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持ち帰ったキャラで雑談 その二
177
:
確執編十八章:調和という名の歯車 3/7
:2007/10/08(月) 17:22:25
「ただいまー」
「あ、リディアだー」
ぱたぱたと駆け寄るアスミを、優しく抱きとめるリディア様。
「ただいま、アスミ」
「おなかすいたー」
「こらこら、いきなり晩飯を要求しない」
襟首をつまむ。「はなせー」と暴れるアスミを一蹴しつつ、
「おかえりなさい、リディア様」
「ただいま。はいこれ、おみやげ」
手渡された包みを見て、感慨深い思いを抱く。
「これが正しい渡し方です。満点です。さっき零点を見せ付けられたばかりだからなおさらそう感じます」
「うん、わけがわからない」
「そんなところだけアーチェと被らないでください」
表情が、わずかに変わる。
穏やかな笑みの中に、かすかに混じったそれは――
「もう帰ってきてるんだ、向こうも」
「えぇ、ほんのついさっきですけどね」
包みを開けてみる。案の定というか、出てきたのは八つ橋だった。
「流石です。見事です。京都と言えばこれ以外にありえない」
「アーチェは、どこにいるのかな」
トーンが変わっているところはあえて無視。
「彼女なら地下にいると思いますよ。さっき下りてくのが見えたん」
で、と言い切る前に言葉を止める。
地下へのハッチがふいに開いた。
この季節、体感温度が異様に低く感じられる地下室に、好んで下りたがる者はほとんどいない。
開発者コンビを除けば、「外よりはマシ」と寝床に使っている男組だけだ。
そして今日に限って、例外がもう一人。
178
:
確執編十八章:調和という名の歯車 4/7
:2007/10/08(月) 17:24:43
見つめ合う。
それは互いに親を殺された仇を見るように。
あるいは、親愛なる家族を見るように。
179
:
確執編十八章:調和という名の歯車 5/7
:2007/10/08(月) 17:27:18
「賑やかな夕食は久しぶりですねー」
言ってる間に目の前に置いてあった皿が消えた。
「………………」
沈黙している間に持っていた茶碗も消えた。
「浸ってるとなくなるわよ? 割と凶悪に」
「……これはご忠告どうも」
人の手から茶碗をかっさらっていった張本人――つまりは杏――が頬張るのを、冷めた目で睨む。
ここは戦場だった。
「これは私がたべるー、これは私がたべるー、これは」
「って、全部じゃないっ! 誰かアスミを抑えなさい!」
「すいません本当にすいません、私がもっとちゃんと準備しておけば」
「仕方ないよリヴァル。一人でこれだけの準備お疲れ様、あとは私がやるから」
「あの……僕の箸がないんですけど」
「それならさっき折って捨てた」
「僕に素手で食えと!?」
「汚いわね。大皿にその手を突っ込んだら両手足縛って外に放り投げるわよ」
「食うなってことかよ!」
「そうよ」
それは本当に久しく見なかった光景だった。
2日や3日などではない。『あの日』以来だ。
何より大きいのがアーチェの存在だった。
この空間の雰囲気を杏と秋生の三人で作り上げていると言っても過言ではない、
そんな彼女が『意図的に』塞ぎこんでいたせいで、食事時はまさに火の消える有様だった。
しかし。
この場にいる誰も(アスミ除く)が理解している。
こんなものは気休めに過ぎない。
問題は何一つ解決していないと。
事実、二人はさっき一度目を合わせたきり、一言も語り合っていない。
互いの存在を完全に無視、それに関しては旅行の前からまったく変化がない。
それでもそう言った空気を示さないのは、考えなくしてのことでは無論なく。
――リディア様は不穏な空気をアスミに気取られるわけにはいかず。
――アーチェは『俺』に対する反感を示すために、自分を理由に空気を乱すわけにはいかない。
打算にまみれているのはわかっている。わかりきっている。
だが、それで良かった。
――歯車はかみ合わない限り虚しく空転するしかないが。
一度かみ合えば、どちらかが壊れるまで相手に影響を及ぼし続けることになるのだから――
ちなみに、浸っている間に料理がきれいさっぱりなくなっていたことは、まぁ、蛇足である。
180
:
確執編十八章:調和という名の歯車 6/7
:2007/10/08(月) 17:29:06
「人間ってすごいよね。あんなにきれいな建物が造れるんだもん」
「で、春原のバカを引き取るために駐在所まで行かされてさー」
さてこの状況は何だろう。
二人の話を聞きながら、頭の片隅で考える。
右にリディア様。左にアーチェが座り、挟まれる形でここにいる。
部屋には自分達3人以外の姿はない。
空気を読んだ? そんな生温いものではないだろう。
誰もが望んでいる。
おそらくは、彼女達自身さえも。
――この現状を、確執を、是正することを。
『ねぇ、聞いてるの?』
ハモったところで、互いに相手の顔を見やる。
一応、お互いの顔を覗いてみた。
怒っているのか悲しんでいるのか、あるいは喜んでいるのか――複雑だ。
「いや俺としてはこんなドキモテシチュエーションも悪くはありませんよ?」
「頭の悪い表現すんなバカ」
「だけどですね、いくらなんでもステレオで旅日記を語られても。聖徳太子じゃないんですから」
何より、と、
「あなた達の仲違いのダシにされてるのがわかりきってるんじゃ、喜びようがない」
『………………』
二人の目つきが変わる。
無理に装っていた『普通』から、臨戦態勢に入ったかのように。
「んじゃま、本題に入りましょうか」
切り出したのは、やはりというか、アーチェの方。
「アンタがしようとしたこと。今ならはっきりわかる」
「それは何より」
「最初はわけがわかんなかった。次にムカついた。嫌な思いもした。殺されもした」
「知ってます」
「アンタがどんな気持ちでそれをやらせたのかはわかんない」
「わかられても困りますね」
「けど、これだけは言える」
一拍置いて、
「あたしは、アンタが、だいっっきらいよ」
言って、彼女は満面の笑みを浮かべた。
181
:
確執編十八章:調和という名の歯車 7/7
:2007/10/08(月) 17:31:11
「……私は」
アーチェが言葉を切ったのは合図にして、反対側のリディア様が口を開く。
「アスミに嫌われて、そのアスミに襲われて、やっぱりわけがわからなかった」
けど、と、
「何より、私は独りになるのが怖かった」
「………………」
「たったの一言が、何もかもを壊してしまうことを知った。
たったの一言が、大切だったはずのものをすべてゴミにしてしまうことを知った。
――たったの一言が、その一言が言えなかったばかりに、道を見失うことを知った」
リディア様は自分の手を顔の前にかざし、かすかに首を横に振る。
「それに関しては、誰の責任にも出来ない。私自身の問題。
貴方にはね、感謝してるの。昔抱いた私の『罪』を、思い出させてくれたから。
――だから、ね」
気がつくと、目が合っていた。
彼女が微笑む。
――そしておそらくは、自分も。
「私は、貴方が望むことをするよ」
全力で平手打ちされた。
しばらくの間、頬に残る熱の余韻を楽しんだ。
「……ありがとうございます。無償で許されるより、よっぽど心地がいい」
「M」
「はいそこ、変な掘り返し方しない」
二人、同時に立ち上がる。まるで示し合わせたかのように。
残った一人は座ったまま、
「俺が干渉するのはここまで。後は完全にあなた達二人の問題です」
「うん」
「わかってるわよ」
片や穏やかな笑みを浮かべ、片や不機嫌そうにそっぽを向く。
そうして部屋から出ていく二人を見送ってから。
「……さて、俺はアスミの注意を逸らしておかないと」
立ち上がる。
そして独り、つぶやいた。
「あぁ、くそ……ここは寒いな……」
182
:
確執編十九章:確執編十九章:開演の再演 1/6
:2007/10/09(火) 21:24:32
・三日目 サイド:リディア
そんな簡単に割り切れるものなら苦労はしない。
そんな簡単になかったことに出来るなら誰も苦しんだりしない。
頭は理解してる。
悪いのは決してアーチェだけじゃないと。
私自身が抱えていたものに、彼女が触れてきただけだ。
触れたことだけが悪いなんて、どうして言える?
わかっていても、戻れない。
もう私は引き返すことの出来ないところまで来てしまった。
言っちゃいけないことを言った。
しちゃいけないことをした。
今更、どうやって謝れと言うのか。
何より、私はまだ彼女を許していない。
・三日目 サイド:アーチェ
あたしが悪かったことは認める。
最初に引き金をひいたのはあたし。
最初に力を振るおうとしたのはあたし。
最初に三行半を突き付けたのはあたしだ。
けど、あたしだけが悪かったわけじゃない。
あたしだけが責められるいわれはない。
あたしはあの時のあたし自身を許せない。
けどそれはリディアを許せることとイコールにはならない。
理解し合うという幻想に浸るには、まだ、足りない。
183
:
確執編十九章:開演の再演 2/6
:2007/10/09(火) 21:25:31
・三日目 サイド:リディア
「……ここは」
あたりは水を打ったように静かだった。
小さな林の中にひっそりと佇む神社。
普段から静かな場所ではあるけれど、葉の擦れる音くらい聞こえてきてもいいはずだ。
「アイツが……っと、正確には違うか、気を利かせてくれたみたいね」
「ここは一体……」
「アンタは『ここ』に来たことがないわけ?」
ここ、とはこの場所を指しているわけじゃないだろう。
音のしない世界。
誰もいない世界。
「2回だけあるけど……人がいないことくらいしか知らない」
「人がいないんじゃなくて、あたし達がいるんだろうけどね。
確かなのは、ここなら余計な邪魔も周りへの気遣いも一切無用ってことよ」
どうやらアーチェは私よりもここに詳しいらしい。
彼女の方にはアクマが行ったらしいけれど。
そこで一体、何を見たんだろう。
けれど、これだけはわかる。
アーチェはもう迷っていない。
私と、同じように。
・三日目 サイド:アーチェ
「こうやって話すのも随分久しぶりだね」
揺れる木々の中、なびく髪をおさえてリディアが口を開く。
あたしはいつものポニーテールだから、顔の前に髪がかかる心配をしなくていい。
久しぶり。確かに、そうかもしれない。
「あたしは全然そんな気がしないけどね」
簡単なことだ。
話してなかった時間より。
話してた時間の方が、ずっと長い。
「旅行は、楽しかった?」
「ん? まぁまぁよ。金髪と銀髪がバカやって色々大変だったけどね」
「春原と国崎ね。うん、二人はどこにいてもあんな感じな気がする」
「あのバカ共の手綱を引いてたあたしの身にもなってほしいっての」
「多分、一番大変だったのは四葉だったんじゃないかな」
「なんでよ!」
苦笑するリディア。
つられてあたしも笑う。
話してみれば、こんなに自然に触れ合えるのに。
それでも、あたし達は足りてない。
お互いに目を合わせないようにしながら、あたし達は無為なことを語り合う。
184
:
確執編十九章:開演の再演 3/6
:2007/10/09(火) 21:26:22
・三日目 サイド:リディア
いつしか、語ることがなくなって。
私達は無言でそこにいた。
語るべきことなら、いくらでもある。
ただ、切り出せないだけだ。
ふいに一際強く風が吹いた。
風はあるのに、音がないなんて不思議な世界だ。
目を眇めてふとアーチェの方に目を遣る。
――視線が、合った
「そろそろ始めよっか」
まるでゲームでも始めるかのような気軽さで、そう言った。
「……何を?」
「何を? そんなの決まってんじゃん」
目を見開く。
アーチェの足元が赤く輝いた――高位魔法を使う時に現れる、魔法陣。
つまりは、そういうことだ。
「まさか、あたしのことを許せたわけじゃないんでしょ?」
・三日目 サイド:アーチェ
リディアが、小さく微笑んだ。
「――許せたわけじゃない、か。うん、その表現は面白い」
その手が青く輝いてる。
あたしと違って、彼女の魔法に余分なイミテーションはない。
「私は私を許せない。許す気もない。
だけど、あなたのことは許したいと思うよ、アーチェ」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ」
右手を掲げる。脳裏に『あの日』の光景が蘇る。
けどあの時とは違う。
あたしは、あたしを疑わない。
「誰も許してほしいなんて頼んでない。思いあがんのも大概にして」
同じように。
あたしは、もう、リディアを疑わない。
わかりあうという幻想に浸るのに足りないもの。
それは――
「そうだね。私達はそうやって、自分を許すために、相手を責めた」
息が漏れた。
体が小刻みに震える。
誰が見てもそんな場面じゃない。
それなのに、あたしは――笑いをこらえることが、出来なかった。
「あなたも私も、一緒。自分が許せないのに、自分を肯定したくて。
そのためにお互いを否定した。……そんなの、本末転倒なのにね」
――ほら、やっぱりあたしは正しかった。
「決着をつけよう。私達はお互いを『赦すことが出来る』。
足りないものがあるとしたら、それは――」
185
:
確執編十九章:開演の再演 4/6
:2007/10/09(火) 21:27:11
・三日目 サイド:リディア
アーチェが言うには、この世界に死はないらしい。
実際、私自身すぐに、それも何度となく身をもって知ることになった。
せめてもの救いは、威力がありすぎて痛みを感じる間もなく終わることだろうか。
ほとんどゲーム感覚だ。
けど、もちろんゲームとは違う。
「彩れ――フレア!」
ここでは容赦が返って相手を苦しめる。
全力で『殺さない』と、死ぬ痛みを与えることになるだろう。
最初こそ攻撃をかわそうとしてたけど、すぐに諦めた。
回避行動には何の意味もない。
アーチェの全力は半径数キロを一瞬で焦土に変えられるんだから。
彼女はここの仕組みを私よりずっと理解してるみたいで、最初から捨て身で攻めてきている。
それにしても、彼女の力には改めて驚かされる。
彼に対して雷撃を落としている時。
彼女はどれだけ力をセーブしてるんだろう。
・三日目 サイド:アーチェ
リディアの状況判断と適応力は、はっきり言って異常だ。
聞けば、あたしと違って直接『殺された』ことは一度もないらしい。
にも関わらず、死なないことを体で覚えてるあたしと即座に同じフィールドに立ってきた。
これは口で言うほど簡単なことじゃない。簡単なはずがないんだ。
死ぬって言葉の意味は、そんなに軽くない。
「ビッグバン!」
あたしは自分の力に自信がある。
自信がありすぎて、使うことを躊躇ったぐらいだ。
苦しみなんて与えない。
そんなのが神経を駆け抜けて脳に届く前に、あたしの魔法はすべてを塵に還す。
最初からリディアの攻撃をかわすつもりはなかった。
かわす意味なんてないし、かわせるとも思えない。
リディアの全力はあたしがそれと知覚するより早く空間を沸騰させられる。
そもそもこれは『相手を倒す』ことが目的じゃない。
それには、この世界はこれ以上ないほどうってつけだった。
186
:
確執編十九章:開演の再演 5/6
:2007/10/09(火) 21:28:17
・三日目 サイド:リディア
当然といえば当然で、私達はやがて力尽きた。
死なないけれど、力の総量は変わらないらしい。
お互いに特に示し合うこともせず、『何もない』場所で私達は対峙する。
「あたしはリディアのいいこちゃんぶってるとこが嫌い」
いきなり、そう言われた――と、思う。
魔力が乏しくなるというのは、つまるところ気力が尽きるのと同じだ。
これが眠気なのか、失神直前のあがきなのか、私には区別がつかない。
落ちそうな意識を、だけどギリギリのところで繋ぎ留め、私は『聞く』。
「優しいのと甘いのは違う。アンタのはただ甘いだけ。
何でもすぐ自己犠牲的な精神を発揮するとこなんか特に大嫌い。
そのくせキレると周りをまったく見なくなるし」
淡々と言葉を紡ぐアーチェ。
私は何も言い返さない。
そんなことをするわけにはいかない。
・三日目 サイド:アーチェ
この時点ですでにあたしは確信してた。
お互いに目的を確認しあったわけじゃない。
だけど、彼女は確実にあたしと同じものを目指してる、と。
「私はアーチェの無責任なところが嫌い」
あたしが言葉をなくした段階で、リディアが言葉を紡ぎ始める。
それは望みどおり――あたしを否定するものだった。
内心で苦笑しながら、倒れそうな体に鞭を打つ。
ここであたしだけが倒れたらもとの木阿弥だ。
「天真爛漫なんて言えば聞こえがいいけど、やるべきことをやらないならいい加減なだけ。
正直者はバカを見るって暗に言われてるみたい。そういう人に支えられて生きてるのにね。
それと秋生さんのお酒を呑んで暴れた時はオーディンに本気で締め上げさせようかと思った」
なるほど。こうして聞いてみると、いくらでも出てくるもんだ。
あたし自身、さっき口にするまで忘れてたようなこともあったし。
けど、それが当然だ。
赤の他人同士が一緒に暮らしてて、何の不満も出ないはずがない。
何で一年以上こんなことが起こらなかったのか、逆に不思議なくらいだ。
ま、言うまでもなく原因はわかってるんだけど。
187
:
確執編十九章:開演の再演 6/6
:2007/10/09(火) 21:31:05
・三日目 サイド:リディア
お互いにやるべきことはやった。
言うべきことも言った。
・三日目 サイド:アーチェ
その上で確かめなきゃいけない。
今のあたし達に足りていないもの。
・三日目
どれだけの時間が過ぎただろうか。
折り重なるようにして――しかし、決して重なることはなく――
二人同時に倒れてから、さらにしばらく後のこと。
「私達は、お互いを理解してると思う?」
切り出したのはリディアの方。
アーチェは笑う。そんなことは当然だ、とばかりに。
「してるわけないじゃん」
「どうして?」
「あたしとアンタは赤の他人。わかりあえるはずがないのよ」
「……だから、あの時ケンカになった?」
「わかってんでしょ。あたし達は自分が一番可愛かったのに、相手を可愛がってる気になってた。
まったく理解出来てなかったのに、理解した気になってた」
「そうだね。信じてるつもりになってたから、裏切られたと思った」
「自分が一番可愛いくせに、信じてるも何もあるわけないじゃん」
「ほんと、バカだったね、私達」
「バカもバカ。最高にバカだったわ。春原に勝るとも劣らないくらい」
「友達って大変だね」
「大変だなんて思ってる時点で相当ダメだと思うけど」
「けど、私はあなたと友達でいたいよ」
「あたしだってそうしたいに決まってんじゃない」
「……じゃあ、私を許してくれる?」
「は? 本気で言ってるなら怒るわよ?」
「うん、冗談。アーチェがどんな反応をするか試してみた」
「えげつなー」
「お互い様だよ。さっきあなたもやったでしょ」
「私もアンタも似た者同士、と」
「性格は正反対だけどね」
「……お母さんのこと、好きだった?」
「……! うん、好きだったよ。ううん、今でも大好き」
「なんであたしにはお母さんの記憶がないのかなぁ……」
「代わりにお父さんがいるんだからいいじゃない」
「代わりになるもんじゃない気もするけど、ま、そっか」
「考えてみたら羨まれる筋合いなんてなかったよね」
「だから羨んでなんかないっての」
「嘘ですー、嫉妬してましたー」
「それ以上言うとアイツの前でトラクタービームかけるわよ。スカートだと大惨事」
「……まぁ、結局、あれだよね」
「うん。まぁ、あれだーね」
今までの彼女達に足りていなかったもの。
それは――
『これからも、こうやってケンカしてこうか』
188
:
確執編終章:無知の再通知
:2007/10/09(火) 21:33:03
『ただいまー』
戻ってきた二人を見た時点で、終わりを悟った。
「おかえりなさい」
「おなかすいたー、ごはんだー」
目を剥く。
「冗談だよ。そんなに驚かなくても」
「……アスミ病が伝染したのかと思いました」
「けどお腹が空いたのは本当だったり」
「じゃあ俺がとっておきの夜食を作りましょう」
「インスタントラーメン以外なら大歓迎」
「…………お疲れ様でしたー」
「やれやれ…」
嘆息されてしまった。
「仲直り出来たみたいですね」
「うん? 何のこと?」
割と不思議そうな顔をされた。
「とぼけないでくださいよ。仲良く帰ってきたでしょう?」
リディア様は、軽く呆気にとられた様子の後。
たまりかねたように笑い出した。
「……なんだ、じゃあこれはあなたが望んだ結末とは違ったんだ」
彼女の言うことが理解できない。
「リディアー、そんな何でも知ったかぶってる奴に教えてやる義理はないわよー」
「んー……それもそうだね」
「いやそこは納得しないでほしいなー、と懇願してみたり」
「アーチェ、どうする?」
「アンタに任せる。あたしはお風呂に入ってから寝る」
「おやすみ、アーチェ」
「おやすみ、リディア」
「わー、俺一人蚊帳の外ですよー…」
そうして、一人の部屋に、二人きり。
「教えてほしい?」
焦らすように言うリディア様。
「それはもう」
「簡単に教えてあげられる方法があるけど、どうする?」
「……なんか嫌な予感がしますが、それで」
「じゃあ、まずトイレのドアの前に立ってー」
「立ちました」
「おもむろに扉を開けてー」
「開けました」
「傍らのカーテンを無造作に開けてー」
「開けましぎゃぁあああああああああっ!」
借家の浴槽はトイレと繋がっている。いわゆるユニットバスだ。
そこに誰がいたかは――まぁ、語るまでもなく。
「あなたも一度本気でケンカしてみたらわかるよ。いやでも、ね」
189
:
英雄・マキシミリアン=ヴィアーズ 1/2
:2007/10/10(水) 18:25:19
遠い昔…遥か彼方の銀河系で…
依然として銀河系は戦乱の渦中にあった。銀河帝国、銀河共和国、軍閥、犯罪組織、外宇宙の
エイリアン…各々、自分の主義主張を正当化せんが為に武力や謀略に訴え、毎日至る所で大
小の戦闘が発生しており、戦場となった所では市民が塗炭の苦しみに嘆息し、天を呪詛する声
は絶えない。そして、今日もアウター・リムの惑星で戦闘が始まろうとしていた…。
アーネット「失礼致します。将軍、攻撃準備整いました。いつでも御命令を」
長身の若い士官が入ってきて、用件を告げる。それに対して壮健な体格の将軍が「そうか」と短
く答えた。ホロマップで地形を睥睨するのをやめると、彼は席を立ち、下知を下す。
ヴィアーズ「クレンネル将軍に通達、ここの部隊に対して30分間絨毯砲撃を行え。その後に、タ
スクル将軍と私の機甲部隊を突入させる」
アーネット「はっ、仰せのままに!」
若い士官は一礼の後、元来た道を引き返して、彼の命令を伝達すべく、将軍達の所へと歩を進
めた。そして、彼も自身の愛機が休息している駐機場へと向かった。その通路を闊歩している途
中で、早くもレーザー砲特有の高音と着弾したであろう地点から聞こえる大音声を聞く。その音
一つ一つがが反逆者を窮迫させていると思えば、心地よく彼の耳に響いた。そして彼は愛機の
前に立つ。帝国の誇る巨大ウォーカー『AT-AT』…数十年間に渡って彼はこの白い機械の巨獣
に魅せられ、共に戦場を駆け抜けてきた。そして今日も命運を共にする。傍らには専属の整備
兵達が整列していた。
バウール「将軍、整備は完璧です。どうぞ御搭乗下さい」
ヴィアーズ「よろしい、曹長。いつもながら行き届いた整備だ。御苦労」
バウール「はっ!」
彼らに慰労の言葉を掛けると、彼は最敬礼で将軍がコクピットに消えるのを見送る。そして、彼
らの目には光るものがあった。
将校用のヘルメットとアーマーに身を包み、自身の戦支度は既に整った。砲撃終了予定時刻が
近づき、そして時計のアラームがその時を告げる。味方からは『英雄』と称えられ、敵からは『死
神』と畏怖される、闘将・マキシミリアン=ヴィアーズの出陣である。
192
:
楽園に響くデクテット
:2007/10/15(月) 09:36:24
「なるほど、それでわざわざ未来から戻って来たってわけね」
「ああ」
フラスコの中の光る物体から目を離そうとしない魔女にハルピュイアは苛立ちを覚え始めていた。
ここに来て、すでに数十分。彼女の作業とやらはいまだ終わる気配がなく、同じ様な作業が延々繰り返されていた。
「…いい加減まだ終らないのか!」
とうとう痺れを切らし、声を上げるハルピュイアに一方の魔女は呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。
「前から少し短気だとは思ってたけど、今の貴方は全く短気そのものね」
「エックス様の大事に落ち着いてなどいられるか!ただでさえ我々が遠ざけられているというのに」
「エックス様」
巻くし立てていた彼を遮る様に魔女が言葉をつむぐ。
「エックス様の為だ、とか大事だとか黙って聞いていれば何?」
フラスコに封をして、魔女が振り返る。その顔はまるで子供を諭す時の母親のそれだった。
「確かに彼は大事かも知れないわ。
けど、あの子がそれをどう感じているか、貴方に分かる?」
魔女の問いにハルピュイアは首を振った。
彼にしてみれば、エックス様に仕える事は生まれた頃から当然の事であり、今更疑問すら抱いてはいなかった。
予想通り、という風に溜め息を付きながら、彼女は続けた。
「あの子はね、本当に必要とされているのは自分じゃなくてオリジナルのエックスだと、本気でそう思っているのよ」
197
:
英雄・マキシミリアン=ヴィアーズ 2/2
:2007/10/21(日) 18:21:15
永遠に続くかと思われた砲撃が止んだ。塹壕に隠れていた反乱軍が這い出してきて、熱気の
混じった外の空気を吸う。決して新鮮なものではないが、雄臭い地下よりはましだろう。だが、
ここは戦場。気の緩みは許されない。ただちにスコープで周囲を警戒する。が、彼らの目には
白い巨獣と地を這う機甲部隊が荒野を悠々と進軍してくるのが見えた。
反乱軍歩兵A「…!正面にAT-AT多数!」
反乱軍歩兵B「TB-4接近中!」
次々に入る報告に、再び司令部は緊張の度合いを増す。司令要員が何かメモされた紙を持
って走り回り、通路では大型の兵器を抱えた兵士が地上へと向かっていた。将校達は騒が
ず指揮を下している。
反乱軍将校「重火器兵は配置につけ!ここがこの惑星最後の拠点だ、絶対に帝国に明け渡
すな!」
反乱軍将兵「おおーっ!」
気勢を挙げる反乱軍の将兵達。彼ら一人一人が銀河系に自由を取り戻すという使命に燃え
ていた。しかし、それだけで帝国を止めることはできない。
アーネット「将軍、前方に歩兵小隊です」
ヴィアーズ「重火器部隊か。全く問題ない、各車輌適宜攻撃せよ」
マーカンド「ブリザード2了解」
ワッツ「ブリザード3了解」
アーネット「敵、有効射程内に入りました」
ヴィアーズ「情け無用、ファイア!」
たちまち赤い光弾が無数にAT-ATの頭部から吐き出され、自由の戦士達を薙ぎ払っていく。
最初の数秒で40名の小隊は全滅したのであった。彼らにとっては理不尽と言うしかないだろ
う。数多の戦場を潜り抜けてきた彼らが一発も撃たずに倒れることになったのだから。陣地
に配備された兵士達は、前方の虐殺に憤慨し、歯軋りするも、自分達の番が近づいている
ことに恐怖を覚えていた。
反乱軍将校「お前達何を怯えているんだ?帝国の司令官はヴィアーズだ!討ち取って名を
挙げろ!ホスで死んだ仲間の敵討ちだ!」
彼は士気高揚を図ったつもりかもしれない。だが、却って逆効果だったようだ。帝国の将官
達は大抵、侮られている。ピエットは『皇帝とヴェイダーのイエスマン』などという不名誉な
称号を与えられていたし、ペレオン提督はチキンと呼ばれていた。しかし、彼は違った。敵
からも畏敬を受けていたのである。その間にもヴィアーズと彼のスタッフは重要拠点を探
していた。
ヴィアーズ「敵の最有力抵抗拠点は?」
アーネット「10時方向、距離13.37の陣地です!」
ヴィアーズ「よろしい、照準敵野戦陣地!火力最大…ファイア!」
たちまち、最も強力な抵抗を見せていた陣地から巨大な火柱が上がる。おそらく生存者は
いないだろう。AT-ATの主砲の出力の高さだけではなく、そこには燃料や弾薬が集積して
あった為、誘爆を起こしたのだ。指揮官の失言と、強まる攻勢で完全に反乱軍の士気は崩
壊した。我先に脱出の為の輸送艦を目指し、陣地を放棄していく。最早誰も帝国の進撃と
反乱軍の逃亡を止めることはできなかった。止めにストーム・トルーパーが降車して、陣地
内の残敵を掃討した時、全ては終わった。
アーネット「バレイポット大佐から報告。反乱同盟軍陣地の残敵の無力化を完了。この地
域は完全に帝国の支配下にあり」
ヴィアーズ「結構。大提督にも通達せよ」
アーネット「はっ!」
ヴィアーズ「これでまた一つの惑星に秩序が戻ったな」
かくしてマキシミリアン=ヴィアーズと彼のブリザードフォースはまたも帝国中の賞賛を集
めたのである。
198
:
未来の息子との対面
:2007/10/21(日) 23:06:06
いつもと変わりなく暮らすテトランにある時、訪問者が訪れた。
ピンポーン、とベルがなる。
テトランが出るとそこにはある一人の男性がいた。
テトラン「…誰…ですか?」
するとその男性は意外な一言を発した。
マキシミリアン「僕だよ、マキシミリアンだよ 若いねぇ、母さん…」
テトラン「えっ!?あっ!?うっ!? あ…でもファーマスに似てる…」
マキシミリアン「でしょ? おっと、30年後の未来から来たんだ!
そういえばお父さんは?」
テトラン「え!?あ…えーとね、エクリプスに乗って仕事中…」
マキシミリアンは呆れたように一言。
マキシミリアン「父さんは本当に仕事が好きなんだなぁ…30年後の世界でもまだ現役さ」
テトラン「えっ!?そうなの!? あ…でもわかるような…」
マキシミリアン「でしょ!? ってことで父さんに会ってくるよ! じゃあね、若い母さん!」
テトラン「あ、じゃ、じゃーねー…あは、あはは…あぅ…」
テトランは思いもよらぬ訪問者にテトランは一日中ぼーっとしていたそうな。
201
:
生きる術 その一、兎の捌き方1
:2007/10/22(月) 23:12:14
「さーなえちゃ…あれ?」
妙に暗い顔で縁側に腰掛ける青巫子にフヨウは首を傾げた。
具合が悪いのか、顔は頬が痩け、目はどこか虚ろだった。
「あー…えーっと、大丈夫?」
「………たい」
「えっ?」
ぼそりと呟かれたその言葉を聞くべく、近くにより―
「…お肉が食べたい」
ただその発言に目を丸くするばかりであった。
「じゃあここ最近魚と野菜だけなんだ」
力なく頷く早苗にフヨウはいかにもわからないと言わんばかりに首を傾げた。
「捕ればいいんじゃない?」
しごく簡単なフヨウの答えに早苗は溜め息を漏らした。
つい最近まで外に居た彼女には鳥はおろか、小動物の捌き方や罠の作り方を知らない。
故に今日まで魚と野菜でしのぐ羽目になったのだ。
「なら今日は僕が何か捕ってこようか?」
そんな彼女とは裏腹にフヨウがまるで何か買いに行く様な感覚でそう尋ねた。
え、と声を漏らせば、相手はにかっと笑った。
「大丈夫、蛙じゃないからさ。蛙も美味しいとは思うけどケロちゃんが共食いになっちゃうし」
言っている意味が分からない早苗を取り残し、話はどんどん進み、
ようやくその意味が分かったのは、フヨウが彼女の母と兎をぶら下げて帰って来た時の事だった。
202
:
生きる術 その一、兎の捌き方2
:2007/10/22(月) 23:32:48
血抜きは既に終わったらしい兎を目の前に早苗は戸惑った。
毛皮がついている。耳がある。もろ兎である。
「大丈夫?」
既に包丁を持っている紫に早苗は助けを求めるような視線を返した。
「あの…これ…」
「兎だよ、血抜きはしといたから後は皮剥いで食べるんだよ…って聞きたい訳じゃないよね」
蒼白になった顔を見つめ返しながら、紫は困った様に笑った。
「そうだよね、現代っ子はまず兎とか捌くなんてやらんもんねぇ」
包丁を一度置き、少し考え込むようにうめく彼女―自分とそう年に変わりない彼女とぐてんとした兎を交互に見た。
「でもさ、兎美味いよ」
既に捌き終わったフヨウの笑顔とその手元のギャップに早苗はとうとう意識を失った。
目を醒ました後、失神しかけながらも早苗は生まれて始めて兎を捌く事となった。
「あら、今日は兎かい?」
夕食に現れた神奈子は皿に置かれた焼きたての兎肉を見ながら、嬉しそうに呟いた。
隣では諏訪子が同様に立ち上る香りをかいでいた。
そして、早苗はというと―
「早苗ちゃーん?大丈夫かー?」
「あぅぅぅ…あぅぅぅ…」
すっかり参ってしまった様子で床で倒れ付していた。
「まあ最初にしては上出来だったんだから、いいじゃん。
それにこれからは自分でやらなきゃいけないんだし」
紫のほとんど慰めになっていない言葉にうめき声が返ってきた。
「ほんとにやってけんのかねぇ…」
今更ながら心配になりつつも食欲をそそる香りに負け、箸を取る面々であった。
204
:
いつもと変わらぬ?一日
:2007/10/27(土) 11:26:16
いつものように目を覚ますといつものように視界に広がる天井。
「…いつも違う天井だなんてシ○ジ君みたいなことは言わなくていいんだ…」
いつものようにリビングに行くといつものように広がる光景。
「もう7時か…、結構寝たんだな」
いつものようにテレビを見る。いつもの番組。
「……みの○んたこの番組に合ってねぇ…」
いつものように学校へ向かう。そしていつものように帰宅。
「だるい…けどやるならやらねば」
そしていつものように、PCへ向かう。
「…さぁ、始めようか…」
そしていつものように夕食を食べ、いつものように風呂へ入る。
「はぁ…気持ちいい…」
そしていつものように布団へもぐりこんで寝る。
「おやすみ…」
そして、いつもとは違う夢をいつものように見る。
そして、またいつものように―――。
205
:
<スキマ送り>
:<スキマ送り>
<スキマ送り>
207
:
少女の心
:2007/11/02(金) 17:26:01
数冊のノートを持ってドアをくぐったアサヒは暫し目を瞬き、頭を掻いた。
彼女の目の前には困惑した妖精メイド達と家具を壊し続けるフランドールの姿。
別段珍しい光景ではなかった。
フランドールは時折自身の力に引きずられる様に感情を爆発させ、流れるままに家具を壊していくからだ。
片付けが大変だとぼやくメイド長の顔を思い浮かべながら、メイド達を避け、フランドールの後ろに近付く。
「こりゃ」
ぺちん、という軽い音が広間に響き、妖精メイド達が一斉に逃げ出す。
ただでさえ機嫌が悪いフランドールの頭をあろうことかノートで叩くという行動は彼女達から見れば、
空腹の猛獣の前に肉を持って飛び出す様なものだ。
「あ、アサヒだ」
「アサヒだ、じゃねぇだろ?」
不機嫌そうに振り返る彼女の額に再び一撃。
「家具は壊したらだめだってこないだ言ったろ?」
額をさすりながら、フランドールがうつむきながら答える。
「だ、だって、なんだかいらいらしてたんだもん…」
そんな彼女の頭をぐりぐりと撫でながら、アサヒが困った様に笑う。
「しょうがねぇなぁ、けど、誰も壊さなかったから今回は俺もお前の姉ちゃんに謝ってやるよ。
ただしもうすんなよ?」
そう言うとフランドールの顔が渋くなる。
「私、あいつ嫌いだもん…」
「まあまあ、家具ぶっ壊しちまったんだからちゃんと謝んなきゃ駄目だぞ?
それに俺が居るからさ」
そうして、渋々首を縦に振ったフランドールと手を繋ぎ、
「あー、わりぃけどこれ、片付けといてくれないか?」
物陰に隠れたメイド達にそう言付けて、二人は廊下を歩き出した。
208
:
少女の心
:2007/11/02(金) 17:39:11
「あーあ、怒られたなぁ、主にメイド長に」
フランドールのベッドにどっかり腰掛けながら、アサヒはあっけらかんと言った。
いまいち表情が晴れないフランドールも同じ様に腰掛ける。
「なんだ、まだ気にしてんのか?」
そんな彼女の顔をアサヒが覗き込む。
小さく頷くフランドールに頬を掻きながら、うーんとうめく。
「まあさ、次から注意すればいいんだよ」
それでも浮かない顔をした彼女にアサヒは。
「よっと」
「わっ」
突然膝の上に抱き上げられ、目を白黒させるフランドールにアサヒはからからと笑った。
「間違ったっていいじゃないか。そこから学んでいけばいいんだ。
何が悪くて、何がいいのか。
もしそれが分からなくなったら俺に言え。
手助けか、抱き枕位にゃあなってやるさ」
アサヒの笑顔に釣られる様にフランドールも笑い、大きく首を縦に振る。
そのまま抱きつく彼女の頭を撫でてやりながら、アサヒは日課にしているおとぎ話を話はじめるのだった。
なんとなくフランドールに甘いアサヒとアサヒに甘えるフランドールの話。
209
:
名無しさん
:2007/11/03(土) 23:14:27
| │ 〈 !
| |/ノ二__‐──ァ ヽニニ二二二ヾ } ,'⌒ヽ いい男専用浮上法
/⌒!| =彳o。ト ̄ヽ '´ !o_シ`ヾ | i/ ヽ !
! ハ!| ー─ ' i ! `' '' " ||ヽ l |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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:::::::::::::::::::::::::::: Σ( ::;;;;;;;;:)
:::::::::::: /⌒`'''''''''''^ヽ
/⌒ヾ/ / .,;;;;;;:/.:;|
-―'――ー'''‐'ー'''―‐'―''''\,./ / .::;;;;;;:/‐'| :;|'''ー'-''――'`'
,, '''' `、 `´'、、, '''_ソ / `:;;::::ノ,,, | :;| ''' 、、,
,,, '' ,, ''''' ξ_ノ丶ー'ー< ,ゝ__> ''''' ,,
210
:
名無しさん
:2007/11/04(日) 21:50:37
一応浮上
211
:
名無しさん
:2007/11/04(日) 22:28:59
二人の姿は周囲にすればもどかしいものだった。
近くにいるのに二人の間にある僅かな距離が周囲の目にはもどかしいものだった。
二人はそれがいいと言った。
呆れる周囲をよそに二人はずっと付かず離れずの微妙なバランスの上で一緒だった。
互いの想いを口にしても、それ以上を望まず。
それでも片方の最後の時は残された方は涙を流して言うのだ。
一人にしないでほしいと。
「…と、俺が知ってるのはそこまでだ」
男はそう言って、カップに口を付けた。
「ずいぶん中途半端な話だね」
男の向かいで同じ様に紅茶を飲む少女が困った様に笑う。
「俺はこのての話に興味がないからな」
「編み物は好きなのにね」
少女の言葉に男は皮肉っぽく笑う。
「マスター」
少女が柔らかに笑いながら男を呼ぶ。
「愛してますよ」
少女の言葉に男が盛大にむせ、そのままテーブルに突っ伏す。
流石にやりすぎたか。そう思い、立ち上がりかけた少女の動きが不意に止まり―その顔が見る間に赤く染まる。
「お返しだ」
してやったり顔の、けれど真っ赤になった男が視線をはずす。
「卑怯だよ…」
言葉を使わずに胸に伝わってきた男の想いに少女はしばらく彼の顔をみられなかったという―
なんとなくイチャイチャさせた。が、糖度がいまいちだ
212
:
未来の息子との対面―ピエット Side 1/4
:2007/11/06(火) 15:33:52
遠い昔…遥か彼方の銀河系で…
――アウター・リム/バクラ星系
アウター・リムの外れに位置し、ワイルド・スペースに接しているこの星系は昔からエイリアンや
ならず者、未知の存在の侵略を受けてきた。そして、今度は反乱同盟軍の侵略をこの星と帝国
艦隊は退けたところである。ピエット大提督とヴィアーズ将軍の最強タッグの前に、またしても反
乱同盟軍は敗れた。どうやら銀河共和国が復活するのは遠い日のことになりそうである。そして
今、二人の英雄はバクラ総督のワイレック=ネリアスの歓待を受け、艦に戻ったところであった。
――ESSD『エクリプス』
ヴィアーズ「いやいや…大変な歓待だったな」
ピエット「そりゃそうだ、我々は英雄なんだから…むぅ」
突如、ピエットが額を押さえる。当然ながら彼の親友は疑問に思った。
ヴィアーズ「どうした?」
ピエット「いや…しかし…ありえない」
ヴィアーズ「分かるように話せ」
独り言…いや、うわ言に近い言辞をとるピエットそれに対してヴィアーズは少々の苛立ちを覚え
た。彼の気はそんなに長いものではないのだ。
ピエット「息子の…マキシミリアンのフォースを感じる…」
ヴィアーズ「テトランさんが来ているんじゃないのか?」
彼の幼い息子が1人の筈は無い。したがって、彼の細君と一緒に来たのだろう。彼とテトランは
お互いに愛しあっているのだ。想いのあまり、最前線まで会いに来てもおかしくはない。しかし、
ピエットは首を振った。
ピエット「いや…テトランのもそれ以外の存在も感じない…一人だけだ」
ヴィアーズ「まさか!まだ一歳だろう?」
ピエット「だが、感じるのだ…息子の存在を」
ヴィアーズはフォースに畏れを抱いているが、その不透明さに対していまだに半信半疑なところ
がある。しかし、フォースは正しかった。
213
:
未来の息子との対面―ピエットSide 2/4
:2007/11/06(火) 15:34:54
レーダー員が何事か艦長に耳打ちすると、驚いた顔をして、ピエットに近づいてきた。
セシウス「大提督、信じがたいことですが、大提督のコードを発信しているTIE-アグレッサーが接
近中であります」
ピエット「…艦長、トラクタービームで収容せよ」
セシウス「仰せのままに」
ピエットは収容を命じ、中に乗っていた人物を連れて来るように言った。そして、数分の後、彼ら
の居るブリッジのシャッターが開き、マリーン達が中に居た人物を連れて来た。そして、一目見て
驚いた。ピエットにそっくりなのである。それでも、大分若いが。そして、彼との関係はすぐに分か
った。
マキシミリアン「お父さん!」
ピエット「ひょっとして…マキシミリアンか?」
マキシミリアン「そう、マキシミリアンだよ!30年後のね」
驚いた。まさか30年後の息子に出会えるとは。しかも、彼の制服の階級章を見れば上に赤の徽
章が3つ、青の徽章が3つ、つまりは大佐の地位にあることが分かった。どうやら彼の軍人として
の人生は順調なようである。
ピエット「大佐か…なかなか順調なようだな」
マキシミリアン「うん、今は『キメラ』の艦長をやっているんだ」
ピエット「『キメラ』か!?30歳でインペリアル級の艦長とは…チェル艦長はスーパースターデスト
ロイヤーの艦長にでもなったのか?」
30代でインペリアル級の艦長を務める例はあまり多くない。チェル艦長などは例外中の例外だ。
彼は特に目立った功績があるわけでもないが、ペレオン提督が人材を育てる意味で抜擢したの
である。30年も経っていれば、彼も熟練の艦長になっていると思い、ピエットはそう言った。
214
:
未来の息子との対面―ピエットSide 3/4
:2007/11/06(火) 15:35:29
しかし、息子からは意外な返答が返ってきた。
マキシミリアン「チェル艦長…チェル提督のこと?」
ヴィアーズ/ピエット「何!?彼が提督だと!?」
マキシミリアン「うん、あまり詳しくは言えないけど、銀河大戦とそれに続く―――ああ、これは言
えない…まあ、これから起こる一連の戦乱の英雄の一人に数えられているよ?
勿論、お父さんやヴィアーズ大将軍に、ペレオン大提督やジェリルクス参謀総長
もね?」
ピエット「ギラッドも大提督か…それは妥当だな」
マキシミリアン「うん、お父さんと一緒に戦った人達は大抵、出世しているよ。しかし凄いなぁ…こ
このブリッジだけでも伝説級の人達ばかりだよ…」
そう言って彼はピエットやヴィアーズの脇に立っている高級軍人やその下で働く司令要員達を一
人一人見回していた。そこにヴィアーズが話しかける。
ヴィアーズ「マキシミリアン、私の息子…ゼヴュロンはどうしているんだ?話せないこともあると思
うが、生きているかどうかだけでも教えてくれないか?」
彼の息子…ゼヴュロン=ヴィアーズは帝国の理念に疑問を抱き、反乱同盟軍に身を投じていた
のである。最後の消息では、4年前のエンドアの戦いで反乱同盟軍の艦船の砲撃手を務めてい
たと風の噂に聞いただけなのである。彼は過保護な父親ではないが、4年も聞かなければ不安に
なるものである。妻に先立たれた彼にとっては唯一の肉親なのだ。
マキシミリアン「ゼヴュロン=ヴィアーズ将軍の事ですね?AT-AT部隊の司令官になっています
よ。経緯は言えませんが…」
ヴィアーズ「おお!神よ!久しぶりにあなたに感謝致します…」
30年後の世界で元気に、しかも自分の跡を継いでいるという事は、今もどこかで元気にしている
ということであろう。その奇跡に彼は久しく忘れていた神への感謝を捧げたのであった。
ピエット「ところで…フォースの方はどうだ?」
マキシミリアン「ふふふ、どうだろう?」
そう言うと、彼はダークサイドの電撃を軽く飛ばした。それを見ていた者達が唖然とする中、ピエッ
トだけが目を細めていた。
ピエット「素晴らしい!!ダークサイドを順調に使いこなせているようだな」
ヴィアーズ「次世代の暗黒卿というわけか…」
だが目の前の青年はダース=ヴェイダーのような恐ろしい容貌でもなければ、皇帝のように邪悪
な表情もしていない。澄んだ瞳に微笑を湛えていた。性格も両親のものを受け継いだのだろう。ヴ
ィアーズはその力に畏怖こそすれ、恐怖は感じていなかった。むしろ、帝国の未来に光を見ている
気さえしたのである。
215
:
未来の息子との対面―ピエットSide 4/4
:2007/11/06(火) 15:36:06
一通り聞いた後でピエット達は最大の疑問を彼に投げかけてみた。
ピエット「何故、この時代に来たんだ?」
マキシミリアン「んー…これなんだよね…」
そう言って彼は銀色の円筒…ライトセイバーを取り出した。もっとも、まだ作りかけであるが。ジェダ
イやシスは修行の一環として、ライトセイバーを自作する。彼もその例に漏れず、作っていたようだ。
ピエット「作り方なら教えられないぞ?これも修行だ。まあ、それなら30年後の私に聞いているだろ
うが…もしかして、何か部品が足りないのか?」
マキシミリアン「うん…クリスタルの生産工場が吹っ飛んじゃって…」
シスのライトセイバーに使用されるプライマリー・クリスタルは人工のものを使っており、秘密の工場
で生産される。それが無くなったのは致命的だろう。
ピエット「それでこの時代に来たわけだ、なるほどね」
マキシミリアン「うん、それで開けてもらえないかな…と」
ピエット「まあ…それくらいなら構わないだろう。うん、コードは出しておく。行き方は分かるな?」
マキシミリアン「うん、分かってる。それじゃ…ありがとう」
そう言って、若きピエットは再び銀河の果てへと消えていった。後にはピエットと彼の側近達が残さ
れる。
セシウス「御子息は御立派に成長なさるようですね、お喜び申し上げます」
ピエット「ありがとう、艦長」
ヴィアーズ「私の名前を名乗るだけはあるな、うん」
ピエット「君の息子も帰ってくるようだし…万々歳だな!」
反乱同盟軍が聞いたら、悪夢と思うような話だろう。自分達の努力が少なくとも自分達の生きている
間に報われることは無いのだから。しかし、今聞いた彼らには幸せな話である。自分と自分の家族や
友人が栄達を遂げているのだから。未来というものはある者には明るく、ある者には暗い…
黒閣下のに続いてみましたw
216
:
銀河鉄道の夜
:2007/11/11(日) 00:35:31
ふと、目を開けたフランドールは首を傾げた。
がたごとと揺れる、ついぞ見たことがない、窓の沢山ついた―およそ吸血鬼の彼女には似合わない部屋の長椅子に彼女は腰かけていた。
はて、ここはどこなのだろうか、と首を捻るフランドールの前に姉が腰掛けていた。
「あら、お姉様」
「こんばんは、妹様」
彼女の声に、だが応えたのは姉の従者だった。
「お前には話しかけてない」
口を尖らせながらそう呟くと、姉の従者は困ったように笑いながら、頭を下げた。
「申し訳ございません」
姉の方はただ窓の外をぼぅと見つめたまま、一言も喋ろうとはしなかった。
「おかしな夢だね」
いつもの様に笑うフヨウにフランドールはむっとしながら、クッキーを飲み込んだ。
「そんなにおかしいの?別にあいつとあいつの従者と部屋にいただけよ」
少し苛立ち始めた彼女にそれでもフヨウはペースを崩さず天井を見上げて、言った。
「フランがいたのは部屋なんかじゃないよ。フランがいたのはね―」
パタン、と閉じられた本から顔を上げると、アサヒと目が合った。
「どうした?この話、つまんなかったか?」
彼女の問いかけに首を横に振り―思い出したように手を叩く。
「ねぇ、今度さ、この汽車って奴に乗りに行こうよ」
「ああ、そりゃあ名案だな」
くしゃくしゃと髪を撫でる手が暖かくて、フランドールは目を細めて、その感覚を楽しみ―
夢を、見ていた。
暗い部屋を見回しながら、フランドールは息をついた。
果たして何処までが夢で、何処からが現実なのか。
そして今は本当に夢から覚めているのだろうか。
ふと、枕元に置いてある古い本が目につき、それを手に取っていた。
―銀河鉄道の夜
何度も捲ったページは擦れて、表紙に至っては既にボロボロになっていた。
それでも彼女はこの本を捨てる気にはなれなかった。
ページを捲り、目当てのページを見つけ―彼女は知らず知らずその言葉を口にしていた。
久々に劇場アニメ版の銀河鉄道の夜が見たくなったら、こんな夢を見た件
…しかしなんでフラン視点だったんだろう?
217
:
乃木版ウィリアム・テル【ウィリアムの反乱】
:2007/11/11(日) 17:29:58
その日、街には活気がなかった。
と、いうのもその街は謎の「帝国」に支配されていたためであった。
それはつい先月、空からやってきた。
軍隊がそれに対応したがあっけなくやられてしまったのだ。
そして次の日から始まったのは何の意味もない銅像に
お辞儀をしろと言われたのであった。
しかしその銅像にお辞儀しなかったがために逮捕された人物がいた。
ウィリアム・テル…じゃなくてヴェノムである。
しかしヴェノムは街の人々から嫌われていて、
逮捕されたといってもそんなに心配されなかったのだ。
しかし彼には今年18歳になる娘がいた。
彼はその娘がいる方向を見つめながら、連行されていったという。
続く(ぇ
218
:
らいーる
◆AsumiI7ApQ
:2007/11/12(月) 21:41:13
逃亡編って2か月前にはプロット出来てたのねと思いつつ
再考に再考を重ね過ぎたあげく、どうにもまとまりが悪いという体たらく
やはりあれか。俺には恋愛物は無理ということか
もっと話をコンパクトにして、書きたいとこだけ書こうかしら
219
:
らいーる
◆AsumiI7ApQ
:2007/11/12(月) 21:42:00
うわーい、書くとこ間違えたー。もう今日の俺ダメポ
220
:
夢題
:2007/11/13(火) 20:48:31
「何ものも、そこに暗い影を落とすことのないように―――。」
バースデイ・ガールより
いつもと変わらぬように、いつもと同じように彼らは暮らしていた。
しかし、彼らは何かに気づいていた。
「何か、忘れているような気がする だが、それが何か思い出せない」
皆、「何を忘れたのか」ということを質問するたびに同じ言葉を、
この答えを発する。
しかし、二人だけはその消えた記憶を知っていた。
ヴェノム「…あれで良かったんだな?」
乃木「ああ、いいんだ あれで…あとで自分の幸せの記憶も封印しておいてくれ」
ヴェノム「わかった…後悔はしないな?」
乃木「ああ、いつまでも偶像に崇拝を続けることも無いだろう?」
ヴェノム「…わかった それじゃ私の研究室に行こうか」
乃木「…ああ 頼むよドクター」
「小英雄の面影は、もとは鮮明このうえなかったのが、
今では急にぼんやりしてしまった。」
魯迅 「故郷」より
221
:
憐哀編side春原:序章「成り行きの駆け出し」
:2007/11/23(金) 16:22:24
吐く息が白い。
もう冬が近いってことを、嫌でも思い知らされる。
街を照らすイルミネーションが鬱陶しい。
冬なんぞ嫌いだ。
「……寒い、ねっ」
語尾を無理に上げてるのがバレバレだった。
――何で元気な風を装ってんだか。
僕は無言で歩く。後ろからついてくる足音に耳を澄ましながら。
「何で、冬なんて、あるんだろうねっ」
「神様の嫌がらせに決まってんだろ」
「なるほど。ヨーヘー、頭いい……ねっ」
尻すぼみなトーンは、まるで声まで凍りつく様を表わしてるようだった。
軽くイラつきながら振り返る。
そこにいるのは、一言で言ってしまえばガキだった。
取るに足らない、そこらへんに掃いて捨てるほど湧いてる連中と同じ。
いや、同じように見えるだけの、別物。
別物の――それでも、ただのガキ。
「あのな、この季節に半袖短パンじゃ寒いに決まってんだろうが」
「だってこれがボクのチャームポイントだし」
「チャームポイント丸出しで凍死する気かよ。バカじゃね?」
「ヨーヘーに言われたらおしまいだ、ねっ」
――口の減らねーガキ。
苛立ちはおさまらない。
「ほら」
着てたコートを脱いで、差し出す。
「?」
「着ろよ。寒いんだろ」
「ボクはチャームポイントのために凍死する覚悟は出来てました!」
「うるせーよ。僕がムカつくんだ、黙って着ろ」
まったく、鬱陶しい。
「……ありがと」
「今日の晩飯代は僕が7でお前が3だからな」
「ありがたくないっ!?」
何でこんな寒い日に、こんなとこで、こんなガキと、こんなやりとりをしてるのかと思いつつ。
僕らは、二人きりで、逃げている。
222
:
翼風
◆1TOguFFHvI
:2007/11/25(日) 10:51:04
ラスト
223
:
月光浴
:2007/11/25(日) 15:36:47
真夜中に、ふいに目が覚めた。
明るい。
その眩しさに、光に慣れない目をかばって眇める。
時計を見れば真夜中の4時半。当然ながら蛍光灯の灯りは消されている。
頭が回っていなかったのだろう。
その光がカーテンの隙間から洩れ出でているのに気づくまで、多少の時間を要した。
十六夜月だった。
空から降りしきるその光は、夜だと言うのにこの背に影を映しだす。
月は金色に輝くが、その光は夜色と混ざり溶け合って青く注がれる。
青。
それは自分を象徴する色だ。
きっと私は月なのだろうと、そう思う。
己の光を持たない月。
己の心を持たない自分。
あまりに作為的な偶然にまみれた、自分という存在を照らす光。
太陽は明るい。明るくて、強い。
月は儚い。儚くて、美しい。
私には己の光を持つことは求められていない。
私には自分で輝くことは許されていない。
そして――それを嘆くことも、恨むことも出来ない。
それでも、私は月だ。
自分で輝くことは出来なくても、光を常に浴び続けることが出来る。
自分という存在を持たなくても、私は必ずそこに存在し続ける。
望みはしない。
求めもしない。
月の美しさを湛えている限り、それこそが私なのだから。
224
:
憐哀編side春原:一章「価値の模索」 1/4
:2007/11/25(日) 19:03:02
一日目 AM 7:30
「ねぇヨーヘー、今日ボクとデートしてくれないかなっ」
すべてはノーテンキなお子様の、そんな一言から始まった。
一日目 PM 15:30
公園には人っ子一人いやしなかった。
ま、当然だ。こんなくそ寒い中、シーソーも滑り台もベンチすらもないチンケな公園に
足を踏み入れるのは、アホの子かリストラされて行き場のないリーマンくらいのもんだ。
だってのに、
「ヨーヘー! 見てみて、イサちゃんエベレスト踏破の瞬間!」
アホの子はサルよろしく、木の上で喜色満面ときてる。
「へーへー、そりゃすごいですね」
「むっ。もっと喜びをわかちあおうというスポーツマンシップはないのか貴様!」
「ねーよ」
ベンチすらないので、その場に適当にしゃがみこむ。
溜息が、白かった。
「……ヨーヘー、退屈?」
ふいに声に元気がなくなる。
こちらの真意を伺うように、おそるおそる。
「あー退屈だね。こんな何もないとこで、文明人の僕が楽しめるわけないだろ」
「……ごめん」
がりがりと頭をかく。
まったくイライラする。
『こんな状況』でなきゃ、とっくの昔に置き去りにしてるところだ。
僕はこいつから離れるわけにはいかない。
もちろん、アホの子のためなんかじゃない。僕自身のためにだ。
225
:
憐哀編side春原:一章「価値の模索」 2/4
:2007/11/25(日) 19:03:49
「けどさ」
「あん?」
「普通、デートって男の人が盛り上げようとあれこれするもんじゃないかなっ」
「………………」
もっともだ。
男としてこれは恥ずかしいんじゃないだろうか。
けど僕、デートしたことないぞ。
どうやって盛り上げればいいんだ?
……いや、待て。
「何で僕が盛り上げなきゃなんないんだよ!?」
「ヨーヘー、男の人じゃないの?」
「男だよ!」
「じゃあ盛り上げれー」
「………………」
もっともだ。
男としてこれは(以下略)
「だからそうじゃねぇよ! デートしたいとか言ったのお前の方だろ!」
「……ヨーヘーは」
木から飛び降りた。
2階以上の高さはあったってのに、呆れるくらい身軽な動作だ。
けど、そうして目の前に立つ姿は、僕より頭一つは小さい。
つまりはガキだ。
「ボクのこと……きらい?」
本当にムカつくガキだ。
それには応えず、そっぽを向く。
質問をわざと無視したのに、それ以上は何も聞かずに僕の傍に立つ。
226
:
憐哀編side春原:一章「価値の模索」 3/4
:2007/11/25(日) 19:04:22
一日目 AM 8:00
僕はそいつの問いかけにYESともNOとも応えなかった。
応えるより早く連れ出されてたんだからしょうがない。
寝起き直後にそんな質問されたって、応えられるわけがない。
デート? そんな誘い受けたの始めてだっての。
強引にもほどがあるだろ。
僕がガキ呼ばわりしてるそいつの名前は、イサと言う。
僕と違って天然の金髪。背が低い。
男と言えば男、女と言えば女に見える。まぁユニセックスってやつだ。
ガキほど性別の区別がしずらかったりするが、まさにそれだ。
服装は大体いつも短パン。その格好がなおさら中性っぽく見せてる。
そして極めつけの中身は、
「ヨーヘーは何でバカなのっ?」
「ケンカ売ってんのかよてめぇ!」
「だってバカじゃん!」
「バカじゃねぇよ、知性に溢れたこの顔を見ろよ!」
「あ、ディアが半裸でこっちに流し目してる」
「マジかよっ!?」
「やっぱバカじゃん!」
「バカじゃねぇよ、当然の反応だよ!」
「ボ……ワタシはヨーヘーのバカなところが大好きかなっ!」
「嫌いでいいです! ほっといてくれよ!」
「あ、よーちゃんがスカートで体育座りしながら潤んだ瞳をこっちに向けてる」
「マジかよっ!?」
「ヨーヘーのスケベー!」
「周囲から注目されるくらいの大声で言わないでください!」
こんな有様だった。
227
:
憐哀編side春原:一章「価値の模索」 4/4
:2007/11/25(日) 19:05:10
「もうここまできたら今更だから、デートってのはまぁいい」
「本当は嬉しいくせにー」
「ガキにモテたって嬉しくねーよ。で、どこに行くわけ?」
「考えてません!」
「…………は?」
こんな朝早くに叩き起こされたってのに……考えてない?
「ヨーヘー、考えれ」
確か僕、誘われた側じゃなかったっけ?
「ワタシはヨーヘーの行きたいとこについてくから」
「……ふ」
「ふ? 古河パン?」
「ふっざけんなぁぁぁっ!」
天に向かって高らかと叫ぶ。
イサが小さく悲鳴をあげて遠ざかる。
「いきなり奇声をあげる趣味がヨーヘーにあったなんて」
「違うわっ!」
反射的にイサを掴もうと手を伸ばす。
あっさりとかわされた。
「こんな朝早くに叩き起こしといて、考えてないとかどーゆーことだよ!」
「えー、ヨーヘーわがままー」
「僕が悪いのかよっ!?」
「デート出来るだけで嬉しかったりするもんだー」
「だからガキにモテたって嬉しくないんだよ!」
「ワタシこれでも1434歳アルね」
「知るかっ!」
本人曰く、あくまで悪魔な1434歳。
羽の生えた女神や、心の底から悪魔な奴も見たことがあるから、別にそれを疑う気はないさ。
けど、年齢と精神年齢が比例するなんて認めねぇ。
「ボクはさー」
「あ?」
「ヨーヘーと一緒にいられるなら、どこでもいいんだよ」
「………………」
まったく。
どうしてこんなガキにしか好かれないんだか。
何だかんだで動揺した僕は、次に続いたイサの言葉を聞き逃した。
「どこに行っても……きっと、最後は同じだもん」
228
:
憐哀編side春原:二章「幸福の押し売り」 1/4
:2007/11/25(日) 21:10:59
二日目 AM 10:00
お互いに無言だった。
何とはなしに、話を切り出しずらい。
昨夜の僕に言ってやりたい。アホか、と。
「あ、ヨーヘー」
小さな声で、呼びかけられる。
何故か立ち止まって振り返ることを躊躇った。
僕はそのまま通りを歩く。
「ヨー…ヘー」
無視。
振り返らない。
いや、振り返ることが出来ない。
いったいどんな顔して振り返ればいいってんだ。
誰か教えてくれ。
『あんなこと』した後って、どうやって会話すればいいんだよ。
すると、
「ヨー、ヘー!」
体当たりされた。
背中に強烈な一撃。
僕はつんのめり、折り重なるようにして倒れた。
「へへ……ヨーヘー」
「浮かされたような声出すなよ! 気味悪いだろうがっ!」
背中にのしかかる重さは軽かったけど、子泣き爺のように貼りついてくるせいで立ち上がれない。
「じゃあ無視すんなっ」
「うるせぇ! どんな顔して答えりゃいいんだよ!」
「こんな顔でいーじゃん!」
僕の真横に顔が生える。
満面の笑み。見てるこっちまで多幸感に包まれそうになる。
その頬が、心持ち赤い。
「ヨーヘー」
「何だよ」
「ヨーヘー」
「だから何だって」
「大好き」
「……恥ずかしいんだよ」
気色の悪い感覚。
僕はロリコンになるつもりはない。
ない、はずだ。
229
:
憐哀編side春原:二章「幸福の押し売り」 1/4
:2007/11/25(日) 21:13:05
腕にしがみついて離れないのが邪魔だった。
「だから勘違いすんなよ、別に僕は」
「それでもボクはこーしてたいのでした!」
「僕が迷惑なんだよ!」
「なら喜べ!」
「理不尽すぎませんかねぇっ!?」
明らかに昨日とは振舞いが違う。
傍若無人なのは変わらずだけど、それでも昨日はこれだけ近づいてきたりはしなかった。
距離が変わったんだろうか。
言うまでもなく、原因は昨夜のやりとりにあるんだけど。
「この方がデートっぽいし」
「デートじゃないんだろ」
昨夜、こいつ自身が口にしたことだ。
「じゃあデート以上」
「何だよそれ」
そう言うと、横の姿がニヤリと笑った。
「やーだなー、ボクのこと子供扱いしてるくせに、そんなことも知らないんだー」
「あ? 適当言ってんじゃねぇぞコラ」
「ヨーヘーはドーテーだからそんなことも知らないんだー」
「心の底から大きなお世話ですよねぇっ!?」
こんなガキにドーテーとか言われたくない。
「大体、これは逃げるためだって昨夜お前自身が……」
逃げるため。
そう、これはデートなんかじゃない。
イサは狙われている、らしい。
誰にかはわからない。
本当なのかどうかもわからない。
けど、少なくとも根も葉もないデタラメじゃないだろう。
そう思わせるほどのものが、昨夜のイサにはあった。
230
:
憐哀編side春原:二章「幸福の押し売り」 3/4
:2007/11/25(日) 21:13:59
「や」
「あ?」
「やだよ、それ忘れて」
「言ったのお前だろーが」
「あれはもののはずみ。なし」
「意味わかんねーっての」
「だって、そんな気持ちでこれから一緒にいても楽しくねぇ!」
「いきなりテンションあげんな。ついてけねーよ」
こいつの言動は定期的に意味不明になるから困る。
けど、何となく他人の気がしないんだよな…
「ヨーヘーには迷惑かけないから」
「あ?」
「何度見つかっても、絶対ボクが何とかするから」
いまいち意味がわからないので無言。
「だからボクを独りにしないで」
けどイサの目は切実で。
「最後の時まで、ボクと一緒にいて」
やっぱり嘘を言ってるようにはとても見えない。
「ヨーヘーだけなの」
何がこいつをここまで追い詰めるのか。
「ボクにはヨーヘーしかいない」
何がこいつをここまで怯えさせるのか。
「ヨーヘーしか信じられない」
おそらく、それは絶対にわかりゃしないだろう。
それでも、
「うるせーよ」
イサの頭に手をおき、引き剝がす。
僕の本気を悟ったか、イサはほとんど抵抗せずに手を離した。
その顔は驚きに満ち溢れてる。
溜め息。
231
:
憐哀編side春原:二章「幸福の押し売り」 4/4
:2007/11/25(日) 21:21:50
「ここまで来て、今更お前だけ置いていけるかよ」
頭に置いた手を、適当に動かす。
天然の金髪がぐしゃぐしゃになった。
「え……」
「ずるいんだよお前。僕の意見なんて最初から聞こうともしないくせに、
自分の意見ばっか僕に押し付けてきやがって」
「…………」
「僕は他人に動かされるなんて御免なんだよ」
押しつけた手のせいで、イサがどんな顔をしてるかはわからない。
わかりたくもなかったね。
こんなこと言わなきゃならない自分にもうんざりだ。
「僕は好き勝手にやる。僕がしたいことだけをな。
ついてきたけりゃついてこいよ」
手がはねのけられた。
見たくもない顔が上目づかいでこちらを見上げてくる。
薄く涙のにじんだ顔。
すがられるのなんて御免だ。
けど、今ここでこいつを見捨てるのはもっと御免だ。
「お前が僕の傍にいる限り、僕はお前を見捨てねーよ」
前から飛びつかれた。
ある程度予想してたので、今度は倒れずに済む。
「ヨーヘー」
面倒なので、もう応えない。
しばらく、そうしてた。
232
:
神様仏様ミシャグシ様
:2007/11/26(月) 12:09:16
正直ナハトは困っていた。
「そこからどけ、掃除機がかけられんぞ」
「やーだ、寒いもん」
こたつ布団にしがみつき、首だけ出した少女を見下ろしながら彼は深く溜め息をついた。
既に十時すぎ。
そろそろ近所のスーパーの朝市で玉子等を買ってこなくてはならない。
ナハトは再び溜め息をつくと掃除機を片付けだした。
「あんまり溜め息つくと幸せ逃げるわよー?」
誰のせいだ、と言わんばかりにこたつむりを睨んでおき、鞄を手に玄関へと向かった。
「ついでになんかつまむもんお願いね〜」
「へーへー」
神様ってこんなもんなのかと思いながらも普段一緒に居る早苗に彼は同情せざる得なかった。
「彼の事、いじるわねぇ」
「そうでもないよ」
テレビの時代劇を見る友人に諏訪子はこたつからはいだした。
「彼がいじられやすいだけよ」
「口ではなんだかんだで世話焼きよねぇ」
テーブルの上に備え付けられた蜜柑を友人に投げてよこしながら、彼女も蜜柑に手を伸ばす。
「でも手は出さないでくださいよ?彼はちゃんと彼女居るんですから」
声に諏訪子達が振り向けば、カップ片手に笑顔を浮かべるドロシアがいた。
「あーうー…、大体彼はすこし細いわ」
「ところが!脱ぐとしっかり腹筋が割れてるのよ!」
「なんで知ってるのよ…」
そんないつもの光景
233
:
名無しさん
:2007/11/28(水) 18:31:12
作業age
234
:
まとめ
:2007/12/03(月) 01:04:25
浮上
235
:
ピエット大提督
:2007/12/05(水) 18:36:30
帝国は情報保護の必要性を感じている為、浮上工作を実行中である
236
:
仰視編 ―神格佇む境内で・昼―
:2007/12/09(日) 21:06:14
その空間だけ、世界から切り離されていた。
気配はなく。
木々のこすれ合うわずかな音の中で、独り鳥居を通り過ぎる。
紅葉も終わりその多くが地を黄金に染め上げる秋の名残りの、
それでも木々に残る葉の隙間から零れ落ちる光線に、わずかに目が眩んだ。
まずは左手。次に右手。左手に注ぎ口に含み、最後にもう一度左手。
手水舎での作法は、冬の近いこの季節には感覚を痺れさせる。
水の跳ねる音が心地いい。
手水舎から境内まで歩く間に、財布の中から硬貨を取り出す。
10円。これ以上の金額にすることも、以下にすることもない。
高すぎると習慣性が薄らぐし、安すぎると参拝という行為自体まで安っぽくなってしまう。
ちなみに定番の5円は使わない。御縁に興味はないからだ。
冷水を浴びた手には、握りしめる硬貨の温度さえほんのり温かく感じられた。
境内に、一歩。
視界の先に佇む拝殿。そこに至るまでの真っ白な道。
恐る恐る歩く。
いつだってここでは畏怖を覚えずにはいられない。
神が居る・居ない。神を信じる・信じない。
そんなの些末事だ。些末だし、どうでもいい。
『参拝』という行為に、「神様にお願いする」なんて意味は微塵も込めていない。
それでも、ここには確かな畏敬がある。
そして、それだけでいい。
最初に小さく会釈。それは魔術儀式における『聖別』に似ている。
現実と夢の狭間にあって、その2つを切り分ける1つの儀式。
腕の中でしっかり握りしめていた硬貨を放る。
木造の賽銭箱にあたる鈍い音。続いて、金属同士がぶつかる鋭い音。
ゆっくりと目を瞑る。時と場所が違えば、それは寵愛をねだる動作と何ら変わりない。
そして、最も基本的かつ有名な作法――二拝二拍一拝。
心の中で念じる。
――どうか、平穏を。
それは願い事『ではない』。
あえて陳腐な言葉で表現するなら、『誓い』だろうか。
この一連の流れの中に、自分の意識を刻み込む。
静謐で彩られた幻想世界を。もはや習慣と言い換えてもいいこの儀式を。
いつか心の中で思い返す度に、思い出せる。
今の自分が何を求めていたかを。
もしも神様が存在するなら、何もしてくれなくていい。
ただ、許してほしい。
今この時、この場所で、こういった形で『願い』を歴史に刻みつける自分を。
最後にもう一度会釈して、儀式は終わる。
拝殿から振り返ると、ゆるやかな日差しの中に伸びる影が軽く踊った。
これで穏やかな夢の時間も終わり。
さぁ、現実に帰ろう。
騒々しく、慌ただしく、それでもそこにしかない自分の居場所へ帰ろう。
237
:
冬の音
:2007/12/16(日) 23:38:19
茶をすすっていた紫がついと顔を上げて、呟くように言った。
「冬の音ね」
「冬の音…ですか?」
向かいに座り、同じ様に茶をすする早苗が不思議そうに紫を見つめた。
黒目黒髪のごく普通の日本人、といった彼女はそうと嬉しそうに頷いた。
「あの音を聞くとね、いよいよ冬だって気になるの。自分はあの音が好きなんだ」
そう言い、目を閉じて耳を澄ます彼女に倣い、早苗も同じ様に目を閉じる。
そうすると普段は気にも留めない小さな音が―風が落ち葉をさらう音や火鉢のはぜる音が聞こえてくる。
これが冬の音なのだろうか。
そう思い、目を空けかけた時だった。
パキ―
先ほどよりももっと小さな、何かの割れる音が早苗の耳へと入った。
「聞こえた?」
紫が嬉しそうに問掛けた。
「今のは?」
聞き慣れないそれを早苗が問いで返す。
「霜が砕ける音さ。外じゃとびきり寒い日の朝にお日様が当たるとほんの少し聞こえるんだ」
そんな、霜が降りた朝のこと。
静かじゃないと聞こえない、霜が砕ける音
もしかしたら明日の朝は聞こえるかもしれない
皆にとっての冬の音はなんだろう。そう思う、冬の夜
238
:
仰視編 ―曙光抱く摩天楼にて―
:2007/12/17(月) 23:13:26
見上げる。
天に突き刺さらんばかりに延びる巨大な柱が、視界の一面を覆っている。
けれど、そこにあるのは決して無機質なだけの鈍い光じゃなかった。
光線。
ビルの壁面を埋め尽くす透明なガラス窓が、その屈折率から全反射させた朝ぼらけの太陽光。
空は、太陽から光を受け取りながら、太陽よりも眩しく輝いていた。
薄く目を凝らす。
早朝の摩天楼に人の気配はなく。
あと数時間もすれば雑多な波に覆い尽くされるであろうその場所は、
故にこの時間だけは普段の喧噪を晴らすかのように静寂に包まれている。
目を閉じる。
このまま眠ってしまえればどれだけ気持ちがいいだろうか。
思い、一時間後の惨事が即座に脳裏に浮かび、苦笑。
日の光がわずかに上方に傾くだけで、人工物が彩る光の幻想は終わりを告げる。
一日の、わずか十数分の間にだけ訪れる、『ツクリモノノゲンソウ』
日常の中でそんな幻想に浸れる自分は、さて幸福か。
あるいはそれはとてつもなく不幸なことなのかもしれない。
幻想と対比してしまう限り、現実は俗物にまみれた凡庸な世界に過ぎない。
それはダイヤと比較して、水晶の価値を軽んじるようなものだ。
決して水晶に価値がないわけではないのに。
そして、結局のところ、自分は水晶しか手に取れない。
ダイヤは眺めることは出来ても、その手に納めることは出来ないのだ――
さて、時間が来た様子。
これから摩天楼の一角にその身を置き、生きるための労働が始まる。
胸に抱いたダイヤの輝きは、従事する自分を少しは癒してくれるだろうか?
239
:
―地上の咆哮―
:2007/12/22(土) 10:29:47
ただ、音が外から聞こえるだけである。
それは爆発音であったり、機銃を撃つ音でもあり、
そして突貫の命令の声でもあり、悲鳴でもある。
次々と倒れゆく味方、迫ってくる敵。
私はこのやうな戦火の中で、決断をしなくてはならない。
味方にどのやうな指揮するかをだ。
私は迫られている。それは決断なり。
「サイパン全島の皇軍将兵に告ぐ 鬼畜米帝への侵攻を始め、既に約二年も過ぎた。
このサイパンにいる陸海軍の将兵ならびに軍属達は皆が一致団結して協力し、
皇軍の面目を十分に発揮し、負託の任務を完遂することと思われたが、
天に見放され、地の利は十分に発揮できず、だが、人の和を発揮して今日まで生きてきた。
だが、資材は尽き果て、銃や大砲も鹵獲されたり、壊されるなどして、
戦友達は相次いで戦死している。これは真に無念だが、彼らが国に貢献してことを信ずる。
だが、敵の進行は依然として悠々たるものであり、サイパンの一角を占領するも、
敵の爆撃に曝され散っていくのみで、今や止まっても、進んでも死ぬという最悪の事態となっている。
だが、今は大日本帝国男児の真骨頂は発揮するときであり、私南雲忠一は、
今ここにいる君ら将兵、軍属とともに喜んで鬼畜米帝の懐に飛び込み、
太平洋への防波堤として、ここに骨を埋めようと思っている。
今こそ戦争での教訓、「生きて虜囚の辱めを受けず」を実行するときであり、
勇気を持って躍進し、全身全霊で戦ひ、悠久の大義に生きることを
最後の喜びとするのだ。」
1944年7月8日 南雲忠一 戦死(ただし自決説もあり)
二階級特進にて、海軍大将へ
サイパンの戦いで日本軍は文字通り玉砕し、
生き残った日本兵は重症の兵士一人だけだったという。
240
:
願いの雪
:2007/12/23(日) 21:47:10
「…雪だ」
つまらなそうに窓の外を見ていたコピーエックスが驚いたように目を丸くした。
「ポッケ村は雪山に近いからね、降っても不思議じゃないよ」
鎧の手入れをしていたフヨウが彼の方を振り返る。
まるで子供のように窓から身を乗り出し、雪に手を伸ばすコピーエックスの様子が
普段の彼からは想像もつかず、フヨウは思わず笑ってしまった。
けれど、いつものなら飛んでくるであろう皮肉はいつまでもなく、
不思議に思った彼女は首をかしげて、問いかけた。
「もしかして雪見るの、初めて?」
彼女に背を向けたまま、彼が首を横に振る。
「視察にいったとき何回も見てるよ?…ただ、そこで見たのは
天候操作装置で操作して降らせた雪だからさ」
人だけでなく、天候と言う自然でさえ操作されていた彼のいた場所。
そんな環境だったからこそ、人々の間にはあるジンクスが出来上がっていた。
―曰く、自然に降る雪を見れた者は願いが叶う、と。
(ついでだから、何か願掛けしてみようかな)
柄にもなく、そんなことを思いながら、すっかり溶けてしまった手の中の雪を見つめる。
「そか」
一方、答えに満足したのか、フヨウは再びコピーエックスに背を向け、
今度は盾を点検しだした。
二人の間に流れる、静かな時間。
暖炉では暖かな火が燃え、時折薪の爆ぜる音を辺りに響かせる。
「そういえば」
思い出したようにフヨウが武具を床においたまま、コピーエックスの隣に身を乗り出す。
「昔お父さんに聞いたんだけど、静かにしてると雪が地面に落ちる音が聞こえるんだって」
「ほんとうかい?なんだかにわかには信じられないけどな」
「まぁさ、ほんとかどうかは目、閉じてみよう」
そう言いながら、二人がゆっくり目を閉じ、
「するね」「…ん」
どちらともなく互いの手に自分の手を重ね、
二人は飽きることなく雪の落ちる音をただ静かに聞いていたのだった。
どうやら、天然の雪は溶けてしまっても願いを叶えてくれるのだと、思いながら……
241
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 1/4
:2007/12/24(月) 19:50:01
二日目 PM 22:30
結局僕らが最後に辿り着いたのは、昨日も訪れた何もない公園だった。
二日目 PM 16:00
――おい、パス!
その言葉が耳に届いた瞬間、忘れかけてた何かがわずかに疼いた。
「? どったんヨーヘー?」
「……あ? いや、別に」
顔に出した覚えはない。
ほとんど反応なんてしてなかったはずだ。
それなのに、
「気になんの? 今の声が」
コイツは僕の考えを当たり前のように読み取ってくる。
「んなことねーよ」
――まったく、鬱陶しい。
そんな思いさえも伝わったのか、イサは顔を伏せて、
「そっか」
とだけ言った。
何か悪者っぽかった。むしろ悪者だった。
僕は何もしてないってのに。
「おい、ちょっとついてこい」
「え?」
イサの手を引いて、僕は声のする方へ歩く。
242
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 2/4
:2007/12/24(月) 19:51:47
そこは運動場だった。
ちょっとした祭りぐらいなら余裕で開けそうな広さがある。
娯楽がない、って意味じゃ昨日の公園と何も変わらない。
けど、
「何かやたらと人がいやがりまくります」
そりゃそうだ。
運動場は運動場らしく、運動のために使われてる。
走りまわる『同じ服装(ユニフォーム)』の連中。
間を行き交うたった一個のボール。
つまりは、まぁ、サッカーの試合中ってことだ。
「ヨーヘー、あれ何してんの?」
イサが僕の服の端を引っ張りながらそう聞いてくる。
その光景が、ふといつかの何かと重なり――胸中ではっ、と笑う。
「あ? お前サッカー知らないのかよ」
「知らねー。ヨーヘー教えれー」
「それが人に物聞く態度ですかねぇっ!?」
と言いつつ、これについて語らせると僕はうるさい。
伊達にサッカーのスポーツ推薦で高校に進んだわけじゃない。
そこらのなんちゃってスポーツマンとは格が違うわけよ。
「いいか、サッカーってのは…」
「入った! ボールがデカい籠に入った! ねぇあれで勝ち? 勝ち?」
「聞けよっ!」
聞きやしなかった。
243
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 3/4
:2007/12/24(月) 19:52:38
「ボールでけー。投げますか? イサちゃん遠投は大得意でした!」
「投げねーよ」
僕らは運動場から一つサッカーボールを拝借して、広場の隅へと場所を移した。
「これはこうやって使うんだ、よっと」
慣れ親しんだ感覚。
ボールに触れる回数は減っても、体に染みついた技術は簡単になくならない。
「ヨーヘーかっけー! 驚異のボール捌き、ただしハンドみたいなっ」
「お前ホントは知ってるだろ!」
まぁただのリフティングでも、ここまで驚かれればやった甲斐はある。
「ほら、パス」
「あ、えっ!?」
山なりにボールを送ると、イサはバタバタと手を振って、
顔面でリフティングした。
「……もう少し機敏に動けねーのかよ」
「あはははははははっ!」
「何がおかしいんだよ?」
「ヨーヘーが笑ったから! ボクも笑う!」
口元が知らず歪む。
「そーかよ」
自分の頭と同じくらいの大きさのボールを抱えながらイサが笑う。
それを見ながら僕も笑う。
ムカつくことに、僕はこの時少しだけ思ってしまった。
こんなのも、悪くはないと。
244
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 4/4
:2007/12/24(月) 19:53:26
二日目 PM 23:30
イサの息はわずかに荒い。
それ以上に、弱い。
普段のイサを知っていれば、なおさら今の姿は異様に映る。
その顔に普段のむやみやたらな快活さはほんのこれっぽっちもなく。
そのまま夜の闇の中に溶けていくかのような、昏い表情をしていた。
――ボクはもう、ムリ。
――これ以上は、何も持っていけない。
――アイツは間違いなくボクを『壊す』。
――だから、もう、お別れしない、と。
けど、何より異常だったのは。
「こんなの……ヤだ。もっと、ずっと…ずっとヨーヘーといたかったのにぃ……」
その瞳から、壊れたように涙がとめどなく溢れていることだった。
二日目 PM 17:00
ボールを適当な場所に返して、僕達は再びあてどもなく歩く。
いつまでこんなことを続けるのか、とか。
そもそも僕達は何をしてるんだ、とか。
――昨夜のコイツを見たら、何も聞けないんだよな……
「ヨーヘー」
「あん?」
「楽しかった?」
「何が?」
「さっきの。サッカーってやつ。球蹴り。ナイッシュー」
相変わらず言葉はおかしかったけど。
「……まぁな」
自然と、そんな言葉が漏れた。
「へへっ」
手が握られる。
もう、その温かい感触を振りほどく気にはならなかった。
この時には何となく気がついてた。
僕が何故コイツの勝手気ままをここまで許してるのかを。
僕が何故コイツの手を振りほどく気にならないのかを。
僕はコイツを守りたい。
このバカなお子様を助けてやりたい。
間抜けなことに、硬派で通るこの僕がそんなことを思ってしまってた。
245
:
何かが足りない
:2007/12/25(火) 16:47:11
マキシミリアン=ヴィアーズ…帝国軍の大将軍にして、数々の戦いの英雄にして、機甲部隊の
運用の天才…肩書きと名声をほしいままにし、大提督ピエットの親友であることから、その地位
も磐石。軍人としては非の打ち所無い人生を送っていた。軍人としては。
ヴィアーズ「…」
1人で自身のオフィスに篭っている時には、ポケットからロケットを取り出し、ある写真を見るの
が彼の習慣となっていた。息子、ゼヴュロン=ヴィアーズの写真である。彼の息子は皇帝の掲
げる新秩序を崇拝する父親と袂を分かち、反乱同盟軍に行ってしまったのである。妻を事故で
亡くした彼にとっては唯一の肉親であるにも関わらず、だ。
ヴィアーズ「私の方針が間違っていたのだろうか…?」
虚空に疑問を放つのもいつもの事だ。彼は典型的な仕事人間であり、家庭的では無い、とは
言い切れないが、過保護な父親でもなかった。妻が亡くなったときでさえ、軍事アカデミーを卒
業したばかりの息子には、帝国軍に仕えることで母との思い出を誇りに思うようにと言った。
それが彼の心の琴線に触れたのだろう。親子の溝は決定的なものとなった。
ゼヴュロンはしばらくの間、将校として働いていたが、機を見て、反乱軍に逃亡した。この時は
ヴィアーズも連日査問委員会へと呼び出された。彼はヴェイダーに拾われたことで、不問にさ
れたが、息子の上官と同僚は軍籍を剥奪され、その後の行方は分からなくなってしまった。彼
は今でもそのことを思うと、胸が痛む。しかし、それでも考えを改めることは無い。
ヴィアーズ「いや、そんな事はあるまい。ゼヴュロンは愚かな反動分子に誑かされただけなのだ」
先程放った自分の疑問に答えるのも自分だった。自分を否定することは皇帝の理想を否定す
ることになる。彼にできることではなかった。
ヴィアーズ「ならば…」
自分と同じ者をこれ以上出さないようにしよう。椅子から腰を上げ、背後の窓から下を見下ろす。
インペリアル・パレスには数階ごとに空中庭園が設けられている。その中でも最も高いところに
ある庭園を、彼の親友とその妻と息子達が散歩していた。その妻の数に彼は苦言を呈したくも
なるが、今のところ仲良くやっているようなので口出しはしない。ただ、自分の役割は彼らを見
守り、破滅を再び起こさせないようにすることであると再確認した。
246
:
さんどいっち記念日
:2008/01/12(土) 23:36:10
食卓に並べられた野菜の山と柔らかなフランスパンとを諏訪子は交互に見つめた。
「あれ、ケロちゃんだ」
声に振り向けば、片手にクリームチーズを持った赤目の少女。
「今日は何かやるの?」
「んーん、お母さん達の気まぐれのサンドイッチパーティーやるだけ」
言われて見れば成程、彼女の母達が台所に明け暮れていた。
鶏肉と香草の芳しい香りに、肉の焼ける音。
それだけでも食欲をそそるそれらに諏訪子も唾を飲み込む。
「おーずいぶん準備進んでるじゃん」
そう言いながら、現れたのは伊吹の鬼。
「どぉれ、ひとつ味見…うん!中々いい野菜使ってるじゃん」
手近なトマトを摘んだ彼女の体がふわりと浮きあがる。
「こら」
襟をつかまれたままデコピンを喰らう彼女。
「まあ野菜くらいいいじゃないの、まだ鶏やらは出してないんだし」
皿に盛られた鶏の香草焼きを卓へ並べながら、人間の紫がくすくす笑う。
ああ、ここは今日も平和だ。
そう思いながら、諏訪子は野菜に手を伸ばすのだった。
「…ん、おいし」
サブウェイの奴を家でつくってるときに思い付いたネタ
野菜がっつり入れるのが最近のお気に入り
…オリーブないけどな!
247
:
雪と子と巫女
:2008/01/18(金) 21:43:04
寒いと思えば。
窓の外にちらつく白片を見上げながら、早苗は火鉢に炭を入れた。
冬になる前に「必要不可欠だ」と山のように拵えられたそれらは暖房機器など
ほとんどないこの場所では重宝できるものであった。
きっと朝入れた掘り炬燵の炭も残り少ないだろう。
そうなれば、寒さに弱い神様がまた寒い寒いと布団に潜り込むだろう。
それではあまりにも情けない気がして、早苗は足早に土間を後にした。
「あら…?」
寒い廊下を進む彼女の目に雪の降る境内に立つ誰かの姿が入る。
その人物は踊るように空に手を伸ばし、白くなった息を何度も弾ませていた。
石畳を跳ねるように裸足で踏みしめながら、誰かがその場でターンを決め、
「あ、早苗ちゃんだ」
白い髪から覗く深紅の目を細めながら、彼女は笑った。
「村上、さん?」
「んもぅ、呼び捨てでいいってば」
驚き、立ったままの早苗を見つめながら、フヨウは再び舞い始める。
「あの、何を?」
「踊ってる!」
それは見れば分かる。
少し馬鹿にされた気がして、早苗は火鉢を手近な場所に置き、その場に座った。
「あのさ、空から雪が降ってくると何だか
『一緒にダンスはいかが?』って誘われてる気がしない?」
思わず首をかしげる。
フヨウは少し変わった子だとは思っていたが、感性等は早苗の理解の域を出ていた。
「でね、踊ってるとそのうち雪の結晶がね、きらきらしてすごく綺麗になってくの」
ほら、と差し出された手の上には木の葉に乗せられた雪の結晶たち。
「綺麗でしょ?」
まるでビー玉を見せに来る幼い子供のような彼女に早苗はそうですね、と
つられるように笑うのだった。
その後、すっかり少なくなった炭の追加に再び土間に戻り、
居間に向かった早苗が見たのは寒さに耐えきれず、炬燵の争奪戦を繰り広げる二柱の神と
ちゃっかり炬燵で暖をとるフヨウの姿だった。
「でもさ、やっぱり寒いじゃん」
248
:
窓辺に二人、月見酒
:2008/01/26(土) 08:10:25
「ぬ」
「お?」
片や嫌そうに、片や意外そうに、二人はそんな声を上げた。
「月見か」
「…そんな所です」
満月よりは少し欠けた、それでもまだ強い光を宿す月のある夜である。
その光に誘われたのか、はたまた偶然か。
しばらくして両者とも手に杯、それに僅かなつまみを持って縁側に並んだ。
「粋狂ですな」
「お互いにな」
話すことはほとんどなく(元より声にする必要は二人にはない)、ただ黙々と互いの酒を酌み交わし、寒々とした夜空を見上げるばかりであった。
時折思い出したように言葉を交わし、また沈黙。
別段互いを嫌っている訳ではない。これが二人にとって自然の反応だった。
少し前までは言葉すらほとんど交わさず、ましてやこうして酒を酌み交わすことすらなかった。
「変わったものだな」
「えぇ、全く」
片方の言葉にもう一方が苦笑しつつ、酒瓶を傾ける。
瓶は二人の杯を満たすと酒瓶としての役目を終えた。
「お開きですかね」
「そうなるな」
瓶を適当に横に置くと、既に傾きつつある月を見上げて、互いの杯を掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
リクがあったナハトとゼロツー話
二人の関係は多分こんな感じ
249
:
双翼と宿木
:2008/01/27(日) 17:54:17
これは私の望むものではありません。
胸を貫く充足。全身を焼き焦がすような安寧。
髪の毛一本の先にまで行き渡る幸福感。
この瞬間に己の生が途絶えたとしても、何一つ禍根を残すことはないでしょう。
世を儚むことも、恨むこともなく、清らかなまま逝けるでしょう。
それは何という――不幸。
心が仮初の幸福に包まれるほど、虚ろなその本性が醜く際立つ。
私の中には何もないことを思い知らされずにはいられないのです。
知己を望まなければ、自分がどれだけ愚かであるか知らずにすみます。
温もりを望まなければ、自分がどれだけ孤独であるか知らずにすみます。
幸福を望まなければ、自分がどれだけ不幸であるかを知らずにすむのです。
何かで満たされるほど、私の中の虚ろが際立つ。
けれど、満たされないことに私の小さな心は耐えられないでしょう。
繰り返しです。
これから先、私はどれほどの幸福を得るでしょう。
そうしてどれほど苦しんでいくことになるのでしょう。
幸福でありたい。
けれど、幸福であることは――辛い。
「……なんて、可哀想な人」
どこかで、誰かが、そうつぶやきました。
これは私の望むものでは、ありません。
250
:
手記、1
:2008/01/27(日) 22:30:26
彼女の話をしよう。
彼女はいつもシングルベッドの隅で小さくなって寝ている。
シングルベッドと言っても、いつも2人――多い時は3人で使うこともある。
部屋の広さに対して人数が多すぎるからしょうがないんだけれど。
彼女は同じベッドを使う子の間では、とても評判が良かった。
とにかく彼女は寝相がいい。
一度眠りについたらピクリとも動かなくなる。
おまけに寝付きもいいから、自分から起きない限りはまず起きようとしない。
何度、急な心臓発作でも起こして死んじゃったんじゃないかと焦ったことか。
これがあのピンクのポニテ娘だとこうはいかない。
何度ベッドから蹴り落とされたかわからない。
それはともかく、彼女は寝相がよく、寝付きがいい。
時折、壁にぴったり貼りついて眠る彼女の顔を覗き込む。
もう日はとっくに昇り、みんなも少しずつ起きだしてくる頃合いだ。
放っておいてもその時が来れば必ず目を覚ますのだけれど、今日は何となく
幸せそうに寝ている彼女にいたずらをしてみたくなった。
仕方がない。だってこんなに可愛いんだから。
頬をつついてみる。
反応なし。
頭を撫でてみる。
反応なし。
身じろぎの一つもしてくれたらさらに可愛いのに。
そんな身勝手なことを考えつつ、その後も耳に息を吹きかけたり鼻をつまんだり
してみたけど、結局彼女は何一つリアクションをしなかった。
結局、今日も諦める。
そうして私は朝の作業に戻る。
フライパンに卵を落とし、トースターにパンを放り込む。
そんなことをしていれば――ほら。
布団にくるまるその姿がもそもそと動き出す。
彼女が目を覚ます時間は、朝食が始まる直前と決まってる。
「おなかすいたー、ごはんだー」
布団が内側から爆発した。
寝相も寝付きもよければ寝起きもいい彼女は、ベッドから起き上がるなり
朝の第一声を響かせた。
長い髪はあちこち飛び跳ね、パジャマは下がずり落ちて白いラインが覗いてるけど、
その顔に浮かんだ笑顔だけは百点満点、完璧だ。
私は告げる。
朝の挨拶と共に、彼女の名を。
――おはよう、アスミ。
彼女の話をしよう。
可愛くて、強くて、私の大切な大切な『妹』の話をしよう。
251
:
煙の向こう側
:2008/01/29(火) 23:01:53
縁側から立ち昇る煙にナハトは首を傾げた。
はて、こんな時間に誰か縁側でするめでも焼いているのだろう。
そう思い、鼻を動かすも感じたのは独特の苦味を含んだ臭い。
それが煙草だと分かっても彼には誰が吸っているのか、見当もつかなかった。
そもそもこの家に煙草を吸う粋狂などいない筈だ。
そう思いながら、庭へ回り込み、縁側に腰かけている彼女と目があった。
冬眠したんじゃないのか、と問えば、珍しく目が覚めたのだと返された。
自前の物だろう肘掛けにもたれながら、煙を吐き出す彼女に肩をすくめ、隣に腰掛ける。
縁側と居間とを仕切る障子は閉めきられおり、縁側はひんやりとした空気と煙草の煙に包まれていた。
何をする訳でもなく、ぼんやりとするナハトへ彼女が一服いかが?とキセルを差し出す。
煙草は吸わない主義だと返せば、残念ねと彼女にしては珍しくあっさり引き下がった。
煙草の煙が出なくなった頃、彼女は自身のキセルに残った灰を火鉢に落とした。
今度は春まで起きるなよ。
皮肉を込めて、ナハトが笑いかけると彼女は
なら早起きしようかしらと微笑み返す。
性悪め。
お互い様でしょう?
彼女がいなくなったそこから彼もようやく腰を上げ、
縁側に僅かに残った煙を空気に溶かしていくのだった。
なんとなくゆかりんはキセル吸ってそうなイメージ
252
:
静寂
:2008/02/02(土) 20:39:00
――私は、あなたのためにいるのに。
――あなたのためだけの存在なのに。
――あなたの中に、私はいない。
……………………
253
:
覚醒
:2008/02/03(日) 22:28:22
ある時、気がついた。
『それ』が当然であることを。
知るとはつまり、踏み越えるということだ。
明確に引かれた一線を、私は自覚した瞬間にまたいでいた。
もちろん、それで世界が変わるわけじゃない。
けれどおそらく、私は変わった。
「おそらく」というのは、今となってはそれ以前の自分を思い出すことができないから。
それこそ、その瞬間に私は生まれ変わったようなものだ。
気がつくと私はすべてを知り。
同時に私のすべてを失った。
それは神の祝福であり。
同時に悪魔の呪いでもあった。
想うことはない。
感じることもない。
ただ、知った。
世界のすべてを。
その真実を。
その偽りを。
その愛おしさを。
その虚しさを。
――そして、『彼』もそうであったことを。
……………………
254
:
エンドアの戦い・IF 1/4
:2008/02/08(金) 13:47:25
森林惑星エンドア…アウター・リムの外れに浮かぶ、文明の香りは遠いが美しい惑星である。この
惑星の軌道上に最近、人工の天体が浮かぶようになった。銀河帝国軍の"極秘超兵器"が建造さ
れつつあったのである。
そしてこの惑星の地表にはそれを守るシールド発生装置が建設され、守備隊も配置された。反乱
同盟軍の破滅は近く、帝国の一層の隆盛を誰も疑うことは無かった。しかし、破滅に向かっていた
のは彼らの方だった。
――エンドア星系・エリア48
普段は往来もまばらなこのエリアに、大規模な帝国艦隊が集結していた。フリゲートやクルーザー、
そしてスターデストロイヤーも。しかし、それらの決して小さくは無い艦船が救命ボートか駆逐艦の
ように見えてしまうほど巨大な戦艦が中心にいた。エグゼキューター級スタードレッドノートである。
エグゼキューターは銀河帝国の威信をかけて建造した帝国艦隊の総旗艦である。全長は17km.を
超え、数千の航空機と数個師団を内包し、一つの惑星を破壊できるだけの力を秘めていた。まさに
皇帝パルパティーンの理想の果てを体現したと言える代物であった。
今、この戦艦の艦橋に2人の男が立っていた。この艦隊の司令長官ピエット提督と、艦長のゲラント
大佐である。彼らは皇帝によって、"極秘超兵器"の護衛任務を与えられていたのである。その内、
黒い制服を着た将校がやって来た。彼の踵を鳴らした音で、初めて彼らは気付き、振り返る。
「提督、全艦船戦闘配置に就きました。サラストの敵艦隊はハイパースペースに突入し、こちらに向
かっているとのことです」
偵察部隊の指揮官のメリジク中佐である。彼はしばしば、民間船の船長に化けて諜報活動を行うこ
とを得意としており、優秀なスパイとして知られている。
「よろしい、ここで待機するとしよう」
「迎撃なさらないのですか?」
提督の意外な言葉に、艦長がすぐさま疑問を口にする。報告をしたメリジクや、彼らのそばに居た司
令要員達も艦長と似たような反応を示す。言った本人の提督も、少々、落ち着かないそぶりを見せな
がら続けた。
「皇帝陛下の勅命だ。何か特別な計画がおありらしい。我々は敵の退路を塞ぎさえすれば良いのだ」
そう言って彼は再び窓の外を眺めた。勅命とあれば、彼らに議論の余地は無い。ただ、戸惑いながら
も従うしかなかった。
――第2デス・スター・火器管制室
この"極秘超兵器"の北半球に設置されたこの区画は、この計画の中で最も重要なものであり、存在
意義そのものである。帝国艦隊の半分を動員してやっとという仕事を、一発で片付けてしまうからだ。
この区画は体感的には決して寒くは無い。デス・スター内は完全に温度が調節されており、快適な環
境で将兵から作業員に至るまで自分の仕事を行える。ただ、あらゆるものが金属を始めとする無機物
で構成されている為か、視覚的には寒々としたものだった。そして人の心も。
255
:
エンドアの戦い・IF 2/4
:2008/02/08(金) 13:49:07
ここに一人の男が居た。他の将校と見かけは変わらないが、腕の腕章で総督職にあることが分かる。
彼がこの"極秘超兵器"の建造と攻撃指揮を任されているジャジャーロッド総督である。彼は今、巨大
なスクリーンに映された、反乱同盟軍艦隊の映像や、スーパーレーザーの様々なデータを見ていた。
突如、画面が切り替わった。黒いローブを纏い、厳しい表情をした男――皇帝パルパティーンである。
直ちに彼や将校達が跪く。そして、次の言葉を待った。
「司令官、適宜砲撃せよ」
ついに、この兵器が運用される時が来たのである。と言っても、彼が予定していたのは、もっと後だっ
たが。皇帝の思いつきは彼の予定を大幅に短縮したのである。
「仰せのままに、陛下」
その返事を聞いたのか、画面は元に戻った。直ちに彼らは戦闘配置に就き、攻撃準備に取り掛かった。
そして、ついに最初の発射命令が下される。
「発射!」
腕をまっすぐ伸ばし、革のグローブを嵌めた人差し指で命令を下す。すぐさま周辺の8基のタワーから
レーザーが放たれ、中央のレンズに収束し、一筋の巨大な緑色の光の矢となって、不運な敵艦を貫き、
破壊する。この時、彼らの心の中には不思議な高揚が生まれていた。
――惑星エンドア・シールドバンカー
「くそっ…」
そう呟いたのは、この基地の司令官のアイガー将軍である。彼はホスの戦いにも従軍した、天性の指
揮官であったが、原住民達をうまく味方につけた反乱同盟軍の奇襲攻撃により、部下の将兵と共に、
捕虜として木にくくりつけられていた。
先程まで彼らの居た基地から、反乱軍の指揮官らしい男――もっとも、ならず者のような風貌だが。が
逃げろ!と叫びながら飛び出してくる。何が起こるかは容易に予想ができた。その直後、目の前のバン
カーが大爆発を起こし、アンテナは焼け崩れた。最早、自分の軍人としての人生が終わった事を象徴
しているかのように。
――エンドア星系・エリア48
デス・スターの砲撃に驚いた反乱同盟軍艦隊は退却をしようとした。しかし、その先にはピエット提督
率いる大艦隊が待ち構えていた。まさに前門の虎、後門の狼…または、袋のネズミである。
しかし、デス・スターと戦うよりは賢明だっただろう。艦隊の中に突っ込むと、彼らは砲撃してこなくなっ
た。人命軽視の帝国軍でも、流石に戦艦を沈める真似はしなかった。その為、至近距離での撃ち合い
となり、ここに銀河内乱初の艦隊決戦という事になった。
「提督、シールドに負荷がかかり始めました。敵の集中砲火です」
「我々と刺し違えようと言うわけか…よろしい、反乱軍のクズ共とはいえ、見上げた根性だ。それに敬
意を表し、全力で戦うとしよう。シールド、並びに攻撃出力強化!」
提督は邪悪な笑みを浮かべると、そう命令を下した。そして、白い巨艦は持てる火力と防御力をフル
に発揮し、次々に敵の艦船と航空機を飲み込んでいったのである。
256
:
エンドアの戦い・IF 3/4
:2008/02/08(金) 13:52:27
「前方!敵機急降下!」
次の瞬間、強い衝撃が彼らを襲った。弾幕を潜り抜け、満身創痍になった攻撃機が特攻を仕掛けて
きたのである。シールド発生装置や艦橋には影響は無かったが、通信アレイと発電設備が大爆発を
起こしたのである。これにより、指揮と攻撃が全くできなくなってしまったのだ。
「提督!通信アレイ並びに発電室大破!攻撃及び指揮不可能!」
「ダメコンチームを全員差し向けろ!指揮能力だけでも回復させるのだ!」
統制の取れない軍隊ほど弱いものは無い。事実、この戦いの戦没艦の多くは指揮系統が麻痺して
いた時間に撃破されている。しかし、彼の判断は正しかった。攻撃を優先させていたら、それこそ全
滅ものだっただろう。彼らの目の前で、デス・スターは吹き飛んだ。
――第2デス・スター
いまや、デス・スターの全てが崩壊していた。あらゆる計器が危険であることを告げ、壁や天井は崩
れ落ち、あちらこちらで大小の爆発が起きていた。皇帝の計画は自身と共に滅び去り、帝国の崩壊
を示していた。しかし、今はそれを考える余裕は誰にも無い。生き延びることで精一杯だった。
「ああ、もうおしまいだ…どこへ逃げようと言うんだ…」
総督の、いや総督だった彼はとうとう座り込んでしまった。どこのハンガーも、逃げ出してしまったか、
崩壊してしまったものばかりで、彼の逃げる手段は無かった。もっとも、あったとしても、彼は航空機
の操縦の心得は無い。さらに育ちの良い彼は、見苦しく逃げ回るのにも嫌気が刺していた。
「総督!お早くお乗り下さい!これが最後です!」
どこかで聞いたような声だ。見れば、赤いアーマーのクローン・コマンダー…名前はバレイポットとか
言ったか。ヴェイダー直属部隊の指揮官で、デス・スター防衛責任者の一人でもあった。彼らは、来
るかも分からない、彼の為に待っていたのである。背後には廊下から爆発と猛火が迫っている。慌
てて、彼はそのシャトルに転がり込んだ。ハッチを閉める前に、シャトルは上昇し、少し火が入って、
コマンダーのスカートの裾を焦がした。しかし、間一髪で彼らは逃げだすことに成功したのである。
――惑星エンドア・シールドバンカー
この惑星の地上からも、デス・スターの崩壊を望むことができた。原住民と反乱同盟軍が歓声を挙
げる中、帝国軍将兵達は通夜のように静まり返り、時折落胆の声が聞こえたり、親族か友人が居た
のか、すすり泣く者も居た。
「ああ…」
将軍も例に漏れず、頭を垂れていた。しかし、処刑されずに済むかもしれないという、安堵の気持ち
もあった。あの爆発から、2人の暗黒卿が逃れられたとは思えないからだ。
ふと、背後に気配を感じた。スカウトの一人が自分の縄を切っていたのである。思わず、声を出しそ
うになるが、スカウトが人差し指を口元にあてて制止した。小さなナイフだったので数分かかったが、
縄は解けた。そして、シャトルが確保してあるので逃げるようにと言われた。
「…君の名前を聞いておこう」
「レイズです、レイズ軍曹です」
「軍曹、感謝する」
そう言って将軍は、勝利に酔う反徒達の隙を衝いて数人の将兵と共に森に消えた。
257
:
エンドアの戦い・IF 4/4
:2008/02/08(金) 13:53:04
――エンドア星系・エリア48
「通信回復しました!」
ダメコンチームは当初の目的を達成したことを伝えた。しかし、時すでに遅く、守るべきものは失われ
ていた。全員が呆然とする中、通信が入った。皇帝かヴェイダーが現れて、死刑宣告をするのかと、
全員が恐怖した。しかし、現れたのは初老の将校だった。
「提督、インペリアル・スターデストロイヤー・キメラのペレオン副長です」
ホロに浮かんだ彼はそう告げた。何回か、艦長達との作戦会議の時に会ったのを覚えている。しかし、
なぜ彼なのか。その疑問はすぐに溶けることになる。
「副長、君が何用だ」
「艦長が名誉の戦死を遂げられたので、ただいまは私が指揮をしております」
「そうか、では今から君が艦長だ」
「ありがとうございます、提督。本題ですが、これからどうなさるのか御指示を」
心の中で少し悼んでから、副長の昇格を告げた。そして、新しい艦長が礼を言った後に、指示を仰い
だ。今や、自分が全てを決めねばならない。そうは思ったが、なかなか整理がつかないものである。2
人の暗黒卿に怯えながら仕えていたが、改めて偉大さを感じていたのである。その為少々、弱気な発
言をしてしまった。
「その事だが…どうしたものだろう」
言ってから、しまったと思ったが、目の前の艦長は動じる様子も無く、強い口調で自分の意見を示した。
「デス・スターは失われました、ここは退却すべきです!これ以上犠牲を出すことはありません!」
正論である。皇帝には恐怖こそ抱いていたが、殉ずるというまでの忠誠心は持ち合わせていなかった。
それに、戦争もさらに続くことになるだろう。ならば、戦力をどれだけ残せるかが彼の仕事だった。
背筋を伸ばすと、全てのチャンネルを開き、命令を下した。
「その通りだ。…私はピエット提督だ、艦隊の全艦並びにパイロット諸君に告ぐ。作戦は中止だ、直ちに
カリダン星系へと撤退する!繰り返す、作戦中止、カリダン星系へ撤退せよ!」
展開していた航空機や、デス・スターとエンドアの生き残りを拾うのに多少時間はかかったが、敵の主力
は戦線から離れており、これ以上の犠牲を出すことは無く、撤退を行うことに成功した。
最悪の戦場を生き延びた彼らは、さらに大きく、泥沼化した戦いに身を投じることとなる…
258
:
双翼と宿木、2
:2008/02/11(月) 22:59:46
『そこ』は安息の地であり、また地獄でもありました。
そのまなざしが私に絡まるだけで心が躍り。
その手が軽く触れ合うだけで全身が焼けるような温かさに包まれ。
その声で名を呼ばれるだけで、すべてを捧げても良いと思えるのです。
けれど、想えば想うほど。
慕えば慕うほど。
彼のしたその仕打ちを、私は思い出さずにはいられないのです。
彼を非道と罵れば、私の心は少しは軽くなるでしょう。
けれどその代償に、そのまなざしは二度と私を見てはくれなくなるでしょう。
いえ、彼だけではありません。
もう誰も、私を見てくれる人はいないのです。
彼はこの世で最も憎むべき存在であると同時に、
この世で唯一私を認めてくれている存在なのですカラ。
そこにいるだけで、私は例えようのない幸福に包まれます。
同時に、その幸福の大きさに不安を感じずにはいられなくなるのです。
私が望めば、あなたはいつまでも私を側においてくれますか?
それとも、意義に反するからと冷たくあしらいますか?
彼ならどちらもありえそうで、私は問うことが出来ません。
彼は私のすべてです。
憎しみも、好意も、私はすべてを彼に捧げました。
だってそうでしょう?
もはや『どこにもいない』私は、彼の幻想の中でのみ形を留めていられるのですから。
安らぎと、絶望と、ほんの少しの虚無を与えてくれる場所。
――あなたの、隣。
そこは安息の地であり、また地獄でもありました。
………………………
259
:
手記、2
:2008/02/24(日) 22:41:59
食卓とは、一言で言えば世界の縮図のようなものだ。
ある者は平和に朝のひと時を語らい。
またある者は、一握りのパンを求めて醜く争う。
「……大人しくその焼き魚をそちらに寄越しなさい。
今日は目覚めがいいから、スペルカードの餌食にするのだけは勘弁してあげるわ」
「あらあら、巫女ともあろう御方が脅迫? 世も末ねー」
朝食は和食と洋食の二種類を毎朝用意する。
人によっては朝からパンなんて食べたくないという我儘さんもいるからだ。
私の担当は主に洋。一方の和食は杏の担当だ。
けど、どちらか一方だけ、なんて明確な仕切りを持っている人は、実はほとんどいない。
「ソーセージー、ソーセージを食べるよー」
「イサ! 今すぐその皿のソーセージを3つだけ残して退避させなさい!」
「らじゃー!」
ご飯を食べながらコーヒーを飲む子もいれば、パンに梅干しを塗って食べる子もいる。
その辺は人によって様々だと思うし、片方に寄られて残ってしまうなんて心配もしなくて済む。
けど、それはつまり、それだけお互いに食べるものが交錯するって意味でもあるんだけど。
「パンー、パンー」
「残り一枚…そこはもうダメよ! 諦めなさい!」
「そんなっ。ボク、まだ今日は一枚も食べられてないのに!」
「悲しいけど……これは戦争なのよ」
「いや、朝御飯でしょ」
さっきからやかましく騒ぎながら食べてるのは、まぁいつも通りアーチェとイサのバカコンビだ。
どちらかというと洋の傾向が強い二人は、いつも彼女と食べ物を争っている。
そう、アスミも相対的に洋食傾向が強い。
小さな両手でしっかりとパンを掴み、はくはくと口の中に詰め込んでいく。
その口からポロポロとパンくずが零れ落ちるのも、まぁいつも通り。
「アスミ、いい加減零さないで食べるのを覚えてほしいかなぁ」
「……リディアも食べるー?」
全然聞いてないのはわかってたことなので、特に気落ちもせず受け取ったソーセージを口に入れる。
「私から食事を奪って、まさか無事で済むとは思ってないでしょうね…」
「あんたのその言葉はもう聞き飽きたわ」
「飽きるほど聞いてるってことは、これから私がすることも想像がつくわよね?」
「あ、その海苔いただき」
「――『夢想封印』」
食卓が吹っ飛んだ。
「今がチャンスよイサ! この混乱に乗じてさっさと食べ…ってあぁ!」
「この食べ物達はイサちゃんが獲得しました故、これにてさらばー!」
「裏切ったなーーーーーーー!!!」
怒号。雷撃。符の嵐。
まぁ、いつも通りだ。
――それからしばらくして。
「さて、じゃあ朝ごはんを作りますね」
「よろしく」
第一陣が去った荒涼たる食卓に、再び人が集まる。
そうして、私も含めた第二陣の、穏やかな朝御飯が始まる。
「ごはんだー」
食卓に座りっぱなしのアスミも、うん、まったくのいつも通り。
260
:
1日遅れのHappyBirthday
:2008/03/02(日) 14:18:51
ポケットの中にある小さな紙袋をいじりながら、コピーエックスは息をついた。
(…どうしよう)
彼が居るのは、とある住人の部屋の前。
何度も扉をノックしようとしては手を引っ込めるを繰り返す彼は
傍目から見れば、怪しいの一言であった。
「…よし、フヨ」
意を決して、出したつもりの声は本当に蚊の鳴く様な声で
彼はまた小さく息をついた。
(何をしてるんだ、僕は)
左手を固く握りながら、コピーエックスは自分に問掛ける。
(簡単じゃないか、今まで通りに話して、昨日渡しそびれたこれを渡すだけだ)
これまでと同じ、これからも変わらない日常の一コマ。
それだけの、はずだった。
(なのになんでこんなに躊躇してるんだ…)
くしゃり、とポケットの紙袋が鳴る。
プレゼントを気に入らない―はない筈だ。
そう思って無難に、けれど彼女が好きそうな物を選んでおいた。
―ああ、そっか。
すっと背筋を伸ばし、ノブに手をかける。
―僕は、彼女が好きなんだ。
「フヨウ、HappyBirthday」
261
:
空白
:2008/03/02(日) 21:29:47
だからこそ、存在出来ていると言えるのだろうが。
『それ』は普段はそこにはいない。
どこにもいない。
だからこそ。そう、だからこそ、私はここにいる。
交わらないことを前提に、私は存在している。
もともと、その必要性すらなかった。
すべては未練だ。
執着ともいえる。
あるいは、愛情、と言葉を変えても誤りではないかもしれない。
ともあれ、それ故に邂逅が可能ではあった。
もっとも、それは私ではないのだけれど。
執着は終わらない。
手放しても、終わらない。
故に、いつか終わる。
すべては終着する。
その時、私はどこに立っているんだろうか。
………………………
262
:
君のとなり
:2008/03/03(月) 23:32:41
普段はそう何気無くしている動作も意識した途端、全く出来なくなってしまう。
(手、近いな…)
ちらちらと隣を歩く男の横顔を窺いながら、もぞもぞと手を引っ込める。
普段なら知らず知らずに手を繋いでいたりするが、
意識してしまう手前、どうにも体が緊張してしまう。
(すごく、ドキドキしてる)
坂道を歩いている事もあるが、今はいつも以上に胸が高鳴っている。
そのせいか、歩き慣れたいつもの道ですら、まるで初めて歩く様な新鮮さがあった。
となりに彼が居るだけでここまで違うとは。
(ほんとに…ほんとに重症だ)
愛はまさに盲目。
そんな言葉が頭をよぎる。
けれども次の瞬間にはもう決心はついていた。
「ねぇ」
私の思い、あなたに届け
「手、繋いでもいい?」
こんな春の一時―
263
:
手記、3
:2008/03/09(日) 22:57:56
朝食が終わると、たちまち部屋は静かになる。
15人の大所帯でこの静けさはありえない、と思うかもしれない。
けど、大所帯だからこそ、静かになることもあるんだ。
今でこそ部屋数もそれなりにあるけど、昔は六畳間に15人+1人という
どう考えても物理的に入りきらない密度の中で生活してた。
食事時以外でメンバーが全員揃うことなんてまずない。
でないと、あっと言う間に酸欠の犠牲者が出てたと思う。
だからみんなどこかに「自分だけの場所」を持ってる。
中にはご飯と寝る時以外ここには戻ってこない、なんて人もいるくらいだ。
かく言う私にもそういう場所はある。
どこかって? もちろん、それはヒミツ。
そういう意味ではアスミも例外じゃない。
ご飯を食べ終えると、アスミはどこかに姿を消す。
「行ってきます」という言語概念はまだ身についてないので、
ふと思い立った瞬間に彼女はどこかへ飛び出していってしまう。
場所は決まってないみたいだ。一度ついていった事があるけど、
その時は少し離れた小さな神社に着いた。
どうもここはいつかの鬼ごっこの時に見つけた場所のようで、
よくふらふらとやってきては、勝手に中に入って遊んでるみたい。
基本的にアスミは一人で遊んでることが多い。
もともとあまり他人には寄ってこない子、と書くと意外だろうか。
アスミの中にはどうも何かの基準があるみたいで、
それを満たしている人以外には、初対面かつ無条件で懐くことはない。
私が知ってる中では、エトナと『彼』だけだ。
もっとも、後者はあまりアテにはならないけれど。
264
:
戦場に舞う音
:2008/03/15(土) 12:08:41
岩の上から見張りをしていたアサヒが慌てて降りてくる様子に一行の間に緊張が走った。
「凄い数のゴーレムとメカニロイドの軍勢がこっちに向かってきてる!」
その声を聞くまでもなく、互いが顔を見合わせ頷く。
「やはり本気で潰しに来たようだな」
普段は軽装のナハトがいつもは身に付けない鎧の留め金を鳴らしながら、
巻き上がる砂塵を睨む。
「死んだことになってるからね、今更姿を現されちゃ奴も困るんだよ」
ライトセイバーを腰に吊しながら、紫が立ち上がる。
その顔は不快そのものだと言わんばかりに歪んでいる。
「それだけこっちの存在が邪魔なんだよ、バイルは」
砂塵を見つめていた紅も脇に抱えていた漆黒の兜を被り、
地面に突き立てていた得物を手にする。
「敵は多い。
だがいいか!奴らは所詮機械!我等は歴戦の猛者だ!」
振り返り、なだらかな丘の下を埋め尽す黒い軍勢に声を張り上げる。
彼女の声に歓声が沸き起こる。
「敵には闇の恐怖と死を!
我等には勝利の栄光を!」
ジャキン!と槍と盾を構えた一団が丘の上で命令を待つ。
「全軍…」
太陽の光に透かされた紅い刃を振り下ろされる。
「進めーっ!」
265
:
戦場に舞う音
:2008/03/15(土) 12:23:32
号令に地響きを轟かせながら、一団が坂を一気に駆け降りる。
下で待ち構えていたメカニロイド達が迎え撃つように武器を構える。
その瞬間、空からいつもの流星が彼等のもとへ降り注ぐ。
「流石に、連続メテオは応えるね…」
その場に膝を突きながら、荒く息をつく紫がにたりと笑う。
轟音と爆風の中をくぐり抜けた戦士達が敵と斬り合う。
繰り広げられる弾幕をかいくぐりながら、紅は寄る敵をすれちがい様に切り捨てていた。
「紅!」
銀の鎧にオイルをまとわりつかせたゼロツーが
彼女の背後に近付いてきていた敵を槍で突き刺す。
「ヤツが来ている」
そう言われて指差された方向を見れば、敵の遥か後方で
手下を従えたその姿。
「バイルーッ!」
声に振り返れば、空を飛ぶ妹の姿。
「紫!」
制止する声を届かず、彼女は敵を避けながら走り出した。
紅い光刃を手に近付く紫の姿にバイルの近くで待機していた
レプリロイド達が直ぐ様反応する。
「ちぃっ!」
冷たく鋭い氷を避けながら、術を展開する。
少しだけ背後を振り返ると両手を空に掲げ、正反対の魔法をぶつけ合う。
カッ!と辺りが閃光に包まれ、視界を一瞬白く染め上げる。
その光に他のレプリロイド達も一瞬注意をそらした。
それが光を背に受けながら現れた黒い鎧への反応を遅らせた。
266
:
戦場に舞う音
:2008/03/15(土) 12:36:14
一歩。
レプリロイド達が慌てて黒い鎧の紅に迫る。
それを一緒に現れた仲間が迎え撃つ。
一歩。
踏み込んだ力で地面を蹴り、得物を振りかぶる。
「覚悟―!」
紅い軌跡を残しながら、刃は相手へと―届かなかった。
「……!」
衝撃に地面へと吹き飛ばされ、何度も転がりながら、目を見開く。
「オメガ…」
巨大な兵器の肩に悠然と立ちながら、男が笑っている。
「紅!」
倒れた彼女の周りに仲間が集まり、同じ様に男を見上げる。
割れた兜を脱ぎ捨て、血を拭いながら、紅は再び構える。
強大ではあるが、決して勝てないこともない力。
仲間を見回す彼女に誰もが頷き返す。
―愚かな、やれ!オメガ!
男の声に力が雄叫びを上げる。
魂まで揺さぶられるような錯覚を覚えながらも一歩も引くことはない。
もう一つの戦いが、終りの時を迎える―
たまにはこんなんもいいよね?
267
:
彼女の見た、茜の空
:2008/03/20(木) 21:28:43
西へと傾く夕日を受けながら、フヨウは石段の上に腰掛け、空を見つめていた。
空を横切る家路につく鳥の群れや取材が終わったであろう鴉天狗を目で追い掛けていると、
不意に目隠しをされる。
「誰だ?」
目隠しをした人物の声に笑いながら答える。
「早苗ちゃん!」
すっと手が外され、彼女の横に蒼い巫子服の少女が降り立つ。
「おつとめ?」
「うん、さっき里から帰ってきたとこ」
同じ様に石段に腰掛けながら、空を見上げる。
「何を見てたの?」
早苗の言葉にフヨウは大袈裟に腕を組み、唸った。
年はほとんど変わらないのだが、一方は年の割には幼く、もう一方は大人びているせいか、
二人並ぶ様はさながら年の離れた姉妹の様であった。
「うーんと、空かな?綺麗な夕焼け空だったからさ」
そう言いながら組んでいた腕をほどき、立ち上がったかと思うと空に向かって手を伸ばした。
「目の前にあるけど絶対触れない、綺麗な空を見ると何だか嬉しいんだ」
首を傾げる早苗にフヨウはくすくすと笑いながら、地面を蹴る。
「だってさ、同じなんだよ」
一瞬、風の流れが変わる。
「お父さんからもらった、僕の羽根と」
夕焼けと同じ色をした妖精の様な羽根を持った少女は嬉しそうに空へと上った。
268
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 1/5
:2008/03/20(木) 22:42:30
一日目 PM 16:30
――文明人の僕が、もっと遊べる場所を教えてやるよ。
そう言ってから、歩いて、歩いて。
僕達はようやく目的地に辿り着いた。
「この辺は遊べる場所が少ないんだよな」
もともと存在価値が「大学に近い」しかない駅の前だ。
近くにあるのは何でも取り揃えているだけが取り柄のスーパーを除けば、
個人経営のしがない小型店舗しかない。
都会人の僕には耐えられない田舎っぷりだ。
いや、僕の実家の田舎っぷりはこんなもんじゃないけど。
「ここ何? 中、暗くてすごい音がしてるんだけど」
「入ればわかるさ」
「……はっ! まさかイサちゃんは大人の階段上るシンデレラですか!?」
「どっから覚えてくんだよ、んな言葉」
「ダメです! だってイサちゃんはまだ1434歳なのですから!」
「いやむしろ大丈夫だろそれ」
ネジの飛んだイサの手を掴む。
ひどく汗ばんでいた。やたら緊張しているらしい。
「ほら、行くぞ」
「え、あ、でも……恥ずかしい、よ…………」
半眼でイサの顔を見る。
何をどう勘違いしてるか、耳まで真っ赤な動揺ぶりを見れば一目瞭然だ。
――なんつーマセたガキだ。
わざわざ口頭で誤解を解くのはひどく面倒だったし、
そうまでしてやるほど僕はお人好しじゃない。
イサの態度は完全に無視して、中へと強引に連れ込む。
イサは、ほとんど抵抗しなかった。
269
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 2/5
:2008/03/20(木) 22:45:11
薄暗い中にぼんやりと灯る光。
心の高揚と引き換えに正常な鼓膜を失いそうな大音量。
つまりはゲームセンターだった。
「…………あの、ヨーヘー。ここ本気で何?」
赤かった頬は、一転して暗闇の中で真っ青になっている。
イサの声にはいつもの無意味な快活さがない。
ってか、さっきから僕の服の端をつまんで離そうとしない。
「お前本気でゲーセンも知らないのかよ」
「何? ねぇ、何ここ? 怖い? 怖いの?」
本気で怯えてるらしかった。
完全に初めての奴にしてみれば、怖いと思うのは自然なのかもしれない。
正体不明の場所に、正体不明の大音量。
人の気配はある。けど、その姿は暗闇に紛れて判然としない。
何をしてるってゲームしてるに決まってるんだが、それもこの場所を
知らない奴からすれば、異常に真剣な顔つきで不気味に発光するモニターの前で
黙々と手を動かしているようにしか映らない。
イサの目にはアヤしい宗教を信仰する信者にでも見えてるのかもしれない。
「――まぁな」
ここまで怯えられると、その期待に応えてやりたくなるのが人情ってもんだ。
「ここは選ばれた者だけが足を踏み入れることを許されてる」
「ボクはっ!? ボクは許されてるの!?」
「許可を得るためにはある条件をクリアーしなきゃいけないんだ」
「よし! ヨーヘーに出来たならボクにも出来るかなっ!」
「どういう意味だてめぇ!」
安堵した上に僕をけなすという見事なコンボが決まった。
これが僕じゃなければKOだっただろう。
ここからどうやってねじ伏せてやろうかと頭を巡らす。
とある友人いわく、僕は悪知恵を働かせたら一流らしいしな。
270
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 3/5
:2008/03/20(木) 22:46:24
「それは……」
「それは?」
「……男であること」
「いきなりダメでした!」
頭を抱えるイサ。
「けどこれには抜け道がある」
「つまりあれですかっ。『勇者、ズル技を覚える』」
「それバグですよねぇ!?」
大体何でそんな知識を持ってるんだこいつは。
「抜け道ってのはなぁ……」
言って、イサの頭からつま先までを軽く一瞥。
何かに気づいたように胸の前で手を組むイサ。
「外見が男っぽければいいんだ」
「外見が……」
今度はイサ自身が自分の体をしげしげと。
「……残念っ、イサちゃんにはここに入る資格はないようです!」
「嘘つけよっ!? バリバリOKだっつの!」
「イサちゃんはどこからどう見ても女の子です!」
「後ろ姿は99%の確率で男に間違われるっての!」
「慰謝料払えヨーヘー!!!」
「マジギレしたって一円だって払わねーよ!!」
ってかコイツ地味に力強いんですが。
ボカボカ殴られてる腹がムチャクチャ痛い。
しかも周りからウザさ満点って目で睨まれてるし。
やかましい兄妹ゲンカするなら余所でやれ、とでも思われてんだろう。
普段なら「何見てやがんだコラ」で済ませるとこだけど、
こんなガキを横に従えてちゃ迫力ってものが出ない。
結局、ひとしきり騒いだ挙句に自然鎮火した。
271
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 4/5
:2008/03/20(木) 22:47:28
「ま、ガキ相手ならこれでいいだろ」
初心者でもそれなりに楽しめるものを、ってことで。
レーシングゲーの筐体にイサを座らせて、コインを入れる。
イサには適当にキャラを選ばせて、スタート。
「おー、走る」
最初はアクセルとカーブの使い方に慣れてなく、
しょっちゅう端にぶつかって僕を楽しませてくれた。
――ってのに。
「はい、ボクの勝ちー」
そんな楽しみは最初の一回であっけなく終わりを告げた。
「んで、こんな強いんだよてめぇ!」
僅差とかならまだ言いわけのしようもある。
ぶっちぎりだ。
周回遅れの僕に背後から追突するくらいの余裕をかますほどの。
「ボ……ワタシに勝とうなんて1000年早いかなっ」
イサは勘がいいんだ。
どのタイミングで、どれだけの強さでアクセルを踏み、
どれだけの量ハンドルを回せば最適な角度でカーブを曲がれるか。
それを知識でなく感覚だけでこなしてやがる。
「ちっ、マグレで勝ったくらいでいい気になってんじゃねぇ」
「マグレは連続で10回も続かないかなっ」
「じゃあ超マグレだよ!」
「やっぱヨーヘーってバカだよね」
「大きなお世話ですよねぇ!?」
と、他愛もない会話がダラダラと続いて――
272
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 5/5
:2008/03/20(木) 22:48:15
「……ヨーヘー」
「あん? 勝ち逃げは許さないからな」
「ボク、ちょっとトイレ」
「だから勝ち逃げは許さないって言ってんだろ」
「漏らせと!? ヨーヘーったら何てマニアック」
「…………とっとと行ってこい」
毒気を抜かれるとは、まさに今の僕のことを言うんだろう。
まったく、こいつといるとペースを狂わされる。
間違っても僕は子供に優しい優しいお兄さんなんかじゃない。
むしろガキなんてウザいだけだ。
実際、目の前のガキも本気で鬱陶しくてしょうがない。
おかしな縁で知り合ってさえいなきゃ、鼻にもかけやしないさ。
けど、こうして『知り合って』しまった以上は、無視することも出来ない。
そう。ただ、それだけだ。
10分ほどでイサは戻ってきた。
「おっせーよ」
「トイレを急かすなんて、ヨーヘーはつくづくデリカシーが足りねぇ!」
「僕のデリカシーは高いんだよ。誰彼構わず使えるほど数に余裕もないしな」
「エロ気は売るほどあるのにね」
「エロ気って何だよ!」
「えらくロクでもない汚らしい心」
「よりひどい方向にデマるな!」
「わかってんなら聞くんじゃねぇ!」
「ここで逆ギレする意味がわかんねぇよ!」
それからは、筺体の前でひたすらダベって時間を過ごした。
時折筐体を占領する俺らを鬱陶しそうに見る奴らがいたが、知ったこっちゃなかった。
当然、僕は知らなかった。
何も。
273
:
君の笑顔と虹の空
:2008/03/22(土) 17:01:35
「うそつき」
両目に涙をためながら、自分を睨む妹にレミリアはただ立ちつくすだけしかできなかった。
後ろでパチュリーが息を飲む気配がする。
「お姉様なんか…」
「大嫌い!」
枕に顔を押しつけながら、フランドールは大声で泣いていた。
周りでは溢れた力が荒れ狂いながら、ベッド以外のものを壁に叩き付けていた。
その音にも彼女が顔を上げる事はなく、部屋の中はどんどん荒れていった。
ゴンゴン。
吹き飛んだものが重い扉に当たって、音を立てる。
ゴンゴン。
「妹様」
誰かの声に枕に顔を埋めたままのフランドールの肩がぴくりと動く。
「…今誰とも会いたくないの」
扉の外にいる誰かにそう冷たく言い放つ。
それでもその誰かは彼女の声を無視して、扉を開け―
「来ないでって言ってるでしょ!?」
その声とともに入ってきた誰かに魔力を放つ。
弾のはじける音とくぐもった声。
その音にようやくフランドールは顔を上げ、床に倒れた誰かを見下ろす。
見た事のない誰かは苦しそうに―けれど悲しそうな瞳でフランドールを見上げる。
「そんな目で…見ないでよ!」
相手の頭をつかむとそのまま床に叩き付ける。何度も何度も。
それでも彼女は自分の髪をつかんだその手にそっと己の手を重ねた。
「大丈夫ですよ」
誰かは血まみれの顔で笑った。
ただやさしく、フランドールを包み込むように。
「あ…う…」
いままで向けられた事のないその顔にフランドールはたじろぎ、手を離し後ずさった。
その彼女を誰かはただ黙って抱きしめた。
「私はレミリア様の部下です」
その言葉にフランドールの顔が歪む。
「やっぱり、あいつの思い通りって訳ね」
振り解こうとする彼女にでも、と誰かは続ける。
「私はフランドール様の友達になりたい」
「…あー」
天井を見上げながら、声を上げる。
懐かしい夢を見た、気がした。
といっても昔のことなんてよくおぼえてはいない。
伸びをしながら、服を着ていると誰かの足音が聞こえてくる。
少し早歩きのそれに背中の羽をばたつかせながら、扉へ向かう。
「おはよう!アサヒ!」
「おお、今日は随分早起きじゃねぇか」
「えへへ、だって今日は魔里沙にお呼ばれしてるんだもん」
「ははは、そうだったな。じゃ、行くか」
「うん!」
手を繋ぎながら、正面玄関へ向かい、門の近くまで歩く。
「ああ、アサヒにフランドール様。お出かけですか?」
あくびをしていた美鈴が二人の姿を見つけ、背筋を正す。
「うん!魔里沙のとこにいくんだ!」
嬉しそうに笑うフランドールに美鈴は優しく笑いかけながら、その頭を撫でる。
「よかったですよ、ああして笑えるようになって」
「の割には寂しそうじゃないか」
「そんなことないですよ。私は彼女が笑っていられるだけで幸せなんです」
―そうですよね?フランドール様
空にかかった虹へと飛ぶ二人を見ながら、美鈴は今日も門の前に立っていた。
蛇足
めーりんは紅魔館みんなのお母さん
異論?そんなもん知らんニャ
274
:
無為
:2008/03/24(月) 22:32:10
必要ないなんて、言わないで。
……………………
275
:
桜月夜
:2008/03/29(土) 23:00:06
「月を眺める風情は、私には理解出来ない」
振り返る。
「月光浴。言葉はこんなにも美しく響くというのに。
あの光を眺めていると、冥い生の闇に震えずにはいられない」
「それは千年生きても変わらない?」
「千年程度、私の永遠の前には塵芥に等しい」
かすかに灯る、紅い炎。
富士から立ち上る、不尽の煙を生む力。
「あの絶え間無く続く闇夜の凌辱に、人は何を思うものなのかしら」
「あなたも人でしょう?」
「そう。私も人。不死の冥路を永劫彷徨う、呪われた蓬莱人。
お前は?」
「私も人よ。見ての通り」
蓬莱人はわずかに目を細めて嗤う。
「あら。私の目には『人』なんて映っていないけれど」
「不死で瞎(めくら)とは救いようのない」
「心無き器を人とは言わない」
まなじりを、わずかに細める。
蓬莱人は薄い笑みを張り付けたまま、一歩後ろに下がる。
「おお怖い。人の形にも、怒りが存在するのかしら」
「私にそんなものは存在しない」
「それは面白い。心無き人形に怒りはなくとも、月を眺める風情はあると?」
「ないわ。私には何もない」
告げている。
この生き物は危険だと。
不死など実に些細なこと。
その本質は、生き続けるという地獄の果てに得たパーソナリティにある。
「消えなさい。邪魔だわ」
「つれない事。せっかく夜桜の中で一杯と思ったのに」
カチンと鳴る小さな音。
見ると、その手には一升瓶と二杯のグラス。
気がつかなかったが、最初から持っていたようだ。
「月明かりが疎ましいんでしょう?」
「その罪を妖しく咲き乱れる桜に求めるほど無粋ではない」
「私に月を眺める風情はないと言ったでしょう?」
「なら、お前はここで何をしていたの?」
言葉に詰まる。
「いいから付き合いなさい、人の形」
「私は代理人よ」
「何も変わるまい。己を持たぬという意味では」
反射的に額に一閃。
『目にも止まらせない』その一撃は、狙い違わず蓬莱人の眉間を貫く。
「痛ッ! いーたーいー! 何するの!」
「私は代理人よ」
「死ななくても痛いものは痛いんだからー!」
「あ、そこにまんじゅうが」
「ひっ!」
さっきまでの危険はもう微塵も感じられない。
文字通り飛び上がるその手からグラスを一つかっさらう。
「そっちも寄越しなさい」
蓬莱人は目に涙を浮かべたまま、大人しく一升瓶を差し出した。
「……お前は私に似ている」
「錯覚だわ」
「だからわかる。お前に『生』はない」
瞬間。
世界が、燃えた。
「――終わらない無の中で燻ぶる、憐れな蒼炎」
紅い炎をその背に宿し、蓬莱人は空を見上げる。
視線の先に映える月光に、不死の煙は届いているだろうか。
「盛ろう人の形。私達には『その時』を焼き尽くす炎がある」
再びこちらに遣られた双眸には、純粋な笑みが浮かんでいる。
「永遠を抱える私と、無を抱えるお前。
無限と零は対極に在れど、それ故に輪廻の果てで結びつく」
それには応えを返さず、蓬莱人のグラスに注ぐ。
「お前とは仲良くやれそうよ、人の形」
「私は代理人よ」
「なら私のことは妹紅と呼ぶこと」
差し出したグラスに注ぐ蓬莱人――もとい、藤原妹紅。
「宵闇を包む蒼い炎に」
「宵闇を裂く紅い炎に」
「乾杯」
276
:
絶望
:2008/04/01(火) 10:44:09
ここはとある国。
何もかもが配給制の国だ。
今日はその国に来ていたコア姉妹たちが、
その列に並んでパンを買おうととした時の話である。
ずらりと並んでいる人の列。
それはきれいに一直線にならび、大袈裟だが地平線の彼方まで続いているような、
そんな行列だった。行列のできる法律相談所なんて目じゃない。
ラブ「まだかしらねぇ…」
クリス「ええい!私はもう我慢できん!はやく飯をよこせーっ!」
オルト「この国に来たいって言ったの水晶姉じゃん…」
デス「留守番組がうらやましい…」
そのとき、コア姉妹が騒がしすぎたのか、コートの男がやってくる。
そのコートの男はクリスのこめかみに人さし指を当てると、
なにもせずそのまま帰っていってしまった。
クリス「あ…帰ろう…日本に…」
ラブ「こ、ここまで並んで!?」
クリス「銃を買うお金もないのに食糧なんて全員分支給できるはずないじゃないか…」
そう、クリスはそのコートの男のしたことですべてを感じ取ったのだ。
ラブ「ったく、しっかりしなさいよ、次女なんでしょ?まあ我慢するからいいけど」
説教しつつもクリスを遠回しに励ます長女ラブ。
オルト「そうだね…1日2日は我慢できるし」
笑いながら、周りを明るくするオルト。
デス「珍しいミス…これはいい土産話」
あえて怒らせることで元気づけようとするデス。
その三人に支えられ、彼女らがまだ全員機械だったころの旅は終わった。
その時の旅行の記憶は今もみんなの心の奥底に刻まれている。
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