触が違う。
 何だろうと思って前を見てみると―――



 ―――ぶつかったのは、首吊り死体だった。

2081:2005/01/04(火) 22:14



「う、うわああああああああああああああああああ!」
 僕は思わず大声で叫んだ。
 さっきからの悪臭の原因は、これだったのか。
 勘弁して下さい。
 本当に勘弁して下さい。
 もうお腹一杯です。
「大きな声出すんじゃねえよ、馬鹿」
 ギコが僕の頭をはたく。
「し、し、し、死体!
 そこに首吊り死体が…!」
 震える指で、僕はロープにぶら下がった亡骸を指差した。
 スーツ姿の、中年男性らしき死体。
 死んでから結構時間が経っているらしく、あちこちが腐り始めている。
 その上烏についばまれた所為か、かなり無残な状態で木からぶら下がっていた。
「……」
 ギコはそちらに眼を向けると、何ら気後れする事なくつかつかと死体の前まで歩み寄った。
 こいつ、何で死体を目の前にしてそんなに平然としていられるんだ?
「!!」
 と、ギコは刀の抜き打ちで死体のぶら下がっていたロープを断ち切った。
 ドサリと音を立てて、死体が地面に転がる。
「ギ、ギコ、何を…」
「仏さんを埋めてやる」
 言いながら、ギコは刀で地面を掘り返しだした。
 まさか、本当にこの死体を弔ってやるつもりなのか?
「何でそんな事を。
 知り合いでも何でもない死体なんか、どうして…」
「理由なんかあるかよ。
 ただ、このままじゃあこのおっさんが可哀想だと思っただけだ。
 言うなら、俺の自己満足かな」
 当然のようにギコは言い放った。
 可哀想。
 死んだ人間に哀れみをかけて、一体何になるというのか。
 それでもギコはただ、死体を埋める為の穴を掘り続けた。
 彼は自分のやっている事が無意味だと思っているのだろうか。
 思っていないのだろうか。
 思っていながら、敢えてこんな行動を取っているのか。
「…僕も手伝うよ」
 ギコだけに穴を掘らせるのも悪い気がしたので、一応僕も手伝う事にした。
 そこら辺にあった木の枝を使って、ギコと一緒に地面を掘り起こす。
 念能力の助けもあった為か、二十分かそこらで人一人を埋めるだけの穴を掘り終える事が出来た。
「よっと」
 何の躊躇も無く、半分腐乱死体となった男性の死体をギコが担いで穴に横たえた。
 流石にこれまでは手伝う気にはなれない。
「……」
「……」
 無言のまま死体を入れた穴に土を被せていく。
 程無くして、男性の死体は完全に土の中へと埋没した。
「……」
 ギコが両手を胸の前に合わせて黙祷を捧げた。
 僕もそれに合わせて、名前すら知らない男性に対して黙祷する。
 しかしこいつ、こんなに律儀な奴だったのか?

2091:2005/01/04(火) 22:15

「…なあ」
 沈黙を破り、ギコが僕に訊ねた。
「何だ」
 返す僕。
「…このおっさん、どうして自殺なんかしたんだろうな」
「そんなの、他人である僕達に分かる訳無いだろ…」
 自分の事ですら、本当に分かっているかどうかすら怪しいのに。
「…何で、自殺なんかするんだろうな」
 独り言にように、ギコは呟いた。
「死んだ方がマシだと思ったからじゃないのか?」
 そうでなければ、自殺なんて出来やしない。
 自殺とはそんな簡単な事じゃない。
「それが、分からねえんだよ。
 何なんだよ。
 死ぬ方がマシな苦しみって何なんだよ…」
「ギコ…」
「このおっさんは、まだ生きていたくなかったのかよ…」
「……」
 僕は何も答えられなかった。
 いいや、答えられる筈なんてなかった。
 この男性以外に、自殺に至った理由が説明できる人物など居はしないからだ。
「…君は」
 僕は、言った。
「君は、自殺が嫌いなのか?」
 始めて、まっすぐとギコの顔を見て言った。
「…分からねえ」
 それだけ、ギコは答えた。
「…そうか」
 それだけ僕は答えた。

「…悪いな。
 変な事に付き合わせちまって」
 土のついた袖を払いながら、ギコは僕に告げた。
「別にいいよ。
 それより急いだ方がいい。
 今ので、鬼が来るまでの時間がかなり近づいた」
「あと何分ある?」
「30分」
 残り30分。
 そろそろ尻に火がついてくる時間だ。
「そっか。
 それじゃあそろそろ、動き回るのは控えとくか」
「控えとくかって…
 ここで待機するつもりなのか!?」
 こんな、さっきまで死体がぶら下がっていたような場所で。
「そうだよ。
 何だよ、今更死体が恐いのか?
 俺にしてみりゃ、生きてる人間の方がよっぽど恐いけどな」
 それはそうかもしれないが、それでも精神的に結構クるものはある。
「それに、罠も作っとかなきゃなんねえし」
「罠?」
 こいつ、そんな物作れるのか?
「ま、大したもんじゃねえがな。
 それでも、作っておくに越した事はねえ。
 前に俺達を襲って来やがった野郎が、また来ないとも限らねえしな」
 言いながら、ギコはその辺に落ちている手ごろな木の枝などを集め始めるのであった。



          @        @        @



『現在のハンター試験実施場所が分かったよ』
 30分程して、外法狐の携帯電話に外法八からの折り返しの電話が掛かって来た。
「そうかい。
 で、その場所は?」
『富士山樹海だ。
 よりによって、『妖滅』の狩場にドンピシャなんて…
 不幸中の不幸と言わざるを得ないね。
 恐らく、そこに居る奴全員、口封じに殺されて皆殺しになるよきっと』
 やっぱりそうか。
 外法狐の予感が、ここに来て確信へと変わった。
 だとすれば、すぐにでも出発しなければ。

2101:2005/01/04(火) 22:15

『でも、いきなりどうしてこんな情報聞いたんだい?』
 8頭身が訊ねる。
「別に。
 ただの野暮用さ」
 そっけなく、外法狐は答えた。
『…まさか、富士山樹海に行くつもりなのか!?』
 8頭身が信じられない、といった声でがなり立てる。
「……」
 外法狐は答えないが、その沈黙が肯定である事を雄弁に物語っていた。
『馬鹿!
 何を考えているのか知らないが、やめるんだ!
 相手は『妖滅』、しかも『兇人絶技団』なんだぞ!?
 いくら君とはいえ、ただでは済まない!』
「かもな」
 低い声で、外法狐は答えた。
『だったらどうして!?
 みすみす死にに行くつもりなのか!?』
 8頭身の叫び声が受話器越しに届いてくる。
「友達が、そこに行ってる。
 そいつを助けなきゃならない」
 まるでさも当然の事のように、外法狐は告げた。
 「ちょっとその辺に散歩に行ってくるよ」とでも伝えるかのように、平然と。
『友達って…
 前から変な奴だとは思っていたが、
 どうしてそれだけでそこまで出来るんだ!?
 そいつは、そんなに大切なのか!?』
「あいつは」
 外法狐は一つ息を飲み込んで、言葉を続けた。
「あいつは、命を懸けると言ってくれた。
 俺なんかの為に、命を懸けると言ってくれた。
 だから俺も、あいつの為に命を懸ける。
 理由としちゃそれで十分だ」
 外法狐の瞳に迷いは無い。
 既に、どんなものとでも戦う覚悟は出来ている。
 故に後は、それを行動に移すだけ。
『…二重の意味で驚いているよ。
 そんな理由で『妖滅』なんかと張り合う気になれるのと、
 そこまで思えるような奴を君がどうして殺していないのか、
 という事についてね』
「さあね。
 俺にも詳しい事は分からんよ。
 まあ、そんなのはそいつを助けてから考えるさ」
 外法狐が苦笑する。
『…分かったよ。
 仕方が無い。
 君だけ居れば大丈夫だろうが、念の為僕も同行させて貰おう。
 君にそこまで言わせる奴が、どんな人物なのかも興味あるしね』
「八、お前…」
『勘違いしないでくれよ。
 これはあくまで取引、ギブ&テイクだ。
 終わったら、1さんとのデートに協力して貰うからな』
「そうかい、了解したぜ。
 無事に終わったら、ディズニーランドだろうがラブホテルだろうが、
 どこでもセッティングしてやるさ」
『頼んだよ』
「ああ。
 それじゃ、静岡駅で落ち合おうぜ」
 それだけ会話を交わすと、どちらともなく電話を切った。
「さあて…」
 外法狐が大きく背伸びをする。
「そんじゃいっちょ、久し振りに本気になるとしますかねえ。
 ああ面倒臭え。
 あの少年め、後でそれなりの埋め合わせをして貰うからな」


                   〜続く〜

2111:2005/01/05(水) 22:59
 〜三十八話〜

 ギコが横で罠を作っている横で、僕は微かな匂いを感じ取っていた。
 死体の匂いかと思ったが、そうじゃない。
 もっと直接的な…
 もっと、漠然とした、
 言うならば、『死』そのものの匂いを。
 嫌な予感がする。
 それもどんどん、強くなってきている。
 嫌だ。
 何かよく分からないけど、兎に角嫌だ。
 一刻も早く、ここから帰りたい。
 どうして、僕はこんな所に居るのだろうか?
 図書館で毒男さんに出会わなければ、僕がここに来るなんて有り得なかった筈だ。
 永遠に、この第4次試験会場までは到達出来なかった筈だ。
 だが、僕は現実にここに存在している。
 とてつもない、それこそ奇跡のような偶然の積み重ねで、ここに存在している。
 ただの幸運。
 そんな事では決して無いだろう。
 何かもっと大きな、
 そう言わば神の見えざる手のような―――
 大いなる、悪意を感じる。
 それとも。
 それともまさか。
 この状況を引き起こしたのは、他でもない僕自身なのだろうか?
 この僕が、逆にここに居るという運命を引き寄せたのか?
 それならば、何の為に。
 僕はどうして、こんな所に―――
「おい」
 ギコが僕に告げる。
「ぼーっとしてんなよ。
 いつ、誰に襲われてもおかしくねえんだぞ?」
「…分かってる」
 余計な思考をかき消す為に頭を横に振りながら、僕はギコに返事を返した。



          @        @        @



 D−1(Dナンバー1)は、独り空を見上げていた。
 空にはぽっかりと、まるで穴のような紅い満月が浮かんでいる。
 月―――
 思えばついこの間までそんなものなど見た事は無かったと、D−1は感慨に耽る。
 自分が今まで頭上に見てきたのは、黒く冷たい人口の天井だけだったからだ。
 あの奈落の底…『地下魔街(アンダーグラウンド)』で彼が見てきたのは、
 紛れも無い地獄そのものでしかなかった。
 人権などまるで無視された(そもそも人権などという言葉はD−1は知りもしなかったが)、
 狂気の沙汰としか言いようの無い生体改造の数々。
 彼の仲間の殆どは、その副作用に耐え切れずに死んでしまった。
 憎かった。
 仲間を殺し、自分をこんな体にした人間が。
 憎かった。
 そんな痛みも知らず、のうのうと生きている他の人間が。
 憎かった。
 この世の、全てが。
 だから彼らは復讐を実行し、この地上へと逃げて来た。

2121:2005/01/05(水) 22:59

 だが、ここで予想外の事態が起こる。
 彼らを始末する為の追っ手が差し向けられた事だ。
 しかし予想外だったのは追っ手が差し向けられた事自体ではない。
 それぐらいは、D−1達も覚悟していた。
 本当に予想外だったのは、
 その追っ手が、自分達すら凌駕するような化物だった事である。
 信じられない現実だった。
 凡そ考えられる限りの強化改造を受けた自分たち『Dシリーズ』が、
 生身の人間に圧倒されたのである。
 命からがら、この樹海まで逃げては来たが―――
 それでも、ここに到着するまでに多くの仲間が失われた。
 残るのは自分を含め、D−3、D−12の三人。
 しかし現在は、その仲間達ともはぐれてしまっている。
 彼らは、まだ生きているだろうか。
 D−1の胸が不安で埋め尽くされる。
 いくら彼らとはいえ、あんな化物と正面から戦っては一たまりも無い。
 何とか、無事逃げ延びていて欲しいものだ。
 …だが、今は人の心配をしている場合ではない。
 自分もまた、あの化物の標的だからだ。
 幸いここは隠れる場所には事欠かない。
 どうにかして、あいつらを撒く事が出来れば…
 そんな事を考えながら、D−1がただ独り月を見上げているのだった。



          @        @        @



 火瓦谷尾四里須(ひがや おしりす)、通称オシリスにとって、
 このハンター試験は3度目の受験であった。
 前回、前々回は1次試験すら突破出来なかったが、
 今回こそは試験に大きな手応えを感じていた。
 いける。
 今日まで、死ぬ気で鍛錬を続けてきた甲斐があったというものだ。
 思えばハンター試験の為に、様々なものを犠牲にしてきたと思う。
 恋人にも色々と苦労をかけさせてしまった。
 しかし、それも今回までだ。
 今年こそ、ハンター試験に合格する。
 そうしたら―――
 あいつに、「結婚しよう」ってプロポーズしよう。

 オシリスはポケットから小さな指輪を取り出し、見つめる。
 ささやかながら、今までコツコツと貯めてきたお金で買った婚約指輪だ。
 ハンターの仕事が入ったらもっと大きなダイヤの指輪を買ってやるつもりだが、
 今はこれが精一杯だ。
 それでも、あいつは喜んでくれるだろうか…
 いいや、きっと喜んでくれる。
 だから、俺は精一杯あいつを幸せにしてやる。
「…よし」
 決意を固め、オシリスは指輪を再びポケットの中へとしまった。
 まずは、この4次試験を合格しなくては。
 既に自分が逃げてから2時間が経過したから、そろそろ鬼が探しに来ている筈だ。
 これから24時間、何としても逃げ延びて―――
「……?」
 不意に、オシリスは背後に生き物の気配を感じた。
 しまった、もうここまで鬼役の試験官が―――!
 オシリスは慌てて振り返る。
 しかし、彼がそこで目にしたのは試験官などではなく、
 いいや、そもそも人間ですらなく…
「あ、あ、あああああああああああああああああああ!?」
 そこに居たのは、怪物だった。
 2メートルを軽く超える身長で、体の表面が固い鱗のようなもので覆われている。
 どこからどう見ても、4次試験の試験官とは思えない。
「うわあああああああああ!」
 真っ先にオシリスの取った行動は、怪物からの逃亡だった。
 そして、それは恐らく最も有効な手段だったであろう。
 だが…
「!!」
 怪物はその剛堅な体躯に似合わぬ速さで、がっしりとオシリスの腕を掴んだ。
 そしてそのままオシリスを持ち上げ、勢い良く地面に叩きつける。
「!!
 ぐあ!
 がああああああああああッ!!」
 倒れたまま苦悶の叫びを上げるオシリス。
 しかし怪物はそんなオシリスに構わず、足で彼の頭を踏み締めた。
 グチャリ。
 嫌な音を立てて、オシリスの頭が圧壊する。
 それきり、オシリスは二度と動かない。
「グ、グルウウウウウウウウウウウウウ…」
 怪物が、オシリスを足蹴にしたまま天を見上げて唸り声を漏らした。
「ニクイ… ニンゲン、ニクイ…!
 ニクイ、ニクイイイイイイイイイイイイイイイイイIIIIIEEEEEEE!!!」
 怪物の咆哮が大気を揺らす。
 オシリスは知らなかったろうし、また知っていても意味の無い事だったであろうが…
 この怪物こそ、『Dシリーズ』でありD−1の仲間、D−12であった。

2131:2005/01/05(水) 23:00



          @        @        @



 かおりんは、同じ試験官である青年と共に富士山樹海を捜索していた。
 それは勿論、どこかに隠れている受験生を見つける為である。
「どうなんだ、かおりん。
 今年の受験生の出来栄えは」
 青年がかおりんに訊ねる。
「そうですね〜。
 例年とあんま変わりません。
 あ、でも気になる子はいるんですよ?」
「ほう、それは?」
「えっとお、二人組みの男の子なんですけど〜、
 名前は忘れちゃいました〜〜〜」
 てへ、っとかおりんが舌を出す。
 呆れたように溜息をつく青年。
「でも、結構掘り出し物かもしれませんよ〜?
 一人は念も使えるみたいですし〜」
 のほほんとした口調を崩さぬまま、かおりんは喋る。
「ふん。
 ハンターになれば、念なんぞ珍しくもなんとも…」
 青年がかおりんにそう言おうとした瞬間―――
「!!!」
 かおりんと青年が同時に足を止めた。
 前方に、一人の男が居るのを目撃したからだ。
 あれは、誰だ?
 隠れもしないなんて無用心な…
 待て、あんな奴、受験生の中に居たか?
 いや、居ない。
 1次試験のように何千人も居るならともかく、
 この4次試験には30人しか居ない為、見間違いはあり得ない。
 何より鬼役をするにあたって、4次試験受験生の顔はしっかり頭に叩き込んでいる。
 だからこそ、はっきりと断言出来る。
 あの男は、間違い無く部外者だ。
「…あなた誰ですか〜。
 自殺なら他所でやって下さ〜〜〜い」
 呑気な口調のまま、かおりんが男に訊ねる。
 フーン顔の8頭身であるその男は、つまらなさそうにかおりん達に視線を向ける。
「……!」
 ぞわり。
 かおりんと青年の体中から鳥肌が立つ。
 何だ。
 何だこいつは。
 受験生どころか、人間にすら思えない。
 何で、こんな奴がこんな所に―――
「…お前ら、変な怪物を見なかったか?」
 フーン顔の八頭身は、仏頂面のままかおりん達に質問した。
「……?」
 いまいち質問の意図が掴めず、二人は要領を得ない顔をする。
「ああ、知らないのか。
 ならいい。
 うん、まあ、どっちにしたって―――」
 フーン顔の八頭身の男が、かおりんと青年を見据える。
 昏い昏い―――
 まるで、闇の底のような眼で。
「“ここであった”時点で、殺すつもりだからな」
 ―――殺される。
 かおりんと青年は、瞬時にしてそう直感した。
 そして直感した時には、二人はもう動いていた。
 青年は懐から銃を抜き、かおりんは念の槍を創り出す。
 そして青年は目の前の魔人に銃を向けて…
「『殺人奇術(マントラップ)』」
 フーン顔の8頭身の指が、僅かに動いた。

2141:2005/01/05(水) 23:00

「…え?」
 気がついた時には、青年は自分の頭に銃の照準を合わせていた。
 そのまま青年の意思とは無関係に銃を持つ手の人差し指が動き、連続で銃を発砲する。
 頭を爆散させながら絶命する青年。
 傍から見れば、自殺に見えた事だろう。
「―――な!?」
 驚愕するかおりん。
 その直後、彼女の首が驚いた顔のまま360°回転する。
 ベキゴキメキ。
 頚骨の破壊される音と共に、かおりんの首は一気に捻れていく。
 捻れる、捻れる、捻れる。
 捻れは骨を破壊するだけではまだ収まらず、ついには肉すら捻じりきられていき、
 かおりんの頭部が胴体から捻じりきられる事でようやく捻れは止まった。
「悪いな。
 これも仕事なんでね。
 しかし、流石だよな俺」
 何ら感慨のこもらぬ言葉をできたてほやほやの死体に投げかけて、
 フーン顔の8頭身、妖滅狭州我(あやめ さすが)は静かにその場を去るのだった。



          @        @        @



 『新人潰し』は、標的を探して樹海の中を彷徨っていた。
「……」
 それにしても計算外だった。
 あの少年が、あそこまでやるとは。
 まさか姿を消した自分に、一太刀浴びせてくるとは…
「……」
 少年の刀に斬られた腕の傷口をさする。
 あの少年、只者ではない。
 技こそ雑ではあるが―――
 あの殺気、闇の世界の住人のそれである。
 全く、とんだ新人が紛れ込んだものだ。
 これ以上付け狙うのは危険かもしれないが…
 しかし、逆を言えば久し振りの強敵でもある。
 弱い新人を狩り殺すのにも飽きてきたし、たまには少し無理をするのも悪くはないか。
 それに素質の面ならともかく、今ならまだ経験の差で自分の方が上だ。
 将来、奴らが自分の障害にならないとも限らないし、
 矢張りここで始末しておくのが正解だろう。
 なあに、案ずる事は無い。
 あらゆる色彩を表現する事が出来るこの能力、
 『虹色の顔料(カラフルクレヨン)』で周りの風景と同化したこの明細を、見破れる訳が無い。
 せいぜい、気配で近くに居るというのを感知するのが関の山だ。
 故に、自分が敗北する可能性は決して無いと思っていただこう。
「くくく…」
 思わず、含み笑いが漏れる。
 さあて、奴らはどこだ?
 どこだ?
 どこだ?
 …居た!
「―――――」
 絶を展開し、念の気配を消す。
 『新人潰し』の前方200メートル先の視界には、
 はっきりとギコとタカラギコの姿が捉えられていた。


                〜続く〜

2151:2005/01/07(金) 18:42
 〜三十九話〜

「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
「うわあああああああああああああああああ!!」
 遠くから、悲鳴のような声が聞こえてくる。
 いや、これはもう悲鳴なんてものじゃない。
 断末魔の叫び、と形容すべきだ。
 どこかで、誰かが戦っているようだが―――しかし、
 いくら何でも今の絶叫は凄まじ過ぎる。
 まさか、本当に殺し合いが起こっているとでもいうのか?
 ハンター試験とは、それ程のものだったのか!?
「ギコ―――」
 僕は隣のギコに顔を向けた。
 ギコは相変わらず、仏頂面のまま木にもたれて座っている。
「……!」
 と、ギコが何かを察知したのかすくっと立ち上がる。
「…おいでなすったようだぜ」
 抜刀しながら呟くギコ。
「おいでなすったって、誰が…?」
「夕方、俺らを襲った奴だ」
 確信を込めた口調でギコが断言する。
 どうしてそんな事まで分かるのだろう。
 狐さんといいこいつといい、強い人というのは一種の変体性を内包しているようにも思える。
「逃げなくていいのか?」
「逃げ切れるような相手じゃねえよ。
 それに、まあ、こっちにはアドバンテージがある」
 言って、ギコは先程せっせと拵えた罠に視線を移した。
 罠と言っても、虎ばさみとか地雷とかそんな大層なものではなく、
 そこら辺に落ちていた紐や草木の幹や茎で即興で設えた、
 ごくごく初歩的な鳴子や足引っ掛けである。
 これでは、ウサギすら殺す事は出来まい。
 それも、素人である僕でも少し注意すればどこに罠があるのか判別出来る。
 周囲一帯に数こそ多く仕掛けているものの、こんなのに引っかかる奴がいるとは思えない。
「…君は、本気でこんな罠が通用すると思っているのか?」
「ああ」
 言い切りやがった。
 まずい、こいつ馬鹿だ。
「まあ、大人しく横で見物してろって。
 細工は流々、後は仕上げを御覧じろってな」
 ギコは刀を構えながら、肉食獣の笑みを浮かべた。

2161:2005/01/07(金) 18:43



          @        @        @



 『新人潰し』は音も立てずにタカラギコ達に忍び寄っていく。
 目測では凡そあと100メートルといったところか。
 さて、刀を持った少年とその横の少年、先にどちらを狙うかだが…
 それはまあ考えるまでも無いだろう。
 横の少年を狙えば確実に殺せるだろうが、それだと居場所を刀を持った少年に気づかれる事になる。
 矢張り、ここは手強い方を先に始末しておくべきか。
 隣の木偶の棒など、後でどうとでもなる。
 しかし―――
 随分とまあ稚拙な罠を張り巡らしたものだ。
 稚拙も稚拙、不様にも程がある。
 こんな罠でどうにか出来ると思われるとは、自分も甘く見られたものだ。
 こんな幼稚な罠、子供ですら引っかからない。
「……」
 罠を掻い潜りながら、『新人潰し』は更に距離を詰める。
 あと50メートルと少し。
 刀を持った少年が立ち上がり、構えを取った。
 どうやら、気取られたようである。
 気配は消している筈なのに、流石なものだ。
 だが、明確な位置までは把握していまい。
 もしこちらの居場所が分かるなら、とっくに攻撃を仕掛けて来ている。
 それが無いという事は、向こうが分かっているのは近くまで来ているという事だけ。
 ならば、何の問題も無い。
「……」
 『新人潰し』はナイフを逆手に構えた。
 あと20メートル。
 もう少しだ。
 このまま喉を掻き切って―――
「―――!?」
 そこで、『新人潰し』は違和感を感じた。
 待て。
 あそこまでの手練が、無為にこんな稚拙な罠を仕掛けるだろうか。
 こんな、簡単に避けれそうな罠を…
 ……!
 違う。
 まさか、奴の本当の狙いは―――!
「そこだあああああああああああああ!!」
 刀を持った少年が、一直線にこちらに向かって駆け出して来た。

2171:2005/01/07(金) 18:44



          @        @        @



「そこだあああああああああああああ!!」
 ギコが誰も居ない空間に向かって突進する。
 何を!?
 どうして、そこに敵がいるなんて保証がどこにある!?
「ギ―――!」
 僕が呼び止める間も無く、ギコは闇しか存在しない空間を狙って一閃する。
「!!!」
 血飛沫。
 しかしそれはギコのものではなかった。
 何も無い筈の空間から、勢い良く血が噴き出す。
 馬鹿な。
 どうして、ギコはあそこに敵が居ると分かったんだ!?
 夕方襲われた時には、見つける事など出来はしなかったのに。
「―――!」
 一つの仮説が頭に浮かんだ。
 まさか。
 まさかギコは、この為に罠を仕掛けたのか!?
 敵を罠に引っ掛けるのがそもそもの狙いなどではなかったのか。
 露骨に容易く発見されるように罠を仕掛け、敵の進行ルートを制限したんだ。
 わざと罠の無いルートを予め作っておいて、敵がそのルートを進むように。
 どこから来るのかさえ分かっていれば、
 気配で近くにいるという事だけ事前に察知するだけでも問題無い。
 寧ろ必要十分だ。
 後はそこを狙えばいい。
 敵は罠を避けているつもりで実は、それこそが本当の罠とは知らずにいたという事か。
 そこまで、ギコは考えていたのか。
「多分、お前の考えてるので当たりさ」
 僕の考えを見透かしたように、ギコが言った。
 こいつは―――何て奴なんだ。
 こと戦闘における嗅覚とセンスにおいては、あの狐さんにも引けを取らない。
 こんな奴が、僕の隣にいるなんて。

「くッ…!」
 と、何も見えない場所から呻き声が漏れた。
 いや、徐々にだが人影のようなものがうっすらと見え始めている。
 ギコの斬撃による傷で、カモフォラージュが解かれたのか。
「…!?」
 姿を完全に現した敵の姿に、僕は絶句した。
 こいつは、この人は―――
「山崎渉、さん…?」
 どうして!?
 2次試験では、僕達に協力してくれたのに。
「…はッ、あんただったのかよ。
 まあ、最初見た時から何か胡散臭えとは思ってたがね」
 山崎渉さんを見下ろし、ギコが吐き捨てる。
「大方、あんたが有名な『新人潰し』か何かだろ?
 ま、そんなのどうでもいいけどな」
 刀を突きつけたまま、ギコは山崎渉さんに言った。
「…君の言う通りさ。
 まさか、こんな子供に敗れるとは…」
「勝利を確信した時、そいつは既に敗北している。
 それがお前の敗因だ」
 お前それ、スピードワゴン財団の石油王の台詞じゃねえか。
「…降参だよ、降参。
 すまないが、手当てを―――」
「死ね」
 両手を挙げて降参のポーズを取ろうとした山崎渉さんの首を、一瞬にしてギコは斬り落とした。

2181:2005/01/07(金) 18:44

 ゴロンと、山崎渉さんの首が地面に転がる。
「―――なッ!?」
 僕は思わずギコの襟首を掴んだ。
「お前、何で殺した!?」
 ギコの顔を引き寄せ、怒号をぶつける。
「はあ?
 あいつは俺達を殺しに来たんだ。
 殺し返して何が悪い」
「それはそうかもしれない!
 でも、あの人はもう降参してたじゃないかッ!?」
「降参が嘘だったら、どうする気だったんだ?」
 何ら悪びれる素振りも無く、ギコは答えた。
 こいつは、今人を殺したばかりというのに、何も感じはしないのか。
「いいか。
 あいつが夕方、俺達を狙った時既に、あいつの死は決定していたんだ。
 人を殺すってのは、逆に殺されても文句は言えねえって事なんだぜ?
 それ位の覚悟、向こうだってしてた筈だ」
「だからって… だからって本当に殺さなくてもいいだろう!
 手足を縛るなり、他にいくらでも方法があった筈だ!
 こんな殺しに何の意味があるってんだ!?」
「意味なんか、ねえよ」
 短く、ギコは告げた。
「殺しに意味なんかねえ。
 俺はただ、他の方法が思いつかなかったからこいつを殺しただけだ。
 それだけのこった。
 こいつを殺した事実なんて、俺の人生には何の影響も与えない。
 俺が殺した結果、こいつは死んだ。
 あるのはその過程と結果だけさ」
「……!」
 僕は何も言い返せなかった。
 言い返す気にもなれなかった。
 こんな奴に、
 こんな化物に、
 僕なんかの言葉が一体何の役に立つというのだ。
「…そろそろ放せよ。
 首、痛えんだけど」
 ギコが冷めた目つきのまま僕に言う。
 僕は何も言えず、黙ってギコの襟を掴む手を放した。
「…お前は、お前は―――」
 僕はその時、何を訊ねようとしていたのだろうか。
 お前はどうしてそんな考えが出来るんだ?
 お前はどうしてそんな考えをするようになったんだ?
 お前はどうしてそんな考えを肯定出来るんだ?
 あるいはそれら全部か。
 それともそれ以外の事か。
「……」
 ギコは、何も喋らなかった。
 僕も、何も喋らなかった。
 何か言っても、無駄だと思っているから。
 言う必要なんて無い位、僕達はどこかで通じ合っていたから。
「―――!」
 その時、ギコが咄嗟に後ろを振り返った。
 今度は僕にも分かる。
 何かが、僕達の所に近づいて来ている。
 僕がそれを分かったのは気配とかそういうのではない。
 草を掻き分ける、というより、
 障害となる木々を全て破壊していく、と言ったほうが正しいような音が、
 どんどん僕達の方に向かって来ていたからだ。
 何だ。
 一体、何が来ているというんだ!?

「!!!!!」
 木っ端を撒き散らしながら、一体の怪物が僕達の前に躍り出た。
 2メートルはゆうに越しているであろう巨躯。
 堅牢な鱗に覆われた表皮。
 血塗られた手足。
 どこをどう見ても、人間とは思えない。
「……!」
 さしもののギコも驚愕を隠せず、用心深くその怪物を見据えながら中段に刀を構える。
 何だこいつは。
 こんな奴、受験生の中に居たか!?
 それとも、こいつが試験官の言っていた『鬼役』なのか!?
「GUUUU…」
 怪物が、僕達を睨む。
 憎しみしか込められていない、濁った目で。
「ニクイ…」
 怪物が呟いた。
「ニンゲン、ニクイ…」
 憎い?
 僕が?
 いや、多分違う。
 これは、特定個人というよりは―――
 この世の全てに向けられた憎悪だ。
 何故か、そう確信出来る。
「ニクイ ニクイ ニクイ ニクイ…」
 怪物が体を震わせながら、呻く。
 こいつは、こいつは一体何なんだ!?
 どうしてこんな奴が、僕の目の前に居る!?
「ニクイイイイイイイイイイイイイIIIIIEEEEEEEEEEEE!!!」
 体を突き抜けるような咆哮。
 思えばこれが、悪夢のような殺戮の始まりを告げる合図だったのかもしれなかった。


                       〜続く〜

2191:2005/01/10(月) 02:39
 〜四十話〜

「オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
 怪物が叫びながら僕達に突進する。
 まるでそれは、さながら肉の弾丸といった風に。
「うわあッ!!」
 こんなものを喰らっては一たまりも無い。
 横っ飛びの要領で突撃をかわす。
 怪物は僕の後ろにあった木に激突し、直撃を受けた木は真っ二つにへし折られた。
 冗談じゃ、ねえぞ。
 もしこれが人間だったら、間違い無くズタズタの挽肉だ。
「質問」
 怪物を見たまま、ギコが言葉を投げかけてくる。
「あれが鬼役の試験官なのか?」
「んな訳あるか」
 そう、そんな訳、無い。
 鬼でもなく障害でもなくライバルでもなく―――
 あれは、単なる敵だ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
 ギコに向かって、怪物が力任せに腕を振るう。
 体を半身ずらし、最小限の動きでギコがそれを回避。
 カウンターに、怪物の胴体を左から薙ぎ斬ろうとする。
「!!」
 キンッ、という乾いた音。
 ギコの刀は、怪物の頑丈そうな鱗によってあっけなく阻まれた。
 ギコが、一瞬驚愕の表情を浮かべる。
「がッ!」
 直後、ギコの体が大きく吹き飛んだ。
 攻撃の失敗による僅かな硬直を逃さず、怪物が左腕でギコを張り飛ばしたのだ。
 勢い良く木に叩きつけられ、ずるずると木に背もたれながら崩れ落ちるギコ。
「……グウウウウウウ」
 怪物がこちらを向いた。
 どうやら、次の標的はこの僕のようだ。
 ―――勝てるのか?
 どうすれば、この絶望的危機的状況から抜け出せる?

 3択−一つだけ選びなさい
 答え1…ハンサムのタカラギコは突如反撃のアイデアが閃く
 答え2…仲間が来て助けてくれる
 答え3…どうにもならない。現実は非情である

 僕がマルをつけたいのは答え2だが期待は出来ない…
 東京に居るであろう狐さんが、あと数秒の間に現れてジャンプ・コミックのようにジャジャーンと登場して
 「まってました!」と間一髪助けてくれるってわけにはいかない。
 というか、常識的に考えてあり得ない。
 今頃は、宿泊先のホテルでドラクエ8かメタルギアソリッド3をやってる筈だ。
 となれば…
 やっぱりここは1しかないか…!

2201:2005/01/10(月) 02:39

「…静けき夜 巷は眠る」
 ―――『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』、発動
 ―――複製対象、記憶内検索開始
「汝 我が分身よ 青ざめし男よ…」
 ―――複製対象構成要素、抽出完了
 ―――複製開始
「…我が悩み まねびかえすや」
 ―――再生率、27%
 ―――発動、『劣化複製・穴あきの満月(デグラデーションコピー・フライングドーナッツ)』

「―――!」
 僕の両手に特大のチャクラムが握られる。
 しぇりーちゃんが使っていた、念。
 心を締め付け、抉られるような、記憶。
 犯した、僕の罪の象徴。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 作戦もクソも無い。
 チャクラムを両手に構え、怪物に向かって特攻する。
 これが通用しなければ、そこでこいつを倒す手立ては終了だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 両腕を大きく振りかぶり、そのままチャクラムの刃を怪物に―――
「!!!」
 音を立て、チャクラムは無残に砕け散った。
 怪物の鱗には傷一つついていない。
 畜生。
 矢張り、偽物では駄目だったか。
 本物のしぇりーちゃんの能力ならば、あるいはどうにかなったのかもしれないが―――
 だけどしぇりーちゃんはここには居ない。
 しぇりーちゃんは、もう、居ない。
「グフウウウウウウ…」
 怪物が僕を睨む。
 そして次に怪物はどうするか?
 そんなのはもう考えるまでもない。
 僕を、殺す。
 至極簡単な回答。
 思わず目を閉じ、これから襲い来るであろう苦痛を覚悟する。
 答え3。
 答え3。
 答え3―――

2211:2005/01/10(月) 02:39

「―――!」
 しかし、怪物の攻撃はいつまでまっても来なかった。
 恐る恐る目を開けてみる。
 目を開けてみると、怪物は僕などそっちのけで後ろを向いていた。
 しかし、それも無理からぬ事だった。
 僕にもはっきりと感じ取れる、明確な、激烈な殺意。
 それが余す所無く、怪物に叩き込まれていたからだ。
 そして、その殺意の発信源は―――
「ギコ―――」
 さっきまで倒れていたギコが、刀を構えて怪物を見据えていた。
 馬鹿な。
 これ以上何をいしようっていうんだ!?
 君の攻撃は、この怪物には通用しなかったっていうのに。

「…この疲れたる旅人の つひの憩ひの宿いづこ」
 ギコが小さく呟く。
 同時に、ギコは音も無く怪物に駆け出していた。
「南の椰子の蔭なるや ラインの菩提樹の下なるや」
 と、ギコを包む気配がガラリと変わったような気がした。
 いや、気がした、じゃあない。
 はっきりと、変わった。
 これは…
 死の気配!?
「さもあらばあれいづことて 神の御空はここのごと」
 怪物の放ったパンチを潜り抜け、ギコはもう一度さっきと同じ場所に剣撃を入れる。
 全く同じ角度。
 全く同じスピード。
 唯一つ違うのは、今度は怪物の鱗ごと、怪物の肉体をまるでバターのように切り裂いた事だった。
「身のあたりをば囲むらむ 黄泉路の燈火とばかりに」
 ヒュンヒュンと、さながら舞いのようにギコが刀を振るう。
 赤い刀身が朱い軌跡をなびかせ、紅い血潮が闇夜に散る。
「夜はわが上に星あらむ」
 文字通り微塵切りとなって、怪物の肉体が崩れていく。
 それはとても綺麗で、
 どうしようもないくらいに綺麗で―――
 僕は、思わず見惚れてしまっていた。
 ギコのやったのは、紛れも無い殺傷行為と自覚していながら、である。

2221:2005/01/10(月) 02:40

「…済んだぜ」
 刀を鞘に納め、ギコが静かに告げた。
 今のは、何だ!?
 あれが、ギコの能力なのか!?
「ギコ、あんな硬い鱗をどうやって…?」
 マナー違反と知りつつも、僕は思わずギコに訊ねた。
「確かに硬い鱗だった。
 あれをそのまま斬る腕は、まだ俺には無い。
 だが…」
 ギコが勿体つけたようにそこで一旦言葉を止める。
「…分子結合を直接消滅させれば、簡単さ。
 物質は分子の繋がりで構成されてるって、理科で習ったろ?」
「じゃあ君は、物質を分子レベルで分解出来る能力なのか!?」
「いいや違うね。
 それも可能だが、そんなのは一端に過ぎねえ。
 あとは自分で考えな」
 それ以上は教えぬとばかりに、ギコが会話を打ち切る。
 本当に―――どういう能力なんだ?
 あれが、僕の真似するべき能力なのだとして…
 しかしそれを理解しない事には始まらない。
 僕の念能力はあらゆるものをコピーする事だが、
 理解不能なものをコピーするのは流石に無理だ。

「…しかし、他には何も言わないんだな」
 見下げ果てたというように、ギコが僕に言った。
「?」
 何の事だか分からず、僕は首をかしげる。
「さっきの男を殺した時には、殺すなだの何だの言ってた癖に、
 この怪物を殺した事に対しては何も言わないんだな、つってんだよ」
「―――!」
 僕は言葉を失った。
 ギコの言う事は尤もだったからである。
「さっきのも、今のも、同じ殺しだぜ?
 なのに何で俺を責めない?
 それとも…」
 言うな。
 それ以上は、言わないでくれ。
「人間じゃなければ、いくらでも殺していいってのか?」
 真っ直ぐと、ギコは僕の顔を見てそう告げた。
 僕はギコの顔を正面から見る事が出来ない。
 何て、偽善者なんだ、僕は。
 山崎渉さんもこの怪物も、同じ命である事に変わりは無い。
 そんな事を、僕は見落として…
 いや、知りつつも敢えて目を逸らしていた。
 しかしギコは恐らく、山崎渉さんと怪物との命を差別はしなかっただろう。
 あくまで同じ命と見なした上で、殺した筈だ。
 人でなしなのは、僕の方だった。

2231:2005/01/10(月) 02:40

 パチ、パチ、パチ

 突然、拍手の音がどこからか聞こえてきた。
「……!」
 ギコが急いで周囲を警戒する。
 僕も辺りを見回すが、近くに人の姿は確認出来ない。
 何だ?
 誰だ?
 どこから―――
「いや、素晴らしい演説ね。
 アタシ、感動しちゃったわ」
 闇の中から溶け出すかのように―――一人の女性が僕達の前に現れた。
 カチューシャの似合う、20代前半と思しき妙齢の女性。
 胸はかなり大きくて、僕好みではないのだが… ここではそんな事はどうでもいい。
 異様なのは、こうして目の前に姿があるというのに、
 この女性からは恐ろしい程気配が感じられないという事だ。
 まるで、最初からそこには存在していないのではないかと錯覚する程、
 完璧に気配が消えてしまっているのだ。

 この人、危険だ―――

 体の全細胞が、目の前の女性に対して全力で危機を告げる。
 何だこいつは。
 この化物に比べたら、さっきの怪物なんて赤ん坊も同然だ。
 そう思わせるだけの凄みが、この女性にはあった。
「……!」
 ギコも僕と同じように、頗る付きの危険を感知したらしい。
 冷や汗を浮かべながら、中段に刀を構える。
「あら。
 あらあらあらあらあら。
 よく見たら二人とも結構可愛いじゃない。
 特にそっちの坊や、アタシのタイプよ」
 女性が僕に対して目を向ける。
 そりゃどうもありがとう。
 ちっとも嬉しくない。
「でも…
 でもでも…
 ああでも本当に…
 本当に残念ねぇ」
 女性がわざとらしく頭を横に振りながら、これまた大袈裟に溜息をつく。
「こうして“ここ”で遭ってしまった以上、殺さなくちゃならないんだからねぇ」
 恐ろしく怖ろしく悩ましく艶やかしく怪しく妖しく、
 妖しく―――
 女性がルージュを塗った唇を、犯(可笑)しそうに吊り上げた。


                    〜続く〜

2241:2005/01/11(火) 00:58
 〜四十一話〜

 人の姿をした化物―――
 このカチューシャの女性を見た瞬間から、僕はそう感じていた。
 隣のギコも相当な異端ではあるが、この人はそんなのとは違う。
 比べ物にすらならない。
 それ程、女性の醸し出す雰囲気は常軌を逸するものであった。
「本当、殺すのが惜しい位の坊や達ねえ。
 でも、仕事を放り出す訳にもいかないの。
 悪く思わないでね」
 何が悪く思わないでね、だ。
 お前みたいな人外が、人を殺すのに一々何か考えているとでもいうのか。
「随分とまあ余裕こいてんな、おい」
 ずい、とギコが刀を構えて一歩前に進み出る。
 しかし、女性のそれは単なる余裕なんかではなく、
 確かな実力に裏打ちされた自信である事をギコは感知している筈だ。
 はったりじゃない。
 この人の、実力は。
「あら、先ずはあなたからかしら?」
 女性が微笑む。
「そうだよ」
 ギコが僕を女性から覆い隠すように、僕の前に立つ。
「…おい」
 僕にだけ聞こえる小声で、ギコが僕に話しかけた。
「俺が時間を稼いでる間に逃げろ。
 …多分あいつには、俺達がどう逆立ちしたって勝てねえ」
 そんな。
 それじゃあ、ギコ、お前はどうするんだ?
「時間稼ぎが出来るとでも思っているのかしら?」
 どうやら、女性にもギコの会話が聞こえてしまっていたようだ。
 かなり五感が鋭いらしい。
「親切心で言っておくけど、何やっても無駄よ。
 どうせ―――」
 女性が僕に視線を向ける。
「アタシから逃げられる訳なんて、ないんだから」
 ――――――!
 一瞬、僕の心臓が、停止した。
「……!
 かはッ…!」
 息が出来ない。
 目の奥が痛い。
 足がガクガクする。
 体に力が入らない。
 今のは、殺気!?
 いや、殺気なんてもんじゃない。
 あの女性がそのつもりなら、確実に僕は死んでいた。
 蛇に睨まれた蛙、なんてもんじゃない。
 ヤマタノオロチに睨まれたアマガエルだ。
 動けない。
 ピクリとも、体が動かない。
 動いても、逃げても無駄だと、僕の肉体が判断してしまっているのだ。

2251:2005/01/11(火) 00:59

「逃げろ!
 タカラギコ!」
 叫んで、ギコは女性に向かって突進した。
 しかし、動けない。
 僕の足は、金縛りにでもあったかのように、
 地面に縫い付けられているかのように、
 1ミリたりとも動かなかった。
「う、おおおおお!」
 ギコが一気に間合いを詰め、女性の首目掛けて刀を横薙ぎ。
 しかし女性はバックステップで軽々とその一閃を回避する。
 続けざまの、ギコの返しの刃。
 だがそれすら、まるで最初から分かっていたかのように、
 女性は体を僅かに右にずらしただけであっさりと攻撃を無効とする。
「ちィッ!」
 ならば、とばかりにギコは心臓に向けて突きを放つ。
 雷光の如き、高速の突き。
 しかし女性にしてみれば、それすら止まったように見えていたのであろう。
 素手の手の平で、刀身の横の平たい部分を払い、
 突きの軌道を強制的に別の方向へとずらす。
 それにより、ギコの突きはあらぬ方向へと空振りした。
「……!」
 絶句するギコと僕。
 これは、何だ?
 あのギコが、まるで子供扱いだ。
 戦いにすら、なっていない。
「いい太刀筋ね。
 荒削りながら、基本はちゃんと押さえてある。
 剣術の腕前は既に一流といった所かしら」
 ギコの斬りを苦も無くかわし続けながら、女性が告げる。
 ギコにしてみれば、厭味にしか取れないだろうけど。
「でも、超一流を相手にするには、まだまだ修行が足りないわね」
 女性がそういった時には、既に女性の右の手の平がギコの胸部に接触していた。
 スピードもパワーも無い。
 ただ、手の平をポンと置いただけ。
 それだけなのに、僕はとてつもない危険をその行動の中に感じ取った。
「ギコ!
 逃げ―――」
「『小波(キリングパルス)』」
 その女性の呟きと同時に、ギコの体が一度大きく震えて、
 そのままピタリと動きを止めた。
 何だ。
 今、何が起こ…
「!!!」
 直後、ギコの目から、花から、口から、赤い血が溢れ出した。
 そのまま、ギコはその場に倒れ伏す。
「…勘のいい子ね。
 インパクトの寸前に体の芯をずらして、致命傷の直撃を回避するなんて。
 即死させるつもりだったんだけどね」
 女性が驚いた封に倒れたギコを見下ろす。
 ギコは倒れたまま、ビクンビクンと体を痙攣させていた。
 どうやら、まだ生きてはいるらしい。
 しかし、生きているだけと言った方が正しかった。
「でも、しばらくは起き上がれないでしょ。
 それだけの時間があれば、充分過ぎるわ」
 女性が僕の方に向き直った。
 ヤバい。
 物凄く、ヤバい。
 逃げなくちゃ。
 逃げなくちゃいけないのは分かっているのに…
 体が、動かない。
 まるで、死に魅入られてしまったかのように。

2261:2005/01/11(火) 00:59

「お・待・た・せ」
 ルンルンと、女性が動けない僕に近寄ってくる。
 来るな、化物。
 こっちに来るな…!
「ああ、いいわぁ、その顔、その目。
 一目見た時から気になってたのよ」
 女性の両手が僕の顔に触れる。
 さっき、ギコを倒した手が。
「可愛い顔してるくせに、
 こんな死と狂気と混乱と混沌と災厄と最悪がごちゃまぜになった、
 どうしようも無い程救いようの無い目をしてるなんて、
 アタシじゃなくても放っておかないわよ。
 どうしたら、あなたみたいなのが生まれるのかしら?」
 女性が僕の顔を撫で回す。
「た、た、た、助け―――」
 恐い。
 恐い恐い恐い恐い。
 恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い。
 僕の思考が恐怖のみで埋め尽くされていく。
「…そういやあなた、そこに倒れてる坊やにそっくりねえ。
 兄弟か何かかしら…?
 …まあ、今はそんな事どうでもいいわね。
 ゆっくりと、熱い一時を共有しましょう」
 そんな僕にはお構い無しに、女性が強引に僕の唇に自分の唇を重ねる。
 僕の口内で、女性の舌がまるで別の生き物のように蠢く。
「……!」
 1分程、ディープキスを交わしたところで―――
 ゆっくりと、女性は唇を離した。
「…うふふ。
 こんなにドキドキするのは、久し振りだわ。
 いいえ、もしかしたら初めてかもしれない。
 よかったわねぇ、坊や。
 これから、じっくりとゆっくりと時間を掛けて、
 殺しながら冒してあげる…」
 女性が背筋の髄から髄まで凍りつきそうな、冷たく情熱的な笑みを浮かべた。
 助けて。
 誰か、助けてくれ。
 嫌だ。
 こんなのは、もう嫌だ。
 僕を助けてくれ。
 ああ、だけど、そんなのが都合良く来る訳がないじゃないか。
 このまま、
 このまま僕は殺されるのか?
 何も出来ず、ギコも助けられず、あっけなく。
 この樹海の中で、誰の目にも触れず。
 嫌だ。
 助けてくれ。
 誰か―――

 ―――狐さん…!

2271:2005/01/11(火) 01:00

「!!!!!」
 いきなり、女性が僕と密着させていた体を離した。
 その直後、さっきまで女性のいた場所を物凄い勢いで人影が横切る。
 女性に対して何かしらの攻撃が行われたのだろうが、
 速過ぎてどんな攻撃だったのかは分からない。
 いや、問題は“それ”じゃない。
 一体、誰が―――
「き―――」
 僕は目を疑った。
 どうして。
 どうしてこの人がここに居る!?
 どうして!?
「お、お前は…!」
 女性が驚愕に目を見開いた。
 どうやら、女性にとっても“この人物”の登場は想定外だったらしい。
「お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はぁッ!」
 長い髪を後ろで括ったヘアスタイル。
 並みの男より遥かに高い身長。
 引き締まった体。
 控えめな胸囲。
 和服姿。
 綿雪の様に白く、透き通った肌と髪。
 見間違える筈も無い。
 これは、この人は―――
「狐さん!!」
「外法狐!!」
 女性と僕の発生は同時だった。
「あいよぉ」
 飄々と、飄々と―――
 まるで軽い挨拶でもするかのように、狐さんは片手を上げて答えた。
 それだけで、僕は安心した。
 これ以上無いくらい、目の前の化物みたいな女性などどうでもよくなる位に…
 心から、安心していた。
「狐さん…!」
 僕は思わず狐さんに駆け寄る。
「よっす。
 よく頑張ったな、少年」
 僕を庇うように、狐さんが女性の前に立ちはだかる。
 よく見ると、今日の狐さんの着物は迷彩服のような柄をしていた。
 こんな着物、持ってたんだ。
「しっかしよお…
 慌てて駆けつけてみりゃあ、濡れ場に遭遇するんだからな。
 流石に俺もここまでは予想してなかったぜ」
 げげ。
 あれ、見られてたのか。
 誤解です、狐さん。
 あれは一種の逆レイプというやつで…
「まあでも、横恋慕は感心しねえな、そこの女。
 こいつは、俺が殺すんだ」
 不敵な面持ちのまま、狐さんが女性を見据えた。
「あ、あんたがどうしてこんな所に―――」
 女性が狐さんに訊ねる。
「ああ、心配すんな。
 別にそっちの仕事を邪魔するつもりは無い。
 偶然ここに俺の友達が居る事を知ったから、助けに来たまでだ。
 お前さんみたいなこわーい連中がうようよしてると知ってて、見殺しにゃあ出来まいよ。
 で、ここから相談だ。
 見逃せ。
 そうすりゃ、俺はお前らとは戦わない」
 まさかそれだけで、本当にそれだけでこの人は僕を助けに来てくれたのか?
 どうして、僕なんかの為にそこまで―――
「そんな理屈が通用すると思ってるの!?
 アタシ達が誰だか、知っているんでしょう?
 いいかしら、アタシの名前は…」
「そこまでだ」
 狐さんが女性の言葉を遮った。
「それ以上は言わない方がいい。
 名乗れば、俺はお前を殺さなければいけなくなるし、
 お前も俺を殺さなきゃいけなくなる。
 俺達にとって、名前を名乗るってのはそういう事ってのは言うまでもねえだろ?
 いいか、もう一度言う。
 俺にお前さん方の仕事を邪魔するつもりはない。
 俺は正義の味方じゃねえからな。
 お前さん方がどこで何人殺そうが知ったこっちゃないし、知るつもりも無い。
 勿論、ここで何があったかを吹聴して回りやしない。
 だから、見逃せ」
「ははッ。
 アタシ達『兇人絶技団(サーカス)』に、任務放棄の四文字があると思っているのかしら?
 悪いけど答えはNOね。
 名乗った上で、あなたを殺すわ」
 女性が嘲笑うかのように狐さんに告げる。
「そうかい。
 ならしょうがねえわな…」
 狐さんの体を気が纏う。
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』。
 最強の、強化系念能力。
「上等だ、女。
 姓(かばね)を曝して、屍(かばね)を晒しやがれ…!」


                       〜続く〜

2281:2005/01/11(火) 23:07
 〜四十二話〜

 狐さんと女性との間の空間が歪んで見える。
 視線と視線、死線と死線、殺意と殺意、圧力と圧力のせめぎ合い。
 臨界寸前、爆発直前の緊張感。
「!!!」
 均衡を破ったのは女性の方だった。
 恐るべき速度で、狐さんに突っかける。
「教えてあげるわ!
 アタシの名前は…!」
 女性の右フック。
 半歩下がってかわす狐さん。
「あ」
 続けざまの左アッパー。
 狐さんはそれを右の手の平で受け止める。
「や」
 そこから女性は右ストレートに連携。
 狐さんは首を横に傾け紙一重でそれを避けた。
「め」
 今度は右でのローキックが来た。
 しかし狐さんはお見通しとばかりに、足を折り曲げてしっかりとガードする。
「零母那(れもな)よ!!」
 レモナと名乗った女性は、受け止められた足を戻すことなく、
 そのまま右のハイキックへと移行させる。
 普通ならそんな無理な体勢で蹴りを放ってもダメージにはならない筈なのだが、
 レモナさんの繰り出したそれは充分に人間を昏倒させしめる威力を持ったものだった。
「そう…」
 狐さんが左腕でそのハイキックを防御。
 頭部への直撃を回避する。
「かよォッ!」
 今度はこちらの番だと、狐さんがレモナさんの胴体に左のミドルキックを放つ。
 巨木さえ易々と薙ぎ倒しそうな程の、必殺の破壊力を秘めた蹴り。
「!!!」
 レモナさんは胸のあたりで腕を十字に交差させ、狐さんのミドルキックをガードした。
 蹴りの威力は完全に相殺出来なかったのか、
 蹴りの勢いそのままにレモナさんが後ろに飛ぶ。
 しかしレモナさんは大したダメージではないとばかりに、
 10メートル程後方に飛んだ所で、悠々と両足で着地した。
「らあああ!!」
 狐さんが逃さずレモナさんに踊りかかる。
 さながら、獣のような勢いで。
「らあッ!」
 技術も糞もない、右腕での豪快な一薙ぎ。
 腕の軌道上の全てを破壊し尽くす、一撃必殺の一撃。
「ふッ…!」
 短く息を吐き出し、レモナさんが身を屈めてその一撃をかわす。
 同時に、レモナさんの右手は狐さんの胸に置かれていた。
 まずい。
 あれは、ギコが倒された時の―――
「狐さ…!」
「『小波(キリングパル―――」
 駄目だ。
 よく分からないが、あの手は危険―――
「!!!」
 直後、レモナさんの体が再び後方に吹き飛んだ。
 狐さんが、レモナさんの手が体に触れるとほぼ同時に前蹴りを放ったからだ。
「くぁッ…!」
 今度はガード出来なかった為、レモナさんは受身も取れずに地面に叩きつけられる。
 鳩尾への足先による蹴り込み。
 息が出来ない程の苦痛の筈だ。
「くッ…!」
 と、狐さんの体も僅かにぐらつく。
 見ると、口の端からは一筋の血が流れていた。
 どうやら、狐さんの方も無傷とはいかなかったらしい。
「……!」
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 こんな、馬鹿な。
 狐さんと、接近戦でここまで戦える人が居たなんて…!

2291:2005/01/11(火) 23:08

「ははッ…!」
 先に体勢を立て直したのは狐さんの方だった。
 口から流れる血を拭き取りもせずに、修羅の如き笑みを浮かべる。
「流石は流石。
 『禍つ名』の一位を張るだけの事はあるぜ、妖滅零母那(あやめ れもな)。
 正直、ここまでとは思わなかったよ」
 どこか楽しそうに、狐さんはそう言った。
「…あなたこそ噂通りね、外法狐(げほう きつね)。
 あなたとだけは敵対するなというのが、
 裏社会での暗黙のルールとなっている理由がよく分かったわ」
 間を置かず、レモナさんが立ち上がって臨戦態勢を整える。
 狐さんの蹴りを喰らって、まだ戦えるとは。
 一体どういう肉体構造をしているんだ?
「んで、どうするよ、妖滅零母那。
 悪いが、今のでお前さんの能力は大体把握した。
 二度目は喰らわないぜ」
 口の中の血を吐き捨てて、狐さんは告げる。
「最後の警告だ。
 見逃せ。
 そうすりゃ、こんな一文にもならねえ殺し合いなんかしなくて済む。
 このまま続ければ、どっちがくたばるにしろ、
 どちらも只では済まないって事ぐらいは分かるよな?」
 ペキペキと拳を鳴らす狐さん。
 仕掛けるつもりならば、こちらも応ずるという気で満々のようだ。
「随分甘く見られたものね。
 アタシの念が、あれだけしか能が無いとでも?
 悪いけど、そう思っているなら1分後に倒れているのはあなたの方よ」
 はったりでも何でもなく、確かな自信に基づいた表情で、
 レモナさんは狐さんを見据えた。
 隠し札はまだまだ残っているという事か。
「…あるいはそうかもな。
 だが、状況をちゃんと把握してるか?
 こっちは2人掛かりだぜ」
「はッ。
 そこの坊やが、戦力になるとでも?」
「いいや、違うさ。
 戦うのは…」
 狐さんがレモナさんの後ろに視線を投げかける。
「そこの坊主だ」
「―――!!」
 レモナさんが驚愕に表情を歪める。
 無理も無い。
 何故ならそこには、さっき倒したばかりの筈のギコが立ち上がっていたのだから。
「あ――― ぐゥ―――、がはッ…!」
 体をガクガクと揺らし、穴という穴から血を流しながらも、
 ギコは確たる戦う意思を持ってその場に立っていた。
 馬鹿な。
 どうみても、致命傷級のダメージを受けていたというのに…!
「どうするよ、『小波(キリングパルス)』。
 『外法』二人を向こうに回して、心ゆくまで殺しあってみるかい?」
 狐さんがレモナさんににじり寄る。
「くッ…!」
 レモナさんの決断と実行は迅速だった。
 悔しげな顔をして、すぐさまその場から離脱する。
 その余りに見事な引き際に、追いかけようという気すら起こらない。
 尤も、重症人であるギコをほったらかしてレモナさんを追うなど出来ないのだが。
 それまで見越した上での、逃亡だったのだろう。

2301:2005/01/11(火) 23:08

「や〜れやれ、ケツ捲くって逃げやがったか」
 逃げ行くレモナさんを遠めに見ながら、狐さんは呟いた。
「あ、あの、狐さん…」
「おう、どうした少年」
「どうして、こんな所に?」
「ああ、それな。
 さっきも言ったように、偶然さ」
「…そっすか」
 んなわきゃねえだろ、とも思ったが、
 今はそんな事を聞いている場合では無いのでそれ以上の追求は止めておく。
「…てか、その着物なんなんですか?」
 質問を変える事にした。
 最初見た時から気になっていたのだが、その迷彩柄の着物は何なのだ。
「んあ、これか?
 いや、最近メタルギアソリッド3にはまっててね。
 迷彩服みたいなのが欲しいなー、って思った訳よ。
 で、贔屓にしてる呉服屋に特注して作って貰ったのさ。
 いいだろ〜?」
「はあ、まあ」
「ちなみに一着55万円」
「馬鹿かあんたは!」
 無駄使いここに極まれり、だ。
 つか、そんな金あるなら僕にも少し寄越せ。
「ま、今はそんな事はどうでもいいだろうよ。
 そっちの坊主も、かなりヤバいみたいだし―――」
 狐さんがギコに視線を移した時には、既にギコは白目を剥いて倒れていた。
 やっぱり、立っているだけで限界寸前だったらしい。
「…あ〜らら、寝てやんの」
 ギコを見下ろす狐さん。
 しかしどうしよう…
 モラックジャック先生の念で、治せるのかな?
「しっかしまあ、まさか君とこいつが同行してるなんてなあ…
 こうまで来ると、運命の実在を信じたくなっちまうぜ」
 …?
 狐さん、もしかしてギコの事を知っているのか?
「おお〜〜〜〜〜〜い!」
 と、どこからか僕達を呼ぶ声が聞こえてきた。
 敵か!?
 反射的に僕は身構える。
「心配すんな、あれは味方だ」
 狐さんが僕の肩に手を置いてなだめる。
 程無くして、僕達の前に一人の八頭身の男が現れた。
 キモッ。
「はぁ、はぁ…
 ひどいよ狐。
 僕を置いて先にどんどん行っちゃうんだもん…」
「悪い悪い。
 まあ水に流してくれよ、八」
 狐さんが笑う。
 どうやら、狐さんとこの八頭身とは知り合いのようだ。
「…って、何でギコがこんな所に居るんだ!?」
 八頭身が驚く。
 こいつも、狐さん同様ギコと面識があるらしい。
「あの、狐さん。
 ギコの事知ってるんですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「知ってるも何も…
 何だ。
 もしかして、こいつの名字聞いてないのか?」
「ええ、まあ」
 何度か聞きはしたのだが、教えてはくれなかったのだ。
「こいつの本名は外法擬古(げほう ぎこ)。
 れっきとした『外法』の一員さ」
 ……!
 そうだったのか。
 いや、思い返せばそうとしか考えられない。
 道理で、狐さんとどこか似ていると思った。
 しかし、よりにもよって、こいつが『外法』だったなんて―――

2311:2005/01/11(火) 23:08

「…そういえば、君は?」
 八頭身が僕の存在に気づいたのか、こちらに目を向ける。
「あ、始めまして。
 僕は宝擬古(タカラギコ)っていいます」
 本当の名前は、忘れてしまった。
「そういや紹介が遅れたな、少年。
 この八頭身は外法八(げほう はち)。
 俺の身内で、情報屋もやってる」
 この人も外法なのか。
 しかし思ったのだが、外法とは変態の巣窟なのか?
「へえ、てことは君が狐の言ってた友達ってやつか。
 ふうん、君みたいなどこにでも居そうな少年が、ねえ…」
 八頭身がしげしげと僕を観察するような目で見回す。
 何だよもう。
 感じ悪いなあ。
「さて、のんびりしてる時間はあんまりねえぞ。
 今のうちにゆっくり休んどけ。
 ギコの坊主が目を覚ましたら、すぐに出発するからな」
 狐さんがドッカと腰を下ろす。
「出発するって、どこにですか?」
 僕は狐さんにそう質問した。
「この樹海の外だ。
 一刻も早く、ここから逃げる」
 狐さんが短く告げる。
 その厳しい顔つきが、事態の危険さを雄弁に物語っていた。



          @        @        @



「会長!!」
 ハンター協会日本支部会長室に、若い女性の秘書が飛び込んで来る。
「何じゃ、騒々しい」
 ゆっくりと秘書に顔を向ける初代茂名(はつしろ もな)こと、初代モナー会長。
 柔和な皺が刻まれたその顔とは裏腹、
 体から発せられている威圧感はまだまだ現役そのものといった感じである。
「ハンター試験4次試験会場に、『妖滅』の一員の乱入を確認しました!
 現地の試験官からも連絡が途絶えています!」
「知っておる」
 渋い顔で、初代モナー会長は答えた。
「でしたら、何故そんなにのんびりとしておられるのですか!?
 すぐに救助隊を送って下さい!
 でないと、このままでは全員皆殺しに―――」
 秘書は会長に詰め寄ろうとして、足を止めた。
 初代モナー会長が、静かな、しかし獅子ですら足が竦みそうな眼光で秘書を見据えたからだ。
「救助を送れば『妖滅』をどうこう出来ると、本気でそう思うておるのか?」
 秘書は返す言葉が無かった。
 会長の視線に怖気づいたというのもあるが、
 『妖滅』相手に援軍を送った所で、無駄に犠牲者を増やすだけだと悟ったからである。
「…今回のハンター試験は合格者無し。
 そのように情報を操作しておけ。
 栄誉あるハンター試験を、裏の者の名で汚す訳にはいかん」
「…はッ」
 一礼し、秘書はそそくさと会長室から退出していった。
 初代モナー会長だけが、ただっ広い部屋の中に残される。
「…『禍つ名』め。
 どこまで協会をコケにすれば気が済む…!」
 初代モナー会長の瞳には、黒々とした憤怒の炎が宿っていた。


               〜続く〜

2321:2005/01/14(金) 00:48
 〜四十三話〜

 僕達は取り敢えずギコが目を覚ますまで一時の休息を取っていた。
 本来ならばすぐにでもこの場を離れた方がいいのは僕にも分かるが、
 気絶しているギコを無理に動かすのは危険だ。
 最悪、命を落としかねない。
 天を仰ぎ失神しているギコ。
 その隣に座る僕。
 更に隣に狐さん。
 向かいに八頭身。
「んあ?
 何だこのカロリーメイトは」
 狐さんが大量のカロリーメイトの詰まった袋に気がついたみたいだ。
 その山のような量に呆れたように嘆息し、一つ取り出して食べ始める。
「君も食っとけ」
 狐さんがフルーツ味のカロリーメイトを僕に投げ渡した。
「…無理です」
 こんな異常な状況で、マトモに食事が取れる訳が無い。
「食え」
 厳しい声で狐さんが言った。
「肝心な時に力が出ない、って事になったらどうする気だ?
 食わないなら、無理矢理にでも口にねじ込むぞ」
 そう言われたので、僕は気が進まないながらもカロリーメイトを食する事にした。
 しかし…ここに来てから口に入れたのは、
 水分も含めて全てカロリーメイトだ。
 いい加減、嫌気がさしてきた。
「恐いか」
 狐さんが僕に訊ねた。
「…そりゃ、まあ。 てかこんな状況で恐くない方が異常ですよ」
「それでいい。
 これで、君はまた一つ強くなった」
 狐さんが薄く微笑む。
「…狐さんは、恐くないんですか?」
 カロリーメイトを齧りながら、僕は狐さんに聞いた。
「…恐いさ。
 いつだって、恐かった。
 戦ったり殺し合ったりして、一度だって恐くなかった時なんて無い」
 返ってきたのは意外過ぎる返答だった。
 いや、当然か。
 狐さんだって、僕と同じ人間なのだ。

2331:2005/01/14(金) 00:48

「…あの」
 何とかカロリーメイトを一袋腹に収め、僕は改めて狐さんに問いかけた。
「何だい、少年?」
「さっきの人、一体何なんですか?
 それにそこの怪物は…」
 僕はギコが微塵切りにした怪物の残骸に目を向ける。
「君は知らない方がいい… って言いたい所だが、
 こうなった以上そうもいかねえか。
 ま、理由も分からないまま狙われるのも気味が悪いだろうし、教えてやるよ」
 狐さんが5つ目のカロリーメイトを平らげて、僕に向き直る。
「あの怪物は恐らく『D』だ。
 『フシアナコンツェルン』って結社が地下(アンダーグラウンド)で開発した、
 人間とあらゆる生物の長所とを融合させた生物兵器さ」
「…どこぞのキメラアントですか、そいつらは」
 ハンター×ハンターじゃあるまいし、そんな生物が実在したのか。
「で、さっきの恐ーいお兄さんが、その退治を依頼された『禍つ名』の一位である『妖滅』。
 『禍つ名』については前に教えたよな?」
「はい…
 って、お兄さんってどういう事ですか?
 あの人、どっからどう見ても女性じゃなかったですか」
 それも、とびきりの美人だった。
 まあ、狐さんには及ばないけど。
「気づかなかったのか?
 あいつはれっきとした男だったぜ。
 所謂オカマってやつだな」
 !?
 マジか!?
 てことは。
 ていうことは。
 僕のファーストキスの相手は男!?
 僕の…
 僕の大切なファーストキスの相手が…
 男…

     / ̄⌒⌒ヽ
      | / ̄ ̄ ̄ヽ
      | |   /  \|
    .| |    ´ ` |
     (6    つ /   ちくしょう・・・
    .|   / /⌒⌒ヽ
      |    \  ̄ ノ
     |     / ̄

  __,冖__ ,、  __冖__   / //      ,. - ―- 、
 `,-. -、'ヽ' └ァ --'、 〔/ /   _/        ヽ
 ヽ_'_ノ)_ノ    `r=_ノ    / /      ,.フ^''''ー- j
  __,冖__ ,、   ,へ    /  ,ィ     /      \
 `,-. -、'ヽ'   く <´   7_//     /     _/^  、`、
 ヽ_'_ノ)_ノ    \>     /       /   /  _ 、,.;j ヽ|
   n     「 |      /.      |     -'''" =-{_ヽ{
   ll     || .,ヘ   /   ,-、  |   ,r' / ̄''''‐-..,フ!
   ll     ヽ二ノ__  {  / ハ `l/   i' i    _   `ヽ
   l|         _| ゙っ  ̄フ.rソ     i' l  r' ,..二''ァ ,ノ
   |l        (,・_,゙>  / { ' ノ     l  /''"´ 〈/ /
   ll     __,冖__ ,、  >  >-'     ;: |  !    i {
   l|     `,-. -、'ヽ'  \ l   l     ;. l |     | !
   |l     ヽ_'_ノ)_ノ   トー-.   !.    ; |. | ,. -、,...、| :l
   ll     __,冖__ ,、 |\/    l    ; l i   i  | l
   ll     `,-. -、'ヽ' iヾ  l     l   ;: l |  { j {
   |l     ヽ_'_ノ)_ノ  {   |.      ゝ  ;:i' `''''ー‐-' }
. n. n. n        l  |   ::.   \ ヽ、__     ノ
  |!  |!  |!         l  |    ::.     `ー-`ニ''ブ
  o  o  o      ,へ l      :.         

「大声出すな馬鹿」
 狐さんが僕の頭をはたいた。
 そうだ。
 ここは発想を切り替えよう。
 そもそもキスとは普通異性どうしでやるものだから、
 男とのはノーカンだノーカン。
 そう決めた。

2341:2005/01/14(金) 00:49

「で、でも、その『妖滅』は『D』っていうのが狙いなんでしょう?
 なのにどうして僕達なんか…」
「簡単さ。
 『妖滅』は『D』の退治と同時に、情報の隠匿も依頼されてんだろ。
 だから目撃者の君達を殺そうとした。
 ここに来るまでにも、いくつか死体が転がってたからな。
 多分『妖滅』か、それかそいつらを追っ手と勘違いした『D』の仕業だろ」
 …!
 冷や汗が流れる。
 既に、犠牲者が出てしまっていたのか。
 だとすれば、もう何人死んでしまっているのだろうか?
「いいか少年。
 もうここは試験会場なんかじゃない。
 戦場だ。
 ここには倫理や道徳や正義なんてのは存在しない。
 狩る者と狩られる者、殺す者と殺される者、奪う者と奪われる者、
 生きる者と死ぬ者だけだ。
 覚悟を決めろ。
 でないと、死ぬぜ?」
 戦場―――
 まさか、成り行きで参加したハンター試験が、こんな事になるなんて。
「…!
 そ、そうだ!
 誰かに助けを…」
 僕は携帯電話を取り出して、そこで電池が切れている事を思い出した。
 糞。
 こんな時にタイミングの悪い…!
「電話なんか無駄だぜ。
 さっき俺も試してみたが、どうやら妨害電波を撒かれてる」
 妨害電波。
 まあ考えてみれば当然だよな。
 それぐらい、当然の準備としてしているだろう。
「…ハンター協会の人が、助けに来てくれますかね?」
「当てにはならないだろうな。
 連中事なかれ主義だから、異常を察知しても黙殺してる筈だ。
 よしんば救助が来たとして、『妖滅』相手じゃどうしようもねえ。
 死体が増えるのが落ちさ」
 首を横に振り、狐さんが答える。
「…その、『妖滅』ってのはそんなに強いんですか?」
 何て愚問なのだろうか。
 その答えは、先程の狐さんとレモナさんとの戦いで、
 これ以上無い位に証明されているというのに。
「強いね。
 伊達に『禍つ名』の一位に君臨し続けちゃいねえよ。
 そうだな…
 例えば二位の『魔断』がオリンピックの銀メダルなら、『妖滅』は金メダルだ」
 銀メダルと金メダル。
 その差は文字通りコンマ数秒程度の紙一重。
 しかし、そこに存在する差は、とてつもなく絶対的だ。
 そのコンマ数秒が、歴然とした断絶として優劣を分けているのだ。

2351:2005/01/14(金) 00:49

「そしてあいつ… いや、あいつらは、
 その『妖滅』の中でも選りすぐりを集めた、
 『兇人絶技団(サーカス)』っつー際物揃いさ。
 正直、この俺でも確実に勝てるとは断言出来ない」
 狐さんをして、常勝出来ないと言わせしめるとは、どんな化物だというのだ。
 いや、それよりも。
 あいつらという事は、他にもレモナさん級の化物が何人かここに来ているのか!?
「『小波(キリングパルス)』、『殺人技術(ジェノサイダー)』、
 『殺人奇術(マントラップ)』、『一騎当千(コープスダンス)』…
 こいつら4人が『兇人絶技団』の構成要因さ。
 たった4人だが、その力は一個大隊にも匹敵する。
 上手くすれば、そいつらだけで戦争だって出来るだろうぜ」
 4人…
 そのたった4人が、まるで4000人のような重さを持って僕の耳に響いた。
「で、でも、狐さんはさっきのレモナさんと互角以上に戦えてましたよね!?」
「まあね。
 あのまま肉弾戦を続ければ、俺が勝っただろうよ。
 他の奴らにも、接近戦で引けを取る気は無い。
 けどな少年、それはあくまで正面からの肉弾戦に限って言えばの話だ」
 そうだ。
 これはルールのある試合じゃないのだ。
 不意打ち、闇討ち、飛び道具、人質、爆発物、罠、多人数での袋叩き、
 それらを相手が使わないなんて保証は無い。
 と言うより、間違い無く使ってくるだろう。
 少なくとも、僕なら使う。
「な、ならどうして、そんなに危険なのが分かってたのに、
 こんな所に来たんですか!?」
 僕は最も気にかかっていた疑問を狐さんに訊ねた。
「言うまでも無いだろ。
 君を助ける為だ。
 君は、俺の友達だろ?」
 当然のように、狐さんは言い切った。
「しかし君もすげえ運がいいな。
 半年も経たない間に、『禍つ名』全部の使い手と遭遇するなんて」
 狐さんは笑うが、どっちかっていうと運が悪いんじゃないか、それ?
「…それに、君がここに来る事になった原因は俺だしな。
 ごめんな、少年。
 この前といい、俺は、君に迷惑をかけてばっかりで…」
「そんな。
 それは狐さんの所為なんかじゃ―――」
 本当の原因は、僕にあるというのに。

2361:2005/01/14(金) 00:50

「ストロベリートークの途中で悪いが、ちょっといいかな?」
 今まで単なる背景と化していた八頭身が、会話に割り込んできた。
 つーか、やっぱキモッ。
「君は―――
 タカラギコ君でよかったかな」
「ええ…」
 八頭身が僕を品定めするような目で見まわす。
 おいおい、こいつホモか何か?
「…やっぱり、似ている」
 見比べるように、僕とギコを交互に見やる八頭身。
「これはもう、他人の空似とかそういうレベルじゃないぞ。
 いや、君とギコが似ているんじゃない。
 君がギコに似ているんだ。
 どういう事だ?
 君は一体、ギコの何なんだい?」
 そうなのだ。
 僕はギコの模造品で、代用品。
 ギコは僕の原型であり、雛型。
 だから僕は、本物であるギコの前では存在意義を無くす。
 だから、きっと、狐さんも、僕を、ギコの―――
「似てないだろ」
 ―――!
 狐さんのその言葉に、僕は息を詰まらせた。
「いや、狐。
 どっからどう見たって…」
「そうか?
 俺の目には、別人どうしにしか映らないけどな。
 だってこいつもギコも、違う人間じゃないか。
 決して代えの利かない、たった一人の人間じゃないか」
 いとも簡単そうに、狐さんはそう言った。
 どうして。
 どうしてこの人は、僕とギコを前にして、そんな事が言えるんだ。
 僕に気を遣っての嘘かとも思ったけど、違う。
 この人はそんな嘘をつくような人ではない。
 本気でそう言っているのだ。
 だけど、どうして―――

2371:2005/01/14(金) 00:50

「う、うーん…」
 と、話題の当事者の一人であるギコがようやく目を覚ました。
「おはよっす、坊主」
 狐さんが目覚めたギコに声を掛ける。
「!!
 あの男は…!」
 ギコが勢い良く立ち上がり、刀を構えた。
 てか、ギコもオカマって気づいてたのか。
「あの兄ちゃんなら俺が追い払っといたぜ」
 狐さんがギコに告げる。
「そうか…
 …って、どうして姉御がここに居るんだよ!?
 しかも八頭身まで!」
 ギコが驚く。
 まあそりゃそうか。
 本来ここに居る筈のない人達が、ここに来ているのだから。
「色々あって、そこの少年を助けに来たんだよ。
 お前はおまけだ」
「そこの少年って… こいつか?」
 ギコが僕を指差す。
「そう」
 狐さんが答える。
 ギコはしばらくの間何やら考え込み、そしておずおずと僕に訊ねてきた。
「…ひょっとして、お前の恋人っつー貧乳和服俺女って姉御の事?」
「あー… まあ、そう」
 何という偶然だったのだ。
 まさか、ギコの言ってた姉御と、僕の言っていた貧柔和服俺女が同一人物だったとは。
 まあ、ギコが『外法』の一員だと聞いた時から予想はついていたけど。
「え?
 おいおい、マジかよ?
 えええ!?」
「何をそんなに驚いてんだよ」
 僕はギコに言った。
「いや、おい、だってよ、
 お前、だったらどうしてまだ生きてんの?」
 はあ?
 名に言ってんだこいつは。
「姉御と恋人どうしなら、お前はとっくに死んでなきゃおかしいだろうが」
 …ああ、そうか。
 こいつも狐さんも『外法』だったのだ。
 殺す事しか考えられない、そういう人種だったんだ。
「あ、そういや思い出した」
 ギコがポンと手を叩く。
 どうせろくな事ではあるまい。
「姉御、口には出して言えないようなプレイって、どういう事やってんの?」
 ―――!
 この馬鹿、よりによって何て事聞きやがる!
「わーーー! わーーー!
 違う!
 違います、狐さん!
 これはただの言葉のあやというやつで…!」
 慌てて否定するも、時既に遅し。
 ギコの言葉はばっちり狐さんには聞こえてしまった筈だ。
「ふーん…
 少年の中では、俺ってそういうふうになってんだ。
 ふーーん……」
 極低温の眼差しを僕に向ける狐さん。
 好感度10減少。
 バッドエンドルートへのフラグが立ったかもしれない。
 殺してやる…
 ギコの野郎、いつか殺してやる…!

2381:2005/01/14(金) 00:51
「ま、いいけどね。
 さて、坊主、動けるか?」
 狐さんがギコに訊ねる。
「…まあ、何とか」
 やや力の無い声で答えるギコ。
 まだ本調子には戻ってはいないらしい。
「5分やる。
 その間に呼吸を整えろ。
 それでも動けないようなら、引きずってでも連れて行く」
「…了解」
 5分というのは決して厳しい仕打ちなどではなく、
 寧ろ慈愛に満ちた時間設定なのだろう。
 本当は、狐さんはすぐにでも出発したい筈だ。
「でも、どこに行くってんだ?」
 ギコは僕と同じ質問をした。
「樹海を抜ける。
 すぐにここから逃げるぞ。
 『妖滅』がすぐ近くまで来てる」
「『妖滅』…!」
 ギコが顔を強張らせる。
 先程手も足も出なかっただけあって、ギコも『妖滅』の危険さは実感しているようだ。
「いいか。
 戦おうなんて考えるな。
 勿論いざって時には応戦しなきゃならないが…
 可能なら状況の許す限り逃げろ。
 俺も、今回ばかりは確実にお前らを守れるとは保証出来ない。
 『D』も含めて、遭遇したら逃亡が第一優先だ」
 念を押すように狐さんが告げる。
 頷くギコと僕。
 黙ったままの八頭身。
「そういや少年、何か武器持ってるか?」
 狐さんが僕に視線を移す。
「いえ、何も…」
 家には以前狐さんに買って貰った拳銃があるのだが、
 いかんせんそれを取りに戻る暇など無いだろう。
「そうか。
 ならこれ使え」
 狐さんが僕に手の平台の長方形の機械を差し出す。
 見たところ、携帯ゲーム機のようではあるが…
「…狐さん、何すかこれ?」
「PSP」
「いや、そうでなくてですね。
 こんなのをどうやって武器にしろっていうんですか」
「これにはディスク射出機能が備え付けられている。
 敵が来たらディスクを飛ばして攻撃するんだ、こんな風に」

                   _,,---――-,,,
半自動UMD射出機能搭載  /' _,.-―--,,  ゙i
                 / r'′     ゙〉 ,i'
                i' i'  (l W∩ / /    ポン!
                ヽヽ,,___,,-' ,;'
      _,,,,,--―――   `―--―''''′,,
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「なに風刺ネタ使ってんすか!」
 こんな話題出したら、荒れるかもしれないじゃないか。

2391:2005/01/14(金) 00:52

「…てか、ここ何か寒いな」
 僕の怒りなど一切無視して、狐さんが腕を擦り合わせた。
 確かに、もう7月の終盤だというのに、ここは少し肌寒い。
 上着の一枚でも持ってくればよかった。
「まあ、ここは自殺の名所だからな。
 死者の霊気が漂ってんじゃねえの?
 お化けが出たっておかしくなさそうだし」
 ギコが口を開く。
「何言ってんだか。
 幽霊なんて非現実的なものがいる訳無いだろ?
 ね、狐さん」
 僕は笑止とばかりにギコの発言を否定しつつ、狐さんに話を振った。
 というか、幽霊なんかより人間の方が恐いっつーの。
「…あ、ああ!
 当ったり前だろ!
 幽霊なんて居るわきゃねーって!!」
 何故かわざとらしい大声で答える狐さん。
 あの、まさか、ひょっとして…
「…姉御、まさかお化けが恐いのか?」
 信じられないといった顔つきで、ギコが狐さんに訊ねる。
 僕も、多分ギコと同じような顔をしていた事だろう。
「ん、んな訳ねえだろうが!
 俺を誰だと思ってやがる!
 お化けだの幽霊だのなんざ、俺の念で地ょちょいのちょいっと…」
「あ!
 後ろにお化けが!!」
 ギコが狐さんの後ろを指差して叫んだ。
「きゃあああああああああああああああ!!」
 絶叫しながら、近くに居た僕に抱きついてくる狐さん。
 おい。
 今、何つった。
 きゃあ?
 あの狐さんが、「きゃあ」っつったのか!?
「おいおいおい、マジかよ…」
 ギコが呟く。
 驚愕する僕を含む一同。
 信じられない。
 あの狐さんにも、弱点があったなんて…!
「う、嘘ついたな!?
 ギコ、てめえどうなるか分かって…」
「あ!
 今度こそ本当にお化けがいる!」
「きゃあああ!!」
 狐さんが更に強く僕にしがみついた。
 狐さんの僅かばかりの胸の膨らみが、僕の体に押し付けられる。
 ギコ、グッジョブ。
 さっきの失言はこれでチャラにしてや―――

「!!!!!」
 いきなり、狐さんがもんどりうって倒れた。
 遅れて、遠くから銃声が聞こえてくる。
 銃弾が音速を超えている証拠だ。
 狙撃!?
 しまった、長居し過ぎたのか!

2401:2005/01/14(金) 00:52

「狐さん!」
 急いで狐さんを抱え起こそうとする。
 狐さん、どうか無事で―――
「心配すんな」
 むくりと、何事も無かったかのように狐さんが起き上がった。
 その手には、馬鹿でかい銃弾のようなものが握られている。
「20ミリ徹甲弾…
 はん、対物ライフルかよ。
 こんなもので俺を殺せると思ってるなんてね」
 狐さんが銃弾を握り潰して地面に捨てる。
 あの、対物ライフルって、確か戦車とかを撃ち抜く為の銃ですよね。
 そんなものを素手で受け止めたというのか!?
「しっかし、くっそ、こりゃ結構痛えな。
 まだ受け止めた腕がジンジンするぜ」
 対物ライフルを喰らって、結構痛いという感想を述べる狐さん。
 そこまでの力がありながらお化けが恐いなんて、本気で理解に苦しむ。
「狐!
 大丈夫か!?」
 八頭身が駆け寄る。
「ああ、何とかね」
 けろりとした顔で答える狐さん。
「ならすぐに身を隠すぞ!
 すぐにまた次の攻撃が―――」
「いや、その必要はねえ」
 狐さんが八頭身の言葉を遮る。
「後ろを見せて逃げれば、それこそ奴らの思う壺さ。
 ここから、反撃を仕掛ける…!」
 そう言いながら、狐さんが足元の石ころを拾い上げた。
「さっきの銃撃の角度と、銃声との時間差で大体の位置は掴んだ。
 今度はこっちの番だぜ…!」



          @        @        @



「…どうだ、やったか?」
 兄者が対物ライフルを構えたレモナに訊ねる。
「…失敗よ。
 信じられないわ。
 あの化物、対物ライフルの銃弾を素手で受け止めるなんて…」
 笑うしかないといった表情で、レモナが返す。
「お化けか何かか、あいつは…」
 弟者が呆れたように呟く。
「核ミサイルでも持ってくるべきだったわね」
 レモナは冗談のつもりで言ったが、しかしそれは凡そ冗談には取れなかっただろう。
 少なくとも、ここにいる4人にとっては。
「仕方無いな。
 標的を変えるとしよう」
 ウララーがレモナに告げた。
「ええ、分かってるわ。
 外法狐は無理でも、他の奴らなら―――」
 次の瞬間、レモナのすぐ横の地面が爆ぜた。
「え―――?」
 驚愕に目を見開くレモナ。
 その直後には、今度は隣の木の幹が弾け飛ぶ。
「!?」
 何だ、これは!?
 狙撃!?
 四人の間を混乱が駆け巡る。
 馬鹿な。
 奴らは銃火器など持っていなかった筈だ。
 なのにどうやって―――
「!!
 これは…!」
 兄者が抉れた地面の中から一つの塊のような物を発見した。
 これは、石!?
 まさかこんなもので攻撃してきたというのか!?
 念能力で肉体を強化して、石を放り投げて!?
 理屈はそれで説明がつくが、そんな事が実際にあり得るのか!?
 ここは、奴らからはゆうに1・5キロは離れているんだぞ!?
「逃げろおおおおおおお!!」
 ウララーが叫ぶ。
 その間にも、4人の周囲にある地面や木が次々と石の銃弾で粉砕されていく。
 旗色が悪いと察知し、すぐにその場から逃げる『兇人絶技団』。
 対物ライフルは、構えて狙って撃つという3つの動作が必要だが、
 向こうは意思を狙った場所に投げるだけという一挙動。
 しかも弾丸代わりとなる石はそこら中に落ちている。
 だが、普通はそんなハンデは無いも同然なのだ。
 それはそうだろう?
 対物ライフルが石ころに劣るなどと誰が考える?
「……!」
 兄者は息を飲んだ。
 これが、これが外法狐か。
 その圧倒的な戦力を持ってして、
 あらゆる戦術や戦略と対抗し得る、絶対的最強者。
 そいつが戦う事自体が、既に戦術行為であり戦略行為である戦いの女神。
 そんな化物が、今現実に自分達の前に存在している…!
「藪を突いて大蛇が出たか…!」
 兄者は、遥か前方に位置する羅刹に戦慄するのだった。


                    〜続く〜

2411:2005/01/16(日) 03:13
 〜番外〜
 【この話は『冥界の支配者編』と『ハンター試験編』の間の時間設定です】

 現代社会で人が生きていくには何が必要か?
 と問われたところで明確な答えは返ってこないだろう。
 例えば力。
 例えば健康。
 例えば安全。
 例えば食料。
 例えば水。
 例えば娯楽。
 例えば目標。
 どれも正解で、そしてそれだけでは回答にはならない。
 全てがバランスよく合わさって始めて、模範的な回答となるのだろう。
 そして、お金というのはその中でもかなり重要な要素と言える。
 お金こそ人間の生み出した賢者の石と言っても過言では無いかもしれない。
 何しろ唯の金属や紙が、ありあらゆる物品と交換されるのだから。
 …などと、今は柄にも無い哲学に耽っている場合じゃないか。
「あの、外法狐様、よろしいでしょうか?」
「え、ええ」
 高級ホテルの内部にあるレストランの個室の中、
 俺はテーブルの向かいに座る目の前の黒服男に言葉に生返事で返した。
「用は、この私に護衛を依頼したいと」
 『私』という一人称はむずがゆいが、
 公の交渉の場で『俺』などと名乗る程常識が無い訳でもない。
 で、ここで何をやっているかというのだが、
 仕事の口があると八頭身から連絡があったので、
 生活資金もそろそろ底を突きかけてきた事もあって話に乗る事にしたのだ。
 実際問題、お金が無ければ少なくともこの東京においては生活出来ない。
 先程の似非哲学も、それつながりの戯言だ。
 やれやれ、やっぱ馬鹿力だけじゃあおまんまは食っていけないか。
「そうです。
 今日から1週間後に、とある場所でさる高名な方々の会合兼親睦会があるのです。
 秘密保持ゆえ今はまだ具体的な場所は明かせませんが…
 貴女には、そこの護衛をして頂きたいのです」
 丁寧な口調で黒服が喋る。
「それは構いませんが…
 パーティー警備員程度なら相応の使い手がその高名な方々とやらの私兵隊にもいるでしょう。
 わざわざ私にまで声を掛ける程の仕事とも思えませんが」
 事実目の前の黒服だって、『禍つ名』程ではないだろうが、
 そこらの筋者など及びもつかない程の使い手だろう。
 いくら要人の集まるパーティーとはいえ、
 さんざん曰く付きな上に金までかかる『禍つ名』のハンターである俺に依頼する程とは思えない。
「…実はここ最近、我々の雇い主である方々が何度か襲撃されています。
 しかも的確に警備が薄くなるタイミングなどを狙って」
「ああ… 成る程」
 つまりは情報が漏れているという事か。
 身中の蟲か、凄腕の情報屋を使ったかは分からないが、
 重要なのはそこではなくて、情報が筒抜けになっているという点だ。
 そしてその情報を駆使して、敵対行動を取る奴が存在している。
 ならばそのパーティー会場とやらは要人を一網打尽にする絶好の機会であり、
 当然敵も万全の準備をして何らかの行動に出てくる可能性が高い。
 もしかしたら、『禍つ名』あたりまでが出てくるかもしれない。
 だからこそ、こうして俺にまで声が掛かったという事か。
「事情は大体分かりました。
 この仕事、お受けしましょう」
「本当ですか!
 それはありがとうございます!」
 黒服が感無量といった表情を見せる。
 それがお世辞かどうかまでは、俺には分からない。

2421:2005/01/16(日) 03:13

「それで報酬の方は?」
 俺はここで本題を切り出した。
 そもそも金を得る為に仕事をするのだから、この問題は重要だ。
「これぐらいで如何でしょう…」
 黒服が電卓を叩いて、表示された数字を俺に見せてきたが、
 俺は無言でその数字を3倍にしてやった。
「!!
 流石にそこまでは…!」
 黒服が表情を曇らせる。
「残念ですが、この話は無かった事に」
 俺はそう言って席を立った。
「ま、待って下さい!
 ですがいくら何でもこの値段は…」
「それだけの値段で絶対の安全が保証されるのなら、安いものだと思いますが?
 それがお気に召さないなら、どうぞ他の方を雇って下さい」
 伊達に体を張って仕事をする訳ではないのだ。
 命の安売りは、したくない。
「…2倍、それが限界です」
 黒服が指を二本立てて俺に見せる。
「…まあ、仕方ありませんね」
 少し不満はあるが、この辺りが妥当な所だろう。
 余り欲を出し過ぎて本当に他の人を雇っても困る。
 ああ、しかし。
 やっぱり丁寧語ってのは肩がこるな。
 後でゲーセンかどっかで息抜きでもしよう。
 そんな事を考えながら、俺は契約書にサインをした。





 1週間後、俺は豪邸の中のパーティー会場の隅で突っ立っていた。
 街から程遠い、閑静とした豪邸の立ち並ぶ住宅街。
 しかし何だ、金というのはある所には集中してあるらしい。
 そこに集うは見るからに悪そうな顔をしたおっさんどもと、
 けばけばしい衣装に身を包んだおばさん方。
 こうして実際にどんな奴を警護するのか来てみれば、
 成る程いかにもあちこちに敵が多そうだ。
 これなら誰かから刺客が送られるのも納得出来るというものである。
 こいつらも心当たりが多過ぎて、誰が自分達を狙っているのか分かりはしまい。
 こいつらがどんな仕事をしているのかは聞いていないし興味も無いが、
 どうせろくな事ではあるまい。
 まあ、その点については俺も人の事は言えないのだが。
 しかし襲われるかもしれないと思いながらも、こうしてパーティーを開催する神経にはある種尊敬する。
 脅しに屈したと思われるのが嫌なのかもしれないが、
 それにしたって無用心に過ぎるというものだろう。
 まあこの会場を囲む警備員の数を見れば、恐怖感の無い狂人という訳でも無さそうではあるが。
「…おい、あの女見てみろよ」
「あれが外法狐か…」
「ベッドの上の仕事の方が儲かってるんじゃないのか…?」
 遠くから、俺と同じように用心棒として雇われたらしきハンターの下卑た視線が向けられてくる。
 あいつら、聞こえていないとでも思っているのか?
 まあいい。
 今の所は、見逃しておいてやる。

2431:2005/01/16(日) 03:14

「ふえええええええええええええん!」
 と、近くから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 何事かと声のした方向に向いてみると、まだ若い女性が必死に赤ん坊をあやしている。
「どうされましたか?」
 する事も無かったので、気紛れにその女性に話しかけた。
 職務怠慢と言われそうだが、それでもそこらのハンターよりかは働く自信があるので気にしない事にする。
「あ、いえ…
 この子が急に泣き出してしまって…」
 泣いている赤ん坊は、まだ10ヶ月かそこらといった所か。
 男の子か女の子かまでは、俺の目では判別出来ないが。
「少しよろしいですか?」
 身を少し屈め、赤ん坊の顔の位置に俺の顔の高さを合わせる。
「いないいないいない… ばぁ〜〜〜」
 赤ん坊に精一杯のおどけた顔をしてみせた。
 こんな顔をギコや八頭身にでも見られたら、いい笑い種になってしまう事だろう。
 しかし、赤ん坊はまだ泣くのをやめない。
「いないいないいない… ばぁ〜〜〜」
 ならばもう一度。
「ふえええええええええええええええええええん!!」
 しかし赤ん坊は余計に泣き喚くばかりで、俺のあやしは効果が無いどころか逆効果みたいだった。
「いないいないいない… ばぁ〜〜〜」
「ふえええええええええええええええええええええん!!」
 三度目の駄目出し。
「お前いい加減こっちが泣くぞ!?」
 人間性を否定された気分になって、思わず涙目で叫ぶ。
 いかん。
 25歳にもなって何やってんだ俺。
「きゃはは、きゃっきゃ」
 途端に、赤ん坊は泣くのをやめて笑い出した。
 もしかして俺に対する嫌がらせか何かか?とも思ったが、
 その無垢な笑顔の前ではどうでもよくなってしまう。
「あの…
 ありがとうございました」
 女性が俺にペコリと頭を下げてくる。
「いえ、別に大した事じゃありませんよ」
 俺もお辞儀を返す。
 一応依頼主の妻か何かだろうから、失礼があってはいけない。
「かわいいお子様ですね。
 男の子ですか、女の子ですか?」
 俺は訊ねた。
「…女の子です」
 しかし返事をする女性の表情は、とても暗いものだった。
 何だ?
 何か俺気に障る事でも言ったか?
「…子供、お好きなのですか?」
 今度は女性から訊ねてきた。
「ええ、まあ」
 個人的な意見かもしれないが、
 やっぱり自分の子供を産んで育てるというのは、
 女にとっての憧れの一つではないかと思うのだ。
 そんな感じの事を以前ギコに話した所、
 事もあろうに「お前が言うか」と大爆笑しやがったので半殺しにしておいた。

2441:2005/01/16(日) 03:14

「何をやっている!」
 後ろから、叱責の声が俺にかけられた。
 声をかけてきたのは、いかにも偏屈っぽい壮年の男だ。
「お前のような薄汚いハンター風情が、軽々しく私の子供に近寄るな!
 その下品な匂いが移ったらどうする!?」
 ああ、この赤ん坊はこの男の子供か。
 しかし若い奥さんだな。
 大方、金に物を言わせての結婚か何かなのだろうけど。
 それにしても、お子さんの顔があなたに似なくて良かったですね。
「わざわざ高い金を払って雇っているんだ!
 喋っている暇があるなら見張りにつかんか!」
「申し訳ありません」
 これについては全面的に俺が悪いので素直に謝る。
 しかし、もし刺客か何かが襲ってきたらお前だけわざと見殺しにしてやろうか。
 流石にそれはプロのプライドが許さないから、しないけど。

「!!!」
 次の瞬間、窓ガラスをぶち破って何者かが侵入して来る。
 敵襲!?
 外にも警備は居た筈だが、どうやら突破されてしまったらしい。
「きゃあああああああああああ!」
「うわあああああああああああ!」
 悲鳴。
 混乱。
 すぐさま回りに視線を巡らせ、襲撃者の数と位置を探る。
 1、2、3、4、5、6…
 今この室内にいるのはざっと12人か。
 凝を使って襲撃者を見ると、体を覆うオーラが見える。
 という事は、全員が念能力者。
 ふん、どこの誰かは知らないが、大金はたいてご苦労な事だ。
「させるかよ!!」
 要人の一人に襲いかかろうとしていた襲撃者を、右腕のラリアットで止める。
 首が完全に真後ろに折れ曲がって、そいつはそれきり動かない。
 同情はしない。
 人を殺す任務を受けた時点で、自分も死かもしれない事ぐらいは覚悟していた筈だ。
 もしそんな覚悟が無いのだとするならば、そいつはあまりに愚か過ぎる。
「おらああッ!」
 続けざまに、俺の隣を掻い潜ろうとした襲撃者に蹴りを叩き込む。
 胸骨が粉砕し、内臓が破裂する感触。
 そいつはそのまま吹き飛んで、口から泡のような血を吐いて絶命した。
「……!!」
 襲撃者達の視線が俺に集まる。
 どうやら、まずは俺を倒さない事には暗殺も糞も無いと判断したみたいだ。
 それでいい。
 要人達を逃がすくらいなら、他のボンクラ警備員でも何とかなるだろう。
「…おーおー、物々しいこって。
 で、それでお前らは本気で俺に勝つつもりでいるのかい?」
 俺は襲撃者達全員を見据えてゆっくりと告げた。
「10秒やる。
 回れ右して帰りな。
 俺の依頼はあくまで警護で、お前らを殺す為じゃない。
 逃げるんなら、追わないぜ?」
 恐らくこの問いかけは無駄だろう。
 任務を果たさず帰れば、こいつらには厳しい制裁が待ち受けている。
 往くも死。
 退くも死。
 どこにも、逃げ場などありはしない。
「……!」
 10秒後襲撃者達が取った行動は、矢張り逃走などではなく闘争だった。
 各人がナイフや剣などそれぞれの得物を構え、一直線に俺に向かって突っ駆ける。
 音が外に漏れるのを嫌ったのか、必要無いと思ったのか、銃火器は所持していないようだ。
 それは好都合。
 少なくとも、流れ弾が当たって死人が出るといった事態は起こり得ない。
 ならば、こちらも何の気兼ねも無く全力が出せるというものだ…!
「!!!」
 最初に俺に向かって来た3人が、腕の一振りでまとめて肉塊に変わる。
 一切手加減はしない。
 殺す意思を持って俺に立ち向かう以上、こちらも最速最大の力を持って迎え討つ。
 それが、俺が殺す者に対するせめてもの敬意だ。

2451:2005/01/16(日) 03:14

「おおおおおおおお!!」
 殴る。
 蹴る。
 千切る。
 引き裂く。
 他には何も考えられない。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 何もかも死んでしまえ。
 何もかも壊れてしまえ。
 そうすれば、何も壊したり殺したりしなくて済むようになるから―――

「―――」
 1分後、俺の周りには12個の死体が転がっていた。
 やり過ぎたか。
 一人生け捕りにすれば、こいつらを雇った奴について尋問出来たかもしれないのに。
 まあ、向こうもそんな事でバレるようなヘマはしないだろうし、
 こいつらも本当の依頼主の顔など知ってはいないだろうけれど。
「…ああ、これはお見苦しいところをお見せいたしました。
 折角の会場を血で汚してしまい、誠に申し訳ありません」
 床下に散らばる無残な死体と、血塗れになった俺の姿に戦慄する連中に俺は一礼する。
 しかし、また着物が一着お釈迦にしてしまった。
 報酬が入ったら新しいのを買わないと。
「やれやれ…
 どうやら一安心のようだな…」
 先程俺にいちゃもんをつけてきた男がほっと胸を撫で下ろ―――

2461:2005/01/16(日) 03:15

「!?」
 その時、銃声と共に男の胸に真っ赤な血の花が咲いた。
 驚愕に包まれる会場。
 馬鹿な!?
 襲撃者は全て排除した筈なのに!
「―――――!」
 その場の全員が目を見開いた。
 男を撃ったのは、さっき俺が話していた男の妻である女性だったのだ。
「!!!」
 続けて、女性は自分の胸に抱える我が子の頭を拳銃で撃ち抜いた。
 西瓜のように飛び散る頭部。
 その余りの凄惨さに、その場の誰もが目の前の現実に思考が追いつかない。
「な―――」
 俺でさえ、女性の行動に絶句してしまっていた。
 何故だ!?
 どうして、母親が自分の子供を殺す!?
「あんた、何やってるんだ!!」
 やっと俺の口から出せたのは、そんな陳腐な台詞だった。
「ふ… うふ…」
 女性が俺の言葉などお構い無しに、わなわなと肩を震わせる。
「うふふふふ。
 あはははは。
 あはははははははははははははははははははははははははは!!」
 女性は笑った。
 狂ったように。
 否、既に狂っていた。
 でなければ、自分の子供など殺せるものか。
「やっと… やっと復讐が果たせたわ!
 いい気分だわ。
 とてもとてもいい気分だわ!
 あはははははははは!」
 女性は笑い続ける。
 狂いながら、笑い続ける。
「復讐だと…?」
 俺は呟くように訊ねた。
「ええ、そうよぉ。
 ずうっと前から考えていた復讐。
 知ってた?
 この男はねえ、私を自分のものにする為に、私の両親の会社を破産に追い込んだのよ?」
 くすくすと笑いながらも、女性は俺の質問に答える。
「両親に莫大な借金を負わせて、その肩代わりを条件に私との結婚を迫る。
 当然、拒否権なんて無い。
 あはははは、凄い下種野郎でしょう?
 私のお母さんなんて、心労で自殺までしたんだから!」
 男を殺したばかりの女性の目には、まだ怒りの炎が渦巻いている。
 復讐を成し終えても未だ冷めやらぬ怒り。
 それだけが女性を支えているようでもあった。
「…だったら、どうして今殺した。
 今じゃなくても、いくらでも殺す機会はあった筈だ」
「普通に殺すだけで、私の気が治まると思う?
 そんな訳ないわよね。
 もっと、もおっと絶望を味わってから死んでもらわなくちゃ、割に合わないわ。
 だから、わざとこの人の敵に身内の情報を漏らして、
 殺し屋とかが送ってくるように仕向けたんだから」
 …そうか。
 情報の漏洩の元は、この女だったのか。

2471:2005/01/16(日) 03:16

「いつ殺し屋が襲ってくるか分からない時のこの人の怯えようといったら無かったわ。
 『死にたくない、死にたくない』って泣きながら私にすりついてきた事だってあるのよ?
 その時の痛快さっていったら!
 馬鹿よねぇ。
 私はこの人だけは殺さないって条件で、情報をリークしてたってのに?」
「何で、そんな条件を!?」
「決まってるでしょう?
 私が直接この人を殺す為よ。
 他の誰かに殺させるなんてたまったもんじゃないわ」
 憎いからこそ、自分の手で。
 それはある意味、『外法』の考えに通じるものかもしれなかった。
「それで最大のピンチから助かったと思った瞬間に、こうやって私が殺す。
 希望から一転して絶望のどん底。
 これが私の復讐。
 ま、あなたがあっさりと殺し屋を片付けたのは予想外だったけど。
 いいわ、それでも少しは演出の効果があっただろうから」
 まるで掃除を終わらせたかのようなすっきりとした顔で、女性は言った。
 何ら後悔する事など無いといったふうに。
「…だったら、だったらどうしてその赤ん坊まで殺す必要があった!
 その子は、お前の復讐には何の関係も無いだろうが!?」
 俺は叫んだ。
 どうして殺す。
 俺とは違って、殺さなくても生きていける人間の筈なのに、どうして殺す必要があるんだ。
「何をそんな簡単な事を。
 あの子には、あの男の血が半分流れていた。
 これ以上の理由があるかしら?」
「ふざけるな!!
 もう半分は、お前の血が流れているんだろうが!
 お前は、自分の子供がかわいくなかったのか!?」
「もう半分が私の血、だからこそよ。
 私の血にあんな男の血が混じっているなんて、
 考えただけでも怖気が走るわ…!」
 あの時の、「かわいいお子さんですね」と言った時の表情の原因はそれか。
 そんな事で、
 そんな理由であんなまだ小さい赤ん坊を…!
「質問は以上かしら?
 じゃあ、そろそろ疲れたんで終わりにするわね」
 女性が自分のこめかみに銃口を当てる。
「待―――!」
 一発の銃声が、辺りに響いた。





 俺は何をするでもなく、ただお湯の入ったホテルの湯船の中に浸かっていた。
 ハニーミルクの入浴剤の甘い香り。
 仕事が終わった後は大抵長風呂になるのだが、
 今日はもう1時間以上も風呂に入ってしまっている。
「……」
 タオルで軽く、自分の体を擦る。
 何をやっているんだか。
 こんな事をしたって、血で汚れきったこの体が綺麗になるなんて事は無いのに。
 俺が、殺人鬼でなくなる訳なんかじゃないのに。
「…畜生」
 誰に言うでもなく、独り呟く。
 何も出来なかった。
 俺も襲撃者も、あの女の復讐の片棒を担がされただけだった。
 銃弾を弾き、鉄すら砕く俺の『不死身の肉体(ナインライヴス)』も、
 たった一人の弱い人間の執念と憤怒と邪悪さの前には何の意味すら為さなかった。
 あの時、俺に何が出来たというのか。
 あの女の自殺を止めた所で、後に情報をリークした罪として処刑されるのは明白だ。
 だからといってあの女だけを責める訳にもいかない。
 あの女が言っていた事が真実ならば、女がああなった原因はあの男にあるのだから。
 だけど、これだけは断言出来る。
 あの赤ん坊には、何の罪も無かった。
 しかしそんな事が一体何になるのだろう。
 あの赤ん坊の潔白さを証明したとして、赤ん坊が生き返りはしないのに。

2481:2005/01/16(日) 03:16

「―――――!」
 唇を強く噛む。
 口の中に広がる鉄の味。
 ここまで気分が悪くなる仕事は久し振りだった。
 苛々する。
 むかむかする。
 やり場の無い怒りが込み上げる。
 だけど、それでも俺にはもう何も出来る事は残されていない。
 残ったのは、報酬の札束だけ。
 そんな物の為に、そんな物の為に俺は―――



「こんにちわー、狐さん」
 次の日、少年が俺の泊まっている部屋を訪ねて来た。
 先日の事件で知り合った、タカラギコというこの少年。
 さっき、俺が電話で呼んだのだ。
「何か用ですか?
 急に呼び出したりして」
 少年は何か嬉しそうに俺に訪ねた。
「いや、仕事が終わってまとまった金が入ったからさ。
 一緒に遊ぶのもいいかと思ってね。
 今日は何でも好きな物買ってやるぜ?」
「いや、そんな。
 悪いですよ」
「いいっていいって、遠慮すんなって」
 こんな薄汚れた金で、少年に何かしてやろうというのか。
 いいや、違う。
 金を少年と共有して使う事で、少年まで共犯者にしようとしているんだ。
 はは。
 笑える位、
 笑ってしまう位―――
 最低だな、俺は。
 本当に、最低だな。

2491:2005/01/16(日) 03:16

「…あの」
 少年がおずおずと俺に訊ねてくる。
「何だい、少年」
 出来るだけ普段通りに答える。
「狐さん、何か嫌な事あったんですか?」

 ―――――!

「どうして、そんな事…」
「狐さん、さっきから僕の目を見て話してません」
 …全てお見通し、か。
 この少年が鋭いのか、俺が隠し事をするのが下手なのか。
 どっちかは分からないけれど。
「…あれだな、少年」
「?」
「鈍い男よりは察しのいい男の方がマシだけど、
 一々口に出して言っているようじゃあ減点だな」
「??」
「本当にいい男ってのは、
 気づいたらそれとなく優しく接するものさ」
「…よく分かりませんが、難しそうですね」
「だな。
 俺が男だったとしても、そんな芸当は出来ねえ」
「そっすか」
「…まあでも、君にしては上出来な方かな。 褒美を遣わす」
「え―――?」
 戸惑う少年を他所に、俺は少年の体をそっと抱きしめた。
「あ、あの、狐さ―――」
「…ごめん」
 多分俺は、とてつもなく卑劣な奴なのだろう。
 少年の気持ちを知りつつ、それに答える覚悟も無いのに都合のいい時にだけ少年を求める。
 そして、俺はいつかこの少年を殺すのだろう。
「……」
 自己嫌悪に吐き気を催しそうになる。
 何が『九尾』だ。
 何が『最強の体現者』だ。
 本当の俺は、こんなにも脆弱で矮小な存在だというのに。
 それなのに、俺は、何かを殺す事しか考えられない。
 このままほんの少し力を込めれば、少年の背骨を折って殺す事が出来る。
 でも、そんな事はしない。
 殺したくはないから。
 まだ、殺すには早過ぎるから。
 もっと、もっともっと、もっともっともっと、
 少年の存在が俺の心の中で大きくなってからでないと、殺すのは勿体無い。
 違う。
 そんなんじゃない。
 俺は、そんな事など望んでなんかいない…!
「…少年」
「…はい?」
 その時俺は、本当は何が言いたかったのか。
 多分一生かけても、その答えは出てきはしないだろう。
「…死ぬなよ」
 だからこれが、今俺に言える精一杯の言葉だった。


                  〜番外編・了〜

2501:2005/01/18(火) 01:16
 〜四十四話〜

 ウララー、レモナ、兄者、弟者達『兇人絶技団(サーカス)』の面々が夜の樹海を疾走する。
 後ろからはもう弾丸の如き石飛礫は飛んでこない。
 どうやら、射程外までは逃げ切れたようだ。
「…くッ。 まさかこれ程とはね、外法狐…!」
 レモナが忌々しそうに舌打ちする。
「…正面からまともに戦っては勝ち目は薄いかもしれんな」
 兄者が呟く。
「なあに、恐れる事は無いさ。
 相手が奴一人なら、俺の『一騎当千(コープスダンス)』で1どうとでもなるからね。
 それに、弟者の『殺人奇術(マントラップ)』にだって勝機は充分にあるだろ」
「そうかもしれんが、用心に越した事は無い。
 『殺戮機械』の直弟子、伊達ではないぞ」
 事も無げに言うウララーを、兄者がたしなめる。
 その顔には、一切の油断も見つけられない。
「心配性だねえ、兄者は。
 数では、“こっちが圧倒的に上回っている”んだぜ?」
 ウララーはつまらなそうに口を開いた。
「…そういえば兄者。
 『殺人技術(ジェノサイダー)』の結界には何か引っかかったか?」
 弟者が思い出したように兄者に訊ねる。
「いや。 雑魚が引っかかった感触はあるが、本命はまだのようだ」
「そうか。
 まあ、そのうち網にはかかるだろう。
 期待してるよ、兄者」
 弟者が軽く兄者の肩を叩く。
「はん、美しい兄弟愛だね。
 うらやましい事で」
「やめなさい、ウララー」
 茶化すウララーにレモナが小言を入れた。
「これも一種の親しみの現れってやつさ。
 …さて、そこのお前。
 いつまで隠れているつもりだい?」
 ウララーが横に目を向ける。
 返事は、返って来ない。
「おいおい。
 隠れたり逃げたりしても無駄だってのは、分かってるんだろう?」
 ウララーがおどけた風に言うと、ようやく茂みの中から一つの人影が現れた。
 出てきたのは全身を包帯で巻いた男。
 包帯の巻かれていない右腕前腕部には『12』との青い刺青が入れられている。
「『D』の生き残りだね?
 今まで独りぼっちで逃げ隠れを続けて寂しかったろう。
 もうすぐ、仲間の所に送ってやるよ」
 ウララーがにやけた顔をD−12に向ける。
「キサマラナンゾニ、カンタンニヤラレルトデモ…!」
 血走った目でウララー達を睨みつけるD−12。
 次の瞬間、その体から無数の針が包帯を突き破って姿を見せる。
「やれやれ。
 まだ僕達に勝てるつもりでいるなんて、頭悪いねえ…」
 ウララーがうんざりとしたように肩を竦める。
 まるで、D−12の事など歯牙にもかけていないように。
「ウララー、『殺人技術』の結界に反応があった。
 感触からして、外法狐だ」
 兄者が低い声でウララーに告げる。
「そうか、分かった。
 君達は先にそっちに行ってろ。
 こいつは、僕が受け持っておく」
「了解した」
 ウララーの言を受けて、即座に兄者達がその場を後にする。
 二人っきりで取り残されるは、D−12とウララー。

2511:2005/01/18(火) 01:17

「ナメラレタモノダ。
 ヒトリデコノオレノアイテヲスルダト…!?」
「一人?
 何を言ってるんだい?」
 ウララーが微笑む。
 とびっきりの、邪悪な顔で。
「こっちは1000人がかりだぜ?」
 ウララーの体から念が発せられ―――
「―――ナ!?」
 D―12の顔が驚愕に歪んだ。
 目の前に広がる、“信じ難い光景”に。
「『一騎当千(コープスダンス)』…!」
「ウ、ウ、ウ、ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 D−12が断末魔の悲鳴をあげた。



          @        @        @



 走る。
 走る。
 走る。
 樹海の出口に向かって、僕達は走り続ける。
 先頭は狐さん。
 殿は八頭身さん。
 僕のは2番目でその後ろにギコ。
「…もう狙撃は来ないみたいだな」
 ギコが呟く。
 まだダメージが残っているのか、走るだけでも大分辛そうだ。
「下手に射撃しても俺から反撃を受けるだけだって分かったろうからな。
 もう向こうも同じ手は使わないだろうよ。
 寧ろ本番はこっからだ。
 銃なんてちゃちい手段を使ってこなくなるって事だからな」
 走りながら狐さんが答える。
「……!」
 と、狐さんが急に立ち止まった。
 僕らもつられて一斉に足を止める。
「どうした、狐?」
 八頭身さんが狐さんに聞いた。
「…見ろよ、あれ」
 狐さんが地面を指差す。
 そこには、胸の辺りで胴体を両断された男の死体。
「…すげえ切り口だな。
 こんなに鋭い切断面、滅多にお目にはかかれねえぜ。
 しっかし一体どうやって…」
 狐さんが注意深く死体を観察する。
「…気をつけろ。
 死体があるって事は、敵が近くにいるかもしれねえってこったからな」
 ギコが僕に警戒をを促す。
 頷いて答える僕。
「…ま、ここで立ち止まっててもしょうがねえやな。
 さっさと先に進むぞ」
 狐さんが前に進み出ようとして―――

2521:2005/01/18(火) 01:18

「!!!」
 突然、狐さんが後ろに飛んだ。
 見ると、狐さんの着物の肩口の部分に鋭い切れ込みが走っている。
 いや、それだけじゃない。
 そこからは、うっすらと血が滲んでいた。
 馬鹿な。
 銃弾すら弾く狐さんの皮膚が、切り裂かれた?
「狐さん!」
 僕は慌てて駆け寄ろうとする。
「来るな!!」
 それを大声で制する狐さん。
「迂闊にそこらを動き回るな。
 でないと、そこの死体みたいにばっさりとやられるぜ…!」
 真剣な顔で狐さんが告げる。
「どうした。
 何があったんだ、狐」
 八頭身さんが狐さんに訊ねる。
「…これさ」
 狐さんが何も無い空間を指差す。
 …?
 何も見えないじゃないか。
 …!
 いや、あれは…
「糸…?」
 僕は思わず口を開いた。
 目を凝らすと、月明かりに反射する極細の線が見える。
 まさか、こんなもので狐さんの肌を裂いたというのか!?
「…糸にかなり強力な念が流されている。
 成る程、そこの死体の有様はこれが原因か」
 狐さんが感心したように呟いた。
 傷口は、既に修復を終えようとしている。
 何度も見るが物凄い自己再生力だ。
「こいつは困ったね。
 こんな罠があったんじゃ、無闇に走り回れねえや」
 狐さんが舌打ちする。
 確かに恐るべきトラップだ。
 目視し難い上に、殺傷力も抜群。
 僕達は徐々に追い込まれているという事か。
「よっと」
 そんな凶悪な糸を手刀で断ち切る狐さん。
 愚地独歩か、お前は。
「しゃあねえ。
 不本意だが、注意して進みつつこうして罠を無力化させながら進むしかねえな。
 お前ら、絶対に俺が通った道以外を歩くなよ?」
 言われなくとも、命が惜しいのであなたの後ろは離れませんよ。
「しかし、ふん。
 まさかこんな糸で俺に傷をつけるなんて芸当が出来るなんてね。
 『妖滅』… 流石に一筋縄じゃいかねえや」
 ゆっくりと進みながら、手探りで糸を探る狐さん。
 時間はかかるが、まあこれが現在において一番安全な進み方だろう。
 それにしても、こんな強力な念を使うなんて一体どんな化物…

2531:2005/01/18(火) 01:18

「!!!」
 狐さんが、いきなり右上の方を見上げた。
 つられて、僕達も同じ方向に視線を向ける。
 そこにあるは、高い崖の上の淵に立つ3人の人間。
 フーン顔の八頭身の男二人と―――
 もう一人は、見間違える筈も無かった。
 あれは、さっき僕とギコを襲った…
「レモナ…!」
 ギコが身構える。
 レモナさん達は、はっきりと僕達を見下ろしていた。
 待ち構えていたかのように。
 !?
 待ち構えていた!?
 どうやって僕達の位置を察知したんだ!?
「まさか…!」
 狐さんが「しまった」という顔をする。
「あの念の流れていた糸に触れた時に、
 居場所を悟られたか…!」
 吐き捨てるように言う狐さん。
 そうか。
 あの糸は攻撃としてのトラップだけでなく、
 索敵の意味も含まれていたのか。
 何という念能力。
 何という神業。
 これが、『妖滅』の実力なのか…!
「『小波(キリングパルス)』…」
 レモナさんが崖の肌に触れる。
「!!!」
 直後、鳴り響く地響き。
 地震!?
 いや、地震じゃあない。
 崖崩れ。
 レモナさんの触った崖が、こちらに向かって崩落してきているのだ!
「うわああああああああああああああ!!」
 崖崩れは凄い勢いで僕達を飲み込むかのように襲い掛かって来る。
 逃げる暇なんて無い。
 膨大な量の土砂は、今まさに僕の目の前まで迫っていた。


                     〜続く〜

2541:2005/01/19(水) 00:36
 〜四十五話〜

 僕は夢を見ていた。
 夢の中では僕はギコで、ギコは僕だった。
 僕とギコはお互い背中合わせの方向に歩き、道すがらにあらゆるものを殺して回った。
 ギコの僕は自分の手で全てを殺し、
 僕のギコは勝手に周りの奴らが殺し合った。
 そして地球を一周して、僕とギコは再び出会った。
 そして後ろに積み重ねられた死体を見て、僕達は声を揃えて言った。
「何だ。 結局どっちでも一緒だったんだ」





「起きろ」
 僕を夢の世界から引き戻したのは、狐さんの声だった。
「…お早うございます」
 目を開き、黙ったまま思考する僕。
 ええっと、何があったんだっけ。
 てか、何で体がこんなに土だらけになっているんだ。
 ああ、そうだ。
 思い出してきた。
 僕は崖崩れから逃げ切れずに、土砂の中に生き埋めになったんだ。
 いやあ、あの時は本当に死ぬかと思った。
 で、僕は今どうして生きているんだ?
 それともここは天国か地獄か?
「ったく、心配させやがって。
 君を発掘した所為で、折角の特注着物が台無しじゃないか」
 土まみれの迷彩柄の着物を手ではたく狐さん。
 て事は、わざわざ生き埋めになった僕を掘り起こしてくれたのか。
 発掘という表現は多少あれだが。
 僕は化石や土器じゃねえぞ。
「…!
 そういえば、他の皆は!?」
 僕は辺りを見回した。
 ギコや八頭身さんの姿は、どこにも無い。
「どうやら崖崩れから逃げる時にはぐれちまったみたいだな。
 …ま、こんなので死ぬような奴らじゃねえよ。
 問題は、こうして戦力が分断されちまったって事だ」
 狐さんが低い口調で言う。
 確かに、ここに着ての人員の分散は大きな痛手だ。
 糞。
 最初からこれが狙いだったのか。
「てか、どうやってあんな崖崩れなんか…
 どんな能力か知りませんが、反則過ぎですよ」
 あのオカマ、何て無茶をしやがるんだ。
 危うく死んでしまう所だったじゃないか。
「理論的には可能さ。
 あいつの『小波(キリングパルス)』ならな」
「そういやレモナさんの能力が分かったって言ってましたけど、あれ結局何なんですか?
 崖崩れと何か関係あるんですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「一発喰らって確信したよ。
 あいつの念『小波』は、念を超高速振動波に変える変化形能力だ」
「超高速振動波…」
 成る程。
 触れただけでギコがノックアウトされたのはその所為か。
 手を相手に当てて『小波』を発動。
 振動で直接体内から破壊する。
 分かってしまえば単純極まりないトリック。
「でも、それとさっきの崖崩れとどういう関係が?」
「簡単さ。
 ああいう崖とかには全てを支えている点というものが存在する。
 その点を微弱な振動で探って、探知したらそこに向けて今度は強力な振動で一気に破壊。
 そうする事で、いとも容易くあそこまでの規模で崖を崩落させたんだ」
「そんな事が可能なんですか!?」
 理屈はそれで正しいのかもしれない。
 だけど、そんなの並大抵の技術じゃ不可能だ。
 神業、というより魔技の領域だ。
「だが現実には“それ”が起こった。
 それが全てさ。
 いいかい少年。 君が相手にしているのは、そういう奴らなんだぜ?」
 狐さんが諭すように言う。
 どいつもこいつも―――
 全くもってどいつもこいつも、
 頗る付きの人外揃いだ。

2551:2005/01/19(水) 00:36

「―――!」
 突然、狐さんの体が硬直した。
「狐さん!?」
 驚いて声をかける。
「!!!」
 その直後、狐さんの右腕が僕の胸部目掛けて突き出される。
 ―――!?
 何で!?
 まずい、避けられ―――
「……!!」
 しかし、当たる寸前で狐さんの右腕はその動きを止めた。
 狐さんが左手の方で右腕の動きを止めたからだ。
 いや、そんな事よりも。
 今、何が起こったというのだ?
「…!
 逃げろ、少年!!」
 必死な顔で狐さんが叫ぶ。
 左腕で、右腕を無理矢理押さえ込みながら。
 まさか、体を勝手に動かされているのか!?
 だとすれば、誰が、どうやって―――
「―――!!」
 背後から視線を感じ、僕は咄嗟に振り返った。
 そこには一人のフーン顔の男が一人、こちらの様子を窺っている。
 間違い無い。
 あいつは、さっき崖から僕達を見下ろしていた奴だ。
「…流石は外法狐。
 俺の『殺人奇術(マントラップ)』にそこまで逆らうか」
 平坦な声で、フーン顔の八頭身は言った。
 あいつが、狐さんの異変の原因なのか!?
「てめえは…!」
 今にも暴走しそうな体を押さえ込みながら、狐さんが男を睨みつける。
「俺の名は妖滅狭州我(あやめ さすが)。
 仲間からは弟者と呼ばれているがね。
 ま、これから死ぬお前らには意味の無い事ではあるがね」
 冷ややかな目でこちらを見据えたまま、そいつは弟者と名乗った。
 弟という事は、兄も居るという事か!?
 そういえば、崖の上の4人の中にはこいつにそっくりな奴が居た。
 恐らく、そいつが兄なのだろう。
「てめえ、くそ、こんな手品で…!」
 狐さんが苦しそうに呻く。
 狐さんをここまで追い込むなんて、こいつ、一体どういう能力なんだ!?
「ああ、無理はしない方がいい。
 余計な苦しみを味わうだけだぞ?
 いかに貴様といえど、この『殺人奇術』には対抗出来ん」
 余裕の表情を浮かべたまま弟者が告げる。
 と、その手元が一瞬キラリと光った。
 何だ?
 あれは、糸!?
 まさかさっきの罠はこいつが…
 いや、違う。
 あれより、もっと細い糸だ。

2561:2005/01/19(水) 00:37

「がッ、くぅ…!
 そうか、てめえまさか…!
 俺の体組織に、直接電流を流してやがるな!?」
「そう、お察しの通りだよ。
 直径数ミクロンにも及ばぬ極細の金属糸。
 無論こんなものではちっともダメージなんか与えられやしないが、狙いはそれじゃない。
 こいつを生物の体内に侵入させ、電気を流した事による筋反応で自在に操る。
 これこそが『殺人奇術』。
 しかし流石は『不死身の肉体(ナインライヴス)』の超肉体だ。
 蜘蛛の巣程も無い金属糸の感触を察知して、そこまで見抜いたか」
 レガート・ブルーサマーズか何かか、お前は。
「俺の念はとても弱い。
 とてもとてもとても弱い。
 スタンガンにも及ばない電気しか生み出せない。
 だけど、人を殺すにはそれで充分過ぎる」
「があッ!!」
 今度は狐さんの左腕があらぬ方向に捻れる。
 間接や骨格すら無視して、筋肉の力で無理矢理体を捻じ曲げているのだ。
 そのまま腕に引っ張られる形で転倒する狐さん。
「諦めろ外法狐。
 お前がいくら強かろうと、いくら優れた肉体を持っていようと、
 体の構造が人間と同じである以上、俺の『殺人奇術』の前には無力だ」
「へッ…
 ふざけた事言ってんじゃ… ぐあぁッ!!」
 ゴキリ、と狐さんの腕から鈍い音が響いた。
 腕の関節が破壊されたのだ。
 馬鹿な。
 あの狐さんが、赤子のようにあしらわれているだと!?
「…しかし確かに大した肉体強度ではあるな。
 普通なら、もう既に腕を捻り切っているというのに。
 正直、ここまで俺の『殺人奇術』に抵抗したのはお前が始めてだ」
 弟者が感心したように狐さんを見据える。
 その間にも、狐さんの腕は更に捻じ曲げられていった。
「やめろぉ!!」
 僕は弟者に向かって突進した。
 もう、動けるのは僕しか居ない。
 少しでも、狐さんが反撃する為の時間を稼がなければ…!
「五月蝿い」
 弟者は僕に目も向けずにそう言い放った。
「!!!」
 刹那、僕の右足が僕の意思とは無関係に逆方向に折れ曲がる。
 迸る激痛。
 しまった。
 既に奴の奇術に取り込まれていたのか…!
「少年!!」
 狐さんが叫ぶ。
 駄目だ、狐さん。
 僕なんかに構わずに―――
「他人に気を回している暇があるのか?」
 弟者がその一瞬の隙を逃す筈は無かった。
 虚をつかれ、狐さんの左腕がそこだけ別の生き物のように跳ね上がる。
 そしてその手の指がそのまま、狐さんの胸、丁度心臓のある位置に突き立てられた。
「ぐあああぁッ!!」
 苦悶の叫びをあげる狐さん。
 やめろ。
 それだけはやめてくれ。
 狐さんを、殺さないでくれ…!
「チェックメイトだ。
 このまま自分の心臓を自分の手で抉り出して死ぬがいい」
 弟者が冷淡な表情のまま、死刑執行の合図を告げた。


                  〜続く〜

2571:2005/01/20(木) 00:44
 〜四十六話〜

 タカラギコと外方狐が弟者と接触したのと同時刻、
 八頭身はそこから200メートル程離れた場所をさまよっていた。
 当然だが弟者と交戦中の外方狐とタカラギコはその場に居る訳が無いし(これは八頭身には知り得ぬ事だが)、
 ギコも同様に崖崩れが起きた際にはぐれてしまったようだ。
 かといって、大声を出して探し回るわけにもいかない。
 そんな事をすれば、『妖滅』にわざわざこちらから居場所を教えるようなものだ。
 しかし… どうしてこんな悪夢のような場所に巻き込まれてしまったのか。
 八頭身は考える。
 自分から狐についていくと志願した手前あまり愚痴は言えないのだが、
 それでもある程度こういったのっぴきならない事態になるとは予想出来た筈だし、していた。
 にもかかわらず自分は今こうしてここに居るのはどういう事か。
 いや、どういう事かも何も、自分でここに来たからここに居るという以外の答えは無いのだが、
 それでも何か異様だ。
 何か、見えざる手によって導かれたような、見えざる糸に手繰り寄せられたような…
 そういう不可解で不快な違和感。
 糸―――
 そういえばあの糸の罠には気をつけなければ。
 いや、糸の罠だけじゃなくて、それを設置した奴にも、だが。
 あの狐の皮膚すら切り裂く程の鋭さを秘めた糸。
 恐らくは糸の強度を強化する、強化系の念能力者といった所か。
 あんなものを喰らっては一溜まりも無い。
 包丁人味平の白糸釣鐘崩しのように、細切れに解体されてしまうのが落ちだ。

 それにしても、狐の助けたがっていたあの少年は一体何なのだ?
 不自然なくらいギコに似ているあの少年…
 まるでギコの真似をする為に生まれてきたような、どこか逸脱した人型。
 そもそもギコのような奴がこの世に居るというだけで仰天なのに、
 それの鏡像がいるなどとはどういった性質の悪い冗談なのだ。
 いやそれよりも、何よりも一番驚くべき事実は、
 “あの”狐とあそこまで深く関わっておきながら、どうしてまだ狐に殺されていないのだ?
 ありえない話だ。
 狐が、『妖滅』を敵に回してまで守りたいような奴を自分の手で殺していないなんて。
 あの少年は、本当に一体全体どういう存在なのだ?
 もしや。
 もしやの話ではあるが。
 こうして自分や『妖滅』、そして『D』が今この場所に集結しているのは、
 あの少年が関係して―――
「……」
 八頭身は頭を振る。
 止そう。
 今はそんな事を考えている場合ではない。
 それにあのどこにでも居そうな少年が、この殺戮の元凶だと?
 笑えない冗句にも程があるというものだ。
 まさか。
 そんなまさかな。
 それは余りにも突飛な考えだ。

2581:2005/01/20(木) 00:45

 しかし思い返してみれば、外法狐もまた理解し難い人間ではあった。
 あいつは、外法にしてはあまりに正常に憧れ過ぎる。
 自分やギコ、そして他の『外法』の構成員は大なり小なり、
 普通であるという事を諦めているというのに。
 どう足掻いても殺してしまう、自分の呪われた性質に絶望して―――
 人間である事を、止めてしまうのが当然なのに。
 それでも狐はどこまでも一般の人間である事を求めた。
 いつかの酒の席で、狐が「将来の夢はお嫁さん」と真顔で言った時など、
 鳥肌すら立った覚えがある。
 無駄だという事は明白なのに。
 異常な人間が正常であろうとするなど、異常以外の何者でもない。
 狐にしても、それは分かっているのだろう。
 『外法』の中で最も『外法』らしいのに、
 誰よりも『外法』である事から逃れようとする二律背反。
 だからこそ。
 だからこそのあそこまでの『強さ』か。
 もしかしたら狐があの少年を殺さない理由は、そこらへんにあるのかもしれない。

「……と」
 そこまで考えた所で八頭身は立ち止まる。
 目の前に先程狐が発見したのと同じ糸のトラップを見つけたからだ。
 糸に触れないように、慎重に潜り抜ける。
 糸に触れたらその感触で居場所を察知されるのは、数分前に実証済みだ。
 しかし糸とは、中々に厄介である。
 ただでさえ細くて見え難いというのに、こうして夜に合わせて黒い糸など使われてはお手上げだ。
 その上ご丁寧に念を流した上に『隠』で覆っている。
 かなり注意して進まなければ、あっという間に糸の餌食になってしまうだろう。
「……」
 無言のまま、八頭身は狐達の安否を気遣った。
 あいつらは大丈夫だろうか?
 狐はまあ心配はいらないだろうが、問題はギコとタカラギコである。
 彼らは、まだまだ『妖滅』と戦うには時期尚早もいいところ。
 特にタカラギコに至っては素人同然である。
 『妖滅』を前にしては、10秒と持つまい。

2591:2005/01/20(木) 00:45

 しかし…
 それにしても厳重なトラップだ。
 辟易した顔で糸を掻い潜り続ける八頭身。
 ここまで執拗に張り巡らされては、10メートル進むだけでも一苦労だ。
 こんな場所で敵に襲われてはたまったものではない。
 ちょっと攻撃を避けようとしただけで、糸でズタズタに―――
「……!?」
 そこで、八頭身は一つの疑問を感じた。
 そう、こんなに糸を張り巡らしてはまともに戦う事など不可能だ。
 しかしそれは敵にしたって同じ事だろう。
 ここまで緻密に張り巡らした糸の場所を性格に全て把握するなど、
 例えその罠を仕掛けた奴が仲間にいたとしても無理である。
 だから恐らく、狐が傷をおった罠は殺傷よりも寧ろ、
 こちらの居場所を探るためのものだった筈だ。
 では、今はどうか。
 崖崩れでバラバラになってしまった自分達を探す為のものだろうか。
 いや、それは違う。
 先程わざわざ発見しておきながら、崖崩れで再び見失ってしまうなど、
 馬鹿馬鹿しい話である。
 ではこれは。
 これはまさか―――
「戦闘舞台を作っているのか!」
 そこまで推理した時には、もう遅かった。
 辺りには縦横無尽に糸が張り巡らされている。
 敵は自分を探してなんかいない。
 正確な時間は分からないが、とっくの昔に発見されていたのだ。
 だからこうして、罠に見せかけて自分に有利な戦場を整えていたのだ。
 これだけそこらに木々が生い茂っていれば、糸を引っ掛ける為の凹凸など幾らでもある。
 つまりは、ここは糸使いにとっての独壇場という事か。
 そしてこの一見敵味方双方にとって危険な糸の結界を張ってまで、
 戦いを挑んでくる可能性があるのはただ一人。
 それは他ならぬ、糸使い自身…!

 キュアッ

 風を切るような音が闇の中から響いてくる。
 死―――
 直感的に危険を察知し、八頭身が体を屈める。
「!!」
 しかし、それは攻撃を完全に回避するには至らなかった。
 音から一拍の間を置き、八頭身の右耳が切断されて地面に落ちる。
「がッ…!」
 狼狽する八頭身。
 見えなかった。
 どこからどう攻撃が来たのか、全然見えなかった…!
「流石『外法』。
 今のをよくかわしたものだ」
 パチ パチという乾いた拍手の音と共に、暗がりの中から男の声が発せられる。
 目を凝らす八頭身。
 すると闇の中からは、徐々にその声の主の輪郭が明らかになっていった。
 フーン顔の、八頭身と同じくらいの慎重の男。
「俺の名前は妖滅刺菅(あやめ さすが)。
 兄者とでも呼んで貰おうか」
 そっけない笑みを浮かべたまま、兄者は名乗った。
「お前がこの糸使いか…!」
 身構える八頭身。
 アドレナリンが大量に分泌されている所為で、右耳を切断された事による痛みは無い。
 あったとしても、それを意に介していられるような状況ではないが。
「Exactry(その通り)。
 最早ここら一体の空間は俺の『殺人技術(ジェノサイダー)』の支配下。
 言うなればお前は、標本にされる前の虫かごの中の虫も同然だ」
 兄者がツイと指を動かす。
 それに合わせて八頭身の頬がざっくりと裂けた。
 その様子を薄ら笑いで見つめ、
 兄者が勝利を確信した顔つきで兄者に告げる。
「予告してやろう。
 俺はこの場から一歩も動かないまま、指一本でお前を殺すとな…!」


                 〜続く〜

2601:2005/04/12(火) 00:26:14
ぎゃー!
貼り間違い!
気を取り直して…

 〜四十六話〜

 全身のあちこちを切り裂かれ、外法八の体中は血の赤色に染まっていた。
「よくやる。ここまで俺の殺人技術から生き延びたのは、お前が始めてだよ」
「…………」
 兄者の言葉に、八頭身、外法八は何も返さない。
 と言うより、何か言うだけの気力が残っていなかった。
 しかし――兄者は心の隅に何か引っかかるものを感じていた。
 果たして、こんなに上手くいっているのは自然なのだろう?
 いくら用意周到に舞台を整えておいたとはいえ――いくら自分の殺人技術(ジェノサイダー)が無敵とはいえ――
 ここまで、一方的だとは。
 しかも奴は特有の能力すら使う素振りを見せない。
 外法といえど、所詮この程度――にしても、余りにも歯応えが無さ過ぎる。
「……ふん、まあ、どっちにしろ殺すだけだ」
 兄者はそう呟いて思考を止めた。
 これ以上考えたところで、それは、無意味なことだろう。
 危険だと思うのならば、それこそすぐにこいつを殺すべきだ。
「死ね……!」
 兄者がクンッと右手を動かす。
 ヒウンヒウンと空を切るような音が聞こえて――直後、八頭身の右腕は切り落とされた。
「…………!」
 八頭身が落とされた腕の切断面を押さえて屈みこむ。
 勘のいい奴。
 兄者は舌打ちすると同時に感心する。
 頭を真っ二つにしてやるつもりだったが――咄嗟に反応して即死を逃れたか。
 だが、それでも致命傷ということには変わりは無い。
 ならば次で頭を両断してやればいいだけの話だ。

「いや、実際お前はよく頑張った方だよ」
 兄者が賞賛の言葉を口にしながら、今度こそ八頭身の頭へと糸の狙いを定める。
「だけど、しつこい男は嫌われるぞ? 分かったら、さっさと死にな」
 もう一度、兄者が右手をクンッと動かす。
 ヒウンヒウンヒウン。
 極細の糸が八頭身の頭に巻きつく。
 そして兄者は八頭身の頭を輪切りにすべく糸を引っ張って――

2611:2005/04/12(火) 00:26:38

「――――!?」
 八頭身に巻きついていた糸が、粉々に砕け散った。
 馬鹿な。
 声にこそ出さなかったが、兄者は驚愕した。
 糸はかなりの強度を有している筈だし、何より兄者の念を流すことで強化している。
 それが、あっさりと砕け散ったのだ。
 !!
 まさか、八頭身の能力――

「……痛い」
 八頭身が小さく呟いた。
「痛い、痛い、痛い……」
 傷口を押さえ、体中を震わせ、八頭身が繰り返す。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「な――?」
 尋常ならざる八頭身の様子に、兄者が狼狽する。
 見ると、八頭身の体からは、何か白い靄(もや)のようなものが立ち上っている。
「1さん、痛い…… 1さん痛いよおぉ……!
 どうして、どうしてこんな酷いことするんだよ1さぁん!!」
「1、さん?」
「酷い、酷い、酷い酷い酷いいィ!
 僕はこんなに1さんのことが大好きなのに、こんなことするなんてぇ!
 いくら1さんでも酷すぎるぅ!」
「お前は、何を――」
 しかし兄者の言葉は、既に八頭身の耳には入っていなかった。
 血を流し、涙を流しながら――八頭身はひたすらに1さんの名を連呼する。

2621:2005/04/12(火) 00:27:11
「は――あはは! そうか! そうだったのか!
 分かったよ1さん! 本当は僕のことを好きだけど、つい素直になれずにこんなことしてしまうんだね!
 ごめんよ1さん。 でも、僕にはちゃあんと分かってるからね!」
「おま――」
「なあんだ! そんなことだったなら、もっと早く言ってくれればよかったのに!
 だったら僕も受け入れる心の準備が出来たってものさ!
 ああ、1さんの与えてくれた痛み、何て気持ちいいんだぁ……!
 見て、僕もう三回も射精しちゃたよ!!」
 八頭身が兄者の方へと向き直る。
 股間を大きく膨らませ兄者を見詰めるが――しかし、八頭身の目には、
 最早兄者は1さんにしか写っていなかった。
「な、何なんだお前は!?」
 嫌悪感を我慢できなくなった兄者が、八頭身を抹殺すべく糸を放つ。
 無数の糸が一斉に兄者へと襲い掛かり――
「!!!!!」
 糸が、残らず粉々に砕け散った。
「ば――これは――?」
 そこで、兄者ははっと気が付いた。
 八頭身の周囲が――否、八頭身から立ち上る靄に覆われた部分が、白く凍りついている。
 まさか、これが八頭身の――
「『絶対零度の炎(コールドブラッド)』」
 超低温の、白き霧。
 八頭身の精神が理性のリミッターを振り切るまでに暴走(オーバーヒート)した時のみに顕現する、
 彼の切り札であり奥の手の、念能力。
 いくら念を流して強化しているとはいえ、兄者の使うそれは元を正せばただの糸。
 凍った薔薇が地面に落ちて粉みじんになるように――
 糸が例えどれほど強靭で鋭くとも、一度凍りついてしまえば脆くなる。

2631:2005/04/12(火) 00:28:10
「――――! なあ!?」
 そしてそれは、兄者にとって八頭身が何よりの天敵であることを示していた。
 兄者の糸は全く意味を為さない以上、兄者にはいかなる攻撃の手段も残されてはいなかった。
「くそ、こんなことが……!」
 兄者は即座に退却を選択した。
 自分や弟では、こいつに勝てない。
 他のレモナやウララーならば、こいつに勝てる可能性は十分にある。
 何より、こいつは手負いだ。
 ならばここは一旦退いて、他の奴に任せるのが得策だ。
「逃さないよ、1さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
 しかし――八頭身は体の怪我を一切感じさせないような速度で、兄者目掛けて突進してきた。
 周囲に張り巡らされた糸も、凍ってしまって全く罠の役目を果たさず、
 八頭身は一直線に兄者に向かってくる。
「こ、この――化物がぁ!!」
 兄者が必死に糸を放つも――それが完全に無意味であることは彼自身が一番よく分かっていた。
 糸は正確に八頭身の急所に巻きつくが、巻きついた端からはかなく砕け散る。
 何も、八頭身を止めることは出来なかった。
「来るな! 来るな!
 来るなぁ!!」
 兄者と八頭身との距離がみるみる縮まっていく。
 そして八頭身が残った方の腕を兄者に伸ばして――

「捕まえた」

 八頭身の腕が、がっちりと兄者の頭を掴んだ。
「な……!
 うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 兄者の顔がみるみる凍っていく。
 渾身の力を込めて八頭身の手を振り払おうとするも、
 八頭身の手は万力の如く兄者の頭を掴んで放さなかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 兄者の叫びが夜の森に響く。
 しかし、助けは誰一人として駆けつけることは無かった。
「…………!」
 兄者の頭部が完全に凍り――そして全身が連動して氷結する。
 まるで氷細工のように、兄者の体は死ぬ直前と同じままの姿で固まっていた。
「ああ〜〜〜〜〜1さん1さん。 何て可愛いんだ〜〜〜〜〜」
 八頭身が兄者を抱きしめようとするが、しかし、兄者の体はその圧力に耐え切れずに四散した。
 凍った兄者の体の破片が、そこらじゅうにまき散らされる。
「あれ? 1さん……1さん?
 ああ〜〜〜〜〜〜〜!
 またやっちゃったよお!
 今度こそは、優しくしようと思ったのにいいいいいいいいいい!」
 八頭身の後悔の叫びは既に兄者には聞こえていなかった。
「ごめんね1さん、ごめんねごめんねごめんね。
 僕もこんなことは嫌なのに、ついやってしまうんだ。
 でも、君なら許してくれるよね?
 ごめんね1さんごめんね……」
 誰も聞く者のいない八頭身の懺悔が繰り返される。
 余談だが――彼が言うところの1さんは、もうこの世には存在していない。
 彼が、1さんに拒絶された時に、思い余って殺してしまっているのだ。
 1さんは、もう八頭身の心の中にしか存在していない。
 しかし――八頭身はそのことを、本当に理解しているのだろうか?
「ごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さん
 ごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さん
 ごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さん……」
 八頭身のその言葉だけが、闇の中でこだまし続けるのだった。


                        〜続く〜

264グッドーケーン:2005/10/07(金) 06:57:10
さてと、原作設定では無いが書かせてもらおう

265グッドーケーン:2005/10/07(金) 06:57:23
さてと、原作設定では無いが書かせてもらおう

266グッドーケーン:2005/10/07(金) 07:02:39
ポタ・・・ポタ・・・
血が落ちる音が今は誰も居ない古い工場に響く・・・
「いい加減でてきたらどうだい?君の仲間も皆死んじゃったんだしさ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・出てくる気は無いみたいだね・・・・まぁ、それならそれで
 いいさ、君程度の奴を見つけるなんて簡単だからね」

         <念能力・索敵殲滅(サーチ&デストロイ)!>
        
「さて・・・・ゲームの始まりだ・・・・・」

267:2005/10/07(金) 07:17:39
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
物が壊れる、または吹き飛ぶ音

奴・・・・・・・・『モララー・バイカル』が辺りを破壊しつくす・・・・・・・
奴の念能力・・・・索敵殲滅・・・強力な索敵能力と、自分を中心とした
衝撃破を放つ念能力―――だが俺の念は攻撃用では無い、どちらかと言えば
味方を補助する能力だ、それに自分自身この能力がどんな力を持つか
少ししか分かっていない、この能力は『自分で考えた物』では無いのだ
そもそも俺には素質が無かったのだ、だが、ある女の念能力によって
無理矢理この力を引き出されたのだ、俺が分かっているこの念能力
<時空制御(タイムセイバー)>の能力は

1:味方のスピードを上げる
2:敵のスピードを下げる
3:空間を拡大→収縮して爆発させ相手を吹き飛ばす(爆発した空間は30秒ほどで元に戻る尚、爆発の規模は小さく直接的攻撃力は無い)
この3つだけだ、3には直接的攻撃力は無いし
自分のスピードを上げて逃げたところですぐに追いつかれる
相手のスピードを下げたところで衝撃破のスピードは下がらない・・・
「はぁ・・・・・」

静かに、ため息をつく

「・・・・・・まさに八方塞がりだな・・・」

バリーン!
何かが落ちる音・・・・まさか・・・気づかれた!?

慌てて物音がした方向を見る、だがそこには誰も居ない・・・・・

「なんだ、こんなとこにいたのかぃ・・・?」

・・・・・!

ズガァン!!!

衝撃破のエネルギーが収束されて紫色の剣になっている・・・・・
その剣からはとてつもない禍々しさが感じられる・・・

268:2005/12/04(日) 21:56:09
四十八話

 そしてその手の指がそのまま、狐さんの胸、丁度心臓のある位置に突き立てられた。
「ぐあああぁッ!!」
 苦悶の叫びをあげる狐さん。
 やめろ。
 それだけはやめてくれ。
 狐さんを、殺さないでくれ…!
「チェックメイトだ。
 このまま自分の心臓を自分の手で抉り出して死ぬがいい」
 弟者が冷淡な表情のまま、死刑執行の合図を告げた。
「所がそうは問屋がおろさない」
淡々とした口調で誰かが言う、誰だ?擬古?八頭身?
「!?」
それに動揺したのか弟者の指が止まる、同時に狐さんの腕も
「シッ!」
突如銀色の閃光が周りを走ったと思ったら『プチ』と糸か何かが切れる音がする
そして狐さんの体が動きだす
「糸が・・・・切れた?」
僕が力無くそういう
「馬鹿な・・・この糸は鋼鉄製だぞ!?普通の人間に切れるはずが・・・」
弟者がかなり動揺しながら喋る、そう、この糸は狐さんでも切る事ができなかった糸、
普通の人間に壊せる者じゃない
「残念だが、俺は普通の人間じゃないんでな、俺みたいなのに理屈うんぬんを言っても無駄無駄だ」
どこかで聞いたようなジョークを言いながらそいつは喋る、
「まさか・・・嫌、そんなはずが・・・・!?」
慌てている―――――僕から見てもわかる程に  ゲホウウサギ
「貴様は外法狸と共に死んだのでは無かったのか!?外法兎!」
外法?狐さんと同じ――外法?
「あいにくだが、それくらいでくたばる程ヤワじゃないんでな、今までは諜報活動に専念していただけだ
誰にもその存在を悟られずに・・・・な」
冷淡に・・・・ゆっくりとその人物・・・外法兎は喋る
「くっ、だが俺の殺人奇術なら――――」
「ほぅ?俺に勝つ気でいるのか?・・・・面白い、唯一方的に殺しても面白く無いしな・・・・・
 少しは俺を楽しませろよ」
「っ―――!ほざくな!」
まだ糸を持っていたのか、糸の先に槍の用な物を付け外法兎に向かって投げる
「見よ!これが俺の殺人奇術の集大成!奇臨愚導縷!!!」
投げられた糸が寸分違わず外法兎に向かって飛んでいく、さながら流星のように――
だがその流星は外法兎にささる事は無かった、消えた、いや、最初から糸など存在しなかった用に
『消滅』したのだ、『物質を消滅させる能力』それがあの人の念?なら狐さんを操っていた糸も
『消滅』させたのか?答えはNO、確かにあの糸は切断されていた、鋭利な刃物によって
「こんな物が貴様の最終奥義とはな、笑わせてくれる、ワロスw」
兎が笑う

269:2005/12/04(日) 21:56:39
「くっ――ならばもう一度!」
弟者が構える――
「もう一度?その腕でか?」
兎が言う、
「何を言って――――」
「ぐがぁaAlaあぁAalaあぁaAllaあa!?」
そう、腕が無いのだ、斬られたそう判断するのが正しいだろう、
だが何時?どうやって?見た感じだけでも兎の弟者の距離は10m.以上ある、10m.の刀などない、だがナイフを投げただけで
あそこまで綺麗に切断できる訳がない
「うるさいぞ、小僧、黙っていないと次は痛がる暇もあたえんぞ」
兎が冷淡な口調で言う
「ぐがぁっ・・・・・ここは、一旦兄者達と合流して――」
そういって弟者が走ろうとする
「いかせんさ」
だがそこに兎が立ちふさがる
「お前に一つ質問をしよう」
「質問・・・だと?」
兎がふざけた事を言い出す
そんなことしてる暇あったら早くそいつ殺して僕の糸も切れよ
「苦痛をともなわない『死』と、苦痛をともわう『氏』どっちがいい?」
「そんな質問に答える義理は無い!」
弟者は兎に背を向けて走り出す
「そうか、苦痛をともわない、一瞬の死がお望みか」
外法兎がそういった瞬間―――――
弟者の右足、左足、首、体がバラバラになった
「残念だ、もっと楽しみたかったのに――――――」
弟者の死体が地面に落ちるこれで一応の危機は脱出した
「さて・・・・・・・・・・・」
だが、安心は出来ない、そう今この場所では
『敵の敵は味方』なんて理屈は役にたたない
『敵の敵は敵』なんて事もありえるのだ
「少年・・・逃げろ・・・・・・!」
狐さんが言う、どうやら動ける用になったらしい
「お前じゃ・・・無理だ・・・・!」
狐さんが言う、でも僕は――
「断ります・・・・好きな人を置いて逃げられる訳ないじゃないですか」
そう、僕は逃げない、僕は偽者、偽者の痛み、偽者の名前、偽者の体
でも、狐さんに感じるこの感情だけは偽者じゃない――――――――
だから僕は逃げない、例え殺されても――――

              〜続く〜

270:2005/12/04(日) 21:57:41
失敗しました、四十七話に脳内変換しといてください

271能力不明の念能力者:2006/04/18(火) 14:51:06
age

272能力不明の念能力者:2006/08/29(火) 12:08:18
age


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