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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章
101
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/01(金) 20:00:27
作戦決行が明日と決まっても、アコライト外郭でやることは変わらない。
夜になると、城壁の上にある歩廊に夜哨が立つ。普段なら守備隊の兵士たちが持ち回りでするのだが、兵士たちも明日は出陣だ。
寝られる者は少しでも寝ておかなければならない。ということで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もそのサイクルに加わった。
三時間交代くらいで次の者に引き継ぎ、帝龍の攻撃に備えるのだ。
帝龍は定時にしか攻撃してこないと分かってはいるが、だからといって油断するわけにはいかない。
そして――
ジョンが夜哨に立つ順番となった時。城郭内へと続く螺旋階段をのぼって、何者かがジョンのいる歩廊にやってきた。
「えと……、こんばんは。
交代の時間だよ、ジョン」
それは、なゆただった。手にはキングヒルから持ってきたお茶の入った木のコップをふたつ持っている。
ただ、交代の時間にしては随分早い。ジョンの担当はまだ一時間ほど残っている。
なゆたは湯気の立つコップのひとつをジョンへ差し出す。濃い目の紅茶だった。
「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」
自分のコップを壁の上に置き、空を見上げる。
天には星の大河。文明の光に照らし出された都会では決して見ることのできない原初の夜空が、目の前に広がっている。
なゆたは思わず歓声をあげた。
「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」
ジョンへ手招きして、自分の隣に来ることを促す。
なゆたはそれからしばらく、何も言わずに満天の星空を眺めた。
「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」
城壁に両手を乗せ、空を見上げたままで、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
友達と親友の違いって、なんだろう――?」
そう告げると、なゆたは静かにジョンを見た。身体ごとジョンへ向き直り、正対する。
まるで、ジョンの身体だけではなく。心と向き合うかのように。
「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」
ひゅうう、と夜風がなゆたのサイドテールにした長い髪を、フレアミニのスカートを。マントを撫でて吹きすぎてゆく。
「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」
違う? と。なゆたは後ろ手してジョンの顔を覗き込んだ。
「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」
或いはジョンはそんなことは全く考えず、素で提案しただけなのかもしれない。
だが、意識的にであろうと無意識であろうと、あの場でその提案をすること。それ自体に意味がある。
食堂で敢えて仲間以外を見捨てるという作戦を提示し、みなに憎まれる。それが大事なのだから。
102
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/01(金) 20:00:40
「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」
ふる、とかぶりを振る。一拍を置いて、長い髪が揺れる。
なゆたはジョンの顔をまっすぐに見詰めると、
「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」
と、言った。
「ね。わたしたちにも、あなたを守らせてよ。あなたの痛みを背負わせてよ。
わたしも明神さんと一緒に、あなたと親友になりたい。わたしが守られるのと同じだけ、あなたのことも守りたいの。
あなたのことがもっと知りたい。テレビや新聞で語られるジョン・アデルじゃなくて、ありのままのあなたが。
だから……歩いていこうよ。わたしたちを守るって、気を張って先に行かないで。肩を並べて……さ」
なゆたはにっこりと満面の笑みを浮かべた。屈託ない、無垢な笑顔だった。
そして、右手を差し伸べる。
「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
親友との約束! 守れるわよね?」
ぱちんと茶目っ気たっぷりにウインクすると、ジョンの右手の小指に自分の小指を絡ませる。
「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」
勢いよく指を振って離す。やや一方的ながらもジョンとの約束を果たすと、なゆたはまた笑った。
「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
じゃっ! おやすみなさい!」
ジョンの背中を押し、螺旋階段へと歩いて行かせる。
ジョンが去り、ひとりになると、なゆたは誰もいなくなった螺旋階段の方を見遣り、小さく息をついた。
「………………」
明日は帝龍との決戦だ。みのりが帝龍の本拠地を特定し、バロールが魔法機関車を送り届けたら、すぐに作戦開始だ。
自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を含む300余人の兵士を乗せた魔法機関車が、帝龍の本陣へと爆走する。
しかし――なゆたはその作戦に言い知れぬ不安を抱いていた。
みのりは帝龍の本陣を見つけ出すだろう。バロールは遅滞なく魔法機関車を届けるはずだ。
ローウェルの指輪を持った明神は必ずこの戦場全体を濃霧で包み込むだろうし、ジョンは明神を守り抜くに違いない。
カザハはいつも通りのはずだし、エンバースも……。
だが、自分は?
自分はどうだ? この戦いにおける役目を遂行できるか? 皆の役に立てるのか?
生きて、戦場からこの城壁の内側へと戻ってくることができるのか――?
「……どうだろう」
帝龍は何かを持っている。
あのトカゲの大軍団よりも、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』よりも恐ろしい何かを。
確証はない。裏付けも根拠も何もない。ただ『そんな気がする』。
それは所謂第六感、女の勘とでも言うべきもの。
しかし、それが時としてどんな分析よりも的確に真実を暴き出すことを、なゆたは知っている。
「リーダーが。……頑張らないとね、真ちゃん」
だが、逃げることはできない。リーダーは常に先陣を切り、仲間たちに勇気を見せなければならない。
……たとえ、それで命を喪うことになっても。
夜風に弄ばれる髪を軽く右手で押さえながら、なゆたは小さく呟いた。
103
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/01(金) 20:00:52
「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」
なゆたが夜哨を明神に代わって、三十分ほどが経過したころ。
ふわりと風が揺れたかと思うと、大きな翼を広げたマホロが城壁の歩廊へと舞い降りてきた。
「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」
翼を収納し、よいしょ。と歩廊の壁の上に腰を下ろし。
深くスリットの入ったロングスカートから惜しみなく太股を覗かせて脚を投げ出す。
はー。と息を吐き、マホロは空を見上げた。
「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」
無邪気な、ネット上で見るものと同じ人好きのする笑顔を明神へと向ける。
「ねえ……お兄さんは、楽しい?
このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」
ぱたぱたと脚を交互に揺らしながら、マホロは訊ねる。
「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。
そりゃ、アルフヘイムにはインターネットもなければパソコンもない。いつでも冷え冷えのジュースが飲める冷蔵庫も、
ぬくぬく快適なエアコンもない。ベッドだってただ木の台にシーツを敷いただけの、酷いものだよ。
でもね……それがすっごく新鮮なんだ。何より――この世界は、あたしに思い出させてくれた。
あたしが一番最初にVtuberをやり始めた頃の、あの気持ちを……」
今でこそ500万人を超えるフォロワーを擁するユメミマホロだが、最初からそうだったわけではない。
むしろ、いわゆる動画配信者としては遅咲きだった。最初は配信に注目する者もいなかった。
Vtuberなどキワモノに過ぎないと、白けた目で見られ続けていたのだ。
しかし、それでもよかった。自分の好きな話題を、面白いと思う内容を配信し、たったひとつでも共感を得られれば嬉しかったのだ。
だが、ユメミマホロの名が売れ始め、スポンサーが付き、会場を借り切ってコンサートまでするようになったとき。
ユメミマホロはいつの間にか、一番最初のユメミマホロとは別物になっていた。
スポンサーに配慮し、あまり尖った内容の配信はできない。
まず視聴者ありきで、どんな話題が登録者を稼げるか? どうすれば視聴数が伸びるか? そればかりを考える。
分単位のスケジュールをこなし、歌を歌い、ラジオに、配信に、果ては声優の真似事までこなした。
気付いた時には、ユメミマホロはユメミマホロのものではなくなっていたのだ。
「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」
ぎゅ、とマホロは自分自身を両腕で抱き締める。
「だから。あたしは守らなくちゃならない。
この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。
あたしは臆病者だね……。
……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」
この世界には、ユメミマホロに素行がどうのと口出ししてくる厄介なスポンサーはいない。
マホロは自分が自分らしくあるため、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として戦う道を選んだ。
その覚悟は生半可なものではない。マホロは命を懸けてここでアイドルをしているのだ。
「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」
ぐっ、と右の拳を握り込んでみせる。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の歌は強力だ。彼女は間違いなく自分の仕事をこなすだろう。
「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」
ひょい、と壁から降りると、マホロは明神に向き直った。
そして――まっすぐに明神を見据えながら、口を開く。
「バロールのことが信用できないからよ」
104
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/01(金) 20:01:19
「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」
カシャ、と甲冑を鳴らし、ユメミマホロは鋭い眼差しと口調で明神に告げた。
「あたしがこのアコライト外郭に配属されたのは、窮地に陥っているこの場所の救援がしたかったという理由の他に――
もうひとつ。『バロールのいるキングヒルから離れたかった』からっていう理由もあったんだ。
あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」
マホロの声は震えていた。見れば、微かに肩も震えているのが分かるだろう。
冗談や虚言の類では決してない。マホロは正真、バロールに怯えている。
あの、いつもニコニコ笑顔を絶やさない。うっかり屋で女にだらしなくて、ダメダメな十三階梯の継承者。
『創世の』バロールを――。
「あたしはアルフヘイムへ召喚されてすぐにこのアコライト外郭を訪れ、籠城した。
もしキングヒルと交信を続けていれば、物資は定期的に供給されたでしょう。兵力も、クリスタルも今よりはあったかも。
でも――あたしにはできなかった。
あたしにできたのは、ただ耳をふさいで背中から聞こえてくる声を無視し続けることだけ……。
それも、あなたたちが来て終わりになったけれど、ね」
軽くマホロは肩を竦め、それから小さく息を吐いた。
マホロがこのアコライト外郭の守将として抵抗していたのは、帝龍の軍勢に対してだけではなかった。
背後に存在するキングヒル。その白亜の王宮で玉座の傍らに侍る、鬣の王の相談役。
今やアルフヘイムの存亡を一手に担う宮廷魔術師。十三階梯の継承者の第一位。
あの魔術師に対しても、抵抗を示していたのだ。
「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。
でも――」
そこまで言って、マホロは一度口を噤んだ。
厳然たる眼差しで、明神を見つめる。
ふたりは束の間、沈黙の中で見つめ合った。
「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
そして……確信を持ったわ。
これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」
やがて、マホロが口を開く。その声音は強張り、緊張しているのが分かる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として、マホロもまた明神たちに共感している。
この世界に召喚され、戦うことを宿命づけられたゲームプレイヤー同士として、シンパシーを感じている。
だからこそ――
「……カザハは。敵よ」
濃い藍色の空の彼方、地平線がゆっくりと白んでゆく。
【作戦は300人のマホロで魔法機関車に乗り込んで帝龍の本陣に奇襲する作戦に決定。
ジョンとなゆた、明神とマホロがそれぞれ夜の歩廊で話すイベント発生。
ポヨリンのカザハへの有効度が10下がる。】
105
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/05(火) 00:58:46
>《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》
「あ、やっぱり……?」
ATM扱いされそうな電波をビンビン受信してしまったバロールさんの悲鳴が響く。
こうして銀河鉄道スリーハンドレッドオタク作戦(仮称)は敢え無く頓挫かと思われたが。
>《いや、待てよ?
魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》
>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》
>《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》
「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」
なんだかよく分からないが出来るらしく、カザハがヨイショしまくる。
前世からの仲良しらしいからね、仕方がないね。(記憶は無いけど)
>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
マホたん、みんなにそう伝えておいて?」
私達は最前線の突撃組に配属された。
なゆたちゃんとエンバースさんがアタッカータイプなので、私達はサポート役といったところだろう。
>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」
「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」
>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」
106
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/05(火) 01:00:15
こうして作戦会議は終わり、夜。私達も交代要員のうちの一人として夜哨に立った。
昼間のなゆたちゃんの言葉が思い出される。
>「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」
>『明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
だから――そのための作戦を考えよう!』
「ゲーマーって……凄い人種だね」
カザハも私と同じことを思い出していたのだろう。ぽつりと呟いた。
込められたのは、尊敬と憧憬と呆れと疎外感が全部混ざったような複雑な感情。
そう――所詮私達はどう頑張ってもゲーマーにはなれないのだ。
《……私達の場合どっちかといえば地球での人生の方がゲームだったということですよね》
私達はゲームを起動した瞬間に異世界転生(?)してしまったので広義のゲーマー(ゲームをする人)ですらない。
それどころか元々出身がこっちの世界っぽいからどっちかといえば原住民だ。
それが気付けばいつの間にやらゴリゴリのゲーマーに包囲されていた。
「あはは、言えてる。莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大すぎるクソゲー」
《広すぎてマップのほんの一部しか行けないオープンワールド! 大部分がストーリーに無関係な無駄に緻密な世界設定!》
「開始時のステータスと出自の影響がでかすぎる上に引き直しできないとか!」
《滅茶苦茶多すぎるマルチエンディング!》
「そのうちの一つがトラックにひかれてゲームオーバー!」
《悲しくなってくるからもうやめましょう!?》
最初はそんな感じで話していたが特に話すこともなくなってしばらく無言で見張りをし、やがて次の当番の人がやってくる。
するとカザハは唐突に語り始めた。いや――カザハであってカザハではない。
ちょっと目を放していた隙にいつの間にか身に纏う雰囲気が変わっている。
107
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/05(火) 01:01:16
「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」
《いきなり邪気眼ごっこはやめてくださーい!》
確かに言われてみれば、最もかどうかは分からないが、結果的に戦略面から考えてもかなり良い作戦に行き着いたとは思う。
オタク軍はマホたんのアイドル性によって長い間士気を維持し、城壁を防衛してきた。
今回の作戦の目玉の一つは300人という数を活かしての攪乱で、マホたんの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップするらしい。
もしもマホたんに無理矢理ヴァルキリーグレイスを使わせたりしていたら、オタク達の士気もダダ下がりでこの作戦は取れなくなっていたかもしれない。
「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」
《確かにそんな気はするけど、さらっと流しただけかもしれないしそんな深読みしなくても!
つーかアンタ誰!》
「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」
《こっちに無茶振りすんな!》
「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」
そこで唐突にいつもの雰囲気に戻ったカザハが騒ぎ始める。
《はいはい、お部屋に戻りましょうねー! すみません、バカな子なんです!》
私はペコペコ頭を下げながらカザハの首根っこをくわえてひきずって退散したのであった。
108
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/05(火) 01:02:22
――次の日。
《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》
スマホからバロールさんとみのりさんの声が聞こえてくる。
一体どんな手段を使ったのかは我々には知る由も無いが、空飛ぶ魔法機関車の手配と帝龍の位置の特定はうまくいったようだ。
「凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!」
自分が前夜邪気眼を発動したことなど全く覚えていない様子のカザハは案の定いつも通りである。
やがて戦場じゃない側に魔法機関車が到着し、なゆたちゃん達がオタク軍団を順序良く乗り込ませていく。
「明神さん――いよいよだね」
『幻影』は到着するまでに車内でかければいいだろう。
まずはトカゲ軍団の視界を奪う――明神さんの『迷霧(ラビリンスミスト)』発動が作戦開始の合図だ。
109
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:15:30
再び議論に火が入り、喧々囂々と言葉が交わされるなか、
意見をまとめるようになゆたちゃんが口を開いた。
>「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」
俺たちのリーダーは、メンバーそれぞれを順番に見回して、その双眸に視線を合わせ――
パーティとしての意思を決定していく。
>「わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」
俺たちがこの世界に喚ばれた理由。
レイド級に匹敵する戦力の増強だとか、オーパーツじみた魔法の板だとか、そんな実利的なことじゃなくて。
『ブレイブ&モンスターズ』をプレイしてきた人間だからこそできることがある。そのはずだ。
少なくともバロールはそう見込んで、俺たちを召喚した。
>「『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
だから――そのための作戦を考えよう!」
それは結局、人が死ねば後味が悪くなるからっていう、気分的な問題でしかないんだろう。
RTAなんかじゃNPCをわざと死なせて時間短縮したりアイテム回収するのも珍しくない。
依然として、確実に世界を救うって観点で言えば、間違いなくジョンが正しい。
でも、それで良い。気分的な問題だって良いじゃねえか。
俺たちはゲーマーなんだ。この世界を、ゲームと同じように救おうとしてるんだ。
報酬やトロフィーなんかなくても。俺たちは全員助ける選択肢を選んで良い。
エンディングが分岐するなら、やっぱハッピーエンドが見たいからな。
傍から見れば無意味なこだわりに努力を費やすのも、やっぱりゲーマーの習性だ。
「……お前がリーダーで良かった」
お前が最後に頷いてくれるのなら、俺は全力でクエストに挑める。
月子先生の太鼓判だ、ブレモンにおいてこれほど価値のあるお墨付きはあるまい。
>「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
なぜなら――わたしたちには、これがあるから」
「あっ?お前、これって――」
なゆたちゃんが掲げ、宙に放った輝く何か。
ガンダラでのクエスト報酬で手に入れた……『ローウェルの指輪』だ。
その効果は、『スペル効果の大幅アップ』と『全カードのリキャスト回復』――
おそらく世界に一つだけしか存在しない、超ド級のレジェンドレアアイテムだ。
かつて、マルグリットから託されたこの指輪を、俺は真ちゃんから掠め盗ろうとしていた。
結局機会が見いだせずに、パーティの共有資産としてリーダー管理になってたものだ。
指輪が常に真ちゃんの手にあったから、俺はこのパーティを抜けずに居たと言っても過言じゃない。
俺たちの旅の結晶、因縁の一端。
その代名詞と呼ぶべきものが、巡り巡って放物線を描き、俺の手の中に収まった。
110
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:15:53
>「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。
「……託された。あとのことは任せとけよ、リーダー」
妙な感慨が胸をいっぱいにして、静かに手の中の指輪を握り込む。
ある意味じゃ、俺がこのパーティの正式な一員として、認められた瞬間なのかもしれない。
こいつを持ってトンズラこくことはないと、信じて貰えたのだから。
>次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」
>《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》
なゆたちゃんに水を向けられた石油王は、二つ返事で仕事を請け負った。
その口ぶりに動揺や自信のなさは伺えない。いつも通りの飄々とした受け答えは、何より安心できる。
「頼んだぜ……相棒」
無茶振りはいつものことだと言わんばかりに、どうにかするとこいつは言った。
それならもう、何も心配することはない。それだけの付き合いを、こいつと重ねてきた。
残る課題は一つだけ。
特定した帝龍の本陣まで、どうやって大部隊を送り込むかだ。
城壁内をざっと見たところ、300人が全員乗れるだけの騎馬は存在していないようだった。
みんなアポリオンに喰われちまったか、維持するだけの飼料も足りなかったんだろう。
>「……魔法機関車!」
カザハ君が何か思いついたように声を上げた。
魔法機関車ぁ?行き先は敵陣の敷かれた平原だぜ、レールなんかねえだろ。
軌条もなしに鉄輪で不整地を踏もうもんなら、10mも進まないうちに列車は横転するだろう。
だが、カザハ君の考えはもう一歩先に進んでいた。
>「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」
「銀河鉄道じゃねーんだぞ、あんかクソでかい鉄の塊飛ばすのにどんだけ魔力使うんだよ。
そりゃ魔法機関車なら装甲もあるし、ちっとやそっとの対空攻撃じゃビクともしないだろうけど……」
とはいえ、面白そうな発案ではある。いや絵面の話じゃなくてね!
あの巨体で敵陣に突貫すりゃ、並み居るトカゲくらいは余裕で跳ね跳ばせる。
迷霧と合わせれば、事実上空飛ぶ魔法機関車を撃ち落すほどの攻撃は飛んでこないだろう。
300人の兵力を一切傷つけず、疲れさせずに温存して敵陣深くに送り込めるのは大きなメリットだ。
しかしそこでバロールからストップが入った。
流石に列車飛ばすレベルのクリスタルは用意出来ないらしい。
まぁしょうがないね。クリスタルに糸目をつけなくていいなら、こんな包囲されることもなかったんだし。
111
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:16:29
>《いや、待てよ?
魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》
と、急にバロールは一人で何事か思案し始めた。
俺これ知ってる!なんか科学者がいい感じに妙案ひらめくパティーンや!
>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》
「そうなんだ!すごいね!!いいから結論だけ言ってあとは黙って貰えますかね!!!」
>「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」
「カザハ君ほんとにわかってるぅ?
……やっぱあいつマルグリットの兄弟子だわ。言ってることぴくちりわかんねーもん」
理系はさぁ……指示語と専門用語が多いよね。あれじゃねーんだよ。食卓の夫婦のやりとりかっつー。
ともあれ、空中爆走魔法機関車作戦は出来る。多分出来ると思う。出来るんじゃないかな?ま、ちょっとは覚悟しておけ。
バロールは魔法機関車の改造を確約し、これで全ての課題はクリアした。
>「……わかった。みんなもいい?
みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する
なゆたちゃんが作戦の要諦を纏める。
本陣に機関車がたどり着けば、300人のマホたんがワラワラ這い出てきて帝龍軍はパニックだ。
混乱に乗じて奥深くにふんぞり返ってるドスケベ執行役員を囲んでボコる。
>「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」
「口パクなら任せとけ。何を隠そう俺はJOYSOUNDの『ぐーっと☆グッドスマイル』で95点を叩き出した男。
歌詞も振り付けも完コピだ。オタク殿たちも踊りは完璧にマスターしてるだろ」
自慢じゃないが俺はマホたんの曲がまだカラオケに実装される前から音源持ち込んで歌ってたガチ勢だ。
懐かしいなあ。ちょっと前はカラオケの機械にiPod繋げて、練習用のインスト動画流したもんだ。
一人カラオケ行き過ぎて店員に『裏声原曲キーおじさん』とかあだ名つけられたの忘れてねえからな。
そして振り付けの完コピはドルオタの一般教養と言って良い。
十年くらい前は公園とかでよくハルヒダンスとか踊ってたしな。
今のアニメはEDで踊らないってマジ?一時期狂ったように踊るEDが量産されてたの何だったの……。
>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
「……いいのか?モンスター二人と違ってお前は生身の人間なんだぜ。
なんぼお姉ちゃんの回避スキルがあるからって、波状攻撃をいつまでも耐えられる保証はない」
忠告は、きっと聞き入れられることはないだろう。
最前線で、一番危険な場所で、命を張る。前線指揮官には絶対に必要な振る舞いだ。
誰かが前に出なくちゃならないし、その役目はパーティ最大戦力のなゆたちゃんが担うべき。
彼女はそれを理解していて……覚悟を決めている。
「言うまでもないことだろうが、エンバース。なゆたちゃんを頼んだ。
お前はもう頼りない肉壁なんかじゃない。俺たちの仲間で……なゆたちゃんを守れるのは、お前だけだ」
カザハ君が随行するにしても、こいつには伝令役をこなしてもらわなきゃならない。
遅滞なく、確実に情報を届けるためには、戦闘に参加させることはできない。
112
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:17:02
>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」
能天気にそう言ってのけるカザハ君に、なゆたちゃんは何も言わなかった。
場合によっちゃなゆたちゃんたちを置いてでも、前線から離脱してもらわなきゃならない。
俺たちは、そういう戦いをこれから始めるのだ。
そして同時に、俺たち後方組もまた安全とは言い難い。
スペルを起動し続ければ早晩居所はバレるし、近づかれればトカゲに襲われる。
帝龍の戦力が未だに全容を掴めてない以上、何らかの伏兵がいてもおかしくはないしな。
>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」
なゆたちゃんが柏手を打って、作戦会議はこれで終わった。
俺たちは順次解散し、明日に向けて各々の準備へ戻っていく。
出来ることは全てやった。議論も懸念も出尽くした。
仕込みは上々とは言えないが、それでも結果を御覧じるしかない。
明日。全てに決着がつくと……そう信じて。
◆ ◆ ◆
113
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:17:38
立哨をなゆたちゃんから引き継いで、俺は壁の上に一人佇んでいた。
マグの中ではギリギリ味がする程度に希釈された葡萄酒。水面に浮かぶ僅かばかりの胡椒とシナモン。
夜警のお供に淹れてきたホットワインだが、手元を暖める以上の効果は期待出来なかった。
酒も香辛料も、この街では貴重品だ。
決戦前夜ですら、こんなしみったれた飲み方をしなくちゃならないくらい。
肉以外の食料は本当に枯渇していて、アコライトはガチのマジにギリギリだったと否応無しに理解する。
「……これなら、なゆたちゃんみたく紅茶にしときゃ良かったなあ」
ただ僕ね、夜に紅茶とかコーヒー飲むと寝れなくなっちゃうタイプの人なんですよ。
立哨が終わったら明日のために早く寝なきゃだし、流石に目が冴えすぎちまうのは良くない。
ブレイブの武器はスマホと、モンスターと……思考力だ。
しっかりたっぷり睡眠摂って、本番に脳味噌をバリバリ動かすのが何よりの戦力補強になる。
……冷えてきたな。
壁の上は風が強い。上着がジャケットしかないスーツ姿に、夜の壁上は堪えた。
>「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」
30分ほどぶるっちょさむさむしていると、不意に後ろで風が起こった。
音もなく歩廊に降り立ったのは――ま、ままままっままマホたーん!!!?!??!??!!?
なっなんでマホたんが俺んところに!?どっかで会話イベントのフラグが立ったのか!?
「ちょっ、ちょっと待たれよ!今椅子か座布団用意すっから!あーっ!直に地べた座ったら汚れが!」
俺の制止も虚しくマホたんは壁にどっかり腰を下ろした。
クソ!せめてハンカチくらい敷いときゃ良かった!お尻が冷えちゃうじゃねーか!
いかんいかんぞ!目の遣りどころに困り申す。おみ足様がスカートから発艦しておられる!
>「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」
「俺も名古屋に居たからわかるよ。ウン万ドルの夜景ったって、あれ全部残業の明かりだもんな。
星は良い。定時になったらさっさと西の空に帰宅するところが最高だ」
俺もまた、夜景の構成部品の一つだった。
毎日10時くらいまでブレモン片手にサビ残して、ブレモンやりながら帰宅してた。
明かりは人類史上最悪の発明と言って良い。アレのせいで暗くても仕事が出来ちまう。
……何を言ってるんだ俺は!もうちょっとなんかロマンティックな返しとかあったろ!
『星よりも君のほうが綺麗だよ』とか言っちゃう?言っちゃいますか????
>「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」
「明日は忙しくても、明後日とか明々後日とか、あるだろ。
俺たちはその為に、明日戦うんだ」
アコライトが解放できれば、マホたんもようやく羽根を伸ばせる。
兵たちを戦い続けさせる為の士気高揚じゃなく、純粋なアイドルとして、歌って踊れるはずだ。
まるで「これが最後」と言わんばかりの彼女の言葉に、俺は素で反駁した。
マホたんは何も言わず、ただ俺に向けて微笑んだ。
114
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:18:32
>「ねえ……お兄さんは、楽しい?
このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」
「……楽しいよ。色々あったけど、本当に紆余曲折あったけど――全部ひっくるめて、楽しかったって言える」
荒野も、鉱山も、港町も――王都も。
俺の心に残っているのは、結局のところ、楽しかった思い出ばかりだ。
なゆたちゃんや、石油王や、エンバース、カザハ君、ジョン……あいつらと旅をしてきて、良かった。
そう自信を持って思える。
>「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。
マホたんもまた、輝く思い出の箱を一つ一つ撫でるように、この世界での記憶を述懐した。
俺は彼女の大ファンだから……マホたんが大人気Vtuberに上り詰める過程で、
何を失ってきたのか、僅かながらに知っている。
ユメミマホロを、『企業におもねる拝金主義者』と罵る者が居る。
スポンサーのご機嫌ばかり伺って、初期のような自由さがなくなってしまったと。
面白くても金にならない企画は打ち切り、グッズとCDの販売にばかり注力していると。
そう発言したのは、彼女が駆け出しの頃から応援してきたファンの一人だった。
でもしょうがねえじゃん!そういうもんなんだよ!
ユメミマホロが個人でやってんのかバックに企業が付いてんのか詳しくは知らんが、
Vtuberとして活動するには金が居る。機材も人手もタダじゃない。
安定して配信を続けるには、どうしたって投資を回収するビジネスモデルが必要だ。
『ユメミマホロ』というブランドは、もはやマホたん一人の所有物ではない。
関わる人間が多ければ多いほど、彼らを露頭に迷わせないために、金を稼がなくちゃならない。
「なんか遠くに行っちゃった感じ」じゃねえんだよ。お前が立ち止まってるだけなんだよ!
俺はそう長文で言い返して、該当動画のコメント欄は炎上した。
すいませんでした。
>「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」
マホたんは自分の肩を抱いた。
あるいはそこにあるのは罪悪感、なのかもしれない。
拉致まがいの召喚とはいえ、マホたんは彼女を待ってる地球の人々を置き去りにしてしまった。
早晩撮り溜めた動画のストックは尽き、生配信の欠席もごまかしきれなくなるだろう。
たくさんの人が「マホたん消失」に絶望し、失望し、スポンサーは大打撃を被る。
彼女に責任はない。
一方で、アルフヘイムに拉致られたこの状況を、マホたんが好ましく思っていることも確かだ。
常に配信者に寄り添ってきた彼女が、現状に迎合する自分自身を許せるだろうか。
まぁ俺も人のことぴくちり言えないんですけど。
まともに実働してる総務経理は俺一人だったし、あの会社マジで潰れてんじゃねえかなぁ。
閑話休題、実際のところアコライトの兵たちにとってユメミマホロが希望であるように――
ユメミマホロにとってもまた、この街は失うわけにはいかない大切なものなのだ。
彼女が彼女で在り続ける、最後の拠り所。
115
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:19:53
>「だから。あたしは守らなくちゃならない。
この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。
「それは……間違っちゃいねえよ。接吻を捨てちまえば、オタク殿たちはきっと悲しむ。
自分たちのせいでマホたんが大事なものを失ったなんて、ファンには耐えられねえよ」
接吻は、マホたんが『みんなのアイドル』で在り続けるために必要不可欠なアイデンティティだ。
彼女がそれを大切にしていることはファンならみんな知ってるし、それを守りたいって思える。
マホたんがそうであるように――オタク殿たちもまた、マホたんが大好きなのだから。
>「あたしは臆病者だね……。 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」
言及したのは、作戦会議でのジョンとの一幕。
俺はマホたんの唇を守らんと、不合理を押し通してでもあいつと対立した。
今でも、ジョンが正しかったと思う。反論したのは単純に、俺が嫌だったからだ。
マホたんの唇が、俺も含む誰かに奪われることに、耐えられなかった。
「……俺さ、ガチ恋勢なんて名乗っちゃいたけど、ホントはそこまでディープなファンではないんだ。
CDだって1枚ずつしか買ってねえし、グッズもフィギュアと抱き枕くらいしか持ってない。
多分、俺よりずっとマホたんのことが好きな奴は地球にもこの世界にも数え切れないくらい居る」
あの作戦会議の場で、俺が冷静になれなかった理由。
マホたんそのものより、オタク殿たちの命を優先してしまった理由。
それをずっと考えていて、マホたんと話して、ようやく思い至った。
「俺は多分、アイドルが好きなんじゃなくて、『アイドルを好きで居ること』が好きなんだよ。
みんなでライブ観て、サイリウム振って、感想言い合ってる時間こそが、本当に守りたかったものなんだ。
マホたんを庇ったわけじゃない。明日だって、マホたんが前線で命張るのを止めようとも思わない」
だから、俺がマホたんに協力するのは、彼女のファンだからなんて理由ではないんだ。
世界を守るって使命感で動いてるわけでもない。
ゲーマーとしてのプライドが、俺に高難度クエストをクリアせよとささやく。
そして同時に、ドルオタとしての俺が、マホたんを好きで居続けたいと叫び続けてる。
「――アコライトの連中を守る。あの気の良いオタク共に、これからもファンで居てもらう。
そう在り続けようとするマホたんの意思を、俺は何より尊重する。
他ならぬ俺自身が、このさきもずっとマホたんのファンで居続けたいからな」
マホたんはアイドルとして。俺はファンの一員として。
『ファンを守る』っていう目的において、俺たちのスタンスは同列で、対等だ。
そのためなら、俺は命だって懸けられる。
……今日、ここでマホたんと話せて良かった。
「問題は、厄介クソカスピンチケ野郎の帝龍君にどうご退場願うかだな。
あいつの愛は本物だ。マホたんをモノにするために、どんな手を隠してるかも分からねえ」
アポリオンも大軍勢も、あくまで開示された手札の一部に過ぎない。
示威行為という目的があったにせよ、手の内を全て明かす必要性はないのだ。
ってことは、更にもう一枚伏せカードがあったっておかしくはない。
116
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:20:44
>「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」
「へっ、頼もしいね。地球じゃついぞ観られなかった、モンデンキントとユメミマホロの最強タッグだ。
余裕あったら動画撮っといてね、家宝にするから」
マホたんは拳を握って戦意を顕にする。
嘘じゃなかった。なゆたちゃんとのタッグマッチを、間近で観られないのだけが俺の心残りだ。
>「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」
――心残りはもうひとつあった。
昼間はそれどころじゃなくて結局追及できなかったが、
アコライトがずっと音信不通だった件について満足の行く回答は得られてない。
王都と連携が密にとれていれば、アコライトがここまで困窮することはなかったはずだ。
兵站物資も供給出来たし、なんなら兵力の増援だって手配できた。
鉄道網という、高速至便な補給線が確保されているのだから。
俺の問いに、マホたんはふわりと目の前に着地して――笑顔を消した。
>「バロールのことが信用できないからよ」
吹きっ晒しの寒い壁上なのに、じわり、と背筋に汗が吹き出るのを感じた。
マホたんの言葉には、それだけの説得力と、迫真性があった。
>「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」
十三階梯の継承者筆頭、『創世の』バロール。
アルフヘイム最強の魔術師にして、"一巡目"で世界を裏切った『元魔王』。
超がつく甘党で、紅茶と薔薇が好きで、メイドには雑に扱われていて――三世界の平穏を望むと誓った男。
裏切り者というプロフィールに着目すれば、そりゃ信用しろって言う方が無茶苦茶だ。
胡散臭いあのイケメンが腹の中で何を考えているのか、結局俺たちには何一つわかりゃしないのだから。
なあなあであいつと協働関係を結んじまった俺たちと違って、マホたんはずっとバロールを警戒していた。
>「あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」
……いや。マホたんの不信は、バロールが『元魔王』であることが理由じゃない。
王宮で、王の隣で、ヘラヘラ微笑みながら紅茶を淹れ、甘いスコーンを焼く、あの姿が。
まるで人畜無害なその立ち振舞いが、恐ろしいのだとマホたんは言う。
――逆に俺は、なんであの男のことをあっさり信用しちまったんだ?
理由はある。逼迫したアルフヘイムの現状と、デウスエクスマキナの存在。
真ちゃんの白昼夢からループ説には一定の信ぴょう性があって、バロールの訴える窮状も理解はできた。
ローウェルも死んでない今なら、バロールがアルフヘイムの為に尽力することは、おかしくないと。
そう結論付けたから、あいつの支援を受けて、アルメリアの走狗となることを俺たちは選んだ。
だがそれすらも、魔王の巧みな話術に何らかの洗脳魔法を織り交ぜた、予定調和の意思決定だとしたら。
あいつの言ってることが全部嘘っぱちで、ホントはニブルヘイムや帝龍たちに理があるとしたら。
「……わからねえ。一体何から疑って、何を信じりゃ良いんだ」
結局のところ、俺たちは『クエスト』という指示がなけりゃ動けないから、指示をくれるバロールにおもねったのかも知れない。
元の世界への帰還ってエサをぶら下げられて、ダボハゼみてーに食いついちまっただけなのかも知れない。
バロールと距離をとったマホたんの判断が正しかったのかどうか、今の俺にはわからない。
117
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:21:51
>「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。でも――」
混乱する俺をよそに、マホたんは続けた。
俺たちのことは、外郭で過ごした時間を経て、信頼できるブレイブだとマホたんにわかって貰えた。
……ちょっと待て、今、誰か一人足りなくなかったか?
俺、なゆたちゃん、エンバース、ジョン。そして――
>「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
そして……確信を持ったわ。これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」
心臓が耳まで移動してきたみたいに、鼓動の音がうるさい。
じわりじわりと背筋に熱が戻ってきて、血液がめぐるのがわかる。
理解が追いつかない俺の頭に、言葉が降ってくる。
>「……カザハは。敵よ」
そして、脳裏で情報が弾けた。
王都でバロールと初めて顔を合わせた時、あいつはカザハ君に言った。
『おかえり』と。『転生ではなく混線だ』と。
大した意味のない、優男のレトリックだと、その時は流しちまったけど。
元魔王のバロールが、面識のないはずのカザハ君に、旧知を迎えるような物言いをする理由は……ひとつだけだ。
二人が旧知だったのは、一体いつのことだ?
それが『一巡目』だとすれば、バロールは登場時から魔王だった。
それなら、魔王にとっての旧知は、三魔将――
「ふ、ふひ、ふはは!が、ガザーヴァ!ガザーヴァで……カザーハ?ぶはっ!
ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!
そりゃガザ公もダークユニサス乗ってるけど!カケル君のが万倍かっこいいわ!」
幻魔将軍ガザーヴァ。
イブリースと並ぶ魔王直属三魔将の一角であり、ニブルヘイムの最高戦力の一つだ。
そして、メインシナリオではここアコライト外郭を文字通りに更地に変えた仇敵。
あれが混線して変にバグって生まれたのが、カザハ君?
いや意味わかんねーわ。人違いじゃない?敵ってのも多分勘違いだよ。
だってあいつにそんな腹芸とか出来るわけねえもん!脊髄で喋ってるような奴だぜ!?
118
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/11(月) 03:22:21
はらいてー、と俺は歩廊の壁に背中をぶつける。
いやあ笑わせてもらいましたわ。マホたんそーゆーギャグかます人なんすねえ。
本番前の緊張ほぐしには十分だったな。よーし明日に備えてさっさと寝るか!
「……すまん。ちょっと情緒がバグった」
ずりずりと歩廊の壁を背中で滑り落ちる。
顔を手のひらで覆ってみて、初めて俺は自分が全然笑ってないことに気が付いた。
カザハ君は。加入こそリバティウムでのなりゆきだったけど、もうなあなあの関係じゃない。
王都のクーデターで激突して、俺はあいつの本音を聞いた。
勇者になれなかった自分を肯定するために、あいつは語り手になろうとしている。
俺はそんなあいつに共感して、その姿勢を応援しようと、決めたんだ。
「勘弁してくれ。俺はどんだけ、何回、仲間を疑えば良いんだ……」
寄る辺なきこの世界で、俺は常に他人を疑って旅をしてきた。
ライフエイクみたいに外面を取り繕って近づいてきた奴はたくさんいた。
正体不明のウィズリィちゃんをはじめ、仲間だと思っていても、疑わなきゃならなかった奴も居る。
やがて敵側のブレイブなんてのも現れて、味方のはずのブレイブすら疑う必要が出てきた。
エンバースや、ジョンや……カザハ君。
こいつらを信頼するために、どれほどのやり取りと、ぶつかり合いがあったのか。
だからこそ、戦いを経て腹の中を明かし合った仲なら、絶対に信じようと……思っていたのに。
それに、出会った時から俺はカザハ君のことが嫌いになれなかった。
考えなしの突撃バカで、それなのに変なところに気が回って、なゆたちゃんのことをいつも気にかけてて――
なにより、あいつには裏表がない。竹を割ったような性格は、俺にとって好ましいものだった。
あいつが……敵?
ブレイブのフリをして、ずっと俺たちを騙してきたのか?
「……まだ、結論は出せない。少しだけ時間をくれ」
マホたんがどういう意図でカザハ君を告発したのか、知らなくちゃならない。
それに敵ったって、ガザーヴァかどうかはわかんねえしな。
名前が似ててお馬さんに乗ってるってだけで同一人物認定されちゃガザーヴァ本人もやりきれまい。
「俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな」
だけど多分、わかってた。
俺はただ、カザハ君が敵だと信じたくないだけなんだって。
カザハ君とバロールと……『敵』を、結びつける要素はあまりに多い。
こんな問答は時間を浪費するものでしかなくて、とっとと何かしら手を打つべきだった。
心の中の暗雲をあざ笑うように、東の空から光が挿す。
夜が――明ける。
【カザハ敵説に思いっきり動揺】
119
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:02:09
>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」
作戦会議の途中、明神がテーブルを手のひらでバン!っと叩きながら僕に向かって指を指す。
>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」
>「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」
>「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」
「一言で言えば、理解できない。だ
ゲームの世界ならそれでいいと思うが、今となってはここが僕達の現実だ
頬つねったら痛いだろう?夢でもゲームでもないんだよ」
それでも!と明神が大声を出す。
>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
だからジョン――」
明神が僕の胸に拳を着き付ける
>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」
そんなのズルイじゃないか。
そんな事言われたら僕がなにも言い返せないって、わかってるんだろう?
そんなの・・・ずるいじゃないか。
「わかった・・・」
言葉を交わし、冷静になった僕と明神は席に座り・・・そしてなゆの意見を聞くことにした。
120
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:02:32
>「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」
「別にないがしろにしたわけじゃない、ただ」
>「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」
「そんなの決まってる、帝龍を殺す!それだけだ、その為にできる限りの安全を確保することが一番大切だ、その為に――」
>「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」
そりゃそうだ、その理想論が実現できればだれも苦労しない。
ブレモンの世界だけじゃない、僕達が元いた世界だって、その価値観を全員が持っていれば戦争なんて起こらないだろう。
>「わたしたちの目的を間違えないで。
わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」
「だから?だから、自分が危険になるのはいいっていうのか?
こんな囮ににしかならないような役立たず達の為に危険な賭けをするっていうのか!?
どうせこいつらが死んだって後から兵士達がここに送られてくる!魔法があれば街を直すのに人手は必要ない!そうだろう!
バロールもそう思ってたから連絡が途絶えた後も放置してたんじゃないのか!?」
声を荒げる僕を無視して、なゆは話を続ける。
>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」
「ここには帝龍を恨んでる奴が一杯いる、家族や仲間を奪われて、それこそ殺したいほどに
そうでもなくても"人"が百、千単位で死んでるのに?馬鹿げてる!そんな事許されるはずがない!
この世界に裁判所があると?そこで裁くと?なゆ達が犠牲になるリスクを背負ってまで?」
>「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
だから――そのための作戦を考えよう!」
ゲームじゃないんだ今やってることは!何度もいうがこれは戦争なのだ、だれも死なない?そんなの無理だ。
どこかの偉い人が言っていた、争いになった時点で負けているのだ、と。
それくらい、ひとたび争いが起きれば犠牲を止める事はできないのだ。
「復讐心だって立派な人の心だぞ・・・なゆ」
僕は一人そう小さく呟く事しかできなかった。
121
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:03:01
それ以上僕が作戦会議に口を出す事はなかった。
別に作戦を聞き流していたわけじゃない、作戦の概要はちゃんと聞いていた。
ただこれ以上喋ろうという気分にならかった、それだけだった。
我ながら情けない事この上ない。
自分から全否定してもかまわないといったくせに。
>ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
マホたん、みんなにそう伝えておいて?」
「あぁ・・・ああそうだな・・・約束したからね・・・」
>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」
結局なゆは自分が最前線に行くことにしたらしい。
作戦の一番危険な部分を自分で担当することに・・・。
理解できなかった。
なんで他人の為に危険を冒すのか、やり直しのできない戦場で危険を孕んだ行為をしようとするのか。
>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」
そうカザハは能天気に笑う。
この期に及んで劣勢になったら逃げられると、そう本気で思ってるのが信じられなかった。
なゆ達が劣勢になって後方へ撤退すれば当然、帝龍はそのままなゆ達を追って前進してくる。
そうなればいくらパワーアップした霧といえどなにかしらのカードで無効化されてしまうかもしれない、そうなったら作戦は全て崩壊する。
そうでなくとも帝龍本人があの虫を引き連れ僕達の所にきた時点で霧を解除しなきゃいけなくなる。
視界不良の中、人食い虫が自由に飛びまわる戦場なんてフィジカルよりも、メンタル面のダメージがでかい。
いつ自分の体に虫が付くかわからない、そんな恐怖から逃げ出す兵士が必ず現れるだろう、そうなったら終わりだ。
だからこの作戦はカザハはともかくエンバースとなゆは絶対に撤退できないのだ。
当然、なゆはそれを分かっているはずだ。
なのに・・・
>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」
彼女は壊れているのだろうか?心のなにかが壊れているんじゃないだろうか?
馬鹿の一つ覚えのように不殺を誓い、目標に向かってひたすら進もうとしてる。
人の心を蔑ろにしないと言う割には、ここの兵士達の復讐心を無視して突き進んでいる。
僕から見ればこの世界で、圧倒的とも呼べる力を持ち、周り見ずの正義を振り回している君が一番・・・
122
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:03:19
ジョンは城壁の上にある歩廊に夜哨として立つ為に少し冷える外をゆっくりと歩いていた、帝龍は特定の時間に攻めてこない。
そうは分かっていても、大雑把な命令で動いてるモンスター達はもしかしたら予想外の動きをするかもしれない。
だから作戦前の今日は特に念入りに、なにかあっても一人である程度対応できる人間を立てよう、という話になった。
そして今はカザハの時間であった。
「うーんでもまだちょっと早いな・・・」
交代の時間までまだ時間があった、僕が寝付けず早く起きただけなのだが。
「かといって今から寝るほどの時間もないし・・・まあカザハと少し喋って時間を潰すか」
そう階段を上りながら思った時、声が聞こえてきた。
>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」
カザハの声でカザハが喋りそうにない事を口走っている声が聞こえた。
素早く静かに階段を上り、様子を伺う。
そこにはいたのは間違いなくカザハと・・・カケル・・・そうカケルって名前だったはず・・・と呼ばれる馬?がいた。
>「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」
喋る内容も気になるが、それ以上に一体カザハは誰と喋ってるんだ・・・?
もう一度、中を覗くが、やはりいるのはカザハとカケルだけだ。
馬??に話しかけてる?動物を飼ってる人間によくありがちなアレか?だがそれにしても会話が物騒すぎる。
・・・やはり本人を問い詰めるのが一番か。
そう思い、本人の前に姿を現したその瞬間。
>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」
さっきまでの中二病感はどこへやら、いつものカザハに戻っていた。
うんうん分かるよ、中二病はやりたいけど、人に見られたら恥ずかしくなっちゃうアレね、わかるとも。
「楽しんでた所悪いねカザハ、そろそろ交代の時間だよ」
カザハはぼけーと佇んでいる、そりゃ今の中二病発言全部聞かれたと分かればそんな反応したくなるのも頷ける。
誰だってそうする、たぶんやったことないからわからないけど僕もそうなると思う。
>「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」
・・・どうやら誤魔化す事にしたらしい。
あまりにもかわいそうなので、付き合うことにした。
「一応警備なんだからしっかりしてくれないと・・・まったくちゃんとしてもらわないと困るなぁカザハ」
カザハの変わりにカケル(馬???)が頭をブンブンと上げ下げし謝罪しているように見える。
頭を撫でると、カザハを引きずるようにカケル(馬????)はその場を去っていった。
123
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:03:40
「うーん・・・あれは馬なんだろうか・・・ポニーなんだろうか・・・」
最初の30分はマジメに警備っぽい事をしていたのだが、なにも変わらない風景に飽きてしまった。
あまりにも暇だったので、ふと思った疑問をひたすら考える事にしたのだった。
・・・そのほうがイライラしているよりはいいだろう。
なゆの事を考えて、もやもやいらいらしてるよりよっぽどいい。
夜中に考え事をするのはよくない、暗い気持ちにしかならないからね。
とそこに。
>「えと……、こんばんは。
交代の時間だよ、ジョン」
スマホを見る。まだ交代までの時間は一時間ほど残っていた。
「おっと・・・紅茶かい?ありがとう」
なぜ一時間前なのに来たのか?とは聞かなかった。
話があるから本来の交代時間よりも早く来たに違いないからだ。
>「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」
「ああ、僕でよければいくらでも。
でもいいのかい?男と二人きりで喋ってて・・・エンバースが嫉妬しちゃうよ」
もちろん本気で言ってるわけではない。
エンバースが一々そんな事で目くじらを立てない事はわかっている。
冷静なフリをしてうろたえるぐらいはするかもしれないが。
>「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」
無邪気にはしゃいでるなゆの姿はまるで子供だ、いや実際子供と呼べる年齢なのだろうが。
純粋で、無垢で、そしてだれよりもまっすぐだ。
この子が、明日には血まみれになるなんて、誰が想像できるだろうか。
「ああ・・・とても綺麗だね」
僕はそれしか答えられなかった。
>「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」
「言っただろう?全否定して構わないって、僕こそすまないね・・・ちょっと見苦しいものを見せてしまって」
なゆと同じように空を見る、元の世界なら観光名所に認定されそうなその景色は壮大だった。
モンスターさえいなければ僕ももっと喜べていただろう。
>「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
友達と親友の違いって、なんだろう――?」
僕は答えられなかった。
いや全世界探しても明確に答えられる人間などいるのだろうか。
なんとなくわかる人間はいるだろう、断定できる人間がどれだけいようか。
少なくともその理解者に僕は一生含まれないだろう。
それだけは間違いなかった。
124
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:03:57
>「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」
「・・・・・・」
>「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」
それは違う、そう口から出るよりも先に、なゆが言葉を紡ぐ。
>「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」
「たしかに功績だけ見るならヒーロー・・・になるのかな・・・
でも、僕は誰よりも早く、助けられる人、助けられない人の判断が早かっただけさ」
場に静寂を訪れる、なにを言えばいいのかわからなかった。
>「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」
これから気をつけるよ
そんな薄っぺらい言葉を吐く事は簡単だ、でもなゆにそんな言葉を言いたくなかった。
>「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」
「僕は・・・ただ・・・」
なゆ達が大切だから。それだけなんだ。
>「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
親友との約束! 守れるわよね?」
僕なんて放って置けばいいのに、わざわざ二人きりになってまで、僕の事を気に掛けてくれている。
他のメンバーはともかく僕はつい先日会ったばかりだ、敵じゃないにしても今、この場で、女性であるなゆを襲うかもしれない。
僕は男で、スマホを取り上げたらなゆはただの非力な女の子だ。
彼女は微塵もそんな心配をしていないのだろう。
僕は笑顔で差し出された手を、黙って握る事しかできなかった。
>「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」
「ああ・・・約束だ」
>「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
じゃっ! おやすみなさい!」
「待ってくれ」
125
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/11(月) 21:04:17
「待ってくれ」
会話は終わり、という流れを断ち切る。
「僕の前の順番がカザハだったのだが・・・カザハが気になる事を言っていてね・・・」
「カザハって・・・中二病なのか?」
なゆはきょとん、とした表情。
そりゃそうだ、今までマジメな話をしたのに突然された質問がこれでは。
「早めに交代しようとしたらカザハが独り言・・・馬に話しかけててね
それで君達のリーダーは優秀だ〜とか俺は現地の魔物だ〜とか言っててさ」
「その事を問い詰めようと思ったら恥ずかしかったのか、本気で寝ぼけてたのか・・・知らんぷりされてね
まだ付き合いの浅い僕にはなにか不吉ななにかに取り付かれてるのか、ただの中二病なのか、それとも寝不足なのか・・・よくわかんなくてさ
まあ、ただの中二病だろうけど、念のため聞いておこうかなっ・・・て」
なゆはなにか考え事をしているようだ。
「まあ、止めたけど話したい事はそれだけなんだ」
階段を下りようとして止まる
「あぁっと・・・僕からも・・・なゆに約束してほしい事があるんだ、絶対死なないで帰ってくるって、生きて帰ってくるって・・・約束してくれるよね?」
返事も、ゆびきりも必要ない、無事に君が帰ってきてくれれば・・・いいか、絶対自己犠牲なんて考えは捨てろ、捨ててくれ、頼むよ」
でももし・・・そのもしがあったなら
「もし破ったら・・・その時は僕の好きにさせてもらうからね」
なゆの返事を聞かずに勢いよく階段を駆け下りた。
なゆ・・・僕は約束を守るよ。
君がいる限りずっとね。
126
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/13(水) 06:02:38
【ロスト・グローリー(Ⅱ)】
『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――
やはり、魔王になる資格があるのは、あなただったのです』
「……なんだって?」
『聞こえませんでしたか?あなたは、魔王になるのです。このゲームには、魔王が必要なのです
もっとも、あなたのような無礼者を選ばざるを得ないのは本当に、残念極まりないのですが』
「聞こえていたさ。そして何度聞かされても俺の感想は同じだ……あんたは、何を言ってるんだ?」
『――ブレイブ&モンスターズの、あらゆるエンド・コンテンツは、いつかは攻略されるのです。
クリア不可能なコンテンツなどない。どんなコンテンツもいつかは必ず、クリアされるのです』
「オーケー、分かった。相槌は任せろ。心ゆくまで語ってくれ」
『当然なのです。我々……運営開発が、そのようにコンテンツを作るのですから。
最初はクリア出来ずとも、新しく実装されるカードやユニットがあれば。
或いはレベルキャップの解放によって、コンテンツは消化される』
「そりゃ、そうだ。ツイッターとフォーラムの大炎上は免れないだろうな」
『ええ。だから、あなたが魔王になるのです。
誰もが手にし得るカードと、誰もが手にし得るユニットで。
なのに、誰も勝てない。なのに、世界で一番強い――そんな魔王に』
「……えらく、熱く語るじゃないか」
『当然なのです。その時こそ、このゲームは終わらないコンテンツになるのですから。
いえ、どんなゲームでも変わらないなのです。クリア不可能なコンテンツが、
運営開発以外によって生み出された時――ゲームは、永遠になる』
「なるほど。クリア不可能なコンテンツか――ダサい、二つ名だな」
『そんな軽口は、実際になってから叩くのです』
「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」
気が付けば、■■■■は炎に包まれていた。
そして思い出す――自分は失敗した/もう元の世界には戻れない。
仲間を喪い/最愛を喪い/炎に灼かれ/最早叶わぬ白昼夢を見る――これで、ゲームオーバー。
「――忘れろ。俺はもう、終わったんだ」
魂を蝕む痛痒に耐えかねて、己にそう言い聞かせた。
――どんなに面白いゲームも、永遠にプレイし続ける事は出来ない。
開発チームの崩壊/ゲーム内環境の悪化/生活環境の変化。
様々な理由でゲームは終わる/プレイヤーは消える。
そして忘れられる。
デイリーミッションに/大型アプデに/期間限定ガチャユニットに。
流動するゲームの情勢に呑まれて、いつかは誰もそいつを思い出さなくなる。
だから……だから俺も、もう忘れるべきなんだ――俺を。俺が掴む筈だった全ての可能性を。
127
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/13(水) 06:03:30
【ダーク・エヴォリューション(Ⅰ)】
死を厭う敗者の魂/栄冠無き王者の魂は願う。
もう誰も死なせたくない/己が最強のプレイヤーだと証明したい。
再び得た仲間を、もう二度と失いたくない――未練の炎は、何処までも燃え盛る。
「……そうだ。思い出した」
意識を失い、光を失った[焼死体/■■■■]の双眸に――再び、精神の炎が灯った。
静かに揺れる炎の色は、紅ではない――しかし、蒼でもなかった。
眼光は、紅と蒼が溶け合ったような、闇色をしていた。
「俺は――魔王にならなきゃいけないんだ」
強烈な死者の未練が、その魂の本来の形すら塗り潰す。
そのような現象は、現代日本ならば悪霊化/怨霊化と表現されるだろう。
だが、この世界では違う言葉が用いられる――その現象は、ただ『進化』と、表現される。
「だが、それはそれとして――」
闇色の眼光が瞬いた――紅く/蒼く、不安定に。
「――みんなは、何処に行ったんだ?」
食堂を出て空を見上げると、夜は既に明けていた。
次に周囲を見回して――焼死体は異変に気付いた。
地面に落ちた己の影が、不自然に揺れている事に。
己の肢体の内側から、闇色の炎が漏れている事に。
「……ふん、好都合だな」
[焼死体/■■■■]は燃える右手を握り締めると、ただ一言呟いた。
128
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/14(木) 21:55:08
作戦決行の当日は、雲ひとつない快晴となった。
これから、この晴天を濃霧によって覆い尽くし、帝龍の本陣を奇襲する。
《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。
みんながおるアコライト外郭から南南東に約5.6km先に、妙にトカゲが密集しとるポイントがあるんや。
他に目ぼしいもんはあらへんよって、そこが恐らく本陣や思います〜》
みんなで朝食をとっていると、みのりから連絡が入る。
なんとかすると宣言した通り、確かにみのりは自分の仕事をやり遂げたのだ。サポートとしてこれ以上の働きはないだろう。
>《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
>《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》
バロールも、夜が明けないうちに魔法機関車をアコライト外郭へ送り出したと言う。
>凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!
これで準備は整った。あとは、全員が一丸となって帝龍の本拠地へと殴り込みをかけるだけである。
「……ってことで。いい?エンバース。
もう一度言うね……魔法機関車にアコライト外郭の兵士全員が乗り込んで、明神さんが『迷霧(ラビリンスミスト)』をかける。
ローウェルの指輪でブーストをかけた霧は、わたしたちの姿を覆い隠してくれる。
さらに『幻影(イリュージョン)』で全員がマホたんのスキンをかぶる。
みのりさんの特定した帝龍の本陣に魔法機関車ごと突っ込んだら、全員で敵陣に散開。
わたしとあなたとカザハは帝龍の捜索。明神さんとジョンは霧の維持に後方待機。
マホたんの歌(チャント)で兵士たちにバフをかけて、一気に勝負を決める――」
魔法機関車の到着する予定の線路脇に待機しながら、なゆたはエンバースと作戦の概要を再確認した。
作戦会議の途中で気絶してしまったエンバースと話す時間が、今まで取れなかったのだ。
「今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって。
でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
ね。わたしに見せてよ、エンバース。
みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を」
姫騎士姿の少女はそう言って目を細め、微かに微笑んだ。
「……頼りにしてるぞ」
白い手袋に包んだ右手を伸ばし、とん、とエンバースの胸元を拳で軽く叩く。
「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」
なゆたは首を傾げた。
エンバースの属性がいつの間にか変更されていることには気が付いていないらしい。
「きっきき、緊張してきたでござる……」
「なーに、マホたんへの愛があればトカゲの百匹や二百匹! 拙者が瞬コロするでござるよ! そしてマホたんとのフラグが!」
「百匹や二百匹どころか六千匹いるんですがそれは」
「これ絶対死んだwwwwww」
兵士たちも久しぶりの実戦ということで、一様に表情を強張らせている。
懸命にいつも通りなことをアピールし、おどける兵士もいるが、やはり緊張は隠せない。
……全員が鎧姿にドピンクの法被を着ているのだけは変わらないが。ここは譲れないところらしい。
「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」
「むろん! 『ヒマだからどこまでワンターンキルできるか試してみた』で学習済みでござる!」
マホロも兵士を相手に作戦方針を伝達している。
ドゥーム・リザードは半端にダメージを与えるとバーサークが発動し、凶暴になる。
どうせ戦うならばきっちり息の根を止めなければならない。だが、兵士たちには釈迦に説法といったところか。
戦闘の技量はともかく、全員筋金入りのガチ恋勢だ。
129
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/14(木) 21:55:22
午前11時を回ると、やがてけたたましい汽笛の音と共に魔法機関車が到着した。
『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』
客車の扉が開き、顔を出したボノがいつも通りのアナウンスをする。
これから客が乗り込む魔法機関車だ。アコライト外郭に到着した段階では、誰も客など乗っていない――と、思ったが。
「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」
いやに朗らかな笑い声と共に、ひとりの魔術師が機関車の中から姿を現してきた。
膝裏くらいまである、ゆるふわなミルク色の癖っ毛。緊張感のない、それから年齢も感じさせない整った顔。
真っ白いローブに、ローウェルの弟子であることを示すトネリコの杖――
アルメリア王国の宮廷魔術師、『創世の』バロール。
本来キングヒルでみのりと共に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のバックアップをしているはずの男が、なぜかここにいる。
「あれ? バロール? どうしてあなたが?」
「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
帝龍の相手は君たちに任せるよ」
あくまで魔法機関車を浮かせて帝龍の本陣へ運ぶ要員で、戦闘はノータッチだという。
「……バロール……」
前触れもなく突然現れたバロールの姿を睨みつけ、マホロが警戒心をあらわにする。
その空気と視線を感じ、元魔王はゆっくりと虹色の魔眼をマホロへ向けた。
「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」
「そう。……心配かけたわね。
せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」
「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」
敵意を隠そうともしないマホロを相手に、バロールは微笑んで小さく頭を下げた。
「………………」
マホロはそれ以上バロールと会話をしようとはせず、踵を返して兵士たちとの最終打ち合わせに歩いていった。
「ハハ……嫌われてしまったねえ」
バロールはわずかに眉を下げて、困ったように笑った。
昨日の夜、マホロは明神へ確かに言った。『バロールは信用できない』『カザハは敵』と。
それはいったい、何を意味した言葉なのだろうか?
バロールが実はニヴルヘイムと繋がっている?
もう一度アルフヘイムの支配を目論んでいる?
自らの野望の実現のために、人畜無害なふりをして『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を操っている――?
>ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!
昨晩、明神はそう言ってマホロの言葉を退けた。
しかし。
「……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。
あいつは無邪気に悪を成すキャラだった。悪を悪と認識しないまま、死を。破壊を撒く……。
たくさんの、あいつにまつわるイベントが。数えきれないくらい立証してくれてるわ」
歩廊の壁に身を凭れさせ、緩く腕組みしながらマホロはそう言った。
ブレモンのプレイヤーが幻魔将軍ガザーヴァと絡む機会は多い。
ガザーヴァはダークユニサスを駆るその機動性の高さから、魔王バロールの伝令としてアルフヘイム各所を飛び回っていた。
いきおい、プレイヤーともその旅の先々で顔を合わせることになる。
プレイヤーが新たな地域や国に駒を進めるたび、ガザーヴァが先回りしてその地域のボス敵と悪だくみをしているという寸法だ。
ガザーヴァが現れるたび『まーたお前か!』と文句を言うのが、プレイヤーの定番となっている。
130
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/14(木) 21:56:03
ストーリー序盤、まだ魔王バロールの『バ』の字も出ないうちから、ガザーヴァは正体不明の黒騎士として姿を現していた。
山間の村ミノンでは、強大な力を秘めた魔石を手に入れるため山に火を放ち、たくさんの動物や人間の命を奪った。
港町セイルポートでは、街を牛耳る町長に成りすました魔物と共謀し、人々に圧政を敷いた。
砂漠の王国スカラベニアでは王家の墓を破壊し、眠りについていた古代のファラオの怒りを招きプレイヤーに差し向けた。
他にも細かい出番ならば枚挙にいとまがない。そして、極めつけはアコライト外郭の破壊だ。
ガザーヴァ最大の悪行とされるアコライト外郭の崩壊を経て、ストーリーは一気にクライマックスへと駆け上がってゆく。
「バロール様に命令されてやっただけなんですー! まぁ命令はされたけど嫌々ってわけでもなかったけどね!」
「うんうん! わかるよ……みんな辛かったんだね。ボクに任せて! すぐ楽にしてあげる!(殺戮的な意味で)」
「よーし、ボクもがんばってここを平らにしちゃうね! なんたって現場はお任せの現場将軍もとい幻魔将軍だから!」
素なのか演技なのか分からない、そんなガザーヴァの軽妙すぎる物言いにイラッとしたプレイヤーは多いだろう。
ガザーヴァと遭遇した、すべてのプレイヤーの共通認識。
それは――ガザーヴァがまったく悪意のない愉快犯だということにつきる。
三魔将のリーダー、凶魔将軍イブリースはあくまでニヴルヘイムの存続のためバロールに仕えていた。
だが、ガザーヴァは違う。ガザーヴァはまったく無邪気に、快楽のために。楽しむために破壊と殺戮を繰り返していた。
その突き抜けっぷりが逆にいいとして、意外と人気も高かったりするのだが――しかしここは現実のアルフヘイムだ。
ただ楽しいから、面白いからで殺されてしまっては堪らない。
武人肌のイブリースとは反りが合わなかったようだが、ゲームの中のガザーヴァはバロールには忠実に従っていた。
その繋がりが、この二巡目の世界でもまだ健在だとしたら――
バロールが使い勝手のいい忠実な駒として、ガザーヴァを使役するのは当然と言えるだろう。
>俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな
「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
カザハがあたしに抱きついてきたこと」
それは、まさにこの歩廊で起こった出来事。
みんなを待っていた、と言ったマホロに対し、カザハは感極まって抱きついてきたのだ。
>マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!
そんなカザハを明神は憤怒の形相で引きはがした。だから、きっと覚えているだろう。
そして――思い出すことができたなら、同時に『おかしい』とも思うはずだ。
明神の顔を見つめながら、マホロが頷く。
「あたしはあのとき、カザハにまったく対処できなかった。棒立ちになることしかできなかった。
その直後、同じことをしてきた焼死体さんには『聖撃(ホーリー・スマイト)』で反撃できたのに……。
カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は聖属性のモンスターだ。
闇属性には敏感に反応する。そして、身に着けた『聖撃(ホーリー・スマイト)』は外敵に対し無意識に発動する。
見敵必殺のスキルが発動しなかったのは、カザハの内包する闇の大きさに身体が硬直してしまったということらしい。
「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて。
月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」
作戦を纏め、決定したのはなゆただが、それまでの会議を主導していたのは明神だ。
例え足手まといだろうと、不要だろうと、兵士たちを一人として見捨てはしないと。全員で生き残るのだ、と。
そう最初に言ったのは明神だったのだ。
もしマホロが『ファンを見殺しにできない。全員助けたい』と言ったところで、ジョンを説得できなかっただろう。
単なる利己的な発言というだけで片付けられてしまっていたに違いない。
あの場所では、ジョンの仲間が。キングヒルから来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がその意見を押し通す必要があった。
そして、明神はなんの打ち合わせもなく、ごく自然にそれをやってのけた。
それだけで、マホロが明神をもっとも信頼に値する人間と判断するには充分だったらしい。
「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」
この、何を信じ何を疑えばいいのかも分からない世界で。
ほんの一握りの信頼できる人間に対して、ブレイブ&モンスターズの歌姫はにっこりと笑いかけた。
131
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/14(木) 21:56:17
「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」
全員の用意が整ったことを確認すると、なゆたはアコライト外郭の兵士たちを残らず魔法機関車の客車に乗り込ませた。
仲間たちとマホロ、最後に自分も乗り込むと、バロールに目配せする。
「お願い、バロール」
「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」
そう言うと、バロールは城塞の中に入った。
しばらくして、元魔王が城壁の上にある歩廊へと顔を出す。
ボノはすでに魔法機関車をスタンバイさせている。いつでも走り出せる状態だ。
しかし、バロールはどうやって魔法機関車を飛ばす気なのだろうか?
見たところ、魔法機関車に特別な改造は施されていないように見える。内部も乗り慣れた客車のそれだ。
バロールはゆるやかに流れる風にミルク色の長い髪を遊ばせ、軽く目を細めた。
「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」
ばっ! と歩廊の上で大きく両手を広げると、高々と言い放つ。
途端に虹色の双眸が輝き、全身を膨大な魔力が包み込む。
「とうっ!」
バロールは大袈裟なアクションで両腕をぐるぅりと回すと、トネリコの杖の先端で眼下の魔法機関車を指した。
と、外郭に敷設された線路の終点にある車止めの先が俄かに輝き始める。
そして現れたのは、虹色の軌条。
なんともメルヘンチックな、七色に輝く虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。
十三階梯の継承者の中でも、バロールにしか扱えない彼の完全オリジナルスキル――『創世魔法』。
無から有を生み出し、世界を創る。『創世』の二つ名の意味するところがここにある。
この魔法を使い、バロールはゲームのストーリーモードでも地上に最終決戦の場である天空要塞ガルガンチュアを建造した。
巨大な空中城郭を創造するほどだ。魔法機関車を帝龍本陣へ導くレールを敷設するなど朝飯前であろう。
「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」
『魔法機関車、発車致しまス!』
バロールの号令一下、ボノが魔法機関車を発車させる。機関車は一度大きく汽笛の音を鳴らすと、ゆっくり虹のレールを走り始めた。
《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》
やがて魔法機関車は大きく坂を上がるように城壁を飛び越え、帝龍がトカゲの大軍団を配備している戦場に降り立った。
みのりがナビゲーションとして帝龍の本陣の方向を指示、進路を微調整し、それに従ってバロールがレールを創る。
魔法機関車の前方に、みるみるうちに虹色の軌条と枕木が組みあがってゆく。
レールの高度は地面すれすれである。あまり高度を上げると、万一のことがあった場合にリカバーできない。
あとは省エネである。
当然のように、トカゲたちは驀進する魔法機関車の存在に気付いた。すぐに機関車を止めようと襲い掛かってくる。
「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」
なゆたは明神を振り返って言った。
『迷霧(ラビリンスミスト)』が発動すると、すぐに魔法機関車から濃霧が漂い、それは瞬く間に平原全体を包み込んだ。
ローウェルの指輪によって増幅された霧は、普通に発動させたものよりも遥かに強力に視界を奪う。
一方で、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とアコライト外郭の兵士たちには効果を及ぼさない。
あくまで、行動を阻害されるのは帝龍の軍勢だけだ。
「ギッ、ギギィ……」
ドゥーム・リザードたちは混乱した。もともと命令系統も何もない、野放しにしているだけの爬虫類である。
トカゲという生物は視覚に依存度が高い。濃霧によって視界を遮られ、たちまち我を失って暴れ始めた。
中には共食いを始める者もいる。
「やった!」
なゆたが快哉を叫ぶ。
進路上にいるトカゲたちを跳ね飛ばしながら、魔法機関車はスピードを上げて前進した。
132
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/14(木) 21:56:35
ガゴンッ!!
「う、うわっ!」
突然、大きく客車が揺れる。思わず、なゆたは近くにいたエンバースにしがみついた。
どうやらトカゲたちが客車の側面や屋根に張り付いたらしい。
魔法機関車は頑丈な装甲を施されており、ちょっとの衝撃や攻撃ではびくともしない。
とはいえ、このままトカゲたちを張り付かせたままで走行はできないだろう。
しかし、バロールはそれも織り込み済みだったらしい。スマホからバロールの陽気な声が聞こえてきた。
「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」
「えっ!? ちょ、バロー……」
ぎゅうんっ!
バロールは歩廊で大きく両腕を振り上げると、ぐるんと空に一回転の軌跡を描いた。
と同時、魔法機関車のレールも空中に大きなループを作る。
「ひゃあああああああああああああ!!!??」
まるでジェットコースターだ。それを何十トンもある機関車でやっている。まさに桁違いの魔力と言うしかない。
なゆたはもう一度思い切りエンバースに抱きついた。
空中で一回転し、張り付いたトカゲたちを振り払うと、さらに魔法機関車は帝龍の本拠地へ突き進む。
「……あ……、ごめん……」
知らず知らずのうちにエンバースにしがみついていたなゆたは、微かに頬を赤らめながら慌てて離れた。
*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*
同時刻、帝龍の本陣ではニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』・煌帝龍が優雅に飲茶を楽しんでいた。
正午になると同時にリキャストした『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を発動させ、マホロたちを怯えさせる。
それから勝者の愉悦に浸って午睡を取る、というのが帝龍の日課であった。
《そちらにアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもが行ったらしいな》
天幕に運び込んだ、豪奢なテーブルに置いてあるスマートフォンから声がする。
凶魔将軍イブリースの声だ。ニヴルヘイムから交信しているのだろう。
どこか咎めるような、威圧的なイブリースの声音に、茶碗を持っていた帝龍は露骨に不快げな表情を浮かべた。
「だからどうしたアル? あんな雑魚どもが来たところで、ワタシの勝利は微塵も揺るがないアル。
せいぜい、一日や二日降伏する時間が伸びただけアル。ガタガタ騒ぐんじゃないアルヨ」
《油断をするな。その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもに、ミハエル・シュヴァルツァーは後れを取っている》
「ハ! ミハエル・シュヴァルツァー? あいつは所詮、大会ルールでしか勝てないお坊ちゃんアル。
現実のアルフヘイムで負けるのも当然アルヨ。ここで強いのは、ルールを熟知している者ではないアル。
どれだけ横紙破りができるか……他人の度肝を抜けるか、アルヨ。ワタシのように……ネ。
世界大会では確かに後れを取ったアルが、こっちで戦えばワタシが確実に勝つアルネ。
こっちでは、大会使用禁止カードも使い放題アルからネ……くふふッ!」
口角に薄い笑みを浮かべながらスマホを手に取り、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』のカードを見る。
凶悪な効力から世界大会では禁止カード扱いされているものも、この世界では遠慮なく使用することができる。
ミハエルの強力なパートナーモンスター『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』も、無数の蝗の前には無力だろう。
「ワタシにとって勝利とは当然の仕儀。大事なのはその手段、勝ち方アル。
ワタシの力の圧倒的なところを見せつけ、心を完膚なきまでにへし折る!
そうしてこそ、愚かな下級国民どもはワタシのような上級国民を崇め、奉る気持ちになるアル!
ワタシのやり方に口は出させないアルヨ、イブリース。黙って勝利の報告だけ待っているヨロシ」
《……そうか。ならば何も言うまい。貴様のやり方で見事、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒してみろ。
吉報を期待している……しくじるな》
「フン」
イブリースが通信を切ると、帝龍はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「余計な口出しを……。せっかくの飲茶がまずくなったアル。
おい、さっさとお茶を淹れ直――」
「ご注進! ご注進ー!」
帝龍が近くの兵士に新しいお茶を注文しようとしたところ、物見が息せき切って帝龍のいる本陣天幕に入ってきた。
「騒がしいアル。ワタシは今、機嫌が悪いアルネ……吊るすアルヨ?」
「もっ、申し訳ございません! しかし、異常事態が発生しておりまして……」
「異常事態? ……言ってみろアル」
「はっ! 申し上げます、つい先ほどからこの平原一体に濃霧が発生しており――」
「濃霧……?」
物見の報告に、帝龍は胡乱な表情を浮かべた。
133
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/14(木) 21:57:10
「さっきまで雲ひとつない晴天だったというのに、突然の濃霧とは……怪しいアルネ」
「立ち込める霧のせいで、内部にいるドゥーム・リザードどもが混乱している模様です。同士討ちを始める者もいると」
「放っておけアル。どうせいくらでも補充できるものアル、多少目減りしたところで私の懐は痛まないアルネ。
……とはいえ、霧の方は捨てては置けないアル……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
連中が行動を開始したと見るのが自然アル」
豪奢な椅子に腰かけ、長い脚を組んで帝龍が思案する。
「帝龍様、間もなく正午となりますが……」
兵士が恐る恐る報告してくる。
言うまでもなく、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使う時間が来たということだ。
だが、帝龍は一度かぶりを振った。
「今は『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』は見送るアル。
奴らが何を企んでいるか分からないアルからネ。もしマホロが中にいたりしたら大変アル。
……いや、連中はむしろそれを当て込んでいる……? くふふ、それなら舐められたものアル。
まぁいいアル、であればこっちもそれ相応の策を練るだけ……アルネ!」
蛇のような面貌にサディスティックな笑みを浮かべると、帝龍は顎をしゃくって兵士に指示した。
「ヒュドラを三体放てアル」
「はっ!」
*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*
《ほしたら、右に3度修正や〜。間違えんといてや〜?》
《右に3度ね……了解、よっこいしょ……っと!》
みのりの指示とバロールの創る虹のレールによって、魔法機関車は快調に進んでゆく。
「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」
客車の中で、なゆたはスマホの画面を覗き込むとスペルカードの一覧を表示させた。
今回の作戦のために、『浄化(ピュリフィケーション)』を『幻影(イリュージョン)』に変更してある。
車両内の人間を全員ユメミマホロの姿に変え、敵本陣の攪乱を図るためだ。
だが。
ガガガァァンッ!!!
またしても機関車が大きく揺れる。が、今度は先程ドゥーム・リザードに張り付かれたときのものとはまるで衝撃の強さが違う。
まるで急ブレーキでもかけたように、魔法機関車は平原の真ん中でストップしてしまった。
「ボノ! どうしたの!? 何があったの!?」
『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
「何者かって……」
なゆたは慌てて客車の鎧戸を開け、外に顔を出した。
見れば、巨大なヒュドラが無数の首を魔法機関車に巻き付け、動きを止めている。
ギシギシと鋼鉄の車両が軋む。すさまじい締め付けだ。
「ヒュドラ!」
マホロは簡単に仕留めていたが、それはマスター・レベルの育成を終えたマホロだからこそできる芸当だ。
普通のモンスターでは、単体でヒュドラに立ち向かうことなどできない。
いくら強固な装甲を持っている魔法機関車と言えど、このままではヒュドラの締め付けに破壊されてしまうだろう。
おまけに、ヒュドラは一体ではなかった。
ドガァッ!ドガァァンッ!!
二度、三度と客車が揺れる。見れば、車体に絡みついている一体の他に、もう二体のヒュドラが機関車へ体当たりしている。
これほどガッチリと拘束されてしまっては、もう先ほどのようなループも使えない。なゆたは歯噛みした。
早く片付けなければ、前進はおろか帝龍の本陣に辿り着く前に全滅してしまいかねない。
バロールがスマホから指示を飛ばしてくる。
《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」
なゆたはマントとフレアミニスカートの裾を翻し、すぐさま客車の連結部分へと駆け出した。
連結部分の扉を開き、外に出ると、備え付けられたハシゴを使って屋根にのぼる。
スマホの召喚画面を開き、すぐに召喚をタップすると、ポヨリンが淡い輝きと共に実体化した。
「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
みんな、気を付けて! ……いくよ!」
なゆたの目の前に現れたポヨリンが、やる気満々といった様子でぽよんぽよんと跳ねる。
帝龍、バロール、そしてガザーヴァ。
様々な不安を孕みながらも、戦闘の火蓋は切って落とされた。
【アコライト外郭防衛戦改め帝龍本陣奇襲戦開始。
まずは前哨戦としてヒュドラ三体との戦闘。ユメミマホロと外郭守備隊は車内待機。】
134
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/16(土) 08:12:56
明神さんはカザハに対し「お、おう、そうだな」的な端切れの悪い返事をした。
昨日はジョン君に対して堂々と啖呵を切っていたが、流石に当日になると緊張しているのかもしれない。
カザハはそんな明神さんの頬をつまみ、みょーんと左右に引っ張る。
「あはは、変な顔ー! 今更ビビってんの? 最高難易度でクリアーするって君が言い出したんだからね!?」
カザハは手を離すと、微笑ましく青春している(?)なゆたちゃんとエンバースさんの方を見て悪い笑みを浮かべた。
「ほら、あれ見て? 少しは緊張ほぐれるでしょ?」
昼前になると、魔法機関車が到着した。
そこから、王都から動かないとばかり思っていたバロールさんが降りて来た。
>「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」
バロールさんはオタクによってデコられた要塞というこの異様な状況を”結構きれい”でさらりと流すと、マホたんに挨拶する。
>「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」
>「そう。……心配かけたわね。
せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」
>「ハハ……嫌われてしまったねえ」
「さては召喚するなりセクハラしたんだな!? もしかして嫌われ過ぎて音信不通にされたんじゃないの?」
マホたんがバロールさんを目の敵にしている様子を見て、軽口を叩くカザハ。
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」
「ラジャー!」
>「お願い、バロール」
>「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」
カザハは期待の目でバロールさんを見つめている。
魔法機関車には特に改造は施されていない。
いつも王都で待機しているバロールさんが出向いてきた。
そして彼はアルフヘイム最高峰の魔術師である――となれば、機関車を飛ばす考えられる方法は一つしかない。
135
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/16(土) 08:13:56
>「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」
バロールさんがオーバーなアクションで『創世魔法』を発動させると、虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。
「きゃー! バロール様かっこいいー!」
カザハがおふざけ半分マジ半分の歓声をあげる。
>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」
「あはははは! ディ○ニーランドのアトラクションにありそう!」
《呑気に笑ってる場合じゃありませんよ!?》
案の定、トカゲ軍団が襲い掛かってきた。が、それについては対策済みだ。
>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」
たちまちトカゲ軍団は大混乱に陥った。しかしそのうちの一部が機関車に張り付いてきたようだ。
なゆたちゃんがエンバースさんにしがみつく。
>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」
>「えっ!? ちょ、バロー……」
>「ひゃあああああああああああああ!!!??」
「間違えたぁ! 富○急ハイランドかも!」
>「……あ……、ごめん……」
可愛らしく頬を赤らめながらエンバースさんから離れたなゆたちゃんに、カザハがウザいツッコミを入れる。
「わざとやろ! 絶対わざとやろ!」
こうして暫し本陣に向かって順調に進む。
>《ほしたら、右に3度修正や〜。間違えんといてや〜?》
>《右に3度ね……了解、よっこいしょ……っと!》
>「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」
『幻影(イリュージョン)』は元々はカザハがみのりハウスから借り受けたものだが、今はリーダーのなゆたちゃんに預けてある。
「よっしゃあ! みんな、マホたんになるぞ―――――!! レッツ・マホたーん!」
カザハが右腕を振り上げながら謎の掛け声でオタク達を鼓舞する。その時だった。
急ブレーキでもかけたような衝撃と共に突然列車が止まる。
136
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/11/16(土) 08:15:25
>「ボノ! どうしたの!? 何があったの!?」
>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
>「何者かって……」
なゆたちゃんが外を確認し、叫ぶ。
>「ヒュドラ!」
>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」
>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
みんな、気を付けて! ……いくよ!」
「さくせん『じゅもんせつやく』ってとこか!」
その作戦、随分前に廃止になってますけどね!? いい加減地球での享年を感じさせる発言やめて!?
「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」
カザハは列車の屋根からぴょんっと跳び下りながら私を召喚。具現化した私の背に着地した。
飛行能力がある私達以外は、狭い足場で戦うことを余儀なくされるこの状況、
高い火力を持つモンスターの誰かに同乗して足場として使ってもらうのがいいかもしれない。
「カケル、『カマイタチ』!」
私は相手の首のリーチが届かないギリギリの距離を飛びながら無数の鎌状の風の刃を放つ。
137
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:29:28
現実を受け止めきれず、俺は何かしらカザハ君=敵説を否定する根拠を探していた。
しかし懇願にも似た願いは届くことなく、マホたんはダメ押しのように告げる。
>「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
カザハがあたしに抱きついてきたこと」
「あったなぁ、そんなの。あのエロ妖精め、俺が引きずり戻してなきゃ焼死体の二の舞に――」
そこまで思い出して、俺はマホたんの言わんとしていることを理解してしまった。
俺は若干マジギレしながらあいつを引っ剥がしたが、そんなことはする必要がなかった。
『するまでもなく』……『できるはずがなかった』。
エンバースと同じように、間髪入れない聖撃のカウンターが発動するはずだったからだ。
俺が制止するよりもずっと早く、あいつは壁の下に放り出されているはずだった。
>カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」
「自動発動のスキルが発動しないのは……"そういうこと"、だよな」
スキルの起動がシステムによって保証されている以上、そこに余人の意思の介在する余地はない。
たとえまったく無害の、それこそマホたんの愛するオタク殿たちであろうが、
あの場でマホたんに抱きつきなんてしようものなら速攻で掌底をぶちかまされる。
カウンターってのはそういうスキルだ。意識して止められるものじゃない。
であれば、カウンターに不具合を生じさせる、何らかの外的要因があったはず。
それは例えばスキル無効化のスキルであったり、あるいは――弱点補正による、『スタン』。
マホたんは聖属性。弱点を突けるのは、闇だけだ。
高レアのヴァルキュリアを怯ませられるほどの強力な闇属性を、あいつは持っていた?
いかにも風属性ですってツラして、事実スキルもスペルも風一色染めのあいつが?
それこそありえない。シルヴェストルにそんな能力はなかったはずだ。
つまり、カザハ君の中には「シルヴェストル以外のモノ」が混在していて。
俺の知る限り、闇属性でそんな芸当が出来るのは――幻魔将軍ガザーヴァだけだ。
>「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて」
「なゆたちゃんにはこのこと、言ってないのか?
ああ、言わねえほうがいいと俺も思う。この状況でリーダーにこれ以上負担はかけさせられねえ」
138
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:34:30
>「月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」
買いかぶり過ぎじゃないのぉ?俺も面倒くさいからこの件握りつぶしちゃうかもよ?
そうでなくてもこれ、サブリーダーの抱えられるキャパの話じゃないしさぁ。
……いや。くだらん謙遜はもう止める。俺は頼れるすげえ奴だって、あの時王都でそう決めたんだ。
「その見立てで正解だぜ、マホたん。裏でコソコソ根回しするなら俺以上の人選はない。
バロールやそのお友達のお考えなんざぴくちり分かりやしねえけど、
このアコライト防衛戦で、帝龍とは別の思惑が動いてることが分かったのには価値がある」
ケツをぽんぽん払って、俺は立ち上がった。
目の前がクラクラするのは、立ちくらみだけが原因ってわけじゃねえだろう。
……だけど、これはきっと、俺にしか出来ない。
顔も見えない誰かの悪意から、『仲間』を守れるのは……現状、俺だけだ。
>「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」
「そうだな、頑張ろう。アコライトを、ここに居る連中を守りたいのは、俺も同じだ。
……だけどマホたん。今だけは、まだ、――あいつのことを『ガザーヴァ』って呼ばねえでやってくれ」
状況証拠は一通り揃っていて、限りなくクロに近い推定有罪だけど。
それでも俺は、カザハ君をガザーヴァと、呼びたくなかった。
何の意味もない、くだらない感傷だ。未だに情緒がバグったままなのかもしれない。
「結論は俺が出す。カザハ君がマジにクロだったら、その時は……俺が戦って、あいつを倒すよ」
メインシナリオを一通りクリアしてるから、当然ガザーヴァの弱点も攻略法も頭に入ってる。
ゲーム通りに行くかどうか、この状況で自信持って言えることは殆どないけど……それでも。
あいつを信頼し、語り手としてパーティに迎え入れたのは俺だ。
だからきっと……あいつに引導を渡すべきなのは、俺なんだ。
◆ ◆ ◆
139
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:35:28
立哨を後任に引き継いで、俺は仮眠前にシャワーを浴びていた。
物流の封鎖されたアコライトじゃクリスタルはおろか煮炊きに使う薪すら枯渇しかけてて、
こうして温かいお湯の恩恵に与れるのも決戦前夜だからだと言う。
備え付けの手押しポンプを上下させれば、ボイラー室で沸かされた温水が天井から降ってくる。
頭を叩く雨のような湯に打たれながら、俺は髪を洗いもせずに俯いていた。
……こういうとき、前はどうしてたっけかな。
王都を出る前、俺は何か懸念事項があれば真っ先に石油王に相談していた。
冷静に状況を俯瞰できるあいつの見解を聞けば、何をすべきか考える余裕が出来た。
藁人形を仕込んだりして、情報戦でも俺たちは優位を取り続けることが出来た。
だけど、石油王はもう俺の傍に居ない。
通信魔法なんて使おうものなら、バロールに速攻で傍受されるだろう。
誰にも頼ることは出来ない。俺一人で、情報不足に喘ぎながら、結論を出さなくちゃならない。
「……クソ。甘えてたツケがこんなところで出てきやがった」
荒野からずっと、こうやって手探りで旅をしてきた。
バロールに会って、世界の真実を伝えられて、ようやく進むべき方向性が見えたと、思ってた。
なのに今度はそのバロール自体が全然信用ならなくて、しかもその手下がパーティに紛れ込んでいやがる。
もうしっちゃかめっちゃかだ。俺たちはちゃんと前に進めているのか?
知らないうちに世界を滅ぼすような、取り返しのつかない悪事に加担してるんじゃねえだろうな。
そして。俺はマホたんの警告に対して、すぐに行動をとることが出来なかった。
カザハ君のことを信じたいってのはある。あいつともそろそろ短い付き合いじゃないしな。
一方で――『ユメミマホロを信用しても良いのか』という疑念も、やっぱり頭にはあった。
140
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:36:27
個人的な感情で言えば、俺は彼女の言うことを全面的に信じたい。
アコライトのファンたちを守るっていう理念はなによりも尊いものだ。
その点において、間違いなく俺はマホたんを応援するし、手助けしたいって思える。
だけどそれでも、結局のところ、マホたんとは昨日出会ったばかりの仲でしかない。
カザハ君を信じると決めたその意思を、会ったばかりの女の一言で覆すことは、出来ない。
それは過去の俺に対する侮辱でしかないからだ。
バロールを信用できず、カザハ君をガザーヴァだと断ずる彼女の気持ちは分かる。
バロールは前世でも、なんなら今世でも、それだけのことをやらかしてる。
あいつがプレイヤーを何人も攫ってきて見殺しにしたのは変えようのない事実だしな。
カザハ君も、モンスターって時点で普通のブレイブとは何かが異なるのは間違いあるまい。
『混線』――ブレイブとして転移してくる時に、ガザーヴァと混じっちまったって仮説は、
そう突飛な考えではない。本人にどこまで自覚があるのかは置いとくとして。
少なくともバロールは、カザハ君の中の『ガザーヴァ』に話しかけていた。
混在する2つの魂は、どっちかが眠っててどっちかが起きてる状態なのか?
だとすれば、カザハ君はいつでもガザーヴァに変貌し得る存在なのか?
考えれば考えるほどドツボにハマる。
思えば闇の波動で聖撃が発動しなかったってのも、マホたんの主観でしかない。
マホたんが俺をだまくらかそうとしてるなんて考えたくもないが、思考を止めるべきじゃないだろう。
「……やっぱつれぇな、誰かを疑うってのは」
昔の俺なら、うんちぶりぶり大明神なら、喜んで疑心暗鬼をパーティ内に振りまいていただろう。
火のないところにも煙を立てて、醜く争い合う姿をオカズに飯だって食えた。
しかしいざ当事者になるとこんなもんだ。随分と、心の強度が下がっちまった。
マホたんにはああ啖呵を切ったけど。
もしもカザハ君がガザーヴァだった時、ホントに俺はあいつと戦えるんだろうか。
あいつを……殺せるんだろうか。
まんじりともしないまま朝日は上り、結局俺は一睡も出来なかった。
◆ ◆ ◆
141
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:38:50
>《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。
朝、食堂で決戦前最後の食事を摂っていると、石油王から通信が入った。
さらっと言ってのけるが、その目には僅かに疲れが見える。
寝ずに帝龍の居場所を探っていてくれたんだろう。
「流石だな。さしもの敏腕経営者もデスマーチによる納期短縮は考慮してねえだろう」
帝龍グループがどういうコーポレートガバナンスを採用してんのか知らんが、
中国企業ってあんま残業しまくるイメージないしな。
あいつら納期間に合わないときは間に合わないって言うんですよ。
マジで素晴らしいことだとぼくおもいます……。
>「……頼りにしてるぞ」
魔法機関車を出迎えるべく向かった発着場で、なゆたちゃんはエンバースにそう言った。
俺から言うことはもう何もないけれど、ホントに頼りにしてるからな。
リバティウムで切った大見得忘れてねえぞ。
>「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」
そういやなんか焼死体君イメチェンした?
まぁ男児3日会わざればなんとやらって言うしな。
俺も夏休み明けにワックスガチガチに固めて登校してドン引きされた思い出あるから間違いない。
「俺はいいと思うよ!その何か……紫っぽい目元とか!マジで何よそれ?カラコン入れた?」
>「明神さん――いよいよだね」
気づけば俺の隣にカザハ君が居た。
背筋の硬直を、僅かにでも表に出さなかった自分を褒めてやりたい。
「お、おう……そうだな」
なんとも歯切れの悪い言葉を返しながら、カザハ君を見る。
こいつは何も変わってない。王都で、こいつを信じると決めた、その時から。
お前はあの時から、もうガザーヴァだったのか?
語り手になりたいって付いてきて、俺たちをずっと騙していたのか?
疑念がぐるぐる渦巻いて、何も言えずにぼっ立ちしていると、カザハ君は俺の頬をぐにっと掴んだ。
シルヴェストルの柔らかな指先が頬肉を撫でる。両側から引っ張られる。
>「あはは、変な顔ー! 今更ビビってんの? 最高難易度でクリアーするって君が言い出したんだからね!?」
「ひゃめろ、ひゃめろ。びびってねーよ、楽しみすぎて昨日寝れなかったくらいだ」
>「ほら、あれ見て? 少しは緊張ほぐれるでしょ?」
なゆたちゃんとエンバースを指して、カザハ君はいたずらっぽく微笑む。
いっちょ前にこの俺を気遣っていやがる。
――>『……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。
不意に、昨日のマホたんの言葉がリフレインした。
立ちふるまいや言動って意味では、たしかにカザハ君とガザーヴァはよく似ている。
あっけらかんと明るくて、脳味噌のネジが二三本吹っ飛んだような、掴みどころのない仕草。
稀代のトリックスター、幻魔将軍のキャラクターは、俺もよく知るところだ。
142
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:40:40
だけど、ガザーヴァの本質が悪性であるなら、カザハ君のそれは底抜けの善性であると俺は思う。
こいつには打算がない。その場のノリでも勢いでも、誰かを救う為に動ける奴であることは確かだ。
そういう奴でなきゃ、ミドガルズオルムの前に飛び出したりなんかしなかった。
ガザーヴァのキャラ性そのままに、行動理念を『善』に置き換えたなら、カザハ君になるのだろうか。
あるいは、善悪の区別がまるでついていなくて、従える者によって善にも悪にもたやすく転ぶのか。
魔王バロールの指示のもと、ガザーヴァが大量殺戮や大量破壊を行ってきたことは事実だ。
「カザハ君。こいつをお前に渡しておく、ちゃんと忘れずに装備しとくんだぞ」
俺はインベントリから一枚の札を出して、カザハ君に握らせた。
『聖女の護符』。闇属性ダメージを大幅に軽減するアクセサリ系のレアアイテムだ。
試掘洞で真ちゃんが見つけた『水神の護符』の聖属性バージョンだな。
帝龍の軍勢は殆どが地属性。聖女の護符が効果を発揮する状況は殆どないだろう。
だからこれはお守りみたいなもんだ。他ならぬ俺自身の……気休め。
「お前が『従う』べきなのは、パーティーリーダーのなゆたちゃんで、サブリーダーの俺だ。
……そいつをしっかり覚えておけよ」
ほどなくして、魔法機関車が地平線の向こうから滑り込んできた。
見た目なんも変わってないけどこれどうすんの?側面にジェットくらい付けてこいよ。
>「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」
みんなで首を捻っていると、癪に触るくらい元気な声が聞こえてきた。
舌打ちしながら目をやれば、やはりというかなんと言うか、これまた癪に障るイケメン顔がご開帳。
>「あれ? バロール? どうしてあなたが?」
>「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
来ちゃったよ……暫定やべえ奴の元魔王様が。
これ以上頭痛のタネ増やさないで欲しいんですけお!舌打ち二回目。
突入部隊にはひっついて来ないようだが、それはそれで不安だ。
>「……バロール……」
姿を現したバロールに、マホたんは露骨に警戒した。
あっこれまずい奴じゃない?一触即発ってやつじゃない?
マホたんはバロールと短く二三言交わすと、それ以上は関わらないとばかりにその場を辞した。
>「ハハ……嫌われてしまったねえ」
「そりゃそーだろ。俺だってお仕事じゃなかったらお前みてえなクソイケメン様とお喋りしたくないもん。
何馴れ馴れしく俺たちのアイドルと会話してんだお前あとで袋叩きやぞ」
少なくともマホたんは、バロールに対する警戒心を隠すつもりはない。
それは王都からの状況確認をシカトし続けてる時点でバロールにも伝わってるだろう。
隠し通さなきゃならないのは、俺たち増援のブレイブが、その警戒に合意しているかどうか。
こいつは何のためにアコライトまで出張ってきた?
必要があったからなんて言っちゃいるが、どこまで本当かわかりゃしない。
俺とマホたんの会話を聞かれていて、監視の為にこっちへ来た可能性だってある。
>「さては召喚するなりセクハラしたんだな!? もしかして嫌われ過ぎて音信不通にされたんじゃないの?」
「は?マジならギルティ案件なんだが?総力上げて潰すんだが?」
俺もまた、バロールに不信感を抱いていることを……悟られてはならない。
クソみたいな腹芸かましてでも。信じると決めた仲間を、欺くことになっても。
143
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:42:23
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」
「いつでも行けるぜ、指差し確認も完了済みだ。今日も一日、ゼロ災でいこう」
車両も人員もヨシ!したけど一番肝心なところがヨシじゃない。
結局この機関車どうやって飛ばすの。朝礼でなんも説明受けてねーぞ!
>「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」
歩廊に登ったバロールが高らかに叫ぶ。
そしてラジオ体操みたいな身振りで杖を振るうと――地面が不意に輝き出した。
魔力が凝結し、形をつくっていく。現れたのは、虹色に輝く列車のレールだ。
創世魔法――!バロールのユニークスキル、人智を超えた魔道の極致だ。
穴ぼこだらけになった王宮も五分で修復するアルフヘイム最上の魔法が、アコライトを照らす。
またたく間に、戦場へと伸びる軌条が完成した。
「……つくづく思うぜ。こいつを魔王にしちまったのが、ローウェル最大の失態だってよ」
ゲーム本編ではこの至高の魔法を、趣味の悪いラストダンジョン建設ぐらいにしか使わなれなかった。
もしもバロールが死ななけりゃ、更地になったアコライトだって元通りに出来ただろうに。
というのがここを拠点にしてたマル様親衛隊長の言だが、多分元通りにはならねえよ。
あいつ趣味悪いし……。変な装飾とかいっぱい付けそう。今のアコライトみたいにな!!
>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」
虹の軌条は鉄の車輪をしっかりと受け止めて、巨体を前へと滑らせる。
やがて速度が乗って、俺達は当初の予定通りに空を飛んだ。
だいぶ低空スレスレだけれども。
>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」
「了解。『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」
なゆたちゃんの指示に合わせてスマホをたぐる。
同時に手に嵌った指輪が輝き出す。ローウェルの指輪がその効果を発揮し、迷霧を強化した。
いつもより格段に濃い霧があたりに立ち込め、トカゲ共の視界を完全に奪う。
「これで対空防御はヨシ、あと警戒すべきは――」
そのとき、車体が大きく揺れて俺は舌を噛んだ。
トカゲが側面に張り付いていやがる。手探りでしがみついてきたか。これも想定済みだ。
>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」
……これは想定してねえよ!!!
何を思ったか通信越しにバロールはレールを組み換え、車体が急上昇する。
急上昇っつーか、ほとんど宙返りだ。天地が逆転し、胃袋が振り回される。
>「ひゃあああああああああああああ!!!??」
「ぎょえええええええええっ!!!ジョン!俺を放すなよ!ジョーーン!!!」
ふわりと浮いた空中を泳ぎながら、俺はなんとかジョンの肩にしがみつく。
あのクソ魔王!マジでお前裏切ってんじゃねえだろうな!?
なんとか車内で落下死することはなく、車体が水平に戻った。
144
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:43:57
>「……あ……、ごめん……」
なんかなゆたちゃんがまーたエンバースと青春やってるぅー!
そーゆーの帰ってからやってくだしあ。マジで!!
とまれかくまれ、トカゲを振り落とした魔法機関車は敵陣を快進撃。
軍勢の中を縦断する強行軍に、トカゲ共はほとんど対応出来ていない。
>「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」
>「よっしゃあ! みんな、マホたんになるぞ―――――!! レッツ・マホたーん!」
「ついに来たか、この時が……!
この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!
いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!」
しかし、ここからは順調に行かなかった。
突如として列車が動きを止める。何かがぶつかった衝撃が車内を襲う。
>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
客車の窓から顔を出せば、ヒュドラがその巨体で機関車を食い止めていた。
一体だけじゃない。都合三体が列車に食らいつき、今にも車体を転がさんとしている。
>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」
「わかった!おらっ寝てんな焼死体、外に打って出るぞ!」
なゆたちゃんを追うように客車を出て、列車の屋根に登る。
こいつらどうやって魔法機関車にぶち当たってきた?迷霧は効いてるはずだ。
蛇の中には熱源を探知するサーモグラフィみたいな器官を持ってるのも居る。
多頭のヒュドラなら、もっと高い精度で熱源を追えるってわけか。
「捉えられたのは偶然じゃない。もたもたしてっと増援が来るぞ――『サモン・ヤマシタ』!」
スマホをたぐり、革鎧が傍に出現した。
鎧の各所にはミスリルの魔法鋲が打ち込まれ、若干厳しさを増している。
バロールの技術支援でいくらか外装を強化してあるが、ヒュドラ相手にどこまで通じるかは未知数だ。
>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
みんな、気を付けて! ……いくよ!」
>「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」
なゆたちゃんがポヨリンさんを、カザハ君がカケル君を呼び出して、俺と戦列を揃えた。
この段階でスペルは使えない――カードは全て帝龍戦に注ぎたいのはもちろんのこと。
俺は、カザハ君への警戒にもリソースを確保しなくちゃならない。
「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」
145
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:47:36
革鎧一体程度なら機動力は落ちないし、なんならもうひとりくらい乗れんこともないはずだ。
メイン武装が弓である都合上、上空を取ったほうが有利は必定。
そしてこれは、保険でもあった。
ヤマシタには弓と一緒に――短剣も持たせてある。
パートナーと離れんのは自殺行為に等しいが……そこはそれ、『訓練』の成果を見せる時だ。
たった一晩二晩の付け焼き刃だが、それでも俺は、王都に来る前よりかは動ける自信がある。
ジョンから叩き込まれた技術には、根本的な『身体の動かし方』も入ってたからな。
攻撃の躱し方。躱した後の受け身のとり方。攻撃を受けない立ち回り方。
まだまだいっちょ前とはいえねえが、この期に及んで甘えたことは言ってられねえ。
「ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!」
クリティカル率アップのバフに加え、クリ補正の高い攻撃スキル。
迷霧の基本性能であるクリティカル補正と飛行ユニットの射撃補正も加えれば、ほぼ確実に弱点に痛打が入る。
蛇の熱源探知は上下方向の識別が弱い。空中からなら初撃は阻まれずに打ち込めるはずだ。
>「カケル、『カマイタチ』!」
カケル君のスキルと同時、風を切って放たれた光輝く矢は、狙い過たずヒュドラの中枢に直撃。
クソ硬い装甲に阻まれるが――カザハ君の突風がそれを後押しする。
『Critical!』の表示と共に弱点をぶち抜かれたヒュドラは、多頭をのたうち回らせて沈黙した。
「よし、まずは一匹!」
俺は思わずカザハ君に向けてガッツポーズした。
ヤマシタの貧弱な攻撃力でも、弱点の貫徹に特化すればヒュドラを仕留められる。
タイラントが残りHPに関わらずコアふっ飛ばされて即死したのと同じだ。
問題は……バフを盛りに盛った上に地の利をとった不意打ちで、初めて弱点に攻撃が届くって部分か。
うーん、致命的!
真っ向からぶん殴ってヒュドラ叩き潰せるマホたんがいかに化け物かよーくわかった。
伊達にヴァルハラゴリラとか言われてねーわ……。
だがこれで、連携をうまくすりゃスペルなしでもなんとか戦えるってことは検証できた。
あとは、同時にバロールから突貫教育された『魔法』。
こいつが実戦で使えるかどうかテストする、またとない機会だ。
元魔王の編纂した『字が読めればわかる!魔法入門』をさっと一読した限りじゃ、
魔法を使うのに最低限必要なのは『認識』と『決定』のふたつ。
自分の中に流れる魔力を感じ取り、方向性を定めて放出する。
あとはそれをどれだけ素早く、複雑に、正確に行うかが魔法の巧拙を決める。
丹田?みぞおち?だかそのあたりで練り上げた魔力を腕を伝って指先に込める。
闇っぽいオーラがドロドロと漂い、バチバチ言い出したところで、呪文を唱える。
「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」
――その辺に漂う低級霊を操り、敵に体当たりさせる闇属性の初級魔法だ。
どす黒い球体と化した複数の低級霊が残り二体のヒュドラの片方に直撃。
ゴキャキャ!と笑い声だか衝突音だかわからない音が響き……分厚い鱗には傷一つ付いていない。
「駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜っ!!」
まぁね!そうなんじゃねえかとは思ってたよ!見た感じショボいもん!
ゲームではもっと派手なエフェクトで大量の霊が突撃してったから、これはもう単純な練度不足だろう。
最強の魔術師をもって「オメー才能ねえわ」と言わしめた俺の面目躍如と言える(皮肉)。
146
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/11/18(月) 03:48:17
なんなら幼虫のマゴットですらもうちょいまともな魔法吐くわ。
あいつ加減出来ないから数発撃ったらもうガス欠でダウンするけど。
……だが!まだまだこれで品切れじゃあないぜぇ!
攻撃魔法が駄目ならデバフだ!陰湿な嫌がらせなら誰にも負けねえ!!
「ヤマシタ、『閃光弾』!」
油断なく継矢をつがえたヤマシタにもうひとつ指示を飛ばす。
ヒュドラのはるか後方へ飛んでいった矢は、空中で炸裂した。
爆風は起こらず、代わりに発生したのは――目の眩むような閃光。
FF無効で仲間の視界は塞がず、こちらを向いてるヒュドラに効果があるものでもない。
ヒュドラの背後で炸裂した光は、多頭蛇の『影』を前方――俺の居る屋根上まで引き伸ばした。
足元に伸びてきた影を、魔力を込めた右足で、踏む。
「『影縫い(シャドウバインド)』――!」
ニブルヘイムの尖兵・バフォメットの十八番――対象の影を踏んで動きを封じる魔法だ。
決まれば超火力で殴り殺される理不尽コンボパーツ!決まればなぁ!
果たせるかな、ヒュドラ二体の動きは止まった。硬直し、多頭すらピタリと空中に停止する。
効果……あった……のか……?
「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」
なんだこれ、『持っていかれる』!
どう表現したら良いかわからんが、もの凄い負荷が右足にかかってる!
足の骨がバラバラになりそうだ!
バキン!と金属質な音がして、まず一体目のヒュドラの戒めが解けた。
次いで二体目も自由を取り戻す。右足を襲っていた負荷がようやく消える。
動きを封じられたのはほんの一瞬。それだけで、凄まじい疲労感があった。
「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」
たった二回の魔法行使で俺は疲労困憊し、車上に蹲った。
結論。やっぱ魔法はパートナーに任せるべきです。
「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」
【疑心暗鬼。カザハ君に『聖女の護符』を渡し、装備させる。
カケル君にヤマシタを同乗させバックスタブの準備。連携でヒュドラを一体撃破。
覚えたての魔法を使ってみるも、STR不足で拘束失敗】
147
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:24:05
列車くるのを、座り、目を閉じ、待つ。
緊張していないといえば嘘になる。
だがそれ以上に・・・
>「きっきき、緊張してきたでござる……」
兵士はみな口を揃えて言う、緊張している、と。
みな笑って冗談のように言っているが、全員から恐怖の感情が感じ取れる。
恐らく全員でここに帰ってこれないだろうという恐怖、死ぬかもしれないという恐怖。
仲間と話す事によってみなその恐怖を緩和している。
それが正しい人間のあり方なのだろう。
>「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」
・・・戦いの前に余計な事を考えるのは僕の悪いクセだ。
これから取り返しのつかない戦いに行こうというのにこれではダメだ。
さあもう一度、集中しようとした瞬間。
>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』
作戦の時刻がきた。
僕は立ち上がり、部長を召喚する。
「ニャー!」「よし・・・いこう!部長」
列車に乗り込もうと近くによった瞬間中から一人の男が現れる。
>「あれ? バロール? どうしてあなたが?」
>「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
帝龍の相手は君たちに任せるよ」
こんなにも大きい列車を一人で移動させるほどの力があるのだから驚きだ。
しかしまさか現場に姿を現すとは思わなかった、バロールは自分は危険に晒さないタイプの人間だと思っていたからだ。
>「そう。……心配かけたわね。
せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」
>「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」
やはりなにかあるのだろう、連絡を怠っていたというのはそれだけの事があるのだろう、とは思っていたが。
二人の間には敵対という言葉はあっても信頼はありませんよ。そんな雰囲気だった。
148
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:24:29
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」
「もちろん!僕も部長も準備満タンさ!」
他の仲間がいる事を確認する。
全員いる、兵士達もやる気満々。
明神が・・・少し調子悪そうなのが気にはなるが・・・
本人がなにも言わない以上問い詰めても無駄だろう。
>「お願い、バロール」
>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」
虹色の線路が出現と同時に汽車が動き始める。
「これが”創生”のバロールの力か・・・!」
>《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》
「そんなに早く着けるのか・・・!?胡散臭いだけだと思ってたけどこれは
バロールの評価を改める必要があるな!」
まるでジェットコーストのように城壁から急降下で、トカゲ軍団が支配する戦場へ突入する。
当然異物・・・列車をトカゲ達が見逃してくれるはずもなく。
「急げ!トカゲがくるぞ!」
>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」
>「ギッ、ギギィ……」
霧を発生した瞬間、こちらを認識できなくなったトカゲの軍団は迷走し始める。
中には相打ちし始めるものまでいた、予想以上の効果でていた。
「だが近くにいる奴は反応して列車に張り付き始めてる!」
列車が強くゆれる、このままでは脱線も時間の問題だった。
>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」
「なんだって!?・・・う、うわああああ!!?」
見事な360度回転を見せ、バロールの力を強制的に認識させられると同時に。
僕と部長は思いっきり頭をぶつける事になったのだった。
「次やるときは前から宣言してくれ・・・心臓に悪すぎる」
149
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:24:59
無事になんとか何を逃れて、逃げ延びる事に成功した。
部長の頭にちょっとしたたんこぶができあがったがまあ、仕方ないだろう。
「ニャー!!」「よしよし・・・」
>「ついに来たか、この時が……!
この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!
いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!」
明神が元気よく叫ぶ、調子が悪そうに見えたが・・・気のせいだったようだ。
ところでバ美肉ってなんだ・・・?ブレモン用語?
ガガガァァンッ!!!
「こんどはなんだ!?」
列車がさきほどより激しく、強く揺れる。
それだけで留まらず、列車自体の動きも止まってしまう。
>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
完全に止まってしまったらさっきのような回転もできない、という事は。
「こっち側からすぐ打って出ないとまずいぞ!モタモタしてると振り切ったトカゲがまた来る!で!なにがこの列車止めてるんだ!?」
>「ヒュドラ!」
「なに!?」
ドガァッ!ドガァァンッ!!
列車がまた大きく揺れる、窓から外を見ると、そこには二匹のヒュドラがいた。
列車を止めているヒュドラとは別だろう、ということは3匹。
「3匹もいるのか・・・!」
>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」
やはりこっちから打って出るしか道はないようだ。
>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
みんな、気を付けて! ……いくよ!」
「エンバースとなゆはなるべく戦闘を控えてくれ!なるべく俺達がやる!」
急がなければ後方や騒ぎを聞きつけたトカゲ達がやってくるだろう。
>「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」
>「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」
カケルの背中にサモンしたヤマシタを乗せ、明神は電車の上に上る。
「僕は明神の援護に回る!頼んだぞカザハ!」
僕も明神の後に続くように屋根に上った。
150
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:25:22
>「ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!」
>「カケル、『カマイタチ』!」
ヤマシタが放った弓の射撃にカザハのカマイタチが重なり相手の防御を突破。
『Critical!』の表示と共にヒュドラを切り裂き・・・少し暴れたあとヒュドラは完全に沈黙した。
>「よし、まずは一匹!」
「ゲームみたいに表示でるの・・・!?ってそんな事気にしてる場合じゃないね!二人ともナイス!」
だが一匹のヒュドラが死んだ事で他二匹は完全にこちらを"敵"と認識したようだ。
油断していた最初の一匹と違い・・・次の不意打ちは厳しいものとなった。
「さてどうする・・・っていうかこれもしかして僕する事ないんじゃあ・・・」「ニャー・・・」
巨大なヒュドラ相手に、いくら武器を持っているとはいえ一人の人間が突っ込んでいっても無駄死にするのは確実。
しかしなにかしらの援護はできるはずだ、チャンスを待つしかない。
次の作戦を考えてる時に横にいる明神当然が不気味に笑い出す。
「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!
魔法の詠唱だった。ゲームやアニメでよくある魔法の詠唱だ。
明神の腕になにかドロドロした・・・いやこの場合は魔力というべきだろう、たぶん。それが集まっている!
「かっこいい!かっこいいぞ!明神!そのままやれ!」
『呪霊弾(カースバレット)』!!」
明神の腕から・・・闇の波動的ななにかが放たれ!ヒュドラに命中する!
ゴキャキャ!
変な音と共に・・・ヒュドラは倒れ・・・倒れ・・・倒れ・・・ない。
「あの・・・明神?」
>「駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜っ!!」
ダメだったようだ。
「にゃ〜・・・」
151
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:25:48
攻撃を受けたヒュドラは標的を完全にこちらに定め、近寄ってくる。
「くそ!今ので標的が完全にこっちになった!なんか策はないのか明神!」
まだある!そう明神が起き上がった瞬間
>「ヤマシタ、『閃光弾』!」
瞬間、周りに眩い光に包まれる。
反射で目を瞑ったが・・・どうやら僕達には影響はないらしい。
>「『影縫い(シャドウバインド)』――!」
明神は光で相手が怯んでるその隙を逃さず・・・ヒュドラ2体を拘束する事に成功した。
ヒュドラ達は頭を動かす事もできずその場にピタリと停止している。
「おぉ!凄いぞ明神!相手の動きが完全に止まっていれば僕と部長でも仕留められる!」
僕と部長が列車から飛び降りようとした瞬間。
>「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」
「!?どうしたんだ明神!しっかりしろ!」
明神の悲鳴と共に、バキンという音がなりヒュドラ達が再び自由になる。
ヒュドラ達の動きが始まるのと同時に、明神の悲鳴も止まる。
おそらく・・・止める為の力が足りなかったのだ。
あれだけの巨体を止めたんだ、魔力的ななにかを膨大に消費するのだろう。
>「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」
魔力ではなかった。
「明神!起き上がれるか!?すぐ逃げないとまずいぞ!」
こっちに向かっていたヒュドラの動きが、今の拘束により焦ったのか、さらに早くなっている。
カザハを追う為に列車から一時的に離れていた距離が・・・もうすぐあの長い頭が・・・こちらに届く距離にくる。
>「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」
「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」
そう発言しながらヒュドラのほうを見る。
ヒュドラは、頭の一つを思いっきり振りかぶり・・・。
明神目掛けて・・・いや正確に言えば僕達目掛けて・・・なぎ払うように・・・まるで鞭でもふるかのように・・・
「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」
倒れて動かない明神の体を掴み。
カザハに目掛けて投げる、あっちも乗せる余裕はないだろうが、頼むしかない。
もし第二打がきた場合、ただ投げただけでは明神はその二打目を避けきれない。
「明神をたの――――」
そして・・・鞭のように放たれたヒュドラヘッドは僕と部長をなぎ払った。
152
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:26:09
痛い、痛い、痛い、体中が痛い、口の中が血で一杯だ、吐き出さなきゃ、窒息してしまう。
痛い、痛い、痛い、でも痛みを感じるって事はまだ、僕はまだ生きてるって事だ。
早く、早く、早く、状況を確認しなきゃ、明神は?部長は?今の僕の体はどこにある?
動かそうと思っても左手の感覚がない、なくなったわけじゃない、たぶん骨が・・・。
そんな事きにしてる場合じゃない、右手と・・・両足はまだ動く、とりあえず体を起さなきゃ。
目を開き、体を起し・・・見たものは・・・仲間達・・・ではなく、ヒュドラの体だった。
僕は・・・列車から引き吊り下ろされ、今ヒュドラの足元にいた、部長といっしょに。
恐らくさっきの攻撃は相手への殴打と同時に殴打した敵を引き寄せるための物だったのだろう。
「ヒュー・・・ヒュー・・・」
まだ部長も息がある・・・だが時間の問題だ、いかに自動回復があるとはいえ。
このままなにもしなければ・・・僕がこのまま死ねば・・・部長も・・・死ぬ。
なゆ達を待つにしても場所が悪い、今僕達がいるのは足元だ。
ヒュドラに向かって魔法を打とうものなら足元にいる僕達が巻き込まれるリスクがある。
もし僕達を巻き込まなくても、ヒュドラが倒れた瞬間僕達がその下敷きになる可能性もある。
強引に助けに僕達の所に来れば頭で撃ち落される。
ヒュドラは動かない、僕達にトドメを刺すこともしない。
僕達を足元で生かさず殺さず置いて置いたほうが、自分が有利になると、本能で理解しているから。
・・・なんて惨めなんだろう、人に散々言っておきながら、一番理解していないのは僕だったじゃないか。
命がけの戦争だ、遊びじゃないんだ・・・などと・・・偉そうな事言っておきながら・・・。
「ふふ・・・ふふふ・・・」
今まで、死の恐怖なんて味わった事がなかった、昔銃を向けられた時でさえ、恐怖なんて感じなかった。
さっき兵士達が恐怖を紛らわしていたときでさえ、僕は遠巻きに不思議に思っていた。
初めて死に瀕して分かったのだ、僕は恐怖を感じなかったのではない、知らなかっただけなのだと。
これが笑わずにいられるだろうか。
偉そうに人に向かって殺す、などと口にした自分が、一番殺す、殺されるを理解してなかったのだから!。
「一番ゲーム脳が抜けていないのは・・・僕じゃないか・・・」
ふらふらと立ち上がりながら・・・父から飽きるほど聞かされた言葉を思い出す。
"やり直しができる失敗はしておけ"
そう・・・まだ僕は死んでいない、なら・・・やり直せるはずだ、今からでも。
「雷刀(光)!プレイ!」
刀を召喚する、そして右手でそれを掴み、構える。
それと同時に心に、体に赤いなにかが纏わりついていく。
非常に不愉快だ、不愉快だが、でも今体から感じる激しい痛みに比べれば、心地よいものだ。
視界が赤く染まり、抗い難い破壊衝動に駆られる。
どんな時も冷静であれ、そう・・・父や母は言っていた。
だが・・・どうしてこの状況で冷静でいられようか?冷静で居られない事をだれが責めるというのか!
『アハハハハハハ!』
153
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/11/18(月) 20:26:41
目の前の巨体・・・ヒュドラと対峙する。
汽車を止めるだけの巨体とパワー、そして複数の頭。
とても人間では勝てないだろう・・・人間では。
化け物の力がどこまで通用するか・・・試してみよう
『ここからが本当の戦いだ』
ヒュドラは僕と少し距離を取り、こちらを睨みつける。
どうやら僕の事を餌・・・ではなく敵と認識してくれたらしい。
『そうだ・・・それでいい・・・』
今、僕の周りには、死に通じる道が連なっている。
いや、見えてなかっただけで最初からそこにあったのだ。
死の恐怖が僕を包む、始めての感覚だが・・・悪い気分ではなかった。
『うおおおおおお!』
体の痛みが嘘のように素早く走りだす。
左腕は動かないし、正直足だっておぼつかない、でもヒュドラを殺す、死にたくない、死の恐怖をもう少し味わっていたい。
その矛盾した意思が、衝動が、心が、僕の体を普段以上に動かしている。
危険を察知したヒュドラが器用に頭を振り回し、僕を攻撃しようとする。
『甘い!』
向かってきたヒュドラの頭を回避し、その勢いを利用して頭部を切断する。
『悪いね、伊達に化け物・・・なんて呼ばれてたわけじゃないんだ』
ヒュドラは叫び、怯む。
当然その隙を逃さず、僕はヒュドラの体に剣を突き刺し、足場にしながら上っていく。
完全に根元まで上った後はもう、突き刺すだけだった。
急所は当然鱗に覆われておりなかなか突き刺さらない。
弾かれる、突き刺す、ヒュドラが暴れる、突き刺す、弾かれる。
それを繰り返す内に雷刀の効果が蓄積し、ヒュドラの動きが段々鈍くなっていく。
『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』
完全にヒュドラが麻痺した瞬間。
連打によってできた鱗の傷から勢いよく、刀が突き刺さった。
『しねええええええええ!』
突き刺さった刀を・・・思いっきりヒュドラの急所を抉るように・・・振り抜いた。
抉られた場所からは噴水のように血が溢れ出す。
最初こそもがき苦しむように暴れていたヒュドラも・・・血があふれ出すのが止まるにつれ・・・動かなくなった。
返り血に塗れ、真っ赤に染め上がった僕は、視界不良とは言わないまでも、迷霧で薄い白みかかった空を見ながら呟く
「あぁ・・・殺すじゃなくて・・・やっつける・・・だったな・・・
いきなり・・・約束を・・・破って・・・しまったな・・・」
ピコン。
スマホにスキル習得の通知が来ていたが、放心状態の僕の耳には届かなかった。
【明神を庇い負傷するも、ヒュドラ一体撃破
ジョンがスキル「ブラッドラスト」習得。効果???】
154
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/25(月) 06:39:56
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅰ)】
意識を取り戻した焼死体は彷徨うような足取りで、しかし問題なく待機地点へと辿り着いた。
霊的強度の深化によって変質した知覚は、生命の気配を半無意識的に感知出来た。
世界は闇色に染まって見える/命は単なる熱分布として処理される。
《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜》
「……流石だな、みのりさん。これで後は、俺達が帝龍と遊んでやればいい訳だ」
軽口を叩く/平静を装う――そこに遅刻を誤魔化している以上の意味を見出す者など、いない。
『……ってことで。いい?エンバース。もう一度言うね……」
「面白いな、今の。チュートリアルを飛ばそうとボタン連打してたら、よくなるやつだろ。
もう一回教えてって……何?違う?本当に俺が作戦を聞いてなかったと思ってたのか?」
背後から少女の声が聞こえた/振り返る/見下ろす――様子を伺う。
焼死体は“燃え残り”が如何なるモンスターであるかを知らない。
「――実のところ、その通りだ。よく分かったな」
少女はどうか――己の進化の兆候は、見抜かれているだろうか。
『今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって』
「無茶をしなくちゃいけない。なるほど、お前にとってはそうかもな。
だが俺にとっては――煌帝龍なんてのは精々、新コンボの練習台だ」
『でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
ね。わたしに見せてよ、エンバース。
みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を』
「……お前がそれを望むなら、そうしよう」
亡霊の視覚では、少女の表情は殆ど読み取れない。
だが見えずとも視える――王宮のあの夜、少女が見せた微笑みが。
報恩と、贖罪を成す/あの微笑みを、守る――その誓いを翻すつもりはなかった。
『……頼りにしてるぞ』
「ああ、正しい選択だ。俺以上に強いプレイヤーなんて、存在しないんだからな」
『ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?』
「――なるほどな」
どうやら“燃え残り”の生態――もとい死態は、少女にも勘付かれていないようだった。
不可解な事ではない――燃え残りは、かつての未実装エリアから発生したモンスターだ。
その進化形態が、ゲーム本編において未だ未実装だったとしても、何もおかしくはない。
『俺はいいと思うよ!その何か……紫っぽい目元とか!マジで何よそれ?カラコン入れた?』
「知らないのか?明神さん。これは熱膨張……いや、粉塵爆発――――そう、炎色反応だ。
お察しの通りカラコンを入れてみたら秒で燃え尽きた上に――気付けばこうなっていた」
明神に関しても同様――ならば己の現状を、敢えて告げる理由はない。
未練と執着が不死者を別の何かへと変えるのなら――その変化は実質、不可避だ。
――分かっている。全て終わった事だと。それでも……“最強”は、俺だったんだ。譲れない。
――分かっている。俺はモンスターだ。俺は容易く、俺以外の存在へと変容し得る。だが、それがなんだ?
――どうせ、一度死んだ身だ。俺がどうなろうと、こいつとの約束に抵触する事はない。
155
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/25(月) 06:40:22
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅱ)】
『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』
「魔法機関車で特攻か。クソ長いロード画面で見飽きたとは言え、今から使い潰すとなると――」
『いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!』
『あれ? バロール? どうしてあなたが?』
「――お前の顔は見飽きたし、潰れていようが何の感慨も湧かないけどな。何の用だ、バロール」
『うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ』
「なら、次からは先にそう言ってくれ。その必要がない、別のプランを立てる。
だが、折角来たんだ。列車を浮かせるついでに、帝龍の軍団も蹴散らして――」
『そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
帝龍の相手は君たちに任せるよ』
「……ふん、気が利かないな。出し惜しみをする理由が、何処にある?」
『久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった』
「答える義務はない、か?ああ、そうだな。分かっているさ――お前はそういう奴だ」
『そう。……心配かけたわね。
せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?』
『いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう』
戦乙女は応じない――踵を返し、守るべき兵士達の元へと戻っていった。
『ハハ……嫌われてしまったねえ』
「――いいや。あれは許してあげるきっかけが欲しくて、追いかけてくるのを待っているパターンだ。
すぐに後を追え。あくまでドラマチックに、例えば――肩を両手で掴んで引き止めると、効果的だ」
156
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/25(月) 06:44:22
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅲ)】
『正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?』
「時間に余裕がありすぎるな。ウォーミングアップに一試合してから、出発でもいいぜ」
無根拠な大言――焼死体が、まだ■■■■だった頃の名残。
そして――魔法機関車は走り出した。
空中に伸びる虹をレールに、濃霧の中を龍のように、泳ぐ。
霧の底で彷徨うトカゲ達はすぐ頭上を征く列車の姿も、その走行音も知覚出来ていない。
『う、うわっ!』
だが、何事にも例外は存在する――例えば濃霧は、気流を感知する皮膚感覚を阻害し得ない。
不意に魔法機関車が激しく揺れた/鎧戸の壁面を何かが這うような重い金属音。
何が起きているかのは明白――だが、取り得る対策は限られている。
「モンデンキント、一度離れろ。心配するな、すぐに戻る。
明神さん――障害物を隔てた先への召喚は習得済みか?」
焼死体が立ち上がる/溶け落ちた直剣を抜き、鎧戸を見つめる。
亡者の視覚には、見えていた――厚い金属板越しにも、トカゲ達の位置が。
まずは鎧戸に張り付く個体を刺殺/然る後に車外へ/敵を殲滅――全て、容易く実行可能だ。
『ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!』
「待て、何をする気だ。余計な事を――」
『そぉーれっ! 360度ループコースターだ!』
『えっ!? ちょ、バロー……』
「――ちっ」
少女が再び、焼死体にしがみつく/焼死体も、咄嗟に剣を仕舞い――少女を強く抱き寄せた。
時速80キロ前後の列車による曲芸飛行――それに伴う慣性力は、生身の人間を容易に殺め得る。
『ひゃあああああああああああああ!!!??』
モンスターの腕力/握力ならば、暴力的な加速度の中でも、内装の一部を掴み続ける事は可能だ。
だが焼死体/燃え落ちた肉体は、軽い――重量は各種装備品を含めても30キロ弱。
故に外力により容易く作用される――それは、少女にとって危険だ。
その危険性に対し、即時実行可能な予防策は一つだけだった。
つまり――少女を抱き留める腕に、更に力を込める。
「……落ち着いたら、手を離せ。接敵が一度だけとは限らない。
次こそは、俺が出る。バロールが余計な真似をする前に――」
『……あ……、ごめん……』
不意に、焼死体の視界に色彩が返り咲く。
より正確には――色彩感覚があった頃の記憶に、塗り潰される。
指標無き冒険の最中――誰もが“日常の中にいた自分”を保てなかった頃の記憶。
『――ごめん。私らしくないのは分かってる……だけど、もう少しだけ、このままでいて』
焼死体が弾かれたように立ち上がり、少女に背を向けた――その眼差しから逃げるように。
少女の表情が見えないのは幸運だった――罪悪感は、あまりにも容易く、魂を黒に染める。
「……次の接敵に備える。そこで、じっとしていろ」
157
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/25(月) 06:45:01
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅳ)】
濃霧の海を、魔法機関車は進む――二度目の接敵は、まだ、発生しない。
『帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな』
『ついに来たか、この時が……!』
「ああ、もうすぐ煌帝龍のマヌケ面が拝めるぞ。その数分後には、負け犬の吠え面も――」
『この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!』
「バビ……なんだって?俺が知らない間に流行した用語か?」
『いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!』
「ああ、いや、なるほどな。分からなくても問題ない事だと、分かった――」
不意に、列車の天井越しに何かを見上げる――亡者の眼のみに映る何かを。
数秒後に発生する、二度目の接敵を――焼死体は、事前に予期していた。
直後、魔法機関車が、先ほどよりも激しく揺れた/焼死体が咄嗟に少女へ振り返り、左手を翳す。
確かに発生した筈の、時速80キロからの完全停止による反動は――少女を害する事はなかった。
『ボノ! どうしたの!? 何があったの!?』
『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
『何者かって……』
少女が鎧戸を開け、顔を外に出す――ホラー映画なら、この後亡くなっていただろう。
『ヒュドラ!』
「――用が済んだら、すぐに首を引っ込めろ。危なっかしくて、心臓が動き出しそうだ」
《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
「お前に言われなくても――」
『みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!』
『わかった!おらっ寝てんな焼死体、外に打って出るぞ!』
『捉えられたのは偶然じゃない。もたもたしてっと増援が来るぞ――『サモン・ヤマシタ』!』
「――分かってるさ。俺が一匹受け持つ。さっさと終わらせよう」
『帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
みんな、気を付けて! ……いくよ!』
「ああ、行くぞ――フラウ。復帰戦だ」
緊迫した戦況の中――焼死体は笑みを浮かべていた。
158
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/11/25(月) 06:45:19
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅴ)】
鎧戸から飛び降りる/霧の底に偶然いたトカゲの頭部へ着地/刺殺――視線を前方、上方へ。
多頭蛇の眼光は、既に焼死体を捉えている/焼死体は動じない――物理的にも、精神的にも。
「完全召喚はクリスタルの消耗が激しすぎる。剣を握るのは俺だ。
新しい体には、もう慣れたか?まだなら、ここで慣らしておけ」
ヒュドラが、その頭部の一つを振り上げる。
次なる行動は明白/対する焼死体の行動は、たった一つ。
左手を、己を叩き潰さんと唸る蛇頭の大槌へとかざす――それだけ。
響く轟音/揺らぐ大地/濃霧が迸る衝撃を可視化する。
だが――ヒュドラの一撃は、外れていた。
ただ立ち尽くしていた獲物を何故、叩き潰す事が出来なかったのか。
ヒュドラには理解出来なかった――恐らくは、誰にも理解/認識出来なかった。
焼死体の左手――より正確には左手首から一瞬、純白の触腕が奔り、先の一撃を弾いていたとは。
「……問題なさそうだな」
狩装束の左手首には、革帯と鋲によって――画面の割れたスマホが固定されていた。
「みんなが心配だ。さっさと終わらせるぞ」
迫る次なる一撃/左手を掲げ/奔る触腕――ヒュドラの首に爪を掛け、同時に収縮。
燃え落ちた肉体は素早く軽やかに宙へ/だが多頭蛇の通常攻撃は、一度ではない。
左手を翳す――触腕が、追撃に牙を剥く蛇頭を、初撃の頭と一纏めに括り付ける。
怒りの咆哮/触腕を引き千切るべく荒ぶる双頭――拘束は数秒と続かずに解けた。
解かれたではなく、解けた/瞬間――焼死体が風を切り、宙空に大きく弧を描く。
双蛇の抵抗を、慣性として逆利用した、振り子運動――終着点は、決まっている。
「――よし、よくやった。列車に戻るぞ、フラウ」
急所に突き刺した愛剣を引き抜く/血振りを一閃――感慨も余韻も必要ない。
魔法機関車へ左手を伸ばす/触腕が焼死体を引き寄せる――着地を果たす。
「……みんな、無事みたいだな」
生命反応に陰りはない/故に焼死体は仲間の無事を確信する。
例えその内の一人が、夥しい量の血に塗れていたとしても。
159
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 21:24:21
魔法機関車の屋根にのぼったなゆたは、同じく屋根にやってきた明神、ジョンと轡を並べてヒュドラと対峙した。
明神とヤマシタ、ジョンと部長、なゆたとポヨリン。それぞれのマスターとモンスターが、同じ方向を見据える。
そんな様子に、緊迫した状況だというのになゆたは小さく微笑んだ。
そして、隣にいる明神の脇腹を肘で軽くつつく。
「ね、明神さん。
お互いに鎬を削るPvPっていうのも、もちろん面白いけど……。
やっぱり。みんなで一緒に強い敵をやっつける、レイド戦が一番面白いね!」
対人のランクマッチはブレモンの華だ。それは間違いないし、他ならぬ自分もランカーとして名を馳せている。
だが、それよりも。やっぱり全員が同じものを見て、同じ目的のために邁進する戦いが、なゆたは好きだった。
つい先日、王都で熾烈な戦いを経て。絆を深めたから、尚更そう思う。
だからこそ――誰も死なせたくない。この戦いは、必ず全員で成し遂げなければならない。
……とはいえ。
「ポヨリン! 『スパイラル頭突き』!」
『ぽよっ! ぽよよぉ〜っ!!』
なゆたの命令によってポヨリンが勢いをつけてジャンプし、高速回転しながらヒュドラに突っ込んでゆく。
ボムッ! という音が響き、ヒュドラの多頭のひとつに弾丸と化したポヨリンが激突する。
が、軽い。ヒュドラは衝撃に一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐにポヨリンめがけて大顎を開き反撃をしてきた。
持ち前のすばしっこさで、ポヨリンはぴょんぴょん跳ねながら巧みにその攻撃を避けてゆく。
――やっぱりきついか……!
なゆたは胸中で臍を噛んだ。
ブレモンは属性ゲーである。属性で優位を取れば、レベルやレアリティの低いモンスターでも高レアに勝てる。
逆に、不利属性が優位属性に対して攻めきる方法は極めて少ない。まだ互いに無関係な属性同士の方がいい勝負ができる。
ゲームの中のそんな設定が、この現実のアルフヘイムでも適用されている。
帝龍の軍団はその大半が地属性だ。なゆたの水デッキ、ポヨリンの水属性では帝龍のモンスターに致命打を与えられない。
>エンバースとなゆはなるべく戦闘を控えてくれ!なるべく俺達がやる!
「……ゴメン、ここは任せるね……! 気を付けて、ジョン!」
ジョンの提案に、なゆたは素早く後方車両の屋根に退く。
ただでさえ不利な属性相手だ。今は余計な消耗は避けたい。
なゆたの攻撃が決め手に欠く中、仲間たちは着々と戦いを進めてゆく。
>ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!
>カケル、『カマイタチ』!
カザハとヤマシタを乗せたカケルが、その名の通り天を駆ける。
ポヨリンでは僅かなダメージしか与えられなかったが、カケルの風属性とヤマシタの矢はヒュドラには効果覿面である。
弱点である多頭の付け根、胴体にある中枢を撃破され、三体のうち一体が活動を停止する。
>ゲームみたいに表示でるの・・・!?ってそんな事気にしてる場合じゃないね!二人ともナイス!
「出る出る」
他にも『Stun!』とか『Overkill!』とかいろいろ出る。
明神のターンは終わらない。さらに、残った二体のヒュドラへ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』自ら攻撃を試みる。
>喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!
「明神さん、いつの間に魔法なんて……! すごい!」
明神が魔法を使っている。これにはさすがのなゆたも度肝を抜かれた。
しかし、自分だって内緒で『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』のスキルを習得していたのだ。
明神がこれからの戦いに備え、何らかの戦術を構築していたとしても何ら不思議ではない。
――あの『うんちぶりぶり大明神』が魔法を使って世界を救ってるとか。
スレのみんなに言ったって、ぜったい信じてもらえそうにないね……。
妙なところで感慨深くなるなゆただった。
160
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 21:35:50
だが、明神の快進撃は長くは続かなかった。
必殺の呪霊弾は音ばかりは派手だったが、ヒュドラには掠り傷さえ与えられずに消滅してしまった。
>駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜〜っ!!
「だめかぁ〜……」
>『影縫い(シャドウバインド)』――!
>あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!
さらに明神は名誉挽回とばかりに『影縫い(シャドウバインド)』を発動したが、これも不発に終わった。
魔法とは、言うほど便利なものでもないらしい。
いくら日本人の識字率が高いとは言っても、ハウツー本を読んだだけで大魔導師になれるなら苦労はしないのである。
ただ、どんなショボくれた結果でも『撃てる』ということは大事だ。あとは、純粋に練度を上げてゆけばいいのだから。
地球でもアルフヘイムでも、大事なのは反復練習であろう。
>ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も
《はっはっは! いやいや、そう卑下したものでもないよ明神君!
次回は『影縫い(シャドウバインド)』に『負荷軽減(ロードリダクション)』の魔法を併用してみるといい。
今後の課題としておきたまえ!》
スマホ越しにバロールが明神を褒める。
バフォメットはバカ筋肉なので、今の明神のように『影縫い(シャドウバインド)』の負荷を筋力で押さえ込んでいた。
しかし、普通の魔術師はその辺りをいろいろ工夫しているらしい。
カザハは――きっと風属性の加護があるのだろう。たぶん。
今の魔法で早くも力を使い果たしてしまったらしい明神が、機関車の屋根に蹲る。
そして、ヒュドラが動かなくなった敵を放っておくはずがなかった。
「くっ! ポヨリン、明神さんを……」
>!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア
ヒュドラの首が明神に迫る。なゆたはポヨリンに指示を出そうとした。
しかし、そんななゆたよりずっと早く、明神を助けるべくジョンが駆け出している。
明神に駆け寄ったジョンは持ち前の筋力で軽々と明神の身体を担ぎ上げると、空を舞っているカザハへと放り投げた。
渾身の投擲によって明神はヒュドラの攻撃対象から外れたが、それは代わりにジョンがヒュドラの攻撃対象となったことを意味する。
>明神をたの――――
明神を救うことに全精力を費やしたジョンに、自らを守る手段はない。
ヒュドラの首が死神の大鎌よろしくジョンと部長を薙ぐ。
まるで自動車事故防止の啓発ビデオで吹っ飛ぶダミー人形よろしく、ジョンと部長は吹き飛ばされた。
「ジョ――――ンッ!」
ジョンと部長はそのままヒュドラの首に手繰り寄せられ、列車外へと落ちていった。
すぐに、なゆたは屋根の縁ギリギリで身を乗り出し、下方のジョンを確認した。
幸い死んではいないようだが、そのダメージは甚大だ。血まみれのその様子から、骨折や内臓破裂もしているかもしれない。
すぐに、なゆたはスマホのスペルカード一覧をタップした。『高回復(ハイヒーリング)』を選択する。
しかしジョンはふらふらと立ち上がると、何を思ったのか巨大なヒュドラ対峙した。
「ジョン! 無理しないで、逃げて! 今『高回復(ハイヒーリング)』を――」
>雷刀(光)!プレイ!
驚いたことに、ジョンは満身創痍の状態でヒュドラと戦おうとしているらしい。しかも、自分自身が。
部長は動いていない。エンバースやカザハのようなモンスターならともかく、ジョンは生粋の人間だ。
いくら鍛えているとはいえ、巨大なモンスターに勝てるはずがない。
それは、ガンダラやリバティウムの戦いを経てなゆたが実感した経験である。
自殺行為だ――なゆたはそう思った、が。
「……!?」
なゆたは目を瞠った。
雷霆で作った剣を構え、ヒュドラと対峙するジョンの身体に、紅色の何かが渦を巻いて纏わりついてゆく。
最初は血煙かと思った。しかし、違う。
それは闘気のような、殺気のような。
あるいは、ジョンの中で日頃は静かになりを潜めている何か――
そう。狂気の、ような。
161
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 21:39:12
>アハハハハハハ!
>ここからが本当の戦いだ
ジョンが独りごちる。ぞっとするような、冷たい笑い声だった。
いつもの穏やかな、他人の身を案じるジョンの声とはまるで違う、怖気をふるうような声音。
――同じだ。マホたんを殺すって言った、あのときのジョンと……。
自衛隊のヒーロー、被災地のアイドル。
快活で正義感に溢れるジョン・アデルという人間の中に存在する、言い知れない昏さ。
それが顕在化しているかのような豹変ぶりに、なゆたは思わず息を呑んだ。
ヒュドラが巨体をじり……と後退させる。怯えているのだ、自分の質量の三十分の一もない人間相手に。
そこまでの巨大な魔物を怯えさせるだけの何かを、ジョンは持っている。
>うおおおおおお!
ジョンは血霧のようなものを纏いながらヒュドラを圧倒してゆく。
その動きはエンバースにも劣らない。ヒュドラの多頭を斬断し、中枢神経に狙いを定める。
>おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・
>しねええええええええ!
咆哮にも似たジョンの叫びと共に、弱点を貫かれたヒュドラはその活動を停止した。
まさに鬼気迫る、狂戦士(バーサーカー)と言っても差し支えないほどの戦いぶり。
あくまで仲間内での戦いでしかなかった王都のデュエルでは決して見せなかった、これがジョンの本当の姿なのだろうか?
それを考えると、なゆたはジョンの活躍を手放しで喜ぶことはできなかった。
「……なんてこと」
小さく呟く。
しかし、このままにしてもいられまい。なゆたは中断していたスペルカードの使用を実行した。
『高回復(ハイヒーリング)』をジョンに向けて切る。彼のダメージもこれで癒えることだろう。
それが終わると、なゆたはすぐに残り一体のヒュドラへ視線を向けた。
>みんなが心配だ。さっさと終わらせるぞ
眼下に、停止した列車の外へ飛び出していたエンバースの姿が見える。
今朝、なゆたはエンバースの雰囲気が以前とは違う、と指摘した。しかし、変わったのは雰囲気だけではなかったらしい。
戦闘方法までが変わっている。今までのエンバースの戦い方はそれこそ先ほどのジョンのような戦い方だった。
それが、何か――ロープか鞭のようなものを併用しての戦い方になっている。
「……あれは……」
よく見れば、エンバースの左手にはいつの間にか一台のスマホが括りつけられていた。
その割れた液晶画面から、一瞬ロープ状の何かが飛び出しては巧みにヒュドラを翻弄している。
「あれは……モンスター……?」
エンバースはスマホを持たないと思っていた。だが、どうやらそれは違ったらしい。
どういったいきさつでエンバースがスマホを解禁したのかは知らない。が、パワーアップには違いあるまい。
『俺以上に強いプレイヤーなんて存在しない』――圧倒的な自負心を裏付ける確かな強さで、エンバースはヒュドラを撃破する。
こともなげに列車の屋根へ帰還したエンバースを迎えると、なゆたはぱちりとウインクしてサムズアップした。
「おかえり!」
>……みんな、無事みたいだな
「ん……そうね。とりあえず……」
なゆたは頷いた。明神は力尽き、ジョンは血まみれになってしまったが――まだ、全員生きている。
不安はない訳ではないが、今はこのままの勢いで行くしかない。
162
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 21:46:30
ヒュドラを排除し、魔法機関車がふたたび虹のレールの上を走り出す。
「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
なゆたの号令にマホロが大きく右腕を振り上げ、守備隊が同調する。
スペルカードのまばゆい光が一瞬、魔法機関車の中を遍く照らし――
そして。300人のユメミマホロが爆誕した。
「うーん。300(スリーハンドレッド)って感じ」
《なゆちゃん、それ負け戦やから言うたらあかんよ〜?》
自分を含めて列車中の人間が全員ユメミマホロになったのを見てなゆたが呟き、みのりがツッコミを入れる。
『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』
ボノがアナウンスする。何度か妨害はあったが、想定の範囲内だ。
作戦は順調に進行中と思っていい。あとは、本陣に乗り込むと同時に300人のマホロで攪乱し、帝龍本人を押さえる。
マホロを手に入れたい帝龍は変身した兵士たちをむやみに傷つけられない。うまく行けば、戦いは一瞬で終わる。
そう――
【うまく行けば】。
ガガガァァァンッ!!!!!
「きゃあああああッ!!」
またしても、激しすぎる衝撃が魔法機関車を揺さぶった。
トカゲやヒュドラの比ではない、巨大すぎる衝撃だった。機関車の鎧戸が一撃で吹き飛び、車体がミシミシと悲鳴を上げる。
「ボノ! またヒュドラ!?」
『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
「一番の質量……!?」
『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』
ガゴォォォォォォォォォンッ!!!!
横殴りの凄まじい衝撃が魔法機関車全体を襲う。そのあまりの威力に、機関車はただの二撃で虹の軌条から脱線し高く宙を舞った。
先頭車両からすべての客車含め、総重量400トンはあろうという列車が、まるで鉄道模型か何かのように――である。
このまま落下して地面に叩きつけられたら、全員終わりだ。
といって、全員を列車から退避させる方法などない。退避させるとしても、宙に飛ばされた今どこへ逃がすというのか。
万事休す――そう、思ったが。
《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
スマホからバロールの声が聞こえてくる。
その瞬間、何者かによって虹の軌条の外へ弾き飛ばされた魔法機関車の足元に再度レールが現れる。
《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》
吹き飛ばされたまま、ほとんど水平に倒れた姿勢で、魔法機関車は空中に敷かれたレールを突き進む。
先ほどのループコースターと違い、今度は重力操作の魔法のお陰で客車内の人間がひっくり返ることもない。
魔法を扱うのに必要なのは『認識』と『決定』。
どんなに優れた魔術師でも、魔法を行使する際にはこれから使う魔法と自らの魔力を認識しなければならない。
よって、魔法を使うのはひとつずつ順番に、ということになる。熟達した魔術師なら、その時間を限りなく短縮できる――が。
バロールはそれを『同時に』3つやってみせた。これは本来、頭が3つ付いてでもいない限り不可能な芸当である。
それをこともなげにやって見せるあたり、継承者筆頭の面目躍如といったところか。
《慣れれば明神君もこの程度の芸当はできるようになるさ! 頑張ろう!》
無茶だった。
163
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 21:50:19
なおも帝龍本陣へと突き進む魔法機関車だったが、軌条問題は解決したものの何れにせよ長くは持ちそうになかった。
二度の横殴りの攻撃に、車軸は歪み車輪もいくつか外れてしまった。走りながらも、客車がギシギシと嫌な音を立てる。
《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
「は、はいっ!」
前方に巨大な天幕と防護柵、駐屯している敵兵士たちの姿が見える。
みのりが鋭い声で注意を促す。なゆたは頭を押さえて蹲った。
マホロや兵士たちも手近なものに掴まったり、床に身を屈めたりして衝撃に備える。
ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
最終的に魔法機関車は完全に横倒しになり、地面に不時着して百メートル近く巨大な溝を刻みながら止まった。
同時に先頭車両の機関部が黒煙を上げる。完全に故障してしまったらしい。
『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
「いたた……。みんな、大丈夫……?」
ひっくり返ったボノのアナウンスを聞きながら、全員の安否を確認する。
マホロや兵士たちは無傷だ。それから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの様子を確かめ終わると、なゆたは立ち上がった。
「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」
「あたしたちも出るよ、みんな!
300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
最初に客車からマホロに変身したなゆた、カザハ、エンバースが出、それから本物のマホロと兵士たちが出る。
魔法機関車が突然本陣に突っ込んできたあげく、中から大量のユメミマホロがワラワラ現れ、帝龍本陣は当然のように混乱した。
「なっ、何事アル!?」
本陣の奥にある天幕の中で、帝龍が叫ぶ。
「申し上げます! ユメミマホロが現れました! その数、多数!」
「おまえは何を言っているアル!? そんなバカな話――ぬおおおおおおお!?」
監視カメラのようなものでもあるのか、天幕内の様子をスマホでチェックした途端、帝龍は驚愕に目を見開いた。
ユメミマホロが攻めてきた。それもたくさん。
その数は200人は下るまい。そのキャラクター造型の隅々まで知悉している帝龍から見ても、全員本物のユメミマホロだ。
「って、そんなワケがあるかアル! 幻術か何かに決まっているアル!」
「ドゥーム・リザードとヒュドラを解放し戦わせますか?」
「待つアル! この中に本物のマホロがいるとしたら、迂闊に手は出せないアル……!
モンスターは出さないアル、兵士どもで対応しろアル!」
「はっ!」
本陣を守備しているニヴルヘイム側の兵士たちが、ワラワラと散開してゆく。
帝龍本陣を防衛している兵士たちは100人程度。こればかりはアコライト外郭守備隊の方が多い。
「くそッ! アルフヘイムの連中、こんな策で!」
帝龍は歯噛みした。
そして――戦場と化した帝龍本陣の中に、弾むような疾走感のあるイントロが爆音で流れ始めた。
ユメミマホロの代表曲、『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。
「さあ――派手に始めちゃおう!
あたしの歌……あたしの想い! 大切なみんなへ届けるよ!」
守備隊兵士たちの中に紛れながら、本物のマホロが歌い始める。
魔術に堪能な兵士の『拡声(ラウドヴォイス)』『音響(サラウンドアクション)』の魔法により、陣地の隅々まで歌声が届く。
なぜか七色のレーザービームが飛び交ったり、白煙が噴き上がったりしているが、これも兵士たちの仕業だろうか。
同時に、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と兵士たちの身体が淡く輝く。
自身を除く味方全員のDEFを大きく上昇させるマホロのスキル、『信仰の歌(クレド)』だ。
この戦場でマホロの歌を聴いている限り効果が持続するという優れものである。
164
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 22:01:52
「帝龍――――――ッ!!!」
マホロの歌を背後に聴きながら、なゆたは一直線に帝龍本陣を駆ける。
行く手を遮る敵兵たちには一顧だにしない。カザハとエンバースに露払いを任せる。
そして――
やがて、前方にひときわ大きな天幕が見えたとき、なゆたの眼差しは確かにその前に佇む煌帝龍の姿を捉えていた。
「チィ……存外早かったアルネ。
魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル」
一分の隙もないスーツ姿の、先日見た姿と同じ帝龍が目の前にいる。
その傍らには、真紅のマントを纏い白銀色の全身鎧にハルバードとカイトシールドを装備した重装騎士が一体控えていた。
ヤマシタと同じ『動く鎧』、その上級モンスター『ロイヤルガード』である。
その名の通り、帝龍の護衛を務めているのだろう。
なゆたは自分にかかった幻影を解除すると、腰の細剣を抜いて切っ先を帝龍へと突き付けた。
同時に、カザハとエンバースの幻影も解ける。
「見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!」
「寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル」
「強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!」
地球で開催されたブレモン世界大会でも、帝龍の使っていた戦術は経済力にものを言わせた力押しだった。
『大軍に兵法なし』とはよく言うが、圧倒的な兵力の差の前にはちゃちな小細工など何ら意味をなさないのである。
ただ、なゆたたちはその物量差を奇襲によって補い、ユメミマホロに化けることで封じた。
あとは、帝龍を護るロイヤルガードさえ片付ければ、帝龍は丸裸だ。
「ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!」
ゴウッ!!
帝龍の指示によって、ロイヤルガードが一気になゆたたちへ突っかけてくる。
身長が2メートル近くあり、鈍重に見える全身鎧の重装騎士だというのに、凄まじく速い。
あっという間に帝龍となゆたたちの間に躍り出ると、ロイヤルガードは眼にも止まらぬ速度でハルバードを振り下ろした。
その標的はエンバースだ。
さらに、ロイヤルガードはエンバースへと二合、三合と矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。
魔物の本能から、三人の中ではエンバースを一番最初に潰すべき――そう判断したのかもしれない。
面頬の奥で炯々と輝く双眸が、エンバースを確かに補足している。
「三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!」
なゆたもポヨリンを前線に出し、ロイヤルガードに吶喊させる。
だが、三対一の多勢に無勢をもってしてもロイヤルガードを撃破することは容易ではなかった。
ロイヤルガードは上級モンスターではあるが、準レイドやレイドといったモンスターではない。
だというのに、このロイヤルガードは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』三人と互角以上に渡り合っている。
「くふふ! 無駄無駄、無駄アルヨ!
そのロイヤルガードはワタシが金に糸目をつけずに育成した特別製! そこらの同種族とはまるでモノが違うアル!」
ぐぉん、と旋風を撒き、ロイヤルガードは頭上で軽々とハルバードを振り回した。
帝龍の言うとおり、このロイヤルガードは相当に鍛え込まれているらしい。
使用に相当の熟練を要するはずのハルバードを、まるで自らの手の延長のように取り廻してエンバースを攻撃する。
巧みに間合いを図り、ポールウェポンの利点を活かして中〜遠距離からエンバースに対して揺さぶりを掛けてくる。
といって、長柄武器の弱点である懐に飛び込めばいいというわけでもない。むしろ、それは罠である。
軽率に懐に飛び込めば、カイトシールドによる強力無比なシールドバッシュが待っている。
フラウの触手によるハルバードの奪取を試みようとしても、すぐにシールドによって防がれてしまうだろう。
165
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2019/11/29(金) 22:03:56
「ポヨリン! 『てっけんせいさい』――!」
『ぽよよっ!』
ポヨリンが全身を巨大な右拳に変え、ロイヤルガードを殴りつける。
が、浅い。全力の殴打は危なげなくカイトシールドによって防がれてしまった。
ロイヤルガードも地属性のモンスターである。やはり、ポヨリンとはどう考えても相性が悪い。
「ぐ……」
簡単に跳ね返され、ぽよんぽよんと地面を転がって足許に戻ってきたポヨリンを見て、なゆたは歯噛みした。
ただ、なゆたの攻撃が通らないのとは逆にカザハの攻撃はある程度ロイヤルガードにダメージを与えることができる。
風属性は地属性に強い。その効果が如実に表れている。
とはいえ、もともと非力なカザハの攻撃では帝龍特製ロイヤルガードの堅牢な装甲を破るには心許ない。
この場でロイヤルガードを倒せるとしたら、やはりエンバースだけなのだろう。
……しかし。
《あーあ、見ちゃいらんないなぁー! じれったいったらありゃしない!》
不意に、カザハの中で。胸の奥で。魂の一番深いところで――
声が、聞こえた。
《アッハハハハハッ! なーに驚いてるのさ? フュージョンするって言っただろ? フュー! ジョン! はーっ! てね!
それなら当然、ボクだってここにいるさ。なんにも不自然なことじゃないよね?
今までずーっと、おとなしく黙って見てたんだけど……そろそろ口出す頃合いかなーって!》
心の中の声はケタケタと能天気に笑っている。
その声に、カザハは聞き覚えがあることだろう。
それは、遠い記憶。遠い遠い“一巡目”の記憶。
善を嘲り、正義を罵り、ありとあらゆる生命を弄んだ――ひとりの外道の声。
声の主はなおもカザハに語り掛ける。
《こーんなクソザコナメクジ相手に何やってんのさ? ひょっとして遊んでる? 舐めプしちゃってますー?
それならそれでいいけどさー。ボクとしてはもーちょっと、しっかり強さをアピールしてもらわなくっちゃさぁー。
でないと――》
カザハの心の中で、じわじわと何かが凝固してゆく。
魂の底に沈殿していたものが浮き上がり、形を成してゆく。
禍々しい形状の闇の鎧を纏い、目庇で素顔を覆った魔将軍の姿へと――。
そして。
《――ボクの復活が、ド派手に演出できないじゃないのさ――?》
にたあ……と、粘つくような声で。
幻魔将軍ガザーヴァは嗤った。
【帝龍の本拠地に突撃。300人のユメミマホロで敵陣を攪乱。
なゆた、カザハ、エンバースの三名は帝龍特製ロイヤルガード・カスタムと戦闘。
幻魔将軍ガザーヴァ、カザハの中で蠢動。】
166
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:00:56
>「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」
「よしきた……ってこっちはいいけど明神さんは大丈夫!?」
そう言いながらもヤマシタさんを後ろに乗せる。今までに明神さんがヤマシタさんと離れて戦っているのを見たことが無い。
私のカマイタチは無数の首に阻まれるが、これはフェイント。
ヤマシタさんが放ったスキルで強化された矢を、カザハが更に突風で後押しする。
「『シュートアロー』!」
と言えば格好よさげだが、初期レベルシルヴェストルでも持っている風を少し操る力にそれっぽい技名が付いているだけだ。
まだ単体で攻撃するにはとても及ばず、放たれた矢の強化ぐらいにしか使えない。
それにしてもお前スキル使えたんかい!とツッコミが入りそうだが、今までの戦いで使わなかったのは、
「カードせつやく」状態でなければカードを使った方が圧倒的に強いからだ。
ちなみにカザハが今持っているカードは何故か初期装備で持っていたもので、しかもそこそこ高レベルのシルヴェストルのスキルを再現したもの。
ついでに、装備品こそ裸一貫(グラフィック的な意味ではなく装備品無し的な意味で)
だったものの、なゆたちゃん達と合流するまでに充分な量のクリスタルも何故か持っていた。
転移してきた当初はこんな疑問を持つ余裕も無かったが、ブレモンは当然そこまでサービスが良いゲームではない。
これは何者かの作為が働いた結果なのか、そうだとしたら誰なのだろうか――
そんな思考は、ヒュドラの断末魔に中断された。
ヤマシタさんの撃った矢は、ヒュドラの弱点にあやまたず直撃したのだった。
>「よし、まずは一匹!」
ガッツポーズを交わす明神さんとカザハ。
そういえば最初のミドガルズオルム戦では成り行きでみのりさんとタッグを組み、
その次のクーデター騒動では敵同士だったので明神さんとはこれが初めての共同作業となる。別に意味深な意味ではなく。
勢いづいた明神さんは魔法の詠唱をはじめ、カザハがズレた心配をする。
>「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」
「魔法!? そんなにいきなり覚えて尻から出たりしない!?」
効果は若干ショボかったが幸い魔法が尻から出ることは無かった。
そういえばモンスターのスキル使用やブレイブのカード使用はゲージを消費するが、
ブレイブのスキル使用はシステム外の行動なのでゲージを消費しないのだろうか。
>「ヤマシタ、『閃光弾』!」
>「『影縫い(シャドウバインド)』――!」
2体のヒュドラの動きが止まる。
「凄い……! ずっとボク達のターンじゃん!」
――と思ったら。
>「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」
>「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」
>「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」
「マジで!?」
167
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:02:19
魔法で力を使い果たした明神さんはへたりこんでしまい、しかも標的が向こうに移ってしまった。
これではヒュドラの格好の餌食だ。
>「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」
「ちょっとー! こっちこっち! 明神さん達は忙しいの! 君達の遊び相手はボク!」
私は一生懸命風の刃を放ち、カザハが変顔などしてみるが、当然効果は無い。
まあ、リーチ外から攻撃してくる相手を狙っても無駄なのは少し考えれば分かるので
ああ見えて意外とある程度は知能があるのだろうか。
ついにヒュドラの一体が列車に接近し、明神さんやジョン君を薙ぎ払いにかかる。
「ヤバイヤバイ逃げて逃げて!」
>「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」
ジョン君が意識朦朧状態の明神さんをぶん投げた。
人間一人をぶん投げるなんて凄い力だ――なんて感心している場合ではない。
ちょっと前に普通の人間より遥かに軽いエンバースさんを落っことした気がしますが!?
《背に腹は代えられない! 『フライト』を……って駄目か!》
確かエンバースさんが落っこちた時もフライトがかかっていたのだ。
本人が意識朦朧としていたり急なことに対応できなかったりすると意味が無いと思われる。
あの時は落っことしても腰を打つだけで済んだけどここで落ちたらあっという間にヒュドラの餌だ!
いや、あれは引っ張り上げようとしたのが失敗だったわけで下から受け止めれば――
というわけで私は明神さんの軌道下に全速力で滑り込んだ。
《カザハ、頼んだ!》
「『レビテーション』!」
当然カザハにはそのままでは落ちて来る人間一人を受け止める力はとてもないが、風をクッションにして受け止めることに成功。
一瞬お姫様抱っこのような体勢になり、抱えるように前に座らせる。
「ナイスパス、ジョン君……ってええええええええ!?」
明神さんを受け止めることに必死だった私達は、ジョン君がとっくに薙ぎ払われて落ちていることにようやく気付いたのだった。
>「雷刀(光)!プレイ!」
ジョン君は赤いオーラのようなものを纏い、ヒュドラと互角以上に戦っていた。
彼もいつの間にか何かのスキルを習得したのだろうか。
>『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』
>『しねええええええええ!』
狂戦士のような雄たけびと共に、ジョン君はヒュドラの一体にとどめを刺した。
「ジョン君、またキャラ変わってる……」
少し怖い気もするが、少なくともヒュドラの餌になるよりはずっといい。
戦いを終えたジョン君に、なゆたちゃんが若干引きつつも『高回復(ハイヒーリング)』をかける。
168
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:04:19
「カケル、明神さんも回復してあげて」
《『トランスファーメンタルパワー』》
私の角が淡く輝き、明神さんを白い燐光が包む。ユニサスが持つ癒しのスキルの一つ、精神力を分け与え回復させるもの。
これで間もなく意識を取り戻すだろう。いったん明神さんを降ろすべく、列車の上に降り立つ。
「そういえばあと一体は……」
>「……みんな、無事みたいだな」
エンバースさんがしれっと何事も無かったかのように列車の下から戻ってきた。
私達が明神さんキャッチで大騒ぎしていた間にサクッと一匹倒してきたらしい。
「いつの間に一人で倒したの!? 身一つでトカゲ大平原に跳び下りて!?」
>「おかえり!」
「ナチュラルに出迎えた!?」
更に驚くべきことに、なゆたちゃんはこの事態に対して驚いて無いようだ。
エンバースさん、元から強いとは思ってたけどここまで強かったっけ!?
「はいヤマシタさん、明神さんをよろしく」
カザハはまずヤマシタさんを降ろし、明神さんの顔をまじまじと見て意外そうな顔をしてからヤマシタさんに引き渡す。
(これはアレだね、ラノベの文章で”平凡な外見”って書かれてたら挿絵では当然のごとく結構なイケてる顔に描かれてる法則だね。
いやぁ、起きてる時はいっつも小悪党みたいな表情してるから気付かなかったよ〜)
《何言っちゃってんのこの人!》
>「……みんな、無事みたいだな」
約1名血塗れ、約1名ヘロヘロ、約1名頭の中身が無事じゃない(元から?)気がするが、無事の基準を生きていることと定義すればまあ全員無事なのだろう。
>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
約300名のユメミマホロが爆誕する。カザハもバーチャル美少女受肉略して美バ肉し、マホたんの姿になった。
「美少女かぁ、前世を思い出すなあ! ……って言ってて自分で悲しくなるわ!」
ボケてみたはいいもののいたたまれなくなったらしく自分でツッコミを入れるカザハ。
確かに地球時代は地味黒髪眼鏡の陰キャだったのでぱっと見のイメージは今と全く違う。
が、元々中性的且つ年齢不詳の系統の割と整った顔でベース自体は今と一緒だった事に気付いているのは多分私だけだ。
もちろん精霊族補正やら何やらが入っているので今の方が120%増しぐらいにはなっているが――
――あれ? そもそも“前世”っていつのことだ!? 多分地球時代のことで合ってるよね!?
169
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:05:21
>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』
「――目標確認、ヨシ!」
カザハは、帝龍の本陣の方を指さしながら人間には重力の関係上出来なさそうな珍妙なポーズをしている。
《何やってるんですか!》
「このポーズ面白くない!?」
>ガガガァァァンッ!!!!!
「アッ――――――!!」
カザハは奇声を発しながら吹っ飛んでいき、列車の壁に激突した。
幸いギャグキャラ補正もとい体重が軽いため大きなダメージは無く、すぐに復帰してくる。
>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
>「一番の質量……!?」
>『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』
>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》
「さすがバロール様! ボク達に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる!あこがれるゥ!」
>《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
>「は、はいっ!」
ついに本陣に突撃する魔法列車。カザハも今回ばかりは真面目に手すりにつかまっていた。
>『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
>「いたた……。みんな、大丈夫……?」
「安否確認――ヨシ!」
>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」
>「あたしたちも出るよ、みんな!
300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「レッツ・ブレーイブ!」
カザハは勢いよく腕を振り上げ、なゆたちゃんに続いて駆けだした。
かと思うと、一度だけ後方に残る明神さんとジョン君の方を振り返り、ふわりと微笑む。
ちなみに今のカザハは美少女――とだけ聞けば絵になりそうだが、明神さんもジョン君も背景のオタクも全員美少女というカオスな絵面でしかない。
170
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:06:41
「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」
そして――なゆたちゃんを先頭に私達は突撃する。
>「帝龍――――――ッ!!!」
「カケル――『ブラスト』!」
幸い向かってくるのは人間の兵士ばかりなので、私の突風のスキルで軽く吹っ飛んでいく。
おそらく本物のマホたんを傷つけることを恐れてモンスターを出すのを躊躇したのだろう。
帝龍を探すのに難航したらどうしようかと思ったが、それは杞憂だった。
親切にも分かりやすく大きな天幕の前に待ち構えてくれていたからだ。
>「チィ……存外早かったアルネ。
魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル」
分かりやすくアル口調の中国人社長の傍らにはこれまた分かりやすく「護衛です」と言わんばかりの重装騎士が控えている。
帝龍自身に戦闘能力があるようには見えないので、実質重装騎士を倒してしまえばこちらの勝ちだろう。
なゆたちゃんが剣の切っ先を帝龍に突きつけ、投降を促す。ここで美少女タイム終了のお知らせ。
>「見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!」
>「寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル」
>「強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!」
「ついでに教えといてあげるとボクはともかくこの二人は滅茶苦茶強い! 投降するなら今だ!」
自分を差し置いて何故かドヤ顔で言い放つカザハ。
>「ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!」
――うん、やっぱ素直に投降しないよね。
ロイヤルガードは何故かエンバースさんに集中攻撃を仕掛けてきた。
知能が高く、一番危険な相手が誰かを分かっているということだろうか。
これでは機動力に優れた私達が囮になる常套手段は使えない。
>「三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!」
「必殺! ――真空刃《エアリアルスラッシュ》!」
171
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:08:39
エンバースさんが相手から距離を取った隙に、カザハは今まで温存してきたカードを切る。
弱いモンスターなら軽く真っ二つになるカードなのだが――カイトシールドに少し傷を付けるだけに終わった。
「うっそ! 固すぎやろ……!」
盾もモンスターの一部と考えれば数値上少しダメージが入った形にはなるのだが、数が限られたカードを切ってこれでは先が思いやられる。
>「ポヨリン! 『てっけんせいさい』――!」
>『ぽよよっ!』
属性不利のポヨリンさんの攻撃に至っては、傷すらつかない。
「エンバースさんが引き付けてる間に地道に削るしかないか……カケル、『カマイタチ』!」
1回使うごとに敵に当たる風の刃数十個。一つ当たるごとにダメージ1か2ずつ、というところだろうか。
気の遠くなるような話である。敵のHPを削り切るより先にエンバースさんが力尽きそうだ。
エンバースさんを強化してやれば膠着状態を打破できるか?
空飛ぶ焼死体――エンバースさんは接近戦主体、敵の攻撃のリーチがかなり長い今回はあまり意味はないだろう。
瞬足の焼死体にした上で風属性の強化をかける――これしかなさそうだ。
「――瞬足《ヘイスト》!」
まずはエンバースさんは順当に瞬足の焼死体に進化。
次はゲージが溜まり次第『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』ですね分かります。
《えっ……》
次の瞬間、敵のハルバードが眼前に迫っていた。一瞬にして距離を詰めて標的をこちらに移してきたのだ。
だってずっとエンバースさん一点集中だったからいきなりこっちに来るなんて思わないじゃん!?
なんとか刃の部分で斬られることだけは避けたが、胴体を強打され、カザハもろとも吹っ飛ばされた。
「うわっ……ロイヤルガードのKY力、高すぎ……」
落下時に頭を打ったカザハは、転職CMのパロディのようなことを言いながら気を失った。
この場合のKYは空気読まないの略ではなく危険予知の略らしい。
私達がエンバースさんの強化を始めたのを見て阻んできたのか――そうだとしたらマジでKY力高すぎですよ……
172
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:10:17
気付けば私は、漆黒の闇の中にいた。カザハの姿は見えないが、闇の中から声が聞こえてきた。
>《あーあ、見ちゃいらんないなぁー! じれったいったらありゃしない!》
>《アッハハハハハッ! なーに驚いてるのさ? フュージョンするって言っただろ? フュー! ジョン! はーっ! てね!
それなら当然、ボクだってここにいるさ。なんにも不自然なことじゃないよね?
今までずーっと、おとなしく黙って見てたんだけど……そろそろ口出す頃合いかなーって!》
そして私の目の前には、私と瓜二つの――しかし色だけを漆黒に反転させたような天馬がいた。
闇の天馬ダークユニサス――作中では幻魔将軍ガザーヴァの騎馬として有名である。
《ついに始まったようですね……ああ、あなたと争うつもりはありません。
あちらの主導権を握った方の相方が主導権を握る――そういう事になっていますから。
とはいえあなたの姉さんが勝つ可能性は万に一つも無いですけど》
(いきなり何を……!? お前は誰だ!?)
《申し遅れました。わたくしは幻魔将軍の騎馬”ガーゴイル”――
ガザーヴァ様がノリでこんな名前付けちゃったせいで石像に擬態させられたり大変だったんですよー》
(どーでもいいわ!)
何が何だか分からないが、ということはあの声は幻魔将軍ガザーヴァということか。
(姉さん! そいつの言う事に耳を貸しちゃ駄目だ!)
>《こーんなクソザコナメクジ相手に何やってんのさ? ひょっとして遊んでる? 舐めプしちゃってますー?
それならそれでいいけどさー。ボクとしてはもーちょっと、しっかり強さをアピールしてもらわなくっちゃさぁー。
でないと――》
>《――ボクの復活が、ド派手に演出できないじゃないのさ――?》
カザハが、漆黒の鎧を纏った魔将軍と向かい合っているのが見えてきた。
「復活なんてさせないよ。主導権はこっちにあるんだから。
ボクがボクである間に命を絶ったら……君は復活できないんだからね?」
一見強気に言い返して見せるが、私には分かる、精一杯の強がりだ。
《それが出来るぐらいなら君はボクの誘いに乗らなかった――
どうしても仲間達が世界を救うところを見届けたかったんでしょ? 違うかい?》
「全部お見通しってわけだ……」
カザハは、泣きそうな笑い顔で私に語り掛ける。
「ねえカケル、ボク達って本編未プレイだと思ってたら実は大昔にリアルにプレイしててさ……
でもベストエンディングに辿り着けなかったんだよね……。
それでつよくてニューゲームの餌に釣られて憎き仇敵に魂を売ったんだ……
君も巻き添えに……ごめん、ごめんね……」
173
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:11:18
(そこまでして見届けたかったんでしょ!?
だったら今度こそベストエンディングを見届けようよ! 命を絶つなんて言ったら駄目だ!)
「でも……こいつに乗っ取られたら……みんなを殺しちゃうかもしれない……!」
カザハは膝を突いて大粒の涙を零して泣いていた。
風の精霊であるシルヴェストルが実際に泣くことがあるのかは定かではないが、ここは精神世界なのでそういうこともあるのだろう。
私はどうすることも出来ずに立ち尽くしていた。
「あ……」
ふと、手首につけてある札に目を止めるカザハ。
『聖女の護符』――出撃前に、何故か明神さんがカザハにくれたレアアイテム。
カザハがまず額に貼り付けて明神さんが「装備箇所がちゃうわ!」系のお約束(?)のツッコミを入れるというやり取りを経て受け取っていた。
「バカだなあ、明神さん……敵、地属性ばっかじゃん……。
でもさ、大正解だったよ。もしかしてこうなるの知ってた……?
それに“ちゃんと忘れずに装備しとくんだぞ”とかツボ押さえすぎだから!」
カザハは腕で涙を拭うと、すっくと立ち上がり、幻魔将軍をびしっと指差す。
「勝負だ幻魔将軍―― ボク達は昔一度勝ってるんだから……次だって負けない!」
《総力戦の末に二匹掛かりで相打ちで勝ってるって言うんかーい! あははは! 大した自信だね!》
「それにね……万が一乗っ取られたら……明神さん達が君を倒してくれる。
君なんて自分では凄い黒幕のつもりかもしれないけど地球出身のブレイブから見ればバロール様のパシリの単なる中ボスなんだから!」
《フフフ、曲がりなりにも仲間だった者と同一存在を倒せるのかな?》
「大丈夫、明神さんは史上最強のクソコテでレスバトラーだから! ボクの振りして騙そうったってそうはいかない!」
《クソコテでレスバトラーって全く褒めてるように聞こえないぞおい!》
「そんな事よりつよくてニューゲーム頼むよ? そういう契約だったよね?
君のお望み通り強さをアピールしてあげるからさ。ただし絶対君には出来ないボクなりのやり方でね」
《そう来なくっちゃ面白くない! せいぜい楽しませてもらっちゃおっかなー!》
174
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:12:14
――意識が戦場に戻ってくる。どれくらい気を失っていたのだろうか。
それは定かではないが、エンバースさんも、なゆたちゃんもまだ持ち堪えていた。
「カケル、行くよ!」
カザハがひらりと背に飛び乗る。
《カザハ……》
「話は後だ! まずはアイツを倒すよ!」
背に乗ったカザハの魔力が爆上がりしているのを感じた。しかし考えてみれば、今までが弱すぎたのだ。
初期装備カードの謎の充実っぷりと飛行能力というゲーム上で表現される域を遥かに超えたアドバンテージでなんとなく誤魔化されていただけで。
なゆたちゃん達は本編クリアーは当然でその後のコンテンツまでやり込んだ状態のモンスターと一緒に転移してきたわけで、
本編のガザーヴァとの決戦時の能力値に補正されたところでまだ足りないぐらいかもしれない。
しかしそれでも相当な上級魔法系スキルをバンバン使えちゃったり!?
(……あっ、魔法思い出せない。復元されたの能力値だけみたいだわ。あ・の・アコライト解体工事総指揮官め!)
《はあ!? それじゃあ魔力だけ高くても意味無いじゃん!》
(まあ意味無くはないかな――術式はこのカードに入ってるからね)
カザハは思わせぶりにスマホから残り一枚の『真空刃《エアリアルスラッシュ》』のスペルカードを取り出した。
《でもそれ、さっき殆ど効きませんでしたよね……?》
「見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!」
カザハは腕を一閃して風の刃を放つ。案の定最初の時と同じようにカイトシールドに阻まれた――
……かと思ったが、一瞬後、カイトシールドはまるで漫画のようにスパッと真っ二つになって地面に落ちた。
175
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2019/12/02(月) 03:12:55
《嘘……!》
「寝てる間にレベルアップしちゃったみたいで。睡眠学習ってやつ?」
カザハは謎の言い訳をしながら、戦線離脱中に溜まっていたゲージを使って次のカードを切る。
「『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!」
『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』の対象は通常一体。
カザハはそれを3倍――否、ブレイブとパートナー全員分なので6倍に拡大してかけた。
魔法自体は覚えていなくても、カード使用時に魔力を使って威力や範囲の強化が出来るということか。
ところで人間が使う魔法は学問的なものらしいが、魔法っぽいスキルを使うモンスターが皆が皆文字が読める程知能が高いわけではない。
両者は似ているように見えて根本的に別の物なのか、理論的に使うか感覚的に使うかの違いで本質的には同じものなのか――
それは私には分からないが、何はともあれ防御の要だったカイトシールドが破られ、全員の攻撃が相手の弱点属性である風属性となった。
「さあ――勝負はここからだ!」
個人の圧倒的な力で敵を薙ぎ払うのではなく皆を強化して連携して倒す―――
カザハはその宣言通り、友軍すら見境なく蹴散らしていたあの現場将軍には絶対不可能なやり方で勝利を掴もうとしていた。
176
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:04:53
油断も慢心も、なかったはずだった。
それでも、魔法とかいう超絶パワーを手にして、舞い上がってたとしか言いようがない。
中学生で卒業すべき全能感は未だに俺の脳みそにこびりついていて、そのツケは思ったより早く訪れた。
>「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」
頭の上をジョンの警句が通り過ぎる。
耳に入って来ない。想像以上の疲労感が、感覚器さえも埋め尽くす。
やべえやべえと理性が忠告するも、肝心の足はぴくちり動いちゃくれなかった。
魔法攻撃を受けたヒュドラの、多頭に光る無数の眼が、俺を見据える。
ばっちりヘイトを稼いじまって、奴らのタゲは今俺に向いていた。
蛇の首が鞭のようにたわむ。
……これはアレだ、キリンさんが縄張り争いでやるやつだ。
あの巨大質量で薙ぎ払われれば、この狭い屋根の上に逃げ場なんてない。
「やべ……」
風を切り裂くヘッドバッドが降ってくる。
回避は間に合わない――。
>「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」
「ぐえっ!?」
瞬間、ジョンが俺の襟首を掴んで屋根の外へ放り投げた。
三半規管を蹂躙する慣性の暴力。血流が脳に届かず失神しそうになる。
吹っ飛ぶ寸前の意識の中、いやにゆっくり流れる視界に、俺をカザハ君に託したジョンの姿が映った。
>「明神をたの――――」
声が最後まで俺の元に届くことはなく。
ジョンは、俺の代わりに部長ごとヒュドラの頭部に薙ぎ払われた。
「ジョン……!!」
同時、回り込んでいたカザハ君が俺を抱きとめる。
地面との激突はなんとか免れた格好だが、安堵できる要素は一つもなかった。
「助かった!けど俺よりジョンのことを……」
すぐにジョンの方へ目をやれば、あいつは血の尾を引きながらヒュドラの足元へ転がり、
息も絶え絶えになりながら立ち上がろうとしていた。
生きてはいる。だが負ってしまったダメージはあまりに甚大だった。
当然だ、あのクソぶっといヒュドラの頭部で打擲されて、生身の人間が無事でいられるわけがない。
それこそ車にハネられたようなもんで、即死してないのが不思議なくらいだ。
177
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:05:44
なんぼ武道の心得があろうが、人間は軽自動車にも勝てない。
空手も柔道もやってねえ軽自動車にだ。
事実、たった一撃でジョンは満身創痍。左腕は変な方向に曲がっちまっている。
「く……そ……」
今すぐにでもあいつを助け出してやらなきゃならないのに、俺は未だに身体が動かなかった。
目は霞み、耳に入ってくる音もどこか遠い。空気がうまく肺に入っていかない。
気を抜いたらそれだけで意識が飛びそうだ。
ジョンは俺を庇ってヒュドラの痛打を受けた。
否応なしに、リバティウムの記憶が蘇る。手の中で冷たくなっていく、しめじちゃんの感触を思い出す。
……ふざけやがって。二度もおんなじ思いしてたまるか。
俺がすべきことはお馬さんの上で打ちひしがれることか?違うだろ。
できることを今すぐ探せ。ジョンをあのクソ蛇の足元から救い出す方法を考えろ。
「ヤ、マシタ……『狙い撃ち』……」
曖昧すぎる指示にもパートナーは応え、ヤマシタが弓に矢を番える。
もう不意打ちは効かない。弱点に届く前に撃ち落とされるだろうが……それでも。
何も出来ずにエカテリーナにおんぶに抱っこだったあの時とは違うって、証明してみせろ!
風を切って矢が飛ぶ。
ヒュドラの頭部が翻り、ハエでも払うように叩き落とす。
俺にできることはこれが精一杯。だけど、少しでもヘイトが稼げたなら……今はそれで十分だろう?
ジョン。
あいつはスタボロになりながらも、無事な方の手でスマホを握っていた。
戦意を喪失していない。奴もまた、この状況でできることを模索している。
ヒュドラはジョンを『人質』にすると同時に、多頭の一つでその動向を観察していた。
なにか反撃に動こうものなら、すぐにでもトドメを刺せるように。
なら、わずかにでもヒュドラの注意を引いて、ATBゲージを消費する隙を作る。
>「雷刀(光)!プレイ!」
果たせるかな、ジョンはスマホを手繰った。
カードは発動し、生成された装備ユニット――雷刀を手に、立ち上がる。
同時に、奴の身体に赤いオーラめいた燐光がまとわりつくのを見た。
パーティクル・エフェクト――スキル発動の証だ。
俺が魔法をコソ練してたのと同じように。なゆたちゃんがお姉ちゃんに師事していたように。
あいつもまた、スキルを習得していたのか?
>『アハハハハハハ!』
人が変わったような哄笑を上げながら、ジョンは吶喊する。
一歩ごとに血がこぼれ落ちるような満身創痍で、足運びだってメチャクチャだ。
それなのに、気圧されたようにヒュドラは嘶く。全力で叩き潰しにかかる。
178
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:06:13
>『甘い!』
一度は瀕死にまで追い込まれた必殺の一撃。
それをジョンは身の捻りだけで躱し、カウンターまでぶち当てて見せた。
切り飛ばされた頭部が宙を舞う。
「どうなってんだあいつの身体……」
誰が見たって、飛んだり走ったりできるような怪我じゃなかった。
だけどジョンはダメージなど意に介さないかのように、凄まじい勢いでヒュドラの巨躯を登攀していく。
瞬く間に首の根本――弱点までたどり着き、間髪入れずに斬撃を加えまくった。
>『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』
罵声を浴びせながら刀を振るうその姿は、まるで別人だ。
少なくとも俺の知るジョン・アデルは、紳士的であらゆる振る舞いに理性を感じさせた。
だが目の前でヒュドラを蹂躙するこの男は……一体、誰だ?
>『しねええええええええ!』
雷刀の効果で麻痺したヒュドラ。
無防備なその中枢に、ジョンは刃を深く突き立て、刳りぬいた。
間欠泉のように湧き出す血飛沫を慈雨のように浴びながら、ジョンの顔には笑いが張り付いていた。
獰猛な、獣が牙を剥く仕草に由来する――笑みが。
>「ジョン君、またキャラ変わってる……」
「変わったんじゃなくて、『戻った』のかも、知れないぜ……」
ジョンは、メディアが囃し立てるような聖人君子のヒーローではないと、俺はもう知っている。
あいつの本当に護りたいものが、人類みんななんかじゃなくて、ごくわずかな『友達』だってことも。
カザハ君の身も蓋もないコメントを頭上で聞きながら、今度こそ俺は意識を手放した。
◆ ◆ ◆
179
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:07:23
目はすぐに覚めた。
多分カザハ君あたりがなんか回復魔法みたいなのをかけたんだろう。
朦朧とする意識でカケル君の背に臥せってる間、ずっと温かいなにかが流れ込んできていた。
「――そうだ!ジョンは!?」
ヤマシタに肩を借りながらあたりを見回す。
視界は明瞭、耳鳴りもしない。ゴリゴリ削れた精神力もなんとか持ち直してる。
ダメージの大きさで言えば、よほどジョンの方が心配だった。
ジョンもまた列車の上に戻ってきていた。
こっちも魔法による治療を受けたのか、出血は止まっている。
「足、ついてる、な……良かった。助けられちまったなヒーロー」
ばつの悪さを噛み殺して、俺はジョンの胸板を軽く叩いた。
俺が自分の能力も顧みずに魔法ぶっぱしてなけりゃ、こいつが庇って怪我することはなかった。
こいつのダメージの95割は俺の責任だ。
……「悪かった」とか、「もう無茶はしない」とか、言うべきなんだろう。
だけど、ジョンはそういう言葉を求めてなどいないと、なんとなく俺には分かった。
友達が友達を助ける。至極当たり前の行動規範に、こいつは準じてみせたのだから。
礼だけ述べて終わりになんてするつもりはない。
「借りひとつだ。こいつはデカいぜ」
俺もまた、その友情に、応えよう。
「しかしお前、ハンドル握ると豹変するタイプだったんだな……。
ヒュドラ君ドン引きしてたもん。名古屋に来るときは俺呼べよ、運転するから」
こいつのアッパー加減で名古屋走りかまそうもんなら即日廃車確定だ。
生きて県境を跨ぐことはできまい。公道という名のバトルフィールドじゃけえの。
>「……みんな、無事みたいだな」
いつの間にか戻ってきたらしき焼死体が戯言を垂れた。
「はあーっ?お前目ン玉付いてんのか!?あっ付いてないね、ごめんね!
『無事』ってのは『死んでない』って意味じゃないんですよ!」
残りのヒュドラが片付いている。しまった、こいつのバトルシーン見逃した。
奴の手には画面パキパキのスマホがある。いつの間に復活したんだ。
>「ん……そうね。とりあえず……」
なゆたちゃんも俺達の惨状を見てなにか言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。
なにはともあれ、欠員が出ることなく、俺達はヒュドラを撃退しおおせた。
スペルも殆ど使ってない。戦力を温存したまま、本陣へ切り込める。
>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
「よっしゃああああああああああッッッ!!待ってました!!!」
スマホから光が降り注ぎ、俺の肉体が変性していく。
マホたんクリソツのホログラムをおっ被り、今ここに俺と言う名の美少女が爆誕する!!
「新米Vtuber・笑顔きらきら大明神……受肉完了!」
180
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:08:31
鏡がないのでイマイチ実感がないが、見える範囲では完璧にマホたんと化している。
わぁ……お手々ちっさいねぇ……足もめっちゃ細い。
背が低くなったのに視点に違和感がないのは、あくまでこれが幻影だからだろう。
「これが……俺……!?」
鎧もヘッドセットも実装されてるのに、重量は感じない。
そして視界の端に揺れる金色は、マホたんのアイデンティティであるツインテール!
「見てみ、これ見てみ?……ファサッ!」
ツインテールのあるあたりに手をやると、手応えもないのにツインテがふわりと翻った。
こ、これは……なにかに目覚めそうだ……!心まで美少女になろうとしている!
わたくし残酷ですわよッ!
オタク共に無自覚で無防備な愛を振りまきたいが、そいつらも一律マホたんと化していた。
>「美少女かぁ、前世を思い出すなあ! ……って言ってて自分で悲しくなるわ!」
カザハ君がしみじみと感慨を漏らす。
なんだぁおめぇ……美少女だった過去でもあんのかよ前世によ。
そういやこいつ当たり前のように女湯行こうとしてたし……転生で性別まで変わったのか?
どちらにせよ。
「少女って歳じゃねえだろお前……」
タッキー&ツバサでウケる年代は少女ではない。名推理。
>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』
ワイキャイ言ってる間に列車は敵陣を進む。
このまま滞りなく進軍すれば、直に決戦のバトルフィールドへと辿り着く。
本当の戦いは、ここからだ。
その時、みたび列車が大きく揺れた。
ヒュドラの体当たりより遥かに強い衝撃が車内を襲う。
>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
「ほ、砲撃かっ……!?この霧の中でどうやって狙ってきやが――」
>『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』
遅すぎる警告に耐衝撃姿勢もとれないまま、列車は今度こそレールを逸脱した。
あまりの衝撃に車体が真横に傾く。高速で流れる地面がすぐそこに迫る!
「うぉわおおおおおおおおお!?」
>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
万事休す、脱線事故もかくやの緊急事態に、バロールの声が響いた。
レールを敷き直す!?バカ言え、列車横転してんだぞ!?
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》
矢継ぎ早に魔法が発動し、地面と垂直にレールが形成される。
あろうことか列車は横倒しになりながら軌条を掴み、再び走り始めた!
181
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:09:20
「ウソだろおい……!空飛ぶ列車どころの話じゃねえ!壁走りまでしてんじゃねえか!」
重力操作によって真横に傾いたまま列車は進む。
げにおそるべきは、この大規模な魔法を『3つ同時に』展開したバロールの魔法技術だ。
>《慣れれば明神君もこの程度の芸当はできるようになるさ! 頑張ろう!》
「『慣れれば』?『この程度』!? む、無茶苦茶言うなぁーっ!」
何が起きてんのか殆ど理解出来てねえよ!
いくら魔法初心者の俺でも、バロールの芸当が練習すれば出来るようなもんじゃないってことは分かる。
どうなってんだあいつの脳みそ!左右と真上を同時に見るようなもんだぞ!
あいつは俺の『影縫い』に『負荷軽減』を組み合わせるようアドバイスしたが、
2つの魔法を同時に使うだけでも俺の脳みそは焼き切れちまうだろう。
参考にならねえ助言だなおい!!
そして奴の言葉が謙遜じゃあないのなら……バロールにとって魔法の同時行使など、大した負荷にもならない。
冗談じゃねえぞ。魔王の時より強いんじゃねえかこいつ!
>《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
「ひいいいいいいっ!!!」
石油王の早めの警告超助かる。どこぞの車掌とは大違いだ。
皆で丸まり、防御魔法の使える兵士が複数人で緩衝結界を張る。
俺はといえばそんな高度な魔法はぴくちり覚えちゃいないので、手すりに掴まってひたすら縮こまった。
>『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
軌条が途切れ、完全に脱輪した列車が本陣に突っ込む。
馬防柵をめちゃくちゃに破壊しながら、慣性を使い切った車体はようやく停止した。
>「いたた……。みんな、大丈夫……?」
「なんとかな……。ハードな一日だぜ、コナンの劇場版じゃねえんだぞ」
ベイカーストリートの亡霊でももうちっと安全に配慮するわ。
脱線した機関車で暴走した経験あんのコナン君と俺達だけじゃないの。
>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」
目の前を回る星が掻き消える前に、なゆたちゃんと焼死体、カザハ君の強襲部隊が列車を飛び出した。
兵士の一人に気付けの魔法をかけてもらって、俺達も打って出る。
182
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:10:12
>「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」
「お前も。気をつけろよ……伝令が真っ先にやられたら部隊はガタガタだ」
俺達は心にもない『合理的な』理由をつけて、お互いを慮った。
ウソじゃない。カザハ君がいなくなるのは……困る。
>「あたしたちも出るよ、みんな!
300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」
「うおおおおおお!!!セットリストは頭に入ってんな野郎共!
今日の俺達は観客席でミックス打ってるオタクじゃない!
300人からなる大合唱!裏声による輪唱――インバーテッド・カノンだ!」
無数のマホたんが次々に列車から飛び出し、帝龍本陣はかつてない混乱に見舞われた。
トカゲやヒュドラは出てこない。300人の誰がマホたんか分からないからだ。
代わりに出てきた人間の帝龍兵は、アコライトで歴戦を重ねたオタク殿たちの敵じゃない。
>「さあ――派手に始めちゃおう!
あたしの歌……あたしの想い! 大切なみんなへ届けるよ!」
爆音でかかり始めた『ぐーっと☆グッドスマイル』のイントロをBGMに、
帝龍兵と300人のマホたんが激突する。剣戟の音を合いの手に、戦乙女の美声が響き渡る。
ユメミマホロの歌声は、血煙漂う戦場を綺羅びやかなライブ会場へと変えた。
「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!フゥーワッフゥーワッ!!」
『迷霧』がいい感じにライブミストみたいになって幻想的な空間を演出する。
『信仰の歌』によって強化された防御力は、飛んでくる矢や魔法にカスダメすら発生させない。
「部長は出すなよジョン。召喚すれば一発でブレイブだってバレちまうからな。
徒手空拳以外の攻撃もなるたけ避けたほうが良い。やるなら掌底だけぶちかませ。
ちまちま削りながら強襲部隊が戦果を上げるのを、ここで待つ」
ジョン(マホたんスキン)と最低限の言葉を交わしながら、俺達は戦場を逃げ回る。
敵兵に追われればダッシュで退避し、その辺で歌ってるオタク殿にタゲをこする。
隣のフィジカルエリートはともかく俺には攻撃手段がない。
現状ヤマシタは召喚できないし、迷霧以外のスペルを発動するわけにもいかない。
「なゆたちゃん達の方はどうなってる。ちゃんと帝龍の元に辿り着けたのか?」
強襲部隊はとっくに霧の向こうで、こちらからは何も観測出来ない。
何かあればカザハ君がすっ飛んで来るはずだが、頼りがないのは元気な証拠ってことか?
その時、視界の端にウインドウめいた新たなホログラムが展開した。
映っているのは、霧中を駆けるなゆたちゃん達の姿。
『はっはっはーっ!こんなこともあろうかと!映像中継も実装済みさ!
希望なら私の気合入った実況解説も添えるけど……聞きたいかい?』
スマホからバロールの呑気な声が響いた。
「要らないですぅ……どっからカメラ回してんだエロ魔王、いつから仕込んでやがった?」
『おっと!冤罪はよしてくれ、五穀豊穣君の私を見る目がますます冷たくなってしまう!
これでもコンプライアンス意識は高いつもりだよ、プライバシーには配慮している』
183
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:10:43
魔王軍の福利厚生が充実してようが知ったこっちゃないが、バロールは監視の存在をはぐらかしやがった。
これは言外の警告か?『いつでもお前らを見ているぞ』、そう言いたいのか。
『モンデンキント君達は帝龍と対峙した。彼のパートナーはロイヤルガード、君の完全上位互換だね。
苦戦しているようだよ、メイン火力のポヨリン君は属性的に不利だ』
「実況要らないって言ったんですけお!!
属性不利がどうした、カザハ君の支援スペルで風属性を付与すりゃそんなもんは――」
『――おや、カザハの様子が……?』
不意にバロールの声が一段低くなる。
中継映像の中で、ロイヤルガードに殴られたカザハ君が倒れ込む。
地属性のワンパンでシルヴェストルが沈むわけがない。何があった?
「おい!起きろカザハ君!追撃食らっちまうぞ!!」
――もしも。
マホたんの言う通り、カザハ君の中にガザーヴァが居て。
一つの身体に二つの魂が主導権を取り合っているのだとしたら。
なにかのきっかけで、カザハ君優位のバランスが崩れてしまったのだとしたら。
あるいは、元から二つの魂に境目なんてなくて、カザハ君もガザーヴァも同じ存在で。
気まぐれや興味本位で、たまたま俺達に手を貸していたに過ぎないとして。
帝龍相手に苦戦するなゆたちゃん達を見限って、ニブルヘイムに『戻る』つもりだとしたら。
今が、その時なんじゃないか。
「くそ……ッ!ジョン、作戦変更だ!強襲部隊のケツ追っかけるぞ!」
今から行って何が出来るってわけじゃない。
戦いになって迷霧を切れば、撹乱していた敵の攻撃が自軍に直撃する。
ここは唇を噛んででも、帝龍戦の成り行きを遠方で見守るのが正しい。
だけど俺は、耐えられなかった。
カザハ君が『変わって』しまうその時に、傍に居られないことに。
この眼で、見極めなきゃならない。
カザハ君が――どちら側なのかを。
この手で、摘み取らなきゃならない。
ガザーヴァと化したカザハ君の、その命を。
184
:
明神
◆9EasXbvg42
:2019/12/09(月) 01:11:34
「カザハ君――!!」
俺の叫びが届いてか届かずか、中継映像に変化があった。
やおら、カザハ君が立ち上がる。
その双眸に風と闇、どちらの光が宿っているのか……分からない。
>『カケル、行くよ!』
だが、復帰したカザハ君はカケル君の名を呼んだ。
幻魔将軍の愛馬、ダークユニサスの『ガーゴイル』ではなく。
シルヴェストルの半身、ユニサスの名前を、口にした。
>『見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!』
カザハ君がスペルを手繰る。
その対象は――ロイヤルガードだ。
振るった腕から放たれた風の刃は、重厚鉄壁を誇るカイトシールドを濡れ紙のように引き裂いた。
「なんだ、あの威力……!」
真空刃は大したレア度のスペルじゃない。
俺の知る限りじゃ、一撃でロイヤルガードを部位破壊まで持っていける代物じゃなかった。
こんなもんが使えるなら、王都でのバトルももっと優位に運べたはずだ。
>「さあ――勝負はここからだ!」
方向の良し悪しはどうあれ。
この僅かな時間で、カザハ君は明確に――変わった。
「今のお前は……どっちなんだ」
一樽のワインに一滴泥水を落とせば、それはもう一樽の泥水だ。
カザハ君の魂に落ちた一雫が、ワインなのか泥水なのか、俺には判断がつかない。
結論は出ないまま……戦況だけが流れていく。
【ジョンの豹変にビビる。疑心暗鬼続行】
185
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:26:03
「ああ・・・それにしても・・・気持ちよかったなあ・・・」
目の前の動かなくなった肉塊を剣の先で弄りながら思う。
それなりに前に猟師に着いてって行って山でイノシシ狩りを経験したことがある。
当然、自分が持つ獲物は銃だ、昔から現代に至るまで、動物を狩るときはかならず遠距離武器だ。
身を潜め、息を殺し、相手が隙を晒した瞬間を待つそして殺す。
明確な武器のリーチ差は、恐怖をそれだけ和らげる、敵の殺意に怯えずに行動できる、怯えは行動を制限する。
その点、銃は完璧と言えるだろう。少し練習すればだれでも扱えるようになるし、明確な有利を一方的に突きつける事ができる。
その時はなにも感じなかった、当然だ、殺したのは間違いなく僕だが、だけど距離が遠すぎた。
「・・ん?」
その時ヒュドラからでてきた赤い塊に気づく。
左手を伸ばすと、その玉は左手に吸い込まれていった。
「・・・んん?」
気づけば左手が動かせるようになっている。
一体いつのまに?一体だれが回復をかけてくれたのだろう?集中しすぎて気付かなかった。
>「――そうだ!ジョンは!?」
明神のその一言で、まるで霧が晴れたように視界が、思考がクリアになっていく。
「明神!」
明神が心配になった僕は急いで部長を抱え、列車に戻る。
>「足、ついてる、な……良かった。助けられちまったなヒーロー」
「もう回復してもらったし、どうって事ないさ、僕の体は自慢じゃないけれど世界にいるどの人間よりも頑丈だからね」
>「借りひとつだ。こいつはデカいぜ」
異変に気づく、明神が明らか怯えている事に・・・。
「おいどうしたんだなにか・・・」
>「しかしお前、ハンドル握ると豹変するタイプだったんだな……。
ヒュドラ君ドン引きしてたもん。名古屋に来るときは俺呼べよ、運転するから」
冗談を言いつつも明神の目は確かに訴えていた。
この化け物近寄るな
と
明神の怯えたその目をみた瞬間頭の中に情報が一気に流れてくる。
一時の感情に身を任せ、なゆとの約束を即効破った事、ヒュドラを部長なしで一人で圧倒した事。
そして、それを短時間とはいえ、自分で忘れていた事。
なにより・・・それを楽しんでいた、自分の事。
また・・・またなのか・・・?また・・・ぼくは・・・
186
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:26:21
-----------------------------------------------------------------------
だいじょうぶ?
「ひえ・・・!やめて!こっちこないでよ!しにたくない!」
だいじょうぶだよ、ぼくはたすけにきたんだ
もうだじょうぶ、ここにいるてきはみんなたおしたよ
「もうやだあ・・・なんでわたしばっかりこんなめにあわなきゃいけないのよ!!!」
どうしておびえてるの?
ぼくといっしょにみんなの所にかえろう?
「こっちこないで!!やめて!やめてよ!・・・ばけもの!」
だめだ・・・そっちは・・・!
「あんたからはなれられるならどこでもいいのよ!ついてこないで!!・・・え?」
-----------------------------------------------------------------------
187
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:26:40
>「……みんな、無事みたいだな」
その言葉で我に返る。
まただ、また、戦争中に余計な事を考えていた、今は・・・そうだ。
戦争の中の一人、その役割を全うしよう、この戦いを終わらせる事が今考えるべき事だ。
だから・・・今はなにも考えず・・・切り替えよう。
「ああ・・・おかげさまで・・・それで?次の工程は?」
僕が聞くよりも先になゆは準備をしていた。
マホロ計画、僕達全員にマホロの幻影を被せる作戦。
「いくら幻影で隠せてもこれだけ血なまぐさいと効果が薄いな・・・」
僕は部長の背中にあるトランクから水晶を取り出す。
それは魔法を記憶する水晶で、低レベルの魔法限定という制約があるものの。
この水晶に念じればだれでも魔法が発動できる夢のようなアイテムだ。
「えーと・・・対象は僕・・・発動!」
その瞬間僕の体が水の球体に包まれる。
これはメイドさんが、僕の体を洗う為に、使った魔法。
名前はたしか・・・洗濯機、僕も冗談かと思ったが本当に水球洗濯機という魔法らしい。
若干・・・いやかなり苦しいのは間違いないが、効果はたしかだ。
少しの間洗濯機に洗われた後、勢いよく水球からはじき出され、汚された水は扉から列車の外へ。
この魔法のいい所はちゃんと乾かしてくれるという所だろう。
本当にやられてる最中息ができないし!ぐるぐる回されるし!ほんとーに苦しいし、洗剤の味がするから飲み水にできないとか
本当に難点だらけだが!
だが、身だしなみを整えられるというのはどんな状況でもありがたい。
そう思ってもってきたが、大正解だったようだ。
「よし・・・僕は大丈夫だ・・・やってくれ」
その合図を聞いたなゆがスペルを使う。
>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
>「新米Vtuber・笑顔きらきら大明神……受肉完了!」
>「見てみ、これ見てみ?……ファサッ!」
「ハハ・・・随分楽しそうだな、明神」
幻影だから実際に変わったわけじゃないが、手とか足とか・・・
自分の物じゃないとなんだか落ち着かない気分になる。
188
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:27:09
>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』
「ここからが本番だな・・・」
その時、列車がヒュドラ以上の衝撃で揺れる!
>「アッ――――――!!」
>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
>「ほ、砲撃かっ……!?この霧の中でどうやって狙ってきやが――」
「砲撃か・・・相手の急所に近づいてきたっていう事だね
しかし防御しようにも止まってない列車の上に立つのは無理だ・・・一体どうすれば」
>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》
また、列車を回転させる気か、と思ったが体はなんともない。
だが確実に列車は回転しているようだ。
「この世界の人間は本当に凄いな・・・いやバロールが凄いだけか・・・」
《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
部長の召喚を解除し、身近な物に捕まる。
ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
大きな衝撃、列車横転。
列車はダメになってしまったが、その役割を果たし。
僕たちは帝龍がいる本陣まできた。
>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」
>「あたしたちも出るよ、みんな!
300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
>「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」
「ああ・・・安心してくれ、命を賭けて守るさ」
>「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!フゥーワッフゥーワッ!!」
兵士達と明神のテンションはMAXだ!
「さあ・・・いこう!」
189
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:27:29
>「部長は出すなよジョン。召喚すれば一発でブレイブだってバレちまうからな。
徒手空拳以外の攻撃もなるたけ避けたほうが良い。やるなら掌底だけぶちかませ。
ちまちま削りながら強襲部隊が戦果を上げるのを、ここで待つ」
「了解」
そう明神に伝え、敵兵士の群れに飛び込んでいく。
たとえ鎧を着込んだ兵士でさえ、人間なら僕の敵じゃない、一人、また一人と倒していく。
ドガ!バキ!ボコオ!
兜の上からでも衝撃を与えれば脳は揺れる。
目立たないように他のマホロ兵士に身を隠しながら、一人、また一人倒していく。
無意識の内に考える、なんで僕はこの世界に呼ばれたのだろうと。
僕個人の力は自分で言うのもなんだが凄まじいと思う、人対人という意味では僕は最強クラスである自信がある
たとえ相手がユメミマホロであろうとも、対人という意味では有利はこちらにある。
昨日の彼女の動きを見て確信した、対モンスターが基本の技である、と。
まだ隠し玉はあるだろうが・・・それでも僕は有利に戦える。
バロールのような魔法使いという人種に関しては・・・ちゃんと調べてみないとなんともいえないが・・・
だが『異邦の魔物使い』としてみた場合は?
部長は当然、サポートよりでパっとしない、コンボ組めばある程度火力は出せるがなゆや明神ほどじゃない。
僕も、ブレイブとしては下の中、よくて中の下、そのレベルだ。
みんながヒュドラを相棒と連携して倒してるなか、僕はそれができなかった。
それだけ他のみんなより劣っているのは事実だ。
なんで僕だけが、バロールのいた城についたのだろう?
野垂れ死にしたブレイブの中には僕よりもはるかに優秀な人材もいただろう。
おぞましい、化け物の力を持った僕じゃなく
僕は神様を信じているわけでも、いないと決め付けてるわけでもないが。
もしいると言うのなら・・・あの謎の力も・・・僕を選んだという人選も・・・あまりにも・・・残酷だ。
「うう・・・うう・・・うわあああ!痛いイイ・・・助けてくれ」
敵の兵士の悲鳴で我に帰る。
まただ・・・また戦闘中に余計な事を考えてしまった。
考え事をしながら戦っていたせいで、兵士を気絶させそこね、悲鳴を上げさせてしまった。
「うは! ごめ〜ん 私〜 なるべく兵士さんには痛く思いしてほしくなくて気を使ってたんですけど
私ったらうっかり!サービスしてあげるから ゆるしてね!」
ユメミマホロ風の口調を崩さず、兵士に詰め寄っていく。
決してふざけているわけではない、これも作戦というなら、僕はただ黙って遂行するのみだ。
倒れた相手の頭を思いっきり踏みつける
兵士は気絶したのか、動かなくなった。
「これだけ数を減らせば〜他のマホロちゃんで大丈夫だよね!」
敵兵士の数を大幅に削り、明神の所に戻るのだった。
190
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:28:02
>「なゆたちゃん達の方はどうなってる。ちゃんと帝龍の元に辿り着けたのか?」
「わからない・・・がカザハから連絡がないということは戦闘に入ったか
特に問題なく捜索を続けてるか・・・そのどちらかだろう」
>『はっはっはーっ!こんなこともあろうかと!映像中継も実装済みさ!
希望なら私の気合入った実況解説も添えるけど……聞きたいかい?』
>「要らないですぅ……どっからカメラ回してんだエロ魔王、いつから仕込んでやがった?」
>『おっと!冤罪はよしてくれ、五穀豊穣君の私を見る目がますます冷たくなってしまう!
これでもコンプライアンス意識は高いつもりだよ、プライバシーには配慮している』
「言いたい事は数あるが・・・この際見れるならなんでもいい、バロールこの映像はどれだけのラグがある?」
ラグは特にないらしい、ということはバロールはいつでも僕達をリアルタイムに監視できるという事がこれではっきりした。
が、ここで問い詰めてもなんの特にもならない、言いたい事を全て飲み込み、映像を見守る。
>『モンデンキント君達は帝龍と対峙した。彼のパートナーはロイヤルガード、君の完全上位互換だね。
苦戦しているようだよ、メイン火力のポヨリン君は属性的に不利だ』
>「実況要らないって言ったんですけお!!
属性不利がどうした、カザハ君の支援スペルで風属性を付与すりゃそんなもんは――」
あの程度でなゆが負けるなんてありえない、そんな事は僕も、明神もわかっていた。
だからある程度落ち着いた気持ちで映像を見ていた、だが・・・。
>『――おや、カザハの様子が……?』
>「おい!起きろカザハ君!追撃食らっちまうぞ!!」
ロイヤルガードの攻撃を受けたカザハはぴくりとも動かない。
致命傷を負ったという雰囲気ではない。
「一体なにが起きて・・・!?」
カザハがよろよろと立ち上がる。
その刹那・・・身の毛がよだつような感覚に陥る。
今までの悪意に塗れた生活の中で、僕は人の悪意を感じれるようになった。
だが・・・一言に悪意といってもいろんな種類がある。
恨みの感情からくる悪意、人を殺そう、殺したい!憎い!そんな感情
事情があるような悪意、こんな事をしたくないが、仕事、もしくは脅されたからやる。
快楽からの悪意、人を犯すもしくは殺す事、人をいたぶる事で満足感を得る。
大小様々だが、悪意には常にそうなるに足る、様々理由がある。
大きなほど歪で、歪んでいる感情、衝動が付き纏う。
色んな人間を見てきて、感じた事だ・・・だが・・・。
「なんなんだ・・・!?この感じは・・・!?」
カザハ達がいるであろう方向を向いて呟く、この距離でも感じる程の大きな悪意。
大きな悪意には何度も対面した事がある・・・だが・・・だが。
「これほど強大な悪意を持っているのに・・・まっすぐで・・・純粋?」
理解が追いつかない、正体不明の初めて感じる悪意に、ただ、ただ、怯える事しかできないでいる。
191
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:28:39
>「くそ……ッ!ジョン、作戦変更だ!強襲部隊のケツ追っかけるぞ!」
「あ・・・あぁ・・・そうだな・・・いこう」
僕は明神の後ろを走る
>「カザハ君――!!」
映像の中のカザハが立ち上がる。
ゾっとした。不明の悪意の正体は・・・カザハだったのだ。
純粋で、それでいてまっすぐで無垢、だが誰よりも強い悪意を持っている。
その正体はカザハだったのだ。
夜、僕がみたカザハの様子を思い出す。
>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」
>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」
あの時は冗談だと思っていた、だがあれが本当の事だとしたら?
本当にカザハの中に違うなにかがいたとしたら?
呼吸が乱れる、悪意の正体に近づくにつれ、呼吸を荒くなっていくのを感じる。
帝龍とかいう小物は真の敵ではなかった、真の敵は身内にいたのだ。
>「さあ――勝負はここからだ!」
現場にたどり着くと、帝龍と対峙しているなゆ達を見つけた、だがしかし。
>「今のお前は……どっちなんだ」
明神もなにかでカザハが異常である、と悟っているらしい。
そして今、僕達は即座に援護に入れないで居る。
答えは簡単だ、ノコノコでていってもしかしたらカザハに殺されるかもしれないという可能性があるからだ。
だがこのまま手をこまねいていてはなゆがエンバースが危険に晒される。
解決する為には僕達は、やはりでていかなくてはならない。
192
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2019/12/10(火) 13:29:31
「明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね」
明神に夜、僕がカザハから盗み聞きした情報を全て話した。
「カザハは自分を現地の魔物と称していた・・・その時は中二病の冗談だと思っていた、だが本当に中になにかいるんだな
・・・そしてカザハの中にいる悪意の正体を明神はしっているんだな?」
明神の顔色は見えない。
「別に、どんな理由でしっているのか無理に言わなくてもいいし、無理に聞く気もない
ヒュドラ戦であんな戦い方してしまったせいで、信用がないのはわかっているしな・・・」
「だが、カザハの中にいる存在は異常だ、とてもじゃないがこの世にいていいレベルじゃない
今のカザハの力を見れば力そのものも恐らく強大だ、今は落ち着いてはいるが、いつ暴走するかわからない」
懐からナイフを取り出し、明神に見せ付ける。
「もし次・・・あの悪意を振り撒いたり・・・暴走したら・・・その時は俺がこれでカザハを終わらせる」
友を殺すなど、正気の沙汰ではないが、それでもやらなければならない。
それだけ・・・カザハの中にいるナニカは・・・危険で・・・異質すぎる。
「説得が通用すると本気で思ってるのか?僕はそうは思わないな。あれは、あの悪意はそんなレベルじゃない」
マホロに殺すと、宣言した時の殺意を隠さず、僕は、本気でカザハを殺すつもりだ、と。
殺気だけで・・・そう明神に悟らせる。
「大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない」
おっとカザハは妖精だったな。と乾いた笑いをしながら覚悟を決める。
「安心してくれ、君に迷惑はかけない、僕一人でやるさ」
こうしてる間にもなゆ達の戦況を一刻、一刻と変化していく
「さぁ時間はないぞ!いこう明神」
僕は明神に向かって手を差し伸べた。
【あまりにも純粋な悪意を孕んだカザハ(カザーヴァ)を敵対視
事情を知らない為 次は暴走すると予想し、そうなった場合殺す決意を固める】
193
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/12/21(土) 08:21:48
【トライアル・マッチ(Ⅰ)】
『おかえり!』
「ああ」
焼死体が仲間の様子を見る――生命反応に陰りはない。
「……みんな、無事みたいだな」
『はあーっ?お前目ン玉付いてんのか!?あっ付いてないね、ごめんね!
『無事』ってのは『死んでない』って意味じゃないんですよ!』
『ん……そうね。とりあえず……』
「……次の戦闘に備える。みんなも警戒を怠るなよ」
可憐な出迎え/簡潔な応答――左手のスマホから触腕が閃く。
歪んだ鉤爪が瞬時に焼死体の耳を掴み/引き寄せる。
必然、スマホを耳元へ添える形になる。
〈あなたは、バカですか。もっと気の利いた返事が出来ないんですか?〉
「いいや。俺も、みんなもバカじゃない。重要なカードを消費したなら、自分から――」
〈もう結構。思い出しました。あなたは「俺はバカだ」と告白する時に限り
文学的表現に恵まれる、どうしようもない、ゲームだけが取り柄の――〉
「もう結構だ。俺も思い出したよ。お前が、俺をなじる時に限り、文学的表現に恵まれる事を」
194
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/12/21(土) 08:24:06
【トライアル・マッチ(Ⅱ)】
『じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!』
『オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!』
〈……何故、槍を装備しているのです?バカすぎてマホたんのビルドも忘れましたか〉
「いいや、お前が忘れているんだ。俺にはマホたんに扮するメリットは、ない。
偽物だと確定すれば攻撃は俺に集中する。だが、それで何か困る事があるか?
どうせ、マホたんAtoYに対して無差別攻撃が行えない事は、変わらないのに」
〈……思い出しました。あなたは、そうやって減らず口を叩くのが上手だった〉
「ああ、俺も思い出したよ。お前は、俺の切り返しが予想外に鋭いと、すぐにそれを減らず口だと言うんだ」
〈……ふん。それこそ、減らず口だ〉
『うーん。300(スリーハンドレッド)って感じ』
「マホたんがVtuberである事を鑑みると、マトリックスって線もあり得る。
全てが終わった後、このスキンが呪われた装備になってなければいいが」
『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』
「テンポが良くて結構だ。ボス前の雑魚戦なんて、何も楽しくない――」
不意に列車が激しく揺れる/轟音が響く――咄嗟に少女を引き寄せ、支える。
『ボノ! またヒュドラ!?』
『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
『一番の質量……!?』
「――違う、質量の正体はどうでもいい!今のをもう一度貰ったら――」
『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』
轟音/衝撃/浮遊感――鎧戸の剥げた窓の外に、地面が見えた。
「――こうなるよな!ああ、分かっていたさ!」
焼死体が左手首のスマホを操作/カードを選択――【死に場所探り(ネバーダイ)】。
効果は、味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する。
要するに、持続時間のあるバリアを展開する為のスペル。
一部のスペルは、その効果範囲の定義が使用者の認識に依存する。
味方全体を列車内の乗員全てと定義すれば、落下の衝撃を緩和する事は可能だ。
だがスペルの使用にはクリスタルの消費が伴う/そしてその消費量は、起こす現象の規模に比例する。
そこまでしても、乗員が衝撃に堪えられるかは、怪しい――それでも、少女はそれを望むだろう。
「……丁度いいハンデだ。そう思わないか、フラウ」
〈――やはり、あなたは減らず口を叩くのが上手だ〉
焼死体の右手、人差し指が、スマホの画面に触れる――
《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
その直前、少女のスマホから、声が聞こえた。
いけ好かない――だが信用には足る声だった。
《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》
「……戦力の逐次投入は愚策だと教えてくれるブレイブは、今までにはいなかったのか?
だったら教えてやる。次は、最初からこんな事態を回避出来る手段で俺達を届けろ」
195
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/12/21(土) 08:24:49
【トライアル・マッチ(Ⅲ)】
《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
『は、はいっ!』
レールが途切れる/列車が脱輪する/そのまま数十メートルを滑空――地面に不時着。
轟く掘削音/激しい衝撃/振動――それらが徐々に弱まり、やがて完全に、止まった。
『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
『いたた……。みんな、大丈夫……?』
「問題ない――いつでも行ける」
『よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!』
「ああ、思うままに走れ――道は、俺が拓く」
少女が駆け出す/焼死体がその背を早足で追う。
亡者の視界が捉える、濃霧の奥から迫り来る兵士の輪郭。
左手を翳す/濃霧の中を音もなく泳ぐ白き触腕――兵士達を縛り上げる。
左手を掲げる/振り払う――身動き一つ取れぬまま兵士達は浮かび/投げ飛ばされた。
〈一つ、訂正を願います。この場合、道を拓いているのは、あなたではなく私だ〉
「俺一人で全部終わらせてもいいが、お前がつまらないだろ?」
少女は敵陣を駆ける/駆け抜ける――そして、辿り着いた。
『帝龍――――――ッ!!!』
『チィ……存外早かったアルネ。
魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル』
「財布でメンコ遊びするしか能のない男が、何を偉そうに」
『見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!』
「おい、待て。それは困る。ギタギタのボコボコにされてから投降してくれないと――俺がつまらないだろ」
『寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル』
「……なあ。それに関してなんだが、俺の記憶が正しければ――」
『強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!』
「――いや、俺の話は後にしよう」
『ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!』
「そいつがお前のトカゲの尻尾か?大した事なさそうだな」
196
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/12/21(土) 08:25:52
【トライアル・マッチ(Ⅳ)】
瞬間、ロイヤルガードが地を蹴る/狙いは焼死体――彼我の距離が、急速に縮まる。
弧を描く斧槍が唸りを上げる/応じるように、朱槍が地から天へと逆巻く。
遠心力を帯びた斧刃をまともに受ければ、武器が耐えられない。
故に、狙いは斧槍を振り回せば必然、前へと伸びる左腕。
響く風切り音――初撃は、双方共に空振りに終わった。
互いが回避/攻撃の両立を図れば、必然そうなる。
初撃を振り抜いたロイヤルガードは、そのままハルバードを右へと振り被った。
重い斧槍も魔物の膂力であれば、右腕一本で容易く操り、振り回せる。
放たれるのは、初撃と対の軌道を描く薙ぎ払い。
代わり映えのない/しかし、それこそが工夫と言える一撃。
同じ命通わぬ五体故にロイヤルガードは理解している――刺突は無意味。
袈裟懸けの一撃を躱す為、体勢を低く沈めていた焼死体は、ほんの僅かに、出遅れる。
激音が響く/火花が散る――被弾したのは、初動を先んじたロイヤルガードの方だった。
命なき五体に対し、刺突は下策/だが――であるならば、ただ、突けばいい。
初撃を振り抜いた後、左手を逆手に変えての、石突による打撃。
ロイヤルガードが怯む/それを逃す焼死体ではない/朱槍を再反転/穂先を突きつける。
亡者の視覚には、見えている――肉体なき魔法生命体の、その心臓である魔力核が。
鋭い踏み込み/閃く刺突/響く金属音――焼死体が舌を鳴らす。
朱槍の一撃は、カイトシールドの表面を僅かに削り取るのみで終わった。
体勢を崩しながらも、刺突の先端を的確に逸らす――王室守護者の名に恥じぬ技巧。
「……やるじゃないか。思っていたよりは楽しめそうだ」
『三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!』
ポヨリン/カザハが加勢に入る――だが戦況は好転しない。
増援の一体は属性不利/もう一体はステータス不足。
致命打を与え得るのは結局、焼死体のみ。
『くふふ! 無駄無駄、無駄アルヨ!
そのロイヤルガードはワタシが金に糸目をつけずに育成した特別製! そこらの同種族とはまるでモノが違うアル!』
「らしいな。さて、どうしたものか――」
焼死体の判断/更新された行動指針――撃破には何かしらの搦め手が必要。
左手をかざす――触腕は【シールドバッシュ】によって弾かれた。
その隙に焼死体が大きく踏み込む/ロイヤルガードの懐へ。
直後放たれる迎撃の前蹴り――防御は容易い/だが踏み留まれない。
単なる焼死体と総金属製の甲冑の、ウェイト差による必然的現象。
197
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/12/21(土) 08:28:14
【トライアル・マッチ(Ⅴ)】
『エンバースさんが引き付けてる間に地道に削るしかないか……カケル、『カマイタチ』!』
「……よせ。明神さんから対人戦の講義を受けてないのか?
無闇にスキルやゲージを消費すれば、反撃の備えがなくなるんだぞ。
相手からしてみれば、格好の的だ。手を出すなら、何かしらの工夫が必要――」
『――瞬足《ヘイスト》!』
「――ああ、そうだな。お前はそういう奴だった!」
ロイヤルガードが焼死体へ間合いを詰める/左腕の盾が唸りを上げて、弧を描く。
【シールドバッシュ】――焼死体はそれを防御/しかし、大きく跳ね除けられた。
『うわっ……ロイヤルガードのKY力、高すぎ……』
地に落ちた風精の頭部めがけ、斧刃を振り下ろすロイヤルガード。
「――フラウッ!」
叫び/左手を前方へ――それだけで、無二の相棒は要請を理解した。
触腕が伸びる/鉤爪が地面へと刺さる/収縮――円運動が焼死体を宙へ誘う。
遠心力を回転力へ変換/ロイヤルガードの頭上を取る――朱槍が描く、血霧の旋風。
一際強烈な金属音――分厚い金属板から成る兜が歪み/吹き飛び/数メートル後方に落下した。
「どうした――俺に勝てそうにないからって、弱い者いじめは良くないぜ」
ロイヤルガードは無反応/そのまま不意に背を向けて、数歩前進。
弾き飛ばされた兜を拾い上げ、頭部へ再設置――振り返る。
憤怒の色に染まった眼光/焼死体が、愛剣を抜いた。
「そして……悪いが、こうなった以上、遊びはここまでだ」
溶け落ちた直剣を手放す/それを触腕が空中で掴み取る/槍を構え直す。
「どうせなら、お前の得意分野で負かしてやりたかったが……」
『カケル、行くよ!』
「……なんだ、起きたのか。悪いが、もう終わらせるところ――」
『見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!』
「――まぁ、いいさ。少しくらい見せ場がないと、可哀想だしな」
奔る風刃――ロイヤルガードの大盾が、両断される。
『寝てる間にレベルアップしちゃったみたいで。睡眠学習ってやつ?』
「ああ、それなら俺にも身に覚えがある――待て、お前もなのか?」
『『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!』
「……俺の手間を増やすような真似は、よしてくれよ」
ロイヤルガードが前へ踏み出す/盾を失った守護者の構えは、変化していた。
斧槍を両手で握っている/垣間見える、強者のみが知る武芸の真理。
即ち槍は――両手で振り回した方が、片手よりも、強い。
198
:
embers
◆5WH73DXszU
:2019/12/21(土) 08:31:40
【トライアル・マッチ(Ⅵ)】
躍動する甲冑/暴風を奏でる斧槍――焼死体の朱槍がそれをいなす。
斧刃の入射角は最小限/それでも、衝撃を完全に受け流せなかった。
燃え落ちた肉体は軽い/体勢が大きく崩れる――負の連鎖が始まる。
敵の守りは脆い/体勢は崩れている――火を見るより明らかな好機。
左の袈裟斬り/朱槍を支えに側転宙返りを打ち、回避。
右から迫る薙ぎ払い――足捌きでは避け切れない/深く身を屈める。
幹竹割り――どう足掻いても避けられない/朱槍を頭上に掲げ/柄で受け流す。
鉄心入りの朱槍が歪む/再び振り上がる斧刃/焼死体は地を蹴り――ロイヤルガードの懐へ。
【シールドバッシュ】はもう使えない――触腕から愛剣を受け取り/脚部装甲を切りつけ/そのまま離脱。
風属性の加護を受けた刃は、分厚い金属装甲を、容易く切り裂いていた。
「……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ」
斧刃を躱しざま、下段の斬撃を放った焼死体の姿勢は、片膝を突く形。
背を向け、跪いたまま紡ぐ警告/ロイヤルガードは応じない。
開いた間合いを詰め直し、斧槍を振り被る。
「やめておけ。今日はこれくらいで勘弁してやるって、言っているんだ」
ロイヤルガードは、聞く耳を持たない――斧刃が、振り下ろされた。
だが、それが焼死体に届く直前――ロイヤルガードの動きが止まる。
甲冑の内側から歪んだ面頬を貫き――白い触腕が、飛び出していた。
膝を突いたまま立ち上がらなかったのは、フラウを地中から、先に刻んだ裂傷へ通す為。
「だから言っただろう、致命傷だってな……だが、マジにとどめは刺すなよ、フラウ」
言われるまでもない、と言いたげに響く金属音。
甲冑が内側から関節を破壊され、分解される音。
「さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――」
焼死体が立ち上がる/煌帝龍を振り返る。
「――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?」
挑発ではない/素朴な疑問を吐露する声色。
「まぁ……一応、代表選手だったのは覚えてるから、相手はしてやるけどさ。
あんまり、強い言葉を使わない方がいいと思うぜ――弱く、見えるからな」
続く忠告――こちらは、言うまでもなく挑発だった。
199
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/06(月) 22:50:16
覚醒したカザハの『真空刃(エアリアルスラッシュ)』が、ロイヤルガードのカイトシールドを両断する。
恐るべき威力だ。もちろん通常の『真空刃(エアリアルスラッシュ)』にこんなバカげた威力はない。
ガザーヴァの力を使って増幅されたカザハの力が、元の術の威力を何倍も強化しているのである。
「何あれ……すごい……」
なゆたは瞠目した。ハルバードで吹き飛ばされたはずのカザハが、急に起き上がったかと思うと突然パワーアップしている。
シルヴェストルはそんなギミックのあるモンスターではないし、カザハがそういったスペルを持っていた記憶もない。
まったく理解不能な、唐突なレベルアップ。それに戸惑いを禁じ得ない。
《きゃははははははッ! いいね、いいねェ! もっともっとやっちゃってー!》
カザハの意識の中で、ガザーヴァが両手を叩いて無邪気に快哉を叫ぶ。
《そらそら、出し惜しみはナシだ! ボクの力をもっと使って戦ってよ! 愛と正義と友情のためにね……くくッ!》
>『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!
さらに、カザハはスペルカードの効果を拡大して全員にバフを付与した。
これもまた通常の『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』にはない効果である。
なゆた、ポヨリン、エンバース、フラウ、カザハ、カケル。
六人分の風属性付与が発動し、パーティーは今までの不利から一転してロイヤルガードに優位を取る状況になった。
>さあ――勝負はここからだ!
《ホントホント! 勝負はここから、さぁー派手にいってみよぉー!》
カザハが凛然とした声で叫ぶと、ガザーヴァが心の中で相槌を打つ。
だが――カザハが使ったふたつのスペルカードはカザハ自身のものであっても、威力と範囲の向上はカザハのものではない。
カザハはあくまで、ガザーヴァの持つ幻魔将軍としてのパワーソースを借用しているだけである。
そして。
ガザーヴァは当然、単にボランティアや善意でカザハに力を貸しているわけではなかった。
カザハがスペルカードを切り、また何か行動を起こすたびに、カザハの身体の周りに黒い靄のようなものが浮かんでは消える。
それは、明らかに闇の力。風属性のカザハが本来持ち得ない、魔属性のエフェクトだった。
>カザハ君――!!
>明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね
魔法機関車の近くで、霧の維持のために後方待機しているはずだったふたりの声(CV:ユメミマホロ)が聞こえる。
なゆたはとっさに振り返った。
「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」
マホロの姿をしているふたりを見て、なゆたは声をあげた。
作戦では、あくまで前線に出るのはなゆた、エンバース、カザハの三人だけだったはずである。
それが明神達まで来てしまっては、計画が台無しだ。
だが、自分がサブリーダーとして信用する明神が何の考えもなしに事前の作戦を変えてくるとは思えない。
彼らのいた後方で何かが起こったか、それとも自分たちの見えないものが、後方でこちらを見ていた彼らには見えてしまったのか――
「ポヨリンッ!」
『ぽよよよっ!!』
明神とジョンもまた、カザハの不自然な強化に気付いたのだろう。その視線は小柄なシルヴェストルに釘付けになっている。
その防御はガラ空きだ。すぐに、ワラワラと帝龍側の兵士たちが明神とジョンへ群がってくる。
なゆたは即座にポヨリンへ指示を飛ばし、ふたりの周囲の兵士を蹴散らしにかかった。
「何やってるの! 早くこっちへ!
……状況報告! どうしてここへ!? 魔法機関車で何かがあったの!?」
リーダーとしてサブリーダーに説明を求める。
明神から説明を受けると、なゆたは軽く唇を噛んでカザハを見遣った。
「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」
黒い。
カザハのATBゲージが溜まり、彼が攻撃や回避、何らかのアクションを起こすたび、その身体から黒い光が迸る。
それはまるで、今までの自分を否定するような。
自分の本来の姿はこちらなのだと、そう叫んでいるような――。
200
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/06(月) 22:50:32
>……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ
ざんっ! とエンバースが剣を一閃し、ロイヤルガードの胸部装甲をまるでバターのように切断する。
それでもロイヤルガードは斧槍を振り上げ、エンバースに肉薄しようとしたが、歴戦の焼死体の方が技量は上であった。
ロイヤルガードの動きが停まり、一瞬びくん! と痙攣したかと思うと、その内側から触手が飛び出す。
既にエンバースの――フラウの攻撃は、ロイヤルガードの中枢を破壊していたのである。
炯々と輝いていたバイザーの奥の双眸がフッと消え、重厚な騎士鎧はバラバラに分解して地面に転がった。
勝負ありだ。
>さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――
>――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?
勝利したエンバースがここぞとばかりに煽る。
しかし、護衛を撃破されたというのに帝龍の表情は変わらない。
「オマエ、底抜けのバカアルか? 偉そう、ではなく実際に偉いアルネ。
世界王者? 禁止カードだらけでルールに縛られたママゴト大会の王者が、本当に強いとでも思ってるアルか?
ひょっとして、プロレスはガチ! とか大真面目に信じちゃってるタイプアル?」
>まぁ……一応、代表選手だったのは覚えてるから、相手はしてやるけどさ。
あんまり、強い言葉を使わない方がいいと思うぜ――弱く、見えるからな
「下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。
第一……オマエたちはひとつ、大きな勘違いをしているアルヨ」
くくッ、と帝龍は右手で軽く口許を押さえて嗤った。
とはいえ、もうロイヤルガードはいない。
周りにいる者はせいぜいが人間の兵士たちくらいで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の相手にはならない。
帝龍に打つ手はないはず。もう、手詰まりのはずなのだ。
……というのに。
「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」
ロイヤルガードが倒れ、残るは帝龍のみとなった本陣内で、カザハが口を開く。
カザハは明神とジョンの方を向き、能天気な様子でぶんぶんっと大きく右手を振った。
『カザハの意思とは関係なく』。
《クク……なんにも驚くには値しないだろー? だってさ、ボクたちは『ひとつ』なんだから。
キミの身体はキミだけのものじゃない。ボクのものでもあるんだ。
キミはボクの力を自分のもののように使った。なら、ボクがこの身体をボクのもののように使ったって何も問題ないよね?》
カザハの意識の中で、ガザーヴァがにたあ……と嗤う。
《さあ、手助けしてあげるよ。それがキミの望みだろ……?
もっともっとボクの力を使ってさぁ。そしたら、ボクの希薄だった存在はこの世界で確固たる基盤を確保できる。
この世界にボクが、ガザーヴァが存在するっていう、存在定義の碇を投錨することができるんだよ。
ホラホラぁー……何ボケッとしてるのさ? 戦えよなぁ……戦え! ボクの力を使えよ! 強くなりたかったんだろォ?
くれてやるよ、力を! キミの食べたがってたおいしいニンジンが、目の前にぶら下がってるンだ!
馬なら食べなきゃソンだろォ!? あ、馬なのはボクらじゃなくてガーゴイルの方か! くひッ、あっははははははッ!!》
ガザーヴァは一巡目の世界で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に敗北し、死亡した。
しかし、その瀕死の魂はなんとかカザハの前世のシルヴェストルに憑依し、融合することで消滅を免れた。
とはいえ、復活するには現段階では存在が希薄になりすぎている。このままでは、遠からず寄生先のカザハに吸収されてしまう。
そこで。
ガザーヴァはカザハに力を貸し、『ガザーヴァの力を使っている』と認識させることで、自己の存在を確立しようとした。
カザハがガザーヴァ由来の魔力を使えば使うほど、ガザーヴァという存在はこの世界でその色彩を濃くしてゆく。
そうして自身の存在証明を確保してから、ゆくゆくはカザハの肉体の主導権を奪い復活する――
それが、幻魔将軍ガザーヴァの狙いだった。
「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」
まるで有明月のように口許を歪ませ、カザハは嗤いながら明神の名を呼んだ。
そして、右手の人差し指を伸ばして明神とジョンのふたりに『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』を付与する。
しかし――明神とジョンは気付くだろうか。
今、カザハは『スペルカードを使用しなかった』。
だというのにバフは効力を発揮している。つまり――
今使った『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力ではない、ということだ。
ガザーヴァはカザハの望むままに力を与えている。それは間違いない。
だが、カザハがガザーヴァの力を使えば使うほど、ガザーヴァはこの世界で復活の下地を整えてゆく。
そして。
奇しくも先ほどカザハ本人が言った通り、本当の勝負はここからだったのだ。
201
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/06(月) 22:50:45
「抵抗はやめなさい、帝龍!
もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――」
「それそれ、それアル。
そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」
「……え……?
――――――――――――あっ!!」
なゆたは怪訝な表情を浮かべ、それからすぐに気が付いた。
そうだ。
帝龍はロイヤルガードを護衛として配置しており、自分の鍛え上げた特別製と言ってはいたが、パートナーとは言っていない。
そして――それを裏付けるように。
帝龍はエンバースとロイヤルガードの戦闘の最中、一度も指示をせずスペルカードも使用しなかった。
それどころか、帝龍はスマホを持つことさえしていない。
パートナーとの連携には、魔法の板――スマートフォンが必要不可欠。それは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の大前提だ。
だが、帝龍はロイヤルガードの戦いをただ眺めていただけである。
つまり――
『帝龍のパートナーモンスターは、別にいる』。
「くふふ! やっと気付いたアルか、この下民どもが!
『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を封じればワタシに勝てると思ったアルカ?
本陣にさえ乗り込んでしまえばこっちのものだと――? 見通しが甘すぎて笑い話にもならないアル!
ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!
ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!」
そう高らかに言い放つと、帝龍は仕立てのいいスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
そして『召喚(サモン)』のボタンをタップする。
途端にゴゴゴゴ……と地面が振動を始める。大気が震え、空がにわかに掻き曇ってゆく。
《すごい魔力だ……! みんな! そっちは何が起こってるんだ!? ここからだと状況が把握できない!
でも、君たちのいる場所を中心にとんでもない魔力が集まっているぞ!
これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》
全員のスマホにバロールから通信が入る。
アコライト外郭からでは、距離が離れすぎていてよく見えないらしい。
だが、本陣にいる全員にはよく理解できるだろう。
膚が粟立つ。鳥肌が立つ。動悸が激しくなり、暑くもないのに脂汗が出る。
肉体が、ここにいるのは危険だと警鐘を鳴らす。
「くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!」
帝龍のスマホの液晶画面が激しく輝く。地属性を現す、茶色のオーラが迸って周囲を眩く照らす。
やがて帝龍となゆたたちの中央の地面に亀裂が走り、巨大なクレバスが出来上がる。
そこから、地の底で眠っていた神性がゆっくりと姿を現す――。
そう。
それは、尻尾までを含めた全長が200メートルはあろうかという、巨大なドラゴン。
高さは50メートルはくだらないだろう。暗褐色の鱗に全身を鎧っており、背に生えた翼は空を覆うほどの大きさを持つ。
長い三本の首はそれぞれ一本、二本、三本の角を持ち、覇者の威容を以て地上を睥睨している。
全身から嵐のような地属性の魔力を迸らせながら、『それ』は強靭な二本の後肢で束の間立ち上がり、天を睨むと、
『ギャゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』
と、耳をつんざく大音声で咆哮した。
巨竜の咆哮によって空気がビリビリと振動する。大地が震動する。
バロールの言った通り、これは既に準レイドとかレイドとか言った範疇を大きく逸脱している。
「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」
スペルカード『浮遊(レビテーション)』で巨竜の傍に浮かぶ帝龍が笑う。
魔皇竜アジ・ダハーカ。
ブレモン正式稼働一周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】にて実装された、六体の超レイド級モンスターのうちの一体だった。
202
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/06(月) 22:57:11
「くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!」
帝龍は自信満々に言い放った。
アジ・ダハーカをはじめとする【六芒星の魔神の饗宴】の超レイドモンスターは、
八箇所の部位を前哨戦レイドで倒して集め、八箇所中五箇所を揃えて初めて召喚できるという特殊なモンスターである。
しかし、そもそもその各部位ごとの強さからして異次元な上、ドロップ率も極めて低い。
かつては日本でも大手ギルドが水属性のクロウ・クルーワッハを揃えたと話題になったが、
ドロップは一体分だったためギルド内部で醜い所有権争いが起き、そのあげくギルドが崩壊するという事件も勃発した。
元より個人で集めるのは不可能、マルチで戦っても内輪揉めは不可避。
結局誰も完全体を手にすることはできず、イベントも終息した――と思われていた。
みのりはパズズを部分的に召喚することができていたが、それも不完全極まりない右腕と頭部だけである。
だが――
ここに、ブレモンのプレイヤーが誰も見たことのない『完全体』のアジ・ダハーカが降臨している。
「金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル。
貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!」
『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』
ふたたびアジ・ダハーカが叫ぶ。
確かに、六芒星の魔神の饗宴で実装された超レイド級をパートナーにできたプレイヤーはなゆたの知る限りは存在しない。
しかし――それはあくまでも日本国内の話。日本に話題が入って来づらい海外ならば、その限りではないのだ。
まして、帝龍は世界に名だたる大企業の豊富な資金力と、人員を確保するだけの権力がある。
社員にもブレモンをプレイさせてレイド級を従えたパーティーを作り、帝龍がリーダーとなってイベントに参加する。
そうすれば、誰が前哨戦で肉体の部位を手に入れようが所有権争いは発生しない。
帝龍はそうやってかつての【六芒星の魔神の饗宴】でアジ・ダハーカの肉体八箇所を入手し、秘匿していたのだ。
もちろん、超レイド級モンスターなど公式大会では使用不可能だし、そもそも所有している者もいない。
ママゴトのような大会での勝者などなんの価値もない――そう帝龍が言い放つのには、そういった理由があったのだ。
先程魔法機関車を一撃で吹き飛ばしたのも、このアジ・ダハーカの尻尾なり前肢なりの一撃だったのだろう。
「な……、なんてこと……」
アジ・ダハーカの降臨を前に、なゆたは驚愕してその場に立ちすくんだ。
何を隠そう、かつてなゆたも【六芒星の魔神の饗宴】にゴッドポヨリンを引き連れて参戦したことがある。
そのときの相手はアジ・ダハーカではなく火属性の超レイド級、第六天魔王だったのだが、相当な苦戦を強いられた。
同じ水属性のレイドパーティーで前哨戦に挑んだが、壮絶な消耗戦の果てに左腕、胴体、翼を手に入れるのがやっとだった。
そのとき得た部位は同じパーティーを組んでいたフレンドに譲渡してしまったが、二度と戦いたくないと思ったものである。
単なる一部位とのバトルに過ぎなかった前哨戦でさえ、それだけの苦労を伴ったのだ。
それが、完全体となれば――果たしてどれほどの強さなのか想像もつかない。
《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》
バロールが撤退を促す。まさか、帝龍がこんな隠し玉を持っていたとは露とも気付かなかった、という様子だ。
無理もない。幻の上の幻、誰も手に入れられなかったというのが定説の、神話上のモンスターが実在していたなど――
果たして、誰が思いつくだろうか?
だが。
「……逃げないよ」
なゆたは一度かぶりを振った。
確かに、なゆたの持ち札ではひっくり返ってもアジ・ダハーカには勝てない。
だが、といって退却していったいどこへ逃げるというのだろう?
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の抑えがなくなれば、巨竜はアコライト外郭を破壊するだろう。
アコライトが破壊されれば、次はキングヒルだ。アジ・ダハーカがキングヒルに到達した瞬間に、アルフヘイムの負けが決定する。
どちらにしても、ここで戦う以外にあるフレイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に選択肢はないのである。
「このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!」
ぐっ、となゆたは右手に持ったスマホを強く握り込んだ。
「いいとも! じゃあ、やっぱりボクの『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』が必要だねー!
燃えてきたぁーっ! いや、ボクは風属性であって火属性じゃないけどね!?」
カザハの中のガザーヴァが、カザハの声で朗らかに笑う。
その身体には、相変わらず闇の波動が纏わりついている。
「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」
帝龍の指示によって、アジ・ダハーカの六つの眼が禍々しく輝く。
右の前肢を高々と持ち上げ、ドォォ――――――――ンッ!!と勢いをつけて地面を叩くと、途端に大地震が周囲を襲う。
203
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/06(月) 22:57:43
「うッ、うわッ! うわああああああ――――――――ッ!!」
マホロの姿をしたアコライト外郭守備隊も、帝龍配下の兵士たちも、もう戦いどころではない。
天変地異そのものといった大地震に、ただ逃げ惑うばかりである。
「みんな、身の安全を図って!」
ポヨリンを抱き締めると、なゆたは低く身を伏せてパーティーの全員を振り返り叫んだ。
「月子先生! 明神さん!」
後方で歌による支援を行っていたマホロも、さすがにこの異常事態になゆたたちの許へと飛んできた。
大地震を引き起こしている巨竜の姿を見上げ、目を見開く。
「あれは……魔皇竜アジ・ダハーカ……。
帝龍が持ってるっていう噂は聞いたことがあったけど、まさか本当だったなんて……」
「他に何か知らない? マホたん」
なゆたがマホロに訊ねる。マホロは頷いた。
「アジ・ダハーカは地属性の超レイド級モンスター。三つの首によって、ATBゲージは三本……つまり三回同時攻撃が可能。
さっき使った『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』と、
口から吐く三本分の『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』、爪と尻尾による物理攻撃がメイン攻撃ね。
それから――」
マホロは軽く顎をしゃくって、アジ・ダハーカの横腹を指した。
よく見ると、暗褐色の鱗が蠢いている。それがまるで卵のように罅割れると、鱗の中からドゥーム・リザードが生まれ落ちた。
アジ・ダハーカの全身の鱗のたちこちで、そんな光景が繰り広げられている。
帝龍軍の中核を成していたドゥーム・リザードは、帝龍がわざわざ召喚したものではなかった。
アジ・ダハーカが召喚されているだけで、トカゲは無尽蔵に生まれ増殖していくのである。
「あれよ。ブレモンのアジ・ダハーカは悪竜の他、大地母神の側面も持っているの。
アジ・ダハーカがいる限り、トカゲは無限に増えていく……トカゲだけじゃない、ヒュドラもそう。
一刻も早くあいつを何とかしないと」
マホロは沈痛な面持ちで言ったが、しかしどうすればあの巨大な竜を倒せるというのだろう?
パーティーの最大戦力はG.O.D.スライムだが、幾多の強敵を打ち破ってきたレイド級のゴッドポヨリンでも今回は手に余る。
例え『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』で属性有利を取ったとしても、レイドと超レイドの間には絶対的な差がある。
かつてなゆたたちはガンダラで火の超レイド・タイラント、リバティウムで水の超レイド・ミドガルズオルムと戦っている。
だが、タイラントは不完全、ミドガルズオルムは暴走状態にあり、まともなコンディションではなかった。
完全な制御下にある万全の超レイド級と対峙するのは、今回が初めてなのである。
《むっふっふっ……さぁ〜て、面白くなってきたぞぉ〜。
どうしよっかなぁ〜、いきなり裏切ってあっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』につくのもいいし……。
夢が広がっちゃってドキがムネムネだぁ〜!》
カケルの中でガザーヴァがさも愉快そうにことの成り行きを見守っている。
「まずは、みんなを逃がさなくちゃ……! マホたん、守備隊のみんなを本陣から撤収させて!」
「わかった! みんな、こっちよ!」
なゆたの指示に、マホロはさっそく守備隊を纏めて離脱を図った。
「魔法機関車がまだ使えればいいんだけど……。バロール、みのりさん! 何とかならないの!?」
《そんな無茶な……! 魔法機関車は現在横転中! それでなくとも無理な運行で動力部がお釈迦になってしまった!
修理には一ヶ月はかかるだろう、今すぐなんてとても無理だよ!》
「こういう時のための創世魔法でしょ!?」
《創世魔法にだって出来ないことはありまーす!
それに『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』でもう私の魔力はすっからかんだよ!》
肝心なときに役に立たない魔王である。
「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
たっぷり感じながら――死ね! アル!
アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
がぱあ……と大口を開けた三つ首竜の喉奥で、莫大な熱が収束してゆく。
「みんな――防御して!!」
なゆたが叫ぶ。
カッ!!!!!
視界を灼くような閃光と共に、神の一撃の如き超レイドのブレスが平原を薙ぎ払った。
【ガザーヴァ、カザハの肉体の乗っ取りを開始。
帝龍、パートナーの超レイド級地属性モンスター『アジ・ダハーカ』を召喚】
204
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/11(土) 03:02:17
《カザハ! それ以上その力を使ったらいけない!》
幸いというべきか、風属性の加護を得たエンバースさんは、すぐにロイヤルガードに勝利した。
そこに明神さんとジョン君が現れる。
>「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」
そう言って手を振るのは、カザハであってカザハではない。
そういえばカザハは、出撃前夜におかしな言動をしていた。あの時から、すでに奴はカザハを乗っ取り始めていたのだ。
「あ、えーと、折角来てくれたのに悪いけどもう終わったよ!
八つ裂き!? やだなあ、みんなで八つ橋でも食べようかなって言ったの!」
大慌てで誤魔化すカザハ。
>《さあ、手助けしてあげるよ。それがキミの望みだろ……?
もっともっとボクの力を使ってさぁ。そしたら、ボクの希薄だった存在はこの世界で確固たる基盤を確保できる。
この世界にボクが、ガザーヴァが存在するっていう、存在定義の碇を投錨することができるんだよ。
ホラホラぁー……何ボケッとしてるのさ? 戦えよなぁ……戦え! ボクの力を使えよ! 強くなりたかったんだろォ?
くれてやるよ、力を! キミの食べたがってたおいしいニンジンが、目の前にぶら下がってるンだ!
馬なら食べなきゃソンだろォ!? あ、馬なのはボクらじゃなくてガーゴイルの方か! くひッ、あっははははははッ!!》
(そこまで親切に種明かしされて使うバカがあるか! もう金輪際使ってやらないから!)
>「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」
「何勝手なことしてんだボケェ!
……あっ、みんなで仲良くやるってのは新種のプレイ的な!? そう、エアプレイ!」
場は混迷を極めているが、とにかく帝龍を片付けなければなるまい。
なゆたちゃんが帝龍に投降を促す。
205
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/11(土) 03:03:18
>「抵抗はやめなさい、帝龍!
もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――」
>「それそれ、それアル。
そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」
>「……え……?
――――――――――――あっ!!」
――えっ、ロイヤルガードは前座!? このややこしい時に勘弁してください!
>「くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!」
大地が割れるド派手な演出と共に、巨大なドラゴンが出現した。
この絶望的な状況を前に、何かを悟ったかのようにカザハは私の背から降りた。
(どうして……!? この世界に来てからずっと一緒に戦ってきたじゃないですか!
いや、もしかしたらもっとすごく前から……!)
「カケル……君はバロール…さ…んをここに連れてきて」
そう言ったカザハの真意は分からないが、バロールを呼び捨てにするか、”さん”付けか”様”付けか迷ったように聞こえた。
世界を救うと言ったバロール様を信じ、彼ならガザーヴァを制御できると思ったのかもしれない。
バロールを裏切者とみなし、どさくさに紛れて今この場で倒してしまおうという意図だったのかもしれない。
どちらにせよ、バロールさんなら制御不能になって暴走し始めた自分の息の根を止めてくれると思ったのかもしれない。
あるいは――カザハ自身も自分がどれを意図しているのかよく分からないのかもしれない。それでも――
「行って――瞬足《ヘイスト》!」
送り出すようにスペルをかけられた私は、弾かれたように飛び立った。
206
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/11(土) 03:05:30
>「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
たっぷり感じながら――死ね! アル!
アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
>「みんな――防御して!!」
「風の防壁《ミサイルプロテクション》!」
両腕を付き出し、スペルを展開。
文字通り神の息吹のごときブレスが、暴風の壁に阻まれ横に逸れていく。
もちろんガザーヴァの魔力を使っている。使えるものは全て使うしかない。
ボクは前を向いたまま、後ろにいる皆に語り掛けた。
「ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ」
「なゆ、この状況でも逃げないなんて君はやっぱり最高に勇者だね! でも、少しは自分を大事にしてね。死んだら元も子もないんだからさ」
「エンバースさん、そんな全てを諦めたような顔してちゃ駄目! 死んでるけど生きてるんだから!」
「ジョン君、この場に君がいてよかった。君なら情に流されず迷わず正解を選んでくれるから」
「明神さん、カケルをよろしくね。理由は……”翔 中国語”で検索してみて」
ボクがガザーヴァに乗っ取られたら、カケルもガーゴイルに乗っ取られるようになっているらしい。
ならばボクがガザーヴァに乗っ取られる前に死んだ場合、もしかしたら、カケルは生き残れるのかもしれない。
もしも生き残ったら、ボクの代わりに――みんなを見届けてね。
「このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない」
ブレスが止み次第、全力で特攻を仕掛ける。
犠牲無しに勝てるようなレベルの相手ではないならば、ボクがなるのが都合がいい。
相打ちになれれば一番いいが、刃が立たずにこちらが一蹴されても厄介事の種が一つ減る。
万が一こちらが生き残ってしまった場合、皆に”幻魔将軍ガザーヴァ”を倒して貰わなければならない。
きっとその時には完全に乗っ取られているだろうから。
207
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/11(土) 03:07:04
「君達に会えてよかった。本当にありがとう」
ブレスが止む―― 一度だけ皆の方を振り向いて微笑むと、地面を蹴った。
「自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!」
精霊樹の木槍を軸に、巨大な風の鎌を作り出す。
「どうしよっかな〜と思ったけどやっぱりお前からだぁ!」
身一つでアジ・ダハーカに斬りかかる――我ながらヤケクソじゃなければ出来ない狂気の沙汰だ。
一瞬で叩き落とされて終わりかと思いきや、意外と攻防戦が成立してしまったのは幸か不幸か。
「アコライトなんてさっさと潰しちゃえばいいのにマホたんが欲しいとか言ってダラダラしてさぁ、ぶっちゃけニヴルヘイムへの忠誠心0っしょ!
ってなわけで危険因子は早めに潰しとかないとね! アルフヘイムのザコブレイブ共なんていつでも潰せるし?」
ガザーヴァの振りをして喋りまくる。もしもこちらが生き残ってしまった時に、彼らを躊躇わせてはいけない。
「忠誠心0をお前が言うな? あっはははははは! 言えてるー! 特大ブーメラン刺さってる!
ってなわけで真空刃《エアリアルスラッシュ》! ……ってもう2回使ってたわ!
しかしMPが足りなかった的な!? 超ウケるー!」
もはやボクが喋っているのかガザーヴァが喋っているのかも分からなくなってきたが、
真空刃《エアリアルスラッシュ》が出なかったということは、まだ完全には乗っ取られていないのだろう。
ボクの意識があるうちに――どうか殺してくれ。やっぱり、彼らに殺させるのは酷だ。
仲間を手にかけた罪の意識を一生背負わせるなんて、そんなのは嫌だ。
208
:
カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/11(土) 03:08:40
私は全速力で飛びながら、遠い昔のことを思い出していた。
それは、姉さんとバロールさんに出会った日のこと。
確か狂暴なモンスターに襲われていたところを姉さんとバロールさんに助けられたんだっけ。
正確には姉さんが考え無しに飛び出してきて二匹揃ってのされそうになっていたところをバロールさんに助けられたような気もするが。
『どうして助けてくれたの?』
『君が美少女だからさ!』
『美少女の姿をしてると通りすがりの人に助けて貰えるんだ! じゃあ毎日美少女の姿をしていよう!』
この時の二人のやりとりにはずっこけそうになったものだ。
ということは美少女の姿をした姉さんが来なければ私は助けてもらえなかったわけで、やっぱり姉さんに助けられたのか。
恐れることを知らない それが勇気ではなく、恐れてなお逃げないこと それが本当の勇気
恐れることを知らないこと それが強さではなくて、恐れるものに打ち克つこと それがが本当の強さ
とは地球のとある歌の歌詞の一節だが、
『ボクは勇者にはなれない――恐れることを知らないから』
それが“姉さん”の口癖だった。
この世界に存在する四大属性の精霊族――地のノーム、水のウンディーネ、火のサラマンドラ、そして風のシルヴェストル。
その属性の魔力の集まる場から自然発生し、永遠に近い寿命を持ちながら世界に干渉せず、生きる事に飽きたら自然消滅するという。
彼らはその属性に応じた性質を持ち、一族の中でも最もその属性を色濃く体現する魂を持つ者が族長となる。
“風渡る始原の草原”に住まうシルヴェストルも例外ではなく、そして姉さんは次期族長候補の一人だった。
気まぐれで飽きっぽくて無責任、それでいて恐れを知らず、勢いだけで体を張って人助けしてしまうような、人間では決して持ち得ない純粋な魂――
精霊族は表立って世界に干渉しないのが常だが、姉さんが世界を救う旅に出ると言い出した時、誰も驚かなかったし止めなかった。
「どうせ3日で飽きて帰ってくる」と誰もが思ったからだ。
しかしその予想は外れ、悲劇は起きた――
そんな事を考えている間に、気付けば私はバロールさんの元へ辿り着いていた。
《世界を救うといったあの言葉は本当なんですよね?
小一時間ほど問い詰めたいところですが今はそんな暇はありません。
――トランスファー・メンタルパワー!》
自分が行動不能にならない分だけ残して精神力を譲渡する。
多分魔法機関車でGOで魔力を使い果たしてそうだが、これで少しは魔法が使えるようになるだろう。
勢いで来てしまったが、そういえばこの人、私の言葉は分かるんだろうか。
まあいいか。問答無用で信じると決めているので、大きな問題ではない。
信じる根拠はないどころか、冷静に考えれば改心した振りをして何かを企んでいる可能性の方が高い。
それでも信じるのは、そうでなければカザハは絶対助からないし、なゆたちゃん達の足元も全てが崩れてしまうからだ。
だから、これは信じるというよりも賭けるに近いかもしれない。
《乗ってください!》
そう言って背中を差し出す。もし言葉が伝わらなかったとしても、意図は伝わるだろう。
209
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:04:17
爆煙と濃霧漂う戦場を、ジョンと二人駆ける。
マホたんのバフが効いているのか、息は切れなかった。
走りながらジョンと会話する余裕すらある。
>「明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね」
「ってことはジョン、お前もか」
マホたんは俺にだけカザハ君に関する嫌疑を語ったと言ってた。
こいつがカザハ君についてなにか勘付いてるのには、他に理由がある。
ジョンは端的に、昨夜カザハ君との会話で起きた出来事を話した。
>「カザハは自分を現地の魔物と称していた・・・その時は中二病の冗談だと思っていた、だが本当に中になにかいるんだな
・・・そしてカザハの中にいる悪意の正体を明神はしっているんだな?」
「……悪い。推定有罪の段階じゃ、まだおおっぴらには出来なかった」
ジョンは俺を責めているってわけじゃあるまい。
だけどカザハ君の疑惑を、俺は敢えて他の連中には伝えていなかった。
疑惑が杞憂に終わるなら、あれこれ悩むのは俺だけで良い……そう思ってた。
結局は言い訳に過ぎない。俺はこの期に及んで、カザハ君を疑い切ることが出来なかったってだけだ。
>「別に、どんな理由でしっているのか無理に言わなくてもいいし、無理に聞く気もない
ヒュドラ戦であんな戦い方してしまったせいで、信用がないのはわかっているしな・・・」
>「だが、カザハの中にいる存在は異常だ、とてもじゃないがこの世にいていいレベルじゃない
今のカザハの力を見れば力そのものも恐らく強大だ、今は落ち着いてはいるが、いつ暴走するかわからない」
歯切れの悪い俺とは対照的に、ジョンの出した結論はシンプルだ。
懐から抜き放ったナイフ。その切っ先がどこに向いているのか、もう疑う余地はない。
>「もし次・・・あの悪意を振り撒いたり・・・暴走したら・・・その時は俺がこれでカザハを終わらせる」
「待てよ。もう少しだけ、待ってくれ。一度はあの悪意に呑まれずに済んだ。あいつはまだ……戦ってるんだ」
>「説得が通用すると本気で思ってるのか?僕はそうは思わないな。あれは、あの悪意はそんなレベルじゃない」
「信じてやれとは言わねえよ。だけどなゆたちゃんの、リーダーの指示を思い出せ。
俺達は誰も死なせずに、アコライトを守り抜く……そう決めただろ」
その中には言うまでもなくカザハ君も入ってる。
あいつの中身がどうであれ、殺すわけにはいかない――殺したくない。
ジョンの意思は本物だ。マホたんに向けたのと同じ、明確な殺意が伝わってくる。
こいつは昨日も、暫定ガザーヴァに乗っ取られかけたカザハ君の姿を見ている。
未だ踏み切れない俺よりもずっと、危機感と覚悟を持っていた。
>「大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない」
「……なんだと?」
モゴモゴと擁護の弁を呟く俺を尻目に、ジョンははっきりとそう言った。
人を殺した?こいつが?冗談だろ。なんぼ職業軍人ったって、こいつは自衛官だ。
少なくともジョンが入隊してから自衛隊で人死の出るような交戦はなかったはず。
210
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:05:20
とすればこいつは一体、どこで、誰を殺したってんだ?
>「安心してくれ、君に迷惑はかけない、僕一人でやるさ」
>「さぁ時間はないぞ!いこう明神」
理解が追いつかないまま、ジョンは俺に手を差し伸べた。
唐突な殺人経験の告白は、もしかしたらこいつなりの方便なのかもしれない。
『荒事は任せておけ』と。『君が手を汚す必要はない』と。
ヒュドラ相手に大立ち回りをやらかしたジョン相手に、俺はビビっちまった。
化け物――そう呼んでも良いくらい、こいつの戦いぶりは苛烈だった。
冗談めかしてみたものの、言い訳しようのない『恐怖』を感じていた。
画面越しにすらガザーヴァの悪意を明確に感じ取れるこいつのことだ。
俺の怯えは間違いなく伝わってるだろう。
それで、これ以上ビビらせないように、距離をとった?
……クソったれめ。
自分でジョンのことを親友だなんだ言っといて、こいつに余計な気を回させてんじゃねえよ。
都合の良いときだけ友達ヅラすんのが俺にとっての友情か?違うはずだ。
「ざけんな。お前だけに良いカッコさせてたまるかよ」
人を死なせた経験なら俺にもある。
バルゴスは俺が巻き込んで、俺の身代わりになって死んだ。
それどころか死んだ後まであいつの霊をこき使ってる始末だ。
勝手に俺から離れて行くんじゃねえよ、ジョン・アデル。
お前は俺の親友で、俺達は一蓮托生だ。
「あいつは俺が殺る。あいつを殺すのは……俺でなきゃ駄目なんだ」
差し伸べられた手が、血に染まっていたとしても。
ヒュドラを嬲り殺しにするこいつの強さに、未だにビビっちまっていても。
ジョンの傍に居ることを、躊躇う理由にはならない。
伸びてきたジョンの手をぺしっと払って、俺は前を向いた。
じきになゆたちゃん達と合流する。
この霧の向こうに何が待っているのか……そいつをこれから確かめるんだ。
◆ ◆ ◆
211
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:05:49
>「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」
マホロスキンを被った俺達の姿を、なゆたちゃんは目敏く見抜いて声をかけた。
すぐ傍まで迫っていた帝龍兵たちをポヨリンさんが迅速に排除。
かくして王都のブレイブ一行は、敵地のど真ん中で再び集結した。
>「何やってるの! 早くこっちへ!
……状況報告! どうしてここへ!? 魔法機関車で何かがあったの!?」
「後方は無事だ。魔法機関車は絶賛横転中だが、アコライト兵に損耗はない。
俺達がこっちに来たのは、バロールの映像中継で前線の異状を確認したからだ」
まだるっこしい状況報告は早々に切り上げて、俺は本題を端的に述べた。
「……カザハ君の中にガザーヴァが居る」
あるいはカザハ君に"中も外も"なくて、元からガザーヴァがカザハ君のガワを被ってるだけかも知れないが。
この際どっちだって良い。カザハ君がカザハ君でなくなる、その瀬戸際にあるのは間違いないだろう。
昨日のマホたんからの告発、ジョンが見たカザハ君の変容。
それら必要な情報を俺は掻い摘んでなゆたちゃん達に伝えた。
>「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」
説明を受けたなゆたちゃんは歯噛みしつつカザハ君を見る。
あいつが身にまとうエフェクトの色は――黒。闇のそれだ。
「あいつは今、俺達の仲間のカザハ君と……ニブルヘイムの三魔将。その間を行き来してる。
黙ってて悪かった。ギリギリまであいつを信じていたかった……俺の判断ミスだ」
ガザーヴァがカザハ君の内側に引っ込んでいる以上、こちらからは手の出しようがない。
さりとてこいつをふんじばってその辺に置いておくことも出来ない。
この場で用意できる拘束なんざガザーヴァが本気出せば速攻でぶっ千切られるだろうし、
俺達の眼の届かない場所で好き勝手されることの方がリスクとしては大きいからだ。
まだ。まだバロールの野郎が映像を弄って、カザハ君がガザーヴァに呑まれてるよう誤認させてる可能性はあった。
だがこうして現地で現認して、一縷の望みは完全に潰えた。
カザハ君は、俺達の知ってるシルヴェストルとは違う。違ってしまっている。
>「さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――」
なゆたちゃんの向こうで、エンバースがロイヤルガードを仕留めるのが見えた。
崩壊していく鋼の四肢。破壊の根本は、奴のスマホから伸びる白い触手だ。
あれがエンバースのパートナー?いや、触手が本体ってわけじゃあるまい。
ガンダラの山道で俺もやった、クリスタル節約の為の部分召喚だ。
>「下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。
エンバースのさらにその先に、帝龍が居た。
相変わらずきっちりとスーツを着こなし、怜悧な顔貌には冷や汗一つかいてない。
パートナーを落とされてなおこの余裕。まだまだ隠し種は在庫潤沢ってツラだ。
>「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」
俺達の姿を認めたカザハ君は、こっちに向かって脳天気な声を上げた。
その口調も振る舞いも、俺の知ってるカザハ君のもの。
だけど……『八つ裂き』?こいつはそんな血生臭い言葉を好んで使ったか?
212
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:06:24
>「あ、えーと、折角来てくれたのに悪いけどもう終わったよ!
八つ裂き!? やだなあ、みんなで八つ橋でも食べようかなって言ったの!」
自分で言ってて気付いたのか、取り繕うようにカザハ君は重ねる。
まるで、意に沿わぬ言葉が勝手に出てきたみたいに。
>「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」
カザハ君が呪文を唱え、風属性のバフエフェクトが俺とジョンの体に灯る。
――呪文を唱えた。スペルカードを使わずにだ。
>「何勝手なことしてんだボケェ!
……あっ、みんなで仲良くやるってのは新種のプレイ的な!? そう、エアプレイ!」
またしてもカザハ君は一人、虚空に向かって漫才を繰り広げる。
分からねえ。お前は今、『どっち』なんだ。俺はまだ、お前を信じて良いのか?
>「抵抗はやめなさい、帝龍!
だが、少なくともカザハ君はガザーヴァのいざないを一度は克服し、ロイヤルガードに逆転して見せた。
このまま帝龍を制圧し果せれば、当面の戦いはどうにか終えられる。
推定有罪のガザーヴァよりも、目の前の帝龍を優先すべき――なゆたちゃんもそう判断したんだろう。
しかしその降伏勧告を、帝龍が受け入れることはなかった。
>「このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」
「クソが……そういうことかよ」
帝龍の余裕の正体。勿体ぶった隠し玉。
この金満野郎が、たかが準レイド程度のロイヤルガードを虎の子にしているはずがなかった。
>「ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!
ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!」
帝龍がようやく自前のスマホを取り出し、召喚を起動。
軋むような大気の鳴動と共に、夥しい魔力が空間に凝結していくのが俺にも分かった。
>《これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》
スマホから響くバロールの声もどこか遠い。
背筋を虫が駆け下りていくような強烈な悪寒、口の中が乾いて舌先がチリチリと痛む。
さながら、蛇に睨まれた蛙。本能に根ざした『天敵』への恐怖が、心臓を締め付ける。
この感覚を、俺は知っている。
以前おぼえた時は、ほんの数秒だけ威圧感に暴露されただけだった。
だが、いま俺を飲み込まんとする気配の濃密さは、その時の比じゃない。
そう、知っている。
これまで共に肩を並べて戦ってきたある女が秘蔵していた、ブレモン最強のモンスターが一角。
213
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:07:24
>「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」
出現したのは、ゴッドポヨリンさんが三体肩車してようやく届くかってぐらいに巨大な竜。
都合3つの首がうねるたびに突風が吹き荒れ、暗い体色はそれそのものが夜空のようだ。
――六芒星の魔神。魔皇竜『アジ・ダカーハ』。
国内はおろか全世界でもいまだかつて目撃されたことはないであろう、超レイド級の完全体だ。
各国の神話をモチーフとした六種の魔神は、プレイヤーが唯一『理論上』入手出来る超レイド級。
実際に揃えられた例など世界規模でも存在しないとされていた……はずだ。
「マジに揃えたってのかよ……!石油王でも切り身でしか持ってねえ、超レイド級を!」
一体どれほどの人脈と時間、何より金を注ぎ込めばアジ・ダカーハを手にできるのか。
その計算にはきっと天文学者が必要になるだろう。
会計どうなってんだ帝龍有限公司。株主激おこぷんぷん丸やぞ!
>《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》
バロールの退避勧告が頭の上を擦過していく。
足が竦んで動けない。アジ・ダカーハなんて、画面越しにだって見たことはなかった。
プレイ動画でも超レイド級との戦闘は配信されてない。
そもそも挑戦条件として各部位を揃えるのが難しすぎて、完全体と戦った事例が皆無に等しいのだ。
知見がない。Wikiの内容を諳んじられる俺でも、アジ・ダカーハが何をしてくるのか、分からない。
今すぐここから逃げる……ことは、出来なくはないだろう。
こっちにはマホたんという"人質"が居る。いきなり範囲焼きが飛んでくることはあるまい。
迷夢に紛れてうまいこと前線を離脱して、アコライトまで引き返すことは不可能じゃない。
帝龍がどれだけ潤沢な資産を抱えていても、結局は有限なクリスタルで超レイド級を常に召喚し続けることはできまい。
俺達が退却すれば、つまり短期決戦が不可能と見れば、無意味に消費を続ける愚は侵さないはず。
……だけど。
逆に言えばそれは、帝龍側にも仕切り直しのチャンスを与えることになるってことだ。
後日こっそりアコライトまで肉薄して、その場で召喚からの蹂躙コンボを決めることだってできる。
外郭から程よく離れたこの戦場に帝龍とアジ・ダカーハを釘付けに出来るのは、今だけだ。
ふわふわと足元がおぼつかない。
歯の根が合わない。
指先が氷みたいに冷たくなって、まともにスマホを手繰れるかも分からない。
それでも決めた。
どれだけ高難易度だろうが、この戦いから逃げはしない。
これを蛮勇と呼びたきゃ呼べ。譲れない矜持ってやつが、俺にはある。
>「……逃げないよ」
ぶるぶる震える俺の耳朶を、なゆたちゃんの声が力強く打った。
>「このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!」
「……よくぞ言ったぜ、リーダー。理不尽なこのクソゲーにゃ、難易度の急上昇なんて珍しくもねえ。
クリア条件は変わってない。あの腐れCEOをぶっ倒して、アコライトを解放する。それだけだ」
勝算なんざぴくちりありゃしねーけどよ。
俺がかつて目指したプレイヤー像は、こういう逆境でこそ、強く笑った。
世界まるごと救おうってんだ。アジだかサバだか知らねえが、超レイド級がナンボのもんじゃい。
214
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:08:05
>「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」
恐慌を起こし逃げ惑う姿を期待してたんだろう。帝龍は短く舌打ちしてアジ・ダカーハに指示を下す。
巨竜の拳が大地を殴りつけ、地盤を揺るがした。
「うおあっ……!」
ゴッドポヨリンさんの拳でもここまで大規模な地震は起きない。
やはり規格外。その一挙手一投足が、わずかな身じろぎが、威力を持って襲いかかる。
>「あれは……魔皇竜アジ・ダハーカ……。
帝龍が持ってるっていう噂は聞いたことがあったけど、まさか本当だったなんて……」
たまらず五体を地に投げると、騒ぎを聞きつけたマホたんがすっ飛んできた。
そして目の前の超レイド級に絶句。長らく帝龍と戦ってきた彼女をして、この事態は想定外だったらしい。
そしてアジ・ダカーハの能力は、何も地面をバシバシ殴ることだけじゃない。
>「あれよ。ブレモンのアジ・ダハーカは悪竜の他、大地母神の側面も持っているの。
アジ・ダハーカがいる限り、トカゲは無限に増えていく……トカゲだけじゃない、ヒュドラもそう。
アジ・ダカーハの体表、そこを覆う鱗の一枚一枚から、トカゲがポロポロこぼれ落ちていく。
この異常な大群のカラクリはこいつか。シンのコケラみてえな奴だな。
「公式大会で出禁になるわけだぜ。寄生虫まみれのマンボウじゃねえんだぞ」
事実上、帝龍は無限の軍勢を常に補充し続けることが出来る。
俺達がどれだけトカゲ相手に無双かまそうが、アジ・ダカーハが居る限りジリ貧になる一方だろう。
これで遅滞戦術のセンも消えた。時間をかければかけるだけ包囲網が完成しちまう。
とにもかくにもドゥームリザードが戦場に湧き始めた以上、アコライト兵はこの場に居させられない。
早急に撤収させなければトカゲの餌食になるだけだ。
しかし肝心要の魔法機関車はぶっ壊れ、兵たちの帰りのアシがない。
頼みの綱のバロール大先生はこの土壇場でガス欠だとか抜かしやがる。
>「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!たっぷり感じながら――死ね! アル!
アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
勝ち誇る帝龍の声が、戦場に轟く。
アジ・ダカーハの三つ首がそのあぎとを開き、タイラントもかくやの熱が顔を見せた。
あ。やばい。これ死ぬやつだ……死ぬやつだ!!
>「みんな――防御して!!」
「む、無茶振りだーーーっ!!」
平原ごと焼き焦がさんばかりの熱の波濤が、アジ・ダカーハの口から放たれる。
俺はスマホを手繰り、防御ユニットを発動しようとして――どっちだ?
魔法、物理それぞれに無類の耐性を誇るユニットが俺の手持ちにはある。
だが『神息』がどちらの属性なのか、まるで情報がない今判断がつかない。
ATBゲージは1本。切れるユニットは一枚だけ。
ブレスの属性と発動するユニットが違えば、俺達は一瞬でこの世から消滅する。
俺は情報を集めるだけ集めてからレイドに参加するタイプの人間だ。
運否天賦で……やるしかない!
時間にすれば、一瞬の判断の遅れ。
だけど致命的な防御の遅延は、ユニットを起動するまでもなく、俺達を消し炭にするはずだった。
215
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:08:32
>「風の防壁《ミサイルプロテクション》!」
その時、俺の目の前に飛び出す影がひとつ。
カザハ君だ。防御スペルが展開し、アジ・ダカーハのブレスが横に逸れていく。
「カザハ君!!」
地属性のブレスに、風属性の防御スペル。
相性的にはそりゃ優位だろうが、超レイド級の攻撃力相手に打ち勝てるはずがない。
だとすれば、やはりカザハ君は――
「ガザーヴァの魔力か……!」
カザハ君の身にまとうエフェクトがどす黒く変色するのを見た。
レイド級の中でも上位に位置する三魔将の魔力ならば、アジ・ダカーハの攻撃を凌ぐくらいは出来るだろう。
真空刃の威力を超強化したように。カザハ君は、ガザーヴァの力を使いこなせているのか?
だけど、黒のエフェクトは加速度的にカザハ君の総身を覆っていく。
さっきまで明滅する程度だった闇の魔力が、確かな存在感を持ち始めている。
「やめろ、それ以上力を使うなカザハ君!体真っ黒になってんぞ!!」
カザハ君は俺の制止に構わず、アジ・ダカーハと相対したまま語り始める。
>「ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった
ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ」
溢れるような声で告げられたのは、カザハ君とガザーヴァのつながり。
自覚が……あったのか?自分の中にガザーヴァが居る、そのことに。
とっさに俺達を守ったその挙動は、間違いなくカザハ君の意思だ。
カザハ君はまるで別れの挨拶のようになゆたちゃん達一人ひとりに言葉を告げる
>「明神さん、カケルをよろしくね。理由は……”翔 中国語”で検索してみて」
「待て、おい、待て!!よろしくって何だよ!お前何するつもりだ!!」
何するつもりか。
なんとなくだけれど、俺にはもう分かっていた。
分かっちまったんだよ。分かるくらいには、こいつとも長く付き合って来たのだから。
>「このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない」
カザハ君は、ずっとガザーヴァを抑え込んでいた。
幻魔将軍が俺達に害をもたらさないように。その悪意が、解き放たれないように。
そして限界を悟ると同時に、死に場所を見つけた。
>「君達に会えてよかった。本当にありがとう」
カザハ君が振り向く。
首まで迫った黒の侵食。唯一無事なシルヴェストルの美貌が、ふっと微笑んだ。
>「自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!」
ブレスが止む。
もはやそれ以上言葉を交わすことはなく、カザハ君はアジ・ダカーハに飛び込んでいく。
俺はその背中を眼だけで追って、視線を地面に落とした。
216
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:09:34
「知ってるよ……翔の意味くらい」
中国語のスラングで、『翔』は大便――うんちを意味する。
いつからそう呼ばれてるのかは知らんが、検索するまでもなく俺は知っていた。
凍結されたアカウント名変えるときに、各国語版の『うんちぶりぶり大明神』は一通り使ったからな。
カケル君の名前を紹介されたとき、ニヤついちまった記憶だってある。
カザハ君にそんな意図があったかどうかなんて、わかりゃしねえけど。
だから――
「――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!」
んなクソくだらねえ理由でよろしくされてたまるか。
お前のお馬さんだろうが。お前がお世話しねえで、誰があいつにブラシかけるってんだ。
「うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!」
いい加減、腹が立ってきた。
金の力でマウントとり腐る帝龍の野郎にも。
死んでりゃいいものをしぶとく復活してカザハ君を侵さんとするガザーヴァにも。
――俺達の意思ガン無視して、一人で特攻決め込もうとしやがるカザハ君にもだ。
「干渉すべきでない種だ?知らねえよそんなもん、お前は地球出身のブレイブだろうが。
鳥取の六法全書にゃ『世界救った者これを罰す』とでも書いてあんのか?
前世がどうとかぴくちり興味ねえがなぁっ!そんな大昔の罪なんざノーカンだノーカン!!」
カザハ君が防御してくれたおかげで、『神息』の属性は判断できた。
『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を起動し、魔法を完全に遮断するユニットが出現する。
対象範囲は狭いが、少なくとも近くに居る限り範囲攻撃の餌食にはならない。
アジ・ダカーハ攻略戦における、即席の拠点だ。
「今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる」
カザハ君≒ガザーヴァはアジ・ダカーハの周りを飛び回りながら間断なく攻撃を加えている。
どちらの意思で行動しているのか判別できないが、その刃は俺達ではなく帝龍に向けられている。
まだ、間に合う。確証はなくても、俺がそう決めた。
「タイラント、ミドやん――俺達が出会ってきた超レイド級は、どれもまともに歯が立たない雲の上の存在だった。
目覚めたての、不完全な状態でだ。元気いっぱいの超レイド級に勝ち目はねえ」
城壁の後方に下がりつつ、俺は仲間たちに告げる。
「唯一勝ち筋が見えるとすれば、前の二匹と違ってアジ公は人間が操作してるって点だ。
つまり駆け引きが成り立つ。完全なマネーイズパワーから、PVPの土壌に引きずり込める。
も一つ言えば、アジ・ダカーハの巨体を支えてるのは、全部帝龍のお財布の中身だ」
もちろん対人戦でも廃課金が強いのは変わらない。
それでも単純なステータス勝負になりがちなPVEに比べれば、戦術の介在する余地がある。
そして、クリスタルというリソースに限りがあるのは向こうも同じだ。
217
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:10:44
「アコライトに駐留してたマホたんですら、アジ公の存在は噂程度にしか聞いてなかった。
示威行為って点じゃこれ以上ない適任のアジ・ダカーハを、帝龍が伏せ続けてきたのはなんでだ?
あの傲慢な帝王が、ロイヤルガードを落とすまでアの字も出さなかったのには、理由があるはずだ」
わざわざアコライトを包囲せんでも、アジ公一匹見せれば即日無血開城だっただろう。
クリスタルの消耗が激しいから。これも大きな理由になり得る。
奴の懐事情を推測して魔力切れによる撤退を狙う――って戦術も使えなくはない。
ついでに言えば、これまで出し惜しんでたことで、帝龍自体アジ・ダカーハの操作に習熟してない可能性もある。
3つのATBゲージを同時に扱うのは一朝一夕で出来ることじゃない。
召喚するだけで大量のクリスタルを浪費する超レイド級を、練習の為だけに召喚するとは考えづらい。
現に、ガザーヴァの力があるとはいえ、カザハ君単独でアジ公との攻防が成り立っている。
「無限湧きのトカゲ共っつう邪魔は入るにしても、防御スペルをうまく使えば食い下がることは出来るはずだ。
ブラフとハッタリでカタに嵌めて、対人戦の真髄を教えてやる。
あの腐れドラゴンを振り回して疲れさせて、帝龍のお財布を空っぽにする。これが俺の第一案」
アジ・ダカーハと対峙するガザーヴァに視線を投げる。
両者は幾度となく小競り合いを繰り返すが、少しずつガザーヴァが押され始めている。
レベル差が大きすぎる。早晩、削りきられるだろう。
「……バロールが魔王にならなかったこの時間軸で、幻魔将軍ガザーヴァは誰に忠誠を誓ってるんだろうな」
ゲーム本編では、ガザーヴァは敵味方関係なく引っ掻き回すトリックスターだったが、
唯一魔王バロールにだけは忠実に従っていた。死ぬまで、そのスタンスを崩すことはなかった。
虚実織り交ぜた言動で身の回りのすべてを翻弄しつつも、忠義だけは確かな真実だった。
だが、魔王バロールはこの世界にはいない。ローウェルは未だに存命だ。
ガザーヴァが傅く相手によって善にも悪にも転ぶのだとすれば、
忠義の置き場を失った今、あいつはどちら側とも言えない中途半端な存在だ。
「――第二案は。ガザーヴァを、内応させる。
あいつにニブルヘイムを裏切らせて、カザハ君ごと俺達の味方にする」
この時間軸において、ガザーヴァはまだ大量殺戮にも大量破壊にも手を染めてない。
あいつが更地にする予定のアコライト外郭も、未だ健在なままだ。
それはガザーヴァが復活出来てないからだが、同時にもうひとつ理由がある。
――殺戮の指令を下す指揮官、魔王バロールの不在だ。
つまり現状のこいつは、なんとなく……『その場のノリ』でニブルヘイムに属しているに過ぎない。
自分で言ってて笑えてきた。これじゃまんまカザハ君だな。
そしてだからこそ、カザハ君と同じように――アルフヘイムの味方につける余地がある。
少なくとも帝龍は、ガザーヴァの力を一切あてにしていない。
これもまた、現時点のガザーヴァが完全にニブルヘイムに与していない証左だ。
「交渉は俺がやる。ガザーヴァを上手く引き込めれば、第一案もぐっとやりやすくなるはずだ。
倒すことは出来なくても、痛打を与えてクリスタルを浪費させられる。
なんなら潜伏系のスキル使って帝龍にダイレクトアタックくらい出来るかもな」
そこまで言って、俺はかぶりを振った。
この期に及んで俺はなに理屈屋ぶってんだ。
218
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/14(火) 03:14:43
「……まぁ、こんなもんは建前だ。俺はまだ、カザハ君を諦めたくない。
こんだけ状況証拠が揃ってるってのに、あいつが俺の仲間だと信じていたいんだ」
自分の死を覚悟してなお、俺達に向けたあの微笑みが……ずっと頭に焼き付いて離れない。
考えなしで、やることが雑で、デリカシーの欠片もないスケベ妖精だけど。
あいつの行動のすべてに、俺達への不器用な気遣いがあった。
それはきっと、今この瞬間だって、変わらない。
「あいつを信じて、ここまで連れてきたのは俺だ。
カザハ君が完全にカザーヴァになってて、俺達に牙を剥くとしたら、その時は……俺があいつを仕留める」
あのクサレウンコ現場将軍の野郎に、ここまで引っ掻き回されっぱなしっつーのも。
ほっんとおおおおおおおおおおに癪だしなああああああああああ!!!!!
再燃してきた怒りに身を任せて、俺は前に出る。
踊るように空を舞うカザハ君へ向けて、人差し指を掲げる。
「お前は今、カザハ君か?ガザーヴァか?どっちだって良いけどよぉ。
このままアジ公に消し飛ばされんのがお前の望んだ結末か?
帝龍君がつごーよくお前だけ避けてビーム撃つとは思えねえなあ」
無論ガザーヴァも俺のこの煽りが単なる負け惜しみだとは思わないだろう。
何らかの布石、ミスディレクション、あるいは……内応策だと、見抜いてくるはずだ。
読まれてるならそれで結構。対話が成り立ちさえすれば、そこから先は俺の土俵だ。
「狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ」
この俺が簡単に引き下がると思うなよ。
見せてやるぜ……1年近くブレモンに粘着し続けた、うんちぶりぶり大明神の執着をなぁ!!!!
【魔法無効防御ユニット『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を発動
1.今までアジ公のアの字も出てこなかったってことは軽々に出せない理由があるのでは
2.超レイド級とかクリスタル消費やばいだろうしうまく凌いで魔力切れ狙おうぜ
3.ガザーヴァ買収しよう。バロール魔王になってないしワンチャン→交渉開始】
219
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 21:56:08
>「ざけんな。お前だけに良いカッコさせてたまるかよ」
「別にかっこつけてるわけじゃない・・・僕はただ・・・」
なぜだ?カザハを殺せば当然他の二人から・・・なゆとエンバースから敵対されるかもしれないのに。
敵であろうが殺す事を絶対に許さないなゆが許すはずないのに。
「もう君が嫌われるのは終わった。これ以上君が汚れ役をやる必要なんてないんだ
僕はまだPTに入って日が浅い・・・嫌われ役をするなら僕で十分なんだ、君がやる必要性は――」
>「あいつは俺が殺る。あいつを殺すのは……俺でなきゃ駄目なんだ」
>「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」
さすがに影でこそこそしていれば、マホロスキンを被っていてもばれてしまう。
>「後方は無事だ。魔法機関車は絶賛横転中だが、アコライト兵に損耗はない。
俺達がこっちに来たのは、バロールの映像中継で前線の異状を確認したからだ」
「僕が数を兵士の数を3桁は削ってきたからたとえトカゲがきてもなんの問題もないよ
作戦通りマホロの真似事をしながらね、当然殺してもいない」
モンスターを使役していたことで自分たちは必要ないと訓練をサボってるような兵士なんてものの数じゃない。
>「後方は無事だ。魔法機関車は絶賛横転中だが、アコライト兵に損耗はない。
俺達がこっちに来たのは、バロールの映像中継で前線の異状を確認したからだ」
「ああ、それと幻影を解除していいかい?もう帝龍の前に姿をこんな形で出しちゃったし解除していいだろう?
部長も出しておかないとゲージも溜まらないしね」
そういってバフ効果の幻影を解除し、部長を召喚する。
>「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」
「・・・黒」
> 「……カザハ君の中にガザーヴァが居る」
「どっちが本当の中身なんてこの際どうでもいい・・・だが一つ確実な事がある」
「なんにせよ早急に排除するべき対象だ、と言う事だ」
220
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:03:46
>……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ
ロイヤルガードとエンバースの戦闘も終了し、実質帝龍は終わり・・・ではなかった。
>――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?
エンバースが煽る、ひたすら煽る。
帝龍は顔真っ赤にして・・・。
>「オマエ、底抜けのバカアルか? 偉そう、ではなく実際に偉いアルネ。
世界王者? 禁止カードだらけでルールに縛られたママゴト大会の王者が、本当に強いとでも思ってるアルか?
ひょっとして、プロレスはガチ! とか大真面目に信じちゃってるタイプアル?」
いや顔真っ赤にしているのは間違いなかった。
しかし諦めたいるという風ではなく、まだ策があるようだった。
>「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」
!?
カザハに細心の注意を払っていた、なのに気づいたらカザハは僕達の真後ろに現れフレンドリーに話しかけてくる。
気配を感じなかった・・・!
やはり真に注意をするべきは帝龍ではなくカザハ自身である。ということ認識させられる。
>「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」
>「何勝手なことしてんだボケェ!
……あっ、みんなで仲良くやるってのは新種のプレイ的な!? そう、エアプレイ!」
どうやらいよいよをもって制御が利かなくなってきたらしい。
明神はああはいったが、情けをかけてしまうかもしれない。
今すぐ手を出したい衝動をこらえる。
>「それそれ、それアル。
そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」
まだ帝龍との勝負は終わっていない。
カザハ抜きで決着はつけられないだろう。
だから・・・今はまだ手は出さない。
221
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:05:20
『ギャゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』
ドラゴンだ、ファンタジーの代名詞、角が生えていて、巨体で、圧倒的な。
昔の子供なら一度は倒す事を夢見た・・・ドラゴンがいた。
>「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」
>「くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!」
>「金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル。
貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!」
『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』
「なるほど。一理あるな」
僕は冷静だった。
この世界にきてから驚く事が何回も起きたせいで麻痺してしまっているのか。
今までの人生における、うろたえた所で事態は好転しないという教訓から冷静さがきてるのか。
わからない、自分の冷静さの理由はわからないが。
「なゆのポヨリンさんの時のほうが絶望感あったね
モンスターの威圧感は同じくらいなんだけどね、やっぱりマスターがしょぼいからかな?」
>《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》
バロールが通信越しに撤退しろ!と連呼する。
当然だ、これは完全に想定外だ。一度仕切りなおし作戦を練るのがどう考えても得策。
が、当然相手は撤退なんてさせてくれないし・・・そもそも。
>「……逃げないよ」
このまま撤退してしまえばこの龍が外郭に辿りついてアコライトはEND
もし消費を恐れて帝龍が追ってこなかった場合は戦争はさらに長期化。
さらにアジ・ダハーカの出現と作戦が失敗した事によって兵士達の士気は更に悪化。
マホロでなんとか保っていたが、こんどこそ内側から崩壊を起す可能性が高い。
そもそも撤退が完了するまでに双方どれだけの死者がでるのか・・・。
犠牲を許容できないなゆには・・・逃げるという選択肢はあるわけがないのだ。
222
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:05:43
>「いいとも! じゃあ、やっぱりボクの『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』が必要だねー!
燃えてきたぁーっ! いや、ボクは風属性であって火属性じゃないけどね!?」
撤退という選択肢がない以上アジ・ダハーカを倒さなければならない。
そのためにはカザハ・・・もといカザハの中にいるカーザヴァとかいう奴の力は必要不可欠だ。
だがこのまま放置しておけばカザーヴァは確実に僕達の敵になるだろう。
帝龍とカザーヴァの連戦は絶対に回避しなければならない・・・となれば。
>「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」
>「うッ、うわッ! うわああああああ――――――――ッ!!」
アジ・ダハーカが思いっきり足を地面に叩きつける。
地面が激しく揺れ、割れ、荒れ狂う。
「荒波の海で漁を手伝った時以上に・・・揺れる!!」
ただ地面を蹴っただけでこの威力。まともに食らえば人間どころかモンスターでさえ即死だろう。
マホロがいるせいで直接狙ってはこないだろうが・・・
>「みんな、身の安全を図って!」
「僕は大丈夫だ!・・・だが」
アコライトの兵士、帝龍側の兵士双方共に大パニック状態に陥る。
こうなればもう戦争どころじゃない、このままでは余波だけで死人がでるだろう
>「まずは、みんなを逃がさなくちゃ……! マホたん、守備隊のみんなを本陣から撤収させて!」
>「わかった! みんな、こっちよ!」
「なっ!?・・・まてユメミマホロ!!!」
周りの騒音にかき消されジョンの声は誰にも届かず。
マホロはそのまま兵士を率いて前線を離れた。
「馬鹿か!?緊急時に備えて臨時の指令役を予め立てておくべきだろうが!そんな事も決めてないのか!?
しかもよりにもよってなんでマホロがいなくなるんだ!!??」
マホロが離脱したことにより、タダでさえ足りていない戦力は更に下がり。
マホロがいなくなった事で帝龍は制約を解かれる事になる。
僕と明神は本物ではないと既にバレてしまっている状況で疑わしマホロが全員前線からいなくなってしまう。
>「くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
たっぷり感じながら――死ね! アル!
アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
マホロがいなくなれば帝龍は当然・・・纏めて攻撃する手段に出る。
223
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:06:06
>「みんな――防御して!!」
なゆの声が聞こえた。
行動できなかった。
人間では対処のしようがない圧倒的な力。暴力を前にして。
防御なんてしようがない。防げる技も思いつかない。
ユメミマホロがいるから。と油断していた。
まさか攻略の要であるマホロ本人がなんの考えもなしに離脱するなんて――
>「風の防壁《ミサイルプロテクション》!」
暴力に飲まれる寸前、カザハが展開したバリアが暴力を防ぐ。
だが当然防いでるカザハも無事ではなかった。
苦しそうな声を出しながらも必死に耐えている。
「本当に助かった、ありがとう」
>「ボクは昔罪を犯した罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ」
「・・・なにいってるんだガザハ?それよりもなゆ、次の手を早く考えないと
アレにヒュドラのような弱点はあるのか?もしあるならそこを全力で・・・
いやマホロを連れ戻すのが先だ!こんなのもう一度うたれたらもうどうにもならないぞ!」
>「なゆ、この状況でも逃げないなんて君はやっぱり最高に勇者だね! でも、少しは自分を大事にしてね。死んだら元も子もないんだからさ」
「カザハ・・・?」
>「ジョン君、この場に君がいてよかった。君なら情に流されず迷わず正解を選んでくれるから」
「カザハ・・・君は・・・」
>「このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない」
完全に乗っ取られ、僕達と争うくらいなら・・・死ぬ。その覚悟。
カザハその覚悟を決め、僕達に別れの言葉を・・・
>「君達に会えてよかった。本当にありがとう」
「君のいつもの勢いはどうしたんだよ?どんな困難に遭遇したって簡単に諦めるような奴じゃないはずだろう?」
>「自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!」
ブレスが止むと同時にカザハは空高く舞い上がりアジ・ダハーカに突撃する。
「それが・・・これが君の選択か・・・カザハ・・・」
カザハの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
僕も、今できる事をしなくては。
224
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:06:32
>「――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!」
明神が叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
>「うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!」
>「今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる」
「言うのは簡単だ。だがその結果カザハが僕達のだれかを殺す事にでもなったらどうする?」
そりゃ僕だって相打ちなんて・・・そんなのは嫌だ。
だが現実に考えてできない事はできないと、言うしかないのだ。
「さすがに黙ってきいていられないぞ、明神
カザハの覚悟を無駄にする気か?みんな仲良く全滅するのか?
みんなカザーヴァに殺されたけど、自分の心は満たされてハッピーっていうのか!?現実を見ろ!」
カザーヴァと交じり合いながらアジ・ダカーハと激戦を繰り広げるカザハを指差す。
>「唯一勝ち筋が見えるとすれば、前の二匹と違ってアジ公は人間が操作してるって点だ。
つまり駆け引きが成り立つ。完全なマネーイズパワーから、PVPの土壌に引きずり込める。
も一つ言えば、アジ・ダカーハの巨体を支えてるのは、全部帝龍のお財布の中身だ」
>「無限湧きのトカゲ共っつう邪魔は入るにしても、防御スペルをうまく使えば食い下がることは出来るはずだ。
ブラフとハッタリでカタに嵌めて、対人戦の真髄を教えてやる。
あの腐れドラゴンを振り回して疲れさせて、帝龍のお財布を空っぽにする。これが俺の第一案」
「総力戦に持ち込めば僕達は帝龍には勝てるかもしれない
だがその後カザハが敵に回ったらカードを使い果たした僕達はみんな殺されるぞ!」
>「交渉は俺がやる。ガザーヴァを上手く引き込めれば、第一案もぐっとやりやすくなるはずだ。
倒すことは出来なくても、痛打を与えてクリスタルを浪費させられる。
なんなら潜伏系のスキル使って帝龍にダイレクトアタックくらい出来るかもな」
「いいかげん現実をみろ明神!帝龍にだって勝てる保障すらないのに
そんな事してる余裕は僕達にはないんだ!!君ならそれくらいわかるだろう!」
>「……まぁ、こんなもんは建前だ。俺はまだ、カザハ君を諦めたくない。
こんだけ状況証拠が揃ってるってのに、あいつが俺の仲間だと信じていたいんだ」
「そりゃ僕だって・・・嫌だ・・・カザハが死ぬなんて認めたくない・・・でも」
できないんだ、不可能なんだ、無理なんだよ。
今の僕達に余計なリスクを負う余裕はないんだ。
>「あいつを信じて、ここまで連れてきたのは俺だ。
カザハ君が完全にカザーヴァになってて、俺達に牙を剥くとしたら、その時は……俺があいつを仕留める」
なんでこんな。
>「狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ」
なんでこんな事になったんだよ・・・。
225
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:06:53
なんでこんな事になった?
帝龍が予想以上の隠し玉を持っていたから?
いや・・・もっと安全に作戦を遂行できたはずだ。
じゃあなんでカザハは、明神は、なゆは、エンバースは危険な状況に置かれている?
あの女だ・・・
ユメミマホロのせいだ。
あいつが最初から自分の体を差し出しておけばもっと楽にできた。
兵士達の命を優先したばっかりにこんな事になった。
そのくせ自分はクソの役にも立たない兵士達と前線からさっさと逃げやがった。
その場で臨時の指令役を立てる事だってできたのに。
しかももう通常の戦争は終わったも同然。
アコライトの兵士も、帝龍の兵士も、もう戦闘する余裕なんてないのに。
それなのにあいつはさっさといなくなった。
その尻拭いでカザハは死に掛けている。
カザハだけじゃない、なゆも、明神も、エンバースも・・・僕も死に掛けた。
死ぬべきはカザハじゃない、あの女なのに。
ユメミマホロという仮想の姿を纏って自分は一切本当の姿を現さないあの女なのに。
なんで僕はカザハを諦めようとした?死ぬのはあの女だけで十分だ。
諦めるべきはカザハじゃなく、あの女と兵士達のはずなのに。
必ず全員で帰るんだ・・・そしてあの女に報いを受けさせてやる。
絶対に
絶対に
絶対に
殺してやる
226
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:07:17
「ふふふ・・・ふはははは・・・そう・・・そうだな・・・」
立ち上がり、明神に向かって言い放つ
「カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!」
体に赤いオーラを纏う。
この力は一度きりにしようと決めていたが、今使えるものはなんでも使わないければいけない。
どんなリスクがあるかも分からない得体の知れない力。
もしかしたら・・・バロールあたりならこの力を知っているのかもしれない。
だが今それを聞いてる場合じゃない、今を全員で乗り切れるならどんなリスクがあろうと。
全員で生きて帰る為に、カザハを助けるために。
あの女を殺す為に。
「明神、カザハを説得するのは任せた!」
カザハのほうを向き狙いを定める。
「よしいくぞ・・・部長・・・うけとれええええええカザハあああああ!
雄鶏乃栄光!雄鶏示輝路プレイ!対象カザハ!」
「ニャアアアアアアアア!」
カザハに強化魔法をかける、一つは攻防が上るカード。
もう一つはコトカリス専用カードでなければ恐らく壊れカードの一角だったであろうカード。
バフを掛けられた味方が任意で発動でき、発動した次のスペルカード効果量を2倍にする能力。
ゲーム本編では狩りで使うには限定的かつ発動できるのが一度だけというのが足をひっぱり
対人においては基本1VS1なのでコトカリス自体を採用するのは自殺行為といわれ、使う者は殆どいなかった。
バフ系統の最高格スキル、回復に使えば効果が倍に、攻撃に使えば威力が倍に、バフに使えばその効果も倍に。
「出し惜しみはなしだ!これも受取れ!雄鶏乃啓示!プレイ」
そしてその光を浴びたもののステータスを倍に引き上げ、敵には沈黙を与える太陽。
今回では沈黙の効果は期待できないにしろ、ステータス倍というのは凄まじい。
トドメをさせなくてもいい、時間を稼ぎ、ライフをできる限り削ることができるなら、それでいい。
「全力でぶちかませ!!!」
バフを全力で掛け終わり、まず一つ目の仕事を完了させる。
「よし・・・バフを掛け終われば部長と僕の役目は終わりみたいなもんだけど・・・」
だがこのまま指を咥えてみているわけにはいかない。少しでもカザハの援護をしなくては。
カザハを生かし・・・あの女を殺す為に少しでも動かなくては。
『明神のおかげで範囲攻撃対策ができたとはいえ・・・トカゲ達が押し寄せたらまずいだろう
トカゲ共の相手は任せてくれ!ゲージはもうないが・・・僕が殺る』
力の巡りが最高潮になっていくのを感じる。
『大丈夫だ、あんな畜生共にはカードがなくたって悪いが負けないよ・・・ここに絶対近寄らせない』
言い終わるのと同時に部長と共に走り出した。
227
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/15(水) 22:08:34
明神達から離れた場所まで離れ、思いっきり叫ぶ
『『『お前らの餌はここにいるぞ!!!!』』』
その声でアジ・ダハーカから産み落とされ、ヨロヨロとまるで生まれたての子供のようにフラフラしている
トカゲ達とヒュドラは一斉振り返りジョンを見つめる。
『そろそろ赤子の時間は終わりだろう?さあ・・・餌がココにいるんだ・・・腹が減っただろう・・・?』
トカゲとヒュドラの半分ほどは完全に僕を標的にしている。
『さすがに全部の意識をこっちに向けるのは無理か・・・』
だがトカゲ共を殺し、その血で塗れれば最優先で排除すべき敵として判断してくれるかもしれない。
まずはあたり一面にこいつらの血をばら撒くところからか・・・骨が折れるね。
一番最初に産み落とされたであろうトカゲが突進攻撃を仕掛けてくる。
『いいね!君の血をばら撒いて全部のトカゲを呼び寄せるとしよう!か!部長!』
部長がトカゲと全力でぶつかる!
部長はたしかに非力である、が僕は今まで部長をずっと使い続け、育ててきた。
それでも全体で見れば攻撃力は低い分類に入るだろう。それでも。
『部長は!愛着もないような野良クソトカゲに遅れはとらない!』
僕はその隙を見逃さず、怯んだトカゲの背に乗る。そしてナイフを取り出しトカゲの脳に一撃。
クリティカル!という表示のあと少しの間もがき苦しんでいたトカゲはそのうち動かなくなった。
『ん、やっぱりバロールに貰ったこのナイフすごいなあ!さすが王都が誇る一級品だな!』
硬い鱗と頭蓋骨をまるで刺身を切るかのように切断し、突き刺さるナイフ。
もちろん力をこめて突き刺したが、それでもこのナイフの威力も凄まじい。
『さて・・・忘れずに・・・よっ!と』
トカゲの胴体を思いっきり力任せに切る。
勢いよく血が噴出し、周りに撒き散らされる。
いままでフラフラとしているだけだったトカゲ達が一斉に僕に振り向く。
『ふふふふ・・・楽しみで震えてきたよ!君達には僕と遊んでもらわなきゃね』
「ニャ・・・にゃー・・・」
怯えた部長を抱きしめる。
『僕と部長ならこの程度なんら問題ないさ!』
瞬く間にトカゲの大群に囲まれ、目の前にヒュドラが複数。
『んー・・・ゲージが溜まるまでは消極的に動こうと思ったけど、そうはいってられないか』
ナイフを強く握り笑みを浮かべる。
『化け物って言われてきた僕の本気・・・見せてやるよ』
「にゃー・・・」
この時の僕には、部長が別の意味で怯えていた事など、わかるはずがなかった。
228
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/01/20(月) 01:23:21
【プラン・バッドエンド(Ⅰ)】
『下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。
第一……オマエたちはひとつ、大きな勘違いをしているアルヨ』
「勘違い?……ああ、なるほどな。お前、実はここのステージボスじゃないんだろ。
精々、中ボスと言ったところか――確かに、いまいち雑魚っぽいとは思っていた」
『おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!』
「……どうした、カザハ。またいつもの滑り芸か?面白くないぞ……今回は、特にな」
『抵抗はやめなさい、帝龍!
もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――』
「待て、諦めるな!お前はまだやれる筈だ!力を振り絞れ!でないと、俺がつまらない――」
『それそれ、それアル。
そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?』
『……え……?』
「……なん……だと?」
『――――――――――――あっ!!』
「――なんだよ、そういう事はもっと早く言ってくれ」
『くふふ! やっと気付いたアルか、この下民どもが!
『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を封じればワタシに勝てると思ったアルカ?』
「ああ、その通りだ。恨むなら、カード以外に誇るものが思いつかなかった自分を恨め」
『本陣にさえ乗り込んでしまえばこっちのものだと――? 見通しが甘すぎて笑い話にもならないアル!
ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!』
「そのパターンは、もう飽きた――いい加減、お前の名前も忘れちまいそうだ」
『ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!』
「まぁ……精々楽しませてくれよ、ええと、確か……骨川だったか?」
口プレイの応酬――だが不意に、焼死体が口を閉ざす。
帝龍から溢れる、凄絶なまでの魔力/大地が震える/空が暗雲に包まれる。
天地に異変を及ぼすほどの魔力/存在感――尋常ではない事が、起きようとしている。
《すごい魔力だ……! みんな! そっちは何が起こってるんだ!? ここからだと状況が把握できない!
でも、君たちのいる場所を中心にとんでもない魔力が集まっているぞ!
これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》
「……完全召喚に備えておけ、フラウ。出し惜しみ出来る相手じゃなさそうだ」
『くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!』
地面が割れる/その奥底から岩山が迫り上がる。
山脈の如き巨体/地盤を磨り上げ傷一つ付かない鱗/空を覆う翼。
見間違えようのない威容/魔神の異名を取る、超レイド級の一角――
『くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!』
「……全部位揃えた奴が、いたとはな」
229
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/01/20(月) 01:25:08
【プラン・バッドエンド(Ⅱ)】
『くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!』
饒舌さを増す煌帝龍/対する焼死体の、返事はない。
『金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル』
〈黙って聞いていれば、寝惚けた事を――!何をしているのですか、マスター! 早くフルサモンを!〉
「黙って聞いていれば、寝惚けた事を……ゲージもろくに溜まっていないのに、完全召喚して何になる」
『貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!』
〈勝算はあるのですか?先手を取ってあの骨川を落とすのが、最も合理的ではないのですか!?〉
「少し黙れ。それが通じるほど、あいつがバカなら……仕留めるタイミングは幾らでも来る」
『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』
魔皇竜が咆哮を上げる――たったそれだけで、天地が震え上がる。
『な……、なんてこと……』
《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》
「……あいつに賛同するのは非常に癪だが、実際、この状況なら悪くない手だ。
奴が追撃戦に踏み出せば、俺がダイレクトアタックを決めるチャンスも――」
『……逃げないよ』
「――ああ、お前ならそう言うと思ったよ」
瞬間――焼死体の双眸が、燃え上がる。
『このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!』
紅く/蒼く――分裂した行動原理が、互いに独自の思考回路を巡らせる。
紅く燃え盛る左眼/歓喜――面白い。つまらない男だと思っていたが、とんだサプライズだ。
蒼く奮い立つ右眼/決意――今の俺達で、勝てるのか?いや、勝つんだ。考えろ。誰も、死なせはしない。
『彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!』
『みんな、身の安全を図って!』
焼死体は、動じない/動かない――大地が鳴動する中で立ち尽くし、魔皇竜を見上げる。
双眸に灯る紅蓮/蒼炎が揺らぎ、瞬き、燃え盛り――闇色へと、回帰する。
思考回路/行動原理の統合――どうすれば、奴を倒せる。
――超レイド級のヒットポイントを削り切るのは、至難の業。
弱点属性の有効活用は必要不可欠/【烈風の加護】だけでは足りない。
もっと強大な、嵐のような風の力が必要だ。何もかもを、薙ぎ払うような――
《むっふっふっ……さぁ〜て、面白くなってきたぞぉ〜。
どうしよっかなぁ〜、いきなり裏切ってあっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』につくのもいいし……。
夢が広がっちゃってドキがムネムネだぁ〜!》
――だが、カザハは駄目だ。俺の、死人の眼には、見えている。
あいつは、あいつじゃない生命に侵されつつある――それが何かは、どうでもいい。
どのみち俺にあいつをどうにかする暇はない――機動戦で、火力を分散させる必要があるからな。
――――それでも、方法はある。誰も殺さず、誰も死なせず、あのデカブツを黙らせる。
『くふふふふふ! そろそろ、ワタシに盾突いたことの愚かさが実感できた頃アルか?
しかし許さんアル! この帝龍の力、強さ、恐ろしさ!
――もし、それが成し遂げられたなら。
『たっぷり感じながら――死ね! アル!
アジ・ダハーカ、スキル! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!』
――やっぱり、最強は俺だった。そう言い張っても、誰も文句なんか言えないよな。
230
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/01/20(月) 01:26:35
【プラン・バッドエンド(Ⅲ)】
『みんな――防御して!!』
「言われるまでもなく、誰だってそうする――口を閉じてろ」
解き放たれる魔皇竜の息吹/地表から、焼死体と少女の姿が消える。
圧倒的な熱量によって、肉片も残さず蒸散した――訳では、ない。
【蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート) ……フィールドを縦断、または横断する大穴を生成する。落下すると炎属性の継続ダメージを受ける。
――敗者と、行く手を阻む断崖。その先に業火が待ち受けると知っていても、もう、他に道はない――】
スペルカードにより形成された大地の裂け目に、落下したのだ。
直後、スマホから白閃が奔る/絶壁を貫通/潜行/それを繰り返す。
即席のプラットフォームが織成され、焼死体がそこに着地する。
〈――私を踏みつけにする気分はどうです?楽しいですか?〉
「姫騎士装備で踏みつけにされる気分はどうだ?楽しいか?」
地上を見上げる――明神、ジョン、カザハがブレスを防御出来ているかは、祈るしかない。
だが――何か、様子がおかしいと焼死体は気づいた/細く狭い空の向こうに、何かが見える。
『風の防壁《ミサイルプロテクション》!』
『やめろ、それ以上力を使うなカザハ君!体真っ黒になってんぞ!!』
「……あのブレスを、防いでいるのか?まさか……いや、フラウ」
半信半疑ながら、焼死体はパートナーの名を呼ぶ/意思疎通はそれで十分。
伸長した触手が急速に収縮/その反動が焼死体と少女を地上へ投げ出す。
『ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ』
「……滑り芸の次は、厨二病か?」
『エンバースさん、そんな全てを諦めたような顔してちゃ駄目! 死んでるけど生きてるんだから!』
「ああ、そうだな――お前の頭の痛い発言を聞いていると、全てを諦めたくもなるさ」
『このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない』
「……なんだ。全てを諦めてるのは、お前の方か?
今のは……今までで一番、つまらなかったぜ。
あんたも、そう思うだろ。なあ――」
『――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!』
『うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!』
「そうだ。あんたは間違っていない――あらゆる意味でな」
『今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる』
「制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!」
焼死体がスマホを操作/再び大地に走る、長大な裂け目。
今度は――アジ・ダハーカの両前足を、落とし込むように。
上手く行けば、魔皇竜は己の自重で下顎を強打される事になる。
「俺は――プランBになる。誰も、死なせはしない」
己に言い聞かせる誓いの言葉/未練に、執着に、薪を焚べる。
死霊/悪霊の領域へと――敢えて一歩、足を踏み入れる。
プランBの遂行には、その最奥へ至る必要があった。
231
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/20(月) 21:59:40
魔皇竜アジ・ダハーカの三つの口から、紅蓮の炎が放たれる。
『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』――その名の通り活火山の火口から放たれる爆発の如き吐息。
地属性と火属性の複合属性を持つそのスキルは、神の怒りの一撃。視界に存在するすべてを等しく薙ぎ払う――
が。
「うゎひゃあああああああっ!?」
なゆたは思わず頓狂な悲鳴を上げた。
エンバースが足許にスペルカード『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』を使用し、咄嗟の避難路を造ったのだ。
なゆたはエンバースと共に、真っ逆様に落ちてゆく。神の攻撃は回避したものの、このままでは墜落死だ。
が、エンバースはそんな間抜けなことはしない。さらに連続で穴を掘り、見事に軟着陸を果たす。
「……あ、ありがと」
なゆたも無事である。エンバースの顔を見ると、なゆたは小さく呟いた。
>――私を踏みつけにする気分はどうです?楽しいですか?
エンバースのひび割れたスマホから声がする。今まで聞いたことのない声だ。
もちろん、ブレモンのモンスターには人語を解する者も多い。
エンバースがそういったモンスターをパートナーにしていたとしても、何も不思議ではない。
>姫騎士装備で踏みつけにされる気分はどうだ?楽しいか?
「え、わたし!? ご、ごごゴメンなさい! 重くなかった!? 大丈夫!?
……ええっと……エンバースのパートナーさん?」
エンバースとフラウのやり取りに、思わず慌てる。
そこまで重くはないはずなんだけど! と取り繕ってみるも、エンバースもフラウももうなゆたの声など聞いていない。
自分たちの頭上――穴の外を見つめている。
>風の防壁《ミサイルプロテクション》!
アジ・ダハーカの真正面に立ちはだかったカザハが両手を突き出し、スペルを展開する。
幻魔将軍ガザーヴァの力を惜しみなく使用した凄まじいまでの突風が、神の一撃を逸らしてゆく。
だが、いかなガザーヴァの力をもってしても超レイド級の攻撃を完全に防御することはできない。
カザハの突き出した手のひらに、みるみる火ぶくれが出来てゆく。衣服の袖が発火し、黒い炭となって散ってゆく。
《あっちち! あちちちちちっ! ちょっ、さすがにこれはヤバいでしょ!
いくらボクの魔力が潤沢だからって、六芒星の魔神には勝てないってーの! もう属性有利とか言ってる場合じゃない!
はい退避! 退避ー!》
さすがのガザーヴァも身の危険を感じたのか、カザハの心の中で退避を勧告する。
しかし、カザハは逃げない。両手が焼け爛れようと、決してその場を動かない。
「ほぉ〜。なんとか耐えたアルか……。しかし、そんなモノがアジ・ダハーカの前にどれだけ持つと思うアル?
アジ・ダハーカ! 出力アップ! この身の程知らずに、神罰というものを教えてやるヨロシ!」
>やめろ、それ以上力を使うなカザハ君!体真っ黒になってんぞ!!
ゴアッ!! と三本首の放つ炎が威力を増す。
すでに、カザハの身体はそのほとんどが黒く変わっている。
周囲を漂う靄に過ぎなかったものが、確かな形状を現し始めている――
すなわち、幻魔将軍ガザーヴァの黒い鎧へと。
靄が完全に実体化し、カザハの身体に装着され。頭部までもが仮面の付いた兜によって覆われたとき。
幻魔将軍ガザーヴァは完全復活を遂げるのだろう。
その瞬間が、刻一刻と近付いている。
>……あのブレスを、防いでいるのか?まさか……いや、フラウ
エンバースが呟く。以心伝心、フラウがすぐさまエンバースとなゆたを地上へ放り投げる。
「もうちょっと丁寧に扱えーっ! 女の子だぞーっ!」
地上でエンバースに抱きとめられると、なゆたは横抱きに抱えられたまま右腕をぶんぶん振って抗議した。
が、いつまでもそんなことを言ってはいられない。すぐになゆたも地面を踏みしめ、カザハを見遣った。
「カザハ……!」
カザハは単身超レイド級と対峙しながら、ゆっくり口を開いた。
>ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった。
ううん、世界に干渉すべきでない種でありながら世界を救おうなんて思ってしまったこと――それが間違いの始まりだったんだ
「……なんてこと……」
カザハの中に、幻魔将軍ガザーヴァが入っている。
先程明神達と合流したとき、明神はそう言った。
そして、前夜の夜哨の際も。なゆたはジョンからカザハがまるで別人のような口調で喋っていた、という報告を貰っている。
最初は信じられなかった。そんな突拍子もない話が、と疑っていた。
しかし、カザハの身にへばりつく黒い鎧。そして独白。
それらを目の当たりにした今は、それを信じる以外の選択肢などなかった。
232
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/20(月) 21:59:53
>なゆ、この状況でも逃げないなんて君はやっぱり最高に勇者だね! でも、少しは自分を大事にしてね。死んだら元も子もないんだからさ
なゆたへの言葉を皮切りに、カザハはパーティーのメンバーひとりひとりに声をかけてゆく。
驚きに目を瞠り、奥歯を噛みしめながら、なゆたはその声を聞いた。
それはまるで、いや、まるっきり。
今生の別れの言葉のような――
>このブレスが止んだらボクは幻魔将軍ガザーヴァだ。もし命乞いしても騙されちゃいけない
>君達に会えてよかった。本当にありがとう
「……待って、カザ――」
なゆたは右手を伸ばし、カザハを止めようとした。
だが、覚悟を決めたシルヴェストルを止めることなど、出来ようはずもない。
>自由の翼《フライト》――風精王の被造物《エアリアルウェポン》!
カザハは精霊樹の木槍を触媒として、巨大な鎌を作り出すとアジ・ダハーカに吶喊した。
カザハの機動力の要であるカケルはいない。なゆたが穴に落ちている間に、カザハの命令でバロールの許へ飛んだのだ。
しかし、それでもカザハは身軽に立ち回り、アジ・ダハーカの巨体に当たるを幸い攻撃を繰り出してゆく。
>アコライトなんてさっさと潰しちゃえばいいのにマホたんが欲しいとか言ってダラダラしてさぁ、ぶっちゃけニヴルヘイムへの忠誠心0っしょ!
ってなわけで危険因子は早めに潰しとかないとね! アルフヘイムのザコブレイブ共なんていつでも潰せるし?
「……ハァ? 何を言っているアル?
ニヴルヘイムへの忠誠心? そんなもの、ワタシが持っているとでも思ったアルか?
連中はあくまでビジネスパートナーアル。ワタシがこのアルフヘイムに覇を唱えるための……アルネ!」
宙に浮かんでカザハの言葉を聞いた帝龍がせせら笑う。
「ワタシはこの世界でも金を稼ぐアル。アルフヘイムだけではない、ニヴルヘイムでも!
この世界は素晴らしいアル! 地球にはない知識、魔法、アイテム、資源!
今、ワタシの頭の中には新たな金儲けのアイデアが無尽蔵に湧き出しているアル……! そのすべてを使い、金を手に入れる!
ルピを! クリスタルを! この世界の富の全てを手に入れるアル――!!」
帝龍は両手を大きく開いて哄笑した。
地球で帝龍は世界的企業・帝龍有限公司のCEOとして、まさに巨万の富を稼ぎ出していた。
その栄耀栄華を、今度は異世界アルフヘイムで再現しようとしている。
この世界にあるありとあらゆる価値あるものを、根こそぎ手に入れようとしている。
それこそが帝龍の目的。ニヴルヘイムに与している理由だった。
「マホロもワタシにとっては商材のひとつに他ならないアル。
マホロの歌声は万人を魅了する……地球でそれは実証済みアル、ならば! アルフヘイムで通じるのも間違いない!
ワタシがスポンサーとなり、ヒュームを! エルフを! ドワーフを! すべての生命を魅了する歌姫にしてやるアル!
そうすれば……ワタシはもっともっと金を手に入れられる……!
マホロ! オマエは金の卵を産む牝鶏アルヨ! 死ぬまでワタシのために卵を! 富を! 生み続けるアル!!
くふはははははははははははは―――――――ッ!!!!」
そう。
帝龍はユメミマホロのファンでも何でもない。
ただ単に、マホロのアイドル性。姿、歌声、存在そのものが『金になる』から。
我が物としておきたかっただけなのだ――商品として。
「だが、薄汚いシルヴェストル……オマエに商品価値はないアル!
蚊トンボが……いつまでも神の面前を! ブンブンと飛び回っているんじゃないアルヨ!!」
グオッ!!
アジ・ダハーカの三本首が猛烈な速さでカザハを狙う。
魔皇竜がまだ本気を出していないことは明らかだ。――というのに、カザハはみるみるうちに傷ついてゆく。
幻魔将軍の加勢をもってしても、力の差は歴然だった。
233
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/20(月) 22:00:10
>――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!
>うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!
明神が叫ぶ。カザハの自暴自棄にさえ見える攻撃に目を奪われていたなゆたは、はっと我に返った。
さらに明神は自身の前方に『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を展開。
魔法攻撃を完全に遮断するこのスペルカードならば、魔皇竜のブレスにも対応できる。
なゆたはエンバースと一緒に城壁の内側に入った。緊急の作戦会議だ。
>今"そこ"に居るのがカザハ君かガザーヴァか知らねえが、どっちだろうが死なせはしねえ。
お前にも殺させはしねえよジョン。あいつには絶対に、世界救う瞬間を見届けさせる
「……何か……考えがあるの? 明神さん」
城壁の内側に屈み込み、ポヨリンを抱き締めながら問う。
>無限湧きのトカゲ共っつう邪魔は入るにしても、防御スペルをうまく使えば食い下がることは出来るはずだ。
ブラフとハッタリでカタに嵌めて、対人戦の真髄を教えてやる。
あの腐れドラゴンを振り回して疲れさせて、帝龍のお財布を空っぽにする。これが俺の第一案
>――第二案は。ガザーヴァを、内応させる。
あいつにニブルヘイムを裏切らせて、カザハ君ごと俺達の味方にする
明神の提示した逆転の策は、そのふたつ。
どちらもかなり分の悪い賭けだ。失敗すれば、それがそのまま死に繋がる。
だが――他にいい方法などない。どのみち、やるしかないのだ。
>……まぁ、こんなもんは建前だ。俺はまだ、カザハ君を諦めたくない。
こんだけ状況証拠が揃ってるってのに、あいつが俺の仲間だと信じていたいんだ
>あいつを信じて、ここまで連れてきたのは俺だ。
カザハ君が完全にカザーヴァになってて、俺達に牙を剥くとしたら、その時は……俺があいつを仕留める
明神の独白。
もう、カザハの中には疑いの余地もなくガザーヴァがいて。今にもカザハを乗っ取って復活しようとしていて。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としては、何を差し置いてもそれを阻止するのが最善のはずなのに。
まだ、明神はカザハを信じている。諦めたくない、と言っている。
もし最悪の事態が起こったときには、自分がすべてのケジメをつける――とまで言っている。
あの、フォーラムで誰彼構わず毒を吐き。他人を罵り。嘲ることしかしなかった『うんちぶりぶり大明神』が――。
「……あは」
なゆたは小さく笑った。それから、立ち上がって明神の腕を自分の右肘でうりうりと突つく。
「かっこいいじゃん、明神さん。さすが『笑顔きらきら大明神』ね!
じゃあ――やってみよう。やってみせよう!
みんなが笑顔になるように。全員で生き残って、笑顔きらきらになるように!」
>そうだ。あんたは間違っていない――あらゆる意味でな
>カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!
明神に同調して、エンバースとジョンも戦う意志を固める。
そうだ。この強大な超レイド級モンスターを倒すには、全員で力を合わせなくてはならない。
か弱い光を。儚い力を。精いっぱい縒り合わせ、纏めあげ、ただ一本の矢に変えて――
魔神を、討つ。
「カザハの説得は明神さんに任せる! ジョン、エンバース! わたしたちは露払いよ!」
>制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!
エンバースがスペルカードを発動させる。先ほどブレスを回避した際に使用した『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』だ。
すぐにアジ・ダハーカの前肢の下に巨大な亀裂ができたが、アジ・ダハーカは僅かにバランスを崩しただけで、
右前足で地面を叩き自ら地震を起こすと、スペルカードの効果を相殺して亀裂を塞いでしまった。
『地』属性最強のモンスターと言っても差し支えない巨竜である。大地を制御する力は得手中の得手と言ったところか。
>よしいくぞ・・・部長・・・うけとれええええええカザハあああああ!
雄鶏乃栄光!雄鶏示輝路プレイ!対象カザハ!
さらに、ジョンがカザハへとバフをかける。
黒い鎧に侵食されかかっているカザハの全身が、にわかに輝く。
「よし……!」
なゆたもまた、溜めに溜めていたATBゲージを惜しみなく使ってスペルカードを切ってゆく。
もちろん、召喚するのはゴッドポヨリンだ。
ポヨリンは今はまだカザハのかけたスペルによって風属性になっている。
アジ・ダハーカには効かずとも、無限に湧き出すドゥーム・リザードやヒュドラを蹴散らすには充分だろう。
234
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/20(月) 22:00:23
「くふふ……ゴミどもが!
ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」
カザハがどれだけ捨て身で攻撃を繰り返そうと、ジョンやエンバースが懸命に露払いをこなそうと、帝龍の顔色は変わらない。
「安心しろアル。オマエたちはどうあってもワタシに勝てないということ! 世の中には、絶対的君臨者というものがいること!
懇切丁寧に教えてやるヨロシ……当然、有料で!
オマエたちの持つ一切合切!クリスタルの欠片のひとつに至るまで、価値あるものをすべて巻き上げてくれるアル!!」
むろん、帝龍の攻撃は身ぐるみを剥ぐくらいでは収まるまい。
最終的には、命までも奪われる――それが、生命にとって最も価値のあるものなのだから。
「持久戦に持ち込んで、ワタシのクリスタル切れを狙っているアルネ?
くふふ……くふふふふふっ! まったく、まったくまったくまったく! まったく愚かしい! 道化にも程があるアルヨ!」
帝龍は背を仰け反らせて嗤った。
「教えてやるアル……アジ・ダハーカの継続召喚時間は、概算でおおよそ23時間と16分!
ワタシのクリスタルは、この魔神を約一日ぶっ続けで動かし続けることができるほどに潤沢アル!
オマエたちがそれに耐えられると? この魔皇竜を向こうに回して、生き延びることができるとでも――?
虫けらどもを皆殺しにするのに! 一時間も必要ないアルヨ!!」
がぉんっ!!
アジ・ダハーカがもう一度前足で地面を叩く。スキル『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』。
大地をどよもす巨大な縦揺れに、立っていられなくなる。
そして――
ビシッ! という硬い音を立て、『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』に亀裂が入る。
『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』は魔法スキルだが、
『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』は物理スキルだ。つまり、城壁では防御できない。
同時に地面も砕け、地表が上下にずれ、深い深い裂け目があちこちに開いてゆく。
さらに、アジ・ダハーカの鱗からは無尽蔵にドゥーム・リザードが発生し、大顎を開いて襲い掛かってくる。
そんな混乱と混沌の中、明神がカザハに――否、カザハの中のガザーヴァへ語り掛ける。
>お前は今、カザハ君か?ガザーヴァか?どっちだって良いけどよぉ。
このままアジ公に消し飛ばされんのがお前の望んだ結末か?
帝龍君がつごーよくお前だけ避けてビーム撃つとは思えねえなあ
カザハ――ガザーヴァはアジ・ダハーカへの攻撃を一旦中止し、明神を見た。
「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」
むろん、ガザーヴァに身を挺してアジ・ダハーカを止めるなどという気はさらさらない。
カザハがまんまと魔力を使い切り、復活が叶った瞬間に、この場を離脱するつもりでいる。
あとは自由だ。何者にも縛られず、思う存分自分の楽しいことだけができる――そう思っている。
だが、そんなガザーヴァの態度にも明神は諦めない。
>狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ
「……お前……何が言いたいのさ?」
ガザーヴァは忌々しそうにカザハの顔を凶悪に歪めた。
それから、ほとんど主導権を奪いつつある身体の中でカザハの魂へ語り掛ける。
《コイツ、何か企んでるな? そうだろ、カザハ?
ボクはリバティウムからずっとコイツらの動向を監視してきた。分析してきた。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――その中でも、コイツは一番『ボクに近い』――。
面白いじゃん。ちょっと黙って見てろよ、カザハ……どうせボクの復活は確定なんだ。
余興にコイツの戯言に耳を傾けてやるよ……まっ、どっちにしたってボクのオツムに勝てるはずなんてないけどさぁー!》
にたあ……と口許に厭な笑みをへばりつかせ、ガザーヴァは明神の前に降り立つと、余裕たっぷりに腕組みした。
交渉のスタートだ。
235
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/20(月) 22:00:38
「召喚! G.O.D.スライム! か〜ら〜の〜……『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!」
『ぽぉ〜よぉ〜よぉ〜〜〜〜〜んっ!!』
なゆたの召喚したゴッドポヨリンが、勢いをつけて上空へジャンプする。
そのまま空中で巨大な拳骨に変身――落下の勢いを利用して、地面を強烈に殴打する。
その瞬間、大地に発生した無数の亀裂から真空の刃が発生し、ドゥーム・リザードの群れを切り刻んでゆく。
風属性に変化した『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』の特殊効果だ。
>『『『お前らの餌はここにいるぞ!!!!』』』
さらに、ジョンが自らの身体を囮にしてリザードたちを引きつけ、一匹また一匹と仕留めてゆく。
しかし、どれだけなゆたとジョンが頑張ったところで、
たったふたりでは数百匹――否、数千匹にも届こうかというドゥーム・リザードとヒュドラの軍団すべてを相手にはできない。
秒単位で、アジ・ダハーカの鱗から数十匹のトカゲが産まれては牙を剥く。
「しまっ――」
なゆたとジョンの取りこぼしたトカゲたちが、一斉に無防備な明神へ向けて殺到する――
だが。
ザシュッ!!
ドゥーム・リザードの一匹が明神に喰らい付こうとした、その瞬間。
巨大なトカゲはその硬い鱗を袈裟斬りにされ、血潮を撒いてどう、と倒れた。
明神は見るだろう――すんでのところで自分を救った者の姿を。
サーコート代わりに羽織った、どぎついピンク色の法被を。
「無事でござるか、明神氏!」
甲冑の音を響かせ、マホロスキンの解けたアコライト外郭守備隊が明神を守るように陣を組む。
彼らはなゆたの指示を受けたマホロの命で、戦場から離脱したはずなのに……それが、なぜかここにいる。
明神もよく知っているだろう、守備隊の面々がニヤリと笑う。
「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方々にお任せして、離脱することは簡単でござる。
しかし……我らはアコライト外郭守備隊。この地を守るという役目は、そう易々とは捨てられないのでござるよ」
「拙者たちはマホたんにずっと励まされ、叱咤され、ここまで生きてきたでござる。
その御恩、今返さずしていつ返すでござるか!」
「それに――明神氏。拙者らはマホたんの御旗の許に集った同志!
同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を……でござろう?」
守備隊はデュフフフ、と笑った。――気持ち悪かった。
けれど、その瞳には。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にも負けない戦う意志が宿っている。
「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」
そして、守備隊の避難と説得に失敗したマホロもまた、明神の近くに戻ってくる。
「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけで戦うよりも、守備隊を含めた頭数が増えた方が戦況は有利になる。
が、半面死亡率は上がる。いくらマホロの歌による加護があったとしても、戦えば犠牲は出るだろう。
けれど――『そうしなければいけない』。
戦う決意を持った戦士を命惜しさに戦場から遠ざけることは、何にも勝る侮辱なのだから。
「明神氏! ここは我らにお任せを! 心置きなく、したいことをなさって下され!」
「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」
守備隊たちがドゥーム・リザードを食い止める。血みどろの戦いが繰り広げられる。
「……みんな」
なゆたはぎゅっと右拳を握り、胸元に添えた。
胸が、熱い。
ひとは、ひとつの目的のために。ここまで団結できるものなんだ。
236
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/20(月) 22:01:07
「さぁてと……じゃ、あたしもそろそろ行くとしますか」
守備隊の奮闘を見ていたマホロが、ゆっくりと踵を返す。
「明神さん、彼を……カザハ君を説得する時間を稼げばいいんでしょ? あたしにいい考えがある。
30分くらいなら、きっと帝龍を釘付けにできる。
あとは守備隊のみんなと、月子先生。エンバースさん。ジョンさん……全員でドゥーム・リザードを止めてくれれば。
帝龍は、わたしが何とかする……この役目は、あたしにしかできない」
マホロもまた普段のにこやかな表情を消し、決意に満ちた眼差しで明神を見た。
不退転の意志。我が身のすべてを賭して、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を勝利に導こうとする――
それは、まさしく戦乙女の貌。
「……みんな、いいメンバーだよね。いいパーティーだと思う。
あーあ、あたしもアコライト外郭で籠城決め込まないで、少しはバロールの話を聞いとけばよかった!
そしたら、あたしもみんなの仲間になって。一緒に旅ができたかもしれないのに!」
しかし、そんな険しい表情もほんの束の間のこと。
マホロはすぐにおどけて笑った。
「じゃあ……、じゃあ!
この戦いが終わったら、一緒に旅をしようよ! わたしたちのパーティーに入ってよ……マホたん!
マホたんがいてくれたら百人力だもの! 帝龍を撃破すれば、籠城する理由だってなくなるはずでしょ?
明神さんだって、エンバースだって、ジョンだって、カザハだって! 絶対反対したりしないよ!
だから――」
なゆたが言い募る。
ほんの僅かに、マホロは目を細めた。……泣き顔のようにも見える微笑みだった。
「……ありがと。嬉しいよ」
ガシャ、と甲冑を鳴らし、マホロは踵を返した。そしてアジ・ダハーカへと歩き出し、明神とすれ違いざま、
「……カザハ君に謝っておいて。
疑ってごめんなさいって。あなたは立派なアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だって……
あなたと仲良くしたかった。もっとお話ししたかったよって」
そう、囁くように言った。
すぐにマホロは背に収納していた純白の翼を展開すると、一気にアジ・ダハーカに迫った。
「帝龍――――――――――――――――ッ!!!!!」
「マホロ……! くふふッ、まさか戻って来るとは!
ワタシの本気を見て、圧倒的戦力差にようやく膝を屈する気になったアルカ?
安心しろアル、オマエは傷ひとつつけないアルヨ! 他の連中は皆殺しにするアルが――」
「バカ言わないで! あたしは絶対、絶対絶対! あんたの軍門に下ったりしない! あんたのものにはならない!
あたしは……あんたの都合のいい商品なんかじゃない! あたしは……
あたしは! あたしの意志で! あたしの心に従って歌うんだ!!!」
きっぱりと拒絶の言葉を叩きつけると、マホロはスペルカードを手繰った。
「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」
マホロがスペルを切ると同時、マホロとアジ・ダハーカを中心に魔力のドームが形成されてゆく。
『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』。
自身と指定した相手のみを包む決戦空間を作り出し、一対一での戦いを強制するスペルカードである。
この空間にいる存在は、相手を再起不能にするまで決して外に出ることができない。
当然、相手以外の対象に攻撃することもできない。
つまり、ここでマホロが粘る限りはアジ・ダハーカはアルフヘイム勢に一切手出し不能ということである。
「さあ……お待たせしたわね! 長い長いあたしたちの戦いに、決着をつけましょうか! 帝龍!」
「……ユメミ……マホロォォォォォォォ……!!」
輝く光の槍――ヴァルキリー・ジャベリンを構え、マホロが帝龍を睨みつける。
帝龍が心底忌々しいといった様子で歯ぎしりする。
戦いは、まだまだ続く。
【なゆた、ゴッドポヨリン召喚、明神がガザーヴァを説得するまでの露払いを買って出る。
マホロ、アジ・ダハーカとの決戦空間を展開。アジ・ダハーカを釘付けに。
ガザーヴァ、明神の交渉に耳を傾ける構え】
237
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/22(水) 01:41:38
>「マホロもワタシにとっては商材のひとつに他ならないアル。
マホロの歌声は万人を魅了する……地球でそれは実証済みアル、ならば! アルフヘイムで通じるのも間違いない!
ワタシがスポンサーとなり、ヒュームを! エルフを! ドワーフを! すべての生命を魅了する歌姫にしてやるアル!
そうすれば……ワタシはもっともっと金を手に入れられる……!
マホロ! オマエは金の卵を産む牝鶏アルヨ! 死ぬまでワタシのために卵を! 富を! 生み続けるアル!!
くふはははははははははははは―――――――ッ!!!!」
ボクはアジダハーカ相手に立ち回りながら、絶句していた。
帝龍のマホたんへの異常な執着は、行き過ぎたファンの歪んだ愛かと思っていたが、それですら無かった。
「つまり役に立つ間はこき使ってもし用済みになったら捨てるってことか……最低だな!」
絶句しているはずなのに、言葉が出ていた。今のガザーヴァが喋った!?
いやまさか、奴はそんな正義の味方側っぽいこと言うキャラじゃないし!
>「だが、薄汚いシルヴェストル……オマエに商品価値はないアル!
蚊トンボが……いつまでも神の面前を! ブンブンと飛び回っているんじゃないアルヨ!!」
三本首の連携による攻撃に追いつめられ、一本による角による致命の一撃が迫る――
「瞬間移動《ブリンク》!」
次の瞬間、自分の意思ではなくスペルを発動し、間一髪で避けていた。
もう主導権を奪われかけているということか。
《勘弁してよ、これからボクが貰い受ける大事な体なんだからさぁ、あんまり傷物になって貰ったら困るんだよねぇ》
極限の状況では痛みを感じないって本当なんだね。言われてみれば全身傷だらけだ。
でもどーせお前のファッションは1年365日趣味の悪い全身鎧なんだから傷があろうがなかろうが関係ないじゃん!
《将来の可能性としてイメチェンするかもしれないし?》
ガザーヴァは相変わらずふざけたことを言っている。
そもそもガザーヴァは一応ニヴルヘイム側の存在のくせになんでこいつと戦うのに力を貸している?
ボクとしては都合がいいが、何がしたいのかさっぱり分からない。
ボクの体を乗っ取るのが目的にしてもわざわざこんな危険を冒す必要は無いはずだ。
《おっと、余計な詮索はナシだ。君だって分かってるんだろ?
殺してくれなんて思いながら戦ってどうにかなる相手じゃない。
死ぬにしても出来るだけ足掻いてから死ななきゃアイツら全員やられるよ?
だったら運を天に任せないか? 君の狙い通りやられるのが先か、ボクが君を乗っ取るのが先か――》
癪だけどその通りかもしれない。ここまでの攻防で分かった、力の差は歴然だ。
つまりこちらが生き残ってしまう心配をする必要はないということだ。ならば――
238
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/22(水) 01:43:06
>「――ふざっけんじゃねえええええええええっ!!!!」
>「うんざりなんだよ!裏切んのも、裏切られんのも!!
どいつもこいつもしたり顔で訳わかんねえ納得の仕方しやがって!」
明神さんがいきなりキレていた。
>「干渉すべきでない種だ?知らねえよそんなもん、お前は地球出身のブレイブだろうが。
鳥取の六法全書にゃ『世界救った者これを罰す』とでも書いてあんのか?
前世がどうとかぴくちり興味ねえがなぁっ!そんな大昔の罪なんざノーカンだノーカン!!」
何故だろう、地球にいた頃はずっと自分の居場所はここじゃないと思っていたのに――“地球出身のブレイブ”と言われてちょっと嬉しい。
見るからに地球人類じゃなくて、こっちの世界のモンスターなのに、自分達と同じ仲間だと言ってくれてる気がして。
エンバースさんのスペルでアジ・ダハーカがバランスを崩した隙に、距離を取る。
>「よしいくぞ・・・部長・・・うけとれええええええカザハあああああ!
雄鶏乃栄光!雄鶏示輝路プレイ!対象カザハ!」
>「出し惜しみはなしだ!これも受取れ!雄鶏乃啓示!プレイ」
ジョン君が手持ちのあらゆるバフ系スペルをかけてくれた。
攻撃力防御力上昇の上に、ステータス倍という大盤振る舞いだ。
「竜巻大旋風《ウィンドストーム》!」
天災級の竜巻による攻撃。
地上では赤いオーラを纏ったジョン君やゴッドポヨリンさんを駆るなゆがトカゲやヒュドラを蹴散らしていく。
本当にいい仲間を持ったな――君達に会えて本当にラッキーだった。
もうとっくに2度も死んでるんだ――今更死ぬのは怖くなんて無い。
むしろ怖いのは……帝龍の顔色が全く変わらないことだ。
>「くふふ……ゴミどもが!
ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」
>「教えてやるアル……アジ・ダハーカの継続召喚時間は、概算でおおよそ23時間と16分!
ワタシのクリスタルは、この魔神を約一日ぶっ続けで動かし続けることができるほどに潤沢アル!
オマエたちがそれに耐えられると? この魔皇竜を向こうに回して、生き延びることができるとでも――?
虫けらどもを皆殺しにするのに! 一時間も必要ないアルヨ!!」
「そんな……!」
アジ・ダハーカが前足で地面を叩く、それだけで大地震が起き、寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』に亀裂が入る。
地面には無数の裂け目ができ、地上は大混乱だ。
そんな中で、明神さんが語りかけてきた。正直、嬉しくて泣きそうになった。
239
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/22(水) 01:44:38
>「お前は今、カザハ君か?ガザーヴァか?どっちだって良いけどよぉ。
このままアジ公に消し飛ばされんのがお前の望んだ結末か?
帝龍君がつごーよくお前だけ避けてビーム撃つとは思えねえなあ」
だけど――ごめん。もう殆どガザーヴァに主導権を奪われてるんだ。
今はその刃がたまたまでかいドラゴンに向いてるけど、刺激したらいつ気が変わって殺されるか分からない。
それ以前にそもそも聞く耳なんて持たないだろうから大丈夫かもしれないけど――
>「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」
――ガザーヴァは明神さんに意外と興味を持ってしまったようだ。
>「狂言回し気取って安全圏から暗躍すんのもこれでお終いだぜガザーヴァ。
超レイド級が本気出しゃ俺もお前も地面のシミだ。
お前が手ぇ下すまでもなくアコライトは更地になるだろうぜ。
いつもみたく尻尾巻いて逃げりゃいいじゃん。あ、お馬さんいないんだっけか、メンゴメンゴ」
>「……お前……何が言いたいのさ?」
ガザーヴァの奴、めっちゃイラッとしてません!? 煽り耐性低くね!?
明神さん、危ないからもうやめて! と叫ぼうとしたが声が出ない。ガザーヴァに口封じされたのだ。
>《コイツ、何か企んでるな? そうだろ、カザハ?
ボクはリバティウムからずっとコイツらの動向を監視してきた。分析してきた。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――その中でも、コイツは一番『ボクに近い』――。》
誰が誰に近いだって!? 似ても似つかねーよ! 謝れ! 明神さんに謝れ!
明神さんのやった悪事といったらせいぜいネット上で暴れ回ったぐらいだ、大量破壊大量虐殺と比べれば無いに等しい。
ボクの知ってる明神さんは手がかかるウジ虫に毎日餌をやって育ててて。
仲間想いで、自分が憎まれ役になってまでみんなを団結させて、ヘラヘラしてばっかりのボクにちゃんと向き合ってくれて。
きっとボクの中にガザーヴァがいると知りながらお守りくれて、今もこうして諦めないでいてくれる。
240
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/22(水) 01:45:28
>《面白いじゃん。ちょっと黙って見てろよ、カザハ……どうせボクの復活は確定なんだ。
余興にコイツの戯言に耳を傾けてやるよ……まっ、どっちにしたってボクのオツムに勝てるはずなんてないけどさぁー!》
気付けばボクはでかいドラゴンを放置プレイして明神さんの前に降り立とうとしていた。
ガザーヴァは対話する気満々らしいが、一瞬前まで会話してた相手をいきなり殺しかねない奴だ。
明神さんが無事で済むかどうか気が気でない。
それにボクが相手しなかったらその間でかいドラゴンどうすんの!?
つーかトカゲ迫ってきてるよ!? こんなことやってる場合じゃないって!
と思っていると明神さんはすんでのところでオタクに助けられた。
>「無事でござるか、明神氏!」
>「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」
>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」
オタク軍団とマホたんが戦場に戻ってきたようだ。マホたんは覚悟を決めたように帝龍に突撃する。
>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」
一対一の決戦空間を作るスペル――裏を返せばその間は誰も手出しできないということでもある。
ガザーヴァの魔力を使ってすら力の差は歴然だったのに、たった一人で立ち向かうなんて自殺行為だ!
――こうなったら、ボクも腹を括って明神さんに全てを賭けるしかないのかもしれない。
でもそもそもガザーヴァ相手に会話が成立するのか!?
多分コイツ相手に交渉しようなんて思った人は明神さんが初めてだろうから、全てが未知の領域だ。
明神さんの前に降り立って、無駄にでかい態度でガザーヴァが口を開く。
ついに交渉が始まるかと思いきや――出てきたのは何故かバロールさんの怒涛の悪口だった。
241
:
ガザーヴァ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/22(水) 01:48:58
「お前の狙いは大体わかってる。
バロールをダシに説得しようったって無駄だよ。ボクはもう誰にも傅く気は無いのさ――
アイツはボクをこき使うだけ使って捨てたんだ。君達もよく考えた方がいいよ?
人使い荒いしいっつも菓子ばっか食ってるしセンス悪いし寝言ヤバイし!?
ニヴルヘイムの方が今はアイツが取り仕切ってないからどっちかっつーとホワイトなんじゃないかな?
あっ、どうせ全員あのデカブツにやられて死ぬから今更か!」
ボクは気付いた時にはバロール様に仕える者として存在していて、自分が何者なのか分からなかった。
友達も仲間もおらず、それでも主君であるバロール様と、相棒として宛がわれたダークユニサス(ガーゴイルと名付けた)がいた。
そして、バロール様の寵愛を一身に受けていて、何も不満は無かった。
彼は主君であると同時に、父であり、兄であり、恋人のような存在だった。
ボクはバロール様の言う事にひたすら忠実に従った。
バロール様が言うにはこの世界のためだというそれは一般的な感覚から見ると
かなり悪いことをやっているらしかったが、別に気にしなかった。
言う通りに出来たらバロール様が褒めてくれるから。
どうせやるなら楽しい方がいいに決まってる、ということで趣向を凝らして大量破壊や大量虐殺を重ねた。
そんなボクの態度をイブリースは気に入らなかったらしいが、よく意味が分からなかった。
楽し気にやっても真面目にやっても結果は一緒だ。どっちにしろ死んだ人は生き返らない。
そうしてボクは極悪非道の人格破綻者として敵からも味方からも恐れられるようになった。
ああそうだ、その通りだ――最凶の幻魔将軍を制御できるのはバロール様ただ一人さ。
でもボクは気が付いていなかった、いや、気付かない振りをしていた。
ボクを見るバロール様の瞳が、本当はボクを映していないことに。ボクを通して、他の誰かを見ていることに――
そして――運命の日。ボクの前に能天気な顔をしたシルヴェストルが現れた。
平和ボケしたムカつく奴だったが、それはどうでもいい。
問題はそいつの外見がまんまボクの色違いバージョンだったってことだ。
夜の闇のような漆黒の瞳と髪の代わりに、エメラルドの瞳に風渡る草原のような薄緑の髪。
オマケにガーゴイルをそのまんま白くしたようなユニサスもいた。
それまで気付かない振りをしていた疑念が一気に噴出した。
そしてボクは開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった――バロール様を問い詰めた。
観念したバロール様は語った。彼女らがオリジナルで、ボクらはそのコピーだと。
バロール様が本当に愛しているのは、ボクじゃなくてそいつだった。
ボクは生まれて初めての渇望に身を焦がした。欲しい、欲しい、その身体が、欲しい――!
そして――アコライト跡地での決戦。ボク達は互いに運命に導かれるように一歩も引かずに戦い、共に散った。
こんなところで終われない、今度こそバロール様の役に立ちたい――その一心で、ボクはシルヴェストルに取引を持ち掛けた。
ボクの原型だけあって、消滅間際のボクの取引に、幸いそいつは乗ってきた。
それでも分の悪い取引だった。オリジナルとコピーじゃオリジナルの方が存在としての力が強いに決まっている。
カザハの意識の奥底に潜伏して気取られぬままじわじわ乗っ取ろうと思っていたが、なかなかどうして乗っ取らせてくれない。
このままでは遠からず消滅する――それを悟ったボクは賭けに出た。
ボクの存在をカザハに認識させることは、うまくいけば存在を確立できる反面、拒絶されて消滅させられるリスクも伴う。
そこでハッタリを駆使してカザハに“このままじゃ遠からず乗っ取られる”と思わせた。
突然バカでかいドラゴンが出てきた状況も味方し、カザハはボクの力を駆使しての特攻を選んでくれた。
……ちょっと無茶し過ぎだけど、おかげでもう一息で復活できる。
242
:
ガザーヴァ
◆92JgSYOZkQ
:2020/01/22(水) 01:49:50
転生だか混線だかを重ねてバロール様と再会できた時は、滅茶苦茶嬉しかった。
ボクを表に引き出して、前みたいに使ってくれると思った。
でも、バロール様はあろうことかカザハに”また力を貸してほしい”といけしゃあしゃあと言った。
こっちは片時たりとも忘れなかったのに、ボクのことなんかすっかり忘れたみたいに。
前の周回でずっと力を貸してきたのは、カザハじゃなくてこのボクだ。
でも、考えてみりゃ当然だ。バロール様が好きな相手はボクじゃなくてカザハなんだから。
カザハの中にボクがいることに気付かなかったのか? いや、きっと放っておけばいずれ消滅するとたかをくくったんだ――
バロール様にとって所詮ボクは代用品に過ぎない、使い捨ての操り人形だった。
だからこれは、ボクを裏切ったバロールへの復讐でもある。カザハが消滅したら、アイツどんな顔するかな。
そうだな……あとは気が向いたら時々アルフヘイムの異邦の魔物使いの奴らを邪魔してやろうか。
「冥土の土産に面白いことをおしえてやろうか。
バロールのやつ、カザハが好きだったんだよ。趣味ヤバくねぇええええええ!?
どれぐらい好きかっていうと複製作って毎日毎晩愛でる程度に!
最初に会った時にそっちの姿の方が都合がいい、昔の姿はアレだったから、みたいなことを言ってただろ?
あれ多分、男の姿の方がついちょっかい出さずに済んで都合がいい、昔の姿は美少女過ぎて罪だったからって意味だから!
くくっ、ははははははははは! あー笑い過ぎておなか痛い!」
やばっ、ちょっと調子に乗って喋り過ぎたか!
ボクがカザハのコピーだなんてこいつに看破されたら胸糞悪い。コピー扱いはもうたくさんだ。
まあ、まず大丈夫だけど。なにせボクの鎧を着ていない姿はバロール以外の誰も見たことは無い。
ブレイブ達が言うところの未実装グラフィックってやつだからなあ!
243
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:07:57
生き死にのかかった戦場だ。判断は常に、合理的でなければならない。
ベットするのは自分の命だけじゃない。ここでミスれば掛け値なしに、アルメリアは滅ぶ。
そういう意味じゃ、『カザハ君を諦めない』俺の判断は……不合理の極みと言えるだろう。
移っちまった情に振り回されてるだけの、幼稚な感情論だ。
ガザーヴァが目覚めないうちに、カザハ君を殺しておくべきだった。
アルフヘイムの云百万の命とたった一人の命を秤にかけて、俺は後者を選んじまった。
後ろから撃たれたって文句は言えねえ。
一笑に付される迷妄な発言に、安易な同意が得られるとも、思っちゃいなかった。
>「……あは」
だけど、俺の提案を聞いたなゆたちゃんは――笑った。
300人の命を預かる総大将、ブレイブ達のリーダーは、俺の脇腹を肘で小突く。
>「かっこいいじゃん、明神さん。さすが『笑顔きらきら大明神』ね!
じゃあ――やってみよう。やってみせよう!
みんなが笑顔になるように。全員で生き残って、笑顔きらきらになるように!」
――リバティウムでのやり取りが、不意に脳裏を過ぎった。
ミドガルズオルムと対峙して、ライフエイクの悲恋を叶えようと言ったなゆたちゃん。
俺は面白そうだからなんて雑に自分を納得させて、彼女の提案に応じた。
『だしょ! 明神さんならそう言ってくれるって思ってた!』
……まるで逆の構図だな、あの時と。
そして俺もまた、なゆたちゃんならカザハ君を助けようとすると――信じていた。
「面白そうだろ。だから、やってやろう。いけ好かねえ連中の目論見なんざ残らず叩き潰して……。
この場にいる全員、笑顔きらきらにしてやろうぜ!」
うんちぶりぶりのまんま世界救うってのも、些か格好つかねえからな。
カザハ君が見届け、語り継ぐこの歴史には――笑顔だけを刻んでいこう。
>「カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!」
>「制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!」
ジョン、そしてエンバースも俺と轡を並べる。
王都を出た時から、何も変わっちゃいない。ガザーヴァと戦い続けてるカザハ君も含めて。
俺たちは……同じ方を向いている!
>「明神、カザハを説得するのは任せた!」
ジョンはありったけのバフをカザハ君に投じて、踵を返す。
俺が交渉する時間を稼ぐために、単身トカゲの迎撃に躍り出た。
身に纏うのはあの赤いスキルエフェクトだ。
しばらく落ち着いていた暴力性が楔を切り、解き放たれる。
その余波は俺の方まで届いて、重みがあるかのように頬を打った。
姿はさながら、手負いの獣。
その牙が俺に向いていないことに、どこか安堵している自分がいる。
……無理するなとは言わねえよ。
だけど生きて帰ってこいよ、ジョン。
お前にはまだまだ返してない借りがあるんだ。
244
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:08:57
>「俺は――プランBになる。誰も、死なせはしない」
ブレスを避けて地面の裂け目に潜っていたエンバースの声が、下から響く。
さらにもう一つアジ・ダカーハの足元に裂け目が生まれ――その巨脚を掬った。
だが、浅い。地ならしでもするように巨竜が足踏みすれば、それだけでスペル効果が粉砕された。
巨体が不得手とする足元近くへの攻撃も、対策済みってわけだ。
やはり正攻法じゃ歯牙にも掛からない。
帝龍の足元を切り崩すには、奴とは別種の力が必要だ。
>「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」
残る希望は、あまりにも僅かな可能性だった。
俺の内応策に対し、ガザーヴァは三日月のように口を曲げて嗤った。
現状の手応えはなし。それでも会話に応じるのは、俺の断末魔を愉悦に変えようとする奴の性根によるものだろう。
ゲームにおける幻魔将軍ガザーヴァは、何かに付けて喋り倒す饒舌家だった。
周りの部下をイエスマンで固めていたからか、プレイヤーにもよく話しかけてくる。
その性質はバトル中にも発揮され、選択肢次第で攻略難易度すら変動した。
>「……お前……何が言いたいのさ?」
――つまりこいつは、会話を拒否しない。
言動で他者を翻弄するトリックスター。その性質に逆らうことはない。
相手の問いに答えることなく殺してしまうのは、獣の所業だと、知性の敗北だと……認識している。
だから、レスバを吹っ掛けてる間は問答無用で殺されることはない、はず。
なんの保証もない賭けでしかないが、今はそれに全てのコインをベットするしかない。
「何が言いたいかぁ?しっちめんどくせえなあ、いちから説明しないと駄目ですかそれ」
はぐらかして議論を間延びさせるのは簡単だが、交渉に時間はかけられない。
単なる命乞いだと看做されればその時点でアウトだ。
ガザーヴァの興味が失われる前に、全ての交渉を終わらせる必要がある。
考えろ――ガザーヴァをアルフヘイムに引き入れる方法を。
こいつが何を欲していて、それを提供する手段がないか。
>「しまっ――」
思考への没頭は、なゆたちゃんの息を呑む声に寸断された。
振り返ればトカゲの集団が俺めがけて疾走している。
もう数秒もしないうちにその牙や爪が俺を引き裂くだろう。
「やべ――」
ガザーヴァが口端を吊り上げる。
論破前に相手を殺すことはないと言っても、それは相手を助ける理由にはならない。
自分の身も守れないような弱者なら、そもそも戦場に出てくる資格なんかないからだ。
そして俺は、まさにその弱者だった。
ヤマシタを召喚――よりもトカゲの到達の方が早い。
そもそもリビングレザーアーマー単騎じゃ白兵戦でドゥームリザードには勝てない。
多勢に無勢。交渉を始めるまでもなく、俺はトカゲに喰われて死ぬ……?
245
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:09:43
>ザシュッ!!
その時、今まさに俺を喰らわんとしていたトカゲが、背中から血を噴いて崩れ落ちた。
その奥から姿を現したのは、土煙漂う戦場でもなお目立つ、目に痛いピンクの法被――
>「無事でござるか、明神氏!」
「……オタク殿!?」
アコライト守備隊、通称オタク殿。
鎧をガチャガチャ言わせ、派手な法被を翻し、オタク殿達が俺の周りに陣を組む。
マホたんに先導されて撤退したはずの連中が、なぜか未だにアジ・ダカーハの眼前に留まっている。
竜の鼻息一つで消し飛ばされる、命の恐怖――
それに震えながらも、彼らを支え、この場に立たせているのは、ひとえに戦う者としてのプライドだ。
>「それに――明神氏。拙者らはマホたんの御旗の許に集った同志!
同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を……でござろう?」
「へっ、どピンクだけに桃園の誓いってか。俺とマホたんくらいにしか伝わんねーよ、そのネタ……」
アルフヘイムに三国志なんてもんがあるならいざ知らず、
地球出身のブレイブにしかこの冗句は通じやしないだろう。情報元は多分、マホたんだ。
それはつまり……オタク殿たちなりの、決意の表明だった。
ブレイブ任せにしてきたこの戦場から逃げることを止め、俺たちと爪先を揃えて、共に戦うと。
アルフヘイムの民もブレイブも区別なしに、戦友として肩を並べると。
俺がこいつらを救いたいのと同じように――こいつらもまた、俺を助けたいと思ってくれている。
オタク殿はデュフフと笑う。
俺もニチャァ……とほほえみ返した。
俺たちの間には、そのキモオタスマイルの応酬だけで、十分だった。
>「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」
オタク殿達の背後から更にマホたんが頬を掻きながら戻ってきた。
笑顔ウルトラキモスの俺たちと違ってその微笑みは聖母の如くきゃわたんである。
>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」
撤収は失敗。アコライト守備隊がここで生き残れる保証はなにもなくなった。
きっと、たくさんの兵士が傷付くだろう。二度と戦えなくなる奴だって出るかもしれない。
「はは……。俺たちは、こいつらに死んで欲しくないから、ブレイブだけで帝龍に吶喊したんだぜ。
本末転倒だ。こういうことされっとさぁ……」
……だってのに。
俺は今、腹の底からせり上がってくる快い熱を抑えられない。
ゲーマーのそれとはまた別の、俺自身の矜持が叫ぶ。
こいつらと一緒に戦いたいと。
「……エモキュンすぎて、テンアゲしちまうじゃねえか!」
異邦の魔物使い(ブレイブ)は、本質的には孤立無援だ。
アルメリアからの支援は結局支援でしかない。現場で命張るのは依然として俺たちだけだった。
マホたんがバロールを信用出来ないのも、あの男が俺たちの裏で糸引くだけの存在だからだろう。
ブレイブはシステムのパシリ。王都のお使いに過ぎない。それは正しい表現だった。
246
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:10:27
>「明神氏! ここは我らにお任せを! 心置きなく、したいことをなさって下され!」
>「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」
だけど今、俺たちにはアルフヘイムの戦士が肩を並べてる。
共に刃を揃え、共に戦ってくれる奴らは、ブレイブ以外にもこんなにもいる。
嘘偽りなく、命懸けで助けようとしてくれる奴らがいる。
裏切りだらけのこの世界で、常に誰かを疑って旅をしてきた俺にとっては――
それがなによりも嬉しかった。
「オタク殿!拙者にも衣装を!」
「応ッ!!」
俺の求めに応じて、まるで用意していたかのように小包が飛んできた。
アコライトで始めてマホたんのライブに傘下したあの時と、同じように。
ピンクの法被と鉢巻を、俺もまた装着する。
「俺はもう振り向かない。後ろは全部……任せた!」
この戦いが終わったら、王都から物資ふんだくってちゃんとした宴を開こう。
きっとうまい酒になる。話したいことは、山程あった。
>「明神さん、彼を……カザハ君を説得する時間を稼げばいいんでしょ? あたしにいい考えがある。
30分くらいなら、きっと帝龍を釘付けにできる。
あとは守備隊のみんなと、月子先生。エンバースさん。ジョンさん……全員でドゥーム・リザードを止めてくれれば。
帝龍は、わたしが何とかする……この役目は、あたしにしかできない」
同様にマホたんも守備隊に背中を向けた。
決然とした双眸が俺を捉える。
「……マジかよ。相手超レイド級だぜ、ブレスが掠りでもすりゃなんぼマホたんでもお陀仏だ。
それにPVEでもあるまいし、タゲ固定なんざヘイトとってどうにかなるもんじゃねえだろう」
一体どうするつもりなのか。
その問いに、マホたんは答えなかった。
>「……みんな、いいメンバーだよね。いいパーティーだと思う。
あーあ、あたしもアコライト外郭で籠城決め込まないで、少しはバロールの話を聞いとけばよかった!
そしたら、あたしもみんなの仲間になって。一緒に旅ができたかもしれないのに!」
「過去形で語んなよ。帝龍さえぶっ倒しゃ、これからいくらでも旅ができる。
シナリオは王国編だけで終わりじゃねえんだ。アズレシアの海とか万象樹とか、見に行こうぜ」
>「じゃあ……、じゃあ!
この戦いが終わったら、一緒に旅をしようよ! わたしたちのパーティーに入ってよ……マホたん!」
なゆたちゃんがマホたんを勧誘する。
いいなあそれ。すっごく良い。最高かよ!
オタク殿たちにゃ悪いが、マホたんと行くアルフヘイムツアーの席は俺のもんだ!
>「……ありがと。嬉しいよ」
だけど、マホたんは再び答えをはぐらかした。
いくらニブチンな俺でも、猛烈に嫌な予感が背筋を疾走してくのがわかった。
マホたんは振り返る。アジ・ダカーハへ向き直る。
すれ違うその瞬間、彼女のささやく声が聞こえた。
247
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:11:37
>「……カザハ君に謝っておいて。
疑ってごめんなさいって。あなたは立派なアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だって……
あなたと仲良くしたかった。もっとお話ししたかったよって」
「じっ……自分で言えよ!そんな大事なこと、他人に言伝すんな!
あいつだってマホたんとお喋りしたいはずだ!おい!」
マホたんは最早返事すらせず、背の翼を開く。
たまらずその肩を掴もうとした俺の手が、空を切る。
ユメミ・マホロは振り返ることなく、アジ・ダカーハ目掛けて飛び立っていった。
――『明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……』
頭の奥で、昨日マホたんと交わした言葉が蘇る。
何をするつもりか。――何を、覚悟しているのか。
その双眸に込められた決意が意味するものを、俺は理解したくなかった。
>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」
マホたんとアジ・ダカーハを覆うようにドームが展開する。
あれは……対象とタイマン張る為に空間を隔離するスペル。
どちらかが斃れるまで、如何なる手段をもっても内外からの影響を完全に遮断する。
入ることも……出ることも、出来ない。
アジ・ダカーハは事実上、戦場から除外されたことになる。
マホたんが倒される、そのわずかな間のみ。
「……クソッ」
『河原へ行こうぜ!』はディスペル効果で解除出来ない。
マホたんと帝龍に対し、俺たちが出来ることはもうなにもない。
俺に出来るのは、一刻も早くガザーヴァを裏切らせることだけだ。
「待たせたなガザーヴァ。だけどこれでアジ公とかいう邪魔者は消えた。
お前にとっちゃ、俺達を皆殺しにしてまったりご帰宅できるまたとないチャンスってわけだ」
さあ考えろ。
設定通りなら、ガザーヴァは人間の知恵で出し抜けるような相手じゃない。
奴は狡知を司り、高い知能と残虐な性向を併せ持つ。
俺がどれだけ脳みそ捻ったとしても、騙し果せることは不可能だ。
だからこれは論戦ではなく『交渉』だ。
勝ち負けを決めるゼロサムゲームじゃない。双方両得のWin-Winを目指す。
確実にガザーヴァにとって利益となるものを提示し、協力を引き出す。
俺が持ってる情報と手札はそう多くない。
デウスエクスマキナでリセットされる前の時間軸、便宜上これを『一巡目』としよう。
バロール曰く、一巡目はゲームのシナリオをそのままなぞり、魔王は倒された。
幻魔将軍ガザーヴァもアコライト跡地でブレイブと戦い、死んでいる。
今この時間軸は一巡目と違って、まだバロールは魔王になってない。
公式で魔王が生み出した設定のガザーヴァは、本来存在すらしていないはずだ。
だが奴は確かにここに居る。その原因となったのが、『混線』――
248
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:12:08
>『ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった』
乗っ取られる直前にカザハ君が零した言葉。
昔ってのはつまり、一巡目のことか?あいつも記憶保持者だったな。
詳細はわからんが、ガザーヴァはカザハ君と『混ざる』ことで、
世界のリセットに巻き込まれることなくカザハ君と一緒に再構築されたってことか。
憶測に憶測を重ねた結果だが、一応辻褄は合う。
だとすれば、ガザーヴァがそこまでして復活しようとしてるのは何故だ?
死にたくなかったから……ってのは奴のキャラに合わない。
あいつは命のやり取りすら楽しんで、最期は笑って死んだ。
あれだけ潔く散っといて、今更やっぱ生き返りますってのはあまりにも生き汚い。
そういう美学のなさは、奴が最も嫌うものだったはずだ。
なら、答えは一つだけだろ。
ガザーヴァは最期の最期までバロールに忠誠を近い、その名を呟いてこと切れた。
――魔王バロールに、もう一度会いたかったから。
多分、それが全てだ。
奴の琴線は、命がけの執着の対象は、未だにバロール。
揺さぶりをかけるとすれば、そこだ。
「しかし帰るったってお前に帰るお家あんの?ニブルヘイムの豪邸も着工すらしてねえだろ。
ご主人様の元に戻るにしても、バロールの野郎まだ魔王になってねえしよ。
幻魔将軍に帰って来られても扱いに困るだけなんじゃない?」
相手が絶対の優位にある場合の交渉術は主に2つある。
完全服従を示し、平身低頭して便宜を乞うか――感情を引き出して、会話のレベルを下げるかだ。
小学生の口喧嘩みたいな低次元の争いなら、まだ俺にも渡り合える余地がある。
こいつのバロールへの忠誠は本物だ。
そこをくすぐってやれば、必ず精神の『揺らぎ』、漬け込めるスキが生じる。
「実家帰るんならせめて親に顔向けできる格好しねえとなぁ?
脱いじゃえよそんな鎧。堅気なシルヴェストルスタイルでバロールを安心させてやろうぜ」
揺らげ……揺らげ!
>「お前の狙いは大体わかってる。
バロールをダシに説得しようったって無駄だよ。ボクはもう誰にも傅く気は無いのさ――」
煽りを受けて、ガザーヴァは口を開いた。
>「アイツはボクをこき使うだけ使って捨てたんだ。君達もよく考えた方がいいよ?
人使い荒いしいっつも菓子ばっか食ってるしセンス悪いし寝言ヤバイし!?
ニヴルヘイムの方が今はアイツが取り仕切ってないからどっちかっつーとホワイトなんじゃないかな?
あっ、どうせ全員あのデカブツにやられて死ぬから今更か!」
――すっげえ長文でレスしてきた。
「お、おう……おう?めっちゃ喋るなお前……」
思わず素で気圧される。
なんだこいつ……バロールに不満タラタラじゃねえか。
いやこれ不満か?おノロケの類じゃない?
249
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:12:41
>「冥土の土産に面白いことをおしえてやろうか。
バロールのやつ、カザハが好きだったんだよ。趣味ヤバくねぇええええええ!?
どれぐらい好きかっていうと複製作って毎日毎晩愛でる程度に!
最初に会った時にそっちの姿の方が都合がいい、昔の姿はアレだったから、みたいなことを言ってただろ?
あれ多分、男の姿の方がついちょっかい出さずに済んで都合がいい、昔の姿は美少女過ぎて罪だったからって意味だから!
くくっ、ははははははははは! あー笑い過ぎておなか痛い!」
「……マジで?」
バロールの野郎そんな業の深い趣味の持ち主だったの?
やべえやつじゃん……そういやなんか魔物のメイドさんと睦み合ってたけどさぁ!
急にそんな性癖暴露されても……その……困る。
明神ドン引きですぅ。
だけどこれで第一段階はクリア。
――ガザーヴァは、揺らいでいる。
不平、不満、課題点。それらを解決するソリューションを提案するのが、ここからの交渉だ。
バロールに使うだけ使って捨てられたと、ガザーヴァは言った。
人使い荒いのも、菓子ばっか食っててセンス悪いのも、正当な指摘だ。
それら個人の悪癖や、寝言のヤバさまで分かるほど、ガザーヴァはバロールの傍に居て……しかし捨てられた。
シナリオ攻略時、アコライト跡地の決戦でガザーヴァを追い詰めた際には、
毎度毎度『形成位階・門』とかいうインチキテレポートでやってくるはずの増援は、なかった。
同様にガザーヴァも『門』でニブルヘイムに帰ることなく、命果てるまで戦った。
あの時既に、ガザーヴァは見限られてたのか?
だから増援も、ミハエルをイブリースが回収していったような仕切り直しも、発生しなかった。
ガザーヴァは孤立無援のままブレイブと戦って、そして死んだ。
あれだけプレイヤーを引っ掻き回してくれたガザーヴァの野郎だが、
魔王バロールにとっては捨てても良い換えの効く駒でしかなかった……ってことなのか。
代わりにバロールの寵愛を受けたのは、一巡目のカザハ君だった。
ガザーヴァが言うようなフィギュア萌え族だったかはこの際どうだって良い。
一つ、理解できたことがある。
切り捨てた相手と再開して、その帰還を喜ぶ者は居ない。
――バロールの『おかえり』は、ガザーヴァに向けたものじゃなかった。
正真正銘、カザハに向けたもので……その中に居るガザーヴァを、まるで無視したものだった。
親にも等しい相手から無視される。どれほどの絶望があったろう。
ごく普通に親にも愛されて育ってきた俺にはまるで推し量れない。
あの真っ黒の甲冑の中で、ガザーヴァがどんな表情をしていたか、想像もしたくない。
そして俺もまた、ガザーヴァではなくカザハ君だけを助ける為に動いてる。
生きたいと思うガザーヴァの意思を、無視して。
協力を引き出す為に、こいつに対して何が出来るとか……てんで見当違いの考えだった。
俺達にとっての最良の結果はカザハ君の確保。それはガザーヴァにとっての最悪、存在の消滅だ。
Win-Winの取り引きなんか成立しない。
「バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ」
もうクリアしてからだいぶ経つけど、今でも鮮明に思い出せる。
ガザーヴァが、俺達プレイヤーにとって、どういう存在だったか。
250
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/01/27(月) 04:14:51
「人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ」
何が現場将軍だよ。被害に対して言動が軽すぎんだよ。
アコライトぶっ壊したせいでマル様親衛隊の狂犬どもがアルメリア各地に解き放たれちまったじゃねえか。
俺はガザーヴァが嫌いだった。もちろんゲームのキャラとしてだ。
ヒールって役どころは分かっちゃいるけど、開発の悪意の根源みたいな言動は、
いちプレイヤーとして大いにムカつかされた。
「――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった」
ここから先は、アルフヘイムのブレイブとしての言葉じゃない。
このゲームをサービス開始当初からやってきた、プレイヤーとしての気持ちだ。
「今のお前はカザハ君に混じった残り滓みたいなもんだ。
一樽のワインに混入した一滴の泥水。ただ汚染するだけの不純物。
お前がカザハ君を乗っ取ったところで、それはただの黒いシルヴェストルでしかない」
あるいはシルヴェストルを愛するバロールなら、それでも満足なんだろう。
だけど俺は、『ガザーヴァ』がそんなふうに変わってしまうことを、許容できない。
「俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい」
カザハ君の肉体はシルヴェストルそのものだ。
ってことはガザーヴァの肉体は完全に失われていて、精神と魔力だけが残ってるんだろう。
だから、カザハ君の肉体を求めた。その精神を侵食し、我がものにしようとした。
「アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな」
別の容れ物を用意して、ガザーヴァを正式に転生させる。
それで始めて、俺達は再会したと言える。
「取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ」
執着と絶望、そしてデウスエクスマキナが歪ませた、幻魔将軍の在りよう。
それを是正し、カザハ君もガザーヴァも、二つとも復活させる。
――俺の愛した『ブレイブ&モンスターズ』を、取り戻す。
俺はガザーヴァに右手を差し出した。
「俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!」
【交渉:ただの黒いシルヴェストルじゃなくて、ちゃんと幻魔将軍として復活したくない?】
251
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/28(火) 00:25:11
トカゲを一匹ずつ、確実に、潰していく。
不可能じゃない、僕と、このわけのわからない力と、部長がいれば・・・。
しかし・・・
僕が潰す以上に生まれてくる速度が早い。
>「くふふ……ゴミどもが!
ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」
帝龍が言っている事は正しい・・・金を集めることも才能だ。
元の世界なら金はそのまま力だ。世の中の99%を叶える事ができる。
恋人だって、友達だって、自分の言う事を聞く完璧な奴隷だって・・・人を殺す事だって許される。
その事は僕もよく分かっていた。
有名になった後の僕はテレビ・CMに出てアイドル活動をしていた。
そのおかげで一般人が一生をかけて手に入れるような額を稼いだ。
その結果僕には友達が一杯できた、プライベートで街を歩けば色んな女の子に告白された。
家を建てたり、週に一回家でパーティを開いたり、彼女を家に連れ込んだり。
僕の理想だった、理想なはずだった。
『・・・哀れな奴』
>「召喚! G.O.D.スライム! か〜ら〜の〜……『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!」
>『ぽぉ〜よぉ〜よぉ〜〜〜〜〜んっ!!』
なゆのゴッドポヨリンさんによってトカゲ達が一斉に蹴散らされる。
だがそれでも・・・生まれてくる速度のほうが早い。
『チッ・・・数が圧倒的すぎる・・・!』
>「しまっ――」
『なっ・・・』
僕となゆの間をすり抜けるようにトカゲが明神に向かっていく。
>ザシュッ!!
しかしそのトカゲ達は明神に到達することなく倒れる。
>「無事でござるか、明神氏!」
『あれ・・・あの見てるだけで目が痛くなってくるような・・・あの格好は・・・』
>「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方々にお任せして、離脱することは簡単でござる。
しかし……我らはアコライト外郭守備隊。この地を守るという役目は、そう易々とは捨てられないのでござるよ」
252
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/28(火) 00:25:31
『バカが!なにしに戻ってきたんだ!!』
明神が、なゆが、みんなが守るために危険を冒して作戦を組んで。
危険を承知でアジダハーカから逃がしたというのに・・・!
>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」
どいつもこいつも・・・なぜだ・・・マホロはともかくこいつらは・・・足手まといなんだよ!!
トカゲを処理しながら戦闘を開始した守護兵達の戦いを見る。
>「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」
勢いはいいが陣形がバラバラだ、このままじゃその内数に飲み込まれてるのが目に見えていた。
『マホロ・・・マホロはどこだ!』
周りを見渡すと、マホロは帝龍・・・アジダハーカと対峙していた。
>「マホロ……! くふふッ、まさか戻って来るとは!
ワタシの本気を見て、圧倒的戦力差にようやく膝を屈する気になったアルカ?
安心しろアル、オマエは傷ひとつつけないアルヨ! 他の連中は皆殺しにするアルが――」
>「バカ言わないで! あたしは絶対、絶対絶対! あんたの軍門に下ったりしない! あんたのものにはならない!
あたしは……あんたの都合のいい商品なんかじゃない! あたしは……
あたしは! あたしの意志で! あたしの心に従って歌うんだ!!!」
>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」
マホロがカードを使うと帝龍とマホロがドーム状のフィールドに包まれる。
効果はたしか・・・自分と指定した相手だけの空間を作る・・・。
あのフィールドに入ったという事は効果が解除されるまでこれ以上トカゲ達は増えないと言う事・・・。
だが・・・
「ハイ!ハイ!ハイ!テンション上げ!上げていくでござるうーーーーー!」「ラブ!アイ!ラブユー!マ☆ホ☆ロ」「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前」
一時的な勢いだけで戦ってる兵士達はこのままにしておけばマホロが出てくるまで耐えられない可能性の方が高い。
逆にいえば・・・このまま放置しておけばある程度の数は減らしてくれるだろう。
こっちの処理を終えてから残りのトカゲを掃討したほうが楽だ・・・僕達が負うリスクも最小限で済む。
>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」
『マホロ・・・相変わらず・・・余計な事しかしない女だ・・・!』
253
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/01/28(火) 00:26:41
『すまない!なゆ、ヒュドラの相手を頼む!』
そういい残し兵士達の下に走る。
『お前ら!手を止めるな!だが死にたくないなら今すぐ僕の指示に従え!!』
トカゲを蹴散らしながら戦う兵士達に激を飛ばす。
兵士達はどうしたらいいかわからずうろたえる、がスグに不満零し始める。
「お前は・・・!マホロちゃんに純潔を捧げろとかいった不届き者でござる!」
「お前の言う事だけは死んでも聞かねーぞ!!」
「当たり前だよなぁ?」
兵士達が僕を嫌っているのはわかっていた。
『黙れ!!なゆがお前らを守ると言った以上僕にはお前らを守る義務があるんだよ!!』
兵士達が静まり返る。
『僕となゆが先陣を切る!お前らは俺達の撃ち漏らしを確実に仕留める事だけに専念しろ!絶対俺達より前にでるな!
次に不満を口にした奴から死んでいくと思え!!マホロの為に一人も欠けずに生きる事だけ考えろ!!』
「ござるう・・・」「チッ・・・」「クビだクビだクビだ!」
それでも煮え切らない兵士達
『自己犠牲は・・・正しい事だと本気で思ってるのか?いいか!
本当にマホロの事を思ってるんだったら石に齧りついてでも生きる努力をしろ!
マホロに俺達は全員無事だったんだぜって自慢するくらいの気持ちでいけ!』
「それともお前らはマホロと死体になって再会するつもりだったのか?
どっちがマホロの事考えてないのかよく考えろ!!」
「マホロちゃん・・・」「ぐう・・・うう・・・」「ポッチャマ・・・」
『何度でも言うぞ!今お前らに必要なのは戦う!そしてかっこわるくていい!生きて帰る事だ!!』
『今すべき事がわかったか?・・・さあ!いくぞ!なめくさってるあいつに・・・帝龍にお前らの力をみせてやれ!!!』
トカゲにトドメを刺さず、傷を負わせて後ろで控えてる兵士達にトドメを刺してもらう。
そうする事によって倒す速度は跳ね上がり、みるみる数を減らしていく。
「ふう・・・僕は一体なにをしているんだろうな・・・」
勢いがついた兵士達と僕達はまさに破竹の勢いで進んでいく。
あれだけいたトカゲももうわずかになっていった。
「どけどけどけ〜〜〜〜!マホロ親衛隊のお通りでござるう〜〜〜!」
「全員生きてマホロちゃんにヨシヨシしてもらうしかねえ!!」
「Foo↑気持ちぃ〜」
「あいつら・・・前にでるなって言ったのに・・・」
形勢は完全に逆転。もはや僕となゆが援護する必要もなく。
兵士達は残りのトカゲとヒュドラを逆転した数の暴力で蹂躙していた。
「ふう・・・さすがに今まで耐え抜いてきただけの事はある・・・」
僕のやれる事は全部やった。後は・・・
「お前だけだ!カザハ・・・戻って来い!」
254
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 20:52:19
ボクの一番最初の記憶は、あのひとの微笑みから始まる。
「――やあ。初めまして……私は。君のパパだよ」
「……ぱ……
…………ぱ…………」
母の胎内のような保育嚢から出て、初めてボクが口にした言葉がそれだった。
彼はボクに穏やかな笑顔を向けると、培養液まみれでずぶ濡れのボクを自分の衣服が濡れるのも構わず抱きしめてくれた。
温かだった。柔らかかった。トクントクンって、心臓の音が聞こえた。
……このひとが、ボクのパパ。ボクの家族。
ボクの大切なひと。
ボクは、このひとに産んでもらったんだ――
「パパ!」
「パパーっ! えへへ」
「……パパのばか」
「パパ……!」
「パパ! だぁ〜い好き!」
長い長い時間、ボクはパパと一緒に過ごした。
パパと一緒に、甘いお菓子を食べた。パパの膝におすわりして、絵本を読んでもらった。
手をつないでお散歩に行った。ひとつのベッドで、一緒に眠った。
……幸せだった。
ボクはこのひとの娘。ボクは、このひとにとてもとても愛されている。
まるで万華鏡のようにきらきらと輝くパパの虹色の瞳が、ボクは本当に好きだった。
このひとの言うことならば、ボクはなんだってしよう。どんな汚名だってかぶってやろう。
だって。
ボクには、このひとさえいればいい。このひとの愛さえ手に入るならば、他なんていらない。
他の生き物に価値なんてない。ボクは――
……ボクは。
だから、パパに黒い甲冑を纏って戦えと言われたときも、一も二もなく従った。
相棒のガーゴイルに跨って、ありとあらゆることをやった。集落を、村を、街を、国を破壊した。
人を殺した。ヒュームを、エルフを、ドワーフを、ホビットを、メロウを。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺しまくった。
街を燃やして、魔獣たちを解き放って、アルフヘイムの住人に苦悶の末の死を撒き散らす。
そうすると、パパは褒めてくれた。ボクの頭を撫でて、決まってこう言ってくれたんだ。
「よくやったね」
って。
「君は本当にいい子だ」
って――。
なのに。
「あれは失敗作だったよ、イブリース」
「どういうことだ? 魔王――」
「所詮、コピーはコピーだ。オリジナルではない……残念だが実験は失敗と言うしかないな。
やはり、オリジナルを手に入れなければ。他のシルヴェストルでは駄目らしい」
……ボクが……失敗作……?
255
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 20:54:47
「“風渡る始原の草原”か……。しかし、ならば奴はどうする?
あんたに懐いている……いや、あんた以外の何者の言うことも聞かない。あんただけが奴を制御できる。
失敗作として処分するのか?」
「今まで通り、幻魔将軍として使いはするけれど。あれはもう、あの力を手に入れる鍵にはならない。
あのシルヴェストルを探すんだ、イブリース。粗悪な複製品ではない、正真正銘のオリジナルを。
私が求めるものはそれだ……それ『だけ』だ。わかるね」
「承知した。ならば、さっそく出立――」
「ま……、待って……! 待ってよ……!」
隠れて立ち聞きしていたなんて、そんな自分の状況も忘れて、ボクはパパの座る玉座へと駆け出した。
ああ、そうだ。ボクは今日も『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもをからかって、一戦交えて帰ってきたんだった。
この天空魔宮ガルガンチュアへ――パパのお城へ。ボクのお家へ。
今日は100人殺したよって。そう報告して、褒めてもらうために。
頭を撫でてもらうために。
ボクだけがひとりじめできる、あの温かな笑顔を見るために――
でも。
そのときボクに向けられたのは、温かな笑顔なんかじゃなかった。
「……いたのか」
「どういう……こと……?
ボクが、失敗作……? コピー……?
え、ウソ……冗談、だよね……? だって、ボクはパパの一人むす――」
「アコライト外郭に行くんだ。あの城壁を瓦礫に変えてきなさい」
「パパ……!」
「あそこにはアルフヘイムの強力な『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が集まっている……今のうちに潰さなければ」
「……ぱ、ぱ……」
「……何を突っ立ってるんだ? 早く行きなさい」
パパの眼差しは冷たかった。その言葉はひややかだった。
知ってる。それは、人間がそれまで執着していたものに興味を失ってしまったときの……。
そっか。
本当は、ずっと前からわかってた。
あの人はボクを見てなかった。ボクは、オリジナルとやらの替わりでしかなかった。
でも、それじゃやっぱりダメだったんだ。パパには、オリジナルが必要なんだ。
パパが何事かを成し遂げるためには。オリジナルだけが持っていて、ボクが持っていないものが必要なんだ。
ボクは。もう、いらないんだ――
……やだ。
そんなのやだ。やだ、やだやだ……絶対イヤだ……!
ボクは誰かの代替物なんかじゃない! 粗悪な複製品なんかじゃない!!
ボクは兜を脱いで素顔を晒し、パパの玉座に駆け寄ると、パパに抱きつこうとした。
愛してるのって。パパのことが大好きなのって。一番最初の記憶からずっと変わらない想いを伝えたくて。
けれど、それをパパの傍にいたイブリースが邪魔した。ボクの足をその持っている魔剣の鞘で払ったのだ。
バランスを崩し、ボクはどっと倒れた。それでも、懸命に手を伸ばしてパパの右脚にしがみついて顔を見上げた。
「パパ……」
パパは何も言わない。ただ玉座の肘掛けに右肘をついたまま、ボクを無感情に見下ろしている。
やだ。やだよ。
そんな冷たい、その他大勢を見るような眼差しで、ボクを見ないでよ……!
「……パ……、
バ、ロール……さま……」
ボクが今までこのひとから注がれていると思っていたものは、全部幻だった。この人は最初からボクを愛してなかった。
ただ、ボクの元になったボクのような『何か』の姿を、ボクに重ねていただけ――。
ああ……
でも、それでもいい。それさえもかまわない。
ボクは受け入れる。どんなに不条理なことでも、悲しいことでも。
それが、あなたの望みなら。
オリジナルが一番でもいい。ボクはあなたの視界の隅っこに、ほんのちょっぴりいるだけでもいい。
だから……ボクのこと、嫌いにならないで。いらないって言わないで。
そして――もし。もし許されるなら。
「今よりもっと、あなたのお役に立てば……
少しだけ。ほんの少しだけ……ボクのこと。愛してくれますか……?」
ボクは低く頭を伏せ、かつて父親だった主君の靴に口付けした。
256
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 20:57:08
>バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ
「……何ィ……?」
静かに語り始めた明神を前に、カザハ=ガザーヴァは怪訝に顔をゆがめた。
>人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ
当たり前だ。
幻魔将軍ガザーヴァとは、そういうキャラクターだ。『そういう役どころのキャラ』なのだ。
プレイヤーに対して徹底的に嫌がらせをする。怒りを抱かせ、屈辱を味わわせ、徹頭徹尾救いがたい悪役として行動する――
そうしてこそ。ガザーヴァを倒したときのプレイヤーのカタルシスは何物にも代えがたいものとなる。
実際の、一巡目の世界ではガザーヴァは自らのオリジナルと相討ちになって死んでいるが、少なくともゲームの中ではそうだ。
ガザーヴァ本人にもゲームの知識がある。だから『そんなことは言われずとも分かる』のだ。
だが。
「ははッ! そりゃそうだろうねぇ、みんなボクのことがさぞかし憎かっただろうさ!
ボクは幻魔将軍ガザーヴァ! ボクにとっては罵声こそが賛辞。怨嗟こそが福音!
なぜなら……」
>――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった
明神が続けたのは、そんな絶対悪の仇敵に対する恨み言ではなかった。
「……ボクが……ライバル……?」
一巡目でも、二巡目でも、自分に向けられるものは非難と憎悪のみ。
そう思っていたガザーヴァは思わず訊き返した。
明神はなおも言い募る。
>俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい
「なん……だとォ……?」
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の言葉に、ガザーヴァはすっかり混乱した。
弁舌が達者で、人を口先三寸で騙くらかすのが何より得意な幻魔将軍が。
嘘偽りの一切ない、明神の心からの言葉を聞いて動揺する。
>アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな
>取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ
明神はガザーヴァにゆっくりと右手を差し出した。
そして、決定的な交渉を持ちかける。
>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!
「ボクを……取り戻す……」
ガザーヴァは小さく慄えた。
そうだ。
ガザーヴァはカザハが欲しかった。カザハになりたかった。
自分がカザハになってしまえば、オリジナルになれば――きっとバロールは振り返ってくれる。
また、昔のように。一緒にお菓子を食べてくれる、膝に乗せて絵本を読んでくれる。手を繋いでくれる……。
愛してくれる。そう思ったのだ。
けれど、それは本当に自分の望むところだったのだろうか?
そも、バロールがカザハに求めるもの。カザハにあって自分にないものが何なのか、ガザーヴァには分からない。
それが理解できない限り、きっと。ガザーヴァの願いが叶うことはないのだ。
それどころか、カザハの肉体を乗っ取ることでバロールの求めるものが揮発し、消滅してしまう――といった可能性さえある。
万一そんな事態になってしまえば、もう二度と。バロールはガザーヴァを見てはくれないだろう。
といって今まで綿密に組み上げ、もうあと一歩というところまで来ている復活計画を今更放り出すこともできない。
嗚呼。
だとしたら。
「ボクは……どうすればいいの……?」
「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」
ガザーヴァの呟きに対する答えは、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの背後で聞こえた。
257
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 21:01:15
「いやまったく強引だなぁ! わたしは外郭から離れないって、あれほど言ったのに!
それにスピードを出し過ぎだと思うんだ! 制限速度は守ろう! お兄さんとの約束だ!」
聞き慣れた能天気な声と共に、バサリ、と翼の羽ばたく音がした。
カケルがゆっくり地上に降り立つと、その背に跨っていたバロールがよっこらしょと鞍から降りる。
ガザーヴァが驚きに目を見開く。
「……バロー……ル、さま……」
「久しぶりだね、ガザーヴァ。……元気そうで何よりだ」
カツ、と身の丈以上もあるトネリコの杖を地面につき、バロールが虹色の瞳で穏やかにガザーヴァを見る。
ガザーヴァは唇をわななかせ、一歩、二歩と後ずさった。
「なぜ……ここに……」
「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」
はっはっは、とバロールは明神に視線を向けて陽気に笑った。場違いも甚だしい。
「まぁ、私のセンスについてはすべてが終わってから夜通し討論するとして。
今は君だ……ガザーヴァ。君がうんと言うのなら、明神君の言うとおり君の新たな肉体を用意しよう。
というか――実は、もう用意してあったりするんだな。これが!」
言うが早いか、バロールは杖を大きく振り上げ、虚空を指し示した。
途端に空間が歪み、ここではないどこか遠方の映像が浮かび上がる。
そこは、どうやらどこかの魔術工房の光景のようだった。薄暗い室内に、肉色で血管の浮き出た巨大な保育嚢がひとつ安置してある。
保育嚢はまるで臨月のように肥大しており、どくん、と鼓動するたびに内部が透けて見えた。
そして、その保育嚢の中に胎児よろしく身体を丸めて入っているのは――
「……ボクの……身体……」
「そうだ。君の身体だ……もちろん、ガーゴイルの分も用意してある。
もう一度言うよ、ガザーヴァ……私たちに力を貸しなさい。かつてのように――
私たちには君の力が必要だ。もう二度と、以前の失敗を繰り返してはならないんだよ」
トネリコの杖の先端で地面を叩くと、映像が音もなく消える。
このままガザーヴァの計画がうまく行き、カザハの肉体を乗っ取って復活しても、ガザーヴァにはその後の目的がない。
先程はバロールへの復讐も考えたが、実際にバロールと再会を果たした今、そんな気持ちはもうどこかへ吹き飛んでいた。
いや――きっと最初からそんな気持ちなんてなかったのだろう。
寄る辺なき模造品の魂に愛を教えてくれた、たったひとりのかけがえのない人。
例えどんな無慈悲な扱いを受けたとしても――そんな人のことを憎むなど、ガザーヴァにはできない。
とすれば、バロールの許へ帰参して肉体を取り戻し、かつてのようにその指示を仰ぐというのが最善の手であろう。
バロールは微笑みながら、ガザーヴァが明神の差し伸べた手を取るのを待っている。
ぎゅ、とガザーヴァは唇を噛みしめた。そして、手を強く握り込んで拳を作る。
「じ……、じゃあ……。ボクのお願い、ひとつだけ……聞いて、ください……」
「……言ってごらん」
「ボクが……。
ボクがバロール様の味方に、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間になったら……」
強く強く握った拳が、小さく震える。
ほんの僅かな逡巡の後、ガザーヴァは意を決して口を開く。
「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」
それは、いつかも口にしたガザーヴァの心からの願い。
他の何もかもをなげうってでも、追い求めているもの。
それを聞いたバロールは、すぐに口許に微笑を浮かべた。――それは見る者を温かな気持ちにする、優しい笑顔。
「いいとも。おいで、ガザーヴァ」
そう言って、元魔王はゆるく両手を広げた。
愛した、求めた、欲した、唯一無二の相手。
そんなバロールの出した答えに対し、ガザーヴァの双眸にみるみる涙が溜まり、目尻から頬へと零れる。
「嬉しい……。嬉しいよ、パパ……。
その言葉が聞きたかった……。ボクはオリジナルじゃない、ここにいるボクを見てほしかった。
目の前のボクを愛してほしかったんだ……」
ガザーヴァはにっこりと笑った。愛らしい、可憐な笑顔だった。
だが。
「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」
「パパの目、全然……笑っていないもの――」
そこにあるのは、絶望だった。
258
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 21:06:37
ジョンとなゆた、そしてアコライト外郭守備隊の奮戦によって、フィールドにいるドゥーム・リザードとヒュドラは一掃された。
状況は少し前の絶望的劣勢から、徐々にアルフヘイム側有利へと推移しつつある。
が、優位と言ってもそれはほんの僅かな差に過ぎない。
スペルカードによってアジ・ダハーカを決戦空間に封印した、ユメミマホロの戦術あったればこその状況である。
もしマホロが敗れ、決戦空間が崩壊すれば、アジ・ダハーカはふたたび『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に牙を剥く。
ガザーヴァが味方に付かない限り、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に勝機はない。
いや、たとえガザーヴァを味方につけたとしても、勝てる保証などないが――
それでも。どんな細い糸でも、今は縒り合わせなければならないのだ。
「はあっ! はあっ、はぁっ……ク、ふ……!」
自ら創り出した『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』の結界の中で、マホロが浅い息を繰り返す。
その身体はもうボロボロだ。精緻で美しかった甲冑は右肩や腰当てが砕け、胸鎧にも大きなヒビが入っている。
剥き出しの二の腕や太股、整った顔立ちの頬にも裂傷が刻まれている。
通常のデュエルならばもう撤退のタイミングだ。――しかし、マホロは逃げない。
明神達がなんとかガザーヴァを説得するまで、ここで自分がアジ・ダハーカを釘付けにする。そう決めている。
……それで命を落とすことになっても。
「いい加減にするアル、マホロ……! オマエがどう頑張ったところで、勝ち目などないアル!
他の連中のために時間稼ぎを買って出たのは大したものアルが、これ以上商品価値を落とすようなことはやめろアル!」
満身創痍でなおも戦意を喪失しないマホロに対し、帝龍が苛立たしげに言う。
帝龍にとってマホロは敵であると同時、是が非でも手に入れたい金の卵を産む牝鶏である。
帝龍がこの異世界で莫大な富を得るためには、マホロの存在は必要不可欠なのだ。
それゆえに、帝龍は本気を出してマホロに攻撃することができない。マホロという商品が傷物になることを怖れている。
そこに、付け入る隙がある。マホロはその高い機動力を『限界突破(オーバードライブ)』でさらに底上げし、
決戦空間内を飛び回ってアジ・ダハーカを攪乱し続けた。
とはいえ、それももう限界に近い。
アジ・ダハーカと自分とではレベルが違いすぎる。帝龍の手加減の攻撃さえ、当たれば致命打となりうるのだ。
「あんたこそ……手を引きなさいよ……!
ニヴルヘイムなんて、ストーリーモードの完全な悪役じゃない……!
あんたは、それでも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なの!? ブレモンのプレイヤーなの……!?
プレイヤーなら、みんな……ニヴルヘイムが悪者だって知ってる!
誰だって、アルフヘイム側でプレイしたいものでしょう!」
「ハッ」
マホロの反論に対し、帝龍はメガネのブリッジを右手中指で持ち上げると、嘲るようにせせら笑った。
「何が……おかしいのよ……!」
「これが笑わずにいられるかアル。やはり、オマエはアイドルアルネ……ただ上に言われるままに歌い踊るのがお仕事の、
外見だけで頭カラッポの愚か者アル。
『ニヴルヘイムが悪者』? くふふ! 確かにゲームの中ではそういう扱いだったアルが――
ここは現実の世界! ゲームの中の常識や設定がそのまま通じる世界ではないアルネ!
オマエは何を根拠に! 自分の所属する陣営が正義の味方だと言っているアル……?」
「……それは……」
帝龍の追及に、マホロは束の間返す言葉を失って立ち尽くした。
「くふふふ! ワタシのようにマクロなものの考え方ができないから、自分の立ち位置さえ分からない!
だが、それでいいアル。オマエはワタシに言われるまま、指定されたステージで! 指定された歌を歌っていろアル!」
「……そうかもね。あたしには、大企業のCEOをやってるあんたみたいな視界の広さはないでしょう。
高層ビルの最上階から下界を眺め見るあんたと違って、あたしは……地べたから空を見上げることしかできない」
「やっと、自分の分限というものが理解できたアルか……まったく梃子摺らせてくれたアルネ。
さあ……もう遊びは終わ――」
「それなら!!」
マホロを連れ去ろうと身じろぎしかけた帝龍を、マホロの鋭い声が制する。
帝龍は不快に眉を顰めた。
「……?」
「あたしは! あたしの中の信念と、あたしが正しいと思う正義に従って行動するだけよ!
あたしはこのアコライト外郭のみんなが好き。あたしの歌で、トークで、動画で、楽しんでくれるファンの人たちが大好き!
だから――あたしからそんなファンを取り上げようとするあんたを……絶対に許さない!
アルフヘイムとニヴルヘイム、どっちが正義で悪かなんてわからないけれど――
少なくとも、あんたは! あたしの敵だ!!」
「まだ、そんな戯れ言を――!
ええい! さっさとワタシの軍門に下れアル! やれ、アジ・ダハーカ!!」
帝龍の命令に応じ、巨竜がマホロを攻撃しようとそのあぎとを開く。
が。
「ぐ……、ぐぐぐ……ッ!」
アジ・ダハーカが行動を再開したそのとき、『浮遊(レビテーション)』のスペルカードで宙に浮いた帝龍が、
ほんの一瞬であるがバランスを崩してふらついたのを、マホロは見た。
259
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 21:10:22
(やっぱり……そういうことか……!)
ここに至り、マホロが心に抱いていた疑念は確信に変わった。
だとしたら――ひょっとして、ひょっとするかもしれない。
ブレモン1500体の頂点に君臨する超レイド級、その一角を崩せるかもしれない……そう思う。
で、あるならば。
自分は自分のするべきことをするだけだ。
マホロは最後の力を振り絞り、血と埃にすっかり汚れた白い翼を一打ちすると、矢のようにアジ・ダハーカへ迫った。
螺旋の尾を引きながら上昇してゆき、魔皇竜の三本首のうち一本角の頭部の上方に位置取りする。
「帝龍―――――――――ッ!!!」
「チ……! アジ・ダハーカ、叩き落と――」
「帝龍、あんたに質問するわ! ――私の商品価値はどこにある!?」
「何を言い出すかと思えば。それはもちろん、そのルックス。強さ。歌声に……」
「……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……でしょ?」
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。
戦乙女属のモンスターが最後に覚えるスキル。接吻を贈った相手に、永続のバフを掛ける乙女の祝福。
生涯に一度しか使えないそのスキルは、戦乙女の純潔の証。
それがあるからこそ、戦乙女属は価値がある――と言っても過言ではないだろう。
当然、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』であるマホロも、それを持っている。
そして。
「あたしの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』が欲しいって。そう言ってたわね、帝龍?
……いいわ。あげる……あたしの大切に守ってきた唇を」
何を思ったか、マホロは突然帝龍に対してそんなことを言った。
今まで頑なに守り続けてきた、戦乙女の命とも言うべきもの。
それを今、捧げるという。
あまりに予想外の突拍子もない発言に、さすがの帝龍も一瞬呆気にとられ、眼鏡の奥で目を見開いた。
が、すぐに我に返り、身体を仰け反らせて嗤う。
「くふッ! くふふ……くふははははははははははッ!!
敵だなんだと口では威勢のいいことを言っても、やはり絶対的な質量差! 物量差はいかんともしがたいアル!
マホロ、オマエにもやっとそれが分かったようアルネ。いいアル!
オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』をもって、降伏の証としてやるヨロシ!
さぁ、早くこっちへ来――」
「はっ? 何を言ってるの? 誰も、あなたにあげるだなんて言ってないわ」
自分に降伏と服従の口付けをしろ、とばかりの帝龍に対して、マホロは呆れ顔で肩を竦めた。
そして、アジ・ダハーカの一本角を持つ頭部へと近付いてゆく。
マホロの身の丈以上の大きさがある、魔皇竜の口許へと。そして――
「あたしが口付けを捧げるのは。コイツに対してよ……!」
言うが早いか、マホロは目を閉じるとアジ・ダハーカの口にキスをした。
ギュオッ!!!
すぐさまスキル『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』が効果を発揮する。
マホロと魔皇竜を中心に聖なる紋章が出現し、さながら魔法陣のように二体を包み込む。
マホロの肉体から流星のごとく幾条もの光が飛び出し、アジ・ダハーカへと流れ込んでゆく。
「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」
戦乙女の祝福を受け取ったアジ・ダハーカが咆哮を上げ、大気が振動する。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』の効果は絶大だ。それは平凡な低レアモンスターをも準レイド級にまで昇華する。
いわんや、超レイド級モンスターであるアジ・ダハーカが祝福を受ければ、それは果たしてどれほどの強化となるだろうか?
六芒星の魔神の完全体という時点で未知の強さだったというのに、さらに戦乙女の加護まで得てしまっては、手に負えない。
アジ・ダハーカの全身から暗褐色のオーラが迸る。その巨体がさらに大きくなってゆく。
それはまさに、このアルフヘイムを破壊する神の顕現。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』などという存在では抗うことさえできない、絶対の領域。
この強化された魔皇竜の前には、アコライト外郭の防壁など障子紙のようなものであろう。
このまま、アルフヘイムは魔神に蹂躙される以外ない――
しかし。
マホロはただ単に、アジ・ダハーカに接吻して帝龍に利する行為をしたのではなかった。
260
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 21:14:42
「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」
アジ・ダハーカが『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』の力を吸収し、劇的なパワーアップを果たした直後。
突如として、帝龍がスーツの胸を掻きむしって苦しみ始めた。
それだけではない。不意に右の鼻の穴から一筋の鼻血が垂れる。
今まで、余裕ぶった態度を一貫して崩さなかった帝龍が。
現在も攻撃を喰らうどころか、絶対的な優勢を微塵も崩していない帝龍が。
『アジ・ダハーカがパワーアップした瞬間に苦悶し、鼻血を出した』のである。
儀式を終えたマホロは魔皇竜から離れると、狼狽する帝龍を見遣った。
「思った通りね……帝龍!」
「これ……これは、いったい……? 何をした、ユメミマホロォォォ……!」
憎悪に歪んだ眼差しで、帝龍がマホロを見る。
そんなふたりのやり取りを、ジョンや守備隊たちと一緒に見ていたなゆたは、そこでやっと状況を理解した。
あのマホロが命よりも大切に守り通してきた口付けを、どうしていとも簡単に捨ててしまったのか。
超強化されて一層優位に立ったはずの帝龍が、どうして攻撃を受けてもいないのに苦しみ、鼻血を出したのか。
その理由を、遅まきながら把握した。
「……そういう……ことか……!」
地球でブレモンをプレイしていた時には分からなかったが、アルフヘイムへ来て分かるようになったということは沢山ある。
その中のひとつに『デュエルをすると疲れる』というものがある。
正確には『モンスターを召喚すると疲れる』と言えばよいだろうか。
モンスターを召喚すると、クリスタルが消費される。
レアリティの高いモンスターになればなるほど、消費されるクリスタルの量も増加する。
が――クリスタル以外にも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がモンスター召喚時に支払っているものがあるのである。
それは、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』自身の体力。精神力。
モンスターを召喚し、地上に繋ぎとめておくにはクリスタルが必要だが、
モンスターそのものを制御し、自分の手足のように使役するためには、召喚者の体力と精神力が必要不可欠なのだ。
そして。
消費する体力と精神力の幅もまた、モンスターのレアリティによって増減する。
なゆたを始めとするアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の連れ歩いているモンスターには、低レアが多い。
従って、召喚してもほとんど体力を消耗することはない。
一方でみのりはかつてアジ・ダハーカにも比肩しうる六芒星の魔神、パズズを召喚したものの、
その際の召喚時間はきわめて短時間であり、疲労を覚える暇もなかった。
だが、帝龍は違う。帝龍がアジ・ダハーカを召喚してから、すでに30分以上が経過している。
確かに、蓄えに蓄えたクリスタルは超レイド級モンスターを23時間現界させておくことが可能なほど豊富なのだろう。
しかし――
その超レイド級を従える煌 帝龍という男の体力と精神力は、クリスタルほどには潤沢ではなかったのである。
モンスターそのものがどんな攻撃も通さないほどに強いなら、その召喚者を狙えばいい。
だが、それは当然帝龍も何らかの対抗措置を取っているだろう。
単に遠距離攻撃や魔法で狙ったところで、きっとスペルカードなどで弾かれるか、逸らされてしまうのがオチだ。
……とすれば。
「おのれ……! おのれおのれおのれ! マホロォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
帝龍が激高する。
六芒星の魔神という決定的な切り札を持っていながら、帝龍がそれをずっと見せなかった理由がこれだった。
帝龍はクリスタルの消費と同等、いや、それ以上に、自分の体力と精神力の損耗を避けていたのである。
そして――マホロはアジ・ダハーカに『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を与え、一度きりのスキルを消費した。
純潔を喪った。戦乙女属の特権、たったひとつの大切なものを――永久に喪失した。
「キサマ! なんてことを! 最大の商材を! 価値を! キサマをもっとも高く売ることのできる要素を!
よくも! こんな愚かなことに!! よくもよくもよくもよくもよくもォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
「愚かかどうかは、あたしが決める。あたしの口付けの価値の使いどころは、あたしだけが決めていい。
そして……今がそのときだって。そう思ったのよ。
さあ、帝龍。あなたが気絶するまで、あと何分かしら?」
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」
いつもの余裕ぶった語尾の協和語をかなぐり捨て、激怒した帝龍が叫ぶ。
宙に浮かぶマホロめがけ、三つの巨大な竜頭が口を開く。火山の噴火のような、神の一撃がチャージされてゆく。
マホロにそれを防ぐ術は、ない。
261
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 21:20:59
「マホたん……逃げて! もう充分よ! あとは帝龍が自滅するまで、わたしたちで相手を――」
なゆたが叫ぶ。
しかし、分かっているのだ。ここでマホロが逃げる選択肢などない、ということは。
もしマホロがサレンダーすれば結界が解除され、アジ・ダハーカは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』や守備隊に矛先を向ける。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』で超絶永続バフがかけられた、超レイドの強化版だ。
先刻でさえ、なゆたたちはアジ・ダハーカに掠り傷ひとつつけることができなかった。
パワーアップした魔皇竜が本気で殲滅に来たら、なゆたたちなど秒で全滅であろう。
だから――マホロには決戦空間の中で、一秒でも多く時間を稼いでもらわなければならないのだ。
ほんの一瞬、ちらと明神の方を振り返ると、マホロは小さく笑った。
「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
本当は、もっとみんなと一緒にいたかったけど――これでお別れだね。
明神さん……あたしの大切なファンのみんなの笑顔、守ってね。
キラキラ輝く笑顔を……それが、あたしの。『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の望みだから。
……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」
別れの言葉を告げ終わると、マホロは間近の巨大な砲塔の如き三本首へと向き直った。
と同時、帝龍が巨竜へ攻撃を指示する。
「塵と化せ、神の怒りを思い知れ!! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!!!!」
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオム!!!!!!!」
臨界点に達した超絶的なエネルギーが、極高温のブレスとなって解き放たれる。
それは、ちっぽけな戦乙女など一瞬のうちに影も形も残らず焼き尽くすほどの――
けれど。
「あたしの最後の動画配信、始めましょうか!
タイトルは……『みんなのことが大好きだから、命を懸けて突破口開いてみた』!!
アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ユメミマホロ……行くわよ!!!」
ドンッ!!
マホロは逃げるどころか、凄まじいスピードでアジ・ダハーカのブレスへと突っ込んだ。
しかし、燃えない。マホロの突き出した右拳から迸る純白の波動が、魔皇竜の熱波を真正面から斬り裂いている。
帝龍は驚愕した。
「バ……、バカな……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
マホロは咆哮した。拳から放たれる白いオーラが、その量を増す。
自分の持ちうるすべてのスペルカードを使い、最大限にまでバフをかけての『聖撃(ホーリー・スマイト)』。その名も――
「おあああああああああああああッ!!! 『大 聖 撃(アーク・スマイト)』!!!!!!」
『聖撃(ホーリー・スマイト)』は敵のカウンターを取ったときにこそ最大限の破壊力を発揮する。
超レイド級、それも接吻によって強化されたアジ・ダハーカの攻撃。そのカウンターを取ったなら、
その威力たるや想像を絶するものになるだろう。
ただし――『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア』の肉体は、そこまでの負荷に耐えられない。
マホロの身体が崩れてゆく。左腕と右脚が砕け、翼がみるみるうちに燃えてゆく。
胸鎧が砕け、ツインテールにした美しい金髪が発火する。ビキッ! と鋭い音が響き、右頬に亀裂が走る。
それでも、マホロは止まらない。ただひとつだけ残った孤拳を突き出し、炎の海を突き進んでゆく。
そして――やがてマホロの身体は『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』を突き破り、
巨竜の懐に到達していた。
目の前に、アジ・ダハーカの三本首の付け根が見える。すなわち――
ヒュドラなど多頭竜に共通してみられる特徴、複数の首を統御する、中枢神経の位置が。
262
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/01/28(火) 21:23:07
右腕以外の四肢を失い、黒く燃え残ったマホロは、そこへと真っ逆様に落ちてゆく。
城壁で見せたような、墜落寸前で翼を展開するようなサプライズはない。正真正銘の身投げだ。
墜ちてゆく途中で、ほんの僅か。霞む視界の先に、泣きそうな顔の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが見えた気がした。
「……そ……んな……
ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……」
マホロの代表曲、『ぐ〜っと☆グッドスマイル』。
割れた唇でそのサビのフレーズを小さく呟くと、それを最後に目を閉じたマホロは魔皇竜の中枢神経の真上に墜落した。
その瞬間、マホロの持つ最後のスペルカードが効果を発揮する。
網膜を灼く閃光。耳をつんざく轟音。夥しいまでの爆発――
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
スペルカード『自爆(サヨナラテンサン)』。その名の通り、自分の命と引き換えに敵に大ダメージを与える魔法だ。
各種バフによる『大聖撃(アーク・スマイト)』。『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』から取ったカウンター。
それらの攻撃力を限界まで上乗せした、マホロの正真正銘最期の攻撃。
「ギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
アジ・ダハーカが、今までどんな攻撃にも怯まなかった魔皇竜が絶叫を上げる。
見れば、中枢神経を覆っていた強固な鱗と皮膚がごっそりと抉れ、
脳のようにも見えるピンク色の中枢神経が剥き出しになっている。今なら、攻撃も通ることだろう。
しかし――
「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」
なゆたはその場にがっくりと両膝を突き、辺り憚らず慟哭した。
ユメミマホロは、死んだ。
同志であるなゆたたち、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を。ファンであるアコライト外郭守備隊を。
自分の大好きな、かけがえのない生命を守るため……その命を散らした。
しばしの間を置いて、明神の前にひら……と一枚の羽根が舞い降りる。
血と埃に汚れ、煤けて、元の美しい白さをすっかり失ってしまっているものの――それは、確かに。
ユメミマホロという少女が、この場所に存在したことの証だった。
「ぐ……ぉ、どこまでも……この俺に逆らいやがる……あのスベタがぁぁ!」
帝龍が呻く。が、その言葉にも表情にも既に余裕はない。
体力の消耗が激しく、残り時間は少ない。帝龍も疲労しているのだ。ならば――
この戦いに決着をつけるのは、今しかない。
【バロール、ガザーヴァ説得に失敗。
ユメミマホロ死亡。マホロの死によって『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』の効果消滅。
アジ・ダハーカは接吻によりATKが従来の1.5倍になるも、弱点が剥き出しの状態。
中枢神経の防御力は0だがHPが多いため単独での攻撃は非推奨。】
263
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/01(土) 01:24:29
>「バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ」
>「……何ィ……?」
当たり前だ。
一巡目の記憶は朧げでしかないけれど、こいつが絶対に倒すべき敵だったことは覚えている。
前世のボクは、こいつがバロールを唆し闇落ちさせた黒幕ではないかと思っていたような気がする。
実際にはそこまで大物じゃなくて、バロールが作った手駒に過ぎなかったみたいだが、そんなことは当時は知る由も無かった。
>「人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ」
いつキレて明神さんに危害を及ぼすかと気が気ではないボクを他所に、ガザーヴァは笑い飛ばす。
>「ははッ! そりゃそうだろうねぇ、みんなボクのことがさぞかし憎かっただろうさ!
ボクは幻魔将軍ガザーヴァ! ボクにとっては罵声こそが賛辞。怨嗟こそが福音!
なぜなら……」
>「――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった」
あっ、アルフヘイムの異邦の魔物使いから地球のブレモンプレイヤーに明神さんのスイッチが切り替わってる。
>「……ボクが……ライバル……?」
ガザーヴァが呆然とするのも無理はない。
一巡目が地球でゲームになっているということを知らないというわけではないだろう。
が、まさかアルフヘイムの異邦の魔物使い目線ではなく地球のブレモンのプレイヤー目線で攻めて来るとは思うまい。
ガチ勢という人種が持つらしいゲーマーの矜持というやつにはボクだって畏敬とも呆れとも憧憬ともつかない念を抱いたもの。
いや、いくらガチ勢でも実際に死ぬかもしれない世界に放り込まれたらそんなものはどこかに吹っ飛んでしまうのが普通だ。
>「今のお前はカザハ君に混じった残り滓みたいなもんだ。
一樽のワインに混入した一滴の泥水。ただ汚染するだけの不純物。
お前がカザハ君を乗っ取ったところで、それはただの黒いシルヴェストルでしかない」
>「俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい」
>「アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな」
264
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/01(土) 01:26:27
その言葉は、ボクを助けてこの場を切り抜けるためでもあるが、本心でもあるのだろう。
……いやいやいや、ちょっと待て!
確かにここは切り抜けられるかもしれないけどめっちゃ厄介な敵が増えちゃうよ!?
幻魔将軍ガザーヴァが野に放たれたら何千何万という命が危険に晒されることになる。
明神さんったら本当にとんでもなくゲーマーなんだから!
そう思う反面、物凄く嬉しいと思っている自分がいることに戸惑う。
ここでガザーヴァを道連れに散ると、一度は覚悟を決めたはずなのに。
>「取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ」
>「俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!」
明神さんがこちらに手を差し出す。
>「ボクを……取り戻す……」
明神さんのトンデモ過ぎる提案が見事クリティカルヒットしたようだ。さあ、その手を取れ-―!
その時だった。激しい感情を伴った記憶の波が流れ込んでくる。
>『――やあ。初めまして……私は。君のパパだよ』
>『所詮、コピーはコピーだ。オリジナルではない……残念だが実験は失敗と言うしかないな。
やはり、オリジナルを手に入れなければ。他のシルヴェストルでは駄目らしい』
>『今よりもっと、あなたのお役に立てば……
少しだけ。ほんの少しだけ……ボクのこと。愛してくれますか……?』
今までこちらの考えは読まれている割に、ガザーヴァの思考がこっちに流れてくることはなかった。
何らかのブロックをかけていたと思われるが、それをする余裕もないほど動揺しているということか。
ゲームでは決して描かれることはなく、以前のボクも知る由も無かった、幻魔将軍のあまりにも意外過ぎる素顔。
アコライト跡地での決戦のとき、すでに帰る場所は無かったんだ――
最期までいつも通りに飄々とした態度を崩さずに笑っていたように見えたけれど、本当は泣いていたのかな。
『“風渡る始原の草原”か……。しかし、ならば奴はどうする?
あんたに懐いている……いや、あんた以外の何者の言うことも聞かない。あんただけが奴を制御できる。
失敗作として処分するのか?』
『今まで通り、幻魔将軍として使いはするけれど。あれはもう、あの力を手に入れる鍵にはならない。
あのシルヴェストルを探すんだ、イブリース。粗悪な複製品ではない、正真正銘のオリジナルを。
私が求めるものはそれだ……それ『だけ』だ。わかるね』
オリジナルのシルヴェストルが持っている何かが無いがために、ガザーヴァは見捨てられた。
オリジナルのシルヴェストルってまさか……。
“風渡る始原の草原”――その地名には聞き覚えがある。以前のボクの故郷だ。
265
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/01(土) 01:28:13
『あまり人間と関わってはいけないよ――魂が穢れる』
『世界のあるがままの流れを変えようとしてはいけない――流れに逆らえば罰として穢れた世界に堕とされる』
そこでは人間やら地球が酷い言われようだった気がする。確かに地球はPM2.5とか飛び回ってるから間違ってはないけど!
ってかボク達が地球にいたのってマジで前世で罪を犯した罰だったの!? かぐや姫かよ!
確かに冴えない人生ではあったけど罰にしては結構楽しかったような……。
でもノームじゃあるまいしなんで鳥取やねん! シルヴェストルが地球に流刑になるなら普通は軽井沢あたりでしょ!
>「ボクは……どうすればいいの……?」
>「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」
バロールさんを背に乗せたカケルが降り立つ。
《姉さん……!》
(まだ生きてる、ギリセーフ!)
>「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」
衝撃的な事実を明かされ、驚きつつも妙に納得していた。
なんとなくそんな気はしていたけれど、やっぱりそうか……。
以前のボクは、人間では決して持ち得ない純粋な魂を持っていた。そして、純粋と狂気は紙一重だ。
置かれた状況次第で、善にも悪にも転ぶ。
以前の周回のボク達は、一見正反対に見えて、とてもよく似ていた。
でもボクを忠実に再現したという割には能力値が高すぎる気がするけど! 特に知能!
少なくとも今のボクを基準に考えれば、劣化コピーどころか超改良版だ。
バロールさんは、ガザーヴァに新たな肉体を用意しているのを見せ、味方になるように誘う。
>「ボクが……。
ボクがバロール様の味方に、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間になったら……」
>「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」
>「いいとも。おいで、ガザーヴァ」
>「嬉しい……。嬉しいよ、パパ……。
その言葉が聞きたかった……。ボクはオリジナルじゃない、ここにいるボクを見てほしかった。
目の前のボクを愛してほしかったんだ……」
――落ちた!?
266
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/01(土) 01:30:40
>「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」
>「パパの目、全然……笑っていないもの――」
そこで”だが断る”かよ! なかなか落ちねーなこいつ!
そもそも、世界の全てが見えてしまう魔眼の持ち主が、本当に笑うことなんてあるのだろうか――
《……お前の望み通り死んでやる!》
ガザーヴァは左手に闇の刃を作り、自らの首を搔き切らんとする。
ボクはそれをとっさに右腕で防いだ。いきなり何すんだよ危ないな!
下手すりゃ手首切られてどっちにしろ大出血で死ぬかと思ったが、そうはならなかった。
右腕に装備していた聖女の護符に丁度当たったのだ。
“闇属性ダメージを大幅に軽減する”ってこういう物理的な意味だったの!?(多分違う)
明神さんマジでGJだわ! 刑事ものドラマで銃弾が当たったけど胸ポケットにお守り入れてて助かった的なやつ!?
《何故邪魔をする! ボクを道連れに死ぬのが狙いだっただろ!》
(気が変わった! なんてったって風の精霊だからさ!)
そして今更だが、右腕だけ主導権がこっちになっていることに気付いた。
さっきガザーヴァが左腕を使ったのはそういうことか。
動揺のあまり、聖女の護符を装備している右腕が支配下から最初に外れたということだろう。
(君だけに言うけどね――ボクはバロール様のことが好き”だった”。
万象を見通す虹色の瞳は、穢れ無き純粋な魂を持つ以前のボクには何より魅力的に映った)
以前のボクが抱いた淡い憧憬に過ぎなかったそれは、寄る辺無き模造の魂にとっては狂気に至るまでの執着と化した。
(だけど今は……少し怖い。汚い部分まで全て見抜かれてしまいそうで。
ボクはあの地球という世界で純粋な魂を失ってしまった。君が羨望し、嫉妬し、憎んだシルヴェストルはもういない)
純粋な魂を失った。それは以前のボクの故郷でいうところの穢れたということだろう。
恐れることを知り、諦めることに慣れ、保身にも走るどこにでも転がっているような駄目人間と化してしまった。
でも、物は言いようだ。純粋ではなくなったということは、何かを得たということ。1と0の間を知ったということ。
(君はもう劣化コピーなんかじゃない。今のボクに君より優れたところなんて何一つ無いよ。
この際思い切って2巡目デビューしちゃいなよ!
明神さんの言う通り、大昔の罪なんてノーカンだ。だって、ボク達が刺し違えたあの時間軸は――もう存在しないんだもの!)
267
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/01(土) 01:31:42
といってもなあ、元があれだけガード固いファッションだとイメチェンは勇気がいるよなあ。
メガネキャラが定着しちゃったらメガネ外せないみたいな。……ちょっと(かなり?)違うか。
というわけで、2巡目デビューというワードに動揺したのかは知らないが、隙が出来た。
ボクは自分の左腕からスマホをもぎ取って明神さんに投げ渡す。マジックテープで固定してて正解だったわ!
前に「なんちゃってアッ○ルウォッチ」とか言っていたらカケルに「いろんな意味で恥ずかしいからやめてください!」と突っ込まれたけど!
《貴様、何を……!?》
ごめんね――君より優れたところは何一つ無くても、優位に立てるかもしれない要素なら一つだけ持っている。
それはボクが地球出身のブレイブだということ。
どう見てもアルフヘイムのモンスターでありながら、ブレイブの証である魔法の板を持ち、
システム上もブレイブとして扱われていることは何か意味があるはずだ。
「明神さん、捕獲だぁあああああああああああ!!」
ボクは力の限り叫んだ。
捕獲、地球出身のブレイブだけが使用できる技――モンスターを問答無用で隷属させる、通称洗脳ビーム。
ガザーヴァはレイド級モンスターで、レイド級モンスターは理論上捕獲可能だったはず。
ちなみに持ち運び検知機能をONにしてあるので、すぐにはロックはかからない。
わざわざスマホを投げ渡したのは、ボクのスマホを使って行えばシステム上はボクが捕獲する扱いになるのを狙って。
そして思考の根底に同じものを持っているなら、洗脳ビームの成功率に補正がかかるかもしれないという二重の希望的観測の上に立ってのことだ。
自分より劣ったオリジナルに使役されるのは代え難い屈辱だろう。
でも今だけでいい、どうか力を貸してください! そして、今度こそ本当の意味で自由に生きて!
《このボクを捕獲だと!? ふざけるな! あんな奴腕一本で潰せる!》
捕獲されない自信があるなら落ち着いているはずで、キレているということは意外と自信がないのかもしれない、等と思っている場合ではない。
ガザーヴァは左手を一振りすると巨大な闇のランスを作り出し、明神さんに斬りかかる。
(やばいやばいやばい! カケル! 『足払い』だ!!)
足払いといったらボクが暴走した時にカケルがよくやるアレだ。ボクとモーションが同じならいけるよな!?
我ながら滅茶苦茶だけどさっき見た記憶の中ではあっさりこけてたし、
そういえば戦闘時は常にガーゴイルとセットだった、ということは意外と足元は甘いのかも。
実は日常的にふざけて変なポーズ取ってこけたりバナナの皮踏んでこけたりしてたんじゃないの!? さあこけろ!
268
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:04:43
差し出した右手。
これをガザーヴァが取るのなら、俺はこいつの未来を阻む万難に挑もう。
全ては、幻魔将軍ガザーヴァを――『ブレイブ&モンスターズ』を、取り戻す為。
そう決めていた。
>「ボクを……取り戻す……」
人心を擽る傾奇者のガワはとうに消え失せ、ガザーヴァは小鳥のように震える。
こいつが本当に望んでいたものが何なのか、俺には計り知ることは出来ないが……。
それでも、垣間見えた希望にガザーヴァが心を揺り動かしているのは、なんとなくわかった。
>「ボクは……どうすればいいの……?」
「……どうもこうもねえよ。選択肢は示した。根拠も添えた。あとはお前が、自分で決めろ」
>「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」
――その時。俺の後ろからあの癪に障るイケボが聞こえてきた。
バロールだ。カケル君の背から典雅に地上に舞い降りた元魔王が、俺の隣に立つ。
>「久しぶりだね、ガザーヴァ。……元気そうで何よりだ」
……こいつ、何しに出てきやがった。
ガザーヴァを見限り、絶望のまま見殺しにした記憶はこいつにもあるはずだ。
またぞろ顔出せば、確実に話が拗れると、理解してないわけがない。
――>『バロールのことが信用できないからよ』
否が応にもマホたんの声がフラッシュバックする。
美貌に張り付いた微笑みが、その下のどんな表情を覆い隠しているのか。
ピリついた気配は多分、ガザーヴァのものだけじゃない。
>「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」
満を持してご登場した元魔王様は、相変わらず口から戯言を垂れ流す。
淫靡て。また性癖の話っすか?ちょっとぼくついていけませんねぇ。
「うるせぇよ、要は色変えただけのパクリなんじゃねえか。微妙に再現し切れてねえしさぁ。
なんで黒くしちゃったの?オリジナリティ出してんじゃねえよそんなところで」
……ちょっと待て、コピー?
ガザーヴァって元から黒いシルヴェストルだったの?
あの鎧の中身がどんな姿なのか、俺は知らない。グラフィックが未実装だったからだ。
ゲームのガザーヴァは死ぬまで鎧を着込んだままで……そういうもんだと思ってた。
>「まぁ、私のセンスについてはすべてが終わってから夜通し討論するとして。
今は君だ……ガザーヴァ。君がうんと言うのなら、明神君の言うとおり君の新たな肉体を用意しよう。
というか――実は、もう用意してあったりするんだな。これが!」
バロールは杖を振るう。例の中継映像魔法が発動する。
映し出されたのは、どくんどくんと脈打つ謎の臓物が部屋の中央に鎮座する、マッドな光景。
臓物は……たぶん、子宮だ。中には赤ん坊みたいな物体が逆さまになって浮いている。
>「そうだ。君の身体だ……もちろん、ガーゴイルの分も用意してある。
もう一度言うよ、ガザーヴァ……私たちに力を貸しなさい。かつてのように――
私たちには君の力が必要だ。もう二度と、以前の失敗を繰り返してはならないんだよ」
269
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:06:27
降って湧いたなにもかもを解決する光明に、ガザーヴァは大きく瞠目する。
肉体がある。カザハ君のものをぶんどらなくたって、ちゃんと自分だけの身体を手にできる。
幻魔将軍を、取り戻せる。
ガザーヴァにとっては喉から手が出るほど欲しい『未来』だったろう。
その一方で俺は、ぞわぞわしたものがうなじで燻るのを感じた。
……こんなものを、いつの間に用意してやがった?
見たところ臓物の中の胎児めいた物体は、それが"胎児だと分かる"程度に成長している。
俺とガザーヴァの話を聞いてちょっぱやでこしらえたんじゃ計算が合わない。
王都でカザハ君の中のガザーヴァと再会したのはたった数日前。
その時からこうなることを見越していたとしても、あまりに動きが早い。
つまりバロールは、ずっと前からガザーヴァの肉体製造に着手したことになる。
何の為に?ガザーヴァを作り出したのは『魔王』バロールだ。
師を失っていない、十三階梯筆頭継承者のバロールが、三魔将の製造に手を出すことはないはず。
>「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」
ふらり、ふらりとバロールに意識を向けるガザーヴァ。
それは、かつてすれ違った親子が改めて絆を結び直す、美しい光景なんだろう。
だけど俺にはガザーヴァが、目の前にちらつかされたエサに寄ってくる、哀れな魚に見えた。
このまま二人を会わせるのはマズいと、直感が警鐘を鳴らす。
だがなんて言って止めりゃいい?ずっと親の愛を渇望していた子供に、第三者が割り込めるのか?
>「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」
ガザーヴァの足が止まる。
カザハ君そっくりの、人好きのする相好が……氷の如く冷え切った。
>「パパの目、全然……笑っていないもの――」
バロールは、依然として微笑んでいる。
だけど俺にも分かった。極彩色の双眸に、ガザーヴァの姿は映っていない。
それが理解出来たのは、多分俺とバロールが同じ目的を持っているからだ。
――カザハ君を助ける。
そしてそのために、"不純物"であるガザーヴァを排除する。
カザハ君の『混線』は、バロールにとっても意図しないエラーだったはずだ。
切り捨てたガザーヴァが、執念だけで一巡目のカザハ君に取り引きを持ちかけ、応じられてしまった。
世界がリセットされて、失敗した被造物の介在しない、純粋なカザハ君との邂逅が約束されていたのに。
因果をいくつも捻じ曲げて、ガザーヴァは未だバロールに取り縋っている。
『以前の失敗を繰り返してはならない』……か。
その失敗ってのはつまり、"カザハ君を手に入れられなかった"ことにかかってんだな。
でっち上げた新たな肉体にガザーヴァが素直に入れば、純粋なカザハ君だけを手にできる。
だけどその後、ガザーヴァはどうなる?
またぞろ良いように扱って、使い倒して、適当なところで切り捨てるのか?
一巡目と、同じように。
俺は一巡目に起きたことなんざ知らねえし、ぶっちゃけ興味もそんなにない。
俺にとってのガザーヴァは、ゲームで死闘を繰り広げた幻魔将軍ただ一人だ。
270
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:07:02
どう転べばこいつが幸せになれるか分からない。幸せにしてやる義理もない。
ただ、それでも。ここで見送れば、俺がもう一度会いたかった幻魔将軍は、何かが決定的に変わってしまう。
パパの顔色伺いながら、ブレイブの走狗として使い潰されるこいつの姿なんか、俺は見たくない。
絶望のままにカザハ君を乗っ取って、劣化コピーに成り下がる姿も見たくない。
俺達が愛したブレモンを、こんな形で歪ませたくないんだ。
気付けば、手汗が滴るくらい拳を握っていた。
こいつを振り下ろすべき場所は、一体どこにある。
>「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」
不意に、胃袋を丸ごとひっくり返すような大音声が響いた。
咆哮。その出処は、タイマンフィールドにマホたんごと囚われたアジ・ダカーハだ。
ただでさえ圧倒的な巨躯を誇る邪竜が、更に大きく膨れ上がっていた。
全身を走る血管が太く浮き上がり、早鐘のように脈動する。
その身を覆う暗褐色のオーラははち切れんばかりに湧き上がる。
何が起こった?帝龍の野郎、まだなにかパワーアップの手段を残してやがったのか?
だが神の領域に踏み込んだしもべを目にして、帝龍の表情からは薄ら笑いが失せていた。
>「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」
胸を抑えて苦しむ姿に、これまでの揶揄するような余裕はない。
まるで、予期せぬ負荷に見舞われたかのように。
>「思った通りね……帝龍!」
>「これ……これは、いったい……? 何をした、ユメミマホロォォォ……!」
マホたんが何か、帝龍が予想だにしない手段を講じた。
その結果としてアジ・ダカーハがさらに強化され、帝龍は負荷に苦しんでいる。
思い当たる理由は一つしかなかった。
マホたんには一つだけ、敵も味方も問わずに対象を超強化するスキルがある。
――『戦乙女の接吻』。永続的なパラメータの大幅上昇。
そいつを……まさか、アジ・ダカーハ相手に使ったってのか?
その意図も、王都での決闘を経た今の俺には分かる。
なゆたちゃんはあの時、五月雨撃ち以外に直接攻撃を受けてないにも関わらず、決着の際にはぶっ倒れるギリギリだった。
ゴッドポヨリンさんと、アブホース。二つのレイド級を一つのバトルで連続行使したからだ。
強力なモンスターを操るには、クリスタル以外にも体力を消耗する。
つまり、マホたんは――
『接吻でアジ・ダカーハを強化し、操るブレイブの消費体力を一気に引き上げた』。
結果は見ての通りだ。帝龍は血反吐を吐きながら、自身を襲う強烈な負荷に喘いでいる。
「ふはっ、ふはは……マジかよ!なんぼなんでも掟破りが過ぎるぜ、マホたん……!」
一度限りの接吻。
それを使う機会があるとすれば、ジョンの言う通り味方の強化に消費するのがセオリーのはずだ。
だが、アジ・ダカーハ相手に所詮一人だけの超強化じゃ暖簾に腕押しにもなりやしなかったろう。
強すぎて手を出せない超レイド級が相手なら――。
ユニットの消費コストをさらに引き上げて、まともに運用出来なくすれば良い。
対ブレイブ戦だからこそ出来る、発想の逆転。誰も真似できない規格外の搦め手だ――!
271
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:07:43
>「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」
――その一方で、マホたんは接吻と同時にもうひとつ重要なカードを失った。
帝龍が求めていたのはユメミマホロの純潔。なればこそ、超レイド級とタイマンでも瞬殺されることはなかった。
接吻という名の『人質』を喪失した以上、帝龍にマホたんを生かしておく理由はない。
>「マホたん……逃げて! もう充分よ! あとは帝龍が自滅するまで、わたしたちで相手を――」
帝龍は苦しんではいるが、ただちに昏倒する様子はない。
奴もこの世界を生き延びてきた歴戦のブレイブ。体力の残高を安く見積もることは出来ない。
限界を迎えるまで数秒か、数十秒か、数分か。超強化されたアジ・ダカーハを相手にし続けなければならない。
>「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
本当は、もっとみんなと一緒にいたかったけど――これでお別れだね」
それが何を意味しているのか、わからない奴なんていないだろう。
意志は既に伝わった。マホたんが突撃する、その時から。
>「明神さん……あたしの大切なファンのみんなの笑顔、守ってね。
キラキラ輝く笑顔を……それが、あたしの。『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の望みだから。
……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」
「ざけんな!!一番大事なこと、他人任せにするんじゃねえよっ!!
お前がいないこの街で、オタク殿たちが心から笑えるなんて、あり得ねえだろ!!」
――それでも、この期に及んで俺はマホたんの覚悟を受け入れられなかった。
まだまだ話したいことは山程ある。ブレイブの話だけじゃない、同じ地球から来た、友人として。
ユメミマホロがどんな風にこの世界に来て、どんな冒険があったか、何一つ聞けてない。
これからも。一緒に旅をして、いろんな人に会って、綺麗な風景をたくさん見る。
そういう未来が、俺達にはあったはずなのに。
>「あたしの最後の動画配信、始めましょうか!
タイトルは……『みんなのことが大好きだから、命を懸けて突破口開いてみた』!!
アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ユメミマホロ……行くわよ!!!」
俺の声は、アジ・ダカーハの咆哮にかき消されて、もう届かなかった。
マホたんはブレスの渦中に吶喊する。真っ白なエフェクトが、大気ごと煉獄の火炎を引き裂いた。
>「おあああああああああああああッ!!! 『大 聖 撃(アーク・スマイト)』!!!!!!」
カウンタースキルは、敵の攻撃が強ければ強いほど高い威力を発揮する。
何もかも焼き尽くす邪竜の吐息は、聖撃を神の鉄槌へと変貌させた。
四肢を砕き、輝く髪を焦がしながら、マホたんは流星の如くアジ・ダカーハへ着弾する。
>「……そ……んな……ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……」
咆哮とブレスに塗りつぶされて、マホたんの声は聞こえない。
見えたのは、唇の動きだけ。それでも彼女の動画をHDDが擦り切れるまで見返した俺には――
最期にマホたんが何を言ったのか、理解できた。
瞬間、全ての音が消失した。
鳴動していた大気が収束するようにマホたんの元へ集まる。
そして、弾けた。自爆スペルが発動し、膨張した魔力の波動があらゆる構造物を蹂躙する。
272
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:08:50
タイマン空間がなければ、余波で俺達も根こそぎ吹っ飛んでいただろう。
何もかもを砕き尽くす破壊の波は隔離フィールド内部を何度も反射しながら威力をぶち撒ける。
爆風が届いてもいないのに、大気の揺れが頬を叩いた気がした。
『河原へ行こうぜ』の効果が終了し、フィールドを構築する膜が砕け散る。
それは、術者であるユメミマホロが死亡したことを意味していた。
>「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」
音を失った世界で、なゆたちゃんの慟哭だけが耳に響いた。
気付けば、俺は膝を折っていた。頭の上にひらひらと何かが舞い落ちてくる。
「マホ……たん……」
両手で受け止めれば、それは薄汚れてしまった白い羽根。
ユメミマホロが背に生やす、一対の翼――その名残だ。
また。まただ。また俺の目の前で、命が消えた。
俺達を守るために、マホたんはその生命を燃やし尽くして……死んだ。
他に方法があったわけでもない。アジ・ダカーハが召喚された時点で、この運命は決まっていた。
ユメミマホロの犠牲なしに、俺達が生き残ることは出来なかった。
だけど。あんまりだろ、この結末は。
これはアルフヘイムとニブルヘイムの戦争だ。
人の死なない戦争なんてない。帝龍はクソ野郎だが、罪があるわけじゃない。
お互いに殺し合って、その決着として片方が死んだ。戦いにはよくある、それだけのこと。
……なんて割り切れるわけねえだろうが!!
恨みを持つのが筋違いだって分かってても、俺は憤らずにはいられない。
簡単には、受け入れられない。
それでも、マホたんの死に絶望する前に、やることがあるだろ。
人の死の意味を見出すのは、残された者たちの役目だ。
マホたんの犠牲に意義があったのか、それとも無駄死にに終わっちまうかは、俺達が決める。
アジ・ダカーハは中枢を覆う装甲の大半を失い、弱点がモロ出しだ。
アコライト守備隊はジョンの陣頭指揮のおかげで、トカゲをほぼ完全に抑え込めてる。
遠からず、決着がつく。
ユメミマホロの最期を『勝利』で飾るために、この足は止めない。
ゲーマーとしての矜持は、何も折れちゃいない。
手のひらで頼りなさげに揺れる羽根を、強く握る。
震える膝を一発殴って、立ち上がった。
振り向けば、ガザーヴァが左腕に形成した刃で自分の首を断とうとしていた。
自刃――?いや、右腕が同時に閃き、装備した護符をぶち当てて止めた。
ガザーヴァが舌打ちする。自刃を止めたのは奴の意志によるものじゃない。
……カザハ君か!
バロールの登場で話が長引いてるうちに、あいつ片腕一本分身体を取り返しやがった!
ガザーヴァによる主導権の塗り替えが完全ではなかったのか。
あるいは、心理的な動揺で生まれたスキをついたのか。
いずれにせよ、カザハ君はまだ『そこ』に居る。戦い続けてる!
273
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:10:01
>「明神さん、捕獲だぁあああああああああああ!!」
そのままガザーヴァの右腕はマジックテープで固定されたスマホをバリバリっと剥がす。
放物線を描いて飛んでくるカザハ君のスマホ。
ロックはかかってない。アプリも起動してる。すぐにでも、捕獲ビームを撃てる。
――捕獲(キャプチャー)。
この世界の全ての生き物の中で、ただひとつブレイブだけに許された特権。
モンスターを縛り、しもべとする、隷属の光だ。
だいぶ変則的な蘇り方はしたが、ガザーヴァはモンスター。
捕獲が効けば、まどろっこしい交渉なんか経なくても、こいつを味方にすることは出来るだろう。
ブレイブにしか出来ない、おそらくこの場で最も冴えたやり方。
実体を持たないガザーヴァなら、普通のモンスターよりも遥かに捕獲成功率は高いはずだ。
……それで良いのか?
捕獲で従わせれば、カザハ君の中に宿る『精神体としてのガザーヴァ』だけを抜き出せる。
カザハ君は自分の身体を取り戻し、バロールも純粋なシルヴェストルに会えてハッピーだろう。
ガザーヴァの精神と魔力をそのままブレイブの戦力に加算して、アジ・ダカーハにも痛打を与えられる。
しかしそれは、この場を切り抜けるのには役立っても、結局は問題の先送りでしかない。
ガザーヴァが抱える根深い絶望は何一つ解決せず、その意志を無視して隷属させるだけだ。
そんな終わり方が、俺の本当に望んだものだったのか。
約束しただろ、マホたんと。
全員を笑顔きらきらにするって。
ガザーヴァひとり曇らせたままハッピーエンドってのは……違うよな。
「ガザーヴァ!!!」
叫ぶ。
その名を呼んだ相手は、捕獲される前に俺を潰さんと、吶喊してきていた。
手に携えるは漆黒の馬上槍――だけど、乗るべき騎馬はなく、孤独な疾走だ。
バロールを運んできたカケル君が足払いをかける。ガザーヴァはたやすくすっ転んだ。
これで終わりじゃない。
こういうコミカルな動きはゲームの中で何度も見てきた。
五体投地と見せかけて、追撃は――下だ!
ズドドド!と地盤の割れる音が響く。
地面から無数の黒い槍衾が形成されて、俺の半歩横を貫いた。
ギリギリで横回避が間に合った。やっぱ油断ならねえな幻魔将軍!
そして攻撃を躱した今この瞬間なら、奴に肉薄できる。
今さらビビんな。近かろうが遠かろうがもう一発攻撃されりゃ俺は挽き肉だ。
だったら少しでも成功率を上げる為に、近づけ!
俺は一歩前に出て、ガザーヴァの鼻先にスマホを突き付けた。
この距離なら外さない。
「もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!」
どうすれば良いのじゃねえんだよ。そんなもんは俺が知りたい。
お前がどうしたいかなんて、お前にしか分かんねえだろ。
親離れしろなんて言える立場じゃねえがな。
「俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ」
274
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/03(月) 02:15:16
俺は一巡目を知らない。前世の因縁も知ったこっちゃない。
俺にとってのガザーヴァは、ゲームで散々おちょくってくれやがった幻魔将軍ただ一人だ。
ブレイブである以前に、俺はブレイブ&モンスターズのプレイヤーなんだから。
「俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す」
これもただの価値観の押し付けなのかも知れない。
俺は俺の知ってるブレモンが歪まされるのが我慢ならないから、ガザーヴァを幻魔将軍にしようとしている。
ガザーヴァが本当にどうしたいのか、知りもしないまま。
でもそれでいい。
言いたいことは全部言った。やりたいことも全部示した。
後はお前が選べ、ガザーヴァ。
「自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる」
言うだけ言って、俺はカザハ君のスマホで捕獲を発動した。
精神だけの存在とは言え、ガザーヴァの力なら抵抗することは容易いだろう。
だからこれは、問いだ。ガザーヴァに対する、ブレイブ流の問いかけ。
ポヨリンさんや真ちゃんのレッドラのように、自由意志を残したままブレイブに協力するモンスターも居る。
つまり捕獲ビームは、ブレイブにとって差し伸べる手の代わりとなるものとも言える。
『仲間になれ』を体現した光の帯がスマホから放たれ、ガザーヴァに命中した。
【ダメ押しの勧誘しつつ捕獲ビームを撃つ】
275
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/04(火) 18:27:44
外の敵は一掃された。
僕達・・・アコライト外郭の兵士達は陣形を組み、いつでもマホロ救出にいける体勢を整え終えている。
「マホロは一体なにを考えているんだ・・・?」
時間稼ぎの為のフィールドならもう維持する必要がないはずだ。
だがフィールドはまだ継続中で、説かれる気配がない。
一定時間経過するか中のマホロが戦闘不能になるまで解除されない?
馬鹿な!そんなのこれから自殺しますといっているような物じゃないか。
しかしジョンの考えは最悪の形で的中することになる。
ユメミマホロが、あろうことかアジダハーカに口付けをしたのである。
肉眼で確認できるほどの光と・・・力が共にアジダハーカに注がれていく。
>「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」
言葉を失った。
あろう事かマホロの・・・戦乙女の接吻を・・・帝龍でもなゆ達でもなく・・・アジダハーカにするなんて。
やはり・・・戻ってきた時点で殺しておくべきだった!
>「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」
しかし帝龍の様子がおかしい。
鼻からは血が垂れ、今にも体が破裂してしまいそうなほど咳き込んでいる。
>「おのれ……! おのれおのれおのれ! マホロォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
冷静で人を見下した態度を貫いていた帝龍が豹変する。
「一体なにが・・・?」
・・・力を制御できなくなっている?
マホロが純潔をアジダハーカに捧げた事でアジダハーカはもはや別のモンスターと呼べるほどの進化・強化を遂げた。
倍増なんて言葉では表せない程の強化を受けたはずだ、となれば。
「操ってるほうの負担も倍増なんて言葉で表せない程強烈・・・!」
進化する前の状態ですら負担がなかったわけではないだろう。
よくよく考えてみればクリスタルが無限な程ある人間が今までアジダハーカをなぜ使わなかったのか?この力で脅せばもっと早く決着が着いてたはずだ。
出し惜しみしてたのではなく長時間運用にリスクがあるから使わなかったのだ。
万が一抵抗されて、それが長引いた時クリスタルにではなく自分にリスクがある。だからせっぱつまるまで使わなかったのだ。
>「愚かかどうかは、あたしが決める。あたしの口付けの価値の使いどころは、あたしだけが決めていい。
そして……今がそのときだって。そう思ったのよ。
さあ、帝龍。あなたが気絶するまで、あと何分かしら?」
一気に有利な状況になった。
帝龍はアジダハーカを引っ込めなければ勝手に自滅する。引っ込めた場合はその瞬間僕達の勝ちが確定する。
276
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/04(火) 18:28:01
>「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」
当然、マホロそのものではなく、能力を欲しがってた帝龍はマホロごと広範囲ブレスで焼くという行動してくる。
しかし・・・タイマンのフィールドがある限り僕達に被害はない。
こうなる事はわかっていたはずだ・・・純潔を失った時点でマホロに価値はなくなり・・・。
帝龍が自暴自棄の攻撃をすることくらい・・・。
誰の目にも明らかだった。マホロが帝龍の攻撃を避けれない事。フィールドを解除できない事。
>「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
だめだ、なゆの優しい世界を維持する為には・・・全員が・・・生きていなければ・・・。
>……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」
「だめだ・・・マホロやめろ!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
優しい世界が・・・音を立てて崩れ去った。
>「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」
なゆの悲鳴が響き渡る。
なゆの目指す優しい世界は
なゆが愛した未来は
なゆの目指した理想は・・・
マホロが死んだこの瞬間・・・全て無に帰った。
代わりになゆが泣いていたからだろうか?僕がマホロの事を嫌いだったからなのか?戦争はそうゆう物だと理解していたからだろうか?
僕の感情に変わりはなかった、むしろ冷静に次の手を考えだしていた。
この状況・・・まずするべき事は・・・。
「マ・・・マホロちゃ」
「黙れ!!!」
動揺したアコライトの兵士を速やかに脱出させる事
「お前らは全員ここから速やかに退却しろ」
放置しておけば自爆特攻をするのは目に見えていた、兵士達の目は希望から絶望に苛まれ、支配されていた。
その感情は直ぐに憎しみに変わり、彼らを帝龍の所へ導くだろう。
でもそれは・・・兵士達全員の全滅を意味する。
「マホロがいなくなったとしても・・・この戦いが終わってもお前らアコライト外郭を守っていかなきゃいけない
マホロの意思を無駄にしないためにも・・・速やかに退却しろ」
「で・・・でも」
「お前らじゃ力不足なんだよ!はっきり言うぞ!いても邪魔なだけだ!!
悔しいと思う心があるならさっさといけ!!!」
「安心しろ、マホロの無念は必ず俺達が晴らす」
277
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/04(火) 18:28:18
アコライトの兵士達が退却を開始する。
これで一つ目の憂いが消えた・・・。
カザハは明神に任せてあるし、次にやるべき事は・・・。
「エンバース」
先ほどから無言を貫いているエンバースに声を掛ける。
「僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む」
我ながら無茶ぶりだと思う。
でも・・・カザハと明神はまだ決着はつかないし、なゆを立ち直らせる事は・・・僕にはできない。
「そしてなゆと・・・いっしょにアジダハーカを倒してくれ」
「雄鶏乃栄光!対象エンバース!プレイ!・・・すまないね、今僕にできるのはこのバフと、少しの時間稼ぎだけだ」
エンバースに最後のバフを掛ける。
「それじゃあ・・・頼んだよ・・・なゆの騎士様」
僕は暴走したアジダハーカとその上にいる帝龍を見つめる。
「これが・・・僕達の力・・・いくぞ部長・・・ライドオオオオオオン!」
「ニャアアアア!」
標準サイズのコーギーの背中に大男が乗るというギャグを通り越して虐待にしか見えない光景。
おふざけにしか見えないだろうが・・・決してふざけてやっているわけではない。
「漆黒衣プレイ!雄鶏疾走・・・プレイ!部長全力でいくぞ!」
ニャー!という泣き声と共に超高速で跳躍する。
漆黒衣は普段の部長の鎧より幾分か防御能力に劣る・・・だがその代わり速度は鎧の時より上昇する
電光石火の如く動き回る部長を攻撃できるものは少ない。
僕を乗せた部長は一瞬でアジダハーカの懐へともぐりこむ。
そして僕がナイフで傷をつけていく、当然こんなものはかすり傷にもなりはしないだろう。
だめだ・・・やはりこれではダメージが低すぎる・・・なら
「部長!飛べ!」
「ニャアアアアアアアア!」
部長と共に帝龍がいる場所まで一直線に飛ぶ。
当然アジダハーカは帝龍を、弱点を守る為に動く。
それでよかった、狙いは帝龍でも弱点でもないのだから。
278
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/04(火) 18:28:34
-------------------------------------------------
それはアルメリア王宮で武器を選んでいるときの事だった。
「んー・・・どれでも弱点を突く事が前提の武器ばっかりだな・・・」
僕は王宮お抱えの鍛冶師と共に武器庫で武器を漁っていた。
「そりゃそうだ!人間がモンスターと戦うなら弱点である属性や部位を狙うのは当然であり必然だからな!」
そりゃそうだ、人間がモンスター相手に勝つなら弱点をひたすら突くしかない。
でもそれができない状況に陥ったら?自分より相手のほうが格上だった場合弱点を素直に突かせてもらえるとは思えない。
そんな状況でも対応できる攻撃力が、今の僕には必要だった。
僕は隅々まで武器庫を見て回った。
「しかしアンタにはモンスターを使役?する能力があるんだろ?なら武器なんかいらねーんじゃねーのか?
他の奴らなんかこんなまじまじと武器庫を見て回るなんてことしなかったぜ?」
「あはは・・・まあ色々事情があってね」
だれが信用できるかわからない以上自分の弱点である部分を話すわけにはいかなかった。
「・・・?」
大剣と呼ぶには・・・あまりにも大きく・・・どちらかといえば盾のようにも鈍器のようにも見える
6mはあろうかというそれは武器庫の隅で静かに佇んでいた。
「これは・・・?」
「あーそれはな、人間用じゃねーんだ」
話を聞けばとあるモンスターに持たせる用に本来は武器毎に決められている理想重量、質量を無視し
威力と切れ味だけを追求した・・・いわば真正面から叩き切る、潰す事をメインにした一品だという。
「大将・・・僕2本目はこれにするよ」
「馬鹿いえ!持つことすらできない武器を選んでどうするんだ?
魔法ボックスに入れればそりゃ持ち運べるだろうが結局武器として使えなきゃ・・・・・・まじかよ」
とても重い、今の僕の力じゃ一回振るのが精一杯だ・・・でもそれでいい・・・その為の武器を探していたのだから。
「それで・・・こいつの名前は・・・?」
「ねえよ、その剣は結局一度も使われる事がなかったからな」
なら・・・
----------------------------------------------------
279
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/04(火) 18:29:23
「破城剣!」
アイテムボックスから破城剣を出しながら部長を足場に使いアジダハーカに向かってジャンプ。
「雄鶏守護壁!プレイ」
部長にバリアを貼り、落下後をケアし、自分はアジダハーカの中央の頭に狙いを定める。
弱点を守る為にアジダハーカもこちらに応じて対応する。
だがこの密着といっていい距離、ご自慢のブレスも、地震攻撃も意味を成さない。
先ほどまでならどこを攻撃してもダメージなど禄に通らなかっただろう。
だが今は弱点が露出し、帝龍はそこだけを命がけで守ろうとする。
「雄鶏乃怒雷プレイ!」
マホロが作った・・・本来あり得ないその一瞬の隙。帝龍ですら気づいていない弱点以外の場所の傷。
弱点に目が行きがちだが・・・マホロが作った綻びは・・・弱点だけではなく全身にある。
「雄鶏乃怒雷プレイ!!」
そして冷静さを欠いている帝龍は弱点を守る事で精一杯。
決定打を与えられる弱点はそこだけしかないと、強力なモンスターなばっかりにそう考えてしまう。
ここだけを守っていれば・・・勝てる・・・と
それ故にそこ以外の守りが薄くなる、弱点以外に気を回す余裕がなくなる。
レイド級だろうと生物である限り頭部は安易に攻撃に晒していい場所ではないと。
弱点ではないにしろ生物としての急所である頭の守りを疎かにするどころかそれを防御に回すという愚を冒す。
帝龍に少しの冷静さが残っていたら撃ち落されるか、首を他の首でカバーされていたかもしれない。
僕がここまでこれたのは・・・マホロが作ってくれた道を辿ったにすぎない。
僕はマホロが嫌いだ・・・やることなすこと後手後手でそのくせわがままで
勝手に一人でチャンスを作るために自分の身を犠牲にするところまでどこまでも気に入らない・・・だけど
だから・・・だからこそ・・・僕の力の全てを使って・・・マホロが切り開いた道を進む!この戦いを勝利で終わらせる為に!
ジョンの体を纏うオーラの輝きが強くなり、まるで燃えているかのように大きくなる。
『うおおおおおおおおお!!!』
3本の首の内、中央の一本の顔面に破城剣が振り下ろされる
本来堅固であるはずのその場所はマホロが与えたられたダメージと
2度に渡るバフ剥がしにより強化効果を失い本来の防御性能をまったく発揮できず。
グチャボキボキバキッ
本来剣では出せないような効果音を出しながら剣はアジダハーカの顔から首にめり込んでいき
『雄鶏乃怒雷!プレイ!』
電撃を切り裂かれた体内に撃たれ
『雷刀!プレイ!』
勢いが止まった瞬間即座に破城剣を手放し、持ち替えた稲妻の剣の一閃により・・・完全に切断された。
『『――――――――――――!!!』』
ジョンは・・・もはや人間の言葉ですらない・・・雄たけびを上げるのだった。
【エンバースにバフを付与】
【3本の内の中央の首を一本切断】
【スキルの反動で理性消失中】
280
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/02/08(土) 06:35:52
【ロスト・グローリー(Ⅲ)】
「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」
『……呆れ果てた男なのです。もういいのです。話はこれで終わりなのです。
就労ビザの申請や諸契約事項については、また次の機会に説明するのです』
「そういう面倒な事は、全部そっちに任せちゃ駄目なのか?」
『駄目なのです。ああ、それと……』
「まだ何かあるのか?」
『その剣は、このままあなたに差し上げるのです。
特別なプレイヤーには、特別なトロフィーが与えられる。
プレイヤー同士の競争もまた、終わりのないコンテンツなのです』
「待った。だったら尚更、この装備は回収されるべきだ。
こんな装備を持っていれば、次のレイド攻略も俺が有利に進められる。
つまり一度成功したプレイヤーが次の成功を掴みやすくなる……それじゃ面白くないだろ」
『ふん、それくらいは我々も想定済み――心配せずとも、問題ないのです。
なにせ、その装備は特定の条件下でしか真の性能を発揮出来ないのです』
「……その条件ってのは?」
『フレーバーテキストを読むのです。“大気に満ちる魔力を刃に”とありますね?
つまり、そのようなフィールド効果が発生している場所でしか使えないのです』
「なるほど、オチが読めたぞ。そんなフィールド効果はゲーム内に実装されていないんだろ」
『ご明察なのです。付け加えるなら、今後実装する予定もないのです』
「……まぁ、ただのトロフィーだ。実用性は必要ない」
『一応、使い道がない訳ではないのですよ?』
「へえ……それは、どんな?」
『――装備してスキルを使うと、馬鹿みたいに派手なエフェクトが出るのです。全五種類なのです』
「……街中で使えば、スペックギリギリの連中をフリーズさせるくらいは出来るかもな」
『そんな事した日には、お前のアカウントを永久にフリーズさせてやるのです』
281
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/02/08(土) 06:38:16
【ジ・オンリー・ウェイ(Ⅰ)】
『……そ……んな……
ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……』
天空に紅い花が咲いて、瞬きの間に散った。
ユメミマホロは死んだ――戦略上、不可欠な死だった。
ガザ―ヴァの籠絡と、それに伴う制御可能な風属性の、大火力の確保。
それを成功させる為の時間稼ぎとして、最も適任だったのが、ユメミマホロだった。
『……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!』
「泣くな、モンデンキント」
その行動の合理性を理解していたが故に、焼死体は冷静だった。
崩れ落ちて慟哭する少女に目線を合わせ、両手で肩を掴む。
「しっかりしろ……いいか。あいつは、自分の為に死んだんだ。
俺達を守る為に、あの兵士達を守る為に、命を懸けてもいい。
そう考える自分の為、自分の望みの為に、ああしたんだ――」
焼死体が言い聞かせる言葉――それは慰めではなかった。
「――俺が今からする事も、そうだ。俺が、こうするしかないと考える俺の為に、そうするんだ」
それは――言い訳だった。
「マホたんは、お前達を守ろうとしたんだ。マホたんの望みは、お前が継ぐんだ」
自分が今から、打ち砕かれた少女の願いを、更に踏みにじる事への。
「俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む」」
焼死体が立ち上がる/一歩前へ踏み出す。
「――残念だ、明神さん。時間切れだ。プランBを実行する」
黒焦げた五体が纏う闇色の炎が、業火の如く燃え盛っていた。
自分自身の未練/執念/愛着に灼かれて、焼死体の全身が灰と化していく。
初手で使用した【蓋のない落とし穴】、そこから昇る熱波が、灰を上空へ巻き上げる。
『僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む』
「……仲間を守るのは、タンクの仕事だ。そんな頼み事はこれっきりにしてくれ」
『そしてなゆと・・・いっしょにアジダハーカを倒してくれ』
「ああ、そうだな。万が一、俺が仕損じたら……後は、お前がやるんだ。モンデンキント」
『それじゃあ・・・頼んだよ・・・なゆの騎士様』
「はは……そのネタ、気に入ってるのか?俺を見ろよ。どう見たって、そんなキャラじゃないだろ」
風が吹き荒れる/地の底から立ち昇る熱風が――『渦を巻いて』いた。
焼死体の右手がスマホに触れる――その全身が更に激しく燃え上がる。
282
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/02/08(土) 06:40:13
【ジ・オンリー・ウェイ(Ⅱ)】
【奪えぬ心(ルーザー・ルーツ) ……対象に特殊バフ『内なる大火』を付与する。
――亡者と、その心。死者の顔色を伺え。物言わぬ躯にも譲れぬものがある。
それが分からない奴が、ここで死ぬのさ 墓荒らしのウィック――】
焼死体の右手に、炎の薔薇が咲く/握り潰す――右腕に、炎が宿る。
【握り締めた薔薇(ルーザー・ローズ) ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する。
――谷底の死体と、握り締めた薔薇。負け犬とて、手放せないものくらい、ある――】
右手が急速に灰化する/それを上昇気流が攫う――旋風が勢いを増す。
灰化する焼死体/強まる旋風――その因果関係は明らかだ。
焼死体は、自らの意思で風を操っている。
「……この世界のモンスターは「自分の体と定義されたモノ」を完全に操る事が出来る。
全てのモンスターがそうかは分からないが、少なくとも四体、実例が確認出来ている」
ポヨリンはG.O.Dと化した肉体で、本来の生体機能にはないスキルを使いこなす。
ヤマシタ/バルゴスも同じだ。無数の革鎧で出来た肉体で、自由自在に剣を操る。
フラウもそうだ。溶け落ち/ゲル化した肉体を、完全に制御する事が出来ている。
ならば――同様の事が焼死体に出来ても、何も不思議な事はない。
己の存在が怨霊に近づき、つまり肉体ではなく思念が自己の主体と化した状態で、
【烈風の加護】を受けた自身の灰が熱風の上昇気流に干渉する事は可能だと、焼死体は考えた。
そして実行した/成功した――限定的な気流操作の能力を、焼死体は会得した。
「お前に理解出来るか? 煌帝龍。俺が何をしているのか」
スマホを操作――液晶から、白いゲル状の塊が飛び出す/二種類のバフを付与。
右腕が完全に灰化/砕け散った――漆黒の霊体が、そこに残る。
次は右脚が砕けた/それでも、焼死体は立っていた。
「DPSの概念は流石に分かるよな?その応用である、時間を火力に変換するという発想はどうだ?
つまり――例えば極めて限定的な気流操作能力を用いて、上昇気流の外側に風の渦を作るんだ。
渦は熱波を巻き込みながら、熱をその内側に閉じ込める。増幅された熱は更に気流を強化する」
漆黒の霊体を、相棒が繭を紡ぐように抱擁する/失われた肉体を、純白の甲冑が補う。
「後はその繰り返しだ。なあ……俺が何を言っているのか、本当に理解出来ないのか?」
白と黒――その比率は瞬く間に、前者へと偏っていく。
焼死体の、本来の肉体はもう、殆ど残っていなかった。
「なら、もっと分かりやすく言ってやるよ」
出し惜しみをしていられる状況ではない。ここで確実に仕留めなくてはならない。
ならば――己の存在全てを火力へ変換する。それが最適解である事は明白だった。
それがガザーヴァの援護なしに、アジ・ダハーカを倒す火力を得る、唯一の方法。
純白の右腕が、漆黒の左腕が、溶け落ちた直剣を高く振りかざす。
周囲の魔力を刃とする――この星の因果の外で、生まれた魔剣を。
「嵐だけが、大樹を倒すのさ」
ゲーマー流の決め台詞――間違いなく刺さったであろうマホたんは、もういない。
「さあ、行くぞ。いつまで寝惚けてる?始原の魔剣よ。俺の呼び声に、応えてくれ……いや、応えろ――」
吹き荒れる灼熱の嵐が、溶け落ちた直剣へと宿る。そして、一振りの刃と化すまで収斂された嵐が――
「――【ダインスレイヴ】」
魔皇竜の肉体――その中心を音もなく、通り過ぎた。
283
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:03:16
「おのれッ……おのれェェェ! ユメミ……マホロォォォォォォォォ!!」
胸元を掴み、額に血管を浮き上がらせながら、顔面蒼白になった帝龍が絶叫する。
帝龍がこのアルフヘイムで最も欲しがっていた、何よりも価値ある商材――ユメミマホロ。
それが、死んだ。
マホロの心を折り、覇者の貫録を見せつけて勝利する――そんな帝龍の方針がこの結果を招いた。
今や帝龍の面子は丸つぶれだ。啖呵を切ったイブリースにも顔向けできまい。
マホロは帝龍の最も重視していたプライドや面子、体裁といったものを根こそぎ道連れにしていった。
アジ・ダハーカの頭上に『STUN!』の文字が浮かんでいる。
マホロの自爆によって弱点の中枢神経を痛打され、行動不能に陥っているのだ。
この強大な超レイド級、六芒星の魔神、邪竜を仕留めるには、今しかない。
だが――
「なんで……、どうして、こんな……」
なゆたはまだ、マホロの死という衝撃的な光景から立ち直れずにいた。
どんな崇高な理由があっても。どんなにその戦術が有効であっても。
命を犠牲にしていいことはないし、その上で勝利を得られたところでそんなもの、誰も幸せになれないと思っている。
それがどれだけか細い糸であっても。ごくごく可能性の低い作戦であろうとも。
全員が助かる道があるなら、迷わずそれを選ぶ。それがなゆただった。
なのに。
「わた、しっ……うぅ……ッぐ、ぅ……ふ、ゥッ……!」
ぼろぼろと涙が頬を伝い、顎先から地面に零れる。
そうだ。
一方で、とっくに理解していたのだ。マホロが最初から命を捨てるつもりだったということは。
分かっていたのに止められなかった。いや、『止めなかった』。
この絶望的な状況を打開するには、マホロの犠牲が必要だったということを理解していたから。
本当は止めるべきだったのに。マホロを縛り上げてでも、単騎特攻を阻止するべきだったのに。
リーダーとしての、戦術家としてのなゆたは、マホロの死を看過したのだ。
マホロの死を悼みながら、心の隅で『これで戦況が有利になった』とも思っている。
それは、なんと自分勝手で。醜くて。おぞましい心の綾なのだろう。
そんな身勝手な思考が自分の中にあるのが堪らなく憎らしく、恥ずかしく、呪わしい。
大切な仲間の死と自分自身の忌まわしさに、なゆたは歯を食い縛って泣いた。
>泣くな、モンデンキント
そんななゆたの肩を、エンバースが掴む。
なゆたは涙にぬれた顔をゆっくり上げ、エンバースを見た。
「……エン……」
>しっかりしろ……いいか。あいつは、自分の為に死んだんだ。
俺達を守る為に、あの兵士達を守る為に、命を懸けてもいい。
そう考える自分の為、自分の望みの為に、ああしたんだ――
「自分の……ために……」
そうだ。マホロは誰に言われたのでもなく、自分の意思で。自分がそうしたいと思うがゆえ、この道を選んだ。
自分の命と引き換えにしてでも、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を守りたい。ファンを守りたい。
それが叶うなら、自分などどうなってもいい――そう願ったから。
エンバースの強い言葉が、なゆたの萎えかかった心を鼓舞する。
ああ、キングヒルでの明神との戦いでもそうだった。挫けかかったなゆたの心を奮い立たせたのは、エンバースの声だった。
それがまた、ここでも繰り返されている。
エンバースの言葉はいつだって勇気をくれる。なゆたはただ、声もなくエンバースを見つめた。
284
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:06:34
>――俺が今からする事も、そうだ。俺が、こうするしかないと考える俺の為に、そうするんだ
>マホたんは、お前達を守ろうとしたんだ。マホたんの望みは、お前が継ぐんだ
>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む
「……エンバース……? 待って、あなた一体なにを――」
エンバースの言っていることが、咄嗟には理解できない。なゆたは涙を拭うことも忘れ、立ち上がったエンバースを見上げた。
>――残念だ、明神さん。時間切れだ。プランBを実行する
エンバースの全身を、闇色の炎が彩る。
それはただ身に纏っているだけの、自身の属性を現すエフェクト――という訳ではない。実際に燃えている。
燃え滓のようなエンバース自身の肉体を、さらに跡形もなく燃やし尽くすかのように。
「エンバース……待って! 待ってよ……!」
彼の発した言葉は、別れの言葉か。
想いを継ぐ。望みを継ぐ。それは、もう自分が望みを遂げられないと。そう思うがゆえの懇願であろう。
だとしたら――
>僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む
エンバースに競るように、ジョンもまた巨大な邪竜と対峙する。
ジョンもマホロやエンバースと同じだ。これからの活路を開くため――自分自身を犠牲にしようとしている。
それが、なゆたには理解できない。
戦いは生き残らなければ意味がない。死んでしまっては元も子もない。
命は、生きていてこそ光り輝くものだ。どんな理由があっても――
死んでしまっては、そこでおしまいなのに。
>これが・・・僕達の力・・・いくぞ部長・・・ライドオオオオオオン!
先に動いたのは、ジョンだった。何を思ったのか部長の上に無理矢理またがると、驚くべき速さで邪竜へ突進してゆく。
だが、行動不能に陥っているとはいえ半端な攻撃ではアジ・ダハーカにダメージを与えることはできない。
もともと、弱点以外はほぼ無敵と言っていい超レイド級だ。
>部長!飛べ!
部長が高く跳躍する。ジョンを乗せているというのに、まったくその行動には遜色がないようだ。
ジョンと部長は帝龍へと迫った。が、三本首の一本がその行く手を阻む。スタン状態で能動的な攻撃はできずとも、防御はできる。
大顎を開き、アジ・ダハーカはその鋭い牙でジョンたちを噛み砕こうとした。
しかし。
>破城剣!
ジョンはインベントリから6メートルはあろうかという武器を取り出した。
それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それは正に鉄塊だった。
破城剣――そんな名前の武具を手に、ジョンは部長を蹴って跳躍しアジ・ダハーカへと吶喊した。
自殺行為だ。空を飛べないジョンは部長の助けなくして空中での軌道を制御できないし、あとは落下していくしかない。
下方ではアジ・ダハーカの中央の首が大口を開けて待ち構えている。
このままでは、ジョンは呆気なく食べられてしまうだろう。
と、思ったが。
>雄鶏乃怒雷プレイ!!
部長の口から雷撃が迸り、アジ・ダハーカに直撃する。――むろんダメージはない。
しかし、その代わりアジ・ダハーカの身を鎧っている永続バフのひとつが無効化される。
>雄鶏乃怒雷プレイ!!
さらに、もう一度。邪竜の強みである堅牢さが、瞬く間に色あせてゆく。
「ぐおおおお! アジ・ダハーカ! 殺せええええええ!!!」
帝龍が叫ぶ。アジ・ダハーカがそれに応え、喉奥で破壊の吐息をチャージし始める。
が、遅い。
>うおおおおおおおおお!!!
ジョンは雄叫びを上げた。とうてい人間の発するもののようには聞こえない、狂戦士の咆哮だった。
破城剣が邪竜の顔面にめり込み、中央から真っ二つに斬り裂いてゆく。
さらに三度目の雄鶏乃怒雷によってバフを根こそぎ剥がされ、駄目押しとばかりに雷の剣によって首の一本が切断される。
「グギョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!」
どどう……と轟音を立て、唐竹割りされ半ばから切断されたアジ・ダハーカの中央の首が地面に落ちる。
かつてない痛みを感じてか、残り二本の首は甲高い悲鳴を上げた。
285
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:09:48
エンバースの身体が、燃えてゆく。
今までも燃えてはいたけれど、それは決して彼自身の肉体を消滅させるものではなかった。なのに――
今は違う。エンバースの身体が、焼却されようとしている。
「エン……バ……」
双眸を見開いたまま、なゆたはただそれを見ていることしかできない。
エンバースの肉体を中心に、烈風が巻き起こる。エンバースの肉体が燃えてゆくほどに、風は強さを増してゆく。
>……この世界のモンスターは「自分の体と定義されたモノ」を完全に操る事が出来る。
全てのモンスターがそうかは分からないが、少なくとも四体、実例が確認出来ている
そうだ。モンスターたちは進化、ないし退化した時点でそのとき所有しているスキルを十全に運用できる。
ポヨリンはG.O.D.スライムになれば口からレーザーを撃てるようになるし、アブホースになれば津波も起こせる。
それは、ノーマルのポヨリンのときには使用できない特性だ。それと同様――
エンバースも形態変化することで、今まで使えなかった攻撃が可能になる。
>お前に理解出来るか? 煌帝龍。俺が何をしているのか
「……な……にィィィ……?」
左手で額を押さえて呻きながら、帝龍は眼下のエンバースをねめつけた。
>DPSの概念は流石に分かるよな?その応用である、時間を火力に変換するという発想はどうだ?
つまり――例えば極めて限定的な気流操作能力を用いて、上昇気流の外側に風の渦を作るんだ。
渦は熱波を巻き込みながら、熱をその内側に閉じ込める。増幅された熱は更に気流を強化する
エンバースが選んだのは、【烈風の加護】を受けた自らの肉体を燃やし尽くすことで熱波の嵐を作るという戦術だった。
肉体という外殻が消滅し、かつて肉体だった灰が嵐と融合すれば、嵐そのものがエンバースの疑似的な肉体となる。
その状態で、臨界点に達した熱量をコントロールしアジ・ダハーカにぶつける。
まさに捨て身、命を賭した大技だ。
>嵐だけが、大樹を倒すのさ
エンバースの身体が灰になる。失われた部位を、フラウの形作った純白の鎧が補う。
全身、墨を落としたように黒かったエンバースの肉体は、ほとんどが純白の鎧と化した。
その手には、半ばから溶け落ちた剣が握られている。
本来ならば用をなさないはずの剣。ただのガラクタに過ぎないはずの武具。
それが――巨竜を穿つ魔剣となる。
>さあ、行くぞ。いつまで寝惚けてる?始原の魔剣よ。俺の呼び声に、応えてくれ……いや、応えろ――
>――【ダインスレイヴ】
エンバースの呼びかけに応えるように、嵐が剣に収束してゆき風の刃を形成する。
臨界点に達した嵐の刀身がアジ・ダハーカの強固な鱗を薄紙のように貫き、熱波が臓腑を灼く。
「ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
魔皇竜は再度悲鳴を上げた。ジョンとエンバースの捨て身の攻撃によって、その肉体はすでに崩壊しかかっている。
だが、まだ倒れてはいない。あと一歩、もう一歩が――足りない。
「……ま……だ……! まだ、だ……!
俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!」
ごふ、と口から血を吐きながら、帝龍が唸る。
アジ・ダハーカの受けた甚大なダメージは、マスターである帝龍にもフィードバックされているはずである。
常人ならばとっくに気絶しているだろう。が、帝龍はまだ倒れない。
世界の帝王として君臨する自身の強烈すぎるプライドが、限界を超えてなお意識をこの地に繋ぎとめている。
「あと……1ターン……!
あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――」
アジ・ダハーカの肉体が蠢動する。エンバースの一撃で受けたダメージが、再生によって徐々に治癒しようとしている。
ジョンが斬り落とした首の切断面がボコボコと盛り上がり始める。首もまた、蘇生を開始しようとしているらしい。
このまま手をこまねいていては、遠からず邪竜は回復してしまうだろう。
そして1ターンが経過し、スタンから復帰すれば、すべてが終わる。
286
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:12:57
「がああああああああ!!させるかァァァァァァァ!!!」
カザハのスマホをキャッチした明神へと、ガザーヴァが手を伸ばす。
しかし、届かない。カケルが足を引っかけると、ガザーヴァはいともたやすくバランスを崩して突っ伏すように転倒した。
そして、その直後に地面から無数の槍が出現する。
槍衾は狙い過たず明神を標的としていたが、明神はぎりぎり半歩でそれを避けた。
ガザーヴァのトリッキーな攻撃を熟知している明神だからこそのファインプレーである。
「く……!」
奇襲が失敗に終わり、ガザーヴァは転んだまま忌々しそうに顔を上げた。
そして、その鼻先。至近距離にスマホが突き付けられる。
チェックメイト。これでガザーヴァに打つ手はなくなった。
この状態ならいつでも問答無用でガザーヴァを捕獲できる。――が、明神はそうしなかった。
>もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!
「……お前……」
>俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ
>俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す
>自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる
「アコライトの先の……景色……」
ただただ、バロールのためだけに生きてきた。
バロールの言うことを聞けば愛してもらえると。必要としてもらえると。自分の方を見てくれると、そう信じて。
けれど、そうではなかった。バロールにとってガザーヴァは駒のひとつでしかなく、代替が可能なもので。
何よりバロールはガザーヴァのことなど見てもいなかった。
でも。
ここに、そうじゃないと。そう言ってくれる人がいた。
このひとは。自分を必要としてくれている。代替が可能なコピーじゃないと言ってくれている。
自分のことを。見てくれている――。
それなら。
このひとなら、ボクのお願い。ボクのたったひとつの望みも、聞いてくれるかもしれない……。
この世界に何も残せないまま、ただのコピーとして消えていくなんて、イヤだ。
ボクは何かを残したい。ボクがボクのオリジナルとして、ボクにしかできないことを、この世界に。
ボクが存在したということを、みんなの記憶に残したい……。
ガザーヴァは強烈にそう念じた。
「……れよ」
ぼそ、とガザーヴァが呟く。
「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」
叫ぶ。明神がカザハのスマホから放った捕獲ビームが、ガザーヴァを幾重にも絡み取る。
カザハの肉体から黒い靄のような塊が飛び出て、捕獲ビームと共にスマホの中へと入ってゆく。
そして――
スマホのリザルト画面には『ガザーヴァ 捕獲完了』という文字が表示されていた。
287
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:16:58
『ボクを召喚しろ! 早く!!』
スマホの中でガザーヴァが叫ぶ。
明神が『召喚(サモン)』をタップすると、先ほどカザハから剥離した黒い靄がすぐにスマホから飛び出てきた。
「パパ! 身体……くれるんだろ!」
「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」
ガザーヴァの呼びかけに、バロールはすぐさまトネリコの杖を振るった。
途端に空間が裂け、中から漆黒の鎧が姿を現す。肉体の露出がまったくない甲冑姿は、見間違えようもなく幻魔将軍のものだ。
黒い靄はその甲冑の中へと入ってゆく。そして靄がすべて鎧の中に納まり、五体の隅々にまで行き渡ったとき。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」
ぎん! とフェイスガードの奥の双眸が紅く見開かれ、甲冑は背を仰け反らせて雄叫びを上げた。
それは紛れもなく産声。幻魔将軍ガザーヴァの復活、その証であった。
「ガーゴイル!」
左手を真上に高々と掲げ、パチン! とフィンガースナップを鳴らす。
途端、その呼びかけに呼応してどこからか甲冑を纏った漆黒のユニサスが飛んでくる。
ガザーヴァと同じく、その乗騎であるガーゴイルもカケルを離れて再度受肉したということらしい。
ひらりとガーゴイルに跨ると、ガザーヴァはすぐさま上空へと飛んだ。
「幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?
くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」
「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」
小さく呟いたガザーヴァが軽く右手をかざす。人差し指に淡い燐光が灯り、アジ・ダハーカを狙う。
そして――
カウントダウンが終わり、アジ・ダハーカのスタンは効果が切れ――――
『なかった』。
「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」
何が起こったのか分からない、という具合に帝龍が狼狽する。
しかし、ブレモンを熟知するプレイヤーには理解できるだろう。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。幻魔将軍ガザーヴァが持つユニークスキルのひとつだ。
その効果は『デバフのリキャスト』。
つまり、ターン数持続効果のあるデバフを『最初からやり直す』という効果を持つスキルである。
デバフ無効や弱体効果回復などといったスペルカードやスキルを持っている者には効果は薄いが、
そういったデバフへの備えがないプレイヤーは、このユニークスキルによって悉く沈められる。
まさに、相手を幻惑しきりきり舞いさせることに特化したガザーヴァならではの、嫌がらせの極地のようなスキルである。
ともあれ、そんなガザーヴァの機転によってアジ・ダハーカはなおもスタンを継続することになった。
「おい、バカ! 手を貸せ! このデカブツ、ふたりでやっつけるぞ!
お前なんかと手を組むとか、マジありえないし! ぶっちゃけお前今すぐ死ねよって思うけどぉー!
でも、約束だからな……ボクの力が必要なんだろ!? 他の誰でもない、このボクの力が!」
ガザーヴァはカザハへ手招きした。
誰かに必要とされること。誰かに求められること。
誰にでもできることではなく、ガザーヴァにしかできないことを成し遂げること――
それこそがガザーヴァの望み。それが為されるのなら、正義にも悪にもなろう。
カザハとカケルが合流すると、ガザーヴァは轡を並べて眼下のアジ・ダハーカを見下ろした。
「見えるだろ? アイツの弱点。あそこを攻撃するぞ、チャンスは一度きり……外せばアイツは回復しちゃうだろう。
出し惜しみするなよ、出がらしになるまで全力出せ! ボクも……イヤだけど付き合ってやる!」
ゴウッ、と音を立て、ガザーヴァとガーゴイルの全身が黒い炎に包まれる。
といってもエンバースのように我が身を焦がすものではない。闇属性の力が全身に漲っていることを示すエフェクトだ。
「バカのお前にも分かるように、作戦自体は単純だ。
全力出してアイツの弱点に突っ込む。ユメミマホロがやったのと同じやり方さ。
ただし、今のアイツは首を一本失ってるし、弱点の中枢神経も剥き出し。
全然余裕で行けるはずだ」
フン、とガザーヴァはフェイスガードで素顔のすっぽり隠れた顔をカザハへ向けた。
288
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:21:13
「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
お前のせいで、ボクはパパに愛してもらえなかった。パパはボクには見向きもしなかった。
パパはお前の中の『何か』が欲しかったんだ。ボクの持ち得ない『何か』が――。
お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」
ガザーヴァはカザハに憎しみをぶつける。怒りを、怨嗟を、妬みを露にする。
そして。
「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」
ぷいっと顔をそむけると、ガザーヴァはそう呟いた。
「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」
ガーゴイルの馬腹を蹴ると、ガザーヴァは一気にアジ・ダハーカへと突っかけた。
途中で右手に巨大な騎兵槍を出現させ、そのまま一直線に邪竜の中枢神経を目指す。
「ぐおお……! さ、せ、る……ものか……!
アジ・ダハーカ! それでもモンスターの頂点! 六芒星の魔神の一角かァァァァ!
力を見せろ……魔皇竜ゥゥゥゥゥゥッ!!!」
「ゴアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」
バヂィンッ! と派手な音が響き、アジ・ダハーカがスタン状態から回復する。驚くべき精神力だ。
すぐに魔皇竜は残った二本の首でカザハとガザーヴァを迎え撃った。
大きく開いた口腔に、膨大な熱が収束してゆく。
「塵と化せ――王に刃向かう愚か者! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
アジ・ダハーカのふたつの口から、カザハとガザーヴァめがけて灼熱の吐息が放たれる。
全身に闇の波動を纏ったガザーヴァは、真っ向からその吐息の中へと突っ込んだ。
「呼吸を合わせろ! 一緒に突っ込むだけじゃダメだ、ボクとお前で螺旋を描くように!
力をひとつに束ねて――二本の首でバラバラに吐くコイツのブレスより、ひとつに繋ぎ合わせたボクたちの力の方が、絶対!
強いに決まってるんだ!!」
そのまま、カザハとガザーヴァは螺旋を描いて炎の海に抗う。
三本首の際のブレスは『大聖撃(アーク・スマイト)』を用いたユメミマホロをも焼き尽くしたが、今度は違う。
ジョンの特攻によって首の一本を失い、エンバースによって臓腑に重篤な損傷を受けた邪竜の吐息は全盛期の面影もない。
白と黒、ふたつの力が融合し、アジ・ダハーカの吐き出す炎を切り裂いてゆく。
「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」
「バ……、バカな……。
バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」
どぎゅっ!!!
「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
灰色に輝く螺旋の光弾がアジ・ダハーカの炎を突き破り、剥き出しのまま脈動する中枢神経を捉える。
無防備な中枢神経を穿ち、カザハとガザーヴァの携えた二振りの槍がその機能を完膚なきまでに破壊する。
中枢神経はまるで間欠泉のように大量の血を噴き出すと、鮮やかな紅色から濁った赤にその色を変えて機能を停止した。
そのまま急角度でV字を描き、ふたりはアジ・ダハーカの中枢から離脱する。
「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」
アジ・ダハーカの全身に亀裂が入る。その内側から光があふれ出す。
亀裂はすぐに崩壊へと変わる。ひとつの崩壊は他の部位の崩壊を呼び、あとは雪崩式だ。
断末魔の低い唸り声を上げながら、『地』の六芒星の魔神、アジ・ダハーカはゆっくりと崩れ落ちていった。
289
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/02/13(木) 19:25:06
「ぅ……ぉ……」
アジ・ダハーカが撃破されたことで精神が限界を迎えたのか、
『浮遊(フライト)』で宙に浮かんでいた帝龍の身体がぐらりと傾いたかと思うと、地面に向かって真っ逆様に落ちてゆく。
「ポヨリン!」
なゆたが鋭く命じる。ゴッドポヨリンが素早く跳ねて帝龍の真下につき、クッションの要領でその身体を受け取める。
なゆたはほっと息をついた。たとえ憎い敵であったとしても、死ぬことはない。
助けられる命ならば助けたい。その想いは、マホロが戦死した今でも変わらない。
戦いは終わった。あとは、帝龍を拘束すればいいだけだ。
帝龍はニヴルヘイム側の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。当然、あちらの情報も多く握っていることだろう。
それを、これから何とかして吐かせる必要がある。虜囚とするのは申し訳ないと思うが、今は戦争中だ。やむを得まい。
そして。
「うおお……やっべえ! まじでやっべえな! アジ・ダハーカをやっちまったぞ、あいつら! まじやべぇ!」
「う〜ん、でぇら魂消たにゃぁ。あの魔皇竜をこわけさすとはにゃ……」
そんな戦場の光景を、数キロ離れた高台から眺めている人影があった。
両者ともフードを目深にかぶっており、その顔は見えない――が、特徴はある。
ひとりは左脇に竪琴を抱えており、声音からして女性のようだ。
もうひとりは男のようだが、背の高さが隣に立つ女の鳩尾あたりまでしかない。
背の低い方が女を見上げる。
「なぁ、あいつらと遊んできてもいいか? いいよな? ちょっとだけ!」
「たぁーけ、そんな時間にゃーでしょお。おみゃーさんは何かっちゃそればっかだで。
兄さんに怒られても知らんよぉ」
「くっそー。つまんねーの」
女に窘められると、男はぶつくさと文句を言いながら腕組みした。
腕が太い。矮躯だというのに、その鍛え上げられた腕の太さはヒュームの戦士のそれを上回る。
ふたりの見ている先で、ゴッとポヨリンが帝龍を地面に下ろし、守備隊がその身柄を拘束している。
「助けなくていーのか、アイツ」
「いいんじゃにゃー。アタシらの役目は戦いの見届け人ってことだけだにゃぁ。
結果については知らんがね」
「ふーん」
「とはいえ、なんもせんで帰ると兄さんがおそがいにゃ。
最低限の仕事はしとかにゃきゃにゃ……」
女はそう言うと、徐に持っていた竪琴の弦にしなやかな指をあてがった。
そして、ぽろろん……と一曲を爪弾く。
と、その瞬間に竪琴から鳴り響いた音色が魔力の矢に変わり、凄まじい速さでなゆたたちのいる戦場へと飛んで行った。
その狙いは、いまだ気を失ったままの帝龍。――だが、その命を奪おうというのではない。
バキィンッ!!
硬質の破砕音。女の放った魔力の矢は、帝龍のスマホを正確に射貫き、破壊していた。
「これでよしっと。さ、帰ろみゃあ」
「うーい。あー、戦いたかったなぁー」
「それはまた今度にしよみゃあ。物事には順序ってものがあるんだにゃ。
アタシらがアイツらを片付けちゃったら――出番を控えてるマル兄さんに怒られるでね」
「おれは別にいーけど」
「アタシがヤだにゃ」
短く返すと、女はその場から瞬く間に消え失せた。少し置いて、男もまた姿を消す。
アコライト外郭での戦いは、こうして決着した。
【幻魔将軍ガザーヴァ復活。魔皇竜アジ・ダハーカ撃破。
煌 帝龍の身柄を確保するも、帝龍のスマホは何者かによって破壊されてしまう。
アコライト外郭の戦いはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の勝利に終わる】
290
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:31:02
カケルの足払いが成功し、ガザーヴァ(つまりボク)は地面に突っ伏す。
安堵したのも束の間、地面から漆黒の槍が出現し明神さんを襲う。
ぎゃああああああ!? そうだった、そういえばこんな奴だった! 昔何度もハメられた気がする!
明神さんは一般人の身でありながらそれを奇跡的に避けていた。
>「もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!」
>「俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ」
>「俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す」
いいから早く洗脳ビームして!? 長々喋ってる場合じゃないよ!? 自分が死にかけてるの分かってる!?
>「自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる」
>「アコライトの先の……景色……」
>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」
明神さんはついに捕獲ビームを放つ。
どこまでも優しくて、同時にとても暴力的な光。ボクはこの光景を見覚えがある。
その昔、ボク自身が捕獲《キャプチャー》されていたからだ。
『君にお願いがあるんだ。この気持ちが嘘にならないうちに――ボクを捕獲して。
そうしなければ、きっとすぐに気が変わってしまうから』
捕獲《キャプチャー》――異邦の魔物使い《ブレイブ》だけが持つ、あらゆるモンスターを隷属させる技。
それは以前のボクの故郷では、思考を書き換え洗脳する強力無比な禁断の呪詛とされていた――
ボクは自ら望み、それを受けた。単なる怖いもの知らずの好奇心だったのかもしれない。
風の精霊の性質を誰よりも色濃く体現していたボクは、禁忌と聞けば犯したくなる性質だったから。
『な〜んだ、やっぱり何も起こらないじゃん! ボクにそんなの効くはず無いんだよね!』
結論から言うと、自分が洗脳されていることにすら気付かない程にがっつり洗脳されていた。
だけど、決して不幸ではなかった。それどころか幸せだった、楽しかった。
宿敵と刺し違えた時ですら、ただ世界の行く末を案じた――
『随分長いロード時間……じゃなくて夢だった気がする……。
そんなところで何をしているの? 早く行こう! 今度こそ世界を救うんだ!』
『どうして!? 君無しじゃ何も出来ない……! 君だって知っているでしょ!?
精霊族は諸刃の刃……正しき心を持つ者が使わなければ……』
『今度はボクが……異邦の魔物使い《ブレイブ》だって……!?』
『これは……魔法の板と予言の書……って、スマホと攻略本じゃん!
あの冴えない人間の人生は夢じゃなかったのか――!』
291
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:32:23
ずっと忘れていたけど、この世界に来るときに異世界転生ものあるあるのチュートリアルみたいなやつがあった気がする。
どうやらボクは地球に生きた事で異邦の魔物使い《ブレイブ》となる資格を得た、らしい。
『嫌だ、今度も君のモンスターとして行きたい! 異邦の魔物使い《ブレイブ》なんて、ボクには無理だ……!』
あの頃は洗脳されていたからこそ、最期まで全き善なる存在として迷わず突き進めた。
今度は自分の意思で歩まなければならない――それを受け入れられなかったボクは、都合良く忘れることにしたのだった。
今まで捕獲《キャプチャー》をしなかったのは、カケルがいるから必要なかったのもあるけれど、
それをすれば自分が疑いようもなく異邦の魔物使い《ブレイブ》だと認めることになるから、無意識に避けていたのかもしれない。
だけど、ついにその強権を行使してしまった。もう後戻りはできない。
徐々に身体の感覚が戻ってくる。捕獲《キャプチャー》が成功したんだ――
そして感覚が戻ってきたのは、身体だけではない。
ずっと長い間誰かに預けていた魂が戻ってきたような、そんな不思議な感覚。
遥か昔にかけられた捕獲《キャプチャー》の呪縛が今の今まで解けていなかったのだと悟った。
隷属の呪詛は、魂を繋ぐ契りでもあり、加護でもあった。
ずっと守られていたからこそ、内に膨大な闇を抱えながらも光の方を向いて歩いてこられた。
ガザーヴァの憎悪に飲まれずに、乗っ取られずにここまでこれた。
だけど、今度はボクが手を差し伸べる番みたいだ。
「今までありがとう――さよなら」
遥か昔にボクを捕まえた誰かに、そっと別れを告げた。
「ねぇガザーヴァ。君にはガーゴイルがいるでしょ? 相方を置いて勝手に死のうとしたら駄目だよ……あ」
ボクも一瞬、思いっきりカケルを置いて死のうとしてなかったっけ。
「また……刺し違えるところだったね」
以前アコライトの先を見れなかったのはボクも一緒だ。
随分遠回りしたけど、アコライトの先の風景を見に行けるんだ。
みんなが、明神さんが、未来を一つ変えてくれたから。
もしもあの時明神さんみたいに対話をしようとしていれば、何かが変わっていたのかな。
いや、一巡目に端からそんな選択肢は存在しなかったのだ。
あの頃のボク達にとってガザーヴァは、倒すべき敵でしかなかったのだから。
ガザーヴァは後戻りするにはあまりにも多くの命を奪っていたし、当時のボクはきっとそれを許せなかった。
でも、今となっては全ては消え去った。
だから―― 一巡目記憶保持者の記憶からすらも消えてしまった名前も知らない誰かに、ボクは一生感謝し続ける。
>『ボクを召喚しろ! 早く!!』
>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」
新しい身体って結局そのデザイン!? 折角2巡目デビューする気になったんだからもうちょっとかわいくしてあげればいいのに!
バタコロールさんのセンスは置いといて、幻魔将軍ガザーヴァはついに復活を遂げた。
どうしたいかなんていきなり聞かれたって困るよね。
だってモンスターって魔物使いゲー的には使役される存在だもの。
だけど困ったことに今回は異邦の魔物使い《ブレイブ》枠みたいだから――君を使わせてもらう。
292
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:34:15
《奇跡的に助かったようですね、あなたの姉さんも……私の姉さんも》
姉さん……? それってもしかしてガザーヴァのこと?
ああ、二体ともバロールさんに作られたからまあそうなるのか。
(えっ、姉さん!? 兄さんじゃなくて!?)
カザハの前世のコピーということらしいからまあそうなるのか!?
《それはこっちの台詞ですよ!》
――確かに! なんでしょうね、デウス・エクスマキナのバグか混線時の手違いか。
シルヴェストルは厳密には無性別らしいしカザハのことだから「なんとなく気分を変えてみた」程度で深い意味はないのかもしれないけど!
《私はもう行きます。手のかかる姉を持つと苦労しますよね、お互い》
それっきりガーゴイルの声は聞こえなくなった。
>「ガーゴイル!」
ガザーヴァの呼びかけに応え、いかにも最初からいましたと言わんばかりに漆黒のユニサスが飛んできた。
さっきまで私に取り付いてたくせに何いきなり格好いい感じの登場してんの!?
《いつまで寝てるんですか!? まだ戦いは終わってないんですからね!》
一方の私はというと未だ這いつくばっているカザハを叩き起こし、背中に乗せた。
全く格好いい感じではない。
「カケル……ごめん」
カザハは一度私の首に抱き着いて、明神さんの方に向き直ると、口を開いた。
「明神さん……もう、あんな無茶して!
上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」
……いやいや、何偉そうにしてんの!? そこはお礼言うところでしょ!
それはそうと若干声震えてません? ……えっ、もしかして半泣き!?
「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
……って話は後だ! スマホを!」
カザハは明神さんからスマホを受け取って腕に付け直すと、アジ・ダカーハの方を見やる。
カザハがガザーヴァと体を奪い合っている間に、色々なことが起こり過ぎた。
マホたんは激闘の末に自爆して果て、ジョン君とエンバースさんは捨て身とも言える攻撃を繰り出し安否不明だ。
(ねえカケル、マホたんは大事なモンスターを犠牲にしてでもみんなを守りたかったんだよね……。
……昔のボク達のブレイブと同じように)
《それってどういう……あっ!》
293
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:35:11
「中の人はいない」の鉄の掟のせいで忘れがちだが、皆の前に姿を見せていたマホたんは、グッドスマイルヴァルキュリアというモンスター。
どこかにブレイブとしてのマホたんがいるはずだが、それらしき人物は影も形も見当たらなかった。
何らかの手段で遠隔操作していたのだろうか。
そうだとしたら、どこから操作していたのか、何故頑ななまでに姿を現さなかったのかは分からないが――
「たとえ姿を現せないとしても、ブレイブのマホたんは見てる……きっとどこかで見てる!
ちゃんと勝って見せなきゃ! モンスターのマホたんの犠牲は無駄じゃなかったって!
――風渡る始原の草原《エアリアルフィールド》!」
フィールドを風属性に書き換えるユニットカード。シルヴェストルの住まう地を再現したものらしい。
剥き出しの大地が、風が吹き抜けるどこまでも広がる草原へと塗り替わる。
つーかこんなの持ってたんなら最初に使おうよ!
(なんとなく怖くて今まで使えなかった……)
《まあ……禁忌を犯し過ぎて間違いなく出禁ですからね……》
>「幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?
くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」
>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」
>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」
「あぁ――っ! 昔散々振り回された記憶が甦る! 駄目駄目、一巡目の呪縛は断ち切るって決めたんだから!
……あれ? マジで幻魔将軍捕まえちゃった!? ど、どどどどどどどうしよう!?」
カザハはひとしきり悶えた後、“うっかり幻魔将軍を捕獲《キャプチャー》してしまったド素人”に意識を切り替えた模様。
>「おい、バカ! 手を貸せ! このデカブツ、ふたりでやっつけるぞ!
お前なんかと手を組むとか、マジありえないし! ぶっちゃけお前今すぐ死ねよって思うけどぉー!
でも、約束だからな……ボクの力が必要なんだろ!? 他の誰でもない、このボクの力が!」
「だって君って敵だったら最悪だけど味方になったら最強でしょ!
超強いしかっこいいし嫌がらせスキルが揃ってるところとかもう最高!
ヤバイ、そのファッションどうかと思ってたけど改めて見るとイケてるかも……!」
>「見えるだろ? アイツの弱点。あそこを攻撃するぞ、チャンスは一度きり……外せばアイツは回復しちゃうだろう。
出し惜しみするなよ、出がらしになるまで全力出せ! ボクも……イヤだけど付き合ってやる!」
>「バカのお前にも分かるように、作戦自体は単純だ。
全力出してアイツの弱点に突っ込む。ユメミマホロがやったのと同じやり方さ。
ただし、今のアイツは首を一本失ってるし、弱点の中枢神経も剥き出し。
全然余裕で行けるはずだ」
294
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:36:44
「なるほど、それなら全然余裕……ってえぇえええええええええええええええ!?」
我に返ったカザハの絶叫が響く。というか当然これ、私も道連れですよね……。
なんか毎度超レイド級に突撃させられてる気がする!
>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
お前のせいで、ボクはパパに愛してもらえなかった。パパはボクには見向きもしなかった。
パパはお前の中の『何か』が欲しかったんだ。ボクの持ち得ない『何か』が――。
お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」
「……」
カザハは悲しげな困ったような顔をして口を噤……
「もう! 人が一巡目を断ち切って前に進もうとしてるのにそんなこと言う!?
せっかくみんなが未来を変えてくれたのに無駄にしないで!」
まなかった。割とガチギレしている。何かいつもと違うような違わないような……。
「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」
>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」
「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」
カザハはマジなトーンで言い放った。あれは私もやられたことがあるけど地味にエグい。
なんてったってカザハは周囲の視線を物ともせず鳥取を原宿系ファッションで闊歩する猛者だからな!
ちなみに鳥取県民の制服はユ○クロかG○です。(大袈裟)
(良かった……生まれてきたこと、後悔してないんだ。それならいつかきっと……)
《しっかり聞こえてたんですね……》
(シルヴェストルの地獄耳なめんな!
ゴスロリとか着せたらきっとカワイイ……。あ、でも馬に乗るし王子系ファッションかな?
もちろん絶対領域は必須で!)
《今のところ中身のグラフィック実装する気配が無いんですけどそれは……》
>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!」
「奇遇だな……ボクも吐きそうだ!」
《恐怖のあまり!? それ多分意味が違います! つーか吐くなよ!?》
今までミドガルズオルムに割と平気で突っ込んでいったり、死を覚悟した時ですら躊躇う様子を見せなかったカザハが、怯えている。
(何これ滅茶苦茶怖いんですけど! みんなよく素面で戦ってるよマジで!
やっぱ一生洗脳されときゃよかったかもしれない!)
ああ、大昔の捕獲《キャプチャー》の影響がやっと切れたのか。
二回世界跨いでもまだ効いてたなんていくらなんでも効き過ぎでしょ!
295
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:37:49
《大丈夫ですよ。私達、強敵と戦う時はいつも二体で召喚されてましたよね。
あなたが私の背に乗れば、向かう所敵無しだった。……アイツらを除いてね》
(ふふっ、そうだね。最大の宿敵が味方に付いてるんだから恐いものなんてないよね。
不思議だな……前の周回のことは引きずらないって決めた途端に昔の事を思い出す)
「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」
明神さんの方を一瞬振り向いてしれっと無茶なことを言ってから突撃する。
相手は数百メートル級のドラゴンなんですが……。
>「――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」
「そっちこそ! ――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」
カザハが右手に握った精霊樹の木槍を一閃すると、暴風のランスと化していた。
ところで何故かブレモンはカードを音声認識で発動できる機能を搭載している。
開発が何を血迷ったのかは知らないが、結果的に私達にとっては大変役立っているというわけだ。
中枢神経が目前まで迫ってきた。このままいけるかと思われたが、そうは問屋が卸さない。
>「ぐおお……! さ、せ、る……ものか……!
アジ・ダハーカ! それでもモンスターの頂点! 六芒星の魔神の一角かァァァァ!
力を見せろ……魔皇竜ゥゥゥゥゥゥッ!!!」
>「ゴアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」
ファイト一発気合でスタン状態から回復しやがった……! そんなのアリ!?
>「塵と化せ――王に刃向かう愚か者! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」
二本の首から灼熱のブレスが放たれる。
「鶏示輝路《コトカリス・ゴールデンロード》使用! 対象2倍で烈風の加護《エアリアルエンチャント》!」
攻撃用にはすでにかかっているが、これは防御用だ。
ジョン君にかけられていた雄鶏示輝路《コトカリス・ゴールデンロード》の効果をここで発動し、
私とカザハは同時に風のバリアーを纏った。
ということは―――これ正面突破するんですよね!? うん、なんとなくそんな気はしてた!
>「呼吸を合わせろ! 一緒に突っ込むだけじゃダメだ、ボクとお前で螺旋を描くように!
力をひとつに束ねて――二本の首でバラバラに吐くコイツのブレスより、ひとつに繋ぎ合わせたボクたちの力の方が、絶対!
強いに決まってるんだ!!」
「当然! 光と闇が合わさると最強ってなあ!
この突撃方法、名付けて”ダークミストラル”ってどう!? カッコよくない!?」
……私達、一応属性風なんですけど! まあいいや、私が色的に白いからギリセーフ!
って“ミストラル”って風って自分で言ってるじゃないですか! せめて統一しようよ!
とにもかくにも私達は螺旋を描き、炎を切り裂きながら、中枢神経に迫る。
296
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/02/18(火) 01:39:00
「「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」」
二人の声が見事に声が重なる。
もともと似姿として作られた存在だからか、捕獲《キャプチャー》の影響か、
ずっと一緒の体に入っていたからか、あるいはその全部か――
カザハとガザーヴァは息がぴったりというレベルを遥かに超えて、魂がシンクロしていた。
>「バ……、バカな……。
バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」
「うりゃあああああああああ! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」
カザハは残った最後の攻撃スペルを乗せて、疾風纏うランスの一撃を叩きこむ。
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
中枢神経に致命打を与えた私達は、一瞬で飛び上がって離脱。
ヒット&アウェイは私の得意とするところだ。
>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」
「やった……!」
アジ・ダハーカが崩壊していく。
地面に墜落していった帝龍をゴッドポヨリンさんが受け止めるのが見えた。
私が地面に降り立つと、カザハはスマホから癒しの旋風《ヒールウィンド》のカードを取り出して、明神さんに手渡した。
味方全員をまとめて回復するスペルだ。
もはやスペルカード一枚発動する精神力すら残っていないということらしい。
レイド級を使役しながら自らも突撃するという無茶をしたのだ。無理もない。
「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
ボクはちょっと……疲れた……」
カザハはそう呟くと、気を失うように私にくたりと身体を預けた。
297
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:47:41
>「……れよ」
突き付けたスマホの捕獲ボタンを押す、その刹那。
ガザーヴァは俯きながら呟いた。
溢れるような言葉はやがて、気炎めいた叫びへと変わる。
>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」
「任せとけ、責任取んのは得意なんだ。……俺は、大人だからよ」
絶望のままに朽ちゆこうとしていたガザーヴァを、俺はもう一度この世界に引きずり出した。
こいつの気持ちなんかぴくちり考慮することなく。有り体に言えば、大人の事情で。
だったら、大人らしく……責任くらい、取らねえとな。
捕獲ビームがカザハ君の肉体に絡みつき、そこから黒いモヤだけを抽出する。
バルログの時のような抵抗を感じることはなく、すんなりとガザーヴァはスマホに収まった。
>『ボクを召喚しろ! 早く!!』
『捕獲完了』が表示されたスマホから、ガザーヴァの声が響く。
促されるままに俺は召喚画面に切り替え、ボタンをタップした。
これ他人のスマホだし他人のアカウントだけどよ。せっかくだから叫ばせてもらうぜ。
「サモン――ガザーヴァ!」
応じるように捕獲されたてのモヤがスマホから噴出。
形なんてなくて、なんとなくの輪郭でしか判別出来ないが、俺には分かる。
紛れもなくこいつはガザーヴァだ。
そして、形は――器は。これから獲得する。
>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」
ボケっとことの成り行きを見守っていたバロールが心底愉快そうに答える。
空間に亀裂が入り、ペっと吐き出されたのは――傷一つない黒甲冑。
まるでそこに在るのが当然だとでも言うみたいに、ガザーヴァのモヤが吸い込まれていく。
来た。来た来た来た来た来た――!!
>「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」
漆黒の面頬に、赤き意志の光がふたつ。
魂を宿した鋼の躯体は、凱歌を叫ぶかのように咆哮する。
忘れもしない。何度も何度も画面越しに戦いを繰り広げてきた、不倶戴天のライバル。
絶望と、執着と、呪いと――奇跡が捻じ曲げてしまった、ひとつの魂のあるべき姿。
幻魔将軍ガザーヴァは、今ここに、失った全てを取り戻した。
「へへ……」
腹の底がビリビリ震えるのが分かった。背筋を熱いものが駆け抜けていく。
俺はずっと、この姿が見たかったんだ。
「これ以上、言葉なんか要らねえな。行って来いガザーヴァ!お前はもう、自由だ」
298
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:48:13
>「ガーゴイル!」
同じように肉体を取り戻したダークユニサスが駆けつけ、ガザーヴァを背に乗せる。
完全復活だ。魔馬一体、在りし日の姿そのままに、幻魔将軍は空を翔ける。
>「明神さん……もう、あんな無茶して!
上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」
気付けば意識を取り戻したらしきカザハ君が隣に居た。
カケル君も一緒だ。つまりはこっちも……完全復活だ。
「うっせ。一人で自爆かましに行ったお前が言うんじゃねーよ!
分の悪い賭けに出たのは、俺もお前も互い様だぜ」
>「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
……って話は後だ! スマホを!」
「……悪かったよ。アコライト来てから色々ありすぎた。俺も情緒がだいぶバグってんだ。
ほらよ、お前も行ってこい。妹ちゃんにばっか良いカッコさせんなよ」
スマホを手渡すと、カザハ君はカケル君と共に離陸する。
ガザーヴァの後を追って、飛び立った。
>「幻魔将軍だと……!?」
二人と二匹の吶喊する先を目で追えば、帝龍が息も絶え絶えになりながら驚愕していた。
アジ・ダカーハはその巨体をズタズタに引き裂かれ、首に至っては一本失っている。
何が起きたのか――誰がこれをやったのか、見ていなくたって俺にはわかった。
ジョン。エンバース。マホたんが命がけで開いた活路を、お前らが繋いだんだな。
>「バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?」
だが、次いで帝龍が口にした言葉に引っかかるものがあった。
――継承者?十二階梯か?なんでそいつらの名前が今出てくる。
継承者はアルフヘイム側の戦力のはずだ。帝龍にとっては明確に敵。
だけどあいつの口ぶりはまるで、継承者から助言を受けていたかのような――
>「くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」
脇道に逸れた思考は、帝龍の叫びに寸断された。
ジョンが首一本をぶった切り、エンバースが臓腑を蹂躙したアジ・ダカーハも、
その驚異的な再生能力によって回復しつつある。
交渉に時間をかけすぎた。スタンから復帰すれば、あの超威力のブレスがもう一度来る!
だけど、絶望的な状況とは裏腹に、俺は全然焦ってなんかいなかった。
何故なら。今の俺達には、ガザーヴァが居る。
>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」
>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」
「忘れてんじゃねえだろうな帝龍!お前もこいつにゃ苦労したはずだろうが!」
――ガザーヴァの持つクソカスイライラうんちっち寿命マッハスキルがひとつ。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。
デバフのカウントをリセットするこのスキルは、事実上デバフの効果時間を二倍に延長する。
299
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:49:14
これがまぁデバフ主体のガザーヴァの戦闘スタイルとアホほど相性がよくて、
対策せずに挑めばストレスでスマホへし折る羽目になること請け合いのクソゲーメーカーだ。
スタンだの麻痺だのを延長された日には、何も出来ないままタコ殴りにされる。
ああああ思い出しムカつきで血尿が出るぅぅぅぅぅ!!!
だけどやっぱ、これが幻魔将軍ガザーヴァだ!
この開発の悪意を煮詰めたような反吐の出るスキル構成!
こっちの行動ガチガチに縛りつつ煽り交えて全体攻撃かましてくる超絶的な鬱陶しさ!
公式フォーラムですら擁護意見が一切出なかったクソオブクソの面目躍如だ!
たまんねえな!今すげえブレモンやってるって感じするわ!
やっぱブレモンってクソゲーなのでは!?
とか言ってるうちに不毛の荒野だった戦場が緑の絨毯みたいな草原に変わる。
カザハ君のフィールドカードだ。空中で2つの影が合流する。
>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
対峙するカザハ君とガザーヴァ。
二人がこうして向かい合うのは、多分この世界ではこれが初めてだ。
きっと思うところは山程あって、ガザーヴァは忌々しげにカザハ君を見遣る。
>「お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」
>「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」
二人のやり取りは、絶対今そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。
それでも、ここで交わさなければならない言葉だ。
こいつらが、お互いに一物抱えながらでも、手を取り合って前に進んでいくために。
>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」
>「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」
「俺も混ぜろよガザーヴァ。俺達とお前の因縁は、再会したらそれで終わりの軽いもんじゃねえだろ。
今度こそ、全力で闘ろう。バロールなんか放っといて、ブレイブと幻魔将軍の戦いをやり直そうぜ」
バロールに切り捨てられて、尻切れトンボに終わっちまったゲームの中の死闘。
そいつを最後までやりきって、初めてブレモンを取り戻したって言える。
>「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」
「要らねえ備えだな。お前とガザーヴァが組んだなら――そいつは無敵だ。そうだろ?」
>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」
そして、白と黒の光は流星と化した。
げに恐るべきは帝龍のド根性、アジ・ダカーハのスタン復帰が間に合った。
猛る咆哮、放たれるブレス。二色の流星と、煉獄の火炎が激突する!
300
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:49:44
>「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」
ブレスの勢いが目に見えて衰えているのは、アジ公のダメージが回復しきってないからだろう。
ジョンとエンバース、そしてマホたんが与えた痛打は、超レイドの巨躯すら機能不全に陥らせた。
ツイストする流星はブレスを容易く切り裂き、中枢神経へと直撃する。
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
――貫いた。ぶつかり合って、色が弾けた。
白と黒の稲光はアジ・ダカーハの巨体を縦横無尽に這い回り、切り裂き、破壊する。
傷口から光が溢れ出て、まるでトランプタワーが瓦解するように、巨竜が崩壊していく。
ブレイブ&モンスターズにおいて、プレイヤーが持ちうる最強最大の戦力。
レイド級が百体束になってもおよそ比肩し得ない、究極の存在。
――超レイド級、アジ・ダカーハ。
タイラントのような不完全な状態でも、ミドガルズオルムのような供給途絶でもなく。
完全体の超レイド級が、崩れ落ちていく。
俺達が、打倒した。
支えを失った帝龍が墜落していく。
ポヨリンさんがその落下地点で待ち構えて、身柄を確保した。
これで終わりだ。煌帝龍の制圧、アコライト防衛戦の勝利条件は、満たされた。
>「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
ボクはちょっと……疲れた……」
隣にふわりと降りてきたカケル君の背で、呻くようにカザハ君が呟く。
差し出されたカードは『癒しの旋風』、全体回復のスペルだ。
「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」
カケル君と連れ立ってなゆたちゃん達のもとへ合流する。
「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」
エンバースは元の姿をほとんど残していなかった。
白の甲冑姿。何度かスマホから顔出してた、こいつのパートナーを彷彿とさせる姿。
元の焼け焦げた死体は、大部分が鎧に置換されている。
イメチェンにしたって面影ぴくちり残ってねえのはどうかと思いますよ俺は。
もう別キャラじゃんこれ。むしろ俺よくこいつが焼死体だってわかったな。
ひび割れたスマホくらいしか共通点がない。
「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」
カザハ君から受け取った回復スペルを行使しつつ、ジョンに呼びかける。
アジ・ダカーハの首が一本吹っ飛んでたのは、多分こいつの仕業だ。
手元にある巨大な剣。バルゴスの大剣より遥かに大きなそれは、どう考えても人間の振るう武器じゃない。
301
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:52:00
……どういうフィジカルしてたらあんな鉄塊でドラゴンの首落とせるんだよ。
モンスターよりよっぽど化け物じゃねえか。
モンスターが半数占めるこのパーティで言うのもなんだけどよ。
「そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……」
自分自身に言い聞かせるように、俺はもう一度呟いた。
声が震えて、口の中はカラカラで、うまく喋れなかった。
アジ・ダカーハは討滅しおおせたが、こちらの損害も軽微とは言えなかった。
ジョンは相変わらずズタズタのボロボロだし、カザハ君はヘトヘトで人事不省。
エンバースに至っては何が何やら意味不明な状態と来た。
なにより。
朝、アコライト外郭を発った時には確かに傍にあったものがひとつ、欠落していた。
――ユメミマホロ。その笑顔を見ることは、もう二度とない。
臨戦状態の興奮で無理やり押し込めていた現実が、絶望が、後を追うように襲ってきた。
マホたんの判断は正しかった。彼女が身を投じたおかげで、俺達もオタク殿たちも生き残ることができた。
ユメミマホロは、自分が守りたかったものを、確かに護り切ったのだ。
握りっぱなしだった手を開く。
マホたんの羽、その感触を確かめるように、もう一度握り直した。
目を瞑れば、今だって彼女の最期を鮮明に思い出せる。
「クソっ……たれ……」
もっと、気の利いた言葉があったと思う。
マホたんの死を悼んで、それでも前へ進むために、皆を鼓舞するようなセリフは山程思い付いた。
それでも口から出たのは、知性の欠片も感じられない感傷。
それ以上、何も言う気にはなれなかった。
「……帰ろうぜ、アコライトに。マホたんが命がけで守った全部を、確かめに行こう」
どの道ずっとこの場でお通夜はしてられない。
帝龍がミハエルみたくニブルヘイムに回収される前に、城壁内で拘束し直さなきゃならない。
尋問も反省会も、それからだ。
「なんなら帝龍のスマホのロック割って、アジ・ダカーハをこっちの戦力にできるかも知れねえ。
バロール、帰りの足は――」
その時、不意に背筋を悪寒が走った。
第六感的なものではなくて、何かが高速で飛来する風切り音が聞こえたからだ。
302
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/02/25(火) 23:56:22
とっさに身構えた俺の隣を、何かが擦過していった。
辛うじて目で追えたのは、燐光を帯びた矢のようなもの。
それは帝龍のスマホを刺し貫き、地面へと縫い止める。
「なっ……!?」
スマホを貫通した矢は、やがて光の粒に分解されて消えた。
あとに残ったのは、大穴空いて機能を停止したスマホ。
「スマホを破壊しやがった――?」
ブレイブのスマホは、地球のそれよりも遥かに頑丈に出来ている。
落とそうが投げてぶつけようがそうそう壊れはしないし、水没しても影響はない。
エンバースのスマホは画面こそバキバキだが、機能自体はちゃんと動いてる。
そのスマホを、こうも容易く貫通した、出どころ不明の矢。
どうなってやがる。魔力が切れたら防護機能も働かないってことか?
いや、それよりも。そんなことよりも!
撃ち込まれた矢は、物理的なものじゃない。
魔力を矢状に固めて撃ち放つ、攻撃魔法の類だ。
そして俺は知っている。
音律を矢として放つ、音速の魔法武器を。
この見通しの良い戦場で、見えないような距離からスマホを射抜く、超絶技巧の射手の存在を。
「こいつは、狼咆琴(ブラックロア)……!
そうか、カテ公が死んでねえなら、あいつも生きてておかしくねえよな……!」
――十二階梯の継承者、第十階梯"詩学の"マリスエリス。
音律を矢に変える『狼咆琴』で千里先の敵も撃ち抜く、吟遊のスナイパー。
ゲーム本編ではバロールによるキングヒル強襲の際に、エカテリーナと共に死んだNPCだ。
カテ公が生きてリバティウムを彷徨いてたように、マリスエリスもまた、この時間軸では生きている。
だけど何だって、顔も見せようとしない?筆頭のバロールがすぐ傍に居るってのに。
マリスエリスの加勢があったら、この戦いだってもっと楽にことを運べただろうに。
>『バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』
忘れ去ってた帝龍の言葉が、今更脳裏に蘇る。
あの時の帝龍の言い草は、まるで継承者が味方についているかのようだった。
スマホを狙撃したのも、『鹵獲の防止』――つまりは俺達に対する妨害工作ととることもできる。
「どういうことだ、バロール」
『導きの指鎖』で第二撃を警戒しつつ、俺は筆頭弟子に問い質した。
「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」
【アコライトへの帰還を提案。エリにゃんの狙撃についてバロールに詰問】
303
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:46:31
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」
>「やった……!」
「お帰り・・・カザハ」
アジダハーカは光となり霧散する。
それは、カザハが、みんなが勝ったなによりの証明であった。
「はあああ〜〜〜〜」
その場に倒れこむ。
スキルでブーストしたといっても一人の人間である僕がレイド級であるアジダハーカの首を一本切り落としたのだ。
無傷というわけにはいかなかった、全身に激痛が走る。
(だがこれで済むなら代償としては安い物だな・・・)
「やっぱり我ら!後方で待機などできませぬ!マホロちゃんが戦ったのに我らだけ逃げるなんて・・・」
「あはは・・・もう終わったよ・・・帝龍は倒したんだ」
決死の覚悟で戻ってきた兵士達に帝龍を倒した事を告げる
「そう・・・でござるか・・・」
上半身を起こし、周りを見渡す。
そこにいる全員・・・勝利の歓喜に沸くでもなく・・・静かに戦闘処理をしていた
>「クソっ……たれ……」
マホロは死んだ・・・未来を守るために、みんなを守るために。
この場にいる全員が覚悟していた。だれかを失う事を・・・自分が死ぬ事を。
だからこそ泣き言を言わずに帰還の準備をしている・・・泣きたい衝動を抑えながら。
自分以上にマホロがそれを望まないと分かっているから。
「余計な事しかしないな・・・ユメミマホロ・・・」
わかっているとも。マホロがいなかったらこの戦いがどうなっていたかわからなかった。
だからこそマホロは自分の役割を全うしただけなのだから。
みんな悲しんでいる・・・言葉に出さないだけで表情みれば一目瞭然だ。
だけど僕は・・・ついこの間まで喋っていた相手が死んだというのになにも感情が沸いて来ない。
僕は・・・
304
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:46:47
「――っ!?」
帰還の準備を手伝おうと踏み出した瞬間・・・気配を感じた。
気配を隠そうとせずこちらを見ている者がいる・・・?一人・・・?
だが残念だったな・・・僕はモンスターより対人間のほうが圧倒的に得意なんだ。
お前らの失敗はブレイブは対モンスター特化集団だと思っている事だ・・・!
なにかしてくる前に制圧してやる・・・そう思って一歩を踏み出した瞬間。
「あ・・・あ・・・?」
地面に顔から思いっきり倒れる、足に力が入らない。
手を使い体だけでも起こそうと試みる。
だめだ・・・意識が朦朧してきやがった・・・。
一体どうなってるんだ・・・?
その時大きい気配の横からまた別の気配を感じ取る。
もう一人だと・・・くそ・・・最初からいたのか・・・それとも・・・。
だめだ思考が纏らない・・・。
ヒュン!と風切り音が聞こえた次の瞬間なにかが壊れるような音がする。
>「スマホを破壊しやがった――?」
すまほ・・・?すまほ・・・がこわれた・・・
はやく追撃に備えて準備しなくては。
「血が・・・」
僕の手が血で塗れていた。手じゃない、顔から鼻から口から血が大量に流れていた。
その時理解した・・・これが・・・力の代償だと。
視界が紅く歪む。不思議と痛いという感覚はなかった。
みんなに別れも伝えてないのに・・・このまま死ぬのか・・・?
305
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:47:04
あら・・・あなたにしては随分と諦めが早いんじゃない?もっと苦しんでくれないと困るんだけど
紅く歪んだ世界に現れたのは一人の少女。
全身傷だらけで手は人間ではありえない方向に曲がり、足に至っては骨が外に出ている。
そして首に刃物で切られたような跡。
どうやって立っているのかさえわからない少女がこちらを見下していた。
私の事忘れた?
忘れるわけないだろう・・・。
「なぜだ・・・!なぜだ!君がいる!なんでここにいる!?」
今自分に起こっている状況が理解できず叫ぶ。
「おかしいだろ!君はなぜここにいる!?」
得体の知れない2人に狙われている状況など頭のどこかへ置き去りにし、目の前にいる少女に向かって叫ぶ。
私は・・・そうね・・・本来私は姿を表せないわ・・・だって
「くるな!こないでくれ!くるな!」
少女が近づいてくる。
僕はひたすら逃げる。
這いずりながら・・・痛みなんてそんな事気にしていられない。
彼女から逃げなくては・・・!
「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」
どの方向に逃げても少女は必ず僕の前に佇んでいた。
無表情で、僕を見ているのに見ていない・・・そんな雰囲気を纏ながら
彼女の首は通常ならば喋れないほどに切られている。
それなのに僕に話しかけてきている。
全身から血を流しながら・・・僕を見下しながら・・・。
十年以上も前の事だから・・・私の事・・・忘れた?
僕がしっている彼女はこんなに理性的に喋るタイプではなかった。
それどころか僕の記憶より成長しているようにもみえる。
嘘だ・・・こんな事ありえない・・・
「忘れるわけないだろう!・・・だって君は・・・」
「だって君は僕が したんだから」
殺
だって私は君に されたのだから
306
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:47:24
>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」
>「くるな!こないでくれ!くるな!」
「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」
ジョンの叫び声が木霊する。
「うーん・・・やっぱり、か」
バロールは這いずりながら叫ぶジョンに近づいていく。
>「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」
ジョンはひたすら虚空に向けて叫び続ける。
見えないなにかから逃げているように見える。
「ジョン君。僕の声が聞こえるかい?もしもーし?・・・うん!聞こえてないね!これは結構重症だなぁ」
出血自体はコトカリスの能力で治り始めてるいるが一向にジョンの怯え、叫びは止まらない。
「といっても私がジョン君にして上げれることは現状なさそうだし・・・」
バロールはそうだ!と手を叩き
他のブレイブ達に説明をし始めた。
「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」
「簡単に説明するならデメリットがある身体強化スキル・・・という所かな」
ジョンに残った力で回復と睡眠を促す魔法を掛けながらバロールは言葉を続ける。
「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」
赤いオーラを纏ってるのを見てもしかしたらとは思ってはいたんだけど。とバロールは言う
「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」
ジョン君ほど鍛えてなかったらあれほどの力を行使したのに
血を吐くだけで済むなんてありえないけどね。と付け加える
「なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ
「それと習得条件の難しさ、厳しさも君達が知らない理由の一つだろうね・・・
このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」
「人を・・・殺した事があるかどうか」
「だから相手が切り札として出してくるならともかくこっちからでると思わなかったよ」
「習得条件の一つが人殺しだという事はわかっているんだが・・・条件を限りなく似せても習得できない場合もあるし
そもそもその条件全部を把握できていない・・・なんせ自動習得するタイプはそれだけでレア中のレアスキルだからね
分かっている事はこのスキルを習得して使った者は碌な死に方をしないって事だけさ」
とある兵士は精神的な苦に負け自害した。
別の人間は肉体のダメージが致命的で、まるで破裂するように体がはじけ飛び命を失った。
さらに違う人間は何かに取り付かれたように戦場で死体の山を築き、その上で自分もまた、死体の一人になった。
「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」
307
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/02/28(金) 17:47:41
「残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
・・・もう既に手遅れかもしれないけれど」
「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」
「さて・・・そろそろ放置しておくと暴れだす可能性があるね、兵士達!ジョン君を拘束して!」
ある程度回復したとはいえアジダハーカと戦闘して、疲労していてジョンはあっけなく拘束された。
それでも正常な状態ならば拘束できなかったかもしれない。
だが今のジョンは一種の錯乱状態にある、急激に落ち着いたり激昂を繰り返していた。
「仕方なかったんだ・・・仕方なかったんだよ・・・」
「拘束完了しました!」
ジョンは兵士達の手によって鎖でガチガチに固められていた。
「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」
肉体的なダメージならともかく精神的なダメージは防ぎようがない。
「あれが最善だった・・・僕は・・・」
「ニャー・・・」
ぐったりとした後にジョンは動かなくなる。
「回復と一緒に睡眠も掛けたけどやっと寝たか・・・とりあえず一安心かな?」
ジョンにしか見えない幻覚の少女は無表情のまま・・・ジョンを見下ろすのだった。
【ジョン君スキルのデメリットでご乱心】
【ジョン君気絶(睡眠)中】
308
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/05(木) 06:39:51
【ジャンクション・ポイント(Ⅰ)】
『ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』
「……耐えたか」
『……ま……だ……! まだ、だ……!
俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!』
「なら、通帳の預金残高で勝敗が決まるゲームを作るべきだったな」
『あと……1ターン……!』
「そうだ。それがお前に残された時間だ」
『あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――』
「俺達がBOTにでも見えてるのか?悪いが、ここは中国じゃない」
燃え尽きる寸前の焼死体の肉体/纏う未練の炎が一際激しく燃え上がる。
遺灰が舞う/風が渦巻く/熱が籠もる――火災旋風が、再び産声を上げる。
「あと1ターンもあれば、そいつにトドメを刺すには十分――」
振り翳される魔剣――だが不意に、焼死体の動きが止まった。
より正確には――焼死体の動作を補助する、フラウの動きが。
「……何のつもりだ、フラウ」
返答はない――白の甲冑はただ魔剣を下ろし、その場に跪く。
「何をしている、フラウ!追撃しろ!今を逃せば、もう勝機は――!」
〈――いいえ、それは出来ません。あなたが死んでしまいます〉
「死んでしまう?馬鹿言え、俺はもう死んでるじゃないか。
なあ、つまらない冗談を言っている場合じゃないだろ」
返答はない――焼死体が呻き/藻掻く/だが何も出来ない。
残された肉体は左腕と、半分に欠けた頭部のみ。
スマホを操作する事も出来ない。
〈絶対に、嫌です。あなたを死なせはしない〉
硬く、鋭い、刃のような返答――純白の右手が、漆黒の左腕を抱く。
〈私を、二度も主を死なせた騎士にしてくれるな〉
「……代わりに俺が、二度も仲間を死なせた男になるのか?」
〈――いいえ。あなたは、矛盾している。彼らを仲間と認めているのに、自分に仲間がいる事を忘れている〉
『サモン――ガザーヴァ!』
〈プランAは成立しました。もう、あなたが命を懸ける必要はない〉
309
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/05(木) 06:43:28
【ジャンクション・ポイント(Ⅱ)】
『幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』
「はは……やってくれたな、明神さん」
焼死体は宙を舞う一対の風精を見上げる/全身を包む未練の炎が、激しく燃え上がる。
配られたカードで構築可能だった二つの勝ち筋、その一つが成立した。
よってアジ・ダハーカが仲間を傷つける事も最早、不可能。
『くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――』
「いいや、お前の負けだ。お前はもうチェスや将棋でいう『詰み(チェックメイト)』に嵌まったのさ」
仲間を守る/超レイド級の撃破――その両方が達成された。
『この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!』
「俺の……俺達の勝ちだ」
だが未練と執着の炎は――なおも禍々しく、蠢いていた。
310
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/05(木) 06:44:12
【ジャンクション・ポイント(Ⅲ)】
『焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ』
「プランBを実行するに当たって、必要な犠牲を払った。それだけだ」
『ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!』
『そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……』
「……ああ、そうだ。俺は……俺達は、誰にも真似出来ない偉業を成し遂げたんだ」
肉体を再生した焼死体が体を起こす/変身を解いてゲル状化したフラウを見下ろした。
「なんだ、その……悪かったな」
〈気にする事はありません。愚かな主を戒めるのも、臣たる者の務めです〉
焼死体が立ち上がる/相棒へと左手を差し伸べた。
割れた液晶に、フラウが吸い込まれるように消える。
「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」
そして皆に背を向けて、歩き出した。
荒れ果てた戦陣を、努めて平然と、歩いていく。
焼死体を包む黒炎は――未だに勢いを弱める様子がなかった。
傍に転がっていた蜥蜴の死体に背中を預けて、その場に腰を下ろす。
「……サモンしたら、お前は皆を呼びに行くだろ。だからこのまま聞いてくれ。
悪いな、フラウ。どっちにしたって……俺はもう、ここで終わりだったんだ」
右手で衣嚢からライフポーションを取り出す/胸部へ突き刺す。
エアロゾル化した回復薬が全身を巡る――だが、足りない。
更に突き刺す/更に/更に――それでも火勢は衰えない。
「俺は……既に死んだ人間だ。魂だけの存在だ。記憶を正しく保存するメモリがないんだ」
未練と執着が、焼死体を焼き尽くす/その形質を、不可逆的に変質させる。
「だから……俺はもうすぐ、ただ俺の未練を晴らす為だけに存在する、何かになる。
そいつは、恐らくだが……表面的には、俺と殆ど変わらない筈だ。
皆を守る為に……俺は、俺のふりをするだろうからな」
衣嚢から右手を抜く――ポーションはもう、使い果たした。
「だから……悪い。そいつに付き合ってやってくれないか。俺の仲間を、守って欲しいんだ」
炎が肉体を完全に焼却すれば、[焼死体/■■■■]は己の存在のよすがを失う。
そして――[焼死体/■■■■]に酷似した何かが発生する。
ただそれだけだ。大きな変化は、何もない。
311
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:49:02
「……なんてこと」
なゆたは呆然と呟いた。
しかし、それはブレイブ&モンスターズ最強のモンスターの一角、魔皇竜アジ・ダハーカを撃破したことに対して――ではない。
確かにそれは奇跡のような大逆転劇。大金星の上の大金星。想像を絶する大番狂わせだった。
だが――それを成し遂げるため、なゆたたちはあまりにも大きな代償を支払いすぎた。
その結果――
>くるな!こないでくれ!くるな!
ジョンは突然地面に倒れ伏すと、何かに怯えるように大きな身体を悶えさせた。
目に見えない何かから必死で逃げようと足掻く、その哀れな姿からは魔皇竜の首を生身で叩き斬った勇士の面影はかけらもない。
あの、血のような毒々しい赤色の靄を伴ったバフ。
これは彼の使った正体不明のスキルの副作用なのだろうか?
>今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?
「……ブラッド……ラスト……?」
十二階梯の継承者は味方ではないのか、と詰め寄る明神をのらりくらりとやり過ごしたバロールが言う。
ブラッドラスト。聞いたこともないスキル名だ。
Wikiを編纂しているなゆたは、ブレモンに登場するスキルのすべてを知っている。
むろんその内容を網羅しているわけではないが、少なくとも名前を聞けば存在を思い出す程度の知識はあるのだ。
だが、そんななゆたの広範なブレモン知識を持ってしても、そんなスキルは見たことも聞いたこともなかった。
>なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ
バロールが説明を続ける。
彼の言い分は分かる。この世界はゲームのブレモンに酷似しているが、正確には違う世界だ。
何者かがこの世界を模倣してゲームを開発し、それをなゆたたち地球の人間にプレイさせた。
とすれば、まだゲーム実装されていないスキルがこの世界に存在したとしても、なにも不思議ではない。
さらにバロールはブラッドラストの発動条件のひとつに殺人の経験があること、まだまだ謎の多いスキルであること。
習得者は例外なく凄惨な死を迎えること、などをつらつらと語った。
「そんな……! ブラッドラストを解除する方法はないの!? バロール!」
>残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
・・・もう既に手遅れかもしれないけれど
アルフヘイム最高の魔術師、かつての魔王は残念そうにかぶりを振った。
だが、それは分かっていたことだ。ゲームの中でも一度習得したスキルを覚えなかったことにすることはできない。
プレイヤーにはただ、その使用不使用を決定する選択権が与えられるだけだ。
>君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・
「ジョン……」
ジョンは確かに、かつて人を殺めたことがあるのだろう。
しかし――だからといって、なゆたはジョンを殺人犯だとか。罪人だとか。そう忌避はしなかった。
もし快楽のために殺したというのなら、ここまで幻影に怯え苦悶することもないだろう。
何か、のっぴきならない事情があったのだ。そして、ジョンはそれをずっと心の傷にしてきた。
心の奥底でひっそりと眠っていた、古い傷痕。
それが、このアルフヘイムで開いてしまった。目の前の敵を倒すために、ジョンは自らそのかさぶたを剥ぎ取ったのだ。
そして今、傷口から流れ出る真新しい血に苦しんでいる。
>もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね
兵士にジョンを拘束させると、バロールはひとつ息をついた。
だが、説得などという生易しい行為で果たしてジョンが言うことを聞くだろうか?
なゆたが城郭で、殺すという言葉は金輪際使うなと。あれほど強く念押ししたにも拘らず――
彼は。それをあっさりと破ってしまったのだから。
312
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:49:32
代償を支払ったのは、ジョンだけではない。
エンバースもだ。エンバースは我が身を燃やし、その力をもってして魔剣を生み出し魔皇竜の臓腑を貫いた。
ほとんど真っ白になっていたエンバースだが、なゆたがジョンを見ている間にその姿は元の黒装束に戻っている。
思わず、なゆたはほっと安堵の息をついた。
>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む
切り札を使用する際のエンバースの言葉が、どうしようもなく別れを想起させるものだったからだ。
だが、彼は依然としてそこにいる。なゆたの傍に立っている。
確かにエンバースの切り札は、失敗すればその消滅を意味するものだったのかもしれない。
けれど――そうはならなかった。彼は賭けに勝ち、そしてその喪われた命をも繋げることができた。
彼の死体ならではの捨て身の戦いぶりは心臓に悪い。
「エ……」
右手を伸ばし、なゆたはエンバースの名前を呼ぼうとした。
>……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ
しかし、その手が、声が、エンバースに届くことはなかった。
エンバースは踵を返すと、ひとりで周辺の残敵の確認に歩いていった。
その背を追えばよかったのかもしれない。
エンバース、と。
待って、と。わたしも一緒に行くよ、と――
そう言えたのならよかったのかもしれない。
だが、言えなかった。
エンバースの背中が、何者をも拒絶するように見えたからだ。
「………ッ………」
おず、となゆたは伸ばしかけた手を引くと、軽く胸元に添えた。
「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
ぱん! と手を叩き、バロールが〆に入る。
なゆたはその音に反応してびくり、と一瞬身体を震わせ、エンバースから視線を外した。
「そうだね、夜になる前に戻らなきゃ……」
帝龍を撃破した今、もうこの場所に用はない。件の帝龍は拘束され、気絶したジョンの隣に転がされている。
日が暮れれば気温は下がるし、何よりスマホを狙撃した正体不明の存在も気になる。
一刻も早くアコライト外郭まで撤退するのが賢い行動というものだろう。
とはいえ、ここ帝龍の本陣に来るために使った魔法機関車は今やボロボロになって横たわっている。どう見ても使用不可能だ。
300人の守備隊を引き連れて徒歩でアコライト外郭まで戻るとなれば、丸一日はかかる。
激戦を潜り抜けた兵士たちにそれは酷であろう。何よりなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の体力が持たない。
しかし、バロールには策があるらしい。
「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」
トネリコの杖を大きく振るうと、バロールの目の前の空間に巨大な黒い穴が出現する。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』。ミハエル・シュヴァルツァーや兇魔将軍イブリースがたびたび利用した転移の門だ。
ゲームの中では敵キャラが撤退する際に使う都合のいいギミックで、プレイヤーは使用できなかった。
だが、バロールはさすが元魔王なだけあって使用できるらしい。
「この門をくぐれば、一瞬でアコライト外郭へ帰れる。
うん? 魔法機関車なんて使わないで、最初からこれを使っておけばよかっただろう……って?
この魔法は転移魔法の常で、一度行ったことのある場所にしか行けないからね! 仕方ないね、はっはっはっ!
さあ、帰ってごはんにしよう! わたしもヘトヘトに疲れてしまった、いやー働いた! 働いた!」
そう言うと、バロールはさっさと『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐって姿を消してしまった。
それから、守備隊の兵士たちも続々と門をくぐりアコライト外郭へと帰ってゆく。
「………………」
全員が門の向こうへと姿を消すと、最後までその場に残ったなゆたは軽く戦場跡地を見渡した。
そして最後に、マホロが活路を開くために自爆した場所へと視線を向ける。
ひょう……と広大な平地を冷たくなり始めた風が通り抜け、なゆたのサイドテールにした髪を撫でてゆく。
風は、まだかすかに焦げ臭いにおいがした。
「……さよなら……マホたん」
我が身を捨てて皆の命を護った、先輩『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
その挺身に感謝を、そして別れを告げると、なゆたは『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』へ足を踏み出した。
313
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:49:51
……いいにおいがする。
それは夕餉のにおい。ホッとする料理のにおい。
誰かが自分たちの帰りを待っていて、疲れた身体と心を癒すためのもてなしを用意してくれている――ということの証。
アコライト外郭には、守備隊以外にも人がいる。守備隊の家族や、守備隊相手に商売をしている人々だ。
そういった人たちが戦場へ向かった者たちを労うため、料理を作って待っていてくれたのかと思う。
果たして、それはその通りだった。城郭の中、兵士たちのレクリエーションルームや作戦本部を兼ねた食堂。
そのテーブルに所狭しと料理が並べられ、帰った兵士や『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを出迎えてくれた。
そして――
「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
そこには甲冑を纏い、さらにその上からエプロンをつけたユメミマホロがいた。
「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」
なゆたは驚愕した。
右の人差し指で彼女を指さし、大きな眼をさらにこれ以上なく大きく見開いて、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
彼女のファンであるアコライト外郭守備隊も、一様に言葉もなく絶句している。
そう。
確かになゆたや明神たちの目の前で、マホロは仲間たちを守るために自爆した。
それは間違いない。嘘や冗談であったなど、ありえないのだ。
だというのに、マホロはここに確かに存在している。ゴーストでもアンデッドでもない。
「……な、なんで……?
あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
「マホた―――――――んっ!! 信じてたぜ―――――――――っ!!」
「マホたぁぁぁん! ホァッ! ホァァァァァ!!」
「俺たちのマホたんはフォーエバーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
唯一無二のアイドルの電撃的な復活劇に、それまでマホロの死に打ちひしがれていた守備隊たちは一気に復活した。
中には感涙にむせび泣き、感極まって横倒しに卒倒する者までいる。
お通夜ムードから一転、いつものコンサートのような活気に食堂が湧く。
だが。
兵士たちと違い、スマホを持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはすぐに気付くだろう。
今、自分たちの目の前にいるユメミマホロは『本物ではない』。
といって、まったくの偽者というわけでもない。言うなれば、半分だけ本物……とでも言えばいいだろうか。
なぜなら――
スマホに表示されたユメミマホロのステータスは、かつてのマホロと比べると見る影もなく弱体している。
レベルも昨日までは極限まで上げられていたものが、今はたったの5。ほとんど手つかずといった状態だ。
むろん、『聖撃(ホーリー・スマイト)』などのスキルも弱く、未収得のものが大半である。つまり――
このユメミマホロは新たに用意された『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』ということだ。
マホロは確かに死んだ。自爆して消滅した。
だが、それはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のパートナーモンスターが死亡した、ということである。
マホロの主人である『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこの事態を想定し、
マホロが自爆した直後に新たな『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をパートナーとした。
そうすれば、表面上マホロがすり替わったことに気付く者はいない。
……スマートフォンを持ち、マホロの主人と同様のプレイヤーとしての知識を持つ者以外は。
「マホ――」
「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」
なゆたがそれを指摘しかけると、咄嗟にマホロはなゆたの首に右腕を回して顔と顔とを寄せ、ぼそりと呟いた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がマホロの真実に勘付くのは容易である。
が、それは絶対に秘されていなければならない。少なくとも、彼女のファンである守備隊の皆には。
314
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:04
「……マホたん……」
以前のパートナーが死んだから、すぐに次に乗り換えた。そう取る者もいるかもしれない。
変わり身が早いと、死んだモンスターへの哀悼の気持ちはないのかと非難する者も――しかし、そうではない。
ブレモンのプレイヤーならば、すぐに分かるはずである。
金を、時間を、そして何より愛情をかけ、手塩にかけて育ててきたパートナーモンスターが喪われる、その悲しみが。
ペットロスという言葉がある通り、ペットの犬や猫はもちろん、亀や熱帯魚が死んでも深く傷つく人は多い。
まして、マホロは地球でVtuberとして活動してきたころから苦楽を共にしてきたマスターとモンスターだ。
ふたりは家族よりも親密に、二人三脚どころか一心同体でユメミマホロという存在として活動してきたのである。
その片方が死んだ。それは残されたもう片方にとっては、肉体を真っ二つに引き裂かれるほどの苦しみであろう。
ならば。その死を悲しむこと。悼むこと。
それだけが、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとっては何よりの癒しになったはずだ。
けれど――
皆に悼んでもらうことよりも、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はまだファンのために偶像を続けることを選んだ。
何よりもかけがえなく愛した、慈しんだパートナーの死を。悲しみを。嘆きを。
たった独りで抱え込むことを選んで。
ファンに希望を、光を、笑顔を与えることこそが、アイドルの役目。
マホロは今なお、それを続けようとしている。
それが『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』。
この異世界に召喚された自分のできる、たったひとつの冴えたやり方だということを理解している。
「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
かんぱ――――――いっ!!」
「お――――――――――――――――っ!!!」
マホロが音頭を取り、エールをなみなみと注いだジョッキを掲げる。
守備隊の面々がそれに倣い、乾杯を始める。
かくして――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と守備隊が手当や入浴を終えた後、食堂でささやかな戦勝会が催された。
城郭に残っていた女衆が食糧庫の備蓄を惜しみなく開放して料理を運んでくる。
これからは、王都からの物資も定期的に送られてくるようになるだろう。もうトカゲを狩って食べる必要もない。
そもそもトカゲはもう出現しないのだが。
「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」
バロールがちゃっかり同席して、エールを鯨飲している。紅茶好きで下戸かと思ったら酒もいけるらしい。
しかも胸焼けするほど甘いバターケーキをつまみにして飲んでいる。
昼間に明神が言った質問に関しては、バロールはのらりくらりと話をはぐらかして明言を避けた。
挙句、まずは勝利をお祝いしよう! 無粋なことは後回しさ! と言ってエールを呷り始める始末である。
こうなってしまっては、無理強いもできないだろう。
「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
「え、えっ!? わたし!?」
マホロが急遽用意されたステージに上がり、それまでちびちびとワイン代わりに葡萄のジュースを飲んでいたなゆたを指名する。
突然ふたりで歌おうと誘われ、なゆたは仰天した。
断る暇さえない。もごもご言っているうちになゆたは兵士たちに手を引かれ、ステージまで押し上げられてしまった。
「いよっ、待ってました!」
ジョッキを片手にバロールが無責任な歓声をあげる。完全に出来上がっていた。
そうこうしているうちにイントロが流れ始める。もちろん曲は『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。
身体を軽く揺らしてリズムを取っているマホロの隣でマイクを持ち、しばらく所在なさげに突っ立っていたなゆただったが、
「ええ〜いっ! もう、破れかぶれよっ!」
と気合を入れると、マホロに合わせて振付を始めた。
実は地球ではしっかりマホロの配信を観ていたなゆたであった。
315
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:19
そんな、大盛り上がりの祝勝会の中。
明神の左隣には見慣れない少女が座り、ひとつのジョッキを両手で持って静かにエールを飲んでいた。
年齢はなゆたと同じくらいだろうか。腰まである白銀色の長い髪の毛先近くを緩い三つ編みにした、淡い褐色の膚の少女だ。
深い紅色をしたアーモンド形の双眸の、文句なしの美少女である。
臍出しのショート丈半袖トップスにベストを羽織り、ローライズのホットパンツにニーソックスとショートブーツを履いている。
徹底的に軽装なスタイルは斥候(スカウト)や盗賊(シーフ)のようにも見える。
少女はほんの少しだけ横に尖った耳をときどき動かし、ステージの方を眺めてなゆたとマホロの歌声を聴いているようだった。
そして、時折明神の顔を横目でちらりと見ては、すぐに視線をステージの方へ戻す――ということを、ずっと繰り返している。
もちろん、明神にはそんな少女の見覚えなどないだろう。
当然『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではないし、アコライト外郭守備隊は男ばかりだ。
守備隊の関係者という可能性もなくはないが、なぜわざわざ明神の隣に座っているのかという問題がある。
そう。
もう言うまでもなく、この少女は――
「……ボクだよ。ガザーヴァ」
ガザーヴァは視線を逸らすと、ぼそ、と呟くように言った。
ゲームでは幻魔将軍ガザーヴァといえばダークユニサスに跨った黒甲冑の黒騎士、というグラフィックしかなかった。
だから、ガザーヴァの装備する鎧の中身は誰も知らなかったのだ。
「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか。
パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」
ガザーヴァはベロベロバー、とばかりにバロールに向けて舌を出した。
「なんだよ。悪いかよ。
……似合ってないかよ」
明神の方を向き、軽く下唇を噛んで上目に睨みつける。
ガザーヴァは戦いが終わってすぐにカザハに詰め寄り、自分を『解放(リリース)』させた。
恨み骨髄の相手のパートナーモンスターになるくらいなら死んだ方がマシ、と今でも思っているし、
そもそも一度きりの助力という約束だった。
第一、ガザーヴァはれっきとしたレイド級モンスターである。
もし契約を続けるなら、ただ召喚しているだけでカザハは莫大なコストのクリスタルを支払わなければならない。
といって、普段はスマホの中に待機していて必要なときに召喚――など、ガザーヴァのプライドが許さない。
ガザーヴァに今後も協力してもらうとしたら、契約を解除しフリーにさせるのが最善なのである。
そういう流れで契約が解消され、野良モンスター扱いになっても、ガザーヴァはアコライト外郭を去るようなことはしなかった。
そして、今に至る。
「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
ガタッ! と立ち上がると、ガザーヴァは明神を指さして強弁した。
が、すぐに手を下ろすと微かに頬を赤らめ、
「……セキニン。とってくれるんだろ」
そう、ごくごく小さな声で言った。
バロールの言うとおり、三魔将の一角である幻魔将軍ガザーヴァがアルフヘイム側に付けば、大きな戦力アップになる。
ガザーヴァは外道と卑劣の二文字が人の形を取ったようなキャラクターだが、反面でバロールの忠臣という側面も持つ。
明神がかつてのバロールのようにガザーヴァの心の拠り所となるのなら、決して裏切ることはないだろう。
しかし――大幅な戦力の増強が図れた一方で、新たな懸念材料はまだ厳然とそこに残り続けていた。
……ブラッドラスト。
316
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:36
あの呪いとも言えるスキルがジョンの中にある限り、また同じ状況が繰り返されてしまうかもしれない。
いや、幻覚に悩まされ昏倒するだけならまだましというものだろう。
ブラッドラストを習得した者は、例外なく凄惨な最期を迎える――。
その言葉がずっと気になっている。そして、このままではきっとジョンも早晩その犠牲者の列に名を連ねることになるだろう。
このまま放ってはおけない。早急にブラッドラストに対する措置を講じなければならない。
できればジョンが生涯そのスキルを使わずに済むような、そんな措置を。
「ブラッドラスト……血の終焉……。
……呪い……か……」
マホロとのデュエットを終えてステージから戻ったなゆたは、腕組みして考える。
呪いを解くには、聖属性の『解呪』の魔法が一番手っ取り早い。
他にも『浄化』『祝福』など、聖属性には呪詛に対する抵抗手段が他属性とは比べ物にならないほど多い。
バロールは方法はないと言っていたが、それはあくまで彼の知識の中では、ということだろう。
だとしたら。
彼の手の届かないジャンル、思慮の及ばない場所に、解決のヒントが隠されているかもしれない。
祝勝会の喧騒が遠く感じられるほどの、深い深い思考。熟慮。
その末に――
「……エーデルグーテ」
なゆたは小さく、ひとつの名前を口にした。
聖都エーデルグーテ。
アルメリア王国の国教でありアルフヘイムの世界宗教である、プネウマ聖教の聖地。
教会はこの世界は太祖神の吐息(プネウマ)によって形作られている――という教義のもと、父なる太祖神に祈りを捧げている。
ブレモンのプレイヤーたちも、ストーリー上重要な役割を果たすかの聖都を訪れたことは必ずあるだろう。
そして、聖都はその名の通り聖属性の総本山でもある。
当然のように、呪詛に対する手段もアルフヘイム随一の数を誇っているだろう。
バロールは魔王であり、その属性は闇。ニヴルヘイムの知識には聡くても、アルフヘイムの聖域の知識に関してはどうか?
もしかしたら、バロールも知らない解呪の最新術式が生まれているかもしれない。
「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」
立ち上がり、仲間たちを見回すと、なゆたはそう提案した。
そして、そんななゆたの背を今まで沈黙していた者が後押しする。
《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
さて、頃合いやねぇ。せっかくの祝勝会の中、水を差すようで悪いんやけど……。
そろそろお仕事の話をしてもかまへんやろか〜?
いや、別にみんなはお祝いしてるのにうちだけキングヒルで書類に囲まれとるとか。
いけずやわぁとか、そんなことは全然考えてへんえ?》
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のスマホから音声が聞こえる。みのりの声だ。
「おおっと! 五穀豊穣君のことをすっかり忘れていた!
じゃあ、そろそろ――次のクエストの話をするとしようか。
君たちの新たに向かう場所の話を……ね」
バロールもジョッキを置き、一度咳払いをする。
そんな空気に身を引き締めるように、なゆたもまた居住まいを正した。
《うちも、次はみんなにエーデルグーテまで行ってもらおかと思とってなぁ。
エーデルグーテについては、うちが説明せんでもみんな分かっとるやろ?
ゲームでも一度は行ったことがあると思うんやけど……。万象樹ユグドラエアの麓に位置する、プネウマ聖教の聖地やね》
「みのりさん……。どういうこと?
どっちにしても、わたしたちはエーデルグーテまで行かなくちゃいけないって?」
《せやね。アルフヘイムで戦うなら、聖都のバックアップは不可欠や。
アルメリア王国の影響力は国外では著しく減退してまうけど、プネウマ聖教会の権威は国外でも絶大やからね。
これからはアルメリアの外にも行ってもらわなあかん場合も出てくるし、協力者は多い方がええもんねぇ。
ただ――》
そこまで言って、みのりは言葉を切った。
エーデルグーテまで行く、ということ自体は問題ない。しかし――
317
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:50:49
エーデルグーテは『遠い』。
聖都エーデルグーテのある万象樹ユグドラエアは、根源海という海洋の真ん中にそびえ立っている。
そこに陸地があるわけではなく、海の中から樹が生えているのである。
ユグドラエアの幾重にも絡み合った巨大な根が陸地の代わりとなり、そこにエーデルグーテが存在している。
当然、徒歩では行けない。根源海を渡るには、紺碧湾都アズレシアで船を借りるしかない。
そして、アルメリアからアズレシアへと到達するためには、国境にある橋梁都市アイアントラスを抜ける以外ないのである。
さらに、キングヒルからアイアントラスに行くにはその前に穀倉都市デリントブルグを経由せねばならず、
その穀倉都市の面積がやたらと広い。
通常、アルメリア王国から聖都エーデルグーテに行く巡礼者は、行きと帰りで最低二年は旅程を見積もるのが常識である。
尤もそれは交通機関を使わず行く場合であって、魔法機関車などを使う場合はその限りではない。
「でも、頼みの綱の魔法機関車は壊れちゃったからね……。
わたしはキングヒルに戻るから、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』は使えない。
申し訳ないが、君たちには徒歩で行ってもらうしかないかなぁ」
「ちょっ、ちょっと待って!
巡礼では、片道だけでも一年はかかるんでしょ!? そんな時間――」
「なに、案ずるには及ばないさ。
わたしがキングヒルへ戻るのは、魔法機関車の修理という意味もある。
軌条は敷かれているんだ、魔法機関車が修復されたらすぐに君たちの後を追わせよう。
まぁ半月ってところかな? 君たちの足なら、アイアントラスくらいには到着しているだろう。
よし! じゃあ、半月後にアイアントラスで魔法機関車と合流! ということで!」
アイアントラスから先はアルメリア王国領ではなく、隣国のフェルゼン公国だが、鉄道は敷かれている。
魔法機関車とアイアントラスで合流すれば、アズレシアまではすぐだろう。
アズレシアで船をチャーターし、アズル湾から根源海へ出航して、万象樹ユグドラエアの麓にある聖都エーデルグーテを目指す。
それが、次のクエストとなった。
《きっと、ニヴルヘイム――あちらさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も現れるはずや。
平坦な道のりではないと思う……けど、うちもバロールはんもサポートするさかい、安心しとくれやす〜。
ジョンはんのこともあるし、明日すぐ出立とは言わへんよ。まずはそっちで体力回復してから、かなぁ》
「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。
デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
みんなもそれでいい?」
なゆたはパーティー全員の顔を見て、意見を募る。
「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
「ヤダ」
「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」
折れた。
ともかくジョンを中心に、徹底的にジョンを矢面に立たせないパーティー編成を取る。
ブラッドラスト発動の引き金になるようなこと一切からジョンを遠ざけようという意図である。
何なら馬車を調達し、ジョンをその中に入れてもいいだろう。
318
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/03/10(火) 19:51:05
「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
旅装を整えたなゆたは、城郭の門まで見送りに来たマホロや守備隊に礼を述べた。
結局、アコライト城郭にはキングヒルからの物資到着を待つなどして一週間ほど逗留した。
馬車にデリントブルグまでの食料などを積み込み、準備も万端だ。
なお、バロールは捕縛した帝龍を伴い『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』でキングヒルに帰った。
「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」
マホロが頷く。
城郭に逗留している間、なゆたはもう一度マホロにパーティーに加わって欲しいと告げた。
だが、マホロは首を縦に振らなかった。
今のマホロはかつての極限まで鍛え上げられていたマホロではない。
例えパーティーに入ったところで、足手纏いにしかならないだろう。
それに、そもそもマホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこか一箇所から移動することができない。
マホロの配信には、拠点が必要不可欠だ。そもそも旅のできるタイプではないのである。
そして、何より――
アコライト外郭の人々が、まだユメミマホロを必要としている。
「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」
半身の死を乗り越え、愚直にアイドルを続ける。人々の希望であり続ける。
それもまた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の在り方のひとつだろう。
そこまでの覚悟を決めているマホロを、なゆたはそれ以上誘うことはできなかった。
「帝龍の脅威がなくなっても、アコライトがアルメリアの最終防衛線であることは変わらない。
マホたん、城郭の防衛、よろしくね。
わたしもずっとお祈りしてる。アコライトのみんなが、マホたんが、ずっと幸せであるようにって」
「ん! また会いましょう、平和になったアルフヘイムの空の下で――!」
ぐっ、とふたりは固い握手を交わし、再会を約束しあった。
「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」
「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」
守備隊たちも別れを惜しんで、男泣きにむせび泣いている者もいる。
だが、別れを惜しんでばかりはいられない。きっとニヴルヘイムは帝龍の敗北を知り、すでに新たな策を練っているはずだ。
帝龍のスマホを破壊した『十二階梯の継承者』、マリスエリスの動向も気になる。
ジョンのブラッドラストを一刻も早く何とかして、アルフヘイムを救う次の一手を打たなければならない。
立ち止まっている時間はないのだ。
「じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!」
マントをはためかせ、大きく右手を振り上げると、なゆたは意気揚々と歩き始めた。
次なる冒険の地へ。新たなクエストへ。
……まだ見ぬ試練の待つ、過酷な戦場へ。
【アコライト外郭防衛戦決着。ジョンのブラッドラスト対策のため、聖都エーデルグーテへ。
帝龍は身柄をキングヒルへ護送。幻魔将軍ガザーヴァがパーティーに参入。
ユメミマホロ離脱。】
319
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:43:36
>「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」
意識朦朧状態のカザハを背に乗せた私は、明神さんの後に続く。
>「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」
>「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」
エンバースさんはよく分からない事になっていたしジョン君は例によって血塗れになっていたが、とにかく生きていた。
一件落着かと思われたが、どこからか飛んできた矢が、帝龍のスマホを貫通する。
>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」
明神さんがバロールさんに詰め寄る。
そういえば帝龍は、まるでバックに十二階梯がいるかのような発言をしていた。
>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」
バロールさんの視線の先では、ジョン君が這いずりながら発狂していた。
「どう……したの?」
ただならぬ雰囲気を察したカザハが呟いて身を起こそうとする。
《何でもありません……寝ていてください》
今のカザハには何が起こってもあっけらかんとしていたある意味でのメンタルの強さはもう無い。
それどころか我に返ったばかりの状態だ。いきなり凄惨な光景を見たらどうなるか分からない。
「解放《リリース》? そうだったね……。力を貸してくれてありがとう。これで自由だね……」
ガザーヴァの求めに応じあっさり『解放(リリース)』するカザハ。
きっと分離するために後先考えずに捕獲という手段を取ったのだろう。
激レアレイド級モンスターをパートナーモンスターとして連れ回すなんて、身が持たない。
「こっちも、必要だったかな……」
カザハは朦朧としたまま浄化の風《ピュリフィウィンド》を発動させると、また気絶してしまった。
>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」
エンバースさんが皆に背を向けて歩きだす。
若干の不自然さを感じたが、しょっちゅう一人行動してるしな……ということで納得することにした。
320
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:44:59
>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」
ど○でもドア、じゃなくて『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜って私達は撤収した。
アコライト外郭に帰ると、いい香りが漂っていた。カザハがぱっちりと目を覚ます。
「うわあ、いい匂い!」
《反応早っ! まさかお腹がすいて気絶してただけってオチじゃないでしょうね!?》
>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」
「マホたん!!!!????」
>「……な、なんで……?
あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」
>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」
「アイドルって……すごい……」
カザハは畏敬の念を込めて一言だけ呟いた。
マホたんのブレイブがどこにいるのかは未だに分からないが、何故決して姿を現さないのかは、分かり過ぎる程分かってしまった。
「ご飯にする?お風呂にする?」と聞かれるまでもなく、
全身傷だらけではあるものの奇跡的に重傷は無かったカザハは、回復薬入りの風呂に雑に放り込まれた。
カザハは首まで浸かって体育座りをしながらスマホの中の私に話しかけてきた。
「いつかボクが語る伝説の主人公はなゆちゃんだと思ってた――」
《そりゃまあいかにも王道ド直球主人公属性ですからねぇ。ん? ”思ってた”?》
「自分でもよく分からないんだけど……ラスボスを倒す最強の剣がう○こソードだって構わない、そんな気分なんだ……」
《どんな気分ですか!? ってかう○こソードとか言うから不審な視線が集まってるじゃないですか!》
皆が身繕いを終えると、マホたんの音頭で戦勝会が始まった。
321
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:46:34
>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
かんぱ――――――いっ!!」
>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」
「バロールさん……なんで知ってて黙ってたの!? 本当に危ないところだったんだから!
それに今回は十二階梯は向こう側に付いてるわけ!?」
1巡目の記憶を中途半端に思い出したカザハがバロールさんが質問攻めにするも、もちろんまともな答えが返ってくるはずはない。
のれんに腕押し、糠に釘である。
>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」
>「いよっ、待ってました!」
「なゆちゃんの歌聞きたーい!」
バロールさんができあがってるのはもう突っ込まないとして。
カザハさん、なんであなたオレンジジュースでできあがってるんですかね!?
「そうだ、ちゃんとお礼言わなきゃ……」
喧騒に紛れ、意を決したように明神さんの方に行こうとして足を止める。
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
>「……セキニン。とってくれるんだろ」
「……ご愁傷様です」
タイミングを逃したカザハはそそくさと立ち去った。
しかしこんなにあっさりと中身のグラフィックが実装されるとは思わなかったですよ……!
なんとなくもうちょっと引っ張るものかと……。
それにしてもなんだあのあざとさは! 自分が美少女であることを自覚してそうで実に怪しからん!
1巡目カザハなんて色気0の野生のナマモノ(※ただし外見だけ美少女)状態でしたよ!?
なゆたちゃんは、何やら考え込んでいる様子。
カザハはジョン君の元へ行き、ブラッドラストのことには敢えて触れずに生きて欲しいと告げる。
「ジョン君、ボクとガザーヴァを殺さないでくれてありがとう。だから君も……生きてね」
322
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:48:31
やがて今後の方針が決まったらしく、なゆたちゃんが皆を集める。
>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。
デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
みんなもそれでいい?」
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」
>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」
「ちょっと根本的なことを聞いてみるんだけど……みんなと一緒に行ってくれるの?」
ナチュラルにガザーヴァが加入する雰囲気になっていることについて確認するカザハ。
私も、なんとなく仲間になりそうな感じはしてたけど別動隊で偵察とかしてくれるのかな、となんとなく思ってました。
例えるなら某タイムトラベル系超有名名作RPGで魔王が仲間になった時の「え、お前一緒に来るの!?」という衝撃に近いものがある。
考えてみれば元魔王の指示で動いてるわけだから元魔王の手下が仲間になるぐらい今更っちゃ今更だけど。
「……そっか! ありがとう! みんなをよろしくね!」
答えを聞いたカザハがほんの一瞬だけ複雑そうな顔をしたのは気のせいだったのだろうか。
満面の笑みでそう告げた。
その夜、皆が寝静まった頃――カザハは突然私に告げた。
「カケル、一緒に帰ろう。随分無茶させたね……もう危険な戦いなんてすることないよ」
《いきなり何を言ってるんですか!? 鳥取には帰れませんよ!?》
見れば、荷物をまとめて夜逃げの準備をしている。といってもまとめる程の量もないけど。
「あはは、砂漠じゃなくて草原の方!
“カザハ・シエル・エアリアルフィールド”――思い出したんだ、この世界でのボクの名前。
よく考えてみればさ……時間が巻き戻ってボクが死んだのは無かったことになって無事にガザーヴァも分離した。
異邦の魔物使い《ブレイブ》を廃業して全部忘れた振りをして何事も無かったように帰れば全て元通りだ。
多分今頃最近ちょっと姿を見かけない程度の扱いになってるよ」
《確かにあの一族、細かい事は気にしないしいきなり性別が変わってもイメチェン程度で流しますもんねぇ……じゃなくて!》
「そもそも自分の意思で何かを頑張るなんてガラじゃない生粋のニートだから!
丁度良く超上位互換キャラが加入してくれるらしいから面倒なことは全部お任せして楽しいニート生活に戻ればいいじゃない!」
風渡る始原の草原にいれば風の魔力を食って生きれるから食うに困らない。
そう、私達は生粋のニートだったのだ。
三桁レベルに年期の入った筋金入りのニートがよく会社員なんて出来てたな。すげー! ……じゃなくて!
323
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:49:52
《もしかして……》
カザハはほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「アイツがあのパーティーでやっていくなら……ボクはいない方がいい。
今度は憎い相手の事なんて忘れて楽しくやってほしいから。
アイツの拠り所は明神さんがサブリーダーを勤めるあのパーティーだけなんだよ? ボク達には帰る場所がある……」
かと思うと、すぐに元の調子に戻ってしまう。
「ってのは建前で本当は背中から刺されそうで気が気じゃないしね!
そうじゃなくても妖怪キャラかぶりが出現して引換券とかいうあだ名が付いちゃうのがオチじゃん!」
《本当にそれでいいんですか!? 約束したじゃないですか! 伝説を語り継ぐって……》
「あれが本当の気持ちだったのかももう分からない……。
今まで前の周回の洗脳引きずってなんとなくいい奴やってただけなんだよ?
本性が知れたら幻滅されるだけだ。だからこれで……いいんだ」
そして、寝ている明神さんに先刻言えなかった感謝を一方的に告げる。
「明神さん、ありがとう。あの瞬間、ボクは確かに異邦の魔物使い《ブレイブ》だったよ――」
大昔のアイドルみたいなふざけた置手紙を机の上に置く。
【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】
もう止めることは出来ないと悟った私は、これでいいのかもしれないと思い始めていた。
「いくよ、カケル――解放《リリース》だ」
こうして契約は解除され、カザハと私はブレイブとパートナーではなくただの仲の良いモンスター同士に戻る――
はずだったのだが。何も起こらなかった。
「……あれ? 出来ない?」
《何かの仕様……ですかね? 初期の固定パートナーだからとか今モンスターが私しかいないからとか……?》
頭を捻っていると、カザハが突然悲鳴をあげた。
「ぎゃぁああああ!?」
《いきなり何ですか!?》
「スマホに怪文書が……!」
“お前の考えることは、全部すべてまるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだ!”
スマホを見ると、どこかで聞いたことのあるようなフレーズが表示されていた。カザハは大混乱だ。
324
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:50:53
「何!? ウィルスに感染した!? ボットを仕込まれて監視されてる!?」
追い打ちをかけるように怪文書の続き。
“逃亡したら地球時代の写真を拡散します”
「それは駄目ぇえええええ! って画像消えないし! そうだ、電源切ろう! ……電源も切れない!!
間違いない、呪われてる! 魔法の板だと思ったら呪いの板だった……!」
カザハは地球時代の写真を削除しようとしたりスマホの電源を切ろうとしたりして
ひとしきり大騒ぎした後、頭を抱えながら結論を出した。
「仕方がない、聖都エーデルグーテに行って解呪してもらうしかない……!」
《解呪できますかね!?》
【夜逃げ失敗】
「今テロップが流れていった気がする……」
《スタンとかの文字は出るけど流石にそういう仕様は無いと思いますよ!?》
カザハは頭を抱えながらも、どこか安堵したような表情をしていた。
それから出発までのカザハは意外と真面目で、弓矢を調達して練習したりしていた。
すぐに達人級の腕前になったが、風の軌道操作スキルを使っているので反則もいいところである。
差し当たっての行軍では、哨戒を任されている。
風の軌道操作スキルと組み合わせれば、敵の射程範囲外から牽制するのに最適なのだ。
そして、出発の日がやってきた。
325
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/03/13(金) 01:51:40
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
>「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」
「マホたん……ありがとう」
この時間軸でカザハは生き永らえたが、1巡目では死ぬことは無かったモンスターのマホたんが死んでしまった。
歴史改変に必ずつきまとうジレンマ――
たとえ後に多くの命が助かる改変だったとしても、改変したばかりに死んでしまう命もある。
生き永らえた者に出来ることは、ただ感謝するだけだ。
>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」
カザハはすっとアコライトを守り続けるというマホたんを眩しそうに見ながら、ほんの少し気まずそうにしていた。
今のカザハには自分の意思で何かをやり遂げる甲斐性は皆無なのである。
反面、外部からの不可抗力で追い込まれれば観念して意外と頑張る。昔からそうだった。
>「じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!」
「レッツ・ブレーイブッ!!」
夜逃げを企てた気配などおくびにも出さずに、お約束の掛け声と共に右腕を振り上げる。
こうしてカザハは某有名RPG5作目の銀髪剣士の独壇場とされている引換券市場に無謀にも参入してしまったのである。
今のところエーデルグーテに着いたら解呪(?)して夜逃げする気満々らしいが、
私の予想だとエーデルグーテは超遠いから絶対道中で気が変わる。賭けてもいい。
どれぐらい賭けてもいいかというと――
百万引換券ぐらい。
326
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:20:51
帝龍撃破の戦勝ムードにぶっかけられた冷水。
『詩学の』マリスエリスと思しき射手から受けた狙撃について、
当然の疑問を俺はバロールにぶつけた。
>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」
だがバロールは、答えに言及するのを避けた。
胡散臭いイケメンのいつものはぐらかしともとれるその言動を、咎める権利が俺にはあったが、
追求は後回しにしとくべきっつうのには同感だった。
>「くるな!こないでくれ!くるな!」
ジョンが、錯乱している。
あいつの近くには何も居ない。少なくとも俺には見えない。
『見えない何か』を拒絶し、振り払うように暴れ続けるジョンの姿は……尋常のものじゃなかった。
>「……なんてこと」
隣でなゆたちゃんが慄然とつぶやく。
一字一句おんなじ気持ちだった。なんてこった。
兆候がなかったわけじゃない。先の戦いでも、あいつは自分を見失っていた。
「あの赤黒いモヤモヤ……ヒュドラの時と、同じだ。
なんなんだよアレ、あんなエフェクトゲームじゃ見たことねえぞ」
ただの臨戦の興奮、アドレナリンの過剰分泌なんかじゃ説明がつかない。
なにか、致命的な歯車の食い違いが、奴の中で起きている。
カザハ君の言葉を借りるなら、『キャラが変わった』。変わっちまっている。
俺達の驚愕と戦慄をよそに、バロールは興味深そうにジョンの様子を観察していた。
やがて手の施しようがないと見るや、振り返って解説を始める。
>「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」
「ブラッドラスト。なにそれ知らない……俺が知らないって相当やぞ」
自慢じゃねえけど俺はパッチノートの内容を実装年月日と合わせてソラで言える。
モンデンキント対策で有用そうなスキルはあらかた研究し尽くしたからな。
なゆたちゃんもピンと来てないところを見るに、ガチのマジで未実装のスキルらしい。
>「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」
強大な力。そいつは思いっきり目の当たりにしたばかりだ。
ジョンのガタイすら隠れそうな、バカみたいにデカい剣を振り回す膂力。
そいつで超レイド級のぶっとい首を叩き斬る、冗談みたいな攻撃力。
地球原産の、『ただの人間』がそれを成し遂げたってことの意味を、もっとよく考えるべきだった。
>「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」
――神がかり的な戦闘力の代償。
ジョンの精神はそれに苛まれ、人間性を失いつつある。
さながら、化け物と戦いすぎた人間が化け物になっちまうように。
覗き込んだ深淵から、覗き返されるように。
327
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:21:45
>「このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」
俺はどこか上の空でバロールの解説を聞いていた。
だが、もったいぶるように一段落とした声色だけは、否応なしに頭蓋を直撃した。
>「人を・・・殺した事があるかどうか」
頭の中で何かがつながるような感覚。
堰を切ったように溢れ出した記憶は、前線へ向かう途中でジョンが口にした言葉。
――>『大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない』
「……マジかよ」
過去のジョンの言動と、いま奴を蝕む現状が、一本の線で結ばれた。
ブラッドラストの習得条件は、殺人経験の有無。
そしてジョンはその口で、かつて人を殺したと、そう語った。
俺はあの時、ジョンの告白は敵に回ったカザハ君を呵責なく殺すための方便だと思っていた。
だけどあの言葉が、なんの比喩でもなく、純粋に人を殺した罪の吐露なのだとしたら。
俺達は、人殺しとパーティ組んで旅をしてきたことになる。
人を、殺した。
地球にいた頃なら、その事実だけで社会から隔離されるべき危険因子だ。
現代社会は同胞殺しを決して許すことはないし、そう扱われるべき大罪に違いない。
アルフヘイムに召喚された今なら事情は変わる。
着の身着のままでほっぽり出されて、野盗なんかに襲われて、正当防衛的に相手を殺したのかもしれない。
街中ならともかく、荒野で殺った殺られたなんてのは日常茶飯事だろう。
なんなら俺達だって、一歩踏み込んでりゃミハエルも帝龍も殺していた。
だが、ジョンの怯えようは、錯乱ぶりは、その手の『正当性のある』殺しに対するものには見えない。
深い罪悪感と罰への恐れは、まさに殺人が罪になる世界の感覚だ。
こいつは一体――どこで、誰を殺したっていうんだ。
>「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」
バロールはなおも饒舌に語る。
スキル習得者はみな、凄絶で陰惨な最期を辿る……血塗れの終焉、故に『ブラッドラスト』。
「最後(last)で渇望(lust)ね。癪に障るくらい小洒落たネーミングだぜ。
そんで行き着くところはみな血の錆(rust)ってわけか?ぞっとしねえな」
>「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」
こうしてバロールの解説を聞いてる間にも、ジョンは虚空へ向かって叫び続けている。
かつて自分が殺した相手に、弁明している。その姿はあまりにも痛ましい。
「……もう見てらんねえよ。どうにかなんねえのかバロール」
>「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」
「"こんな事"じゃねえよ。……俺達にとってはな」
こいつの超絶超然上から目線にはもう慣れっこだけど、俺は釈然としない気持ちでいっぱいだった。
ジョン・アデルは、ただのアルフヘイムの駒なんかじゃない。『人数』で語れる存在じゃない。
俺達の大事な仲間で――俺の数少ない大親友だ。
328
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:22:22
このクソスキルがジョンの心と身体を蝕んでるってんなら、使わせないようぶん殴ってでも止める。
ブラッドラストがどれだけ有用でも。使わなけりゃ勝てない相手と戦うことになったとしても。
それでジョンが犠牲になるのだけは、許せなかった。
>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」
暫くスマホとにらめっこしてたエンバースが、思い立ったように俺達に背を向ける。
いつの間にか白い四肢はいつもの焼死体フォルムに戻っていた。
「あっおい、あんま遠く行くんじゃねえぞ。お前も調子万全ってわけじゃねえだろ」
見た目には全部元通りって感じだが、あの戦いでエンバースもまた確かに変質していた。
俺の問いに『必要な犠牲を払った』とだけ答えたこいつが、何を失ったのか、窺い知ることは出来ない。
なゆたちゃんが立ち去らんとするエンバースに声をかけようとして、結局何も言えずに手を引っ込る。
彼女と同じように、俺もまた、奴の背を追うことは出来なかった。
>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
バロールの声だけが能天気に響く。
そうじゃん。結局帰りのアシどうすんの。こっから徒歩で帰れとか言われたら泣きますよ俺は。
>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」
そんな心配をよそに、バロールは杖を一振り。
すると虚空にぽっかりと穴が空いて、向こう側にはアコライトの城壁が見えた。
……門じゃん。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』じゃん!!
ニブルヘイムの糞どもの十八番、インチキテレポートの!!!
なにサラっと使ってんだおめー!やっぱこいつ魔王じゃないの???
とまれかくまれ、帰路の算段はこれでついた。
ゲームじゃ散々煮え湯飲まされたとんずら魔法にも今だけは感謝せねばなるまい。
>「……さよなら……マホたん」
門をくぐる直前、なゆたちゃんが振り返り、戦場跡に向けてそう呟いた。
俺は……聞こえなかったフリをした。
その感傷は、なゆたちゃんだけのものだ。他人がしたり顔で共感するもんじゃない。
そして、俺には俺の、感傷がある。
ユメミマホロは居なくなり、だけどこの世界を守る理由はひとつ増えた。
彼女の死が、無駄じゃなくなるように。
その遺志も一緒に連れて、彼女の愛したアルフヘイムを救おう。
◆ ◆ ◆
329
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:22:59
>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
アコライトに戻ったら、マホたんが居た。
普通に居た。
…………………………は!!?!?!?!???!!!???
食堂にずらりと居並ぶご馳走の向こうで、ユメミマホロは変わらぬ人好きのする笑顔を俺達に向けた。
俺は目頭を揉んで、もう一度前を見た。
マホたんのエプロン姿はいつ見ても可愛いなあ。
>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」
隣でなゆたちゃんが目の前の情報を処理しきれずにバグっている。
俺はといえば、やっぱりCPU使用率が120%を超えて、脳みそがフリーズしていた。
とりあえず一旦深呼吸しよ?あー空気おいちい!マホたんの存在する空気おいちいよぉん!!!!!
>「……な、なんで……?
あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!」
「せ、説明を放棄しやがった……!今日びワンピースでも人死にが出るんですけお!!」
男塾じゃねえんだぞ!特に理由なく生き残ったり生き返ったりしてんじゃねえよ!!
いや生きてて良かったんですけどね!良かったんですけどね!!??
俺となゆたちゃんの涙返せよ!!!!!
……実際のところ、自爆スペルを使ったマホたんが生き残ってるはずはない。
石油王の藁人形でも自爆は対象外だったはずだ。
それなら、今目の前でニコニコしているユメミマホロは一体何なのか。
その答えは、説明を受けるまでもなく分かった。
マホたんのレベルが下がってる。いや、下がったってのは多分、語弊がある。
ユメミマホロの名を持つ『笑顔で鼓舞する戦乙女』は、あの時確かに死んだのだ。
――二体目の『笑顔で鼓舞する戦乙女』。
ユメミマホロ(中の人)は、抜かりなく後継者となるべき戦乙女を用意していた。
>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」
なゆたちゃんの指摘をマホたんは制す。
戦力になりようもない低レベルの戦乙女を影武者に立てた理由は一つしかない。
オタク殿たち、アコライト守備隊の為だ。
彼らにとって、ユメミマホロは単なる戦意高揚のイコンではない。
孤立無援の逆境にあって明日を生きる意志を支える、文字通りの生きがい。
絶望に塗れた戦場を照らす福音であり、祝福だった。
旗手を欠いた守備隊は、どれだけ空元気を振り絞ったところで、いつか瓦解する。
今後も攻めてくるだろうニブルヘイムの軍勢に、抗うだけの気力を生み出せない。
マホたんと共に戦うというただそれだけが、彼らの拠り所だったからだ。
一度は失われた祝福を、彼女は再建した。
この先も、アルフヘイムを、アルメリアを、アコライトを守り続けるために。
オタク殿たちが、明日も笑って生きていけるように。
330
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:23:31
「この世界でも……やっぱ今世紀最高のアイドルだぜ、マホたん」
これがユメミマホロの選んだ道なら、俺は変わらずその背を押そう。
オタク殿たちを騙し続けるのなら、俺がその共犯になる。
そして推し続けよう。今のところたった一人の、俺の推しメンだからな。
>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……かんぱ――――――いっ!!」
「うおおおおおおっ!かんぱーい!!!!」
今だけは、あれこれ考えるの止めたって良いよな。
マホたんの音頭に合わせて、俺はジョッキを高く高く掲げた。
>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」
「ウソだろこいつ……このゲロ甘ケーキで酒飲んでやがる」
バロールの飲みっぷりに俺は戦慄していた。
いやウイスキーとかチョコレートつまみに飲む奴いるけどさぁ。
どー考えてもエールにケーキは合わねえだろ。でも饅頭食いながら焼酎うめえな……。
過労より先に糖尿病でぶっ倒れんじゃねえのこいつ。
>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」
「おーっ!いいねいいね!!ぼくなゆたちゃんのおうたききたーい!!
うひゃひゃひゃ!げひゃひゃひゃひゃひゃはははっははあはは!!!」
ステージに引っ張り上げられたなゆたちゃんを俺はゲラゲラ笑いながら見送った。
会場はもうだいぶ出来上がってる。しばらく物資不足の緊縮財政でまともな酒なんて飲めなかったもんな。
俺も希釈してないワインなんか久しぶりで、それはもう気持ちよく酔っ払っていた。
ほどなくして曲が始まる。
もうお馴染みになった全宇宙最高の神曲『ぐーっと☆グッドスマイル』である。
戸惑いながらマホたんに合わせていたなゆたちゃんだったが、すぐに振り付けまで完璧に踊り始めた。
か、完コピだ……!この女子高生、ノリノリである。
いやしかしなゆたちゃんも歌うめーな。声めっちゃ通るやん。
よーし俺ちゃんもファンとしてガチ恋口上述べちゃうぞ!!
「うぉぉぉぉぉおおっ!スタンダップオタク殿!!!行くぞっ!
言っいたっいこっとがあるんだよっ!!やっぱりマホた――スタンダップっつってんじゃろがい!!」
誰も乗ってこなくてふと隣を見れば、そこに居たのはオタク殿じゃなかった。
椅子にちょこんと腰掛けて、エールをちびちび飲んでいるのは、小柄な少女。
「………………誰?」
ヒュームじゃない。ほんのり褐色の肌に、銀色の髪、鳩の血みたいに鮮やかな赤い眼。
ちょっとだけ尖った耳をぴこぴこ揺らすその姿は、いっそ現実離れした可憐さだ。
少女はステージ上を注視しながら、時折こちらに視線をやる。
いや誰だよ。
オタク殿達の娘さんとか?うーんでも守備隊ってほとんどヒュームだったしなぁ。
それ以前にこんな歳の子供いるお父さんがアイドルにのめり込んでたらそれはそれで悲劇だわ。
331
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:25:12
もしもし君どこの子?パパはどこにいるのかな?
少女は鼻で息を吐いて視線を逸した。形の良い唇から溢れる声を、俺は知っていた。
>「……ボクだよ。ガザーヴァ」
「ぇあぁ!?ガザ公ってお前……えぇ……!?」
酔いが全部ぶっとぶ衝撃の事実が俺を襲った。
だけど鎧がない分若干クリアになったその声は、紛れもなくガザーヴァのもの。
え、マジで?お前鎧の中身こんなんなの!?ていうか鎧脱げたんだそれ!!
>「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか」
「そ、そりゃそうだ……中身入ってるにしてもグラ未実装だと思ってたわ……」
>「パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」
悪態をつきながら飲んだくれているバロールに舌を出す。
パパ居たわ、すぐ傍に。似てないお子さんっすね……。
どうコメントして良いやら黙っていると、ガザーヴァは上目遣いにこっちを睨む。
>「なんだよ。悪いかよ。……似合ってないかよ」
「は?可愛さ120点満点なんだが?バロールの十億倍センスあるわ」
ダークエルフめいた凄絶な美貌もさることながら、
シンプルにまとめた軽装のおかげで年齢相応の活動的な愛嬌もある。
飾りっ気がないと言うより、何も足さずとも十分過ぎる素材の良さをしっかり活かしている。
イラストアド高ぇな……。実装されたらマル公に次ぐドル箱になれるぜ。
「あとは笑顔があればカンペキだな。笑顔きらきら大将軍だ。
笑ってみ?ほら、俺が手本見せてやる。ニチャァ……」
美少女の前でキモオタスマイルかます不審者がそこに居た。フヒッ。
「幻魔将軍の中身がこんなに可愛いって知ってたら、
俺もスマホ叩き割らずに済んだのかなぁ……」
ゲームでのブレイブとの因縁も、異なる決着があったかも知れない。
こうしてガザ公と仲良く酒飲んでる、今この時みたいに。
俺達は、バッドエンドに終わった一つの物語を、望む結末に書き換えたんだ。
332
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:26:52
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
バロールはいつになく上機嫌で父親ヅラしてやがる。
適当言いやがって、人間相手に可愛いがられるようなタマかよあの幻魔将軍がよぉ。
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
「うん……うん?」
なんかその言い方だと、今後も俺に力貸してくれるみたいな感じじゃない?
帝龍戦では利害の一致で共同戦線張ったけど、これからは自由に生きていいのよ。
お父さんの元で今度はアルフヘイムの将軍やるとかさ。
再び回り始めたアルコールのせいで思考が纏まらない。
とりあえず気を落ち着けるためにエールを啜っていると、
ガザーヴァは小さくつぶやくように言った。
>「……セキニン。とってくれるんだろ」
「ぶべぇっ!?」
酒が気道に入って盛大に噎せて、俺は死んだ。
ほどなくして生き返ったが、周りのオタク殿たちのもの凄いドン引きした視線に刺し貫かれた。
ヒソヒソ聞こえる「事案では」の声に耐えられなくなって、俺は二度死んだ。
死にゆく意識の中、カザハ君の小さなつぶやきが聞こえる。
>「……ご愁傷様です」
うるせえよ!
◆ ◆ ◆
333
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:27:47
>「ブラッドラスト……血の終焉……。……呪い……か……」
みたびこの世に生を受けた俺が衆人環視の中縮こまっていると、
なゆたちゃんが何か思案しつつ零す。
僕の人生も社会的に終焉を迎えそうです。誰か助けてください。
閑話休題、ガザーヴァの助力が得られるなら俺達のパーティは大きくジャンプアップする。
ゴッポヨとガザ公のレイド級二枚看板なら大抵の敵にも負けやしないだろう。
だが一方で、新たな懸案事項もまた加わっている。
――ジョンを蝕む『呪い』。
血の終焉、ブラッドラスト。
この状況を放置していれば、遠からずジョンは呪いに呑まれて血塗れの最期を迎えてしまう。
バロールの物言いには反駁したが、戦力的にもジョンが戦えなくなるのは厳しい。
早急に何らかの対策――例えば解呪や治療を、施さなければならない。
暫くうんうん唸っていたなゆたちゃんは、やがてひとつの街の名前を口に出す。
>「……エーデルグーテ」
「聖都……プネウマ……ああ、なるほど!」
なゆたちゃんの頭の中で何が帰結したのか、俺にも分かった。
聖都エーデルグーテ。国教プネウマ聖教の聖地にして、闇祓う光の街。
>「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」
「だな。魔王様の呪いの知識が役に立たねえ以上、別の専門家に当たってみようぜ」
確かあの街には、魔族に受けた呪いを祓う為の聖水を持ってこいみたいなおつかいクエストもあった。
ブラッドラストがホントに呪いなのかはさて置くにしても、闇属性スキルを相殺する聖なるアイテムとかあってもおかしくない。
このままアルメリアに引きこもってるよりかは何かしら手がかりが見つけられるはずだ。
>《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
スマホから石油王の声が賛意を示した。
若干恨みがましい声音が籠もっているのは……うん、バロールが悪いよ。
石油王が言うには、ブレイブとしての『本来の行き先』も、エーデルグーテの予定だった。
アルフヘイムに存在する国家はアルメリアだけじゃない。ヒノデとか明らか異国っぽいしな。
この大陸だけに限定しても、近場じゃフェルゼン公国っていう山岳国家がある。
この先ニブルヘイムの侵略に抗い、侵食現象を食い止めるには、
アルメリア以外の国にも出向く必要が出てくる。
そんな時に頼りになるのが、国を跨いで影響力のあるプネウマ聖教ってわけだ。
問題は、エーデルグーテのアクセスが尋常じゃなく悪いこと。
まず周りが海に囲まれてて陸路で行けない。当然鉄道も通ってない。
アルメリア国内からはエーデルグーテまで行ける海路はなくて、国境越えてアズレシアからの出港になる。
ほんでアズレシアに陸路で行くには山越えが必要で、道中がクソほど長え。
(イマココ)
アコライト→デリンドブルグ→アイアントラス→アズレシア→エーデルグーテ――
聞いて驚け、都合3都市を経由して陸路と海路両方使って初めてたどり着けるのだ!!!
徒歩での道程、なんと片道丸1年!!!
「無理無理無理無理!デリンドブルグがどんだけ広いと思ってんだよ!
見渡す限り畑、畑、畑の平野だぞ!あぜ道で野営しながらずっと歩くのかよ!」
334
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:29:31
当然の反論だったが、バロールには腹案があるらしい。
魔法機関車さえ修理できれば、道中で合流して一気にコマを進められる。
俺達は機関車に追いつかれるまで、できる限り旅程を稼げば良い。
>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。
デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
みんなもそれでいい?」
「い、異論なし……めちゃくそしんどいだろうけど、悠長なことも言ってらんねえしな」
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛」
「それも了解。わかってんなジョン、正面で敵とかち合ったら迷わず後ろに下がってこい。
トーチカ被せてやっから。俺とカザハ君なら、お前が隠れるくらいの時間は稼げる」
正味な話を言えば、ジョンが事実上戦闘不能になるのはかなり痛い。
それでもやる。やってみせる。アコライトの作戦会議であいつに切った啖呵は、絶対にウソにしない。
それに隠密機動に長けるガザーヴァが先行偵察するなら、俺達は余裕をもって敵を迎え撃てる。
>「ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」
ガザ公はさぁ……協力してくれるって言ったじゃん!言ったじゃん!!
このひと僕のパーティーのリーダーなんですよ!
>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」
わぁ……なゆたちゃんが折れるの初めて見た気がするぅ。
今までみんなちゃんと指示聞いてくれる良い奴らばっかだったもんなぁ。カテ公は除く。
「まぁ後ろは任せとけよジョン。俺とガザっちが組みゃ無敵要塞だ。
お前が出てくるまでもなく寄ってくる敵全部ぶっ飛ばしてやらぁ」
主にぶっ飛ばすのはガザ公の役目になると思うけど。
俺は応援してるよ。オタク殿たちからハッピとサイリウムもらってきたしな。
「ガザぴっぴのイメージカラーっつうと何が良いかな。黒はなしね、サイリウムにそんな色はない。
とりあえず紫の濃いやつに闇の魔法オーラ纏わせていい感じの色にしよう」
とまぁそんなこんなで準備と静養に一週間を費やすことを決めて、
アコライト防衛戦祝勝会は幕を閉じた。
おそらくは。
何年かぶりに、アコライトの民は――熟睡出来た。
俺達が、その安眠を、勝ち取ったのだ。
◆ ◆ ◆
335
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:30:46
すげえ疲れてたしお酒入ってたから、朝までぐっすりコースだった。
窓から差し込む朝日で自然に目が覚める。おええ……頭痛い……。
二日酔いの頭痛は脱水症状が原因らしい。
したがって深酒した次の日の頭痛は水分補給で治る。治れ!!
誰だ迎え酒とかいうエビデンスのない対症療法考案したやつは!!!
……水飲んでこよ
むくりと起き上がると、手がカサリとなにかに触れた。
頭がぼやぼやしたまま拾い上げる。手紙だ、何かが書いてある。
>【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】
目はすぐに覚めた。
寝間着もそのままで、俺は部屋を出た。
走り出す。
「……カザハ君!」
こんなわけわからん置き手紙を残すのなんかあいつしかいない。
一体どうして。ガザーヴァと分離して、あいつが俺達から離れる理由はなくなったはずだ。
このさきもずっと、一緒に旅をしていくって、そういう流れだっただろうが!
一方で、なんとなくカザハ君が逐電する理由にも検討はついた。
ガザーヴァは、能力的に言えばカザハ君の上位互換だ。
機動力も隠密性も同等で、何よりガザーヴァにはレイド級としての戦闘能力がある。
そんな妹分がパーティに居て、自分の存在価値を見失った――のだとすれば。
最低限の言付けだけ残してパーティを離れていくことに不合理はない。
だけど、だけどよ。
お前が俺達とつるむ理由は、俺達がお前と旅する理由は、それだけじゃねえだろ。
戦力になるかならないかなんざ、鼻息ひとつで吹き飛ばしてみせろよ!
それに。
「お前……お前!キャンディーズて!マジでいくつだよお前!!」
二十世紀のアイドルを彷彿とさせる置き手紙。
いやそんなこたぁどうでも良くて、ああもう結局また脳みそバグってる!!
336
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:31:48
ブレイブに割り当てられた寝室にカザハ君は居なかった。
もう出発しちまったのか?クソったれ、まだ文句のひとつも言えてねえぞ!
ぜえはあ言いながら城壁内を駆け回る。
城壁から出たんなら、入門管理所が何か知ってるかも知れない。
思い立って、表に出た。
屋外の練兵場で、カザハ君が弓の練習をしていた。
なんか普通に居た。
「おるんかーーーーーい!!!」
ズコーーーーっ!!
すっげえ昭和臭いずっこけ方しながら俺は練兵場にまろび出た。
カザハ君に置き手紙を投げつける。
「お前っ……マジっ……心臓に悪いことすんなや……!!」
朝っぱらから何やってんだ俺は……。
あんだけ走り回ってゲロ吐かなかっただけでも、ジョンの訓練の成果は出てるといえるかも知れん。
とにかく!
「いいか、この先絶対に、こんな書き置き一つで消えるんじゃねえぞ。
お前が飽きようが嫌になろうが知ったこっちゃねえ。
俺の伝説を歴史に刻むのは、お前だ。ガザ公がそうであるように、お前の代わりなんかどこにも居ねえんだ」
キングヒルでの、あのクーデターの日。
俺が心で受注したクエストの達成条件は、今も何も変わっちゃいない。
世界救って、その様をカザハ君に刻ませる。俺は難易度を下げるつもりはない。
「あとなぁ、前からお前には言いたいことがあったんだよ。
昨日なんやかんやで結局言いそびれちまったから今言うぞ、謹聴しとけ」
あのクソ忌々しいバロールの言葉を借りるのは本当に癪だけど。
それでも、これだけは俺の口から言っておきたかった。
「……おかえり、カザハ君」
ようやく、ガザーヴァ混じりのシルヴェストルじゃなく、カザハ君におかえりを言えた。
前世からの因縁に端を発する哀しき精霊の堂々巡りは、これで一段落だ。
一度はパーティを離れたメンバーを迎え直して、俺達の旅は続く。
いつか世界を救って歴史に残る、その日まで。
◆ ◆ ◆
337
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:32:47
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
一週間後、俺達はアコライト外郭の城門前で壮行を受けていた。
マホたんは外郭に残る。そう決めた彼女を、これ以上誘うことは出来なかった。
>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」
「……頼もしいね。就活の時さんざん今後のご活躍をお祈りされてきた俺だけど、
生まれて初めて祈られて嬉しいと感じるよ。見ててくれよな、俺達の救世を」
マホたんは――昨日と変わらず晴れやかな笑顔だ。
だけどそれがやせ我慢だってことを、俺達は知っている。
ブレモンのモンスターには知性があり、意志がある。
他ならぬポヨリンさんはなゆたちゃんを何よりも大事に慕っているし、
物言わぬアンデッドのヤマシタだって、俺の意志を忖度して動く利口さがある。
初代の戦乙女、戦場で散った『ユメミマホロ』にだって、感情や意志があったはずだ。
プレイヤーとの絆は、余人が推し量るよりもずっと深いものだったんだろう。
きっと、肉親を失ったような痛みに、今も彼女は苛まれている。
「マホたん。この羽根なんだけどさ」
オタク殿たちに聞こえないよう、声を潜めてマホたんに声をかける。
懐から取り出したのは、純白の羽根。
帝龍との戦いで俺のもとに降ってきたものを、一週間かけて綺麗にした。
「ホントは返そうと思ってたんだ。あの場で唯一取り戻せた、その、形見みたいなもんだから。
この羽根の『持ち主』も、マホたんと一緒にアコライトを守り続けたいって……
今でもきっと、そう思ってるだろうしな」
この世界で死んだ命が、どこへ行くのかは知らない。
たまーにアンデッドになったりするけれど、大多数はあの世にでも行くんだろう。
それこそ、ヴァルハラみたいな。
きっとヴァルハラにいる初代は、ハラハラしながら二代目を見守ってると思う。
338
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/03/16(月) 04:34:11
「だけどこれ、やっぱり俺が貰っていいかな。
みみっちいゲン担ぎみたいなもんだけど、なんかこうパワーがもらえる気がする。
……一緒に世界を救ってくるよ」
まぁこんなもんは自己満足だ。
返せって言われたら返さない理由もない。
形見って意味じゃ、やっぱりマホたんがこれを持つべきだしな。
あらかたの別れの挨拶が済んで、城門が開く。
ここからはレールに沿った旅路じゃない。寄る辺なき中で、手探りでも進んで行かなきゃならない。
それでも行く。高難易度クエスト相手に尻込みしてちゃ、ゲーマーの名が廃りますからよ。
>「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」
>「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」
「オタク殿ぉぉぉ!!貴君らの想い、情熱、愛!確かに受け取りましたぞ!!
このハッピにそれらを乗せて、世界を救って参り申す!!
……凱旋コンサートの会場、予約しといてくれよな!!」
俺がこの戦いで得たものは、ひとつだけじゃない。
アコライト守備隊――ブレイブと共に戦ってくれた、この世界の住人たち。
彼らの想いもまた、ピンクのハッピとともに俺の背中にある。
オタク殿たちの存在が、またひとつ俺が世界を救う理由になった。
だからもう、この足を止めるものはなにもない。
>「じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!」
「さあ!ちゃちゃっと聖都行ってサクっとジョンの呪い解いちまおうぜ!
ほんで流れで世界も救っちまおう。俺達の帰りを待ってる、これだけの連中が居るんだ。
行くぜ!レッツブレェェェェイブ!!!!!!」
【第5章 了】
339
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:01:19
「ん・・・?ここは・・・?」
目覚めるとそこは牢屋と思わしき場所の中。
体に何十にも巻かれていた鎖は今は取り外され、手足に枷もなく牢屋という場所だという事を除けば自由な状態だった。
「いくらなんでもこれは警戒心がなさすぎじゃないか・・・?」
王都の時も思っていたがこの程度の牢屋に中の囚人に枷を付けていないのはセキュリティ的にどうなのかと思う。
力を使って壁をぶち抜いてそのまま脱出できそうなレンガの壁に囲まれいる牢屋。
先ほどより頭が冷静なお陰でスキルを使おうとは思わないが・・・。
「目が覚めましたか?」
見張りの兵士がこちらが目覚めた事に気づき話しかけてくる。
「あぁ・・・おかげさまで・・・しかしあまりにも無用心じゃないか?僕は十分警戒するべき対象だと思うが」
「バロール様の手によって今貴方の体に弱体化魔法が掛けられています」
本気で拳に力をいれ壁を殴りつける。
「・・・痛い」
壁には傷一つつかず、逆に僕の手からは血がでていた。
どうやら今僕の体は一般成人男性並みの力しかだせないらしい
僕の体は本気で何かを殴ったからといって怪我するほどヤワではない。
なるほど・・・これはそこらのセキュリティより万全だな。
牢屋の兵士は結果に満足すると報告にいってきます。と一言残し立ち去っていった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
よく耳を澄ますと音楽が聞こえてくる、たしかこの歌は聴いた事がある・・・これは・・・
「ユメミマホロ!?」
聞き間違えるはずがない、ここに来た時強制的に聞かされた歌だ!しかも今は2人で歌っているように聞こえる。
「でもマホロは死んだはずじゃ・・・」
「マホロちゃんは生きてたんです」
兵士が報告を終え、戻ってくるなりそう言い放った。
「いやしかし」
「バロール様の許可が下りたので直接見にいきましょう」
「・・・」
僕はそのまま兵士に連れられ宴会真っ最中の場所に連れていかれるのだった。
340
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:01:46
「〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
ステージ上でなゆとマホロが楽しそうにダンスを踊っていた。
「一体これは・・・!?」
つれてきた兵士に事情を聞こうと振り返ると。
「おお〜〜〜〜〜〜〜!やっと起きたでござるか!いや〜〜〜〜よかったでござるな〜〜〜〜」
兵士達に囲まれあれよあれよと宴会の席に着かされた。
「ちょ・・・君達は僕の事がキライだったんじゃないのか?」
強引に中央のブレイブ達が集まる場所に押し込まれ。
おせっかいを焼いてくる兵士達に問う
「そりゃぶっちゃけていってしまえば好きではありませんぞ〜でも拙者達を統率してくれなかったら
全員生還なんて恐らくできなかったですからな〜感謝もしているのですぞ〜」
マホロに対する応援を続けながら兵士達は言う。
「ま〜とにかく今は歌って楽しめの精神が一番たいせ
うおおおおおおおおおおおマホロちゃああああああああん」
「気軽に・・・ね」
マホロの応援に専念し始めた兵士達を他所に目の前にある酒・・・はやめてジュースを飲みながら
ステージで踊っているマホロを見る。
・・・生きていたのか・・・?それにしてはなにか違和感があるな・・・
今ステージで踊っているユメミマホロに違和感を覚える。
本物であることは歌や踊りをみている感じほぼ間違いないと思うのだが・・・。
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
これもすべて明神君のお陰だとも!
明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
・・・今は無粋な事を考えるのはやめよう。
楽しい宴を邪魔する権利はだれにもないのだから。
341
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:02:07
なゆは宴の最中に考え込んでいた。
理由は当然僕だろう、当然彼女はこう考えているはずだ・・・
ジョンを助けるにはどうしたらいいだろう
と
「なゆ・・・考える必要なんてない僕を素直に見捨ててくれれば・・・」
>「……エーデルグーテ」
その名は知識としてしっていた・・・。
聖属性の要所ゲームでも知らないプレイヤーは居ないといわれるほど必ずプレイヤーが訪れる場所。
僕も一度なにかのクエストで生かされた気がするが・・・。
「なゆ、僕の事はいいんだ。旅に僕は必要ない、だから・・・」
そこにいけば呪いのようなこの力をどうにかする事ができる可能性はあるかもしれない。
だがゲームなら遠い場所に一瞬でいけても現実では途方もない時間がかかるだろう。
バロールの魔法を頼るにしても時間を空けなければならない。
なゆは・・・みんなは僕のなんかの為ではなく世界の為に時間を使うべきなのだ。
>「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」
>《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
さて、頃合いやねぇ。せっかくの祝勝会の中、水を差すようで悪いんやけど……。
そろそろお仕事の話をしてもかまへんやろか〜?
いや、別にみんなはお祝いしてるのにうちだけキングヒルで書類に囲まれとるとか。
いけずやわぁとか、そんなことは全然考えてへんえ?》
>「おおっと! 五穀豊穣君のことをすっかり忘れていた!
じゃあ、そろそろ――次のクエストの話をするとしようか。
君たちの新たに向かう場所の話を……ね」
《せやね。アルフヘイムで戦うなら、聖都のバックアップは不可欠や。
アルメリア王国の影響力は国外では著しく減退してまうけど、プネウマ聖教会の権威は国外でも絶大やからね。
これからはアルメリアの外にも行ってもらわなあかん場合も出てくるし、協力者は多い方がええもんねぇ。
ただ――》
どちらにせよ、エーデルグーテにいかなくてはならないと説明を受ける。
それでも、爆弾を・・・僕を抱えていくメリットなんてないはずだ・・・なのに・・・。
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
敵に情けを掛けてしまうほどやさしい君達は・・・僕を見捨ててはくれないんだね。
342
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/03/18(水) 03:02:51
の後僕は自主的に牢屋に戻った、試したい事があって部屋より牢屋のほうが適していたからだ。
「ふうう・・・!」
ブラッドラストを発動させる、アジダハーカの時のように全力ではなく少しずつ。
戦闘時でもない限り全力発動は気分的に難しいが・・・。
それでもこれからふと気分が高揚するたびに暴走してはたまらない
だからどの程度までいけるのが試す必要があった。
「バロールの魔法が効いている今が試すにはちょうどいい!」
視界が赤く染まる、本能がむき出しになっていくような感覚。
力が強くなる・・・感覚が鋭くなる・・・体に溜まっていた今日一日の疲労がなくなる・・・
体の異常もなくなっていく・・・・・・!?
異変に気づいた僕は直ぐにスキルを解除する。
「バロールが僕に施した魔法の効力が弱まってる・・・」
壁を全力で殴る。
壁は少しへこみ、僕の手は痛くないわけじゃないが、血がでるほどではない。
弱体化はしているが先ほどより遥かに効果が弱くなっていた。
「・・・試す事すらできないのか」
牢屋のベットに倒れこむ。
やはり今の僕は爆発物だ、それも一体いつ爆発するかもわからない不良品。
なゆに甘えてる場合じゃない・・・早く別れなければ・・・早く・・・。
>「出来るだけジョンを戦わせないように。」
なゆならなんとかしてくれるんじゃないかという甘えと。
それでもマホロのようにどうにもできなかったという現実。
もし僕が完全に暴走したら?なゆ達と殺し合いをする事になったら?
そうでもなくても自爆するような事態になったら?
そんな事でなゆ達を悲しませるくらいなら・・・僕は・・・!
なゆ達に別れを告げようと牢屋から飛び出そうとしようとした時。
傷だらけの少女が目の前に現れる。
「なんだ・・・なんだよ・・・言いたい事があるならはっきりいえ!」
少女はなにも言わず佇んでこちらを無表情に見つめていた。
「恨んでるだろう?憎いんだろう!?だったらさっさと僕を殺したらどうだ!!一体僕の前にでてきてなにがしたいんだ!」
少女は喋らない。
「さっきはペラペラと喋ってたくせに・・・なんで今度はだんまりなんだよ!頼むよはっきりいってくれ!!!!」
「一体何事ですか!?」
騒ぎを聞きつけ牢屋に戻ってきた兵士に取り押さえられ、この件で牢屋に強制拘束される事になり旅が始まる日まで牢屋に監禁される事になった。
その間ずっと夜な夜な壁に向かって話すジョンが目撃され、周知の事実となる。
「君は一体僕に・・・なにをさせたいんだ・・・?」
旅が始まるまでの間・・・牢屋の扉の前に佇んだ彼女は一言も喋らなかった。
343
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/23(月) 23:22:45
【フィロソフィカル・バーンド・コープス(Ⅰ)】
焼死体の肉体が燃え尽きていく/その末端から中心に向けて、灰化の進行は止まらない。
〈マスター。あなたはもう助からない。誰を呼んだところで、もう間に合わない〉
「……ああ、そうだな」
〈だから……私をサモンして下さい。まさか、このまま顔も合わせずにお別れするつもりですか?〉
暫しの逡巡――焼死体の灰化した指先が、ひび割れた液晶に触れた。
魔力の燐光が渦を巻く/小さな騎士の輪郭を描く。
そして純白の騎士が、主を見上げた。
〈これが、あなたのエンディングですか〉
「どうやら、そうらしいな」
〈これが、あなたの望んだエンディングですか〉
「……さあ、どうだろうな。だけど、そんなに悪いエンディングじゃない気がするよ」
焼死体はあと数分もしない内に、■■■■の未練を果たす為だけの何かになる。
新しい仲間達を守り/己の強さを証明し――未来に待つ一周目を変える。
物語は続く――ただ、そこに宿る主観が消えるだけで。
〈あなたにとっては、そうかもしれませんが。でも私にとっては違う。
一巡目だとか、二周目だとか、そんな事は関係ないのですよ。
今ここにいる私の主は、今ここにいる、あなただけなんだ〉
瞬間、純白の閃き――灰化の及んでいない、焼死体の胸を貫く。
〈だから、あなたの欠片を下さい。いつか、あなたを呼び覚ます為に〉
「……ずっと前から思ってたけどさ」
〈……なんですか〉
「お前、俺には勿体ないパートナーだよな」
その言葉を最後に――焼死体は完全に灰と化した/なおも燃え続ける未練の炎。
遺灰に満たされた闇狩人のコートが――独りでに立ち上がる。
スマホを操作/黒手袋を装備/フードを目深に被った。
「――行こう、フラウ」
そして――いつもと変わらない/唯一無二の相棒への声色。
〈……それは、どうも。ですが……あなたは、最低のマスターだ。
そんな事、今言われたって――喜べる訳がないでしょうが〉
純白の騎士は吐き捨てるように呻いて、スマホの液晶に姿を消した。
344
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/23(月) 23:23:29
【フィロソフィカル・バーンド・コープス(Ⅱ)】
『おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!』
「……【自爆】と【死線拡大】のコンボか?いや、違うな――」
そして物語は進行する/何の変化もなく。
『マホ――』
『おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……』
「なるほど。マホたんと俺達だけの秘密か――蠱惑的な響きだ」
[■■■■の成れの果て/闇霊]は完全に、焼死体として振る舞う。
勝利を祝う宴の喧騒に、微かな/しかし楽しげな笑みを零す。
『みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!』
「……なるほど。ついでに俺も焼死体から“ただのしかばね”にジョブチェンジ出来る訳だ」
その身に染み付いた習慣のように、皮肉めいた諧謔を口遊む。
『それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛』
「ああ、任せておけ。仲間を守りながらの戦いなら、随分前にスキルレベルを上げてある」
『それも了解。わかってんなジョン、正面で敵とかち合ったら迷わず後ろに下がってこい。
トーチカ被せてやっから。俺とカザハ君なら、お前が隠れるくらいの時間は稼げる』
「悪いが明神さん、それは不可能だ――ゲージ一本貯まる前に、俺が戦いを終わらせるからな」
焼死体と同じように仲間を思いやり/焼死体と同じように強さを誇る。
『じゃあ――行きましょう、みんな!
根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
レッツ・ブレ――――イブッ!!』
「……レッツ・ブレイブ。なあ、この掛け声、どうしてもやらなきゃ駄目なのか?」
だが――そこには、実質的に誰もいない/ただ焼死体のような現象が、そこにあるだけだ。
345
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/03/23(月) 23:24:00
【ロスト・グローリー(Ⅳ)】
『――駄目です。やはり誰とも連絡取れません。ログインの形跡もなし』
『……そうですか。では、仕方ありません。事前の取り決め通りに事を運ぶのです。
かのクランは最新コンテンツにおける不正ツールの使用が確認された。
故に、そのコアメンバー全員をアカウント凍結処分とする』
『本当に、いいのですか?運営が、意図的に誤BANを行うなど……』
『日本代表選手とそのチームに失踪されたとなれば、我々の沽券に関わるのです。
彼らが本当に引退したのなら――どうせ、真相は誰にも分からないのです』
『……一体、何があったのでしょう』
『ふん、ゲーマーなんて所詮、飽きたらそれまでの連中なのです』
『……そんなものなのでしょうか』
『そんなものでなければ、困るのです。
彼らが全員、全くの同時に何らかの事件に巻き込まれて、
日課のゲームもろくに出来ない状況にあるなんて……それこそ馬鹿げてるのです』
『それは……そうですね』
『なのです。どうせ、新シーズンが始まったら思い出したようにゲームを起動するのです。
もっとも、その頃には……彼らのアカウントは全てBANされているのですが。
ああそうだ。サブアカウントの方も、監獄にブチ込んでおくのです』
『ああ、それはいいですね。反省文を書くまで新シーズンはお預けにしてやりましょう』
『です。では……仕事を始めましょうか。彼らの代わりも、探さなくてはなりませんし』
『――“ハイバラ”。お前も結局、一山幾らの、口だけのゲーマーだったのですか?』
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