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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

624名無しさん:2009/07/06(月) 18:03:19
「では今から、僕の声のカッター…『声カッター』で、この風船を割りたいと思います」


世界のナベアツこと渡辺鐘は、ある番組でネタを披露していた。
風船に向かって、甲高い奇声を上げる。もちろん、風船は割れない。そういうネタなのだ。
彼自身このネタはかなり気に入っているのだが、メディアでは「3の倍数」云々のほうがウケるのが、少々複雑だった。
「…失敗したけど、オモロー!!」
その後も、何度も奇声を上げたが、風船は一度も割れずに、ネタは終わった。


(まあ、実際は割れんねんけどなー)
渡辺は、そのような事をぼんやりと考えていた。
最近、芸人の間で流行っている石。渡辺も、だいぶ前に石を手にしていた。
彼の石の能力は、声を刃のように固めて飛ばす――「声カッター」そのものであった。
無論、ネタを披露するときは、石は置いてきている。不用心のようだが、彼には石を奪われる心配が無かった。


「…もしもし、ネタ終わったんで、今から石取りに行きます
……ああ、はい。あ、いつも石預かってくれててありがとうございます」


彼は、信頼できる人物に、自分の石を預けていたのだった。

625 ◆wftYYG5GqE:2009/07/06(月) 18:06:24
すみません、トリップが抜けてましたorz
>>624も私です。

一応ここまでです。ナベアツが白黒中立のどれかは、特に考えていません。
それでは、失礼致しました。

626 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:53:49
こんばんは プロローグ的な物語がいくつも投下されてwktkしつつ
オードリーを主軸にした話を考えてみたのですが
・長いくせに盛り上がらない
・登場人物の方針・能力について独断でやや拡大的な解釈を行っている
上記の理由から再度こちらに投下させていただきます
時系列は>>608「ずぶぬれスーパースター」後 日常的に戦うはめになってからの色々です

627 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:58:00


自分と違うところばかりの友人を相方に選んで約10年、
沈んでた時期の方が長いのに振り返って余裕ぶるなんてのはいかがなもんかと思うけど、
ほとんどつまづき続けの日々、向かい風警報出っぱなしの中、どうにか空中分解を免れたのは、芯の部分に貴重な共通項を通していたからではないかと思うのだ。
つまりはどれほど痛い目に遭おうとも、取捨選択は己で決めるという不格好な意地の張り方である。


*********


2月の終わりを迎えた某局の楽屋だった。
桜前線はすでに沖縄でスタートを切ったという。日本中がピンク色に染まる季節がやってくる。
自分たちの生活は先取りした春一番めいた激しさを保ったまま、相変わらずありがたいことに気が抜けない。
ついでに言わせてもらうと、ありがたくない方面でもまったく気が抜けない。
(昔はそこらへんの桜見に行って 1日中ボケーっとしてたっけ…)
思い出にひたるつもりで鼻をすすり、ふとその記憶がほんの数年前でしかないことに気付いて我に返る。
「別に昔ってわけでもねえなあ」
拍子抜けした声が漏れた。2個目の弁当に取りかかっていた春日が顔を上げる。
「なにかね」
「いや?」
ひとりごとです。重ねて呟くと春日は首を傾げ、大きな独り言ねえと笑うだけで特に追求はしてこなかった。
「おれこの後用あっからさ、おまえ帰るんなら車乗ってっちゃっていいから」
「はいはい」
完全に唐揚げの方に集中した生返事。馴染みの無関心を今は心底好都合だと思いながら、若林は深呼吸を繰り返す。
仕事と異なる方面からくる緊張は、決して気取られたくなかったのだ。

628 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:58:54

芸人の間ではひそかに有名になった不思議な石が、例に漏れず2人の元にやってきてひと月ほど。
くだらねえと呟いたところで結局襲撃は止まなかったし、関心がないと主張しつづけても情報は勝手に飛び込んできた。
白とか黒とか、味方になったとか裏切ったとか。オセロみたいな勢力争いの、板上に乗ること自体を拒否して逃げ回る日々。
悪の帝王めいた噂すら流れるその人から直々に連絡が入ったのは3日前のことだ。
電話番号わかんなくってさあ、の笑い声を耳に、反射的に身構えてしまった自分へ沸々と苛立ちを募らせながら、若林は平たい声で問うた。
「それは僕だけでもいいですか」
なぜあの時はそんなことを聞いたのだろう。少なくとも置いておけば盾にできたろうに、電話を切ったあとでこっそり後悔したのはここだけの話だ。
ともあれあっさり承諾されたのは意外だった。正念場かもしれない対面を春日抜きで切り抜けねばならなくなる。
もっとも、いつものような直接的なドタバタは起きないだろうとも予測していた。帝王の手口は柔らかいのだそうだ。
『肩の力抜くといいよ』
電話の向こうはバナナマンの設楽、やけに楽しげな声が不穏な気配を漂わせていた。

629 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:00:55

考えてみれば中心層からのコンタクトは初めてなのだ。
逃げちゃダメだを早口で3回、繰り返すこと数セット。
おれ追い込まれてるわあと苦笑しながら向かったのは、テレビ局からそう遠くないビルの1階、有名チェーン系列の喫茶店。
テーブルとカウンターを越えて半階分の段差を降りた先、壁際一番奥のソファー席で帝王が眉を下げて笑った。
「ごめんねー忙しいのに」
「いえ、大丈夫です、ぜんぜん」
劇的な変化を遂げたここ数ヶ月は若林の中に、今もって新鮮な驚きと感動を供給し続けていた。
死ぬほど焦がれていたテレビの中、散々憧れていた先輩たちと一緒に番組をつくるという嘘みたいな毎日。
設楽と初めて共演したのは例外的に何年か前になるけれど、今以上に試行錯誤を繰り返す往来で、最初で最後かもしれないと覚悟の緊張の塊を胸に抱えていた。
そのいつかと同じように笑いながら、先日の出演を迎え入れてくれたのだ。面白いんだよ!という褒め言葉付きで。
場を盛り上げるための甘い評価かもしれないが、それでもやはり嬉しかった。
面白い、という単純明快な形容が、どれだけ自分たちの足場を支えてくれるか。
何度となく活躍を目と耳にしてきた先輩からの言葉ならなおのこと、帰路の途中で小さくガッツポーズが出るくらいには。
いっそ前情報がないままならよかったのだ。
そうしたら純粋に感謝していられただろう、例えばいま持ち帰り分の食料を物色しているはずの春日みたいに。
少なくとも“こちらの警戒心を薄めるつもりだったのかもしれない”なんてくだらない詮索を、向けなくても済んだ。
「…どした?」
「や、」
申し訳なさと苛立ちと自嘲。入り乱れた感情が表情に思い切り出ていたらしい。
我ながら呆れるくらい下手な取り繕いに設楽は吹き出し、すっげえ警戒してるね、と言った。

「じゃあ大体わかっちゃってんだ、俺の言いたいこと」
「…予想外れてほしいなーと思ってますけど。切に」
「でもあれでしょ、若林ってそういう勘鋭い方じゃない?」
「嫌な予感ばっかりよく当たります」

次第に本題に近付きつつある場の空気に細心の注意を払ったまま、右手にぎゅっと力を込める。
手の中にこっそり握り込んだ小さな銀色の塊が、じわりと熱を帯びるのを感じながら。

630 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:02:39

設楽の印象ははじめて見たコントの役柄そのものに近い。
自分の主張を、たとえ多少の無茶があろうと飄々とした態度と語り口でゆるゆると押し進め、日村を納得させてしまうキャラクター。
(弁の立つ人だってのを、そんなに感じさせないふうにしてるっぽいのが余計怖いっつうか…)
あれは多少、素が入ってんだろうな、などと感心しつつ、警戒レベルを“高”に固定して耳を傾ける。
とはいえ、彼の言い分はある種真っ当で、非常にわかりやすいものだった。
「利害が一致するんじゃないかなあって」
極力注目されないように行動してきたつもりだったが、おそらくは筒抜けきっているのだろう。
希望するポジションは圏外と同意義の中立。春日がどう考えているかはさておき、若林の第一目標はとにかく厄介事から距離を取ることだ。
襲ってくるのは大概“黒”のほう、降り掛かる火の粉のみを払い続けるから根本的な解決は不可能で、かと言って離脱できない奥底まで立ち入ってしまっては本末転倒になる。
そちら側に協力するというスタンスを示せば、確かに日々の些末な面倒からはおおむね解放されるのかもしれない。悪くない話だと思うけど、設楽はそう言って笑った。
反論する余地をどう切り開こうか思案しながら、間をつなぐためにコーヒーを啜る。

「あの、そうすると逆に、白のみなさんに追っかけられるんじゃないですか」
「んー、まあいい顔はしないかなあ。でも基本的にあの人たちは動きが派手なとこを抑えにくるくらいだから、目立たなきゃ問題ないでしょ」
「目立たないっていうのは」
「ガンガン前に出てかなくていいよってこと」

詳しくは商談成立後にお話しします。芝居がかった口調で情報開示を遮断され、そこまで親切なわけもないかと勝手に納得する。
確かに白の責任感も黒の罪悪感も(正直なところ)さほど抱えていないし、今後抱える予定もない。そこまでご存知なのかは知らないが、把握したから行動に移していると判断する方が自然だった。
カップの中の黒い水面を見詰めたまま若林は黙っていた。
自分にとっては好機と呼んでもいい誘いにさっさと乗らないでいるのには3つほど理由がある。
ひとつ、長年の境遇と生まれついた性格の賜物か、“渡りに船”に対しては厳戒態勢を敷いていること。
ふたつ、右手の白金がチリチリと覚えのある痺れをずっと発していること。
みっつ、若林はどうすべきか悩んでいて、そういう時どちらを選びたがる人間だったか、ということ。
他にもいくつか正なり負なりの感情が交代で浮いては沈みを繰り返したが、最終的に自分ではない声の叱責が朗々と脳に響いた。
『グダグダ考えてんじゃないよ馬鹿馬鹿しい』
聞き覚えのある根拠レスな強さを蹴り出そうとしてやめる。
タイミング的には間違っていないので今だけ同意して指標にする。

「ありがたい話ですけど、お断りします」

結果はどうあれ笑いながら少数派に飛び込む男でありたい、ひとりそう誓ったのはこんな厄介ごとに巻き込まれるよりもっとずっと昔の話だった。

631 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:05:02

さて。
決裂の意を示してからが本番だった。わざわざ声を掛けられている時点で、わかった残念だなーで済まされるとは思えない。
「たぶん、設楽さんの言うこと、正しいと思うんですよ」
思うんですけども、言葉を返される前に言葉を重ねる。語頭が裏返ったのには無視を決め込む。
間を空ける怖さより主導権を簡単に渡してはいけないという焦燥が先に立った。なにしろ2ターン目は永遠に来ない可能性もある。
「でもおれ、そういうの好きじゃないんです」
断る理由はもうひとつ。目線を上げて一息に言い切る。
「ざっくり言うとムカついちゃうので」
「ははっ」
その選択を選びたくなる状況に追い込んでからの条件提示。攻勢としては大正解だが、だからこそ下手な(一応そういう自覚はあるのだ)意地を張りたくもなる。
白黒どうこうを抜いても失礼だったはずの若林の物言いを、設楽は特に気にしてはいないようだった。
ムカついちゃうかあ、笑いながらコーヒーをひとくち、そういうとこ頑固そうだもんね、と呟いてから。

「いんだ別に、ムカついたまんまでも、全然」
「………!」
「“とりあえず言うこと聞いてもらえればなんでもいいから”さ」

―――来た。

ふたつめの懸念、プラチナが微弱な反応を繰り返していたのはなぜか。
若林の石は持ち主の性質に呼応しているのか、味方より敵の石の発動に対して敏感な反応を示す。
設楽が持つソーダなんとかという名の石の効力は『説得力の爆発的な向上』らしい。物理的な物騒さとは無縁のまま畏れられる存在になり得たのなら、きっとそれを最大限に活用してきたのだろう。
元を正せば電話を受けたときから白金は熱を帯びていた。携帯電話の振動Cに似た断続的な痺れは、自身に対して能力が向けられている知らせ。
足した意味は言わずもがな、その熱量と痺れが、設楽の声をきっかけにガツンと膨れ上がった。
(…やば、っ…!)
咄嗟に右手の拳を固く握る。オレンジ色の六角形を重ねて中空に張るイメージを脳内で展開する。
14歳ではないから可視のフィールドは現れないが、こちらの石も似たような効力だ。問答無用の屈服という、まあ、若干乱暴な仕様ではあるけれども。
相手の心の膝を折らせるための力が衝突し、テーブルの上で軋んだ音を立てた、気がした。
拮抗するかと思えたのはたった数秒。
背中を嫌な汗が伝い、設楽が片眉を上げる。

632 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:07:57

「やっぱり若林もこっち系なんだ」
「…みたいですね…」
「うん、だから声かけたんだけどね。“あんまり抵抗しない方がいい”よ?疲れるでしょ」
「……っ、や、だから、お断りします、って、言ったじゃないす、か」
「“頼むってば”。ね?」
「………ぅあ…っ」

慢性的に抱えている偏頭痛を数倍刺々しくしたような痛みだった。熱膨張を起こした右脳、焼けていると錯覚しそうな右手の石。
偏った痛覚につられ、右目だけをきつく閉じて喘ぎに近い呼吸を繰り返す。
攻めるための能力を無理やり防御用に転換しているわけで、しかも自身の能力をほぼ完全に使いこなしている者が相手ともなれば、
(そりゃあ、押されるのは無理もねえ、んだけどっ)
納得はすれど諦めるのは癪だった。目に涙を滲ませながらも必死で見上げれば、設楽は「すっげえつらそうじゃん」などと顔を覗き込んでくる。
この人Sだって話はガチだわ。
内心深く頷いてから、テーブルの上に置かれた手に左手を伸ばそうと試みるも、「あぶねっ」咄嗟に身体を引かれる。
「触られちゃまずいんだったよね?」
大袈裟な首の傾げ方、浮かべた笑みがいつかオンエアで見た春日を追い込む自分と重なる。
―――訂正しよう。この人、ドSだ。
それから設楽はいつもの若干間延びした喋り方で、こちらの気が変わるように色々と優しく働きかけてくれた。もちろん石の力を絡めているので、拒否の意を示すだけでも面白いほど疲弊する。
体感時間にして5時間に及ぶ拷問。実際のところは30分にも満たない会話。
2ストライクから美しくもないスイングでチップし続ける執念に、ピッチャーは仕切り直しの必要有りと判断したらしい。
「そろそろ出よっか」
うつむいて咳き込む若林のつむじを眺めてため息をひとつ。予定より長居しちゃったねえと言いながら設楽が席を立つ。
軽い足取りに倣う。これは屈したせいではない、といいな、ぼんやり思いながら後を追った。

633 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:09:50

夜半はまだ真冬を思い起こす寒さである。春先特有の強い風に煽られて足元がふらつく。
元凶は去らないし抵抗も止めていないので、頭痛は酷くなるばかりだった。
設楽は眉間に深い皺を刻んで横を歩く若林を見やり、頭痛くなんだね、と興味深そうに言った。
「こういうふうに抵抗してくる人っていままであんまりいなかったからさあ」
勉強になります、そううそぶく先輩に、いやおれ経験値積ませに来たわけじゃないんでと相槌を打つ余裕もない。
外に出たからと言って何が好転するでもなかった。がっちり組み合った、いや組まされたまま、じりじりと自陣へ押し込まれている状況。
間を隔てるものがなくなった分相手に触れやすくはなったが、防衛以外の出力をあげれば一気に崩壊しかねない瀬戸際だ。淡々と足場が削られていくのを、先延ばしにするのが精一杯だった。
その果てがどうなるのを極力考えないよう務めて耐える若林に、容赦なく次の一手が打ち込まれる。

「…じゃあさ、春日にもこの話させてくれる?」
「っ!」

今一番聞きたくない名前だった。思わず目を見開いて硬直する若林に、設楽はやっぱりなあと笑みを深くする。
「僕だけでいいっ…て、言っ、」
「んー、あの時はね?でも協力してくれる人が多けりゃ助かるしさ、それに、」
春日連れてこなかったのって、あいつを庇う為でしょ?
指摘されて絶句する。―――庇う?あのポンコツをわざわざ?
てめえは毎回リセットされてんのかってくらい度々ドッキリに引っかかる単純な頭、物事をそのままドーンと受け止めすぎる無駄に広い度量、素直よりバカって表現がふさわしい性格。
(そりゃ確かに設楽さんから石使ってこんな風に声かけられたら、諸々込みであっさりお世話になります!なんつって頭下げちゃいそうだけどさ)
申し出の理由にようやく思い当たり、ぶつけようのない怒りと天井知らずの頭痛に叫びだしそうになる。
ああ、抵抗にこれほどの痛覚が伴うと、わずかでも覚悟できていたら。

「ぃ…ッあ、」
「あーあーあー、ほらもう限界じゃんお前も」

ひときわ鋭い痛みが突き抜ける。たまらずしゃがみこんだ頭上から、別にひどい目に遭わせるつもりじゃないんだって、呆れと困惑を合わせた声が降ってくる。
ちくしょう、仮に百歩譲ってあいつを庇うためにこんな目に遭ってるとしてもだ、そこ読まれてたらなんの意味もねえじゃねえか!
「とりあえず、電話しようよ。春日に」
そっから先はまだわかんないでしょ、電話くらいいいじゃん。ね?
一歩妥協した条件を提示するのは、要求を呑ませるための最後の仕上げ。
その流れを十分すぎるほど理解していながら、若林の手はとうとう勝手に、携帯電話を突っ込んだポケットへ伸びはじめていた。

634 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:11:43

(…くそ、)
(とんだ思い上がりだ)
(なんでちょっとでも、どうにかなるって思ったんだ?)

リダイヤルを辿り、促されるままボタンを押し込む。
活動限界寸前の頭の中、淡々と無機質な呼び出し音が繰り返される。
いっそ留守電に切り替わればいいという願いもむなしく、きっちり3コール目で持ち主が応じてしまった。

『はいはい』
「…………」
『どうした?』
「…………ッ」

どうしたもこうしたも大ピンチです。電話出てどうすんだばかやろう、こっちは頭が割れそうなんだよ。ああ、もう、ほんとに、意味ねえ、全っ然庇えてねえ。
世界の全方位へ向けた腹立たしさと無力感に押さえ込まれて今度は言葉が出ない。若林氏?と繰り返す怪訝な声がふと遠ざかった。設楽が代わりに電話を握ったのだ。
「もしもし春日? あー、俺、設楽です」
『え、 …ああ、はい!お疲れさまです!』
唐突な先輩の登場に、なぜか春日は少しテンションを上げたらしかった。
どうしたんすか?なんて元気よく言っちゃってバカかお前は。おれは一体なんのためにこんな、
「いま若林といっしょなんだけどさぁ、ちょっと春日とも話したいなーっつって、」
『そうなんですか!』
でかい声出すなようるせえな、選択肢なんかねえんだぞ、わかってんのか。わかるわけないか、そういや何にも言ってねえもんな。
食いしばった奥歯にそのまま砕けるのではなかろうかというほどの力を込めた時、春日が不思議なことを口走った。

『すっごいタイミングですね、俺びっくりして』

―――は?
偶然見合わせることになったふたつの表情は、おそらく互いにどういう意味?の疑問符で満ちていただろう。
ぽかんと空いた隙を図らずも突いた恰好になった春日は、ちょうど今話してたんですよ、ほら、とその場にいるらしい誰かに呼びかけている。
バタバタとにぎやかな音が漏れたあと、やがて春日とは別の声が電話から聞こえてきた。

『…おう、設楽?』

聞き覚えのあるその声は確か、まちがいでなければ設楽の相方、バナナマン日村であるはずだった。

635 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:12:56

若林にとってはへえ日村さんと一緒にいたんだ、という、単純な驚きでしかない。
白黒の勢力配置を事細かに覚えているわけではなかったから、もしかして俺たち同時にセッション仕掛けられてたんかい、なんて勘違いが加わるくらいで。
しかし、もうひとりにとっては、そんなフワっとした感想で片付くイレギュラーではなかったらしい。
設楽は日村さん?と戸惑った声で問いかけ、肯定を返されたのだろう、小さく呟いた。
「うそぉ」
その音が若干クリアに耳へ届いて、若林は反射的に顔を上げる。
余裕のある態度は崩れていなかったし、顔色ひとつ変えていなかったけれど、自分の痛覚がなによりの指標だった。見えない鎖で締め付けられるような圧力が、確かに緩んでいる。
それはつまり、不沈たる彼の領域がついに揺らいだという証だ。奇しくも春日の予想外の働きによって。
状況を掌握するには不十分なヒントしか与えられていなかったが、このタイミングがおそらく最初で最後のチャンスなことだけは理解できた。

「…びっくりするでしょ、」
「あ」

意を決して腕を伸ばす。肩を掴む。振り返った設楽がやべ、と、初めて明確に焦りの色を浮かべる。
静電気めいた拒絶反応が指先に走り、それでもそのまま出せるだけの力を込めた。携帯電話が地面に衝突して硬い音をたてる。
ここぞって時にとんでもないことやっちゃうんですよね、フラッシュバックするのはいつか誰かに説明した自分の声や、見当違いに胸を張る相方の姿。

「それがあいつのこわいとこなんです」

慣れない防御から急速反転、残弾をすべて攻撃に充てる。無茶な立ち回りに視界がとうとう白く瞬きだした。
あの気弱な少年ならきっと切羽詰まった顔で叫ぶだろう。
(“フィールド全開ッ”、つって、)
あとはもう、どうにでもなれだ。

636 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:14:23

強烈な光も派手な音もなく、インナー限定の攻防は静かに終わりを迎えた。
拾い上げた電話はすでに切れている。妙な展開でびっくりしたろうな、春日は無視して日村に申し訳なく思う。
「それさあ、若林のって、あんまり光んないんだね」
ガードレールにもたれて座り込んだ設楽が言った。俺のもそんなに光んねえの。地味だよね、お互い、全体的に。
苦笑いを返そうとした世界が歪む。ほとんど崩れ落ちるようにして、彼の隣にしゃがみこむ。
「…大丈夫?」
「…はあ、なんとか」
何度か咳き込み、それから急いで距離を置こうとする若林に、今度は設楽が苦笑した。

「もう弾切れだよ」
「え、」
「お互い様だと思うけど。今んとこ、普通にお話ししかできません」

降参の仕草で両手を上げる彼から、独特の気配は確かに消えていた。もっとも、感知する余力もすでになかった。残っているのは火傷に近い痛みを伴った右手の熱さだけだ。
相打ち、か。判定だったら3ー0で完敗だろうな、投げられたタオルを想像して深めにため息をつく。

「そうでもないかも」
「へ?」
「俺、ちょっとくらいお前の言うこと聞いちゃうと思う」

意味を掴みかねて寄せた眉の裏側を、『屈服:相手の強さ・勢いに負けて従うこと』の辞書的な説明が流れていく。
(…負けたふうには全然見えないんですけどもね)
半信半疑ながら、自分の踏み止まりが少しは報われてもいいなとは思った。言うだけタダだし、駄目でもともとだ。
車が3台通り過ぎるくらいの間をたっぷり空けたあと、じゃあ、と出した声は掠れていた。

「5月になるまで、おれらのことは放っといてもらえますか」
「期限付きでいいの?」
「…永久にって条件、出せりゃ出してますもん」
「………まあねえ」

事実、若林も陥落寸前だったのだ。金輪際関わりたくないです級の担荷を切るには、設楽の能力の影響を受けすぎていた。
つまり石を巡るごたごたの末端に留まることを若林は“説得”され、代わりにささやかな命令を下す権利を得たというわけである。
設楽はしばらく目をつぶって何か思案しているようだったが、やがて「いいよー」と拍子抜けするほど軽い声で応じた。
そこでやっと本当に、強張っていた身体の力が解けた。

637 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:16:11

「でもなんで5月なの」
「ネタ考えて、覚えて、詰めて。あと春日に叩き込んで…ってなると、最低限今くらいから本腰入れないとやばくて」
「…ネタ?」
「単独ライブが」
「ああ、」

年の瀬に果たしたある種誰よりもドラマチックな活躍を決定打に、暴風めいたスケジュールに翻弄されてきた若林と春日。
激動のただ中で待ち受けるのは、3年ぶりに立つふたつの独壇場。
全力を投じても足りないかもしれない時間を、芸事以外で潰す余裕はない。
いいライブにしたいんです。噛みしめるように呟く若林に、設楽は厳粛に頷きながら5月ね、と繰り返した。

「5月までは約束守るよ。少なくとも俺の権限が通るとこに関しては、そっちに迷惑かけないから」
「…設楽さんが全権握ってるんじゃないんですか?」
「はは、さすがにそこまではねぇ」

段々制御きかなくなってきてんだ。愚痴るような声はやかましいエンジン音を鳴らすバイクに重なり、誰の耳にも届かなかった。
それでも黒側の大部分を統制しているらしい彼が言うなら、ずいぶんと平穏な毎日にはなるのだろう。
「じゃあ お願いします」
レールに手をついて若林はふらふらと立ち上がった。
立ちくらみをやり過ごしているのか眉間に皺を寄せ、深呼吸を繰り返してから設楽を見下ろして。

638 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:16:57

「あとひとつ、聞いてもいいですか」
「守秘義務どうこうじゃない範囲なら」
「………こないだ、番組出させてもらった時、僕らのこと面白いっつってくれたじゃないですか、」

あれは。
それきり言いにくそうに視線を彷徨わせた後輩に、設楽はゆっくりと首を振る。
「そういうのはやんない、俺。ほんとに面白えなあと思ってさ、」
だから嘘じゃないよ。
相変わらず人を食ったような笑みを浮かべているから真意を計るのは難しい。
けれども信じようと思った。訝しむばかりでは身が持たない。ノーガードで聞く言葉としても、そもそもそうあるのが普通だったのだ。
ごめんね、の心なしかばつが悪そうなリアクションを、自分自身の判断で全面的に信用する。
それから、
「…もし、設楽さんが、それ使わないで説得してくれたら、」
素直に言うこと聞けたかもわかんないです。
俯いたまま若林はありがとうございましたとすいませんと失礼しますを重ねて、深々と頭を下げた。

639 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:18:38


 「なんだったんだろ」

 はじめに首を傾げたのは、テレビ局の廊下に立つ日村だった。
 若林から設楽に変わった電話は、春日から受け取った途端に切れてしまった。
 それぞれの番組終わりに偶然遭遇した面々。飲みにでもいこうという話になって、せっかくならこの場にいない相方にも声をかけようとしていた、まさに絶好のタイミングだったのに。
 「春日もどっか行っちゃうしさあ」
 のんびりしたはじめの応対はどこへやら、通話が切れた途端に血相を変えて走り出したピンク(既に私服に着替えていたからピンクではなかったが)もすでにこの場にいない。
 「設楽さんは電話出ないの?」
 問うたのは偶然の一員、おぎやはぎの矢作である。
 「あいつ電源切れちゃってんのかな、ずっと留守電なんだよね」
 「そっかあ」
 「じゃあとりあえずいる分で行っちゃおうよ」
 続けたのは相方の小木だ。腹減っちゃったもん、いかにも彼らしい切り替えの早さに笑ってから、設楽が捕まったら合流すればいいか、そう気を取り直す。
 「何食う?俺らの食いたいもんでいいよね、早いもの勝ちってことでさ」
 「いんじゃない、どうしよっか」
 先を歩く日村は気付かなかった。
 路上の設楽が若林と静かな争いの末、ある取り決めを成立させていたことも、小木と矢作が目線を交わし、小さく頷きあっていたことも。
 彼が本格的に石を巡る渦へと巻き込まれる日の訪れは、幾人かの芸人の思惑でもって、また少し先延ばしにされた恰好だった。

640 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:20:07


 「今回は間に合わなかったねえ」

 続いて街灯の下、どこか残念そうに呟いたのは春日だった。
 突然の誘いと電話。重なる偶然に驚きながら日村へと繋ぎ、急な断絶に嫌な予感がして駆け出したものの、さてどこへ向かえばいいかわからんぞと途方に暮れたところで再び鳴った着信音。
 2度目の若林は憔悴しきった声で現在地と目印を告げ、10分で来い、来なけりゃおれは路上でくたばっちゃってるからな、と脅しだか懇願だか判別しかねることを言って一方的に電話を切った。
 そこそこ全力疾走でなければ間に合わない距離をどうにか走り抜け、荒い息で辿りついた駐車場の看板のそば、宣言通りぐったりと座り込んでいる相方の姿。
 とりあえずケータリングから頂戴した水を与え、落ち着くのを待った。すでに何事か起きたあとなのは間違いなさそうだった。
 冒頭の台詞に若林は人の気も知らねえで悠長なこといってんじゃねえ、と薄水色のボトルキャップを投げつけてきたが、こちらの額を狙ういつもの精度がまるでない。
 車道に向けて転がったそれを捕まえて戻ってくれば、夜目にもわかる青白い顔で、ぼそりと呟く。
 「毎回毎回おいしいとこもってけるなんて思うなよ」
 「別においしいとも思ってないがね」
 「…ま、いいや…とにかく単独終わるまでは、芸人に専念できっから…」
 「はて。どういう意味かしら」
 「おれ死ぬ気でネタ作るわ。お前も死ぬ気で覚えろや」
 「おお?」
 「つかお前も作ってみろよ。そろそろ本気出してもいい頃だろ」
 「ぉおお?」
 若林は一体ひとりで何に立ち向かったのだろう。その果てに何を手にしたのだろう。事の顛末も気になったが、今はまずキラーパスをキャラ通り正面から受け止めるかどうかの判断が先だ。
 春日はふむ、と顎に手を当て、しばし思案した。

641 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:21:15


 「やられたなあ」

 最後にひとり、夜道を歩きながら笑ったのは設楽だった。
 途中まではほぼ完璧に計画通り。相方を関わらせないという希望を受けておいて、最終的にそれを取引の題材にさせてもらうのはすでに試したことのあるパターンのひとつだ。
 こちらの能力に近い石を発動させて真正面から抗ってくる展開は初めてだったけれど、自惚れを差し引いても自分と自分の石の相性は相当にいい。
 多分あのままいけば引き込むことができただろう。彼の希望通り春日を登場させなければ、日村がひょっこり出てきて不意を突かれることもなかった。
 シナリオ上はどうするのが正解だったっけな。思い出そうと見上げた先に反射鏡が立っていた。映った自分の顔をしげしげと覗き込み、ひとつ息を吐く。
 「別にすげえ人相悪くなってるってこともない、か」
 随分と暗躍を重ねていた。白だ黒だの争いから意図的に遠ざかろうとする若林にすらあれだけの警戒心を持たれたのだ、さぞかし悪名は広く轟いているのだろう。
 誰に何を言われようと押し通すことを決めた誓いと、時々自分に向けられる日村の物言いたげな眼差しが秤に乗せられてゆらゆらと揺れる。
 「石使わなきゃ言うこと聞いたっつって、…んだよ、普通に行ったってぜったい構えるじゃん、」
 まるで好き好んで言うこと聞かせて回ってるみたいな言い方するよな。腹を立ててみても、俯瞰的に観れば「ですよねー」の大合唱があちこちから聞こえそうで首をすくめる。
 ともかく、彼らの件についてはしばらくの間、凍結を余儀なくされたというわけだ。
 本当は気力が戻れば若林に対する“屈服”も、はねのけてしまえるかもしれないけれど。
 単独ライブを成功させたいという芸人として当たり前の意地を見せられてなお、契約を破棄する気にはなれなかった。
 (そこまでやっちゃうとしたら、…たぶん、ほんとに最後の最後のとこなんだろうな)
 その線を踏み越えてしまった時、自分はまだ芸人と呼べる生き方をしているだろうか。
 ポケットに突っ込んだままの携帯電話が日村からの誘いを録音していることには気付かないまま、設楽はゆっくりと歩みを進めてゆく。

642 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:22:57


3月になった。楽屋で眺めるテレビ、九州からの中継が桜色に染まった並木道を報じている。
春だなあ、の独り言にそうですなあ、の相槌。ふぬけた会話につかの間の穏やかな日々を実感する。
桜前線が北日本まで届くのはゴールデンウィーク頃だと聞く。やるべきこととやれること、いつか成し遂げてやりたいこと。花が咲いているうちがチャンスだ、全体重をもって格闘しようと思う。
約束された平和を裏返せば設楽の影響力の強さに直結するが、そのあたりの現実を直視するのは目の前の山を乗り越えたあとだ。
若林は確認するように小さく頷き、そうだ、と2つめの弁当の蓋を開けた男に声をかける。

「ネタ作りの方はどうなってますか春日さん」
「ふふふ」
「何笑ってんの気持ちわるい」
「聞けば腰を抜かすぞ!」
「まだ全然できてねえからってんじゃないだろうな」
「………」
「図星かよ!」

どついた拍子に割り箸が飛んだ。ああんもう、なんて気色悪い声をあげて慌てる春日を睨む。
窓から覗く景色を強い風が揺らしていた。

あの時独断で掴んだ権利は正解だったのか、それとも悪手だったのか。
単なる先延ばしと言われればそれまでだし、他にやりようがなかったろとも言いたくなる。
けれど次からは一応断りをいれておこう。頼りになるかは度外視で、状況によっては会議もしよう。先回りして先導するつもりのキャパシティは、簡単に容量オーバーすることが身をもって証明されたばかりだ。
上手くまとまらないままもちゃもちゃと自分の考えを説明し、お前はどう思ってるわけ、と尋ねると、彼はまたしても不思議な返答をよこしてきた。

「だからそこんとこは同意見だよって言ったでしょうが」
「はあ?お前とこのへんの話はしてねえだろ」
「したでしょうよ」
「いつ」
「こないだの。設楽さんとなんやかんやあった日。覚えてないの」
「えー………」

明確に思い出せるのはあさっての方向に飛んだペットボトルの蓋と、ネタ作りを承諾させたくだりまで。正直、どうやって自宅まで辿りついたかも曖昧である。
記憶が引き出せないことを察したらしい春日が箸を置いた。こちらへ向き直る。

643 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:24:30

「てめえで選べねえ状況の何が自由だっつってあんた随分と怒ってたから。
 その場凌ぎ上等だよ、どうしようもなくなるとこまで逃げ切ってやるっつって。
 お前は好きにしろっつうからじゃあお供しましょうかねっつって。 
 覚えてらっしゃらない?」

全く記憶にございません。よくもまあ、気恥ずかしいことをべらべらと…

「…そうだっけ」
「そうですとも」
「……間違ってますかね、ぼく?」
「間違ってるとか間違ってないとか、んなこたどうでもいいじゃないの」
「………」
「俺らがどうしたいか、どうするかっていう、それだけの話なんだから」

既に着込んだいつものベストの鮮やかな色。
ピンクが過剰なんだよ春だってのに。つけかけたくだらない言い掛かりは取りやめて、代わりに鼻で笑うふりをする。
「よくわかってんじゃねえか」
ええわかってますとも。キャラ半分に堂々と答えるその顔がやはり癇には障ったので、
「太るぞー」
再び割り箸を手に取る背中にはしっかりと釘を刺しておくのだ。



*********



もろもろ真逆で正反対の友人が共闘を承諾して約10年、
行く道は長く険しく果てしないのに総括して余裕ぶるなんて狂気の沙汰だぜと思いつつ、
まだまだつまづき続けの日々、追い風と向かい風に挟まれて、むちゃくちゃなフォームでこの先もきっと走ってゆくのである。
なぜならどれほど痛い目に遭おうとも、芯の部分は愚鈍なまでに似た者同士であるのだからして。

644 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:25:34

以上です
散々流れて現状維持とはなんというクールポコ状態
ありがとうございました

645名無しさん:2009/07/09(木) 01:23:33
乙でした!
すごく面白かったです
クールポコ状態とは言わず、本スレ投下してもいいのでは

646名無しさん:2009/07/09(木) 23:35:09
おもしろかったです!!
ありがとうございました
こっそり続編を希望しております…

647名無しさん:2009/07/10(金) 12:32:58
面白かったです!
個人的に春日の「つって」がツボでした
ぜひまた書いていただけるとすごくうれしいです

648名無しさん:2010/01/11(月) 16:43:52
乙です。
意外な形で春日が活躍したのも予想外で面白かったです。

649boobeetime:2010/01/14(木) 05:47:45
お久しぶりです。トリップは変わっておりますが、
カンニング編などを書いた元◆8Y〜です。
久しぶりに何か書こうということで、>>529のお話を若干(といっても数箇所ですけど)
改変して第1話とし、ボキャブラ組の日常小話をいくつか書いてみようと思い立ちました。
ということで、挫折防止の為に意思表示でもしておこうということで、投下予定だけですが書かせてもらいます。

○投下予定(サブタイトルのみ。ちなみにサブタイトルは内容とはほとんど関係ありません)
・芸人にとって一番の問題は、自分のネタで笑い転げられないこと(>>529の改訂版)。
・いくら縁起が良くたって、長い名前は色々と困る。
・海の神様だって、時には三叉の銛片手に魚を追っ掛けるんです。
・それは、役者自身も知らない撮り直し。
・働き者がお人よしだったら、能天気なお馬鹿にも食べ物をあげるのに。
・人生は逆戻り禁止、だから難しい。

一応ここまではアイデアを練っているところです。
また本スレの方も活性化してくれるといいのですが……

650 ◆4Jhozrj2us:2010/01/14(木) 06:23:56
あ、間違って別の文字列入れてしまいましたorz
こっちが本当の新しいトリップです。

651 ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:51:27
◆sKF1GqjZp2さんの話からもやもやと考えたことを書いてみました。
さすがにお粗末すぎるのでこちらに投下します。
このスレにまた活気が戻ることを祈って。

652『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:52:57
痛っ。
あんま乱暴に扱わないでよ。もうおじさんなんだから。
あ、聞いてないね……。

で、要求はなんなの?
そろそろレッドシアターの打ち合わせ始まるから、早く解放して欲しいんだけど。
そう怖い顔しなくても、お金ぐらいならちゃんと用意するからさ。

……石をよこせ?
結婚指輪しか持ってないけど……。
あ、ごめんごめん。怒らないで。ただの冗談。

不思議な能力を持った『石』のことでしょ?
そんなもん持ってないよ。持ってないって。
嘘じゃないよ。なんなら調べてもらってもいい。
なーんも持ってないよ。

俺襲ったって収穫はないよ。
もしそれが目当てならもうちょっと下の世代の奴らを狙わないと。
……なんで、って?
いたた、だから乱暴に扱わないでって言ってるじゃん。
もう40過ぎてるのに……。

ま、信じようが信じまいが、ないものはないんだけどね。
きっと今からする話も信じてもらえないんだろうなー。
それでも勝手にするけどさ。まだ死にたくないし。娘も生まれたばかりだし――

653『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:53:38
お笑いブームで、若手芸人が次々売れていった頃の話だよ。
俺らは若手から抜け出して、中堅って呼ばれるようになっていた。
いつもみたいに収録が終わって着替えてたら、若手芸人の私服のポケットに何かが入ってた。
綺麗な、まるで宝石みたいな石だった。
珍しいこともあるもんだな、って二人で話してたんだけどさ。
数日経って、別の収録の時に今度はまた別の若手が石を拾ったんだ。
それからがすごかった。周りの芸人もどんどん石を見つけるんだ。
拾ったり、譲ってもらったり、バッグの中に入っていたり、方法は様々だけど、どれも綺麗な石なんだ。
スタッフの中に宝石商がいて売れない石でもばらまいてるのか、なんていう噂も立ったよ。

しばらくは何にもなかったよ。
でも、そのうち変な話を聞くようになった。
「若手芸人たちが不思議な力を使って戦っていた」
「不思議な力を使うとき、まるで石が光っているように見えた」
「不思議な力で戦って、もし負けてしまったら石を奪われる」
「石を奪われた芸人は全員この世界を辞めていく」

俺、なんだか怖くなっちゃってさ。
最初に石を見つけた若手とロケで一緒になったとき言ったんだよ。
気をつけろ、って。
ロケが終わった後、あいつと俺は三人組に襲われたんだ。
二人ともぐるぐる巻きにされて脅されたんだ。
「石をよこせ。俺たちは売れたいんだ」って。

もちろん俺は石なんか持ってないからただびくびくしてたんだけどさ、
若手は不思議な力で縄をほどいて、三人組に殴りかかったんだ。
あいつ、よく見たらブレスレットにあの石を組み込んでた。
もう火花は散るわ血が飛ぶわで、とうとう若手は石付きのブレスレットを奪われた。
スタッフが俺たちのことを見つけてくれなかったら俺もどうにかなってたかもな。

その何ヶ月か後、その若手は芸人を辞めた。
俺宛に「ごめんなさい」と他の若手から言伝を聞いた。
それから俺は、この戦いには関わらないと決めた。
……。

654『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:54:24
俺は思うんだ。
『石』は芸人の生存競争のために生まれたんじゃないか、
うじゃうじゃ芸人がいるこの世界で生き残るために生み出された力なんじゃないか、って。

確かに石を持っているのは売れてる芸人ばっかりだよ。
最近出てきた若手の中にも『石』を持ってる奴はいる。
石を奪えば売れるかもしれない。そう思うのも分かるよ。

でもさ、そうやって石を奪って、他の奴らを蹴り落として、そうすることが芸人の仕事か?
コントなり漫才なり、自分の芸を磨いた奴らが、
本当に面白い奴らが売れるんじゃないのか?
ちっぽけな石なんか持ってなくても、さ。

だからさ、お前もこんなことやめろよ。
ネタ作って舞台立った方が何倍もいいよ。
お前だって立派な『芸人』だろ?









「内村さん!大丈夫ですか!」
「……狩野か」
「そんながっかりしなくても……。みんな心配して探してたんですよ!」
「そうか」
「まさか『石』使いに狙われたんじゃないでしょうね?」
「大丈夫。若手芸人に説教してやっただけだから」
「説教?」

「なあ狩野」
「なんですか?」
「これからも頑張れよ。『芸人』として」
「? ……はあ」

655 ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:55:14
投下終わりです。
失礼しました。

656名無しさん:2010/03/13(土) 20:17:53
感想スレ408です。こっそり投下させて頂きます。


〜元メンバーの話〜


仕事の合間を縫って、劇場近くの公園を訪れた鈴木つかさは、ベンチに座り、煙草をふかしていた。
鈴木は、かつて起こった事件の数々を思い出していた。


切欠は…鈴木が河原で拾った石。
それに呼応するかのように、ザ・プラン9の他のメンバーも、次々と不思議な石を持つようになった。
それからというもの、恐ろしい力を持った謎の黒い石を巡っての戦いが始まった。

初めは浅越が黒い石の力に翻弄され、他のメンバーとの必死の戦いにより、正気を取り戻すことができた。
その後、浅越はロザンの二人に(無意識ながら)黒い石を渡してしまった。彼らは黒い石の力に魅入られ、全てを支配しようとした。
久馬の元相方である後藤秀樹も、黒い石に操られた被害者であった。そして…ロザンの二人自身も。


ロザンの二人を倒し、彼らが所持している黒い石を破壊すれば、全てが解決すると思っていた。
しかし、石を巡る事態は想像以上に複雑だった。余りにも多くの芸人が、不思議な力を持った石を所持していたのだった。
さらに、白と黒…二つの『ユニット』と呼ばれる存在が、日々戦いを繰り広げていたのだった。
黒のユニットは他の芸人の石を奪おうとしたり、黒い欠片というもので、芸人を操ったりしていた。
ロザンの二人が黒のユニットに関わりがあったか、黒い石が黒い欠片と関係あったかは、今となっては分からない。


以前久馬に、白のユニット入ろうかと相談したことがあった。そのときの彼の答えは、
「今だって5人もおるのに、これ以上メンバー増やしてどうすんねん」という、彼なりのボケが入ったものだった。
結局プラン9はどちらのユニットにも付かず、独自に戦いを続けていた。

657名無しさん:2010/03/13(土) 20:19:57
正直、プラン9のメンバーの石は、戦いには不向きであった。
なだぎの火力を強める石と、ギブソンの硬化の石が、一応相手を攻撃できるものである。
久馬の石がなだぎの石を強化し、浅越の石が怪我を治す。
鈴木の石は、味方を集めサポートするものだった。

最初の頃鈴木は、自分自身は全く戦えないため、非常にもどかしい思いをした。
しかし、何度も戦っていくうちに、自分の役割を正確にこなすという爽快感を覚えていた。
時にはぶつかり合うことがあっても、5人が揃えば本当の力が発揮できる……そんな風に感じたのだった。


いつしか、方向性の違いにより、鈴木はプラン9を去ることを選んだ。プラン9のメンバーとはもう大分会っていない。
しかし、石は相変わらず自分の手元にあるので、一応芸人という括りに入っているらしい。


(…なあ石。お前は…俺が勝手にメンバー抜けて、戦う場所も変えてもうて…恨んでるか? それに…プランの皆も…)
鈴木はチョーカーに埋め込まれている緑色の石に尋ねた。
(…我はただ王に付き従うだけです。そして、差し出がましいようで申し訳ありませんが…。
王の昔のお仲間は、きっと王の進む道を応援しているのだと思います。だから…ご自身を信じて下さい)
(そっか…。悪い、変なこと聞いて)
(お気になさらないで下さい)


鈴木はふと空を見上げた。事件など起こりそうも無い、穏やかな青い空。
今日もこの空の下のどこかで、石を巡る戦いが行われているのだろうか。
そしてその中には、かつての相方たちも含まれているのだろうか…。

(久さんもなだぎさんも、ギブソンもゴエも頑張ってんやろな…。俺も頑張らんとあかんな!)
鈴木は小さく頷き、決意を固めたかのように表情を改めた。

658名無しさん:2010/03/13(土) 20:20:23
以上です。プラン9編やロザン編、後藤秀樹編の設定を拝借しました。
一応、黒い石の戦いは終わったものの、黒ユニットとの戦いは続いている、という設定です。
黒い石やユニットのことなど、自己設定が入りまくりで申し訳ありません…。

659 ◆1IvI9EgBf.:2010/06/05(土) 20:32:14


お見苦しい点も多々あると思いますが投下します





この物語は終盤へ向かっているのか、それとも依然としてプロローグをさまよっているのか。

小林に訪ねると困ったように笑みを浮かべた。

「それは可笑しな質問ですね。この物語に終わりはありませんから」

言葉の意味を問おうとする間もなく、彼は右手のペンを走らせていた。
こうなっては此方の声は届かない。
白と黒の戦いに終わりがないと言ってしまえば確かに否定は出来ないが、終わらせる為の戦いじゃないのか?
石の存在そのものに対してを物語と称して終わりがないと言う意味なのか?

嗚呼、打ち合わせまで後1時間。

煙草に火を点け肺へ煙を送り込む。深く其れを吐き出しているのにこんなにも気持ちが落ち着かないのは焦りか、別の何かか。

「例え話を一つしましょうか」

いつの間にか顔を上げ此方に視線を向けた小林の顔は笑っているのに笑っていない。

例え話?

「例えば…黒を抜け白のユニットに入ると言い出したらどうしますか?」

お前が、か?

「白のユニットは上田さんがトップと言うことになっていますが実質、芸歴上の問題で特に取り仕切っているとも言い難い」

小林が静かに歩み寄ってくる。

「片桐を連れ、白へ移り上に立つのも面白い。そうは思いませんか?」

黒を裏切るのか?
それとも、そうすることで白を乗っ取るのか?

「貴方と知恵比べをしたい、知的欲求を満たしたいだけですが…全ての石を統べるのも面白くはありませんか?」

何を言ってるのか意味が理解できない。
話は見えてこない。

「つまらないんですよ。このままじゃ」

660 ◆1IvI9EgBf.:2010/06/05(土) 20:49:55



そうかも知れないな。

「今の貴方じゃ簡単に黒も白も潰せてしまえる」

小林が目の前で立ち止まる。
顔から笑みは消え、ペンを握り直し大きく右腕を振り上げた。

「物語は終わりませんよ」

そのまま右手のペンを俺の首もとに振り下ろした。

「…始まっても、いませんから」



声が遠くなっていく。

今の俺は…つまらない、か。



「っ!!…設楽っ!!」

目の前に気持ち悪…日村の顔がある。

「気持ち悪い顔…」

「やかましいわっ!起きないから焦ったんだぞ…」

「あぁ、わりぃ」

何処だ、此処。
ロケバス…?移動中か。

タバコをポケットから取り出すと一本も入っていなかった。
買い忘れ。しくじった。

「あと10分くらいで着く…って、その首どうしたんだよ?」

日村の顔が青ざめている。

手渡された鏡で首を見ると赤黒い痣があった。

「ぶつけたのか?痛そうだけど」

「…日村さん、俺おもしろくなるよ」

「はぁ!?頭もぶつけたか!?設楽さんは充分おもしろいよ!」

「そっかぁ」

笑って返すと相方はさらに慌てた。
良い天気だからロケも上手く行くだろう。


物語は終わりませんよ…
始まってもいませんから。



声が、聞こえた気がした。





*

以上です。

夢オチで申し訳ない。

661名無しさん:2010/06/23(水) 19:17:09
>>649
ものすごく今更ですが、サブタイトルでどの芸人が出るか分かり、ニヤリとしました
投下楽しみにしてます

662チラリズム:2010/07/06(火) 23:35:09
途中まで出来たのでこっそりgdgdだけど投下する





今、隣でアホみたいな顔して寝とるそいつが、ちょっと前までは舞台でドン滑りしてたのかと思うと時間はめっちゃ早い。
今やったら舞台で台詞忘れへんし…あ、違うわ、たまに忘れるか。ほんでめっちゃ噛むし。
こいつと一緒でよかったな、とたまーにやで?たまに思う。
メシ作ってくれるし、朝起こしてくれる。

その頃は、
石とか、不思議な力とか、そんなん全く興味は無いし、そもそも知らんかった。
相方がどうやったかは、知らない。

ただ俺は、

何でそんな訳の分からへん石で死ななアカンねん。
芸人が命懸けで戦ってええのは舞台だけやろー言うて。

俺は少なくとも、そう、思っていた。

663チラリズム:2010/07/06(火) 23:36:16
かっこつけてみたところで、俺らはまだ若手やった。
個人の芸歴はお互いに長かったけど、コンビ歴ではまだまだ日は浅い。
前に休みたい言うたら、マジでー?っちゅう顔したマネージャーがドン引きしてた。
まだまだそんなとこ。

ラッキーな方やった。
…のかもしれへん。

お母さんは「今までの相方が悪かったんやって」と言うている。
相変わらず息子に甘すぎやねん。
かく言う俺も、そうやろなーなんてどっかで思ってて。

そう考えたらもしかしたら、ラッキーやったのかもしれへん。

一番最初はアカンかった。
それでもライブやったりオーディションやったりしてて、
次第にネタ番組に呼ばれるようになって、ファンや言うてくれはる方が増えて、
特番のメンバーになって、メンバー変わらずレギュラー放送になって、
それがすごい早さでゴールデンになって。

前では考えられへんかった事やった。

お笑いブームとか言う波に乗ったんやろな、とか人事みたいに考える。

こんな波に俺らみたいなのが乗ってええんやろか?
フルポンとか柳原可奈子とか…売れっ子ばっかりやん!

何故そこにロッチなん!?

664チラリズム:2010/07/06(火) 23:37:14
我が家はまだ分かる。
人気あるし売れてたしおもろいし。
でも俺らは何も無かった。
華も無かった。
金も無かった。
人気も知名度も無かった。
観客席からの歓声も全く無かった。
むしろ相方はちょっと嫌われてるんちゃうか位。

それを、俺らを、選んでくれはった。

それが、きっかけ。

665チラリズム:2010/07/06(火) 23:37:44
肌寒い季節の事。
夜深い時間やったけど、ネタ作りに決まって使うファミレスに、作家さんと俺と相方でおった。

相方は相変わらずアホみたいな顔して、眼鏡と帽子を机に置いて突っ伏しとって。
しかもこうなる前に勝手な事を30分、えらい勢いでだらだら喋ってから疲れて勝手に寝はじめる。
…俺やなかったらとっくに解散ですよ自分。

一方の俺は作家さんと会話と言う名の打ち合わせ。
俺がおしゃべりが好きやから、まず喋る。そこから色々出て来た案や構成をメモって組み立てる。
あとは軽ーく台詞を文字に起こして、それをこのアホな顔して寝てる相方に伝える。納得してくれない部分は説明、と。

そんな感じで作家さんとの打ち合わせが終わって、どうせ帰ってもおんなじ家に住んでる相方を起こそうとして、
不意にイヤーな感じがした。

…何て言うたらええんやろ。
ゾッ、とした。

666チラリズム:2010/07/06(火) 23:38:31
作家さんが大丈夫?と言う声が耳に入った。
体が硬直していたらしい。
手を相方の肩に乗せかけて空中に止まった。
ファミレスの中は暖房が入ってるはずやのに、俺の体感温度だけめっちゃ冷たい。
まるでここだけが水風呂みたいやった。

…我に返る。

ガヤガヤしたいつものファミレス。
静かに幸せの睡眠を貪る相方は鳩よりも平和の象徴みたいやった。
結局俺がネタ作ってる間ずっと寝とった。もう慣れたけど。
とりあえずたたき起こす。
相方は寝ぼけながらも、あっけんちゃんネタ出来た?と、一言あっけらかんと聞く。
そのアホさがツボなのか俺はつい笑てまう。
ああ、平和やなぁ。
だから、…だからさっきのは気のせいや。
言い聞かせる。

まだ体感温度が上がり切ってへんのが、厭やった。

667チラリズム:2010/07/06(火) 23:40:25
何故だかその場におるのが怖くて、少し慌てて会計を済ませ、3人でファミレスを出た。
俺と相方は一緒やけど、作家さんとは家の方向がちゃうので、現地解散。
…と言うのは建前。
本音は作家さんを何かに巻き込んでしまう気がしたから。

モヤモヤ、してた。

はっきりとはせぇへんのにヤバい気がする。
何がヤバいかも分からへん。
空気に殺されそうな、そんな―――

(……………こつ、)

2つしかなかったはずの足音が増えた。
相方とお互い、後ろ向くのが怖くて向けへん。

(………こつ、こつ、こつ)

付いて来とる?
…いやいやいや。
誰が?何のために?
俺らの後なんか着いて来てどうすんねん。

(………こつこつこつこつ)

足を止めた。

(…こつこつこつ)

それを見た相方には不意打ちやったかぴくっ、と眉を吊り上げ慌てて止まる。
言いたい事は見ればわかる、何で止まんねん?やろう。
俺もそう思う。何で止まったんやろ。

きっと、好奇心が恐怖心を上回った瞬間があったんや。

(…こつ、)

でもそれが間違いやった。

668名無しさん:2010/07/10(土) 07:55:50
ロッチキター!
続き気になります

669名無しさん:2010/07/24(土) 14:15:24
おお、ロッチだ!
期待して待ってます

670チラリズム:2010/07/30(金) 01:59:31
gdgdつづき
ちなみに時系列的には08年12月〜09年1月位のイメージです






ゆっくりした動きで振り返ろうとして、いきなり背中を強い力で押された。

「――おわっ」

体が前につんのめる。
横目に映ったのは、隣におったはずの、狼狽する相方が遠ざかってった姿。

…ああ、ちゃうか。
俺が相方から離れてるんや。

妙に冷静やった。
視線から相方がフェードアウトする中で、後から後から疑問が着いてきた。

一体、どうやって俺を突き飛ばしたのか。
その前に、どうして俺らの居場所が分かったのか。
それ以前に、まずこいつはどこの誰なのか。

ゴツン。

疑問が頭に辿り着いた頃には地面にコニチハしていた。
今更現実に戻ってきて、じん、と鈍く額が痛む。
受け身取ろうとして、結局コンクリートに頭から突っ込んでしまいました。
あー。
だっさー。

(ほんまやなぁ、お前めっちゃださいわ)

うっさいわ。お前に言われるのだけはイヤやってん。

…ん?

ハッとする。
今のは中岡…やない。
さっきの男でも、多分…ないやろ。
誰かが話したのならすぐ分かるはずやのに。

今のは…誰や?

ただ、

俺はこの声を、
知っている。

671チラリズム:2010/07/30(金) 02:01:28
戸惑う中で相方がひ弱に、けんちゃんけんちゃんと慌てて叫んだのがようやく耳に届いた。

お前なぁ…。
アホっぷりがたまに腹立つ。
特にこう言う時は。

まず後ろ見ろや!
何なん?お前何なん?

と言いたかった。


それは、

背後のそいつが話し出したせいで言われへんかった。


「見つけた、危険分子。」

酷く冷たい声がした。
何やろ…、パソコンで読み上げさせましたーみたいな生気の無さ。
さっきの水風呂のような空気が周りに漂う。

キンと氷のごとく張り詰めた緊迫のせいで、地面に追突したまま俺は動けなくなっていた。
俺だけやなく、今度は相方もその空気に飲まれたらしい。
さっきのアホみたいな叫びがぷつりと消えた。
隣で、震えてる?


ん?
何か忘れてるような…

あ!

…いやいやいやいやいや!
待って待って待って!

さっき危険分子って言うてなかった?

…え?ええ?
えええ?!

危険分子ぃ!?

俺がぁ!?

えぇぇーーー!?

672チラリズム:2010/07/30(金) 02:04:30
驚きが先行して動きが遅れていた。

頭ん中、ぐちゃぐちゃ。
危険分子って何?
何が起きてん?!

けれど誰かが冷たく放った。

(うっさいねん早う立てや)

「分かっとるわ!」

こっちの事も考えてや!
珍しくイラついて声を張り上げる。
普段よりもだいぶでかい声出してもうて、自分の鼓膜がじんっと震えた。
(普段もデカイけどな)
篭った声がどこまで届いたか分からへんけれど。


ゆっくり立ち上がる。


「……ん?」
「…何を言っている?」
俺以外の両方がハテナを浮かべていた。
やっぱり声を出してたのは、こいつらちゃう。


『木を見るな、森を見ろ』
10代の頃の俺の持論やったらしい。
すっかりその事は忘れてたけれど、俯瞰でモノを見なアカンと言うのは大事やと思ってた。

昔から思ってた。


異質な空間で鋭く周りを見た。俺ら以外に人はいてない。

ふたりに固着したせいで周りが見えてへんだけ、というわけでもなさそうで。

ぼけんとした相方の傍らにようやく立ち直って振り返る。
フードを深く被った男が目の前にいてた。
隣の相方はと言うと、僕と男とを繰り返して見比べ空気を探っている。

何で震えてんねん。
女子か。

673チラリズム:2010/07/30(金) 02:06:20
「危険分子、今のうちに我々の元に来い」

男は感情無い声でさっきと似たような事を繰り返した。
相変わらず冷たっ。
そんで危険分子って何?

(『石』使える人の事ちゃうかな?)

「…いしぃ?」
するりと頭ん中に声が入って来る。
何が何だかサッパリや。
その単語は自分の中で意外やったせいか、ついとぼけた声を出してしまった。

「あ?」
「え?今の創一ちゃうの?」
「何が?」

相方もとぼけている。
けれどよく見れば分かる。
メガネの奥の目ぇがほんまに困っていた。
ああ、ウソはついてへんな。


そしたら今のは誰やねん。

(いやいや、俺やって)

だからお前誰やねん!

(…俺は…)

ん?
…何か…
聞き覚えある声やな。
どっかで会うた?


(…俺は、)




『お前や』




頭に響いていた、聞き覚えがある声。

独特のイントネーション、
やたらでかい音量、
普通の舌の長さやのにやけに悪い滑舌、
そんで篭った声質。

…そうや。
間違いなく『俺』の声や。

次の瞬間、ポケットが今までにないくらいめっちゃ光り出した。
周りは照らされて、まるで昼間みたいで。
しばらくして、それはゆっくりと光量を下げ、最後にはまた夜らしい暗さに戻った。

…一体何が起きてんねん!?

674チラリズム:2010/07/30(金) 02:09:33
「チッ、『石』が目覚めたか」
男が舌打ちする。
ジャラ、と何かを取り出して右手に握り込んだ。

「お前らが『向こう』に付かれては困る」

男の手が光る。…光る?
って言うか、目覚めた…って言うた?


そこで俺は小さく、あっ、と息を漏らしていた。

何故今までそう気づかなかったのか、そう結論が出なかったのだろう。

まさか、と思った。
俺らには関係ないと。
そんなもの、俺らのところには来ないだろうと。
こんな戦い関係あらへんと。

正直高を括っていた。

これが…い、『石』?

噂レベルでしか知らなかった異常な状況が目の前に。
何か、ぴかーっと光るとか言うとったような違うような…。


思い返す。

そういえばあの男は俺の背後にいてただけで、俺らとは距離があった。
自力で突き飛ばすなら当然、近寄る必要があるやろ。
けれど近寄ったなら足音か、でなければ気配で分かる。

ならどうやって?


疑問は噂を思い出させた。


噂に寄れば、芸人ひとりにひとつ…もしくは複数、石が手元に来る。
拾ったり、ファンからもらったり、ある日いきなり誰かに渡されたり。
出会い方は様々やけど、必ず石は来る。
その石は、持てば人間では考えられへんような事が出来るようになる。
その石には不思議なチカラが宿っとる。
チカラは人それぞれ違う。傷付けたり治したり、光ったり何か出したり色々な種類がある。
今、芸人は密かに様々な派閥に分かれて、石を奪い合いやったか何かしている。

にわかには信じがたい話やったけどそれでしか状況を理解出来へん。
そうでなければ、この距離で突き飛ばすのは不可能やろ。
そうでなければ、頭の中に入って来る声が説明つかへん。

俺は無意識に理解した。

これが、噂で聞いた『石』の世界なんや、と。

675名無しさん:2011/01/06(木) 20:19:31
某毒舌芸人の話を投下させて頂きます
元の書き手さんに無許可で申し訳ないです


今日も、売れてない若手芸人から石を奪ってくる仕事をやってきた。
正直めんどくさいけど…まあ黒には色々世話になってるから仕方ない。
あいつら、俺が黒だって言ったら妙に納得したような顔しやがって…覚えてろ。


猿岩石でやってたときは…どんな感じだったっけな。
電波少年ブームが去ってからは、とんでもない地獄を見た。
このまま死ぬんじゃないかって思ったときもあったが、先輩たちに助けられてどうにかなった。
昔は、こうして一人でやっていけるなんて思ってもいなかった。…いや、思ってたのか?…分かんねえ。
そういや、石の争いのほうでも地獄を見た気がするが…そっちはどうしても思い出せない。


今じゃ、黒にいることにすっかり馴染んでしまってる。
白側の芸人から言わせると、俺らは悪いヤツだそうだが、そんなんこっちの勝手じゃねーか。
そこそこテレビに出て、黒としての仕事もやって…。こんな感じの日常がずっと続くといいんだけどな。
もしこの先、石の争いで地獄を見るようなことがあっても…また這い上がるだけだ。
石を持った芸人全てが消えるようなことがあっても、しぶとく生き残ってやるよ。

676 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:11:53

潜在異色周辺のごちゃごちゃした話を投下させてください
例によってあまり目立った動きはありません

なお、本編未登場の芸人さんについて独断で状況設定を行っております
基本的に本編やしたらばの投下文・レスを参考にしていますが
細かい部分に独自の解釈・表現が加わっている点を
あらかじめご了承いただければ幸いです

(2009年の末→翌年の春にかけてを想定した色々です)

677 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:13:14

colors:1 『A.』



揚げ足を取らせたらそうとう右端のほうに並ぶ自信はあるわけだった。

「いやだからさ、時期には個人差があるから、やっぱりその時ハネてたネタが鍵になることが多いわけじゃない」

居酒屋の片隅で笑い混じりに自論を展開する赤い眼鏡の男。
相手がむぐむぐと玉子焼きを頬張りながら頷くのを視界の端で確認し、饒舌に言葉を重ねる。

「何て言うのかな、言っちゃ悪いけど旬のネタって変わってくこともあるわけでしょ。
 それに合わせて融通利けばいいけどそううまくいかないだろうし。
 だからなんだろ、はたから見るとすいません面白さ優勢です、みたいな空気?」

本業に近い勢いの淀みない喋り口、原因は不安と高揚と速いペースの酒。
それにしたって、と南海キャンディーズ・山里はかすかに自省する。
(俺こんな話してていいんだっけ?)


*****


大切に大切に育ててきた企画に新展開が拓けた。
小さな会場を舞台に、どちらかと言えばネガティブな鬱屈を原動力として始まったそのライブは、
着実に規模を広げ、共演者を増やし、ついにテレビという媒体の上で勝負することになる。
根幹から関わってきた者として思い入れも感慨も人一倍どころか三倍は固いはずの山里はしかし、
気合いも新たに迎えたその日の会合を自らの手で大幅に脱線させつつあった。


きっかけはそもそも乾杯の直後、いまや慣習になりつつある身辺の報告会から。
例の石をめぐる小競り合いが、あるネタ中のフレーズ――数年前に全盛期を迎えたもので、
当人が本業で使用する姿をここしばらく見かけていない――を口火に始まったという噂。
奇妙な環境も数年を跨げば恒常化するのだろうか、危機感に負けず劣らずの強さで茶々を入れたい欲が膨らみ、
ツッコミはご法度と思われるポイントに「あえて言わせてもらうと」で切り込んだ結果がこれだ。
目の前の男は適切な相槌とよく通る笑い声のほかには熱心に飲み食いをするばかりで、
いいかげん真面目に話しましょうと制止に回る気配がまるでないから、
酔いとテンションとミートの甘い論舌が好き放題に加速する。

「春日くんだって人事じゃないよ、」
「ワタクシですか」

逸れすぎた会話の編集点代わり、唐突に水を向けてみれば相槌上手は箸を持ったまま目を丸くしている。
軽快なトークの唯一の客であるこのオードリーの春日こそ、
いわゆる『芸人の決まり文句』を発動のキーワードに据えた男だった。
オーケーそれじゃあ想像してみて、グラスの中身を飲み干してから恐怖のもしもを提示する。

678 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:14:04

「言っても流行語候補まで上ったわけでしょ、ある意味時代の象徴じゃない。
 どうする、向こう十年こんな調子でさ、仕事上はそんなこと言ってた時期もありましたねえみたいな状況になってて、
 それでも不本意なタイミングでトゥースって叫ばなきゃいけなかったら」

考えただけで本来の、芸人的な意味で震えたくなるアウェー感。
春日は頬に手をやり素直にシミュレーションを展開していたようだったが、やがてその目はなにやら楽しげに細められた。

「向こうさんは求めてないんですよね」
「そりゃあもう、」
「状況の深刻さ抜きで今更それ?って空気になるわけですよね」
「そうそうそう」
「最高じゃないですか」
「ええー?」


下ろした前髪と黒縁の眼鏡、ベストを脱いだ胸を張るどころか猫背ぎみに丸め、
おなじみのキャラクターに関する要素の一切抜けた――よく見ればもみあげはやはりないのだが――
今は地味な青年にしか見えない春日の、不遜な笑みだけが舞台で披露するそれと重なっていた。
「生粋かつ深刻なドMじゃない」
どうやらその表情がキャラではなく性癖に起因することを把握した山里が呆れと尊敬を混合して呟けば、
ウフフ、とこれまた図体に似合わない笑みが返ってくる。

「なんだろう、春日くんの真髄を垣間見た思い」
「果てしないでしょ」
「俗に言う突き抜けた変態ね。こういうのを器の大きさだって誤解されて若林くんが怒るわけだ」

烈火のごとく憤る春日の相方を思い浮かべながら、ふと気付かされる。
俯瞰した一連の騒動が、やはり滑稽でしかないということに。
芸人のキャラやお決まりの台詞は観客を笑わせるために生まれ、磨かれるのであって、石を呼び起こすためのものではない。
運動不足の身体に鞭を打ち、必死で尊厳を削り合い、そうして掴めたものは驚くほど少なかった。
やってられねえぜのポーズを維持するだけで一苦労の現状はまるで毒の沼地。
先を争うように疲弊して、足元を掬われた順にいちばん大事なものを取りこぼしていく。
例えば舞台に穴を開けるとか、貴重なテレビ出演で全力を尽くせないとか、――唯一無二のパートナーを傷付けるとか。

679 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:15:04

押し込めた苦い記憶が蘇り、山里は反射的に右目を閉じて顔をしかめる。
身の凍るような過ちを、溺れるほど深い後悔を、もう二度と繰り返すわけにはいかない。
同じ轍を踏んだあかつきにはいよいよ舌を噛んで死ぬべきだろうし、万が一命が惜しくなり躊躇すれば、
本格的なトレーニングを経て数倍の重さとなった誰かの拳が、正確に自分の顎を打ち抜いてくれるだろうと思う。

たとえこの先、大きな波に飲まれ、息を吸うために若干長いものに巻かれることを許したとしても。
本分そっちのけで繰り広げられる不毛な争いを自分ごと小馬鹿にしてみせる、
アイデンティティに似た意地の悪い客観性だけは決して失うまいと誓っていた。


山里の決意を知ってか知らずか、相変わらず春日は何かを見下ろすように笑っている。
「やっぱり笑われてなんぼだと思うんで」
「まあねえ」
腐っても芸人だもんね、短い言葉に凝縮されているかもしれない真理を噛み締め、おや、と思う。
もしかして自分はそこを確認したくてこの男を誘ったのだろうか?
(…さすがにそれは、)
「考えすぎかな」
ひとりごちた山里を春日は愉快そうに眺め、倣うように。

「こんなの、全部、くだらねえんだし」

まるで若林が吐き捨てそうな台詞を、実におだやかに言ってのけた。

680 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:17:18

colors:2 『パステル・カラーと王子様の憂鬱』



真っ当に生きているつもりがどうしていつもこうなるのだろう。
楽屋の片隅で孤独な戦いを続けながら細長い男は途方に暮れていた。

「でも俺タナちゃんで間違いないと思うよ」
「おれもー」

どいつもこいつも自身を過大に、相手を過小に評価しているとしか思えない。
そもそも事前の危機感すら、指摘されてはじめて気付くありさまだというのに。

「だから理由を!理由をちゃんと言ってって言ってるでしょー!」

たまりかねて叫んだはずのアンガールズ・田中の抗議は、やはりなぜか小さな笑いをその場に広げた。


*****


もちろん田中とて己を最強だなどと自負したいわけではない。
むしろその逆、常に襲撃を危惧するぐらいがちょうどよいと思っている。
ただそれは周囲にも――例えば相方である山根にも、こうして集まっている面々にも――該当する危機感だと考えていて、
言ってしまえば(田中の判断基準で)弱い部類に属する芸人が揃っているのだから、
いっそう団結して立ち向かい、なるべくなら先だって回避し、
痛い目に遭わないよう注意していこう、そう呼びかけたいだけだったのだ。
それがどういうわけか『このメンバーの中で誰がいちばん頼りないか』という話から、
『ぶっちゃけ誰が一番弱いか』というテーマへ論点がスライドし、
大変失礼なことにこの場にいる全員が揃って田中を一番弱い、と断じてきたのである。


「だってタナちゃんの石ってまあまあって言うだけでしょ?」
ややポイントのずれた指摘をするのはドランクドラゴンの鈴木で、そちらの石こそ決定力に欠けると言い返してはみたものの、
「最終的に腕でも首でもキメちゃえば大丈夫だもん」と恐ろしい開き直りを見せられてうっかり怯んでしまった。
「それに結構失敗して、反動で落ち込んだりしてるみたいだし…」
見られたくないところをいつのまにかきっちり目撃しているロバートの山本はある程度力押しが効く能力であるし、
本人もボクシングのライセンス持ちときているのでこれまた反論しづらい。
そもそも、上記のふたりより強いと言い張る(別に弱いと主張する気もないのだが)つもりは元々ないのだ。
まだ石の能力が安定していない者も含めて自分が最弱だと定義されることにかなりの抵抗はあったけれど、
とにかく総合力で勝っていても隙を突かれるケースは多々あるわけで、そこを警戒していこうと――


「ていうか一番気持ち悪いのがタナちゃんなんだから、それで決定っちゃ決定でしょ」

やや遠いところから不意に聞こえたデリカシーの欠片もない声。
田中がキッ、と効果音が出そうな勢いで出先を睨めば、
距離を取って三人の論争を眺めていたインパルスの板倉がなんとも意地の悪い顔で笑っている。

「ほらもう気持ち悪ぃもん」
「だからどーしてそーいう人を傷つけるようなこと平気で言うわけ!?」
「だって事実だし」
血相を変えて詰め寄る田中から大袈裟に身体を逸らしてみせながら板倉は飄々と応じる。
「事実じゃなーい!じゃあどこが気持ち悪いかちゃんと言ってみてよ、」
「その何か変な地団駄みたいの踏むとこ、手をやたら振り回すとこ、でっけえ唾飛ばすとこ、それから――」
「あーもうやーめーてー!!」

681 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:18:09

指摘された動作をフル活用して失礼な物言いを強引に止める。
見下ろす板倉はすげえ悲壮感、となにやら意図ありげに呟いていて、
「ほんとだメンバー揃ってる」「えっ何?あっ、」
背後のふたりがなにやら感心しているが反応するゆとりはすでにない。
とにかく一刻も早く一矢報いたい、その一心で田中は捨て鉢にこう言い放った。
「ていうか板さんだってそんなに強いと思えないんですけど!」


虚を付かれたような板倉の表情は、しかしすぐによからぬ企みを思いついた笑みへと変わる。
同時に、やや平静を取り戻した田中の顔色がさっと青ざめた。
以前(悔しいことに)追っ手を振り切れずにいたとき、手を貸してもらったことを思い出したのだ。
記憶に間違いがなければ、随分と乱暴な手を。


「…あ、そう?俺のやつって、タナちゃん見たことなかったっけ」
「…ううん、けっこう前に見てる、」
「それで怒ってたんだ。なーんだ、言ってくれりゃよかったのに」
「あるよお!あるからいいってば!」
「まあまあ、タダにしといてあげるから見てってよ」
「タダなのは当たり前でしょー!!」

身を預けていたソファーから立ち上がると、板倉はさっそく石を握り込んで力を込める。
その独特な圧力に呑まれて硬直する田中の背後、鈴木と山本がとばっちりを喰らわぬようそっと距離を取りはじめた。
卑怯だ、別に卑怯じゃないでしょ、助けてくれたっていいじゃん、痛いの嫌だもん、俺もやだ、この薄情者!云々。
顔だけをなんとか傍観者たちのほうへ向け言い合っていた田中は、
なにやら不穏な気配が満ちるのを感じ、おそるおそる視線を前方へ戻した。
指先で蒼い火花を遊ばせている板倉が軽い調子でそうだ、と呟く。


「今日はあれだ、乾燥注意報出てたよね」
「そ、そうなの?」
そういえばエレベーターのボタンにも楽屋のドアにも、バチリと指をやられたけれども――
「だからさ、」
次第に火花の色が明るく澄んだものに変わっていく。
きれいな色だなあ、現実逃避に走った田中の頭がのんきな感想をドロップした、次の一瞬。
「よく走ると思うよ」

そこらじゅうの静電気をありったけかき集めて叩きつけたような、すさまじい音で楽屋が震えた。

682 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:19:21

「――なんですか今の!大丈夫ですか!?」

炸裂音を聞きつけたらしいスタッフが、慌てた様子でドアを叩いている。
いちばん近くに立っていた板倉がわずかにドアを開け、すいません大丈夫です、ちょっと打ち合わせで、と応じた。
「打ち合わせって言ったって――」
そんな派手な鳴り物使うんですか、若いADは心配そうに楽屋の中を見回し、やがてある一点に視線を止める。
――沈黙。
正確には噴き出しかけるのを寸前で堪えたので、ゴフ、と妙な息遣いが漏れた。
「大丈夫すから」
念を押すように板倉が言い、鈴木や山本が援護の同意をし、やっと異常なしを承認してもらう。
それとも何か別の意図が含まれていたのか、ADはもうすぐ本番ですんでよろしくお願いします、苦しそうに早口で言うが速いか、
一礼してバタバタと走っていってしまった。
残されるのは安堵の息をつく三人と、楽屋の中央で棒立ちの田中。
その頭はみごと、大先輩による往年の雲上コントを思わせる勢いでチリチリに丸まっていた。


当然のごとく収録の開始は遅れ、田中の頭上に起きた惨事を目にした者はもれなく身体を折り曲げて爆笑した。
説明が面倒だと結論付けたらしい鈴木や山本がフォローを放棄したのにはもちろん、
元凶である板倉までがすっかり他人のふりを決め込んでニヤニヤするばかりなのも腹立たしかったが、
気付けばカメラを持ち込んでいるスタッフが、もしかしたらDVD用の特典映像にするかもしれません、などと言い出したので、
いよいよ怒りの矛先は割れに割れて収拾がつかなくなった。

人知れず両の拳を固く握って田中は誓う。
(一刻もはやく俺の尊厳を取り戻さなきゃ)
可及的すみやかに。
――できれば、予定のワンクール分をすべて録り終える前に。

683 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:20:17

colors:3 『P.P.G』



「亮さんは、一番最初のきっかけみたいなのって覚えてます?」

静かな部屋にぽつりと響いた声。
取材待ちをしていたロンドンブーツ1号2号の亮は、手元の携帯電話から顔をあげて視線を回した。
こちらをじっと見つめているのは、先ほどまで新聞に目を落としていたサンドウィッチマンの伊達だ。
「きっかけ、…?」
範囲の広い質問にとまどい、鸚鵡返しぎみに繰り返したところに補足が加わる。
「石のことです、例の」
ああ、亮は納得したように大きく頷き、すぐに難しい顔になって記憶を辿りはじめた。


*****


「どんなんやったっけ…追われてて、行き止まりなって、ほんで追い詰められて…
 めっちゃ焦ったのは覚えてるんやけど」
あんまり役に立つことは思い出せんなあ、申し訳なさそうに眉を下げた亮に、
いえこちらこそ変なこと聞いちゃって、伊達は追うように頭を下げる。
それからふと反対側に向け、別の相手に問いを投げた。

「お前のはどうだったっけ」
「???」
「あー、いいわやっぱ答えなくて」


楽屋の隅で大きな目を瞬かせた鳥居みゆきはそれこそ鳥のように大きく左右を見回したかと思うと妙なタイミングで破顔し、
ふたたび謎の一人遊び(に模したコントらしい)に没頭する。
見届けた二人の顔に思わず似通った苦笑が浮かんだ。

「…あっ、鳥居ちゃんも持ってんねや」
「らしいですよ。どんなもんなのか全然教えてくれませんけど」

石の形状や能力、自分の取る立ち位置と思考。
何を聞いても、毎度異なった擬音と問答にしてはハイレベルすぎる反応が返ってくるという。
あいつがどっかに入って何かやるってこともないだろうから放っておいてます、の声に亮は曖昧に頷き、
代わりに左手のブレスレットにそっと意識を集中した。
間を置かず伝わってきたごく小さな波長を返事代わりにして納得する。

「無茶せんかったらええねんけどな」
「まああんまり手は出しにくい奴だとは思うんで。何されるかわかんないっぽいし」

突き放すような物言いの中に心配と気遣いが多分に含まれていた。
しばらく鳥居の動きを眺めていた伊達は、やがて小さくため息をつく。

684 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:21:11

「別にこんなもんいらねえやって、…今も一応そう思ってるんですけどね。
 こう物騒な話ばっかり続くと、さすがにちょっと」
困ったように呟いて、首元からなにかを引っぱり出す。
武骨な鎖の先で揺れているのは、確かに例の『石』に見えた。
ただ先ほど鳥居に感じ取ったもの――石同士が共鳴したときに生じる独特の気配が伝わってこない。
覗き込みながら亮が尋ねる。

「いつから持ってんの?」
「大分経ちますよ、去年とか一昨年とかそれくらいは。
 でも全然、うんともすんとも言わないんで。来るとこ間違ってんじゃねえかって思うくらい」

石が目覚めるタイミングはそれこそ千差万別――持った瞬間の場合もあれば、数日後、数週間後になることもあると聞く。
けれど年単位でというのはかなり珍しい話だった。
直接打ち明けてくれたのはいつだったろうか、内緒ですよバレたら俺らヤバいんで、そう早口に重ねた伊達は笑っていたが、
とても真剣な目だったのを覚えている。
手ひどく巻き込まれたという話はなかったはずだから、近しい芸人のアシストがあるのか敏感に察知して切り抜けているのか、
とにかく大変な日々であったろうことは容易に想像できた。


「俺のじゃないのかもしれないすねえ…」
石を挟んだ向こう側の曇り笑いを打ち消そうと亮は急いで首を振った。
「なんやろ、でもそれはちゃんと伊達ちゃんのやと思うよ。なんでかってのは、うまく言えへんけど…」
名前が書かれているわけでもこちらが呼んだわけでもない異物は、それでもきちんと持ち主となる芸人のもとへやってくる。
こうして伊達の懐に辿り着き、おとなしく鎖に繋がれているのなら、
きっと『いざという時』に備えてじっと息を潜めているに違いない。
石が目覚めるほどの『いざ』が果たして訪れるべきかといえば難しいところなのだけれど、
それでも、似た色の髪をした男の憂いが、少しでも晴れてほしいと思う。
「そのうち必要になったらちゃんとやってくれる思うよ、な」
沈黙を守る石にも向けた励ましに伊達は、だといいですね、と、
やはり苦く――けれども幾分救われたような表情を浮かべた。

685 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:22:16

ドアの向こうからお待たせしました、と出番を知らせる声が届く。
「よっしゃ、行こか」
「はい」
切り替えるように明るい声をあげて立ち上がる。
と、背後の伊達が動きを止める気配がした。
「へ?」
振り返れば予想外の至近距離に、見開いた双眸。
先ほどから黙々と別世界を築いていた鳥居が、今度は伊達の顔を正面からまじまじと凝視している。
メイク分を引いても強烈すぎる眼力に、思わず亮は半歩ほど距離を取った。

「うわびっくりした…、やめろよ怖えよ」
当の本人は言葉と裏腹にいたって落ち着いた対応である。
「……、……………、………。」
「…なに?どしたん?」
様子がおかしい――ある意味いつも通りとも言えるのだが――とにかく鳥居の意図が読めず首をかしげた亮は、
半拍ののちどうやら彼女が今『音が出せない体』であるらしいことを理解した。
「なんで声出ねえんだよ」
伊達も律儀に小さくツッコミを入れ、けれど唐突な展開を流すわけでなく、素直に口の形に注目してやっている。
遠く離れた相手に届けるがごとく、大きく一言ずつ、ゆっくりと並べられる聞こえない音。
解読が進むにしたがって、寄せていた眉と怪訝な表情が少しずつ穏やかに緩んでいく。


「……、……………、………、」
「おお、うん」
「……、……………、………!」
「そっか」
「うん」
「声出るんじゃねえか」
「あ!」
「気付いてなかったのかよ」


気が済んだらしい鳥居は奇声と嬌声の中間点みたいな声をあげながら、さっさとふたりを置いて駆け出していく。
不思議と息の合った掛け合いを後に、慎重に言語の再構成を試みていた亮がぱっと顔を輝かせた。
「なあ伊達ちゃん、今のって」
「…多分そうなんでしょうね、」
迂回して届けられたのはあまりに真っ当な台詞、だからこそ妙な仕様で釣り合いをとったのかもしれなかった。
やれやれと肩をすくめて笑いながら、さっそくスタッフに急襲を仕掛けている聡明なトリックスターに向けて。
「気にすんなってことでいいのな?」

呼びかけた声にやはり明快な同意は返らない、けれども。

686 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:23:04

colors:4 『もちよりブルー・プリント』



「おつかれさまです、」

昼夜を問わず慌しいテレビ局にも人通りの少ないポイントはいくつか存在する。
できるだけ同業者に遭遇しないように、切実な一念が高じて裏道的な場所にすっかり詳しくなってしまった。
「物品庫」だの「基盤室」だの滅多に開きそうもないドアに囲まれた離れの廊下は上下階の喧騒が嘘のように静かで、
そのまま外に抜けられる道であれば申し分ないのに、今でも少し残念に思えるほど。
惜しくも脱出経路とはならなかったその廊下の突き当たりは、しかし別の目的に役立っていた。
ほどなくやってきたのは上背の待ち人。
見上げて挨拶を交わしてから、オードリー・若林は簡潔に要件を伝えていく。
「えっと、こっちはほぼいつも通りです。山崎さんがポロっとまた俺襲われちゃってえ、って言ってましたけど
 あのトーンならたぶん大丈夫で…」


*****


「いっつもそんなトーンやんザキヤマくん」
「それもそうでした」
「こっちもおおむね異常なしやな。ちょっと西の方でなんか起きかけてる、て聞いたけど
 東京はたぶん、しばらく落ち着いてると思う」


逃げという名の徹底抗戦を選択した若林にとって、最も欲したものが情報だった。
情勢は流動的だから必ずしもアドバンテージを得られるとは限らないが、初めの一歩をできるだけ速く大きく踏むには、
とにかく可能な限り周辺の意志を知っておくべきだというのが、かつて攻めの要を務めた彼の結論。
そうして、似た体勢で情報を欲する芸人と、ひそかに手持ちのカードを交換しあってきた。
いま目の前に立つ男――よゐこの有野とも同様に、しかも有野からの申し出がきっかけとなってやりとりが始まっている。


立ち位置は中立、姿勢は引き寄り、広い情報網を有する先輩。
願ってもない誘いを二つ返事で承諾しかけ、踏みとどまってひとつ尋ねた。
「どうしてぼくに声かけてくれたんですか」
有野は一度きょとんとしてみせたあと、ある番組の名を挙げた。
彼の相方がピンで出演するバラエティ。その新レギュラーとして、自分たちの加入が決定してまもなくのできごとだった。
「そっち方面で濱口くんに何かあったら、感付いてくれるかなと思って」
「なるほどー…」
向けられたのが曖昧な正義感の類でないことにある種深く安堵した若林は、こちらこそお願いします、改めて頭を下げたのだ。

687 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:24:04

「関西方面…」
「もうちょい詳しく聞くつもりやけど。詳細要る?」
「迷惑じゃなければ」
「ええよ」

じゃあ後々ファックスで、いや向こうから手紙で。いっそ鳩にする?すいません僕生き物はちょっと。
抑えた声量のボケ合いに混じった第三者の気配、察したのはほぼ同時だった。
すぐそばで誰かの靴音。こちらへ近づいているのか、次第にはっきりと聞こえてくる。
袋小路めいたつくりの廊下、従って足音の主とすれ違わずには逃げられない。
すばやく視線を交わし、互いの出方を確認する。

「どうしよか」
「じゃあ僕でます」
「ええの」

頷くと同時に前方へ踏み出す。瞬く石の気配を背に、ポケットの中で拳を握り込んだまま足を速める。
コーナーに差し掛かってすぐ、視界に飛び込んできた人物と正面衝突しかける身体を急速反転。
ごめんなさい危なかった、実情と同義の慌てかたで、どうやらうまく取り繕えたようだった。
「こっちだめみたいっすよ。ぼくも適当に歩いてたら行き止まっちゃって…」
いかにもエンカウントを避けて迷いこんでしまった不幸な人見知りを演じながらさりげなく相手を誘導する。
素直に来た道を引き返してくれる背中を安堵の思いで見送り、踵を返すと、
ちょうどドアと床の隙間から物品庫へ逃れたらしい有野が元の形状を取り戻しているところだった。

「大丈夫でした」
「ありがとう、」
「…大丈夫ですか?」
「すんごい埃っぽかった」

ついでにゴミとか吸ってもうてないかなあ、しかめっ面で上着の裾を払う有野が身を隠す寸前、
自分の足元へ影を重ねたことに若林は気付いていた。
「すいません」
波風を立てず回避するベストの選択肢の中へ自分を招こうとしてくれたこと、それにうまく乗れなかったことを詫びれば、
「多分無理やとは思ったけど」
予想の範疇だったのだろう、埃と格闘を続けながら有野が薄い影へ目線を落とす。

688 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:26:23

影との同化――自らを平面に変えられるその能力はしかし、他者を伴う場合にはある条件をクリアする必要がある。
それは対象が有野の完全な同意者であること。
『同意』がどこまでの範囲を指すのか正確には測りかねたが、この騒動に対する意識や指針はおそらく最も重要なポイントだろう。
有野は穏やかな顔のまま、ひとりごとのように言う。


「やっぱり違うねんな」
「え?」
「俺は全部逃げたらええと思ってるから」
少なくとも濱口くんがわかりやすくピンチになってない時は。
丁寧に前置きを付け足して、ひたりとこちらを見据える。
「でも、若林は、そうやないんやな」


呼び起こすのは数分前、正体不明の誰かに向かって足を進めたときの感情。
有野を守る、という心理こそいくらか含まれてはいたものの、
石を握った右手は間違いなくやってやろうじゃねえか、の意志によって強く握られていた。
どうにも自分は追い詰められるとスマートに身をかわすのでなく、体当たりで道をこじ開ける手段を選んでしまう。
そしてそれは、逃げを望む者が選択する適切な作戦とは言いがたかった。
(もしかしたら本当は――)
続きを明文化しないでくれたのはまさに先輩の配慮というべきほかなく、若林は短い逡巡ののち、
わずかにトーンを変化させてまた謝罪の言葉を口にした。
埃をはたく音がしばらく淡々と廊下に響く。


「ともあれ」
気が済んだのか手を止めた有野はひとつ息を吐き、気を取り直すような調子で続けた。

「これからまたなんかでご一緒するかもわからんし」
「あっ、はい」
「まあ全然ないかもしれへんけど」
「はは、」
「ほんまはそのへんも関わってんのよ」
「そのへん?」

もうちょっとお話できるようになってもええかなと思って。
平坦にならした口ぶり、微妙に逸れた視線の中になにやら身に覚えのある空気が見え隠れしている。
もしかして彼も『人見知り枠』に入るタイプだろうか、察して浮かべた質問はそっと飲み込む。
願わくばそのへんをお互い気楽に話せる日が、この試行錯誤の道中に通じていますように。
あてのない望みを真摯に願いながら、若林は少しだけ笑った。
「そうすね、ちょっとずつ」

689 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:30:11

colors:another『灰と()ダイヤモンド』


種明かしに近い告白に、望みどおりの驚きが返ってきたのでとりあえずは満足した。
声をひそめるのは数日前に似た廊下、その突き当たりになぜか置かれた長椅子に腰掛ける芸人がふたり。
長身のほうであるところの有野はもう一度、なんや、と繰り返し、まじまじと隣の小柄な男を見つめて言った。

「あれ升野くんやったん」

ほんなら慌てる必要なかったなあ、拍子抜けた様子の有野に淡々と、でも若林くんが、と重ねる声。
「なんかすごく一生懸命、僕を追いやろうとしたんで、気の毒になっちゃって」
素直に帰っちゃいました、覗いてやるつもりだったのに。
微弱な石の気配を悟り、明確な意志をもってあの廊下を訪れたと明かしたその男の名は升野英知。
またの名をバカリズム、かつてコンビとして掲げた五文字を引き続き擁するピン芸人だった。


*****


予定を逸らされた不満は滑稽に近い懸命さに触れてある種の共感へと転化していた。
(ぼくも適当に歩いてたら迷っちゃって――)
リアルタイムの迷子を目撃された割には照れたそぶりがなかったし、なにより表情が違った。
同じ枠に括られても易々とセキュリティを外せるわけでないのはお互い様であるとして、
けれどもあの目は偶然を驚くものでなく、確固たる意志を持って他者に対峙するときのそれだ。
判りやすい無表情ってのも変な表現だな、盾のように突き出された顔と声の固さを改めて思い出していると、
有野がふふ、と含み笑いを漏らした。

「なんですか」
「いや、楽しそうにしてるなあと思って」

楽しい、の表現が適切かどうかは測りかねたが、おおむね同義語として位置づけていいのかもしれなかった。
周囲で動くものは操られた無個性な駒であるより、目的と意思を抱えたプレイヤーである方が面白いに決まっている。
肯定とも否定ともつかない表情を浮かべた升野を有野は興味深そうに眺めていたが、やがて言った。
「なんで俺に協力してくれんの?」
「知りたいです?」
「言いたくないならええけど」
ちょっと意外やったから。
動機を気にかけてくる先輩に似たような感想を抱きながら、それでも升野は珍しく素直に応えてみる。

「やっぱり、無力なときの経験って根強いじゃないですか」

690 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:31:00

コンビからピン芸人への転換。
芸人としての岐路は振り返れば空白とも呼ぶべき無防備を生み、その隙を狙われてしまうくらいには周囲に名が知れていた。
いよいよ窮地に陥った状況、追随して落ちる思考。そこを突破するきっかけのひとつが有野の介入だった。
「でもあれただの偶然やし、俺そんなに手ぇ貸してへんで」
ほとんど自分でなんとかしとったやん、当人は呆れたように首を振るけれども、重要なのは支援の加減ではない。
彼の言う偶然がなければ多分もっとみっともない有様を晒していただろうし、
松下が残したあの石を、この手に納めておくことも難しかったはずだ。
なにより、自らの意志で立ち位置を決めるという、升野にとっていちばん肝要な点を守れなかったかもしれない。
そういう意味で確かに彼は恩人であった。

「だからあの時助けてもらった人のことも、僕を襲おうとした奴らのことも、優先して考えるようにしてるんです」

自分の本懐を妨げない程度の恩返しと積極的な報復。
特に後者に関しては多少の遠回りも辞さない――まあ、それは余談として。


「変なとこで義理堅いんやなあ」
「そういうほうがおもしろくないですか?」
「おそろしいよ」
「それに有野さんは安心してなさそうだし」
「安心?」
「僕から情報もらって、これで絶対大丈夫だ、自分は安全だ――そんなふうに思ったことないでしょう」
「うん」
「だから狙ってもつまんないっていうか」
「そういう考え方すんねや」


すくめる肩へわざと満面の笑みを向けてから立ち上がる。
素早い撤収は周囲へも言い含めた鉄則だった。
神出鬼没のテロ集団、命名のセンスはさて置いて、そういうポジションは比較的理想に近い。
誰かの何かを――できれば足元など揺らぐはずがないと思っている相手の思惑を――
横っ面をひっぱたくように台無しにしてやるのが、
ひとつ余計に石を抱え込んだ升野の目指すところであった。

691 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:32:58

「次は?」
見上げてくる長身に標的が集うらしい場所を告げる。
「予定は今度の木曜だそうです」
有野はさほど表情を変えずにそしたらその日は隠れとくわ、まるで通り雨を避けるように言う。
「そうや、あれやって、あれ」
歩きはじめた背で受ける弾んだ声、返事の代わりに意識を集中すれば升野の輪郭がブレたように揺れ、
瞬きも挟まないうちに数秒先で踏むはずの床へと跳躍は完了している。

「やっぱりええなー、それ」

かっこええわあ。特撮ヒーローに向ける少年めいた無邪気な感嘆を耳に拾い、升野は無表情をわずかに弛める。
(そりゃ、かっこいいって言われて気分悪くするやつはいないでしょう)
窓の向こうの曇り空、階下のアスファルト、進む廊下、身にまとうパーカー。
濃淡の異なる灰色が、彼の世界を彩っていた。


*****


升野英知(バカリズム)
 石:アメジスト(紫水晶。霊的能力・直観力・芸術性を高める。タロットでは死神にあたる)
能力:時間を飛ばすことができる。何かの目的に達するまでの時間を省く。
  (例・ある地点まで行きたい→歩く時間を飛ばし、一瞬にしてその地点に行ける)
   飛ばせる時間は1回につき30秒程度。
条件:時間を飛ばせるのは、自分に関わる動作でのみ。
   自身が移動する・自分の動作によってものを動かす時間は省けるが、他者の動作には干渉不可能。
   また、「時間を掛ければ普通にできる」ことに限る。
  (例・ものを敵にぶつけたい→石など持てるものなら、投げる時間を飛ばして一瞬でぶつけられるが
   重くて持てないものをぶつけることはできない)
   トータルで飛ばすことができるのは1日3分程度。
   疲労に伴って思考力や瞬発力・判断力等が低下し、限度を超えると体が硬直し全く身動きが取れなくなる。


松下敏宏(元バカリズム)
 石:ハーキマーダイアモンド(霊的な目覚めを促す。平和な生活を保護)
能力:光を使い、刀(形状は日本刀に似る)を作り出す。また腕力・脚力など身体能力を若干強化する。
条件:自然光(日光・月光)がないと使えない。光の強さが刃の強度に比例する。
  (快晴時には真剣とほぼ同等の威力を発揮するが、曇っていると切れ味はペーパーナイフ程度になる)
   戦闘スキルは上がらないため、ある程度剣術の心得がないと使いこなすのは難しい。

692 ◆1En86u0G2k:2011/02/10(木) 14:35:05

※マスノさんの能力・元相方氏に関連する事項は
【提案】新しい石の能力を考えよう【添削】スレより
 379さんの案を引用・参考とさせていただきました


久々の投下に緊張してageてしまい申し訳ありません
少しずつスレが伸びていくのをこっそり楽しみにしています
どうもありがとうございました

693名無しさん:2011/02/12(土) 21:59:19
4話も乙です。
灰色勢の升野キター!

石スレはまだ終わってないんだなーと思いました
自分もごくまれに投下してますが…自分の表現力の無さが恨めしいorz

694名無しさん:2011/02/17(木) 22:23:54
職人さんキテター!!
オードリー編のときから密かに楽しみにしてました
今後の展開が気になります

695名無しさん:2012/07/01(日) 11:13:23
ちょっと華丸・大吉編投下してみます


「華丸さんに大吉さん、石をこちらに渡して下さい」


今では、中堅芸人でも石を持っているような時代。
博多華丸・大吉も例外ではなかった。
そして目の前の若手芸人は、二人の石を奪おうとしていた。


「どうすっと?」
大吉が華丸に話しかける。
「そりゃあ、渡す訳にはいかんばい」


そして華丸が石の力を発動させた。
「このまま石を奪わなくていいんですか?いいんです!」
「……」
するとその若手芸人は、背を向け帰って行った。


「でも今日、相当な数使ったんじゃなか?」
「ムムッ?」
「あ、川平さんになっとる…」
「白と黒……絶対に負けられない戦いが、そこにはある!」
「まあ、あながち間違いではないな」
大吉が苦笑しながら言った。



博多華丸
能力:「○○していいんですか?いいんです!」と言うことで、
相手や自分を、その状態にすることが出来る。
条件:川平慈英のモノマネをして言わなければならない。
また、複数の相手に使うほど効果が薄れる。
使いすぎると、川平慈英の口調が抜けなくなる。


以上です。
クオリティー低くてすみませんorz

696瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:17:35
ここの色々なスレを見て書きたくなったから書いてみた
色々無理がある話だけどそーっと投下してみる





事務所主催のお笑いライブ。
かなりの大舞台。失敗すればただでは済まない。
だからこそネタの最終チェックは念入りにと、集合時間よりもだいぶ早い時間に相方を呼びつけた。
――ついでに、非常に大事なライブだから、「あやめちゃん」は連れてこない、という約束もさせて。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
三拍子の高倉は、頭の中で今日行うネタの内容を反芻しながら、控え室である大部屋のドアを開けた。
流石に早い時間だから自分達の他には誰もいないだろう……と思っていたら、そうではなく。
そこには、多くの芸人が畏怖する――というと失礼になるだろうが――女芸人、鳥居みゆきが先に来ていた。
鳥居は入ってきた高倉をじっと見つめたかと思うと、すぐにあらぬ方向へ向き直り、今度は広い部屋を縦横無尽に闊歩する。
まるでここは自分の部屋だ、と言わんばかりに。
「……」
久保はまだ来ていなかったので、完全に鳥居と二人っきり。
別に何を話すでもない、というよりも、鳥居と何を話せば良いのか分からないので、高倉は何も言わずにテーブルにつき、ネタ帳を見ながら久保を待つことにした。

697瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:19:44
そのまま、しばらくして。

――コツン。
(……?)
不意に大部屋に響く、何か硬質な物が落ちたような音と、自分の足に何かが当たったような感覚。
何だろう。
高倉はネタ帳を捲る手を止め、テーブルの下を覗きこんだ。
「……!」
それを確認するなり、高倉の顔色が変わる。
(これって……)
そこにあったのは、白い床に同化してしまいそうなほど、綺麗な白い「石」。
明らかに異質なその石は、もちろん自分の物ではない。
と、すれば。
自分以外で、今ここにいる――

「……!!」
テーブル越しに鳥居と目が合い、高倉は少し怯んでしまった。
その間に白い石は鳥居の手中に収まり、そのポケットに入れられる。
「……」
鳥居は何事も無かったかのように自分の世界に戻っていくが、高倉は今しがた見た石のことが気になり、ネタどころではなくなってしまった。

698瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:22:33
(……やっぱり、持っていたんだ)
芸人の中で広がる、不思議な石の話。
彼女も芸人だから、石を手にしていてもまったく不思議ではない。
だが、高倉が気にしたのはそこではなく。
同じ事務所に居ると、あの先輩の石はあんなんだ、あの後輩がこうやって戦っているのを見てしまった、などという話が嫌でも入ってくる。
しかし鳥居に関しては、石を持っているらしい、という噂だけが独り歩きしていて、どんな石なのかとか、実際に能力を使っている所を見たという話を聞かない。
だから、石を持っているというのはただの噂で、本当は持っていないのだろう、という結論に至っていたのである。
しかし今、彼女の石の存在を確認した。
石はちゃんと持っているのに、能力の噂が伝わってこない。
それはつまり、まだ能力に目覚めていないか――あるいは、目覚めているのに、隠しているか。

おそらく後者だろう、と高倉は踏んだ。
能力が目覚めていなくとも、石の形状の話ぐらいは伝わってくるはずで。
それすらもまったく伝わってこないというのは、意図的に隠しているとしか思えない。
それに何しろ、彼女は相当な秘密主義。
私生活、素性、その他全て謎だらけ。
どこまでが演技で、どこからが素なのか。
――それとも、全て素だというのか。
(……まあ、それはともかくとしても)
そんな彼女だから、自分の能力だって隠すに決まっている。
(……気になるな……あの石の能力)
隠されると暴きたくなるのが人の性、とは言わないが。
(……聞いても素直に教えてくれる訳、ないだろうな)
自分の石の能力が人の秘密を聞き出すとかだったら良かったのに、と心の中で付け加えながら、高倉は溜め息をついた。

699瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:24:36
その瞬間。
(……?)
ポケットの中が、急激に熱くなった。
いや正確に言えば、ポケットの中の石が熱くなっているのだろう。

石が熱くなる。
それは大抵、石が何かを伝えたい時。
過去を見るだけの石が、今何を伝えようというのか。
石、過去、石――

(……あ)
思い浮かんだ、一つの考え。
凄く簡単な話。
なぜ早く気付かなかったのだろう。
あの石の過去を辿って、石を使う瞬間を見れば、能力なんて一発で分かる。
(……いや待て)
しかし、仮にも相手は女性の所有物。
勝手に過去を覗けば、とんでもないものが見えてしまう可能性もある。
いくら何でも、それは不味いような。
(でもな……)
だが、やっぱり気になる。
先ほど見た、驚くほど綺麗な白い石が、どんな能力を持っているのか。
しかし。だけど。でも。
高倉の頭の中で、天使と悪魔がせめぎあう。
そして。
――まあいいか。とんでもないものが見えそうになったら、自重すれば――

悪魔が勝ち、否、好奇心に負け、高倉は自分の石に意識を集中させ、遠くをうろつく鳥居の方を見やる。

700瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:27:09
――アナログ時計の針が、見たい時刻を刺している。
それ以外は、真っ暗。
いくら集中しても、それ以上は何も見えない。
本人が本気で隠したがっているからか。
あるいは、前みたいに石が邪魔しているのかもしれない。

……?
暗闇の奥から、非常に強い視線を感じる。
気を抜いたら殺されそうな……というのは大袈裟かもしれないが、それほどに強い。
過去の映像?いや、違う――

高倉の集中力は途切れ、意識は現実に戻される。
「……!!!」
目の前には、遠くにいたはずの鳥居の顔。
その両眼はしっかりと高倉を捕らえ、眉はつり上がり、口をわなわなと震わせている。
「……」
高倉は動揺する。

怒っている?まさか、過去を見ようとしていることに気付かれたのか。
今回は何も見えなかったが、とりあえず謝ったほうが良――

「……!?」
高倉の口から謝罪の言葉が出る前に、鳥居のポケットから白い光が溢れた。
普段あまり瞬きをしない高倉が反射的に目を閉じるほど、眩しい光。

彼が目を閉じていたのは、ほぼ一瞬。
しかし目を開けてみると、目の前に鳥居の姿はなく。
そのかわり、というには不釣り合いな「物」が目の前には立っていて。

701瞬きもできない小競り合い:2012/08/02(木) 22:28:56
大部屋の天井にも届きそうなほど巨大な――くまのぬいぐるみ。
その体には包帯が巻かれ、まったく整えられてない毛並みが痛々しい。
ああそうだ。確か彼の名前は多毛症――

高倉は頭を振る。
そんな悠長なことを考えている場合じゃない。
この状況を、どう対処する?
相手は非常に怒っている。
誰にも見せていなかった能力を、堂々と解放するほどに。
(……謝るしか、ない)
どう考えても、自分の力ではどうしようもできない。
何とか許してもらって、本人に能力を解いてもらうしか――

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「いやー、ごめん!あやめちゃんが駄々こねちゃって、さ……?」
待ち合わせた時刻にだいぶ遅れてきた久保は、大部屋に入るなり異様な光景を目にした。
高倉が、床の上に無造作に置かれた鳥居のくまのぬいぐるみに、謝っている。
鳥居が横からじーっと見ているが、それすらも目に入っていないように、ひたすら謝り続けている。
「……これ、一体どうしたの?」
あまりの異様さに、久保は唯一の傍観者である鳥居に疑問をぶつけるが、
「さあね?」
恐いぐらいの笑顔でそう返され、それ以上聞く気は失せてしまった。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
鳥居みゆき
石:アルバイト(視力の回復、精神面の調和などに効果がある。石言葉は冷静な思考)
能力:相手の目を見つめることで、その相手に幻覚を見せることが出来る
条件:相手に対して、マイナスな感情(怒り、憎しみなど)を持った上で、四秒以上見つめること。
見せられる幻覚の強さは、相手に対する感情の度合いやその時の体調などによって変わり、相手がどんな幻覚にかかったかは本人にも分からない。
しかしどんな幻覚だとしても、持続時間は長くて四分程度。
また、目薬があれば少しだけ効果が上がる。
見つめている間や、相手に幻覚がかかっている間にも力を消費。
見つめている間に力が切れた場合、相手には何も起こらず、自分に幻覚がかかる。
能力の使用後しばらくは冷静になり、マイナスの感情が起こらなくなるが、勿論その間は能力を使えない

702名無しさん:2012/08/02(木) 22:29:30
以上です。
話の内容は新登場芸人スレの262を参考に考えました。
新登場芸人スレの262さんがまだ見ているかは分かりませんが、面白いネタをありがとうございました。
鳥居さんの能力は能力案に出ていたものを使わせて頂きましたが、条件がかなりあやふやだったので、本人のイメージや石言葉から若干変更を加えています。
それでは失礼します

703名無しさん:2012/08/03(金) 05:17:19
新作乙です

704名無しさん:2012/08/08(水) 18:36:21
新作乙です
ありそうでなかった組み合わせ、面白かったです

705名無しさん:2012/08/28(火) 16:54:28
>>702
新登場芸人スレ262です。二人の対決面白かったです!
自分のレスを小説の設定として使っていただけるなんて思いませんでした。ありがとうございます。
くまのぬいぐるみに謝り続ける高倉想像して笑ってしまった。

706起こると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:37:45
スピードワゴンの短編です
小沢さんて本気で怒るとたぶん泣きながら怒るんだろうな、と思いつつ書きました

ある春の日の事。
スピードワゴンの二人は、仕事の合間の息抜きにとある公園に散歩に来ていた。
「いやーいい天気だね小沢さん」
「そうだね」
そんな会話を交わしながら歩いていると、不意に犬の鳴き声と男の怒鳴り声とおぼしき声が
聞こえてきて、程なく前方からリードをつけたままの大きな犬−品種はゴールデンレトリーバー
だろうか−が走ってきた。
思わず一歩後ずさる小沢を気にする様子もなく犬は二人の間を抜けていった、と思いきや
振り返って二人の背後に隠れるような行動を取った。
その表情はどこか怯えていて、二人に助けを求めているようにも見える。
「小沢さん、この犬…」
「ひょっとして、どこかから逃げてきた?」
すると犬を追いかけてきたのか、一人の男がその場に走ってきた。
「おい、そこをどけ!」
小沢がその言葉に応じる。
「なんですかあなたは?この犬怯えてますよ?」
「いいからどけ!そいつは俺の犬だ!」
「あなた、この犬に何をしたんですか?犬が逃げたくなるような事をしたから、こいつはこうして逃げてきたんでしょう?」
「どけっつってんたせろ、オラ!」
そう言うなり男は強引に二人の間に割って入り、目の前の犬を思い切り蹴飛ばした。
「あっ!」
「キャイイン!」
さらに男は倒れた犬の頭を踏みつけ、足でグリグリと踏みにじり始めた。犬は男の足の下で悲痛な悲鳴を上げている。

707怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:38:39
「キャイン、キャイイイン!」
「飼い主から逃げようとはこの不届き者め!もっと痛い目に遭いたいか、こいつめこいつめ!」
「おいっ!」
見かねた井戸田が男を突き飛ばすようにして犬から引き離し、犬を庇うようにその前に立つ。
「なんて事すんだよ!かわいそうだろ!」
「かわいそうだぁ?こいつはな、何度も飼い主の俺に吠えついたり牙を剥いたり、隙あらば今みたい
 に逃げ出そうとするんだよ!だからこうしてお仕置きしてやってんだよ」
「お仕置きって…そうやって痛い思いさせるから、怖がってよけい言う事聞かなくなるんだろうが!」
そんな口論をしていると、足元から低くかすれた声がした。
「許さない…」
声のした方に目を向ける井戸田。そこには、その場にかがみ込んで犬を抱いている小沢の姿が
あった。俯いているので表情はわからないが、両肩が怒りに震えているのが見て取れる。
「小沢さん…?」
「よくもこんなひどい事を…」
そう言って顔を上げる小沢。その両目には今にも溢れんばかりのいっぱいの涙が湛えられている。
だがそれだけではない。涙をいっぱいに湛えたその両目には、同時にこれまでにないような
激しい怒りの色も湛えられていた。
小沢は犬から手を放し、いっぱいの涙と怒りを湛えた視線を男に向けたままおもむろに立ち上がる。
上背はそれなりにあるので、若干男を見下ろすような感じになる。
その様子に、井戸田はただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
(うわー…小沢さん本気で怒ってるよこれ…)

708怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:39:35
「口のきけない動物をこんな目に遭わせるなんて…絶対許さない!」
激しい怒りの籠もった言葉を、男にぶつける。
「お、やる気か?かかってこいよ、ヒョロヒョロのモヤシ野郎!」
男の方は至って強気だ。「こんな相手に喧嘩で負けるはずがない」とでも思っているのだろう。
確かに小沢は根っからの文化系だし、見た目からして喧嘩が強そうには見えないから無理もないのだが。
小沢はおもむろに右手を男に向けてかざし、指さすような形にする。
「お?なんだ?」
男の方も若干戸惑っているようだ。そして一言−
「ミツバチが、君を花と間違えて集まってきちゃうだろ?」
いささかこの場にはそぐわないその一言と同時に男に向けた右手の指をパチンと鳴らすと、
どこからともなく1000匹は下らないであろうミツバチの大群が飛んできて、男に群がり始めた。
「うわっ !? な、なんだこりゃあ!うわ…うわ…うわ…た、助けてくれえええぇぇぇぇ!誰かあぁぁぁぁ!」
いくら払ってもしつこくまとわりついてくる大量のミツバチに男はすっかりパニックに陥り、右往左往
しつつしまいには助けを求めながらその場から走り去っていった。
そんな様子を冷ややかに眺める小沢と、呆気に取られている井戸田。
「はー…」
「たぶん刺されて痛い思いもするだろうけど…それでもこいつが受けた苦しみのかけらほどでも
 ないんだからな」
その時、足元からどこか不安げな鳴き声がした。

709怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:43:07
「クゥーン…」
それに応えるように小沢は再びその場にかがみ、片手を犬の首に回すともう片手で頭を撫でつつ、
先ほどとは打って変わって優しい視線と言葉を向ける。
「よしよし、もう大丈夫だからな」
それを見ていた井戸田が、不意に何かに気づいたように言葉を発した。
「あ!小沢さん…犬、嫌いなんじゃ…?」
犬の頭を撫でる手を止める事なく、小沢は答える。
「そうだよ。でもこんな時に好きも嫌いもないだろ?かわいそうな奴は助けてあげなきゃ」
優しく撫でられている犬の方も、安心したような表情になってきている。
そんな様子を半ば呆然と見ていた井戸田が小沢に問う。
「それで、そいつどうするの?」
「取りあえず動物病院に連れてこう。何か大きなケガしてるかも知れないし」

動物病院の診断では、何カ所かの打撲は見られるものの大きなケガはないとの事だった。
だが同時に古い擦り傷や打撲の跡がかなりの数確認され、この犬は以前から繰り返し
飼い主の暴行を受けていた可能性が高いという。その話に、小沢は顔を曇らせた。
「そうですか…かわいそうに…」
「動物愛護法違反の疑いがありますので、この犬は取りあえず当院で保護します。
 その上で警察に通報いたしますので」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
最後に犬にも軽く挨拶を交わし、二人は動物病院を後にした。

710怒ると怖い小沢さん:2012/10/10(水) 16:45:19
「ちょっと時間食っちゃったし、こりゃ急がないと」
「うん」
若干早足で、今日の仕事があるテレビ局への道を進んでいく。
「それにしてもさ…もうずいぶん長いつき合いになるけど、小沢さんがあそこまで本気で
 怒ったのって、初めて見た気がするなー」
「そう?俺はいつだって本気だよ」
そう言う小沢の顔は、すっかりいつもよく見る、どこか飄々とした涼しげな顔になっていた。
一見どこまでが本気なのか読めない、若干人を食ったようにも見える表情。
(めったに怒らない奴ほど本気で怒ると怖いって言うけど…小沢さんもそういうタイプなのかな…?)
相方の涼しげな横顔を見ながら、井戸田はそんな事を考えていた。

711名無しさん:2012/10/10(水) 16:47:05
以上です
拙作ですが読んでいただければ幸いです

712名無しさん:2013/02/02(土) 19:29:58
>>165-169 (Ps/NPPJo)さんの続きであらすじが浮かんだので軽く
誰か清書してくれるとありがたいが…

井戸田、くりぃむの助けで小沢の捜索開始→
現場の倉庫に駆けつけるが、その時相手の衝撃波の影響で倉庫内の段ボールやベニヤ板が
崩れてきて、とっさに井戸田を庇った小沢が巻き込まれる→
井戸田、重傷を負ってしまった小沢を見て何かに導かれるように「あたし認めないよっ!」と
絶叫→力が発動して今の事故が「なかった事」になる

>>3の内容をちょっと参考にしたけど、こんな感じでまとまりつくかな?

713名無しさん:2013/02/16(土) 19:17:58
>>712
そこで
「よかった…潤が無事で…」
「よくねえよ、俺だけ無事でも意味ねーよっ!」
てな会話が入るといいな、個人的にはw
あと実質主人公格のスピードワゴンとかホワイトファントムの持ち主が
つぶやきシローだったりと、本編の重要なキャラって
なぜか最大手の吉本でなくホリプロ系が多いような…
これが何を意味するのかちょっと気になる今日この頃

714名無しさん:2013/02/19(火) 17:15:11
ペナの能力、ちょっと手を加えた方がよくないかなと思いまして
ヒデのはまとめサイトのに加えて>>54に出てた

能力:キック力が上がる。蹴った物が狙ったところに必ず当たる。(狙われた相手は
避けることもできるが、難しい)
条件:何回も蹴ると、パワー・命中率ともに落ちてくる。(狙われた相手にとっては避けやすくなる)
ドロップキックにも力は発揮されるが、消耗は激しい。

を追加で、ワッキーは「暴走した石を破壊or浄化する際は自分の持ちギャグを一つやる」ってのは
どうかなと

715名無しさん:2013/03/08(金) 21:54:44
時間・時期確認スレにあった緊急集会後の白ユニについてほんの短編…
この先何か書きたい人がいたら拝借してっても構わないです
-----------------------------------------------
スピードワゴンが本格的に白ユニットの一員として活動を始めてから、ユニットの雰囲気は
かなり様変わりした。人力舎襲撃事件の事もあって皆の意識が変わったせいもあるのだが、
これまでの白の中心格だった人力舎の面々とは毛色の違うホリプロの者が加わった事も、
大きな要因だったといえるだろう。
特にメンバーの能力の解析と能力を最大限に引き出せる連携や使い道・メンバーの
役割を考案するという、いわば作戦参謀の役割を自ら買って出た小沢の働きは目覚ましく、
多くのメンバーに「これなら充分黒に対抗していける」との自信を植えつけたのだった。
かつて「黒には頭のいい奴が多い」と述懐した上田も小沢の頭脳明晰ぶりはよく知っていたから、
「お前の頭脳なら黒の奴らにも対抗できる」とその申し出をすぐに聞き入れた訳で。
そんないきさつがあったから、ある時上田は思わず「有田や人力の奴らよりずっと役に立つ」と
口に出してしまい、それに人力舎の面々が憤慨してちょっとした揉め事になった事もあった。
いずれにしろ、あの人力舎襲撃事件が白ユニットに取って大きな転機であり反攻のきっかけと
なった事は確かであった。

そんな折、いつものように小林に電話を入れる設楽の姿があった。
「あ、シナリオライター?あいつらの事なんだが…最初はもうちょっと泳がせとくつもりだったが、
 どうやらそうも行かなくなってきたようだ。ちょっとばかり、あいつらの事を見くびってたかも知らんな」

716445:2013/03/19(火) 23:13:36
感想スレの445です。
ちょいと書いてみたヌメロン編です。


とあるテレビ局で。
「あ、おはようございまーす」
千原ジュニアこと千原浩史にそう話しかけたのは、バナナマンの設楽だった。


設楽が黒ユニットの幹部であり、多くの芸人を『説得』して勢力を付けているのは、余りに有名だった。
浩史と設楽は、あまり共演したことがない。
自分の攻撃系の石――チューライトでは、精神攻撃には太刀打ち出来ない。


「えーと…ジュニアさんは『どっち』なんですか?」
『どっち』というのは、白か黒か…というところだろう。
飄々としていたが、ある種の威圧感がこもっていた。
「…どっちでもない」
「そうですか…。
本当ならジュニアさんを『説得』したいところなんですがね…」
「……!」
「出来ないんですよ」
「…は?」
「日村さんがいるんで」
「……。黒って、訳ありの奴が多いんやな」
「まあ、そうですね」
「ところで、靖史は…」
「僕じゃないですよ。土田さん経由です」
「……」
「ま、頑張って下さいね。数字の駆け引きもそうですが…」
「…」
「ユニットとしての駆け引きも」
「…俺は、どっちにも付くつもりはない」
「そうですか…じゃあまた後で」
そして設楽は去って行った。


「………」
浩史は、かなりの疲労に襲われていた。
表面上は普通の会話だったが、これが設楽の力か。
「(予想以上にヤバいな…黒の連中は)」
浩史は楽屋で、椅子に座りながら考え込んでいた。

717445:2013/03/20(水) 09:49:35
ヌメロン編その2です。すみません、勝手に続けます。


浩史が考え込んでいると、楽屋に博多大吉がやって来た。
「あ、ジュニアさん、おはようございます」
「おう」


芸歴は1年程しか違わないが、浩史にとっては年上の後輩にあたる。
彼とは共演することは少ない。
そのため、白か黒かのどちらかも分からなかった。


するとそこへ、
「石を渡して下さい」
黒であろう若手がやって来た。


「また黒か…」
浩史が戦闘態勢に入ろうとしたが、
「ジュニアさん、ちょっと下がって下さい」
「え?」
そして大吉は、


「灰皿が空を飛んでもよかろうもん!」
と、石の力を発動させるためのフレーズを言った。


するとテーブルに置いてあった灰皿が浮かび上がった。
そしてそれを、黒の若手の額にぶつけたのだった。


「痛ええっ!」
額を抑えながら悶絶する黒の若手。
そしてそのまま逃げ去って行った。

718445:2013/03/20(水) 09:50:08
「…今の、完全に石の力やな。俺のより派手ちゃうん?」と浩史。
「俺の石、『何々してもよかろうもん!』って言うと、実際その通りになるんです」
「…ところで、華丸の能力は?」
「川平さんみたく『何々してもいいんですか? いいんです!』って言葉で、
自分やその人をその状態にできるみたいなんです。
あと、児玉さんみたく『アタックチャンス!』って言うと、味方の石の能力を上げれるみたいです」
「へー」
「ただ、使いすぎるとモノマネの口調のままになるんですよね」
「おもろい能力やな。ところで大吉は…白と黒、どっちなん?」
「どっちでもなかとです。どっちかって言うと、白を応援したくなるんですがね。ジュニアさんは…?」
「俺もどっちでもないけど…どっちにも興味は無いな」
「そうですか…」


そのような感じで、浩史と大吉は話を続けたのだった。


博多大吉
「〜てもよかろうもん!」と言う事で様々な事を起こす。
例:「犬が空を飛んでもよかろうもん!」で本当に犬が空を飛ぶなど
華丸の「相手や自分の行動」に対しこちらは「外的事象」が対象。
非現実的な事ほど力の消耗が多く、また大地震や大洪水など天災レベルはさすがに不可。

719445:2013/03/20(水) 20:31:18
ヌメロン編、石スレを完結させるためでなく完全に自己満足で書いてます
何か時系列も無視しちゃってすみませんorz

720名無しさん:2013/03/20(水) 22:18:23
>>719
元々「芸人たちの間にばら撒かれている石を中心にした話(@日常)」だから別に良いんじゃないかな
最近の話とかも読んでみたいし

721名無しさん:2013/03/21(木) 11:20:21
>>719-720
まあ本編に組み込みたいなら、時系列くらいはある程度特定した方が
いいかも知れませんね

722445:2013/03/21(木) 11:37:13
ヌメロン編ですが、完全に番外編として読んでください
ややこしくしてすみません

723名無しさん:2013/03/21(木) 12:36:41
この流れを見てちょっと思ったんだけどさ
「本編」と「番外編」の違いってなんぞ
核心に迫る話を本編としてそれ以外は全部番外編?
それとも完結時期が明確にあって、それ以降の話は全部番外編なのかな

724名無しさん:2013/03/21(木) 12:56:25
>>723
うーん…難しいですね
まとめサイトにもバトル関係無しの話がいくつかありますし

725名無しさん:2013/03/21(木) 13:51:16
進行会議スレ等で話し合われた設定や時系列に合わせて
一つの世界観で動いているのが本編
それとは矛盾が出てくるのが番外編だと思う

726名無しさん:2013/03/21(木) 16:50:31
番外編つっても本編と設定の重なるスピンオフ的な物とバトロワ風のような
完全独自設定の物があるからねー
その辺の線引きもきっちりした方がよさそうな?
あとピースの過去編だが、石が行き渡ったのは04年ごろとすると線香花火の
解散は03年秋なのでちょっと矛盾が生じるような…
ごく一部だけがそれより早く出てきてたとかなんだろうか?
またその中で原が説得で黒に引き込まれたのが線香花火の解散前だから、
設楽が石を得た時期についても注意が必要かも
あるいは原を説得したのは前のソーダライトの持ち主で、設楽がその話を
何らかの形で聞いたとかなら辻褄が合うと思うが

727723:2013/03/21(木) 17:36:41
>>724
それだけで完結している短編とかは別にしてってことだ
言葉足らずでごめん

>>725
なるほど。何か最近完結を急く流れが出来てるから質問してみたけど
自分の解釈とほとんど同じでちょっと安心した

>>726
石が行き渡ったのは2004年頃なんて設定あったっけか
最近来てなかったから色々読み返してみるかな

と自分で質問しといてあれだけど廃棄小説スレに書く内容じゃないな
何かすまん

728名無しさん:2013/03/21(木) 18:52:27
>>727
詳しくは進行会議スレにも出てるけど、一応石が(再度)出回り始めたのはボキャブラブーム終了
から数年後のお笑いブームの頃とあるので、04年ごろという解釈になってるようですね
まあ個人的には、未完の話も多くてあまりにも世界観が半端な形になってしまってるので、
骨組みくらいはある程度築いた方が後から来て話が書きたいと思った人の参考になりやすい
んじゃないかと思いましてね
それでいろいろ草案を各スレに提示してみたり

729名無しさん:2013/08/29(木) 19:08:25
「太陽のしずく」

2005年4月のある日、スピードワゴンの2人はロケ収録のため車で移動中だった。
その車の中、井戸田潤は自分の首元で揺れる石─シトリンと出会った時の事を思い返していた。
(こいつと出会ってもうすぐ1年になるんだな…あれからホントいろんな事があったっけ)

その日は初夏の日差しが照りつける汗ばむ陽気の日。
仕事に向かう途中だったか、歩いていてふと道ばたに目をやるとキラキラ光る
きれいな石が目に入った。その時、なぜか頭をよぎったのは2週間ほど前だったか、
相方が楽屋で手にしていた青い透き通った石の事。魔法みたいな力を持ったその石と、
今目にした道ばたの石がなぜか重なったのだった。
ただ色は違っていて、今井戸田が目にした石は鮮やかな黄色をしている。まるで、今
さんさんと降り注いでいる太陽の光をそのまま固めたような、鮮やかな透き通った黄色。
なぜだか気になって、その石を拾い上げてみる。
日差しを受けてキラキラ光るその石が、今自分に会うために太陽からこぼれ落ちてきたような、
そんな気がした。

(あの時は、まそかこんな事になるとはこれっぽっちも思わなかったな)
その翌日の事、井戸田の運命を激変させた出来事は、今でも鮮明に思い出せる。
突然楽屋から姿をくらました小沢、その後矢作の手引きで引き合わされたくりぃむしちゅーの
2人の話、そして小沢の居場所を突き止め、駆けつけた倉庫での出来事。
崩れてきた材木から自分を庇って下敷きになり重傷を負ってしまった小沢を、この石の
力が救ったのだ─事故そのものを「否定し、なかった事にする」という形で。
(あの時こいつが呼びかけてきたんだっけ…『早く叫んで、いつもネタで使ってるあの言葉を!
 そうすればあんたの相方さんは助かるから!』って)

730名無しさん:2013/08/29(木) 19:09:39
あの時聞こえた元気な少年の声は、このシトリンの声に間違いないだろう。
あの後、小沢が「潤にはこの事に関わってほしくないの!だからここで石を封印して、今の事は
全部忘れて!」と言いながら駄々をこねる子供のように強引にシトリンを封印しようとした事も、
シトリンがそれを拒むように弾ける光を放って小沢を振り払った事も、さらにその後、今にも
泣きそうな顔で「なんでそーやって、全部一人で抱え込もうとするんだよ !? 」と小沢を叱りつけた事も、
つい今し方の事のように鮮明に思い出せる。

その後も夢の中とかで、幾度となくかの元気な声を聞く機会があった。ちょっとおしゃべりで一言多い
その元気な声とやり取りしていると、なんだか弟分ができたような気がしたものだった。
(あー、なんか眠くなってきたな)
隣の座席に目を向けると、小沢はすっかり寝入っていて気持ちよさげな寝息を立てている。
(着くまではまだ少しかかりそうだし、俺も一眠りすっか)
座る姿勢を少し変えて目を閉じる。次第に遠のく意識の中、例の元気な声が聞こえたような気がした。
”お疲れなの、マスター?ま、仕方ないよね、最近お仕事でもバトルでも忙しいから。
 僕の力が必要になったらいつでも呼んでね、僕の持ってる『太陽の光』は黒い力を打ち消す事が
 できるんだから…”

薄暗い車の中、井戸田の首元で揺れる石─シトリンだけが明るく輝いているように見えた。
それはまるで小さな太陽のように─


ここのPs/NPPJoさんの話と>>712を基にした短編です
参考にした者の場所から、取りあえずここに…

731名無しさん:2013/09/22(日) 17:08:38
小説練習スレの690です。
ある程度目処が立ったので来たんですが
・本編の完結とは全く関係のない話、どころか広げてしまう可能性がある(時期の想定は2012年1月辺り)
・相談もせずに書いた結果、独断の設定がいくつかある
・グダグダ書いている内に能力スレと色々被った

と問題だらけの代物になってしまったのでこちらに投下させてください。

732名無しさん:2013/09/22(日) 17:12:06

芸人の間で出回る石。
その裏には黒と白の組織があり、勢力争いは未だ衰えを知らない。
黒白双方に事情があり、双方が自分たちが正しいと思っている。どちらかが退くか、どちらかが駆逐でもされない限り、終わりは見えない。
そんな日々が続くのだから、石を持った者はある問題に陥る。
黒と白、どちらに入るべきなのか。あるいは、どちらにも入らない方がいいのか。
一度方向を決めれば後戻りが利かない。もし間違った方に進んでしまったとしたら。
それならどちらにも付かない方が、却って利口のような気がして。

【灯台下暗し】

大部屋とは違い、個別の楽屋には利用者によって違う空気が流れている。
番組の収録前ともなれば多少は緊張感があるものだが、この楽屋は例外らしい。
せかせかした周りの空気とは無縁の、ある意味では落ち着いた――言ってしまえばグダついている――空間。
無意味に雑談だけが続くこの楽屋の主は、どことなく地味な風体をした、二人の女。

733名無しさん:2013/09/22(日) 17:15:03

「――最近物騒というか、なんというかねえ……あ、そういえば何か変わったことあった?」
奥に座った三つ編みに眼鏡の女が、不意に問いを投げる。
いつ取り出したのか、手元には琥珀色の何か。窓から入る日の光を浴びて、淡く輝いている。
「変わったこと?……ああ」
主語のない質問に手前の女は一瞬戸惑ったが、目の前にある光から判断し、うっすらと笑みを浮かべた。
「……あれ、昨日からいくら探しても見つからなくてね。財布の中に入れといたはずなのになあとか、色々考えて」
それで思ったんだけど、と一つ言葉を区切り、語調を強める。
「……そういえばこの前の飲み会、割り勘だったなあって。小銭単位で、きっちり割って。
 ……あれ、小銭とそっくりだし、あれだけの人数がいれば、紛れてても気付かれそうもないし」
先輩と行く飲み会であれば、支払いは先輩が一手に引き受けてくれる場合が多い。
だが同期や後輩と行った場合はそうもいかない。
確かにこの前の飲み会もそういうささやかなものであったし、手前の女が言う通り、確かに「あれ」は小銭と似ているが……
しかしそれはいくらなんでも冗談がキツい。
訥々と並べられる事実と、妙におどろおどろしい語り口が、事の重大さを引き立たせる。
「いやいやいや、大丈夫なのそれ」
「……うん。さっき、自販機でお茶買ったときにお釣りの中から出てきたから」
耐えきれずに問えば、逆に予想だにしない答えが帰ってきた。
訝しげな表情を浮かべる奥の女はよそに、手前の女はポケットを探る。
証拠とばかりに取り出したのは、十円玉……ではない。
それが目に入るなり、奥の女の顔は呆れたものに変わっていく。

「……ねえ、エミコさん……なあんでその話、そのトーンで話すかなあ……」
奥の女――たんぽぽ、白鳥久美子が不服そうに言うと、手前の女――同じくたんぽぽ、川村エミコの笑みはいっそう深くなった。
「確かに『変わったこと』って言ったらそうだけどさあ……他になんかないの?」
「……残念だけど」
川村としてはなくしたはずの物が返ってきただけでも一大事なのだが、白鳥にとってはそうでもないらしい。
まあ期待されているのが他のことなのは重々分かっている。そっちの面での報告は皆無だから、結局何も変わっていないといえる。
川村は一つため息をつくと、はたと顔を上げた。
「あ……そういうそっちはどうなの?何か変わったこと」
「ん、私?私は……」
白鳥は手元の――琥珀色の石をチラリと見やる。
と、石は意思を持ったように輝き出す。
「あ、ほら。ちょっと考えただけでこうだよ。まったくもう……」
瞬く間に、琥珀色の柱がテーブル上に「生えた」。
天井にまで届きそうな柱が突然現れることは、普通ならもちろんあり得ない、のだが。
当の白鳥はおろか、目の前にした川村もまったく動じずに、
「……うん、大体分かった」
傍らの缶に手を伸ばしながら、ボソリと呟いた。

734名無しさん:2013/09/22(日) 17:17:02

奇妙な状況も、慣れてしまえば普通のこと。
奇妙な状況を作り出すこれまた奇妙な石も、数年間を経て日常にすっかり根付いてしまった。
怪我をして「医者の不養生」と揶揄された座長やら、ネタ中に石を置いてくるのを忘れて変身しそうになったという、座長の相方やら。
先輩たちから聞く数々の武勇伝も、そこまで不思議とは思わなくなってきている。
相方の白鳥が手にした石が相当変わった部類にあることも大きい。
念じたら変な柱が生えた、柱っていっても物を乗っけたりは出来ないみたい、なんとなく石を翳してみたら光った、調べたらこれ電気石らしいから、たぶん電気だと思う。
報告に次ぐ報告。たった数日で変化を繰り返す状況。
いちいち驚いていたらキリがないと、ちょっとのことでは動じなくなってしまった。
「……やっぱり、相変わらずなんだ」
「うーん、まあ」
少なくとも、琥珀色の柱越しに普通に話を出来るぐらいには。
コーヒーやウーロン茶を彷彿とさせる落ち着いた色合いは、見慣れれば綺麗なもので、周囲に落ち着きをもたらす不思議な存在感がある。
「……あ、でも、また少し分かったことがあるんだけど」
「何?」
「たぶんこれ、塔だと思う」
「……塔?」
「見てて」
だが、これを作り出す石自体はやはり落ち着きがないようで。
白鳥が再び石を輝かせると、目の前から柱が消え、別の物が現れる。
複雑に組まれた鉄骨に、ご丁寧にも展望台が二つ。
「……東京タワー?」
「そうそう」
その手のお土産も形無しのつくり。色は違えど、かの有名な電波塔が細部まで精巧に再現されている。
「これだけじゃないよー。話題のスカイツリーから近所の鉄塔まで」
と、いうことは試したのだろうか。
以前から趣味は高圧送電線の観察だと言っていた彼女である。
柱、電気という事柄からそう発想しても不思議ではないが、その練習風景を想像すると少しおかしい。
「……何か、凄いような、凄くないような」
「確かにねえ」
変な石だよまったく、そう言いながら、白鳥は石をじいっと眺めている。
「自分で言うのもあれだけどさ、もっとこう……塔に限らず、想像した物をそのまま出現させる、とかなら素直に凄いって言えそうだよね」
ああ、と気のない返事をしながら、川村はもし白鳥の力がそんなものなら、真っ先に作られるのは「吉田くん」なんだろうなあ、と何となく思った。
それはそれで、と思っても口には出さないが。
白鳥はそんな川村の思いを知ってか知らずか、顎……頬に手をつき、微妙な表情を浮かべる。
「……まあ、別にこのままでもいいんだけど」
「けど?」
「戦うんだよねえ……これで」
そう言って、塔に石を翳すと、塔は意思を持ったかのように輝きだす。
白鳥の心底嫌そうな呟きに、川村は曖昧な笑みを返しすしかできなかった。

735名無しさん:2013/09/22(日) 17:18:42

戦うことに不安があるのはこっちも同じ、どころか、かなり多く抱えている自信がある。
周囲の目まぐるしさとは裏腹に、こちらは変化が乏しい。
軽く握りしめると、手の内は妙にぬるい。何てことはない、ただ熱伝導率が高いだけの話。
靴に入れると臭いがとれるとか、ぬめらない排水ネットだとか、本当の意味で日常に根付いている鉱物――銅は、相変わらず鈍い色のまま、自分の手元から離れない。
正直な話、石と呼べるかも微妙な物体。
それでも、カテゴリー的には芸人の間で広がる物の一つであることは明らかで。
何らかの力を持っているのも確かなのだが、いかんせんその力を引き出せない。
それも――白鳥とコンビを組む前から。
相方よりも付き合いが長い割に、自分はこの鉱物のことを何も知らない。
それだけでも十分だというのに、不安の種はまだある。
小さなことでは今日もある飲み会での応対、大きなこととなると。
『――だったら、その時は黒に入るから』
だいぶ前の無責任な宣言が脳裏に浮かぶ。
あの口約束はまだ有効なのだろうか。出来れば忘れていて欲しい。それなら悩む必要はない、のだが。

分かっている。
あの口約束がなければ、沈黙を守り続けるこの鉱物と、相方の持つ必要以上に活発な石を、黒が放っておくはずがない。
分かっているだけに、気分は沈むばかり。
……もっとも、ずっと沈みきったまま、しばらく浮いていない可能性も捨てきれないが。

736名無しさん:2013/09/22(日) 17:19:35

「……どうしたの」
拳を凝視したまま固まった川村を不審に思ったのか、白鳥が声を掛けてくる。
ふと顔を上げれば、ピカピカと光る塔と石が目に入った。
まだ何かを隠し持っているような、嫌な瞬き。
まるでこっちを馬鹿にしているかのような。
「エミコさん?」
「……」
もうそろそろ、しっかり話し合わなければいけない時期、かもしれない。

川村が口を開きかけた、その瞬間。
突如響いたノックの音で、言葉を止める。
ガチャガチャと何度もノブを捻る音も同時に聞こえてくる。
「……な、なになに?」
開かないらしい、がそれもそのはず。
白鳥の石が落ち着かない以上、見られてはマズいと楽屋の鍵は閉めておくことが常となっていたのである。
だからこそこの騒ぎだが、まだ収録が始まるには早い時間。何か用事でもあるのだろうか。
「あ……いいよ。私が出るから」
出ていこうとする白鳥を制し、川村は席を立った。
その間に石と塔片付けておいて、と目線で伝え、ドアへと向かう。
ドンドンとせっかちに叩かれる音に辟易しつつ、鍵を開ける。

737名無しさん:2013/09/22(日) 17:20:11
まだ何も始まってませんが、心配事項も多々あるのでとりあえずここまでとさせていただきます。
どうも失礼いたしました

738名無しさん:2013/09/23(月) 14:56:34
おお、パラレル設定のたんぽぽ編だ!
なかなかいい感じですよー
なんか続きが楽しみになってきたなあ
今まとめサイトの管理人さんもどうなってるのかわからないけど、
いろんな形で盛り上げられたらいいなあと思っております

739名無しさん:2013/09/23(月) 16:34:49
★ここのrossoさんの作品を踏まえて…石は能力スレのこれ↓

ハイパーシーン
持つ者のエネルギーを活性化させ、強い意思と責任感をもたらす真っ黒な石。光の加減で
ピンク色や紫色の美しいシラー効果やキャッツアイ効果が見られる。「欲しい物が手に入る」
という強力なパワーを持つともいわれる。
能力:持ち主を、その欲望の強さに応じた怪物の姿に変身できるようにする。また他者の欲望
の強さを、怪物の形で見る事もできる。周りの者の欲望を取り込む事で強大化する事もできるが、
持ち主自身の欲望が強くなりすぎたりすると欲望に呑まれ、自我を失った暴走状態となり見境なく
暴れ回るおそれがある。

―呑まれし者―
『お前らみんな、食ってやる…』
普段の声とは明らかに違う金属質な声で、芸人だったその化け物は言った。
「ほざくな!くたばりやがれ!」
相手の芸人は石を使おうと構えるが、その化け物は素早く彼の目の前に移動すると
少し高く跳び、彼の顔面に回し蹴りを食らわせた。
「がぁっ!」
悲鳴を上げて体勢を崩した彼の胸倉を、化け物は乱暴にひっつかむと思いきり投げ飛ばした。
投げ飛ばされたその体は整然と並べられたゴミバケツの中に突っ込んでけたたましい音を立て、
ゴミバケツ数個が派手に倒れて転がる。
「なななななんだありゃ…あんなのに敵いっこねえだろ、ここはひとまず逃げ…」
その光景を呆然と見ていた彼の相方は化け物の凄まじい力に恐れをなし逃げようとしたが…
『どこ行くんだよ、逃がさねぇよ?』
「――な… ! ! 」
次の瞬間には目の前に化け物の姿が現れ、彼を思いきり殴り飛ばす。吹っ飛ばされた彼は
相方のすぐ近くに積み上げられた古紙の山に突っ込み、新聞やチラシの切れ端が派手に舞った。
「ぐはぁっ!」
『…弱いよな、お前ら』
そう口にする化け物の顔はギラリと光るガラス玉のような目玉に耳元まで裂けた牙だらけの口と
明らかに人間の物ではないが、ひどく冷酷に笑っているように見えた。
目の前に来たその化け物に、コンビの一方は心臓が凍るほどの恐怖におののきながら言う。
「お、お前の望みはなんだ !? …い、石なら渡すっ ! ! だから命だけは、な、な?ほら、お前も出せっ」
相方に促されてもう一方も一緒に石を差し出そうとするが、化け物は大きく裂けた牙だらけの口を
笑みの形に歪ませて言った。
『…石も欲しいけど…お前らの命も欲しいんだよ。俺って欲張りだからさ』
その言葉と共に猛禽のような鋭い爪を持つ大きな手が二人の手の平にある石を軽く払いのけ、
石は「カラン」と小さく乾いた音を立てて地面に落ちた。
「やめろっ…やめてくれっ!頼むから命だけはああぁぁ ! ! 」
「…ひぃっ… ! ! お願いだ!助けてくれっ ! ! 誰か、誰かあああぁぁぁぁ !!!!! 」
二人は必死に立ち上がりその場から逃げようとするが、恐怖のためか体が言う事を聞かない。
そんな彼らに向けて、化け物は舌なめずりをしつつ嬉しそうに言う。
『さ、お前らの命、いただこうかな?痛くしたらかわいそうだから一撃であの世に送ってやるよ。
 これでお前らの石も、欲も、命も、全部俺の物…』
         *             *             *
白の者との戦いで追い詰められた彼の手の中の石が、脈動するようにどす黒く瞬き始め、
やがて黒い光が石全体から湧き出してくる。
「…また…お前か…」
そう返す彼に、光は語りかける。
”ほら、早く俺の力を使え。今追い詰められてるんだろ?”
「嫌だ…またさっきみたいに俺を操って何もかもぶち壊すんだろ?それならこんな力なんか
 いらない!さっさと封印してもらった方がましだ!」
”お前がいくら拒んでも無駄だよ、宿主にはできるだけ長持ちしてもらわないと困るんでな。
 それに感じたぞ、お前の苦しみから逃れたいという思い、俺を拒絶する思い、その他にも
 まだある。それらも元を正せば全部『欲』だ…”
黒い光は一面に広がり、彼に襲いかかる。その光を、彼は必死に拒む。
「嫌だ…嫌だああああ!」
”全ての『欲』は俺の糧となり力となる、お前がいくら拒んでもな。さあ全てを俺に預けるがいい、
 いずれお前は俺の思うままに動く、巨大な化け物になるのさ…”
黒い光がどんどん強まり、彼を呑み込んでいく。
「嫌…だ…誰かっ…助け…」
それが最後に発したまともな言葉だった。まるで黒い光に融け込むように意識は遠のき、
彼は自分が自分ではなくなっていく、別の何かが「自分」になっていく感覚を覚えた。
暴走した欲望と石の力は哀れな芸人を深き闇へと連れ去り、その黒い光の中、彼の姿は
人の面影すら微塵も残さない、異形の姿へと変わっていった―。

740名無しさん:2013/09/23(月) 16:37:13
★各自の石を手に入れたいきさつと力に気づいたいきさつについて話し合った時
井上「俺の石は玄関で履いた新しい靴の中にあってな、準一の方はクリーニングから戻ってきた
    ジャンパーのポケットに入っとったん。なんでももともとは黒の奴らのもんで、波田陽区が
    これを奪ってきて持ち主にふさわしい奴を捜しとったらしいねんけどな」
小沢「そうなんだ…」
井上「で、石が目覚めたんは東京ダイナマイトに襲われた時やった…いろいろ危ない目に
    遭ったけどな、石の力のおかげでなんとか乗り切ったわ」
小沢「え、ちょっと待って!それじゃ彼らは…」
井上「そう、あいつらは黒や。間違いないわ、俺らの石を『取り戻しに来た』言うとったからな」
小沢「そんな…」
井上「お前は今白の、それも中心におるやろ?あいつらがそれを知ったら、間違いなくお前の
    事も襲うやろな。悪い事は言わん、あいつらには当面近づかん方がええ。身の安全の
    ためにもな」
-------------------------------------------------------------------------------
―綻び―
井戸田「それにしてもひでーなこれ、十数人も一緒になって伸びてっぞ?」
小沢「こうして黒の下っ端たちの間で仲間割れが起こるようになってるという事は、欠片の力
    やら何やらを使ったユニット内の統制が崩れ始めてるって事なんだな」
井戸田「それってやっぱ、俺らの反攻が強まったからって事か?」
小沢「そう、黒の上層部は俺たちを叩くために下っ端たちに様々なご褒美をちらつかせてるんだ
    と思う。それでメンバー間の手柄争いが激しくなり、『獲物』の奪い合いから仲間割れに
    発展したりしてきてるんだろう」
井戸田「それだったら欠片の力で完全に操り人形にしちまえばいいんじゃねーの?」
小沢「そうしちゃうと今度は行動の柔軟性が落ちるんだよ、命令された事しかできなくなるから。
    その辺のバランスは変な話だけど、設楽さんもずいぶん頭痛いんじゃない?こういう事が
    起きるのは、洗脳とか脅迫で成り立ってる組織の宿命なんだな」
井戸田「皮肉なもんだなそれって。うちの方は最初団結とか目的意識とか薄かったのが、俺ら
     が正式に加わった事でみんなの絆と信念でユニットとして一つにまとまってきたってのに」
-------------------------------------------------------------------------------
(黒の若手の誰か)「でも、なぜあなたたちは黒についたんですか?二人とも優しくておとなしい
             人たちなのに…」
タカ「ちょっと小耳に挟んだんだよ、自分の能力で片っ端から他の芸人をスケッチブックに閉じ込め
   て騒ぎを起こした奴がいたって」
トシ「そう、石を持った奴がその力のために道を踏み外したって話をちょくちょく聞いたんだ。だから、
   これ以上石の力で迷惑かける奴が出ないようにこうして石を預かってやってんだよ」
タカ「黒のシステムってそういう過ちが起こらないようにするにはいいと思うんだけどねえ」
トシ「でもどうにもこっちの理屈をわかってくれない頭の固い奴らがいるから、そういう奴は力ずくで
   言う事聞かせるか石を取り上げるしかないって事」

741名無しさん:2013/09/24(火) 16:56:59
―「青」のふたり―
年齢も同じ、事務所も同じ、そして持つ石の色も同じ。片や冷たく澄み渡る海のようなわずかに
緑がかった透き通った青、片や雲がかった濃い空のような、宇宙から見た地球のような深い青。
果たして彼らの立場を分けた物は?
-------------------------------------------------------------------------------
西尾「あいつに…設楽に、『海砂利の過ち』を繰り返させてはいかん。あいつらがあの時、自分の
    過ちのためにどれだけ苦しんだか…設楽には同じ苦しみを背負わせたくはないんや…。昔
    海砂利は自分の欲望のままに何も疑う事なく石を使った、それがどんな結果を招くとも知らずにな」
-------------------------------------------------------------------------------
―決着―
(墜ちないのか !? これだけ力を使っても !? )
ソーダライトを握り込む手や顔が次第に汗ばみ、設楽の表情は苦悶の色を濃くしていく。
目の前の小沢はゆらゆらと陽炎のようにゆらめく青緑の輝きを纏い、視線をじっとこちらに向けている。
「無駄です、設楽さん。今あなたが何を言おうと、俺の考えは変わりません」
その瞳に宿る力強い輝き―そこには、一片の迷いも曇りもなかった。それを目の当たりにした時、
設楽の脳裏をかつて電話越しに聞いた覚悟と決意の言葉がよぎる。
『周りの人全てを敵に回そうとも、黒の側の石を封印してこの騒ぎを終わらせてみせる』
『自分の石にそう誓ったから、あなたが相手でも屈しない。あなたを止めてみせます』
(そうか、そうだったな…それほどまでにお前は…)
設楽の表情から若干強張りが解け、ほんの少し緊張が緩んだ気がした。
(俺はあの時からずっと、『最悪の事態』を回避するために『黒い力』を味方につけて非道な事
 にも手を染めてきた…それで日村さんや、家族や、他の多くの者たちを守れるのなら、そう
 信じて。でもこいつらなら大丈夫だ、きっと乗り越えられる、きっとやってくれる…)
とその時、手の中のソーダライトとその発する光がみるみるどす黒く変化し、設楽の表情が
激しい苦痛に歪んでいく。そしてその体からも、どす黒い湯気のような物が立ち上り始めた。
同時に意識がぼやけ始め、強い衝動のような物が自分を支配し始めるのを、設楽は感じた。

742名無しさん:2013/09/24(火) 16:59:31
「う、ぐうう…っ!」
「お、小沢さん、あれ!」
真っ先にそれに気づいた井戸田が声を上げ、小沢の方もその様子にただならぬ異変を察知した。
「これは…黒い力に呑まれてる !? 」
設楽はどす黒い湯気を立ち上らせつ小沢の方へにじり寄り始めた。いつの間にかその双眸は
白目も黒目も区別なく真っ黒に変わっており、人とは思えない形相を見せている。
「設楽さん、しっかりして!黒い力に呑まれちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとした小沢の喉元めがけてつかみかかろうと片手を伸ばすが、それを必死に
押しとどめているような動きを取りつつ、設楽は残った理性で叫んだ。
「く、来るな…逃げろ… ! ! 」
「小沢さん!」
(このままじゃ設楽さんが…早くなんとかしなきゃ…そうだ、この言霊で…!)
小沢は設楽に向けて右手を突き出すと、これまで幾度となく使った「封印の言霊」を発する。
「もうこんな遊び、終わりにしない?」
指を鳴らす小気味のいい音がしたかと思うと、設楽の体の至る所に青緑の光の鎖が絡みつく。
「ぐああああぁぁぁぁぁっ !!!! 」
鎖を振りほどこうとするかのようにもがき暴れる設楽に、泣き出しそうな顔と声で小沢は叫んだ。
「設楽さん、耐えて!すぐ楽になるから!」
「そうだ、俺も…設楽さん、あんたが黒い力に呑まれるなんてあたし認めないよっ!」
井戸田もそれに続き、放たれたシトリンの山吹色の輝きが設楽の全身を覆った。
そうだ、もう終わりにするんだ、こんなにも辛く、悲しく、苦しい事は―
そんな祈るような想いと共に、小沢はアパタイトに意識を込め続けた。

743名無しさん:2013/09/25(水) 16:31:54
―黒きつながり―
柴田が吐き出した数個ほどの黒いガラス片のような物体に、小木は見覚えがあった。
半月ほど前だったか、突如自分たちの楽屋を襲った名も知らぬ若手のコンビが、これと似た物を
持っていた。おそらく人を操る力か何かがあると思われる、その黒いガラス片。
今は柴田が吐き出した物は、その時見た奇妙なガラス片と同じ物に間違いないだろう。
おそらく柴田は誰かから騙されるか何かして、この欠片を飲まされていたに違いない。
そしてそれが柴田の異変の原因なのは、ほぼ間違いないだろう。またあの時に聞いた
「黒いユニット」という単語―矢作が狂わされた挙げ句投身自殺を図るまでに追い込まれた
この件にも、今の柴田の異変にも、その「黒いユニット」が関わっているに違いないのだ。
怪訝そうな様子の周囲に、小木は一言告げる。
「わかったよ…柴田がおかしくなった原因が…」

その前日の事、自宅にいた小沢はテーブルに並べられた二つの黒いガラス片のような物体を
じっと眺めていた。先日、赤岡が吐き出したかのガラス片を持ち帰った後、半月ほど前の
おぎやはぎの楽屋で起きた出来事を思い出し、その時に小木から受け取ったガラス片を引っ張り
出してきて照らし合わせて見ていたのだ。
『石を濁らせたり、暴走させるために用いられる物だと聞きました』
『あの子たちのポケットに入ってたの。何にも覚えてないみたいだけどね。人を操る力とかさ、
 あるんじゃない?わかんないけど』
赤岡と小木の言葉が脳裏をよぎる。どこか禍々しさを湛えたその二つの欠片は、間違いなく
同じ物だ。あの時―小木から欠片を受け取った時に抱いた何かの前兆のような予感は、
確実に現実となりつつあった。二つの件に共通する「黒いユニット」という単語、そしてそこに
設楽が関わっているという事実―事態は自分が考えていたより遥かに広く、深くなってきて
いる事を、小沢はそれとなく感じ取っていた。
「そういえば…」
ここでふと、井戸田が欠片を手にした時の事を思い出す。彼の首元で急にシトリンが警告を
発するように輝きと熱を持ち始め、井戸田を慌てさせた事。ひょっとしてあれは一種の
拒絶反応なのでは?となれば、この欠片の力を受けつけない石や人間がいるのかも?
欠片の一つをつまみ上げてみる。小沢は今抱いたその仮説を、自分の体で確かめてみようと
考えたのだ。今まで聞いた欠片の力を考えてみれば、それはとてつもなく危険な「実験」なのだが。
小沢はアパタイトを片手に収め、つまみ上げた欠片の一つをおそるおそる口に入れてみた。
口に含んだ途端その欠片はどろりと融けてゼリーのような感触に変わり、同時に猛烈な苦みと
違和感が口内に広がる。さらにその直後、手の中のアパタイトが切れかけの蛍光灯のような
不安定な点滅を始め、同時に胸の奥から突き上げるような、強烈なむかつきと吐き気が起こった。
「ううっ…… ! ! 」
耐えきれず洗面所に駆け込み、洗面台に首を突っ込むようにして激しく咳き込みえずきながら
口内の苦みと違和感の原因を吐き出す。そして肩で息をしながら、洗面台の底でみるみる
ガラス片状に戻っていく得体の知れない物体をぼんやりと眺める。

744名無しさん:2013/09/25(水) 16:33:01
「ああ…苦しかった…」
手の中のアパタイトを見ると不安定な点滅は収まり、穏やかな淡い光を湛えている。
やはりあの不安定な点滅は、欠片に対する拒絶反応だったのか。これで小沢は確信した―
自分の体も、持つ石も、この欠片の力を受けつけない「免疫」みたいな物を持っていると。
調べた所ではアパタイトは他者を欺く・惑わす石であり、その一方で持つ者を固定概念や周り
からの欺き・惑わしから守る力を持つらしい。ひょっとして黒い欠片に対する免疫も、虫入り琥珀
による「使用者に関する記憶の消失」を免れたのも、それによる物なのか。そしてシトリンは
「太陽の光」を宿す石であり、あらゆる物に光とぬくもりを与える石だという。となればあの時の
拒絶反応は、不浄な物・悪しき物を焼き清める太陽の石ゆえの物に違いないだろう。

なんとなく、わかった気がした。自分たち二人が黒に染まった石を封印する側に立ったのも、
この石を手にした時からの「必然」だったのだ。「黒に染まらぬ石を持つ者」として、小沢は
自分の使命を改めて実感する。そして洗面台の底の欠片を拾い上げると水で洗い、テーブルの
上に残されていた欠片と一緒に小さな紙袋に入れる。
「なんか疲れたから一休みしよ…これは明日でも上田さんあたりに見せようかな」
紙袋をテーブルに置くとタオルケットをかぶりつつソファーに身を横たえ、静かに目を閉じる。
眠りの淵に沈みゆく意識の中で瞼の奥に淡い青緑の光が広がり、優しい声が聞こえた。
”気持ちはわかるけどどうか無茶だけはしないで。私もさっき、とても苦しかったんだから…”

小沢たちが人力舎で起こった一大事件を知ったのは、その翌日の事だった。
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―悔恨と贖罪―
ヒデ「普通、黒い力に呑まれてる間の記憶は残らないはず…でも俺はハッキリ覚えてるんだ、
   何もかも。雨上がりを黒に引き込もうと襲った事も、一番大切なはずのお前まで黒に
   売り渡そうとした事も、そのたびに突きつけられた悪意に満ちた言葉の一つ一つも…!」
ワッキー「ヒデさん…」
ヒデ「これはきっと俺に与えられた『罰』なんだ。自分の中の悪意や黒い感情に溺れて他の
   人たちを傷つけ苦しめた事に対する罰なんだ。例えそれが知らずに持たされてたあの
   欠片のせいだったとしても」
ワッキー「……」
ヒデ「だから俺は決めた。あの欠片を俺に渡した淳を…いやそれだけじゃない、黒の鎖につながれ
   てる人たち全てを、この手で解き放つんだ。それが今までしてきた事の償いになるのなら。
   そして俺を見捨てる事なく新しい力をくれたクリソコラの想いに応えられるのなら。…ワッキー、
   ついてきてくれるな?」
ワッキー「も、もちろんですとも!俺が今こうしてられるのは全部あんたのおかげなんだから!」
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川島「信じてたわ、田村。必ず助けてくれるってな」
田村「当たり前やろ!俺らは二人で『麒麟』なんやから!」
川島「もう大丈夫や、モリオン(黒水晶)の力を完全に制御できる自信がついた。…俺は絶対、
    黒の側にはならへん」
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745名無しさん:2013/09/26(木) 16:13:39
★シトリンの、欠片を浄化する力を見た時の爆笑問題
太田「な、なんだあれ…あんなの見た事ねーぞ?」
田中「前に嵯峨根が使ってた時にはあんな力はなかったはず…いや、一度だけあったっけな。
    その時は力使った後でぶっ倒れて『体中の力吸い取られた感じ』つってたような」
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★ある時の白ユニット集会
「…これで、俺からは以上です。あと皆さんも、引き続き黒のメンバーや能力に関する
 情報がありましたら俺やくりぃむまで報告してください。では上田さん、最後お願いします」
白ユニットの各メンバーがそれぞれの状況の報告や今後の方針などについて話し合う集会の
最後、一通り話し終えた「作戦参謀」こと小沢が席に着くと同時に、上田が締めの挨拶にかかる。
「取りあえず今回の集会はこれでお開きだな、後はみんな楽しく飲もうか」
その言葉が終わるや否や集会は親睦の場となり、あちこちから歓声が飛ぶ。
「よっ、待ってましたああ!」
「ヒューヒュー!」
乾杯の合図から程なくして場内には楽しげな声が満ち溢れ、時折怒声や呂律の回らない様子の
声もする。テーブルを埋め尽くす注文した料理や腕に覚えのあるメンバーの手料理に、皆舌鼓を
打った。その様子に感慨深げなのはハイウォー松田だった。
「白の皆さんは本当にいつも和気藹々としてて…これが人間らしい本来の姿ですよね」
「ああそうか、お前黒の集会も見てたんだっけな」
松田の語る所によれば、黒ユニットの集会に来ていた者たちは多くが目は虚ろで本人の
意思が働いているのかさえわからない、ただ命じられる事を淡々とこなす操り人形のような
状態だったり、多少嫌そうな表情を浮かべながらも洗脳された相方や友人の行動に
同調していたりとそれは悲惨な様子だったという。その話を聞いた白のメンバーたちは
皆青くなって震え上がったり今この場にいられる事を安堵したりといった反応を見せた。

「まあ、ここが組織らしくなったのもお前らのおかげだろうな」
小沢と井戸田にそう語るのは劇団ひとりだった。
彼は前に有田の主導で行われた事実上最初の白ユニットの集会に参加していたのだが、
その時は実のある話もほとんどできないまま実質ただの飲み会と化してしまったという。
「まあ中核があんな人たちだし仕方ないかなと思ってたんだけどさ、でもやっぱ緩すぎだよな。
 『ここらへんは黒を見習ってほしい』と思ったもん」
小沢と井戸田の表情が若干引きつったように見えたのは気のせいだろうか。
とその時、けたたましい物音と怒声、それに石の能力によると思われる雷の音が聞こえた。
「あーっ、喧嘩はダメっ!」
血相を変えて仲裁にすっ飛んでいく小沢と井戸田の後ろ姿を見ながら、ひとりは思う。
(確かにだいぶ組織らしくなったけど、やっぱ根っこは変わってねーのな…いいんだか悪いんだか)
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746low ◆zh23xfyKKs:2014/05/29(木) 11:22:40
約9年ほど前、こちらに小説を投下させて頂いた者です。
まだ残っていたのが懐かしく時間軸無視の廃棄小説を懲りずに投下させて下さい





湿気が酷くて、髪が思うように収まらない。
そんなことで気分を害すほど髪型に執着は無かった。こんなものは取り敢えずの形だけでも整っていれば気に留めるほどでもない。
そのはずだった。いつも無造作に、メイクさんにでもお任せして、その程度だった。
だけど妙に気になってしまったのは何かを察知していたのかもしれないと、今ならそう思うことが出来る。
『黒』の幹部である設楽は今更だけど、と力なく笑った。

その日は雨が降っていた。朝から振り出した雨は止む事なんて永久に無いかのように降り続けていた。
今週はずっと雨の予報が出ています。そう言った気象予報士の笑顔もその言葉さえも雨が掻き消すかの如く、強く地面に水滴が落ちる音が響いていた。





騒がしいテレビ局内に一人の楽屋は何だか妙にくすぐったくて、いくら売れたと周りに囃し立てられても自分の中で消化できないでいる。
今日、何本目か思い出せない煙草に火を点けながら設楽 統は空に漂う紫煙を目で追っていた。窓から見える空は曇天としか言いようが無く、いつその隙間から雨が降り注いでも可笑しくはない色を見せている。
次の現場に移動する前に降り出しちゃうんだろうな、それも仕方ないか。道が混まなければ良いかな。
愚痴を心の中で煙と共に飲み込んで台本と睨めっこを続ける。しかし、その変化は見逃せないもので突如、目の前の壁に緑のゲートが現れた。そこから白い顔を更に白くした彼が、一人の男に支えられながらも楽屋へ足をゆっくりと運び込む。
彼らの急な来訪には慣れていた。慣れていたがその重々しい空気に異変しか感じ取る事は出来ず、とても騒がしいテレビ局内とは思えないほどに圧迫感を帯びていた。
「ノックも無しに入ってきて悪いな、オサム。緊急事態だ」
白い顔の男をそっと床に下ろしながらゲートの持ち主である土田は目も合わせず、早口に告げた。土田も顔には疲労困憊の文字が透けて見える。
「…何が、あったんだよ?」
恐る恐る聞いてはみるが口の中が嫌に乾いて、しかし手元のコーヒーに口をつけることも叶わず鼓動が早くなっていくのを感じることしか出来なかった。
俯いたまま顔を上げようとしない白い顔の、小林の目には生気がまるで無かった。良い知らせでないことは、この楽屋に連絡もなしに来た事実だけで十分伝わる。それでも、だ。
土田が言葉を選んでいるのか口を開きかけては噤んでを繰り返し、そしてゆっくり息を吐くと目線を合わせてきた。
嗚呼、この人はこんな顔もするんだと、泣きそうな、笑いそうな、溢れかけた感情を抑えた表情に何処か冷静になった気もする。
そんなモノは
「白と全面戦争だ」
この一言で容易に崩れ去ってしまったのだけど。




いつか終わりを迎える日が来たらこんな感じかなと
また以前のように、このスレが盛り上がるのを楽しみに待ってます

747名無しさん:2014/05/30(金) 17:29:53
おお、おひさです
よかったらここに書かれた短い話や能力などについて感想とかもお願いできます?

748Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/15(水) 22:44:24
進行スレ>>338を参考にした海砂利時代の短編を、
導入部分だけあげてみます。
海砂利時代の能力は、能力スレ>>779の予定です。


「解散しようと思うんです」

その発言はあまりに唐突で、自然な響きだった。まるでいつもの世間話と同じように。
「……は?」
向い合って座る上田は、ティースプーンをコーヒーの中に突っ込んだまま、固まってしまう。
話があると言われ呼び出された昼下がりの喫茶店は、サラリーマンで賑わっていて、
彼らの会話に気を払うものはいなかった。鍛冶は、聞き間違いの可能性も考えて、もう一度ゆっくり言葉を紡ぐ。
「だから、俺たち解散しようと思ってるんです」
さくらんぼブービーの二人は顔を見合わせて頷くと、ポケットから石を出して、
喫茶店の磨き上げられたテーブルに転がした。
「なんで、俺に話した」
「くりぃむのお二人にはお世話になったんで。
 ……鍛冶の石が目覚めた時も、まっさきに駆けつけてくれたから」
上田はカップをどける。テーブルの上で指を組んで、話を聞く体勢をとる。
木村はしばらく逡巡していたが、お前からと鍛冶が促すと、決心したように顔を上げた。
「上田さんなら、この石の行く先が分かるかもしれないと思って」
「てことは……お前、引退するのか?」
木村は紅茶を一口飲んで、また深いため息をついた。
おそらく何日も悩んで、二人で何度も話しあった結果出した答えなのだろうが、
いざ口に出すとなるとその言葉は急激に真実味を帯びる。
「……放送作家に…なろうと思ってます」
「そっか……それで本当に後悔しねえのか?」
「はい」
「じゃあ俺からは何も言うこたねえよ。鍛冶は?」
「俺はピンでやってこうかと」
「こりゃずいぶんデカい賭けに出たな」
「やれるだけやってみますよ。
 この石のおかげで、たいていのことは踏ん張れる強さが身につきました」
自信満々、といった面持ちで胸を張る鍛冶に、笑いがこぼれる。
「お前らしいな、ホント」
「いやあ、それほどでも…」
「ちょっとは遠慮しろよ!」
「いって!なんだよ、ちょっとくらいいいじゃんかよ!」
頭をかいて照れる鍛冶を、木村が小突く。
上田を忘れて仲良くじゃれあう二人に、ふと別のコンビの姿が重なった。
お笑い界から消えて随分経つ、昔競いあった友。
「(……もしも……)
片方は劇団で舞台に立っていると風のうわさで聞いたが、もう片方はついぞ消息の知れない、二人。
「(……もしも…俺たちが…こいつらみたいに純粋なままでいられたら……
  お前らはまだこの世界にいられたか?)」
テーブルの上に転がった二粒の瑪瑙。赤と黒で対になった石を見ているうち、上田の心はあの夏の日に飛んでいた。

749Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/16(木) 22:29:02
【199X年 夏】

「だーッ、待った待った!!ストップ、ストーップ!!」
有田が慌てて両手を前に突き出し、降参の意を表す。
恐る恐る目を開けると、加賀谷の拳は有田の顔すれすれで止まっていた。
三人の足元でざあっと砂ぼこりが舞い上がり、消える。
「……し、死ぬかと思ったぁ……」
有田は情けなさ丸出しの気の抜けた表情で、その場にへたりこむ。
「おい、全力でやれ言うたんはそっちやろ」
「だからって真に受ける奴があるかよ!
 そこはちゃんと手加減しろよ!!」
「お前の石で武器出せ!」
「いきなりすぎて間に合わなかったんだよ!!攻撃するならするってちゃんと言えよ!!」
勝手なことをほざく有田の肩に、松本の怒りをこめたローキックが決まる。
ぐえっと変な声を上げて地面に転がる有田を見下ろして、唸り声を上げる加賀谷の頭を撫でた。

稽古場で松本の植えたチューリップと戯れていた松本ハウスは、「特訓に付き合って欲しい」とやってきた海砂利を見て、
露骨に嫌そうな顔をした。2週間ぶりの休日を潰したお詫びに焼き肉をおごる約束を交わし、
廃工場で練習を始めたはいいものの…まだ石に慣れていない有田は武器を召喚できず、冒頭の台詞に至る。

「くそ、もう一回!」
「おーおー、ええ度胸や。
 あと10分、せいぜい頑張って逃げてみい」
再びうおおお、と拳を握りしめて加賀谷に突っ込んでいく有田を、上田はげんなりした気分で見つめた。


「だいたい、有田さんは言ってることがムチャクチャなんです!」
加賀谷は、動かなくなった体が恨めしいのか、ここぞとばかりに説教モードに入った。
石を使った対価で意識を失った松本を、椅子を並べた上に寝かせると、「そのとおりでございます」と正座する有田。
「やれ手加減しろだの、攻撃する時は先に言えだの…
 強盗に向かって“110番するから待ってくれ”って言うようなもんですよ!!」
「はい、おっしゃるとおりです」
上田も隣でひたすら小さくなった。
「……明日も収録なのに」
「はい」
「……ネタ合わせもしてないのに」
「焼き肉食べ放題に生ビールもつけるから……その代わりこれからも特訓付き合ってくれよ」
「え、それホントですか!?やった、やったー!!」
有田はこちらを見て、してやったりという言葉がぴったりの邪悪な笑みを浮かべ親指を立てる。
焼き肉に釣られた加賀谷は、案の定後半部分を聞いていなかったらしく、体が動けば飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
そそっかしい相方のおかげでこれからも休日を削られる松本には気の毒だが。
しばらく、3人で何をするでもなく寝転がって体を休める。

「あ、そういえば“これだけは聞いとけ”ってキックさんが」
加賀谷は天井をぼんやりと見つめながら、呟くように聞いた。
「海砂利水魚は、どっちがいいんですか?」
「どっち…って」
「白黒どっちにつくのか、それとも僕たちみたいにどっちも選ばないか」
上田は少し迷ったが、ありのままの気持ちを伝えることにする。
それに、下手に嘘をついてもこの二人には見透かされそうな気もした。
「俺たちは、まあ…自分にとってより都合のいい方につきてえな」
「じゃあ…」
「黒のほうが魅力的なら黒につくってことだよ」
有田も相方に同調して
顔をしかめる加賀谷の隣で体を起こし、タバコに火をつける。
「逆に聞くけどよ。白が俺たちになんかしてくれんのか?
 黒の芸人には襲われるし、第一俺はあのうさんくせえ正義感が気に食わねえ」
「……黒がなかったら」
「それは、黒の側から見たって同じだろ。白がなかったら黒が暗躍する必要もねえんだから」
「あ、そっか」
心のどこかにちりっ、と引っかかるものを感じたが、素直な加賀谷はそれ以上考えるのを放棄した。
石の反動で筋肉が硬直していて、正直口を動かすのも億劫なのだ。
「でも」
上田はふうっと煙を吐いて、続けた。
「お前らと戦うのは嫌だな……お前らとはずっと、ただの芸人仲間でいてえから」
その願いが叶わないのは、分かりきっていたけれど。
それでもこの瞬間だけは信じていたかったのかもしれない。
芸を競い合うだけの楽しい日々が、いつまでも続くはずだと。

750Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/17(金) 20:23:56
今更ながら…長くなりそうなので、
タイトルをつけておきました。
『We fake myself can't run away from there...』
(俺たちは自分自身を騙す。逃げられはしない、この場所から)

【現在】


「…………さん、上田さん?」
鍛冶が呼ぶ声に、はっと顔を上げる。
喫茶店のざわめきが耳に戻ってくる。どうやら回想にふけってしまっていたらしい。
お冷の氷もすっかり溶けて、水になっていた。
「あ、ああ……悪い、ボーッとしてた」
「大丈夫ですか?…あ、すみません。お代わりを」
木村は上田の戸惑う様子を見てとる。ウェイトレスを呼び止めて、コーヒーのお代わりを頼むと、
続きを目線だけで促した。
「この石はちょっと…因縁があってな」
テーブルの上で指を組んで、言葉を選ぶ上田の眼球がせわしなく動く。
やがて、決心がついたように腹から深く息を吐いた。

「お前らの世代では、キャブラー大戦なんて呼んでるらしいな。
 …あれはまさしく戦争だった。毎日がめまぐるしく過ぎて、
 仕事と石を使った闘いの繰り返し。仲間とか信頼とか、そんなもんはなかった。
 ただ、自分の信念と違う奴は敵。相方だろうが同期だろうが、叩き潰す。
 たまに仲間を見つける奴もいたけど、たいていはお互い疑心暗鬼になって、
 白の芸人同士で闘うなんてバカやってるのもいた。
 そもそも、なんとなく黒が気に入らない奴らを白と呼んでいただけで、
 実際はたいした違いはなかったんじゃねえかな」

上田がキャブラー大戦時代の話をするのは珍しかった。
石を介した付き合いもだいぶ長くなるが、過去の白黒の抗争については口を閉ざしていたのに。
独白のように紡がれる言葉に、さくらんぼブービーの二人は自然と背筋を伸ばして耳を傾ける。

「そんな中で、俺たち海砂利水魚は……黒のユニットにいた」

二人に衝撃が走った。
今の、中年に差し掛ったくりぃむしちゅ〜の二人は、考えなしにそんな決断をするようには見えない。
ひどく乾いた声が鍛冶の喉から出る。
「……どうして」
「ガキだった。石のことも、お笑いのことも。ほとんど知ったような気になってた。
 自分たちが一番望んでいた感情にフタをして、一度は全部なくした」
ウェイトレスがコーヒーを運んでくる。
コーヒーだけで粘る迷惑な客にじろりと睨みをきかせて、ヒールの音を高く響かせ去っていった。
上田は一口飲んで、カップを静かにソーサーに戻す。勢いで黒にいた過去を告白してしまったが、
その先の苛烈な闘いは話す気になれない。しばらく嫌な沈黙が三人の間に流れた。
やがて、耐え切れなくなった木村が身を乗り出す。
「……上田さん。話しづらいならゆっくりで構いません。
 石について知ってることを、全部教えて下さい」
「おい、木村……」
鍛冶の制止を振り切って、テーブルに両手をつく。
「いままで俺たちは、石について考えないようにしてた。
 …どうせ無駄だと思って。でも上田さんは違う。石についてかなり深い部分まで知ってるはずなんだ。
 お願いします。芸人やめる前に、教えてください。
 俺、石に振り回されて芸人生活に幕を下ろすなんて嫌なんです」
まっすぐな目に射抜かれて、上田は一瞬狼狽する。
が、すぐに普段の冷静な心を取り戻すと、「分かった」と目を伏せた。
「……すげえ長い話になるぞ」
「あと一時間は粘れますよ」
鍛冶がバックヤードで働く店員の表情を見て笑う。
「そうだな、何から話そうか……」
上田は天井を見上げて、また過去の記憶をゆっくりと辿っていった。

751名無しさん:2015/04/18(土) 03:39:59
投下乙です。
キャブラー大戦、海砂利水魚、松本ハウス、気になるワードがいっぱいで先が楽しみです。
ぜひ続きもお待ちしています。

752Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/19(日) 22:13:29

この二組が石を拾ったのはだいたい1995〜6年ごろと仮定して書いていますが、
まだハッキリと設定が出きってない部分なので、90年代後半ごろと曖昧にしてあります。
書き忘れていましたが筆者はバリバリの関東人なので関西弁はかなり曖昧です。ご容赦ください。
土田さんの能力はPortalのようで想像するのが楽しいです。
_____________________________

『We fake myself can't run away from there-2-』

【199X年 春】

稽古場に植えたチューリップのつぼみが、桃色に色づいてきた。
松本は如雨露で水をやりながら、自分の娘を見るような心もちでまだ柔らかいつぼみをつつく。
「あー、もうそろそろ咲くなこれ」
「え?うわ、ホントだ……かわいい!」
放っておくとちぎりそうな勢いでつぼみを触る加賀谷を花壇から引っ剥がし、如雨露を床に置く。
今日はひさしぶりの休日だ。前は一体何日前だったか?(考えるのも恐ろしい)
テーブルの上に広げていたネタ帳を閉じると、鞄に放り込んだ。
「ワンちゃん、今日のネタ合わせやめとこか」
「え?で、でも……ライブ明後日なのに?」
「ここんとこ全然寝とらんしな。稽古場まで来て言うのもアレやけど、
 今日はゆっくり昼寝でもしようや」
加賀谷はばんざーいと諸手を挙げて喜ぶ。リュックを枕代わりに床に寝転がると、
あっという間にまぶたが重くなって、心地よい眠気が襲ってくる。
「せや、海砂利は今日何しとんのやろ」
思い出したように松本が呟いた。
やれ特訓に付き合えだの、黒のやつに追われてるから助けに来いだの、無理難題ばかり言ってくる同期のコンビが、
ここ数日、何故か大人しい。
「あの二人も石拾って一年くらい経つから、そろそろ独り立ちってことですよ」
加賀谷の言葉に、少し胸の奥が痛んだ。
「……なーんか、いつもはうっさいって思うとるのに、いざおらんと寂しいなあ」
「……ですねぇ。僕も有田さんがうるさくないと、なんだか調子が狂うんですよ」
「お前よりかはうるさないわ!」
二人であはは、と笑い転げる。
加賀谷はごろん、と寝返りを打って松本に背中を向ける。
「……キックさん」
「ん?」
「……あの二人がどっか遠くに行っちゃっても……それでいいんですよね。
 僕たちずっとボキャ天仲間ですもんね」
大きな背中にそっと触れる。温かい体温とかすかな震えが伝わってきた。
「……せやな。白とか黒とか、わけわからん嫌な事ばっか起きとるけど、
 俺ら芸人やもんな」

753名無しさん:2015/04/19(日) 22:27:07
松本ハウスが穏やかな昼下がりの休日を楽しんでいた同時刻。
海砂利水魚の二人は、海辺の倉庫で自分たちを呼び出した男を今か今かと待ち続けていた。
「おっせーな、土田のやつ…自分から呼んどいて遅刻かよ」
上田はくわえていたタバコを地面に落とすと、靴の踵で踏み潰していらだちを紛らわせる。
「お」
隣に立つ有田は、空気が震えるのを感じて顔を上げる。
「なんだよ」
上田も、有田が指さす方向を見た。

空がパリッと引き裂かれ、緑色の丸い大きな穴が生まれる。
両足を揃えて曲げた土田が「よっ」と軽いかけ声と共に飛び出してくるのを、ぽかんと口を開けたまま見つめる。
土田は鮮やかな着地を決めると、海砂利の二人に会釈する。

「すいません、打ち合わせが予想以上に長引いて……待ちました?」
「い、いや…そんなには……あの、今の…お前の能力?」
上田が、風景に溶けて消えていく緑色の穴を指さして聞くと、土田は頷く。
「最初は車で行こうと思ったんですけど、そこの国道で渋滞に巻き込まれたんで。
 近くに来たところで降りて、こっちで来たんです」
言うなり土田はくるりと踵を返し、目の前の海へ飛び込む。

「土田!?」

気でも狂ったかと、有田が手を伸ばす。
海面が裂けて生まれた赤い穴に、土田の体は吸い込まれた。

「こっちですよ」

にゅうっ、と上田の背後から現れた土田は、叫び声をあげかけた二人を手で制止して、地面に作った緑の穴を消した。
「お互いの手の内を知らないと、話し合いも何もないでしょう。
 こっちはあなた達の能力を知ってるんですから、公平に行かないと」
どうやら土田は黒とはいえ紳士的な対応を心がけているらしい。
左手にはまった指輪を見せる。
「俺の能力は見ての通り、緑のゲートから赤のゲートに移動する能力。
 ああ……首を締めたりとかは勘弁してくださいよ、一応ここも武器なんで」
とんとん、と自分の首を指の関節で叩く。
「(言葉を使った攻撃も可能…てことは、俺達の方が分が悪いな)」
思慮を巡らせる上田を見て、土田は肩をすくめる。
「そんな顔しないでくださいよ。
 俺の誘いに乗ったってことは、色よい返事を期待してもいいんでしょう?」
「……お前も食えねえ奴だな」
「褒め言葉と受け取っときますよ」
有田の挑発にも動揺しない。
「じゃ、時間もないんでさっさと行きましょう」
黄色い係留用ビットに腰かけた土田の前に、海砂利の二人もあぐらをかいて座る。

754名無しさん:2015/04/19(日) 22:30:28

「いくつか質問してもいいか」
「ええ、どうぞ」
「俺と有田は、意見が一致してる。
 “黒が白より使えるなら黒、そうでないなら中立”だ」
「……白に行かない理由は?」
「単純に、気に食わねえ。
 まあ色々思うところがあんだよ、俺達にも」
曖昧に濁した答えに、土田は一瞬考える素振りを見せるが、すぐに「分かりました」と指を一本立てる。
「その一、黒の芸人から襲われる手間が省ける。
 白の芸人は闘いを好まないので、仕事が終わればゆっくり休めますよ」
「……続けろ」
有田が先を促すと、中指も立てた。
「その二、人脈。
 まあ…黒があなた達の思っている以上に網を張り巡らせてるってことですよ。
 望むならレギュラーも、大きな会場での単独ライブも。
 まあ、メリットと言えばこれくらいですかね。
 後、黒の命令には全面的に従ってもらう…ということくらいです」
最後の一言は、海砂利の二人にとって「息をするな」と言われるに等しい条件だった。
有田が「マジで?」と声に出さずに聞けば、土田は深く頷く。
「当然、黒にいる以上は黒のために働いてもらいます。
 どこそこのスタジオのブレーカーを落とせとか、スタッフにメモを渡せとか、
 そういう小さな命令がほとんどですけど、
 時には白の芸人と闘って石の奪い合いもしてもらいます。
 それが面倒ならどうぞ今のままで」
二人は悩んだ。
黒の芸人がやけに統率がとれていることから予想はしていたが、
元々組織だの上下関係だのといった堅苦しい勢力図に巻き込まれるのも気が進まない。
そこで、土田がダメ押しの一言を放った。

「逆の発想をしてみたらどうですか」
「逆…?」
「オセロを思い浮かべてみてください。
 今は、白と黒が同じくらいの数ですが、一枚動かしてやれば、局面によっては……全部が黒になる」

土田は人差し指と親指を軽く合わせて、石をひっくり返す仕草をした。

「あなた達二人が、この石の闘いにおける“神の一手”になればいい。
 すべてを黒に塗り替える、一手に」

土田の眼の奥がぎらりと光ったような気がして、有田は一歩後ろに下がる。
「(もしかして、俺達…結構やばい方に行っちゃってんじゃねえのか?)」
隣の上田は禍々しい雰囲気に気づかなかったらしく、握っていた拳をそっと開いた。
恐る恐る、もう一度土田の目を見る。いつも通りの茶色い瞳には、さっきのこちらを射抜くような光はなかった。
「(……気のせいだよな?)」
心の中で葛藤する有田に構わず、上田は一歩土田に歩み寄ると、左手でがっちりと握手を交わす。
「よろしく頼む。
 ……行けるとこまで行ってやるよ。ほら、お前も」
「お、おう…」
有田も、促されるままに握手する。
握りこんだ土田の手は、氷のように冷たかった。


【現在】

「……土田さんは、その頃から黒だったんですか」
話に一区切りついたところで、上田はお冷で喉を潤す。
木村は、なんと言えばいいのか分からないらしく、目を泳がせた。
「あの頃はまだU-turnってコンビだったけどな。
 まあとにかく、あの頃は白も派閥として機能してなかったし、
 力関係は黒の方に傾いてた。
 有田は未練があったらしいが、俺は身の安全と海砂利としての未来を選んだってわけだ。
 まあ人間誰だって自分が一番可愛いだろ?それで何が悪い!…って開き直ってたな。
 今思うと結構いい性格してたな」
「遅い中二びょ…モゴゴ」
先輩に無礼を働きかけた鍛冶の口を、木村が慌てて塞ぐ。
「ぶははっ、まあ中二病ってのが一番しっくりくるか。
 ただ、枕に頭沈めて足バタつかせる程度じゃ済まないレベルの過去だけどな」
「……なーんか、こっから先はちょっと聞きたいような、聞きたくないような…」
木村の手から解放された鍛冶が息を大きく吸う。
「まあ、続き話すより先に…」
上田はしかめっ面でレジに立つウェイトレスをちらっと見て、領収書を引っこ抜いた。
「そろそろ出るか。続きは歩きながらってことで」
ごちになります!と満面の笑みで言い放ったさくらんぼブービーの二人に、軽く怒りを覚えながらも、
先輩としての寛容さで押しとどめ、手早く会計を済ませる。
連れ立って歩き出すと、鍛冶が「あ、この後ちょっと打ち合わせあるんですよ」と思い出したように手を叩いた。
「じゃあ、事務所まで歩くか。
 んー…どこまで話したっけ」
「黒に入ったとこまでです」
「じゃあ、そうだな。お前らお待ちかねの…その石の“前任者”との因縁の関係でも話すか」
「盛ってません?」
犬歯を覗かせて笑う木村に、「100パーセントの実話だぞ」と返して、三人はビル街を抜けていった。

755Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/19(日) 22:39:29
トリップ外れてた…orz
すみません、全部私です。
土田さんについては進行会議スレの>>72さんの意見を採用してみました。
このシリーズでは黒ということで進んでいきます。
竹山さんとの短編で「みんなが黒になれば」的なことを言っていますが、
この頃から一貫している感じで。

756名無しさん:2015/04/22(水) 08:55:24
投下乙でした。
ひとつ気になったんですが
上田が会計前に引っこ抜いた物は「領収書」じゃなくて「伝票」では?
細かいことですみません。

757Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/22(水) 18:29:44
>>756
ですね…次の文章と混ざってたようです。
すいませんが脳内補完でお願いします。
ここらへんの世代は白黒どちらの所属か決まってない人も多いので
登場人物が絞られてきますね。

758名無しさん:2015/04/24(金) 17:40:59
おおっ!キャブラー大戦時代の物語が

759Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:24:07
有田さんの能力は『構造を理解している』が発動条件のひとつに設定してあるので、
構造が複雑な近代兵器はほぼ出せないに等しいです。
流血程度の暴力描写ありなので、苦手な方はご遠慮ください。

『We fake myself can't run away from there-3-』
_________________________

【199X年 春】

夏休みの宿題は、いつも先延ばしだった。
絵日記なんて一週間前になってから慌ててひっぱりだし、『山に虫取り』でお茶を濁す。
それは大人になって、お笑い芸人という職についても同じようなもので。
ギリギリになってからネタ帳を開き、うーん、うーんと唸りながら、うるさい楽屋のはじっこで、
畳に寝そべってボールペンを走らせる羽目になる。
「本番まであと一時間でーす」
間延びしたスタッフの声で、いらだちが最高潮に達した。
こんな日に限って悩みの種は尽きない。頭をかきむしってもおさまらない。
「あー、くそっ。どうやって誘えばいいってんだよ!!」
頭をかきむしって叫ぶ有田を、デートの誘い方でも悩んでいるのかと思ったのか…周囲の芸人は可哀想なものを見る目で遠巻きにする。
睨みつけてやると、そそくさと立ち去っていく。有田は軽く舌打ちして、またネタ作りの作業に戻った。

「そんな怖い顔やめてくださいよ。僕泣いちゃう」

堂々巡りの思考を遮る、高い声。
顔を上げると、スマイリーキクチが麦茶の入った紙コップを両手に立っている。
『お前は泣かす方だろ』という言葉が出かかったが、喉元で飲み込んだ。
はい、と差し出された麦茶を受け取って飲み始める。
「そこの自販機新しくなったんですよ。
 こう、紙コップ置いたら自動でお茶と水が出てくるんです、タダで。
 あ、上田さんもどうぞ」
寝そべってる上田の前にも紙コップを置いて、スマイリーは有田の隣に陣取った。
眼鏡を外して息をふきかけ、シャツの裾で磨きながら、何気ない調子で言う。

「そういえば、黒ユニットへの入会おめでとうございます」
「「ブフォッ!!」」

唐突な爆弾発言に、海砂利の二人は飲んでいた麦茶を吹き出した。
ゲホゲホと激しくむせて、涙目になりながら見上げたスマイリーの顔は、いつもと同じ笑みを湛えている。
「お、おま……どこから」
スマイリーは眼鏡をかけ直すと、分厚いリングノートを取り出して二人の眼前に突き出した。
「いえね、このごろ海砂利の動きがなんだかおかしかったんで、
 まさか図星とは思いませんでしたけど」
軽い声色だが、表情もあいまって何を考えているか分からない。
スマイリーは石こそ持っていないが、石を持つ芸人の能力や白黒の所属芸人の名前など、毎日せっせと情報集めをしているらしい。
いつか理由を聞いた時は『もしものときのために』とわけのわからない答えを返してきたが…
「まさかここで首根っこつかまれるとはな」
有田はがっくりと肩を落とした。
その横で、スマイリーはボールペンの先をちょっと舐めて、海砂利水魚のページを開く。
『ユニット無所属』の文字の上に二重線を引いて矢印を伸ばし、『黒』に書きかえた。
「いまのところ、このことは僕しか知らないんですよ」
「……今日、飲み行くか?」
有田は通帳の残高を思い出しながら、平和的な口封じを考える。
今のところはまだ、白には知られず動いておきたい。ここで情報を止める必要があった。
が、スマイリーは予想に反して首を横に振る。
「お二人の探しものなら、Bスタジオにいますよ。
 終わった後に散歩でも誘ってみたらどうです?」
「……それを俺たちに教える意味は?」
上田の質問に、人差し指を唇の前に立てて笑う。
「貸し、です」


果たして、松本ハウスは本当にBスタジオで収録をしていた。
片付けのために行ったり来たりする道具係の後ろから、「おーい!」と声をかけた。
有田のよく通る声が、スタッフの喧騒の間を通り抜ける。
「お疲れさん」
よっ、と片手を挙げて呼ぶ。
加賀谷は海砂利の顔を見ると、パアッと笑顔になって駆けて来た。
その仕草が本物の犬のようで、上田は軽く吹き出す。
「もう上がりか?」
「後は打ち合わせだけらしいけど、まあ明日でもええって」
「そっか。んじゃちょうどいい。
 帰り一緒に行かねえか?」
小学生の下校じゃあるまいし、怪しまれるかと思った有田の表情を、松本はじっと観察した。
ポケットの中にあるはずのカルセドニーが微かに光ったような気がしたが、
やがて視線をそらして、首を縦に振った。

760Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:25:48
薄々様子がおかしいことには気づいていたようだが、案外素直についてきた事に些か戸惑いを覚えながらも、
上田は人気のない公園のベンチを指さした。自動販売機の前で財布を取り出すと、振り返って聞く。
「加賀谷はココアでいいか?」
「はい!あの、もしかして上田さんのおごりですか?」
「遠慮すんなって、たかが100円だぜ?俺もそこまでケチじゃねえよ」
「よく言うわ、お前焼き肉に生ビールつけるって言ったくせに、
 結局いつも割引券あるとこだったやん」
「それは有田が言ったんだろ!」
「そうだったっけ?僕忘れちゃいました」
ははは、と乾いた笑いがこだまする。
「……あのな、お前らに大事な話があるんだ」
上田が背筋を伸ばすとなんとなく分かったのか、加賀谷も笑顔をひっこめた。

「……黒に来い」

退路を絶つように、あえて命令口調で告げる。
松本は飲みかけの缶を口から離して、ぐしゃっと握りつぶした。
「え、な、なんで?あの、その、うえださ…」
加賀谷は相方と上田の顔を交互に見て、わたわたしはじめた。
「ど、どど……どう、あの……あ…」
「ワンちゃん、日本語話せてないからちょっと黙ってて」
松本が肩に手を回して落ち着かせると、横を向いてココアをすする。
「俺も有田も、お前らの為を思って言ってんだ。
 黒は手段を選ばねえ。従わないならお前らの行く先はねえんだぞ。
 こんな風にな」
蟻の群れを踏みつぶそうとした有田の足を、横から松本が押さえて止める。
「……モラルを捨ててまで、やりたいことがこれなんですか?」
「そうだな、お前らはそう言うと思ってた。
 でも、もう遅えんだ。俺たち若手が言葉で訴えたところで、何が変わるってんだ?
 自分の力でどうしようもねえことなら、考えるだけ無駄だろ?
 これが俺たち海砂利水魚の、“生存戦略”だ」
ジーンズのポケットに突っ込んでいた右手をとりだす。
手のひらに光るカルセドニーを、ぎゅっと握りしめた。
「……何も考えず、何も見ず生きていけたら、そりゃ楽しいやろうけどな。
 そんな、生きながら死ぬみたいなつまらんことできるか」
海砂利の二人は黙って次の言葉を待つ。
草むらから聴こえていた虫の音が止まった。
「まだ、戻ってこれますよ」
加賀谷の縋るような声。上田はハッと鼻で笑う。
「……俺は後悔なんかしねえよ」
首をこきりと鳴らして、有田が放った言葉に、松本は目を細めた。
「交渉決裂ってか。いいぜ、やってやるよ。なあ上田」
「……しょうがねえな」
海砂利の二人は立ち上がり、距離をとる。
戦闘向きではない上田は安全圏まで下がって、もしものときのために石を握りしめた。

761Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:26:50
「“聖職者がモーニングスターをよく使うのは、相手の頭蓋骨を一瞬で叩き割れるので、
 返り血を浴びなくていいから”でおなじみ海砂利水魚です!!」
有田が口上を言い終わると、極彩色の光が武器に変わって両手におさまる。
柄に直接繋がったトゲつきの鉄球。いわゆるメイス型に分類される打撃武器、モーニングスターだ。
しかし、持ち手を指でなぞると有田の表情はみるみるうちに曇った。
「どうしたよ」
「見ろよ、これ木製だぜ…俺の石で召喚したモノって必ずどっか違うんだよなあ」
「……じゃあ、壊れるごとに新しい武器出しゃいいだろ」
「おお、さすが上田!」
有田はよっこいしょ、とモーニングスターを構えた。木製とはいえ重いので、振り回しながら走ったりなんて芸当は無理だ。
「(加賀谷が突っ込んできたところを、こいつで叩く)」
唇を下で舐めて、有田はその時を待った。

「おい、ワンちゃん」
松本が背中を叩いても、加賀谷は相変わらず根が生えたように座っている。
ため息をついて、発動のための言霊を放つ。
「ワンちゃん。分からず屋のお友達に、ご挨拶は?」
「……か……かっ……」
半分涙目になりながら、もじもじと立ち上がらない加賀谷に、松本が滅多に出さない怒鳴り声をぶつける。
「ご挨拶は!!」
「かっ……か、が、や、でーすっ!!」
涙を飛ばしながらも、プロの根性でポーズを決めた加賀谷の背中を、海砂利のいる方向に向かって蹴り飛ばす。
関節から伸びた透明な糸が松本の指にからまるのと、有田がモーニングサンを振りかぶるのは同時だった。
「……くっ」
加賀谷はギリギリで体をひねって軌道を避けた。
モーニングサンはシンプルな見た目を裏切る高い破壊力で、鎧の上からでも相手を撲殺出来たという。
木製のおかげで威力は半減しているだろうが、当たればまず無事では済むまい。
「ワンちゃん、引け!」
ぐいっと糸を引き寄せ、有田と距離を取る。
「有田、冷静に行けよ」
背後から上田がアドバイスすると、鬱陶しそうに手を振った。
だが、このモーニングサンは重いせいでゼロ距離でしか効果がない。
「(あー、構造が簡単だからこいつを選んだのはいいけど、
  もうちょい強いやつ出しゃよかったな)」
もっと、もっと軽い武器を……
刀?ダメだ、チーター並みの加賀谷のスピードにはついていけない。ピストル?構造が分からない。
「ああ、いいのがあったじゃねえか」
有田は口角を引き攣らせて笑うと、息を大きく吸い込んだ。
「“フレイル型のモーニングスターは、一撃が重くて速いのがメリットだよ”
 でお馴染み、海砂利水魚です!!」
両手に握られていたモーニングスターが光を放ち、柄と鎖で繋がった棘つきの星球が地面に沈み込む。
大きく上半身を旋回させて、放つ一撃。
鎖に繋がった星球が地面を切り裂き、進んでいく。
松本はヒュッと息を呑んで、回避するために後ろへ跳んだ。有田が歯を覗かせて笑っているのには気づけずに。

ゴッ……

鈍い音が響く。有田は松本が跳ぶタイミングに合わせて星球を持ち上げ、松本の頭にぶち当てた。
遠心力と体重を込めた一撃は重く、松本の目の前に星がちらつく。
「……っだ、あ……」
こめかみから流れた血が、左目に入って涙のように頬をつたう。
ぬるりとした感触が気持ち悪いのか、松本はジーンズで血を拭った。
「……グゥ……」
地面に伏せた加賀谷も、相方のダメージを察したのか威嚇のような唸り声を上げる。
「……平気、や……こん、ぐらいっ……」
転びかけた体をなんとか支えて、松本も立ち上がった。

762Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:28:01
「あれ、まだ立てんの?すげえなお前……」
その目が、さっきまでと違う冷たさを孕んでいることに気づき、有田は口をつぐむ。
自分たちの特訓に付き合っていた時とは全く違う、本気の目。

「(あれ、もしかして)」

松本の小指がくいっと持ち上げられる。
ふっと、有田の視界から加賀谷が消えた。
「え」
ややあって、衝撃。遅れて脊髄をつたう焼けるような痛み。
有田の頬に、加賀谷の拳が炸裂していた。
「(なんだよ、特訓の時より全然速えじゃん……)」
その思考を最後に、有田の意識は途切れる。
「有田!!」
勢い良く後ろに吹っ飛んだ有田の体を受け止めようと、上田が両手を伸ばして前へ出て…固まる。
有田の体からピシッ、と何かが割れるような音がしている。能力の対価で下半身が石に変わっていた。
「くそ、有田っ…!」
両手でしっかりと有田を抱え込もうとする。が、とっさの判断としては重い過ちだった。
慌てたせいで手が空を切る。
「しまっ……」
無防備な上田の腹に、有田の頭がめりこむ。
胃をせり上がる圧迫感。反射的に口元を抑えて胃液を吐き出すのをこらえた。
「く゛……ぉ、がっ!」
ジャングルジムにしこたま背中をぶつけて、意識が一瞬遠のく。重なるように倒れた有田をどける体力もない。
呻きながら、苦しげに喘ぐ上田の視界に薄暗いもやがかかる。
「……ま、て……よ、勝ち逃げ……かよ……」
伸ばした手は、二人には届くはずもなく、ぱたりと落ちた。




「……もしもーし……あ、目開いた」
遠くから聞こえる声に、上田はゆっくりと目を開ける。まぶしい光が瞳を刺して、しきりに瞬きをする。
心配そうな表情の警官二人がしゃがみこんで、懐中電灯で倒れている自分たちを照らしていた。
あれだけ派手に暴れたのだから、誰かしら通報しているとは思っていたが、それにしても速すぎる。
「いてっ……」
「ああ、無理しない方がいいですよ。
 骨が折れてるかも」
若い方の警官に支えてもらって体を起こす。有田はまだ気絶しているのか、びくともしない。
松本ハウスの二人はとうにいなくなっていたが、モーニングスターでえぐれた地面はそのままだった。
やがて、じっと二人の顔を見ていた中年の警官が言う。

「もしかして……海砂利水魚さん?」

簡単でもいいから変装してこなかったことを後悔する。
若いほうがマジで?と小さくつぶやいた。
「やっぱりそうだ、どっかで見た顔だと思ったけど…海砂利さんでしょ、
 こんなとこで何して…ていうか、あの地面はいったい……もごぉっ!!」
上田は弾かれるように飛びかかり、右手で中年の、左手で若い警官の口をふさぐ。
ポケットの中の方解石がじわりと熱くなった。

763Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:28:34
「あんたらは、何も見てない」
一言一言をゆっくりと、脳に刻みこむように囁く。

「誰も通報なんてしてない。俺たちには会ってない」

やがて、口を塞がれていた警官の目がとろんとなって、焦点が定まらなくなる。

「持ち場に帰れ」
手を離すと、気の抜けたような表情で、ふらふらと公園から立ち去った。

ふうっとため息をついて頭を抑える。芸能人と会った記憶は、かなり強烈な印象を持って刻まれる。
自分たち二人と会った記憶を消した代償は、高くつきそうだ。
「……あれ、上田?」
ぱちりと目を開いた有田が、上半身だけを使って蛇のように近づいてくる。
「おせえぞ有田。逃げられちまった」
「わりい……って、お前どうした?」
「お前がトロいせいで警察来たんだよ。
 俺がいなかったらカツ丼コースだ」
腹立ちまぎれにゴミ箱を蹴飛ばすと、鈍い頭痛の波をやり過ごす。
「……あいつらは」
「もういねえよ。……あいつら手加減してやがった」
「はあ?」
「あれでも全力じゃねえって事だよ。
 加賀谷のパワーならお前アバラどころか心臓逝っててもおかしくねえのに、動けてんだろ」
「……そっか」
有田はうつ伏せになって地面の小石を見つめていたが、やがてくつくつと笑い始めた。
「何がおかしいんだ」
「……いや、ムカつくなーって思ってよ」
ベンチに座ってタバコを取り出すと、次の言葉を待つ。
「俺たちが敵に回っても、本気でぶっ殺そうとしねえんだな。
 マジでムカつく…いや、可哀想だよな」
「可哀想?」
意外な感想に、ライターの火をつけたまま聞く。
「だってよ、こうやって力で勝てば帰ってくると思ってんだぜあいつら。ぜってえそうだよ。
 俺たちが本気で黒にいるって思ってねえんだよ。
 他の黒の芸人なら容赦しねえくせに」
仰向けになると、「ちくしょう…」とうわ言のように呟く。
「それで情けかけたつもりってのが、ムカつくし……可哀想だよ」
上田は物思いに沈んだような暗い目で、えぐれた地面を見つめる。
「いつか潰してやる」
有田は目頭が熱くなったのを誤魔化すように、両腕を目の上で交差させて隠した。
「いつか、助けてやる」
そう言った拍子に、有田の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「……今日だけは、泣いていいぞ」
上田が言い終わらないうちに、後から後からあふれる涙を袖でぬぐって泣き続ける。
__こんな惨めな気持ちは初めてだ。
タバコの箱を握りつぶして、上田は胸の奥から湧き上がって来る黒い感情に蓋をした。

764Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 18:43:40
後から誤字に気づくことほど辛いことはありません。
最初の投下で短編と書きましたが、予想以上に長くなりそうです。

『We fake myself can't run away from there-4-』
_____________________________

上田と別れて、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
石化が解けた後、心配する上田を突き放して、なんとか家にたどり着く。
風呂にも入らず汚れた服のままベッドに倒れ込むと、泥のように眠る。
時間の感覚も定かではなく、次に気がついた時はもう夕方だった。

ピリリリリ……

遠くから聞こえる軽快な着信音に、顎を枕につけたまま、手探りでベッド脇の子機を取って出る。
「もしもし?」
「土田です。昨夜はずいぶんやんちゃしてくれましたね」
「____!!」

狙いすましたかのような電話。冷ややかな声に、眠っていた頭が一気に覚醒した。
有田は受話器を落とすと、部屋中をひっくり返す。ベッドの下、タンスの裏側、窓のサッシに至るまで。

「……どこにっ…」

昨日着ていたジャケットを洗濯かごからひっぱり出して、襟ぐりや裏地を確認する。
そんな彼の背後に、すうっと誰かが現れる気配。
「盗聴器なんていりませんよ。黒ユニットには俺がいますから」
振り返ると、緑色のゲートにもたれかかって、土田が腕組みしていた。
「おかげでこちらの計画が台無しです」
「……反省はしてる」
「スマイリーを黙らせれば、一週間は白に知られずに動けたんですよ」
「……言葉もねえよ」

力なく項垂れ、ベッドに座り込んだ有田の肩にそっと土田の手が置かれる。
「とにかく、勝手にシナリオを狂わせた責任はとってもらいますよ」
何かしらのペナルティは予想していたが、土田の口から出たのは思っていたより軽いものだった。

「責任をもって、松本ハウスをこちらへ連れてきてください」

一瞬、頭がフリーズする。
「…は?そんだけ?」
「なにか不満でもあるんですか」
「い、いや……」
肩に置かれた手にぎり、と力がこもる。
「上のほうが、今回だけは見逃すことにしたんですよ。あの二人の石は結構使えますしね。
 ほら、バイトだって研修期間中はミスしても大目に見てもらえるでしょう。
 ただし、自分でやると決めた仕事は最後まで投げ出さない。
 これ、社会の常識ですよね」
「ま、まあそうだけどよ…」
「途中で他の白メンバーをねがえ
なんだか腑に落ちない。
目的のためなら法に触れることすら厭わない黒の口から『常識』なんて単語が出た所為か。
「どうしても無理そうなら、これを」
有田の手に、黒い細片が詰まった小瓶が落とされた。
フタを開けてその一片をしげしげと眺める。
「なんだこれ」
「それは、黒の欠片。
 言ってみれば、黒ユニットのメンバーだけが使えるドーピング剤といったところですか」
「石の能力をアップさせるってことか?」
「そうです。たとえば発動時間が延びたり、攻撃力が上がったり。
 対価の量は変わりませんけど、戦闘にはかなり役立ちますよ。
 喉に押しこめばゼリー状に溶けますけど、気持ち悪いようでしたら水で流し込んでもオッケーです」
「……じゃあ、ありがたく使わせてもらうぜ」
「どうぞ。切れたらまた差し上げます」
小瓶をサイドテーブルに置いて、帰ろうとする土田に声をかける。
「なあ。さっきのあれ、黒の幹部からの命令か?」
「ええ。俺はただの伝達係ですから」
「……本当に?」
有田はじっと、土田の澄み切った眼球に映る自分を見つめた。
「はい」
短く返事をすると、土田は壁に作ったゲートの向こう側に消える。
シュウ…と渦を巻き、赤色のゲートが消えてただの壁に戻っていく。
テーブルの上の小瓶の中で、欠片がかすかに光ったような気がした。

765名無しさん:2015/05/06(水) 18:44:38
【現在】

「こえー……土田さんこええ!!」
「それで?それでどうなったんですか!?」
ムンクの叫びのごとく頬をこけさせて怯える鍛冶の隣で、わくわくしているのを抑えきれない表情で先を促す木村。
まるで昭和の紙芝居に群がる子供のような仕草に、思わず顔をほころばせそうになって、止める。
笑いながら出来るような軽い話ではない。
「どうもこうも、次の日から追っかけ回したよ。
 ボロ負けしたまんまじゃプライドが許さねえし……黒からどんなペナルティ喰らうかも怖かった。
 命令無視ったり、任務に失敗したノーナシの末路は加入初日の時点で問わず語りに教わったしな。
 あ、知らねえほうがいいぞ。マジでトラウマもんだから」
信号が青に変わった。
ここを渡りきれば目的地のビルは目の前だ。
雑踏にまぎれて横断歩道を渡る。
「ちょ、ちょっと待って……一旦休んできません?」
「おい、だらしねえぞ木村。ビルはすぐそこじゃねえか」
「今うちの事務所エレベーター故障してて……」
「……しょうがねえなあ…じゃあそこでちょっと休んでくか」
街路樹近くのベンチによっこらせ、と腰を下ろす。
思っていたより疲れていたのか、ゆるやかな痺れが足を駆け上った。
「ただ……たが同期のコンビに、黒の命令とはいえあんだけ執着してたのは何でなんだろうな。
 悔しいとか怖えとか、そういうの以外に……」
「寂しかった、とか?」
隣に座る鍛冶が、上田の顔をじっと見つめて言った。
「……そうだな……あいつらもそうだったんなら、嬉しいな」

【過去】

「ぐッ……」
地面を味わうのはこれで何度目だろうか。
コンクリートに顔から倒れこんだ有田に、松本はため息をついた。
「お前らもよう飽きないな……毎日毎日男のケツ追っかけ回して何が楽しいねん」
「くそ……もっかいだ!」
ポケットから小瓶を取り出し、残り少ない黒の欠片を全部喉へ流し込む。
「う、ぐっ……っ、ぅ……」
舌の上でどろりと溶けて食道を落ちていく感触は、いつまで経っても慣れる気がしない。
有田は口元を袖口で拭うと、立ち上がった。
体の奥底から気力が満ちてくるようだ。黄鉄鉱も喜びの凱歌を上げるように鼓動している。
マスケット銃を肩口に乗せると、松本に狙いを定める。

「(……加賀谷の動きについてけんから、俺を倒そうってハラか……
  ほんま、学習能力ないなこいつ。鼻の骨折ったろか?)」

松本は素早く腕時計を確認する。
規則正しく時を刻む秒針に、悪役めいた笑いがこぼれる。
石が戦いを求めるのか、それとも何度追い払っても喰らいついてくる有田のせいか。
「(……俺は、こいつを叩き潰すのが楽しくなってきてる?)」
松本は頭を振って、目の前の敵に意識を集中させた。

「(俺の石はワンちゃんとセットや。ワンちゃんの体力が尽きたらほぼ使えんに等しい…
  発動時間は10分と少し。全力で動けるのはせいぜいあと5分)」

開きっぱなしの手を、ぐっと握りしめた。
柄にもなく緊張しているのか、汗が滴り落ちる。
「お、やる気になったみてえだな。いいぜ、そうじゃねえと面白くねえ」
「その強がりがずっと続けばええけどな」
あの夜、公園で決別した時から続く皮肉の応酬。
それを遮ったのは、有田のマスケット銃から放たれた銃声だった。
「チッ!」
横に跳んで避けると、有田が舌打ちする。
扱いが難しいモーニングスターの代わりに使うようにしたこのマスケット銃は、構造が単純で、大量に召喚できるわりに対価も軽い。
その代わり命中率は非常に低く、連射も難しい。
おまけに石の副作用で総鉄製になったマスケット銃は、死ぬほど重い。
「……つッ……」
反動が手首にかかり、思わず銃砲をとり落とす。
武器を失った有田の懐に、加賀谷が突っ込んでくる。
絶対不利のはずの有田は、二人には見えないように俯いたまま、薄く笑った。

766名無しさん:2015/05/06(水) 18:46:04
しぱっと鮮血が飛び散る。
ギリギリで回避したおかげで深くは傷つかなかったが、それでも加賀谷の動きを一瞬止めるには十分で。
有田の手には、本物よりずっと小さなダガーナイフがあった。
「わりいな、店で買うとシャレにならねえからよ」
足を切り裂かれた加賀谷を、糸を引いて自分のそばまで退却させて、松本も笑う。
笑いながら、次の一手を繰り出すために大きく踏み出し……彼の動きは止まった。

「……え?」

鼻孔から顎をつたう、生暖かい感触。
松本の表情が驚きの色を示す。恐る恐る手で顔を拭う。手のひらにべっとりとついた真っ赤な血。
「なん……や、こんなん、今まで……」
未知の出来事に混乱して、言葉が形にならない。
立ち上がりかけた有田も見えていないようで、後から後から溢れてくる鼻血を、必死に拭う。
「なんで、止まらん……止まれ、止まれ!」
やがて、ふっと糸が切れるように、松本の体が前のめりに倒れた。
同時に指に繋がっていた操りの糸が解けて、加賀谷が意識を取り戻す。
「キックさん!?」
倒れている相方に駆け寄ろうとして、体が動かないのを思い出した加賀谷が歯噛みする。
無力になった二人のポケットを、上田が探った。硬い感触に、そっと手を出して目的のものを確認する。
赤と黒の瑪瑙を指で握りこんで、見せつけるように加賀谷の眼前にかざす。
「もう一度聞こうか。
 俺たちと一緒に黒に来るか、それともここで人生終わるか?」
ぎり、と石に上田の指がかかる。冗談でないことは目を見ればすぐに分かった。
加賀谷は悔しそうに上田を見上げて叫んだ。

「黒に行くなら、死んだほうがマシです!!」

上田は興が醒めたというように頬を引き攣らせた。
その時、聞き覚えのあるけたたましい声が路地裏に響き渡る。
「キャー!デブに達する5キロ前!!」
同時に、海砂利の二人にずしっと重い衝撃がかかる。
例えるなら、体に重い鎧をまとったようだ。地面に倒れ、解けた上田の手から、石だけが鮮やかな手つきで抜きとられる。
「おっと、動くな……
 お前ら今、体重90キロくらいになってもうとるからな。負荷がかかって骨折れても知らんぞ」
得意気にふふんと鼻先で笑った男の姿が、月光に照らし出されてあらわになった。
「間に合ってよかったわあ、なあ西尾」
「ほんまにな。海砂利の行き先教えてくれた後輩に感謝感謝やわ」
背後から、相方.嵯峨根もひょっこり姿を現す。
有田はぎり、と奥歯を噛み締めた。
白ユニットの切り込み隊長としても知られるX-GUNの二人。何故かいつもいいところで現れては邪魔をしてくれる。
この前完膚なきまでに叩き潰してやったばかりだというのに、今日もまた懲りずに自分たちを追ってきたらしい。

767Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 22:41:14
「(また……?)」

西尾は加賀谷を背負うと、自分に続くよう促す。
しゃがみこんで松本の腕をとった嵯峨根の手が、小刻みに震えているのを有田は見逃さなかった。
「あれ、嵯峨根さん……もしかして俺たちが怖いんですか?」
「____ッ」
その一言に、嵯峨根は分かりやすく肩をびくつかせる。
図星だったことに内心ほくそ笑みながら、有田は続ける。このまま行かせてしまうのは悔しかった。
「この前折ってあげた腕、きれいに治ってますけど……まだ痛みます?
 さっきも西尾さんにだけ石使わせて、自分は後ろに隠れてましたよね。
 また痛い目に遭うのが怖いんですか?」
「おい有田、ええ加減黙れ!!」
西尾の怒声にもひるまず、じっと嵯峨根の表情を伺う。
嵯峨根はしばらく青ざめた顔で目を泳がせていたが、やがてのろのろと松本を背負って西尾に続いた。
「……お前らがどんなに黒で上に行こうが、忘れようが……お前らのしたことはお前らに帰るんやで。絶対にな」
「へー、そりゃ楽しみですね」
話しても無駄だと悟ったのか、西尾はくるりと背を向けた。
「……嵯峨根、行こか」
嵯峨根が頷くと、それきり二人は振り返らずに歩いて行く。
その姿が路地の向こう側に消えると、ようやく能力が解けて体が軽くなった。
「……っぶ、はっ!……くそ、首痛え……」
「おい、有田」
隣で固まった肩の関節を回しながら、上田が聞く。
心なしか眉間にしわがより、怒ったような表情。
「なんであんな挑発するような真似…」
「別にいいだろ?借りを返すとか言うけど、どうせ口だけなんだし。
 嵯峨根さん、トラウマで石使えなくなってんのかもなあ」
ケタケタ笑う有田の目を見て、上田は絶句する。
まるで空洞のように無機質な瞳は、黒に入る前は見たことのない目だった。
「なーにビビってんだよ。
 お前にゃ何もしねえって、相方なんだからよ」
有田は立ち上がり、ズボンについた土埃を払い落とした。
「ほら、帰ろうぜ…とと、わりいな。対価の支払が始まったみてえだ」
上田を立ち上がらせようと出された右手は、肘から先が石になっていた。
代わりに差し出された左手と、有田の顔を見比べる。
迷った末、上田はその手をとらずに立ち上がり、隣に続いた。

768Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 22:42:12

【現在】

「おう…また新たな登場人物が……」
「鍛冶、ちゃんとついてこれてるか?」
頭を抑えてくらくらする鍛冶。
上田のポケットの中のスマホがかすかに震えた。取り出すと、さっきメールで呼び出した有田が「今行く!」と
タクシーの絵文字つきで返事を送ってきていた。
「有田さんまで呼んだんですか?…なんか、すいません」
木村がスマホの画面を覗きこんで、申し訳無さそうに眉をよせる。
「あー、いいんだ。あいつどうせ今日暇だし。
 別にお前らの石を捨ててもいいんだけどよ、野良石にするには結構危ねえだろ?有田の意見も聞こうと思って」
「あ、そういや俺ら顔パスで入れますけど…上田さん大丈夫ですかね」
木村が入り口の警備員室を指さす。
まさかこの有名司会者の名前を知らないはずはなかろうが、一応窓口から身を乗り出して名乗った。
「くりぃむしちゅ〜の上田だ。ちょっと用があるんだが、いいか?」
警備員はぼんやりと宙を見つめて、「どうぞ」と入り口を指し示した。
「なんだあいつ、ぼんやりしやがって……時給泥棒じゃねえか」
「まあまあ、たぶん疲れてるんですよ」
鍛冶がなだめるが、気が収まらない。帰り際に、勤務態度について説教してやろうと心に誓う。
エレベーターのボタンには『故障中』のはりがみがあった。
空いている会議室を使って今後の相談をすることにして、階段をのぼる。
二階に上がる踊り場で、隣の鍛冶が急に震え始めた。後ろを歩く相方に振り向いた。
歯がガチガチ鳴っている。
「木村、なんか……寒くない?」
「……確かに、寒いな……急にひんやりしてきたというか……」
一段のぼるごとに、ぴりぴりと刺すような痛みが肌に伝わる。上田は階段の先を見上げて唇を噛んだ。
「こりゃ冷気じゃねえ、殺気だ。
 気をつけろ……上に石持ちがいるぞ」
「え?」
聞き返してきた鍛冶を押しのけて、一気に二階へ駆け上がる。
廊下へと続くドアを開け放つと、思わず耳をふさぎたくなるような鋭い音と共に、上田のすぐ近くの壁に穴が空いた。
命中していたら間違いなく耳たぶが吹っ飛んでいただろう。
「あっれ……外しちゃったかあ」
「だらしねえな、次俺にやらしとけよ」
たった今の殺人未遂に罪の意識はないのか、淡々と話し合う二人の若い男。
最近の若者らしいラフな服装に不釣り合いな、体の半分ほどもある大剣をたずさえ、気味の悪い笑みを浮かべている。
「話には聞いたことがある……あの石、黒が下っ端どもに持たせてる量産型の石だ」
「石?でもあれ……」
「石そのもののパワーが弱えからな、あの通り石との適合率が低いやつでも使える。
 ただ……」
上田はそこで言葉を濁した。
木村はその先を聞くのを後回しにして、自分の石を取り出す。
「さくらんぼブービーのお二人さあん、
 その石いらないんなら、俺たちにくれません?」
背の高い方が、剣の切っ先をこちらへ向けて呼びかけた。
喫茶店で話を聞いていて先回りしたのか、どうやら解散することまで知っているらしい。
「タダで黒に石渡すぐらいなら、ジュエリーショップに売ってやるよ。なあ鍛冶」
「うん!」
「……てわけで、とっととそこどいてくんねえ?」
上田が言葉を繋ぐと、若手の二人は明らかに苛立ったようで、大剣を振りかぶり走ってきた。
「……カッコいい台詞言った後でなんだけど、後お前らに任すわ」
「了解です、これがラストになればいいんですけどね……あれ、鍛冶くんじゃない?」
「うん!!」
発動のための言霊に、元気よく鍛冶が手を挙げる。
一歩下がった上田に背を向けて飛び込んでいく姿に、過去の相方が重なった。

769名無しさん:2015/05/07(木) 12:30:57
×-GUNキター!なんかここからいろいろ膨らませられそうで面白くなってきましたね
あと当方の案の熔練水晶も出てきたようで…
嵯峨根のトラウマってのも気になるなあ

770名無しさん:2015/05/08(金) 16:34:36
あと底ぬけAIR-LINEやBOOMERがいたらどんな能力だったのか
ちょっと気になる今日この頃…

771名無しさん:2015/05/08(金) 19:21:13
>>649のボキャブラ話のサブタイトル、大体はわかったんだけど
二つ目の「いくら縁起が良くたって〜」がどの芸人なのかわからない
わかる人いたら教えてください

772名無しさん:2015/05/08(金) 22:52:00
>>771
スマイリーキクチとかかなあ?
キャブラー一覧はここにあるけど

ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~anken/owarai/voca/cabu/index.html

773名無しさん:2015/05/11(月) 00:29:12
>>772
キャブラー一覧ありがとう。参考になりました。
一覧を見た結果自分が思いついたのはTIMです。
・縁起が良い→「祝」という持ちギャグがある
・長い名前は困る→「TIM」というコンビ名は「タイムイズマネー」の略
ということで。

>>649の書き手さんもう来ないのかな。このボキャブラ短編もすごく読みたい。

774名無しさん:2015/05/11(月) 05:29:17
>>771

海砂利水魚ではないでしょうか

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BF%E9%99%90%E7%84%A1

生まれた子どもの名前に縁起のいい言葉をいくつも紹介され、
どれにするか迷って全部付けた結果、非常に長くなってしまった名前の一部に
『海砂利水魚』が含まれています

775771:2015/05/11(月) 11:12:50
>>774
海砂利水魚か!
納得です。どうもありがとうございます。
>>772さんもありがとうございました。

776Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:14:31

『We fake myself,can't run away from there-5-』
________________

【過去】

芸能界は、時間厳守だ。
収録に遅れた不届き者にはドッキリを仕掛け、トロいスタッフには鉄拳制裁が下る。
いっそ寝起きで遅刻というならこちらも楽なのだが、石がらみというと、そうも行かず。

「……テメエらの事情を、100文字以内で簡潔に説明しやがれ」

太田光は、こめかみにぴくぴくと青筋をたてた。
「キックさんが起きないんです!昨日海砂利と戦ってる最中に、いきなり石とのリンクが切れて……
 いつもなら僕が動けるようになったら起きるのに、もう丸1日寝っぱなしなんです……」
加賀谷は話しながらも鼻をすすって、下を向いた。
嵯峨根がよしよしと背中をさすってやると、相方にしがみついておーんと声を上げて泣き出す。

「対価が石の使用量を上回ってる……てことか?
 お前らの石は共鳴してるから、対価の量も2人で均等なはずだよな」
田中は屈んで、布団に仰向けに寝かされた松本の耳元で、小道具のタンバリンを打ち鳴らした。
普通なら身じろぐところだが、死体のように眠った松本は眉ひとつ動かさず、規則的な寝息をたてている。
「加賀谷、お前最後にオフ貰ったのいつだ?」
「え?そ、それなんか関係あるんですか?」
「いいから答えろ。いつだ?」
「えーと、たしか一ヶ月ぐらい前……ですかね。一日まるまる貰ったのは」
田中はしばらく考えて、合点がいったように手を叩いた。
「お前らの石は体力系だろ?加賀谷の体力が削れてる分、対価のバランスが松本に傾いてるとしか思えねえ。
 まあ、石のことなんてほとんど未知の世界だし、ただの予想だけどな」
隣で寝ていた西尾も、その言葉に同意する。
「俺らかて、何や知らんけど2、3日石が使えんようになるとかありますし。
 息しとるんやったら心配はいらん言うとるのに、
 加賀谷がこのとおりで……嵯峨根、もっと上!」
「ここか?」
「ちゃう、もっと右!あー、ちょいずれた!もう1、2cmくらい左!」
うるさく注文をつける相方に、嵯峨根はムッとした顔でサロンパスの封を破る。
うつぶせた西尾の背中に乱暴に叩きつけ、ぷいっとそっぽを向いた。
「タクシー捕まえてもらったんですけど、僕アタマがこんがらがっちゃって、
道案内できなくて……結局、昨日は局に泊まったんです」
「あー、たしかにテレビ局なら安全だし、寝床も風呂もあるしな」
田中は納得したように、4人分の布団と食べかけのコンビニ弁当を見た。
しかし、事情を呑みこんだはずの太田は、バンッとテーブルに手をついて4人を睨みつける。
怒りをこめた視線に間近で射抜かれるだけで、西尾は怯えた犬のように目をぱちぱちさせた。

777Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:15:54
「なんでお前らだけで勝手に動いた?」
「そ、それは……白は、黒に比べて統率がとれてないというか……」
助けて!と隣の嵯峨根に目で訴えるが、太田の追求は止まらない。
「白をまとめるのはお前らの石にしかできねえって、言ったはずだよな?
 この有り様はなんだ?」
「で、でも今回はなんとか無事で戻れたんですし……」
「たまたまだ、バカ!安全かどうかは俺が決めんだよ!!」

ひとしきり怒鳴った太田は、気持ちを落ち着かせるために深く息を吐くと、加賀谷を手招きした。
「とりあえず、お前らの出番は最後に回してもらうから安心しとけ」
「えっ……そ、そんなの」
「いーって、全然大変じゃねえしよ。そん時になっても松本が寝こけてたら、俺らで即興の大喜利でもやるわ」
「でも……」
「オメーに心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ、いいからついててやれ」
田中を促し楽屋を出て行く太田の背中に、加賀谷は深々と頭を下げる。
「……よう言うわ、闘わんと見とるだけのくせに」
ぽつりと呟いた嵯峨根の軽い恨み言は、誰の耳にも届かず消えた。


【現在】

信号が青に変わると、有田は弾かれるように飛び出した。
すれ違う通行人がぶつからないように体を避けながら、何事かと走り去る背中を見やる。
新宿駅前まではタクシーを使ったが、運悪く渋滞に捕まってしまったので、四谷までマラソンをする羽目になった。
アキレス腱にぐっと力を込めて地面を蹴る。
ポケットからケータイをとりだして、耳に当てた。
何度か繰り返されたコールが途切れて、機械的な音声が流れる。
『おかけになった番号は、電波のつながらないところにあるか、電源が入っていない……』
「くそっ!」
ケータイをしまって、歩道橋を一気に駆け上がる。信号待ちの時間すらもどかしい。
新宿で電波が繋がらないなんてあるか。上田だってプロだ。電源を切るなんてもっとありえない。

『すまん、全部話しちまった。四谷で待ってる』

自宅でテレビを観ていた時に届いた上田からのメール。簡潔な文面だったが、
寝起きでぼんやりしていた頭を目覚めさせるには十分で。
「あーもう、めんどくせえ!」
信号待ちの時間ももどかしい。歩道橋を駆け上り、四谷交差点を目指す。
人ごみをかき分けて走るうち、目的のビルが見えてきた。システムキッチンの赤い看板が目印の、薄い茶色のビル。
エントランスに駆け込むと、荒い呼吸も整わないまま、エレベーターに向かう。
「……お?」
よく見ると『故障中』の貼り紙があった。が、ふと予感がして貼り紙をはがし、下のボタンを押す。
エレベーターはのろのろと7階から1階まで下りてくる。
「なんだよ、壊れてねえじゃん」
上田は何階にいるのか?はやる気持ちが有田に足踏みをさせた。

778Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:17:29
その時、上の階からガラスが割れるような音がした。続いて短い悲鳴と、聞き覚えのある怒声が鼓膜を震わせる。
「上田!?」
すぐさま身を翻して階段を駆けあがる。目的の人物が闘っているのが何階かまでは分からない。
ドアをひとつひとつ開けて上田を探す。
2階の廊下に、点々と血の痕が続いていた。丸い形にえぐれた壁を見る。次に屈みこんで、大きくへこんだ床を指でなぞる。
「こりゃ、熔錬水晶の使い手とやりあったな……あの二人の敵じゃねえだろうが、
 問題はパワー負けした時……か」
熔錬水晶には黒い欠片が混ぜこまれている。過去に自身が何度も服用したおかげで覚えているが、
黒い欠片で強化された石は、持ち主の意に関係なく凄まじいパワーを発揮する。
ノーマルなさくらんぼブービーの石で太刀打ちできるかどうか。
「鍛冶の体力次第だが……上の階に逃げて時間稼ぎしてるくさいな」
有田は下唇を舐めると、それを辿って矢のように走る。
「いでっ!!」
慌てたせいで、足がもつれてすっ転んだ。
走り続けたせいで心臓が痛い。呼吸が苦しい。口の中が乾いてのどが痛い。
それでも立ち上がり、壁に手をついて進む。上からは、まだ何かが爆ぜる音、人の言い争う声が聞こえてくる。
「……こりゃ、報いか?」
そう、前もこうやって、息を切らして走ったことがあった。ただ、あの時は追われる立場だったが。
「……因果だよなあ……俺たちって」

【過去】

「これ、お願いします」
U-turn.対馬は物陰に有田をひっぱりこむと、素早く何かを握らせた。
「絶対に黒のメンバーには渡さないでください俺は先に行きますから」
「え?お、おい!」
慌てて引き止めたが、対馬は振り返らず去って行き、スタッフにまぎれた。
「なんだってんだ、一体……」
対馬が渡した包みは、ハンカチで丁寧にくるまれていた。指に硬い感触がつたわる。
結び目を開くと、透きとおった中に虹色の光が揺れる石が入っていた。
間違いなく、対馬のレインボークォーツだ。
「おい、対馬はなんだって?」
様子を伺っていたらしい上田が、後ろから覗きこんでくる。
「あいつ何考えてんだ?石を手放すなんて出たとこ勝負、あいつらしくもねえ」
今回ばかりはその意見に全面賛成だ。
同封されていた手紙を開くと、見覚えのある筆跡が踊っていた。
『突然、石を押しつけられてご迷惑でしょう、すみません。
 ですが、もうこれしか方法が思いつきません。
 俺は自分の中に残る正義感に従おうと思います。
 同じように迷っているお二人に、俺の石を預けます。
 黒は俺の石を……』
そこで筆跡は途切れていた。慌てて書いたらしく、この文面からは対馬の目的が読めない。

779Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:19:18
「……なんなんだ、一体……」
ため息をついたところで、コンコン…と控えめに楽屋のドアがノックされた。
とっさに石を包み直し、脱ぎ捨てていたジャケットのポケットに突っ込む。やがてドアノブが回され、一人の男が姿を現す。
「……土田、どうした?本番前に」
土田はいつもどおりの無表情で、どこか疲れたような顔をしていた。
「いえね、対馬の姿が見えないんで、どっかの楽屋に遊びに行ってるのと思いまして。
 今スタッフ全員で探しまわってるとこなんです」
ああ、さっき会ったぞ…と言いかけて、対馬の言葉を思い出す。

『__黒のメンバーには渡さないでください__』

有田はごく、と唾液を呑みこんだ。
ここで正直に石を渡せば終わる。まだ対馬が黒を裏切ったと決まってるわけじゃない。
さすがの土田も、相方をどうにかしようとは思わないだろう……いや、あの土田のことだ、何をするか分かったもんじゃない。
大体、なんで俺に渡したんだあいつ、何考えてんだ?頭の中を、ぐるぐる回る思考。
数秒か、もっと長く感じた時間が過ぎた後、有田は口をゆっくりと開いた。

「わりい、見てねえわ」
「……そうですか。見つけたら知らせてください」
土田が出て行ったドアに耳をくっつけて、足音が遠ざかるのを確認して、ようやく肩から力が抜けた。
急いでジャケットを着直すと、対馬の番号を呼び出してかける。
「……だめだ、あいつ電源切ってやがる」
「ややこしいことになる前に、石返してなかったことにすればいいんじゃねえのか?
 まずは対馬を探して__」
笑いながら振り返った上田の顔が、みるみる青くなった。
歯をガチガチ鳴らしながら、有田の背後を指さして叫ぶ。
「後ろだ!」
体を左に傾けると、緑色のゲートから伸びてきた腕が空を切る。
「走れ、速く!」
突然の出来事に、腰が抜けてしまった有田の手を引いて、上田が走る。
二人の足音が遠ざかると、誰もいなくなった楽屋には、
ゲートから半分体を出した土田だけが残された。
「……一体、どこまでシナリオを狂わせれば気が済むのか」
ふっと口元をゆるめて、実に楽しそうな笑みを浮かべる。
「本当に、難儀な人たちだ……」
石を握り締めると、空中に生まれた赤いゲートに、頭からゆっくりと呑みこまれていった。

780名無しさん:2015/05/21(木) 19:45:21
なんかいよいよ核心に迫ってきた感じ…
「白をまとめられるのはお前らの石だけ」というセリフがそれとなく
未来(本編の現在軸)を暗示してるのがいいなあと思いました
×-GUNの石がスピワに受け継がれるという点を踏まえてという…

781名無しさん:2015/05/25(月) 19:59:00
そういやこの時期、爆笑問題は白寄りだったって事かな?
本編の現在軸で中立にいるのは、白をまとめるはずの×-GUNが頼りなかったから
という可能性も出てきた?
彼らは石とのシンクロ率が低めで充分力を使いこなせない事も知ってるのかな?
それが、現在軸において石の力をより引き出せるスピワを見た事でどう変わるのか、
みたいなのも描けそうな感じ…

782Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:45:33
『We fake myself,can't run away from there-6-』
___________________________

いつの間にか降りだした雨が、二人の肩を濡らしている。
髪からは雫が滴り、舞台衣装のスーツは水を吸って鎧のように重い。ここ一週間で最も憂鬱な気分だ。
おまけに、目の前にとても一般人とは思えない殺気をまとった後輩芸人が立っているとしたら。
これ以上気が沈む事なんてあるのだろうか。

「対馬はどこに?あいつの目的は?レインボークォーツを渡す気は?黒を裏切った理由は?」

土田は指を一本ずつ折り曲げて、矢継ぎ早に質問をぶつけた。
こちらに思考する暇を与えないことで追いつめる、尋問の常套手段だ。
「知らない。聞いてない。渡す気はない。それと、最後は俺らにも分かんねえ」
「……分からない?」
「ただ、対馬のおかげで謎がひとつ解けた。
 ……俺たち、やっぱり悪役、向いてないみたいだ」
にへら、と笑った有田。人間には、笑顔の相手を攻撃できないという本能があるなんて言った戦場カメラマンがいたが、
この光景を見たら速攻で撤回するに違いない。土田の殺気は大きく膨れ上がり、街路樹の葉や地面、ベンチに至るまで
殺気にあてられて震えているようだ。気づくと、上田の口はからからに乾いていた。頬を冷や汗が滴り落ちる。
土田に気圧されて一歩、また一歩と後ずさるが、有田はそれにも負けずに土田をまっすぐ見つめている。
「それくらいにしておきませんか。……俺にもあまり時間はない」
土田は喉元に巻いていたマフラーの結び目に指をかけ、するりと外した。
「……だな」
有田も頷き、ベルトに差し込んでいた拳銃を抜き出す。
ガラスで出来ているのか、透明な中に脆くも美しいプリズムを内包した、小ぶりの拳銃。
銃口を向けられた土田は、臆さずゆっくりと口を開いた。上田がとっさに耳を塞ぎしゃがみ込むのと同時に、
引き金に指がかかる。

783Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:46:11
「“あなたにそんな権利があるとでも?”」

弾丸が放たれるのと同時に、土田の唇が言葉を紡いだ。言霊は見えない矢となって、有田の胸を貫く。
軌道はわずかに逸れて、土田の頬をかすめるに留まった。上田は恐る恐る手を外し、立ち上がる。

「“あなた方は、その石で何人を傷つけたか覚えていますか?
  その手からこぼれ落ちたものは、もう二度と還っては来ませんよ”」
低く、地を這うような声。再び、見えない矢が有田の心臓を突き抜ける。
有田は漫画であればビクリ、と擬音がつきそうなほど、大げさに動揺した。
額からは次から次へと汗がこぼれ落ち、心臓はうるさいくらいに脈打っている。
引き金にかかった人差し指は、糸でからめとられたように動かない。
「お、おい有田……何やってんだよ、さっさと攻撃しねえと……」
「分かってる!……でも、動けねえんだよ!」
手はカタカタと震えて、照準が合わない。
土田の真っ赤なマフラーがパサ、と地面に落ちる。まるで血が滴り落ちるような錯覚。
有田は目を見開いたまま、ゆっくりと歩みよってくる土田を凝視するしかない。
 「“たとえば、そうですね……X-GUNの二人はどうでしょう?一生消えない傷を刻みつけた相手を、
  反省したからといって、笑顔で許してくれるでしょうか?恩を仇で返した爆笑問題は?
  生放送中に襲われた成子坂は?まだまだ沢山いますよね……あなた方が傷めつけた人は”」
土田は、ぞっとするような笑みを口元に浮かべて言霊を放つ。そのたびに言葉は鎖のように、有田をじわじわと締めつけていく。
いつの間にか、土田の顔がすぐ目の前に迫っていた。

「“あなた達は、許されない。どれだけ償おうが、絶対に”」

ぐるりと目の前の景色が暗転する。
自分は、いつの間にか暗い水の中に沈んでいた。上も下も分からない。有田の意志に反して、体はどんどん沈んでいく。
ばたつかせた足を、誰かが掴んだ。頭から血を流した嵯峨根が、憎しみのこもった上目遣いで睨みつけている。
『……嫌だ、やめろ!』
もがく体に無数の手が絡みつき、引きずりこもうとする。その手の持ち主は皆、自分たちが傷つけた芸人たちで。
口々に二人を罵りながら、有田の体に爪を立てる。
『離せ!』
コポ、と口から水泡が浮かんでは消えていく。もがけばもがくほど、手の力は強くなっていく。
苦しい。息ができない。冷たい。怖い。嫌だ。頭の中を支配する暗い感情。
『有田!』
混沌の中で、誰かの声がした。唯一自由なままの右手を、精一杯伸ばす。
『こっちだ、有田!』
その手を、次々に誰かが掴んだ。温かい、知っている手だった。その手が、有田をぐいっと引き上げる。
体に絡みついていた手が、一人、また一人と離れていった。体が急浮上する感覚に、ぎゅっと閉じていた目を開く。
仄暗い水の底から、光が指す方へ向かって、有田の体はぐんぐん引っ張られていった。

784Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:47:03
「有田!しっかりしろ、有田ぁ……!」

体にまとわりついていた不愉快な感覚が消えて、明転。
背中に硬い感触があった。ややあって、それがアスファルトだと思い出す。
薄く目を開くと、泣きそうな顔で自分を覗きこむ上田が視界いっぱいに広がる。
「……さっきの、手」
無意識に握りしめていたらしい右手の拳を、そっと開く。
「お前らだったのか」
上田の肩を借りて立ち上がる。ものすごい量の悪意を叩きこまれた所為で、まだ頭がぐらぐらして、まともに歩けない。
右肩をおさえて膝をつく土田の前に、誰かがいた。
「……やって、くれましたね……あなた達はっ……もう、闘えないと……思ってましたよ……」
ぱっくり裂けた右腕から、鮮血がぽたぽたと滴り落ちる。
土田の皮膚を噛みちぎった張本人は、カチカチと歯を鳴らして唸り声を上げた。
四つん這いになった加賀谷の背中に足を組んで座る男は、首に繋がった糸を引いて黙らせて、
後ろに立つ海砂利を指さした。

「別に、こいつらがどないなっても俺は一向に構わんのやけど……西尾さんには恩があるしな。
 ……ええ加減、このうっとい派閥争いにも、終了のゴングを鳴らしたらなあかん。
 対馬がそのきっかけになるんやったら、大歓迎や」
「“松本さん。あなたも、自分の弱さを……”」
「お前の言霊が、誰にでも通じる思うたら大間違いやで」

土田は詠唱を一旦停止して、ぐっと口を噤む。
松本の言うとおり、土田の石のもう一つの能力は、元々精神面が強い人間には効果が薄い。
故に、石の闘いで何度も修羅場をくぐり抜けた芸人や、辛い下積みに耐えた芸人には、使用を控えてきた。
「(……さて、松本さんのSAN値はどれくらいか。
  格闘技やってたらしいからな。やはり、ゲートを使って地道に追いつめるのが一番か。
  あの二人の石には、時間制限がある。そこまで耐えれば俺の勝ちだ)」
土田は一瞬でそこまで思考すると、落としていたマフラーをもう一度巻き直し、対価で声を失った喉を保護する。

「……お前らとダブルス組むのも久しぶりだな。足引っぱんじゃねえぞ」
有田も松本の隣に立つと、手の中の拳銃を霧散させる。手のひらには、くすんだ黄鉄鉱だけが残った。
右手から肩にかけて、急激に重みがかかる。見ると、肩から先が石に変わっていた。
「それはこっちの台詞や。お前がバテたら盾にしたるからな。
 安心せえ、もし死んでも墓にはちゃんと座布団も供えて、
 “松本ハウスに全敗の男、ここに眠る”って刻んだるわ。
 たしか……316戦316勝やったか?」
「数えてたのかよ!お前意外と陰湿だな……」
「わざわざ仕事終わりに襲ってくるお前らほどやないわ」
お互い憎まれ口を叩きながらも、軽く拳を合わせる。
上田は邪魔にならないよう、そっと後ろに下がって「頑張れ」と親指を立てる。
「“サブマシンガンは小さくて軽いせいで、相手を殺すのには向かないけど、
 おかげで警察の銃撃戦では大活躍だよ!”でお馴染み、
 海砂利水魚です!」
口上が終わると、手のひらの黄鉄鉱が、ぱあっと金色の光を放つ。
光は少しずつ形を成して、やがて現れたのは、薬師○ひろ子の映画でお馴染みのM3グリースガン。
……ただし、有田の体には不釣り合いなほど、巨大なサイズで。
「なんじゃこりゃあ!」
思わず某刑事の殉職シーンのような台詞を叫んでしまった有田を、
隣の松本も、指輪をはめ直していた土田も、しばらく呆然と眺めた。
「……ええ!?……なんだこれ、3メートルくらいあんだろ!!……あれ、軽い!?」
ぶんぶん振り回してすげー!と目を輝かせる有田。やがて上田がぷっと吹き出す。
「……くく、あっはっはっは!おま、お前……ホント、こんな時まで何だよ!……あーおかしい……」
ひー、ひーと苦しそうに息をしながら、涙目で腹を抱えて笑う上田。
しかし、はっと我に返って真顔になると、「わりい」とばつが悪そうに頬をかいた。
「……いや、お前らはそれでええんやで。今までも、“これからもな”」
「え?」
よく聞こえなかった有田は聞き返したが、松本はもう土田だけを見ていた。
腕時計をちら、と確認する。秒針は正確に時を刻む。発動時間は残り七分と、すこし。

785Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 17:07:12
三人は同時に地面を蹴った。
空間がカッターで切り裂いたように開く。有田が銃口を向けるより早く、土田の体は赤いゲートに飲みこまれた。
「有田、右だ!」
上田が叫ぶと同時に、跳ぶ……というより地面に転がって避ける。
仰向けに倒れた有田の目の前に、小ぶりのナイフを持った土田が飛び出してきた。
間一髪で避けた拍子に、松本がバックステップで距離をとっているのを見てしまう。
「松本、お前一人だけ後ろとかずりいぞ!……っとと、あっぶねえ!」
ナイフの刃先を蹴って、弾き飛ばす。舞台用の革靴でよかったと柄にもない感謝をした。
機関銃を構えてぱらららっと撃つ。一瞬、肉がえぐれたりやしないかと肝を冷やしたが、
弾も無害なBB弾に変わっているらしく、土田の動きをわずか止めるに留まった。
「ガウッ!」
無防備になった土田の右手に、飛びこんできた加賀谷が思い切り噛みつく。
土田は一瞬ひるんだが、すぐに左の袖口に隠し持っていたナイフを取り出して振るった。
「させるか!」
地面に片膝をついた松本が、右の指を一気に折り曲げ腕を振るう。
加賀谷は土田の上を軽々と飛び越えて、今度は背中に飛びかかる。
のしかかってきたものの正体を考える暇もなく、土田の体は地面に倒れこんだ。
土田の口からかすかに空気が漏れたが、決定打には至らなかったのか、有田の足を掴んで引きずり倒すと、
首に手をかける。ひゅ、と空気が喉から漏れた。
「十秒だけ待ってあげます。レインボークォーツを、渡してください」
引き剥がそうと暴れるが、全体重をこめてのしかかられ、息もできない。
ぎり、と指に力がこもった瞬間、

「離れろぉっ!!」

土田の体が、横からのタックルで文字通り吹っ飛んだ。
地面にへたりこんで、こちらに片腕を伸ばしている。その指から一本、また一本と糸が離れ落ちていく。
松本の額には血管が浮き出て、鼻血がだらだらと顎をつたい落ちている。脳の負荷が限界値に達したのか、目の焦点も合っていなかった。
「……無理、すんなよ」
やっとの思いで出たのは、そんな的外れな言葉だった。土田はもう跳ぶだけのパワーも残っていないのか、地面に転がったまま動かない。
「……今のうちに、はよ行け……レインボーブリッジの、遊歩道に……あいつは、おる」
「え?」
「そっから動いとらんから……今行けば…たぶん……黒の奴等よりは早く……」
「お前らを置いてけるわけねえだろ!」
「ええから、はよ行け!」
本気で怒鳴られ、有田もそろそろと立ち上がる。
「……後じゃ恥ずかしいから、今のうちに言っとく」
ごめん、それと、ありがとう。
海砂利の二人は何度も振り返りながら、走り去った。
彼らの他には誰もいなくなった海浜公園で、最初に口を開いたのは土田だった。
「……もう何もしませんから、どうぞ石を解除してください」
土田も、指輪を外してベンチに倒れこむように座る。見ると顔色も悪い。五分五分と思っていたが、彼もずいぶんと消耗していたようだ。
「……対馬は変なところで頑固だ。俺が力ずくで止めたところで、無駄なんでしょうね。
 そこんとこ、松本さんはどう……」
思います?と聞きかけて、土田は口をつぐんだ。
力尽きた松本は地面に仰向けに倒れて、灰色の空をぼんやりと見つめている。
『最後に、その力……海砂利のために使ってくれんか。
 あの二人の背中を押す手助けを、したってほしい』
電話越し、震えていた西尾の声。白黒どちらにも染まらず、自分たちの居場所をふらふらと探し続けた果てがこれなら、
思っていたより悪くない。また鼻血が垂れて、口の中に鉄の味が広がる。
「(まあ……あと一つ贅沢言うんやったら……)」
瞼が重くなって、意識が遠ざかっていく。松本は体の力を抜いて、抗えない眠気に身を任せた。
「(お前らと肩を並べて、闘いたかったな)」

786Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:32:12
やっとこさ回想が終わりました。対馬さんの詳細などはほとんど決めていないので、
書きたいという方にお任せしてしまいたいと思います。

『We fake myself,can't run away from there-7-』
____________________________________

俺たちがなくしたものは、諦めたものはどれだけあるだろうか。
たとえば思い出のたくさんつまった家、せっかく入った大学、それから、それから……
失った多くのものの代わりに、より大きなものを得るために、走り続けてきた。だが、俺たちは一体何が欲しかったんだろうか?
芸人になって、なんとか飯も食べれて、仲間や頼りがいのある先輩に囲まれて……それで、他に何を望んでいたのか。
だから、走る。対馬が、その答えを持っているような気がして。

「はあ、はあ……ちょ、休憩……」
「歩きながら休め!」

音を上げそうになる有田を叱咤して、上田も汗をふきふき走る。
やがて、きらびやかにライトアップされたレインボーブリッジに辿り着いた。芝浦側の入り口は照明も落とされて、ゲートは堅く閉ざされている。
現在時刻、午後21時ちょうど。通行時間はとっくに過ぎていた。
「……いまさら、不法侵入くらい構いやしねえだろ」
上田は財布から通行料の300円だけを取り出すと、料金所のカウンターに無造作に放る。
硬貨がテーブルの上でぶつかり合う音が、やけに大きく響いた。そのままさっさと歩き出す上田に、慌てて有田も300円を置いて追いかける。
風がかすかに吹き込んでくる音に顔を上げると、上田が「あれだ」とゲートを指さす。
上田が手をかけて押すと、あっさり開いた。無人のカウンターに頭を下げて、ゲートをくぐった。
展望エレベーターで遊歩道に上がると、左と右にルートが分かれている。直感で、右の北ルートを選んだ。
「……人、いねえな」
「だな」
実に当たり前のことを言う上田に、少し気が和んだ。長い遊歩道を歩いている間、すれ違う車の運転手がたまにこちらを二度見してくるが、
それ以外は誰かが追ってくる気配もなく、やがて休憩所に着いた。展望台を兼ねた休憩所にはすでに先客が一人。
後ろ手に指を組んで、夜景を眺めている小柄な背中に、忘れかけていた疲労がどっと押しよせてくる。有田は対馬の肩を掴んで引き寄せた。
「俺らに、運び屋みてえなことさせて……オメーは呑気に夜景鑑賞、かよっ……」
「いや、今日は特別綺麗なんですよ。ほら」
レインボークォーツを対馬に押しつけると、二人も渋々隣に立って夜景を眺めた。
対馬の真似をして深呼吸したり、雨が止んだおかげで凪いだ海を見ているうちに、段々と気分が落ち着いてくる。
「黒はもう来ませんよ」
「え?」
「今頃は大阪の二丁目劇場と、渋谷の宇田川町あたりで、白の芸人との大規模な戦闘が起こってるはずです。
 さすがの黒もそっちの火消しが忙しいでしょうし、俺の追跡に人員を回す余裕はありませんよ」
「じゃあ、俺達に石を渡してマラソンさせたのは、白の芸人が着くまでの時間稼ぎってわけか!?」
有田が素っ頓狂な声をあげると、「そうです」と悪びれもせず笑う。もう怒る気も失せた二人は、静かに海を眺める事にした。
今頃は、あの夜景の向こうで人知れず白と黒が刃を交えているのか。おそらく『ドッキリの撮影』として処理されるのだろうが。
やがて、上田が重い口を開く。

787Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:33:59
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「お前の後ろに、まだ誰かいんのか」
「いや、俺の意志です。誰に命令されたわけでもありません。まあ、白の芸人と一緒に作戦をたてたりはしましたが、仲間とも呼べない関係です」
「その計画……って」
「今日のうちに、実行に移します。早い方が横槍も入らなくて済みますから。明日には全部終わってる……ってのが理想ですけどね」
対馬は、イレギュラーがなければですけど、と付け加えると、そっと両手で包み込むように、虹色に輝く結晶を握りしめた。
「知ってます?願い事っていうのは……星の数ほど願って、針の先ほど叶うっていうの。俺一人の力がどこまで通じるかは分からない。
 だけど、土田がいつか、少しでも俺の想いに気づくことがあれば。それだけで俺は報われると思います」
「そんなの、分かんねえだろ」
上田の言葉で、対馬の笑顔がわずかに翳った。それを誤魔化すかのように柵に手をかけて、体を大きく反らして背筋を伸ばす。
そのまま、仕返しとばかりに聞いてくる。
「で、海砂利さんこそどうしてここにいるんですか。俺の石なんてゴミ箱にでも捨てて、知らん顔してればよかったでしょうに」
「……そうだな、俺達はずっと、勝ち目のない賭けはしなかったし、自分の得にならない事はしなかった。
 生きていく上での、不穏分子を排除して、常に最善の道を、選んできたつもりだった」
上田は柵に上半身を預けて、タバコを一本取り出す。ふうっと煙を吐いて、遠くのネオンに目をやった。
「今なら分かる。俺達は……合理的に生きていたんじゃない。まるで死人のように、思考を放棄して。
 必死で、自分たちの進んできた道を正当化する方法を探してきた」
まだ半分残ったタバコをもみ消すと、指を組んでじっと目を伏せる。
「なあ、対馬」
「はい」
「俺達は、一体どうすればいい?どこに行けばいい、どこに立てばいい?……どうしたら、この胸の痛みは消えるんだ?」
最後はほとんど泣きそうな声になっていたが、対馬は笑わずその肩に手を置く。
「目を閉じて……石を手にしてから、あなた達が一番楽しかった時のことを、思い出してみてください」
対馬はくるりと背中を向け、靴音を響かせ歩いて行く。
「待て!……あ、いや……待って、くれ」
つい、黒ユニットの癖で命令形になってしまった。慌てて丁寧に言い直した有田を、対馬は半分だけ振り向いて、なんとも言えない表情で見つめた。
自分の心臓部分を、親指でとんとんとノックする。

「そうすれば、自分の本心が見えますよ」

石を持ってから、今までで一番楽しかった時。思い出そうとする二人の耳に、肉が焼ける音と酔客の喧騒が押しよせてくる。
目を開けると、二人はいつの間にか夜の焼肉屋にいた。
「ここ……俺達がいつも行ってたあの店か?」
有田のつぶやきには答えず座敷に目をやると、鉄板の上で焼かれている肉と野菜、空っぽになったビール瓶が見える。
これは、すでに過ぎ去った日の風景なのか。目の前で繰り広げられている光景には、どこか現実味がない。
『ぷはーっ、やっぱこれやなあ!生きとるって感じするわあ』
赤ら顔でビールジョッキを一気に空けた嵯峨根を、過去の海砂利はぽかんと口を開けてみている。
つまみの枝豆も、あたりめも、あっという間に空になった。嵯峨根はジト目で後輩たちを見回すと、またビールを注いだ。
『……なーに辛気臭い顔しとんねん。お前らも飲め飲め!!』
『わ、ぶほっ!やめっ……』
無理矢理ビールを飲まされてむせる有田に、西尾が『ごめんな』と手を合わせる。

788Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:35:32
『ていうか、そもそもなんであの二人まで来てんだよ』
『いつも後輩に奢ってるから、お返しってことで』
『おい、まさかX-GUNさんが食った分も俺が出すのか!?』
誘った張本人の加賀谷は、悪びれずにパクパクと肉を食べている。畳にばたんとノビた有田の頬を、酔っ払った嵯峨根がさきいかで突いている。
カオスとしか言いようのない光景に、上田は『どうしてこうなった……』と言うしかなかった。
『あ、カルビもう一枚追加で』
『加賀谷てめえ、さっきから何枚食う気だよ!』
『おまたせしましたー』
店員の声に振り返ると、今まで大人しく野菜を焼いていたはずの松本の前に、巨大なパフェがどんっと置かれていた。大きなグラスには色とりどりのアイス、
たっぷりの生クリーム、トロピカルフルーツにチョコレート……ド派手な色合いは、見てるだけで奥歯が痛くなってきそうだ。
『シェフの気まぐれジャンポパフェでございます。ごゆっくりどうぞー』
店員が行ってしまうと、一心不乱に食べ始める松本。上田は、三枚になった伝票を恐る恐るめくってみた。
『ジャンポパフェ、一万円……!!?』
わなわなと、伝票を持つ手が震える。合計金額はすでに五万円を超えていた。
『自分では絶対頼まんからなあ、こういうの。あ、俺にもくれるか?これ、全員で食わんと無理やろ。
 いやー、ジャンポパフェはデブの憧れやしな!一度は食べたいっていう気持ち、分かるわあ』
何故か西尾はうんうんと頷き、生クリーム部分を器用に取り分ける。
『あ、僕はソフトクリームのとこもらっていいですか?』
『ずるいわあ、ほんなら俺はメロンもらうで!』
酔い覚ましとばかりに果物を狙う嵯峨根。いただきまーすとパフェにかぶりつく男たちを見ているうちに、
上田の額に血管が浮き上がり、全身から怒りがこみあげてきた。 
『てめえら……ちょっとは遠慮しろ!俺の金だぞ!!』
『キャー上田さんこわーい……あだだだ』
おどけて体をくねらせる加賀谷の頬を思い切り左右にひっぱってやると、両手をばたつかせて抵抗した。
あはは、と焼肉屋の座敷に笑い声がこだまする。上田もいつの間にか、涙目になりながらやけっぱちで笑っていた。
今からは想像もつかない平和な光景。
思えば、この時が一番幸せだった。平気で高い肉を頼み、ビールを飲みまくり、勝手に他の芸人を連れてくる松本ハウスの二人。
俺たちを破産させる気かとよっぽど怒鳴ってやろうかと思っていたが、特訓も楽しかった。(いつもストレス発散を兼ねてかボコボコにされていたが)
白も黒も関係ない。ただ、仲間と一緒に楽しく、バカをやっていたかった。それを手放したのは他ならぬ自分達で…捨てたはずのそれを、ずっと求め続けていた。
今から思えば遠い昔のような、たった一年前の日々。それを奪ったのは、何か?

「ああ……そうか」
「有田?」
「俺、最初っから……このままでいたかったんだな」
有田は両手で顔を覆って、その場にうずくまった。
「あの時、土田の手を振り払っていたら……いや、嵯峨根さんの手をとっていたら……」
「違う」
上田も膝をついて、そっとその肩を抱き寄せた。目の前で騒ぐ男たち。過去の風景が徐々にぼやけて、遠ざかる。
まぶたを閉じて、開く。さっきまでと同じ、展望台。ただ、そこにはもう対馬の姿はなく。
「過去には戻れない。だけど、今をなかったことにはできない。だったら、やる事は一つだ」
有田の顔を上げさせて、しっかりと目を合わせる。

789Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:37:35
「償おう」

その一言に、有田がゆるゆると顔を上げる。
「今からでも遅くない。過ちを認めて、やり直そう。そして、今よりもっとまともな絆を結ぶんだ」
「……簡単に、言ってんじゃねえよ……」
有田は立ち上がって、上田の胸ぐらをつかむと、前後に激しく揺さぶった。
「いまさら、どうやって許してもらおうってんだよ!土田が言ったとおりじゃねえか、そんな都合よくいくわけねえ!
 白からも黒からも追われて、潰されるだけだ!」
「それは、何もしなくても同じだ!!」
有田を引き剥がし、呼吸が落ち着くまで待つ。
「……どうせどちらからも恨まれるなら、やるだけやってみてもいいだろ。怖いなら、俺の後ろに隠れてろ。守ってやるから」
「バカ言ってんじゃねえよ」
有田は袖口で涙をごしごし拭くと、上田をピッと指さして鼻を鳴らす。
「コンビだろ、勝手に野垂れ死んだら許さねえぞ」
「それは……」
「そうと決めたら、とっとと帰るぞ。明日から土下座と泣き落し外交で忙しくなるからな!」
肩をぐるぐる回してさっさと歩き出す相方に、上田も気の抜けた笑みでついていく。
「最初はやっぱ加賀谷ん家だな。朝イチで玄関開けたら今をときめく海砂利の土下座だぞ?ぜってーウケる!」
こんな時までボケてどうすんだ、とツッコもうとして、やめる。
別に涙がこぼれそうなわけでもないが、上田は空を見上げた。さっきまでの雨が嘘のように、空は晴れ渡り、紫と青のグラデーションの中に星が瞬いていた。

その日の夜、都内某所で虹色の光が爆ぜるのを見たと通報があったが、警察が駆けつけた時には何もなく、ただの悪戯として片づけられた。
そして、翌日……

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

これがひとつの物語だとしたら、まるでそのページだけ破り捨てられたかのように、昨日の記憶がぷっつりと途切れている。
いや、昨日だけではない。頭の中に、ぶつ切りになった過去の記憶がふわふわと浮かんでいるようだ。
そして、何より……

「これ、なんだ?」

頭をがしがしかきながら、ガラスのような光沢のある石を眺める。買った覚えも、ましてや誰かにもらった覚えもない。
さて、仕事に出かけるかとジャケットに袖を通したところで、ポケットに違和感。見た目は大理石に似ているが、名前までは分からない、石。
「実はさ、俺も……なんだけど」
有田が取り出して見せたのは、一見すると黄金とも見間違うような真鍮色の多面体。
「朝起きたら床に落ちててさ」
「……なーんか、気味悪いな」
「売るのも怖えし、捨てちまおうぜ」
「だな」
今回ばかりは有田の言うとおりだ。こんな怪しい石とは一刻も早くおさらばしたい。
二人は石をティッシュに包むと、くしゃくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てる。見計らったようなタイミングで、ドアが開いてADが呼ぶ。
「海砂利さーん、リハーサル始まりますんでスタジオに集合してくださーい」
「あいよっ……んじゃ、今日も頑張りますか」
有田はどうやら絶好調らしく、スタジオまでずっと笑顔だった。

790Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:40:14
「そういや、さっき聞いたんだけど……あ、上田のこったからもう知ってるか?」
「いや、なんのことだよ」
「加賀谷がやめたんだって、芸人」
「やめた?そりゃいったい、どうして」
「なんでも、病気の方が悪くなっちまったらしい。しばらく入院するとかなんとか聞いたけど、ちょっとやそっとで戻れるようなやつじゃねえだろ、
 あいつの病気ってよ。ここ一年くらい忙しくて、休む暇もなかったろ?薬とかちゃんと飲んでなかったのかもな」
「じゃあ、松本はピンでやってくのか」
「そういうことになるな」
上田は話を聞きながら、心のどこかに引っかかるものを感じた。それはかすかな罪悪感にも似た、胸の痛み。だが、その正体を知ろうとすると、
まるで霧の中で影を探すかのように、記憶がおぼつかない。それは有田も同じようで、首をひねる。
「俺もなんか変なんだよ。昨日フジで収録したのは覚えてんだけど、その後どうやって家帰ったのか全然分かんねえんだよな。お前は?」
「俺もだ。酒も飲んでねえのに、変だな……まさかなんかの病気とか?」
「それともUFOに連れ去られて、脳みそいじられたとか!?マジ怖え……どうしちゃったんだよ俺達!」
怯える有田の前に、ふっと誰かが立ちふさがる。見ると、額に冷えピタを貼った土田が立っている。頬もこけて、一気に十歳は老けたようだ。
「……おはようございます」
「おお、おはよ……お前風邪でもひいたのか」
上田が顔色を見ようとすると、さっと避けた。その仕草に少し苛立ったが、具合の悪そうな相手に怒るのも気が進まない。
「いえ、ただのコンビ内喧嘩ですよ」
それだけ言うと、足早に立ち去った。すれ違う時に「やってくれたな……」と呟く声が聞こえたが、
それが誰に対してのものなのか、その時は分からなかった。
これが、海砂利水魚ことくりぃむしちゅーにとっての、キャブラー大戦の終わりだった。

【現在】

「……ごめん」
鍛冶の目に光が戻る。石から発せられていた放射光が弱まって、消える。ゆっくりと倒れこんでいくのを、木村はただ見つめるしかなかった。
これがRPGの画面なら、右上のあたりに出たHPゲージが真っ赤に点滅してるところだろう。
二人組の襲撃者のうち、一人はなんとか気絶させたが、もう一人は息を荒げながらもまだ立っている。
うつ伏せに倒れた鍛冶の頸動脈すれすれの所に、熔連水晶の剣が突き刺さる。そのままゆっくりと傾け、
あと少しで首が落とせるというあたりで、男は剣を止めて、後ろにいる上田を無機質な目で見つめた。
「あなたも、そんな顔をするんですね」
「……何が言いたい?」
「10年前……高校生の時、渋谷の路地裏で、あなたが若い男の記憶を消しているのを見た。どんな理由だったのかは知らないし、知る必要もない」
男は鍛治が動けないのを知ると、剣を引き抜いた。
「物陰に隠れていた俺は、あなたの石が発する青白い光に目を奪われた。やがてあなたがテレビで見たお笑い芸人だと思い出して、
 あの光をもう一度見たいと思って、この世界に飛び込んだ……魅せられたんだ、石に」
重心を低く保った木村が、なおも話し続ける男に飛びかかる。木村の全身の力を込めたタックルが決まると、男は少し驚いたように目を見開く。
男に馬乗りになった木村の石が一瞬、ぴかっとまばゆい光を放つ。……が、木村はそのまま男の上に倒れて動かなくなった。
最後の力を振り絞って男を操ろうとしたが、ルーレットの女神は木村に微笑まなかったらしい。
「だから、あなたがそんな“普通の芸人みたいな”顔をしているのを見るのは、腹がたちます。
 いまさら、そんな……何事もなかったような顔を」
ただならぬ空気に、上田は一歩後ずさって、武器として構えていたパイプ椅子を振り上げる。
が、すぱっと空気を切り裂く音。あっという間に、椅子は十六個の欠片になって飛び散った。これはもう肉弾戦で行くしかないかと振り上げた拳は
やすやすとかわされ、上田の喉に男の手がかかる。
「……がっ、ぐぅ……!」
気道を塞がれ、呼吸ができない。上田の足が地面からわずかに持ち上がった。目の前がぼやけて、口の端から唾液が垂れる。
振り解こうと男の腕にかけた手から、だらんと力が抜けた。徐々に遠ざかる意識の中、思い出すのは記憶を取り戻した時のこと。

791Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:41:15
【2004年】

「おー、めっちゃひさしぶりやん!」
「あ、嵯峨根さん……おひさしぶりです」
「いっつもテレビで見とるで、まさかお前らがボキャ天の出世頭になるとはなあ」
一番会いたくない人間と、テレビ局の廊下で鉢合わせた。目をそらして「はあ……まあ」とあいまいな返事をする上田に、X-GUNの二人は顔を見合わせる。
西尾がそっと手を伸ばした。思わず目をぎゅっとつむって体をこわばらせたが、額にぺたっと冷たい感触。おそるおそる目を開くと、
手のひらを当てて、熱を測っているだけだった。
「熱はないみたいやけどな、俺葛根湯持っとるから、あとで分けたろか?」
「え?あ、はい……ぜひ……」
やっぱり。上田は心のなかでつぶやく。この態度が演技なら主演男優賞モノだ。二人は、少し前までの自分達と同じく、石に関する記憶を失ったまま__。
X-GUNの中で、自分達は芸人仲間であり、敵ではない……。
「うっ」
「あ、大丈夫か!?やっぱりお前、胃に来る風邪ひいとんのとちゃう?」
口元を抑えてしゃがみこんだ上田の背中を、嵯峨根が優しく撫でる。その手を振り払って、廊下を走って逃げる。
「おい!」
後ろから追いかけてくる嵯峨根の声に滲んでいたのは、怒りではなく、上田を案ずる心。走りながら、誰のものとも知れない声が頭の中で反響する。
やめろ。
やめてくれ。
そんな優しい顔で見るな、気遣うな、はっ倒されたほうがましだ!あんたたちにはその権利があるはずだ!!
なのに、何故……何故、覚えていてくれないんだ、俺達の罪を、黒だった過去を!
「くそっ!」
逃げた先で壁を思い切り殴ると、胸の奥につかえていた不快感が薄らいでいく。ポケットから石を取り出して見ると、
かつてどす黒い感情のエネルギーを呑みこんでいた時とは違う、やわらかな光を湛えていて。
「……嘘でもいいから」
石を握りこんで、祈りを捧げるように両手の指を組む。
「お前が憎いと、言ってくれ……」

【現在】

ふっ、と意識が過去から引き戻される。喉に食い込んだ男の指に、さらに力がこもった。ポケットの中の方解石が、熱を持って脈打っている。
「……ぐっ、は……な、」
男の腕に震える指をかける。引き剥がそうともがく後ろで、勢い良くドアが開いた。
「上田!?」
その声に、目線だけを必死で動かす。が、有田の姿をその目にとらえた途端、上田も男も(ついでに鍛治も)一瞬あっけにとられた。
ピコハンを右手に、左手にモップを持った彼は、さくらんぼブービーの二人が倒れているのを見ると、みるみるうちに怒りをにじませた。
「お前ら……ただで済むと思うなよ」
どすの利いた低音で紡がれたヒーローさながらのかっこいい台詞は、その見た目のせいでいまいち決まらず。
「……あれ?なんだこの空気」
有田は頬をかくと、気まずそうに息をついた。

792Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:17:48
なんだかんだで8まで来てしまいました。本スレは消滅してますが、何だかんだで10年以上企画が存続してるというのは
2chの中でも息が長い方ですね……また盛り上がる日を願って。ふと、鳥肌さんで書いてみたいなんて思ったのですが、
あの人はネタにしても大丈夫なんでしょうか(放送禁止的な意味で)

『We fake myself,can't run away from there-8-』
_______________________

有田が謎の男と対峙している頃。
サンミュージックの入っているビルの前に、四谷4丁目交差点をクラッシュすれすれの猛スピードで抜けてきた一台のタクシーが停まった。
目を回してハンドルに突っ伏している運転手をよそによっこらせ、と出てきただいぶ胡散くさい関西弁の男は、
築年数は経っているが立派なビルを見上げて、自分の所属事務所でもないのに、なぜかドヤ顔でうんうんと頷いた。
続いて出てきた坊主頭の男も横に立つと、真似して頷く。
「おー、めっちゃ駅から近いやん、道も分かりやすいし。さすがに大川とは格がちゃうなあ」
「ほんとですねえ」
「これならタクシー使わんで歩いてもよかったな」
エントランスへ向かって駆け出そうとした二人を止めたのは、窓が自動で開く音だった。
そこでやっと復活した運転手が、グロッキーになりながら半分開けた窓から身を乗り出して聞く。
「ちょっと、ちょっとお客さん?なんなのこの領収書、名前のところ“海砂利水魚様”って……
 ていうかあんた達、東京でこんなカーチェイスみたいなマネさせるとか、何者なわけ?」
その問いに、二人は顔を見合わせてくつくつと笑った。坊主頭の男が何故か嬉しそうな声色で答える。
「別に、ただのお笑い芸人ですよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

有田は石を強く握り締めると、男の全身を視界に映した。所詮量産型、というべきか。
男の持つ大剣には細かいひびが入って、今にも砕け散りそうだ。男は上田の体を前触れ無く地面に落とす。
ゲホゲホと激しく咳き込む上田を守るように前に立った有田は、光で出来た剣を見て「ハッ」と嘲るように口の端を上げた。
「不思議なもんだよなあ、贋作ってのは、どうしたって本物には勝てねえ」
「……この石に、弱点なんかない」
「熔連水晶の中身って、なんだか知ってるか?」
言うなり有田は体をひねって、ピコハンを投げつける。男はあっさりとそれを大剣で斜め一文字に切り裂いた。
またピシッと小さな亀裂が剣身に走り、細かい粒が空中に舞い散る。

793Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:18:46
「水晶をすり潰した粉とか、そのまんまじゃ商品にならねえ欠片とか、粗悪なガラスとかをさ、
 溶かして混ぜて固めた偽物の輝き。それが熔錬水晶ってやつだ。
 モース硬度7の水晶サマには美しさも頑丈さも及ばねえんだよ」
男は、そこで初めて自分の鼻先に突きつけられた消火器のノズルを見た。

「お前も芸人だって言うならよ、ガラクタのまんまで終わってんじゃねえ」

こんなショボい石じゃなくて、本物貰えるくらいの芸人になれよ、と付けくわえて、にったあ……と悪い笑みを浮かべる有田。
「(あいつ、死んだな)」
上田は心中で合掌した。有田があの邪悪な笑みを浮かべる時は本気でヤバい。
反論しようと口を開いた男に構わず、有田の指がレバーにかかる。カチッと小気味いい音がしたかと思うと、ノズルから勢い良く噴き出す真っ白な霧。
「う、うわっ……なんだ、冷たっ……!」
剣を取り落としてわたわたと暴れる男の影が、霧の中でぼんやりと揺らいで見えた。有田はすうっと息を吸い込んで、踵で強く地面を蹴る。
大きく振りかぶった拳を、男の頬に叩きこんだ。
「先輩からの愛のムチだ、受け取れ馬鹿野郎!」
男は今度こそぱったりと地面に倒れ沈黙する。有田は得意気に胸を張ると、拳を解いて振り返った。
「……おい」
「あ、わりいなほっといちまって。大丈夫か?痕にはなってねえな」
「ちげえよ、後ろ後ろ」
「あ?」
しゃがみこんで上田の容態を確かめていた有田が、ギギギッと油を挿していないロボットのような動きで振り向く。
ゆっくりとドアノブが回り、会議室や給湯室からぞろぞろと群れをなして出てくる人々。
皆一様に光のない瞳で、手にはホウキや椅子など、思い思いの凶器を持って幽鬼のようなおぼつかない足取りで近づいてくる。

「……どうも、お騒がせしてまーす……」
有田がやっと出した声はひどくかすれていた。
上田も体を起こして、ははは……と声にならない笑い声をあげる。所詮素人だらけのインスタントな悪の組織と高をくくっていたが、
黒ユニットもここ10年で「緻密な作戦をたてる」ということを覚えたらしい。
考えてみれば、これだけ派手にドンパチしておいて、非常ベル一つ鳴らなかったのがおかしい。
下の警備員がぼんやりしていたのも、意識が何者かによって操作されていたと考えれば辻褄が合う。
「う、上田さん……俺丸腰なんですけど!!死ぬ、今回ばかりは確実に死ぬう!!」
床に転がった鍛冶が真っ青になる。上田は彼らを見つめたまま、叫ぶ鍛冶を引っぱってじりじりと後ろに下がった。
「やべえな有田」
「やばいな上田」
「お前の石でどうにかなんねえか?」
「素人相手に怪我させちゃ洒落になんねえよ!ていうか何に変身すりゃいいわけ!?それよりこいつらに弱点とかあんの!?」
疑問を一気に言い切った有田。強いて言うなら首か目だろうが、どちらも突いたら確実に死ぬ部位だ。
群れの中から走り出てきたスーツの男が、ホウキを振り上げた。
「あっぶね!」
有田は脳天を狙ってきたそれを、Go!皆川に負けずとも劣らないほど美しいブリッジで避ける。が、アラフォーの腰にはきつかったのか、
グキッと音がして、「いってえ!」とその場に転がった。そこで、眠ったままの木村が目に入る。

794Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:19:34
「木村!!」
思わず無防備な木村に覆いかぶさった上田の脳は、まとまりのない思考が浮かぶ中、火花を散らしてフル回転していた。
俺は何をしているんだ。俺の石じゃ何も出来ねえってのに、なんでこんな縁もゆかりもないビルで、
特に仲いいわけでもない芸人庇ってんだ。本当なら家でのんびりテレビでも見てたんだろうに、なんだってこんな面倒事に巻き込まれてるんだ。
「……やめろ」
低い声で呟くが、パイプ椅子を引きずった中年男の耳には届いていない。もうダメだと目をつぶりそうになった自分を叱咤して、
木村の前に立ちふさがる。今逃げてどうする、こいつら二人は自分を信用しているからこそ頼ってくれたというのに。
「……やめろっつってんだろ」
「上田!」
なんとかホウキの攻撃を受け止めた有田が目を見開く。上田はきっと顔を上げて、パイプ椅子を引きずる男を睨みつけると、
喉の奥から絞り出すような叫び声を上げた。

「お前ら黒はどう思ってるか知らねえけどなあ……今ここにいる俺は、白として、こいつらを傷つけさせるわけにいかねえんだよ!!」

男はその気迫に押されたのか、虚ろな目のままぴたっと動きを止める。引いてくれるのかと一瞬期待した時、
上田にとっては非常に懐かしい声が耳に届いた。
「ワンちゃん、ごらん。あれが関西で言うとこのイキリやで」
「うわー、はずかしー」
瞠目した上田が振り返った先にいたのは、十年の時を経てはいるものの、変わらない見た目の二人組。
加賀谷は少し(かなり?)ふくよかになっていたが、若いころと同じく人懐っこい笑みを浮かべてぶんぶんと両手を振っている。
「……お前ら」
松本がハッと気づいたように笑顔を消して、一気に駆け寄ってきた。
「なんだ、再会のハグか!?」
「するか!」
体を半分回転させて、両手を広げた上田をスルーした松本の足の行き先は、上田に襲いかかってくる男の腹だった。
鈍い音がして、男は盛大に吹っ飛ぶ。壁に背中を激突させて、男の胸からごほっと空気が漏れた。
男はそのままずるずると床に倒れこみ、気を失った。
「わりい、ボーッとしてた……ていうか、なんでお前らここにいんだよ!加賀谷はいつの間にシャバに戻ってたんだ!?
 聞きてえことが山ほどあるわ!」
「話は後や、とりあえずこいつら蹴散らすで!……せやけど、あれ使えっかな?有田、ちょっとの間そいつら頼むわ」
「おう……って、全部俺か!?」
有田はくっそおお、と叫びながらも、退却した三人の前に立ちふさがってモップを振り回す。滅茶苦茶な軌道を描くモップに、
操られた人々は本能的な恐怖を感じたのか、少しだけ後ろに下がりはじめた。
松本は木村の隣に膝をつき、その頭に手を置くと、後ろの加賀谷に合図する。
「えーと、鍛冶くん……でいいんだよね?」
「あ、はい……はじめまして、オニキス継がせてもらってます……さくらんぼブービーの鍛冶です」
「疲れてるところ悪いんだけど、もうちょっとだけ頑張ってもらってもいいかな?」
「はい……でも、どうやって?」
加賀谷は両手でそっと鍛冶の手をとって、握りこまれたままだった黒瑪瑙を懐かしそうに撫でて語りかける。
「ひさしぶりだね。十年前はいきなり消えてごめんなさい。でも、僕を許してくれるなら……
 鍛冶くんに僕の力をあげて!」
やがて、石が大きく鼓動するように光を放った。鍛冶の体にじんわりとあたたかい感触が広がっていく。今までだらんと力の抜けていた手足に、
再び活力が満ちて全身の神経を電気が駆け抜ける。

795Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:20:10
「あ、あれ?手が動く……ていうか、俺気絶してない……なんで!?」
混乱する鍛冶の隣で、木村がぱち、と目を開ける。まだ状況が掴めていないのか、不思議そうな表情であたりを見回す木村の頭を、
松本が軽く小突いて覚醒させた。
「起きたか、二代目」
「えっと……もしかして、松本キックさん?」
「つもる話は後や、手ェ出せ」
言われるまま差し出された木村の手に、松本が自分の手をぴたっと合わせ指を組む。指のすきまからぱあっと放射光が放たれ、
あたりが一瞬昼間みたいに明るくなった。松本が指を解くと、二人の指の関節の間を透明な糸が繋いでいる。糸の先は立ち上がった鍛冶の体に伸ばされ、
木村が指を曲げると、鍛冶の腕も上がった。
「こいつら蹴散らして逃げるなら、こんくらいで十分やろ」
「……どういう意味、ですか?」
まだ理解していないらしい木村に、松本が簡潔に説明する。
「“キャブラー大戦時代に覚醒していた石に限り、以前の持ち主の肉体を媒介として能力の一時的な借用や、
 エネルギーの受け渡しによる対価の軽量化、能力の倍増等が可能となる”以上、太田光さんからの受け売りでした」
棒読みな口調で一気に話すと、まだぽかんとしている木村を無理矢理引っぱって立たせる。
「いたっ、いだだっ!あの、俺もうクタクタなんですけど……」
「おい松本、お前がやってやってもいいんじゃねえのか?」
見かねた上田が一歩前に出るが、きっと睨みつけられ、口をつぐむ。

「お前がやらなあかんのや、木村。今の石が選んどるのはお前なんやからな。それに……」

松本が言い淀んだ先は、上田には何となく理解できた。今の松本は舞台俳優であり、芸人としては一線を退いた身だ。
今までも元キャブラーが能力を一時的に借りた例はあったが、それは彼らがまだ芸人であったがゆえに可能だった事かもしれない。
たとえ元芸人であっても、単体で能力を行使した場合、どんなペナルティが下るかは未知数。
「まさか、お前らしくねえよ」
怖いのか?と言いかけて、またやめた。その代わりに、木村の思うがままに任せることにする。
「……カッコよく言うなら、石とその運命から逃げるな、って事でしょ?分かってますよ。ただ、どうやって?」
ふ、と笑って松本がもう一度木村の手をとる。社交ダンスを踊るように指を組み、向かい合わせに立って前を向いた。
「深く息を吸って、吐け。自分の体と石が呼応しとるのが分かるか?」
「はい……なんとなく」
「その感覚を辿って、鍛冶と自分の体を一体化させろ。お前が鍛冶で、鍛冶がお前や。
 人間の脳についとるリミッターを外して、身体能力を最大限に引き出す。その手助けをしたると考えればええ。
 ……えーと、確かこうやったっけな?」
松本は人差し指をくいっと曲げさせて、腕を上げる。鍛冶の体が四つん這いになったかと思うと、手足の血管がビキ、と浮き出た。
「あ、やっぱワンちゃんと操作同じなんや」
鍛冶の体が弾かれたように飛び上がり、一回転して天井に両足をつく。
「お?……おっ、お、おわああ!!今度は何ぃぃぃ!?」
突然の出来事に頭がついていかず、悲鳴をあげる鍛冶。上げた腕を一気に下ろすと、
勢い良く石膏ボードを蹴った踵が、角材を持った男の脳天にクリーンヒットした。モップを取り落として肩で息をしていた有田が後ろへ下がると、
それを合図に松本も手を離して「後は頑張れ」と木村の背中を叩く。
「お゛うっ!?」
視界がぐるぐる回る気持ち悪さに、思わず喉からくぐもった声が上がる。まるで19世紀に倫敦を震撼させたバネ足ジャックの如く
空中で丸まった相方を、木村がじっと澄み切った目で見つめていた。
特徴的な大きい瞳をすっと細めて、敵の数をひい、ふう、みいと数える。
開きっぱなしの給湯室のドアが目に入ると、何か思いついたのか、両手を前でクロスさせた。
「全部で15人……か。行けるな」
「え?」
低いつぶやきに、嫌な予感がする。

796Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:20:49
木村は突然腕を後ろに動かすと、ウィンドミル投法の如く勢いをつけて回転させた。鍛冶の体は人の群れの中に飛び降りると
ハサミを構えた女社員のヒールを足で払い転ばせ、周囲の人々を逆立ちになって回転しながら、蹴り飛ばす。
「んで、最後は……」
両足を揃えて横向きに飛んで、壁を蹴る。ボコ、と穴が空いた中に銀色の配水管が通っているのを見つけた鍛冶が、なんとなく
木村の意図するところを察した瞬間、
「鍛冶くんキーック!!」
鍛冶の全力を込めた胴回し回転蹴りは、築ウン十年の配水管にあっさりと亀裂を入れた。
亀裂のすきまからプシャアア、と勢い良く噴き出す冷たい水に戸惑う人々。
「……後は頼みます」
木村は非常階段のドアを開け放つと、石をぐっと握りしめて能力を解除した。倒れこむ体が水面に浸かる前に、松本がそっと受け止める。
「おつかれさん」
階下からバタバタと騒々しい足音が近づいてくるのを察知すると、非常階段に体を滑りこませてドアを閉める。
水圧でなかなか閉まらない事に苛ついてか、松本が眉間にしわをよせた時、上田の手がドアノブにかかる。
「「せーのっ!」」
ドアがけたたましい音をたてて閉まるのと同時に、警報機がベルを鳴らした。

数分後。暗示が解けたのか、膝下まで水に浸かった人々が、ベルが鳴り響く中で呆然と顔を見合わせていた。
「……俺たち、何してたんだ?」
「確か会議してたはずですけど、この床上浸水はいつの間に……」
自分達の手に握られた凶器と、なおも水を吐き続ける割れた配水管を見くらべて、彼らに出来るのは為す術もなく立ち尽くすばかりだった。
「大丈夫ですか!」
その時、下から駆け上がってきた警備員が、あまりの光景に仰け反る。
「今業者に連絡しますんで、少々お待ちを……うわ、なんだこれ!」
丸くえぐれた地面に足をひっかけた警備員は、中の鉄骨が剥き出しになった壁(だったもの)を見て首を傾げ呟いた。
「……最近多いよなあ、こういうの……」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「はあッ……はあ、はあっ……だめだ、もー限界」
交差点近くの路地に入り、雑居ビルの階段を上がる。二階の踊り場に辿り着くと、有田は壁に背中を預けてずるずると座りこんだ。
自力で動けないさくらんぼブービーの二人を地面に下ろす。パトカーのサイレンが美しいドップラー効果を描いて下を通り過ぎて行った。
「誰だ?110番したの」
「あ、僕です」
加賀谷がはーいと手を挙げて、室外機の影に隠れて下の様子を伺う。警察官が腰に吊った警棒をガチャガチャ言わせながら慌ただしく走って行く。
こちらには気づいていないらしく、ずぶ濡れになった警備員や社員から話を聞いている後ろ姿だけが遠くに見えた。
「……なんとか、逃げ切れたみたいだな」
有田はタバコを取り出して、やめる。今はそんな気分じゃない。
「ですね……あー、久しぶりに走ったから膝ガッチガチですよ」
加賀谷が背負ってきた(というより引きずってきた)鍛冶は気が抜けたのか、むにゃむにゃと幸せそうな寝顔で、小さくいびきをかいている。
「……こいつ、よくこの状況で寝れるよな……ボニー.アンド.クライドってのも案外こんな図太い奴等だったのかな」
上田は柵にもたれて下を眺めていた松本にちら、と視線をうつした。しばらくして、その視線に気づいたのか怪訝そうな顔で振り返る。
迷ったが、今のうちにどうしても聞きたいことがあった。
「なんで、俺たちがあそこにいるって分かった。誰から聞いた?」
「あんな、この瑪瑙が呼んでくれたんや。最初は空耳か思ったんやけど、気がついたらタクシー乗って、四谷まで来とってな」
「……石の意志ってやつか……」
「せやな」
上田の駄洒落はあっさりスルーされた。会話が止まってまた気まずい空気になる。なにせまともに顔を合わせるのは10年ぶり。
こちらの過去を思えば土下座でもしたほうがいいのかと馬鹿な考えが浮かぶ。しばらくお互いの出方を伺った後、
一服終えた有田がタバコの先を地面でもみ消して口を開く。

797Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 21:18:40
「……その、ありがと、な。助けてくれて」
「は?」
顔を上げると、松本は能面のような無表情でこちらを見つめていた。
「別にお前らなんかどうなってもええけどな、こいつらに罪ないやん、葬式行くのめんどいから“ついでに”助けたっただけや。勘違いすんな」
なんとなく分かってはいたが、いざ言葉にされるとイラッとくる。上田が止めるより先に、有田が持ち前の短気を爆発させた。
「なんだと、俺さえ全力だったらあんな奴等一網打尽だっての!相変わらず恩着せがましいなお前らは!!」
「あれー?さっきありがとって言ったのもう忘れてるんですかー、有田さんもしかしてアルツ?」
「だあああムカつく!!やっぱお前と絡むと運気下がるわ!!今度は外科で入院してえか!?」
「あだだだ!い、いつまでもやられっぱなしだと思わないでくださいよぉ!10年前の僕とは違う!」
「やるかこのっ……」
むぎー、とお互いの頬を引っ張り合う二人に、上田は思わず「ぷっ」と吹き出す。あはは、と涙を流しながら笑った。
「っはは……あー、何してんだろ。こっちは5年も苦しんでたってのによ」
そこで有田の攻撃から解放された加賀谷が、「ぷはっ」と息を吐いた。
「……もしかして、“自分達が毎日しつこく追っかけ回してたから薬飲む時間なくて悪化した”とか思ってました?」
「うっ……まあ、そうだな。責任の一端は俺たちにもあると思ってた」
「思い上がりもいい加減にしてくださいよ、たとえ上田さんたちが何もしなくたって、あんだけ仕事詰まってたら
 普通に悪化しますよ、第一コンプライアンス守らなかったのは僕の責任でしょ?どんだけ自意識過剰なんですか」
何一つ反論出来ない。そういえばこいつ曲がりなりにも麻布卒だったかと思い出す。
「……そうやって、自分達だけで何でもかんでも抱えこもうとするの、ずるいです。
 ちょっとくらい、僕にも背負わせて欲しかったのに、いつの間にかどんどん遠くに行っちゃって、
 それで10年もっ……」
そこで初めて、加賀谷が歯を食いしばってボロボロ泣いてるのに気づいた。
「あ、あれっ……変だな、言いたいこといっぱいあるのに、頭空っぽになっちゃって……」
そこから先は言葉にならなかった。空を見上げてあー、と泣く加賀谷に、なぜか有田の涙腺まで切れる。
気がつくと、四人とも身を震わせて、泣きじゃくっていた。余計な言葉は要らなかった。
有田はごめん、ごめんと繰り返しながら、掌の黄鉄鉱に涙をぽと、と落とす。
記憶を取り戻した時も出なかった涙が、後から後から溢れて止まらない。海砂利水魚の10年前の過ちはやっと赦されたのだ。

そのそばで、しっかり目を覚ましていた二人。鍛冶は苦笑まじりのため息をついて、小さく呟く。
「……全部聞こえてたんだけどなあ」
「……しばらく泣かせてやろうぜ。積もる話もあんだろ」
「だな」
鍛冶は平和な気分で寝返りを打つと、ゆっくり目を閉じた。遠回りをせずに済んだ自分達二人の日々に感謝しながら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

日が傾いて、橙色の光が街を染める頃。
ようやく泣き止んで呼吸の整った四人は、ぼんやりとビルの向こうに沈む夕日を見つめていた。
「……いまさら遅えかもしれねえけど、力を貸してくれねえか」
「ボキャ天の遺産にできることがあるなら、なんでも」
「とぼけんじゃねえよ、もっかいお笑いやるんだろ。お前ら」
照れて頭をかく加賀谷の頭をまた小突いて、上田は立ち上がった。
「今度こそ、終わりにしてえんだ。あのキャブラー大戦を生き延びた奴が、白ユニットに必要なんだよ」
松本ハウスは顔を見合わせると、ふっと柔らかく笑う。
「……はい。僕達でよければ。だけど、一つだけ……」
「なんだ?」
「僕お腹空いちゃいました」
今までのほどよい緊張感をぶち壊す一言に、くりぃむの二人はどっと脱力する。
「一回ごとに焼き肉ビールつき、で手を打ったるわ。あの店、まだあったで」
「……ったく、やっぱ勝てねえんだな。お前らには」
がしゃがしゃと頭をかき回すと、有田は狸寝入りをしていたさくらんぼブービーをたたき起こす。
「とっくに起きてんのは分かってんだよ。若いくせにいっぱしに気ぃ使ってんじゃねえ」
腰をさすりながら起き上がった二人の頭を撫でて、踵を返す。有田の後ろに続いた加賀谷が「上田さんはやくー!」と手招きした。
「……ああ、今行く」
これからはきっと、闘いに彩られながらも穏やかな心で日々を過ごせるはず。
上田はすっかり軽くなった心で、彼らに続いた。

798名無しさん:2015/07/08(水) 10:44:12
>>792
最近小沢が「セカオザ」とかいってまた売れてきてるし、ここも盛り上がって
くれないかなあ、と当方も思っております
ここでスピワ関連の面白い話を書いてくれてた小蝿さん、またここに来てくれないかなあ?

799Evie ◆XksB4AwhxU:2015/08/05(水) 16:56:05
思えば四ヶ月もかかってしまいましたが、最終話です。
投下は初めてでしたが、こんな作品でも面白いと言ってくださった方に感謝です。

『We fake myself,can't run away from there-9-』

____________________________________

ほどよくビールが入ったところで、鍛冶が思い出したように呟いた。
「あ、そういえば肝心なこと聞いてませんでした。木村の石ってどうなっちゃうんですか?」
「あぁ、そうだな……」
上田は箸で肉をつつきながら、考える。
「そりゃ、芸人やめたらもう使えねえよ。いずれ石が別の持ち主に巡りあえば、そいつのもんになるが……
 キャブラー大戦期の石だって、まだ持ち主が見つからなくて野良石ってのもあっからな」
「いやいや、松本は今度芸人に復帰すんだろ?ていうことは、松本に所有権が戻るんじゃねえのか?」
有田の一言で、また上田はうーんと考えこんでしまう。
「とはいえ、お前らの石はコンビでワンセットだからなあ……今まで、一つの石に二人の持ち主ってのは例がねえし……
 そん時にならねえと分かんねえな。木村はどう思う?」
「俺も、上田さんが言うとおりだと思います。まあ引退は近いし、その時を待ちますよ」
口いっぱいに詰め込んだ肉をもぐもぐ咀嚼しながら、木村は呑気に答えた。
「ただ、鍛冶の石だって木村がいなけりゃ使えねえってわけじゃねえだろ。例えば、鍛冶が能力を発動しても、
 味方が避けることさえ出来りゃいいわけだ。バリア張ったりテレポートで逃げたり、いくらでもやりようはあんだろ」
有田のアイデアに、鍛冶をのぞく三人がそろって頷く。
「つまり、俺はまだ戦えるってことですか?」
「まあ、役無しの身になるのは当分先だろうな。お前もその方がいいだろ?」
「はあ……」
鍛冶はまだ釈然としないようだったが、隣で勝手に盛り上がる“初代”の二人をちら、と横目で見た。
快気祝いとばかりに肉を頼みまくり、話し合う自分達には目もくれずに食べている。
「……あのー、加賀谷さんに聞きたいことあるんですけど」
「後にして、今お肉裏返すベストなタイミング測ってんの」
「肉より大事な話なんですよ!ちゃんと聞いてください!!」
鍛冶が大声を上げると、びっくりした拍子に滑った箸が炭火に落っこちた。
「あぁ……」
燃える割り箸を切ない目で見つめる加賀谷に、物凄い勢いで罪悪感がこみ上げてきたが、それはそれだ。
「このオニキスなんですけど」
鍛冶は言うなり、自分の石をテーブルに出して加賀谷の方へ滑らせる。
「あ、それはもちろん鍛冶くんに差し上げます」
加賀谷は箸の先でそれを鍛冶の方へ押し戻した。
「いやいや、先輩なんだから加賀谷さん持っといてくださいよ」
「いやいや、鍛冶くんのほうが若いんだから先輩を労ってよ」
二人の間でぐいぐいと、寄せられては返しを繰り返す石。その様まるで大岡裁きのごとし。

「……アホや、あいつら」
松本がぽつりと呟く。
「……石って、似たような奴を選ぶもんだな」
有田もそれに同意した。

800Evie ◆XksB4AwhxU:2015/08/05(水) 16:56:43
「なあ」
「何や」
「嵯峨根さんに詫び入れようと思うんだけど、ついてきてくんね?」
「……一人で行け」
「そんなこと言わずにさあ!俺あの人の腕へし折っちまってんだぞ!?しかも両方!
 なあ頼むよ、遠くから見ててくれるだけでいいから!」
「はいはい、分かった分かった」
松本は適当な返事をしながら、携帯電話をテーブルの下で開いてメールを打つ。
終わると、壁にもたれてお冷を一気飲みした。まだ石の押し付け合いを続ける二人を横目で見て、呟く。
「俺も、芸人失格かもしれんな」
「どういう意味だよ」
「ずっと考えとったんや。お前はほんまは俺達みたいで、俺達はただ運がよかっただけなんやないかって。
 ただほんの少しお互いの解釈が違っただけで、お前らのしでかしたことが全部お前らの所為っていうわけやないんやろ?」
有田はまた考えこんでしまったが、やがて「そうか」と納得したように下を向いた。
「俺たちに大した違いなんてなかったって事か。そういやお前も楽しそうだったもんな、あの時」
10年前と変わらない黄鉄鉱を掌に乗せて眺める。
「この石は俺たちの歩んできた道を示してたなんて、誰が分かるってんだ」

やがて、店員が「いらっしゃいませー」と間延びした声で挨拶するのが聞こえてきた。
店内に入ってきた男二人は、席に案内しようとする店員を断って座敷へ入ってくる。
「あっ」
木村が有田の後ろに立っている細身の男を指さして、某大物芸人の「うしろうしろ!」のギャグの如く口をパクパクさせた。
いつの間にか肉の奪い合いに変わっていた加賀谷と鍛冶も、野菜を焼いていた上田もその声に振り返る。
「なんだよ……さっ、さがねさん……なんで、ここに……」
振り返ったまま、固まってしまった有田の顔を見て、嵯峨根は面白そうに笑った。
続いて入ってきた西尾は、顔を背けて合掌する。
「なんでって……今度こそホンマに白黒つけるんやろ?」
携帯をパカッと開いて、さっき送られたメールを見せる。

『TO:さがね正裕
 
 黒ユニットとの本土決戦に志願しました。
 少しでも前に進みたいというお気持ちがあるのでしたら、X-GUNのお二人もお力添えをお願いします。  松本』

驚く有田に、両手を広げた嵯峨根は台詞がかった声色で続ける。
「昔のことはもう意味なんかないんや。俺たちは手を取り合わなあかん」
「嵯峨根さん……」
少し感動している有田に向かって、西尾はそれまでの空気をぶち壊す一言を放った。
「せやから……晩飯、奢ってや。それで昔のことはチャラにしたるから」

数十分後。
そこには、財布を下に向けて肩を落とす上田と、西尾に肉をあらかた食べられて落ち込む有田の姿があったという。

【終】

801名無しさん:2015/08/06(木) 22:44:10
おおっ!!乙でした

802名無しさん:2015/08/07(金) 16:47:11
なんかとても充実した内容で楽しませてもらいました
それで当方からの提案ですが、今後の楽しみ方として底ぬけAIR-LINEや
BOOMERなど他のキャブラーの能力とか考えて載せてくのはどうですかね?
底ぬけの場合、新たな持ち主が出てきてなければ今は古坂が3人分の石を持ってそうな気がする…

803Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 18:57:55
廃棄小説スレの>>146を読んで、ずっと前にプロットだけ作って放置していたアリキリの短編を投下。
この後どうなるかは全く決めてなかったのでお蔵入りしてました。
設定固まっていないのをいいことに結構好き勝手に書いてしまったものです。

【ekou-1-】

「え……何、これ?」
「見てのとおりだ」

石井はソファに深く体を沈めて、頭を抱えていた。
テーブルの上には、無残に潰れた携帯電話の残骸。
基盤とコードはまだバチバチと爆ぜるような音をたてている。
石塚はそっと、石井のケータイ(だったもの)を拾い上げる。
ひび割れて何も映らなくなったモニタを撫でると、指先にちりっとかすかな痛みが走った。
「……僕は、思い出してしまったんだ」
文章にすれば圏点がついているであろうゆっくりとした発音。
石塚はそれで何もかも悟ったが、あえて分からないふりをして「なにを?」と聞き返した。
ついでにいつもの癖で軽く首を傾げてみせると、石井はふうっと息をつく。
「いや……分からないならいい。知らない方がいい事だ」
「そっか。分かった」
「聞かないのか?」
食い下がらなかったのが不思議だったのか、眉根をよせて少しだけ腰を浮かせ問うてくる。
「石井さんが言いたくないなら、今はまだそれでいいよ」
信頼をこめた一言に、石井は今度こそホッとして表情をやわらげた。
「……いや、話すよ。君との間に隠し事はしたくない」
「嫌な話?」
「ああ。君はとても信じられないだろうし、僕を軽蔑すらするかもしれない。
 だが、事実は小説より奇なり、だ。僕は君に嘘はつかない。座ってくれ」
言われるがまま、ソファに腰を下ろして向かい合う。石井はどう切り出すべきか迷っているのか、
組んだ指をせわしなく動かして、床に落とした視線を彷徨わせている。
(……この人も、こういう顔するんだなあ……)
いつもより弱った相方を見つめながら、石塚はつい一時間前の電話を思い出していた。

遠くから聞こえる着信音に、ゆっくりと意識が浮上する。
まだ完全に覚醒していない頭を振って、ベッド脇に置いておいたケータイを手探りでとる。
名前は表示されていなかった。市外局番から始まる10ケタのそれが、石井の自宅の番号だと思い出すのに
たっぷり5コールを要した。やわらかい枕に顎を乗せて、耳に当てる。
「……もしもし?」
『もしかして寝起きか?
 それならなおさら悪いが、すぐに僕の家へ来てくれないか。大変なことが起きた。
 ……とても電話では説明できない事態なんだ、頼む!』
それきり、ぷつっと電話は切れてしまった。
「あ、ちょっ……石井さん?」
あの声音から言って、ただならぬ事態なのは間違いない。
だが、悠長に電話してきたということは、彼自身に危険が迫っているわけではなさそうだ。
石塚は起き上がり、適当に服を身につけて手早く身支度を終える。家の鍵とケータイをポケットにねじこんだ所で、
ふと、開いたままのチェストの引き出しが目に入った。石塚は引き出しに手をかけると、一気に開けた。

804Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 18:59:06
「聞いてるのか?」
不機嫌そうな石井の声が、やけに近くで聞こえた。
思案に沈んでいた石塚は、そこではっと顔を上げる。すると、顔色の悪い石井の視線とまともにかち合った。
「これからは君にも気をつけて欲しいんだ。
 なるべく一人で動くのはやめろ。変なやつから声をかけられたら、
 すぐに逃げろ。もしくは僕を呼んでくれ。それと……今はまだ、
 黒の芸人とは仕事以外で不用意に関わらない方がいい。
 君にとっては一方的な押しつけになって悪いが、従ってくれ」
お願いの形をとってはいるが、その口調には厳しい響きがある。
すぐ頷かなかったのを拒絶ととったのか、石井は今度は命令口調になった。
「いいから、言うことを聞くんだ。
 今まで僕の指図が間違っていたことがあったか?」
石井の心配はもっともで、だからこそ首を横に振れない。
分かっていたが、石塚の首はやけに緩慢な動作で深く前へ垂れた。
「……うん、分かった。石井さんの言うとおりにする」
「分かってくれたんならいい。
 それと、最後に一つだけ。
 ……もし、石を手に入れたら。それが誰かからの贈り物だろうと、拾い物だろうと、
 とにかくまっさきに、僕に知らせるんだ。いいね?」
肩に手を置いて、語尾に力を込める。
毎度思うが、石井のこの人心掌握術はどこで学んだのか。
澄んだ声と美しい滑舌を聞いているうちに、何もかも見透かされているような気分になる。
「それと、これを」
渡されたのは、石井が片手で走り書きしていたメモだった。
いつもより雑な字で、何人かの名前と電話番号が書いてある。
その中でもアンジャッシュの二人には名前の横に星マークがついていた。
「それが、いわゆる白ユニットの芸人だ。そこに名前が上がっている人は安全だと思っていい。
 僕がいなかったら、彼らに助けを求めろ。いいね?」
石塚は操られるように「うん」と返事をして頷いた。そこでやっと満足気に石井の手が離れる。
立ち上がると、石井も後からついてきた。もう話は終わったろうし、ここにこれ以上用事はない。
石井は玄関の鍵を開けると、深いため息をついて眉間をおさえた。
「悪いな、神経がピリピリしていて……とても一人じゃ立ち直れそうになかった」
「いいって。俺にできることならなんでも」
「ありがとう。でも……僕は、守られるより、守る方がいい。
 君は僕の後ろにいてくれ。それだけでいいんだ」
その物言いが少し引っかかったが、石塚は構わず外へ出ようとした。
しかし、ドアノブにかかった手に、後ろから出てきた石井の手が重なって動きを阻む。
「石塚くん」
振り返ると、自分より低い位置にある石井の目とまともにかち合った。
「本当に、石は持ってないんだね?」
嘘をつくのは難しい。澄み切った目で相手を見つめて、疑う余地を与えるな。
低めの声で、ゆっくりと、否定しろ!__頭のどこかでそんな声が聞こえた。
一秒も経たないうちに、唇が微笑の形を作る。
「ああ、持ってない」
石井は安心したように肩の力を抜いて「じゃ」と短く挨拶した。
扉がゆっくりと閉まる。石塚は音のない舌打ちをして、その場を後にした。

帰る道すがら、パーカーのポケットに手を入れて中を探った。
指先が硬いものに当たる。引き出すと、石塚の手には虹色の光を内包した結晶が乗っている。
「石井さん……」
ぎゅっと握りしめる。手のひらが角で痛い。ぎりぎりと握りこんだ。
その痛みが、さっきの嘘を責めたてているようで石塚は下を向いた。
本当はこの石を見せて、一緒に頑張ろうと言うつもりだった。
しかし、弱り切った石井を見た瞬間、その言葉は声にならなかった。
自分はあの人に何をしてやれるのか。この石はどんな役に立つのか。それが分からなくなった。
(もっと、強い石ならよかったな。
 そしたら、俺が石井さんを守ってあげられるのに)
思い出されるのは、混沌と血の匂いで満ちた1999年。ずっと見ていた、石井の背中。
気がつくと、自宅マンションのすぐ手前まで来ていた。
憂鬱な気分のまま、階段をのぼる。鍵を開けて玄関に入ると、ポケットのケータイが鳴った。
デフォルトの着信音ということは、未登録の番号だろうか。
「はい、石塚です」
しかし、電話の相手は無言のままだ。一旦耳から離して画面の番号を確認する。
やっぱり、知らない番号だ。
「もしもし?……どちら様ですか?」
やや怒りをこめて聞くと、電話の相手は笑いながら言った。

805Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 19:03:22
『俺だよ、俺』
「……三村さん?」
石塚は四つ折りになったメモを取り出した。白の芸人たちの名前の横、特に接触が多く要注意すべきな
ホリプロの黒ユニット所属芸人たちの名前がある。電源ボタンに指が伸びたところで、
まるで見ているかのように三村が言った。
『おいおい、もうちょっと話聞けって。お前にはライブでぶっ叩かれた貸しがあんだからよ。
 悪の組織、黒のユニットからお電話だぜ』
「……一応、悪いことしてるって自覚はあるんですね。
 あと、俺の相方を洗脳マシーンみたいに言わないでください」
『洗脳だろ?お前の意思で決めたことかよ、それ』
「あのねえ、言っときますけど、俺はキャブラー大戦もこの体で知ってたんですからね!
 こんな弱っちい石で何させたいのかは知りませんけど、俺は黒に協力する気なんて1ミリも」
気がつくと、電話の向こうは再び無音に戻っていた。
「……もしもし?」
「お、石塚のくせにいい感じの部屋じゃねえか」
すぐ近くで聞こえた三村の声に、勢い良く振り向く。
うっかり鍵をかけないままだった玄関に、二人の男が立っていた。
石塚はケータイをポケットにしまって、テーブルの上のペン立てからカッターナイフを取り出す。
刃をチキチキと出す間に二人はもう部屋に上がりこんでいた。
「……無理すんなって、お前に人は刺せねえよ。
 別にお前をとって食おうってわけじゃねえ。仕事上がったついでに来ただけだ」
カッターは右手に構えたまま、石塚は壁に背中を当てる。二人は勝手によっこらせ、と腰を下ろした。
石塚の背中を冷や汗が垂れて、刃先が震えた。さまぁ〜ずの能力はよく知っている。自分一人で……
いや、石井がいても太刀打ちできるとは言いがたい相手だということも。
「お前にな、ちょっと聞きてえことがあんだよ」
大竹が、プラチナクォーツの入った左のポケットを指さした。
一瞬、この石で一瞬だけ隙を作れば逃げられるかもしれない。
……が、ベッドの上にあった名刺入れは、あっという間に三村の手の中に収まった。
話し合いと表現するにはあまりに一方的な流れに、抗議しようと口を開きかけた石塚を、
大竹が手で制して部屋の空気を張り詰めさせる声で言った。
「上手くおしゃべり出来たら、ご褒美だ」

806名無しさん:2015/10/30(金) 23:42:49
お、新作が来てる
アリキリの話ですか

807名無しさん:2015/11/01(日) 02:29:11
>>803-805
投下乙です。面白かった。
「この後どうなるか決めてなかった」とのことですが
現在事情が許すようでしたらぜひぜひ続きをお願いします。

808Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/01(日) 20:51:15
続きは一応考えてあるんです。 

脅迫or洗脳で一旦黒化

誤解から石井、白と争う

なんやかんやあって和解or浄化

ハッピーエンド←こんな風に考えてましたが、石塚さんを短期間とはいえ
黒として使って大丈夫か判断を仰ごうとしたら本スレが消滅したのでお蔵入りだったのです。

809名無しさん:2015/11/02(月) 02:23:36
>>808
石塚の黒化で特に問題になるようなことはないだろうと思います。
短期間で戻るのであればなおさら。

続きが読めたら嬉しいです。

810Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:49:02
続きが読みたいと言って下さった方がいらっしゃったので投下。
ちなみにタイトルはホリプロ繋がり。

【ekou-2-】

「お前の選べる道は二つだ」
三村は台所で勝手に水を汲むと、一気に飲み干した。
「石井について洗いざらいぶちまけて自分の身を守るか、それとも俺達に“駄賃を払う”代わりに石井からの信頼を守るか。
 ……前者の方がお手頃だと思うがな」
「俺に、相方を売れって言うんですか」
カッターナイフを持つ手が小刻みに震える。大竹がその手に自分のを重ねて、凶器を下ろさせた。座れ、と顎でうながされ、
そのまま床にへたりこんだ拍子に、ポケットから白金色の鉱石が転がり出る。それを握りしめて、心臓を落ち着かせる。
(たとえ俺がここで石井さんと話したことを吐いても、その一度で終わるわけない。
 その弱味につけこまれて、気がついたら黒の操り人形にされるだけだ)
大竹は黙ったまま、成り行きを見守っている。思考は頭の中でぐるぐる回って、まとまらない。
(どう答える?なんて言えばこの場を乗りきれるんだ?……だめだ、思いつかない!!)
石塚は見えないよう、後ろ手にそっとケータイを開いた。操作は見なくても覚えている。電話帳を開いて、あ行から石井の番号を出す。
(……よし、あとはダイヤル……)
決定ボタンを押そうとした。瞬間、三村の手が伸びてきて、それを取り上げる。
「あ!」
「……人が話してる時にケータイいじるのは、よくねえなあ。……石井に何の用があったんだ?」
ん?と画面の番号を見せつけられる。三村の顔からみるみるうちに笑顔が消え去った。
「助けてくれ、とでも言うつもりだったのか?……お前、それはねえだろ。……石井は110番じゃねえ。
 そろそろ答えろ。相方か、それとも自分か」
電源ボタンが長押しされて、画面に一筋の白い線が走った。電源の切れたケータイを返され、石塚はいよいよ逃げられない事を悟る。
イエスか、ノーか。その二択しかない。そして、どちらを選んでも、さまぁ〜ずが約束を守るとは限らない。

(……そんなの、選べるわけねえだろ……!)

二人の良心を揺さぶれたとしても、その上にいる設楽は甘くない。設楽の人を喰うような笑みが思い出されて、背筋が震えた。
石塚はゆっくりと顔を上げた。ごく、と唾液を飲みこんで、からからに乾いた口を開く。
「俺は……」
その後に続く言葉は、喉につっかえて出てこない。怖い。決意を決めているはずなのに、声は情けなく震える。
「さっさとしろよ。こっちも時間がねえんだ」

「俺は、絶対に……石井さんを裏切りたくない。石井さんを傷つけるなんてしたくない!
 あんたたち黒の好きになんかさせない!」

その答えに、三村はため息をついて首をひねった。後ろの大竹に「どうする?」と振り返って問う。
「こいつの意思を尊重してやるしかねえだろ。石井に負けず劣らずの頑固さだ。ただ……」
最後につけたされた言葉に、石塚は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

811Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:49:32
「こいつは使えるかもしれねえ」
「はあ?何言ってんだお前」
大竹は三村を押しのけると、前に座って石塚の目をまっすぐ見すえた。
「なあ、石塚。お前……いい子だもんな。お前が悪いことしても、きっとみんなお前のことは疑わねえよ。
 お前がそんなことするわけないって、あの石井まで信じきってる。そういうの、この世界じゃ希少種なんだぜ?
 だって世の中、何もしてないのに疑われる奴もいるからな。あいつはきっと裏の顔がある、
 あいつはなんか雰囲気が怪しい……そんな風に」
気がつくと、石塚は左手をとられていた。ちょうだいをするようにひっくり返った手のひらに、何か硬いものが落とされる。
それは、独り者がするには不自然な、小さな水晶のついた指輪だった。大竹の指がそれをつまんで、眼前にかざす。
「わりいな、何の成果もなしに帰るわけにはいかねえんだ。
 ……お前が考えてるほど、俺らも自由ってわけじゃない」
結婚式の指輪交換のように、薬指が持ち上げられた。爪の先に当たると、指輪はすんなりはまる。
指輪の正体に石塚の思いが至った瞬間、大竹はうつむいて呟いた。
「……ごめんな」
直後、指輪から黒い炎がたちのぼるのが、見えた気がした。同時に、心臓を冷たい手で握りしめられるような感覚が襲う。
「あ、……あ゛っ、!…ぐっ……ぅ……」
胸を抑えて床に倒れる。胸の奥から何かがせり上がってくる感覚を、クッションに爪を立ててやり過ごす。
表現しようのない不快感に、手が動かない。薬指にはまった指輪が、ぎりぎりと痛んだ。
「石塚!」
駆け寄ろうとした三村を、大竹が止めて首を横に振った。
「……たす、け……、いし……いさん……」
苦悶の合間に喘ぐように発せられた名前に、三村は耐えられないとばかりに目を背けた。

同じ頃、石井は自宅で写真立てを拭いていた。
最近仕事がたてこんでいたので、ガラスはすっかり曇ってしまっている。雑巾で丁寧に拭きとると、棚に戻そうとした。
「あっ」
手が滑った拍子に、写真立てはフローリングに落ちてわずかに跳ねた。恐る恐る見てみると、
案の定、ガラスのフレームには斜めにひびが入って砕けている。
「……こりゃ、もう使えないか。スペアもないし……参ったなあ」
ガラス片を片付けるために、中の写真を引き出す。それはまだコンビを結成したばかりの頃に撮った最初の宣材写真だった。
(そうか。もう10年以上も経つんだね……)
懐かしさにそっと指でなぞる。思えばこの頃は石塚もまだ未成年で、自分たちは先が見えない代わりに疑わないでいられた。
苦しい下積みの先には素晴らしい未来が待っている。きっと楽しい日々がある、と。
『いいって。俺にできることなら、なんでも』
さっき玄関で振り返りざまに笑った顔が浮かぶ。同時に、何か嫌な予感が胸をしめつけた。
「……考えすぎか」
ドラマじゃあるまいし、何でもかんでも凶兆に結びつけるなど馬鹿らしい。第一何の予感だというのか。
石井は笑って不安を打ち消したが、一度生まれた小さな炎は、なぜかいつまで経っても消えなかった。

「……おい、ちゃんと正気か?」
目の前でひらひらと何かが動く。それが大竹の手だと理解するのに、しばらく時間がかかった。
石塚は床に横向きに倒れたまま頷いた。浅い呼吸を繰り返して、ゆっくりと体を起こす。三村があわてて手を貸すが、
今度は大竹も止めなかった。ベッドに倒れこむと、丸められた紙片が顔の横にぽて、と落とされる。
「今度は黒の集会で会おうぜ。それに地図が書いてあっから、遅刻すんなよ」
「……俺が、白に知らせたら?」
大竹は肩をすくめて答えた。
「お前は知らせねえよ。いや、できねえと言ったほうがいいか?」
石塚は理由を聞こうとしたが、言葉は声にならなかった。瞬きするごとに頭が重くなって、意識が遠ざかっていく。
「だってお前はもう……」
その先は聞こえなかった。
眠りに落ちる前、最後に見えたのは、廊下へと消えていくさまぁ〜ずの背中だった。
玄関のドアが閉まるのと同時に、石塚の意識も再び深い穴の底へ落ちていった。

812Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:50:25
◆◆◆◆◆◆◆◆

翌日。
石井は約束の時間よりかなり早く稽古場に現れた。おはようございます、と遠くから叫ぶ後輩に挨拶を返して、
ネタ合わせのために持ってきた台本をテーブルの上に広げ、椅子に座って相方を待ち構える。
「ねえ、石塚くんまだ来てない?」
遠くで練習していた岡安に向かって叫ぶと、喉を無駄に消耗しないためか両手でバツ印を作って首を振った。
約束の時間までまだ30分近くあるのだから、来ていなくてもなんら不思議はないのだが、昨日からどうも胸騒ぎがする。
電話してみようかと思った時、稽古場のドアがそっと開いた。石塚は普段通りに明るく挨拶をして、相方の所へ来た。
「おはよ、石井さん」
「おはよう、どこか具合が悪いのか?」
「なんで?」
「……声がかすれてるし、いつもより半音低い。寝癖ついてる。顔色も悪い。僕は案外君を観察してるんだ」
順番に指摘していくと、石塚は喉に手を当ててふっと笑った。
「ごめん、実はちょっと風邪気味でさ」
「やっぱりか。じゃあ今日は早めに終わらせて帰ろう。しっかり治したほうがいい」
「うん……ありがと、石井さん」
石井は立ち上がると、気にするなというように石塚の背中を軽く叩いた。
「ちょっと、トイレ行ってくるね」
「ああ」
コートを脱いで椅子にかける。稽古場を出る寸前、石井をもう一度振り返った。いつもどおり姿勢よく座って、
台本に線を引いている。石塚は顔を背けて、足早にその場を立ち去った。

男子トイレの手洗い場。冷たい水でバシャバシャと顔を洗って、鏡を見る。石井に指摘された時、
少し体がこわばったが、上手く誤魔化せたようでホッとした。
「……これでいいんだ」
袖に隠していた左手の薬指。外そうと指をかけた瞬間、嘔吐感がこみあげた。
「うっ」
個室に駆けこんで膝をつき、便器の台座を上げる。しかし、吐きそうで吐けない、気持ち悪さだけが胸に広がる。
しばらくすると吐き気はおさまったが、代わりに手が細かく震えていることに気づいた。
「風邪じゃ手は震えねえよな」
肩越しに聞こえた声。振り返ろうとした体を押さえつけられ、便器の方へ追いやられる。
「ちょっ、何す……」
大竹は後ろ手に鍵を閉めると、黙れ、と口だけを動かして石塚の口を右手で塞いだ。
抵抗しようと手を振り上げると同時にドアが開く音。男にしてはやや軽い足音が、手洗い場のところで止まった。
「石塚くん、いないのか?」
おかしいな、一階の方に行ったのかなと呟く声。石井は男性用小便器の並んだ前を通りすぎて、個室のドアを
コンコンと二回叩いた。大竹が左手で叩き返すと、「石塚くん?」と聞き返してくる。
「俺だ、俺」
「ああ、大竹さんでしたか」
「おう。どうかしたか?」
答える間も石塚の口に当てた手は離さない。
「いえ……何でもありません」
「そっか、じゃあ俺そろそろ出っから、どいてくれるか?」
「いえ。失礼します」
石井が出て行くと、やっと大竹の手が離れた。呼吸を整えながら、まだ震えの止まらない手でフタをおろしてその上に腰かける。
恨みがましい目で見上げると、大竹はなんでもないような顔で腕を組む。

813Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:51:02
「俺と一緒にいる所を石井に見られたら、困るのはお前だろ?
 ……まあ、悪かった。お前とゆっくり話せそうな場所がなかなかなくてな」
「で、何か用ですか」
「お前にプレゼントがあんだよ。口開けろ」
「え?」
「いいから開けろ、指突っこんで無理矢理こじ開けられてえのか」
低い声ですごまれ、おずおずと口を開ける。そこに、何かが押しこまれた。砕いたキャンディーのような、鋭角のある物体。
(……これ、黒の欠片だ!)
吐き出そうとするが再び口を塞がれる。息苦しさに喉が動いた瞬間、石塚は無意識にそれを嚥下していた。
固形物だったはずのそれは舌に触れると、どろりと粘性をもった液体に変わって食道を落ちていく。
大竹の手が離れると、昨日から数えてすでに三度目の窒息に、石塚は激しく咳き込む。
「いきなり何てことするんですか!」
「おいおい、感謝こそすれ恨まれる筋合いなんてねえぞ。どうだ、楽になったろ?」
言われて、手の震えがおさまっていることに気づく。朝から続いていた鈍い頭痛も、いつの間にか消えていた。
「それで今日一日は保つだろ。じゃ、頑張れよ」
「ま、待ってください!」
出ていこうとする大竹の腕をつかんで引き止める。
「なんで……なんで、黒の欠片なんか」
「まだ分かんねえのか?その指輪だよ。そいつは熔錬水晶って石で、まあ……大量生産品だ。
 黒の下っ端に持たされる石なんだが、水晶にしちゃ黒っぽく見えんだろ?」
「まさか、これが」
「そうだよ、黒の欠片が混ざってんだ。あ、言っとくけどいまさら外しても無駄だぜ?」
大竹はかがんで、石塚の胸ポケットからプラチナルチルクォーツを取り出して見せた。
「こいつもお前に似て健気な石だよなあ。大抵のやつは一発で黒に染まるのに、お前はまだふらふらと
 白黒を行き来してる。欠片への抵抗力が強いんだな」
鍵を開けてドアを開け放つと、思い出したように振り返る。
「ああ、そうそう。石井がまた撮影入ったんだって?」
「……それが、どうかしましたか」
「無事に仕事に行けるといいな、最近はなにかと物騒だろ。
 ……お前がいい子にしてたら、何もしねえよ」
脅迫めいた言葉の意味を問う前に、大竹は出て行ってしまった。
「……戻らないと」
立ち上がったところで。ケータイがメール受信を知らせる音を鳴らした。受信ボックスを見ると、
未登録のアドレスから一通来ている。石塚はため息をついて、ケータイをパチンと閉じた。
(俺のまわりは、どうにもならない事ばかりだ)

◆◆◆◆◆◆◆◆

「おう、元気してた?」
廊下の向こうから歩いて来たのは、石井にとって最も接触したくない相手。今日は石塚の具合が悪そうだったので、
ネタ合わせも早めに切り上げる事になった。帰るまでの時間をどう潰すか考えていたので無視しようかと思ったが、
設楽は(行き先は反対のはずなのに)さっさと石井の隣りに立って歩いた。
「……設楽」
「最近忙しいらしいじゃん、がんばってね」
「あ、ああ……」
「そうだ、聞いてよ。うちの娘がさあ、日村のほうが俺より好きだって言うんだよ。
 どこが?って聞いたら日村のほうがお腹がぽよぽよしてて乗っかると気持ちいいから、だってさ。
 ひどくねえ?腹たったから日村しばらく出禁にしようかなんて思っちゃったりして。まあ冗談だけど」
調子が狂う。設楽の目的は何なのか。まさか、ただの世間話というのでもあるまい。石井は設楽の言葉を聞き流しながら、
自動販売機でコーヒーを買う。プルタップを指で開けて、飲もうとしたところで自分をじっと見る視線に気づいた。
「いや、ごめん。飲んでいいよ」
くすくす笑いながら設楽が手を振る。言われなくてもそのつもりだ。半分ほど飲んだところで、また視線が気になって
設楽の方を振り向く。あいかわらず腹の中が読めない、貼りついたような笑顔で石井を見ている。
「何か?」
「嵐は思いもよらないところから起こる。そして激しい雨風が過ぎ去った後には、何も残らない。
 人は、近づいてくる灰色の雲に気づいた時に、はじめて嵐の訪れを知るんだ。それまでは毎日が晴れだと信じて疑わない」
「誰の詩だ?」
「いや、個人的な人生観だよ。邪魔して悪かったね。じゃ、また今度」
設楽はくるりと踵を返すと、手を振って去っていった。その姿が廊下の向こうに消えると、石井も缶をゴミ箱に捨てる。
「……読めない相手は疲れるな」
呟き、また歩き始める。石塚ならこんなことはない。言葉に裏表などないし、感情は素直に表してくれる。だから気を張る必要もない。
廊下の窓から空が見えた。青空の向こうに灰色の雲が散り散りに浮かんでいるのを見て、設楽の言葉が思い出される。
「……あれで揺さぶりをかけたつもりなのか?」
石井はふっと笑って、リュックを背負い直し歩いて行った。

814Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:51:23
同時刻。石塚は誰ともはち合わせないように非常階段を使って外に出た。フェンスを乗り越えて、裏通りに出る。
トイレで受けとったメールには、簡単な命令が書かれていた。添付ファイルにはターゲットの顔写真と、
ターゲットを待つべきポイントを記した地図。
走りながらケータイを耳に当てると、向こうからはなんとも愉快でない声が聞こえてくる。
『記念すべき最初の仕事だよ。上手くできたらご褒美あげる。
 相手に下手な情けなんてかけるなよ、それと、白に情報流したりってのもナシだ。
 まあお前にそんな器用なマネできないのは知ってるけどさ』
「要は、逆らうなって言いたいんだろ!」
人通りの少ない路地裏を走り抜ける。ターゲットの帰り道はたしか一本向こうの通りだ。
『ああ、それと……言わずもがなだと思うけど、石井の身に何かあっても、それは黒とは“何の関係もない”
 俺の言葉の意味は分かるね?……じゃあ、頑張って』
ブツッと音がして、通話は一方的に切られた。
「もしもし、設楽!?」
ケータイに向かって怒鳴ってみても何も始まらない。石塚はとりあえず電柱の影に姿を隠した。
「……あ、顔」
パーカーのフードを下ろして顔が見えないようにする。心もとないが、顔バレの危険性は限りなく低くしたい。
念のため道路脇のミラーで確認した。
どうせ洗えば縮んじゃいますよ、と言いくるめてワンサイズ大きいものを買わせてきた洋品店の売り子に感謝した。
前が見えづらいという欠点もあるが、フードの影は黒く顔にかぶさって、口元すらよく見えない。
(……来た!)
ターゲットが歩いてきた。自分と同じか、少し年下くらいの金髪の男だった。
石塚は胸に手を当てて息を整えると、10メートルほど離れてついて行く。歩きながら、さっきのメールの文面を思い出す。
『こいつは、黒ユニットに自分から頼みこんで入ってきたくせに、
 すぐ怖気づいて白に情報を流した裏切り者だ。
 幸い、白はこいつの石を奪っていない。適度に叩き潰して、回収しろ』
「……ごめん」
それが目の前の男に向けたものか、それとも石井に対してのかは、自分にすら分からなかった。
人通りのない路地に男が足を踏み入れた瞬間、石塚は速足で近づき、その肩に手をかけた。

815名無しさん:2015/11/03(火) 08:05:06
あ、続き来てる
今後スピワとか出てくるのかな?楽しみ

816名無しさん:2015/11/03(火) 23:19:51
設楽VS石井、読み応えありました。
まだお互いに探ってる状態で一見普通の友人同士の会話にしか見えないのに設楽の迫力が半端ない。
それに対する石井の只者じゃない感もすごい。
それにしても、所持石の能力関係なくナチュラルで「洗脳マシーン」呼ばわりされる石井って……。

817Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:12:21
ちょこっと修正して落とします。時間軸的には05年6月ごろをイメージしていました。
>>146で児嶋が番組終了からしばらく経つのにまだ愚痴ってる、というのを踏まえて、
05年2月の終了からワンシーズン後くらいだろうか、と思ったので。ところで、熔錬水晶の発動条件に「体に触れる」って
ありましたっけ……そこは直していないので、もし違うのでしたら次から修正しておきます。

【ekou-3】

金髪の男が、ぎょっとしたように振り返った。その隙を逃さずに膝で背中を押して地面に引き倒す。
「な、なんだよお前っ……まさか、黒の!?」
それには答えず、暴れる男のポケットを探る。要は石を回収さえすればいいのだから、石だけ素早く抜き取ってしまえばいい。
(あーもう、なんでボタンつきなんだよ!)
指先がからまって、うまく外せない。それでもなんとかズボンのポッケを調べ終わると、ジャケットに手をかける。
石塚は実際、戦闘経験も浅かった。完全に補助系の能力だったからというのもあるかもしれない。
男が最後のあがきとばかりに拳を振り上げさえしなければ、上手く行ったはずだった。
「……うッ」
ガッと鈍い音がして、頬に衝撃が走る。軽い平手打ち以外のパンチを、しかもエルボーをくらうなど初めての経験だった。
目の前が一瞬ぶれて、体から力が抜けていく。
(……え、俺……今、殴られた?)
その隙を逃さず、男はもう一発、頬に拳を叩き込んできた。
頬が熱を持って腫れてくる。歯が二本ぐらついていた。呼吸をするごとに口の中に鉄の味が満ちる。
(……痛い。ていうか熱い……)
石塚は頬を押さえてその場に膝をついた。痛みよりなんとも言えない惨めさのほうが勝った。
目頭が熱くなる。どうしてこんなことになった?自分はただ、石井と平凡な日常を生きていたいだけなのに。
不覚にも涙がこぼれた。袖口で拭っても、後から後からあふれて止まらない。
「畜生!」
男は立ち上がると、ペッと唾を吐いて背中を向けた。待ってと手を伸ばそうとして、薬指にはまった熔錬水晶が目に入る。
(これを使ったら……使っちゃったら、俺は本当に)
黒ずんだ結晶が、ぼんやりと昏い光を放った。耳の奥で、設楽の声がリフレインする。
『石井の身に何かあっても、それは黒とは“何の関係もない”……俺の言葉の意味は分かるね』
石塚は人さし指を伸ばして、残りの指を内側に折り曲げた。
一を数える時のようになった指の先はまっすぐ、男の背中に狙いを定めている。
(……それでも、俺は石井さんに無事でいてほしいんだ。だから、そのためなら)
非常に小さな小粒の光球が集まり、一つの光になった。男は気配に立ち止まり、振り返る。

「俺が、悪者にもなってやる」

無意識の手の震えが、照準をわずかに狂わせた。光の弾丸が、男の肩をかすめて背後の壁に孔を空ける。
「チッ……しつけえ野郎だな!」
男は、背中のリュックからコーヒー缶を取り出してタップを開ける。そのまま一文字を描くように動かすと、道路に
点々とコーヒーがこぼれ落ちた。男は指で丸を作ってくわえると、「ピッ」と指笛を吹く。
瞬間、石塚の足元から青い光が放たれる。後ろに飛びのいて避けるのと、道路がまるで地震の時のようにボコッと
隆起して割れるのは、ほぼ同時だった。
「ぐっ……!」
右手にぬるりとした感触。見ると、手の甲が爆破で飛んできた破片で裂けたのか、斜めに切れて血が滲んでいた。
布で血の流れをせき止めようとするが、あっという間にパーカーの裾が真っ赤に染まる。
「……ははっ、どうよ俺の石は?……まだ終わりじゃねえぞ、俺を襲った分は倍にして返してやる!」
すっかり逆上した男は一歩ずつ近づきながら、コーヒー缶を振り回す。
点呼のように吹かれる指笛が響くたびに、予測不可能な箇所から爆発がおこった。石塚も避けながら狙撃するが、
元々素人なところに持ってきて、動いている的を狙い撃つのは難しく、まったく見当はずれの場所に当たる。

818Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:13:45
(やばい、このままじゃいずれ直撃だ。
 ……弾切れまで待つってのもアリだけど、どうせストックあるんだろうしな……)
石塚は電柱の影に隠れて、苦手な思案を巡らせる。ふと、右手の指先からぽた、ぽたとこぼれ落ちる鮮血が目に入った。
胸に手を当てて、激しく脈打つ心臓を抑える。何回か深呼吸すると、覚悟が決まった。
「おい、逃げてんじゃねえぞ!」
男はすっかり勝利を確信したらしく、強気に煽った。言われた通り電柱の影から石塚が出てくると、にんまり笑う。
石塚が歩き出すのと同時に、男もコーヒー缶を振るった。残り少ない中身が全てパーカーの前身頃にかかる。
「ピッ」と鋭い指笛が鳴る。しかし、青い放射光は出なかった。
「なんだと!?」
男が驚きの声をあげる。同時に、銃声に似た音が響いた。
ほぼゼロ距離からの弾丸が、男の腹に深くめりこむ。あまりの圧迫感に、男は呼吸もできず立ち尽くした。
石塚の指がゆっくりと下ろされると、腹を抑えて短く息を吐く。
「ぅ、ぐ……」
服にじわりと血が滲んで、内部から痛みが波のように押しよせる。
石塚は地面に倒れこんだ男のジャケットを探った。案の定、胸ポケットからブレスレットに加工された宝石が出てくる。
立ち上がると、「待……て……」と弱々しい声が引き止めた。
「お前……なんで……何を、仕込んでやがった……」
石塚は無言で、着ているパーカーを指さした。点々とついた染みは、夕暮れの薄暗い光に慣れた目に、ゆっくりと本来の色を教えた。
「……はっ、そういうことかよ」
ぱっくり裂けた右手の傷口とその赤い染みを見くらべて、男は自嘲気味に笑った。
男の笑いは、石塚の姿が路地の向こうに消えた後も、しばらく止む事はなかった。


収録終わりでいい気分だったので、夕暮れを見ながら散歩して帰ろうと思ったのがよくなかった。
のんびり歩いているうちに、空気にただならぬ気配が混ざる。それは、つい5、6年前まで当たり前に感じていた……そして
最近ふたたび感じるようになった気配。黒ユニットの人力舎白掃討作戦が失敗したのは聞いていたが、それにしても
この頃の黒はまたなりふり構わないようになった。
「……ここからが本番、ってか?」
第六感が激しく打ち鳴らしていた警告を無視して、深沢は走りだした。中年を間近に控えた体に全力疾走はいささかきついが、
構わず走り続ける。すると、人気のない路地裏から断続的な爆発音が聞こえてきた。
爆発で舞い上がったコンクリート片からとっさに顔を庇うと、パンッと乾いた音が響き渡る。
恐る恐る顔を上げると、金髪の男が地面に倒れていた。もう一人……フードを目深にかぶった男が、倒れた体を乗り越えて
こちらに歩いてくる。あわてて公園に入ると、草むらに隠れて男の顔をうかがった。
パーカーの男は、奪った石をポケットに入れて、あたりをきょろきょろと落ち着きなく見回した。
やがて人の気配がないのを確認した男は、フードに手をかけ一気に脱ぐ。
「……ッ!?」
深沢は驚きのあまり、息を呑んだ。
フードの下から現れたのは、自分もよく知っている……いや、だからこそ最も『黒』だと信じられない人間だった。
「石塚?」
呟きはほとんど吐息となって、消えていく。
むしろ相方の石井の方が、いまいち腹の中が読めない部分があり、黒だと言われてもあまり違和感がないように思える。
普段は冷静で知的な雰囲気の男。ドラマでも同じような役どころの多い石井だが、自分で書いたコントの登場人物になると、
たまに、お芝居だと分かっているこちらでもぎょっとするような狂気を放つ事があるからだ。
(やっぱり、あの合理的な石井が黒に与するってのは考えにくい。
 それに、アリキリの二人とも黒だっていうなら、石井が一緒にいないのはもっとおかしい。
 つまり……石塚の方だけが……一番ありえないパターンじゃねえか)

819Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:14:12
しかし、石塚からは黒の芸人特有の禍々しさはあまり感じられない。まだ仲間になって日が浅いのか、黒ユニットのやり方にも
慣れていないようだ。石塚が足早に立ち去った後も、深沢はしばらく立ち上がれなかった。額に手を当てて、低く呻く。
「……だめだ、あいつは黒になんか入れちゃいけない。……なんとかしてやらないと」
深沢は立ち上がり、ズボンについた砂埃をはらう。それから、まずは救急車を呼ぼうと公園の電話ボックスに走る。
「もしもし……はい、救急です」
手短に通話を終えると、受話器を戻す。がちゃんとやけに大きな音がして、年甲斐もなく心臓が跳ねた。
狭い電話ボックスを出ると、ため息をついて髪をかきあげる。東にも知らせたほうがいいかと考えたが、
東もあれでなかなか、すぐに熱くなる江戸っ子気質の持ち主だ。逆上してますます状況を悪化させかねない。
「あー、なんで俺がこんな悩まなきゃいけねえんだよ!」
深沢は、次々に浮かぶ苦悩の種を振り払うように髪をかきむしった。
(逆に黒ユニットを利用してやるような、したたかな奴なら心配なかったんだけどな……
 石塚の性格じゃ、気づいたら泥沼にはまっちまうのがオチだ)
ベンチに座って考える。救急車のサイレンが近づいてきて、公園の近くで止まった。中から救急隊員がばらばらと降りてきて、
路地に倒れた男を担架に乗せている。深沢は背もたれに体を預けて空を見上げると、降って湧いた厄介事にため息をついた。
「さて、これからどうしようか……」
橙色の夕暮れは、いつの間にか雨雲が浮かぶ仄暗い青に変わっていた。


翌朝。疲労のあまり、帰りつくなりベッドに倒れこんで寝ていた石塚は、
薬指の皮膚に、歯を立てられているような鋭い痛みを感じて目を覚ました。頭も痛い。おまけにまた手が小刻みに震えている。
おまけに昨日殴られた頬が腫れて熱をもっている。氷袋を当てて冷やすが、黒ユニットに労災があるのかどうかが気になった。
『それで今日一日は保つだろ』
大竹の言葉が思い出された。あんな少量の欠片を飲むのでもあんなに苦労したのに、一体どれだけ飲めばこの症状は治まるのか。
考えるだけで憂鬱な気分だ。そういえば、稽古場にコートを忘れてきた。
「もしかして、毎日飲まなきゃダメとか?……嫌だなあ」
通話履歴を確認するが、設楽からの着信はない。一応命令どおりに石は奪ってきたが、なんのアクションもないというのは
逆に不気味で恐ろしいような気もする。そこまで考えたところで、薬指の痛みが再び盛り返してきた。
「いって……何なんだよこれ、呪いの指輪かよ!」
起き上がって外そうとするが、なぜかがっちりと喰いこんで離れない。しまいには無理矢理ねじるようにして外す。
床に転がった指輪をテーブルに置くと、そこでケータイが鳴った。耳に当てると、かすかな引き笑いが聞こえる。
『よお石塚、そろそろ限界か?』
「……大竹さん」
『設楽から伝言だ。“明後日、黒ユニットの集会が開かれるから、地図の場所に来ること。あ、そうだ。
 今はたまたま黒の欠片のストックがないから、あと二日間頑張ってね”……だそうだ』
設楽の語り口を流暢に真似しながら伝えてくる。たまたまない、というのが嘘なのは石塚にも分かった。
ぎりぎりまで焦らして、堕ちてくるのを待っている。残酷なやり口だ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!じゃあ俺あと二日もこんな……」
『じゃあ、俺は忙しいから切るぞ。また明後日な』
「大竹さん!」
叫びも虚しく、通話は切られた。ケータイを放って、またベッドに倒れこむ。気休めと分かってはいるが、
頭痛薬を水なしで噛み砕く。まるで夢と現実を行き来しているような、ふわふわした感覚。
ちょっとでも気を抜くと、どす黒い思考に引っぱられそうになるのを、爪を噛んでこらえる。
「……怖いよ、石井さん」
石塚は体をぎゅっと丸めて、やり過ごすために目を閉じた。

820Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:15:02

それから二日間、仕事がなく丸々休みだったのは幸運だったと言えるかもしれない。
設楽がそれを知っていて欠片の処方を調節させたということも考えられるが、とにかく集会の日まで、
石塚は家から出ずにほとんどベッドの中で毛布をかぶって過ごした。禁断症状にも波があるのか、その日の朝は
弱い頭痛があるくらいで、手の震えもおさまっていた。
「もしかして、お前か?」
指先で摘んだプラチナルチルクォーツに話しかけてみる。期待したわけではなかったが、石は光りもしなかった。
薄情な石だ。石塚は出ようとして、テーブルに置きっぱなしだった熔錬水晶の指輪を見る。
「……お前とは、あんまり長く付き合いたくないな」
石塚は迷った末、指輪をポケットに突っこんで家を出た。

「おいっ、どうしたんだ、その怪我!」
稽古場に入って挨拶するなり、石井は血相を変えて飛んできた。頬の腫れは引いていたが、右手の傷口はまだ塞がっていない。
石井は(昨日傷口が開いたせいで)また赤く滲んだ包帯と相方を見くらべて、顔色を青くした。
「……まさか、黒に」
「ち、違うって!料理してたらうっかり手が滑っちゃって、それで……ザックリと」
二日間のうちに用意しておいた言い訳を話すと、石井は呆れ顔になった。
「なんだ、心配して損した……冗談だよ。君からは目が離せないな」
笑いながら、忘れていったサマーコートと、ホチキスで留められた台本を渡す。
「検閲、頼むよ。君が修正してくれないと始まらない」
「俺、今回は死にたくないなあ。グロい?」
「これでも抑えたつもりなんだけどね。どうも生まれついた性質っていうのは変わらないらしい。
 ……しっかりしてくれよ。君が僕の分まで明るくしてくれないとバランスがとれない」
石井が行ってしまうと、台本をめくる。
文字を書こうとした瞬間、痛みで指の力がゆるんだ。机に転がった赤ペンがやけに大きな音をたてたおかげで、
稽古をしていた後輩たちがぎょっと振り向く。
「バランス、か」
石塚は手を振って彼らを安心させると、そっとぎこちない動作で左手に持ち替えた。

地図を頼りに走るタクシーが泊まったのは、石塚の収入では一生縁がないであろう、神楽坂の一等地にある料亭の前だった。
驚く運転手に料金を払って降りる。タクシーが走り去ってしまうと、石塚はサマーコートのポケットに手を突っこんで
上品な佇まいの門構えを見上げた。六本木の帝王と呼ばれた元首相も、こんな場所で飲み食いしたのかと思いを馳せる。
「……黒って、どこからお金もらってんだろ」
門をくぐって、引き戸を開ける。すると目に飛び込んできたのは、つやつや光る檜の床や実に達筆な掛け軸などの調度。
「う、うわっ!なんだよこれ、いくらすんの!?」
自分のあまりの場違いぶりに、顔が真っ赤になる。やっぱり出ようかと踵を返しかけた瞬間、
「お待ちしておりました、石塚様」と抑揚のない声が背後から聞こえた。
「え?」
振り返ると、いつの間にいたのか、仲居が背筋をぴんと伸ばして立っている。顔はロボットのように無表情で、眉一つ動かさない。
「皆様、もうお見えになっております。あちらへ」
見ると、仲居の手は廊下の一番端にある座敷を示していた。
閉じた襖の前に行くと、中から「いいよ、入りな」と声がする。石塚はそっと襖に手をかけて開いた。

「ああ、ちゃんと来たんだ。どっかで迷子になってんのかと思ったよ」
設楽は言いながら、杯に口をつけて一気に飲み干した。
同期なだけに遠慮がない物言いだが、対する石塚はといえば、そこに広がる光景に驚きを通り越して恐怖を覚えていた。
長いテーブルに並んだ、刺身の盛り合わせや懐石料理、何本もの日本酒。席についているのは、若手から大物まで、
事務所も年齢も幅広い者達。何より恐ろしいのは、彼らのほとんどがにこりともせず、淡々と同じリズムで箸をつけて
料理を口に運んでいることだった。まるでそうしろとプログラミングされたような動作に、石塚は思わず一歩後ずさる。
「どしたの、遠慮せずに座んなよ。……ああ、もしかして和食苦手だった?
 じゃあ食べたいもの教えてよ、なんでも持ってきてやるから」
普段なら「設楽さんふとっぱら!」とでも言ってふざけるところだが、目が笑っていない。
(は、はやく座んないと……)
石塚は、なるべくはじっこの方に空いている席を探した。しかし、なぜかどこにもすでに先客がいる。
結局、上座で飲んでいる幹部三人のすぐ隣の座布団に腰を下ろすはめになった。
しかし、箸は取らずに周りを見回す。黒に少しでも味方になってくれそうな芸人はいるのか、知りたかった。

821Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:15:25
なぜかさまぁ〜ずの二人はいなかった。都合がつかなかったのかと思い直して、そっと向かいを見る。
(あ、あれ、猿岩石の。たしかほぼ同期だったような……)
有吉は退屈そうな顔で酒を飲んでいた。表情があるのに少し安心するが、口をきいた事もないのに声をかけられそうにない。
(その隣にいるのが、なんだっけ、いつもここから?一人しかいないけど……うわ、ネプチューンまでいる!)
堀内は石塚と目が合うと、なぜかしーっと指を唇に当てた。意味が分からず顔を背ける。
すると、もろに小林と目が合ってしまい、あわてて下を向く。
(……やばい、スゲー居心地わるい……)
やがて、小林が隣の設楽に何やら目配せした。

「……じゃあ、今日は転校生がいるからね。みんなに紹介しよっか」
設楽が手を叩くと、全員食べるのをやめて箸を置いた。
「知ってる人もいると思うけど、アリtoキリギリスの石塚義之くん。
 俺とは同期の桜だから、みんな仲良くしてやって」
ややふざけた挨拶に、まばらな拍手が起こった。石塚はとりあえず軽く会釈をする。
設楽は今度は石塚の方を向いて、飲め、というように杯を差し出した。
「歓迎するよ。本能に忠実な奴は嫌いじゃないからね。これはほんの挨拶代わりに」
口をつけるが、水を飲んでいるように味気ない。心なしか、設楽の声がいつもと違うような気がした。
「そういえば、さっきから一言も喋ってないよね。どうしたの?お前らしくないじゃん。
 慣れない場所で緊張してる?それとも……俺が怖い?」
「えっ……」
いきなり核心を突かれて、杯を取り落とす。幸い、下がやわらかい座布団だったおかげで割れなかった。
「お前の考えてることなんて手に取るように分かるよ。素直だし、感情がすぐ表に出る」
設楽は実に面白そうな笑みを浮かべて、落ちた杯を拾い上げた。
「お前は賢い選択をしたんだ。そうだろ?だって、お前はいつも不自由だったもんね」
「言ってる意味が……よく分かんないんだけど」
また酒が注がれ、石塚の前に杯が来る。
「お前は常に、周りの奴らが望む姿をモンタージュみたいに作って生きてるってことだよ。もっと言えば、
 いつも石井の言うとおりに動いてる。石井の背中の後ろに隠れて、おとぎ話のお姫様みたいに守られて。
 キャブラー大戦の時だって、そう……」

石塚はその単語が出た瞬間、杯をつかんで、設楽の頭から中身をぶちまけた。
その場がざわめく。幹部の設楽に楯突くなど、黒の芸人たちのほとんどが初めて目にする光景だった。
「もしかして、怒った?」
髪から日本酒の匂いのする水滴を滴らせ、設楽は引き笑いを漏らす。隣の小林も土田も、たった今起こった出来事に
驚愕の表情を浮かべていた。急に訪れた静寂に、石塚は杯を持ったまま、はっと気がついて狼狽え始めた。
「あ……ちが、これは……」
「何が違うの?お前今、すごい顔してるよ。よっぽど石井が弱点みたいだね。でも……なんの心当たりも
 なかったら、こんな事しないよね」
小林はそこで気づいた。さっきから設楽が紡いでいた挑発的な言葉は、すべてこの為にあったのだと。
設楽のポケットに入っているソーダライトが、布地の下で輝きを放つ。
同時に、石塚の目の前が真っ暗になった。頭の中に設楽の声が何重にもなって響く。

822Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:16:06
『人間の心っていうのは、常に二重構造になってる。嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ。
 どんなに優しいとか、いい人だって言われている奴でも、心のどこかに闇がある。
 そうだよ石塚、お前のことだよ。お前の中にだってあるはずなんだ。深く果てしない、闇が……』
あたりを見回しても、設楽の姿は見えない。声だけが意志を持ったように反響してくる。
『お前だって、一度は石井を憎んだことがあるんじゃないの?どうして自分だけ、って……いつも石井の
 影で、石井の背中ばかり見ている。そんな自分が嫌になったことがさ。
 闇を恐れちゃいけない。それを受け入れるんだ。その手助けを、俺がしてあげるから』
耳を塞いで、その場にうずくまる。その間も設楽の声は止まらない。
「やめろ!」
『でも、石井はお前を信頼している。それが苦しくてしかたないんでしょ?自分の中にある汚い感情を
 見られたくないんだ。でもその所為で、お前は嘘をついた』
「……まさか」
『俺はなんでも知ってるんだよ。石井が記憶を取り戻したことも、お前が石井を苦しめたくなくて嘘ついたことも。
 でもさ、気づかない?嘘をついた時点でお前はもう、石井を裏切ってるってこと』
「黙れ、黙れよ!!」

叫んだ途端、目の前が急に明るくなった。何かに締めつけられていたような感覚が解けて、呼吸が楽になる。
「……まぐれっていうのは、二度目はないんだよ」
設楽はソーダライトを指でなぞると、忌々しげに口を開きかけた。
「やめろ、設楽」
意外にも、土田から助け舟が出た。設楽の二の腕を掴んで、石の発動を止めるよう目で合図する。
「深追いは禁物だ。連続での説得は、精神に悪影響を及ぼす危険性がある。
 ……こいつは、石井を守るって点では迷いがないんだ。焦らずじっくりと、欠片を使って従わせたほうがいい」
後半の言葉は、設楽の耳元で囁かれたせいで石塚には聞こえなかった。小林も、開きっぱなしのノートと
設楽を見くらべて、ほっと安心したようなため息をつく。
「そうだね。小さなことから一つずつ、確実に……摘み取っていかないとね」
設楽は納得したのか、不穏な言葉と共にソーダライトをポケットにしまった。
代わりに取り出したのは、鋭角で構成された黒い鉱石の欠片。石塚の手がまたかすかに震えだすと、満足気に鼻を鳴らす。
指先でピンッと黒の欠片が弾かれる。畳の上に、黒の欠片が転がった。

「ご褒美。拾いなよ」

その言葉に、石塚は惨めな気分で欠片をつまみ上げる。手の中にそっと握りこんだまま、設楽を見た。
「ねえ、自分で拾って飲むってことはさ。黒ユニットに従ってくれるってことでいいんだよね?」
設楽は石塚の肩をポンポンと叩いた。これを飲まなければ、あの苦痛を味わい続けることになる。
だが、一時楽になる代わりに得られるのは、完全なる服従__。
「約束するよ。お前が黒のために働いてくれる限り、石井に手出しはしない。俺達は、運命共同体だ」
そう囁いた設楽の指に力がこもる。石塚は震える手で欠片を口に入れると、喉を鳴らして飲みこんだ。
心臓のあたりがすうっと冷えていく。小刻みに震えていた手を見つめる。すっかり震えはおさまって、体が軽くなっていた。
「ようこそ、黒ユニットへ!」
設楽の耳障りな笑い声が、不気味なほど静かな座敷に響き渡った。

◆◆◆◆◆◆◆◆

あの悪夢のような集会から一夜明けた昼。石塚は自宅のテーブルの上で作業をしていた。
「えーと、こっちのネジは……プラスドライバーで行けるかな?」
ネジを回して部品を外していく。けして不器用ではないと自負しているが、工作など小学生の時以来だ。
完全に補助に特化した自分の石では、相手の隙を作るか誘いこむ事しか出来ない。やはりどうあがいても
この熔錬水晶を使って撃つしかないのだが、指にはめると(錯覚かもしれないが)指が食いちぎられそうに痛む。
かといって指でつまんで撃つのも危なっかしい。となったところで石塚はひらめいた。

(モデルガンの中にこれを入れたら、撃てるんじゃねえの?)

部品の正体は、秋葉原で午前中のうちに買ってきたモデルガンだ。店員はこちらが初心者と分かると、銃に関するウンチクを、
上田のごとく盛大にしゃべりまくったが、使えさえすればそれでいいと思っていたので、聞いていなかった。
「あ、ここが弾倉か。じゃあ……ここに、入れれば……よし、入った」
銃身を開いて、中に熔錬水晶の指輪を入れて固定する。サイズを測ったのがよかったのか、ぴったりだった。
しかし素人仕事が災いしたのか、ハンドガンの形に戻せたのは日が暮れてからだった……

823Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:16:56
さすがに家の中で練習するわけにも行かないので、ご近所が寝静まったのを見計らって外に出る。
大竹いわく、この熔錬水晶は「石としてのパワーはそこまで強くない」という。ただ、この前一度だけ使った限りにおいては
普通の拳銃より弱いが十分に殺傷能力はあるらしい。目をつけておいた廃ビルに着くと、
入り口に張り巡らされたイエローテープを引きちぎって中に入る。空き缶を横一列に並べると、足元に注意して後ろに下がった。
10メートルほど離れたところで、安全装置を外して刑事ドラマのように両手で構える。
(石井さんも、小道具で持ったことあんのかな)
深く息を吸って、吐く。鼓動が落ち着くのを待って、引き金に人さし指をかけた。
パンッと乾いた音が、空気を切り裂く。光の弾丸は空き缶をかすめて、後ろのひび割れた壁に小さな穴を開けた。
「……俺がやるしかないんだ」
気を取り直して再び構える。
続けざまに五発撃ったが、初心者が簡単に当てられるほど甘くはなかった。
「もう一回!」
狙いを定めて引き金を引く。今度は見事に命中した。弾を受けたアルミ缶は空中でぐしゃっとへこんで、カラカラと床を転がった。

「危ない!!」
スタッフの誰かが叫ぶ。石井は反射的に飛び退く。直後、上から大きな撮影用のライトが落ちてきた。
床に叩きつけられた勢いで、ガラスレンズが割れて外れたネジが飛び散る。突然の出来事に、さすがの石井も足から力が抜けた。
「石井さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……怪我はないから、平気だ」
なんとか立ち上がり、衣装についたホコリを払う。向こうで撮影係の若いスタッフが監督に怒鳴られていた。
「ったく、いくら撮影が真夜中までかかってるって言ったってなあ。安全第一って言葉知らねえのかお前は!」
「す、すいません!でも……俺、本当に確認したんですけど、さっきはこのコード切れてなかったんですよ!」
「ああ?こんなん落として誰が得するってんだ、さっさと片付けろ!」
高い機材がオシャカになった悲しみからか、監督はさっさと行ってしまった。
石井は片付けをするスタッフたちをぼんやり見ながら、考えていた。
(いや、いるんだ。これを落とす理由のある組織が、一つだけ……)
石井は無意識のうちに、手の中の石を握りしめていた。

「石井さん、おはよ!」
後ろからどんっと重いものがのしかかってくる。
その正体であるところの相方を面倒くさそうにどけて、石井は呆れ顔で振り返った。
「……石塚くん。僕は昨日三時間しか寝ていないんだ」
理由はそれだけではない。なにせ一歩間違えれば大怪我をするところだったのだから、
一夜明けても神経の昂りが収まらないのは当然のことだった。
「……ごめん」
「いや、君が謝ることはない。撮影は終わったからね。君の方こそどう?」
「うん、一応ダメそうなとこには赤線引いといたよ」
台本を受け取り、歩きながらめくる。一ページ目からすでに真っ赤だ。
(……やっぱり、僕は疲れているのかな)
石井のネタは、精神状態が大きく反映される。幸せな気分の時には平和だが、ストレスが多かった時のネタは
高い確率で人が死んだり、酷い目にあったりする。そこに石の闘いという新たなストレスが加わった今、
ネタ見せを通る確率はどれだけ下がったのか、考えるだけでも憂鬱な気分だった。
「……ん?」
石井はふと顔を上げた。前を歩いている石塚から、何か嫌な気配がする。それはぼんやりと形を持っていないが、
濁り、もしくは淀みと表現するのが適切な気がするもの。いずれにせよ、目の前の人間がまとうにしては
不自然な気配に、石井は相方の手を取って振り向かせた。
「なに?」
「……いや、なんでもない」
振り返った石塚からは、さっきまでの負の気配は完全に消えていた。間違いかと思い直し、手を離す。
「どしたの?石井さん、なんか今日変だよ」
「……そう、そうだな……君を疑うなんて……普段なら絶対にありえないはずなんだ」
頭を振って打ち消す。石塚は相変わらず困ったように笑っていた。
「じゃあ、早く行こうよ」
「あ、ああ……そうだね」
この時、何故もっと厳しく問いつめなかったのか。
後に石井はこの日のことを激しく後悔することになるが、それはまだ先の話。

824Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:27:36
金髪の男の能力を投下しておくの忘れていました。代償は出せなかったけれど、
必ず火傷するという点では痛いかもしれない。

【金髪の男(名前不明)】
【石】不明
【能力】コーヒーを媒介として、物質を爆破する。転送系の能力の一つ。
【条件】転送したい場所にコーヒーを落とした後、指笛を鳴らす。
    口笛では不可、またきちんと音が出ないと爆破できない。
【代償】熱いコーヒーを冷まさずに飲む。飲む量は爆破に使った量と比例する。

825Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/14(土) 21:45:04
今しかいいタイミングはないだろうと思うので、
森脇さん復帰の記事見て息抜きに書き殴った、元猿岩石の短い文を投下してみます。
私しか喜んでないのかもしれないと思いつつ。そして例によって時系列はガン無視状態。多分続かない。

『Roadless road』

廊下の角を曲がったところで、懐かしい顔に突き当たった。
一見すると普通のサラリーマンにしか見えないような平凡な顔の、だが6歳の頃から見ているせいで
すっかり覚えてしまった風貌の男。彼は行き違うスタッフを流れるように避けて、有吉の方に歩いてくる。
すれ違ったところで、無視して通りすぎようとした有吉の手首をつかみ、自分の方へ引きよせた。
「……お前とは、火事と葬式以外は不干渉って決めてんだよ」
最初に出た言葉はひさしぶり、でも元気か、でもない憎まれ口。
「村八分かよ!せめてそこに年賀状くらいは入れろよ!まあ、俺もそのほうが自然な形だと思うけどな」
森脇は顔の下半分だけを笑顔にして「はははっ」と心のこもっていない笑い声を聞かせた。
「お前がこの後次の収録まで20分の休憩があるのは調査済み。ついでに、今夜は予定がないのも知ってる。
 独身貴族のお前に帰りを待つ家族なんていないだろ?だったらさ」
自販機横のゴミ箱に腰を下ろして、足先を軽く組ませる。貼りついたような笑顔を崩さないまま、森脇は続けた。
「俺と思い出話する時間くらいあんだろ?」
「……お前とお喋りなんかしたって」
やっぱり行ってしまおう。そう思って歩き出した有吉の体は、次に弾き出された一言で、根が生えたように止まった。

「忘れ物、とりにきた」

振り返ると、森脇は自販機のボタンを戯れにいじりながら、じっと有吉を見つめている。
「……俺か?」
とりあえず、一緒にいた頃のようにボケてみた。全くウケずにダメ出しばかり貰っていた過去は棚に上げて。
「かっこよく言うんだったら、失われた半身、ってやつ?」
森脇が立ち上がり、また近づいてくる。有吉が半歩離れれば、それにかぶせるように一歩、一歩と距離を詰めてくる。
気がつくと、背中に壁がついていた。有吉の顔のすぐ近くに森脇の拳が叩きつけられる。大きな音がして、思わず体が跳ねた。
ああ、これが最近流行りのの壁ドンってやつかと考える間もなく、詰問が始まる。
「まだ、持ってんだろ?俺がお前にやった“身元保証書”」
「あれを取り返してどうする気だよ。お前もう芸人じゃねえんだぞ、どうせ使えねえだろ」
「使えるか使えないか、そういう問題じゃねえんだな、これが。
 ……真鍮に新しい持ち主が出てないのも知ってる」
「どうやって調べたんだ」
「分かるんだよ、どんなに隠してたって、真実が分かれば後は俺の領域だ。忘れたとは言わせねえかんな」
「勝手に一抜けしたのはお前だろ!」
予想に反して、森脇はひるまなかった。代わりに笑みを消して、失望したような表情になる。
「あの真鍮だって……俺がいなけりゃ、ただの石ころだったじゃねえか」
「お前にあいつの何が分かんだよ!!」
まるで恋人を嘲られた男のように叫んだ後、大声で人が来るとまずいのか、はっと口元に手を当てて有吉から離れる。
「……バカじゃねえの、お前まだ真鍮のこと」
「あのまま俺が持ってたって、いつかは手放すことになってたとは思う。
 でも、あそこであいつを離すべきじゃなかった」
今度は森脇のほうが背中を向ける番だった。壁からゆっくりと離れた有吉に、顔だけ向けて忘れていたように聞く。
「お前、イーグルアイの声……聞いたことあっか」
「いや」
「じゃあ、俺の勝ちだ」
わけの分からない捨てぜりふを残して、今度は軽やかな足どりで去っていく。有吉は元相方の背中を見送って首をひねった。
「あいつ、何する気だ?」

826Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:56:24
タイトル変わりますが、続き。
プラン9とロザンの動きをすこし意識している展開。そして多角型、特化型の名称は勝手に呼ばせただけですので、
これから書きたい方は無視してくださっても大丈夫です。能力スレの>>817さんによると道をつけ加えたりは可能のようですが
元々あったものを消したりとかは不可能と思って書いてました。吉田が二人いるので文章がめんどい。

【Deep down inside of me-1-】

「人間は、大地がないと立っていられない」
設楽は壁一面に貼られた写真の中から一枚とって、心底愉快そうに歯を見せて笑った。
「まずは足場を踏み慣らして固めるんだ。新しい道を作って歩くのはそれからでいい」
座ってノートを読んでいた小林は、その言葉に顔を上げて伊達眼鏡を外した。
設楽が幹部の自分相手に抽象的な言葉を使ってはぐらかすのは珍しい。彼流の謎かけと理解して、口を開く。
「……人力舎の殲滅作戦は失敗しましたからね。ホリプロ内での黒勢力を盤石なものにする方が、戦略的にはいいでしょう。
 その為に、彼というジョーカーが不可欠になる」
「いうなれば、秘密警察だね。邪魔者を消すまでは求めてない。俺が欲しいのは白の情報だ」
「なるほど。しかし、あの性格を見た限りでは密偵に向いているとは思えませんが」
設楽がふん、と鼻を鳴らす。その態度に、小林は自分が失言したことを悟った。
「どのみち、時間をかけるつもりはない。あいつが使えなくなる前に、ホリプロは俺の支配下になる。
 あそこを抑えてしまえば白の勢力は半減したも同然さ。いくら人力舎の奴らが抵抗したって、
 向こうにも“撒き餌”を仕掛けてあるんだから」
「油断は禁物ですよ。下手に突くと何が出てくるやら」
「分かってるさ。だから小さな綻びを一つずつ、解いていこうって言うんだ」
小林は立ち上がり、設楽の隣りに並んだ。ピンで留められた写真たちの中心にある石塚の宣材写真を、ペン先で軽く突く。
「ここまではシナリオ通りだ。嬉しいだろ?」
「いいえ……俺のシナリオは常に書き変わりますから、安心はできませんよ。
 誰かのアドリブで、照明の当たる方向が違うだけで、こちらも全く予想しない方向に動いてしまう」
「肝に銘じておくよ。号泣との一件ですっかり懲りたからね、これからはシナリオを狂わせるような行動は控えるよ」
力を込めて言うと、小林がほっとしたのが、気配でも分かった。定期的に機嫌をとっておこうというわけではないが、
この男にへそを曲げられると色々とわずらわしいのも、また事実だ。
「では、また今度」
小林は壁から離れて、ノートと筆記用具をかばんに放り込む。部屋を出ていこうとドアに手をかけたまま、思い出したように振り返った。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
「うん、好きにしなよ」
「あなたはいつか言いましたね。黒ユニットのメンバーは、大切な仲間か、使える道具かに分かれると。
 なら……あなたにとって石塚君は、道具と仲間、どちらなんですか」
設楽はそれには答えず、また指を後ろ手に組んで写真を眺めた。円形に貼られた写真、そのうち白に協力する者にはバツ印がついている。
小林が出て行ってしまうと、ゆっくりと手を伸ばした。中でも真っ赤なバツがついた者の写真を、爪でカリカリとひっかく。
どこで撮ったのか、小沢のニヤケ顔の上に爪を立てて、唸るように呟いた。
「……ヒーローごっこは終わりだ」
そのままぐしゃりと握りつぶして、スピードワゴンの二人の写真を壁から引き剥がす。
「嵐になるよ、これから」

◆◆◆◆◆◆◆

時計の針は「カチッ」とやけに大きな音を響かせて、21の数字を打った。初夏の涼しい風が吹き抜ける屋上に、三人の男が立っている。
その中の一人、石塚は小さな箱を開けて、名刺を一枚取り出す。肩書きは『アリキリ商事株式会社 営業主任』
ボキャ天時代に作った懐かしい名刺だ。石塚はフードを下ろして石を発動しようとして、止まった。
「見んなよ」
視線を感じる、振り向く、二人が目をそらす。さっきからこの繰り返しだ。
「見んなって、恥ずかしいから」
そう言うと、阿部は両手で目を覆った。が、指の隙間からじぃ……とやや陰気な目つきで見ている。
「だから、終わるまでどっか行ってろって!」
石塚はシッシッと手で払う仕草をした。その様子に、阿部の隣でナイフを研いでいた吉田が腕時計を見て短く息を吐く。
「ていうか、なんか普通に喋っちゃってるけど……お前ら誰?」
「え、いまさら!?」
それまでずっとローテンションだった阿部が、そこで初めて素で驚きの声をあげた。
「ここに来るまでに聞かないから、てっきり知ってるもんだと……」

827Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:56:51
阿部は長い前髪をかきあげて、相方と顔を見合わせた。しばらく「お前が言えよ」「いいやお前が」と
ダチョウ倶楽部のような譲り合いをした後、吉田が言うことに決まったのか、軽い咳払いをする。
「俺は吉田大吾と申します。で、こっちが」
「どうもー、相方の阿部智則です」
「「二人合わせて、ポイズンガールバンドです、よろしくお願いしまーす」」
漫才の最初の挨拶のように、声を合わせて頭を下げてくる。
「よ、よろしく……」
とりあえずこちらもお辞儀をした。黒ユニットの戦闘員というともっと怖い印象だったが、思いの外普通なので、
石塚は逆にどう扱えばいいのか分からなくなってしまった。
「で、なんで俺達がここにいるかっていいますと、それはずばり石塚さんのお手伝いです」
阿部はなぜか少し胸を張って言う。
「ぶっちゃけ、今回の相手は石塚さん一人じゃ無理なんですよ。と、いうのもですね」
「意志が強い。去年、黒の石に汚染されましたが、仲間の助けもあって自力で立ち直っているんです」
「あ、俺の台詞とんなよ!……とにかく、ターゲットは今ピンの仕事で仲間から離れて東京に来てる。
 今までも大阪に潜んでいる黒の芸人がアプローチをかけてましたが、全部退けてきました。
 ここでもう一度黒に染めて大阪に送り返せば、大阪の白勢力を内側から崩す鍵になるってわけです」
「で、その人の名前は?」
聞くと、吉田の表情がわずかに曇ったが、すぐに元の静かな顔に戻って答える。
「浅越ゴエ。73年生まれの吉本NSC16期で、ザ・プラン9のメンバーの一人。
 石の能力は、阿部と同じ回復。ただ、阿部の場合は使い道が分かれる“多角型”
 浅越さんの場合は身体的ダメージの回復を極めた“特化型”とでも言ったほうがいいですかね」
「んー、回復しかできないんなら前から行ってもいいんじゃないの?」
「浅越さん一人でしたら、俺達が出てくることもありませんでしたよ」
吉田は意味深な言葉と共に、再び腕時計を見た。
「シナリオによると、あと5分です……早くしてくれますか」
「分かった、やるよ。やればいいんだろ!」
半ばキレながら、石塚は名刺を空に掲げ叫んだ。

「千の地図を持つ男、チズ.マスカラス!!……はずかしぃ……」

瞬間、ぱあっと名刺から眩い光が放たれ、それは大きな地図に変わる。建物から小さな道路に至るまで、
周辺の地形が精密に映しだされた白地図が、ふわりと目の前に舞い降りた。
「できた……ほんとに出た!」
この能力は今日が初お目見えなので心配していたが、無事に発動できた。
ほっと胸をなでおろすと、阿部が「ブラボー」と棒読みで言いながら拍手した。
石塚は地図を地面に広げて、風で飛ばないよう膝頭で抑えると、ポケットからボールペンを取り出す。
「来ました……やっぱり、ブラマヨさんも一緒だ」
吉田はひどく冷静な声音で呟くが、対する石塚はといえば、早速本領発揮とばかりにテンパり始めた。
「えぇー、聞いてねえよそれ!」
「さっきちゃんと言ったじゃないですか」
「どこで!?……ああもう、俺頭使うの苦手なのに!」
「俺達はブラマヨさんを足止めします。まずは、なんとかあの三人を引き離して下さい」
言うなり吉田は阿部をともない、屋上のドアを開けて階段を走り降りていく。
「引き離す……って、どうやって?」
石塚は前髪をぐしゃっと握りしめて、ボールペンをノックした。そっと白地図にペン先を乗せて、
元々あった道と区別するために赤いラインを引いていく。その間に眼下の通りに出た二人は、
ほろ酔い気分で歩いていた浅越と、鼻歌交じりの千鳥足で後に続いていたブラマヨの行く手を塞ぐように立つ。
「お久しぶりです、浅越さん」
「……吉田」
浅越は足を止めてずれていた眼鏡を直した。
「俺達と少し遊びませんか。酔い覚ましも兼ねて」
言うなり吉田は、鋭いナイフの刃先を手のひらに突き立てた。傷口から鮮血が赤い玉になって迸る。
その光景に、浅越は「うっ」と口元を抑えてたじろいだ。
パキパキと氷が割れるような音をたてて、血液が片手剣を形作っていく。赤黒い剣の切っ先が、浅越に狙いを定めた。
「ワンラウンドでどうですか」
浅越が答える前に、ブラマヨの二人が前に走り出る。吉田がブレスレットの石を握りしめて叫んだ。
「吉田!“もしお前の頭の上に電柱が倒れてきたらどうすんねん!!”」

828Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:15
言われた瞬間、吉田は雷に打たれたように固まった。相変わらずのポーカーフェイスだが、
額からは玉のような汗が転がり落ちる。空を見上げて、剣を持っていない方の手を顔にかざした。
「よし、かかったッ……」
前衛の吉田を封じてしまえば、回復系の阿部には何もできない。吉田がそう思ったのもつかの間、ピリッと空気が震えた。
「__はあ?」
小杉も思わず間の抜けた声をあげた。邪魔にならないよう後ろに下がっていた浅越と自分たちの間に、
何もない場所から現れた丸い光の玉が、集約して形を帯びる。やがてそれは、大きなビルとなってそびえたつ。
「おっ、おい、お前ら何した!このビルどっから持ってきてん!」
小杉がつばを飛ばして叫ぶ。阿部は答えず、ほー、と感嘆するような声を喉から出してビルを見上げた。
吉田もぺたぺたと触ってみるが、硬質の感触が、たしかに幻影ではないと教える。
道路を寸断するように立ち塞がるビル。デザインはごく普通の鉄筋コンクリート5階建て。しかしちょうど
浅越とブラマヨを寸断するように建っているせいで、彼らは引き離されてしまった。
「くそ、こいつっ……浅越、お前なんとかこっち来い!」
「む、無理ですよ!ちょうど道路を塞いでて、通れないんです!」
「裏道通ってこい!」
小杉は最後に腹立ちまぎれからか、ガンッと壁面を蹴飛ばす。
が、しっかり質量を持っているビルは衝撃と共に鈍い痺れを足の甲に伝えた。
「いってえ!!」
「アホか……」
足を抑えてのたうち回る相方を、呆れ顔で見下ろす吉田。直後、吉田の頭上でメリメリと音がした。
はっと見上げる。根本から折れた電柱が、電線を揺さぶりながら彼の上にゆっくりと倒れてくる。
「う、うわあああ!!に、逃げな……」
腰を抜かして悲鳴をあげる吉田の前で、幻覚の効果が切れたのか、もう一人の吉田も首をこきりと鳴らして剣を構え直す。
「……あなた達の相手は、俺です」
なんとか起き上がった小杉がその言葉の意味するところを悟った瞬間、吉田は地面を蹴っていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆

「裏道通ってこい!!」
小杉の叫びが終わるか終わらないかのうちに、浅越も踵を返して走りだしていた。
角を曲がって、初めて来た場所で分かりづらい小路を必死に見回す。
(そうだ、俺も回復で援護せんと。吉田とやり合って無傷で済んだ奴なんておらん!)
やがて、右左に分かれた路地に出た。直感で左を選ぶ。見たところ小杉たちのいる通りに近そうだったからだ。しかし……
「……嘘やろ、行き止まりって」
目の前にはそびえ立つ壁。しかし、向こう側から吉田の怒鳴り声や、血の鞭がしなる音が聞こえてくる。
「ちゅう事は……これ、さっきの?」
元来た道に戻ろうと踵を返す。その時、こちらに近づいてくるかすかな足音が耳に届く。
「……!」
薄暗い影の落ちる狭い路地に現れたのは、サイズが少し大きいサマーコートを着た男。フードをかぶっていて、顔は見えない。
「さっきのはお前か」
男は答えない。代わりにだらんと下げていた右腕をゆっくりと伸ばす。長い袖に隠れていた手に握られていたのは、
銀色に光る小さなモデルガンだった。
「吉本か?……大阪か?」
その質問には首を横に振った。そこで自分の情報を与えてしまったことに気づいたのか、顔が見えなくても分かるほど
わたわたと慌てはじめる。その仕草に、浅越は敵ながら心配になってしまった。
(……こいつ黒のくせに、えらいボケた奴やなあ……こんなんでやっていけとるんか?)
男はモデルガンを持ったまま、その場でおろおろしていたが、やがて自分の任務を思い出したらしい。
安全装置を親指で外して、両手に持って構えた。銃口を向けられ一瞬たじろぐが、よく考えれば実弾が出るはずはないのだ。
後ろは行き止まり、前には敵。逃げられない状況でするべきことはただ一つ。浅越は銃口と自分を結ぶ直線上から、
わずかに体をずらして口を開いた。
「なあ、一旦落ち着いて話しあおうや。お前がどういう理由で黒におるかは知らんけどな」
両手を上げて、闘う意志はないとアピールする。どうやら相手も闘いは苦手のようなので、
話しながら少しずつ前進していく。
「俺もな、ほんの短い間やったけど……黒に行きかけたことがある。仲間にたくさん迷惑かけて、お互い傷ついて……
 それでもなんとか、こうやって楽しく酒飲めるようになったんや。なあ、黒におったってそんな楽しいことできるか?
 お前かて、相方がおるんなら……俺の言いたいこと、分かるやろ」
相方、の言葉に男は少し動揺した。

829Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:35
「俺は大阪やし、事務所もちゃうけど、お前の手助けにはなれると思う。俺みたいな想いは誰にもして欲しくないから。
 もし、お前が黒から本気で逃げ出したいって思うんやったら……」
いつの間にか、距離は一メートル弱にまで縮まっていた。浅越は足を止めて、最後の言葉を放つ。

「顔、見せてくれ」

わずかな、静寂。男__石塚は震える手をフードにかけて……そのままの体勢で、止まった。
「……もっと早く、会えてたら」
つぶやきの意味を問う前に、引き金にかかった指が動く。パンッと軽い衝撃音が響いた。同時に肩のあたりを襲う熱。
「うっ」
えぐりとられるような痛みに、肩を抑えてその場にうずくまる。指の間からぬるりと血が流れた。骨が軋む感覚と共に、
肩から指先に至るまでの範囲がびりびりと電流を流したみたいに痺れていく。
「くっ……゛い、つぅ……!」
肩の傷口を手で抑えたまま、傷を癒やす。やわらかな光が広がり、痛覚が徐々に遠ざかっていく。
いくら治せると言っても痛みを感じないわけではない。脂汗をぬぐいながら立ち上がると、すぐ目の前に銃口があった。
見下される体勢になったおかげで、フードに隠れていた顔が見えたが、真っ黒い影がかかって顔立ちまでは分からない。
「お前……」
もう一発、銃声が響いた。腹筋に叩きこまれた光の弾は、浅越の呼吸を一瞬せき止める。
「かはっ……!ゲホ、げほっ……う、ぅ……」
地面に倒れて激しく咳き込む浅越の胸ポケットから、天青石のストラップがついたケータイが抜き取られる。
青い結晶が徐々に黒く染められていく。終わると、石塚はケータイをそっと浅越の手に握らせた。
石塚が壁に手をつくと、行き止まりを作っていた建物の壁が、テレビ画面にノイズが雑じるようにぶれて消えて行く。

「浅越!」
吉田の一閃を分厚い脂肪のおかげでなんとか退けた小杉が、倒れている浅越に駆け寄ってくる。
そこで浅越のそばに立っている石塚に気づき、みるみるうちに額に血管が浮き上がった。
「お前……そうか、お前ら最初から浅越狙いか」
怒りをにじませた小杉の声音に、石塚はまたびくっと怯えて後ずさる。
「顔も見せんで騙し討か。卑怯な戦法やな」
卑怯、の一言は、氷のように石塚の心臓に突き刺さった。この状況を表すにはたしかに的確な一言。
石塚はぎゅっと拳を握りしめて、またゆっくりと開いた。心のどこかで黒の欠片が、自分の声を真似て囁く声がする。

『お前に何が分かんだよ、運がよかっただけのくせに』『正義ぶりやがって、ヒーロー気取りか』『黙れハゲ』
『その髪の毛引きちぎられてえのか』『跪け』『つまんねー説教する気かこいつ』『他にやることねえのかよ、サミシー奴らだな』

頭を振って、幾重にも響く声を黙らせた。
「……そっか、そうだね」
あっさり肯定されたのが意外だったのか、今度は小杉のほうが驚く。その後ろで阿部が「あまり喋らないで」と首を横に振るのが見えたが、
このまま終わるのは何となく後味が悪かった。吉田は剣を下ろして地面に突き立て様子をうかがっている。
「お前、やっぱり」
「やっぱり、何?」
「黒なんか……居心地よくないんやろ、ほんまはお前、こんな事したないんやろ!
 なあ、お前の名前教えろや、お前が誰か分かったら、俺の石で迷いを取り除けるから」
「はあ?」
思わずフードを脱ぎたくなったが、それだけはこらえる。心の中の黒と白の天秤が、バランスを失って一気に黒に振りきれた。
ポケットの中のプラチナルチルの光が、どんどん弱まっていく。石塚は思わず笑い出していた。
「小杉、お前さあ。何言い出すかと思えば、いい年こいて正義のヒーローごっこ?
 “ほんまはお前、こんな事したないんやろ!”……あはははっ、ははっ……マジ腹痛い!」
比喩ではなく、腹を抱えて笑う。突然雰囲気が変わった敵に、ブラマヨの二人はどうすればいいのか分からず顔を見合わせる。
「それが何?」
笑いを止めて、逆に石塚のほうが問いかける。右手の銃口は、今度はブラマヨの方に向けて照準を合わせた。
「俺を助けようって思ってる?逆に俺はさ、お前らなんかぶっちゃけどうでもいいんだよね。仲良くもないし。
 ……だから、俺とおしゃべりする前に浅越さんなんとかしたら?」
「こいつっ……!!」
ついに、小杉の沸点が切れた。しかし、怒りのまま殴りかかろうとした小杉の足元を、何かが通りすぎる。
「お、おっ!?」
足がもつれてすてーんと転んだ小杉を、電柱の陰から走り出た男が助け起こす。
「大丈夫か!」
「……う、誰や!また黒の援軍……って、まさか」
顔から地面にぶっ倒れたせいで赤くなった鼻をおさえて、小杉は立ち上がった。

830Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:55
自分をすっ転ばせた男……Take2の深沢邦之。その足元には光に包まれたボウリングの玉のような物体がある。
深沢がそれを拾うと、球に見えていたのはただの赤いガムボールだった。突然の闖入者に驚くブラマヨの二人を下がらせ、
「悪い。俺は黒じゃないんだがな」と頭を下げる。
「えっ……いや、深沢さん、なんで俺達の方を」
「頼む、あいつと話がしたいんだ。……ここは、俺の顔に免じて下がってくれないか。
 俺はあいつの正体も知ってるし、長い付き合いなんでな」
まだ納得のいかないらしい小杉を、吉田が引っぱる。
「な、深沢さんああ言うとるし……俺らは浅越の方、どうにかしたらな」
小杉はまだ納得していないようだったが、ポイズンの方も吉田の出血量がそろそろ限界に達しかけて動けなくなっている。
阿部が急いで吉田を連れていく。吉田は石塚の方に向かって「逃げて」と手を挙げて合図した。
「えー、まだ足りねえよ」
石塚はだらしない体勢で壁にもたれかかって、あー、と意味のない声を出す。
「……じゃあ、任せます。せやけど、後でちゃんと話聞かせてください」
小杉が渋々頷くと、ブラマヨの二人は浅越のいる路地の方に走る。石塚は浅越の体を乗り越えて、二人を通す。
横を通りすぎる瞬間、小杉とわずかに目が合ったような気がしたが、
すぐに小杉は浅越の隣に膝をついて、その体を揺さぶり始めた。
「おい、しっかりせえ!……大丈夫や、ちゃんと息しとる!」
吉田が少しうれしそうに叫んで浅越の腕を肩に乗せると、小杉も手伝う。
その光景を見ているうちに、石塚の中の天秤がまた、白の方にぐぐっと傾いた。
「……あれ?」
ふっと気が抜けたように、深沢を見つめる。その仕草で全て理解したのか、深沢はまた新しいガムボールを取り出して光をまとわせ、
球に変えた。そのまま、路地を出て走り出した石塚の足元に向かってすべらせる。
「うわっ!」
今度は石塚のほうが転ぶ番だった。バランスを崩した拍子に背中から壁にぶつかって、肺の奥から空気が吐き出される。
深沢は一瞬ためらったが、すぐに走る。脂肪がないせいでもろに衝撃を受けて咳き込む石塚に近づくと、
その胸ぐらをつかみあげて無理矢理立たせた。
「助けてくれって、言え」
「……え」
「言えよ!!……でなきゃ、お前もっと酷え事になるぞ」
深沢はフードを脱がそうと手を伸ばしたが、後ろにいるブラマヨの視線に気づいて止めた。
掴みあげている手に、ぽたぽたと汗か涙か分からない液体がこぼれ落ちる。
「なあ……言ってくれよ。俺は、お前らが喧嘩してるとこなんか見たくねえんだよ。
 だって俺ら、キャブラー仲間だろ?」

831名無しさん:2015/11/16(月) 02:01:48
乙です。
小林の設楽への問い「石塚は道具か?」について
自分は完全に設楽が石塚を道具扱いしていると思っていたのでそこで設楽が答えなかったのが結構意外でした。
そして深沢ガンバレーと言いたい。

832Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:21:16
そんな簡単にいくなら、設楽さんはとっくに浄化されてますという回。
想像以上に長くなりそうでどうしようと思ってます。深沢さんがガムボールを使っているのは、『球体』で
小さく持ち運べるものが少ないから、という理由をつけてますが、出せませんでした。

【Deep down inside of me-2-】

ブラマヨの二人が浅越を連れてその場を離れると、深沢も石塚の胸ぐらをつかんでいた手を離して荒い息をつく。
「あだっ」
足がもつれて、尻餅をつく。深沢は痛みに腰をさする石塚の前にしゃがんで、顔を隠していたフードを脱がせてやった。
地面にぺたんと座ったまま見上げる顔からはすっかり毒気が抜けて、瞳は微かに震えている。
「……そんな顔するなよ。俺は、お前のことちゃんと全部分かってるから。石井は知らないんだろ?」
石塚は黙りこくったまま、小さく頷く。
「……そうか。そうじゃないかと思ってた。あいつ、スタッフとか後輩には厳しくてもお前には優しいから。
 石井がこの事知ったら、きっとただじゃおかないだろうな。黒に捨て身で特攻するぐらいやるぞあいつは」
光をフレアのようにまとった球を指で弾くと、あっという間に小粒のガムボールに戻った。
それをぽいっと口に放り込んで、奥歯で噛む。
「甘っ」深沢は当たり前の感想と共に味のなくなったガムを飲みこんだ。その態度があまりに普段通りなので、
石塚は立ち上がることも忘れてぽかんと見つめる。
「深沢さん、なんで……なんで、怒んないんですか」
「なんで怒る理由があるんだよ。責められるべきはお前じゃない。それに……お前は優しすぎる奴だから。
 どうせ石井を人質にとられてるんじゃないのか、そうだろ?」
てっきり責められると思っていた石塚は、予想に反した温かい言葉にとうとう泣き出した。
「何泣いてんだよ、ん?安心しろって、まだお前のことは誰にも言ってないから」
えぐえぐとしゃくり上げながら震える肩を軽く叩いて、深沢も熱くなってきた目尻を指で拭う。
「大丈夫だ、今ならまだ戻れる。浄化してもらって、ブラマヨと浅越に謝って、それで終わりにしよう。
 俺が一緒に行ってやるよ」
深沢の説得に、心の中の天秤はもう一度白に傾こうとしていた。しかし、優しい笑顔と一緒に差しのべられた手をとろうとした瞬間、
水面に一滴の墨汁を落としたように、いくつもの声が耳の奥で響く。

『君との間に隠し事はしたくない』『守られるより、守る方がいい』『君は僕の後ろにいてくれ』『本当に、石は持ってないんだね?』
『僕は案外君を観察してるんだ』『君からは目が離せないな』『嘘をついた時点でお前はもう、石井を裏切ってるってこと』

石塚は手をひっこめて、耳を塞いだ。その間も黒の欠片の残骸が、頭の中で嘲笑う声は止まない。
「どうした?おい」
心配そうな深沢の声も今の石塚には届かない。狙いすましたように、手がまた小刻みに震えだした。
(……あ、前に欠片を飲んだのって、いつだっけ?)
石塚がそれの意味するところを理解した瞬間、声がさらに大きくなった。

『裏切り者』 『嘘つき』 『許さない』『許さない』『許さない』『許さない』『ゆるさない』

声は、いつの間にか石井のものに変わって耳元で響く。
歯がカチカチ鳴って、脳を直接かき回されるような痛みが押しよせる。正常な思考が徐々に黒い海に沈んでいった。
「……、不愉快なんだよ」
「え?」
聞きとれなかった深沢が、口元に耳を近づける。石塚は低い声でもう一度繰り返した。
「……いい年こいてガキみたいにイキがってんじゃねえよ、不愉快なんだよ」
普段からは考えられない傲慢な口調でつぶやくと、くくっと押し殺したような笑い声を漏らす。
「石塚!……くそ、呑まれるな!しっかり……」
ただならぬ気配に、深沢は石塚の肩を掴んで揺さぶる。
直後、乾いた破裂音が連続して響き渡った。

833Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:21:46
「やっぱり俺、心配やわ」
タクシーを拾って浅越を乗せると、ぽつり、と小杉が呟く。助手席に乗りこんで行き先を告げようとしていた吉田は、
小杉の思いつきにため息をついて出てくる。
「お前何言うとんねん、深沢さんがああ言うたんやから、任せとけばええんや。
 どうも深沢さんとは深い縁があるやつみたいやし、あの人は“ベテラン”やから、そう簡単にやられたりは……」
「ちゃうねん、俺が心配なのは深沢さんだけやのうて」
「分かっとる。お前ほんまはお人好しやもんな」
「おい、それ以上言うたら怒るで」
「もう怒っとるやん」
吉田は笑いながらタクシーに近づくとドアを半分開いて、後部座席で疲れて寝ていた浅越を揺り起こす。
「あれ、吉田さん達乗らんのですか?」
眠たそうに眼鏡の下の瞳を瞬かせて浅越が聞くと、後ろの小杉を親指で指して苦笑いを浮かべる。
浅越は何か言いたげに吉田と小杉を見くらべていたが、やがて頭を振って、タクシーから降りた。
「俺も行きます、病院代もバカになりませんよ?」
「むさ苦しいナイチンゲールやなあ」
吉田が憎まれ口を叩くと、ややムッとした顔で隣に並んだ。そこで、小さな破裂音が耳に届く。
三人は一斉に今来た道を振り返る。ややあって、もう一発聞こえた。
「急ぎましょう!」
浅越が一足先に走りだすと、ブラマヨの二人も慌てて後を追った。

黒の欠片。効能は石の能力の増幅、精神汚染、鎮痛、思考操作。副作用は頭痛、手の震え等多数。
それが、深沢が持つ欠片についての知識全てだ。
しかし、こうして石塚と対峙する限りでは、『汚染』というより『反転』と表現するほうが正しいようにも思う。
「……目覚ませ、石塚!」
深沢は手首をやわらかくしならせて、光の球を滑らせる。石塚はひらりとそれを避けたが、球は実に器用な追尾を見せた。
「ハァ……なんでこんなめんどくせー事になってんだろ……あぶねっ」
足元を掬いかけた球を飛びのいて避けると、首をこきっと鳴らしてモデルガンを構え直す。
「オッサンのお遊戯に付き合ってやったけどさ。そろそろ目障りなんだよね」
深沢はピルケースからガムボールを一つつまみ出して、ふうっと呼吸を整えた。
石塚義之という男の性格。一言で表現すれば天然ボケ、明るく賑やかで毒気のない性質。
それが反転すればどうなるか。自己中心的で傲慢、残酷で薄情なものへと変わるのではないか。そう、今のように__。
「なあ、でも……それは、お前じゃないんだ」
「はあ?自分語りとかいい加減にしなよ。本気で殺すよ?」
「やってみろよ、できないだろ?だって、それは本当のお前じゃないからな」
今度は手をクロスさせて、二発連続で球を放つ。石塚はそれをサイドステップで避けて、モデルガンを右手に構え直した。
ゆっくりと腕を上げて、銃口を自分のこめかみに当てる。
「やめろ!!」
ちょうど拳銃自殺をするような仕草に、深沢はとっさに飛び出していた。それが何を生むか、彼の頭からは完全に抜け落ちていた。
ただ後輩を助けたい、その一心で飛び出した深沢の心臓部分に、冷たいものが突きつけられる。
次の瞬間、深沢の胸は鋭い弾丸で撃ちぬかれた。熱い。体は冷えきっているのに、撃たれた胸だけが燃えるように熱い。
「ぐっ……」
胸を抑えて地面に膝をついた深沢に、また銃口が突きつけられた。
「これがあんたの限界だよ、バーカ」
呼吸ができない。肋骨が軋むように痛い。ピルケースを振ったが、もうガムボールは使い切っていた。
実に楽しそうに笑う石塚を、深沢は為す術もなく見上げた。

「そういえば、あいつ誰なんやろ」
タクシーを拾うために元来た道からだいぶ離れてしまったので、急ぎ足で戻りながら小杉が言う。
「まあ、あんだけペラペラ標準語喋っとったんやし、東京出身の芸人なのは間違いないやろ。
 地方から出てきて覚えた奴って、どうしても訛りが出てまうからなあ」
吉田が繋げると、なるほど、と頷く。相方の反応に調子づいたのか、吉田はさらに推理を繋げた。
「ほんで、俺らにはタメ口使うて呼び捨て……せやけど、浅越にはさん付けやった。
 ちゅうことは、浅越より年下で、俺達とは同期。俺ら浅越と年変わらんし、年齢基準でさん付けするんやったら、
 俺らにもせんとおかしいやろ」
吉田の推理は論理的だったが、小杉にはいまいち納得がいかなかった。
そこで、男の胸ぐらをつかんでいた深沢が、涙まじりに叫んでいた声が蘇る。

834Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:25:34

『俺ら、キャブラー仲間だろ?』

「キャブラー……」
小杉は雷に打たれたように立ち止まった。先を急いでいた浅越も吉田も、振り返って怪訝な顔で見る。
「せや、深沢さん……あいつのこと、キャブラーいうとった」
浅越は少し考えて、「ボキャブラ天国ですか」と答える。小杉は頷いて、また走り出しながら続けた。
「あの番組、大阪吉本はあんまり力入れとらんかったから……浅越が聞いたんと一致するわ。
 キャブラーで俺らと同期で東京の芸人いうたら、誰がおる?だいぶしぼれてくるやろ」
吉田は頭の中で検索をはじめた。NSC13期はJCAの3期に対応する。しかし結成年を基準にするか、デビュー年を基準にするかでも異なるので、
それも含めて計算する。走りながら、吉田の頭の中で普段付き合いのない同期芸人達の顔が浮かんでは消えた。
「東京03……は、キャブラーやないから除外。坂道コロンブス……にしては背高いし、これもちゃうな。
 アンタッチャブルは白って決まっとるし……飛石連休、も条件が合わん」
うーんと考える吉田の隣で、浅越が「あ」と声を上げた。
「俺、分かったかも……小杉さんは?」
「さっき思い出したわ。こんなとこで同窓会はしたなかったけどな」
角を小走りで曲がった小杉が、突然立ち止まった。
後ろを走っていた吉田と浅越は、小杉の背中にぶつかって止まる。
「おい、お前いきなり……深沢さん?」
吉田は、眼前に広がる光景に思わず言葉を失う。浅越も無意識のうちに拳を握りしめていた。
地面に仰向けに倒れた深沢と、その近くで膝に顔を埋めて座るサマーコートの男。
さきほどとは違い、フードが脱げて明るい茶髪があらわになっている。
「石塚ぁ!!」
小杉は怒りに任せてずんずんと近づき、胸ぐらをつかんで無理矢理顔を上げさせた。
が、振り上げられた拳は石塚に届くことなく下ろされる。
「……お前、やっぱり」
その先は伝えられなかった。石塚は一瞬の隙を突いて小杉を突き飛ばし、逃げていく。
「石塚!」
吉田も追いかけようとしたが、倒れたままの深沢が目に入り足を止めた。
倒れたままの深沢の隣に膝をついて、浅越が肩を貸す。撃たれた傷は治っていたが、まだ体が辛いのか苦しげな呼吸を繰り返していた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、お前こそ平気か?……早く、浄化……しないと、な」
「しゃべらないで下さい、まだ無理せん方が」
「……俺が、甘かった。浄化してやれば、終わりって……わけじゃ、ないんだな」
「何の話ですか?」
深沢は答えず、突き飛ばされて尻餅をついたままの小杉に目を向けた。
小杉は立ち上がることも忘れて、さっき自分を突き飛ばした石塚の顔を思い出していた。握りこんだままだった拳を開いて、
石塚が走り去った方角を見つめる。
「……泣くんやな、黒のくせに」

◆◆◆◆◆◆◆

835Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:25:59
「うっ……ぐす、う……」
石塚は家に帰り着くなり、ベッドに倒れこんで声を上げて泣いた。足をばたつかせて枕を殴る。
そうしているうちに、段々気持ちも落ち着いてくる。起き上がってケータイを開くと、石井の番号をダイヤルしようとして、やめた。
「深沢さん……」
ぐしゃ、と髪の毛をかきまぜて思い出す。
黒の欠片に引っぱられて、深沢を襲っている間。石塚もすぐ後ろからそれを見ていた。自分の意思に反して動く体と、
次々に放たれる罵詈雑言。何度もやめろ、と叫んだ。だが、体の主導権を取り戻した時目に飛び込んできたのは、
地面に力なく倒れる深沢と、それを呆然と見つめる阿部だった。どうやら石塚が遅いので心配して戻ってきたらしく、
深沢と石塚を見くらべて、ブラッドストーンを握りしめる。
『これ……石塚さん、やったんですか』
『……わかんない』
『分かんないって……』
阿部は膝をついて、深沢の体にそっと触れた。傷をひい、ふう、みいと数えて、少し迷ったように視線を彷徨わせたが、
やがてため息をついて手をかざす。阿部の手から丸みを帯びた光が放たれ、深沢の傷が少しずつ塞がっていく。
『なあ、たしかお前の石って』
『いいんです。俺がやりたくてやってるんですから』
傷を癒やした後、それと同じだけの痛みを負うことは聞いていたが、阿部は首を横に振って続く言葉を許さなかった。
『……お互い、息苦しいですね』
ぽつり、と独り言のように放たれた言葉。背中を向けているせいで、阿部の顔は見えなかった。
『石塚さんは、黒に捕まる前の自分に戻りたいって思ったことあります?』
石塚が答える前に、『俺たちは何回もあります』と続ける。
『でも、きっと黒から逃げられても……元通りなんてありえないんでしょうね』
その言葉は、深く石塚の胸に突き刺さった。

翌日。
誰もいない楽屋に置きっぱなしだった小沢の携帯電話が、着信音を響かせて震える。
やがて、ピーッと音が鳴って留守電に切り替わった。
『もしもし、俺、小杉やけど……大事な話があんねん、今日ちょっと会えんか?
 電話ではちょっと言えへん話でな。仕事終わった後でええから、返事くれや、ほな』
またピーッと発信音が鳴って、メッセージは終わった。やがて、トイレから戻ってきた小沢は、
ケータイのライトが点灯しているのを見てとりあげる。
「……なんか、嫌な予感する」
小沢は頭を振って、こんこんと拳で軽く額を叩く。自分に活を入れると、思い切って留守電の再生ボタンを押した。

836名無しさん:2015/11/19(木) 00:48:45
>>832
毎回楽しみにしています。長くなるのは大歓迎です。

837Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 18:59:55
軽くバレました、という回。石塚さんの芸歴はデビュー年で計算すると94年からですが、
ブラマヨ、次課長とは同期じゃね?という意見がファンの間ではわりと多いので、それに準じています。
今回は黒ユニ集会編、珊瑚編と共通する設定あり。設楽の台詞は感想スレ>>448の『ロザンが関西黒ユニの中核』を参照。
ななめ45°は能力スレの>>748、タカトシは>>322から。

【Deep down inside of me-3-】

「おう小沢、こっちや」
ロビーに降りると、受付の前で吉田が手を振っていた。22時に会う事になっていたが、ブラマヨの二人が予想よりも早く上がれたおかげで、
約束の時間より3時間ばかり早い待ち合わせとなった。小沢もぎこちない笑顔で手を振り返すと、いつも行く店に予約を入れようとケータイを開く。
「あ、ええよ別に。ここで」
吉田が指さしたのは、観葉植物の影に隠れるように設置されたベンチ。主に来客が待つためのものだが、
正直疲れていたので、ありがたい申し出ではあった。スピワの二人が腰を下ろすと、向かい合うようにブラマヨの二人が座る。
「メール読んだよ。号泣なら上の階にいるから、後で……」
「ああ、浅越なら先に行かせたで。一刻も早いほうがええからな。その……すまんな、ついでに浄化なんか頼んで」
心底申し訳無さそうに眉をへの字にした小杉。井戸田は「浄化は朝飯前」と声をかけて気にするな、と親指を立てた。
しばらく黙って互いの出方を伺う。やがて言葉がまとまったのか、小杉が口を開く。
「なあ、最近……なんか変わったこと、ないか」
だいぶ遠回しな切り出し方だった。井戸田は首をひねって「特に」と答える。
「例えば、誰かの行動がおかしいとか、様子が変とか、怪我する奴が増えたとか」
「……たしかに俺達の所には設楽さんがいるけど、あの人も仕事と石に関するゴタゴタはある程度線引きしてる」
「せやったら、ホンマに何も知らんのか?ホリプロで白をまとめとる、お前らでも?」
「ここ最近静かなのは事実だけどよ、黒の奴でも見えない設楽さんの腹の中なんて、俺達なんかに分かるわけないだろ。なあ、小沢さん」
それまで話の成り行きを見守っていた小沢は、いきなり水を向けられて戸惑ったが、井戸田の強い視線に押されて「うん」と同調する。
「さっきから何が言いたいのかな。俺達に気を遣わなくていいから、はっきり言ってよ」
すると、ブラマヨの二人は顔を見合わせてさらに表情を固くした。なるべく遠回しに、ショックを与えない伝え方を考えてきたのは
小沢にも分かったが、吉田はとうとう核心をついてきた。
「お前らの中に、黒の餌食になった奴がおる」
吉田の言葉に、スピワの二人は体をこわばらせた。それきり黙りこくってしまった吉田の代わりに、小杉が昨夜のできごとを簡潔に説明する。
聞き終わった時、井戸田の口から最初に出たのは「嘘だ」という否定だった。
「おい、いくらなんでも……言っていいことと悪いことがあるだろ、どうせつくならもっとマシな嘘を」
「しょーもない嘘つくためにこんなとこまで来るわけあるか!エイプリルフールでもないのに」
がなる吉田の隣で、小杉は組んだ指を解くと、背もたれに体を預けてふうっとため息をつく。
「とにかく、放っておけないのは事実や。コムはほとんど黒の陣地になってもうとるし……ホリプロの方にも
 黒の食指が伸びたら、あとは時間の問題やからな。
 相方に報告するのが一番ええんやろうけど、スケジュール知らんから捕まえようがないし……第一、縁の浅い
 俺らの話なんか、素直に聞いてくれるとも思いがたいし」
小杉はよっこらせ、と立ち上がり、まだ座ったままの小沢を見下ろしてつけ加える。
「そいつにとって居心地のええ場所で、それなりに楽しくやっとるんなら、俺ら何も言わんで」
小沢は膝の上で拳を握りしめて、その言葉を胸にとどめた。

沈黙とは、もっとも労力のかからない圧迫だ。
この倉庫に窓はない。石塚から見て対角線上のドアは内側から施錠されているし、その前に設楽が立っている所為で逃げ道も塞がれた。
そして、廊下を歩いていた石塚を無理矢理この倉庫に押しこんで鍵をかけてから、設楽はずっと沈黙している。
「お前は」
重い空気に耐えられなくなってきたところで、設楽は一歩ずつ、こちらへ歩いてきた。
「破滅願望があるのかな」
予想だにしない一言。石塚が反論しようと口を開くと、それはいいというように手をかざして黙らせる。

838Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:03:00
「おかげでシナリオが水の泡だ。宇治原の脳味噌だって常にフル回転じゃ可哀想だから、
 たまにはこっちで手助けしてやろうと思ったのに……たしかに深沢さんの出現はイレギュラーだった、それは認めよう。
 でも、アドリブが苦手なら、いよいよ俺の方で糸を繋いで動かしてやるしかないのかな?」
設楽はポケットから、黒の欠片が詰まった小瓶を取り出した。手のひらに一つ出して、見せつけるように眼前にかざす。
小道具の入った段ボール箱を避けて少しずつ後ろに下がるが、当然ながら背中は壁に当たって止まった。
目の前に立つ設楽は、相変わらず感情の読めない瞳でじっと見つめてくる。
「……俺が怖い?」
集会の夜と同じ問いかけを、今度は真顔でされた。
「いいんだよ、別に。いまさら誰にどう思われたって俺はどうでもいいから。相方のためなんて理由はさ、
 裏を返したら究極のエゴイズムさ。でもね、俺はお前のほうが怖いよ。強い光はより濃い闇を生むから」
「……はっきり言えよ」
「同類ってことだよ、俺達は」
設楽はしばらく黙っていたが、やがて石塚のズボンのポケットに手を突っこんで、隠し持っていたプラチナルチルを奪い取った。
「あ、返せよ!返せってば!」
手を伸ばすが、ひょいっと避けられる。設楽は結晶に軽く爪を立てて、ぎりっと力を込めた。
「いっ……!?ひっ、ぎっ!」
瞬間、心臓に鈍い痛みが走る。例えるなら、麻酔無しで胸を切り開いて直接臓器を握りつぶされるような、耐え難い痛み。
「……がっ!あ゛……あ、はっ、苦しっ……あがっ!」
声にならない悲鳴をあげて床に転がる石塚を、設楽はじっと眺めていた。
自分の意志に関係なく涙と唾液がこぼれて、床に垂れる。痛みと圧迫感から逃れようと、爪がキリキリと床を引っかいた。
「……はい、3分経ったからおしまい」
やがて設楽が指の力をゆるめると、心臓の痛みは一瞬で消え去った。まだ不規則な呼吸を繰り返して床に倒れた石塚の手に、
黒の欠片をそっと握らせて囁く。
「この痛みを忘れるなよ。お前がコースアウトすれば、その分だけ石井の危険が増すんだからね、分かった?」
「わっ……分かった……」
なんとか答えると、満足したのか手を離して施錠されたままのドアに歩いて行く。
設楽が倉庫を出て行った後、ようやく動くようになった体を起こして欠片を口に入れる。
ごく、と喉を鳴らして飲みこむと、楽になっていく体と共に、また形のない自己嫌悪がわきおこってきた。
「……最低だ」

一方、倉庫を出た設楽は悠々と廊下を歩いていた。と、向こうから走ってきた井戸田が設楽の姿を認める。
井戸田は一瞬迷ったようだったが、やがて背に腹は代えられないと思ったか手を挙げて呼び止めた。
「あの、石塚さん見ませんでした?」
「え?いや、別に」
正直に居所を教えてもよかったが、念のためはぐらかしてみる。井戸田は「そうですか」と素っ気なく言うと、礼もなしに走り去った。
どうやらブラマヨの二人は洗いざらい喋ったらしく、かなり慌てているのが後ろ姿からでも分かる。
それを見送って、設楽はエレベーターのボタンを押す。エレベーターが降りてくるのを待つ間、なぜか無性に日村に会いたくなった。
「……最低だね」
設楽は自嘲的につぶやくと、踵を返して日村のいるブースへ歩いて行った。

「なに、俺になんか用?」
稽古場に息せき切って駆け込んできた小沢を、テーブルに小道具の刃物を並べていた石塚は、
きょとんとした目で見上げた。汗をぬぐって荒い息をつく小沢の目に、椅子に半開きで置かれた石塚のリュックが目に入る。
「すいません、ちょっと」
言うなり小沢はリュックをつかんで逆さにすると、中身をテーブルにぶちまけた。
「あ!何すんだよお前っ……やめろって!人の荷物!」
テーブルに転がり出たのは、携帯電話や財布、ごく普通のリングノートや筆記用具など。それらを一つ一つ調べたが、
黒の欠片らしきものは見当たらない。リュックの中にもチャックがあったのでそこを開いたが、
やはり石塚が『クロ』だと示す明確な証拠はない。
磁石やななめ45°といった後輩たちは、この持ち物検査を止めるべきか否か分からず、おろおろと遠巻きにした。
「やーめーろってば!もういい加減にしろよ!」
石塚が止めようと腰にしがみついてきた。小沢はそれには構わず、軽く畳まれたサマーコートをつかむ。
前身頃のポケットを調べて、中のポケットに手を突っ込もうとしたところで、バタンと稽古場のドアが開く。

839Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:03:46

「やり方がスマートじゃないな」
すべてを話し終えた時、石井の口から出たのはそんな冷静な言葉だった。しかし、心のなかでは思考が錯綜しているのか、
彼にしては珍しい小刻みな貧乏揺すりをしていた。
石井は頭を整理するためか、屋上の柵にもたれかかって腕を組んだまま、空を見上げる。
「石塚くんがトイレに立った隙にでも、こっそり調べればいいじゃないか。
 それが後ろめたくて嫌だっていうなら、渡部さんに“同調”してもらえば一発だ。嘘発見器みたいに使って申し訳ないけどね」
小沢は何も言えずに下を向いていた。いたたまれなくなった井戸田が助け舟を出す。
「でも、まだ石塚さんがそうって決まったわけでもないのに、渡部さんまで巻きこむのはどうかと思って……
 小沢も気が動転してたんです、とても信じられない話だから」
「違ったら違ったでいいじゃないか。それとも、疑う事自体が悪だというのか?
 ……いつから、白はそんな及び腰になったんだ」
石井は深いため息をついて、後頭部をカリカリと掻いた。
「いずれにせよ、今は静観したほうがいいんじゃないのか。万に一つ石塚くんが本当に黒だとして、
 僕を欺けるような器用な子じゃない。そのうち向こうから答えを教えてくれるだろう」
子、と表現したところに、石井が相方に抱くイメージがあるようで、井戸田は思わずぷっと吹き出していた。
「何がおかしい!……とにかく、石塚くんはまだ記憶も戻ってないし、石も持ってない。……本人が言う限りだから、
 嘘か本当か確かめようはないけどね。さっきの方向で頼むよ」
石井は柵から体を離して、出口に向かって歩いて行く。鍵がかかっているのを忘れてドアノブを回したせいで、
ガチャッと金属のぶつかり合う音がした。
「……僕としたことが」
口の中で小さくつぶやき、今度こそ鍵を開けて屋上から出て行く。石井の足音が聞こえなくなると、二人はどちらからともなく顔を見合わせ、
お互いの思考の混乱をまとめようと並んで立って夜景を見た。
「潤はどう思う?」
「……相方可愛さに目が曇るってのはどうなのかな」
「じゃあ、やっぱり石塚さんは黒だと思う?」
「ただし、本人の意志じゃないパターンだな」
小沢は何も言い返せず、黙って風を浴びていた。
「“フードがついた、デカめの黒いサマーコート”……今日も着てた。あの人今日、足引きずってんの気づいた?」
「あ、そういえば……左足が全然動いてなかったね」
「あれ、深沢さんに転ばされた所為で捻挫した、って考えたらどうだよ。黒にも治せる奴はいるだろうけど、
 深沢さんを治すのが手一杯で、治せなかったんだ」
「……やっぱり、黒なの?」
「黒なんだよ」
柵を握りしめる井戸田の手に、さらに力がこもる。手の甲にぴくっと筋が浮き上がった。

840Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:04:15
一方、屋上を出た石井も、冷静を装いながら速足で廊下を闊歩していた。時折すれ違う人間はそのただならぬ雰囲気に、
見て見ぬふりをして通りすぎる。誰もいない休憩所まで来ると、石井はガンッと壁に額を打ちつけて息を吐いた。
スピワの二人と話している間、拳はずっと固く握りしめられたままだった。白くなった手を開いて、ずり落ちそうになる体を支える。
「大丈夫だ……まだ、そうと決まったわけじゃない」
少し落ち着いてから稽古場に戻ろうと、背中を壁につけて深呼吸する。
そこで、「石井さーん」と自分を呼ぶ小さな声が廊下の向こうから近づいてきた。見ると、ななめ45°の土谷が駆け寄ってくる。
「石井さん、話終わりました?」
「えっ?ああ……ちょっと誤解があったみたいだ、大したことじゃない」
土谷はそれでなんとなく察したのか、「そうですか」と顔を曇らせた。汗ばんだTシャツの下にカプセル型のチャームが揺れている。
石の事情を知る者同士では、会話が短くて済むので楽だ。
「あ、そういえば石井さんに報告があったんでした」
土谷は思い出したように手を叩く。
「あの、石塚さん帰っちゃったんですけど……大丈夫ですか?」
「今日の分はだいたい終わっていたから、問題ないよ。小道具の点検も終わったし」
「そうですか。でも……なんか具合悪そうだったんですよね、岡安が“やっぱり心配だから見送る”って外出たんですけど、
 もういなかったらしくて、帰って来ちゃったんですよ」
それに、石井はかすかな違和感をおぼえた。
「いなかった?……ロビーにも?」
「あ、はい」
それがどうかしました?と訝しむ土谷に構わず、石井はしばらく眉をひそめて考えた。が、違和感の正体は結局見つからなかった。

「元々のシナリオよりやや早めに進んでいますね」
小林はノートをぱたんと閉じて、伊達眼鏡を外した。はああと息を吹きかけシャツの裾で拭くと、また元通りにかけ直す。
「白に存在を知られた以上、あとは時間の問題か。欠片の用量を増やすってのはどうだ?」
隣に座る土田が提案すると、小林は首を横に振った。
「いえ、まずは俺がシナリオを書き直しましょう。彼のプラチナルチルは欠片への耐性が強いようですからね」
「さすがは希少石といったところか。あいつが浄化されて使えなくなる最悪の事態だけは回避しておきたいな。
 シナリオで完全に動きを制限するのがいいか、どうせ知られるなら、プラチナルチルを直接穢すか……どうする?設楽」
設楽は肘かけに頬杖をついて、チェス盤をとんとんとせわしなく指で叩いていた。
考えがまとまったのか、背もたれにぐっと体を預けて天井を見上げる。
「……いや、欠片の処方は今までどおりでいい。予定より早いけど、舞台装置を動かすことになりそうだ」
設楽の指が、チェス盤の上に並んだ白いポーンの一つをピシッと弾く。ポーンは盤上を黒の陣地まで転がって、
黒のクイーンにぶつかって止まった。
「石塚はマリオネットじゃない。選ぶのはあいつだ」

「はあっ……はあ、しつけえなあいつら!!」
走るトシの頭の中でエンドレスループするのは、『翼をください』のサビ部分。
少し遅れてついてくるタカは、最近さらにぽっこりしてきたお腹を震わせて、そろそろ限界です、と手を振る。
そもそも、自分たちが名前を知らないのだから大したことないだろうと思ったのが間違いだった。
普段から黒の若手に「油断するな、相手を舐めてかかるな」と半分説教のようなことを言っていたのに、
疲れていたのでつい「まあいっか、テキトーで」と思ってしまった。
悪いのは自分たちに尻拭いをさせる黒の若手だ、いや、もっと言うと過密スケジュールの自分たちに(まるで隙間産業のごとく)
任務を入れてくる黒ユニットのせいだ。トシは、これが終わったら一言文句を言ってやろうと心に誓う。
「あーもう無理!限界!」
振り返ると、タカが足をもつれさせて転んでいた。助け起こすと、「もうダメ」と地面にへたりこむ。
トシも、頭皮まで真っ赤になった顔を手でパタパタと仰いで冷やす。と、遠くからパタパタと足音が聞こえた。
あわててタカを路地裏に引っ張りこむと同時に、さっきまで自分たちがいた道に白の追手が走りこんでくる。
「どっち行った?」
「わりい、見てねえ」
「チッ……じゃあ、俺が向こう探すから。お前はそっちの地下道探せ」
「分かった」
白の追手は短く会話を終えると、まるで見当違いの方向に走っていった。
一瞬ホッとしたが、ここから逃げるためにはどうしても地下道を通る必要がある。白の追手とかち合わせずに駅の向こう側に出られればいいが、
その可能性はゼロに近い。おまけに、二人ともかなり体力を消耗している。正面突破は無理そうだ。

841Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:04:45
「あー、せめて石が奪れてたらな……こりゃ、怒られるかも」
坊主頭を撫でて、トシが空を仰いだ瞬間。
「こっち!」
ぐいっと、トシの手が引かれた。包帯が巻かれた手の先を見ると、雑居ビルの地下に続く階段から、誰かが二人を手招きしている。
トシは一瞬ためらったが、タカを連れて階段を下りた。男は懐から懐中電灯を取り出して、ぱっとあたりを照らしだす。
男の名前を思い出すのに、トシは若干のタイムラグを必要とした。
「石塚さん、ですよね」
「助かったー!」
タカは同じ黒の助っ人にもう気を許して、ずるずるとその場にへたりこむ。トシはややイラッときたが、怒るのも大人げないので黙っていた。
「そんなに喜ばれると、なんか複雑だなー」
「え?」
「俺も点数稼がないとやばいからさ」
わけがわからない、と首をひねるタカには構わず、石塚はポケットから四つ折りになった白地図を取り出す。
左手に持ったボールペンをノックすると、トシを見上げた。
「あ、石は奪ってきた?」
「……いえ、片方はとれたんですけど」
「けど、何?」
「……物質転送系の能力なんですよ、取り零したほうが。だから、こうやって逃げてたんです」
トシが肩を軽く回しながら答えると、石塚はしばらくうーん、と考えていたが、やがて思いついたのか、ペン先を地図に落とす。
ペン先が青い光を放ち、みるみるうちに地図記号が書かれる。
「よし、できた。行こう」
石塚は地図を畳むと、地上への階段に足をかけて、また二人を手招きした。

一方、タカトシを追いかけていた白の二人は、目の前の光景を唖然と見つめていた。
地下道から出た先にそびえ建っていたのは、電線でビルから繋がれた鉄塔。周りに張り巡らされたフェンスには『高圧電流注意』と
赤い文字の板が下がっている。
「ど、どうなってんだこれ……」
「こんなとこに鉄塔なんてあったか?」
勇敢にも一人が歩みより、フェンスに指をかける。が、彼は忘れていた。自分は今、石を奪われて全くの無防備だということを。
「……ぐ、あっ!」
パンッと乾いた破裂音が響き、男の体が揺らめく。肩を抑えてその場にうずくまる相方に、思わず駆け寄ろうとしたもう一人は、
上から聞こえてきた声に踏みとどまる。
「じゃあ、先に謝っとくね」
石塚は、バスケボールに変身しておいたトシを胸に抱えて、語りかけた。男はチョーカーについた石を握りしめて、
鉄筋のハシゴ部分に左手をかけて立つ石塚を、はっきりと視界に映す。
「……外したら、ごめん」
「えっ、石塚さん……ちょっと待って!」
タカがやや青ざめた顔で叫ぶ。
「な、なんだあの人……仲間じゃないのか?」
白の追手二人も、鉄塔の上で言い争う二人をぽかんと見つめる。
「大丈夫、俺ドッジボール得意だし」
「そういう問題じゃなくて!」
「死んだらごめんな、葬式には行くから!」
言うなり石塚はトシを軽く振りかぶって、眼下の男めがけて投げる。
「うわ、マジで投げた!」
男は頭の上に迫り来るボールに、慌てて発動対象を変更した。チョーカーの石がぱあっと青い放射光を放ち、
ボールの形をしたトシが一瞬にして空から消え去る。やがて背後から聞こえた、がさがさと茂みが揺れる音に、追手二人はほっとため息をつく。
「死ぬかと思った……」
坊主頭に葉っぱを乗せて出てきたトシに、男は思わず笑みを見せた。直後、カチッと何かを回すような音がする。
男は、油をさしていないロボットのようなぎこちない動きで振り向く。直線上に立つ石塚は黒々とした銃口をまっすぐに向けて、
唐揚げをねだる時と同じように手の平を差し出した。
「石、ちょーだい」

842Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:06:46
「石塚さん、ひとつだけ文句言っていいですか」
トシは坊主頭にぴくぴくと青筋をたてて、少し離れて歩く石塚を睨みつけた。
「……投げる時は、変身する前に言って下さい」
「え、そこ!?」
タカが珍しく、ぴったりのツッコミを入れる。石塚はタバコを口から外して「ごめん」と謝った。
「まあ石は奪えたし、これで怒られなくて済むっていうのは気が楽です。……ありがとうございました」
「いーって。偶然うまくいったようなもんだし」
石塚は手をひらひらと振って、そこでふと気づいた。
(あれ、そういえば俺……なんで、こいつらを助けたんだろ?)
実のところ、黒から「タカトシを助けろ」と命令されたわけではない。たまたま微弱な石の反応を感じたので向かってみたら、
この二人が逃げているところに出くわした、というだけのことだった。気づかなかったふりをして通りすぎることもできたはずだったのに。
「石塚さん?」
足を止めて考えこんでいた石塚を、タカの声が引き上げる。石塚はなんでもない、と首を振って、また歩き出した。

【白の追手】(名前不明)
【石】不明
【能力】物質の転送
【条件】転送したい物体の全体を視認しないと転送できない。故に、内臓やポケットの中のものなどは転送不可能。

843Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 19:11:57
すみません、なぜか削れていました……>>839の前にこれが入ります。

「おい、これは一体なんの騒ぎなんだ!」
朗々とした声が響き渡ると、稽古場になんとも言えない静寂が下りた。
岡安がちらっと横目で二人をうかがいながら、「小沢さんが……」と小声で呟く。
それだけで全て理解したのか、石井はずんずん近づいてくると、小沢から相方を引き剥がした。
その後ろから井戸田も入ってきて、あちゃーと頭を抱える。
「大丈夫か?」
「あ……うん」
石井の気遣いに、石塚はちらっと目をそらして答える。その仕草に、井戸田は少し違ったものを感じとった。
「説明してもらおうか。場合によっては、君との関係を考え直さなければならなくなる」
自分より身長の低い石井の、しかし鋭い眼光に射抜かれ、小沢は気まずい空気の中でサマーコートを返す。
「……すいません、でも俺がなんの理由もなくこういうことするように見えますか?」
素直に謝った後の問いかけに、石井は眉をしかめて「いや」と首を横に振った。
小沢の背中を叩いて、「出よう」とうながす。二人が出て行ってしまうと、その後を井戸田も慌てて追いかけた。
「……うわあ、石井さん完全に怒ってるよ」
「あれ、土谷は見るの初めてだっけ?珍しいもん見れたな、あの人怒る時は静かに怒る方だし」
土谷と下池がひそひそ話し合う後ろで、岡安は石塚を手伝って、荷物を入れなおす作業をしていた。
「大丈夫ですか?利き手怪我してるのに……」
「いいよ、こんぐらい左でいけるし」
「でも、小沢さんいきなりどうしちゃったんでしょうね。あの人も夏ボケて変になっちゃったのかな」
「まだ7月上旬でそれはないだろ」
土谷がツッコむと、それもそうだと笑う。その隣で、石塚はさっき階段ですれ違った浅越を思い出した。
向こうはよほど急いでいたのか石塚には気づかず上がって行ってしまったが、浅越がここにいる理由を考えると、
石塚の心に不安がさざなみを立てる。
「……ごめん、なんか疲れちゃった。俺、帰るね」
「しかたないですよ。じゃあまた明後日に」
軽く頭を下げる岡安に手を振って、石塚も速足で稽古場を出る。ドアをそっと閉めると、
石塚は今まで作っていた不安げな笑みを消して、屋上へ続く階段を上っていった。

844名無しさん:2015/11/22(日) 23:49:39
乙です!
ただ一つ言わせていただきますと、磁石がコムに来たのは2008年6月で
この時点ではサワズ所属だったはず…
あとこのスレにオードリーの話があったけど、「まだ無名だったにも関わらず
選ばれた芸人の証たる石を手に入れた」という形にして、「なぜお前らが石を !? 」とか
驚かれるといった、いわば「将来売れっ子になる伏線」的な感じで本編の時点に組み込めそう?
最後に、井戸田の新能力としてハンバーグ師匠で何かできないかなと思ってたり…
一ネタやって「ハンバーーーーグ ! ! 」と叫ぶとステーキプレートに乗ったハンバーグセットが
目の前にストンと落ちてくる、とか?

845名無しさん:2015/11/23(月) 00:17:50
乙です。石塚のことがとりあえずスピードワゴンに伝わったことに安心しました。
でもこの状況を打破するのは並大抵のことじゃなさそうですね。どう動くのか楽しみです。

>>841について、石塚とタカトシが面識がないように読めるのですが
(名前を思い出すのにライムラグがあったとか、『石塚さん、ですよね』のあたり)
2005年6月ごろだと石塚とタカトシはフジのF2スマイルという番組で共演中です。同じ曜日担当でした。
F2スマイルは2005年4月からの開始ですがその前のF2-X(2004.4-2005.3)からのつながりになるのでそれなりに付き合いは長いかと。

>>844
石を「選ばれた芸人の証」「売れっ子になる伏線」的に扱うのはどうなんでしょう。
それを否定することが若林のアイデンティティ、というのがオードリー編の柱だったと思いますが。

846845:2015/11/23(月) 00:44:23
>>583のように
「石を持つ」=「選ばれた芸人の証」「売れっ子になる伏線」と『思い込んでいる』芸人がいる、ということならわかるんですが
>>844を読むと石=選ばれた芸人の証というのが設定として組み込まれるように見えたので。
違っていたらすみません。

847名無しさん:2015/11/23(月) 08:24:36
>>846
ああそうですね、一応「若手たち(特に石を持ってない人たち)の間では、いつしか
『石を持つ事が選ばれた芸人の証だ』と認識されるようになっていった」という感じです
オードリーが売れる前の話な訳ですが、肝になるのは「売れっ子になる伏線」は石を持つ事
そのものよりも別の所にあって、その中の出来事の一つとして(傍からは分不相応に見えた)
石を手に入れた事があった、みたいな感じですかね

848名無しさん:2015/11/23(月) 08:32:09
暗かったので「あれ、誰だっけ」と遅れて分かってる、というのをいれ忘れていましたorzタカが完全に安心しているのは知らない相手ではないから、です。磁石は単なるミスです...今回ミス多いな...

849名無しさん:2015/11/23(月) 13:31:36
>>847続き
言葉が足りなくてすみませんが、「若手たち(特に石を持ってない人たち)の間では、
いつしか『石を持つ事が選ばれた芸人の証だ』と認識されるようになっていった」点を
黒側がスカウトに利用する事もあるだろうなあ、と思ってまして
「とにかく石を手に入れれば売れるようになるぞ」と吹き込み煽ってる可能性もあるのかなと
あとHi-Hi(書く人いるかわからんけど)にも通じるけど、「売れっ子になる伏線」
てのは石を持つ事そのものではなく話全体の流れを指してます

850Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/23(月) 21:21:01
あああ、名前欄入れ忘れていた……
なんだって今回はミスばかり……磁石の方も書いてたんですよ、
例によって文章が混ざったのです。

851名無しさん:2015/11/23(月) 23:47:12
>>850
どうか落ち着いて(苦笑)
「磁石の方も書いてた」と言いますと?もう一つ話を構想しておられるのですか?

あと思いつきですみませんが、小沢と若林・大吉・光浦の4人がそれぞれの
石を共鳴させつつ歌うと歌声を聞いた者に頭痛や目眩や耳鳴りを起こさせる
(パワーが強ければ物理的破壊力も発揮する)「ジャイアンコーラス」なる
必殺技が発動する、とか考えてしまった(笑)

852845:2015/11/24(火) 08:10:23
>>847>>849
よくわかりました。ご返答ありがとうございました。

>>850
磁石編もあるとは!楽しみです。M-1残念でしたね彼ら。

853Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/27(金) 19:06:20
磁石、となっているところは、本当はこの二人のはずでした。ななめ45°のターン。

『Deep down inside of me-4-』

うやむやにせず、きちんと確かめよう。
石井がその決意を固めたのは、ブラマヨがわざわざ訪ねてきて爆弾を落としていってから、二週間も経ってからだった。
以前は何気なく交わしていた軽口も、今はぎくしゃくした、明らかに無理をしたリズムで交わされる。
なにより、石塚の態度がそんな温かい雰囲気を拒んでいた。石井の方も、気がつくと必要以上に気を遣って、まるで小さな子供を
なだめるような接し方をしてしまう。石塚はそれを敏感に感じとり、なるべくいつも通りにしようとまた空元気を出すのだった。
「なあ、あれなんやねん。あいつらいつから冷戦しとんの?」
「俺ら知らんから教えろやー、はよ教えんと嵯峨根の給料30%オフやでー」
「なんでお前が俺の給料握っとんのや!……俺らあん時稽古場におらんかったから仲間ハズレやねん、教えてや」
X-GUNの二人が、左右から土谷の服を引っぱる。土谷は面倒くさそうに顔をしかめてその手を振り払った。
「そんなに気になるなら、石井さんに直接聞けばいいじゃないですか」
「せやかて……なあ?」
西尾はちらっと、遠くで休憩している石井を横目で見た。机に肘をついて指を組み、つま先でとんとんと地面をタップする石井からは、
近づくなという無言のオーラが漂っている。石塚は相方に背中を向けてケータイでメールを打っているが、やはり話しかけづらい雰囲気だ。
ごほん、と咳払いすると、西尾はなるべく自然な笑みを作った。
「あー、あいつらのせいで空気悪いわー。さっさと仲直りせえやほんまに。どうせあれやろ、石塚がなんか我侭言うて
 石井のこと困らせとんのやろ。あかんでえ、そういうの。お前年下やねんからな、ちゃんと言うこと聞きいや」
石を持たない芸人たちから見ればただのコンビ内喧嘩にしか見えないように言い繕いながら、西尾はさり気なく石塚の方へ近づき、
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜ、励ますふりをして後ろからケータイを覗きこんだ。一瞬で文面を読んだ後、自然な歩幅で帰ってくる。
「……ちょっと、こっち来い」
耳元で囁くと、土谷をそっと稽古場の外へ連れ出す。
ぱたん、とドアが閉まったところで、西尾は作り笑いを消して、真剣な顔で切り出した。

「“約束、覚えてるか?”……すまん、これしか読めんかった」
嵯峨根はそれで大体分かったのか、顎に指をかけて思案する。
「一旦話まとめようや。あいつらキャブラー大戦の時はどやった?」
西尾はそこで、嵯峨根の方が細かいところまでよく記憶しているのを思い出して聞く。
「無所属。かといって中立でもない。ただ黒から逃げまわるだけの、若手にようあるパターンやったな。
 石井がそもそも慎重派やったから、“白ユニットも頼りにならない”言うとったわ。……これは俺らの責任がデカいけど。石井は
 自分たちの安全が保証されるんやったら黒でもええって思うとったみたいやけど、石塚は黒を怖がっとった。尋常やないぐらい」
「まあ、あいつは怖がりやけど……なんでそこまで」
「さあ……石井はともかく、弱小能力の自分は使い捨てられるって思っとったんやろ。
 あの頃はまだ量産型の石もなかったし、石井に負担かかる構図は変わらんからな。
 俺はその所為でb.A.dもすぐ抜けたんやないかと思うとったわ。ほら、あそこには海砂利がおったから」
「その石塚がいまさらになって黒に自分を縛りつける理由……」
「あん時、石井が考えとったことを石塚がやっとんねん。そんだけのことや」
話について行けず、X-GUNの二人を見くらべる土谷はそこでふと閃いた。ことは急げとばかりに口を開く。
「あ、あの……俺、ちょっと思いついたんですけど」

854Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/27(金) 19:06:52
設楽は移動中の車内でケータイを開き、声は出さずに笑う。
「約束、ね……俺もずいぶんと買いかぶられたみたいだ」
隣りに座る日村が「何の話?」と聞いてきたが、「関係ないでしょ」とはぐらかすと、それ以上は食い下がらなかった。
この程よい距離感を、都合がいいと思うかそれとも心地良いと思うか。それが白黒の分かれ目だろうと設楽は考えている。
(しかし、こんなメール送ってくるってことは……あいつ、まだ俺を甘く見てるんだな。
 そこに致命傷をつけるのは石井だ。それでやっとあいつは“完成”する)
設楽は窓を少し開けて、外の景色が流れるのをぼんやり眺めた。

思考がどんどん鈍くなっていくのが分かる。石塚はこめかみをおさえて、頭痛をやり過ごした。親指の爪を強く噛むと、
痛みで思考が一瞬だけクリアになり、休憩所で話すスピワの会話が耳に入ってくる。
「……やっぱり、石井さんに協力してもらおう」
「だめだ」
「なんで!」
小沢が思わず叫ぶと、井戸田は唇に人さし指を立ててあたりを見回した。人の気配がないと分かると、
拳を握りしめて睨みつけてくる相方に近づき、ワントーン低い声で囁く。曲がり角に隠れて盗み聞きしている石塚は、心の中で舌打ちした。
「石井さんに、冷静な判断ができるとは思えない。……相方だぞ?俺らだってあんなにショック受けたのに、
 10年以上も一緒にいる人ならなおさらだろ。俺らでなんとか解決しよう」
「相方だからこそ、目をそらしちゃダメだ!」
「だから、大声出すなって。……分かったよ、小沢さんがそこまで言うなら止めない。石井さんも加えよう。
 ただ、石井さんも最近疲れてんのかな、なんかイライラしてるみたいだし……」
スピワの二人は話しながら歩いて行った。声が遠ざかると、石塚はそっと角から出てタバコを口にくわえ考える。
(俺の仕事は、ホリプロの中の“白”の動きを探る事……なんだけど)
煙を吐き出すが、空気を吸っているように味気ない。ふと、ポイズンの吉田が「黒の欠片は感覚を鈍らせる」とぼやいていたのを思い出した。
(……ぶっちゃけ、俺をなんとかしようとしてるとしか報告しようがないもんな。
 浄化してもらうのが一番いいんだろうな、でも)
ポケットからプラチナルチルを取り出して、ぽーんと空中に放ってキャッチ、を繰り返す。
(そしたら、俺がついた嘘もバレる)
設楽がどんな地図を描いているのかは知らないし、知る必要もない。自分にとって大切なのは石井の存在。
深沢は優しく手を差し伸べた。それを台無しにしたのは自分。深沢より厳しい石井はきっと、自分を完全には許さないかもしれない。
石塚がその可能性に思い至った瞬間、手先がわずかに狂った。
「あ」
キャッチし損ねたプラチナルチルが、床に落ちてわずかにはね返る。転がった石を拾おうと屈んだ瞬間、石塚の脳裏に半年前の光景が蘇った。

【2004年.11月】

財布から小銭を取り出そうとしたはずが、寒さでかじかんだ指は石塚の意図に反して変な方向に動いた。
「あっ」
小銭入れの中に入れておいたプラチナルチルが、指で弾かれて床に落ちる。石はあっという間にころころと転がって見えなくなってしまった。
かがんで床を探ると、ひょいっと誰かの手が視界に割り込んでくる。顔を上げると、「これ、お前の?」と日村が石を差し出していた。
「お前のだよな、落としたの俺見てたもん」
日村は石塚の手に石を握らせる。立ち上がりズボンについたホコリをぱんぱんと払うと、くるりと踵を返して片手を挙げた。
「じゃ、もう落とすなよ」
石塚が礼を言おうとすると、気配で分かったのか「いーって」と黙らせた。そのまますたすた歩いて行ってしまうのを見送って、
プラチナルチルを小銭入れにしまい直す。
「……知らない、のか?」
首をひねったが、結局のところ日村の立ち位置は分からなかった。

855Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/27(金) 19:08:13

【現在】

「……そうだ、日村さんは設楽のこと、知らないんだ」
正確には薄々気づいている、といったほうが正しいかもしれないが、知らないと仮定すると、半年前の一件も違う角度から見られる。
プラチナルチルの存在が、(意図的かどうかはともかく)日村から設楽に漏れたとしたら?設楽がその時からこの地図を描いていたとしたら?
石塚はその場を歩き回りながら、思考をまとめるために小さな声で呟く。
「さまぁ〜ずさんが、今の俺と同じことをしてたんだ。俺達を監視して、石井さんが記憶を取り戻したのもそこから知った。
 だから、あんないいタイミングで俺を捕まえられた……じゃあ、やっぱり」
いつの間にか短くなっていたタバコの火を灰皿でもみ消して、壁にどん、と背中をつける。ずり落ちそうになるのをなんとかこらえた。
「俺がこうなるのは、最初から決まってたんだ」
体から力が抜けて、その場にへたりこむ。頭の中が真っ白に塗りつぶされたようで、しばらくの間思考が完全に停止する。
その時、休憩所に誰かが近づいてくる気配。二人分の足音が、徐々に大きくなる。
石塚は音をたてないようそっと立ち上がり、声の主を探った。
「……下池はいい、俺が決めた」
「でも、土谷……」
声の正体は、ななめ45°の岡安と土谷だった。
「俺は、もう一度黒に行く。……お前らが嫌なら、俺一人でも戻る」
「やめろよ、もうそれ以上言うなって」
岡安の声が段々高くなっていく。土谷は鬱陶しそうにその手を振り払って、「いい加減にしろ!」と叫んだ。
「リーダーの俺についてくるのか、それともやめるのか!今すぐここで答え出せ!!」
「なあ。どうしちゃったんだよ、なんで急にそんなこと言い出したんだよ!」
岡安は半分涙目になっていた。土谷はちらっと、石塚の隠れている曲がり角の死角に視線をやった後、岡安の体を自分の方へ引きよせる。
「……よし、もういいぞ」
「は?何の話?」
まだ状況がつかめていないらしい岡安に、「もう終わりだよ」と囁く。土谷は曲がり角を覗きこんで、石塚が完全にいなくなったのを確認する。
土谷は腰に手を当てて、してやったりというような笑顔を浮かべた。
「あの人がまだ完全に黒に染まってないんなら、必ず引っかかるはずだ」
「えっ?」
立ち尽くす岡安の頭の中を、たくさんの疑問符が駆け巡る。しばらくして合点がいったのか、「ああ!」と手を叩いた。
「そう何もかも、設楽さんの思い通りにはさせねえよ」
土谷の首から下がったカプセルが、きらりと光った。

856Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:27:16
ポイズンも芸歴が微妙なので難しい。そしてやや下ネタ的表現ありますので、ご注意ください。
下池さんの能力は「性質と中身を異性にする」ようですが、「性転換」ではないんだろうなと思っています。

【Deep down inside of me-5-】

自宅まで送るというマネージャーの車を断って、石井は一人で夜道を歩いていた。危ないからタクシーを使えとマネージャーは言ったが、
頭の中をとりとめのない思考が錯綜して止まらない。涼しい風を浴びて考えをまとめたかった。
見慣れた住宅街も、夜の22時を過ぎると不気味さをはらんだ静寂が降りる。石井は自然、速足になって家路を急いだ。
「石井さん?」
背後から聞こえた声に、ぴた、と足が止まる。
「石井正則さん、ですよね」
振り返ると、見覚えのない男が立っていた。記憶を辿るが、思い出せない。どうも初対面らしい。ここ一ヶ月ほど、
こうして黒の芸人に襲撃されることが増えた。しかし、たいていはこちらが名も知らない若手であり、なんとか撃退してきた。
それでも回数が増えればいらだちもするし、疲労もたまる。スピワの二人はなんとなく感づいているようだが、ただでさえ白ユニットを
まとめるのに忙しい二人に、これ以上負担をかけたくなかった。
「何か?」
平静を装って返すと、男はヒューッと囃し立てるように口笛を吹いた。何が面白いのかにやにや笑いながら、背中に回していた手を前に出す。
左手に握られていたのは、アーチェリーのような大きな弓。右手に光の球が集まり、一つの大きな光になる。それは形を変えて、細い矢となった。
「恨むんなら、あんたのお友達を恨んでくださいね」
男は矢をつがえて、グリップをしっかりと親指で抑えた。
「待て、どういう意味だ!」
きりり、と糸が張られ、石井に狙いが定まる。石井が横に飛び退くと同時に、矢は風のような音をたてて放たれた。
石井の頬をちりっ、と熱がかすめる。指先でなぞると、浅く切れた頬から血が垂れていた。
「……仕方ないか」
覚悟を決めると、ポケットのルチルクォーツがそれに呼応するようにやわらかい光を放つ。石井はふうっと息を吐く。体をかがめて拳を握りしめた。
頭の中で鳴り響くのはロッキーのテーマ。男は作り笑いを引っこめて、じり……と後ろに下がる。
「__ふっ、」
短く息を吐いて腹筋を締めると、低い体勢から一気に飛びかかる。
「なっ……はや、」
男は予想以上のスピードについて行けず、あわてて二本目の矢を放つ。が、至近距離からの威力も半減した一撃は、
石井が体を半回転させるだけであっさりと後ろのアスファルトに突き刺さった。男は狙撃は諦めたのか、弓を捨てる。
両手に矢を握り、突撃する石井を迎え撃つ。
「ここ、だッ!」
三日月型の弧を描いた矢尻。その刃は、石井の肩の皮膚をほんの1cmにも満たない深さ、切り裂いた。
男は強かった。たった一つ計算間違いがあったとすればそれは、石井が平均的な日本人男性より小柄であったこと__。
「……、かッ、!……」
男の腹に、石井の拳が深々とめりこんだ。もちろんかなり手加減はしてあるが、それでも体重を込めたジャブは重い。
体をくの字に折った男の口から、酸の混じった唾液が吐き出される。石井は荒い息をついて、男がうつ伏せに倒れるのを見届けた。
「……可哀想な、人だ……」
立ち去ろうとした石井の足を、男の声が引き止める。この先を聞いてはならない、という予感がした。なのに、足は縫いつけられたように動かない。
「あなたは、何もかも……知ってる。だけ、ど……あなた、は……何も、分かっちゃいない」
それきり、男はがっくりと頭を落とした。石井は気を失った男を放って歩き出す。その間も、さっきの言葉が頭の奥でリフレインした。
「……僕が、分かってないこと……」
主語を自分に変えて呟いてみたが、答えがはっきりとした形を持つことはなかった。
再び歩き出した石井の耳に、ピリリリ、と着信音が届く。自分のケータイのものではない。振り返ると、気絶したままの男の
ポケットから聞こえているようだった。音はすぐに消えたが、石井はしゃがみこんで、男のポケットを探る。
「最新型か」
赤い折りたたみケータイを開いてみる。何かヒントが残っているかもしれないとメールや通話履歴を確認するが、特に怪しいものはなかった。
「ん?」
保存BOXBOXに、一つだけ動画が入っている。2分ほどの短い動画だが、『証拠』というタイトルに胸騒ぎがする。
『恨むんなら、あんたのお友達を恨んでくださいね』
石井は迷った末に、再生ボタンを押した。

857Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:27:46

真っ暗な劇場の中、手探りで歩く。石塚はサマーコートのポケットに手を突っ込んで、中にあるプラチナルチルの感触を確かめた。
観客席の通路を通り抜けて、ステージ脇の階段に足をかける。徐々に闇に慣れた目に、ステージ袖のドアがぼんやりと浮かび上がるのが見えた。

『__終わった後、劇場で待ってます』

昼間、廊下ですれ違った土谷が、耳元で囁いた一言。振り返った時にはもう土谷は角を曲がって見えなくなっていた。
この前休憩所で聞いた話とあわせて報告すると、ケータイの向こうの設楽は
『いいじゃん、ステージに上がりなよ。お前が主役だ』と笑った。何か引っかかるものを感じたが、行かないことには始まらない。
石塚はマネージャーからななめ45°の出演する劇場を聞き出し、すべてのプログラムが終わった後にこうしてやってきたのだった。

「土谷……土谷、いないのか?」

ステージには誰もいなかった。石塚は一人芝居でもするように真ん中に立って、あたりを見回す。
もしかしたら楽屋にいるのかもしれない。土谷は劇場、とはいったが、ホールにいるとは言わなかった。
石塚はしばらく立ち尽くしていたが、やがてステージ袖に向かって一歩踏み出す。
瞬間、バンッと叩きつけられるような音と共に、まぶしい光が石塚の視界を覆った。反射的に顔の前に手を出した石塚の耳に、
聞き慣れた、だが絶対に聞きたくなかった声が届く。
「……いつか、僕は言ったね。君との間に隠し事はしたくない、と。だから僕は君に何もかも打ち明けた。
 でも、君は僕に何も話してくれなかった」
石塚の姿を照らしだしたのは、二階部分に設置されたスポットライトだった。目が光に慣れてくるのを待って、手を下ろす。
静かなホールに、男にしては小さく軽い足音が響く。それは徐々に近づいてきて、ステージのすぐ下で止まった。
「僕は君の全てを知っていると思っていた。でもそれは間違いだった……いい加減、顔を見せたらどうなんだ。石塚君」
石塚はその言葉に、観念したようにフードを脱ぐ。石井の後ろにいた小沢は、まだ信じられないのか首を振って目をそらした。
そんな相方を、井戸田がそっと後ろに押しのけて前に出る。
「……すいません、石塚さん」
待ち焦がれていた声のした方角に視線を向けると、観客席に隠れていた土谷が、そっと出てくる。
よく見ると下池はステージ袖に、岡安はスポットライトのところで石塚を見つめていた。
「俺達、前に黒に引きずりこまれていたのはお話しましたよね。だから、どうしても……ほっとけなかったんです」
「嘘、だったのか」
石塚のつぶやきに、石井は眉をひそめた。

「嘘つきはどっちだ」

その言葉に、石塚のみならず全員が固まる。小沢は早くも石井を作戦に引きこんだ事を後悔した。
「君は石を持っていない、と嘘をついた。僕が疑わないのを知っていて。そして……深沢さんを半殺しの目にあわせた」
「そ、それは……」
「僕のためだった、とでも言うつもりか。君は僕が無事で済むなら誰かを傷つけてもいいのか?いくら黒の欠片を飲んでいたからって、
 それが言い訳になるとでも思ったのか?」
ため息をついた石井が前髪をかきあげる。先輩に黙って、とも言えず土谷は成り行きを見守った。
(石井さん、何考えてんだ……あの人を責めたって意味ないだろ!)
井戸田は腹の中で舌打ちすると、これ以上石井が言葉を発する前に止めようと前に出る。しかし、もう遅かった。
「君がどんな見返りを約束されたかは知らないが……今の君にとっては、僕ですらその他大勢と同じなんだな」
石塚はややあって、「……どういう、こと?」と消え入りそうな声で一歩前へ出る。
「自分の手を汚したくないから、黒の若手を差し向けるなんて……これがなかったら、僕は君を許していた」
「えっ……何、言って……石井さん……俺、そんなこと」
縋るように伸ばした手は、怒りのこもった鋭い視線にはねのけられた。
「嘘だと思っていた。いや、思いたかった。これを見なかったら……何もかも、なかったことにできたのに」
石井の手にあったのは、昨夜男のポケットから拝借したままの赤い折りたたみケータイだった。ピ、と再生ボタンが押される。

858Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:28:36
『……じゃ、さっき言った通りにやれよ。仕事に支障が出ないレベルなら何しても構わない。ただ、顔はやめとけよ』
どこかの楽屋だろうか。白いテーブルの上、隠し撮りのために斜めに置かれたケータイの向こうで、
石塚が不機嫌そうに頬杖をついて座っている。
「ち、違う……これ、俺じゃない!」
必死に否定するが、タバコのせいでかすれた声も、根本だけ黒い茶髪も、顔つきさえも、完全に石塚のものだった。
石塚は今度こそよろめいて、その場にへたりこむ。
『はいはい、分かってますって。それにしても、あなたも結構いい性格してますよね。
 よりにもよって相方を襲わせるなんて。いやあ、俺にはそこまでの度胸ありませんよ……っとと、すいません』
画面の中の石塚は軽口を叩いた相手を睨みつけると、テーブルに手をついて立ち上がった。画面が見えないので声しか聞こえない他の五人も、
信じられない、というような顔で、ステージに立つ石塚と石井の間でせわしなく視点を動かした。
『……人には我慢の限界ってのがあんだよ。長生きしたかったら、口を縫いつけときな』
普段の石塚からは考えられない恐ろしい台詞を吐いて背中を向けたところでぴた、と動画が止まる。
石井はケータイを持った手をゆっくりと下ろして、「……最悪だ」と吐き捨てた。
「石井さん……あの」
これ以上話したくもない、というように手を振って、石井は顔を背けた。そしてとうとう、激情のままに言ってはならない言葉を告げる。

「こんなの……こんなのは、君じゃない」
石塚は少しだけホッとしたように体の力をゆるめた。が、続く言葉にまた崩れ落ちそうになる。
「今の君は僕の相方じゃない、僕が信頼している石塚義之は、こんな事はしない!」

石塚はその瞬間、自分の心のなかの天秤に『ピシッ』とヒビが入る音を聞いた。
白と黒の分銅を置いた天秤に入った亀裂はどんどんと深く大きくなり、やがてガラガラと音をたて崩れてゆく。
残骸の中から弾き出された黒の分銅が、ころんと転がった。

「……なんで、そんなこと言うんだよ」
石塚はふらりと立ち上がって、熔錬水晶を仕込んだ銃を左手に構えた。そのまま、右手に巻いた包帯の留め具を糸切り歯で解く。
包帯の下にあったのは、傷は塞がったもののまだ赤い痕の残った手。しばらく動かせなかったおかげでもつれる指で、安全装置を外した。
「石井さんのためだったのに。なんで、その石井さんが俺を」
銃口が向いているのは、天井。その意味するところを井戸田が察知した瞬間、乾いた銃声が響いた。
光の弾丸は、幕を上げるための器具を粉々に打ち砕く。重い幕の右半分だけがガクンッと落ちて、石塚の姿をステージから消し去る。
「石塚さん!」
井戸田がステージに駆け上がる後ろで、土谷が二階部分の岡安に向かって合図する。スポットライトを回転させた岡安は、
首から下げたチャームを握り締めて「電車がまいりまぁす」とねっとりした声を発した。瞬間、カプセル型のチャームが
まばゆい光を放ち、ポンッと小さな列車が現れる。岡安はその上にまたがって、観客席の方へ滑るように下りてきた。
「いない……?」
ステージに上がった井戸田は首を傾げる。幕を突き抜けてきた岡安は、かすかな気配を感じて顔を上げて、
「土谷、屋上ってどっから行けるっけ」と聞いた。
「えーと、たしか楽屋の隣に階段が……」
土谷の言葉が終わるか終わらないかのうちに、石井と小沢がステージに上がる。上手側にいた下池がステージを駆け抜けて、そっとドアノブに手をかけた。
「……開いてます」
「鍵は?」
小沢の質問に、「ここに」とスタッフから預かったのであろう鍵束を見せる。
「このドア、内側に開くんだね」
「それが何か?」
「……向こう側から、誰かが開けてやればいいんだ。考えてみなよ、こんなバレバレの罠に、石塚さんが一人で来るわけない」
「ピンポーン」
不意に混じった声に、全員が一斉に振り返る。いつの間にか開け放たれたホールのドアの向こうから、二人分の人影がこちらへ歩いてきた。

859Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:29:13
「さっすが小沢さん」
阿部は心のこもっていない棒読みで賞賛する。隣の吉田は「……なんで俺達が」と明らかに気乗りしていない様子で
包帯の留め具を外した。ステージの上でまごまごしていた石井は、そこで初めてはっと我に返って岡安のミニ電車に飛び乗る。
「あ、待ってくださいよ!」
二人だけでは危険だと思ったのか、小沢がその後ろに乗って「あとは頼んだ!」と井戸田に手を合わせる。三人を乗せたミニ電車は、
キキキ、と耳障りな音をたててドリフトして、煙を吐きながら狭い階段を駆けていく。
「下っぱ同士協力しましょうってことだよ、多分。大丈夫、ちゃんと働いた分は石塚さんに請求するから」
「何をだよ」
いつもどおりの静かなツッコミを入れた吉田が、一歩ずつステージに歩みよってくる。その異様な雰囲気に、土谷は少しずつ後ずさった。
包帯の留め具を外して床に落とす。バツ印に刻まれた手のひらの傷で、血がコポコポと泡立ち、徐々に硬化していく。
阿部を後ろに下がらせて、傷口からずるりと長い棒のようなものを引き出した。
「……槍?」
「矛です」
井戸田のつぶやきに、心底不本意だというような声音で返す。吉田はつま先で床を強く蹴って、ステージに飛び乗った。
「う、わっ!?」
半月型の軌道を描く矛の先は、すんでのところで避けた井戸田のシャツを切り裂いた。のけぞった井戸田の耳に、
「そのまま!」と土谷が鋭く叫ぶ声。イナバウアーの体勢で固まった井戸田の腹すれすれの所を、ゴオッと熱いものが通過する。
吉田は矛を半回転させて、充電式ドライヤーを銃のように構えた土谷に狙いを変えた。
「させるか!」
そこで舞台袖にいた下池が、吉田を指さして叫ぶ。首から下げたチャームがぱあっと光を放ち、吉田を一直線に射抜いた。
「……くっ、」
少しよろめいた後、吉田はそこにあるべき__相「棒」の存在感が薄れていることに気づく。
「……まさか」
矛を取り落とし、カチャカチャとベルトを外す。くるりと背を向けて、スラックスとトランクスをそっと引っぱり……絶叫した。
「なっ……な、な」
振り返った吉田は耳まで真っ赤になっていた。似つかわしくない絶叫に驚いた井戸田が下池を見やると、「へへっ」と照れ笑い。
「あ、あんた……どこにやったのよ!あたしのっ……あたしの……」
女言葉で罵倒するが、恥ずかしいのか消え入りそうな声で「……」と男の象徴を表す相方に、
阿部は目をパチクリさせて「ついてんじゃん」と首を傾げる。阿部の目には、吉田はスッピンのニューハーフにしか見えない。
「ねえ、その石ってさあ。吉田をボンキュッボーンの美女にしてくれたりとかしないの?」
今まで死んだ魚のようだった阿部の目がきらりと光る。空中で胸をモミモミするパントマイムをしながら聞くと、
下池は心底残念、という顔で肩をすくめた。
「うーん、あくまで中身と性質の問題だから、完全にタマキン消してオッパイくっつけるってわけじゃないみた……あぶねっ!」
顎に手を当てて考える下池の頭すれすれの所を、矛が旋回する。髪の毛が何本かひらり、と宙に待った。
アルゴリズム体操のごとくしゃがんで避けた下池は、「おっ」だの「ひえっ」だの叫びながら、怒りのまま矛を振り回す吉田から逃げる。
「……なんか、タマがヒュンッてなった」
「俺もです」
ステージに座りこむ井戸田と、その隣で股間を守るように手を前に出した土谷は、
目の前で繰り広げられる修羅場に似つかわないのんきな感想を漏らした。

◆◆◆◆◆◆◆

幕が落ちると同時に、石塚は走り出していた。心臓が脈打つ音が頭の中で響く。はあっ、はあっと短い間隔で呼吸をしながら、
緑色の照明で照らしだされた非常階段をのぼって、屋上に続くドアに手をかける。阿部は「屋上から脱出できるようにしときますねー」と
のんびりした声音で言っていたが、仕事はきちんとするタイプらしい。あっさり開いたドアの向こうに人の気配はない。
石塚は屋上に出ると、念のため後ろ手に鍵をかけた。岡安の能力に鍵が意味を成さないのは知っているが、気休めだ。
「……無理か」
柵に足をかけて、すこしせり出した外側にとんっと下りる。隣のビルとの間隔は、およそ50メートルほど。
到底飛び移れる高さではないそれに足がすくむ。と、そこで車輪と地面が擦れるかすかな音が耳に届いた。

860Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:29:51
「石塚さん!」
無人の屋上に、岡安の高い声が響き渡る。一番後ろにいた小沢が降りると、ミニ電車は『ポンッ』と軽く弾けるような音をたてて消えた。
「……ダメだ、もう」
小沢は目をつぶって意識を集中させたが、それらしい気配は小さすぎて感知できない。一方の石井は、柵に手をかけて地面を必死に探していた。
「飛び降りたんなら、音で分かりますよ」
「……あっ、……そう、そうだな……一体どうしたってんだ、僕は」
石井は頭を振って、諦めたように息を吐く。
「……なんで、あんな言い方しかできなかったんだろう」
岡安は慰めの言葉も見つからないのか、少し遠くで黙って立っていた。
「信頼していたからこそ、許せなかった。あれは本当の石塚君じゃないって、分かっていたはずなのに」
「でも、浄化すればきっと元通りになりますよ。その時には、石井さんがしっかり支えてあげないと」
「それでも、全部が全部なかったことにできるわけじゃないんだ。僕は……あれ?」
石井はふと、何かに気づいたように顔を上げた。視線の先には、隣の建物の屋上に設置された、ケータイの無線アンテナ。
「なあ。これ、前からあったか?」
「え?いや……」
劇場の目と鼻の先に建つ2階建てのビル。岡安は柵から身を乗り出して「なんとか飛べそうですね」と頷く。
「あっ!」
岡安は思わず叫んだ。古いテレビにノイズが混ざるように、ビルの形が左右にぶれる。三人の目の前で、
ビルはあれよあれよという間に無数の光の玉になって、空に溶けていく。一分もしないうちに、ビルは影も形もなくなっていた。
「これ……まさか、ブラマヨが言ってた」
小沢は独り言を漏らした後、隣の石井と顔を見合わせる。石井はぎゅっと拳を握りしめて、悲しみとも怒りともつかない表情を浮かべていた。

「はっ……はっ、はあッ……はあっ、」
地下道の壁に手をついて、ずるずるとその場に崩れ落ちる。あの時とっさに地図にビルを書き込んで足場を作り、飛び移ったのは正解だった。
石塚はその間一度も振り返らず、ただ無心に走った。もはや何から逃げたいのか、それすらもわからないまま。
『僕が信頼している石塚義之は、こんな事はしない!』
頭の中で反響する石井の声に、耳をおさえてうずくまる。
「うっ……」
噛み締めた唇のすきまから嗚咽が漏れた。こらえていた涙が、後から後から頬を伝う。
「うっ……うぇ、……あああー、」
ぺたんと座りこんで、ひたすら泣く。どうしてこんな事になった?自分はただ、石井と一緒にいたかっただけで、石井を守りたかっただけで。
その為なら自分はどうなってもいいとさえ思っていた。石を持っていないと嘘をついたのも、助けて、が言えなかったのも。
石井にこれ以上負担をかけたくなかったから、ただそれだけの理由だったのに。

「俺は石井さんを裏切ったんじゃない」

泣きながら声に出してみると、胸のあたりに氷を落とされたような感覚があった。
「石井さんが俺を裏切った」
無意識に口が動いて、主語がいれかわる。
「石井さんは俺から逃げた。都合のいいことしか見なかった。俺が悪いんじゃない、たまたま目をつけられただけだ、なのに石井さんは」
言葉を発するごとに、心臓のあたりにじわじわと冷たい感触が広がっていく。
いつの間にか涙は止まっていた。もう何が理由で泣いていたかも思い出せない。
「……信頼、か。芸人のくせにつまんねー綺麗事ぬかしやがって」
スイッチを一つずつOFFにするように、石塚の中から『正』の感情が消えていく。今までは異物でしかなかった黒の欠片が、
まるで酸素のように当たり前の顔をして体の中に染み渡った。
「お前の言う信頼ってのは、自分に都合がいいことだけつまみ食いみたいに信じるってことかよ。ねえ、石井君?」
石塚は立ち上がり、ガンッと地下道の壁を殴って叫ぶ。
「一生ヒーロー気取りのお遊戯してろ、バーーッカ!!」
はははっ、と笑いながら地下道を出る階段をのぼっていく。しかしその足取りは、なぜかふらふらと不安定なものだった。

861Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/02(水) 16:40:20
やられ役なので単純な武器化能力にしていました。

襲撃してきた男(名前不明)
【石】不明
【能力】石を弓に変える。弓はアーチェリーのような形状をしているが、
     矢は一本ずつしか出せないため、連射は難しい。また、自動で照準を合わせてくれたりはしないので、
     射撃精度は本人次第。
【代償】撃った矢の本数によって、利き目の視力が低下する。
     最大で失明、一発、二発程度ならほとんど変わらない。時間経過と共に回復する。

862名無しさん:2015/12/02(水) 19:40:05
乙です、佳境に入ってきましたねえ
どんどんドツボにはまっていく石塚が怖い…
あの動画のカラクリも気になる
で、下池の能力は能力スレのログにもあるように「ドラえもん」のオトコンナが
元ネタでして、精神面の男らしさと女らしさを逆転させるという物です

あと余談だが、設楽の能力がやついの能力でおバカになってしまい
ゲラゲライヤホンのごとく何を言っても抱腹絶倒の笑い話に聞こえるようになって…みたいな
コメディタッチの話が漠然と浮かんでしまったw

ttp://members3.jcom.home.ne.jp/atelier-bios/koza0117.html

863Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/07(月) 19:05:50
またタイトル変わりますが、続いてます。欠片で黒化したのは今まで浅越さんやヒデさんなどおりましたが、
黒石塚はそれらとは方向性が違う感じ。『写真にキスしたら顔をコピーできる』はちょっと改訂して能力スレに落としてみたい。

【Irony of the fate-1-】

一夜明けて顔を合わせた相方は、拍子抜けするくらいにいつも通りだったので、石井はかえって面食らった。
向い合って座り、デニーズでネタの最終チェックをしていく。石塚はしばらく普通に話していたが、
やがて思いついたのか、ペンを置いて水を一口飲んだ。
「始まりは強引だったけどさ。冷静に考えてみたら、設楽の言うことも一理あるんだよね」
石井は弾かれたように顔を上げた。
「……うわ、そうやってあからさまにガッカリって顔されると、正直心外なんだけど」
「今の君は……どっちなんだ」
「どっちもこっちもねえよ。俺は俺。お前の相方の、石塚義之」
「違う!」
思わず張り上げた声に、後ろの席で食べていた客がびっくりして振り向く。店内の注目が一瞬集まるが、石井が立ち上がって
すいません、と謝ると皆興味を失ったようにそれぞれの食事に戻っていった。座り直す石井に、石塚は軽蔑したような一瞥をくれる。
「……何が違うっていうんだよ。お前が信頼していたのは、お前が俺だと思ってたのは、お前にとって都合のいい、
 妄想みたいな俺だろ?お前いつか言ってたよな、“自分はマジメに見えるけど、結構中身はドロドロしてる”それってさ、
 まんま俺にも当てはまるって言ったら、どうする?」
言いながら、黒の欠片を一粒取り出す。
「やめろ!」
手首をつかもうとした手は、スカッと空を切った。石塚は薬を飲む時のように水で流しこんで、わざと大きな音をたててコップを置く。
「外面と中身って、全然違うだろって話。俺は別に欠片で操られてるわけでもないし、ちゃんと自分の意志で考えて喋ってんだよ。
 前はなかなか抜けないトゲみたいだった黒の欠片がさ、今は細胞になったってぐらい自然。
 ほら、お前だって聞いたことあんだろ。能力者のほとんどが石に魅入られて、そのうちの半分くらいが黒に振りきれるって話。
 人間なんてそんなおキレイなもんじゃないんだしさ、特に芸人なんて人間失格みたいな奴も多いでしょ、誰とは言わないけど。
 俺はさ、今すっげえいい気分なんだよ。何ていうのかな、今なら何でもできそうな感じ。だからさ」

ほっといてくんない?

その一言が出た瞬間、石井の思考は完全に停止した。今投げつけられた言葉が理解できず、ただ呆然とテーブルを見つめる。
やっと復活した時、もう石塚はいなかった。
「……そんなの、無理に決まってるだろ」
石井は勢い良く立ち上がり、手早く勘定を済ませてファミレスを出た。

864Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/07(月) 19:06:31
話をすべて聞き終えると、深沢はベンチに背中を預けて長いため息をついた。浅越の能力で全て治癒したとはいえ、
体に何発も銃弾を撃ち込まれる感覚というのは愉快な記憶ではないらしく、頭を振ってそれを打ち消そうとする。
「……で、お前はどうしたいんだ?」
「取り戻します。誰がなんと言おうと、絶対に」
「それから?」
「……どれだけ時間がかかってもいい。いつか完全にわだかまりをなくせたら」
「違うよ」
深沢はあっさりと石井の言葉を否定して、組んでいた膝を解く。姿勢を正して、隣りに座る石井の目をまっすぐに見すえた。
「石塚は、お前の所有物じゃない」
一も二もなく協力してくれると思っていたわけではないが、相方の肩を持つような言葉に、石井は少し機嫌を悪くした。
それが伝わったのか、深沢はまた短くため息をついた。
「誤解のないように言っておくと、俺は黒に共感してるわけでもない。黒のやり方は強引だし、石塚は黒より白のほうがまだ
 居心地がいいだろうってのは俺にも分かる。だけどな、ここで厄介なのが、あいつの感情だ」
「感情……」
「いくら浄化したって、本人の心ってのが変わらなかったら、また黒に落ちる。……実際、そういう奴らを
 何人も見てきたから言うんだ。あいつの場合は破壊願望だの上昇志向だの、そういったスタンダードな負の感情じゃない。
 向かう方角が歪な分、一筋縄では行かないだろうな」
「……なら、どうすればいいんですか」
「あいつの言うとおり放っといてやって、向こうから帰ってくるのを待つっていうのが一番波風が立たない。
 でもそれじゃお前が納得できない。かといって、ホリプロなら……島田か?に頼んで浄化してもらっても、お互いわだかまりは残る。
 なあ石井、負の力を操りながらも、それに飲まれない奴もいる。
 逆に、あっさりとそちら側に落ちる奴もいる……正位置と逆位置、どちらに立つか選んでいるのは結局のところ、そいつ自身なんだ」
深沢は立ち上がり、こわばった筋肉を解すためにうーんと伸びをした。頭の上で組んだ手を下ろして、振り返る。
「本当に相方を取り戻したいんなら、嫌な部分も醜い部分も、全部見る覚悟でぶつかってけよ。
 ここがアリtoキリギリスの正念場だ」
じゃ、あとは頑張れと手を挙げて去っていく深沢の背中を見送り、石井はまた考えこんだ。
何かヒントが貰えればと思ったのに、これでは全く振り出しに戻ったのと同じだ。
「……考えるしかない、のか」
そこで、ポケットに突っ込んでいた携帯電話が震えた。体がびくっと跳ねたが、話の邪魔になるからと着信音をミュートにしていたのを思い出す。
「もしもし……分かった、すぐに行く」
石井は通話を切ると、冷静な声音とは裏腹に転がるような足取りで駈け出した。

「石井さん、あのケータイまだ持ってます?」
ロビーに駆けこむなり、待っていた小沢はそんな質問をしてきた。石井はしばらく考えて、それがあの赤い折りたたみケータイを
表していることに気づき、かばんから取り出して見せる。
「ちょっと、お借りしますね」
小沢は半ばひったくるように赤いケータイを奪うと、「あ、やっぱり……」と眉をしかめる。
「何がやっぱりなんだ?」
「これ、プリペイド携帯電話ですよ。確かに最新型だけど、カード購入すればすぐに使える奴です。
 芸人なんて仕事の電話も多いんだし、プリペイドをメインに使ったらすぐに金額が跳ね上がっちゃいますよ。
 そいつ、これしか持ってなかったんですね?」
「あ、ああ……」
「昨日からずっと考えていたんですけど、おかしいのはそれだけじゃないんです。ほら、これ」
小沢が見せた画面には、『証拠』とタイトルのついた例の動画の再生画面。小沢は石井を気遣ってか音声をミュートにして、問題のところで
ピ、と再生を止めた。無言でもう一度画面を見せられるが、石井にはどこがおかしいのかよく分からなかった。小沢は画面を人差し指で叩く。
「ここです、右手に包帯がない」
「あ!」
「石塚さんの右手、まだ痕が残ってるんですよね。でもこの動画では怪我する前と同じように見える」
「で、撮影日時は怪我をした日の後……たしかに、矛盾してるな」
ようやく調子を取り戻した石井が言葉尻を繋ぐと、小沢は自分の推理が不安だったらしく、ようやく表情を和らげた。
「でも、これはどう見たって……」
「石塚さんの身長って、何cmでしたっけ」
「ん、僕より21cm高かったはずだから……178、かな」
小沢はまた動画を進めて、最後に石塚が立ち上がるところで止めた。

865Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/07(月) 19:07:04
「ここなんですけど。テーブルの高さと合わせてみても、ちょっと低いように見えるんですよ。
 せいぜい170ぐらい。ラバーソールとかで高く見えることはあっても、縮むってのはありえないですよね。
 あるはずの傷がない、身長も低い。ということは」
「これは、石塚くんじゃない」
石井はその場にへたりこみそうになったのを、なんとかこらえた。安心と同時に湧き上がるのは、気が立っていたとはいえ
こんな簡単な偽物に騙された自分の不甲斐なさ。
「そう、別の誰かなんです。問題はどうやって同じ見た目で声まで再現できるか……なんですけど、黒にも変身系の能力者がいるとしたら、
 簡単に説明がつくと思いませんか?」
「変身……」
「何人か知ってるんですよ。たとえば写真にキスをしたら被写体の顔をコピーできるとか、特徴のある人間にだけ変身できるとか。
 最後に一つだけいいですか」
小沢は流暢に回る舌とは反対に、おずおずと聞いてきた。頷くと、「石塚さん、最近髪染めたのいつか分かります?」と聞いてくる。
「えーと、たしか……今月の頭に美容室行ったとか言ってたな。この動画の日付の、そうだ。2日くらい前……あっ」
石井は合点がいったのか、手を叩く。
「2日で色落ちなんて、ありえませんよ」
「そうか、首から上……顔と声だけしかコピーできないのか」
「あくまで想像ですけどね。それなら身長が違うのも納得いきます……石井さん?」
何もかも聞き終えると、石井は小沢からケータイを奪いとった。床に落として、カラカラとその場で回るケータイを、思い切り踏みつける。
ぐしゃっと潰れて部品がいくつか飛んだ。
「い、石井さん……」
小沢が顔を引きつらせているのにも構わず、ゴキブリでも叩き殺すようにガンッ、ガンッと何度も踏んで、完全に破壊する。
はあ、はあと肩で息をしながら、無残に潰れたケータイを見つめる石井の目は、今まで誰も見たことがないほどの怒りに満ちていた。

「退屈、だな」
そう呟く石塚の目の前には、血を流して倒れる男達。その中の一人が「うう……」と唸って、動かない体を引きずり逃げようとする。
その背中を踏みつけて動きを止めてやると、「ぐえっ」とカエルが潰れるような声を出して動かなくなった。
もう一発撃ちこんでやってもいいかと思ったが、思いとどまる。石塚はその背中から足を離さないまま、ククッと笑った。
「昔さあ、ライブで後輩の頭踏んだことあってさ」
倒れている中には、白でそこそこ名前が知れた芸人もいたようだが、思い出せない。
「こう、ちょうどこいつみたいに倒れてんだよ、その後輩が。で、靴の下に頭蓋骨の感触があって。悪いことしたなーとか、
 このままちょっと力込めてみたら潰れるんだろうなとか、一瞬だけ考えた。
 ……やってたらここにいねえよ、バーカ」
おびえた目で自分を見ている白の芸人を蹴り飛ばす。地面に転がってゲホゲホと咳き込むのを、笑いながら眺めた。
「でもさ、そういう考えが浮かぶのが人間ってもんだろ。だから、黒はそれを否定しない」
やっと呼吸が落ち着いた男の前にしゃがんで、ポケットから黒の欠片を取り出す。それの意味する所を知っている男は
首を振って拒絶したが、石塚はその口に指を突っ込んで開かせ、口を塞いで飲ませる。
『早くしろ、指突っ込んで無理やりこじ開けられてえのか』
あの時の大竹の目は本気だった。まさか自分がそれをすることになるとは思わなかったが、それもまた運命というものかもしれない。
石塚はうっすらと笑って、ここにはいない相方に向けて呟く。
「……だからさ、お前もこっちに来いよ」

なあ、石井?

866名無しさん:2015/12/07(月) 23:48:32
>>863
乙ですー
まあ、ヒデのはほぼ後づけのようですけどね…
まとめサイトに上がってる話が中途半端なままになっちゃってたので
いろいろ大まかな案をつけ足した方がいたようで
ペナや品庄関係の話はここにもいくつかあるけど、いつかその辺をきれいにまとめた
話ができたらいいなあ

867Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 15:57:05

『Irony of the fate-2-』

円形に貼りつけられた壁一面の写真から、一つずつバツ印が消えていく。
設楽はまたバツのついた写真を一枚『ペリッ』と剥がして、新しい写真と入れ替えた。後ろでペンを回しながらノートと睨めっこしていた
小林は、思考を無遠慮に中断したその音に顔を上げて眉をしかめる。設楽は「ごめん」とまるで心のこもっていない謝罪をして手を合わせた。
「正直、あいつがここまで出来る子だとは思わなかったよ」
真ん中の写真をとんとん、と指の関節で叩いて笑う。
「……彼は密偵として働くはずでしたが」
「そのはずだったんだけどね。潰す方が楽しいみたいで」
設楽は小林と向い合って座ると、「んー」と伸びをした。肩の上で組んでいた指を解いて、感情の読めない目でじっ、と小林を見つめる。
「あるいは、嫉妬かも」
文脈から全く繋がらない言葉に、小林は「はい?」と聞き返す。
「いや、あいつらってさ。分かりやすく仲いいって感じじゃないんだよ。普段から遊んだりとか、そういうのじゃないけど、
 なんか信頼し合ってるっていうの?そういうのがなんか腹たったのかもね。俺はといえば、日村に隠し事ばっかりしてる。
 裏を返せば俺は孤独だ。でも石塚は、石井に守ってもらえる。信じてもらえる。なんで同期なのに、あいつだけ……って」
小林はノートを閉じて、次の言葉を待った。
「……どうかな。そう思ったことも、あったかもしれないね」

扉を蹴破って転がり込んできた吉田が口を開く前に、井戸田は蝶番の外れてぶら下がった扉を指さして、「修理代」と手のひらを差しだした。
吉田は荒い呼吸を整えながら、財布から千円札を取り出しテーブルにバンッと叩きつける。
そのまま「まあ一旦落ち着いて」とパイプ椅子を出していた小沢にずかずかと歩みよって、状況を呑みこめていない小沢を睨みつけた。
「石塚の居場所、教えろ」
吉田の強い目線に押されて、小沢はう、とたじろいだ。助けを求めるように相方を見ると、井戸田はやれやれ、と肩をすくめる。
「おい、せめて理由を言え、理由を」
井戸田がとりなすと、吉田はため息をついて「すまん。確かに急やった」と謝った。
「あんな、小杉が……消えてもうてん」
「ケータイは?」
「繋がらん。大家に合鍵で開けてもろたんやけど、家はもぬけの殻や。石塚の奴、お前らが取り逃がしてから吹っ切れたんか知らんけど、
 えらい派手に暴れ回っとるやろ。俺らの可愛がっとる後輩もそれでやられて、小杉がとうとうキレてな。サシで話つけに行く言うとったんや」
取り逃がして、の所に力をこめて、じろりと睨みつける。井戸田は降参だ、というように両手を挙げた。
そこで、こっそり聞き耳をたてていた土谷が「あの……」と申し訳無さそうな声をかけてくる。
「岡安も、いないんですけど……」

868Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 15:58:07
渋谷の歓楽街にほど近い、廃棄されたビルの地下室。元はキャバレーだったらしく、毒々しいピンク色のステージやバーカウンターには、
空になった酒瓶や引き裂かれたドレスが捨てられている。そして、彼らをここへ閉じこめた犯人にとっては非常に好都合なことに……
天井に、どう考えてもいかがわしい用途しか思いつかないフックが取りつけられていた。
二人の手首は、銀色に光る手錠(もちろん玩具だろうが)と天井のフックから伸びるチェーンで繋がれている。
そして二人は、この状態で一夜を明かしていた。が、なぜか小杉は不敵な笑みを浮かべて、隣でげんなりしている岡安に話しかけてくる。

「なあ岡田、これはチャンスやで」
「岡安です。この状況でよくそんな前向きな事言えますね」
「よう考えてみい。一見すると俺らのほうが捕まっとるように見えるけどな、逆に考えれば俺らが石塚を捕まえとんねん」
岡安は一瞬「ああ……」と納得したように頷いたが、すぐに「いやいや、逆に考える必要ないでしょ」と言い返した。
「ていうか言っときますけど、小杉さんがあそこで大声出さなきゃ
 俺らこんなことになってないんですからね?」
「それは……ホンマ、すまんかった。せやけど、なんでちょうどええタイミングであんなとこおってん、岡本」
「岡安です。嫌な偶然ですけど、あそこは俺の帰宅ルートなんですよ。
 でも、石塚さん一人で俺らを運べるわけないですよね。またポイズンの二人が一緒だったのかな……
 あの人、単独犯装って仲間を待機させてるからやりづらいんですよ」
「まあ、石塚に俺らをどうこうする気はないらしいってのがせめてもの救いやな。トイレ行けへんのは辛いけど。なあ、岡村」
「岡安です。……さっきから、絶対わざとですよね!」
場の空気を和ませよう思て、とブツブツ愚痴る小杉の耳に、『コッ』とかすかな音が届いた。足音は階段を下りて、
二人が閉じこめられている地下室の扉の前で止まる。鍵が差し込まれ開かれたドアの向こうには、予想通りの男が立っていた。

「おはよ。ごめんな?遅くなって」
石塚は床に散乱した酒瓶や椅子の残骸を器用に避けながら歩き、二人の前にしゃがんでコンビニの袋をがさがさと漁る。
中からおにぎりとミネラルウォーターを取り出して並べると、「食えよ」とすすめた。
「……おかげさまで、よう寝れたわ」
小杉が嫌味を言っても「へえ」と意に介さない。
「俺さあ、黒に入って初めて設楽に褒められちった。“自発行動ができるようになったのは、いい進歩だ”って」
言いながら、おにぎりを口にくわえて中のエビを噛みちぎる。
「目的は何ですか?」
「この前俺をハメてくれたお仕置きだよ。お前ら二人はあいつらをおびき出すエサだ」
岡安が手錠のはまった腕を持ち上げると、首を横に振って「ダメ」と答える。
「俺の石、どこやった?」
小杉は拘束された腕をぐっと伸ばして、おにぎりをもぐもぐ咀嚼する石塚に近づいた。
その前にしゃがみこんで目線を合わせて「なあ」と問いかける。石塚はしばらく黙っていたが、やがて最後の一口を水で流しこんだ。
「……懲りねえデブだな」
石塚は低い声で呟いたかと思うと、わずかに腰を浮かせる。瞬間、小杉の薄く開いた口は冷たい金属にこじ開けられた。
「ぐ、もがッ……!」
石塚は喉奥まで突き入れたモデルガンを、ぐりっと回した。カプセルに包まれた黒の欠片を口に入れられたような不快な味が、
小杉の口中に広がる。それが熔錬水晶の仕業だと気づいた時、安全装置が外された。驚きに目を見開いた小杉を、実に面白そうな顔で見上げてくる。
「なあ、しばらく飯食えねえようにしてやろうか?」
ゆっくりと、石塚の指が引き金にかかった。隣の岡安が「やめてください!」と叫ぶ。

パンッ、と乾いた破裂音が響いた。天井に空いた小さな穴から、パラパラと建材の欠片が落ちてくる。
「……ぷっ、アハハハッ!」
石塚が腹を抱えて笑い出す。それを合図にしたように、小杉はその場にへなっと座りこんだ。
引き金を手前に引くのとほぼ同時に、石塚は小杉の口からモデルガンを引き抜いて天井へ向けていた。
岡安は手を伸ばした体勢のまま、固まっている。その光景が面白いのか、石塚はまた腹を抱えて笑い出した。
「ハハハッ、やばい、すげえ面白い……ぐっ!」
小杉は自由になる方の手を伸ばして、石塚の胸ぐらを掴んだ。そのままぐいっと引きよせる。石塚は息苦しさに一瞬だけ顔を歪めたが、
すぐに嘲るような冷たい笑みを貼りつけて、小杉を見つめ返した。

869Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 15:58:59
「……おいおい、何熱くなっちゃってんの?ちょーっと遊んだだけだろ」
「お前ッ……お前、相方に堂々と顔向けできんような事して、何が楽しいねん!」
「相方?」
石塚はそこで笑みを消した。完全に黒に振りきれた芸人特有の虚ろな目に射抜かれて、小杉は思わず胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「お前さあ、自分で言ってて恥ずかしくねえの?相方なんて言葉で誤魔化してんじゃねえよ。ただの仕事仲間だろ?
 小杉、お前だって吉田が普段何をしてるか、何を考えてるかなんて、全然知らねえだろ。当たり前だよな、赤の他人だから」
「……俺は吉田を信頼しとるから、それでええんや。あいつが俺にどんな事を隠しとっても、そんな事で俺らは揺らいだりなんかせえへんのや。
 俺らは絆で繋がっとる。それが俺らを強く結びつけとるんや!」
「信頼、ね。俺だってそこから始まってんだよ。俺は石井を信頼していた。石井に心配をかけたくなかった。石井のためなら悪人にもなれた。
 俺達の間にも、信頼があった。お前らが絆と呼んでいるものがあった」
石塚は小杉の耳元に顔を近づけて、囁く。

「それが、俺を壊した」

小杉が言葉の意味を理解する前に、鍵のかかっていなかったドアがバタンと蹴破られる。
「岡安!」
土谷はあわてて岡安のもとへ駆けよると、拘束されている方の手首を持ち上げて、シェーバーを取り出す。
「これ、家電の中に入る……よな。岡安、ちょっと怖いだろうけど、我慢しろよ」
首から下げられたカプセル型のチェーンが、柔らかい光を放つ。シェーバーのスイッチが入ると、強化された三枚刃が金属製のリングを
ガリガリと氷のように削っていく。岡安はぎゅっと目をつぶってそちらを見ないようにしていたが、シェーバーの電源が切れると、恐る恐る目を開けた。
「ほら、外れた」
「あ、ありがとう……土谷、よくここ分かったね」
岡安が自由になった腕をさすりながら聞くと、「サーチしてもらったんだよ」とこともなげに答える。ななめ45°の3人が無事を喜ぶ横で、
吉田は「面倒かけんな、アホ」と小杉の頭を軽く叩いていた。

「……石塚くん」

張りのある声に振り返ると、石井が開いたドアにもたれかかって立っていた。
「……へえ、やっぱ来たんだ。暇な奴」
「石塚くん、もうやめるんだ」
「何を?……ああ、まさか、またあのくっさい台詞聞かせる気?“こんなのは君じゃない、僕の相方じゃない”……ハハッ、傑作だよなあ。
 あの台詞言いながら、自分に酔ってたんでしょ、バカなやつ」
ななめ45°の3人を下がらせて、石井は一歩ずつ相方に歩みよって行く。その間も石塚は笑うのを止めなかった。
「勝手に俺をでっち上げて、勝手に失望して。勝手に俺の立ち位置を決めて、そこに戻そうとする。
 それって、ガキが駄々こねてんのと何の違いがあるわけ?」
石井は足を止めた。そのまま膝を折り、石塚の足元に正座する。
「……すまない!」
指をそろえて、頭を下げる。石塚は「うげっ」と心底気持ち悪そうな顔をした。後ろで成り行きを見守っていた
ななめ45°の3人も、ブラマヨも、石井の突然の土下座に、どうしていいのか分からず二人を代わる代わる見る。
「僕は身勝手で……妄信的で、いつだって自分の事しか……自分に都合のいい事しか見えちゃいなかった。
 それが……君を、苦しめていたって事も、今なら分かる」
石塚はその頭を踏みつけようとして、足を戻した。石井は顔を上げて、その両足にすがりつく。
「だから。僕に、もう一度だけでいい。チャンスをくれ。今度こそ君を離さないから」
頼むよ、と繰り返しながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔をジーンズにこすりつける。石塚は薄くなりかけた石井の髪をつかむと、
無情にも引き剥がした。
「……いまさら、遅えんだよ」
石井の頭から手を離して、顔を背ける。
「お前の言葉なんか、もう何の意味も持たねえんだよ。俺達は」
安全装置が外されたままのモデルガンの銃口が、ゆっくりと石井の眉間に向けられた。

「戦うしか、ないんだ」

石井はゆっくりと立ち上がり、袖で涙を拭いた。石を取り出そうとする後輩たちの前に手を出して「僕が」と押しとどめる。
「これは、僕たち二人の問題なんだ。下がっててくれ」
それだけ言うと、ルチルクォーツを胸の前で握りしめる。5人は言われたとおりに下がるが、いつでも助けに入れるよう準備した。
「僕たちには絆がある。11年の信頼がある……それに、意味がないとは思わない」
「絆、信頼……ハハッ、まるでうさんくせえ感動企画みたいだな。それが本当にあるってんなら、なんでお前、あの時俺を否定した?」
石井は答えない。今はどんな言葉も相方の心に届かないと分かっていた。

870Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 16:00:29
「これが、お前の言う“絆”とやらの結果だよ!」
「……僕が、君を壊したっていうのか」
「そうだよ。天然で、バカで、いっぱいいっぱいの俺でいて欲しい……光の当たらない部分なんて見たくない?
 頭でっかちの石井くんに教えてあげるよ。それは“信頼”じゃない、“支配”って言うんだよ!」
「それは違う!」
石井はとうとう叫んだ。
「いまなら分かる。君は全部ひっくるめて君なんだ。僕が知らない部分があるのも当たり前だ。それを受け入れてこそ
 僕たちの絆は本物になるってことも、僕は理解したんだ!だからそれを教えてほしい。
 君が黒を受け入れた……そのわけが、君をこうして叫ばせているんだろ?」
石塚はしばらく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で黙っていた。やがて、押し殺したような笑い声が漏れる。
それは徐々に大きくなって、地下室に響き渡った。
「……なあ、小杉」
突然名前を呼ばれ、小杉はハッと顔を上げる。
「お前、さっき言ったよな。吉田がどんな事を隠してても、そんな事で揺らいだりはしないって……それってさあ、吉田の汚い、醜い部分を
 全部受け入れてやるって意味?」
小杉はゆっくりと頷く。吉田は照れくさいのか背中を叩いて「何やそれ」と笑う。
「そら、すぐには無理やろ。せやけど、俺はどんだけ時間がかかっても、どんだけ苦しんでも……吉田は丸ごと受け入れたる」
「……言葉にするのは簡単だよなあ。でもさあ、それって結局無理してるんじゃん」
石塚はガンッと壊れかけの椅子を蹴飛ばした。椅子は派手な音をたてて床に転がり、動かなくなる。
一部始終を見ていた吉田の顔から、笑みが消えた。
「……他人の醜い部分なんか……相方の影なんか……そんな気持ちわりいもん、見たいわけねえだろ!」
「お前ッ……」
もう我慢できない、と前に出ようとする小杉を、ななめ45°の3人が一生懸命止める。
「だからテメエら白はヒーロー気どりのガキだってんだよ!自分の腹の底はさらけ出さないで、うわべだけ理解したふりをして
 “丸ごと受け入れたる”だって?いい年なんだから、そういう偽善者のこと、なんて言うか分かるよなあ?」
握りしめた石井の指の隙間から、柔らかい光が放たれて消えた。踵にぐっと力をこめて、一気に跳びかかる。

「“傷の舐め合い”ってんだよ!バーーーッカ!!」

突進してくる石井を、体をひねって避ける。バーカウンターの上に飛び乗って、石井の肩に照準を合わせた。
パンッと破裂音がして、石井の肩を熱いものがかすめる。
「なあ石井、俺達はずっと一方通行だったよなあ?」
石井の拳が、バーカウンターに炸裂する。石塚は崩れかける足場を捨てることにしたのか、その肩をジャンプ台のように踏みつけ飛び越えて、
あっという間に石井の背後に回った。次々に放たれる弾丸を避けながら、石井も相方を捕まえようと手を伸ばす。
「俺達は結局どこまで行ったって、“間に合わせ”のままだったんだよ!自分がどんだけ×××××な事をしてるかなんて
 分かってんだよ、でもしょうがねえだろ、俺の影を丸ごと受け入れたのが、黒だったんだから!!」
逃げながら叫ぶのに疲れたのか、ぜえぜえとかすれた息を吐きながら石井に狙いを定める。石塚は背中に硬いものが当たったのに気づき振り返る。
いつの間にか、壁のすぐ近くまで追いつめられていた。狭い地下室を決闘の場に選んだのを今更になって後悔するが、
不思議と、相手を蔑むような昏い笑みは消えなかった。
石井も汗で額に貼りついた前髪をかきあげて、握りしめていた拳を開く。
「どうして、こんな事になったんだろうな」
それを見ていた石塚は頭が冷えてきたのか、静かに呟いた。
「……なあ、次で終わりにしないか?……どちらが運命に選ばれるか決めるのも、悪くない」
石井は踵にぐっ、と力をこめて、体の重心を低く落とした。
「いいよ、石井さん」
毒気のないいつも通りの呼び方に、石井は顔を上げる。石塚はほんの一瞬だけ、黒の欠片に侵食される前の表情を浮かべていたように思った。
銃を構えた両手がゆっくりと持ち上がる。石井が飛びかかるのとほぼ同時に、弾けるような銃声が響いた。

871Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/16(水) 16:01:09

「あっけないな……畜生、これで終わりか……」
呟く石塚の胸にぽた、と赤黒い雫が落ちる。石井は左肩に空いた穴をおさえて、疼くような痛みをやり過ごそうとした。
石井は仰向けに倒れた石塚の上に乗っかって、動きを完全に止めた。この期に及んでも尚傷つける事を厭う相方に、石塚はため息をつく。
「俺の腕へし折るくらいはしろよ。……ほんと俺には甘いんだよな、お前」
不意に、階段を下りてくる足音。5人を押しのけて慌ただしく入ってきた『誰か』の顔が見えると、石塚はまた面白そうに笑った。
「“信頼”してるから、だろ?……分かってるよ、そんなの」
隣にひざまずいた島田の手が、そっと石塚の目の上にかざされた。やわらかく、温かな光が内側から穢れを祓っていく。
「つまんねえ、の」
完全に浄化される前、最後に出たのはそんな屈折した言葉だった。

872Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:13:39
流血注意。
そして、石井さんがトリップしています。少し無茶な展開が苦手な方もご注意ください。

『Irony of the fate-3-』

まるで陽だまりのようだ、と石井は思った。あたたかく、どこか神々しい光。
『正』の石だけが持つ清らかさは、黒の欠片に汚染されていない石井すら惹きつける。
島田がそっと手を引っこめると、光は徐々に弱まって消えた。浄化を終えて行こうとした島田は、ふいによろけて膝をつく。
助け起こそうとすると「大丈夫です、ただの代償ですから」と首を振って、壁に手をついて立ち上がる。
「俺達は、先に行きましょう」
「……あいつらだけにして、大丈夫なんか?」
吉田は懸念を示したが、若い土谷は他に能力者の気配が感じられないためか、楽観的な判断を下した。
「俺達がいても圧迫感あるだろうし、ここは相方に任せるのが一番だろ。……ほら、行くぞ」
「う、うん……でも大丈夫かなほんとに」
岡安は何度も振り返りながら、階段を上って行く。6人の気配が完全に消えると、石井はハッと気づいたように視線を落とした。
「おい」
浄化は終わったが、石塚は目を閉じたままぐったりしている。頬を叩いて呼びかけると、やがてうっすらと目が開いた。
「おい、しっかりしろ。聞こえてるか?」
石塚はぼんやりと視線を彷徨わせて、隣に座りこんだ石井を視界に映す。ぱちぱちと瞬きして、体を起こした。
「……石井、さん?」
いつもの呼び方に、ひどくほっとする。緊張の解けた石井の体から力が抜けて、自然と笑顔になった。
「よかった……帰ってきてくれたんだな」
伸ばした手に、パンッと衝撃が走る。叩かれた、と気づくのに石井はしばらくかかった。
「……え?」
弾かれた手が赤くなって、痺れるような痛みが広がる。
石塚はひどく張りつめた表情で、まるで何か恐ろしいものを見るような目でこちらを見ていた。
「なんで……なんで、そんな優しくすんだよ。俺、沢山ひどい事言っただろ?それに……それにっ……」
いたたまれなくなったのか、石井をどんっと突き飛ばして階段を駆け上っていく。
「待て!」
追いかけようと階段に足をかけたところで、撃たれた肩が灼けるように痛みだした。
「__っ、う……」
傷口をおさえて低く呻くと、忘れていた痛みがじわじわと弱まってきた。予想より出血が多かったらしく、
体からすうっと力が抜けて、気を抜くと倒れそうだ。回復系の能力者を呼ばなければと思いながら、
一段ずつ不安定な足どりで上がっていく。地上に出てあたりを見回すが、石塚はもう人ごみにまぎれてしまったらしかった。
「……本当に、僕は……肝心なところで言葉が足りないんだな……」
石井は壁に背中をついて体を支えると、ケータイを開いて耳に当てた。

873Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:14:08
「はあっ、はあ、は、はあっ……」
逃げるのは、これで3回めだ。最初は深沢とブラマヨから、2回目は石井との対話から、そして今は自身の犯した過ちから。
(そういや、コンビ組んだばっかの頃も俺は“やめたい”ばっか言ってたっけ)
無我夢中で走った所為で現在位置がよく分からないが、そう遠くまで来たわけではないらしい。
石塚は路地に入ると壁に手をついて、呼吸を整えた。ふと、目の前の地面に黒い影が伸びるのを見て顔を上げる。
そこには、自分をこの状況に追いこんだ元凶であるところの人物が立っていて。
「俺が怖い?」
設楽はポケットに手を突っ込んで、3回目となる問を投げかけた。石塚はちょっと考えて、「いや」と首を横に振る。
「だって、設楽は設楽だろ」
そう言うと一瞬だけ驚いたように目をみはって、オーバーな仕草で肩をすくめる。
「……何でかな、お前に言われても全然嬉しくない」
「おい!」
「ああ、いや……こんな事が言いたいんじゃなかったのにな」
設楽はここに来るまでに散々考えたであろう言葉の組み合わせが気に喰わないのか、しばらく黙る。
やがて思考がまとまったのか、一歩ずつこちらへ歩みよりながら話し始めた。
「きっと、石井はお前を責めないよ。全部黒の欠片の所為にして、お前の心を楽にしてやったつもりでいる。
 石井だけじゃない。誰も、お前を責めたりなんかしないだろうね。でも……お前は、それが辛いんだ。
 だから逃げたんだろ?」
二人の距離が、30メートルほどに縮まった。
「だってお前は、優しすぎる奴だから」
「設楽」
深沢と同じ台詞を、石塚は鋭く遮った。拳を握りしめて、不機嫌そうに立つ彼に、ずっと言えなかった一言をぶつける。
「それは、お前だろ」
設楽は表情を変えないまま、ぴくりと眉を動かす。石塚はその仕草で図星だ、と直感した。
例えばウド鈴木のように、誰にでも分かるような相方への愛情を見せる事はない。だが、ふとした拍子に日村への思いやりや
彼なりのコンビ愛、と表現すると些か薄っぺらいような感情を出すのが、設楽統という男だった。
「ハハハ……お前、何言ってんの。まさか俺が、日村のために黒にいるとでも言いたいわけ?」
「ずっと引っかかってたんだよ。お前みたいな奴がこんな風に芸人引きこんで、悪の組織ゴッコして遊んで、
 そんなんで満足すんのか?って。倉庫で俺にペナルティをやった時、言ってただろ。“俺達は同類”だって」
また、距離が縮まった。喋り続ける石塚の背中を冷や汗がつたう。
「そうだよ、俺は怖いよ。いくら皆が許してくれたって、俺が俺を許せねえよ。……お前とは違う理由で。
 こんな言い方、変だけどさ。お前、悪のリーダーって感じじゃねえもん。お前が黒をまとめてるっぽいの、
 すっげえ違和感あったんだよ。お前の背後に、まだ誰か……“何か”あるとしか思えない。
 だから、お前なんか怖くねえっていうんだよ」
距離が20メートルほどに縮まった。石塚は握りしめた拳の中、手のひらに爪を立てて恐怖を抑えこむ。
「悔しいけど、お前の言うとおりだった。黒の欠片は、俺の中にあったどす黒い“闇”を引き出したんだ。
 俺はもう俺の闇と向き合った。でも、お前は?」
今度こそ、設楽は自分を完全に洗脳するだろう。現に設楽のポケットの中で、ソーダライトが淡い光を放っている。
さっきから二重に反響して聞こえてくる設楽の声に、石塚は抗おうと壁に手をついた。
「偉そうに主役面してんじゃねえよ」
深く息を吸って、覚悟を決める。これが最後だ。

「とっとと舞台から下りろ、“ピエロ”風情が」

集会の夜の仕返しが半分、設楽の心に少しでも響けばという賭けが半分だった。
しかし、設楽は押し殺したように笑うだけで、何も言わない。その時、背後から「石塚くん!」と張りのある声が叫んだ。
振り返ると、ハンカチで肩の傷を縛った石井が立っている。全速力で走ってきたのか、汗だくで荒い息をついていた。
石井はぎこちないながらも笑顔を作って、相方に駆け寄ろうとした。が、その前に立つ男を見て止まる。
「……設楽……」
石井は、怒りが体の中に突き上げてくるのを感じた。今まではどこか遠い出来事だった石の争い。その中心に立つ設楽の事も、
普段の付き合いとは切り離して考えていた。設楽が何を考えていても、どこにいても、自分にとっては『同期の設楽統』だった。
石塚を、黒の坩堝に引きずりこむまでは。

874Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:14:32
「……許さない」
握りこんでいたルチルクォーツが、かあっと熱くなる。石井は奥歯を噛みしめて、設楽を見つめた。
「絶対に!」
弾かれたように、石井の体が飛び出した。怒りという原始的な感情が石井の思考を塗りつぶす。ルチルクォーツが、
怒りに呼応するようにその力を増していった。対角線上、振りかぶった腕の行く手に、横から誰かが割って入る。
石井の頭の中でやめろ、と制止する声がする。だが、もう拳を止めることはできない。

その刹那、目の前に飛び出した石塚の背中に、設楽は感情の読めない視線を向けた。
「……俺はお前のこと、使える道具だとしか思ってないよ」
小林には教えなかった答え。道具の中でも上等で、使い勝手がいいというだけのこと。
石塚は顔だけ半分振り返って、ふっと笑った。
「知ってたよ」

石井の拳が、行き着く先。
設楽の顔面を思い切り殴ろうとしたそれは、代わりに石塚の胸に当っていた。
その結果に驚きの声をあげるより先に、貧血か、飲み過ぎた翌朝のような感覚が石井を襲う。足にぐっと力を入れて踏ん張ると、
次に目が開いた時、石井の拳の先にいるはずの石塚も、その後ろの設楽も消えていた。
「ここは……」
立ち上がってあたりを見回すが、深い霧に覆われた視界は、自分の半径1メートルくらいしか分からない。
さっきまでいた路地裏とは明らかに違う、異質な空間。そこにいるのは石井一人だけ。
石井の怒りを込めた一撃から庇おうと、設楽の前に石塚が出て、拳に硬いものが当たる感触があった。そこまでは覚えている。
瞬間、目の前がぐらりと揺れて……そのまま、どこかへ吸いこまれるような感覚があった。
「……そういえば、似たような話を聞いていたな」
アバタイトの力を虫入り琥珀にぶつけた瞬間、意識だけが虫入り琥珀の中に引っぱられて過去の記憶を見た小沢。
聞いた時は少し羨ましいと思ったが、いざ自分が同じような状況になると、不安のほうが勝ってくる。
痛みの消えた肩に手を当ててみる。石塚が撃った傷口はなかった。となれば、やはりこれは小沢と同じような現象なのか。

「とりあえず出口を探すしかない、か」
よろめきそうになったのをこらえて、まっすぐ歩き出す。しばらく霧の中を進んだ先に、人がやっと一人通れるほどの細い道があった。
後ろを振り返ったが、歩いてきた道はもう霧に隠れて見えない。
「……仕方ないな」
石井は少し迷って、一歩踏み出した。

『石井と……あー、名前何やったっけ?』

ぴた、と足が止まる。聞き覚えのある関西弁に石井が顔を上げると、半分笑いながら『石塚です!』と答える相方の声。
このやりとりは覚えている。司会が変わったばかりの『いろもん』に出た時のものだ。台本かどうかは知らないが、
今田はいいのが来た、とばかりにイキイキと石塚をいじっていた。
「うるせえよ」
今度は少し低い声が、すぐ近くで聞こえる。確かに石塚の声だが、いつもと違ってはっきりとした敵意を持っている。
石井は思わず両耳を塞いで、その場に立ち尽くした。
「なんだったんだ、今のは……」
もう聞こえてこないのを確認すると、また歩き出す。その間も次々に聞こえてくる、声。
『おかしいやん、相方やのに呼び捨てせえへんとか』
『石井くんはいいけど、お前はダメだなあ』
『今日のゲスト、石井くんの“大親友”石塚くんです!』
『……いてっ、……お笑いやめちまえお前!』
その声を無視して歩くと、やがて、大きな扉の前に出た。ドアノブに手をかけるが、開ける勇気が起きない。
「……なんだか、嫌な気配がする」
しかし、こうしていても始まらない。石井は深呼吸して、ゆっくりとドアを開けた。

875Evie ◆XksB4AwhxU:2015/12/25(金) 19:14:57
真っ暗な空間に、スタンドマイクだけが立っている。小さな扇のついたそれは、間違いなく『アレ』だ。
石井は一歩ずつマイクに歩みよって、その前に立つ。するとまた、どこかから声が聞こえてくる。
『不安だ』『どうしよう』『石井さんは俺なんかで本当にいいのか?』『ちゃんと役に立ってんのかな』
石井はまた耳をふさごうとして、やめる。石塚の声はしばらく沈黙した後、焦りからいらだちを孕んだものに変わった。
『くそ、何で俺だけこんな不安になんなきゃいけねえんだよ』『“じゃない方”?ふざけんな、俺だって一杯一杯で
頑張ってんだよ』『周りの奴らも、好き勝手言いやがって。だからクソだってんだ』『ほっといてくれよ、もううんざりだ』

「……なんだ、結局来ちゃったんだ」
いつの間にか、石塚が隣に立っていた。
「ここは何だ、君の心の世界か?それともプラチナルチルの中に残った記憶か?」
「さあ……俺にも分かんない。お前に見せたくねえ部分だったのは確かだよ。黒の欠片のせいでちょっと
 漏れちまったけどさ。設楽の言葉を借りるんなら、“誰にでもある”らしいけど。石と芸人は一心同体っていうんなら、
 この世界も説明がつくだろ」
「なら、さっきのあれが君の本音だと?」
「いや……多分、どっちも本当なんだよ。お前が普段見てる俺も、ここにいる俺も」
石井は頷いて、手を差しだした。不思議そうに首を傾げた石塚の手をとって、ぎゅっと握る。
「いつか、コントで言っただろ。人生で大事なことは、“一人じゃない”ってことだ」
石塚はおずおずと、石井の手を握り返した。
「僕がいて、君がいて。それでやっと“アリtoキリギリス”になるんだ。だから、気にするな。
 どんな形でも、誰が何を言っても、僕らの道は一つだ」

その言葉を告げた瞬間、まるで芝居の明転のように、あたりが真っ白になった。
思わずぎゅっと目をつぶるが、石井はふと恐ろしいことに気づいた。
握っていたはずの手の感触がない。いや、自分の手は何かやわらかいものにめりこんでいる。手首を、温かくどろりとした
液体がつたう。石井の耳に、「カハッ」と何かを吐き出す音が届く。恐る恐る目を開けた石井は、目の前の光景に悲鳴を上げそうになった。
「い……石井、さん……」
設楽を庇うように前に立った石塚のみぞおちのあたりに、石井の拳が深々とめりこんでいる。胸骨が折れて内臓を傷つけたのか、
苦痛に呻く石塚の口からは鮮血がこぼれ落ちていた。あわてて拳を引き抜くと、支えを失った体が倒れこんでくる。
「あ……僕はっ……僕は、何てことを……おい、しっかりしろ!目を開けろ!」
石井は肩を貸して立たせようとしたが、力が入らないのか体重がもろにかかってくる。砂利を踏む音に顔を上げると、
少し青ざめた顔で設楽が近づいてきていた。伸ばしてきた手をぱしんと払って、石塚の腰に手を回し支える。
「大丈夫だ、さっき……電話で、呼んだから……」
なんとか立ち上がらせて、半ば引きずるように歩き出す。ルチルクォーツの発動時間が、もうジリ貧だ。撃たれた傷口がまた開いている。
「……石井さん」
小さく呟かれた声に、石井の足は止まった。ずる、と石塚の体がずり落ちるのを支えてやると、焦点の合わない目で石井を見つめてまた呟く。
「       」
石井は膝をついて、口元に耳を近づける。石塚は何事かつぶやき終わると、ぐったりと地面に倒れた。
壁に背中をつけて、力なくずり落ちるのと同時に、誰かが路地に入ってきた。その人物は倒れた石塚を見て、慌てたように抱き起こす。
「……何、やってるんですか」
責めるような声音だった。石井は顔を上げて、浅越をぼんやりと見る。
「まだ大丈夫ですよ!あなたがそんな、諦めたような顔してどうするんですか!!」
言葉の意味がわからず、しばらく呆けたように座りこむ。その間に浅越は石塚の傷口に手をかざした。
やわらかい光が傷口を覆って、苦しそうだった石塚の表情が徐々に穏やかなものに変わる。しかし、「これで大丈夫……」と笑った浅越は、
傷が塞がっても倒れたままの石塚を見て笑顔を消した。
「……え?」

876名無しさん:2016/01/28(木) 18:11:55
レス遅くなりましたが、投下乙でした。

>>873
白にも黒にもなかなか見せない設楽の本心の一端を指摘したのが
石塚だというのがなんかいいなあと思いました。
石塚って「物事の本質を鋭く指摘する」ってタイプじゃないけど
論理じゃなくて感覚で大事なところにたどり着く感じが論理的な思考の石井と好対照になってますよね。
やっぱりいいコンビだわ、アリキリ。

877Evie ◆XksB4AwhxU:2016/01/29(金) 22:56:24

【Irony of the fate-4-】


「……小林」
「はい」
「俺はまた分かんなくなっちゃったよ」
小林はノートから目を上げて、窓の外を眺めている設楽の背中を見つめた。
「俺さ、土田さんには感謝してるんだ。あの人が“みんなを黒一色に染めればいい”って
 言ってくれた時、自分の道が見えた気がした。ああ、これでいいんだって思えたんだ。
 俺のやってることは間違ってない、きっといい結果になるはずだ。ただそう信じてればよかった。
 ……なのに、石塚が全部台無しにした」
無意識に握りしめていたであろう拳をそっと解いて、設楽は振り向いた。
「俺は、ピエロだったのか?」
「ある意味では、そうかもしれませんね」
小林の答えは、肯定でも否定でもなかった。言外に、それは設楽が出すべき答えだと告げている。
「……無理。俺、もう戻れる気がしないもん。それにさ、俺が立ち止まったら、
 黒の奴らはどうなっちゃうわけ?俺が諦めちゃったら、石に潰されちゃうんじゃないのかな」
「賽の目は投げられた、ということですか」
「そうだよ。これはゲームじゃない、戦争なんだ」
「対馬さんのような芸人は、もう現れないと?」
「一人の聖者でどうにかなるような、甘いもんじゃない。少なくとも俺はそう思ってる。
 たとえ白を潰したところで、まだ大きな敵はある。
 俺は俺の目的があって、黒にいたはずで……
 だけど、それがこの頃ぶれてきてるような気がするんだ」
「石塚くんのせいで?」
「ん、多分その感情は、俺の中に永久凍土みたいにあったんだ。
 今までも色んな人がそれを溶かそうとして、叩いたり削ったりしたんだけど、ダメで。
 さうがにもう来ないだろうと思って安心してたら、
 石塚がやってきて、ヒビが入ったそこを、カナヅチで一回だけ叩いたんだ。
 そしたら、嘘みたいにガラガラ崩れて、中にあった本音が見えた。そんな感じ」
「……それで、今はどんな気持ちなんですか」
「だから、それが分かんないんだって」
設楽はソファに座り直して、テーブルの上に広げられた大学ノートに視線を落とす。
自分にはパソコンのプログラムのようにしか見えない記号の羅列も、
小林の眼球を通せば一人前の日本語に変換される。同じことだ、と設楽は思った。
「石塚にとって、俺は守るに値する相手だったのか?」
「身を挺して庇ったということは、そういうことでしょう」
「バカだね、あいつ」
設楽は前髪をぐしゃっとつかみ、滅茶苦茶にかき混ぜて、また呟いた。
「……バカだ、ほんと」


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

白ユニットが本部として借りている、都内のアパートの一室。
本日の風速、3メートル。開きっぱなしの窓から吹きこんできた風が、ふわりとカーテンを揺らす。
小沢はそっと中の様子をうかがった。
「どう?」
井戸田の問いに、黙って首を横に振る。
「そうか……でも、あのまんまじゃ石井さんが弱っちまう。なんか手がかりはないのか」
「あくまで憶測の域を出ないんだけど」
小沢がためらいながら続ける。
「眠ってるのはプラチナクォーツの方なんじゃないかな」
「……えーと、それはつまり……プラチナクォーツが回復のために眠ってるから、
 持ち主の意識も沈んでるってわけか?」
「嵯峨根さんから聞いただろ。ほら、松本ハウスの話。
 相方の分も代償を支払って、丸一日目覚まさなかったって。
 石塚さんは欠片の所為でずいぶん無理な使い方してたみたいだしね……
 限りある石のパワーを強引に引き出してたんだから、負荷も大きいんじゃないの?
 あとは、パワーをぶつけられた反動とか。石同士の力がぶつかり合うと
 不思議な現象が起こるのは、身をもって確認したし」
「なるほどな……」

878Evie ◆XksB4AwhxU:2016/01/29(金) 22:57:01
眠り続ける石塚の隣で、石井はまんじりともせず、一夜を明かしていた。
時折__石塚の口元に耳を近づけて、呼吸が止まっていないか、あるいは胸に耳を当てて心臓が動いているか確認する。
生きていることが分かると、ホッとしたようにまた座り直して、を繰り返す。
石塚をここへ運びこんで寝かせてから、彼はスケジュールを調節して、まる2日間ここにいた。
顎にはうっすらと無精髭が生えて、ろくに睡眠もとっていない所為で目だけがぎらぎらと輝いている。
井戸田はため息をついて、部屋に踏みこんだ。
「石井さん、飯くらいちゃんと食べてくださいよ」
励ましのつもりだったが、石井は微動だにしない。
「石井さん!」
ついに焦れた井戸田が叫ぶと、掛け布団の上に投げ出されていた石塚の手がピクッと動いた。
石井はその手を両手で握りしめて、「石塚くん」と呼びかける。
ぼんやりとした目が、天井を泳いだ。何回か瞬きして焦点を合わせると、「……石井さん」と
かすれた声で呼ぶ。石井の支えを借りて体を起こすと、あたりを不安げに見回した。
「ここは白ユニットの基地だ」
口を開く前に、石井が答える。
「治療が終わっても、君が目を覚まさなかったから……浅越くんに運んでもらった。
 君は2日間も寝てたんだ」
「……設楽は?」
一番聞きたくない名前を出されて、石井はあからさまに不機嫌な表情になった。
「設楽は……知らない。僕達が路地を出た時にはもういなくなってた。
 ……ッ、すまな「悪いんですけど」

井戸田は強引に二人の間へ割り込み、石井の謝罪をキャンセルした。湯気のたった皿を床へコト、と置く。
中には野菜や肉の欠片が浮かぶ、ドロっとしたお粥が入っていた。
「これ、介護用の流動食です。2日間動いてない胃腸にはこの方がいいと思ったんで。
 ……つもる話の前に、まずは飯食ってください」
「あの「ここの所有者は俺達白のユニットです。聞き分けよくしてもらえると助かるんですけどね」
石塚の声をさえぎって、さらに続ける。
「この2日間、……いや、この何ヶ月か、どれだけの人に心配かけたと思ってるんですか。
 なんか言いたいんだったら、その後聞きます」
厳しい口調だが、『迷惑』ではなく『心配』という単語を選んだことで、
暗に怒っていないということを伝えている。
石塚はしばらく井戸田の顔を見つめていたが、おずおずとスプーンに手を伸ばした。
「あっ」
指先から力が抜けて、スプーンは床に落ちる。2日間動かさなかった筋肉はこわばって、
思い通りに動かない。また持とうとして、落とす。石井は黙ってそれを見ていたが、
皿を左手に持って、スプーンを取った。お粥を一口すくって「ほら」と目の前に差し出す。
石塚は恥ずかしいのかしばらく石井を睨んだが、空腹には勝てなかったのか、
少しだけ口を開けた。一口食べると、ほとんど咀嚼の必要のない粥を飲みこむ。
「……うまい」
味のある食事をしたのは、かなり久しぶりのような気がした。
思わずふっと表情がゆるんで、肩の力が抜ける。やがて皿が空になる頃には、
二人の間に流れている空気はすっかり元通りになっていた。

「……その、色々と……迷惑かけて、ごめんなさい」
石塚の方から頭を下げると、いいんだというように手を振って、石井も頭を下げる。
「僕の方こそ、悪かった。君の事情も考えないで、一方的に責めたりして……」
石塚はそれを聞くと下を向いて、掛け布団を握りしめた。
「でも、これだけは聞かせてくれ。
 君はこれからどうするつもりなんだ」
そう言うとますます殻に閉じこもってしまう。
「そんなの、白に来ればいいだけのコトじゃないですか」
呑気に言った小沢とは反対に、井戸田は渋い顔で成り行きを見守った。
石塚は落ち着きなく視線を動かして、なかなか返事をしない。
「……口を挟むようで悪いけど、僕の意見を言わせてもらっても、いいかな」
そこで、ずっと黙ってた石井が口を開いた。

879Evie ◆XksB4AwhxU:2016/01/29(金) 22:58:20
「僕は、君と闘いたくない」

シンプルな表現だったが、石井の心情を表すには十分だった。
弾かれたように顔を上げた相方の手を握って続ける。
「正直に言うと、君には白にいて欲しい。いっそのこと再洗脳してしまいたいぐらいだ。
 でも、君が白は嫌だというなら僕もついて行きたい。コンビで敵味方に分かれて
 いがみ合うのはもうごめんだ。だけど、これ以上
 君が黒として誰かを傷つけるのは見たくないし、もしそんなことになったら、
 僕は命がけで君を止めるだろう。
 ……長くなったけど、これが僕の率直な気持ちだ」
石塚はじっと思考の読めない目で、石井の目を見つめた。
「……最初は」
しばしの沈黙の後、慎重に言葉を選びながら返事を紡ぐ。
「最初は、脅されて……仕方なく、黒に入った」
遅効性の毒薬か、麻薬のように、黒の欠片を餌に服従させられた。
「段々、楽しくなった。気にいらない奴は踏み潰して、敵は叩きのめして。
 でも、負けて地面に転がった奴らを見るたびに、そいつらが俺自身に見えてきた。
 ……キャブラー大戦の時から、そうだった」
「石塚くん」
「弱くて、守られてばっかで、役立たずで……いつも、傷つくのは石井さんばっかりで……
 どうして、俺の石はこんなに、弱いのかって……ずっと、そう思ってた。
 それが、俺の弱みで……そこを、黒につけこまれたんだ」
ぽつり、ぽつりと発せられる言葉に、石井はどう返事をすればいいのか分からず、
ただ黙って聞くしかないと思った。
「バカだよな、俺って。自分のことだけで一杯一杯のくせにさ。
 設楽だけじゃねえよ、タカトシだって……命令されたわけでもないのに、助けてた。
 ポイズンだって、助けられる距離の時は……手を貸してた。お互い様ってわけじゃない。
 阿部がちょくちょく本音を言うから、それを聞いたら……もう無視できなくなった。
 俺はもう、石井さんと黒ユニットの仲間を天秤にかけられねえんだよ」
「なら、黒に……戻るっていうのか」
膝の上に置いた、石井の拳が小刻みに震えだした。
「ん、そんな単純な話じゃないんだけどな」
石塚ははっきりと否定する。
「設楽は、ラスボスじゃない。それに俺はもう決めたんだ」
石塚は布団から這い出て、2日間眠っていたせいで固まった首をコキッと鳴らした。
動きを止めようと、行く手に立ち塞がったスピワの二人に、「忘れてんだろ、お前ら」と笑う。

「俺の石の、元々の能力」

小沢が言霊を発するより早く、ポケットから手を『サッ』と出す。
2本の指に挟まれていたのは、青い光をまとった小さな名刺。
石塚からプラチナクォーツを取り上げなかったことが、二人の最大の誤算だった。
光の軌跡を描いて、名刺はスピワの二人の前に差し出される。
吸いよせられるように、二人の手が名刺に伸びて、
行く手を塞いでいた二人の体のすきまに、ほんのわずか、通れるほどの空間が生まれた。
石塚は滑りこむようにその合間をすり抜けて、名刺からぱっと手を離す。
スピワの二人が名刺を受け取った瞬間、石塚は足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。

「__あ!」

小沢は追いかけようとして、足元のゴミに蹴つまずく。あわてて体勢を立て直した時には、
もう石塚は出て行った後だった。しかし、走りだそうとするスピワを、後ろにいた石井が止める。
「……せめて、僕には思惑を教えてほしかったな」
石井は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、「これ、借りてもいいかな?」と聞いた。

880名無しさん:2016/01/30(土) 11:49:50
乙です。井戸田が男前だw
ラストで石井が水を手にしているのは
渇き機能発動に備える=能力を限界まで使う可能性があると石井が考えているということですよね。
これまでの石井は冷静でいようとして判断を誤ったり逆に感情が先走って状況を悪化させたりすることが多かったから
冷静に本気を出す石井に期待。

881名無しさん:2016/01/31(日) 00:32:57
乙です。 続き楽しみにしてました!
このままアリキリも白ユニットに入る流れだと思っていたのですが、いい意味で裏切られましたw
Evieさんの作品は登場する方々の感情の描写がリアルで、キャラの葛藤や焦燥が一々胸に突き刺さる思いです…

色々な思いの末に石塚さんの出した結論、とても気になります

882E:2016/02/14(日) 16:13:14

かなり危険な結論に至らせたような気もしなくもない。

灰色勢力ってまだ出てないな→でも白黒の闘いを終わらせるってどうするんだ?
→やっぱり、どっちも破壊するっていう方向か?という連想でした。
会議スレの話に出ている流れを見ると、封印or完全浄化の方向のようですが。

最初はすんなりと白に行かせるつもりだったのが、どうしてこうなった…
バッドエンドが嫌だ、という方がいらっしゃれば、分岐させようかとも思ってます。


【-Best friend-】


階段を下りきったところで、設楽は空気に異質なものが混ざっていることに気づいた。
仄暗い闇の落ちた、地下室を見回す。特に変わった様子は見られない。が、たしかにそこにある気配。
設楽はふー、と深く息を吐いて呼吸を落ち着けると、室内を見回した。
ひびが入ったバーカウンターと、壊れかけのダーツボード、
天井も壁、床に至るまで黒で統一された空間は、電気をつけていてもどこか暗く感じる。
見回した視線が、黒い革張りの椅子で止まった。
「…ッ、うわっ!」
設楽は(彼にとっては珍しい事に)飛び上がらんばかりに驚いた。
いつの間にいたのか、男が一人座って、盤上の駒を好き勝手に動かして遊んでいる。
ポーンを三マス動かしてるあたり、ルールは知らないらしい。
「おかえり……まさか、お前が自分から帰ってくるとはね」
石塚は黙ったまま、タバコに火をつけた。しかし横から伸びてきた設楽の手が、
それをひょいっと取り上げる。
「胸に穴空けた後なんだから、やめな。……健康にはうるさいよ、俺は」
タバコの火を灰皿でもみ消すと、設楽も向かい合うように座った。
再びの、沈黙。
石塚の腕に巻かれた時計の秒針が、カチカチと時を刻む音だけが響いた。
「今、対価の支払い中だろ?この距離で、俺がしばらく見つけらんなかったってことは」
設楽が聞くと、小さく頷く。
「へえ、お前がそっちの能力使ったのなんて何年ぶりかね。
 ……で、そうまでして俺にまた接触してきた理由は……特攻。それとも、服従?」
石塚は組んでいた足を解くと、手の中で弄んでいた黒のクイーンをギュッと握りしめる。

「……天秤にかけらんないなら、ぶっ壊してやる」

言葉の意味が分からない、と設楽は目を瞬かせた。
次の瞬間、石塚はチェス盤に手をかけひっくり返す。テーブルの上を転がって行った白黒の駒は、
床に落ちてひび割れ、あるいはぶつかり合って粉々に砕ける。唐突な破壊を逃れた
白のビショップがひとつ、設楽の足元に転がって行くのを、石塚はガシャッと踏み潰した。
靴のつま先で、粉砕されたガラスの欠片がざりざりと音をたてる。
「い、石塚……」
一部始終を呆然と眺めていた設楽の前に、青い放射光をまとった名刺が差し出された。
吸いよせられるように指先が触れた刹那、設楽の頸に手がかけられる。

「__、ぐ、うっ…!」

テーブルを乗りこえた石塚の指が、設楽の喉をぎりぎりと締め上げる。
蹴り倒されたテーブルの下で、かろうじて形を保っていた駒が粉々に砕けた。
「白も、黒も……結局同じ穴のムジナじゃねえか」
低い呟きが、呼吸をせき止められて苦しげに眉をよせる設楽の耳に届く。
「お互いに陣取り合戦してるだけだろ。違うか?
 たまたま手を組んだって……どうせ共通の敵がなくなったら、
 またッ……また、キャブラー大戦の時みたいになんだろ!」
設楽は全身の体重をこめてのしかかってくる相手を引き剥がそうと、腕をつかむ。
「……だから、俺は……俺は!」

883E:2016/02/14(日) 16:13:56
その時、視界に黒い点がちらつき始めた設楽の耳に、氷の割れるような『ピシッ』という音が届く。
剥がれ落ちてきた建材の欠片と一緒に、誰かが飛び降りた。
膝を曲げて床に着地した小柄な男は、土埃の舞い上がった中に二人を見つけると、
「やめろ!」と叫んで、石塚の脇腹にタックルした。
解放された設楽は、ゲホゲホと咳きこみながら、突然の闖入者を見る。
「……石井」
「勘違いするな。君を助けたわけじゃない」
石井は設楽をするどく牽制すると、床に突き飛ばした相方に「大丈夫か」と声をかけた。
「……一体、君は何を考えているんだ?」
怒ったような声だった。石塚は立ち上がり、床で擦った口の端を袖口でぬぐう。
「どうして逃げた。白ユニットには、君を受け容れる準備があったのに」
「だって、敵だろ?」
石井はその答えに、いよいよ絶望的な表情になった。
黒の欠片は浄化されている。つまり、今語っている言葉は石塚の真意だ。
「白ユニットが君の敵……なら、どうして設楽を……」
「めんどくせーなって、思って」
ようやく呼吸の整った設楽は、話についていけず成り行きを見守る。
石塚はソファの背もたれに浅く腰かけて続けた。
「白も黒も、めんどくせーんだよ。結局、どっちにいても戦うのは一緒なんだろ。
 "正義"とか"理想"とか、そういう部分を"都合"って言葉に置き換えたら、白も黒も同じだ。
 だったらさ、全部ぶっ壊れたらいいんじゃねえの?」
「……まさか、君は」
よろめきかけた足をこらえて、石井が問い返す。
石塚はにっこり笑って答えた。

「白も黒も、全部の石を集めて、今度こそ完全に眠らせる」

石井は一瞬だけ、その言葉を受け止めた。
だが、すぐにその思想の抱える危険性に気づく。
「……なら、君は……白黒関係なく、全ての能力者から、石を奪うと?」
「うん」
「じゃあ、相手が石を渡さなかったら?」
「力づくで奪うしかないんだろうな」
石塚はさらっと暴力を肯定した。
「そんなの、必要悪の皮を被ったテロリストだ!誰も共感できない!!」
叫んだ石井に、「そうかな?」と石塚は首を傾げる。
「ただ暴れ回りたいだけでもいい、白ユニットに失望したのでもいい、巻き込まれたくないっていうのもありだ。
 ……お前が思ってる以上に、白黒の陣取り合戦に辟易してる奴って多いんだよ。
 どっちが正義かなんて、考えても無駄だし、どっちとも言えないってのが正解だろ?
 白だって強引なやり方をしてる部分はあるし、白のやり方でケジメがつかなかったのは証明済みだ。
 ってことは……"悪"なのは白黒中立ぜーんぶひっくるめて、俺達全員かなあ」
石井は拳をギュッと握りしめた。
「俺、なんか間違った事言ってるか?」
そうだ、とも違う、ともいえない。黙ってしまった石井の代わりに、ようやく呼吸の整った設楽が「狂ってる」と呟く。
「……言っただろ。僕は……君が誰かを傷つけるなら、命がけで止めるって!」
石井は今度こそ拳を振りかぶり、石塚に向かって深く踏み込んだ。

「お前に、それができんの?」

たったそれだけの言葉で、石井の動きはぴた、と地面に縫いつけられたように止まった。
身長差もあって、鳩尾すれすれの所で止まった拳は、カタカタと小刻みに震える。
石井の額を、一粒の冷や汗がつたった。
「いいぜ、やってみろよ。ほら」
石塚は挑発するように、自分の心臓の上をとんとんと親指で示した。石井はそれでも動けない。
もう二度と、傷つけたくない。その想いが、石井の思考をがんじがらめに拘束する。
内臓に触れた感触、血のぬめり、体内の温かさが思い出されて、石井は「うっ」と吐き気を催した。

そして、ここには致命傷を治せる者などいない。

「おいおい、今俺すげー矛盾見つけちゃたよ?"正義"のはずの白に共感してる奴が、
 "悪"だからって、人を傷つける。それって、黒と何が違うのかな。むしろ、
 大義名分を掲げてる分、黒よりタチ悪いんじゃねえの?」
石井は俯いたまま、顔を上げられない。
「この石は俺達の意志を反映して、その対価に力を与える。……だったら、白にも黒にも、どこにも、
 "絶対"なんてないって事だよ。人間の心なんて、正義から一番遠いもんだろ。
 ……井戸田には悪いけど、俺は、俺を心配してくれる人達のために、自分に嘘をついてまで
 白にいたくない。それよりもいっそ、矛盾だらけの中でどこまであがけるか、やってみる」
石塚はしゃがみこんで、床にへたりこんだ石井に向かって手を差し伸べた。

884Evie ◆XksB4AwhxU:2016/02/14(日) 16:14:46
「これが、俺の率直な気持ちだよ。石井さん」

石井はそこではじめて顔を上げた。相方は清々しいまでに穏やかな顔をしている。
まるで石井が拒絶することなんてあり得ない、と。全ては自分の思うがままに動くのだ、と言いたげな表情。
そのひたむきな前向きさが、白にも黒にも染まりきれない理由なら。

「俺達の道は一つだって、言ったよな。……あの言葉が嘘じゃないんなら、俺と一緒に来てよ。石井さん」

石井は、自分が足元から崩れ落ちていくような感覚をおぼえた。
相方の言葉は哀願に近い。石塚はいつもどおりだ。なら何故、こんなに自分は苦しいのだろう。
おかしいのは、誰だ。狂っているのは、誰だ。

正しいのは、誰だ?

「……ッ!」
石井は叫ぼうと思ったが、喉が引き攣れて声にならない。
代わりに歯を食いしばったまま、拳を大きく振り上げた。設楽の「やめろ!頼むから!」と叫ぶ声がしたが、もう止まらない。
差し伸べられた手の先をチリッとかすめて、床に叩きつけられた拳。
床には一瞬にして亀裂が走り、石塚と自分の間に溝を作る。
「僕は、君と離れたくない」
石井はその上を飛び越えて、石塚の前に立った。
「……だから、いつか必ず証明してくれ。……白より、君を選んだ僕が、間違っていないって事を」
石塚の手をとって、そのままひょいっと肩に担ぐ。「下ろせ、おろせってば!」とじたばた暴れる石塚に構わず、
背後の設楽に振り返った。
「……どこかでぶつかることがあったら、容赦はしなくていい」
「分かった」
設楽が頷くと、石井はそのまま階段を駆け上がって、目にも止まらぬ速さで地下室から消えた。
「……やれやれ、言いたいことだけ言って、後片付けは俺の仕事か。
 ほんとに石井がいないと、暴走しっぱなしなんだから」
設楽はしゃがみこんで、粉々に砕けた白のクイーンを一つ拾い上げた。
半分になったそれを、ぽいっと放り投げてため息をつく。
「動けない自分が、恨めしいよ」


夕日の落ちる中を、二人分の黒い影が、長く伸びる。
石井はベンチに腰かけて、井戸田に貰ったミネラルウォーターをぐびぐびと飲み干し、握りつぶした。
自販機の前で追加の水を買おうとしていた石塚は、振り返って「もういい?」と聞く。
「ああ、十分だ」
石井が答えると、財布をポケットに突っこんで戻ってくる。
隣に座って、空のペットボトルを石井の手から受け取った。
「大丈夫だよ」
石塚がふっと笑った。ずいぶん久しぶりに見る表情のような気がして、石井は顔をこわばらせる。
「きっと、全部よくなるから」
それだけ言うと、石塚は潰れたペットボトルをぽいっと放り投げた。
きれいな放物線を描いて、少し離れた位置にあるゴミ箱に落ちる。
ゴミ箱の金網とペットボトルのぶつかり合う不快な音が、静かな公園にやけに大きく響き渡った。
石井はその音に、後戻りできない選択をしたことを、ほんのすこしだけ後悔した。


【終】

885名無しさん:2016/02/14(日) 18:38:21
こういう結末になるとは!
全く予想してませんでした。
二人の今後の動きをまたいつか読みたいです。
連載お疲れさまでした。

886名無しさん:2016/02/15(月) 15:00:41
>>882
分岐というか、後日談みたいな感じで、ここから石塚がいろんな人と接する
うちに少しずつ白寄りに向かってく的な流れの話を入れるのはどうでしょうかね?

887名無しさん:2016/02/16(火) 16:56:22
>>886

なるほど、あまり根幹に関わるような話はやめとこうと思っていましたが、後日談的な感じなら大丈夫そうですね...いつか落ち着いたら書いてみます。

888Evie ◆XksB4AwhxU:2016/02/16(火) 16:57:33
すみません、私です。
手描き作業がヤバいくらいに終わらないので...

889名無しさん:2016/03/01(火) 21:09:21
完結おつかれさまでした

個人的に旧ホリプロ組は白寄りな中立ってイメージがあったので、二人が更に中庸の道をひた走ったらどうなるか、すごい想像させられました

890名無しさん:2016/05/07(土) 18:15:16
昔ロム専だった者ですが、久々に覗いてみたらちょっと作品上がったりして
盛り上がってるので、昔書いてたハリガネとルートの話を序盤だけ落としてみます。
新芸人登場希望スレッドに名前が出ていた頃にプロットだけ立てていたものなので、
能力スレ>>840->>841をお借りしています。


□ □ □ □ □ □

「なあ、もうちょい俺らを信用してくれても、バチは当たらんのとちゃうか」
「何の事でしょうか」
あくまでしらを切る小林に、向かい合って座る小柄な男――増田はあからさまに不機嫌な顔をした。
ソファに沈めていた体を起こして、「とぼけんな。俺らに監視つけとるやろ」と噛みつく。

――もう、気づいたか。

小林はゆっくりと息を吐いた。
増田と、彼の相方はかなり癖があって御しにくい。しかし、敵に回ると最も厄介な能力者だ。
(ここは少し釘を刺しておく方がいい、か)
小林はガラステーブルのふちをコン、と叩いて、増田の注意を向ける。

「……増田さん、今俺達のいる現在は、果たして"シナリオとして現れた運命"ですか。
 それとも、"あなたが書き換えた現在"なんですか?」
眼鏡を外した小林が聞くと、増田は黙って次の言葉を待つ。
「それが確証できない以上、黒があなた達を自由にしないのも、無理はないと思いませんか」

「ルートは、一匹狼やからな。芸人同士で群れるとか、俺らに比べたらあんませえへんし。
 大上と堂土は高校の同級生やけど、増田の方はいまいち、何考えとるか分からん」
その頃、白ユニットの本部にて。
一通り話をし終わった松口は、矢作の出してくれた湯飲みに口をつけて、茶をすする。
「同期との繋がりも薄いけど、俺らなら何とか話聞いてくれるかも知らんと思うねん」
元相方やし、と付け加えた大上も、緊張を解そうとお茶をすすって「あちっ」と舌を出した。

「……たむらさんに頼めば、一発じゃないですかね」

井戸田のつぶやきに、「それはあかん!絶対にあかん!!」と大上が叫んだ。

891名無しさん:2016/05/07(土) 18:15:59
【白黒あっぱれ道】

「冗談ですよ、そんな叫ばなくても」
「言ってええのと悪いのがあるやろが!ルートとたむけんを一緒の空間に置くなんて、血ィ見る事になるで!」
大上はぶんぶんと首を横に振る。
「……聞いてはいましたけど、そんな仲悪いんですか」
矢作がよっこらせ、とちゃぶ台につくと、松口が「そりゃもう、すごいわ」と答えた。
「それ以前に、たむらやったら"あいつらの勝手やろ"って突っぱねそうやな」
「あー、絶対協力してくれへん感じや」
大上もうんうんと頷く。

「――ルート33を引きこめば、勝利の女神が来ることになるんや」
いや、男やからこの表現はおかしいか?と笑う松口に、井戸田は目を細めて続きをうながす。
「あんな、あいつらの能力は……」

□ □ □ □ □ □

いまのところ、知られているのは堂土の能力だけで、相方――増田の方は、様々な噂が飛び交っている。
電流を操るとか、偶然の確率を上げるとか、今の状況に最適なカードを見出すとか。
(まあ、パッと見分かりづらい能力やから、しゃあないけど)
堂土はタバコを吸っている増田の隣によっこらせ、と腰を下ろして「どないしよっか」と聞く。
「何のこっちゃ」
「下で出待ちしとる奴がおるらしいけど」
「……」
増田はタバコの火をもみ消して、「行くで」と上着を取った。
「あ、おい!お前の能力は簡単に使うたらあかんって、俺も行くからちょっと待ってや!」
わたわたと荷物をまとめる堂土に構わず、増田はさっさと歩いてエレベーターのスイッチを押す。
「増田!…増田くん!お願いやから待って!俺がやったるから……」
堂土が慌てて追いかける間に上がってきた旧式のエレベーターから、誰かが降りてきた。

「どうも、白ユニットからお二人をスカウトに来ました、小木です」
「矢作です」
「「おぎやはぎですけど、何か問題でも?」」

増田は奥歯を噛み締めて、「大有りや」と呟いた。

892名無しさん:2016/05/07(土) 18:43:03
あー、余計な一文が入ってた...

893名無しさん:2016/05/08(日) 10:30:28
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894名無しさん:2016/05/10(火) 19:33:47
「お前らの相手は俺やーーっっ!!」
ネタ中の「言いたいねー!!」と同じ声量で、後ろの堂土が叫ぶ。
空気をビリビリと震わせるほどの大声に、おぎやはぎの二人は反射的に耳を塞いだ。

「……堂土くん、ネクタイ短すぎるでしょ」
増田は振り返らずに呟いた。
「ねえ、巻く時分かるやろ言う話ですけども。……ほんで、何でそんな短いんですか?」
堂土は一歩踏みこんで、ズボンの中に入れていたシャツを引っぱり出して下のTシャツを見せる。
丸く膨らんだ腹には大きく『黒』の文字。瞬間、堂土の巻いたネクタイがまるで生き物のように動いた。

増田が右に傾いて避ける。同時に堂土のネクタイがその耳をかすって、矢作の胴体にギチッと巻きつく。

「!」

驚く間もなく、矢作の視界がぐりんっと回転した。
持ち上げられた体が勢いよく壁に叩きつけられて、肋骨の隙間から「かはっ…!」と空気が漏れる。
「矢作!」
叫んだ小木の懐に、増田が回りこむ。インストールした職業は、なるべく暴力沙汰を避けたいという理由から、『交渉人』。
まずは相手が話を聞ける状態まで持って行くのが基本。小木は眼鏡を狙う増田の腕に自分の腕をからめて、膝でぐ、とその腹を押す。
「ぐ、!うっ……」
受身を取る間もなく、増田の背中は床に落ちた。矢作を拘束していた堂土はそれを見て、鼻頭を指の関節でこする。
ぱっ、と唐突に。矢作の体が解放されて、ドサッと尻餅をつく。それに小木がほっとしたのもつかの間。
矢作から離れたネクタイは、まっすぐに小木の方へ向かった。

「……ふっ」

短く息を吐いて、向かってくるネクタイを指先で一直線に叩く。
ずらされた軌道は、小木の背後にあるエレベーターの扉に突き刺さった。亀裂が走った扉から、パラ…と欠片が落ちる。
堂土はちら、と相方に視線を向けて、「せやから、あかん言うたのに」と呟いた。
再びネクタイが引き抜かれ、小木に狙いを定める。ファイティングポーズを取っていた小木は、
「一本なら、行ける!」と前へ飛び出した。

895名無しさん:2016/05/10(火) 19:34:17
カカカカカッ、と息もつかせぬ攻防。床に座りこんだ矢作は呆然とそれを見ていた。
ネクタイが小木の頬を叩けば、小木は拳で切っ先を追いかけ、堂土の方へ弾き返す。
「……くっ!」
堂土は、動きを止めようと伸びた小木の手を、体をひねって避ける。
攻撃のために繰り出されたネクタイが、一瞬にして軌道を変えた。
向かう先は、エレベーターのそばにいた増田――。

「しまった!」

小木は振り向き加減に叫んだ。同時に、どうして捕まえといてくれなかったと矢作に地団太を踏む。
攻撃手である堂土に集中するあまり、もう一人を戦力外へと追いやってしまった。
増田の能力では何も出来ないとたかをくくっていたが、ルートの二人の目的は、この場からの脱出であり、
おぎやはぎの打倒ではない――。

ネクタイはしゅるっ、と増田の胴体に巻きついた。
「ほな、さいなら」
堂土は、開きっぱなしの廊下の窓に足をかけ、飛び降りる。
同時に、何メートルにも伸びていたネクタイが、しゅるるる、と掃除機のコードのように縮んでいった。
「あっ……!」
小木が立ち上がると、止めようとした手を、すぐそばまで来ていた増田の足が『ガッ』と押すように蹴り飛ばす。
その反動で、増田の体は窓の外へ飛び出した。瞬間、胴体に巻きついていたネクタイがするっと解ける。

地面すれすれまで落ちていた堂土は、空中で増田を受け止めると、再びシュルッと射出した。
ネクタイの先を電柱に巻きつけると、高速で巻き取る。ビルの谷間に消える刹那、
堂土は一瞬だけ、ちらっとこちらを見たが、あっという間に見えなくなった。

「……ルパンって、現実にいたんだ」
矢作はぽつり、と呟いた。
「でもさ、結局増田さんの能力、分からずじまいだったね」
小木が言うと、「そうなんだよなー」と矢作が肩を落とす。

□ □ □ □ □ □

「あいつらの能力は……分からん」

まるで新喜劇のように、松口をのぞく全員がずっこけた。
「ま、松口さんっ、ここまで引っ張って、それですか!?」
テーブルをバンッと叩いた井戸田に、「あー、堂土の方は知っとるんやけど、増田の方がな」と悪びれずに言う松口。
「中川家のお兄ちゃんが、ルートとぶち当たった事があるらしいんや。……まだ、大阪におった頃のな。
 ほんだらいきなり、近くに停まっとったトラックが動き出して、剛のすぐそばにドーン!や」
「えっ、えっ!?」
「もちろん、そのトラックに人なんか乗ってへんかった。あと2ミリずれとったら、
 剛は頭粉々に砕け取ったらしいで。ほんで、剛が腰抜かしとる間に、堂土は増田連れてトンズラしよってん。
 増田の石の反応は確かにあったらしい。せやけど」
松口はごく、とつばを飲みこんで続ける。
「増田がどないしてそのトラックを動かしたか、そこまでは分からんかった。
 ほんで、剛以外は誰も、増田が石を使うた所を見とらん」

896名無しさん:2016/05/10(火) 19:34:42
思っていたより不気味な話に、白ユニットのメンバーは顔を見合わせた。
矢作は、そんな相手が来れば心強いと思うと同時に、(危ない)とも思った。
増田の能力は、使いようによってはチートに近いレベルかもしれない。だが、その代償は計り知れず。
それを手中に収めれば、下手すれば白ユニットごと瓦解しかねない。
(――どう答える?)
矢作が口を開くより先に、井戸田が「分かりました」と自分の膝を叩いて顔を上げる。

「……とりあえず、やってみましょう」
「井戸田、ほんまにええんか?」
「はい」
大上は不安だったのか、心底ホッとしたというような表情になった。
「……俺は、高校からの堂土しか知らんけど。あいつに黒は似合わんと思うねん」
もちろん増田も、と付け加えて、大上は井戸田の手を握る。
「頼んだ」
「任しといてください。じゃあ、とりあえず説得役を……」
そこで、井戸田と矢作の目がばっちり合う。しばらくじーっと見つめ合うが、とうとう矢作が負けた。

「……この任務、おぎやはぎが承りました」

矢作は深々と頭を下げて、(小木が便利すぎるのが悪いんだよ!)とこの場にいない相方に八つ当たりした。

897名無しさん:2016/05/11(水) 02:19:59
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898名無しさん:2016/05/26(木) 21:14:24
彼がここまで追いこまれるのは、本当に稀な事だ。
いつもなら堂土に抱えてもらってさっさと戦線離脱しているのに、
今日に限ってその堂土は娘、千結のおもちゃを買いにいく用事で席を外していた。
そんなもの、仕事が終わった後にさっさと買えばええやんと言ったのは自分なだけに、増田は
いらだちながらも軽い舌打ちに留める。

「そんなに、黒は魅力的ですか」
井戸田の質問に、増田は「"ある意味"やったらな」と含みのある答えを返す。
「あ、一応言うとくけど、オンバト連覇したんは、黒の力ちゃうで」
「分かってます。そこはそもそも疑ってませんから、安心してください」

白のスカウトマンを振り切るうち、いつの間にか劇場近くの公園に追い立てられていた。
滑り台の上に、メガホンを持った井戸田。
桜の樹に手をついて、ガラスの小瓶を握りこんでいるのはアメザリの平井。
砂場にしゃがみこむのは、相方の柳原だ。

「……ああ、あかんな。逃げれそうにないわ」
「白の中でも闘い慣れたメンバーを連れてきましたからね」

井戸田は、脳内で作戦をおさらいした。
まずはどうにかして、戦闘係の平井が増田を止める。邪魔が入った場合も平井がなんとかする。
戦闘面は平井におんぶに抱っこのパーティーだが、
スケジュール的に都合がつくメンバーを入れたので仕方ない…
説得係は自分と柳原。柳原が石の能力で増田の心理を見ることで、交渉材料を得る。
白ユニットから見れば完璧な布陣だが、標的、増田は(小林の奴、バカ正直に監視外しよってからに)と
自分が要求したにも関わらず軽く逆恨みした。ヒョロメガネ!げっ歯類!と思いつく限りの悪口を心の中で
ぶつけながら、薄く笑う。そろそろ潮時ではあった。隠し通すのも限界がある。
いっそのこと、力の差を見せ付けるのも悪くない。

「ええで、お前らこれが見たかったんやろ」

中心へ進み出た増田はすっ、と片手を空へ掲げた。来るか、と身構えた平井が石を発動させる前に、
増田の手首にはまった乳白色のブレスレットが、ぱあっと輝く。

「……展開!」

瞬間、空中にパッ、パッ、パッと緑色の照準が次々に現れた。
照準は左右に揺れながら弧を描き、周囲のあらゆるモノに重なると、『Destiny』と文字を浮かべて
その動きを止めた。増田が横一文字に手を払うと、彼の眼前にステータス画面のようなものが出る。

899名無しさん:2016/05/26(木) 21:14:49
「なっ…なんだ、これ!?どうなって……」

井戸田は、自分の胸の前に合わさった照準を、蚊を退治するように払った。
しかし、手はスカッと空を切るだけだ。

「因果律、って言葉。知っとるか?」

聞きなれない単語に、しゅるっとツルを伸ばしていた平井は「うわー、俺が一番欲しいタイプの能力やん」と
羨んだ。続けて「攻殻みたいや」と言った彼の頭を、柳原はスパーンッと叩く。

「この世のあらゆるものは何かの原因からできたもんで……
 原因がなかったら、何も生まれへんっちゅう法則のことや。お前らがここに立っとるのも、
 朝太陽が昇るのも、井上がイキるんも、堂土くんがデブなんも、全部全部全部、
 この因果律のせいなんやって」

「じゃあ、増田さんの能力は…その"因果律を操る"能力でいいですか?」
井戸田の質問には首を左右に振る。その時、公園の入口で「増田!」と叫ぶ声がした。

汗をふきふき駆け込んで来た堂土は、空間に展開された照準を見て
みるみるうちに険しい表情になった。
「俺がやる言うとるやろ!なんでお前は全然言うこと聞かんのや!」
「全部堂土くん任せなんて悪いやん」
「お前の能力はあかんのや!……ああもう、ほんまに」
堂土は髪をぐしゃぐしゃかき混ぜて、買い物袋を地面に置いた。
胸のネクタイをギュッと締めて、攻撃手である平井に狙いを定める。
「あと、俺がデブなんは俺の意思やで」
「聞いとったんか…それはええけど、"堂土くん、ネクタイ短すぎるでしょ"」

瞬間、ネクタイはしゅるっとうねった。
二枚重ねになった布は、空中で螺旋を描いて組み合わさると、槍のような形状にその姿を変える。
立ち上がった柳原は、両手で作ったフレームを堂土の方へ移動させた。
「アナライズッ……!」
ホワイトオパールが淡い光を放ち、瞳孔が開く。彼の目だけに見える、堂土の心。

『増田 どないしよ   コンビが一番大事や
  心配や  俺がやらな   ルートは俺の 増田は  俺が
    傷つけたない 俺がやらなあかん
  守ったらな   怖い   苦しい
   増田   迷いは断ち切れ    
               ますだ』

900名無しさん:2016/05/26(木) 21:15:23
それが見えた瞬間、背後で「うわあああっ!?」と悲鳴があがる。
反射的に振り返った柳原は、信じられない光景に大きく目を見開く。
ペンキで塗られたばかりの滑り台が、揺れていた。その原因が、地面に突き刺さった支柱に
『ピシッ』と入った亀裂だと気づくのに、柳原は若干のタイムラグを要する。
照準の『Destiny』が『Loading…』に変わり、やがてパアッと光を放って
『COMPLETE!』になった。同時に支柱がポキッと折れて、井戸田の足場が崩落していく。
井戸田は空中でぎゅっと拳を握りこみ、叫んだ。

「くそっ、"こんな欠陥遊具に乗って落っこちるなんて、アタシ認めないよ!"」

その言霊で、砂埃を上げて崩れて行く滑り台の部品たちは、みるみるうちに詰みあがって元の形を取り戻す。
「た、助かった……あれ?」
おかしい。
この程度の時間遡行でなぜここまでパワーを消費している?
荒い息をついて、うずくまる井戸田を、増田は下唇を軽く噛んで見上げた。

「世界線を飛び越えたら、そら燃費もえらいことになるわな」
「……何が、言いたいん、で、すかっ…」

増田は両手を広げて、指先でポチッ、とステータス画面をなぞって、井戸田に見えるように裏返す。

「ほら、見てみ?その滑り台に、こんだけの平行世界が繋がっとる」
滑り降りた井戸田は、画面を凝視する。真ん中の『○○公園滑り台』から、マップのようにラインが伸びて、
様々なボタンに繋がっていた。
「"トラックが突っこんでひしゃげる"とか"樹が倒れてきて潰れる"とか。
 俺が今選んだんはこれ、"業者の点検ミスで崩れる"この世界な、ここと分岐が近いとこにあってん。
 おかげで対価も軽くて済みそうや」

話し続ける増田の頭上に、根元から折れた樹木がメリメリと倒れてくる。
「危ない!」
平井は素早くツルを伸ばし、あと3cmのところまで迫っていた樹の幹に巻きつけ止めた。
その隙を突いて、シャアッと空を切ったネクタイの前に、イロハモミジの樹を出現させて盾にする。
低木のモミジは一瞬で切断されて、バラバラと地面に落ちた。
「おー、ありがとな平井」
増田は軽くお礼を言って、再び井戸田に向き直った。

「平行世界……と、この世界を繋げる?いや、違う。"入れ替える"?」
「正解!お前すごいなあ、こんだけのヒントで俺の能力当てるなんて、宇治原並みやで」
褒めてるのかけなしてるのか分からない人名を出して、増田は心底嬉しそうに笑う。

「"パラレルワールドとこの世界の因果律を入れ替える"それが俺の能力や。
 俺はあらゆる世界線を飛び越えて、思い通りの"現在"をカスタマイズできる。……その気になれば、な」

増田はどこか誇らしげに、腰に手を当てる。
「そんな強い能力を持ってて、どうして黒なんかに…」
井戸田の問いには、なぜか「そんなん、お前らに関係ないやろ」と噛みついた。
その態度に井戸田が違和感を覚えるより早く、柳原の目が増田を射抜く。

901名無しさん:2016/05/26(木) 21:16:00

『俺は強いんや   俺達だけでええ
    同期の誰よりも  誰も、俺達に構うな
 みんな俺が助けたる  白にはいられへん  黒におらんと』

(あれ……なんや、この人案外普通やん。欠片で操られてる風でもないし……)
柳原は、思っていたより正常な思念に戸惑いながら、さらに深くまで分析を進めた。

『俺は運命だって変えられる   堂土くんだけは
     シナリオも関係ない 理解なんかいらん
   堂土くんを守るんや  堂土くんを   俺が』

「増田さんは、……ほんまは、他の芸人を助けるために、
 黒におるんですよね」
その言葉に、平井のツルを弾き返した堂土が「それ以上言うなや!」と叫ぶ。
「助けるため……黒にいたら、シナリオをいち早く"書き換える"ことができるから……?」
地面に下りた井戸田が言葉尻を繋ぐと、増田はまた空へ手を伸ばした。開いた手をギュッと握る。
瞬間、井戸田が手をついていた街灯に『ピシッ』とひびが入る。

「……お前らなんかに、理解されたないわ」

増田が恨みがましい声音で呟くのと同時に、水道の蛇口がパンッと破裂する。
そこから噴出した水は、まるで弾丸のように、増田の頭を狙った。
「お前らなんかに」
もう一度繰り返す。増田の頭を水弾が弾く前に、堂土のネクタイが盾になってそれを止める。
「堂土くんさえ無事やったら、俺はそれでええんや。お前らが考えとるようなんとちゃう。
 ボランティア精神0パー。気まぐれ半分面白半分。せやから、俺は絶対にお前らの味方にはならん。
 どこまで行っても、俺らのルートはお前ら白とは交わらんのや」
言葉の意味を問う前に、井戸田の体の前に平井が飛び出していた。

「くそ、なんで今日に限って湿度低いんやろっ……」

平井はパンッと両手を合わせて、地面につける。某錬金術アニメのようなポーズに、
(アニメ好きってこういう時楽しそうだな)と井戸田はぼんやり考えた。
手の下からパアッと光が放たれ。メキメキと大樹が伸びていく。
堂土の攻撃をすんでのところで止めた平井は荒い息をついて、「あと、二発ってとこか」と計算する。
「その間に、説得」
短く作戦を伝えて、平井はまた堂土の前へ走り出る。
「無駄や!」
堂土はすうっと大きく息を吸い込んで、ネクタイを鞭のようにしならせた。

□ □ □ □ □ □

お気に入りのカップを割られたからといって、別に怒鳴ることはなかった。
ソファに体を沈めて、自己嫌悪に頭を抱える肩ごしに、増田は「堂土くん」と声をかける。

「よーく見とってや」

手のひらの石が、パアッと光を放つ。
フローリングの床に散らばった、カップの破片。それに重なるように、『Destiny』と
緑色の照準が現れる。
「えっ、何やこれ、お前の石か!?」
あわてふためく堂土にかまわず、増田は空中に手をかざす。
パッと現れたステータス画面をタッチすると、ゆっくりとスクロールしていく。
まるでロボットアニメのコックピットにも似た、非現実的な光景。
「あ、あった」
目的のボタン――『堂土くんのカップ』に指を合わせ、ポチッと押す。

902名無しさん:2016/05/26(木) 21:16:32
キュゥン…と照準の色が変わった。
ビデオを逆再生するように、カップの破片がひとりでに持ち上がり、
元の形を取り戻していく。数秒も経たない内、床にはこぼれたコーヒーの海と、
新品のように傷一つないカップがあった。

「ま、増田……」
「堂土くんが怒った時、めっちゃ悲しくなってん。どうやったら許してもらえるんかなって
 考えとったら、なんか分かった」

要するに、自分の怒りが能力を自覚するトリガーになったらしい。
(結果オーライやな)
しかし、これはかなり強い能力ではないのか?
空中に展開されたステータス画面を眺めて喜ぶ増田をよそに、堂土は不安に駆られた。

たとえば、常識を書き換えられる徳井や、未来予知の小林は、そこまで重い代償はつかない。
しかし、彼らの能力には自然と『限定条件』がつく。たとえば徳井なら、その効果が
永遠ではないこと。小林は、筆記する道具が必要なこと。
今見せられた増田の能力には、特にそういった『枷』が思いつかない。
「増田、その能力はあんま使わん方がええと思う」
「なんでや!」
「嫌な予感がすんねや。せやから……」
堂土は一旦石を取り上げようと、一歩踏み出した。次の瞬間。

――ガァンッ!

「ッ、何や!?」
堂土は反射的に腕で顔を庇う。
目をつぶっている所為で、かろうじて分かるのは。熱気と、それをまとって飛んでくる破片。
恐る恐る目を開けると、ガスコンロが炎を上げていた。
その勢いはすさまじく、天井をチリチリと焦がすほどだ。
「ガス漏れ……いや、俺さっき料理したけど、元栓は締めといたのに……」
腕に焼けつくような痛みが走る。見ると、熱気で火傷を負っていた。
「せや、増田は!?」
部屋の中を見回すと、増田は床に力なく倒れていた。
「増田!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。爆発の衝撃で頭を打ったらしく、ぴくりとも動かない。
後頭部に触れると、びちゃっと嫌な感触がした。
「!!」
真っ赤に染まった手のひらに、堂土はわなわなと震える。増田の胸はかすかに上下して
いたが、頬を叩いても反応がない。一刻の猶予もない――。
「まさか……これが、こいつの対価ってことか……?」
呟くと、背筋がぞわっと泡だった。
「嘘、やろ…たかが、カップ直しただけで、こんな……」
救急車を呼ばなくては、いや。増田を抱えて病院まで飛んだほうが速いか?
あまりの状況に、堂土の思考は錯綜していく。
「俺がッ…俺が、あんな怒らんかったら……」

その時。

「火を消すのが先か、それともそいつを助けるのが優先か?」
すぐ後ろで聞こえた声に、堂土はバッと振り返る。
いつの間に入ってきたのか、男が一人、立っていた。その男の名前――土田を堂土が呼ぶより
先に、彼は「あと、一分ってところか」と腕時計を見る。
「消防車と救急車、同時に呼ぶのは骨が折れるだろ。ただ、黒に尽くすというなら……
 この悲しい出来事を全て、なかったことにできる。
 そいつを抱えて泣いてたって、何も変わらない。そうだろ?堂土貴」
「……」
「あと10秒」
秒針が最後の位置に来る前に。堂土は涙をぬぐって、顔を上げた。

903名無しさん:2016/05/27(金) 01:29:21
投下乙でした。
増田の能力、かなりやっかいですね。敵の白にとっても本人たちにとっても。
カップを直す程度のことで代償が「ガス漏れで大けが」ぐらいの大きさだとすると
滑り台を壊すとかトラックを突っ込ませるなんてやってたら代償がどのくらいになるのか考えて恐くなりました。

904名無しさん:2016/06/03(金) 16:13:38
(――堂土さんの攻撃は、どうしても直線的になる。二本しかないし)
平井は走りながら、ポケットの中のガラス瓶の感触を確かめる。
(ここまで粘った甲斐があったな。あの人もう限界や)
肥満体のおかげで体力値で劣る堂土が、膝から崩れ落ちた。
同時にネクタイが青い光を放ち、へにゃっと情けない布きれに戻る。
「…!ぐっ、かはっ…」
堂土は喉をおさえて、地面に転がった。
「堂土くん!…お前ら、堂土くんに何かしたら許さ――」
瞬間、猛スピードでタックルした柳原が、増田を羽交い絞めにする。
「柳原!…くそっ、離せアホ、九官鳥!」
「カンタッ、今やーーっっ!」
とっさに出た呼び名に、平井は「ぶふっ」と吹き出しながら右手を伸ばした。
瞬間、つる草がシュルシュルと増田の体に巻きついて、関節を拘束して行く。
気がつくと、彼は空中に磔になったような体勢で静止していた。

「――って、なんで俺まで一緒やねん!はよ解けアホーッ!」

離脱が間に合わず、腰にしがみついた体勢のままぐるぐる巻きになった柳原が叫ぶ。
「ええから、そのまんま捕まえとけー」
平井は両耳に人差し指を突っこんで、相方の甲高い苦情をシャットアウトした。
「……やっと、話を聞いてもらえる形ができましたね」
そこで、地面に転がっていた堂土が、「ヒュッ」と短く息を吸いこんで、ゲホゲホと咳きこむ。
数分とはいえ、思い通りにいかなかった呼吸を元のリズムに戻すのは至難の業らしい。
堂土はまだ酸素の回らない頭で体を起こすと、ふてくされた顔で地面に座りこんだ。
「堂土くん、どないしよか」
増田は首だけ動かして、堂土に振り返る。
「……こいつらは、信じてええと思う。白にも、ここまで粘れる奴がおったんやな」
堂土はフーッと息をついて、井戸田に目配せした。

「単刀直入に言います。俺達白に協力してください」
井戸田はお願いします、と頭を下げる。
「たしかに、黒にいる方がシナリオへの対応は速いでしょうけど……俺達白も、
 いつまでも後手に回ってるわけじゃありません」
井戸田はふいに、かつて白を率いていた先輩コンビを思い出す。

――力で押し負けたらあかん、もっと強い能力者を探さんと。

そう言って、かたっぱしから能力者に体当たりしていった西尾。
相方の姿勢に疑問を持ちながらも、流れに身を任せるようについていった嵯峨根。
結局、二人では力不足だった。彼らの持っていた石は、今は自分たちの手の中に。

「……お二人が、白に失望しているのは知っています。でも、もう昔の俺達じゃない」
堂土も、じっと井戸田の真意を推し量っていた増田も。その言葉に少し心が傾きかけた。
増田は髪をかきむしろうとして、手が動かないのを思い出す。
「俺が嫌やって言うたら?」
「日を改めて話しましょう。絶対、諦めません。その能力が欲しいんじゃない。
 俺たちは、ルート33を助けに来たんです」
増田のブレスレットから、光が消える。空中に展開されていた照準が、一つずつ消えていった。
胸の前に浮かんでいた照準が消えたのを確認して、井戸田はすうっと息を吸い込む。

「それが、ハリガネさんとの――いえ、もっと言うと大上さんとの約束ですから」

元相方の名前に、堂土は目を見開いた。
「ハリガネの二人は、ルートがこちら側に来るんなら、白ユニットへの加入も考えてくれるそうですよ」
「……あの、非暴力主義が」
増田は信じられない、という表情になった。
「それだけ、ハリガネさんの中ではルートの存在がデカいってこと…うっ」
答えたのは、意外にも背中の柳原だった。増田の猜疑心まじりの視線に射抜かれて、思わずたじろぐ。
が、すぐに立ち直って続ける。
「こっそり見せてもろたんですけど……大上さん、家族とか松口さんが大事なのは当たり前ですけど。
 そん中にちゃんと、堂土さんのことも入ってましたよ」

905名無しさん:2016/06/03(金) 16:14:28
□ □ □ □ □ □

どうしようもなかった、というのが正しいところだ。
そもそも内向的な性質で、人の輪に入るのが苦手だった堂土と、負けん気の強い増田が、
大人しくマスゲームに参加するはずがなかった。「いっそ、ここで出世したるのもええな」と
増田は冗談を言ったが、実行するはずがないという事もまた、堂土は知っている。
そして、物語は一ヶ月目に転を迎える。

「堂土くん、堂土くん」
増田は袖を引っぱって、あたりをきょろきょろ見回した。
「どないした」
「俺、すごい事聞いてもた。明日、黒が総攻撃かけるんやって」
「どこに」
堂土は静かに聞こうと心がけたが、内心焦っていた。吉本でなければいい、と願う。
よく知った相手と刃を交えるのは辛すぎる。しかし、増田の口から出たのは「NGK」の三文字だった。
「NGK…って、人通りも多いし、目立つやろ。…あ、結界でも張ってまえば見えへんか」
「あっこでな、11期が合同ライブやるから。客が入る前に――」
「待て待て待て、んな事したらライブ中止やん。吉本が大赤字や!それに、NGKのハコはどないなんねん」
「関係ないやろ。黒にとっては」
あまりにも的を射た答えに、堂土はぐらりときた。
しかも、まさかの11期。その中には当然ハリガネも入っているだろうし…犬猿の仲であるあの男も、
歯に衣着せないあのコンビもいるだろう。

(――俺ら、呼ばれてへんかったな)

堂土はほんの一瞬だけ、聞かなかった事にしようと思った。くるりときびすを返して歩いていく。
11期の奴らだけでどうにか対処できるだろうし、わざわざ自分達が出て行かずとも――。

『これでやっと、友達に戻れるな』

その時、かつて自分が放った言葉が頭に響く。
「友達……」
堂土はぴた、と足を止めて振り返った。
増田はまだそこにいて、堂土の出方を待っている。すでにボーダーラインは超えているかもしれない。
そもそも誠実な大上に、そして合理的かつストイックな松口に。合わす顔がないのは百も承知。これが
せめてもの償いになればと、偽善に近い感情を抱く。
「増田」
堂土は震える手で、ネクタイをキュッとしめ直す。
「助けに行こうや」
これが、ルート33の道を決定した。

■ ■ ■ ■ ■ ■

906名無しさん:2016/06/03(金) 16:15:58
なぜ、ルート33を幹部たちは放っておくのか。メンバーの大半が抱く疑問だ。
ひとえに増田の能力を恐れての事だろうと、堂土は思っている。大阪にいた頃から繰り返していた
妨害行為に、作戦塔の小林は最初のうちこそ警戒していたが、やがて監視をつけて飼い殺しにする事にした。
『監視者』はルートのそばにいる全ての黒メンバー。
時々、黒幹部の気まぐれで外れることもあるが、基本的にはつかず離れず。

「今回はお前らなんか?毎度毎度、ご苦労やなあ」
渋谷近くの高速道路を走る車の中、後部座席に座らされた二人に、運転手の修士は「はいな」とだけ答える。
送ったりますわ、という誘いに、怪しいものを感じなかったわけではない。ただ、信頼が勝っただけだ。
「どないしたん、増田」
「さっきから静かやねえ、増田」
「腹痛か?」
「ハライタか?」
上から修士、小堀の順番で交互に放たれる同義語の応酬。だがミラーに映る修士の目は笑ってない。
修士は声だけで笑いながら、器用にハンドルをさばいて続ける。

「せやけど、あんた方が悪いんでっせ。小林君はああ見えてゲロ甘やからな」
「うん、ラーメンズ白砂糖大盛りや。幹部があんなんでええんかなあ」
「はよ始末したってもええのにな、小堀さん」
「裏切り者を守ったってしゃあないのにな、修士さん」

そこで、二人はしばらく言葉を切る。車内に、ゴォ…という音だけが響いた。
「あんたらは痛い目見いひんと分からんみたいやから、今のうちに教えたりますわ。
 ……俺らがな!」
修士はハンドルからそっと手を離し、体を反転させた。そのまま後部座席の堂土に跳びかかって、喉を掴む。
どくんっ、と修士の手の下が脈打った。
「ぐッ……う、ご、お゛っ…!」
「堂土くん!?」
「おっ…と、手ェ出すな。お前の方は、せやな…髄液反転さすで」
聞きなれないが、確実に大事な部位を表す単語に、増田はう、と黙った。
「お゛!ぼッ…ごぉっ、ぐ…」
血液の逆流する感覚に、堂土は腕に指をかけて抵抗する。
意識がすうっと遠ざかりかけた堂土の耳に、増田の声が届いた。

「俺、対価なんか怖ないで」

瞬間、エンジンが火を吹いた。
「ッ、何や!?」
小堀は慌ててハンドルを回転させると、対向車に衝突しないよう、ジグザグになって走る。
増田の前に表示されたステータス画面が、暗い車内でぼんやりと光った。

「どんな対価がきよっても、絶対に堂土くんが、守ってくれるって…信じとるから!」

人工的に作り出されたエンジントラブルは、深夜だが車通りの多い高速道路を、爆走させた。
修士は慌てて手を離し、堂土を退けてシートベルトを装着する。

「小堀!パーキングエリアに入るんや!」
「あかん、ブレーキきかへん!!」
「なんやと!?」
車は法定速度ギリギリで走行し、ついには料金所の前で裏返った。
「うっ!」
小堀はハンドルにしたたか頭を打ちつけて、パーンとけたたましいクラクションを鳴らす。
車はガンッ、ガツンッと回転しながら料金所のバーを軽々と飛び越え、ついにはスリップした。
ギュルギュルと激しくドリフトしながら、高速を進んでいく。

「くそっ、ここまで追いつめて逃がせるか!」
割れた窓枠に足をかけて、一旦脱出しようとした堂土に、小堀が視線を向ける。
「ええコンビネーションや!せやけどッ…遅いで!」
堂土は背後に来たトラックを確認すると、全身の力を込めて窓枠を蹴り飛ばした。
ネクタイを射出して、トラックのサイドミラーに引っ掛けると、
コンテナの側面を足場にして、車を飛び越える。
並行して走っていた無人の回送バスに、ガンッと飛び乗った。

「な、なんだ!?なんなんだ!?」

バスの運転手がパニックに陥っている間にネクタイを伸ばし、再び跳ぶ。
「増田!つかまれ!」
破片を回避するために座席の下にもぐっていた増田は、笑いながらその手を掴んだ。
ぐいっとその体が車外に引っぱられると同時に、車はとうとう壁に激突して動きを止めた。

907名無しさん:2016/06/03(金) 16:16:47
「うう……」
どれくらい気絶していたのか。修士は、温かい感触に目を開ける。
パチパチと瞬きしてあたりの様子を観察すると、病院ではないようだ。黒が持つ基地のひとつか――?
「ッ、修士さん!」
椅子に座っていた小林が、立ち上がって駆け寄ってくる。
「ここ、は……」
「自分の名前は分かりますか?コンビ名は?…この指、何本に見えます?俺は誰ですか?」
いっぺんにまくしたてた小林に、起き上がった修士は「川谷修士、2丁拳銃。3本。お前は小林」
一つずつ答えると、彼はホッとしたように胸を撫で下ろす。そこで、先に目覚めていた小堀が
トイレから出てきた。修士に気づくと、「おう」と手を挙げる。

修士は申し訳なさそうに頬をかいて、「…すまん、大失敗や。火消し大変やったろ」
小林は答えない。浄水器から二人分の水を汲んで、何かの錠剤と黒の欠片を渡す。
2丁拳銃の二人は、迷わず錠剤の方を選んで飲み干した。

「無理はしないで下さいって、言いましたよね?」

怒気のこもった声に、二人はおそるおそる顔色を伺う。小林は何かをこらえるような表情で、
じっと二人を睨みつけていた。小堀が「すまん」と頭を下げると、渋々表情をゆるめる。
「増田のやつ、神様にでもなるつもりなんか」
小堀はコップの中で波打つ水を眺めて、ぽつりと言った。
「せやけど所詮人間やから、俺らの願いは叶えてくれへんのかな」

□ □ □ □ □ □

「……分かった」
増田がそう云うと、井戸田は「じゃあ」と期待のこもった目になった。
「ただ、今のうちに言うておく。俺の能力は"ハイリスク.ハイリターン"や。あちこち引っぱりだすのは
 かまへんけど、対価の支払いには協力してもらうで」
「はい。それはもちろん全面的に」
平井のポケットから発せられていた、ぼんやりした光が消えた。増田を拘束していたツル草が
パラッと解けて、地面に落ちる。増田は手首のブレスレットを右から左へ付け替えて、堂土の隣に並んだ。
「今までありがとな、堂土くん」
「……守るのは当たり前や、コンビやからな」
堂土は少し照れて、頬をかいた。
帰ろうとする二人に、「タクシー呼びますか?」と井戸田が声をかける。

――その時、人工的な重低音が響いた。

同時に、ルートの二人の両脇を、何か熱いものがちりっとかすめる。
まっすぐに井戸田を狙ったそれに、前へ出た平井がパンッと両手を打ち合わせた。まだ壊れたまま、
ごぼごぼと溢れ出ている水が、ふわっと空中に浮かび上がった。
「こいつの湿度をッ、再利用…やっ!」
放たれた衝撃波は、堅牢な樹木の壁に阻まれて霧散した。
ギュイイーー…ンと長く尾を引いた音。道路に立つベーシストは、その結果に「あーあ」と笑顔のまま残念がる。

「どうする、あっちは俺が担当かな?」
ベーシスト――はなわが聞くと、隣で包帯を解く吉田は「できれば」と頷く。
「俺は便利に酷使されてるんで。たまには甘えてもいいですかね」
「オッケイ。じゃ、俺はなんとかあの壁を突き崩すから」
はなわは肩のベルトの位置を直すと、抜けかかっていた人差し指のリングをギュッと押しこむ。
「ハーッ、ハアッ…ハアッ」
が、頼みの綱の平井は肩で息をしている。万事休すか、と目をつぶった柳原の耳元で、声がした。

「親切な魔法使いが、来たったで」

目を開くと同時に、柳原の視界がパアッと輝く。まばゆいばかりの光が止むと、
体の内側から胎動する不思議な違和感に、柳原は目を瞬かせた。
「よそ見してる余裕なんて、あんのかなッ!」
はなわは再び、指先で弦をピンッと弾く。稲妻のように空間を走り抜け、遅い来る音の波動。
柳原はとっさに両手を広げて、「やめろーっっ!!」と限界声域の叫びを上げた。

――守らな、あかん。カンタに、人にばっか闘わせて、自分は後ろなんて、そんなん、あかん。

柳原は唇を噛み締めて、はなわを睨みつける。

――俺はっ…皆を、守りたい!!

908名無しさん:2016/06/03(金) 16:20:00
瞬間、柳原のホワイトオパールが青い光を放つ。
「なっ、なんやこれ!?」
いつもとは違う色の光に、柳原が戸惑う間もなく、光は線となって、空中を縦横無尽に駆け巡る。
アメザリの二人を守るように生まれた光の壁は、はなわの衝撃波をバチンッと弾き返した。
「お前……まさか、隠し能力が出たんか?」
「ちゃう、これ俺の能力ちゃうわ!俺の石に、誰かの波動が混ざっとる…」
ざりっ、と砂を踏みしめる音に、二人はバッと振り返る。
そこには、かっこつけた仕草でサングラスを外す松口と、「堂土ー!まだ生きとるかー!」と手を振る大上がいた。
「ハリガネさん!?なんでここにっ…あぶなっ!」
井戸田の頭すれすれにまで迫っていた衝撃波に、柳原は慌てて小さな壁を出して止める。

「俺の石は、ハイリスクな割に弱いけど。一回の発動で一人だけ、能力をコンバート出来るんや。
 俺が"敵"と認識した相手に対して、相性のええ能力にな」

松口はポケットからエンジェルシリカを取り出して、ぽーんと放っては、キャッチする。
説明の間も、はなわは上下左右から音を走らせ、三人に攻撃を仕掛けた。
そのたびに柳原は「うわっ!」だの「ギャー!」だの叫びながら、壁を作って反射していく。

「その"盾"はお前自身のイメージや。皆を守りたいいう心が、そいつを出しとんねん。
 ああ、安心せえ。この闘いが終わったら、能力は元に戻るから」
説明し終えると、松口はすうっと目を細めてはなわを見すえる。
「……さて、5対2や。どないする?」
松口の問いに、吉田は「関係、ありません」と手のひらを向ける。傷口から溢れる血液が徐々に
集まって、弾丸を形作った。

「大上!」
「分かっとるわッ……」

大上は指輪に加工した石を取り出して、親指にはめる。クラック水晶が淡い光を放つと、
雲の隙間からジャラッと音を響かせて、鉄の鎖が降りて来た。鎖の先についている赤い輪は、
戸惑う吉田の首にガチッとはまる。
「ぐっ……」
隙間に指を押しこんで外そうとするが、しっかりとはまっていて、取れそうにない。
しっかりと狙いを定めて、撃とうとする吉田に、大上は「あかんで」と制止する。
だが、既に遅く。血の弾丸はすでに放たれていた。
「せやから、あかん言うたのに」
大上がため息をつくと同時に、弾丸は軌道をくるりと反転させ、吉田へ向かう。

「!?…ッ、がはっ…」

みぞおちにめり込んだ血の弾丸に、吉田は体をくの字に曲げる。呼吸を整える間もなく、
今度は衝撃波が吉田の足をさらって、彼を地面に叩き付けた。
「はなわ、さ…なんでっ…」
「お、俺は何も…」
はなわは戸惑っている。無理もない。井戸田を狙ったはずの衝撃波は、なぜか
味方であるはずの吉田を射抜いた。どう考えてもこれは、大上の能力だ。

「動かん方がええよ。吉田を死なせたないんやったら」
大上の手首にも、吉田と同じく赤い輪がはまっている。二つの輪は鎖で繋がれ、大上が
手を動かすたびにじゃらり、と耳障りな音をたてた。そこで吉田はようやく、この能力の意味を知る。
「まさか」
目をこらして、赤い首輪を見る。そこには、『囮』の一文字が浮かび上がっていた。
「ユウキ、俺から離れたあかんで。範囲指定はでけへんけど、俺のそばやったら多少は安全やからな」
「はいはい」
松口はダレた返事をしながらも、ぴたっとそばにくっついた。

909名無しさん:2016/06/03(金) 16:22:12
あ、またトリつけ忘れた…しかも小さな間違いが…

910名無しさん:2016/06/05(日) 23:23:27
続き来てた!

911鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:11:32
「分かりました、今は一旦引きましょう」
吉田が頷くと、大上はどないする?と隣の松口に判断をあおぐ。松口は「離したりや」と顔をしかめた。
「お前の能力、意外と凶悪やもん。お前は浪費家やから、絶対運勢関連の能力やと思うてたのに、
 何でそんなエグい能力授かったんや、前世でなんかバチ当たることしたんか」
「そ、そないに言うことないやろ!?俺かて、この能力使うたびに心がこう、チクチクと」
「あの……」
そのまま行けばケンカに発展しそうな勢いだった二人に、吉田がまた弱々しい声で呼びかける。
大上はそこでハッと気づいて、「すまん、今解除したるわ」と輪のはまった手首を持ち上げた。

――パチンッ。

大上が指を鳴らすと、吉田の首にはまった赤い輪と、手首の輪を繋ぐ鎖が、一瞬にして消え去る。
軽くなった首をおさえて、吉田はゴホゴホと咳きこんだ。大上は空にかざしていた手を下ろして、「なあ」と聞く。

「俺らの方にも、ちょっかいは出さんといて欲しいねんけど」
「……それは無理です」
「松口を傷つけたないねん。こいつはリスクが高い割に下位互換みたいな能力や。
 ……いくら治せたって、痛みの記憶は消えへん」
その言葉に、松口は驚いたように「大上」と名前を呼ぶ。
「俺はな、松口を傷つける奴には容赦せんで。それを回避するためやったら、例えこの体が崩壊してでも、
 お前ら全員囮にして――ぶっ潰す」

最後の言葉は、普段の彼からは出てこない、冷たい響きを持っていた。
本気で退けようとしていると分かって、敵二人は思わず後ずさる。
(……これも、同じだってのか?)
後ろで見ていた井戸田は、そんな彼らをよそに自分の先輩を思い出した。

――そうだよ、俺は石井さんが一番大事だ。自分のエゴに『みんなのため』って
  言い訳をくっつけてるだけ、分かってるよそんなの。

――それの何が悪いの?結果的にいい方向に進めば、皆手のひら返すに決まってるよ。
  お前らの理想だって俺とおんなじ、綺麗事じゃん。式が違ったって回答が同じなら
  正解になんだろ?俺のやり方が気に食わないってんなら、その綺麗事で勝ってみせろよ。

「くそっ」
何かがずれた言葉を思い出して、井戸田は不快感を払うように、頭をブンブンと横に振る。
「は、はは……なんだ、誰だって似たような人を、相方に選ぶもんなんですね」
はなわはベースの弦から指を離して、吉田に「行こうか」とうながす。
「では、また」
吉田はくるりときびすを返した。
「……せいぜい、頑張ってくださいね」
顔だけ振り返って、一瞬増田と目を合わせる。しかし、それ以上何を言うでもなく、
彼らはそのまま立ち去った。

912鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:12:07
「そうか。結局"ラケシス"は白ユニットに奪られる運命だったか」
「あ、それ増田のコードネームだったのか。毎回、"誰のこと言ってんだろう"って不思議だったよ」
設楽は「最初に教えましたよ」土田は「初耳だ」と肩をすくめる。
「ちなみに、堂土は?……もしかして"アイギス"か」
「正解。そろそろ凝ったのも考えたくなった所だったんです。
 いいでしょ?統一感あるし」
パチパチと拍手する設楽に、土田はハア…と深いため息をつく。

「――で、そろそろ本題に戻りたいんだが。ルート33は白ユニットに?」
「まあ、そういうことですね」
「戦力図が大きく変わるぞ。……まあ、シナリオをカンニングされる心配はなくなったが。
 白のバックアップを得るとなれば、増田の動きはさらに加速するかも知れないな」
土田は髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、「シナリオは、どうなってる」と聞く。
しばらく顎に指をかけて考えていた設楽は、テーブルの上に置かれたままのノートに目を落とす。
時間から考えて、小林はもう眠っているはず。設楽はノートを手にとって、一番新しいページを開いた。

_________________________________________

黒ユニットの基地(深夜)
設楽、考え事をしている。そこに土田がやってきて、ルート33の裏切りについて会話する。

設楽「そうか。結局"ラケシス"は白ユニットに奪られる運命だったか」(前髪をかきあげる)

土田「あ、それ増田のコードネームだったのか。
   毎回、"誰のこと言ってんだろう"って不思議だったよ」(ソファに深く腰かけて、時計を見る)

_________________________________________

その先……ペンの痕があるのに、真っ白なページを見て、設楽はふっと笑った。
「――まあ、シナリオどおりには行かないのが、コントってもんでしょ」
土田もそのページを見て、「ほう」と驚いてみせる。

「さて。ルートに与えられた役は、脚本を失って宙ぶらりんだ。
 ……舞台の上で、二人はどうするのかな。台詞も、照明も、音響も、全てが狂った中で」
「それでも、体は残っている。それ一つで表現することはできるだろ?」
設楽はその言葉に、ハッと顔を上げた。
「……油断するなよ。あいつらの出番はまだ終わっていない」
土田は肩をすくめて、「じゃあ、俺はそろそろ行くぞ」と立ち上がる。
壁に手をつけると、指のすきまからパアッと放射光が漏れて、ゲートが生まれた。
土田の体が中に入ると、ゲートはギュル…と渦を巻いて、小さな点となり、消える。

「いうなれば、幕間か!……仕方ないな、今は静観した方がよさそうだ」
見送った設楽はノートを放り投げて、ソファに深く背中を預けた。

913鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:12:37
「堂土!」
駆け寄ってきた大上に、堂土はさっと目をそらす。
「おい、逃げんな」
松口はその頭をガッとつかむと、無理矢理前に向かせて視線を合わせた。
平井を盾にそっと隠れた増田の襟首をつかんで「お前も!」と引っぱりだす。
「えーと、その……相談もせんと、ごめんな」
堂土が頭を下げると、大上は「ええって、そんなん」と手を振る。
――が、松口の方は顔をしかめて腕を組んだ。

「なんで俺らに一言なかったんや」
「そ、それは……迷惑かな、と思いました。ハリガネはユニットに所属したないって
 聞いとったんで、巻きこみたないと」
「それだけか?」
「……ごめんなさい、ほんまは、たむらと一緒にやるのは無理やなと思ってました」
全身から放たれる怒りのオーラに、堂土は俯き敬語で答える。
「あの、それくらいに……」
「黙っとけ!今は11期で話しとんねん!!」

勢いのまま怒鳴られて、止めようとした柳原は「す、すいません」と引っこむ。
松口の怒りのボルテージは、ネタ合わせの時と同レベルまでヒートアップして行く。

「お前らアホか?先回りして黒の計画潰すとか、イタチごっこやんか。んなもん
 白に任せとけばええやろ、何キツい対価の癖に能力乱発しとんねん、増田!お前に言うとんのやぞ!!」
「はい……すいません」
増田もしょんぼりと頭を下げた。
「お前ら、もっと自分の命大事にせえや!お前らになんかあったら、好きやって
 言うてくれとる人たちはどないなんねん、ファン泣かせたいんか、あ!?
 同期があかんいうても俺らがおるやろ、大上なら絶対聞いてくれるやろが。
 何で俺らの事信じてくれんかったんや、このっ……」

松口は怒鳴りながら近づいて、殴られるかと覚悟している二人の肩をつかんだ。
ガッと抱き寄せて、「アホどもが」と弱々しい声で。
「……よう、頑張ったな」
大上も、ぽんぽんと二人の頭を叩く。
そんな四人を見て、白ユニットの面々は顔を見合わせる。
「一件落着、やな」
平井の言葉を合図に、誰からともなくふっと笑いあった。

【終】

914鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:13:27
一旦おしまい。
見直すと色々粗があってガタガタですが、また何か思いついたら
ちょっと落とすかもしれません。お付き合いいただきありがとうございました。

915 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:43:30
ジュニアVS修二の決闘話、ちょっと出来たので投下してみます



千原ジュニアこと千原浩史が、千原靖史から黒ユニットに誘われてからおよそ2週間。
相変わらず石による戦いはあちこちで起こっていた。


浩史はと言うと、何故か黒ユニットの襲撃が止んでいた。
何も起こらないのは良いが、何故か気味が悪い。
この先、もっと大きなことが起こるのではないか…。
劇場の楽屋でそう考えていたその時。


「ジュニアさん」
背後から誰かに声をかけられた。
そこに居たのは、2丁拳銃の二人だった。
「話があるんですけど…」と小堀。
「『石貸せ』言う話ならお断りやで」
「いや、そうやないんですよ」
「ここじゃちょっとアレなんで…」
と二人は言い、浩史を人の少ない場所へと連れて行った。


「で、話って何やねん」
浩史がそう聞くと、修二はこう尋ねた。
「単刀直入に言いますね。……黒に入りませんか?」


「は…!?お前ら、黒やったんか…」
「そうです。…って、靖史さんから聞いてませんか?」
「いや…あいつ、吉本にも黒が多いとは言うてたけど、誰が黒ユニットかは教えんかったわ」
「あ、そうなんすか…。で、返事は…」
「絶対に断る」
「そう言うと思いました…」

916 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:45:54
すると修二はこう切り出した。
「提案なんすけど…俺と決闘しませんか?」
「……は?決闘?」
浩史は意味が理解できず聞き返した。
「ジュニアさんが勝てば、一旦手を引いて、また別の方法を考えます。
もし負けたら…その時は黒に入って貰います」
「…小堀は?」
「俺は判定人です」


「……」
浩史は考えた。明らかに怪しい。
そして二人に、黒にしては律儀過ぎないか、そうやって唆して二人がかりで襲撃するのではないか、
黒は奇襲とかが得意なのではないか…と疑問をぶつけた。
すると修二はこう答えた。
「『ジュニアさんは強いし頭も良いから丁重に扱え』って。『プロデューサー』からの指示です」
『プロデューサー』は黒の幹部のある人物の隠語…という話も靖史から聞いていたが、今はどうでもいいと思った。
「大丈夫ですよ。ズルはしないです」と小堀。
「ホンマは俺も戦いたいんすけど…俺の石の力はジュニアさんにはエグ過ぎるから使うな、って言われてますし」
小堀の石の力についてもどうでも良かった。


浩史には、二人が嘘をついているようには思えなかった。
「…分かった。決闘、応じるわ」
「ホンマですか!ありがとうございます!俺も本気出すんで、ジュニアさんも本気で来て下さいね」
「修二、ちょっとテンション上がりすぎやって…」
「いっぺん決闘とかやってみたかってん」
そして小堀と修二は決闘の日時と場所を指定した。二日後、劇場近くの公園で。
「では」と二人はその場を去って行った。


あまり黒らしくないな…と浩史は若干呆れた。
そして、彼らのような人物が何故黒なのだろう…とも考えた。



一旦ここまでです。ニチョケンのキャラが分からないですね…
「こんなキャラじゃない!」と思った方、申し訳ありません…

917 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:57:34
すみません、修士の字が間違ってました…本当にごめんなさいorz

918 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 19:20:14
続きです


そして二日後。公園で浩史と修士が対峙していた。


「えー、そんじゃ、今から決闘を始めます。
勝敗は、どっちかが能力使えなくなるまで。俺が3つ数えたらスタートです」
小堀がそう宣言した。


「1、2…」
その間に浩史は意識を集中させ始めた。
浩史の能力は「カウンター」。相手から攻撃されたときに真価を発揮する。
「3!」
修士はというと、地面にあった大きめの石を拾い、浩史に投げつけた。
(?能力使わないんか…?)
不思議に思いながら浩史はそれを見切り、修士の背後に回った。
そしてその勢いで修士を蹴ろうとした次の瞬間。
修士がくるりと振り返り、両手で浩史の足を掴んだ。
「うぉあああっ!?」
そして、浩史の足に激痛が走り、その場に崩れ落ちた。
「…くっそ、何やねん…。相手を痺れさす能力か…?」
「ちゃいますね。答えは『液体の流れを変える』能力です。今のは血の流れをちょっと。
あと、ジュニアさんの能力のことなら、靖史さんから聞いて大体分かってますんで」
「…そうかい」


「何や、もう勝負付きそうですねー」小堀が呑気そうな声を出した。
「…まだや!」そして浩史は再び石を使うために意識を集中させた。
「無駄なことを…」と修士は高をくくり、無防備になっている浩史に手を伸ばした。
しかし、そこに浩史の姿は無かった。
すぐさま修士は振り返ったが、後ろにも浩史の姿は無い。
「何処や!?」
浩史は、修士の周囲をかなりの速さでグルグルと回っていた。そして、
「うりゃっ!!」
そのままの勢いで修士の腕を掴み、地面に叩き付けた。


「痛ったあー…」
修士はすぐさま、黒真珠の付いた手で浩史に触れようとしたが、それより先に浩史が黒真珠を奪い取った。
浩史の石の力で、反射神経が数倍になっているために出来た芸当だった。
「あ!何するんですか!」
そしてそれを「ちょっと預かっとけ」と、小堀の方へ放り投げた。
小堀は条件反射で黒真珠をキャッチした。
「ちょっと、早よ返してや!」と、修士が小堀に詰め寄った。
「ここまでやな。小堀…判定」
「え?あ、はい…ジュニアさんの勝ちです…」

919 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 19:21:25
「あーあ…負けちゃいました。けど、結構楽しかったです」と修士。
「…それはどうも」
「ところで、何で黒に入りたないんですか?
ジュニアさんぐらいなら、黒の結構ええポジションに付けそうですけど…」小堀が尋ねる。
「黒だけやない。白にも入りたないわ。
芸人なんて、お客さんやファンを笑わせてなんぼやろ。こんな風に戦ってる場合ちゃうねん」
「……」
小堀と修士は、俯いてしまった。


「じゃあ俺らは行きますね。もうこの事も黒の耳に入ってると思います」
「……黒を抜ける気は無いんか?」浩史が遠慮がちに尋ねた。
「正直難しいですね…。黒の規模もデカいですし」
「そうか…」
そして二人は「報告に行ってきます」と言い残し、その場を去った。


一人残された浩史は、その場で大の字になって寝転がり、
「あーー!!しんどいわーー!!!」と大声で叫んだ。
しんどい。能力を使ったことの疲れも、黒ユニットも、白ユニットも、石を巡っての闘いも。



この話はここで終了です。バトルシーンって難しい…
勢いのままに書いちゃいましたが、大丈夫ですかね…

920名無しさん:2017/02/02(木) 13:59:26
大丈夫ですよ

921名無しさん:2017/02/05(日) 19:31:12
投下お疲れさまでした。
バトルシーンよかったです。読んでて情景が浮かんできました。
黒からの働きかけを振り払うのは大変だけどジュニアにはまだまだ頑張ってほしい。

922鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:00:57
当時投下できなかったロザン、プラン9編をベースにした話のアバン。
ので、設定にやや矛盾があり。黒い石と欠片は別物設定で。

_________________


ガムテープを厳重に貼った上に、鎖を何重にも巻きつけた。
それでもまだ安心できへん。南京錠をもう一つ追加して、俺はやっとその場にへたりこんだ。


「ハアッ…はーっ、はあっ、ハア……」


『あいつ』を閉じこめた扉が、ガタガタ揺れた。
鎖もガムテープもきしむけど、なんとか持ちこたえとる。
あの病気のバーゲンセールみたいな体の、どこにそんな力があったんや。
見てみ?お前がえらい暴れたせいで、俺の両手ズッタズタやで。あー、痛い。


「すまん、苦しいやろ。せやけど、これしかないんや」

「お前を死なせんために。お前を化け物にせんために」


せめてお前が元に戻るまで、俺もこっから動かへんからな。
扉に手をついて、呼びかける。


「後藤……」



【宿命の糸はつかのまの夢に繋がれて(前編)】


むせ返るような熱気と話し声が、楽屋の中を満たす。

空調が壊れているらしく、数分前に出て行った若手の吸っていたセブンスターの匂いが、
まだ部屋のあちこちにまとわりついている。

「……」

本番前の緊張から、おしゃべりに興じる芸人たちに背を向けて、
後藤はメールを打っていた。

「せやな、たしかに菅の言うとおり……あっ」

相方と話していた宇治原が、立ち上がった拍子によろめく。
どんっ、と宇治原の肘で後藤の背中が押された。

瞬間、後藤の瞳からふっと光が消える。

「すいません、立ちくらみしてもうて……」

宇治原が頭を下げる向こうで、後藤の瞳にまたすうっと光が戻った。

「みなさん、スタンバイお願いしまーす」

そこでタイミングよく、スタッフが呼びに来る。
「よっしゃ」「いっちょやったりますか!」と気合を入れる芸人たち。
そんな中、後藤は呆然と自分の手のひらを見ていた。

「……後藤さん?」

気づかわしげなスタッフの声。後藤はハッと気がついたように、立ち上がった。

__________

923鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:01:32


雨降って地固まるというか。
浅越の事件があってから、プラン9の絆はさらに深まった。

(今のところは、何の心配もないな)

久馬はそれに、心の底から嬉しくなった。

「これアドリブで入れたいですね」と変なポーズを見せあっているギブソンと灘儀。
椅子を使ってストレッチしながら、器用に滑舌練習もしている浅越。
部屋の中をうろうろして考え事をしている鈴木。

元気に動く仲間たちを見ていると、本当にホッとする。

(この日々がずっと続いてくれたらなあ……ジジイになるまでプラン9とか、
 そんなゼータクは言わんけど、せめて)

ピリリリリ!

久馬の思考を、耳障りな着信音がさえぎった。

「なんや、人がせっかくいい気分で……はい、もしもし。久馬ですけど」

不機嫌を隠しもせず電話に出た久馬は、
用件を聞くとガタンッと勢いよく立ち上がった。

「久馬さん……?」

自分がふざけていたのを怒られたと思ったギブソンが、小さな声で呼ぶ。
異様な雰囲気に、メンバー全員の動きが止まる。

「……ちょっと、出てくるわ」
「おい、久馬!?今から打ち合わせ「あと全部頼みます!」……んな、むちゃくちゃな」

司会役を押しつけられた灘儀は「しゃあないな」と肩をすくめた。

「……鈴木?」
「あ…すいません、やりましょう」

久馬が出て行った後を見ていた鈴木も、打ち合わせのテーブルにつく。

「……まさかな」
「もう、何もないはずですよ」

浅越と鈴木は小さな声を交し合って、胸騒ぎを打ち消した。

___________

924鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:02:02

「俺は何もしてないって、言うとるやないですか!」

ドアノブに手をかけると、後藤が必死に弁解する声が聞こえた。
部屋の中に入る。後藤のマネージャーが近づいてきて「すいません」と頭を下げる。


「あの人ら、吉本の偉いさんか?」
「はい……もう後藤さんをクビにする気満々で……久馬さん、元相方のよしみで
 力をお貸しいただけないでしょうか」
「それはええけど…あいつ何しでかしたんや」

ひそひそと話し合う俺たちの向こうで、お偉いさんはため息をつく。

「せやけどな、スタッフもその場にいた芸人もみんな、後藤くんが電気のコードつかんでるの
 見た言うとんのやで」
「俺は電気いじったりなんかしてません!」
「劇場が半壊したんやで、直すのに何百万かかる思てんねん。警察行かんだけでも感謝してほしいもんやわ」


口調こそ優しいが、上役からは静かな怒りが見える。


「俺はッ…俺は、ほんまに何も知りません……気がついたら、電気のコードに、なんか、
 火花みたいのが……信じてください!」


それを聞いた久馬の目が、驚きに見開かれる。

「俺は何もしてません!もし、俺がやったとしても……絶対わざとやないです!」
「後藤!」

マネージャーを押しのけて後藤の手をつかんだ久馬は、「すいません」と上役に頭を下げた。


「この話は後日改めてお願いします……帰るで」
「えっ?ちょ、ちょっと!」

ずるずると引きずられていく後藤を、マネージャーと上役はあっけにとられた顔で見送った。

_____________


外に出たところで、後藤は「離せや!」と手を振り払った。

「だっ…だいたい、なんでお前来てん!仕事あるやろ!」
「……後藤」

いつもとは違う、久馬の静かな声。後藤は思わず口をつぐんでその目を見つめ返した。

「気がついたら火花が出とったいうのは、ほんまか」
「ほっ、ほんまや!……まさか、お前まで」
「安心せえ。俺は絶対に、お前を疑ったりはせん」

久馬は後藤の肩をつかんで、首を横に振る。

「今回が初めてか。それとも今日みたいなことは、前にもあったんか?」
「前にも……って」

どう答えればいいのか分からず、後藤は混乱している。
久馬は「らちが明かん」と髪をかきむしると、後藤のまぶたに手をそえて「ちょっと見せろ」と上げた。

「っ、離せっ、アホ!」

どんっと体を押されて、久馬は苦しげな息を漏らす。

「お前にっ…、面倒かけるようなことにはせえへん」
「後藤ッ……!」
「お前はお前のことだけ気にしてればええんや!」

そんな捨て台詞を吐いて、後藤は走って行ってしまった。
置いて行かれた久馬はベンチにもたれかかると、そのまま座りこんだ。

「くそっ!」

いつもかぶっている帽子を取って、裏に貼りつけてあるものをペリッとはがす。
黒い石は、まだかすかに光を放っていた。

「まだや……まだ間に合う……俺は絶対に、お前を」

再び顔を上げた久馬の瞳には、強い意志が宿っていた。

925鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:53:12
顔文字スレのネタをちょっとお借りして入れてみました

___________


照明を落とした部屋。パソコンの青い光だけが、そこにいる男たちの顔を照らし出す。
画面の前に座った男は、首やこめかみにつけたパッドにコードを接続すると、すうっと息を吸いこんだ。

「……」

藤井の指輪にはまったゴーシェナイトが、青白い光を放つ。
彼の『予報』は、白ユニットの作戦には欠かせない。今回その力を借りるのはキングコングの二人。
「ロザンの動きが怪しいから、大阪の予報がほしい」と頼まれた。

「二丁拳銃…心斎橋…明日、午後15時……」
「新しい要素は?」

パソコンのキーボードを叩きながら、渡部が聞く。
藤井は焦点の合わない瞳でぼんやりと天井を見つめたまま、首を横に振った。

画面に映し出されているのは、大阪の地図だ。そこに、藤井が観測した明日の情報が打ちこまれる。

「予報する時の藤井くんって、ほんまに何か受信しとるみたいやな」

対価のために待っている岩見は、時計を見て「そろそろやね」とつぶやく。

――バチンッ!

ゴーシェナイトから光が消える。同時に、藤井の体が椅子の上でのけぞった。

「かはっ…!ぐ、うっ……あ…」

目をおさえた藤井が、よろよろと立ち上がる。

「今回は目なん?」
「あ、岩見…そこに、おるんか……頼む、手ェ貸してくれっ……!」
「うん。僕、そのために来とるからね」

自分よりずっと大柄な藤井の腕をとって、岩見が一生懸命支える。
プライベートは全く交わらない二人だが、この『予報』の間は、いつも岩見がそばにいた。

見送りに出た上田に、藤井は見えない目で振り返る。

「……明日また予報します。新しい能力者が生まれるらしいんで」
「平気か?無理すんな」
「明日はたぶん、見えるようになってますから」

力なく笑った藤井に、上田は何か言いかけた口をつぐむ。
対価は人それぞれで、「記憶から忘れられる」などの能力に比べて重すぎる者もいれば、
「面白いギャグを言ってしまう」など誰が得をするのか分からないものもある。

藤井の対価はその中でもかなり重い。何せ、ちょっと石の光を飛ばしただけで
五感のうちの一つがランダムで失われる。支払いのタイミングによっては仕事にも響く。
こうして力を借りるのも、上田は申し訳ないような気分だった。

「……これじゃスマイリーを使い潰した黒と変わんねーじゃねえか、クソが」

苦々しげに呟いた上田は、また中へ戻った。

_________

926鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:53:46

その二日後。
大阪のとある楽屋で、黒から渡された資料を読む芸人が、二人。

「後藤秀樹。元シェイクダウン。能力のスペクトラムは不可視。座標は――」

「なんや、ただのお笑い芸人っちゅーことやないか。お偉いさんが出てくるほどの
 話やないって。黒はなんでこの人が気になっとるんやろ」

読み上げる小堀の横で、修士は「それより聞いてくれや、俺の石の新たな活用法」と笑っている。

「どうせ下らん使い方やろ」
「いやいや、昨日家族で流しそうめんやってん。俺が逆流させたったら
 子供ら大喜びや!お父さん超能力者ー!言うてなあ。
 ほんで、嫁さんカミナリ……はあ……」

ずーん、と落ちこんだ修士に、小堀は「アホか」とあきれている。

「ま、わざわざ指示が来たんや。軽く探ってみんとな」
「ほんなら、さっそく後藤さんとこ行ってみるか。そうめんはやっぱり逆流のしがいがないわ」

立ち上がった二人は、後藤のいる劇場を目指して歩き出した。


◆◆◆◆◆


――俺は絶対に、お前を疑ったりせえへん。

楽屋の照明を落として、後藤は静かに考えていた。

あれから何日か経ったが、幸いにしてまだクビにはなっていない。
時々記憶がなくなることはあったが、持っていた台本が黒焦げになっていたり、テーブルが半壊しているくらいで、
マネージャーがこっそり処理してくれていた。

(……あれは、ほんまに俺がやっとるんか?)

こめかみをおさえて考える。
アホキャラで通っている後藤でも、常識は一応持っていると自負している。

(俺の中に、俺が知らん俺がおって……そいつが、やっとるんかな。
 それとも覚えてへんだけで、俺はほんまに)

「後藤さん」

気がつくと、宇治原の顔が目の前にあった。
いつの間に入ってきたのか、「平気ですか?」と目を合わせている。

「へ、平気や……ちょっと熱あっけど」
「後藤さん弱いんですから、ちょっと休んでた方がええんやないですか?」
「平気や言うとるやろ!」

宇治原は一瞬だけ、あっけにとられたような顔になった。
あせりも手伝ってつい怒鳴ってしまった。宇治原は何も悪くないのに。
それは久馬に対する焦りか、それとも自分自身に対する嫌悪感か、後藤にもわからない。

「あ……すまん」

目を伏せた後藤の顔を覗きこんだ宇治原は、「あの」とまた遠慮がちな声で聞いてくる。

「後藤さんって、右と左で目の色違いません?」
「なんや、いきなり」
「ずっと思ってたんです。後藤さん、右の瞳は黒いけど、左の方は茶色いやないですか。
 よーく近づいて、目ェこらしてみんと分からんくらいの違いですけど」

自分の落ちくぼんだ目を指さして言う宇治原。

「シェイクダウンのころも見とったけど、あん時は両方とも茶色かった気がするんですわ」
「……」
「あ、すいません。変なこと聞いてもうて。ずっと気になってて、菅が」

付け加えられた名前。おそらく気になっていたのは宇治原もだろうが。

「……この目な、朝起きたらいきなりこうなったんや」
「生まれつきやないんですか」
「シェイクダウン結成して、2、3年くらいやったかな。久馬に見せたら、"それは後藤の中の
 悪いもんを閉じこめてくれとるんや"って、変なこと言うとった」
「……」
「でもな。これ、ほんまにそうかもしれんかったって思うんや。昔は、太陽が当たるとちょっと
 光ったりしとったんやけどな、この右目」

「最近は、全然光ったりせえへんのや」

それを聞いた瞬間、宇治原の目がわずかに開かれる。

927鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:54:25

コンコン…

小さなノックに、後藤はハッと気がついて立ち上がる。
開いた先にいたのは。

「後藤さん、血液と胃液、逆流するんやったらどっちがええですか?」

理解できない。なぜこの二人がいる。いや、彼らの所属するユニットは黒だ。それは知っている。
彼らが、自分を名指しで呼んでいる。その意味は。

「抵抗するんやったら容赦はしませんから、そのつもりで」
小堀は可愛い後輩の笑顔を貼りつけて、後藤の手首をつかむ。

「や、やめろ……!!」

瞬間。

後藤の右目にちりっと青い電流が走った。手首をつかむ小堀の手に、雷が落ちる。


◆◆◆◆◆

「――っ、!!」

コードに繋がれた藤井の体が、びくっと震えた。
「藤井くん!?」
あわてて体をおさえる岩見に、画面から目を離して驚いている上田に、藤井は荒い呼吸を
整える暇もなく告げる。

「……大阪で、新しい座標が出た」
「え?」
まだ理解していない岩見に、藤井はとうとう怒鳴る。

「新しい能力者が生まれたんや!!!」


◆◆◆◆◆

「は、ははっ……なんや、これ……」

何度も雷を受けて、倒れた小堀と川谷。床に空いた大穴。もはや笑うしかない状況だ。
座りこんだ宇治原は、後藤が逃げて行った扉の向こうに人が集まるのを見てまた笑いだした。

「ああ、そういうことやったんか……久馬さん、あんたも罪な人やなあ……」

はははは、と乾いた笑い声が、滅茶苦茶になった室内に反響した。

928名無しさん:2017/05/20(土) 10:27:31
新作乙です!
そして流しそうめんのネタ書いた者です。
入れて頂きありがとうございます。吹きましたw

929鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:31:06
>>287
ありがとうございます!
流しそうめんは初見で吹いたのでお気にのネタでした。


頭の中、いやな笑い声が響いている。ふらふらと歩く後藤の肩に、向かいから
歩いてきたガラの悪そうな男がドンッとぶつかって「いってえな」と睨みつけた。

「……」

光のない瞳で、後藤はまた歩き出す。その肩を、男は「おい!」とつかんだ。

瞬間。

「え?…あ、あっ……うわ、あああっ!!」

ぐりんっ、と男の視界が反転した。180cmごえの巨体がバキィッと歩道に叩きつけられ、
アスファルトが割れて砕け散る。後藤のつかんでいる手首が、ミシミシと嫌な音をたててきしんだ。

「きゃあああ!!」
「警察っ…だれか、警察呼べ!!」

ざわめく通行人。その中を歩いて行く後藤の周りに、またチリッと青い電流が走った。


【宿命の糸はつかの間の夢に繋がれて(後編)】



青白い画面に、次々に座標が映し出される。藤井はその中で、不規則な点滅を繰り返す座標に
マウスポインタを合わせて「これです」と見せた。

「"スペクトラム"か……まさか、またお目にかかるとはな」

髪をかきむしって、上田が苦々しげにつぶやく。

「完全に石を制御できない、能力者のなりそこない……それをスペクトラムと呼んだ。
 奴らは厄介なことに、石を持たねえ普通の芸人との境界線のあたりを、
 ふらふらと行き来する。つまり、歩く災厄ってわけだ」

ラバーガールの飛永が、「歩く災厄……?」と上田の言葉を繰り返す。

「スペクトラムは、"代償"がない。奴らは自分の意思に関係なく、無制限に石の能力を引き出し、
 周囲にまき散らす。ひとしきり破壊し尽した後は……たいていは」

上田は一瞬言葉を切った。

その先はとても残酷な結末だ。

――石に自我を食われた、ドールになる。

若い飛永に聞かせたくはない。

「……知らねえな」

そっぽを向いた上田に、飛永はそれ以上聞かなかった。


◆◆◆◆◆

「やっと見つけた……」

菅の視線の先で、後藤が歩いていた。
すぐ横を走り抜けるトラックにも、足元から逃げる鳩にも注意を払うことはない。

「っ、危ない!」

赤信号も今の後藤には分からないのか、ガードレールを乗りこえて出る。
手を伸ばした菅は、バスが近づいてくるのに「もうあかん!」と思わず目をつぶった。

キキーッ!!

道路を横切る後藤すれすれの所で、バスが急停止した。

「よ、よかった……」

へなっとその場にへたりこんだ菅は、あわてて後藤を追う。立ち上がった後藤は、今度は
電柱にゴチンッと頭をぶつけて、一歩、二歩と下がって、また転んだ。

「……あ……」

水たまりに映った、表情がない顔、焦点の合わない瞳。しばらくそれを見ているうちに、
後藤の目にすっと光が戻った。

「お、俺が……俺が、やったんやない……」

カタカタと震える手で、頭を抱える。

「ちがうっ……俺が悪いんやない!俺はっ……!!」

ふらりと揺らいだ体が、地面に倒れこんだ。
駆けよった菅は、呼吸があることにホッと胸をなでおろす。

「力尽きたか……せやけど、後藤さんがスペクトラムやなんて聞いとらんかったな。
 とりあえず運んで、久馬さんから直接聞き出すか」

菅は後藤の手をとって「今ごろ宇治原が久馬さんを捕まえとるやろ」と呟いた。

930鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:31:40

◆◆◆◆◆


鈴木と浅越は、一瞬だけ渋い顔をしたが、久馬が「ええんや」と言ったのを合図に
石をしまって宇治原を楽屋へ入れた。

「……久馬さん」

ソファに力なく座った久馬は、宇治原の呼びかけにも答えない。
薄暗い、夕日が差しこむ室内で、久馬は黙って帽子を握りしめていた。
正確には、常に帽子に貼りつけてあった黒い石を。

「俺は、どこで間違ったんやろうか……」

ぽつり、と久馬がつぶやく。

「きっとあの日からや……1999年の、あの日から……」


【1999年】


そこが元はきれいな屋上庭園だったとは、誰も信じないだろう。

破壊されて水をちょろちょろと垂れ流す噴水だったもの。真っ二つに割れたベンチ。粉々になった敷石。
めちゃくちゃに荒らされた花壇の中、一人の男が「ひいっ」と情けない声を上げて、ガタガタと震えている。

「や、やめて……やめて、くださいっ…お、俺……まだ、死にたくな」

後藤はぺた、と男の額に触れた。その指がぎりっと皮膚に食いこんで、
そのまま男を持ち上げて、片手だけで地面に叩きつける。

「がっ……ふ、ぐはっ…!」

男の体に、また何発目かの雷が落ちた。

「やめろ、後藤!!」

叫んだ久馬は、一瞬迷う。
体の弱い後藤のみぞおちに、拳を叩きこんで気絶させるべきか、否か。
脳内会議は全会一致の可決を見た。

「あの、久馬さん……あいつ、芸人の間じゃ女癖悪いんで有名ですよ。タレが何人もおるとか。
 後藤さんの恋人に、イタズラしたって噂、あって」

後藤が攻撃を加えている相手を見た鈴木が、ぼそっとつぶやく。

「助けんでも、ええんとちゃいますか。あんな……」
「俺は後藤のために、あいつを助ける言うとんのや!」

虫の息の男に、後藤は血まみれの拳を振り上げる。
その手首を、久馬がつかんで「後藤!!!」と叫んだ。

「やめろ!!もうっ……お前、そいつを殺す気か!!?」

後藤は男の胸ぐらをつかんだまま、ゆっくりと振り返った。
血が飛び散った顔は、人間らしい感情というものが全てそぎ落とされていて。

「……殺したら、あかんのか?」

その言葉に、久馬と鈴木は絶句した。

931鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:32:26
◆◆◆◆◆


「後藤は、能力者やった……さらに不運やったのは、あいつのアラゴナイトが黒の志向を持ってた事やった……
 石の中には、持ち主の思考回路を作り変えてまうのがある。それはただの噂やと思っとったのに……
 俺は、大事な相方を……本能のままに破壊を繰り返す、そんな化け物にしたなかった!!!」

自分の中のものを吐き出すように叫ぶ久馬に、
宇治原は冷たい視線を注ぐ。

「それで、相方をモルモットにしたんですか」
「っ……!」
「黒い石が、アラゴナイトを支配できると、そう思いこんだ久馬さんは、アラゴナイトに黒い石を喰わせた。
 まあ、さらに悪化させてもたわけですけど」

突き放すような宇治原の言葉に、久馬は天井をあおぐ。

「鈴木と浅越……三人がかりでなんとか後藤を捕まえて、閉じこめた……あの時の南京錠の感触も、覚えとる。
 この黒い石をどこで手に入れたかは……記憶がない。ただ、後藤の目が
 黒く染まったのを見て……もしかして、間違えてもたんやないかって、不安になった。
 それでも、これを眺めとる間は安心できた!!この黒い石さえあれば、後藤はこれからも、
 ただの芸人でいられるって思うとった!!」

久馬はぎり、と奥歯を噛みしめて、黒い石を投げた。
壁に当たって、コロコロと転がった石を、宇治原は無表情に眺める。

「……つかの間の、夢やったんや……結局、こうなる宿命やった……
 まさか、スペクトラムに変ってまうなんて……その後は、後藤秀樹ですらなくなってまうなんて」

宇治原はもう興味を失ったのか、背中を向けた。

「こんなことになるんやったら……能力者のままでいてくれた方がよっぽど幸せやった……」

ドアノブに手をかけた宇治原は、失望したような顔で振り返る。

「そんなに、石と……現実と向き合うのは、怖いんですか」
「……」
「せやったら、久馬さんはずっとそうやって、夢を見とればええんやないですか」

冷たく言い放った宇治原は、足早に楽屋を出て行く。
残された久馬を、鈴木と浅越は気づかわしげに見つめた。

932鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:33:24
もうすぐこのスレなくなりそうだけど
次回で終わります

普段SS書いてると地の文に慣れない

この話はロザンが後藤さんを引きこむところからの
IFみたいな話です

933名無しさん:2017/05/20(土) 18:39:14
まさかの安価ミス...
すいません、>>928に対してです

934名無しさん:2017/05/20(土) 18:54:09
乙です。
後藤どうなっちゃうんでしょ…

935鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:51:53
「……おい」
「怖い怖い怖い後藤さん怖い」
「おい小堀!デカい図体してビビんな、気持ち悪い!!」

破れたカーテンにくるまってガタガタ震えている相方を、修士は力まかせに引きずり出した。
叫んだ瞬間、天井から吊り下げられたクレーンのワイヤーが『ギイッ』と軋んで、
修士は一瞬体をびくつかせる。廃工場なので、何の危険が起こってもおかしくない。

「ほ、ほんまに何もせえへん……?」
「さっきから1ミリも動いてへんがな。……お前、人のトラウマは平気でエグるわりに
 自分は打たれ弱いんやな」

ため息をつく修士。
小堀は、床に大人しく座りこんでいる後藤に、おそるおそる人さし指を伸ばす。

ちょんっ。

「……な?」
「よ、よかったあ……」

へたりこんだ小堀。修士はスーツの胸ポケットを探ってのど飴を出す。菅に向かって放ると、
菅はケータイを耳に当てたまま器用に受けとった。

「……なあ小堀。この無表情、どうにかならん?」
「たしかに。後藤さんがこういう顔しとると、なんか不安になってくるわ」
「あっ、俺ええこと思いついた」
修士は後藤の頬を引っぱって、ぐに〜っと笑顔を作る。
「こっちのがええんやないか?」
対する小堀は口角に指を当てて、きゅっと笑わせた。

(完全にオモチャやないか……)

そんな二人を、菅はのど飴を舐めながら眺める。

ガラガラ…

「あ、やっと帰ってきた。遅いでー、うーちゃん」

宇治原はその呼び方に、顔をしかめて「先輩方がおるんやで」と注意した。
素で忘れていたらしい菅は「あ、そうやった」と口をおさえる。公私を分ける菅らしからぬミスだ。

「……ほー」

イタズラを思いついた子供のような顔で、修士は「うーちゃん」と真似して呼んでみる。
次の瞬間、宇治原から漂い始めた殺気に「……宇治原」と言い直した。

936鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:52:25

「俺らはな、黒から"ドールを回収しろ"って命令されとる」
「そうですか。……その人形はどうぞご自由にしてください。
 俺らには必要ないんで」

そこで、ずっと黙って聞いていた小堀が「……ふざけんな」と低い声でつぶやく。
「これが、人形やと……?お前、後藤さんをなんやと思って」
「小堀さんは、これが人間に見えるんですか?」」
「人間や……体温もある、呼吸もしとる、この人は生きとる!!」
その答えに、宇治原は一瞬だけバカにしたような表情になった。

――ガッ。

菅の蹴りが、後藤の顔に命中する。倒れてむき出しになった腹に、拳が深く沈んだ。

「っ、……!」
「へえ、ドールってほんまに何も反応せえへんのですね」

菅は、息をのんだ小堀に見せつけるように、髪をつかんでグイッと持ち上げる。
唇を切って血を流しているのに、その表情は全く変わらない。うめき声一つあげない。

「お、おま……先輩を、殴っ」
「せーやーかーらー、修士さんまだ分かってません?これはただのドール。後藤さんはこっち。
 まあ、もう出てこれませんけど」

指さされたアラゴナイトの中に、血のような赤い光が混ざっているのを見つけて、
修士はぎょっとたじろぐ。

「ドールってのは便利なもんらしいですよ。飯も食わせなあかんし、下の世話もせなあかんけど
 自我がないから、どんな命令でも聞くんですわ」
「そんな……宇治原、なんでお前は、そんなこと、言えるんや」
「黒からすれば、俺ら能力者の方がドールより使い心地悪いかもしらんなあ」
ひとりごとのようにつぶやいた宇治原は、「聞き分けてくださいよ、黒ですよね?」と二丁拳銃を見下ろす。

ガララッ…

そこで、廃工場の扉が開いた。
ゆっくりと歩いてきた久馬は、帽子を脱ぎ捨てて中にあったものを握りしめる。
後藤の顔に傷があるのを見つけて、その表情が険しくなった。

「……後藤を、返せ」
「その前に、黒の石をこっちに」

菅の要求に、久馬は手の中にあったものを投げる。
床に散らばったのは、割れて破片になった黒の石だった。

「……!」
「それが、全ての答えや。黒の石は希望なんか生まん。お前らが望むものなんか、その先にはない。
 ……何でこんな事になってもたんかな」
久馬は近づいて、後藤を抱えこむ。
「俺はただ、お前と一緒にお笑いやれとるだけで、よかったんや。
 ……こんな石なんか、なくなってまえって、思っとった。
 もう遅いかもしらんけど、帰ろうや……後藤」

937鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:52:56

一拍。もしくは刹那。
天井から吊り下げられていたクレーンのワイヤーが軋む。
落下する重機。固まった久馬を、意志がないはずの後藤が突き飛ばす。

ズゥゥン…

その衝撃に、天井が崩落していく。後藤はゆっくりと体を起こして、倒れた久馬に手を伸ばす。
「後藤……すまんな、お前は、アラゴナイト、を……手放した、なかったよな?」
久馬は、ガレキのすき間に落ちていたアラゴナイトを、手探りで拾って後藤の手に握らせる。
「お前の石や……今度こそ、離すな……」

「……分かった」

返らないと思っていた声に、久馬は目を見開いた。
アラゴナイトを握りしめて、後藤はふらりと立ち上がる。

「何や、これ……どこや、ここ」
「……後藤?」
「なんで久馬が?……なんで、足が、なんで、お前らが、あれから何が」

こめかみをおさえてぶつぶつと呟く後藤の体から、黄色い光が放たれる。

「――まさか!」

飛び出した修士の首に、後藤の足がからまった。そのまま体をひねって、修士の体は床に沈む。
「ぐっ…!」
修士の背中で、バキバキと床が割れる音。伸ばした手は蹴り飛ばされて、口を開きかけた小堀の顔が
つかまれる。後藤の目が赤く光って、体は再び黄色い光をまとう。
「……っ、が、あああっ!!」
手の下、小堀の体に雷撃が落ちる。気絶した小堀の向こう側、菅が「ありえへん」と首を振った。
後藤は菅の喉元をつかんで、小さな体を壁に叩きつけた。
喉の骨がミシッ…と嫌な音をたてて軋むのに、菅は眉根をひそめる。

「やめろ、後藤!!菅が死んでまう!!」

叫んだ久馬に、後藤はゆっくりと振り返って。

「……殺したら、あかんのか?」

久馬の脳内。血が飛び散った顔が浮かんで、重なる。
しかし、後藤はパッと手をはなした。背中から崩れ落ちた菅を視界から外して、
一直線に元相方の所へ帰ってくる。

「……後藤、お前」
後藤は、状況が呑みこめていない久馬の手をとって、自分の口角に当てる。
そのまま、きゅっと上げて笑顔を作った。久馬が手を下ろしても、その笑顔は変わらなかった。


◆◆◆◆◆◆

938鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:54:05


「能力者に変化したのか……確率は、1パーセントに満たないはずなんだがな」

上田はしばらく考えこんで「いや、元々能力者だったんだ。あるべき姿に戻っただけか」と納得する。
なんにせよ、これで一応のハッピーエンドと言えるだろう。

不規則な点滅を繰り返していた座標は、やがてふっと沈黙した。
これがドールになったということだ、と告げると、飛永は目に見えておびえたが。
また輝きだした座標に、その場にいる全員でバンザイをした。

「なあなあ藤井くん、これから一緒に高尾山行かん?そばのスタンプラリーやっとるで」
「あのなあ、俺は今対価で味覚なくしとんねん、それに、オフは別々って決めとるやろ?」
「えー、たまにはええやん。藤井くんのケチー」

すぐ横で、飛石連休の二人がじゃれ合っている。
上田はふっと口元をゆるめて、また画面を見た。

(まだまだ謎は多い。黒い石についてもほとんどが分かんねえ。
 だが、俺はいつか必ず、このワケ分かんねえ現象を解き明かして見せる。
 そして今回、一つだけ確かなことがある。それは……)

(あの日、大阪で生まれた座標は、まだ光を失っていない)


【終】



_________

以上です。
後藤さんの石を潰す(一時的?)な能力は出しませんでした。

939強い女性は幸せなのか ◆wftYYG5GqE:2017/06/10(土) 11:09:58
矛盾点だらけなので、番外編として投下します
タイトルは深イイ話から取りました


とある喫茶店にて。
一人の女が、既に座っている男のもとに近づき、話しかけた。

「設楽さん、ご無沙汰してます」
「どうも。どうですか?最近」設楽が話しかけた。
「順調ですね。敵に対してもだいぶ非情になってきましたし」

これは彼女の近況を聞いている訳ではなく、あるコンビについての近況報告だった。
そのコンビとは、2丁拳銃。


彼女の名前は、野々村友紀子。否、現在は川谷友紀子。
かつては「高僧・野々村」というコンビで活動していた。
その後コンビを解散し、現在は修士の妻として生きている。


「そういえば、野々村さん…あ、川谷さんか…」
「どっちでもいいですよ」
「そうですか。じゃ、野々村さんで…。どうやって黒に入ったんですか?」
「ああ、それなんですけど…」


彼女が芸人として活動していた頃。
ある日、彼女らの元にも石がやって来た。
それから程なくして、黒の若手と思しき男が現れた。
彼女はすぐに相方の高僧を逃がした。

「で、戦ったんですか?」
「いえ、そいつに『黒のお偉いさんに会わせてほしい』って頼んだんです」
「え?」
「そしたらそいつ、『今は東京に居ますから難しいです』って言うたんですよ。
で、何とか無理して来てもらったんです。まあ、石の力であっという間に来たみたいですけどね」
「(ああ、土田さんか…)」
「ほんで、黒のお偉いさんに聞いてみたんです。

『黒に入ったら、相方には手出さんといてくれるんですよね?』って」

940強い女性は幸せなのか ◆wftYYG5GqE:2017/06/10(土) 11:13:05
「まあ、相方を盾に取られてる黒の芸人って、多いんですよね」
「そうですね。設楽さんも似たようなモンですしね」
「……」
「私の主な仕事は情報収集でした。相方にバレないようにするのは大変でしたね…。
そんな感じで何年か黒ユニットで活動してたんですが…ある日予想外の事が起きたんですよ」
「何ですか?」
「相方が『芸人辞めたい』って言い出したんです」
「え…」
「何とか説得しようとしたんですが…無理でした。
で、高僧・野々村は解散。黒ユニットからも足洗ったんです。だいぶ惜しまれましたけどね」
「なるほど…」
「それから色々あったんですけど、修士君と結婚したんです。黒におった事はもちろん内緒にしてました。
でも、今はその必要は無くなりました」
「…何でです?」
「そりゃ設楽さん、あなたが2丁拳銃の二人を説得して黒ユニットに引き入れたからですよ」


2丁拳銃が設楽に説得された日の夜。

「…なあ、ちょっと話があって…」
「何?」
「石とか…ユニットって…知ってるかな?」
「うん」
「……」
「なあ、言いたいことあるんならハッキリと…」
「……ごめん!俺、今日説得されて、黒ユニットに…」
「何やぁ、そんな事?」
「はぁ!?そんな事って…」
「いやいや、そういう意味ちゃうねん。私も昔、黒ユニットやってん」
「…え、えええええ!?」


「…ってな感じやったんですよ」
「その時どう思ったんですか?」
「正直ホッとしましたよ。もう隠し事しなくてもええんやな、って思って。
昔はちょっとだけ後ろめたい気持ちがあったもんで…。せやから設楽さんには感謝してます」
「…どういたしまして。これからも報告よろしくお願いしますね」
「勿論です」


この話は以上です

941鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:55:03


※海砂利編の補完みたいな話を思いついたので投下してみる

※内容には関係ないけど別板での酉かぶりに動揺を隠せない


「黒ってそんなにしつこいんですか?」
「上田は石拾ってまだ3日やから知らんねん、西尾なんて黒の奴らに追っかけ回される
 ストレスで5キロも痩せてもたんやで!!」

嵯峨根さんは「かわいそうになあ」と相方の背中を叩く。

「えっ、見た目は全然変化ありませんけど」
「ほんまか?よかったあ〜!!」

大げさにホッとする西尾さん。普通は怒る所じゃねえのか?
しかし、痩せた西尾さんか。どんな感じやろか。あ、心の声に西尾さんが伝染った。

そんな事をボーッと考えているうちに、楽屋の前に到着。

「来たで、お前が唯一輝ける場所に!」
「……お前は言うたらあかんことを言うた」
「えっ」

冗談のつもりで見事に地雷を踏んだ西尾さんを、嵯峨根さんが睨みつける。
嵯峨根さんは楽屋だとめちゃくちゃ面白い。楽屋では。
(大事なことなので二回言いました)

「すまん!すまんかった!」
必死に謝る西尾さんに背を向けて、嵯峨根さんはドアノブをひねった。

「……ん?」

嵯峨根さんは首をひねって「あかんわ」と振り返る。

「どないした?」
「中でなんか引っかかっとるみたいやねん、手伝ってや」

西尾さんは「だらしないなお前」と文句を言いながらもドアノブに手をかける。
次の瞬間、西尾さんは「ひいっ!?」と腰を抜かした。
ドアを塞いでいたのは、人だった。それも、よく知っている。

「……はら、だ……さん?」

呆然と立ち尽くす俺の横で、我に返った嵯峨根さんが中へ入った。

中は酷いありさまだった。窓ガラスは割れてるし、カーテンも裂けている。
頭から血を流して倒れる原田さんと、壊れたテーブルの間に座りこんだ男。

「おい、松本!しっかりせえ!何があったんや!」

嵯峨根さんに揺さぶられて、松本がやっと目の焦点を合わせる。

「……あ、嵯峨根さん」

そこで初めて気がついた、というような口ぶりだった。

「あの、ちゃうんです。殺してやろうとか、あ、着がえまだやった。
 そんなの思てへんのに、ほんまに、俺はそんな、すいません」

いつも加賀谷の手綱を引いているこいつが、ここまで混乱しているのを見るのは初めてだった。
松本はあいまいな笑顔を浮かべて、支離滅裂な言葉を並べる。

「ちゃうんです、原田さんがいきなり、あ、黒に来いって、危ない思て、
 トイレ行きたい、あの、ワンちゃんがおらんから、手ぇ痛い、原田さん、
 角で頭打って、せやから、寒い、エアコン効きすぎや、あの」
「上田、ダーンス4に回復系が1人おったやろ。呼んでくるわ」

西尾さんはそう言って、楽屋を出る。あそこはたしか、リーダーの北条が能力使用の許可を出す決まりだった。

「俺はっ……とっさに、原田さんを蹴ってもたんです、でも、元はといえば、原田さんが」
「もう分かったから、落ち着けよ」
「原田さんが!!ここにさえ来んかったら!!」

大声に、嵯峨根さんが一瞬ひるんだ。

「お……お、れは……悪く、な……」

松本はボロボロと涙をこぼしながら、震える手で嵯峨根さんにしがみつく。

「お前は悪くねえ。……悪くねえよ」

その言葉は、血の匂いがまざる空気に空しく溶けた。


□ □ □ □ □

942鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:55:38

「最近、キックさんの蹴りが甘いんですよ。たるんでます!」と、
加賀谷は相談していた。……ネタ合わせ(という名のパンツレスリング)をしている男同志に。

いやいや、人選としては妥当だろうが、シリアスな話にその見た目はねえだろ。
同じ大部屋にいる奴ら全員、笑いをこらえてすげえ顔になってるぞ。

「あの格闘で9割出来上がってるような松本が?重症だな……」
重症なのはその格好で真面目にアドバイスできるコンタさんだ。
「恋の悩み……かもな」
江頭さん、居眠りしている松本の尻を見ながら言うのはやめてやってくれ。

「まあ、冗談はさておき……ちょっとここじゃアレだな。加賀谷、出よう」
「ひうっ!?」
いきなり立ち上がった江頭さんのせいで、どこかこすれたらしいコンタさんが変な声を出した。
どうでもいいけど外に出るんだから服は着ていってくださいよ。

(しかし、松本がなあ……原田さんを傷つけたのがよほど苦しいのか)

原田さんは一切あのことに触れない。ダーンス4の誰かさんのおかげで
キャブラーの何人かは知るところとなったが、
暗黙の了解でこの1か月は何事もなかったかのように過ぎていた。

「ちょっと、トイレ」

俺はこっそりと大部屋を出て、休憩所で話す加賀谷と江頭さんの声を盗み聞きする。

「……そんなことが……僕、相方なのに何も……知りませんでした」
「あいつはそれだけ、お前を大事に想っているってことなんだ。
 加賀谷。お前はいつもあいつの後をついて歩いてるけどな、たまにはその立派な背中で
 あいつを守ってやってもいいんだぞ」
「僕が……キックさんを?」
「それがコンビってもんだろ。じゃあ加賀谷!お前がやるべきこと、言ってみろ!」
「キックさんをなでなでしてあげます!あと、お弁当のおやつ分けてあげます!」
「よーし、いいアイデアだ!」

……どこがだよ。

俺は頭を抱えたくなった。まあでも、加賀谷も元気になったみたいだし、江頭さんって
やっぱりすごいんだな。……ちゃんと服着てたらもっとかっこいいシーンだったのに。


□ □ □ □ □

943鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:56:19
□ □ □ □ □


「だからさ、特訓付き合ってくれよ。焼肉もおごるし、それに」

有田が一生懸命に頼んでいるのに、じょうろを持った松本は「知らんわ、勝手にやれ」と背中を向けた。

「お前も特訓すりゃいいだろ、松本」
俺の言葉にぴた、と松本の動きが止まる。
「そのカルセドニー、使いこなせりゃお前にとってもいいだろ。違うか?」
「……せやけど、ワンちゃんが」
「いつもそうだよな、お前。ワンちゃんが、ワンちゃんがって、加賀谷を言い訳に使って。
 お前の本当の気持ちなんか、聞けた試しがねえよ」

「キックさんをいじめないでください!!」
下を向いて黙ってしまった松本の前に、加賀谷が飛び出した。
「僕ッ……僕も、特訓します!!」
「ワンちゃん!?」
「思いっ切り強くなって、上田さんなんか小指で倒せるぐらいになってやります!
 だから、キックさんは……」
顔を上げた加賀谷は、しっかりと相方を見つめて言った。

「僕を使ってください!もうそれこそボロ雑巾みたいに!」
「いやいや、それはあかんやろ!」
「いーえ!キックさんはすぐに頭に血が上るから、ダメです!格闘禁止!
 僕をしっかり操れるようになってもらわないと!」

一歩も譲らない加賀谷に、とうとう松本は「分かった、やったるわ!」と半ばヤケクソで折れた。
海砂利水魚と松本ハウスの奇妙な同盟は、こんな風な調子で始まった。

944鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:56:50

男同志とダーンス4は合体技が強そう
海砂利編はIFも思いついたけどそろそろスレが終わりそうだし
どうしようかな…

945鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:26:16

……おい。

おいおいおいおい。ありえねーだろ、いやホント。

「俺、この特訓が終わったら結婚するんだ!」

わざわざ死亡フラグを立ててから突っこんだ有田が、一瞬で宙を舞った。
俺が知っている限り、松本が能力を使うのも今回が初めてだったはずなんだけど。
なに?能力者にも才能ってあんの?ずるくねえ?

「くっそ、もう1回だ!今度こそ「待て、もうげん……か……」

カルセドニーがふっと沈黙する。同時に、松本の体はドサッと地面に倒れこんだ。
10分の間に有田が何回やられたか考えて、俺は(こいつらは敵に回したくねえ)と背筋を寒くする。

そういえば特訓でも、勝てた試しはほとんどなかった。
だが、有田を転がすたびに松本はちょっと嬉しそうな顔になる。
元気になっていくのを見るのは、悪い気はしなかった。


□ □ □ □ □ 


あの一年のことは、再び石と巡り合った今は鮮明に覚えている。

ある日。


「助けて松本!ヘルプ、ヘルプー!!」

ケータイを耳に当てて走る俺の体を、ゴオッと炎がかすめた。
「おい上田、レスキューまだ……あっちぃ!?」
後ろ向きに走りながら石で出した消火器(中身は水)で対抗する有田が叫ぶ。

15分後。やってきたレスキュー(松本ハウス)は「次はない」と何回目か分からない
台詞を吐いたが、次の日、また呼び出したのは言うまでもない。


そしてまたある日。


「西尾はそっち持て、俺たちが上げとくから、その間にスマイリーは有田の体引っぱれ」
「行くで、いっせーの……「いだだだ!痛い痛い痛い!」おいバカ、早いっちゅーねん!」
「す、すみません、でもせーのって言いましたよね?」
「いっせーの、せや!こんな時にボケるな!「どうでもいいから早く助けて!!」

状況を説明しよう。

有田が「メジャー行かなくてもこの石で座布団なんか出せるぜ!」と調子こく

必ずどこか違うものが出てくるのを忘れてた

巨大な鉄製の座布団が出てきて潰される

X-GUNとスマイリーが救出作戦←今ココ!


「頼む松本!加賀谷のパワーなら一発だ、有田を助けてくれ!」
「おいやめろ、対価の支払いしとったら、俺ら収録出られへんて!」
「俺らが何とかする!一生のお願いだ!!」
「一生のお願い何回目や!ええかげんにせえ!!」

松本は怒鳴りながらも、有田を引っぱり出してくれた。
その後、対価で倒れた二人を見て救急車を呼ぼうとするスタッフと俺の攻防は言うまでもない。

そして一年目。どこか遠い所で白と黒の闘いを眺めていた、遊びのような日々が終わった。


□ □ □ □ □

946鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:27:45

あの頃、俺が人のために能力を使おうとしたのは、その一回きりだった。

「……松本、ちょっといいか?」

カメラが止まったのを見計らって声をかけた。加賀谷はさりげなく相方の前に立って守ろうとする。
こうして見ると二人ともガタイがいい。おまけに石との同調率も高い。黒ユニットが欲しがるのも
分かる気はする。この二か月で考えた。まずはこいつを『変える』必要がある。

「アンタッチャブルと合同ライブやろうって話出たんだけどよ、お前らも来ねえか?」
「なんや、そっちか……てっきり石がらみの方や思たやんけ」

俺は心の中で山崎に「わりい」と謝った。もちろん、そんな話は出ていない。
白に協力的なアンタッチャブルの名前を出したおかげで、松本の警戒も解けた。

「収録終わるまでにはスケジュール確認しとくわ」
「んじゃ、待ってるぜ」

心の中で(かかった!)と思っていた俺は、この会話を成子坂の村田さんが聞いていたことにも、
村田さんが嵯峨根さんに耳打ちしていたことにも気づいていなかった。


■ ■ ■ ■ ■


方解石の持つ能力は、記憶操作。
ただし、相手の記憶を消去するたびに、等価交換として自分の記憶も消える。
リスキーな石に思えるだろうが、消せる『記憶の量』が多ければいいわけだ。
HDDで例えるなら、容量をいっぱいにしてやればいい。そうすれば。

「上田。今聞いてきたんやけど、スケジュールは空いて」

ゴチンッ!

俺は松本の頭をつかんで、自分の額をぶつけた。

「いって!……おい上田、お前何し」

松本の脳が『ドクンッ』と大きく脈打つ。瞳孔が開く。体から力が抜けて、手足はだらんと垂れ下がった。
ポケットの方解石が青く光って、俺たちの体を包む。俺は目を閉じて、意識を集中させる。

(ここが、松本の脳内か……)

気がつくと、扉がいくつも浮かぶ真っ暗な空間にいる。何回か繰り返すうちに分かってきたが、
人は『辛い記憶』には無意識で鍵をかける。松本も例外じゃなかったらしく、扉の中に一つだけ、
南京錠と鎖で封印された扉があった。

(あれが原田さんを傷つけた記憶か……普通はそっとしとくんだろうけど、
 俺は"邪悪なお兄さん"だかんな。一気に行かせてもらうぜ)

封印された扉に手のひらを向けると、扉は小さくなって、俺の手の中に消えた。

(さて、これで終わり……あ?)

まずい。どんどん扉が吸いこまれていく。
まさか、俺は失敗したのか?いや、違う。これは、

(やべえ、いきなりトラウマを消しちまったもんだから
 松本の記憶が制御を失っちまったんだ!
 このままじゃ……)

そこで、俺の意識は強引に引き戻された。

947名無しさん:2017/07/21(金) 21:39:56
投下乙です。
男同志とかダーンス4とか懐かしいキャブラーが次々と登場しててわくわくします。
江頭さんカッコいい。
あと、キックさんの石ってカルセドニーじゃなくてカーネリアンでは?

948名無しさん:2017/07/21(金) 22:11:16
>>947 

ああああ後から気づいた...orz

949名無しさん:2017/07/21(金) 22:17:53
と、思ったけどカルセドニーで正解のようです。
男同志は白側、ダーンス4は北条さんがしっかり
メンバーまとめて白側というスタンスで書いてます。

950名無しさん:2017/07/22(土) 09:01:10
>>949

あああまたミスった、カーネリアンで正解と書こうとしたら...

この二組はあくまで中立のつもりです。白側だけど。

951境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:47:59

「おーい松本―!どこやー!!」

ゴミ箱を覗きこんで叫ぶ西尾に、ツッコむべきかどうかしばらく迷った。
成子坂の村田さんに上田の嘘を教えられとったんに、松本を見失ってもたのは俺のポカや。

(ホンマ、俺ってなんでこうなんやろ……)

頭を抱えたくなる。ネタでも収録でも小さな失敗ばかりで。それがいつか大きな綻びになって
しまうのではないかと、輝いている毎日の中でふと思う。

ヒマそうな奴に片っ端から声をかけて探してもらっているが、見つからん。
俺の不安が限界値まで上がった所でやっと、「いたぞー!」と江頭さんが叫んだ。

あわてて声のした方へ行く。
非常階段の角を曲がった所で、松本が倒れているのを男同志の二人が揺すっていた。

「あの、「まずはこいつを運ぶのが先だ!上田は後でいい!」

俺の言わんとしていることを察した江頭さんが、先回りして松本を背負う。
とりあえず大部屋へ運んで、寝かせた所で俺はやっと「なんかおかしい」と気づいた。

「……キックさん?」

加賀谷がおそるおそる名前を呼ぶ。しばらくあって、「あー」と無邪気な声で返事があった。
手足をぎこちなく動かして、なんとか体を起こした松本が、じっとこっちを見る。

「な、何急に気持ち悪いモノマネしとんねん」
西尾が手を伸ばすと、「ふえっ」と口が開いた。あ、なんか嫌な予感。

「ふぎゃあああーーー!!」

泣きじゃくる松本を囲んで、俺たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。


■ ■ ■ ■ ■

952境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:48:33


「……失敗した」

俺の呟きに、有田は組んでいた腕を解いて「どこまで覚えてんだ?」と聞いてきた。
「正直、今までの記憶操作の所為で大学に入るまでの記憶はほとんどねえ」
ふらついた頭をおさえて答える。

「たとえば、飯の食い方、ネタの作り方、仕事で会うスタッフの顔、生きるのに必要な
 記憶は後回しにされる。一回見た映画、昨日の天気、使わねえ英単語。
 こういう"あってもなくてもいい記憶"から消えて行くって寸法だ。
 ただ、俺以外の人間には"いらねえ記憶"なんてねえんだよ」

階段から立ち上がって、服のホコリを払う。

「松本の自我を制御するのに使われていたのが、原田さんを傷つけた記憶だったんだ……
 格闘で九割出来上がってるようなあいつに、知り合いを殺しかけた事実は深い傷として残った」

話しながら、あの日の混乱して暴れる松本を思い出す。
嵯峨根さんと俺の二人がかりでなんとか押さえていた。

「だから、俺たちとの特訓にも付き合ったし、助けを呼べば来た。あいつの行動原理に
 その罪悪感が深く、関わってたんだ」
「それで、松本の記憶は今どうなっちまったんだ?」
「俺が侵入したせいでコントロールを失って、多分……深層心理の深い所に沈んじまったんだ。
 原田さんとの記憶以外に手はつけてねえ。もう一回あいつの脳内に跳べば、元に戻してやる
 ことは可能なはずだ」
「できんのか?」

単純な問い。わざとではないが、それを説明してもさらに面倒くさいことになるのは分かる。
「……どうしたもんか」
考える俺の横に、黒い影が伸びる。それを辿っていくと、見慣れた顔がいた。

「いっそ、利用してしまったらどうですか?」
土田は俺のそばに腰を下ろして「松本さんの記憶を、身代金にするんですよ」と恐ろしい案を出す。
「いや、身代金……って、お前」
「記憶を返してほしければ、一日動くな……とか。白に協力的な芸人の名前を教えろ、とか。
 法に触れない範囲でも五つは思いつきますね」
「俺はそろそろお前が怖えよ」
「ここらへんで点数を稼いでおかないと、そろそろまずいんじゃないですか」

たしかに。
素直に返したところで、俺がドジったというだけの記録しか残らない。
だったら、ここで賭けに出てみるか。

「分かった、やってみる」
「何を?」

ぽかんとしている有田に、俺はぶん殴りたくなる衝動を覚えた。お前、今の話聞いてたか?

「X-GUNをおびき出すんだよ。白の切り込み隊長、ズッタズタにしてやるぜ」

953境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:11:44


西尾はケータイを耳に当てたまま、固まった。

上田の指示に従って屋上まで来たが、そこで見たのは相方が倒れている姿。
「あ……」
驚きの声を上げる前に、上田が話し出した。

「西尾さん、石拾った時どう思いました?」

質問の意図が分からない。

「どう……って」
「俺は思いましたよ。こんなすげえ石、一回拾ったら手放せねえなあって。
 誰だって超能力には憧れる。空を飛んでみたいし、時間旅行もしてみたい。
 それが強すぎると黒になる」

こんな話は聞いていられない。早く相方を助けよう。
そう思って一歩踏み出した西尾は、ハッと何かに気がついて止まった。

「お前ら……」

怒りに両手が震える。嵯峨根の腕が、両方ともへし折れてあらぬ方向を向いていた。
気を失っているのがせめてもの救いだが、自分が来るまでどんな目に合っていたのか、
考えるだけではらわたが煮えくり返る。

「こんな事しても、無駄やで」
「へえ、相方のこんな姿見ても、まだ冷静に喋れるんですか」
有田が挑発する。それにも、西尾は乗らない。この太い体は心も強くしていると、
自分で信じているからだ。

「すごいですよね、西尾さんは。怒りにまかせて俺たちをどうにかしようとか、
 絶対考えない。だって白のユニットだから。正しい事しかしちゃいけないから。
 俺たちを傷つけたら、その時点で西尾さんは"悪い奴"になっちまう」
「何を……」
「西尾さんは結局、それが怖いんでしょ?」

上田の言葉が、理解できない。立ち尽くしたままの西尾に、上田がさらに言葉をぶつける。

「白のユニットなんてものを作ったのもそう。悪いことできないけど、
 だけど石の力に魅力を感じる、そんな小心者の西尾さんはぁ……
 その矛盾をごまかしたくてしょうがない。
 自分は正しい事をしている、それを、力を使う言い訳にしている」

否定したかった。なのに、西尾の口は動かない。

954境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:12:22
「結局、西尾さんは、そのちっぽけなプライドが一番大事なんですよ。
 本音は、白のユニットにもバラバラなままでいてほしい。
 白に共感した奴らを引っぱって戦うなんて、そんな器じゃない」
「そんな……」
「どっちつかずなまま、白のリーダー気取ってる。その状態が一番楽なんだ。
 黒に抵抗する奴らが、自分のふがいなさを責めないから、西尾さんは
 内心ホッとしてたんじゃないですか?」
「そんなこと、あるわけないやろ!勝手な憶測で話すな!」
「だったら、なんで嵯峨根さんをほっとくんですか?」

まだ床に転がったままの嵯峨根を指さして、上田が言う。

「俺たちなんか簡単に倒せる力があるのに。それで相方を助け起こしてやらない。
 たった一つ、自分を許してくれる大義名分を失うのが怖いから」
「ちゃう……俺は、ほんまに……」

何も言い返せない西尾の前で、有田は嵯峨根の首に手をかける。
ぎり、と力がこもって、嵯峨根が苦しそうに眉をよせた瞬間。

「やめろぉぉぉ!!!」

涙と共に、西尾の絶叫が響いた。


□ □ □ □ □ □


静かな大部屋。扉を開いてみると、寝かされた松本が
無邪気な笑みでごろんっと寝返りを打つ所だった。
世話をしていた芸人たちが収録で出て行ったので、部屋にはこいつ一人だ。

近づく足音にも、起きる気配はない。
俺は眠る松本の上にかがみこんで、額にかかった髪をどけてやる。
のんきな寝顔してやがんな、有田にバッシングさせてやるか。

「お前があんまり辛そうだからよ……丸ごと記憶を消しちまえば、
 楽になれるかと思ったんだよ。まあ、半分だけだけどな。
 お前の中から罪悪感を消して、黒に染めちまおうってのも、まあ、あった」

俺は言葉を切って、少しずつ自分の顔を近づけていく。

「お前はこんな結果、望まねえんだろうな。……物騒な能力だからよ。
 誰かのために使おうなんて、多分今回だけだ。だから、人助けと思って、
 俺のエゴに付き合ってくれ」
額を合わせて、目を閉じる。俺たちの体を、青い光が包みこんだ。

955境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:12

「西尾か?……ああ、ここにおるけど。なんや、さっきまで泣いとってな。
 話にならんかったわ。えっ?ああ、海砂利と会ってたらしいけど。
 白のリーダーやる資格がないとか、なんとか」
大部屋の村田からの電話を受けている桶田は、「ちょっと待て」と10円玉を追加する。

「平気やって。嵯峨根?あ、ひどいケガやったけど、桜井がな。あ?
 ダーンス4やダーンス4。半拍遅れの。そうそう、右端でオチ言うとる、
 おもろい顔のあいつや。その桜井がな、治してくれる言うねんけど、北条がおらんから」

また10円玉を入れて、桶田はちらっとボックスの外で頭を抱える西尾を見る。

「せやから……おう、そういう事や。北条見かけたら頼むわ。
 嵯峨根はまだ眠らしとくわ。うん。……ほな、またあとで」
受話器を置いて、桶田はボックスを出る。
これが相方の村田なら、優しくなぐさめる所だったが。

「動かんデブはただのデブや。下りるか、戦うか、はっきりせえ」
厳しい言葉だけを吐き捨てて、桶田はさっさと大部屋へ帰っていった。


一週間後――。


「加賀谷、これどないした?」

顔の傷を目ざとく見つけた村田さんは「ちょお、待ち」と持ち前の
世話焼きを発揮して絆創膏を貼ってやる。

「なあ松本、お前こいつにどんな事させとんねん」
聞いた村田さんの声には、わずかな怒りが見える。
「しゃあないやないですか。誰かさんが俺に石を使わすから……」
答えた松本は、それっきり加賀谷も視界から外してネタ作りに戻る。
まだ何か言いたげな村田さんを、加賀谷は「いいんです」と止めた。

俺はその光景をじっと見ていた。
松本の中で何かが確実に変化している。それがどう転ぶかはまだ分からない。

ただ一つ言えるのは、罪の意識から解放された松本は、
また別のものに囚われたということだった。


【終】

956境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:44
一旦終わりです
補完というにはいろいろハンパですみません

957名無しさん:2019/11/15(金) 01:11:32
こんな時期にチュート関連のものを投稿するなんてどうかしてるぜという話ですが、空気を読まずに投稿。
Last Saturdayで、吉田氏ならギリギリ意識を保っているのでは?と思い、書きました。徳井氏がトイレに立っている間の話です。
ブラマヨの能力を考えた方の『石がなんなのか分からず、人助け的に戦っている』という設定が微かに登場します。
山も落ちもない稚拙な文章です。


◇ ◇ ◇


(何をしとんねん、自分……)

酒の席ならではの盛り上がりを余所に、彼――吉田敬は自らの言動を咎めた。
自分たちが持つ不思議な石の事は誰にも言わないでおこうと小杉と決めたのに。それを徳井の前で露呈してしまった。
テーブルへ両肘を突き、頭を抱えるようにこめかみへ手を伸ばす。すると、徳井の石を未だ握っている事に気が付いた。手をさげ、拳を見下ろす。

掌の中の石は、自分が持つべきでない物。一刻も早く返したい。しかし、徳井は席を立ったきりだ。この果実に似た石を、預けたまま――。
拳を眺めてから数秒後、彼は忌々しげに目を細めた。

(クソッ、いつまで持っとんねん俺)

同期が使っていた割り箸の側へ、果実ことプリナイトを置いた。即座に手を引き、果実から顔を背ける。この石は今の吉田にとっては眩しく、あまり目に入れたくない物だった。
何故、高揚に任せて徳井の石を見たいなどと口走ったのだろう。石を他人へ見せる事がどれほど危険かは戦いの中で学んでいる筈なのに。
徳井には悪い事をした。

思えばこの一週間、妙に気が引き締まらない。物憂げにぼーっとし、何度も名を呼ばれてから我に返る――そんな場面を幾度と繰り返した。肉体が自分のものではないような、気味の悪い感覚。判断力が鈍った、とも言える。
しかし今日、息を潜め続けた感情が一気に爆ぜた。何が起爆剤となったのか、吉田自身にも分からない。
ただ、今は夢から醒めたような心持ちだった。苦悩こそしているが。悪夢から解き放たれた気分にある。徳井がトイレへ立つ前までのテンションとは違い、妙に冷静だった。
やはり何かがおかしい。身も、心も。

958名無しさん:2019/11/15(金) 01:12:33
なんだか考えれば考えるほど沼にはまって行く感覚になる。こんな時はタバコでも吸おう。
気分を変える為に彼は、少し離れた所にある灰皿を引き寄せようと手を伸ばした。その時だった――。
横から別の手が伸びて来て吉田の手首を唐突に掴んだ。突然の出来事に体をビクリと震わせて横を見上げると、そこには小杉が立っていた。
なんだ小杉か、と空気が抜けるように息を一つ吐く。

「タバコ吸い過ぎやっていつも言うてるやろ?」
「うっさいわ、お前俺のおかんか。って、お前福田と飲んでたんちゃうん?」

小杉の手を振り解きながら尋ねる。

「ああ、飽きたからこっちに来たんや」
「飽きたって……」

そう言いつつも吉田は助かったと思った。福田には悪いが、今は徳井の石から意識を遠くに置きたかった。小杉が話し相手になってくれるなら最良だ。

「すまん、小杉……俺、石のこと徳井に話してもうた」

これは報告しておくべきだろうと考え、正直に打ち明ける。

「うん、俺もやで」

若干縮こまって話した吉田とは対象的に、小杉は平然と大っぴらに言ってのけた。それが当然であるかのように。

「お前も?」

やはり自分は――いや、自分たちはなにかがおかしい。

「なんか、ここ一週間の俺ら変やないか……?」

正直な思いが口を突いて出る。それを聞いた小杉の目にほの暗く鈍い光が宿った事に吉田は気づかなかった。

「変やないで、むしろ嬉しいくらいや。……それより」

その瞬間、小杉の声が一段低くなる、

「お前、自分のやるべき事分かってるか?」

なにを言われているのか分からず、きょとんとして『なにが?』としか返せない。
そんな吉田に小杉は眉間に皺を寄せ深い溜め息を吐き、徳井の石の方を一瞥した。

「……ほんなら思い出させたるわ」

そう言う小杉の声は地を這うように低かった。そこで気づく、こいつは自分の知っている小杉ではない、と。
それでも吉田は哀れにも思い過ごしであってくれと願い『どないしたんや? 体調悪いんか』と精一杯取り繕った。情けない話だがその声は震えていた。
小杉はその問いに答えず、無言でドロマイトをはめた方の手を吉田の首元へ伸ばし始める。
『避けろ!』と自分の石が叫んだような気がした。しかし出来なかった。小杉の手が目の前に迫った時、吉田は見てしまった。小杉の石に渦巻く、くすんだ濁りを。
それに気を取られた時にはもう遅かった。小杉の手が吉田の首元へ到達すると、チョーカーに付いたアクアオーラを握り込んだ。

その瞬間、二人の石と彼らに仕込まれた黒い欠片が共鳴し、吉田の最後に残った正常な意識を呑み込んだ。
先ほどまでの悩みも苦悩も、全て黒く塗り潰された。全部が悪夢の中へ帰って行く。
頭を支配するのは一つだけだった。
“石を、奪う”
ただそれだけだ。

「思い出したか?」

小杉が暗く淀んだ声で訊く。
吉田は同じ声色と光を失くした虚ろな目で答える。

「ああ……お陰でな」

そして先ほどまで眩しく思い見るのも嫌だった徳井の石へ目を向けると、それを手に取る。

「まずは一つ、やな」

小杉にプリナイトを渡し、歪んだ笑みを浮かべた。
こうして、悩める一人の男は黒き闇へと堕ちて行った。悩みは晴れた訳ではなく、大いなる黒き力に呑み込まれる形で消えた。
もう一つの石も手に入れるべく、彼らは行動を起こす。自分たちを操る者へ捧げる為に。

戦いが始まるまで、もうまもなく――。

959名無しさん:2019/11/15(金) 01:14:54
以上です。お目汚し失礼しました。


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