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持ち帰ったキャラで雑談 その二

277転がり墜ちるように:2008/04/09(水) 14:25:40
彼の目から見ても、父はあまりにも愚かな王であった。
無謀な侵略を繰り返し、いたずらに国を疲弊させるその姿を幼い頃から悪い見本として見つめていた。
それでも、父は別の面も持ちあわせていた。
厳しくも優しかったその時の父は彼は一番大好きであった。
成長してからもそれは変わらず、寧ろ王位継承の日が近付くにつれ、
その恩に報いるためにこの国を豊かにしようという気持ちが強くなっていた。



扉の向こうで行われていた惨劇に彼は息を飲んだ。
臣下達が何かを斬っている。 ―何を?
紅い絨毯が更に紅く紅く染まっていく。 ―何で?
ごとり、と床に何かが転がる。 ―あれは、何だ?
「…………!」
扉から後退り、その場から走り出す。
込み上げてくる吐き気を無理矢理飲み込み、がむしゃらに走る。
気付けば、母の部屋の前にいた。
せめて、病に臥せている母だけでも助けなければ。
そう思い、扉を開けた彼は現れた光景を理解出来なかった。
力なく投げ出された裸の肢体にランプの明かりが揺らめく。
部屋に充満している臭いと肌に残されたそれがここで何が合ったかを物語っていた。
「は、ははは…」
その場に膝をつきながら、彼は笑った。
もしかしたら悪い夢でも見ているのではないだろうか、それほどに目の前の光景は理解し難いものであった。


(…復讐したくはないか?)
闇の中でそれがこちらを見つめながら、そう問掛けてきた。
その声に彼はゆっくり立ち上がり、声の方へ歩み寄る。
(侵略者に)
差し出された手を生気のない瞳で見つめる。
(偽りに満ちた世界に)

―ああ、そうしよう。
―自分から全てを奪ったこの世界に。

(世界に)
「破滅と復讐を」

手を掴んだ彼の姿は闇の中へ転がり墜ちるように飲まれ、
後には何も残っていなかった。


悲劇の幕開けはもうすぐ―

278長雨:2008/04/13(日) 21:12:48
「こんな夜更けに、何処へ?」
 声は唐突に彼女の背後からした。
 気配は、しなかった。雨に打たれる音も、濡れた地面を歩く音も。
 まるでその瞬間に、その場に現れたかのような。
「春の長雨に気配も薄れる闇の中。よく私のことがわかったわね」
「それはもう。あなたの夜を否定する銀の髪は、百由旬先からでもわかる」
「畜生の分際で……いえ、畜生だからこそ、か」
 挑発のつもりだったが、狐は軽く笑んだだけ。
 その狐――とある妖怪の式であり、その姓を賜って『八雲藍』と名乗る人狐は、
9つの尾をわずかに振りながら雨の中に佇んでいた。
「言わなければならない?」
 最初の問いに、問いで返す。
「いえ、特に興味は。ただ…」
 肩を竦める。
「害成す毒花は咲かせず摘むのもまた一理、とも思うのよ」
「嫌われたものね」
 雨に濡れた銀の髪が頬に張り付く。
 遠目から見たら、その姿は幽鬼と間違われたかもしれない。
 血の色を湛える紅い瞳も、病的ささえ超えて死人のように白い肌も、およそ人らしさから外れていた。
 唯一、この世のすべてを嘲るように笑みを浮かべる、その形相を除けば。
 人ならぬ人。蓬莱人とも呼ばれる人の形――藤原妹紅。
「別に、お前にも、お前の式にも害を成す気はない」
「正直ね。もっとも、嘘吐きは正直に嘘を吐くものだけれど」
「お前に害を成して、私に何の益がある?」
「なら何故あの女の側につく」
 妹紅の表情が、わずかに変わった。
 藍の顔からはとっくに笑みが消えている。
「気付かれていないとでも思った? 接触を持ったことはとうに知れている」
「代理人とはただの呑み仲間よ」
「ただの、ね」
 立場こそ隠れてどこかへ赴く様に奇を呈した形ではあるが、
余裕が欠けているのが藍の方なのは明らかだった。
 彼女は知っている――『何も知れないこと』を。
 この蓬莱人と、あの蒼い僧服をまとった存在の、計り知れなさを。
「不穏分子が二つ合わされば、それはもう必然」
「私は代理人と酒を呑み交わすだけで敵対意思を持たれるわけ」
「痛くないと言うなら、その腹開いて晒しなさい」
「開いたら痛いでしょう」
「不死の身で何を言う」
「痛いのよ。死なないだけで」
「……とにかく。あまりおかしな行動をとらないことね。
 橙に少しでも危害を加えるような真似をすれば、決して黙ってはいない」
 妹紅はふぅ、とわざとらしく溜息をつき、かぶりを振った。
 そうしてまばたきより長く目を閉じ、

「――不愉快だ」

 紅蓮の翼が生えた。
 瞬時に妹紅の周囲の水分が蒸発する。立ち上る水蒸気に藍の髪が激しくなびいた。
「畜生ごときが、分不相応と知れ」
「その短絡さはわかりやすくて嫌いじゃない。だが……」
 激しく吊り上げた口元から犬歯が覗く。
「畜生畜生と、侮辱するのも大概にしろ人の出来損ない。
 誇り高き八雲の姓を持つ式を貶めて、五体満足に済むと思うなよ」
 スペルカードを掲げたのは、二人同時。

 ――貴人「サンジェルマンの忠告」
 ――密符「御大師様の秘鍵」

 二つの怪物が夜の空を朱で染める頃。
 それを更なる高みから見下ろす一つの影があった。
 ――影。そう、その姿は影のようだった。
 それは夜に溶け込む漆黒の翼によるもの、ではなく。
 獲物を狩るために気配を殺す、獰猛な肉食動物のそれだった。
「質対量、の争いになりますかね」
 右手には望遠用レンズのついたカメラが握られている。
「いつ起こるかはわからない。けれどいつか必ず起こる」
 髪がなびく程度の風が吹き。
 次の瞬間には、大気の流れにその身を移し気配が完全に消えた。
 あとに残されたのは、残像のように空気を震わせる一語だけ。


 ――来る日の第二次終末戦争、この射命丸文がすべてを歴史に留めましょう。

279朝御飯と新聞:2008/04/16(水) 08:28:17
「あら」
「ん?」
目の前に広げられた新聞から上がった声に彼女はトーストをかじりながら、顔を上げた。
朝の静かな食卓。
住人達の殆んどが朝食を済ませたそこに偶然顔を合わせた二人はいた。
最も縁側で寝ている酒飲み鬼が立てる大鼾で実際には静かさとは縁遠い。
閑話休題。
文々。新聞と書かれたそれの向こうで相手は相変わらず何かに目を通しながら、
教育が足りないかしら等と呟いている。
「…何か面白い記事でもありました?」
指についた油を舐めとりながら、問いかける。
「ちょっとうちの式がね」
それだけ言うと相手は新聞を畳み、その記事が見える様に彼女へと差し出す。
『大激突!雨夜の死闘』等と銘打たれているそれに目を通しながら、訊いた。
「で、藍がどっかの誰かさんと闘うのに不都合でも?」
まだわからないのかとか言わんばかりに大袈裟に呆れながら、湯呑の茶をすする。
「私が決めた通りに動かなければ力は十分に発揮出来ないのは…」
答えを待つようなそぶりの相手に彼女は肩をすくめる。
「耳にタコ。
ってつまり今回のは彼女の独断?」
「そういうことになるわね」
どこから取り出したのか、日傘を手に、空中をなぞるように横に手を動かす。
「式は道具、道具は指示通り動いて初めて真価を発揮する。
…それを自身の考え、感情で動けばいずれは命を落とす。
…あの子ほど有能な道具を失うのは惜しいわ」
言いながら、日傘を開けた隙間へと差し込み、ぐりぐりと手を動かす。
何をしているかは、大体想像がつく。
(でも、本当は心配なんだろうな)
口では道具、道具と言いながら、その口調には僅かだが不安を感じてた。
(とは言え、気のせいかもだけどね)
隙間から聞こえてくるか細い悲鳴様な声にきっと隙間の向こうでは朝から
スプラッターショー絶賛開幕中なんだろうな、とどうでもいいことを考えながら
最後のカフェオレを胃に流し込み、彼女、村上紫は食卓を後にするのだった。

おおむね、今日も平和です。

280抱擁:2008/04/19(土) 18:20:35

 あなたには、わからないでしょう。

 何故、私は自覚してしまったのでしょうか。
 意識がそちらに向くだけで、絶望的な衝動が心の深淵からせりあがってくる。
 吐き出すことが出来るというなら、胃液で喉が焼けつくまで嘔吐するのに。
 どれだけ思い患ったところで、それは量を増して深淵に沈んでくるだけ。
 重すぎて、浮かび上がる事もなく、心の底に泥土のように積もっていく。
 それは昏く、絶望と呼ぶにはあまりに虚ろで、明確な形を持たない。
 虚ろであるからこそ、形を持たないからこそ、私自身ではどうすることも出来ない。
 足掻くことすら許されず、蹂躙されていくのです。

 何故、私は自覚してしまったのでしょうか。
 ただ平穏であれば良かったのに。
 幸せになりたい、なんて贅沢は言いません。
 少し怒って、少し悲しんで、それよりほんの少しだけ多く笑えれば、
それ以上なんて決して望みはしなかったのに。

 ――いいえ、平穏さえも望みません。
 何もなければ良かった。
 苦しむことで生まれる苦しみを抱くくらいなら。
 決して報われることのない想いを背負うくらいなら。

 自覚していることを、私は自覚したくなかった――

 あなたには、わからないでしょう。
 私の心を犯しつくした、世界で最も憎むべき、愛しい人。

 ……………………

281向日葵畑の真ん中で:2008/04/20(日) 12:34:31
幻想郷の中の、向日葵の花畑。
向日葵の黄色に覆われたその真中に一人の少女が佇んでいる。
その少女はくるくると日傘を回しながら、退屈そうに欠伸を一つして呟く。

「何か面白いことは無いかしらね…」

退屈、と一言付け加える直前、遠くから足音が聞こえた。
ふと音の方向へ振り向くと、こちらに向かって走ってくる小さな人影が一つ。

「…あらあら、また来たのね。」
少女は、その突然の来訪者が誰か把握すると、微笑みながら声をかける。
そして、その小さな来訪者も笑顔で言葉を返す。
「あら、こんにちはメディ。」
「幽香〜っ、こんにちは〜!」

…今日も、また楽しくなりそうね。
そう心のながで少女…風見 幽香は呟いた。





ごめん、個人的に幽香×メディが書きたかったんだ。
異論は認めるから鈴蘭の毒は勘弁を(ピチューン

282月光:2008/04/21(月) 01:34:17
「貴方が外に出るなんて珍しいわね」
背後に降り立った相手に声をかける。
先程まで騒がしかった妖精達は慌てて姿を隠し、息を殺していた。
「こんないい夜だもの。外に出ないのは惜しいわ」
「今頃、貴方が居なくてきっと大騒ぎよ」
「大丈夫、皆眠ってもらったから」
彼女の言葉に少女は紅い眼を細め、にぃっと笑う。
その表情に彼女の顔が僅かに曇る。
「ふふ、大丈夫。誰も゙壊してない゙わ」
手にした歪な杖を彼女に向けながら、続ける。
「貴方はあいつを倒して、契約を結ばせたのよね?」
彼女もまた閉じていた卍傘を広げて、薄く笑う。
「えぇ、そうですわ。そして、それは貴女にも言えること」
ぴくりと少女の羽根が動く。
「私はあいつよりも強いわよ?」
「力だけが強さに非ず、そして貴女はまだ彼女より弱いわ」
その言葉に少女、フランドールの周囲が漏れ出した妖気で紅く染まっていく。
あらあら、と慌てる様子もない彼女、八雲紫の周りの空間が軋みを上げる。
「ならば、ここでわからせてよう、八雲の大妖!」
「その未熟さを知らしめよう、悪魔の妹!」
それぞれがスペルカードを掲げ、高らかに宣言する。
――秘弾『そして誰もいなくなるか?』
――紫奥義『弾幕結界』


月の光の元、繰り広げられる光景に彼女は溜め息をついた。
「まさか八雲紫に喧嘩を売りに行くなんて、あの子も大胆ね」
背中の羽根を落ち着きなく動かしながら、
彼女、レミリア・スカーレットは何度目かの溜め息をついた。
いつものように神社から帰ってみれば、妹は脱走、館内は酷い有り様であった。
挙げ句、幻想郷の賢者に喧嘩を売る妹の姿を目の当たりにし、彼女は
「…まあ、とりあえず帰って紅茶でも飲みましょ」
飽きたのか、いまだに弾幕ごっこの続くそこから飛び去るのであった。


翌朝、フランドールの機嫌が悪かったのはいうまでもない。

283黒兄貴からのリクエストSS その1:2008/04/21(月) 18:13:59
遠い昔、遥か彼方の銀河系で…

――エグゼキューター級スター・ドレッドノート『リーパー』

銀河内乱や帝国の継承者争い、反乱同盟軍の再来、シ=ルウクの乱、イェヴェサの乱等、平和を
脅かした数々の戦乱が遠い日の記憶となりつつあった時、この巨大戦艦に2人の新米パイロットが
着任した。

新しい人員の着任自体は珍しいことではない。欠員が出たり、他の艦や基地に欠員が出れば、人
の移動は付き物だからだ。しかし、送られてくる人員の内容によって迎える側の対応は異なる。今
回もそういったケースの一つだった。配属される中隊の全員、そして航空団司令、艦長、提督まで
が勢ぞろいして迎えたのである。普通、新米パイロットに対してこのような待遇はありえない。しか
し、人物が人物であった。

「申告致します!クリスティアン=ピエット少尉、ESD『リーパー』第1戦闘機中隊配属の辞令により、
 13:20分着任致しました!」
「申告致します!クリスティアーヌ=ピエット少尉、ESD『リーパー』第1戦闘機中隊配属の辞令によ
 り、 13:20分着任致しました!」

若い男女が航空団司令に着任の報告を行う。二人とも整った顔をしており、水晶色の髪と尖った耳
を持っていた。その身体的特徴と名前で分かるだろう、二人はピエット大提督とその夫人のシュヴェ
ルトライテ将軍との間にできた双子なのである。生まれながらにフォースの才に恵まれたシスの双
子はパイロットの道を志し、今その第一歩を踏み始めたのである。

「よろしい、両少尉。諸君の直属上官になるのがバリック中佐だ。しっかりやってくれたまえ」

将位を持つ航空団司令も緊張気味に2人にそう言った。この場で緊張を覚えていないのはペレオン
大提督くらい…いや、もう一人居た。中隊長のバリック中佐である。

284濡羽:2008/04/22(火) 23:55:34
「天狗。私のところに来てもあんたの好むスクープはないわよ」
 開口一番、彼女は宙から舞い降りた翼に牽制を加える。
「私には文という名前があるんだけど」
「知ってるわ」
 文(あや)と名乗った少女は肩を竦めて苦笑。
 ブンヤを自称するこの鴉天狗は、時折こうして誰かの前に姿を現しては
無許可かつ強硬に取材を行うことで知られている。
 またそうして収集した情報をまとめた「文々。新聞」なる報道誌は、
その遠慮容赦の少なさに反比例するように諸処で好まれている。
 だが、この巫女が文の揃える『スクープ』に興味を示すことは稀だ。
 そして関心のベクトルが合わない事象に対してとる所作は、
道端に転がる石ころを拾う動作よりも情動に欠けている。
 人間味がないとは言わない――人ならぬ身故『人間味』を定義できないというのもあるが。
 しかし少なくとも文の知る人間の多くは、そこに類似した方向性が見られるものだ。
 一切の類似を見出せない、そもそもベクトルの次元が違う存在。
 そんな人間を、文は『変わり者』と呼んでいる。
 ――無論、胸中でだが。
「今日は世間話をしに」
 意外そのものといった表情で、巫女。
「この世界はどう?」
 文の問いに、わずかに微笑。
「おかしな言い回し。世界…そうね、幻想郷と大差はないんじゃない?」
 一度区切ってから、付け足す。
「――人為的に隔絶されている、という意味では」
「さすが博麗の巫女。わかるの?」
「そんな気がするだけ」
 今しがたまで掃除に用いていた箒を、手持無沙汰にもてあそぶ。
 神社の境内に比べれば猫の額に等しい庭。掃除などする必要性さえないのだが、
それでも何となく決まった時間にこうしているのは、単なる習慣の延長である。
 ちなみにこの箒、ピンク髪の魔女所有のものを無断で使っているのだが、今のところバレてはいない。
「けどおかしな話。何故、私達はここにいるのかしら」
 博麗大結界。その名を知らぬ者は幻想郷にはいない。
 一方でその博麗の姓を持つ巫女はあっさりと、
「あんたは夢の中で何故自分がここにいるのかいちいち懊悩するの?」
 ハゲたら天狗から河童になるわよ、と付け足される。
 その理屈は文の理解を超えていたが、おそらく知る必要のないことなのだろうと判断。
 ふと、
「結界と言えば、八雲の神隠しに会ってきたわよ」
「紫に?」
 巫女の応対がその一言で激変した。
「……あんた、それを私に伝えてどうするつもり?」
「ふと思い出しただけ。あの家はお得意さんだもの」
 その言葉に含まれた真意に、巫女は気づいただろうか。
「ふん。そんな近くにいるのなら、熨し付けて送りつけてやろうかしら」
「何を?」
「紫の式をよ」
 ここにきて初めて、巫女は文をひたりと見据えた。

「言っとくけど、私はどちらにもつく気はないからね」

 これで満足? と付け足そうと思い、やめた。
 そこにはすでに文の姿はなかった。
 それこそ夢のように消えていた。

285閃光:2008/04/27(日) 09:26:10

 見上げる空はあまりにも高く。
 突き刺さる夜明けの閃光に、自然目を細める。
 何かを、愛おしむように。

 草一本のなびく音さえ聞こえる静寂の下、この身を震わす感情を持て余す。
 喜びにしては頽廃。
 悲しみにしては蠱惑。
 言葉で表すには何もかもが足りない。
 ただ胸の中を埋め尽くす充足だけが、そこには在る。

 独りであることの幸福。
 孤独であることの不幸。
 幸せであることは難しく。
 不幸であることは、こんなにも、容易。

 月が傾き、色褪せる。
 大地を貫く十字の暁に、生死の罪が裁かれる。
 見上げる空には、届かない。
 空を飛べても、地平の果てまで駆けても、届かない。

 ――こんなにも近くて、遠い世界。

 涙が溢れ、止まらない。

286憐哀編side春原:間章:2008/04/27(日) 19:33:07

 ――さよなら、ヨーヘー

「なんだよ、それ…」
 わからない。
 こいつは一体何を言ってるんだろう。
 突然だった。
 わずか数十分。
 その間に、一体何が――いや、一体誰が。

 この少女を、ここまで追い詰めさせたのだろう。

「なんだよ、それ!!」
 僕は今、何に腹を立てているんだろう。
「意味わかんねぇよ! これまで好き勝手に僕を振り回しといて!
 今さら一方的になめたこと言ってんじゃねぇよ! 自分勝手にも程があるだろ!」
 違う。
 僕はこんなつまらないセリフを吐きたかったわけじゃない。
 なぜ、こんなことになったのかと。
 何が、ここまでイサを追い詰めるのかと。
 ――どうして、何も語らず独りでどうにかしようとするのかと。
 イサは、背中を向けたまま何も答えない。
「こっち向けよコラ!」
 それは普段の行動が反射となって表れた結果だった。
 見た目僕よりお子様の彼女の肩を、僕は力任せに引っ張っていた。
 お子様相手と遠慮する余裕もない。そのくらい僕は動揺していた。
 いつも突き放す側だったからこそ、今突き放されたことに平静を失っていた。
 当たり前だったものが失われんとする、その瞬間。

 けど、僕の必死よりも、イサの覚悟の方が遥かに上だった。

「!?」
 腹部に走るすさまじい衝撃。
 痛い、なんて感じる余裕もない。
 腰が抜ける感覚を、僕は生まれて初めて知った。
 足に力が入らない。
 膝から崩れ落ちるように、僕の体は力を失っていく。
 ――ごめんね。
 耳に届く、かすかな声。
 軽く抱きしめられる。
 見えない。呼吸ができない。苦しい。
 ――大好き、だから。
 口が塞がれる。温かい柔らかさ。
 頬に当たる冷たい感触。

 この時のことを、僕はこれから忘れることは出来ないだろう。
 縋られていたものに、縋ろうとして。
 突き放された時の、やるさなさを。

 僕は、決して、忘れない――

287神葬祭:2008/04/29(火) 21:42:31
「霊夢、何をしてるの?」
 昼間から部屋の片隅に佇んでいた博麗神社の巫女に、
夜も更けたこの時になって初めてリディアは声をかけた。
 何しろ、食事もとらずに黙々と作業をしているのだ。
 ――いや、それは作業と呼んでいいのかさえ不明だった。
 彼女は手に旗のようなものを持ち、正座姿でずっと目を閉じていた。
 声に反応した霊夢は、わずかに疲れているようだった。
「頼まれたのよ」
 微妙に答えになっていない。
「そもそも私は巫女であって神主じゃない。神職にも就いてない。
 祀りを行うには分不相応だって言ったのに」
 溜息交じりに肩をすくめる。
「祖霊舎も奥津城も用意できない。それ以前に遷霊祭だって無理よ」
 おまけに何やら不平不満。
「その割に、やけに一生懸命に見えたけど」
「一生懸命、ね。柄にもないわ、本当」
 軽く自嘲しながら、額の汗を拭うように前髪を軽くかき上げる。
 その重い動きに、頭の可愛らしいリボンさえ重苦しく感じる。
「始めて10分で後悔したわ。やめときゃよかったって」
 リディアにはその言葉の意味が理解できない。
「……でも、すっと目を閉じてただけでしょ?」
 そこに何の意味があるかはわからない。
 だが、やめようと思えばいつだってやめられたような気がした。
 少なくともリディアには、霊夢の今日一日の行動によって何かが変わったようには思えない。
「変わるのよ」
 リディアの言葉を、霊夢は一言で一蹴。
「こういうのはね。変わると思えば変わるの。
 経験ない? 『今日はきっとついてない』と思った朝に限って、その日はついてないとか」
 こくこくと頷く。
「それはその日が本当についてなかったわけじゃない。
 いつもなら瑣末事として気に止めないことを、何でも『ついてない』と捉えるからついてないの」
 だから、
「こうして祈ることで、誰かの想いに報いることが出来るのであれば。
 ……そこには意味があるのよ。確かにね」
 そこでようやくリディアにも理解できた。
 彼女がここで、どんな気持ちで、何をしていたのかを。
「……一生懸命だったんだね」
 同じ言葉を繰り返す。さっきとは、微妙にニュアンスを変えて。
「当たり前でしょ」
 すると、返ってきた言葉も変わった。
 霊夢は深く息を吐き、目を閉じる。
 少し翳を帯びたその表情は、薄白い明かりの下でもはっきりと陰影が浮かぶ。
 今、彼女の胸の中ではどんな感情が廻っているのか。
 リディアにはわからない。
 ――ただ、ひとつだけ言えるのは。
「私には何も出来ない。せいぜい祈ることぐらいだって――そう言ったのに」
 彼女は自ら望んでそうしていたのだと言うこと――
「知り合いの知り合いの知り合いなら、赤の他人とも呼べないしね」
「まだ続けるの?」
「そうね、日付が変わるまでは。そこに意味はないけど」
 リディアは少しだけ逡巡し、やがて意を決して、
「……私も、参加していいかな」
「ご自由にどうぞ」
 その言葉をあらかじめ予想していたかのように、霊夢は即答。
「ただし、日付が終わったら直会を用意してもらうわよ」
「なおらい?」
「後で教えたげるわ。ほら、正座しなさい。
 言っとくけど、途中でやめることは許さないからね」


 これが俺に出来る精一杯ってことで。
 せめて冥福だけは祈らせていただきます。

288衝動:2008/05/01(木) 00:07:28
 背後から寄る気配が自分を目的としているのは明白だった。
 故に、妹紅は振り返る。
「何?」
「……いや、そんな先制攻撃かけられると、返って聞きずらいんだけど」
 気配を具体化したその存在は、何故か両手をあげて万歳――もしくは降参の合図――をしていた。
 無論、見覚えがある。
「バカコンビの片割れか」
「ネジが緩み過ぎてあちこちに落として回ってるアホ盗賊と一緒にすんな!」
 誰とも言ってないのに相方がわかる時点で、自覚してると吹聴しているようなものだ。
 嘆息するのさえ馬鹿らしく、視線を明後日に逸らす。
「あのさ、もこー」
 そこで会話が終わらなかったことにやや苛立ちつつ、視線を戻す。
 鮮やかなピンクの髪を、尾のように頭の後ろで揺らすその姿。
 彼女――アーチェは、はっきり言って妹紅の苦手なタイプだった。
 いや苦手と言うよりも、もっと純粋に、嫌いだった。
「も・こ・う。無闇にのばさないでくれない?」
「はいはい、でさ、もこー」
 これだ。
 バカはバカであるが故に、こちらとそちらの境界線に気づかない。
 ――あるいは、気づきながらなおそれを無視して踏み込んでくる。
 妹紅にはそれが不快でならない。
 体の中を這い回る蛆のように、おぞましく鬱陶しい。
「あたしの箒を知らない?」
「は?」
 即座に生じた疑問は二つ。
 ひとつ。何故それを自分に聞くのか。
 ふたつ。何故その問いに自分が答えると思っているのか。
「なんか今朝から見当たんないのよ。あちこちに聞いて回ってんだけどさー。
 あと聞いてないのは、文に霊夢、それにナミ……は聞きようがないか。
 あれがないと空飛べないし、空飛べないと歩いて街まで行かなきゃなんない。
 そんなのこのアーチェさんに耐えられるわけないじゃん?」
 ――知るか。
「どっかで見かけた、ってのでもいいからさ。知ってたら教えてくんない?」
「……生憎と、私は知らないわ」
 衝動で込み上げた破滅的な感情を、すんでのところで圧し留める。
 あと少し抑える力が弱ければ、懐に忍ばせたスペルカードに手をかけていた。
 ――忌々しい。
 漆黒の殺意と共に思い起こされるのはひとつの顔(かんばせ)。
 妹紅から人としてのすべてを奪い去った、万の死を刻みつけてなお足りぬ大罪人の顔。
「んー、そっか。あんがと」
 妹紅の衝動を知ってか知らずか、アーチェは軽く言って妹紅に背を向ける。
「あぁ、それと」
 まだあるのかと再び湧き上がった熱い揺らぎは、次の瞬間に凍結した。

「気をつけんのよ。『ここ』はアンタが思うほど、優しくも辛くもない」

 すぐに扉の向こうに消えた背中を見送ってから、妹紅は後悔した。
 躊躇わずに、撃つべきだったと。

289レイレイの探し物:2008/05/05(月) 20:55:56
ときどき私はとある物を無くす。
でも私には何がないのかわからない。
それは大切な物というのはわかっているのだが、
しかし何を忘れていたのかは覚えていない。
「何を忘れてるんだろ、私」
青空の下、青々とした草の上にねっ転がり、しばらく考えていた。
でも何も答えはでない。眠くなっただけ。
そのまま私はぐっすりと眠ってしまった。
気がつくと辺り一面は真っ暗になっていた。
誰もいない。見慣れている風景さえ怖く感じる。
どうしたんだろう、魔界じゃこんなこと感じなかったのに。
そうか、ゆっくりすること、安心することを忘れていたんだ。私は悟った。
魔界ではいつも神経を研ぎ澄ませ、後ろから来る敵に備えていたが、
今ではその必要は全くない。当たり前だ、何もない平穏な世界なのだから。
だが、だからこそ安心できたのだと私は思う。

ああ、魔界には戻りたくないなぁ

290憐哀編sideイサ:序章:2008/05/05(月) 22:41:52

 生まれつき、ボクの心は欠けていた。

 それは悪魔として生を受けた身であれば歓迎すべきことだと、いつか言われた記憶がある。
 ――悪魔。
 自分という種族を表すその単語に、特にこれといった他意を覚えたことはない。
 ただ、『悪魔』であれば自分は喜ばれるのだと、幼心にそんなことを考えた。
 喜ばれることは、嬉しい。
 ボクは『悪魔』であることを誇りに思った。

 ――それなのに。

 歯車は、一体いつの間に歪んでしまったんだろう。
 理由はわからない。
 ――嘘。
 わかっている。
 教えてくれたから。
 ただその当時のボクはまだまだ幼くて、拒絶される意味を理解することなんて到底出来なかった。
 けれど、覚えていた。
 言われた事実は事実として、整理されることもなく、心の引出しの片隅に
ずっとずっと置きっぱなしにされているだけ。
 今でも簡単に思い出せる。
 昨日のことのように。

 そして今ならその時の言葉の意味がわかる。
 思い出しても、痛くない。
 思い出しても、辛くない。

 生まれつき、ボクの心は欠けていた。

291憐哀編sideイサ、1:2008/05/05(月) 22:43:10

 一日目 AM 3:00

 限界が近いことをイサは自覚した。

 ――時間がない。

 このままでは終わってしまう。
 いや、終わってしまうことは仕方がない。
 それは不可避の事象だ。
 イサがイサとして存在する以上、それからは決して逃れることは出来ない。
 それは、息を吸えば吐くように、手を挙げれば下ろすように。
 起点から終点までの過程に疑念を抱く余地すらない、当たり前のこと。

 自分は終わる。
 それはいい。

 だが、このままではダメだ、とイサは考える。

 このままでは、何も残らない。
 自分はただの悪魔の一人として、誰の心にも残ることなく、消えてしまう。
 それは嫌だ。
 せめて、せめて今の自分のことを覚えていてほしい。
 これ以上ないというくらいに。
 心の根に当たる部分を縛り上げ、一生自分という存在に囚われ続けるほどに。

 そんな『ささやかな願い』を叶えてくれる存在を、イサは一人しか知らない――

292紅夜:2008/05/06(火) 08:18:07
(さて、どう終わらせたものか)
視界を塞ぐ紅の波をかわしながら、彼は月を背後に浮かぶ少女を見上げた。
機嫌がいいのか、人であれば卒倒しかねない笑みを彼に向けながら、その手を振るう。
ばっ!と少女の姿が無数のコウモリへ四散し、その一つ一つからナイフが彼へと降り注ぐ。
「ふん」
それに対してか、男は鼻を鳴らし、少女ど同じ様゙に四散した。
「そういえば、貴方も霧になれるんだったわね」
コウモリ達が集まり、元の形へと戻りながら、霧になった男を見つめる。
「お前ほど万能でもないがな」
少女と対になるような、黒く深い闇を纏いながら、男が答える。
紅に呑み込まれながら、黒へと染まる場で二人は暫し見つめ合った。
その視線は愛しい恋人同士のそれの様な熱を帯び、獲物を狩る獣の様な鋭さを秘めていた。
「そろそろ、夜が明けるわね」
少女の言葉が二人の時間の終わりを告げ、
「ああ、また忌むべき朝が来るな」
男の言葉が始まりを告げた。

「なら」
「今この時を」
「楽しみましょう」
「楽しもう」


「「こんなにも月が紅いから」」

日の光が世界を染めるその時まで紅と黒は世界を染め上げる。

293キルアから見た恋愛:2008/05/07(水) 15:38:17
ここに恋する男が2人(+1匹)。
「はぁ…ジラーチさん…」
「雪…」
「レイレイ…」
 
――なんだろう。恋愛は別に悪くないと思うよ?俺は。あいつ等の恋を応援してあげたいという気持ちもあるし。ついでに言うと、 (頼まれたらの話だけど) 恋愛を手伝ってやってもいい。
――けど…モヤモヤする。
あ、 断 じ て 嫉 妬 じ ゃ な い か ら 。
 
このモヤモヤの原因はあれだ。『理由が分からない』。
ジラーチは常に元気で可愛いし雪という奴はシッカリしていて女らしいしレイレイは異性を魅了させるようなオーラがある。
だけど、これだけで恋に落ちるか普通?人それぞれと言ったらそこで終わりだけど俺は納得いかない。
 
 
「ジラーチさんってかっこいいよね」
「雪とは、いずれまた交際したい」
「レイレイのフィギュアで毎晩(ry」
あーあ、始まったよコイバナって奴が。女だけがすると思ってたけど男もするんだな…って最後待てよ最後。変態発言だろ?あいつが見てたらどうすんだよ。
 
…………
なんか恋って凄いな。
こんなに他人を虜にできるなんて。ま、俺はゴメンだけど

294宵闇:2008/05/07(水) 23:02:19

 ――月符「ムーンライトレイ」

 文字通り夜を裂く閃光の槍。
 完全な不意打ちに、妹紅の反応は致命的なまでに遅れた。
 そして――直撃。
「……っ!」
 声は出なかった。
 ――声帯が消滅したのかもしれない。
 左半身の感覚がない。
 ――そもそもまだ存在しているのか。
 思考が徐々に鈍っていく。
 ――まさか、脳が、壊れ……

 ――「リザレクション」

 意識が戻った。
 左手を動かしてみる。五指は妹紅の思うままに従った。
 念のため頭に触れてみる。陥没している気配はない。銀の髪一本までそのままだ。
 ――完全に「復活」していた。
 こんな短期間で復活できたところを見るに、威力はさほどなかったらしい。
 おそらく突然の衝撃に脳がパニックを起こしたのだろう。
「……またお前か」
 妹紅は語りかける。突如奇襲をかけてきた相手に向かって。
「む、その声はまさか『はずれ人』?」
 声の返ってきた先に、しかし姿はない。
 ――いや、姿は『あった』。
 夜よりもさらに昏い宵闇。
 如何に目をこらしたところで決して見透かすことの出来ない深淵。
 それが声の正体だ。
「なんであなたばかりひっかかるのかしら」
 それはこっちが聞きたいと妹紅は思う。
「魚を獲るつもりがヒトデやクラゲばかりひっかかってしまう漁師の気持ちって、
 きっとこんな感じなんでしょうね」
「…そもそもお前はこんなところに『網』を張って、一体何を狙ってるわけ?」
 やや呆れ声の妹紅に対して、宵闇は応える。
「決まってるでしょ。人間よ、人間。今晩のおかず」
「一応聞くけど。ここはどこ?」
「空ね。地上200メートルくらい?」
 しばし、お互いに無言。
「……木に縁りて魚を求むとはこのことか」
「? そーなのかー」
「鬱陶しいからやめてもらえる? お前の闇は夜に紛れると区別がつかない」
「だから罠になるんじゃない」
「相手を視認できない罠に何の意味があると?」
 宵闇がかすかに蠢いた、気がする。
 正確に言えば、人為的に作られた闇の中に埋もれた姿が、だが。
 その闇は外から中を見ることが一切叶わない代わりに、中から外を見ることも一切叶わない。
 しばらく逡巡してから、闇はぽつりと、
「……そういえば、私はどうやって罠にかかったことを知ればいいのかしら?」

 ――適当に放ったのであろう先のスペルカードが偶然にも直撃したことは、妹紅にとって屈辱の極みだった。

「……木は炭に」
「え?」
「物は灰に。人は焼死体に」
 闇の奥の気配がすくみあがるのがわかる。
 妹紅の背に生える炎の双翼が、彼女の意思を反映して燃え盛る。
「――闇は、焼けば何になるのか知らん」
 光も通さない闇から一人の少女が飛び出した。
 金髪の幼い容姿に、黒のロングスカート。
 宵闇を生む妖怪――ルーミア。
 一目散に逃げ出すその背に向かって、妹紅は掲げる。
 不尽の煙を生む炎を。

 ――不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」

 そうしてあたりに夜が戻った。
 火の鳥に貫かれた闇は、霧散して夜に溶けた。
『私は焼いてもおいしくないよーーーーーーーー!!!』と叫びながら遠ざかった声も、もう届いてこない。
 深々と嘆息。しばらくしてから、来た道を逆に辿る。

 今晩もそこには届かなかった、と思いつつ。

295ありがた迷惑:2008/05/09(金) 23:52:03
テーブルの上に鎮座する大きな箱を覗き込み、紅は思わずぎょっとした。
黄色の長方形の物体がこれでもかと言わんばかりに箱の中にぎっしりと詰め込まれていたのだ。
「食べちゃ嫌よ?」
いつの間にやら、彼女の隣には八雲紫がいた―但し、スキマから逆さまの上半身のみ。
「…つか、これ食べ物なんだ」
最もらしい疑問を口にしながらも、半眼のまま黄色い物体(食べ物?)を見下ろす。
「しかしこんなにどこに送るのよ。白玉楼かなんか?」
一番可能性の高い場所を口にし、だが、逆さまの紫は扇子で口許を隠して笑った。
「今回は違うわ、私の式の所よ」
式、と言われて、紅はああと声を上げた。
「藍か」
「そ」
箱の蓋がひとりでに閉まり、封がされる。と、箱の真下に隙間が開き、重力のまま箱が下へと落下する。
隙間からはドスンという音と向こうの住人だろう声がいくつか聞こえたが、
紫は笑うだけで紅は思わず頭を抱えた。
「ああそれと」
まだ何かあるのかと言わんばかりに視線を向けた紅の目の前に一枚の紙が差し出される。
「請求書、貴方の名前でつけておいたからお願いね☆」
まさにゆかりん!
ワナワナと震える彼女の異変を察知したのか、今でくつろいでいた者は脱兎のごとく逃げ出し
「――っんの、隙間があぁぁぁぁぁっ!!」
吠える彼女の魔法で家が半壊したのはいうまでもない。
どっとはらい

296悦び:2008/05/11(日) 01:05:40

 この気持ちを言葉で表すとしたら、適切な語彙は何になるのでしょう。

 何かに追い詰められているのがわかる。
 進むということは、いつか辿りつくということ。
 一本しかない道を歩き続けている限り、その日は必ずやってくる。
 たとえそれが望まぬゴールであろうとも。

 その時こそが私の始まりであり。
 すべてが終わる日でもあるのです。

 何かに追い詰められているのがわかる。
 それがこんなにも悦ばしいことだったなんて。
 愛しい人。
 もっと悩んでください。
 もっと苦しんでください。
 あなたがそうして苦しむのは、私のせいなのですから。

 もっと、もっと。
 私の存在を刻みつけてください。

 あぁ、いつになればやってくるのでしょう。
 ――世界の終わりは。
 ――私の始まりは。

297老大提督の贖罪:2008/05/11(日) 09:49:40
――惑星ビィス軌道上・ESD『リーパー』ブリッジ

帝国の副都ビィス。この惑星はインペリアル・センターに次いで二番目の規模を誇る
メトロポリス惑星である。地表を摩天楼で覆いつくした惑星の軌道上には、この惑星
を母港とし、『死神』の名を持つ旗艦を有するペレオン艦隊が浮かんでいた。

ブリッジの窓の前で佇む老人が居た。ギラッド=ペレオン…エンドアの撤退戦におけ
る最大の功労者で、その後の数々の戦いで『キメラ』、『ルサンキア』、そして今の旗艦
である『リーパー』を率いて武功を立ててきた老将である。彼はまたしてもディープ・コ
アに侵入してきた反乱同盟軍の機動部隊を撃破してきたばかりだったのであった。

「…ふぅ」
「お疲れですか?大提督」

溜息を吐いた彼に、『キメラ』以来彼の旗艦の艦長を勤めてきたアーディフ艦長が声
をかける。無理も無い、パルパティーン皇帝というカリスマ指導者が居なくなった後の
彼らの職務は激務の上に激務を重ねるものだった。自由と解放を掲げる反乱同盟軍
はそのスローガンとは裏腹に帝国の高官から自由を奪っていることに気が付いている
のだろうか。更に、彼は既に70歳を超えている。普通ならば彼くらいの齢の者は退役
して、帝国へ長年の忠誠を捧げたことに対する見返りとしての十分な額の年金を受け
取り、悠々自適に暮らしているはずだ。しかし、一連の混乱が彼に安息を与えることは
しなかった。艦長が気遣うのも当然のことである。

だが彼はいいや、と首を軽く横に振った。恐らく彼の見栄もあっただろうが、実際のとこ
ろ彼は別のことを考えていた。

「息子の事を…考えていたんだ」
「息子…」

艦長は少し考えて納得した。しかし、もし彼でなかったら納得には至らなかっただろう。
公式の記録によれば、ペレオン大提督に妻子が居たという記録もクローン施設を利用
した記録も養子を取った記録も無い。従って、息子と呼ぶ存在は皆無の筈だが、存在
した。私生児として。

マイナー=デヴィス…インペリアル・スター・デストロイヤーの艦長を務める帝国軍将校
だ。2度のデス・スター破壊による高級軍人の大量喪失を利用して30代半ばでのし上が
った者だ。しかし、勤務記録によれば彼の成績はどの階級・ポストでも優秀なものであり、
勲章や賞状の授与に何回も与っている。しかし、その出生は謎に包まれていた。いくら
高級軍人の大量喪失があったとしても、インペリアル級の艦長ともなれば高官が後ろ楯
にいなければ、彼の若さで任命されるのは難しい。その為、色々な憶測が流れていたが、
ペレオンの隠し子だったのである。

マイナーの母が妊娠したことを若き日のペレオンに告げた時、彼は結婚していない相手
との間に子ができたことが公になれば自身の出世に傷が付くと考え、私が父親というこ
とは伏せて欲しいと頼み、彼女は泣く泣くそれを承諾した。彼も自分を冷たい男だと自分
を呪い、彼女と息子に対して可能な限りの援助を続けていた。いずれ出世した暁には妻
として迎え、息子として認知しようと。しかし、その願いは永久に果たせなくなった。彼が
キャッシークのウーキー奴隷化任務に赴いた時、不慮の病に彼女は斃れ、帰らぬ人とな
った。この事を後で知ったペレオンは人知れず慟哭した。しかし、まだ息子が居た。せめ
てもの罪滅ぼしに彼にはできることをしてやろうと考えた。

親しい同僚に息子を預かるように頼み、軍事アカデミーに入る際も教官達に根回しを行
い、長じては重要なポストに就けるように手を回した。息子だけが彼の生きる理由なので
あった。

彼は何度か息子に会っている。会う度に息子の成長に目を細め、自分とかつて愛した人
の面影が彼に表れていることをまた喜んだ。マイナーも最初は父が母子を出世の犠牲に
したことを良くは思わなかったが、彼をペレオンが裏で支えたことを育ての親から聞かされ、
ペレオン自身の告白もあったことで、わだかまりも大分消えた。

「もう…よろしいのではありませんか?十分に贖罪は…」
「いや、生涯…永遠に償えるものではない…それにまだ1つやるべきことが残っている」
「1つ…?」
「ああ、この休暇に取り掛かるとしよう」

数日後、帝国軍人事局の整理課の仕事が一つ増えた。ある将校の名前を書き換える仕事
である。1人の事務官がコンピュータの電源を入れ、インスタント・コーヒーを傾けながら作業
を確認していた。

「どれ、今日もお仕事に取り掛かりますか!最初の奴は…マイナー=デヴィス大佐…姓を変
更…改姓前:デヴィス…改姓後:ペレオン…マイナー=ペレオン、か!」

298贈り物:2008/05/11(日) 10:20:32
 一瞬、そのシュールな光景にアーチェは我を忘れた。
「きゃー潰されたー」
 ぱたぱたと手足を振り回す様は、さながら胴体にピンを打たれもがく虫のようで。
 何で先に防腐剤を打ってあげないのかとかいやそうではなく。
「ちょ、え? 何これどうしたの!?」
 アスミが潰れていた。
 正確には、大きな箱を背中に乗せもがいていた。
「潰されたー」
 言っている内容の割には、アスミはやたらと楽しそうだった。
 かたつむりにでもなっているつもりなのかもしれない。
 本人が嬉しそうなのでやや躊躇ったが、とりあえずアーチェはその背に
乗った荷物をどかしてやることにする。
 重さは思ったほどではなかった。
 というか、サイズの割には軽い。
「何だろこれ……爆弾?」
「何でそんな結論に到達するかな……」
 突如別の声がしたので振り返ると、リディアが後ろから覗き込んでいる。
「だってこれどこにも宛名がついてないし」
「宛名がついてないなら、郵便物じゃないってことでしょ。
 文の配達物とかじゃない?」
「文って配達員だっけ?」
「う〜ん…? まぁ、似たようなものなんじゃないかな」
 本人が聞いたら全力で否定しそうな会話を続ける二人。
 ちなみにアスミは自由になった身を謳歌しているのか、
ある一点――ちょうどアスミが潰れていた場所の少し上あたりだ――を
指さしながらくるくると回っている。

 と、そこに、
「ここに紫様が来なかった!?」
 何やら緊張の面持ちをした藍と、それに従うようについてきた橙がやってきた。
 しかしメンバーの中でも良識な部類に入る藍が、動揺をここまではっきり表しているのも珍しい。
 一方、問われた二人は、
「紫? 誰、それ?」
 知らぬ名が出てきたことに首を傾げる。
「平たく言えば、私のご主人さま。今、ここであの方の力の気配を感じたから…」
 おそらく望んだ状況とは異なっていたのだろう。声のトーンが明らかに落ちている。
「そう言われてみると……何か、見慣れない魔力の残滓があるね」
 敏感なリディアも、うっすらとだがここに残った何かを感じた。
「けど、私達も今ここに来たところなの。今はいないみたいだけど…」
「アスミなら知ってるかもよ。あたしが来た時に、ここで潰れてたし」
「潰れてた?」
 全員の視線がアスミへ。
 そのアスミはと言えば、何故か橙にフライングボディアタックをかましていた。
「やったなー!」と叫ぶ橙が、負けじとアスミに対してくすぐり攻撃をかけている。
 まぁ要するに、じゃれあっていた。
「……それで、潰れてたっていうのは?」
「いやじゃれるアスミをうっとりと見てたまばたき一回後に、そんな真面目な声出されても。
 それと藍、アンタは鼻血の跡を拭け」
 アーチェはつい先ほどここで見た出来事を簡単に説明した。
「これに潰されてた……か」
 視線の先には、大きな箱。
 藍を見やると、目が合った。
「ひょっとして……上から、落ちてきた?」
 藍は確信を持って頷いた。
「紫様なら、その力で物をどこかに送るなんて造作もないことよ。
 おそらく隙間で、これだけを……」
「じゃ、とりあえず開けてみよっか」
 爆弾と推測した時から、アーチェは開けたくてしょうがないという顔をしている。
 間違いなく、プレゼントをもらったら包み紙を散々蹂躙したあげく中身を取り出すタイプだ。
 アーチェを制して、藍が慎重に箱を開けた。
 そこには、
「……………………油揚げ?」
 としか呼べないものが入っていた。それもぎっしりと。
「…どうりでサイズの割に軽かったわけだわ」
 さしものアーチェもその光景には圧倒された。
「うん。それにこれはどう見ても……」
 視線の先には、9つの尾。
「紫、様」
 藍のお尻あたりから生えたそれは、彼女の心中を反映するようにふるふると揺れている。
 何となく声をかけるのも憚られて、しばらく二人も無言でその時を過ごした。
「……すまなかった」
 最初にその場の均衡を破ったのは、藍当人だった。
「これは私宛のもので間違いないわ。けど、ここでは私も相伴に預かる身。
 良かったら今晩のおかずにでも使いましょう――橙!」
「くの、くのっ! ……あ、はい藍様。何でしょう?」
「これを運ぶのを手伝って頂戴」
「わかりました! …この勝負はお預けだからね、赤いの」
「これで勝ったと思うなー」
 ぱたぱた手を振るアスミ。
「しかし、何の前触れもなくいきなりあれだけの油揚げって……」
 二人が運ぶ姿を傍観しながら、ぽつりとつぶやく。
「……うん。なんて言うか」
 リディアとアーチェ。お互いを見やって、苦笑。

『世界は広いわ』

299誰もがやられた:2008/05/12(月) 15:10:20
逃げ惑う妖精メイド達(役立たず)とそれに執拗に弾幕を放つ少女を紫は半眼で見ていた。
弾幕が放たれて随分時間が経っているのか、辺りはまさに地獄絵図と化していた。
(…流石に地獄絵図は言い過ぎか)
頭を振りながら、体の回りに結界を展開する。
幸いな事に向こうはまだ自分に気付いていない。
最も気付いていても無視してるだけかもしれないが。
その場に浮かび上がると弾を結界で防ぎながら、少女へと近付く。と―
少女がこちらに振り返る。
(けど、もう遅い)
がっしりと彼女の腰を脇に抱える。
喚きながら暴れる少女のドロワーズに手をかけると、弾幕が更に濃くなる。
(フォーオブアカインド…)
分身した少女を一瞥し、手を一気に降ろす。
「いやああああっ!」
恥ずかしさからか、更に暴れる少女の声と弾幕に負けない様に紫も声を張り上げる。
「このっ!悪い子がぁ!」

ピチューン

真っ赤になった尻を出したまま、鼻をすする少女―フランドールを見下ろしながら、紫は息をついた。
「そういうのが嫌なのは自分もよぉく分かるけど、だからって弾幕でどかーんは駄目よ」
「ひぐっ…う、うん」
ドロワを穿きながら、小さく頷く。
その様子に苦笑しつつ、目線を合わせる様に片膝をつく。
「けどさ、姉貴だとこうはいかないんだよ?
昔やられたけど、それこそばちーんばちーんって凄い音させるし、
あのつるぺた姉貴「…へぇ、人のことそんな風に思ってたんだ」は…」
背後からした声に紫の顔から汗が滝のように流れる。
そのままゆっくりと、さながら油が切れたブリキの玩具の如く振り返る。
そこには満面の笑みをたたえた、けれど、背後に般若の面が見えそうなオーラを従えた女性がいた。
「…こ、ここからが本当の地獄だ」
壁際で震え上がるメイド達とフランドールの目の前で惨劇は幕を開けるのだった。



尻叩きって痛いよねって話
皆も小さい頃やられたよな?!

300禊雨・上:2008/05/13(火) 23:40:30
 雨の降りしきる夜だった。
 音を立てるほど強くはなく、さりとて無視できるほど弱くもない。
 この雨を楽しむ風情は濡れることにあると妹紅は思う。
 傘も差さず、街灯の薄明かりに映える暗緑の森を肴にして。
 彼女達は酒を酌み交わしていた。
「お二人はここで何をしているのですか?」
 声をかけられた二人――代理人と妹紅は、共に感情の希薄な表情をしていた。
 代理人に至っては、横に一升瓶を置きながら顔色一つ変えていない。
「あなたこそ、こんなところへ何をしに? お嬢ちゃん」
 お嬢ちゃんと呼ばれたその少女は、「にぱ〜☆」と満面の笑みを浮かべ、
「楽しいことをしているなら、ボクも混ぜてほしいのですよ」
 意外そうな顔をしたのは、妹紅一人だけ。代理人は変わらず無表情にグラスを傾けている。
 その齢10歳にも満たないように見える少女がここまで一人でやってきたことも意外なら、
雨に打たれながら淡々と酒を交わす光景をまさか「楽しいこと」と評されるとも思わなかった。
 だが、子供の発想が固定観念に縛られた『大人』とは異なる感性から生まれることは知っている。
 その程度のことだろうと、妹紅は安直に考えた。
「私達にとって楽しいことが、お嬢ちゃんにとっても楽しいとは限らないよ」
 言いながらグラスを煽る。
 特に美味いとは感じなかった。
 ――気分が悪いのならなおさらだ。
「それは混ざればわかることなのですよ」
 言って、代理人の隣に座る。
 ちなみにその少女は二人と違ってきちんと傘を差していた。
もっとも、濡れた地面に腰を下ろしている時点で傘の役割など無きに等しいが。
「雨がざーざーで水たまりがぱしゃぱしゃなのです。とってもいい気持ちなのですよ」
 少女は始終ご機嫌という様子だった。
 ただの八つ当たりと知りつつも、妹紅にはそれが面白くない。
 何しろ、つい今しがたまで胸が悪くなる会話を展開していたのだ。
 そしてそれはまだ終わっていない。
「妹紅。無駄と知りつつも、もう一度だけ言うわ」
 少女の存在を完璧に無視して、代理人が口を開く。
「愚かな思索はやめなさい。そこには何の価値もない」
「価値を決めるのは私。違う?」
「違わない。だから表現を変える。
 あなたは自分の魂を貶めてでも、『この世界』の根幹に触れようと言うの?」
 妹紅の眉根がわずかに上がる。
「何も変わらない。何も叶わない。そもそもここには何もない。
 求めれば求めるほど、足掻き、醜態を晒すことになる」
「……だから私は」
「『自分の信じるものを貫くだけ』、と? なるほど、その言葉を口にするだけの強さをあなたは持ってる」
 けれど、と、
「少しは学びなさい。そのメンタリティこそが、今のあなたに一人相撲をとらせる因となっていることを」
「……るのか」
 妹紅の周囲に空気の流れが生まれる。
 周囲の温度が急激に上昇し――そして。

「わかるのかっ!! 貴様にっ!! 蓬莱人としての苦しみがっ!!!」

 怒りに燃え上がる妹紅の顔は、まるで泣いているようだった。
「この永遠の苦輪から逃れられるというのなら、私は泥をすすることさえ厭わない……!」
「…………戯れか」
 代理人が、動いた。

301禊雨・下:2008/05/13(火) 23:41:40
 妹紅は反応できなかった。
 油断があったのは事実だろう。
 それは代理人が自分を急襲するわけがないという甘えと、
そもそも代理人が自分を急襲できるわけがないという自負から来ていた。
 ――だが、それだけではない。
 妹紅は『自分の体が吹っ飛ばされる』まで、代理人を知覚することが出来なかった。
「な……っ」
 吹っ飛ばされたと言っても、威力はほとんどなかった。
妹紅の体が抵抗を示すより早く衝撃が伝わったため、思いのほか体が跳ねただけだ。
 逆に言えば、今の一撃にはそれだけの速さがあったということか。
「私の素早さはカンストよ」
 妹紅を吹っ飛ばした体勢のまま――つまりは拳を前に掲げた状態でそう告げる。
「学びなさい。あなたの唯一にして最大の敵は、その悪夢に繋がれた楔にこそあることを」
 それだけ言い放ち、代理人は再び無言で酒を呷り出した。
 妹紅は濡れた地面にぺたんと座りこんだまましばらく呆気にとられていたが、
やがて小さく「……ごめん」とだけ言うと、代理人に追従するようにグラスに酒を注ぎだした。
 そうして、辺りに静寂が戻る。

 粛々と。
 まるで彼女達の罪を身削ぐように、降りしきる雨。

「…………感想は?」
 ぽつりと。
 ここに来て初めて、代理人は少女に語りかけた。
「よくわからなかったのですが、ケンカはダメなのですよ」
「違う」
 無機質な視線が少女を睨め付ける。
「満足したかと聞いてるの」
「……何のことなのか、ボクにはちっともわからないのですよ」
 言って「にぱ〜☆」と笑う。
 代理人は今度こそ口を閉ざし、そして二度と開くことはなかった。

 沈黙の酒会は、こうして更けていく。

302密談:2008/05/16(金) 23:50:06
「どう思う?」
「どう……って?」
「ここ最近の出来事だよ――似てると思わない?」
「……『あの時』と?」
「…アーチェも気づいてたんだね」
「わかるわよ。自分のことだもん」
「……繰り返そうとしてる、ってことなのかな」
「それ以外に、何があると思うわけ?」
「…………」
「『あの時』は派閥が二つに割れた」
「旗が二本立てば、そこに人が集うから」
「今回はすでに旗が一本立ってる」
「文の話だと、藍とかルーミアとか、見境がない感じだね」
「それに不満を抱く奴が現れたら」
「旗がもう一本立つ。そして……」

『――戦争が始まる』

「当事者だったあたし達だからこそわかる」
「うん。繰り返させるわけには、いかないよ」
「……アイツに会って、話をしよう」
「それが出来るのは私達だけだしね」
「今度は何を企んでんだか」
「場合によっては、強硬手段も辞さない覚悟でいこう」
「……アンタの強硬手段って、アイツの体は斬鉄剣の錆になるんじゃ」

303昔話:2008/05/17(土) 00:11:39

 ――むかし、むかし。
 ――それは、ある世界の中の、ある町の中の、あるアパートの中のお話。

 そこには六畳一間の王国がありました。
 世界で最も小さなその王国には、十数人の住人と、一人の従者がおりました。
 その国の王様は女王様でしたが、統治などはせず、住人は自由気ままに過ごしておりました。
 一人の従者は自らのことを『使徒』と呼び、王様を大変崇拝しておりました。

 しかし、時が経つにつれ、王国はその様相を変えていきました。
 いつの間にかそこは帝国と呼ばれ、不必要な軍備増強が繰り返されたのです。
 もともといた住人達の多くは居場所を失い、去っていきました。
 温かった空気も、次第に鉄の冷たさを帯びるようになりました。
 
 ある時、住人の一人が解放宣言を唱えました。
 自分達には自由に暮らす権利がある――と。
 それに同調したメンバー達が派閥を作り、帝国に反旗を翻しました。
 たちまち両者の間には軋轢が生まれ、鉄の冷たさは焼けた鉄の熱さへと変わっていきました。

 やがて二つの派閥は互いの境界を踏み越えます。

 ――帝国派のリーダーはリディア。
 ――独立派のリーダーはアーチェ。

 両者の争いは『ハルマゲドン』と呼ばれ、その世界の歴史に刻まれました。
 結果として、帝国は解体。
 六畳一間の王国は、六畳一間の民主国家となりました。
 一人の従者が夢見た砂上の楼閣は、そうして終わりを迎えました。

 ――むかし、むかし
 ――それは、ある世界の中の、ある町の中の、あるアパートの中のお話でした。

304傍観:2008/05/17(土) 12:46:20
「面白そうな事になってきたねぇ」
扇子を開いては閉じるを繰り返す紫の肩に顎を乗せながら、
前に開かれた隙間を萃香が覗き込む。
「そうね」
パチン、と区切りをつけるように扇子を手の中に収める。
「役者は既に舞台に立ち、後は開始の鐘を待つのみ。
あれの相手はさながら蓬莱人かね?」
自身の予想を話す萃香に紫は扇子を口許に持っていきながら、くすりと笑う。
「案外二人かもしれないわよ?」
「っていうと?」
隙間から見える光景はいつの間にか一人の式から一人の青年へと変わっている。
「悲劇を知る者はそれを繰り返さぬ様に立ち回る。
けれど舞台に立つ役者達は劇のシナリオには逆らえない。
それはあの場所を収める彼とて同様」
「…もうちょっと分かりやすく頼むよ」
「まあ、簡単にいえば、劇は面白い方がいいってことよ」

紫の瞳がすっと細められる。
寒気すら感じられるそれに萃香が思わずたじろぐ。
片手に複雑な式を組み込んだ符を持ち、笑みを浮かべる。
「そう、劇は面白い方が観客も喜ぶものね」
ぺらりと符を隙間に落とすと彼女はおかしそうに笑う。
「…楽しませて頂戴ね」


隙間の向こうでは彼女の式の式の背に張り付いた符が溶けるように消えていた。

305訃報・上:2008/05/17(土) 23:47:36
 そこに在れば、薄ら寒い怯えと共に誰もが思うだろう。
 ――ここはどこだ、と。
「これって…………」
 あたりは不気味な静寂に包まれている。
 道を歩く足音さえ聞こえない――それ以前に、人の姿がない。
 比喩などではなく、針を落とせばその音が聞こえるだろう。
 ――わずかに、一歩。
 ただそれだけで、人間達に置き去りにされた無機質の建造物だけを残し、生の気配はこの地から根絶された。
 それがどれほど異様なことか、二人は理解していた。
 と同時に、その意味も。
「……久しぶりね、『ここ』も」
 わずかに茶化すようなアーチェの口調も、緊張に歪む表情を崩すには至らない。
「久しい」という表現が正しいのか、実のところアーチェにもわからない。
 ただ、かつて同じような場所に踏み入れたことがあるという話だ。

 ――同じような場所。
 無限の可能性から堕とされた粗悪な世界。
 名もなき泡沫の、弾けるその一瞬前。
 ここは『生』という概念が劣化しているため、踏み込むことは出来ても生まれることはない。
 ここは『死』という概念が劣化しているため、どれだけ殺されても死ぬことはない。
 何もかもが不完全で、そして何物も完全ではいられない御伽の国。

 リディアはそこに足を踏み入れた瞬間から、無言で目を閉じていた。
 しかしそれもしばしの後にぽつりと、
「私達以外に、あと一人」
 魔力を『視る』リディアの言葉に誤りはない。
「アイツってこと?」
 首を横に振る。
「魔力の気配がするんだから、多分違うと思う」
 知らない間に魔法を身につけたりとかしてたら、話は別だけれど。
 そんなことを言外に言っている。
 しかし、それが有り得ないことを二人は理解していた。

 ここは「神」の領域なればこそ。
 ここで「神」の願いは叶わない。

 二人は、この世界に存在する最後の一人を探した。
 いや、探したという表現は適切ではない。
 ――探すまでもなく、すぐに遭遇したからだ。
 そこはまさしく、あの人間が住む場所に違いなかった。
 アーチェも度々訪れたことがある。見間違えるはずもない。
 
 その入口に、蒼い僧服を着た一人の女が立っていた。

306訃報・下:2008/05/17(土) 23:49:59
「こんにちは、ディア」
 代理人は、その流れるような蒼い髪の毛先まで、普段とまったく変わらない。
 そもそも変わるところを見たことがない。
 無表情、無感情、無感動――震度8でもビクともしない最新の耐震構造を搭載した、鉄壁のアイデンティティ。
「――それと桃色の生命体」
「とってつけで何て失礼な!」
「ごめんなさい。――それと#F58F98の貧乳女」
「訂正後がわかりにくい上、明らかに中指立てて挑発されてる!」
「私の中指は何でも貫くZE☆」
「なら自分のこめかみでも貫いてなさいよ!!」
「個人的にはディアのいけないところを希望」
「どこ!? それはどこっ!?」
 頭から湯気が出ているアーチェの襟首を、猫の子よろしく引っ張り上げる。
「ちょ、邪魔しないでよリディア。今アイツにオートマチック・ロシアンルーレットを」
「代理人に遊ばれないの」
 ぴたりと動きを止めるアーチェ。ぎろりと代理人を見遣る。
 無論、睨まれた当人は眉根一つ動かさない。
「…何で今ここにいるのか、なんて聞かないよ。そんな気はしてたから」
「さすがディア。どこかの低濃度生物と違って理解が早いわ」
『何が低濃度がm』と、言いかけたアーチェの口を塞ぐ。
「そこを通してもらえる?」
「どうぞ」
 代理人がすっと入口からどく。
「ただし、目的地に目的の人物がいるとは限らないけれど」
「そうだろうね」
 まずはここから出ないといけないもの、と付け足す。
「いや、そういう問題ではなく」
 しかし、それに対する代理人の回答は、リディアの予想を絶望的に超えていた。


「――死んだ人間に会うことなんて、誰にも出来ないでしょう?」

307憐哀編sideイサ、2:2008/05/18(日) 21:20:22
 一日目 PM 17:00

 春原に用を足すと言い、イサはゲームセンターから外へと出た。
 無論、言葉通りであればわざわざ外に出る必要はない。
 念のために後ろを振り返る。
 春原がこちらに気づいた様子はない。
 ――追ってこられては、困るのだ。
 外は身を切るような寒さだった。むき出しの足は凍りつくようだ。
 もっともこの季節に半ズボン姿で、寒さに文句を言うのも滑稽だが。
 そしてイサ自身も、そんなものを気に掛けるつもりは微塵もなかった。
「……何の用?」
 イサは語りかける。
 自分の『真上』に。
「昼ごろ辺りからずっとボク達のことを見てたよね」
「…まさか気づかれているとは思いませんでした」
 ばさりと。
 空打ち一つで、漆黒の翼が地上へと降りてくる。
 その右手には、望遠レンズのついたカメラ。

 幻想郷最速の烏天狗にして、伝統の幻想ブン屋――射命丸文。

「何の用だって聞いてんの」
 イサの目には、未だかつて誰も見たことのない光が湛えられていた。
 先ほどまで春原に見せていた年相応――と言っても、人間年齢に換算すればだが――の
子供らしさは、その光に食い潰され跡形もない。
『悪魔』としてのイサが、そこにはあった。
「――邪魔だよ、お前」
 すぅっ、と。
 軽く動かした手には、すでに一本のナイフが握られている。
「……それがあなたの力ですか」
 イサの殺意にもまるで動じた様子はない。
 絶やさぬ微笑が、今はひどく胡散臭い。
「まるで手品みたいですね。ただ、手品と違うところは……」
 風切り音。
 それが耳のすぐ横を駆けて行ったことを、感覚で悟る。
「……それで人を殺せる、ということでしょうか」
 ナイフを投げた時に、それとわかる挙動はなかった。
 手首のわずかなスナップだけで、正確に文の顔面を狙ったのだ。
 何の躊躇いもなく。
「ざんねん」
 イサの口調は、明るくて昏い。
「一応、投擲用のダガーを選んだんだけど。ちょっと狙いがそれたかな」 
 投げるのは苦手なんだよね、と。
 文の神懸かった動体反射がなければ、耳が削ぎ落とされていてもおかしくなかったというのに。
「次は外さないように胴体を狙おうか」
 心理作戦か、と文は胸中でつぶやく。
 最初から、今の一打で仕留められるとは思っていなかったのだろう。
 だが、先手必勝で命を狙われれば、どんな強者でも体がすくむ。
 それをイサは理解した上で、さらに心理的なゆさぶりをかけているのだ。
 ――次こそ、確実に仕留めるために。
「……勘違いしないでください」 
 文は両手を空に掲げる。
「私はただのブン屋です。あなたに危害を加えるつもりなんてないですよ」
「信じられないかな」
「では、私はこのまま両手を挙げて退散しましょう。それで見逃してもらえますか?」
「…………」
 イサはしばし無言の後、こくりと頷いた。
 文は両手を挙げたままイサに背を向け、その翼で空に飛び立った。
 瞬間、イサの方に向き直る!

 ――風神「天狗颪」

 イサの放った十を優に超えるナイフは、文の巻き起こした風にことごとく散らされた。
 ――いや。
「…………っ」 
 軌道はそれたが散らすには至らなかった一本が、彼女の膝を浅く裂いた。
 傷の痛みに歯噛みしながら、イサを見遣る。
 イサはその両手になお数本のナイフを持ちながら、はっきりと舌打ちした。
 文も奇襲の可能性は考えていた。
 が、ここまであからさまに殺しに来るとは思わなかった。
「……覚えておきましょう」
 文の表情から、微笑が消える。
 そうして、空の高みへその身を躍らせた。

308憐哀編sideイサ、3:2008/05/18(日) 22:58:03
 物心ついた時には、イサの横には常に殺戮衝動が身を置いていた。

 イサの家系は代々優秀な魔法使いを輩出していた。
 特に女系はその力が強く、中には生きながら伝説となった者もいるという。
 しかし同時に、悪魔としては致命的とも言える欠点を抱えていた。
 穏やかなのだ。性格が。
 特に女系にはそれが顕著に現れる。
 山一つ消し飛ばす力を持っていながら、それを決して使おうとはしない。
 炎や水を自在に操って敵を屠るより、料理をしたり飲み水を調達することを好む。
 宝の持ち腐れだ。
 おまけに一族揃ってそんな有様なため、それを危惧する者はいても改める者はいない。

 そのため、イサという悪魔の誕生は一族から大いに歓迎された。

 生まれながらにして殺意を秘めたその瞳。
 この娘は将来優秀な魔法使いになるだろうと、一族の誰もが思った。

 ――しかしその期待は、2度の出来事の後に灰燼と消えた。

 最初はイサが640歳――人間年齢に換算して6歳ほどの頃だった。
 それはあまりにも致命的な出来事だった。
 イサは魔法が使えなかったのだ。
 一族なら親へのわずかな反抗心で炎を用いるほど慣れ親しんだ魔法を、
イサは一向に使おうとしなかった。
 何故かはわからない。
 だが、おそらくは一族が期待した衝動にこそ原因があるのだろうと思われた。
 一族の歴史の中で、魔法を使えない者はイサ一人。
 一族の歴史の中で、最も殺戮本能の強い者がイサ。
 つまりは、そういうことだ。 
 それでも悪魔として優秀であることに変わりはない。
 イサにかけられていた期待はこの一件でほぼなくなったが、それでもそのまま育てられた。
 二度目にして最後の転機は、その400年後に起こった。
 イサが、家族に手をかけたのだ。
 彼女にはやや年の離れた姉がいた。
 最初はただの姉妹ゲンカだったそれは、姉殺しの一歩手前まで加速した。
 年を経るごとに暴走の翳りを見せ出したイサの衝動は、もはや実の両親にさえ止められなかった。

 イサは捨てられた。

 実のところ、悪魔の中で同族殺しなどさして珍しくもない。
 親殺しをステータスとして見る者さえいる。
 それが悪魔というものだ。
 だが、穏やか過ぎたイサの家系では、家族に手をかけるという行為があまりにも異様に映った。
 家族としての愛情が消し飛ぶほどに。

 そうしてイサは独りになり、しばらくして盗賊ギルドに拾われた。

309告白:2008/05/22(木) 20:28:22






            好きです






 ………………

310花咲く夜に蝶は踊る:2008/05/22(木) 22:24:06
視界を霞めていくナイフをギリギリで交しながら、隙をみては反撃をする。
もう何度も繰り返し見ている光景に少女は僅かながら集中を途切れさせた。
「―――!?」
肩を伝う痛みに顔を歪めながら、攻撃が密集しつつあるその場所を離れた。
一瞬とはいえ、その時を最大に利用した事に少女はやはり油断はならないと相手を見た。
目の前の相手はしてやったりと一瞬笑い、また鋭い目付きで少女へ狙いをつける。
瞬間、相手の姿はそこから消え、代わりに無数の刃が再び少女へと殺到する。
急速に自分へと迫る刃の雨を前に彼女はすっと息を吸い―紅い瞳で相手を捉えた。
手にした烏の描かれた黒いカードに力を込め、宣言する。

黒符『常闇の烏』―

符の力が解き放たれると同時に少女の従えていた使い魔が烏へと姿を変え、辺りが黒へと染まる。
その黒に溶け込むように烏達は相手へと殺到し、

傷魂「ソウルスカルプチュア」

黒を割って現れた紅い軌跡に烏は残らず切り刻まれ―そこで相手ははっと目を見開いた。
少女が、居ない。
背後だと気付いた時には既に少女に放たれた紅い奔流に飲み込まれていた。


「負けちゃったわね」
服―勿論新しく着替えたそれについた埃を払いながら、咲夜は地面で伸びている少女へ声をかけた。
「でも、よーやく一勝だよ。19敗1勝でまだまだ咲夜さんには勝てないよ」
悔しそうに言うフヨウの回りには彼女の使い魔達が心配そうに漂っている。
「けど、初めて作ったスペルカードにしては中々だったわよ?
その子達には時間停止があまり効かないみたいだし」
それにしたってさぁ…と口を尖らせるフヨウに咲夜はくすりと笑うと手を差し出すのであった。


おまけ
「あのさ、もうルールは分かったからさ。
てかレミィムキになってない?」
「私が高々チェスごときでムキになるとでも?
ただ素人に負けたのが何だかしらんが嫌なだけだ」
(咲夜さん、頼むから早く帰ってきて…)

311悔悛:2008/05/24(土) 00:04:00

 どうやら、彼は死んだらしい。

 不思議とリディアはそれを事実としてすんなりと受け入れられた。
 人づてで聞いたに過ぎず、またその根拠もまったくないにも関わらず、だ。
 何とはなしに予感していた。
 いつか、こんな日が訪れるのではないかということを。
 まさかそれが死別という形で具現化するとは夢にも思っていなかったが、
それでも何らかの形で別れの時が来ることはわかっていたのだ。

 ――彼はこの世界にいることに耐えられなかった。
 それは己の立ち位置を自覚してしまった瞬間から芽生えたものだろう。
 一つの王国が終わりを告げ、リディアとアーチェ、そしてすずを除く全員を
この世界から断ち切った時には、彼の幸福は終わっていた。
 そして彼は今、世界から自分自身をも断ち切ったのだ。
 ――未練を断つのにかかった時間は、約2年。
 そう考えればむしろ遅すぎたとも言える。

 リディアの中に、悲しい、という感情は湧かなかった。
 それは彼自身の罰から来るものだろうか――いや。
 リディアは理解しているのだ。
 これが決して終わりではないことを。

 争いは止まらない。むしろ加速していくだろう。
 彼はもういない。
 けれどここには彼女がいる。
 何も変わらない。
 何も終わらない。
 ここからだ。
 ここからすべてが始まっていく。

 ――リディアとアーチェに遺されたのは世界の断片。
 ――彼女が持つのは残りすべての理。

 世界はもはや完全を失い、託された者の意に従うのみとなる。

312恐怖:2008/05/26(月) 23:33:14

 独りであることを苦痛には感じない。
 この身が蓬莱人と化してから、それは常に自分の隣にあるものだ。
 とは言え、心地よいと感じるものでもない。
 隣に誰がいようが。
 隣に誰もいまいが。
 人としてあるべきところから欠落したモノが埋まるわけではないのだから。

「あ……! お前は……」
 すぐ近くでそんな声が聞こえるまで気がつかなかった。
 眠っていた、というわけではないのだが、意識が飛んでいたようだ。
 寝転がった体勢のまま首だけ動かす。
 猫が立っていた。否。
 猫のような人間のような姿をした、つまりはどちらでもないモノがいた。
「……式の式か」
 欠伸を噛み殺す。
 妹紅の関心対象の中にこの少女はいない。
 いようがいまいがどうでもいい。空気よりも無価値な存在。
「こ、この前はよくも藍様をいじめたな!」
 思わず鼻で笑う――実に滑稽な話だ。
 あの時の式との争いに決着がつくことはなかった。
 力で妹紅の方が勝っていたのは事実だ。何度となく藍を地に沈めた。
 それでも、妹紅は三度『殺された』。
 蓬莱人とは言え、身体的スペックは人間のそれと変わらない。
 不死身であることを除けば、妖怪の式であるという藍とは比べるべくもなかった。

 ――その死闘を、こともあろうに『苛める』などという単語で表すとは!

「失せなさい。今は弾幕ごっこに付き合う気にはならない」
「藍様は私のご主人様だ! その誇り高い式として、ここですごすご逃げたりするもんか!」
 ……またか。
 藍といいこの猫といい、誇り誇りと大層な言葉を持ち出すものだ。
「忠言は耳に逆らうとは言うが……さて!」
 瞬間的に体を跳ね上げる。
 その突然の動きに緊張が爆発したのか、少女は本人でさえ意識しきれぬまま
取り出したスペルカードを掲げていた。

 ――鬼神「鳴動持国天」

 最初はこのまま退散するつもりだった。
 約束というほどではないが、藍に対して「式には手を出さない」と告げている。
 それに弱者の蹂躙は妹紅の望むところではない。
 ――だが、彼女の放つ弾幕を見て気分が変わった。
 藍の主人がどれほどの力を持つのかは知らないが、その式の式でさえ
これほどの力を持つと言うのは面白い。
 妹紅は認識を改めた――少女は、いや『橙』は敵だ。
 口元に凶悪な笑みを浮かべ、スペルカードを掲げる。
「――括目しなさい。これが紅蓮の弾幕というものよ」

 ――不滅「フェニックスの尾」

 勝負は一瞬だった。
 橙は体のあちこちを焦がして地面に伸びている。
 これでも加減はしている。先にしかけてきたのは少女の方とは言え、
一方的な力を振るうことになど価値はない。
 力の誇示など、それこそ空しいだけだ。 
「さて、この式が目を覚まさないうちに……」

 ぞくりと。

 全身が放つ絶叫に、妹紅は一瞬我を忘れた。
 永い生において似たような感覚を味わったことがある。
 それはまだ人だった頃の名残り。
 もはや死とは無縁の身でありながら、身体が未だ記憶する「終わり」に恐怖する感触――
 意志とは無関係に体が動いた。
 逃げろ、と。
 ここから一刻も早く立ち去れ、と。
 それに屈辱を覚えられるほど、今の妹紅に余裕はない――

 そこに残されたのは『二人』。
 式の式と。
 ――人に在らざる『現象』のみ。

313大胆:2008/05/27(火) 09:47:58
不意に空間に小さな切目が現れる。
それは少しずつ、けれど確実に広がり、とうとう人一人とそう変わらない迄の大きさとなった。
切目から覗く無数の目が辺りをぎょろりと見回し、人の居ない事を確認すると
切目を押し広げる様に手が現れる。

「ふあぁー…」

欠伸をしながら現れたのは、まだ若い女だった。
だが、その身から放たれる気は決して人のそれではなく、その者はうすら寒い物―ともすれば、恐怖を感じる事となっただろう。
…頭に酷い寝癖があるのとよだれの跡が無ければの話だが。
「んー…」
状況を把握しているが、面倒といった様子で手を切目に入れる。すると―
「うををっ?!」
空から別の女が落ちてきた。
「ちゃお」
起き上がり、訳が判らないと辺りを見回す彼女に女が声をかける。
「……紫さんよぉ、何が悲しくて地面と熱烈なキスせにゃならんのですか」
声に振り返った彼女は暫しきょとんとした後、胡散臭そうに女―八雲紫を見つめた。
「ちょっと暇人なむぅちゃんに」
「暇人じゃないっての」
「強制的に人を回復してほしいのよ」
「拒否権なし!?」
ブツブツと文句を言いながらも、対象に近付き、手をかざす。
柔らかな光が対象を包み込む様を見ながら、紫が呟く。
「時間かかるわね」
「対象者のエネルギー使ってる訳じゃないからね。
その場自体の生命エネルギーを分けてもらって、対象に注ぎ込んでる感じだからさ…はい、治療終わり」
一仕事したと言わんばかりに首を回しながら、立ち上がる。
「ふふっ、ありがとう」
「ん?どういたしましt」
言いかけた彼女の足元に切目が入り、ズボッと言う音と共に切目の中へと落ちていった。
「さて―」
あんまり無茶をしないことと書かれた紙を置きながら、紫は小さく伸びをし
「…帰ってねましょ」
彼女が切目に姿を消すと同時に、何事もなかったかのように切目が消え失せる。

後には何も残らなかった。

314七つ怪談探偵部:2008/05/27(火) 20:38:55
「ねぇねぇ、知ってる?高等部の噂」
「一人で西の廊下の鏡に写ると入れ替わられちゃうんでしょ?」
「えー、わたしが聞いたのは鏡に引き込まれちゃうって話だよ」
たわいない少女達のお喋り。
生徒でごった返す昼時の食堂ではごくありふれた光景。
(しかし、怪談ねぇ…)
いつもの定食を口に運びながら、村上アサヒは少女達のお喋りに耳を傾けていた。

生徒達の間に密かに、しかし決して途切れる事のない、怪談話。
何処にでもあるそれはここ、私立西尾杜女子学校にも存在していた。
曰く、東階段の段数がある時間のみ違う。
曰く、地体育館倉庫で自殺した女子生徒が泣く声がする。
曰く―

(って、もうこんな時間じゃねーか)
ふと目をやった時計の示す時刻に彼女は残っていた味噌汁を一気に飲み干し、
食器を載せたトレイを片手に席を立ち上がった。
まだお喋りを続ける彼女達の横を通り抜け、返却口へと向かう。

「じゃあさ、後で確かめにいこうよ」

「えー、怖いよぉ」

そんな、声を聞きながら。


「すいません、村上先輩はまだ居ますか?」
HRも終わり、生徒もまばらになった教室で身支度を始めていたアサヒはその声に顔を上げた。
見れば、一年生とおぼしき少女が一人、ドアから顔を覗かせていた。
だが、アサヒは彼女とは面識はない。
とすれば、用があるのは自分の隣で眠りこけている生徒―従姉妹関係にある村上フヨウであろう。
「居るけど、寝てるぜ?」
隣の席で幸せそうな顔をして眠る彼女を指差すと、少女はぺこりと頭を下げて、フヨウへと駆け寄る。
「村上先輩、村上先輩ってば」
揺さぶられながも一向に起きる気配のない彼女に少女の声が焦りを帯びていく。
「先輩!きんちゅー事態ですから起きてくださいって!先輩ってばぁ!」
これでは埒があかない。
そう思ったアサヒは呆れながら、彼女の側へと歩み寄り、勢いよく右手をその頭に振り下ろした。
「みぎゃ!」
流石に起きたのか、フヨウが驚いた様に身を起こす。
「うぅ、何か頭が殴られたように痛いぃ」
その言葉にアサヒは右手をヒラヒラさせながら、明後日の方を向く。
首を傾げるフヨウに少女が何事かを巻くし立てている。
すると、彼女は帰り支度を再開したアサヒの方を向き、
「アーちゃん」
笑顔で言うのだった。
「手を貸してくれない?」

315七つ怪談探偵部:2008/05/27(火) 21:10:35
少女は名前を山手イズミと名乗り、フヨウと同じ図書部であるとアサヒに説明した。
「んで、その寝ぼすけなフヨウ先輩に何の用なんだ?
三年生は基本的に進学するまで部活は休みの筈だぜ?」
その言葉にイズミは申し訳なさそうに視線を落としながら、ぼそぼそと話し始めた。
「そうは思ったんですけど、頼れそうな人は皆さんもう帰ってしまったんで、比較的帰りが遅いって有名なフヨウ先輩ならって」
「有名なって…」
その一言に呆れながらも、先を話す様に促す。
すると、イズミはスカートを握り締めている手を震わせながら、ゆっくり語り出した。
「あれは、図書室で返却されてきた本を整理してた時なんです…」


お喋りをしながら入ってきた三人組の生徒にイズミはムッとしながら、本棚に本を戻した。
いつもは注意を促す教員が今日に限ってこの場には居らず、
かといって自分より年上とおぼしき彼女らに注意する勇気はイズミにはなく、
ただ図書室の奥へと進む彼女達を無視して、本棚に本を戻す作業を続けていた。
そして、しばらく経った頃であった。
「ちょっと!本当だったんじゃないの!どうすんのよ!」
「知らないわよ!あたしに聞かないでよ!」
半ば叫びながら、飛び出していった二人を見送り―奇妙な感覚に捕われる。
最初に来たのは三人で、戻ってきたのは二人。
では、後の一人は?
急にイズミの背筋を冷たい物が走る。
慌てて振り返って―彼女は悲鳴を上げた。
彼女の目にした物、それは―。

「『奥の壁に付いた手形に触ると壁に捕まる』、か」
人の形に浮き上がった染みを見上げながら、アサヒは息をついた。
あの後、とりあえずイズミに教員を呼ぶよう指示を出し、一足先に図書室へ向かった二人は
奥の壁に出来た染み―噂通りなら、壁に捕まった生徒だろう―を見上げていた。
「でも凄いねぇ、これ」
あくまで呑気に言うフヨウに呆れながら、辺りを見回す。
地下に作られた図書室は空気が淀み、明かりを集める天井の大窓も今の時間では大して機能していない。
室内には本棚が整然と並べられており、人が隠れられるスペースはそうなかった。

316七つ怪談探偵部:2008/05/27(火) 21:46:30
「となると、これがそいつって訳になるのかねぇ」
壁に鼻を近付け、匂いをかぐ。
特にこれといった異臭―血や腐敗臭の類はなく、アサヒは肩をすくめた。
「ここはお前の分野だわ、俺じゃあ何にも分かんねぇ」
「そうだろうね。アーちゃん、ぼくより弱いもんね」
その言葉に失礼だろと返すアサヒを横目にフヨウが目を閉じ、意識を集中する。と―
“ぞるっ”。
足元を這う様に広がるそれに思わず身震いをする。
「…もうちっとどうにかならねぇのか」
彼女の足に絡み付いた黒い物を見下ろしながら、フヨウはぺろりと舌を出した。
「出来なくもないけど時間ないからさ」
そう言っている間も黒い物は床や壁へと這い回りながら、部屋全体へと広がっていく。
やがて、図書室全体が黒一色に染まった頃、漸くアサヒの足から黒い物が床へと同化していった。
「こいつら絶対わざとやってんだろ」
「さあ?」
短くそう答えると床に手をつく。
「さあ皆、この部屋で消えちゃった女の子を探すんだ。
生きてたら、絶対に生きてるままにしておいてよ。
既に死んでたら…うん、まあしょうがない」
さりげなく恐ろしい事を言う彼女の下で黒が波打ち、浮かびあがった波紋で部屋全体が揺れる。
波紋はアサヒの下ではね返ってはフヨウの元へ返っていく。
「なんか、今のお前って魚群探知機みたいだよな。
つか俺にも反応してっぞ」
「何ならみょんみょん言おっか?」
「ばーろー」
笑いながら、やりとりをする彼女達であったが、不意に表情が固くなる。
波紋が返ってきた。
「ドアは?」
「閉めて、幻惑結界張っといた。誰もここには来れねぇ筈だぜ」
返ってきた波紋は先程の壁からのみで二人は顔を見合わせた。
「見てみる」
部屋を覆っていた黒がその壁のみへと集まり、壁の中へと入り込んでいく。

「あ、ヤバいかも」

何を探り当てたのか、そう問いかける前にアサヒはフヨウと共に既に後ろへと飛び退いていた。
「やべぇっつーか、もろ大当たりって奴じゃね?」
ある程度の距離を置きながら、二人は壁から浮き上がりつつある染みに身構えるのだった。

317七つ怪談探偵部:2008/05/27(火) 22:45:58
辺りの本棚を薙ぎ倒しながら現れた歪な人型をした怪物を見つめながら、二人は少しずつ横に離れていた。
机の上から拝借したカッターを構えながら、アサヒは注意深く相手の動きを観察していた。
(硬そうだよな…)
一見して攻撃が通りそうなのは先程からぎょろぎょろと世話しなく動いている目位で
他は赤黒く硬そうな皮膚―岩に血管の様な悪趣味な彫刻を施せば、こうなるのだろう―に覆われていた。
「アーちゃん!」
離れて身構えているフヨウが奥を指差す。
見れば、緩慢に左右に揺れる怪物の後ろにぽっかりと穴が空き、人の居る気配があった。
「どのみちこいつを倒さなきゃダメって訳、かっ!」
床を蹴って、怪物へと駆け出す。
(動きが鈍いのならば、目を…!?)
焦点のあってなかった瞳が不意にアサヒを捉える。
罠だと分かった瞬間には、鈍い痛みが体を走り、視界が回っていた。
「アーちゃん!」
フヨウの声をやけに遠くで感じながら、アサヒは胸中で毒づいた。
(くそったれ、味な真似してくれんじゃねぇか)
けれど、アサヒとてただで殴られたつもりはなかった。
目に突き刺さったカッターに血を巻き散らしながら悶えるそれの姿にザマアミロと思いながら、彼女は意識を手放した。


「アーちゃん!」
吹き飛ばされ、本棚にと一緒に倒されたアサヒを見た。
苦しそうに、けれど無事そうな彼女から怪物に視線を戻す。
片目を潰され、怒りに満ちた視線をぶつけてくる。
フヨウはそれに無表情で応えた。
「残念だけど、ぼくは君を怖がらないよ」
右の人指し指を銃の形にし、狙いをつける様に向ける。
すると彼女の足元が再びざわつき始め、黒い物が溢れ出す。
その様子に勝てないと思ったのか、壁に戻ろうとする怪物であったが
何かに気付いたのか、辺りを見回す。
「探しものは彼女かい?」
黒い物の中から現れた少女を顎で示しながら、フヨウ。
「さっき、君とアサヒがやりあってる隙に返してもらったよ」
その言葉を理解したのか、はたまた獲物を取られて怒っただけか。
怪物は腕を振り上げながら、フヨウへと迫る。
「ばーか」
ばりっと怪物にひびが入る。
「もうここはぼくの領域だってまだ気付かないの?」
粉々になったそれを見上げて、彼女はニタリと笑った。
「格が違うんだよ」
恐怖に染まる魔物の目にもひびが入り、
「ばーんっ」
撃つ様な仕草を合図にするように怪物は跡形もなく消し飛んだ。

318七つ怪談探偵部:2008/05/27(火) 23:01:45
「で、何か知らねぇ間に大騒ぎになったと」
「ふぅん?」
膝の上で話を聞いていた少女がそう声を上げた。
あの後、“偶然”崩れた奥の穴から多くの人骨が出たとテレビ局やマスコミが殺到し、
学校中がその話題で持ちきりになった。
どの骨もかなりの年数が経っていた為、建設時に埋められた死体だとか戦中に逃げ込んだ生徒のなれのはてだとか様々な憶測が飛び交った。
「ま、妖怪の仕業って言っても信用しねぇだろうし」
助け出された生徒は何が起こったか、一切覚えておらず、
アサヒ達も図書委員のイズミの手伝いをした事となっていたため、なんとか表沙汰にはならずに済んだ。
「人間って目に見えない物は信じたがらないしね」
くすくすと笑う少女の頭を撫でてやりながら、アサヒも釣られて笑うのだった。

319未熟:2008/05/27(火) 23:11:52
 人によって笑顔になる瞬間は様々だ。
 欲しい物が手に入った時。好きな人の傍にいる時。
 また、ある人にとっては顔をしかめるようなことでさえも。
 無論それらを集約すれば、嬉しい時・楽しい時などになるのだろうが。
「けど、お菓子を食べることにここまでの笑顔を浮かべる人も珍しいんじゃないかな…」
 この世の幸福を独り占めにするような満ち足りた表情で饅頭を頬張る霊夢を、
我知らず苦笑しながら見つめるリディア。
「それは食べたい時に食べたい物を食べられる人の意見よ」
 急に普段の表情に戻り、ぴっとリディアを指さす。
「そういうもの?」
「そういうもの。……やっぱりお茶請けは和菓子に限るわ」
 言って緑茶をすする。
 そういうものなのだと言われれば、そういうものなのだろうか。
 試しに霊夢を真似て緑茶を口に含んでみる。
 苦い。
 決して不快ではないのだが、さりとて好んで飲みたいと思うものでもない。
 そもそも緑色の飲み物というのが何とはなしに意欲を削ぐ。
 ここでの暮らしや霊夢との付き合いも大分長くはあるものの、こういうところ――
それはいわゆる和の文化とでも言うべきもの――は未だに理解できないところが多い。
「別に理解する必要もないわ」
 見透かされた。
「人は人。自分は自分。その仕切りは明確にしておかないと、
 いざという時自分の中で自分の不在証明を見つけることになりかねないわよ」
 おまけに言っていることがいまいちよくわからない。
 とりあえずわかったような振りをして頷いておく。
「そう。そうやってわかった振りをしておけばいい」
「…………あはは」
 苦笑い。

 と、突然玄関の扉が開いた。
「おい、そこの紅白!」
「…………はぁ?」
 紅白に該当する人物はこの場には一人しかいない。
 当の本人もそれに気づいたようで、訝しげに声の方を見遣る。
 その声の主――橙はと言えば、スペルカードをびしっと掲げ、高らかに宣言した。
「私と弾幕ごっこで勝負しなさい!」
「やだ」
「はやっ! 即答拒否!?」
 ばたばたと手を振り回す橙。
「いいから勝負しなさい! この腋!」
「何ですって?」
 一オクターブ下がったトーンにびくりと体を震わせる。
「……ねぇ、橙。一体どうしたの?」
 明らかに普段と様子が異なるその姿に、リディアが疑問を投げかける。
「……私は」
 項垂れたまま、それまでのテンションが幻だったかのようにぽつぽつと語り出す。
「私は、誇り高い式の式で。絶対、ぜったい無様な真似を見せちゃいけないんだ……」
 それだけで霊夢は事情を察したらしい。深々と嘆息して、
「強さが誇りだなんて明快ね。式の式とは言え、アレの流れを汲んでるとは思えないわ」
「バ、バカにするのか!」
「そうね、あんたはバカだわ」
 鋭いまなざしを突き付ける。
 意気を奮っていた橙がはっと息を飲むほどに。

「あんたはこれまで一体自分のご主人様の何を見てきたの?」

 橙の目から大粒の涙がボロボロと零れて落ちた。
「後はあんたに任せるわ」
 例によってアーチェの箒を手に取り、霊夢は立ち去ろうとする。
 張りつめていた糸が切れたのだろう、大声で泣き崩れる橙には目もくれない。
「言うだけ言っておいて? それは勝手なんじゃないかな」
「勝手で結構。泣く子をあやすなんて性に合わないもの」
 それと、と、
「冷静に自分の立ち位置を見据えて、それでも前に進む気があるというのなら。
 私が退屈を持て余して死にかけている時くらい、相手をしてあげると伝えて頂戴」
「……素直じゃないんだから」
 やはり、苦笑。

 ちなみに、この直後に橙の泣き声を聞きつけ文字通り飛んできた藍と一悶着あったのは、また別の話。

320ABY10.アクシラの戦い:2008/05/29(木) 08:14:59
遠い昔…遥か彼方の銀河系で…

――アウター・リム・惑星アクシラ軌道上

キュートリック・ヘゲモニーを構成する惑星の一つである、商業惑星アクシラ。アウター・リム
には珍しく、超高層ビルや帝国軍の大規模な駐屯地・造船所を擁する惑星であり、バスティ
オンにも匹敵すると謳われる規模を誇る。そして、帝国宇宙軍のNo.2のピエット大提督の出
身惑星でもあった。

今ここで、リヴァイアサン同士の戦いが始まろうとしていた。戦略的に非常に価値のあるこの
惑星に眼を付けた反乱同盟軍が侵攻を開始したのだ。大規模な艦隊を繰り出し、アクシラの
衛星を次々に押さえ、本星へと向かいつつあった。その艦隊の中には、全長17km.を誇る、
反乱同盟軍の新鋭艦のヴァイスカウント級スター・ディフェンダー4隻が確認されていた。

アウター・リムの防衛はナターシ=ダーラ上級大将の管轄である。しかし、彼女はヴァイスカ
ウント級に対抗しうる、スター・ドレッドノートを有していなかった。そこで、ただちにピエット大
提督とニーダ大提督、そしてキラヌー提督の艦隊が来援し、決戦の運びとなった。

反乱同盟軍は4隻のスター・ディフェンダーに、40隻を超えるモン・カラマリ・スター・クルーザ
ー、100隻以上のボサン・アサルト・クルーザーを擁し、対する帝国軍は5隻のスター・ドレッド
ノート、86隻のインペリアル・スター・デストロイヤー、それに加えてクルーザー多数である。
数では帝国軍が優勢だが、反乱軍の艦船は防御力が極めて高い事を考えれば、互角と言
えよう。

帝国軍の司令官はファーマス=ピエット大提督、ロース=ニーダ大提督、ナターシ=ダーラ
提督、キラヌー提督、オキンス提督、ヴィラ=ニーダ提督。
反乱同盟軍の司令官はアクバー提督、ハイラム=ドレイソン提督、ウェッジ=アンティリーズ
将軍と、錚々たるメンバーであった。

321ABY10.アクシラの戦い:2008/05/29(木) 08:15:57
――ESD『エグゼキューター』・作戦室

作戦室にはすでに大提督や艦隊提督、参謀長達が集結し、統合作戦室が設置されていた。
首席参謀長として、レティン=ジェリルクス中将が任命されたが、居並ぶ参謀長達も歴戦の
知将・謀将ばかりであった。ペレオン艦隊のドゥレイフ参謀長、ニーダ艦隊のアーク=ポイナ
ード参謀長が有名である。

アウター・リムの統括はダーラ提督の管轄である。しかし、総司令官は最先任の大提督であ
る、ピエットの手に移った。ピエットの発言で会議が幕を開ける。

「それでは作戦会議を始める。ダーラ提督、現状の説明を」

その声に30代半ばの女提督が立ち上がり、敵軍と自軍の位置が示されている周辺の星図
のホロを映し出した。そして張りのある、女性にしては少々、低い声で話し始めた。

「完全に出鼻をくじかれています、すでに3つの衛星は反乱軍の手に落ち、本星への先遣隊
の散発的な攻撃も見受けられます。しかし、衛星の防衛施設は守備隊が爆破した為、使用
不能。つまり、大した脅威ではないでしょう。純粋な艦隊決戦でこの戦いの決着は着くと考え
られます」

女だてらに猛将として知られる彼女は決戦を進言した。自分の領域を蹂躙された事にも我
慢がならないのだろう。しかし、「ですが」と付け加えた。

「ここは威力偵察を行っていると思われる先遣隊を漸次撃破することが有効と思われます。
アクシラの防衛シールドや防衛兵器は依然として強固なままです。損害を出さずに撃破で
きるでしょう」
「大変結構だ、提督」

彼の方を向いて一礼すると、再び彼女は席に着いた。次に発言したのはニーダ大提督であ
る。端正な顔立ちは、彼の知性と冷静さを滲ませており、いかにも実力派といった将であっ
た。しかし、今回ばかりは予想もしない発言を行った。

322ABY10.アクシラの戦い:2008/05/29(木) 08:21:17
「ふむ…これは早期決戦で行くしかないように思われるが」
「なんだと?」

ダーラの案に心中賛成していた、ピエットとペレオンが思わず驚きの声を漏らす。居並ぶ提
督達も、彼女の案に賛成した者は一斉にニーダに疑問の視線を投げかけた。しかし、ニーダ
はそのまま補足説明を行った。

「お二人とも、今ディープ・コア、コア・ワールド、エキスパンション・リージョン、コロニー界は
ガラ空きなのですよ?2週間前の反逆を忘れておりますまい?」

全員がはっ、とした。数週間前に、それらの宙界に隣接するアウター・リムのとある星系の
モフが副官に暗殺され、彼が新たな総督として、反乱同盟軍と手を組んだ事を思い出した
のである。それらを足掛かりにすれば―――

「更に、何も明確に反旗を翻した人間ばかりが野心を抱いているとは限りませんからね?」

これは、スローン大提督と十条大提督の事を暗に指している。二人とも外宇宙の未知領域
からそれぞれパルパティーン皇帝とダース=ヴェイダーによって抜擢された者である。この
二人は過酷な帝国の辺境の辺境、最外殻部の任務にあてられている。しかも、スローンは
自分の帝国を創設したり、母国のチス帝国との繋がりを絶っていないし、十条は反乱同盟軍
との繋がりがあるとされている。どちらか一人でも行動を起こせば、帝国は最大の窮地に立
たされるであろう。全員が蒼褪めた。彼らをよそに、彼は自分の意見を締めくくった。

「以上が、私の意見だ」

そう言って、彼は自分の席に着いた。重い沈黙が場を支配していた。帝国の崩壊の危機も
さることながら、本音を言うと、誰もダーラ提督の為に、自分の兵力を消耗させたくないのだ。
スター・デストロイヤーの一隻も破壊されれば、大損害である。しかし、そんな事がピエットに
でも知られれば即左遷、機嫌が悪ければ、処刑も有り得る。誰もがこの危険な状況を自分
にとって最小限の被害で乗り切れるかを考えていた。

323風邪の日:2008/05/31(土) 10:31:14
全身を包む不快感と寒さに早苗は身を縮込ませていた。
幻想郷に来てから初めての風邪であった。
二柱の神はというと知り合いを手伝いに呼ぶと言い、彼女にはゆっくり休むよう念を押したのだった。
先程から誰かが台所に立つ音がするのももしかしたらそのためかもしれない。
包丁がまな板を叩く音。味噌汁の良い香り。
「…お母さん」
不意に外に居るであろう、母の顔が横切る。
と、同時に胸をずきりとした痛みが走る。
そのあまりの痛みに堅く閉じた瞼から涙がこぼれ落ちる。
だからだろうか、誰かが布団のすぐ側にまで来て、頭を撫でる迄早苗はその存在に気付かなかった。
「こっちみるなよ?」
知らない女性の声に思わず振り向きかけるも、相手はそれを嫌がった。
「大丈夫だ、暗いもんは皆持っていってやる」
頭を撫でられる度、早苗の胸から痛みが徐々に失せていった。
「だから、今日くらい休んどけ」
すっと手が頭から離れていくのを感じ、早苗はようやく目を開けた。
見覚えのある、ツンツン頭が後ろ手に襖を閉める姿がそこにはあった。

324暇潰:2008/05/31(土) 16:17:09

 人生は退屈だという人がいる。
 だが、それは間違いだ。
 それは人生が退屈なのではなく、退屈な人生を自分で選んでいるだけ。
 本当の意味で退屈な人生というものがあるのなら、それはこの世の
ありとあらゆる事象を知りつくし、その因果まで把握していることだろう。
 すべてを知り、すべてを識るが故に、すべてが予測可能な結末へ帰着する。
 たとえそれがどれだけ破滅的な末路であったとしても。
 そんな不変性こそが、真の退屈。

 私は退屈だった。

 だが、どうやら私はこの世界の神には愛されているらしい。
 私がこの世で最も嫌うものは、ここにはない。
 確かに私はこの世界の構造をわずかだが『知って』いる。
 それは――これこそ実に陳腐な表現と言えるが――神の恩寵とやらによるものだろう。
 だが、私の持ち物はそれだけ。
 この世界の趨勢も、輪廻の果ても、私には見えない。

 そのことに幸福を感じられる人間など、私くらいのものだろう。

「アスミ、それに梨花にレナも。お饅頭買ってきたから食べよ」
「まんじゅー食べるー」
「わ〜〜〜い、ボクおまんじゅう大好きなのです」
「お饅頭もいいけど、喜ぶ二人の方がもっとかぁいいね〜、お持ち帰り〜〜」
「はいそこー、さも当然のように二人をお持ち帰りしない」

 この、何もかもがありきたりで、けれど何も予測しえない世界。
 ゴールさえ存在しないかもしれない、虚ろで不安定な世界。
 そんな世界だからこそ、さぞ私を楽しませてくれることだろう。

 ――廻れ。夢が終わるその時まで。

325趣味:2008/05/31(土) 22:00:38
べべんっ。
今の日本人には大分馴染みがなくなってしまったその音色に紅は足を止めた。
「……三味線?」
しかも流れてくるのは某お姫様のテーマ曲。
ついつい腕を振り上げたくなる衝動に駆られながらも、とりあえず音源を見る。
「……ベオーク?」
見覚えある仮面を被った女が真顔―口しか見えないが多分―で三味線を一心不乱に奏でている。
べけべけべけべけ。
見ればその前には何故か正座した彼―今は彼女の娘が微妙な顔をしてこちらを見ていた。
「…やあ人間」
そりゃまあ父ちゃんがいきなり性転換したり、三味線弾き語り(語ってないけど)すれば誰だって正気を疑いたくもなる。
そもそもダークマターが正気なのかはしらんが。
「…父に聞いたんだ、趣味の一つくらいはないのかと。
後悔した、すっごく」
そこで三味線を出す奴も凄いが、それをおとなしく聞く方も聞く方だ。
「…でだ、なんで東方なんだ。てか、いつの間にネクロファンタジアになった」
相変わらず一心不乱な彼をとりあえず無視しつつ、尋ねる。
ふっとどこか達観したような顔で少女がそれに答える。
「先程八雲の大妖がな、あれに楽譜を渡しおってな」
ま た ゆ か り ん か 。


そこでふと気付く。メロディにいつの間にか笛が加わっている。
見れば、酔っ払い鬼が楽しげに笛を吹き、太鼓が打ち鳴らされ、
辺りはさながら縁日の様な賑やかさに溢れかえっていた。
呆れ顔の少女の隣で目を丸くしていると横からにゅぅっと杯を持った手が差し出される。
手の主を見て、紅は笑いながら杯を受け取った。
気付けば、狭い部屋はいつの間にやら緑生い茂る森の中へと転じ、
不思議な姿の者達がそこここで輪を組み、手を打ち鳴らし、踊っていた。
八雲の百鬼夜行。
そんな単語が頭を横切り、彼女は杯を乾かし、隣でいまだに状況が把握出来ていない少女の手を取り、
宴の輪へと入っていくのであった。


夜はまだ、これから―

326安寧:2008/06/01(日) 22:39:40
 我知らず、月を見上げていた。
 望を一夜巡った十六夜の頃。
 冴々と、満ちぬ金色が空を灼く。
 その不完全さが、あたかも今の自分をも映しているようで。
 目を逸らしたいと思いながら、目を離すことが出来ない。
 慣れた手つきで懐から直方体の物体を取り出す。
 軽く手を振る。
 ふいにその手が凄まじい勢いで燃え上がった。
 だが当の本人は気にも留めず、もう片方の手だけで箱から器用に一本だけ
煙草を取り出し口にくわえると、おもむろに燃えた手に押し当てた。
 紫煙をくゆらせる。
 深夜の神社は、神聖と言うよりも荘厳な感じがした。
 そんな境内の真ん中に腰掛けても、咎める者はいない。
 独りだ。
 ぼんやりと、どこかに置き忘れた心を探す気力もなく。
 煙草の灰が落ちることにさえ関心を持たずに、やや肌寒い夜気に包まれる。
 ふいに顔を俯かせる。
 と、煙草の煙が目に入った。
「……つっ」
 目をこする。突き刺さるような痛みに、目頭が熱くなった。
 涙がこぼれる。
 そして――止まらない。
 感傷だ、と思う。
 打ちひしがれた時ほど、独りの重みがのしかかる。
 それが孤独なのだということを、痛いほどに知っている。
 ――蓬莱の宿命は、すなわち孤独という地獄を背負うことに他ならない。
 人と交わることは許されず。
 人ならざるものとして生きるには、人の心が邪魔をする。
 何者にもなれない、不完全な存在。
 そんなものはこの永い生の中で何度となく味わったというのに。
 腕をもがれる痛みには慣れても、胸が潰れる痛みには慣れられない。
「………………ぐや」
 何かを言いかけ、やめる。 
 それは自分という存在の全否定に繋がる気がした。
 ――そう、憎しみだけあればいい。
 今、私が存在してしまっているのは誰のせいだ?
 決して赦されてはならない生の出来損ないを生み出した大罪人は誰だ?
 そうだ、怒れ。
 憎め。

「……ああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」

 そう。それだけでいい。
 忘れよう。
 人としての感傷など蓬莱人には毒でしかない。
 怯えも、迷いも、苦しみも。
 すべては人が背負う業。

 ――滅びぬ身には、尽きぬ煙を生む炎こそが相応しい。

327空飛ぶバケツと妖怪:2008/06/02(月) 00:00:35
「ねぇ」
「何かしら?」
キセルに煙草を詰めながら答える八雲紫に紅はしばし間を置き―また問いかけた。
「あそこの張り紙、あれ読んだかしら?」
引きつっ笑みを浮かべた柱に張りつけられた紙を指差す。
「んー、どれどれ」
煙草に火をつけ、指差されている張り紙に視線を向けるとあらっと声を上げる。
「またずいぶんと下手くそな字ね。これは貴方が?」
「妹がのたくりつつ書いてました」
「あらそうなの」
紫はそう言うと、煙をふかす。
雑味が少なく、それでいて芳しくまろやかな煙が舌へと広がる。
その味に感慨深く頷く。
「上物ね」
彼女の言葉に、紅はどす黒い笑みを張り付けたまま張り紙を見る。この場所で喫煙禁止!と書かれた紙から、再び煙草を入れ換える彼女を見る。
「ねぇ紫…」
手に水の入ったバケツを持ち上げながら、
「アタシの目がおかしくなきゃここ禁煙よね?」
「そうみたいね…」
ぷかり、と煙を吐きながら、小首を傾げて―ポンと手をうつ。
「だけど、煙草禁止してるわけじゃないんだから」
「うん」
「余裕でセーフね」
「ソウデスカ」
紅は深く声を落とし、バケツの底に手を添える。
「んな屁理屈通用するかあぁぁぁぁっ!!」

バケツと水と一緒に空を舞いながら、紫はぷかりと煙を吐き―
「やっぱりこのくらい刺激があったほうがいいわね」
そんな言葉を一緒に吐き出すのだった。

328図書館:2008/06/02(月) 16:30:36
とある大学附属の図書館の個室。
静けさが増したここで聞こえてくるのは、ペンが紙を滑る音と自身の呼吸だけ。
考え事―大体はループして、強制終了―するのには絶好の環境だと彼女は思っている。
ぺらり、と紙を捲る音に人間が顔を上げ―
「はぁい」
…何も見なかった事にして顔をレポートへ戻す。
「ちょっとぉ、無視しないでよ」
酒臭い息を吐きながら、鬼が彼女の手元を覗き込む。
「心理学ぅ?」
「…別にいいでしょ」
横に積み上げた本の背表紙を指でなぞり、目当ての本を引き抜く。
その様子に鬼は何か企む様に一番上の本を持ったまま、中身に目を通す振りをしながら、人間を見る。
「自分の心も分からない魔道士が心理学とはねぇ」
にまにまと笑う鬼に人間は答えない。ただ彼女が来る前と変わらず、ペンを滑らせている。
期待外れだったかな?とイマイチ反応のない人間を見ながら、仕方なしに本を見る。
「分からないからこそここにいる」
しばらく間を置いてから、人間が答える。
「機械だなんだで視覚化することも確かに出来る。
けど、そこに込められた思いは見ることは出来ない。
苦しみや恐怖が脳の作り出した幻想なら「私」という存在だって本当は只の幻想かもしれない。
それならどうして…」
「わわっ、ちょっとタンマ」
慌てて手を振って止める鬼に人間は口を閉ざす。
「まぁあんたが悩んでるのはよく分かってるけどさぁ…つまるところ今なにしてんの?」
頭に疑問符を大量に浮かべながら、問掛ける鬼を見つめながら、今度は人間が笑う。
「心理学のレポート書きながらエセ哲学って名前の妄想」
「なにそれ…」
普段ならば、他者を拒絶するように静まりかえった大学附属図書館の一室。
今日のそこは呆れた様子の鬼と楽しそうな人間の笑顔が咲いていた。

―レポートの裏―
図書館の閲覧個室が静かで好きです。
たまに寝るけど
―レポートの裏―

329鶏の屠殺はお嬢ちゃんのry:2008/06/03(火) 00:30:24
「はぁ…」
と溜め息をついたのは、籠に入れられた鶏を眺める早苗であった。
立派な体格のおんどりは重しを乗せられた籠の中でココッと鳴いている。
里に信仰を集めに行った際、とある村人から「夕飯に」と貰ったものだ。
しかし、鶏と夕飯という二つのワードに早苗の心は激しく揺れた。
思い出すのは小学生の頃。
夜店で売られていたカラーヒヨコに「ピヨちゃん」と名をつけ、大層可愛がっていたのだが
ある日、昨晩まではいたはずのピヨちゃんの姿はなく、心配になった早苗は母に尋ねてみた。
そして返ってきた答えは―

…幼少期のトラウマに思わず顔を被ってブルブルと震える早苗。
だが、ここは幻想郷である。
パックに包まれた鶏肉や魚など勿論存在しない。
ならば、自分で手にいれるしかない。そろそろ兎肉も飽きてきたし。
そうだ。今の自分は兎を捌けるまでに成長している。今更何を恐れるか。
そんなこんなでようやく決心のついた早苗は手早く服を着替え、包丁を手に鶏に挑んでいった。

…余談ではあるが、鶏はきちんと絞めてからでなければ首を落としてはない。
もし万が一まだ息のあるうちに首を落とすと世にもおぞましい光景が広がる事となる。



その日上がった大音量の悲鳴は妖怪の山全体に響きわたったという。
(鶏はそのあと神奈子に美味しく料理されました)

330願望:2008/06/04(水) 23:26:17
 炎が吹き荒れる地獄絵図が止んで、しばし。
「……妹紅」
 ふいに、誰かに名を呼ばれた。
 どこか懐かしい、その声音。
 ひどく緩慢な動作で、声の方を向く。
「…………慧、音」
 自分の声がかすれているのがわかる。
「どうした? ずいぶん荒れてるようじゃないか」
 上白沢慧音。
 それは紛れもなく友と呼べる者の名だった。
「そんな……ことはない」
 バツが悪そうに顔を背ける。
 打ちひしがれた姿を見せたくないと思うのも、所詮は人間としての感傷だろうか。
 そんな自分を誤魔化すように、煙草に火をつける。
 そうして、月を見上げた。
「なぁ、妹紅。知ってるか」
 急に話を切り替えられ、妹紅は面食らう。
「人は無意識に行う動作ほど、自分ではそれに気づかないものらしい」
「私は蓬莱人よ」
 自虐的な発言を、慧音は無視。
「なぁ、妹紅。知ってるか」
 同じ言葉を繰り返す彼女に、妹紅は軽い苛立ちを覚えつつ問い返す。
「……何を?」

「お前は辛い時に限って、今みたいに月を見上げるんだ」

 まだ半分も残っていた煙草が、落ちた。
「私がここに来るまでの間に、何があった?」
 詰問するような声音ではない。
 慧音の声はどこまでも優しい。
 だからこそ、妹紅は胸を抉られるような痛みを覚えずにはいられない。
「……何も、ない」
「――妹紅」
「何もない。いつも通りよ」
 断ち切るような、一言だった。
 慧音はわずかに眉を伏せ、「そうか」とだけ呟いた。
 会話が途切れそうになる。
 そのことに、何故か妹紅はある種の危機感を覚えた。
「ねぇ、慧音」
「何だ?」
「自分が自分であることに疑問を抱いたことはある?」
「……また随分と哲学的な質問だな」
 苦笑。
「私は私でしかない。私でない私がいるとしたら、それは私ではないからな。
 ……と、いつもなら答えるかもしれないが」
 その笑みも、すぐに消える。
 決して曲げることのない意思を宿したその相貌は、誰の目にも美しく映ることだろう。
「白沢の血を宿す私には、究極的に人間を理解することは出来ない。
 それを嘆いたことがないと言えば、嘘かやせ我慢にしかならないだろう」
「……そう。そうでしょうね」
 落胆する自分がいることに、妹紅は驚いた。
 何を期待していたのだろう。
 ――慧音が人ならぬことを肯定したところで、自分の心が人でなくなるわけではないのに。
「けれどな、妹紅」
 慧音の横顔に、妹紅はハッとする。
「私は私だったからこそ、今お前とこうしていられると思うんだ」
「私が、私だったから……」
 それはつまり、妹紅が蓬莱人であるからこそ慧音と知り合えたということ。
「辛いか、妹紅」
 慧音の手が、妹紅の手を包み込む。
 先程の炎に比べれば遥かに弱く、しかし何にも勝る温かさ。

 ――失われた心の隙間を埋める、小さな小さな欠片。

「お前の苦しみを理解してやることは、私には出来ない。
 私が万の慰めを語ったところで、張子の虎よりも浅薄に映ることだろう。
 ……だが、それでもお前は私に願う」
 包み込む両手に力がこもる。
 慧音は無表情だった。
 無表情に、涙を必死に堪えていた。
「お願いだから、人であることを忘れないでくれ。
 お願いだから、人であることを捨てないでくれ、妹紅……」

 妹紅は、動けなかった。
 何も、出来なかった。

331ぐつぐつ、ぐらぐら:2008/06/05(木) 00:33:21
コンロにかけられた大小のヤカンを見つめながら、彼は台所の隅に追いやられていた踏み台を引っ張りだし、腰掛けた。
頼まれたのは、15分ほど前。
麦茶の番を頼まれた彼に姉妹の下の方が小さなヤカンの番を頼んだのだ。
風呂上がりに茶を飲みたくてね。
肩にタオル、手に着替を持った彼女はそういうと彼が何かを言う前に
さっさとコンロにヤカンを置き、風呂場へ行ってしまったのだ。
だが、と彼は二つのヤカンを前に腕を組んだ。
どちらとも火の番という意味では大差なかった。
それが大か小か、誰に頼まれたか、そのくらいの違いだった。

ぐつぐつ

湯が沸いてきたのか、ヤカンの中で水の踊る音がする。
それはどこか人の鼓動のようだ、と彼は思った。
人の姿をした―人とは似ても似つかない彼にはどこかそれがうらやましくも感じられた。

ぐつぐつ、ぐつぐつ

体を流れるそれがやけに気になると言ったのは、件の妹だったか。
神経質の気がある彼女は首を巡る鼓動が妙に擽ったい。そう彼に話していた。

ぐつぐつ、ぐらぐら。

そうだとすれば、ちょうど目の前のヤカンの様な振動を彼女は感じているのだろうか。
ほんの少し、彼は興味をもった。



ちょうど彼女が風呂から上がるのと湯が沸くのは同じタイミングであった。
やっぱり鼓動とおなじなのかと聞くと、彼女は訳が分からんと熱い茶を飲むのだった。

332ABY10.アクシラの戦い:2008/06/05(木) 18:58:29
決戦に持ち込む…と言っても簡単な話ではない。敵はこちらの動揺を推測しているだろう。ひょっと
すれば、数週間前の事件もこの為に引き起こしたのかもしれない。それ故に、敵は決戦を避けたい
筈だ。逃げるのも彼らのお家芸である。しかし、彼らの想定するほど帝国軍は無能ではなかった。

「衛星を奪回しましょう」

ジェリルクス参謀長が言った。一見、不毛な行為に思えるが、彼の説明で将帥達は納得に達した。
彼らの戦いの動機は何か、自由と正義である。それは何が支えているか、仲間との連帯である。彼
らは仲間が危機に陥ったならば、総力で救援にかかるに違いない。若き参謀はそう考えたのだ。

「それでは衛星侵攻部隊ですが…」
「参謀長、私に発言の機会を与えてはくれないだろうか」

ピエットが彼の言葉が途切れるのを見計らって機会を求めた。彼には大提督が何を言いたいかは
分かっている。無論、それに問題は無いの座を譲る。もっとも、問題があったとしても、彼に逆らえる
筈は無いが。

「ありがとう、参謀長。その任にはアッシュ将軍を向かわせたい」

一斉に視線が緑の制服の女将軍に集まる。しかし、そのような視線など、我関せずといった風で流
し、腕組みをして悠然と構えていた。

「私がか?ふ…少し運動をしてくるかな」

大胆不敵な発言である。帝国の司令官は大抵、スター・デストロイヤーや要塞で指揮を執るものだ
が、中には自ら前線を駆けて、将兵と労苦を共にする者も居る。代表的な者にヴィアーズ大将軍や
ズィアリング大将軍、コヴェル将軍が挙げられるが、彼女もその一人であり、赤い光刃のライトセイ
バーや銀の剣を高く上げ、時には徒歩、時には馬、時にはバイクに跨り先陣を切る姿は将兵にとっ
て頼もしいものであった。

「では、ウォーカー部隊を1個大隊、歩兵部隊を1個師団任せるから、思うように暴れてもらおう」
「Yes My Lord」

333夢の跡:2008/06/05(木) 19:19:35
手を繋いでいた。
暗闇の中で見失わないよう、幼い子供の様にその手をしっかりと握っていた。
名前を何度も呼びもした。
手が、離れる。
暗闇が晴れていくと同じく、相手の姿もかすれ消えていく。
嫌だ、おいていかないで。
手を伸ばしてももう触れる事も出来ずにただその困った様な悲しそうな笑顔だけが瞼に残った。


二度寝の目覚めは酷いものだった。
涙が頬を伝い、胸が悲しみで潰れそうだった。
ふと、部屋が広い気がして、辺りを見回し、
「――」
言いかけてやめる。
誰も、答える訳がない。
この部屋は自分一人の部屋で他に誰も居ない。
今までと変わらない筈のそれに止まっていた涙が再び流れ出す。
言葉になれなかった声が口から溢れていくのをもうどうすることも出来ない。

やがて、ふらりと立ち上がり、机に置かれた紙へペンを走らす。
書くこと等ほとんどなかったが、真っ白なそこにただ一言残し、
ゆっくり瞼を閉じた。


明日も、変わらない朝が来る

334廊下:2008/06/06(金) 23:24:19
ギシリ、と廊下が軋む音に早苗は思わず肩をすくめた。
いつもの事なのだが、それでも寝惚け眼で廊下へ出ると体がすくんでしまう。
まるで子供のようだ、と溜め息を付きながら、廊下の奥の廁へと足を運ぶ。

ギシッ。ギシ。

しばらくしてふと気が付く。
自分の後ろに誰か、いる。
別に驚く事はなかった。きっと、八坂様か洩矢様か両親のどちらかも廁なのだろう。
大して気にも止めず、廁に入る。
その間にも廊下の軋みはゆっくりと廁へと近付いて―ふと妙な音が混じっている。

ギシッペタッ。ギシッペタッ。

二柱の足音とは違うそれに早苗の顔から血の気が引く。
擦り足気味な八坂様とも跳ねるように歩く洩矢様や両親とも違う誰かが、そこにいる。
途端、彼女は廁から出るのが恐ろしくなった。
心の中で二柱の名前と両親を呼びながら、その場で息を殺していると廁の前まで来た足音―何かの気配は
しばらく廁の前に佇んでいたが、やがてゆっくりと遠ざかっていった。
気配が遠ざかった瞬間、早苗は廁から飛び出し、飛ぶような早さで部屋へと戻っていった。
布団の中で震えながら、早く朝が来ることを祈り―ようやく、鳥の囀りが聞こえた頃
安堵の息を漏らし、布団から頭を出して―

「そこには恐ろしい顔の女性が私をにらんでいました…」
そう締め括る早苗にギャラリーの何人かは思わず身震いする。
「うー…今ので催してきたわ。トイレ借りるぜ」
襖に手をかけ、立ち上がったアサヒはそう断ってから廊下へ出た。
(たしかあっちだよな)
魔法の灯りを揺らめかせながら、廊下を進む。と―

…ギシッ…ペタッ。

足音が聞こえ、彼女は思わず振り向いてしまった。

そして、そこにいたのは―

335紅白:2008/06/09(月) 12:49:26
「お前の事はあまり好きではなかったぞ、ゼロツー」
地面で無様に倒れている男を見下ろしながら、紅い悪魔が囁く。
背後に月を、手には深紅の槍を従えて、彼女は無表情のまま、腕をゆっくりと掲げる。
男はまだ動かない。
散々痛めつけていたからもしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。
それでも彼女は男にとどめを刺すべく、槍を―
「……っ!」
視界を埋め尽くさんばかりの朱を男に投げるはずだった槍で迎え撃つ。
それでも、相殺するには少し及ばず、悪魔は舌打ちをしながら、朱に飲み込まれた。

「なんだレミリア。跡形もなく消し飛んで死んだか?」
肩を鳴らしながら、瓦礫から白い男が立ち上がる。
月を見上げながら、つまらなそうに溜め息をつき―
「お気遣い感謝しますわ」
背後から上がったその声に一瞬反応が遅れ、次の瞬間には彼は体から無数の針を生やしていた。
倒れ込む男の目の前に蝙蝠が集まり、一つの形を成していく。
「なるほど、蝙蝠となってよけたか」
血を流すことなく起きあがる白い男を前に紅い悪魔がにたりと笑う。
「そういうお前こそ」
針が男の中に完全に飲み込まれたのを合図に二人の足が動き出す。
悪魔が笑う。男も笑う。

互いに闇に生き、不死とされたもの。
そこがお互い気にくわなかったのだ。
片や夜の帝王、片や闇そのもの。

もはや戦いはルールなど存在しない、単なる力のぶつかり合いとなっていた。
悪魔が男の腕を千切り飛ばせば、男が悪魔の羽根を切り刻む。
もはや二人に理性などはありはしなかった。
ただ純粋に、目の前にいる相手を蹂躙し、打ちのめす。それだけだった。
瞳は狂気に彩られ、顔には壮絶な笑みを貼り付けながら。

結局勝負は両者の「飽きた」という一言で決着がついた。
二人にしてみれば、なんともなしに始めた戦いの勝敗など特に気にするものではなかった。
すっかりぼろぼろになった衣服をそこらに捨て、手近な場所に座る。全裸で。
「…そんな格好していいのか?」
特に裸でいる事に抵抗がないのか、男の言葉に悪魔が肩をすくめる。
「減るもんでもないだろ?」
その言葉に男は眉をしかめ、呟く。
「どこぞのパパラッチに撮られても知らんぞ」
パシャッ。
「……やるか」「……ええ」
ものすごいスピードで飛び去ろうとするそれの後を二人は猛スピードで追いかけるのだった。
全裸で。


gdgd

336ABY10.アクシラの戦い:2008/06/10(火) 07:48:04
帝国軍はアクシラ本星に一番近い、アクシラⅠに軍を派遣した。陽動部隊の輸送と支援という
名誉を与えられたのは、マイナー=ペレオン大佐率いるスター・デストロイヤー『キメラ』とその
支援艦艇である。彼らは占領後に設置されたシールドを全力で破壊すると、直ちにウォーカー
やトルーパー達を降下させた。

――アクシラⅠ・ピエット宇宙港第3埠頭

故郷の英雄の名を冠した施設が建設されるのはいつの時代も同じである。しかし、それが敵
の手に陥ることは最大の不名誉だ。ピエットはこの施設と付随する都市の最優先での奪回を
命じ、彼の妻とその麾下の部隊は彼の要望に応えることに成功した。そして今は、市内の残
敵の掃討と守備隊の生き残りを回収する任にあたっていた。

――アクシラⅠ・『リトル・ブリギア』区

反乱軍将校「退却だ!退却ーッ!味方と合流するんだーッ!」

市内の到る所にバリケードを急造し、抵抗していた反乱同盟軍だったが、それらは次々に巨
大なAT-ATに踏み潰され、防衛線は崩壊していった。シープ=ジェイオン大佐男爵率いる第
08ウォーカー大隊は無人の荒野を往くが如くの進撃を行っていた。

ワッツ「こちらアクシラ-02、アクシラ-01ジェイオン卿へ、リトル・ブリギアの最後の拠点を制圧。
     敵戦線は崩壊、逃走しつつあり。繰り返す、敵は逃走中!」
ジェイオン「アクシラ-01より、アクシラ-02ワッツ中佐へ、大変結構だ、クズ共は一人も生きて
        帰すな。帝国への反逆がどういうことかその身をもって教えてやるのだ」
ワッツ「Yes My Lord!」

AT-ATから無慈悲にヘヴィ・キャノン・レーザーが放たれ、その度に大勢の自由の戦士達が空
に舞い上がり、その爆発を逃れた者も、AT-STの機銃掃射でヴァルハラ送りにされて行った。

338憐哀編sideイサ、4:2008/06/12(木) 23:12:56

 一日目 PM 18:30

「……なぁ、どうかしたのかお前?」
 春原に指摘されるまで、イサは自分の不調に気が付かなかった。
 いや、指摘されてもなお、イサには言葉の意味がわからなかった。
 だから問う。
「ん? どうかしたんでばさ?」
「でばさって何語だよ」
「現代日本語」
「真顔で嘘吐くな。んな語尾、聞いたことねーし」
「あーぁ、ヨーヘーは流行から取り残されて化石になってしまいましたとさ」
「マジかよ!? ……って、そーじゃねーよ」
 気づいてないのかと、
「お前、さっきからずっと顔が笑ってないんだよ」
 なるほど、とイサは思う。
 確かに気がつかなかった。
 ――普段の自分は、『笑顔であることが当然』と思われていたのかと。

 敗走する文を見送ってから、やってしまったとイサは思った。
 最初は警告で済ませるつもりだった。
 そして、それで終わるとも思っていた。
 文自身が語るまでもなく、文に争う意思がないことなど気づいていたのだから。
 だが、実際にはそうならなかった。
 いや、出来なかった。
 いつもの『悪いクセ』が出てしまったと、イサは歯噛みする。

 イサにとって、苛立ちと殺意は同義だ。
 わずかな心の揺らぎは、即座に対象への破壊衝動にシフトする。
 それはつまりイサの平静を乱すものはイコール抹殺対象になるということだ。
 そんな自分が、イサは嫌いだった。
 だから変わろうと思った。
 変われるとも思った。
 変わったとさえ、思っていたのだ。

 それがすべて自身の楽観的観測にすぎなかったことを自覚したのには、
さすがのイサでも落ち込まずにはいられなかったのかもしれない。
 もっとも、本人がそれと自覚することはなかったが。

339歌唄い:2008/06/12(木) 23:28:33

 夢の歌を唄いましょう。

 ――あなたとそこで逢ったから。

 夜の歌を唄いましょう。

 ――あなたがそれを好むから。
 
 嘆きの歌を唄いましょう。

 ――あなたがそれを望むから。

 終わりの歌を唄いましょう。 

 ――もはやあなたはそこにだけ。


 ………………

340隔たり:2008/06/13(金) 03:41:20
「ふぅ…」
息を吐きながら、ベッドに沈み込む。
書きかけの文章をメモ帳に保存し、携帯と目を閉じる。
「紫…」
ふと彼女の名前が――の口を出る。
それは自分のもう一つの名であり、遥か高みにいる妖怪の名でもあった。
「見てんのかなぁ、自分の事…」
目を開き、天井を指の間から覗きながら呟く。
境界にいる彼女の事だ。携帯に向かう自分の姿を何処かで―あるいは携帯からこちらを見ているのかもしれない。
「ずるいよ」
携帯のモニターにそう声をかける。
もし聞こえたら、きっと彼女はこう応えるだろう。
――――――。
それに――も全くだと笑ってしまった。
やっぱり彼女は自分と比べたら、ずっと大人だ。
茶番ともいえる彼女の話に付き合ってくれているのだから。


そうして背後に降り立つ彼女に『紫』は挨拶を交すのだった。
「こんばんは、紫。今日はカレーだよ」

341奇妙な姉妹の会話:2008/06/14(土) 14:37:04
レミリアは目の前で繰り広げられるその会話に頭痛を覚えていた。

いつもの茶会。
妹と妹が世話になっている家の姉妹を交えた午後の一時。

しかし、姉妹が話す会話はほとんど一貫性がなく、あちらへこちらへとフラフラさまよっていた。
「そういえば」
カチャリ、とカップを置くと向こうの妹が声を上げる。
「庭に植わってるラズベリーってそろそろ食べれるかな?」
「さあ?蒼星石に聞けば分かるかもよ?ところであいつらの仲は進展したんかな」
「たしかさっぱりだった気がするよ、ふたりともウブだからねぇ。
そういえばまたみょうがが生えてきたらしいよ」
「みょうがねぇ…使い道そんな無いよね。
それより帰ったら試しにラズベリー食べてみない?」

「…」
彼女らには理解出来ているようだが、レミリアには一向に理解出来そうになかった。
一体何をどうすればあんな宇宙人の様な会話が出来るのだろうか?
…もうどうでもいい気がして、レミリアは静かに紅茶を飲み干すのだった。



姉貴と話してたら友人に「宇宙人的会話」と言われたので書いてみた
別に普通な気がする

342スノハラクエスト 〜そして伝説へ(ニート的な意味で):2008/06/15(日) 08:52:26

 一日目 PM 20:30
 
「さて、そろそろ帰るか」
 春原がそう言った瞬間、イサの体がびくりと跳ね上がった。
 信じられないことを聞いたとでも言うように。
 あるいは、唐突に夢から覚めたかのように。
「……帰る?」
 もちろん、春原の言葉に他意などはなかった。
 始まりがあれば必ず終わりがある。それだけのことだ。
 デートの終了を男の方から告げるのは、無粋と言えなくもない。
 だが元を正せば、そもそも春原にはこれがデートという意識さえもなく。
 イサのわがままに付き合うのもこれで終わりという、そんな最後通牒の響きくらいは含まれていたかもしれない。
 故に、春原にはわからない。
 何故、イサがそんな表情をするのか。
 ――まるで、裏切られたとでも言いたげな。
 口火を切った春原の方が、逆に言葉に詰まった。
 夜を彩るかすかなイルミネーションが、イサの顔を半ば隠して浮かび上がらせる。
「……こに?」
「え?」

「……ボクは、どこに帰ればいいの?」

 そのあまりに強い虚無の響きに、春原の頬がひきつった。
「どこって……」
 何故か春原にはわかった。
 このイサは説得しなければならない、と。
 それによって何かが得られるという確信ではなく。
 そうしなければ何かが失われるという危機感で。
「家に帰るに、決まってんだろ」
「……家?」
 鼻で笑う。
「あそこは家なんかじゃない。監獄だよ」
 もはやそこにいるのは春原の知るイサではなかった。
 その年相応の体躯と微塵もあっていない諦観のまなざしで、
「ボクはあいつに囚われてるにすぎない」
「……あいつ?」
 そこには明らかに特定の誰かを示す意味合いがこめられていたが、
少なくとも春原には悪意を持ってイサと接している人物に心当たりなどなかった。
 イサの声にはますます強い諦観が混じり、もはや声とさえ思えなくなってきていた。
「ボクにはわかる、わかってしまった。
 この『世界』はもうあいつの手の中にある」
「おい、イサ……」
「あいつに壊されるのは仕方がない。だってあいつは『世界』そのものなんだから。
 だからボクは、そうなる前に思い出がほしかった」
 何かを言い返すには、春原は無力だった。
 ただ、イサには何か絶望を抱かずにいられないものがあり。
 いつか来る――と信じている――破滅の前に、思い出を求めていたことは理解した。
 それ故の――デート。
 と、イサが突然顔をあげた。満面の笑みを浮かべて。
 だが、春原の目にはそれがどうしても痛々しく映ってしまう。
 イサはその目尻にわずかに外灯を反射させる光を浮かべ、言った。

「ねぇ、ヨーヘー。ボクと一緒に、逃げてくれないかな!」

343鬼畜姉妹と天然魔道士:2008/06/15(日) 21:20:12
調子が狂う。半眼のままクリームを泡立てる女の後ろ姿を妹と眺めていた。
発端は先程、咲夜に対して言った一言だった。
「咲夜、体にクリーム塗ってそれを舐めさせなさい」
当然、咲夜は怪訝な顔をしたが、ニコニコと笑った彼女は違った。
「生クリームプレイとは、レミィはうちの旦那並にマニアックだね」
姉妹で紅茶を吹かざる得なかった。
紅茶を一瞬で始末する咲夜を横目に彼女はでも、と続ける。
「あの人、甘いの好きだからアイスでもいいんだけどね」
「えーと…貴方は何の話をしているのかしら?」
あの目玉男恐るべしとか思いつつ、なんとか平静を保つ。
椅子に座り直しながら、引きつった笑みで問掛ける。
今度は彼女が目を丸くする番だった。
「何の話って……ソフトSMプレイの話だけど…」
ごんっ、と妹が机に頭を打ち付ける。墜ちたか。
「フラン大丈夫?どうした?」
自分の発言に問題があるとは思っていないのか、彼女が本気で妹を心配している。
「ううん、なんでもない…ただ酷いノロケをみただけだから」
そこで止めておけばよかったのだが、ついついからかってやろうと口を開いた。
「あら、だったら試しにクリームプレイとやらを見せてもらえないかしら?」
「えー…まあ舐めるだけならいいかもしれないけど」
「「………は?」」
そして、今に至る。
何故かムラムラした様な目玉男が待っているし、彼女は鼻唄混じりにクリームを泡立てる。
「お姉さま…」
「…何?」
「紫って…冗談通じないんだよ」
「…早く言って」
とうとう押さえきれなくなって襲いかかる目玉男にグングニルを投げつけながら、
レミリアはもう彼女に変な冗談を言うのを止めようと心に誓うのだった。

―ボールの裏―
ほんとにロウソクの下位互換なアイス(と生クリーム)。
食べれるからこっちの方がいい気がするけど
―ボールの裏―

344感触・上:2008/06/15(日) 21:44:09
 梅雨の合間に照りつける貴重な陽光に、わずかに濡れた木々が歓喜の声を上げる。
「草だー。花だー」
 歓声なのか客観的事実を述べているだけなのかよくわからない声をあげながら、くるくると回る薔薇色のスカート。
 近場の野原を訪れるだけであれだけはしゃげる感性には羨ましさを覚えなくもない。
 さて、私は一体いつの間に失ってしまったのか――もはや判然としない。
「ちぇええええん、しょーぶだー」
「言ったな赤いの! この前の分も合わせてお返ししてやるからね!」
 最近よくじゃれあっている二人が、時も場所も関係なしに騒ぎ出す。
 それを少し離れたところから陶酔の眼差しで見つめる保護者二人。
 好意的に解釈すれば娘を見守る微笑ましい光景だが、
如何せんどう好意的に見ても「娘を見守る」にしては危なすぎる。
 ――その光景は温かくあると同時にどこか廃絶的で。
 だからと言うわけではなかったが、何とはなしに心は冷めていた。
「……混ざらないの?」
 背筋が震えた。
 心を見透かされたかと思った。
『彼女』ならば、そのくらいやってもおかしくはない。
 胸中の動揺を押し隠し、にこやかな笑みを浮かべた『演技』を使う。
 体調が優れないといったニュアンスを返したところ、彼女は平然とした顔で、
「あの日?」
 ――とんでもない恥知らずだ。
 いや、そもそも恥などという感情を持ち合わせていないのだろう。
 私も相当擦り切れているとは思うが、これ程ではない。
 これを人として分類することは、人間に対する冒涜だ。
「……何か用?」
 声音を変える。いや正確に言えば、本来のそれに戻す。
 他に誰か聞く者がいるのならばともかく、これを相手に演じる価値はなかった。
「いえ、別に」
 突然の変貌にも彼女はまるで動じた様子はない。
「ただ少し聞いてみたいと思っただけ」
「…………?」

「『殺される』って、どういう感触?」

 そこには揶揄も皮肉も含まれてはいない。
 本当に、ただ純粋に疑問に思っているだけなのだろう。
 いやそれさえも定かではない。
「聞くためだけに聞いている」と言われても、彼女が言うなら信じる。

345感触・下:2008/06/15(日) 21:44:47
「……生憎だけど、殺される瞬間のことはよく覚えていないの」
 事実だ。
 そもそもここに来てからというもの、負の記憶はひどく曖昧だった。
 都合の悪いものは存在しない――なるほど、何とも居心地のいい夢ではないか。
「そう。それは幸いね」
 案の定彼女はさして気にとめた様子もなく、言葉を止めた。
 代わりに、今度はこちらが聞き返す。
「世界を思うままにするのは、どういう感触?」
「………………」
 彼女は、しばし無言だった。
 平和な世界から漏れ聞こえる嬌声が、私達を包む境界の外で空々しく響く。
 境界の内側は、夏が近づく世界を嘲笑うように凍りついているというのに。
「……何を勘違いしているのか知らないけれど」
 彼女の瞳は、世界の温度を否定する冷たさを宿していた。
「私は他者の理を代わるだけ。ただ、それだけよ」
「理解できないわね。そんなものを己に強いて、一体何の価値があるの?」
「価値なんて言葉を使っている時点で、あなたに理解することは不可能よ」
 彼女にしてはひどく挑発的な物言いだった。
「そこにあるのは価値などではない。0に価値を生み出す価値はない」
「自虐的ね――それは理解できなくもないけれど」
 自嘲する。
 場所と立場によっては、そこに立っているのは私だ。
「まぁいいわ。私もそれほど興味があるわけではないもの」
「傍観者に留まるつもり?」
「無知は私にとっての安息よ。智者を気取った愚者になるなんてまっぴらだわ」
 こういう会話をしていると、自然と手がグラスを求めだす。
 ここではBern castelもそうそう手に入らない。
「最初はこの世界の構造が気にもなったけど、その必要もなくなったし」
「その心は?」
「私を傍観者以上の存在として扱わないことがわかったから、かしら」
 自然と笑みの質が変わる。苦笑へと。
「もっとも、傍観させることに私は価値を見出されているのかもしれないけれど。
 ――それこそ『神のみぞ知る』と言ったところね」
 と。
 ふいに二人の間を縫うように抜けていったボールが、凍結した世界を叩き壊した。
「ちょっとー、そこのボールとってー」
 ぱたぱた手を振る猫耳娘。
 即座に振る舞いをシフト。
 にこやかな笑みを浮かべて、ボールを精一杯投げ返す。
 そこには一縷の隙もない。演技と言えば、完璧な演技だ。
「道化を続けるのは不便じゃない?」
「演技も貫けば真実よ。無理をしているわけでもないしね」
 私は立ち上がる。
「さて、安らかで不確定な日常へ還りましょうか」
「――それは、幸いね」
 声の返ってきた場所に、もはや彼女の姿はなく。
 頭上を覆い隠す緑の天蓋が、わずかにその葉を揺らしていた。

346紅色月夜:2008/06/16(月) 23:14:17
ふと窓の外が気になり、頭上へと目を向ける。…月と目が合った。
ほんのりと紅を帯びたそれを窓から眺めながら、歌を―歌詞はないから、鼻唄だが―を歌う。
「〜〜♪〜〜〜〜〜♪」
千年の時を過ごしたあの場所でもこの月は見えているだろうか。
もしかするとあちらの月の方がここより人を魅了する力が強いかもしれない。
なにしろ、狂気で瞳が紅へと染まってしまうから―。
(そういえば―)
彼の目も鮮やかな紅色だ。
(彼も独りで月を見上げ続けていたのかな…それとも…)
人々の狂気が彼の目を染めたのか。

一息いれるように息をついて、ペットボトルに口を付ける。
「…自分も」
小さな溜め息と一緒にかすれた声が口を出る。
治す気になれないその癖に胸中で笑いながら、天へ―月へ手を伸ばす。
「自分の瞳も狂気で染まったら、貴方達の所へ行けるかな?」
掴める筈のない月を見上げ、手を閉じかけ―何かを握る。
「…………」
人の手のような感触に目を丸くする。
あちらの手か、他の何かか、見当はつかなかったものの、
笑いながら、その手を離し、そこをじっと見つめる。
黒々としたもの以外何も見えなかったが、それでも怖さはほとんどない。
いずれは自分も、あれになる。それが分かっているから。

そろそろ寝なくては。
小さく欠伸をしながら、そこへ手を振る。

「おやすみ、また明日」


窓から離れようとした少しの間、彼女がそこに居た気がした。


カーテンが引かれ、境界が引かれる

347三割増:2008/06/17(火) 15:28:54
「おおっ!」
何かを手に叫ぶフヨウにアサヒは思わず振り返る。
いつもより背丈が半分ほどになっているが、きっと何かの魔法でも使ったのだろう。
「黒板じゃなくても文字書けた!」
感極まった様に叫ぶ彼女の姿に思わずその手元を覗きこむ。
その手にあったのは…やけに短いチョークだった。
「チョークって偉い!お前凄すぎ!」
従姉妹がおかしいのは今に始まった事ではなかったが、
あまりの反応にアサヒの目から涙が溢れる。
「ああ…本当にすげぇよ」
悲しさ一杯になるアサヒをよそにフヨウはチョークを手にどこかへ走り出すのだった。


どんとそびえたつ紅魔館の塀を見上げながら、フヨウは「おー…」と声を見上げていた。
手にはやはりあの短いチョーク。
「…よし!」
手を上に精一杯伸ばし、爪先立ちになりながら、何かを書いていく。
「あいあいがーさ、あいあいがーさ…と!」
満足したのか、チョークをポケットへ突っ込むとその場から走り出す。

数分後、相合い傘に書かれた「さくや|れみりあ」の文字に誰かがハナマルをつけていた。

348憐哀編sideイサ、6:2008/06/17(火) 22:38:02

 一日目 PM 22:30
 
 デートが逃走劇へと様相を変えてから、早2時間。
 目的なく歩くことへの苦痛を感じ始めるには十分な頃合いだった。
 同じ徒歩でも、どこかに向かうという目的があれば感じる負担は軽い。
 その逆に、ゴールがあるかわからないマラソンなど拷問と変わらない。
 まして冬も最中のこの頃に、日も落ちきった道を淡々と歩くなど。
「………………」
 それでも、春原は何も言わない。
 何も、言えない。
 正直なことを言えば、さっさと帰りたいというのが本心だ。
 いや、誰でもそう思うだろう。
 何が悲しくて雪中行軍(雪は降っていないが)の真似事などしなければならいのか。
「………………」
 逃げるとイサは言っているが、そもそも誰に追われているのかわからない。
 本当に追われているのかさえわからない。
 ひょっとしたらデートと称した引き回しを続けるためのデタラメではないのか、とさえ思えてくる。
 その証拠に、イサの顔はまだ多少翳りは残るものの明るさが大分戻ってきている。
 自分が舐められていることは――不本意にも――自覚している。
 ――ここでそろそろ、男としての立場の強さを見せつけるべきではないか?
 いやそこまで強く出ずとも、詳しい理由を問いただすくらいは許されて然るべきではないか?
「………………はぁ」
 などと考えてみたところで、すべては徒労だ。
 どこに結論を持っていったとしても、結局自分からそれを話題にすることは出来ない。
 つまりこの状況に為す術なく流される程度には、春原には度胸がなかった。
 それすらもイサの思惑通りであるとは、まさか露程にも思わずに。

 引きずり回していることは自覚していた。
 春原はイサに比べて体力面で遥かに劣る。
 もっとも、丸一昼夜歩き続けることも可能なイサと比較するのは酷な話なのだが。
 ――この一件を境に、かろうじて保たれていた関係が崩壊するかもしれない。
 無論、イサがその関係を考えていないはずがない。
 しかしそれは考えても詮無いことでもあった。
 無意味なのだ。
 自分は、あと数日を待たずして、終わる。
 それは決まっていることだ。

 イサが垣間見た『世界の断片』とは、つまりそうされるだけのものがあるということなのだから。

「その時までを、せめて最高の思い出で埋めたいと思うのは、そんなに悪いことなのかな……」
「あ? 何か言ったか?」
 不機嫌そうな春原の声。疲れが混じった息からして、こちらを気に留める余裕さえ失くしかけているようだ。
 イサは首を横に振る。
 春原はバカで、無神経で、結局自分のことしか考えていない。
 今はそれでよかった。
 ――そんな少年が、イサの死を目の当たりにした時に何を思うか。
 身勝手とはつまり心の弱さに他ならない。
 弱い心はイサの死を刻みつけることで、元の形を取り戻すことが出来なくなるだろう。
 一生、イサの死を背負って生きることになる。
 それだけで、イサは満足だった。
 
 ――そして、この『世界』にはそんな些細な望みさえ許さない存在がいる。

349オレオレ詐欺:2008/06/19(木) 23:32:07
「オレだよオレオレ」
一昔前に流行った詐欺の口上を上げる男にフヨウは首を傾げた。
「…誰だっけ?」
「だからオレだよ、オレ」
「……!ああ!オレさんですね?」
電話の向こう側で派手に何かが崩れる音がしたが、男は意外にも早くカンバックした。
「それでオレさんはどうしたの?」
「実は事故って急にお金が要るんだ」
「え、腕とか足とかもげちゃったの?!」
「もげ…!?」
何やら驚く男にフヨウも目を丸くしながら、巻くし立てる。
「あれって痛そうだよね。
こないだもさ、僕のお父さんが電車に引かれて腕もげちゃったんだよ、ズパーンって」
紫の新しいスペカの実験台にされ、腕(羽根の事である)を壊されただけだが、
事情を知らない者からしてみれば、とんでもない話である。
「その前もナハトがフランドールに斬られたり、もう大変だったんだよ」
ナハトがフランドールの弾幕ごっこの相手をしただけだが、
こちらもやはりとんでもない話である。
「た、大変なんだな…」
「ほんとだよーお陰で家計は火の車だってお母さん言ってるんだよ。
最近お母さんも夜は忙しいみたいだしさぁ」


何故だか泣き出したオレさんに「強く生きるんだぞ」や「オレも頑張るから」と励まされ、
やはりフヨウは首を傾げながら、受話器を置いた。
それでも、地下から黒焦げになって現れた父を見た彼女の頭からは
「オレさん」なる人物の事はすっかり消えていたのだった。
「おとーさーん、弾幕教えてー」
「か、勘弁してくれぇ」

今日も今日とて平和です

350スモーカー:2008/06/22(日) 23:53:18
子供の健康に障ると部屋から追い出されたドロシーはやって来た屋根の上で
ポケットにねじこんだ箱を取り出し、その中の一本を口にくわえた。
パッケージで選んだマイルドセブンに火を付けるべく―ポケットを探す内に気付いた。
(ライター、部屋だわ)
火を使う使い魔を呼び出すにしても、手間がかかりすぎて気軽な一服ではなくなる。
今更戻っても姉にうるさく言われるだけで戻る気もない。
台所かどこかでマッチを拝借してこよう。
そう諦めた様にくわえていたそれを手に持ち―ふと横を見ると火の付いた炭を差し出された。
「どうぞ」
キセルから煙を立ち上らせる彼女から炭を受け取り、煙草に火を付ける。
煙を溜めるように吸い込み、それを空へ長く細く吐き出す。
「…どうも」
呟く様に礼をのべ、煙草に口をつける。

互いに会話はなく、時間だけがゆっくり過ぎていく。

やがて、ドロシーは携帯用の灰皿に煙草を入れ、紫はキセルの灰を落とした。
そうするとどちらともなく立ち上がり、その場を離れていく。
「今度は忘れないようにね?」
背中に投げ掛けられた言葉にドロシーは手を振って応えた。

351おえかき:2008/06/25(水) 23:19:12
ご存じ?ご存じ?ご存じかしら?
紅い悪魔の御屋敷の 暗い地下のその部屋に
怖い怖い吸血鬼が住んでるの
壊れたメイドは数知れず 戻った子は誰だって
口を揃えてこう言うわ "あの子は絶対狂ってる"

「変な唄だな」
フランドールの唄にゼロツーはソファに身を沈め、、欠伸混じりに言う。
紅魔館地下にあるフランドールの私室。
闇を照らすランプは既に床で砕け散り、辺りには緩やかな闇が流れる。
「そう?」
手にした本の頁を一枚一枚破り投げるフランドールは彼を見ない。
舞い落ちる紙をじっと見つめ、それが床に落ちれば、また破いて放り投げる。
あれでは後で掃除が大変そうだと思いながら、ソファに寝そべる。
部屋全体に染み付いた死の残り香と床に散らばる子供の玩具が不釣り合いな部屋の主を表しているようで。
「ねぇねぇ」
本の吹雪に飽きたのか、頁がなくなっただけか、フランドールが首をゼロツーに向けて言う。
「遊んで?」


「あら」
眠るフランドールを膝に乗せ、安楽椅子に腰掛けたまま船をこいでいるゼロツーに
咲夜は手にしたティーセットを珍しく無事だったテーブルに置いた。
「お茶持ってきたけど…後での方がいいかしらね?」
考えるように首を傾げる咲夜の目に床に散らばる紙が目に入る。
そのなかの一枚を手にして、咲夜は何かに気付き、嬉しそうに目を細めた。
「あらあら」

破かれた頁は色とりどりのクレヨンで飾られ、全体で一枚の絵へ姿を変えていた。

紅い月の下、姉や友人達と笑うフランドールの描いた絵へと。

352夏の幕開け:2008/06/29(日) 00:32:11
流れ落ちる汗もそのままにペダルを踏み込む。
ギアを一番軽いものにしてあるとはいえ、坂道は流石に辛いものであった。
そこに来て、肌に張り付くようなむし暑さがじりじりと体力を奪っていく。
とうとう限界に達したのか、息を吐き出しながら足を地面につく。
心配して降りようとする連れを手で制する。
そうして肩で息をしながら、先を見つめ、自転車を押す。
便利な乗り物もこうなってはただの重い荷物。
それでも一歩、また一歩と足を進める。
目的地まではもうそう遠くはない。この坂道を乗り切れば、それが見えてくるはずだ。


やがて坂道が終わりを告げ、それが眼下に広がった。
「はぁ――はぁ――はっ――」
半ばむせるように息をつきながら、それを見る。
山の緑と人が作った灰色の町と―空と海。
見たかった色とは大分違っていたが、胸にはここまで来た満足感が広がっていた。
後ろに乗せていた連れも初めて見るであろう海にはしゃぐ。
その様子にここまで来た甲斐があった、と顔を綻ばせて、汗を拭う。


二人を呼ぶ声に振り返る。他の者が同じ様に自転車で―あるいは徒歩でこちらに来ている。
もうじきこの光景は二人だけのものではなくなる。
だから、と言うわけではない。
気付けば二人は海に向かって叫んた。
ひとしきり叫んで顔を見合わせてわらった。
首にかけたタオルからは汗の匂いがしていた。


もうじき、夏がくる

353神様の悩み:2008/07/02(水) 15:40:56
「暑いな…」
 
いつからこうなったのかは忘れたけど地球が少しずつ温暖化している。
今はまだ涼しい方なのかもしれない。けれど  これが永遠に続くと同時に温度も上がっていくと思うとさ……嫌だと思わない?
僕は地球の滅亡を真っ先に想像してしまうよ。
 
 
『暑くなる』だけでは済まないんだ
氷が溶けて海面上昇したり、異常気象が起きて農耕適地の移動をする可能性もある
現に 何処かの畑が洪水によって全部駄目になったとユクシーから聞いたことあるからね。
洪水による水害ってやつかな… 水害に限らず日差しが強いせいで乾燥化して 作物が駄目になる場合もあるらしいけどね。
 
 
ところで何故、温暖化になるか知ってる?二酸化炭素が原因らしいよ。 工場や自動車等から出てきてしまう二酸化炭素。
 
 言っておくけど今更やめたって遅いんじゃないかな…、二酸化炭素は温暖効果を発生させるガスとなって 太陽から放射される熱を吸収してしまい 地表を温めてしまうから、さ…
 
 
……はぁ。 この世界は、最終的にどうなってしまうのだろう?
僕は正直言って あまり見守りたくない……。

354無言:2008/07/07(月) 22:21:48
会話のない食卓というものは随分と味気無いものである。
家族と顔を合わせてもそこに会話はないとなるとそれは独りの食卓より
ずっと寂しいもので―
(まあ皆話してる暇ないだけだろうけどね)
緑の山を見つめながら、エックスは今しがた空になった殻を横に退けた。
安かったんだ。
そう言いながら、大量の枝豆をゼロツーが買ってきたのはちょうど夕飯の支度を始める時間前であった。
巨大な鍋に投げ込まれていく枝豆をエックスは感心するような眼差しを送っていた。

そして、夕飯の時。

出てきたのは大皿数枚に盛りに盛られた枝豆に茄子の揚げ浸し。
だが、誰も茄子には目を向けなかった。住人の誰しもが皿に盛られた枝豆に釘付けだった。
哀れ、茄子。

そして、現在。
宴会を開くと半分は持っていかれてもなお存在感ある緑の山がテーブルに鎮座していた。
半分は既に殻だが。
(それにしても…)
まだ大豆になっていない大豆の癖をして、なんて美味なことか!
つるりとした種子の甘みと程よい塩加減。噛む度に広がる風味とどれを取ってもよいものだった。
隣で爆食する紫を生温い目で見つめながら、再び手を伸ばすのだった。



そんな夕飯の一幕

355憐哀編sideイサ、7:2008/07/08(火) 21:55:36

 一日目 PM 23:00

 結局、今夜は家に帰ることはなくなった。
 すると浮上してくるのが、寝床の確保だ。
 着の身着のままで飛び出した状態に近い春原に、まさかホテル代を払う余裕などなく。
 脳裏を「野宿」という言葉がかすめる。
 野宿。言葉でかけば一言だが、そこに込められた意味は凄絶だ。
 まず場所がない。公園のベンチで寝るなどと言えば簡単だが、
容易に人目につくところでは補導される可能性がある。
 そして何より問題なのが寒さだ。
 ちょっと動き回る程度ならわからないが、真冬の寒さはそれ自体が凶器となる。
 比喩でも冗談でもなく、都会の街並みの一角で凍死することも考えられる。
 ベッドで寝ることを当然とする人種が、にわか覚悟で耐えられるようなものではないのだ。
 ――というわけで。
「ま、やっぱこれしかないっしょ」
 手軽に入れ、環境もそれなり。何より価格が良心的。
 そんな夢のようなホテル――もとい、ネットカフェに二人は訪れていた。
 ここならその気になれば朝まででもいられる。無論こんな生活を長期間続けるなど不可能だが、
それでも一夜の雫を避けるのには問題ない。
 春原は一人ネットに興じていた。
 というのは、イサがネットのやり方をわからないと言ったからだ。
 教えることは出来る。
 だが、何となくそんな会話をすることにも躊躇いが生じていた。
 気持ちの齟齬、とでも言えばいいのだろうか。
 特に腹を立てているわけでもないのに、さっきまでのような普通の会話が出来ない。
 わざわざペア席をとったのだが、これではあまり意味がなかった。
 匿名巨大掲示板を覗いては、そこに時折つまらないレスをつける時間。
 それを横からじっと見つめられているのを自覚しつつ、享受せざるをえない時間。

 そんな時間がどれだけ続いただろうか。
 とっくに日付は変わり、あたりは不気味なほど静まり返っている。
 何とはなしに、パソコンの時計を眺めた――午前二時。
 いわゆる草木も眠る丑三つ時だ。
 ――そういえばいわゆる妖怪が活発に動き始めるのもこの時間だったか。
 妖怪、などかつてなら一笑に付すおとぎ話に過ぎなかったが、
ここしばらくはそんな認識を変えざるをえないことが多すぎた。
 妖怪は、実在する。
 悪魔でさえ実在するのだから。

 ――とん、と。

 軽く肩を押された。
 誰かなど言うまでもない。ここには自分以外には彼女しかいない。
 何を、と言いかけた瞬間、

 それまで自分の頭のあった場所を、何かが凄まじい速度で貫いた。

356憐哀編sideイサ、8:2008/07/08(火) 22:22:29
 音は後から伝わってきた。
 個室を仕切るドア。
 片田舎の駅前通りを見渡せる5階の窓。
 それらをわずかに瞼を一度動かした瞬間にすべてぶち抜いていったそれは、
残像の尾だけを残して夜の世界に消えていった。
「……なっ!?」
 一拍遅れて春原が声をあげた時には、イサはすでに彼を庇うように前に出ていた。
 そして、第二撃。
 理不尽極まる暴力の顕現を、今度こそイサは視認した。
 それは『棒』だった。
 太さ二センチほどの円柱状のそれが、コマ送りのようにこちらに飛んでくる。
 避けることは出来ない。避ければ後ろの春原の頭が確実に吹き飛ぶ。
 他の選択肢を考えるには与えられた時間はあまりにも短過ぎ、
イサは自分でも無自覚の領域でその棒を掴もうとしていた。
 指がそれに触れた瞬間、焼けるような激痛が背筋を抜けていった。
 そしてそれでも止まらず、勢いの殺しきれなかった衝撃が眉間を直撃した。
 暗転する世界。

 意識が覚醒する。
 即座に状況を把握。どうやら気絶したのは数秒ほどだったようだ。
 イサを抱きかかえるようにしていた春原の手を振り払い、イサは周囲の敵意を探る。
 しかし、ここにはすでにその残滓さえも残っていなかった。
 逃げた――わけがない。
 むしろ見逃してもらったようなものだ。
 あるいは、泳がされているだけか。
 なんにせよ脅威はもう感じられない。
「……ヨーヘー、ありがと」
「いや、んなことはいいんだよ。……手、大丈夫か?」
 手? と思ってみれば、棒を受け止めた左手から煙が上がっていた。
 焼けるような痛みは、どうやらそのまま焼ける痛みだったらしい。
 摩擦熱で手のひらが黒こげになっていた。
「ん。こんなの大したことないんじゃないかな!」
「嘘つけよ。煙出るとか明らかに変だろうが」
 確かに大丈夫ではなかったが、指摘されたところで傷が治るわけではない。
 適当に春原をあしらうようにして、背中を伝う冷たい汗に気づかれないように努める。

 間違いない。
 これはアイツの仕業だった。
 とうとう、直接的手段によるイサの排除が始まったのだ。

357:2008/07/12(土) 20:41:45
ちりーん。
果たしてうちわで扇いで風鈴を鳴らすのは何の意味があるのだろうか。
従姉妹の奇怪な行動を横目で見ながら、アサヒは温くなった床から横へ転がった。
ひんやり、とまではいかないが、それでもソファに寝転がるよりは随分マシであった。
ちりーん。
わざわざ扇ぐ位ならば自分に対して扇いだ方が早く涼しくなる気がして仕方なかった。
「あぁあぁぁぁあああ〜」
扇風機の方から聞こえる唸り声的なロリヴォイスはフランドールのもので。
夏と言えばこれと随分前からリビングに鎮座しているそれの前で彼女は飽きることなく声を上げている。
「われわれはうぢうじんだぁぁぁ〜」
…隣で一緒になってやっているいい歳の魔道士は見なかった事にしておく。
上半身がブラのみだという気持悪い画像もすぐさま頭の中から消し去る。

ちりーん。
普段ならばひんやりとした地下に降りて涼みたい気分ではあったが、
少し前に通気口が壊れただので今は機械の放つ熱でちょっとしたサウナと化していた。
地下に部屋のある住人が一致団結して修理に乗り出した様だが、直るのはまだ先だろう。

ちりーん。
「あ゙〜…」
床に大の字で広がり、アサヒは何度目かになるその言葉を吐き出すのだった。
「あちぃ……」

358惜別:2008/07/13(日) 20:52:40

 結局、アイツは自分の傲慢に耐えきれなくなった。
 そういうことなんだろう。

「おはよ、リディア」
「……おはよ、アーチェ」
 一瞬、間があったのはやっぱり意外だったからだろう。
 こうしたまともな挨拶をするのも実は久しぶりだ。
 ――立ち直るのにかかった時間は、短いようで長かった。
 事実を知らされてから数日は、部屋から出るのさえ嫌だった。
 それから数週間は、歯車のネジをどこかに落としたみたいに調子が出なかった。

 アイツの死を、何故かあたしは辛いと感じた。
 別に直にアイツが死ぬところを見たわけじゃない。
 代理人が口からでまかせを言ってる可能性だって、ないわけじゃない。
 けどあたしはそれが事実であることを『識って』いた。
 それよりも、あたしがその死を悼むことの方が意外だった。
 あたしに自分を憎ませるように仕向けた奴のすることとは思えない。
 ――いや。
 だから、だろうか。
 リディアはあたしよりもずっとこの世界に馴染んでる。
 あたしは馴染めなかったから、一時期アイツと対立した。
 その違いなのかもしれない。

 あたしとリディアは違う。
 それぞれに、違うものを求められてる。
 この世界はアイツの忘れ形見なんだろうか。
 あたしはそれを――好きだと、そう思ってるんだろうか。

 答えが見つかるのは、まだ先だと思う。

359マイナス思考のチキンハート:2008/07/17(木) 23:05:02
夜。
彼女はタオルケットを頭から被り、微かに震えていた。
朝よりも、昼よりも、恐ろしい時間。胸の底に沈んでいた物がじわりと体を犯していく時間。
怖い。何を、と明確に判る訳ではないがただ怖い。それだけだった。
「――!?」
何かが肩に触れ、彼女は反射的にタオルケットを被ったまま体を硬くした。

「そんなに怖がらなくてもいいじゃない」

おそるおそる顔を出せば、酒臭い空気が鼻をつく。
「萃、香…?」
床に座り込んで酒をあおる鬼が不安そうにする人間をじぃっと見つめる。
「やれやれ、あの白いのが居ないと思ってきたら、だーいぶ弱ってるみたいじゃないか」
鬼の言葉に人間が枕に顔を埋める。
明日、試験なんだ。枕に埋まったまま、人間が呟く。
ちゃんとやらなきゃいけないと思うとなんかさ。
そんな人間の言葉に鬼が溜め息をつく。
「なんでそこまでちゃんとやろうとすんの?
いいじゃない、出来なくなって」
だって…ずっとそう言われてきたから。と人間。
鬼は鼻の頭を少しかくと、言葉を選びながら話す。
「そりゃまあ親の言うことも守らなきゃ駄目だけど、あんたの場合はただの枷になってない?
もうそろそろ、『自分』で生きてもいいと思うよ?」
人間は答えない。
ただ鼻をすする音が聞え始めた頃、鬼は人間が落ち着くまで側に居てやろうと思うのだった。

360凍夏・上:2008/07/17(木) 23:27:27

 さて、始まりは何だっただろうか。
 希望が先か。絶望が先か。
 もはやそれさえわからない。

 季節が夏を迎えるにつれ、地面を覆う影も減る。
 青々と茂る葉を軽く見遣りながら、やや非建設的な作業を繰り返す。
 しばらくすれば落ちる葉がまた地面を包むだろうが、それもまだ先の話だ。
 淡々と、意味と無意味の狭間をたゆたうルーチンを刻む。
 ふと、音が近づく気配に気づき、霊夢は箒を動かす手を止めた。
「……ずいぶん情けない姿になったものね」
 その姿を視界に留めた、最初の感想がそれだった。
 とは言え、外見にさしたる変化が生まれたわけではない。
 変化しない事こそが、彼女に刻まれた業だ。
 だが、それでも普段の彼女を知る者からすれば、別人のような印象を受けるだろう。

 妹紅の気配からは、あの燃え盛る炎のイメージが完全に消えていた。

「私は……」
 伏せた双眸は、誰の方も向いていない。
 そもそも眼前の霊夢を留めているのかさえ怪しい。
 それでも妹紅は言葉を紡いだ――無ベクトルの、独白を。
「何を、間違えたんだろう」
 妹紅の声は死せる亡者のような響きを帯びていた。
 炎どころか、そこには火の粉の印象さえもない。
 あたかも燃え落ちた消し炭のようだった。
「あんたは、何を望んでいたの?」
 対する霊夢は、感情を込めずに客観的視点で問う。
「私は……」
 そこで一旦逡巡し、
「……人に、戻りたかった」
 霊夢は無言。沈黙を貫くことで、先を促す。
「この宿業から逃れたかった。知り合った人々が、抗いようなく皆すべて
自分を置いて死んでいくのを、もう見たくなかった」
 いや、違うな、と、
「単に……私は、死にたかったのかもしれない」
 吹きつける風が二人の髪を弄ぶ。
 集めた葉が散らされていく様を、霊夢は一瞥もくれずにやり過ごす。
 そうして紡いだ言葉は――

361凍夏・下:2008/07/17(木) 23:28:11
「……バカじゃないの?」
 蔑みだった。
「いい年こいて自虐発言してる暇があったら、とっとと死ねばいいじゃない」
「死ねるならとっくにそうしてるわ」
 嘲笑。それは無知への嘲りと同時に、己への自嘲も含んでいた。
「私は死ねない。そういう風に出来てるんだもの」
「試したことがあるの?」
 対する言葉は、斬りつけるように凍えていた。
「土に埋まって呼吸が止まるのを試した経験は?
 火山に飛び込んで文字通り灰になるまで焼かれた経験は?
 バナナで釘が打てる氷点下の世界なら、脳まで凍りついて擬似的に死ねるんじゃない?」
 さしもの妹紅も、その辛辣極まる畳みかけには絶句した。
「しょせん中途半端なのよ。あんたの覚悟は」
 はっ、とする。
 霊夢の瞳は、生の地獄を垣間見た妹紅さえ我に返すほど生気に満ちていた。
「人になりたい? 人間って、そんな半端な気持ちでやっていけるほど甘く見える?
 死にたい? 人間って、死ぬ特権を与えられた素敵な生き物とでも見えてるの?
 ――死ねない苦しみが私達人間にはわからないように。
 死を宿命づけられた『人間』を、蓬莱人のあんたは本当に理解出来てるのかしら」
「……私は、人間ではないと言いたいの?」
「バカなことを聞かないで。最初にあんたを人外扱いしたのは誰?」

 ――『お願いだから、人であることを捨てないでくれ、妹紅……』

 妹紅は、何も言い返せなかった。
「ないものねだりも大概にしなさいよ、蓬莱人。
 あんたがやってるのは、『私の不幸は誰にも理解出来ない』と勝手に拗ねて、
世の中をひねくれて見てるそこらのガキとまったくおんなじ」
 霊夢はゆっくりと袖に手を入れた。
「人間だろうが妖怪だろうが――蓬莱人だろうが。
 今、ここにいることに何の違いもない」
 取り出した手には、一枚のスペルカード。
「前を向くか。俯き続けるか――まずはそこから決めることね」

 ――神霊「夢想封印」

362釣り:2008/07/18(金) 21:09:36
竹竿に糸付けた簡単な釣竿を振り、餌のついた針を放つ。
針が水中に消えるのを確認すると麦わら帽子を被り直しながら、その場にあぐらをかく。
ついつい、と竿を小刻に動かしながら、水面を見つめる。
さんさんと降り注ぐ太陽を受け、輝くそこを魚が跳ねる。
「釣りですか?」
声に振り向けば、上半身のみで宙に浮く少女の姿。
「うん、気分転換にね。あ、釣れれば食うよ?」
言いながら、針を引き上げる。
水しぶきをあげながら跳ねる鮎を手にしながら、針を手早く離し、水の張った桶に放つ。
「鮎ですね」
「鮎だね」
泳ぎ回る三匹の鮎を見つめながら、二人はそう言葉をかわす。
「さて今日はここまでだ」
竿を片付けていると、少女が笑う。
「それだけでいいのかしら?」
「これだけ取れれば十分さ」
甘露煮には十分足りる量だと付け加えながら、川に背を向けて歩き出す。
「紫もど?こいつで冷たくした酒をやるんだけど」
少女―紫ははじめからそうだと決まっていたかのように微笑みを浮かべながら、隣に並ぶ。
「勿論―ご一緒しますわ」
こもれ陽を受ける桶を揺らしながら、二人は帰路についた。




釣りに行きたいです、川釣り
…キャッチアンドイートな自分にゃ無理な話だけどな

363祭囃:2008/07/20(日) 23:15:28
 日も暮れた街中は、しかしあちこちに揚げられた提灯の光に明るく照らされていた。
 とある商店街のお祭りに、誘われるように足を運ぶ。
「すごいお祭りだね」
 ともすれば耳を塞ぎたくなるほどの大音量も、不思議とこの場にいると心地よい。
「それはいーんだけどさー」
 アーチェは尾のように垂らした髪を風に遊ばせながら、
「なんか危なっかしいのよね、この服…」
 どうやら浴衣がいまいち合わないらしい。
 箒で飛び回ることを前提とした服装が多いせいか、
布きれを帯で止めるだけという格好に抵抗があるようだ。
 一方で、それをまったく気にとめない同性もいる。
「やきそばだー」
 飛び出しかけたアスミの首根っこを、神速の勢いで掴むのは代理人。
「やきそばー、やきそばをたべるよー」
「買ってきてあげるから、一人であちこち行かないでね」
 諭すようにリディアが言うが、無論その程度で納得するアスミではない。
 実年齢数千歳に対して完全にお子様扱いだが、アスミの場合
そのまま食べ物を求めて失踪する可能性もあるため、お子様よりも遥かにタチが悪い。
「青いのはなせー」
 バタバタ暴れるアスミだが、代理人は意に介さず缶コーヒーをすする。
 浴衣がはだけるのもお構いなしで動き回るため、本人より周囲が戦々恐々という有様だ。
「代理人も食べる?」
 問うリディアに代理人は即答。
「むしろディアを食べたい」
「うんわかった、そのままコーヒーをすすってるといいよ」
「……最近ディアの反応がドライ」
「あの、ご主人様…そういうのはもう少しこう柔らかめに……」
 とある経緯から代理人を主とする精霊アイリが、控え目な声で横からそう告げる。
「たこやきだー」
「アスミ! 脱げる、脱げるっ!」
 色々と危険なことになり始めたアスミに、リディアが顔を青ざめさせる。
 とっさに手近にあったカ○リーメイトをアスミの口の中に放り込むと、
「アーチェ、ちょっとアスミを抑えるのをてつ、だっ…て……?」
 いない。
 消えた姿の代わりに聴こえてくるのは、
「うあー、また手前で落ちたー。おっちゃん、これ砲身曲がってんじゃない?
 ……え? 曲げてますが何か? こっちも商売ですから?
 いい度胸してんじゃない! ならあたしはこれであのPS3を落としてやるわよ!
 軽くまぶたを落とした半眼で、射的屋を見遣る。
「『あれはもはや戦力にはなり得ない。金を無心される前にここから離脱しよう』
 ――と、リディアは思った」
「………………」
 普段なら否定するモノローグに、しかしリディアは沈黙を返した。

 その後、たこ焼き屋の屋台がアスミにタダでたこ焼きを一箱提供してくれたのは、
さてどういう理由からだったのか――リディアにはわからなかった。

364花火大会:2008/07/20(日) 23:50:16
夜空を彩った光の華をフヨウは目を輝かせながら、見上げていた。
「きれー」
隣に並ぶ母の姉婦妻も同意するように空を見上げていた。
ちなみに両親はここにはいない。ちょっと用が、二人して人気のない林の奥へ行ってしまったのだ。
従姉妹曰く、そういうのは家ですべきじゃないのか、らしい。
何が、と聞いてもナニだよとしか返してくれない従姉妹に頬を膨らませ抗議したが、林檎飴で全てがチャラになった。
その従姉妹本人はというと…
「弾幕ごっこ!アサヒ、わたしも弾幕ごっこしたい!」
「だからありゃ弾幕ごっこじゃねぇっつってんだろ!
ああ!羽ばたくな!飛ぶな!浴衣が脱げる!てか腕もげるー!」
身を乗り出して空へ飛ぼうとするロリ吸血鬼に引きずられる格好で手摺にしがみついている。
その隣では屋台でぱくって…もらってきたであろう、戦利品の数々を頬張りながら、はしたない妹に姉が注意を促す。
「だめよ、フラン。
今飛んだら新しいカメラがまだからお姉ちゃんあなたのパンチラ取れないわ」
「さりげない変態発言!?」
楽しそう(?)なやり取りに思わずフヨウの頬が緩む。
レミリアの隣ですっかり空になった財布を見て絶望しているドロシーが居たが、とりあえず無視しておく。
とうとう従姉妹ごと空へ飛んだロリ吸血鬼と花火を見上げながら、彼女は夏の一幕を満喫するのだった。

365:2008/07/22(火) 13:40:19
手の中でやわやわと撫で回したそれをアサヒは愛しそうに見つめた。
ずっと、この時を待っていたと言っても過言ではない。
ずっと前から目をつけていた、と言っても過言ではない。
ふと視線を上げれば、金髪の吸血鬼少女と目が合う。
物欲しそうな視線に答えるようにアサヒはそれをゆっくりと口へ近付け―


「ああ…」
桃へかぶりついた娘の顔は至福の文字であった。
(そういえば、あの子は桃が大好きだったっけか)
熟れた桃の皮を剥き、切り分けたそれを皿に盛る。
その甘い香りに紅も思わず唾を飲み込む。
時期物である生の桃はそうそう食べれる物でもない。
あるとすれば缶詰のシロップ漬けになってしまう。
食べるなら今しかない。
とりあえず切り分けたそれを相変わらずアサヒの桃に視線釘付けなフランドールに差し出すと、彼女は何故か躊躇した。
「…………たい」
ちらちらと爪楊枝に刺さった桃に視線をやりながら、言う。
「わたしも、丸かじりしてみたい」
その一言に紅は目を丸くしたが、やがて笑いながら、冷蔵庫から桃を取りだし、彼女へと渡した。
(やっぱり、一度はやってみたくなるもんだよね)
渡された桃はやはり甘い香りがしていた。

366-幻想時間-:2008/07/26(土) 22:38:06

 ――カチリ。

 それは欠片の嵌まる音。
 足りないものが埋まる音。

 すべての欠片が嵌まるまで、連なる音はあといくつ?

367憐哀編sideイサ、9:2008/07/26(土) 23:12:33

 二日目 PM 3:00

 どこをどう逃げたのかはわからない。
 気がつくとイサは人気のまったくない神社の傍らに独り腰を下ろしていた。
 心理的侵食は時を追うごとに加速していった。
 寒いとか、苦しいとか、そんな『前向き』な思考は微塵も働かず。
 ただただ心の中の空白を埋めるように、欠けたものを補うように、
頭を抱え無意識の独り言をつぶやきながら、精神の自壊を防いでいた。
 イサは恐れていた。
 死を宣告する砂時計の砂が少しずつ落ちていくのを、ただ眺めるだけの焦燥。
 それをはっきりと自覚した瞬間、かつてないほどの喪失感が胸を貫いたのだ。
 死ぬのが怖い。
 終わるのが怖い。
 しかしそれでも己の死を認めざるをえない、理不尽極まる現実。
 命を天秤にかけた壮絶な自己矛盾。
 それはイサ一人で抱えこむには重すぎた。
人の身に余る重圧に、心が圧搾機にかけられたように締め付けられていく。
 胸の内を吐瀉するように嘔吐いても、口からこぼれるのは濁った唾液だけ。
 沈澱していく。

 死にたくない。
 自分が死ぬくらいなら、周りのすべてを殺す。
 そう、殺せばいい。
 自分には力がある。
 少なくとも、身近な人間の首を掻き切ることが出来る程度の力は。
 それでもアレには敵わないだろう。
 だが、一糸を報いることは出来るかもしれない。
 ひょっとしたら、自分一人なら逃げきることくらいは――

 俄かに蘇った殺意を、もはや否定する余裕はイサにはなかった。
 ――タン、と。
 正面の松の木にナイフが突き立つ。
 一本。二本、三本と――淡々と、あたかも藁人形に五寸釘を打ち込むように増える本数。
 音が刻まれるほど、イサの顔から表情が消えていく。
『人間』としての仮面が剥がれたそこには、『悪魔』としての狂気が渦巻いていた。
 刻まれた本数が二十を超えたところで、ふと手の動きが止まった。
 ――微かな音。
 誰かが来たようだ。
 こんな時間に歩き回っている時点で、まともな人間ではない。
 いや、まともであるかどうかなどもはやどうでもいい。

 視界に入った瞬間、殺す。
 月の光を隠して伸びる影をイサは捉えた。

「……こんなとこに、いやがったのかよ」

368石と河童の川流れ:2008/07/26(土) 23:33:01
「持って帰ったら、駄目だよ?」
少女の声にフヨウは眩しそうに目を細めながら、顔をあげた。
「ケロちゃんだ」
岩の上に腰掛けた、ケロちゃんこと洩矢諏訪子は足をぶらつかけながら、笑う。
「川の石にはね、霊が憑きやすいの」
「霊」
おうむの様に単語を繰り返しながら、今しがた拾った石ころを太陽に透かす。
見た目は拳大の石英だ。それが太陽に透かされて、フヨウの顔を照らす。
「霊」
もう一度、単語を口にし、彼女は手の中に収まる石をじぃっと見つめた。
諏訪子は川の石には霊が憑きやすいと言った。ならばこの石にも何かの霊がいるのだろうか。
もしそうならばそれはさぞ澄んだ霊だろう。
…と、難しく考えてみたものの、彼女が出来るのは一つだけだった。
「かわへおかえり〜」
この間見た野球選手―イチローだかイジローだか言う選手の真似をするように石を投げ―

ドポンッ!
ガツンッ!
「みぎゃっ!!」
運悪く泳いでいたのだろう河童の頭に石は見事に当たり、哀れな河童はぷかりと水面に浮かび上がった。
「……………」
「………」
ぷかぷかと流されていく河童を二人はしばし見送るのだった。

369ABY10.アクシラの戦い:2008/07/28(月) 17:53:32
――アクシラ方面軍・コマンドセンター

「将軍、ジェイオン卿より報告、リトル・ブリギア陥落です」
「そうか、ならばここで最後というわけだな」

彼女らがテントの中の急造の司令部から睨むのは行政センターが置かれていたビルである。
今は反乱軍の司令部となっているようだが。高さ600m.の高層タワーは美しい緑地公園とその
周りを囲む堀によって景観美を平時ではもたらしていたが、今では攻めにくい要害でしかない。
橋の上を通過しなければ内部には入れない為、数で勝る帝国軍はそれを活かしきれないでい
た。

「…爆撃で吹き飛ばすわけにはいかんものかな」
「この衛星の行政に関わるデータが失われてしまいますが…」

確かに空から、宇宙からの攻撃は効果覿面だろう。徹底的に押し潰してしまえば被害も無い。
実に合理的だ。しかし、勝ちの見えた戦いとなると、その後のことも考えなくてはならない。慌
てて副官が制した。

「やれやれ、文明が進むとややこしいものだな。付いて来い!」

瞑目しながら溜息を吐いたかと思うと、赤い光刃のライトセイバーを掲げて橋の一つへと彼女
は突っ込んで行った。慌てて多くの将兵がそれに従い、一つの突撃隊形を展開する。橋の上
で頑張っていた反乱軍もそれに応戦し、膠着していた戦線は激しい戦闘となった。敵の攻撃を
紙一重でかわしたり、反射しながら突き進む。夫からフォースの手解きを受けた彼女はその力
を使って、次々と屍とスクラップの山を築いていった。これに呼応して別の橋の前に陣取ってい
た各部隊が呼応し、各所とも敵を撃攘しつつ合流に成功した。

「はぁ、ふぅ…む、無茶なさらないで下さい;」
「うん?少し速過ぎたか?」
「少しどころではありません、将軍;」

見れば、後から合流した部隊は別にして、副官以下アッシュの直掩部隊は疲労の色が見える。
シスやジェダイはフォースの力で身体能力を上げ、驚異的な速度で走ることができる。彼女も
そうしたのだが、いくら訓練を積んだ軍人とはいえ、それに続くのは容易でないのである。

370豪雨:2008/07/29(火) 22:10:54
 空が輝く。
 もはやそうとしか表現出来ない閃光と同時に、天地を貫く轟音が走った。
「…………んっ」
 それはもはや音と言うよりも衝撃に近かった。
 ベルリンの壁に新幹線が最高速度で突っ込んだような、胃にズンと来る響き。
 それは雷が怖いとか怖くないなどという次元の問題ではなく。
 遺伝子に刻まれた自然への畏怖を呼び起こされるかのようだった。
「うはー、あれは間違いなくどっかに落ちたわね」
 窓の外を眺めるアーチェの声は不思議と弾んでいた。
「あれがここに落ちたらどうなんのかしら。炎上?」
「縁起でもないこと言わないの」
 そもそもと、
「アーチェは常日頃からお手軽な雷を落としてるじゃない。主に春原の頭に」
「あれはちゃんと狙って人の頭に落としてるわよ。家に落としたら危ないじゃん」
 人の頭に落とすのは危なくないのかという理屈は問うても無駄なので沈黙。
 再び閃光が走り、世界が震える。
「…………んっ。――ねぇ、さっきからアーチェは何でそんなにはしゃいでるの?」
「はしゃいでる? あたしが?」
 そう見えるのかしらと、
「けどこんだけ雨とか雷がバシバシ降ってると、なんかワクワクしてこない?」
 滝のように雪崩れ落ちる豪雨。
 クレバスのように世界を裂く雷。
 これらを眺めて楽しいと思える心理構造とはさて。
「…………お子様なんだから」
「へー。あたしがお子様ならリディアは何?」
 アーチェの顔に狡猾な笑みが浮かぶ。
「……どういうこと?」
 そのいやらしい雰囲気に思わず怯んだところに雷が重なった。
「…………んっ」
 反射的に目を閉じる。
「あーらリディアさんったらずいぶん可愛らしいリアクションですこと。
 まるで雷に怯えるちっちゃな女の子みたーい」
 頭に血が上ったのは、怒りか恥ずかしさか。
「別に雷が怖いんじゃなくって! あの音が、こう、うるさいのが嫌っていうか……」
「図星を指されて必死なんじゃりませんことー?」
 そのバカにしきった高飛車な物言いに、リディアの額にかすかに青筋が浮かぶ。
「……わかったよ」
「へ?」
 詠唱は一瞬。
 あちらとこちらを結ぶ門を開くのも、また一瞬。
「――雷杖よ。意思通ずるなら、応えて」
 アーチェは生来の動物的勘で部屋から飛び出した。
 豪雨の降りしきる『外』と、今リディアがいる『中』。
 ――選ぶなら、躊躇いなく前者だ。
「ラムウ、あの娘は雷がちっとも怖くないらしいの。だから本気で大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあるか――――ッ!!!」
 雨の中を猛烈な勢いで逃げるアーチェを追い、リディアも部屋から飛び出す。

 幸か不幸か、頭から自然への畏怖とやらは消し飛んでしまっていた。

371:2008/08/01(金) 17:24:22
突然はらはらと涙を溢した妻にゼロツーはギョッとした。
「大丈夫か?」
彼女は顔を覆った両手を外し、涙ながらも澄んだ顔で頷いた。
「ようやく、わかったの」
なにが、と聞くつもりが声はかすれ、気の抜けた息が口から漏れた。
「愛が」
その言葉にどきりとした。
はてさて鬱の苦しみの果てに何を見たのか。どことなく緊張しながらも彼は妻を見つめた。
「私は、ずっと母に愛されてなかったと思って、彼女をにくんだわ。
でも、そうじゃなかったの。あの人は分からなかっただけ、ただただ愛する事を」
いよいよ訳が分からなくなり、ゼロツーは首を傾げた。
「よく、分からないんだが…」
「簡単に言うならギブアンドテイク。何かをする代わりに代価を得る。
ほら、よく言うでしょ?何をする代わりに愛してあげるとか」
でも、本当はそうじゃないの。と彼女はゼロツーの手を取り、続ける。
「愛に条件なんていらないの。
凄く当たり前な事なんだけど、当たり前だからこそ判らなくなるの」
抱き締められ、ただ目を丸くする彼を彼の妻は優しく。
「私の心にも母が居たの」
言葉のひとつひとつが柔らかに心へ降り注ぐ。
「あれをしなさい、これをしなさいって怒りながら言うの。
でもそれは私への言葉じゃなかった。あれは…母が、母の母に向けた言葉だって気付いたの」
ただ愛してほしくて、それでも言えずに心へしまいこんだ、悲しい言葉。
「…どうして、そう思うんだ」
「うつの、底の見えない苦しみのお陰かしら?」
やはり彼女の考えていることはゼロツーには理解出来なかった。
それでも、確かめなければならない事が彼にはあった。
「紫」
「はい」
「私の事も―」


愛していますか?

372解体:2008/08/01(金) 23:27:54
「それでも人は言うわ。誰かを愛するのは素晴らしいことだと」
 独白のように語る代理人の傍らには、彼女の『杖』に宿る精霊アイリが佇んでいる。
「ご主人さまは……そうではないと思うんですか?」
「まさか」
 缶コーヒーをあおる。
「『私』は何も思わない。何も感じない。
誰かの理を代われる、ネジまき駆動の特注品よ」
 ――けれど、
「だからこそ見えることもあるわ。
 主観の放棄とは、すなわち究極的客観の獲得なのだから」
「………………」
「恋も愛も麻薬と同じ。足りなければ飢え、得られるとそれ以上を求める。
 麻薬に溺れないための、最も賢い方法がお前にはわかる?」
 アイリはかすかに顔を俯かせた。
 それだけで、彼女の思った答えが正しいことがわかる。
「知ることを誤りだとは言わない。
 知りたいと思うことを愚かだとは言わない。
 そして――知ったことを後悔するのは無様と言う他ない」
 空になった缶を放り投げる。
 それはきれいな弧を描いて屑籠へ飛び――縁にあたって道端に転がった。
「誰かを好きになるのは……間違いではないと思います」
「短絡的に捉えすぎだわ、アイリ。私は最も利口な解答を提示しただけ。
 正論はあくまで正論であり、正答であるとは限らない」
「ご主人さまの言葉は難しすぎます。もっとわかりやすく言ってください」
「却下。別に私は理解してほしいとも、理解してくれとも言わない。勝手に理解しなさい」
「ご主人さまは時々私に冷たいです……」
「ごめんなさい、ツンデレなの」
 自称するツンデレも中々珍しい。
「けどまぁ、愛するアイリにもわかるようにひとつ極論を提示しましょう。
――恋だの愛だの人受けのいい単語を選んでいるから惑わされるだけで、
愛なんて性欲と独占欲の延長上にある傍迷惑な疫病のようなものだ」
「それは……!」
「誤りだと思う? そうね、確かに主観的な恣意が込められているわ。
 これでは誰にも好かれない人間の僻みにしか聞こえない」
 ならもうひとつ、
「――人を愛することは素晴らしいことだ。人を愛せる私は素晴らしい人間だ。
人を愛せる素晴らしい私は、愛する彼女を私のものにするために犯して殺そう」
 はっきりとアイリの顔に翳がさした。
 代理人はとぼけるように軽く肩をすくめ、
「正しいも間違いもないのよ。あるいは、何もかもが正しくて間違い」
「『正しい』も『間違い』も、主観にすぎないってことですよね……」
「お利口ね、アイリ。後でご褒美をあげるわ」
「ご主人さまのご褒美はいろいろ怖いのでいいです」
 代理人は最初からまったく変化のない冷めた瞳を虚空に戻し、
「安易なはずの『人の型』におさまるのも、こうして見ると何とも過酷ね。
 それとも過酷と感じる時点で、その人はすでに『人の型』におさまる資格を失っているのかしら。何にせよ――文字通りの世迷言だけれど」
「……結局、どういうことですか?」
「愛を知った上で解体した人間は、二度と『人の型』にはおさまれないというお話よ」

373:2008/08/02(土) 04:31:58
「形がなくともいずれは終わる」
「真理ね」
だらりと力の抜けた体はただ重いだけで、温かさは徐々に消えていく。
「さて、どうしたい?」
「そうね、切り刻んで魚の餌にするもよし。宇宙に放り捨ててミイラにするもよし」
うっとりと夢見る様な口調は相変わらずで、その目は力を失いつつあった。
「食べるのは」
「却下。添加物と毒まみれの体なんて、お腹壊すわよ」
「じゃあミイラか」
「それか、燃やしてそこらにばら蒔くとか」
「悪趣味」
「何を今更」
目的の場所についたのか、重い体を地面に降ろす。
「怖いか」
「いいえ、『死ぬ気』でやった結果ですもの」
「そうか」
ごほっ、とくぐもった呼気が口から溢れる。もうすぐ、幕だ。
「死ぬって」
「ああ」
「思ったより、怖くなさそうね」
「……そうか」

「なあ」
「……ん?」
けだるそうな返事。
「幸せ、だったか?」
その答えに彼女は目を細めて笑い―


返事を待ち、やがてそれがないと判るとそれは空へと浮かび上がり、じぃっと地面に転がる有機物を見た。
「さらばだ、人間」



"今朝――都―――市の道路脇の雑木林で倒れている女性が通勤途中の男性によって発見されました
女性は遺書等が発見された事から自殺との―――"

374浮薄:2008/08/02(土) 09:53:39
「それは難しい質問ね。というよりも、答えなど最初から無きに等しい」
 全裸にシーツ一枚をまとった恰好で、相変わらず無感動の光を虚空に向ける。
「価値を見出すのは主観に過ぎない。
 なら、生と死、共に価値があるともないとも言える。
 ――私? 本気で聞いてるのならこれ以上ないほどに滑稽よ?
 主観の排除こそが私に求められた唯一のパーソナリティなのだから」
「むー……ご主人さま、誰とお話してるんですか?」
「……ゆうべはおたのしみでしたね」
「いえ何もしてませんけど。あとご主人さまの恰好は暑くて寝苦しかったからとか、
誰にともなくフォローした方がいいですか?」
「別に寝苦しくはなかったけれど」
「そういうことにしておいてください」
 きっぱりと断じるアイリ。
「それより。今、何か話してませんでした?」
 きょろきょろとあたりを見回すが、自分達以外に目を覚ましているものはいないようだ。
 アイリを除けば、代理人は一人起きていたことになる。
「――諦観と、あとはわずかな動揺とかしら」
「……はぁ」
 代理人でも寝ぼけることがあるのか、とアイリは漠然と納得。
「人の生と死に対する尊厳意識は、詰まるところ「個」の尊重と同等よ。
 面白いのは、人以外の動物は生に対する強い執着を見せる一方で、死に対しての
反応が人とは比較にならないほど淡泊であるということ」
 と、代理人は少しも面白くなさそうな顔で、
「その理屈は単純。動物は「個」以上に「種」を尊重するから。
 一個体が理不尽な死に至っても、種が存続できればそれでいい。
 人は自我を強く持ちすぎたが故に、「個」を妄信するようになってしまったのね」
 そして、
「だからこそ、私は今ここにいる」
「……どういう意味ですか?」
 話が飛躍しすぎていてアイリには理解できない。
 理解しようとしている時点で、アイリも寝ぼけているのかもしれない。
 つ、と代理人はアイリを見遣り、
「お前は、私が死んだら悲しい?」
「悲しいに…決まってるじゃないですか」
「そう。『決まってる』と思えることが、『人の型』におさまる要素のひとつ。
 逆に言えば、死の尊厳への浮薄さが『人の型』におさまることを否定する。
 ――普通であることって、一体どれだけ大変なのかしらね」
 アイリは驚愕に目を剥いた。

 代理人が泣いていた。

「私は肯定も否定もしないし、それは『彼』も同じ。
 ただ、それでもこう言うのでしょうね――否定しなくても、悼むことは出来ると」
「ご主人さま……」
 何故、泣くのかと。
 何が悲しいのかと。
 ――そう問うには、代理人の瞳はあまりにも普段通りで。
「こういう理もあるということよ」
 それはアイリへの応えか。
 あるいはただの独白か。
「さて、寝ましょうか」
 我に返った時には、代理人の頬には涙の跡もなかった。
 それこそ寝ぼけたアイリの錯覚だったのかもしれない。
「こっちへいらっしゃい、アイリ」
「いえ、遠慮します」
 最後にはっきりと理解できた一言を、アイリは全力で断った。

375空まで上がれ、心のままに:2008/08/02(土) 23:51:49
彼女が一言かける間もなく、相手は思い切り息を吸い込み―
「うぇごほっ!げほげほ」
手から滑り落ちた煙草が床につく前に拾い上げると、ドロシーは再び煙草を口にした。
完全に間接キスだが、元々は自分のモノなせいか、気にはならなかった。
「ごほっ…本当によくそんな不味いもんを吸えるね」
目元に涙を浮かべながら、信じられないとばかりにドロシーを見つめる。
「子供舌な紫には、理解出来っこないさ」
ふぅっと空に煙を打ち上げながら、からかうように額をつつく。
つつかれた額を擦りながら、それでも何かを考えるようにドロシーの横に置かれていた煙草の箱をまじまじと見つめる。
「ところでさ」
箱から一本取り出し、手のなかでそれを転がしながら、尋ねる。
「なんで煙草吸おうと思ったの?」

「そうねぇ…」
フィルターだけになった煙草を灰皿に落としながら、考える。
「興味とストレス発散と…ああ後かっこつける為?」
「ふぅん」
気の抜けた返事をしながら、手のなかの煙草を差し出す。
それを受け取り、先程の煙草から火を移す。
「ま、本当にそうかは知らないけど」
案外、アンタみたく死にたがりなだけかもしれないけどね。
そんな冗談めいた台詞に紫は呆れた様に笑うだけだった。

嫌いだった煙草の煙が少しだけ好きになれた気がした。

376日常茶飯事:2008/08/07(木) 22:03:21
第一印象は挽き立ての挽き肉だった。
ぶらりと少女のの口元から垂れ下がっていたのは、紛れもない人のそれだった。
とさっ。
後ろに居るであろう早苗が落とした籠の音に少女が"食事"を止め、振り返る。
服の前は血で染まり、口の周りも同様に紅く輝いていた。
新しい獲物の存在に少女の瞳は爛々と輝き、鋭い牙を見せて笑う。
「ひっ…!」
後ろで早苗が小さく悲鳴をあげるのを聞きながら、すっと身を屈め、少女を睨む。
少女も何か異変を感じたのか、笑みを消して、警戒するように後ろに後ずさる。
(気付いたか…)
じわり、と染み出す様に影が背後から立ち上がり、イメージした姿を形成していく。
決まった形を持たない影ならではの、ハッタリだった。



「ふぅ…」
逃げていった少女を見送る紫は緊張した様に額の汗を拭った。
人の形をした妖怪が人を喰らう。
ここでは当たり前だったそれを、だが、実際目の当たりにして、足から力が抜けていく感覚に襲われた。
「まあ今度は自分で撃退出来るようになればいいことさ」
彼女の差し出した手を取れずに暫く困ったような顔を見上げる事しか出来なかった。
「あー…なんていうか、とりあえずあれはここじゃあ当たり前なんだけど…なんというか、
ほら、うちらって肉食べるじゃん?つまりはそれみたいな感じでえーと」
励まそうとしているのだろうが、段々と本人も何だか分からなくなっていく様子が変で思わず吹き出す。
驚いたように目を丸くし―彼女は本当に良く表情が変わる―、やがて釣られた様に笑いながら、再び手を差し出す。
「なにはとまれ、とりあえず帰ろう?」
伸ばした手は今度こそ彼女の手を掴む事が出来た。

377:2008/08/12(火) 22:16:51
※グロ注意



最近、何をしていても手につかない事が多くなっていた。
趣味でもある仕事に立つその時ですら、既に帰った後の事を考えてしまう。
「う、うわああああああ!!」
そのせいなのか、撃ちもらしが増え、今日はあろうことか袈裟掛けに引き裂かれてしまった。
斬られてもなお思考は家の事ばかり。
ただ…目の前のこれは思考の邪魔だ。
「ぎあああああ!」
声がうるさい。指を落としただけで叫ぶ喉が邪魔になった。
「ぎ………!」
ヒュー、と音と共にしぶきが視界を染め上げる。
…ああこれでは駄目だ。鉄の匂いは女を泣かせてしまう。
軽率過ぎた自分の判断に舌打ちをしながら、地面で小刻に悶えるそれの頭に足を置く。
ガクガクと揺れる相手の目線と一瞬目が合い―僅かに笑みを浮かべて**********************


「いま帰ったぞ〜」
玄関で靴を揃え、居間に向かえば、温かな笑みが彼を迎えた。
「おかえりなさい、お夕飯出来てますよ」
「お父さんおかえり〜」
妻と子供に促されるまま席につき、サラダの上に乗ったトマトを皿の上へと移し、潰して混ぜ合わせる。
「お父さんってトマト変わった食べ方するよね?」
そんな子供の言葉に苦笑しながら、潰れたトマトと和えたサラダを口に放り込んだ。


今日もいつもの変わらない一日だった

378食人鬼の滅亡:2008/08/14(木) 12:20:29
常に一流の庭師によって手入れがなされているこの朝の空中庭園の石畳に馬の蹄の音が響き渡る。
銀河皇帝と帝国軍参謀総長の朝の日課によるものだ。彼らはこの地上数km.の楽園を一周してから、
それぞれの家族とともに朝食を摂る事を好んでいる。馬首を並べている間の主な話題は他愛ない世
間話だが、重要な話もさりげなく盛り込まれることもある。

「こればかりは別だろうね、バスト大将軍」
「アンザーティですか、確かに彼らは問題ですね」

アンザーティとは人間に非常に酷似した種族であるが、マインド・テレパシーで犠牲者を魅了し、両頬
に隠された触手で脳味噌や生命エネルギーを吸収する、恐るべき食人鬼である。その能力を活かし
て彼らは暗殺者として銀河社会に参加しているが、捕食される側からすればたまったものではない。
しかし、人間にとって幸運なことに現在の銀河の表社会は人間が圧倒的な勢力を誇り、かつて無い強
大な中央集権国家を築いていた。

『滅ぼすなら今しかない』

上から下までがそういった考えに囚われ、皇帝も例外ではなかった。しかし、いつの時代にも大義名分
は必要である。いきなりの虐殺は到底支持を得られないだろう。そこでいくつか下準備を始めていた。

「して、どのような手を打たれましたか?」
「アンザートに環境ホルモンを密かに工作員に撒かせている。出生率が格段に落ちるだろう。
それから、人間中心主義者に密かに支援を与え、論壇で攻撃をさせている。市民達も影響さ
れている」

彼らは普段銀河を放浪しており、母星には繁殖の時にだけ帰る性質がある。その為、出生率が下がれ
ば多くの者が帰還することになる。また、プロパガンタによって多くの支持を取り付けることも必要だ。即
位したばかりの彼の権力基盤は磐石とは言い難い状況にある。

「陛下、自分の嫌がることは人にはなさらないのが信条では?」
「ああ、『人』にはね」

美しい女性に自らの子を宿させることを楽しみの一つとしている彼への少しきついジョークとして参謀総
長は言ったが、返ってきた言葉も辛辣なものだった。無論、それは食人鬼達に対してであって、彼ら2人
には朝の頭の体操とユーモアでしかなかったが。

数年経ち、予想通り大半のアンザーティがアンザートに集まった。しかし子はできず、できない以上は星
を離れるわけにはいかない。更に帝国は近隣の惑星を焚き付けてアンザートへ侵攻させた。彼らも独自
の防衛軍を組織し、これらと戦ったが、全て帝国の掌の上で踊らされただけだった。

皇帝の息のかかった議員達のアンザーティ達に圧倒的に不利な紛争調査報告、それに伴う、アンザート
の武装放棄勧告、帝国軍の駐留。ここに来てやっと彼らは気がついた。

『帝国と人間に嵌められた』

より一層の軍備拡大と、駐留軍に対するテロを彼らは仕掛けた。直ちに帝国はキラヌー大提督とズィアリ
ング大将軍を総司令官とする遠征軍を派遣し、圧倒的な軍事力で彼らの掃討を開始した。彼らは女子供
に至るまで無慈悲なストーム・トルーパーやスター・デストロイヤーと戦ったが、刀折れ矢尽き、名立たる
都市は灰燼に帰し、皆殺しにされた。更に帝国軍は撤収時にアンザートの大地に塩と放射性物質を満遍
なく、幾層にも渡ってばら撒き、永遠に不毛の地とした。ここに食人鬼は永遠に消滅したのである。

「君は料理も堪能だね、ローストビーフのサンドイッチは最高だ。仕事の後ならなお格別」
「乗馬の後に朝食か、実に優雅な嗜みだな大将軍」
「恐れ入ります両陛下」

朝の庭園には花や木のかぐわしい香りと食事の香りがいつまでも漂っていた。

379滅亡から再誕へ:2008/08/15(金) 01:17:54
荒廃した地面を踏みしめながら、男が進む。
いまだに毒を巻き散らし、生きる者の命を蝕む死の大地は―だが汚染をもろともしない彼の様な者にはむしろ身を休めるのに最適の場所だった。
息を吸い込めば、漂う毒が体の隅々まで染み渡る感覚を彼は夢心地で楽しんでいた。
死を招く毒ですら男にしてみれば酒のように甘美で、体を震わす甘いうずきについ力を振るいたくなり―息をつく。
まだ仕事の最中だ。"酒"に酔うのは仕事の後の方が良かろう。
鼻唄混じりにざらつく地面を踏み砕きながら、軽い足取りで進んでいく。


やがて男の足が止まる。
眼下には岩の山が広がり、気を付けて見なければそれらが建物であったことすら判別出来なかった。
男はしばらく瓦礫の山を見下ろしていたが、やがて地面に腰を降ろし、何かを招くように手を動かす。
「……こい」
陽炎が瓦礫の間で揺らめく。
男の手招きに誘われる様にゆらゆらと揺れながら、ひとつ、ふたつと男の元へと動き出す。
「こい」
それは地面から起き上がるように現れ、次々に集まり―やがてそれらがひとつの形を形成していく。

男は既に手招きを止め、陽炎達の集合体をじぃっと見つめていた。
そうして、肌がざわめくのを止め、ひとつの決まった形を成した頃、
男はようやく立ち上がり、地面にうずくまるそれを見下ろし―静かに笑った。

「再誕、おめでとう。そして、ようこそ―」

380デリコート将軍の乱:2008/08/16(土) 12:14:18
草木も眠る丑三つ時、と古来より言うが忙しい銀河の支配者も眠る時間である。平時ならば。
ニモイディアンのデザイナーに設計させた優美な装飾と、人体工学によって寝心地を極限まで
追求したベッドはまさに一握りの者の為に用意されたものだ。しかし、取り巻く環境は往々にし
てそれを相殺してしまう。枕元のインターコムが突然鳴り響いた。両脇に一糸纏わぬ姿で寝て
いる王族と貴族出身の寵妃をよそに、長年の習慣ではたと目を覚ます皇帝。

「ピエットだ」

残る眠気のせいで幾分不機嫌な調子で応答するが、返ってきた声は切迫していた。もっとも、
切迫した用件以外で夜中に皇帝を叩き起こした者が朝日を拝むことはできないが。

「反乱です、我が皇帝!」
「なんだと…?そんなことで…」

広大な帝国領には反抗的な惑星や野心的な総督や将軍、提督の支配する星系もある。その
為、反乱はいつ起きてもおかしくは無いが、普通は隣の星系の軍、大規模なものなら宙域・宙
界総督が鎮圧し、その後に報告をすればよい。インペリアル=センターにこのような粗忽者が
配属されるとは世も末と思ったが、話し手がすぐに変わった。

「エーシェン将軍です陛下」
「将軍、君が何用だ。まさか反乱がここで起きたなんてことではあるまい」
「そのまさかです、陛下!」

タール=エージェン将軍はインペリアル・パレス内外の防衛を任されている、いわば近衛将軍
である。その彼が直々に反乱の報告などおかしいと思ったが、ここで起こったのなら話は別だ。
当然、彼の管轄内である。

「…そんなまさか。誰なんだ…誰が首謀者だ」
「デリコート将軍です!」

呻く皇帝。だが、疑問は無かった。エヴァー=デリコート将軍は前情報部長官イセイン=アイサ
ード派の、もっと言えばパルパティーン派の将軍だ。クレンネル大提督の反乱に続き、寛大な
彼の心はまたしても踏みにじられたのである。

「今の状況はどうなっている?」
「4つの城門で押しとどめておりますが、援軍が無ければ危険です。正門は大将軍皇后陛下が
自らソヴェリン・プロテクターの一団を率いて防戦しておられます」
「な、何ィ〜!?何故止めなかった!」

ソヴェリン・プロテクターはロイヤル・ガードの中から更に慎重に選抜され、ダークサイドの加護
を付与された恐るべき戦士達である。ロイヤル・ガードが100人力ならば、彼らは一騎当千という
言葉が適当であろう。彼らが付いているとはいえ、愛妻を死地に送ったことを彼は咎めた。

「いえ、反乱の第一報を受けるや戦装束でお出ましになり、そのまま往かれましたので…」
「なんたることだ…いや、最早将軍、君を咎めまい。今すぐ司令室に向かう、君と作戦スタッフを
召集するんだ」
「仰せのままに、我が皇帝」

ベッドから身を起こすと、流石に相次ぐ大声で目を覚ましていた2人が身支度を手伝い、大元帥
の制服を身に着け、クララはそのままロイヤル・ガードとして司令室に同伴していった。後に残さ
れたティータは窓の外の戦闘によってか、反乱軍の蛮行によってか、火災の起こるインペリアル
シティの市外を虚ろな瞳で眺めていた。

381デリコート将軍の乱:2008/08/19(火) 16:28:44
既に司令センターの作戦室内にはエーシェン将軍以下、各所の防衛部隊の司令官や
将位を持つ参謀達が集結し、大元帥の制服を着て現れた皇帝を迎えた。

「将軍、状況のまとめを」
「はっ、デリコート将軍麾下のストーム・トルーパー4個師団が包囲中です。機甲大隊や
自走砲大隊も含まれており、火力は極めて優勢です。この他にアーミー・トルーパーの
2個大隊が市内の制圧にかかっております」

インペリアル・パレスを守るのは近衛1個師団とロイヤル・ガードが200名、ソヴェリン・
プロテクターが10名である。防衛には十分だが、敵が数では遥かに優勢である以上、
撃攘することは困難であろう。

「市民を押さえつけるか…人質探しか…高官達はどうなのだ?」
「アロー副議長とバスト参謀総長、バゼーヌ総督の行方が――今、アロー副議長の安
否確認が取れました、軌道上のインペリアル・スター・デストロイヤー『スリンガー』に収
容されたそうです」
「となると2人か…まずいな」

インペリアル=センター総督のバゼーヌは市民に人気があるので人心収攬の観点か
ら捕まっても殺されることは無い、と彼は考えたが問題はバスト参謀総長である。彼
は皇帝の側近であり、新体制の熱心な支持者である。彼の首はどのような反体制プ
ロパガンタよりも価値があり、効果的だろう。

「まあ、今は手の出しようが無い。夜明けまでには各地から援軍が到着するだろう」
「はい」
「オキンス提督には連絡が取れたか?」
「はっ、半日で到着するそうです」

幸い、インペリアル=センター各地の駐屯地への連絡は可能であり、司令官達に連絡
はついていた。未知領域への援軍に向かったオキンス提督も引き返せる。デリコート将
軍が思慮に欠ける人物であったことが幸いしたおかげでまたしても帝国は延命に成功
した。もしもスローン大提督のような天才的な策士が起こしたならば、コトは確実に運ん
だだろう。クーデターとは、あらゆる外的圧力を排した状況下で速やかに行われてこそ
成功するものである。彼には全てが欠けていた。

「そうか、正午まで頑張れば我々の勝利確実だ。専守防衛に努めよ、市民には我らが
いまだ健在であることを放送せよ、反乱軍への揺さぶりを忘れるな。各員、それぞれの
職責を全うするように、帝国万歳」
『帝国万歳!』

皇帝が徹底抗戦を命じたことで俄かに司令官達の士気が上がったように見えた。恐らく
それは彼らを通じて末端の兵士にまで行き渡ることだろう。援軍が到着次第、皇帝は反
乱軍のパージを命じ、その時に士気は最高潮に達する。司令官達は心中密かに反撃の
機会を待つのだった。

382歌・上:2008/08/21(木) 21:50:11

 ――Forever…
 ――Tears fall, vanish into the night
 ――If I'm a sinnner…
 ――Chivalry, show me the way to go

「――本当に」
 静寂だった空間に、声という亀裂が走る。
 静寂。亀裂が走るまで歌声が響いていた空間を、しかしそう称せずにはいられない。
 鼓膜を震わせる不快を忌み、心へと直に響いてくるような。
 空気よりも自然に世界に馴染み、呼吸するだけで全身に染み渡るような。
 それは歌よりも根源的な何かを孕んだ、しかし紛れもなく歌そのものだった。
「歌声だけだと誰だかわからないわね」
 その歌声は、しかしもう届かない。
 今この時、歌を媒介にして世界の一部を確かに紡いでいた『それ』は、
大きな瞳をさらに見開いて声の主を見つめている。
「意外? 私がここにいることが」
 わずかに顔にかかった真っ青の髪を手で梳き、代理人は『それ』を見遣る。
『それ』。それはまさに『それ』であり、と同時に、
「――アスミ」
 代理人とは対照的なピンク色の髪を下げた、ただの少女だった。

 アスミは人前では歌わない。
 それは彼女の歌の腕前以上に、皆の間に知れ渡っている周知の事実だった。
 歌う場所は専ら地下室で、それも誰かが入るとピタリとやむ。
 ただ地下室には通気のためにいくつも空気穴があり、その一つが部屋に直接
繋がっているため、時折アスミの歌声を耳にすることがある。
 それを聞いた誰もが最初に思うのは、
『――これは一体誰が歌っているのか』
 つまり、それだけ歌っているアスミの声は印象が異なるわけだ。
 アスミが歌うところを見た者はいない。
 とある一件から、葬送歌を紡いでいるところを目の当たりにしたリディアと。
 今この瞬間の、代理人を除いては。

383歌・中:2008/08/21(木) 21:53:37
 大きな瞳が代理人を覗き込んでいる。
 そこに湛えられる光は、驚きと――好奇心か。
「青いのー」
 ぴっ、と代理人を指さして、
「いなかったー、いるー、なんでー?」
「陳腐な表現で申し訳ないけど、私はどこにでもいるの。文字通りにね」
 主語の存在しないアスミの問いかけを、どうやら代理人は理解しているらしい。
「どこにでもいるー、たくさんー?」
「もちろん私は一人だけよ。ダメージを受けると増殖するスキルなら随時募集中」
「たくさんー、ここにもたくさんー、あっちにもたくさんー」
 言って、代理人を指し示した紅葉のような手のひらを、虚空に向ける。
 虚空。言葉の通り、そこには何もない。何も、だ。
「……そう。見えるのね、アスミは」
 わずかに代理人が眉を落としたように見えたのは、果たして錯覚か。
「たくさんいるー、みんなさみしー、いっしょに歌うー」
 くるくると回り始めるアスミ。
 そんな奇行は今に始まったわけではなく、むしろいつも通りなので、
当然のように代理人は気に留めない。
「そうね。貴女の歌はそのためにあるんだもの」
 もっとも、代理人の場合気に留めるものが存在するのかどうか。
「歌ってバイバイー」
「そうやって『彼』ともお別れをしたの?」
 ぴたりと。
 発条の切れた人形のように動きを止めたその体は、首だけを代理人に向けていた。
「お別れ?」
「そう、お別れ。もう会えないことを告げること」
 首を傾げる。理解できないというジェスチャー。
 アスミに限って、惚けるなどという選択肢はない。
 知らないと言えばそれは彼女の知らないことであり、
理解できないと振る舞いで示せばそれは彼女には理解できないことなのだ。
「してないよ?」
「そう」
 故に、していないと言うのなら、していない。
 だがそれに続いた言葉は、代理人の予想を超えていた。

「ここに、いるから」

384歌・下:2008/08/21(木) 21:55:52
 沈黙が場を支配した。
 それは静寂と呼ぶには重苦しく、静謐と呼ぶには世俗的で。
「どーしたー?」
 ぱたぱたと。
 代理人に駆け寄ったアスミは、頬を引っ張ったり抱きついたりして彼女の反応を
窺っていたが、彼女自身が自発的に動こうとするまで代理人は眉さえも動かさなかった。
「――そう」
 再び、前髪を梳く。
「しょせん私の持ち物は、一部でありすべてではないということなのね」
「一部ー、すべてー、たくさんー、ひとつー?」
 またくるくる回り出そうとしたアスミの頭を代理人はおもむろに掴んだ。
「きゃー、青いのはなせー」
 途端にバタバタと暴れ出す。
 自分からはひっついてくる割に、他人から触れられるのをアスミは嫌う。
 代理人の手が届かない安全圏まで逃げ出すと、
己の無事を確認するようにふるふると身を震わせた。
「おなかすいたー、ごはんだー」
 それはモードの切り替わる合図。
 こうなるとアスミは理性よりも食欲を優先するようになるため、
何を聞いてもまともな返答が返ってこなくなる。
 その度に苦労するのは姉役のリディアだったりするのだが、まぁそれはどうでもいい話。
 食べ物を求めて姿を消したアスミにより、残されたのは代理人一人。
 一人、のはずだ。

「偏在を非とし、遍在を是として私をここに置きながら。
 ――それでも未練を捨てることは出来ないとでも言うの?」

 その言葉を聞いた者は、誰もいない。
 誰も。

385正義の名の元に:2008/08/21(木) 22:48:45
正義。これほど胸くそ悪くなる言葉を彼女はいまだに知らない。
正義の名の元に。彼女の居た群れは幾重もの武器で斬り刻まれ、無へ還った。
そうして庇護を失いはしたが、とりあえず生きていく術は覚えていた。
幼子の姿をその手段に、彼女は独り生きた。

だから、という訳ではないが、正義を口に戦いの火種を巻き散らす彼らの姿は至極滑稽であった。

正義の名の元にあるならば。人は敵という名の人を殺せる。

正義の名の元にあるならば。あるものを崇拝する者達は他の者が信ずるものを悪魔と呼び、排除出来た。


人が正義を口にすればするほど正義は血と怨みを纏い―闇となる。

「本当なら…歓迎したいけど」
身の丈以上ある巨大な鎌を手に、彼女は眼下に広がる敵達の陣を無表情に見つめた。
「胸くそ悪いから、退場願うわ」
その背後には無数の目が静かに、狂気を孕みながら漂っていた。



夜が降りてくる。
ただその一言を残して、市街の制圧に向かっていた2個大隊が消失した。


「後は…そちら次第ですわ、ねぇ?」


―人間のお父様…

386もう一つの大会:2008/08/30(土) 08:49:54
夏の名物と言えば夏の甲子園こと、全国高等学校野球選手権大会が行われる。
高校球児たちが野球の聖地と言われている甲子園で
優勝を目指すドカベンでもおなじみのあの大会だ。
そして2008年8月18日、決勝戦で大阪桐蔭が常葉菊川に対し、
打線が大爆発、5回表までに6点を取っていたそのころ、
ドカベンの舞台として有名な保土ヶ谷球場、
正式名称神奈川県立保土ヶ谷公園硬式野球場で
試合の始まりを告げるサイレンが鳴っていた。

だが、相手はいなかった―。

相手求む!資格はわいの豪球打てる人や!

かくして平成の藤村甲子園のひとり試合はスタートした―。

387緋色を背に、魔は嗤う:2008/08/31(日) 21:46:03
人々の奏でるオーケストラが彼女の周りでそれぞれの音をあげる。
自らに敵う者など、この世界にいない。
そう信じて疑わなかった者の奏でる音楽はなんと甘美なことか!
揺らめく炎に髪をなびかせながら、通りを進んでいく。
それが罪である、と自身が警告を発する。だが、今となってはそれらに自分を止める力は無きに等しい。

ここは戦場。居るのは、敵という名の他人。

生きて明日を迎えるか、死して幕となるか。

ここには正義も悪もない。あるのは破壊と殺戮。
「さあ」
生き残った“敵”へ微笑む。最も彼らには死をもたらす狂った笑みでしかない。
「音楽会を続けようか」
遙か遠くに忘れてきた暴威の前に彼らは震えるしかなかった。

幕が下りる。

地面に転がった肉に何の疑問を持たずに手を合わせる。
「終わったかしら?」
目の前に降り立った少女にため息をつく。
「死体に乗るなっての」
その言葉に彼女は驚いたように目を丸くし、からかうように口を歪めた。
「おかしな人、あなたが殺したんじゃない」
思わず肩をすくめる。
「習慣よ、日本人としてのね」
いよいよ少女は声をあげて笑い出す。
「滑稽だわ!破壊と殺戮を好みながら、まだ魔に染まりきっていないとは!」
「二面性に富んでいると言ってほしい」
腹を抱えて笑う少女に通りの向こう側を示す。
駆けつけたのであろう、新たな敵の姿がそこにあった。
「あきないわね」
「そうね」
哀れな生け贄を見つめながら、二人の魔は嗤う。


夜明けはまだ遠い

388デリコート将軍の乱:2008/09/01(月) 08:07:05
インペリアル=センターの炎に焦がされた空が段々白んできた。あげ雲雀なのりいで、かたつむり
枝を這い、神空にしろしめす。下で人間が命のやり取りをしていようが、保身や野心に躍起になっ
ていようが、朝は決まった時間にやってくる。そして、今この世で一番の保身に奔っている皇帝は
睡魔を撃退する超兵器の9杯目にとりかかっていた。

「あー…味も分からなくなってきた…クララ、オーダー66発令宣言の草案はできているのかな?」
「まもなくできあがるって」
「そうか、清書次第目を通して暗記しよう」

彼は宇宙軍出身の為、これといってやることが無い。その為、防衛の状況よりもこちらの方が重要
なのである。

もっとも、防衛の状況も気にする必要は無かった。いくら兵数で勝ろうとも、優秀なストーム・トルー
パーを選抜した近衛師団と百人力のロイヤル・ガード、一騎当千のソヴェリン・プロテクター達、そし
て堅固な城壁と強力な防御火力の前にクーデター軍は手も足も出なかったのである。

更に僥倖が、敵にとっては悲報が舞い込んだ。警察部隊からの報告によると、市内を制圧に向かっ
たクーデター軍が原因不明の壊滅をしたとの情報が入った。誰もが喜びと疑問の混じった顔をして
いたが、皇帝と彼の側室にはすぐに誰がやったか見当がついた。

「ヤラちゃんだね…」
「ああ、戦うのは大人の仕事だと何度言っても聞き分けの無い…」

銀河帝国第2皇女ヤラ=ピエット。彼女は公式には惑星アクシリアの名門軍人の一族から貰い受け
た養子ということになっているが、上層部では彼女が破滅をもたらす闇の一族のダークマターである
ことは公然の秘密である。その常軌を逸した戦闘力は人間の及ぶところではない。それでも皇帝と
皇后は彼女を実の娘同然に愛し、人としての生き方を教えてきた。だが、まだまだ彼女は学ばねば
ならないようだ。

389デリコート将軍の乱:2008/09/01(月) 08:17:28
そして夜が明けた。インペリアル・プライムが四天を遍く照らし、黄金の光に摩天楼が包まれる。そし
て四方からストーム・トルーパーやアーミー・トルーパーを載せたシャトルの大編隊や兵員輸送車の
姿が現れた。実質的に愚か者の将軍に反乱の失敗を思い知らせる光景である。そして追い討ちを
かけるように皇帝の玉音放送がインペリアルシティ全域に放送された。

「おはよう、善良なる帝国市民の諸君。今、諸君らの血と汗の結晶、そして諸君ら自身の安寧が愚
かなる反逆者によって攻撃されている。だが、案ずることは無い。我々の国防軍は諸君らを保護し、
反逆者を一掃する為に必要なあらゆる手段を講じている。よって君達市民が武器を取る必要は無
い。だが!諸君らは心で抵抗を行ってもらいたい!軍人は矛で!市民は心で!それぞれの持てる
もので敵のあらゆる面に対して徹底抗戦しなくてはならない!今こそ私はその旗手となって最前線
で戦おう!ここにオーダー66を発令する、軍民一体となって、我らの繁栄を邪魔する者に死の代償
を払わせるのだ!」

皇帝の熱弁と健在のアピール、そして完全なるパージが発令されたことでクーデター軍の戦意は消
沈し、投降する者や逃亡する者が次から次へと続き、崩壊した。デリコートも「最早これまで」と自決
し、最期は軍人らしい潔い死でこのお粗末な反乱劇は終焉したのである。

日が高くなった。皇帝とその家族達は戦塵を払い落とし、お互いの無事を喜びつつ、遅めの朝食に
とりかかった。帝都惑星は今日も平和と喧騒の中、回り続ける。

390忘却:2008/09/07(日) 12:16:07
街を大勢の人々が歩き、休憩の兵士達が談笑する。
平和、そのものだった。
一週間足らずでここまで復興したのは被害が少なかった事もあるが、純粋な意味で技術力の高さを物語っていた。

それでも、この場を歩く人々は知っているのだろうか。
あの夜、ここは戦場だった事を。
道路を覆いつくした死体の山と血の海があったことを。

良くも悪くも人は忘れる生き物だと、既に声すら思い出せない父の言葉が頭に浮かぶ。
その人間の元で生きていく事になろうとは、
運命とはつくづく自分がキライらしい。


「―――」
名を呼ばれた彼女が思考の海から顔をあげると、通りの向こうで手を振る青年の姿。
かすれた記憶に残った誰かに似た青年に心からの笑みを浮かべ、彼女は「兄」の元へと走り出すのだった。

391真っ暗:2008/09/07(日) 22:04:47
朝起きるとそこは暗闇だった。何も見えない。
どうやら失明してしまったようだ。歩けもしない。
助けを呼ぼうとした。だが声も出ない。助けを呼ぶこともできない。
この絶望の中で私は寝室からリビングまで歩くことにした。
何も見えない。リビングへの方向なのかすらわからない。
何が起きているのだろう。一体これは何のつもりなのだろう。
家族は今旅行に行っている。助けてくれる人なんざ一人もいやしない。
どうしよう、どうするべきか。
考えても絶望的な答えばかりしか思い浮かばない。

と、そのとき私はある事実を思い出した。
そうだ、昨日私は酔いつぶれていたところをトラックに―。

392豪雨2・上:2008/09/07(日) 23:02:20
 天地を裂く撃音。
「………………んっ」
 恐怖の根源を呼び起こす大気の震えに、生存本能が体をすくませる。
 リディアは反射的に少女を抱きかかえる力を強めた。
「……………………」
 そしてその力に対する少女の反応は、皆無だった。
 動かない。ぴくりとも。
 まぶたの動きでさえもその力に抗うことはしない。
 それは――ニンギョウのような。
 それは――ヒトガタのような。
 着やせした胸が浅く上下していなければ、服越しに伝わる温かささえ錯覚と思ったかもしれない。
「いつものことなのはわかってるんだけどなぁ」
 苦笑する。
 雷など、アスミには恐怖どころか関心の対象にさえならないのか、と。
 そもそも耳に届いているのかさえあやしい。
「ぼんやり」を追及した果てに完成した、二時間ごとに空腹を訴える神秘のビスク・ドール。
 そんな触れ込みで売り出したら、意外に好評かもしれない。
 それにしても動かない。
 こうなると梃子でもシーソーでも動かない。
 この状態になったアスミの関心をこちらに向けるとしたら、目の前でお菓子を
ちらつかせるか、あるいは――
「あ」
 と、リディアが声を上げたのは、
「さ〜て、今日のイッテ○は、っと」
 リモコン片手に現れたのは、ピンクの髪をした魔女。
 何の遠慮もなく、何の考慮もなく、何の思慮もなく、何の浅慮もなく、
 彼女はリモコンのボタンをテレビに向けていた。
「……………………!」
 少女は相変わらずの無言。
 が、その目はこれ以上ないほど大きく見開かれていた。
 テレビの画面に支配されたように停滞していた、その瞳が。
「……………………」
 投げだされた足が。だらりと垂れ下がった手が。
 あたかも壊れた人形でも象徴するように、アスミという存在を描く。

 耳をつんざく轟音が走り。
 アスミの首が――まさに糸の切れた人形のように――かくんと落ちた。

393豪雨2・中:2008/09/07(日) 23:03:50
「ちょっと! 今アスミがどうぶつ○想天外見てたでしょ!」
 アスミのお腹辺りに手をまわして、背後から抱きかかえるように座っていた
リディアが、彼女のあまりの落胆ぶりに思わず声を上げた。
 一方、風呂あがりなのか濡れた髪をふいているアーチェは、
「いい? リディア」
 と、やけに真剣めいた声を出す。
「……な、何?」
 萎縮してしまうのは、アーチェの日頃の振る舞いの賜物だ。
 普段バk、もといおちゃらけた印象の人物が突然真面目な雰囲気を醸し出したりすると、
何故か意味もなく怯んでしまう。
 その隙をアーチェは見逃さずに――畳みかけた。
「今日は――○モトが飛び降りるのよ」
「意味がわからない!」
 それは、リディアをして0.1secでツッコミを飛ばすほどのレベルだった。
 勝者と敗者。勝ちと負け。0と1。得た者と失った者。
 それらがすべて、決まるほどに。
「リモコンを持つ者が常に世界を制するのよ」
「大きい! 回収する見込みのまったくない伏線を張りまくった大長編作品並にスケールが大きいよ!」
「あたしは器が大きいから」
「関係ない上に正しくもないし!」
 適当なことを言ってあしらってはいるが、アーチェの視線はとっくにテレビに向かっている。
 もはや何を言っても届かない。
 しょせんは、敗者の言葉だった。
 ――リモコンを手元に置いておかなかった。
 そんなごく些細な、ごく卑近な、ごく矮小なミスが、こんな敗北をもたらすとは――!

 曇天を埋め尽くす白光がきらめき。
 しかしリディアの目に、怯えの色はなかった。

394豪雨2・下:2008/09/07(日) 23:07:20
 テレビのモニターでは今まさに珍獣が塔の上から飛び降りようとしている。
 何やら喚いては笑いを誘っている。
 半ば押し出されるようにその体躯が重力の束縛から解放さr
「あ」
 手動でチャンネルを変えられた。
 そう。別にリモコンでなくても、チャンネルは変えられる。
 ただそれだけのことだったし、それ以上のことでもない。
 大したことではないのだ。少なくとも、戦局を変えたわけではない。
 そう、またリモコンを使って変えればいいのだか「サンダー」。

 天空を轟かせる閃光に比べれば、それは穏やかとさえ言えるものだったが。
 リモコンを破壊するくらいの威力は、有していた。

「……やってくれんじゃない」
 勝ち負けなど、しょせんはコインの裏表に過ぎない。
 些細なことで――ひっくり返る。
「普段あたしのライトニングに文句を言う人のすることじゃないわよねぇ?」
「文句を言っても反省する気のない人に言われたくはないかな」
「反省はしてるのよ。反映させる気がないだけで」
「ふーん。でも結果の伴わない反省なら……ね?」
 あえて最期をぼかすことで、その言葉が意味するところをほのめかす。
『ビシィッ!』という効果音さえ聞こえてきそうな勢いで、アーチェの額に青筋が浮かぶ。
「あたしが、日光の軍団並だとでも?」
「ううん、日光の軍団よりきれいだと思うよ」
 にこりと。
「――かわいくはないけど」
 無邪気に、無慈悲に、無感動に嗤う。 
「……サルより太い足の娘に言われたくはないわね」
 こちらは『バキンッ!』とでも聞こえてきそうな驚愕だった。
「……なん、ですって?」
「いっつも傍にいるからアスミに感化されてるんじゃない?
 ――天高く リディアが肥ゆる なんとやら」
 革新的に、確信的に、核心的に哂う。
「……大草原体形に言われたくはないかな」
「その言葉、そっっっくりそのままお返ししてさしあげましてよ?」
 あるいはこの場に霊夢か慧音でもいれば、最悪の結末は防げたかもしれない。
 それはつまり、そんな仮定を望みたくなるような結末を迎えるということだが。

「出でよ、神の雷」
「雷杖よ――意思通ずるなら、応えて」

 天から降り注ぐ雷柱にも劣らぬ、地から『立ち上る』2本の雷槍も、
しばらくの後に天気が切り替わるようにどこかへ遠ざかっていった。

 残されたのはアスミ一人。
 インスタントラーメンをバリバリとかじりながら(作るのが面倒なのか、
作り方がわからないのかは不明。どちらにせよ同じことだが)、くしくしと目を擦る。
「おなかすいたー、たくさん食べるー、眠いー、どうするー?」
 自問自答しながら、かわいらしく頭を傾げる。
 ただでさえ回転を拒絶する思考は、眠気のせいでさらにその動きが鈍っていた。

 お姫様は、かくんかくんと船を漕ぎながら、誰も作ってくれないインスタントをかじり続ける。

395涙さえ乾かない:2008/09/11(木) 16:34:27
White birds
闇に閉ざされ今
僕等は ah 静寂の彼方まで
 
何もかも変わらない
しらけた この世界
いつも通りの僕と違う自分を
さらけ出して愛を
 
White birds
闇に閉ざされ今
僕等は ah 静寂の彼方まで
 
tell me
生まれ変われるなら
夢の叶え方を教えて
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「無理でしょ」
「貴様よく空気読めないと言われるだろ」
「イヒヒヒ」
 
吸血鬼ユーリと透明人間スマイルは今日も仲良しです。

396行列:2008/09/13(土) 09:00:57
じわりと肌に張り付く様な暑さを感じながら、アサヒは腕時計を見た。
「今何時ー?」
隣で座り込んだ(アサヒ自身もだが)フヨウが覗き込む様にしながら、問掛ける。
「まだ30分もある」
その言葉に周りで溜め息が漏れる。
「まあコミケよりはましだわな」
そう嘘ぶくのは紫。
数年前まではコミケへと足を運んでいた彼女にはこの行列も大した事ないのであろうか?
「比較対象がでかすぎだっての…」
言いながら、鞄からDSを取り出し、電源を付ける。
隣のフヨウ達も同じ様に電源を付け、紫にいたってはイヤホンをつけている。
「暇だし、地下で化石掘りやらん?」
「フラグとられるからやだ」
「ひみつのコハク、誰か持ってない?」
そうこうしているうちに列は徐々に、確実に長くなり、ついに100人程に増えていた。
(こいつらもやっぱりおなじもん目当てかな…)
そう思いながら、アサヒは再び…三回目となる、時間の確認をするのであった。

397再生と再会:2008/09/14(日) 07:15:28
お粗末な反乱劇から一週間、帝都からは完全に戦塵は拭い去られていた。皇帝の宮殿は
四囲を睨み下ろし、摩天楼はいよいよ聳え、街を行きかう人々は賑わい、巡回のストーム・
トルーパー達の足音は整然としていた。

一人の軍事アカデミーの学生が通りを歩いていた。先程まで復旧作業中の市民や将兵、ド
ロイド達を慰労し、大勢の群集からの歓声や礼に手を振って応えていた、皇太子エドゥアー
ルである。本来、彼は別の惑星の軍事アカデミーで腹違いの兄と共に学んでいる筈だが、
事態が事態なので教官から兄と共に帰還を認められていたのである。

あの反乱で多くの命や物が失われたが、生き残った人々は力を合わせて復旧し、更にそれ
以上のものへと発展させようとしている。人はちょっとやそっとでは挫けたりはしない。身体
的には他の種族に後れをとるが、ガッツだけは誰にも負けない、と若き皇太子は確信して
いた。

ふと、よく知った感覚を感じ、通りの向こうを見ると、焼け落ちて、再建途上のビルの足場に
腰掛けている妹がいた。ダークマターらしく、人の中にいる事を好まない彼女らしい。仕方の
ない、という意味と久しぶりに会えたという意味で、笑みを浮かべると、妹の名を呼び、手を
振った。すると、見る者が限られる愛らしい笑顔を浮かべた彼女が駆け寄ってきた。

「ただいま、ヤラ」

頭に手を載せると、兄妹は久々の再会を喜んだのである。空は今日も雲一つ無い青空がど
こまでも広がっている。しばらく散策するには都合がいいだろう。

398愛の欠片:2008/09/18(木) 10:42:54
数多くの犯罪を起こしてきたからなのか 皆、俺の事を警戒している
最近では(悪い意味で)有名になったのか、ついにブラックリストに載せられた。
その後 上司に叱られたな。 恥を知れと 任務以外の犯罪は犯すなと
内心うるせえと思った。何度脳内で上司を殺したことか
俺の周りには敵しか居ないのか、とも思った
 
…だが そうでもない。マスターと呼ばれる人魚だけは警戒してこない
それどころか 時間が空けば遊んでくれて、怪我すれば治療してくれて、悪い事をすれば代わりに謝ってくれた
何故俺の為にそこまでするのかは知らないけど悪い気はしない。 むしろ嬉しい、正直
 
そう言えば彼奴は俺を犯罪者としてではなく一人の人間として見てくれてるのだろうか?
 汚い手を持っていても中傷発言で脅しても監禁して欲望を満たしても、皆みたいに警戒せず俺自身を見てくれている風に感じる
あ…でも犯罪を起こしても謝らない非常識野郎な俺なのに何故?と疑問に思う時もある。
だけど これは考えても仕方ないよな。
 
とりあえず いつか今までされた恩を返そうと考えてたりするんだ。こんな俺でも優しく接してきてくれたから
彼奴はマスターだから当然の事、って言ってたけど 暗殺者として生きていた俺にとっては…凄く嬉しかったんだよ
 
 
 
よし 心に誓う
人魚から貰った幸福は いつか倍にして返すと
 … 果たさないといけないからな 『責任』は。

399ABY10.アクシリアの戦い:2008/09/26(金) 19:27:03
――ESD『エグゼキューター』

「Goooooooooooooood!!」

ビューポート前に据えられた椅子に座りながら、アクシリアⅠ奪回の報告を受けた総司令官
はパルパティーン皇帝のような賛辞を送った。賛辞だけではない、最近の彼はまるで皇帝の
ように振舞い、そのように彼を扱う者も少なからぬ数となっていた。元老議員や帝国顧問達
は彼におべっかを使い、官僚や軍人達は重要な決済を彼に仰ぎ、市民達は帝国の英雄と
祭り上げている。心ある者達や反感を持つ者達はこれを批判するが、彼と彼の側近グルー
プの働きぶりは無視できないものである。彼がいずれ玉座に就くのは明白であった。

だが今はそれを論じる時ではない。陽道作戦の一手の成功を皆が喜んだ。更に喜ばしいこ
とに、反乱軍に潜入している諜報員が反乱同盟軍の司令部に動きがあったことを報告した。
まず間違いなく敵の艦隊は出撃してくるだろう。しかし、敵もこの作戦に乗るだけではなかっ
た。こちらが一番危惧していることへの布石をしたのである。裏切り者のモフに軍隊の通行
許可を打診したのだ。すなわち、有力な部隊が後背を突くことに他ならない。

「この戦い、我々が敵を敗北させるニュースが広まるが早いか、敵がインペリアル=センター
を陥落させるのが早いかで決まりますな…まさに決戦です、閣下」

老練なペレオンが重い口を開いた。既にピエットにも慢心の色は無い、堅実な歴戦の司令官
としての顔になっていた。再びピエットは敵が来襲してくるであろう方向の暗い宇宙空間を睨
んだ。

「来るなら来い、ここを貴様らの取るに足らない反逆の墓標としてやろう…!」

ソヴェリン・プロテクターのマイン=カイニューはどこかで似たような言葉を誰かから聞いたよ
うな気がした。そうだ、自分が――ここに居る全員がかつて忠誠を誓い、畏怖していた皇帝か
らだ。

400葉の落ちる音:2008/09/29(月) 22:13:22
窓の外で色付き始めた木の葉を見つめながら、少女は儚げに呟いた。
「嗚呼あの葉が全て散ったら、私ももう―」
その言葉が終わる間際に木が激しく揺れ、葉がバラバラと舞い落ちる。
容赦なく。大量に。
「・・・・」
庭では鬼ごっこをする子供達の笑い声が響いていた。

「焼き芋だー」
新聞紙にくるんだ芋を落ち葉の中へ放り込み、少女達は焼けるまでの時間すら待てないと言わんばかりにそこら中を駆け回っていた。
その様子を見守る紅の隣に女性がゆらりと現れる。
「おはよう、紫さん」
金髪の女性―紫はけだるそうに縁側に腰掛け、欠伸をひとつ。
そうして、ぼんやりとした視線を少女達に向ける。
「元気ね」
「まあ、子供ですから」
そう言うと手にした竹の棒で弱々しく燃える落ち葉をつつきながら―思い出したように問い掛ける。
「冬眠って、もうすぐだっけ?」
「えぇ」
すこし寒そうに手を擦り合わせながら、紫が答える。
「難儀なものね」
「割と楽しいわよ。
色々な夢を見て、現との境界に漂うんだから」
「じゃ、そろそろ食い溜めしないとね」
「えぇ」
ぱちん、とはぜる音を聞きながら、少女達の一日は過ぎていく。

401秋更ける:2008/10/08(水) 22:04:39
目を開けた時には既に布団のなかであった。
自分の匂いの染み込んだ枕に顔を埋めながら、ぼんやりと頭の中を整理していく。

ここは何処か?
   ―境界にある自分の家の、自分の部屋。

今はいつか?
   ―そろそろ支度をするべき季節。


「ん?」
頼まれていた服を手に障子に手をかけた紫は障子の間からはみ出ている何かに手を引っ込めた。
金色の糸のようなものの一本を摘み、軽く引っ張る。
ツンツン。
「むぅ」
おもむろに糸のようなそれから手を離すと今度は自身の頭の毛を一本ばかり摘み、引っ張る。
ツンツン。
「ん」
合点いったという様子で髪から手を離し、別の障子を開け、中を覗き込む。
障子に頭を押し付けるようにして横たわる人物(人外)が一人、それと荒れ放題の室内に目を丸くする。
はてさて寝惚けて探しものでもしたのか。
とりあえず布団を(紫なりに)綺麗に畳み、散らばった掛け軸だのを元の場所らしき場所へと戻し、布団を敷き直す。
一通り布団を整えてから、障子の人物を布団へ運び―
「いででっ」
痛みを持った腰を擦りながら、立ち上がろうとして―目が合う。
「痛そうね」
眠たげなまま、金髪の女性。
「まあ、持病みたいなもんだからさ」
苦笑いで、紫。
「さっき藍さんが一旦帰ってきてて、家のこと粗方やってくれたみたいよ。
なんでもぱぱっとしちゃうなんて流石だよ」
「主人がいいからね」
「違いない」
布団に潜り込む女性を見届け、入口に歩き出す。
「ねぇ紫」
障子に手をかけたまま、肩越しに振り返る。
「今はいつかしら?」

402十六夜日記(予定):2008/10/13(月) 23:09:21

 これは日記である。

 日本人はいい人ばかりだと聞いたので、これも日本語で書いています。

 仮に私の名前を「十六夜」と仮名しよう。

 これだから現実ってのは嫌だ。事実はネット小説より奇なり。

 何か相手もヤンデレだったし。ヤンデレうざい。いやマジで。

 くるくると宙で回転するのは――十六夜の、左腕。

 黒灰を混じらせたスモッグをまとう空気は、常にどこか薄暗い。

 私、十六夜の住むこの世界は、現在ひどく歪んでいる。
 

 ――これはオチもない、嘘のような、本当のような、嘘でも本当でもない話。

403十六夜の空:2008/10/15(水) 22:42:42
「風流な事してるじゃない」
縁側に腰掛け、一人晩酌をしていた紫の背に紅がにやつきながら声をかける。
「…ん」
ぶっきらぼうな妹の隣に腰を下ろし、手にした硝子の小さな杯を差し出す。
「ん」
差し出された紫はそれと姉の顔を交互に見ていたが、
やがて呆れたように傍らに置かれた黄金色の液体で満たされた小さな瓶を自身と姉の間に移した。
「氷は?」
「ない、セルフサービス」
そう言う紫のコップに姉の手が伸び、ひょいと氷をつまみあげる。
「…お姉ちゃぁん」
恨めしげな妹の視線を涼しい顔で受け流しながら、紅はさっさと杯に氷を落とし、液体を注ぎ込む。
「かんぱい」
にっと笑う姉に妹は呆れながらも笑いながら、コップに酒を注ぎ足し杯を鳴らした。


「こいつらはここで何してるんだ?」
縁側ですっかり出来上がった姉妹を見、ナハトは溜め息をついた。
羽目をはずしすぎたのか、二人の側にはすっかり空になった瓶とコップが転がっていた。
(月に当てられでもしたのか?)
二人を居間へと運び終えたナハトを少し欠けた月が照らしていた。

404楽園:2008/10/17(金) 18:21:15
熱が入った男の声に紫は何事かと足を止めた。
周りの人々も同じ様に足を止めては、くだらないと再び歩き出している。
男は妖怪の根絶をうたっていた。人間だけの、平和な世界を作る。取り巻きだろうか、周りの若い男達も一緒になって叫ぶ。
馬鹿らしい。目を細めながら、紫は口の中で呟いた。
人間が世界の支配者となった外の世界の現状を知らないが故にそう言えるんだ。
そんな事を口の中でぶつぶつと呟き―ほんの気まぐれに手を振るった。
そんなに人間だけの世界がいいなら、見てこいと、嫉妬にも似た気持ちを抱きながら―


「人間が何人か外に逃げたわ」
八雲紫の一言に紫は持ち上げかけた湯呑をちゃぶ台に置いた。
「やっぱり怒ってる?」
否定とも肯定とも取れる笑みに紫は怒られた子供の様にうなだれ、ぽつりと呟いた。
「…ごめんなさい」


行方知れずになっていた男達が見付かったのはそれからすぐ後だった。
魂が抜けたような、酷い状態だったとは様子を見に行った早苗の話。
「ああなるなんでどこに送り込んだのかしら?」
茶化す様な妖怪の言葉に人間は生気の抜けた瞳を空に向け、ただ「外で一番馬鹿な人間のいる所」とだけこたえた。

405メイド館 1:2008/10/18(土) 21:01:29
これから始まるのは乃木家内で起きた世にも奇妙な物語―。

とある朝、女性陣は起きると共に、自分が来ていた服に愕然とした。
それというのも奉公や仕事に言ってる一部の擬人化一族や、
太陽が昇る前から修行へ山へ行っていたレイレイら以外の女性は、
一人残らずメイド服となっていたのだ。
男は、というとマスターの乃木平八郎は昨日の夜から姿が見えない。
もう一人の男性であるカリス王子―正確には国王だが―は、
それを知らずに洗面所へと向かっていた。
そのころ女性陣はメイド服からいつもの服へ着替えようとしたが、
RPGの呪われた装備みたいに呪われているらしく、取れようとはしない。
それを悟った女性陣はそのままの姿で部屋を出る―、
それと同時に相手の姿を見てまた愕然としたのだった。
「まさかあなたも!?」との声が廊下にこだまする。
かくして、乃木家女性陣の災難は始まったのだった。

406現代百鬼夜行:2008/10/19(日) 19:40:55
とあるときのこと、イタリアからの留学生、
フィオことフィオリーナ・ジェルミは仕事で榛名山を
ワーゲンスラッグに乗り走っていた。
するといつの間にか日も暮れて、彼女は宿を探すことにした。
しかし山奥にあったのは大きなお寺だけ。
しかも不気味で古ぼけていて誰もいないときた。
しかし外にはぱらぱらと小雨が降りはじめ、
雨に打たれながらの野宿よりはましだと思い、
今までのってきたワーゲンスラッグを隠すように置き、
その寺の中に小走りで入っていった。
明日に備え寝ることにしたフィオは、
夜中に珍しく何も用事がないのに目が覚めた。
すると人の声が外からたくさん聞こえてきた。
こんな古ぼけたお寺に、しかもこんな時間に誰が来たのだろうと覗くと、
そこには松明に火をともし、百人ほどが集まっていた。
その人々の頭には角が確認できた。「鬼」である。
フィオはそれを見て隠れるようにして
不動明王が祀られている部屋へ急いで逃げた。
しかしフィオのその行動とは裏腹に、鬼たちはその部屋へと集まってきた。
そしてフィオと鬼たちはばったりと会ってしまったのだ。
鬼たちが目の前に現れた渡来人を見て何を思ったかは知らないが、
フィオは目の前に現れた鬼を見て身の毛もよだつ思いをしたのは確かである。
とっさにフィオは逃げる。それを追う鬼。
そして大きな寺の中での「鬼ごっこ」が数分の間続き、
フィオは不動明王像の後ろに隠れた。
すると鬼たちはそれを見てこういった。
「この方はもしかしたら不動明王の奥方やも知れぬ
  渡来人を嫁にした理由はわからぬが、不動明王を敵にまわしたら
  今この山に残っている鬼たちも駆逐されてしまう」とて、
フィオを襲うのをやめ、鬼たちは会議に入った。
そしてそれから何時間経ったのだろうか、朝日が出てくると共に
鬼たちは重い腰をあげ、ぞろぞろと山の中へと帰って行った。
しかしフィオはその帰りを見届けながら、
不動明王の像の後ろでまた深い眠りに入ってしまった。
気がつくとフィオは自身が用意した寝袋にくるまって、
起きる前と同じように寝ていたという。
朝、フィオを乗せたワーゲンスラッグが榛名山を出発した。
それを多くの鬼が見守っていたことはフィオは知らなかった。
そして、フィオがこのことを夢の中の出来事としたため、
このことが伝わることは二度となかったそうな…。

407※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2008/10/20(月) 21:25:22

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 おそらく、それは彼女の物語と呼んでいいものだ。

 何も始まることがない。
 何も終わることがない。
 何も生まれず。
 何も潰えず。
 何もかもがそこに停滞する。

 それは、あるいは夢のようなものだろう。
 目覚めた瞬間、すべては泡沫となって消えていく。
 千の希望も、万の願いも、そこにはきっと届かない。

 しかし。
 それでも。

 これを彼女の物語と呼ぼう。
 傲慢に。
 貪欲に。
 ――切実に。

 それが、彼女にしてやれるせめてもの償いだと思うから。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

408備えあれば嬉しいな:2008/10/22(水) 08:56:50
重い鉄鍋をようやく卓上コンロに置き、紫はバットに並んだ色とりどりの野菜等を鍋へと放り込んだ。
腹ペコな者の箸がわきわき動くのを視界の隅で見ながら、スイッチを回す。

カチッ。カチッ。

「………」「………」「………」
ガス切れの様だった。
仕方なしに廊下にガスボンベを取りにいったゼロツーが悲鳴を上げた。
「大変だ!」
「どうした!?」
「ボンベのストックがない!」

結局、魚を焼くときに重宝した七輪の出番となった。
いささか煙いが、空腹と扇風機の前では障害にすらならない。寒さはあるが。
二組六人で鍋…とフライパンをつついていると、誰かが酒を取り出したのを皮切りに年長者達で酒盛りが始まる。
鍋の中身が無くなった後もやれうどんはまたか、やれ肉はまだ冷凍のストックがある筈だと騒ぐ年長者達の鍋に
紫はただ黙って野菜をしこたま追加した。
ブーイングが飛ぶが、無視しておく。肉を出せば、最限なく食べるのに肉は出せるか。
ざるに上げたうどんを傍らに置き、ついでにほんのすこしの牛肉を入れると
酒盛り続く居間を後に、二階に上がっていくのだった。

409紅魔の盾:2008/10/25(土) 22:46:24
「負けるわね」
紅の一言にゼーレはちらりと彼女を見、今更と言わんばかりに息をついた。
紅魔館。その門前で紅の髪をなびかせる女性と絞め縄を背負い、威圧感を放つ女性が睨みあう。
紅魔館が門番長、紅美鈴と守矢神社が神、八坂神奈子だ。
「中々気骨のある子だね」
自身の気迫に一歩も引く素振りを見せない美鈴に八坂の神が嬉しそうに笑う。
「けど」
場を支配する威圧感が増し、神の周りに幾つもの柱が浮かび上がる。
不安げな妖精達を背に、美鈴が無言で柱を見る。その瞳に迷いは、ない。
「これを前に引かないなんてほんとに大した子だよ。
だが、この柱を受けてなおそうしていられるか!」
その言葉と共に掲げられた腕が振り下ろされる。
門へと振り注ぐ柱。美鈴は動かない。

「勝負あり、ね」

大地が、大気が震え、砂煙が美鈴の周りをつつみ込む。
遠野く地響きに勝利を確信する八坂の神。だがその顔が煙が晴れるにつれ、驚きに染まる。
「な……!?」
柱は確かに美鈴へ向かって飛ばしていた。

その柱が

残らず彼女の手前に突き刺さっている


気を放ったままの構えを解く美鈴を見ながら、紅が当然という様に笑う。
「力の差は八坂神のが上だけど気迫じゃ美鈴の方が勝ってた」
それに、と背中を指差し、こう言うのだった。
「ここが紅魔館だからさ」

410十六夜日記:2008/10/26(日) 21:27:29
 これは日記である。
 違う。これは日記です。日記でございます。日記でガンス。あー、日本語わかりにけぇ!
 日記というか、何かそんなの(妥協)。
 これをあなたが読んでるということは、私の作品に興味を持とうとしてくれているのだと信じる。
 ――信じていいんだよね?
 信じていいものと仮定します。
 日本人はいい人ばかりだと聞いたので、これも日本語で書いています。
 別に日本語しかわからないわけでない。
 本当だ。決して日本人であるわけではない、勘違いしないように。
 信じてくれたものと仮定します。ニポンジンイイヒト。
 唐突だが、この日記にオチはない。期待厳禁。
 ――ごめんなさい、ブラウザを閉じないでください。
 いきなりぶっちゃけたら許してもらえるだろうとか思ってました。甘かったです自分。
 オチはないけど、お話はあります。
 嘘のような、本当のような、嘘でも本当でもない話。
 え? 日記じゃなかったのかって?
 日記ですよ? 私は嘘をつかないクレタ人ですもの。
 とりあえず読んでほしい。
 これを読むことが出来ると言うことは、何らかの形で私とあなたは繋がっているということだろうから。
 それなら、きっと理解できる。
 理解してくれる。
 そんな人が一人でもいてくれることを信じて。

 これはオチもない、嘘のような、本当のような、嘘でも本当でもない話。
 あなたにとっての嘘で、私にとっての本当。
 あなたにとっての作り話で、私にとっての日記。
 あなたにとっての虚構で、私にとっての現実。

 そんな、物語。

411もうだめだ:2008/10/27(月) 07:48:04
神様は何て酷いものなのでしょう。
泥酔した風神様が居る。凍りついたギャラリーが居る。
ゲラゲラ笑う神様に文句の一つ位投げつけたかったが、今は口を開くどころか、鼻で呼吸する気分にすらなれない。
直接表現は本人が可哀想になるのでぼかすことになるが、リバースカード直撃とだけ言っておこう。
「と、とりあえずさ、お風呂入ってきたらどう?」
早速血涙を流す奇襲爆撃の被害者に伴侶が優しく声をかける。
無言のまま、宴会を後にするその背中には悲しみが漂っていた。


もうだめだ

412:2008/10/27(月) 11:06:23
闇は鬼の巣食う場所、そしてその鬼はその闇の中でしか生きられない。
だがその闇は広く、大きく、どこにでもある。
闇の世界は既に世界を侵食しているのだ。

さあ、受け入れようじゃないか、この闇を
さあ、闇をもっと広げようじゃないか、鬼たちをおびき寄せるために
この闇はいくらでも広がる、世界を完全に闇で浸食しつくすまで、永遠に

闇は、素晴らしい―

413十六夜日記:2008/10/30(木) 20:45:55
 仮に私の名前を「十六夜」と仮名しよう。
 え? トートロジー? 黙れ話の腰を折るなこの哲学者気取りのビッチめ!
 失礼、取り乱した。
 私は哲学者ぶった単語の羅列を並べる輩が嫌いなのです。
 ――世界中の哲学者がマーフィーの法則を信じて鬱になればいいのに。
 というわけで、私の名前は十六夜です。
 My name is Izayoi。
 十六夜は 狭いマンションに 暮らしています 同居人と 一緒に。
 あらあら、何だか日本語と英語と英語を直訳した日本語が混ざった文章ね。
 そしてこれで私がニポンジンでないことは信じてもらえたと思う。
 ――ごめんなさい、調子に乗りました。
 だからその右上のバッテンにカーソルを移動させる作業を思い留まってください。
 仕方ないんです初めてなんです必死なんです。
 ほら、何でも初めてって緊張するでしょう? きゃっ(照れ)。
 ……自分で書いてて吐きそうになった鬱だ死のう。
 で、私の同居人―あすみは、現在無職のプータローです。
 よりぶっちゃけると、ヒモ。
 私の少ない稼ぎを食い潰す穀潰しだ。
 働く気なんて微塵もなく、そもそも働こうという意欲を持ち合わせていない。
 おかげで我が家は毎月火の車。
 ちなみにあすみは実名ですザマアミロ。
 いえ、同居人の愚痴を書くのが目的ではありません。
 話が逸れすぎました。
 本題に入りたいと思います。

 私、十六夜の住むこの世界は、現在ひどく歪んでいる。

414夢の狭間:2008/11/01(土) 07:23:39
夢を、見た。
見たことがない場所で知らない子と誰かによく似た子が笑って歩いていた。
誰かによく似た金髪の子がうつむいて何かを言う。
前を歩く知らない黒髪の子が上を向いてそれに答える。
誰かによく似た子の足が止まる。
知らない黒髪の子は泣きながら歩いていく。
「さよなら―」
そう言ったのはどっちだったんだろう。

知らない黒髪の子の背中が遠ざかる。

その子からと誰かによく似た子の方を向いて―

そこにいたのは、もう誰かによく似た子じゃなかった。


紫色のドレスの裾をつかんで泣いていたのは―




夢が終わる。

415幻想の狭間:2008/11/01(土) 07:42:39
ぼんやりとした様子で起きてきた少女にゼロツーは
「おはよう、フヨウ」
「うん…おはよう」
いつもに比べて元気のない娘の様子に首を傾げながら、経済面に視線を戻す。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはフヨウだった。
「ねぇ、お父さん。もし、もしも、大切な友達と大切な世界のどっちか選べって言われたらどうする?」
「ふむ…」
読んでいた新聞を畳み、目を閉じて考え込むゼロツーにフヨウは申し訳なさそうな視線を送り、うつむいた。
「夢を、見たんだ」
椅子に腰掛け、テーブルに視線を投げながら続ける。
「凄く、仲の良さそうな二人の女の子の夢」
ぽたり、と目から涙がテーブルに落ちる。
不思議な気持ち、とフヨウ自身も驚いた。悲しいとも愛しいとも言えない彼女の知らない感情が何処からか溢れ、涙になる。
「…だが、片方は異なる世界の守人となった。いや、ならざる得なかった夢」
顔を上げると、父親の何処か遠くを見つめる目が見えた。
「お父さんも…見たの?」
「見たのはお母さんだがな、父さんはそれを聞いただけだ」

416現実の狭間:2008/11/01(土) 08:06:29
「自分には、多分どっちも選べない」
妹はそう言い、テーブルに顔を伏せた。
「どっちも大事で、でもどっちか選べ、か」
彼女の語った夢の話を黙って聞いていた姉が口を開く。
「けど、現実はそれ以上の選択ばっか迫ってくる様になるよ」
空になった湯呑みを流しへ持っていく姉に妹が顔を上げる。
「理不尽だね」
「理不尽だよ」
妹はそんな姉の背を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「難しいね、大人になるのって」

417名無しさん:2008/11/03(月) 22:09:09
誰も信じられない。誰もいない。誰も話しかけてくれない。
でも、この世界から離れようとは思わない。この世界が気持ちいいから

私は、何を信じればいいのだろうか
考えれば考えるほど絶望という文字が浮かんでくる。
だが、それでもあの世界から離れようとは思わない。
いい、私が何を言われようとも。

私はこの世界から離れようとは、幾分の間は思えそうにない。
もしかしたら、絶望という名の希望が、
私を突き動かしているのかもしれない。

この世界に、私は何を求めているのだろうか

418十六夜日記:2008/11/03(月) 22:32:51
 はい、「何だよセカイ系かよ」とか思ったそこのあなた。
 半分は正解だけど、半分は不正解。
 別に私はこれから世界を救おうとしている勇者ではない。
 どこにでもいる普通の女の子だ。
 あ、そうそう。仮名からは判断がつかないだろうけど、私は女です。
 ドキドキしてください。
 期待を裏切ることには定評があるが。
 なお、成人を「子」と評することにご意見のある方がいらっしゃいましたら、
Lovely_Izayoi●mail.goo.ne.jpまで。
 住所も記載していただければ、直々に殴りに行きます。
 まぁ最近は一般人が世界を救うラノベもあるから、
必ずしも普通という表現がセカイ系を否定するわけじゃないけど。
 ただ、私の日記に限ってそれはない。
 断言しよう。
 保証はしないけど。

 自分の世界を「歪んでいる」と評する異常さは理解している。
 異常と対比させて正常とする世界なんてあり得ないからだ。
 それはこの世界「以外に」別の世界が存在することを前提とするのだから。
 ――普通なら。
 それこそが現在の歪み、異常性を体現としていると言ってもいいかと思います。
 思いますた。

 詳しい話は、また今度。

419妖怪よりも怖いもの:2008/11/05(水) 08:41:09
獣を散らしたそこは酷い有り様だった。
人の残骸があちこちに転がり、蒸せかえる様な鉄の臭いが辺りに漂っていた。
その内の一人は人間の世界を、とあの通りで叫んでいた者だった。
里の周辺で弱い妖怪だけを倒し、増長した彼等が吸血鬼の館へ出向いたと聞いたのは、ほんの少し前。
(辿り着けさえもしなかった、か)
彼等を殺したのは、彼等と同じ人間だった。
野党だの山賊だのと呼ばれる者達は妖怪達を倒すだけ支度しかしていなかった彼等へ襲いかかり―
(破魔符なんぞ人間には効果ないからな)
格好の獲物、というわけだった。


遺体を回収し、里へ届けた。
血に釣られた獣に喰い散らかされたモノもあったが、おおむね五体満足だった。
遺体を渡して、里長の家を出た所で男に呼び止められる。
問われたのはいつもの言葉。
―妖怪にやられたのか?
首を横に振る。人と獣に彼等は殺されたのだと。
男は自分も人間の世界をと理想を唱えている事を言った。
そうして理想を語る男に問いかける。
人の世となれば、こういう事が多くなる。妖怪の恐怖より隣人に殺されるかもしれない恐怖に脅かされる日々。
そうなった時、世界を変えたお前達はどうするつもりかと問う。
男は何も答えなかった。予想はしていたが。
結局この男も日々の不満を誰かにぶつけたいだけであったのか。
惰性で最もらしい事を言う者とつるみ、正義に酔いしれては過ちから目をそらす。
小さく息をつけば、男がうつむいたまま問いかける。
なら、どうすればいいのかと。
そんなこと自分で考えろと返して、途方にくれる男に背を向けた。


里の外れまで歩いて、腰巾着から取り出した煙管に煙草を詰める。
火をつけ吸えば、いつもの味。だがそれも今日のドロシーにはやたらに不味く感じた。


もうすぐ冬が来る

420銃声:2008/11/09(日) 13:02:46
銃声が木霊する。
どこまでも、どこまでも。
ここはとある射撃場。山の中にある人の手によって作られた射撃場。
木の緑で覆われた山には全く似合わない白い壁の、白い外見をした射撃場。
そこからうるさく銃声が響く。
その銃声が響くたびに、鳥たちは慌てふためき逃げていく。
中では何が行われているのだろうか。
その建物にかかってる小さな看板には、「スパローズ」と英語で書かれていた。
そう、ここは正規軍情報部特殊部隊スパローズの専用訓練場。
今日は3人の女性たちがそこにいるのみだった。
一人は何もためらうことなく撃ち続け、
一人は何かを考えながら、ぼーっとしながら撃ち続け、
そしてもう一人は、「何か」にためらいながら、
重い引き金を撃っていた。
「何かあったの?引き金が重いようだけど」
赤い髪の、ツインテールの特徴的な髪形をした女性が話しかける。
「…私、軍人で本当によかったのかな、って…」
それをイタリア産まれの茶髪のポニーテールの女性が受け答えする。
とてもイタリア系とは思えない、日本人らしい顔の女性―、
彼女の名は、フィオリーナ・ジェルミ。
一人娘のため家を継ぐことになり、
そして家を継いだことにより、彼女は初めての女性軍人となった。
もちろん、ジェルミ家としての、だ。
その彼女が軍人になろうとしたとき、彼女は日本の大学に留学生として来ていた。
その時、彼女はこう言われた。
「人殺しの軍人になるつもり?」
その時は吹っ切れたが、今も彼女の心に深く残っている。
その迷いは時々であるが、今のように心の中から自然に現れる。
「本当にこの職業を選んでよかったのか?」
今でも彼女はこのことで葛藤する。
そこに緑のバンダナを巻いた金髪の女性、エリがフィオに話しかける。
「ねえ、またあのことで悩んでるの?もういいじゃない
  いつまでくよくよしてたって始まらないさ、そうだろ?」
その言葉にフィオは何もない、いや、
薬莢が転がっている床へ顔をうつむかせた。
「フィオ、今のあんたは逃げてるだけだよ
  いいじゃないか、軍人が人殺しって言われても
  だってそうなんだから、否定のしようがないだろう?
  くよくよするな、おまえはおまえだ」
「私は…私?そ、そうですよね…ありがとうございますw
  吹っ切れることができました 私は…そのとおり、軍人です!」
その瞬間、すべて吹っ切れたフィオは、銃を連射し始めた。
人型の的の頭の部分の中心に弾丸が当たり、そして貫通する。
そのあとを続くように弾丸がずれることもなく、その穴をくぐり抜けていく。
「これが、私の答えです!」
そしてまた、さらに銃声が山中に木霊する。
この木霊は、しばらくは途切れそうにない。

421因果応報:2008/11/09(日) 18:28:09
とある島国にわずかに知られている伝説がある。そこは閉鎖された空間で、魑魅魍魎と人間が不安定な
和平の内に共に暮らしている、と。理想郷のように見えなくもないが、どんな所にも悪党は居るものである。
そしてその悪党が今、人を殺めることによって不正に得た物品を囲みながら酒盛りをしていた。先程まで。

「全員拘束しました」
「御苦労、上級曹長」

骸骨のようなフルフェイスのヘルメットを被り、黒い戦闘服にグレーのプロテクターを装着した者が一つ目の
これまたフルフェイスのヘルメットを被り、グレーのボディ・グローブと白いアーマーを着けた者に敬礼しなが
ら報告する。体型は人間の女性をしているが、機械文明に縁遠いこの地の人間達にはコンバイン・フォース
の彼女らを人間と認識することは困難だった。

彼女らは薄汚い大男達を囚人護送用のカプセルに納めると、それらを生体工学の産物の輸送機に載せて、
来た時と同じように無理やり開けたポータルと呼ばれる次元の裂け目を通り、東欧のCity17という、コンバイ
ンの首都へと飛び去った。後には盗品と、宴の後が残されただけである。

彼らが次に目を覚ましたのは、薄暗く、冷たい金属の床の上だった。辺りを見回すと、何かの紋章の描かれ
た垂れ旗が壁にいくつも下がり、その下にはあの白い一つ目の兵士達、そして奥には数段高くなっていると
ころがあり、そこには玉座が据えられ、そこから何者かが彼らを見下ろしていた。

「幻想郷のならず者諸君、ようこそCity17へ―――いや、『外の世界』と言った方が諸君には理解しやすいか
な?もっとも、君らの同意を積極的に欲しいとは考えていないが」

状況が今一つ掴めないのと、玉座に座る男の傲慢な態度に苛立つ彼らだが、拘束されていて抗うことができ
ない。彼らは芋虫のように体をくねらせるだけだった。

「まあ落ち着いてくれたまえよ、これから諸君の悪事に関する簡単な裁判を行うのだから。ちなみに本法廷で
は弁護士を呼ぶ権利と、証人及び証拠物件並びに陪審員の必要を認めていない。また、この裁判の進行一
切と前述の行為を私が行使するにあたっては、銀河帝国憲法第一条の銀河皇帝の権利に由来するものであ
る」

訳の分からない事を矢継早に捲くし立てる男に呆然とするばかりだったが、この男が相当理不尽なことを言っ
ているのは理解できた。それにまた腹を立てるが、日頃愛用の山刀も見当たらない。

「ま、時間の無駄だし、審理も省こう。強盗殺人を数多繰り返した罪は重い。主文、被告人全員を死刑に処す。
処刑は即時行われるものとする」

他人の命など虫の羽ほどにも気に留めない彼らだが、自分の命は地球よりも重い。それが簡単に奪われよう
としているのである。まさか自分達が殺される側に回るなど、夢にも思わなかったのだ。情けないことに、声に
ならぬ声で泣きながら許しを請おうとする者も居た。それを冷笑しながら、玉座の男は彼らに囁く。

422因果応報:2008/11/09(日) 18:28:52
「今まで散々人を殺めたのだから、一回くらい体験してみるのも面白いと思ったんだがね?まあ、今日は機嫌
が良い。タイマンで私を殺せたら、無罪放免してやろう。が、仕損じたらこうだ!」

そう言うと、そばに控えていたガードから拳銃を受け取り、泣いて命乞いをした賊の額に穴を開けた。鮮血が
噴出し、それがそばに居た者達に降りかかる。とうとう迫り来る死を実感することになったのだ。それでも、一
縷の望みを託し、立ち上がる者が居た。ガードに命じて拘束具を外させ、押収したものから得物を取らせると、
一気に斬り込んで来る。男はそれをかわすと、拳銃をガードに返した。丸腰になったのである。

「ほら、私は丸腰だ。これで負けたら恥だなぁ?」

涼しい顔での挑発に怒り心頭に達する賊。何度も斬り込んではかわされる。それを繰り返した後に、男は欠伸
さえした。

「飽きた」

そう一言言うと、突撃してくる賊を指差し―――それをゆっくりと下ろし、指を跳ね上げる。すると、男の動きが
止まった。一同が不思議に思っていると、閃光を発しながら、男の体が真っ二つに裂けたのである。

「な…南斗南斗紅鶴拳奥義の1つ、南斗鷹爪破斬!あまりに早いスピードの為、衝撃は一気に背中へと突き
抜ける!」
「返り血で身を紅く染めた美しき鶴に名を喩え、紅鶴拳と呼ばれる艶やかな殺人拳法…!」
「いつ見てもお美しい…」

ガード達は見惚れ、賊達が恐怖に震え上がる中、一人冷静なのが皇帝だった。その後、それでも僅かな可能
性に賭けた賊が次々に挑み、その度に美しくも残虐な殺され方をした。残り数人となったところで皇帝も飽きた
ようだ。

「ガード、カプセルに生き残りを詰めろ。幻想郷へ向かう」
「Yes Your Majesty」

生き残りの賊達は再び意識を失った。そしてまた意識を取り戻した時、目の前は薄暗く冷たいが、見慣れた地
面だった。さっきのことは夢だったのだろうか。あの恐ろしい男も不気味な将兵も居ない。しかし、体が動かない。
どうしたことか。

疑問はすぐに氷解した。首から下が地面に埋まっているのである。更に、よく見えなかったが横にはのこぎりが、
目の前には人里、すぐ脇には『山賊の生き残り。好きにしろ』と書かれた立て札があった。朝日が昇ってきた。村
人が目を覚ます頃だろう。仲間を殺された、人間中心主義の活動家達も同じく。

423どこにもいる、どこにもいない:2008/11/09(日) 21:04:43
突きつけられた言葉に彼女たちはしばし口を閉ざした。
「冗談…ではなさそうね」
家長の役割に就いた女の瞳に影が落ちる。
他の者も同様に視線を床に落とし、誰一人として話す者は居なかった。
「…現実の科学から身を守るためには、こことの交わりを絶つ」
誰かの台詞に壁際の女が頭を壁に打ち付ける。
傍らの男がそれを止める。女は自身にあらん限りの呪詛を向け続ける。
「関わりを持った者の記憶は」
家長の女が妖怪に問いかける。
「忘却の境界をいじって、彼女たちの中から貴方達に関する記憶は消させてもらうわ」

そうか、とだけ彼女は答えると壁際の女へ視線を移す。
「…悪いが、あれのも消してはもらえないかしら?」
妖怪の瞳が一瞬揺らぎ―首を横に振った。

「彼女には悪いけど、それは出来ないわ」

「…二度とあの地に来ないようにか」

妖怪が頷く。



キーを打つ指が止まる。
はて次はどうするべきか。
愚かな女にいかなる罰を下そうか。人を殺し、幻想を殺し、自身すら殺した女にふさわしい罰はなんだろうか。
女の代わりとして生まれた自身に下せる、最もふさわしい罰は。

……なんだ、簡単じゃないか。

女の姿をした何かはそう言って、立っていた椅子を蹴り飛ばした。


ぎしり、と縄の軋む音が聞こえた気がした。



自殺する夢を見た。
縁起が良いと知ってはいても、目覚めは最悪で彼女は掛け布団の中に顔を埋めた。
朝を告げる目覚ましにいつまでもそうしている訳にもいかず、緩慢な動きで布団から這い出る。
枕元の鏡と目が合う。

鏡は、暗い目をして笑っていた。

424十六夜日記:2008/11/10(月) 18:24:14
 友人との会話

私「どうしよう…最近私、アレがないの」
友「おいおい、だからって銀行を襲うなよ。困るだろ? ――俺が」
私「なんで銀行強盗の実行犯扱いされてますか私」
友「あ、面会には行かないから」
私「この際だから今後の私達の関係について語り合おうか。主に拳で」
友「金の話はいいのか」
私「金の話も重要だけど」
友「やっぱり金かよ。無心されても貸さんぞ」
私「貸しなさい」
友「お前、話の流れちゃんと理解出来てるか?」
私「私の命令にあんたが咽いで金を差し出す流れでしょう?」
友「それは恐喝だ馬鹿。
  金がないなら働けばいいだろ」
私「働いてるわよ、失敬ね」
友「そんな嘘で自分をごまかして虚しくならないか?」
私「ごまかして虚しくなるのはカップのサイズだけよ」
友「得意気に言っても恥以外の何物でもねぇよ」
私「カップサイズをサバ読んだ後、パッドを探しに行く気持ちはあんたにはわからないでしょうね」
友「いいからもう黙れ。それか死ね」
私「私が働いても、あいつが食い潰すのよ」
友「あすみか。まぁそれは仕方ないだろ」
私「あ? あぁ、あんたロリコンですか」
友「当たり前の事実を吹聴するな」
私「日本語と頭、どっちを先に狂ってると指摘したらいい?」
友「俺は正常だ。狂ってるのは世界の方だ」
私「私より先にあんたが死ね」

 どっちもどっちか。
 そんなこんなで。

425朝靄に眠る街:2008/11/12(水) 22:46:00
朝霧をかきわけながら、彼はまだ眠る街を歩いていた。

街灯の仄かな光に伸びる影を道連れに、あてもなく道を進む。

早起きな烏達の声とようやく帰路につく車を横目に、彼は傍らの林の中へ足を踏み入れる。

湿った土と落ち葉の匂いがするそこを注意深く進めば、見えてくるのがペンキの剥げた古びたベンチ。

夜が残る空を一度見上げ、ベンチを通りすぎ、林の奥へ歩き出す。

かつては道だったそこを進むと、不意に林の向こうに階段が姿を見せる。

人に忘れられて久しい、苔と枯草に覆われた石段に足をかけ、頂上を目指す。

ようやく頂上についた頃には、東の空がほんのりと紅色へ染まっていた。

息をついて、階段の一番上に腰掛け、その時を待つ。

やがて、山の間から太陽が顔を覗かせ、霧に包まれた街を一息に染め上げる。

燃える様な橙の光を放つ街と西へと逃げていく紺の空。

とびきり素敵な光景だと、彼をここへ導いた少女は笑って言っていた。

夜から朝に新しく生まれ変わる世界はゾッとするほど綺麗だと、神様は嬉しそうに言っていた。


太陽の光は、暖かく彼の体を包み込み、空へと駆け上がっていった。

426十六夜日記:2008/11/15(土) 22:41:26
友「おいちょっと聞いてくれよ」
私「嫌だと言ったら黙ってくれるの?」
友「帰り際にコンビニに寄ったんだけどさ」
私「無視かよ。最初の了解は何のために」
友「ちゃんと了解取っただろ。 ――俺に」
私「事後承諾ならぬ自己承諾、と。事故承諾と誤変換しても正しい気がするから素敵」
友「で、普段見ない駄菓子屋に売ってるような菓子売り場にふと目が行ったわけ」
私「うわ完全スルーキター。目も合わせやがらねー」
友「そしたらそこに売ってたんだよ」
私「ICBMが?」
友「なんで駄菓子コーナーに大陸間弾道ミサイルが並べられてんだよ!」
私「買うのよ、子供が」
友「BB弾感覚で買われたら三日で世界が崩壊するぞ」
私「たまに大きな子供が大人買いしていったり」
友「それはテロリストの物資調達だ」
私「これが本当のコンビニウォーズ」
友「ねえよ。
  で、そこにはチョコが売ってたんだ」
私「チョコ?」
友「あぁ。院生――学生時代に毎日のように食ってたチョコ」
私「ふーん、何ともメタボな思い出ね」
友「俺の思い出を現代症候群扱いするな。
  けど懐かしかったわ。2/14に買いに行ったら、女性店員に微妙な目線を
  投げられた記憶がはっきりと」
私「それトラウマって言うんじゃ」
友「で、買ってきてさっそく食ってみたわけだ」
私「味は?」
友「まったく変わらんかった」
私「あ、そうなんだ」
友「軽く涙が出てきたよ――味変わらないのに、何で10円高くなってるんだと」
私「あんたの思い出は10円以下なのね」

 お手軽ですこと。
 そんなこんなで。

427十六夜日記:2008/11/16(日) 20:31:24
 今日はお友達が遊びに来ました。
 はい嘘です。
 日記っぽい出だしにしてみたかっただけですごめんなさい怒らないで。
 遊びに来たのはお友達ではない。
 猫だった。
 それも見覚えのない真っ黒の猫だ。
「にゃーん」と可愛らしく鳴いたりしている。
 何で部屋の中に猫がなんて悩むまでもない。
 奴だ。
 猫なで声で呼びつける、あすみちゃーん。
 てとてととバカが来たので、優しく問いかけてみた。
「この猫はあすみちゃんが拾ってきやがったの?」
「拾ったー、おともだちー」
 満面の笑顔で言われても私にそんなのは通じない。
 向こうが核ミサイル級の破壊力なら、こちらは放射能も弾くシェルターだ。
 ――あれ、あんまり頭のいい例えじゃないな。
 じゃあ、おともだちは1972年創刊の講●社発行幼児向け雑誌だけで十分です。
 話がそれました。
 当然ながら道端で野良猫拾ってきたおバカさんには注意が必要です。
 頭をひっぱたきました。先制攻撃。
「だ・か・ら! うちはこれ以上『HI☆MO』増やせる余裕なんざないっての!」
 そんなことが可能なのは、謎の出資先から金を見繕っては
六畳間にハーレムを作って悦に浸る異常性癖誘拐犯くらいのものだ。
「…………」
 頭を叩かれたあすみは、目をまんまるにしてから、しょんぼりと肩を落とす。
 最近はある程度の意思疎通が可能になったので、
私がひどく怒ってることを態度と行動で示せば大体理解してくれる。
 私の怒りを知ってか知らずか、「にゃーん」と鳴く猫。
「……おともだち、ダメ?」
 その猫をぎゅっと抱きしめるあすみ。
 あー、媚びるなムカつく!
「ダ・メ! その猫を捨ててくるまで帰ってくんな!」
 追い出しました。

 ちなみに追い出した直後にこれを書いてるので。
 あすみはまだ帰ってきていません。

428紫煙に巻かれて:2008/11/24(月) 10:38:50
煙草を吸う者との口付けは苦いと話していたのは、果たして誰であったか。
出力が有り得ない程高いセイバーを何とか扱おうと格闘する傍ら、視界を流れる煙にコピーエックスはいい加減苛立ちを覚えていた。
「ロッシー」
煙草をくわえたまま、振り返る目つきの悪い女性。
「何よ鉄屑」
「その呼び名はやめてくれないかい?」
そうだったとばかりに肩をすくめるドロシーに苛立つ。
一々人を馬鹿にする様な態度も言動も、何もかも気にいらない。
「んで、何よ鉄屑」
一際大きく煙を吸い込んだと思うと、煙が視界を塞ぎ、その臭いで思わず咳き込む。
「げほっ…そういうのはやめろ、って言ってるんだよ」
「ほほぉう、よわっちいアンタも言う様になったじゃない」

その一言が引き金になった。

気付いた時には、ドロシーは壁にまで吹き飛ばされ、吸う者が居なくなった煙草が床に転がる。
「……お前なんかに何が分かるんだっ!」
力の限り、煙草を踏みつけながら、半ば叫ぶように言葉を投げる。
「いつもいつもいつも!ボクが言う事なんて聞こうともしないで!
嫌だって、何回言ったと思ってるんだよ!」
ドロシーには目もくれず、煙草を踏み続ける。
「ボクを何だと思ってるんだ!?ボクは…誰かの身代わりの人形じゃないんだぞ!」
怒りに乗じて、何処かに封じ込めていたものが口を飛び出す。
誰かが止めろ、と叫ぶのが聞こえた気がした。
その声は、彼を作った科学者であったり、彼を見ようとしなかった人間達であったり。
「おい」
誰も彼もが叫んでいる。英雄はそんな事をしてはいけないと。
「おーい…エックスぅ?」
ふざけるな。なら、ボクは一体なんなんだ…

429紫煙に巻かれて:2008/11/24(月) 11:19:20
「目は醒めましたかぁ?」
床に突っ伏したまま、睨むように顔を動かす。
「…いきなり人の頭に蹴り入れる女性なんて聞いた事ないよ」
「私は非常識の塊ですわ」
おどける様な態度に怒る気力も失せ、深い溜め息をつく。
「ねぇ、エックス」
先程とは違うドロシーの声色にぎょっとしながら、顔をあげる。
背を向けたまま、煙草に火をつける彼女の表情は窺い知れない。
「さっき言う様になった、って言ったじゃない?」
細く吐き出された煙が空気に溶けて、色をなくす。
「来た時のアンタは物凄く暗い目をしてたわ。
それこそ、紫じゃあないけど誰かの意思で動かされてる人形って奴だった。
それこそ皆に何されても反抗する意志なんか砂粒の一つも感じられなかったし」
「酷い言われ様だね」
「まぁ口が悪いのは元からなんでね。
でもさっきのアンタはそれにちゃんと反感覚えたし、言いたい事も言った」
「子供みたいで嫌だな」
「子供じゃないつもり?」
「…すごく頭に来る言い方だね」
「ははは、ご冗談を」
煙草の火を消して、伸びをする彼女の背に視線を送る。
「自信を持ちな。アンタはエックス、うちらのかわいい我儘な家族で誰かのお人形じゃないよ。
…あたしらがその保証人さね」
振り返ったドロシーの金色の瞳は太陽の様に輝いていた。



「あ」
彼女の立ち去って、気を取り直して訓練に挑もうとセイバーを手にした瞬間、
本来の目的を思い出して、エックスは声をあげた。
「ここで煙草吸うなって言いそびれた…」
あの人を馬鹿にした様な笑顔を思い浮かべ、彼は小さく息をつくのだった。

430十六夜日記:2008/11/24(月) 19:43:49
 家に戻ってきた時、あいつはビショ濡れだったわけで。
「くしゃんっ」と唾液をまき散らす災害を食い止めるには、
私が後始末をするしかなかったわけで。
 毎度毎度手間をかけさせるこの悪魔には、そろそろお仕置きが必要なわけで。
 お仕置き。
 18禁な想像した輩はとりあえず逆立ちで池に飛び込め。
 今日の晩御飯は抜きにしました。
 あすみ、部屋の隅でしょんぼりモード。
 なぐさめてるつもりなのか、黒猫はあすみの肩に乗っかって頬を舐めている。
 さてさて。
 結局、あすみは猫を捨てることは出来なかった。
 まぁ、わかってはいたんだけどね。
 これで「捨ててきたー」と戻ってきたら、それはそれで私はあすみに腹を立ててたかもしれない。
 そんなもんです。
 もちろん、私が捨ててくることも出来る。
 心情的に「手放す」というのはあまり好きではありませんが。
 ただこれ以上飼うのを反対すると、あいつはどんな行動に出るかわからない。

 泣き出す?
 駄々をこねる?
 そんな可愛いもんじゃない。

 冗談でも何でもなく、家がなくなるのです。

 せっかく手に入れた小さいながらも落ち着く我が家。
 猫を飼うのを反対したから、なんて理由で焼失したら泣くに泣けません。
 いや泣くけどさ。
 かくして、我が家にHI☆MOがまた増えることになったのでした。
 めでたくなしめでたくなし。

 まぁあの猫、あれでただの猫とは違うみたいだし。
 使いようによっては、少しは飯のタネになるかもしれない。
 それについては、またいつか。

431※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2008/11/25(火) 21:45:48

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 踏みしめた震脚が鳴り響くより、速く。
 彼女は己の間合いに「敵」を捉えた。
 目はわずかだが閉じている。どれだけ己の反射神経を研ぎ澄ませたところで、
雨が目に入った時のわずかなプロセスの乱れは免れない。
 地面は舗装されたアスファルト。不調な天気の影響はほとんど受けない。
 灰雨となって積もった黒灰も、雨に流れて下水を汚していることだろう。
 故に、最速には程遠いが。
 最良と言っていい程には、加速に身体がついてきた。
 後ろからやってくる「音の壁」を感じつつ、弾き出した速度をそのままに
手指の第二関節まで折り曲げた掌底を標的目掛けて勢いよく突き出す。
 狙いは下顎。牙顎とも呼ばれる人体の急所の一つ。
 この速度で打ち抜けば、顎が外れるどころか顎関節を破壊する。
 向こう数か月は、まともな食事を口にすることもできなくなるだろう。

 彼女にしてみれば、それでも手加減している方であり。
 そして、それが災いした。

 彼女の「非人速」に比べれば、それは亀の歩みと言える速さだったが。
 結果として、標的は彼女の攻撃を受けなかった。
 かわされた、と認識した時にはすでに次の一打を見舞っている。
 ――見舞って、しまっていた。

 後悔はそれよりも遥か後方、追いついてくるには時間が不足しすぎている。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

432※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2008/11/25(火) 22:09:00

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 続け様に放った一撃は、またもすんでのところでかわされた。
 いや、かわされたという表現は正確ではない。
 彼女の動作を視認してから回避するのは、人間はもとよりあらゆる生物に不可能だ。
 これは誇張表現ではなく、物理的にそう決定づけられている。
 故に標的はかわしたのではなく、その時点では無意味な方向に身体を動かしただけ。
 それは「野生の勘」などという非論理的な表現に頼らざるをえない、
まったくもって非常識な反射速度だった。
 時の流れが正される。
 もう「非人速」は使えない。
 意識と身体がまともに繋がる状態で、しかし体は連撃の後遺症で思うように動かなかった。
 二打も立て続けに空振りをかました報いが、これだ。
 一撃は覚悟した。
 あばら骨折だろうが内蔵破壊だろうが、甘んじて受け入れると。
 ただし、それであばらが折れようが内臓が破裂しようが、
その次の一打を先に見舞うのは必ず自分だ。
 そんな決意を一瞬で固め、来たる一撃を想定して歯を食いしばる。

 ――しかし。

「ひゃー、おねーさん危ないなー」
 一撃の代わりに来たのは、場の空気を瓦解させるそんな一言だった。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

433十六夜日記:2008/11/30(日) 21:56:12
 こんにちは。
 あるいはこんばんは。
 十六夜日記のお時間です。
 パーソナリティの十六夜です。
 皆さん、昨夜はたっぷりフィーバーされましたか?
 私はされませんでした。
 間違えました。しませんでした。
 ――はぁ。

 今日はゲストが来ています。
 猫です。
 間違えてません。お燐です。
 よろしくーとか横で騒いでます。
 邪魔です。
 真似してあすみもバタバタ手を振り回しています。
 えらいはしゃぎようです。
 邪魔です。
 というか、お燐が来てからあすみは毎日こんな感じです。
 遊び相手が出来て楽しくてしょうがないようです。
 はしゃいで飛び跳ねて家具を破壊します。
 邪魔です。
 日がな一日騒ぎまくるので、夜型の私は昼間寝ることができません。
 寝不足です。
 イライラです。
 横で猫が、いや猫耳つけた人型妖怪がタイプのじゃえmdfdwws
 ……もう打ち直すのも面倒なんでそのままで。
 ああああああああああああああああああああああああああああ頬を舐めるな髪を引っ張るな歌うな笑うな人の胸に顔をうずめるなああああああああああああああああああ
 ――はぁ。

 誰か私に安眠をくださいませ。

434冬の吸血鬼:2008/11/30(日) 23:15:35
近所の並木道を一緒に散歩していた時だった。
不意にアサヒが雲を見上げて、呟いた。
「冬の雲だ」
灰色の雲を一緒に見上げるアサヒの手は少しひんやりしていて、ごわごわしたコートが少しくすぐったかった。
「ねぇねぇアサヒ。どうして灰色の雲が冬の雲なの?」
少し前まで、シキというものが何なのか、私にはよく分からなかった。
第一、空ってものが黒以外の色だって事も知らなかったもの。あと雲とか。
だから冬の空とか雲なんていわれても私には何だかちんぷんかんぷんだった。
「あー…なんていうか、雪が降りそうな感じがする雲っていうか…」
雪は知ってる。
前に寒さに耐えかねたあいつが地下に来た時見せびらかしてた白くて冷たい、直ぐに溶けてなくなった物体。
「あんな雲だと雪が降るの?」
「必ず、って訳でもないな。こっちは外に近いからそう簡単には降らないだろうし」
オンダンカって奴だとアサヒは肩をすくめた。
なんだ、降らないのか。
そうだと分かると少し残念な気持ちになった。

「くしゅん」
「…帰ったらココアでも飲むか?」
「…うんっ!」



とりとめもない話

435愉しい紅魔館:2008/12/01(月) 19:03:57
ナハトはたまに貸し出される場所を間違えたのではないかと思う瞬間があった。

月明かりの降り注ぐテラスで館の主がワイングラスを傾けている。横には彼女ご自慢のメイド。
いつもの光景。だが、今日はどうやらメイドに細やかな悪戯心が芽生えたらしい。
「! ! ! !」
主の視線が手の中のワイングラス―いつの間にか摩り替えられたドクロに釘付けになる。
緩やかに折り畳まれていた背中の翼が限界まで広げられている。
どうやら相当驚いたらしい。
再起動するのに時間のかかりそうな主を尻目に
メイドは表現出来ないほどの素晴らしい笑みで主の手に収まったドクロを回収し、グラスを持たせる。
さりげなく髪の匂いをかぐ彼女の姿をナハトは見なかった事にした。


吸血鬼らしい表情を思い付いたと言う主の妹に捕まり、ナハトは胸中で嘆息した。
適当にあしらおう物なら弾幕ごっこを要求されるのは目に見えている。
仕方ないにどんな表情かと問掛け、主の妹が得意気にやってみせたそれは

どこからどう見ても八重歯な口裂け女の様にしか見えなかった。

頭を抱えたくなるナハトを尻目に図書館の魔女からもそれらしいと好評だったと
誇らしげに(顔はそのまま)言った。
あのもやし魔女め、後でどついてやろう。


一日が終わり、憔悴しきったナハトの目にメイドと門番の姿がうつる。

壮絶な笑みを浮かべて、ナイフをばら蒔くメイドと悲鳴と共に針ネズミと化していく門番の
楽しそうな、参加は勘弁願いたいじゃれあい。
門柱にしがみついている息子に強くイ㌔と呟き、彼は笑顔で床と接吻を交した。



紅魔館は笑顔の絶えない明るい職場です

436:2008/12/05(金) 16:58:06
ガシャン、と陶器の割れる音が響き、藍色の破片が庭へ降り注ぐ。
「こりゃ、屋根は酷いことになってそうだな…」
硝子の器に盛られた白と黒の氷を口運びながら、銀髪の少女が呆れた様に呟いた。
「凄い雹ですからね」
少女の向かい、青い巫女服を着た少女がそれに同意する。
二刻程前からだった。
ひやりとした風が吹き抜け、いつの間にか広がった雲から大小様々な氷の粒が降り始めたのだ。
それからしばらくして山から里へ雲と雹が帯を描くように流れていく中、黒蜜を携えた少女が訪ねてきた。
「しっかし」
ばりぼりと音を立て、銀髪の少女が黒蜜をかけた雹を飲み込む。
「止まねぇな」


「あー…」
地面に落ちた拳大の雹を女は呆れ気味に見つめた。
ようやくと雹が勢いを弱めたと思い、軒を借りていた廃屋を出た途端であった。
「読み違えたかねぇ…」
一つにまとめた水色の髪を揺らめかせながら、紫煙を吐き出す。
背負った木箱を背負いなおすと深めに被った編み笠を片手に支え、歩き出す。
草木の影から奇妙な気配がちらつく。
「…そんなに人間臭いもんかね、あたしは」
笠を打つ音と煙を引き連れて、彼女は里へと続く道を進んでいく。

437十六夜日記:2008/12/07(日) 20:53:55
 すいません。
 何で出だしから誤ってるんだろう私。
 しかも謝るを誤ってるし。
 この前は寝不足でなんか暴走した文字列を並べてました。
 夜に働く仕事をしてる関係で、昼に寝ないと体調がやばいのですよ。
 あすみ? もう寝てます。
 食うだけ食ったら速攻おやすみとは素敵な人生だ。あやかりたい。
 お燐はあすみが眠った直後に姿を消した。
 もともと「妖怪として」のあいつはあすみに飼われてるわけじゃない。
 何でもどこかに飼い主がいるんだとか。
 まぁ、「猫として」あのお子様の面倒を見てくれればそれでいいのですが。
 夜になるといなくなると言うことは、私とやってることは大差ないのかしら。
 その割にうちに食費はいれてくれませんが。
 食うだけ食って失踪とか。
 すばらしき哉HI☆MO。

 さて、お仕事前なのでこんなところで。
 今晩もがんばります。

438冬の境内:2008/12/13(土) 13:30:07
音が消えた境内を一通り見回し、早苗は溜め息をついた。
雪の落ちる音以外は何も聞こえない。まるでそれ以外の音が雪に喰われた様に。
と、そんな事を考えては見たものの、明日の雪掻きが大変な事には変わりはない。
こんな雪の中を参拝にくる粋狂は居ないと分かってはいてもやらずにはいられない生真面目な彼女はそんな事を考え―
降りしきる雪の中で茶色い皮のとんがり帽子を揺らしながらやってくる粋狂な者を見つめた。


聞けば、コートの内側に防寒用の呪を縫い付けた、冬用の代物らしい。
彼女はそう言うと帽子に積もった雪を払い、暖気に曇った眼鏡を外した。
―本やらゲームやらで大分視力が悪いんだ。
眼鏡を外した顔をまじまじと見つめていたのか、彼女は照れ臭そうに笑って見せた。


しばらく他愛もない会話し、思い出したように二柱への奉納品だという酒や食糧を早苗に渡すと彼女は帽子を被り直した。
もう行くのかと聞けば、吸血鬼の館にも用があると肩をすくめられた。
もうしばらくしたら、娘らが遊びに来るかもしれない。
暖かな室内から出るのは流石に抵抗があるらしく、靴を掃く傍らそんな事を口にした。
雪合戦でも誘うつもりなのだろうと、覚悟はしとくように、からかう様な声色をされたので
雪合戦は得意だと笑いながら返す。


音が消えた境内を一通り見回し、早苗は溜め息をついた。
雪の落ちる音以外は何も聞こえない。まるでそれ以外の音が雪に喰われた様に。
「早苗ー!」
雪の中で手を振り、自分を呼ぶ少女達に早苗は込みあげる笑みを隠さずに雪靴に足を通すのだった。

439闇白:2008/12/20(土) 13:06:26
※グロあり、苦手な方は閲覧ご注意※
※色々狂ってるのでそういうのがだめな方もスルー推奨※
※以上を踏まえて、自己責任でお願いします※






覚悟は出来ましたか?



ざくり、と降り積もった雪を踏みしめながら、ヤラは灰色の空を見上げた。
止む気配の無い雪が視界と彼女の痕跡を覆っていく。
ヤラは雪が好きだった。
溶けて土と混じった泥色の雪も無垢な白さを晒す雪も。
特に全てを飲み込み、容赦なく覆い被さる鋭さを持った吹雪なんて最高だった。
時間が経てば、流れ出た命の色も青ざめた肌も雪の白が全て隠匿してくれる。

握りしめた大鎌の刃は雪の白と命に濡れていた。


彼らは彼女と同じく外から来た種族だった。
手薄な辺境の惑星を蹂躙し、信仰という名の狂気を振りかざした輩だと何人かが顔をしかめて言った。
彼らが使うものは全てに命が宿る。
そう言ったのは、誰であったか。
ふとそんなことを思ったのは、彼らの前に舞い降りた時だった。
銃弾の一発に至るまで、命を宿した彼らを切り捨てる。
聖なる騎士達の探知すら通用しない彼らではあったが、そこに揺らめく命は隠しようがなかった。

どこにいようと、どんなに姿を隠そうとも。

彼女は、闇はどこまでも彼らを追いかけた。

そうして、銃弾の一発、鎧の一欠片に至る命を余すことなくそぎ落とした。


ヤラが思考の海に沈む間に刃の命は溶けた雪に流され、元の冷たい黒へと姿を変えていた。
辺りもすっかり雪に沈み、元の雪原へ戻っていた。
「・・・・・・」
改めて目の前のそれを見る。
両手両足をもがれてなお、憎しみと怒りに燃える瞳は衰えることなく、むしろ
更に暗い輝きを増しながら、彼女を睨み付けていた。
「後はあなただけね、何か遺言はあるかしら?」
息も絶え絶えに、口元から命を溢れさせながら―それでも男は呪詛を彼女へと投げつける。
「我らは、死を恐れない・・・貴様のような悪魔には、けっして」
そう言い放つ男の前に後ろ手に持っていたそれを転がす。
「・・・!!」
「強かったわ、彼女」
残酷な笑みと浮かべながら、ヤラは続ける。
「あなたと同じようにしても、目玉を抉り出してもなお、呻き声一つあげなかったもの」
もっとも、と足でそれを踏みつけながら、徐々に足に力を込める。
「最後はあなたのこと、呼んでたから興ざめだったけどね」
ぐしゃり。と雪の白が色を変える。

「化け物め・・・・!貴様だけは殺してやる・・・!」
その言葉にヤラは歓喜した。瞳だけで神の魂をも焼き焦がさん程の憎悪を持った男は
ようやく彼女と同じ場所へ堕ちた。
「ええ、今更気づいたの?」
これはきっと良い闇になる。
彼女は歪んだ笑みを浮かべたまま、鎌を振り下ろした。

440帝都のクリスマス:2008/12/25(木) 17:39:41
雪の降りしきるインペリアル・シティ。しかし、この寒い中どこも活気に満ちていた。今日は
クリスマスなのである。若者はイヴの夜に騒ぐものだが、敬虔な人々や常識のある人々は
今日がメインであることを知っている。色とりどりの玉やモールで飾ったクリスマスツリーに
ごちそうのチキン、年代もののワイン。実に楽しみな日である。

インペリアル・シティの中央に聳えるインペリアル・パレスも例外ではない。正門前の広場に
は巨大なツリーが飾られ、中央勤務や出張・報告・休暇などで来ていた高官達がパーティを
楽しんでいた。皇帝一家も同じように身内でささやかに行っていた。

祈りを済ませ、食事に取り掛かる。子供達の食欲は凄まじいもので、作法くらいは弁えてい
るものの、最初に用意した量では足りず、追加で作らせる羽目になった。そしてそれさえも平
らげてしまうと、興味は朝にサンタクロースが置いて行ったプレゼントに移り、各々の自室へ
と引きこもってしまうのであった。

「いやいや…ずいぶん食べるものだね」
「年に一度の特別メニューだもん、あれくらい食べてもいいんじゃない?」

食事が済んで、少々火照った体を冷やす為にバルコニーに出た皇帝が金髪で翼の生えた
妻に驚きの篭った声で話しかける。幼い妻もまた、子供達と同じくらい飲み食いしておきな
がら、そう返す。皇帝は手のひらを見せて肩をすくめるという仕草で更に驚いたことを示す。

「まあ、食べないよりはずっといいな。太りすぎも困るが…痩せ過ぎでは戦えない」

軍人出身らしく、戦いを引き合いに出して肯定するが、子供達に軍人としての道を歩ませよう
としていることも言外に含まれていた。

「おっと、子供たちにはあげたけれど…」
「ん、なぁに?」

内ポケットをまさぐる皇帝、おそらくプレゼントを渡すつもりなのだろうか。彼はこういったところ
にまめである。このことが多くの細君とうまくやっている秘訣なのだろう。

「はいっ。フィフティニー、メリー・クリスマス」

そう言って彼は丁寧にラッピングされた小包を取り出した。天使がリボンを解こうとすると、皇帝
が指でそれを制止し、バルコニー備え付けのテーブルの雪を払い、きちんと置いて開けるよう
に勧めた。

「ありがと…わぁ…」
「気に入って、いただけたかな?」

前にアクセサリーショップで見かけて気に入ったブローチだった。銀製で、品のあるデザインの一
品である。

「覚えていてれたんだ…」
「あの時は別のものを買ったけれど、君が帰り際に視線を送ったのに気づいてね。うん、こういう
ものは今日贈るのにぴったりだろう」

少し自慢げに話す彼だったが、彼女は嬉しかった。『浮気者』と友人達から囁かれる彼だが、今は
それを否定できる気がした。ちょっとしたことを覚えていて、それでこんな日に喜ばせてくれたのだ
から。

雪はまだ降っていた。ホワイトクリスマスの夜が静かに更けていく。

441宴会を二人で抜け出して:2008/12/25(木) 18:45:44
夜風でほてった頬を覚ましながら、何をするともなしに二人で夜空を眺めていた。
「きれーね」
「ああ」
下からは耐えることのない賑やかな音楽や人々の騒ぐ声が響いていた。
せっかくのハレの日だからだと言わんばかりに、集まった者達は歌い、踊り、手を叩きあって笑っていた。

半ば収拾のつかないそこで様々な者から勧められ、一体どれほどの量の酒を飲んだことだろうか。
そうして杯を重ね、微酔いを越えた頃に手を引かれ、宴会から二人で抜け出したのはほんの少し前。

「大丈夫か?」
アルコールでとろけた頭に声が心地よく広がる。
「ん、だいじょーぶ」
くすくす笑いながら背を預ければ、抱えられるように包み込まれる。
「わたし、あなたがすきだよ。髪とか声とか全部」
酔ったせいか、あるいは今日がハレの日だからか。
「私も、お前の全てが愛しい」
どちらともなく、唇を合わせ―


「ん?おい、馬鹿親父。王の姿がないが?」
「……………」
「…全くここでも馬鹿夫婦発生中か。
やれやれ、一族の集まりだから何事かと思ったがただのパーティとはな」
「……………」
「そうだな…それだけ余裕が出来たとも取れるな。
さて、親父よ。今一度乾杯でもしようか。
我らの王と一族の繁栄を願ってな」

442年明け早々の冒険:2009/01/01(木) 19:02:01
退屈な日常、神社の手伝い―、
それを抜け出しては街へ繰り出す日々―
だがしかし、悪事はばれるものである。
代わりに化けて働いていた人形が紙に戻り、帰ってくると父に怒られる日々。
そんな日々から抜け出したいと思った少女は、
近くに来ていた蒸気船の中に仲間とともに忍び込み―
そして蒸気船は動き出す、彼女らを乗せて
「大丈夫なん、あかり これどこまで行くん」
「大丈夫や聖、すぐ近くまでや」

―だが、その船は「めりけん」へ帰る船だった
     そして、彼女らは太平洋を越え、「めりけん」へとたどり着く―

443十六夜日記:2009/01/10(土) 22:16:19
 私の世界は灰色にまみれている。

 変化の乏しい生活を揶揄してるわけじゃない。
 恋愛色のない生活を自嘲してるわけじゃない。
 世界は、文字通り、灰色に染まっていた。

 いつからだったかな。
 もう、一年くらい前になると思う。
 空から灰が降るようになった。
 灰色の灰。当たり前だけど。うん? 当たり前かな?
 当たり前のように灰色の灰は、当たり前のように降り積もり。
 私の世界を壊滅させていった。

 一年。
「三年」しかない私の時間にとって、それは3分の1にもなる長い時間だ。
 最初は雪かと思った。冬だったし。
 けど、冷たくない。そもそもあんな薄黒い雪が降ってきたら、それはそれで大事です。
 それは差された傘を黒く汚し。
 頭を抱えて駆け抜ける人の頭を黒く汚し。
 もともと薄汚れたアスファルトの道路をさらに汚し。
 私の目に映るすべてを汚していった。

 理由はよくわかってない。
 どこぞの国から風に乗ってきた火山灰じゃないかって言われてるけど、根拠はないらしい。
 何故、降ってくるかわからない。
 けど、それは確かに降ってくる。
 深々と。
 世界そのものを、穢していくように

 信仰心の篤いとある誰かが言った。

 ――七つの封印は解かれた。
 ――高らかに響き渡るはラッパの音。
 ――かくて、バビロンは崩壊する。

 バビロンの大淫婦と貶められた私達は。
 こうして歪められた世界の中で、それでも生きている。

444※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/01/11(日) 18:47:56

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「こんにちは」
 言葉を紡いでから頭を下げるまでの動きも流麗に。
 玄関の先で両手を揃えて佇む少女は、そうして簡素な挨拶を述べた。
 ――その瞬間に空気の質が変化したことに、気づいているのか否か。
 紫色の髪はこの国では稀有だが、十六夜にはどうでもいい。
彼女自身、その髪は光の遮られた海底のような深い蒼色をしている。
 外見から年齢を判断すれば、十代半ばと言ったところだろうか。
 だが、決してそんな安易な判断で計れるような存在でないことは、その怪奇な存在感から想像がついた。
 十六夜の頬を浅く伝った汗も物語っている。
「…………あんた」
 発せられた言葉は、砂漠において水を求める彷徨い人のように乾いていた。

「あんた…………『ナニ』?」

 十六夜は問う。
 外見では判断のつかないそのイキモノに。
「何、ですか。随分と哲学的な質問をするのですね」
 妹と相性がいいかもしれないわね、と小さく微笑む。
 十六夜は笑わない――笑えない。
 それ以外の筋肉を即座に動かすよう研ぎ澄まされた神経が、頬筋を動かす余裕など与えない。
「この間、すぐ近くに引っ越してきまして。今日はそのご挨拶に」
 言って、再び頭を下げる。
「古明地さとりと申します。お見知り置きを」

 そのしばらく後に、十六夜は後悔する。
 この時、この瞬間であれば、このイキモノを始末できたのではないかと。
 そしてその直後にかぶりを振って嘆息する。
 それでも、このイキモノを仕留める自分の姿は想像できないと。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

445※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/01/11(日) 19:43:38

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「じゃあ、あんたが……」
「ええ、お燐は私のペットです」
 立ち話も何だからと、十六夜はさとりを部屋に招いた。
 さとりは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに目を弓形に細めて承諾した。
「あの娘から貴女の話は聞いていたので、遅れたけれどご挨拶を、と」
 勘違いだったのだろうか、と十六夜は胸中で首を傾げる。
 今、ここには十六夜とさとりしかいない。
 あすみは外に出している。普段なら滅多なことでは彼女を独りで外に出したりしないが、
今は逆にこの空間に留まっている方が遥かに危険だった。
 彼女が思った通りの相手であれば、

 今ここで、十六夜の首を獲りに来ないはずがない。

 十六夜を殺そうとする人間は、例外なく昼間を狙う。
 彼女を殺すためには彼女を知る必要があり、彼女を知れば皆悟るからだ。
 そして、今は昼下がりの、彼女が最も苦手な時刻。

「いや、むしろあすみの面倒を見てもらって助かってるくらいよ」
「あの娘が死体でない人間に興味を持つのは意外でした」
「したい?」
「こちらの話です」
 言って、十六夜の出したお茶をすする。
 やはり勘違いだったようだ。
 でなければ、十六夜が出した茶を平然と飲むはずがない。
 毒殺とはいかないまでも、心身を歪める程度の薬品ならグラムいくらで手に入る。
 何の迷いもなく『敵』の出した物が飲めるとしたら、それは――

「――鋭いのね」

 物思いにふけっていた彼女は、熟しきった果実のように濃密なさとりの笑みに終に気づくことはなかった。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

446材料:2009/01/12(月) 07:48:07
曲がりなりにもナハトは男性型ダークマターだ。
女性の裸や下着姿に欲情することはないが―蒼星石は例外―、やはり抵抗感の様な物はある。
と、大量の洗濯物を干しながら、息をつく。
紅魔館、屋上部。
長くに続いた雪が止み、貴重な日差しの降り注ぐ中、シーツやメイド服、ドロワーズが風になびく。
(咲夜め)
その光景を見ながら、館内を掃除しているメイド長を思い浮かべる。
(奴には羞恥心というものがないのか)
あるいは自分が異性と見られていないのか。
「…ん?」
館内への扉の開く音にさては噂をすれば、と振り返る。
「…精が出るわね」
と、眠たげな目をした魔女。
「珍しいな、図書館のもやしっ子がこんな所まで出て来るとは」
驚きながら、手にした本へ目を移し―
「確かめたい事があるの」
すっ、とスペルカードを構える彼女にナハトは思わず後ずさる。
「あ、いや、物凄く嫌な予感がするから、あ、後色々仕事が」
「大丈夫よ、咲夜に正式に借りてきたから」
「だから」
スペルカードが輝きを帯び、展開される。
「大人しく材料になりなさい」
「あのやろぉぉぉぉ!」


逃げるように飛び去るナハトとそれを追う様に飛び立つ魔女が去った屋上には
『ダークマターを使った錬金術レシピ』の本とドロワーズが風に揺れていた。

447※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/01/12(月) 19:42:09

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「あ、お姉ちゃん見つけー」
「こいし……! 何故、あなたがここにいるの?」
「お姉ちゃんのペットに教えてもらったのよ」
「そうじゃなくて」
「だってお姉ちゃんが人間に直接逢いに行くなんて中々ないじゃない」
「…とにかく、人の家にあがったら家主に挨拶くらいはちゃんとしなさい」
「はーい。
 家主の人こんにちは。私はさとりお姉ちゃんの妹で古明地こいし。しがない訪問客よ」
 一連の姉妹の会話が区切られるまで、十六夜は微動だにしなかった。
 先程も浮いた汗が、思いだしたように頬をつぅ、と伝う。
 それどころか背中にはびっしりと冷たい汗が噴き出している。

 気がつかなかった。

 信じられなかった。
 まず真っ先にこれは夢だと思った。次に自分が壊れたのだと思った。
 あり得ない。空から天使が舞い降りてきてラッパを吹き鳴らすくらいあり得ない。
 今、この瞬間まで、確かにこの部屋には自分とさとりしかいなかった。
 目の前の「自称妹」など、心音の一つさえ感じられなかったのだ。
 ――この家に侵入した人間を感知できなかった。
 それは屈辱などではない。
 十六夜は確かにプライドが高い方だ。自分の主張を批判されるのが大嫌いで、
あらん限りの語彙を尽くして相手の意見そのものを叩き潰す。また自己優位論信者で、
無意識にか他人を見下している節がある。
 その彼女も、ことこれに関しては自分のプライドなど気にかけている余裕がない。
 十六夜の全身をあますところなく駆け巡ったその感情は、

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

448※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/01/12(月) 20:02:08

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「どうしたの? お姉ちゃんとしてたみたいに私ともおしゃべりしてよ」
「あなたが無作法に家に入ってきたから、腹を立ててるのよ」
「そうなの? 人間ってつまらないことで腹を立てるのね」
「…………れ」
「ん、なに?」
「…………もう帰ってくれない?」
 息がわずかに荒かった。
 寒い。浮き出た汗が体温を奪い、全身が小刻みに震えている。
「なんで? 勝手に家に入ったことは謝るから、私とも遊んでよ」
 つまらなさそうに口を尖らせるこいし。
 その横で、さとりがうっすらと笑みを浮かべている。
 十六夜はそれきり何も言わない。

 均衡する三人。
 それを破ったのは、

「――そんなに私を怖がらないで、十六夜。
 恐怖に覆われてしまったせいで、貴女の心がよく見えないわ」

 それは小さな音だった。
 カシン、という何かが軋むような音。
 雑踏の中では確実に紛れてしまうその音も、張りつめた空間の中では
澄んだ水を打ったように響き渡った。
 こいしはきょとんと目を瞬かせる。
 さとりは首をわずかに動かし、表情は完全に無。
 そして十六夜は、

 さとりの眉間目掛けてシャーペンを放ったその体勢のまま、
猛禽のごとき獰猛な目つきで彼女を睨みつけていた。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

449※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/01/12(月) 21:29:53

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「『この場においてのつまらない冗談は死を意味する』、ですか。
 それは知りませんでした。前もって教えてもらわないと」
「……読心か」
 技術としては聞いたことがある。
 相手の口調・目の動き・声の高低差など、些細な行動からプロファイリングし
相手が何を考え、次に何をしようとしているかを予測するのだという。
「そんな技術があるのね。ただ、あくまで予測でしかないようだけれど」
 そう、技術としての「読心」は、相手の心理を読み測るだけだ。
 だが、さとりの行うそれは、
「私の読心は能力としてのものよ。押し測るまでもなく、すべてが見えるの」
 そうだろう。こちらが考えたことをそのまま言葉に出来るのだから。
「あ、ちなみに私は出来ないよ。第三の目を閉じちゃってるからね」
 そう言うこいしの言葉は無視。
「なんで私のところに来たの?」
「先ほど伝えましたよ」
「もう一度聞こうか?」
 十六夜の深い蒼の双眸が冴え冴えと輝く。

「――何が目的で、私の領域に踏み込んだ?」

 すっ、と十六夜の手が動く。
 その手の動きの延長線上にあったクッションが、前触れもなく引き裂かれた。
 まるで鋭利な刃物で断ち切られたように中身をぶちまけるそれに、
最も近くにいた十六夜は目もくれない。
「おぉっ。え、何今の? あなたがやったの?」
 一人状況から取り残されているこいしは、眼前で展開される殺意混じりの応酬から
離れ、完全に傍観に徹している。少なくとも、心配や怯えといったものは見られない。
「駄目ね。力の誇示が目的ならともかく、意思なき力の発露は暴走としか言えないわ」
「意思を持った時は、あんたの首が刎ね跳ぶ時よ」
「……ふぅん、そう。貴女にとって、この部屋こそが『聖域』なのね」
「質問に答えろ」
 音が聞こえるほどの歯軋りが十六夜から漏れる。
 温度が上がる十六夜に対し、さとりはどこまでも空虚だ。
「深い意味はないわ。お燐の話を聞いて、少し興味を持っただけです」
「なら今すぐ帰れ。それか死ね」
「どちらもお断りよ。ようやく貴女の中が見えてきたところですもの」
 それではもう一つ、と、

「十六夜。貴女にとって、『彼女』は何?」

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

450※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/01/13(火) 22:04:14

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「お燐から聞いたわ。『彼女』を見つけた直後に貴女に襲われたって」
「人間とは思えなかった。喰い殺されるかと思ったそうよ」
「あの娘は仮にも私のペット。ただの人間ごとき、餌にこそなれ脅威になんてなり得ない」
「だから貴女に興味を持ったの」
「妖怪を喰い殺そうとする人間は、何を想うのか」
「そうそう、お燐はこんなことも言っていたわ」

 ――その姿はまるで、奪われた子供を奪り還そうとする母猫のようだった。

 言葉の羅列を、一音一音噛み締めた。
 ついさっきまで滾っていた衝動はすでに無い。
 まるで表を向けていたカードがひっくり返ったような、幽まり還った裏の顔。
 視線はさとりを向いている。
 否。十六夜の視界には、もうさとりしか映っていない。
 彼女の目が見える。鼻が見える。口が見える。髪が見える。
 首が、指が、肘が、胸が、腹が、脛が、足が見える。
 そのすべてが――もう、ただの物体としか映らない。

「……そう。それが貴女の深淵。貴女の根底。貴女の中にある最も古き原風景なのですね」

 十六夜の手には、傍らに立てかけられていた棒状の物体が握られている。
 それは何の飾り気もない棒に過ぎなかったが、見ようによっては「杖」にもとれた。
 構えるでもなく、中程を掴んでぶら下げる。

 さとりが陶然とした笑みを浮かべて言い放つ。

 前触れなく、視覚が支配する世界そのものを置き去りにした神速がさとりの胴体を薙ぐ。

 そして、

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

451いざます:2009/01/13(火) 22:30:07
最近記憶と記録は違うことに気づいたので、
書き残すという所作をしておきたいと思ったり

十六夜の怒りのボルテージは二段階

一つは十六夜自身の領域を侵された時
二つは『彼女』に干渉された時
ただしどちらも源泉は同じ

さとりんが見た「原風景」の中に、すべての理由が存在する

452十六夜日記:2009/01/13(火) 22:44:35

 心が読めるってどういう気分なのかしら。
 こんばんは。十六夜日記のお時間がやってきました。
 パーソナリティの十六夜です。
 今日もハイテンションにクールダウンしていきましょう。メメタァ! メメタァ!

 すいません、私の脳が溶けてました。

 この前、心が読めるっていう古明地さとりという少女に会いました。
 最近、引っ越してきたらしい。
 会ったその日に思ってることをズバズバ言いあてられました。
 うん、キモイって思ったことまでバレましたかっこほし。
 周りからもけっこう敬遠されるらしい。そりゃそうだ。

 事の発端は、さとりん(小五ロリと呼ばないだけ優しい私)がお燐の飼い主だったってところに始まる。
 お世話になってます的な挨拶されたの初めてですよ私。
 お世話なら某タダ飯食らいを毎日のようにしてるというのに!
 あははははすいません考えたらまたムカついてきました。
 あのお子様と来たらちょっと目を離した隙に飯をこぼす水をこぼす洗剤をこぼすと(ry

 まあそんなこんなで妙に我が家の人口密度が増えつつある今日この頃。

 追記:
 バカな友人が最近うちに入り浸って半ヒモ化してます。
 こいしのペットになりたいらしいです(こいしはこいしで何故かよく来る)。
 …こいつを引き取ってくれる業者ありませんか? お金なら出すので。
 焼却処分とかしてくれるとなおいいです。あ、保健所でも構わない。

453十六夜日記:2009/01/26(月) 22:29:51

最近、正義って単語をよく考える。
正しいって何かしら。
私の正しさは、私以外の誰かの正しさになるのかしら。

まぁ他人の正義には興味ないんだけどね。

454名無しさん:2009/01/27(火) 21:48:25
【正義】
1.人の道にかなって正しいこと。
2.正しい意義、また正しい解釈。
3.人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範。
【Yahoo広辞苑より】

正義ってそもそも存在しないと思う。2の意味でならともかくも、だ。
というより、2の解釈でさえ、存在しないのではないだろうか。
正義って、なんだろう。その対極にある悪って、なんだろう。

自分は、何が正義で、何が悪かなんてわからない。
恐らく、生きていても一生わからなそうな、
絶対に理解できないと思う。自分が不器用だから、とかそんな次元ではなく。

いったい正義ってなんなんだー!教えてくれト○ロー!
エリ「待て、なんでトトロなんだ」

455十六夜日記:2009/01/27(火) 23:13:56

何か晩御飯を作るのがめんどいです。

うちにはタダ飯のくせに大食らいのおガキ様がいらっしゃるので、
それでも作らないわけにはいかないのだけれど。
コンビニの出来あいで済ませようとすると、メチャメチャ怒り出すし。

「おなかすいたー、ごはんだー」とか言ったら
満漢全席が出てくるようなおうちに住みたいです。

456十六夜日記:2009/01/28(水) 22:15:17

風気味のような気がします。

間違えました。別に身体が昇華しつつあるわけではありません。
いやそれはそれで面白そうというかオラワクワクしてきたぞ!

まぁ風邪っぽいだけなんですが。

幸いこういう時に潰しがきく職業だったりするし。
今日はお仕事に出るのはやめておこう。

457アホくさい話:2009/01/29(木) 19:58:30
「おー、すごいすごい。流石ダークマター。
外の武器でも全然大丈夫なんだねぇ」
地面に転がった残骸を見下ろしながら、ドロシーはいつもの様に煙草に火をつけた。
「まあな」
対するナハトも黒光りする鋭い鈎爪をした手甲をマントの中へとしまいながら、ほぅと息をつく。
足元には彼が壊したであろう武器がごちゃごちゃと散らばっていた。
「それにしても、流行りなのか?こういう連中」
再びマントから出した―先程とは違い、革の手袋をはめた手で地面を指差す。
「天意は我等にありだとか言いながら、買い物帰りの者を襲うのは
相当気がおかしいか、馬鹿の様にしか思えん」
その言葉にドロシーは肩をすくめて、同意するように苦笑した。
「里でも大分白い目で見られ始めてるみたいねぇ。
実は妖怪だけでなくて、反対する輩まで殺してるんじゃないかって噂あるくらいだし。
言ってることもやってることもカルト教団並…もっと言うならナチスとかそれっぽいねぇ。
その内、原爆で幻想郷吹っ飛ばすんじゃないかしら?くすくす」
そんなことに興味はないと言わんばかりに背を向けるナハトにドロシーが口を尖らせる。
「まあ、あれよあれ。
自分らのやってることは絶対間違っていないとか言って
正義なんてものを振りかざすのは迷惑極まりない事はないって事。
民族浄化とか霊長の長とか思い付くんだから人間ってアホよね、アホ。
あ、でも紅は別よ、別格」
そうして、ふといつの間にかその場から姿を消していたダークマターに軽く舌打ちをし、
その場をぐるりと見回して、首だけでも持って帰ればいいもんかねぇと一人呟いた。

458十六夜日記:2009/01/29(木) 23:25:46

ん〜、まずい。本格的に身体を壊したかも。

立ち上がるだけで目眩がする。吐き気がする。
こんな時に限って古明地姉妹は姿を見せない。
姉は間違いなく状況を悟っているに違いないというのに。薄情者め。

それでもあすみには飯を食わせなきゃならない。でないと我が身が危うい。
しゃーない、あいつを呼びませうか。

459トラジャをレギュラーで:2009/02/01(日) 11:26:28
遠い昔、遥か彼方の銀河系で…

大雪が降った次の日のインペリアル・パレスは積もった雪で白く輝いていた。
その雪化粧をした宮殿の一室で皇帝と皇后がミニテーブルを挟んでコーヒーを
飲んでいた。別の銀河、遥か未来を生きる友人達の見解をつまみにしながら。

「正義ねぇ…便利な言葉だ。私も愛用している」
「お前も段々、政治家になってきたんだな」

銀河内乱、ユージャン=ヴォング戦争、ルウィック解放戦争、その他諸々の
帝国への脅威に際して、彼は臣下や市民達に繰り返し正義を説いてきた。
それらは全て自分を正当化する為の飾りに過ぎなかったのだろうか。
彼の糟糠の妻も、少し哀しさを孕んだ口調で返した。

「政治やってるんだ、プロにならなきゃまともな仕事ができない。そうなると市民達の
代表たる議員達が帝室関連予算という名の私への給料を支払うことに同意しない
だろう」
「給料という言い方はどんなものだろうか」

何かをやるにはその道のプロフェッショナルでなければならず、プロには正当な対価を
受け取る権利があるという彼の考え方らしい発言である。しかし、封建社会で育ち、
王家への忠誠ということを幼少より教育されてきた彼女にはいまだに受け入れにくい
考え方である。

「父親が官僚、自分は軍人出身なのでね。まあ、リップサーヴィスに終わらせるのも
また問題だろうけれど。私は現実を見据えて行動するが、砂を噛むような暮らしは
嫌だね」
「で、お前の正義とは何だ?」

彼が正義という言葉は飾りではないということを匂わせた発言にすぐさま彼女は
飛びついた。冷めたように見られがちな皇后だが、内面を知る者は彼女の内に
熱いものが流れていることを知っている。今回もそれが働いたのだ。

「大きく言えば、帝国統治下における秩序正しい社会の維持と発展。小さく言うなら、
こうして君とコーヒー片手に話ができる毎日の維持。これを乱す愚か者はフォースと
1つになってもらう」

つまり、彼には平穏な毎日が正義なのである。統治者としてはまず及第点の答え
であろう。そして、妻たる皇后は文句無しの満点を与えていた。

「コーヒーが切れたな、まだ死にたくないから私が淹れてこよう」
「ふふ、君も淹れ方うまい方だからね、楽しみにしているよ」

コーヒーを淹れに行った皇后の表情は目尻と口元がわずかに緩んでいた。

460朝焼け、黄昏、宵の口:2009/02/10(火) 12:36:57
まだ夜も明けきらない頃でも様々な人々が居た。
これから仕事へ行く者、ようやく帰路につく者、それぞれの場所へ彼等を運ぶ者。
まだ肌寒い空気の中でマスクから鼻を出して、紅は空を見ていた。
微かな星の残る藍と太陽を連れて、空を染める橙が彼女の最も多く見掛ける空の色だった。
周りは下を向いて、電車を待つ中、紅だけはじっと空を見つめていた。


いずれはこうして見上げる事すらなくなるんじゃないんだろうか。
信号待ちに自転車を止め、ふと見上げた空でアサヒはそんな事を思った。
沈む夕陽を受けて、茜や黄金へ染まった雲の背後から群青色の空が忍び寄る。

そういえば、あの隙間妖怪はそろそろ目を醒ますのではない。
空で混ざりあった、昼と夜の境を見つめながら、彼女は思い出したようにペダルに足をかけた。


湖面の月を肴に神奈子は一人、杯を重ねていた。
外の世界が何時かに忘れてきた空で星と月が宴と洒落込んでいた。
その様を懐かしげに眺めながら、杯へ酒を注ぎ込む。
懐かしきかな、と呟けば、年寄り臭いと声があり
確かに違いないといつの間にか隣に腰掛けた旧い友と杯を交わす。
移ろう空と人へ思いを馳せながら。

461十六夜日記:2009/02/11(水) 08:55:43

やっと風邪が治りました。

というか、風邪じゃなかったみたいです。インフルエンザとか、なんかそんなの。
決して拾い食いして中ったわけではありません。ないんだからねっ。

その間お仕事にもいけなかったため、家計はそろそろ妖怪死体盗みです。
病み上がりだけど、今日は久し振りに頑張ろうかと思います。

462※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/11(水) 08:57:17

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 灰が降る夕暮れ。
 などと評しても、しょせんは現在の時刻から晴天時の空模様を推測しただけであり、
今日のような『どしゃ降り』の日は日中を通して宵闇と変わらない。
 雨よりもはるかに厄介な灰雨は、必然的に人の往来を抑制する。
 空気の抵抗を受けて中空をちらつくその様はさながらドス黒い雪のようで、
だからだろうか、水を打ったように静まり返った通りにもそれほど違和感を覚えない。
 自分独りだけ残して死に絶えていった世界。
取り残された自分の中に取り残された感情は、さて。
茫洋と、他愛もないことを思い連ねる、そんな黄昏時。

「まぁ、そういうものなのかもしれないけれど」
 行きつけのスーパーマーケットが潰れていた。
 現状を一言で表すと、その程度のことでしかない。
 自然と当然の境界に遍在する、荒廃という名のバックグラウンド。
 その原因が暴徒の集団による集団強盗であったとしても、その程度の範疇を超えることはない。
「……どうするかなぁ」
 頭をかく。

 ――約束を、してしまっていた。
 今日の晩御飯はハンバーグにすると。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

463※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/11(水) 08:58:53

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 あすみは特に好き嫌いなく何でも食べる子だが、それでもとりわけ好むものが2つある。
 その1つが、ハンバーグだった。
 最近体調が優れなかった十六夜は――仕方がないとは言え――、
出来あいの総菜で何とか夕食という体裁を保たせていたのだが、
「…………………………………………………………ごはん、違う」
あすみにはそれが大層不満だったようで、三日目あたりから夕飯時になると
十六夜をぺしぺし叩き何かを訴え出すようになった。
 ようやく復調した時にはすっかりへしょげてしまい、十六夜が台所に立つのに合わせて
部屋の隅にちょこんと丸まり、「いいの晩御飯がお惣菜でも私は大丈夫」とでも
言わんばかりの表情でうずくまるという有様だった。
 これがあすみなりの「甘え」であることは十六夜も理解している。
 そもそもあすみに食での好き嫌いなど存在しない。
 食べられるものなら、究極的には何でもいいはずなのだ。
 だから、あすみはレパートリーそのものに不満があったわけではない。

 ないがしろにされていると思ったのだろう。

 あすみは幼いが、だからこそ最も身近な存在からの愛情には敏感だった。

「ここが使えないとなると、割と遠くまで行かないと肉買えないんだよなぁ」
 自動ドアだったガラス戸は踏み割られた水溜りの氷のように地面に散乱し、
まだかすかに灯る蛍光灯の光が断末魔の明滅を繰り返している。
 中にはすでに灰が積もり始めているようで、わずか数日の間にここは
疑う事無き廃墟と化していた。
 それに対する感情は、やはりない。

 だが、それは向けるべき矛先が見当たらなければの話だ。

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464※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/11(水) 09:02:59

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 無人と思われた廃墟から、男が飛び出してきた。
 この時勢に路頭に迷ったホームレスのようだ。灰で真っ黒になった衣服を見ればわかる。
 その両手には、やはり灰で煤けてはいるものの食料を山ほど抱えている。
 いわゆる火事場泥棒の類型か。
 向こうもすぐに十六夜に気づいたようで、先んじてやったとばかりに
したり顔を浮かべて彼女の脇を駆け抜けていこうとした。
 ――夢にも思っていなかっただろう。
 交差する瞬間に、痛烈な速度で顔面を殴打されるとは。
「今日はいいとしても、明日からどうしようかな。あー、めんどい」
 ぎじぎじぎじ! と錆びたカッターの刃を伸ばすような音を立てて、
男がアスファルトの地面を滑っていく。
 十六夜は軽く嘆息して、男を殴り飛ばしたのとは反対の方向に歩きだした。

「はんばーぐだー」
 ここ数日見ることのなかった満面の笑顔が食卓を彩った。
 十六夜が作っている最中から大はしゃぎで、包丁を使っているから危ないと言う
十六夜の言葉も聞かずに跳ねまわり、お燐に抑え込まれてやっと落ち着くという有様だった。
「いい加減『いただきます』くらい覚えなさいよ、もう」
 食卓に並ぶなりハンバーグにフォークを突き刺すあすみ。
 十六夜はうんざりしたように溜息をついているが、ここまで喜ばれれば無論悪い気はしない。
 喜びと苛立ちと諦めが入り混じったその複雑な表情は、時に「人間凝固点」とも
揶揄される凍結した表面世界に短い春が訪れたようだった。

 十六夜がこれほどの親愛を浮かべられることを知る者は、ごくごくわずかである。

「おねーさん、私の分は?」
「ごめんなさいね、生憎キャットフードは置いてないの」
「ほしければ奪い取れ、ってことかな?」
「『略奪』はご自由に。その代わり、髭の2・3本は覚悟しときなさいよ」

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

465にゃーにゃー:2009/02/11(水) 10:37:38
またいつもの病気が始まった。
歯ブラシをくわえた姿でドロシーは肩から服がずり落ちる様な気がした。
縁側に腹這いに寝そべり、至福の表情で猫缶片手ににゃーにゃー言う女性の前には見たこともない艶やかな毛並の黒猫が一匹。

ニャーン。

家の人間の中で特に筋金入りの猫フリークたる彼女は黒猫の美声(多分)に背後に花を背負いながら、
手慣れた手つきで猫缶を発泡スチロールのトレーに盛り付ける。
「可愛いねぇ、お前。何処かのお家の子なの〜?」
これは酷い。
がつがつと猫缶にがっつく黒猫にメロメロな女性。
背後の花がいつの間にかハートマークに変わっている。
そこまで好きか、猫。
「あんまりお家の人に心配かけたら、駄目ですよー」
何やら切なさで胸がいっぱいになりかけ、ドロシーは熱くなった目頭を押さえながら
洗面所へと向かい始めた。

―モンプチの裏―
猫猫にゃーにゃー
―モンプチの裏―

466十六夜日記:2009/02/11(水) 19:35:05

時々、夢を見ることがある。

それは露頭を彷徨ってた時のものだったり。
いつかどこかで見たような奴に復讐されるものだったり。
無愛想で百合っぽくて電波になるものだったり。

んー、なんか今の私って案外幸せだったりするのかしら。
夢の中の私は、何だかいつも退屈そうにしてる気がする。
それとも私は端から見たら、そんな雰囲気を醸し出してるのかしら。
他人から見た自分のことはやっぱり自分じゃわからない。

好きなことを好きなだけしてれば幸せ?
やりたいことをやりたい時にできれば幸せ?

んー、少なくとも私は好きなこともやりたいことも出来てないよなー。
ほら私の夢ってこの可愛さを活かしてアイドルにすいません何でもないです。
あ、だから私って端から見たら悲愴感とか漂ってるのかも

やりたいこと、やりたいだけしてみようかなー。

467十六夜日記:2009/02/11(水) 23:08:09

今日は久々にあすみと買い物に行きました。
久々なのは、あれと一緒に出かけるとロクなことがないからだ。
とにかくどうしようもないほどにお子様なあすみは、お子様全開で火の粉を振りまく。
手を離すと5秒で彷徨いだす。
目を離せば10秒で行方不明だ。
その度に迷子コーナーを探す私の身にもなってほしいものです。

話がそれました。
さっきも書いたようにあすみを目を離すとどこにいくかわからない。
だから間違っても何かを頼むことなんて出来ない。
「たまねぎ探してきて」と頼んで、何度あすみを探すことになったことか。
そもそもあすみは満足に数を数えることが出来ません。
何しろ、年を聞けば「え〜と、823さいー」とか答える始末だ。
何ですか823歳って。私より800歳も年上ですか。

そんなわけだから、私は頑なにあすみの手を離すことなく
妙な緊張感を漂わせて買い物に臨まなければならないのでした。

明日は、いつも通りあすみが寝てから出かけることにしよう。

468※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/12(木) 22:16:33

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 ぱあん、と肌と肌が跳ねる快音が響く。
 弾丸のように打ち出された十六夜の右手が、さとりの顔面を鷲掴みにする。
 さとりは無表情。
しかし、それ以上に十六夜は無表情。
「無駄です。心が読める私に、得意の「外人想」は通じません」
「心が読めるならわかるでしょう。何も人の心を弄ることだけが能じゃない」
「あなたは私に嘘をつく無意味を学ぶべきね。
 意地とは、相手に真意を悟らせずして初めて張ることが出来るものよ」
「――死ぬか、お前?」
「片腹痛いわ。 ――瞎(めくら)な眼で、私の『さとり』に抗おうなんて」
 十六夜が左手の人差し指を立て、さとりの白い首にひたりと当てる。
 そして、

 ――表象「夢枕にご先祖総立ち」

「はいはーい、そこまで」
 スペルカードを掲げたこいしが、口を尖らせ拗ねたような口調で言う。
「私一人を置いて二人だけで遊ぶなんてずるいよ。やるなら、私も混ぜて」
 その完全に場違いな物言いに、毒気を抜かれた十六夜がさとりを離す。
「妹に感謝しなさい、古明地姉。あと3秒止めるのが遅ければ、あんたの首は、」
 すっ、と自分の首を掻き切るしぐさをとり、
「――こうだったわよ」
 一方のさとりは、薄く笑みを浮かべるだけ。
「もう、せっかくのお出かけなんだから仲良くしようよ。ね?」
「私の仕事に勝手についてきてるだけでしょうが」
 嘆息する。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

469※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/12(木) 23:19:55

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 十六夜の仕事は夜始まる。
 理由は簡単。昼では困るからだ。
 人目につくのを憚る仕事は、夜にするものと相場が決まっている。
「今日もいい夜ね――星の光さえ差さない」
 外灯などとうの昔にその機能を放棄した夜の街、月明かりすら灰に遮られた世界は
己の手指さえ判別できない闇で彩られていた。
そんな沈みきった世界に溶け込むような、烏の羽より薄黒い男物の外套を羽織った
十六夜は、言葉とは裏腹にすべてを嫌悪する鬱な光をその瞳に湛えていた。
「それにしても」
 つと、思いだしたように視線を向ける。
「妖怪――ね。そんな生命体が実在するとはだわ」
 肩をすくめるように、さとり。
「あら、別に珍しいことではないでしょう? ――『貴女の世界』では」
「私の世界、ね」
 吐き捨てるように。
「くだらない記憶だわ。3年より前のことなんて思い出すだけで反吐が出る」
「そうかしら? 少なくとも、今よりはまともな生き方が出来てたようだけど」
「まともだったけど、人らしくはなかった。
 ――当たり前のように人の心を読むな」
 思い出したように、最後にそう付け加える。
「ま、それならあの猫娘的存在も納得がいかなくもないけど。
 火車――死体運び。なるほど、この世界に化けて出るにはうってつけね」
「幽霊とは違うわ。化けて出たりはしない」
「同じことよ。『迷惑来訪者(ナイト・ノッカー)』に変わりはない」

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

470※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/14(土) 22:59:38

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 風が吹く。否、風が吹き続ける。
 それは十六夜を中心にして、ごく小規模な竜巻を成している。
 その風に吹き散らされ、黒灰は一欠片さえ彼女に触れることはない。
「大体、あんた達はいつまで私の周りをつきまとうわけ?
 お燐はあすみが気に入ってるから我慢してるけど、その飼い主にまで敷居をまたぐ権利を与えた覚えはないわ」
「そうね。権利を与える権利なんて貴女にはないもの」
「私はあなたをペットにしないといけないし」
「勝手なところだけはそっくりね」
 つと、見上げる。
 そこは幾重にも連なるビル群の一角。世界中のどの樹木よりも高く、無様に聳える
無機質のジャングルは、人間の愚かさでも象るかのように闇夜の空を切り崩している。
 人の通りはない。そもそも、人が通るところではない。
 あたりは水に沈んだように静まり返っている。
 音すら飲み込む空虚な世界に、ただずむ生物が3匹。
 ――そこに混じり出した音は、ちょうど落ち葉が吹き流されるそれに似ていた。
 降り積もっていた灰が、十六夜を「目」として吹き荒れる。
「つきまとうのは自由だけど」
 ふいに――世界が、「壊れた」。
 無機質の建築群に順応した十六夜の心象世界に、
 まるで老朽化したコンクリートに走る亀裂のような、

 罅割れた笑みが、灯る。

 バキバキと音でも立てそうな程に歪んだ瞳が、
「――追いつく頃には、もう終わってるわ」
 消えた。

 十六夜の姿もろともに。

 次いで、遥か上方から鳴り響く破砕音。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

471※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/15(日) 09:48:18

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 あらかじめ結果を把握していたさとりは、こいしの手を掴んですぐ脇の建物に飛び込んだ。
 二人の立っていた場所にバラバラとガラスの破片が降ってくる。
「空も飛べるんだー、あの人間。ますますペットにしたくなっちゃった」
 十六夜は、ビルの10階の窓をぶち破って飛び込んだ。
 だが飛んだ、という表現は正しくない。
 十六夜は「飛んだ」のではなく――「跳んだ」のだ。
「さ、私達も追いかけよ、お姉ちゃん」
「待ちなさい、こいし」
 何の躊躇いもなく追いかけようとするこいしを、さとりは静止させる。
「十六夜を追いかけてはいけないわ」
「何で? こんなところにいてもつまらないよ?」
「むざむざあなたを殺されるわけにはいかないもの」
 さとりはきょろきょろとあたりを見回した。やがて無造作に並べられたドラム缶を
見つけると、ぱたぱたと手で埃を払ってちょこんと腰かける。
「あれは多重人格というよりも洗脳に近い。
 黒を白に塗りかえる類の催眠暗示なら、私も心得があるけれど。
 ――自分に使うなんて発想はなかったわ」
 その瞬間を垣間見た時は、他人の心に触れ飽きたさとりでさえ頬に冷や汗が浮かんだ。
 たった一つの意思だけを特化させた、純粋に歪んだ心のカタチ。

「人間はずいぶんと軽んじているのね――命というものを」

 さとりは認める。それは動揺といえるものだ、と。
 他者の心に踏み込むことに抵抗などないが、一線を越えてはいけない世界もある。
 久々に、それを痛感させられた。
「だからこいしも――こいし?」
 いつの間にか、あたりに自分以外の気配がなくなっていることに気づく。
 思わず舌打ちする――無意識の領域に独りたたずむ、こいしの特性を失念していた。
「こいし、こいし!」
 どこに行ったかなど考えるまでもない。十六夜の後を追ったのだ。
 慌ててこいしを追おうとする。最悪の可能性が想起されることのないように。

 その時、さとりの頭に誰かの心の声が聞こえてきた。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

472戦場の匂い:2009/02/28(土) 09:51:15
各地で上がる灰色の煙に濁り、澱んでいる空は、夜だというのにまだ明るかった。
灼熱の炎に空までが赤く焼かれ、空は一行に藍色に戻る気配はなかった。
時間などわからない。わかるのはただ、砲撃の音、光、炎の光、煙の色といったものばかり。
地にはただ死体が転がり、誰のとも知らないヘルメットがそこにあるのみだ。
そんな戦場を四人の女性たちが戦車で偵察に来ていた。
漂い、戦車の中にまで入ってくる死者の匂いを嗅ぎながら、
彼女たちはたった四人で荒んだ戦場に来ていた。
「うわ、こりゃひでぇ 一体何があったんだ?」
「大きな戦いがあったのはわかるけど…私たちが来るまでに一体何が…」
実は数時間前まではこの『戦場』は一つの『街』だった。
古き良き時代を捨て、すべての物をハイテクにした、有名な街。
工業用水の排水や、工場から出る煙による汚染という問題を抱えつつ、
街は大きく発展していった。だが、それがいけなかったらしい。
この街は「とある物」を開発した。それが何だか知らないが―。
とある用事で彼女らは立ち寄ることになったのだが、
もう既にそこに『街』はなく、あるのは『戦場』だった。
横たわるのは市民の体ばかり、一体誰がこんなことをしたのか想像もつかなかった。
だが、彼女らが乗るグラントの前には誰も現れることはなかった。
死体を除いて…。

473※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/02/28(土) 23:48:53

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 彼女の宣言通り、こいしが追いつく時にはすべてが終わっていた。
 こいしは空が飛べる。跳べるのではなく、飛べる。
 十六夜の侵入プロセスとまったく同じ経路を使い、窓から入ったのだ。
 その間など、1分程度しかなかっただろう。

 その空間には暗欝が立ち込めていた。

 ――それはぶち破られた窓から吹き込む細かい灰のせいであり。
 黒灰は風に散ると黒い霧のように空気中を漂う。
 そのため、余程のことがあっても住人は窓を開けない。破壊されれば話は別だが。

 ――それは破壊された照明のせいであり。
20畳以上はある空間は、ところどころ破壊された照明によって
あたかもスポットライトのように局所的に照らし出されている。
 薄明かりから漏れる世界には、蹂躙の爪痕が深く刻まれていた。
 それはもとからだったのかもしれない。
 打ち捨てられた廃ビル群の一角にこのような光景が広がっていても不自然はない。
 だが、そこに立つ少女は、一種異様な不自然をまとい超然とそこに立っている。
 
 ――そして、それはあちこちから聞こえてくる怨嗟のせいだった。
 どれほどの数の人間がここにいるのか――あるいは、いたのかはわからないが、
聞こえてくる声の数はそれほど多いものではなかった。
 それは言葉と呼ぶには意味がなく、叫びと呼ぶには弱々しい。

 それらを平然と聞き流し、こいしはじっと十六夜を見つめている。
 口元に、いつもの無垢な笑みを浮かべながら。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

474※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/03/01(日) 00:40:49

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 嫌われるのが怖かった。
 そんな、知能ある生き物としてはごく自然の考えが、古明地こいしの運命を決定づけた。
 さとりと同じ第三の眼を持つこいしは、しかしさとりのように人の心を読むことはできない。
 それは、こいしが己の第三の眼を閉じてしまったからだ。
 心を読む能力は他人から疎まれる。
 それを身をもって――そして姉の姿を見て理解していたこいしは、
自分の能力を封じ込めることで輪の中に混じろうとした。
 嫌われたくなかったから。
 だが、その結果として彼女を待っていたのは、知覚世界からの追放だった。
 誰も――実の姉でさえも、能動的にこいしを知覚することはできない。
 能動的とは、つまり自らの意思でという意味だ。
 こいしから話しかける分には、意思の疎通は出来る。
 だが、その逆はかなわない。

 彼女の意識は無意識へと堕ちた。
 絶対的な「無意識の領域」には、彼女以外は足を踏み入れることも出来ない。
 嫌われたくないという意識が生んだ、孤独(むいしき)という名の安息。
 だが、それを厭う心(いしき)すら、彼女にはない。

 こいしは無垢に笑う。
 何も知らないというような表情で。

 ――故に、その瞬間に十六夜が振り返った理由は。
 ――こいしの気配に気づいたからなどでは、断じてなかった。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

475天空カフェで一時を:2009/03/02(月) 14:07:57
凄い場所でお茶をしない?
そんな風に早苗を誘ったのは銀髪赤目の少女で。
空と星との境を一望出来るという場所の話を聞いた時だった。
大袈裟な程の身振り手振りを交えて話す彼女に同意するよう頷き、呟いた。
―私もいつかその眺めを見てみたい。
テレビでしか見たことのない星の姿へ馳せた想い。
胸の内に渦巻く故郷への想いが早苗にそう呟かせたのだろう。
それなら、と少女が腰かけていた縁側から立ち上がり、夕陽を背に振り返る。
―今度、皆で一緒にそこに行こう。


まさしくそこは、星の世界と空との境界だった。
眼下に地球の蒼を従え、頭上には手を伸ばせば届きそうな星が輝く。
最も自身が作り出した疑似空間だと肩をすくめる絵画の魔女の隣で眼鏡の女性が
それにしたって、最高の眺めだと笑う。
隙間妖怪が何処からともなく洒落たティーカップを取り出せば、メイドが菓子と紅茶を取り出し、
二人の吸血鬼と魔女が椅子へと腰掛ける。
「ようこそ―」
演技がかった仕草で銀髪の二人が揃って早苗におじきする。
「天空カフェへ」




「という夢をみたんですよ」

476※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/03/02(月) 23:29:08

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 相手の姿など見ずとも、踏み込む気配だけで力量は知れた。
 十六夜の「射程距離」ギリギリのところで足を止める所作。
 こちらの動きを警戒しつつも、振る舞いそれ自体が十六夜への牽制となっている。
 名が知れてから「仕事」中の乱入など終ぞされたことがなかったのだが、
どうやら相手は余程自分の腕に自信があるか、でなければ途方もない馬鹿であるらしい。
 そんなことを心の片隅で考えながら。

 ――体は、すでに振り向き様の一撃を放っていた。

 踏み込む分だけ遅くなる交差の瞬間は、相手に反応と対応の余裕を生む。
 故に、十六夜は踏み込まなかった。
 右手の「それ」を、背後へと向けて躍る四肢の遠心力に乗せて投げつける!

 音は、なかった。
『……なるほど』
 代わりに届いたのは、声だった。
『噂に違わぬ凶暴性。これが巷で騒がれる強盗の正体か』
 彼女が放ったそれ――床に転がっていたのを拾った蛍光灯は、相手の左手に握られていた。
 言うまでもない、避けもせずに受け止めたのだ。
 だが、そんなことはどうでもよかった。
 どうでもいい。まったくどうでもいい。

『――同郷か』

 憎々しげに――そして、どこか懐かしげに、十六夜はそう言った。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

477※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/03/08(日) 22:58:03

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

『言葉が……通じる?』
 かち、という小さな音を立て、十六夜が腰に差した武器を抜く。
 相手が驚愕を満面に浮かべているのに対し、彼女は極めて冷静だった。
『意味が理解できたなら通じてるんでしょ』
 すでに己にかけた「外人想」は解けているので、会話する分には問題がない。
 構えるというほどの大仰さはなく、十六夜は握る「それ」の感触を弄ぶ。
『正直に言う。私も、まさか再びこの言葉を使う時が来るとは思ってなかった』
『それじゃあ、お前も……?』
『まあ、そういう事になる。
ちなみに、ルイーダの酒場にも登録済みよ――もはや、意味がないけど』
 肩を竦める。
 相手は、動きやすい軽装の鎧に青いマントを羽織っていた。
 そして腰には、「ここ」には似合わない一振りの長剣。
 その様相だけでも、彼がかつての十六夜と同じ場所にいたのだろうと推測できる。
 かつての彼女も――そうだった。
『さて、悪いけど私にはあんたとのんびり昔話に浸る時間はないの。
 大人しく私の前から消えてくれる?』
『それは……できない』
 だろうな、と十六夜は胸中で自嘲。
 あの目つき、言動、立ち居振る舞い。
 そんな状況証拠を並べ連ねても、しょせんは妄想の域を出ることはなかったが。

 それでも、何故だか十六夜には確信めいたものがあった。
 この男は、今の自分にとっての難敵だと。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

478宇宙の彼方の幻想郷:2009/03/08(日) 23:19:02
「不思議よね」
何が、とあえて言わなかったのだろう八雲紫に紫は肯定ともそうでないとも取れるように肩をすくめた。
昼下がりだった。
街のとあるカフェテラスで散り始めた梅を横目に優雅な一時を過ごしていた。
「あの皇帝さん」
皇帝、の一言に紫はようやくああと頷いた。
「確かに、あれは相当な変わり者だ」
苺のショートケーキから苺を摘み上げ、くるりと回す。
「宇宙をこれに喩えたら、あれが欲しがってるのはこいつのへただもんなぁ」
口の中へと苺を放り込み、程良い甘味と酸味を楽しむ。
「あら、また面白い考えですわね」
ティラミスを一掬いし、実に優雅な動作で口へと運ぶ。

「あー、食後の一杯はやっぱりいいなぁ」
「本当にたべるの好きよねぇ」
そう言った脳裏に一瞬友人の姿が横切った。
「あ、そういえば、彼の居るところも幻想がうんぬんって話だったよね?」
紅茶のおかわり(既に6杯目)を注ぎながら、村上紫。
おかわり自由で無料なのは良いが、ここまで飲まれたら店側も流石に焦り出すのではないか。
「いいの。値段分は元を取るからさ。
それより、さっきの続き」
「えぇ、そうだったわね。
…厳密には違うけれど、彼の居るところもまた幻想郷に近しいといえるわ」
発展に発展を重ねた宇宙。
既に魔法と殆んど区別がなくなった科学に不思議な力を持った多様な種族。
そんな人と彼らの生きるあの場所は魔法と妖の生きるこの世界とが僅かにだぶった。

479宇宙の彼方の幻想郷:2009/03/08(日) 23:32:09
「まあ向こうじゃ地球って星すら幻想みたいな物だしね」
「いずれはこの星自体が幻想の境界へ隠れるかもしれないわね」
人々が挙って宇宙を目指し、誰しもが宇宙へ行けるようになる頃にはもしかするとそうなるかもしれない。
「自分は空も良いけど、地上の方がいいなぁ…」
「あら、そういえば高いところが苦手だったわね。
飛ぶのは好きなのにおかしな人」
「飛ぶのはいいんだよ。
落ちる時のヒューッて無重力感が嫌いなの」
「宇宙飛行士は無理そうね」
「確かにね」


二人はそうして暫く歩き続けた。
既に日は傾き、空では夜と昼が混ざり合っていた。
人間がその空を見上げ、振り返る。
幻想の向こう側で微笑む妖怪に彼女もまた笑い返し、再び歩き出す。


今宵も妖怪の時

480※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/03/11(水) 21:57:04

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 結局のところ――
 突き詰めてしまえば、それはただの喧嘩に過ぎなかった。
 意志も、意欲も、意味も、価値も、それ自体にはない。
 あるのは殴られれば痛いという事実と、殴りきれば勝ちという幻想だけだ。
 どんな思想を持ちだしたところで、それは決して変わらない――
 自嘲する。
 言い訳地味たサーキットを流れるのは、まあ理解しているからなのだろう。
 図り合う相手との位置関係を算じながら、手の中の「武器」で固いコンクリートの
床をノックする。無論、返事はなかったが。
「武器」の返す感触は、金属の震わす響きには程遠い――反響すらない。
 あるのは重苦しい反作用だけ。
 仕方がない。
 そもそもそれは金属ではなく、無機物ですらない。
 ただの棒だった。
 相手の手に握られた刃渡り1メートル以上ある真正の刃物に比べれば、
「武器」と呼称するのさえおこがましいというものだろう。
 それでも、十六夜が持てばそこには意味が生まれる。
 その長さ1メートルの棒が、例えば両の先端から引くと半ばから引き抜かれ、
有名な刀鍛冶に鍛えられた鉄をも切り裂く名刀が姿を現す――などということもない、
正真正銘ただの檜製の棒だったとしても、やはりそこには意味があるのだ。

 ――生まれた意味が大きければ、それだけ望む結果を手繰り寄せることができる。
 ――そんな夢想を抱けるほどの価値はなかったとしても。

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481※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/03/11(水) 22:20:28

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 実のところ、逃げるという選択肢は最初からなかった。
 これは何も増長から来るものばかりではない。まあ増長も含まれてはいるのだが。
 ここで逃げ出したところで、同じことが繰り返されるだけだ。
『――勇者』
 つぶやく。無自覚に揶揄の響きがこもるのは、それだけその単語の持つ意味に
辟易していることの表れだった。勇者。
『どうして来たの?』
 その問いが無意味であることは、誰よりも彼女が理解していた。
 来る。その言葉に前提として含まれている「己の意思」を、さて一体どのようにすれば持ちうることができたのか。
『……お世話になった人から聞いた』
 だが、答えは予想外に返ってきた。
『いや、正確には伝わったのだけれど。言葉が通じないから』
 もっとも、十六夜が本来尋ねた意味とはまったく異なる形で、ではあったが。
『――この街には人の財産を根こそぎ「略奪」していく悪魔がいる、と』
 悪魔。
 くだらない表現だと十六夜は思う。
 そんな、今時聖書(おとぎばなし)にしか出てこないような単語を使うのは、
それこそお子様に御伽噺(ゆめものがたり)を語って聞かせる時くらいだろう。
 つまりは、それだけ現実味を帯びていない。否、帯びさせない。
 この街の――この世界の住人は、誰もがそうだった。
 誰一人として、現実を見ている者はいない。

 ――まるで、ここには現実など存在しないのだとでも言うように。

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482※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/03/15(日) 23:10:46

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 スッ、と十六夜が右手を払う。
 生まれたのは風だった。
『勇者』が警戒も露わに剣を掲げたが、そんなものに意味はない。
 大気のうねりは黒灰を媒介に視認され、二人を中心に渦を成す。
 そして、疾った。
『――――!』
 それは十六夜がここに踏み込んだ瞬間に起こったことの再現だった。
 風を操り、人間ごと大気を蹴散らし、吹き飛ばす。
 台風が直撃したような轟音に混じり聞こえてくるのは、圧縮された大気によって
刻まれる建物の悲鳴と、それすらあげられずに転がる人間達の激突音。
 その光景に、ふと何故か十六夜は虚しさを覚えた。
『……さて』
 薙ぎ払われた世界に取り残された二人は、綺麗に「掃除」された空間で改めて対峙した。
『これで少しはやりやすくなったでしょう』
『お前は……まさか』
 そこから先に続く言葉は予想がついた。
 かつての自分ならばそれを肯定していただろうか、などと考えながら、
『ええ。ご想像通り、神職に就いていたこともあるわ。記憶すら朧な過去の話だけれど』
 今の十六夜はそれを否定する。
 聖者を騙っていた自分は、生に縋りついた時に死んでしまった。
 今ここにいるのは――
『始めようか。夜明け前には帰りたいからね』
 その言葉に、『勇者』のまなざしが変わる。
 覚悟を――ようやくといったところだが――決めたらしい。
 彼の全身が俄かに発光する。コンセントに電極を指した時のような炸裂音と共に、
電光がその姿を覆った。その力は左手に集約されている。
 勇者のみが使うことの出来ると言われる、紫電の魔法。
『それに、私も興味がないわけじゃない』
 それを視界に留めながら、十六夜は微笑する。

『――私の「異端」は、かつての世界(じぶん)を超えることができたのか』

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483虫ピン:2009/03/17(火) 23:22:22
うごうごと必死にもがく虫をフランドールはじっと見つめていた。
それは虫ピンで壁に縫い付けられ、哀れなその姿を晒していた。
暫くはその動きを物珍しそうに見つめていたフランドールではあったが、
飽きてしまったのか、床に手の中に残った虫ピンを一本、手にした。
真鋳製のそれを腹へ一刺し。
もう一本手に取り、最初の虫ピンの横へ二刺し。
三刺し。
四刺し。
五刺し。

虫が動きを止めようと、フランドールは虫ピンを何本も何本も突き立てた。
執拗に、楽しむように。
そうして、虫の姿が虫ピンで見えなくなった頃、フランドールはようやく満足げにベッドに腰掛けた。


暫くして、姉お気に入りのメイドが紅茶を携え、やってきた。
そうして、壁の虫ピンに目をやり、首を傾げた。
―妹様、あれはどうしたのですか?
そんなメイドの様子がおかしかったのか、フランドールはくすくすと笑って見せる。
―部屋に入ってきたから、壁に飾ってみたの。
でも飾ってみたらあんまり綺麗じゃなかったんだ。
左様ですかとメイドが言い、壁の虫を見つめる。
後で片付けられるだろうそれの話を今度誰かにしてみようか。
そんな風に思いながら、フランドールは紅い紅茶に口をつけた。


ピンから覗く虫の足は人の形をしているものだった。

484辺境の星の空:2009/03/19(木) 05:59:04
こんな空はあんまり好きじゃない。
雲一つとしてない、何処までも突き抜ける様な青空をヤラは睨みつける様に見上げていた。
とある辺境の星に、彼女は居た。
見聞を広めるためにという名目で義父の治める帝国から遠く離れた星を点々と渡り歩き、
その星土着の民と交流する事もあれば、暇潰しに傭兵の真似事もしてみた。
今しているのは…どちらかと言えば、後者だった。
外から来た侵略者―その星に住む者にとっての―からの略奪を阻止したせいか、
その腕を買われ、客将として手厚くもてなされていた。
そろそろ次の星へ向かいたい所だったが、熱心な侵略者達がそれを許さない。
いっそ中央部にその悪逆ぶりをチクってやろうかしら。五割増し凶悪に。
等と考えながら、溜め息をつく。

もう一度、空を見上げる。
空の果てから降りてくる点のように見える何かに口の端がつり上がる。
「さぁて、仕事と行きますか」
傍らの大鎌を肩にかけ、彼女はゆっくりと歩き出した。

485無責任:2009/03/24(火) 00:27:37
テレビを見つめる彼女の姿を蒼星石はちらりと横目で見た。暗く沈んだ瞳に画面の点滅を写し、彼女は無表情にそこに座っていた。
『…男は死刑になりたくてと話しており―』
「………だったのかね、彼も」
ニュースキャスターの言葉に重ねるように、かすれた彼女の声に蒼星石はとうとうそちらに振り向いた。
先程と変わりない様に見える彼女の瞳が僅かにうるんでいる…様な気がした。
「一体いつから人間はこんなに冷たくなったんだろうね…」
どういう意味か、問い掛けようとした蒼星石の横を彼女が通り過ぎる。
その横顔に深い何かを見た気がした。

「ああ多分それはこう言ったんじゃない?」
相変わらずゴチャゴチャとした部屋の中で彼女の妹が肩をすくめる。
「その男も独りになっちゃったんだろうってね」
「…つまり?」
いまいち理解出来ない様子の蒼星石に相手は苦笑しながら、ベッドに腰掛ける。
「誰かに助けを求められず、でも、差しのべられた手に気付くことも出来ない。
…ううん、もしかすると助けを求めて、気付いてもらえなかった、って事かも」
天井を見上げながら、彼女が溜め息をつく。
「周りは励ましたつもりでも本人には責められる様にしか聞こえない事もあるからさ。
頑張れ、とか逃げるな、って思ってみれば物凄く無責任な言葉だよ。
耐えて耐えて誰かにもう頑張らなくていいって言って欲しくて…でもこれは人によるかな」
自身の手を握っては開く彼女は長く息を吐き出し、困った様に笑った。

「あいつららしいな」
服にアイロンをかける男の背中に寄りかかりながら、蒼星石は深く息を吐いた。
「まぁ、ね。でもなんであんな事言ったんだろうってさ」
男は暫し考える様に小さくうめくとアイロンを傍らに置いた。
「あいつらもその男と同じ場所に居るからだろうな」
「…?」
「つまり、だ」
男が蒼星石を抱き上げ、膝へと招く。
「あいつらも自分の中の闇に飲まれたんだろう、とな」

486信頼:2009/03/28(土) 12:44:57
「…という訳なんだけど、分かった?そもそも起きてる?」
机に突っ伏したままの紫と船を漕ぐ面子にコピーエックス―コピックの愛称で呼ばれるは思わず頭を抱えた。
彼の背後のホワイトボードには『電子空間視覚化スコープ』と巨大な文字とそれを囲むように様々な数式が散りばめられていた。
村上家の地下居住スペースの一角に設けられた会議室で新たな装備についての発表がされていたのだが…。
「ちょっと説明があれだったらしいね」
いまだに頭を抱えるコピックに茶を取りに戻っていた蒼星石が苦笑しながら、声をかける。
「分かりやすくしたつもりだったんだけどなぁ」
「でもほとんど数式とか理論とかみたいだし、疲れてる皆には子守り歌になっちゃったんだよ」
差し出されたE缶―いつも何処から調達しているのか、コピックには不思議でたまらなかった―を受け取り、諦め気味に息をつく。
「まぁそれもそうだけどさ、こっちだってエンジニアじゃないんだし結構大変だったんだよ?
試作作ればもっと軽くだの、でかいからコンパクトにしろだの…」
文句を言いながら、E缶をあおる彼に蒼星石も肩をすくめる。
「それだけ君は皆に信用されてるって事だよ」
「…素直に喜んでいいのかな、それ」
「多分ね」
不機嫌そうな、ただどこか満更でもなさそうなコピックの視線の先で
紫が椅子からころ下落ちていった。

48710ABY. アクシリアの戦い:2009/04/04(土) 09:59:34
―――アクシリア軌道上

既に両軍のレーダーがお互いの艦隊を認識していた。両軍のハンガーでは第二波の航空隊の
発進の為に整備員が駆け回り、両軍の砲撃手達は敵の最新の位置を入力し続け、
両軍の司令官達はいかにして優勢に持ち込むかを思案していた。

―――TIEハンター レインボー1

エグゼキューターに配置されているレインボー中隊は最新鋭のTIEハンターを授かるという名誉に
いち早く与ったエリート部隊である。そのようなエリート部隊の仕事とは前線の露払いである。
レインボー中隊を率いるヘブスリィ大尉は部下達を引き連れて、帝国軍の最前列に居た。

「レインボー1より中隊各機へ、ようやく俺達の出番だ」
「早くコイツを実戦で試したくてウズウズしていました!」

ヘブスリィが言い終わるか終わらないかの内に若い声が返ってきた。ハンターと一緒に配属された
グレシャム少尉である。アカデミーを優秀な成績で卒業したものの、まだ実戦を経験していない彼は
新鋭機で初陣を飾れるのが嬉しくてたまらないのだ。

「レインボー16、お前は俺の後ろにつけ。さもないとヒヨコがターキーにされてしまうぞ」

そう言って、中隊のほぼ全員の笑いを取ることに成功したのはクリストファー副隊長である。
歴戦の勇士の彼はユーモアの中に警告と心遣いを含ませたのである。しかし、この楽しい空気は
すぐに吹き飛んだ。両軍がミサイルの有効レンジに入ったのである。

すぐさまミサイルとレーザーが飛び交い、一瞬にして何十機もの戦闘機が宇宙の塵となる。
しかし、それを生き延びる者はもっと多い。生き延びた者同士でドッグファイトが始まるのだ。
幸いにもレインボー中隊は全員が最初の洗礼を抜け、本戦への出場権を手に入れた。

「レインボー6、レインボー7、俺の両翼を固めろ!あのAウィングのグループを潰しておく!」
「「了解!」」

3機のTIEハンターが乱戦の中で目標を真っ直ぐに捉え、一斉射撃を浴びせて落としていく。
数と連携に優れ、防御力に劣る帝国らしいやり方である。本戦に出場したことで安心していた
Aウィングのパイロットは何が起きたのか分かる間もなく、退場させられたのであった。

488※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/04/04(土) 23:34:01

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 初撃は、『勇者』の方が速かった。
 見舞った瞬間に完了するのは、光の速さで疾駆する呪文特有の利点だろう。
 その必殺性故に、勇者以外は扱うことすら許されない禁忌の力。
『勇者』を中心にして全方位に放射される稲光をかわす手段などはなく。
 十六夜は考えられうるあらゆる最悪の事態をすべて臓腑に飲み込み踏み込んだ。
 世界が鮮烈な白で包まれる。
 痛い、という感覚はない。
 痛覚さえ麻痺させるショックが全身を駆け巡った。
『…………なっ!?』
 それにも関わらず、驚愕の表情を浮かべたのは『勇者』の方だった。
 床に倒れこむ。長時間正座した後のように足が痺れ立ち上がることが出来ない。
 先程の風で黒灰は吹き散らされたため汚れることはなかったことに安堵する――
今置かれた状況そのものよりも、そちらの方が遥かに重要だとでも言うように。
『……ひさびしゃに効いたわ』
 全身が小刻みに痙攣するため、呂律さえも満足に回らない。
 全力で舌打ちして、小さく呪文を唱える――ホイミ。
『つくづく厄介ね、「魔法」ってのは』
 立ち上がる。激しい嘔吐感は残っていたが、活動に支障はきたさない。
 むしろそれを心配すべきは『勇者』の方だろう。
『こんなのを1対1の戦いに持ち込む私達は、人の道から外れた卑怯者だとは思わない?』
『これは……一体……』
 わずかに混濁していたらしい意識が戻り、苦瓜でも噛み砕いたような渋面を浮かべる。

『勇者』の雷撃は光の速さで十六夜を貫いた。
 同じ時間に、十六夜の掌底は『勇者』の顎を撃ち抜いた。
 意識が混濁したのは軽い脳震盪を起こしたせいだろう。

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489※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/04/05(日) 10:50:14

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 それを戦いと呼べるほど上等なものだと十六夜は思うことが出来なかった。
 故に、やはりこれはただの喧嘩だろうと思う。
 鞘に納められたまま振り下ろされた『勇者』の一撃を檜の棒で弾く。
 向こうも予想していたらしく、あらぬ方向に走る剣閃の向きを素早く変え、
返す一撃で十六夜の左脇を狙ってくる。慣性を無視した強引な燕返しだったが
それなりの速度があり、十六夜は一歩身を引いてそれをかわす。
 そこに『勇者』の放ったギラが飛んできた。
 不意をついて追撃する形となったその一撃。予想の範疇外にあったそれを、
十六夜は舌打ちと共に棒を持たない左手で叩き落とす。
 おぞましい虫の這いずりのように伝う火傷の痛みの暴走をかろうじて理性で圧し殺し、
『勇者』の畳みかけを防ぐ目的でバギマを放つ。
 あわよくば傷の一つでもと思ったが、イオラの爆発にかき消されダメージには至らない。
 再び間合いを開きあった二人は、回復呪文でそれまでの傷を癒す。

『久々ね――いや、このスタイルをとってからは初めてか』
 独白のつもりだったが、その言葉に『勇者』がいぶかしむ顔をした。
 答える義理などなかったが、何とはなしに言葉が口をついた。
『私がこの戦い方を覚えたのはこっちに来てからなの』
 僧侶は一人では戦えない。
 それは数年前までの十六夜にとっての常識であり、今の十六夜にとっての汚点だった。
 一人で戦うことを強要される状況になって初めて気づいたのだ。
 それまでの常識など、蜂蜜のように甘ったるく粘質の海に浸かっていた己の抱く願望に過ぎなかったのだと。
『ここは私達みたいな「魔法使い」は少数派だから。
 ――魔法を使われるのがこんなに厄介だとは思わなかった』
『……お前の悪行なんて知ったことじゃない』
 硬質化したままの『勇者』の言葉に。
 十六夜はかすかに眉根を上げた。興味深そうに――あるいは、腹立たしげに。
『悪行。悪行――ね。面白い、少し興味がわいてきた。
 夜明けまでにはまだ時間がある、ちょっとお姉さんと話をしようか――「勇者様」?』

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490※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/04/05(日) 18:38:41

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 つと、もはやただの穴と化した窓の方を見遣る。
 そこには最初の雷撃に巻き込まれて目を回しているこいしがいたりしたのだが、
十六夜は気づいた様子もなく――あるいは気づいた上で無視して、視線を戻す。
『自己紹介が遅れたわね。私が貴方の探していた張本人、「拷盗」その人よ』
 軽く腕を持ち上げ、芝居がかった口調でそう告げる。
『「拷盗」と呼ばれる所以はもう知ってるのよね?
「略奪」だけを目的とした愉快犯。その対象は金品に留まらず、時には人の身体と
心さえも奪うことで知られ、行方不明や記憶喪失に陥った者は数知れず。
 あまりに残虐な手口に、今では半ば都市伝説と化してさえいる――とか、そんなところかしら』
 他人事のように語ったのが癇に障ったのか、『勇者』のまなじりが下がる。
『どうしてそんな事をするんだ』
『どうして。そんな疑問が湧く時点で滑稽ね』
 図るように『勇者』の全身を睨めつける。
『あなたは自分が何故呼吸するか、いちいち疑問に思ったりするの?』
『自分さえ良ければいいのか。その為なら、誰を傷つけてもいいと』
『誰でもいいとは言わない。私が「略奪」するのは、私の得になる奴だけよ』
『自分さえ良ければいいのか!』
『大事なことでもないのに2回も言う必要はないわ』
『勇者』が強く拳を握り締める。
『お前みたいな悪党が蔓延るせいで、夜も眠れずにやつれてる人々がいる。
 そういう人達のことを少しでも顧みようという気持ちに、どうしてなれない?』
『そう、それよ』
 面白がるように口の端を上げ、『勇者』を指さす。
『悪党――って、何?』

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491※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/04/05(日) 19:17:31

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『ねえ、勇者様。あんたは正義って看板背負って生きる運命にあるんだと思う。
 故にあんたが例え正義の味方を自負したところで、否定する気はないわ』
 けど、
『あんたは、どうして私を悪と呼ぶことが出来るの?』
 悪とは何か。
 幸福すぎたかつての自分は、いつもそれを考えていた。
『お前が、罪のない人達を傷つけるからだ』
『なら罪って何?』
『言葉遊びをするつもりはない!』
『勇者』の言葉を無視して、再び窓の外を見遣る。
 先程から視界の端々に映る紫色の髪が目障りで仕様がなかった。
 あの読心女も、この会話を聞いている。
 しかもこちらの真意をすべて読み取った上で。
『言葉遊び? 私は私を悪と貶める根拠を聞いてるだけでしょう?』
『そうやって言い逃れて自分のしてきた事を正当化するつもりか!』
『正当化するつもりなんてない。正当化するまでもなく、私は常に正しい』
『お前はそれを傷つけた人達の前でも言えるのか!』
『言える』
 きっぱりと。
 あらゆるものを断ち切る迷いのない一言に、『勇者』が絶句する。
『私は正しい。正義という言葉がお好みなら言い換えてもいい――私は正義よ』

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492※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/04/06(月) 23:06:47

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『勇者』の瞳に怒りとは異なる色が混ざり出したことに十六夜は気づいていた。
 それは困惑。そして――
『お前……それでも僧侶だったのか!? 何でそんな卑劣なことが言える!?』
『卑劣? 私は自分の正しさを貫くだけよ。あんたと何が違うの?』
 ようやく十六夜の言葉の意味がわかりだしたのだろう。
 これまでのように刹那的な感情を撒き散らすのをやめ、『勇者』は落ち着いた口調で語りだした。
『……僕は罪のない人達を傷つけたりはしない』
『…………』
『あるいは、無意識に傷つけてしまうことはあるかもしれない。
 だがそれは罪だ。だからそれに気づけば、僕は必ず償おうとするだろう。
 けどお前のやってることは違う。
 自覚を持って他人を傷つけ、自分の利だけを最優先し、弱者を貶める。
 それが罪だ。それが――悪だ』
『そう。それが聞きたかった』
 かつての自分と同じ結論を聞けたことに満足する。
 聖職者だった十六夜も、この『勇者』と同じように「悪」を定義した。
 そして――絶望したのだ。

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493※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/04/06(月) 23:35:15

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『あるところに、とても悪いことをした罪深い人がいました』
 急に語り口調で話しだす十六夜。
『…………?』
 意図が読めず、『勇者』が怪訝な顔つきを浮かべる。
『罪人はたくさんの人を悲しませた罪で極刑になることが決まりました。
 とてもとてもたくさんの人を傷つけた罪です。それはそれは思い罰でした。
 罰。それは悲しみを被った人達の手で、その悲しみが癒えるまで罰を受け続けることでした』
 十六夜の声音はかつてないほどに平坦だった。
 まるでともすれば吹き荒れる激情を気取られぬよう、無理に押し殺しているかのように。
『罰を受け続けるという罰。
 それは死とイコールではありません。
 魔法という力は、罪人から死という逃避さえも奪います。

 ――目を13回抉り出されたところで、罪人は許しを乞い始めました。
 ――腸を35回引き千切られたところで、絶叫と共に神様に死を願い始めました。
 ――性器を44回嬲られたところで、罪人はついに自我が壊れ発狂しました。

 罪人が死ぬ事を許された時。
 そこにはもとは脳漿だったか臓器だったか、それさえも判別できないほど
ミキシングされた人間のなれの果てが、ほんの数百グラムほど転がっていたそうです』

 かしん
 かすかに響いたその音は、しかし静まり返った空間に異様なほど響き渡り、
巻き付けられた糸がふいに切られたように、ビクリと『勇者』が肩を震わせる。
 十六夜は同じ動作で、二度、三度と檜の棒で床を叩く。
『……だから、正義なんてありはしないと言いたいのか?』
『信じたの? ただの御伽話よ。お・と・ぎ・ば・な・し、子供が大好きな、ね?』
 底冷えするような声で、十六夜。
「ただの御伽話」を憎悪のまなざしで語る十六夜は、
『そうね、楽しい御伽噺にこんな終わりを付け加えてみましょうか』
 かしん

『罪人は理性がクラッシュする少し前、とある聖職者にこう尋ねました』

 ――ワタシノツミハ、ナニ?

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494死を望む者:2009/04/09(木) 09:08:42
「無駄な事してるわね」
手近なスクラップに腰掛け、疲れたようにヤラが息をつく。
『無駄な事…なのでしょうか?』
彼女の呟いた言葉に男の声が答える。
だが、彼女の周りには乱雑に積み上げられたスクラップや未練がましく動く残骸しか存在しない。
「えぇ、私から見たら十分無駄な事よ」
濁った空の向こうから僅かに降り注ぐ光に照らされて、薄い影がそこかしこで揺らめく。
「何が起こったのかも分からない一瞬の内に葬ってやるなんて慈悲深いにも程があるとは思わない?」
『は、はぁ…』
煮えきらない返答に僅かに苛立ちを覚えるも、すぐさまそれを塗り潰すような感情を抱く。
『……っ、相変わらずいきなりなんですね。こちらまで引っ張られそうですよ』
「あら、ごめんなさい」
そう答えながらも、ヤラは自分の中で沸き上がる感情を押さえようとはしなかった。
普段の武器とは別の、切れ味が格段に劣るナイフを逆手に哀れな獲物へと近付く。
「はろー、まだ生きてるかしら?」
体中を棘で地面に縫いつけられ、無惨に地面に転がされた残骸は彼女を濁った瞳で見つめた。
「こ………殺せ………」
血混じりの懇願とも取れる訴えに、しかしヤラは笑顔で答えた。
「嫌よ。
ねぇさっきも言ったわよね?死は貴方達にとっての最高の名誉なら
私は貴方達に死を絶対与えないって」
止血した傷口を開くようにナイフを突き立てる。
残骸からは苦悶の声が漏れ、手足のない体をよじる。
「あら駄目よ、まだ死んだら」
ナイフを傷口から外し、癒しの力を注ぎ込む。
塞がっていく傷口を絶望するように目を見開く相手にヤラは暗い笑みを向けた。
「闇に飲まれるまで一緒にいましょう」

495桜月:2009/04/13(月) 21:46:15
鼻先に舞い落ちた花びらを手に取り、コピーエックスは頭上の木を見上げた。
ソメイヨシノと呼ばれるこの木は彼が居た世界では遥か昔に絶えて久しかったが、
その時よりも過去であろうこの時代の日本エリアはそこかしこで見る事が出来た。
視線を下へと戻す。
四季の情緒を愛するこの国の人々が満開の木の元へ集い、あちこちから陽気な歌声が上がっていた。
ここいう日はハレの日だと教えてくれたのは、これまた彼が居た時代には姿を消した異形の者―土着神と呼ばれた者だった。
「あーした、ハレの日ぃ…」
口ずさむのは誰かの歌っていた歌。
幼さが残る声は人々の喧騒に紛れ、桜の花と共に風にかすれて―


「おやまぁ」
桜に誘われ、ふらりと公園に足を運んだ紅は桜の根本に座り込んだ青年に目を丸くした。
目を閉じて眠る青年を起こさぬ様に隣へ腰掛け、鞄から缶入りのアルコール飲料を取り出す。
「月にむら雲、華に風って奴かねぇ」
しみじみと呟く彼女の頭上で桜吹雪が月と踊っていた。

496戦場の亡霊:2009/04/17(金) 14:45:20
各地を歩けば、それだけ色々な人物と出会う機会が多くなる。
アンドロイド。闇商人。暗殺者。
だが―この相手ほど奇怪な相手は果たして居ただろうか。
ヤラは普段の大鎌を地面に突き立て、真紅のセイバーを構えながら、相手を注意深く見つめた。
「シスか……」
喘息を思わせる咳払いをし、相手はそれぞれの手に青と緑のセイバーを構える。
ジェダイを殺して奪った物か、元々本人の物かは定かではないが、
ただそこから感じられる気迫にヤラはいつでも飛び退ける様にしている自分がいる事に気付いた。
(強敵ね…)
相手の挙動を見逃さぬ様にしながら、彼女はここに来る事となった経緯を思い出していた。

497戦場の亡霊:2009/04/17(金) 15:30:53
「…所属不明のアンドロイドの大群?」
敬礼をし、報告してきたトルーパーにヤラは眉をしかめた。
宇宙船の補給をしに―という名目で降り立った星の駐留基地でヤラを出迎えたのは、慌ただしく行き交うトルーパー達だった。
この基地を預かる壮年の長官は彼女の言葉に表面上は冷静に、言葉の所々に悔しさをにじませながら答える。
「先日、この星に置いて中規模の地震が発生し、それに伴い、基地下層に巨大な空洞が出現したのですが…」
調査に向かった中隊からの連絡はなく、不審に思った彼は自ら精鋭を率いて、空洞へと赴いた。
だが、そこで彼らを待ち受けていたのは、無数とも思えるドロイドと物言わぬ戦友の姿だった。
「調査には多くの犠牲を払う事となりましたが、敵が何であるかは判明いたしました。
…こちらをご覧ください」
そう言いながら、オペレーターがスクリーンにそのドロイドの姿を映し出す。

「…マグナ・ガードじゃない。
かつてIGシリーズのプロトタイプとして、一時期少数のみ市場に出回っていたとは聞いていたけど…」
ヤラの言葉に長官が首を頷く。
「はい。ですが、何者かがその後密かにこの地下で製造を行っていたようでして…」
オペレーターの言葉にヤラの表情が曇る。
(まさに灯台もと暗し、ね)
知らず知らずに自分達の足下深くでドロイドの製造が行われていたとは夢にも思わなかっただろう。
それが地震により外部へ露見した事が果たして幸か不幸だったかはさておき、ヤラがすべき事が決まった。

何者であろうと、自分の縄張りを荒らす不届き者にはそれなりの代価を支払わせてやろう。

498戦場の亡霊:2009/04/17(金) 19:04:32
24時間しても連絡がなければ、中央へ連絡する様言い残し、引き止めるトルーパー達を振り払いながら、ヤラは地下へ足を踏み入れた。
入ってみれば、予想以上に内部は入り組み、下へ下へと伸びていた。
途中まではバトルドロイドに出会うこともなく、些か拍子抜けだと思いながら、
そこへ足を踏み入れた瞬間だった。
出迎えたのは通路をうろつくドロイド達の熱烈な歓迎だった。
(数が多いとは聞いてたけど…)
振り向き様に背後の敵を切り捨て、一息つく間もなく奥から沸いてくるドロイドにいい加減辟易しながら、壁に身を隠す。
「一体どれだけ居るのよ」
雨の如く降り注ぐブラスターを受け、次第に頼りなくなりつつある壁の後ろで愚痴を呟き、安全ピンを抜いた手榴弾を投げ込む。
「おまけにほいっ、と」
続け様に同じ様にいくつか投げ込み―爆音と衝撃波が脆くなった壁とドロイド達を吹き飛ばす。
地上でも今の揺れは感じられただろうが、この際知った事ではない。
体の上から瓦礫を退け、砂埃の収まらぬ奥へ視覚を飛ばす。
倒れているドロイド5体の内、機能しているものは2体。その内の1体は両腕と片足が潰れている。
(相手は実質1体…一々相手をするのも面倒ね)
闇へ紛れる様に人の形を崩しながら、音もなく天井まで浮かび上がる。
(今の姿なら奴らのセンサーにも引っ掛からない筈だけど…)
目標を見失い、辺りを見回すドロイドの頭上を漂い―
(…!?)
一瞬ドロイドがこちらを向き、ブラスターを向ける。
が、何事もなかったの様に首を傾げるような仕草をし、空洞の奥へと引き返していく。
(流石にびっくりしたわね……)
後をつけるように距離を置きながら、胸中で息をつく。

499戦場の亡霊:2009/04/17(金) 19:28:23
「…何者だ」
そう言われた瞬間、ヤラはまさか自分の事だとは思いもしなかった。
「ドロイド共を欺き、ここまで来れた事は称賛しよう」
ドロイドの残骸に囲まれたそれはそう言いながら、傍らのスピアを手に―
「………っ」
天井から床へ降りると同時に先程まで居た場所へスピアが突き刺さる。
「…いつから気付いていたのかしら?」
ヤラの言葉に相手は驚いた様子で答える。
「先程の揺れと帰還した部下の様子でかなりの者だとは思っていたが…よもや女とはな」
咳払いをする相手に人の姿を取ったヤラが忌々しそうに吐き捨てる。
「あら、女だからって油断しない方が良いわよ?」
それを示すかの様に鎌をドロイドへと袈裟掛けに切りつける。
その様に満足したようで相手はヤラへ背を向け、奥へと来るように促した。
「どういうつもりかしら?」
罠だと警戒する彼女に相手は軽く咳をし、肩越しに振り向く。
「ここは狭い…戦うならば広い方が良いだろう?」
…どうやら、相手は意外に正々堂々とした勝負を好むらしい。
それでも罠である可能性を頭に起きながら、彼女は相手の後に続いた。

500戦場の亡霊:2009/04/17(金) 20:01:50
「来ないならば、こちらから行くぞ」
その声にヤラは顔を上げ、セイバーを踏み込んできた相手へ突き出した。
相手はそれをヤラの横へ回り込む事で避け、上段と横からセイバーをヤラへと振り下ろす。
横へも後ろにも避けられない彼女はあえて相手の懐へ飛び込み、股下をくぐり抜け、足へ切りかかる。
相手もそれを読んでいたのか、前へ跳躍してヤラへと向き直る。
「流石だな」
「貴方もね、ついでに名前でも聞こうかしら。
墓、作ってあげなくもないわよ?」
距離を取り、セイバーを構え直しながら吐いた言葉に相手の様子が変わる。
セイバーを握る手は震え、怒りをにじませた瞳がヤラを射抜く。
「名乗る名など…とうに無くした!」
ダンッ!と床を踏み抜かんばかりの跳躍から放たれた突きにヤラのセイバーが宙へと舞う。
舌打ちをし、拳を固める彼女の右肩をもう一方のセイバーが貫き、後ろの壁へと叩き付ける。
「がっ……!」
肩を瞬間に焼ききられる痛みに歯を食い縛りながら、続け様に貫かれた左肩の痛みに耐える。
「終わりだ」
肩からセイバーを引き抜き、逆手に持ち変えた相手を見上げながら、ヤラは口を歪めて笑った。
「えぇ、その様ね。でも最期にひとつ」
その言葉に相手は怪訝そうな様子を見せて…次の瞬間、まるで信じられない目つきで自身の胸を見下ろした。
「シスもフォース使える事を、お忘れなく」

501戦場の亡霊:2009/04/17(金) 20:27:09
「テレキネシス、か…」
背中から貫いた鎌を見下ろしながら、相手が息苦しそうに呟く。
「肉を切らせて、骨を絶つ…ま、あんまり好きな戦い方じゃないけどね。
それより…あなた、何者?どこに頼まれてあのドロイド達を作った?」
「…作ったのではない。我々は以前から、ここに、居た」
「なんですって?」
咳込みながら、言葉を続ける相手にヤラは一言も聞き逃さぬよう、耳を傾けた。
「戦いに破れ…地下へ打ち捨てられ、そのまま死ぬ筈であった。
だが、死ぬ瞬間、心の中である感情が芽生えた」
体を軋ませながら、なおも立ち上がろうとする相手に思わず後ずさる。
「まだ、戦い足りない。まだ、ジェダイ共をこの手で滅ぼし足りない!
特に奴を、手傷を負わせた奴ヲ!」
覆っていた金属が体からはがれ落ち、床へ散らばっていく。
「あなた…まさか…」
「奴ハ何処だ!奴ヲ出セ!ヤツヲヤツヲヤツヲ!」
…体を覆っていた金属の下から現れたのは、見慣れた漆黒の体。
「…だが、地上への道は閉ざされたまま、我々はなす術なくここで時を待った」
「そして地震が起きて、地上への道が開けた…」
相手から抜け落ちた鎌を手元へ引き寄せ、構える。
「執念もここまで来ると恐ろしいわね。
ま、私も同じ様なものなんだけどね」
「邪魔ヲ…する気か」
顔を覆う金属の仮面のみとなった相手が再びセイバーを構える。
「えぇ、そうよ」
唇を歪め、暗く歪んだ笑みを向けながら、皮肉っぽく言い放つ。
「さようなら、未練がましい亡霊さん」

502クロネコ:2009/04/20(月) 19:08:42
彼女を例えるならば何であろう?
いつもの様に仲間とくだらない話をしていた時にふとそんな話が出た。
数ヶ月ぶりにここ、インペリアル=パレスに放浪癖のある第二皇女が帰ってきた。
相変わらず訳が分からないもの―妙な装飾がされたドロイドのパーツやら不思議な色合いの鉱物やらを持ち帰っては、部屋に飾っているだの
辺境の地を荒らし回る海賊共を一人で絞め上げただの、
何かしら(皇族にしては)噂話に事欠かない人物ではあるがそれもあいまってか、彼女には一部から人気がある。
風に流れる艶やかな黒髪が素敵だ、いやいや敵を射抜くあの視線だ、
しなやかな身のこなしだ、等々。
日頃彼女の暴言(に近い台詞)を聞いている彼は
同僚達の言葉にただ苦笑するしかなかった。
「××はどうなんだ?」
同僚の一人がこちらに話題を振る。
「あー…そうだな」
言われて少し考え込む素振りを見せる。
「ネコ、だな」
「ネコだぁ?」
彼の言葉にどっと笑いが起きる。
またまた、やっぱり××はジョークが上手い、とはやしたてる同僚達に彼が肩をすくめると同時に休憩終了を告げるベルが鳴り響いた。


上司は気まぐれなクロネコ

503評価:2009/04/26(日) 22:15:06
訴えようとも訴えることができない。これほどつらいことはない。
言いたいことも言えないのだ。ひとえにそれは自らの性格にある。
前に他人に人間関係は『外交』じゃない、と言ったが、
実はそう捉えているのはそれを言った本人なのだ。
卑屈になることしかできない自分に腹が立つ。
己の中では己を貫きとおしてはいるが、外に出るとすぐに曲げてしまう。
きっと、あと数年もこんな感じなのだろう。

結局、まだ言いたいことが言えずにいる。
そして、自分の欲望を曲げて出すことしかできない最低の人間へとなり下がっていくのだ。
そこにいる意味を見失ったら、他人との比較でしかそこにいる意味を見つけられないのだ。

恐らく、これからも言いたいことを自分は黙りとおしていくのだろう、永遠に。

504潜む者:2009/04/28(火) 11:32:44
いつもと変わらない夜だった。
同僚たちと仕事明けの一杯へ赴いた彼は、街のざわめきを聞きながら、いつものように空を見上げた。
「!!!」
遠くの空が赤く染まり、何かが焦げる臭いと煙に人々は何事かと足を止めて、彼と同じように空を
見上げていた。
なんだどっかで火事か?向こうはインペリアルパレスの方じゃないか?
ざわめく人々を尻目に本部と連絡を取っていた同僚の一人が吐き捨てる。
「くそったれ!妨害されてる!」
本部との連絡が取れない以上、武器が必要になるであろう状況なのは疑いない。
足早に詰め所に戻っていく同僚たちの後を追うように振り返り―

「おーい、この資料を取ってきてくれないか?」
「はい!ただいま!」
彼女は渡されたメモを片手に資料庫にいくつかの荷物を抱えて廊下を歩いていた。
IDカードを扉に差し込み、相変わらず乱雑に置かれた荷物の山を崩さないようにゆっくりと奥へと
進み・・・
{緊急事態発生!緊急事態発生!社内の職員は速やかに所定の場所への退避をお願いします!
繰り返します!社内の・・・}
避難訓練は果たして今日であったのだろうか?
そんな風に首を傾げて、一番近くの窓から外を見―

「お母さん・・・」
不安げに見上げてくるわが子を抱きしめる娘に老婆は優しく笑いかけ、孫の頭を優しく撫でた。
「おばあちゃん?」
もう少し、この子供たちの側にいた方がいいのかもしれない。
だが、それでは敵を通すまいとする子供の夫、父が命を落とすやもしれない。
「・・・お母さん?」
「大丈夫」
不安げな娘の目元から涙をぬぐい、入口へ歩いていく。
「おかあさ・・・」
閉まる扉の向こう側で娘の声を背に聞きながら、老婆は空を仰ぎ―


あるものは大切なものを守るためといった。
別のものは戦う意味など持たないといった。


しかし、自らが根を下ろしたその場所を守るため
その夜、人の中へ身を潜めていた数多の暗闇が
黒い三日月の呼ぶ声に集まり
深く暗い夜となり、仇なす者達へ
その牙をむいた

505産まれることのできない命:2009/04/29(水) 15:39:41
ここはどこか遠い、でも技術の最先端を行く惑星での、小さな小さな物語。
とある一人の女性―外見年齢は18歳ぐらいか―が、自らの体を透明にすると、
自分の部屋を飛び出し、こことは違う遠いどこかへ向かっていた。

そしていくつかの宙域を生身のまま抜け、そして、数時間の『航行』ののち
ついた先は未開惑星―とは言っても、彼女には古戦場でもあった惑星―だった。
彼女は自らの体を可視状態にすると誰もいない、酸素もない惑星をただ一人歩き始めた。
だが彼女は酸素がないこの惑星を、生身のままで宙域を抜けた私には、
何も案ずることは無しと言わんがばかりに白いドーム状の建物へとてくてくと歩いて行く。
まるで、『我が故郷』と言わんばかりに、だ。

彼女はその建物に入ると、人造物でありながら、
人の気配を感じることができないその建物の電気をつけ、
水槽の中に入った、まだ喋ったことも、考えたことも、
自ら動いたこともない自分の姉妹たちに挨拶をした。
「…まだOS見つからないの、もう少しだからね、待っててね」
いつも彼女の恋人に毒を吐いてるその口で、彼女は動かない自分の姉妹たちに、
優しく、だけど、力強く話しかけていた。

そして彼女は、その施設を後にした。彼女の眼には、うっすらとだが、涙が浮かんでいた。
だが、彼女がもといた惑星に戻る頃には、いつもの毒舌を彼女の恋人に向かって吐いていたという。

506:2009/05/05(火) 14:25:14
湿った空気を感じながら、ドロシーはぷかりと煙を吐き出した。
暇である。
妙に厄介な依頼も今のところ入ってはおらず、かと言って何かしたい事がある訳でもない。
出掛けようにも今の時期ではどこも人だらけだろう。
いつもなら煩い年少組も今日は紅魔館だ守矢神社だと出掛けていて、居ない。
唯一家に居る鉄屑は定期メンテナンス中でからかうことすら出来ない。
珍しく静かなのはよろしいが、暇でたまらない。
いつの間にかフィルターのみとなった煙草を灰皿に捨て、新たな煙草を取り出そうとし―
「…………ない」
くしゃりと空になった箱を握り潰し、仕方ないとばかりに重い腰を上げる。
日用品のついでに買いに行くか。
財布をジーンズのポケットへねじこみ、椅子にかけたままの上着に袖を通す。
玄関で靴を履き、扉へ手をかけ―
「……あー」
くるりと後ろを振り返り、一言。
「行ってきます」

507※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/05/05(火) 22:27:01

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

『罪なんて――悪なんて、他人が決めていいものではないのよ』
 嘲るように――その対象が『勇者』なのか、あるいはかつての自分だったのか――
十六夜は言い放つ。
『だから何をしても罪にはならないと? それこそただの言い逃れだ』
『罪になるかどうかは私自身が決める。そして私以外の誰にも決めさせない』
「勇者」が歯ぎしりする。
『悪党の理屈だ!』
『なら聞こう。あんたは悪を定義して、何を成す?』
 その問いに対して、「勇者」は迷わなかった。
 間髪入れずに答えを返す。わかりきったことを聞くなと、言外に怒りを込めて。
『罪を犯す者を止める。止めてみせる』
 そしてその答えをも予想していた十六夜は立て続けに言葉を投げる。
『どうやって? あんたの言う罪は、あんたにとっての罪でしかない。
 それを押し付けることの是非を問うても堂々巡りだから置いておくとしても、
 あんたが悪と定義した相手は、自分が正しいと主張するでしょうね。
 自分だけの「正義の味方」を、あんたは如何なる手段でもって止めると言うの?』
『それは……』
 言葉を濁す。
 答えを持たないわけではない。そんなはずはない。
 彼はすでに具体的な行動でもって十六夜にそれを提示しているのだから。
『とっくにわかってるんでしょう? 
 物理的暴力にせよ、司法的権力にせよ、力づくで止めるしかないのよ。
 口で言って聞かない奴は、殴って言い聞かせるしかない。
 それはまったくもって正しい。そしてそれ故にあんたは間違ってる』
 十六夜は言い放つ。
 眼前の、現実を知ろうともしない御伽噺の中の勇者へと。
 そして、現実を見もせずに人を諭していたかつての僧侶(じぶん)へと。

『自覚を持って相手を傷つけ、己の利を最優先するために力で相手をねじ伏せる「正義」。
 ――それこそ、あんたが定義する「悪」そのものだ!』

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

508※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/05/05(火) 23:19:50

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 語り合うまでもなく、結論など最初からわかりきっていた。
 究極的な「正義」などない。
 そんなものはどこにもありはしない。
 魔王にとっての正義が人間にとっての悪でしかないように。
 主張を異にする限り、正義の裏側に必ず悪が存在する。
 それはどちらが正しくて、どちらが間違っているなどということはない。
 そんなものは立ち位置の違いを示しているにすぎないのだから。

 それに気づいた時、十六夜は聖職者としての地位を捨てた。
 正義を信じられない者が、神を信じることなど出来るはずもなかった。

『僕、は……』
 拠り所を失った世界の救世主は、くず折れるように己の剣に体重を預ける。
 その姿に、懐かしさと、わずかの苛立ちを覚えながら、
『認めなさい。あんたは「正義」であると同時に「悪」だ。私と何も変わらない。
 守るべきものが私とあんたでは異なるという、ただそれだけの違いに過ぎないのよ』
『……信じたいんだな』
 ぴくりと、十六夜の眉が上がる。
『そう信じないと、そしてそう僕に信じさせないと、お前は僕を斃せないんだな』
 十六夜は無言。そこには先程までの憤りも消え失せたいつもの無表情だけがある。
『ようやくわかったよ。何故、お前がこんな禅問答を語り出したのか。
 さっきのお前の言を借りるなら、今の僕はかつてのお前そのものなんだろう。
 正義を信じることを諦めたお前は、正義を信じる僕には勝てない。
 だから語りを入れたんだろう? 僕を、お前と同じところへ堕とすために』
 かしん
『そうだ、理屈なんかじゃない。僕には守りたい、守るべき人達がいる。
 その人達を守り通すことが誰かにとって「悪」となるなら、それでもいいさ。
 僕は、僕を信じてくれるみんなにとっての「正義の味方」で在り続けよう』
 そうして、「勇者」は目を眇めた。
 心の底から憐れみを込めたまなざしで、

『――お前は、信じられる人を失った僕なんだな』

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

509※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/05/05(火) 23:23:48

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「………………ッ!」
 胸を締め付けられるような痛みに、十六夜の体が震えた。
 ――僕を信じてくれるみんなにとっての「正義の味方」
「かっ……は……」
 喉に詰まったしこりを取り出すかのように、激しく嘔く。
 唾液が溢れ、涙が伝う。
 ――お前は、信じられる人を失った僕なんだな
 発作のようなしゃっくりを繰り返す度に、意識が逆行する。
 思い出してはいけない。
 理性が強硬に想起を拒んでいる。
 だが、すべては手遅れだ。
 己の頭の中を弄ってまで封印していた箱は、一度開いたら最後あらゆる負の感情を吐き出すまで収まることはない。

 最後の友達を失った夜。
 傷つき、嬲られ、蹂躙される様を、見ていることしか出来なかった地獄の夜。

 最初の家族に出会った夜。
 何もかもが終わりきり、ゴミのように打ち捨てられた「それ」を抱きしめることしか出来なかった悪夢の夜。

 思い、出しては、





 ――そーなの、よかったねー





「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

510母の日:2009/05/08(金) 20:01:38
花屋を埋め尽さんばかりの赤い花とそれを一生懸命に選ぼうと見つめる少女とをエックスは黙って見ていた。
「そういえば」
一見同じ様な二輪を両手に少女がエックスへと振り返る。
「コピックは見なくていいの?」
少女の問いかけに短くこたえると彼女は少し考えるような仕草をし―やがて、申し訳なさそうな顔を自分へ向けた。
「…ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」
落ち込む彼女に花の会計を済ます様に促しながら、エックスはぼんやりと思った。

―自分を作った人を母とするなら、
―その人は自分を捨てた


「別に、今更なんともないよ」
花屋からの帰り道に謝ろうと口を開きかけたフヨウの言葉を青年が遮る。
居心地の悪い空気に先を歩く彼の姿を見る。
「どうした?」
不思議そうに眉根を寄せる青年の顔を間近にし、フヨウは驚いたように後ろへ飛び退いた。
「…君ってば本当にぼんやりしすぎだよ、ほら」
差し出された手は人間のそれと変わりなかった。

511※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/05/10(日) 21:21:57

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

「こいしっ!」
 総毛立つ感触に、さとりは思わず叫んでいた。
「ん、お姉ちゃん?」
 初めてその存在に気付いたというような声をあげるこいし。
 事実、こいしは声をかけられるその時までさとりを失念していた。
 声をかけようにもこいしを知覚できなかったさとりとは対照的とも言える。
「どうしたの?」
 危機感の欠落したその声に、さとりはまた別の理由で慄然する。
 それはさとりだけが抱いている危惧なのだろうか?
 さとりには十六夜の心が読める。
 それ故に、さとりの全感情が訴えるのだ。
「逃げるわよ」
 ――逃げろ、と。
「逃げる? 何から?」
 だが、こいしにはそれが伝わらない。
「この前のことを忘れたの?」
「この前? あぁ、ひょっとして十六夜に初めましての挨拶をした時?」
「あの時と同じことが起こるわ」
「そうなんだ。でも、その方が面白いよね」
「こいしっ!」
「んー、お姉ちゃんが何でそんなにビクビクしてるのか私にはわかんないよ」
 何故、伝わらないのか。
 それが普通なのだろうか。
 さとりにはわからない。
 心の読めるさとりに、心の読めないこいしのことは――
「……違う」
 そうではない。そんなことは関係ないはずだ。
「お願い、こいし。私の言うことを聞いて」
「……お姉ちゃん?」
「お願いだから……」
 こいしに理解させることができなくても。
 さとりの思いをそのまま伝えることが出来れば。
「あなたが傷つく姿を、私に見せないで」

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

512※名前欄が空白です。匿名で投稿されます:2009/05/10(日) 22:12:54

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

 灰が降り積もる。
 雪とは異なり結晶構造を成さないそれに吸音効果があるとは到底思えないのだが、
あたりは不気味なほど静まり返っていた。
 かすかな光に照らされたその場所は、よく見れば思いの外広かった。
 ただのコンクリートだと思っていた床は実は一部に過ぎず、その大部分は学校の
廊下のようなリノリウム張りとなっていた。建設途中に破棄されたというよりは、
破棄された後に風化ないし破壊されたのだろう。先程十六夜の風によって吹き飛ばされた
家具らしきものはよく見れば長机で、どうやらここは予備校だったらしい。
放棄されてかなりの年月が経っているのか、あちこち壁の塗装が剥がれた様はさながら
腐乱死体のようで、廃墟特有の押し潰されそうな空気が忸々と立ち込めている。
 常人なら間違っても留まりたいとは思わないその場所を塒(ねぐら)としていた
とある「普通」の強盗犯達は、十六夜の強襲から意識を回復させた直後に一目散で
遁走している。追いかけなかったのは、彼らが戦利品を置いていくのを確認していたからだ。
 故に、ここに残っているのは二人だけ。

 夜の中に混じる朱。
 その光を吸収し、黒灰がちらちらと彼らのもとに降り注ぐ。
「――いい夜だったわね」
 告げる十六夜の相貌には、笑みがあった。
 凍結したような瞳は敵を見据えてまばたきもせず、口元だけが異様に吊り上がった
その表情を、笑みと評していいのかはわからないが。

 ビルの建物の一室。
 そこに『降り積もる』雪。

 10階より上層が跡形もなく消し飛ばされたビルで、彼らは最後の対峙を迎えた。

// この投稿は匿名によるものです--------------------------------

513小ネタ:2009/05/15(金) 23:19:50
1 魔がさした
居間で何時ものようにフヨウが何かの物真似を披露し、
酔っ払った周囲が囃したてるのをコピーエックスは若干冷めた目で見ていた。
「なんだい、青いののノリが悪いよぉ?」
絡んでくる酔っ払いを避けるように洗面所へ逃げ込み、息をつく。
…ふと、鏡台の横に置いてあったブラシが目に入り、それを手に―
「………キラッ☆」
なんとなくポーズを取ってみる。
「……………」
「……………」
風呂に入りにきた紅と鏡の中で目があった。

2 三十七歳
アサヒにはどうしても一息に物を言う癖があった。
「お、紫さんだ」
珍しく縁側に現れた八雲紫にアサヒは常々疑問に思っていた事を聞いてみた。
「紫さん十七歳って本当なのか?」
アサヒが最期に見たのは、視界を埋める弾幕だった。

514ここにいる:2009/05/27(水) 18:43:32
「結局さぁ、何があったんよ?」
壁に顔面からめり込んだ…本性である姿な為、色々と酷い事になっているドロシーから距離を取るようにしていたコピーエックスにふと翳る。
「そりゃあさぁ、あんたの百式をシルバーカラーにしたり、専用ザクの角折って普通のザクにしたのは悪いとは思うよ、但し反省はしてない。
あ、うそうそ。反省はしてるからバスターこっち向けんな。
おーけー落ち着け鉄屑話し合おう」
うごうごと混ざった絵の具の様な体表を揺らして、焦る彼女にエックスはほんの少し笑みを溢し―肩を落として、壁にもたれるように座り込んだ。
その様子を察したのか、ドロシーはコピーエックスの動きに注意を払うように…あるいは彼の言葉を聞き逃すまいと体を揺らすのを止めた。
床に視線を投げ掛けるコピーエックスは何かを言うわけでもなく、ただ黙ったままにその場へ身を縮めるように蹲っていた。
水音に視線を動かせば、人の姿へと化けた化性が一人、裸を晒したまま、彼を見下ろしていた。
「話して、くれる?」
いつもよりかすれたドロシーの声にコピーエックスはぽつりぽつりと言葉を吐き出し始めた。

515ここにいる:2009/05/27(水) 19:02:59
「夢で、あいつに会ったんだ」
「うん」
「僕の事を見て、あいつはこう言ったんだ」
肩を抱くようにしていた手に力がこもり、瞳に激しい怒りと憎悪が宿る。
「僕は、あいつがなりたくなったあいつなんだって」
「…うん」
「ふざけるなよ!勝手に居なくなっておいて、いきなり帰ってくるなり僕が、僕が出来損ないみたいに言いやがって!」
その顔は怒りに歪んでいたが、ドロシーの目にはそれが今にも泣き出しそうな顔にうつった。
だからだろうか、そうしなければ彼が何処かへ、かつてドロシー達が、この家に流れついた者達が居た冷たいあの場所へ行ってしまいそうで―
『英雄』という名の呪いに縛られた彼を胸に抱き締めていた。
突然の事にエックスはドロシーの胸に顔を埋めたまま、目を丸くしていた。
「エックス、あんたは強い子だ」
わしゃわしゃと彼の人工毛髪を撫でながら、彼女はエックスを強く抱き締め続けた。
「だけど、ここでまで強くある必要はないよ。
だって、私達は
家族でしょ?」

516昼下がりの1コマ:2009/06/16(火) 13:27:42 ID:Ps7ymsCw0
グランド・モフ…元々は複数の宙域の統括を命じられた総督のことであり、銀河史に永久に残るであろう、
オルデラン破壊を行ったターキンも最初のグランド・モフの1人だった。
帝国の設立から半世紀が経とうとしている今日ではグランド・モフは宙界を丸ごと1つ支配する権力者と
なっていた。この地位を「ばかげたもの」と評したのはダース=ヴェイダーが最初で最後だろう。
彼らの権力は皇帝を除けば、銀河史上かつてないものにまで強くなっているのである。

現皇帝の故郷の惑星として知られるアクシリアにもアウター=リムを統括するグランド・モフの総督府が
存在する。そしてその最上階のオフィスに初老の男の姿があった。

彼の名はグランド・モフ・アーダス=ケイン。姿こそ初老だが、彼はすでに100標準年を越える年月を
生きており、その内の半分を総督、モフ、グランド・モフとして過ごしてきた。顔が映るほどぴかぴかに
磨き上げられたブーツ、皺一つ無いカーキ色の軍服、アカデミーを卒業したばかりの少尉のように
ぴんと伸びた背筋、いかめしい顔つき、短くカットされた頭髪…外見の特徴のどれをとっても彼の
隙の無い性格が表れていた。

「ブラクサント・セクターの月例経済報告はできあがっているかね?」
「はい、閣下。2時間前に送られてきました」
「大変結構だ、バスティオンの官僚達は極めて優秀だね」

補佐官の大佐が厳重に梱包されたホロ・ディスクを渡すと、彼は自分のデータパッドにそれを取り込み、
目を通す。数字は全てが好調なことを知らせており、彼の機嫌を損ねることは無かった。

「これで主要セクターの月例経済報告は集まった。3日で皇帝陛下への報告書を製作してくれたまえ、
一週間後に委員会があるから、その時に陛下に報告する」
「仰せのままに、閣下」

大佐が踵を鳴らして敬礼し、オフィスを後にする。報告を読み、それに意見を付け加えて部下に渡すまでに
1時間が過ぎていた。昼食を摂るには良い頃だろう。

「今日のメニューは『ブルアルキのワイン煮込み』か…ふむ!」

彼は微妙な表情をした。といっても彼は献立に不満があるわけではない、むしろ彼の好物なのだ。
問題はブルアルキが非常に高カロリーであることと、自分がそれを不安を抱かずに食べるには
歳をとりすぎているという点だった。結局、数切れを残せば問題は無いという結論に達し彼は
補佐官に食事を持ってくるように伝えた。

「皇帝が羨ましい、あれだけ暴飲暴食をしてよく体が持つものだ…」

そう独り言を呟くと、読みかけの『シーリン詩集 悲劇編』をめくり始めた。
料理が運ばれるまでに10分は待たなければならない。数ページ読み進めることはできるだろう。

517記憶:2009/06/16(火) 18:53:34 ID:bjIIsJPQO
嫌だ。
喉を掻き斬ってなおも収まらない嫌悪感にヤラは鎌を男の頭へ振り下ろした。
骨と肉を裂く感触が手に伝わり―だが、次の瞬間にはじわりと胸の中で嫌な物が広がった。
嫌だ、嫌だ。
悲鳴を上げて逃げ惑っていた者、銃を手に応戦してきた者。
それを一人残らず肉塊へと変え、彼女は最後の男の腕を跳ねた。
「ま、待ってくれ!たかが一人だろう!?
み、身寄りもねぇ、能力だってそんなに高くもねぇ。
そんな奴を実験台にして何g」
ズダン、と石突きで男の足を貫く。
「ぎっ…」
「黙れ」
無表情のまま、手をかざすと闇が男の口を塞ぐ。
恐怖に染まったその顔に石突きを突き立てる。
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」
悲鳴を上げることも出来ず、他の者同様に肉塊へ男が姿を変えても、
ヤラはいいようのない嫌悪感と怒りに手を止める事すら出来ずにいた。


血を吸い、すっかり重たくなった黒いローブを脱ぎ捨て、ヤラは鎖に繋がれたままの子供を見つめた。
実験台とは良く言ったものだ。体に残された痕跡は子供が何をされたのかを物語っていた。
鎖を斬り離しても子供は動こうとせず、床にただ転がるだけだった。
ああ、とヤラは息をついた。
もうこの子は壊されてしまっている。
光を失ったその瞳を伏せてやり、すっと背筋を伸ばし―




…………

518記憶:2009/06/16(火) 19:01:11 ID:bjIIsJPQO
アラーム音に目を開ける。
アナウンスは港についた旨を話し、ヤラはそれに面倒そうに体を起こした。
夢、というより父や仲間から受け継いだ記憶を見ていた。
誰のかは定かではないが、仲間の誰かしらのものだろう。
(しかしまたなんでこんな夢を見たんだか)
欠伸を噛み締めながら、簡素なベッドから降り、他の乗客に混じって港に降りていく。
「おかえりなさい、よく無事に帰ってきたわ」
「お父さん!おかえりなさい!」
港で家族を迎える者の姿に混じって聞こえるのは誰かが誕生日を祝う歌。
「ああ、そういえば」
思い出したように足を止め、外を見つめる。
「群れの皆が私を拾った日だったっけ」
インペリアルセンターを染める夕日を横に浴びながら、ヤラは久しぶりの我が家へと急いだ。

519存在の意味:2009/06/16(火) 23:07:36 ID:g1SrzQBM0
ベランダから夕方を見つめる一体のアンドロイド。
時折吹く強い風が彼女の紫色のポニーテールをなびかせていた。
だが、彼女、アルファがこうしているときは何かしら悩んでいるときだった。
その悩みというのが存在だった。
もはや、彼女には存在などどうでもよくなっていた。
自分の存在する意味を失っていたからだ。
ここ最近、彼女が本気で稼動することは全くない。
彼女はアンドロイドで、戦うことで今まで生きてきた。
それが今、その彼女の力は必要とされなくなってきていた。
無論、その方が平和でいいのだが、彼女には何かが物足りないような気がしていた。
相方は相変わらず元気にやっていた。何が原動力なのかたまにわからなくなる。
ベランダに近づいてくる相方の元気な声をよそに、一人憂鬱な雰囲気にかられていた。
相方のほうはその金髪をなびかせながら遠くを見つめている。彼女の顔には笑みが浮かんでいる。
そして、アルファはやってきた相方、シャーリィに一言つぶやいた。
「私みたいな兵器には今の平和な時代に生きていく資格はないのでしょうか」
それを聞いた相方は、紫色の髪をつかんでわしゃわしゃとかきまわし、こういった。
「あのなぁ、おまえはおまえなんだよ、気にせず生きてきゃいいんだよ
  細けぇこと気にしてると老けちまうぞ?…お前、アンドロイドだから老けないのか
  全く…それにしても羨ましくてエロい体してやがるぜ」
そう言うとシャーリィはアルファの隣に腰をおろした。
「お前がいなくなっていい理由はどこにもないさ そうだろ?」
シャーリィの笑顔は、まるで今、沈んでいる最中の真っ赤な夕日の様だった。
そしてアルファは決意した。
『私が必要とされていなくても、壊れるその日まで生きつづけよう』、と。

以降、ベランダにアルファが来ることはなくなったという

520暗い場所で:2009/06/26(金) 00:41:14 ID:f0IKFGZgO
「あら、あら、まけてしまったわ」
ジジ…と火花を散らし倒れたロボットを見下ろしながら、少女はさもおかしそうに―何の感情も篭っていない声で笑った。
「ゆかい、ゆかい、全くたのしい人々ですわ」
背後に仮面の男を従えて、少女は壊された機械の間を踊るように進んでいく。
その度に白いリボンがふわりふわりと場違いに山を撫でていく。
「てかげん、てかげん、でも本気?そうだとしたら素晴らしい!」
言葉の羅列を繰り返し、少女がくすくすと笑う。
男はただ無言でそれに従う。
「さんぽ、さんぽ、また外まで行きましょう。
沢山、大勢、おもちゃはいっぱい!嗚呼、世界はなんてすてきなの!」
外、の一言に少女の後ろに従っていた男が体を覆う鎧に手をかけ――

521名無しさん:2009/06/27(土) 20:52:37 ID:j1Olu0.MO
洗面所の鏡に走る亀裂を見て、ドロシアは溜め息混じりに手帳を開いた。


・洗面所×
・風呂場×
・二階洗面所×
・地下 
・倉庫内の鏡×?(確か割れてた)
  なんだこれオワタ』
…一番下のは先程二階を調べた義妹が書いたのだろう。
余計な事はあまり書かない様釘を差した筈だが、いつもの様に聞いていなかったのだろう。

(それにしても…)

一夜の内に家中の―まだ全部を見て回った訳ではないが多分―鏡に
ヒビが入っているのは、いくらなんでも異常な事である。

…一瞬酔った挙げ句に窓ガラスという窓ガラスを全てぶち破ったという黒い歴史が頭を横切ったが、
頭を振ってそれらを記憶の彼方へ追いやり、鏡に背を向け―

くすくす…

「?!」

背後から聞こえた…気がした声の主に手帳を反射的に投げつける。

ガシャン!

金具の部分が当たったのか、鏡はとうとう壊滅的な迄に砕け散り、陶器の洗面台へとこぼれ落ちた。


「……ー?何か凄い音したけど大丈夫ー?
…シア姉ー?」

使い魔を展開したまま、ドロシアは壁づたいに床へ座り込んだ。

522それでも朝はやってくる:2009/07/06(月) 08:44:13 ID:45.52UcY0
最初はただもう少し早く走ってみたくなっただけだった。
アクセルを握る手に力を入れ、前へ前へと進んでいく。

風が耳元を掠めて鳴り響き、景色が前から後ろへ流れていく。

メーターが乱暴にぶれるのも気に留めず、ただ走り続けた。

気づけば、訳のわからない涙が風に流され、頬を伝っていた。

「はぁ、ぜぇ、はっ」

嗚咽交じりの吐息を吐き出しながら、涙の滲んだ世界を振り払うように。
ここから逃げ出すように。

真っ赤なテールランプを闇夜に残して、遠くへもっと遠くへと囁く声に
急かされる様にスピードを上げて―

気づいたときには、ガードレールはすぐ目の前に迫り―


「―あ」

飛び散るバイクのパーツの向こうに見えた空はぼんやりとした星と
空を紅へ染めていく朝日が浮かんでいた。


「え?大丈夫かって?・・・あたしの丈夫さはわかって・・・はぁ?バイクのほう?
ありゃもう駄目ね、思いっきりぶつけたし。
・・・わかってるわよ、ちゃんと帰れるって・・・子供じゃないんだから」

もはや鉄屑と化したバイクの傍らでタバコに火をつけ、煙を吸い込み
昇り来る朝日へにたりと笑う。

「こんなくそったれな夜にも朝日は来る・・・ってか」

523廃アパート:2009/07/10(金) 18:12:36 ID:bZCAwxzEO
学校にほど近い場所に噂の廃アパートはあった。
昭和の中程に立てられ、いつからかうち捨てられたそこには曰く「呪い」がかかっている、らしい。
強引な地上げ屋に殺された老婆のものだとか一家心中を図った一家が憑り付いている等…

オカルト倶楽部が不定期に発行する「ザ・怪奇新聞」を流し読みしながら、アサヒは
各地の美術館でのイベントを告げるポスターを張り替えていた。
「美化委員ってフツーこんな事までするか?」
古いポスターを床にまとめているフヨウが首を傾げる。
「さあ?」
「さあ…ってお前、美化委員じゃねぇかよ」
アサヒの言葉にフヨウはいつものようにうーとうめきながら、腕を組む。
「アーちゃん帰宅部なんだから暇だよね?」
「うるせぇ、こう見えてもオレは色々やりたい事あんだよ。
サーティワンで新作食おうかと思ってたのに…くそぅ」
「帰り道では買い食いは良くないよ?」
「…お前は小学生のがきんちょか」
律儀で天然な彼女を尻目にアサヒは最後の画鋲を掲示板に突き刺した。

524廃アパート:2009/07/10(金) 18:22:51 ID:bZCAwxzEO
「あれ?」
「ん?なんだ、忘れもんか」
突然立ち止まったフヨウにアサヒはアイス(手伝い賃としてフヨウに買わせた)を手に振り向いた。
彼女の視線の先を辿れば、ボロいアパートにともった灯り。
「あー、どーせホームレスかなんかが上がり込んで住んでんだろ。
いいじゃねぇか、誰も住んじゃいねぇんだし」
出来ることなら早く帰りたいアサヒの心境を知ってか知らずか、フヨウはじっと窓を凝視していた。
「ほら、あんまり見てるとその内ゴミ投げられっぞ。早いとこ…」
「アーちゃん」
「帰ろうぜ…って何だよ、まだ何かあんのかよ?」
すっと窓を指差し、一言。

「中の人、天井からぶら下がってるよ」

525盈月明夜:2009/07/12(日) 22:12:19 ID:OVB69jK60
 轟、と。
 無を焼き尽くす炎が、夜の帳を引き裂いた。
「もう、邪魔しないで、よ!」
 少女が素早くスペルカードを構える。

 ――核熱「ニュークリアフュージョン」

 炎と炎がぶつかり、互いを食い合うようにして渦を描き、そして消滅する。
 急激な気流の変化に風が吹き荒れる。すでにあたりは台風に近しい暴風域となっていた。
 その風に髪をなびかせる者は、二人。
 ――いや、果たしてそれらを二人と表現するのは正しいのか。 
 紅蓮と漆黒。それぞれの翼をはためかせ、中空にて対峙。
 その時点で、およそ常人とはかけ離れた世界に存在していることがわかるだろう。
 漆黒の翼を宿した少女が、その背の力をばさりと一度大きく打つ。
 本来の翼あるモノならば、吹き荒れるその風に弄ばれ地上に叩きつけられるものだが、
少女の翼は風などものともせずにゆったりと上下している。
 それは降臨する天使を思わせる雄大な動きではあったが、
「しょ〜めつ〜、あははははッ!」
 右手の制御棒を振り回して笑う姿に、およそ威厳と評する部分は見当たらない。
「まったく、いっつも私の邪魔する貴方は何者?」 
 自由な左手でかきあげる、膝まで伸びた長い黒髪。
 その、夜に吸い込まれそうな深い色は、しかし上品さを醸し出す濡羽色というよりも、
百獣の王の鬣のような粗野と荒々しさを生み出している。
「八咫の神様の力を借りた私と同じ炎を作れるなんて、ね」
 その表情も人間のそれと酷似しているものの、やはりどこか異なる。
 あえてその差異を挙げるとすれば、「目」だろう。
 少女の相貌をしたその目は、しかし少女のものではありえなかった。
 獰猛。
 それ以外に言語化の出来ない輝きは、食いつき、食い破り、食い荒らさんばかりの
プレッシャーを漲らせている。
 それこそ、無限の焔で世界を焼き焦がす、あの中天の光のように。
「――さてね」
 応えるのは、対照的な白い輝き。
 銀色の髪を夜闇にたなびかせるその顔には、あたかも感情を目の前の少女に奪われた
かのように暗欝な無表情が浮かんでいる。
 しかし、その背に生えた紅蓮の翼は揺るがない。
 留まることなく、抑まることなく、絶えることのない不尽の炎は、彼女の内面の力強さを
象徴するかのごとく光熱を発していた。
「季節の巡りに背く熱を」
 そっけなくつぶやくその手には、すでにもう一枚のスペルカード。

 ――貴人「サンジェルマンの忠告」
 ――爆符「メガフレア」

526皿洗い:2009/07/20(月) 23:18:50 ID:Vh6IChyc0
今日の夕飯が終わった。食器が次々と台所に運ばれていく。
その食器を洗うのは今日はアルファの番だった。
いつもならイツ花が一人でやるのだが、
生憎今夜は町内会へ用事へ出ていて帰ってきそうにない。
そこで夕食前、ジャンケンをして決めることになった。
そして、最後まで負け続けたのがアルファだった。

積まれていく皿をいとも気にせずただ洗い続けるアルファ。
だが、そこに広がっていたのは一種の異様な光景だった。
洗剤も付けず、ただスポンジでごしごしと洗い続けるアルファ。
このままではいつまで経っても終わりそうにない。
心配になってきたので、声をかけることにした。
「アルファ、大丈夫かい?手伝おうか?っていうか、洗剤付けようよ」
ロボットにも荒れ性があるのだろうか、でもそれだって手袋をつけてやればいいだけの話だ。

するとアルファは一言言った。
「洗剤は戦車に使うものではないのですか?」
そうだ、アルファは戦車全盛期、しかもオイルショックどころではない時代だ。
恐らく洗剤を使うのは戦車にのみ、だったのだろう。
だが今は時代が違う、世界が違う。すかさず突っ込みを入れる。
「あのね、皿洗い用の洗剤があるのね?それを使えばてっとり早く綺麗になるから、使っていいよ」
それを聞いたアルファは目を丸くする。ぽかーん、というか、驚きというか、そんな感じだ。

「マスター、皿を洗う為の洗剤なんて贅沢じゃありませんか?」
彼女にとっては当たり前だろうが…。
「それに、イツ花も使っていませんでしたよ?」
「いや、イツ花は使わないでも洗えるからいいの」
イツ花は平安の生まれだ。洗剤なんて知っても使わないだろう。
…いや、実のところ塩を洗剤代わりとして使っているのだが。
ちなみに平安の時代では塩は高級品のはずである。あれをああも簡単に使うとは。さすが神。
それは置いておいて、問題のアルファだが、プライドを傷つけられたらしく、頬をふくらましている。
「マスター、私にだって洗剤がなくても皿は洗えます」

そう言うと、またもくもくと皿を洗い始めた。
少なくとも、見た目的には綺麗ではあるが…塩さえもつけないのは…。
すると、アルファが一言。
「まだ細菌がついています…く…これはピロリ菌…」
「いや、だから洗剤使えよ!ってかよく見えるな!!」

結局、アルファの皿洗いはすべて終わる前に、イツ花に引き継がれた。
あんな真剣なくせに遅いの見てたら夜が明けてしまう。
そして、イツ花は引き継ぐついでに殺菌のテクニックも教えていた。
「いいですか?殺菌はですねぇ、お湯にバーンとォ!入れて熱湯消毒しちゃうんです」
「なるほど…確かにそっちのほうが効率がいいですね」
「…熱湯消毒でいいって君らアバウトだな いや、確かにそうかもしれんが」

こうして、乃木家の台所は今日も優しさに包まれていた。
…そして、明日も…?

527洗濯:2009/07/21(火) 13:59:58 ID:omLhYaF60
夏の晴れた日、洗濯日和と告げる太陽が空で威張ってる。
今日は雲ひとつない快晴である。こういう日こそ海の日にするべきだろう。
いや、休日を増やせと言っているのではない。ただ単に、言っただけだ。
決して休みがほしいわけではない、ないのだ。

洗濯はいつも通りイツ花の担当…のはずだった。
今日も町内会の用事でいない。回覧板を回すだけなのに、あれは絶対しゃべってる。
しかも本気で、ああ、いつになったら帰ってくるのだろう。
するとアルファが昨夜のリベンジとばかりに洗濯ものを持ってくる。
イツ花愛用の洗濯用桶と洗濯板、そして、これまたイツ花愛用の洗濯石鹸を持ってきた。
何というアナログな方法だろうか…。
アルファは洗濯物を洗濯板の上でごしごしとやり始めた。
時々石鹸をつけて、桶の中の水で洗って、まだごしごしと。
手慣れているイツ花はともかく、それ以外は皆洗濯機に持っていくのに、
先ほども言ったが昨日のリベンジなのか、アルファはごしごしと洗濯ものを洗っている。
彼女だって洗濯機のほうが効率がいいことぐらい知っているのに。
…もう見ていられない、洗濯機で洗うように促そう。

「おい、アルファ 洗濯機で洗ったほうがいいんじゃないのか?」
するとアルファは顔を真っ赤にして答える。これは照れではない、怒りだ。
「マスター、あなたにはピョンヤンというものがないのですか?!」
「ソウルと言いたいのか?!ピョンヤンは北朝鮮だよアルファ!」
「すいません、迎春のことを考えていたら…」
「青春じゃないの?まあ、とにかくそれはいいとして、なんで洗濯機で洗わないの?
  そっちのほうが効率もいいし、少なくとも洗濯板よりかはずっと綺麗になる。」
「だからマスターにはペキンが足りないんです!」
「いや、だからね、ソウルが足りないのはわかったから」
「何の影響受けたかは知らんけど、いつものアルファでいいの」
頭をぐしゃりと撫でる。「ふみゅ」、と聞こえたような感じがした。

「…わざわざ失敗する方法でせんでも」
「うるさいです、マスター それに失敗は…あ」
「あー、破れて…ってこれ自分のシャツ!?」

追記
この日は実は東京はしとしと雨でした じめじめ

528盈月明夜:2009/07/27(月) 21:56:29 ID:ZqlKNNqM0
 音すら消し飛ぶ大爆発。
 その爆心地にあって、妹紅は涼風でも浴びるかのように佇む。猛然とたなびく
髪の束が天を突くように怒髪しているが、表情は相変わらず暗欝なままだ。
 喜怒哀楽を殺しているわけではなく、単に気分が晴れないだけだった。
 それを「仕事」と呼ぶのだろうと妹紅は思う。
 仕事――己の意思が望まぬことを、しかし己の利益のために成す。
 無論、これが初めての労働ではない。
 生きるために必要なものが余りにも少ない身であるとは言え、それでも対価を得るために
労働力を行使したことくらいは経験があった。
 だが、今している「仕事」は明らかにそれとは異なる。
 対価として得られるものは、今の彼女にはゴミ同然の代物だ。
「まったく……被害ばかり増やす」
 つぶやく。込められた感情は忌避の念。
 周囲になるべく被害を与えない場所を選んだつもりだった。建物としては巨大だが、
損壊が激しくホームレスでさえ住めそうにない廃墟の頭上。またその傍らには
楕円形の白いラインが引かれた空白地帯が広がり、戦場にはうってつけだった。
これまでの経験上、場所を選ばないと被害の規模を推し量ることすら出来なくなる。
一度、人の通りが疎らにある商店街の遥か上方で相対した時は、あの翼人――否、
人面烏の恒星落とし(メテオスマッシュ)で街が蒸発しかけた。文字通り死力で止めたが。
 しかし、人がいなければ何をしてもいいと言うものでもないだろう。
 空白地帯には隕石でも落下したようなクレーターがいくつも出来上がっている
――いや、「ような」も何も文字通りのことが起きているのだが。
 埋められた対人地雷を根こそぎ爆破させても、ここまでにはなるまい。
 今でこそ誰も住んでいない廃墟だが、使われていた当時というものが必ずあったはずで、
それを考えると無価値にして無遠慮な破壊の爪跡に、言い知れぬ不快がこみ上げてくる。
 これで終わりに出来ればと、何度思ったことか。
 そして、それは未だに叶ってはいない。人面烏の言う通り、これで何度目の対峙になるか
数えるのも億劫になるほど相見えてきた。
 そう――その異質極まる炎でさえも見飽きてしまうほどに。

529盈月明夜:2009/07/27(月) 22:32:03 ID:ZqlKNNqM0
「貴方も私と同じでしょ?」
 どこか嬉しそうに話しかけてくる烏。
 思えば、彼女はいつもそうだった。初めて対峙した時でさえも。
 躁の卦でもあるのかもしれない。そういうことにしておこう。感情のゲージが暗欝あたりを
ふらついているから理性を保てているのだ。わざわざメーター振り切って怒りモードに
突入させることもない。
 故に、妹紅は応える。
「一緒にするな、馬鹿烏」
 暗欝に。
 興味など微塵も感じさせない表情で。
「私は馬鹿じゃないわ。だって神様が選んでくれるくらいだもの」
 何やら胸を反り返して胸部を強調しているが、異性なら見惚れるのかも知れない
プロポーションも同性の彼女には鬱陶しいだけだった。
「深い深い地下の奥底。そんなところで燻ぶる炎に、私はもううんざりなの。
 私の力の源は太陽。太陽は地上に降り注ぐ光そのものよ。
 地中深くに埋めてしまうのはもったいないと思わない?」
「偃鼠(えんそ)河に飲めども腹を満たすに過ぎず――分をわきまえろよ」
「うにゅ? えんそ? ……あ、わけわかんないこと言ってごまかす気ね!」
「この、鳥頭め」
「世にも珍しい不死の鳥。私と同じ炎の鳥。せっかく友達になれると思ったのに」
「その台詞はもう何度となく聞いた。そしてその度に同じ言葉を返してる」
 おそらく忘れてしまっているのだろう。鳥頭というのは決して比喩表現ではない。
「それでも言おう。何度でも」
 妹紅の背で炎が猛る。
「お前は無何有へ回帰し、私は無何有から蘇生する。
 ――互いに食い合う以外に、道などあるものか」

530夏空の下:2009/08/03(月) 21:30:40 ID:ZlCGHFbEO
故郷とは何を基準にそう呼ぶのだろう。
花を備えられた墓を見つめながら、アサヒはぼぅとそんな事を考えていた。

ほとんど訪れる者も居ないのか、苔の生えたそれを母達が綺麗にしたのがすこし前、
こうして、墓を見つめたのが今さっき。

アサヒはあまり線香の匂いが好きではなかったが、この匂いがする度に母は何処か遠くを見つめて、言うのだった。
―ああ懐かしい香りがする。

ジジ、と蝉の鳴く声に顔を上げると心配そうな母の顔が目に入る。

―あんまり無理しないで、向こうで休んでおいで。

母の言葉にアサヒは黙って頷き、おぼつかない足取りでその場を後にした。

蝉の大合唱を何処か遠くに聞きながら、うだるような暑さに煮える墓を振り返った。

揺らめく陽炎の向こうに居る母達が幻の様に消えてしまいそうな気がして、アサヒは慌てて駆け戻っていった。

531帝王の怒り:2009/08/23(日) 18:50:44 ID:t3qmZQM6O
レミリアは激怒していた。
それを手に入れるこの日をどんなに待ちわびただろうか。
そう思い、上機嫌であった彼女の機嫌は一瞬で変わってしまった。
他人には些細であるかもしれないが、今の彼女にとっては最も重要な、最も欲していた物がないのだ。
「……っ!」
その怒気を含んだ空気に妖精メイドは逃げ出し、魔道書は棚の中で激しく音を立てていた。
そのプレッシャーを感じながらも怒れる夜の帝王に近付く者がいた。
「レミィ」
この図書館を自らの領域とした七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジである。
「パチェ…これはどういうことだ…」
レミリアの殺気を帯びた視線に後退りかけ、それでも努めて冷静に応える。
「落ち着いて、レミィ。
予定が多少狂ってしまっているの、後ほんの少しの辛抱よ」
その言葉にレミリアはしばらくパチュリーを睨みつけていたが、
やがてそうしていても仕方がないと理解したのか、忌々しげにパチュリーの横を通りすぎていった。
「…よほど、ご立腹みたいね」
全身から吹き出した嫌な汗と震えを感じながら、パチュリーは先程レミリアの居た本棚を見つめた。


そこには『夏の大特集!少年&少女漫画コーナー!』と場違いな文字が掲げられていた。

532河童と機械人形と管理人形と。:2009/08/25(火) 09:22:30 ID:rSlZtcS.O
夏。
太陽は地を照らし熱気を高めて陽気な天気で気温のボルテージを高めていく。
アブラ蝉とミンミン蝉は五月蝿い交響曲を奏で、人間はさぞかし迷惑がっているだろう。
 
そんな、小さな生命が新たな命を育む夏。
焼けるような日差しの中、鉄塊と向き合う一匹の妖怪がいた。
―河城 にとり
一言で言えばカッパである。三言で言うなら人間恐怖症の河童。
多言するなら幻想世界の機械(耐水一級)技師の河童の女の子(ただし人間恐怖症)で、いいのではないだろうか。
…そんな彼女は。
微かに緑色のお手製のスパナ(のような物)を手に持ってボルトとネジとよくわからない機械が芸術的に絡み合う…「それ」を見つめていた。
彼女は一人、呟く。
 
「花のミサイルって、どんなものなんだろう…」
 
要はこうである。
夜。ここの主人に作ってもらった小川―みたいな所でぼんやり星空を眺めていたら―
―突如、空に光る花が咲いて…空から鉄の欠片―花びらが落ちてきた。と

533河童と機械人形と管理人形と。:2009/08/25(火) 10:12:10 ID:rSlZtcS.O
―「私」の部屋に来た彼女は、作りたての緑色扇風機のプラグをコンセントに挿して話をしに来た。
「羽」の取り付けが逆で、慌てて直していたりしたが―中々涼しいものだ。
そして、彼女の話というのが―
「ミサイルかロケットの作り方教えて!」
―――――

「…突拍子もない事言うから、把握するのに時間かかったじゃないかー…」
普通、ミサイルやロケットの作り方なんて知る由もないだろう。
―にとりの考えはこうである(と思う)。
ミサイルとかロケットが、遙か高くの星空で爆発すれば光る花が咲く…とかなんとか。
…にしても、どこかで聞いたことのある話ではある。
 
「ああもう、なんで博麗の巫女と空飛ぶ赤い悪魔のアレを見逃したんだろう」
スペースデブリになりかけたあの話―月へのロケットの事だろうか。
ちなみに空飛ぶ赤い悪魔は○馬さんの事ではない。念のため。
「はぁ…」
ふかふかの茣蓙(ござ)ベットに寝転んでため息を吐くにとりを、椅子に座る私はパソコンを横目に眺めている。
 
「ロケットの資料くらいなら…言ってくれれば簡単に探せるのに」

534河童と機械人形と管理人形と。:2009/08/25(火) 19:15:22 ID:PJoXEMgEC
月に行ったらしい「あの話」は、確か資料を集めて「だいたいあってる」ロケットを作ったはずだ。
ミサイルならその話は別なのだが…
と、私が検索エンジンに文字を打ち込もうとした時―
「…ダメ!」
「ふえっ…!?」
がばっと起き上がったにとりが、突如発した大声に私は驚いた。
そして、にとりは続けて言い放つ。
「資料を見たら独創的じゃないと思うんだ。独創的じゃないと高く空を飛ばないと思うし飛んで爆発しても綺麗にならないと思うし。だから自力で頑張る」
…少し情報が間違っている節もある気がするのだけれど。
というかその言い方は、あのロケットを見なくても別に関係ないって言い方じゃないかい?
とか言うと、こう返事をしてきた。
 
「あのロケットは参考にするだけだよ!」
さいですか。

535河童と機械人形と管理人形と。:2009/08/26(水) 10:30:18 ID:w9sMxr/2O
―あの後、初流にペプシキューカンバーを奢ってもらってから一時間くらい過ぎただろうか。
太陽はゆっくりと傾き始めていた。
でも、暑さは相変わらずで
「あづいー…」
なんとなく眺めに来たらしい初流もうだっていた。私もかさかさになりそうである。
ああ、川で寝たいなぁ…誰かに見られたら川流れに見られそうだけど…なんて考えていたら―
 
肌寒い感触が首筋にぴとりと
「ひゅい!?」
思わずスパナを手離すと、部品が鈍い音をいくつか弾いて私のスパナは地面に転がる。
「あら…すみません。暑いと思って冷たいお茶を淹れてきたのですが…」
落としたスパナを拾って、振り向いた私に渡してきた。
「…クノンさんかぁ。びっくりした…」
クノンさんが手に持っていたトレーを蹴らないとこに置いて、少し笑った顔をする。
「人間でしたら、逃げたのかしら」
「に、逃げないよ…みんな、不意に現れるんだもん」
「人は幽霊や亡霊じゃありませんよ?」
…初流がもっともな顔してにやけてる。
せめて笑ってくれたほうが、私はいいんだけれども。

536河童と機械人形と管理人形と。:2009/09/09(水) 06:31:18 ID:dq8.oEvoO
ちびちびとお茶を飲んではきゅうりをつまむ。ぽりぽり。うむ、美味しい。
塩浅漬けのきゅうりと味噌をつけた生きゅうり。それと、ぬか漬けにしたきゅうりの漬け物をおいしくいただいている。
お茶請けとしては…そこそこのものではあるが、夏である。汗で塩分を放出する体は喜んで塩気の濃いきゅうりを吸収する。ぽりぽり。
それにしてもクノンさんにこんな趣があったとは意外である。ぽりぽり
「よいしょ…っ、と」
にとりはきゅうり味噌にかぶりついてすぐ作業に戻った。…食べる時が地味にいやらしくておいしそうだった。ぽりぽり。
「…初流さん。メイド服、暑くないですか?」
「あ、大丈夫です。はい」微笑してみたりして。
クノンさんは日陰で体が熱くならないようにしていた。やはり機械だからだろうか…
私は…薬を飲んで、好きで女の子になっている。で、メイド服を着ている。物好きですし。
本音は解毒剤と女体化薬の副作用が強いからで、30分は身悶えてしまう…こんな話はいいか。ぽりぽり
「うーん…」
などと考えていたら、にとりが悩み始めた。
どうしたの?とか聞こうと思ったが、自ら口にした。
「…推進力、どうしようかな」
 
…それは今更ではないか?ぽりぽり。

537秋ですよー:2009/09/18(金) 01:07:01 ID:et3NCDH.O
秋である。
天高く馬肥ゆるとは良く言ったものであり、この時期は色々美味なる味覚が多かったりする訳で。
と、現実から目をそらしてはいられなくなり、早苗は視線を下に落とした。
昔ながらの体重計の針は右へと動いていた。

梨と林檎のどちらが好きかと問われれば、フヨウは迷わず梨を選んだ。
林檎にはない歯触りの良さや水分を多く含んだ所が最高だ。
但し冬に作ってもらえる焼き林檎もまた格別であるから、正直なところ林檎も梨も好きなのである。
「ほころで、早苗は食べはいの?」
丸ごと豪快にかぶりつく紫が曖昧な表情の早苗と梨を見る。食べるか喋るか、どちらかにしろというのは野暮な事だ。
「食べたいのは山々なんだけど…」
深く溜め息をつく早苗。フヨウは相変わらず我関せずと切り分けられた梨を頬張っている。
「…この時期は正月並にヤバいよね、栗とか葡萄とか」
ふっと綺麗になった芯を片手に紫の目が遠くなる。
「そして、誘惑に負けてしまうのが自分や」
現実とは非情である。
「焼きたてのサンマの香りとかおろした大根おろしとかなんか焦臭い様な……って、こげくさい?」
外を見る。落ち葉を燃料に燃え盛る炎が芋とそれをくべる神様を炭化させんと頑張っていた。

538錦彩る:2009/09/21(月) 19:33:37 ID:9vR4j2KQO
守矢神社へと続く石段の一つに腰を下ろし、アサヒはぼんやりと僅かに色付き始めた山々を眺めていた。
参拝をするつもりではあった。が、石段を少し登った所でその気持ちが急に萎えてしまい、ここにこうして腰を下ろしているのだ。
そもそも、なんで参拝しようと思ったのか。ら頭を捻ろうと理由は出てこない。
それでも無理に理由をつけるならば、なんとなく。
なんとなく、参拝をしようと思ったのかも知れない。
そんなんでいいもんか、と小さく息をつく。

そろそろ風が冷えてきたのか、ぶるりと体を震わせ、仕方なしに立ち上がり―
「あ――」
視界を埋める赤や黄色の艶やかな錦が山を染めている。
あれほど青々していた山が一瞬の間に上質な着物の様な色鮮やかさに変わった様をアサヒは呆然と眺めていた。
不意に風が紅葉や楓の樹木を鳴らしながら、アサヒへと吹き付ける。
思わず両腕で顔をかばい、再び顔をあげた時には山は先程と同じ緑のままだった。

539ジャズの音色は止まらない:2009/09/29(火) 09:08:44 ID:fv3sa4qcO
普通の人々が賑わう表から少し路地を奥へ入れば、そこはもはや別世界だった。
表を歩けない様なスリやコソドロ、いかつい男達があちこちでいざこざを起こし、魅惑的な娼婦が客を店へと引き入れる。
そんな喧嘩と煙草に溢れた路地を進み、ヤラが足を踏み入れたのは看板が斜める酒場だった。
やっているのか、そもそも店なのかすら判断の難しいそこの扉を開け放つ。
「いらっしゃい」
予想に反して、店内には客が居た。
このゴミ溜りの様なこことは不釣り合いな、上品そうな初老の女性はヤラの姿に深く会釈をした。
対するヤラは手を振って応え、いつもの席に腰を下ろした。
「いつもの、ロックで」
バーテンダーはまるで最初から用意していたように、ヤラの言葉が終わるか否かに琥珀色の液体が入ったグラスを目の前に差し出した。
「それにしても、あんた、良くこんな裏まで来れたわね」
グラスに口をつけながら、女性を見る。
「ここに来れば、お会いできるとお伺いいたしましたので」
クスクスと笑う女性に興味なさそうに酒をあおる。体の中で広がる熱に心地良さを覚えながら、長く息を吐く。
「…べっつにかしこまらなくていいんだけどねぇ。
上位とは言え、自分は離反した群れ出身なんだし」
空になったグラスに新たに酒が注がれる。
あちらのお方ですと言われて見た方向には長い白髪を背中に流した男が居た。

540ジャズの音色は止まらない:2009/09/29(火) 09:21:56 ID:fv3sa4qcO
「おや、まぁまぁ!誰かと思えば、我等が王ではありませんか」
わざと芝居がかった口ぶりのヤラに男は何を言うわけでもなく、手にしたグラスを空ける。
「相変わらず暴れている様だな」
「誰かさんと違って若いんでね」
注がれた酒には手を付けず、新たに酒を頼むヤラに女性が顔を曇らせる。
「気にするな、そいつはそういう奴だ」
男の言葉に女性は困った様に、だがそうしていても仕方ないとばかりにワイングラスを傾ける。
「そういえば、何か用があったみたいだけど、何?」
「え、えぇ…今度皇帝陛下主催の晩餐会が」
「あーごめん、興味ないわ」
きょとんとする女性を尻目に新しく注がれた酒をあおる。
「晩餐会という柄ではないからな、お前」
「はっ!そんなつまらないもの出るくらいなら、怪物と殺し合ってた方がましさ」
そう笑いながら、タンッとカウンターにグラスを叩き付け、次を催促するのだった。

541呟く声は闇に溶け:2009/10/03(土) 21:59:22 ID:eatO2REcO
出てくるであろう言葉を待つ。
それでも相手の口から出たのは、アルコール混じりの呼気だけだった。
溜め息の様なそれは意味を成さず、何かの意味を含みながら、ゆるりと空気に溶けた。
くいと手で顔を上げさせれば、普段の懐疑的な視線は緩み、ぼんやりとした雰囲気がそこにあった。
抵抗を見せないことに思わずその唇へ貪りつく。
舌を絡ませ、唾液が口の端から流れ落ちるのも気にせず、何度も深く深く口付ける。


もしかすると酔っていたのかもしれない。
体の下で荒く息を吐く相手についばむような口付けを交わしながら、ふとそんな事を思う。
「ゼロツ」
不意に相手が上気した頬を緩ませながら、再び口を開く。

「―――――」

溜め息の様なそれは、意味を成さず、ただ相手はふにゃりと笑った。

「お前は卑怯だ」

ゆっくりと再開した動きに喘ぎ声があがる。

「卑怯だ」

意味を理解しながらも、そう囁く。

「だからこそ、私も―」


愛してる

542叫び声は届かない:2009/10/11(日) 21:41:12 ID:HOUYye9oO
最初が何であったか、もはや誰にも分からないだろう。
頼りないランプの明かりに照らされた坑道は暗く、底へ降りていく者にまるで奈落に落とす様な心地を誘う。

時折襲いかかる幻覚と幻聴にルドルフの精神は既に限界に達していた。
いかなる状況、尋問にも耐えうる様、訓練を受けた、その彼がだ。
ここに来て、時間の感覚はとうに狂い、暗闇で散々になった仲間との連絡も途絶えて等しい。
「隊長、大丈夫ですか?」
唯一の望みは一緒に行動している部下の青年だった。
暗闇に物怖じせず、通信機越しではあるが会話の出来る相手に、彼はギリギリの所で踏みとどまっていた。

…そういえば、この青年はあの皇女のお気に入りであったな。
よく、あちこち連れ回されているようだな。

ギチリ、と音が聞こえたのは、その時だった。

「…隊長、お下がりを」
青年が前に出、ルドルフをかばう様にブラスターを構える。

―ああ、ちくしょうまただ。あの化け物共だ。

胸中で毒づくも、脈は速まり、息が独りでに上がっていく。
そして―

543叫び声は届かない:2009/10/11(日) 22:00:33 ID:HOUYye9oO
ぐちゃり、と地面に崩れ落ちたそれの頭を力の限り踏み砕く。
それでもなお、体を蠢かせるそれに吐き気を催しながら、前を見る。
白い装甲を赤に濡らしながら、青年が体に覆い被さったそれを横に退けている。

前時代の産物であろう、化け物達は人とかまきりの合成物であるような姿であった。
きっと、ここで働いていた坑夫達がこの化け物共を起こしたのだろう。
いっそ、地下深く眠り続けていればよかったものを。

じわりとまた闇の中で何かが動いた、様に見えた。
「だいぢょゔぅぅぅ」
通信機から不気味な声が響く。
―やめろ、お前達はもう死んだんだ。土のしたで大人しく眠っていてくれ。
「わ゙れわ゙れを見捨てるづもりでずがぁぁぁ」
(隊長?どうしましたか?隊長?)
視界を沢山の土と血に濡れた手が覆う。
作戦中に死んだ者から殺した者達の怨嗟と嗚咽と憎悪が一斉にルドルフの精神を覆い―

「ひっ―――――」

手にしたブラスターを顎に当て、

「っ!隊長!!」

引き金を―――

544叫び声は届かない:2009/10/11(日) 22:15:59 ID:HOUYye9oO
全面に柔らかな素材を敷き詰めた病室にルドルフは居た。
壁に頭を打ち続けながら、ブツブツと呟くその姿を画面越しに見つめながら、ヤラは鼻を鳴らした。
「幻覚に幻聴、それに暗闇と化け物…全くとんでもない物を残したわよね」
投げ掛けられた言葉に青年は溜め息でこたえる。
「地下で人を狂わす周波数の電波が出ていたとはいえ、こんな事になるなんて…」
「あら、私は予想してたわよ?ついでに帰ってこられるのはあんただけだと思ってたわ」
それも外れたけどね、と特に興味も無さそうにヤラが呟く。

結局帰ってこられたのは人ではない青年と壊れてしまった男だけだった。
坑道と化け物はその地域一帯ごと灰になり、そこで行われていたであろう
おぞましい実験の跡を僅かに残すだけであった。

「結局あの場所はなんだったのでしょうか…?」
「さあね、調査団すら危うい場所だったからろくに調べられなかったろうけど」
ぎしり、と長椅子に身を預けながら、ポツリと呟いた。
「あそこに行った人間は生きては戻れなかったってことさ」

モニターの向こうでは男が口を開いていた。

彼の叫び声は、どこにも届かない

545ワルツとタンゴは果てしなく:2009/10/12(月) 08:21:47 ID:Y.Un2SS60
黄金に輝くインペリアル・プライムが帝都を覆う摩天楼の西端に沈む頃、皇帝の居城はライトアップによって
昼間とは違った美しさを帝都市民達に提供する。そして中では贅沢な饗宴が銀河系の選ばれた人々に供されていた。

「皇帝陛下、この度はお招きに与り光栄の極みに存じます」
「これはレイトン卿。こちらこそ古く由緒正しい家柄と最高裁長官という帝国の重責を負われるあなたをお招きできて
大変名誉なことです。御令嬢は美しさと実績を重ねておられるようでなにより」
「陛下のお眼鏡に適うとはこれまた光栄と申しましょうか……」

白地に金モールや肩章、勲章で装飾された詰襟の礼装に身を包む皇帝に対してタキシードに蝶ネクタイといった
伝統的なパーティ用の礼装に身を包んだ公爵が挨拶を述べている。儀仗兵の「皇帝陛下御入場」の声と賓客達の
拍手に迎えられて早一時間、彼のような大貴族や大臣、グランド・モフ、元帥といった帝国の実力者達から
代わる代わる挨拶の辞を述べられ、それに返事と彼らに関する話題をいくつか振ることを繰り返していた。

「ふぅ、やっと終わった」
「相変わらず御苦労なことだな」

公爵との挨拶を終えて自分のテーブルに戻ると、同じく他のゲストへ挨拶をしていた皇后も戻っていた。
こちらも白金のティアラを着け、パールホワイトのドレスとドレスグローヴ、肩章といった礼装のいでたちであり、
普段の軍装とは違った女性的な魅力といつもと変わらぬ威厳を醸し出している。

「私は呑まないから食べないと持たないのよね……ああ、おいしい」
「下戸ではないのだから、こういう席でくらい呑めばよかろう?」
「酒は罪だよ、皇后陛下?」

ホーク=バットの香草焼きを切り分けて咀嚼した後に漠然とした返答を返す。ホーク=バットは数ある鳥類の中で
もっとも美味であるとされており、パルパティーン皇帝の時代からパレス内には専用の飼育場が設けられ、
よりおいしく飼育と調理が為されており、晩餐会では皇族と側近のみに振舞われるというものである。
美食家で知られる現皇帝もこの肉を愛しており、「これが食べたくて皇帝なった」とジョークの種にされる程である。

「嗜む程度には悪くあるまい」
「私はリスクを低減する志向があるからねぇ、用心深くないと権力者にはなれないのさ」

暗に酔った時の失態への懸念を示す皇帝。酒の上での失態は社会的に抹殺される。すなわちこれまで積み上げてきた
栄光が全て崩れ去るのである。別の銀河のとある島国ではそれは大して問題にならない文化があるようだが、
ここは銀河帝国である。エリートに絶大な権限と尊敬が寄せられる代わりに目も厳しいのだ。

「まあ……お前が失態をしでかさなかったおかげで今日の冨貴の暮らしがあるのは否定できんな」
「だろう? おお、グランド・モフ・ニーベルンク!ノエリア様」
「久しいな皇帝、そして皇后も」
「ごきげんよう、ノエリア殿。楽しんでいるかな?」

あわてて自分の皿に載っていたホーク=バットの最後の一切れを押し込んで飲み込むと、美しい蒼い髪を靡かせる
ドロイドのグランド・モフに妻と共に挨拶を述べる皇帝。
この華やかな社交場で皇后はふと想う。「あの子も着飾れば他の子達に劣らず美しいだろうに」と。
その脳裏に1人の養女の顔とそれぞれ軍装や礼装で出席している皇子や皇女達を重ねながら。

546ほんのすこし:2009/10/21(水) 11:16:21 ID:KUPs.7CMO
ほんのすこし、咲夜から血の匂いがした。
服のポケットに入ったハーブの匂いに混じったそれに咲夜がどこか怪我をしたんじゃないかと思った。
でも、お姉様はそれに気付かない振りをしてるし、パチュリーもその事には触れない様にしているみたいだった。

へんなの。

袖を捲って窓をピカピカにしていた黒いのの肩の上でわたしは頬を膨らませていた。
黒いのの肩の上から窓の外で洗濯物を干す咲夜が見えた。

怪我してるなら、無理しなくていいのに。

そう思いながら、黒いのの髪の毛をぐいぐい引っ張る。
視線をガラス越しに向ける黒いのを見つめがら、お姉様達と同じ質問を投げ掛ける。

咲夜から血の匂いがするの。

わたしの言葉に黒いのはそうかと答え、女は難儀だなと呟いた。
難儀?と首を傾げるわたしに黒いのは難儀だと返した。
怪我じゃないの?と聞けば、怪我じゃないと返ってくる。
男の俺には分からない難儀だと黒いのは肩に乗ったわたしを床に下ろすと、バケツを持って行ってしまった。


難儀なんだねと屋上から戻ってきた咲夜に言ったら、咲夜は一瞬変な顔をしてから、困った様に笑った。
そんな咲夜からはやっぱりほんのすこし、血の匂いがした。

547Driver-潜入!カーチェイス大作戦-:2009/11/21(土) 13:43:20 ID:iA8AymxU0
ここはニューヨーク警察本部。
署長に呼び出され一人の女が署長室へと入り、署長からの話を聞いていた。
その女の名前はシャーリィ。今回彼女が呼び出されたのはとある事件についてだった。

「君は、ロジーナ・ファミリーを知っているかね、ロシアン・マフィアだ
 その幹部の一人、エリ・カサモトがマイアミへ来るらしい。
 君はエリと接触し、ロジーナ・ファミリーへ潜入してほしい
 無論、警察は君が潜入したことは知らない 潜入任務だからな」
ロジーナ・ファミリー、それは最近殺人事件や違法賭博等で頭角を表してきたファミリーだった。
ロシアン・ファミリーであるにも関わらず、アメリカにもその魔の手を伸ばしていた。
ニューヨーク警察はこれを打破しようとシャーリィを送り込もうとしていたのだ。

その話をしながら署長はシャーリィのためにコーヒーを注ぎ、
シャーリィは署長が角砂糖を入れようとしたのを止め、
ブラックのままそれの香りも楽しまずにつまらなそうに飲んでいた。

「何か質問はあるかね?」
署長の問いにシャーリィは不満げな顔で警察バッジを置いていくと、
すぐさまロジーナ・ファミリーの一幹部、エリ・カサモトが待つ
マイアミの駐車場へと車を走らせた…。

548Driver-潜入!カーチェイス大作戦-:2009/11/23(月) 09:46:46 ID:VZBAu6o.0
ロシアン・マフィア唯一の東洋人幹部であるエリは、
すでに駐車場にいてシャーリィが来るのを待っていた。
この駐車場は今は使われていない地下にある駐車場だった。
ロジーナファミリーはたびたびこう言った目的(新しいドライバーの雇用)や、
隠れ家代わり(一時的にだが)などの用途でこういう駐車場を使っていた。

シャーリィはその地下駐車場に入ると、シャーリィよりも濃い金の髪を持った女性が近づいてくる。エリだ。
エリは何のためらいもなく助手席に乗り込んできて言った。
「さっそく腕を試させてもらうよ」
「おう、アタシはシャーリィ アンタはエリだな?それと部下は?」
「エリだ 部下?人間は皆独りぼっちだぞ? さあ、腕を見せてくれ」
そういうとエリはメモを渡した。それにはやるべきことが書いてあった。

やるべきこと
アクセル全開急発進
サイドブレーキを使って急停止
180度ターンと360度ターン
バックから180度ターンしてそこから前進
駐車場の支柱をスラローム走行で一周
駐車場を一周

だがシャーリィはこれを見るなりアクセルを勢いよく踏み、壁の前で急停止し、
そのままバックしながらの180度ターンをして、そのまま前進、
さらにそこから360度ターン180度ターンを相次いで決め、
駐車場を支柱に当たらないよう、でも全速力でスラローム走行で走っていき、
さらにそれを終えると全速力で一周走り、ドリフトしつつ車を止めた。
これらはたった5分の間に全て行われた。エリは驚いていた。
そしてシャーリィに、
「明日から仕事を渡す、それまでここのモーテルで待機しているように」
とひとこと言い残して助手席から降り、そのままどこかへ立ち去ってしまった。
なにはともあれシャーリィはロジーナ・ファミリーの一員となることができたのだ。

        アンダーカバー
だがしかし、まだ潜入任務は始まったばかりである…。

549西日:2009/12/21(月) 12:18:38 ID:It2c2L7cO
何気無しに読んでいたホラー小説の内容にアサヒはなんだとつまらなそうに口を尖らせた。
ある男が古井戸に死体を投げ込むと死体は消え失せ、男は喜んだが
最期に投げ入れた母親の死体はいつまでも消えず、実は母親が密かに処理していたという
話はまるきり何処からか囁かれる都市伝説そのものだった。
(いつから何人殺したって細かい所は違うけど…)
様々な作家の小説を集めた本の締めがこれでは、と本を棚へと戻しに席を立つ。
斜陽の射し込む図書室は古びた本のカビ臭さと程良い暖気に満たされ、静かに古時計の音を響かせていた。

そろそろここが閉める時間か。

時計が示す針を一瞥し、小説コーナーと銘打たれた棚の中へ本を潜り込ませる。
順序良く並べられた背表紙を指で緩やかになぞり、くるりと背を向ける。
明日はあの本にしようか、それとも違うものにしようか。
暖気に負けて、すっかり夢の中の友人を叩き起こしながら、アサヒはふとそう思うのだった。

550浪漫:2010/02/02(火) 15:05:15 ID:kAnVgp3EO
「……は外せないよね」
「それだったら………」
女子が二人、紙に何やら書き連ねながら、ひそひそと声を潜めながら、密談を交している。
「となると………蛙」
「烏も……………」
そんな二人を眺めながら、神奈子ははて何の話かと首を傾げた。
年頃の二人の少女の会話は化粧や異性と相場が決まっているが、先程の会話の端々に出てくる単語はそれとは無縁なものだ。
「ドリルだよ!」
「いいえ!超電磁砲です!」
だんと机を叩くとんがり帽子に早苗も負けじと声を上げ、神奈子はいよいよ意味が分からなくなった。

「たっだいまー」

そこに響く呑気な祟り神の声に二人がざわりと殺気だち、ガタンと立ち上がる。

「諏訪子様ぁ!ヒソウテンソクにはドリルつけましょう!ドリル!」
「駄目です!巨大合体ロボといったら、超電磁砲です!乙女の浪漫砲ですよ、電磁砲!」
「だから!ドリルだってそれと、いや、それ以上の浪漫が詰まってるのになんで分からない!?」
「ドリルは所詮工具!電磁砲の浪漫には負けるわ!」
「表出ろぉ!早苗ぇ!」
「紫の、わからずやぁ!」

ぎゃーぎゃーどったんばったんぴちゅーん

境内で何がなんだか分からない内に被弾した諏訪子を尻目に、空には乙女の浪漫をかけた弾幕ごっこが繰り広げられていた。

「…もう、付き合えん」

今なお何か叫ぶ二人と倒れた諏訪子に背を向け、神奈子は奥へと引っ込んでいった。

551世にも奇妙な?銀行:2010/04/03(土) 21:50:12 ID:1jrkyVH20
私がこの銀行の頭取です、初めまして―。
我が銀行では返す見込みのない者や意にそぐわぬ者に対し融資を行いません。

絶対に、絶対に、絶対に。

一度でも、一円でも見逃して御覧なさい。二度と私達は融資しないでしょう。
ただし、例外はありますが―、それももうすぐなくなることでしょう。

ある種の信頼、とでも言いましょうか。
まッ、遠い昔にこの銀行の名誉と地位は地に落ちたも同然、無論信頼でさえも。
そこに借りに来るあなたはこの銀行に始めてきた者か、盟友か、はたまた―

滅多に、または全く融資をしてもらえないそこのあなた、入口で回れ右なさい。
最も、融資を断られた時点で二度と来ないお客様もいるでしょうが…ね
借りる用のない者も、回れ右なさい。あなた方がここに来る必要はないのですから…
もし、必要ならこちらからお伺いします、ええ。



―さあ、融資の額はいかほどで?―

552ニューアース戦線異状あり:2010/04/04(日) 18:59:04 ID:yCCO/INw0
惑星ニューアース…新たな第二の地球。
メタリオン星系内で見つかったこの新たな惑星は、
このニューアースを一番最初に見つけたグラディウスの領地となる。
そののち銀河帝国が同惑星の監視目的を理由としていろんな場所に基地を建造した。
これによりニューアースでの治安は格段にあがり、賊が現れることもなくなった。

そんな折、オーストラリアのグラディウス軍キャンベラ基地からの連絡が突如途絶える。
近くのシドニー基地からキャンベラ基地へ向かった偵察部隊はキャンベラ基地にたどり着いた。
そこで彼らが見たものはマルセル・ブリュノー基地司令官が同胞に同胞を殺すことを命じている場面だった。
そしてただちにシドニー基地司令官、ジャック・ブールジェに対し連絡を入れた。
『ブリュノー基地指令、謀反の疑いあり』、と―。

553悪夢と空:2010/04/23(金) 15:10:50 ID:9xAUmk0wO
鉄の臭いを孕んだ熱い風が髪を揺らす。
燃える音に首をそちらに巡らせれば、黒く焼かれていくモノと目があった。
ああこれは夢なんだと、動かない体を何とか動かしながら、立ち上がる。
動くものは、もうなかった。



相も変わらず、嫌な夢だ。
机から上半身を引き剥がしながら、後ろへと伸びる。
午後の睡魔に負け、そのまま机に突っ伏したせいか、体があちこち痛んだ。
それでも夢が見せた光景が胸のなかでドロリとした嫌なモノへ変わるよりは幾分マシだった。
戦争に行った兵士が何度も見ると言われる戦場の悪夢も丁度こんな感じなのかもしれない。
そんな考えに被りを振ると鞄の中へ手早くノートをしまい、席を立つ。
ふと窓から見上げた空は、アサヒの心のようにどんよりとした色をしていた。

554はいたいロジーナさん:2010/05/04(火) 10:29:33 ID:CZlxNRik0
とあるひょんなことで沖縄にしばらく滞在することになったロジーナさん
最初は嫌がっていたが暖かい気候と泡盛のおかげでそんな憂鬱気分もどこかへ消えていた。
そこへエリが仕事がてらロジーナのとこへやってきた…

エリ「はいたい!よおロジーナ 近所で噂になってたぜ
    お前昨日近所の人と飲み比べやって勝ったんだってな
    でさ、中身が残ってる三合瓶が欲しいんだが…」
ロジーナ「あらあらエリ、どうしたの 私が三合瓶程度の残してると思う?
      私のことは結構知ってるでしょエリ?」
エリ「じゃあさ!三合瓶はいらんよ 一升瓶をくれ」

エリは怒ったロジーナに追い出され、また次の日にやってくることにした。

エリ「はいたい!やあロジーナ!昨日は悪かったな
    さっきロジーナを嫁にもらいたいと思ってる人が歩いていたぞ」
ロジーナ「あらあらエリ、どうしたの 私がそれを受けると思う?
      しかもその人知ってるし…子供のくせにませてるわねぇ」
エリ「じゃあ二十歳三十路すぎて白髪になってきたらいいのか?」

エリは『私は百合よ!』と怒ったロジーナに追い出され、
そしてそのまま沖縄を後にした…

555五年の月日:2010/05/07(金) 05:31:33 ID:UMut5za.0
深夜、誰も居ないはずの台所
夜の誰もかもが寝静まった時間に似つかわしくない音が響いていた
湯の沸く音、焜炉の火の音、何かを切る音…
そしてそれらは少しの時間の後、ぴたりと止まった

「今日の夜食はもうこれでいいや」
手元に簡単ながらも食欲をそそられそうなペペロンチーノを手にしているのはこの家の主、如月ダーク
…尤も、今の彼はダークという呼び名を変えたいと思っているのだが…
どうやら小腹が空いたのか、夜食を作っていたようだ。
(夜食にペペロンチーノを自作するとか言うのもちょっとあれかもだが自分にとってはいつものことであるby中の人)
そして冷蔵庫の中から瓶を一本取り出し、静まりかえった食卓に座る
夜遅くに、一人で、静かに食べる
これは彼のささやかな楽しみである

自作のパスタを味わいながら、冷蔵庫の中から取ってきた瓶を見る
・・・どうして、この家にはこういうものが多いんだろう
そう思いながら瓶の蓋を開け、中の液体をグラスにわずかに注ぐ
グラスの4分の1ほど注ぎ、一呼吸おいてから一気に飲み干す
…口の中にツン、とくる何か
昔ほどではないが、どうしても好きにはなれない感覚

「えっ」
ふと声がした方を向くと、そこにはエリアの姿が
「ちょ、だーく?」
普段から顔を合わせ、親しくしているはずの彼女が物珍しげな顔でこちらを見ている
「えっと、それって・・・」
まぁ、驚くのも無理はない
だって、今ちょうど口にしているのは…
「お酒、だよね?」
そう、酒だからだ。

「まぁ、そろそろ自分もあれだしな。 最低でも嗜む程度には飲んでおこうと思って。」
口直しに水を飲みつつ、酒に関しての言い訳をする
まぁ、酒飲んで言い訳するというのはこの二人にとってはとても珍しい光景ではあるが…
「あれって?」
「…もうすぐ、自分の誕生日だよな?」
ダークの誕生日は5月8日、最早明日が誕生日である(これを書いている時点で)
「うん、でもそれが・・・、あっ」
「5年って、早いな」
5年、それはダークとエリアが出会ってからのおおよその年月である
実際にはヶ月単位での誤差はあるがそこは気にしないでおくことにする
「うん、そだね。 もう・・・そんなに経つんだね」
少しの間沈黙が続く。
「ねぇ、ダーク」
「・・・何?」
「これからも、好きで居てくれる?」

「…うん。」
「・・・ん、ありがと。」

たった、これだけのやり取り。
それだけでも、二人には十分だった。

「ん・・・っ」
突然、本当に突然、ダークはエリアを抱きしめた。
「え、ちょっと、ダーク?」
「えと、酔ったかも…」
「酔ってないくせに」
「ばれたか」
どちらから、というわけでもないが二人して笑い出す。
「もう、ダークったら嘘が下手すぎ!」
「ごめんごめん」
「もう・・・、今日だけよ?」
「いいの?」
「嘘、やっぱダメ」
「何だよそれ」
「あはは…っ」
「はは…っ」

長いようで短かった年月、だが彼らの終点はまだまだ遠い
これから二人がどうなるのかは、運命すら知らない…

556一線:2010/05/18(火) 20:02:56 ID:04/tEyAAO
長らく開かれなかった扉は、半ば開いた所で蝶番から外れるという形で自らの役目を放棄した。
溜め息を手に残った扉と共に乱暴に室内へと倒すと、黴と埃の臭いが舞い上がった。
典型的な古い空き家の臭いなのかもしれないと足を踏み出しかけ、つと床を見下ろす。
倒れた扉に不満を言うかのように、床がミシミシと声をあげていた。
失敗したと頭を振り、フワリと地面から浮き上がった。

昔、とある富豪の一家が召し使いを巻き込んで心中をしたらしい。
原因は本人達が居ない今となっては知る術もない。
ただ、一家と召し使いは今も家にとどまり続け、入り込む全ても喰い散らかした。
面白半分で入る者に家に残る物品を頂こうとする盗人、或いはどこぞの教会から送り込まれた神父。
ほとんどが翌朝には家の前で屍を晒し、命からがら逃げた者も無惨な最後をとげた。

依頼主は、そんな者達の遺族の一人だった。

557一線:2010/05/18(火) 20:30:38 ID:04/tEyAAO
フワフワと廊下を進み、かつての応接間とおぼしき部屋へと踏み込む。
盗人が持ち出そうとしたのか、値打ちのありそうな物がどす黒く変色した床に転がっていた。
黴が生え、書いてある内容すら判別出来ない本が並ぶ本棚を一瞥し―妙なものを見つける。
およそこの場所には不釣り合いの真新しい背表紙をした本が変色したそれらの間に収まっていた。
好奇心は猫を殺す。そんな言葉を思い浮かべながら、どのみち読んでも読まなくともここに住み着くモノは姿を見せるだろうからいっそ読んでしまおうかと足で本棚を横へ蹴った。
ぐらりと押し潰すように倒れてくる本棚を避けることなく、じっと見上げ―


真下に散らばった本の残骸と元本棚に溜め息を付き、面倒そうに本棚に隠れていた場所を見た。
人を壁際に立たせ、潰せばこうなると言わんばかりのものがそこにあった。
それらがうめき声をあげながら、壁から手を伸ばす様に冷ややかな視線を投げ、廊下へと戻る扉へと進んだ。


故人は家に憑いたものを祓う為に赴き、非業の最期をとげたらしい。
依頼内容はその故人の遺品を回収する事だった。

558一線:2010/05/21(金) 18:47:04 ID:TrGldRnwO
まただ。
廊下の向こう側からこちらを伺う気配に背を向け、気付いた素振りを見せずに辺りを見た。
後から侵入をした者か。それとも、この家に憑いたモノか。
いずれにしろ、こちらに好意的な存在ではないだろう。
無関心を装いながら、手近な扉へ手をかけた。


扉の向こうには年頃の少女が好みそうな家具で揃えられた一室だった。
タンスの上にはむくむくとしたぬいぐるみが、ベッドの枕元には小さなオルゴールが置かれていた。
妙な違和感を覚えながら、ふと板が打ち付けられた窓へ目が向く。
…おかしい。この家の窓は外側から封じられている。だが、この部屋は中から板が打ち付けられている。
嫌な予感を感じながら、不釣り合いなその窓の下で何かが光る。
いぶかしみながら、それに近付き、手を―
「―っ!」
ベッドの下から何かが足に絡み付き、バランスを崩した弾みに肩を強かにぶつけた。
手だ。暗がりへ引き込もうとする小さな手がそれに見合わない力で足を掴んでいた。
引き込まれればどうなるかは、想像はしなかった。

死んでやるつもりは、毛頭ない。

559一線:2010/05/27(木) 19:58:37 ID:0TdFPlesO
袖に仕込んでいたナイフを床に突き立て、空いた片手でポーチからまさぐり掴んだ物をベッドへ投げつけた。
球状のそれがベッドの下へとバウンドし…激しい閃光が辺りを照らし出す。
目を閉じてもなお目がくらむ程のそれに怯んだか、足を掴んでいた手が弛む。
そのチャンスを逃す訳もなく、動かせる片足で床を蹴り、跳ねる様に窓側へと飛ぶ。
背中を壁に押し付け、残っていたもう一本のナイフを構える。
「………」
光が収まる頃には室内の様子は他となんら変わらない、廃屋の一室へ変わっていた。
息を付き、床に突き立てたナイフを引き抜き、袖の中へと収める。
(そういえば、さっきの…)
何かを踏んでいる感触に足を上げると、鎖の千切れたロケットが転がっていた。
間違いない。これが依頼者の探していた遺品だろう。
ようやくそれを拾い上げ、後は帰るのみとなった時だった。

560一線:2010/05/27(木) 20:18:25 ID:0TdFPlesO
ペタリ…ペタリ…
廊下を何かがゆっくりと這ってくる様な物音が耳に届く。
閉じられた扉越しに聞こえる音は確実にこちらに近付いてきている様で、思わず扉からあとずさる。
このまま強行突破、は賢い選択ではない。ナイフ二本で抵抗するにしてもたかが知れている。
窓や壁を壊す事も恐らく不可能に近いだろう。
万事休すと天を仰いでみようか。
自虐的な笑みを浮かべながら、上を見上げると―


「と…と…うぅん、何か違うわな」
頭を掻きながらうめく彼女にゼロツーは興味も持った素振りを見せずにぼんやりとしていた。
「適当で良くはないのか?」
「とは言っても…なんというか、どうにかいい感じに終わらす事が出来ないのよ。
いや、さ、『任務は無事遂行されました』って書けばよかったんだろうけど」
今後の事例のためにも読み物的に残しときたいしぃ、と紙から目を動かさない彼女にゼロツーは大きく息をついた。
「…この話はフィクションだから不死かそれに近いモノ以外は真似はするなーでいいと思うがな」
一人うめく彼女を置いて、彼は目を閉じた。

561危機:2010/05/29(土) 11:23:36 ID:D.1NQMFg0
メタリオン星系に浮かぶ蒼い惑星グラディウス。
少し前に皇帝ラーズ72世が自ら退位し、その後継としてラーズ73世が即位したばかりだった。
ラーズ73世になってから退位したラーズ72世が国防省に移籍し、
ビックバイパーT-302B(Bomber)の製作、そして兵器擬人化勢の増強に力を入れることになる。

そして目覚ましい発展を遂げている新興国バクテリアン帝国―。
かつてはグラディウスの敵であったが今では和解したという歴史を持つ。
農業と工業、二つの顔を持つ惑星で建艦技術に関してはメタリオン一だとも言われている。
また兵器擬人化勢が国民の三割を占めているため、有事の際には強い国だともいわれている。
だが今までに製造されていた洗練されしきった宇宙戦艦は手を加える余裕がなく、
新しく新造されている艦はその全てが今まであった型のであった。

そんなある日、メタリオン星系外から全長15kmを超えるとてつもない大きさの宇宙戦艦がやってきた。
グラディウス軍はすぐに国中に警報を発令し、一般人には外出禁止令が出された。
同時に数千機ものビックバイパーがグラディウス中の飛行場から飛び立った。
そしてグラディウス空軍基地本部からその戦艦に対し警告が送られた。
―すぐさま引き返されたし、さもなくば攻撃を辞さん―と。
バクテリアンも同様のようで、何回もその謎の戦艦に警告を送っていた。
だが返事は無かった。反応もなかった。ただ進むだけだった。
そしてバクテリアン帝国大統領ブリュンヒルデによって、攻撃命令が下された。
―我等の地に無断で入ってきた者に制裁を加えよ―と。
ラーズ73世も攻撃命令を下し、巨大戦艦への攻撃を開始した。

だがいくら攻撃をしても反撃をする様子がない。
そこで擬人化勢に頼んでもらい『入口』を作ってもらったのだ。
そしてグラディウス、バクテリアン両国の合同調査団を乗せた輸送艦が
その『入口』の中に入ろうとしたその時、戦艦から赤いレーザーが全方位に向けて放たれる。
赤いレーザーは輸送艦やビックバイパー、コアを貫通し、破壊していく。
その時、初めて戦艦側から初めて通信が送られて来た。
―我らはヴォリスキー宇宙帝国、グラディウスとバクテリアンの民よ
  我等の支配下にはいるか、我等に焦土とされるか撰ぶがよい―と。

562頼もしきもの共:2010/07/03(土) 23:27:17 ID:B4wirlRUO
彼が入口をくぐった時には行き届いている筈の冷気は店内に集まった人々の熱気に押され、既に部屋の隅で縮こまっている様だった。
所々で響く乾杯の声とゴブレットの打ち鳴らされる音が陽気な男達が奏でる音楽と混ざり合う中へと分け入り、辺りを見回す。
それに気付いたのか、人だかりから手が生える。
人々に詫びを入れながら、そちらに向かえば、黒い長髪の女が並々とトランプを手ににんまりと笑っていた。
「フルハウス」
パサリとテーブルに役を晒し、男達が落胆の声を上げるなか、彼への挨拶のつもりか、ゴブレットを掲げる。
「意外に早かったわね」
「どなたかが早く来いと仰っていましたからね」
「おやまぁ」
笑いを堪える様に酒をあおる。
「酷い輩が居るものね」
一息に中身を干すと、女は意地悪そうな笑みを彼へと向けてきた。
「えぇ、えぇ、全くです。その方がもう少し自重してくだされば、私も楽になれますよ」
運ばれてきたギジュー・シチューに悶絶する同僚に心の中でエールを送りながら、言葉に多少の嫌味を込める。
それに女が顔を押さえて笑う。あのゲテモノを頼んだのは貴女ですか。
頭痛を覚えながら、手近な席に腰を下ろせば、酒の注がれたゴブレットを差し出される。
それを差し出す女は彼に受け取る様に顎を動かす。
断わりきれずにそれを受け取ると女は空になった自分のへと酒を満たし、声を上げる。
「私の愛すべきクソッタレ共!今夜は私の奢りだ!ぶっ倒れるまで付いてこい!」
ヤジやら口笛やら飛び交う中で呆れた様に息をつき、席から立ち上がる。
こうなればヤケだ。明日も非番だ、今夜はとことん飲んでやろうではないか。
「我等が帝国の繁栄に!」
『我等の麗しき黒い月に!』

『乾杯!』

女の音頭にゴブレットは打ち鳴らされ、場は最早どうしようもない程に崩れていく。
呆れながら、ノドへと流し込んだ酒はどこか心地良さを誘っていた。

563通話:2010/08/21(土) 00:18:12 ID:HCSgDpJIO
着信を告げる音が静まり返った木々の間に谺する。
モニターに写し出された名前を一瞥し、通話ボタンを押す。

『もしもし?今何処に居るのよ?』
「空の下の何処かよ」

『……、質問を変えるわ、日本国内なの?それとも海外?』
「世界の星空が綺麗な場所よ」

電話の主がつく溜め息を聞きながら、細長く煙を空へと吐き出す。
煙の向こう側では細かく砕けたガラスの様に淡い光が瞬いていた。

「ここはいいわよ、人間も居ない、車も居ない、なんてったって」
通話口に煙を吐きかけながら、にやりと笑う。
「存分に煙草が吸える」
匂いが届く訳でもないが―恐らく嫌味だ、電話の向こうで咳払いを一つして、相手が話し出す。
『たまには連絡するか、顔見せに帰ってきなさい』
「近々ね。じゃ、切るわ」
『ちょっとまだ話h』

―相変わらずの心配性。
今頃憤慨しているだろう電話の主を思い浮かべながら、新しい煙草に火を付け、空へと吐き出す。

どんなに遠くへ行こうと、胸の奥で燻るモノはいまだにヒトを許すなと囁き、再び暴れ回る事もあるだろう。
もしかすると、また正義の味方に追われる事になるかもしれない。

それでも、あの連中は戸口を開けて、帰りを待っていてくれるだろう。
家族という、奇妙な集まりのもとに。

(本当に、馬鹿でおめでたい連中よ)
煙に隠れたドロシーの横顔には、けれど、安堵した様な笑みが浮かんでいた。




帰りを待っててくれる場所があるって安心するよね

564ある酔った男の話:2010/09/11(土) 17:03:56 ID:KsLUGMwwO
―切り裂き公って知ってるか?…、まぁ有名だし、そりゃ知ってるよな
話ってのはその切り裂き公の話なんだ
…おいおい、別に危なくなんてないぞ?第一随分と昔の話だ
…ほら、ストリートギャングがここらへんでゴタゴタしてただろ?
丁度その頃に切り裂き公がこの街に来ててさ、その中の弱小グループに手を貸す事になった訳よ
…色々あったんだよ、とりあえずまずは話させろって
ところでお前、トリッキーリッパーって奴の噂、覚えてるか?
この街を縄張りとしてた連続殺人鬼で街を荒らす奴らには容赦しないって、ほら、あったじゃねぇか?
丁度グループ同士の衝突が激化した頃にそいつが現れたって話題になってさ、仲間の仇討ちだって血気盛んな連中が向かってたらしいんだけど
誰一人として倒せる奴なんか居なかったんだ
で、その内警察も本気で動こうって時にプッツリ噂聞かなくなったろ?
…実はな、殺ったのは切り裂き公なんだよ

ああそうさ、もう20年も経ったんだ
だからこいつを酒に酔った男の戯言だと思って聞き流してくれて構わない
ただ……、ただ俺はもうこいつを話さずにはいられないんだ
あの日、目に焼き付いたままの―

565名無しさん:2010/09/19(日) 22:45:10 ID:h70EqLmo0
 ふっと眩暈を覚えて早苗は眉をしかめた。
 軽くこめかみを抑えて頭を左右に振る。
 と。
「……………………」
 彼女をじっと見つめる少女の姿があった。
 年の頃は5歳ほど。腰のあたりまで伸びた長い黒髪を無造作に垂らしている。その大きな瞳はまばたきすることなく早苗を見据えていて、何故だろう、まったく表情を浮かべていないのに今にも泣きそうに見えた。
 その光景に、早苗は違和感を覚える。
 連続しているはずの時間が、ある時を境に断絶してしまったような。
 あたかも旧式のフィルムのある部分と部分を切って繋ぎ合せたような、そんな不連続感。
 ――だが、
「……あす、み?」
 早苗は、無意識に少女の名をつぶやいていた。
 そこでようやく彼女は気づいた。
 ――これは、夢なのだと。
「……………………」
 じっと早苗を見つめる少女の瞳。その無言の瞳に見つめられ、早苗は動くことが出来ない。
 何が出来るのか。
 あるいは、何がしたいのか。
 だが、その均衡はふいに崩れた。
「……だっこー」
 手を伸ばす。早苗の方へと。
 一瞬、その言葉の意味が理解できずに唖然とする。
 それを少女は拒絶と受け取ったようで、
「…………だっこ」
 同じ言葉を繰り返しながらも腕は下がり、肩を落としている。
 早苗は、ほとんど反射的に動いていた。
「大丈夫ですよ」
 抱きしめる。
「私が、あなたの傍にいますから」
 少女の顔は見えない。
 だが、目をまんまるくしている姿は容易に想像がつく。
 早苗の胸の中でもぞもぞと動いた少女は、
「……………………ん」
 小さく、そう鳴いた。

 それは新たな夢が始まる瞬間。

566切り裂き公、街に立つ:2011/04/22(金) 14:21:48 ID:VJLRBwS60
ガタン、と音を立てて停止した鉄の車が駅の中へ人々を吐いていく。
足早に流れていく人の中に彼女はいた。
若い女だった。腰まで伸びた黒髪を背中に流し、きれいに整った顔立ちの彼女は至極のんびりとした歩調で足を進めていた。
迷惑そうに彼女を避けていく他人の顔などどこ吹く風といった具合に。
彼らのうちで果たして知るものは居るのだろうか。彼女がこの星系を統べる皇帝の娘である事を。
辺境の地で切り裂き公と呼ばれ、恐れられるヤラ=ピエット、その人である事を。

白昼堂々と人を殺したにも関わらず、未だ身元も顔すらも割れていない殺人鬼が居る。
そんな話を耳にしたのはどこであっただろうか?
駐留する軍関係者であるとも、流れの暗殺者だとも囁かれるそれの話に妙な興味を覚えた彼女は準備もそこそこに
住み慣れた家をいつものように飛び出し―義母の小言を背に受けながら、遠く離れたこの地へ降り立った。

(しかし、ほんとに居るのかね、私以外にそんな奴)
人混みの中でさえ殺して見せたその腕前もさることながら、大勢の他人の目が合ったにも関わらず姿をくらませた芸当は賞賛に値する。
人間であるならば、だが。
…最も町に流れる噂など大体は余計な尾ひれが付いている。もしかしなくとも噂のいくつかは誇張でしかない事が多い。
けれどそれらを事実と照らし合わせてから初めてようやく事の真相にたどり着く…面倒な作業だが、楽しみのためなら多少の労力は惜しまない。
(まるで恋する乙女ね)
居るかも分からない相手に恋い焦がれ、その姿を求めて彷徨う自身の姿は彼女を知る者にはさぞかし奇妙だろう。
それでも―ヤラ自身が半信半疑であるにもかかわらず―妙な予感があった。
この街で必ず会える、と。

そうしてしばらく辺りを歩き回り、出口から差し込む夕日に目を細める。
人の往来が絶えない通りは見た限りでは抗争とは無縁の場所に思えたが、武装した警官らしき者達がそこかしこに立っており、
鋭い視線を辺りに投げかけていた。
およそ不釣り合いなその光景を横目に流しながら、鈍色の建物の間へと足を進める。

まずはどこかに宿を探そう。点り始めた煌びやかな広告の光に目を細めながら、夜の街を行く。
抗争が起きるまで、ひいては例の殺人鬼が現れるのを待つための拠点にお誂え向きな、人目に付かない場所に。
酒と煙草の匂いが辺りに濃くなり始めた頃、ようやく彼女の足が止まる。
「…おやまぁ」
道路を挟んだ向かい側で燃え上がる車から男が這い出していた。
息も絶え絶えといった具合の彼の周りを他の男達が取り囲み、手にした銃を彼の頭に突き付けた。
(おお、リボルバー。もうここらではとっくの昔に絶滅したと思ってたけど、いいね、まだ使ってるマニアが居たのね)
男の手の中に握られた古めかしい骨董品にヤラが若干の興奮を覚えていると、男達の視線が向けられる。
とても友好的とは言い難いそれに彼女の中で何かがざわめく。

―ああ、これは襲われる。この状況を見て大人しく帰される訳がない。だから、

男の一人が小型のブラスターを手に、ヤラの方へと歩みを進めてくる。
男は思いもよらないだろう。目の前の女が動けない理由が恐怖ではなく、獲物を待ち構えている為だということを。
男の仲間は知らないだろう。この後、自分達がどのような末路をたどるのかを。

―だから、これは

ヤラの眉間に銃口を向けた男の顔が僅かに歪む。

―正当防衛。

瞳を爛々と輝かせて笑う彼女に不信感を覚えていたであろう男が仲間の方へ振り返ろうとした。
…ふと、男の瞳が妙なものを映し出す。彼自身の、天地が逆さまになった体。
何故こんなものが、と言いたげな目を見開いたまま、鈍い音を立てて、首が道路をはねる。
その奇妙な音に男達が振り返り、変わり果てた仲間の姿に誰しもが動きを止める。
男の血を手にしたナイフから滴らせながら、呆然とする男達を吹き上がる赤い飛沫越しに見つめる。


さぁ、狩りの時間だ。

567すき:2011/05/15(日) 01:10:29 ID:LM8ZkY1I0
おねえちゃん、私の好きだった人
 今は違うの?
良く分かんなくなっちゃった
 ふぅん
そういう貴女は?居るの?
 うん
ふぅん
 誰か聞かないんだ
聞いてどうするの?
 公平感が出ます、素敵
うわぁい
 うわぁい
公平なんて存在しないのだよ明智君
 なんだと、おのれ謀ったなピエットめ
誰それ
 おかーさんの友達
ふぅん
 変な人なの、おかーさんとはまた違うとこが
貴女のおかーさんも変だね
 うん、変だよ、主に頭
目、開けたまま寝てるし
 おとーさんもすごいんだよ
そーなのかー
 貴女は食べられる人類?
いいえ、できそこないです
 わーい、仲間だー
貴女もできそこないなの?
 おういえす
自分でできそこないとか言っちゃだめだって言われなかった?
 おまえもなー
なにそれ
 突っ込みです、えっへん


「妹が貴女の娘と訳の分からない会話しているのですが…ああ、寝てらっしゃるのね、目を開けたままだなんて器用ですね」

568東風谷早苗の今日の絶対許早苗:2012/04/22(日) 22:54:14 ID:3risYo.M0
 今日は「天子とブロントさんのモンハン生活」という動画を見て一日を過ごしてしまいました。
 モンスターハンターおもしろそうですね。
 この動画を見て心からそう思いました。
 創作動画とは思えないくらい感動的なお話で、特に終盤の盛り上がりではセルフエコノミーで視界がぼやけるというアクシデントも発生です。
 ちなみに動画の中の私はスラックス最強説を唱えながら主人公の座を獲得しようとする2P扱いですが、ちょっとあんまりじゃないですかねこれ。
 それはともかく、涙を拭いながら最終回前半を見終えて、後半を開いたんですよ。
 そうしたら、

「やっと終わったのかよ。はいはい乙乙」

 感動的なお話の中に冷めたコメント混ぜられたら興醒めしちゃうでしょう!!
 台無しじゃないですか!!
 流れてた涙がひっこんじゃいましたよ!!
 
 絶対に許しませんよ、絶対に!

569東風谷早苗の今日の絶対許早苗:2012/04/25(水) 00:17:55 ID:HxUkoyEY0
 今日も一日おつかれさまでした、「私は2Pじゃありません」早苗です。
 一時期は毎日のようにログインしていたネトゲも、今はまったくプレイしていません。
 というのも、私を誘ってくださった一番仲の良かった方がインしなくなってしまいまして。
 理由も言わずに突然音沙汰がなくなったので、最初の頃はひょっとして体を壊したのかな、それともネット環境が不調で繋げなくなったのかな、と思っていたのですが。
 それが1ヶ月も続けば、やっぱり飽きたのかな、という考えにも至りました。

 数日前、その方から久しぶりに連絡がありました。
 今はまったく別のネトゲを楽しくプレイしているそうです。
 
 …………

 ええ、わかってましたよ!! わかってましたとも!!
 けどそうならそうと、もっと早く言ってくださいよ!!
 1ヶ月も忠犬ハチ公みたいに待ち続けた私は、完全に可哀想な子じゃないですか!!
 怒り半分、呆れ半分でインしなくなった理由を聞いたら、「インする人が減ってつまらなくなったから」って、それは取り残された私の台詞ですよ!!

 絶対に許しませんよ、絶対に!

570心太:2012/04/30(月) 20:34:44 ID:Msuf7ve60
 ある日のことです。
 その日の夕食には、心太が添え物として並んでいました。
 いえ、某るろうに剣客の子供の頃の名前ではないです。『ところてん』です。
 つるつるっとしていて、三杯酢をかけて食べるとすごく美味しいあれのことです。
 とにかくあれを食べている時に、
「…………東風谷さん」
 ふいに西園さんがこちらを向いてぽつりと声をかけてきました。
 食事中に彼女が突然話しかけてくるなんてそうそうないので、私はちょっとびっくりしながら「どうかしました、西園さん?」と問いかけました。
 ちなみに彼女の左隣では地獄烏がゆでたまごを両手で掴んでがじがじと噛んでいます。すごく満ち足りた顔をしながら食べているのでおそらくご満悦なんだと思いますが、あれって共食いにはならないんでしょうか。
 ともかく、問いかけられた西園さんはしばらくじっとこちらを見つめてから、
「……心太を凍らせたことは、おありですか?」
 そう言いました。
 私は首を傾げました。質問の内容に、というより、このタイミングで何故それを質問してくるのかがわかりませんでした。
 ちなみに彼女の右隣では女僧侶が「らめええええ、こんな太いの入れたらこわれりゅうううう!!」と無表情で叫びながらバナナをくわえています。あ、顔を真っ赤にした天人に緋想の剣で殴られました。
「ありま、せんけど」
 私の答えに、またしばらく西園さんはじっとこちらを見たまま黙り込みました。
 ちなみに私の左隣では黒髪のちっちゃな女の子が手で心太を掴もうとして力を入れすぎて握りつぶしています。「おー」と言いながら目をまんまるにしていますが、心太もはやぐちゃぐちゃでほとんど原型を留めていません。
「心太って、ほとんど水分で出来ていますよね」
 またぽつりと、西園さんが語り始めます。
「ええ」
「だから、凍らせてしまうと心太を構成する水分も凍ってしまうんです」
「そう……でしょうね」
「水分が凍ると、どうなりますか?」
「……膨張しますね」
「そう、膨張するんです」
 つ、と冷や汗が流れました。あれ、なんだろうこの汗。
「膨張した水分は、心太の組織を破壊してしまいます。そのため、一度凍らせた後に解凍しても、心太はもう元には戻りません」
「………………」
「人間に例えると、内臓が一気に膨張して破裂したような感じでしょうか」
 かたんっ、とどこかで箸が落ちる音がしました。
 見ると、テーブルの一番端にいた機械好きの少女が顔を真っ青にして心太を凝視しています。
「解凍した後の心太はぺらぺらで、中の水分はすべて流れ落ち、わずかに残った組織の残骸が死に絶えたミミズのように……」
 そこまで言ってから、
「心太、美味しいですね」
 つるつる、と西園さんが心太を口に含みました。


 結局、その日の夕食では心太が大量に余ってしまいました。

571名無しさん:2012/06/13(水) 16:49:59 ID:5mna.40QO
(ああいけない、やってしまった)
猟奇殺人現場と化した路地を一望し、深く息を付く。
敵をなぶり殺すのは悪い癖だ。悪いことにここは人が居ない辺境の惑星ではない。
辺りに立ち込める血の臭いが表の通りに流れるのにはそう時間はかからないだろう。
凶器は鋭利な刃物、現場に残った靴のサイズは…と様々な分析が成されるも、犯人に結び付くものは発見出来ず、迷宮入り。
唯一の目撃者も消えてしまえば、彼女にとって不利な物はなくなる。理想的だ。

(それじゃあさっさとご退場願いましょうかね)

そう思い、振り返りかけたヤラの視界に鋭利な刃物が映る。
「 」
言葉を発する間もなく、目を抉ろうとするそれをなんとか弾き飛ばし、後ろへと距離を開ける。
舌打ちをしながら、自分の背後を取っていた人物を見つめる。
深くかぶった帽子に体のラインを隠すような大きめのコート、男とも女とも取れる曖昧な身長。
(よもや人間如きに背後を取られるとは!)
ぎりりと奥歯を噛みながら、怒りに顔を歪ませる。
相手はそんな彼女の様子を気にした様子もなく、コートの袖からナイフを覗かせている。
(次に近付いた時に武器を奪って殺してやる!)
次に来るであろう、攻撃に備えて身構えた、その時だった。

「か…は…!?」

口から空気の漏れる音と共に熱い物が上がってくる。背後の壁から自分を貫いた黒い槍を信じられない眼差しで見下ろし、相手に視線を向ける。
相手の口許に浮かんだ笑みに小さく毒づきながら、ヤラは意識を手放した。

572名無しさん:2012/08/21(火) 18:06:49 ID:Y8ST66t.0
背中に走った鈍い痛みにヤラは思わず呻き声を上げた。
サイレンや人々のざわめきが嫌に大きく聞こえる。辺りも驚くほど暗い。
「なんだ、生きてたのか半人前」
低い男の声に慌てて体を起こしかけて、体を突き抜ける痛みにうめき声を上げ、再び地面に倒れ伏した。
「こっぴどくやられたな」
まるでからかうかのような声色をヤラに投げかけながら、男は路地の方へと視線を戻した。
なんとか上半身を起こして視線を向けると、これでもかと集まった警官と鑑識とおぼしき者達が
せわしなく路地を行き来する様がそこにあった。
「お前が解体した死体は欠損が酷くない場所を繋げておいた。
相変わらず解体が好きなようだな、いっそ肉屋にでもなったらどうだ?」
どこか馬鹿にするような様子に余計な事をするなと鋭い視線を投げつけるも、男はくくっと笑うだけだった。
この男が脅しに怯む事も相手にする事もないのはヤラ自身が十分承知していた。
「…何も出来なかった」
相手に一太刀も浴びせる事がないまま、無残に負けた。
この男がこの場に現れなかったら、彼女は間違いなく命を落としていただろう。
「次は殺す」
怒りと苛立ちに顔を歪めるヤラに気付いたのか、男がつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「諦めろ、お前には無理だ」
「必ず、殺してやる」
全く聞くそぶりを見せない彼女に男は呆れたように頭を振り、路地の闇へと姿を消していった。
「必ず、必ず…殺してやる」
路地の向こうでは、相変わらず大勢の野次馬で溢れかえっていた。


人混みに紛れながら、黄色いテープで仕切られた路地へ目をやる。
相変わらず大勢の警官―鑑識も居るだろうが、区別が付かなかった―達が犯人逮捕のために情報を探す姿が見えた。
(見つかる訳がない)
徒労に終わるであろう彼らの苦労を胸中で嘲る。
犯人はそもそも人ではない…もっとも彼らはそうだと知らない訳だが、
仮に何か証拠が挙がるとしてもそれらが彼らを犯人へと導く事はないだろう。
まるで遠い昔に狂気に駆られた人間が紡ぎ出したおとぎ話が現実となった様な、そんな気味の悪い事件として
人々の記憶から姿を消す事になるだろう。
(実際オカルト系団体が彼らの奉る神の仕業だとか騒いでいるらしいからね)
街頭で神による粛正が近いと語る男の横を通り過ぎながら、当てもなく歩みを進める。
「お前らが語る神なんて、いやしない」
ぽつりとこぼれ落ちた呟きは雑踏に紛れ、誰の耳にも届くことはなかった。

573ある兵士の話:2012/08/21(火) 19:18:53 ID:Y8ST66t.0
その時に俺さ、他のグループの連中に因縁付けられて、ぼこられてたんだわ。
…若気の至りって奴さ、あの頃は周りに不満だらけだったんだ。
で、そいつを俺たちが変えてやろうって思ってたんだけど、現実は甘くはなかったんだよな。
んで、そこで颯爽と来たのが我らが切り裂き公様って訳さ。
けど、あんときゃおっそろしく機嫌悪くて、「あ、話しかけたら首が飛ぶな」って具合にすげぇ顔してたんだよね。
ま、おかげであの時の俺はカツアゲされずに済んだし、何かよく分からないうちに力貸してくれる事になったんだわ。
今でも不思議に思うよ、あんときどうしてあの人があんなちんけなバーに来たのかさ

574雪中1:2012/09/18(火) 23:44:02 ID:pS0e5Gp20
季節外れの銀色の雪に覆われた大地はまるで生命の訪れを永遠に拒むようであった。

そんな場所とはまるで無縁であるような女性が一人、
そのやや硬い雪の中を足を取られぬように足跡を残しながら歩いて行く。
脚は膝ほどの深さまで沈み、歩くだけでも相当な重労働だ。
言うまでも無いが彼女は観光目的、避暑地目当てにここまで来たのではない。
過去の争いのけじめ(とはいっても彼女自身のけじめではないが)をつけに来たようなものである。
彼女の名前はフィオリーナ・ジェルミ。国連軍の特殊部隊の一員である。
当初はこんなに雪深いところまで来るつもりはなかったのだが、
反乱軍に誘われるようにして本来人の訪れるはずの無いここまで来てしまった。
引き返すにしても来る時につり橋を自らのミスで壊してしまい、自力で戻れなくなってしまったのである。

空は曇り、さらに雪が降り積もりそうな様相を呈している。
一歩一歩前に進むが周りの景色は雪一色、
目印になるようなものは何も無く全く進んでいる感じはしない。
その間にも着こんできた防寒着などまるで意味がないように体温を取られていく。
メガネは数分で曇り数歩歩くごとに吹かねば前がまともに見えない。
「全く、あれほど叫ばれていた温暖化とは一体何だったのか」、
フィオは出撃前まで見ていたドキュメンタリー番組の内容を思い出しながら一歩ずつ前へ進んでいく。
先ほど救難信号は出したのだが、ともすると吹雪さえ吹きかねない土地である。
救助は天候が回復するのは明日以降なのは確実、
最悪の場合この先吹雪が続き行方不明扱いにされてまう恐れさえあった。

しかしこれ以上歩いてもただ無駄に体力を消耗するだけ、
そう考えた彼女はもしもの時にと渡された携帯用スコップをリュックサックの中から取り出し、
日本人の女性軍曹、相川留美に教えてもらったかまくらという雪窟を作ることにした。
この地において雪窟を作るのはなんら難しいことではなかった。
入り口だけ階段状に深く掘り、あとはそこから中をかきだすようにして掘るだけ。
これで簡単に雪窟ができてしまうのだから。
雪窟の中は外にいるよりはまだいい程度の温度ではあったが、
フィオにはこれが今までの苦行よりははるかにマシに思え、天国に思えた。
リュックから固形燃料を取りだして使い、雪窟を溶かさぬ程度の弱い火で雪を溶かし温かいお湯を飲む。
体が温かくなったフィオは今までの過労からか、猛烈な睡魔に襲われる。
フィオは襲ってくる睡魔に逆らうことはせず、そのまま寝袋に入って明日まで寝てしまうことにした。

575汝は反逆者なりや?:2012/12/23(日) 12:00:40 ID:58bpE.IY0
「プレーシデンテ!早朝からすいません!いいニュースと悪いニュースが一つずつ!
まずは悪いニュースから、КГБとCIAから指導を受けた政権転覆を目論む反逆者があの小さな街の住人の中にいたことです!
そして昨日の夜にその反逆者がその町の人間を一人殺してしまったようです!これは非常にゆゆしき事態ですプレシデンテ!
そして次にいいニュースを!反逆者が逃げ込んだ街は小規模で見つけるのは一か月もあれば容易だということです!」
朝からひょうきんな男の秘書の声が島の中心に位置する総統府の中にこだまする。
軍服を着てひげをたっぷりと蓄えた、いかついサングラスをかけたプレシデンテはこう命令した。
「なら、炙り出してやろうじゃないか 秘密警察に命じてその街の住人が選んだ『他称反逆者』を一日一人ずつ殺すんだ そうすれば…」
プレシデンテの『粋な提案』に秘書は笑いながら「それはいいアイディアです!見世物にもなりますしね!早速実行いたしましょう!」
そうしてとてつもなく酷く、くだらない反逆者炙り出し作戦が始まるのであった。

街の住人は、数人のただの農家の人間を除けばとても独特で面白い職―というよりは、趣味?―に就いていた。
まずはこの街に反逆者がいると密告した秘密警察の人間―公衆電話からの連絡だったので誰かは知らないが―、
次に預言者気取り、医者気取りのまじない師―これも誰かは知らない―、
そしてマタギをやって暮らしている人間―無論、誰かは知らないし知っているわけがない―、
さらには自分を救世主だと信じて疑わない狂信者―だから誰が誰だかわからないんだってば!―、
最後に反逆者2人―わかったら苦労はしない―である。

派遣された秘密警察の男が集まった街の住人の前でこう言い放った。
「夕暮れまでに反逆者と思しき人物を一人ここまで連れてこい そいつを殺す」
こうして街の住人達も反逆者探しに躍起になるのだが…さあ、誰が反逆者かな?

576新任大使狂想曲:2013/08/02(金) 00:19:11 ID:dsbRSvqI0
グラディウス格納庫横の擬人化できるビックバイパー達の住まう擬人化寮は新たな任務とその人選により混乱に陥っていた。
そしてその彼女達を混乱に突き落とした任務と人選は以下のようなものであった。
『長らく空席になっていたグラディウスの駐バクテリアン大使であるが、新任大使の選定が決まったので以下を報告す
 エルミニア・バイパーを新任大使とし、ミルシェ・バイパー、ルジェナ・バイパーの両名を新任大使の補佐とする。』
外交に詳しくない彼女達でも今までの歴史や他の惑星の事象から大使が非常に大きな意味を持つことぐらいは知っていたのである。
ゆえに前皇帝ラーズ72世が暫くの大使代理となっていたときは皆安心していたのだが、
そのラーズ72世が現皇帝のラーズ73世と結託し新任大使を決めたのである。
これを聞いた時、政治を知らぬ彼女ら擬人化ビックバイパー達は恐れおののいた。
ラーズ72世は前任大使で現バクテリアン皇帝ファノリオスの皇后の一人となっているセイディー・バイパーを任命した時、
『今回から大使は擬人化ビックバイパーが歴任することになる』と明言してしまっていたからである。
つまり今回の新任大使もビックバイパーから選ばれるということはもはや確定であり、それがさらに彼女らを不安にさせていた。
新任大使の発表後は言わずもがなといった状態で、選ばれた3人はまさに絶望の淵に立たされているといった感じであった。
それに加えて今回選ばれたエルミニアらをさらに絶望の淵にたたき落としたのは謎の新要職の新設であった。
新設された要職は、まずは文字通り大使について外交の補佐を担当する外交補佐官。
これには外交経験も多く擬人化ビックバイパーの長として彼女らに気軽にアドバイスもできるビックバイパー現族長、
アストリッド・バイパーが着任し、これはバクテリアンへ派遣されるエルミニアらを喜ばせた。
次にビーコンMk.2の建造から始まったグラディウス、バクテリアン両国の技術交流と、
その技術発展のための懸け橋となるため、技術面での外交を担当する要職が設立された。
それが科学技術庁出張官であったが、これには彼女らをバクテリアン送りにした張本人ラーズ72世が着任。
これにはアストリッドの現地外交補佐官着任でぬか喜びしていた彼女らを不安にさせた。
さらにもう一つ別に新設された要職によって彼女らの心の中での今回の事態はより複雑を極めて行った。
それがグラディウスないしその友好国にあるバクテリアンが有事の際、外交の席に着く特別時軍事顧問の存在であった。
これには現バクテリアン皇帝であるファノリオス、フォイヴォス兄弟とも親戚として繋がりの深い、
現グラディウス陸軍元帥ブラン・ホルテンが兼任するという形で着任に至った。
これはただ、新たな親戚にあまり会えないブラン・ホルテン元帥のために作られた、いわば名誉職に近い物であった。
しかし表立って名誉職というわけにもいかず、またビックバイパー達にもその事実は隠されていたために、
エルミニアらが得意としている軍事にも政治的な対応しなければならなくなったということを嫌でも感じさせ
それがエルミニアらの心中を極めて複雑で難解なものにしていた。
かくしてエルミニアらは、バクテリアン行きのシャトルの中で大使就任の際の文言を考えながら、
これから始まるであろう艱難辛苦に一優するばかりであった。

577名無しさん:2013/10/18(金) 22:59:29 ID:2gkjndHQO
ヤラ:弁解を聞こうか
…前のPCに入ってました、ラストまで書けてたんだよ
ヤラ:なら何故投稿してないのかしら?ん〜?
は、ひっ、あの、今年は暑かったじゃん?
ヤラ:暑かったねぇ、あんまり暑かったからいつもより仕事がとーっても捗ったよ
…それただの八つ当たりじゃ
ヤラ:あ゛あ゛っ?
すいません!PCご臨終で全部消し飛びました!バックアップも忘れてました!
ヤラ:…素直でよろしい、でもちょっとムカついたんであんたシメるわ
え、ちょ、話がちぎゃあああ

578もう1つのFirst Order 1/2:2017/05/27(土) 20:01:53 ID:nA56LhoE0
遠い昔、遥か彼方の銀河系で……

「エドゥアール皇帝誕生!帝国は新体制へ!」
漆黒の闇と粒ほどの光が浮かぶ宇宙空間を音もなく、流線型をした銀色のクルーザーが進んでいく。
その中で一人の老人がホロネットのニュースを眺めていた。最も、中身よりはジャーナリストに目が行っているようであるが。

「統合軍の台頭の責任を取る形で退位した皇帝に代わってエドゥアール副帝が即位したのだ。軍に求心力がある強力なリーダーなのだ。
ちなみに私のおじさんでもあるのだー」

長く美しい緑色の髪に赤と青のオッドアイを双眸に宿した長身の女性がその整った容姿に似合わぬ独特の口調で新皇帝の特徴と今後の方針を
解説、あるいは予想していた。その仕草の1つ1つに彼は温かい視線とうなずきを送っている。
ふと、部屋のエアロックが外れ、金髪長身の女性が入ってきた。亜人だろうか、その耳は顔の横ではなく頭の上に付いていた。

「騒動の渦中の人物がここでのんびりしているだなんて、視聴者の何人が知っているんだろうね?」
「良いだろう、孫娘の成長を見るくらい」

女性がため息を漏らし、視線を下へと向ける。
老人はちらりと視線を送っただけで、またホロネットのキャスターに見入っていた。

キャスターはニトラ。若いながらもバクテリアン帝国のジャーナリストとして活躍し、看板番組も持つ有名人である。
バクテリアン帝国副帝の姫として生まれながら、行政や軍の怠慢に容赦なくメスを入れる筋金入りのリベラリストである。
老人は退位した銀河帝国皇帝・ファーマス1世その人である。彼はある失態から失脚し、息子に帝位を譲り渡した。
金髪の女性は八雲 藍。皇帝の側室の一人で、その正体は別の銀河系から来た妖怪・九尾の狐である。

「アテが外れたよ、九尾の狐に魅入られながら失脚するなんて」
「外れた方が市民達の為じゃないかね」
「まあ、私が国を傾けるまでもなく傾いたけれどね」
「それは耳が痛いな」

銀河帝国はシーヴ1世パルパティーンにより成立し、銀河大戦とファーマス1世の簒奪、ユージャン=ヴォング大戦という戦争と政争の歴史を刻みつつも
ホイルス銀河系を代表する政府及び国家として勢威を増していた。軍事力で圧制を敷いていた初代皇帝と違い、軍人上がりの先代皇帝は新共和国やチス・アセンダンシー、
バクリアン帝国と協力し、緩やかな連帯の下に銀河を治めていた。
パルパティーン皇帝のやり方は野蛮であったかもしれない。しかし、敵と味方をはっきりさせることができた。
ファーマス皇帝のやり方は理想的であったが、ついていけない者達を内部の敵へと変質させた。それこそが彼の政治的キャリアにとどめを刺したのである。

統合軍とは、各国の軍隊が集まって組織された集団である。
バクテリアン帝国が治めるテスラ系銀河を脅かす、シェブール王国に対し結成された。
しかし、3つ問題があった。1つはそれぞれの指揮系統から離脱して集合したものであるということ。
もう1つはその最高司令官にファーマス皇帝の側室であるシュヴェルトライテが就いたということであった。
そして最後の問題は、シェブール王国が降伏した後その大半を不法に占拠し、独立した勢力となったことであった。

579もう1つのFirst Order 2/2:2017/05/27(土) 20:02:38 ID:nA56LhoE0
シュヴェルトライテは平和の恩恵よりも戦場の狂気に身を委ねることを元々好んでいた人物である。
先代皇帝がパルパティーン死後の混乱を収め、未知の脅威と戦っていた間は重宝された。
しかし、先に見ていたものがお互いに違うことに気付かなかった、あるいは気付かないふりをしていたのだった。
先代皇帝はもたらされる平和によって、旧共和国の最盛期のような自由で豊かな社会を望んだ。
シュヴェルトライテは平和は次の戦争の為の準備期間程度にしか考えていなかった。

シュヴェルトライテは不満を感じていた。あまりにも危機感が無さすぎる、と。
皇帝であり、夫でもある彼は腐敗しきった取り巻き達の言いなりになり、色欲に溺れている。
シュヴェルトライテは飢えを感じていた。あまりにもこの世界は退屈である、と。
戦意を掻き立てる炎、闘争心を煽る硝煙の匂い、緊張感と高揚感をもたらす兵士達の怒声が彼女には必要であった。
だが、彼女を取り巻く世界はあまりにも静かで、清潔で、安全で……生の実感を認識することは困難であった。

「こんな世界はいらない」

戦いを取り上げられた彼女は自分を守る為に自ら戦いの幕を上げた。
今までの児戯に等しい突発的なものではなく、永遠に戦いを楽しむ為に。
願わくはその最中で、戦塵に塗れて斃れることができるようにと願って。

「一体、何が不満なのか」

皇帝も居並ぶ高官達も首をかしげていた。
半世紀に渡って皆が求めていたものがようやく手に入ったのに。
三度に渡る戦争で銀河系は荒廃し切ったが、ユージャン=ヴォングの生命工学とどんなところでも開拓するデス達の組み合わせは、
難民と化した人々に新しい故郷を与え、停滞と閉塞感に悩まされていた生き残った人々に希望と未来を与えた。
再び、銀河系が活力に満ちた時代がやってきたのである。その矢先に皇后の一人が行動を起こした。

軍人は戦いに生きることもあるかもしれない生き方である。しかしながら、必ずしも好戦的ではない。
皇帝は彼が帝位を簒奪する契機となった敗戦を経験していただけになおさらそうであった。
戦わずに済むのであればそうしたい、というのが彼の生き方であり、指導者となっていく彼の子息達にもそう教えていた。
願わくば次の世代は戦争を、そして荒廃を知らない人々になって欲しいと願って。

「皇帝は老いた」

ダーラ大提督とファズマ将軍をはじめとする人々は考えが違った。
パルパティーンの帝国の最盛期を理想とする彼女達は今の皇帝と取り巻き達は柔弱であり、それは老いによるものと決めてかかっていた。
最盛期の頃とほぼ指導者達は変わっていないにもかかわらず、帝国は大きくそのあり方を変えていた。敵であった反乱同盟軍のように。
元老院を復活させ、禁じていた宗教を復活させ、再び銀行家や大企業が経済を牛耳るようになっていた。
軍人は帝国のヒエラルキーの中で一番高い位置を占めていた。しかし、今は宮廷もその外も政治家や科学者、銀行家が幅を利かせていた。
皇帝は神に赦しを求め、科学者達は政治顧問として好き勝手な政治を行い、政治家達は総督達に自らの決定を追認させ、官僚達は民間とパーティに明け暮れていた。
「唯一の法、唯一の思想が銀河を一つにする……」この言葉で幕を開けた帝国は完全に変貌してしまっていた。

「ならば新しい帝国をシュヴェルトライテ陛下の下で」

彼女達は各国の戦友達を同志にし始めた。自分達が選ばれた階級であり、世界を導く存在だと信じて。

シェブール動乱が国王・フェリペの退位をもって幕が引かれた数年後、ファーマス皇帝を退位に追い込んだ統合軍戦争が幕を開ける。
餓えた狼の群れが満ち足りた羊達を恐怖に陥れようとしていた……。
父から衣鉢を受け継いだ3人の皇帝、退位に追い込まれた皇帝、市民を守ると誓いを立てていた人々、自分達のコミュニティを守る為に立ち上がる人々……。
もう1つのSTAR WARSはまだ終わらない。

580楽園・エルルーン1138 1/2:2017/06/06(火) 16:37:18 ID:dADaGbOE0
―――エルルーン1138 未知領域 ホイルス銀河


「ふぬっ!」

安全用ヘルメットにツナギを着た少女がその小さな身体に似合わぬ大きな斧を振り下ろすと、繊維が千切れていく音を立てて
巨木がゆっくりと倒れて行く。完全にそれが地面に横たわるとたちまち似たような恰好をした少女達が現れて斧や鋸で解体し、
装軌式のトラックに積み込んで行く。彼女達の目の前には鬱蒼とした森林が広がり、その後ろには切り株が点在し、
遠くでは切り株を掘り起こし、その後をトラクターが耕して農場へと変えて行く風景があった。

エルルーン1138はつい最近デスの探検家によって発見された惑星であるが、元々何もない荒涼とした惑星であった。
しかし、その存在が知れ渡るとすぐさま彼女達はユージャン=ヴォングの生命工学を利用し、テラフォーミングを行った。
数か月で惑星は大気を形成し、主だった大陸は森林に埋もれた。そして彼女達は惑星に降り立ち開拓を開始したのである。


―――デス・タウン エルルーン1138


夜の帳が降りると、彼女達は自分達の集落へと戻る。入植当初は掘っ立て小屋しかなかった集落も不断の努力により、
様々な施設が立ち並び、「田舎町」と呼べる程度には発展していた。
集落の中心にはコンビニがあり、カンティーナや宇宙港、ホロネットの送受施設が建設され、掘っ立て小屋も徐々に
アパートへと変わり始めていた。
行き交う人々もデス達だけではなく、人間やウーキー、スクイブ、チスといったエイリアンも街の住民となりつつあった。
ここ数週間のニュースと言えば、ニモイディアンの銀行家が入植したことだろう。強欲で抜け目のない彼らが来たということは、
銀河系の基準から言って、有望な惑星であると言えた。


「うぬー、今日もいい仕事したのだー。マスター、いつものー」
「はーい」

そう言ってカンティーナの席に着いたのは美しい緑色の髪をショートボブにした長身の成体デスであった。
彼女の名前はアビガイーレ、製造されてからバクテリアン宇宙軍の空母デスのOSとして4年間勤務した後除隊し、
大学に6年間通って通信工学と法学及びパントラン文学を学び、ギリギリの成績で卒業した。
卒業後のプランはデスらしく何も考えていなかったが、友人がエルルーン1138に入植していたため、後を追って住み着く。

その頃、エルルーン1138は食糧に関して自給自足ができるようになり、社会的分業が見られる時期となった。
デス達は「タウン」という行政単位を非常に重要視する。銀河政治にはごく僅かな例外を除いて関心を示さないが、
自分達の身の回りについては自治的な傾向を強く示す。そしてタウン行政に必要な役職を任命し始めたのであった。
すなわち、町長、判事、保安官、民兵隊長、郵便局長である。

エルルーン1138には当時200人のデスと48人のウーキーが入植していたが、大学を出ていたのは3人のデスと10人のウーキーだけであった。
そして、郵便事業に関係のありそうな学位を持っていたのはアビガイーレだけであった。彼女はなんとなく引っ越した惑星で突然重要なポストについたのである。

人口300人に満たない惑星における郵便局長の仕事はなかなか多忙である。
古代から連綿と続くやり方―――フリムジに直筆でしたためた手紙を回収して、100パーセク離れた帝国領のはずれの郵便局まで運び、
反対側に70パーセク離れた共和国領のはずれの郵便局まで運ぶこともあれば、ホロネット通信施設の維持管理も行う。
今日もホロネット送受機の不具合を修理してきたところであり、このカンティーナのテレビで流されている野球のメタリオン・シリーズも彼女の働きにより
始球式に間に合ったのである。

「できたのだー」
「わーい」

マスターが頭に料理を載せて運び、飲み物を置いた後に湯気の立ち上るジェノベーゼとソーセージを並べる。
アビガイーレは毎晩、カンティーナでブリシュト・ジュースと共にこれを楽しんでいた。
そしてこれは全てこの惑星の大地で収穫されたものであった。

581楽園・エルルーン1138 2/2:2017/06/06(火) 16:37:51 ID:dADaGbOE0
「やあ、局長」
「むぬ?ぬー!」

口いっぱいにパスタを頬張っている彼女に隣に腰かけてきたエイリアンが挨拶する。
青い肌に燃え上がるような赤い瞳を持った男はエンジニアのアルテンシナイであった。
閉鎖的なことで知られるチス達だが、何故かデスの入植地ではよく見かけられる。チス・アセンダンシーが彼女らを注意深く監視しているのか、
もっと友好的な理由かは定かではないが、デス一族と同盟を組んでいるとされるエイリアンのリストの筆頭に来る存在である。
飲み込めないままアビガイーレはルテンスに挨拶を返す。彼女はシステム的な不具合に対応することはできるが、メカニカルな不具合は彼に頼る外無い。
彼はチス・アセンダンシーにおいて最高の機械工学を学んだ上で外の世界へと旅立ち、ここにたどり着いたのであった。

「この前のケーブルの件だが、0.9×2Pの規格ではもう古いと思う。他のは手に入らないのかな?」
「それは私も思うんだけどねー、ヘンキョーじゃモノがあるだけありがたいのだー」
「それはそうなのだが、セブリ高地の冬季における雪害に耐え切れないぞ」
「まー、ここがもーちょい発展したらコマース・ギルドやヴァリー様のボーエキセンダンが立ち寄るのだ。そしたら色々買えるのだ、おでんとか」
「君は結局そこなのだな」
「うむ!デスのソウル・フードなのだ!」

チスが肩をすくめる一方で、目を閉じて右手を口元にあてて宙を仰ぐデス。最後に屋台のおでんをつまんだのはいつのことだっただろうか。
最近できたコンビニで調達は容易になったが、それまでは祖国から大事に運んできた冷凍食品のおでんが頼りだっただけにデスの彼女にとっては
この惑星の生活は過酷なものであった。

「ところで今度入植してた集落への延線の話だが―――」

彼が新しく話題を切り開こうとして目の前が暗転した。次に目を覚ましたのは焼け焦げた臭いの中であり、煤だらけの顔をしたアビガイーレの今にも
泣き出しそうな顔があった。そして全身に痛みがある。

「よ、よかったのだー!」
「い、一体これは……?」

はっきりしない視界の中でまず確認したのは自分の身体だった。あちこち切ったり打ったりして出血及び内出血があるが、致命傷では無いように思われた。
次に見えたものは先程まで居たカンティーナの無残な瓦礫の山であった。マスターが料理中にメタリオン・シリーズら夢中になりすぎて爆発事故を起こしたのだろうか。
最後に見えたのは装甲ブーツを履いた兵士であった。

「我々は統合軍・第20軍団の先遣隊である、私は第21戦闘団長にしてこの地区占領行政管理者のクルッツェン大佐だ。現在、この惑星は統合軍の支配下にある。
喜びたまえ、君達は新世界創成の労働部門における尖兵としての役割と名誉を与えられたのだ」

装甲ブーツを履き、全身をグレーのアーマーで覆った兵士達の奥で装甲車輌から身を乗り出した司令官が演説をしている。
広場に住民が集められているようだが、全てでは無いようだ。破壊された家の下から助けを求める声が聞こえたり、遠くの方で悲鳴や銃声が聞こえていた。
何が起きたかを全て知ることは難しいが、市民達は1つのことを共有していた。

楽園は失われたのだと。


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