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ξ゚⊿゚)ξツンちゃん夜を往くようです

1名無しさん:2020/10/14(水) 17:28:46 ID:YvZFQxxU0

         タクシー
      (゚」゚)ノ
    ノ|ミ|
     」L
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        _/ ̄ ̄\_
       └-○--○-┘=3

2名無しさん:2020/10/14(水) 17:29:36 ID:YvZFQxxU0

≪1≫


 大なり小なり事件はあるが、とにかく世界は平和である。
 どこかで何かは起こっているけど、私の周りはすごく平和だ。

 そんな平和でありがちな日々の中、私は今日も学校に向かっている。
 市立VIP高校で、すごく平和な日常を送るために――


.

3名無しさん:2020/10/14(水) 17:31:08 ID:YvZFQxxU0


ξ;゚⊿゚)ξ「ぢごぐぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」 ダダダダダ!

 しかし時刻はマジでヤバイ。午前8時を大きく過ぎている。
 ぶっちゃけ遅刻寸前なので独白なんかしてる場合ではなかった。

 私はとにかく爆走していた。全力で走るためカバンも家に置いてきた。
 身一つで疾走してる自分に若干の疑問もなくはないが、ともかく今は遅刻しない事が肝心なのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「セーフ!」ガラガラッ

 かくして私は遅刻を免れ、教室に辿り着いた。

( ´∀`)「いいえ遅刻です」

ξ゚⊿゚)ξ「はい」

 なるほどアウトらしい。
 私は教室に着くなり速やかに着席し、そして手を上げ自白した。

ξ゚⊿゚)ξ「先生、教科書忘れました」

( ´∀`)「うーん見るからに手ぶらだったもんね。
      ツンさん、せめて教科書は持ってきてほしいモナ」

ξ゚⊿゚)ξ「はい先生」

 私は涼しげに返事をしてから隣の席に一瞥を送った。
 教科書ないから見せて、という意味のアイコンタクトである。

.

4名無しさん:2020/10/14(水) 17:34:19 ID:YvZFQxxU0

ξ゚⊿゚)ξ チラッ

('A`)

ξ゚⊿゚)ξ

(;'A`)「……なんか言えよバカ」

 バカって言う方がバカ理論で言うところのバカである隣席の生徒、ドクオ。
 ドクオは机をこちらに寄せ、ようやく素直に教科書を見せてくれた。
 バカなりに自分の仕事は分かっているようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「なんも言わないわよ。授業中に喋っちゃダメでしょ」

(;'A`)「……お前、形だけは優等生ぶるよな」

ξ゚⊿゚)ξ「失礼ね、私はいつでも優等生なのだわ。ちょっと愛嬌強めなだけで」

('A`)「愛嬌で済まねぇレベルの問題児だよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そんな事より授業に集中しなさい。
       今どこやってるのよ、教えなさいよ」

('A`)「いやもう終わりだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「えっ」 キーンコーンカーンコーン

 勉学に向けて意気込んだ矢先、授業終了のチャイムが鳴り響く。
 おかしい、いくらなんでも終わるのが早すぎる。これは異常事態に違いなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「ありえない、授業がもう終わって――!?」

('A`)「お前が入ってきた時点で9割終わってたからなぁ」

( ´∀`)「はいじゃあここまでモナ。解散!」

 解散の合図と同時にクラスの雰囲気が軽くなる。
 私も早速席を立った。次の授業のためにも教科書が必要である。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえドクオ、次の授業ってなに?」

('A`)「は? もう昼飯だよ」

ξ゚⊿゚)ξ

 なるほどね、と心で呟く。
 もう午前8時もクソもなかったな。
 帰ったら時計の針を直しておこう。
.

5名無しさん:2020/10/14(水) 17:39:17 ID:YvZFQxxU0


〜〜〜〜〜


 昼の間に教科書を持ってこいと言われたので、私は一旦家に帰った。
 ついでに自宅で昼食を済ませた。おいしかった。

('A`)

ξ゚⊿゚)ξ「ドクオはずっと1人ね」

('A`)「無駄に動かないだけだ」

 かくして学校に戻った私は席に着き、1人暇そうにしているドクオに声をかけた。
 これは単なる事実なのだが、ドクオには友達が居ない。

('A`)「それより、ちゃんと教科書持ってきたんだろうな」

ξ゚⊿゚)ξ「当然じゃない。私を誰だと心得てるの?」

(;'A`)「……分かってるよ。お嬢様だろ、お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「そうなのだわ。分かってるじゃない」髪ファサ…

 やれやれこれだからドクオはドクオなのだ。
 私は自慢の金髪ドリルを払い上げ、自信たっぷりに威厳をアピって見せた。

 かくいう私――『魔王城ツン』にはとんでもねえ秘密があった。
 ぶっちゃけ私は魔王の娘である。魔界出身のガチ魔物、マジモンのお嬢様なのだ。
 平々凡々とした日常パートなんて今だけだ。蓋を開ければ色々とすごいのである。

ξ゚⊿゚)ξ「フフフ……みんな私の正体も知らず……」

('A`)「人格と素行の問題だと思うよ」

.

6名無しさん:2020/10/14(水) 17:41:00 ID:P3yxYjEo0
復活マジ?

7名無しさん:2020/10/14(水) 17:41:54 ID:YvZFQxxU0

( 'A`)「……さておき、今朝テストの返却があったんだが」 ペラッ

ξ;゚⊿゚)ξ「ゔッ!!」

 テストアレルギーなので即死級の阿鼻が爆発してしまった。
 ドクオは自分の解答用紙を机に出し、お前も見せろと言わんばかりに細い目を向けてきた。
 やめてほしい、テストアレルギーなので。

('A`)「隠しても無駄だからな」

ξ;゚⊿゚)ξ「……いや、コレが意外と結果よかったりするのよ」

('A`)「いいから出せ」

ξ;゚⊿゚)ξ「うち意外とやれる子やけん、そげん悪かことには……」ガサゴソ

 私は机の中を探り、そこにあった嫌な手応えを取り出した。

ξ゚⊿゚)ξ
 つ[ ]と

 長方形の紙切れ、それはまさしく解答用紙。
 その名前欄の隣には、私の体重くらいの点数がしっかりと書き出されていた。
 ちなみに私の体重は42キロである。ちょっと痩せすぎかな?(笑)

('A`)「27点ですね」

ξ゚⊿゚)ξ「はい」

('A`)

('A`)「27点って、お前……」

 ドクオはただ静かに目を伏せ、眉間を抑えて肩を震わせた。

('A`)「バカじゃん……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……復習、頑張るし……」

('A`)「人間界の勉強、流石にもう少しマシになろうぜ……」

ξ;´⊿`)ξ「……はい……」

.

8名無しさん:2020/10/14(水) 17:47:51 ID:YvZFQxxU0

(;'A`)「……それで、この有り様でもまだ『アレ』やるんだよな」

ξ;´⊿`)ξ「へえ、帰ったら物理の授業がありんす」

 ちなみに物理の授業とは 『物理戦闘の特訓をする』 という意味の隠語である。
 帰宅後の特訓は正直めちゃくちゃつらい。やりたくない。
 しかし私は魔王城ツン、逃亡なんて許されないのである。

('A`)

('A`)「もう諦めてスケジュール考え直せよ。身の程に合わせようぜ」

Σξ;゚⊿゚)ξ「そこまで言う!?」

 とはいえ、ドクオの言い分もまた正論だった。

 今の私は当然の期待に応えるのが精一杯で、魔王の重責を負えるほどの実力は無い。
 魔王だなんだは形式だけ。肩書きだけの誇張表現、生まれに基づくただの設定。
 今の私を言い表すなら、もういっそ『出来損ない』とか『期待外れ』で済ませた方が正確なのだ。

 ……そんな私に出来ることは、今あるものを裏切らないこと。
 ただそれだけを徹底し、私は今を生きているのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ええい黙らっしゃい! な〜にが身の程じゃい!」

('A`)

ξ;゚⊿゚)ξ「私は魔王の娘なのよ! 意地のひとつもあるのだわ!」

('A`)「いや、だからそれが空回ってるんだよって」

ξ;゚⊿゚)ξ「なによ! 逃げて放り出すよりマシなのだわ!」

(;'A`)「計画を練り直そうって話だろ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「ぐぬ……この屁理屈ボケカスモンスターちぢめてボケカスが……」

( ´∀`)「はーい、もう授業始まるモナー」 ガラガラッ

 そうこうしてる間に予鈴が鳴り響く。
 つらくきびしい地理の授業が幕を開けようとしていた。

.

9名無しさん:2020/10/14(水) 17:49:44 ID:YvZFQxxU0


 〜放課後〜


 授業が終わり、部活が終わり、学校が終わり。
 1日を終えた学生達も思い思いに動き出し、校舎にはささやかな静寂が広がっていく。

 そんなよくある学校生活、終わりの風景。
 私は今日の名残りを眺めるように教室に居残り、ドクオが部活から戻るのを待っていた。


ξ゚⊿゚)ξ「それでドクオがね、急に爆発して死ぬの」

 「そうなんだ、すごいね!」

ξ゚⊿゚)ξ「死ぬのよ」

 もちろん一人ではない。ちゃんと話し相手も居る。
 話し相手はクラスメイトのまゆちゃん(モブ生徒)だ。AAは無い。
 今日も随分と話し込んだ気がする。時計を見ても、そろそろお開きのようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……さて、今日もウソばっかり話してしまったわね」

 「うん、何一つとして真実を語らなかったね! 逆に凄いよ!」

ξ゚ー゚)ξ「ふふ、何があっても私が魔王だなんて信じちゃダメよ。
      女子高生でも流石にキツい」

 私とまゆちゃんはマジでどうでもいい事で時間を潰せるタイプで、心底気が合う間柄だった。
 下敷き卓球、鳥類観察、ひたすらウソを言い合うなど、そのクソどうでもよさは校内随一を自負している。
 そんな私達の様子は大体まんがタイムきららなので各位そのように想像してほしい。

('A`)「ヴァー」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ドクオが来たのだわ」

 かくしているとドクオが戻ってきた。
 彼は教室の入り口に突っ立ったまま、「帰ろうず」の意である呻き声を上げていた。

.

10名無しさん:2020/10/14(水) 17:54:52 ID:YvZFQxxU0

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあまゆちゃん、続きはまた今度」

 「うん! またね、魔王城さん!」

('A`) ヴァー

 支度を済ませて教室を出て、まゆちゃんに最後の挨拶をしてから帰路に着く。
 私の日常はこれでおしまい。少なくとも、普通の人間としての日常は完全に終わった。

 ここから先はもう一つの日常。
 一介の魔物として、魔王の娘として過ごす夜の時間である。

ξ゚⊿゚)ξ「……ドクオ、せめてまゆちゃん相手には普通に話しなさいよ」テクテク

('A`)「馴れ合いは好きじゃないから……」トボトボ

ξ゚⊿゚)ξ「誤解されてもしょうがない……」

通りすがりのブルーハーツ「それでも僕は君のこと〜〜」

 人と魔物の二重生活を切り替える通学路は、私にとって大きく意味のあるものだった。
 朝は寝坊しちゃうのであんまり意味がない。

ξ゚⊿゚)ξ「とにかく、まゆちゃんに失礼な態度は取らないでよね。
      めちゃくちゃ貴重な友達なんだから……」

('A`)「分かってるよ。だから関わらないようにしてるんだろ……」

 私が人間として振る舞える時間は極僅かだ。
 魔物の寿命を鑑みれば、それこそ『今』は一瞬の出来事として記録されてしまうだろう。

 そんなエモい感情を区切り、胸にしまうための帰り道。
 せいぜい20分程度の道行きを、私はゆっくりと歩いていく。

('A`)「コンビニ寄るけど」

ξ゚⊿゚)ξ「私も」

 肉まん買って帰った。

.

11名無しさん:2020/10/14(水) 17:57:53 ID:YvZFQxxU0


 〜ツンちゃんの家〜


ξ゚⊿゚)ξ「ただいま〜」

('A`)「おじゃまします」


ミセ*゚ー゚)リ「おかえりなさい、遅かったですね」トテトテ

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。友達と話し込んじゃって」

ミセ*゚ー゚)リ「また?」

ξ゚⊿゚)ξ「……学校生活には関知しない決まりでしょ」

 家に帰ると、同居人&お世話係の餓狼峰ミセリさんが玄関まで出てきてくれた。
 奥のリビングからは美味しそうな夕飯の匂いが漂ってくる。
 ミセリさんのエプロン姿も相まってか、この時ばかりは日常的な感慨を覚えてしまう。

ミセ*゚ー゚)リ「普通に心配してるんですよ。連絡もしてくれないし」

ξ゚⊿゚)ξ「既読なら付けてるじゃない」

ミセ;*゚ー゚)リ「返信が欲しいって話ですよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「うるさいのだわ。そんなんだから独身なのだわ」

ミセ*゚ー゚)リ「いささか高潔なだけです」

 そもそも魔物には独身もクソも無いのだが、確かにそれはその通りだ。
 私も高潔なのでよく分かる。高潔なのは大変である。

ξ゚⊿゚)ξ(高潔なのは、高町なのはみたいで良いわね……)

('A`)「……じゃあ俺はこれで」

ミセ*゚ー゚)リ「あれ、今日も夕飯いいの?」

('A`)「適当に済ませるんで」

 私の友達、という体での護衛を終えたドクオは気だるげに踵を返す。
 今日も何事もなく終われたと、彼は長い溜息を吐きながら家を出ていった。

ミセ*゚ー゚)リ「そっけない。食べてけばいいのに……」

ξ゚⊿゚)ξ「シリアス遠慮マン」
.

12名無しさん:2020/10/14(水) 18:02:37 ID:YvZFQxxU0


ミセ*゚ー゚)リ「……さて。では『お嬢様』、この後はどうされますか?」

 エプロンを脱ぎながら、ミセリさんはやや固い口調で言った。
 ここから先はもう殴り合いの時間なので、私の心も少しだけ強張ってしまう。

ミセ*゚ー゚)リ「お風呂にするか、ご飯にするか、それとも」

ξ;゚⊿゚)ξ「……特訓が先よ。でなきゃ風呂もご飯も無駄になるじゃない」

ミセ*゚ー゚)リ「無駄に『してる』だけですよ。こけたり吐いたりしなければいいんです」

ξ;-⊿-)ξ「……分かってるのだわ。用意するから先に行ってて」

ミセ*゚ー゚)リ「はい、ごゆるりと」

 ――私はミセリさんを横切って家に上がり、努めて遅い足取りで2階の自室に入っていった。
 自室に荷物を置き、制服からジャージに着替え、軽いストレッチまでを終わらせる。

ξ゚⊿゚)ξ「…………」

 時刻は午後7時を回ったところ。
 私はここから8時間、特訓用の異空間でひたすら特訓をし続ける。
 しかもその異空間は精神と時の部屋なので、特訓後でも現実では1時間しか経過していない。

 これが私にとっての『夜』。
 毎日欠かさず行われる、日常に対するもうひとつの日常だった。

 地上ボケ防止とはいえ、人間社会に合わせた体で30時間以上も活動するのは結構しんどい。
 ましてやそこに物理特訓(スパルタ)が入ってくれば尚更で、つまりつらい。

ξ;゚⊿゚)ξ

 しかしそれでも続けるしかない。
 なぜなら私は魔王城ツン。やらねば名前がすたるのだ。

ξ;-⊿-)ξ「……行くか」

 色々考え込んだ後、大きく一息ついて胸をなでおろす。
 私は渋々動き出し、自分の部屋を後にした。


.

13名無しさん:2020/10/14(水) 18:04:01 ID:YvZFQxxU0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ――特訓用のスペースは、魔術的に構築された異空間内に用意されている。
 その広さは東京ドームくらいで、岩場や崖の多い立体的な地形をしていた。

 草木の類を一切排除した人工的な荒野。
 私とミセリさんはそこに立ち、特訓開始に向けたあれこれを云々していた。

ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様、今日の調子は?」

 ジャージ姿のミセリさんが伸び伸びとストレッチをしながら問いかけてくる。
 ここで「絶好調!^p^」なんて答えると死んでしまうので、私はわざとらしく顔色を悪くして答えた。

ξ;´⊿`)ξ「もーだめ、疲れすぎてて動きたくない……」

ミセ*゚ー゚)リ「であれば肉体の限界を超えるチャンスですね! 頑張りましょう!」

ξ゚⊿゚)ξ「違うそうじゃない」

 ミセリさんは大体いつもこんな感じだった。
 多分あんまり人の話を聞いてないんだと思う。

.

14名無しさん:2020/10/14(水) 18:08:31 ID:YvZFQxxU0

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあとりあえず魔力生成から始めましょうか。
      お嬢様は出力を抑えつつ、扱える分だけ生成してくださいね」

ξ゚⊿゚)ξ「ウス」

 さて、いよいよ特訓開始である。

 魔力=やる気みたいなものなので、ここで魔力を作り過ぎると色々と危ない。
 私は魔力生成だけは普通に出来るのだが、その魔力をコントロールするのがとにかく下手だった。

 だから魔力生成は程々で済ませ、コントロールできる範囲で次の段階に移行する。
 生成された魔力は固有の色を獲得し、所謂オーラ的なものとして現れるのが特徴だ。

ξ-⊿-)ξ「……ん、できた」

ミセ*゚ー゚)リ「はい。今日はそのまま、もう少し」

 時間をかけてゆっくりと練り上げた魔力が、少しずつ真紅に色付いて像を結ぶ。
 制御限界もあるので大した変化は見られないが、然るべきアレが良い感じになっている。
 傍から見ると界王拳の趣もあると思う。魔力に集中すると語彙力が無くなって困る。

ミセ*゚ー゚)リ「……にしても普通ですね」

ξ;-⊿-)ξ「……やる気なくなるから言わないでほしいのだわ」

 魔力の感覚を呼吸に重ね、自然体へと推移させる。
 ここまでやって、これでようやく及第点だ。魔力の扱いは本当に大変である。

ミセ*゚ー゚)リ「それじゃあ私も用意しますね」 スッ

 私の所作を見届けると、程なくミセリさんも魔力を発揮。
 同時にハンターハンター(旧アニメ)みたいな効果音が空に唸り、僅かに空気が震えだした。

ξ;゚⊿゚)ξ !

 ――その鳴動と共に現れ、ミセリさんの身体を包むコバルトグリーンの魔力。
 前述の例えに合わせるならば、その趣は完全にブロリーであった。

ミセ*゚ー゚)リ「……はい、こちらも済みました」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ウス」

 魔力の基本は生成、制御、成形の3段階。
 そして、ミセリさんはその全てを高いレベルで習得していた。
 魔力の質も総量も、私が生成したものとは比べ物にならないほどだ。

.

15名無しさん:2020/10/14(水) 18:14:04 ID:YvZFQxxU0

ミセ*゚ー゚)リ「少しずつではありますが、お嬢様にも上達は見られます。
      とにかく基本は大切に。毎回言ってますが、疎かにしないよう」

ξ;゚⊿゚)ξ「わ、分かってるのだわ」

ミセ*゚ー゚)リ「それはなにより。では次、成形の練習を始めましょうか」

ξ;゚⊿゚)ξ「ゔッ! ……はい」

 魔力を生成し、コントロールし、意図したものに成形する基本の3段階。
 この内、私がまともに出来るのは魔力生成だけである。
 出力を抑えまくればコントロールもギリ出来るのだが、問題は最後の『魔力成形』――。

ξ;゚⊿゚)ξ「そいやぁぁぁぁぁ! 魔力成形!」
 つ魔と

ミセ*゚ー゚)リ

ξ;゚⊿゚)ξ「あああああ魔力が逆流する!! うおおお魔力成形!!」
 つ魔と

ミセ*゚ー゚)リ(このアホっぽい掛け声、直すべきかな……)

 魔力は生成だけでも身体機能を大きく向上させてくれる。
 が、それだけでは魔力の全性質を引き出せているとはとても言えない。

 生成段階ではオーラのように無形の魔力。
 それを身体強化や魔術などに発展させる最後の工程こそが魔力成形。
 ただでさえ魔力コントロールがヘタクソな私には、これがもうマジで無理で死にたい。

 しかし、立派な魔物を目指すなら魔力成形は必修科目。
 だからこそ、私も簡単なものでいいから成功させてみたいのだが、

.   _ ∩
  レヘヽ| | テテーン
    (・x・)
   c( uu}

ξ;´⊿`)ξ「ウサちゃんになった……」

ミセ*゚ー゚)リ「どうして……」

 私の魔力はウサちゃんにしかならない。
 もうヘタクソとかいう次元ですらなかった。

.

16名無しさん:2020/10/14(水) 18:16:52 ID:YvZFQxxU0

ミセ;*´ー`)リ「……なんというか、これはこれで面白いですよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「面目ない……」

ミセ;*゚ー゚)リ「構いません。今に始まった事じゃないですし、魔王化まで先は長いですから。
       最初はもっと簡単なイメージからいきましょう。小物とか布とか……」

ξ;´⊿`)ξ「ウサちゃんイメージしてる訳じゃないのに……」

ミセ;*゚ー゚)リ「おかしいですね、あれが原点だったりするんでしょうか……」

 前述のとおり、私はもう魔力成形というヤツが苦手で苦手で最悪だった。
 それ抜きにしても私は弱いので、一旦今は基本を固める感じて特訓メニューが組まれている。

 つまりは物理の時間、物理戦闘の特訓となる。
 かくして身体強化全開のパワフル脳筋特訓が幕を開け――

ミセ*゚ー゚)リ

ミセ*゚ー゚)リ「……これは、本当にやるしかなさそうですね」ボソッ

ξ゚⊿゚)ξ ?

 ……と、思ったのだが。
 ミセリさんは口元に手を当てたまま踵を返し、独りごちつつ考え事を始めてしまった。
 それから少しして考えがまとまったのか、ミセリさんはまたこちらを向き、普段の調子に戻った。

ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様、すみませんがちょっと外に出てきますね。
      いくつか連絡を済ませておきたいので。ちょっと自主練してて下さい」

ξ*゚⊿゚)ξ「えっ、サボってもいいの!?」

ミセ*゚ー゚)リ「自主練と言いました。具体的にメニュー出しましょうか?」

ξ゚⊿゚)ξ「岩盤ベンチプレスは勘弁してください」

ミセ*゚ー゚)リ「よろしい。でもまぁすぐ戻ってくるので気にしないで下さい。
      むしろ不意打ちを仕掛けますから気を抜いちゃダメですよ?」

Σξ;゚⊿゚)ξ「不意打ちはもっと勘弁してください!!」

 このあと不意打ちされてボコボコにされ、いつもの物理特訓が8時間続いた。
 なお特訓風景はほぼ暴力シーンで構成されており、作品健全化のため全カットされるのだった。

.

17名無しさん:2020/10/14(水) 18:20:54 ID:YvZFQxxU0

≪2≫


 ――……あくる日の学校、昼食の時間。


ξ゚⊿゚)ξ「しんどい」

('A`)「……そりゃ分かるけど」

 昨日の特訓、一昨日の特訓、更にその前の特訓。
 魔王になるべく続く日々は、それはもう凄まじい筋肉痛を私にもたらしていた。

 現在、私の全身は筋肉痛でバッキバキ。
 矯正ギプスを付けてるレベルで動きが拙く、昼食を食べることすら正直つらい。

 「はい魔王城さん、あーん」

ξ゚⊿゚)ξ「すまぬ……すまぬ……」 パクパクモグモグ

 なのでクラスメイトのまゆちゃんにあーん(はぁと)で食べさせてもらっている。
 とても楽なのでずっとこれがいい。
 かくして私はまゆちゃんのヒモ女になった。ここ薄い本が出るところです。

('A`)「とりあえず今日と明日は休みなんだろ? それで十分休んどけよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……まぁ連休は嬉しいんだけど、それはそれよ」

 ――そうなのである、突然だが休日なのである。
 近頃の私を見かねたのか、あのミセリさんが珍しく連休をくれたのである。
 まったく、特訓なしで過ごせる日なんていつ以来だろうか。

ξ;-⊿-)ξ「……たった2日じゃ今ある疲労を取れるかも怪しいのだわ。
        魔力はともかく、体力と気力の回復には1週間は欲しいものね」

(;'A`)「そこは諦めろよ。ミセリさん脳筋で人の気持ち分かんねえんだから」

ξ゚⊿゚)ξ(けっこう酷いこと言うなコイツ)

 ちなみにいつものミセリさんは

【 ミセ*゚ー゚)リ「今日はご帰宅が早かった事ですし、もう8時間いきましょう!」 】

【 ミセ*゚-゚)リ「たまには数日ブッ通しで鍛えるか……(気分)」 】

 といった調子なので、連休なんてものはマジで発生しない。
 ゆえに今回の休暇は極めて貴重なものなのである。大事にしていきたい。

.

18名無しさん:2020/10/14(水) 18:26:24 ID:YvZFQxxU0

('A`)「実際、今のお前じゃミセリさんの特訓にもついてけねえだろ」

ξ;゚⊿゚)ξ「それは……」

(;'A`)σ「……相手が相手だ。ぶっちゃけ俺でもやりたくないレベルなんだぞ。
     何度も言うけど絶対に非効率だ。身の程に合わせるべきだ」

 ドクオは強く言いきり、私の反論を拒むようにコンビニ弁当にがっついた。
 1回くらい肩パンしたい気持ちになったが、納得する部分もあるので無下にはできなかった。

ξ;-⊿-)ξ「……何度も言うけど、私は自分の意思で今の生活をしてるの。
        文句も愚痴もその一部よ。向こうが愛想尽かさない限り、私は続ける」

('A`)「でもその愛想を尽かされたんじゃねえの」

ξ゚⊿゚)ξ「えっ」

('A`)「急に連休だし」

ξ゚⊿゚)ξ

( 'A`)「魔王候補も今日までか。案外早かったな」

ξ;゚⊿゚)ξ

 「……2人とも、ウソ・トークが迫真だね……!」

ξ;゚⊿゚)ξ パクパクモグモグ

 確かに今回の休暇はいきなりステーキめいている。
 そこに一切の不安が無いとは私自身も言い切れない。いきなりステーキの話していい?

.

19名無しさん:2020/10/14(水) 18:28:45 ID:YvZFQxxU0

ξ゚⊿゚)ξ「そういえばいきなりステーキの話なんだけど」

('A`)「なんだろ、ミセリさんも上からなんか言われてんのかな。
    特訓の成果とかまったく出てねえしな……」

ξ゚⊿゚)ξ「いきなりステーキ……」

 話題を無視された肉マイレージカードが泣いていた。


 「……いきなりステーキ? 行きたいの?」

ξ゚⊿゚)ξ !

 「じゃあ今度行こっか! 私行ったことないんだよね」

ξ゚⊿゚)ξ「すまぬ……すまぬ……」パクパクモグモグ

 まゆちゃんは全ての話題を拾ってくれるのですごい。


('A`)「……ほんと、お前なんで死ぬほど弱いんだろうな。
    魔界の血統書で言えば超スペシャルだってのに……」

('A`)「人間社会にもやたら馴染んでるし、むしろ今の生活のが合ってるんじゃ……」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――ハァ!? そんな訳ないじゃない!
       ちょっとドクオ、あんまり私を見くびらないでほしいのだわ!」

(;'A`)「でもよ、今のお前じゃ魔界に居ることすら出来ないんだぞ。
    なんで地上で日常系作品みたいな生活してるか考えろよ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「ぐぬォ……!」

 痛い所を突かれ、思わずガッシュ・ベルみたいな阿鼻が漏れてしまう。

 確かに私くらいのヴィジュアルがあればまんがタイムきららでの連載も可能だ。
 しかし私は魔王城ツン、魔王の娘で純粋バトル系の生まれなのだ。
 それをなんだこのドクオは。肉マイレージカードで殴るぞ。

.

20名無しさん:2020/10/14(水) 18:31:02 ID:YvZFQxxU0

(;'A`)「魔界に居ても血筋のせいで狙われるし、自分で自分を守れねえし。
    ほぼ魔王の厄介払いみたいな成り行きで地上に来てんだぞ。忘れんなよな」

ξ゚⊿゚)ξ

('A`)「身の程を弁えろよな」

ξ゚⊿゚)ξ「ストレスでハゲそう」

 ああ、こんな惨めな気持ちになるのなら異世界転生主人公になりたかった。
 私だって最強主人公で主題歌LiSAでアニメ化されたかった。
 それをなんだこのドクオは。肉マイレージカードでボコボコにするぞ。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ふん! もういいわよ、今更そんなの余計なお世話なのだわ!
       アニメ化してもドクオの出番は無いんだからね!」

('A`)(アニメ化?)

ξ゚⊿゚)ξ「ちなみに私は萌え声女声優でアニメ化されて解釈違いで荒れまくるのが夢なの」

 「そうなんだ、すごいね!」

ξ゚⊿゚)ξ「キャラソンが原作無視してて最悪とか言われたいのよ……」

 「そうなんだ、すごいね!」

 まゆちゃんは必ず反応してくれるのですごい。

.

21名無しさん:2020/10/14(水) 18:31:38 ID:YvZFQxxU0

 キーンコーンカーンコーン!!!!!!!!!!!!!!!
 突然だがチャイムが鳴り響いて昼が終わった。よくある急転直下である。

Σξ;゚⊿゚)ξ「アアーー!! 宿題まだやってないのだわ!!」

('A`)「どうして……」

 「丸写しする?」

ξ;´⊿`)ξ「する……」

('A`)(ダメ女……)

.

22名無しさん:2020/10/14(水) 18:33:29 ID:YvZFQxxU0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 この世界の歴史に大きな区切りをつけるとすれば、
 誰であれ、『勇者と魔王と超能力』への言及だけは避けられないだろう。


 ――およそ50年前に起こった正義と悪の戦争。
 終戦までに半年を要したそれは『現魔戦争』と呼ばれ、
 『超常時代』の終わりを決定付ける『歴史の特異点』として広く認知されていた。

       カキカキ
ξ゚⊿゚)ξφ....

 なお、これは世界史の宿題を丸写ししながら地の文を展開するという荒業であった。
 『』で囲まれてる部分がテストに出やすいとのこと。


 戦争以前、この世界は『超能力』による問題や不安を数多く抱えていた。
 それらは世界情勢を脅かすようなものには(なぜか)発展しなかったが、
 超能力の存在が銃社会のようなストレスを生んでいたのもまた事実だった。

 ここらへんの色々を上手くまとめたのが『超常時代』。
 超能力ありきの現代社会、みたいな感じのアレが、つまりそういうことなのだった。

ξ゚⊿゚)ξ(うーんよくわからん)

 まぁ多分こんな感じの認識で合ってるだろう。
 なんでもいいや、今は宿題を終わらせるのが大事だ。先に進もう。

.

23名無しさん:2020/10/14(水) 18:36:31 ID:YvZFQxxU0


 人と社会と超能力とが共存していた時代。
 長らく続いたその時代は、しかし、ある出来事を節目に終息へと向かい始める。

 その出来事とは『勇者と魔王の出現』。
 超能力者みたいな埒外の存在が、同時期に複数現れちゃったのだ。


 ほどなく魔王は無数の魔物からなる魔王軍を率いて世界各地へと侵攻。
 勇者は魔王軍を追って戦場に現れ、現地の超能力者と協力して魔王軍を撃退していった。

 そんな一進一退の果て。
 勇者に与する者達は『勇者軍』を自称し始め、戦況は『魔王軍VS勇者軍』の構図に収束。
 かくして戦いは『現魔戦争』へと発展し、あとまぁそれっぽい事が色々起こった。

【 Q.戦争の結末は? 】

 ……というと、その辺のアレはかなり曖昧で、表向きにも大分なあなあにされてる部分だった。
 ぶっちゃけ戦争後期には勇者も魔王もクソもなく、みんなそんなのどうでもよくなっていたのだ。

 そしたらみんな結末を見逃してしまった。
 アーカイブにも残らなかった。

 気がついたら勇者も魔王も消えていて、流れで戦争も終わっちゃったのである。
 あとは『みんな』が表向きの歴史を取り繕い、私がこうして勉強してる感じ。
 この辺の機微は大人の事情という感じがすごい。あんまり言及するのも薮蛇というものだ。

 ……とはいえ、実際の歴史はもうちょっとハッキリしている。

 これについては魔界のみんなも大声では言わないのだが、
 私は「王様の耳はロバの耳!」をやるタイプなので大声で言ってしまう。

.

24名無しさん:2020/10/14(水) 18:39:53 ID:YvZFQxxU0


 ――勇者と魔王の勝ち負けについては、とりあえず明確な決着がついていた。

 決戦の場は魔界。
 その結末をざっくり言うと、勇者のギリギリ判定勝ちだった。


 決戦後、辛うじて動けた勇者は魔王軍から逃げて地上に脱出。
 以降完全に姿を消し、今なお捜索の手掛かりすら見つかっていない。
 一方で魔王もギリギリ生きてはいたが、今なお植物状態で意識を取り戻していない。

 勇者は立てて、魔王は立ち上がれなかった。
 そんな感じの結末なので、強いて言うなら勇者の判定勝ちという感じになる。
 個人的には判定勝ちどころか完全に勇者winなのだが、そこは身内贔屓だ。

 しかし魔王の負けは魔界全体の負けみたいなもの。
 そりゃ歴史の闇に葬られるし、みんな大声では語らない。

 そもそも判定者が居なければ判定勝ちも成立しないのだから黙殺がベスト。
 結果、創作された『勇者と魔王が消えて戦争終結』という言説が好都合で、今に至る。


『 / ,' 3 』

 ちなみにこっちが魔王スカルチノフ。私のおじいちゃんだ。
 身内だが戦争首謀者なので苦手意識が強い。ぶっちゃけこいつ戦犯なのでは?
 それでも、いつか目覚めてくれたら色々話してみたいとは思っている。

『 ( ・□・) 』

 そしてこっちは勇者ブーン。
 彼の行方は今も捜索され続けているが、まぁ死んでるよね! というのが魔王軍の見解だった。
 まぁ死んでるよね! 私もそう思う。

.

25名無しさん:2020/10/14(水) 18:45:47 ID:YvZFQxxU0


 ――しかし戦争終結後、地上では更なる異変が起こっていた。

 それは『超能力の消失』。
 これがぶっちゃけ原因不明で、なぜ発生したかも分からなかったらしい。

 対策しようにも超能力自体が理外の概念。
 人の知恵ではとても対処しきれず、超能力者はすごい速さで減っていった。
 人間達、コロナは殺せてもこっちは無理だったらしい。

 かくして50年。
 理外のものが幅を利かせた『超常時代』は幕を下ろし、世界は平和そのものになった。
 激ヤバの戦争を終えた人類は改めて手を取り合い、銀河の歴史がまた1ページ――


 ……という所までが、またしても表向きの歴史。
 実はこの50年間で魔物は人間界への進出を果たしており、人間社会にガッツリ入り込んでいた。
 つまり、超常時代はまったく幕を下ろしていないのである。

 しかしその進出は侵略目的ではなく、人間との共存を模索する偵察のようなものだった。
 今更なんで急に共存とか言い出したのかというと、次代の魔王が平和主義者だったからである。

『 ( ФωФ) 』

 スカルチノフ亡きあと、魔王の座を継承したロマネスク(私のパパ。つよい)。
 彼は極めて温厚な性格をしており、先代魔王のような侵略行為を一切許さなかった。

 魔王ロマネスクが目指すところは魔界の平和的統治。
 人間界を参考に、魔界に理性的な社会構造を作り出すことだった。

 そしてそれは50年でおおよそ実現され、今の魔界はかなり平和的な感じに治められている。
 スカルチノフ世代の老害も多少なり残ってはいるが、それはパパが物理的に説得している。
 やはり政治は物理なのだ。パパの所業を聞くたびに、私は物理の凄さを実感するのだ。

 争うな! 殴るぞ! を地で行くので理不尽と言えば理不尽である。

.

26名無しさん:2020/10/14(水) 18:49:16 ID:YvZFQxxU0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



ξ;´⊿`)ξ「写し終わったーーーーーー!!」


 余談が多くなってしまったが、つまり大体そういうことなのだ。
 魔物の私やドクオが地上で暮らしていられるのも、つまりそういう歴史があったからなのだ。

 『勇者と魔王の出現』、そして『現魔戦争』から『超能力の消失』の流れ。
 これが『超常時代』の終わりであり、今回私が丸写しで済ませた宿題の内容だった。
 歴史は大事だなぁ。私は心からそう思った。


ξ;゚⊿゚)ξ「まゆちゃん本当にありがとう! 今度お礼するから!」

 私は急いでまゆちゃんに宿題を返して次の授業に備えた。

ξ゚⊿゚)ξ(あっ教科書が無い)

 ダメだった。


( ´∀`)「みんな席に着くモナ〜」ガラガラッ

 間髪入れずにモナー先生が教室に入ってくる。
 さらに先生の後ろには見慣れない生徒が1人、カバンを抱えてついて来ていた。

( ^ω^)

ξ゚⊿゚)ξ「……?(誰よアイツ……見ない顔ね……)」

.

27名無しさん:2020/10/14(水) 18:50:10 ID:YvZFQxxU0

( ´∀`)「えーと、突然だけど転校生を紹介するモナ」

 教壇に立ったモナー先生は教室を見渡し、声を張って注目を集めた。
 転校生の一言にどよめく教室。
 それが落ち着いてきた頃合いで、モナー先生はまた口を開いた。

( ´∀`)「それじゃあ内藤くん、自己紹介をお願いするモナ」

( ^ω^)

( ^ω^)「……内藤ホライゾン。よろしく」

 ニコヤカ仏頂面で手短に名乗る転校生。
 彼は教室内を一望し、なぜか私のところで視線を止めた。
 一目惚れか? やれやれ参ったな。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえドクオ、あの転校生こっち見てない?」ヒソヒソ

('A`)「バッチリ見てるな。……ヤな感じだ」

ξ゚⊿゚)ξ「いや多分あれ一目惚れよ。してしまったのよ恋を、私に」

(;'A`)「えっ、いや違うぞ」


( ´∀`)「はい、じゃあ内藤くんも席に着くモナ。
      一番後ろの席にしといたモナ。あとはよろしく」

( ^ω^)「分かってるお」

 着席を促された転校生、もとい内藤ホライゾンがこちらに向かって歩いてくる。
 わざわざ私の隣を通って行こうだなんて可愛い奴め。
 どれ、いっちょ声を掛けてやるとするか。この美少女ヒロイン魔王城ツンが。

.

28名無しさん:2020/10/14(水) 18:53:01 ID:YvZFQxxU0


( ^ω^)

ξ-⊿゚)ξ「よろしく、内藤くん」髪ファサ…

 すれ違いざま、小さな声で話しかける美少女=魔王城ツン。
 私は自慢のツインドリルを翻し、ギャルゲのイベントCGばりにキラキラを発生させた。

 しかし、その途端。

('A`)「――っと、」 ガタッ

 突然ドクオが席を立ち、恐ろしく速い手際で転校生の腕を掴み取った。
 このとき、ドクオは確実に『魔物』としての力を発揮していた。

ξ;゚⊿゚)ξ「ど、ドクオ!? 何やってるの!?」

 人間以上のスピードとパワー。それを人間相手に使うことは、私の立場的にも看過できない。
 ふざけている場合ではない。キラキラなんて発生させてる場合ではない。
 私はドクオの足を蹴りまくり、彼の動きを全力で咎めまくった。

( ^ω^)「……どうした、握手でもしたいのか」

('A`)「握手したがってんのはお前だろ。
    そこの金髪アホドリルは気付いてねぇがな」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっとドクオ! いくらコミュ障でも限度ってものが……!」

 この一挙手に遅れて気付き、次第にざわつく教室内。
 そして互いを睨みつけて動かないドクオと内藤くん。
 私の声は、彼らには少しも届いていなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ちょっと、やめなさいってば!」

 私はことさら語気を強めて立ち上がり、2人の間に割り込んだ。
 ドクオの片手を力尽くで取り外し、2人をぐっと押しのける。

.

29名無しさん:2020/10/14(水) 18:54:29 ID:YvZFQxxU0

ξ;゚⊿゚)ξ「てやんでい! 急にどうしたのよドクオ!」

('A`)(てやんでい?)

('A`)

( 'A`)「……なんでもねえよ」

( ^ω^)「ああ、なんでもないお」スッ

 そう言って鼻で笑うと、内藤くんはさっさと自分の席に着いてしまった。
 ドクオはその姿をじっと睨み続け、クラスの注目も無視して立ち尽くした。

( ´∀`)「――はいはい、みんな落ち着くモナ! 先生は見てたモナ!
      今のは内藤くんが転びかけたのをドクオくんが止めただけモナ!」

 不意に、先生の一喝が教室内の空気を塗り変える。
 先生はわざと音を立てながら教材を広げ、全生徒にざっと一瞥を送った。

ξ;-⊿-)ξ「……ドクオ、あとで話を聞くわ」

('A`)「……」

 気まずいながら私達が席に着くと、それからすぐに授業が始まる。

 しかしその後、今日一日、放課後に至るまで。
 ドクオはずっと警戒心を露わにしたまま、私のそばを離れようとしなかった。
 トイレにもついてこようとした。流石に真顔で嫌がった。

.

30名無しさん:2020/10/14(水) 18:55:18 ID:YvZFQxxU0

≪3≫


 放課後になりました。


ξ゚⊿゚)ξ


 魔王城ツンです。

.

31名無しさん:2020/10/14(水) 18:57:15 ID:YvZFQxxU0


( ^ω^)「――おい」

('A`)「……なんだよ、俺に言ったのか?」

 ホームルームが終わってすぐ、それは起こった。
 授業を終えて活気立つクラスの中、件の内藤くんがドクオに声をかけたのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(うわ面倒臭そうな……)

 何事もなく今日を終えようと思っていたのに先を越されてしまった。
 ドクオは既に、凄まじく反抗的な態度で内藤くんを敵視していた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……ぅ……」

 そんな様子を眺めながら、私はコミュ障を発揮してなんもできなかった。
 もしもドクオが本気でキレた場合、私の力ではどうにもできない。
 立場だけなら私が上だが、あんまり刺激するのも逆効果な気がして、つまりコミュ障になった。

( ^ω^)「ああ、ひとまず誤解を解きたくてな。
      これからずっと警戒され続けるのも気分が悪い」

('A`)「……『あれ』が誤解だと?」

 ドクオは静かに向き直り、ゆっくりと内藤くんの胸ぐらを掴み上げた。
 僅かに足を浮かせた内藤くんは、しかしそれでも顔色を変えない。

( ^ω^)「僕はハインリッヒ高岡の関係者だお。
      それにしても、この様子じゃ本当に何も聞かされてないみたいだな」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ、ハインさんの?」

('A`)「なん……だと……?」

 ――ハインリッヒ高岡。
 その名前が出るくる事を、私達は少しも予想していなかった。

.

32名無しさん:2020/10/14(水) 18:58:42 ID:YvZFQxxU0


『 从 ゚∀从 』

 ――ハインさんは、人間でありながら魔王軍と関わりのある珍しい人物だった。

 彼については還暦を過ぎたイケオジと言えば簡単だが、その実態はほぼ謎に包まれている。
 私が知っているのは『元勇者軍』という素性だけ。
 その他の経歴は本人からも、魔界の誰からも聞き出せなかった。

 そんなハインさんの仕事は人と魔物の仲介役。
 魔物の地上進出をサポートし、必要なものを用意するのが彼の役割だ。

 私もこっちに来た時にはお世話になったし、今でもずっと良くしてもらっている。
 ぶっちゃけ私より強いので特訓の愚痴を言ったりアドバイスを貰うことも多い。
 ミセリさんより話が通じるしイケオジだし、私がもう少しロリなら確実にホの字(死語)だったと思う。


('A`)「あいつの関係者? 俺は何も聞かされてないぞ」

( ^ω^)「……なるほど。魔王の娘が箱入りというのは本当らしい。
      側近にすら話が通っていないとは、筋金入りの日和見だな」

 内藤くんはそう言って深く溜息を吐き、私を一瞥した。
 箱入り――そういう扱いには慣れているが、面と向かって言われたのは何年ぶりだろう。

( ^ω^)「魔王城ツン、とりあえず謝罪を言っておく。すまなかった」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、そもそもこれって何の話?
       あんまり分かってないんだけど……」

('A`)「お前こいつに『攻撃』されてたんだよ。俺が止めなきゃ確実に食らってたぞ」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ?」

 ――攻撃?
 まさか、あんなすれ違いの一瞬で?

( ^ω^)「恐ろしく速いだけの手刀だ。威力は無いし、当たっても気絶で済んだ」

('A`)「上手く当てればな。お前のは下手だった」

( ^ω^)「……ああ、それも悪かったよ。想像以上に的が脆そうでな、手先がブレた」

('A`)「言葉は慎重に選べよ。ハインの名前は免罪符にはならねえぞ」

.

33名無しさん:2020/10/14(水) 19:01:07 ID:YvZFQxxU0


( ^ω^)「――だったら続きは場所を変えるお。
      主人の手前、ここじゃあ何かと気を遣うだろう」

(#'A`)「……チッ。分かったよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、ちょっと……」

 私を置いてどんどん話を進めていく2人。
 内藤くんは足早に教室を出ていき、ドクオも彼に続いていこうとした。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「ま、待って」

('A`)「……あ?」

 ――私は、咄嗟にドクオを呼び止めてしまった。
 今この状況を理解していないのは私とドクオだけ。
 それでドクオだけが事情を聞くというのは、なんというか心細くて、つい足を引っ張ってしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ

 そこから先の言葉などないのに。
 私が邪魔だからと場所を変えていく人達に、言えることなど何もなかった。

('A`)「……気にすんなって。話が済んだらすぐ戻る。
    今日はハインのとこに寄って、それから帰ろう」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、……うん」

( 'A`)「行ってくるわ」

 そう言ったドクオの後ろ姿はすぐ放課後の人混みに消え、結局、私だけが教室に残された。

.

34名無しさん:2020/10/14(水) 19:02:36 ID:YvZFQxxU0


ξ゚⊿゚)ξ


 こういう事は、たまにある。

 私が魔界に居られない理由。特訓の成果が出ない理由。
 ハインさんの素性を教えてもらえない理由。色んな話に混ぜてもらえない理由。

 ……なにもかも、私が弱いせいだ。
 ドクオもミセリさんも、親しい人達はみんな私を庇って問題を遠ざけようとする。
 そして、私にはその優しさを拒むだけの実力が無い。

 だから私には何もできないし、何かを期待されることもない。
 こういう時、私には『何もしないこと』だけが望まれている。

 誰かに箱入りと揶揄されても何も言い返せない。
 だって、それは単なる事実なのだから。


ξ゚⊿゚)ξ ポツン


 ストレスと疎外感でハゲそうだった。
 しかして私は魔王城ツン、ハゲるわけにはいかなかった。

.

35名無しさん:2020/10/14(水) 19:04:17 ID:YvZFQxxU0


 「――魔王城さん、どうかした?」

 そのとき、まゆちゃん(モブ)が私に声をかけてきた。
 私は取り繕って振り返り、彼女の顔を見返した。

ξ゚⊿゚)ξ「なんでもないのだわ。まゆちゃんは今日も暇なの?」

 「あー……それなんだけど、今日はちょっと用事があって」

 まゆちゃんは困り顔で言い、帰り支度を済ませたカバンを掲げて見せた。
 どうやら今日はまんがタイムきららが出来ないらしい。
 私もなんだか気乗りしないし、丁度よかったかもしれない。

 「魔王城さんは帰らないの? よければ一緒にって思ったんだけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「……あー……」

 「今日もドクオくん待ち? いつも一緒に帰ってるもんね」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「……ううん。ちょっと寄るとこあるけど、そこまでなら」

 私は不意に思いつき、まゆちゃんの誘いにまんまと乗っかってみた。

 寄るとこ、というのはハインさんの屋敷のことだ。
 1人で帰るとミセリさんにかなり怒られるのだが、そこまでだったら遠くないし、友達も一緒だし。
 屋敷でドクオを待てば口裏も合わせられるし、これくらいは自己責任の範疇だ。

 「ほんと!? 一緒に帰るの初めてだよね!」

ξ゚ー゚)ξ「ええ。すぐに支度するのだわ」

 通学だって朝は1人の方が多い。ドクオにも連絡を入れとけば大丈夫。
 かくいう私も魔王城ツン。たまには勝手もしたいのである。
 反抗期と言われればその通りだった。

ξ゚⊿゚)ξ「おうちに帰るのだわ」

 「やった〜!」

 私達は学校を後にした。


.

36名無しさん:2020/10/14(水) 19:06:02 ID:YvZFQxxU0


 〜ハインの屋敷〜


ξ゚⊿゚)ξ「着いたのだわ」

 「ばいばい、魔王城さん!」

 ハインさんの屋敷に着いたのでまゆちゃんとはお別れ。
 私はまゆちゃんの背中をしばし見送ってから、当の屋敷を大きく見上げた。

ξ゚⊿゚)ξ(ふん、これくらい余裕なのだわ)

 そうだそうだ、私だって1人行動するくらいできるのだ。
 騙して悪いが反抗期なんでな。
 もう守られてばかりの魔王城ツンではないのである。思い知るがいい。

ξ゚⊿゚)ξ(さて、早速ハインさんから事情を聞くのだわ。
      これでアホのドクオを出し抜いて、マウント取ってやるのだわ)

 私は意気揚々と屋敷に乗り込んだ。
 チャイムを押しても玄関を叩いても反応は無かったが、まぁ私なら無断で入っても許されるだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「お邪魔しま〜〜す」ガラガラ

.

37名無しさん:2020/10/14(水) 19:06:48 ID:YvZFQxxU0


 ――ハインリッヒ高岡、通称ハインさんはけっこう立派な邸宅に暮らしている。
 平屋の巨大母屋に加え、その敷地内には洋風の別邸と物置小屋が一軒ずつ。
 これだけの建物があってなお庭先は広々としており、なんかもう金持ちの家という感じが凄かった。

ξ゚⊿゚)ξ「居ないのだわ」

 だが、どこを探してもハインさんの姿は見当たらない。
 これは本当に不在なのかもしれないと、私は居間に戻ってお茶を淹れ、一息ついた。

ξ゚⊿゚)ξ「やれやれなのだわ」 ゴクゴク
 つ凵と

 あのイケオジが家を空けるのは珍しいことだった。
 私が来る時は大体いつも居るし、今日はなにか用事でもあったのだろうか。

ξ゚⊿゚)ξ(……内藤くんが来たのと関係あるのかしら。
       なんだか、今日は普段通りじゃない事が多いわね……)

 とりあえずドクオに連絡を入れ、私はハインさんの帰りを待つことにした。
 時刻は午後6時になったりならなかったりする時間帯。
 夕飯もある、ハインさんの帰りもそんなに遅くはならな――


.

38名無しさん:2020/10/14(水) 19:08:41 ID:YvZFQxxU0


 〜2時間後〜


ξ゚⊿゚)ξ

 ――と思っていたら2時間経っていた。
 夕方のアニメを見て、勝手に夕飯(置いてあったカレー)を食べてたらこうなっていた。

ξ゚⊿゚)ξ(やっちまった)

 時刻は午後8時。
 窓の外はすっかり夜だし、ハインさんは帰ってこないし、ドクオは未だに返信してこないし。
 うちに門限は無いけど1人で帰ると怒られるので動けないし、これはマズい。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(……ミ、ミセリさんに迎えに来てもらおうかしら)

 ハインさんの家に居る、とだけ言えばミセリさんも怒らないはず。
 他人の家で1人で過ごしている孤独感に負け、私は急いでミセリさんに電話を掛けた。


『お掛けになった番号は――』

 が、しかし。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(あ、これ地上に居ないやつだ)

 そうだ、そういえば今日と明日はお休みなのだ。
 ならばミセリさんも用事で出掛けている可能性が高い。
 しかも電話に出ないなら確実に魔界に戻っているということで、これはマジでマズい。

ξ゚⊿゚)ξ

 ツンちゃんショック! まさに報連相の欠如が生んだ悲劇である。
 ドクオにもミセリさんにも連絡がつかない完全な孤立、私にはつらかった。
 孤独とか自己責任とか、それらを自覚するとなおさら不安が募っていく。

 完全にやってしまった。
 単なる夜、いつもの夜が、ただそれだけで私を急かし始める。

.

39名無しさん:2020/10/14(水) 19:11:10 ID:YvZFQxxU0


 ピロピロピロピロゴーウィwwwゴーウィwwwヒカ

ξ゚⊿゚)ξ !

 しかし、そんな不安も束の間のこと。
 両手に握っていたスマホがゲーミングPCめいた光を放ち、着信を報せる鳴動を轟かせた。

ξ゚⊿゚)ξ(あ、忘れてた)

 電話の相手はハインさん。
 そういやドクオ達には連絡したけどハインさんには連絡しなかったな。家主なのに。
 とにかく私は電話に出た。

ξ゚⊿゚)ξ「もしもし、ツンちゃんです」

 『――おおツンちゃん! 今どこに居る!? 無事か!?』

 電話口から慌てた声が響いてくる。
 私はちょっとスマホを遠ざけてから、恐る恐るハインさんの問いかけに答えた。

ξ;゚⊿゚)ξ「ぶ、無事だけど、どうかしたのかしら」

 『ああ、無事ならまぁいい! アホっぽい感じも普段通りで安心した!』

 『そんで今どこだ! あとで向かうから教えてくれ!』

ξ゚⊿゚)ξ「え? えっと、ハインさんの家でくつろいでるけど……」

 『……え、オレの家? マジで?』

ξ゚⊿゚)ξ「マジどす」

 『どーりで見つかんねえわけだよ!! なるほど了解!!』

 向こうから膝を打つ音が聞こえてくる。
 なんか大変そうだな。そう思った。


.

40名無しさん:2020/10/14(水) 19:12:10 ID:YvZFQxxU0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


从;゚∀从「――いいかツンちゃん、そこから動くなよ」

从;゚∀从「今は俺の屋敷だけが安全だ。そこなら敵も気付けない」

 電話をしながら、ハインは『敵』への視線を決して逸らさなかった。

 夜の都会。
 ビル屋上にて敵を迎える彼の手には、血に濡れた刀剣が力強く握られていた。

从;゚∀从「説明は今度する。ちょっと状況がマズくてな、色々とバレちまった」

从;゚∀从「……誰にって、そりゃ魔王の娘を狙ってる敵にバレたんだよ。
      こっちも色々手を打とうとしてたんだが、その隙をつかれて最悪になった。もう最悪だ」

从;゚∀从「とにかく動くな、警戒してくれ。
      ミセリもそろそろ戻るはずだ。もうちょい時間稼げばギリギリ間に合ッ」

 ――言葉の際、敵の攻撃がハインの手元を掠めていく。
 目にも留まらぬ光弾ひとつ。その一撃で通話は途切れ、スマホ自体も上半分が消えていた。

从 ゚∀从

从 ゚∀从「……途中だろ。急かすんじゃねえよ」

爪'ー`)y-~「悪いね」

 スマホの残骸を捨てて呟き、刀の切っ先を持ち上げるハイン。
 笑みを浮かべて煙草をくゆらせ、彼の敵意を煽る敵――フォックス。

 両者はしばし見合った後、再び夜に戦火を奔らせた。

.

41名無しさん:2020/10/14(水) 19:14:09 ID:YvZFQxxU0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ξ;゚⊿゚)ξ

 ……敵、という言葉を久し振りに聞いてしまった。


 魔界で何度も経験してきた奇襲闇討ちの類。
 それと同じことが起こったのは、ハインさんの感じからすぐに理解できた。

 動くな、というハインさんの指示はもっともだ。
 味方が誰も居ない今、私が安全で居られる場所はどこにもない。
 この屋敷だっていつ敵に見つかるか分からない。これは完全にヤバい状況だった。

ξ;゚⊿゚)ξ(みんな、こうなるのが分かってたのかな……)

 ミセリさんも、ハインさんも、そして今日転校してきた内藤くんも。
 私がまんがタイムきららをしている一方で、みんな敵襲に備えていたのかもしれない。

 しかしそれでも間に合わなかった。
 そして恐らく、事態を早めた原因は私にある。

 ……私が勝手に動いたせいだ。
 だから私はここに居て、みんなは外で戦っている。

ξ;゚⊿゚)ξ

 屋敷の静けさがとても息苦しい。
 時計の音すら耳障りだった。自責が加速してしまう。

.

42名無しさん:2020/10/14(水) 19:15:17 ID:YvZFQxxU0


ξ;゚⊿゚)ξ「……と、とにかく今は安全なんだし、必要なことをするのだわ」

 私は独り言をほざいて孤独を紛らわした。
 居間でくつろいでても仕方ない。今ここでやれる事は済ませておこう。

ξ;゚⊿゚)ξ「魔力は多めに生成するとして、……魔力成形よね」

 ともあれ、敵が来るならまず武器だ。
 私は魔力成形のイロハを思い出し、試しに魔力を練り上げてみた。

ξ;゚⊿゚)ξ「うおおお!! なんか良い感じの武器になれ!!」 (魔力をこねる音)
 つ魔と

 私の頑張りに応じて形を得ていく魔力の像。
 そして次の瞬間――!


.   _ ∩
  レヘヽ| | テテーン
    (・x・)
   c( uu}


ξ;´⊿`)ξ「ウサちゃんになった……」

 どうして……

.

43名無しさん:2020/10/14(水) 19:16:45 ID:YvZFQxxU0

ξ;゚⊿゚)ξ「どうしたもんか……」

ξ゚⊿゚)ξ「……あっ」

 腕組みしながら悩んでいると、ふと私の脳裏にミセリさんの言葉が浮かび上がった。
 次はもっと簡単なイメージでとか、確かそんな事を言ってた気がする。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(なんだっけ、布だっけ。
       よく分からないけど簡単なのかしら……)

 半信半疑もやむなきところ。
 私はもう一度頑張って魔力を用意し、魔力成形に挑戦した。

ξ;゚⊿゚)ξ「ぬぉぉぉぉ魔力成形!! なんか布になれ!!」
 つ魔と

 そして次の瞬間――!

ξ゚⊿゚)ξ「意外とできたのだわ」
 つ布と

 私の手には、モコモコとした赤いマフラーが実体化していた。

.

44名無しさん:2020/10/14(水) 19:18:33 ID:YvZFQxxU0

 ――しかもそれは単なる赤マフラーではない。
 純度100%、私の魔力だけで作られた特別製だ。
 なにぶん初めてなので性能は分からないが、多分それなりに頑丈&パワフルなはずである。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「……ついに、芽吹いてしまったか」

 やれやれ来てしまったな『覚醒』の時が。
 私は早速赤マフラーを首に巻き、スマホのカメラを起動した。

ξ*゚⊿゚)ξ「……え、すごい似合ってる気がする……」パシャッ

 そりゃ初めて成功したのだから嬉しい。緊急時でも自撮りくらいさせてほしい。
 しかしまぁ金髪に赤マフラーが映えまくりだった。素材がいいもんな。
 我ながら最高の一品を作り上げてしまったな……。

ξ゚⊿゚)ξ+ キラーン


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(あとでみんなに自慢するのだわ)

.

45名無しさん:2020/10/14(水) 19:19:18 ID:YvZFQxxU0


 ピーーーーーーーン

         ポーーーーーーーン!


ξ゚⊿゚)ξ !

 そのとき、やたらデカい呼び鈴の音が響き渡った。

ξ゚⊿゚)ξ

 私はビックリして死んだ。
 不意打ち大音量による動悸で心臓が爆発…死んだのだ。

 死(SEKIRO)


.

46名無しさん:2020/10/14(水) 19:23:04 ID:YvZFQxxU0


ξ;゚⊿゚)ξ(――……って、一息入れてる暇は無さそうね)

 こんな時に現れるのは大抵ろくでもない相手である。
 敵の思惑は明らかにこちらを上回っているし、この来訪を警戒するのは当然だった。

ξ;゚⊿゚)ξ(急いで裏口から逃げるのだわ)

 靴は玄関にあるが仕方ない。
 私は着の身着のまま立ち上がり、赤マフラーだけを持って裏口に向かった。

    |┃三 
    |┃ ≡         
____.|ミ\____ξ゚⊿゚)ξ
    |┃=___     \  
    |┃ ≡   )   人 \ ガラッ

(´・_ゝ・`)「こんばんは」

ξ゚⊿゚)ξ「は?」

 ――そして、不審者に出会ってしまった。
 そいつは何食わぬ顔で裏庭に待ち構えていて、私を見るなり普通に挨拶をかましてきた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……だっ、誰!? 敵なら容赦しないのだわ!」

(´・_ゝ・`)「いや盛岡デミタスだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「そっか」

 黒いスーツ姿の、言ってしまえば普通な感じの成人男性。
 彼との間合いは3メートルほど。
 威圧感などは微塵も感じないが、なぜか、彼の姿には見覚えがある気がした。

(´・_ゝ・`)「……しかしまぁ、弱いな」

(´・_ゝ・`)「■■■■■■は未所持、代わりはあっても性能はガタ落ち」

(´・_ゝ・`)「とても万全とはいえないが……」


ξ;゚⊿゚)ξ「――いいからちゃんと答えなさい!
       怪しい事したら即攻撃するわよ!」

 私は身構え、臨戦態勢になって威嚇を試みた。
 しかし男は微動だにしない。私の顔を見つめたまま、意味不明なことを呟き続けている。

.

47名無しさん:2020/10/14(水) 19:23:53 ID:YvZFQxxU0

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「まあいっか、負けたしな」

 途端、男は居直って背筋を正す。
 そうしてすぐ、彼は露骨な作り笑いで私に話しかけてきた。

(´・_ゝ・`)「『忘れたのか? 俺は魔王軍の者だよ』」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ?」

(´・_ゝ・`)「『だからお前の味方だよ。覚えてるだろ?』」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「あ〜〜」

 あー確かに盛岡デミタスは関係者だった。そうだったな。
 彼は私の特訓のため魔界から派遣されてきた特別講師だ。
 ミセリさんから重々聞かされていたのにすっかり存在を忘れていた。

(´・_ゝ・`)「忘れるなんてひどいなぁ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだなぁ」

 そうだなぁと思った。

.

48名無しさん:2020/10/14(水) 19:24:44 ID:YvZFQxxU0

ξ;゚⊿゚)ξ「……にしてもよかった、すぐに味方と合流できて。
       ひとまず状況を教えてくれない? あんまり分かってなくて……」

(´・_ゝ・`)「ああ。勇者軍――ひいては王座の九人が動き出したんだ。
      敵の狙いは魔王城ツン。しかもこっちの情報は筒抜けときた」

ξ;゚⊿゚)ξ「筒抜け!? そんな事って……」

(´・_ゝ・`)「誰かが裏で糸を引いたんだろうな。
      いやほんと最悪だよ裏切りなんて。
      味方を売るとか最悪過ぎる。俺には無理だ」

ξ゚⊿゚)ξ

(´・_ゝ・`)「無理だって言ってんだろ」

(´・_ゝ・`)「とにかく移動だ。ここじゃ埒が明かない」

(´・_ゝ・`)「ひとまず俺が先行して安全を確認してくる。お前が動くのはその後だ」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

 会話が乱暴だなと思った。

.

49名無しさん:2020/10/14(水) 19:26:31 ID:YvZFQxxU0

(´・_ゝ・`)「さて、それじゃあ今は何時かなっと」

 露骨に言いながら袖を捲くり、盛岡は腕時計を確認した。
 ひぃふぅみぃと数を数え、よく分からんタイミングを計っている。

(´・_ゝ・`)「……えっと、7分と40秒後だな。そこで屋敷を出てくれ。
      ちゃんとマフラー巻いて靴も履いとけよ。初期装備はキッチリな」

ξ゚⊿゚)ξ「ほーん」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「ん?」

 いや待て、ほーんではない。盛岡の指示はかなり滅茶苦茶だぞ。
 あの口振りでは結局私が1人で動く感じである。
 それっておかしくねえ? だって、いま単独行動するの絶対に危ないじゃん……。

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、あの、それ要するに私だけで行動するって事よね?
       あなたが1人で先行したあと、私も1人で外に出るのよね?」

(´・_ゝ・`)「そうだが?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、だったらもう一緒に動いた方が安全なんじゃない?」

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「一生のお願い」

ξ゚⊿゚)ξ「それはずるい」

 一生のお願いなら仕方ない。
 私は盛岡の指示を聞くことにした。

(´・_ゝ・`)「残り7分くらいだ。まぁとにかくそんな感じで頼む」

ξ゚⊿゚)ξ「任せておいて」

(´・_ゝ・`)「あとは流れでお願いします。じゃあまた後ほど」

ξ゚⊿゚)ξ「うむ」

 かくして私は放置され、盛岡はどっか行った。


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50名無しさん:2020/10/14(水) 19:26:52 ID:YvZFQxxU0


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51名無しさん:2020/10/14(水) 19:29:42 ID:YvZFQxxU0







          #'01 整合世界、決定論、Cosmos new version






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52名無しさん:2020/10/14(水) 19:32:15 ID:YvZFQxxU0

≪?≫


 言われたとおりの時間が来るまで、私は1人で暗闇に立っていた。
 残り8分と20秒。屋敷の中で待とうかとも思ったが、万が一に備えて外に居ることにした。
 次の来客がまた味方だとは限らないし、今更気を抜いたって仕方がない。

ξ;-⊿-)ξ(……寒いのだわ)

 夏を済ませた季節柄、夜の空気はやけに肌寒い。
 不安とか緊張で汗ばんだ肌にはなおさら夜風が染み込んできて、つらい。

 今は戦力的にも体温的にも赤マフラーだけが頼りだ。
 私は赤マフラーをしっかりと首に巻き、体を冷やさないよう準備運動を始めてみた。
 特訓前にいつもやってる準備運動。
 慣れ親しんだルーチンは体を温めるだけでなく、気休めとしての効果も十分に発揮してくれた。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(……私、もう地上に居られないのかしら)

 ――現魔王ロマネスクの明確な弱点である私は、ただ魔界に居るだけで迷惑になってしまう。
 だから魔界よりは安全に過ごせる地上に送られたのだが、その安全も遂に瓦解した。
 敵は勇者軍。魔王の宿敵に見つかってしまった以上、父はまた対応を考えるはずだ。

 ありそうなのは魔界に送還、からの軟禁。
 特訓すらないニート生活を強いられ、私は毎日フリフリの服を着せられるのだ。
 即ちそれは完全なる箱入り娘。籠の鳥としての生活である。

 ロリ時代ならそれでも大丈夫だったが、今の私には絶対に無理。
 今の私――弱いままの私では、魔界はただ不自由なだけの居場所なのだ。
 だから私も示さなくてはならない。
 魔界の自由は荷が重くとも、ここでの自由くらいは自力で守れるのだと。

ξ゚⊿゚)ξ(いい機会なのだわ。ここで華麗に敵を倒して、私への認識を改めさせるのだわ)

 残り1分――制御限界いっぱいに魔力を生成し、身体機能を底上げする。
 最大限の準備は済んだ。あとはこの好機を逃さないよう立ち回るだけ――残り20秒。

ξ;゚⊿゚)ξ …

 やがて時間が来る。
 私は屋敷の門をくぐり、闇夜の路上に足を踏み入れた。



.

53名無しさん:2020/10/14(水) 19:33:31 ID:YvZFQxxU0



 ――そうして最初に感じたものは、あまりにも異様な静寂だった。



ξ;゚⊿゚)ξ「……」

 夜とはいえ住宅地のど真ん中。
 多少なり人の気配があって当然なのに、路上には一切の音が無い。
 生活音、車の音、風の音すら何もなく、不気味な耳鳴りだけが妙に際立って聞こえてくる。

 明らかな異常。
 世界そのものが途絶したような感覚。
 なんらかの領域に入ってしまったという直感。

ξ;゚⊿゚)ξ(これ、マズいんじゃ……)ジリッ

 屋敷を一歩出ただけで理解できてしまった。
 敵はただ待っていたのだ。
 私が勝手に屋敷から出てきて、この罠に引っかかるのを。

ξ;-⊿-)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(……だとしても、敵が来るのは狙い通り。
       気を引き締めるのだわ……)

 ごくり、と音を立てて固唾を飲む。
 悪戯めいた小さな笑い声が聞こえてきたのは、その次の瞬間――。

.

54名無しさん:2020/10/14(水) 19:36:19 ID:YvZFQxxU0


 「――くすくす」


ξ;゚⊿゚)ξ !

 咄嗟に振り向き、人影を捉える。
 いくつか先の街路灯の下。そこに、私の敵は立っていた。

ζ(゚ー゚*ζ

 オーバーサイズのコートを羽織り、その片手には抜身の長ドス。
 はっきり私を見据える双眸は微動だにせず、敵は、ふらりと前に躍り出る。

ζ(゚ー゚*ζ「……情報通り、本当に出てきた」

ζ(゚ー゚*ζ「一石二鳥にもう一羽だなんて、今日はつくづく運がいい」

 余裕を誇示するように語る女。
 そのハツラツとした声は容易に静寂を破り、私の警戒心を強く逆撫でた。

ξ;゚⊿゚)ξ「勇者軍の残党、でいいのよね」

 尋ねてから、ゆっくりと敵対の姿勢を取って見せる。
 これで少しは足を止めるかと思ったが、しかし女は気にも留めない。
 ドスを持ったまま、一直線に距離を詰めてくる。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、分かってるのね」スッ

 言いながら、女はラムネでも入ってそうなケースをポケットから取り出した。
 それを口元に寄せて、軽く一振り。
 中から出てきた白い錠剤を飲み下すと、女は満足気に一息ついて足取りを軽くした。

ξ゚⊿゚)ξ(今の、何かの薬……?)

 なんて、不意の疑問に気を取られてしまった瞬間。
 女の姿が視界から消え、


ξ゚⊿゚)ξ

ζ(゚ー゚*ζ「――これで死ぬかしら」


 あってはならない囁きが、既に私の背後にあった。


.

55名無しさん:2020/10/14(水) 19:39:13 ID:YvZFQxxU0

ξ;゚⊿゚)ξ(――――ッ!)

 死ぬ。
 そういう明確な直感が安全装置を吹き飛ばし、一瞬にして思考を置き去りにする。
 私の体は無意識のままに翻り、女の動きに辛うじて追従していた。

ξ;゚⊿゚)ξ(避け――)

 回避。と同時に目の前を過ぎていくドスの刃。
 私はすかさずその刃を追い、女の手を打ち長ドスを弾き飛ばした。

 背後からの奇襲はこれで終着。
 しかし女は揺らぎもせず、早くも次の攻撃を始めていた。
 追撃は腹部への膝蹴り。
 ギリギリ目視は間に合ったが、防御の手だけが僅かに届かない。

ξ; ⊿゚)ξ(避けッ――きれな――)

 臓物を守るべく反射的に収縮する腹部筋肉群。
 直後、私のお腹に凄絶な衝撃が――

.

56名無しさん:2020/10/14(水) 19:41:31 ID:YvZFQxxU0


ζ(゚-゚*ζ「……ちッ」

 ――直後、何も起こらない。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……え?」

 衝撃なんて少しもなく、咄嗟の緊張も的を外れ、敵の攻撃が消えたかのような錯覚を覚える。
 当の女は不服そうに眉をひそめて足を引き、追撃を止めて大きく飛び退いていった。

 この隙に自分のお腹を見直してみて、そこでようやく合点がいく。
 私のお腹を守ったもの――それは、首に巻いた赤マフラーの両端であった。

ξ;゚⊿゚)ξ「お、おお……!」

 バツ印のように端を交差させ、ふわりと浮かぶお手製の赤マフラー。
 膝蹴りを受けたっぽい箇所は煙を上げて凹んでいたが、反面それ以上の損耗も見当たらなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ(……自動防御? 守ってくれたのかしら……)

 直撃を肩代わりし、更に衝撃までも吸収しきった防御性能には感嘆を禁じえない。
 恐らくは今の私――魔力で強化した私の肉体よりも頑丈で靭やかだ。すごい。
 本体こっちかもしれんな。

 しかし、そう思案している内に赤マフラーは脱力し、ただの布地に戻ってしまった。
 私の魔力から作ったこのアイテムは、今の挙動で魔力切れを起こしていたのだ。

ξ゚⊿゚)ξ(嘘じゃろ)

 ここで上手いこと魔力を再装填できれば問題は解決するのだが、正直やり方が分からない。
 ましてや今は交戦中。戦いながら魔力を生成し、再装填を試みるなんて私には無理だ。
 予習くらいしとけばよかったな、と強めの後悔を噛み締めてしまう。

.

57名無しさん:2020/10/14(水) 19:43:46 ID:YvZFQxxU0

ξ;゚⊿゚)ξ(ちくしょう、使う前に性能を把握しとくべきだったわね……)

 口惜しいが、赤マフラーの再起は諦めるしかない。

 次に憂慮すべきは目の前の事実。
 ただの普通の人間が、こちらの魔力的防御を一撃で機能不全にした事実だ。

 ――どれだけ強い人間であろうと、人と魔物では根本的なステージが違う。
 魔物は素の状態でも人間より強いし、魔力を使えばその差は更に大きくなる。

 なので、そもそもありえないのだ。
 私の視界から消えるように動くとか、単なる膝蹴りが魔力的防御に匹敵するとか。
 それらの事実は絶対に、人間の力では不可能なのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(魔物の敵は勇者か超能力者――だけどどっちも絶滅危惧種!
       よしんば居ても全盛期ほどじゃない、っていうのが通説、だけど……!)

ζ(゚ー゚*ζ

 目の前に居るものが、その通説を否定する。
 明らかに人間の性能を超えている敵。
 そして、最低でも互角以上の敵。

ξ;゚⊿゚)ξ

 事ここに至って確信せざるをえない。
 私は、ハインさんの言いつけを守るべきだった。

.

58名無しさん:2020/10/14(水) 19:49:51 ID:YvZFQxxU0

ζ(゚ー゚*ζ「……初心で世間知らず。これも情報通り」

ξ;゚⊿゚)ξ

ζ(゚ー゚*ζ「さっきは驚かされたけど、2度目はなさそうね」

 悠々と語ると、女は新しい武器として折り畳みのナイフを取り出した。

 弱音は終わりだ。もうやるしかない。
 私は再び魔力を練り上げ、肉体機能の補強に努めた。

ξ; ⊿゚)ξ(制御限界まで、出し切る……!)

 ――魔力に呼応し、僅かに赤熱する肉体。
 真紅の魔力が像を成し、オーラのように体表をゆらめく。
 反射神経との同調は十全。本来なら人間相手に使うわけがない全力を、私はここで全開にした。

ζ(゚ー゚*ζ

 しかし、それでも敵は余裕の笑みを浮かべたまま。
 続く言葉をもってして、私の全力を虚仮にした。

.

59名無しさん:2020/10/14(水) 19:54:39 ID:YvZFQxxU0


ζ(゚ー゚*ζ「……まさか、そんなので戦うつもり?」


ξ#゚⊿゚)ξ「――ッ!」

 その嘲笑と同時に地面を蹴る。
 間合い3メートルを2度の跳躍で詰め切り、必殺の拳を握り固める。

 対人間における魔物の攻撃は全てが必殺だ。
 防御も回避も焼け石に水。掠るだけでも血肉をこそぎ、直撃すれば絶命は必至。

 しかしこの女は例外だ。
 躊躇なく、殺すつもりで掛からなければ話にならない。
 どういうわけか知らないが、こいつは私の知る『人間の性能』をしていないのだから。

ζ(゚ー゚*ζ

 女の視線が私の拳を追っている。間に合わせては駄目だ。
 私はその視線を振り切るように懐に飛び込み、敵の命を奪わんと全力で拳を打ち出した。


ξ゚⊿゚)ξ


 で、私は不意に思ってしまった。
 咄嗟の思考に気を取られ、言葉足らずにも、『本当に?』と思ってしまった。

 ――本当に?

 たったそれだけの、最低限の意味すら示さない小さな言葉。
 それが、私の心に急ブレーキを掛けてしまった。

 そして体は心に従い、そこに、致命的な隙が生まれてしまった。

.

60名無しさん:2020/10/14(水) 19:59:02 ID:YvZFQxxU0


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……え、?」

 やがて、心と体の認識が一致した頃。
 私の胸の温もりには、なにか、冷たいものが突き立てられていた。
 アイスを急いで食べた時みたいな感覚が、私の胸を締め付けている。


ζ(゚ー゚*ζ「ほら、やっぱり話にならない」


ξ;゚⊿゚)ξ「…………?」

 心臓の熱を否定する冷気。鼓動を邪魔する鉄の刃。
 私は胸元を抑えて身じろぎ、その感覚の正体に目を奪われた。

 ――敵のナイフが私の胸に、心臓に突き刺さっている。

 上手く言葉を選べない。
 私の思考は崩壊していて、悲鳴を上げることすらできなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさいね。なんにも知らない子供相手に」

 そして、女の声がまた背後に回っている。
 さっき放った私の拳は、中空に浮いたまま何も捉えていなかった。

.

61名無しさん:2020/10/14(水) 20:02:26 ID:YvZFQxxU0


ζ(゚ー゚*ζ「……ああ、本当にかわいそう」

ζ(゚ー゚*ζ「私が使った『激化薬』の事も、どうせ秘密にされてたんでしょう?」

 くすくすと笑う声。それすらも耳朶に響く。
 反射的に怒りを覚えようにも、その感情さえ上手く組み立てられなかった。

ξ; ⊿ )ξ「あ、ぐ……」

 腑抜けた体が夜風に煽られ、辛うじて女の方を振り向く。
 女の手にあるケースの中身。
 あれが『激化薬』なのだとすれば――そんなもの、私は、知らない。

ζ(゚ー゚*ζ

ζ(゚-゚*ζ「……出来損ない。これなら生け捕りで……」

 どこか遠くに聞こえる声には嘲笑の意図すらなく。
 女の瞳はただ冷淡に、今の私をモノとして見つめていた。

ξ; ⊿ )ξ(わたし、まさか……)

 意識が遠のく。死の実感が五体の感覚を薄めていく。
 視界がボヤけて暗闇が滲む。
 いつしか、私の体は地面に横たわっていた。

 そして、私は――……




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62名無しさん:2020/10/14(水) 20:02:55 ID:YvZFQxxU0


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63名無しさん:2020/10/14(水) 20:03:55 ID:YvZFQxxU0


      ___________________________
  ━━√━━━━━━━━━━━━━━━━━#━━━━━━#━━
   ̄ ̄
            ξ゚⊿゚)ξツンちゃん夜を往くようです

                【Aルート 王座の九人編】

                  Meaning:Apostrophe
                                    ______
  ━━━#━━━━━#━━━━━━━━━━#━━━√━━━━━
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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64名無しさん:2020/10/14(水) 20:04:40 ID:YvZFQxxU0







          #01 矛盾世界、素朴実在論、Day After Day






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65名無しさん:2020/10/14(水) 20:05:45 ID:YvZFQxxU0


ξ; ⊿ )ξ

ζ(゚ー゚*ζ


从;゚∀从「――……間に合った、とは言いづれぇな」

ミセ*゚-゚)リ「いえ、辛うじて」


 私は、薄れゆく意識の中に、聞き慣れた声を聞いていた。

.

66 ◆gFPbblEHlQ:2020/10/14(水) 20:09:09 ID:YvZFQxxU0

#1 >>2-65


このスレは4年前にエタったものの続きです
続きですが、いわゆる周回ループものなので実質最初からです
古いインターネットです。よろしくお願いします

前スレ
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1444420985/887

67名無しさん:2020/10/14(水) 20:39:24 ID:5NEU5mF60
otsu

68名無しさん:2020/10/14(水) 21:53:01 ID:uPx9U7IY0
おつ!
ツンちゃん弱くなってらぁ

69名無しさん:2020/10/15(木) 02:02:00 ID:mfVsfma60
まってたぞ

70名無しさん:2020/10/16(金) 08:03:04 ID:ymcgu2zU0
ずっと待ってた うれしい 乙

71名無しさん:2020/10/16(金) 19:01:19 ID:qYVQEQXY0
すげーおもしろい!

72名無しさん:2020/10/18(日) 18:29:32 ID:TtG1cBRU0
おもろ

73名無しさん:2020/10/19(月) 21:11:04 ID:tlGWvQHU0
クールライターです。まとめさせていただきました。
http://coollighter.blog.fc2.com/blog-entry-439.html

何が伏線になるか未知の作品だと思ったので、事務連絡っぽいもの以外はできるだけ拾って、
例えばハトサブレのAAとかも含めてまとめさせてもらってます。
もし気に入らないようでしたらツイッターDMで申し立ててもらえればご対応いたします。

(感想)ツンちゃんかわいい!応援してます!

74 ◆gFPbblEHlQ:2020/10/23(金) 22:55:57 ID:6PRhN.nU0

≪1≫




从;゚∀从「――……間に合った、か?」


ミセ*゚-゚)リ「ギリギリ間に合いましたよ」





(´・_ゝ・`)「……だってさ、キマってる登場だよ」

ξ; ⊿ )ξ

 なんか聞き慣れない余計な声がある。

(´・_ゝ・`)「悪い悪い、これもお前の為なんだ」

(´・_ゝ・`)「まぁ死んでないし勘弁な。心臓ブチ抜かれてるけどさ」

ξ; ⊿ )ξ「――ぁ、……」

(´・_ゝ・`)「いいから寝とけって。今回は説明ばっかだから」

 その適当極まりない言葉を最後に聞いて、私の意識はプツンと切れてしまった。


.

75名無しさん:2020/10/23(金) 22:56:24 ID:6PRhN.nU0



          #02 ノン・パーフェクトな魔王城(前編)


.

76名無しさん:2020/10/23(金) 22:58:14 ID:6PRhN.nU0



ξ-⊿-)ξ


ξ゚⊿゚)ξ パチッ(目が覚める音)


 ――……私が目を覚ました時、私の周囲には何も無かった。
 それは比喩でも嘘でもなく、私の目には、ただそう言わざるをえない景色が広がっていた。

(::::::⊿)

 完全なる真っ暗闇。

 地面はあるけどもちろん見えないし、上下左右に手を伸ばしても虚を撫でるだけ。
 立ち上がって周囲を一望。それでも状況は変わりなく、私の周りは闇に満たされている。


ξ;゚⊿゚)ξ …ハッ!

 そういえば、と私は胸元に手を当てる。
 敵にナイフを突き立てられた傷は――無くなっている。
 ただでさえ未発達な胸部脂肪部位も完治だ。揉み応えもバッチリ据え置きである。

ξ゚⊿゚)ξ(私の夢が叶ってない……ここ現実か?)

 乳の揉み応えで状況確認するのめちゃくちゃ苦痛だな。
 とりあえず死後の世界ではないようだし、服もちゃんと着てるし、生きてるっぽいし。
 私は万全の五体を軽く動かしつつ、暗闇に向かって大声で呼び掛けてみた。

.

77名無しさん:2020/10/23(金) 22:59:45 ID:6PRhN.nU0


ξ゚⊿゚)ξ「すいませーーん! 生きてるんですけどーー!」

ξ゚⊿゚)ξ「ぬるぽ」

ξ゚⊿゚)ξ「あのーーーー! ねぇーーーーーー!」

 暗闇にこだまする声。
 そうして程なく、暗闇のどこかで慌ただしい物音が鳴り響いた。
 どんがらがっしゃんドテドテごろんごろん。ドジっ子用の擬音がこれでもかとブチ上がる。

 「――お嬢様! いま、いま電気点けますから!!」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「ゆっくりでいーよー!」

 聞こえてきたのはミセリさんの大声。
 切羽詰まったような、マジで今飛び起きてきたという感じの声色だ。

ξ゚⊿゚)ξ(……あ、思ったよりキてる)

 そして彼女の声を聞いた途端、安心感がめちゃくちゃ大爆発してしまった。

 心臓の鼓動が強く高鳴っている。生きているのを強く実感する。
 死の感覚を覚えていて、フラッシュバックが鮮明すぎて泣けてくる。

ξ゚⊿゚)ξ

 ちくしょう、死ぬのめちゃくちゃ怖かったな。


.

78名無しさん:2020/10/23(金) 23:03:40 ID:6PRhN.nU0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ミセ;*´ー`)リ「かくかくしかじか……」

ξ゚⊿゚)ξ「なるほど」

 完全に理解した。



 ミセリさんが言うに、前回ほぼ死んだ私は最速で自宅に担ぎ込まれ、そこで応急処置を受けたらしい。

『 (´・_ゝ・`)←担ぎ込んだ人 』

『 川д川←応急処置をした人 』

 しかしそれでも激ヤバだったので本格的なマジ治療が開始。
 私は特訓用の異空間に担ぎ込まれ、そこで大規模な再生魔術を施されていたらしい。

 その期間、なんと異空間内で丸1週間。
 私が起きた時には現実時間でもざっくり1日が経過していた。

『 川д川←再生魔術を丸1週間やり続けた人 』

『 ミセ*゚ー゚)リ←魔力供給タンクと化していた人 』


 昨夜は色々と複雑な状況だったらしく、とりあえずみんな私が起きるの待ちだったらしい。
 なので各方には私の起床を連絡済み。もうすぐみんなウチに来るとのこと。

※ミセリと貞子を人と呼んでいますが便宜上の表現です。

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79名無しさん:2020/10/23(金) 23:04:37 ID:6PRhN.nU0


ξ゚⊿゚)ξモグモグモグモグ

 かくしてしかじかである。
 バッチリ目覚めた私はミセリさんに連行され、自宅リビングで次の展開に突入していた。


ミセ;*゚ー゚)リ「――とにかく食べて! 食べまくってください!
      死ぬほど食べて元気になれ! 元気になぁれっ!」(料理を作る音)

ξ゚⊿゚)ξ(死ぬほど胃に入るな……)パクパクモグモグ

 リビングの食卓には山盛り料理が勢揃い。
 目覚めた私の最初の使命は、ここにある料理をとにかく食べ進めていくことだった。
 物理的だなぁと思った。

ミセ;*゚ー゚)リ「もうちょっとしたらみんな揃うので!
      それまでに少しでも元気になっておきましょう! 絶対しょんぼりするので!」

ξ゚⊿゚)ξ「やっぱり怒られる?」

ミセ;*゚ー゚)リ「……ちょっと話を整理してからですね、その辺は!」

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80名無しさん:2020/10/23(金) 23:06:25 ID:6PRhN.nU0

 作って食べてをすごい速さで繰り返す私達。
 そしてそのまま2時間くらいが経過、流石に私も限界を迎える。

ミセ;*゚ー゚)リ「もっと食べてください!」

ξ゚⊿゚)ξ「しぬ」

 しかしミセリさんはマジで私を殺す気なのか、私のギブアップを無視してメシを作り続けた。
 本当に人の話を聞かないんだなと思った。


 かくして累計3時間が経過。
 そこで呼び鈴が鳴ってようやくミセリさんの手が止まり、私も過食で死なずに済んだ。
 程なく玄関の方から慌ただしい足音が近付いてくる。胃に響いてつらい。

(;'A`)「――ツン!」 ガチャッ

 その大声と共にリビングに飛び込んできたのはドクオであった。
 彼は私を見るなり柄にもない笑みを浮かべ、過食嘔吐寸前の私に勢いよく飛びついてきた。

(;'∀`)「ツン、お前マジで心配したんだぞ!?」ガシッ(熱い抱擁)

ξ゚⊿゚)ξ「あちょっと今マジ揺らさないで吐くから」

(;'∀`)「お前の独断行動は流石に見逃せねぇけ(ここで限界になって吐いた)ど、
    昨日はそれで正解だったからまぁとにかく帳消しだ! とにかく生きててよかった!」

ξ゚⊿゚)ξ「人のセリフ中にめちゃくちゃに吐いてしまった」

ミセ;*゚Д゚)リ「オオァーーーーー!! 食べ直してください!!」

.

81名無しさん:2020/10/23(金) 23:08:46 ID:6PRhN.nU0



(;´-_ゝ・`)「――やれやれ、騒がしい。入る家を間違えたかな」 フゥ


 我が嘔吐に続いて現れたのは盛岡デミタス。
 盛岡は作為全開の気障な素振りで取り繕っていて、正直キツかった。
 きな臭いスーツ姿も相まって、胡散臭さが限界だった。

ξ゚⊿゚)ξ「いやでも嘔吐は不可っ(ここで嗚咽)不可抗力なのだわ」

(´・_ゝ・`)「話が進まねえって言ってんだよ。
      そりゃ作為全開で割り込むわ。むしろ助け舟だぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ「好きで吐いてるわけじゃ……それより何か用?」

ミセ;*゚ー゚)リ←吐瀉物の清掃中

('A`)←吐瀉物を浴びて冷静になった

 盛岡は器用に吐瀉物を避けてリビングを進み、食卓の椅子に腰を下ろした。
 しかもわざわざ私の隣に座りおった。来客なら対面に座るもんじゃないのか。友達かよ。

(´・_ゝ・`)「もちろん大いに話がある。昨日の夜はマジで色々あったからな。
      俺や貞子が地上に来た理由とか、勇者軍とかなんとか」

(´・_ゝ・`)「今日は長話に次ぐ長話をしに来たんだよ。お前も気になってるだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「そう、だけど……」

 それを一度に聞き入れる余裕も、今は無い。

 あの夜に味わった胸の感覚を思い出すとそれだけで気が滅入る。
 正直言って自信も失くしている。
 少しは戦えると思っていたのに、結局私は……。

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82名無しさん:2020/10/23(金) 23:09:28 ID:6PRhN.nU0

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「なるほど自信が無いのか」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ」

 ふと、私の心中を見事に言い当ててきた盛岡。
 察してくる感じがなんか気持ち悪い。
 私も思春期なので馴れ馴れしいオッサンには厳しいものがあった。

(´・_ゝ・`)「でもまぁ『だからこそ』って話もある。
      だったらまずは例の件から始めるか」

 そう言うと、盛岡は身を捩ってミセリさんを一瞥した。
 なにかを意図した目配せ。
 吐瀉物掃除の手を止めて、ミセリさんは小さく頷いて見せる。

(´・_ゝ・`)「俺の自己紹介は貞子が来てからするとして」

(´・_ゝ・`)「俺達が来た理由、その目的だけ最初にズバリ言っておく」

ξ;゚⊿゚)ξ ゴクリ・・・

(´・_ゝ・`)「俺達の目的は――」



(´・_ゝ・`)「――魔王城ツンを強くして、魔界への送還を阻止することだ」


.

83名無しさん:2020/10/23(金) 23:10:30 ID:6PRhN.nU0


ξ゚⊿゚)ξ

 魔界への送還。
 それは、いずれあるだろうと思っていた展開のひとつだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……やっぱり、そういう話が出てくるわよね」

 要するに時間切れ。
 無意味な特訓をやめてウチに帰りなさい、という普通の対応だ。

 そして更には昨夜の襲撃、私の惨敗。
 私なりには色々頑張っていたつもりだが、こう結果が伴わなくては黙るしかない。

(´・_ゝ・`)「ああ、この強制送還は当然の判断だ。
      地上で暮らす一番の理由、『安全性』が損なわれたんだからな」

(´・_ゝ・`)「そしてこれも秘密にしてた事だが、お前は元から勇者軍に狙われてたんだ。
      もちろん俺達も情報操作とかでお前を匿ってたんだが」

ξ゚⊿゚)ξ「……バレて、さっそく襲われた」

(´・_ゝ・`)「そう、敵に居場所がバレちまった。困ったもんだよ」

 盛岡は白々しく言い、さてと話を進めていった。

.

84名無しさん:2020/10/23(金) 23:12:09 ID:6PRhN.nU0


(´・_ゝ・`)「とはいえ敵の襲撃自体はそんなに関係なくてな。
      魔王ロマネスクは、どのみち今月一杯でお前を連れ戻すつもりだったらしい」

ξ;゚⊿゚)ξ「――今月!? そんな急に!?」

(´・_ゝ・`)「だからゴネまくったんだよ。俺と貞子、特にミセリが反対してな。
      わざわざ魔界に戻って直談判までしてよ」

(´・_ゝ・`)「それが昨日の……襲撃前の話だな。
      時系列を整理すると以下の通りだ」

ξ゚⊿゚)ξ「親切設計」


〜ツンちゃん襲撃のあらすじ〜

1 ミセリ、ツンに連休を言い渡す
2 ミセリ、その間に魔界へ出張。魔王に直談判
3 ツン、勝手に1人で行動。ハインの屋敷へ
4 ミセリ、なんとか話をまとめて地上に戻る
5 ハイン、ドクオ&ブーン、敵の襲撃を受ける
6 ツン、敵の襲撃を受ける
7 ミセリ&ハイン、危機に間に合う


ξ゚⊿゚)ξ「……」
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ「……あれ、でもなんか抜けてない?
       私、襲撃される前に誰かと会ったような……」

(´・_ゝ・`)「気のせいだよ。ショックで記憶が混濁してるんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだなぁ」

 そうだなぁと思った。

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85名無しさん:2020/10/23(金) 23:14:13 ID:6PRhN.nU0

ミセ;*゚ー゚)リ「すみません、敵がここまで機敏に動くとは……」

(;'A`)「……俺も、お前から目を離すべきじゃなかった」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、べつに……私も勝手に動いちゃったし……」

 怒られるだろうと高を括っていた手前、こう揃って謝られると居心地が悪い。
 私を諌める言葉が全然出てこないのが逆にもどかしくて、不平等な感じがした。

ξ;-⊿-)ξ

 ……つまりは子供扱いだ。

 けれど、やっぱり言い返す言葉がない。
 昨日の私の行動はどれをとっても軽率だった。
 なのにこうして言動を見逃されているのは――つまり、私が未熟だからだ。

(´・_ゝ・`)「まぁまぁ襲撃は終わったんだからいいだろ。
      ツンも生きてることだし、『試験』を思えば悪くない経験のはずだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……試験?」

(´・_ゝ・`)「それも話すが、でもちょっと待て。
      あと20秒したら貞子が来るから話を区切るぞ」

 〜20秒後〜

(´・_ゝ・`)「来た。時間ピッタリだ」

 そう言いながら窓の向こうを見る盛岡。
 ウチの庭には誰も居ないが――と視線を泳がせる私は魔王城ツンである。

('A`)「透過と気配遮断の魔術だ。ツンにはまだ見破れねえよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そんなん分からん」

 ほどなく窓がひとりでに開き、閉じ。
 恐らく貞子さんのものであろう足跡が、カーペットに確かな証拠を残しながら私に近付いてきた。

.

86名無しさん:2020/10/23(金) 23:16:35 ID:6PRhN.nU0


 「……お嬢様、どれくらい見えてないですか?」


ξ゚⊿゚)ξ …?

 突然、声だけが聞こえてくる。
 足跡を見るに対面の席辺りに貞子さんが居るはずだが、正直そこには何も見えなかった。

ミセ;゚ー゚)リ「貞子、まだそこまで教えてないから」

ξ;´⊿`)ξ「ごめんなさい、なんにも見えてないです……」

 情けなく答える私。その後、僅かに聞こえる溜息の音。

 やがて空中に魔力の粒子が湧き上がり、ふわりと風を起こして渦を巻いた。
 その中に少しずつ実像を現していったのは、もちろん件の貞子さんだ。

川д川「……もう確信した。ミセリの教育が間違ってる」

ミセ*゚ー゚)リ「そんな事ないです」

川д川「お嬢様、お久し振りです。
     治療中に会ってはいますが、生きて再会できて嬉しいです」

ξ゚⊿゚)ξ(なんて真っ当な対応なんだ)

 ちなみに私と貞子さんには面識があった。
 貞子さんは私がまだ小さかった頃の遊び相手で、近所の優しいお姉さんという感じのアレだった。
 そして私は貞子さんの胸を見て育ち、確固たるデカパイ願望を抱くようになったのだ。

川д川「致命傷の再生には膨大な時間と魔力が必要なものですが、流石はお嬢様。
     たった1週間で完治されたのは凄いことですよ。よく頑張りましたね」

ξ゚⊿゚)ξ

 しかも普通に常識人なので尊敬に値してしまう。
 こんな丁寧な褒め言葉めちゃくちゃ久し振りに聞いたな……

.

87名無しさん:2020/10/23(金) 23:17:31 ID:6PRhN.nU0


(´・_ゝ・`)「――貞子、ハイン達の準備は済んだのか?」

川д川「もちろん。いつでも来ていいって」

(´・_ゝ・`)「分かった。ならドクオ、お前は先にハインの家に行っといてくれ」

('A`)「ん。ツンもまた後でな」

ξ゚⊿゚)ξ ?

 そう軽く言い残すと、ドクオは足早に家を出ていった。

ξ゚⊿゚)ξ

 まーーた私を置いて話を進めてやがる。急にサクサク進めるな。
 もうほんといい加減にしてほしい。疎外感で病みそうだった。

(´・_ゝ・`)「分かってる分かってる、置いてかれて寂しいんだよな。
      順を追って説明するから落ち着いてくれ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……べつに寂しくはないけど、説明はしてほしいのだわ」

 こほん、ゴッゲホッ、ン゙ン゙ッ!ヌァ と咳払いをしてから、盛岡は話を戻した。

.

88名無しさん:2020/10/23(金) 23:18:15 ID:6PRhN.nU0


(´・_ゝ・`)「まずミセリの直談判の結果だが、
      魔王城ツンの強制送還は、ひとまず延期になった」

ξ゚⊿゚)ξ !

(´・_ゝ・`)「ただし、代わりに『試験』を受けてもらう。
      最低限の自衛が出来るかどうか、その実力を問われるってワケだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……その試験っていつ?」

 質問しながら、私は昨夜の戦いを鮮明に思い返した。


『 ζ(゚ー゚*ζ 』

 人間でありながら魔物の領域に立ち入る敵、勇者軍。
 もしも試験があのレベルを想定したものであれば、今の私ではほぼ勝ち目が無い。
 せめて対策を練る時間くらいは欲しいところだが……。


(´・_ゝ・`)「ああ、試験は1年後」

ξ;゚ー゚)ξ(1年! だったらまだ――!)

(´・_ゝ・`)「から半月後に変更になった」

ξ゚⊿゚)ξ

 上げて落としやがった。

(´・_ゝ・`)「いやぁ、お前が死んでる間に話が変わってな。
      勇者軍には襲撃され、そしてお前は敵に殺され。
      そんな有様で猶予あると思うか? 無理だろ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そうね、まぁ、そうだけど……」

 だったら、試験そのものが消えて当然のはず。

 きっとまたミセリさん達が話をしてくれて、私に最後のチャンスを残してくれたのだろう。
 半月後。まとまった時間があるだけマシだが、それでも余りに性急すぎる。

(´・_ゝ・`)「とにかく『試験』は半月後、実戦を想定して行われる。
      そこで受かればヨシ、負ければ終わり。話は簡単だろ?」

ξ;´⊿`)ξ「そりゃ話だけならね……」

.

89名無しさん:2020/10/23(金) 23:20:32 ID:6PRhN.nU0


(´・_ゝ・`)「――で、ここまで話してようやく俺達に出番が来る」

(´・_ゝ・`)「『もう話は通ってると思うが』、形式的に自己紹介させてくれ」

 盛岡がミセリさんに視線を送る。
 ミセリさんは私の傍に来て、盛岡と貞子さんの2人を私に紹介した。


ミセ*゚ー゚)リ「先日ちょっと話していた、特別講師の盛岡デミタスさんです。
      試験対策とか諸々込みで、助っ人として魔界から来てもらいました」

 盛岡は席から立ってスーツを整え、改まって私に会釈をして見せる。
 形式的という言葉の通り、彼は丁寧に名刺まで持ち出してきて、それからゆっくりと名乗り始めた。


(´・_ゝ・`)「――魔王軍、政治戦略議会所属の盛岡です。
      主な仕事は魔界統治に向けた各種計画の立案、実行など」

(´・_ゝ・`)「今回は議会の総意を代表して馳せ参じました。
      我々全会一致の上、お嬢様の試験突破を最大限サポートさせて頂きます」
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ

(´・_ゝ・`)「……政治戦略議会。知らない? まぁ初出だもんな」
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ「知ってるけど、アレの総意っていうのがなんとも……」


 ――そもそも、私が地上で暮らすようになった理由は『厄介払い』である。

 弱い私が魔界に居ると、ただそれだけで政治的な謀反が起こりやすくなってしまう。
 私だって何度も誘拐未遂を経験しているし、その辺の事情は身に染みて理解している。

 だからこそ私は地上への移住を自分の意思で決めたのだが、
 その顛末において終始私を援護してくれたのが、他ならぬ『政治戦略議会』なのだ。

 議会の仕事は魔界の厄介事を減らすこと。
 そんな彼らからすれば私の存在は邪魔も邪魔、ただ居るだけで問題を起こす火種でしかない。

 しかし、それが自ら魔界を出て行ってくれるというのだから議会は大喜び。
 かくして私は議会後援のもと地上に引っ越し、議会は全くの無傷で厄介払いを達成したのである。

.

90名無しさん:2020/10/23(金) 23:22:56 ID:6PRhN.nU0


 ――これが私と議会の関係性。
 利害の一致で手を取り合った、敵というほどでもない、なんか生々しいヤツだ。

 とにかくアレは扱いが難しく、毒気が強い。
 味方になってくれたからといって、素直に喜べる相手ではないのだった。

(´・_ゝ・`)「そう言うなって、総意だけにな」

ξ゚⊿゚)ξ

(´・_ゝ・`)「えっ?」

 恐らく議会は今回の試験内容にも口出ししてくるだろう。
 今の私でも合格できるよう、試験を簡単なものに変えてしまうかもしれない。
 ある意味それは好都合でもあるが――こと今回に限っては余計なお世話だ。

 私はただ地上に居たいのではない。認められた上で自立したいのだ。
 今のままでは周りに迷惑を掛けるだけ。昨夜のように殺されるだけ。
 それでは少しも意味がないし、あんな無様をまた晒すくらいなら、私は素直に言うことを聞く。

 議会もそこら辺を弁えているといいのだが、向こうも一枚岩ではないので流石に杞憂が……。


(´・_ゝ・`)「……一応言っておくと、今回の試験はかなり異例だ。
      試験の詳細はウチにも回っってきてないし、介入は難しいな」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ほんと?」

(´・_ゝ・`)「そんなんだから手をこまねいて、俺みたいなのが派遣された」

 気の抜けた声で言い、盛岡は他人事のように鼻で笑った。

(´・_ゝ・`)「ともあれ今回、魔王は本気でお前を連れ戻すつもりなんだよ。
      それを察したから俺達も動いた。この試験、割りとガチンコだぞ」


(´・_ゝ・`)「……と、そういう認識で合ってるよな?」

 その問いかけは貞子さんに向けられたもの。
 貞子さんは小さく頷き、盛岡の話を引き継いだ。

.

91名無しさん:2020/10/23(金) 23:24:27 ID:6PRhN.nU0

川д川「ええ、この試験は相当厳しいものになると思います。
     私も最大限の助力を約束します。一緒に頑張りましょう」

ミセ*゚ー゚)リ「……というわけで、貞子についてはよくご存知ですね。
      ちっちゃい頃のお世話係。こっちは魔術関連の助っ人です」

 貞子さんは美人なので見た目を描写をします。
 目元にかかった長い黒髪(シャンプーのCMかってくらい艶が出ている)。
 装備は上から【黙示録のイヤリング】【UNIQLOダウン】【しまむらジーンズ】。
 身長は180cmくらいあって体重は67kg(隠し武装含む)。
 アニメ化したら声は明坂聡美にやってもらおうと思っている。以上です。

川д川「もう一度改めまして、魔導宮廷から来た貞子です。
     先に言っておきますが、私の教えはミセリより厳しいですよ」

ξ゚⊿゚)ξ「デカパイ見てるので大丈夫です(お手柔らかにお願いします)」

川д川「合格できたら触ってもいいですよ」

ξ;゚⊿゚)ξ !

 重大な布石が打たれてしまったようだな。

.

92名無しさん:2020/10/23(金) 23:27:57 ID:6PRhN.nU0


ミセ*゚ー゚)リ「――で、私を含めた以上3名!
      お嬢様の試験突破に向けて、全身全霊頑張ります!」

 パチパチパチと拍手で盛り上げるミセリさん。
 なるほどこれで大体分かった。疎外感もちょっと解消された。

 つまり私が弱いので試験が実施される事となり、
 その話で揉めてる間に昨夜の襲撃が起こった、という感じだろう。

ξ;゚⊿゚)ξ ウーン…
( ∞(

 確かにこれは話が込み入っている。
 私の試験と勇者軍の襲撃、別々の話が不自然に絡まっている感じだ。
 まるで狙って話を拗らせたような――そんな作為すら感じてしまう。

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「残る問題は勇者軍だが、こっちはもう完全に手遅れだな」

(´・_ゝ・`)「ツンの居場所がバレた以上、次はもっと大きな戦いになると思う。
      向こうも本腰を入れてくる。対策はしたが、まぁ今後どうなるかは分からない」

ξ゚⊿゚)ξ「……でももう魔王軍が動いてるんじゃないの?
      私が言うのもアレだけど、この状況ってかなりピンチだし……」

.

93名無しさん:2020/10/23(金) 23:33:30 ID:6PRhN.nU0


ミセ;*´ー`)リ「あー……それなんですけど、今回魔王軍はあまり動いていないんです。
        貞子達にはその辺の働きも任せるんですけどね……」

ξ゚⊿゚)ξ「いや魔王軍が魔王の娘を守らないの組織として終わってるだろ」

(´・_ゝ・`)「魔王城ツンは地上でもやっていけます! って話の時に、
      でも不安なので守って下さい! なんて言えるか? 矛盾すんだろ」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「Oh……確かに……」

ミセ;´ー`)リ「ごめんなさい、こういう駆け引きは上手くなくて……」

ξ;゚⊿゚)ξ「いいのよ。私じゃ相手にもされなかっただろうし」

 思わずマジレスしてしまったが、盛岡の言い分はかなり的を射ている。
 パパンの目的は私を魔界に連れ戻すこと。
 そんな相手に『私を守って』とは確かに頼めない。こっちの立場が更に弱くなってしまう。

 ……いやもう、展開の噛み合わせが最悪過ぎる。
 試験は試験、勇者軍は勇者軍で対応できればまだマシだったのに……。


(´・_ゝ・`)「――だから魔王軍ではなく魔導宮廷に声を掛けた。
      あそこの動向には魔王も口出ししにくいしな。ツテがあってよかったよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね、そこは本当に助かったのだわ。
      貞子さんが居たら大体解決するもの。すげぇよ貞子さんは」

川д川「恐れ多くもその通りでございます。
     必要な仕事はすべてこなしていますので、ご安心を」

.

94名無しさん:2020/10/23(金) 23:36:12 ID:6PRhN.nU0

  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……あれ? なら結局、私の特訓ってどうなるの?」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「貞子さん達は勇者軍対策とかもするのよね?
      そこに私の面倒まで入ったら忙しくないかしら……」

(´・_ゝ・`)「ご安心、そこも考えてある」

 盛岡が私の問いに即答する。

(´・_ゝ・`)「今回の試験は対人間がベースになるはずだ。
      となれば、先生役の適任はもっと別に居る」

ξ゚⊿゚)ξ …?

(´・_ゝ・`)「ハインリッヒ高岡だよ。
      お前の特訓は、基本あいつに任せる事にした」

ξ゚⊿゚)ξ !

(´・_ゝ・`)「勇者軍の詳しい話が知りたければ向こうから聞いてくれ。
      なにはともあれ、俺達の分担をまとめると以下の通りだ」

ξ゚⊿゚)ξ「ゆとりある表現」


  〜よくわかる組分け〜


・特訓組→ξ゚⊿゚)ξ 从 ゚∀从
└試験突破に向けて特訓! そして伝説へ……

・見回り組→ミセ*゚ー゚)リ 川д川 (´・_ゝ・`)
└勇者軍を見つけるぞ! そして殺す

・雑用→('A`) (^ω^)

.

95名無しさん:2020/10/23(金) 23:37:34 ID:6PRhN.nU0


(´・_ゝ・`)「はいはい、とりあえずこんなトコだな。
      みんなで一緒にがんばろう。俺達の戦いはこれからだ」

ξ゚⊿゚)ξ「無性に元気が湧いてきた」

 私は全てを理解して頷いた。
 つまりは魔王城ツン特訓編。そういうことなのだ。

(´・_ゝ・`)「そんじゃ俺は見回りに行ってくる。
      これでも仕事が多いんでな、失礼する」ガタッ

 淡白に言い切って席を立つ盛岡。
 彼はそのまま、誰を一瞥することもなく外に出てった。

ξ゚⊿゚)ξ(言うだけ言って消えたな……)

川д川「……では、私も一旦休憩させてもらいます。
     ミセリ、あまりお嬢様を困らせないようにね」

 次に動いた貞子さんも言葉少なにリビングを後にする。
 彼女の足取りはどこか軽く、既に疲れも限界のようだった。

ミセ*゚ー゚)リ「うん、色々ありがとうね。ゆっくり休んで」

ξ;゚⊿゚)ξ「おやすみなさい」

 話を聞いた限り、今回貞子さんの仕事はかなり多いはずだ。
 私が死んでた間にも死ぬほど作業をこなしていただろう。
 客間へと去っていく貞子さんを見送りながら、私は心中でお礼を言いまくった。

.

96名無しさん:2020/10/23(金) 23:41:44 ID:6PRhN.nU0


ミセ*´ー`)リ「……さて、それじゃあ私も働きますかね」ヨッコラセ

ξ゚⊿゚)ξ「……次は何?」

ミセ*゚ー゚)リ「とりあえず……家事? お皿洗ったりとか。
       お嬢様の世話してた分、色々溜まってますしね」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「ああ、……それもそうよね」

 まだネタが出てくるんじゃないかと探ってしまったが、これも杞憂だったらしい。
 しかし、杞憂なら杞憂でまた、急に手放しにされたような心細さもある。
 どこまでいっても心が落ち着かない。……落ち着かないのだ。

ミセ*゚ー゚)リ「暇ならお嬢様も手伝って下さい。
       しばらく大変になるんですし、貴重な日常ですよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……分かっているのだわ」

 とはいえ、寝起き以降ずっと慌ただしかった流れもこれで一区切りだ。
 ミセリさんは食器の片付け、私はテーブルや床の掃除に取り掛かる。
 気になる事はまだあるが、日常的なそれらの作業はかなり気分を誤魔化してくれた。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、これが済んだらハインさんとこ行きますからね。
      その前にお風呂入ったりします?」

ξ゚⊿゚)ξ「寝起きだし吐いた後だし絶対入るのだわ」

 一応断っておくと今の私はべつに不潔ではない。
 死んでる間もミセリさん達が世話をしてくれたのだろう。私の体は清潔そのものである。
 しかし事実として1週間は風呂に入っていないわけで、気持ち的にもこの入浴は即決だった。
 入浴シーンは無い。

.

97名無しさん:2020/10/23(金) 23:43:25 ID:6PRhN.nU0

ミセ*゚ー゚)リ「だったら急ぎますか!
      向こうはもう準備できてるみたいですし、善は急げです!」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そうよね、半月しかないものね。休みも無さそうだし」

 即死級の傷を負った手前、1日くらいはゆっくりしたい気持ちが強かった。
 胸元には今でも違和感が残っている。これが消えるのもしばらく先になりそうだ。

 ……そしてやっぱり、私はまだ状況に追いつけていなかった。

 みんなが私の為に動いていたのは分かる。ただその1点だけは深く理解している。
 だから試験の話も簡単に聞き入れたのだが、その分、私自身の実感は乏しいまま。
 そういえば学校は? なんて考えが浮かぶくらいには気合い不十分。
 我ながら不安まみれだ。弱音をほざく暇もなかったら、もう転がり回るしかない。

ミセ*゚ー゚)リ「えーと、今日は体力テスト? みたいな事をするとか言ってました。
      本格的な特訓も早く始まるといいんですが……」

ξ;´⊿`)ξ「……上手くやれるかしら……」

ミセ*゚ー゚)リ「まー私との特訓よりは楽ですよ多分。
      対魔物ではなく対人間の訓練ですから、その分は」

 とはいっても、私はその人間相手にボロ負けしている。

 楽観している場合ではない。今まで以上に本気でやらねばマジでマズい。
 これは奇跡的に生まれたラストチャンスだ。ここを逃せば本当に後がない。
 取り計らってくれたミセリさん達の為にも、私は私にできる全てをやり切るしかないのだ。

ξ;-⊿-)ξ「……ハァ」

ξ゚⊿゚)ξ「ミセリさん、色々ありがとうなのだわ。
      大人の駆け引きはよく分からないけど、大変だったでしょう」

ミセ*゚ー゚)リ「――ええ、それはもちろん大変でしたよ。
      お嬢様の動きは色々影響ありますし、それなりに」

 ミセリさんはお皿を洗いながら軽く応える。
 その作られた軽薄さこそ私達の距離感。重たいものを持たせまいというミセリさんの心遣いだ。
 簡単に言えば大人と子供のそれ。今の私では、とても覆せない。

.

98名無しさん:2020/10/23(金) 23:44:47 ID:6PRhN.nU0

ミセ*゚ー゚)リ「でもまぁそれが従者の仕事なんですから。
      そうやって労ってくれるだけで十分ですよ」

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとう。その苦労、無駄にはしないのだわ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……あんまり自信は無いけど」

ミセ*゚ー゚)リ「それでいいんですよ。お嬢様はいつか、私よりもっと強くなるんですから」

ξ゚⊿゚)ξ

Σξ;゚⊿゚)ξ「もっと!? いやそれは流石に……」

 私がミセリさんより強くなるのは現状かなり不可能だ。ていうか無理だ。
 魔力を筋力に例えるとミセリさんはドウェイン・ジョンソンくらいキマっている。
 励ましの言葉としては嬉しいけれど、今の私では冗談半分にしか受け取れなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……それは流石に無理なのだわ。
        実力くらい分かるもの。あんまり無意味に期待されても……」

ミセ*゚ー゚)リ「いえいえ無理じゃないですって!
       お嬢様の自己評価が低いだけです! 私なんて中の上ですよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「それ結構強い……」

ミセ*゚ー゚)リ「これもお嬢様の素養を考えての期待なんです。
       無理も無意味も些細なこと! 強くなれます、絶対に!」

ミセ*゚ー゚)リ「なにより! それが私の望みでもあるんですから!」

ξ;´⊿`)ξ「育てのプレッシャーもすごい……」

.

99名無しさん:2020/10/23(金) 23:48:50 ID:6PRhN.nU0


ミセ*゚ー゚)リ「――でなきゃ特訓なんてしませんよ。無駄なんて少しもありません」

ミセ*゚ー゚)リ「ですから、いつか私を守れるくらい強くなってください。
       安直ですけど、やっぱりそういうのが一番嬉しいんです」


ξ゚⊿゚)ξ「……でも、もし強くなれなかったら?」

ミセ*゚ー゚)リ「普通にブチギレますね」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「えっ?」

ミセ*゚ー゚)リ「いや今までの苦労を台無しにされたら怒りますよ、当然」

ξ゚⊿゚)ξ

 情緒がブッ壊れて恐怖がブチ上がる。
 そこはなんかこう……生ぬるいセリフが出てくる所ではなかろうか。
 ブチギレ宣告、ほぼパワハラではなかろうか。


ミセ*´ー`)リ「……なんて、冗談です。
       お嬢様は望むがまま、自由にもたもたして下さい」

ξ゚⊿゚)ξ「もたもた願望は無い」

ミセ*゚ー゚)リ「まぁぶっちゃけ死ななきゃ何でもいいですよ。
       前進であれ自滅であれ、お嬢様が自由であるなら私は――」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「強くなれなくても?」

ミセ*゚ー゚)リ「いやそれは別件なのでキレます」

ξ゚⊿゚)ξ

 がんばろうとおもった。

.

100名無しさん:2020/10/23(金) 23:50:33 ID:6PRhN.nU0

≪2≫


 ――掃除やら入浴やらを済ませた夕方頃。
 私とミセリさんはテクテクとハインさんの屋敷に赴き、その客間で軽い歓迎を受けていた。
 座布団にちゃぶ台にお茶と銘菓。メトロン星人みたいなおもてなしだった。


从 ゚∀从「やーーーっと起きたなツンちゃん! 元気そうで嬉しいぜ」ワシャワシャ

ξ゚⊿゚)ξ「よせやい」

从 ゚∀从「傷の具合はどうよ。アレほぼ死んでたんだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「もう大丈夫。貞子さんが直してくれたから」

ミセ;*゚ー゚)リ「私も魔力を分けましたからね! そこお忘れなきよう!」

从;゚∀从「そりゃよかった、けど色々悪かったな。
      俺達……というか俺のせいでさ」

ξ゚⊿゚)ξ ?

从 ゚∀从「ああ、まだ聞いてないか? 勇者軍は俺を追って現れたんだよ。
      どっかから情報が漏れてたらしい。これも調べちゃいるんだが、どうにも……」

 言葉に詰まったハインさんは喉を鳴らしてお茶を飲んだ。
 私もお茶&銘菓を食らった。おいしい。

从 ゚∀从「ともかく、俺がツンちゃんを手伝うのはその辺の謝罪も含むってこった。
      魔物の試験はよく分からねぇが、稽古の相手にゃ困らせねえよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「謝罪なんていらないのだわ。私の方が助けてもらってるんだし……」

从 ゚∀从「まぁまぁ俺も立場が危ういんだ。媚びくらい売らせてくれって」

 そう言いながらヘラヘラ笑うハインさん。
 彼の子供扱いはミセリさん達の比ではないものの、相手がイケオジなので悪い気はしない。
 これで見た目が若かったら確実にホの字だった。運命の妙である。

.

101名無しさん:2020/10/23(金) 23:52:23 ID:6PRhN.nU0

ミセ*゚ー゚)リ「そんなことより特訓の準備は済んでるの?
      先にドクオが来てたはずだけど……」

从 ゚∀从「もちろん準備万端だ。ウチで暴れる分にはまったく問題ねえ。
      さっきテストで暴れてみたんだが、魔術ってのはやっぱすげえな!」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、今日は体力テストなのよね?」

 私としては暴れる予定が無かったので、ハインさんの口振りに若干の不安を覚えてしまう。
 これでミセリさんみたいな脳筋特訓が始まったら泣いて転がろうと思う。

从 ゚∀从「安心しなって、俺が面倒見るのは対人間のあれこれだけだ。
      今回はあくまで人間が目安。今のツンちゃんには軽い相手だと思うぜ」

ξ*゚⊿゚)ξ「……え、ほんと!?」

 なんだかやる気が湧いてきちゃったな。
 そうだぞ私は魔王城ツンだぞ。実力さえ発揮できれば私は強いのだ。
 やっぱり良い指導者からは良い影響を受けられるのだ。私はしみじみ思った。

从 ゚∀从「ミセリみたいな脳筋特訓は今回ナシだ。
      ツンちゃん自体のスペックは足りてるし、戦い方さえ覚えれば今は十分だろうよ」

ミセ*゚ー゚)リ「脳筋ではなく効率的な特訓です」

从 ゚∀从「てことで今日はツンちゃんの戦い方をチェックする。
      組手とかスパーリングとか、なんかそんな感じの体力テストってわけ」

ξ゚⊿゚)ξ「なるなる」

从 ゚∀从「そんな感じだから貞子に頼んで結界とか色々やってもらったのよ。
      今なら庭で大爆発しても近所迷惑にならないぞ」

ξ゚⊿゚)ξ「ハピなる」

 すごいなぁ。

.

102名無しさん:2020/10/23(金) 23:53:40 ID:6PRhN.nU0


 〜ハインの屋敷 デカい庭〜


从 ゚∀从「よーし準備できたな」

ξ゚⊿゚)ξ「できてしまったようね」

 ジャージに着替えて云々した私=魔王城ツン。
 庭に敷き詰められた玉砂利をジャリジャリしつつ、私はハインさんの指示を待っていた。

从 ゚∀从 〜♪

 とはいえ、当のハインさんは縁側に腰を下ろしたまま動こうともしない。
 てっきり彼が相手をするのだと思っていたが、どうやら相手は他に居るらしかった。

ミセ*゚ー゚)リ「お気をつけてー」

ξ゚⊿゚)ξ「うーっす」

 とりあえずミセリさんが相手じゃなければ何でもいい。
 ハインさんと同じく、彼女もまた縁側で観戦モードだった。まずは一安心である。


从 ゚∀从「……おー来た来た! おっせーよブーン!」

ξ゚⊿゚)ξ !

 そんなこんなしてたらスパーリング相手が現れたっぽい。
 ハインさんが手を振るその方向に目をやると、そこには、覚えのある人影があった。


(; ^ω^)「……人使いの荒いジジイめ……」

 屋敷の裏手から現れたるニコヤカ仏頂面。
 それはまさしく昨日の転校生・内藤ホライゾンであり、私はビックリした。


(;'A`)「……ハァ……」

 しかも更に驚くことに、内藤くんの後ろにはドクオの姿まであった。
 更に更に驚くことに2人は揃って満身創痍。ボロボロの姿でこちらに近付いてきていた。

.

103名無しさん:2020/10/23(金) 23:55:41 ID:6PRhN.nU0

ξ;゚⊿゚)ξ「え、なんで2人が?」キョロキョロ

 ハインさんとドクオ達をそれぞれ一瞥する私。
 内藤くんが居て、なぜかドクオと一緒で、しかもボロボロになっている。
 そんなよく分からん状況に戸惑っていると、事を察したハインさんが内藤くんの紹介をしてくれた。

从 ゚∀从「そいつは内藤ホライゾン。あだ名はブーンだ。
      ツンちゃんの良い刺激になると思ってな、ちょっと前に呼んでたんだよ」

ミセ*゚ー゚)リ「ちなみに私の根回しの結果です。十分に労うように」

ξ゚⊿゚)ξ「そんな周到な」

 ミセリさんは一体いつから話を動かしていたのか。
 人知れず気を配ってくれるのはいいけど若干怖い。ちゃんと言ってほしい。


( ^ω^)「――と、聞いての通りだ」

 途端、冷たく端的な一言が私を射抜く。
 私は今一度彼らの方を向いて、やたら傷付いているその姿を訝しんだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「……関係者っていうのは本当だったのね。
       にしても、なんでそんなボロ雑巾みたいになってるの?」

(;'A`)「うるせえ、ハインリッヒにやられたんだよ。
    結界の防音性能をテストするとかでさ……」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――それで負けたの!? 2人とも!?」

(;'A`)「言っとくけど全然本気出してないからな。
    下見で先に来てたら巻き込まれたんだよ……」

 ぶつぶつ言いながら恨めしそうにハインさんを見遣るドクオ。
 この様子だと単純に腕試しをされたようだが、結果はまぁ微妙だったらしい。ワロタ。

.

104名無しさん:2020/10/23(金) 23:57:10 ID:6PRhN.nU0

(;'A`)「だからお前も気をつけろよ。
    あいつらの激化薬、バカにできねぇぞ」

ξ゚⊿゚)ξ「……激化薬、って」

 ――激化薬。
 あの女が使っていた正体不明の薬物。
 あれが人間にどういう効果をもたらすかは、正直言って想像に難くない。

 つまりは人間が魔物に勝つためのドーピング。
 その効力も、私は身をもって理解している。


从 ゚∀从「さて、そんじゃあ軽く授業開始だ」

从 ゚∀从「ツンちゃんは勇者軍のことを何も知らないんだよな?
      特に『激化薬』を知らないのはマジでマズい。正直どうかしてるぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ「え、アレそんな重要アイテムなの?」チラッ

ミセ;*゚ー゚)リ「……情報規制などありまして。
       でも私だって実物見たのは初めてですよ」

ξ;´⊿`)ξ「……今日は秘密ばっかりなのだわ……」

 現魔戦争の終結後は基本的には平和主義。
 戦いの火種になりそうな情報は議会やらなんやらが握り潰してきたのだろう。つまりそういう事だ。
 まったく大人というのは秘密ばかりである。振り回される身にもなって欲しい。

.

105名無しさん:2020/10/23(金) 23:59:23 ID:6PRhN.nU0

从 ゚∀从「知ってのとおり、勇者軍ってのは勇者と超能力者の集まりだった。
      だが戦争終結後に勇者は失踪、能力者達も異能を失っていった」

ξ゚⊿゚)ξ(あ、宿題でやったとこなのだわ!)

 出てしまったようだな勉学の成果が。

从 ゚∀从「そんで勇者軍は自然消滅。初期の面子は完全に居なくなった。
      俺もあっちを抜けて魔王軍に取り入ったし、まぁ世代交代ってヤツだな」

ξ゚⊿゚)ξ「……でも、それじゃあ世代が交代しても中身が無いのだわ。
      勇者も能力者も居ないんでしょ? 目的だって無いだろうし……」

 本来、勇者軍とは義勇兵の集まりである。
 彼らの目的は魔王軍の撃退&魔王討伐であり、一応その目的は果たされていた筈。
 ならば世代交代をする意味が無い。まして、戦うための力も無いなら尚更だ。

 けれどハインさんの話にはまだ続きがあるようで、彼は私の言い分に頷いてから話を再開した。

从 ゚∀从「ツンちゃん、中身が無いってのは言いえて妙だぜ。
      中身を失った勇者軍には、確かによくない輩が集まっちまったからな」


从 ゚∀从「次世代の勇者軍――あいつらの目的は単純だ。
      『超常時代』の産物を解明して利用する。
      勇者も魔物も能力者も、みんな研究材料にしてな」

ξ;゚⊿゚)ξ「利用……?」

从 ゚∀从「そう、軍事利用だ。そして金にする。あれは利口なハイエナなんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……それ完全に悪者なのだわ。勇者軍の肩書きとは……」

从 ゚∀从「残りの話はまぁ省くが、『激化薬』ってのはそういう経緯で生まれた商品の1つだ。
      単純に説明すると、こいつを飲むと超能力が使える。正式名は『激化能力』」

(´・_ゝ・`)「時系列に並べると以下の通りだ」

ξ゚⊿゚)ξ「なんて親切な」


〜よくわかる経緯〜

1 戦争終結! そして世代交代
2 次世代の勇者軍、超能力とかの研究開発を開始
3 その結果、超能力とかを生み出す『激化薬』が爆誕
4 勇者軍、色々とヤバい集団になっていく

.

106名無しさん:2020/10/24(土) 00:01:24 ID:zhu3Oamw0


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「なるほど」

 完全に理解した私、魔王城ツン。

 つまり私は激化薬――激化能力とやらに勝たなくてはならないのだ。
 ハインさんのおかげで敵のスタンスも分かったし、『相手はただの人間だ』という油断も薄れてきた。
 これでようやく、私も話のスタートラインに立てた気がする。

从 ゚∀从「で、今の勇者軍はこの『激化薬』のブラッシュアップにご執心でな。
      そこで欲しいもんと言えば新しい研究材料なんだが――」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そこで私、でごわすか」

从 ゚∀从「その通り。だからよ、ツンちゃんはもう強くなるしかないんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ ゴクリ(お茶を飲む音)

从 ゚∀从「地上で生活する限り、敵はいつまでもツンちゃんを狙う。
      今のままでも逃げ隠れはできるだろうが、居を構えて安定してってのは無理だろうな」

ξ;゚⊿゚)ξ「……なんちゅう最悪な……」

 分かってはいたが、この試験に合格しても勇者軍という不安要素が消える訳ではないのだ。
 大変なのはむしろ合格後。勇者軍からの攻撃を前提とした日々の方だ。
 次第によっては今ある生活を手放す必要もあるだろうし、学校にだって通えなくなると思う。

 だから、私はいつか選ばなくてはならないのだ。
 勇者軍から逃げるか、戦うか。
 今はまだ杞憂でも、その選択は必ずやってくる。

.

107名無しさん:2020/10/24(土) 00:03:29 ID:zhu3Oamw0


从 ゚∀从「――さておき、まずは試験突破だ。
      今の話で戦う理由、敵の目的は理解できたよな?」

ξ゚⊿゚)ξ「当然なのだわ。すこぶる理解してしまったのよ」

从 ゚∀从「オッケーならもう授業は終わりだ。
      あとはブーンに任せるぜ。まぁ適当に戦ってみてくれよ、見てるから」

 ハインさんは足を胡座に組み直すと、それ以上なにも語ろうとはしなかった。
 あとはブーンにということは、私の相手は内藤くんがやるのだろうか……

( ^ω^)

ξ゚⊿゚)ξ

 ……でもなんも言わんぞ。
 こっち見たまま微動だにしないぞ。


('A`)「……んじゃ、俺も見物に回るんで」テクテク

 そして気怠げに去っていくドクオ。
 まぁ知らないところでドクオも頑張っていたのだろう。
 ツンちゃん襲撃のあらすじでは一切触れなかったが、ドクオだって敵の襲撃を受けているのだ。
 この状況も色々複雑だし、近い内にまた話をしておこう。

ξ;゚⊿゚)ξ「うん、おつかれ……」

( 'A`)「ったく、疲れまくりだよ……」

 ドクオを見送りながら声を掛ける。
 やがて私が視線を戻すと、そこでようやく、内藤くんが口を開いてくれた。

.

108名無しさん:2020/10/24(土) 00:08:01 ID:zhu3Oamw0



( ^ω^)「僕が敵なら、今のタイミングで攻撃してたお」


ξ゚⊿゚)ξ「……物騒なのね。自己紹介も省くのかしら」

( ^ω^)「それなら学校で済ませたお」

ξ;゚⊿゚)ξ「……まぁ、そうだけど」

 かなり最悪な初対面だったが、あれでいいなら強いることもない。
 きっと内藤くんはクールキャラになりたいのだ。察してあげるのも優しさである。

( ^ω^)「なら早く準備しろ。僕も疲れてるんだお」

ξ;゚⊿゚)ξ「しかもせっかちだし……」

( ^ω^)「……難しいな」

ξ゚⊿゚)ξ ?


(´・_ゝ・`)「戦闘準備だ! いくぞツンちゃん!」

ξ゚⊿゚)ξ「了解! 魔力生成!」 ブォォォォン
 つ魔と

 私は頑張って魔力を作った。
 赤いオーラがあれしてすごい。

.

109名無しさん:2020/10/24(土) 00:09:33 ID:zhu3Oamw0


从 ゚∀从「ミセリ、ツンちゃんの魔力はどんなもんなんだ?」

ミセ*゚ー゚)リ「……とにかくコントロールが壊滅的ですね。
      量があって質もいいだけに、ピーキー過ぎて今のお嬢様には……」

从 ゚∀从「あー、そんなんだから出力を制限して安定させた感じか。
      それでも人間相手なら十分そうだけどな」

ミセ*゚ー゚)リ「はい。なので勇者軍の尖兵ごときに遅れを取ったのは折檻対象というか」

ミセ*゚ー゚)リ ブチッ

ミセ*゚ー゚)リ「ありえないんですよね」

从;゚∀从「……キレるなよ。その折檻も試験後にしてくれ。
      今は人間基準でやってるんだから……」

ミセ*゚ー゚)リ「…………」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「よぉーし頑張るのだわ!!!!!」

 ヤバいミセリさんがブチギレている。
 そらもう十分過ぎるくらい心配してくれたもんな、そろそろ別の感情が湧いても仕方が怖い。
 せめて折檻が甘くなるよう戦闘シーンを頑張ろうと思った。頑張っていくぞ!

.

110名無しさん:2020/10/24(土) 00:11:12 ID:zhu3Oamw0




ξ ⊿゚)ξ「――――ッ」


 私は、練り上げた魔力に赤マフラーのイメージを重ねた。
 昨日は運良く成功してくれた魔力成形。
 その感覚をなぞるように、私は魔力の出力を上げていく。


(;'A`)「あの魔力量、いつもの上限を超えてねーか!?」

从 ゚∀从「流石は魔王の娘ってワケかよ。冗談じゃねえ……」


ξ; ⊿゚)ξ(露骨に持ち上げるな、シリアスが崩れる――!)

 赤熱した魔力が周囲に火花を散らす。
 やがて私の首元には赤マフラーが実体化、魔力成形の工程が完了する。
 かなり真面目にやってはみたが、とりあえず無事に完成してくれてよかった。

 伝承いわく、魔力成形の最終地点は生命の誕生。
 それを思えば赤マフラーなど些細な代物だが、私にとっては大事な処女作。
 なにより自動防御っぽい機能もあるし伸び代はある……と個人的には思いたい。


.

111名無しさん:2020/10/24(土) 00:14:55 ID:zhu3Oamw0


ξ ⊿゚)ξ「……私はこれで準備完了だけど。そっちは?」


( ^ω^)「これでいい。始めるお」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ、いいの?
       激化薬は? 使う、のよね……?」

( ^ω^)

 発する言葉は必要最小。
 身構えもせず立ち尽くす内藤くんは、その姿のまま本当に私の攻撃を待っていた。

 しかも、事もあろうに生身のまま。
 激化薬すらない、普通の人間のまま。


ξ;゚⊿゚)ξ(……始めろ、って……)スッ

 とりあえず私も拳を作って見せるが、それを振るう気はまったく湧いてこない。
 人と魔物の基本スペックの差は歴然。私とて普通の人間に負けない程度のパワーはある。

ξ;゚⊿゚)ξ

 戦えば、私は彼に大怪我を負わせてしまう。

 想像に難くない必然の結末。
 その結末に立っている自分を想像すると、私は――……


.

112名無しさん:2020/10/24(土) 00:23:31 ID:zhu3Oamw0



( ^ω^)「激化薬を飲まれる前に、倒す」 ゴソゴソ


ξ;゚⊿゚)ξ「……あっ」

 気がつけば、内藤くんはポケットから円筒状のケースを取り出していた。
 トーマスのラムネのやつだった。

 彼はそのケースを振って錠剤――激化薬を取り出し、間髪入れずに飲み下した。
 まったく、結局飲むなら最初から飲んでよかろうなのだ。

ξ;゚ー゚)ξ ホッ

从 ゚∀从「……」


( ^ω^)「……それができなければ、能力発動までの猶予で先手を取る」


ξ;-⊿゚)ξ「ならもう待つわよ。普通に戦った方がテストにな――」

 るんだし、と言葉を続けていく最中。

⊂( ^ω^)「なら遠慮なく」ガシッ

 内藤くんは中空に手を差し出し、そこにある『何か』の幻影を掴み取った。
 実体なき実物――それを手にして大きく振り上げ、彼はその手で静かに空を薙いだ。

 その瞬間、堰を切ったように旋風が吹き荒れた。

ξ;゚⊿゚)ξ「――――ッ!?」

 屋敷の草木が音を立ててざわめき、地面の玉砂利が波を打つ。
 一挙動にあるまじきその衝撃は戦慄に余りある。
 私はただ、風に吹かれて言葉を失うばかりだった。


( ^ω^)「……テストだから言っとくけど、僕の激化能力は『復元』だお」

 風が止んだ時、『何か』を持っていた彼の手には一振りの剣が実体化していた。
 無から湧き出た無骨な剣。
 内藤くんはそれを両手に持ち直し、改めて私に相対した。

.

113名無しさん:2020/10/24(土) 00:24:54 ID:zhu3Oamw0


ξ;゚⊿゚)ξ(激化能力、復元――)


 あの能力、『無形から有形を作り出す』という点で魔力成形に酷似している。
 即ち、たった1粒の薬が、人間を魔物の領域に踏み入らせたということ。

 ――敵が激化薬に頼るのも当然だ。
 これさえあれば、人と魔物の戦いは成立するのだから。


( ^ω^)

ξ;゚⊿゚)ξ(激化薬、確かにヤバいアイテムなのだわ)ジリジリ


( ^ω^)

ξ;゚⊿゚)ξ(昨日の女にも何か能力があったのかしら?
       今思うと、あの戦い方はかなり不用心だったのね……)ザッ



( ^ω^)

( ^ω^)「おい」



ξ;゚⊿゚)ξ「……?」ピタリ

 おずおずと間合いを見ていた私に内藤くんが声を掛けてくる。
 彼は構えた剣を下ろして脱力すると、しばし言葉を選んでから、溜息交じりに言葉を繋げた。

.

114名無しさん:2020/10/24(土) 00:26:33 ID:zhu3Oamw0


( ^ω^)「お前、いつまで考え込んでるつもりなんだお」


ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ?」


( ^ω^)「もう始めていいって何度も言ってるお」


ξ;゚⊿゚)ξ「……いや、様子を見てるのよ」


( ^ω^)「さっきから隙だらけにしてやってるだろう。
      お前、これ以上なにを見せれば動いてくれるんだお?」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ#゚⊿゚)ξ「なッ――!」


 ……いや、これは煽りだ。

 私が冷静な判断をせず突っ込んでくるよう、誘導しているのだ。

 ここは様子見が正解だ。

 事実、昨日の私はそれを怠って致命傷を――


( ^ω^) チッ


ξ;゚⊿゚)ξ


.

115名無しさん:2020/10/24(土) 00:33:13 ID:zhu3Oamw0


 ――冷めた空気に小さな舌打ち。
 その途端、内藤くんは激化能力で作った剣を手放してしまった。
 剣はすぐさま形を失い、光になって空に散る。


( ^ω^)「環境に甘やかされ続けた結果がそのザマか。
      1人になったら何もできず、そもそも初めから『戦いたくない』と思っている」

ξ;゚⊿゚)ξ「……え、それはちが――」

( ^ω^)「敵の方から攻撃してくれないと何もできない。
      誰かが助けてくれなきゃ話にもついていけない」

ξ;゚⊿゚)ξ

( ^ω^)「戦わなくていい口実があればそれに縋る。
      こうして他愛なく話しているのが良い証拠だ。だから隙を晒す」

ξ;゚⊿゚)ξ「それは、……ただ、正々堂々と……」
  _,
( ^ω^)「正々堂々? この状況のどこに卑怯が残ってるんだお」

ξ;゚⊿゚)ξ「う、……」

 圧が凄い。
 これもうパワハラなのでは?

( ^ω^)「……後出しの正論で身を守り、都合のいい立場から戦場を愚弄する。
      野蛮な闘争を忌避しながらも、しかし正義や勝ち組といったものには属していたい――」

( ^ω^)「いやまったく現代的な姿勢だよ。
      意図してやってるなら傑物と言わざるをえない。堪えきれなかった僕の負けだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「違う、私は……!」

( ^ω^)「だったらもう早くしてくれ。
      これはテストだ、お前が攻撃しなければ始まらない」

ξ;゚⊿゚)ξ「……でも……」

( ^ω^)「始まらないんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ


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116名無しさん:2020/10/24(土) 00:39:59 ID:zhu3Oamw0


( ^ω^)「……これは、テスト以前の問題だお。
      そういうものを戦場に持ち込みたいなら、結論はひとつしかない」


 そう言い、内藤くんは踵を返した。
 私に背中を向けて歩き出す。


ξ;゚⊿゚)ξ「……待っ」


( ^ω^)「待てば戦うのか?」ザッ


 私の声と同時、足を止めて振り返る内藤くん。
 彼の視線が私を捉える。
 彼はただ沈黙し、私の答えを待ってくれた。

 だからこそ、だから、私はすぐに答えを考えた。


ξ;゚⊿゚)ξ


( ^ω^)


 考えて、答えを……


.

117名無しさん:2020/10/24(土) 00:41:10 ID:zhu3Oamw0



〜30秒後〜



ξ゚⊿゚)ξ ポツン


从;゚∀从「……相手を逃がして終了。
      まさか戦闘にもならねぇとは……」

ミセ*゚ー゚)リ

('A`)


ξ゚⊿゚)ξ(視線が痛いのだわ)

 試験まで残り半月。
 どうやら私の問題は、強いとか弱いとか、そういう話ではないようだった。


ξ゚⊿゚)ξ


从;゚∀从「お前どういう教育を……」ヒソヒソ

ミセ;*゚ー゚)リ「いやスイッチが入れば……」ヒソヒソ


ξ゚⊿゚)ξ

 特訓初日の成果は特になし。
 体力テストもままならず、私は、貴重な1日を失っていた。


.

118名無しさん:2020/10/24(土) 00:45:56 ID:zhu3Oamw0

#1 >>2-65  #2 >>74-117

後編の投下は来週末です
4話目で一区切りなので、そこまでは年内に投下します
よろしくお願いします


>>73
ニュアンスを伝えるのが難しいのですが、
前スレに投下した分は+αの概念として隔離してもらって、
興味ある人はどうぞ〜くらいの扱いにしてもらえたら嬉しいです

119名無しさん:2020/10/24(土) 15:59:27 ID:myHqyUGs0
otsu

120名無しさん:2020/10/25(日) 22:24:42 ID:6gV6UI/A0
おもろ

121名無しさん:2020/10/28(水) 22:08:16 ID:MdsDbKKk0
待ってた!!そして待ってる!!

122 ◆gFPbblEHlQ:2020/10/30(金) 06:09:51 ID:F.8o84Nk0



          #03 ノン・パーフェクトな魔王城(後編)


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123名無しさん:2020/10/30(金) 06:11:53 ID:F.8o84Nk0

≪1≫


 ――お話にすらならなかった体力テストの翌日。
 私こと魔王城ツンは普通に学校へ行き、普段通りの生活を送っていた。

 今日は柄にもなく早い登校をして、普通に宿題をやって、普通に授業を受けた。
 なんてことない日常風景。当たり障りのない時間が過ぎて、今は昼休みの真っ只中である。


ξ゚⊿゚)ξ

 私は昼飯を食べ終えてボーッとしていた。
 それ以上でも以下でもなかった。

(;'A`)「……おいツン、お前どうしちまったんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ ポケー

 どうしたも何も、私はただ模範的な学校生活に準じているだけだ。
 決して昨日の体力テストが残念過ぎて落ち込んでるとかそういう事は無いのだ。

(;'A`)「……やっぱ昨日言われたこと気にしてんのか?
    気にすんなって、あれはハインさんの人選ミスだよ」

 言いながら余所を一瞥するドクオ。
 彼の視線は後ろの席――直截に言うと内藤くんの席に向けられていた。


('A`)「……ありゃどー考えてもあいつが悪い。特訓ってもんを理解してねぇんだ」

( ^ω^)” モグモグ

('A`)

(#'A`)「野郎、こっちガン見しながら弁当食ってやがる……!」

ξ゚⊿゚)ξ「あらあらうふふ」

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124名無しさん:2020/10/30(金) 06:14:08 ID:F.8o84Nk0


ξ゚⊿゚)ξ


 『――環境に甘やかされ続けた結果がそのザマだ』

 『1人になったら何もできず、そもそも初めから――』


ξ゚⊿゚)ξ(戦いたくないと、思っている……)

 ……昨日のあれは効いた。
 めちゃくちゃ効いて今も引きずっている。

 甘やかされてる自覚は多少あったが、ああも直球で指摘されたのは初めての事だった。
 しかも私はまったく反論できなかった。十分な猶予を与えられても、何も……。


 結果的に、私は今まで続けてきたミセリさんとの特訓を無駄にしてしまったのだ。
 毎日あれだけ続けてきた努力の結果は0点。
 戦うべき時に戦えなかった――その事実を、私はしかと受け止めている。

ξ゚⊿゚)ξ

 受け止めすぎて灰になりそうだった。
 なっちゃっていいかな、灰に。


('A`)「……なぁツン。昨日のアレ、お前はそんなに間違ってねえよ」

ξ゚⊿゚)ξ

('A`)「様子見しすぎて状況が悪くなることはある。
    でもそれは実戦での話だ。あれはテスト、自分のペースでやって当然だ」

ξ゚⊿゚)ξ「……私だって、そう思うけど……」

 そう、べつに私も昨日の戦い方を間違いだとは思わない。
 自分のペースで戦うのは当然だし、戦闘放棄はむしろ内藤くんの方。それも理解している。

 それでも、間違っていたのは私なのだ。
 私には『覚悟』が欠けていた。戦いに臨もうという決意も甘かった。
 呆れられても仕方がない。ここばっかりは、私は認めざるを得ないのだ。

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125名無しさん:2020/10/30(金) 06:15:38 ID:F.8o84Nk0


ξ゚⊿゚)ξ「……私、こないだ勇者軍に襲われた時、迷ってしまったの」

ξ゚⊿゚)ξ「迷っちゃいけない、躊躇しちゃいけない。
      そう思わなきゃ戦えない時点で、私は場違いだったのかもね」

('A`)

ξ-⊿-)ξ「それで心臓に一撃。呆気ないものよ」

('A`)「……そりゃ迷うだろ。誰もそこまでの覚悟は求めてねぇよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……必要なのよ。私が、そう思ってる」

 言い切って、私は机に項垂れた。

ξ-⊿-)ξ「ちょっと人間に慣れ過ぎたのかもね。
       殺し殺され、それが社会のルールなのに……」

('A`)「……あんまり急いで考えるな。
    お前は変に思い切りがいいんだから、まずはゆっくり休んどけ」

ξ゚ー゚)ξ「……そうね」


 ――と、儚げなヒロインスマイルを浮かべた瞬間。


( ^ω^)「そうはいかん」バサッ
  つミ□

ξ;゚⊿゚)ξ !

 突然内藤くんが傍に来て、机に謎の紙束を放り投げてきた。
 イジメか!? と反射的に思ったが違うっぽい。
 私は紙束の表紙に目を向け、そこに書かれていた表題を読み上げた。

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126名無しさん:2020/10/30(金) 06:17:22 ID:F.8o84Nk0


ξ゚⊿゚)ξ「アリクイの赤ちゃんでもわかる……戦いの基本……?」
 つ□と


( ^ω^)「今のお前に必要そうな情報をまとめておいた。
      主に心構えや自己啓発の話になっているが、最低限のセオリーも書いてあるお」

ξ゚⊿゚)ξ(こいつ、まさか私をアリクイの赤ちゃんと同レベルに……?)


(;'A`)「……うわっ、意外と執拗に理詰めしててキモい……」 ペラッ

( ^ω^)「感情はブレーキにもアクセルにもなる不安定なものだお。
      理詰めだろうがなんだろうが、制御できて困るものではない」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「え、ええー……」

 なんだこのツンデレ。いやツンデレは私だが。
 昨日あれだけ言っておいて翌日これは反応に困るぞ。
 ここから更に「勘違いするなよ」とか言い出したら私のアイデンティティが

( ^ω^)「勘違いするなよ、これはハインに言われてやった事だ」

ξ゚⊿゚)ξ 〜サカナクション:アイデンティティ〜

( ^ω^)「お前を戦えるようにするのが僕達の仕事。
      すぐに読破しておけ。お前にはそれが必要だ」

ξ;゚⊿゚)ξ「ぐぬぬ、分かったのだわ……」

 悔しいが言うことを聞くしかない。
 アイデンティティ的には

『 ξ#゚⊿゚)ξ「ふざけないで頂戴! あんたの力なんて借りないんだからねっ!」 』

 と言いたいところだが、私はこれでも魔王城ツン。
 身から出た錆くらい自力でそそがねばならぬのだ。
 ええい止めるな。これが魔王城のプライドなのである。

ξ゚⊿゚)ξ「うぉぉがんばるのだわ」

(^ω^)「ツンちゃんがんばるお!」

ξ゚⊿゚)ξ !?

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127名無しさん:2020/10/30(金) 06:19:20 ID:F.8o84Nk0

≪2≫


 〜ハインの屋敷 客間 夕方〜


(´・_ゝ・`)「――ああ、こっちは順調な滑り出しだ。
      分かってるよ。負けたんだ、俺はもう知らん」

(´・_ゝ・`)「大渋滞は承知の上だろ。……はいはい、そんじゃ」


 ピッ、と通話の切れる音。
 盛岡デミタスはスマホをしまって振り返り、こちらに視線を注ぐ各人を一望した。

(´・_ゝ・`)「……定期連絡だよ。気にしないでくれ」

从 ゚∀从「ほんとかァ? そーいう口調には聞こえなかったけどな」ニヤニヤ

(´・_ゝ・`)「ははは、じゃあ彼女ってことにしていいよ」

ミセ*゚ー゚)リ「それはそれでキレそう」

(´・_ゝ・`)「身持ちが固い奴は大変だよな、っと……」

 縁側から客間に戻り、盛岡もちゃぶ台の面々に加わっていく。
 今日の議題は現状確認。参加者は盛岡、ハイン、ミセリの3人だった。
 貞子は見回りに出ているので居ない。

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128名無しさん:2020/10/30(金) 06:23:56 ID:F.8o84Nk0

从 ゚∀从「さて、とりあえず情報共有といこうぜ。
      どうにも今回はキナ臭い部分が多いからな」

ミセ*´ー`)リ「とは言っても、この短期間じゃ成果も高が知れて」

(´・_ゝ・`)「あるぜ」 パサッ
  つミ□

 ミセリの言葉を遮ると、盛岡は20枚近い写真をちゃぶ台に放り投げた。

ミセ;*゚ー゚)リ「――あるの!?」

(´・_ゝ・`)「俺は働き者だからな」

ミセ;*゚ー゚)リ「度が過ぎるのでは……」

从 ゚∀从「おう、どれどれ……」

 駅のホーム、路地裏の壁面、ミスドの客席など。
 卓上に提示された数々の写真には、一見どれにも変哲が見当たらない。

从 ゚∀从「……こりゃあ、上手く撮ったもんだな」

ミセ*゚-゚)リ

 しかし、彼らの目には明らかな違和が写り込んでいた。
 たとえば路地裏の壁面には暗号の痕跡。駅のホーム、ミスドの客席には怪しげな人影。
 更にその人影は他の写真にも姿があり、ある1枚には決定的な場面も収められていた。


――――――――――――

  (´・ω・`) ζ(゚ー゚*ζ
      つ” οと
____________


 決定的な場面、それは激化薬らしきものの取引現場だった。
 片方は先日の女、もう片方は太眉の男。
 取引場所は丸亀製麺。彼らは完全に昼食中で、そのついでに取引をしているようだった。

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129名無しさん:2020/10/30(金) 06:25:35 ID:F.8o84Nk0


从 ゚∀从

从;゚∀从「いやこれ、もう完全に街に居着いてやがるぞ。
      動いてたとかってレベルじゃねえよ。ただの住民だよ」

ミセ*゚-゚)リ「……これ、写真撮って終わりですか? 敵のアジトは?」

(´・_ゝ・`)「それは危険が危なくて追えなかったよ。俺もバレないよう必死で」

ミセ*゚-゚)リ「……だったら次は連絡して下さい。私がやりますから」

 冷たい殺気を放ちながら盛岡に釘を刺すミセリ。
 ツンの前では少しも零さないが、彼女が敵に向けている怒りは誰よりも強かった。

 お嬢様を殺そうとした。だから殺す。
 そんな短絡的かつ強靭な意思は無言であろうと伝わってくる。
 それが普通に怖かったので、ハインと盛岡は彼女の殺気が収まるまで沈黙を貫いた。

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130名無しさん:2020/10/30(金) 06:27:52 ID:F.8o84Nk0


(´・_ゝ・`)「……とりあえず、こっち女が街から出てくのは確認した」トンッ

 盛岡が取引現場の写真に指を立てる。
 そこに便乗し、続いてハインが質問を投げかけた。

从 ゚∀从「男の方はどうだ? 街に潜伏してそうだが」

(´・_ゝ・`)「十中八九、街のどっかに居るだろうな」

从 ゚∀从「……勇者軍は一度無くなった組織だ。頭数はそう多くねえ。
      敵は少数、手掛かりも少ない。追えるんだったら追いたいが……」

(´・_ゝ・`)「ああ、それは多分無理」

 淡い期待をばっさり切り捨てる盛岡。
 ハインは頭を振って応え、小さく息を吐いた。

ミセ*゚ー゚)リ「この街は既に探知結界で覆われてます。
      異常があればすぐ分かるんですけど、それでも?」

(´・_ゝ・`)「それでも難しいと言わざるをえない。
      男の仕事は恐らく情報収集、大して強くもないはずだ」

(´・_ゝ・`)「つまり危険は回避する、異常は起こさない。
      見つけ出すには地道にやるしかない、はずだ。知らねぇよ俺も」

ミセ;*゚ー゚)リ「ぐ、ぬぬ……」

从 ゚∀从「まぁそれでも探知結界の存在はデカいぜ。
      女だけでも街から追い出せてる辺り、敵も簡単には攻めて来ねぇよ」

ミセ;*´ー`)リ「……それ、だったら次は本気で来るって事ですよ」

从;゚∀从「……まぁな」

(´・_ゝ・`)「特徴的な太眉、まゆ、一体何者なんだ……」

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131名無しさん:2020/10/30(金) 06:30:46 ID:F.8o84Nk0


从 ゚∀从「いかんともしがたく、やむなく膠着状態か……」

 そう言いながら姿勢を崩すハイン。
 彼は懐から煙草を取り出し、余裕ぶってそれに火を点けた。
 ふわりと白煙が立ち上り、正気を疑うレベルの甘い香りが客間に広がる。

从 ゚∀从y=~ 「……まぁツンちゃんを鍛えてる時間はありそうで安心したぜ。
         敵がすぐに動かねぇだけ、俺としては十分だ」

ミセ;*゚ー゚)リ「そんな悠長な! 男の方はまだ街に居るんですよ!?」

从 ゚∀从y=~ 「そうか? 情報なんて元々向こうに筒抜けだったんだ。
         今更そんな身構えたってしょうがねえよ」

从 ゚∀从y=~ 「大体、太眉の男だって強いかどうか怪しいんだろ?
         こないだの奇襲にもそいつは居なかったし、戦力じゃねえんだよ」

ミセ;*゚ー゚)リ「そんなの推測だけじゃないですか……」

(´・_ゝ・`)「まぁまぁ、それよりもっと大事な話があるだろ」

从 ゚∀从y=~ 「……大事な話?」

(´・_ゝ・`)「そうそう。情報が筒抜けって辺りにも関係するんだが」

 盛岡は卓上で手を組み、ハインの目をじっと見ながら言った。

(´・_ゝ・`)「――裏切り者の件だよ」

从 ゚∀从y=~

 一瞬の間。
 ハインは手近にあった灰皿で煙草を潰し、盛岡の目を見返した。

从 ゚∀从「なる、ほど」

从 ゚∀从「それは確かに大事だ」

ミセ*゚ー゚)リ「……誰かがこっちの情報を流してた、って話ですよね?」

(´・_ゝ・`)「その通り。この問題を解決しなきゃ不安で朝も起きらんねえ」

ミセ*゚ー゚)リ「低血圧は別問題ですよ」

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132名無しさん:2020/10/30(金) 06:34:21 ID:F.8o84Nk0

(´・_ゝ・`)「……ミセリが居ないタイミングで正確に動き出し、
      ハインやドクオを確実に足止めし、1人になったツンを襲撃する」

(´・_ゝ・`)「これは何者かの手引きがあったとしか思えない。
      複数の展開を無理矢理まとめたような性急っぷり、明らかに異常だ」

(´・_ゝ・`)「俺はこの犯人を許さねえ。絶対にだ。
      見つけ出してボコボコにしてやるからな」

从 ゚∀从

ミセ*゚ー゚)リ

 雑だなぁ、と2人は思った。


(´・_ゝ・`)「ついては俺にも考えがある。
      せいぜい尻尾を出さないよう、裏切り者には忠告を言いたいくらいだ」

ミセ*゚ー゚)リ「……まあ、頼もしい限りですけど」

从;゚∀从「さっきの写真の男が情報を流してたって線もあるだろ。
      あんまり派手な事して刺激すんなよ」

(´・_ゝ・`)「ボロが出るから?」

从 ゚∀从「……そうだ。こっちは情報量でも負けてんだ、下手なマネはするな」


ミセ;*´ー`)リ「それよりお嬢様の特訓ですよ!
        どうするんですかもう! やっぱり私が!」

(´・_ゝ・`)「それは絶対に無い」

从 ゚∀从「無いな」

ミセ;*゚Д゚)リ「そんなに!?」

 満場一致である。

ミセ;*゚ー゚)リ「いや皆さんお嬢様を低く見すぎですって! 私の特訓は適切ですよ!」

ミセ;*゚ー゚)リ「そりゃ少しやりすぎなのは分かってますけど……でも私だって心を鬼にですね!」

 声を張り上げて抗議するも2人の耳には届かない。
 限界になったミセリは「あぁお嬢様! これは不当人事でございます……」と天に祈りを捧げ始めた。
 物理で解決できない事柄に対するストレスは、確実に彼女を幼児退行させていた。

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133名無しさん:2020/10/30(金) 06:35:23 ID:F.8o84Nk0


从 ゚∀从「――まぁ今は俺に任せとけって。
      俺だってツンちゃんには強くなってほしいんだ」

(´・_ゝ・`)「なんで?」

从 ゚∀从

从 ゚∀从「はは、そりゃお前――」

 と、ハインが軽口を始めた途端、屋敷のどこかから着信音が鳴り響いてきた。
 その音にいち早く反応したのはハイン。
 彼は跳ねるように驚いてみせると、すぐさま重い腰を上げて着信音の方に駆けていった。

从;゚∀从「いけねー、俺も電話があるんだったわ……」ドテドテドテドテ

ミセ;*゚ー゚)リ「お早く済ませてくださいね! 大事な報告会なんですから!」

(´・_ゝ・`)

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134名無しさん:2020/10/30(金) 06:36:14 ID:F.8o84Nk0

≪3≫



ξ゚⊿゚)ξ


 魔王城ツンです。


 放課後です。


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135名無しさん:2020/10/30(金) 06:37:35 ID:F.8o84Nk0




ξ゚⊿゚)ξ「――……それでね、ドクオが大爆発して死ぬの」

 「そうなんだ、すごいね!」

ξ゚⊿゚)ξ「跡形も残らないのだわ」

 然るべき学校生活とそれに付随する日常的会話シーンを終えた私は魔王城ツン。
 現在、私はいわゆるBパートに相当する放課後の夕暮れを満喫していた。
 もちろんそこにはクラスメイトのまゆちゃん(モブ)の姿もあり諸般平和的である。
 極めて申し分ない穏やかな時間。もはやEMOTIONALすら禁じ得ない所存だった。

ξ゚⊿゚)ξ「教室でホコリが散ってキラキラしてて髪なびいてるだけで良い感じになるわよね」

 「謎の白い光が所構わず差し込んでたら更に良い感じのやつ!」

ξ゚⊿゚)ξ「魚眼+俯瞰でちょい不思議系の雰囲気出てたら10点確定なのだわ」

 「……それ長門有希の話してる?」

ξ゚⊿゚)ξ !

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136名無しさん:2020/10/30(金) 06:40:17 ID:F.8o84Nk0

 これは本筋に微塵も関与しない情報だがまゆちゃんは絵を描くオタクだった。
 なので時折絵のモデルを頼まれたり頼まれなかったりする。今日は頼まれたりする日だった。
 窓際でなんかエモい感じのポーズを取っているだけの簡単なお仕事。報酬は飴玉である。

ξ゚⊿゚)ξ「まゆちゃん絵が上手」

 「そりゃあモデルがいいからね!」

ξ゚⊿゚)ξ「フフッヒ」

 やれやれ私は美少女だからな。
 しかも魔王城だしな、困ったものだ。

 「よし、描けた描けた〜!」

ξ゚⊿゚)ξ「見せておくれ」

 「サイン描くから待っておくれ」

 絵の片隅に『(´・ω・`)』みたいなサインを残し、ノートの1ページを切り離してくれるまゆちゃん。
 そのページにはエモい感じの美少女こと魔王城ツン=私の姿がバッチリ描かれている。
 胸部が若干盛られているのは私の注文だった。寛大なキュビズムである。

ξ゚⊿゚)ξ「オイオイオイ参っちまうなオイ」

 「猛るな猛るな」

 いつか魔王になったら肖像画はまゆちゃんに頼みたい。
 しかし画像ファイルを出力する魔術とかあるのだろうか。なければ作ってもらおう貞子さんに。


    |┃三             _________
    |┃              /
    |┃ ≡        < あれ、まだ帰ってないモナー?
____.|ミ\___(´∀` )_ \
    |┃=___    \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃ ≡   )   人 \ ガラッ


ξ゚⊿゚)ξ !

 そんな時、突然現れたのは我らが担任モナー先生だった。
 時計を見ると確かにヤバい時間、夕陽も沈んで夜が近い。
 久々のまんがタイムきららタイムとはいえ、また随分と無為を楽しんでしまったようだ。

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137名無しさん:2020/10/30(金) 06:42:23 ID:F.8o84Nk0

( ´∀`)「ほらもう帰宅部、2人とも下校の準備するモナ」

ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そんぬぁ」

 先生にモナモナと下校を促される私達。
 しかし私はまだ帰れない。どうしても帰れないのである。
 その理由については以下の回想を参照してほしい。


 〜回想〜

('A`)「学校に探知結界のすごい版を仕込んでくるNE」

('A`)「俺が戻るまで動かないでね」

ξ゚⊿゚)ξ「うむ」

('A`)「おい内藤、ツンの護衛を」

(^ω^ )「嫌だお」テクテクテク

('A`)

('A`)「まゆちゃん頼む、ツンを見ててくれ」

 「いいよー!」

ξ゚⊿゚)ξ「なるほどお留守番というわけね」

 〜回想おわり〜


 かくしてそういう事なのである。
 先日のこともあるし、私の単独行動はかなりご法度なのである。
 流石にもうワガママは言えない。ドクオの言いつけは守りたいが、さて……

【分岐1→まゆちゃんと帰る】
【分岐2→1人で教室に残る】

  (´・_ゝ・`)
 ⊃分岐1⊂

  (´・_ゝ・`)
 ≡⊃⊂≡
      グシャア

ξ゚⊿゚)ξ(うむ、断固として教室に残るのだわ)

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138名無しさん:2020/10/30(金) 06:44:17 ID:F.8o84Nk0


ξ;゚⊿゚)ξ「いーじゃん先生! もうちょっとだけお願いなのだわ!」

( ´∀`)「えーどうしよ。態度次第かも」

ξ゚⊿゚)ξ「反応が俗物すぎる」

 「そうです先生! 私達はドクオ君を待ってるだけなんです!」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなのだわそうなのだわ」

 正直まゆちゃんのが優良生徒なので私は援護射撃に回った。
 それから数分間ひたすらゴネ続けるまゆちゃん、そうなのだわロボと化す私。


(; ´∀`)「……はいはい分かった、もう分かったモナ」

 やがてがっくりと肩を落とし、モナモナと頭を振る先生。
 女子高生2人に寄ってたかって大声出されるのは流石にキツかったらしい。たぶん私でもキツい。

(; ´∀`)「じゃあもう少しだけ、ツンさんだけなら学校に居ていいモナ……」

ξ゚⊿゚)ξ !

 かくしてゴネ得を成し遂げる。
 残念ながらまゆちゃんはダメっぽいが、まぁ私が許されているならまぁいいだろう。
 時には必要な犠牲もある。今回、それはまゆちゃんだったのだ。

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139名無しさん:2020/10/30(金) 06:46:18 ID:F.8o84Nk0

ξ゚⊿゚)ξ「というわけでまゆちゃんバイバイまた明日なのだわ」

 「……え、えっ!? どうしてですか先生、なんで私だけ!?」

( ´∀`)「え、だって男女の待ち合わせモナ?
      だったら“そういうこと”なんだから毛利さんも気を遣ったりするモナ」

 突然だがまゆちゃんの名字は毛利である。特に意味はない。

 「うう、まさかこんな形で友達の不純異性交遊に加担させられるとは……」

ξ゚⊿゚)ξ「すまんな」

 「……いいえ、それでも断固拒否です! 私もツンちゃんと一緒に――!」

 と、まゆちゃんが再度ゴネ始めた途端。
 彼女のポケットにあるスマホがクソデカい着信音をブチ上げ、教室中に鳴り響いた。
 彼女は跳ねるように驚いてみせると、すぐさまスマホを手にして教室の隅に行き、電話に出た。


 「――……はい、はい」


ξ゚⊿゚)ξ「……言っときますけど先生、さっきの発言はセクハラですよ」

( ´∀`)「そうモナ? でも清い生徒像なんて今日び期待もしてないから……」

ξ゚⊿゚)ξ「おっぴろげが過ぎる」

 「試験――……資格? いや、それは知らな――……」

 断片的に聞こえてくるまゆちゃんの話し声。
 多分あれは試験対策の一環で資格をゲットしようという感じのアレだろう。
 まゆちゃんは育ちがいいから親の期待とかで勉学が大変なのだ。とてもえらい。

ξ゚⊿゚)ξ(とてもえらいなぁ)

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140名無しさん:2020/10/30(金) 06:47:29 ID:F.8o84Nk0



 「――ごめんね、やっぱり私帰るね!」

ξ゚⊿゚)ξ「え、マジ?」

 電話を終えて戻ってきたまゆちゃんは、その時すでに掌を返していた。
 彼女はそそくさと帰り支度を済ませると、それからすぐに廊下に出ていった。

 「またね魔王城さん! ドクオくんとしっぽり頑張ってね!」

( ´∀`)「じゃあ先生も職員室に戻るモナ。あんまり教室を汚さないように」ガラッ

ξ゚⊿゚)ξ「両名の発言にセクハラの意図を感じてしまうわけだが」

 品位に傷がつくのでやめて頂きたいものなのだわ。

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141名無しさん:2020/10/30(金) 06:50:41 ID:F.8o84Nk0



ξ゚⊿゚)ξ


ξ゚⊿゚)ξ(一気に暇になったのだわ)


 ということで1人になった私は魔王城ツン。
 結局また1人になってしまったが、まぁ教室でじっとしてる分には問題も無いだろう。


 その後、窓辺に寄りかかって黄昏れてみたり、意味もなく髪をファサァ…してみたり。
 ドクオがいつ戻ってくるのか考えてみたり、ひたすら無の時間を浪費していく。


ξ´⊿`)ξ(……何もしなくていい時間、最高なのだわ……)


 放課後、教室、独りぼっちというシチュでめちゃくちゃ気が抜けてしまう。
 魔王っぽい話はさておいて、やっぱり私は学校という場所に愛着があるのだ。

 学校はいい。魔界と違って血生臭くないし、荒っぽくないし、あと単純に娯楽が多くてよい。
 学食、あれも大変よいものだ。やったねという気持ちでいっぱいになれる。

ξ゚⊿゚)ξ(魔界はテレビもないしネットもないし、文化レベルが低いのだわ)

 おらあんな魔界いやだ。東京へ出るだ。
 つまりそういう事なのである。そろそろ暇が限界だった。


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142名無しさん:2020/10/30(金) 06:52:02 ID:F.8o84Nk0




 「――単身、人気の無い場所で考え事とはな」



ξ゚⊿゚)ξ !?

 吉幾三が脳裏を掠めたその途端、廊下の方から声が聞こえてきた。
 扉のガラス越しに動く影――程なくそれは、ゆっくりと扉を開け放った。


川 ゚ -゚)


ξ゚⊿゚)ξ「……あなた、誰?」

 現れたるは1人の女生徒。
 高校生にしてはやや大人びているような、見たこともない黒髪美女だった。


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(……いや、これは)

 しかし気になる点が2つ。

 1つ、着ている制服が明らかに安っぽい。多分あれドンキだ。
 2つ、その手に持っている日本刀はなんだ。ビー玉のストラップまで付いてるし。

 ――そう。
 その女生徒は確かに美女だったが、全体的にコスプレ感が強かったのだ。

川 ゚ -゚)

ξ;゚⊿゚)ξ

 イコール、対処に困る。
 私は女生徒の姿をじろじろ見るばかりで、それ以上の反応ができなかった。

 上級生? 他校の生徒? あるいは――

ξ;゚⊿゚)ξ(……敵?)

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143名無しさん:2020/10/30(金) 06:55:45 ID:F.8o84Nk0


川 ゚ -゚)「悪いが1秒だ」

川 ゚ -゚)「説明もしない。仕事なんでな」

 途端、コスプレ女生徒が抜刀して鞘を捨てる。
 そうして刀を私に向け――なんて、悠長に考えている場合ではなかった。


ξ゚⊿゚)ξ「――な、」

 コスプレ女生徒の刀は今、私の右耳あたりの空間に深く突き刺さっていた。
 言葉を挟む余地もなく、彼女は既に斬撃を放っていたのだ。

 思考も言語化も間に合わなかった完全な初見殺し。
 反射神経のままに頭を振っていなければ、私は今頃――

川 ゚ -゚)「……避けたのか。1秒もたないと聞いていたが」

 ――この女は紛うことなき敵。
 だったら対処は2つに1つ。逃げるか、ここで今すぐ戦うか。


ξ; ⊿ )ξ

ξ; ⊿゚)ξ(――ここで、戦う)

 決めつけて、そこで思考を停止する。

 考え込むほど私は弱い。
 言葉を選んで体裁を整え――それでは私は弱くなるばかりだ。

 だからなんにも考えず、ついぞ魔王城ツンとしてのプライドさえ忘れ去る。
 私はただ、目の前の敵意に即答する。

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144名無しさん:2020/10/30(金) 06:59:22 ID:F.8o84Nk0


川 ゚ -゚)「……これなら、話が変わるな」クルッ

 そう言いながら刀を引き、呆気なく背中を向ける。
 彼女は10歩ほど戻って鞘を拾い上げ、そこに紐付けられたビー玉のストラップを指でつまんだ。
 そしてそのまま力を込めると、そのビー玉は容易く2つに割れてしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ !

 ――と同時、割れたビー玉から異様な波動が迸る。
 肌を伝わるこの感覚は間違いなく魔力、人間には無縁のそれだった。

 なぜ魔力が人間の手に――ましてビー玉なんかに収納されていたかは分からない。
 しかも、目先の現象はそれだけに留まらなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ(これ、まさか……!)

 魔力の奔流は一瞬にして教室に飽和。
 術式を描き、教室という空間そのものを再定義する。

 ――これは魔術。内外を隔て、世界の色彩を濁らせる『結界』の魔術だ。
 色褪せた夕陽。動かない時計。肌に張り付くような空気。
 私の日常だった教室は、ほんの数秒で現実世界から隔離されていた。

.

145名無しさん:2020/10/30(金) 07:00:06 ID:F.8o84Nk0


川 ゚ -゚)「――準備完了。この方が好都合だろう、互いにな」

川 ゚ -゚)「私の名前は素直クール。
     素直四天王の名義でも絶賛活動中だ」

 最後に、憐れむように名を名乗る。
 素直クールは刀を構え、その刀身をふっと沈めた。


川 ゚ -゚)「行くぞ」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ# ⊿゚)ξ

 ――こっちの台詞だ。
 私の心がアクセルを踏み込む。
 3度目の正直。私は、言葉を後回しにした。

.

146名無しさん:2020/10/30(金) 07:01:27 ID:F.8o84Nk0

≪4≫


 経緯、目的、一切不明のまま始まった素直クールとの戦闘。
 この純然たる危機の中、魔王城ツンは努めて冷静に敵の攻撃を避け続けていた。


ξ# ⊿゚)ξ「――――!」


 戦闘開始から早4分。
 防戦一方という形ではあるものの、ツンは素直クールの動きに慣れ始めていた。
 それもそのはず。素直クールは人間のまま、肝心要の『激化薬』を使っていなかったのだ。

 であれば必然、人と魔物のスペック差は埋まらない。
 素直クールの戦闘能力は確かに超人的だったが、この差を覆すにはまだ足りない。
 ゆえに、戦いに集中したツンが人間相手に遅れを取ることはまず有り得なかった。

.

147名無しさん:2020/10/30(金) 07:06:17 ID:F.8o84Nk0

ξ# ⊿゚)ξ(避けるだけなら――!)

 徒手空拳にて白刃を捌き、死線を絶っては前に出る。
 その不敵極まる振る舞いは、やがて素直クールの心に大きな動揺をもたらした。

川;゚ -゚)(この魔物、いつまで受け続けるつもりだ!?)

ξ#゚⊿゚)ξ(――ッ!)ダッ

 一瞬揺らいだ太刀筋を突破し、ツンは一気に間合いを詰めた。
 狙いを定める余裕は無い。次の斬撃が頭上に迫っている。ここで遅れる訳にはいかなかった。

ξ# ⊿ )ξ(間に合わせるッ!)

 ツンは即座に拳を固め、なりふり構わずそれを放った。
 そこから更に魔力で後押し――ツンの拳が、素直クールの斬撃速度を僅かに上回る。

川; -゚)(――こいつッ!)

 そして、その一撃は素直クールの肩部に直撃した。
 弾けるような衝撃に体を浮かされ、彼女は教室内の机椅子を巻き込んで吹き飛ばされる。
 壁にブチ当たったそれらがとんでもねぇ音をブチ上げてヤバい。
 備品の山の中に埋もれた彼女は微動だにせず、しばらくの間、立ち上がる気配すら見せなかった。


ξ;゚⊿゚)ξ「ハァ……ハァ……」


ξ;゚⊿゚)ξ(……ギリギリ当たった、けど……)

 当たりはしたが、大袈裟に見えるだけ。
 ダメージ自体は微々たるもので、ツン自身にもそれは手応えとして伝わっていた。
 戦いは続く。ツンは今一度拳を作り、集中を切らさないよう大きく息をした。

.

148名無しさん:2020/10/30(金) 07:08:43 ID:F.8o84Nk0



川; - )「……」

川; -゚)「……どうにも、話が違うな……」


 ――教室の備品に埋もれたままボヤく素直クール。
 今回彼女が受けた依頼は魔王城ツンの殺害、もとい討伐。
 本来それは極めて簡単な仕事であり、目算通りなら既に片付けに入っている時間だった。

 しかし、魔王城ツンの戦闘能力が想定を大きく上回っている。
 依頼主の情報が間違っていたのか、あるいは情報そのものを誤魔化されたか。
 彼女はしばし逡巡したが、それが有意義な結論に至ることはなかった。

川; -゚)(……よくある事だ。加減した私が悪い)

 仕方なく溜飲を下げ、山を崩して立ち直る。
 肩へのダメージは軽微。脱臼もなく、腕の動きにもさしたる影響はない。

川 ゚ -゚)「……ふぅ」

 この魔物、やはりまだ未熟だ。受けは上手いが攻撃が乱雑すぎる。
 情報に間違いはあるとはいえ、これなら討伐可能範囲に収まっている。

 一瞬の思慮を終え、素直クールが刀を構え直す。
 第二ラウンドの開幕。先に動いたのは素直クールだった。


川#゚ -゚)「八刀剣撃――」ダッ

ξ;゚⊿゚)ξ !

 床を蹴った素直クールが真正面からツンに向かう。
 ツンも応じて両手を構え、2度目の防戦に全神経を集中した。

ξ;゚⊿゚)ξ(――あ、)

 しかし、その瞬間に訪れたのは『負の直感』。
 明確な死のイメージ。安全装置が吹き飛ぶ感覚。
 ギリギリの回避ではダメだ。もっと大きく逃げ――

.

149名無しさん:2020/10/30(金) 07:12:00 ID:F.8o84Nk0


川# -゚)「――八重小太刀」

 言葉の後、空を奔るは8つの銀閃。
 五体を刻むに余りあるその斬撃は、嵐のような風を率いてツンの体を駆け巡った。

ξ;゚⊿゚)ξ

川 ゚ -゚)

 一刀八斬。
 ツンはまだ、自分が斬られた事に気付いていなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ; ⊿ )ξ「……ッ!?」フラッ

 刹那の時が過ぎ、一気に吹き出す血の飛沫。
 予期せぬ攻撃を受けたツンはあえなく脱力し、その場に膝から崩れ落ちた。


川 ゚ -゚)(……殺すつもりが肉一片すら削げんとは。
     やはり魔物は丈夫にできてる。斬り方を変えなければ……)

 残心めいて刀を一振り。
 素直クールは切っ先を下げ、ツンが立ち上がるのを静かに待ち構えた。

 魔物を斬るなら必殺あるのみ。
 当然その気で放った技は、しかし魔王城ツンの命を取ってはいなかった。


ξ; ⊿ )ξ(……あ、)

ξ; ⊿゚)ξ(危なかった……!)

 ――必殺を成し得なかった理由は見るに明白。
 空中を漂う赤い糸。それは程なくマフラーの形を成し、ツンの首にゆっくりと巻きついていった。

.

150名無しさん:2020/10/30(金) 07:18:48 ID:F.8o84Nk0


川 ゚ -゚)(……話にあったマフラーだな。戦いながら作っていたか)

ξ; ⊿゚)ξ(なんとか、ギリギリ間に合った……!)

 その赤マフラーはツンの魔力で編み上げられた特別製。
 戦いながらの成形には凄まじく手こずったが、限界寸前のタイミングで形にはできた。

 それでも、急ごしらえの代償は決して看過できるものではない。
 死ぬか否かの瀬戸際で、ツンは諸刃の剣を抜かざるをえなかったのだ。


ξ; ⊿゚)ξ(……不味い、魔力を作り過ぎた)


 魔力の3段階――生成、制御、成形。
 これらは基本的にバランスよく身につくのだが、たまに凄まじく極端な魔物が居る。
 というかそれがツンちゃんだった。

 ツンの魔力技術に点数をつけると以下の通り。
 生成1000000点、制御10点、成形30点。
 これが意味する感じを要約すると、ブレーキ弱いからスピード出すとヤバイよという感じだった。

 ――しかし先程、ツンは咄嗟に全力を出してしまった。
 おかげで赤マフラーの成形は間に合ったが、その余力でさえ制御限界の数十倍はある。
 一瞬とはいえフルスロットル。そのスピードを落とすにも、相応の時間が必要だった。

 対症療法は1つ。ひたすら魔力を使い続け、自分という器を魔力で満たさないこと。
 しかしツンには魔術が使えない。魔力成形も赤マフラーだけだし、魔力消費には限界がある。
 残る希望は身体強化による消費だが、ここにはミセリのように物理で長時間戦える相手も居ない。


川 ゚ -゚)

ξ;゚⊿゚)ξ


 ――いや、居なくはない。
 居なくはないが、素直クールをその相手にするのは不本意だった。
 そもそもこれは半暴走状態。これから何が起こるにせよ、そこに魔王城ツンの納得は存在しない。

 かといって、魔力の行き場を作れなければ状況は更に悪化し、最終的には自滅するだけ。
 ただでさえ人間を殺したくないツンにとって、この状況はあまりに度し難いものだった。

.

151名無しさん:2020/10/30(金) 07:23:06 ID:F.8o84Nk0


ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(あ、止まった)


 またしても戦いの中で立ち止まる魔王城ツン。

 密室に閉じ込められ、命を狙われ、手傷を負ってなお躊躇する。
 戦闘における致命的な欠陥――あまりにも度しがたい、『優しさ』という名の正常性。
 これは、アリクイの赤ちゃんレベルの自己啓発で改善するものではなかった。

 思考の為に足が止まる。優しさ為に選択そのものを放棄する。
 魔王城ツンの人格では、これ以上なにも考えずに戦うのは不可能だった。


川 ゚ -゚)「……次は斬る」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、ま、待って……!」グッ

 よろけながらも急いで立ち上がり、ツンは素直クールに手のひらを向けた。
 ちょい待ち、たんまという意味のアレ。
 戦場を白けさせるその動作は、しかし意外と効果があった。

ξ;゚⊿゚)ξ「……あなたが強いのは分かる。
       でも仕事なのよね? 悪いがって言ってたし……」

ξ;゚⊿゚)ξ「ハッキリ言って私は殺し合いなんてしたくないのだわ。
       できれば、穏便にこの場を収めたいんだけど……」

川 ゚ -゚)

ξ;゚⊿゚)ξ(やっぱり駄目かしら)

川 ゚ -゚)「できるぞ」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――えっ、本当!?」

川 ゚ -゚)「私を諦めさせればいい」スッ

 腰を落とし、素直クールは刀を鞘に戻した。
 抜刀術による迎撃の構え。先程までとは打って変わり、今度は彼女が受けに回る。

.

152名無しさん:2020/10/30(金) 07:25:51 ID:F.8o84Nk0


川 ゚ -゚)「一身上の都合で魔力の感じには覚えがあってな。
     お前が今、すごい魔力を纏っているのは何となく分かる」

ξ;゚⊿゚)ξ !!

川 ゚ -゚)「仕事というのもその通りだ。そして仕事で死ぬのは最悪だ。
     今回はどうも情報に不備があるようだし、撤退も悪い案ではない」

ξ;゚⊿゚)ξ !!!


川 ゚ -゚)「――結論、次の技で決める事にした。
     七刀剣撃はカウンター技だし、諸般見定めるには丁度いい」

川 ゚ -゚)「それでもお前を殺せないなら、依頼料がまるで足りていない」

 素直クールは不満げに独りごち、露骨に長い溜息を吐いた。
 そして同時に戦意十分。いつでも来いと言わんばかりに、ツンの瞳をしかと見据える。


ξ;゚⊿゚)ξ(……やっと話が通じた)

ξ;゚⊿゚)ξ(でも、今の状態で人間と戦ったら……)ジリ

 一歩退き、この状況に迷いを見せる魔王城ツン。
 しかしてすぐに一歩踏み込み、彼女は強引に自分を否定した。


ξ; ⊿ )ξ(――ダメだ、ここで退いたら何も変わらない!)


 現状、魔王城ツンの最大の弱点は『偏見』だった。

 人間はみんな私より弱くて、本気を出せば今の私でもボコボコにできる。
 だから程々の力で適当にやって、なぁなぁにして事なきを得よう――。

 今まで彼女を敗北――自滅に追いやってきた原因は、まさにそういう思い上がりであった。
 実力もなく相手を見下し、油断を晒してまだ過ちに気付けない。
 そんな馬鹿げた状態で戦えばどうなるか、彼女はもう十分に分からされている。

.

153名無しさん:2020/10/30(金) 07:29:03 ID:F.8o84Nk0


ξ;゚⊿゚)ξ(やるしかない、やるしかないのだわ……!)

 今後も戦いが続く以上、彼女はそういった思い上がりの数々を振り切らなければならなかった。
 共に傷付き、戦っていけない思いなど戦場には不要なのだ。
 相手が死闘を望んでいるなら尚のこと、彼女は優しさという的外れな独善を忘れる必要があった。

ξ;゚⊿゚)ξ(……いつも通り、ミセリさん相手にやってるように、全力で。
       でもマフラーをブレーキに使って、当てた瞬間に止めて、終わらせる……)

 彼女の思いが全て間違っているわけではない。
 たとえそれが偏見に根ざしたものであろうと、他者を殺したくないという思いは至極当然だ。

 しかし、敗北に優しさを添える権利は勝者にしかありえない。
 たとえ戦いたくなくても、制御不能でも、不本意でも、納得できなくても。
 それでも戦場に『当然』を持ち込みたいなら、彼女は全ての言い訳を捨てて戦うしかなかった。


ξ;゚⊿゚)ξ(……あとは、やるだけ)


 防戦一方ながら対等に戦い、辛うじて話し合いの余地を作り、運良く引き出せたこの落とし所。
 あとは自分が上手くやるだけ。偏見を忘れ、ただ目の前の相手に勝利するだけ。
 魔王城ツンはゆっくりと前進し、やがて、素直クールの斬撃射程圏内に足を踏み入れた。

.

154名無しさん:2020/10/30(金) 07:30:47 ID:F.8o84Nk0



川 ゚ -゚)「……そこ、もう斬れるぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……カウンター技なんでしょ。手を出さなきゃ安全よ」

川 ゚ -゚)「確かにそうだが、……なんというか、よくそれで生きてこれたな」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……運がいいのよ」

 ツンはそう言い、赤マフラーに口元をうずめた。
 魔力の堰はとうに限界。
 あり余る魔力が真紅に揺らぎ、空を歪め、着火を急かすように火花を散らす。

ξ; ⊿゚)ξ「――ッ」

 途端、魔力の波が痛覚を駆け巡った。
 暴走同然の肉体強化、それを自分の意思で実行するのは苦行でしかない。

 痛くて怖くて嫌なこと――だとしても、ここに退路は存在しない。
 あとはやるだけ。この状況を作り出し、前進したのは彼女自身だ。

ξ; ⊿ )ξ「……それじゃあ、いくのだわ」

 ならば魔力は全開あるのみ。
 ツンは拳を作って吐息を漏らし、そしてもう、魔力制御を放棄していた。

.

155名無しさん:2020/10/30(金) 07:33:08 ID:F.8o84Nk0


ξ; ⊿ )ξ「――――お、」

(^ω^)「おっ?」

ξ#゚⊿゚)ξ「――オオオオオオッ!」

 誰だ今の、そして同時に爆裂する真紅の風。
 ビリビリと打ち震える空気を感じながら、素直クールは彼女の威風に目を見張った。

川;゚ -゚)(私の間合いでこの圧力、殺しの依頼もさもありなんか……!)

ξ#゚⊿゚)ξ「行くぞ、素直クール!」

 言葉の後、ツンは遂に拳を打ち出した。
 真紅の尾を引く剛拳一撃。
 力に任せたその拳は、大きな弧を描いて素直クールに急迫する。

川  -゚)「――――ッ」

 対するクールは静のまま、脱力をもってツンに応えた。
 明鏡止水の体現が、この激動の渦中に一瞬の静寂を作り出す。

.

156名無しさん:2020/10/30(金) 07:39:32 ID:F.8o84Nk0


川  - )

 やがて拳が頬に触れ、直撃した瞬間に抜刀を開始。
 ツンは攻撃を当てた時点で勝利を確信していたが、それはあまりに性急な判断だった。

川  -゚)(――七刀剣撃)

 拳に合わせて身を翻し、軽やかな回転と共にツンの懐をすり抜ける。
 そうして呆気なくツンの背後を取った素直クールは、そのとき、既に攻撃を終えていた。


ξ;゚⊿゚)ξ「――……そん、」

川 ゚ -゚)「迎撃完了、糸桜」

 空に残った7つの流線。
 それはゆっくりとツンの血肉に沈み、絡みつき、容易く彼女の体を切断した。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ; ⊿ )ξ「……な゙……ッ!」


川 ゚ -゚)「私の勝ちだ」

 振り返って軽く決めポーズ。
 素直クールは刀を納め、そこで戦いを切り上げた。


.

157名無しさん:2020/10/30(金) 07:45:01 ID:F.8o84Nk0

≪5≫



川 ゚ -゚)「――さて、これで決着だが」


 役目を終えた結界魔術が消失し、世界は正常な色彩に戻っていく。
 素直クールは髪や服など身なりを整えてから、辛うじて直立を維持する私に視線を戻した。

ξ; ⊿゚)ξ「…………」

川 ゚ -゚)「……やっぱり死ななかったな。一応、骨には届いたようだが」

 素直クールは、困ったように言葉を付け足した。

 確かに私はまだ死んでいないが、全身をズタズタに斬られていて、生きた心地はしていない。
 ブレーキに使ったせいで赤マフラーも間に合わず、先の斬撃はほぼ直撃。

 私が攻撃を終えた瞬間に攻撃を始め、そこから一気に追い抜いて斬撃を決める。
 彼女の技量は、とてもじゃないが私の手に負えるものではなかった。

川 ゚ -゚)「なので帰る。片付けよろしく」

ξ; ⊿゚)ξ「……ま゙、って」

 颯爽と歩き出す彼女を息絶え絶えに呼び止める。
 私はそこで限界になって、床にすとんと座り込んだ。

 そんな私の傍らに立ち止まる素直クール。
 彼女は私を見下ろし、興味なさげに応えた。

.

158名無しさん:2020/10/30(金) 07:45:58 ID:F.8o84Nk0

川 ゚ -゚)「続きはしないぞ。金にならんからな」

川 ゚ -゚)「というか早く帰って治療してくれ。
     これで死なれても金にならないんだ」

ξ; ⊿゚)ξ「……ぞれは……分がってるけど……」

 未だに直視はしていないが、恐らく私の体にはとんでもない致命傷が入っている。
 中でも一番ヤバいのはお腹の傷だ。たぶん脇腹からへそにかけて10cmくらいばっさりいっている。

 呼吸器系も明らかに異常を起こしているし、要するにヤバい。今すぐ治さないと死ぬ。
 魔力の身体強化が切れた時点でプツンと逝ってしまう確信がある。
 傷口から臓物がでろでろ出てきたら気を失うかもしれない。

川 ゚ -゚)「依頼主なら教えないぞ。手掛かりひとつ教えない」

川 ゚ -゚)「なので帰る。お前も早く帰れ。モツ見えてるぞ」

ξ; ⊿゚)ξ

 そして、しまいには聞きたい事すらばっさり切り捨てられてしまう。
 そりゃ負けた手前なにを聞く権利があるのかという感じだが、


ξ゚⊿゚)ξ

 ……あ、ちょっと意識が朦朧としてきた

.

159名無しさん:2020/10/30(金) 07:47:37 ID:F.8o84Nk0


ξ゚⊿゚)ξ


ξ;゚⊿゚)ξ(……あ、えっと、……誰かに連絡、を……)

 わたしの意識が限界なので一人称もげんかいになってきた。
 それどころか、手で抑えていた流血も指の隙間からどんどん溢れ出てくる。

 あ
 駄目だ、このまま気を失ったら本当に……



 「――寝るんじゃねえ! 起きろ! 頑張れ!」



 途端、脳裏に響く誰かの声。
 それが夢か現かは分からなかったが、


   _  ∩
 ( ゚∀゚)彡
 (  ⊂彡
  |   |
  し ⌒J


ξ゚⊿゚)ξ …?

  _
( ゚∀゚)「俺も頑張ってるぞ!」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ; ⊿ )ξ(いや誰……)ガクッ

 突然現れた謎イメージへのツッコミを最後に、私の意識は闇に呑まれてしまった。


.

160名無しさん:2020/10/30(金) 07:50:35 ID:F.8o84Nk0


(::::::⊿)


 ――霞んだ瞳を静かに閉じて、力なく倒れる魔王城ツン。
 ■はそれを静かに受け止め、彼女の傷に応急処置を施した。
 魔力による肉体の再構成、赤マフラーを流用した擬似的な治癒。

 未だ彼女の一部でしかない■にはこれが精一杯。
 あとは、彼女の友人が間に合うのを祈るしかない。


川 ゚ -゚) ジー

(::::::⊿)


 素直クールが■を見ている。
 あまり見ないでほしい。

川 ゚ -゚)「……次から次へと色々出てきて、いっそ面白い女だな」

川 ゚ -゚)「だがまぁいい。これも話して依頼料を釣り上げよう」スタスタ

 素直クールが歩き去っていく。どうやら事なきを得たらしい。
 そしてこちらも時間切れだ。
 心苦しいが、今の■は幻影程度の実体ですら満足に保てないのだ。

 ……しかしそれでも待つしかない。
 今はただ、彼女自身の成長を心待ちにするばかりである。



    |┃三            _________
    |┃             /
    |┃ ≡        < SOSキコエタ〜♪(鼻歌)(微熱S.O.S!!)
____.|ミ\____('A`)_  \
    |┃=___    \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃ ≡   )   人 \ ガラッ



Σ(;'A`) !?


 〜おわり〜

.

161名無しさん:2020/10/30(金) 07:55:18 ID:F.8o84Nk0

#1 >>2-65  #2 >>74-117  #3 >>122-160

次回投下は12月です

162名無しさん:2020/10/30(金) 14:27:12 ID:HVI8EGGc0
おつです

163名無しさん:2020/10/30(金) 15:09:39 ID:ZoVREk7U0
まゆちゃん……好きだったのに

164名無しさん:2020/10/30(金) 19:31:53 ID:jmi509tA0
しえん

165名無しさん:2020/11/01(日) 18:21:44 ID:6Qn4IUTY0
乙おつ

166名無しさん:2020/11/01(日) 21:40:09 ID:UH94/sVs0
3周目特典が逃亡で全部潰されて4周目に突入させられた感じ?

167名無しさん:2020/11/29(日) 13:33:44 ID:yc/COwTA0
すごい好きな作品!!!またみれて嬉しい〜〜

168名無しさん:2020/12/03(木) 22:33:43 ID:JklxZjKM0
相変わらずシリアスに混じるカオスが子気味いいなあ

169名無しさん:2020/12/10(木) 21:25:35 ID:9P.ObFjI0

≪1≫


 〜学校〜


【これまでのあらすじ】

・魔王城ツンはすごい! wikiに書いてある
・ツンちゃん心臓をブチ抜かれる
・ツンちゃん腹部を大切断される


ξ゚⊿゚)ξ「とんでもない近状なのだわ」

 最近の生活を振り返り、その熾烈っぷりに逆に落ち着いてしまう私は魔王城ツン。
 勇者軍の女、内藤くん、素直クールと、気持ち的にもほぼ3連敗というこの有様。
 諸般のやる気はまだあるものの、流石に今だけはしょんぼり感情を禁じえなかった。

('A`)「それだけ敵が本気ってことだよ。
    特に内通者の件は油断ならねぇしな」

ξ゚⊿゚)ξ「ぬぬぬ」

 大変すぎるぞ私の日常。まんがタイムきららは一体どうした
 展開が忙しすぎる。これではシリアスバトル一直線ではないか。
 やっぱり少し休暇が欲しい。あとちょっとエッチな水着回も欲しい。世界は難しい。

.

170名無しさん:2020/12/10(木) 21:27:39 ID:9P.ObFjI0


 ――かくして云々、素直クールにお腹をバッサリされた翌日。

 あれだけボコボコにされたというのに、私はやっぱり学校に来ていた。
 登校はもはや意地である。即日治してくれた貞子さんには心底有難を禁じえない。

ξ゚⊿゚)ξ

 しかし、これはこれでブラックなのでは?
 私は訝しんだ。

  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……にしても教室が綺麗よね。誰が片付けたのかしら」

('A`)「ああ、それは俺も気になってたんだ。貞子さんでもねぇらしいし……」

 ところで教室が綺麗なのである。
 昨日めちゃくちゃに戦い荒らしまくった教室が、日を跨いだらすっかり元通りになっていたのだ。
 モナー先生に聞いた限りじゃ学校側は何もしてないらしいし、問題にすらなっていないとのこと。

ξ゚⊿゚)ξ

 分からん。
 ギャグ補正かもしれない。
 私は考えるのをやめた。

('A`)「とにかく今は警戒あるのみだ。お前、もう1人で動くなよ」

ξ゚⊿゚)ξ「トイレは?」

('A`)「行くな」

ξ゚⊿゚)ξ

 モラルハラスメント(仏: harcelement moral、英: mobbing)とは、
 モラル(道徳)による精神的な暴力、嫌がらせのこと。
 俗語としてモラハラと略すこともある。 -wikipediaより

.

171名無しさん:2020/12/10(木) 21:28:56 ID:9P.ObFjI0

( ^ω^)「――おい」

ξ゚⊿゚)ξ !

 This is 内藤ホライゾン。
 そういう私は魔王城ツン。

( ^ω^)「今日から僕も護衛につくお。
      あと特訓メニューも作ってきたから順次やれお」

ξ;゚⊿゚)ξ「ええ……流石にちょっと休みたいのだけど……」

( ^ω^)「やれ」 ドシャァ
  つミ□

 突然やってきた内藤くんがまたしても机に紙束を投げる。
 しかも今度の表題は『かえるくん、東京を救う』であり、完全に村上春樹だった。

ξ゚⊿゚)ξ(なんなんだよ……)

 やれやれ私は普通に困った。
 いい加減まともなコミュニケーションを取りたいものである。

(;'A`)「うわっ、なぜかツンのスペックを考慮しまくっててキモい……」 ペラッ

ξ;゚⊿゚)ξ「えーと、これもハインさんに言われて作ったの?」

( ^ω^)「そうだお。でなきゃやらないお」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚ー゚)ξ「そ、そうなのね〜……」

 ところで私は無難な会話が死ぬほど苦手である。
 いわゆる常識とか世俗みたいなものと縁遠かった為、常に緊張しがち。
 内藤くんはなぜか私に(あるいはみんなに)冷たいので尚更しんどい。
 みんなまゆちゃんみたいに優しくフワフワしてればいいのにな、つらいな人間社会。

.

172名無しさん:2020/12/10(木) 21:33:35 ID:9P.ObFjI0

( ^ω^)「それと伝言、今日の特訓は無くなったお。
      素直クールとの戦闘だけで十分特訓になってる、だとか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……あ、昨日のやつ特訓扱いになったんだ。
       かなり死闘だったんだけどな……」

 昨日の戦闘については既に情報を共有してある。
 素直クールと素直四天王、そして彼女らを差し向けてきた依頼人の存在など。

 貞子さんの予想では勇者軍とも違う勢力っぽいが、なにぶん情報が無いので実態は不明。
 とりあえずハッキリ分かる事といえば、私達が後手に回っているという事実だけ。
 あんまり考えないようにしていたが、どう考えても私はピンチなのだった。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ(……いいえ、腑抜けてる場合じゃないのだわ)

 アホになりたい気分を抑え、ギリギリ踏み止まって我に帰る。
 私は第1話同様に自慢の金髪ドリルを払い上げ、威厳をアピった。

 私自身が私を諦め、私の望みを捨てない限り、この戦いに終わりはないのだ。
 たとえ心臓をブチ抜かれても、ハラキリでモツが出たとしても。
 やるしかないと思う以上、私はもう、前進する事でしか感情を誤魔化せなかった。


ξ゚⊿゚)ξ「それなら今日は遊びに行かない?
       ついでに1回くらい情報整理をしたいのだわ」

('A`)「いいよ」

(^ω^)「いいよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「よーし!」

 快諾!
 かくして放課後、私達は最寄りのイオンに向かうのであった。

.

173名無しさん:2020/12/10(木) 21:36:18 ID:9P.ObFjI0

≪2≫


 〜イオン フードコート〜


ξ゚⊿゚)ξ「久々に遊んでしまったのだわ」モグモグ

 40レスくらいかけてイオンで遊び尽くした後、私達はフードコートで軽食にありついていた。
 放課後、イオン、フードコート、そしてハンバーガー(モス)と、青春濃度はかなり高めである。
 夕飯前の小うるせえ人混みも風情というヤツだ。この愛すべき人間社会がよ……。

ξ゚⊿゚)ξ「ええいボウリングもやりたいのだわ」

 もうなんだかテンション上がってきたな。
 そろそろやっちまうか青春群像劇を。主題歌やなぎなぎで。

('A`)「馬鹿言うな、ここで駄弁って終わりだよ。時間も時間なんだぞ」

Σξ;゚⊿゚)ξ !?

('A`)「お前の1人遊びに付き合ってる俺達の身にもなってくれ」

ξ;゚⊿゚)ξ「1人遊び!?」

('A`)「そうだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「まさか私の荷物持ちが楽しくなかったとでも……」

('A`)「楽しくはなかった」

ξ゚⊿゚)ξ

 そんな断言しなくても。

.

174名無しさん:2020/12/10(木) 21:37:25 ID:9P.ObFjI0


(;'A`)「……もういいだろ。情報整理、さっさと済ませようぜ」

('A` )「内藤もそれでいいよな?」チラッ

(^ω^)「えー嫌だおブーンもボウリングしたいお!」

ξ゚⊿゚)ξ !?

('A`)「つっても整理する情報自体が少ねえんだよな。
    まぁとりあえず書き出してくか……」

 ドクオはそう言いながらノートを広げ、そこに諸般の情報を書き始めた。


    ジー
ξ゚⊿゚)ξ ( ^ω^)

 その一方、私は内藤くんの顔色をじっと伺っていた。
 気のせいならばいいのだが、今なんか言動がバグっていたような……。

ξ゚⊿゚)ξ「……内藤くん、本当にボウリングしたいの?」

( ^ω^)「そんなわけないだろ」

ξ゚⊿゚)ξ

 そりゃそうじゃ。

.

175名無しさん:2020/12/10(木) 21:42:11 ID:9P.ObFjI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


('A`)「……今ある問題は、ざっとこんなモンか」

 ドクオが手を止め、シャーペンの先でノートを小突く。
 さしもの私も気分を切り替え、此度の説明パートに全力で乗っかった。

ξ゚⊿゚)ξ「ふむふむ」

 ドクオのノートに書き出されていた項目は以下の3つ。

・特訓と試験
・勇者軍とかからの攻撃
・内通者が居るっぽい

 端的かつパーフェクトにまとめられた諸般の問題は、やはり私の手には余るものだった。
 特訓&試験についてはギリギリ頑張りますと言えるものの、他2つは如何ともしがたい。

 勇者軍や素直四天王との戦闘はもはや必然。
 向こうが私を狙う限り、この危険性は絶対に排除しきれない。
 このイオンですら安全と言い切れない以上、気をつけますとしか言えないんだなこれが。

 ――そして3つ目の内通者だが、私は、これを積極的に解決する必要は無いと考えていた。

 これまでの手口からして、敵は小規模な戦闘で事を済ませたがっている印象がある。
 ここでもし内通者を炙り出せば敵もやり方を変えてきて、多分そっちのが危険が危ない。
 打算的にも今は放置! それが正しい答えなのだと、私は自信をもって確信していた。

('A`)「まぁどれも簡単にはいかねぇわな。
    今やれる事と言えば、内通者に目星をつける程度か……」

ξ゚⊿゚)ξ(愚かな。そこは放置が正解だというのに……)

 しかしドクオと私の考え方は違う。
 長い付き合いだからこそ、そういう違いを私は知っているのだ。
 とはいえ事なかれ主義VS正論バカは泥沼化が必然なので、私はお口をチャックした。

.

176名無しさん:2020/12/10(木) 21:44:51 ID:9P.ObFjI0

('A`)「おい内藤、お前の方でなんか情報無いのかよ」

( ^ω^)「あれば共有している」

('A`)「……そうかよ。聞いて損した」


ξ゚⊿゚)ξ モグモグ

 今のやり取り、ドクオなら「お前が内通者なんだろ?」くらい言うかと思ったが、意外に素直だった。
 そりゃ腹の底では疑っているだろうけど、ここで口論が起きないのはマジでありがたい。
 このイオン回は我々の親睦を兼ねたもの。喧嘩は面倒、なるべく回避したいのである。

( ^ω^)「でも使えそうなものは持ってるお」 ポイッ
  つミ□

ξ゚⊿゚)ξ !

 直後、テーブルに物投げるマンと化した内藤くんがまたしても物を投げた。なぜ執拗に物を投げるんだ。
 今度のは小さなメモ帳。やたらボロく、死ぬほど使い込まれているのが見て取れる。
 内藤くんはメモ帳の中ほどを開き、走り書きの小汚い文字を指して言った。

( ^ω^)「ここに書いてあるのは僕やハインを含めた関係者達の情報だお。
      ハインから色々聞いてメモしておいた。参考程度に使ってくれ」

ξ゚⊿゚)ξ「つまりキャラ紹介なのだわ」

(^ω^)「そうだお!」

.

177名無しさん:2020/12/10(木) 21:46:25 ID:9P.ObFjI0

(;'A`)「……うわぁ、また変に情報が細かいな。
    これお前の体重まで書いてあるぞ。62キロって」

ξ゚⊿゚)ξ「は?」

('A`)「いや62キロって。実際そんくらいだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「なるほど一気に信憑性が欠けたようだな」

 第1話を読んでいれば分かる事だが私の体重は41キロぴったりである。
 それを62キロだなんて適当もいいところ。これだから人間は信用できないのだ。
 となれば内通者にも察しがつく。そういえば内通と内藤で字面が似ているな……。

( ^ω^)「いや事実だ。でなきゃ情報としての意味が無い」

ξ゚⊿゚)ξ「でもプライバシーへの配慮も必要だと思うのよ昨今は特にねモラルが」

(;'A`)「いいから早くしようぜ。さっさと帰りてぇんだよ俺は……」

( ^ω^)「正直ここで話す必要も無いがな。情報漏洩の危険は否めない」

ξ゚⊿゚)ξ「無視もよくない」

('A`)「正論だな。ならもうメモの確認だけして帰るか」

( ^ω^)「それでいいお」

ξ゚⊿゚)ξ

.

178名無しさん:2020/12/10(木) 21:49:34 ID:9P.ObFjI0


 〜みんなでメモ帳を見ようのコーナー〜


('A`)「どれどれ、最初はツンか」

( ^ω^)「最重要ターゲット、もとい僕らの仕事先だお」


≪ ξ゚⊿゚)ξ / 魔王城ツン ≫

【戦闘方法】 身体強化 魔力成形(自動防御マフラー)
【基礎能力】 [パワー:C] [スピード:C] [スタミナ:D] [コントロール:F]
【備考補足】 びっくりするほど弱い 奇行目立つ C〜D級魔物 体重62キロ

A=すごい   B=ややすごい  C=凡魔物
D=凡人    E=よわい     F=論外     S〜SSS=すごすぎ


('A`)「大体合ってる」

( ^ω^)「これが内通者に利用される事はあると思うお。
      でも、これ自体が内通者をやれるとは到底思えないお」

ξ゚⊿゚)ξ(この魔王城ツンが“これ”扱いだと……?)

('A`)「ツンが内通者なら全滅でいいよ。次だ次」

( ^ω^)「度し難い忠誠心だお」

.

179名無しさん:2020/12/10(木) 21:56:24 ID:9P.ObFjI0

≪ ミセ*゚ー゚)リ / 餓狼峰ミセリ ≫

【戦闘方法】 魔獣化(恐らく狼)
【基礎能力】 [パワー:A] [スピード:B] [スタミナ:B] [コントロール:A]
【備考補足】 強い A〜B級魔物 魔王城ツンの世話係&特訓相手 物理◯


≪ 川д川 / 貞子 ≫

【戦闘方法】 魔術全般
【基礎能力】 [パワー:-] [スピード:-] [スタミナ:S] [コントロール:SS]
【備考補足】 強い S級魔物 魔術◎


('A`)「この2人もありえねぇ。というか2人が内通してたら終わりだよ」

( ^ω^)「呑気なものだな。この件に限って絶対は無いんだぞ。
      前提として、全員に可能性があることは忘れるなお」

('A`)「そりゃ分かってるけど、怪しい情報収集やってる誰かさんに言われてもな」

( ^ω^)「……そっち側の情報はミセリからハインに伝わったものだお。
      不審がるのは勝手だけど、根拠に乏しい言いがかりは反応に困る」

(;'A`)「……はいはい。悪かったよ」

.

180名無しさん:2020/12/10(木) 21:58:02 ID:9P.ObFjI0

≪ 从 ゚∀从 / ハインリッヒ高岡 ≫

【戦闘方法】 激化薬(自動防御)
【基礎能力】 [パワー:D] [スピード:D] [スタミナ:C] [コントロール:B]
【備考補足】 元勇者軍 祖父 不透明な人脈あり 還暦過ぎ 


≪ ( ^ω^) / 内藤ホライゾン ≫

【戦闘方法】 激化薬(復元)
【基礎能力】 [パワー:D] [スピード:D] [スタミナ:C] [コントロール:C]
【備考補足】


('A`)「……ここは情報が少ないな」

( ^ω^)

('A`)「まぁ言う事ねえわ。お前も答えないだろ」

( ^ω^)「ハインの人脈は僕でも把握しきれてないお。
      僕の情報についても書くのを省いただけで、聞かれれば答えるお」

(;'A`)「いや、だからって取っ掛かりも無いんだよ。
    こないだ降って湧いてきたような相手に何を聞けってんだ……」

( ^ω^)「お前が内通者だろ、など」

('A`)「それで済むなら聞いて回ってるよ……」


ξ゚⊿゚)ξ(意外と会話が弾んでいる……私を捨て置いて……)

.

181名無しさん:2020/12/10(木) 22:00:26 ID:9P.ObFjI0

≪ ('A`) / 魔物部ドクオ ≫

【戦闘方法】 魔獣化(詳細不明)
【基礎能力】 [パワー:-] [スピード:-] [スタミナ:-] [コントロール:-]
【備考補足】 ほぼ不明 能力を隠している 言動がネチネチしている


( ^ω^)「だが情報の少なさで言えばお前も同じだ。
      信用している上司とやらも、お前については詳しく話さなかったらしいが」

('A`)「そりゃ隠してるからな。俺のは目立つんだよ」
  _,
( ^ω^)「目立つ……?」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ、内藤くんってドクオのアレ見てないの?
      2回も共闘してるんだし、てっきり知ってるもんだと……」

( ^ω^)「共闘した覚えはない」

('A`)「ないな」

ξ;゚⊿゚)ξ「いやあるでしょ。勇者軍の時と、ハインさんの時とで2回……」

 そうである、全カットされているが2人の戦闘シーンは既に存在しているのだ。
 聞く機会もなかったので完全スルーしていたが、気になると言えば気になるところ。
 そろそろ話に加わる為にも、私は改めて質問を投げてみた。

ξ゚⊿゚)ξ「そういえば最初、2人はどんな奴と戦ってたの?
      あらすじ見たけど足止めされてたんでしょ?」

('A`)「あらすじ?」

ξ゚⊿゚)ξ「これの5よ」


〜ツンちゃん襲撃のあらすじ(再掲)〜

1 ミセリ、ツンに連休を言い渡す
2 ミセリ、その間に魔界へ出張。魔王に直談判
3 ツン、勝手に1人で行動。ハインの屋敷へ
4 ミセリ、なんとか話をまとめて地上に戻る
5 ハインとドクオ&ブーン、敵の襲撃を受ける ←ココ
6 ツン、敵の襲撃を受ける
7 ミセリ、デミタス貞子と共に地上へ。辛うじて危機に間に合う

.

182名無しさん:2020/12/10(木) 22:06:34 ID:9P.ObFjI0


( ^ω^)「あの時に戦ったのは」

('A`)「――いや、べつに大した戦闘じゃなかった。
   10人くらいで足止めされたけど、それだけだ」

( ^ω^)


ξ゚⊿゚)ξ「……そうなの?」

('A`)「ああ、ハインに比べれば楽なもんだったよ。
    あっちは敵の主力が相手だったらしいし、俺達は運がよかったな」

ξ;゚⊿゚)ξ「ハインさんの相手、王座の九人だっけ? なんか強いらしいけど……」

('A`)「ま、お前にはまだ早すぎる相手だよ。
    こっちを変に心配するより、今は自分の事に集中しとけって」

('A`)「回り回って、結局それが俺達の助けになるんだから」

ξ゚ー゚)ξ「……それもそうね。やる事は変わらないのだわ」

('∀`)「そうそう。でなきゃ確実に試験ダメだしな」

ξ゚⊿゚)ξ「事実はやめなさい」


 ――と、話にオチがついた途端。

( ^ω^)「あの時に戦ったのは、たった10人の子供だったお」

 内藤くんが語気を強めて話を戻し、ドクオに邪魔された言葉を改めて言い切った。
 彼は呆れたように姿勢を崩すと、視線をテーブルに落とし、露骨に嘆息してみせる。

( ^ω^)「あれは勇者軍の最下層構成員。
      要するに使い捨てで、見るに堪えない消耗品だお」

('A`)「……おい」

( ^ω^)「聞かれれば答えると言った。
      お前の言い回しを悪だとは思わないが、こっちの主義は違う」

 ドクオと内藤くんが互いを睨んで押し黙る。
 そこに、私が割り込める余裕はなかった。

.

183名無しさん:2020/12/10(木) 22:10:34 ID:9P.ObFjI0

( ^ω^)「もっとも、あれを『大した戦闘』ではなかったと言えるのはそいつだけだ。
      あの時まともに戦ってたのは僕だけで、そいつは何もしなかったからな」

( ^ω^)「あれはそれなりに激しい戦闘だった。
      殺さなければ殺される。あれは、そういう殺し合いだったお」

ξ;゚⊿゚)ξ …

( ^ω^)「10人中9人を僕が殺して、残る1人はそいつの前で無駄死にしたお。
      詳しく知りたいなら、覚えている限りを話すが」

ξ;゚⊿゚)ξ「……殺した、っていうのは」

( ^ω^)「言葉の通りだ。嘘だと思うならハインに聞け。
      死体の確認くらい、まだ出来るだろう」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……そう。分かった」

 私はドクオの顔を見直し、少し間を置いてから息を吐いた。

 ――これは十分にありえた事態。
 敵味方、誰も死なずに済むなんて展開をマジで信じていた訳じゃない。
 私は人間を殺したくないと思っているが、これは私の個人的な話であり、他のみんなは違うのだから。

ξ゚⊿゚)ξ「……お疲れさま。
      でも、このくらい隠さなくていいのよ」

('A`)「……言う必要が無かっただけだ」

 ドクオやミセリさんはあくまでも私の従者。
 彼らからすれば主人の身を守るのは当然の業務であり、私はその恩恵ありきで命を繋いできた。
 この関係はずっと同じ、魔界に居た頃からなにも変わらない。

 私の代わりに誰かが手を汚して、それで「お疲れさま」だなんて本当は言いたくない。
 しかし私には力が無い。彼らの仕事を余計なお世話だと断じる説得力も無い。
 だから私は――本当なら、もっと急いで強くなるべきだったのだ。

 でも、分かっているのにいつも間に合わない。
 気がつけばいつもみんなが先回りしていて、着いた頃にはもうやる事がない。
 それが本当に不甲斐なくて最悪で、自分自身がどうしようもなくて、最悪だった。

.

184名無しさん:2020/12/10(木) 22:13:57 ID:9P.ObFjI0


 ……だとしても、私と彼らの関係は変わらない。
 主人である私には、彼らの仕事に関わる義務があるのだ。

 正直ここでドクオを咎めるのは簡単だし、それはそれで主人の威厳も保てるだろう。
 後出しの正論で管を巻いて、感情的に立ち振る舞って、さもお嬢様という感じでキャラを立てる。
 それはそれで間違っていないし、それはそれで分相応と言えなくもない。

 ……言えなくもないが、私がそれを望まないのだ。
 だから私は義務を優先し、不甲斐ないまま「お疲れさま」を口にする。
 私が望む魔王城ツンを、これ以上私から遠ざけないためにも。


ξ゚⊿゚)ξ「……内藤くん。今の話、もう少しだけ聞きたいのだわ」

( ^ω^)「分かった」

 私の要求に短く答えると、内藤くんは実に呆気なく顛末を暴露してくれた。

 ――死んだ10人の身体的特徴。激化薬が彼らにもたらした能力。
 殺害に用いた武器。最期の様子。死体を漁っても情報は得られなかったこと。
 敵とこういう会話をした。この2人は連携が取れていた。この4人は感情的で隙だらけだった。

 かくして内藤くんは淡々と言葉を並べ、結果、5分足らずで話を終わらせてしまった。

ξ゚⊿゚)ξ

 顔も知らない誰かが死んだ、というだけの他人事があっさりと幕を下ろす。
 これは義務。感情的な深入りはしないし、過分な語彙も使わない。
 私の名前は魔王城ツン。一時の同情に駆られ、味方を間違えるような愚行はありえなかった。

( ^ω^)「で、最後の1人だが」

 残った1人はドクオの前で無駄死にしたというその人だけ。
 内藤くんは続けて話そうとしたが、途端、小さな挙手が彼を遮った。

('A`)ノ「すまん、ちょっといいか」

(^ω^)「いいよ!」

ξ゚⊿゚)ξ !?

 その手はドクオが挙げたもの。
 私達はすぐ彼の方を向いた。

.

185名無しさん:2020/12/10(木) 22:15:24 ID:9P.ObFjI0

ξ゚⊿゚)ξ「ドクオ、急にどうしたの?」

('A`)「いや、今の話とはまったく関係ないんだが……」

 ドクオは手を下げ、努めて静かに口火を切った。

('A`)「……魔力だ。微弱なのがある。そう遠くない」

 そう言いながら何かを探り始めるドクオ。
 私には魔力なんて感じられないが、ドクオの方が感知も上手いので恐らく事実だ。

ξ;゚⊿゚)ξ「え、誰の魔力? 知らないやつ? 貞子さんから連絡は?」

('A`)「知らないやつだし連絡も入ってない。
    この魔力、そもそも探知結界に引っ掛かってないんだろうな」

( 'A`)「かなり希薄で断続的な魔力だ。
    集中してなきゃすぐに見失うぞ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……なら私から貞子さんに連絡するのだわ。
       ドクオはそのまま集中してて」

 スマホを取り出し、急いで自宅に電話をかける。
 呼出音が鳴ること数度、間もなく向こうから声が返ってきた。

.

186名無しさん:2020/12/10(木) 22:16:27 ID:9P.ObFjI0


 『――はい、もしもし』


ξ゚⊿゚)ξ「もしもし、ツンちゃんです」

 『なるほど分かりました』

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「えっ? 早くない?」

 『今からイオン周辺を隔離しますので3人で迎撃に向かって下さい』

 『ではまた』


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ ?

 一方的に通話を切られてしまった。
 よく分からないけどまた戦闘になりそうだった。ちくしょう帰って寝たい。

.

187名無しさん:2020/12/10(木) 22:18:30 ID:9P.ObFjI0


( ^ω^)「……何がどうなった」

ξ゚⊿゚)ξ「彼女、迎撃してって言ったのだわ」

( ^ω^)「……は? 迎撃?」

(; ^ω^)「今の一瞬でそれを決めたのか? とんでもない即決だな……」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだなぁ」

 そうだなぁと思った。
 ので、言われた通りに迎撃に行こうと思った。

(;'A`) (^ω^ ;)

 しかしドクオと内藤くんはそうでもなかったらしく、
 彼らは一度顔を見合わせてから、慎重に口を開いた。

(; ^ω^)「この状況で、どうして迎撃なんて話になるんだお?」

(;'A`)「……普通は撤退だろ。今の、本当に貞子さんだったのか?」


ξ゚⊿゚)ξ

 えっ


.

188名無しさん:2020/12/10(木) 22:19:04 ID:9P.ObFjI0


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.

189名無しさん:2020/12/10(木) 22:21:26 ID:9P.ObFjI0

≪2≫


 〜イオン フードコート〜


ξ゚⊿゚)ξ「久々に遊んでしまったのだわ」モグモグ

 50レスくらいかけてイオンで遊び尽くした後、私達はフードコートで軽食にありついていた。
 放課後、イオン、フードコート、そしてハンバーガー(バーキン)と、青春濃度はかなり高めの様相である。
 夕飯前の小うるせえ雑踏も風情というヤツものだ。消費社会LOVE……。

ξ゚⊿゚)ξ「ええいボウリングよ、ボウリングもやりたいのだわ」

 もうなんだかテンション上がってきちゃったな。
 行くかカラオケ、それも悪くない。

(;'A`)「それはまた今度だよ。今日はもう遅いんだ、素直に帰っとこうぜ」

( ^ω^)「同意見だ。情報整理も済んだ事だしな」

ξ゚⊿゚)ξ「ええい現代シニシズムの体現者どもめ」

 しかして時刻は午後7時。
 帰ったあとの云々も考えると、そろそろ帰った方がよいのも事実だった。
 今日の話し合いも内藤くんのおかげで捗ったし、これ以上遊ぶにはもう駄々をこねるしかなかった。
 そして私が駄々をこねると副産物としてウサちゃんが爆誕してしまう。魔力とはそういうものだった。


(´・_ゝ・`)「……でもまぁいいんじゃないか、カラオケくらい」

ξ゚⊿゚)ξ !

 と、思わぬ所から援護射撃が飛んでくる。
 彼の名前は盛岡デミタス。今日はたまたま近くに居たらしく、気がつけば当然のように話に加わっていた。
 それで別段なにか有益な情報を持ってきた訳でもないのだが、諸般の飲み食いを奢ってくれたので諸般ヨシである。

.

190名無しさん:2020/12/10(木) 22:24:28 ID:9P.ObFjI0

(´・_ゝ・`)「ガキなんだから遊びも大切にしときな。思い出ボムの火力も上がるし」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなのだわそうなのだわ」

 前回同様そうなのだわロボと化した私。
 楽して勝つならこの手に限る。いいぞ盛岡もっと言うのだ。

(´・_ゝ・`)「俺はもう帰るし、保護者への言い訳も俺がしといてやるよ」

(;'A`)「おい盛岡、あんまりツンを甘やかすなって……」

(´・_ゝ・`)「かっ勘違いしないでよねっ。みんなには結構酷いことしてるんだからっ」

 外堀を埋めながらスーツの懐に手を突っ込み、自前の長財布を取り出す盛岡。
 彼は中から数枚の紙幣を抜き取ると、それだけをポケットに戻し、財布の方をテーブルに置いた。

(´・_ゝ・`)「あとこれ全部やる。好きに使えよ、すぐに要るし」

ξ゚⊿゚)ξ !?

(;'A`)「いやだから煽るなって盛岡! こいつバカなんだぞ!」

(´・_ゝ・`)「それカードの番号とかも全部メモ入ってるから」

(´・_ゝ・`)「平気で使えるぞ、1000万円」

ξ゚⊿゚)ξ

('A`)(あっこれダメだ)

 私は盛岡の財布を手に取り、その中身を神妙に検めた。

ξ゚⊿゚)ξ

 ――これからは盛岡“さん”と表現していく。
 私は固く誓った。

.

191名無しさん:2020/12/10(木) 22:25:52 ID:9P.ObFjI0


('A`)「……よし分かった、これから今すぐカラオケとボーリングに行こう」

('A`)「ただしそれ以外は全部ダメだ。何一つとして許さん」


ξ゚⊿゚)ξ
.                              ゲーム
ξ ⊿゚)ξ「今夜、こいつの中身を何倍にもできる《遊戯》があるとしたら――」


('A`)「ダメです」

ξ;゚⊿゚)ξ「ええ〜!! 4倍までにするから!!」

('A`)「お願いだから落ち着いてほしい」

ξ;゚⊿゚)ξ「私こっちのが才覚あるんだけど!!」

('A`)「絶対にダメ」

ξ;´⊿`)ξ「どうせ泡銭なのに!?」

('A`)「そういう発想を止めてんだよ。あと1000万円は泡銭じゃねえ」

⊂( ^ω^)「よーし! それじゃあみんなでカラオケ行くお!」
  (  と)
  /  >

ξ゚⊿゚)ξ !?

 私達はカラオケに行くことになった。
 とにかく金がいっぱいある。私は無敵だった。

.

192名無しさん:2020/12/10(木) 22:29:30 ID:9P.ObFjI0

≪3≫


ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあ盛岡さん、私達はこっち行くから」

(´・_ゝ・`)「ああ」

 イオンを出た一行は近場の繁華街に向かい、そこで別々のルートを選択した。
 カラオケに行く若人達とそれを見送る盛岡デミタス。
 彼との別れを簡単に済ませた魔王城ツンは、早速スマホを取り出して声高に通話を始めた。

ξ゚⊿゚)ξ「――あ、もしもし!? まゆちゃん!? お金あるんだけど来ない!?」

('A`)「呼び出し方が最悪すぎる」

(^ω^)「そういう日もある」

(´・_ゝ・`)「気をつけてなー」

ξ゚⊿゚)ξ「はい盛岡さん! 行ってきます!」

.

193名無しさん:2020/12/10(木) 22:39:41 ID:9P.ObFjI0


(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「……やっと行ったか、っと」

 歩道の端に寄り、往来を避けてツンを見送る。
 彼女達の姿は十秒ちょっとで見えなくなったが、それでも盛岡はしばらくの間、彼女達の行き先を見つめ続けていた。


「すみません、お時間よろしいですか?」

 ――不意に、隣から声を掛けられる。
 一旦無視を決め込むも、当てつけのように殺気立つ人影が視界の端に首を突っ込んでくる。
 無視するなという圧力に負けた盛岡はやむをえず隣を見遣り、ちょっとだけ視線を下げた。

(´・_ゝ・`)「……こんばんは」

「はい。こんばんは」

 彼の隣に現れたのは制服姿の女学生。
 茶髪のサイドテールを指に巻きながら、どこか不機嫌そうに盛岡を見上げている。

(´・_ゝ・`)「出てきていいのかよ。盤外に徹するんじゃなかったのか」

「そのつもりでしたよ。あなたが想定通りであれば」

(´・_ゝ・`)

 盛岡は応えなかった。死ぬほどノーリアクションだった。
 制服の少女はしばし黙ってから、彼の変わりようの無さに頭を振る。

「とにかく来て下さい。ちょっと事情聴取をさせてもらいます」

(´・_ゝ・`)「へいへい……」


.

194名無しさん:2020/12/10(木) 22:49:15 ID:9P.ObFjI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 話の続きをするにあたって、盛岡が連れて来られたのは小さなスタンドバーだった。
 演出の為に作られた暗がりと、それを都合よく照らす間接照明の列。
 天井に埋め込まれたスピーカーからぼそぼそと流れる洋楽は、『これ以上の声量で喋るな』という店側の牽制でもあった。

(´・_ゝ・`)「悪いな、視点を持ち込んで」

|(●),  、(●)、|「構わない。よくある店だ」

 断りを入れてテーブルについた盛岡を、バーテンダーの男はくぐもった声で歓迎した。
 その寛容への礼として、彼はサービスのテキーラを一気に飲み干して見せた。

「悪酔いしても知りませんよ」

(´・_ゝ・`)「モヒートくれ。ミント別皿で」

 テーブルに諭吉が置かれ、バーテンダーがそれを回収する。
 釣り銭のやり取りは無く、両者は暗黙のままに事を済ませる。

(´・_ゝ・`)「お前も好きなの飲めよ。奢るぞ」

「……ではオリジナルを」

 程なく、盛岡のモヒートと一緒に店のオリジナルカクテルがテーブルに並んだ。
 2人はすぐにそれを取り、情緒もクソもなくグビグビと飲み進めた。
 おっさん&女学生が立ち並んで酒を飲む姿はかなり犯罪的だったが、それを咎める概念はこの店には立ち入れなかった。

.

195名無しさん:2020/12/10(木) 22:51:33 ID:Qa5M7iYc0
ツンちゃん頑張って

196名無しさん:2020/12/10(木) 22:52:34 ID:9P.ObFjI0


「……魔王城ツンの育成、魔王軍の軍備拡張、最序盤へのリソース集中」

 グラスの中身を空にして、彼女は静かに話し始めた。

「これらを主軸とした『整合世界計画』については、既に合意を得たものと思っていましたが」

(´・_ゝ・`)

「文句があるなら言って下さい。あなたは、すでに何度も我々の計画に背いている」
 元より烏合の衆。自分勝手は構いませんが、邪魔をするなら話は別です」

(´・_ゝ・`) …

 盛岡は無言だった。モヒート別皿のミントをモサモサと食べている。
 徹底して返答を拒否する構え――彼女は目を細め、真正面から食って掛かった。

「であれば先程のロールバックに話題を絞りましょう。
 勝手に話を巻き戻して、一体どういうおつもりですか?」

(´・_ゝ・`)「いや、あれはお前のやり方が杜撰だったからフォローしたんだよ。
      電話で誘導するなら口調寄せろよ。完全にバレるとこだったろ」

「……それは失礼。まぁ、その意味では助かったと言えるんですけど」

 彼女は言葉を止め、盛岡の目を見てゆっくりと言った。

「こちらの『特権』による介入が、関係者以外にバレる筈がないんですよ」

(´・_ゝ・`)

「気付くような誰かが居たんですか? あの中に」

(´・_ゝ・`)

 しばし目を見合う両者。
 やがて根負けしたのは盛岡の方。彼はテーブルに腕を置き、言葉を選ぶ。

.

197名無しさん:2020/12/10(木) 22:56:47 ID:9P.ObFjI0


(´・_ゝ・`)「俺は切り札を持ってる。その為に、少しだけ無理をした」

「……でしょうね」

 彼女は極めて多くの含みをもって呟き、神の視点を一瞥した。

(´・_ゝ・`)「別に全部言ってもいいんだが、今じゃ意味が無い。
      せっかくの切り札だし、役無しにはしたくないんだ」

「……少し考えます。一人称で」

 バーテンダーに2杯目を注文し、それを飲みながら逡巡を始める彼女。
 そこには一切の言葉がなく、特筆すべき情景も展開しなかった。

     バックボーン
「……《個人世界》の容量限界、そっちは大丈夫なんですか?」

(´・_ゝ・`)「いやだから無理をしたんだってば」

「あぁ、そりゃそうですよね。そうか……」

 断片的に、仲間内にしか伝わらないような言葉で会話する2人。
 ここには顔見知りしか居ない筈だが、どうやら彼らは見えない何かに警戒しているようだった。

 そして、彼らはその何かを意図して遠ざけようとしている。
 彼らの言葉選びにはそういう作為が感じられた。
 私がそう感じた。

「一応聞きますけど、ここは4周目ですね?」

(´・_ゝ・`)「それは、はい」

「助けは必要ですか?」

(´・_ゝ・`)「いらない」

「……整合世界は失敗する」

(´・_ゝ・`)「いいえ」

「……その上で計画を放棄し、独断に出たと」

 彼女は長く息を吐き、アキネイターめいた問答をすっぱりと終わらせた。
 盛岡の言動は少しも要領を得なかったが、残念ながら、彼女はここを引き際として溜飲を下げてしまった。

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198名無しさん:2020/12/10(木) 22:59:20 ID:9P.ObFjI0


「しかし参りましたね。この感じでは、裏切り者として始末するしかありません」

 困った風に言いながら、彼女の指先がテーブルをなぞり上げる。
 それと同時にピコンという起動音が鳴り、彼女の目先に3匹のクマのキャラクターが浮かび上がった。

 しかし、彼女が呼び出したクマの立体映像は誰の目にも映っていない。
 これは彼女の個人的な世界観に基づいた能力。
 異なる世界観を生きる者達では、そもそも彼女の能力を認知する事ができなかった。

「すみません。分け与えた特権はすべて没収します。
 現状、仲間を信頼してる余裕もないのでご容赦を」

(´・_ゝ・`)「全部は取るなよ。何も残らないんだから」

「全部取れれば苦労しないですよ。……始めます」

 大中小のクマが順に転がるアニメーションが終わり、次に現れたのは無数のフォルダアイコン。
 彼女はその中から『あ』と名付けられたフォルダを開き、迷わず『demitasse.exe』を実行した。

 ――彼女の視界にキャラクタークリエイトっぽい画面が広がり、盛岡デミタスに関する全てが表示される。
 出生、来歴、人間関係、各種スキル、ステータス等々。
 一個人をゲームキャラにデフォルメしたような情報の数々は、人為的情報収集の規模を明らかに逸脱していた。

(´・_ゝ・`)「急げ急げ」

「ミスるので黙って」

 彼女は真っ先にスキル欄を開いて『特権』の記述を一掃、すぐにアプリケーションを終了した。
 全行程は僅かに3秒。画面の文字列は一瞬で消え去り、その核心を読み取る事は出来なかった。
 惜しい。

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199名無しさん:2020/12/10(木) 23:00:41 ID:9P.ObFjI0


「間に合いましたかね。とりあえず、これで容量節約です」

 一息つき、彼女はわざとらしく額を拭った。

(´・_ゝ・`)「……そういう意味でやったのか? 案外優しいのね」

「妥当なリスクヘッジです。勘違いしないように」

 彼女は軽薄に笑い、2杯目のカクテルをあっさりと飲みきった。

 盛岡デミタスという一個人が抱える秘密――その全てを放置して自己完結する醜態。
 『説明の義務は無い』とでも言わんばかりだ。彼女達の言動は、極めて自閉的だった。

「それじゃあ帰ります。これ以上は会話が有意義になりそうですし」

(´・_ゝ・`)「なんだよ話し足りないぞ。もっと飲んでけって」

 ふと、盛岡がグラスを持って乾杯を誘う。
 彼女は仕方無げに頬を緩めたが、盛岡の誘いには乗らず、そのまま店を出ていった。


|(●),  、(●)、|「……フラれたな」

(´・_ゝ・`)「バカ言うな、本命じゃねえよ」

 残されたのはおっさん2人。
 特に意味のない沈黙が流れ、店内BGMが一層際立つ。

|(●),  、(●)、|「なにか話すか?」

(´・_ゝ・`)「……いや、このままやり過ごす」

 以降、30時間ほど沈黙が流れまくった。
 マジで意味がなかった。


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200名無しさん:2020/12/10(木) 23:01:04 ID:9P.ObFjI0


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201名無しさん:2020/12/10(木) 23:03:30 ID:9P.ObFjI0

≪4≫


川 ゚ -゚)「……ああそうだ、今の依頼料では帳尻が合わないんだ」

 喧騒に包囲された暗闇(カラオケ)で、素直クールは今回の依頼主に連絡を取っていた。
 その内容は至極単純、依頼料の値上げである。
 必要な口実も十分に揃っていたため、話し合いは終始素直クールの優勢だった。

川 ゚ -゚)「…………」

川 ゚ -゚)「……分かった。一旦それで手を打とう」

 話し合いの決着は数十分後。
 ひとまずの結論をもって通話を終えた素直クールは、煮え切らない感情を溜息に乗せて吐き出した。


川 ゚ -゚)「……ぬぅ」

ノパ⊿゚)「ねーちゃん、やっぱダメだった?」

 彼女を気にかけて声をかけたのは素直ヒート。
 傭兵チーム『素直四天王』の3番手、パワー担当。ほかに個性はない。

川 ゚ -゚)「いや、3倍までは確約させたよ。向こうはかなり渋ってたがな」

ノハ*゚⊿゚)「おお! なら十分じゃん!」

川 ゚ -゚)「……そうでもない。想定より敵が強い分、仕立てと掃除の取り分も増える」

川 ゚ -゚)「その辺りは節約前提でやってもいいんだが、まぁ、満足には程遠いかな……」

ノパ⊿゚)「ああ、中間搾取……」

 ――昨今、世界各地で起こる超常事例は確実にその数を減らしている。
 魔王勇者とは無縁の世界観に属している彼女らにとって、それはかなりの大問題だった。

 活躍の場は減り、残った仕事も同業者で奪い合い、斡旋業者からも凄まじい搾取を受ける。
 特筆すべき能力があればまだマシだったが、その点で言っても彼女達はギリギリだった。

 そんな窮地に舞い込んできた仕事こそ今回の案件、魔王城ツンの討伐。
 現在もっともデカい市場規模を有しながら、しかし滅多に出回らない異世界絡みのそれ。
 普段の数十倍の報酬を期待できるこの仕事に、素直クール達は特大の期待を寄せていたのだ。

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202名無しさん:2020/12/10(木) 23:04:48 ID:9P.ObFjI0

ノパ⊿゚)「ほーんと仕事減ってくよな。どこも平和でさぁ」

 曖昧な不満をこぼしつつ、ソファにあぐらをかいて揺れる素直ヒート。
 かわいい。

川 ゚ -゚)「そう言うな。悪いことじゃないんだ」

ノハ;゚⊿゚)「……そりゃ分かってるけど、食いっぱぐれた同業だって酷いもんじゃん。
      その始末だって仕事と金にされて、同類で共食いしてさ……」

川 ゚ -゚)「それでも最後の1人になるまで続ける訳じゃない。
     目標だって決めただろう? 今更気にかけるな」

ノハ;゚⊿゚)

ノハ;-⊿-)「……うーん……」

 それでもヒートは腕を組んで瞑目し、頭の中で自問自答を繰り広げた。

 ――魔王勇者の世界はさておき、彼女達の世界はとっくに干上がっている。
 前述した問題はもちろんのこと、もはや『何も起こらない』が珍しくないのだ。
 それこそ異なる世界観に首を突っ込まなければ話にならないほど、彼女達の生活は『平和』に食い殺されている。

 平和によって肯定されるもの、されないもの。
 素直四天王という存在は、少なくとも後者に類するものだった。

o川*゚-゚)o「……引退して普通に暮らすんでしょ、目標」

 やがてヒートを諌めたのは素直四天王の4番手。
 彼女の名前は素直キュート。思春期なのでそっとしてほしい。

o川*゚-゚)o「給料増えたんならもういいじゃん。揉めるのが一番ダルいし」

ノハ;゚⊿゚)「……いやでも、それで廃業してちゃ元も子もねぇだろ」

o川*゚-゚)o「だから引退なんだって。少しは割り切りなさいよ」

 キュートは項垂れてスマホに目を落とし、口を噤んだ。
 仕事を斡旋されている立場上、関係者との不和は死活問題に直結する。
 各位思うところはあっても、キュートの発言に異を唱える者は居なかった。

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203名無しさん:2020/12/10(木) 23:05:45 ID:9P.ObFjI0


川 ゚ -゚)「……にしても、シュールが遅いな」チラッ

 湿気った話題はさておいて、素直クールが振り向いてドアを見る。
 そういえばここはカラオケ。
 細かい話も済んだことだし、あとはフリータイム限界まで騒ぐだけなのだ。

 ところが、ドリンクバーに送り込んだ素直シュール(素直四天王の2番手)が中々戻ってこない。
 通話中から数えても10分以上は離席しているし、嫌な予感がしなくもなかった。

川 ゚ -゚)

 恐らく、というかほぼ確実にドリンクバーで遊んでいる。
 誰かが止める必要があった。

川;゚ -゚)「……すまん、ちょっと見てくる。先に始めててくれ」

ノパ⊿゚)「オッケー」



    |┃三    _______
    |┃     /    ヽ
    |┃ ≡  |〒ソwvw″
____.|ミ\___lw´‐ _‐ノv <ただいま
    |┃=___    \
    |┃ ≡   |    人 \ ガチャッ


 即帰ってきた。

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204名無しさん:2020/12/10(木) 23:07:27 ID:9P.ObFjI0

川;゚ -゚)「おおう、おかえり。遅かったな」

lw´‐ _‐ノv「うん」

川;゚ -゚)「飲み物は持ってこなかったのか?」

lw´‐ _‐ノv「やむをえず」

 手ぶらで帰ってきたシュールはそのままシュルッと着席し、カラオケの端末を触り始めた。

川;゚ -゚)「……なあシュール、店の迷惑になる事してないよな?」

lw´‐ _‐ノv「してないよ。むしろ徳を積んだというか」 ピコピコ

 端末を操作しつつ、シュールは後ろ手に持っていたものをテーブルに置いて見せた。
 それは男物の長財布であり、もちろんシュールの私物ではなかった。

川 ゚ -゚)「なんだ、落とし物か? やたら膨らんで見えるが……」

o川*゚-゚)o チラッ

lw´‐ _‐ノv「まぁちょっと中身見てみてよ。それ凄いから」

川 ゚ -゚)

lw´‐ _‐ノv

川;゚ -゚)「いやダメだろ道徳的に。普通に店に渡してくるよ」スッ

lw´‐ _‐ノv「ちょっと迷うあたりが好きだよ」

.

205名無しさん:2020/12/10(木) 23:09:40 ID:9P.ObFjI0


o川;*゚ー゚)o「――いやちょっと待った!!」シュバッ!!

 素直クールが財布を取ろうとした瞬間、キュートが凄まじい速さで財布を取り上げた。
 その挙動に驚愕半ばドン引きする素直クール。なんだこいつ。
 彼女は眉間にしわを作り、キュートを強く訝しんだ。

lw´‐ _‐ノv「やっぱり分かっちゃうか、価値が」

o川;*゚ー゚)o「い、一応チェックをば……」

川 ゚ -゚)「……その財布、そんなに凄いのか?」

o川;*゚ー゚)o「本物ならね。まぁ中身のがヤバそうだけど……」

 四方八方から財布を観察し、その内外を神妙に検めるキュート。
 いまいち話が分からない素直クールは、この世に存在するエルメスというブランドを知らなかった。

lw´‐ _‐ノv「姉さん、あとでビックリすると思うよ」

川 ゚ -゚)「ううむ、一体どういう事なんだ……」

o川;*゚ー゚)o …!

 資産価値およそ1000万円の長財布。
 これがもたらす大きな意味を、彼女達はまだ何も分かっていなかった。

ノハ-⊿-) スピー

 ちなみに素直ヒートは寝落ちしていた(頭を使いすぎた)。

.

206名無しさん:2020/12/10(木) 23:12:18 ID:9P.ObFjI0

≪5≫


     *
    ~
ξ*゚⊿゚)ξ「ガハハ! 飲め食え騒げ! 踊れ〜!」

 一方その頃、大金を手にした魔王城ツンは淑女にあるまじき態度でカラオケを楽しんでいた。
 ぶっちゃけ既に無一文なのだが、本人がまだ気付いていないので問題は無かった。

  ,, _ シャララララ
   (::鬥::),,
('A`)ノ

(^ω^)「ツンちゃん歌うまいNE!」

ξ*゚⊿゚)ξ「ドクオいつまでタンバリンやってるのよ! おらっ歌え鬼滅とか」

('A`)「はい」

 カラオケ開始から数時間が経過、いよいよ最悪になってきた魔王城ツン。
 気が狂ったブーン、もうどうにでもなれ状態のドクオ、そしてまゆちゃん(モブ)。
 なまじ気心知れた面々であっても、調子に乗った魔王城ツンを止めるのは不可能だった。

.

207名無しさん:2020/12/10(木) 23:13:35 ID:9P.ObFjI0

ξ*-⊿-)ξ「あーよっこらせックス!!」ドスン

 「お疲れさま! 沢山歌えてすごいね!」

 ツンは最悪の台詞を吐きながらソファに座った。
 さっきドリンクバーで調合してきたスペシャルドリンクを飲みつつ、ドクオの歌唱に耳を傾ける。

('A`)「強くなれる理由を知った」

ξ゚⊿゚)ξ(まぁ聞かなくていいか……)

 ドクオは一瞬で見限られた。


ξ;゚⊿゚)ξ「……そういえばまゆちゃん、今日はいきなり呼び出しちゃってごめんね。
       死ぬほど迷惑だと気付いた時にはもう手遅れで……」

 「ううん、別に用事も無かったから! 親も許してくれたし!」

ξ*゚⊿゚)ξ「ほんと? じゃあ今日はいっぱい遊べるのだわ!」

 「1回くらいしてみたかったんだよね、夜遊び!」

 そう言ってイタズラに笑い、まゆちゃんはグラスを持ってツンに差し出した。
 ウェーイ乾杯! 2人はガハハした。

.

208名無しさん:2020/12/10(木) 23:16:49 ID:9P.ObFjI0

ξ*゚⊿゚)ξ「ああもう、まゆちゃんは私の日常そのものなのだわ!」ガバッ

 ツンは勢いに任せてまゆちゃんに抱きついた。
 勇者軍とかなんか色々、思い詰めていたものが少しだけ軽くなる。

 じわりと広がる居心地のいい温もりに、ツンは心からの安心を覚えていた。
 他に言い換えられる言葉など、何もなかった。

ξ*´⊿`)ξ「ああ、今がずっと続けばいいのに……」

 「……ずっと?」

ξ*゚⊿゚)ξ「そうなのだわ! やっぱり普通が一番なのよ!」

 「……そっか。そうだね、私もそう思う!」

 まゆちゃんは笑顔で応え、もう一度ツンと乾杯してガハハした。

(^ω^)「たのしいNE!」

ξ*゚⊿゚)ξ「NE!」

('A`)「どうしたって消せない夢も」

 〜おわり〜

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209名無しさん:2020/12/10(木) 23:17:24 ID:9P.ObFjI0


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210名無しさん:2020/12/10(木) 23:18:13 ID:9P.ObFjI0


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爪'ー`)「今回の戦闘、成果はまずまずといった感じかな」

爪'ー`)「10人ちょっとの動員で事実確認が出来たんだ。そう悪い出費じゃない」


爪'ー`)「……彼らの死体? さあ、向こうが始末したんじゃないかな」

爪'ー`)「戦闘時の映像ならアサピーの管轄だ。見たければ声を掛けるといい」


爪'ー`)「しかし、わざわざ仲間の死に際を見たがるとは殊勝だね」

爪'ー`)「今はとにかく人手不足だ。勤勉なのは実に好ましい」

爪'ー`)「仲間の死さえも糧にするその姿勢、私は大いに評価するよ」



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211名無しさん:2020/12/10(木) 23:22:52 ID:9P.ObFjI0



 ――境遇に不満があった訳ではない。


 凡俗の列を飛び出して、そこで何かをしたかった訳でもない。
 夢や希望も特にはない。つまらない人間と言われれば、きっと私はその通りなのだろう。

 ただひとつ、それでも思惑があったとすれば。
 私は、私の理想に少しでも近付きたかったのだ。

 実体のない作為に漫然と支配されている感覚。
 鬱積を編み込んだ繭はひどく居心地がよく、蚕のような一生も悪くないと安心を覚える。

 けれど、私はその安心を苦痛と言い換えた。
 そうする事で繭に火をつけ、蛹をも焼き、その正体を暴こうとした。
 蛹の中にある『ぐちゃぐちゃ』こそが私なのだと、そんな理想を抱きながら。

 曖昧さに生かされる道を捨て、私は今、燃え盛る繭に包まれている。
 原型を留めることに興味はなかった。形骸を保つ意味も考えなかった。
 決意と手段が揃った時点で、私は『私』という義務を捨て去っている。

「……無駄死には、1人だけか」

 決別の日は遠く、私は未だ炎と共に在る。
 正体はまだ分からない。
 それを決めつけようとするものを、私は許さない。


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212名無しさん:2020/12/10(木) 23:23:14 ID:9P.ObFjI0



          #04 形骸世界、理想論者たち、Forgive an Angel


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213名無しさん:2020/12/10(木) 23:29:04 ID:9P.ObFjI0

#1 >>2-65  #2 >>74-117  #3 >>122-160
#4 >>169-212

季節ごとに書き溜めを全部投下していく感じなので、次回投下は4月頃です
ここからしばらくは一本道です
アーマードコアの新作が出る前に完結できるよう頑張ります

214名無しさん:2020/12/12(土) 11:40:09 ID:CVd20G0s0

デミタスどうなるんだ…

215名無しさん:2020/12/13(日) 02:07:08 ID:.RCATf2w0
乙!
ブーンがバグってるんだっけ、いきなり言動明るくなるの怖い

216名無しさん:2021/01/01(金) 01:37:56 ID:8wC4DC3c0
支援

217 ◆gFPbblEHlQ:2021/02/05(金) 02:35:42 ID:o1xlCQcw0
進捗報告です
今年の4月1日に投下するものが大体完成しました
完成してない部分が致命的なのでがんばるぞい(^ω^)

おまけ 夜を往くツンちゃんBB&進捗切り抜き
https://blog-imgs-142.fc2.com/g/e/k/gekitetunchan/yorutun02.gif
https://blog-imgs-142.fc2.com/g/e/k/gekitetunchan/yorutun03.png

218名無しさん:2021/02/06(土) 01:10:38 ID:LR/Oj5ms0
待ってり

219名無しさん:2021/02/06(土) 09:29:20 ID:QMWglZrU0
待ってる超待ってる

220名無しさん:2021/02/07(日) 11:36:59 ID:BPmHm4Vk0
まゆちゃんもサイドテールも現状この存在感でカオナシなのは何なんだ・・・「逆に」なのか・・・

221名無しさん:2021/02/20(土) 16:36:18 ID:euN61lwE0
顔の有無とか言動の端々とか、全てに裏があるように感じてソワソワする
4月が楽しみだ

222 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/07(日) 21:24:55 ID:E6U361vo0
投下予告とお知らせです
今月末の27日〜31日くらいに2話分を投下します
4月の投下はまた改めて予告します

新たにツンちゃんまとめを爆誕させました
https://gekitetunchan.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

今後しばらく投下も続くので、個人で担える部分はやっておこうという方針です
クールライターさんのまとめに背中を押された形でもあります
4周目以降は自分でまとめ、1〜3周目は引き続きリンクを使わせて貰おうと思っています

ほぼ個人サイト的なものになりますが、閲覧に支障がなければこのまま運用します

223名無しさん:2021/03/07(日) 21:28:59 ID:E6U361vo0
1周目の頃から乙や感想や支援絵など本当にありがとうございます
まるで凸凹で石ころだらけの道のようなスレですが、綺麗に舗装するべく今後も頑張っていきます
季節ごとに数話投下しておくので、年に1回でもまとめて読んで貰えれば嬉しいです

224名無しさん:2021/03/07(日) 21:52:12 ID:7rUgwHaY0
おお、こんなサイトデザインもあるのか・・・

225名無しさん:2021/03/08(月) 05:31:20 ID:m4YbkmyU0
今月中に投下あるんですか! やったー!

226BBH ◆CaOyByoJC6:2021/03/10(水) 00:00:51 ID:TSNUgTSE0
BBHのリンクページにツンちゃんまとめを掲載してよろしいでしょうか。

227名無しさん:2021/03/10(水) 00:36:23 ID:evwbwfzo0
オアーッ今月中の投下だと……嬉しすぎる……ありがとうございます……
個人サイト、携帯でもAA綺麗に見れて感動した

228 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/14(日) 09:02:44 ID:MCkzJeWM0
>>224 あるよーっ!(^ω^)
>>225 やったーっ!(^ω^)
>>226 いいよーっ!(^ω^)
>>227 オアーッ!(^ω^)

229名無しさん:2021/03/27(土) 09:55:15 ID:XvCFsZPM0
今更ながら全部一気読みした
めちゃくちゃ面白い、支援!

230名無しさん:2021/03/27(土) 21:49:50 ID:JEV2xlVs0
前の周回は読まなくてもいけるとのことで自分もまだ読めてないけど、大体は読まれてる感じ?
どのみち読むつもりではあるけれども

231 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/28(日) 20:27:38 ID:GWXSQBmE0

≪1≫


 勇者、魔王、超能力者。
 凡人、異常者、はぐれ者。

 そういった表面的な体裁を気に掛ける者は、王座の九人には一人も居なかった。

.

232名無しさん:2021/03/28(日) 20:33:37 ID:GWXSQBmE0


 組織の形骸化により様相を変えた勇者軍、その最大戦力たる王座の九人。
 彼らは老若男女を問わないチグハグな集まりだったが、しかし一方で無二の共通点を持っていた。

 彼らの共通点とは『主観への違和』。
 その感覚を要約すると、彼らは『どうして空は蒼いのか』みたいな引っかかりをずっと抱えていたのだ。

 ふとした時、さしたる理由のない違和感を抱くことは誰にでもある。
 知性と野性を鑑みれば、これは万人に搭載されている普通の感受性と言っていい。
 ただし、そういう曖昧な感覚にハッキリした機微を求める精神性は思春期から壮年期にかけて確実に衰えていく。

 なぜ衰えるのか?
 そういうものだからだ。

 ――『そういうものだから』で片付けなければ追いつかないほど、この世界には未知が多いからだ。
 気にかけていたらキリがない。いちいち調べて検証してたら寿命が尽きてしまう。魔物とか特に意味不明だ。
 だから誰もが受け入れるのだ。もう分かった、世界とはそういうものなのだと。


 そうして静かに心は鈍り、自意識は落ち着いていく。
 効率的な処理を覚え、所属する枠組みの規範に適応していく。
 空は蒼いし夜空は冥いしツンちゃんは夜を往く。そういう世界なので。

 そして、これもまた『大人になった』なんて曖昧かつ効率的な形容で済むくだり。
 『世の中意外と曖昧なんだな』という言語化に至った瞬間、好奇心は諦めに追いつかれている。

..

233名無しさん:2021/03/28(日) 20:37:13 ID:GWXSQBmE0


 ――だが、王座の九人は別だった。
 素朴実在論とは妥協の共有に他ならないが、彼らはそういう打算を一切受け入れなかったのだ。

 小さな頃から心に残り、大人になっても消えない疑問。
 社会のルールを理解しつつも、穴だらけの命題を埋める何かを常に探している。

 勇者軍は、その何かを見つけられそうな場所として彼らの前に現れた。
 妥協をしなくていい環境には、一切の妥協を認めない者達がよく似合う。
 両者の相性は火に油を注ぐように完璧で、それゆえ勇者軍は組織として成立できていた。

.

234名無しさん:2021/03/28(日) 20:43:25 ID:GWXSQBmE0


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 勇者軍が拠点としている施設は世界各地に点在していた。
 その大半は『一切の軍事力は魔王軍討伐にのみ用いる』といった誓約のもと、暗に政治的な御目溢しにあやかっている。
 各国家機関とて人間社会に魔物が潜伏している事実は把握していたが、いたずらな公表は社会の大混乱を招いてしまう。
 ここらへんの話は余談なので割愛するにせよ、魔物への備えとして勇者軍を容認する動きはそう珍しくなかった。


 勇者軍日本支部とでも言うべき拠点は、列島から遠く離れた孤島に設けられていた。
 便宜上には存在せず、あらゆる無法を許された島。
 軍内部におけるこの島の役割は、激化薬の研究と共に『次世代の戦力』を獲得する事だった。


(-@∀@)「……おお、ここに居たか」

 施設内でもとりわけ明るく、大きく開けたフードコート。
 そこに現れた白衣&眼鏡の男は、フードコート内の人だかりを見て静かに独りごちた。
 人だかりの殆どは病衣の子供達であったが、みんな笑顔でハッピーな感じだったのでよかった。

子供1「じいさん、また授業やってよ!」

爪'ー`)「おお構わないよ。教科は?」

子供1「道徳!」

爪'ー`)「道徳かぁ、それ私も足りてないんだよなぁ」

 子供達は、灰色のカーディガンを羽織った老け顔の男を中心にしていた。
 男の実年齢は五十代後半であったが、そこから一回り若く見受けられるだけの鋭い気風が彼にはあった。
 要約するに、カリスマという言葉が簡潔であろう。

 肩下まで伸びる色褪せた長髪。柔らかな物腰に、思慮深くゆっくりと語られる言葉の綾。
 椅子に座って子供達と戯れているだけなのに、その光景には語り部と民衆の図画を連想させる機微があった。
 それもそのはず、彼は勇者軍最大戦力『王座の九人』において実質的なリーダーを務める人物だった。

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235名無しさん:2021/03/28(日) 20:46:58 ID:GWXSQBmE0


(-@∀@)「おいフォックス! ちょっといいか!」

 白衣の男が大声を上げると、子供達の輪が大きくひび割れた。
 その裂け目から視線を返してくるフォックス。
 彼は事を察したように軽く頷き、子供達の顔をぐるりと一望した。

爪'ー`)「すまん、仕事の時間だ。私の小言はまたにしよう」

子供2「は?」

 途端、子供1から子供14くらいまでが一斉に不満を張り上げた。
 年老いた耳にもしっかり響き渡ってくる子供達の声。
 フォックスは耳を抑えて苦笑い、ガキどもを懸命に宥めた。

J( 'ー`)し「はいはいみんな、教室に戻りましょうね」

 ほどなく、子供達の引率者が床に膝をついて言った。
 優しい口調で言いはしたが、彼女の背景には反撃さえ許さない穏やかな圧が見え透いている。
 感情に蓋をされた子供達はそれでも顔をしかめたが、それさえ無意味とすぐに悟り、口を閉ざした。

J( 'ー`)し「……それじゃあ失礼します。また相手してあげて下さい」

爪'ー`)「いつでもどうぞ。みんなまたね」

 一礼してからフォックスに背を向け、子供達を引き連れていく女性。
 エプロン姿の彼女はカーチャン(偽名)と呼ばれる人物で、この施設における諸般の子守を担当していた。
 古くから日本支部に在籍し、『次世代の戦力』について多大な貢献をしてきた古株だ。
 あと王座の九人だった。

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236名無しさん:2021/03/28(日) 20:48:21 ID:GWXSQBmE0



(-@∀@)「……いやぁ、つくづく人気者だな。鳩にエサ撒いてる老人みたいだ」

 ごっそり人気が消えたのを見計らい、白衣眼鏡マンがようやく近付いてくる。
 時たま名残惜しそうに振り返る子供達に手振りを返しながら、フォックスは彼の茶化しに対応した。

爪'ー`)「実際もう老人だよ。青臭い皮肉は喉を通らん」

(-@∀@)「カマトトぶんなって。あと百年は若者だぞ」ドカッ

 陽気に言いながら反対側のベンチシートに陣取る白衣眼鏡マン。
 瓶底眼鏡に秘めたその瞳――自称老人には眩しすぎたのか、フォックスは溜息混じりに頭を振った。

爪'ー`)「堪らない人生観だな。いつまで生きてる予定なんだか」

(-@∀@)「……死ぬ予定は無いが?」

 口早に言い、その言葉尻に「何を仰る」と付け加えるマン。
 彼は改まった風に両手を広げて見せると、しばし沈黙してから本題を切り出した。

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237名無しさん:2021/03/28(日) 20:52:05 ID:GWXSQBmE0

(-@∀@)「で、諸々済んだぞ。魔王軍との交戦シミュレートは完璧だ」

(-@∀@)「準備も万端。あとはリアルに実行するだけ」

爪'ー`)「おお! それはすごい!」

(-@∀@)「……実行するだけ、だが」

 当てつけのように言い直し、テーブルにつんのめる白衣眼鏡マンもといアサピー。
 前もってフォックスの思惑を予想していたアサピーは、彼が言うべき答えを先に口走った。

(-@∀@)「動かないんだろ?」

爪'ー`)

爪'ー`)「え? あーそうだね。動かないよ」

(-@∀@)「……ハハッ! だと思ったぜ!」

 予定調和に声を荒らげ、アサピーは大袈裟に仰け反って見せる。
 人を小馬鹿にした仰々しい身振り。その不躾は、彼らをつなぐもの無くして成立はしなかった。
 フォックスが老人ならアサピーも老人である。数十年前に勇者軍で出会って以降、付き合いは長い。

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238名無しさん:2021/03/28(日) 20:57:50 ID:GWXSQBmE0


爪'ー`)「なのでアサピー、手が空いてたらスポンサーへの言い訳を頼む。
     あれの相手は私には難しい。金だの地位だの、難しいんだ」

(-@∀@)「それもやっといたよ。お前にゃ接待は無理だ」

 アサピーは高らかに指を鳴らし、フォックスの杞憂を軽くあしらった。

 勇者軍とて人の集まり。その内部勢力は大きく二分されており、各所の確執は中々に度し難い。
 しかしアサピーだけは例外だ。彼の立場は少し特殊で、組織内でも特に重大なものだった。
 王座の九人と激化薬研究の主任。2つの立場を上手く使えば、彼の意見は誰にも覆せなかった。

(-@∀@)「あちらさんの“““有意義な会議”””が長引くよう、燃料はたっぷり注いでおいたぜ。
      先の襲撃で増えすぎた手札をどう使えばいいんだか、今頃大声で議論中だろうよ」

爪'ー`)「はは、それは仕方ないさ。普通そうだよ」

 フォックスは足を組み直し、両手を膝に乗せて空笑った。
 拍子を数えて跳ねる指先。彼の脳内では、彼自身が思い描いた盤面が次の一手を待ち侘びていた。

爪'ー`)「勇者軍は――特にあっちの、宗教的な人達は日陰暮らしが長いからね。
     チャンスの扱いなんて分からないし、初々しくもなる」
                       トップ
(-@∀@)「……自称勇者軍ながら《勇者》は不在。
       バカが仕切るよりはマシだが、やっぱり組織は鈍化するよな」

爪'ー`)「分かってるならお前が仕切るといい。適任だぞ」

(-@∀@)「俺がか? 別に構わねえけど――」

 そこで返事を区切り、一瞬真顔になって逡巡するアサピー。
 三度フォックスの意図を見抜いたのか、彼は中指で眼鏡を正し、にんまりと笑った。

(-@∀@)「いや待て、今のは冗談として受け取っておく!
       臨時であってもゴメンだね、こんな反社会組織の旗持ちなんざよ!」

爪'ー`)「あー」

(-@∀@)「ていうかお前がやれよ。ああいうのはカリスマがやるべきだろ」

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239名無しさん:2021/03/28(日) 21:02:03 ID:GWXSQBmE0


爪'ー`)「けっきょく人手不足は相変わらずか。いやぁ困ったね」

(-@∀@)「おい話を飛ばすな。お前がちゃんとリーダーやりゃいいんだよ」

爪'ー`)「おかしいなぁ。ブラックなのは思想だけなんだが……」

 自棄気味に語りつつ、フォックスは両手を後頭部に運んだ。

 資金、人脈、情報などは豊富にあっても、それらを有効活用する為の労働力が彼らには無い。
 致命的ではないにしろ、一部の突出した者達で実務を片付けている現状は末端人員ですら弁えている。
 だから日本支部のような育成機関もあったのだが、ついぞ組織の円熟は間に合わなかった。

 魔王軍との接触を果たした時点で後進育成は打ち切り。
 彼らはもう、今ある戦力だけで事を進めるしかなくなっていた。

爪'ー`)(……後進育成が『間に合わなかった』では、ないんだろうな)

 勇者軍はまだ万全ではない。よしんば戦争を始めてもキャパオーバーが悪化するだけ。
 侵略戦争など夢のまた夢。今はとにかく雌伏に甘んじ、機が熟すのを待つのが正解――。

 と、この程度の合理は勇者軍上層部でなくても思い至る。
 それでも彼らが見切り発車同然の行動を起こし、魔王軍の所在を特定したのには理由がある。

 あの日、あの時、あの場所には、勇者軍が必要とする全てが完璧に出揃っていたのだ。

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240名無しさん:2021/03/28(日) 21:13:06 ID:GWXSQBmE0


(-@∀@)「……なんだよ、お前まだ気にしてるのか?」

爪'ー`)「まぁ、暇潰し程度には」

(-@∀@)「懐疑的だなぁ。俺もだけど」

爪'ー`)「……ただの偶然がここまで完璧に噛み合う訳がないんだよ。
     私でもあれくらいの整合性は用意できる。そして漁夫の利をゲット、勝ち逃げだ」

 ハインリッヒ高岡、内藤ホライゾン、魔王城ツンが同時に無防備を晒したあの一夜。
 恐らくは秒単位での噛み合わせがなければ成立しない奇跡的な状況。
 いつかの二度目を待ち続けるには、あの偶然は余りにも出来過ぎていたのだ。

 だから勇者軍は行動を起こした。
 リスクとリターンの採算は、辛うじて五分。

(-@∀@)「ちなみに俺もできるぜ。襲撃を仕組むくらい造作もないね」

 変なところで張り合うアサピー。
 フォックスは素直に受け取って続けた。

爪'ー`)「気掛かりなのはそこだよ。人力で可能だからこそ疑わざるを得ない。
     なのに、あの襲撃にはハッキリした勝者が居ないんだ。ただそこだけが腑に落ちない」

爪'ー`)「今回の偶然が何者かの故意だったとして、そいつの目的だけが見当たらない……」

(-@∀@)「……で、裏切り者を探してみたり、他勢力が隠れてないか調べてみたものの」

爪'ー`)


爪;'ー`)「なんにも出てこなかった」

爪;'ー`)「もう完全に手詰まりだ、助けてくれ……!」

 わざとらしく声を弱らせると、フォックスは糸が切れたようにテーブルに崩れ落ちた。

(*-@∀@)

 その敗北宣言は実に爽快。賢明な人間がやっているので尚更スカッとする。
 頼られるのも悪い気はせず、アサピーは最悪の笑みをもって彼の肩をポンポンした。

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241名無しさん:2021/03/28(日) 21:24:18 ID:GWXSQBmE0


 ――フォックス自身もほぼ勝ちを確信していたレベルで、先日の襲撃には滞りがなかった。
 展開の予測、事前準備、敵勢力の分散など――本当に、何もかもが完璧に進行していたのだ。

 にも関わらず、対象の捕獲or殺害にはなぜか失敗。
 終わってみれば結果は及第点。かけた期待分のリターンがあったかと言えば、ぶっちゃけ微妙。
 後進育成が間に合っていればと思わなくもないが、そのルートは見切り発車の運賃に使ってしまった。

 敵前に姿を晒すリスクは全会が承知していた事。
 分かった上でなおリターンを追ったのだから、今更それを悔いるのは時間の無駄。
 敵の所在を掴めただけでも帳尻は合うのだし、魔王城ツンの実力を計れたのも大きな成果だ。

 しかしながら、フォックスの懸念はこの妙に均衡の取れた筋書きそのものにあった。

 敵に姿を晒しはしたが、相手の実態を掴めたことで次手への進行はスムーズになった。
 向こうも急死に一生を得ると同時に、こちらの狙いと内通者の存在には気付いたはずだ。

 ここで損得勘定をするに、両陣営がプラマイゼロないし微プラスというのは奇妙に映る。
 それが偶然や奇跡なら尚の事、天秤の傾きがあまりに小さすぎる。
 誰かがバランスを取っている。確たる根拠もなく、フォックスはそう思わずに居られなかった。

(-@∀@)「だから偶然なんだっつの。宝くじみてーなもんよ」

爪;'ー`)「ぐぬぬ……」

(-@∀@)「そんなアナタに量子力学。変数と隠れんぼするよか楽しいぜ」

 今はとにかくスピードが物を言う。こちらが万全でない以上、魔王軍に本気を出されるとかなり分が悪い。
 なのでさっさと動くべきなのだが、フォックスはあえて『待ち』を選んだ。
 組織としては完全に愚行。一定の理解を示すアサピーですら、その判断は冗談として受け取っている。

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242名無しさん:2021/03/28(日) 21:30:23 ID:GWXSQBmE0


爪;'ー`)「……量子力学って、超常時代に一度破れてなかったか」

(-@∀@)「断じて否! ただし異能は考えないものとする!」

(-'@∀@)「って、今のご時世そうなってんのよ。
       俺みたいな異能研究者はテロリスト同然の扱いだ。いや参ったね」

爪;'ー`)「今そんななってるのか。今どきのインテリも大変だな」

 他人行儀に同調し、フォックスは微笑む。

(-@∀@)「ま、それでも間違ってんのは世間だけどな。
       事実を放置し何も考えず、忘れる方が健全だなんて知性の放棄だ」

(-@∀@)「俺だって信じたかない。だが魔物も何も実在してたんだから扱うしかねえだろ。
       向き合って考えて、それで少しずつ人智に収納する。時間は掛かるがそれが歴史だ」

 アサピーは断言し、走り書きのような愚痴を続けた。

(-@∀@)「なのに世界はこのザマよ。みんなで仲良く既知の有限に留まろうとしてやがる。
       未知への好奇心を失った秩序ある世界、そいつは死よりも恐ろしいのだぜ」


爪'ー`)「……悪魔を憐れむ我々は、黙殺を選んだ人々には不気味に見えるだろうな」

(-@∀@)「ああ? まぁサタニズムでもマクスウェルでも構わんが、俺はただ実在を認めてるだけだ。
       人間ってのは基本そうだろ? あるものはある。話は全部それからだ」

爪'ー`)「その通念で引っくるめるには、今の世界は風呂敷がデカすぎるな」

(-@∀@)「だから多くは傍観者を気取り、安全を確約されたメタ視点で自他を切り離した。
       ある意味それはイデアとの決別だったが、同時に、究極の非生産を意味した」

(-@∀@)「そもそもの話、超能力と勇者と魔王の存在が人知のエントロピー許容量を飽和させちまったんだよ。熱的死、というか燃え尽き症候群って言い方のがポピュラーか。そんなもんが世界規模で起こってんのは面白くないよな」


爪'ー`)

爪;'ー`)「ダメだ降参、もうやめてくれ。付き合えるのはここまでだ。
     還暦近いジジイに衒学者のマネをさせないでくれ」

(;-@∀@)「……そんな言うなら陰謀論で頭抱えんのやめろよ」

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243名無しさん:2021/03/28(日) 21:33:34 ID:GWXSQBmE0



( ・∀・)「……お前ら、もっと気楽に話せないのか?」


爪;'ー`) !

 ふと、認知の外からツッコミが入った。
 その一声に不意を突かれたのか、フォックスの肩がぴくんと跳ね上がる。
 かたやアサピーは頬杖をつき、居心地悪そうに大きく首を傾けた。

(;-@∀@)「あーあ実物まで来ちまったよ。お前が悪魔とか言うからだぞ」

爪;'ー`)「なすりつけるな」

( ・∀・)「邪険にするなって。ほら土産だ、スウェーデンの」

(;-@∀@)「……そんなんガキに配れ。いちいち持ってくんな」

( ・∀・)「配ってきたのに余ったの。数はきっちり合わせたんだがな」

 彼は不満気にぼやき、オシャレ特化の小ぢんまりした紙袋をテーブルに乗せた。

 アサピー達を前にして気兼ねなく振る舞う彼もまた、王座の九人に名を連ねる1人だった。
 彼の名前はモララーと言い、己を『神の代役』と呼んで憚らない、勇者軍的にもやや扱いに困る存在だった。
 身形をスタジャンとジーンズで済ませてる神に説得力があるかはさておき、その実力は申し分ない。

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244名無しさん:2021/03/28(日) 21:34:39 ID:GWXSQBmE0

爪'ー`)「数が合わない? ……あーそれ、先日ちょっと使ったからだな」

( ・∀・)「例の襲撃にか? で、結果は」

爪'ー`)「まぁまぁだな。次に活かせる情報は手に入ったよ」

( ・∀・)「そっか。だったらこいつは手向けに使おう」

 呆気らかんに言い、片手の指先に紙袋を引っ掛けるモララー。
 そうして土産を回収すると、彼は戯けるように身を翻してテーブルを離れていった。

(-@∀@)「おいモララー! ジョルジュの事も報告してけよ!」

( ・∀・)「相変わらずだー。寝顔はとっくに見飽きてるんだがなー」テクテク

 背中越しに受け答え、それで幕引き。
 立ち去るモララーをしばし見送りながら、アサピーは気怠そうに姿勢を崩した。

(;-@∀@)「……相変わらずじゃねえ。バイタルの数値を寄越せってんだよ」

爪'ー`)「はは。聞き方を間違えたな」

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245名無しさん:2021/03/28(日) 21:37:47 ID:GWXSQBmE0


(-@∀@)「――まぁいい、話は済んだ! 帰って寝る」

 途端アサピーは勢いよく立ち上がり、白衣のポケットに手をしまった。


(-@∀@)「とにかく会議は引っ張っとくが、お前の意向は士気に関わる。
       次は恐らく総取り狙いだ。半端は許されねえからな」

爪'ー`)「分かっている」

 フォックスはアサピーの方を向き、なんの感慨もない素朴な声色でぼやいた。


爪'ー`)「壊れた世界の筋道は、正しい誰かが直さなきゃな」


(-@∀@)


(-@∀@)「――くはっ、ハハッ、ハハハハハ!」

(-@∀@)「ヒィ〜〜〜〜ッwwwwwンフッwwwwww」


爪'ー`)

 彼の去り際の大爆笑は、フォックス的にはかなり心外だった。

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246名無しさん:2021/03/28(日) 21:38:25 ID:GWXSQBmE0



          #05 ラザロと畜群 その1


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247名無しさん:2021/03/28(日) 21:45:36 ID:GWXSQBmE0

≪2≫


 〜前回から1週間くらい経過〜


 魔界への強制送還を賭けた実技試験――その実施まであと僅か。
 余暇の全てを特訓に捧げながらも、魔王城ツンの努力は未だ結実には至っていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ

 正直言ってあんまり成長を感じていない。
 まさかここまで成果が出ないとは……いやもう我ながらビックリである。
 現実逃避の三人称も事実を浮き彫りにするばかりだった。私はつらい。



从;゚∀从「――おいツンちゃん! 気ぃ抜けすぎだぞ!」

ξ゚⊿゚)ξ !

 ところで私は特訓中である。

 放課後は毎日ハインさんの屋敷に来ており、殴る蹴るなどの暴行を熱心に教えられている。
 とはいえその内容は攻撃より防御に寄っていて、即物的な成長を感じるのはどうにも難しかった。
 素直クールと戦った際の捌きだけは見込みがあるらしいが、正直私はビームとか出せるようになりたかった。

 ツンちゃんビーム(図1)、相手は死ぬ。
 いつか出せるようになりたいな。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ξ゚⊿゚)ξ ウォォォ
       つ つ"~~""    ('A`) ヒィィ
                 ノ( ヘヘ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     (図1:ツンちゃんビームと民草)

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248名無しさん:2021/03/28(日) 21:48:09 ID:GWXSQBmE0


 〜休憩〜


('A`)「なあツン、最近じゃ魔界でもスウィ〜ツを食えるんだぜ」

('A`)「案外あっちも悪くねえって。地上に居るより楽しかったりしてな?」


ξ;゚⊿゚)ξ「ハァハァ……休憩にかこつけて心折りにくるのやめろハァハァ……」

 屋敷の縁側にブッ倒れると、浅ましい甘言をほざくドクオが水とタオルを差し出してきた。

 こんちくしょうは見物ばかりで、私の特訓には少しも助言をしてくれなかった。
 特訓内容が対人間に集中しているとはいえ、なんかこうマック女子高生的な一言をくれてもよくないだろうか。
 ちくしょう私も嘘松になりたい。しかし現実は非情だった。

('A`)「試験告知からそろそろ半月、流石に日程も決まる頃だ」

('A`)「なのに大して強くなってねえし。むしろ俺のが不安なんだぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ「ハァハァ……うるせぇのだわボケカス……」

 汗ばんだ体を起こし、ペットボトルの水をガブ飲みする。
 私はタオルで顔を抑え、半ば無理矢理に心身を落ち着けた。

ξ; ⊿ )ξ「私だってね、好きでこんなスラダンのゴリみたいになってないのよ」

('A`)「スラダンのゴリて」

ξ; ⊿゚)ξ「私が私でさえなければ、ここまで頑張ってないのだわ……!」

('A`)「分かってるよ意地なんだろ。だからそれは認めてるって」

ξ; ⊿゚)ξ(……だから効くのよ)

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249名無しさん:2021/03/28(日) 21:49:53 ID:GWXSQBmE0




(´・_ゝ・`)「――自分が居たいと思う場所に居る、その為に頑張る」

(´・_ゝ・`)「邪魔するもんでもねえ。まったくもって健全だろうが。
      野暮な正論ほどダサいもんはねえぞドクオ」


 脈絡なく不意に現れた男、盛岡デミタス。
 盛岡は理解のある彼くんめいた台詞と共に歩み寄ってきて、湯気立つコンビニ袋をドクオに投げ渡した。

(´・_ゝ・`)「内輪の優しさだって時には毒だ。
      だからこそ、せめてその優しさが薬として機能するよう言葉を選ぶ」

(´・_ゝ・`)「そんな添削に気を回せてこそ模範的友人関係ってヤツじゃないの? 知らねえけどさ。
      ちなみにそいつは差し入れね。肉まん入ってるよ」

('A`)「……ああそう」

 理解のある彼くんに正論を投げられ、ドクオは言葉を失ったようだ。
 確かにこいつは胸が空く。他人が他人を言い負かしている様を対岸から眺める、実に気分がよい。
 かくしてシャーデンフロイデの快感を覚えた私は溜飲を下げ、哀れなドクオに助け舟を出してやった。

ξ-⊿-)ξ「いいのよ盛岡さん、気にしてないわ。
       ドクオはいつだって無神経モラハラ根暗野郎だしチンコ小さいし、慣れてる」

('A`)

ξ゚⊿゚)ξ「あ、肉まん食べるから頂戴。全部ね」

 ドクオからコンビニ袋を受け取り、中身の肉まん(4個)をもりもりと食べ始める。
 運動後の食事はやはり格別。満腹中枢もニッコリであった。

(´・_ゝ・`)「まぁ言動が一番ヤバいのは魔王城ツンだけどな」

ξ゚〜゚)ξ「ナイスジョーク。三日三晩は片腹が痛いぜ」モグモグ

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250名無しさん:2021/03/28(日) 21:52:43 ID:GWXSQBmE0


(´・_ゝ・`)「……そんで2人とも、今日はもう帰れ。行ってよしだ」

 途端、盛岡は語気を強めて勝手な事を言い出した。
 どこか表情が硬いような、いやいつも硬かったな。
 彼は私達を順に見た後、特訓再開を待つハインさんにも一瞥を送った。

(;'A`)「また急だな。俺は別にいいけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「私は、……ハインさん次第?」

 まだ日はあるが、そもそも特訓開始が放課後なので日没は近い。
 私とハインさんはもう一回戦やる気でいたが、…いやこの表現エロいな。

 訂正し、私とハインさんはもう少しだけ特訓を続けるつもりだったが、正直止めても問題は無い。
 今日の特訓メニューはやりきってるし、あとはハインさんの判断によるが――。

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251名無しさん:2021/03/28(日) 21:54:50 ID:GWXSQBmE0


从;゚∀从「盛岡、お前また勝手な……」ザッ

(´・_ゝ・`)「なーんだよいいだろ別に? 特訓も順調そうじゃん」

 盛岡の目配せに嫌な予感を覚えたのか、ハインさんが呆れた様子で近付いてくる。
 イケオジVS理解のある彼くん、見応えのある嘘松だった。

从;゚∀从「まぁ順調と言えば順調なんだが、特訓にも仕上げってもんが……」

(´・_ゝ・`)「じゃあ今やってくれ。うわぁ見るの楽しみだな凄く」

 ハインさんの抗議も虚しく――というか盛岡が一切聞き入れず、話がパワーでゴリ押しされる。
 盛岡は私の進路を開けるように身を引き、身振り手振りで発進を促してきた。

ξ;゚⊿゚)ξ(ど、どないすれば)

从;゚∀从

 とはいえ勝手に判断はできず、私は無言でハインさんを見遣り対処を丸投げした。
 ちなみにこの時の心情を表したものが(図2)である。各位参照してほしい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   ヽヾ
    ξ;゚⊿゚)ξ タスケテー        λ......
     )  )                 λ......
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(図2:諸手を上げ、民草に助けを求めるツン)
(補記:ツンの1行目は諸手を表し、3行目は胴体を表し、右記の『λ』は民草を表す)

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252名無しさん:2021/03/28(日) 21:56:34 ID:GWXSQBmE0


从;゚∀从

从;-∀从「……だから、そういう勝手をやめろってんだ盛岡。
       とにかく順を追ってやらせてくれ。下手に急かすなよ」


(´・_ゝ・`)

(´^_ゝ^`)「――ああそっか! 上手ならいいのか、お前みたいに!」


 途端、一人合点したように手を打つ盛岡。
 それは私にさえ伝わるレベルの道化芝居で、滑稽さの誇示そのものが目的のようだった。
 要するに彼はハインさんを小馬鹿にしたのだ。露骨なまでに。

从 ゚∀从「……なぁ盛岡、なんで噛み付く? 俺なんかしたか?」

(´・_ゝ・`)「がぶがぶ」(笑)

从#゚∀从 イラッ

ξ゚⊿゚)ξ(あっこれはマズい)

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253名無しさん:2021/03/28(日) 21:57:44 ID:GWXSQBmE0


≡ξ;゚⊿゚)ξ「うおおおやるぞ特訓をば!!」ダダダダダッ

ヘ(;'∀`)ノ「いいぞツン!! 頑張れうおおおおお!!」

 大の大人が荒ぶるや否や、私とドクオは大声を出して誤魔化しにかかった。
 ハインさんがキレるのは流石にヤバい。怖いので止めざるを得ない。
 私は急いで立ち上がり、全速力で庭に飛び出していった。

ξ;゚⊿゚)ξ「やりましょ特訓!! 仕上げなんだか知らないけども!!」ザッ

 庭の半ばで勢いよく振り返り、ハインさんへと叫ぶ私。
 頼む、私の金髪キューティクルに免じてくれ……!


从 ゚∀从「……お前の用事、相手は俺だな?」

(´・_ゝ・`)「違ったりして。とにかく済ませてこいってば」


('A`)

(;'∀`)b(……なんかギリ収まったっぽい!!)

ξ;゚⊿゚)ξ(よし、事なかれ!!)

 ドクオのハンドサインで無事を確認、ひとまず私も胸を撫で下ろす。
 なんでこう喧嘩っ早いんだよ男衆。いっそ一回殴り合った方が友情芽生えるんだろうか。

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254名無しさん:2021/03/28(日) 22:07:45 ID:GWXSQBmE0


 ――ハインさんはすぐに落ち着きを取り戻し、私の方に来てくれた。
 それでも感情を不完全燃焼させるのはしんどい。ハインさんの嘆息も無理からぬものだった。

从;-∀从「……ツンちゃん、俺あいつ嫌いっぽいわ」

ξ゚⊿゚)ξ(どちらかと言えば私も嫌いだ)

 どちらかと言えば私も嫌いだ。でも嫌いじゃない時もあるので心は難しい。
 人付き合いとはかくも困難。盛岡はそれを分かって壊しに来るのでたちが悪い。
 ハインさんの素を見れたのは収穫だが、やっぱあいつ一度くらい殴られていいと思う。

ξ゚⊿゚)ξ(しかし決して言葉にはできぬ)

ξ゚⊿゚)ξ(負債1000万円の、この身の上では……)

 盛岡に対する負い目については前回のオチから察してほしい。
 あの財布を思い出すと一瞬で心が枯れていくのだ。ほんともう察してほしい。
 1000万円分のぬか喜びを失くした感覚、あまりにも直視に耐え難い。


从 ゚∀从「……まぁ、仕上げっても単純な話よ。
      今のツンちゃんに足りないのは成長の実感だけだしな」

 調子を戻したハインさんが相変わらずの軽口で話を戻す。
 私も同じく我に返り、彼の話に耳を傾けた。

从 ゚∀从「この一週間やってきた特訓だが、ツンちゃん的にはどうだったよ」

ξ゚⊿゚)ξ「回想シーン行きます?」

从;゚∀从「いや一言で済むだろ。というか、俺の特訓自体そんな疲れなかったろ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そりゃまあ、死ぬほどって感じでは」

从 ゚∀从「そう。だから手応えが足りてねえと思ってな」

 ミセリさんのせいで感覚が狂っているかもしれないが、ハインさんとの特訓は確かに退屈気味だった。
 激しい運動はほぼ無く、むしろ基本的運動の復習に終始していた気がする。
 もちろん負荷は魔物基準だったとは思うが、内容自体は初代Wii Fitくらいシンプルだったような……。

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255名無しさん:2021/03/28(日) 22:11:31 ID:GWXSQBmE0

从 ゚∀从「仕上げってのは要するにそこ、手応えのチェックなのよ。
      んだから大した話でもねえ。自信をつけて、それで終わりだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「えーそれ実績増やす為に卒検甘くするヤツじゃん」

Σ从;゚∀从「いやちげェよ! そういう卑屈さを直したいからやるんだよ!」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「卑屈!? この私が!?」

从;-∀从「……あのなぁ、あえて言うけど俺って強いの。強かったの。
       今でこそ衰えたが、そんでも俺の特訓はキツい方なんだぞ?」

ξ;´⊿`)ξ「でもそれ人間基準……」

从;゚∀从σ「だからそこだよ!! その自分を認めねえ性格をどうにかすんの!!」

 大仰な身振りを交えながら訴えかけてくるハインさん。
 その形相に気圧されたのか、私も流れで話を聞き入れてしまった。
 魔王城ツン、流されやすい女なのかもしれない。

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256名無しさん:2021/03/28(日) 22:15:02 ID:GWXSQBmE0


ξ;゚⊿゚)ξ「分かったから、とにかくやればいいのよね?
       それで結局なにするの? 筆記?」

从 ゚∀从「ああ、そいつは単純だよ」

 言いながら、ハインさんは半身を下げて軽く身構えた。

从 ゚∀从「雑談しながら戦うだけ。簡単だろ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……そういう特訓してないのに?」

 疑問を覚えて首を傾げると、その瞬間、私の耳元を突風が吹き抜けた。


从 ゚∀从「――そうだ」


 そう呟いたハインさんは、既に私の懐に踏み込んでいた。
 なんなら、既に初撃すら済ませていた。

ξ;゚⊿゚)ξ …!

 先の突風はハインさんの拳が生んだもので、その一撃は私の右耳を掠めるように空を貫いていた。
 首を傾げていなければ当たっていたし、そもそもこの初撃は――

ξ;゚⊿゚)ξ(今の、素直クールにやられたのと同じ……!)

 進研ゼミめいた気付きを得て、私は息を呑んだ。

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257名無しさん:2021/03/28(日) 22:17:24 ID:GWXSQBmE0

从 ゚∀从「流石に分かるか。殺されかけた手口だもんなッ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ、急に始めなッ――!」

 戸惑い慌てる魔王城ツン(ジャージ姿)。
 しかし、ハインさんは私の制止を聞き入れなかった。

从 ゚∀从「じゃあ始め! はいスタートな!」ガシッ

 ハインさんは有無を言わさずジャージの襟を掴み、片腕だけで呆気なく私を持ち上げた。

ξ;゚⊿゚)ξ「ウワァー乱雑な幕開け!! 流石にちょっと待って!!」ジタバタ

从 ゚∀从「ツンちゃん軽いな! もっと食べた方がいいぜ!」

 そう言いながら勢いづけて、ハインさんは全力で私を投げ飛ばした。

 ――乱暴だがダメージを生むような投げではない。
 速度と高さが十分にあり、着地を考える余裕があった。

 もつれた体を空中で立て直し、私は玉砂利を蹴散らしながら受け身を取った。
 減速するにつれて四足の姿勢に推移、体幹を安定させて完全に勢いを殺しきる。

ξ;゚⊿゚)ξ「……ふぅ」

 そうして生まれた間合いはおよそ、…たぶん50メートルくらい。
 あんまり遠いと間合い分かんないな。すごい投げられたとだけ伝えたい。

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258名無しさん:2021/03/28(日) 22:20:12 ID:GWXSQBmE0


从 ゚∀从「今の初動、一週間前なら大慌てで受けてたろ」

从 ゚∀从「そんで理性が追いついたらこうだ。
      戦うべきか否か、しかも人間相手に」


ξ;゚⊿゚)ξ「……」

从 ゚∀从「この悪癖、今ならマシになってると思うぜ」

 言葉の後、2度の手招き。
 かかって来いという意味の、常套句に等しい煽りを見せつけられる。

 ――心臓が高鳴る。しかし、一旦落ち着きたい。
 私は長い息を吐きながらゆるりと立ち上がり、時間稼ぎの話題を彼に投げかけた。

ξ;゚⊿゚)ξ「でも、そんなアドバイス一回だって聞いてないのだわ」

从 ゚∀从「そりゃ言ってもゴネるだろ? 効率悪いし、体に覚えさせた」

ξ;゚⊿゚)ξ !?

从 ゚∀从「慣れだよ慣れ。人間相手に戦い慣れる、これ一番大事」

 知らない間に体を開発、しかもそれを実戦で分からせようとは卑猥な魂胆だ。
 とはいえ彼の言い分には思い当たる節がいくつもあった。
 あの特訓の日々(全カット)が本当に有意義だったのなら、私の予感は的中しているに違いない。

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259名無しさん:2021/03/28(日) 22:22:03 ID:GWXSQBmE0


 この特訓で得られたものは知識ばかり。
 肉体的、魔力的なパワーアップはほぼ皆無だが、でなければ分からなかった事も1つだけある。


 人間には、およそ魔界には存在しない『弱者の利』のようなものが存在する。
 弱者が強者を打倒する――その戦術を、彼らは当然の知識として弁えているのだ。

 人間と違い、魔物の個体差には天と地ほどのバラつきがある。
 弱肉強食は当然のこと。自然淘汰はより強烈で、強者を倒そうなんて発想は即死を招くだけ。
 生き残るならまず逃亡。真の強者を前にした時、私達には『戦う』なんて選択はありえない。

 ――しかし人間は違う。
 生物としての個体差が小さいからこそ、彼らには『弱者が強者を倒す』という展開が起こりうる。

 私達にはないそんな貴重な経験を積み重ね、ただひたすらに継承してきた人類史。
 確かに彼らは脆弱だが、しかし単なる弱者でもない。
 2000年余年の時を経て、彼らはもはや強者を倒し慣れているのだ。

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260名無しさん:2021/03/28(日) 22:34:01 ID:GWXSQBmE0


 ハインさんとの特訓で、私は人間にとっての基本を教わってきた。
 その云々が何らかの結実を果たしていたとすれば、それは恐らく『違い』の再確認だ。
 特に『弱者の利』。あれを知れたのは最大の収穫と言っていい。

 弱者のままで強者を倒す、ただそれだけの為に作られた執念の集合知。
 魔界であれば決して実を結ばない『弱さとの共存』という発想。
 私に欠けていた知識、技術、心得の数々――。

ξ;゚⊿゚)ξ「……何がどう変わったんだか知らないけど」

 人間という生物を私と同じ弱者、ひいては格下だと思っていた自分が嘆かわしい。
 彼らと私達とでは基準が違う。常識が違う。世界観が違う。
 その程度の前提さえ失念していた私が問題外と扱われるのも、今思えば当然の事だったのだろう。

ξ#゚⊿゚)ξ「そこまで言うなら、加減はしなくていいのよね……!」ザッ

从 ゚∀从「余裕があるならしてもいいぜ。自信つけるのが目的だしな」

ξ#゚⊿゚)ξ「……じゃあ、少し試してみるのだわ」

 私は拳を固く握り、弱者の歴史の足を踏み入れた。

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261名無しさん:2021/03/28(日) 22:37:52 ID:GWXSQBmE0


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从 ゚∀从「――どうだ、体が軽いだろ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ッ!」


 手捌きと同時に体を捻り、ハインさんの蹴り上げを受け流す。
 拳が来たなら寸で避け、組み技ならば即離脱。
 そして反撃――とまではいかないが、体の軽さは確かにヤバかった。


从 ゚∀从「俺たち人間は、五体の運動を型に嵌めて考える!」

从 ゚∀从「だが大抵の魔物には型が無い! 必要が無い!
      基本誰もが唯一無二、先手必勝かつ初見殺しが基本だからな!」

从 ゚∀从「この辺の違い、ミセリから教わらなかったか!?」


ξ;゚⊿゚)ξ「教えてもらってないです!! 1回も!!」

从;゚∀从「それはそれでダメだろ!! あいつバカなのか!?」

 私は目をそらした。

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262名無しさん:2021/03/28(日) 22:44:04 ID:GWXSQBmE0


从;゚∀从「……とにかくパターン覚えるのが大事ってワケよ! 人間は!
       セオリーってもんを作って、その上で戦いを成立させてくんだわ!」

从 ゚∀从「体のキレが良くなってんのも、体がそれを覚えたからだ!
      ミセリも同じ事をしたかったんだろうが、教え上手は俺の方だったな!」

ξ;゚⊿゚)ξ !

 そう言い切った直後、ハインさんの手元から石つぶてが弾き出された。
 地面の玉砂利を使われたのだ。私はそれに目を奪われ、一瞬ハインさんの存在を忘れてしまった。


从 ゚∀从「――だからまだ、こういう動きに不意を突かれる」


 石礫を避け、ハインさんを思い出したその時。
 私達の間には大きく距離が空いていて、彼はどこぞから持ち出してきた刀を腰に据えていた。
 攻撃ではない防御の構え。私は、あの構えに見覚えがあった。

ξ;゚⊿゚)ξ(ハインさん、まさかまた真似を……!?)

 あれは素直クールが最後に見せた抜刀術だ。
 たしか名前は糸桜。あの剣撃は目で追えなかったし、手も足も出なかった。

ξ;゚⊿゚)ξ(くっ、あれはトラウマなのだわ……!)

 腰だめに構えるハインさんからは素直クールほどの殺気は感じられない。
 私が成長したのか手を抜かれているのか、或いは全てが勘違いか。

 いずれせよ、今の私は精神的な変化を問われているはずだ。
 特訓前後で変わった部分といえばそれくらいだし、でなきゃ根本的に方針を間違えていた事になる。

 ――ハインさんの性格からして方針が間違っていた可能性は低い。
 だったら私は、今ある手札であれを打破できるという事だ。
 現に、やってみせろという気合いがビシバシ伝わってくる。

ξ;゚⊿゚)ξ(……手札はある、解き方は自分で考えろということね)

ξ;゚⊿゚)ξ(だったら私がすべき事はひとつ、考えること……!)

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263名無しさん:2021/03/28(日) 22:48:19 ID:GWXSQBmE0



从 ゚∀从(……ビビりから来る気質とはいえ、つくづく察しはいいな。
      間違いなく長所だ。魔界じゃ当然のスキルだが、こっちじゃ簡単には身につかないからな)

从 ゚∀从(敵に合わせて律儀に飛び込んでこねえのも良しだ。
      型に嵌めた分だけ余裕が生まれてる。そのうち自分のペースも掴めるだろう)

从 ゚∀从(ツンちゃん意外と意固地というか、自分への差別意識がかなり強いんだよな。
      その辺かなり障害になると思ってたんだが、暗示が噛み合ってきたのか?)


ξ;゚⊿゚)ξ(……あっ、いっそ内藤くんみたいに戦闘放棄してみる?
       カウンター技なんか放置で安全じゃん、みたいな……)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(でもあれマジでムカつくのよね。絶対やりたくないのだわ)

 大きく息を吐き、ゆっくりと魔力を練り上げる。
 時間を使い、余裕をもって態勢を整えていく。
 赤マフラーも程なく完成。私の体は真紅を纏い、今までにない充足を覚える。


从 ゚∀从(こいつは言わば過去問からの文章問題。
      闇雲に書き殴っても意味ねえし、同情で△くれる敵はそう多くねえ)

从 ゚∀从(ここで必要なのは『問題を読み解く』っていう人間側のスキルだ。
      魔物パワーでゴリ押しできねえ以上、ツンちゃんにはどうしてもコレが要る)

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264名無しさん:2021/03/28(日) 22:53:23 ID:GWXSQBmE0


从 ゚∀从(……大器晩成を許さない魔界という環境が、魔王城ツンの素養を腐らせてきた。
      その毒気を抜く為だったら荒療治でも大歓迎だ。手段は選ばねえ)

从 ゚∀从(一発勝負の魔界と違って、こっちはトライアンドエラーが前提なんだ。
      慣れないとしても慣れてもらう。生き残るにはそれしかない)

从 ゚∀从(とにかく『やって覚えろ』だ。間違えていい、添削は俺がやる。
      人の歴史もそこそこ長い。まずは古臭えとこから始めようや)


 ハインさんの覇気が際立ち、私を急かすように風を起こす。
 なんかこう、毎度思うが生身の人間強くないか?
 出てくる相手がみんな素で私より強いの、本当にやめてほしい。

ξ;゚ー゚)ξ「……自信、失くすわね」

 わざとらしく自嘲を呟き、今の自分にどこか解放感を覚える。
 心に風が通るようだ。失くした分だけ身軽になった、その実感を強く自覚する。

从 ゚∀从「……楽しいか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「タイムカプセルを開ける日を想像したら、ついね」

从 ゚∀从「なら急ぎな。俺はブーンみたいに甘かねえぞ」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(あいつが私に甘かった事なくない?)

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265名無しさん:2021/03/28(日) 22:54:45 ID:GWXSQBmE0


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从 ゚∀从「あー終わった終わった」

ξ;x⊿x)ξ ばたんきゅ〜

 かくして1時間ほどが経過。
 またも全カットされた云々の中で、私は結局ボコボコにされた。
 前時代的な敗北演出をしつつ地面に横たわる私、……なんかこれデジャブ感あるわね。


( ^ω^)「お爺ちゃん! すごかったお!」

从 ゚∀从「おおブーン、もう戻ってたのか」

( ^ω^)「退屈な見張りだったお」

 仕上げという名の格付けが済んだ頃、縁側組(盛岡&ドクオ)には内藤くんの姿が加わっていた。
 彼のすごかったという一言には地の文数十行分の中身が感じられた。
 それは筆舌に尽くしがたく、しかしすごいの一言で形容できる日本語の不思議だった。

从 ゚∀从「そんじゃあ今日はこれで終わりな! 悪くない仕上がりだったぜ。
      俺が見たかったもんは見れたし、仮免合格ってトコかな」

ξ;´⊿`)ξ「ウス…」

 刀の峰で肩を叩きつつ、ハインさんは余裕ぶって私を見下ろした。
 ちくしょう何がイケオジだ。どいつもこいつも物理ゴリラなんだよ。


(; 'A`)>「やっぱボコられっか〜」
 つ⑩ スッ

(´・_ゝ・`)「だから言ったろ成立しないって。金は貰うけども」

 あっちもあっちで不敬極まる賭け事してるし本当に腹立たしい。あとで絶対に分け前を貰う。

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266名無しさん:2021/03/28(日) 22:57:04 ID:GWXSQBmE0


('A`)「そんじゃもう行こうぜ。帰って夕飯だ」

 私の分のカバンも持って、解散ムードでのそりと動き始めるドクオ。
 帰りを急かす彼に引っ張られ、渋々私も気持ちを切り替える。

ξ;´⊿`)ξ「待って、汗拭いてから帰る……着替えも……」

('A`)「そんなん帰ってからでいいだろ」

 やっぱりドクオは無神経だなぁと思った。
 私は普通に着替えなどを済ませた。

ξ゚⊿゚)ξ「そんじゃ帰るっす」

从 ゚∀从「おう。ちゃんと休むんだぞ。ブーンもついてってやれ」

( ^ω^)「分かっている」

('A`)「別について来なくていいぞ」

( ^ω^)「仕事だと割り切れ。いい加減に慣れろ」

从 ゚∀从「試験の日取りもそろそろだよな?
      決まったらすぐに教えてくれ。最悪の悪知恵、用意してっからよ」

ξ゚⊿゚)ξ「分かったのだわ!」

 私は家に帰った。
 メシ食って寝た。

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267名無しさん:2021/03/28(日) 23:01:43 ID:GWXSQBmE0

眠いので残りは明日にします(^ω^)

268名無しさん:2021/03/29(月) 07:45:33 ID:mM927Tdk0


269名無しさん:2021/03/29(月) 08:08:12 ID:ax3S0raQ0
今更だけどここsage進行だったか
ほんのり寂しい

270名無しさん:2021/03/29(月) 22:13:44 ID:VyF5mjO.0
乙!ツンちゃんアホじゃないからかちゃんと鍛えれば強くなるんだね

271名無しさん:2021/03/29(月) 22:27:27 ID:Q55tYwuk0

≪3≫



 ツンちゃんズが帰った後、ハインは特訓の片付けを気怠げにこなしていた。
 引きずるように熊手を使い、しっちゃかめっちゃかに荒れた玉砂利の庭を歩き回る。

从 ゚∀从「……んで、人払いは済んだ訳だが」

从 ゚∀从「これでもまだ口を開かねえのか? 盛岡デミタス」

 ざっと一面を均し終えて、ハインは満足気に庭を見渡した。
 しかし視界は既に暗く、頼りない夕陽は今にも消えて無くなりそうだった。

从 ゚∀从「どうせだ、晩飯食ってけよ。モツ煮あるぞモツ煮」

(´・_ゝ・`)

 盛岡は無言かつノーリアクションだった。

 縁側に座ったまま、ハインをまじまじと眺める盛岡デミタス。
 それに対するハインもまた、普段通りのまま熊手を持ち上げ、槍投げ選手のように大きく身構えた。

从 ゚∀从「分かった3秒以内に答えろ。でなきゃコレ投げるわ」

 ――呆気なく、3秒が経過する。

从 ゚∀从「いくぞ〜」

 一瞬後、ハインの豪腕が風を切った。
 その膂力を一身に受けた熊手は投擲と同時に先端が炸裂。
 十分な殺傷能力を持つ槍そのものへと変貌し、盛岡を急襲した。

 だが盛岡は微動だにしない。
 動けたとしてコンマ数秒の世界、回避は既に不可能だった。

(´・_ゝ・`)「モツ煮はいいな。あとで食っとく」

 なので避けず、盛岡は普通に返事をした。
 槍は外れて屋敷の中へ。窓と障子と壁を数枚貫き、屋敷の奥で沈黙した。

.

272名無しさん:2021/03/29(月) 22:34:38 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从

从 ゚∀从「びっ、くり」

 的中必至の投擲が理由もなく的を外した。
 ハインは露骨に驚いて見せ、困った様子で腰に手を当てた。

从 ゚∀从「俺が外した……というか外させた感じか? あんま見ない能力だな」

(´・_ゝ・`)「『外された』なら可もなく不可もない。俺はそこまで有能じゃない」

(´・_ゝ・`)「俺としては、一目でそこまで察しちゃうお前にビックリだよ」

从 ゚∀从「これでも場数は踏んでるからな。お前みたいな輩も、たまに居る」

(´・_ゝ・`)「でもノーリアクションはダメだろ。もっと大袈裟じゃないと見栄えが」

从;゚∀从「ブッチギリで反応つまんねぇ奴に言われたくねえよ……」

 ハインは盛岡の前に行き、特訓中にも使っていた刀を静かに抜いた。
 鞘は投げ捨て、納める気はないと暗に示す。

从 ゚∀从「そもそもなんだが、お前は魔物じゃないよな?」

 言いながら、彼は盛岡の胸に切っ先を突きつけた。
 狙いは心臓。ハインの腕前をもってすれば、たった数センチの加速で骨身を貫ける。

从 ゚∀从

(´・_ゝ・`)

 それでも2人は顔色を変えなかった。
 平然と、何食わぬ顔で互いを見合っている。

.

273名無しさん:2021/03/29(月) 22:36:00 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从「なんで人間が魔王軍に居る。目的は?」

(´・_ゝ・`)「魔王城ツンの育成。それに尽きる」

从 ゚∀从「……詳細が気になるねぇ」

 刀の切っ先が盛岡の上着に沈む。
 スーツの布地が点に歪んで、盛岡の乳首に変な刺激が走った。


(´・_ゝ・`)「えっ?」

 言葉を選ばず表現すると乳首責めである。
 いかな盛岡も困惑を露わにし、刀とハインを数度見返していた。

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274名無しさん:2021/03/29(月) 22:41:22 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从「俺だってツンちゃんには強くなってほしい。
      だからこうして手を貸してる。お前に疎まれる覚えはねぇんだがな」

(´・_ゝ・`)「待ってこれ俺の乳首押してる」

从 ゚∀从「茶化すなって。こっちは真面目に聞いてんだぜ?」

(´・_ゝ・`)「じゃあ頼むから1センチだけずらしてくれ、気が散るんだよ。
      つーかマジで心臓狙うなら乳首には行かねえだろ普通」

从 ゚∀从「だから適当に誤魔化すんじゃ……」チラッ



从;゚∀从「って、マジですげぇズレてんな」

(´・_ゝ・`)「頼むぜオイ」

 心臓は胸の中央辺りにあるらしいぞ。
 気付いたハインは切っ先の位置を直し、改めて口を開いた。

.

275名無しさん:2021/03/29(月) 22:42:21 ID:Q55tYwuk0


从 ゚∀从「とにかくだ! お前は俺を怪しんでる、俺はそいつが気に入らない」

从 ゚∀从「お前の用事ってのは大体これだろ?
      腹を割ろうぜ、いい加減によ」


(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「それはできないな」

 盛岡は会話を打ち切り、

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276名無しさん:2021/03/29(月) 22:43:21 ID:Q55tYwuk0
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          Loading Privilege - Block Buster Breaker


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277名無しさん:2021/03/29(月) 22:44:20 ID:Q55tYwuk0


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 ――日は落ち、すっかり夜になっていた。


 ハインを倒した盛岡は、以降1時間ほど泥棒紛いの行動に勤しんでいた。
 彼の目当てはとある妖刀。結局それは母屋ではなく、離れの物置小屋に隠されていた。

(;´・_ゝ・`)「あーもう、やっと見つけた……」ポイッ

 かくして物置小屋から出てきた盛岡。
 彼はお目当ての刀を地面に投げ捨てると、埃にまみれたスーツを懸命にはたき始めた。
 金持ちの家は無駄に広くて困る、と咳込みながら愚痴を思う。



(  ω ) ザッ…


 やがて、そんな油断しきった彼のもとへ太ましい影が近付いてきた。
 それに気付くと、盛岡は気さくに手を上げて彼を歓迎した。

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278名無しさん:2021/03/29(月) 22:46:04 ID:Q55tYwuk0


( ^ω^)「……これか、お前が言っていたモノは」スッ

 内藤ホライゾンが、捨てられた刀を拾って柄を持ち上げる。
 そうして顔を出したのは、薄紫の夜光を宿した妖しい刀身。
 彼は一目で刀を納め、心を鎮めるために大きく息を吐いた。

(´・_ゝ・`)「うん。そいつが 『妖刀・首断ち』 だ。
      使い方にもよるんだが、かなり悪用できる」

(; ^ω^)「だろうな。一発で分かった」

 たった一目で心中を蠱惑され、他人事のような好奇心に思考がぼやける。
 確かにこれは妖刀と呼ぶべき代物だ。安易に使えば自我さえ危ういだろう。
 内藤ホライゾンは強く瞑目し、妖刀の魔力を振り払うように頭を振った。

(´・_ゝ・`)「少し手に持っただけで効果ありか。すごいね魔王軍」

(; ^ω^)「……人間が扱うように作られていない。毒気が強すぎるぞ」

(´・_ゝ・`)「そりゃそうよ。ハイン自身これを扱いきれてたとは言えねえしな。
      そんだけ強力かつ重要ってワケ。困った舞台装置だ」

.

279名無しさん:2021/03/29(月) 22:48:53 ID:Q55tYwuk0


 ――妖刀首断ちは、かつてのハインが魔王軍の中ボスを殺して奪ったもの。
 その切れ味は絶世の一言であり、本当にすごい。

 しかし、妖刀たる所以は武器としての性能だけに留まらない。
 魔界で制作されたこの刀には、毒性付与、呪術展開、精神操作という3つの能力が備わっているのだ。
 こと『他者の心身を汚染する』という事にかけて、妖刀首断ちは本当に凄い性能を誇っていた。
 すごくすごいので本当に大変な一品であり、ハインの切り札的なやつだった。



(´・_ゝ・`)「貸して」


( ^ω^)「ん」
  つ╋─




  スッ・・・
         (´・_ゝ・`)
 _     /  ,⌒)
 \三三三[G ´ ヽ
       (_,ノ⌒ヽ_)      (石)
  ↑
  妖刀



  _______
 \  やぁぁー  /
    ̄ ̄\| ̄ ̄

       (´・_ゝ・`)  ヽ ヽ ヽ
       (⌒   'ヽ\,  
     _(_,⌒)ヽ○○=|二二> Σ二フ
    /_,(__)        (石)
                       ボキッ


       (図3:妖刀と石)

.

280名無しさん:2021/03/29(月) 22:50:35 ID:Q55tYwuk0



(´・_ゝ・`)


( ^ω^)


( ^ω^)「本当にやっちゃったな」


(´・_ゝ・`)「やるよ。これすげぇ邪魔だもん」


 ――かくして妖刀は折れた。

 その辺にあった(石)に叩きつけられ、真っ二つになった。
 呆気なさすぎる最期だった。
 かなしい。


( ^ω^)「……で、これをまた復元すればいいのか?」

(´・_ゝ・`)「そうよ。やっておしまい」

( ^ω^)「……」

 言葉少なに確認を取るも、内藤ホライゾンは無言で盛岡を注視した。
 彼の意思を再確認する為の沈黙は、たった数秒でも十分過ぎる意味を含んでいた。

.

281名無しさん:2021/03/29(月) 22:53:35 ID:Q55tYwuk0


(´・_ゝ・`)「頼むって。そりゃ心細くなるのは分かるけどさ」

( ^ω^)「……そんな感傷じゃない。ただ単に、意味不明なんだ」

( ^ω^)「お前がここまでやる理由が、結局私には分からなかったからな」
  つ゚

 内々に割り切ったのか、内藤ホライゾンは激化薬を取り出して口に含んだ。
 彼の激化能力――『復元』が、2人の間に一縷の光明を描き始める。

( ^ω^)「一応お前に救われた身だ。もう少し、手を貸してもよかったんだが」

 不服そうに小声で付け足す。
 デレ表現である。盛岡は少しだけ驚いた。

(´・_ゝ・`)「……ああそう」

(´・_ゝ・`)「ならいいじゃん。なに、止めてくれんの?」スッ

 内藤ホライゾンを言葉でおちょくり、盛岡は目の前の光明に手を伸ばした。
 触れると同時に弾ける光。その内側にあったのは、今しがた破壊したばかりの妖刀だった。

 オリジナルの妖刀は邪魔でしかないが、刀の能力には用がある。
 盛岡の思惑はすべて順調だった。

.

282名無しさん:2021/03/29(月) 22:57:59 ID:Q55tYwuk0


(´・_ゝ・`)

(´^_ゝ^`)「アッハッハ」

 それは完全に嘘の笑い。
 コメディで使うSEの方が、もっとちゃんと笑う。

(´・_ゝ・`)「あーほんと不愉快だよな、不完全なものってさ」
  _,
( ^ω^)「……急に何の話だ?」

(´・_ゝ・`)「ほらそうやって、俺の話が不完全だから眉をしかめる」

 盛岡は揚げ足を見せつつ揚げ足を取った。
 不毛なタップダンスに付き合う気もないので、内藤ホライゾンはスルーを決め込む。

(´・_ゝ・`)「そもそも人間は間違いや欠落に対する認知が鋭いんだろうな。過剰なまでにさ。
      そう感じた瞬間に無意識で補完を行ってしまう。それが的外れな錯視でも」

( ^ω^)

(´・_ゝ・`)「ほらまた黙って聞き入れる。補完があるから意味が通る。間違ってても話は進む。
      これってほんと凄いよな。無意識だし、角を立てないし、効果もバッチリだし」

( ^ω^)「待て、いきなり話を進めまくるな。
      私はなにも分かってないだけだぞ。ゆっくり頼む」


(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「えっ、……俺の行動原理を聞きたいんじゃないの?」

(; ^ω^)(そこに着地する流れだったか……?)

 遠回りが過ぎるが、何も言うまい。
 内藤ホライゾンは諦めて口を閉ざし、盛岡に話を任せた。

.

283名無しさん:2021/03/29(月) 23:00:45 ID:Q55tYwuk0


(´・_ゝ・`)「まーーーーーーーなんだ。アレよアレ」


(´・_ゝ・`)「俺らの相手は、そこら辺を突き詰めちゃった化け物なのよ。
      だから、あれの相手をするには『不完全さ』が必要なんだ」

(´・_ゝ・`)「でも人間は『完全』を目指してしまう生き物だ。無理なのに。
      まぁ言い方は色々あるけどさ、物事にゴールが欲しいのは誰だってそうだろ?」

(´・_ゝ・`)「そんなんだから厄介なのよ。
      だって基本、人間ってのは向こうの味方なんだから」


( ^ω^) …

( ^ω^)「で、そのゴールとやら遠ざける為に、お前は不完全を装っているのか?」

(´・_ゝ・`)「いやお前、そりゃあ――……」

 返事半ばで言葉を濁し、そこで、盛岡は長い沈黙を挟んだ。

(´・_ゝ・`)

 分かりやすい行動がなくとも無から有への変化は劇的だ。
 内藤ホライゾンの双眸には、盛岡デミタスの内なる機微がハッキリと見えていた。


(´・_ゝ・`)「……ある男は、」

(´・_ゝ・`)


(´・_ゝ・`)「っていうか俺は、あいつに縁を奪われた」

( ^ω^)「すごい身近な言い方に切り替えたな」

(´・_ゝ・`)「別にいっかって思っちゃった」

.

284名無しさん:2021/03/29(月) 23:05:22 ID:Q55tYwuk0


(´・_ゝ・`)「まぁ彼女も顔を剥がれてるし、他の奴らも色々とな」

(´・_ゝ・`)「完璧さの為に補完されて、添削されて、大団円。
      そもそも俺らの行動なんて、その結末への逆ギレで全部だぞ?」

 盛岡は語りながら妖刀を構え、その切っ先を自分の喉元に突き立てた。

 ――妖刀首断ちの各能力は斬撃をもって初めて成立する。
 故にこの刀で確実な洗脳を行いたい場合、拘束&拷問の用意は最優先で必要だった。

 効果を強める為に刀傷を広げ、それで相手を殺しては元も子もない。
 そういった塩梅をいい感じにする為にも、妖刀の扱いは色々と繊細なのだった。

(´・_ゝ・`)「……なんかこう、自宅をいきなり大豪邸にされたら困るだろ?」

(´・_ゝ・`)「隣の芝生が青いのはともかく、『お前ん家を真っ青にしてやるぜ!』はキレるだろ?」

( ^ω^)「たしかに」

(´・_ゝ・`)「だからそんだけ。くだらん恩には最大級の仇を返す、それだけ。
      危ないからって公園潰されたガキがブチギレてる。俺らは大体、そんな感じよ」

( ^ω^)「いやお前、絶対そんな感じじゃないだろ」

(´・_ゝ・`)

 盛岡は肯定も否定もしなかった。


( ^ω^)「……ついでに、前から思ってた事を聞きたいんだが」

( ^ω^)「そういう事情を素直に話して、各勢力に協力を求めるのは駄目なのか?」

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「聞きたいか? マッチ売りの少女、盛岡デミタス版」

(; ^ω^)「……いや、すまん」

(´・_ゝ・`)「いいよ。今後はリアル童話マンと呼んでくれ」

.

285名無しさん:2021/03/29(月) 23:12:53 ID:Q55tYwuk0


(´・_ゝ・`)「そんじゃあ後は任せる。残り時間は好きにしていい」

(´・_ゝ・`)「これでお前は一人ぼっちだ。どうだ、清々するだろ?」

( ^ω^)「する」

 即答だった。


(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「くっそー」グッ

 盛岡は僅かに両手を遠ざけてから、勢いをつけて妖刀を引き寄せた。
 その切っ先は血肉を溶かすようにするりと喉を貫通し、頚椎を断って向こう側まで突き抜ける。

(;´・_ゝ・`)「……ん゙ふっ」

 一瞬で完遂された自刃、あまりに淡白な自殺行為。
 ほどなく思考は激痛に溺れ、妖刀の力が彼の心を塗り替えていく。

 ――盛岡デミタスは死んでも洗脳なんか受け付けない。
 それでも効果をもたらすには、いっそ『死ぬほど』でなければ話にならなかった。


(;´・_ゝ・`)

( ^ω^)


 すべて承知の上だった。

 最後に内藤ホライゾンと視線を交わし、盛岡デミタスは意識を失った。
 そのまま膝から崩れ落ち、血潮にまみれて地面に横たわる。

.

286名無しさん:2021/03/29(月) 23:16:27 ID:Q55tYwuk0






( ^ω^)「……こんな奴が、マッチ売りの少女か」


 俯瞰的に呟き、内藤ホライゾンは激化能力を解除した。
 盛岡の首を貫いた妖刀はそれと同時に消滅し、彼の傷口からは更に血が溢れる。

 当然このままでは盛岡は死ぬ。しかしそれでは妖刀を使った意味まで消えてしまう。
 そこで必要なのが内藤ホライゾンの復元能力。
 彼は盛岡の傍らに膝をつき、致命傷を負った盛岡に復元を施した。


(;´-_ゝ-`) …!


 復元能力によって傷を直すと、気絶中の盛岡が目に見えて身じろいだ。
 途切れた生気が再び巡り、濁った呼吸が命を繋ぎ始める。


( ^ω^)「これでお役御免だ」

( ^ω^)「言われずとも、あとは自由にやらせてもらう」


 かくして自演の片棒を担ぎ終えた内藤ホライゾン役の人。
 彼は程なく立ち上がり、自分の舞台に帰っていった。

.

287名無しさん:2021/03/29(月) 23:20:41 ID:Q55tYwuk0


        ______________________________
  ━━━√━━━━━━━━━━━━━━━━━#━━━━━━#━━
   ̄ ̄ ̄
    ,、,,..._
   ノ ・ ヽ.  ラザロとは、貧乏だったり、死んで蘇ったりする人。
  / :::::   i  その名前は 「神はわが助け」 を意味する。
 / :::::   ゙.、  主に鎌倉の鶴岡八幡宮の土産として有名。(wikipedia)

                                    __________
 ━━━#━━━━━#━━━━━━━━━━#━━━√━━━━━━━━━
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

.

288名無しさん:2021/03/29(月) 23:22:08 ID:Q55tYwuk0

≪3≫




(; ^ω^)「――! ――――!」


从;-∀从「……ん、あぁ……?」

 聞き慣れた声が耳朶に響く。
 ハインは目覚め、慌てふためく声に応えた。


Σ(; ^ω^)「あっ起きた! んもう起きるの遅すぎだお!」
  _,
从;゚∀从「……あぇ。お前、誰だ……?」


(; ^ω^)「寝惚けてる場合じゃないお! 盛岡が僕らの暗躍に気付いて(ry」

( ^ω^)「でも僕が倒しといたお! 危ないとこだったお!」


从;゚∀从 ・ ・ ・


从;-∀从「駄目だ、なんにも思い出せねえ……」

( ^ω^)「今はとにかく逃げるんだお! はいこれ大事な妖刀!」
 つ╋─

从;゚∀从「……それもそうだな! ちょい待て、すぐに用意してくる!」ダッ

≡┌(; ^ω^)┘「僕も手伝うお!」


.

289名無しさん:2021/03/29(月) 23:23:13 ID:Q55tYwuk0


       ______________________________
 ━━━√━━━━━━━━━━━━━━━━━#━━━━━━#━━
  ̄ ̄ ̄

      少女は座ったまま、死んでかたくなっていて、
      その手の中に、マッチのもえかすの束がにぎりしめられていました。

       「この子は自分をあたためようとしたんだ……」と、人々は言いました。

      でも、少女がマッチでふしぎできれいなものを見たことも、
      おばあさんといっしょに新しい年をお祝いしに行ったことも、
      だれも知らないのです。だれも……

      また、新しい一年が始まりました。

                                    __________
 ━━━#━━━━━#━━━━━━━━━━#━━━√━━━━━━━━━
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           O 。    , ─ヽ
________    /,/\ヾ\   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_   __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/'''  )ヽ  \_________
||__|        | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从  | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\  /   ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/        〜おわり〜

.

290 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/29(月) 23:33:15 ID:Q55tYwuk0

#1 >>2-65 #2 >>74-117 #3 >>122-160 #4 >>169-212
#5 >>231-266 >>271-289

>>289は青空文庫のマッチ売りの少女(大久保ゆう訳)から引用しました
このスレでクリエイティブ・コモンズのお世話になるとは…
https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/194_23024.html

291名無しさん:2021/03/29(月) 23:46:47 ID:Q55tYwuk0
忘れてましたが次回投下は3月31日です
ツンちゃんのお風呂シーンがあります

>>230
投下で話題流しちゃってごめんNE(^ω^)
作者的には読んでる人が多いような気はしているよ('A`)

292名無しさん:2021/03/30(火) 06:22:56 ID:UlulrRuU0
乙乙
>>291
なるほどあざます

293名無しさん:2021/03/30(火) 09:57:45 ID:a6DJMOko0
乙!

294 ◆gFPbblEHlQ:2021/03/31(水) 21:00:45 ID:enOHtg6M0

≪1≫


 〜ツンちゃんの家〜


ξ゚⊿゚)ξ「ただいま〜」

('A`)「おじゃまします」


ミセ*゚ー゚)リ「おかえりなさい、遅かったですね」トテトテ

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。特訓が長引いちゃって」

 話の導入をコピペで済ませ、かくして私は家に帰ってきた。
 奥のリビングからは美味しそうな夕飯の匂いが漂ってくる。
 ミセリさんのエプロン姿も相まってか、この時ばかりは日常的な感慨を覚えてしまう。

.

295名無しさん:2021/03/31(水) 21:08:17 ID:enOHtg6M0


ミセ*゚ー゚)リ「今日の特訓はどうでした?」

ξ-⊿-)ξ「なんか仕上げとか言って散々イジメられたのだわ。
       分かりやすい成長もあんま無いし……」

ミセ*゚ー゚)リ「そう簡単に強くなられちゃ私の立場が無いですよ。日進月歩です」

ξ´⊿`)ξ「やむをえないけどアナログなのだわ……」

 スニーカーを脱いで床に上がる。新妻ぶっこいてるミセリさんがカバンを受け取ってくれる。
 今日は疲れた。さっさと風呂に入りたい。
 しかし私は振り返り、何食わぬ顔で帰ろうとしてるドクオを呼び止めた。

ξ゚⊿゚)ξ「待て、帰るな」

('A`)

ξ゚⊿゚)ξ「夕飯、食ってきな」

('A`)「へい……」

 ここでドクオを帰してはならない。
 特訓期間中、我が家の食卓は常に満漢全席。
 私一人ではとても食べ切れない物量が襲ってくる為、ドクオには第二の胃袋として働いてもらう。

ミセ*゚ー゚)リ「もう夕飯できてますからね! 湯船は程々に!」

ξ゚⊿゚)ξ「へーい」トテトテ

 否、ここでは絶対に長風呂をキメる。
 一旦ドクオに夕飯を任せ、先に食べ始めてもらう事で私への分配を減らすのだ。
 かくして私は逃げ込むように脱衣所に入り、汗ばんだ衣服をポイポイと脱ぎ捨てた。

.

296名無しさん:2021/03/31(水) 21:09:43 ID:enOHtg6M0


           〜入浴シーン〜

           ,.._,/ /〉.________ 
         ./// //──とつ――─::ァ/| 
        /// //~'~~ξ゚⊿゚)ξ~~~/ / |
       .///_//     "'''"'''"'" ./ /  |
      //_《_》′─────‐ ' /  ./
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  /
       |                 .| ./
       |__________|/

※ツンちゃんボディは謎の光によって守られています
.

297名無しさん:2021/03/31(水) 21:15:16 ID:enOHtg6M0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



ξ´⊿`)ξ「ふぃ〜〜〜〜ぉぅ」ザパー

 大きく息を吐き、湯船に沈む。
 溢れたお湯が床に流れ、湯気がふわりと立ち上ってくる。

        *
ξ*゚⊿゚)ξ ~

 ラベンダーの入浴剤を入れたおかげで香りもよい。
 花王は神。バブ様様であった。


ξ*-⊿-)ξ(……今日も疲れたけど、前に比べれば余裕あるのよね)

 ハインさんとの特訓はせいぜい2〜3時間。
 運動量も最低限で、ぶっちゃけ部活の域を出ない。

 今でこそ思うが、体力的な部分はミセリさんが十分に鍛えてくれていたのだろう。
 「そりゃあんだけやれば体力つくわ」と思わなくもないが、ここは素直に感謝である。

ξ´⊿`)ξ(ミセリさんは先生で、ハインさんはコーチって感じなのだわ。
       だったらいい感じにバランス取れてるのよね、きっと……)

.

298名無しさん:2021/03/31(水) 21:22:04 ID:enOHtg6M0


 腰を滑らせ、浴槽の縁に背中を預ける。
 疲れた〜なんて言えるレベルで特訓が終わる日々には、やはり多少の消化不良感があった。
 というか暇が多いのだ。考える時間が増えすぎて、そこで何を考えればいいのかよく分からない。

ξ´⊿`)ξ(でも多分、それが課題なのよね)

ξ´⊿`)ξ(なんというか、考えること自体というか……)

 ――では、空いた時間で何をすべきか。

 そう考えて最初に思い浮かんだのは、さしあたり無い学校の風景だった。
 なんでもないような事を優先して考えられる。余裕があるって本当に素晴らしいな。

ξ゚⊿゚)ξ(風呂出て、飯食って、学校のあれこれ済ませて、今日は終わり)


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(もうやる事ないな)


ξ´⊿`)ξ(早寝でいっか……)ブクブクブク

 ちゃんと考えた上でやる事が無いので、寝よう。
 私の結論は早かった。

.

299名無しさん:2021/03/31(水) 21:32:53 ID:enOHtg6M0




 ――しばらく経ってのぼせてきた頃合い。
 そろそろドクオが過食で死んでいるだろうし、これ以上待っても逆に夕飯を補充されてしまう。
 ここらが潮時というヤツだ。私はゆっくりと湯船を出た。


ξ゚⊿゚)ξ「おっ――」

 ――床に立った途端、不意に体の力が抜けた。
 立ち眩むほどではないが、五体の感覚がわずかに遠ざかる。

ξ;゚⊿゚)ξ「……っと」

 私は咄嗟に壁に手をつき、血圧とかが落ち着くのを待った。
 脳ミソに血が巡ってくる感覚が、時間をかけてじわりと馴染んでいく。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……ふぅ」

 やれやれ、ちょいと風呂場で粘りすぎたようだ。
 私は一息ついて調子を戻してから、低めの適温にしたシャワーで体を流し始めた。


ξ;゚⊿゚)ξ(無自覚な疲れが溜まってる、ってヤツなのかな)

ξ;゚⊿゚)ξ(これ本当に早寝した方がよさそうね……)

.

300名無しさん:2021/03/31(水) 21:35:15 ID:enOHtg6M0



 そんな正常な思考も束の間、正体不明の謎の光が私の視界を埋め尽くした。

 サービスシーンを隠す演出か、あるいは目眩から来るマジのヤツか、その判別をする間は無かった。


.

301名無しさん:2021/03/31(水) 21:37:47 ID:enOHtg6M0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「えっ」

 そして光が過ぎた時、私の目前には赤黒い壁があった。
 あと重力の向きもおかしい。背中に重力を感じる。
 私は両手を壁に当て、ぐっと押し出すように体を持ち上げた。


ξ;-⊿-)ξ(……ああ、倒れたのね)

 認知が追いつき、腑に落ちる。


 壁だと思ったものは床で、赤黒の正体は自分の血だった。
 頭のどこかを切ったのだろう。水気と混ざった血が輪郭を伝って落ち、ぼたぼたと床を跳ねている。

 顔を上げると、ひび割れた鏡に自分が映った。
 どうやらまぁまぁの高威力で頭突きをかましたっぽい。鏡が砕け散っていないのは不幸中の幸いだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(でも結構やっちゃってるな……)

 謎の光が過ぎった一瞬、どれほどの惨事が起こっていたのか。
 その逡巡に気を取られた私は、つい普段通りの加減で立ち上がろうとしてしまった。

 浴槽の縁を頼りに、ぐっと力を入れた瞬間――。

.

302名無しさん:2021/03/31(水) 21:40:18 ID:enOHtg6M0



ξ゚⊿゚)ξ「――あっ」


 私はかくんと腰砕け、なにかに後ろ髪を引かれるように大きく仰け反った。
 世界が逆に回転し、見慣れた景色が視界を飛び越えていく。


ξ゚⊿゚)ξ(……って)

ξ;゚⊿゚)ξ(いかん! 覚醒ヒロイズムの歌詞を引用してる場合じゃ――!)

 ひっくり返って湯船に落ちる。
 その直感を覚えていながら、私の体は言うことを聞いてくれなかった。

.

303名無しさん:2021/03/31(水) 21:51:22 ID:enOHtg6M0



 〜リビング(数分前)〜



('A`)「やめてくださいしんでしまいます」

ミセ*゚ー゚)リ「だったら消化をするんですよ」

('A`) ?

 ツンちゃん第二の胃袋として無限の夕飯に立ち向かうドクオ。
 弱音を吐いても通じないので、ドクオはとにかく食べまくっていた。
 卓上には山盛りの山盛り料理が大量に並べられており、死を意味していた。

ミセ*´ー`)リ「お嬢様も早く出てこないかなぁ。
       冷めても減っても、まぁ作り直せばいいんだけど……」

('A`)

(;゚A゚)(ツン今すぐ戻れ!! 俺の努力が!!)

 なんとも微笑ましい食事風景である。

 しかしその折、玄関の方から不穏な物音が聞こえてきた。
 ドアを何度も叩く音だ。インターホンを押さない辺り、いやが上にも緊張が走る。

.

304名無しさん:2021/03/31(水) 21:55:12 ID:enOHtg6M0


ミセ*゚ー゚)リ「……これ貞子ね。妙に魔力を隠してるけど」スッ

('A`)「……ああ、そうなんすか」

 ミセリ判断のもと警戒を解くドクオ。
 ひとまず無事ではあるらしく、ミセリにも慌てる素振りはない。


ミセ*゚ー゚)リ「でも何かあったわね。ドクオ、ちょっとお嬢様を呼んで――」


 ――指示の最中、今度は風呂場の方で音が上がった。

 今度は更に物々しい、最後のガラスがブチ破れるような音。
 それに続いて異様な水音。ツンが湯船に落ちたのだと、2人はすぐに直感した。


ミセ*゚ー゚)リ

('A`)


ミセ;*゚Д゚)リ「――前言撤回、ドクオはダッシュで風呂場に突撃!」

Σ(;'A`)「えっ!? でも今あいつ全裸なんじゃ」

ミセ;*゚Д゚)リ「超法規的措置よ! 記憶はあとで消せばいいの!」ダッ

(;'A`)「……はいはい了解!」ダッ

 一転して顔色を変え、2人は急いで各方に散った。

.

305名無しさん:2021/03/31(水) 21:56:41 ID:enOHtg6M0


           〜お風呂〜


    |┃三             ___________
    |┃              /
    |┃ ≡        < おいツン! 大丈夫か!?
____.|ミ\____('A`)_   \
    |┃=___    \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃ ≡   )   人 \ ガラッ




             「\
              ヽ ) /~)
               / / ( / ブクブクブク.......
         ,.._,/ /〉.__/ /  | |____
       ./// //──\\/ /―::::ァ/| ←ツン
      /// //~~'~~  | | ~~/ /|
     .///_//     "'''"'''"'" ./ / .|
    //_《_》′─────‐ ' /  ./
     | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  /
     |                 .| ./
     |__________|/




('A`) ・ ・ ・


(;゚A゚)「ウ”ウ”ァ゙ー!! ツンの犬神家が丸見えだァァーッ!!」


 この瞬間、入念な記憶処理が確定した。

.

306名無しさん:2021/03/31(水) 21:59:24 ID:enOHtg6M0



    〜玄関の方〜



ミセ;*゚ー゚)リ「貞子、何があったの!?」

川; д川「……ちょっと待って。私も整理できてない」

 ミセリが廊下に飛び出すと、見回りから戻ってきた貞子が疲れた様子で待ち構えていた。
 貞子に負傷は無いようだったが、彼女が連れ帰ってきた男は明らかに満身創痍だった。


(;´-_ゝ-`) …


 玄関マットに倒れていたのは盛岡デミタス。
 こちらも同じく無傷だが、どういう訳だか虫の息。
 ミセリからして目に見える相違と言えば、喉元にある直りかけの刀傷だけだった。

川; д川「えっと、とにかく色々あったらしいんだけど、内通者が分かったの。
      盛岡が起きたら忙しくなるわよ。私達は特にね」

ミセ;*゚ー゚)リ …!

 ミセリは一瞬考えて、消去法で内通者を割り出した。
 さほど難しい話でもない。ここに不在の関係者は、2人だけだ。

ミセ;*´ー`)リ「ああ、やっぱりあれが相手か……」

川д川「それよりお嬢様は? 今すぐ確かめたい事が――」


<ウウァー!! ツンの犬神家がァァーッ!!


ミセ;*゚ー゚)リ「――お風呂場よ! 急ぎましょう!」ダッ

川; д川「なんか別の意味で嫌な予感が!!」


.

307名無しさん:2021/03/31(水) 21:59:45 ID:enOHtg6M0



          #05 ラザロと畜群 その2


.

308名無しさん:2021/03/31(水) 22:01:55 ID:enOHtg6M0
        |        ロ  :
         |               口     ・
  ̄ ̄ ̄ ̄        ゚        ロ   ・
               ・  :    。            口
           ロ                ロ
                        ・
    口              ゚       ロ         []
                                。
     ・      ロ   ・  :   ロ  口    []
          □                              ・
                    []      | ̄|        口
    。       口                 ̄    。




ξ;-⊿-)ξ「う、うーん……」


 『……早く起きなさい。寝てる場合じゃないんだけど』


ξ゚⊿゚)ξ「はい」



ξ゚⊿゚)ξ「……って、どこじゃここは」

 目覚めたとき、私は限りない純白の世界に立っていた。
 風呂場でひっくり返って、湯船に落ちそうになって――そこから先の覚えが無い。


ξ゚⊿゚)ξ


 あー、こりゃダメかも分からんね。
 魔王城ツン、死んだかもしれぬ。


.

309名無しさん:2021/03/31(水) 22:06:22 ID:enOHtg6M0



 『いっそ、ほんとに死んでた方が楽だったかもね』


ξ゚⊿゚)ξ !

 桑島法子に似た声がつんけんした口調で突っかかってくる。
 こいつ、脳内に直接……!


 『でもそれじゃ困るのよ。残念だけど、もうあなたしか残ってないから』

 と思いきや、声はすぐさま弱気になった。
 姿の見えない誰かを探し、私は周囲を一望する。




     ,、,,..._
    ノ ・ ヽ    『――………』
   / :::::   i 
  / :::::   ゙、_   
  ,i :::::::    / /⌒`ー-、
  | :::::::   / /       i   
  ! ::::::::../ /        ノ
  `ー―" "―――――‐ "




ξ;゚⊿゚)ξ「くっ、ここは一体どこなのよ……!」

 今なんか巨大な銘菓が見えた気が、いや気のせいだろう。

.

310名無しさん:2021/03/31(水) 22:13:09 ID:enOHtg6M0


 時間が経って、そろそろ意識がハッキリしてきた。

 見えてる景色に現実味はなくとも、私の五感は確かに機能している。
 良くも悪くも、ここは死後の世界ではなさそうだった。


 『そんなに慌てなくて大丈夫よ』

 『ここ、あなたが長居できる場所じゃないもの』


 優しい声が聞こえた後、遠く離れた場所に淡い彩虹が湧き上がる。
 やがて彩虹はいい感じにまとまり、人型の実体を形成して動き出した。




  <`/>'^ヾヘ/>
  ノノ/((ノ´ノ))ヾ
 (((ゝd*゚⊿゚)っ 『――はい。これで話しやすいかしら』
  リ (_]っl:>
   </_ハゝ
    (ノノ



ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「いやそれ私だが」



  <`/>'^ヾヘ/>
  ノノ/((ノ´ノ))ヾ
 (((ゝd*゚⊿゚)っ 『なによ。あんまり見るんじゃないわよ』
  リ (_]っl:>
   </_ハゝ
    (ノノ


ξ゚⊿゚)ξ ???

 いよいよ悪夢めいてきた。
 なんなのだこれは、どうすればよいのだ。

.

311名無しさん:2021/03/31(水) 22:17:57 ID:enOHtg6M0


 ――なんて、困惑に呑まれた直後。

 私のような見た目のそれに、大きなノイズと色ズレが奔った。
 ついさっき現れたばかりにも関わらず、その実体はすでに崩壊を始めていたのだ。


  <`/>'^ヾヘ/>
  ノノ/((ノ´ノ))ヾ
 (((ゝd*::⊿゚)  『時間も無いし、とりあえず最初の質問に答えておくわ』
  リ (_]::::l:>


ξ;゚⊿゚)ξ(早くも4行に……!)


  <`/>'''ヾヘ/>
  ノノ゚。(ノ´ノ))ヾ
 (((ゝd*::⊿゚)  『ここはサブレ時空よ。特権で色々イジられてるけどね』
  リ (_]::::l:>


ξ゚⊿゚)ξ

 ははーん、なるほど。
 ここはサブレ時空だそうです。


  <`/>'''ヾヘ/>
  ノ。゚((ノ´ノ))ヾ
 (((ゝd*::⊿゚)  『……ピンと来ないなら夢オチでいいわ。
  リ (_]:::::l:>    ここでの記憶、ほとんど持って帰れないんだし』


ξ゚⊿゚)ξ「では帰りたいのですが」

d*::⊿゚)『さっき言ったでしょ。それは時間の問題。すぐ帰れるから安心して』

ξ゚⊿゚)ξ「一気にAA省かれましたね……」

.

312名無しさん:2021/03/31(水) 22:26:06 ID:enOHtg6M0


d*::⊿゚)『――だから急いで用を済ますわ』

               バックアップ
d*::⊿゚)『私が選んだ《余剰周回》としての役割、ちゃんとやっておかなきゃね』


ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、こんな状況で私に用が……?」アトズサリ
⊂⊂ )

d*::⊿゚)っ『そりゃもちろん。ていうか、来た瞬間から始めてたけど?』

 桑島法子ボイスの彼女は残った手指で私の体を示した。
 つられて体を見直すと、今度は私の体にノイズが奔りまくっていた。


ξ゚⊿゚)ξ

Σξ;゚⊿゚)ξ「ウワァーー!! なんだこれ!?」

              バックアップ
d*::⊿゚)『見ての通り、《余剰周回》のデータをあなたに送ってるのよ。
      2度目の出涸らしみたいなもんだけど、まぁ切欠にはなるんじゃない?』

 そこまで言われてようやく気付いた。
 崩壊していく彼女の体はなんかこう電子的なエフェクトになり、私の体に流れてきていた。
 ノイズの原因はまさにそれだ。何が何だか分からないが、私はもうめちゃくちゃだった。


ξ;゚⊿゚)ξ「――キッカケ!? 切欠って何の話よ!?」

d*::⊿゚)『ひとつ分の陽だまりに、ふたつはちょっと入れないのよね』

ξ゚⊿゚)ξ オーイェアハン



ξ;゚⊿゚)ξ「いやあのカルマ歌ってないで止めてくれない!?
       なんかデリートされそうなんだけど! ロックマンみたいに!」

d*::⊿゚)『今度会えたらお茶しましょうね。ツンちゃん道場で』

ξ; ⊿ )ξ「そんな知ってる体で話されても――!!」

.

313名無しさん:2021/03/31(水) 22:29:24 ID:enOHtg6M0


d*::⊿゚)『いい? 使えるものは全部使って、望めるものは全て望みなさい。
      あなたはあのトゥルーマンを負かしたんだもの。きっと大丈夫、期待してるわ』

ξ;゚⊿゚)ξ「だったら状況説明が欲しいのですが!! かなり切実に!!」

d*::⊿゚)『だから記憶が持たないって言ってるでしょ?
      とにかく気にせず受け入れて。ゼノグラシアってそんなもんだし』

ξ;´⊿`)ξ「急にゼノグラシアとか言われても知らんが……」



d*::⊿゚)『……ブーンとドクオによろしくね。それじゃ、頑張って』



ξ゚⊿゚)ξ


ξ゚⊿゚)ξ アッ




◎     ◎   ティウンティウンティウン
  ◎ ◎
 ◎    ◎
   ◎ ◎
 ◎  ◎  ◎


.

314名無しさん:2021/03/31(水) 22:31:43 ID:enOHtg6M0
─ ̄ ─_─ ̄  ─_ ─ ̄─_─  ̄─ ̄─_─  ̄─_─ ̄─_─ ̄─ ̄─_─
 ─ ̄─_─ ̄─_─  ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─_ ─ ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─
─_ ̄─_─  ̄─_─ ̄─_─   ̄─ ̄─_─ ̄─_─ ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─
─ ̄─ ̄_─ ̄_ ̄─_ ─ ̄─ ̄─_─ ̄─_─  ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─_─
─ ̄─_─ ̄─_─ ̄─_─  ̄ ─ ̄ ─_─ ̄─_─ ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─

                        Block Buster Breaker
          Loading Privilege - Counter Context Confusion
                        Exceptional Enigma End

─_ ̄─_─  ̄─_─ ̄─_─   ̄─ ̄─_─ ̄─_─ ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄
─ ̄ ─_─ ̄  ─_ ─ ̄─_─  ̄─ ̄─_─  ̄─_─ ̄─_─ ̄─ ̄─_
 ─ ̄─_─ ̄─_─  ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─_ ─ ̄─_─ ̄─ ̄─_─ ̄─
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315名無しさん:2021/03/31(水) 22:33:46 ID:enOHtg6M0


        ______________________________
  ━━━√━━━━━━━━━━━━━━━━━#━━━━━━#━━
   ̄ ̄ ̄
    ,、,,..._     ブロックバスター
   ノ ・ ヽ.  《Blockbuster》は、興行的な大成功を収めた作品を指す用語。
  / :::::   i  主に長編映画に対して使用されるチーズケーキ。
 / :::::   ゙.、  北海道北見市に所在する清月が製造・販売している。(wikipedia)

                                    __________
 ━━━#━━━━━#━━━━━━━━━━#━━━√━━━━━━━━━
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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316名無しさん:2021/03/31(水) 22:34:30 ID:enOHtg6M0

   ̄ヽ、   _ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      `'ー '´
      ○
     O 
    。゚  スヤスヤ
ξ´⊿`)ξ




ミセ;*゚ー゚)リ「……お嬢様、ほんとに倒れただけなのね」

川; д川「ビックリするほど健康体……」


 ――ツンちゃん犬神家事件から数時間後。

 かくして寝室に運ばれた魔王城ツンは、一種のスヤスヤ状態に陥っていた。
 貞子の診察ではまったく問題なし。そりゃ普通に寝てるだけなので当然であった。

.

317名無しさん:2021/03/31(水) 22:37:59 ID:enOHtg6M0


川д川「これなら朝には起きると思うけど、今夜は大事を取りましょうか。
     どうにも事情が変わりすぎた。盛岡の対処もしなくちゃだし……」


ミセ*゚ー゚)リ

ミセ*´ー`)リ「……大界封印。なんか久し振りに聞いたわね」


川д川「私も同意見。ハインの狙いもアレらしいし」

ミセ;*゚ー゚)リ「まったく、なんで人間が封印のこと知ってるのよ」

川д川「そこも含めて緊急事態。今は対応を急ぎましょう」

ミセ;*゚ー゚)リ「これじゃあ試験も先送りよね。上がゴネなきゃいいんだけど……」


 ツンが寝ているベッドを離れ、2人は小声で話しながら部屋を出ていった――


.

318名無しさん:2021/03/31(水) 22:39:15 ID:enOHtg6M0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━ ━━  ━  ・

─── ─────────── ─── ──  ─…

─────────── … ……

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319名無しさん:2021/03/31(水) 22:40:02 ID:enOHtg6M0
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::::::.......    |______O_,     `ー―――'
       ||  ○丶、 。゚  .|
       ||__ノ:;_;;.ヽ___| スピー…
      /⊂ξ´⊿`)ξ.  /|
     ノ⌒~⌒⌒"⌒U~"\/::|
    /    .' ゛ .: ゝ  ヽ`!' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  /,:  '´ ,._     、  ヾ.,j
/          ゛  ヽ., _)    
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|               ||_,ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄´

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320名無しさん:2021/03/31(水) 22:40:57 ID:enOHtg6M0
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::::::::::::.......... |               |  ?? / ::::|
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::::::.......    |______O_,     `ー―――'
       || ○丶、 。゚     |
   ムニャ :||_ノ:;_;;.ヽ____|    シュゥゥゥ-…
      / ξ´、`)ξ  ゝ:|       
     ノ⌒~⌒∪⌒U~"\,/::::|             ,.;'"~⌒'"~,.;'"~⌒'"~:::::
    /    .' ゛ .: ゝ ヽ`!' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.,_,,('"     (⌒ヾ:::::::::::
  /,:  '´ ,._     、  ヾ.,j             ^'ノ⌒ヽ,,._ソ''":::::::::::::::
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321名無しさん:2021/03/31(水) 22:43:13 ID:enOHtg6M0
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       || ○丶、 。゚     |                  __|::::|':##:::::
  ンヌァ… :||_ノ:;_;;.ヽ____|                 く:(::_⊿,####:::
      / ξ´。`)ξ  ./ |                  〉:::::7:::::####::::::
     ノ⌒~⌒~~⌒~~"\ / :::|         ,.;'"~⌒'"~,.;'"~⌒'~ハ::::::####:::::::
    /    .' ゛ .: ゝ ヽ`!' ̄ ̄ ̄.,_,,('"⌒ :::::::: (⌒ヾ:::::::::::( :'"'⌒'`^~(⌒ヾ、
  /,:  '´ ,._     、  ヾ.,j      ^'ノ⌒ヽ,,._ソ''":::::::::::::::λ::::::::::,.⌒):::::::::::::::::::
/          ゛  ヽ., _)_ _,.,_,人⌒`'"~:::::::::::'⌒'`^~(⌒ヾ:::::::::::::::::ヽ);;;;;;;,,,
|  ̄  ̄ ̄ . ̄  ̄ ̄.. ̄|| 、,;'   ^`"'ー- 'ヘ.,_,.ソ'ヽ(⌒"'::::::::,.ノ'"~`ヾ.,_ソ' ヽ);;;;;;;,,,
|               ||_,ノ           (.., 、:::::::::::::::::::::::ヽ);;;;;ソ;;,,,,,,):::::::::
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄´                 ヾ,....ソ::::ソ'`"'(,,.、ソー"'-

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322名無しさん:2021/03/31(水) 22:44:12 ID:enOHtg6M0

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: : :':⌒ : モクモク : : . . . ':::::::::::::::::::r:::::::::::〜::::::⌒::::::::::::::::::::..: :、: : : : : :
: : : : : : : :  : : : : ⌒)::::ノ:::::'"::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: : : :〜へ: : .
 : : : : : . .: : : :,.〜 '~:::::::::::::::::::.、::::::::::::::::::::::::::::::::::::ノ::⌒:::〜':" : .  y: ⌒: .
 : :  . . : 〜'~ソ: :,. y'"::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,:' :〜 { : . .
     y. : : : : : :):y'"~)::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::r.:〜.. :〜''”~: ..、. . : : : : : : .
  . . . : : : : : : : : : : :⌒ソ::::::::::::::::,. : -ー'"~"'"⌒ . ... :ノ ⌒: : . . {,,... : : モクモク : :
  . . . : : : : : :::.::  ,,..': :y'"~~  :-、:: . ⌒: : . .,,. - ⌒: : : .y'" . ..ノ. . : : : 〜 : :
: : : : : : : : : : :,, '": : : : : :'": : : . . .: : :~"'y'´. . ... : : : ::: :): : . .r'"~: .: : . . : : : : :

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323名無しさん:2021/03/31(水) 22:46:33 ID:enOHtg6M0

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    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
    | ――今宵、3月最終幕  |
: : : :\__________/::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: : : : : : : : : : : : : : : : : : :
: : : : : : : :  : : : : ⌒)::::ノ:::::'":::(\:::::::::::/)::::::::::::::::::::::: : : :〜へ: : . : : : : : : : : :
 : : : : : . .: : : :,.〜 '~::::::::::::::.、::::::::::\\::/::/::::::::ノ::⌒:::〜':" : .  y: ⌒: . : : : : : :
 : :  . . : 〜'~ソ: :,. y'"::::::::::::::::::::::く::(::::::⊿)::ゝ:::::::::::::::::::::::::::::::,:' :〜 { : . . : : : : : : :
     y. : : : : : :):y'"~):::::::::::::::::::::::::::::::〉:::::7::::::〈.::::::::::r.:〜.. :〜''”~: ..、.: : : : . : : : : : : :
  . . . : : : : : : : : : : :⌒ソ::::::::::::::::,. : -ー'"~"'"⌒ . ... :ノ ⌒: : . . {,,... : : . :.. . . : : : : : : : : :
: : : : : : : : : : :,, '": : : :::'": : : . . .:: :~"'y'´/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
                        | 遠き月よ、やっと追いついたぞ―― |
                        \________________/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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324名無しさん:2021/03/31(水) 22:47:03 ID:enOHtg6M0





           世 界 に 3 月 が や っ て く る





                   〜おわり〜


.

325名無しさん:2021/03/31(水) 22:52:31 ID:enOHtg6M0
#1 >>2-65 #2 >>74-117 #3 >>122-160 #4 >>169-212
#5 >>231-266 >>271-289 #6 >>294-324

次回投下は4月中です
できれば2話分投下したいと思っています
がんばるぞ!(^ω^)

326名無しさん:2021/03/31(水) 23:01:41 ID:MhftUmZY0
乙!!

327 ◆gFPbblEHlQ:2021/04/01(木) 00:26:57 ID:hlk0XYF60
身体はエイプリルフールを求める
https://youtu.be/G1tx6s6-RJM

328名無しさん:2021/04/01(木) 07:26:05 ID:lShJVYXI0
第二弾……だと……?

329名無しさん:2021/04/01(木) 22:37:08 ID:RcatqFmY0
乙、このツンちゃんにもゼノグラシア……うさちゃんが付くのか!?
そしてこのPVはどこまでが嘘なんだろう

330 ◆gFPbblEHlQ:2021/04/24(土) 16:38:50 ID:EB69w2Q20

≪1≫


 趣味ってほどでもないけど、人間観察は好き。

 他者との繋がりを再認識できるし、相対的にも自分が際立つ。

 あらゆる事象に共有共通共感が割り込んでくる馴れ馴れしい時代だ。

 多感な十代少女としては、後者の方が大事だったりして。

.

331名無しさん:2021/04/24(土) 16:42:51 ID:EB69w2Q20


 ――時刻は午前の6時過ぎ。
 場所は学校、私のクラス。

 子供にとっては早朝と言えるこの時間帯に、私は誰よりも早く登校を終えていた。
 他にも誰かが来てるかもしれないけど、私が認知してないのでノーカウントだ。
 早朝登校の理由は自習。諸般の体裁とか、諸般のアピールとか、そういう打算が90割だった。


(´・ω・`)「……今後の予定、まだ決まらないのか」


 私の椅子は窓辺の最後尾にある。
 学校正門がバッチリ覗けて、人間観察にも丁度いいポジションだ。
 あと、ついでに言うならハルヒの席でもある。

(´・ω・`)「……無視しないでほしいな」

 ふと、不満気な太眉が視界に入り込んできた。
 彼は当然のように私の前の席に座り、半端に振り返って私を覗き込んだ。

 「……なに」

 それに対して悪態をつき、牽制する。
 しかし彼には効果がなく、顔色ひとつ変えてくれなかった。

(´・ω・`)「いや別に。毛利まゆへの期待は無いよ。勘違いさせてたらごめん」

 言い切り、彼は話を変えた。

.

332名無しさん:2021/04/24(土) 16:44:15 ID:EB69w2Q20

(´・ω・`)「で、僕は予定を聞いてるんだよね。
      今現在の膠着状態、しわ寄せは僕に来てるんだからさ」

(´・ω・`)「ハインリッヒが逃げた時点でお前の利用価値はほぼゼロだ。
      出せる情報がもう無いなら、僕らのコネはここまでだよ」

 「……状況は逐一教えてる。変化が無いのは私のせいじゃない」

(´・ω・`)「だったら変化を作りなよ。できるんだから」

 短絡的な言葉の売り買い、じつに不毛だ。
 私は瞑目して顔を伏せた。

(´・ω・`)「大体、日常を変えたいと願ったのはキミだろう?
      俺はその助力をしているだけ。進路はどうぞご勝手に」

(´・ω・`)「ま、やめるって言うならもう現れないよ。
      今後の安全も保証する。保身に関しちゃ負ける気しないし」

.

333名無しさん:2021/04/24(土) 16:52:14 ID:EB69w2Q20


 ――私のクラスには、魔王城ツンという女が居る。
 魔王の娘で魔物らしい。ふざけた話だが、関係者の様子からして本当っぽい。

 私がそれを知ったのは高校入学の数ヶ月前。
 ある日私はハインリッヒ高岡という老人に出会い、なんらかの手段で洗脳を施された。
 今でこそ思うが、あの出会いは完全にエロ本の導入だった。

 しかし老人には別の目的があり、エロい事にはならなかった。
 加えて偶然洗脳も解けてしまい、(起きてるんだけどなぁ……)的なシチュにもなってしまった。

 かくして始まる非現実的な展開の数々。
 私は、その多くでハインリッヒの操り人形になっていた。

 ハインリッヒの洗脳通りに魔王城ツンと仲良くなり、スパイのような行動を沢山した。
 襲撃の手引きも私がやった。彼女がアホみたいに垂れ流してた情報も全部横流しした。
 素直四天王を学校に引き込んだのも私。他にも色々、危ない橋を渡らされてきた。


 ――しかしそれらの暗躍は、非生産的な倦怠を一掃するに余りある快感を伴っていた。
 綺麗に整えられた被害者としての体裁。安全圏から眺める非現実。火に油を注ぐだけの楽な仕事。
 射幸心パパと承認欲求ママに育てられた私達の世代に、この劇薬を御せる人格者はそうは居ないだろう。

 かくいう私もちょっと暴走した。暴走したので今に至っている。
 勇者軍に属する彼、ショボーンとの繋がりもそういう流れで生まれたものだ。
 ちょっとは事情があったりするけど、……まぁ関係ないよね。結果論。私も納得してるし。

.

334名無しさん:2021/04/24(土) 16:57:53 ID:EB69w2Q20


(´・ω・`)「――キミは魔王軍関係者の情報を集める」

(´・ω・`)d「私がそいつを持ち帰り、上に報告する」

 契約書を読み上げるように私達の関係を言語化するショボーン。
 指を立てて見せるその仕草、まず間違いなく私への当てつけだった。

(´・ω・`)「僕は組織で成功したいだけ。キミは自由を手にしたいだけ。
      単純だけどそこらの利害、忘れてもらっちゃ困るんだよね」

 「……忘れてない。今は待つのが正解なだけ」

(´・ω・`)「いいね。でその根拠は?」

 「ハインリッヒがまだ諦めてない。もう一度、彼女達を使うみたい」

(´・ω・`)

(´・ω・`)「あー、彼女達って素直四天王のこと? それは期待できるね」

 彼は心にもない同調を吐いて背筋を正した。
 まともに聞く価値は無いと判断されたのか、振り向く姿勢すら打ち切られてしまった。

(´・ω・`)「でも今は無理じゃない? 向こうの防衛だって特に厳しいんだしさ」

(´・ω・`)「そもそも、襲撃可能ならとっくに上が動いてるんだよね。用意も済んでるし」

 「分かってる。だから、素直四天王には入れ知恵をしておいた」

(´・ω・`)「……入れ知恵ね。それ流行語だったりする?」

 言葉の後に、ありふれた溜息が続く。

.

335名無しさん:2021/04/24(土) 17:02:41 ID:EB69w2Q20


(´・ω・`)「まぁ一応聞いておこうかな。素直四天王になんて言ったの?」


 「特別な事はなにも。ただちょっと、報酬をピンハネして補足しただけ」

 「依頼主が危機的状況にあるため、報酬は1000万円以下になると思います、って」


(´・ω・`) …


(;´・ω・`)「えっ、本当にそんな事したの?」

 ショボーンが再び振り返り、肩越しに私を一瞥する。
 この話、ちょっとくらいは興味を惹けたようだ。

(;´・ω・`)「彼女達への依頼料、たしか数倍になってたよね?
       色々話が違うからって結構な高額にさ」

 「そうだね。平気で数千万動いてたよ」

 あれほどの大金、一部とはいえ現ナマで触った時はさすがに興奮したな。
 ちなみにピンハネした分はポケットマネーにした。隠し場所で逆に困ってるけど。

(;´・ω・`)「なのに、それをピンハネして3桁万円にしちゃったの?
      本来値上げすべきタイミングでそれは、流石に……」

 「うん。まず確実に破綻する」

(´・ω・`)

 「だから、素直四天王が次にどう動くか、誰にも分からない」


(´・ω・`)

(´・ω・`)「いやそれは、何も起こらない可能性が一番高いよ。普通に」

 言いながら、彼はまたもや背筋を正した。
 無理もないな、と我ながら思う。

.

336名無しさん:2021/04/24(土) 17:04:48 ID:EB69w2Q20


 素直四天王がハインリッヒの依頼を受けたとして、敵防衛を突破したとして。
 魔王城ツンに接敵し、その側近をも撃破し、ターゲットを連れ帰れる可能性はほぼ皆無だ。
 ショボーンの考えは至極真当。何も起こらないのが自然で当然だし、私もそこに異論は無い。

 では、どうして私が素直四天王の独断に期待を寄せているかというと。
 その理由はとても単純で、ただ単に、魔王城ツンが『特別』だからだ。

 生きてる世界が違うという致命的な矛盾。
 存在自体が物事の発端になるような、歩く無法地帯。
 彼女の周囲に居る限り、私が知っている普通など意味を成さない。

 「あれは、何も無くても何かが起こる人なんだよ」

 「魔王城ツンは変化に恵まれている。本人は停滞を好んでるけどね」

 彼女によって日常を破壊された者として断言できる。
 あれに関わろうとするならば、『何も起こらない』なんて予想は無意味なのだ。

(´・ω・`)「……だから偶然何かが起こり、隙が生まれると?」

 目の前にあるショボーンの背中が、露骨にしなびて丸くなっていく。
 当然の反応だ。個人的な印象に基づいた適当な推測など、当てにする方がおかしい。

.

337名無しさん:2021/04/24(土) 17:06:30 ID:EB69w2Q20


(´・ω・`)「……あれかなぁ。学校に不審者が乗り込んできて、それ倒す妄想みたいな」

(´・ω・`)「もしそんな感じで話してるなら、やっぱりウチらは今回限りだよ」

 言葉の後、彼はあっさりと席を立った。
 もう9割くらいは見限られたのだろう。やむをえないと思う。

(´・ω・`)「どうやらボクも顔が割れてるみたいでね。
      街中で視線を感じる事が多いんだ。待てる時間は少ないよ」

 「……そう。運よくいったら、またよろしく」

(´・ω・`)「……このショボーン様が居なければ、毛利まゆはただの一般人に過ぎない。
      キミが求めた『特別』なんて簡単に崩れ去るということ、よく覚えておくといい」

 去り際に忠告を残し、ショボーンは教室を出ていった。

.

338名無しさん:2021/04/24(土) 17:08:19 ID:EB69w2Q20


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



    |┃三            _____
    |┃             /
    |┃ ≡        < オ〜イェ アハン
____.|ミ\___ξ゚⊿゚)ξ_ \
    |┃=___    \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃ ≡  )   人 \ ガラッ



ξ゚⊿゚)ξ「あっまゆちゃん! おはようなのだわ!」

 「おはよう魔王城さん!」

ξ゚⊿゚)ξ「いま教室出てった人って姉妹だったりする!?
       後ろ姿がすごい似てたのだわ!」

 「……よく言われるけど全然違うよ! ほら、私って特徴無いから」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「そいつは解釈違いだな」

 「朝から強火じゃん」



 ――小さな変化なのだが、少し前からツンちゃんの登校が早い。
 こっちは私の気のせいかもしれないが、どこか雰囲気も変わった気がする。

 「それより今日も勉強するんでしょ? 手伝うよ!」

ξ゚⊿゚)ξ「ほんと? お願いするのだわ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「今日はこちらの『超実践! 効率的人体破壊術入門』の解説をば……」
 つ[ ]と スッ

 あと、やたら物騒な本を読むようになった。
 本人いわくスポーツに目覚めたらしいのだが、詳しい事は私も知らなかった。
 おおよそ、例の試験に向けた自主練だとは思うけど。

.

339名無しさん:2021/04/24(土) 17:19:32 ID:EB69w2Q20


 ハインリッヒが消えて一ヶ月くらい。
 その間目立った事もなく、私達は本位を隠しあったまま、自然に普通を演じあっていた。

 ――市立VIP高校で、すごく平和な日常を送るために。

 なんて、彼女ならこんな風に考えるのかな。
 だったら私はどうだろう。私にとって、この寓意譚は――

.

340名無しさん:2021/04/24(土) 17:20:57 ID:EB69w2Q20



          #05 ラザロと畜群 その3


.

341名無しさん:2021/04/24(土) 17:22:36 ID:EB69w2Q20

≪2≫


 〜お昼くらい! 教室!〜


( ´∀`)「……であるからして」

( ´∀`)「つまりそういう事なんだモナ」


ξ゚⊿゚)ξ(なんて分かりやすい授業なんだ)

( ´∀`)「しかも爆発するモナ」


 授業もそろそろ終わり際。
 モナー先生の話がまとめに入った頃合いで、私こと魔王城ツンは物憂げに外を見遣った。

ξ゚⊿゚)ξ フゥ…

 日常風景からモノローグに移る時にありがちなムーブ。
 私はモノローグに突入した。

.

342名無しさん:2021/04/24(土) 17:24:27 ID:EB69w2Q20


 ――ハインさんとの特訓を経て、ざっくり一ヶ月。
 積もる話が色々とあり、私の日常はすっかり落ち着いていた。
 例の試験も延期されたまま動きがない。これは正直ラッキーだが。


ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ(……ハインさん、本当に内通者だったのかしら)

 モノローグらしく話の要点を蒸し返す私。なんとも殊勝でしかもかわいい。
 とはいえそうなのである。話を聞くに、どうもあのハインさんが内通者だったらしいのだ。

 現在ハインさんは逃亡中の身。内藤くんも一緒に消えてしまって、状況的にはほぼ黒らしい。
 私は一応中立なのだが、すでに感情的な擁護が通用しないレベルのアウト判定が出ている模様。
 立場的にも下手な発言はしちゃいけないし、現状私にできる事は何もなかった。

ξ゚⊿゚)ξ(あの盛岡が実際に戦ってる辺り、相当な一大事なのよね)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ´⊿`)ξ(あいつが戦ってるとこ、まったくイメージできねー)


( ´∀`)「……ツンさん、授業聞いてるモナ?」

ξ゚⊿゚)ξ「はい先生。つまりそういう事です」

( ´∀`)「しっかり聞いているようだな」

 そして今、この街には魔王軍の一部隊が送り込まれていた。
 協力関係にあったハインさんの裏切りを重く見たのか、そのメンバーは結構マジである。

 ミセリさん貞子さんも同じくマジになっていて、今のVIP市内は超が付くほどの厳戒態勢。
 警戒範囲内に一歩踏み込んだ時点で最悪死ぬ。
 そんなレベルで守られてる私が平穏を持て余し、まんがタイムきららるのは半ば必然だった。

.

343名無しさん:2021/04/24(土) 17:26:54 ID:EB69w2Q20




( ´∀`)「そいじゃ授業を終わるモナ〜」

 モノローグに耽ってたら授業が終わった。昼飯の時間になった。
 私はドクオに声をかけ、まゆちゃんと3人でメシを食らい始めた。

('A`)「俺、今日は部活行っとくわ」モグモグ

ξ゚⊿゚)ξ「そう」パクパク

 ちなみにドクオも暇を持て余している。
 魔王軍が本格的に守りを固めたため、ドクオが私を護衛する必要も無くなってしまったのだ。
 かわいそう

 「……えっと、ドクオくんってそういえば何部? 聞いた事なかったよね?」

('A`)「茶道部の数合わせ。幽霊部員だよ」

 コミュ障相手に話を広げようとするまゆちゃん。
 なんとも殊勝で健気でかわいいが、ドクオの返事を聞いて一瞬言葉に詰まってしまう。

 「あっ、……お茶かぁ。そっかぁ」

 そこは卓球部じゃないんだな、という感想を呑み込んで微笑むまゆちゃん。
 この野郎ドクオ、私が居ない場所ではそこそこリア充なので腹が立つ。
 茶道部の先輩(渡辺さん)は実際美人だ。もはや怒りしかない。

ξ゚⊿゚)ξ

 同じコミュ障なのに私にだけ青春が無いの、コミュ障が原因じゃないと言われてる気がして終わりだった。
 金髪美少女がちやほやされない世界、私は絶対に認めないからな。

('A`)「ほんとに何もしてないけどな。たまに顔出してお茶飲んでるだけだよ。
    せめて部費分くらいは飲みに来てくれって感じ。あと雑用」

 「……へえ。なんていうか、意外と人徳あるんですね」

 ほらもう気付かれた。あの優しいまゆちゃんが明らかに距離を置いたぞ。
 しかもドクオは気付かない。無神経なので顔色さえ窺わない。レクイエム。

.

344名無しさん:2021/04/24(土) 17:29:36 ID:EB69w2Q20


('A`)「そうだ、ツンも暇なら部活とか入ってみろよ。
    俺よかまともに楽しめるだろ、ああいうの」

ξ-⊿-)ξ「……この状況が卒業まで続くならね。
       今だけやっても冷やかしになるのだわ。それは嫌よ」

( 'A`)「ああ、……まぁそうか」

 そりゃ私だって部活に入りたい。もっと言うなら氷菓みたいになりたい。
 さりとて私は魔王の娘。諸般の事情を鑑みるに、敵わぬ願いなのだ。
 だったら自分で作ればいいのよ! 私の脳内ハルヒが声高に言った。

 「部活いいと思うけどなー。時間あるならもったいないよ」

ξ´⊿`)ξ「まぁ、それはそうなんだけど……」

ξ´⊿`)ξ「なんていうかさー、最近フラグ折られがちでさー。
       今後どうなるかも分かんないし、保守的なのが無難な感じで……」

 「……そうなんだ。最近の魔王城さん、なんか調子よさそうなのに」


ξ゚⊿゚)ξ
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「そう?」チラッ

('A`) シラネ

 「絶対そうだよ! 前より勉強頑張ってるし、学校にも遅刻してこないし!」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ*゚⊿゚)ξ「え、照れますねそれね」

 いや参っちゃうね友達の甘言は。承認が過ぎるぜ。
 金を払えばいいのか?

.

345名無しさん:2021/04/24(土) 17:31:24 ID:EB69w2Q20


 「――環境の変化、心境の変化かな?」

 言いながら、まゆちゃんがずいと身を乗り出してくる。

「 ありがちなトコで言うなら、好きな人ができたとか」

ξ;゚⊿゚)ξ「えぇ……」

 彼女の顔には、好奇心から生まれる笑みがハッキリと浮かんでいた。
 他人の色恋を勘繰る楽しみは人種年齢を問わないものだ。
 やれやれ、まゆちゃんもティーンエイジですな。

ξ;゚⊿゚)ξ「うーん、残念だけどそういうヤツじゃないのだわ。
       強いて言うならなんかこう、絶好調が続きすぎな感じというか……」

 「--------終了-------」

ξ゚⊿゚)ξ「--------再開-------」

('A`)「おっぱいうp」


ξ゚⊿゚)ξ「とにかく私は相変わらずよ。
      急に音信不通になったりしないから、安心して」

 言いながら、私は内藤くんの席を一瞥した。
 あまり気にしていないつもりだったが、不意に口走った言葉が彼を連想させた。

 「……内藤くん、学校来なくなっちゃったね」

 一瞥に気付いたまゆちゃんが独り言のように事実を呟く。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ「そのうちまた来るでしょ。転校してきたばっかなんだし」

 せめてもの期待を込めて言い、私はあっさりと話を流した。

.

346名無しさん:2021/04/24(土) 17:33:59 ID:EB69w2Q20

≪3≫


 〜ツンちゃんの家!〜


ξ゚⊿゚)ξ「ただいま〜」

ミセ*゚ー゚)リ「おかえりなさい! 待ってましたよ」トテトテ

 放課後、1人で帰った夕飯時。
 玄関を開けるとミセリさんが駆け寄ってきて、いつものように出迎えてくれた。
 今日もハインさんの捜索で忙しいだろうに、ちょっと嬉しい。

ξ゚⊿゚)ξ「ミセリさんこそおかえりなさい。今日は早いのね」

ミセ;*´ー`)リ「そこは色々ありまして。今も一応任務中です」

ξ゚⊿゚)ξ「ほーん」

ミセ*゚ー゚)リ「今朝方の話になりますが捜索の手掛かりが見つかったんです。
       ただちょっと、ほんの少しお嬢様の助力が必要でして……」

ξ゚⊿゚)ξ「いいわよ」

ミセ;*´ー`)リ「思うところもあるでしょうが……」


ミセ;*゚ー゚)リ「って即決されましたね!? ダメですよ話も聞かずに!」

ξ゚⊿゚)ξ「今日の私はあっさりなのよ。それで何すればいいの?」

ミセ;*゚ー゚)リ「……それでは、ひとまず地下の特訓場へ。
       貞子も向こうに居ますから、そこで事情をお話します」

ξ゚⊿゚)ξ「すこぶる分かった」

 かくして私は特訓場へ向かった。

.

347名無しさん:2021/04/24(土) 17:36:39 ID:EB69w2Q20


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ||         ||        ||        ||
    ||         ||        ||        ||   プラーン
    ||         ||        ||        ||
  川 ゚ -゚)    lw´‐ _‐ノv   ノパ⊿゚)   o川*゚ー゚)o
  ミ≡≡≡j    ミ≡≡≡j    ミ≡≡≡j   ミ≡≡≡j
  ミ≡≡≡j    ミ≡≡≡j    ミ≡≡≡j   ミ≡≡≡j
  ミ≡≡≡j    ミ≡≡≡j    ミ≡≡≡j   ミ≡≡≡j
   ∪∪      ∪∪      ∪∪      ∪∪



ξ゚⊿゚)ξ「いや急だな全てが」


 特訓場に入るや否や、おもしろFLASHみたいな光景に全てを持ってかれた。
 物理的に拘束され、適当な岩場に吊るされている4人。
 その内の1人には見覚えがあったが、全体的に理解が追いつかなかった。

 ちなみに特訓場の仕様は東京ドームくらいの荒野である。
 第2話以来の登場なので改めて言及しておく。


ミセ*゚ー゚)リ「向かって左端の女、素直クールで間違いないですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだけど、何が何だか分からない」

 分からないあまり一句飛び出してしまった。

ミセ*゚ー゚)リ「あの4人、お嬢様が登校してる間にまた襲撃して来たんです。
       それで敢えなくこうなりました。以前ならともかく、今やるのは完全に無謀でしたね」


川 ゚ -゚)「現実の世界は、どうしてこんなにつらくきびしいのだろう」


ξ゚⊿゚)ξ「あの人もう心折れてない?」

ミセ*゚ー゚)リ「そりゃ魔王軍と正面からやりあったんですから、折れてますよ」

ξ゚⊿゚)ξ「えげつねェな……」

.

348名無しさん:2021/04/24(土) 17:38:27 ID:EB69w2Q20


川д川「――それでも、多少は善戦してましたよ」


 その瞬間、不意に上空から補足が飛んできた。
 私が真上を見上げると、当然のように空に浮いていた貞子さんが降りてくるタイミングだった。
 いいよな当然のように浮かべるの。あれできたら絶対楽しいもんな……。

川д川「あのエクスト相手に数十秒は持ち堪えましたからね。
     4人掛かりだったとはいえ、人間基準なら十分です」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、あのエクストさん相手に!?」

 今後数十話は登場しないキャラを引き合いに驚くのもどうかと思うが、事実であれば確かにすごい。
 エクストさんはバリバリの超武闘派。脳筋具合ではミセリさんをも超えてくる手合いだ。
 それを相手に生き残れた素直四天王の実力など、私の感覚ではとても計りきれない。

 そして同時に、先日の素直クールが少しも本気じゃなかったという事も判明してしまった。
 私は私で彼女を殺さないよう加減していたが、彼女はそれ以上の技術で微細な手加減をしていたのだ。
 コントロールは私の弱点。そこで競ってしまったのだから、そりゃあ負ける。


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「で、結局私は何すればいいの? 拷問?」


川; д川「……なんか妙にあっさりしてますね」

ミセ*゚ー゚)リ「今日はそういう気分なんだって」

.

349名無しさん:2021/04/24(土) 17:41:17 ID:EB69w2Q20



川д川「――それではまず、今朝の事から話しましょうか」


 〜中略!〜


ξ;゚⊿゚)ξ「ま、まさかそんな事が……!?」

川д川「今朝の襲撃、それはもう見事な大立ち回りでしたよ。
     結果だけならこちらの圧勝ですが、模擬戦闘としては丁度いい相手でした」

川д川「戦闘に関しては以上。問題は次です」

 改まり、貞子さんは素直四天王の方を向いた。
 彼女達の大立ち回りに胸打たれている場合ではない。私も気持ちを切り替えていくぞ。

川д川「彼女らは引き際もキッチリしていました。負けた瞬間に即時降伏。
     更には取り引きまで持ちかけてきて、それがまた変に方向に転がって……」

ξ゚⊿゚)ξ「……歯切れが悪いのだわ。向こうの要求って、つまり私なんでしょう?」

 私はあけすけに言って肩を落とした。
 次の話も大体読める。ここは早めに開き直っておくのだ。

川д川「……その通りです。今日は本当にあっさり系ですね」

ξ゚⊿゚)ξ「サクサクいくのよ」

.

350名無しさん:2021/04/24(土) 17:42:42 ID:EB69w2Q20


    ||
    ||
    ||
  川 ゚ -゚)  「 ――こちらの要求はたったひとつ。
  ミ≡≡≡j   魔王城ツンとの一騎打ち、それだけだ 」
  ミ≡≡≡j
  ミ≡≡≡j
   ∪∪



ξ゚⊿゚)ξ



                        ||
                        ||
    ξ ゚⊿゚)ξ  スッ…        川 ゚ -゚) !?
  γ/  γ⌒ヽ            ミ≡≡≡j
  / |   、  イ              ミ≡≡≡j
  .l |    l   }             ミ≡≡≡j
  {  |    l、 ´⌒ヽ-'巛(        ∪∪
  .\ |    T ''' ――‐‐'^
    .|    |


ミセ;*゚ー゚)リ「お嬢様!? いったい何を!?」

ξ゚⊿゚)ξ「お望み通りの一騎打ちよ。そして今がチャンス」

ミセ;*゚ー゚)リ「いやそれ処刑ですよ! 例の試験も絡んでるので落ち着いて下さい!」

ξ゚⊿゚)ξ !


ξ-⊿-)ξ「……ごめんなさい。話を聞くのだわ」

ミセ;*゚ー゚)リ(これ止めなかったら本気でやってたわね……)」

.

351名無しさん:2021/04/24(土) 17:45:59 ID:EB69w2Q20


川д川「この子達、ハインリッヒの居場所を知っているそうです」

 本題の口火を切ったのは貞子さん。
 私のペースに合わせてくれたのか、要点らしき部分から話が始まる。

川д川「そして、さっき話に出た取引もここに繋がります」

川д川「彼の居場所を知りたければ一騎打ちをさせろ、と」

ξ゚⊿゚)ξ「……確認だけど、それってそもそも成立してないわよね?」

 前提として、貞子さんの魔術があれば人間の記憶など簡単に覗けてしまう。
 なので、素直四天王が持ちかけてきた取り引きに効力は無いはずだ。
 どこかに恣意がない限り、貞子さんがその辺を失念するとは到底思えなかった。

川; д川「ええそうです。まったくもってその通りです。
      なんですけど、『じゃあついでに試験を』なんて流れになっちゃいまして……」

ξ;゚⊿゚)ξ「ああ、妙な方に転がったってそういう……」

 そんでやっぱり恣意があった。
 あのエクストさんが出てきてて、貞子さんすら手を止められている。
 今回の一件、多分めちゃくちゃな権力パワーが蠢いているぞ。

ミセ*゚ー゚)リ「とは言っても、試験相手が務まるだけの実力も見ちゃいましたからね。
      本来の相手もハインの方に出張ってますし、代役としてピッタリというか」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、試験の相手ってもう来てるの? 聞いてないんだけど……」

ミセ*´ー`)リ「そこも予定が狂いすぎましたからねー。
       顔合わせもなにも後回しですよ。全部ハインリッヒのせいです」


ξ;゚⊿゚)ξ「……ついでに聞くけど、その人と素直四天王ってどっちが強い?」

ミセ*゚ー゚)リ「それはもう完全に前者ですね。圧倒的に。
       なので彼女達と戦った方が無難ではあります。一応」

.

352名無しさん:2021/04/24(土) 17:47:08 ID:EB69w2Q20


ミセ*゚ー゚)リ「……で、どうされますか?」

ミセ*゚ー゚)リ「ここで試験をするもよし、事が落ち着くまで延ばすもよし。
      決定権はお嬢様にありますから、お好きに決めて下さい」

川д川「そして、可能であれば即決をお願いします。
     彼女達の処遇はともかく、ハインリッヒの件は急ぎたいので」

ξ;゚⊿゚)ξ「うっ、確かにそうよね……」

 ミセリさん達だって時間を作ってここに来ている。
 私がここで戦わないなら、貞子さんはすぐにでも素直四天王の記憶を探るのだろう。
 いま優先すべきはハインさんの捜索だ。私の気分で進捗を遅らせる訳にはいかない。


ξ;゚⊿゚)ξ ウーン…
( ∞(

 ――試験を先延ばしにしたとして、それでもハインさんは数日以内に捕まるはず。
 であれば、ここでやってもやらなくても時間的猶予に大差はない。
 個人的な特訓も煮詰まってきた所だ。試験突破を考慮しても、今すぐやるのはそう悪くない。


ξ-⊿-)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「分かった。試験を受けるのだわ」


ミセ*゚ー゚)リ「おお! またもあっさりと!」

川д川「なんと目覚ましい成長……!」

 この間たったの5秒である。
 内藤くん相手にあれだけ渋った手前、この即決はかなり高印象だろう。
 試験結果に関係するかは知らないが、できる子アピールをしておいて損はない。

.

353名無しさん:2021/04/24(土) 17:48:36 ID:EB69w2Q20


ミセ*゚ー゚)リ「それでは早速準備をば!
       お嬢様、いつ頃スタートされますか?」

 ミセリさんが張り切った様子で躍り出る。かわいい。
 しかし私は『いつ頃』というのがピンと来ず、彼女に聞き直されるまで言葉を失ってしまった。

ミセ;*゚ー゚)リ「あの、お嬢様?」

ξ゚⊿゚)ξ「……え? うん」

ミセ*゚ー゚)リ「私達も今晩中は空けておりますから、どうされますか?
       食事やウォーミングアップをする余裕はありますが……」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「やるんじゃないの? 今、ここで」


ミセ*゚ー゚)リ

川д川


ξ゚⊿゚)ξ「……えっ?」

 答えると、なぜか2人が硬直してしまった。
 変なことは言っていないはずだが、また私なんかやっちゃいましたか?

ξ;゚⊿゚)ξ「あっ、夕飯もう作ってあるとか……?」

ミセ;*゚ー゚)リ「……いえ、少々面食らったというか、ねえ?」

川; д川「いや話振らないでよ。私も驚いてるけど」

ξ;´⊿`)ξ「な、なんだってんだよぉ……」

.

354名無しさん:2021/04/24(土) 17:50:15 ID:EB69w2Q20


    ||
    ||
    ||
  川 ゚ -゚)  「 ――どうした、さっさと話を進めてくれないか。
  ミ≡≡≡j   やる気があるならいいだろ。あと早く下ろしてくれ 」
  ミ≡≡≡j
  ミ≡≡≡j
   ∪∪



ξ゚⊿゚)ξ


                        ||
                        ||
    ξ ゚⊿゚)ξ  スッ…        川 ゚ -゚) !?
  γ/  γ⌒ヽ            ミ≡≡≡j
  / |   、  イ              ミ≡≡≡j
  .l |    l   }             ミ≡≡≡j
  {  |    l、 ´⌒ヽ-'巛(        ∪∪
  .\ |    T ''' ――‐‐'^
    .|    |



ミセ*゚ー゚)リ「そんじゃスタートで」

川;゚ -゚)「おい待て!! 処刑呼ばわりした状態のままだぞ!?」

ξ゚⊿゚)ξ「スト2ボーナスステージなのだわ」


川; д川「……私が仕切るのでみんな落ち着いて。
      急拵えでも、せめて試験の体裁くらいは整えますよ……」

.

355名無しさん:2021/04/24(土) 17:51:34 ID:EB69w2Q20


 ――貞子さんが間を取り持ち、私達と素直四天王、それぞれの要求を試験内容に落とし込んでいく。
 途中で話が拗れる事もなく、試験の取り決めは速やかに決着した。

川д川「それでは最後に確認だけ」

川д川「試験は1対1。素直四天王側は素直ヒートのみを解放し、他3人は特訓場の方々へと移す」

 貞子さんの一瞥が私と素直四天王に配られる。
 私は黙って頷いた。向こうからも異議は無い。

川д川「ただし、素直ヒートは捕まっている3人を救出し、戦力に加えてもよい」

川д川「禁止行為は故意の殺害のみで、どちらかの全滅をもって決着とする」




 \了解なのだわ/                ||
                        ||
    ξ ゚⊿゚)ξ             川 ゚ -゚) <こちらもだ
  γ/  γ⌒ヽ            ミ≡≡≡j
  / |   、  イ              ミ≡≡≡j
  .l |    l   }             ミ≡≡≡j
  {  |    l、 ´⌒ヽ-'巛(        ∪∪
  .\ |    T ''' ――‐‐'^
    .|    |


.

356名無しさん:2021/04/24(土) 17:55:24 ID:EB69w2Q20


川д川「ではみんな準備に取り掛かりましょう。開始の合図はミセリに任せます」

ミセ*゚ー゚)リ「こっちも了解。試験官は任されましたよっと」

 短くまとめて話し終えると、貞子さんは素直四天王を地面に下ろした。
 そうして素直ヒートだけを解放し、彼女達に作戦会議の猶予を与えた。

 試験の初動は1対1でも、向こうには戦力増強のチャンスがある。
 まず摘むべきはその一手。開戦直後は、互いに戦略の潰し合いになるだろう。


川 ゚ -゚)「いいかヒート、最初は逃げて私達を探すんだぞ」

o川*゚ー゚)o「お姉ちゃんズがんばってー」

lw´‐ _‐ノv「すいませんトイレどこですか」

川; д川「……途中で寄るから」

ノパ⊿゚)「みんな、あとは任せてくれよな!」


ξ゚⊿゚)ξ(とてもわちゃわちゃしている……)

 かくして貞子さんは素直ヒート以外の3人を連れてどこかに瞬間移動した。
 魔術、便利すぎて本当に羨ましい。

.

357名無しさん:2021/04/24(土) 17:58:20 ID:EB69w2Q20


  〜5分後〜


ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様、着替えはよろしいんですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「……あ、忘れてた」

 言われて気付いたが、そういえば学校から帰ったきり着替えていなかった。
 動きやすさに大差は無いが、制服を汚してしまうのはちょっと気掛かりだ。

ミセ*゚ー゚)リ「持ってきましょうか? 貞子に言えばポイっと出してくれそうですけど」

ξ;゚⊿゚)ξ「うーん、もう始めるし構わないのだわ。ありがとね」

ミセ*゚ー゚)リ「……頑張ってください。応援しています」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。行ってくる」

 適当にストレッチを終え、ミセリさんから少し離れる。
 今の彼女は試験官であって私の味方ではない。馴れ合ってても始まらないし、邪魔になる。
 励ましをもらえただけで今は十分だ。ぶっつけ本番、意外と緊張していない。

.

358名無しさん:2021/04/24(土) 18:00:18 ID:EB69w2Q20


ξ゚⊿゚)ξ(……さて)

 何があってもギリ即死しない距離として、私は素直ヒートとの間隔を10メートルくらい空けた。
 ミセリさんはその中間に立ち、試験官らしい泰然とした様子で私達を一瞥した。
 こっちの準備は出来ているから、あとは素直ヒートがOKなら試験開始である。

ミセ*゚ー゚)リ「素直ヒート、そっちも準備はいい?」

ノパ⊿゚)「いっつ、でっも、どー、ぞっ」

 深々と腰を落とし、伸脚を繰り返しながらリズムよく答える素直ヒート。
 うなじを隠すくらいの赤いポニテは、溌剌とした彼女の雰囲気によく似合っていた。

 しかし問題は彼女の――いや素直四天王のグループ衣装だ。
 素直クールとまったく同じのドンキで買ってきた感しかない制服、あれだけはない。
 気にする私もどうかと思うが、彼女の制服姿は素直クールのそれより違和感がすごかった。


ノパ⊿゚)「……んだよじっと見て。緊張してんのか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「そうじゃないけど……あなた達って何歳なの?
       その制服、見た感じコスプレのやつよね?」

ノパ⊿゚)「……は?」

 結果、試験直前にまったく無関係な質問をしてしまった。
 素直ヒートもキョトンとしてしまい、数秒間の無音が過ぎていく。

ノパ⊿゚)「あー……なんつーか、私ら学校とか通った事なくてさ。
     まぁ形だけでも着てみるかって感じで、そのまま定着しちゃった的な……」

 彼女は制服の胸元をつまみ、気恥ずかしそうに苦笑した。

ノハ;゚ー゚)「てかそれ今聞くか? お前どういう心境なんだよ」

 私だってそう思う。だが違和感が口をついてしまったのだ。
 『そういうものだから』で片付ければよかったなと、今になって思う。

.

359名無しさん:2021/04/24(土) 18:02:48 ID:EB69w2Q20


ξ-⊿-)ξ「……別に。ちょっと気になっただけよ。
       なんか違和感あったから聞いただけ。余裕の表れなのだわ」

ノパ⊿゚)「へっ、大して強くねぇのに吠えやがるぜ」


ξ゚⊿゚)ξ …

ξ;゚⊿゚)ξ「いや、強くないとかあんま言えなくない? お互いにだけど」

 ミセリさん達の見立てのもと、私達はほぼ互角だろうと判断されていた。
 そこから考えると、素直ヒートは四天王最弱である可能性がかなり高い。
 仲間を増やせる追加ルールも、これがなければ試験が単調になると判断されたからだろう。

ξ゚⊿゚)ξ

 要するにザコ2人なのだ。
 急に自信なくなってきたな。

.

360名無しさん:2021/04/24(土) 18:04:51 ID:EB69w2Q20


ノパ⊿゚)「――おうとも。私は弱いぜ。みんなに比べりゃ2枚は落ちるな」

 しかし素直ヒートは快活に開き直り、私の小言を一蹴してみせた。
 敵なのに、なぜだか無性に励まされてしまう。

ノパー゚)「だからその分、『弱い奴の役割』ってもんは弁えてるんだ。
     ねーちゃん達もそれを認めてる。だから私に勝負を預けた。信頼関係だぜ」

 自信たっぷりに断言し、満面の笑みを浮かべる素直ヒート。
 雰囲気からしてアホの子かと思っていたが、その考え方は存外クレバーだった。
 なんかもう精神的な気位で負けている気がする。がんばれ私、がんばるぞ!


 ――恐らく、私には無いチームワークが向こうにはあるのだ。
 そしてその地盤作りを任された素直ヒート、彼女を低く見積るのは危険かもしれない。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 思い上がりは私の大敵、それを努めて自覚する。
 一発勝負は魔界の常。ここでやらねば魔の字がすたる。

.

361名無しさん:2021/04/24(土) 18:06:41 ID:EB69w2Q20


ミセ*゚ー゚)リ「はーい、そろそろ始めますよ」

 途端、ミセリさんが呑気な催促を入れてきた。
 私はその場で身構えて、真紅の魔力を首に纏った。

ξ゚⊿゚)ξ(……うん、魔力も安定してくれてる)

 ハインさんが消えて以降、赤マフラーの成形は妙に調子がよかった。
 魔力の生成&コントロールも淀みが無くなった感じで、これまた好調だった。
 その辺の描写が一行足らずで済んでるあたりすごい成長だ。過程は全カットだけども。


ノパ⊿゚)(……あの野郎、例の赤マフラーを一瞬で作りやがったな)

ノパ⊿゚)(ねーちゃんの時と同じ、事前情報とのギャップってヤツか。
      みんなを助けに行くのは確定として、まずは探りを入れとくべきか)

.

362名無しさん:2021/04/24(土) 18:11:18 ID:EB69w2Q20


ミセ*゚ー゚)リ「……時間はまだありますけど、待ちましょうか?」

 険しい表情を浮かべるヒートにミセリさんが確認を取る。
 だがその配慮は無用に終わった。
 彼女は途端に調子を戻し、鋭い視線で私に敵意を向けてきた。

ノハ#゚⊿゚)「――いつでもどうぞ、だ!」

 腰をかがめ、両手を広げてぐっと構える素直ヒート。
 どうやら彼女は真正面から私とやりあうらしい。
 まずは逃げ出し仲間を助ける、それが無難だと分かっているだろうに。

ξ゚⊿゚)ξ(敵ながら見上げた根性。場数の違いなのかしら)

 彼女の威風を眺めていると、今までない高揚感が湧いてくる。
 雑念が晴れていき、どこか懐かしさすら感じるワクワクで頬が緩む。
 子供っぽいかもしれないが、私は今、彼女との戦いをとても楽しみにしていた。

ξ゚⊿゚)ξ …?

 でも、私はここまで好戦的だっただろうか?
 まぁ私だって戦いには慣れてきたしな。大体そういうものなんだろう。

.

363名無しさん:2021/04/24(土) 18:12:49 ID:EB69w2Q20

  _
( ゚∀゚)o彡゜「うおお頑張れツンちゃん!! ぶっとばせ!!」


ミセ*゚ー゚)リ「──双方準備よし! 合図で試験を始めます!」

ミセ*゚ー゚)リ「3、2、1……!」

ξ#゚⊿゚)ξ(今日は私が追う側だ、絶対に目を離すな――!)

 ミセリさんのカウントがゼロに迫る。
 私は咄嗟に地面を踏みしめ、完璧なタイミングで前に飛び出した。

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364名無しさん:2021/04/24(土) 18:15:20 ID:EB69w2Q20
#1 >>2-65 #2 >>74-117 #3 >>122-160 #4 >>169-212
#5 >>231-266 >>271-289 #6 >>294-324

#7 >>330-363

ちょっと進捗が掛かり気味なので次の投下は8月頃にします(うまだっち)
年内に12話目くらいまでは投下したいNE…(^ω^)

365名無しさん:2021/04/25(日) 08:37:28 ID:dze8U3/s0
乙乙乙

366名無しさん:2021/04/25(日) 08:53:47 ID:EcmN9UG.0
乙!今回も面白い

367名無しさん:2021/05/01(土) 22:08:44 ID:qktqfzc20
一気読みした、面白い
八月が楽しみ

368名無しさん:2021/05/03(月) 01:40:16 ID:82B4uvrw0
乙!素直四天王のキャラ好きだ

369 ◆gFPbblEHlQ:2021/05/26(水) 17:12:51 ID:g2SMlm3o0

進捗です
8話目が書けました
9話目は10レスくらい書けています

訂正です
>>246 >>307 >>340の話数表記が#05になっちゃっていますが完全に手違いです
今回のは「ラザロと畜群は一括りの話なんだよ〜」的な解釈でゴリ押せそうなのでそうします('A`)
ミスはなるべく自供するので怪しいのがあったら教えてNE…(^ω^)

370名無しさん:2021/05/28(金) 08:33:13 ID:YTmqm.qg0
やったー!

371名無しさん:2021/08/01(日) 20:39:57 ID:ht6TpCT20

≪1≫


 〜特訓場〜


川 ゚ -゚)「……ふむ」

 遠くの方から聞こえてくる轟音。地べたに伝わる振動の数々。
 素直クールはそれらを吟味し、素直ヒートの戦況を事細かに思い描いていた。

 ――手数、威力は共に五分。
 これはしばらく助けは来ないな、と彼女は落ち着いて一考した。

lw´‐ _‐ノv「ごめん、待った?」

川 ゚ -゚) !?

lw´‐ _‐ノv「ううん、今来たとこ」(萌え声)

 と、一息ついた途端に現れる素直シュール。
 早々に予想を裏切られたクールだったが、その内心にさしたる驚きはないようだった。

川;゚ -゚)「……そうだよな、お前だったら1人でも抜け出せるか」

lw´‐ _‐ノv「まぁね。拘束用の縄が普通ので助かったよ」(萌え声)

 そう言いながら片膝をつき、彼女は見せびらかすように両手をひっくり返した。
 見るべき部分はその指先――研削用の仕込みが施された十の爪。
 束ねて使えば金属にも通用する使い切りの保険。縄を切るくらいなら造作もなかった。

lw´‐ _‐ノv「とりあえず縄切っちゃうから動かないでね」ザリザリ

川 ゚ -゚)「すまぬ」

lw´‐ _‐ノv「おかげでネイルがめちゃくちゃなのよ」ザリザリ

 シュールは縄を擦り切って、素直クールを娑婆に解き放った。

.

372名無しさん:2021/08/01(日) 20:44:02 ID:ht6TpCT20


川 ゚ -゚)「……これでこっちは3人だ。勝つだけだったらこれでいけるな」

 シュールのおかげで自由になれた素直クール。
 すらりとその場に立ち上がり、凝り固まった体をぐっと伸ばす。

川 ゚ -゚)「とはいえ、剣士としては刃物のひとつでも欲しいところなんだが……」

lw´‐ _‐ノv「あ、私は一応装備あるよ。縄を適当に編み直しただけだけど」

 クールの懸念を先回りするように語るシュール。
 彼女は上の制服をめくって見せ、すでに体に巻き付けておいた即席の縄鎧をアピールした。

川;゚ -゚)「うわぁ、手が早い」

lw´‐ _‐ノv「素手ゴロ多そうなんで防御重点よ。姉さんもいる?」

川;゚ -゚)「……いや、お前はお前で装備を整えてくれ。そうしてくれた方が心強い。
     今回私は出番少なそうだしな。このままキュートを探しに行くよ」


o川*゚ー゚)o「私なら居るけど」


lw´‐ _‐ノv「居ますが」

川 ゚ -゚)

o川*゚ー゚)o「いや普通に居ますけど」

川 ゚ -゚)「えっ?」

 素直キュートの呆気ない登場。またしても出鼻を挫かれたクール。
 妹達の頼もしさを実感すると同時に、彼女は長女としての威厳に危機感を覚えた。

lw´‐ _‐ノv「えー早いね。どったん?」

o川*゚ー゚)o「関節外したり内蔵動かしたり。縄は噛みちぎってみた」

lw´‐ _‐ノv「全部物騒でワロタ」

川;゚ -゚)「私そんなの教えてない……」

lw´‐ _‐ノv「末妹の成長速度には参ったな」

.

373名無しさん:2021/08/01(日) 20:47:19 ID:ht6TpCT20


o川*゚ー゚)o「んでこれ武器ね、日本刀」スッ

川 ゚ -゚)「えっ」

o川*゚ー゚)o「普通に落ちてたから拾っといたよ」

川 ゚ -゚)

o川*゚-゚)o「……いらなかった?」

lw´‐ _‐ノv「違うよキュート、今回姉さんは参謀的なムーブをやりたかったんだよ。
       でも全部こっちで解決しちゃったからできないんだよ。悲しいね」

o川;*゚ー゚)o「えーなにそのダルいやつ」

川;゚ -゚)「いいだろ別に! キュートありがとな!」

 複雑な長女心は置いといて、素直クールはしかと刀を受け取った。
 まずは鞘から抜いて刀身を仰ぎ、武器としての質を吟味し始める。

o川*゚ー゚)o「それほんとに普通に落ちてたんだよね。なんか支給品ぽくない?」

川 ゚ -゚)「……ああ、魔物を斬るには心許ないがナマクラでもない。
     無いよりは断然マシだが、この刀、少し妙だな……」

 怪訝そうに呟き、目を細める。
 浅い目利きでは製作者の影が見えなかったのか、彼女は殊更丁寧に刃を読んだ。

.

374名無しさん:2021/08/01(日) 20:52:34 ID:fSmKEoZA0
おいおい来てるよおいおいおい

375名無しさん:2021/08/01(日) 20:53:53 ID:ht6TpCT20


川;゚ -゚)「……やっぱり手入れが巧妙すぎる。この刀、完全に人間業じゃないか」

o川*゚ー゚)o「人間業ならよくない? ダメなの?」

川;゚ -゚)「いや、手に馴染むって意味ではむしろありがたい。
      でも絶対に地上の作りじゃないんだよ。なのにやたらと人間臭いのが引っ掛かる……」

lw´‐ _‐ノv「だったら魔界に居るんだよ。人間、しかも刀匠の」

川;゚ -゚)「うーん、そんな話は聞いた事もないがな……」

 結局それらしい結論は思い浮かばず、素直クールは疑問を抱えたまま刀を納めた。
 もしこれが新キャラ登場の布石だった場合、今後数十話は登場しなさそうだった。

川 ゚ -゚)「まぁそろそろ行ってみるか。ヒートの居場所は大体分かってるしな」

o川;*゚ー゚)o「えーもう疲れてるんだけど。それ行かなきゃダメ?」

川 ゚ -゚)「いや別に? 呼べる範囲に居てくれるなら休んでていいぞ。
     私もすぐに加勢するつもりはないしな」

lw´‐ _‐ノv「……それマジで言ってる? ヒートだけじゃ勝ちきれなくない?」

川 ゚ -゚)「分かってはいるが、最初に一騎打ちって言った手前すぐに囲んで殴るのも可哀想だろ。
     こっちも体力温存したいし、ヒートもやる気みたいだし、一旦これで様子を見てみる」

 そう言いながら鞘を携え、クールは戦いの轟音に向かって一歩踏み出した。

川 ゚ -゚)「という訳で、ヒートには悪いがギリギリまで1人でやってもらう。
     ヤバくなったら当然助ける。異論があるなら早めに言ってくれ」

o川*゚ー゚)o「すごい楽そうだしそれで」

lw´‐ _‐ノv「……ヤバい判定やらせてくれるなら」

 素直四天王は足並みを揃え、行動を開始した。

.

376名無しさん:2021/08/01(日) 20:55:59 ID:ht6TpCT20


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ――武器、という概念にはそれ自体に威力がある。

 たとえその実態が玩具や嘘の類でも、『武器として使う』と想像させた時点で効果は絶大だ。
 それが生身相手なら殊更顕著に、相手の理性を強制的に引き出す道具として大きな意味を持つ。
 だから武器には素手で挑まない。備えがあっても基本は逃亡、コスパを考えれば当然の判断となる。

ξ゚⊿゚)ξ

 ここで前回までのツンちゃんを振り返ってみよう。

 各話における戦闘を思い返すと、ツンちゃんの相手は誰もが武器を携えていた。
 そこに加えて激化薬というイレギュラーまで存在する始末。
 人と魔物の性能差はあれど、素手で戦うツンちゃんにはつらく厳しい環境だったと言わざるをえない。
 長所は潰され致命的な短所を伸ばされる不利な展開。対策なしでは負けて当然であった。

.

377名無しさん:2021/08/01(日) 20:57:15 ID:ht6TpCT20

 優しさとか自虐心とか、なまじ人間的な理性を持っているのも悪い方に働いてきた。
 相手の武器によってそれを引き出されたツンはまさに壊滅的。
 魔物のレベルでも人間のレベルでも戦えない、ひたすら中途半端な金髪ドリル女に落ちぶれてしまう。

 そしてなにより、人の理性など魔物にとってはノイズでしかないのだ。
 人の理性に魔物の素養――その相性は事実最悪だった。

ξ゚⊿゚)ξ「すみません、そふとうえあが動かないのですが」

( ´∀`)「あーこれwin用だね。マックじゃ動かないよー」

ξ゚⊿゚)ξ「win用? 私はwinnerですが…」

( ´∀`)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「モス行ったら動きますか?」

 これくらい最悪だった。

.

378名無しさん:2021/08/01(日) 21:00:04 ID:ht6TpCT20

 彼女は魔王の娘であり、その行く先は間違いなく覇道に続いている。
 それがまさか人間用スペックの演算装置で動いていたとは誰も考えない。
 とどめの不運はこの状態でも多少の成長が見て取れた事。
 確かな努力と決してゼロではない成長。周囲がそれらを多分に認め、本人のやる気を尊重した事。


 ――信頼を寄せ合うからこそ見落とされる齟齬の数々。
 誰かがそれを壊さねば、魔王城ツンの成長は早々に頭打ちになっていただろう。


 ハインリッヒ高岡、盛岡デミタス、あるいは顔すら持たない第三者。
 誰でもいい。魔王城ツンという人物を前進させるには何らかの毒が必要だったのだ。

 極端な話、卵の殻を破るだけなら床に叩きつけちゃった方が早い。
 雛鳥だったらそれで死ぬかもしれないが、魔物だったら多分大丈夫だ。
 ハンプティ・ダンプティと出るかイースターエッグと出るか、寓意表現の孵化は目前に迫っていた。

.

379名無しさん:2021/08/01(日) 21:01:48 ID:ht6TpCT20

≪2≫


 勝手知ったる荒野の特訓場。
 近距離での戦闘に終始しているため、彼女達の戦いは極めて小規模に展開されていた。

ξ#゚⊿゚)ξ「――ッ!」

 戦闘開始の初動として、ツンが真っ先に接近を選んだのは正解であった。
 相手の準備が整う前に、武器を抜かれる前にまずは動く。
 この反省は内藤ホライゾンとの一合で得られたものだった。


ノパ⊿゚)(……現状単なる打撃戦。あのマフラーも攻撃には使ってこない)

ノパ⊿゚)(威力はともかく動きはシンプル。応用の幅は狭いし、この感じだとアドリブにも弱そうだな。
     これで全力ならいいが、……まさか手加減されてんのか?)

 逃げる素振りでツンを誘い、防戦ながら情報収集をこなす素直ヒート。
 対魔物における鉄則はそもそも攻撃を受けないこと。
 その点で言えば、彼女は現在パーフェクトゲームを進行中だった。

ξ#゚⊿゚)ξ「だァらッッッ!!」

 もう何度目かも分からない必殺の拳撃が目前に迫り、空を切る。
 ヒートの回避は完璧だった。両手はひたすら捌きに徹し、必要分だけ後ろに引き下がる。

 しかし、たとえ捌くだけでもツンの打撃は驚異的だった。
 直撃せずとも余波が響き、通過列車が鼻先を掠めるような迫力に体を引っ張られてしまう。

ノハ;゚⊿゚)「ちッ――!」

 ヒートは即座に身を翻し、数度の跳躍で間合いを作り直した。
 流れをリセットし、ダメージの蓄積を確認し、ペース配分を考え直す。
 細かくクールタイムを確保して無難に立ち回る。彼女の動きは徹底的に強かだった。

.

380名無しさん:2021/08/01(日) 21:08:58 ID:ht6TpCT20


ノハ;゚⊿゚)(避けても伝わるこの感じ、素の状態での直撃は流石にキツそうだな)

ノハ;゚⊿゚)(個人的には倒せそうなんけど、……仕方ねえ。ここらが引き際と見たぜ)

 試験に際し、素直四天王側にだけ追加された特別ルール。
 『素直ヒートは捕まっている3人を救出し、戦力に加えてもよい』。

 このルールの存在からして素直ヒートの勝ち筋はじつに明瞭。
 逃げて助けて4人でボコる。単純ゆえに堅実で、そして誰でも思いつける強力な勝ち筋だ。

 しかし、その一方で『読まれやすい』という当然の欠点がある。

 たとえそうする事がベストであっても、既に読み切られている行動には多くのリスクが伴ってくる。
 魔物の攻撃は基本的には一撃必殺。魔力からくる初見殺しも数多く、低リスクでも軽視は危うい。

 即死攻撃を避け続けるしかない魔物戦、こちらの行動を読まれる事は即死に直結する。
 だからヒートも序盤は逃げず、魔王城ツンの実力を見ることにコストを割いてきた。
 彼女もプロの端くれである。自分らしからぬ判断とはいえ、そこにはしっかりと打算が組み込まれていた。

ノパ⊿゚)(最初の仕事は済ませた。向こうの基礎能力も大体測れた。
     こっちの居場所もねーちゃん達には伝わってるはずだ。こんだけうるさく戦ってるしな)

ノパ⊿゚)(――みんなだったら私を待たない。転がってでも近くに来てくれる。
     それを見つけて一旦離脱、数を増やせりゃ上々なんだが……)


ξ#゚⊿゚)ξ


ノパ⊿゚)(……難しいのは背を向けるタイミングか。決め手があるならそこで使われる。
     このまま膠着状態になっても体力負けしちまうし、どっかでアドリブ決めねえとな……)

 ツンを見据えて緩やかに拳を上げるヒート。
 彼女の武器は徒手空拳。ツンとは奇しくも同じ構えであり、ゆえに彼女には油断がなかった。
 私達はどこか似ている。ヒートは心の片隅で、ツンに対してそんな思いを抱き始めていた。

.

381名無しさん:2021/08/01(日) 21:11:23 ID:ht6TpCT20






ミセ*゚ー゚)リ(……さて、お嬢様はどう出るのか)

 主戦場から遠く離れた岩場の頂。
 ミセリはそこから目を凝らし、ツンと素直四天王の動向をそれぞれ観察していた。

ミセ*゚ー゚)リ(素直四天王はとっくに自由。集合されたらそれだけで終わる。
       あの子達の拘束を甘くしたつもりはないけど、お嬢様には酷になった)


ミセ*゚ー゚)リ(正直かなりマズい。4対1が確定してるのが何よりも厳しい。
       向こうは装備が貧弱だけど、それを加味しても相当不利な気が……)


ミセ*゚ー゚)リ(……お嬢様ってパワーは無いし動きは遅いし、技術も知識も未熟だし)※ミセリ基準

ミセ;*゚ー゚)リ(勝つだけだったら簡単なのに絶対にそれをやらないし。
       持ってる御方は発想が贅沢で困るわ。お嬢様、ここからどうするんだろ……)



.

382名無しさん:2021/08/01(日) 21:13:35 ID:ht6TpCT20


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



岩| -゚) チラリ


ノパ⊿゚)(……ん?)

 攻防の最中、ヒートの視界で人影が動いた。覗く黒髪からして素直クールだった。
 彼女は大岩の陰から顔を出すと、ヒートに対して素早くハンドサインを送ってきた。


     ∩
川 ゚ -゚)ノ  ※デカい犬が居る


川 ゚ -゚)
⊂⊂ )   ※荻窪に


ノパ⊿゚)


   ⊂ヽ
川 ゚ -゚) )  ※がんばれ



ノパ⊿゚) …?

 しかしヒートはハンドサインの大半を忘れ去っていた。
 デカ犬at荻窪という情報しか得られなかった(がんばれは合ってた)。


ノパ⊿゚) …ハッ

ノパ⊿゚)(なるほど! がんばればいいのか!)

 だが彼女の理解は奇跡的に要点を抑えていた。
 素直クールは自由の身、つまりもうインテリ思考で戦う必要はなくなったのだ。
 根っからの感覚派であるヒートにとって、その負担軽減は何よりの助力になっていた。

.

383名無しさん:2021/08/01(日) 21:15:40 ID:ht6TpCT20


ノパ⊿゚)(にしても自力で抜け出すとかすげーな。やっぱねーちゃんは頼りになるぜ……)スッ

 構えを解いて足を止め、ここまで続けてきた防戦に幕を下ろすヒート。
 苦手な仕事が消えた今、彼女の全力を邪魔するものは何もなかった。


ξ;゚⊿゚)ξ「ッ!」

 ――反撃の予兆。
 ツンは即座にブレーキを掛け、一定の距離を取って彼女を注視した。

ξ;゚⊿゚)ξ(……やっと動きを止めたけど、チャンスじゃない)

 逃げ回り、準備を整えてから反撃に出るという戦法には覚えがあった。
 最終的には負けたものの、素直クールと戦った時のツンも大体そんな感じだった。
 すぐに攻め込んで勝負を決したいのは山々だったが、安易な接近はダメだと肉体の方が予期していた。

ノパ⊿゚)「……どうした、攻めて来ねえのか?」

ノパ⊿゚)「こっちは逃げりゃあ勝ちなんだぞ。
     それが分かんねぇほどバカじゃないだろ」

 言葉に反して緩やかに両拳を上げていくヒート。
 十分に脱力した肢体は特定の型には至らず、自然体を維持したまま戦闘準備を終えていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「んなこと言うなら尻尾巻きなさいよ。そこ狙うんだから」

ノパ⊿゚)「やだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「見りゃ分かるわよ」

.

384名無しさん:2021/08/01(日) 21:21:18 ID:ht6TpCT20


ノパ⊿゚)

ノハ-⊿-)「……凝血解除」

 一言唱えて息を吐くヒート。その瞬間、彼女の体を覆うように真紅の靄が浮かび上がった。
 魔力とは違う別のなにか。ヒートの気配が、魔物にも似た人外のそれへと変化していく。

ノパ⊿゚)「……悪かったな手ぇ抜いてて。ここからはちゃんと戦うぜ」

ノパ⊿゚)「第2ラウンドだ」

 近い実力、同じ素手ゴロ、同色のオーラ。
 初めて戦う互角の相手――対するツンは今までにない高揚感を味わっていた。
 素直ヒートは好敵手に値する。そんな思いが熱を帯びて膨れ上がる。

ξ;゚⊿゚)ξ(全員、ただの人間じゃないとは思ってたけど……)

ξ;゚ー゚)ξ(……なんかもう、普通に楽しくなってきたのだわ)
                           センス
 ――武器を持たない者同士による『感覚』の戦い。
 ツンの実力を十二分に引き出すための状況は、これ以上なく完璧に整っていた。

.

385名無しさん:2021/08/01(日) 21:21:57 ID:ht6TpCT20



          #05 ラザロと畜群 その4


.

386名無しさん:2021/08/01(日) 21:22:19 ID:ht6TpCT20



 ――1ヶ月前。

 ハインとツンの特訓中へと時は遡る。


.

387名無しさん:2021/08/01(日) 21:23:35 ID:ht6TpCT20


 〜ハインの屋敷〜


从 ゚∀从「弱点が多すぎる」


ξ#)⊿゚)ξ …


从 ゚∀从「そのマフラー、はっきり言って俺の下位互換だぞ」


ξ#)⊿゚)ξ「はい」


 基礎訓練を終えたのち。
 暗雲立ち込める未来に向けて、その日2人は手加減無用のスパーリングを行っていた。

 諸般の悪癖を直すため、ツンはなるべく全力戦闘&赤マフラー常備。
 そんな彼女が心置きなく戦えるよう、ハインの方も激化能力を解禁して相手を務めていた。

ξ#)⊿゚)ξ(なのに、どうしてこんなことに……)

 そして結果はツンがボコボコ。見るも無惨なボロ負けであった。
 赤マフラーの自動防御はハインの手管に翻弄されて機能不全。
 なのにツンの攻撃は何もかも通じないのだから全部クソだった。

从 ゚∀从「ツンちゃん、俺の能力はブーンから聞いてるんだよな?」

ξ#)⊿゚)ξ「……今見たばっかりだし分かるわよ。そっちも自動防御なのよね」

 ネタが被ってて複雑なのだわ、と不満げに呟くツン。
 思春期的には父親と同じ靴下を履いてるような気分だろう。その心境は筆舌に尽くしがたい。

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388名無しさん:2021/08/01(日) 21:27:19 ID:ht6TpCT20


从 ゚∀从「そのとおり。ツンちゃんのマフラーとは似たタイプになるな」

 ハインはツンから少し離れ、再度そこで激化能力を発動して見せた。
 一瞬待つと、彼の手元にアメーバめいた運動を見せる玉虫色の液体が浮かび上がった。

                フェイル・アグレッサー
从 ゚∀从「こいつの名前は ≪制空衛星≫ 。簡単に言うと攻撃を受け流しまくる」

ξ#)⊿゚)ξ「散々やられたわよ。陰湿で腹立たしい能力しやがって」

 幾何学的に蠢くアメーバはサッカーボール程度の大きさに膨張。
 その状態を液体から固体の球形へと推移させると、己の役目を探すように空中を飛び交った。
 ハインを中心にして動く衛星の軌道。彼は視線でそれを追い、話に戻った。

从 ゚∀从「自動防御――そうまとめるのは簡単だが語弊も多い。
      この能力の核心は、防御運動を構築する諸々の処理速度にある」

从 ゚∀从「何を攻撃と捉え、どう防御するかって小難しい計算の部分だな。
      俺の場合はその計算式への理解が能力向上に直結した。つまりは勉強」

ξ#)⊿゚)ξ「……その勉強って簡単?」

从 ゚∀从




从;゚∀从「マジで地獄だった。宇宙工学は死ぬほど頭抱えた。二度とやりたくない」

ξ#)⊿゚)ξ「ではやめておきましょう」

 ツンは極めて冷静に判断して言った。
 経験豊富なジジイのハインが地獄と言い切ったのだ。ツンは一瞬で怖気づき、諦めていた。

从;゚∀从「まぁそうしときな。やって無駄になるもんでもねえけどキツすぎるから……」

ξ#)⊿゚)ξ「いっそ私も“ヤク”をキメたいのですが」

从 ゚∀从「……いや、激化薬だけはやめといた方がいい。
      あれは研究途中かつ人間用の薬物だ。何が起こるか俺にも読めねえ」

 ハインは適当にはぐらかした。

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389名無しさん:2021/08/01(日) 21:29:47 ID:ht6TpCT20


从 ゚∀从「そんでもって、今日のうちに言っときたい事が2つある」

从 ゚∀从「その1。ツンちゃんはそのマフラーの核心を知る必要があるって事だ」

 声色を落として言い、ハインは人差し指を立てて見せた。

ξ#)⊿゚)ξ「核心って、さっき言ってた処理速度とかって話?」

从 ゚∀从「そうだ。だけどツンちゃんの場合はまた別だろうな。
      魔物の力は俺にも分からん。頑張って自分で見つけるしかねえ」

ξ;#)⊿゚)ξ「……えっ、そこでこっちにブン投げるの!?」

从 ゚∀从「おうよ。ゼロからやってくんだし固定観念なんて無い方がいいしな。
      だからこっちもヒントは出さねえよ。出来る限り自分の頭で考えてもらう」

ξ#)⊿゚)ξ「そんな……」

 マニュアルなしでは生きられない現代っ子お嬢様のツンは絶望した。
 ハインは無視した。

从 ゚∀从「続けてその2。弱点が多すぎる」

ξ#)⊿゚)ξ「それさっき聞いた」

从 ゚∀从「そのマフラー、はっきり言って俺の下位互換だぞ」

ξ#)⊿゚)ξ「さっき聞いたってば」

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390名無しさん:2021/08/01(日) 21:31:24 ID:ht6TpCT20


从 ゚∀从「だから今日のところはその弱点だけ教えておく。でもすぐに直そうとしなくていい。
      魔力関連で俺が力になれない分、この分野は間違いなく時間かかるからな」

ξ#)⊿゚)ξ「答えは自分で、よね」

从 ゚∀从「そうだ。今はそれ自体が糧になる」

ξ#)⊿゚)ξ「……ねえ、言いたくないけどやり方が古臭くない?
       序盤のスピード感は大切だしもっと手軽に強化をですね」

从 ゚∀从「そう言うなって。赤マフラーの弱点はかなり露骨で見抜かれやすんだぞ。
      狙われる可能性はかなり高い。よくよく考えても損はねえさ」

ξ#)⊿゚)ξ「もう何を言っても楽ができない」

 ツンはその場に崩れ落ちてめちゃくちゃに暴れ回った。
 そういう妄想をした。

从 ゚∀从「それじゃあ弱点言ってくぞ。ちゃんと聞けよな」

ξ#)⊿`)ξ「オブラート多めでお願いします……」


 〜回想つづく〜

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391名無しさん:2021/08/01(日) 21:35:33 ID:ht6TpCT20

≪3≫


ξ;゚⊿゚)ξ

ξ; ⊿ )ξ「――ぐ、あ……ッ!」フラッ

 腹部に打ち込まれた縦拳が、ツンの骨身に痛烈な衝撃を響かせていた。
 その一撃、赤マフラーによる防御は間に合っていなかった。
 素直ヒートの攻撃は、十分な形でツンを打ち貫いていた。

ノハ-⊿-)「……ふぅ……」

 静かな呼吸に伝わる手応え。
 よろけて退くツンを前に、ヒートは呆気なく拳を下ろした。

ノパ⊿゚)(……ったく、ハインリッヒから聞いてた弱点は据え置きなのかよ。
     この程度なら本気出す意味なかったな。完全にオーバーキルだ)

 ヒートは棒立ちになって目を細めた。
 意味するところは呆れと失望――ツンに対する決定的な軽蔑であった。
 それは、ツンにとっては一番の苦痛だった。

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392名無しさん:2021/08/01(日) 21:39:50 ID:ht6TpCT20


ξ; ⊿゚)ξ「――こ……の……ッ!!」ダッ

 彼女の視線に痛みを覚え、ツンはよろけながらも威勢を取り戻した。
 勢いづけて再度飛び出し、真紅の尾を引く打撃の連携でヒートを狙う。
 その後、ツンの拳が14回ほど空を切った。

ξ;゚⊿゚)ξ「くっ……!」

 対人間なら掠るだけでも威力は十分。
 弾かれ避けられ受け流さても、攻撃自体はヒートに届き、確かにダメージを与えているはずだった。

 しかしヒートに衰えはなく、返ってくる手応えは着実に弱まっている。
 理由は明白。『凝血解除』の一言が、ヒートの中でなにかを変えたのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(こいつ、明らかに強くなってる――!)

 ツンは焦り始めていた。
 頼りの赤マフラーは弱点を見抜かれており、人と魔物の性能差も大きく縮められている。
 これまでツンが『勝ち目』として頼ってきた長所は機能不全。もはや当てにもならなかった。


ノパ⊿゚)「もういい」


 やがてヒートは冷淡に呟き、目先に飛んできたツンの拳を片手で受け止めた。
 空気が弾けて突風が巻き起こる。威力はすぐさま地面に流れ、周囲数メートルに地割れを引き起こす。

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ」

ノパ⊿゚)「こんだけ見てりゃあ威力も読める。お前、やっぱり下手な手加減してやがるな?」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ、離してよッ……!」グググッ

 掴み取られた拳を引き戻そうと力を入れるツン。
 ヒートは合わせて握力を上げた。浮かび上がった血管の輪郭が更に際立ち、腕全体が顫動を始める。
 だがその震えはヒートのものではなく、拳を全力で引き抜こうとするツンのものだった。

ξ;゚⊿゚)ξ(う、嘘でしょ――!?)

 足腰背中に腹筋と腕の力、そのほか全てに全力を込めてもヒートの握力に敵わない。
 明らかな異常事態。人間相手に起こる訳がない単純なパワー負け。
 ――たかが人間に、と。思い上がりを戒めた心がその外殻を破られていく。

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393名無しさん:2021/08/01(日) 21:43:26 ID:ht6TpCT20


ノパ⊿゚)「まぁ安心しろって。握り潰すまでは出来ねえから」

 軽く言ってから、ヒートは小さく首を傾げた。

ノパ⊿゚)「にしても不思議だな。お前、どうして戦ってるんだ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……あなた、私と喋りがしたくて手を取ったの?」

ノパ⊿゚)「え? そうだけど」

 ツンの皮肉を意に介さず、ヒートは素直に受け答えた。

ノパ⊿゚)「んでどうなんだよ。金か名誉か趣味か義務か、それ以外。
     なんでもいいけど教えてくれって。気になる」


ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……義務よ。その中から、強いて言うなら」

 ツンは少し迷ってから答えた。


ノパ⊿゚)「強いて? 煮えきらねえな」

ξ#゚⊿゚)ξ「……いいでしょ別に! だからさっさと離せってのよ――!」グイッ

 声を荒らげ力を込めるも、やはり拳は微動だにしない。
 いっそ蹴りでも入れれば早いだろうに、ツンは頑なにこの真っ向勝負から降りようとしなかった。

ξ; ⊿゚)ξ

 ――人間相手に負けを認めるなんて絶対にありえない。
 彼女の心根にある魔物としてのプライド、いつか魔王の座を継ぐ者としての矜持。
 それら全てが撤退を許さないのだ。搦手という訳でもない、素の能力での負けを断固拒否している。

 常日頃から人に寄り添い、さも滑稽に振る舞おうとも彼女は魔物だ。
 魔王の血筋にあるなら尚更、彼女の本心には人間を見下すような発想が未来永劫残り続ける。
 人に対して優しくある為の理論武装――そんなもの、いざとなったらなんの意味もないのだから。

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394名無しさん:2021/08/01(日) 21:52:18 ID:ht6TpCT20


ノパ⊿゚)「ここで離してどうなるんだよ。勝ち目ねえだろ」

ξ; ⊿ )ξ「……黙れ、勝手に終わらせるな……!」

 数秒待ってから、ヒートは顔を背けて溜息を吐いた。


ノパ⊿゚)「……うちらは傭兵だ。色んなもんを相手にしてきた。
     その経験に言わせるとお前は普通すぎる。それを不気味と言えなくもないがな」

ノパ⊿゚)「別にこっちも見境なく化け物狩りをしてる訳じゃない。
     金になる仕事を心置きなく。殺すのは悪いヤツだけ、慎ましくってな方針だ」

ノパ⊿゚)「となるとだ、今回の依頼はまるで筋が通らねえ。
     金にならない、悪いヤツでもない。これを殺せってのは話が変だ」

ノパ⊿゚)「いつか魔王になるって言っても今すぐじゃないなら私らには関係ねえし。
     てかお前魔王になっても人間殺さねえだろ? ハインの話とイメージが違うんだよな……」


ξ;゚⊿゚)ξ「……あなた、結局なにが言いたいのよ」

ノハ-⊿-)「分かんねえかなぁ、仕事になんねえって話だよ。
      納得いかねえ。やりにくい。ハインにぜってー騙されるしムカつく。そんだけだ」

 困ったように間延びした声。
 ヒートはそこでツンの拳を手放した。それからすぐに頭をかいて、もどかしそうに腰に手を当てる。

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395名無しさん:2021/08/01(日) 21:56:12 ID:ht6TpCT20


ノパ⊿゚)「無害な相手は殺さない。金にならない相手も同上。
     お前はとっくにそういう相手なの。直接やって、私は個人的にそう判断した」

ξ;゚⊿゚)ξ(こ、こいつ……私みたいな事を……!)

 自分より弱い相手に対する同情的な優しさ。一方的な倫理道徳。
 それは身に覚えがある言動だったが、反論は思いつかなかった。
 彼女にはそれを口にできるだけの実力があるのだ。ツンのように分不相応ではない。

ノパ⊿゚)「戦うの自体は好きだから別にいいんだよ。
     この試験だって付き合わなきゃ何されるか分かんねえし」

ノパ⊿゚)「かといって、こんな半端に戦うってのも気分が悪い。
     嫌々ながら、敵でもない奴を倒して生き延びるなんざ死ぬほどダセえだろ」

 二律背反を呆気なく口外し、彼女は鼻で笑った。

ノパ⊿゚)「そもそもお前さ、弱点が多すぎるんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「なッ――!」

 ハインに続き、このタイミングで3度目の死体蹴り。
 衝撃のあまりツンはのけぞり、ぎょっとした風に胸に手を当てた。

ノパ⊿゚)「ねーちゃんの居合技を受けた時、そのマフラーは反応が遅れたんだよな?
     さっき拳を掴んだ時なんて反応すらしなかったよな? なんでだと思う」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……攻撃に、意識を割いてたから」

 ――その指摘は1ヶ月前にハインからも教えられている。
 故に答えは用意してあった。口にすべきか迷ったが、ツンは正直に答えていた。

ノパ⊿゚)「いや自覚あんなら直しとけよ」

ξ゚⊿゚)ξ「はい」

 ごもっともだった。

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396名無しさん:2021/08/01(日) 22:01:26 ID:ht6TpCT20



ノハ;゚⊿゚)「……んだよ、分かってんのかよ……」ポリポリ

 試験ならばと助け舟を出した瞬間、それが沈没。
 ヒートは首を回して考えあぐね、どうしたもんかと呻きをこぼした。

ノハ;゚⊿゚)「なんつーかさぁ、私は張り合いが欲しいんだよ。
     これもう仕事じゃねえし。殺し合いでもねえし。お前弱いし……」

 言葉の後、溜息未満の呻き声が句点を打つ。
 顔を上げたヒートの視線は、そのまま特訓場の天井を仰ぎ見た。

ノパ⊿゚)「……あー、もういいか……」

ノパ⊿゚)「善人殴るのは気が引けるけど、まあ、しょうがねえか……」

 一人合点、そしてヒートは拳を構えた。
 すっかり覇気を失った心のまま、第3ラウンドのゴングに手を掛ける。


ノパ⊿゚)「他の弱点とかも分かってんだろ? なのに直せてないと。
     だったらもう言うことねえわ。さっさと終わらせ――」

ノハ#゚⊿゚)「――るッ!」

 それは瞬間移動に等しい踏み込みだった。
 またたく間もなく、一瞬にしてツンの眼下に陣取る素直ヒート。
 彼女は即座に狙いを絞り、ひねりを乗せたショートアッパーでツンを急襲した。

ξ#゚⊿゚)ξ「ッ!!」

 しかしヒートの不意打ちは不発だった。ツンの認識が追いついていた。
 ヒートの拳は赤マフラーに止められており、それ以上の接近を許されなかった。

ノパ⊿゚)「……ほんと、マフラーだけは一級品だな」

ξ#゚⊿゚)ξ「だけじゃねえっての……!」

 不意打ちに備えていたのではない。ツンはそもそも気を抜いていなかったのだ。
 取ってつけたる常在戦場――各種弱点を補う努力の結果、ツンも少しは戦場に慣れてきていた。

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397名無しさん:2021/08/01(日) 22:05:50 ID:ht6TpCT20


ノハ#゚⊿゚)(――だったら弱点を突く!)

 ヒートは僅かに拳を引いて、赤マフラーとの間に数センチの隙間を空けた。
 鼓動1回分にも満たない短い呼吸。それで準備は終わっていた。

ノハ# ⊿ )「すゥッ……!」

 瞬間繰り出されたのはジークンドーの流れを汲むワンインチ・パンチ。
 その一撃は爆発的な衝撃を生み、防御の隙もなくツンを上空に打ち上げた。

ξ; ⊿゚)ξ(マフラーごと押し込まれた――ッ!)

 本体のツンではなく赤マフラーそのものを狙った機転の技。
 空に上ったツンを見ながら、ヒートはなおも赤マフラーの性質を読み解いていた。

ノハ#゚⊿゚)(やっぱりマフラーを狙えば反応してこねえな!
      つまりあれごと殴れば問題なし! 下がった威力は数で補う!)

 数多くの実戦で鍛えられた直感的な目算。
 この経験則の有無こそがツンとヒートの決定的な差異だった。

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398名無しさん:2021/08/01(日) 22:14:16 ID:ht6TpCT20


ノハ#゚⊿゚)「おらっ! 死ね!」

ξ;゚⊿゚)ξ「表現が愚直!」

 着地と同時に後ろに跳躍。ツンは急いで距離を取った。
 もちろんヒートは後退を許さない。瞬時に追いかけ、弱点通りに赤マフラーを狙う。

ノハ#゚⊿゚)(私の読みが合ってるなら――これも通る!)

 今度の攻め手は打撃ではなく掴みだった。
 ヒートは赤マフラーを片手に巻き取り、たぐり寄せると同時にもう一方の拳を奔らせた。

ξ#゚⊿゚)ξ(大丈夫、防御は余裕で間に合ッ――)

 ヒートの攻撃に合わせて自動防御が発動、マフラーの端が彼女の拳を受け止める。
 しかしそれとまったく同じタイミングで、ツンの頬にはヒートの拳が打ち込まれていた。


ξ;#)⊿゚)ξ(――えっ)


 自動防御は確かにパンチを受け止めている。
 打ち込まれたのは赤マフラーを巻き取った方の、マフラーを掴むのに使った最初の一手だった。

 そもそも赤マフラーは1本の布地である。片側を引っ張ればもう片方はそれだけ短くなる。
 自動防御を行う場合その一方に布地が集約されるのだから、そこで生まれる伸縮も当然大きくなる。

 ヒートは初手でマフラーを掴み、続く二手目で自動防御をあえて発動させた。
 彼女はその際に生まれた伸縮に拳を乗せ、ツンの顔面に当たるよう僅かに軌道を修正したのだ。


 結果からすると、マフラーに引っ張られた拳がたまたま攻撃の体を成してしまっただけ。
 彼女の意思による攻撃ではないので、こっちの攻撃に自動防御が反応する理由も存在しない。

ノハ#゚⊿゚)(――なるほど)

 赤マフラーを逆手にとった攻撃でも自動防御を突破できる。
 それに気付いた素直ヒートは、もはや赤マフラーを脅威だとは思わなかった。

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399名無しさん:2021/08/01(日) 22:17:16 ID:ht6TpCT20


ξ; ⊿゚)ξ(こんの 【※放送禁止用語※】 が……ッ!)

ノハ#゚⊿゚)(間接的な攻撃にも反応しねえ、なら――!)

 この瞬間の主導権はヒートにあった。
 彼女の方が動きも速く、ツンの対応は間に合わない。

 次の瞬間、ヒートは既に赤マフラーの両端をその手に握り込んでいた。

ノパ⊿゚)「――このままブン投げたらどうなる?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……やッ」

 ヒートは一気に布地を巻き取り、背負投の要領でツンを放り投げた。
 ツンの制止は半ばで途絶え、地面の砕ける音があとに続いた。

.

400名無しさん:2021/08/01(日) 22:22:19 ID:ht6TpCT20


ξ; ⊿ )ξ「――あ゙……ッ!」

 振り子のように加速をつけられ、脳天から一気に地面に叩きつけられるツン。
 彼女の体はボールのようにバウンドし、ヒートは続けて2回目の投げに移った。

ノハ#゚⊿゚)「いくぞォォォォォッ!!」

 マフラー自体に害がないならこれほど掴みやすいものもない。
 そして当然2回では終わらない。3回、4回、5回と、ヒートは休む間もなく同じ動きを繰り返した。

ξ; ⊿ )ξ(――ヤバい、これすごい効く)

 首や背中や脳天などに次々と衝撃が迸る。
 マフラーのせいで首元は特に締め付けられており、1回ごとに気道が押し潰れていく感触があった。
 しかしヒートは意に介さない。ツンを使って地面を叩き、徹底的に同じことを繰り返す。

ノハ;゚⊿゚)「――……ふう」

 分速60回をキープして4分後、ようやく一息。
 そして彼女はプロなので、続けてもう1セット同じことをした。
.

401名無しさん:2021/08/01(日) 22:25:10 ID:ht6TpCT20

≪4≫


 〜回想シーンの続き〜


从 ゚∀从「と、以上がツンちゃんの弱点だ」

ξ゚⊿゚)ξ「穴だらけじゃないですか自分……」

 赤マフラーの弱点を一通り聞いたツンは地面に横たわっていた。
 情緒はめちゃくちゃになり、全部おしまいだった。

ξ゚⊿゚)ξ「なんでそんなマジレスするん……」

从;゚∀从「今後の為だよ。なんとか持ち堪えてくれ」

 自動防御の抜け穴はハインから見てもかなり多かった。
 防御するものしないもの、その判別があまりにガバガバなのだから。

从 ゚∀从「ツンちゃん、そのマフラーって実際どのくらい操れてるんだ?
      マニュアル操作の目があるなら自動防御の欠点も穴埋めできそうだが」

ξ゚⊿゚)ξ「耳を動かすレベルですが」

从 ゚∀从

ξ゚⊿゚)ξ


从;-∀从「……あのな、勝手に動くものと連携が取れないってのは相当ヤバいからな。
       いざって時に逆手に取られたら一発で終いだ。場馴れした相手はすぐ狙ってくるぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ「そうよね、私も本当は自由自在に操作したいんだけど……」

从 ゚∀从「いや本人が弱かったら操れても意味ねえよ」

ξ゚⊿゚)ξ「なんなのよなんなのよなんなのよ」ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 ツンは転がり回って抵抗した。
 なにもおこらなかった。

.

402名無しさん:2021/08/01(日) 22:26:00 ID:ht6TpCT20


从 ゚∀从「要するにさ、ツンちゃんに足りてないのは危機感なんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「こんな最初から戸愚呂弟レベルの指摘まで来るのかよ……」

 もっと楽して強くなりたい。帰って寝たい。
 ただそれだけがツンの本心だった。

从 ゚∀从「身の危険を感じてる時なら赤マフラーはちゃんと動く。でもその意識は永続じゃない。
      攻撃なんざ身の危険を承知でやるもんだしな、そこでマフラーの防御判定が途切れちまうんだ」

从 ゚∀从「そんで何よりヤバいのがマフラー自体への攻撃に無反応なことだ。
      相手の敵意がツンちゃん自身に向かない限り、そのマフラーは殆ど無価値だぞ」

ξ゚⊿゚)ξ「むかちて」

从 ゚∀从「そこに加えて、今のツンちゃんは戦うってこと自体にも慣れてねえ。
      色んなもんに気を取られて、随所で動きが鈍っちまうのも当然ではある」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「もう心の眼とかで何とかなりませんか」

从 ゚∀从「おお、その方面なら自信あるのか?
      だったらもうちょい簡単に――」

ξ゚⊿゚)ξ「ないですわよ」

从 ゚∀从

ξ゚⊿゚)ξ

.

403名無しさん:2021/08/01(日) 22:28:03 ID:ht6TpCT20


从 ゚∀从「……とまぁ、今のツンちゃんがマジ最悪なのはよく分かったと思う」

ξ゚⊿゚)ξ「マジ最悪で申し訳ない」

从 ゚∀从「かといって、残り時間を考えると弱点を克服してる余裕もない。
      さっきも言ったが、こればっかりは急がば回れだ。弱点はゆっくり直すしかない」


从 ゚∀从「――だが解決策はある。とびきり無難で簡単な方法がな」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、ここから入れる保険があるんですか!?」

从 ゚∀从「ぶっちゃけマジで死活問題だしな。でも練習量はかなり多いぞ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「練習します!! それが一番楽ならば!!」

从 ゚∀从「そりゃよかった! 安心しな、空気力学の実用性は俺が保証する!」


ξ゚⊿゚)ξ


 空気力学(くうきりきがく、英語: aerodynamics)とは流体力学の一種、天使の科学。
 空気(または他の気体)の運動作用や、空気中を運動する物体への影響を扱う。(wikipedia)


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「あー……」

从 ゚∀从「勉強、頑張ろうな」


 〜回想おわり〜

.

404名無しさん:2021/08/01(日) 22:30:22 ID:ht6TpCT20


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



ξ; ⊿ )ξ「……ぅ……」



ノハ;゚⊿゚)「ハァ……ハァ……」

 ヒートは呼吸を荒らげて肩を上下させ、やりきったと言わんばかりに額の汗を拭っていた。
 9割殺すつもりでやってしまったため、結局500回以上は地面に叩きつけてしまった。
 体力の消耗はかなり激しい。ヒートも地面に腰を落とし、ツンを見ながら体力回復に努めた。

ノハ;゚⊿゚)(いやはや、体の頑丈さはしっかり魔物だな。こんだけやっても鼻すら潰れてねえわ……)

 ツンの体は無数に傷つき、露出した肌は例外なく血に濡れている。
 切傷、青あざ、血だらけの状態で地に伏せった魔王城ツンは、しかし辛うじて意識を保っていた。
 無論ヒートもそれを分かっている。場合によっては続きがあると、彼女は早くも次に備えていた。

.

405名無しさん:2021/08/01(日) 22:33:43 ID:ht6TpCT20


ξ; ⊿ )ξ「……あなた、優しいのね。ミセリさんなら蹴って起こすのに……」

ノハ;゚⊿゚)「……頼むから寝ててくれって。魔物相手に体力勝負なんかやりたかねえんだよ。
     それでもやるなら覚悟しろよ。色々折ったり潰したりするからな」

ξ; ⊿ )ξ「お生憎様。このくらいの物理攻撃だったら――」ググッ…

 ツンはそう言いながら両足を上げ下ろし、跳ねるような勢いで地面に立ち直った。

ξ;゚⊿゚)ξ「――食らい慣れちゃってるのよ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ(ミセリさんでも滅多にやらないレベルだけどね!!)

 ミセリのおかげと言うべきか、ツンの物理に対する耐性はめちゃくちゃすごい。
 刃物相手では相性的に発揮されない努力の賜物が、ヒートを相手にようやく日の目を拝んでいた。


ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ ハァ…



⊂ξ#゚⊿゚)ξ  いらんわもう!!
 /   ノ∪
 し―-J |l| |
        人 ペシッ!!
       〜


 そしていよいよ、ツンは赤マフラーを脱いで地面に投げ捨ててしまった。
 そりゃ相手にこれだけ悪用されたらキレたりもする。
 AA表現が死ぬほど簡略化されている辺り、すごく怒っている。


ξ#゚⊿゚)ξ「クソが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

.

406名無しさん:2021/08/01(日) 22:36:39 ID:ht6TpCT20



ノハ;-⊿-)「……ま、そりゃもう頼れねえわな」ヨッコラセ

 ツンに応えてふらりと立ち上がるヒート。
 かといって、一度冷めきった彼女の心が再び熱気を取り戻すこともなかった。

ノパ⊿゚)「で、なんか変わんのかよ。勝ち目どんどん無くなって――」

ξ#゚⊿゚)ξ「変わるわよ!!」
 つ魔と

 ヒートの小言をかき消すように、キューティーハニーめいた一声が戦場に響き渡る。
 ツンはキレ気味で魔力を再生成、魔力の成形へと一瞬で工程を進めていく。
 堰を切るように溢れ出す真紅の魔力。彼女を起点に激流が渦巻き、大量の砂塵が空に舞う。

ノハ;゚⊿゚)「――な、」

 その驚嘆は無理からぬものだった。
 魔王城ツンの魔力制御が今なお壊滅的なのは赤マフラーの挙動からして明白。
 そこに更なる負担をかければどうなってしまうのか、それを想像できないヒートではなかった。

ノハ;゚⊿゚)「おい待ておい待ておい待て!! それ下手にやるとオーバーヒートするヤツだろ!?
      ちょい1回落ち着けって!! 暴走とかマジでやめろ、せめて真面目に考えてから――!」

ξ#゚⊿゚)ξ「ミセリさん居るし大丈夫よ!! 最悪もう道連れにして死ぬ」

ノハ;゚⊿゚)「ほらもう危険思想がチラついてんだよバカッ!」ダッ

 ――本来ならば即撤退を決める場面。
 しかし相手は自爆覚悟。素直クールが近くに居るなら巻き込まれる可能性はかなり高い。
 何としてでも止めなければ。素直ヒートの脳内に、ここで退くという発想は少しも過ぎらなかった。

.

407名無しさん:2021/08/01(日) 22:42:01 ID:ht6TpCT20






 ――魔力生成は必要最小限。制御が効くよう、なるべく抑えて流れを作る。
 成形ではとにかく簡単なものをイメージ。赤マフラーは一旦忘れ、望むものへと想像力を分配する。

ξ# ⊿゚)ξ

 この1ヶ月、ツンが魔力に関して徹底してきた注意は以下の通り。
 ひたすら基本に忠実に、勢い任せにせず、手を抜かないこと。

 よくよく思えば赤マフラーは「なんか布になれ!」で生まれたような代物だ。
 そんなもん制御が効かなくて当然。全容が不透明な道具など当てにする方が間違いだったのだ。

 ――だからこそ、今度のイメージは『糸』にまで遡る。
 一旦そこまでパーツを分解し、赤マフラーに欠けていた細部の情報量を徹底的に底上げする。
 作業としては単なる編み物。しかし、魔力成形が苦手なツンはここで全力を出さねばならなかった。

ξ; ⊿ )ξ(集中しろ、集中が途切れたら糸もダメになる……ッ!)

 ツンがこれから編み上げる物質はマフラーではない。
 構造的にはより単純だが、その設計には人間界の知識が多く含まれている。
 彼女は今、魔力成形の初歩技術だけでは作り出せないクオリティを人の知識で実現しようとしていた。

ξ; ⊿゚)ξ(……図面通りに、綺麗に、私は線をなぞるだけ……!)

 集中して基本を徹底すれば糸は作れる。問題は糸の量産とそれを編み上げる最終工程。
 失敗は多いが構わない。糸はあくまでイメージの最小単位、最終地点はこの先にある。
 とにかく基本を第一に。他に手段は無いのだから、初期装備でも可能なブラッシュアップに全力を尽くす。
 魔力の糸を平織りに、速く、正確に、目指す形へと着実に近づけていく――。


.

408名無しさん:2021/08/01(日) 22:46:58 ID:ht6TpCT20





ノハ;゚⊿゚)「――ッ!?」 ズザッ


 異様な気配を感じ取り、ヒートは咄嗟に足を止めた。
 ツンの暴挙を止めるべきだという直感は、『これ以上近付くな』という真逆の意見に切り替わっていた。

 ――ツンの周囲に吹き荒ぶ真紅。その一切が唐突に勢いを失い、色彩を失っている。
 そこにあるのは真っ黒な暗雲。魔王城ツンを丸ごと覆い隠して余りある、底の見えない真っ暗闇だった。
 動から静へと一転する空気。戦闘開始から10分以上が経過して、ヒートは初めて身の危険を感じていた。。

ノハ;゚⊿゚)(……なんだ、どっちだ?)

 どんよりと棚引く暗雲の中に、ヒートはハッキリとした実像を捉えた。
 風に揺らめくカーテンのようなものがはたはたと波を打っている。

 しかし、ヒートの視線はその更に奥へと釘付けになっていた。
 こちらは逆に姿が薄く、実像と言えるだけの輪郭は見えてこなかった。




(::::::⊿)


 ――だが、闇の向こうには間違いなく何かの影があった。
 この場でただ1人、素直ヒートだけが、そこに揺らめく正体不明の影を目視できていた。

.

409名無しさん:2021/08/01(日) 22:50:54 ID:ht6TpCT20



ξ; ⊿ )ξ「……かなり練習したのに、実戦だとボロ布ね……」グッ

 暗闇の中、ツンは波打つカーテンを手に取って暗雲を薙ぎ払った。
 ぶわ、と一掃されて掻き消える黒の檻。
 魔力成形を終えた彼女の手には、身の丈ほどの黒いボロ布が握られていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……驚かなくていいのだわ」

ξ;゚⊿゚)ξ「このマント、本当に初歩的なやつだから」バサッ

  マント
 外套と呼ぶにはあまりに拙い一枚布。
 そのボロ布を広げて羽織ると、ツンは再び戦意に火を灯した。


ノハ;゚⊿゚)

ノハ;゚⊿゚)(いや、そっちは別に……)

 あんな外套くらいで私が足を止めるはずがない。
 それよりも、さっきの暗雲には絶対に何かが潜んでいた。

 暗雲と一緒に消えはしたが、ヒートの危機感は未だあの影に囚われたままだった。

ノハ;゚⊿゚)(……さっきのヤツ、ねーちゃんが見たっていう『倒した後に現れた何か』か?
      魔王城ツンの想定外のひとつ。すぐに消えた辺りも一致するけど……)

 しかし確たる答えはない。記憶は早くも朧げで、件の存在は頭の中からするすると抜け落ちていった。
 まぁいいか、消えたし。
 ヒートはあっさり切り替えて目先のツンに集中した。


.

410名無しさん:2021/08/01(日) 22:54:27 ID:ht6TpCT20



ノパ⊿゚)「……で、なんだよその布。ていうか最初から作っとけよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「こっちは集中しなくちゃ作れないのよ。
       足止めできてれば普通にやってたし、本当はもっと綺麗に作れるし……」

 言い訳半ばで膝を折り、ツンは地面の赤マフラーを拾い直した。
 砂を払って綺麗に整え、いそいそと首に巻き直していく。

ノハ;゚⊿゚)「えっ、お前それまた巻くの? もう使わねえ方がいいって……」

ξ#゚⊿゚)ξ「つーかーいーまーすー!!」

ノハ;゚⊿゚)「1回投げ捨てたじゃん……」

 赤マフラーに黒い外套、中には普通の制服という完全防備の冬仕様。
 ついにビジュアル面での完成を果たしたツン。意気揚々と両拳を作り、ヒートの闘志を挑発して見せる。


ノパ⊿゚)

ノハ-⊿-)「……続ける気なら、さっき言った事は覚えてるよな」

 するとヒートは呆れたように首を鳴らし、

ノハ#゚⊿゚)「後悔すんなよ」

 次の瞬間ハートに火を点け、最後のゴングを打ち鳴らした。

.

411名無しさん:2021/08/01(日) 22:57:30 ID:ht6TpCT20

≪5≫



(´・_ゝ・`)「……お前あっちに居なくていいの? いま試験中でしょ?」

川д川「いいのよ。いざとなったら空間ごと止めるし」

(´・_ゝ・`)

(;´・_ゝ・`)「そんな事までやれんの!? 逆に今まで何してたんだよ……」

 試験開始からちょっと経ったくらい。
 別段仕事のない貞子は魔王城家のリビングに戻っており、盛岡デミタスと一緒に暇を潰していた。
 傷を負った首元――ひいては喉が本調子に戻っていないのか、盛岡の声色は少し濁っている。

(´・_ゝ・`)「あーあ、試験どうなるんだろうね。気になるね」

川д川「当初の予定に比べれば簡単すぎるくらいよ。可能性は十分ある」

(´・_ゝ・`)「……可能性だけ? 案外厳しいのな」

川д川「当然でしょ。今のお嬢様がどんな状態か、分かってないあなたじゃないと思うけど」

 ツン本人はまだ知らないが、今の彼女は平常とは言いがたい状態にあった。
 それがどちらにどう転がるのか――貞子の憂慮は未だ明確な結論には至っていなかった。

.

412名無しさん:2021/08/01(日) 22:59:26 ID:ht6TpCT20


(´・_ゝ・`)「……妖刀首断ち、あれの話か」

 シリアス気味な貞子に合わせ、盛岡は神妙な顔を作って呟いた。
 大体全部ハインが悪いソードこと妖刀首断ち。
 今となっては破壊済みだが、あの舞台装置が持つ役割を盛岡は熟知していた。

川д川「私が作ったあの妖刀、ただの人間に使えるわけないんだけどな……」

(´・_ゝ・`)「そうだね」

 そうだね、という優しい気持ちで彼は頷く。

(´・_ゝ・`)「でも俺が破壊したんだろ? 暗示は消えた、なんの問題もない」

川; д川「いやそんな簡単じゃないってば。悪影響が残ってても不思議じゃないし……」

 楽観的な盛岡に釘を刺す意味で、貞子は内心の不安を語り始めた。

川д川「重りを外せば身軽にはなるけど、制御できない身軽さなんて自滅を招くだけ。
     お嬢様はその辺のコントロールが壊滅的だから特にね。最悪死ぬと思う」

(´・_ゝ・`)「えー死ぬの。死ぬのはよくないよ」

 命をなんだと思っているんだ。
 盛岡は胸を痛めた。泣いちゃうかと思った。

.

413名無しさん:2021/08/01(日) 23:01:41 ID:ht6TpCT20


川д川「……あのね、勝手に刀を破壊したあなたにも責任はあるのよ。
     せめて暗示の内容さえ分かれば対処も可能だったのに……」

(´・_ゝ・`)「だからごめんって。じゃあもう止めに行く? 水を差すのは得意だぞ」

川д川「そうしたいのは山々だけどね。見守りはすれど、こうなったらもう邪魔はできないわ」

 入り組んだ杞憂を噛み潰して頭を振る貞子。
 打算を伴うその判断、罪悪感が無いと言えば嘘になる。

川д川「私とミセリは今回の試験を切欠として利用することにしたの。
     今後も地上で暮らしていくなら、いつかお嬢様には『あの力』が必要になる」


(´・_ゝ・`)

(´^_ゝ^`)「へぇ〜!!!!!! 『あの力』ですか!!!!」

(´^_ゝ^`)「それは気になるなあ!!!!! 見てみたいなあ!!!!!!!」


川; д川「……いきなり大声出さないでよ。そこは周知の事実でしょ。
      大界封印とお嬢様の関係、魔王軍なら誰でも知ってるじゃない」

(´・_ゝ・`)「ああそうだっけ? 最近ちょっと記憶がね、すげぇ古い話だし……」



.

414名無しさん:2021/08/01(日) 23:03:53 ID:ht6TpCT20






(´・_ゝ・`)(……魔王城ツンの弱体化、その要因は色々ある)

(´・_ゝ・`)(妖刀による抑圧と錯誤の暗示、内藤ホライゾンの不在。
      なぜかこの2つだけは解決してるが、特に厄介な『大界封印』がまだ残ってやがる)


(´・_ゝ・`)(なので、そこは無視して魔王化に特化させていく。
      予定じゃそうするはずだったんだが、どういう訳だかまだ誰も死んでない)

(´・_ゝ・`)(相談しようにも上司は音信不通。借りてた特権も残ってない。
      あの大層なネーミングの計画はどうなったんだよ。どうしてこうなってる)



(´・_ゝ・`)(……というか、なんで俺がハインと戦ってて、しかも負けてるんだ?)

(´・_ゝ・`)(刀を壊した覚えもない。でも貞子の調べじゃ俺が破壊したらしい)

(´・_ゝ・`)(ここも記憶が食い違ってる。あの妖刀は『殺して奪う』が正解なのに)

(´・_ゝ・`)(どうして壊したんだ俺。あれすげー悪用しなきゃいけなかったのに……)



(´・_ゝ・`)(いやー)

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)(なんだこれ)


.

415名無しさん:2021/08/01(日) 23:12:45 ID:ht6TpCT20



川д川「あーそうそう。あなたに返すものがあるんだった」

(´・_ゝ・`)「しっぺ返しなら受取拒否だぜ。一発そこらじゃ済まないからな」

川; д川「違うわよ。素直四天王の押収品にあなたの所持品があったの。
      見ると面倒な気がしたから中身は見てない。危ない仕掛けが無いのはチェックしといたけど」

(´・_ゝ・`)「……えっ? 財布? それ俺の話?」

川д川「……うん、お財布。まさか気付いてなかったの?」

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「いや、それまったく心当たりが無いんだが」

 盛岡は素で答え、顔に出さないまでも強い困惑を覚えていた。
 『彼ら』の目的において素直四天王の存在はほぼ無意味。接点は何も無いはずだった。
 またも何かが食い違っている。自分自身の行動なのに、盛岡は少しも理解ができなかった。

川д川「でもあなたがお嬢様に渡したんでしょ? あなたの記憶にもそんなシーンが残ってたし。
      それがどうして向こうに渡ったかは知らないけど、財布くらい大事に持っときなさい」

(´・_ゝ・`)「……俺もそう思うよ……」

 そうして盛岡が受け取ったのはエルメスの長財布。
 大した思い入れはないが、これを他人に渡す自分というのを盛岡は想像できなかった。

 他人の記憶を読み取るくらい貞子には朝飯前だ。
 そんな彼女の魔術によると、先日盛岡は自分の財布を魔王城ツンに明け渡していたらしい。
 で、回り回って素直四天王の手に渡ったとのこと。ちなみに中身は全部使い込まれていた。

.

416名無しさん:2021/08/01(日) 23:14:38 ID:ht6TpCT20


(´・_ゝ・`)

 ――ありえない、と盛岡は脳裏で断言する。

 金銭はどうでもいい。ありえないのは欠落した記憶の中に居る『盛岡デミタス』の言動だ。
 予定にない台詞、予定にない行動、意味のない選択の数々。
 今の自分からでは考察も間に合わないほど、その『盛岡デミタス』は別人として機能し過ぎていたのだ。


(´・_ゝ・`)(……まさか個人単位でミッシングリンクを引き起こされるとはな。
       しかも恐らく自作自演だ。『盛岡デミタス』は自分で自分を排除している)

(´・_ゝ・`)(記憶は消した。だが消したこと自体には気付かせようとしている。
      俺に限界が来たなら誰かしら始末に来てるはずだし、恐らくこれは深入り厳禁の……)


 そこまで推察を進めておきながら、盛岡は誘惑に負けて財布をおっ広げた。
 不完全な情報をつなぐ手掛かりが目の前にあるのだ。暴かない理由は無い。


(´・_ゝ・`)
  つ□

 ――そして彼は、財布の中にメモを見つけた。

.

417 ◆gFPbblEHlQ:2021/08/01(日) 23:19:03 ID:ht6TpCT20

#1 >>2-65 #2 >>74-117 #3 >>122-160 #4 >>169-212
#5-1 >>231-266 >>271-289 #5-2 >>294-324 #5-3 >>330-363

#5-4 >>371-416

次回投下は1週間後くらいです
物理ばかりなので魔法などの描写がしたいなと思いました
書き溜めはあと3話分あるので順次投下していきたいと思います

418名無しさん:2021/08/02(月) 00:14:16 ID:vSvJeoDA0
楽しみにしてたんだ、完結するまで追い続けるぜ

419名無しさん:2021/08/02(月) 03:52:26 ID:OJByGvDI0


420名無しさん:2021/08/02(月) 19:57:04 ID:3Xg0YNFU0
1週間後!?めちゃ嬉しいな…

421名無しさん:2021/08/03(火) 22:17:17 ID:yDJ05fuo0

ツンちゃんが一矢報いる日は来るのだろうか

422名無しさん:2021/08/10(火) 20:45:29 ID:q9XV82ww0

≪1≫



ノハ#゚⊿゚)「後悔すんなよ」

 吐き捨てるように言った直後、ヒートは影を切るような速さでツンに迫った。
 電光石火の火花が奔り、ツンの背後に最速で回り込む。ヒートは再三マフラーを掴もうとした。
 しかしその直前にツンが振り向き、勢いづいた肘鉄が顔面へと飛んでくる。

ノハ;゚⊿゚)(――反応だけは一級品かよ!)

 頭を引いてヒートは辛うじて肘を避けた。
 そのまま向き合う形になった両者は即座に構え直し、先手は取られまいと互いに拳を打ち出した。

ξ; ⊿ )ξ「……ッ!」

ノハ#)⊿゚)

 早撃ち勝負は互角の末、2人それぞれが一撃を貰っていた。
 しかし当たりどころが悪いのはツンの方。前回同様のショートアッパーを下顎に打ち込まれている。
 この一撃でツンの視線は空を向き、激しく揺れた脳みそが一瞬思考を止めてしまう。

ノハ#)⊿゚)

 ヒートにとっては完璧な間合い、勝負を決する絶好の瞬間。
 逃すべきではない勝機――ヒートはそれを分かっていながら瞬時に後退を選んでいた。
 引いて数メートルの間合いを作った後、彼女は頬の痛みを乱暴に拭い取った。

ノパ⊿゚)(……威力が、上がった?)

 さっきまで大した威力ではなかった攻撃が無視できないダメージを与えてきた。
 ヒートはその事実を重く受け止め、一旦頭を冷やして長考に入った。

                        マント
ノパ⊿゚)(間違いねえ。あいつ、あの外套で何かを変えやがった)

 ツンの動きが想定から外れつつある。
 先程作ったあの黒い外套を中心に、ヒートは改めてツンを注視する。

.

423名無しさん:2021/08/10(火) 20:51:02 ID:q9XV82ww0


ノパ⊿゚)(……魔力による身体強化が妥当な線。
     だけどそれよりマフラーが気になる。自動防御はどこいった?)

 さっきのショートアッパーは赤マフラーに防御されなかった。
 ツンは初動でヒートの動きについてきている。ヒートの攻撃も奇を衒ったものではない。
 防御判定には間違いなく引っかかったはずだが、その前提に違和感を覚える。

ノパ⊿゚)(取って絞めて投げる、はもう無理そうだな。
     不意に一撃食らう可能性が高すぎる。打ち合いに戻した方が今は無難か)

ノパ⊿゚)(なんにしたって単純にパワーアップしてやがる。
     だったら単純、こっちもギアを上げるだけだ――!)

 頬の傷口からじわりと血液が滲み出てくる。
 ヒートはその血を指先に取り、口に運んでにやりと笑った。

ノハ#゚ー゚)「……いいぜ、張り合ってやるよ」

 張り合うように気合いを入れ直し、それと同時に異変がひとつ。
 ヒートの赤い頭髪が、更なる淡い輝きをもってゆらりと逆立ち始めた。

ξ;゚⊿゚)ξ !

 ――轟音と同時にヒートの姿が視界から消える。
 残されたのは爆砕された地面の跡のみ。
 ツンは咄嗟に空を見上げ、振り返り、四方八方を駆け巡るヒートを辛うじて目で追い続けた。

.

424名無しさん:2021/08/10(火) 20:54:38 ID:q9XV82ww0


ξ;゚⊿゚)ξ(――来るッ!)

 ヒートの影がふっと途絶え、ツンの五感が一斉に警鐘を鳴らす。
 ツンはその瞬間に両腕を立て、真正面からの衝撃に固く身構えた。

ノハ#゚⊿゚)「――――オラァッ!!」

 一瞬遅れてヒートの実像が目の前に現れる。繰り出されたのは上半身への足刀。
 ツンは両腕でこれを受けたが、余りある衝撃に足を浮かされ後方へと弾き飛ばされてしまった。

ξ; ⊿ )ξ「ごぶっ……!」

 軌道上の岩に全身を打ちつけながら凄まじい速度で終着点へと叩きつけられるツン。
 彼女を受け止めた岩壁は大きく凹み、方々に走り抜けた亀裂から呆気なく瓦解していった。

ξ; ⊿゚)ξ「……いってえな……」

 しかし、当の本人はそれでも健在だった。細かいダメージはあるが気合いで誤魔化せるレベル。
 赤マフラーが背中に割り込み、緩衝材として機能していたおかげだった。

 ――もちろん、赤マフラーのこの挙動は彼女の意思に他ならない。
 マントを羽織った今の彼女は、少なからず自分の意思で赤マフラーを動かせていた。

ξ;゚⊿゚)ξ(大丈夫、マフラーもマントもなんとか動かせてる。
       でもこの威力はもう受けられない。2度目は腕が折れる、絶対……)

 ツンは瓦礫の下で数秒休んでから外に飛び出した。

 びりびりと痺れる両腕をもたげ、活を入れるように腰だめに構え直す。
 待ちの姿勢が許される相手ではない。だが闇雲に動いても意味がない。
 ツンは咄嗟に思慮を巡らせ、そして――

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 ――彼女は目を閉じ、構えを解いて脱力した。
 その無防備は意図されたもの。ヒートを謀る即席の一計であった。

.

425名無しさん:2021/08/10(火) 20:56:31 ID:q9XV82ww0




ノハ#゚⊿゚)(見え透いたカウンター狙い、受けて立ってやるよ!)ダッ

 ツンの謀略を認めた上で、ヒートはあえて正面から向かっていった。
 先程同様に加速を乗せて跳躍し、全身回転を加えた回し蹴りでツンに差し迫る。

 だが、やはりそこには待ち受けるものがあった。
 ヒートの蹴りは赤マフラーに遮られ、ツンの側頭部には僅かに届かない。

ノハ;゚⊿゚)(――まさか、こいつ)

 今度は赤マフラーの自動防御が正しく動作している。
 なにより、ツンはそれを見越したように無防備を晒していた。

 そこから導き出される結論はひとつ、ツンは自分の意思で自動防御のオンオフを切り替えたのだ。
 制御不能であったものが彼女の制御下に置かれた、という事は――。
 ヒートはその推察に判断を鈍らせ、一撃離脱のタイミングを完全に間違えてしまった。

ノハ;゚⊿゚)(――ダメだ、だとすればこの距離はマズい!!)

ξ# ⊿゚)ξ

 刹那の最中、最初に動き出したのはツンの赤マフラーだった。
 赤マフラーはツンの思いに応じると、ヒートの蹴り足にくっついて彼女の動きを妨害した。
 本当にただくっつく程度の甘い妨害――しかし、彼女達の攻防はこの一幕で逆転していた。

.

426名無しさん:2021/08/10(火) 20:59:29 ID:pPs3ccVs0
お、ktkr

427名無しさん:2021/08/10(火) 21:05:03 ID:q9XV82ww0


ノハ;゚⊿゚)(こいつ、マフラーで私の足を……!)グイッ

 蹴り足を戻そうとするヒートは赤マフラーを解くのに一瞬を浪費。
 ツンはその一瞬で前に出ると、ヒートの顔面を思いっきり鷲掴みにして全力で握り締めた。

ノハ;゚⊿゚)「――むごッ!?」

ξ# ⊿ )ξ「……ここまで散々……ッ!」ギチギチギチ…

 彼女の顔面を圧砕する勢いで握力を奮うツン。
 こめかみに引っ掛けた指には殊更強い力を込め、万全のホールドでヒートを逃さない。
 視界を塞がれ宙ぶらりんになったヒートは脱出を試みて暴れるが、もう間に合わなかった。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ# ⊿゚')ξ「死ねよやーーーーーーッ!!!!!!!」

 オブラートもクソもない、試験のルール的にも完全アウトな怒号が辺りに轟く。
 ツンは背中を反るほどにヒートの頭を振りかぶると、瓦割りの要領で真下の地面に叩きつけた。

ξ# ⊿゚')ξ「死ぃぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 上から下へと勢いよく、地面に当たった反動ごと地中にねじ込んで全衝撃を送り込む。
 ヒートの頭部はバキバキと音を立てて地面に埋もれ、頭3つが入る深さにまで達してようやく止まった。

.

428名無しさん:2021/08/10(火) 21:08:02 ID:q9XV82ww0





ノハ; ⊿ )「……ぁ、ぅ」



ξ#゚⊿゚)ξ「……まだ意識があるのね」

ξ#゚⊿゚)ξ「でも私は優しいから。この1回で見逃してあげるのだわ……」グリグリグリグリ

 しっかり地面に埋めてなお、ヒートの顔面を掴んだまま徹底的に当てこするツン。
 今のヒートは人並み以上に頑丈だが、頭部から全身に響くダメージは凄まじいものだった。

 ――あと1回でも繰り返されれば最悪死ぬ。殺せるだけの余力もしっかり残っている。
 しかしツンは言葉の通り、それ以上の追撃をしようとはしなかった。
 ここまで散々うるさかった相手が沈黙してしまったのだ。決着は誰の目にも明らかだった。


ノハ; ⊿ ) ……


ξ#゚⊿゚)ξ「……そこで寝てればいいのだわ」スッ

ξ#゚⊿゚)ξ
     、 ペッ

 ツンは身軽に立ち上がって血反吐を吐き捨てた。
 その血反吐がヒートに当たってたらいよいよ道徳的に問題だったが、流石にそんな事はしなかった。

ξ#゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ


ξ゚⊿゚)ξ(……って、もう倒したんだから試験終了よね。
       どうしよう。ここで待ってればいいのかしら……)

 頭に昇った血が落ち着くと、ツンは試験のあれこれをふと思い出した。

 ヒートが他の3人を解放していないのだから試験は終わりだ。
 終了の合図はいつ来るのかと、ツンはそれらしいものを探して周囲に目を向けた。
 試験の様子はミセリが見ている。終了ならば、すぐにでも動きがあるはずだった。

.

429名無しさん:2021/08/10(火) 21:11:53 ID:q9XV82ww0



ξ゚⊿゚)ξ「……?」

 しかし辺りは静寂するのみ。
 ツンが期待するような号令はなく、無為な時間が流れていく。



ノハ; ⊿ )「……ごめん」

lw´‐ _‐ノv「しゃーなし」


 ――途端、小さな話し声が静寂を破った。
 ツンは気付いて視線を戻した。足元を見下ろし、真っ先にヒートを確認する。


ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ」


 ヒートの姿が無い。
 そこにあるのはふわりと舞った砂埃だけで、彼女はどこにも見当たらなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ(しまっ――)

 逃がしただけならまだ追える。だが見失うのはマジでダメだ。
 ツンには彼女を見つけ出す術がない。だから絶対に目を離してはならなかったのに――。


ξ;゚⊿゚)ξ(――敵を、見失った)


.

430名無しさん:2021/08/10(火) 21:13:18 ID:q9XV82ww0




 「――腕を上げたようだな」



ξ;゚⊿゚)ξ !

 そんな時、意識の外から声をかけられた。
 狼狽するツンは否応なくその声に振り返った。

川 ゚ -゚)

 声の主は数十メートル離れた先。
 見知った顔の、素直クールだった。

ξ;゚⊿゚)ξ(落ち着け、ちゃんと考えろ私……!)

 抜刀済みの素直クールがこちらに向かって歩いてきている。
 これは今起こりうる最悪の事態、一対多に向かう最悪の展開だ。

 ――こうなったらもうやるしかない。

 ツンは強引に切り替えて応戦に臨む。
 赤マフラーで口元を隠し、せめて動揺だけでも悟らせないようにする。
 外套の方にも魔力は十分。体力は幾分削られたが、まだやれる。

ξ;゚⊿゚)ξ(何としてでも各個撃破、合流される前にこいつを倒さなきゃ――!)

川#゚ -゚)「……凝血解除」

 その囁きが堰を外し、素直クールの黒髪が赤色を帯びる。
 開始の合図はそれで十分。両者は同時に地面を蹴り出した。

.

431名無しさん:2021/08/10(火) 21:14:07 ID:q9XV82ww0



          #05 ラザロと畜群 その5


.

432名無しさん:2021/08/10(火) 21:17:15 ID:q9XV82ww0






o川*゚-゚)o「血の使いすぎ」

ノハ; ⊿゚)「……ごめん」

o川*゚-゚)o「止めなかったら普通に続けてたでしょ。
       ここで全力出しても意味ないのに……」

 ヒートの容体をチェックしながら呆れ気味にぼやくキュート。
 2人の傍らには素直シュールも座っており、彼女達は身を寄せ合うようにして岩陰に潜んでいた。

lw´‐ _‐ノv「でもまぁ時間は稼げたよ。ヒートは十分やってくれた」

ノハ; ⊿゚)「……え、予定ってなに?」

o川*゚-゚)o「いや合図あったじゃん。見なかったの?」


ノハ; ⊿゚)

ノハ; ⊿゚)「デカい犬が……」


lw´‐ _‐ノv「ダメだ脳をやられてる」

o川;*゚ー゚)o「シュールちゃんみたいなこと言ってるし本当にヤバそう……」

.

433名無しさん:2021/08/10(火) 21:23:03 ID:q9XV82ww0


ノハ;゚⊿゚)「……なあ、あいつ急に動きが変わったよな?」

lw´‐ _‐ノv「もちろん全部見てたよ。十中八九あのマントが理由だろうね」

ノハ;゚⊿゚)「ああ、だよなぁ。理由なんてそれしかねえもんな……」

 得心しながら地面に倒れ、ヒートは特大の溜息を吐いた。
 自分の愚行を戒めるように、あびゃあうぎゃあと呻きを上げる。

ノハ;´⊿`)「あ゙ーもう、血ぃ使うとバカになんの嫌すぎる……」

o川*゚ー゚)o「今日は魔王軍から連戦だし当然でしょ。1人でよくやったよ」

ノハ;´⊿`)「あーもう、妹が優しくてつらい……」

lw´‐ _‐ノv「ヒートはそのまま休んでな。続きはこっちでやっとくから」

 シュールは立ち上がって遠くを見遣った。
 ヒートの負傷は想定以上だったが、その分の見返りは情報となって仲間に届いている。
 数で押し切る作戦は未だ有力。戦況は大詰めを迎えていた。

ノハ;゚⊿゚)「ほんとごめん。あと任せた」

o川;*゚ー゚)o「頑張ってね、お姉ちゃん」

lw´‐ _‐ノv「うむ」テクテク

 長女のもとへと向かうべく、短く応えて歩き出すシュール。

lw´‐ _‐ノv「――凝血解除」

 ヒート、クールと同じ言葉を呟いて、彼女はふっと姿を消した。

.

434名無しさん:2021/08/10(火) 21:23:49 ID:q9XV82ww0



ノパ⊿゚) …

o川*゚ー゚)o …


ノハ;゚⊿゚)「いや、お前行かねえの?」

o川;*゚ー゚)o「……あっさりサボれてしまった……」

.

435名無しさん:2021/08/10(火) 21:25:43 ID:q9XV82ww0

≪2≫


川#゚ -゚)「八刀剣撃……!」

 追跡側から追われる側へ、素手同士から武器相手へと一転した今現在。
 ツンは戦いの変遷にギリギリ適応していたが、その動きは露骨に精彩を欠いて崩れかけていた。

 ただでさえ少ない戦闘経験の中、素直クールとの戦いはまさに完敗だった。
 そこで根付いた苦手意識はかなり深刻であり、1ヶ月以上経った今でも克服には至っていない。
 特訓により何通りかの模範解答は用意できても、腹を斬られたトラウマは単純にキツかった。

ξ;゚⊿゚)ξ(八刀剣撃、あの技の受け方は――!)ダッ

 刀を構えて眼前に迫る素直クール。
 ツンは彼女に背を向けて駆け出すと、赤マフラーを解いて空中に放り投げた。
 脱兎のような即断即決。トカゲの尻尾切りめいたその行動に、素直クールは僅かに眉を動かす。

川# -゚)

 ツンの赤マフラーは『本体への攻撃』に反応して防御を行うもの。
 マフラー自体への攻撃には無反応だし、本体との距離が開けば単純に防御が遅れるだけ。
 遠隔操作による攻撃でも出来ない限り、ここで彼女がマフラーを捨てる意味はまったく無いのだ。



川 ゚ -゚)(――今のお前は、それが出来るんだな?)

 恐らくこれは搦め手だ。本体を狙いに行けば虚を突かれる。
 素直クールはそう確信し、攻撃目標を赤マフラーに切り替えた。

.

436名無しさん:2021/08/10(火) 21:30:20 ID:q9XV82ww0


川# -゚)「――八重小太刀!」

 刹那の思考を終えた後、クールは一刀八斬の銀閃を赤マフラーに放った。
 しかし手応えは浅く、彼女の斬撃は赤マフラーの端々を数センチ切る程度に終わっていた。
 赤マフラーは地面に落ちて、以降なんの反応も示さない。

川 ゚ -゚)(……やはり借り物ではダメか。斬り方は分かるんだが……)

 不満げに思いながらも彼女の狙いは果たされていた。
 彼女がいま確かめたのは刀の強度であり、赤マフラーの切断はむしろ二の次。
 数センチでも刃が通るなら切れ味は十分。一役買うには事足りていた。



ξ゚⊿゚)ξ …?

 音がしない、と違和感を覚える数秒後。
 ツンは逃げながら僅かに振り返り、素直クールの姿を再確認した。

川 ゚ -゚)「これを捨てたのは軽率だったな、魔王城ツン」

 そのとき、彼女は赤マフラーの真上に立って刀の切っ先をそれに合わせていた。
 まるで杭の狙いを定めるように――ツンは、反射的に彼女の思惑を理解していた。

.

437名無しさん:2021/08/10(火) 21:32:32 ID:q9XV82ww0


川#゚ -゚)「はあ――ッ!!」

 直後にクールは腰を落とし、渾身の力で赤マフラーに刀を突き立てた。
 その切っ先が布地を貫いて地面に届き、さらに深々と地中に押し込まれていく。

ξ;゚⊿゚)ξ(あっ)

 刀によって地面に釘付けにされた赤マフラー。
 ツンは流石に足を止めて、素直クールの方を見ながら呆気に取られた。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(これ、かなりマズいのでは……)

 ツンが模範解答として持ってきた作戦は事も無げに失敗。
 自動防御にタイムラグを作って云々〜という考えだったが、初見で看破され、終わった。

川 ゚ -゚)

ξ;゚⊿゚)ξ

 肝心要のアイテムは回収困難。素直クールも赤マフラーを刺し貫いたまま動こうとしない。
 彼女達の戦いはふと熱を失い、そこでじっくりと膠着した。


 ――それ自体がクールの狙いだと気付いた瞬間、ツンは全速力で彼女に立ち向かっていた。


ξ;゚⊿゚)ξ(止まってる場合じゃない! マフラーなしで敵が増えたら終わりなのだわ!)

 ヒートを取り逃がした段階で素直四天王の集結は時間の問題。
 だから最速でクールを倒さなければならなかったのに、相手に釣られて行動を遅らせてしまった。

 クールが赤マフラーを食い止め続けるとしても残りは2人、手負いが1人。
 どれほどの危険を冒すとしても、ここで彼女達を間に合わせる訳にはいかなかった。

lw´‐ _‐ノv「ごめん遅れた」

川 ゚ -゚)「問題ない」


ξ゚⊿゚)ξ

 即来た。

.

438名無しさん:2021/08/10(火) 21:38:15 ID:q9XV82ww0


ξ;゚⊿゚)ξ(――それでも攻め込む! 立ち止まってる余裕はもう無い!)ダッ

 勝負どころは今この瞬間。
 赤マフラーを半ば諦め、ツンは彼女達を同時に相手取ることを覚悟した。


川 ゚ -゚)「……結局、4対1にはできなかったな」

lw´‐ _‐ノv「ごめん。2人とも脳がヤバくて」

川 ゚ -゚)「刀はここに置いていく。素手の私にあんまり頼るなよ」

 刀を手放し、彼女はシュールの隣に並び立った。

lw´‐ _‐ノv「そのマフラー絶対暴れるでしょ。ここで待っててよ」

川 ゚ -゚)「いや、魔王城ツンは戦いに慣れ始めている。長引かせるのは得策じゃない」

lw´‐ _‐ノv「だったら最初から、……まぁいいけどさ」

 シュールは呑気に応えてからツンを見遣った。
 ツンはこのとき上空に跳んでおり、シュールめがけて一直線に飛び込んできていた。

.

439名無しさん:2021/08/10(火) 21:42:17 ID:q9XV82ww0


ξ#゚⊿゚)ξ「おおおおッ!」

lw´‐ _‐ノv(……戦い方がヒートに似てんなぁ)ダッ

 シュールは地を蹴ってツン同様に空に上がった。
 正面切っての空中衝突。ツンは咄嗟に彼女を迎撃しようとした。

ξ#゚⊿゚)ξ「だァッ!」

 大きく引き絞った拳の威力は相変わらずの人外相当。
 ツンはタイミングを合わせてシュールの顔面を横から殴りつける。

lw´  _‐ノv「――ッと」

 そして直撃。
 シュールとしては、狙い通りだった。

ξ;゚⊿゚)ξ「!?」

 直撃と同時にシュールの五体がぐるりと翻り、地面に向かって墜落を始める。
 その寸前、シュールはツンの外套を掴んで彼女を落下に巻き込んでいた。

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ――!」

lw´‐ _‐ノv「うわぁ大変だぁ」

 ダメージの大半を落下と回転のエネルギーに変換し、ツンごと地面に急降下していくシュール。
 2人分の体重に十分な速度と回転を加えた直線落下。もし下敷きになれば間違いなく重傷を負う。
 ツンは暴れて逃げようとするが、シュールにとってはそれすらも予定調和に過ぎなかった。

.

440名無しさん:2021/08/10(火) 21:54:08 ID:q9XV82ww0


ξ;゚⊿゚)ξ「このォ!」ブンッ

lw´‐ _‐ノv(これも軽率)

 落下しながらツンの攻撃を逆手に取り、その腕を絡め取って関節技へと移行する。
 シュールは瞬く間に彼女の腕を股に通し、背中に乗りあげてオモプラッタの形で極めに入った。

ξ; ⊿゚')ξ「んぎッ……!」

 ぎち、と音を立ててあらぬ方向に圧し曲げられるツンの右腕。
 関節技は相手の肉体に無理を言わせるもの。下手な対処は逆効果にしかなりえない。
 唯一それだけは弁えていたツンは最低限の力で抵抗、破壊されないギリギリの所で態勢を維持した。

ξ; ⊿゚)ξ(だけど、これじゃ……!)

 目まぐるしく回る視界、凄まじい速度で迫ってくる地面。
 一瞬先に訪れる最悪の衝撃に、ツンは成す術なく目を塞ぐしかなかった。
 関節技を極められた状態で人間の下敷きになればどうなるか――その想像さえ最早手遅れだった。




ξ; ⊿ )ξ

 ――全ての認知を追い抜いて、ばきゃ、という破裂が聞こえてきた。

 その瞬間に五感は途絶え、瞬きした訳でもないのに視界が暗転する。
 しかし鮮明な感触が暗闇の幕を開け、彼女の意識を強制的に現実に引きずり戻す。
 彼女はそこで、現実の直視を余儀なくされた。


lw´‐ _‐ノv「すまんね」

ξ;゚⊿゚)ξ


 ツンが正気を取り戻した時、彼女は既に地面に転がされていた。
 シュールもとっくに背中を降りていて、少し離れたところからツンを眺めている。
 先程までの不自由もなく、ツンの体は完全な自由を取り戻していた。

 ただ一箇所、300度以上ねじ曲がった右腕を除いて。

.

441名無しさん:2021/08/10(火) 21:58:12 ID:q9XV82ww0


ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……ぁ」

 すべての顛末を理解すると、ツンは言葉を失って絶叫を上げた。

 壊れた右腕を抱えて暴れ、大きな痛みを小さな痛みで誤魔化そうとする。
 動かせないのに痛みと熱だけが収まらない。細長い芋虫の群れが血管の中を泳いでいる。
 人生最大の苦痛がコンマ1秒ごとに更新されていく。耐えても叫んでもそれは止まらなかった。

lw´‐ _‐ノv(……物理は得意そうだったけど、この手の痛みは初めてだったのかな)

lw´‐ _‐ノv(捻挫とか断裂とか捻転とか脱臼とか一気にだもんな、ちょっとやり過ぎた……)

 何をどうやっても逃げ場のない、とにかくひたすら痛いだけの時間。
 峠を超えるのに1分。それから更に数分を要し、ツンはようやく叫びを途絶えさせた。

 ――痛みが収まったのではない。諦めがついたのだ。
 この現実を薄めるには、彼女はそうして最後のプライドを捨てるしかなかった。


lw´‐ _‐ノv「次は左腕を狙う」

 地面に伏したまま、痛みに対する反射のみでピクピクと蠢くツン。
 彼女をじっと見下ろしながら、シュールは淡白にそう告げた。

w´‐ _‐ノv「ヒートに倒されてた方が楽だったと思うよ。
       それと同じこと、残りの2人もやれるからね」

ξ; ⊿ )ξ

 1から10までを経て打ち出される打撃に対し、固めた後の関節技は-1にポキッとやるだけ。
 赤マフラーがあったとしても、知恵の輪のように密着する2人を解くには相当の精密さを求められる。
 対応ひとつに多くの技量を必要とする組技に、今の彼女はまったくの無力だった。

.

442名無しさん:2021/08/10(火) 22:01:29 ID:q9XV82ww0


lw´‐ _‐ノv(服を狙えば問題ないのはヒートの時に確認済み。
       固めを解くような動作が出来ないのも割れてるし、マフラーはもう問題じゃない)

ξ; ⊿゚)ξ

lw´‐ _‐ノv(……でも、これで立つから厄介なんだよな、魔物は)

 膝を震わせながら立ち上がってくるツンを認めて、シュールは半ば呆れたように頭を振った。
 戦意喪失に足る痛みは与えた。この戦いを放棄する猶予も十分に与えた。

 ――それでもツンは立って見せ、戦意をしっかり残している。
 であれば必然、戦闘を長引かせたくないという姉の意見にも得心がいった。

lw´‐ _‐ノv(あいつら、殺害禁止のルールで戦いを間延びさせようとしてるのか。
       そりゃ体力勝負にした方が勝ち目あるか。小賢しい……)

lw´‐ _‐ノv(それにあの試験官、こっちが死にかけてても無視しそうだし。
       かと言って、こっちが殺す気になったら絶対止めに来るし)

lw´‐ _‐ノv(私達に忖度させようって魂胆のルールなのね。分かりましたよっと)



lw´‐ _‐ノv(――だったらまぁ、急いで両手足バキバキにしないとな)

 すっと体を沈めた直後、シュールは容赦なくツンに襲いかかった。
 左腕、と宣言したけどやっぱり右腕を完全破壊しに向かう。

ξ; ⊿゚)ξ !

 無音の急接近にツンは動じた。反応が鈍り、然るべき対応が頭からすっぽ抜ける。
 シュールはそこに付け入り絶好の位置を陣取った。
 反射的に突き出されたツンの手を払い除け、後ろに逃げた右腕に狙いを定める。

.

443名無しさん:2021/08/10(火) 22:04:44 ID:q9XV82ww0



川;゚ -゚)「――ダメだシュール! 避けろ!」


lw;´‐ _‐ノv「むっ――!」

 しかし瞬間呼び止められ、シュールは弾けるようにその場所から離脱した。
 直後、彼女と入れ替わるように赤い軌跡が空を横切る。
 シュールはそれを睨みながら遠間の岩場に着地。ツンを目視し、一時の安全を確保する。

lw;´‐ _‐ノv「……なんで止めたん」

川;゚ -゚)「マフラーが暴れてそっちに飛んでいったんだ。避けなきゃ直撃してたぞ」

 隣に現れたクールが慌てた様子でシュールに答える。
 それほどの緊急事態。ツンを含めたこの場の3人、誰も状況をよく分かっていなかった。

lw;´‐ _‐ノv「ああ、やっぱり動いたんだね」

川;゚ -゚)「気付いて止めに行ったんだが間に合わなかった。すまん」

lw;´‐ _‐ノv「いいよ。私も気ぃ抜いてたから……」

.

444名無しさん:2021/08/10(火) 22:09:54 ID:q9XV82ww0


lw´‐ _‐ノv「……いやぁ、どうすっかな」

 シュールは口元に手を当てながら精神を仕切り直した。
 やっぱり4人でという考えが第一に浮かび上がるも、それはそれで大きな不都合があった。

 ――勝つだけだったらそれでいい。
 だが、そこまでやったら本当に後に引けなくなる。

 彼女個人の考えによると、それは極めて不本意な展開だった。
 あくまでも一個人として、素直シュールはこの戦いが中途半端に終わることを望んでいたのだ。
 今は魔王城ツンの温情に期待しつつ、適当にこの場を収めるのが得策だと彼女は考える。

川 ゚ -゚)「マフラー単体であの挙動、もはや2対2と考えるべきだな」

lw´‐ _‐ノv「参ったもんだよね。ヒーキューが居れば楽かもだけど」

川 ゚ -゚)「それはダメだ。勢い余って魔王城ツンを殺したらどうする。あの試験官に即殺されるぞ」

lw´‐ _‐ノv「なら脱出は? ここから逃げ出す当初の予定、もうかなり厳しそうだけど」

川 ゚ -゚)「……逃げたとしても最初に息切れするのはヒートだ。
     そこで絶対に足並みが崩れる。4人で逃げ切れないなら、逃亡はありえない」

 ――ヒートの負傷は魔王城ツンの実力を計り損ねた私のせいだ。
 素直クールは己を叱責しながら、それでも冷静に戦場を俯瞰していた。

 ヒートには後で謝る。今は仇討ちなど考えない。
 そう割り切って、長く息を吐く。

川 ゚ -゚)「……なあシュール。あいつら、試験が済んでも私達を生かすと思うか?」

lw´‐ _‐ノv「命乞いなら任せろー」バリバリ

 シュールの軽い反応に、クールは仄かに微笑んで見せた。

.

445名無しさん:2021/08/10(火) 22:11:55 ID:q9XV82ww0

≪3≫



.   _ ∩
  レヘヽ| | テテーン
    (・x・)
   c( uu}


ξ;゚⊿゚)ξ

 突然シュールが消えたかと思えば、ツンの前には1匹のウサちゃんが現れていた。
 しかもその口には赤マフラーをくわえており、かわいい。

.   _ ∩
  レヘヽ| |
    (・x・)
  ”c( uu} ,,ノミ入
      丿 ノ
     ´~~~

ξ;゚⊿゚)ξ「どうして……」

 ウサちゃんは赤マフラーを置いて毛玉のような尻尾を振ったかわいい。
 暴力表現から一転してSo Cute。感情の行き場を失ったツンはその場にぺたんと腰を落とした。


ξ;゚⊿゚)ξ

.   _ ∩
  レヘヽ| |
    (・x・)
   c( uu}



◎     ◎   ティウンティウンティウン
  ◎ ◎
 ◎    ◎
   ◎ ◎
 ◎  ◎  ◎


 そしてウサちゃんは消滅した。

.

446名無しさん:2021/08/10(火) 22:14:00 ID:q9XV82ww0




ξ;゚⊿゚)ξ「――……えっ?」

 その時、ツンは右腕に違和感を覚えて我に返った。
 確認すると彼女の右腕は元に戻っており、さっきまでの痛みも嘘のように消え去っていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……は?」

 感覚が戻っている。軽く動かしても違和感はない。
 ツンは呆気に取られて目を丸くした。幻覚でも見ているのかと、本気で自分を疑ってしまう。
 目に映るのは『完治』という事実のみ。過程を飛ばしたその現象に、ツンの思考はまるで追いつかない。

ξ;゚⊿゚)ξ(……貞子さんが治してくれたとか?
       でもまだ試験中よね? いったい何が……)

 ――と、そこまで考えて試験の事を思い出す。
 ツンは縋る思いで赤マフラーを拾い上げ、素直四天王を探して周囲を見渡した。

ξ;゚⊿゚)ξ(そうよ! ぺたんこ座りしてる場合じゃないのだわ!)

 岩場の上に敵影を見つける。ツンは即座に腰を上げた。
 それが再開の合図となり、素直四天王の2人も岩場から降りて左右に散開していった。
 猶予は数秒。ツンは急いでマフラーを巻き、先行してきたシュールに対して両拳を構えた。

.

447名無しさん:2021/08/10(火) 22:18:13 ID:q9XV82ww0


lw´‐ _‐ノv(さて、またマフラー奪えりゃいいけど――)

 シュールは囮を買って出たつもりで先陣を切っていた。
 今のところ防具を着けているのは自分だけ。被弾があっても少しは軽く済む。
 魔王城ツンが『魔物らしさ』に馴染みつつある現状、多少のリスクは覚悟の上だった。

ξ#゚⊿゚)ξ「――だあッ!!」

 シュールを狙って直線的なパンチが迫る。
 彼女は屈んでそれを避けると、赤マフラーを片手に巻き取ってさらに襟首へと――

lw;´‐ _‐ノv「!?」

 襟首へと伸ばした手が、しかし届かない。
 思いがけない齟齬に一瞬思考を止めるシュール。

 次の瞬間、彼女の体は凄まじい力で上空に放り投げられていた。

川;゚ -゚)「シュール!!」

ξ;゚⊿゚)ξ「――えっ!?」

 素直クールの声は背後から聞こえていた。
 ツンは即座に踵を返したが、彼女もまた空に上がったシュールを見上げて足を止めていた。

lw;´‐ _‐ノv「こっちはいいから!!」

 シュールは目算30メートルはあろう高度からクールに呼びかける。
 今の一瞬でどうやってそこまで行ったのか、それを分かっていたのは当の本人だけだった。

lw;´‐ _‐ノv「マフラー!!」

川;゚ -゚)

ξ;゚⊿゚)ξ

 だが、その一単語で情報共有は完了した。
 ツンとクールは一瞬目を合わせ、直後に戦闘を再開した。

.

448名無しさん:2021/08/10(火) 22:23:36 ID:q9XV82ww0


川#゚ -゚)「――六刀剣撃!」

 鬼気迫る一歩を踏み込み疾風と化すクール。
 刀は既に回収済みで、彼女の手中にしかと握られていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「くッ!」ダッ

 ツンは即刻その場から飛び退いた。
 関節技でなくとも武器は天敵。誰と戦うにしても戦況は不利だ。
 特にクールは複数種類の剣技を備えている。シュール以上に初見殺しが怖かった。

川#゚ -゚)「千手六花――」

 ツンを追いかけ一刀六斬の軌跡が光る。
 回避を早めにしたおかげで、ツンは余裕をもってその攻撃を避けることができた。
 しかしクールは承知の上だと言わんばかりに更に踏み込み、流れるような連撃を後に続けた。

ξ;゚⊿゚)ξ(まだ来るの!?)

川#゚ -゚)「二の太刀ッ!」

 ぐんと近づく彼女に威圧され、ツンは思わず足をもつれさせた。
 転びかけ、致命的な隙が刹那に生まれる。
 クールは正確に狙いを定め、ツンに向かって三の太刀を放った。

.

449名無しさん:2021/08/10(火) 22:27:59 ID:q9XV82ww0


 ――赤マフラーの始動はその瞬間だった。
 それはすぐさま刀を捌くと、布地の端を固めるや否や、突き上げるような打撃で反撃を行った。
 クールの腹部を抉るような重量級の一撃。瞬間、彼女の足が地面から浮かび上がる。

川; -゚)「な、あ゙……ッ!?」

ξ#゚⊿゚)ξ「――!」

 ツンは急いで姿勢を整え、無防備を晒すクールを全力で殴りつけた。
 それと同時に真紅の魔力が爆風を帯びて弾け、彼女は一撃で場外へと弾き飛ばれていった。
 大小無数の岩をブチ抜きながら荒野の向こうに吹っ飛んでいく素直クール。
 ツンの拳には、びりびりとした手応えが返ってきていた。


ξ#゚⊿゚)ξ「……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あっ」

 やべ、と囁いて青ざめるツン。
 どう見ても手加減をミスっている。練習通りにやったつもりがその数十倍は威力が出ている。
 咄嗟だったからつい――しかしそれ以前の疑問が脳裏を過ぎり、彼女は慎重に考えを巡らせた。

.

450名無しさん:2021/08/10(火) 22:32:55 ID:q9XV82ww0


ξ;゚⊿゚)ξ(咄嗟だったけど、このマフラーでも攻撃ができた。
       怖いくらいに調子が上がってきてる。理由は分かんないけど……)

ξ;゚⊿゚)ξ(……もしかして、今ならもっと自由に動かせるの……?)

 ――そこまで考えた直後、爆発音にも似た地鳴りが周囲に響き渡った。



lw;´‐ _‐ノv「……っふう」

ξ;゚⊿゚)ξ(考えるより、今はこっちが先か……!)

 音の方には大きな砂埃が立ち込めており、その中には素直シュールの姿があった。
 数十メートルの落下から見事に着地。彼女はアイアンマンもかくやという姿勢で地面に膝をついていた。
 しかしすぐには攻めてこない。ツンは様子を見られていた。

ξ゚⊿゚)ξ

lw´‐ _‐ノv



ξ#゚⊿゚)ξ「――その手はもう食わないのだわ!」ダッ

lw;´‐ _‐ノv(時間は稼げないか……!)

 タイマン勝負は望む所。調子づいたツンはここで勝負を決めにいった。
 距離を詰めては拳を引いて、片膝をつくシュールに容赦なく振り下ろす。
 シュールはこれを上体をそらして避け、立ち上がりながらツンの懐に潜り込んだ。

lw;´‐ _‐ノv(ったく、殺していいならどんなに楽だったか――!)

 苦悶の表情を浮かべつつ、シュールはツンの喉輪に手を伸ばした。
 これはツン本人を狙う攻撃。当然のように赤マフラーに防がれたが、もはや構わなかった。

.

451名無しさん:2021/08/10(火) 22:41:38 ID:q9XV82ww0


 シュールは再度赤マフラーの一端を掴み、今度はそれをツンから奪おうとした。
 これさえ取り上げれば戦況は覆る。かなり危険だがやるしかないと、彼女は秒で腹を括っていた。

lw;´‐ _‐ノv !

 しかし思惑はすぐに裏切られた。
 どれだけ力を込めて引っ張っても、赤マフラーがぴくりとも動かなかったのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ

 ――主人である魔王城ツンの意思に従い、頑なに動かない。

lw;´ _‐ノv「こ、のォ……ッ!」

 綱引きのように互いを引き合うシュールとマフラー。
 力の均衡は次第にマフラーに傾き始め、逆にシュールの方が手を握り潰されていく。
 こうなっては逃げる事も叶わない。ここで決着をつけるしかない。
 シュールは軋むほどに歯を食いしばり、相打ち覚悟で近距離戦を受け入れた。

lw;´‐ _‐ノv(こうなりゃ取っ組み合いに持ち込んで――!)

ξ;゚⊿゚)ξ「――ああああああ!!」ガバッ

 そんな覚悟を直感したのか、ツンは反射的にシュールに飛びついてた。
 シュールの脇腹に首を通し、腰回りにがっちりと腕を回す。

lw;´‐ _‐ノv「なっ……!」

ξ;゚⊿゚)ξ(この人とは絶対まともに戦わない!! 絶対にだ!!)

 この形なら双方互角。こうも密着していては小細工を挟む余地もない。
 つまりはゴリ押し。魔物の耐久力に物を言わせた捨て身の作戦である。

.

452名無しさん:2021/08/10(火) 22:44:37 ID:q9XV82ww0


lw;´‐ _‐ノv(まさかこいつ、マフラーを完全に操って――!?)

 即死が見える致命的な間合い。シュールは必死で離脱を試みた。
 空いた手足をがむしゃらに使い、ツンの背中や顔面をめちゃくちゃに殴打する。
 それでもツンは拘束を解かなかった。単なる気合いでそれに耐えていた。

lw;´  _‐ノv「――んぐ、お゙……!」

 技術皆無の素人ホールドでも相手は魔物。引き崩して寝技を仕掛けるような余裕も既にない。
 五臓六腑がぎゅっと絞られ、肺の空気がどんどん口から飛び出していく。
 そういえば装着していた縄鎧もこの攻撃にはなんら無力。刻一刻と、彼女の手足は力を失っていった。

lw;´  _‐ノv

lw;´  _‐ノv「背骨折れたら死ぬ。失格だよ」

 進退窮まる彼女が最後に頼ったのは話術だった。
 一瞬でもいい。人間的な理性を取り戻し、人間だからと躊躇してくれれば活路が開ける。
 騙し討ちになろうが知った事ではない。今はとにかくこの窮地を脱しなければ――。


ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ


ξ;゚⊿゚)ξ「……貞子さんなら、すぐに治してくれるのだわ」


lw´‐ _‐ノv

lw;´‐ _‐ノv「あっ、はい」

.

453名無しさん:2021/08/10(火) 22:46:30 ID:q9XV82ww0


ξ#゚⊿゚)ξ「――あ゙あ゙あ゙ッ!」

 ツンは膂力を振り絞り、シュールを引っこ抜いて空に放り投げた。
 先程のような高度はないが、それでも10メートル前後の高さには優に達している。
 頭上に放った彼女を見据えて、ツンはぐぐっと拳を溜めた。

lw;´‐ _‐ノv(しめた! 放してくれりゃあ後はどうとでもなる!)

 どんな形であれ自由は自由。
 束縛を解かれたシュールはこの好機を手にすべく、眼下で待ち構えるツンを強く睨んだ。
 こちらの落下を狙うならばタイミングを計るのは難しくない。反撃は後手、次は確実に四肢を破壊する。




lw´‐ _‐ノv「……?」

 だが、数秒経って彼女は早合点を自覚した。
 いつまで経っても落下が始まらない。それどころか、片手片足も自由に動かせなくなっていた。
 まるで空に浮いているような感覚。しかし理由はすぐに分かった。

ξ# ⊿゚)ξ

 このとき、シュールの手足は赤マフラーに捕らわれていた。
 赤マフラーの両端が彼女を支える柱となり、空中に晒し上げたまま制止している。
 束縛は解かれたのではない。より逃げ場の無い空中へと、単に場所を移しただけだった。

.

454名無しさん:2021/08/10(火) 22:51:11 ID:q9XV82ww0


lw;´‐ _‐ノv「……あー」

 直後、シュールは赤マフラーに引っ張られて垂直に落下した。
 もちろん着地点には魔王城ツンが待ち構えている。逃げ場はなかった。
 ツンは彼女の落下に合わせ、全身を使って右拳を突き上げた。

ξ# ⊿゚)ξ「――――ッ!!」

 ――閃光の如き真紅が矢風となって空を奔る。
 次の瞬間、彼女の拳は芯を貫き、シュールの腹部に爆発的な衝撃を叩き込んでいた。


lw;´  _ ノv「……ごぷッ」

 吐血と同時に爆散する轟音。地表に迸る赤の波動。
 決定打の残響はシュールの心身を闇へと落とし、彼女はそれきり微動だにしなかった。



ξ#゚⊿゚)ξ

ξ#゚⊿゚)ξ「……うっし」

 ずるり、とツンの拳から地面に転げ落ちていくシュール。
 ツンはしばらく彼女を見つめ、呼吸の音を確かめ、程なくして戦いの決着を悟った。

ξ#゚⊿゚)ξ(加減はまた間違えたけど、死んでないならOKよね)

 思った以上に赤マフラーの力が強く、慌ててタイミングを合わせたのでうっかり力んでしまった。
 それでも生きてる辺りシュールも人外染みた耐久力だったが、ツンはとにかく相手を倒したのだ。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(――よし、よし! 初めてまともに勝った、気がする!)

 自分の力で4人中3人に直撃を食らわせた事実。
 ツンは特訓の成果を肌で感じ、大きな深呼吸と共に余韻を味わった。

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455名無しさん:2021/08/10(火) 22:53:18 ID:q9XV82ww0

≪4≫





ミセ*゚ー゚)リ「――お疲れさまでした、お嬢様」

 やがて現れたのは素直四天王の残り1人ではなく、ミセリだった。
 すこし気を抜いていたとはいえツンは彼女に気付けなかった。気配もなく、無音で背後を取られている。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……あ、えっと」

 ツンは振り返って話しかけたが言葉に詰まった。
 平時と戦闘中の思考回路がこんがらがって、普通の会話が重度コミュ障のそれになる。

ミセ*゚ー゚)リ「試験終了ですよ。あとの1人は降参らしいので」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ヒートは?」

ミセ*゚ー゚)リ「喋れはしますが戦えません。本人はやる気ですけど」

ξ;゚⊿゚)ξ「じゃあ素直クールは? ブッ飛ばしたままなんだけど……」

ミセ*゚ー゚)リ「あっちで伸びてますよ。叩き起こします?」

ξ;゚⊿゚)ξ「いやどす」

 いつもの調子で受け応えると、ようやく思考が切り替わった。
 ツンは安堵したように笑みを浮かべ、腰に手を当て、ぐったりと首を傾げた。

.

456名無しさん:2021/08/10(火) 22:54:23 ID:q9XV82ww0


ξ;´⊿`)ξ「あーそう。終わったなら、それが一番なのだわ……」

ミセ*゚ー゚)リ「はい。あとはとどめを刺すのみです」

 ミセリはそう言って素直シュールを一瞥した。
 興味なさげな軽い口調に、ツンはとぼけて曖昧に返した。

ξ;´⊿`)ξ「あーうん。とどめね……」

ミセ*゚ー゚)リ

ξ;´⊿`)ξ



ミセ*゚ー゚)リ「やってください。殺すと書いてやると読む方を」

ξ;´⊿`)ξ「……マジ?」

ミセ*^ー^)リ「もちろんです! 生かしておく理由も無いですから!」

 満面の笑みで言い切るミセリ。
 だがその言外にはあからさまな意図があり、ツンは探るまでもなく彼女の本意を見抜いていた。

ξ;´⊿`)ξ(殺せって、これ絶対私が嫌がるの分かってるじゃん……)

ミセ*^ー^)リ ニコニコ

ξ;´⊿`)ξ(……素直に言うかちゃんと隠すか、どっちかにしてほしいのだわ)

.

457名無しさん:2021/08/10(火) 22:56:38 ID:q9XV82ww0


ξ;-⊿-)ξ …ハァ

ξ;゚⊿゚)ξ「素直四天王を生かしておく理由なら、あるのだわ」

ミセ*´ー`)リ「えーそんなぁ! 殺しましょうよー!」

 ミセリは猫撫で声にデタラメを乗せて言う。
 呆れて調子が崩れるも、ツンは持ち直して台詞を続けた。

ξ;゚⊿゚)ξ「私が嫌なのよ。とっくに疲れてるし、冗談じゃないのだわ」

ミセ*´ー`)リ「でも私にも立場があって(ry」

ξ゚⊿゚)ξ



ξ;´⊿`)ξ「……なんすか、じゃあ私がミセリさん倒せばいいんですか」

ミセ*´ー`)リ「そうなりますねぇ不本意ながら。ああーすこぶる不本意で困るしかし心を鬼にして(ry」

 ツンの粗雑な口振りに、ミセリはまんまと乗っかってきた。
 要するに彼女は手合わせを望んでいるのだ。殺し云々はただの口実である。

 ――従者としては歓喜の意味で、魔物としては歓迎の意味で。
 試験突破のご褒美も兼ねて、ミセリはツンに『まだまだこれからだよ』といった激励を伝えたがっていた。
 物理的に。ちゃんと言葉にした方が伝わるのにも関わらず。

ミセ;*゚ー゚)リ「はいどうぞ! 私にもお嬢様の成長を味わわせてください!」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;´⊿`)ξ「うおおお〜……」

 勝利の余韻をかなぐり捨ててミセリに立ち向かっていく殊勝なツンそして負けた。
 ものの20秒で全部が終わり、ツンは目の前が真っ暗になった。

.

458名無しさん:2021/08/10(火) 22:59:44 ID:q9XV82ww0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(´・_ゝ・`)「起きろ〜〜〜〜い」

ξ;´⊿`)ξ「うう……理不尽な暴力が……」

 数分後、そこには金髪ツインドリルを持ち手にされて振り回されるツンの姿があった。



ミセ;*゚ー゚)リ「ちょっと聞いてよ貞子! お嬢様ってば私と20秒も戦ってくれたのよ!?」

川; д川「……様々な齟齬にツッコミを入れたいとこだけど、一旦黙って」

ミセ;*゚ー゚)リ「前は5秒と続かなかったのに! 今日は1割は本気だったのに!」

川; д川「だから、大事な記憶を探ってるんだから待ちなさいってば……!」

 貞子は溜息で話を区切り、集中を取り繕った。
 魔力の燐光を纏う彼女の手は、気を失って地面に横たわる素直シュールに向けられていた。
 記憶を読み取る魔術はこれでもかなり神経を使う。話しながら実行できるのは貞子くらいのものだった。

川д川「……うん。ハインの居場所は大体分かった」

ミセ*゚ー゚)リ「おお早い! さすがは魔導宮廷のインテリジェンスね」

川д川「はいはい。邪魔が無ければもう少し早かったわよ」

 ラノベタイトルみたいな褒め言葉をさらりと受け流す貞子。
 彼女は続けてハインに関する情報を話した。

川д川「あいつ、市外の山中で野営生活してるみたい。
     でも正確な位置までは教えられてないわね。わざわざ仲介役まで使ってるし」

ミセ*゚ー゚)リ「……あの男にしてはやる事が半端じゃない?
      逃げるなら逃げるで徹底的に逃げそうだけど」

川д川「だったら罠なんでしょうね。山に誘い込んで各個撃破、人間が考えそうな話よ」

ミセ;*゚ー゚)リ「え、それじゃあ素直四天王の役割って……」

川д川「捨て駒よ。自分の居場所をこの子達に教える意味、それしかないもの」

 うわぁ陰湿、とミセリは鼻をつまんで目を細める。

.

459名無しさん:2021/08/10(火) 23:01:37 ID:q9XV82ww0


川д川「とりあえずエクストには連絡を入れとく。
     ミセリもあっちに合流してきて、明日の朝には全部終わらせといて」

ミセ*゚ー゚)リ

ミセ*゚ー゚)リ「山ごと焼いてもいいのよね?」

川д川「あのねミセリ、地上には犯罪という概念が――」

 瞬間、2人は会話を切って同じ方向に目を見張った。

o川;*゚ー゚)o「……えっ?」

 そこに居たのは素直キュートで、彼女は突然向けられた視線にひどく驚いている様子だった。

o川;*゚ー゚)o「……あの、えっと、今どんな感じですかね……?」

 素直キュートはへりくだって尋ね、貞子とミセリの顔色をそれぞれ窺った。
 彼女の質問には貞子が答えた。

川д川「こっちの用は終わったわ。治療なら順番にやってくから」

o川*゚ー゚)o「分かりました。なら向こうの2人も運んで来ますね」

 どこか安心したように頬を緩め、キュートはくるりと身を翻した。
 今朝の魔王軍襲撃から一貫して無傷の体。
 この期に及んでなお万全を保つ彼女の背中を、ミセリはどこか口惜しそうに眺めていた。

ミセ*゚ー゚)リ「……今更だけど、全員本気でやらせた方がよかったかもね」

川д川「なに言ってるの。殺し合いなんかさせたらお嬢様に嫌われるわよ?」

ミセ*゚ー゚)リ

川; д川「……ちょっと」

ミセ*´ー`)リ「それじゃあ自分は現場に戻りますんで……」

 貞子の追求をはぐらかし、ミセリは逃げるように去っていった。

.

460名無しさん:2021/08/10(火) 23:03:46 ID:q9XV82ww0


(´・_ゝ・`)「いやぁ〜素直四天王は強敵でしたね」

 面倒な話が済んだのを見計らい、盛岡はツンを持ったままこっそりと近づいてきた(図1)。
 それを横目に捉えたまま、貞子は通信用の魔術を組み立てて方々に連絡を入れる。
 ハインの居場所はこれで知れ渡った。魔王軍はすぐにでも彼を捕らえるだろう。

川д川「盛岡、あなたも仕事に戻りなさい。傷は十分癒えてるでしょうに」

(´・_ゝ・`)「俺はいつでも仕事中だよ。見たことないだろ? 俺がスーツ着てないとこ」

川д川「報酬に見合うだけの働きをしなさいって話よ。私の話し相手があなたの仕事?」

(´・_ゝ・`)「舞台裏が主戦場なもんで。振ってくれれば仕事はするからさ、勘弁して」

川д川「……だったらお嬢様をそこに寝かせて。素直四天王にも拘束を」

(´・_ゝ・`)「わぁい雑務だ〜」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                ∧_∧
     ,-―――――(´・_ゝ・`)
     《rcノー―――-、〉  ⌒ヽ
    ξ ξ       |   ヽ \
    (´⊿`)       |    l \ \
     U U)      l    ヽ  \ \
     v-v        l、   l   レへ__)
              / |   |
             /  |   |
             /   |  .|
            (  .|  |
             \.|  |、_
              l   l  )
            __/  l|  l
           (___ノ_/

 (図1:ツンを持ったままこっそりと近づいてきた盛岡)

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461名無しさん:2021/08/10(火) 23:05:49 ID:q9XV82ww0


川д川(これは……)

 デミタスが適当なところにツンを寝かせると、貞子はすぐに彼女の治療を開始した。
 しかし、ひしゃげた右腕から四肢の端まで異常は見当たらず、貞子はすとんと拍子抜けした。
 戦闘中に見受けられた謎の回復が効いたのだろう。以前までの負傷に比べれば、傷は浅かった。

川д川(いや、ていうかこれ殆どミセリの物理ダメージなんじゃ……)

 貞子は自分を魔力を調整し、ツンの赤色の魔力に性質を寄せていった。
 そうしてツンの手を握り、輸血の要領で彼女に魔力を分け与えていく。

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「なあ貞子、それが済んだら次はあいつを治してくれよ」

川д川「……その注文ってなにか意味ある?」

 順に治すと言った通り、貞子は素直四天王を含めた全員に治療を施すつもりだった。
 盛岡が視線を送っている素直シュールも例外ではないし、彼の注文は余計なものでしかなかった。

lw;´ _ ノv

(´・_ゝ・`)「大した話じゃない。ただちょっと財布の事を聞きたいだけだ」

 盛岡はポケットから財布を出して答える。

(´・_ゝ・`)「ほら、俺って仁義を重んじるタイプだろ?
      拾ってくれた手前、礼を欠くわけにもいかねえじゃん」

川д川「……分かったわよ。そうする」

 彼の言動に思うところがあったのだろう。貞子はすんなりと注文を聞き入れた。
 ハインの一件に火が点いたのも彼の働きがあってこそだ。敵対しない限り、行動を縛る理由もない。

川д川「なんでもいいけど、次は上手くやるのよ」

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「任せてくれって。俺は毎回そう思ってるから」

 貞子からの思わせぶりな忠告。
 盛岡は禁酒禁煙のプロのように軽口を返した。

.

462名無しさん:2021/08/10(火) 23:15:51 ID:q9XV82ww0

#1 >>2-65 #2 >>74-117 #3 >>122-160 #4 >>169-212
#5-1 >>231-266 >>271-289 #5-2 >>294-324 #5-3 >>330-363
#5-4 >>371-416

#5-5 >>422-461


妖精円卓領域に時間を取られて少し遅れました 許されよ許されよ
次回投下は今月末で、その次は10月になると思います

463名無しさん:2021/08/10(火) 23:36:34 ID:cJ6b8Bjg0
乙だす

464名無しさん:2021/08/11(水) 16:33:26 ID:EC906xQw0
大人たちの思惑がわからんねぇ

465名無しさん:2021/08/16(月) 14:38:21 ID:QQuh5jjc0
ツンちゃん成長してるー!
相変わらず面白い、乙です

466名無しさん:2021/08/22(日) 21:15:32 ID:xk5v7xNI0
乙!ツンちゃんが超真面目なバトルできるようになってて凄い

467 ◆gFPbblEHlQ:2021/08/30(月) 04:10:02 ID:je6Z08Ao0

≪1≫


 朝霧漂う明朝4時。
 素直四天王から引き出された情報のもと、魔王軍は一晩かけて対象を山の中腹へと追い込んでいた。
 夜明けが先か決着が先か、それを決める自由さえもハインリッヒには残されていなかった。

<_プー゚)フ「観念しな。老いぼれにしちゃよくやったと思うぜ」

 体躯の端々に雷鳴を纏う魔物、エクストプラズマンは満面の笑みで称賛を述べた。
 バキバキの金髪に魔王軍規定軍服の襟を立てたそのビジュアル、紛うことなき厨二病の体現である。

<_プー゚)フ「人間の小細工ってのは存外おもしれえな。
         いい経験をさせてもらった礼だ。殺さねえからもう諦めろよ」



从;゚∀从「……おいブーン。この程度でもう息切れか?」

(; ´ω`)「そ、そんなこと言われても……」

 楽しげに微笑むエクストから数十メートル離れた木々の陰。
 ハインとブーンはそこで肩を貸し合いながら、満身創痍の体を急ピッチで休めていた。

 一夜を終えて万策を使い果たし、もはや正面切っての決着以外に活路を開けない窮地。
 対魔物を熟知しているハインであっても、これを無傷でひっくり返すことはほぼ不可能だった。

 彼らを追うのは魔王軍の選抜戦力。その頭数は百を超え、エクストの後ろに一人残らず健在のまま。
 多勢による緩やかな圧倒、統率された数の暴力。
 一切の予断なく自分達を包囲する魔王軍を相手に、ハインリッヒは最後の勝負を仕掛けようとしていた。

(; ´ω`)「おじいちゃん、これもう勝ち目ないと思うお……」

从;゚∀从「……だったら1人で逃げやがれ。俺は死んでもここを切り抜けるぞ」

(; ´ω`)「死んだら意味ないお。今まで仲良くできてたんだから一回落ち着いて……」

从;゚∀从「あーもーうっせえな! お前いつからそんな甘チョロになりやがった!?」

( ^ω^)

(^ω^)

.

468名無しさん:2021/08/30(月) 04:13:02 ID:je6Z08Ao0


<_プー゚)フ「……投降してくる気配なし。決着がお望みか」スッ

 聞こえるようにあえて声に出し、エクストは適当な方角に片手を突き出して見せた。
 彼の雷撃をもろに受ければ、いかに鍛えた人間であってもそれだけで戦闘不能に陥ってしまう。
 ただ何気なく片手を突き出しただけに見えようと、ハインは彼の煽動に乗らざるを得なかった。

从#゚∀从「――どこ見てやがる!」

<_プー゚)フ !

 死角からの不意打ちを気取った瞬間、エクストは振り向きざまに片腕を振り上げていた。
 ハインの刀をそれで受け止め、ようやくまともに攻め込んできた彼に歓喜の視線を投げかける。

<_#プー゚)フ(期待を裏切らねえ奴は好きだぜ――!)

 もうやるしかないという予定調和の正面衝突。
 エクストは心底嬉しそうに笑みを浮かべ、それと同時に魔力のボルテージを数倍に引き上げた。

<_プー゚)フ「――雷を落とす。避けろよ、現魔戦争の生き残り」

从;゚∀从「ブーン! 絶対にタイミング間違えんなよ!!」

 噛み合わない会話の直後、朝霧を伝って周囲に雷鳴が炸裂する。
 そして周囲の水分が一気に蒸発した瞬間、真白の閃光が2人の影を消し飛ばした。

.

469名無しさん:2021/08/30(月) 04:17:38 ID:je6Z08Ao0





ミセ;*゚ー゚)リ「あーもーまた雷、もっと静かにやりなさいよ……」

 一方その頃、遠く離れた山中から戦場を眺めていたミセリは巨大な閃光が山を呑むのを目視していた。
 デカすぎる落雷の音に耳朶を打たれ、激しい耳鳴りに脳を貫かれる。
 ミセリは押し潰すように両耳を塞ぎ、顔を歪めて戦場を見回した。

ミセ;*゚ー゚)リ「……はいはい、あそこに居ましたよ。
       ハインリッヒは健在です。戦争経験者はやはり違いますね」

( <●><●>)「加減したのでしょう。彼はあれでも律儀ですから、殺すなと言えば命令は守ります」

 ミセリの背後には燕尾服を着込んだ長身の魔物が佇んでいた。
 異様に青白い肌と暗黒が渦巻く瞳。
 振る舞いこそ丁寧でも、彼の風貌は間違いなく異形のそれだった。

ミセ*゚ー゚)リ「そうですかねえ。私には遊んでるように見えますけど」

( <●><●>)「成果が十分であれば過程はどうでも。
        とは言っても、当初の予定を死ぬほどオーバーしているのも事実ですが」

 ――魔王軍総指揮官、異名を『魔眼のワカッテマス』。
 今回彼は現魔王ロマネスクの特命を受け、魔王城ツンの試験相手として地上に来ていた。
 話の流れでその任務は立ち消えたものの、もし実際に戦っていればツンに未来は無かった。
 詰みポイントである。

.

470名無しさん:2021/08/30(月) 04:28:07 ID:je6Z08Ao0


( <●><●>)「そういえば、そちらの試験はどうなりましたか」

 暇潰しの雑談がてら、ワカッテマスが他愛なく話を切り出す。
 そのときミセリは彼からの視線を強く感じ取り、背を向けたままぎゅっと肩を縮こめてしまった。

 魔眼の、と称されるだけあって彼の双眸には稀有な能力が宿っている。
 魔眼の射程は視界全域。その名実にも嘘はなく、宇宙からなら地球全体をも標的にできるほどだ。
 とてもつよく、強い。

ミセ*゚ー゚)リ「……無事に終わりましたよ。お嬢様が勝ちました」

 仲間相手に取る態度ではないと理解していても、死に直結する視線など本能が受け入れない。
 恐怖や反骨心もなしに自然と体が反応してしまう辺り、さしものミセリもワカッテマスを格上と認めていた。

 ――それがワカッテマスという魔物の立ち位置。
 そして、魔王が本気でツンを連れ戻そうとしている事の証左だった。

( <●><●>)「順調であれば何よりです。魔王様への土産話も心配なさそうですね」

ミセ*゚ー゚)リ「記録もあるので好きなように審査してください。
       今のままでも最低限の実力はあると思いますよ」

ミセ*゚ー゚)リ

ミセ;*´ー`)リ「……だってのに、魔王様もやる事が極端なのよ。
       話が変わったからいいものを、あんた相手じゃ今頃どうなってたか……」

 彼の視線に狼狽えた自分を誤魔化そうとしてか、ミセリは口調を崩して小言を垂れ流した。
 魔王軍において2人はほとんど同期であり、これくらいの不躾はユーモアの範疇だった。
 同期にはまだ棺桶死オサムという魔物も居るのだが、彼の出番は最終章まで一切ない。

.

471名無しさん:2021/08/30(月) 04:29:32 ID:je6Z08Ao0


ミセ*゚ー゚)リ「……あ、また動きが」

 ミセリがそう言って顔を上げた直後、視線の先で凄まじい爆発が起こった。
 真っ赤な火の手が空に立ち上り、黒い煙がすっごいモクモクしている。
 だがエクストにしては規模が小さい。ハインが何かをしたのだと、ミセリはすぐに勘付いていた。

( <●><●>)「一杯食わされた、といった感じでしょうか」

 黒煙がモクモクしている辺りに目を向けて、ワカッテマスは魔眼の力を行使した。
 瞬間、爆発による火事のすべてが彼の瞬きひとつで一掃され、鎮火する。
 やろうと思えばこれでハインを捕まえる事も可能だったが、本来の任務ではないので手柄は取らない。

( <●><●>)「あなたも向こうでハインの相手をしてきて下さい。
        これ以上は時間の無駄です。エクストが遊びだす前に決着を」

ミセ*゚ー゚)リ「……ご自分で済ませた方が早いのでは?」

( <●><●>)

( <●><●>)「失礼ながら――今のあなたは少々肥えて見える。
        動ける時に動いておきなさい。地上の暮らしは我々には緩慢すぎる」

ミセ;*´ー`)リ「うわぁ本当に失礼。ちょっと目潰ししていいですか」

( <●><●>)「御冗談を。昔ならまだしも、今のあなたでは――」

ミセ*゚ー゚)リ

 ミセリは静かに振り返り、言葉を遮るようにワカッテマスの魔眼をじいっと見つめた。
 彼も応えてミセリを見るが、彼女を煽ってしまった自分の非を認め、あっさりと魔眼を閉じて見せた。

( <─><─>)「ミセリ、任務を最優先でお願いします」

ミセ*゚ー゚)リ「……分かってますとも。行ってきます」

.

472名無しさん:2021/08/30(月) 04:37:11 ID:je6Z08Ao0



 ――ハイン捕獲のために動員された魔王軍100名以上のうち、最終的に7名が戦闘不能。
 ハイン、エクストプラズマン、ミセリ3名による大規模戦闘を支援した約20名が重軽傷を負って戦線離脱。
 その後内藤ホライゾンが逃亡を図るも、ワカッテマスの助力もあって魔王軍は対象の捕獲に成功する。

 内藤ホライゾンを気絶させ、強制的に激化能力を解くとハインの戦闘能力は著しく激減。
 能力により復元されていた武器防具類と全盛期の肉体を失うが、彼は以降も変わりなく戦闘を続行した。

 ツンの試験終了から半日以上が経過した翌朝8時。
 ハインはすっかり力尽き、内藤ホライゾンと一緒にその身柄を拘束された。


.

473名無しさん:2021/08/30(月) 04:38:50 ID:je6Z08Ao0

≪2≫


 〜学校 放課後〜


ξ゚⊿゚)ξ「そこで私はやったったのよ」

ξ゚⊿゚)ξ「オラァ! はい、一発ダウン(笑)なのだわ」

 「そうなんだ、すごいね!」


('A`)「……そろそろ帰ろうず」

ξ゚⊿゚)ξ「うるさいわねドクオ。魔王降誕の序章を語ってるんだから邪魔しないでよ」

('A`)「序章の自慢話だけで数日経ってまつが……」

 試験が終わって数日後。かくして私は普段の生活に戻っていた。
 いつも通りに学校に行き、まゆちゃん相手に試験結果を語り聞かせる毎日をエンジョイ中である。
 ちなみに私は健康そのもの。心身ともに傷は癒えていた。でもやっぱり長期休暇がほしい。

('A`)「いいから今日は帰ろうって。用事もあんだから」

ξ゚⊿゚)ξ「なんだと私は魔王城だぞ。すこぶる失礼なドクオだな貴様」

('A`)「まゆちゃんもマジでごめんな。眼輪筋ピクピクさせるレベルでストレス溜めさせて」

 馴れ馴れしくまゆちゃんを気にかけるドクオ。やめろ私の友達だぞ馴れ馴れしくするな。
 しかしまゆちゃんが眼輪筋をピクピクさせてたのは本当で、心なしか笑顔も引きつって見えた。

 「あはは、でも大丈夫だよ。3回目以降ほぼ聞いてないし」

ξ゚⊿゚)ξ !?

('A`)「驚くことじゃねえよ。普通3回も序章繰り返したら飽きるっての」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんなありえない! 5回目からは神アレンジまで加えてたというのに……!」

(;'A`)「飽きてアレンジ加えてる辺りで罪を自覚しろって。むしろよく4周目まで駆け抜けたな」

ξ;´⊿`)ξ「次からは来場者特典(よく喋る!ツンちゃんミニカー)をプレゼント……」

(;'A`)「しょうもないとこで粘りづよい……」

.

474名無しさん:2021/08/30(月) 04:39:48 ID:je6Z08Ao0


 そんな感じで私の日常が普段通りになった一方、嬉しい誤算がひとつだけあった。

ξ゚⊿゚)ξ「今日は特別に試作段階のツンちゃんミニカーをプレゼント。
 つ凸つ  全120種類+シークレット3種をがんばって揃えよう」
   ゚ ゚
(;'A`)「いやお前、そんな馬鹿げた生産能力を持った奴がどこに……」


(; ´ω`)「あの、ツンちゃんミニカーの納品に参りました……」ソロリ
 つ凸と
   ゚ ゚

('A`)

ξ゚⊿゚)ξ「あ、それまゆちゃんに渡してあげて」

(; ´ω`)「はい……」

('A`)

('A`)「お前、まさかこんな苦行に激化能力を……?」

(; ´ω`)「いや普通に手作業」

('A`)「そっちのがキツいよ」

ξ゚⊿゚)ξ「いや〜人件費が安くて助かるのだわ」

 どういう訳だか、魔王軍に捕まっていた内藤くんが突然の恩赦を受けたのである。
 もしこれが試験突破のご褒美なら嬉しい限り。ミセリさんにボコられた甲斐もあるというものだ。

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあ私達は帰るのだわ。
      まゆちゃんそれプイプイ鳴るからね。よろしくね」

 「はい」

ξ゚⊿゚)ξ「えっ冷たい」

('A`)「モルカーのパチもんを押し売りするからだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そんな……」

 終わりだ

.

475名無しさん:2021/08/30(月) 04:40:35 ID:je6Z08Ao0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 かくして学校を出た私達はハインさんの屋敷に向かっていた。
 なんか試験結果とか諸々教えてくれるらしい。さっき言ってた用事とはその事だった。

ξ゚⊿゚)ξ「えーどうしようインタビューとかされちゃったら。今ちくわしか持ってないのだわ」

('A`)「俺からは『いつかやると思ってました』って言ってやるよ」

( ^ω^)「昔から変な人でした。アニメもよく見てたし……」

ξ゚⊿゚)ξ「被告の古い知人は語る――じゃないのよ殴るわよ」

('A`)「だったら今日のメンツをよく考えろ。そして頼むから落ち着いてくれ……」

 屋敷に着くなりチャイムを鳴らしてドカドカ侵入していく私達。
 庭の方から話し声が聞こえてくる。そっちに行くと見知った顔が勢揃いしていた。



                  テテーン

  川 ゚ -゚) ´‐ _‐ノパ⊿゚)*゚ー゚)o
  ミ.三三)三三)三三)三三)
  し_)_)_)_) _)_)_)_)


ξ゚⊿゚)ξ「素直四天王がギチギチに詰めて並べられている」

 しかも処刑寸前といった風情で地面に座らされている。
 生きた心地はしてないだろうな、と一目で伝わってくる悲痛さがすごかった。


.

476名無しさん:2021/08/30(月) 04:45:23 ID:je6Z08Ao0


ミセ*゚ー゚)リ「まったく、遅いですよお嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「すまぬ」

ミセ*゚ー゚)リ「これで色々決まるんですからね。ちょっとは緊張してください」


( <●><●>) ジロッ

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「アッ(蚊のような悲鳴)」

 いつメンに加え、今日はミセリさんの後ろにヤバいのが控えていた。
 私はすぐさま顔をそらした。死にたくないので急いで体裁を整えていく。

ミセ*゚ー゚)リ「彼については知ってますよね。魔眼の御方ですよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「どどどどうしてあんな大物が!!!?!」

ミセ*゚ー゚)リ「ほんとは彼が試験相手だったんですよ。見たかったなぁ2人が戦ってるとこ……」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ; ⊿ )ξ(――戦っとったら死んどるんじゃい!!)

 目ぢからヤバめの彼はワカッテマスさんという激ヤバ魔物だった。
 魔王軍最上位の実力を備える例外戦力。なんかもうインフレの擬人化みたいな存在である。
 私のパパとも親交があり、時には魔王の右腕として動くこともあったりするらしい。
 とにかく間違いなく私より強く、試験なんかに駆り出していい人材ではないのである。

ξ;゚⊿゚)ξ「ごごごごきげんうるわしう」

( <●><●>)「はい、お久し振りです」

 死物狂いで声をかけるとワカッテマスさんは遠巻きから会釈をしてくれた。
 私も目を細めて辛うじて彼を見遣り、同じように会釈を返した。
 彼の視界に入ってる時点でもうめちゃくちゃに危険である。生きた心地がしなさすぎる。

.

477名無しさん:2021/08/30(月) 04:47:26 ID:je6Z08Ao0


        __
( ̄ (´・_ゝ・`) )  「いいからさぁー、揃ったんなら話を進めようぜ」
 ``ヽ   /⌒ヽ,-、
    ヽ__,,/⌒i__ノ  バァーン
       (_)

 とぼけた野次に振り返ってみると、縁側に転がり死ぬほど寛いでいる盛岡と目が合った。
 ワカッテマスさんの前であんな態度を取れる盛岡に逆に驚く。彼には心が無いのだと思った。

(´・_ゝ・`)「どうせ説明回だろ? 話は短く、内容はハッキリよろしくな」

川д川「だったら態度を直しなさい。あなたの立場はドクオと大差ないんだからね」

 彼の傍らに立つ貞子さんが甲斐甲斐しく注意を挟む。
 いいぞ貞子さんもっと正論を述べてくれ。一緒に常識が機能する世界を目指そう。

(´・_ゝ・`)「話を聞くだけなんだから横でいいだろ。縦がそんなに偉えのかよ」

 お前はちょっと黙れ。



ミセ*゚ー゚)リ「……まぁとりあえず、最初に試験の結果を」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

ミセ*゚ー゚)リ「ワカッテマスさんの方から聞いといてください」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――えっ!? そこブン投げるの!?」

ミセ*゚ー゚)リ「2人で話したいそうですよ。我々はあっちで待ってますのでごゆっくり」

('A`)「ツン、骨は拾うから安心して逝ってこい」

( ^ω^)「きっと合格してるから大丈夫だお!」

 ミセリさんがドクオ達を連れて縁側の方に引いていく。
 それを見るなり貞子さんも身を引いてしまい、私はこの場で一番怖い存在との対峙を余儀なくされた。

川 ゚ -゚)(残された我々はなにを……)

ノパ⊿゚)(黙って待つしかないんじゃ……)

.

478名無しさん:2021/08/30(月) 04:50:23 ID:je6Z08Ao0


( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ ヒェェ

 噂に名高い彼の魔眼、その視界に収まっていると思うと足が竦んで仕方がなかった。
 しかし先日の試験では一応勝利を収めたのだ。そう悪いことにはならない筈だ、と切実に願う。

( <●><●>)「試験の記録は見せてもらいました。
        なんというか、随分と慌ただしい戦いをされていましたね」

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい」

 私は即謝った。

 ――弱点を利用され、武器を奪われ、シュール戦に至っては完敗同然の一幕さえあった始末。
 結果的には勝てたものの、私の右腕を治した例の謎回復が無ければ戦況は大きく違っていたはず。
 かくして実力で勝ったとは到底言えないのだから、彼の皮肉染みた見立てにも文句は言えなかった。

 あと単純にワカッテマスさんの機嫌を損ねたくなかった。
 物理でちょこまかするしかない私ではどうあっても彼には逆らえない。
 もし怒られたら本当に泣いてしまう。ここは誠実な対応に徹して切り抜けるしかないのだ。

( <●><●>)「では試験で使っていたマントを見せてもらえますか。少し興味があります」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ、マフラーじゃなくて?」

( <●><●>)「あっちは別に。まだ未完成のようですし」

ξ゚⊿゚)ξ(渾身の赤マフラーなのにな……)ショボヌ

 私はいそいそと魔力をこねてマントを作った。
 緊張してかなり手間取ったが、また失敗してウサちゃんにならなかったのでよかった。
 黒いマントを彼に差し出し、私はやや大袈裟に引き下がった。

ξ;゚⊿゚)ξ「あの、ダメ出しだったら優しい言葉でお願いします……」

( <●><●>)

ξ;´⊿`)ξ(……表情が無さすぎて怖い……)

.

479名無しさん:2021/08/30(月) 04:52:52 ID:je6Z08Ao0


( <●><●>)「……これは、やはり制御装置ですか」バサッ

 程なくすると、ワカッテマスさんはマントを広げながら自信げに呟いた。
 これの仔細は魔物には分からないはずだが、彼の慧眼もまたすごいものだった。
 現に一目で役割を見抜かれている。私はマントの仕様を少しだけ明かすことにした。

ξ;゚⊿゚)ξ「見ての通り、それは大して複雑なものではないのだわ。
       魔力を編んで作っただけの、ほんとにただの黒いマントで……」

( <●><●>)「そうですね。年頃の魔物なら誰でも作れます。
        しかし気になったのは用途と中の構造です。教えてもらえますか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっと、それの構造は人間の知恵にすごく依存してるのだわ。
       私もあんまり分かってないけど、なんとか力学とか色々……」

( <●><●>)

( <●><●>)「ハインリッヒに教えられたのでしょう。隠さず言いなさい」

ξ;゚⊿゚)ξ ヒェェ

 人間風情に頼りおって的な原理主義に配慮して言葉を濁したのだが、思いっきり逆効果だった。
 死にたくないので全部話そう。誠実にならねば。私はハインさんの受け売りを急いで語り始めた。

ξ;゚⊿゚)ξ「な、なんかそれ、風とかを上手に掴める構造らしいのよね。
       ハインさんから聞いた話だと、それは舵とかブレーキみたいに使うとのことで……」

 ――かねてより、私のノーコンっぷりは致命的な問題であった。
 しかしハインさんが教えてくれた『空気力学』の概念は、その問題をかなり改善に導いてくれたのだ。
 制御装置という見立てもその通りだ。私にはない機能を持つもの、それがこのマントの正体だった。

.

480名無しさん:2021/08/30(月) 04:55:35 ID:je6Z08Ao0


ξ゚⊿゚)ξ「揚力が〜抗力が〜ダウンフォースが〜」
 つ と

 ハインさん曰く、揚力とかを適切に利用すれば貧弱な人間でも強い力を制御できるらしい。
 たとえば飛行機やフォーミュラカーといったものは魔物に匹敵するパワーを持つが、
 人間は力学というものを広く活用し、そういう身に余るパワーを平然と使いこなして日々を過ごしている。

 ――私がハインさんから教わったのはまさしくその文脈。
 力なき者がより強大な力を制御する術を、彼は私に『空気力学』という形で教えてくれたのである。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ(ちゃんと聞いてるなら相槌くらい欲しいのだわ……!!)

 私はこのマントを操作することで空気力学の恩恵を受け、要するにスムーズに動けるようになった。
 ちょっと力んでパンチを出しても、マントをいい感じに動かせば間接的に精度と威力を調整できる。
 これに関する最大のネックは『マントを適切に動かし続ける』という部分だが、
 マントの向きや形状を変えるだけで苦手な魔力制御をカバーできるなら安い買い物だ。

 技術的には基礎の塊。習得コストに対するリターンは高効率と言うほかない。
 ――他力本願おおいに結構。楽して強くなれるなら何だっていい。
 私は私の努力を見限り、多様な他力とつながることで自身の弱点を埋め合わせたのである。

ξ゚⊿゚)ξ「つまりそういうことです」

( <●><●>)「完全に理解しました」

 そして今ので完全に理解してくれたらしい。
 私もあんまり分かっていないので彼の理解力には心底感謝であった。



(´・_ゝ・`)「……なるほど、あのマントはいわゆるエアロパーツみたいな装備なのか。
      根本的な力の強弱はさておき、全体の流れをまとめて最終的にバランスを取るという発想。
      進化の為に火や雷といった強大なエネルギーと共存してきた人間ならではの考えだな」

 盛岡の説明台詞がココイチで光る。
 いいぞ盛岡、もっと輝け。

.

481名無しさん:2021/08/30(月) 05:00:38 ID:je6Z08Ao0


( <●><●>)「彼らがこういった形で力を制御するのは知っていましたが、いや面白い。
        あらゆる力と感覚的な付き合いをしている我々とは最初からアプローチが違う」

 やや早口に言いながらワカッテマスさんがマントを返してくる。
 私はそれを受け取って、今のくだりにほんのりとした手応えを感じていた。
 ワカッテマスさんの反応が妙にオタクっぽく見えたからである。

 でも面白いなら少しは顔色を変えてほしかった。冷静になるとやっぱり怖い。

ξ;゚⊿゚)ξ「か、鑑定やいかに」

( <●><●>)「……そうですね、ハインリッヒを生かす理由がひとつ増えました。
        お嬢様の特訓に関しては真剣だったようですね。成果もあったと」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(……生かす理由って、これ下手な対応してたらハインさん死んでた……?)

 だが、裏を返せばハインさんはまだ生きているという事である。
 思わぬタイミングで吉報が舞い込んできた。だったらここは勇気を出してもう少し立ち入ってみよう。
 ワカッテマスさんへの恐怖を押し殺しつつ、私はさりげなく今の話題を掘り下げにかかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「そういえばその、ハインさんって今どこに……?」

( <●><●>)「彼なら魔界に送りましたよ。逃げ出せないよう厳重に監視しています」

ξ゚⊿゚)ξ「ああ〜」

 ああ〜もう魔界か。
 ごめんハインさん、それは詰みです。

.

482名無しさん:2021/08/30(月) 05:00:58 ID:je6Z08Ao0


( <●><●>)「さておき、試験の結果についてですが」

ξ;゚⊿゚)ξ「あっえっはい」

 急に本題が出てきて驚く私。
 居住まいを正し、必死の思いでワカッテマスさんの瞳を捉える。

( <●><●>)「……個人的には魔界にお戻りになるべきだと考えます。
        ハインや勇者軍の事もあります。せめて半年、魔界に戻られてはいかがですか」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「それは、個人的には、でしょう? 形式的にはどうだったのかしら」

 死を覚悟して強めに聞き返すと、ワカッテマスさんは分かりやすく目をそらして返事を出し渋った。
 だが数秒と続かない。彼は小さく息を吐き、調子を戻してから私に答えた。

( <●><●>)「もちろん合格ですよ。勝ったんですから、そこは絶対です」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ほんとに?」

( <●><●>)「ほんとです。ハインの件が無ければ、なんて私が言うと思いますか?」

ξ;゚⊿゚)ξ

 合格。
 私の人生にほぼ存在しなかった2文字が明示され、肩の力がふっと抜け落ちる。

.

483名無しさん:2021/08/30(月) 05:01:41 ID:je6Z08Ao0


( <●><●>)「――ですがお忘れなく。結果はどうあれ厳戒態勢は変わりません。
        地上での暮らしはそのままでも、勇者軍の件が落ち着くまでは護衛を付けます」

( <●><●>)「今後ともじっくりと鍛錬に励んで下さい。
        今のままでは赤点回避がやっとですから、思い上がらぬよう」

ξ;´⊿`)ξ「思い上がりね、それは重々分かっているのだわ……」

 嬉しさのあまり限界になったかと思えば、今度は重苦しい疲労感がどっと湧き上がってきた。
 みんなの期待を裏切らずに済んだのなら――という自己肯定感に欠けた喜びで熱が冷めていく。
 とにかく試験は合格とのこと。それに関して彼が二言を付け足すことは無かった。



ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、ちょっといいかしら」

( <●><●>)「はい。なにかご質問ですか」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「……いえ、わざわざこっちに来てくれてありがとう。それだけ」

 なので、私もあえて二言を述べるような真似はしなかった。

.

484名無しさん:2021/08/30(月) 05:02:35 ID:je6Z08Ao0

≪3≫



ξ゚⊿゚)ξ「勝ったわ」

('A`)「嘘乙。もうちょい笑えるの頼むわ」

ξ゚⊿゚)ξ

('A`)



     ξ゚⊿゚)ξ
   γ/  γ⌒ヽ   (゚A゚;)  ヴェッ…
   / |   、  イ(⌒    ⌒ヽ
   .l |    l   } )ヽ 、_、_, \ \
   {  |    l、 ´⌒ヽ-'巛(  / /
   .\ |    T ''' ――‐‐'^ (、_ノ
      .|    |   / //  /



ミセ;*゚ー゚)リ「――お嬢様、マジでもう本当におめでとうございます!!」

ミセ;*´ー`)リ「一時は私の教育方針が間違っているのかと己を疑う日もありましたが(ry」

 試験の結果を報告してみて、一番必死で喜んでくれたのはミセリさんだった。
 手のかかる魔王城ツンで申し訳ない。もうゴールしていいよね……。

ミセ*゚ー゚)リ「やはり強靭な肉体こそが正義! 今後ともよろしくお願いします!」

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとう。でも今後のトレーニングは自分で考えるから大丈夫なのだわ」

ミセ*゚ー゚)リ



ミセ;*゚ー゚)リ「は、反抗期をば……!?」

ξ゚⊿゚)ξ「窓ガラスを割って回るなどしたい」

.

485名無しさん:2021/08/30(月) 05:03:19 ID:je6Z08Ao0


(´・_ゝ・`)「あーはいはいおめでとう。俺は最初から信じてたよ」ペチペチペチペチ

 相変わらず縁側で寝てる盛岡が心にもない称賛を送ってくる。
 ぺちぺちぺちぺちと適当に太ももを叩いて拍手してるのがシンプルに腹立たしい。
 おててとおててを合わせるくらいやってほしかった。

(´・_ゝ・`)「よーしどんどん話を進めておくれ。次は素直四天王の処遇についてか?」

川; д川「……帰りにケーキ買っていきましょうね、お嬢様」

 話を急かす盛岡を横目に見つつ、申し訳程度に断りを入れてから貞子さんが前に出てくる。
 そういえば居たな素直四天王。一場面にキャラが集中すると話題が渋滞して困る。


川д川「彼女達なんですけど、盛岡の進言でこっちに引き込もうという流れになっています。
      利用価値は色々あると思いますが、どうされますか?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「え、別にいらないけど」

川д川「なら処刑ですが」

ξ゚⊿゚)ξ「2択が極端なんな」

(´・_ゝ・`)(即答すんのもどうなんだよ)

.

486名無しさん:2021/08/30(月) 05:05:27 ID:je6Z08Ao0


(´・_ゝ・`)「なんだよなんだよ、俺がポケットマネーで雇う分には構わないだろ?
       女友達を一気に4人。しかも仕事の付き合いだ、お前が気負う必要はない」

ξ;゚⊿゚)ξ「友達を金でって……バカじゃないの!?
       あのね、友情ってのはお金じゃ買えないものなのよ!?」

 人の心をなんだと思っているんだ。
 私は盛岡を叱責した。

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「ところでお前、俺がやった財布はどうしたんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「えっ」

 なぜ今その話題が出てくるのだ。
 嫌なタイミングで重箱の隅をつつく盛岡はやはり陰湿だと思った。

(´・_ゝ・`)「どうなんだよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……カ、カラオケで落としました」

 嘘をついても仕方がないと思い、私は正直に白状した。
 彼に対して誠実になる必要はないのだが、事が事だけにやむをえない。

(´・_ゝ・`)「本当にか? 奪われたとか、なんか取り引きがあったとかじゃなく?」

ξ;゚⊿゚)ξ「はい」

(´・_ゝ・`)「普通に? なんの捻りもなく?」

ξ;´⊿`)ξ

(´・_ゝ・`)

 冷たい視線に重い無言。
 あれだけ口達者な盛岡が今までになく言葉を失っていて、流石に私も負い目を感じてきた。

(´・_ゝ・`)「……で、その財布をたまたま素直四天王に拾われたと」

ξ゚⊿゚)ξ「えっそうなの」

(´・_ゝ・`)「そうだよ」

 そうらしかった。

.

487名無しさん:2021/08/30(月) 05:07:44 ID:je6Z08Ao0


(´・_ゝ・`)「そんで財布の中身だが、もちろん素直四天王が綺麗に使い切ってた。
      口座も含めりゃ1000万以上はあったと思うが、さて、これはどういう意味だろうな?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「うーんとね、わかんない」

(´・_ゝ・`)「お前にお小遣いをやるのはいいんだよ。日本円なんて魔物には大して価値ないしな。
      うちの議会もそれくらいの予算は下ろしてくれてる。財布を落としたのも別にいい」

(´・_ゝ・`)「でもな、『財布を落としました、それが敵の軍資金になりました』ってのは問題になる。
      分かるか? こんな間抜けな話はな、やろうと思えばいくらでも枝葉が付くんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「わかんないて」

(´・_ゝ・`)



(´^_ゝ^`)「あ〜あ! 用途不明の1000万円を上にどうやって説明しようかな!
      素直四天王を雇った事にすれば誤魔化せるけど、それが無理ならどうしようかな!」

(´^_ゝ^`)「財布を落とした、それをたまたま敵に拾われたなんて信じてもらえるのカナ!?
      むしろ敵との癒着を疑われて立場が悪くなりそう! 議会にも色んな派閥があるしなぁ!」

(´^_ゝ^`)「どうにか埋め合わせないと政治的に面倒そうだけどいいのかなぁ!
      まぁ俺が揉み消せばいいんだけど、頼まれてもない不正で手を汚すのは嫌だなぁ!」

ξ゚⊿゚)ξワカラヌ

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「俺が敵になるかも」



ξ;゚⊿゚)ξ「――昨日の敵は今日の友、素直四天王とは今からズッ友です!!!!」

(´^_ゝ^`)「う〜〜〜ん大変よろしい! それしか聞きたくなかった!」

 友情とか金とかさ、そういう話じゃないんだよな。
 人間関係っていうのはもっとこう、もっとなんか手遅れになってから良し悪しが分かるんだよな。
 始まんなきゃ何も分からない。最初から他人を取捨しようだなんて最低の発想だ。
 たとえ傷つくことになっても構わない。私はずっとそうしてきたのだ。本当である。

.

488名無しさん:2021/08/30(月) 05:10:37 ID:je6Z08Ao0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 盛岡のゴリ押しに負けた後、私は貞子さんに呼び寄せられて小声で話しかけられていた。

川д川「実のところ、最初に彼女達を庇ったのは盛岡なんですよ」ヒソヒソ

ξ゚⊿゚)ξ「えーそれは嘘でしょw」

川д川「さっきのゴタゴタも最初は言ってませんでしたし、間違いなく何かあります」

 貞子さんの話によると、なんとあの盛岡が率先して人間を庇ったというのである。
 日和見主義者のコウモリ野郎が人間に化けたのが盛岡だろうに、正味信じられない話だった。

 というか、こっちの話を疑われても貞子さんに記憶を見てもらえば一発で解消できるではないか。

 さっきは彼に気圧されたが、そもそも貞子さんが居れば大抵の問題は何とかなるのだ。
 他にも女衒として素直四天王を売り飛ばすなどできるはずだし、さっきの一幕はどうにも杜撰である。
 何かあると言われると、まぁ確かに何かあるんだろうなと思わなくもなかった。

川д川「別にこっちも処刑とかするつもりはなかったんですよ。
     それでも一応記憶の消去をと思ってたところ、そうする前に食い気味に止められて」

ξ;゚⊿゚)ξ「なんぞそれ……やっぱ議会絡み?」

川д川「可能性は高いです。少なくとも彼には別の目的があると思うべきでしょう。
     彼は試験突破のサポートとして来てる訳ですから、それが済んだ今何をするのか……」

ξ;´⊿`)ξ「……言いたいことは分かったのだわ。
       みんなの立場も分かってるから、私は何も言わないのだわ」

川д川「はい。ご迷惑にならない範囲で動いてみます」

 魔王軍政治戦略議会の盛岡。魔導宮廷所属の貞子さん。魔王の右腕であるワカッテマスさん。
 ミセリさんはまた別としても、私の周りには実に多様な立場と考えがある。
 ドクオにしたって龍族の掟には従っているし、私にだって個人的な思いがある。

ξ;´⊿`)ξ

 この多様性に対して繊細な立ち回りを求められる感じ、魔界に居た頃のストレスが甦るようだった。

.

489名無しさん:2021/08/30(月) 05:13:17 ID:je6Z08Ao0


≡┌( ^ω^)┘「ツーーーーン!!!」ドテドテ

ξ゚⊿゚)ξ「ええいあデブが突っ込んできた」

 そのとき内藤くんが突然私達のところに飛び込んできた。
 呼び捨てを許す仲でもない筈だが、ここ最近の彼の人懐っこい雰囲気はやけに子供っぽい。
 恐らくハインさんが捕まったせいで気が触れたのだろう。そっとしておこう。

川д川

ξ゚⊿゚)ξ”

 お気をつけて、と視線を送ってくる貞子さんに軽く頷いて応える。
 ひとまず面倒事は後回しにして、私は内藤くんにツッコミを入れることにした。

ξ゚⊿゚)ξ「内藤くん、ぶつかり稽古なら柱にやった方がいいと思うのだわ」

(; ^ω^)「全然違うお! 確かにツンは柱みたいな体型してるけどそんな失礼な真似はしないお!」

ξ゚⊿゚)ξ「体型でイジった私が悪かった。私にだって曲線はあるぞ」

( ^ω^)「マジで!? 触らせてほしいお!」

 急にスケベだなお前。

.

490名無しさん:2021/08/30(月) 05:15:43 ID:je6Z08Ao0


ヘ(* ^ω^)ノ「とにかく試験合格おめでとうだお!
        早速どっか遊びに行こうお! 祝勝会とかやりたいお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ええ〜そんな急な……」

ミセ*゚ー゚)リ「別にいいですよ。今日は私も付き合いますから」

('A`)「意向を無視して付き合わされる俺も居るぞ」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;´⊿`)ξ「ええ〜……」

 いつメンがぞろぞろと出揃ってきてなんかもうわちゃわちゃ感がすごい。
 だが私が気後れするのも仕方がなかった。今の私はどちらかというと疲れているのだ。
 今日まで溜め込んできた疲労がどっと溢れてきた感じで体が重い。

 このプレッシャーが半端に残った感じの胃もたれ、1回自分で整理しないと絶対に片付かない。
 要するに1人になりたい。帰って寝たい。今の私は帰って寝たいマンだった。

ミセ*゚ー゚)リ「だったら今日は健康ランドにでも行きます? 各自適当に過ごす感じで」

ξ;´⊿`)ξ「健康ランドって、なにその絶妙に惹かれる提案は……」

 とは思うが、なまじ善意が相手なので「行かなくてよくねえか?」とは少し言いにくい。
 ああ〜流される。もうこれ流れで行くんだろうなと諦めのように悟ってしまう。
 でも健康ランドならいいかという気持ちもちょっとあった。健康ランドだしな。

ミセ*゚ー゚)リ「貞子、あっちの素直ズも連れてくけどいいわよね?」

川д川「大丈夫よ。変なことしたら内蔵全部爆発して死ぬよう制約掛けてるから」


川 ゚ -゚)「――えっ?」


川;゚ -゚)「おい待て貴様! 今なにか物騒なことを言ったな!?」

ノハ;゚⊿゚)「やめとけねーちゃん! 逆らったらここで爆破されちまうよ!」

o川*゚-゚)o「……健康ランドって何?」

lw´‐ _‐ノv「お風呂屋さん。エロくない方の」

 インフォームドコンセントの欠如を感じる。

.

491名無しさん:2021/08/30(月) 05:16:15 ID:je6Z08Ao0


ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様もそれでいいですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「いいよ」

⊂( ^ω^)「よーし! それじゃあみんなで健康ランドだお!」
  (  と)
  /  >

 かくしてみんなで健康ランドに行った。
 素直四天王とも裸の付き合いを経てそれなりに仲良くなった。
 まゆちゃんも誘えばよかったなぁ。

.

492名無しさん:2021/08/30(月) 05:17:20 ID:je6Z08Ao0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




(´・_ゝ・`)「お前、けっきょく最後まで言わなかったな」

川д川「……どれを?」

 ツンちゃん御一行が去った後、残された2人は短く言葉を交わしていた。
 ハインの屋敷は貞子によって十分な結界が施されている。
 ここで何を話そうと、秘密が外に漏れる事はなかった。

(´・_ゝ・`)「妖刀首絶ちの洗脳についてだよ。
      自分があの刀の影響を受けてたって話、あいつ知らないだろ?」

川д川「……知らなくていいでしょ。教えたところで話が拗れるだけよ」

(´・_ゝ・`)「内藤ホライゾンや毛利まゆについても同じか?
      従者のくせして不誠実な対処をするんだな。おお怖い」

川д川「余計な情報はシャットアウトする。世話役としては当然の仕事」

(´・_ゝ・`)「よく言うぜ、恣意的な情報操作だろうが。俺の仕事と大差ねえぞ」

 ハインリッヒを捕らえてすぐ、貞子はハインの記憶を探って一連の情報を抜き出していた。
 彼の来歴と目的、妖刀によって洗脳を施した対象などはとっくに確認済み。
 しかしそれらの情報は魔王城ツンには一切伝わっておらず、つまり完全にハブられていた。

 ツンが必要以上に人間に肩入れしていた訳。
 内藤ホライゾンのキャラがいまいち安定しなかった理由。
 一般人の毛利まゆがハインの手駒に使われていた事実。

 妖刀云々を話してしまえば以上の事柄が一挙に片付くのだが、貞子はあくまでそれを隠した。
 彼女は、魔王城ツンに行動の動機を与えたくなかったのだ。

(´・_ゝ・`)「――ま、もう手遅れだと思うけどな」

 そんな彼女の思惑を知ってか知らずか、盛岡はまた主語曖昧な台詞を空に投げた。
 貞子は彼を一瞥し、事務的に言い返す。

.

493名無しさん:2021/08/30(月) 05:19:23 ID:je6Z08Ao0


川д川「妖刀の影響が特に強かった彼にも即死レベルの制約は課してあるわよ。
     怪しい動きをしたら大量の魔力が体に流れ込んで木っ端微塵。血の一滴も残らない」

(´・_ゝ・`)「で、内藤ホライゾンの記憶は見たのか? どうだったよ」

 盛岡は食い気味に追及した。

川д川「それも異常なし。汚れ仕事に巻き込まれてて同情したくらい」

(´・_ゝ・`)「行動に一貫性はあったか? 全部の行動、ハインを理由に説明できるか?」

川; д川「……概ねそうだと思うけど妙に食いつくわね。今度は情報収集が仕事なの?」

(´・_ゝ・`)

(;´-_ゝ-`)

 彼は項垂れ、己を戒めるように強く口をつぐんだ。
 数秒を経て、彼はすぐ元に戻った。

(´・_ゝ・`)「まぁそんなとこ。素直四天王を引き込んだのも手遅れに対する備えだよ」

(´・_ゝ・`)「勇者軍には居場所がバレてる訳だしな。いつ行動を起こされたって不思議じゃない。
      ツンを名指しで『あいつは魔物です』って喧伝される可能性もゼロとは言えないだろ?」

川д川「そうなったら魔界に連れ帰るだけよ。仕方なくね」

(´・_ゝ・`)「……へえ、そおなんだぁ」

 勇者軍を放置していれば遠からずツンの日常は崩壊する。
 そんな分かりきっている未来に対し、彼女は対策もせず『仕方なく』で済ませようとしている。
 盛岡は、貞子という一個人の狙いはそこにあるのだと推察した。

( <●><●>)

(´・_ゝ・`)

 そして次に、ここまですっかり存在感を消していたワカッテマスに一瞥を送る。
 魔王の意向に従う彼は 『魔王城ツンを魔界に連れ帰りたい』 と明け透けに明言していた。
 敵への対処に集中するべく、せめて一時でもツンを盤外に移したいというのが現場の本心なのだろう。

 貞子はツンの味方だが、敵の侵攻を危惧してその考えに同調したとしても不思議ではない。
 合理的な判断だ。それが彼女の役割なのだろうと、盛岡は暗に事情を悟っていた。

.

494名無しさん:2021/08/30(月) 05:20:55 ID:je6Z08Ao0


(´・_ゝ・`)(……かといって、貞子の魔術は万能じゃあない。
       俺の記憶を読みきれてないのがいい証拠だ。内藤ホライゾンも要注意のままか)

(´・_ゝ・`)(ここまで話が拗れるならいっそ全部見抜いてくれた方が早いんだけどな。
       そうなりゃ俺も清々しく元の予定に戻れるものを……)

 狂いまくった予定を惜しみながら、盛岡は先日見つけた手掛かりの事を思い返した。

 巡り巡って自分のもとに帰ってきたエルメスの長財布、その中にあった他愛のないメモ。
 彼はメモの内容を頭に浮かべ、今後の身の振り方をどうするべきか考え始めた。

(´・_ゝ・`)(メモに書かれていた文言はひとつ、『誰も死なせるな』)

(´・_ゝ・`)(……どこにあんだよ、そんなルート)

 孤立無援、ヒント皆無での一発勝負を強いられる盛岡デミタス。
 行き先不明の片道切符は、彼を鈍行列車に乗せて次の舞台へと送り出していた。

.

495名無しさん:2021/08/30(月) 05:22:53 ID:je6Z08Ao0

≪4≫


 〜健康ランド〜


ξ゚⊿゚)ξ「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

 マッサージチェアに全身の筋肉をめちゃくちゃにほぐされ始め、30分が経過していた。

 諸々の経過を省いて言うと、今の私は健康ランドの女と言っても差し支えない有り様だった。
 気持ちいいのは当たり前。甘い快楽の中でくつくつと煮え続ける喜びは決して私を逃さない。
 これが終わったら次は足のマッサージをしてもらおう。それも済んだら次はメシを食おう。

ミセ;*゚ー゚)リ「お嬢様、流石にそろそろ帰りませんと……」

ξ゚⊿゚)ξ「もういいの。私はここで怠惰を貪るのよ」

 こちらの健康ランドはなんと24時間営業である。
 しかもエロくない方のエステとか仮眠スペースとか色々あって従業員の態度もよい。帰りたくない。

ミセ;*゚ー゚)リ「ダメですって! 明日の学校はどうなさるんですか!?」

ξ゚⊿゚)ξ「1日くらいサボっても大丈夫なのだわ」

ミセ;*゚ー゚)リ「ダメだ、快楽に弱すぎる……」

 ゆるゆるモードに火を点けたのはミセリさんなのだ、私は悪くない。
 もうこのまま健康ランド巡りに人生を費やすのも吝かではないな。いつか魔界にもテルマエを作ろう。

.

496名無しさん:2021/08/30(月) 05:26:32 ID:je6Z08Ao0


川;゚ -゚)「……あの、我々はもう帰っていいだろうか。
      というか私以外は先に帰らせたんだが……」

 そんな折、低頭平身でやってきた素直クールがミセリさんに声をかけてきた。
 帰り支度も済んでいるのか、彼女は既にコスプレ用学生バッグを小脇に抱えていた。
 夜はまだまだこれからだというのに何という体たらくだ。寂しいからもっと居てほしい。

ミセ;*゚ー゚)リ「あーうん、いいわよ全然。日付も変わっちゃってるしね」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「え待って、日付が!?」

ミセ;*゚ー゚)リ「いやもうクソ夜中ですって! だから何度も帰りましょうって!」

 時計を見ると時刻は深夜3時。名実ともにクソ夜中だった。
 仮眠スペースに行ったきりドクオと内藤くんが帰ってこないのはそういう理屈だったか。
 あいつら私を放ってガチ寝してやがるな。

ξ;゚⊿゚)ξ「えー帰んないでよクーちゃん! 爛れた恋バナとかないの!?」

川;゚ -゚)「こっちにも都合があるんだよ。あとクーちゃん呼びはやめてくれ距離感が狂う」

 クールは腰に手を当てて黒髪をなびかせた。
 相変わらずのコスプレ制服姿、しかし風呂上がりだと妙に色っぽく見える。
 この人と裸の付き合いをしたのか。男子中学生基準の感動がぐっと込み上げてくるな。

ミセ;*゚ー゚)リ「ほらほらお嬢様も帰りますよ! 荷物取ってきますから、はい、ロッカーの鍵!」

ξ;´⊿`)ξ「ウグゥー! とんだ失楽園なのだわ……」

 クソ深夜だしみんなお開きムードだし、私も諦めてミセリさんにロッカーの鍵を明け渡した。
 それを受け取るやいなや、彼女は瞬時に踵を返してロッカーの方へと駆けていった。
 あと数分もしたらマッサージチェアともお別れである。とてもつらい。

.

497名無しさん:2021/08/30(月) 05:28:37 ID:je6Z08Ao0


ξ;゚⊿゚)ξ「あ゙あ゙あ゙帰りたくないのだわ……」

川;゚ -゚)「散々エンジョイしただろうが。お前けっこう貧乏性だな……」

 素直四天王の長女らしく小言を並べる素直クール。
 私はそれを真摯に受け止め、強い決意をもってマッサージチェアを脱出した。

ξ;゚⊿゚)ξ「あ゙あ゙あ゙でも帰りたくない!!」

川 ゚ -゚)「ああそう。じゃあ私は帰るから。また明日、朝一番で顔を合わせよう」

 クールはそう言ってバッグをまさぐり、中からビー玉付きのストラップを取り出した。
 そのビー玉は、彼女と初めて戦った時にも見かけた謎アイテムにそっくりだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇそれ、周囲に結界を張るヤツ?」

 私は少し警戒して彼女に尋ねた。
 裸を見せあった手前こんなに早く裏切るとは思えないが、とりあえずシリアスぶってみる。

川 ゚ -゚)「勘違いするな。これはまた別のヤツだ。
     移動用のアイテムというか、こいつを割ると瞬間移動できるんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「なんでそんなもん人間ごときが……」

 想像してない答えがきて、私はまたしても人間見下しムーブを漏らしてしまった。
 結界とか瞬間移動とか、私にもできないスゴ技をビー玉なんかで実現しないでほしかった。
 ワザップか、ワザップで調べればいいのか。

.

498名無しさん:2021/08/30(月) 05:30:16 ID:je6Z08Ao0


ξ;-⊿゚)ξ「……そのビー玉、貞子さんに渡したらすごい喜ぶと思うわよ。
       私が言っても説得力無いけど、魔術的には絶対に一級品だし……」

川 ゚ -゚)「そうでもないって。これの移動先は一箇所だけだし、大して便利じゃないぞ」

 彼女はビー玉をつまみ指先で転がして見せた。
 あれを割ったら一瞬でテレポートできるのだろうか。便利の基準が違いすぎて吐きそうだった。

川 ゚ -゚)「まぁ媚びを売る必要が出てきたら考えるよ。じゃあまたな」

ξ゚⊿゚)ξ「うむ」

 彼女はそのまま指先に力を入れ、パキ、と音を立ててビー玉を砕いた。
 それと同時にビー玉から溢れ出す異様な魔力。
 彼女の姿はすぐさまその魔力に取り囲まれ、一瞬にして私の視界から消え――





.

499名無しさん:2021/08/30(月) 05:34:28 ID:je6Z08Ao0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様〜、支度が済みましたよ〜」

( ´ω`)「んお……眠いお……」スピスピ

(;'A`)「起きろ内藤。帰んねえと」

 数分経って支度を終えると、ミセリは仮眠スペースに居たドクオ達を連れてツンのもとに戻ってきた。
 しかしツンが座っていたマッサージチェアはもぬけの殻で、目の届く範囲にも彼女の姿はなかった。


ミセ*゚ー゚)リ

ミセ*゚ー゚)リ「ドクオ、今すぐお嬢様を探すわよ」

('A`)「――ちょいミセリさん、あれ」

 2人はほぼ同時に言い、それぞれが発見した緊急事態に表情を曇らせていた。
 ツンを最優先とするミセリはドクオを無視して話を進めようとしたが、

( ^ω^)「……勇者軍」

 内藤ホライゾンの無視できぬ独り言が聞こえ、ミセリは咄嗟に彼らの視線を後追いした。

ミセ;*゚ー゚)リ「……ちょっと、これって」

 そうして彼女は壁際の大型テレビに目を奪われ、その直後、アナウンサーの語りに耳を疑った。

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500名無しさん:2021/08/30(月) 05:35:23 ID:je6Z08Ao0





 |~二二二二二二二~|   『――繰り返します。臨時ニュースです』
 | |           | |
 | |           | |   『特例外来生物、通称魔物の現存が都内で確認されました』
 | |           | |
 |_二二二二二二二 ,,|   『これを受け、政府は先ほど当該地域への自衛隊派遣を閣議決定しました』
 |二二二二二二二二| 
 | [::=====:::○:]...|    『マニー防衛大臣は閣議後の会見で「すべて金で解決する」と述べ――』
 |二二二二二二二二|   

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501名無しさん:2021/08/30(月) 05:35:46 ID:je6Z08Ao0



          #06 幕間 〜群盲撫ツン〜


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502名無しさん:2021/08/30(月) 05:37:19 ID:je6Z08Ao0

#1 >>2-65 #2 >>74-117 #3 >>122-160 #4 >>169-212
#5-1 >>231-266 >>271-289 #5-2 >>294-324
#5-3 >>330-363 #5-4 >>371-416 #5-5 >>422-461

#6 >>467-501


今回でAルートの序盤が終わりました
次回投下は10〜11月になりそうです 2年目もぼんぼる!(^ω^)

503名無しさん:2021/08/30(月) 08:09:45 ID:k6hZdaiA0
乙乙

504名無しさん:2021/08/30(月) 21:09:00 ID:oH7qdkuY0
うおー投下早くて嬉しいおつ!
内藤の性格もハインが妖刀で改造してたってこと?
やべえな妖刀
次も楽しみに待ってます

505名無しさん:2021/08/31(火) 18:43:14 ID:nXM1egM.0
安定した更新で助かる
ツンちゃんが心配だ

506 ◆gFPbblEHlQ:2021/11/05(金) 15:47:57 ID:vOUx5rwE0

お待たせしました。今月13日くらいに7話目を投下します

突然こんなこと言ってごめんね。
でも本当です。

次回ちょっとだけ考察を要するので気をつけて
それがやんだら少しだけ間をおいて、戦争が始まります
よろしくお願いします


>>503 ありがとうございます!
>>504 実際そうだと思っている人達と、そうじゃない人達が居ます!フクザツ!
>>505 すまない…

507名無しさん:2021/11/05(金) 16:00:36 ID:McInbeeo0
うおわ〜〜〜〜たのしみだ〜〜〜〜〜〜

508名無しさん:2021/11/05(金) 22:18:46 ID:f6b5XDtE0
よっしゃ、生きる理由が増えたぜ

509名無しさん:2021/11/13(土) 00:09:32 ID:5UWcgKYM0
今日追いついたので近日中に投下あるっぽい発言に歓喜
全裸待機するわ

510 ◆gFPbblEHlQ:2021/11/16(火) 23:52:07 ID:lQcTlYWQ0

≪1≫


川 ゚ -゚)「――……っと」スタッ

 健康ランドの景色が消えて、視界のすべてが薄暗く塗り替わる。
 素直クールは静まり返った周囲にさっと目を配り、テレポートの成功を事実として確認した。

 山小屋のように粗野な室内。暖炉の火種は残っているが、窓を見遣るに夜更けの頃合い。
 先に帰った素直四天王達も彼女を待たずに床についたのだろう。部屋に人気はなく――


\川 ゚ -゚)/ 「よ〜し私もさっさと寝、」


ξ゚⊿゚)ξ


川 ゚ -゚)「る、」

 ――部屋に人気はなく。


ξ;゚⊿゚)ξ「ここisどこ」

 否、その声は素直クールのマブダチ、魔王城ツンではないか。
 クールは視界の隅にあったツンを改めて直視すると、数度瞬きを繰り返し、露骨に眉をひそめて見せた。
   _,
川;゚ -゚)「……ああ?」

ξ゚⊿゚)ξ(お前なんで居んのという視線キツいキツすぎる)

 さっき健康ランドで別れたはずの2人。
 それが相変わらず顔を突き合わせている現実、双方にとって等しく意味不明だった。
 状況への理解が及ばず、合わせ鏡のように動かない2人。しばし沈黙が流れていった。

.

511名無しさん:2021/11/16(火) 23:54:04 ID:lQcTlYWQ0


川;゚ -゚)

ξ;゚⊿゚)ξ

川;゚ -゚)「いや、お前なんで居るんだ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「こっちが聞きたいのだわ」

川;゚ -゚)


川; - )「……いや待て、一旦ここで待て。私では無理だ。家主を呼んでくる」

 クールは片手で目元を覆い、そのままツンを置き去りにして部屋を出ていった。
 かくして数分後、彼女はオイルランプを携えて部屋に戻ってきた。




('、`*川

 ――見知らぬ女性を、ひとり引き連れて。

.

512名無しさん:2021/11/17(水) 00:01:35 ID:pFrDK2CI0


川;゚ -゚)「ほらあれですよアレ。師匠にも見えてますよね?」

('、`*川「うーん、確かに居るねえ」

ξ゚⊿゚)ξ(扱いが心霊現象)

 ボリュームのある黒の長髪を腰下まで伸ばした大人の風体。
 着ている衣服はもろにパジャマ(水玉)だが、低めの声に飾らない素振りが相まって幼くは見えない。
 どこか気が抜けた大人。彼女を一目で評するならば、これが最も端的な第一印象になるだろう。

ξ;゚⊿゚)ξ(……えっ?)

 しかし、そういう無難な第一印象はあくまで一目に基づくもの。
 彼女は素直クールが『師匠』と呼んだ人物なのだ。その実力はとても気になる。
 だからツンも安易には印象を定めず、興味本位で彼女の実力を見定めようとしたのだが――


ξ;゚⊿゚)ξ(こ、この人……!)
                                        レベル
ξ;゚⊿゚)ξ(私のパパとか、ワカッテマスさんとか、そういう領域に居るのだわ……!)

 ――結果、ツンの内から引き出されたのは最上級の比喩であった。


 ツンの父親である現魔王のレベルとは、即ち『測定不能』を意味する天上の領域。
 今ある物差しではこれ以上は測れない。いずれ自分も到達するはずの雲の上。

('、`*川「いや〜ほんとに実物なんだねえ。まさかそっちから来るとは思ってなかったよ、マジで」

 そんなところに生身の人間が、これまた突拍子もなくエントリーしてきた衝撃たるやとてもすごい。
 そう簡単に飲み込めるものではない。いかな自分の見立てと言えど、信じられなかった。

川 ゚ -゚)「これどうしましょう。私のテレポートに巻き込まれたんですかね」

('、`*川「だろうねえ。不慮の事故でもない、まさかの正規入場だ」フムフム

 息を呑んで立ち尽くすツンを肴に推察を進めるパジャマの彼女。
 やがてその推察も落着したのか、彼女はツンの前に立って背筋を伸ばし、得意げに深く頷いていた。

('、`*川「いやー、クールもまた珍しいお客さんを連れてきたね。
      初めましてを2度言う相手、めちゃくちゃ久し振りだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……?」

川 ゚ -゚)「ああ、独り言は気にしないでくれ。話が拗れる」

.

513名無しさん:2021/11/17(水) 00:03:14 ID:pFrDK2CI0


('、`*川「――はい、こんにちは。そっちの時間だとこんばんは?
      ついでにおはようとおやすみ。そして何より初めまして」

('、`*川「よく来たね、また会えて嬉しいよ」


ξ゚⊿゚)ξ
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ「は、はじめまして……?」

 優しい声色で発せられた挨拶全部盛りみたいな言葉の羅列。
 ツンはその中から最も無難なやつを選び、恭しく繰り返した。
.

514名無しさん:2021/11/17(水) 00:06:12 ID:haZuTTNw0
来てるじゃん!

515名無しさん:2021/11/17(水) 00:15:40 ID:pFrDK2CI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


川 ゚ -゚)「そんじゃ私はこれで。おやすみなさい」

('、`*川「はいはい。今日もおつかれ〜」

 暖炉の薪がパチパチと燃える中、素直クールは我先にと部屋を後にした。
 面倒臭いしもう寝たいんだよ。彼女の去り際の視線はツンを無言で突き放していた。

ξ゚⊿゚)ξ Help me.....

('、`*川「それじゃあ早速、質問があれば」

 残された2人は暖炉前のソファにそれぞれ座っていた。
 ソファの間には小さなテーブルが置かれており、心ばかりの水と焼き菓子が用意されている。
 ツンは焼き菓子(かなり焦げているクッキー)を1枚かじり、今一度現状を整理しつつ言葉を選んだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、じゃあ名前から。私は」

('、`*川「魔王城ツンでしょ。それは知ってる」

 彼女は言葉尻を横取りしてほくそ笑み、切れ長の垂れ目でツンを覗き込んだ。
 出鼻を挫かれたツンは萎縮して目を細める。助けを求める気持ちがより強くなっていた。

('、`*川「あなた、『テストで0点にならないため』に名前から書くタイプでしょ?
      『普通そうするから』って理由じゃなくてね。人間関係も狭く深くって感じかな?」

ξ;゚⊿゚)ξ

('、`*川「あ、そんで私は伊藤ペニサスね。先周はどうも」

 一方的に話を広げ、彼女は肘掛けに乗せた腕をくるりと翻した。
 そのまま「おはよう!朝4時に何してるんだい?」めいた姿勢になり、質問を続けるよう静かにツンを促す。
 ツンはめげずに続けた。

.

516名無しさん:2021/11/17(水) 00:24:10 ID:pFrDK2CI0


ξ;゚⊿゚)ξ「えっと、……私達って会ったことないわよね?
      どうしてそんな顔見知りみたいな、でも初見とも取れる感じで喋るの?」

('、`*川「……あーそこから。まぁそうだよね、あー」

 ペニサスと名乗った女性は優柔に呟いて頬杖をついた。
 それから少し唸って見せて、遠くを見つめながら口を開く。

('、`*川「なんてーか、私ってそれが両立するタイプなんだよね。
      深層干渉防御の副作用って言い方もできるけど、まぁ聞き流すのが無難だと思うよ」
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ シンソ…カンショ…?

 ツッコミどころが多いな。さては誘い受けか?
 先程の印象が無ければ間違いなくそう言っていたツン、ここもぐっと堪えた。

ξ;゚⊿゚)ξ「あの、だったらもう本題なんだけど、私ここから帰れるのよね?
      なんか流れでこうしてるけど、正直さっさと帰りたいのだわ……」

 ツンは身を乗り出してペニサスに尋ねる。彼女が事を急く理由は健康ランドに居るミセリ達だった。
 向こうからすれば突然ツンが消えたようなもの。無用な心配をかけて大事になっても困るのだ。
 色んな意味で早く帰りたい。面倒事に直面したツンは大体いつも帰りたがっている。

ξ;゚⊿゚)ξ「あとなんていうか、事と次第によっては素直四天王の内臓も爆発しちゃうのよ。
       結構のんびりしちゃったし、すぐ帰れるなら急ぎたいんだけど……」

('、`*川「あーあの内臓のやつ? あの術式なら適当にイジっといたから問題なし。
      今の仕様でも血を吹いて胃がひっくり返る程度には痛いけどね。まぁいいでしょ」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「いいからとにかく帰らせて。みんなを心配させたくないのだわ」

 貞子の魔術をイジったとか、気になる部分も全力で聞き流していく。
 ツンはコップの水を一気に飲み干すと、あえて無作法に立ち上がって結論を確言した。

ξ;゚⊿゚)ξ「はいごちそうさま! もう帰るのだわ!」

('、`*川「えーほんとにもういいの? 聞けば色々答えるのに」

ξ;゚⊿゚)ξ「とにかく素直四天王の知り合いなんでしょ?
      それだけ分かってれば別にいいのだわ。機会があればまた今度、ゆっくり話しましょう」

.

517名無しさん:2021/11/17(水) 00:36:16 ID:pFrDK2CI0


('、`*川

('、`*川「だったら逆に質問があるんだけどさ」

 途端、ペニサスは声を強めて別の話題に入ろうとした。
 言外に込められた強かな意図――これに付き合わなければ絶対に帰さない。

ξ;-⊿-)ξ「……どうぞ」

 ツンは甘んじて彼女の話を受け入れ、小さな嘆息と共にそう応えた。

('、`*川「急いでるのにありがとね。じゃあ聞くけどさ、その右腕ってどうしたのかな?」

 彼女はツンの右腕を指差して、それからあえて数秒の間を作った。
 薄暗い気迫。それがぴたりと首筋に張りつく。
 ツンは右腕を隠すように身を捩り、弱々しく表情を曇らせた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……な、なんで今、それを」

('、`*川「誘導尋問だよ。だって話してくれないんだもん、あなたが本当に聞きたがってる事」

ξ;゚⊿゚)ξ「本当、って……そんなん……」

 右腕と聞いて、なにより先に思い出されたのは試験中の出来事だった。


━━━━━━━━━━

lw´‐ _‐ノv「すまんね」

ξ;゚⊿゚)ξ

━━━━━━━━━━


 あのとき、素直シュールによって完全に破壊されたツンの右腕。
 そしてその腕は意味不明な過程を経て完治、かくしてツンは勝利を収めるのだが――。

 実際のところ、件の謎回復について分かっている事は何もない。
 後日貞子が詳しい調査を行う予定だが、あれについての説明は、今は誰にもできなかった。
 だからそもそも『他人に聞く』という発想がなかった。ペニサスの意図はあまりに唐突だった。

.

518名無しさん:2021/11/17(水) 00:43:16 ID:pFrDK2CI0


ξ;゚⊿゚)ξ「……答えたいけど、分からないのだわ。
       気がついたら治ってて。そのうち調べる予定なんだけど……」

('、`*川「またまたぁ、分からないって事はないでしょう。
      なにか予兆があったはずだよ。こじつけでもいいから考えてみて」

ξ;゚⊿゚)ξ「あの、ペニサスさんは答えを知ってるの?」

('、`*川「私は知らないよ。知ることもないだろうし」

ξ;゚⊿゚)ξ


━━━━━━━━
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  レヘヽ| |
    (・x・)
  ”c( uu} ,,ノミ入
      丿 ノ
     ´~~~
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ξ;-⊿-)ξ「……でも私、治癒魔術なんて使えないのだわ」

('、`*川「だったら別の方法で元に戻ったのかも? ほら、ちょっと考えてみようよ。
      別の腕と交換したとか、時間を進めたり戻したりとか、なんかあるでしょ?」

ξ;´⊿`)ξ「いや無いでしょなのだわ。そんなんもっとできんが……」

('、`*川「可能性の話なんだから気楽にいこうよ。結果としてその腕は治っているんだから。
      ほらあれ、マインドマップとかってやつ? ヒューリスティクスも無駄じゃないよ」

ξ;´⊿`)ξ「いやぁ、だからって今ここで掘り下げなくても……」

('、`*川「……あー、答えしか知りたくない感じ? 現代っ子だね〜」

 というか、今こっちには貞子という魔術関連の大御所が居る。
 そんな相手が身近に居るなら、ここでどういった考察をしても最終的には的を外してしまうのだ。

 なのでとりあえず安静にして、後日ちゃんとした医者に診てもらって、それから考える。
 謎回復も一旦 『そういうものだから』 で片付けといて、なんかもう、そんな感じだった。

.

519名無しさん:2021/11/17(水) 00:48:39 ID:pFrDK2CI0


('、`*川「とはいえ、流石にそこまで消極的だとちょっと心配かな」

('、`*川「再現、再走、再生、再会、……あいつの狙いは再命名だっけか。
      装われた形式的無知の読解、その外側にある点はまだ結べないか……」

ξ゚⊿゚)ξ「そう……ですね」

 ツンは全てを理解したような真剣さで頷いた。
 実際のところ何も理解していない。大体いつもそう。

('、`*川「ツンちゃんはどう思う? けっこう厳しいスタートでしょ」

ξ゚⊿゚)ξ



ξ゚⊿゚)ξ「絶好調を100とするなら40、……いや35ってところですね」

('、`*;川「……ああ、そう」

.

520名無しさん:2021/11/17(水) 00:53:30 ID:pFrDK2CI0


('、`*川「あーそうだ、そっちの盛岡とはどのくらい腹割って話してるの?
      それ次第では私の動きも変わってくるんだけど……」

 続いての質問には聞き馴染みのある名前が含まれていた。
 どこか既視感のあるペニサスの言動が彼の名前と結びつき、「ああ〜なるほどね」となるツン。

ξ゚⊿゚)ξ(でも……)

 でもあいつと腹を割って話す機会など一度でもあっただろうか。いや無い。
 誰彼構わず煙に巻いて好き放題してるオッサン相手にそんな殊勝なことするか? いやしない。

ξ゚⊿゚)ξ「ははは」

 結果、ツンは笑って誤魔化すしかなかった。

('、`*川「……なるほどね、オッケー分かった。
      そっちとの距離感は掴めたよ、もう引き止めない」

 そう言いながらペニサスは悠長に立ち上がり、部屋のドアに向かってパチンと指を鳴らした。
 たったそれだけの動作を終えると、彼女は素直に道を譲り、片手を広げてツンを振り返った。

('、`*川「はいどうぞ、出口はこちらです。健康ランドのトイレに繋げといたよ。
      向こうも2分くらいは経ってるけどいい? 一応時間も合わせとく?」

ξ゚⊿゚)ξ


ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、繋げたってなに、別々の空間を!?」

('、`*川「うん」

Σξ;゚⊿゚)ξ「指パッチンだけで!?」

('、`*川「なしでもできるよ。やり方知りたい?」

ξ゚⊿゚)ξ「えーめっちゃ気になるんですけd……」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「――いや帰る! 今はとにかく帰るのだわ!」

 正直めちゃくちゃ気になる。しかしツンは頑なに帰りを急いだ。とてもえらい。
 ただでさえ現状は意味不明なのだ。『そういうものだから』を多用しなければキリがない。
 ここで盛岡の名前が出てくるのもかなり縁起が悪い。ツンは早く帰って寝たかった。

.

521名無しさん:2021/11/17(水) 00:57:32 ID:pFrDK2CI0

≪2≫


ξ;´⊿`)ξ「うう〜……これ絶対まともな帰宅ルートじゃないのだわ……」

 帰りのドアを開け放つと、その向こうには視界のすべてを塗り潰す暗闇が広がっていた。
 健康ランドに続いているとは到底思えない異様な有様。ツンも人並みに二の足を踏んでいた。
 そんなツンを励まそうと、ペニサスは何食わぬ顔で彼女の肩を揉みほぐした。

('、`*川「これ慣れると結構楽しいんだよ? こないだなんてダークライとかゲットできたし」

ξ;゚⊿゚)ξ「それ万歩計持ってないと詰まない?」

('、`*川「まぁ変なことしなければ大丈夫だって。
      ツンちゃん■■■■の■■とか持ってないでしょ?」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、持ってないけ――」



ξ;゚⊿゚)ξ「……え? いまなんて言っ」

('ー`*川「なら大丈夫だよ死にゃしないから! ほら元気出してこ!」

ξ;゚⊿゚)ξ

('、`*川

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、はい」

 ペニサスとの対話を諦めたツンは暗闇に手を突っ込み、続けて数歩、ゆっくりと前に進んだ。

.

522名無しさん:2021/11/17(水) 00:59:42 ID:pFrDK2CI0


('、`*川「あーそうそう。そんな感じでいけば大体オッケーだから」

ξ;゚⊿゚)ξ「んなこと言っても光すらな――い……ッ!」

 ――暗闇に踏み込んだ直後、ぐわんと体が傾く感覚に襲われて足を止める。
 三半規管が異常をきたしている。平衡感覚が一気に崩壊した。
 ツンは遠心力を伴う錯覚に大きくよろめき、その場で千鳥足を踏んで頭を抱えた。

ξ; ⊿゚)ξ(この空間、やっぱりまともじゃ……!)

 肢体を引き千切らんほどの浮遊感が四方八方に暴れ回り、体の感覚が端から蒸発していく。
 しかし不思議と倒れはしない。ツン自身でもそれが奇妙で、五感の混乱はさらに悪化した。

ξ; ⊿゚)ξ …



ξ゚⊿゚)ξ(あっダメだ吐く)オロロロロ

 船酔いと陸酔いと高山病と減圧症が同時に襲ってくるような即死攻撃。
 ツンは真顔で嘔吐を終えると、やや青ざめた表情で背後のペニサスを振り返った。

('、`*川

ξ;゚⊿゚)ξハァ…ハァ…

('ー`*川「あっ忘れてたんだけどさ、ついでに伝言頼んでいいかな?」

ξ;゚⊿゚)ξ(こっちのゲロは無視か、強いな……)ハァハァ

 部屋の中から柔らかい声をかけてくるペニサス。
 彼女はゆっくりドアを閉めながら、残った話題を手短にツンに伝えていった。

.

523名無しさん:2021/11/17(水) 01:05:33 ID:pFrDK2CI0



('、`*川「――唐揚げどうも。約束は守ってるよ、って。
      あなたの知ってる盛岡に伝えといてくれればいいから」

('、`*川「あとそれ、ガンガン進めば意外と楽になるから安心してね。
      トンネルを抜けると健康ランドだった的な着地するからさ」

ξ; ⊿゚)ξ(そんな雪国的イントロで済む異常じゃねえのだわ……!)

('、`*川「そんじゃあね。また会えたらよろしく〜」

 ぱたん、と軽い音を立てて閉じるドア。
 そうしてツンは完璧な真っ暗闇に取り残され、もう自分の体の輪郭さえ捉えることはできなかった。


ξ;-⊿-)ξ「……ふぅ、はあ……」

ξ;゚⊿゚)ξ(こんなゲームのバグみたいなとこ、早く出ないと絶対ヤバいのだわ……)テクテク

 口元を拭って立ち直り、荒れ狂う五感を宥めつつ前進を再開するツン。
 彼女は既に方向感覚さえ失いかけていたが、なすべきことはすべて、彼女の細胞が記憶していた。


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524名無しさん:2021/11/17(水) 01:06:04 ID:pFrDK2CI0

              ┌───────────────┐
              │                        │
              │    ┌─────────┐    │
              └──┼─────────┼──┘
                    │  ┌─────┐  │
                    └─┼─────┼─┘
                  └─────┘
                   ┌───┐
                   └───┘
                     ┌─┐
                     └─┘
                      □

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525名無しさん:2021/11/17(水) 01:06:34 ID:pFrDK2CI0







          #07 幕間 〜逃亡暦201X年の断片〜






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526名無しさん:2021/11/17(水) 01:07:28 ID:pFrDK2CI0

≪?≫



 ――荒野の最中に、3人の少女が打ち捨てられていた。

 辛うじて人間の形状を保つそれらは、たった数分前まで素直四天王として動いていたものだった。
 そして間もなく絶命に至る。魔王城ツンはそんな彼女達を眺め、しかし一切の情動に至らなかった。

 自分でやったという自負が感情に蓋をしている。
 苦しみはない。もう慣れたものだった。

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527名無しさん:2021/11/17(水) 01:14:19 ID:pFrDK2CI0



(´・_ゝ・`)「……お疲れさま。流石は魔王の娘だよ、あっさり終わらせやがった」ザッ

(´・_ゝ・`)「まぁ魔物が本気でやりゃこうなるわな。苦戦する方がおかしいか」

 音を立て、あからさまに歩み寄ってきた盛岡デミタスがタオルを投げる。
 ツンは一目もくれずにそれを掴み取り、自分の顔に飛び散っていた返り血の塊をざっと拭き取った。

(´・_ゝ・`)「って、なんだよ殺しきってないのかよ。
      お前なあ、こういう甘さで味方が死ぬんだからな。気をつけろよな」

ξ゚⊿゚)ξ「……まだ使えると思ったのよ。
      人間の駒は貴重でしょ。あとは任せるのだわ」

(´・_ゝ・`)「そうやってまた要らないものを増やす。おめー健康器具とか無駄にするタイプだろ。
       使い道を考える身にもなってほしいね。処分も手間だしさぁ」

ξ-⊿-)ξ「そうね。あなたを信頼しているのだわ」

 ツンは慣れた口振りで言い返し、赤黒くなったタオルを地面に投げ捨てた。


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528名無しさん:2021/11/17(水) 01:14:42 ID:pFrDK2CI0







          #'01 整合世界、決定論、Cosmos new version






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529名無しさん:2021/11/17(水) 01:15:39 ID:pFrDK2CI0



ζ(゚ー゚*ζ

ζ(゚-゚*ζ「……出来損ない。これなら生け捕りで……」


 どこか遠くに聞こえる声には嘲笑の意図すらなく。
 女の瞳はただ冷淡に、今の私を単なるモノとして見つめていた。


ξ; ⊿ )ξ(わたし、まさか……)クラッ


 意識が遠のく。死の実感が五体の感覚を薄めていく。
 視界がボヤけて暗闇が滲む。
 いつしか、私の体は地面に横たわっていた。


 そして、私は――……


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530名無しさん:2021/11/17(水) 01:17:32 ID:pFrDK2CI0



 「――大丈夫ですか、お嬢様」


ξ; ⊿ )ξ

 薄れゆく意識の中、聞き慣れた声が私のことを呼んでいる。
 閉じかけた瞳に映る朧気な後ろ姿。

::::ミセ*:::ー゚)リ::::

 深緑の魔力に覆われたその人は――ミセリさん以外の誰でもなかった。

ξ; ⊿゚)ξ(ミセリ、さん……)

ミセ*゚ー゚)リ「……間に合ったとは言えない感じですね。
      でも安心して下さい。すぐに助けが来ますから」

 ――ミセリさんだ。ミセリさんが助けに来てくれていた。
 満身創痍の体でも、たったそれだけの事実が元気をくれる。
 心ばかりの感謝を込めて、私は精一杯の笑みを作った。


ミセ*゚ー゚)リ「なにも心配はいりませんよ。敵は私が片付けておきます」

 そう言って優しい笑顔を返してくれるミセリさん。
 私はそれですっかり安心してしまって、なんの不安も無いままに、すとんと意識を失ってしまった。

.

531名無しさん:2021/11/17(水) 01:18:08 ID:pFrDK2CI0




 ――間違いだった。

 この時、私はどうあっても立ち上がるべきだった。



爪'ー`)「……デレ、そいつの相手は骨が折れるぞ」

爪'ー`)「私がやろう。少し下がっていなさい」

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532名無しさん:2021/11/17(水) 01:18:31 ID:pFrDK2CI0





                    ≪??≫




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533名無しさん:2021/11/17(水) 01:19:47 ID:pFrDK2CI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


川д川「……申し訳、ありません」


(´・_ゝ・`)「いやほら、貞子もお前を助けるので手一杯だったんだよ。分かるだろ?」


 雁首を揃えていながら、2人が何を言っているのか意味が分からなかった。


(´・_ゝ・`)「貞子の魔力だけじゃミセリの命までは救えなかった。
      お前が死ぬかミセリが死ぬか、ミセリは後者を選んでいったよ」

(´・_ゝ・`)「あの晩は俺もドクオも戦闘後で魔力は枯れてたし、いやぁ完全に想定外だよ。
      敵の主力がいきなり登場するなんて、いったいどういう事だろうな??????」


(´・_ゝ・`)「あーあ、誰かがほんの少し、フォックスを足止めしてればなぁ……」

(´・_ゝ・`)「ハインなら、できたと思うんだけどなぁ……」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、ミセリさんは私のために死んだって言うの?」

(´・_ゝ・`)「うん」

 彼は必要以上の答えを言わなかった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

.

534名無しさん:2021/11/17(水) 01:20:09 ID:pFrDK2CI0





                    ≪???≫




.

535名無しさん:2021/11/17(水) 01:20:45 ID:pFrDK2CI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



川; -゚)「……どうにも、話が違うな……」


ξ゚⊿゚)ξ


川; - )「……そうか。私達は、化け物のエサに……」

.

536名無しさん:2021/11/17(水) 01:22:20 ID:pFrDK2CI0


 ――ああ、なんで人間なんかに気を遣ってたんだろう。

 こんな簡単に壊れるものを守ろうだなんて、私に出来るわけなかったのに。
 諦めたらすごい身軽になれちゃったな。戦いやすいし、すごい解放感。
 そうか、できるんだからやればよかったんだ。こんな簡単なこと、もっと早く気付けばよかった。

ξ゚⊿゚)ξ(魔力制御、貞子さんが付きっきりで教えてくれたの。
      今なら大丈夫なのだわ。大丈夫、これからもっと『できるようになる』――)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

.

537名無しさん:2021/11/17(水) 01:22:42 ID:pFrDK2CI0





                    ≪????≫




.

538名無しさん:2021/11/17(水) 01:25:03 ID:pFrDK2CI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ノパ⊿゚)「……ああ、やっぱりお前がねーちゃんの仇か」

 素直ヒートが独りごちて、私を睨む。

ノパ⊿゚)「決めた。殺害禁止のルールガン無視して殺しにいく。いいよな?」

o川*゚-゚)o「それでいいよ。どうせ敵地のど真ん中だし」

lw´‐ _‐ノv「……向こうは最初からそのつもりだよ。やらなきゃ殺される」



ξ ⊿ )ξ

 ――被害者ぶるなよ。

 私は私を殺しに来たヤツを返り討ちにしただけだ。
 そうしなければまた奪われる。だから私はできるようになったのだ。

 私はただ普通に、人を倣って生きていただけなのに。
 仇だなんて、私は、私はそんなものになりたかったわけじゃ――


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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539名無しさん:2021/11/17(水) 01:25:34 ID:pFrDK2CI0





                    ≪?????≫




.

540名無しさん:2021/11/17(水) 01:26:56 ID:pFrDK2CI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(´・_ゝ・`)「ハインリッヒなら処刑されたよ」

 ある日突然、恩人だった人の死を告げられた。


(´・_ゝ・`)「いや〜なんせ全部あいつのせいだからな。
      お前の居場所が敵にバレたのも、結果ミセリが死んだのも、何もかも」

(´・_ゝ・`)「あいつ、お前を育てて私利私欲に使う計画なんか立ててたんだぜ?
      最低だよな。やっぱり人間なんて信用できねえよな俺もそう思うよ」


(´・_ゝ・`)「あとついでに吉報。お前はもう自由の身だ。試験もなにもオールクリアだってさ」

ξ゚⊿゚)ξ

(´・_ゝ・`)「人殺しにも躊躇がなく、自衛するだけの実力も十分と上が認めてくれたんだ」




(´^_ゝ^`)b「いやぁ本当によかったね! すこぶる順調じゃーん!」

ξ゚⊿゚)ξ「……そう。よかったわね」

 試験の結果が合格だろうと、私の心に大した感慨は湧いてこなかった。
 ただ単に、まだ怒っていていいのだと、そう思った。

.

541名無しさん:2021/11/17(水) 01:31:53 ID:pFrDK2CI0


(´^_ゝ^`)

(´・_ゝ・`)「んで、お前はこれからどうやって生きていくんだ?
      地上の暮らしは確かに続けられるけど、お前もう人間ごっこに興味ねえだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ


(´・_ゝ・`)「……なあ魔王城ツン、本音を言えよ。遠慮するな。俺を上手く使えって」

(´・_ゝ・`)「もちろん代価は頂戴するが、信頼関係にはギブアンドテイクも必要だろ?」

(´・_ゝ・`)「お前の気持ちはよく分かる。ミセリの仇を討ちたいんだよな。
      俺も同じ気持ちだしな。毎晩怒りに打ち震えてんだ。全身プルプルで困るよ」


ξ゚⊿゚)ξ

 私にはそれが悪魔の囁きに聞こえたが、
 悪魔って魔物の親戚みたいなものだし、まぁいいかと思った。

ξ゚⊿゚)ξ「その場合、私はあなたに何を返せばいいの?」

(´・_ゝ・`)

 不意に、悪魔が少しだけ表情を強張らせた気がした。


.

542名無しさん:2021/11/17(水) 01:33:25 ID:pFrDK2CI0


(´・_ゝ・`)「よし、交渉成立だな? まぁ安心しろ。取り立ては今すぐじゃない。
      遠い遠い未来、お前がもっと強くなってから、キッチリとな」

(´・_ゝ・`)「お前はただ、俺達が思ったとおりに強くなればいい。
      裸の王にはさせねえよ。お前につくのは勇ましいチビの――7人の仕立て屋だからよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……あなた、意外と童話好きだったのね」

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「べつに。ただの一般教養だよ」

.

543名無しさん:2021/11/17(水) 01:37:28 ID:pFrDK2CI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 ――それから私は盛岡の言うとおりに強くなって、

 攻めてきた勇者軍を返り討ちにして、


 敵の拠点を潰して回って、その道行きでも沢山の人間を殺して、

 私はずっと怒ったまま、言われるがままにそれを繰り返して、


 でも、繰り返せなくなっても私はまだ怒っていて、


 最後に句点を打ったのはいつだろう、

 なんて、ミセリさんと話した最後の夜を思い出しながら、


 すべての戦いを終えた私は魔界でひとり、

 どこかで忘れてしまった『まる』の書き方を思い出そうとして、


 気が遠くなるような長い時間を、

 物語のない静かな時間を、


ξ ⊿ )ξ


 ただひたすらに、

 現実的に浪費し続けて、

 なにも続かない世界を、

 ずっと、

 続けて――



.

544名無しさん:2021/11/17(水) 01:38:09 ID:pFrDK2CI0






          ≪業務連絡:4周目の世界が完結しました≫





.

545名無しさん:2021/11/17(水) 01:40:16 ID:pFrDK2CI0
― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_-_ ̄ ̄― -_ ̄― ― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___―― ̄ ̄___ ̄
―― ̄ ̄___ ̄―===━___ ̄―  ――――    ==  ̄―― ̄ ̄___ ̄―=
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄
 ___―===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ― ̄―‐―― ___―‐―― 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


                       【リザルト:4周目】

                  ≪ ξ゚⊿゚)ξ / 魔王城ツン ≫


          魔王化習得後、王座の九人を全員倒し、勇者軍を壊滅させた
          併せてフォックスが死亡しているため、Bルートには突入できない

          以降の展開は存在せず、彼女の物語はどこにも続かなかった


          【戦闘方法】 [身体強化:SS] [魔力成形:A] [魔術:B+]
 
          【基礎能力】 [パワー:A]    [スピード:A]
                     [スタミナ:S]   [コントロール:SS]


          【備考補足】 魔王化と魔力成形を駆使して戦うインファイター
                     Aルート単体で実現しうる理想的な育成個体
                     盛岡デミタスのかんがえたさいきょうのつんちゃん


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ̄――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄_――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=‐――‐―― _
 ___―===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄ ̄―‐―― _
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ̄___ ̄―===━___ ̄―  ==  ̄ ̄ ̄  ――_――__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―
  ___―===―_―    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄ ̄―‐―― ___ ――_― ―
  ――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ―― __――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=
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546名無しさん:2021/11/17(水) 01:41:36 ID:pFrDK2CI0
― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_-_ ̄ ̄― -_ ̄― ― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄
__―___ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___―― ̄ ̄___ ̄
__―____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ___===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ― ̄―‐―― ___―‐―
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                      ◇◆ 次周特典 ◆◇

             この物語は完結した。パーフェクトAAがやってくる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ̄―――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄_――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=――‐―― _
 ___―===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄ ̄―‐―― _
  ――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ―― __――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄
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547名無しさん:2021/11/17(水) 01:41:58 ID:pFrDK2CI0

              ┌───────────────┐
              │                        │
              │    ┌─────────┐    │
              └──┼─────────┼──┘
                    │  ┌─────┐  │
                    └─┼─────┼─┘
                  └─────┘
                   ┌───┐
                   └───┘
                     ┌─┐
                     └─┘
                      □

.

548名無しさん:2021/11/17(水) 01:42:57 ID:pFrDK2CI0

≪3≫



 ――気がつくと、私はトイレの個室に突っ立っていた。



ξ゚⊿゚)ξ …

ξ;゚⊿゚)ξ(あっ、マジでこんな着地するんだ)

 ペニサスが言っていた通り、なんかふわっとした感じでテレポートが完了したっぽい。
 私はすぐさまトイレを出ていき、元居た場所へと小走りで向かった。



ミセ;*゚ー゚)リ「……あっ、お嬢様!」

 で、マッサージチェアのコーナーにはやっぱりミセリさんが居た。
 落ち着かない様子で私を出迎えてくれた彼女を前に、なんだか無性に感動を覚えてしまう。

ξ;゚⊿゚)ξ「ごめんなさいミセリさん! かくかくしかじか!」

ミセ*゚ー゚)リ「それは仕方ないですね……」

 トイレで踏ん張りすぎて恥ずかしかったので気配を消していた、という体で失踪を誤魔化す私。
 さっきの出来事は話が拗れそうなので伏せておく。あと単純に説明が無理、見なかったことにしよう。

.

549名無しさん:2021/11/17(水) 01:45:04 ID:pFrDK2CI0


ミセ*゚ー゚)リ「それでは急いで帰りましょうか。
       明日からまた忙しそうなので……」

ξ;´⊿`)ξ「そうね。私も今ので凄い疲れちゃった」

ミセ;*゚ー゚)リ「ああ、そんな大物が相手だったんですか。
       お腹の調子が怪しいならもう少しごゆっくり……」

ξ;゚⊿゚)ξ「いや大物っていうか、なんかまた複雑なのが出てきたというか」

ミセ*゚ー゚)リ


ミセ;*゚Д゚)リ「――複雑なのが!? お腹の調子は大丈夫なんですか!?」

 トイレで踏ん張った事にしたせいでコントになっちゃったな。
 これ以上は会話が下品になりそうなので、私はドクオ達に話しかけて流れを変えた。

ξ゚⊿゚)ξ「2人とも、もう帰るのだわ」

('A`)「……分かってるよ」

( ^ω^)「おっおっ」

 ちなみにこの野郎共は私が戻ったというのに深夜のテレビに釘付けであった。
 どうせエロい番組を見ていたのだろう。仕方のない奴らだ。
  ,_
('A`;)「……どうすんだよコレ……」テクテク

 やたら難しそうな顔で振り向いたドクオが早足に先行する。
 私達もすぐに後を追い、トコトコと家に帰った。

.

550名無しさん:2021/11/17(水) 01:45:25 ID:pFrDK2CI0



      ___________________________
  ━━√━━━━━━━━━━━━━━━━━#━━━━━━#━━
   ̄ ̄
           次回   【インナーゲーム編】   に続く
                                    ______
  ━━━#━━━━━#━━━━━━━━━━#━━━√━━━━━
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


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551名無しさん:2021/11/17(水) 01:46:39 ID:pFrDK2CI0


        |        ロ  :
         |               口     ・
  ̄ ̄ ̄ ̄        ゚        ロ   ・
               ・  :    。            口
           ロ                ロ
                        ・
    口              ゚       ロ         []
                                。
     ・      ロ   ・  :   ロ  口    []
          □                              ・
                    []      | ̄|        口
    。       口                 ̄    。






      _
    ( ゚∀゚)   ・ ・ ・
    (    )
     |   | 
     し ⌒J




      |
  \  __  /
  _ (m) _ピコーン
     |ミ|
  /  .`´  \
      _
    ( ゚∀゚)   あっ! これ俺と会う前の話か!?
    (    )
     |   | 
     し ⌒J



 〜おわり〜

.

552名無しさん:2021/11/17(水) 01:51:53 ID:pFrDK2CI0

#01 >>2-65   #02 >>74-117   #03 >>122-160   #04 >>169-212
#05-1 >>231-266 >>271-289  #05-2 >>294-324
#05-3 >>330-363         #05-4 >>371-416 #05-5 >>422-461
#06 >>467-501

#07 >>510-551

今回のイメソンはbinariaの「reino blanco」という曲です
短編祭音楽部門、重度イメソン厨なのに参加できなかったYO…(^ω^)

次回投下は年内です
日時を決めてる余裕は無さそうなので、隙間を見つけて適当に投下しておきます

>>507 やった〜〜〜〜〜〜〜〜ネ!!(^o^)
>>508 作者もツンちゃん投下を生きる理由にしているよ!(激重)
>>509 そう言ってもらえて嬉しいです!また置き去りにするね!
>>514 来たよ〜〜〜〜〜〜〜〜(^^o)

553名無しさん:2021/11/17(水) 02:11:19 ID:pFrDK2CI0
スレも折り返したのでツンちゃんまとめを再掲しておきます

1〜3周目(クールライターさん)
http://coollighter.blog.fc2.com/blog-entry-439.html
4周目以降
https://gekitetunchan.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

554名無しさん:2021/11/17(水) 22:37:36 ID:sWruafis0
おつ!!
途中置き去りになった気がするけど次も楽しみに待ってます!!

555名無しさん:2021/11/17(水) 23:15:42 ID:haZuTTNw0
ほんと面白い

556名無しさん:2021/11/17(水) 23:27:05 ID:3BZd.crY0


557名無しさん:2021/11/18(木) 21:13:20 ID:qsGEz2b20

パーフェクトAAとの絡みが気になるな

558名無しさん:2021/11/20(土) 18:50:31 ID:zb7aQffo0
>そのまま「おはよう!朝4時に何してるんだい?」めいた姿勢になり、質問を続けるよう静かにツンを促す。
ここ好き

559 ◆gFPbblEHlQ:2021/12/20(月) 19:02:54 ID:xDJkNY0g0

≪1≫


 その日の朝は妙に寝覚めがよく、午前6時にはすっかり目が覚めてしまった。
 二度寝したいのは山々だったが、健康ランドでしこたま健康になった体がそれを許さなかった。

ξ´⊿`)ξ(肉体そのものが健康という概念に耐えられない……)ムクッ

 私は「仕方ねえ起きるか」という気持ちで寝床を転げ出た。
 洗面所に寄ったり諸般もたもたしつつリビングに向かうと、なぜかそこにはドクオの姿があった。
 朝から縁起が悪い。

ξ゚⊿゚)ξ「え、なんで居るの」

('A`)「仕事だよ。お前のお守り、また再開するだってさ」

 ドクオは私の前を横切ってソファに座り、これまた真剣な表情でテレビを見始めた。
 しかもそれは海外のニュース番組を翻訳してるタイプの、なんかガチっぽいやつだった。

ξ゚⊿゚)ξ「えードクオ朝からそんなん見るの?」

('A`)「……たまにはな」

 人の生死やガチ目の紛争、政治宗教などがオブラートなしバイアス強めで語られるニュース番組。
 私も一緒になって10秒そこそこ眺めてみたが、朝から見るには随分と重たい内容が続いた。
 朝は2000年代中期の15分アニメを見るのが一番だというのにな。しゃらくせえ時代だよ。

ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様、おはようございます」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ミセリさんおはよ〜」

 挨拶がてらキッチンから出てきたミセリさん。その片手には朝食を盛った大皿が3枚乗っていた。
 空いてる手にも1枚あるので計4枚である。こっちもこっちで朝から重いな。

ミセ*゚ー゚)リ「今朝はサンドイッチですよ。沢山あるので死ぬほど食べてくださいね」

ξ゚⊿゚)ξ「死の引用が軽すぎる日常」

 時間的にはかなり余裕だが、やることもないので優雅に朝を過ごすとしよう。
 私は部屋に戻って身嗜みを整え、学校の制服に着替えてから朝食に立ち向かった。

.

560名無しさん:2021/12/20(月) 19:03:16 ID:xDJkNY0g0


ミセ*゚ー゚)リ「……お嬢様、少し大事な話があります。
      そう大した事でもないのですが、食べながら聞いてもらえますか」

ξ゚⊿゚)ξ「モグモグなのだわ」

 食事中、私はテレビを見ながら軽く頷いた。
 今見ているのはデパ地下の最新グルメ情報である。ドクオからはチャンネル権を奪った。
 当のドクオはグルメ情報には興味が無いらしく、ラグに寝転んで以降ずっと天井を見ている。

ミセ*゚ー゚)リ「まず、お嬢様は無事に試験を突破されましたよね。
      それで証明できた事は2つ。ご自身の成長と、人間相手に戦えるという事実です」

ξ゚⊿゚)ξ「しゃにむに示してしまったよな、それらを」

ミセ*゚ー゚)リ「……単刀直入にお聞きします。
      お嬢様にとって、人間という生き物はなんですか?」

ξ゚⊿゚)ξ



ξ゚⊿゚)ξ「なっ」

ミセ*゚ー゚)リ「人間は敵です。少なくとも、私には」

 なんですかって、なに? と綾波ぶって聞き返そうとした途端ミセリさんの私見に先を越される。
 人間は敵。そう断言した彼女の表情は、しかし普段通りの朗らかさを保ったままだった。

ミセ*゚ー゚)リ「でも、だからって積極的に敵を――人間を排除する訳ではありません。
       ただ私は、襲ってきた相手は例外なく敵として迎えます。人間も、魔物も、すべて」

ξ゚⊿゚)ξ「……あなたはそこまで薄情じゃないのだわ」モグモグ

ミセ*´ー`)リ「襲ってきたらの話ですよ。ですので普段は大人しくしてるでしょう?
       私達だって侵略目的でここに居る訳じゃありません。……そうですよね?」

ξ゚⊿゚)ξ「……もちろんなのだわ。戦う理由はない、だから人間は敵じゃない。
      そりゃ勇者軍みたいなのは敵だと思うけど、それでも――」

 ミセリさんのように白黒を分けることはできない。
 そもそも主語がデカすぎるのだ。こんな話、どうやったって粗が出てくる。

.

561名無しさん:2021/12/20(月) 19:06:30 ID:xDJkNY0g0


ミセ*゚ー゚)リ「――それでは、お嬢様には宿題を出しておきます。
       今日帰ってきたら答えを聞かせてください。いいですね?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、この話って何? 本当になんなの!?」モグモグモグ!??!?!?

ミセ*゚ー゚)リ「だから大した話じゃないですってば。
       ただなんというか、あの試験には私も思う所がありまして……」

ξ;´⊿`)ξ「ウグゥー!」

 繰り返しになるが、先日の試験は私の実力だけで突破したとは言い難い内容である。
 私のことを誰よりも長く鍛えてくれたミセリさんだ。心配する気持ちもひとしおなのだろう。

ξ;゚⊿゚)ξ(ミセリさんを安心させるには、筋肉……!)

 しばらくは魔力絡みの特訓に集中したかったが、この感じだと物理の時間も削れそうにない。
 せめて寝る時間だけは確保しよう。半ば放心しつつ私は覚悟した。

ξ゚⊿゚)ξ「で、宿題ってどんな内容なの? 今日から10トンの重りをつけて生活とか?」

ミセ*゚ー゚)リ「それやると地盤沈下の擬人化になっちゃいますよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだねx1」

 このくだり完全に要らなかったな。

ミセ*´ー`)リ「いいですか、今日お嬢様が帰っきてたらまた同じ質問をします。
       そこでもう一度答えを言って下さい。宿題はそれだけです」

ξ゚⊿゚)ξ
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……人間という生き物について? だったら答えも同じになるけど」

ミセ*゚ー゚)リ「それならそれで構いません。考えること自体が宿題みたいなものですし」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……そう。分かったのだわ」

 なんか本題をはぐらかされてるな、と思う。
 しかし追及するにもネタがなく、私はサンドイッチをモグモグするしかなかった。
 朝食シーンは以上です。

.

562名無しさん:2021/12/20(月) 19:13:00 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


('A`)「……本当にいいんですね、学校なんか行かせて」

ミセ*゚ー゚)リ「ええ。こっちで話すと逆効果にもなりかねないから。
       最低限の前置きはしたし、あとは自分で受け止めてもらうわ」

('A`)「あいつの夢を壊すと思いますけど……」

ミセ*゚ー゚)リ「せめて教訓にしておきたいのよ。どうせ壊れるものならね。
       まぁワカッテマスにも同意は取ってあるから。護衛、気を抜かないでね」

('A`)「…ッス」



〜ξ゚⊿゚)ξ「おまたせ〜」トテチテツン

 薄化粧をバッチリ決めて玄関に向かう私こと魔王城ツン@美少女。
 時刻は7時を回ったくらいと、遅刻に始まった第一話を思うとすごい大躍進だった。
 いや〜順風満帆ってこういう事なんだな。このまま人生のうまあじを味あわせてほしい。

うまみ自警団「うまみ自警団だ!!!!!!!!!!」

味わわ警察「味わわ警察だ!!!!!!!!」

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあ優雅に登校していくのぜ」

ゆっくり霊夢「ゆっくりしていってね」


('A`)「一応聞くけどさ、お前世界史の宿題忘れてないよな?」

ξ゚⊿゚)ξ「なんぞそれ」

('A`)「いやほら、モナーが最近バックレてるからって色々出されたろ。
    今日から代理の教師が来るとかって話だし。聞いてなかったのか?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「そんな描写どこにあったのよ……」

 私達はすぐさま家を出て学校に駆け込んだ。
 まゆちゃんが先に来ていたので宿題を写させてもらった。
 無から生えてきた宿題を3行の描写で片付け、かくして私の学校生活は幕を開けた。

.

563名無しさん:2021/12/20(月) 19:14:23 ID:xDJkNY0g0

≪2≫


 登校後、ホームルームの時間になっても教師は現れなかった。
 担任のモナー先生に代わって誰かが来るとの話だったが、いかんせん音沙汰がない。
 新キャラ登場にちょっと身構え、猫を被っていたクラスメイトも次第にざわつき始めていた。

ξ゚⊿゚)ξ「ちょっとドクオ」ツンツン
  っ
 そういう私も周囲の喧騒に紛れてドクオに話しかけていた。
 本当は席を立ってまゆちゃんと話したかったが、なまじ距離があるのでドクオで妥協する。

ξ゚⊿゚)ξ「なんで来ないのよ先生」

('A`)「知らねえよ……」

 ドクオはふてぶてしくそっぽを向いて机に伏せた。
 ええいまったくドクオだな。頭上で消しカスを量産してやろう。



「……いや、やっぱアレだろ……」

 そのとき、クラス内の誰か(モブ)が答えを匂わせる一言を呟いた。
 私はすぐに耳をそばだてたが、クラスメイトの騒ぎが邪魔で上手く聞き取れない。

「それで職員会議するって顧問が――」

「ほら、あっちの学校とか……」

「――もう情報出回ってんじゃん」



ξ゚⊿゚)ξ

 友達が少ないせいで周囲のひそひそ話に加われない私は魔王城ツン。
 そりゃ金髪ドリル美少女は異端だろうけど少しくらい声かけてくれてもよくないか。
 意図せず居た堪れない気持ちになってしまった。私もドクオみたいに寝たフリをしよう。

.

564名無しさん:2021/12/20(月) 19:15:59 ID:xDJkNY0g0


ξ´⊿`)ξ「ああ〜昨日夜更しして今日も早起きだったから眠くて眠くて――」

 「――魔王城さん、もしかしてニュース見てないの?」

 自然な形で寝入るため、自然な形で布石を撒いていた私に誰かが話しかけてきた。
 やれやれやれやれ仕方ないな私は寝たかったんだけど呼ばれたら起きるしかない。
 私は隣に現れた人影を見上げ、親の顔より見た毛利まゆちゃんのご尊顔を拝見した。

ξ゚⊿゚)ξ「ああ〜おはようまゆちゃん。さっきは宿題ありがとね」

 「うん、ごめんね寝るとこだったのに」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなんすよ(笑)」

 にしてもまゆちゃん、あんな窓際最後尾の涼宮ハルヒ席から話しかけに来てくれたのか。
 しかも現在クラス内で席を立っているのはまゆちゃんだけだ。
 正直すごく目立っているし、更にその行動はファーストペンギン的な影響まで周囲に及ぼしていた。

ξ゚⊿゚)ξ(……ああ、秩序が)

 彼女が席を立った時点で 『噂の先生が来るまで席で待とう』 という暗黙の了解は消滅。
 クラスメイト達は我先にとスマホを持ちだし席を離れ、控えめの声量で自由を謳歌し始めた。
 亀裂が入ればあとは一瞬。人間社会の秩序など簡単に崩壊するという事だな。

.

565名無しさん:2021/12/20(月) 19:18:48 ID:xDJkNY0g0


 「ニュース、見てないんじゃないかと思って」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ?」

 と、私が学級崩壊に目をくれている間。
 口辺に笑みを浮かべたまゆちゃんが私の視線を塞ぐように立ち位置を変え、改めて口を開く。

 にしても、小規模な学級崩壊を引き起こした女が無垢に話しかけてくるこの質感よ。
 色んな意味で感動を覚えてしまう。もしやこれがセカイ系の空気なのか?

ξ゚⊿゚)ξ「ニュースって何かあったの?」

 「あーやっぱり知らないんだ。今すごいんだよ? ニュースなんかそれで持ち切りだし」

ξ゚⊿゚)ξ「ほーん」

 「……でもさ、今の時代に魔物が出てきたんじゃ仕方ないよね。
  国が発表してるくらいだし、もう警察とか動いてるのかなぁ」

ξ゚⊿゚)ξ「はぇぁー魔物が」

ξ゚⊿゚)ξ「魔物が」

ξ゚⊿゚)ξ



ξ;゚⊿゚)ξ(……いや、それ、ダメなやつ)

 マジレス気味に脳裏で唱えたその瞬間、教室の扉が勢いよく開かれた。
 そうして顔を覗かせたのは隣のクラスの担任である。モブなので描写は割愛する。
 彼は教室内を無言で見渡してから、誰にあてるでもなくしゃがれた声で言い放った。

「体育館で全校集会だ。委員が整列させて、うちのクラスに続いて来てくれ」

 そう言い切って踵を返し、彼は教室内のざわつきを咎めもせずに帰っていった。
 最低限の指示。だがその声色は極めて深刻なものだった気がする。
 そうした機微にクラス内は浮かれ気味だったが、移動が始まる頃には誰も喋らなくなっていた。

.

566名無しさん:2021/12/20(月) 19:24:34 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ――移動が終わって今は体育館。

 冷たい床に放り出された生徒達の中、私はさっきの言葉を脳内で繰り返していた。
 魔物が出た。国が発表した。ニュースになっている――本当ならば超一大事だ。
 周囲の様子も加味すると、私の思考は嫌でも悪い方へと傾いていった。

ξ;-⊿-)ξ(……基本的に、魔物は人間の姿になって生活してるはず。
        擬態=魔人化を習得してなきゃ移動許可も出ないし、その検閲は徹底的なはず)

ξ;゚⊿゚)ξ(単独で移動するにも相当魔術に長けてなきゃ無理だし、その痕跡は絶対に残る。
       勝手に移動した奴が処刑されたなんて話、昔は結構あったらしいし……)

 きっとドクオやミセリさんはこの事を知っていたのだ。
 知っててあえて話さなかったのは、私に教えたとしても意味が無いからだろう。

 第二次現魔戦争が起こるか否か――これはそういう話に直結している。
 私の裁量でどうこうできる問題ではない。疎外感はあるが、仕方ないと思う。

.

567名無しさん:2021/12/20(月) 19:27:01 ID:xDJkNY0g0


 程なくして体育館全体にアナウンスが入った。
 魔物という立場上、これから先の話を思うと気が重くなる。

 アナウンスに続いて壇上に出てきたのはハゲの教頭先生だった。
 彼は台本らしき紙切れを持って演台に構え、悠長に口火を切った。

『――……えー、ニュースを見て知っている生徒も多いと思いますが』

『非常に残念なことですが、先日この日本で、魔物による死傷者が発生しました』

ξ;゚⊿゚)ξ(し、死傷者……!?)

 死傷者。その単語ひとつに現実が凝り固まる。
 教頭先生はしばし言葉を止め、生徒の反応を窺いながら続きを話した。

『50年ほど前、現魔戦争と呼ばれるものがありました。この日本も戦場でした。
 授業でも習っていますね。魔物というのはそれほど危険な生物なんです』

『それがまた現れたということで、昨日発表がありました。国の正式なものです。
 追々情報は揃うと思いますが、当校としても今後の対応を――』

.

568名無しさん:2021/12/20(月) 19:38:28 ID:xDJkNY0g0


「――おい!!!! 勇者軍? がなんか動くらしーぞ!!!!!!!!!!!!!!」

 瞬間、教頭の話を台無しにするようなおちゃらけた声が体育館に木霊した。
 実際その声は大騒ぎを目論んだ陽キャの煽動であり、続く言葉もバズ狙いの大声だった。

「なんか全員に配るとか言ってっけど……これロボットじゃねええの!!??!!!!?!?」

「……うわマジじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「戦争がはじまる……ってコト!?!???!?」

 端に居た教師が数人動きだし、クソ陽キャ生徒とそれに反応した奴らを懲らしめに向かう。
 前者は体育館の外に連行され、後者も整列からつまみ出されて怖い体育教師の近くに座らされた。
 それは10秒足らずの一幕であったが、当の魔物である私をビビらせるには十分なイベントだった。

ξ;゚⊿゚)ξ(し、心臓に悪い……!)ズキズキ

 非日常感に狂った人間、実際目の当たりにすると恐怖しかない。
 デビルマンみたいな展開が他人事ではないとよく分かった。みんな平和に生きよう。

 しかし、一度火が点いた民意はそう簡単には静まらなかった。
 先のイベントに扇動された全校生徒が一斉に噂話を始め、形のない喧騒で体育館を震わせる。
 大人数が打ち合わせもなく同じ行動を取るのは壮観ではあったが、いや本当に居心地が悪い。

 勇者軍が動く。ロボットが配られる。戦争が始まる。
 いや待てなんだロボットって。私だって頭が沸騰しかけてるんだが。情報が足りなすぎる。

ξ;゚⊿゚)ξ(くっ……! 私だけ出遅れてるのだわ、情報弱者なのだわ……!)

 だが残念なことに私はコミュ障である。この状況で聞き込みができるほど機敏ではない。
 華奢で可憐で美少女だしな。
 今は周囲の会話を盗み聞きする程度で抑えておこう。私は魔物だ、ボロを出す訳にはいかない。

ξ゚⊿゚)ξ …!

 そんな感じでキョロキョロしてると、視界の端にまゆちゃんが映った。
 どうやら彼女は私の方をずっと見ていたらしく、その視線に応えると小さく手を振って返してくれた。
 陽キャの扇動から始まった騒ぎに気をやられたのだろう。彼女は苦笑いで首を傾げていた。

ξ゚⊿゚)ξ(むっ、セカイ系の気配……!)

 『黙れ』という旨の放送が入るまでの数秒間、私達は日常を求めて目を合わせたまま過ごした。
 そこには大変ジュブナイルな質感があり、よかった。

.

569名無しさん:2021/12/20(月) 19:47:16 ID:xDJkNY0g0





『……皆さんが静かになるまで2分かかりました。
 今の2分を魔物に与えたら、恐らく殆どの生徒が成す術なく殺されるでしょう』

 生徒がみんな死ぬ、なんて例えを軽々しく出せる教職者はそう居ない。
 教頭という立場であれば尚更言葉は選ぶだろうに、選んだ結果がこの切り口なら大したものだ。
 先ほどの騒ぎが尾を引いて教頭を「カッケぇ〜」と茶化す生徒も居たが、居るので仕方ない。

『それは教師も同じです。情けない話ですが、魔物が出ても私達では皆さんを守れません。
 自分の身は自分で守る。その為にも今はとにかく落ち着いて、複数人で協力して行動することです』

『さっきのような発言こそが、こういった緊急事態中における最大の障害物なんです。
 幸い国の動きは迅速ですから、集団行動を乱すような言動は謹んで――』

 特定の生徒を悪者にする発言すら解禁して行われる切実な注意喚起。
 だがその言葉尻はまたしても遮られ、今度は放送室から校舎全体に向けての呼び出しがあった。

 天井付近のスピーカーから大きなノイズと荒い呼吸音が流れ出てくる。
 誰かのイタズラという感じではない。事の緊急性はその息遣いだけで理解できた。

『……しゅ、集会中に失礼します。手が空いている教師は至急、職員室に戻って下さい』

『電話対応が間に合っていません。また来校されている保護者の方も多く、……』

 その途端、教頭はマイクに顔を寄せて言った。

『全校集会はここまでとします。皆さんはここでしばらく待機してください。先生方は集まって』

 私は教頭のアドリブを完璧な判断だと思った。
 しかし彼の即断は生徒から反感を買ったらしく、こちらもまたザワザワと騒ぎ始めてしまった。

 それを横目に教師陣が打ち合わせを終え、各種対応のため体育館を後にしていく。
 教師は半分居なくなったが、残った精鋭コワモテ教師が怖かったのでみんな黙った。

ξ゚⊿゚)ξ …

 以降30分、ひどく居た堪れない沈黙が続いた。
 自分だけが仲間になれないその群れの中で、私はずっと息を殺して顔を伏せていた。

.

570名無しさん:2021/12/20(月) 19:50:12 ID:xDJkNY0g0

≪3≫


 〜30分後〜


「あ、おかえりなさい」

 体育館から教室に戻ってくると、見知らぬ女教師が教壇に立っていた。

ξ゚⊿゚)ξ「……?(誰よアイツ……見ない顔ね……)」

 クラスのみんなも彼女に対して「えっ誰」と口々に呟いている。
 とはいえその正体は半ば自明で、クラスの興味関心は分かりやすく彼女に集まっていた。
 職務放棄をエンジョイしているモナー先生の代役。心当たりはそれくらいしかない。

「みんな意外と落ち着いてるねー。私けっこう緊張してるんだけどな、こんなタイミングだし」

 彼女は出欠表と私達の顔を見比べながらペンを走らせた。
 ちなみに今日うちのクラスに欠席者は居ない。
 見れば分かる事だろうに、彼女は私達の顔と名前を覚える為にあえて時間をかけていた。

 彼女は若い先生だった。幼い顔つきにメガネをかけ、鎖骨に届くサイドテールを左にさげている。
 明るい茶髪をしているが染めた感じではない。地毛なのだろうか、少し金髪も混じって見える。
 ロングカーディガン、膝丈スカート、黒タイツ。なるほどこいつはエレン・ベーカーのフォロワーだな。

「うんうん全員揃ってて何よりです。やはりモブキャラは雁首揃えてこそですね」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ !?

「はい先生! 出欠終わったんなら自己紹介してほしいです!」

 突然とんでもねえ事を言い放った先生をスルーし、1人のモブ生徒が声を張り上げる。
 他の生徒もそれに追従し、先生の自己紹介へと強引に話題を変えようとしている。
 お前らそれでいいのか。今すごいこと言ってたぞ。流石の私もあそこまでは言わないぞ。

.

571名無しさん:2021/12/20(月) 19:51:04 ID:xDJkNY0g0


「あー……ごめんね、先に言っとくべきだったね。私は別に新しい担任とかじゃないんだよ。
 今だけの臨時っていうか、モナー先生の代わりの代わりみたいな」

 好奇と期待の眼差しをぐっと遠ざけるように彼女は答える。
 しかしその様子は一見して誘い受け。好奇心に駆られた若人を止めるには力不足だった。

「えっとね、だから自己紹介とかする意味ないんじゃないかなーって。
 私が任されてるのって注意喚起のホームルームだけだし、……あの、始めていい?」

「ダメです!!」

「え、えー……!」

 四方八方に汗マークを飛ばしてそうな慌てぶりが生徒達の嗜虐心をさらに煽る。
 この辿々しい感じは新米で間違いないな。私は目の保養をしながらそう思った。

「――分かった分かった! もう自己紹介するから! 私は」

.

572名無しさん:2021/12/20(月) 19:55:40 ID:xDJkNY0g0






「ということで、今は国全体が対応に追われてるから、みんなも落ち着いて行動してね」

「特に夜中は出歩かないこと。魔物に会ったらまず助からないんだからね?」

ξ゚⊿゚)ξ

 はーい、とまばらな返事が空を飛び交う。
 今なんか文脈が消し飛んだ気がする。と言ってもクラス内にさしたる異変はない。
 ドクオをチラ見してもただのドクオだし、本当に何も起こっていないようだった。

ξ゚⊿゚)ξ …?

 きっと通りすがりのキング・クリムゾンだろう。
 私は魔法の言葉、まぁいいかを唱えて思考を差し止めた。


 名も知らぬ新米教師いわく、事態を重く見た保護者も学校側に色々直訴しているらしい。
 少なくとも今日は臨時休校。明日以降のことはメールやLINEで一斉送信されるとのことだった。

「それじゃあ私の仕事はここまで! 短い付き合いだったけど楽しかったよ!」

 彼女は元気よく言って教壇を降りた。
 若く瑞々しい教師の退場を惜しむ声が方々から湧いてくる。男子のそれは殊更痛切であった。

「――捨てたんですね、全部」

 最後の最後、去り際のほんの一瞬。
 彼女は教室の扉を閉めながらじっと私の方を見て、よく分からないことを口にしていた。

ξ゚⊿゚)ξ ?

 よく分からないので、私も他のみんな同様にスルーを決め込むことにした。

.

573名無しさん:2021/12/20(月) 20:00:19 ID:xDJkNY0g0


 彼女が去った後、本日休校との報せが校内に響き渡った。
 門限は1時間後。夕方頃には今後の対応を連絡する。
 保護者を呼べる人はなるべくそうして、まとまって帰るよう校内放送が繰り返される。

ξ;゚⊿゚)ξ「えー宿題やったの完全に無駄なのだわ……」

('A`)「丸写しの宿題で何言ってやがる。文句言うなよ」

ξ;-⊿-)ξ「じゃあもう帰って寝ちゃおうかしら。普通に睡眠不足だし……」




 「あっ……魔王城さん、帰るの?」

 と、私の当て所ない独り言がどこぞの誰かにキャッチされた。
 というか慣例的にまゆちゃんだった。もう構ってくれすぎて泣きそうだった。慈悲。
 振り返ってみると彼女の手には弁当箱がある。言いたい事はなんとなく察しがついた。

 「あの、お弁当、せっかくだし一緒にどうかなって……」

ξ゚⊿゚)ξ「別にいいけど、朝は食べてないの?」

 「食べてきたけど、いつも5時には朝食済ませてるから……」

 花の女子高生が修行僧みたいな生活してるんだなぁ。
 ともあれせっかくのお誘いだ。ミセリさんのサンドイッチは学校で食べていくとしよう。
 かくして私達は机を寄せ合い弁当箱を広げるに至った。

( ^ω^)「こんな時にメシ食べようって発想、逆にすごいお!」

('A`)「肝が座ってんなあ」

 内藤くんを含めた計4人で各々メシを食べ始める。
 他のクラスメイト達も帰ったり駄弁ったり陰謀論に花を咲かせたり、自由だった。

.

574名無しさん:2021/12/20(月) 20:03:24 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 「なんか一気に大騒ぎだよね。魔物が出た〜ってさ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね」

 「死傷者が出てたなんてさっき初めて聞いたよ。
  まだ見てないけどニュースもすごいんじゃない?」

('A`)「わりとマジですごいぞ。特に年寄りの反応がすごい」

 「そうなの? やだなぁ、こういう時って火事場に紛れる人が一番怖いよ……」

ξ゚⊿゚)ξ「……このニュース、ドクオは最初から知ってたの?」

('A`)「そりゃ昨日の速報をリアタイしてるからな。お前の視界にも入ってただろ?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「マジで?」

(;'A`)「マジだよ。お前、本当に一切知らなかったのか……」

 という事は、昨夜健康ランドで見てたやつがそうだったのか。
 早く教えてくれればよかったのに。いやでも本当に目の前で見てたしな、言い返せない。


( ^ω^)「魔物めちゃくちゃこえーお!!!」モグモグ

 「……内藤くん、最初からそんなキャラだったっけ?」

( ^ω^)「いつも通りだお!!!!!!!!」

.

575名無しさん:2021/12/20(月) 20:07:07 ID:xDJkNY0g0


ξ゚⊿゚)ξ「……まゆちゃんもやっぱり怖い? 魔物とか、色々」

 「私はー……どっちかって言うと人間かな」

 話に沿って尋ねてみると、まゆちゃんは先程と同じように『人間の方が怖い』と答えてくれた。
 ここは魔物に対する印象を言ってほしかったのだが、これ以上踏み込むのは私が無理だった。
 彼女の口から魔物への罵詈が出てきたら多分泣いてしまう。そっとしておこう。

 「現魔戦争の時代からたった50年だもんね。
  年数的には一世代も跨いでないんだもん。戦争になったりするのかなぁ」

ξ;゚⊿゚)ξ「き、きっと大丈夫よ。そのうち収まってくれるのだわ」

 「だといいけど、今の政治家ってもろに戦争経験者だしねぇ……」

ξ;´⊿`)ξ「ああ、昨今のヤングは老人を信頼してないから……」

 だとしても、今この地上には魔王軍の精鋭とワカッテマスさんが来ているのだ。
 彼らであれば間違いなく対応に当たっている。簡単な解決であれば数日も必要ないだろう。


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ

 ――簡単な解決? 私、いま何を考えた?


( ^ω^)「あ、死傷者の内訳が出てるお。現在死者1名だってお」コトッ

 不意に、スマホを見ている内藤くんが安易な解決を想像した私に冷水を浴びせてきた。
 机に置かれた彼のスマホにはyoutubeのニュースチャンネルが表示されている。
 速報と銘打たれた動画が数分前にあげられていた。内藤くんが画面をタップし、それを再生する。

.

576名無しさん:2021/12/20(月) 20:10:39 ID:xDJkNY0g0


 『魔物の第一発見者として通報を行った70代男性の死亡が、遺族の意向により公表されました』

 『男性は地元猟友会に所属しており、昨晩もヒグマ出没の通報を受けて出動していたとの事です』

 『男性が魔物に遭遇したとされる時刻は午後11時頃、同猟友会の数名と山に入ったところ――』


( ^ω^)「この人、鳥獣保護法とか全部無視して魔物に発砲したっぽいお。
      年齢的にもそういう世代だし、魔物相手に血がのぼったのかもNE……」

 内藤くんは動画を止めて適当なニュースサイトに画面を切り替えた。
 それをパッと見ただけでも似通った文言がスクロールいっぱいに立ち並んでいる。
 見分けはつかないが、大半が魔物関連のトピックであることは明らかだった。心臓が痛い。

('A`)「死傷者とか言っといて具体的な数字は後出しか。人道的配慮も使いようだな」

( ^ω^)「同感だお」

ξ゚⊿゚)ξ「……これ、実際何人くらい巻き込まれてるの?」

('A`)「知らねえよ。巻き込まれたってだけなら猟友会とか近くの住民、とにかく沢山だろ」

ξ;゚⊿゚)ξ「いや、そりゃそうだけど……」

 ……微妙に腑に落ちない。だってこれヒグマと魔物が同レベルで遭遇してるんだぞ。
 そりゃ人間視点ならこれでいいのかもしれないが、どう考えても私には違和感が残った。

.

577名無しさん:2021/12/20(月) 20:14:26 ID:xDJkNY0g0


ξ;゚⊿゚)ξ「ねえドクオ、昨日の速報ってどんな内容だったの?」

('A`)「魔物が出たから国が動くって話だよ。自衛隊を動かすとか何とか」

ξ;゚⊿゚)ξ「場所は? この国のどこに魔物が出たの?」

('A`)「……そういや、昨日のニュースじゃ都内って言ってたか?」

( ^ω^)「言ってたお」

 ドクオと内藤くんが顔を見合わせる。彼らも違和感に気付いたようだった。
 私は深く息を吐き、逸る気持ちを抑えつつ考えを口にした。

ξ;-⊿-)ξ「……ヒグマって北海道のクマでしょ?
        都内で出たって話とは噛み合わないのだわ」

( 'A`)「そうだよな。自分で言ってて俺も気付いたが」

 てめぇドクオ私の名推理に便乗しやがったな。

( ^ω^)「てことは、東京と北海道で別々の魔物が出たって事かお?」

ξ;゚⊿゚)ξ「いいえ、もしそうだったら都内の情報が少なすぎるのだわ。
       多分このニュース、私達がここまで気付くのを想定したうえで――」

('A`)「――おいツン、今はメシだろ。時間もねえんだから急いで食おうぜ」

 持論の展開に熱が入ってくるや否や、ドクオは的外れな注意で私の話を遮った。
 続けて視線でまゆちゃんを指し示し、人前で話しすぎだと暗に諌められる。
 確かにまゆちゃんを置いてけぼりにしてしまった。この話は一旦胸に秘めておこう。

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578名無しさん:2021/12/20(月) 20:16:54 ID:xDJkNY0g0



 「……思ったんだけどさ、魔物ってこの50年間どうしてたんだろうね」

 しかしまゆちゃんはこちらの気遣いを察したのだろう。
 自分のせいで会話が止まるのをよしとせず、彼女はおもむろに話を続けようとした。
 そうなんだよな、まゆちゃんってこういう子なんだよな。モブキャラなのに健気で泣けてくる。

 私はドクオに目配せをして確認を取ってから、ゆっくりと彼女に聞き返した。

ξ゚⊿゚)ξ「……どうしてそう思うの?」

 「だってさ、そうやって隠れてたって事はいつでも攻撃できたって事でしょ?
  だからちょっと不思議に思って。その魔物、意外と普通に暮らしてたんじゃないかな?」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ*゚⊿゚)ξ「まゆちゃん……!」

 なんて冷静かつ穏健なスタンスなんだ。
 人間みんながこうならいいのにな。無理か。悲しいな。

.

579名無しさん:2021/12/20(月) 20:18:19 ID:xDJkNY0g0


 「きっと魔物の中にも温厚なのが居るんだよ! でなきゃ何十年もこっちで暮らせないって!
  どうにか和平交渉とかできないのかな、戦争なんて時代でもないんだし……」

ξ゚⊿゚)ξ(そうなのよ、手を取り合えればみんなハッピーなのよ……)モヌモヌ

 私は心内で同意しつつサンドイッチを食べ進めた。
 きっと彼女は例外だろうが、人間側からこういう話が出てくるのは本当に嬉しかった。
 机上の空論でも絶望を語るよりはずっとマシだ。心の友よ……。
                                        
 「――そうだ、魔王城さんは魔物が現れたらどうする?
  わるいスライムじゃないよ〜的な感じだったら話聞いてみる?」

ξ;゚⊿゚)ξ「え、スライム基準で考えるの……?」

 私は答えに迷って目を泳がせた。
 だって私がその「わるいスライムじゃないよ」を言ってる魔物なのだ。答えに困る。

 「私だったら話くらいは聞いちゃいそうだなー。
  会った時点でほぼ詰んでるみたいだし、逆に気楽かも」

ξ;゚⊿゚)ξ「そこは普通に逃げてほしいのだわ」

 「じゃあそうなったら魔王城さんに助けを求めるよ!
  その時はちゃんと受け取ってね、最後のエメラルド・スプラッシュを」

ξ;´⊿`)ξ「それ助けに行っても間に合わないやつ……」

.

580名無しさん:2021/12/20(月) 20:20:19 ID:xDJkNY0g0



 「――助けてね」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「えっ?」

 「……えっ? あ、もしかして本気っぽく聞こえちゃった?」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、いや、なんか緩急がすごいから」

 今のまゆちゃん、花京院典明を引用した直後とは思えないガチトーンだったな。
 私も咄嗟のことで上手い切り返しができなかった。私がコミュ障だから……。

「えっと、立場が逆なら私も助けに行くから〜って流れをキメようかと……」

ξ;´⊿`)ξ「そうなのね、こんな状況だから少し真に受けたのだわ。すまぬ……」

 「あはは、仕方ないよ。私だってこの空気にアテられてるしね。
  多分これからもっと大変になるよね。心頭滅却、落ち着いて行動しなくちゃ」

ξ゚⊿゚)ξ「まぁ大丈夫よ。呼んでくれたらいつでも駆けつけるのだわ」

 「本当? 助けに来てくれる?」

ξ゚⊿゚)ξ「そらもう白馬の王子様よ」パッカラパッカラ


( ^ω^)「風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに」

('A`)「工作員や邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ」


 「2人もやっぱりそう思う? 情報社会だもんねー生きづらさしかないよ〜」

( ^ω^) ('A`)

ξ゚⊿゚)ξ「そうだねx1」

 ネットミームを持ち出して女子高生にマジレスされる哀愁は筆舌に尽くしがたいな。
 そろそろ門限が迫ってきている。よーし帰るぞ!

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581名無しさん:2021/12/20(月) 20:23:44 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 「それじゃあ私は親が来てるから。みんなまたね」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。まゆちゃんも気をつけてね」

 かくしてまゆちゃんとは校門で別れることになった。
 彼女は校門近くに路駐していた黒いミニバンに乗り込み、車内からこちらに手を振ってくれた。
 なんていい子なんだ。私は清楚かつエレガントに手を振って見せた。

('A`)「こいつ急にしおらしくなったな」

ξ^⊿^)ξ「エロ本みたいなこと言わないで。車内の親御さんが見てるかもしんないでしょ」

(;'A`)「いやぁ今更だろ、お前の素行なんてまゆちゃん喋りまくってそうだけど……」

ξ^⊿^)ξ「別にいいのよ。礼儀は弁えてますって伝わればプラスなのだわ」

('A`)「なんでそういうクレバーさが日常的に発揮されないんだ……」

(^ω^)「残念なツン」

ξ^⊿^)ξ「内藤くん、そういう悪口は地味に刺さるのよ」

 まゆちゃんを乗せたミニバンが法定速度を遵守して走り去っていく。
 あとは私達も家に帰るだけだが、ここで私は棚上げにしていた問題を掘り返すことにした。

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582名無しさん:2021/12/20(月) 20:28:08 ID:xDJkNY0g0


ξ゚⊿゚)ξ「……ねえ、ちょっと駅の方に寄ってかない?」

('A`)「は? なんで」

ξ゚⊿゚)ξ「街の様子を見ておきたいのよ。ニュースの事とか色々調べたいし。
      ミセリさんにも宿題出されてるし、どうせドクオも指示受けてるんでしょ?」

 魔物発見というニュースは私達にとっては死活問題だ。
 しかしそんな一大事の中、呑気に学校に送り出された私の現状はもっと意味不明だ。
 こんな状況なら普通は家から出られない。そこで意味深になってくるのが今朝の宿題である。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ミセ*゚ー゚)リ「……単刀直入にお聞きします。
      お嬢様にとって、人間という生き物はなんですか?」

ミセ*´ー`)リ「いいですか、今日お嬢様が帰ったらまた同じ質問をします。
       そこでもう一度答えを言って下さい。宿題はそれだけです」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 一連のニュースを伏せたまま与えられたこの宿題。
 ミセリさんの狙いはおおよそ分かるが、にしても今は考える時間が欲しかった。

 つまりこれは『自分の目で確かめてこい』という感じの問答だ。
 現実を知った私がどんな答えを口にするのか、問いの核心も大体この辺にあるだろう。
 彼女の期待を外さない為にも、ここは一旦アドベンチャーパートに入らねばならぬのだ。

('A`)「……分かったよ。でも夕飯には帰るからな」

ξ゚⊿゚)ξ「適当に見て回るだけだから大丈夫よ。気が済んだらすぐ帰るのだわ」

(^ω^)「じゃあみんなでコメダ行くお!!!!!」

ξ゚⊿゚)ξ「いやよ」

(^ω^)

 まずは駅周辺の空気を見てみて、それから魔物出現のニュースを追っかけてみよう。
 何はなくとも人間観察である。私達は順路を変え、駅周辺へと繰り出した。

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583名無しさん:2021/12/20(月) 20:32:29 ID:xDJkNY0g0

≪4≫


 ――およそ半月前、勇者軍日本支部。


(-@∀@)「遅いぞ。俺を呼びつけといて何様のつもりだ」

 時系列的には#05-3の半月前、アサピーは雑務の合間にフードコートへと呼び出されていた。
 その呼び出しの為に捻出した10分間のうち、既に2分以上が無為に消えている。

爪'ー`)「いやすまん。普通に断られると思ってたんだ、用意が遅れた」

(-@∀@)「だったら聞き方を改めろ。時間を作れるか? なんて連絡を入れるな」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(-@∀@)「……作れるか、だと?」

(-@∀@)

(#-@∀@)「俺に作れねえもんはねえ!!!!!!」ドン!!!!!!!!!!!!!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(-'@∀@)「ってなるんだから俺は」

爪'ー`)「でも『今暇か?』って聞くとガン無視されるしな」

(-@∀@)「はいはい残り7分ちょっとだ。本題の時間が消えちまうぞ」

 アサピーはテーブルに肘を置いてから続けた。

(-@∀@)「つっても見りゃあ分かるけどな。後ろのそいつは誰だ?」

 彼は首を伸ばしてフォックスの背後を覗き見た。
 フォックスはこの場に1人の男を連れてきていた。それは、見るからに若い10代の子供であった。

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584名無しさん:2021/12/20(月) 20:34:28 ID:xDJkNY0g0


爪'ー`)「そうそう、彼をお前に会わせようと思ってな。紹介するよ」スッ

 フォックスはそう言いながら道を開け、後ろに控えていた青年をアサピーの前に招いた。

(´・ω・`)

 垂れ眉を添えた温和な目元。一見して優男に見える幼い顔立ち。
 しかしその一方でアサピーを値踏みしている強かな気配。
 アサピーは彼の瞳に強い野心を感じ取っていた。

爪'ー`)「ショボーン君だ。先の襲撃においても偵察などで働いてくれた」

(-@∀@)「……ああ思い出した。お前、いつだか戦闘記録が見たいとか言ってきた奴だな」

(´・ω・`)「はい。その節はありがとうございました」

 ショボーンとして紹介された青年は必要十分なお辞儀をして言った。
 その間にフォックスは席につき、時間が無いと急かしてショボーンにも着席を命じた。
 彼に与えられた席はアサピーの真正面。残り時間は6分ほどだった。

爪'ー`)「簡潔に言う。このショボーン君を次の作戦に使おうと思っている。
     潜入捜査の成果があってな、魔王城ツンを捕獲するチャンスを作れそうなんだ」

(-@∀@)「捕獲だぁ? どうやって」

(´・ω・`)「毛利まゆという人間を人質にします。魔王城ツンの友人です」

 3人とも早口で会話していた。
 既に勝負は始まっていて、時間が来たら終わりだと全員が弁えていた。

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585名無しさん:2021/12/20(月) 20:37:26 ID:xDJkNY0g0


(-@∀@)「人質なんざ街の人間全員でいいだろ。奴らは人間を守るぜ」

(´・ω・`)「ですが魔王城ツンを仲間にできる可能性があります。
      作戦の大筋には干渉しません。今言ったチャンスがひとつ増えるだけです」

(-@∀@)「おいフォックス、こいつ俺に意見しやがったぞ」

爪'ー`)「話を止めようとするな。分かってるだろ、向こうの戦力は未知数なんだ。
     厄介な相手は私が抑えるにしても、チャンスが多くて困ることはない」

(´・ω・`)「僕が毛利まゆを使って対象を呼び出し、人質交換でこちらに引き入れます。
      仮に失敗しても状況は有利。対象を孤立させられます」

(;-@∀@)「だからそんなアホみたいな呼び出しが通じる訳ねーんだよ。
       大体その毛利まゆってのはそこまで使える材料なのか?」

(´・ω・`)「断言できます。証拠が必要ならあとでいくらでも」

爪'ー`)「――残り5分だ。アサピー、彼の激化能力はお前のそれに似通っている」

 フォックスは折り返し地点で話題を切り替えた。
 2人もそれを止めなかった。

爪'ー`)「装備をくれてやってほしい。魔王城ツンと互角に戦えるだけの装備だ。
     そこまでやってようやく彼が使い物になる。露払いには私が付こう」

(-@∀@)

 アサピーは数秒だけ思考した。
 この手札を加える事で展開がどう変化するのか、リスクリターンは割りに合っているのか。
 今現在進めているプランとの並行は可能か、最終的な作戦の成否は何が決め手になるか――。

.

586名無しさん:2021/12/20(月) 20:39:14 ID:xDJkNY0g0


(-@∀@)「分かった」

 残り4分半になってアサピーが応える。
 次の瞬間、彼は白衣のポケットから折畳式のオセロ盤を取り出してテーブルに広げていた。

(´・ω・`)「……えっ、と」

(-@∀@)「3秒以内に打ってひっくり返せ。フォックス時間数えろ」

爪'ー`)「いいよ。ショボーン君、頑張ってね」

 両面白黒の石をテーブルにぶちまけ、乱雑に最初の4つを並べて先手番を済ませるアサピー。
 問答無用で始まったオセロ勝負。ショボーンは未だ呆気にとられていた。

(´・ω・`)

(;´・ω・`)「――ぼ、僕がやるんですか!?」


爪'ー`)「い〜」


(;´・ω・`)

(-@∀@)「俺に勝ってみろ」


爪'ー`)「ち」


(-@∀@)「王座の九人に加えてやる」

(;´・ω・`)「……ッ!」

 ショボーンは咄嗟に石を握り、3秒以内に盤面に打ち下ろした。

.

587名無しさん:2021/12/20(月) 20:40:43 ID:xDJkNY0g0


 〜4分後〜


(-@∀@)「んじゃ俺は仕事に戻る。今回のはツケだからな、ちゃんと埋め合わせろよ」

爪'ー`)「今日はいきなり呼んで悪かった。また頼むよ」

(;-@∀@)「だから頼むなっての! それで迷惑してんだから! ったく……」テクテク

 白衣を翻してフードコートを去っていくアサピー。
 その一方で、ショボーンは彼が盤上に残した『引き分け』という現実を受け止めきれずにいた。

(;´・ω・`)「……これ、僕の負けなんですよね」

爪'ー`)「ああショボーン君、オセロの結果は気にしなくていい。
     私もトランプとかであいつに勝てたことないしな。得手不得手の次元じゃないんだ」

(;´・ω・`)「いや、ですが……」

爪'ー`)「あいつにとっては単なるコミュニケーションさ。歓迎されたと思っておけばいい。
     今はひとまず作戦実行に備えておきなさい。健康第一、よく寝てよく食べることだよ」

 すれ違いざまにショボーンの肩を軽く叩き、フォックスもまた自分の仕事へと戻っていく。
 ショボーンはそれでも盤面に顔を寄せたまま、胸中の違和感にしかと向き合っていた。

(;´・ω・`)(最善手がぶつかり合った偶然だとすれば、分かるけど)

(;´・ω・`)(……こっちのイカサマを返されたのか?
      でもそんな動きは無かったし、引き分けになった理由がもっと分からなくなる……)



.

588名無しさん:2021/12/20(月) 20:45:11 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(-@∀@)「――あのショボーンとかいうの。土壇場で目が濁るタイプだぜ。
       どう見繕っても大詰めには使えねえな。お前の買い被りだ」

爪'ー`)「発展途上なんだよ。我々も昔はそうだった」

 フードコートから場所を移し、2人は地下格納庫に続くエレベーターで再び鉢合わせていた。
 そうなるようフォックスが遠回りの道を選んだのだ。約束の10分を延ばす方法はこれしか無かった。
 立場のある2人の予定はそう簡単には被らない。話せるうちに話しておく、それが2人の鉄則だった。

(;-@∀@)「大体さぁ、オセロなんかでズルしても分かるだろ普通に。
       3秒制限だから待ったも入らないと思ったんだろうが、逆にバカだぞ」

爪'ー`)「そう言うなって、私としては面白い見世物だったよ。
     急に1列真っ白になったやつ、あれは本当に面白かった」

(;-@∀@)「ああ、最初にズル無しって言っときゃよかったな……」

爪'ー`)「まぁいいじゃないか。人手不足の中、やっと現れてくれた期待の星なんだ。
     お前も少しは妥協を覚えろ。完璧主義は時代遅れだぞ」

 iPad的なタブレット端末で雑務を処理しつつ、特に意味のない軽口を言い合う2人。
 エレベーターの降下につれて石油と科学薬品の臭いはどんどん複雑になっていく。
 アサピーはその刺激臭の内容を嗅ぎ分けて独りでに笑い、フォックスに生暖かい目で見られていた。

爪'ー`)「……にしても、向こうの魔術をどうにかしないと火の玉特攻すら計画できない。
     何より厄介なのは街全体を覆う結界だ。魔術というのは本当に忌々しい……」

爪'ー`)「まったく、最初の襲撃で決めきれなかったのが本当に悔やまれる。
     そうこうしてる間に向こうは戦力を整えてしまう。牛歩戦術が若干不安になってきたよ」

(-@∀@)「俺は知らねーからな。全部お前の指示だし、全部お前責任だから」

爪'ー`)



爪;'ー`)「そうなんだよ、そう思ったからこそショボーン君に目をつけたんだよ……!」

(;-@∀@)「……あーそう。お前その歳でかなり場当たり的だよな」

.

589名無しさん:2021/12/20(月) 20:47:44 ID:xDJkNY0g0


(-@∀@)「そういやあいつ、ショボーンの激化能力ってどんなモンなんだ?
       まだ確認してねえからここで教えてくれ。要点だけでいい」

爪'ー`)「彼の能力は『超人的な肉体』だよ。そこには思考能力も含まれている」

(-@∀@)「……思考か。だったら少しは俺に似てるな。考慮に入れとこう」

爪'ー`)「侮るなよ、あれの感覚は相当鋭いからな。薄っすらとだが魔力も分かるらしい。
     この状況下で情報収集を続けられてるのは彼だけだ。本当に貴重だよ」

(-@∀@)「下っ端諜報員の数少ない生存者だもんな。他の奴らは殆ど死んじまった。
       死亡前後の記録だけが奴らの成果だ。お前もちゃんとチェックしとけよ?」

爪'ー`)「当然だろう。見ていなかったら職務放棄じゃないか」

 フォックスはタブレット端末を暗転させ、小脇に抱えて壁に寄りかかった。
 手持ち無沙汰にカーディガンのポケットを探り、煙草の箱を転がしながら話を続ける。

爪'ー`)「……あの結界と人狼の組み合わせ、索敵も排除も迅速すぎて驚くしかなかった。
     私が潜入してもすぐにバレてしまうだろう。隠密行動は向こうが上手だ」

(;-@∀@)「ショボーンの魔力感知を体系化できりゃいいんだが、したところでなぁ」

爪'ー`)「構わないさ。第六感の共有なんて大仕事は次世代に任せればいい。
     今は赤外線と個々人の勘で間に合わせるしかない。気持ち的には竹槍兵さ」

(-@∀@)「……お前それ絶対に他所で言うなよ?
       うちは平気で火の玉特攻できる集団なんだからな。マジで気をつけろよ」

爪'ー`)「魔力の感じ方、ショボーン君に教わってみようかなぁ……」

.

590名無しさん:2021/12/20(月) 20:49:51 ID:xDJkNY0g0


(-@∀@)「……そんで件の結界だが、無力化の目処は一応立ってるぜ。
       ただし1回だけだ。本命の作戦はそっちで考えてくれ」

爪'ー`)「となると……残る問題は戦力差と世間体かな。
     全体の作戦時間にも関わってくる部分だ。まぁ最善を尽くすよ」

(-@∀@)「早めに頼むぞ。こっちもこっちでいい具合に煮詰まってんだから」

爪'ー`)「……その言い方だと、お前の 『本命』 は順調ということか?」

(-@∀@)「はは、まぁな」

 エレベーターが停止し、扉が開く。
 アサピーは先んじて通路に出ると、薄暗闇の中で振り返ってフォックスに言った。

(-@∀@)「気になるんなら少し見てけよ。ついでに面白い話も聞かせてやる」

 ニヤリと笑って顎で言うアサピー。
 その様子に胸騒ぎを覚えたフォックスは無言でエレベーターを動かそうとするが、動かない。

(-@∀@)「どうした故障か? 困ったなあ、修理には1時間掛かるぜ」

爪;'ー`)「……おいアサピー、私これから香港なんだぞ」カチカチカチカチカチ

 フォックスは閉ボタンを連打しながら強く抗議した。
 しかしアサピーは意に介さず、さも予定通りであるかのように態度を崩さなかった。

(-@∀@)「お前に会いたいっていう大口のスポンサーがもう来てるんだ。
       のこのこ俺を追ってきたお前が悪い。観念して巻き込まれろ」

爪;'ー`)「の、のこのこ……」

(-@∀@)「たまには実益を優先しろってことだ。先に行ってるからな」

 アサピーはたちまち歩きだして通路の奥へと進んでいった。
 彼の10分に対してフォックスが失う時間は60分。
 併せてスポンサーへの接待も加味すると、ツケの支払いとしては完全にぼったくりであった。

爪;'ー`)y-「……はぁ」

 エレベーターを降りるフォックスの手には早くも煙草の箱とライターが握られていた。
 ここで1本吸ってから行こう。接待用のテンションを作るため、彼は手早く煙草に火をつけた。

.

591名無しさん:2021/12/20(月) 20:55:26 ID:xDJkNY0g0

≪5≫


 〜 夜 駅ビルのドトール〜


ξ゚⊿゚)ξ

 昼を回って日没に差し掛かってくると、魔物に対する世間の反応はほとんど決まっていた。

(^ω^)「ドトール……とんでもねえオシャレスポットだお!!!!!」

('A`)「俺もそう思うよ」

 私たち魔物は社会的には外来生物の一種だが、その扱いは結構複雑になっている。
 多くの魔物が人間と同程度以上の知性を有しているため野生動物の定義には収まらない。
 だからといって知的生命体と見做せば人道的配慮が必要になってくるし、なんか色々難しいのだ。

 そうした小難しいあれこれを踏まえ、多くの人々は魔物の駆除を肯定ないし看過していた。
 要するに、社会はつつがなく魔物を排除する方向で固まってきているのだ。

 宥和政策やラブアンドピースを叫ぶ声も一応あったが、種族間戦争の歴史には到底敵わない。
 魔物は害悪であり危険な存在。色んな意見があるにせよ、土台にあるのはそういう考えだ。
 だから、この初動だけは本当にどうしようもないと思う。
 最初の出会いを間違えてしまった私達は、その地続きの現実で小賢しく生きるしかないのだ。

.

592名無しさん:2021/12/20(月) 21:01:12 ID:xDJkNY0g0


ξ゚⊿゚)ξ(期待してた訳じゃないけど、こうも綺麗に傾くものなのね……)

 にしても今日だけで何回ニュースサイトを見返しただろうか。
 速報の文字も見飽きてしまった。というか気疲れがすごい。
 こんなインターネットに毎日接続してたら脳が壊れてしまうぞ。ネコチャンでバランスをとろう。

       ,、,、
     〜(  ) ニャーン

(図1:抽象化されたネコAA)


ξ゚⊿゚)ξ「ああ〜」

 私はネコチャン動画コンテンツを吸ってバランスをとった。
 現代はいいよな。現実逃避のネタがいくらでも転がってやがる。

('A`)「……いい時間だ。もう帰ろうぜ」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ「……それなら少し、日用品を買って帰りたいのだわ。
        多分これから品薄になるし、来れないから」

('A`)「ああそう。じゃあミセリさんには俺から連絡入れとくわ」

( ^ω^)「戦争特需? ってやつだお!!」

(;'A`)「いやまだ戦争始まってねえから。備えあればって話だよ」

( ^ω^)



( ^ω^)「――始まってるだろ。どう見ても」

 内藤くんは以前のような冷たい口調で言い切った。
 ドクオは何も言い返さない。私も大して異論はなかった。

 それから私達は会計を済ませ、日用品を求めて街を巡った。
 雑貨店、薬局、スーパーなど、やはりどこでも不自然な売り切れが出始めている。
 みんな何かに備えているのだ。件のニュースは今なお更新が続き、死者は4人になっていた。

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593名無しさん:2021/12/20(月) 21:05:11 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 自宅に着いてもミセリさんの出迎えはなかった。
 それでもリビングの明かりは点いていたから、私はドクオと内藤くんを連れてリビングに入った。

( <●><●>)「……遅いご帰宅ですね。寄り道はいかがでしたか」

 中で待っていた燕尾服の魔物、ワカッテマスさんが私を見遣って口を尖らせる。
 ただでさえ圧迫感のある視線が今日は殊更重苦しい。あのニュースの後だ、当然だと思う。
 私は咄嗟に目をそらし、皮肉染みた含みのある彼の問いかけに応じた。

ξ;゚⊿゚)ξ「し、収穫はあったのだわ。買い物もできたし」

( <●><●>)「先にミセリから状況を聞いて下さい。私の話はすぐ終わりますから」

 しかし、ワカッテマスさんは途端に話を切り上げてソファに座ってしまった。
 結論は出ている――こちらの話を聞くつもりはないと態度で示すようだった。
 果てしなく圧を感じる。胸元に宿る不安がじわじわと燻り始める。現実味がヤバかった。

ミセ*゚ー゚)リ「3人ともこちらへ。大事な話があります」

 その一方、おかえりとも言ってくれなかったミセリさんが食卓の椅子に掛けたまま私達を振り返る。
 呼ばれたのでそっちに向かう。椅子には座らず、彼女の近くで立ったまま話を聞いた。

(; ^ω^)「……あの、僕も居ていいのかお?
      流れで家まで上がっちゃったけど、我ながら信用できないんじゃ……」

ミセ*゚ー゚)リ「今回こっちが使える人間が少なくてね。場合によっては力を借りるし、もののついで。
      素直四天王にも同じ話を通してあるし、まぁ混ざって聞いといて」

( ^ω^)「おk」




ξ゚⊿゚)ξ

 ……ダメだ、今の言い方にすら冷たい意図を感じ取ってしまう。

 『使える人間』というのはどういう意味だ? 素直四天王にはどう話したんだ?
 今の私はかなりダメっぽい。誰の恣意にも過剰反応してしまう。これは本当にダメそうだった。

.

594名無しさん:2021/12/20(月) 21:05:13 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 自宅に着いてもミセリさんの出迎えはなかった。
 それでもリビングの明かりは点いていたから、私はドクオと内藤くんを連れてリビングに入った。

( <●><●>)「……遅いご帰宅ですね。寄り道はいかがでしたか」

 中で待っていた燕尾服の魔物、ワカッテマスさんが私を見遣って口を尖らせる。
 ただでさえ圧迫感のある視線が今日は殊更重苦しい。あのニュースの後だ、当然だと思う。
 私は咄嗟に目をそらし、皮肉染みた含みのある彼の問いかけに応じた。

ξ;゚⊿゚)ξ「し、収穫はあったのだわ。買い物もできたし」

( <●><●>)「先にミセリから状況を聞いて下さい。私の話はすぐ終わりますから」

 しかし、ワカッテマスさんは途端に話を切り上げてソファに座ってしまった。
 結論は出ている――こちらの話を聞くつもりはないと態度で示すようだった。
 果てしなく圧を感じる。胸元に宿る不安がじわじわと燻り始める。現実味がヤバかった。

ミセ*゚ー゚)リ「3人ともこちらへ。大事な話があります」

 その一方、おかえりとも言ってくれなかったミセリさんが食卓の椅子に掛けたまま私達を振り返る。
 呼ばれたのでそっちに向かう。椅子には座らず、彼女の近くで立ったまま話を聞いた。

(; ^ω^)「……あの、僕も居ていいのかお?
      流れで家まで上がっちゃったけど、我ながら信用できないんじゃ……」

ミセ*゚ー゚)リ「今回こっちが使える人間が少なくてね。場合によっては力を借りるし、もののついで。
      素直四天王にも同じ話を通してあるし、まぁ混ざって聞いといて」

( ^ω^)「おk」




ξ゚⊿゚)ξ

 ……ダメだ、今の言い方にすら冷たい意図を感じ取ってしまう。

 『使える人間』というのはどういう意味だ? 素直四天王にはどう話したんだ?
 今の私はかなりダメっぽい。誰の恣意にも過剰反応してしまう。これは本当にダメそうだった。

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595名無しさん:2021/12/20(月) 21:09:43 ID:xDJkNY0g0


ξ゚⊿゚)ξ(ああ、もっとドトールに居座るべきだったな……)

 今朝のニュースを知ってから、私は自覚している以上にくたくたになっていた。
 駅周辺で街の様子を見て、行き交う声に耳を向けて、ニュースを追って、それが間違いだった。

 人間と魔物の邂逅――その非日常感に浮足立っていたのは私だった。
 本当に愚かだ。学校が終わった瞬間、寄り道などせず素直に帰るべきだった。
 そうしていれば、現実という言葉の意味がたった半日で塗り替わることもなかったはずだ。

 ……油断していた。私はまたしても思い上がっていたのだ。
 ちょっと探せばまゆちゃんのような例外を見つけられると、甘い考えで宝探しに出向いてしまった。

ξ゚⊿゚)ξ

 結果この有り様だ。
 具体的に何を見て聞いて知ったのか、もはや回想シーンすら挟みたくない。
 ほんと自傷行為みたいなアドベンチャーパートだった。全カットも当然だろう。

ミセ*゚ー゚)リ「ひとまず順を追ってお話します。まずは例のニュースについてですが――」

 それからミセリさんは一連の話題をおさらいしてくれた。
 そして案の定という感じではあるが、やはり彼女は意図的に私を泳がせていたようだ。

ミセ*゚ー゚)リ「――そして、ニュースに出てきた魔物は実在しません。あれは偽物です。
      ワカッテマスが直接確認してきたので、これについては絶対です」

ミセ*゚ー゚)リ「一連の報道、恐らくは勇者軍が仕掛けた一策であると考えられます。
      本物だったのは『被害者』だけ。何も知らない、普通の人間が殺されています」

(; ^ω^)「えっ、人間が人間を殺したのかお? あんなニュースを作る為に?」

('A`)「お前がそう思うんなら多分そうだよ。俺ら魔物に人間の理屈は理解しきれねえ」

ミセ*゚ー゚)リ「そうね、私も最初は理解に苦しんだ。でも……」

 ミセリさんは瞑目し、息を整えてから続けた。

ミセ*゚ー゚)リ「……お嬢様にとっては最悪の状況です。
      ところでお嬢様、今朝のやり取りを覚えていらっしゃいますか?」

ξ;゚⊿゚)ξ(覚えてる、けど……)

 鮮明に覚えている。だからその話題には触れたくなかった。
 ミセリさんから出された問いかけ――魔王城ツンにとって人間とは何か。
 それに対する明確な答え。今朝にはあった確かな一言が、今の私には遠く霞んで見える。

.

596名無しさん:2021/12/20(月) 21:17:58 ID:xDJkNY0g0


ξ;-⊿-)ξ「覚えて、いるのだわ」

 私はそっぽを向いて渋々答えていた。
 ミセリさんの真っ直ぐな瞳に耐えられない。すごく嫌だ。帰りたい。

ミセ*゚ー゚)リ「考えることはできましたか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……うん……」

 ――これは、よくよく考えればおかしな話なのだ。

 一度は戦争までした人間と魔物。
 まして私は戦争を仕掛けた魔王の血筋だし、多くの人々にとっては仇のような存在である。
 それがどうして人間に肩入れしているのと聞かれれば、嫌だけど、消去法なんだと思う。

 そもそもの話、魔物の中でも私だけが異質なのだ。
 人間を敵に回して困るのも、正体がバレて困るのも、魔界に帰りたくないと駄々をこねるのも。
 だから私はこんな風に、どこにである『みんな』という枠組みの常識に馴染めずにいる。

('A`)

 私という存在は人間にとって異物であり、魔物にとってはただの異常者。
 この中途半端な立ち位置を解消する方法は、実はずっと前から分かっていた。

( ^ω^)

 味方が欲しいなら誰かと同じ敵を殴ればいい。
 気分に合わせて都合よく、その時々に応じて都合のいい敵味方を拵えればいい。

 そんな誰でも知ってる普通の処世術、ありふれた凡策を倣えば全てが解決に向かう。
 人間は好きですが、魔物を差別するような事を言ったので今は敵です。
 そう答えたなら安心は目の前だ。感情的にも矛盾はない。そう考える自分は確かに居る。

 けれど、ここで答えを出し渋るから私はこんな有り様なのだ。

 自分の感情を自分で決めきることができないのに、周りの考えにも全く同調しようとしない。
 弱いくせに中途半端な傲慢を振りまいて、答えを出せないのにずっと考えるフリばかりして。
 一人で勝手に孤独を深めて、誰の手も取れないまま――。

.

597名無しさん:2021/12/20(月) 21:17:58 ID:xDJkNY0g0


ξ;-⊿-)ξ「覚えて、いるのだわ」

 私はそっぽを向いて渋々答えていた。
 ミセリさんの真っ直ぐな瞳に耐えられない。すごく嫌だ。帰りたい。

ミセ*゚ー゚)リ「考えることはできましたか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……うん……」

 ――これは、よくよく考えればおかしな話なのだ。

 一度は戦争までした人間と魔物。
 まして私は戦争を仕掛けた魔王の血筋だし、多くの人々にとっては仇のような存在である。
 それがどうして人間に肩入れしているのと聞かれれば、嫌だけど、消去法なんだと思う。

 そもそもの話、魔物の中でも私だけが異質なのだ。
 人間を敵に回して困るのも、正体がバレて困るのも、魔界に帰りたくないと駄々をこねるのも。
 だから私はこんな風に、どこにである『みんな』という枠組みの常識に馴染めずにいる。

('A`)

 私という存在は人間にとって異物であり、魔物にとってはただの異常者。
 この中途半端な立ち位置を解消する方法は、実はずっと前から分かっていた。

( ^ω^)

 味方が欲しいなら誰かと同じ敵を殴ればいい。
 気分に合わせて都合よく、その時々に応じて都合のいい敵味方を拵えればいい。

 そんな誰でも知ってる普通の処世術、ありふれた凡策を倣えば全てが解決に向かう。
 人間は好きですが、魔物を差別するような事を言ったので今は敵です。
 そう答えたなら安心は目の前だ。感情的にも矛盾はない。そう考える自分は確かに居る。

 けれど、ここで答えを出し渋るから私はこんな有り様なのだ。

 自分の感情を自分で決めきることができないのに、周りの考えにも全く同調しようとしない。
 弱いくせに中途半端な傲慢を振りまいて、答えを出せないのにずっと考えるフリばかりして。
 一人で勝手に孤独を深めて、誰の手も取れないまま――。

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598名無しさん:2021/12/20(月) 21:20:20 ID:xDJkNY0g0


ミセ*゚ー゚)リ「これから先、勇者軍は大手を振って動き出すでしょう。
      敵は『同じ人間を守る』という大義名分をでっち上げたのです。分かりますか?」

ξ゚⊿゚)ξ「……うん」

ミセ*゚ー゚)リ「勇者軍は人間の集まりです。我々と違って身分を隠す必要がありません。
      ですので、多くの人間は彼らの活動を歓迎するでしょう。魔物退治の専門家として」

ミセ*゚ー゚)リ「そうして味方を増やした結果、彼らは正義の名のもとに我々を攻撃します。
      自作自演でそれなりの成果を出しながら、正々堂々と殺意を向けてくるのです」



( ^ω^)「……あれ? でもこっちの居場所はもうバレてるお?
      だったら今すぐにでも攻めて来るんじゃないかお?」

('A`)「そうする前に俺達に見せたいんだろうよ。人と魔物の対立とか、色々なもんを」

( ^ω^)「なんで?」


ξ゚⊿゚)ξ ポツン


('A`)「……そういうもんにショックを受ける奴が居るからだよ。
    魔物相手に盤外戦術、しかも心理戦を仕掛けてくるなんて前代未聞だぜ」

( ^ω^)「なんで?」

(;'A`)「いやこっちは物理でゴリ押すだけで勝てるんだぞ? 心理戦なんか普通にしねぇよ」

('A`)「でも今回はそれが通じる。だからそうして俺らを煽って、ボロが出るのを期待してんだろ」


( ^ω^) 思考中。。。
( ∞)



  _,
( ^ω^)「……あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る、的な?」

('A`)「だいたいあってる」

 それ令和のたとえじゃないだろ。

.

599名無しさん:2021/12/20(月) 21:24:15 ID:xDJkNY0g0


ミセ*゚ー゚)リ「いいですかお嬢様、これから話すことはほぼ間違いなく起こります。
       明確な方針と対策が今すぐ必要です。手遅れになる前に」

ξ゚⊿゚)ξ「……はい」

ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様が地上に残る場合、いつか我々は勇者軍と衝突します。
      そうなれば多くの人間が我々の手によって死ぬでしょう。私もそれに加担します」

ミセ*゚ー゚)リ「――そして、お嬢様の顔や名前、果てはこの住所さえも敵は把握しています。
      今回それがバラまかれなかった理由は、敵もお嬢様を捕らえる機会が欲しいからです」

ξ゚⊿゚)ξ

ミセ*゚ー゚)リ「もちろん我々はお嬢様をお守りします。奴らには絶対に渡しません。
      ですがそれでも問題があります。敵が、こちらの情報を公表する可能性があるのです」

ミセ*゚ー゚)リ「……もしそうなったら地上での生活は困難です。既存の人間社会にはまず属せません。
      姿形を変える、魔術で誤魔化すなどの対策はありますが、今までのようには……」

 そこまで言ってミセリさんは口を噤んだ。
 思いつめたように目を見開いて、胸元に手を当てて、深く俯く。

ミセ*゚ー゚)リ「これは、お嬢様だけを狙った敵の攻撃です。
       あなたの優しさを逆手に取った、人質作戦にも等しい謀略なのです」

ミセ*゚ー゚)リ「……ですが、ですが私にはこれがまったく効いていないのです。
       お嬢様が悲しむ姿は想像できても、私自身の心は少しも動いておりません」

ミセ*゚ー゚)リ「人間同士で殺し合った。自作自演の罪が魔物になすりつけられた。
       世間が魔物を悪く言う――だからどうしたと、私は思ってしまうのです」

ξ゚⊿゚)ξ

 ミセリさんはさも自分が悪いかのように語ったが、魔物の中ではあっちが普通である。
 なのに私が傷つかないよう言葉を選んでくれているのだ。それがまた、私の首を優しく絞めている。



('A`)「あ、ちなみに俺もそう思ってるからな」

( ^ω^)「流石だお! いの一番に10人ブッ殺してる奴は違うお!」

('∀`)「へへっ」

.

600名無しさん:2021/12/20(月) 21:26:17 ID:xDJkNY0g0




ミセ*゚ー゚)リ「……お嬢様、魔界に戻りましょう」

 ぽつり、とミセリさんは小さく呟いた。



ミセ*゚ー゚)リ「お嬢様が魔界におられるその間、我々が全力をあげて事態を収拾させておきます。
       その際にも無関係な人間は殺しません。人間社会への配慮も万全にします」

ミセ*゚ー゚)リ「勇者軍に属する者、与する者だけを選んで絶滅させます。
      完遂までに1年もかかりません。ほんの1ヶ月、お嬢様の安全さえ確保できれば――」

ξ゚⊿゚)ξ「――そうね。それは、最初からそうだったのだわ……」

 私は相変わらず目をそらしたまま、表面上はミセリさんに首肯していた。

 都合の悪いものをすべて消し、私のために『今まで通り』を再現された世界。
 それをちょっぴり想像してみて、そこに生じるであろう変化を考えてみる。
 さぁ思考実験だ。ホモジナイズされた個人の日常、失われるのは一体なにか?

ξ゚⊿゚)ξ

 すべてが他人事になった世界。安全圏から他人の人生をつついて遊ぶ自分。
 実感を損なった優しい世界で踊っている、そんな未来の自分を思い描いてみる。

 ――そう悪くない。

.

601名無しさん:2021/12/20(月) 21:29:04 ID:xDJkNY0g0


ξ;-⊿-)ξ(――いや、そんなわけない! 私はそんな風に考えないのだわ!)

 ダメだ、あと数センチ先にある崖っぷちが天国への近道に思えてしまう。
 私も相当限界っぽい。誰かクソみたいなギャグで私のマジレスを止めてくれないか。
 そういや盛岡はどこ行ってるんだ。今こそお前の屁理屈が必要なんだぞ役に立て。

ミセ;*゚ー゚)リ

 今ここに居るミセリさんは自滅覚悟で私と相対している。
 口を開けば開いた分だけ、私との価値観の違いが露呈していくことを彼女は自覚しているのだ。

 最大限に気を遣い、相手の気持ちを汲み取って、それでもなお致命的な溝が埋め切れない。
 長年連れ添った私達だからこそ、如実に可視化されるすれ違いがどんどん傷口を広げていく。

 ――けれど彼女は逃げようとしない。
 魔界に戻るという最後の逃げ道――選択肢を、他ならぬ私が自分の意志で取捨できるように。





( <●><●>)「ミセリ、私が頼んだのは状況説明までです。
        余計な事を話す必要はありませんよ」

 途端、ソファに座るワカッテマスさんが結論を急かすように口を挟んできた。
 私は動揺して彼を一目したが、ミセリさんは彼の忠言をすっかり無視して話を続けていた。

.

602名無しさん:2021/12/20(月) 21:36:35 ID:xDJkNY0g0


ミセ*゚ー゚)リ「選択は自由です。お嬢様はどうされたいですか?
       おすすめは出来ませんが、このまま地上に残ることだって」

( <●><●>)「――ありえない。決定事項を覆すつもりですか」ガタッ

 彼女の言葉を遮って物々しく立ち上がるワカッテマスさん。
 普段の冷静さから零れた苛立ちは、たった1滴の上澄みゆえに凄まじい迫力を伴っていた。
 それでもミセリさんは彼をガン無視し、どこか諦めたような優しい瞳で私を見つめていた。

ξ;゚⊿゚)ξ(……仲裁、……私が? この2人を?)

 当事者なのに部外者扱いされてる疎外感無力感、そしてこの身内のギスギス感。
 お前どうせ魔界に帰りたくないんだろ? っていう前提で扱われてる感じも更にキツい。

 確かに魔界には帰りたくないけど、私にだって打算的な思考回路はある。
 みんなが望む結論など最初から分かっている。もうずっと前から分かっているのだ。

 今日一日で嫌というほど現実を見た、人間を見た。
 人も魔物も例外なく、私という異物が盤面から消えることを願っている。
 私がこの世に居る限り、私はずっと誰かに迷惑をかけ続けてしまう。

 ――だったらもう帰った方がいい。
 意地も何もかなぐり捨てて、全体の合理を優先するべきだ。

 と、これが私の打算的思考。天秤の片側に乗せられた無機質な現実である。
 あとは空いてる片側に、私個人の願いや綺麗事を乗せれば答えが出る。私の感情が決まる。

 感情は決して単色ではない。
 でも、集団の中において個人の繊細な色合いを守る方法なんて私は知らない。
 周りの色をぐちゃぐちゃにしても真っ黒になるだけだし、私にできる事なんて少ししかない。

 今なら事態を最小限に食い止められる。
 みんなしあわせ最善の打算――拒む理由など最初からないと、私は分かっていた。

.

603名無しさん:2021/12/20(月) 21:39:30 ID:xDJkNY0g0


( <●><●>)「ミセリ、あなたは事の重要性を理解できていない。
        この状況は戦争にすら発展しかねない。最悪の場合、誰が罰を受けると――」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ッ」

 言葉の最中、ワカッテマスさんがじろりと私を睨んだ。
 彼の言い分は分かる。穏健派と名高い魔王の娘が戦争の切欠になるなんて最悪の冗談だ。
 そりゃ絶対回避しなきゃいけない。と思うと、天秤の片側がまたしても重くなった。

( <●><●>)「――よろしいですか、私は魔王ロマネスクに仕える者です。
        優先すべきは王の意向。そこを違えることは絶対にない」

 そう断言しながらワカッテマスさんがミセリさんに歩み寄る。
 敵意ある視線で彼女を見下ろし、仄かに魔力を解き放つ。

( <●><●>)「お嬢様を変に迷わせるような口振りはやめて頂きたい。
        誰がどう見ても結論は出ています。あなたの言動は無意味だ」

ミセ*゚ー゚)リ「……生憎こっちはお前、……あなたみたいな魔王信者じゃないんですよ」

 彼らはただ、仕える相手に忠実であろうとしているだけだった。
 ミセリさんは私に対して、ワカッテマスさんは私のパパに対して。
 ゆえにこの対立は必然のもの。誰かが答えを出さない限り、彼らは決して自分を曲げないだろう。

 私が立場を曖昧にして、答えを出さずに安穏と生きた結果だ。

ミセ*゚ー゚)リ「魔眼のワカッテマス――魔王軍総指揮官殿、どうぞソファにお戻りください。
       ガン垂ればっかの堅物に代わって、今とても繊細な話をしているので」

( <●><●>)




( ^ω^)「ガン垂れwwwwwwwwww」

::('A`)::「やめっ、やめろ内藤笑うな、つられる……!」プルプル

( ^ω^)「だっておwwwwwwwwwwww」

 あいつらぜってえ後で殴る。

.

604名無しさん:2021/12/20(月) 21:50:06 ID:xDJkNY0g0


ミセ*゚ー゚)リ「……そろそろ宿題の答えを聞きましょうか。
      お嬢様から見た『人間』とはなんなのか、そこから始めていきましょう」

( <●><●>)「ミセリ」

ミセ*゚ー゚)リ

ミセ*゚ー゚)リ「だからお前は――」ガタッ

 その瞬間に起こった出来事は、私の制止が間に合うような薄鈍いものではなかった。

ミセ*゚ー゚)リ「――少し黙れ」

 ミセリさんがすごい勢いで立ち上がり、ワカッテマスさんの首を容赦なく掴み上げる。
 それと同時に滅紫色の魔力――ワカッテマスさんの魔力が空中に火花を散らした。

( <○><●>)「あなたが話を迂遠にしている」

 ――ワカッテマスさんが魔眼の力を解放する。
 その瞬間、彼の首を力強く掴んでいた腕がばちんと音を立てて翻った。

ξ;゚⊿゚)ξ「あっ」

 見れば彼女の腕はぐちゃぐちゃに潰れており、現在進行系で『内側』が波打っていた。
 それでもなお残った片腕で魔眼を潰そうとするミセリさん――私の叫びはここに間に合っていた。

ξ; ⊿ )ξ「やっ、やめなさい!」

ミセ*゚ー゚)リ「――ッ」

 魔眼の一寸先に迫っていたミセリさんの手がピタリと止まる。
 しかしそれは私の声が理由ではなかった。
 この時すでに、ミセリさんの体の自由は魔眼によって完全に封じられていた。

( <○><●>)「まったく。この状況でお嬢様の方が冷静とは」

ミセ;* ー゚)リ「……お、まえ……!」ググッ

 魔眼の力は圧倒的であり、ミセリさんの抵抗が実を結ぶ気配はまったくない。
 それから彼女は呆気なく足の関節を折り畳まれ、無造作にその場に転がされてしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ「その腕、すぐに治さなきゃ!」

 固く絞った雑巾のようにひしゃげた彼女の片腕。
 致命傷ではないが放置もできない。今すぐ貞子さんを呼んでこなければ――

.

605名無しさん:2021/12/20(月) 21:54:10 ID:xDJkNY0g0


( <○><●>)「――貞子であれば術式を構築している真っ最中です。
        特訓場の一角を魔界につなげる大仕事です。邪魔しないように」

ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そんな……!」

 狼狽する様子から次の言動を先読みされたのか、あるいは単なる未来視か。
 ワカッテマスさんは燕尾服の襟を正し、すんと居直ってから口を開いた。

( <●><●>)「お見苦しいものをお見せしました。一旦、話をシンプルにしましょう」

 彼の視線が私を捉える。
 その魔眼を使えば力尽くでも連れ帰れるだろうに、情けをかけられているのだ。

( <●><●>)「お嬢様が地上に残る場合、戦闘の中心はあなたになります。
        今のままでは必然的にこの街が戦場となりますが――」

ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「それでも、この街に残りますか?」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……ダメ。この街に迷惑はかけられない」

 見え透いた誘導尋問だが、これ以外の答えが私には無かった。

( <●><●>)「決まりですね。では出奔のご用意を」

ξ;゚⊿゚)ξ「で、でもどこに行くの……?」

( <●><●>)「人間の居ない場所です。今は国外逃亡という認識でよろしいかと」

ξ;゚⊿゚)ξ「……帰ってこれる?」

( <●><●>)「いずれは。事後処理の進捗次第でしょう」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「事後処理って、具体的には何をするの?」

( <●><●>)「さっきミセリが話した通りです」

ξ;-⊿-)ξ「……あなたの口から聞きたいのよ」

.

606名無しさん:2021/12/20(月) 21:58:11 ID:xDJkNY0g0


( <●><●>)「――勇者軍に属する者、与する者の絶滅です。
        彼女は先程1ヶ月と言いましたが、本来これは長期的に実行すべき施策であり――」

 それから彼は事後処理の計画とその必要性を説き始めたが、正味的外れだった。
 私が聞きたいのはそんな事ではない。魔物視点の正当性だけを語られても私には響かない。

 馬鹿げた話だが、そもそも彼らは選民と大量虐殺を前提にしている。
 だから今ここで言質が必要なのだ。ここだけは絶対に引き下がれない。
 でなければ、後々どれだけの人が死んでも最終的に『正しいこと』にされてしまう。

 魔物にとっての正しさだけで、この一大事が片付けられてしまうのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「……勇者軍に与する者の、定義は?」

( <●><●>)「それはもちろん、1度でも彼らに助力したもの全て、例外なくです」

 彼は当然のように答えた。

( <●><●>)「対立を扇動したもの。誤情報の流布に積極的だったもの。」
        本件を踏み台にして成果をあげたもの――助力の定義は様々でしょう」


( ^ω^)

(^ω^)←めちゃくちゃ心当たりがある人


(^ω^)「ドクオ、僕もう死ぬかもしれんお」

('A`)「みじけえ付き合いだったな」

( <●><●>)「……あなたの場合は事情が異なりますので別枠ですよ。
        勇者軍への助力が自発的なものでなければ、記憶の消去だけで十分でしょう」

( <一><一>)「現魔王は穏健派なのです。関係者は一族郎党皆殺し、などとは言い出しませんよ」

ξ;゚⊿゚)ξ(ナイスナイスナイス!!!! 言質取ったったぞ!!!)

 ヤバい流れがチラついていたが、内藤くんのアシストもありこちらに有利な言質が取れた。
 内藤くんマジでナイス。本当にお手柄だぞ。

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607名無しさん:2021/12/20(月) 22:00:41 ID:xDJkNY0g0



(; ´ω`)「……なんだそうなのかお。助かったお……」

('A`)「この場で即死じゃなくてよかったな」

(; ´ω`)「いやぁ僕でこれなら『まゆちゃん』は更に大丈夫だお。本当によかったお……」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「――えっ?」


('A`)「あっ」

 いま、内藤くんが聞き捨てならない名前を出した。
 私は思わず彼に詰め寄って、率直な疑問を彼に投げかけていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「待って、なんでそこでまゆちゃんの名前が出るの?」ズイッ

(; ^ω^)「いやちょッ顔が近いお! いきなりどうしたんだお?」

( <●><●>)

(;'A`)「あーツン、ちょっと落ち着いてだな……」

ξ;゚⊿゚)ξ「――聞いてるのは私でしょ!? 早く答えなさいよ!」ガシッ

 私はついに声を張り上げて内藤くんの肩に掴みかかった。
 私自身が勝手に悩んだり、周りにどうこう言われたりするのは別に慣れている。
 だから何とか言葉を選び、ここまで冷静な自分を装うことができたのに――。

.

608名無しさん:2021/12/20(月) 22:00:42 ID:xDJkNY0g0



(; ´ω`)「……なんだそうなのかお。助かったお……」

('A`)「この場で即死じゃなくてよかったな」

(; ´ω`)「いやぁ僕でこれなら『まゆちゃん』は更に大丈夫だお。本当によかったお……」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「――えっ?」


('A`)「あっ」

 いま、内藤くんが聞き捨てならない名前を出した。
 私は思わず彼に詰め寄って、率直な疑問を彼に投げかけていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「待って、なんでそこでまゆちゃんの名前が出るの?」ズイッ

(; ^ω^)「いやちょッ顔が近いお! いきなりどうしたんだお?」

( <●><●>)

(;'A`)「あーツン、ちょっと落ち着いてだな……」

ξ;゚⊿゚)ξ「――聞いてるのは私でしょ!? 早く答えなさいよ!」ガシッ

 私はついに声を張り上げて内藤くんの肩に掴みかかった。
 私自身が勝手に悩んだり、周りにどうこう言われたりするのは別に慣れている。
 だから何とか言葉を選び、ここまで冷静な自分を装うことができたのに――。

.

609名無しさん:2021/12/20(月) 22:02:24 ID:xDJkNY0g0


( <●><●>)「――お嬢様、今は一刻を争います。
        ここを離れるという結論はもう出たはず。今夜中に急ぎご用意を」

 私が内藤くんを問い詰めている間にワカッテマスさんが話を終わらせる。
 彼は足早にリビングを出ようとするが、――ここでもなぜか嫌な予感がした。

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ、そっちも待って!!」ガタッ

ミセ;*゚ー゚)リ「お嬢様、私がご説明するので今は……!」

 私はミセリさんの制止も無視して彼を追った。
 本当に嫌な予感がする。彼を逃してはならないと全身がピリピリしている。

ξ;゚⊿゚)ξ「…………!」

 けれど、喉が詰まって言葉が出てこない。
 この胸中に渦巻く最悪をどう言い表すべきか、的確な言葉が分からなかった。

( <●><●>)「……まだ何か? 私にも任務がありますので」

 扉に手をかけたワカッテマスさんが振り返りざまに言う。
 彼は明らかに逃げようとしている。でも、何と言って止めるべきか分からない。




 ――私は今、何を言えばいい?

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610名無しさん:2021/12/20(月) 22:03:25 ID:xDJkNY0g0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         ☆ツンちゃんの今後を決める大事な安価☆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        A - ξ;゚⊿゚)ξ「まゆちゃんは大丈夫なのよね!?」

        B - ξ; ⊿ )ξ「言うこと聞くから、全部話して……」

        C - ξ゚⊿゚)ξ「お前を殺す」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              ※詳細は投下後に追記※
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




          __
  ( ̄ (´・_ゝ・`) )
   ``ヽ   /⌒ヽ,-、
      ヽ__,,/⌒i__ノ 
         (_)

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611名無しさん:2021/12/20(月) 22:03:46 ID:xDJkNY0g0


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            【Loading Privilege - Block Buster Breaker】

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612名無しさん:2021/12/20(月) 22:04:16 ID:xDJkNY0g0




       <<業務連絡:安価は妨害されました。。。。。。>>



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613名無しさん:2021/12/20(月) 22:05:17 ID:xDJkNY0g0






ξ; ⊿ )ξ

( <●><●>)「……何もないのであれば、これで失礼します」

 その後、ワカッテマスさんはそそくさと出ていってしまった。
 彼の気配はもうどこにもない。追いかけることは不可能だった。

ξ; ⊿ )ξ

ミセ;*゚ー゚)リ「お、お嬢様……」

 魔眼の束縛が消えたのだろう。ミセリさんがひしゃげた片腕を抱えて立ち上がってくる。
 それからすぐ、みんなの視線が私に集まってきた。

 そりゃそうだろう。私は今、とても大事な言い合いに負けてしまったのだ。
 何も言えなかった。じわじわと嬲るような不安の波が押し寄せてくる。耐えるので手一杯だった。



(; ^ω^)「……えっと、結局なにがどうなったんだお?」

( 'A`)「……とにかくこっちは方針決めて動きたいんだよ。なるべく早く。
    そんで言い合いになった訳だが、ツンが街を出るって辺りで話は終わっちまったな」


( ^ω^)

(^ω^) ????

.

614名無しさん:2021/12/20(月) 22:09:09 ID:xDJkNY0g0


(;'A`)「……要するにだ、今の言い合いでボロを出したのはツンだけってことだよ。
    特に痛いのは大した反論が出来なかった事だな。次も向こうのペースで話が始まるぞ」

( ^ω^)「あっそれ知ってるお! 『あのとき反論しなかったという言質』 ってやつだお!」

('A`)「ワカさんはそこまで小物じゃねえよ。これくらいで勝手に話を進めたりもしないはずだ。
    でも次会ったら完全論破だと思うぜ。ツンもいよいよ心折られるんじゃねえかな」

( ^ω^)

(^ω^)「ウワー!! それは極めて悲惨」

('A`)「だいたい、今日の放課後からしてツンは半端だったんだよ。
    こうなる予感はあっただろうに備えが甘すぎた。……自業自得だ」

(; ^ω^)「さっきの放課後ティータイムにそんな意味があったのかお!?
       僕だけ普通にサ店エンジョイしてたお……」

 私は顔を伏せて2人の会話を聞いていたが、正直つらかった。
 安全圏から投げ込まれてくる小石ほど痛いものはない。あと惨めだった。



ξ; ⊿ )ξ「……知ってたなら……」ボソッ

 どうして誰も助けてくれなかったのか。助言のひとつもくれなかったのか。
 そんな横暴を心の中で押し潰し、私は大口を開けて太息を吐き出した。

 叫べるものならいっそ叫びたかった。
 物理的敗北ともまた違う、魔界に居た頃の屈辱が脳裏に蘇ってくる。

 でもここで回想シーンに入ると本当に膝から崩れ落ちると思う。
 ダメだ、もう何も考えないようにしよう。

.

615名無しさん:2021/12/20(月) 22:12:02 ID:xDJkNY0g0


ミセ;*゚ー゚)リ「……私は、どんな事になってもお嬢様を優先します。
       夜逃げになっても構いません。あなたはもう自由に――」

ξ; ⊿ )ξ

 額に汗を滲ませたミセリさんが矢継ぎ早に希望を語る。
 けれど私にはまったく響かなくて、

ξ; ⊿ )ξ「……無茶、言わないでよ」

 これくらいしか、返事が思いつかなかった。

 答えは最初から決まっていた。この生き方で意固地になっていたのは私だけだ。
 結局のところ――自由に不慣れな魔物が1匹、自由を求めて人間社会に来た結果がこれなのだ。

 もちろん努力はした。人に迷惑をかけないよう色んなルールも覚えてきた。
 身内に迷惑をかけないよう試験も頑張って突破した。
 誰の迷惑にもならないように。でも自分の意思も通せるよう綱渡りのような努力を続けて――

 ――その結果、当然の帰結が遂にやってきたのだ。

.

616名無しさん:2021/12/20(月) 22:14:44 ID:xDJkNY0g0


 今朝のくだり、ミセリさんの質問に綺麗事を返した私はなんて自分本位だったんだろう。
 現実を知った今なら分かる。人間は敵じゃない、なんて曖昧な答えは無意味だったのだ。

 50年前の戦争はまだ終わっていない。人間と魔物の敵対関係は今なお続いている。
 敵じゃないとか半端に思ったところで状況は揺るがない。まったくの無力だった。
 だから彼女は確かめたのだろう。今の私がどういった基準で敵味方を区別しているのか――

 ――人間という群体が否応なく敵に回った時、魔王城ツンは本当に敵を倒せるのか。

 なのに私は、私達が50年前に敵に回したものを『敵ではない』と言ってしまった。
 そして今現在に至ってなお、私は煮え切らない気持ちのまま敵味方の区別を誤魔化そうとしている。

 いずれ人間社会は魔物を完全に敵と見做す。
 50年間白紙にしていた紙を呆気なく投票に使い、人間達は魔物排除に躍起になるはずだ。
 また同じ過ちを繰り返さないよう、前例を踏まえて正しい行動を取るに決まっている。


ξ; ⊿ )ξ(私、は……)ギュッ


 そして今、未だに私だけが白紙の紙を握りしめている。
 他のみんなは既に投票を終えている。残っているのは私だけ。
 投票締め切りはもうすぐなのに、それでも私は自分の考えに確信を持てずにいる。

 ――学校の同級生、テレビ、新聞、週刊誌、ネットニュース、SNS、街を行き交う雑多な声。
 所構わず無尽蔵に生産される話題の数々。それをひとつひとつ真偽で分別してもきりがなかった。
 善悪のフィルターなんて最初に目詰まりしている。掃除も交換も待たずに破れてしまった。

 これらを踏まえて白紙を広げ、最初から分かりきっていた答えを記入する。そうするしかない。
 要するに時間切れだ。私は、然るべき答えをそのまま口に出して言った。

.

617名無しさん:2021/12/20(月) 22:19:03 ID:xDJkNY0g0


ξ;-⊿-)ξ「魔界に、帰るのだわ」

ミセ;*゚ー゚)リ「……いや、冗談ですよね? それじゃあ魔界に居た頃と同じ――!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ぜんぜん同じじゃないわよ。こんな大事に巻き込まれたのは初めてなのだわ」

ミセ;*゚ー゚)リ「で、ですが……!」


('A`)「すげぇ正常な判断だと思う」

( ^ω^)「若人の貴重な一票に涙が止まらない」


ミセ;*゚ー゚)リ「ほらお嬢様! 2人もああ言ってますし今一度考え直してみませんか!?
       あんなガン垂れ野郎は無視でいいんですよ! 性格悪いし」

ξ;゚⊿゚)ξ「いや2人とも満場一致ですごい後押ししてるけど。
       ていうかミセリさんだって魔界に帰るの勧めてたわよね?」

ミセ;*゚ー゚)リ「それはそうですが……」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……あんまり大袈裟にならないで。
        私だって無条件で帰るつもりはないのだわ。正直ムカつくし」

ミセ;*゚ー゚)リ「お、お嬢様……!」

 そう言いつつ、今後の展開はほぼ決まっていた。
 私は遠からず魔界に帰る。仔細はどうあれこれだけは絶対に覆らない。

『――助けてね』

 でも、そうする前に守りたい約束があるのだ。

 目に見えない多数派なんてこの際どうでもいい。
 今は目に見える例外だけを大切にして、その綺麗な思い出を胸に魔界へと帰る。
 これが今の私にできる最大限の高望み。実現しうるギリギリの独善だろう。

 我ながらめちゃくちゃ自分勝手だなと思う。
 でも仕方ない、これ以上の打算は私には無理だ。
 敵も味方もなく全てを丸く収めようなんて、今の私にできる訳がなかったのだ。

.

618名無しさん:2021/12/20(月) 22:20:22 ID:xDJkNY0g0



ξ゚⊿゚)ξ「……ところで内藤くん、さっきの話の続きなんだけど」

 よし切り替えていこう。

 私は椅子にかけ直し、心を落ち着けながら情報収集に打って出た。
 今の私は完全に除け者だ。この局面の情報自体がまったく揃っていない。
 だから最初に情報を整理する。対ワカッテマスさん用の理論武装はその次だ。
  _,
(; ^ω^)「えっ、どれの事だお?」

('A`)「まゆちゃんの事だろ。お前あれ秘密だったんだからな」

( ^ω^)

(^ω^) Oh....


ξ;-⊿-)ξ「やっぱり。もう巻き込まれてるのね……」

 で、嫌な予感の正体はやっぱりこれか。

 この話題、確かに話し方によってはブチギレていたと思う。
 ワカッテマスさんもそれを懸念して話を中断したのだろう。
 なんというか、慣れた扱いをされたものである。

.

619名無しさん:2021/12/20(月) 22:23:55 ID:xDJkNY0g0


ξ゚⊿゚)ξ「……ねえ、もう全部教えてよミセリさん。
       みんな、私の知らないとこで何をやってるの?」

ミセ;*゚ー゚)リ「……申し訳ありませんお嬢様。それは私の独断では……」

 目を泳がせてたじろぐミセリさんを見て「おっ行けるな」と直感する。
 私はすぐさま両手で顔を覆い、泣き出した素振りをして大詰めに入った。
 涙は武器でしょって微熱S.O.S!!でも歌ってるしな。食らえよメインヒロインの泣き落としを。

ξ ⊿ )ξ「もうワガママ言わないから、魔界にも帰るから、仲間外れにしないでよ……」

ξ ⊿ )ξ「私はただ、考えを整理したいだけなのよ……」

 嘘は言っていない。
 この先どこかでワカッテマスさんに一発勝負を仕掛ける所存だが、嘘は言ってない。

ミセ;*゚ー゚)リ「ああ、どうか顔を上げてくださいお嬢様……!」

ξ:::⊿゚)ξ(……ぜってえタダじゃ帰らねえからな……)

 最悪あのガン垂れ野郎とは殴り合いになるだろうが、そこはもう割り切っていこう。
 どうせあいつは私を殺せない。立場的にも半殺しくらいが関の山に決まっている。
 いざとなったら魔眼にレモンだ。目に効く刺激物を死ぬほど用意して臨もう。

ミセ;*´ー`)リ「で、では私はひとまず腕の治療をしてきますから、一旦お開きにしませんか?
       話はまたその後でって感じで、今すぐここでは無理ですよぉー……」

ξ;゚⊿゚)ξ「えー先っぽだけ! てかドクオ達が話してくれてもいいのよ!?」

('A`)「魔眼を敵にしたくないので嫌です」

 こいつダメだ忠誠心がない。

ξ;゚⊿゚)ξ「内藤くんは?」チラッ

( ^ω^)「あ、僕も経過観察中の身分なのでちょっと、すみません……」

ξ゚⊿゚)ξ「Oh.......Realistic.......」

 おかしい。仲間だったら組織とか平気で裏切ってくれるんじゃないのか。
 なんだこの現実的な距離感。親密度上げるイベントとか私が見落としてたのか?

.

620名無しさん:2021/12/20(月) 22:25:16 ID:xDJkNY0g0





(´・_ゝ・`)「――どうしたよ。揉め事か」

 そんな時だった。
 すっとぼけたように上擦った声が、AKIRAの台詞と共に現れたのは。


ξ;゚⊿゚)ξ「お、お前はまさか……!」

(´・_ゝ・`)「盛岡ですけど」

 スーツ姿のなんちゃら議会所属のおっさんの、盛岡デミタス。
 彼は真顔で私達を眺め、やがて何かに得心したのか笑みを浮かべて頷いていた。

(´・_ゝ・`)「……誤作動かと思って慌てて来てみりゃ、そういう事かよ」

 盛岡は静かに独りごちて天井を仰いだ。
 誰にも、彼が何を言っているのか分からなかった。



ξ゚⊿゚)ξ …ハッ

ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そうそう揉め事なのよ!!
       まさに今、盛岡さんの出番なんですよ!!」

(´・_ゝ・`)

(´^_ゝ^`)ニコォ…

 笑顔を作り、当てつけのように深々と腰を折って見せる盛岡デミタス。
 私にはそれが悪魔の所作に見えていたが、悪魔と魔物なんて大体一緒だし、まぁいいかと思った。

.

621名無しさん:2021/12/20(月) 22:29:53 ID:xDJkNY0g0


(´^_ゝ^`)「そう畏まらずとも、遠慮なく私を使って下さい。
      ギブアンドテイクなんて言いませんから。さあどうぞ、なんなりと……」

ξ;゚⊿゚)ξ(こいつ、小物っぽいゴマすりに躊躇がない……!)

 あの盛岡デミタスが目的もなく私に傅くとは思えない、が。
 こいつが居れば私も盤面に手が届くのだ。引き下がっては元も子もない。
 悪魔相手に五分の契約――望むところである。

ξ゚⊿゚)ξ「……なら、みんなが隠してることを全部教えて。全部よ」

(´・_ゝ・`)「お安い御用で。だけど俺の隠し事は教えない。オッケー?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん、お願い。今は盛岡さんしか頼れる人が居ないから……」チラッ

 私はNTR展開を示唆させるような口振りでミセリさんをチラ見した。

ミセ;* Д )リ「あ゙ぁ……ッ!」

 これが驚くほど効いた。魔眼に壊された腕より痛がってるの逆に恐ろしいな。
 NTRで脳を破壊するやつが魔物にも通じるとは思わなかった。困ったらまた使おう。

ミセ;* Д )リ

ミセ;*゚ー゚)リ「――ああもういいですよ! 話がこう半端じゃ仕方ないです!
       あとで私が怒られますから、一度しっかり話し合いましょう!」

 NTRで脳を破壊された結果、彼女は魔王軍の規律よりも従者としての立場を尊重してくれた。
 それでも肩をがっくり落とし、後々起こるであろう面倒事に早くも溜息をついている。
 すまないミセリさん。今の私は私情だけで動いているんだ。

.

622名無しさん:2021/12/20(月) 22:33:36 ID:EfRpEneM0
きてんじゃん!!!

623名無しさん:2021/12/20(月) 22:34:58 ID:xDJkNY0g0


ξ;゚⊿゚)ξ「ミセリさんは治療が先でしょ! 腕ぐしゃぐしゃなんだからね!?」

ミセ;*゚ー゚)リ「あ、そういえばそうでしたね」

( ^ω^)「むっ! それくらいなら僕の復元能力で直せるから直すお!」ヒョイパクー
 つ゚

ミセ*゚ー゚)リ「うおお直ったぞ」

 なんやかんや内藤くんが光の速さで激化薬を飲んで能力を発動。
 復元能力をいい感じに駆使してミセリさんの腕を修復した。
 流石には完治は無理そうだったが大体直っていた。すごいなあと思った。


('A`)「……ったく、俺は守秘義務を遵守するからな。何言っても無駄だぜ」


(´・_ゝ・`)「あいつ魔界の自宅にエロ本めちゃくちゃ転送してるぜ。異種姦ばっかり」

ξ゚⊿゚)ξ「そっかドクオも人間が大好きだったのね。私の好きとは意味が違うけど……」

(´・_ゝ・`)「まず彼はショタ石化界隈の造形が深く」

ξ゚⊿゚)ξ「ショタ石化界隈!?」

ゆっくり魔理沙「という訳で今回は色んな特殊性癖について解説していくんだぜ」


(;'A`)「――待ってくれ濡れ衣だ!! 俺の性癖は極めてノーマルだぞ!!」

ξ゚⊿゚)ξ「最近なにでシコった?」

(;'A`)「答える訳ねえだろ!!」

(´・_ゝ・`)「そういやコミックバベルの11月号読んだか?」

('A`)「あーあれみぞね先生の」

ξ゚⊿゚)ξ

 その後いくつかの秘密を盾に説得、晴れてドクオも仲間になってくれた。
 まさにツンちゃん軍団再結成の瞬間である。名シーンだなぁ。

.

624名無しさん:2021/12/20(月) 22:36:08 ID:xDJkNY0g0



          #08 開かれた社会とその敵とツンちゃん


.

625名無しさん:2021/12/20(月) 22:40:24 ID:xDJkNY0g0

≪6≫


 首都高を走る彼のミニバンは最悪のプレイリストで彩られていた。
 知らない古い音楽を解説なしで聞かされ続けるのは、正直言って苦痛だった。

(´・ω・`)「……100ワニのプレイリストだったら、冗談で保存してあるけど」

 「……あれ、ヨルシカ入ってたでしょ」

(´・ω・`)「それに変えるよ」

 運転中、助手席の私をチラ見して気を遣ってくるショボーン。
 彼はすぐに端末を操作して音楽を変えた。ヨルシカの「だから僕は音楽を辞めた」が流れ始める。

(´・ω・`)「フェイゲン、老人相手にはウケるんだけどな」

 「老人相手にはね。ていうか私があれ嫌いなの知ってるでしょ?」

(´・ω・`)「……えっ、ナイトフライって蛾なの?」

 窓の向こうには首都高の夜景。
 どこを走ってるかも分からないが、今日の目的だけはハッキリしている。

 私はこれから勇者軍の人と会う予定だった。
 『当日』の予定を組むとかで、私にも声が掛けられたのだ。
 応じない理由はない。というか断っても無意味だ。私はもう引けない所まで踏み込んでいる。

(´・ω・`)「個人的には夜逃げの意味で選んでみたんだけど、ごめんね」

 「……まだ着かないの?」

(´・ω・`)「降りてもしばらく下道だよ。あと2時間ってトコかな」

 魔王軍の索敵能力はかなり広範囲に及んでいる。
 VIP市全体は当然として、あの街に入った時点で付けられるマーキングはかなりの曲者だった。
 イメージ的には全長300kmほどの糸。これを振り切る方法は、現時点ではゴリ押ししかない。

 だから、今こうして首都高を走っているのもマーキングを外す意味合いが強かった。
 つまりは300km分の遠回りである。敵に位置情報を与えない為とはいえ、中々につらい。

.

626名無しさん:2021/12/20(月) 22:43:29 ID:xDJkNY0g0


 ――このマーキングに最初に気付いたのはショボーンだった。
 彼は目ざとい人間である。他人の嘘や欺瞞、イカサマというものを常に考慮して動いている。
 そんな猜疑心に『超人的な肉体』という激化能力を加味して云々、まぁ上手くやったんだと思う。

 これだけ特殊な技能を持っていても組織とか、出世とか、そういうのを考えるんだな。
 私にはよく分からない。一般人のラインで生きてれば、それこそ豊かな一生を送れそうなのに。

(´・ω・`)「これからキミは勇者軍の機密を知る。
      僕の信用あってこその、とんでもないVIP待遇だよ」

(´・ω・`)「……と言うと恩着せがましいけどさ、君には本当に感謝してるんだ。
      私の実力が少しずつ評価されてきてる。次の作戦、上手くいったら大出世できるぞ」

(´・ω・`)「こないだなんて、あの王座の九人が僕に教えを請うてきたんだよ?
      僕も代わりに稽古をつけてもらったけど、あれは爽快だったね」

(´・ω・`)「だからさ、君にもお礼がしたいんだよ。リクエストはあるかい?」

 「……じゃあ音楽止めて」

(´・ω・`)

(´・ω・`)「いいの? 俺とサシで喋るの、嫌じゃない?」

 彼はそう言って端末を叩き、聞き分けよく音楽を切った。
 車内が走行音だけになる。頭が少し、軽くなったような気がした。

 「イヤホン付けるから大丈夫。着きそうになったら起こして」

 ようやく雑音が消えたところで、私は有線イヤホンを取り出して両耳に蓋をした。
 続いてスマホでYouTubeのプレイリストを開き、窓に向かって身を捩る。
 目を閉じて、長く息を吐いた。他人と喋るつもりはもうなかった。

(´・ω・`)「……まったく、僕だって普通に眠いんだけどな。音楽くらいシェアしようよ」

 「……好きなものとは一人で向き合いたいの。分かるでしょ」

(´・ω・`)「僕も勝手に聞かせてもらうからね。沈黙は苦手なんだ」

 その後、イヤホンの向こうから別の音楽が聞こえてきた。
 とても小さな音量だったが、彼はまた古めかしい曲を流し始めたようだった。
 確か坂本なんとかの星がどうこうみたいな……ダメだ、興味がなくて思い出せない。

.

627名無しさん:2021/12/20(月) 22:44:49 ID:xDJkNY0g0


(´・ω・`) 〜♪

 車の走行音に音楽が2種類、ついでに鼻歌という子守唄四重奏。
 いささか耳が大変だったが、頭を止めて一眠りするには丁度いい情報量だろう。

 私はすとんと力を抜いて、震える窓辺に体を預けた。
 意識は程なく微睡みに解けて流れ、

(´・ω・`)「……おやすみ、毛利まゆ」

(´・ω・`)「利用価値がある限り、君の存在には意味があるよ」

 そして、私は左眉をかいて呟いた。

.

628名無しさん:2021/12/20(月) 22:49:19 ID:xDJkNY0g0

【素直四天王編】
#01 >>2-65        #02 >>74-117   #03 >>122-160   #04 >>169-212
#05-1 >>231-289  #05-2 >>294-324 #05-3 >>330-363
#05-4 >>371-416  #05-5 >>422-461 #06 >>467-501   #07 >>510-551

【インナーゲーム編】
#08 >>559-627


ストレス回でした。インナーゲーム編はずっとこの調子です
常時ツンちゃんを追い詰めて選択を迫る感じになります つらい
お話自体はシンプルで分かりやすい感じにまとまっていきます うれしい

次回投下は来年4月頃です
エイプリルフールは無視する予定です

629名無しさん:2021/12/20(月) 22:54:28 ID:Fs63Jb2U0
乙!です

630名無しさん:2022/01/05(水) 22:12:27 ID:zYrCdFuc0
すごい急展開で夢中になって読んだ


631名無しさん:2022/01/22(土) 15:45:52 ID:17DkZ.zA0

どうなっていくんだとワクワクが止まらねえ

632 ◆gFPbblEHlQ:2022/05/02(月) 21:18:44 ID:/7emB4aA0
今週中に投下をしておくよ…!(^ω^)

633名無しさん:2022/05/02(月) 21:23:07 ID:cuIlhfVU0
わあ〜〜〜〜〜〜〜

634 ◆gFPbblEHlQ:2022/05/04(水) 21:59:21 ID:iZuaE51Q0

≪1≫


           〜夕食後〜


  \ナノダワナノダワ/

     ξ;゚⊿゚)ξ ミセ*゚ー゚)リ    この辺に盛岡→
    /   つ   ( つ O   
    (_  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ('A`)
 .   | ̄|し|                    |ノ( ヘヘ



( ^ω^)(こんな茶番が末路とは、つくづく運が無い……)

 ツンちゃんズの情報共有を他人事のように眺めながら、彼は在りし日の選択を思い起こしていた。
 死んで終えるか、生きて続けるかという単純な二者択一。
 興味本位で後者を選んでしまった自分について、彼はもう自分の愚かしさを呪うばかりだった。



━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━▼━

         (´・_ゝ・`)「――大役に空きがある」

━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━▲━



(´・_ゝ・`)

( ^ω^)(……自由にやるとは言ってみたものの)

( ^ω^)(この行動が、お前の思惑通りでなければいいんだがな――……)


.

635名無しさん:2022/05/04(水) 22:00:46 ID:iZuaE51Q0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(^ω^)「――この感じだと、僕の事情はまだ話してないのかお?」

 唐突に、情報共有という目的から逸脱した疑問を投げかけるブーン。
 それでピタリと場が硬直する。ツンは静かに彼を振り返った。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;´⊿`)ξ「まだ隠し事あんのーー!?!?!?!?」

 直後絶叫。
 度重なる隠し事にツンはひっくり返ってめちゃくちゃになった。所々もげた。

ミセ;*゚ー゚)リ「えっと、あなたの事情って言うとアレのこと? いやあれはまた別件で」

ξ;´⊿`)ξ「も話せよーーーー!! 全部をよォーーー!!」ピョインピョイン

 ツンは飛んで跳ねるなどして遺憾の意を示した。
 しかし何も起こらない。誰も気にしていなかった。

( 'A`)「それって勇者絡みの話じゃねえの? あれそんな秘密にしてたか?」

( ^ω^)「僕は隠したことないお! 自分からも言わないけどNE!!!!」

('A`)「まぁブーンってあだ名からして露骨だったしなぁ。
    俺も名前聞いた時には 『ああ〜でしょうね』 って感じだったぜ」

('A`)「ほら、ツンもハインさんが言ってた紹介を思い出せよ。こいつのあだ名は何だったよ?」

ξ;´⊿`)ξ「ポパイ」

('A`)「ほらな? 現魔戦争の時に出てきた『勇者ブーン』と同じあだ名じゃねえか。
    そんな奴がハインさんと一緒に居たんだぞ? そりゃなんかあるって」

ξ;´⊿`)ξ「私はポパイって言いました。ボケたので拾ってください」

ボケ拾いおじさん「ポパイてなんやねーーん!!!!!!!wwwww」

.

636名無しさん:2022/05/04(水) 22:01:51 ID:iZuaE51Q0


('A`)「で、今それを話して意味あんのか? 確かにツンは分かってないっぽいけど」

( ^ω^)「……そうやって仲間外れにするからツンも思い詰めちゃうんだお。
      ちゃんと話すって決めたんだから、どんな事でもハッキリさせとくべきだお!」

ξ゚⊿゚)ξ「な、内藤くん……!」

 ブーンの堅実な提案に感動を覚え、もげる跳ねるひっくり返るなどしていたツンも我に返る。
 そうだよそういうのが欲しかったんだよ。ツンは再三ひっくり返って喜んだが誰も見ていない。

( ^ω^)「名字で呼ぶなんて水臭いお! これからはブーンって呼んでほしいお!」
                     タスク
ξ゚⊿゚)ξ「うん!!! これからは『牙』と呼ぶ!!」

( ^ω^)「ブーンだお」

ミセ;*´ー`)リ「……そうですね。休憩がてら内藤くんに話を任せましょうか。
        もう何でも話しちゃっていいわよ。でも平和的にお願いね、あとが怖いから」

( ^ω^)「任されたお!!」

 もうどうにでもなれ状態のミセリにバトンを託され、ブーンは自信たっぷりに胸を叩いて見せた。
 続けて彼は開口一番、この話の核心部分から打ち明けるのだった。

.

637名無しさん:2022/05/04(水) 22:02:28 ID:iZuaE51Q0


(^ω^)「――実は僕、勇者ブーンの末裔なんだお!」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「は? 敵じゃん」


ミセ*゚ー゚)リ  ('A`)

 そして、またもや空気が凍りついた。

.

638名無しさん:2022/05/04(水) 22:03:40 ID:iZuaE51Q0


ξ゚⊿゚)ξ「敵がよ」

ミセ;*゚ー゚)リ「お、お嬢様……?」

 ブーンの暴露を耳にした途端、ツンは脊髄反射で結論を口走っていた。
 勇者の末裔すなわち怨敵。掌返しはほんの一瞬の出来事だった。
 さっきまで敵味方の区別で散々葛藤していたのは何だったのか。ツン以外みんなそう思っていた。

ミセ;*゚ー゚)リ(そんなバカな、これまでの友好的な姿勢はどこに――!?)

('A`)(こいつまた偏見を……)

(; ^ω^)「ま、まぁ固定観念的には確かにそうだけど、それでも僕は敵じゃないんだお!」

(; ^ω^)「僕らは今、勇者軍の『ある計画』の為に揃って狙われてるんだお。
       逃げるにしても戦うにしても、ツンは今こそ奴らの目的を知るべきなんだお!」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「ある計画、目的だぁ……?」

 嘘くせえなぁと言わんばかりに悪態をついて見せるツン。
 ブーンはあくまで語気を保ち、真摯に続きを物語った。

.

639名無しさん:2022/05/04(水) 22:04:54 ID:iZuaE51Q0


(; ^ω^)「――次世代の勇者を作り出す『人造勇者計画』。
      その計画を進める研究材料として、敵は僕らを狙ってるんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「えーそのネタバレ『嘘』っぽいな」

ミセ;*´ー`)リ「マジですよ。裏取りも済んでます」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「へ、へえ〜……そうなのね〜……」クルクル

 生返事を囁きながら金髪ドリルを指に巻くツン。
 神っぽいなパロディで茶化した途端にマジ報告が入ってきたため、露骨に動揺する。

ξ;゚⊿゚)ξ「……と、見せかけて?」チラッ

ミセ*゚ー゚)リ「大マジですよ」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;´⊿`)ξ「はいそうですよね、ハインさんも前に言ってたもんね……」

( ^ω^)「そんな感じだから、今この状況で下手こくのは色々ヤバいんだお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「なんとなく分かったのだわ。そっちも色々訳ありなのね」

(^ω^)「つらくきびしい」

ボケ拾いおじさん「現実はいつもそう」

ξ゚⊿゚)ξ「おじさん……」

.

640名無しさん:2022/05/04(水) 22:06:04 ID:iZuaE51Q0


(´・_ゝ・`)「なあブーン、そこまで言うなら妖刀の件も話すべきじゃないのか?
      そいつが気にしてる一般人も無関係じゃないんだ。ついでに言っちまえよ」

( ^ω^)

(´・_ゝ・`)「お前は当事者でもあり被害者でもあるんだ。語り手としては信頼に値すると思うが」

(^ω^)「……それもそうだNE!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ねえそれ、一般人って事はまゆちゃん絡みの話よね?
       あとで聞こうとは思ってたけど、あの子はどうして巻き込まれちゃったの?」

( ^ω^)「それは……」

 〜中略〜

(^ω^)「という経緯なんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「そんな経緯が……!?」

.

641名無しさん:2022/05/04(水) 22:07:39 ID:iZuaE51Q0


 ――ハインリッヒの暗躍、妖刀による暗示の数々。
 ブーンはそれらを端的に説明し、粗が出ない範囲で全てを打ち明けた。

 いわく、ツンがやたらと人間に肩入れしていたのは妖刀の暗示が原因だという。
 件の一般人――毛利まゆも暗示によって役割を与えられ、ツンの友人として便利に使われていた。
 そのブーン自身も暗示によって戦闘用の別人格を組み込まれるなどしており、大変そうだった。


ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ(これ3行で済ませる話か……?)


( ^ω^)「僕のおじいちゃんはツンを育てつつ、いつか僕達の味方にしようと考えてたんだお。
      それもなるべく自然な形で、ツンの意思とも矛盾しないようにNE」

('A`)「……その意思の部分に介入してるのはギャグか?」

(; ^ω^)「そ、それは人間社会のルールを最低限守ってもらう為だお!
       魔力制御もできないこんなオタンコナス、暗示でハーネス付けとかなきゃ色々ヤバいお!」

ξ゚⊿゚)ξ「オタンコナスて」

(;'A`)「くっ! ほとんど悪口なのに言い返せねえ……!」

ξ;゚⊿゚)ξ「いや事故物件の自覚はあるけども。ちょっとは味方になりなさいよ……」

 ドクオに小言を言いながら、ツンは自分の足元に小さな箱を想像していた。

 『これの中身はフィクションです』とメモを貼られた見すぼらしい小箱。一見してただのゴミ。
 ツンは実在しないその箱を眺め、俯瞰し、言いようのない喪失感を胸中に燻ぶらせる。

ξ゚⊿゚)ξ(……『そう悪くない』って、そう思うのは当然だったのね)

 だが、それ以上の自己言及は無い。浅いところで思考を切り上げる。
 箱の中身を真実だと――綺麗なものだと思い続ける為の防御反応。
 ツンは作為的に視野を狭め、実感を損なった優しい世界をそのままにした。

.

642名無しさん:2022/05/04(水) 22:10:10 ID:iZuaE51Q0


ξ゚ー゚)ξ「……でもまぁ、悪さをしてないなら今は許すのだわ」

 最終的に、ツンちゃんはいいこになってお返事をしました。
 とてもえらいなあ。誰にも迷惑をかけないようにがんばってるんだなあ――と。

( ^ω^)(まったくもって度し難い茶番だな)

 彼女の要領を得ない反応に皮肉を思いつつ、次にブーンはさりげなくドクオに近付いた。
 とても小さな声で、ドクオにだけ聞こえるようそっと耳打ちする。

( ^ω^)「ドクオ達って、今までずっとこうしてきたのかお?」

('A`)「……あ? 何がだよ」

( ^ω^)

(  ^ω)「いや、分からないならいいお」

 そうしてブーンはドクオを見限り、長息を吐いて天井を仰いだ。

 ――魔王城ツンとその周辺人物の関係性は滞っている。
 そんな考えが結論として脳裏に焼き付き、これ以上道化を演じる気にもなれなかったのだ。

( ^ω^)(……どいつにしても反応が軽すぎる。本人にしても、周囲にしても。
      なんだこれは、お互いの感情に踏み込まないよう取り決めでもあるのか?)

( ^ω^)(自分の行動原理にケチがついて、大事なお友達だって仕込みだったんだぞ?
      なのにどうして表に出さない。お前はそこまで器用だったか……?)


ξ;-⊿-)ξ「まぁまゆちゃんがエロ漫画みたいになってなくてよかったのだわ。
        ハインさんも無理はさせてないっぽいし、ひとまず安心かな」

ミセ;*゚ー゚)リ「申し訳ありません。すぐにお伝えできればよかったのですが……」

ξ゚⊿゚)ξ「いいのよ別に。ミセリさん達が私の友達に手を出すとも思ってないしね」

ミセ*゚ー゚)リ「……もちろんですよ」


( ^ω^)(そうだ、ここに居る連中は誰一人として魔王城ツンの感情に関わろうとしていない。
      それは本人でさえ同じことだ。彼女もまた、自分の感情を他人事のように扱っている)

.

643名無しさん:2022/05/04(水) 22:13:00 ID:iZuaE51Q0



(´・_ゝ・`)「――という事で、全部ハインと妖刀が悪いって話でした」

(´・_ゝ・`)「んで俺がその妖刀をボキッと折っといたから。もうぜ〜んぶ解決済みとのこと。
      刀の影響はもう殆ど無いと思うぜ。強力な暗示もなかったようだしな」

ξ;゚⊿゚)ξ「いやそんな簡単に解決するもんなの? 呪いの一種じゃないの?」

(´・_ゝ・`)「それが解決したそうですよ。後遺症とかも心当たり無いだろ?」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「心当たり、心当たりか……」ウーン



( ^ω^)(……見るに堪えん。これでは余りに無防備すぎる)

( ^ω^)(いつか敵が現れて、そいつがお前の感情に踏み込んできた時)

( ^ω^)(もしその敵がお前の理解者になれてしまったら、お前は――)


( ^ω^)(――今のお前は、あの時と同じセリフが言えるのか?)

.

644名無しさん:2022/05/04(水) 22:15:53 ID:iZuaE51Q0


ξ゚⊿゚)ξ「あっ」

(´・_ゝ・`)「小林製薬」

ξ;゚⊿゚)ξ「そういえばそうだった、最近少しだけ変な感覚があるのよ」

 ツンはおもむろに右手を持ち上げて言った。

ξ゚⊿゚)ξ「話に沿ってるか分かんないけど、最近すごく調子が良いのよ。
       魔力の生成から成形までやたら成功するんだけど、理由が分かんなくて……」

(´・_ゝ・`)「……時期は? いつ頃からそうなった」

ξ゚⊿゚)ξ「そうねぇ……。試験よりは前だから、風呂でひっくり返った日の後とか?」

(´・_ゝ・`)



(;´・_ゝ・`)「待て、なんだそのイベント。お前が風呂でひっくり返ったとか聞いてないぞ」

ミセ*゚ー゚)リ「……お嬢様が風呂で倒れた日は、あなたが妖刀を壊してきた日と一致するわよ。
      あの日お嬢様が倒れたこと自体、妖刀の破壊が原因だと私達は思ってるけど」

(;´・_ゝ・`)「初耳だ。なんで俺に言わなかった?」

ミセ;*゚ー゚)リ「えっ、あなた何も言わなくても勝手に調べるじゃない。
       別に隠しもしてなかったんだけど、……まさか本当に知らなかったの?」

(;´・_ゝ・`)「…………」

 盛岡はいつにもなく狼狽えた様子を見せていた。
 ミセリが述べた補足の内容に、どこか引っ掛かる部分があるようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「そうそう、試験の時なんて特に絶好調だったのよ。
       マフラーもマントも問題なく作れたし、あの謎回復とか我ながら奇跡なのだわ」

(;´・_ゝ・`)「で、その絶好調に心当たりが無いから、妖刀のせいかもと思ったんだな?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。どちらかというとプラスだから、後遺症って感じでもないけど……」

(;´・_ゝ・`)「……いや、その見立ては限りなく正解に近いと思う。
      暗示が解けて、無意識に掛けてたブレーキが弱まったってのはあり得る話だ」


(;´・_ゝ・`)(なんせ俺がやった事だからな。それを狙わない訳がない)

.

645名無しさん:2022/05/04(水) 22:17:28 ID:iZuaE51Q0


(;´・_ゝ・`)

(;´-_ゝ-`)「少し1人で考える。お前らは続けててくれ」

 難しそうに眉をすぼめた盛岡が話し合いの輪を離れていく。
 それを区切りにブーンが喉を鳴らし、横道に逸れていた流れを元に戻そうとする。

( ^ω^)「――ともかく、勇者軍の目的は僕とツンを捕まえる事なんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「そういえばそんな話だった」

( ^ω^)「で、その目的が達成されると例の計画が捗って色々とヤバいんだお」

ξ;゚⊿゚)ξ「さっき言ってた人造勇者計画の事ね。
       なんか人体錬成とか始めそうな響きで物騒よね……」

( ^ω^)「まぁ人体錬成をする計画だからNE」

ξ;´⊿`)ξ「リライトしてェ……」

('A`)「……てかそもそも、どうして今頃そんな計画が動いてんだよ」

('A`)「お前が勇者ブーンの後継者じゃねえのか?
    そんなん作るまでもなく、勇者の末裔ならここに居るじゃねえか。自称だけど」

 ドクオの指摘はそりゃそうじゃ(オーキド博士)という感じだった。
 ツンやミセリも軽く頷き、ブーンの返事に耳を傾ける。

(; ´ω`)「勇者が一人じゃ心もとないってスタンスなんだお、今の勇者軍は。
       それが『勇者の大量生産』って発想に繋がる辺りで色々察してほしいお」


(^ω^)「あ、ちなみに僕は勇者的にはポンコツで、それっぽい事は何もできないお!」

ξ゚⊿゚)ξ「だったら敵じゃないわね! さっきのは訂正するのだわ!」

(^ω^)「ツンがアホで助かったお!」

.

646名無しさん:2022/05/04(水) 22:20:39 ID:iZuaE51Q0


('A`)「……ちょっと待て、悪いがアホはツンだけだぞ。
    お前とハインが勇者軍と敵対するワケ、お前の口からちゃんと話せよ」

ξ゚⊿゚)ξ(ツンって奴はそこまでアホなんだな……)

 ツンは気の毒に思った。

( ^ω^)「むっ! そこら辺の話だったらすごい簡単だお!
      僕らの目的は、勇者軍に捕まった 『勇者ブーン』 を取り返すことだお!」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「……勇者ブーンって、現魔戦争で出てくる例の勇者?」

( ^ω^)「そうだお! 歴史の教科書に出てくるヤツで間違いないお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「それがまだ生きてて、現在進行系で勇者軍のとこに居るの?」

( ^ω^)「今でもバッチリ生きてるはずだお! 研究材料としてNE!」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;´⊿`)ξ「ちくしょう、全然聞きたくないけどその経緯とは……」

( ^ω^)「僕らが調べた限りでは以下の通りだお!」


〜よくわかる経緯〜

1 勇者ブーン、魔王スカルチノフとの戦いを終えて地上に帰還。
2 勇者ブーン、帰還後のタイミングで何らかの勢力に捕縛された模様。
3 旧勇者軍が彼の捜索に乗り出すも成果なし。旧勇者軍は解散する流れに。
4 残った者達、新しく入ってきた者達が次世代勇者軍として活動開始。
5 次世代勇者軍が激化薬研究を開始。研究材料として勇者ブーンが運び込まれる。
6 その事実に気付いたハイン、勇者ブーン奪還のため行動を開始する。
7 無関係のオオアリクイ
      . ---------,,、
    /・_          ミミミミミ、
   // ´ `ゝ  ,,,,,,,,,,,,,,,,,,、 `ミミミミミミ、
   ζ   / ,, イ /   / λ ノミミミミミミ、
  ζ    |,/ ヽ丶,   し' 丶ヾミミミミミミ;

.

647名無しさん:2022/05/04(水) 22:25:09 ID:iZuaE51Q0

  _,
ξ;゚⊿゚)ξ「くっ、他人のお家事情はどうでもよさが勝るか……!」

 話が入ってこない勢いでオオアリクイの幻影まで見てしまったツン。
 怒涛の情報量を呑み込もうと頭を唸らせるが、そこはすぐさまブーンがフォローした。

(^ω^)「正直ただの内ゲバだから気にしなくていいお!
     次世代の勇者軍はクソ! それだけ分かってればOKだお!」

ξ゚⊿゚)ξ「人間はみんなクソよ」

('A`)「刀の悪影響ってこういう所に出てると思うんだよな……」

ξ゚⊿゚)ξ ?


( ´ω`)「……おじいちゃん、勇者ブーンとは子供の頃からマブダチだったんだお。
      そんなマブダチが人間の為に戦って、裏切られて、黙ってられる訳ないお……」
                     タスク
ξ゚⊿゚)ξ「そういえばハインさんと『牙』ってどんな関係なの? おじいちゃんて事は血縁?」

( ^ω^)「ブーンだお。そして普通に他人だお、初めて会ったのは10年くらい前になるお」

ξ゚⊿゚)ξ「はぇぁーなるほど」

('A`)

( 'A`)「……そこもついでに確認したいんだが、お前の言う『末裔』って言葉通りの意味なのか?」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「えー流石にそこは確認する必要なくない? アホは黙ってなさいよ」

(;'A`)「いやあるだろ。勇者ブーンは50年前の人間なんだぞ?
    そいつに息子が居たとして、今それが高校生やってんのはおかしいだろ」

ξ゚⊿゚)ξ !

 ツンちゃんショック!
 びっくりマークが頭から飛び出してしまった!

(;'A`)「今だって『子供の頃から』って言いやがったんだぞ?
    あのハインがガキの頃って何十年前の話なんだよ……」

('A`)「どう考えたって時系列が合わねえ。言葉足らずでなきゃ100%嘘だぞ」

 そう言いながらブーンを訝しむドクオ。
 当のブーンはそんな疑心を歯牙にもかけず、ドクオの疑問を流暢に紐解いていった。

.

648名無しさん:2022/05/04(水) 22:28:20 ID:iZuaE51Q0


( ^ω^)「親兄弟なら僕には居なくて、僕はいわゆる天涯孤独なんだお。
      勇者ブーンとハインの呼び方も、一番手っ取り早いのを適当に使ってるだけだお」

(^ω^)「血の繋がりは実際無いから、末裔って言い方は確かに間違ってるNE!」

('A`)「……結論、お前は普通の人間じゃないんだな?」

(^ω^)「体の作りは普通だけどNE! 人の子じゃないって意味では普通じゃないお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「あの、もしかしてブーンって人造勇者計画の落とし子だったりするの……?」

(^ω^)「全然違うお」

ξ゚⊿゚)ξ「的確な気付きで話を進めるやつ私もやりたかった」

 ツンは肩を落とした。



(´・_ゝ・`)「――ハインの目的は、魔王城ツンを育てて勇者軍攻略の切り札にする事だった」

 その時、ソファに掛けて思い耽っていた盛岡が明瞭な口振りで会話に割り込んできた。
 雑然と並べられたこれまでの情報を総括し、彼は語る。

(´・_ゝ・`)「そのためハインは妖刀を用いて魔王城ツンの育成環境を整理した。
      成果は上々。ツンはそれなりに強くなり、試験もなんとか突破できた」

(´・_ゝ・`)「だが妖刀を俺に壊された事でハインの計画は頓挫。
      ツンを恣意的に仲間に引き込む目論見は、知っての通りご破産となった」

(´・_ゝ・`)「かくして諸般の影響は消え、ハインも逮捕されて一件落着。
      魔王城ツンはパワーアップを遂げ、次なる戦いが幕を開けると」

 視線を空に向けて話していた盛岡がそこまでを語り終えてふっと俯く。
 長考を終えた彼の表情はいつも通りの無に戻っており、その語気もすっかり調子を取り戻していた。

ξ;-⊿-)ξ「……勇者軍との戦いは、やっぱり避けられないのよね」

 彼の独白に応じたツンが半ば諦めたように瞑目して呟く。
 それにドクオの嘆息が続くと、彼らの意識は否応なく現実問題に立ち返っていた。

.

649名無しさん:2022/05/04(水) 22:38:14 ID:iZuaE51Q0


 動機や目的、これまで秘密にしていた諸々のこと。
 それら全てを明らかにしても、現に差し迫る戦争に対しては何の回答にもなっていない。

 ここまでの会話は過去に関する補填、補足のようなもの。
 ツンが今まで後回しにしていた『納得』を後付し、足並みを揃え、未来の話をする為の下準備だ。

 それをざっくり終えた今、彼らはこの現状に対して改めて意見を出し合う必要があった。
 今現在、そしてこれから先の行動も含め、彼らはまだ具体的な結論には至っていないのだ。


(´・_ゝ・`)「避けるも何も、魔物発見のニュース自体が人間側のプロパガンダなんだぞ?
      二度目の現魔戦争をスムーズに始められるよう、根回しにだって余念は無い」

ミセ*゚ー゚)リ「それについては盛岡の言う通りです。
       心苦しいとは思いますが、彼らとの戦いはもう……」

ξ;´⊿`)ξ「……」

(´-_ゝ-`)「ま、対外的な立ち回りは向こうの圧勝ってワケ。
      勇者軍と言えど人間社会の一部、身内の扇動はお手の物だよ」

 言葉のアクセントをやや強め、勇者軍の回りくどい手口を当て擦る盛岡。
 彼は続けてツンに言った。

(´・_ゝ・`)「そろそろ結論を出してこう。結局のとこ、魔界には帰るんだよな?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ええ。条件付きでそうするつもりなのだわ」

(´・_ゝ・`)「ふーん。で、その条件を呑ませたい取引相手は?」

ξ;゚⊿゚)ξ




ξ;-⊿-)ξ「多分、私以外の全員だと思う」

 ツンは目を閉じ、他の誰も直視しないままに呟いた。
 そうした様子は直接的に、この場に居る面々さえも例外ではないと仄めかしていた。

.

650名無しさん:2022/05/04(水) 22:40:44 ID:iZuaE51Q0


ξ゚⊿゚)ξ「私、今日は特訓場の方で寝るのだわ。
       もういい時間だし、今日はこれで解散にしましょう」

(;'A`)「……なんだそれ。今の流れでどうしてそうなるんだよ」

ξ-⊿-)ξ「私が考えてる条件のこと、今は誰にも話したくないのよ」ガタッ

 そう言い切って立ち上がり、ツンは強い視線で盛岡を見遣った。
 『私の意図を見抜いてくれ』と暗に訴えかけてくるその瞳――盛岡の返事は早かった。

(´・_ゝ・`)「これはすごい推論なんだが、ここで俺達を味方にするのは都合が悪いんだな?」

ξ゚⊿゚)ξ「……分かってくれるなら、あとは任せていい?」

(´・_ゝ・`)「そこで俺を頼るかね。責任重大じゃん」チラッ

 言葉ながらに周囲の顔色をうかがう盛岡。
 ドクオは不満げに目を細めているが、ブーンは相変わらず微笑みデブのまま。
 ミセリについても別段変化は見受けられず、ツンの言動に口を挟もうとする者は居なかった。

( ^ω^)(――堪らない関係性だな)

(´・_ゝ・`)「……あい分かった。ここは理解のある盛岡おにいちゃんに任せておきなさい。
      魔界に帰るって方針が確定してるだけ十分だ。あとは好きに暴れな」

 盛岡は各位の反応を考慮して言い、降参するように両手を上げて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「……私、これからずっと特訓場に居るから。
       適当な時にワカッテマスさんを連れてきて。あんまり早いのも困るけど」

(´・_ゝ・`)「適当な時っていつさ」

ξ゚⊿゚)ξ「それも任せるのだわ。ワカッテマスさんの行動なんて正直読めないし。
       なるべくみんな揃っててほしいけど、無理はしなくていい」

(´・_ゝ・`)「……了解」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ「それじゃあ、また明日ね」

 それきりツンは何も言わず、宣言通りにリビングを出ていった。

.

651名無しさん:2022/05/04(水) 22:48:39 ID:iZuaE51Q0


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('A`)「……逃がしてよかったのかよ」

 開けっ放しにされたリビングの扉を恨めしそうに眺め、ドクオが呟く。

('A`)「あいつ、隠し事を増やして話を終わらせやがったぞ。
    色々打ち明けようって感じの趣旨はどこ行ったんだよ……」

(´・_ゝ・`)「お前らを信用してるんだよ。だから何も話さなかった」

ミセ*´ー`)リ「そりゃまあワカッテマスを言い包めるのを優先するわよね。難易度的に」

 ツンの思惑を代弁するように言葉を並べていく2人。
 その訳知りぶりが鼻についたのか、ドクオは更に語気を荒らげた。

( 'A`)「だったら尚更、この場の連中くらい味方につけとけよ……」

(´・_ゝ・`)「……いくら俺らが入れ知恵しても、ワカッテマスの魔眼はそれを見破れちまう。
      無意味とまでは言わないでおくが、俺らの存在が逆効果になる可能性は否めない」

 そんなドクオを諫めるように状況を俯瞰してやる盛岡。
 ドクオはその意図を汲もうと数秒黙り、頭を冷やしてから反応した。

('A`)「……俺らが居ると、ツンが弱くなるって言いたいのか?」

(´・_ゝ・`)「部分的にそう。ワカッテマス相手に交渉する手前、邪魔に思われたんだろ」

('A`)

(;'A`)「……だとしても無理があるだろ。つまりそれ、誰にも頼らず話をつけるって事じゃねえか」

(´・_ゝ・`)「それでいいじゃん。自立への第一歩とでも思っとけよ」

(;'A`)「ミセリさんは気にならないんですか。あいつ確実に痛い目見ますよ」

ミセ*゚ー゚)リ「そりゃ気にはなるけど……お嬢様がそう決めたなら、見守るだけよ」スッ

 ミセリの反応は極めて淡白だった。
 彼女は何食わぬ顔でそう言うと、席を離れて台所の方に行ってしまった。
 何があろうと最優先事項は変わらない。彼女は態度でそう示していた。

.

652名無しさん:2022/05/04(水) 22:50:48 ID:iZuaE51Q0


(´・_ゝ・`)「つーことで今日は解散だな。
      ワカッテマスが動いたら再集合って感じで、以上よろしく!」

(^ω^)「分かったお!」

('A`)「……ああ」

 食器を洗うありふれた音。ミセリが家事を始めると、それと同時に緊張の糸が切れる。
 白けた、という言い方でも語弊は無かった。
 少なくともドクオはそう感じ、ありありと嘆息を零していた。

(´・_ゝ・`)「まぁたかが1回の話し合いだ。ドクオもあんま高望みするなよ」

('A`)「……お前には分かんねえよ」

(´・_ゝ・`)「へーそうですか、分かり合ってる人達は大変そうですね。それじゃ」

 クソみてえな煽りを言い残して盛岡が退出。
 かくして緊急会議は幕を下ろし、微々たる進捗を上げてお開きとなった。
 そのうちドクオも溜飲を下げると、所在なげに帰宅の準備に取り掛かるのだった。

( ^ω^)「えードクオはもう帰るのかお?」

('A`)「そりゃ帰るだろ。やる事ねえんだから」

(^ω^)「それなら特訓場に行ってツンを手伝うお!
     話してない事、まだまだいっぱいあるはずだお!」

('A`)「タコピーみたいなこと言うな。大体な、俺らの付き合いはそういう感じじゃねえんだよ」

(^ω^)「じゃあどうしてそんなに不機嫌なんだお? 仕事だけの関係ならそうはならないお!」

(;'A`)「……お前もう1回くらい妖刀で別人格作ってこいよ。正直キモいぞ」

(^ω^)「図星でなんも言えんかw」

(#'A`) イラッ

 ブーンは腹パンされて沈んだ。

.

653名無しさん:2022/05/04(水) 22:51:23 ID:iZuaE51Q0


('A`)「……そんじゃあ俺も帰ります。お疲れした」

ミセ*゚ー゚)リ「お疲れさまー。明日の呼び出しは急だと思うから気をつけててね」

('A`)「分かってますよ。ミセリさんも――」

 と、その先に続く台詞を言い淀み、ドクオは不自然な沈黙を挟んで目をそらした。

('A`)「……なんでもねっす。連絡無くても明日は早めに来るんで、それじゃ」

(^ω^)「ドクオ〜僕も帰るから置いてかないでほしいっピお〜」

.

654名無しさん:2022/05/04(水) 22:53:14 ID:iZuaE51Q0

≪2≫


('A`) テクテク

(^ω^) テクテク

 ツンちゃんハウスを後にした2人は同じ帰路を辿り、夜更けの住宅街をテクテクしていた。
 車の音も遠くにしかない深夜帯。何となしに口数は減っていたが、会話の切欠はすぐに訪れた。

( ^ω^) ピタリ

 不意にブーンが足を止め、十字路の左方を振り返る。
 ここを曲がればハインリッヒの屋敷が見えてくる。ドクオは気付き、ブーンに話しかけた。

('A`)「あんま気にすんなよ。お前が自由にできてるんだ、そう悪い事にはならねえって」

( ^ω^)(……ハインを心配したと思われたのか。コンビニ寄るか迷っただけなんだがな)

 再び歩き出したドクオを小走りで追いかけ、ブーンはドクオの隣に並んで彼の顔を覗き込んだ。
 それを気色悪く思ったドクオは肩を丸めて訝しみ、またダルそうに溜息を吐く。

(;'A`) テクテク

(^ω^) テクテク



(^ω^)「ドクオがツンデレをした!!!!!!!!」

(;'A`)「……判定どうなってんだよ。してねぇから」

(^ω^)「した!!!!!!!」

(#'A`)

 ブーンは二度目の腹パンを受けて沈んだ。

.

655名無しさん:2022/05/04(水) 22:55:28 ID:iZuaE51Q0


(; ゚ω゚)「ぐぅぅ……暴力&理不尽系ツンデレを今日日拝めるとは……!」

('A`)「今度また俺をツンデレ扱いしたら怒るからな。そういうのはツンに言ってやれ」

(; ^ω^)「えーでもツンってツンデレっぽい事しないし……。
      ツンデレじゃない人をツンデレ扱いするのはよくないお」

(;'A`)「……あれでも昔は名実が揃ってたんだよ。今はちょっとアレだけど」

( ^ω^)

(^ω^)「ツンの!??!?!? 昔話があるのかお!?!?!??」

 ブーンの大声が真夜中に響き渡る。迷惑行為である。
 ドクオは顔をしかめてブーンから距離を取り、どういう対処が楽かを計算して肩を落とした。

('A`)(これここで話さねえと絶対面倒だな……)

(^ω^)「え〜それ聞きたいお聞きたいお聞きたいお聞きたいお」

 ドクオが返答を渋った途端、すぐにダル絡みして駄々をこね始めるブーン。
 絶対面倒だなというドクオの予感は間髪入れずに的中し、やっぱりとても面倒になった。

(;'A`)「……大した話はしねぇからな。でも黙って聞けよ、俺がいいって言うまで」

( ^ω^)「相槌もダメかお?」

('A`)「最小限なら可」

(* ^ω^)「分かったお!!!!!!」

(^ω^) スン…

 そうしてブーンがスン…とすると、ドクオは魔界での暮らしを渋々思い返した。
 ドクオは適当な昔話に当たりをつけ、ぼんやりとした口調でそれを語り始める――。

.

656名無しさん:2022/05/04(水) 22:58:59 ID:iZuaE51Q0



('A`)「……俺が魔王軍に加わろうとしてた時、一度だけあいつに助けられた事がある」

('A`)「認めたくねえけど、俺が魔王軍に入れたのはツンのおかげなんだよ」

( ^ω^)「ほーん。魔王軍って入るの難しいのかお?」

('A`)「いや別に。当時の実力でも一兵卒の基準には達してたと思うぜ。
    まぁそこら辺の事情は“““お家柄”””だな。俺の血筋は少し面倒なんだよ」

('A`)「つっても、そういう事情の俺を魔王軍に誘ったのもツンなんだがな。
   そりゃ魔王軍加入まではフォローしろよって話なんだが」

( ^ω^)

(^ω^)「ドクオがまたツンデレをした!!!!!!!!!!(小声)」

('A`)「あん時すげー門前払いされたんだよな。入軍テストすら拒否されてたし……」

('A`)「で、もう殴り込みで直談判しかねえと思ってた矢先、ツンが揉め事を起こしたんだわ」

 と、ドクオは不意に鼻で笑って首を傾げた。
 喉元過ぎれば、と思わせるような軽薄さで彼は続ける。

.

657名無しさん:2022/05/04(水) 23:02:17 ID:iZuaE51Q0


('A`)「あの頃のツンって殆ど軟禁状態だったんだけどよ、なのにあいつ城から逃げ出したんだよ」

(^ω^)「うおお盛り上がってきた!(小声)」

('A`)「そらもう上から下まで大騒ぎでな。凄かったんだわ、俺は鼻ほじって見てたけど」

(^ω^)「鼻はほじらない方がいい」

 ブーンは医学的見地から冷静に指摘した。

('A`)「で、その脱走がバレたタイミングってのが丁度テストの最中でな。
    当然テストは中止になって、その場に居た志願者達も捜索に駆り出されたんだ」

('A`)「だけど捜索隊に加わった入軍志願者にはこんなお達しもあったんだ。
    ツンを見つけた者はいかなる場合においても魔王軍加入を認可するってな」

('A`)「あとはもう簡単な話だ。捜索隊に紛れ込んだ俺がツンを見つけて、終わり」

( ^ω^)

(; ´ω`)「ええーー!! それじゃツンのツンデレエピソードになってないお!!
       最後もうちょっと掘り下げてほしいお!! ドクオ自分語りが下手だお!!」

('A`)

('A`)「……なんであんたが来るのよ、って言われたよ」

( ^ω^)




(^ω^)「コテコテやん」

('A`)「マジ笑うよな」

.

658名無しさん:2022/05/04(水) 23:04:20 ID:iZuaE51Q0


('A`)「あいつのツンデレエピソードは色々あるが、鉄板ネタは今話した通りだ。
    今のあいつは確かにアレだけど、思春期拗らせる前はもうちょい単純だったんだよ」

( ^ω^)「なるほどNE! 人に歴史ありだお!」

('A`)「満足したなら黙って歩け。早く帰って寝たいんだよ……」

 ドクオはそう言って歩調を早め、ブーンを放って話を切り上げた。
 そんな彼の背中に向けて、ブーンはハッキリと言葉を投げかける。

( ^ω^)「――もう少し、今のツンと向き合った方がいいお」

('A`)

( 'A`)「……お前、しばらく家事全部やれ」

(; ^ω^)「ええー!? 図星でなんも言えないからって酷いお!!」

 ちなみにブーンは経過観察のためドクオのアパートに転がり込んでいる。
 同居中なので家事は分担しているが、今しがた全部ブーンの仕事になった。

(; ´ω`)「嫌だお〜ドクオのカピカピパンツ洗うのは嫌だお〜」

('A`)「余計なこと言うからだっての。嫌なら少しはデリカシーを持て」

(; ´ω`)「でもそのデリカシーのせいでみんなギスギスしてるんじゃ……」

('A`)「よし分かった。家事全部一ヶ月やれ」

(; ´ω`) スン…

 会話はそれから続くこともなく、2人は無言で同じ帰路をテクテクした。

.

659名無しさん:2022/05/04(水) 23:05:28 ID:iZuaE51Q0


('A`)「……あ、お前そういえば10人ブッ殺したこと俺に擦りつけただろ」

(^ω^)!?


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

( ^ω^)「流石だお! いの一番に10人ブッ殺してる奴は違うお!」

('∀`)「へへっ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


('A`)「流した俺も悪いけど、ちゃんと訂正してお詫びしろよな」

(^ω^)「なんか勢いで言っちゃったNE……」

('A`)「よくないぞ!」

 ブーンは>>599での誤った発言を撤回した。
 この10人については>>183が正であり、かくしてこの件は丸く収まったのだった。

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660名無しさん:2022/05/04(水) 23:07:03 ID:iZuaE51Q0

≪3≫



川д川「……おや、お嬢様じゃないですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね。邪魔しないから続けてて」

 所変わって荒野の特訓場。
 そこでは貞子が魔界へと続くすごい転送魔術を構築中で、全体的にすごかった。

川д川「ああいえ、作業自体はもう済んでますから。これは微調整という体の時間稼ぎです」

ξ;゚⊿゚)ξ「……色々察してるのね。時間稼ぎだなんて」

川д川「ワカッテマス相手に何かされるんでしょう? 応援していますよ」

 魔界の言葉を然るべき図形に収め、何もない空中に次々と展開していく貞子。
 いわゆる魔法陣的なそれを遠隔成形する彼女の技能に、ツンはしばらく目を奪われた。

ξ゚⊿゚)ξ「やっぱり貞子さんは凄いわね。魔術でプラネタリウム作っとるが……」

 大小無数の術式が出現と消失を繰り返すその中心には転送魔術の核が鎮座している。
 魔術の核は青く透き通った巨大水晶――のように見える、実体を得た魔術そのもの。

 単なる魔術なら大抵の魔物が習得可能だが、『魔術の実体化』ともなると習得者は限られてくる。
 平面的な作りから立体的な作りへの変遷。ここで大多数の者がふるいに掛けられてしまうからだ。

 つまり、すごい。

川д川「でもこれ1人でやる作業じゃないんですよ。とんでもないクソ案件でして」

ξ;´⊿`)ξ「実際やれてる人に言われても……」

.

661名無しさん:2022/05/04(水) 23:09:22 ID:iZuaE51Q0


川д川「それで私、話し相手になった方がいいですか?」

 作業の傍ら、貞子がツンをチラ見して軽く尋ねる。
 ツンは少し考えた様子を見せてから、貞子の隣に腰を下ろし、体育座りになって顔をうずめた。

ξ゚⊿゚)ξ「こんなの聞いても今更なんだけどさ」

川д川「はい、なんなりと」

ξ゚⊿゚)ξ「……私の知らないところで、どれくらい始末してたの?」

川д川「始末、というと――……」

 その質問が意味するところは明白だった。
 貞子は同時に彼女の意図を悟り、無意味に誤魔化そうとはしなかった。

川д川「そのこと、ワカッテマスから聞かされたのですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「いいえ別に。前から普通に察してたのだわ。
       みんなに気を遣わせると思って聞かなかっただけ」

 ツンは足を伸ばして上体を反らし、のびのびツンちゃん状態になった。

ξ゚⊿゚)ξ「さっきね、隠し事はやめようって感じでみんなと少し話し合ったのよ。
       正直まだまだ話し足りないんだけどさ、これは貞子さんに聞いとこうと思って」

川д川「……そうでしたか。上ではどんな話を?」

ξ-⊿-)ξ「内藤くんの身の上話と、勇者軍の目的と、……それくらいかな。
       やっぱりみんな、自分の隠し事を自分から話そうとは思わないわよね」

川д川「立場上どうしても言えない事もありますから。板挟み、というやつです」

ξ゚⊿゚)ξ「それも分かってるのだわ。誰でもそうだと思うけどね……」

.

662名無しさん:2022/05/04(水) 23:13:34 ID:iZuaE51Q0


ξ゚⊿゚)ξ「……勇者軍ってさ、あれからずっと街に来てたんでしょ?」

川д川

ξ゚⊿゚)ξ「一番最初の襲撃から今までずっと。
       でも、貞子さんとミセリさんがそれを始末してたのよね」

川д川「……はい、そうですね。その通りです」

 貞子が短く答えると、ツンはもう一度体育座りになって頬杖をついた。
 ツンはただ漠然と空を見つめ、何事も無かったかのように独白した。

ξ゚⊿゚)ξ「私の隠し事はこれなのよ。『気付いてる』って事をずっと隠してた。
       誰でもやってる普通の事だけどさ、ここが限界かなって」

川д川「……ちなみに、気付かれる切欠などはあったのですか?
     お嬢様には悟られないようにと、一応ミセリと気を配っていたので」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「ただの勘だけど……普通に気付かない?
      こんな状況でのうのうと暮らせる訳ないんだし。そこまでバカじゃないのだわ」

川д川「であれば、むしろ私達の方がお嬢様に見逃されていた訳ですね」

ξ゚⊿゚)ξ「それはお互い様よ。だから今更なのよ、全部」



ξ゚ー゚)ξ「……ていうか私、さっきから普通の事しか言ってないわね」

 ツンはどこか幸せそうだった。

.

663名無しさん:2022/05/04(水) 23:16:03 ID:iZuaE51Q0


川д川「――最初の襲撃から数えて46人。
     これが、お嬢様を狙って送り込まれてきた敵の総数です」

 貞子はすっぱりと言って作業の手を止めた。
 そこら中に展開されていた魔術の数々も途端に消え去り、空気がしんと静まり返る。

川д川「私の担当は索敵と死体の処理でした。迎撃はミセリが全て。
     幸い敵は少数での潜入に徹してましたので、ミセリが負傷する事もありませんでした」

ξ゚⊿゚)ξ「そりゃ相手は人間だもの。そこら辺は全然心配してないのだわ」

川д川「敵も段々大人しくなってくれたのですが、こちらの見通しが甘かったですね。
     防戦に徹する余り、敵に致命的な一手を打たれてしまいました」

ξ゚⊿゚)ξ「それもいいのよ。こっちから攻め込む訳にもいかなかったでしょ?
       私が嫌がるのが目に見えてたから、そういう事は極力避けてたのよね」

川д川「半分はそうですね。あと半分はロマネスク様の方針です」

ξ゚⊿゚)ξ
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……半分か。ちょっと自意識過剰だったわね」ピョイン

 よっこらせ、と呟いて跳ねるように立ち上がるツン。
 制服のスカートを数回はたき、土埃を払って一息つく。

ξ;゚⊿゚)ξ「あーもう、なんか色々あって着替えもまだじゃないの。
       勢いだけでこっちに来ちゃったし、先に風呂入っとけばよかったのだわ……」

川д川「あ、お風呂だったら向こうに作ってありますよ」

ξ゚⊿゚)ξ「しゃにむに便利」

川д川「お湯もまだ熱いと思います。地面くり抜いただけの作りですが、よければ」

.

664名無しさん:2022/05/04(水) 23:20:40 ID:iZuaE51Q0


ξ-⊿-)ξ「そういう事なら失礼して、一風呂浴びて来ようかしら」

川д川「着替えはどうされます? お持ちしますけど」

ξ゚⊿゚)ξ「……ジャージかな。明日は動ける格好でやりたいし」

川д川「承知しました。適当なのを用意しておきます」

ξ゚⊿゚)ξ「ん、ありがとう」

 ツンは周囲を一望し、岩場の向こうに立ち上る湯気を見つけた。
 彼女は迷わず歩き出すも、貞子の次の一言がその足を止めさせる。


川д川「なぜ、私には言ったのですか?」


ξ゚⊿゚)ξ

川д川「それに、ああまで言って孤立する必要はなかったように思いますが」

ξ゚⊿゚)ξ「……やっぱり聞いてたのね」

川д川「聞いていなかった、とは言っておりませんから」

 どうして自分に聞いたのか、なぜ自分には隠し事を話したのか。
 そういう疑問を一纏めにした貞子の問い掛けに、ツンは笑顔で振り返って見せる。

ξ゚ー゚)ξ「貞子さん、いざとなったら私を裏切れるでしょう?」

川д川「――そんな、まさか」

 一瞬の間が全てを物語る。

ξ゚⊿゚)ξ「強いて言うならこれが理由。でも勘違いしないでね、信用してるって意味だから」

 ズルい言い方をしている、と自覚しながら答えるツン。
 取って付けるだけで聞こえが良くなる簡単な言葉を、彼女は沢山弁えていた。

.

665名無しさん:2022/05/04(水) 23:25:13 ID:iZuaE51Q0


ξ゚⊿゚)ξ「……私は1人でワカッテマスさんを言い包めるしかないのよ。
      魔眼相手に杞憂って事は無いし、つけ入る隙は極力減らしたいのだわ」

ξ゚ー゚)ξ「ほら、みんなって私が頼ったら応えちゃうでしょう?
      ていうか私がそう思ってるから、こういう甘えを突かれたくないのよね」

川д川「ワカッテマスはそんなこと言いませんよ。使えるものは全て使え、というタイプですから」

ξ-⊿-)ξ「私もそうは思うけどね。弱味になりかねない手札は使えないじゃない」

川д川

 この瞬間、いとも呆気なく『使えない手札』として切り捨てられた者達を思う貞子。
 それでも彼女は言葉にはせず、極めて打算的な形でツンの話を受け止めていた。

ξ゚⊿゚)ξ「その点、貞子さんに話す分には大丈夫だと思ったの。
       理由はさっき言った通りだけど、これで答えになってるかしら?」

川д川「……ええ。十分です」

 しかし、と貞子は語尾に続ける。

川д川「今の話をみんなにしても、間違いではなかったと思いますよ」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「それは、明日分かる事なのだわ」

 ツンは強かに囁いた。

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666名無しさん:2022/05/04(水) 23:26:22 ID:iZuaE51Q0



          #09 ツンちゃん寓意譚-ステラーカイギュウ


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667名無しさん:2022/05/04(水) 23:28:16 ID:iZuaE51Q0

#08 >>559-627 #09 >>634-666

年始以降の進捗がダメダメだったので、今季投下はこれにて終了です…('A`)
次の投下は8月頃です。難敵ワカッテマスにツンちゃんが言い渡す帰還の条件とは…

うおおおお!(^ω^)

668名無しさん:2022/05/05(木) 10:25:44 ID:4epYdUFw0
おつうううううううう

669名無しさん:2022/05/09(月) 15:58:48 ID:g8EBSXuk0
乙乙乙乙乙

670名無しさん:2022/05/09(月) 19:56:18 ID:DL3gtP160
このループでの最初のころに比べるとたくましくなったなぁツンちゃん
むしろこっちが元々なんだろうけど

671名無しさん:2022/05/15(日) 14:09:02 ID:inzOJYic0
おつんつん

672 ◆gFPbblEHlQ:2022/08/29(月) 02:09:15 ID:MKUS8vzg0
近日中に投下しておきます
また1話分だけの投下になりますが70レスほどあります
よろしくお願いします(^ω^)('A`)

673名無しさん:2022/08/29(月) 21:33:26 ID:zJJFLfIY0
きたわね!!!

674名無しさん:2022/08/31(水) 23:43:36 ID:/k2WwZSU0
生きがい

675 ◆gFPbblEHlQ:2022/09/04(日) 14:09:17 ID:7IoV7Kbc0

≪1≫


 魔物発見に関するニュースが世間を騒がせる中、とある男がVIP市内のテレビ局を訪れていた。
 彼はスタッフに案内されてスタジオに入った。生放送の張り詰めた空気が彼を出迎えた。

「ここで、本日のゲストに登場していただきましょう」

 司会の振りでカメラが切り替わり、別位置のカメラがスタジオの出入り口を映し出す。
 続けてスタッフが扉を開くと、その向こうから今日の特別ゲストが姿を現した。
 件の人は灰色のカーディガンにジーンズ、スニーカーという極めてラフな装いだった。

爪'ー`)「ここまで案内ありがとう。行ってくるよ」

 ――勇者軍最大戦力、王座の九人を率いる男、フォックス。
 彼は同伴していた案内役スタッフに礼を言い、穏やかな笑みをたたえて歩き出した。
 カメラを横切って舞台セットに上がり、司会の隣にしれっと並び立つ。それを認め、司会は語った。

「現魔戦争の時代、勇者ブーンと共に戦場を渡り歩いた方々がいらっしゃいます。
 超能力を備えた彼らはいつしか『勇者軍』との呼び名をもって、多くの支持を集めました」

「今回ご登場して頂いたのはそんな勇者軍の現役メンバー、フォックスさんです。
 フォックスさん、本日はよろしくお願い致します」

爪'ー`)「はい。よろしくお願いします」

 司会の挨拶に余裕をもって答えるフォックス。
 大仰な肩書きを笠に着ない呑気な言動。司会も思わず頬を緩め、笑みをこぼした。
 しかし司会はすぐ我に返り、討論番組に相応しい態度で番組を進行していった――。


.

676名無しさん:2022/09/04(日) 14:20:58 ID:7IoV7Kbc0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


( <●><●>)「……このように、敵は順調に外堀を埋めてきています。
        お嬢様の決断を待てる時間はそう無いと、ご理解頂けたでしょうか」

 ワカッテマスはテーブルに置いたタブレット端末を操作し、昨夜放送された討論番組を一時停止した。

( <●><●>)「ちなみに全国中継です。ネットで見逃し配信もされてます。
        なんと言いますか、これは非常に分かりやすい手遅れですね」

ミセ*゚-゚)リ「……お嬢様にとっては、でしょ。さして影響ない癖に」

川д川「でもお嬢様がこれを見なくて済んだのは好都合よ。
     こんなの見せたら話も変わりそうだし、特訓場に居てよかったと思う」

 午前6時。ツンちゃん宅に赴いたワカッテマスはリビングで足止めを食っていた。
 相手はミセリと貞子の2人。彼女達の狙いは時間稼ぎだった。

 昨日の話し合いから一夜明けてツンちゃん宅に集う関係者たち。
 ドクオとブーンはまだ来ていないが、最終決断の時はあと数時間の内に迫っていた。

 それでも『魔界に帰る』 という決断だけは昨日の段階でツンが下している。
 問題はその次。彼女が魔界への帰還と引き換えに付け加えたいという『条件』の方にあった。

 しかも彼女は誰にも頼らず、たった1人でその交渉に臨もうとしている。
 かくしてツンは特訓場に引きこもり、現在進行系で交渉に備えているのだった。

( <●><●>)「勇者軍のこういった手口は強かと言う他ない。
        人間対魔物、という伝統ある図式も遠からず完全復活させられます」

( <●><●>)「敵は最初から――数十年前からこのプランを用意していたのでしょう。
        魔物発見の第一報から各メディアへの展開、あまりに手際がよすぎる」

川д川「先に言うけど魔術での対処は難しいわよ。
      この規模になっちゃうと、記憶消去よりも洗脳の方が人道的でしょうね」

( <●><●>)「いいえ、対処の必要はありません。反応しても開戦を早めるだけです。
        私としても戦闘は回避したいので、まぁ、そうなるよう動くつもりですが」

 ワカッテマスは椅子に浅く座り直し、ミセリと貞子に改めて視線を送った。
 今の話は前置きに過ぎないと、彼の素振りに明確な影が差す。

.

677名無しさん:2022/09/04(日) 14:29:26 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「ところで、私の魔眼が大概のものを見通せる事は知っていますね?」

ミセ*゚ー゚)リ 川д川

 何をそんな分かりきったことを。
 2人は真顔かつ無言で応えた。

( <●><●>)「では、少しばかり話は逸れますが……」

( <●><●>)「貞子、我々の情報を勇者軍に流していた人物について、話してもらえますか」

川д川「……それならハインリッヒ高岡でしょ? 今更それがどうしたの」

( <●><●>)「白々しい問答をするつもりはありません。
        あなたが居れば全容の把握には数日とかからない筈です」

 ワカッテマスは目を光らせて言った。

( <●><●>)「貞子、あなたは敵の情報を揉み消しましたね?」

川д川

川д川「悪いけどこれ以外の答え方は無理よ。自分で『そうしておいた』から」

 ほんの少しも悪びれず、同じ調子で機械的に言い返してみせる貞子。
 それは魔眼で予期した通りの答えだった。ワカッテマスもたじろぐ事はなかった。

( <●><●>)「ええ分かっています。魔眼対策としては一番手堅い手段を取りましたね。
        私が聞きたい答えに関して、記憶を消して鍵までかけてある」

( <●><●>)「それではミセリにも同じ質問します。貴方はどうですか」

ミセ*゚ー゚)リ「……大概のものを見通せるんだから、分かるでしょ」

 続くミセリは逡巡を滲ませながら曖昧に呟いた。
 彼女とて魔術の心得はあるが、貞子のように魔眼を退けられるレベルには遠く及ばない。
 故に思考は筒抜けの状態。こんな問答はするまでもなく、ミセリの思考は既に暴かれているのだ。

ミセ*゚ー゚)リ「だから『知らない』わ。ハインリッヒが悪い、答えはそれだけ」

 だとしても、ミセリはワカッテマスが望む答えを決して語らなかった。
 たとえ見透かされた答えであっても、彼女は頑なに真実を黙殺しようとしていた。

.

678名無しさん:2022/09/04(日) 14:44:00 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……なるほど」

( <●><●>)「お嬢様の従者として、主人の瑕疵につながる事柄は決して語らない。
        私の魔眼を知っていてなお、それを徒労と分かっていても」

 ――彼の魔眼は『神の視点』である。

 その一方的な読解への抵抗は無意味であり、いっそ開き直った方が建設的だと誰もが匙を投げる。
 どうせ考えは見抜かれてしまうのだ。体裁を取り繕う意味は無いし、言葉を選ぶ意味などもっと無い。
 そして程なくコミュニケーションは形骸化し、言葉の価値は自ずと損なわれていく

 だが、ミセリと貞子にとっては言葉の価値など些末な事だった。
 どれだけ会話が非効率になろうと『魔王城ツンの不利益』になる言葉は元から無価値。
 ワカッテマスが『神の視点』を備え、言葉の価値を損なわせるとしても知った事ではないのだ。

 ゆえに、『神の視点』が導き出した『合理的で価値ある会話劇』はどこにも起こらない。
 ワカッテマスは、こういう不毛な遠回りが嫌いではなかった。

( <●><●>)

( <●><●>)「これから話すことは全て、決して、他言無用でお願いします」

 ワカッテマスは味気ない前置きを挟んで言った。
 この後に続く言葉を水で薄めるような、静かな声色だった。

.

679名無しさん:2022/09/04(日) 14:48:41 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「まず最初に、毛利まゆの排除を提言しておきます」

ミセ*゚ー゚)リ(……提言?)

 ミセリはぴくりと反応し、ワカッテマスの話に殊更気を張った。
 普段の断定的な口振りがいやに丸くなっているように感じ、ほのかに気味が悪かった。

( <●><●>)「排除すべき理由については省略します。
        2人とも、大まかな事情は察しておられるでしょう」

川д川「……なんの話だか」

ミセ*゚ー゚)リ「さっぱり分からないわよね」

 2人はわざとらしく目をそらしてうそぶいた。

 彼女達は、もう随分前から毛利まゆの正体を突き止めていた。
 しかし努めて放置を決め込み、毛利まゆ個人の動向を最大限放置してきた。

 ――たとえ毛利まゆが勇者軍に情報を流していた張本人だったとしても。
 ハインの暗示を受ける以前から、そも最初から敵以外の何者でもなかったとしても。
 毛利まゆが『魔王城ツンの日常』を意味する以上、彼女達は毛利まゆを見逃すしかなかったのだ。

 勿論これは軍属者としてあるまじき背反である。
 ツンの従者としては合理でも、敵の尻尾を掴んでおいてみすみす手放した事は厳罰に値する。
 なのだが――。

( <●><●>)「今のはあくまで提言です。最終判断は私が下すものではありません」

ミセ;*゚ー゚)リ「……待ってなにその緩い感じ。気持ち悪いんだけど」

 ワカッテマスは、敵の動向を看過していた彼女達をさらに見逃してしまった。
 即死級の厳罰を覚悟していた手前、ミセリは肩透かしを越える違和感を彼に覚えていた。

.

680名無しさん:2022/09/04(日) 14:52:25 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「毛利まゆが勇者軍につながる敵だという事実。
        これをお嬢様に伝えるか、実際の対処はどうするのか、全て任せます」

ミセ;*゚ー゚)リ「……まあ、任せてくれるならいい」 チラッ

川; д川「あなたがそこに一枚噛んでくれるのは、心強いけど……」 チラッ

 ワカッテマスの言動を上手く受け取れず、貞子と見合ってぎこちなく反応するミセリ。
 そんな様子を捨て置いて、ワカッテマスは呆気なく次の話題に移った。

( <●><●>)「では次に――魔眼の未来視に終わりが来ました」

( <●><●>)「私はこれを打破するつもりですが、恐らく不可能です」

ミセ*゚ー゚)リ

ミセ*゚ー゚)リ「待って、そっちのが意味不明だった」

川д川「未来視の終わり、っていうのは穏やかじゃないわね」

( <●><●>)「そうですね。要するに私が死ぬという事なので。
        詳しいことは追って話しますが、概要だけは早めに伝えておこうかと」

 ワカッテマスがこの不毛な足止めに付き合っていた理由はこれか、と悟る2人。
 魔眼の未来視が終わる。『神の視点』に永遠の終わりがやってくる。

( <●><●>)「繰り返しますが、他言無用ですよ」

 なんの裏付けもなくポンと提示された未来の展開は、今はまだ、誰の胸にも響いてはいなかった。

.

681名無しさん:2022/09/04(日) 14:56:34 ID:7IoV7Kbc0

≪2≫


 〜特訓場〜


(´・_ゝ・`)「――かくしてワカッテマスは上で待機中だ。
      いつでも呼んでこれるわけだが、準備はできてるんだろうな」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。やること自体はそう多くないしね、いつでもいける」

 対話に向けた準備を終え、荒野の特訓場にて凛と佇む魔王城ツン。
 ジャージ姿で僅かに汗ばんだ身体はウォーミングアップを完全に済ませてある。
 肉体言語もまた言語。対話に用いて何が悪い、というのが彼女の理屈だった。

(´・_ゝ・`)「だったら俺はもう行くわ。助けは要らないそうだしな」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、大丈夫よ。楽しみにしててね」

(´・_ゝ・`)「うーい。今後の動きが決まったらよろしくー」

ξ゚⊿゚)ξ「……どう転んでもまた頼ると思うから、よろしく」

 盛岡はあしらうように手を振って見せ、背中を丸めて去っていった。
 これでもう後戻りはできない。あと10分もしない間にワカッテマスはやってくる。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;´⊿`)ξ(ああ、流石に緊張するな……)

 不意に思考が躓いて縺れ、心臓の鼓動が拍子を外したような錯覚を覚える。
 ツンは慌てずに呼吸を意識し、元の調子に戻ろうとまじないの言葉を脳裏で唱えた。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫――効果はすぐに表れて、彼女は自然と元のペースに戻っていた。

ξ;-⊿-)ξ(……大丈夫。これは勝ち負けの戦いじゃない。
        行動で示すことが、一番大切なのよ)

 持ちうる手札は全て揃えた。あとは手順と組み合わせの問題。
 彼女は意識して普段通りの自分になりきり、魔王城ツンという理論武装の殻に深く潜り込んだ。

.

682名無しさん:2022/09/04(日) 15:00:22 ID:7IoV7Kbc0






ノパ⊿゚)「……でさあ、そろそろこっちにも話振ってくんねえかな」




ξ-⊿-)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「えっ?」

 ツンはきょとんとした様子で反応し、遠くから聞こえてきた声にパッと振り向いた。
 地面に胡座で座り込んでいる素直ヒートと目が合い、中身の無い時間が5秒ほど無に帰す。


ξ゚⊿゚)ξ

ノパ⊿゚)


ノハ;゚⊿゚)「……いやだからさ! 呼びつけといて放置すんなって言ってんの!
      私らなんも知らねえまま本番迎えるのか!? つか本番ってなんの本番だ!?」

lw´‐ _‐ノv「そらもうエッチなやつでしょ。5人揃って花嫁にされちゃうんだよ」

ノハ;゚⊿゚)「ねーちゃん、今そのボケは捌けねえよ……」

lw´‐ _‐ノv「ははっ。でも身売りは実際ありそうだよね、ひえ〜〜」

 ヒートの横には彼女の姉である素直シュールの姿もあった。
 サガットステージのブッダよろしく地面に寝そべり、○×ゲームのソロプレイに延々勤しんでいる。
 完全にオフの雰囲気だった。

ξ゚⊿゚)ξ「まぁそうねえ……いきなり呼んだのは悪かったわよ。
      でもほら、私達はマブダチのズッ友なんだしいいでしょ?」

ノハ;-⊿-)「……あーそうでしたね。そうですね、ハイ、ッス……」

 自分達が命拾いできた口実を再三突きつけられ、ヒートの言葉は一瞬で勢いを失った。
 金で買われた安い友情(おまけ:命)に準じつつ、彼女はおもねってツンに聞き直す。

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683名無しさん:2022/09/04(日) 15:03:20 ID:7IoV7Kbc0


ノパ⊿゚)「そんでも少しは説明してくれねえか? 大事な友達なら大事にしなきゃだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「いや、私もそうは思ってるんだけどさ……」

 ツンは申し訳程度に前置きを挟んで言った。

ξ;゚⊿゚)ξ「ごめん、今回そこら辺は察してほしいのよ。
       ていうか雰囲気で少しは分かんない? 他の3人は分かってそうだけど……」

ノパ⊿゚)

ノパ⊿゚)「うーわ察してちゃんだ。だりい女」

ξ゚⊿゚)ξ「否定しきれない悪口にむせび泣きそう」

 だりい女こと魔王城ツンはそれでも懸命に生きた。
 そうこうしてる間に素直四天王の残り2名、クールとキュートが周辺の散策から戻ってきた。
 それに気付いたヒートはけろっと態度を変え、座ったままで2人の帰りを歓迎した。

ノパ⊿゚)「おかえりねーちゃん。キュートもなー」

o川*゚ー゚)o「ん〜」

ξ゚⊿゚)ξ「そっち、下見はどうだった?」

 ツンの質問にはクールが答えた。

川 ゚ -゚)「いやまったく下見もクソも無いな。地形は一応覚えたが、私達には不向きな環境だ」

 クールは不満気に言いながらヒートの傍に腰を下ろした。
 キュートも続いて地面に座ったので、ツンも雰囲気的にその輪に加わっていった。

lw´‐ _‐ノv「ここらへんの地形、キュートが見てもそんな感じだったの?」

o川;*゚ー゚)o「そりゃねえ、こんだけ開けた場所だと流石に厳しいよ……」

lw´‐ _‐ノv「うちらのシマは市街地だもんね。シチュが悪いよシチュが」

ξ゚⊿゚)ξ(なんか流れで素直家の子になっちゃったな……)

 地面に座った少女5人、素直四天王あらため素直ゴレンジャー。
 これはこれで悪い気はしないな。そう思う素直ツンちゃんであった。

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684名無しさん:2022/09/04(日) 15:05:56 ID:7IoV7Kbc0


ノハ;゚⊿゚)「……で、けっきょく私は何をすりゃいいんだ?」

 ふと、この場の誰に宛てるでもなくヒートが不安を口走った。
 これから始まる交渉のため召集をかけられた素直四天王。
 他の面々は既に何事かに向けて用意を始めており、手持ち無沙汰はヒートだけになっていたのだ。

川 ゚ -゚)「無論、私達の仕事といえば荒事に決まっているだろう。
     詳しい部分は私も知らんがな。まぁ腹を括れ」

 素直クールはそう言って自前の武器である日本刀を抜き、眼前に据えて刃を検めた。
 真一文字に流れるその刀身は直刀に分類される古い様式のもの。
 名を絶光刀といい、彼女はこれを 『死闘が想定される場合』 に限り封を切っていた。

川 ゚ -゚)「絶光刀、絶好調」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「は?」

川 ゚ -゚)「ふっ……」

 クールは満足して刀を納めた。

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685名無しさん:2022/09/04(日) 15:12:46 ID:7IoV7Kbc0


o川*゚ー゚)o「あんたアホなんだからさ、とりあえずバトる準備だけしときなって」

ノハ;゚⊿゚)「ええ〜……」

 ヒートにそう助言するキュートの持ち物は黒無地のボストンバッグだけだった。
 彼女はその中から迷彩仕様の指抜きグローブを見つけ出し、問答無用でヒートに投げ渡した。

ノハ;゚⊿゚)「打ち合わせも無しでやんの? それでまた貧乏くじ引いたら最悪じゃね?」

o川*゚ー゚)o「最悪はいつも通りだし、内容が分かんないんだから仕方ないでしょ。
       聞いてもツンちゃん教えてくんないし。ほんとだるいけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「だるくて申し訳ない……」

 とはいえ、試験の時と違って今日の素直四天王は万全の状態だった。
 4人分の装備もボストンバッグに丸っと収まっており、100%の力を発揮する用意は十分にできている。
 キュートは慣れた手付きで中身を漁り、各人の装備をポイポイと外に放り出していった。

川 ゚ -゚)「すまんキュート、左足のプロテクターが無いんだが」

o川;*゚ー゚)o「元々入ってなかったの! 入れ忘れた人が悪いので知りません!」ガサゴソ
  _,
川 ゚ -゚) シュン…

lw´‐ _‐ノv「貸すから、私の」
  _,
川 ゚ -゚) 「すまん……」

 ちなみに素直キュートが装備を一括管理しているのには確固たる理由があった。
 彼女達の中で、まともに整理整頓ができるのはキュートだけだったのだ。

o川;*゚ー゚)o「ねえちょっと!! このバッグにハッピーターン入れたの誰!?」

ノパ⊿゚)「食べていいぞ!」

o川;*゚ー゚)o「ハピ粉が手について最悪!!」ポイポイッ

ノパ⊿゚)「そんな……」

lw´‐ _‐ノv「あたしゃ食べるよ」サクサク

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686名無しさん:2022/09/04(日) 15:17:34 ID:7IoV7Kbc0






川 ゚ -゚)「――うむ。いつもの装備だ、心強い」

 かくして数分後、最初に用意を済ませていたのは素直クールだった。
 彼女はおもむろに腰を上げ、自分の装備を見直しては得意げに頷いていた。

 彼女の装備は日本刀に両肘両膝のプロテクターのみ。
 装いとしてはスケボー選手のそれが近く、機動力を損なわないよう防御は最低限に抑えられていた。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「あれ、そういえば前と制服違ってるわよね? 新品にしたの?」

 と、クールの姿をぼけっと眺めていたツンがある変化に気付く。
 これまで着ていたコスプレ同然の安物学生服から、彼女達は装いを新たにしていたのだ。
 その変わりようがあまりに見慣れたものだったので、ツンもここまで気付くのが遅れてしまった。

o川;*゚ー゚)o「ハァ……ハァ……それいま言うの? おそくない?」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……前髪もちょっと切った?」

o川;*゚ー゚)o「リカバリーしなくていいから。切ってないし、ハァ……」

ξ゚⊿゚)ξ「てかめちゃ疲れておられる」

o川;*´ー`)o「準備を手伝うのも大変でね……」

 クラシックなブレザー型ジャケットに灰色のプリーツスカート。
 その由緒正しい上下セットは、ツンちゃん自身も袖を通すVIP高校指定の学生服(冬)に違いなかった。

川 ゚ -゚)「この制服は貰い物だ。安物はやめろとミセリさんから直々にな」

ξ;゚⊿゚)ξ「貰ったの!? なんで!?」

川 ゚ -゚)「これを着てVIP高校に通えとの依頼を受けている。お前まさか知らなかったのか?」

ξ;´⊿`)ξ「ちくしょう、また勝手に話が進んでる……」

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687名無しさん:2022/09/04(日) 15:18:55 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「年齢的にも通学は若干キツいんだがな、モノは良いから気に入ってるぞ。
     そのうち私も女子高生だ。転校初日はよろしく頼む」

ξ゚⊿゚)ξ「……あの、ちなみに何歳なの?」

川 ゚ -゚)「私か? 今年で23だが」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 そりゃコスプレ感が出まくってたのも当然だな、と神妙に納得してしまうツン。
 だったら物のついでにと、ツンは他の面々にも年齢を聞いて回った。


lw´‐ _‐ノv「さんちゃい」

ノパ⊿゚)「忘れた」

o川*゚ー゚)o「15歳。末の妹って事になってる」


ξ゚⊿゚)ξ「わたくし皆さんのキャラが分かってきましたよ」

川 ゚ -゚)「まぁこっちにも事情があるんだ。あまり詮索しないでくれると助かる」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ。そうするわね」

 長くなりそうな設定の掘り下げを回避し、ツンは即座に話を終わらせた。

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688名無しさん:2022/09/04(日) 15:27:16 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「とにかくヒートも不安がるな。いつも通り、私と前衛を勤めればいい」

ノハ*゚⊿゚)「……おお! それならそうと言ってくれよ!」

 クールの装備はシンプルだったが、ヒートの武装はその数段は簡易的だった。
 先ほど渡されたグローブだけを両手にはめて、終わり。
 彼女もすぐさま立ち上がり、軽いワンツーパンチで体を温め始めた。

o川;*゚ー゚)o「――はい完成!」

lw´‐ _‐ノv「いやぁすまんの」バサッ

 一方で、戦闘準備に一番手間取っていたのは素直シュールだった。
 腰の左右に合計4つのウエストポーチを装着し、オーバーサイズのPコートをその上に羽織る。
 彼女もそれで準備完了のようだったが、手伝っていたキュートの疲弊ぶりもまた尋常ではなかった。

ξ゚⊿゚)ξ(なんか、時間かかった割に変化が無いわね……)ジー

lw´‐ _‐ノv「仕込みもどんどん早くなるねえ。姉の面目丸潰れだよ」

o川;*゚ー゚)o「だったら自分でやってよね。荷物なんて殆どシュールのじゃん……」


lw´‐ _‐ノv

ξ゚⊿゚)ξ ジー


lw´‐ _‐ノv「……暗器使いなんでね、中は意外と重装備なのよ」

o川;*´ー`)o「仕込みは私がやらされてますけどね」

 シュールはツンちゃんからの熱い視線に応え、コートをめくってその裏地を披露してみせた。
 コートの裏にはナイフ数本とワイヤーの束、あとは正体不明の小道具がぎっしりという感じだった。

ξ゚⊿゚)ξ(ニ、ニンジャ……!)

lw´‐ _‐ノv「もうちょい脱ぐと凄いんだけどね」

o川;*゚ー゚)o「脱いだら怒るよ。もう仕込みやらないからね」

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689名無しさん:2022/09/04(日) 15:30:55 ID:7IoV7Kbc0


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o川*゚ー゚)o「それじゃあ余ったものは片付けて、っと……」

 ボストンバッグを整理して、キュートの仕事もこれで完了。
 いざ立ち並んだフル装備の素直四天王を一望し、ツンは他人事のような感動を覚えていた。

ξ゚⊿゚)ξ「うおおすごい。4人パーティって感じ、モンハン」パチパチパチ

ノハ;゚⊿゚)「……てめえも立って準備しろよ。見学で済ますつもりか?」

ξ゚⊿゚)ξ「私はもうアップ済んでるから問題なし。
      戦わずに済むならそれが一番だしね、焦ってもしょうがないのだわ」

 ツンはやおらに立ち上がってジャージをはたいた。
 さしあたって、ツンは最低限の情報を皆に伝えることにした。

ξ゚⊿゚)ξ「で、今から来るのはワカッテマスって名前の魔物なのだわ。
       思考を読んだり未来を見通したり、そういう力を持ってる人なの」

ξ゚⊿゚)ξ「私はこれからワカッテマスさんと話をする。
       でも間違いなく破綻するから、それが戦闘開始の合図になると思う」

川 ゚ -゚)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「もしそうなって戦いが始まったら、あなた達には私の味方をしてもらいたいの。
       正直かなり危険だけど、私を守ってくれればそれで十分だから」

 ツンは僅かに目を細めて表情を険しくした。
 話し合うけど殴り合う。その見通しの歪さに、彼女自身でも思う所があるようだった。

川 ゚ -゚)「そうか。だったらこちらは要人警護を想定しよう。
     思考を読むという能力を鑑みるに、私達が色々知ってるのは不都合なんだろう?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなのよ。たとえばこの話し合いの『本当の狙い』とかも今は話せない。
       そんなんだから、基本的には私に合わせてって感じになるんだけど……大丈夫?」

川 ゚ -゚)「問題ない。独断に許可が降りてるだけマシな依頼だ。
     それと最後に確認なんだが、……まぁ答える必要が無ければ答えなくていい」

ξ;´⊿`)ξ「話が早くて助かるのだわ。ええ、答える保証はできないけど、なんでも聞いて」

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690名無しさん:2022/09/04(日) 15:34:39 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「――その相手、手加減は必要か?」

ξ;´⊿`)ξ

ξ゚⊿゚)ξ

 ツンは表情をリセットし、頭の中をまっさらにしてから反応した。

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、手加減?」

川 ゚ -゚)「そうだ。今日はわりかし本気装備だからな、今なら相当戦えるぞ」

ノパ⊿゚)「信用しろよな! こないだの電撃野郎だって今なら余裕だぜ!?」

o川*゚ー゚)o「………………」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、ああ。そうなのね、それは心強い……」

 ツンは、自信満々に語るクールとヒートの顔を直視していられなかった。
 彼女達はワカッテマスの強さを知らない。知らないからこそ、彼女達は大言を口にできるのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(自信があるのは嬉しい)

ξ;-⊿-)ξ(私じゃ言えない強い言葉も、今は頼もしい……)

 ――でも、無理だ。

 恐らく彼女達は電撃野郎ことエクストを基準にワカッテマスを捉えている。
 エクストの戦闘能力を根本的に読み違えている点を差し引いても、彼女達の目算は完全に的外れだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(こんなこと、言いたくないけど……)

 素直四天王を守るためには今ここで釘を刺すしかない。
 ツンは咄嗟に言葉を選び、オブラートに包んで頭の中に用意した。

ξ;゚⊿゚)ξ「……あのね」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「この場の全員が手加減なしで戦っても、勝ち目は無いのよ……」

 その言外に無自覚の本音を添えて、ツンは慎ましく口を開いた。

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691名無しさん:2022/09/04(日) 15:40:12 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「私を含めた5人でやっても、ワカッテマスさんには絶対勝てないの」

ξ;゚⊿゚)ξ「だから、手加減とかそういうことは考えないで。
       これは勝ち負けの戦いじゃないから、危険な事はしないでほしくて……」
  _,
ノパ⊿゚)「……ハァ? んだよそれ」

 素直四天王は揃ってツンを注視していた。
 自分達のプライドにケチをつけるようなツンの口振りに、短気なヒートは特に難色を示していた。
  _,
ノパ⊿゚)「前にやったエクストってのは魔王軍の最強格なんだろ?
     今度のはあれより強いってのか? どれくらい強いのか言ってみろよ」

ξ;-⊿-)ξ

 ヒートの追求にツンは無言を貫いてみせる。
 これ以上の説明は無意味だと、固唾を飲んで顔を背ける。

川 ゚ -゚)「……ふむ、そうか……」

 かたやクールは軽率な前言を悔いたのか、渋い表情を覗かせて思慮に耽っていた。
 上には上がいる。そんな常套句を自分に言い聞かせ、彼女はふっと鼻で笑った。

川 ゚ -゚)「いや、そこまで言われると立つ瀬がないな」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ごめんなさい」

川 ゚ -゚)「いいんだ、私達だってここで死ぬ気は無い。忠告に感謝する。
     だが引き際もこっちで決めるぞ。またボコられたら堪らんからな」

ξ゚⊿゚)ξ「もちろん全部任せるのだわ。みんなを守る余裕も私には無いから」

川 ゚ -゚)「――と、聞いての通りだ。魔王軍へのリベンジという趣旨、今日は忘れろ」

 そう言いながら他の面々を見遣るクール。
 そこには三者三様の反応があったものの、彼女の決定に確たる異議を唱える者は居なかった。

lw´‐ _‐ノv「仕事が楽になるなら何でもいいよ」

ノハ;゚⊿゚)「いやでもこいつの話おかしくねえか!?
     話し合うけど戦いにはなる、でも絶対勝てねえってバカバカしくねえか!?」

o川;*´ー`)o「はいはいヒートは黙ろうね……」

 もうすぐワカッテマスがやってくる。
 ツンは簡単に話をまとめ、素直四天王に最後の助力を申し入れた。

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692名無しさん:2022/09/04(日) 15:43:25 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「私とワカッテマスさんの話し合いは間違いなく破綻する。
      戦闘開始はそのタイミングになる、ってさっき言った通りだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「みんなとにかく無茶はしないでほしいの。私が一番気にしてるのはその部分だから。
      無茶をしないって約束してくれるなら、お礼もそれだけいいものを用意する」

川 ゚ -゚)「分かった無茶はしない。だから金をくれ4人分」

ξ゚⊿゚)ξ「ほんとに話が早いな」

 気前のいい即答。ツンも思わず普段の調子で反応してしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっと、細かいとこは任せちゃってるし、私から言える事はもう無いんだけど。
      それでも一応、最後にあなた達を頼った理由だけは話しておくわね」

ノパ⊿゚)「頼った理由?」

川 ゚ -゚)「……そういえば、いつものメンツがここに居ないな」

 ミセリやドクオをふと思い浮かべ、彼女達の不在を訝しむクール。
 戦力的にも彼女達を頼らない理由はなく、当然この場に集まるものだと一考するが――。

ξ゚⊿゚)ξ「今日はこれで全員よ。ミセリさん達は来ないわ」

川 ゚ -゚)「それは――」

o川*゚ー゚)o「で、だからなに? 要するに負けイベって事でしょ?」

川 ゚ -゚)「まぁ待てキュート。大事な部分だ、聞こう」

 ツンの台詞を軽んじたキュートを諌め、クールは続きを話すようツンに首肯してみせた。

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693名無しさん:2022/09/04(日) 15:51:37 ID:7IoV7Kbc0



ξ゚⊿゚)ξ「……上手くは、言えないんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「この話し合いをするなら、私は、人間を頼らなきゃいけないと思ったの」


 ――心というものの深層は、言語としての機能、精巧さを喪失させる事でしか言葉にできない。
 そして、自分の言葉を手ずから台無しにするその行いは、言葉を扱う全ての者を例外なく無力に変える。

 自分にとっては意味があっても、他人にとってはそうでもない無数の物事。
 それを他人に伝えることは、大なり小なり、当事者の心に治りにくい傷を残すものだ。


ξ;-⊿-)ξ「……だからね。私は、あなた達が最後まで味方でいてくれたら、それで十分なの」

ξ;-⊿-)ξ「私は、それに見合うだけの振る舞いを頑張るから」

ξ;゚⊿゚)ξ「だから見てて。最後まで、私が人間の味方でいられるかどうか……」


 魔王城ツンが今しがた話したこと、これからワカッテマスに話すこと。
 それらは必ず痕を残し、彼女の中で大きな変化へとつながっていく。

 ――ひび割れた卵の殻。亀裂をついばむ雛鳥の寓意。
 魔眼の力をもってしても、この先の未来は暗闇に閉ざされたままであった。


( <●><●>)(……やはり、この方の未来は言語化しがたいな)


 ワカッテマスは未来視を止め、目の前の現実に意識を戻した。
 遠くに見える魔王城ツンとその仲間達をじっと見つめ、整然とした足取りでツンのもとへ向かう。
 彼がわざわざ歩いているのは、そうして時間をかけることが『必要な手順』だったからだ。

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694名無しさん:2022/09/04(日) 15:52:42 ID:7IoV7Kbc0



lw´‐ _‐ノv「――てかもう来てて草」

 そのとき、ワカッテマスの登場にいち早く気付いたシュールが草を生やして警告した。
 素直クールは即座に反応し、彼女と同じ方向を見てワカッテマスの姿を目視した。

ノパ⊿゚)「よっしゃ! 私は前衛ッ! だよな!?」

川 ゚ -゚)「……いや、キュートと交代だ。
     魔王城ツンの護衛は私とキュートでやる」

ノパ⊿゚)

ノハ;゚⊿゚)「なんで!?!?!?」

o川;*゚ー゚)o「嫌です!!!!」

 急なポジションチェンジに三女四女のダブルブーイングが爆発する。
 しかしクールは気にも留めず、耳打ちする形でシュールにニ三指示を出した。

川 ゚ -゚)「そっちでヒートを宥めておいてくれ。
     あいつは話し合いには向かん。今日は足手まといだ」

lw´‐ _‐ノv「んじゃキュートはどうすんの」

川 ゚ -゚)「今日は頼る。アレがそこまで強いなら、キュートにしか対処できない場面が必ずある」

lw´‐ _‐ノv「りょ」

 2人は短く会話を済ませてキュート達を振り返った。

lw´‐ _‐ノv「キュート、必要なもん取ったらバッグ貸して。ヒートに持たせるから」

o川;*´ー`)o「はいはいはいはい分かりました分かりました分かり(ry」

ノハ;´⊿`)「やだよ荷物持ちなんかよォー!!」

ξ゚⊿゚)ξ(姉妹の力関係が出ている……)

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695名無しさん:2022/09/04(日) 15:56:07 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「……という事で」

ξ゚⊿゚)ξ

川 ゚ -゚)「いつでもいけるぞ」

 すっ、と囁くように告げるクール。
 その一言は間違いなく、魔王城ツンから号令を引き出すための言葉だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「……みんな、上手く立ち回ってね」

 もう引けない。やっぱり無しとはもう言い出せない。
 みんなが始まりの合図を待っている。
 ツンは胸に手を当て、大きく息をした。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……はぁ……」

 話し合い、戦い、その両方に『どうせ負ける』と高を括りながら。
 魔力の回路に熱を入れ、自分の首元に赤マフラーを成形する。

 ぶっちゃけツンも大まかな未来は予想がついているのだ。
 どうせ話し合いは成立しない。実力行使も意味を成さない。
 魔眼のワカッテマスは一度決まったことを絶対に覆さない。

 それでもこうして過程を踏むのは、そうする事が『必要な手順』だから。
 然るにこれは――同意の上での『儀式』に違いないのだ。

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696名無しさん:2022/09/04(日) 15:56:43 ID:7IoV7Kbc0



ξ;゚⊿゚)ξ「……始めるのだわ」ザッ


 ひび割れた卵の殻。亀裂をついばむ雛鳥の寓意。
 その雛鳥には、生まれる前からハダリーという名前が用意されていた。


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697名無しさん:2022/09/04(日) 15:58:17 ID:7IoV7Kbc0

≪3≫


( <●><●>)「お待たせしました」

ξ゚⊿゚)ξ「……いえ、丁度いいタイミングだったわ」

 代わり映えしない荒野の中程で立ち会う両者。
 芯を通したように直立するワカッテマスに、ツンは否応なく強い威圧感を感じ取っていた。
 だが尻込みしている余裕はない。時間経過で不利になるのはツンの方なのだ。

ξ゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「どうぞ話してください。私はそれを聞きに来たのです」

 ワカッテマスは少し肩の力を抜き、余裕をもってツンに話しかけた。
 魔眼の性能をひけらかすような真似はしないと、あくまで紳士的に振る舞って見せる。

ξ;゚⊿゚)ξ(……そう、どうせ私の考えはすぐにバレる。
       今のこういう考えだって、ワカッテマスさんには……)

( <●><●>)

ξ-⊿-)ξ(なるべく、なにも、考えないように……)

ξ-⊿-)ξ(用意はしてきた。用意した言葉だけを、反射的に……)

( <●><●>)

ξ;-⊿-)ξ(……思考は、散らさないと……)

 それからツンは色々なことを考えた。
 ワカッテマスはただ傍観し、何も言わなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……そうよね。手早く済ませましょう」

 ツンは無表情で言い、用意していた台詞を続けた。

.

698名無しさん:2022/09/04(日) 15:59:05 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「とりあえず紹介しておくけど、後ろの2人は私の友達。
       あとの2人もその辺の岩陰に隠れてると思う」

( <●><●>)「素直四天王、と自称される方々ですね。
        存じ上げております。ヒトの友人、羨ましい限りです」

ξ゚⊿゚)ξ「……一応言っとくけど殺さないでね。
      これから何がどうなるか知らないけど、それだけは本当にお願い」

( <●><●>)「はい、承知致しました。お約束します」

 ワカッテマスはツンの両隣に控える素直クール&キュートを覗き見た。
 彼女達は警戒心を保ったまま、ワカッテマスを捉えたまま、最低限の会釈をした。

川 ゚ -゚)「素直クールだ。お気遣い感謝する」

o川*゚-゚)o「……ッス」

( <●><●>)

 2人の思考を読み取ると、ワカッテマスは片手を口元にやって数秒ほど考える素振りを見せた。
 ツンにはそれが無意味な動作に思えたので、話を急いてテキパキと彼に問いかけた。

ξ゚⊿゚)ξ「続き、いい?」

( <●><●>)「……はいどうぞ。お気になさらず」

 ワカッテマスは顔を上げて言った。

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699名無しさん:2022/09/04(日) 16:00:52 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……勇者軍が、私を狙ってこの街に来ようとしてる。
      私がこのまま街に残ると、次の現魔戦争の引き金にもなりかねない」

 用意していた台詞を練習通りに口に出し、ツンは話声を勢いに乗せた。
 ここから先は予定調和のやり取りになる。彼女は半ば機械的に、感情を込めずに続きを話した。

ξ゚⊿゚)ξ「私のパパは事を穏便に済ませたがってる。だから私を連れ戻したい。
      私はもちろん地上に残っていたいけど、それが無理なのも分かってる」

( <●><●>)「はい」

 コンマ数秒の短い相槌。タイミングは完璧だった。

ξ゚⊿゚)ξ「私の身元は敵にバレてる。それを公表されたら今までみたいな暮らしはもう出来ない。
      だからもう、私個人の範疇では、勇者軍には殆ど完敗してる状態なのよね」

( <●><●>)「――心の底から望んでいた『ありふれた日常』を人質にされた。
        お嬢様がそういった認識をされている事は、魔眼がなくとも理解しております」

ξ゚⊿゚)ξ「そう。だからこの話し合い、私とっては敗戦処理みたいなものなのよ。
       この期に及んで最善は期待してないの。……まずはこんなとこかしらね」

( <●><●>)「はい。どうぞ続きを」

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700名無しさん:2022/09/04(日) 16:02:49 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「とりあえず、私はワカッテマスさんの言うとおりにして魔界に帰るのだわ。
       ただし条件付きで。今日の要件はこの部分よ」

( <●><●>)「なるほど、そうでしたか」

 ワカッテマスはわざとらしく頷いた。

( <●><●>)「でしたら先に魔王軍全体の方針をお伝えします。
        端的に申しますと、結論としては先日のまま変わっておりません」

( <●><●>)「お嬢様を魔界に帰したのち、我々は事後処理を開始します。
        勇者軍とその協力者を対象に、殺害を含めた必要な対処を行います」

ξ;゚⊿゚)ξ「……殺害って、認めるのね」

( <●><●>)「オブラートに包む意味がありますか?」

 彼は返答の間を設けずに続けた。

( <●><●>)「今回の事案は規模が大きすぎるため、半端な記憶消去では埒が明きません。
        よって一度、我々は勇者軍の作戦に付き合うつもりでいます」

ξ゚⊿゚)ξ「付き合うって、具体的には?」

( <●><●>)「この街で迎え撃ち、敵の主力を落とした上で、敗北を演じます」

ξ゚⊿゚)ξ
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ「そ、想像してたのと違う流れになってるわね……」

 敗北を演じる、という彼の目論見に驚きを隠せないツン。
 人間社会の平和を乱さないという意味ではこれ以上ない算段だが、予想外ではあった。

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701名無しさん:2022/09/04(日) 16:08:19 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「――事後処理を円滑に行う為の、一芝居です」

 と、ツンが気を抜いたところで説明が再開される。
 ツンは努めて心を閉ざし、都合のいい言葉に惑わされないよう感情を押し殺した。
 筒抜けだからこそ努めて冷静に。動揺は無意味なのだ。

( <●><●>)「この街で戦闘を行い、敵の主力を殺害し、形だけの勝利を持ち帰らせる」

( <●><●>)「そしてそれ以後、勇者軍が決起することは二度とありません。
        そうなるように事後処理を行います。……意味はお分かりですか?」

 記憶消去が現実的でない以上、今回の件は時間経過による風化が最も手堅い。
 人の噂も七十五日――とはいかないだろうが、自然消滅という形で終われば何よりも平和的である。
 要するにすべて打算。俯瞰してみれば、彼の含みはすんなりと理解できた。

ξ-⊿-)ξ「……表向きには『人間側の勝利』で事を終わらせる。
       あなた達は、その裏側で勇者軍を消そうと考えてる」

ξ゚⊿゚)ξ「あとは時間に解決させるとして……そんなに上手くいくものなの?
       ごめんなさい、ちょっと想像がつかないんだけど……」

( <●><●>)「それについては勇者軍の人員を洗脳、同士討ちさせる予定なので問題ないかと。
        報道関係についても既に手は打っていますし、心配ご無用です」

ξ;´⊿`)ξ「……ありがとう。想像がついたわ。そうよね、できるのよね」

.

702名無しさん:2022/09/04(日) 16:10:02 ID:7IoV7Kbc0


ξ;-⊿-)ξ「それで、私が思ってる条件のことなんだけど」

 ツンは息が整うのを待ってから切り出した。

ξ゚⊿゚)ξ「私、友達の無事を見届けてから魔界に帰りたいの。
      この街を戦場にするなら尚の事、戦いが終わるまでは」

( <●><●>)

( <●><●>)「ご友人とは、毛利まゆの事ですね?」

 ワカッテマスの声がほのかに重みを増した。
 ツンはつぶさにそれを感じ取り、反射的に片足をずり下げていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「――そッ、そうよ!」

 ツンは咄嗟に持ち直すと、声を荒らげて自分自身に発破をかけた。
 綻びを最小限に留め、元の調子を急いで取り繕う。

( <●><●>)「つまり、毛利まゆを特別に助けたいと。そういう事ですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……確認するまでもないでしょ。どうせ私の考えなんか……」

 自棄を滲ませた口振りで動揺を薄めようとするツン。
 ワカッテマスは、ただそれを眺めていただけだった。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ …?

 彼の返事は、しばらくのあいだ返ってこなかった。

.

703名無しさん:2022/09/04(日) 16:17:19 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……この街への進軍に際し、勇者軍は一般人の避難を行います。
        彼らも人間社会を敵に回すことは避けたいはず。人間側の被害はまず軽微でしょう」

ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「毛利まゆもその避難に加わって街を離れます。
        少なくとも今現在、彼女は『軽微な被害』の中には入っておりません」

ξ;゚⊿゚)ξ「……私の出した条件は、意味が無いって言いたいの?」

( <●><●>)「はい。毛利まゆの無事は私が確約します。
        護衛を付けろと仰るならそうします。それで済みますから」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、と」

( <一><一>)「それでは帰還のご用意を。魔界でお父様がお待ちですよ」ザッ

 ワカッテマスは口早に話を終わらせて踵を返した。
 燕尾服の裾を翻し、じつに呆気なくこの場を去ろうとする。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……待って。ごめんなさい、続けさせて」

 そんなワカッテマスを認めたツンは弱々しく呟いて彼を呼び止めた。
 今の話に嘘はない。しかし、本心をちゃんと告げたかと言えばそうでもなかったのだ。
 ツンは腹を括り、本当のところを口にした。

ξ;゚⊿゚)ξ「守りたいのはまゆちゃんだけじゃないの。
       他の人間も全員。……できれば、勇者軍も」

( <●><●>)「――そうでしたか」

 ワカッテマスは足を止め、またあっさりと元の位置に戻ってきた。

.

704名無しさん:2022/09/04(日) 16:18:47 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「では改めて条件を確認します」

( <●><●>)「勇者軍を含むすべての人間に危害を加えるな。
        と、このような認識でよろしいでしょうか」


ξ;゚⊿゚)ξ「……うん」


( <●><●>)

( <●><●>)「不可能です。お嬢様の想像を叶える事はできません」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「こ、今後二度と……」

( <●><●>)「――今後二度と魔界を出ない、と約束されてもダメです。
        くだらない考えはおやめ下さい。あなたの身売りを誰が喜ぶというのですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「じゃあどうすれば聞き入れてくれるの? 私が差し出せるものなら何でも……」

( <●><●>)「そういう話ではないのです。はっきり言わなければ分かりませんか?」

 ワカッテマスは取り付く島もないくらい徹底的にツンを突き返し、最後に核心を突いた。

( <●><●>)「お嬢様、どうせ無理だと思っておられるなら取り繕うのはやめて下さい。
        何でも差し出すとは言いますが、突き返される前提では検討にも値しません」

ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「――どうせこの人は私の『何でも』を受け取らない。
        この発想から出たであろう言葉で、いったい私から何を引き出せると思ったのですか」

.

705名無しさん:2022/09/04(日) 16:20:46 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「……いや、あの、」

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ「確かにそう、そう思ってたのは、」

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ




ξ; ⊿ )ξ

ξ; ⊿ )ξ「はい。認めます、ごめんなさい……」

 そのとき、ツンの心に致命的なひびが入った。
 彼女は自分の身を抱えるように両腕を組み、深々と顔を伏せた。

川 ゚ -゚)(キュート、用意しろ)

o川*゚-゚)o(はいはい……)

 ツンの背後で目配せをしているクールとキュート。
 緊張感が肌を刺す感覚。彼女達は合図を待っていた。


ξ;゚⊿゚)ξ「――でもっ!! 人間を助けたいって気持ちは本当なのよ!?
       さっきは甘えて言ったけど、ワカッテマスさんが望むなら私は――!!」

( <●><●>)「それは面白い冗談ですね」

 言い切る前から本気の提案を冗談として受け流されてしまう。
 ツンはそこで妙にムキになってしまい、彼に邪魔された続きを強く言い放った。

ξ; >⊿<)ξ「――次の魔王の座を、あなたに譲ったっていいと思ってるの!!」

( <●><●>)

( <●><●>)「それは面白い冗談ですね」

 ワカッテマスは同じ反応を繰り返した。

.

706名無しさん:2022/09/04(日) 16:22:41 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ「……な、えっ……?」

 まるで芳しくないワカッテマスの反応にたとたどしく狼狽えるツン。
 自分から差し出せる最大の価値を一言で片付けられ、彼女はすっかり寄る辺を失くしていた。

( <●><●>)「すみませんが魔王の座に興味はありません。
        当然お嬢様の体にも。金品にも、名誉にもです」

( <●><●>)「私の仕事は滞りなく事後処理を終わらせること。
        もちろん被害は最小限に留めますが、ゼロにする事は不可能なのです」

ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そんなの分かんない、なんで……」

( <●><●>)「人間側がそれを望まない。理由は単にそれだけです。
        死んでも魔物に一矢報いたい。そう考える人間も少なくありませんので」


ξ;゚⊿゚)ξ「……」

( <●><●>)「それに、考えてもみてください」


( <●><●>)「死を覚悟して挑んだ結果、情けをかけられ成果も得られない。
        そうして生まれる心の揺らぎを――人間達は『屈辱』と言い表すのでしょう?」


ξ;゚⊿゚)ξ


( <●><●>)「というか、私だけではどうやったって魔王軍の意思は統一できません。
        残念ながら人間の生死を厭わない魔物は多数派になると思うのですが」



ξ; ⊿ )ξ



( <●><●>)「そこは当然、お嬢様が『説得して回る』という認識でよろしいですね?
        だとしても事故は必ず起こるでしょうから、そういった現場のイレギュラーについては――」





.

707名無しさん:2022/09/04(日) 16:23:45 ID:7IoV7Kbc0


ξ; ⊿ )ξ

 ツンは押し黙り、何も言わなかった。
 ただそれだけの時間が数十秒と流れ、時間切れがやって来る。

( <●><●>)「すべてのご希望を叶えられず申し訳ありません。
        しかし、僭越ながら、ご希望の大部分は受諾できたように思います」

( <●><●>)「ご友人の無事はお約束します。人間達への被害も最小限に留めます。
        ただ、たとえ我々が一丸となって配慮しても、『取りこぼし』というものは必ず出てきます」

( <●><●>)「お嬢様にはその一点のみ看過して頂きたいのですが、……いかがでしょう」


ξ; ⊿ )ξ

( <●><●>)「……何を仰っても構いませんよ」


 ――ワカッテマスの言うとおり、ツンの願望は概ね実現を約束されている。
 ただし『完璧には遂行できない』と断りを入れているだけで、彼の対応は誠実そのものであった。

 ツンは、誰一人として犠牲にならなければいいと思っていた。
 それは現実的に不可能だとワカッテマスは言い、それでも善処を約束してみせた。

 結果的にツンの取り越し苦労だった部分は大きいが、落とし所と見ればそう悪くない。
 故に、これ以上のケチは『もっと完璧な仕事をしろ』と傲慢にのたまうようなもの。

 自分の無力さを棚に上げて。自分の手を汚すつもりもなく、薄汚い現実を私の視界に入れるなと。


ξ; ⊿ )ξ


 だから彼女は何も言えなかった。
 話し合いはこれで終わりだと、そう認めざるを得なくなっていたのだ。

.

708名無しさん:2022/09/04(日) 16:24:33 ID:7IoV7Kbc0


 ――しかし、こうした詰みの状況をツンは先んじて読み切っていた。
 『どうせ言い負かされる』と高を括り、負け筋ごと打算に組み込んで一計を案じていたのだ。

ξ; ⊿゚)ξ チラッ

 ツンは振り返って素直クール達を見た。
 彼女達を頼ったのは『こうなった時』の為だ。

川 ゚ -゚)” コクン

o川;*´ー`)o

 2人はそれを戦闘開始の合図と受け取った。
 ワカッテマスだけが、魔王城ツンの深層を正確に読み取ろうとしていた。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ「……いやよ。必要な犠牲なんて、私は認めないのだわ」

 向き直ったツンは台本通りの台詞でワカッテマスに反抗した。
 その瞬間に魔力を解き放ち、鮮烈な真紅を空に奔らせる。

ξ#゚⊿゚)ξ「今日は、『絶対』を約束してもらうまで終わらせないのだわ」

( <●><●>)「はい」

 そして、形だけの無意味な戦闘が始まるのだった。

.

709名無しさん:2022/09/04(日) 16:28:55 ID:7IoV7Kbc0

≪4≫


ξ#゚⊿゚)ξ「はああ――ッ!」ダッ

 低い姿勢で前に飛び出し、十分な勢いをつけてワカッテマスの眼下に滑り込む。
 ツンは魔力で強化した拳を固め、下から突き上げるような形で彼を急襲した。

( <●><●>)「……お強くなられた。こちらでの生活も無意味ではなかったようですね」

 だがワカッテマスから余裕の色は消えていない。
 ツンが放った最初の一撃を、彼は『とある趣向』をもって受け止めていたのだ。

 彼女の拳を受け止めたのは、ワカッテマスの首元に現れた『黒いマフラー』であった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――なッ!?」

 自分の赤マフラーと瓜二つのそれが目の前に現れ、ツンは一瞬戸惑いを晒してしまう。
 ワカッテマスはすかさずその隙を捉え、マフラーの両端で彼女の片腕を絡め取った。
 そのままひょいと空中に吊り上げ、反撃のしようがない状態にして話を続ける。

( <●><●>)「驚くことでもないでしょう。作りだけ見ればそう複雑でもありません。
        これくらいの代物、魔力成形を習得している大概の魔物に作成できます」

ξ;゚⊿゚)ξ「……だとしてもアイデンティティなのよ! 現状唯一のッ……!」

 そう息巻いて暴れるツンだがワカッテマスのマフラーはびくともしなかった。
 引き剥がそうと力を入れても指先が食い込むのは自分の腕の方。
 マフラー自体は鋼鉄のように固まったまま、ツンのあらゆる抵抗をじっと受け続けていた。

( <●><●>)「お嬢様のマフラー、咄嗟の展開にはまだ対応できないようですね。
        試験終盤に見せた動きが普段からできるよう、頑張ってください」

 言い終わると同時にワカッテマスは黒マフラーを空中に増産した。
 黒色のオーラを纏うそれらは殊更純度の高い魔力で作られた特別製、計8本。
 彼はそのマフラーを意のままに操作してみせ、瞬く間にツンの全身を縛り上げてしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ(えっ、なんで――)
           ,,
ξ;゚⊿゚)ξ(――こうじゃないでしょ!?)

 ここまでワカッテマスは指一本さえ動かしていない。
 両手を後ろで組み、直立不動のまま、魔力の基本技術だけでツンを無力化してしまった。
 しかも単純にパワー負けしていて歯が立たない。現時点で彼女の敗北は決定的だった。
 戦闘シーンは1レス足らず。じつに儚いワンシーンであった。

.

710名無しさん:2022/09/04(日) 16:30:37 ID:7IoV7Kbc0


 黒マフラーでぐるぐる巻きにしたツンをゆっくりと地面に降ろし、横に寝かせる。
 ワカッテマスは彼女を見下ろしながら、なんら変わりようのない調子で言った。

( <●><●>)「にしても、あっちの方は手強いのが居ますね」

ξ;゚⊿゚)ξ(あっち……?)

 体を捩り、唯一自由な首をもたげてワカッテマスの視線を追うツン。
 そうして視界に入ってきたのは、独りでに動く黒マフラーを相手取る素直キュートの姿だった。

o川;*゚ー゚)o「――――ッ!」

ξ;゚⊿゚)ξ(あ、あの人達、私を助けに来ないと思ったら……!)

 だが黒マフラー相手に大立ち回りを演じているのはキュートだけ。
 もう一方の素直クールはいつの間にか黒マフラーに捕まっており、ツン同様に地面に投げ出されていた。



川;゚ -゚)「――私に構うな! シュール達との合流を先にしろ!」

o川;*゚ー゚)o「いやクールが捕まるレベルなんだよ!? 向こうの2人じゃ即アウトだよ!」

o川;*´д`)o「てかもう私も諦めていい!? 超だるいんですけど!!」

川;゚ -゚)「う〜〜〜〜んもうちょい頑張れ!!」



ξ;゚⊿゚)ξ(あ、あの子、なんか私より粘ってるんだけど……)

 ツンは、今尚ちゃっかり逃げ果せているキュートに衝撃を受けていた。

 キュートを追って空を駆け巡る黒マフラーはひとつだけ。
 とはいえそのスピードは尋常ではなく、パワーについてもツンを十分に上回っている。
 マフラーとしての柔軟性から機動力対応力も高いそれを、しかしキュートは難なく躱し続けているのだ。

( <●><●>)「……片手間では分が悪いな」

ξ;゚⊿゚)ξ

 間接的に人間に負けた。
 そう思っても仕方がない、ツンにとっては信じがたい光景がそこにはあった。

.

711名無しさん:2022/09/04(日) 16:32:48 ID:7IoV7Kbc0


o川;*´ー`)o「ああ〜」

 だがキュートの奔走も長くは続かなかった。
 というか自分から捕まりにいって終わった。

川;゚ -゚)「おいこら!! そういうとこ直せっていつも言ってるよな!?」

o川;*´ー`)o「これでも前向きな善処をしましたよ……」

 結局キュートもマフラーに捕まってぐるぐる巻き。
 これでツンちゃん陣営は5人中3人脱落。残る希望はシュールとヒートだけだが――。


ノハ#゚⊿゚)「うぉぉぉぉぉ離せぇぇぇぇぇ!!」

lw´‐ _‐ノv「ダメだったよ……」


( <●><●>)「これで全員ですね。お疲れさまでした」

 宣告の後、その2人も黒マフラーに引きずられてここまで運ばれてきた。
 もちろん彼女達も同様の拘束を受けており、結果として、ものの見事に全員が捕まってしまった。

.

712名無しさん:2022/09/04(日) 16:34:05 ID:7IoV7Kbc0



lw´‐ _‐ノv「なんか捕まったりボコられたりばっかだね。1回泣いとく?」

o川*゚ー゚)o「相手が悪いよ相手が」

ノハ#゚⊿゚)「待ってろみんな!! こんなん私が引きちぎって――!!」

川 ゚ -゚)「……泣き落としなら3回は必要だな」

lw´‐ _‐ノv「……無茶だねえ」



ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「お嬢様、どうかされましたか?」

 言葉を失ったツンに平坦な声掛けをするワカッテマス。
 だがその様子とは裏腹に、続く言葉はツンに凄まじい動揺を与えるものだった。

( <●><●>)「話し合いでは必要十分な言質を取れた」

( <●><●>)「魔眼のワカッテマスに戦いを挑み、誰一人として負傷者は出ていない」

ξ; ⊿ )ξ

( <●><●>)「これでもまだ――お嬢様にはご不満があるのでしょうか」

 当てつけのような問いかけ。ツンの額にじわりと汗が滲む。

ξ; ⊿ )ξ「……まだ、勝負は……」

( <●><●>)

( <一><一>)「はあ……」

 ワカッテマスは溜息を吐いた。呆れた、という感情を演じて見せる。
 頑なに本心を言わないツンに対し、彼もそろそろ対応の仕方を変えようとしていた。

.

713名無しさん:2022/09/04(日) 16:36:56 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……お嬢様。今更言うことではないのですが」

( <●><●>)「実は私、魔眼の力は殆ど使っていないんですよ」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「――――は?」


( <●><●>)「出会い頭に少しだけ。以降は完全に素の状態です。
        ですのでお嬢様の考えは分かりませんし、この話の結末も定かではありません」

ξ;゚⊿゚)ξ「……嘘よ」

( <●><●>)

( <●><●>)「そう思われても結構です。慣れておりますので」

 ワカッテマスはツンの物言いに無抵抗で引き下がった。
 ツンには、このやり取りの意味が全然分からなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ …?

 ――ワカッテマスは神の視点を持つ『完全な理解者』である。
 そのような機能を備え、そのようなモノとして振る舞うことは彼の日常に違いないはずだ。
 疑念を挟む余地などない。だって彼には魔眼があって、その能力を駆使する自由があるのだから。

 魔眼のワカッテマスにとって他者の考えを理解することは日常茶飯事であり、自然なこと。
 だからツンは自分のことを『理解されて当然』だと思っているし、それを前提として今日に臨んでいた。

 理解されて当然。字面だけ見れば自惚れや傲慢と大差ないクソみたいな姿勢である。
 しかし、魔眼のワカッテマスと対峙する以上はそういった開き直りを受け入れるしかない。
 だって彼には魔眼があって、彼にはその能力を駆使する自由と権利があるのだから。

 故に、今更そこで『魔眼は使っていない』と梯子を外されても意味が分からないのだ。

.

714名無しさん:2022/09/04(日) 16:40:10 ID:7IoV7Kbc0


 相手の自然体を認め――魔眼の力をしかと受け止め、全てを悟られてなお善処を見せる。
 そうした振る舞いこそが敬意と尊敬を示す最良の方法であると、ツンは信じていた。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ

 しかしその実、彼らの善意は明らかに食い違っていたのだ。

 ツンと目線を合わせるために『完全な理解者』であることを端から放棄していたワカッテマス。
 彼の在り方を尊重し、考えうる最良の方法で彼を迎えた魔王城ツン。
 まとめてみれば単純な行き違いだが、こと今回の場合において落ち度があるのはツンの方だった。

 ワカッテマスは『完全な理解者』としての自分を放棄しただけで、ツンとの相互理解までは放棄していない。
 彼は魔眼が無くともきちんとツンの思いを汲んでいたし、彼女の意向に添えるよう常に気を配っていた。
 手抜きなども一切なく、彼は彼なりの考えに基づいて対話を成立させようとしていたのだ。

 対するツンはどうだったかというと、彼女はワカッテマスを『理解者』と断定し、多くの努力を怠っていた。
 中でも致命的だったのは、相手を理解しようとする努力を怠ったこと。
 私を理解しているならば――と仮定を重ね、このやり取りを談合試合のように捉えてしまったことだ。


ξ; ⊿ )ξ


 話し合いの体をとっておきつつ、実際には台本通りの茶番劇を望んでいたツン。
 つまり、彼女が用意した敬意などは、談合相手の機嫌を損ねないための接待に過ぎなかったわけだ。

 相手に合わせて武器を取った者、武器を手放した者。
 今回の『話し合い』という名目を踏まえ、真に誠実であったのは果たしてどちらか。

 ――いや魔眼使わないなら最初に言えよ。
 そんな文句が過ぎる時点で、ツンがやりたかった『ゲーム』は完全に壊れていた。

.

715名無しさん:2022/09/04(日) 16:44:17 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……ご友人をこちらに集めましょうか。そうした方が不安もないでしょう」

 ワカッテマスは素直四天王に目を向けた。
 彼女達を縛る黒マフラーを遠隔操作し、諸々の装備ごと4人を引きずり寄せる。

ノハ;゚⊿゚)「――おい魔王城ツン!! てめぇなに負けムード出してんだよ!!」
o川*゚ー゚)o「負けなら負けで早めに解散したいです」
lw´‐ _‐ノv「ああ〜」
川 ゚ -゚)「ワンセット感がすごい」

 ツンの近くに4人を転がし、ワカッテマスは再度マフラーを作り出して簡易的な椅子を用意した。
 彼はその椅子に腰掛けると、姿勢を崩して背中を丸め、股座で柔く手を組んだ。

( <●><●>)「お嬢様」

 ワカッテマスはツンに呼びかけた。

( <●><●>)「お嬢様」

ξ; ⊿゚)ξ

 二度繰り返してようやくツンが面を上げる。
 ワカッテマスは彼女の目を見ながら言った。

( <●><●>)「魔眼を使います」

ξ;゚⊿゚)ξ「……え」

 ツンは呆気に取られ、ぽかんと口を開けた。
 魔眼を使っていなかったという話すら半信半疑なのに、この人はなにを――。
 彼女はすっかり面食らい、今こそ発揮するべき危機感を微塵も抱くことができなかった。

.

716名無しさん:2022/09/04(日) 16:45:55 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「お嬢様の言葉に対し、私は、私なりに最大限の善処を試みました」

( <●><●>)「しかし不十分だった。お嬢様の思慮深さを、私は見誤っていた」

 次の瞬間、彼の双眸に滅紫色の魔力が影を落とした。
 とても分かりやすい魔眼発動の合図。正直これはただの演出だった。

ξ; ⊿ )ξ「……やめて」

 だがそんな演出もツンを急かすには十分な効果があり、ツンはようやく危機感を覚えていた。
 もし本当に魔眼を使っていなかったら。そして最後まで魔眼を使わせずに済む可能性があるなら。
 はたと脳裏を埋め尽くしていく根拠なき希望。ツンは、彼が放った言葉の表層に縋るしかなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ダメ、魔眼はもう使わないで!!」

( <○><○>)「ですがお嬢様は魔眼を使われる前提だった筈です。
        元より私が的外れでした。この話し合いを普通のそれと勘違いし――」

ξ;゚⊿゚)ξ「違う、私が間違ってたのよ!! 私がワカッテマスさんに甘えてたの!!

ξ; ⊿ )ξ「私もちゃんと話すから!! お願い――今更こんなの見られたくないの!!」

( <○><○>)

( <○><○>)「私は、お嬢様専属の従者ではありませんので」

 それでも彼女の嘆願は届かず、ワカッテマスは冷徹にツンを突き放した。

.

717名無しさん:2022/09/04(日) 16:47:41 ID:7IoV7Kbc0





 ――心を暴かれる覚悟はあった。
 そして、その暴かれた心の中に、ワカッテマスと同じ結論があれば大丈夫だと思っていた。
 彼は自ずとツンの狙いを悟り、さっきの『口実作り』にも手を貸してくれるはずだったのだ。

ξ; ⊿ )ξ

 もはや魔眼の発動は阻止できない。
 だが間に合う行動がひとつだけ残されている。決行するしかなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――誰でもいい!! 誰か動いて!!」ガバッ

 ツンは乱暴に起きて膝立ちになり、素直四天王に向けて声を張り上げた。
 この期に及んで彼女達を頼り、再び戦いを始めること。
 それだけが、ツンに許された最後の悪あがきだった。

ξ;゚⊿゚)ξ「あの『凝血解除』ってやつは使えないの!? 今度は全員の力を合わせて――」

川 ゚ -゚)「いや」

 途端、素直クールはツンを遮って言った。

川 ゚ -゚)「これは勘だが、多分もう遅いぞ」

 次にクールは、自分の体に巻き付いたマフラーをしゅるりと引き離しながら体を起こした。
 難なく自由を取り戻した彼女に続き、他の3人も容易く拘束を解いていく。

ノハ;゚⊿゚)「……あれっ、誰かなんかした? なんで拘束解けてんの?」

lw´‐ _‐ノv「いやぁ魔眼は強敵でしたね」

o川*゚-゚)o「……そうだね」

 しかし今の彼女達に戦意は見受けられなかった。
 体を起こすだけで誰一人として立ち上がらず、両手は武器を手放したままだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「う、動けるなら早く……ッ!」

 ツンは彼女達を急かそうとしたが、言葉は半端に止まり、適切な指示は何も続かない。

.

718名無しさん:2022/09/04(日) 16:50:05 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「すまん。少し前から拘束は緩んでたんだが、約束を優先して大人しくしていた」

川 ゚ -゚)「雰囲気的に今から本気というのも興醒めだろう。ここらが引き際だ」

 ツンの譫言に一方的な弁明を返すクール。
 ツンはその内容を時間をかけて理解すると、目を丸くしたまま、か細い声でふと呟いた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……やく、そく……?」

川 ゚ -゚)

 そのとき、素直クールはとても冷ややかな目でツンを見返していた。
  _,
川 ゚ -゚)「おい、まさか忘れたのか? 無茶をするなと言ったのはお前だろう」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「――あっ」


 彼女に言われてツンは反射的に思い出した。約束のこと、無茶をするなと言ったこと。
 そして同時にこう思う。私はいま、取り返しのつかない失敗をしてしまった。
 彼女だけが、そう思っていた。

ξ; ⊿ )ξ

 ワカッテマスが魔眼を使う前提。
 ツンの思惑を知った彼が『口実作り』を手伝ってくれる前提。

 ――なにもかも机上の空論だった。
 理論武装の内側が、乾いた土くれのように崩れ始めていた。


ξ; ⊿ )ξ(……どうして魔眼を使ってないのよ)

ξ; ⊿ )ξ(いつもみたいに、普段通りにしてるだけでよかったのに……!)

.

719名無しさん:2022/09/04(日) 16:52:52 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「すみません」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――あっ! 違う、今のは違うのよ!」

 ツンはワカッテマスの声で我に返った。
 魔眼を宿す彼の双眸がツンをまっすぐに見つめていた。
 ツンは急いで彼に背を向け、拘束されたままの不格好な姿勢で逃げ出した。

ノハ;゚⊿゚)(……いや、なんでこいつ取り乱してんだ?)

 そんなやり取りを見ていたヒートは、ツンの異様な有り様に忌避感を覚えていた。
 勝ち負けは最初から分かっていたはず。それが予定通りに終わっただけだろうに、なんで焦る。
 ヒートには、今になって焦り始める彼女の言動が少しも理解できなかった。

ξ; ⊿ )ξ「違う! 今のは本心じゃないの! 本当にそれだけじゃなくて……ッ!」

( <●><●>)「はい。すべて承知しております」

( <●><●>)「魔眼はもう使っておりません。どうかこちらを向いてください」

 取り留めのない言葉でがむしゃらに取り繕うツン。
 彼女は芋虫のように這って逃げていき、程なくヒートのもとに漂着した。
 ヒートの背後にすっぽりと身を隠し、目を見開いて息を荒らげる。

ノハ;゚⊿゚)「なあおい、お前どうしたんだよ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……私の拘束を解いて、今すぐ」

ノハ;゚⊿゚)「いや見りゃ分かんだろ終わりだよ。よく分かんねえけど一回落ち着けって……」

ξ; ⊿ )ξ「――私は!! ここで絶対に戦わなくちゃいけないのよ!!」

 ツンの一際大きな叫びは、しかしその悲痛さに対して余りにも荒唐無稽だった。
 言語としての機能を失った耳障りな声。それを間近で聞かされたヒートは、機嫌を損ねた。

.

720名無しさん:2022/09/04(日) 16:54:02 ID:7IoV7Kbc0


ノパ⊿゚)「うるせえなあ……」スッ

 ヒートは激情を燻ぶらせて静かに立ち上がり、険しい表情でツンを見下ろした。
 対するツンは追い縋るようにヒートを見上げるばかり。ヒートはその態度が尚更気に入らなかった。

ノパ⊿゚)「お前さっき言ってたよな? わざわざ最後に『無茶すんな』って念を押してよ。
     魔物と戦う『人間』に対して言ったんだぞ。それがどういう意味か分かってんのか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……な、なに」

ノハ#゚⊿゚)「……あのな、こっちからすりゃお前ら全員バケモノなんだよ。
      そんでこっちは人間だ。なあ、私が言いたいことくらい分かるよな?」

ξ;゚⊿゚)ξ

ノハ#゚⊿゚)

 ヒートは20秒待った。

ノパ⊿゚)「いや、マジで分かんねえの?」

ξ;゚⊿゚)ξ「…………ちょ、ちょっと待って」

ノパ⊿゚)「相手はバケモノだぞ? 無茶しなかったら人間なんかすぐに死ぬだろ。
     現にこっちは布切れ相手に大敗北だ。お前なんも見てなかったのかよ」

 ツンを縛っている黒マフラーを掴み取り、自分の目線までぐっと持ち上げる。
 ヒートは彼女に顔を寄せ、苛立ちのままに声を張り上げた。

ノハ#゚⊿゚)「――話し合いはどうせ無理! だから一緒に戦ってくれ! でも無茶はするな!
      挙げ句そっちが決めた約束すら忘れて戦えって……てめえふざけてんのか!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「ち、ちがっ」

ノハ#゚⊿゚)「あ゙あ゙!? じゃあ教えてくれよお嬢様! うちらの仕事は一体なんなんだよ!!」

 ヒートはツンの曖昧さを一蹴して直接的に詰問した。
 そして力尽くでワカッテマスの方を向かせ、この場において最も重要な質問を叩きつける。

.

721名無しさん:2022/09/04(日) 16:54:56 ID:7IoV7Kbc0




( <●><●>)



ノハ#゚⊿゚)「あのバケモノを見ろ」

ξ; ⊿ )ξ「……ぅ」

ノハ#゚⊿゚)「目ぇ逸らすな!! てめえが戦わせようとしたバケモノだろうが!!」



ノハ#゚⊿゚)「なぁおい!! 無茶するなってのは『死ね』って意味だったのか!?
      あたしら差し出して話し合いのダシにでもするつもりだったのか!?」

ノハ#゚⊿゚)「その予定が狂ったから今度は約束ほっぽって『戦え』ってか!?
      じゃあ最初からそう言えよ!! 土壇場で日和んじゃねえよボケ!!」

ノハ#゚⊿゚)「――散々ここまでやっといて、お前は結局何がしてえんだよ!?」



ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「わた、私は、……ワカッテマスさんが、」

ξ;゚⊿゚)ξ


ξ; ⊿ )ξ「だ、だから、戦っても大丈夫なようにって、ちゃんと考えてて、」

ξ; ⊿ )ξ「考えてれば魔眼が、魔眼で全部、……なのに……」






.

722名無しさん:2022/09/04(日) 16:55:43 ID:7IoV7Kbc0
















( <●><●>)「……私は、お嬢様の敵で居た方がよかったのでしょうか」

 長い長い静寂を経て、ワカッテマスがおもむろに呟いた。
 元より感情表現に難のある彼だったが、その一言には、とても分かりやすい感情が込められていた。

ξ; ⊿ )ξ

 しかし何もかも手遅れだった。彼らは既に致命的な行き違いを犯しており、後戻りはできない。
 ここから先の会話はすべて、当事者たちの心に深い傷を残すに違いなかった。

( <●><●>)「私なりに、お嬢様の味方になろうと考えていました」

( <●><●>)「魔眼を使わず、きちんと言葉を交わすこと。
        ロマネスク様に仕える立場上、私に許された譲歩はこれが限界でした」

( <●><●>)「……魔眼を使っていないことは、こうなるのであれば、先にお伝えすべきでしたね。
        その点について弁明はありません。私はお嬢様を見くびっておりました」

.

723名無しさん:2022/09/04(日) 16:56:45 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「お嬢様は本気で私に立ち向かっておられた。
        魔眼の力に開き直らず、私と対等に話すために万全を期していた」

( <●><●>)「私の浅慮がそれを台無しにしました。
        私は、あなたの事をまるで分かっていなかった」

( <●><●>)「ゆえに、この失態をあがなう義務が私にはあります」

 そう言いながら椅子から立ち上がり、ワカッテマスは躊躇いなく素直ヒートに歩み寄った。
 2人が真正面から向かい合う。ヒートは彼の双眸をしかと睨み返していた。

ノパ⊿゚)「……ンだよ。今更ビビんねえぞ」ポイッ

 ヒートはツンを地面に投げ捨て、敵意をむき出しにして彼を威嚇した。
 その間にも素直クール達が動き出しており、武器を手にして周囲を取り囲んでいた。
 彼女達は全員、何が起こるか分からない次の瞬間に備えて身構えていた。

( <●><●>)「いえ、戦うつもりはありません。そうした方が、本当はいいのですが」

ノパ⊿゚)「でまた話し合いか? マジでいい加減にしろよボケ……」

 一触即発の空気で向き合う両者。
 かたやツンは失意に塞いだまま地面に倒れ、彼らの話に追いつこうとさえ考えていなかった。




( <●><●>)「――お嬢様は、あなた方を 『証人』 にするつもりでした」




ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(なんで、それを)

 ワカッテマスの話が始まる、その瞬間までは。

.

724名無しさん:2022/09/04(日) 16:58:20 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「敵であっても民間人であっても、人間側の被害は一切出さずに戦闘を終える。
        お嬢様自身、そのような理想が実現不可能である事は重々承知しておられました」

( <●><●>)「次の戦いで犠牲者が出るのは仕方がない。だがその程度の打算では腑に落ちなかった。
        ゆえに、お嬢様には 『自分を許すための口実』 が必要だったのです」

ξ;゚⊿゚)ξ「……待ってワカッテマスさん、もう何も言わないで」

 ワカッテマスの弁舌が途端に切れを増す。
 ツンは体を起こして彼を宥めようとしたが、彼は僅かな反応さえもツンには返さなかった。
  _,
ノパ⊿゚)「はあ? 急になんだよ口実って……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あんたも聞かなくていいんだってば!」

( <●><●>)「はい。もとより今日の話し合いは『口実作り』が目的です。
        あなた方を証人として、敗北を前提として。成果があれば棚ぼたといった気概で」

ξ;゚⊿゚)ξ「――私のことを勝手に説明しないで!!
       魔眼で全部見たんでしょ!? 分からないの!?」

( <●><●>)「今度の戦いで発生する被害者をゼロにできると私が約束すればよし。
        それが無理でも口実さえ作れれば『納得』には事足りる。勝ち負けは二の次です」



ξ;゚⊿゚)ξ「ねえ!! ワカッテマスさんは私の気持ちを正確に読み取ったんでしょ!?
       だったら私が何を嫌がってるかも分かるはずよね!? なんで――」



ノパ⊿゚)「で、結局どういう口実が、なにを納得するために必要だったんだよ」

( <●><●>)「はい。概ねさっき言ったと思うのですが、要するにこういう事です」






ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「無視は、やめてよ……」

 ワカッテマスはツンの嘆願にまったく耳を貸さなかった。
 いま彼がやっている事は、本当にただの『説明』だった。

.

725名無しさん:2022/09/04(日) 17:01:34 ID:7IoV7Kbc0



( <●><●>)「――魔眼のワカッテマスに勝負を挑み、負ける」

( <●><●>)「ただし全力で。一点の曇りなく、己の真意に基づいて全力で立ち向かう。
        そうして至った結末であれば誰に対しても負い目はありません。無論、自分にも」

( <●><●>)「肝心なのは『戦い』が成立していた事実です。
        1分未満の短い時間でもいい。それだけで全ての帳尻を合わせる事が可能でした」

( <●><●>)「だからこの話し合いは『失敗』なのです。私が魔眼を使わず、戦いを放棄したせいで。
        お嬢様が望む展開にはならず、我々はこのような無益な状況に陥ってしまった」


ノパ⊿゚)
  _,
ノハ;゚⊿゚) ?


川 ゚ -゚)「いかん、ヒートのやつ頭が追っついてないぞ」

lw´‐ _‐ノv「打算的な狙いがありましたって話じゃないの」

川 ゚ -゚)「だと思う。知らん」

o川;*´ー`)o(……見てらんねえ……)


( <●><●>)「……私と戦った人間にはどんな形であれ箔が付きます。
        お嬢様があなた達に協力を求めた理由も、それが大部分を占めます」

( <●><●>)「ですが私はあなた達との戦いを最初から放棄しておりました。
        お嬢様は人間が傷つくことを悲しまれる。そう思って、配慮したのですが」

川 ゚ -゚)「……横から聞いて悪いが、私達に箔を付けると良いことがあるのか?」

( <●><●>)「ええ。結果を上手く吹聴すれば人間を見下す魔物、見くびる魔物は確実に減るでしょう。
        こちらも人間側との融和は本望ですので、意識改革を狙う場合には利が多いです」

( <●><●>)「なので、もしも私が魔眼を使っていて、お嬢様の考えを予め知っていた場合。
        私は素直に談合に応じ、あなた達ともそれなりに戦っていたと思います」

川 ゚ -゚)「今話したような、真意に基づいた談合をしていたと」

( <●><●>)「はい。矛盾していると思われますか?」

川 ゚ -゚)「そりゃ少しはな。普通並ばない単語だろう、真意と談合は」

.

726名無しさん:2022/09/04(日) 17:04:57 ID:7IoV7Kbc0



  _,
ノハ;゚⊿゚)「……ちょ、一旦タイムな」

 やがて、困惑した面持ちのヒートが両手でTを作って撤退していった。
 彼女はちょいちょいと手招きして姉妹を呼び寄せ、円陣の中、小さな声で言った。

ノハ;゚⊿゚)「ダメだみんな、なんも分かんなくなった」ヒソヒソ

o川;*゚ー゚)o「いや真っ先にキレた奴が何を……」

川 ゚ -゚)「あー……まぁ分かんなくていいと思うぞ。私達にはあまり関係ない」

ノパ⊿゚)「あ、マジ? 関係ねぇの?」

川 ゚ -゚)σ「多分な。しょうがないから簡単に図解してやろう」スッ

lw´‐ _‐ノv「説明パートだねえ」

 クールはその場にしゃがみ込み、指先を使って地面に2つの丸を描いて見せた。
 彼女は片方の丸に逆さウンコめいたツインドリルを描き足し、それを魔王城ツンに見立てて話した。

川 ゚ -゚)「これ魔王城ツンな。もう片方はワカッテマスだ」

ノパ⊿゚)「うん」

川 ゚ -゚)「まず大前提として魔王城ツンはワカッテマスに勝てない。戦闘でも話し合いでも。
     私達が居ても居なくてもここは変わらない。絶対に勝てない。マジで無理だ」

ノハ#゚⊿゚)「勝てねえだと!?!?!? やんなきゃ分かんねえよ!!!!!!」

川 ゚ -゚)「お前は元気でいいな」

 そう言いながらツンからワカッテマスに向けて矢印を描き、否定を意味するバツ印を上に被せる。
 クールは続けた。

川 ゚ -゚)「だが魔王城ツンは諦めがつかなかった。よほど犠牲を出すのが嫌だったんだろう。
     どうにかワンチャンス拾ってやろうと考えて、ちょっとした策を企てたんだな」

ノパ⊿゚)「おお! 諦めねえのはいいことだな!」

lw´‐ _‐ノv「好感度の昇降が激しい」

o川*゚ー゚)o「人生が大変そう」

.

727名無しさん:2022/09/04(日) 17:07:43 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「ここからは推測も混ざるが、肝心なのは『付加価値』の部分だろう。
     勝敗ではなく勝負そのものの価値だ。魔王城ツンはそこに目をつけたんだと思う」

lw´‐ _‐ノv「さっき言ってた『箔を付ける』ってやつだね」

川 ゚ -゚)「ああ。向こうの事情はよく分からんが、人間側の格を上げると色々捗るんだろうな」

 彼女は地面に4つの丸を描き、付加価値を意味する記号として上向きの矢印を添えた。

川 ゚ -゚)「で、魔王城ツンは策をもって私達に付加価値をつけようとした。
     でも実際には談合は成立せず、あいつの作戦は空回りに終わった」

川 ゚ -゚)「……という感じだと思うんだが、こうして見ると私達に関係する事柄はほとんど無い。
     だから張り切って口を挟む理由も無い。ヒートは少し反省しろ」

ノパ⊿゚)

ノパ⊿゚)「あっ、これ私を叱るための説明だったの?」

川 ゚ -゚)「そうだよ。お前はすぐ感情を表に出すからな。私達を頼れる場面では特に」

ノハ;゚⊿゚)「う、すんません……」

川 ゚ -゚)「構わん。だがもう喋るな、邪魔になる」

ノハ;゚⊿゚)「……でもよぉあいつ、作戦あるなら最初に言えばよかったんじゃねえの?」

川 ゚ -゚)「勝てない相手に本気で挑む、その行為自体が『価値』だったんだ。
     私達が気兼ねなく全力を出して負けられるよう、萎える情報は出さなかったんだろう」

川 ゚ -゚)「話は以上だ。これ以降ヒートはマジで黙れ」

 ヒートを強めに諌めてさっと立ち上がるクール。
 彼女は魔王城ツンを見遣り、素直四天王としての方針を改めて口に出した。

川 ゚ -゚)「魔王城ツン、こっちのスタンスは聞いての通りだ。
     そっちの事情は知らん。頼まれた仕事はする。関係性は変わらない」

川 ゚ -゚)「腹が決まったら教えてくれ。私達は少し下がっておく」

 彼女は気風よく言い切り、ツンに背中を向けて歩き出した。
 他の姉妹も彼女に続き、ツンとワカッテマスを2人きりにして立ち去っていく。

ノハ;´⊿`)「証人てなんのこと……」

o川;*゚ー゚)o「……あんたマジでこういうの向いてないから。ほんとに黙りなって……」

.

728名無しさん:2022/09/04(日) 17:11:32 ID:7IoV7Kbc0








( <●><●>)「素直クールは、律儀な人間ですね」

 素直四天王が立ち去った後、ワカッテマスは再びツンに声をかけた。
 ツンは地面に横たわったまま、彼の呼びかけにも応えず顔を伏せていた。

( <●><●>)「彼女達の実力は襲撃時の様子から把握しております。
        人間基準では十分です。全力ならば私にも傷をつけられたでしょう」

ξ゚⊿゚)ξ「……お世辞でしょ。あなたに傷だなんて」

 ツンは冷めた口調で言い、青ざめた顔を上げてワカッテマスの方を見た。
 彼女は既に冷静さを取り戻していたようで、その有りようはいつにも増して素っ気なかった。

( <●><●>)「確かめてみますか? 再戦ならば今からでも」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「いい。引き際は任せるって言っちゃってるし」

( <●><●>)「……先程の口振りからして、彼女達はお嬢様の意向を汲むようですが」

ξ゚ー゚)ξ「私の狙いは全部バレてるのに? それこそ茶番なのだわ」

 ツンは軽く言いのけて小首を傾げて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「だから戦いはさっきのでおしまい。本当に手も足も出なかったわね」

( <●><●>)「申し訳ありません」

ξ゚⊿゚)ξ「然るべき結果よ。口裏を合わせてないんだから、ああなって当然なのだわ」

 ツンは黒マフラーに縛られたまま器用に立ち上がった。
 彼女はすっかり元の調子という体で、あらゆる感情を表に出さず『魔王城ツン』に戻っていた。
 その後、彼女はしばらくの間、傷ひとつ無い自分の体を眺めて何も言わなかった。

.

729名無しさん:2022/09/04(日) 17:12:50 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「私は、お嬢様に謝らなければなりませんね」

( <●><●>)「さて、これからどうされますか」

 しばしの沈黙を経てワカッテマスが口を開く。
 漠然とした問いかけにツンは冗長に答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「いや、どうするも何も……」

ξ゚⊿゚)ξ「あとは魔界に帰るだけだし、何も無いのだわ」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ「……魔眼で見ればいいじゃない。わざわざ私に聞かなくたって」

( <●><●>)「要望などは無いのですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……だから無いってば。善処は約束してくれたんだし……」

 ツンは開き直った様子で言った。

ξ゚⊿゚)ξ「今更ワガママを聞いてもらおうなんて思わないわよ
       いいのよ別に、お土産とかはミセリさん達に頼んどくから」

( <●><●>)「本当に無いのですか」

ξ゚⊿゚)ξ

 同じ台詞を繰り返すワカッテマスにツンは違和感を覚えた。
 間を空けて、彼は続けて言った。

( <●><●>)「試験に受かれば地上での暮らしを続けていい、という約束を反故にしました」

( <●><●>)「お嬢様の配慮を無碍にした上に、あなたが一番嫌がることをしました」

ξ゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「これでは足りませんか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ?」

( <●><●>)「なんらかの補填、便宜を図るには、十分な理由だと思うのですが」

.

730名無しさん:2022/09/04(日) 17:15:38 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、とりあえず確認なんだけど」

 ツンは恐る恐る彼に聞き返した。

( <●><●>)「はい」

ξ;゚⊿゚)ξ「さっきのくだりはその為にやったの? 私にワガママを言わせる為に?」

( <●><●>)

( <一><一>)「違います」

 彼は瞑目して即答した。真偽は不明だった。

( <●><●>)「これはあくまで諸々の謝罪を兼ねた補填です。
        必要なければ何もいたしません。用意が済み次第、魔界に戻って頂きます」

( <●><●>)「最後にもう一度だけ聞きますが、本当に何もありませんか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……」

 真っ先に思いついたお願いは『黒マフラーを取って下さい』だった。
 だが、彼の様子からして冗談半分で済ませていい問答ではないとツンは思った。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 ツンは努めて状況を俯瞰した。
 理論武装の残骸をかき集め、想像力を存分に働かせる。
 およそ1分に渡る長考を終えて、ツンは言った。

ξ゚⊿゚)ξ「……まずはこれ、解いてくれるかしら。お願いとは別で」

( <●><●>)「かしこまりました」

 ワカッテマスは彼女の注文につつがなく応えた。
 体を縛っていた黒マフラーが途端に消え去り、ツンも自由を取り戻す。

.

731名無しさん:2022/09/04(日) 17:17:06 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……あなたは、素直四天王の実力を認めてるのよね」

 凝った体をほぐしながら、冷静さを取り戻した頭でツンが尋ねる。

( <●><●>)「はい。人間側の評価を改める材料としては」

ξ゚⊿゚)ξ「……犠牲者は抑えてくれるのよね」

( <●><●>)「そう約束しました」

ξ゚⊿゚)ξ「まゆちゃんのことも、任せていいのよね」

( <●><●>)

( <●><●>)「はい、もちろんでございます」

 ワカッテマスは淀みなく言った。諸々の確認はこれで全部だった。
 するとツンは冷めた声色のまま、途端に別の話題を切り出した。

ξ゚⊿゚)ξ「魔眼の未来視って、どこら辺まで見えてるものなの?」

( <●><●>)「それは、……一口には説明できませんね」

 ワカッテマスは口元に手をやって考える素振りを見せた。
 ややあってから、彼は簡略化した例え話でツンに説明した。

( <●><●>)「木を見る場合と、森を見る場合がございます。
        まずそのどちらかに焦点を合わせ、未来と呼ばれるものを認識します」

( <●><●>)「一挙に全てを見通すことも可能ですが、負担は大きく、ブレが生じます。
        未来を見るにしても『視界』があり、決して万能に機能するものではありません」

.

732名無しさん:2022/09/04(日) 17:20:37 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、この話し合いの結末も分かってたりするの?」

( <●><●>)「……森を見る場合の解像度で、少しだけ」

( <●><●>)「お嬢様がこれから歩む未来は多くの情報と連動しております。
        ですので、もっと遠くの未来を見る際にも、お嬢様の存在はどうしても視界に入るのです」

 凛とした態度で弁明するワカッテマスに、ツンは続けた。

ξ゚⊿゚)ξ「これから私が何を言うかは、分かる?」

( <●><●>)

( <●><●>)「……パターンを大別できる程度には、分かっているつもりです」

 彼はゆっくりと、時間をかけてそう答えた。
 それは分かりきっていた答えだった。ツンも大して真に受けていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね、急にたくさん聞いちゃって」

( <●><●>)「いえ、ワガママはひとつだけと言った覚えもありませんので」

ξ゚ー゚)ξ「……意外と甘いのね」

 ツンは言いながら笑って見せたが、その顔はどこか達観したようで、生気を伴っていなかった。
 ワカッテマスはそんな彼女の内心に思いを馳せた。だが魔眼なしでは表面的な推察が限界だった。

 諦めがついたような、心にもないものに突き動かされているような、見えない糸がそうさせているような。
 彼は色々な言葉でツンを捉えようとして、いつしか不意に、昔のことを思い出した。

( <●><●>)(これはまるで、魔界に居た頃のような――)

 彼が想起したものは魔界で暮らしていた頃の魔王城ツンだった。
 今の彼女とそれを重ねて、ワカッテマスの推察はそこで終わった。

 ――もしも今、魔王城ツンがあの頃と同じ心境であるならば。
 魔眼があろうとなかろうと、彼に出来ることは何も無かった。

.

733名無しさん:2022/09/04(日) 17:22:38 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……帰らなきゃ、いけないのよね。試験は大丈夫だったのに」

 ツンは言葉だけは恨めしそうに言った。
 感情はさほど込められていない。記号的な恨み節だった。

ξ゚⊿゚)ξ「これでも頑張ってたんだけどね。ハインさんとも特訓してたし」

ξ゚⊿゚)ξ「赤マフラーとかマントとか作れるようにもなったのよ。
       昔に比べたら目覚ましい進歩だと思わない?」

( <●><●>)「はい、すべて存じております」

ξ゚⊿゚)ξ

 ワカッテマスが相槌を打つとツンの視線が彼を向いた。
 彼女はまた、薄らと笑みを浮かべた。

ξ゚ー゚)ξ「でもそれだけ。他にはなんにも持って帰れない」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ「私がやったぞ、って言えることが何もないの」

ξ゚⊿゚)ξ「みんな私のことで大変そうにしてるのに、私だけが手ぶらなのよ。
      私はそれが嫌だったの。分かるんだけどね、仕方ないんだけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「……1から1000まで全部無意味だった。
      居ない方がみんなの為になるなんて、認めたくなかったな」

( <●><●>)「お嬢様、それは――」

ξ゚ー゚)ξ「誰もそんなの願ってないんでしょ? 知ってる。
       でも全員が分かってるのよ。打算的にはそれが一番だって」

ξ゚ー゚)ξ「分かってるのに言わないの。私が自分で答えを出すのを、みんな待ってる」

.

734名無しさん:2022/09/04(日) 17:24:33 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……てな感じで、私にはもうこれしか思いつかなかったんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「あなたはきっと、最初からこれを狙ってたのよね」

 ツンはそう言ってまた話を変え、嘘偽りのない吐露を呆気なく水に流した。
 ワカッテマスにはそれがとても痛々しいものに思えていたが、彼も決して口を挟もうとはしなかった。
 自分では彼女の味方にはなれない。彼は『敵』としての役割を果たそうとしていた。

ξ゚⊿゚)ξ「私が居なくても、みんなが上手くやってくれる」

ξ゚⊿゚)ξ「私が居ない方が、勇者軍との戦いだって気兼ねなくやっていける」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「じゃあ、そうしましょう」

 ツンは簡単に言い、軽い足取りでワカッテマスに歩み寄った。
 彼の目の前で足を止め、こちらを見つめる青白い顔を静かに仰ぐ。

ξ゚⊿゚)ξ「少し時間をちょうだい。支度を済ませてくる」

ξ゚⊿゚)ξ「それでおしまいだから。後腐れなく」

( <●><●>)「……よろしいのですか。数日の猶予は作れますが」

ξ゚⊿゚)ξ「いい。今日中に帰る」

 ツンはためらわずに答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「みんな色々気を遣ってくれるだろうし、今すぐ帰っても構わないくらいよ」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、条件を付けるわ。ワガママを聞いてくれるなら、今から言うことを素直に聞き入れて」

( <●><●>)「それは内容次第ですね」

ξ゚ー゚)ξ「……きっと大丈夫よ」

 自信ありげにツンは微笑み、そして、最後のお願いを胸に浮かべた。

.

735名無しさん:2022/09/04(日) 17:29:59 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「えっとね、行き先を変えてほしいの」

 ツンは一歩引き下がり、組んだ両手をぷらんと垂らした。
 下を見ながら足踏みをして、自分が立っている場所を無意識に確かめている。

( <●><●>)「魔界ではなく、ですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。具体的な当ては無いんだけど、繰り返したくないから」

ξ゚⊿゚)ξ「それで、誰の迷惑にもならなくて、1人で居られる場所がいいんだけど……」

( <●><●>)

 それは、魔王城ツンの願いではなかった。
 総意を効率的に叶えるため、『魔王城ツンっぽさ』を付加された打算に過ぎなかった。

ξ゚ー゚)ξ「って、これだけじゃ難しいわよね。ごめんなさい。本当に心当たりが無くて」

ξ゚⊿゚)ξ「魔界にはそんな場所無かったし、人の世界にも逃げ場は無いみたいだし。
       正直言ってお手上げだから、やっぱり、ワカッテマスさんに頼るしかなくて……」

( <●><●>)「……魔界でもう一度やり直す、というお考えはありませんか」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「繰り返したくないの」

 ツンが笑顔を作って見せる。
 ワカッテマスはそれを結論として受け取り、続けてぽつりと言った。




( <○><○>)「かしこまりました」

ξ゚⊿゚)ξ「――えっ」

 それで、なにもかもおしまいだった。



.

736名無しさん:2022/09/04(日) 17:30:22 ID:7IoV7Kbc0






          #10 許されるための儀式





.

737名無しさん:2022/09/04(日) 17:33:10 ID:7IoV7Kbc0

≪5≫


 ツンが魔眼の発動を認めた次の瞬間、事は終わっていた。
 特訓場の広い荒野に、もはや魔王城ツンという人物は存在していなかった。

( <●><●>)「……」

 ひとり佇むワカッテマスは、一瞬前まで彼女が居た場所をただ眺めていた。
 そこに素直四天王の足音がそぞろに近付いてくる。彼は振り返り、彼女達に言った。

( <●><●>)「終わりました。そちらは解散してもらって結構ですよ」

川 ゚ -゚)「……魔王城ツンはどこに行った?」

lw´‐ _‐ノv「こちら勘のいいガキが居ないもので……」

 遠くからやり取りを見ていただけの彼女達は現状を掴めず目を泳がせていた。
 彼女達は一瞬たりともツンから目を離していなかった。4人全員がツンの動向を見守っていたのだ。
 にも関わらず魔王城ツンははたと消えてしまった。さしもの彼女達も無視できる状況ではなかった。

川 ゚ -゚)「報酬をまだ貰っていないんだ。困るぞ」

( <●><●>)「それは困りましたね」

 ワカッテマスがなんの進展にも繋がらない返事をする。
 クールは訝しみ、他の姉妹と顔を見合わせて困惑した。
 続けて分かりやすい反応を見せたのは素直ヒートだった。

ノハ#゚⊿゚)「あんにゃろ報酬を踏み倒すつもりか!? ふざけんじゃねえぞ!!」

o川;*゚ー゚)o「あ、そういう捉え方」

ノハ#゚⊿゚)「だってそうだろ!? 違うのか!? なあ!!」

 ヒートは声を荒らげてワカッテマスに詰め寄った。

( <●><●>)「さあ、分かりません」

 ワカッテマスは内心ヒートのことを面白がっていた。
 面白いので、特に理由もなく答えをぼかしてみたのだ。

.

738名無しさん:2022/09/04(日) 17:36:05 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「からかわずに答えてくれ。魔王城ツンはどこだ」

 業を煮やしたような口調でクールが尋ねる。
 ワカッテマスは小さく喉を鳴らし、調子を戻した。

( <●><●>)「申し訳ありませんが答えられません。
        教えてしまったら、その時点で意味が無くなってしまいます」

川 ゚ -゚)「意味が分からん。生きてはいるのか?」

( <●><●>)「当然です」

川 ゚ -゚)「じゃあ魔王城ツンの支払い、魔王軍で立て替えてくれるか?」

( <●><●>)「それは無理ですね。こちらの貨幣は大して必要ではないので、持っていません」

ノハ;゚⊿゚)「ほらなあ!? やっぱあいつ踏み倒して逃げやがったんだよ!!」

川;゚ -゚)「ぬ、ぬぅ……」

 一番避けるべき展開――無駄働きが発生したかもしれない。
 クールは気が滅入る思いで今後のことを想像し、やがて苦肉の策を思いついた。
 その方策を固めるべく、彼女はワカッテマスから慎重に情報を引き出そうとする。

川 ゚ -゚)「大事なことを聞くぞ。行き先は教えられない、以外の制約は無いんだろうな?」

( <●><●>)「……お嬢様は1人で過ごしたいと仰っておられました。
        誰の迷惑にもならない場所で。そう願われたので、そのようにしました」

( <●><●>)「行き先を教えないのはお嬢様を1人にするためです。
        もっとも、教えたところで人間に行き来できる場所では――」

川 ゚ -゚)「とすると、お前は『不完全な仕事』をしたことになるな」

 クールは食い気味に言ってワカッテマスを焚き付けた。
 彼女自身やや無理のある難癖だと自覚していたが、隙は隙として見逃す訳にはいかなかった。

川 ゚ -゚)「奴がどこに居ようと関係ない。現にこっちは迷惑をこうむっている。
     この始末、誰がどうやって責任を取ってくれるんだ」

ノパ⊿゚)「そうだそうだ」

 素直ヒートもそうだそうだと言っています。

.

739名無しさん:2022/09/04(日) 17:39:26 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「だいたい、誰の迷惑にもならない場所なんかありえないだろ。
      お前はそれを承知して願いを叶えたのか? どう考えても無責任だろう」

( <●><●>)「――お嬢様はそれを望まれました」

 ワカッテマスが頑なに言い切る。
 だがそれ以上には反論せず、彼は厳かな様子でクールの言い分を待った。


川 ゚ -゚)「……ならば、魔王城ツンが周囲にもたらす『迷惑』を減らすのも、願いの内だろうな?」

 彼女は力強くそう切り出し、このくだりの核心部分を畳み掛けた。


川 ゚ -゚)「ということは、魔王城ツンが私達にかけている『迷惑』を解決する――」

川 ゚ -゚)「これもまた、当人の願いに寄与する『願ってもない行い』だな?」


( <●><●>)

 そのとき、ワカッテマスはほんの僅かに口端を上げていた。
 度重なる質疑の着地点に、彼は端的な結論を提示した。

( <●><●>)「――そういった解釈は、可能であると考えます」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「だったら話は早い」

 クールは姉妹達を一瞥して言った。

川 ゚ -゚)「魔王城ツンと同じ場所に私達を送ってくれ」

川 ゚ -゚)「話をつけたらすぐに戻る。お嬢様はお1人様をお望みのようだからな」

.

740名無しさん:2022/09/04(日) 17:44:14 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……今はまず、上に戻ってミセリ達に説明しなければなりません」

( <●><●>)「この状況で一番おっかないのはミセリです。
        あなた達は唯一の証人なんですから、私の弁明にも付き合ってもらいますよ」

 ワカッテマスは踵を返して歩き出した。
 その背中に向け、素直クールが鋭い一声を投げかける。

川 ゚ -゚)「先に返事だ」

( <●><●>)「――4人はダメです」

( <●><●>)「急ぐ必要はありません。あとで詳細を詰めましょう」

 ワカッテマスがどんどん遠ざかっていく。
 素直四天王はもう一度顔を見合わせ、やむなしといった雰囲気で各位呆れ気味な反応を見せた。


ノハ;´⊿`)「んでまた話し合いかよ……」

lw´‐ _‐ノv「頑張りなヒート。人生は対話バトルだよ」

o川;*゚ー゚)o「もう報酬とかよくない? 帰ってご飯にしよ?」

川 ゚ -゚)「キュートも甘えるな。金蔓は大事に育てなきゃいけないんだぞ」

o川;*´ー`)o「いや、その言い方はトゲまみれなのよ……」







.

741名無しさん:2022/09/04(日) 17:44:40 ID:7IoV7Kbc0



― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_-_ ̄ ̄― -_ ̄― ― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___―― ̄ ̄___ ̄―==
―― ̄ ̄___ ̄―===━___ ̄―  ――――    ==  ̄―― ̄ ̄___ ̄―===━
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ___―===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ― ̄―‐―― ___
 ̄――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄_――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=‐―
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ̄___ ̄―===━___ ̄―  ==  ̄ ̄ ̄  ――_――__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―
  ――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ―― __――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=


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742名無しさん:2022/09/04(日) 17:50:09 ID:7IoV7Kbc0

≪?≫


 大粒の雪がしきりに降り注いでいた。風に乗って吹きつける白いつぶてが容赦なく体温を奪っていく。
 ――いったい、なにが。
 彼女の認識は現実を捉えることなく空を漂い、白銀の世界に呑まれてその機能を喪失していた。

 瞬きする間に一変した世界。彼女はいま、ただ呆然と目の前の景色に目を奪われていた。
 夜光をたたえる雪景色の只中で、場違いにも程があるジャージ姿のまま、数十秒を無為に過ごす。

 そうしていると、今にも膝に達しそうな積雪が耐えがたい痛みを彼女にもたらした。
 蝕むような鈍痛だった。彼女は途端に突き動かされて足早に歩き出した。行き先は無かった。

 隙間の多い雑木林を一歩ずつ、深雪に足を抜き差ししながら進んでいく。
 彼女はふと空を見上げた。空には分厚い黒雲が立ち込め、風に吹かれて不気味に蠢いている。

 夜なんだ、と彼女は思った。
 ただそれだけを思い、他の事柄はなにも言葉にならなかった。

 そのとき、一際大きな風が雑木林に波を打った。
 ぶわあと木々が軋み鳴り、そこに積もっていた雪が方々で地面に雪崩れ始める。
 彼女は踏み止まって風に耐えていた。頭上に降ってきた雪塊には、気付けなかった。

 直後、彼女の頭にサッカーボール大の雪塊が叩きつけられた。
 よほど高いところから落ちてきたのだろう。ずどん、という重苦しい音が一緒だった。
 それでも魔物の体は頑丈である。衝撃こそ受けたものの、彼女自身はなんら無傷だった。


ξ ⊿ )ξ


 けれど、彼女はそこで歩くのをやめてしまった。
 急に惨めさが込み上げてきて、熱いものが目に浮かんで、止まってしまったのだ。
 彼女は力なく肩を落とし、追いついてきた色々な感情に心身を苛まれた。

.

743名無しさん:2022/09/04(日) 17:51:11 ID:7IoV7Kbc0







 吹雪を全身浴びながら、しばし、たたずむ。






.

744名無しさん:2022/09/04(日) 17:52:02 ID:7IoV7Kbc0






 ――1950年代。

 ソビエト連邦、シベリア連邦管区での一幕であった。





.

745名無しさん:2022/09/04(日) 17:55:52 ID:7IoV7Kbc0

#08 >>559-627 #09 >>634-666 #10 >>675-744

いつか必ずギャグ全振り回をやろうと思いました
次回とてもつらい 目標は年末年始頃とのこと
よろしくお願いします('A`)(^ω^)

746名無しさん:2022/09/04(日) 19:15:26 ID:XtbKNmtY0


747名無しさん:2022/09/04(日) 22:57:09 ID:zG1tV5RU0
おつ
ツンちゃんの今の印象クソめんどいメンヘラ女なんだけど合ってるかな

748名無しさん:2022/09/05(月) 00:10:58 ID:LnaJcU7I0
いいね!

749名無しさん:2022/09/14(水) 08:34:05 ID:v1nU4MH.0
乙!
どうなるんだってばよ……

750 ◆gFPbblEHlQ:2022/12/09(金) 22:34:45 ID:jeDdA0kc0
アーマードコアの新作が嬉しいので以前エイプリルフールで作った動画を今年いっぱい再公開しておきます
いい機会なので('A`)は撃鉄のようですのまとめも公開しておきます
夜を往くと撃鉄はDODとニーアみたいな感じで繋がっているという脳内設定があります

現実がつらくきびしく色々と捗っていませんが次回投下は1月中に間に合わせます
待たせて悪いが仕事なんでな 待ってもらおう

ツンちゃん夜を往くようです エイプリルフール動画
https://youtu.be/G1tx6s6-RJM
撃鉄まとめ
https://gekitetunchan.blog.fc2.com/blog-entry-28.html

751名無しさん:2022/12/09(金) 22:40:21 ID:jeDdA0kc0
あとビブリオの方でツンちゃんがアニメ化しててすごいので見に行ってください!
>>1はとてもうれしいです!書き溜めがんばります!

752 ◆gFPbblEHlQ:2023/01/29(日) 23:17:05 ID:K1IHsiWY0
明日投下しておきます!

753名無しさん:2023/01/30(月) 05:02:41 ID:ACDHDjsM0


754 ◆gFPbblEHlQ:2023/01/30(月) 22:04:47 ID:.eE0h2Dw0

≪1≫


 ソ連シベリアを横断する世界最長の鉄道へ向けてラッパを吹く。
 戦争で死んだ父を弔うため、これから戦地へ向かう兵士のために。

 シーン少年はこの習慣を2年と続け、列車の汽笛を聞き逃すまいと常に耳をそばだてていた。
 いくつもの山を越え、山彦混じりに聞こえてくる「ぽぉーう」という音。
 少年はただそれだけを合図にし、来る日も来る日もラッパを持って町外れへと駆け出すのだった。

( ・-・ )(……聞こえた!)

 汽笛の音は、早朝の配達仕事の傍ら耳にすることが多かった。
 今朝も配達はあと1件というところで汽笛が聞こえ、シーンは尚更往路を急ぐこととなった。
 配達先は町の中央にある教会。2人の男が、シーンの到着を待ちかね表に出てきていた。

( ・-・ )「おはようございまーす! 配達です!」

( ^ν^)「やぁおはよう。列車には間に合うのかい?」

( ・-・ )「転ばなければ、何とか!」ゴソゴソ

 彼らのもとに滑り込むなり、シーンはショルダーバッグを開けて最後の配達物を彼らに手渡した。
 男たちはサインと引き換えにそれを受け取ると、白息を繰り返すシーンをすぐさま送り出した。

£°ゞ°)「そろそろ薬が切れる頃だろう。あとで来なさい」

( ・-・ )「分かりました! またあとで!」ダッ

 シーンは急いで走り出し、町を出て、タイガの山林を一目散に抜けていった。
 程なく峠に出たシーンは、息を整えるのも忘れて山下を一望した。

(;・-・ )(よし、間に合った……!)

 広大な雪景色を分かつ黒い線。列車の線路にくっと目を凝らす。
 雪の具合からして列車はまだ来ていない。シーンは安堵し、そこでようやく息を整えた。

 そして十秒と経たないうちに、彼はまた慌ただしくバッグを検めて自前のラッパを取り出した。
 分厚い手袋を外してラッパを構え、簡易的に音を取り、口周りの筋肉を入念にほぐして列車を待つ。

 ――やがて、シーンの耳朶が音を捉えた。

 規則正しい地響きが山間の向こうからかすかに聞こえてくる。
 音の輪郭は秒ごとに鮮明になり、確かなものとなっていく。
 列車が近い。シーンは確信をもってラッパを構え、最後に一度、息を吸った。

.

755名無しさん:2023/01/30(月) 22:06:30 ID:.eE0h2Dw0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



o川*゚ー゚)o(……楽器の音?)ピクッ

 そのとき、素直キュートは遙か遠方から聞こえた音をしかと受け取っていた。
 風切り音に負けて消えそうなラッパの音色と、地響きを伴う列車の走行音。
 キュートは音のする方角にピタリと当たりをつけ、おもむろに進路を変更した。

o川*゚ー゚)o「……ツンちゃん起きてー。魔力でなんか作ってほしいよー」

ξ ⊿ )ξ

 彼女は今、風雪荒ぶる山奥で遭難状態に陥っていた。
 紆余曲折は諸々省くが、彼女の背中には魔王城ツンの姿も見受けられる。
 ツンはすっかり青褪めた顔で微動だにせず、死体のようにキュートの背中にくっついていた。

 とかく絶望的な状況に響いた先程の音色はまさに福音で、人里が近いことの証明でもあった。
 キュートはツンを背負ったまま、音が聞こえた方向へと一歩ずつ前進していく。

o川*゚ー゚)o「マフラーでも何でもいいよー。我々ちょっと薄着過ぎるからさー」

 ちなみに現在の気温はバキバキのマイナス20度。
 彼女たちは前回同様に制服とジャージ姿のままなので、この状況では正味全裸と変わりなかった。

o川*´ー`)o「すこぶる寒いよー。これ普通なら死んでるからねー」


ξ ⊿ )ξ

o川*´ー`)o


o川*´ー`)o「ホカホカしりとりするよー。はいお湯」

o川*´ー`)o「ほらツンちゃん、ゆの付くホカホカアイテムを言ってほしいなー……」




.

756名無しさん:2023/01/30(月) 22:08:13 ID:.eE0h2Dw0


 ――2度の世界大戦を終えた冷戦下の1950年代。
 核兵器の実用性を目の当たりにした国々は幾多の代理戦争を横目に核開発を急いでいた。

 中でもソ連は捕虜、貧困層などの人々を数十万という単位で動員し、すごい速さで事を進めていた。
 当然その作業には放射線被曝の可能性が多分にあり、肺や目を冒される者も少なくなかったという。

 そして、身体を壊した彼らは便宜上のサナトリウムにまとめて隔離され、社会から抹消された。

 様々な事情を抱えた人間達が「生きるに値しない命」と一緒くたにされ、死を待つばかりの冬の町。
 住民達がостатокと呼ぶ町ぐるみのサナトリウムは、来る者を拒まず、去る者を許さなかった。

.

757名無しさん:2023/01/30(月) 22:09:02 ID:.eE0h2Dw0




          ┏──────

                ツンちゃん夜を往くようです

             #11 皆既の星と再誕のイデア その1

                             ──────┛



.

758名無しさん:2023/01/30(月) 22:11:30 ID:.eE0h2Dw0

≪2≫


 その日の朝もラッパの音が目覚ましになった。
 キュートは乱暴に毛布を払い除け、寒さと共に朝日を受け入れた。

o川*゚ー゚)o

o川*´ー`)o(さみ……)

 なお氷点下である。
 キュートは腕を抱えてベッドを降り、暖炉に向かうなり掠れた声で呟いた。

o川*゚ー゚)o「いやぁ、ラッパくんは今日も元気だねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ

o川*゚ー゚)o「……ツンちゃ〜ん。他愛ない雑談ですよ〜。応えてね〜」

 ペチカと呼ばれるロシア式暖炉の前には綿の潰れたソファがひとつ。
 そこには金髪ツインドリルでお馴染みの、いわゆる魔王城ツンが腰掛けていた。
 ツンは振り返ってキュートを見ると、返事をする事もなく、種火の燻る暖炉にすっと視線を戻した。

o川*゚ー゚)o「はいおはよー。夜中なんかあった?」

ξ゚⊿゚)ξ「……別に。何も」

o川*゚ー゚)o「そう。じゃそっちは火の番と紅茶ね。私は配給取ってくるから」

ξ-⊿-)ξ「……ん」

 のそりと立って薪を用意し始めるツン。
 キュートはその様子をしばし眺めた後、これまたのそりと外出の準備に取り掛かった。

 ソ連軍払い下げの各種防寒服を全身に纏い、モコモコのマフラーや長靴で更に素肌を覆い隠す。
 ここは極寒シベリアの大地。とにかく全身モコモコにならないと命が危ないのである。

o川*゚ー゚)o「んじゃ行ってきま」

 ツンにあっさり声をかけ、モコモコキュートは二重の玄関扉を開けて外に出ていった。
 物資の配給は毎週1回。大した物は配られないが、この町の物価を思えば見逃す事はできなかった。

.

759名無しさん:2023/01/30(月) 22:15:30 ID:.eE0h2Dw0


  *  *  *


o川*゚ー゚)o(ということで町に繰り出したキュートさんですが)テクテク

o川*´ー`)o(ここに来てから早くも1ヶ月。住めば都を実感中でございましてね……)トコトコ

 自然なモノローグをもって室内から屋外へのシーンチェンジを果たした素直キュート。
 閑散とした町の雪景色を眺めつつ、彼女は町の教会へと歩を進めていた。
 物資の配給はその教会近くに設けられた簡易テントで行われている。
 目的地までは徒歩10分。キュートは自然なモノローグをもって現状を振り返った。

o川*゚ー゚)o(……西暦1955年、ソ連シベリアのどこかしら)テクテク

o川*゚ー゚)o(住民達がостатокと呼ぶこの町の事は、正直まだ分からない)テクテク

o川*゚ー゚)o(流石のキューちゃんもロシア語は知らんからな……)テクテク

 остатокという文字列を初めて見た時、キュートはそれを「オタク?」と読んだ。
 実際の発音はアスタータクとなるらしく、英訳辞書をひいてみると余り物といった意味があるらしかった。
 остатокに相当する単語はRemnantなど。町の呼び名としてはどこか自虐的だった。

 ――そして、この町の正体は『生きるに値しない命』の終着点だった。

 どこかで傷ついた者が人知れず流れ着き、よく分からない治療を受けながら死んでいく場所。
 大概の住民には寛解の兆しすらなく、誰かの治療が間に合ったという記録も一切ない。

 名目上は長期療養と終末期医療を主とした市町村規模のサナトリウム。
 だがその実態は自殺見殺しのオンパレードで、誰一人として助かる見込みはない。
 キュートとツンが居着いたこの場所は、確かに『余りものの町』との揶揄が似合う有様だったのだ。

.

760名無しさん:2023/01/30(月) 22:23:37 ID:.eE0h2Dw0


o川*゚ー゚)o(――ま、そんなんだから私達みたいな余所者でも潜り込めたんだけどね)

o川*゚ー゚)o(この時代の日本は敗戦したての負け犬国家。
       傷病者の町なら大して悪目立ちもしないし、そこは好都合かな)

o川*゚ー゚)o(あと健康体だと仕事も多くて稼ぎやすい。看病、穴掘り、荷運びなどなど。
       若さと健康とコミュ力で大体なんとかなる場所でよかったー)

 かくしてキューちゃんは配給場所である簡易テントに到着。
 ずらりと伸びた行列を端から端まで見渡して、配給の最後尾にそそくさと並ぶ。
 前には30人ほど並んでいたが配給はスムーズで、順番はすぐに来た。

o川*´ー`)o(……で、配給はいつものラインナップと)

 今回の配給はクズ野菜のピロシキとキャベツスープ、その他食料品の詰め合わせ。
 詰め合わせの内容はジャガイモ、黒パン、燻製肉、色んな塩漬け、ラベルの無い缶詰という感じ。
 1週間分の食料としては心許ない量だが、この冷戦下、傷病者相手の配給としては超豪華と言えた。

ヽ|・∀・|ノ「――よし次! 身分証を出して前へ!」

 そして配給係はロシア人かつロシア語話者で、しかもようかんマンだった。

ヽ|・∀・|ノ「はやく身分証を出すんだ! 急げ!」

o川*゚ー゚)o「はは、何言ってんだコイツ」

 キュートにロシア語の覚えは無い。
 身振りがあるので指示は分かるが、ようかんマンの言葉は彼女には一切伝わっていなかった。
 とりあえずまぁ雰囲気に、彼女は身分証となる一時滞在許可書を2人分、差し出して見せた。

.

761名無しさん:2023/01/30(月) 22:27:34 ID:.eE0h2Dw0


ヽ|・∀・|ノ「ふむふむ、あんたの名前は……ニャーオ=キュート?
       随分ブッ飛んだ名前だな。偽名か?」

o川*゚ー゚)o「にゃーん!」

ヽ|・∀・|ノ「そのようだな……」

 そのようだった。

ヽ|・∀・|ノ「いや余計な質問だった。この町はそんな奴ばかりだ、気にしないでくれ」

ヽ|・∀・|ノ「もう一人の『ツーン・チャーン』にもよろしくな。
       宣教師様のありがたい話は向こうでやってるぞ。聞いていくといい、案外面白いぞ」

o川*゚ー゚)o「ははは意味わかんね。まぁすぐ帰りますけど……」テクテクトコトコ

 キュートは諸々の食料が入った麻袋を小脇に抱えて直帰した。
 2人分の配給で両手が塞がっているし、宣教師にはまったく興味が無かったのである。





( ^ν^)「――……」

 かたや広場に立ってありがたい話をしていた宣教師は素直キュートの背中をしっかり捉えていた。
 こんなクソ寒いとこでザビエルめいた格好をしてありがたい話をする男。
 彼は『余り物のニュッサ』と称される篤志家で、彼もまた、この町に似合う訳アリの一人だった。

( ・-・ )「牧師様?」

( ^ν^)「……失礼。転びそうになっている人が居まして、気を取られました」

 ニュッサは「話を続けましょう」と言って咳払いをし、ありがてぇ話を再開した。

.

762名無しさん:2023/01/30(月) 22:29:33 ID:.eE0h2Dw0


  *  *  *


 キュートたちは町外れのレンガ小屋を住まいとしていた。
 立地からして町への移動はやや面倒だったが、正体を隠して暮らす分には悪くない物件だった。
 ここに感染病末期患者が隔離され、ドカドカ死んでいっている曰くに目を瞑ればの話ではあるが。

o川*゚ー゚)o「開けて〜」ドガッドガッ

 そんなあったかホームに帰ってきたキューちゃんは玄関をガンガン蹴って帰宅をアピールした。
 行儀は悪いが両手がキャベツスープで塞がっているため自力では開けられないのだ。仕方がない。
 ツンちゃんは10分くらいで反応してくれた。スープは若干凍った。

ξ゚⊿゚)ξ「寝てた」

o川*゚ー゚)o「スヤスヤしやがってよー」

 とはいえツンちゃんも朝の支度は済ませていたようで、暖炉などのアレはいい感じに温まっていた。
 テーブルに置かれたケトルも湯気を上らせホカホカでワロタの趣がある。諸般いい感じだった。

o川*゚ー゚)o「ピロシキとキャベツスープ貰ってきたけど」

ξ゚⊿゚)ξ「いらない」

o川*゚ー゚)o「だよね。じゃ私が2人分食べるってことで」

 キュートは荷物をツンに預け、2人分のスープを鍋にまとめ、ピロシキと一緒に暖炉の窯に入れた。
 この小屋に電気ガス水道は無い。食べ物を温め直すのにもじっくりと時間が必要だった。
 キュートは防寒具を脱いで椅子に掛けた。ツンが紅茶の用意を始める。これが2人の日常だった。

.

763名無しさん:2023/01/30(月) 22:34:30 ID:.eE0h2Dw0


ξ゚⊿゚)ξ「紅茶、もうすぐ無くなるから」

o川*゚ー゚)o「んー」

 差し出されたティーカップに目を落としつつ、キュートはぼんやりと声を返した。

 この町に来てから早くも1ヶ月。
 キュートも今更焦りはしないが、そろそろ本来の目的に向けて動く必要があった。
 今度の仕事は最初から長期戦が想定されている。猶予はおよそ、半年であった。

o川*゚ー゚)o(……ここでの1ヶ月間、魔王城ツンは一切の飲み食いをしていない。
       少なくとも私の前では何も食べてないし、配給にだって少しも手を付けてない)

o川*゚ー゚)o(トイレに行ってる様子すら無いし、魔物の体には『代謝』の機能が無いのかも)

 ひとまずキュートは最初の1ヶ月を魔王城ツンの観察にあてていた。
 そも彼女の目的は魔王城ツンの動向に大きく左右されるため、素行調査の重要性は特に高いのだ。
 それに関連して、ツンちゃん観察日記は30日を過ぎてなお連載が続けられていた。

o川*゚ー゚)o(私の仕事は主に集金。ツンちゃんを連れて帰るか、金目の物を持って帰るかだけど……)

o川*゚ー゚)o

o川*´ー`)o(マジでだるいなぁ。貧乏くじにも程があるでしょ……)

 キュートは紅茶を口元に運びながら、件の貧乏くじに関する顛末を回想した。


.

764名無しさん:2023/01/30(月) 22:35:18 ID:.eE0h2Dw0


〜回想シーン〜


( <●><●>)「という経緯がありまして」

( <●><●>)「お嬢様を1955年のシベリアに送っておきました」

ミセ*゚ー゚)リ「は?」

( <●><●>)「ご本人たっての希望ですので悪しからず」

ミセ*゚ー゚)リ

( <●><●>)



川д川「……この子、立ったまま気絶してるわよ」

( <●><●>)「助かります」

 ツンをシベリア送りに処した後、ワカッテマスは素直四天王の一人を連れてリビングに戻っていた。
 そして諸々の話がどう決着したかを説明し、結果ミセリが気絶した的な流れである。

.

765名無しさん:2023/01/30(月) 22:36:52 ID:.eE0h2Dw0


('A`)「はえーシベリアかぁ。あいつも大変だなぁ」

( ^ω^) ・ ・ ・

('A`)「さむそう」

 ちなみにドクオとブーンも居た。

( ^ω^)

Σ(; ^ω^)「いやドクオの反応おかしくないかお!? これ絶対に緊急事態だお!?」

('A`)「いやー要するにプチ家出だろ? そんな珍しくねえよ」

(; ^ω^)「でも過去に送るのってタイムパラドックスで色々ヤバくないのかお?
       こういう展開、世界線とか分岐が云々で複雑になりがちだお……」

( <●><●>)「そういうのが発生しないタイプです」

( ^ω^)「じゃあいいか……」

 懸念は解決したようだった。

('A`)「そんじゃ俺には用無いですよね。帰っていいすか」

( <●><●>)「構いません。自由に過ごして下さい」

('A`)「了解。そんじゃ失礼します」

(; ^ω^)「ええー!! 今こそ情熱的にツンを追いかけるべきだお!?」

('A`)「俺らはそういう感じじゃねえんだよ。お前も一回頭冷やしとけ」

(; ´ω`)「僕らの出番が終わっちまうおーー!!」

 ドクオ&ブーン帰宅。出番は終わりだった。

.

766名無しさん:2023/01/30(月) 22:38:44 ID:.eE0h2Dw0


川д川「……で、私にはまだ用があるんでしょう?」


 2人が去るのを見届けた後、腕組みをした貞子がロマネスクの横顔を覗き込んだ。
 それと同時に彼女の前髪が片側に垂れ下がる。
 普段は見えない彼女の素顔と、朧げな瞳が露わになった。

( <●><●>)「貴方には毛利まゆの件を任せます」

( <●><●>)「方法は問いません。対象とお嬢様のあらゆる接触を妨害して下さい」

川д川「……それは、お嬢様がこの時代に戻ってくる前提で言ってるわよね」

( <●><●>)「……失言でした」

 ワカッテマスは無表情のまま少しだけ顔を伏せた。
 貞子はその素振りを冗談として受け取り、ささやかに笑って背筋を正した。

川д川「魔眼で未来を見た上で、今の仕事がどうしても必要なんでしょう?」

川д川「いいわ。その汚れ役は私が引き受けましょう」

.

767名無しさん:2023/01/30(月) 22:40:38 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「必要であれば探知結界の範囲を狭めてもらっても構いません。
        ハインリッヒを捕らえた今、魔王軍の手勢は余り気味ですから」

川д川「それは余計な気遣いよ。ただ勝つだけなら私と貴方で十分なんだし」

 片手でひらりと空を煽ると、貞子は一息のうちに空間転移の魔術を詠唱して姿を消した。
 ワカッテマスは続けて振り返り、部屋の隅に待たせていた少女を見て言った。

( <●><●>)「お待たせしました」

( <●><●>)「こちらの話に入りましょう。済み次第、貴方を過去に飛ばします」




o川*゚-゚)o「……今からでも代役立ててほしいんだけど」

 ――素直四天王が一人、素直キュート。
 彼女は不服と倦怠を全面に押し出した様子でワカッテマスに細目を向け、小さく息を吐いた。

o川*゚ー゚)o「て言ってもムダなんでしょ? 分かる分かる、早くおはなしをどうぞ」

 キュートは態度を一変させながら前に出て、大仰な動きで手近なソファに腰を下ろした。
 それと同時に『とすん』と可愛げのある擬音。これで乱暴に座ったつもりなのだからかわいい。

o川;*´ー`)o「あ〜あ私もシベリア送りかぁ。ほんとに嫌なんだけどなぁ〜……」

( <●><●>)「選出についてはご自分の仲間を恨んで下さい。
        私もまさかジャンケンで事を済ませるとは思わなかったので」

o川;*´ー`)o「うう〜」ジタバタ

 未練がましく消え入りそうな声。両手を頭に添えて振り、左右の二つ結びを翻すキュート。
 彼女は素直四天王の中でもっとも若い15歳の少女である。シベリアなんかにゃ当然行きたくない。
 高い適応能力を求められる此度の一件。任務遂行の観点からも彼女が適任であるかは若干怪しい。

 そういう感じの色々もあって、ワカッテマスの胸中には少なからず不安が渦巻いていた。

( <●><●>)(――そう、不安がある)

( <●><●>)(私の魔眼では、過去に繋がる出来事を見ることはできないから)

( <●><●>)(素直キュートを過去に送ったとして、そこで何が起こるかまでは知る術が無い……)

.

768名無しさん:2023/01/30(月) 22:45:27 ID:.eE0h2Dw0


 ワカッテマスの魔眼は万能ではない。
 未来視という破格の能力は備えていても、その実性能には大きなブレがある。

 当人以外には知る由もない魔眼のブレ。極めて不安定な挙動の数々。
 その最たる項目が『過去視』であった。彼の魔眼は、決して『過去』を見てはならないのだ。


( <●><●>)(――私の未来視は、私が認知している『過去』に大きく依存する)

( <●><●>)(結論それは、『過去の情報』を増やすほどに私の未来視は精度を落とすということ)

( <●><●>)(未来視を成立させる計算式は極めて複雑で、私自身でも理解しきれてはいない。
        その計算式の中でも、何より厄介な存在こそが『過去』という変数)

( <●><●>)(ここの値を弄るだけで未来視に関する方程式は根底から覆る。
        この能力を安定させるには、私は『過去』を死角にしなければならない……)


 という事で、ワカッテマスは過去の出来事を魔眼で把握する事だけは極力避けているのだった。
 という事で、過去のシベリアで何が起ころうとワカッテマスには何も分からないのだった。

o川*´ー`)o

 なので、なるべく信頼できる人物を過去に送りたいのだが、ここに居るのは素直キュート。
 彼女の選出は未来視によって事前に把握していたが、以後の顛末はなんも分からん状態にある。

 それでも素直キュートは魔王城ツンを連れて現代に戻ってくる。それに関して彼に不安は無い。
 ワカッテマスが不安を抱くのは、彼女たちの帰還後に起こる 『次の展開』 であった。

 未来の分岐が組み合わさって、『魔眼のワカッテマスが死亡する未来』が発生する転換点。
 『過去で何かが起こる』、『その何かは自身の死を招く』、『死の未来はおよそ不可避である』。

 以前ワカッテマスがミセリ達に語った未来視の終わり。
 その結末が確実な未来として分岐に加わってしまうイベントこそが、今回のくだり。

 そこで『じゃあこのイベント自体を発生させなければいいのでは?』と思うのは当然の疑問。
 なのにどうしてこんな愚かしいマネをするのかというと、彼はただ、『これ以外』を選べなかったのだ。

.

769名無しさん:2023/01/30(月) 22:47:47 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「――前提を整理します」

 ワカッテマスは淀みなく言い切って素直キュートの対面に座った。

( <●><●>)「お嬢様は『誰にも迷惑をかけない場所』をご希望されました。
        そこで私はお嬢様を過去へと送り、『誰にも迷惑をかけようがない状況』をご用意しました」

( <●><●>)「ですが、貴方がた素直四天王は『その上で迷惑を被っている』と異議を申し立てられた」

o川*´ー`)o「だからその迷惑をこっちの都合で解決しに行く。……って、まぁ要するに屁理屈だよね」

 キュートはワカッテマスの語りを一言で片付け、呆れたように片手を振って見せた。

( <●><●>)「はい」

 そんな彼女に嘯くこともないワカッテマス。
 そのあっけらかんとした素振りに好感を抱いたキュートは、もう一歩踏み込んだ事情を彼に尋ねた。

o川*゚ー゚)o「ツンちゃんを魔界に送らなかったのは、あなた個人に別の目的があるからよね?」

( <●><●>)「私は常に個人的な目的の為に動いています」

o川*゚ー゚)o「……ふーん。そんな見た目で腹黒なんだね」

 彼の答えにキュートは親近感を覚えた。
 ほんのりと笑みを浮かべ、顎を上げて彼の魔眼を見つめる。

o川*゚ー゚)o「で、その目的っていうのは何なのかな」

o川*゚ー゚)o「すごい魔眼を持ってるのに、それでも小芝居が必要な目的って相当じゃない?」

( <●><●>)

o川*゚ー゚)o

( <一><一>)「話を続けます」

 無言で応えたワカッテマスに、キュートはこれ以上の意地悪をしなかった。

.

770名無しさん:2023/01/30(月) 22:50:13 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「素直キュート、貴方にはこれから過去へ向かってもらいます」

o川*゚ー゚)o「はいはいエンドゲームでレイシフトで電王な感じでしょ知ってる」

( <●><●>)「過去の世界で貴方が何をしようとも、私は一切関知しません。
        ただし、お嬢様への接触と、ご意思の再確認だけは義務とさせて頂きます」

o川*゚ー゚)o「はいはいツンちゃんに会って連れ帰ればいいんでしょ分かる分かる」

( <●><●>)「そうですね、お嬢様が 『帰りたい』 と仰っしゃればそのようにして下さい。
        ですが、ご帰還を望まれない場合は放置してもらって構いません」

o川*゚ー゚)o「いや〜普通に帰りたがると思うけどね。ツンちゃん意思弱いし」

( <●><●>)

( <●><●>)「素晴らしい理解度です。正直私もそう思います」

o川*゚ー゚)o「本気で不安がってるの、そこで気絶してるお姉さんくらいでしょ」



【そこで気絶してるミセリお姉さん】

  ↓

ミセ* ー )リ



( <●><●>)「そうですね」

o川*゚ー゚)o「あっはっは。なんだこの茶番」




( <●><●>)(……故に、恐るべき事態なのだ)

 キュートの軽口を真に受けたワカッテマスは目を細めて口を噤んだ。
 己を死に至らせる要因がこのような茶番から生まれること自体ありえない異常事態。
 不安にかまけて軽率な言動を取る彼ではないが、憂慮の念はやはり拭いきれていなかった。

.

771名無しさん:2023/01/30(月) 22:53:04 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「それと最後に、過去と未来の関係性について」

( <●><●>)「先ほど内藤ホライゾンからも指摘があったタイムパラドクスの件です。
        過去の行動が現在にどのような影響をもたらすか、ですが」

( <●><●>)「基本的には何の影響もありません。未来は我々の知る形――今現在に収束します」

o川*゚ー゚)o「じゃあ例外的には? あるんでしょ、未来に影響を与える方法」

( <●><●>)「……そのような禁則事項を人間に教えると思いますか」

o川*´ー`)o「けちー」

( <●><●>)「こちらからの話は以上です。なにかご質問は」

o川*゚ー゚)o

o川*゚ー゚)o「まぁ、特にないかな。聞いても答えないだろうし」

 ワカッテマスの最終確認に逡巡を要さず答えるキュート。
 最初こそ機嫌を損ねていた彼女だったが、今の彼女にそのような素振りは見受けられなかった。

o川*゚ー゚)o「細かいことはサプライズとして取っておくから」

o川*゚ー゚)o「いいよ、もうやっちゃって」

( <●><●>)「……失礼ながら、私は貴方の内心を見透かしています。
        今の話の中で、貴方が何をもって溜飲を下げたのかも理解しています」

o川*゚ー゚)o「いやー、それでも敢えて言語化しようとする辺り努力家だよね」

( <●><●>)

o川*゚ー゚)o「魔眼があれば相互理解なんか完全放棄していいのにさ」

o川*^ー^)o「――うん、健気な歩み寄りだと思うよ」

 年端もいかぬ少女から、理外人外の個へと放たれた傲語。
 ワカッテマスはここでも無表情を貫いていたが、その実、彼女の皮肉はかなりボディに効いていた。


〜回想おわり〜

.

772名無しさん:2023/01/30(月) 22:55:39 ID:.eE0h2Dw0






o川*゚ー゚)o(……で、皮肉を言った次の瞬間には過去に飛ばされてましたと)

o川*´ー`)o(いやぁ、まさか問答無用かつマジで手ぶらでシベリア送りとはね……)

 殊勝な回想シーンを終えた頃、キュートの朝食は綺麗さっぱり平らげられていた。
 朝のルーティーンはこれにて終了。あとは仕事を探しに行き、それをこなせば1日が終了となる。

 だが仕事にしても暇潰しの意味合いが強く、今のキュートはツンを連れ帰ることを急いではいなかった。
 その理由も簡単で、回想シーンにもあった当初の予想が、すっかり外れてしまったからだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

o川*゚ー゚)o「いや〜普通に帰りたがると思うけどね。ツンちゃん意思弱いし」

( <●><●>)「素晴らしい理解度です。正直私もそう思います」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


o川*゚ー゚)o(……普通に帰りたがるって、思ってたんだけどなあ)

 結論から言って、魔王城ツンは現代に戻ることを拒否していた。
 キュートの方も直截的に聞いた訳ではなかったが、当人にその意気が無いのは明白だったのだ。
 ちなみにそこらへんの話は次回以降で回想シーンを挟む予定だった。

 なので一旦本題は忘れ、まずはツンちゃんとの心の距離を縮めることを念頭に置く。
 そうした結果がツンちゃんとの共同生活であり、今現在の穏やかな日々なのであった。

.

773名無しさん:2023/01/30(月) 22:58:40 ID:.eE0h2Dw0


o川*゚ー゚)o(でもまぁ私もずっと付き合うつもりは無いし)

o川*゚ー゚)o(この時代で金目のもん集めて、さっさと帰んないとな)

o川*゚ー゚)o(ということで――)

 大前提として、素直四天王が欲しているのは大金だけである。
 今は金儲けと保身のために魔王城ツンが便利というだけで、彼女自身にはそれほど興味は無い。
 金の卵を産むガチョウ。それに釣り合うものさえあれば、この一件はあっさりと終わるのだ。

                  アンティーク
o川;*゚ー゚)o(――まず狙うのは骨董品! 将来的に希少価値が高くなるもの!
        マニア受けしそうなものを安値でゲットして、未来で転売すりゃ大儲けよ……!)


 よって動き出したのが上記の転売計画、もとい善後策。
 過去で仕入れた物品を未来で売り捌くという切実な金策活動であった。

 ――ツンちゃんの経過を観察しつつ、金品を集めてリスクヘッジに奔走する。
 そうして金策が済めばツンを無理に連れ帰る必要も無くなるため、誰にとっても悪い話ではない。
 どこかピクミン的なこの算段は、彼女たちも無難な落とし所として合意を済ませてあった。

o川*´ー`)o「……ま、なにはともあれ今日も仕事なんだけどね」ヨッコラセ

 思案をやめて席を立ち、キュートはのびのびと背を伸ばした。
 外出の準備をして、また改めてツンに声をかける。

o川*゚ー゚)o「そんじゃ私は仕事探しに行くからさ、ツンちゃんの方も色々よろしくね」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

o川*゚ー゚)o「私は仕事と物品集めを担当して、ツンちゃんは家事と品定めを担当する」

o川*^ー^)o「……これからも上手に付き合っていこうね。
        わたし今、そんなに悪い気はしてないから」

 キュートは暗黒微笑でそう言って家を後にした。
 ツンも一息ついてから、自分の仕事に取り掛かった。

.

774名無しさん:2023/01/30(月) 23:07:29 ID:.eE0h2Dw0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ξ゚⊿゚)ξ

 ――家の中を掃除して、整理して、はたと小さな置き時計を見る。
 時刻はそれでも昼さえ越えておらず、ツンがやるべき仕事はあとひとつしか残っていなかった。

 ツンは暖かなリビングから書斎兼物置きとなっている別室へと場所を移した。
 薄暗い部屋だった。窓はあったが陽射しは皆無で、しっとりした寒さが肌を舐めるようだった。

 中に入り、扉を閉めると部屋の暗がりがさらに色濃くなった。
 ツンは目を慣らしてから中を進み、背の低い本棚から数冊を抜き取ってそのタイトルを検めた。
 英語、フランス語、ロシア語、中国語のそれらには、およそ日記を意味する題が載せられている。

ξ゚⊿゚)ξ(……これはまだ、読んでないわね)

 ツンは諸々の日記を持って窓際の机に向かった。
 朽ちかけている椅子にゆっくりと腰掛け、他人の日記を静かにめくり始める。

 このレンガ小屋は終末期を迎えた患者の隔離場所である。
 そんな場所に置かれた日記など、ぶっちゃけ縁起のいいものではない。

 しかし、彼女はそういったものを好んで読み進めていた。
 ここに来てからずっとそうして、人間の最期の感情を咀嚼し続けていたのだ。
 そこに『人間の死』への共感など無く、彼女はただ、好物としてそれを摂取していた。

ξ゚⊿゚)ξ「――……」

 興味深い、面白いものとして。
 即ち、人間という生物への知的好奇心を満たす為に。
 掃除の時に古いジャンプとか読んじゃうノリで。

.

775名無しさん:2023/01/30(月) 23:08:35 ID:.eE0h2Dw0


 とはいえ、死にかけの人間が書く文章など大した量や内容にはならないものだ。
 文字が歪んでいて読解自体が難しかったり、最初の数ページ以降は全て白紙という本もかなり多い。
 当たり外れの区別はないが、読み応えという点でツンの欲求を満たすものはかなり少なかった。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ「……ふぅ」

 ツンは手にした日記たちを10分もしないうちに読破してしまった。そしてもう二度と読まない。
 あとの時間はキュートに任されている品定めに使い、書斎の整理を同時に進めていく。

 以上が魔王城ツンの基本的な生活習慣。
 彼女はこれを半月以上繰り返し、これ以外の事を何もしていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……ざ、りとるぷりんす」

ξ゚⊿゚)ξ(これ初版っぽいし、多分売れるやつよね)

ξ゚⊿゚)ξ(こっちのは虫の本かしら……ファーブル?)

ξ゚⊿゚)ξ(とりあえず読みましょう)

 〜3時間後〜

ξ゚⊿゚)ξ(読み終わったのだわ)

ξ゚⊿゚)ξ(……品定めも少しやったし、次は部屋の整理をしましょうか)チラッ

 ツンは立ち上がって書斎を一望し、さてどこに手を付けてみようかと少し考えた。

 背の低い本棚。背の高い本棚。床に積まれた本の山。
 埃を被った医療器具。衣類や毛布の塊。壊れた家具や家電の類。
 それらに加え、キュートが持ち帰ってきた金目のものがとにかくいっぱい。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「書斎なんだし、やっぱり本よね」

 ややあってから、ツンの関心は背の高い本棚に向けられた。
 それは整理を口実にした宝探し。彼女の目当ては、その本棚に収められた未読の日記たちであった。
 足の踏み場を作りつつ、ツンは背高の本棚に近づいてラインナップを確認した。

.

776名無しさん:2023/01/30(月) 23:14:28 ID:.eE0h2Dw0


ξ゚⊿゚)ξ(どれどれ……)

 こちらの本棚には専門的な知識を要する分厚い本ばかりが並んでいた。
 医学、地学、神学――中でも気象学に関する本が多いのは先人の趣味だろう。

 それらはまた今度読むとして、ツンは最初に無題の革装を手に取った。
 背に記載が無いので恐らくは日記であろうが、革装の日記ともなると好奇心も一入だった。
 しかもデカくて分厚いのである。ツンちゃん的にも期待を寄せる大物であった。

ξ゚⊿゚)ξ(……おお、最後まで文字たっぷりだ)ペラッ

 期待しつつ小口をぱらぱらと流してみると、手書きの文字が最後のページまでしっかり綴られていた。

ξ゚⊿゚)ξ(あと日本語だし。読み慣れてるから助かるわね)

 ツンは一旦本を閉じ、気を取り直して最初のページに戻り、またじっくりと読み始めた。

.

777名無しさん:2023/01/30(月) 23:16:53 ID:.eE0h2Dw0



ξ゚⊿゚)ξ(……言葉を知らぬ頃。初めて『それ』を見た瞬間、私は神の存在を必要とした)

ξ゚⊿゚)ξ(曰く、言葉は神であったという。即ち、私はそのとき言葉を欲したのである)

 ポエムから始まる日記は流石に初めてだった。
 書斎にあるという事はこれを書いたのも死の間際の筈だが、随分余裕があるなと彼女は思った。


ξ゚⊿゚)ξ(世界を巡り、言葉を覚え、……程なく私は、『それ』を言い表す為の言葉を知った)

ξ゚⊿゚)ξ(その言葉とは星であった。私が最初に見たものは、星と呼ばれるものであった)


ξ゚⊿゚)ξ(言葉を知らぬ頃、私は夜空の星を見て、それを美しいと感じていた)

ξ゚⊿゚)ξ(しかしそのとき、私の中には美しいという感情の他に、もうひとつ別の思いがあった)



ξ゚⊿゚)ξ(……欲しい。私は、星を欲していたのである)


.

778名無しさん:2023/01/30(月) 23:18:05 ID:.eE0h2Dw0



ξ゚⊿゚)ξ「……星が、欲しい?」

ξ゚⊿゚)ξ


ξ;゚⊿゚)ξ(えっ、ここで親父ギャグ――!?)


 突然のユーモアに思わずツッコミを入れてしまうツンちゃんであった。


.

779名無しさん:2023/01/30(月) 23:19:45 ID:.eE0h2Dw0



◆ 素直キュートの日記 Day30 ◆


 相変わらず何も起こらない 魔物の生態は少し分かってきた 
 ツンちゃんは食事もウンチもしない 魔物には代謝機能がそもそも無さそう
 魔物のエネルギー源は魔力だけ? やっぱり生物として根本的に違う

 ツンちゃんが意外とバイリンガルで助かる 金目の物を集めやすい
 墓掘りの仕事 飽きた


.

780名無しさん:2023/01/30(月) 23:22:09 ID:.eE0h2Dw0

#08 >>559-627 #09 >>634-666 #10 >>675-744
#11 >>753-779

今後は書けたらすぐ投下する感じでやります
投下頻度は多分高くなると思います!恐らく、きっと…

シベリアの話がしばらく続きます がんばれツンちゃん!

781名無しさん:2023/01/31(火) 05:22:08 ID:xDFrPI..0
おつで

782名無しさん:2023/02/14(火) 11:48:55 ID:7mEye2pM0
久々にブーン系戻ってきたらツンちゃんがシベリア送りになってた
今後も楽しみ

783名無しさん:2024/04/20(土) 09:19:17 ID:oanryblQ0
そして1年の時が流れた…


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