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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

2 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:29:08 ID:gcTLuMsI0
【参加者】
『side東方project』
【東方紅魔郷】 2/5
●チルノ/●紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/●十六夜咲夜/○レミリア・スカーレット

【東方妖々夢】 2/6
●橙/●アリス・マーガトロイド/●魂魄妖夢/○西行寺幽々子/●八雲藍/○八雲紫

【東方永夜抄】 6/6
○上白沢慧音/○因幡てゐ/○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅

【東方風神録】 5/6
○秋静葉/●河城にとり/○射命丸文/○東風谷早苗/○八坂神奈子/○洩矢諏訪子

【東方地霊殿】 2/5
●星熊勇儀/○古明地さとり/○火焔猫燐/●霊烏路空/●古明地こいし

【東方聖蓮船】 2/5
●ナズーリン/●多々良小傘/●寅丸星/○聖白蓮/○封獣ぬえ

【東方神霊廟】 1/5
●幽谷響子/●宮古芳香/○霍青娥/●豊聡耳神子/●二ッ岩マミゾウ

【その他】 9/11
○博麗霊夢/○霧雨魔理沙/●伊吹萃香/○比那名居天子/○姫海棠はたて/○秦こころ/○岡崎夢美/
●森近霖之助/○稗田阿求/○宇佐見蓮子/○マエリベリー・ハーン

『sideジョジョの奇妙な冒険』
【第1部 ファントムブラッド】 1/5
○ジョナサン・ジョースター/●ロバート・E・O・スピードワゴン/●ウィル・A・ツェペリ/●ブラフォード/●タルカス

【第2部 戦闘潮流】 5/8
○ジョセフ・ジョースター/●シーザー・アントニオ・ツェペリ/●リサリサ/●ルドル・フォン・シュトロハイム/
○サンタナ/○ワムウ/○エシディシ/○カーズ

【第3部 スターダストクルセイダース】 3/7
●空条承太郎/○花京院典明/●ジャン・ピエール・ポルナレフ/
○ホル・ホース/●ズィー・ズィー/●ヴァニラ・アイス/○DIO(ディオ・ブランドー)

【第4部 ダイヤモンドは砕けない】 3/5
○東方仗助/●虹村億泰/●広瀬康一/○岸部露伴/○吉良吉影

【第5部 黄金の風】 2/6
○ジョルノ・ジョバァーナ/●ブローノ・ブチャラティ/●グイード・ミスタ/●トリッシュ・ウナ/
●プロシュート/○ディアボロ

【第6部 ストーンオーシャン】 4/5
○空条徐倫/●エルメェス・コステロ/○フー・ファイターズ/
○ウェザー・リポート(ウェス・ブルーマリン)/○エンリコ・プッチ

【第7部 スティールボールラン】 4/5
○ジャイロ・ツェペリ/●ジョニィ・ジョースター/○リンゴォ・ロードアゲイン/
○ディエゴ・ブランドー/○ファニー・ヴァレンタイン
残り 51/90

3名無しさん:2017/12/27(水) 23:19:50 ID:8hQs93Wk0
管理人さん生きてたか!!
何にせよスレ立て乙乙!!

4 ◆qSXL3X4ics:2017/12/31(日) 21:55:21 ID:lusMo5uY0
大晦日なのでゲリラで投下します。

5虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 21:59:36 ID:lusMo5uY0



「紅魔館へ向かおうと思います」



 尊厳たる態度を以て、八雲紫は静かにその意志を導き出した。
 流石のジョルノといえど彼女の意向には一瞬惑い、鈴仙は含んでいたペットボトルの水をジョルノの横顔目掛けて煌びやかに射出し、鮮やかな虹を生んだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『鈴仙』
【真昼】C-3 地下水道


 会場の地下空間にうねる、大蛇の胃を思わせる長いトンネル。ここは基本的に一本道の薄暗い場だが、彷徨う者達を時偶に選択へと誘わせる。

「紫さん。道が二手に分かれてますが」

 一行の先頭を歩く鈴仙が後方を振り返り、最後尾の八雲紫に向けて訊ねた。その表情は先程までの様に自虐を繰り返していた暗鬱なるそれとは違い、どこか憑き物が取れた様にも思う。三者の中間を歩くジョルノは、振り返る鈴仙の姿を見て心中では安堵した。

「ほら、一々私に訊かないの。何の為に貴方を先頭に歩かせてると思ってるの」

 どこまでも居丈高なお人だ。鈴仙は母親のように振る舞う紫へ心の中でそっと毒づくと、得意の波長レーダーによってその長い両耳に神経を集中、周囲の環境を探る。

「うーん。反響を掴みやすい地下トンネルとはいえ、長距離の索敵は正確性に欠けますね。……敢えて言うなら、左の道からは水音がします。水道でしょうか」

「左を行きましょう。大雑把な方向感覚ですが、右だとC-2……『禁止エリア』に触れかねません」

「じゃ、左ね。鈴仙、ご苦労様」

 左一択だと分かっていてやらせたな……。そんな確信を紫へ抱き、鈴仙は素直に隊の頭脳(ブレイン)二方の意見を聞き入れ歩みを再開した。

6虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:01:23 ID:lusMo5uY0
 地霊殿を抜け、チーム一丸として行動を開始した三人。懸念や疑念、目的や指針は幾らでもある。鈴仙との一騒動を終え、改めて各々の得た情報を重ね合わせ、放送の内容も合わせて熟考すれば、明らかに不可解な事実が一つ浮き上がってくる。

「……ディアボロは、この地下の何処かに逃げ延びたんでしょうか」

 前を歩く鈴仙が、僅かな敵意を含ませながら発した。第二回放送にて読み上げられた最後の名前。それこそが『ディアボロ』。滅すべき敵の名が、死者として扱われていた。

「少なくとも奴は確実に『生きている』。何故放送で呼ばれたか……奴が娘の肉体を乗っ取った事にカラクリはありそうね」

「奴はトリッシュの身体へ逃れる事によって、偶然的に主催達の目を誤魔化せた……そういう事ですか?」

 ジョルノが導いた答えは、ひとえに頷き難いものである。素直に取ればそれは、ディアボロは一足早くこのゲームからの脱退を可にした事と同義だ。

「安直には決められないけど、その可能性もあるわ。そして、もしそうだとしたら……私達は、いえ───このゲームの参加者全てが、あの男に多大なる遅れをとった。どうしようもないほどのハンディキャップを背負ってしまったのよ」

「ハンディキャップ、ですか?」

 前方を警戒しながら鈴仙は、オウム返しで紫に疑問を顕にする。その問いに代わりに返したのは、もう一人のブレインであるジョルノ。

「頭の中の爆弾、ですか?」

「ぴんぽーん。ジョルノ君、正解」

 流石と言うべきか、八雲紫は余裕の声色で司会者を自然に担う。意図せずして解答者に回された二人の人と妖は、現状がいかに危ぶまれた境遇なのかを改めて認識し始める。

「確証はありませんが、放送で奴の名があったということは、既にディアボロは死亡者として扱われている。そうであるなら、頭の爆弾は作用“しない”という考えですね」

「ちょちょ、待ってよジョルノ君! じゃあ何? この殺し合い、あの男の優勝も同然みたいなものじゃない!」

 あくまで仮説である。だが鈴仙は、二人が辿り着いた仮説にとても納得出来ない。そんな馬鹿げた考えを認めてしまったなら、あのディアボロがこの先何をするかは考えるまでもない。

「『何もしない』に決まってるわ! だってそれって、禁止エリアに影響されないって事でしょ!? どんなバカだって、禁止エリアに篭って何もせず最後の一人になるまで待つわよ!」

「それが可能性の『一つ』。そしてディアボロが取る行動はまだ考えられる。……そうよね? ジョルノ君」

「主催の『虚報』と断じ、やはり爆発を恐れてゲームを続行する。寧ろ、常人の行き着く選択はこれが大多数でしょう」

「あ……っ」

7虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:02:43 ID:lusMo5uY0
 ジョルノの言葉を受けて鈴仙もその可能性に気付いた。いや、冷静に考えるなら普通はそうだ。爆弾は解除されている“かもしれない”。その“かもしれない”に、命をベット出来る勇敢なギャンブラーがどれほど居るだろう?
 根拠など無いのだ。虚報であろうがなかろうが、偶然起こったアクシデントに裏付けの取れない仮説を唱え、一つしかない命を差し出す奴はともすれば馬鹿である。
 解除されているかもしれない。しかしやはり解除されていないかもしれない。禁止エリアにて座し、爆破の瀬戸際にその不安が頭を過ぎらない者など居ない。
 加えて、件の人物は“あの”ディアボロである。自らの正体が露呈することにすら怯え、これまでの人生を闇のベールに隠してきた筋金入りの臆病者。

「そっか……。アイツならそんなこと出来るワケがないもんね。ていうか、私でもそうなると思う」

 同じ臆病者の肩書きを背負ってきた鈴仙だからではないが、もし自分が彼奴と同じ立場であれば確実に臆する。やはり『そんな事』など試せないと短い尻尾を巻き、再び血塗れの戦場にほっぽり出されるだろう。

「そう。それも可能性の『一つ』。鈴仙、事はそう単純ではなくなってきているのよ」

「ぅえ? そ、そうなんですか……?」

「鈴仙。奴を今までのディアボロだと思っていると痛い目に遭うでしょう。事実あの男は一度、命を投げ打っているのです。君も見ただろう?」

 第二の解答者ジョルノが、鈴仙の粗を正すようにヒントを差し出してきた。知者二人のサンドイッチにされる鈴仙は、肩身の狭い思いで一生懸命考える。

「えっと、もしかして奴が娘を殺した時の……?」

「ええ。トリッシュの肉体を乗っ取る……既にそれ自体が奴にとっての大博奕。そしてアイツは勝利し、再び僕らの前からまんまと逃げおおせました」

 忘れようもない光景だ。あれはディアボロにとってのターニングポイント。あの経験を経て奴は変貌した。弱さを投げ捨てた男が『勇気』を得たのだ。それを成長と言わずして何と言うのか。

「つまり、巡り巡って、えぇっと」

「ディアボロは二度目の博奕に打って出た事も考えられる。即ち、一か八か禁止エリアに『居座る』という選択です」

「……最初の可能性に戻ってきちゃったわね」

「とんでもない。今の前提を下敷きにして考えれば、現在のディアボロは『恐怖を乗り越えた』事になります。今までのアイツだと思うなと言ったのはそういう意味です、鈴仙」

 人間は成長する。それがたとえ『正』への方向だろうと、『負』への方向だろうと。鈴仙は、自分が何者にも成長出来ず、へたり込んでばかりの臆病者である事に嫌気が差してきた。過程は褒められたものではないが、あの悪魔ですら成長しているのに私は何をやっているのだ、と。

「……って、ちょっと待ってよ! もしそうだとしたら、奴は『今』、すぐそこの禁止エリアに引っ込んでるんじゃ……!?」

 鈴仙はジョルノらの後方、先ほど自分達が左折してきたT字路を勢いよく指差す。ジョルノの言った通りその方向はC-2……禁止エリアだ。ディアボロがこの地下に逃げ果せ、真っ先に禁止エリアへ逃げ込むとしたら十中八九、そこだろう。

「つ、追撃しましょう! こっちにはジョルノ君と紫さんがいる! 奴も肉体の負傷があるし、トドメを刺さないと……!」

 ずっと求めていた敵の拠点がすぐそこにある。それを知っていてもたっても居られない鈴仙は殺気立った。
 ジョルノはそんな彼女をキッパリと制する。

「鈴仙。気持ちは分かりますが、君は僕達の話を聞いていたのですか?」

「ジョルノ君の言う通りよ。ハンディキャップを背負ったって言ったばかりでしょう。まさか貴方、禁止エリアという土俵に登った上でディアボロと相撲を取るつもり?」

「……あっ」

 頭に血が上って肝心な事を忘れていた。二人から呆れられるのも無理ないが、これでは紫から『知能に制限が掛けられている』と疑われても当然だ。策も無しに蟻地獄へ突っ込み落っこちるおマヌケ仔兎が生まれるところである。

「鈴仙。私の式神になる話……もう一度考えてみない?」

「いやホント……ゴメンナサイ」

8虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:04:24 ID:lusMo5uY0
 寒気を引き起こす大妖怪の微笑に、地上の兎は縮こまる。地霊殿で交わした鈴仙を始末するしないというやり取りは、八雲紫流の『遊び』なのかもしれないが、あの悶着を経てまでも成長出来ないのであれば、いよいよもって鈴仙の処遇が本格的に決議されかねない。
 だが実際問題、ディアボロを討つには禁止エリアに侵入する以外の方法が今の所ない。即座に却下した以上、紫には案があるのだろうか。

「悪魔の根城を攻めるには、相応の下準備と情報を集めてからでも遅くはないって話よ。下手っぴシューターがいきなりEXステージにノーミスノーボムで挑む……貴方のやろうとしてる事はそれくらい馬鹿で無謀で頓珍漢」

 どうもこの御方は人を必要以上におちょくるのが特大の趣味らしく、かの妖狐の苦労はそれはそれは大変なものだったのだろうと察することができた。どこの主従も似たようなものらしい。

「逆を言えば、ディアボロはC-2からは動かない。奴への対策は思いの外容易である、と……そういう事ですか?」

 叩きのめされた鈴仙に変わり、ジョルノが続いて解答権を得る。確かに奴が禁止エリアから動かないのであれば、考えようによっては御しやすいとも取れる。いっそ兵糧攻めでもするか。

「……極端な話、奴の潜伏する地点を二方向から挟み撃ちにでもしてしまえば、物量で潰せる。地下だし逃げ場もない。爆破の猶予10分以内に討伐する事も可能でしょう」

 紫の提案は実にシンプルであった。キング・クリムゾンの弱点……というより通常スタンドは、多人数相手に弱いものだ。マトモなぶつかり合いを前提とした戦闘なら、幻想郷の名だたる強者たちと比べてスタンドが及ぼす火力など微々たるものである。
 数の暴力。人数さえ揃えれば、ターゲットを一方的に補足した状況下での掃討など、いかな強力スタンドと言えどバッファローの群に潰される一匹の獅子だ。“王”と言えど周囲を大量の“歩”で囲めば王手。物理的に敵うわけがない。


「それが『最も殺りやすい』状況。私達にとって一番理想的な可能性ね」


 唱える紫の表情は決して冴えない。これまでの話の流れからして、ディアボロがそこの禁止エリアに潜伏している可能性はとても高いように思える。

「まさか……」

 ジョルノが紫の意図を察し、次第に青くなる。この場で誰よりもディアボロと対峙し、奴をよく知っているジョルノだからこそ、“その”可能性をすぐには受け入れられない。


「一番厄介な可能性。それは『ディアボロが己の枷が外れたと自覚して尚、禁止エリア外に赴き殺戮を繰り返す』というもの」

9虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:05:11 ID:lusMo5uY0
 ジョルノも鈴仙も口を閉ざした。有り得ないからだ。
 敢えて危険に身を晒す。身を隠すという選択肢を開かない。そんなルートをよりによってあの男が選べるだろうか? 誰であろうと、人の心情的に考えられない。
 それは本能を打ち破るような行為。人が誰しも持つ、反射的に痛みや恐怖から逃れようとする本能を打ち破る勇気が必要だ。よしんば打ち破れたとして、メリットよりもデメリットの方が圧倒的に多い。

「い、いやいや紫さん! いくら何でもそれは無いですって! 何の為にそんなリスクを、しかも臆病者のアイツが……」

「確かに考えにくい。しかし鈴仙。君が言う『臆病者』という言葉は、今のアイツには最早通じない。忘れてませんか?」

 かつてのパッショーネボスであったディアボロと現在のディアボロは別人だ。肉体と共にあの男は、精神を脱皮させた。そこから羽化する悪魔の全容は、計り知れない成体として生まれ変わるだろう。

「何の為、というのなら鈴仙。少なくとも私達は大いに困ることになる。もし奴がその『一番厄介な可能性』を取ったとすれば、こちらの対抗策が大幅に削がれることになるもの」

 まず、消えたディアボロを再び捜索するところから始める必要がある。それがどんなに難儀する作業かは鈴仙が身を以て知っている。
 その上、バリバリに殺意を高めた悪鬼は更なる獲物を求めてどんどんと行動の幅を広める。その過程で屍の山が築かれるのは紫らにとって避けたい災害だ。

「で、でもその可能性ってそんなに無いんじゃない、カナぁ。私は、奴なら何だかんだで事が収まるまで引っ込む選択を取ると思う、マス……」

 非常に自信なさげに尻すぼみする鈴仙を一瞥し、紫は顎に手を当てる。そう、確かに理性的に考えれば鈴仙が言うように、流れ弾の届かない場所で引っ込むべきだろう。それは臆病なのでなく、極々当たり前の合理的思考を辿った選択だ。
 どれだけ考えてもそれは『可能性』止まり。ここで立ち往生しても結果が見える訳では無い。どちらにせよ今ディアボロを深追いすることは悪手だろう。

「……進みましょう、鈴仙。ジョルノ。ディアボロは今、前進している。追い付きたいのであれば、私達も前へ進むしかない」

 敵はディアボロだけではないのだ。悪魔に振り回された挙句、背中を刺される事態は避けなければ。
 鈴仙もジョルノもそれは分かっている。故に今は、この地下道を前に進む。


 そんな折に邂逅を遂げたのは、両者たちにとっては僥倖だろう。
 暗い地下空間の向こう。全身の縫い傷から黒い血をドロドロと垂らしながら現れた『バケモノ』との再会が、紫の危惧する『最も厄介な可能性』を明け示していたのだから。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

10虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:08:48 ID:lusMo5uY0
『F・F』
【真昼】C-3 地下水道


 バケモノは、悪魔との競り合いに大敗した。
 修羅場を潜ってきた場数の差か。時間操作能力の相性か。様々な偶然がF・Fにとっては悪運だっただけか。
 どれも違う。トリッシュの殻を被った悪魔は、勝つべくして勝った。その差がどこに起因するのか、F・Fの理解に及ぶ所ではない。
 そしてそれこそが。F・Fの未知なる領域で悪魔が円舞曲を踏んだというその事実こそが。勝負を分けた決定的な線となったに過ぎない。


「F・F!」


 四肢をもがれ、大穴を抉られた十六夜咲夜の肉体。周辺が水路であったことが幸いし、負傷の修繕に事欠くことはなかった。応急の結合だけを済ませ、地上への脱出を目指す彼女の背後から三人の参加者が追い付いた。
 ジョルノ・ジョバァーナ。そしてディエゴの恐竜化を受けていたはずの八雲紫。更に直接の面識こそないが、咲夜の肉体が持つ記憶にある鈴仙・優曇華院・イナバ。少し珍妙な組み合わせであるが……彼らは“どう”だ?

「───止まりなさい。……ジョルノ。私と貴方が初めに出会った場に居合わせた者の名は?」

 銀に光るナイフを一本、近付いてくるジョルノらに切っ先を向ける。
 トリッシュの時と同じ轍を踏むわけにはいかない。ジョルノは今、開口一番に『F・F』と呼んだ。器の持ち主である『十六夜咲夜』の名でなく、本体のF・Fの名を。それは彼が容姿を偽った偽者でなく、自分の知るあのジョルノだという証左と言えるが、前回の失態もありF・Fは用心深い接触を心掛けるようにしていた。

「……トリッシュ、小傘、諏訪子さんにリサリサさんの四人。数時間前の霧の湖、その畔での事です」

 対するジョルノもF・Fの真意に気が回らない事などない。今度こそ安心できる答えが返ってきたことにF・Fは安堵し、構えていたナイフを取り下げる。彼は本物のジョルノ・ジョバァーナと断定していいだろう。
 そして先程まで霊夢と承太郎を治療していた筈の彼が今、こうして別の仲間を連れて地下に居る。傍に連れるべき人間を差し置いて。

「どうしたのですその傷は……? 随分と───」

「私の事はいい。それより……ジョルノ。『二人』は?」

「……霊夢さんと承太郎さんならば、既に治療を終えました。とはいえ瀕死の状態からの緊急処置。敢えて不安にさせるような事を言いますが、後は二人の体力次第です」

 彼の放つ内容はF・Fを完全に安心させるものではない。どころか無責任な言葉にも聞こえた。トラックでの追撃戦が始まる直前、F・Fは「任せた」と確かに言った。死に体の恩人を放っておきながら、どうしてこんな所で油を売っている?

 「F・F。貴方の言わんとしている事は分かります。あれからこちらにも抜き差しならない事情がありましたが……僕の落ち度が非常事態を招きました」

「非常事態……って、どういう事!? まさか霊夢達に何かあったんじゃ……っ!」

 ぶわりとF・Fの銀髪が逆立つ。ディエゴに敗北したのは自分だ。あの後、奴らがトラックに追い付いて暴挙を働いたとしたなら、それは己の落ち度とも言えるが。
 空気に軋みを感じたのか。迫るF・Fと自らの責任を語るジョルノとの境界上に、助け舟がスキマを作った。

「お待ちなさい。詳しい説明なら私からしましょう」

「……八雲、紫」

 空気の乱れをも優雅に受け流す大妖。彼女がまず語ったのは、霊夢と承太郎の安全、その保証である。
 ジョルノとリサリサは任せられた仕事を最後まで全うした。そうでなければ責任感の強いジョルノがこうして地下をウロウロしている筈がないし、そこは責められるべきでないと紫は彼のフォローを行う。
 怪我人二人のアフターケアは途中合流した空条徐倫と霧雨魔理沙にバトンを渡した。混沌としたあの戦場でその役を任せるに相応しいと紫が判断した上で彼女らを逃がしたと説明されると、F・Fは未だ不安を隠せない面持ちながらも納得する。
 続いて事の運び。ディエゴと青娥のその後や、新たな危険人物の襲来についての詳細だった。
 霊夢達を狙う者の撃退、第二次諏訪大戦、混沌に導く怪雨、娘殺しの悪魔の奇襲……とてもひと口には説明し尽くせない出来事が紫ら一行を襲ったらしい。

 特に……目をひん剥くような情報が最後に語られたのはF・Fにとっても見逃せない。

11虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:10:02 ID:lusMo5uY0
「ディアボロ……そいつが、トリッシュの肉体を乗っ取って……!?」

「はい。貴方を襲ったというトリッシュも中身はそいつです。……しかし、無事でいてくれて本当に良かった」

 最後に全てを掻っ攫って消えた悪魔。かの男があのすぐ後まさかF・Fと出逢い、一戦を交えていたとはさしものジョルノとて想定外。ソロでぶつかり合い、敗北したとはいえこうして今F・Fと再会できたことは間違いなく幸運だった。

「ちっとも無事じゃないわよ。……死を覚悟したわ」

 肉体の負傷はある程度治し、現在は情報を交換しながら紫が衣服の補修をやってくれている。所々千切られ、ボロ雑巾同然となった紅魔館の制服は十六夜咲夜にとって忠誠の証。故にこの格好ではあまりにみっともないと、紫からのお節介によりスキマ能力で千切れた服の繊維を一つ一つ繋げて貰っている。

「はい。服の修繕完了」

「恩に着るわ」

「いえいえ。……で、確認するけど、確かにディアボロは禁止エリア内でも平然としていたのね?」

 紫が念を押してくる。事前に仮説を立ててはいたが、F・Fの体験により確定した。あの男は既に脳内爆弾を解除せしめ、あろう事かその上でゲームに興じているのだと。

「最も厄介な可能性にぶち当たっちゃいましたね……」

 鈴仙がぼやく様に、これでディアボロへの対抗策が打ち立てにくくなった。考えようによっては、奴の肉体は爆弾解除に成功した現状唯一のモルモット。奴という肉体を調べれば参加者に掛けられた枷を解くヒントにもなり得るが……。


「紫さん。今、僕達は幾つかの『選択』を迫られています」


 思案する紫の心を読むかのようなタイミングでジョルノが語りかける。ここは重要な場面なのだと、彼は理解できているようだ。伊達にギャングのボスをやっていない。

「私は……やっぱりディアボロを追いたい。こうして被害者も既に出ているし、奴の能力は危険すぎます」

 満を持して鈴仙が自らの意見を主張する。その誉れ高き尊重に値する御意見様は、紫の右耳から左耳を特急通過して虚空へ消える事となる。

「鈴仙〜。貴方はあの男に囚われすぎなのよ。忘れろとは言わないけど、今の貴方は己の『大地』を踏み慣らすときじゃなくて?」

「私の……大地、ですか」

「私から見ても貴方はまだ、何もかも途中。中途半端もいい所よ。その点ディアボロは、既に己が道を踏み締めている。
 貴方の歩幅で奴に追い付くには、まず足元をよく見なさい。私から授ける助言はあまり無いわよ」

 鉄は熱いうちに打てというが、方向性も見定まらないままに鈴仙という原石を打っても、出来上がるのはナマクラのポン刀だ。そして、打つべきは紫に非ず。その点で役者が一枚上なのは恐らく、ジョルノなのだろう。
 いつも通りの含んだ言動で、鈴仙の意見は適当に封殺する事とした。上手いことを言っておきながら、要はディアボロの追跡はここでは行わない。今開くべき選択の扉は別にあると、鈴仙を丸め込む為の話術である。
 案の定、鈴仙は苦虫を噛み潰したような顔で、紫の似非アドバイスを真に受けながらコンクリートの地面を踏み踏みと慣らしている。紫の耳に入れたい意見はそっちではなく、参謀を担う彼の方だ。

「今、ディアボロを叩くのはリスキーだと僕も思います。では紫さんはどうお考えですか?」

「私としては、まずジョルノ君の選択を訊いてみたいわね」

「……僕には、二つの選択肢があります。まずは霊夢さんと承太郎さんの無事の確認。治療を任された以上、彼女らの蘇生を最後まで見届けなければならないという責任を感じています」

「それは私の立場としても気に掛かる所ではある。……で、もう一つは?」

「諏訪子さんとリサリサさんが心配です。八坂神奈子でしたか。それと天候を操るあの男……生易しい相手ではない筈」

「加勢、か」

 ジョルノの提案した選択肢は両方共が急を要するルートだ。ディアボロ追跡案とは違い、こちらは向かうべき場所もやるべき事もハッキリしている。
 特に霊夢の生死は幻想郷の維持に大きく関わる。紫個人の感情も反映すれば、彼女の無事だけは最優先したいというのも確かな本音だ。ジョルノの言う責任というのも理解できる。

「……F・F。貴方、どうしたい?」

 単刀直入であった。今や十六夜咲夜と同調した彼女の意思は、霊夢と承太郎への恩に相当傾いている。わざわざ訊くまでもない事であったが……


「霊夢と承太郎に会いに行く。二人は今、何処へ?」


 毅然とした意思表示。少なくともF・Fにディアボロを追う選択は全く無いようだ。肉体の髄まで恐怖を刻み込まれている。
 なれば……この者には任せられそうだ。

12虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:11:17 ID:lusMo5uY0

「魔理沙達と離れる際に「命蓮寺に向かえ」と指示しておいたわ。反故にされていなければそこに向かったでしょうね。鈴仙、彼女に必要物資を分けてあげなさい」

 F・Fは現在、地図や時計、懐中電灯など最低限の物資が失われている。こちらにはジョルノの分の物が揃っているので、ひとまず彼女に必要な分だけ渡しておく事とした。

「死者内容と禁止エリアも記載してるわ。食糧は悪いけど自分で何とかしてね。貴方が何食べるのか知らないけど」

「助かるわ。霊夢達は命蓮寺、ね? 皆は共に来ないのかしら?」

「霊夢と承太郎はひとまず、貴方に任せようと思います。向こうには魔理沙達も居るし、私達は私達のやるべき選択がありますので」

 ジョルノも鈴仙も紫の方針には少しばかり驚き、互いに目を見合わせた。紫はこれで相当霊夢の心配をしていた様に二人の目からは見えていたのだ。その救うべき人材を他人に任せ、別の選択を取るという。

「ジョルノ君は充分F・Fへの恩義を示したと思うわ。霊夢達の治療をやり遂げたのなら、貴方がこれ以上責任を感じる必要はなくなる。
それに霊夢救援を任せた本人であるF・Fが霊夢に付くのなら、今更貴方が彼女の元へ向かう必要性は薄くなった」

 ハキハキと、紫はあくまで合理的な指針を述べる。トラックとの別れ際、魔理沙に命蓮寺へ行けとは伝えたが、合流の意思は敢えて出さなかった。道中何が起こるかの明瞭な予想は不可能に近く、アクシデント一つで集団の行動は著しく遅延・破綻するのが常だ。
 それにあの魔理沙や霊夢のこと。復活して早々に行動を開始するくらいはやるだろう。いつ到着するかも分からない紫達を合流予定地で呑気に待つよりは、ある程度好きにやらせた方が良い。臨機応変な隊形で動かす為、積極的な合流は最優先ではないと判断し、向かわすのはF・F一人とした。

「では我々は猫の隠れ里……諏訪子さんとリサリサさんに合流しますか?」

 紫の判断にさして不服な様子も見せず、ジョルノは残る一つの選択肢のノブに手を掛ける。

「いえ。やめときましょう、あそこは。カエルとかヘビとか、気色悪いしねぇ」

 が、ノブに掛けた手はあっさりと振り払われることとなった。未だにカエルの粘液やらを気にしているのか。ボロボロとなった手袋を裏に返したり表に向けたりする紫を見て、この御方も生易しい女々しさを吐くものだなあと鈴仙は内心思う。
 尤も、鈴仙とてあの鉄火場に進んで顔を出しに行きたいわけもなく、何よりあそこには自分を容易に叩き伏せた男がまだ居る。出来れば二度とお目にかかりたくない部類の敵なので、この場は紫の意見にも賛成票を入れたい。
 F・Fへと必要な物資を分けたついでに、鈴仙は荷物からペットボトル水を取り出して口を付けた。聡明なスキマ妖怪様のことだ、キチンと先見を見通した上で今後のスケジュールを立てているのだろう。
 それにジョルノが首を縦に振るなら、彼に付いて行くつもりの鈴仙も文句など無い。二つ返事で了承し、この男の子の力になる。その覚悟は固めているつもりだ。

「神奈子に関しては諏訪子に任せた方がいい。家族の問題に部外者が口出すものではないわ。それにあそこにはまだ天候を操る奴がいる。カエルとヘビには免疫を付けた私達でも、次はどうなるか分からない。
 何よりあれからもうかなりの時間が経っている。全ては後の祭り……私の見立てではそう出ている」

「しかし、彼女たちの命が掛かっているかもしれません。その諏訪子さん達や霊夢さん達よりも優先すべき事が……?」

 一つ一つの厄介事に取り組んでいてはキリがない。我々の肉体はたかだか三つしか無いのだ。この人数で全ての災に立ち会っていくのは無理がある。

 だから、本当に『今、為すべき行動』を見極めなければならない。『それ』が出来るのは……この世に八雲紫しかいない。
 ある一つの孤独な『メッセージ』を受け取ることのできた、かの大妖だけなのだ。




「紅魔館へ向かおうと思います」




 そして女は、進むべき運命を唱えた。
 思わぬ地の名前。ジョルノは彼女の意図を図りかね渋顔を作り、そして鈴仙は口に含んだ水を弾幕へと変えて彼の横顔に誤爆した。

13虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:13:10 ID:lusMo5uY0

「……鈴仙」

「あっ! ご、ごめんねジョルノ君……じゃなくってぇ! 紅魔館ですって!?」

 心臓が一瞬凍り付いた。今、聞き間違いでなければこの御仁は『紅魔館』と言ったのか。
 鈴仙はかの悪魔の館に足を運んだ訳では無いが、あの地にて巫女とスタンド使いは敗れ、八雲紫もケチョンケチョンにされ、ジョルノらが決死の攻防で救出した後も追撃を受けた土着神と時を止めるメイド(の殻)までボロボロにされた挙句、付喪神に至っては原型を残さぬほどに細切れにされている。
 その強烈な殺害現場を訪れた鈴仙自身も、遠方から館を覗いただけで圧倒的な負のオーラで抉られた。何があっても絶対に行きたくないと心で誓ったあの場所に、どうして。

「な、何で!? どうして紅魔館なんですか! 霊夢達を命からがら救って逃げ出せたのは、ついさっきの事ですよね!?」

 ジョルノの手を取り、もう一度歩みを願った鈴仙は、あれから幾らかの話を彼らから聞かされていた。その内容は鈴仙の想像を優に超えるハードなものであり、紅魔で起こった一連の事件は臆病兎を縮み上がらせるに充分な悲惨さである。
 メリットが見当たらないのだ。霊夢を救えた今、何を考えてあの悪の巣窟に舞い戻るというのか。ディアボロ追撃や猫の隠れ里に向かった方がまだ数倍マシだ。

「ムリムリムリムリムリムリムリですって! DIOとかいう吸血鬼を叩くつもりですか!? 他にもそいつの仲間とか手下とかいるかもしれないんでしょう!?」

「ジョルノ貴方、紙と鉛筆持ってない? 私デイバッグ無いから少し貸して欲しいんだけど」

「お願い聞いて!」

 鈴仙の人生を賭けた決死の抗議と文句は、紫の左耳から右耳を回送通過して再び虚空へ消えた。彼女は冗談で言ってるのでなく、鈴仙の慌てふためる痴態を眺める為でもなく、本当に紅魔を目指すつもりらしい。
 小傘の身に降り掛かった悲劇の光景が、否が応でも我が身に重なる。そんな絶望の未来を想像してか、鈴仙の長い兎耳はへにょりと折れ曲がれ、彼女本来の小心者としての性格が必死に拒否権を行使しようと口を動かす。
 その全ての文句を紫は、何やら紙につらつらと文字をこしらえながら「そーね」だの「うんうん」だのと、かなり適当な相槌を返して聞き流しているのだ。
 何を考えているのかまるで掴めない。そんな海底のワカメのように揺らめく紫の心情を推し量れる者など居るのだろうか。鈴仙はとうとう座り込み、震える膝と頭と両耳を同時に抱えた。

「紫さん? 鈴仙の困惑はもっともです。せめて理由を聞きたいのですが……何故また、紅魔館なのですか?」

「よくぞ聞いてくれたわねジョルノ君。当然理由はある。のっぴきならない事情が、厄をこさえて我が鼓膜に届いたみたいなのよねぇ」

 ジョルノの問いにはしっかり即答で応えてくれた辺り、やはりこの女はただ私をからかってるだけなのではなかろうか。鈴仙は涙目のまま、ギロリと紫を横目で睨んだ。

 「その前に……F・F。貴方にこの手紙を預けます。霊夢に無事会えたらコレ、渡しといて欲しいのよ」

 どうやら彼女が書き初めていたのは手紙らしい。綺麗に折りたたまれた簡素な文書は紫の手からF・Fへ渡される。一方的に伝書鳩の役を与えられたF・Fの方も困惑だ。八雲紫という女はマイペースが服を着て歩く様な妖怪で、自分の考えを簡単に打ち明ける性格などしてないらしい。

「え、ええ。霊夢に渡せばいいのね?」

「そ。ちょっとした封印を掛けといたから、あの子じゃないと中身見れないから。お願いね」

「それは良いけど……でも、本気で紅魔館を目指すつもり? 貴方、あそこで何の仕打ちを受けたか忘れたわけじゃあるまいに」

 かく言うF・Fもあの地にて負傷し尻尾を巻いたのも記憶に新しく、おまけに操られていたとはいえ加害者は目の前の本人だ。どうかしてる。

14虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:14:18 ID:lusMo5uY0

「私達には私達の考えがあるのよ。貴方の方もウカウカしてたら霊夢達に追い付けないわよ? さっ、行った行った」

 鳩の群れでも払う仕草で紫はF・Fを急かす。不服な気持ちもあるが、今の最優先は霊夢・承太郎だ。足を止めている場合ではない。

「F・F。どうやら僕達は貴方と共には行けないようです。……力になれず、すみません」

 ジョルノが申し訳なさ気な顔で一歩前に出る。そんな彼を、F・Fは責めたりしない。そもそもジョルノ達が居なければ霊夢も承太郎も確実に死んでいた。
 随分な厄介事を背負い込ませてしまったと思う。それなのにこの少年は、嫌な顔一つせず命懸けで彼女らを救い出してくれた。後はもう、天命に祈るしかない。

 最後にF・Fは三人に一礼し、一足先に駆け出して行った。僅かなる邂逅であったが、両者にとっては確かな僥倖である。
 純白のエプロンドレスを翻し、闇の奥へと消えていく彼女の後ろ姿を見据えながら紫・ジョルノ・鈴仙は、この小さな交わりを惜しむ様な静寂に包まれた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 地下水道】

【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、体力消費(中)、精神疲労(中)、手足と首根っこに切断痕
[装備]:DIOのナイフ×11(回収しました)、本体のスタンドDISCと記憶DISC、洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:基本支給品(地図、懐中電灯、時計)、ジャンクスタンドDISCセット2、八雲紫からの手紙
[思考・状況]
基本行動方針:霊夢と承太郎を護る。
1:命蓮寺へ向かい霊夢・承太郎と合流。
2:レミリアに会う?
3:墓場への移動は一先ず保留。
4:空条徐倫と遭遇したら決着を付ける?
5:『聖なる遺体』と大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5〜10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。キング・クリムゾンとの戦闘経験により、停止可能時間が1秒から延びたかもしれません。
※第二回放送の内容を知りました。
※八雲紫らと情報交換をしました。
※「八雲紫からの手紙」の内容はお任せします。

○支給品説明
・『八雲紫からの手紙』
大妖怪八雲紫直筆の文書。その中身は彼女が博麗霊夢に宛てた内容であるらしいが、独自の封印術により霊夢でしか封を解けない作りになっているようだ。
手紙の裏には丸っこい文字で「ゆかり♡」と書かれている。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

15虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:15:21 ID:lusMo5uY0


「じゃ、行きましょっか」

「はい。……いやいやいやいや! 流れで終わらせようとしないで下さいよ! 私達に説明すべき事がまだあるでしょう!?」


 そろそろツッコミきれない。どうしてこの人は毎度こう、予想だにしない方向へフワフワ飛んでいくのか。幻想郷の重鎮は大体こんな感じだが。

「そろそろ良いでしょう、紫さん。貴方が再び紅魔館へ向かう理由……それを訊かずして、僕達は同行しかねます」

「そーだそーだ! ジョルノ君の言う通りだっ」

 頼りになる味方を得た鈴仙は、ここぞとばかりにスキマ妖怪を追い込む事で不安を和らげる策に出た。このままでは本当によく分からないまま地獄を見に行く羽目になりそうなので彼女とて必死なのだった。

「ふーん。……どうしても訊きたい?」

 この期に及んで引っ張れる精神は大したものだ。その不動の心だけは本当に尊敬できる。ウチの姫様とタメを張れるだろうか。

「お願いします。あの館には──DIOが居る。僕のスタンドであの男に勝てるかどうか……正直、厳しいので」

「そーだそーだ! ジョルノ君で無理なら私にはもっと無理だっ」

「鈴仙、貴方ヤケになってない?」

 紫の正面で威風堂々と立つジョルノの背後、鈴仙は腕を振り上げて反旗を翻す。本当に行きたくないのだ、紅魔館だけは。けれども、ジョルノがその気ならば最早鈴仙は覚悟をしなければならない。
 親愛なる手を差し伸べてくれた彼を失うのは嫌だ。だがどうやらこの流れは、もう何があっても紫の意思は変えられない気がする。少なくとも、鈴仙如きの反対票では。

 そんな健気で孤独なストライキ姿をひと通り楽しんだ紫は、観念したようにフゥと息を吐き───霊言灼然とばかりに自らの本意を語り始めた。


「───ジョルノ君。貴方には『夢』はあるかしら?」


 突拍子もない質問である。予期しない変化球を投げられはしたが、ことその手の質問に応えるならばジョルノ・ジョバァーナは自信を持って即答できる。同じ質問をかつてトリッシュにも投げ掛けた手前だ。

「勿論。僕の夢は……」

「あぁ、いえいえごめんなさい。重要な事は私自身の方なのよ。貴方の掲げる夢は今回の話に関係しない。自分の心の中に大切に仕舞っておいて頂戴」

 若干だがジョルノはどこかしょげかえった様な表情を浮かべる。斯くして自己アピールの機会を失くしたジョルノは口を閉ざし、話の続きを促す瞳のみを相手に向けた。


「───この八雲紫には『夢』があります」


 夢。かの賢者にも、そのような可愛げのある希望が内在していたのか。野望とか欲望の間違いではないのか。
 ポカンと口を半開きのまま聞くに徹する鈴仙は、少々失礼な感想を頭に浮かべた。どうにも自分の知る『八雲紫』の人物像と、辞書を引けば出てくる『夢』という単語の意味は繋がらない。
 まさか幻想郷をお花畑で一杯にしたいとか、普通の女の子になりたいとか、そんなファンシー次元の夢を語られた日には鈴仙とて爆笑を抑えられる自信が無い。



「私……普通の女の子になりたかったのよ」



 は。


 鈴仙の表情筋がピクリと引き攣り、空気と共に凍り付いた。

16虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:18:47 ID:lusMo5uY0


「───なんて、冗談よ。……鈴仙?」

「ひょ…………あ、冗談、ですか? あは、アハハハ。冗談! そ、そうですよねー! もーいやだなあ!」

 勘弁して欲しい。これからずっとこの人のノリに付き合って行くというのだから、早くも先行きは未開の大海原だ。お陰で変な声が出たし、ジョルノにも聞かれた。

「女の“子”かはともかく、僕が思っていた以上に貴方は普通というか、俗的な振る舞いも多いですけどね。一つの土地を治める賢者というのはもっと、物腰厳かな堅物だとか、独善的な圧政者なイメージでしたが」

「さらっと酷いことを言われたような気もしたけど、まあ幻想郷っていうのはおおらかな世界なのよ。ここに永く住んでると自然と童心に帰っちゃうわぁ〜」

 おおらかな世界、で結論付けられたがそういうものだろうか。この土地と積極的な関わりを持ち始めたのはわりかし最近である鈴仙はちっともピンと来ない。
 本当に、どこまでも掴めない人だ。



「───虹の先を、見つけること。そして、移ろふ妖達を其処へと導くこと」



 トーンが変わった。本題に入ったのだと、二人は声色からすぐに理解する。


「虹とは〝幻想の都〟。幾多もの隘路を経なければ、其の先へは辿り着けない」


 何想い、何紡ぐのか。八雲の賢者は、眩い光を直視する様に瞳を細め、夢を語り続ける。


「幻想の夢は永い様で、儚い一瞬。楽園が失楽園とされる前に、私は虹の先を見つけなければならない」


 それは、夢か。
 それとも、使命か。


「到達すべくは私でなく、楽園の妖達。私はただ其処を見つけ、そっと標を指し示せば良い」


 途方もない、在るかも分からない地点である。
 しかし、『其処』は在るのだ。かつて『其処』に辿り着けた者も、確かに存在した。


「虹の『先』を見つけるには、虹の『上』に立って見渡さねば。私はずっとそうして、虹を渡ってきた」


 虹の上。それは、幻想の都───その遼遠たる上空。
 妖女は都が建つ遥か往古より、虹を登ろうと力を蓄えてきた。


「虹の先を見つけるには『翼』が必要なの。楽園に住む者達には本来、それは既に備わっている。後は『標』と『勇気』だけ」


 幻想郷の少女達の多くには、翼がある。
 心に生やしたそれを羽ばたかせ、彼女らは自由に空を翔ぶのだ。
 後はもう、標だけ。八雲紫はその標という礎に代ることで、時代の狭間に消えつつある彼女らを救おうとした。

 幻想郷とは、消えゆく者達の魅る胡蝶の『夢』。
 故に。
 夢を夢で終わらせないが為に、八雲紫は『夢』を叶える。

 導くこと。
 夢を魅続ける少女達を、羽化させ、虹の先へ。



「──────それが、幻想を愛す私の成す夢」

「──────これは、東方の誰が為に魅る夢」



 ご清聴、ありがとうございました。
 最後に一言、それだけを付け加えて紫は頭を下げた。
 ジョルノも鈴仙も、それに聴き入ってしまう。大老の語る御伽噺の様に、人を魅了する不思議な話し方だった。
 小難しくて遠回し。老獪であり純粋とも。八雲の本来が持つ魔性の魅力。話す内容の半分程でもジョルノは理解できただろうか。
 きっと、ジョルノには分からない。まだ、彼女と彼女の愛する幻想郷を理解するに到れない。

 それでも、理解できる。
 万世を生きた大妖怪・八雲紫が自らの全てを懸けて、成し遂げたいと思う夢。それへの愛が。

17虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:23:14 ID:lusMo5uY0


「紫さん」
 
「はい」


 己も覚悟を決めよう。
 ジョルノは紫の瞳を受け捉え、言葉を投げ交わす。

「貴方の、黄金のような『夢』……その欠片を掴む為に、今。紅魔館へ赴かなければならない。そうですね?」

「……片翼をもがれた少女が、助けを求めている。そのメッセージが、境界の狭間を流れて私へと届いた気がするのです」

 紫の言う内容は、断片的なもので、抽象的だった。
 浜辺で拾った手紙入りの小瓶を真に受けて、当てのない大海原へ帆を張るような無茶。

「き、気がする、って……そんな漠然とした直感であの館に行こうって言うんですか!? こっちは『三人』ですよ!?」

 鈴仙の困惑はまさに正しい。傍から見れば紫の指針は、無関係の者を道連れにしようというものだ。

「誰が! 一体、そのメッセージとやらは誰が発信してるんですか!?」

「……分からない。でも、不思議と『よく知る』声だった。そして恐らく、彼女にはもう猶予が無い。何よりも優先してそこへ急ぐ理由とは、そういう事なの」

 紫は、長い長いトンネルの向こう。その闇をじっと見つめた。これは彼女の我儘だ。勝手な夢を語り、同志を作ろうと企んだのも……全て自分の都合のみを考えた卑しいやり口だ。
 それでも、今の紫は弱かった。そんな彼女がジョルノ・ジョバァーナに惹かれるものを感じたのは……きっと、彼の瞳の中に自分と似た大志を見たからだろう。

 あわよくば、今暫し手を貸して欲しい。そうでなければ、届いたメッセージは永遠の闇に葬られるだろう。
 しかし、その言葉は口にできない。紫は二人に、手を貸して欲しいと頼まない。付いて来いと、命令もしない。
 ただ、夢を語っただけ。最低限、それだけの礼節は欠かさずに威を保つ為。成就への一歩を踏み出す為、少年少女のように夢を語った。


「……あの唐傘の子は、最期に夢を掴んだ。虹を掴むことが出来た。でも、虹の『先』へは辿り着けなかった」


 神を砕く顎が、少女の虹色のような夢を壊したからだ。
 それと同じ事が、今また紅魔館で再び起きようとしている。

 紫はジョルノ達に背を向け、闇の先へと一歩踏み出した。


「紅魔館……地図も無いこの地下空間で迷いなく、辿り着けるんですか?」


 先行く紫の足を、少年の言葉が止めた。


「ゴールド・エクスペリエンス。果実へと変えて恐竜共に持ち運ばせた僕の『発信機』はまだ生きています。
……僕なら、迷うことなく地下から紅魔館へ辿り着けます」


 紫は振り返りはしなかったが、ジョルノが気障ったらしい笑みを浮かべながら一歩踏み出したことを察する。


「鈴仙。君さえ良ければだけど、僕らに力を貸してほしい。紅魔館、一緒に来てくれるかい?」


 そして今度は、ジョルノが鈴仙の手を。
 一度は取り合った手と手だ。鈴仙は未だ震えているが、それでもジョルノを死なせたくない。彼の力になれるなら、勇気が湧いてくる。


「……もう。ズルいわよ、そーいうの。わかった、わかりました。覚悟を決めますよ。紅魔館、付いて行きます!」


 そして二人は、紫の後ろへと肩を揃えた。知らずの内に築かれつつある人妖のアーチは、幻想郷においては不和をもたらす関係。
 それでも今は。今だけは。


「……ありがとう」


 その言葉だけは、忘れない。
 仁義に対する礼儀を果たさずして、夢など語れないから。


「───この三人。このチームで。……紅魔館潜入作戦、開始よ」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

18虹の先に何があるか:2017/12/31(日) 22:27:38 ID:lusMo5uY0
【C-3 地下水道/真昼】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第五部 黄金の風】
[状態]:体力消費(中)、精神疲労(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:地下ルートから紅魔館へ向かう。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:DIOとはいずれもう一度会う。
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、
 内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼(スキマにより応急処置ずみ)、左手溶解液により負傷、 背中部・内臓へのダメージ
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:ゾンビ馬(残り5%)
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:地下ルートから紅魔館へ向かい、『声の主』を救う。
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。
※真昼時点でのマエリベリー・ハーンのSOSを、境界を通して聞きました。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(中)、妖力消費(小)、両頬が腫れている、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯
、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、
鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、
式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ、紫らを手助けしていく。
1:地下ルートから紅魔館へ向かう。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。ただし、彼女らと同行はしない。
5:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
6:柱の男、姫海棠はたては警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

19 ◆qSXL3X4ics:2017/12/31(日) 22:29:35 ID:lusMo5uY0
これで「虹の先に何があるか」の投下終了です。
書き手及び読み手の皆さん、来年もよろしくお願いします。良いお年を!

20名無しさん:2018/01/01(月) 01:15:26 ID:/Xof48ZM0
投下&1年間お疲れ様でした!!
アーンド、新年明けましておめでとうございます!本ロワの盛況と繁栄を願って、どうぞ今年もよろしくお願い致します!!

さて、紫&ジョルノ&鈴仙、3人組のチームとしての方針が決まったわけですが、どことなくこのチームに不安感を覚えるのは私だけでしょうか。きっとそうでしょうね。
紫ちゃんとメリーっちの関係が今後どこまで深められてゆくのか……今後の小さな楽しみとなっております!!

21名無しさん:2018/01/02(火) 11:17:57 ID:N3Mj6X/Q0
投下おつー
新年早々というか年の瀬だったのか相変わらず氏の情熱が伝わる
そして今回の話で意外なところからバトンを拾って結びつけてくるのもキャラへの敬意を感じ、
私もまた氏への敬意を払わざるを得ないのだ
面白かった、改めて投下乙!

22名無しさん:2018/01/04(木) 03:55:25 ID:WbQUSf/60
新年早々投下乙です!
向かう所敵なし…どころかどんどん勢力を拡大していくDIO陣営への反撃の狼煙となるか…?

23 ◆qSXL3X4ics:2018/01/06(土) 00:39:10 ID:fXp7T14M0
ジョセフ・ジョースター、因幡てゐ、八意永琳
以上3名予約します。

24名無しさん:2018/01/06(土) 11:17:02 ID:lt2Op//o0
sすごい執筆スピードだな
おれの願いは書き手さんにHail 2 Uだ!

25 ◆qSXL3X4ics:2018/01/11(木) 02:28:09 ID:Gosj6oG60
投下します

26あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:44:51 ID:Gosj6oG60
 死者を弔う風習というものは、月の都には存在しなかった概念だ。我らが郷には『穢れ』が無く、穢れなき物体に寿命は宿らない。故に死が存在しない。
 此処は月とは対極の地。穢れが蔓延し、土が死者を喰らい、淀んだ大気が生者を狂気に誘う。月の民にとっては肌に触れるだけでも禁忌とされる領域に立ち、なお狂わずに居られる八意永琳の精神は強者ゆえか。

 それはきっと、此処には一切の微生物も細菌も漂っていない浄土の世界だからだろう。
 血肉に腐敗をもたらす彼ら極小生物達が姿を消した土地は、永琳からすれば思いの外───悪い空気ではないのだ。
 穢れとは生きること。死ぬこと。生きる為に競走しなければならない地上を、穢れた土地……穢土と呼ぶ。まさに我々が収集されたこの殺し合いの地でしかないが、これでは大きく矛盾する。穢土の土地で浄土を見るなど、自らの心身が穢れに塗れた証拠でしかない。
 元より此の地は穢れなき浄土。そこに穢れを持ち込み血塗れの穢土としているのは、我ら九十の生者達に過ぎないのではないか。樽一杯のワインにひと匙の泥水を注ぐ愚物は我々参加者か。それとも天より見下ろす主催者か。

 どちらにしろ永琳は、とうに穢れを受け入れた身。蓬莱山輝夜の罪が、八意永琳の罪が、それを声高に証明している。
 我々はあくまでも前向きに穢れを受け入れたのだ。地上の民となることで、今の一瞬を何よりも大事にする。ゆめゆめ、それを忘れずに生きようと。


 だがそれは、鈴仙から語り伝えられた『If』の中での永琳であった。
 そしてその致命的なすれ違いこそが、月の賢者を苦悩に導く呪いにもなりかねない。


 地上の民となる。それは、地上の民と共生することである。
 では、月の民が地上人と共に生きることで起こる作用とは、なんだ?
 ここに来て月の賢者は、こんな単純な問題に直面する。天才と称えられた歴史の知者達にはよくある、恐ろしく根本的な落とし穴を前に、彼女は足を止めてしまった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

27あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:46:47 ID:Gosj6oG60
『八意永琳』
【真昼】D-4 香霖堂 裏庭


「…………祈りは、終わったかしら?」


 四の墓標に向けて膝を折り、目を瞑る屈強な男へと急かすような声を掛けたのは、永琳が冷徹で淡白な女性だからではない。それは単純にジョセフとてゐへの気遣いから出た言葉であり、彼女がそういった労いを掛けられる優しさと気品さを備えている証明とも言えた。
 香霖堂を出てみれば、天候はいつの間にか雨天から雪へと。雨水によって随分柔らかく解された土は、四人分の墓穴を掘るには具合が良く、また永琳自身の強大なる力と弾幕の力も助けて、そう時間の掛かる体力仕事にはならなかった。
 雨が止んだのも幸いだ。お陰で亡骸を水に埋めるという災難にならずに済んだ。しかし冷えた空気は、労働者の士気と体力を一層に奪う。香霖堂で借りた防寒具があったものの、あまり長く座り込んでいると身体に悪い。そう思い、永琳は彼らに声を掛けただけだ。

「ああ。手伝ってもらって悪ィな」

「シュトロハイムは私がここで初めて会った人間。縁ある故に、あのままだとこっちの後味も悪い。そう思っただけよ」

 シュトロハイム。霖之助。橙。死線を共に潜った仲間達は死に、こうして弔いの機会を借りたジョセフは彼らを休ませる事にした。
 最後の最期まで膝を屈することなく立ち続けた鉄の兵士も、陰ながら白兎のフォローに徹した半妖の商い人も、人知れず主と闘っていたか弱き黒猫も、全てを墓に入れた。
 ついでとなるのは悪いが、藍が殺害したと思われる宮古芳香の首も埋めてあげた。首だけなので墓というには小さめだが、あのままにはしておけない。

「貴方は、良いの? 仮にもその妖狐は彼らを殺した張本人。そんな奴を、よりによって同じ墓に入れるなんて」

 永琳にとって少し予想外だったのは、すぐ近くの川沿いにて倒れていた八雲藍の焼死体。主催から受け取った参加者位置リストにより判明した彼女の死体位置が、ジョセフとてゐに同様の意見をもたらした。
 それはつまり、八雲藍の遺体も墓に入れてあげようという内容である。しかも、そのあられない骸は橙の墓と一緒にするというもの。橙の体格は小さめであるので、二人一緒というスペースは確保できる。だが……

「話を聞くに、橙を殺した相手は主人の八雲藍のようなものよ。そしてまた、その藍を殺した相手も皮肉な事に橙。その二人を同じ墓に?」

「分かってるよ、アンタの言いたい事は。でもよ……俺はこれでいーんじゃねえかなと思ってる。元々、この二人は主従らしいしな」

 今は土を被さった墓を見つめながら、ジョセフはトーンを落とした声で返答する。
 橙は暴走する主を救うが為に、敢えて八雲藍と闘う道を選んだ。結果、二人は相討ちの様な形で終止符が打たれ、共に焼け爛れた亡骸を晒す悲劇となった。
 普通ならそんな相手にまで墓を用意する作業など踏む気にはなれないし、ましてや同じ場所に眠らせるとなると、死者たちの尊厳にヒビを入れかねないのではないか。
 永琳がそんな疑問を呈したのは、ごく普通の感覚だ。

 そうだとしても。互いを抱き合うように、母と娘のように支え合う形で墓に入れられた彼女らの間に愛がなかったわけがないと、ジョセフもてゐも今なら断言できる。
 単にそれは、熱作用により筋肉内の蛋白質が凝固し筋肉が収縮しただけ。肘関節や膝が折れ曲がり、ボクサーがやるファイティングポーズの様な格好が二人して抱き合う形に見えただけであると、医学の視点から見た永琳はそう評す。
 心中では冷静に物事を見たが、それを口にするには憚られる。ジョセフとてゐ、そして火傷により表情はとても確認出来ないが、藍と橙の顔を見ればそんな無粋な言葉など吐けるわけもない。

 だとしても永琳は思う。
 微生物の活動がないこの地にて、墓に死人を入れる行為にはどこまで意味が用意されているのか。どれだけ深く埋めようが、彼らの体が土に還ることはないというのに。

「所詮、俺の自己満足なのさ。弔う、って行為はな」

 瞑想していた瞼を開き、男は巨躯を立ち上げて背後に語りかける。体格に似合わず、優しい背中だなと永琳は思った。

28あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:48:16 ID:Gosj6oG60
「死、ってのは託す事だと俺は思う。それは与えるだとか、渡すだとか、とにかく……残っちまった奴らに、そういった『繋がり』みてーなヒモを握らせる。
 一方的な押し付けだとも思うがよ。確かなのは、俺達はこいつらのお陰で生きている。その事実を忘れねーように、こうして感謝と繋がりの証として墓を立てる。そう考えずには、いられなくってよ」


 死が、繋がりを生む。時としてそれは強固に、残った縁者を立ち上がらせる為に。
 月の民にとって、理解を得難い概念だ。死は穢れそのものであり、何よりそれを毛嫌う彼女達が、寿命の無い彼女達が、死に意味を見出すことはない。

 永琳には、ジョセフの気持ちを真に理解など出来ようもない。

「……てゐも、同じ考えかしら」

 何故かいたたまれない気持ちが湧いてきた永琳は、味方を作るように身内の心中を探る。

「ん……まぁ、ね。私も一応、託されたみたいな形だし。お墓ぐらい作ってやらにゃあ、ちと申し訳ないかなーってさ」

 ひとひらの雪欠片を、それと同じくらい白い肌に乗せながらてゐは言う。なにか、彼女らしくない。

 そんな部下の姿を見て、永琳の心のどこかがチクリと傷んだ。これは以前にも感じたことのある痛みだった。……どこだったろう。


「おうお前ら。花でも添えようかと思ったが、悪ぃが近くには無かった。ちっせぇしケチくせぇが、俺の手持ちで我慢してくれよな」


 ひとしきりの祈りは終え、ジョセフが少しだけいつもの調子に近いトーンに戻り墓へと語る。彼が花代わりにと、それぞれの墓に入れたのは三つ葉のクローバー。
 ジョセフとてゐ、そして橙を繋いだ必殺の切り札であり、今では葉それぞれが一枚ずつ千切られてシュトロハイム、霖之助、そして橙と藍の墓に収められていた。
 幸運の象徴を死者への『花向け』とするには少しおかしいが、これも繋がりを断ち切らぬ為。ちょっとしたまじないのつもりである。


「んじゃー、そろそろ中入ろっかジョジョ。“すとーぶ”でも点けて少しあったまろうよ」

「へ? 幻想郷ってストーブあんの?」

「あの冴えない店主の形見だよ。頑なとして売ろうとしないんだよね」


 暗い表情など、この二人組には似つかわしくない感情だ。知らずの内に距離を縮めていく彼らの後ろ姿を眺めながら、永琳だけは未だ顔を曇らせたままに遅れて歩みだした。

 因幡てゐ。家族とも呼べる彼女の顔が、永琳の知るそれとは少しだけ───違って見えた。
 何故だかそれは、永琳の心に不安という暗雲を生んでいることに……本人はまだ自覚できずにいる。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

29あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:49:07 ID:Gosj6oG60

 窓の外を疎らに降る雪木の葉を視界に入れながら、三人は再び店に戻りストーブで暖を取る。まだ焦げ臭さの残る屋内ではあったが、今暫しの方針タイムが三人には必要であった。
 目下のところ彼らを悩ませているのは、まずはテーブルに置かれた二枚の『半券』である。

「さて……これ、どうする?」

 いーっと歯茎を横に引き伸ばした苦い表情を作りながら、ジョセフは他二人に意見を問う。その目付きといえば、意図せず掘り起こしてしまった古代呪物の処分に悩む若き学者を連想させる。

「不気味……だよね。しかも二枚」

 相棒と非常に似通った微妙なる笑みを引き攣らせながら、てゐもそのブツを睨み付ける。不吉そのものを模した紙切れは、触った瞬間に祟りでも引き起こしそうである。

「どうするも何も……貴方が望んだ『願い』なのよこれは。ジョセフ・ジョースター?」

 一方で、永琳はいたって平静にその半券を舐め回すように見つめている。彼女の言うように、その呪われし二枚の紙を望んだのは他でもないジョセフなのだ。


「第三の願い───『主催二人との対話』……及び『勝負』。崖っぷちで唱えたにしては、中々ナイスな願いだったと思うけどね」


 皮肉を利かせた微笑を浮かべる永琳は、『赤』と『青』の二枚の半券を手に取り観察する。

 それは、チケットだった。劇場へ入る為に売り場窓口で購入する、あんな感じの、極々通常の、赤と青の、アレだ。
 太田から最後の願いを迫られ、半ば慌てて口をついたジョセフの願いがこのチケットに込められているのだ。

30あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:49:44 ID:Gosj6oG60
 あの時、ジョセフと太田との通信で交わした最終的なやり取りはこのような内容だった。



『よし! 決まったぜ、太田! 三つ目の願い!』

『いよいよか。思うに、この三つ目こそがジョセフの本命なんだろう? ンフフ、それじゃあ、聞こうか』

『ああ、三つ目の願いは───…………〜〜〜〜っ!


 お、俺を……テメェが偉そうに居座るそこにまで連れていきやがれッ!』


『……………………』

『…………………………………………』

『………………………………………………………………』

『イヤなんか言えよテメェ!!』

『……あっ、ゴメン。いやね、一周回って随分ストレートなやつが来たなと思ってね』

『シ、シンプルイズベストだろーがよ! 俺らをこの会場に連れ込んだんだ、逆だって余裕の筈だぜッ!』

『そりゃあ、まあ余裕だとも。でもさあジョセフ。それを簡単にさせない為に、僕達は随分と苦労を掛けてるもんさ。君、僕が素直にその願いを聞くと思って今の願い事を言ったのかな?』

『ああ、そうだとも。お前は絶対に聞かなきゃなんねェ。それがそっちの義務だろうが』

『義務、ねえ。僕は単に、好きでやってるつもりだけどなあ。君は今、お願いを“聞いてもらってる立場”であることを理解して欲しいものだけど』

『オイ、勘違いしてんのはそっちだろうが。歩み寄ってンのは俺の方だぜ! ……分かりやすいように言い直してやろうか?』

『恐縮だね。お願いしていいかい?』

『俺と! お前! 直に話させろっつってんのッ! こんな狭っ苦しい画面越しじゃあねー。俺はお前と直接『対話』してーんだよッ! この呑んだくれが!』

『んーー…………もう一声、かな?』



『俺と勝負しろよ太田順也ッ! その薄汚ねぇニヤケヅラ、波紋パンチで綺麗に整形してやるッ!!』



『………………ん〜〜』

『…………ッ』

『…………ンッフフ! なるほど対話……、勝負ねえ。そうこなくっちゃあジョセフじゃないよねえ』

『イエスの返答と受け取っていいか?』

『だが! 悪いけどジョセフ。他参加者だって一生懸命頑張ってる中、君だけ抜け駆けなんて少しズルいなあ』

『やかましーぞッ! 今になってズルいもエロいもあるか! お前が持ち掛けてきた願い……』

『今日の深夜24時以降!』

『……なに?』

『つまり第四回放送“以降”! その時になったら、君にチャンスをあげよう。臆面もなく僕と勝負だなんて言ってのけた、君の素晴らしい勇気に敬意を表してね』

『……24時、以降』

『この通信が終わった後、君のデイパックに眠る紙を広げてごらん。二枚のチケットを送ろう。そいつを今日の深夜24時以降、第四回放送以降に切れば、その者が僕らの元に来るよう手を打とう』

『二枚、っつー事は……』

『あーゴメン。余計な質問はもう無しにしようよ。こっちとしてもね、これが精一杯の譲歩なんだ。考えてもみなよ? 言い換えるなら僕は、参加者に主催討ち取りのチャンスを与えてるようなものだ』

『本来ならありえねー高待遇、って言いたいワケ? ケッ! そっちの都合で勝手にクソゲームに放り込まれ、丸一日生還できた褒美が冴えないオッサンとの会話だなんて、ゲロゲロ〜! 罰ゲームの間違いじゃねーの?』

『フッフッフ! これは君が望んだ事でもあるんだよ? まあ本音言うと、僕だって君と直で対話したいというのは嘘じゃない』

『……さっきから聞いてりゃよォー。なあ、俺アンタとどっかで会ったことある? 無いよね? 何でそんな、一方的に俺を知ってるフウに話すの?』

『質問は終わりと言った筈だよ? 精々、君にはそれまでに生き残って欲しいと切に願おう。
 …………ん? あ、いや何でもない。とにかくこれで君の三つの願いは叶えられる。前二つの願いも含めて、生き残りに貢献できるようここから祈っているよ』

『おい太田! てめえ、首洗ってついでに風呂にでも入って待っとけよッ! 第四回放送以降だな!』

『お風呂ならとっくに楽しんだもんさ。さて、それじゃあ例のアレいってみようか。Hail 2 U(君に幸あれ)!』

31あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:58:54 ID:Gosj6oG60


 ジョセフに突如として舞い降りた、幸運とも不運とも言い難い強制イベントはこれにて終了である。
 得た物は、考えようによっては特大の利だ。情報と、チャンス。それもかなり質の高い物であり、これらをデメリット無しに入手出来たことは幸運と言わざるを得なかった。

「これもお前さんの『幸運』のお陰かねえ。あんな不気味なオッサンよりもカワイ子ちゃんと会話したかったがな」

「居るでしょ。カワイ子ちゃん、ここに居るでしょ」

「うっせチビ」

 目の前でキャアキャア騒ぐ大男と小女は、まるで仲の良い兄妹のようだ。比較的静かな性格の多い永遠亭でも、てゐはちょっとしたムードメーカー的存在である。共に卓を囲む時などは、姦しさの中心にだいたい彼女が居る。
 その長い耳をはためかせながら常に外を歩き回っているせいか幻想郷の噂にも耳ざとく、外から面白楽しい話を土産に持ち帰ってくるのは彼女である場合も多い。
 晩餐の味付けに細かく意見を挟みながら話を盛り上げるてゐに、鈴仙が面倒くさそうな顔でツッコミを入れる。そんな光景を輝夜はいつも通りの微笑で会話のバランスを平らに広げつつ、永琳が控えめのポジションから見守る。

 いつの日か出来上がった、日常。
 永琳の心に仕舞われたアルバムの中のてゐは、果たして目の前の彼女と同じ瞳を浮かべているだろうか。
 不毛な詮索でしかない。てゐはてゐであり、彼女がこうして生きていられたことに今はただ、感謝すべきなのだから。


「お二人さん。じゃれ合いもいいけど、今考えるのはこの『チケット』ではなくって?」


 賢者の一声で二人は嫌な現実に目を向けなおす。太田からプレゼントされたこの二枚のチケット、何が不気味かと言えばまず、デザイン柄がないのだ。


 有効期間【第二日目00:00〜】 淑女専用
 ※注意! 青と赤のチケットを同時に切らなければ効果は発揮しません。


 簡素にプリントされたこれのみの文字列が右端っこに記されているだけで、後は本当に赤と青それぞれの配色に塗り潰されているのみの単調な半券。ちなみに青色の半券には『紳士専用』と記されていた。

「でもお師匠様。ようはジョジョが願ったとおり、四回放送以降にこれ切れば勝手にアイツらのとこにワープみたいなことになるんじゃないの?」

 てゐが軽い口ぶりで赤のチケットを手に取る。永琳としても概ねそれと同じ予測ではあったが、このチケットについてはもう少しだけ考えられる余地が残されていた。

「二枚、あるわね。赤と青」

 素直に考えれば『二人分』。つまり奴らの元へ乗り込める定員数は二名までという事になる。ジョセフが勢いよく放った願いは『俺をそこへと連れていけ』であったに関わらず、太田はサービスのつもりなのかもう一名分の入場許可証を用意してきたのだ。

 考えるべきはそこである。紳士と淑女の二名分、つまりこれは『男』と『女』が二人同時に主催の元へ辿り着ける仕組みだ。
 敢えてそうする理由は何か。そもそも参加者を主催の元にまで連れていくこと自体、奴らにとってはかなりのリスクがある筈だ。このチケットはジョセフが突発的に、予定無しに急遽申し込んできた不躾な挑戦状なのだ。
 そのわりには、どこか予定調和というか……まるでチケット自体は最初から用意されていたかのようだ。それがジョセフの思わぬ願いにより、予定を前倒しして特定個人に配った、とも取れる。

(今の通信、荒木の姿はどこにも無かった。……太田個人が独断で接触を図ってきた?)

 単に荒木が会話の邪魔にならぬよう引っ込んでいたと言えばそれまで。しかし、先の太田は妙に時間的余裕のなさを気にしていた素振りも見えた。


───太田と荒木の間に、何か確執がある?


 得体の知れない怪人、太田順也。そして荒木飛呂彦。
 この二人の関係。殺し合いゲームに歪を見付ける突破口があるとするなら、そこか。

32あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 02:59:55 ID:Gosj6oG60


「……てゐ。そしてジョセフも。私が今から話すことを落ち着いて聞きなさい」


 特にてゐには話さないわけにはいかない。参加者全員、そして永琳自身がここへ連れられた時間軸の『ズレ』を。
 永琳の話を聞く二人は事前にそういった予想をしていたのか、時間軸のズレに対する驚きは然程ではなかった。しかしてゐの知る永琳が、数年ズラされた軸から呼び出されたことを聞くと、流石のてゐも紡げる言葉がしばらく生み出せなかった。

 永琳はこの幻想郷の人妖へ対して殆ど認識が無い。大前提としてそこを説明すると、次に永琳は本題を話し始める。


「私が訊きたいのは、この名簿前半に書き連なる名前……その『性別』なのよ。てゐ、今の貴方なら分かるはず」


 鈴仙との電話から軽く聞かされてはいたが、ここで改めて裏付けを取らなければ。永琳は名簿前半……幻想郷に住む者達の性別を部下の口から言質を取った。

「全員詳しく知ってるわけじゃないけど、森近霖之助以外は『女』だと思うよ。名簿後半部分は……さっぱりわかりやせーん」

 女。名前からして想像はつくが、やはりこの名簿の半分以上は女が占めている。他に今まで出会った参加者から聞き出した情報を精査すれば、恐らく名簿後半の大半は『男』。
 何故、このチケットは男女ペアで使用することを前提に作られている?
 ……別方向から考えてみよう。『女』に当たる部分は、そのまま『幻想郷』へと置き換えられそうだ。ならば『男』の部分は何に置き換えられる?

 スタンド使い……リンゴォはDISCに頼らない、純粋なスタンド使いだった。てゐが言うに、幻想郷に『スタンド使い』のような人種がいるなど聞いた試しが無いという。
 ならば『男』とは『スタンド使い』の事か? ……いや、ジョセフもシュトロハイムもスタンド使いなどではない。彼らは出身や経歴、何もかもが異なるのだ。

 所詮、幻想郷側の参加者である自分ではこれ以上の推測は難しいか。敢えていうなら、『男側』に『ジョースター』の名が多いことが気に掛かる。DIOのノートにも度々『ジョースター』の名が記されてもいた。
 だがジョセフに訊いても、彼の知る名簿のジョースターはジョナサン・ジョースターのみらしい。情報がまだ、不足している。

 辛うじて分かることは、主催はどうも『男側(ジョースター関係者?)』と『女側(幻想郷)』を共に組ませる事に何か大きな意味を見出しているようだ。
 突き詰めればそれは、この殺し合いが行われた本来の意味へと繋がる。幻想郷の者達を選抜し、何故全くの別集団と混ぜ合わせる? 少女達とは対を成す男達。何故、彼らなのだ?

 男という種は、女とはまるで異なる本質を内在させている。彼らの本質は『獰猛』であり、本能に根差した野蛮性は秩序によって普段は抑えられている。社会や環境が、男達の本能を強制的に取り抑えているに過ぎないのだ。
 地上というのは、そういう場所だ。まだ永琳が月へと移住する前、知恵を付けた猿(ましら)の雄共から進化を繰り返し、現在に至るまでその図式は不変を貫いている。そこから秩序を取り除けば、地上などあっという間に不徳義なる男達の独壇場。その末路は荒廃だ。
 結局、それは幻想郷とて同じ。だからここでは『命名決闘法』という名の『弾幕ごっこ』が流行っているだけ。女の子の遊びが故に、そこへ男が侵入すれば『ごっこ』ではなくなってしまう。それはもう、ガチでの殺し合いに変貌してしまうのだ。

 男女の価値観とは、それくらいに壁がある。永琳は、だから疑問に思うのだ。
 何故、この二組なのか? ……と。

33あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:02:14 ID:Gosj6oG60


「てゐ」


 少し、訊くのが怖い質問だ。何故ならてゐは永遠亭の家族の一員という認識であり、彼女に訪れた『変化』が……ともすればそれを壊しかねないと、永琳は危惧している。


「貴方、ちょっと見ない間に……少し、変わったかしら?」

「え? ん〜〜〜……それは、お師匠様にとって今の私が『未来』の私だからそう見える、とかじゃないかなあ」


 そう、思いたい。心から。
 しかし、そうでないとするならば。その変化の起因とは、想像に難くない場所にある。
 てゐだけならばまだ良かった。そういう事もあるかもしれないと、永琳も事態を重くは見なかったろう。だが何の因果か、今より少し前に永琳は同じように、家族の変化を実感してしまう出来事があった。
 意図せず、その名を剥奪してしまった『鈴仙・優曇華院・イナバ』。彼女も永琳にとっては家族であり、そしてここに来てから『変化』してしまった者だ。
 変化とは大抵の場合、外的要因から発生する精神への影響だ。その変化自体は、永琳とて本来なら喜んで受け入れたい。
 だが、変化してしまったが為に鈴仙は『家族』を捨てた。否、捨てさせてしまったのだ。永琳自身が、変化していく鈴仙の心とすれ違いを起こした。


 永琳が恐れているのはそこであった。
 目の前のてゐも鈴仙と同じく、変化をキッカケとして自分の元から離れていくのではないかと。
 永遠亭の家族を捨て、勝手気ままに手の届かない場所へと歩いて行ってしまうのではないかと。

 そして次に永琳はこう思う。
 輝夜は今、私の知る『輝夜』のままでいてくれているだろうか、と。
 考えたくもない事だが、もし彼女までが『誰か』に影響を受け、永遠亭から離れていくような事態になれば……


───唯独り、変化を止めたあの家に残ってしまった私に……なんの未来があるんだろう、と。


(輝夜……あの子に、逢わなければ)


 空いた心の隙間には急激に孤独感が生まれ、心臓を圧迫してくる錯覚が襲う。方向性こそまるで違うが、あの藤原妹紅も思えば『変化』を刻まれていた。もはや別人レベルの変貌だったが、輝夜もああならないなんて保証は何処にもないのだ。
 こうなればいてもたってもいられない。幸いなことに輝夜の位置情報は手元に控えており、彼女のすぐ隣にはリンゴォも居るらしい。恐らく伝言を受け、近隣のレストラントラサルディーにまで来ている頃合いか。


「てゐ。蓬莱の薬を持ってたわね? 妹紅がそれを狙っている。私が預かっていた方が安全よ」


 まずは蓬莱の薬である。取り扱いの危険な代物故に、シュトロハイムからてゐへ、てゐから永琳へと受け継がれる。

「え……妹紅って、あの人間? アイツがこれを狙ってるって……?」

「彼女には気を付けなさい。今の妹紅はもう……人間じゃない。救えない、怪物に成り下がったわ」

 言われた通りに薬を差し出しながら、てゐは永琳の言う妹紅の姿を己の記憶と当て嵌める。自分の知る通りの妹紅なら、この殺し合いを破壊してやるくらいの覇気は豪語してそうだが。


「それとジョセフ。このチケット……『青色』は貴方が持っておきなさい」


 太田はあの通信でこう話していた。

『この通信が終わった後、君のデイパックに眠る紙を広げてごらん。二枚のチケットを送ろう。そいつを今日の深夜24時以降、第四回放送以降に切れば、その者が僕らの元に来るよう手を打とう』

 チケットを切った『その者』が、彼奴の元へ呼ばれるのだと。つまり、必ずしもそれはジョセフとは限らない。願った本人はジョセフだが、条件を満たした者であるなら誰でも行けると捉えられる言い方だった。
 太田本人の希望はどうもジョセフとの対話を望んでいたみたいだが、やはりこのチケット……端から用意されていた物だと考えた方が自然だ。
 主催には元より、第四回放送までを生き残れた男女ペアと対話するイベントがゲーム開始時点で脚本にあったのだ。今回ジョセフの願いにより、予定よりかなり早めのチケット配布(それも特定個人への入れ込み)が行われた可能性が高い。

34あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:03:38 ID:Gosj6oG60

 未だ太田と荒木の関係性は謎だが、とにかく青チケットはジョセフが所持していた方が賢明だろう。
 赤チケットの方は考えるまでもない。使用条件が『ゲーム第二日目まで生存している女性』ならば……


「こっちは私が預かるわ。主催に堂々接触できるチャンス、これを機に……」


───奴らの能力の『謎』を解明し、奪取してやる。


 ゲーム開始以降より永琳が抱いていた思惑だ。
 鈴仙曰く、未来において月との関係は必ずしも険悪なものでない事実が分かった。永琳が最も怖れる月からの討伐司令が来ない以上、当初の『主催が持つ能力奪取』という目的の優先順位は下がった。
 だがそれでも、万が一だって起こる。念には念を。取れる最善行動は取っておく。

 だからこの赤チケットは、自分が持つべきだ。
 決意を固め、永琳はテーブル上に残った赤色の半券を手に取り、大切に紙に入れておこうと荷を取り出して……


「あ、あの! お師匠様」


 てゐの声が、遮った。


「……なにかしら?」

「いや、その〜……なんて言うか、まあ、良かったらでいいんだけど……えと、その赤チケットの方、なんだけど」


 やめろ。何も言わなくていい。
 貴方らしくない。だから、その先はどうか……言わないで。
 そう、懇願する。永琳にはこれからてゐが何を言おうとしているか、察しがついてしまった。



「───私に、預けてみないかな〜、なんて……ダメ?」



 ぎり、と歯軋りの音が鳴った。


「……理由を訊いても、いい?」

 物事には理由があり、キッカケがある。
 てゐの発言の根源には恐らく……隣の男が大きく関わっている。

「えっと、さ………………わたし、異変解決、頑張ってみよっかな〜、って思ってる」

 その言葉がどういう意味か。長きに渡りてゐと関係を続けてきた永琳にとって、彼女の心境の変化がもたらすモノが善とは限らない。

「私の話、聞いてた? このチケットを持つということは、主催と『戦う』可能性があるって事なのよ?」

「そう、なんだよね……。すごく嫌なんだけど、どうしてだろ。……それでも私、やれるだけやってみたい」

 てゐの踏み出す一歩は、彼女の人生にとっては果てしなく大きな一歩かもしれない。
 踏み出したその一歩が……永琳にとっては果てしなく遠い背中にも感じる。

 てゐと鈴仙の後ろ姿が、どうしても被って映る。


「……5分の1よ」

「え?」

「一度目の放送では、18人死んだ。次の放送でも18人。参加者は全部で90人なのだから、ここまで丁度5分の1ずつ放送ごとに落ちていってる。
 このペースが続くなら、次の第三回放送では54人死に、残り5分の2。主催が提示した第四回放送になれば72人が死ぬ。残った生存者は5分の1」

 無論、こんな簡単な計算で進行するほど殺し合いは単純ではない。多少なりともこの数字にはズレが生じてくるだろう。あくまで現在のペースでしかないが、しかし。

「てゐ。貴方……この残生存者18人のうちの1人に入るまで、律儀に異変解決を謳っていくつもりなの?」

 てゐは弱い妖怪だ。そんな彼女が第四回放送まで生き残るというのは、相当に高いハードルだと見立てている。

「それでも、だよ」

 それでもてゐの瞳は、弱々しくもブレずにいた。真っ向から永琳を見つめていた。

「それは、私の庇護を離れて……という意味で?」

「そう、いう事になる……のかな」

 何がてゐを変えたのか。彼女は自ら檻の外に出て、元凶との対峙を求めているという。
 それがどんなに千荊万棘の道程なのか、分からない娘でもあるまいに。

35あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:07:34 ID:Gosj6oG60


「お師匠様。私は──────ジョジョと頑張ってみるよ」


 自惚れないで。貴方の掲げるそれは『変化』でなく、ただの『のぼせ上がり』。
 妖狐を撃退し、自分には可能性があると増長し、自らの胸中に立ち上る熱い空気に呑まれているだけだ。鈴仙と同じ轍を踏んでいるに過ぎないのだ。
 いつもの様に困難を避け、強者の背に隠れながらチロリと舌を出していればいい。

 それが因幡てゐという女である筈でしょう。だから行かないでいい。帰ってきなさい。


「…………そう」


───それらの言葉は、とうとう出てこなかった。


「……そっ、か」


 チケットを持つ腕が震えてやいないだろうか。こんな弱々しい姿はとても見せられない。見せたくない。

 ここでてゐを止めるのは簡単だ。だがそれをしてしまえば、彼女の決断を否定する事になる。それでもてゐは永琳を恨むことはしないだろう。
 命が掛かっている。永琳は純粋にてゐの安全を考えている一方で、彼女の選択を嬉しく思うのもまた事実だ。

 だが、てゐも鈴仙も変化により永琳の元を去りつつある。数十年と共に暮らしてきた永遠亭を捨て、明日の見えない未踏の地へと歩み出している。

 それが、寂しかった。
 そう……寂しいのだ。この気持ちの正体は、こんなにもありふれた感情で、こんなにも自分を惨めとさせている嫉妬心でもあった。


「ねえ……どうして? 貴方じゃなきゃいけないなんてことは無いはずよ。……どうして、貴方はジョセフと?」


 『家族』として、知っておきたかった。
 因幡てゐの心をそこまで動かした存在。彼は、てゐにとってどんな男なのだろう、と。



「うーん………………『相棒』だから、かな。ジョジョは」



 はにかんだように、少女はふにゃりと答えた。
 それもまた……ありふれた理由、なのかもしれない。

 握りしめていた手の中のチケットは、いつの間にかくしゃくしゃになっていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

36あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:08:34 ID:Gosj6oG60

 ゴォゴォと吐き出されるストーブの熱風だけが、永琳の心を程よく溶かしている。一人きりとなった香霖堂の丸テーブルで、永琳はじっと佇んでいた。

 どうしてあのチケットを渡してしまったのだろう。合理的に考えれば、てゐに渡すより自分で持っていた方が圧倒的に理にかなうのに。
 主催と合法的に対峙できる無二の好機だった。それを手放した理由が、自分でも分からない。醸された殊勝な空気に流されたとでも? ……馬鹿馬鹿しい。
 それだけならまだしも、永琳はてゐ達と共に行動する事を躊躇った。すぐ隣のレストランでは輝夜との合流も待っているというのに、わざわざ別行動を促してしまったのだ。
 輝夜との事は私に任せて、貴方達は自分にしか出来ないことを探しに行きなさい、と。こんな当たり障りない、常套句か何かのように体のいい文言で、追い払う様に。
 その時のてゐの困惑した表情が忘れられない。この醜悪なる土地で折角逢えた家族なのに、早くも散り散りとされるなんて、彼女は思いもしなかったろう。


「……これも『変化』、なのかしら」


 鬱屈した声色と共に吐き出された賢者の溜息は、部屋の温度を幾分か下げた様にも錯覚する。

 変化。この言葉は永琳にとって……そして永遠亭にとっては特別な意味を持つ。
 永遠の術を施し、月に怯えていた毎晩を過ごしていた彼女である。変化を拒絶してまで得ようとしていた、偽りの日常。その日常という名のカーテンを開け広げ、結果的に永遠亭に朝の光を招いたのが『永夜異変』での顛末だ。
 鈴仙から聞いた、間接的な話である。その『運命の日』以降、永遠亭に訪れた急激な変化の毎日は、そこに住む者達をも変えていったらしい。

 そう。『らしい』、のだ。
 鈴仙も、てゐも、輝夜も、そして勿論、自分をも。変化を受け入れた民は、大きく変容していった……らしい。
 それは永琳にとっては未来の出来事。変化を受け入れる前の永琳であるが故に、今の鈴仙とてゐの精神に起こっている変容など、すぐには受け入れきれない。

 これより会う輝夜は、果たして『いつ』の輝夜だろうか。彼女は思いの外、順応力のある娘である。そして、前向きな性格の娘である。
 もしも彼女までが変化を受け入れ、永琳の元から巣立ちし飛び立とうとしているのなら……


 どうして。

 どうして、

 どうして私だけを──────




『PiPiPiPi……PiPiPiPi……』



 ポケットの中が振動を始めた。携帯電話を突っ込んでいたのを思い出す。画面を見れば、見覚えのある番号だ。
 まさか折り返してくるとは。永琳は驚きと逡巡の末、鳴り終わらない内に電話のボタンを押し、ゆっくりと耳に当てた。


「…………もしもし」

『おっ、やっと出てくれたね。いやぁ、警戒して取らないんじゃないかと思って切ろうとしてた所だよ』


 予想通りではあるが、声の主は太田順也。先程パソコンを通して聞いたものと同じ男だ。

「用件は」

『ンフフ。なんだ、随分と冷たいなあ。それとも珍しくセンチな気分かい?』

「まるで私の普段をよく知ってるような言い方ね」

『あはは。ちょっと話しただけでこれだよ。だから君とはあまり会話したくなかったんだけどな。何を探られるか分かったもんじゃない』

 先の通信との一過程を思い出す。太田はやけに永琳との会話を嫌う節があったが、興味が無いというのはただの方便であり、実際は何てことない。
 要は恐れているだけだ。月の天才と腹の探り合いなど、不毛で採算の取れない、リスクばかりの大きい会談でしかないのだと。

「じゃあ、どうしてわざわざ電話なんかを?」

『君の勇気に対し、賞賛も何も掛けないんじゃあ悪いかなと思ってね。……さっき、ジョセフとの会話中に僕の携帯電話にワン切りしてきたのは君だろう?』

 ふん、と永琳は小さく、当てこすりのように鼻を鳴らした。太田の言う通り、先程の太田とジョセフとの通信中に、永琳はちょっとした橋を渡ったのだ。
 次のような内容である。


『───質問は終わりと言った筈だよ? 精々、君にはそれまでに生き残って欲しいと切に願おう。
 …………ん? あ、いや何でもない。とにかくこれで君の三つの願いは叶えられる。前二つの願いも含めて、生き残りに貢献できるようここから祈っているよ』


 このタイミングで、太田はその辺に置いていたであろう自らの携帯電話が振動したことに一瞬だけ反応した。いわゆるマナーモードに設定していた為、通信の中にメロディが入り込むような失態は犯さなかったが、太田の目の届かぬ死角から携帯電話を弄っていた永琳の目からは一目瞭然であった。

37あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:10:51 ID:Gosj6oG60

『確かに君に配布した携帯電話の中には僕の番号もある。だが、その番号リストのどれが誰に繋がるかなどは分からない』

「そうね。だからリスクを覚悟して、あのとき貴方の見えない死角からとにかく適当に電話を掛けていったわ」

 余計な相手が万が一電話に出ないよう、ワン切りを続けては次の番号に掛けていく。下手な鉄砲も数を撃てば、主催にぶつかるかもしれないと予測を立てて。
 まさか本当に主催の番号まで混じっていた事には驚いたが、節々に遊び心を見せる主催二人の事だ。その可能性はゼロではないと永琳も予想し、このような行為に出た。
 そして、とある番号に掛けた瞬間、通信中の太田が反応したのを見て、永琳は当たりを引いた事を確信。

 こうして永琳は主催に繋がる連絡先をいとも容易く発見した。

『うーん、確かに僕はあのとき君に会話や筆談を禁止したけど、イタズラ電話はダメとは言ってなかったからなあ。失敗したよ、流石は“元”月のお偉いさんだ』

 妙に“元”の部分を強調された気がする。太田の見せる嫌味に永琳は内心、深い嫌悪を抱いた。

『でもね、永琳。だから何だと言うんだい? こちらへの連絡先は元々僕が用意しておいたものだ。君がその番号の正体を知ったからといって、今後僕らが和気藹々に連絡し合えると思ったら……』

「大間違い、でしょ?」

 そんな事は永琳とて重々承知の上で、敢えてリスクを冒した。今回こうして太田側からアプローチを仕掛けてきたのは、彼の言うとおり『称賛』する為、ただそれだけだろう。
 少しでも太田の気分を害する事があればどうなっていたか分からない。それでも永琳はリスクに背を向けず、半歩でも前進しようと足を踏み込んだ。太田は、そこに感銘だのなんだの受けて、折り返しの電話など掛けてきたに過ぎない。
 こんな番号が知れた所で、永琳にとって大した利にはならない。しかしそれではあんまりだと、太田は情けをかけるような褒美として再び会話の機会を設けてきた。


 癪に障る男だ。


『まあ、単に言葉で称えたところで君にとっては皮肉にしか感じないだろうね。
 ……そこで永琳。褒美として君には一つだけ、僕への質問を許そう。何でも答えてあげるよ』


 ……本当に、ふざけた男。


『ジョセフばかり優遇するのもなんだと思っただけさ。さ、来なよ永琳。このチャンス、モノにしないと勿体無いと思うよ?』

 コイツの発言に釣られるな。返ってくる答えを証明する手立てがあるかも分からない。この男は参加者をただ、振り回したいだけなのだから。

「質問……ね」

 爆弾の解除方法。
 この土地が何処にあるのか。
 お前達の正体。
 どれもこれも、愚問にしかならない。マトモに取り合うとは思えないのだ、こいつが。


 だから永琳は、心に浮き出た……ふとした『疑問』をなんとなしにぶつけた。
 彼女らしからぬ、合理性や論理性なんて欠片も見えないような……至極どうでもいい質問を。

38あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:12:33 ID:Gosj6oG60


「───じゃあ一つだけ。貴方はどういう基準で、私をここへ呼んだ時期を選んだの?

 どうして。

 どうして、

 どうして私だけを……わざわざ『変化』から取り残されるような時期から呼んだの?」


 いま、永琳が心の中でどうしようもない孤独感にのしかかられているのは……彼女がまだ、変化を受け入れようとする前の彼女だからだ。
 周りだけが自分を置いて歩もうとしていく様を不変の屋敷から見送り、それを寂しく思っているからだ。
 不器用ながらも愛情を以て接していたウサギ達とのすれ違いが、彼女らの巣立ちのようにも思えて不安だからだ。

 明らかに主催の作為を感じる。太田共は敢えて、鈴仙やてゐ達の住んでいた時間軸よりも過去の永琳を選んで呼び出した。

 そこに理屈や道理が存すると言うのなら、問い質したい。


『八意永琳。君は、強すぎるからねえ』


 そして男は、たっぷりに溜めを作ったのち、吐き出した。


『ドラマというのは、人の葛藤や弱味を本人が自覚して初めて生まれるものだと僕は思う。
 これは僕の意図した筋書きではあるけど、結局のところこれから歩む意思は君自身のものだ』


 予想通り、だ。この男は予想通りの返答を決めてくれた。
 だから余計に、虫唾が走る。


『さあ。君の本当の敵とは誰だ? 討ち倒すべくは天上より神の如く一望する我らかい?
 それとも案外、身近な所から軋みは這い寄ってくるのかも。……天才にはあまり馴染みのない問題かな?』


 そして予想以上に、下衆でもあった。
 だから余計に、苛立ちが治まらない。


『完成された天才など、何も面白くない。僕は心から、君が足掻く様を見てみたい』


 完成、と言った。
 天才とも。
 もしも本当に、自分がそうであったなら。
 あの日……罪など、決して犯さなかったろう。


 私はただ、幸せになりたかっただけなのに。


『最後にこれだけは言っておかなくっちゃあね。

 ───Hail 2 U(君に幸あれ)』


 君に幸あれ。
 本当に、これ以上に嫌味な言葉はない。


 ツーツーと無機質な機械音が鼓膜に響き、八意永琳は暫く無言で佇んでいた。
 やがて陽炎のように、フっ……と、可動を再開して窓を覗くと。
 綺麗な小雪模様と共に映る、やけに疲れた瞳がこちらを睨んでいた事に気付く。
 小さく舌打ちを鳴らし、暖かな風を送り込んでいたストーブの火を気だるげにパチりと消して……女は香霖堂を後にした。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

39あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:13:13 ID:Gosj6oG60
【D-4 香霖堂/真昼】

【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)
[装備]:ミスタの拳銃(5/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘、タオル
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(残り15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子とアリス・マーガトロイドの死体、
永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×4(永琳、芳香、幽々子、藍)、カメラの予備フィルム5パック、シュトロハイムの鉄製右腕、蓬莱の薬
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:レストラン・トラサルディーに移動。
2:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
3:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、藤原妹紅に警戒。
4:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※シュトロハイムからジョセフ、シーザー、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』、『太田順也の携帯電話』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。
※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました。
※リンゴォから大まかにスタンドの事は聞きました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOと接触?)
 →爆弾の無効化。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

40あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:14:20 ID:Gosj6oG60
『因幡てゐ』
【真昼】D-4 香霖堂 近隣


 因幡てゐはジョセフの頭にだらだらと顎を乗せ、力ない声で呟いた。

「まさか本当にくれちゃうとはなあ……」

 その右手には件のチケットが風に揺られ、ヒラヒラと舞っている。彼女を鬱陶しそうに肩車する形を取っているジョセフも、頭上から届く声を会話にして投げ返す事で、何となく居心地の悪い空気を少しでも清浄しようと試みた。

「お前が望んだ事だろーよ。あのオンナ、俺から見りゃあ純粋にお前の心配してるように見えたぜ」

「そうだけどさあ……」

 自分達を見送った永琳の、あの時の表情が気になるのだ。どこだか寂しそうに手を振る彼女の、疲れたような表情が。
 確かにてゐが発した意見は、永琳にとっては驚くべき変化にも見えたかもしれない。その事に自分が一番驚いているし、馬鹿な選択を取ってしまったと思う。
 だって、誰がどう考えたってこのチケットは自分のような弱者でなく、お師匠様みたいに知略縦横な英傑が持つべきだろう。あの人なら間違いなく、私などよりずっと巧みにコイツを活用してくれる。

 どうしてお師匠様は、私にこれを譲ってくれたのか。天才には天才にしかわからない、苦悩みたいなものがあるのだろうか。

 それとも……私は利用されているのかな。

「いつまでもウジウジ悩んだって仕方ねーだろ。お前、スゲー幸運なウサギなんだろ? もしかしたらあのオンナよりも成果出せる可能性あると思うぜ、俺は」

「……それ、気でも遣ってる?」

 げしげしと、てゐの短い足がジョセフの胸を蹴った。降ろすぞと脅されたてゐは、蹴る代わりにもう一度溜息を吐いてジョセフの髪をなびかせた。
 プレッシャーなのだ。このチケットは下手すれば、地獄行きの片道切符であり、二枚一組のこれをジョセフと所持するという事は、藍の時と同じようにまたしても共同戦線を張るに等しい。
 それだけでなく、このチケットの存在が他参加者に知られようものなら、思い付く展開は悪い方向に偏るばかり。何故なら主催者と合法的に会えるという手段は、人によっては喉から手が出る程に欲する大チャンス。
 その相手が穏便に事を済ませるタイプならまだ良いが、暴力に物を言うタイプであるなら、ジョセフとてゐはターゲットになりかねない。
 八雲藍と戦い生き残りはしたものの、結果がそのまま自信に繋がるなどということは無かった。あの戦いに、勝利者は存在しないのだから。

「あ〜〜〜〜〜やっぱりお師匠様に渡しておけば良かったかな〜〜〜〜〜。不安だわー心配だわー。およよよよ……」

「あのな! そういう台詞をよォー、俺の頭のすぐ上で吐き出さないでほしいの! 幸運が逃げちまうだろ!」

「幸運は逃げやしないよ。アンタの肩に足ぶら下げて居候してんだからさぁ」

 口うるさい相棒同士が、上下に重なって道を突き進んでゆく。肩に触れるとすぐに溶けてしまう雪が、彼らの先行きの不鮮明さを嘲笑うように歩行を遮っていく。






「あ、」

「どうした? てゐ」

「そういえば……あの『DISC』の事、忘れてたなって」


 火薬庫に眠る爆弾は、未だ息を潜めて彼らの懐で寝息を立てている。
 今尚、導火線に火が灯ることなくいられるのは、二人の併せ持つ幸運ゆえか。
 もし、そうでないのなら。

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41あやかしウサギは何見て跳ねる:2018/01/11(木) 03:16:32 ID:Gosj6oG60
【D-4 香霖堂 近隣/真昼】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(小)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、スタンドDISC「サバイバー」、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:参加者現在地を踏まえて、行き先を決める。
2:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(小)
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:参加者現在地を踏まえて、行き先を決める。
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く。
3:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

〇支給品説明
『赤チケット/青チケット』
主催の太田がジョセフへと渡した、胡散臭い二枚のチケット。
『有効期間【第二日目00:00〜】 紳士/淑女専用
※注意! 青と赤のチケットを同時に切らなければ効果は発揮しません。』
のみの表記がなされており、これを第四回放送“以降”に切れば、その者が主催と会える……らしい。
交差する二つの世界の男女が使用することによって効果が現れる。メタ的に言うなら、ジョジョと東方のキャラである。

42 ◆qSXL3X4ics:2018/01/11(木) 03:17:34 ID:Gosj6oG60
これで「あやかしウサギは何見て跳ねる」の投下を終了します。
感想や指摘などあればお願いします。

43名無しさん:2018/01/13(土) 04:38:29 ID:NsIukE4M0
投下乙です
永琳がじわじわ苦しい心境になってきた…
サバイバーもフラグも未だに残り続けてるし先行きが不安ばかり…

44 ◆qSXL3X4ics:2018/01/18(木) 00:07:39 ID:.UYOCdkk0
ディエゴ・ブランドー、霍青娥、エンリコ・プッチ、秋静葉
以上4名予約します

45 ◆qSXL3X4ics:2018/01/22(月) 19:28:10 ID:gV.Gib4U0
投下します

46Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:31:45 ID:gV.Gib4U0
『ディエゴ・ブランドー』
【真昼】C-4 魔法の森


 例えば、こういう事だ。
 ある土地では荒くれ者で名が通っていた一羽の鷹がいた。空の帝王を冠すそいつの悪行に、地上の動物共はお手上げだ。なんせ、空を飛んでいるわけだからな。
 だがその鷹は、力は確かなものであったが脳の方は残念極まるモンだった。樹上か見晴らしのいい岩肌にでも降りりゃあ良いものを、あろうことかそいつは羽休めに選んだ場所を見通しの悪い森の中にしちまった。
 結果、鷹は背後から襲い掛かってきた大蛇に丸呑みにされた。空中というアドバンテージを捨て、大した考えもなく地上に降り立った時点でそのバカ鷹の人生、いや鳥生は呆気ないフィニッシュを迎えたわけだ。


「───お前ら二人は、森の中なら休めるだろうとタカを括った、そのマヌケなタカと同じだ」


 鉄板をも食い込み貫きそうな程に鋭い恐竜の鉤爪が、エンリコ・プッチの背と首元に回った。そのあまりの早業に驚くよりもまず、彼ら二人の攻撃性こそが真に恐ろしいとプッチが悟ったのも無理ない。

 空の旅は思いのほかに短いフライトで終わった。要石はプッチと静葉がほんの一息つき終わらない間には、既に魔法の森中心部への降下を選んだらしい。彼らは石の気分に進路を任せる立場でしかなかった為、これは仕方の無い結果だと受け入れる他ない。
 無論、偶然にも着地点に二人の男女の姿があったことなど、予測はできても回避しようがなかった。それ故に先のディエゴの台詞には語弊があるのだが、起こってしまった災難に今更文句を突きつけても聞く者など居ない。
 激しい着地の衝撃と共にプッチと静葉の二人組をすぐさま襲ったのは、同じく二人組の男女であった。

 迅い。獲物を発見してから襲撃に至るまでの初動が、恐ろしく迅かった。単なる速度だけでなく、即攻撃に転じる躊躇の無さこそが脅威なのだ。
 満身創痍のプッチ。そして戦士としてはあまりに未熟な静葉では、この殺意の瘴気を振り撒く二人を迎え撃つには迅過ぎる速度だ。
 一点の無駄もない機動と連携。プッチが評したその攻撃性こそが、ディエゴと青娥を脅威に足る外敵だと決定づけた。


「失礼あそばせ。出会い頭で不躾ですけど、こちらも急いでいる身。貴女はこのまま生き埋めにして行きますね」


 空からの来訪者と見るや、駆動させていたバイクから二人して優雅に飛び降り、それぞれ獲物を狩る。ディエゴはプッチの首を狩るために。青娥はオアシスの能力で静葉の首を埋めるためにマウントをとった。
 奇襲を受ける形となった二人は、これに迅速な対処が出来ない。この地で、それは即死を意味するのだ。

「痛……ッ! だ、誰……!?」

 唐突な敵襲に、的外れなセリフでしか返せない静葉。彼女の持つ武器の内、最も使い勝手が良く殺傷力もそこそこ見込める猫草は、とても手の届く範囲に居ない。弾幕攻撃を選ぼうにも、両腕を含む首から下が見る見る内に地面の中へとめり込んでいくのだ。
 まるで底なし沼に押し込められているが如く。これでは、弾幕を繰り出せない。唯一地上に残った小さな頭部を上から鷲掴みとする曲者の顔すら、確認出来ない。

「ぷ、プッチさん! スタンド、を……っ!」

 咄嗟に助けを求めた静葉のこの言葉は、迂闊だと言わざるを得ない。仲間である彼がスタンド使いだと意味もなくバラすような発言など、敵からすればそれだけで警戒心を抱かせる言葉でしかないからだ。
 しかし今、この状況においては静葉の救援要請……その前半の内容が、幸運にもこの窮地を脱する呼び水となった。


「……プッチ?」


 静葉の頭部を地中へと押し込まんとする青娥の豪腕が止んだ。呆気に取られるその有様から、どうやら『プッチ』の名に反応したようだった。

「あららら。もしかして、この子達ってば……ね、ねえディエゴく〜ん?」

 やっちゃいましたわ、などとフザけた台詞を漏らしながら青娥は、慌てて静葉から手を離す。あわや殺っちゃわれる寸前の静葉からオアシスの能力はギリギリで解放され、これにて秋神様の生首が土の上に誕生する運びとなった所で事態は収束する。

47Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:33:38 ID:gV.Gib4U0

「あぁ。……どうやらオレ達の探し人は早くも見付かったらしい。コイツは幸運だな」
「この状況で悪びれもせず幸運と言ってのけた、君の図太さと意地の悪さに目を瞑れば確かに幸運だ。私達は助かるのかい?」

 まさに今、プッチの首が胴体から別れを告げ、二体目の生首が誕生する直前だった。圧倒的な身体能力で生命線を握られたと思えば、どうやら事は彼らの早とちりだったらしい。こんな馬鹿げた話も無いが、プッチはそれに腹を立てることなく至って冷静に目の前の襲撃者と会話する。
 その瞳に怯えや怒りといった類の感情は見られない。喉と背に真刃を突き立てられた状態だというのに、彼は一切動じる事なく、反撃の素振りも見せない。
 まるでこうなる事が分かっていたかのように。

「……フン。随分余裕だな? 早とちりとは言え、アンタは今勘違いで殺されかけたんだぜ」
「君の兇手に“本当に”殺意があったなら、私はとうに殺されていただろう」

 青娥はともかく、ディエゴには最初からプッチを殺すつもりなど無かった、と。プッチは言外にそれを突き付けると、ディエゴも口を閉じた。
 図星でしかない。ディエゴはプッチの容姿を把握出来ていた為、空から飛行石が舞い降りてきた瞬間にはもう、目の前の男が件の人物だと直ぐに気付くことが出来た。その上で、敢えて『カマして』やったのだが……。
 現在この場の主導権を握っているのはディエゴらだ。にも関わらずプッチの落ち着き払った様はまるで、自身が手玉に取られていたようにも思えて、ディエゴからしてみると面白くはない。

 まだ、ディエゴは構えを解いていない。プッチは依然として命を握られている状態だ。


「今、少しだけ殺意を沸かせたようだな。ディエゴと言ったか……。
 やはり『気が変わったかね』? 今ここで私を八つ裂きにしてみても面白そうだ、と……君は“そう”考えていないかね?」


 プッチの腕が、喉元に突きつけるディエゴの腕をガシと握った。と同時に、なんとその腕を自身へと『自ら』引き込んでゆく。当然、鉤爪が食い込んだ箇所からは赤い線が僅かに引かれて落ちる。
 その光景を青娥は他人事のようにニヤケながら眺め、生首となった静葉は青い顔で息を呑み、口をパクパクと動かしている。

「……イカレてんのか? オレがこの爪に僅かでも稚気を込めれば、お前のこのコリコリとした頚動脈は真っ赤な大花火を上げる事になる」

 そうは言いながらも、ディエゴは心中である種の寒気を覚えていた。今の自傷行為を行った時点でディエゴに内在する殺意が急速に失われた事を、この神父は悟ったのだ。そしてプッチがそれを悟った事を、ディエゴの方も理解した。だからこその、戦慄である。

「さっきはああ言ったが……君は私を『殺さない』。私達が今ここで出逢ったのは、『そういうこと』なのだ」
「…………なるほどな。厄介者だ」

 捨て台詞のような事を吐きながらディエゴは、掴まれていた腕ごとプッチの身体を気怠げに振り払った。『当初の目的』など、果たす気が失せたのだ。

 ディエゴは最初───青娥にすら言わずにいたが、プッチには『保険』を掛けておこうと、こっそりと傷でも付ける腹積もりでいた。理由など語るまでもない。後々の都合を考えてのことだ。
 事実、意図せずした形で彼の首筋に傷を刻むことに成功した。この『意図せず』という部分が、ディエゴがプッチを厄介と評した最たる理由である。
 ディエゴにとってプッチ並びにDIOの配下達とは、表面上だけでもある程度の友好を築いていかなければならない関係だ。必要以上の距離にまで近づく必要はないし、青娥に至ってはソリがまるで合わないワケだが、少なくとも仲違いをするわけにいかない。
 それ故に、あくまで『こっそり』と傷を付ける必要があったのだが、結果は御覧の通りだ。

「やれやれ。ただでさえ起き上がるのにも精一杯の負傷なんだ。首の切り傷だけで済んだのはやはり幸運だったのかな」

 手頃な木々の葉を千切り、たった今付けられた首元の血を悠長に拭き取っている。
 彼はディエゴのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の真価を勿論知らない筈だ。だがこれから先、手を組むに当たってその能力は嫌でも伝わるであろうことは想像に難くない。とすれば、堂々と傷を入れてしまったこの現状で不用意に恐竜化など施せば、どのような顰蹙を買うかは考えるまでもない。
 プッチにとって今までのやり取りは、そんな未来までをも予測させる領域にはなかった。偶然、運良くプッチはディエゴの胸に潜ませた奸計を阻止したという事になる。

 その偶然性を評して、ディエゴは彼を厄介者だと断定する。なるほど、あのDIOの友人ともなれば一癖も二癖もあるのはある種当然。それが痛感できた。

48Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:36:13 ID:gV.Gib4U0


「しかし、驚いたな……。君は随分と私の友人に似ている」


 辺りの岩に腰を掛けながら、プッチはここに来て一番の驚愕らしさを浮かべながら言う。その穏健な雰囲気は、もはやディエゴらとの確執などここでは起こらないと確信し切っているような余裕すら垣間見える。

「奴からも驚かれたよ。オレに双子の兄弟なんぞ居ない筈だがな」
「ふむ。やはり君とDIOは既に知り合っていたか。そんな気もしていたが」

 身に纏う服飾から連想される職通りに、穏やかな男だと感じる。彼が何故、一介の吸血鬼と交友関係を持てたのか。底知れぬ因とはまるで『運命』とも言い換えられる。口に出すと安っぽい言葉であるが、そうとしか言えない事実もまた、この世には多く存在する。

「ディエゴ・ブランドーだ。そっちの女は」
「はぁ〜い! 只今お褒めに与らせて頂きました、仙人の霍青娥ですわ。どうぞこれからはご贔屓に♪」

 待ってました、と言わんばかりに。フワリと小さな、見てくれだけは上品さを纏ったお辞儀を披露しながら、青娥は早速いつもの胡散臭い笑顔で媚を売り始めた。

「見てのとおり、頭が少々お花畑の女だ。基本的に無視した方が精神の安定の為だぜ」
「ちょっとディエゴくん〜? そういう悪質な印象操作はお姉さん、良くないと思いますわよ?」

 敬愛するDIO様の御友人ともあれば失礼の無いよう……という構えだろうか。果たして青娥はいつにも増した愛想を振り撒き、人畜無害な自分を演出する。尤も彼女の場合、自分を本気で差し障りのないお利口さんだと思い込んでいる節もあるのが周囲の人間にとって面倒臭いのだが。

「仙人……?」
「はい! ええもう、それはもう! わたくし、レパートリーとして様々な仙術が扱えますの。きっと神父様のお役に立てますわ」

 グイグイと迫る青娥の押し姿勢に、流石のプッチといえど若干引き気味。助け舟を乞うような視線で彼はディエゴを見やるも、ディエゴは青娥に関してはとうに諦めているらしい。首を横に振る仕草だけで、彼はこの救援要請を蹴った。

「……まあいい。君たちはどうやら私を尋ねてここまで来たようだが、改めて自己紹介としよう。私はエンリコ・プッチ。DIOとは昔からの友人だ。
 そして、そこで埋まっている彼女は……」

 ここで初めてプッチは、蚊帳の外にされつつある相方を紹介するべく視線を向けた。青娥のオアシスの術中にハマり、虚しくも気味の悪いオブジェと化していた秋静葉の不貞腐れた顔(のみ)がそこに生えていた。

「……秋静葉、よ。取り敢えず、早くここから出して欲しいのだけど」

 拗ねながら彼女は、三人の視線を集める。全く情けない姿だが、話を聞くにどうやら生き埋めの危機は去ったらしい。それを悟ったと見るや、己をこうまで追いやってくれた女へと敵意混じりの懇願を放った。

「あら、これは失礼。貴女、地味だから忘れちゃってました。もっとも、お顔の半分は惨い火傷に見舞われておりますけど。大丈夫?」

 これを嫌味や皮肉でなく、素で吐いているというのだから、青娥という女の失礼にも程がある気質は初見の二人にも見て取れた。こんな態度の輩とこれから手を取り合えるものなのかと、静葉は早くも先行き不安の暗雲に包まれる。
 ごめんなさいねと、一応は謝罪の言葉を述べながら差し出した青娥のその手へと、早速静葉は取り合おうとする。キュッと握ったその腕からオアシスの能力が伝播され、静葉を取り囲む土壌はドロドロと溶解を開始し彼女を自由にした……


──────その瞬間に、新たな兇手が静葉を襲った。




「ヒ……っ!?」



 短く漏れた悲鳴の発生源は、静葉の口からだ。彼女の双眸より1センチも満たない至近距離で、鋭く光る鉤爪が真っ直ぐに伸びていた。


「……どういうつもりだ?」


 地上へと復帰できたその瞬間、静葉の目の前に恐ろしいスピードでディエゴの牙と爪が迫っていた。いち早くそれを察知したプッチが、スタンド『ホワイトスネイク』を顕現させてその両腕を掴み止めたのだ。

 ディエゴとプッチの視線が、再び結われた。

49Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:37:05 ID:gV.Gib4U0
 
「どういうつもりだとは、おかしな事を言う。それはこちらの台詞だ……ディエゴ」

 突如として静葉に叛意を剥き出しにしたディエゴの方が、何故だか疑問に塗れた表情を作っていた。先のプッチとの小競り合いとは違い、今のディエゴの瞳には本物の殺意が混じっていたように見えた。だからプッチはスタンドで静葉を守ったのだ。

「じゃあ言い直そう。───どういうつもりでアンタは、こんなガキとつるんでいる?」

 ゆっくりと、ディエゴは静葉へ差し向けていた腕を下ろしてプッチを睨み付けた。

「その過程諸々を、これから話していく所だったろう。なんだって君は彼女を殺そうと?」

 収まっていたはずの火花が、再び辺りに舞い始める。静葉は、自分が殺されかけた事を今更ながらに悟ると、遅れてドッと汗が噴き出てきた。

「殺そうとした? オレが、このガキを?」
「そう見えたがね」
「なるほどな。だがオレにその気は無かったさ。いや、正確には『この程度』の攻撃など、防いで然るべきだと思っての行動だ」

 その気は無かったと言う。しかしその殺意を全身に受けた静葉は、彼の言葉が嘘だとすぐに分かった。
 あの地底の八咫烏と対峙したのを最後に感じることの無かった、自身を蝕む命の危機をたった今……この肌で感じた。

 何故? どうして自分は、謂われなき殺意を立て続けに浴びなくてはならなかったのか。静葉の疑問は、至極当たり前の感情だ。

「さっきも思ったが……お前と違ってこの静葉とかいうオンナは圧倒的に『戦い慣れていない』。オレ達同様、ゲームには乗っているんだろうが……戦闘自体はとんだ素人だぜコイツは」
「だから殺そうとした、と?」
「その気は無かったと言ったろう。抑え目で脅したつもりだったが、まるで反応出来てなかったどころか、情けない悲鳴まで漏らす始末だ。アンタと組むぐらいだからもう少し動ける奴かと思っていたが……期待外れもいいとこだ」

 傍から聞けばディエゴの言い分は暴君そのものと言った具合で、裏返せばその言葉は『使えない木偶の坊など連れても無駄』という、勝手極まりない主張である。
 しかしディエゴにも翼竜達からの情報網により、先刻この秋静葉が強大な妖怪である霊烏路空を、ほぼ単騎での討伐に成功していた事は既に伝えられている。少なくとも『使えない木偶の坊』と言い切れるほど、静葉が役立たずでない事ぐらいは承知の筈なのだ。

 そういった認識があって尚、彼が一方的に静葉に牙を向けた理由は……彼個人の感情がその腹に澱んでいたからだと、本人が自覚しての狼藉なのだろうか。
 幻想郷縁起に掲載されていた秋静葉の項によると、彼女は幻想郷の野良神様───紅葉神である。大した信仰もなく、力もその辺の雑魚妖怪並。ゆえに彼女に人々を救う能力も導く目的も有りはしない。
 そしてその妹───最初に殺された秋穣子は、よりによって豊穣神だと言う。大地に豊かさをもたらし、人々に恵みを与え、対価として信仰を受ける存在。
 虫唾が走る。それは結局の所、この世に不平等を生み出す輩なのだ。彼女の機嫌一つで作物は病み、土地に貧困差を発生させ、結果人間社会にも弱肉強食を連鎖させているようなモノ。独裁者と何ら変わりはない。
 ディエゴの生きてきた世界に、秋穣子並びに神サマの類は一切微笑もうとしなかった。それがどんなに人間主観な捉え方であり、自分勝手な価値観だと分かってはいても。


 気高さをも捨てたまま成長を遂げたディエゴには、目の前の秋静葉すら憎悪の対象にしか映らない。
 いくら手を組む相手であろうが、全ての偏見を取り払って握手を交わすなど……そう簡単に妥協できない。

50Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:37:48 ID:gV.Gib4U0


「静葉は、この私自らが『見込みがある』と選んだ相手だ。軽率な真似は自らの首を絞めるぞ、ディエゴ」
「そうよぉディエゴ君。今のはちょっと流石に静葉ちゃんが不憫だわ」


 邪仙の同情を貰う事が果たして名誉か不名誉かはさておき、ディエゴの向こう見ずな行動はこの女とて見逃せなかったらしい。彼女はここぞとばかりにディエゴへと非難の目を向けた。

「よくもまあ、ぬけぬけとオレを非難できるな。オレが今、爪を立てずともお前は同じ事をしたんじゃないか? なあ……邪仙」

 憎らしい笑みと共にディエゴは、邪なる仙人の真意を言葉で射抜く。聞き捨てならぬ言葉に、プッチも静葉も同時に青娥を見た。
 実に底知れぬ、善意と悪意のどちらともつかない灰色の微笑。一言に言って気味の悪いその顔を円満に開花させながら、青娥はディエゴの言葉に反論で返すことをやらない。
 それはつまり、肯定であると同義。

「……分かっちゃいました?」
「ムカつくことに、お前の考えそうな事の予測は段々付くようになってきたんでな」
「言い訳させてもらうけど、私は別に静葉ちゃんを殺そうとなんかこれっぽっちも考えてなかったわ。ただディエゴ君と同じ様に、ちょっと試してやろうと、ね」

 悪意はない。殺意も否定するが、邪念はあったとあっけらかんに宣う。要はディエゴも青娥も、この秋静葉という弱小の存在意義について甚だ疑問があったのだという。
 二人からして見れば野良猫にちょっかいを掛けた程度の戯れなのだろう。しかし当事者の静葉にとっては不条理極まりない厄難。

「ディエゴ。それと青娥だったか。私と静葉はさっき、ちょっとばかし『運動』してきたばかりなんでね。……次同じことをやれば、DIOの同盟と言えど容赦は出来ない」

 プッチがスタンドを傍に立てながら宣言する。聖白蓮から貰ったダメージなど気にもしない素振りで、瞳の中に一層と敵意を滲ませて。


「───プッチさん。私の事は、気にしないで。今のは仕方ないこと、なんだから」


 震える膝を押さえつけながら、静葉が立ち上がった。意外そうな目で彼女を見やったプッチをよそに静葉は、自らを試さんと言う邪念を公言した二人の正面へと歩を進める。

「ディエゴさんの言う通り、私は弱いです。そしてこの世界では、『弱い』という事それ自体が罪……。こんな私でも、それくらいは重々承知しております」


 まずは、自覚するところからだ。
 私は弱い。ここの四人の中では圧倒的に最下層。最底辺。
 先のやり取りで彼らが私の実力を推し量った様に、私にも分かった。彼らの強さが、肌へと直に埋め込まれた。


「私には時間が無い。その限られた短い時間の中で“強くならなければ”という境遇が、どれほどに艱難辛苦の道程なのかも理解してます。
 敢えて言いますが、私の目的は『ゲームの優勝』です。その為には泥水を啜り、心臓だって捧げるつもりです」


 人は簡単に強くなることは出来ない。まして一朝一夕であれば尚更。
 故に必須なのだ。針の隙間のように狭い死線と死線の間(はざま)、そのギリギリを縫う崖端歩きを、絶え間なく継続させるような神業が。
 少女へと求めるにはあまりに過酷な試練。それは単に実力を身に付ければ突破できる類の路ではない。


 秋静葉は、『ナニ』と戦い続けなければならないのか。
 本当に向き合わなければならない『敵』とは誰か。
 その正体を真に知ることが出来なければ、彼女は負ける。
 朧気ながらも少女は、敵の片鱗が見えつつあった。


「私はその答えを探し求める為に……プッチさんと行動する事を決めました。彼の言うDIOさんと会ってみたいと思いました」


 膝の震えは、いつしか自然に治まっていた。
 路を認める視線は、自ずと前へ向いていた。

 こんな努力方針みたいな戯言をつらつら並べたところで、彼らがちょいと気まぐれを発揮すれば、自分などすぐに肉塊にされる。
 それでも、受け入れてもらわねば困る。身の振り方を集団に依存した時点で、静葉一個の意思など彼らから見れば魑魅魍魎と何ら変わりないのだ。

 やがて、弱き紅葉神の祈りは通じたのか。
 三人の静葉を見る視線が、どこか変色したように思えた。

51Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:38:23 ID:gV.Gib4U0


「いーんじゃないかしら? 可愛げあるし、そういう野心はディエゴ君と通じる所あるかもね〜」
「……オイ。誰がこのイモ女と似てるだと?」
「まあまあ♪ 何だか採用面接みたいな空気になっちゃったけど、私は元々静葉ちゃんの同行に反対してたわけでもなし。仲間は多い方が楽しいと思うわよん」


 ヨロシクねと、青娥は新しい友達でも出来たみたいに寄り添い腕をとった。その朗らか極まる満面の嬉々に、下心も腹黒さも感じ取れない。
 そんな光景を、ディエゴだけは別の側面から眺めている。青娥はどうやら静葉を迎え入れる気らしいが、彼女は何も静葉を気に入ったから手を取った訳では無いのだ、決して。
 そして、だからといって利用するつもりかと言えばそうでもない……というのがディエゴから見た総評だ。


 霍青娥。彼女は面白い物や強い相手に付いていきたがる性質だ。そんな尻の軽い女が、秋静葉などという特筆すべき箇所も無い野良神に興味を抱くかと言えばNOだろう。
 青娥は同郷の民であるにも関わらず静葉をよく知らずにいた。つまり彼女にとって静葉など元々アウトオブ眼中であり、傍迷惑な興味欲を引き出すに至らない程度のちっぽけな存在なのだ。

 「仲間は多い方が楽しい」と、彼女自身が放った言葉に嘘はない。それ以上もなく、それ以下もなく。
 本命のプッチに付いてきたオマケのオモチャ。良いとこ、同性の話し相手レベルだろう。


「ディエゴ君も妙な敵対心は捨てて、たまには素直に受け入れましょうね」


 気持ち悪い以外の感想を持てそうにないウインクを受け流しながらも、ディエゴは胸糞悪い感情の捌け口に困る。

 敵対心、と言ったかこの女は。

 ディエゴが幻想郷の、特に『神』と敬称される少女達へ一段と憎悪を抱いている事実を、青娥は何となく勘づいていたのだ。それは先の生意気な唐傘妖怪へ与えた過剰な暴力を見ても、漠然と察せられる感情ではある。
 静葉に対しても同じだ。ディエゴ自身は彼女へと仕掛けた先程のやり取りに対して「本気の害意はなかった」とハッキリ発言している。その否定も、青娥の前では意味を成さなかった。
 プッチが止めていなければ、静葉はさっきの時点で確実に殺していただろうから。衝動的な殺意をコントロール出来ずにいたディエゴによって。


(オレの全てを見透かされているようで、本当にムカつく女だ……)


 静葉よりも寧ろ青娥への拒絶感の方が、今となっては大きい。どちらかと言えばそれは性格の合わなさ的な意味合いも多いが。
 一方の静葉に関しては……青娥とは別の意味で苛つく。それは、泥水を啜る覚悟で生き延びようとする少女の姿が、かつて苦痛でしかなかった少年時代を生きた己自身の姿と重なるからかもしれない。
 「ディエゴと通ずる野心がある」と言った青娥の言葉は、実に的を射ている。だからこの静葉は、どこかの時点でオレ達を簡単に裏切るのだろうなと、そんな予想も今のディエゴには容易いものだった。


「……OK。いいぜ、オレもお前を受け入れようと思う。秋静葉。一緒に来いよ」


 似た者同士、などではない。コイツはあくまで、他から奪って生き抜こうとしてきた『昔』のオレに似ているかもしれない、というだけだ。
 そんな言い訳ともつかない台詞を心中で己に投げつけ、ディエゴは査定する。この少女が、果たして踏み台に相応しい存在足り得るかを。

 そしてきっと、それはお互い様なのだ。
 秋静葉もまた、自分を取り囲む全ての天高き断崖へと対し、頂点への高さを査定しているに過ぎない。
 乗り越える事が可能だと判断すれば……おぼつかぬバランスであろうと彼女はそこに足を掛けるだろう。高みがより天に近いほど、一歩でも踏み外せば脆弱な少女の肉体では落下に耐えきれない。卵の殻でも割れるように、容易く砕け散る事になる。


「話は纏まったかね? ならば少し時間をとって話を聞こうじゃないか。今度こそ、な」


 円卓に渦巻く思惑を、この神父が詳細に感じ取れているかは本人のみが知る。
 プッチとて遊んでいるつもりはない。巻き起こった邂逅に彼の目指す天国へと導かれる『引力』が……有るか、無いか。積石としての役目をこなしてくれるか、否か。


 揺るがぬ宿願を抱く男にとって、大切な事はそれのみなのだから。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

52Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:39:28 ID:gV.Gib4U0

 ここ魔法の森は幻想郷の誇る危険スポットの一角として広く知られている。今でこそ抑えられてはいるが、無数に生えた妖しげな魔法キノコの醸す瘴気により、通常であれば非装備や専門知識無しで立ち入ることは等しく無謀である。
 大きく立ちはだかった大樹の広げる自然の傘が疎らに注がれる雨粒達を弾き、隠れ家や雨宿りとして選ぶには優秀な土地だ。周囲の薄暗さに常時警戒を絶やさない熟練者達にとっては、だが。

 プッチと静葉。ディエゴと青娥。引き合うように逢わさった四人の根底にあるのは、前提として『ゲームに乗った者』である。それぞれがそれぞれに、大なり小なりの争いを引き起こしてきた者同士。当然ではあるが、それなりに疲弊もある。
 特にプッチとディエゴは相当の負傷だ。表面的にはそう見せなかったが、先程のいざこざとて随分な無茶をやっているのも確か。こうして巨大な木の根に腰を下ろし、口だけを動かす時間も充分な休息となる。


 ディエゴらがプッチを尋ねてきた理由やDIOとの事も含め、現在把握している情報、出会ってきた相手など。掌中に握る全てとは言わずとも、共有しておく事柄はなるべく事細かに伝えられた。


「空条徐倫に出会ったのか……」


 剛直の糸と普通なる魔法使いの洗礼を受け、清々しい程に敗けたという事実も包み隠さず伝えられたプッチは、宿敵の姿を脳裏に浮かべながら表情を強ばらせる。

「お恥ずかしい話、一蹴されたと言っても否定できない顛末でしたわ。まこと、曲者ですねえ」

 他人事の様に語る青娥の上っ面に、屈辱の色は皆無だ。恥ずかしげなく、一種の余裕すら構えて微笑みを浮かべるその様こそ、慙愧に堪えないと卑下されるべき面構えかもしれない。
 青娥には青娥なりのプライドがある筈だが、敗北してしまった事実をいつまでも引き摺ってコンディションに悪影響させるような醜態を見せるなど、それこそ彼女のプライドに障る。先刻、紅魔館前にてディエゴと意見を違えたのもそういった気質が要因だ。
 風を受ける柳のように、青娥の心はただそこに垂れ下がる。風評も罵声も、緩やかに受け流して心の水面を保つ。決して大きく波風を立てない独自の精神は、並大抵の波紋では揺れたりしない。その一点だけを取り上げれば、彼女は実に妙妙たる仙人なのだろう。


「ジョースターを決して侮るな」


 プッチが短い教訓を呈す。それは彼にも、幾度なる辛酸を舐めさせられた過去があるからに他ならない。話を聞くに、空条徐倫と霧雨魔理沙とやらは致命傷を負わされた空条承太郎、博麗霊夢の二人を救助する為に馳せ参じたらしい。共に縁の深い者同士、必死だったのだろう。
 博麗の巫女についてプッチはよく知らないが、人からも妖からも好かれ、幻想郷の中心に鎮座する重職を担う少女らしい。紅魔館で敗北した後も様々な人妖から手厚い保護を受けている経緯を聞くと、彼女の重要性も想像できる。


 なるほど。『持っている』のだろう、その少女も。


 運命という言葉を強く信仰するプッチにとって、博麗霊夢は恐らく───かなり厄介かもしれない。
 もし霊夢がここから奇跡的な復活を果たそうものなら……DIOやプッチにとってのジョースターの様に、運命を味方につけた『敵』になりかねない。
 運命に愛された者の強さがどれ程に恐ろしいものか、男は知っている。ましてやあの承太郎と行動を共にしているというのだから、その二人が殺し合い序盤から早くも邂逅していたこと自体、運命的なものを感じずにはいられない。

 それはまさしく引力だ。プッチがDIOと再会を果たしたように、承太郎と霊夢が出会ったことに何か『意味』があるというのなら……それはきっと、『特別』な導きなのかもしれない。決してあってはならない、恐るべき奇跡。

53Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:41:30 ID:gV.Gib4U0


「ジョースターねえ。……神父様、ジョースター家とは一体なんなのでしょう?」


 ジョースターを侮るな。プッチのこの忠告に対し、青娥は兼ねてより疑問に思っていた核心を突いた。彼女からしてみれば、精々がDIOの因縁の相手……その程度の大雑把な認識である。そしてそれは彼女だけに非ず。静葉は勿論、ディエゴだって首を傾げずにはいられない。


 プッチは空条徐倫との因縁に決着をつける為、幾度も死線を交わしてきた。
 ディエゴはジョニィ・ジョースターと聖人の遺体を巡り、大陸中で火花を散らしてきた。
 静葉はジョナサン・ジョースターというただの人間に、歴然たる力の差を見せ付けられた。
 青娥は初め、遠巻きに目撃したジョルノ・ジョバァーナから言い知れぬ風格を感じ取り、己の欲を駆り立てられた。
 そしてDIOはある未来において、空条承太郎というスタンド使いと戦い───敗北している。
 因縁の大小はあれど、ここにいる彼ら彼女らはジョースター家と対峙している者達だ。





 この場の『悪』達に限った話ではないが、参加者の中には名簿の選考基準に思考を巡らせる者も増えてきた頃合だろう。

 そろそろ誰もが疑問に思い始める。

 『ジョースター』とは、何者なのか。





「プッチ。アンタはDIOの死後、ジョースターのルーツを調べ直したんだったな」

 ディエゴは先程チラリと聞いたプッチの言葉を咀嚼し、改めて確認をとった。プッチはそれに短い肯定で返すと、ディエゴは渋顔で名簿を取り出し、睨み付けるように上から目を通す。
 幾らか続いた無言の時間は、やがてゆっくりと破られていく。重要なのはやはり参加者名簿だ。



「まずは上から───ジョナサン・ジョースター」



 宿縁のルーツ。全てはこの男とディオから産み出された血の因縁から物語は始まる。彼はDIOの大学時代の友人であり、その類まれなる爆発力と精神力にディオは三度の敗北を味わったという。
 そしてプッチがつい先程、ホワイトスネイクによりその精神を取り出して沈めた男の名でもあった。完全に殺害したわけではないが、DISCがこちらにある限り無力同然。恐るるに足らず。



「次は───ジョセフ・ジョースター」



 DIOをエジプトにて討ち倒したメンバーの要。老いてなお健在である洞察力と意外性に加え、厄介な事にここのジョセフは若き日の最盛期であるという。
 ジョースターの中で最も問題児と云われた彼に、プッチは大敗を喫した。ディエゴの翼竜によると、彼は近隣の香霖堂にて大妖怪八雲藍の討伐を成したという情報があり、要警戒人物には違いない。



「そして───空条承太郎」



 最強のスタンド使い。奴の操るスタンド『スタープラチナ』とマトモにぶつかって勝てる者などそうは居ない。完成されたパワーとスピードに加え精密性と人外級の視力。本体の並外れた判断力まで併せ持ち、極めつけに時を止める能力をも備えている。
 かつてエジプトでDIOを討った張本人であったが、未来は逆転。紅魔館にてDIOと一騎打ちの後、瀕死の身体で運び出されている。一番手強いであろう相手だけに、何としてもトドメは刺しておきたい。



「一応コイツもか───ジョルノ・ジョバァーナ」



 彼の成り立ちに関しては少々複雑である。何故ならその名を持つ少年は、DIOの実子であると同時にジョナサンの血も受け継いでいるからだ。ジョースターの人間だと単純に断定できるかは難しい。
 しかし、紅魔館での始終を見ればあの少年が今後味方となる見込みは薄い。スタンドは『ゴールド・エクスペリエンス』と言っていたか。まだ謎の多い人物であるが、青娥曰く「王の素質」は間違いなく備えていると言う。



「更に───空条徐倫」



 ジョースター唯一の女性であるが、承太郎から受け継がれたタフな意志と精神は間違いなく脅威。スタンド『ストーン・フリー』から編み出される多様な技は、過去にプッチを幾らでも苦しめてきた。
 もはや女と思うべきではない。皮肉だが、彼女の奥底に眠る戦士としての才を目覚めさせてしまったのはプッチだ。事実、プッチだけでなくディエゴと青娥も彼女に土を付けられてきたばかりであった。



「最後に───ジョニィ・ジョースター」



 彼はディエゴが最も警戒していた参加者の一人。因縁が根深いのだから当然ではあるのだが、ただの天才ジョッキーとして甘く見ていると必ず痛い目を見る。
 一見して甘えと弱さが目立つ姿のその裏に、目を見張る黒き殺意を時折燃やしているのだ。奴とその相方ジャイロ・ツェペリのたった二人組に、大統領の送り出した刺客達は尽く返り討ち。その殆どが死亡したと聞いている。
 尤も、彼だけは放送で呼ばれている。その点はディエゴにとっても安心できる戦果だ。

54Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:43:19 ID:gV.Gib4U0




「───と、まあこんな所か? 名簿にあるジョースターのヤツらっていうのは」


 計6名の人間の名が挙げられた。彼らジョースターはあくまでDIOとプッチの宿敵でしかなく、ディエゴやその他大勢の参加者からすれば因縁の外である。
 特に幻想郷の民にとっては完全に無関係である筈だ。逆もまた然りで、一見すればこのバトルロワイアルは『ジョースター』と『幻想郷』という、接点皆無の二勢力を混ぜ合わせた異種格闘技戦に見える。

「ジョルノ・ジョバァーナというのは私ですら知らなかった。DIOの息子が“あの三人”の他に居たとしても全く不思議ではないが……聞く限りでは『血筋』はジョースター側に近いらしいな」

 プッチが名簿のジョルノ項を凝視しながら脳裏に浮かべる人物は、ジョルノ以外のDIOの息子……『ウンガロ』『リキエル』『ヴェルサス』の三人だ。あれらはとうに徐倫達に敗北したが、悪の血筋が濃く現れる天性のスタンド使いだった。
 対照的に、ジョルノは正義の瞳───すなわちジョースターに与する少年という話だ。あのDIOの子供として産まれ落ちるという豪運を、よりによって誤った道に捧げるとは。




「気になる事が二つある」


 ディエゴの発言に、その場の三人が注目した。彼が名簿に指差した名前は───まずは『リサリサ』。

「オレは紅魔館でこの女に会った。奴の本当の名は『エリザベス・ジョースター』らしい。自分で叫んでたしな」
「……エリザベス・ジョースター? だがその名は……」

 その名前はプッチも当然知っていた。あのジョセフの実母であり、調べた所によると殺された夫の仇討ちの為、軍に単身乗り込み死亡している。
 と、ここまで思い返してみて悟った。エリザベス=リサリサが確かなら、その息子であるジョセフの悪名を広げようとした瞬間にああまで激昴し、撲殺する勢いで自分をしこたま殴った凶行にも納得がいく。今まで何処でどうやって隠匿していたかは知らないが……、

「……なるほどな。あの女がジョセフの母親だったか。全て、理解できたよ」
「リサリサは倒れた承太郎と霊夢の救命に勤しんでいた。コイツもジョースターなんだろ?」
「いや、彼女は正確にはジョースターの血を受け継いでいる訳ではない。ジョージ二世……ジョナサンの息子と結婚し、ジョースターの姓を貰ったに過ぎないのだ」

 ジョースター家の者ではあるが、直系ではない。プッチの恐れる運命とはあくまで代々『血』によって繋がれた、百年以上も前から続く因縁の事だ。そこにエリザベスは直接的には組み込まれていない。
 無論、彼女は優秀な波紋使いである。敵となれば必ずや厄介であるものだし、現にプッチ自身もその本人から嫌という程にボコられている。だが“乗り越えるべき敵”という括りでは、彼女は少々本題からズレた存在だ。

「積極的に排除しておきたい敵ではある……が、ひとまずここでは置いておこう。
 ディエゴ……『気になる事』のもう一つは?」

 プッチに促され、ディエゴはもう一つの名前を指した。


 ───東方仗助。そこに記されている名だ。


「ヒガシカタ ジョースケ……日本人だな。それがどうした?」
「オレが会場のあちこちに監視の翼竜を飛ばしている事は言ったな。その内一匹から面白い情報が飛び込んできた」

 不敵なニヤケ笑いと共にディエゴは、いつの間にか肩に乗っかっていた小さな翼竜を指の先へとインコを扱う様に移らせる。妙に焦らすような数秒間が辺りに舞った。

「その仗助って男が、仲間の女から『ジョジョ』とかいうセンスの無いアダ名で呼ばれている事を確認している。このニックネームに何か心当たりはないか?」

 その問いにプッチはおろか、青娥も静葉も首を横に振った。せめてプッチには少し期待していたが、どうやら芳しい返答はない。やれやれと、小馬鹿にした溜息を吐きながらディエゴは自分の考えを説明し始める。

55Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:44:17 ID:gV.Gib4U0

「これは一つのどうでもいい事実だが……オレのよく知るジョニィ・ジョースターがかつて世間から付けられていたアダ名の一つも『ジョジョ』なんだよ」
「ジョジョ……」

 それは本当に単なるアダ名であり、ましてジョニィは既に故人である。天才騎手であった栄光時代に貰い受けた、どうという事のないアダ名を、ディエゴは界隈を通じて知っていたというだけの話だ。

「いや……でも、それってジョニィのアダ名なんでしょう? たまたま被っただけじゃあ……?」
「かもしれない。翼竜の聞き間違いで済ませることも出来るさ。ジョースターの専門家さんはどう思う?」

 困惑する静葉をよそに、ディエゴはプッチの意見を求めた。偶然で片付けることも可能な、微々たる疑惑。プッチは顎に指を添え、ふむと考え出す。


 東方仗助。この名はプッチの調べ上げたジョースターの家系には無い。だが、そもそもプッチ個人で調査できるジョースターの全容など、精確さには欠けていると言わざるを得ない。ただでさえSPW財団という一大組織が目を掛けているような重要系列だ。戸籍だって弄ろうと思えば弄れるだろう。

 世に例外というものは多々ある。ついさっき、死んでいると思っていたエリザベス・ジョースターが存命だという事実を知らされたばかりだ。彼女の様な例外が一つだけは限らない。


「……『偶然』か、それとも『必然』か。根拠なしに切り捨てるには、あまりに末恐ろしい一致だ」
「と、いうことは」
「そのジョジョと呼ばれていた東方仗助。そいつはスタンド使いなのだな?」
「恐らくな。ついでにバッドニュースもある。東方仗助と比那名居天子とかいう女の両名が放送前、GDS刑務所にてヴァニラ・アイスを倒した。……確か、DIOの部下と聞いたが」


 ヴァニラ・アイス。その名はプッチも知っている。DIOの切り札的スタンド使いであり、その忠誠心は異常なまでとも。放送で呼ばれていたのは知っていたが、その男を討ったのがジョースターであるならば納得もいく。更に、当然の如くスタンド使い。

 もう、これは決めて掛かった方がいい。


「東方仗助。そいつもジョースターなのだと、私は思う」


 怨敵の名を呟くように、神父は唱えた。
 東方仗助。空条と同じに日本人。この男を知る者はこの場に居ないため多くの謎が残る人物であるが、ヴァニラを倒す程の者だ。他のジョースターと同じく、極めて警戒するべきである。


「決まりだな。ジョナサン・ジョースター。ジョセフ・ジョースター。空条承太郎。東方仗助。ジョルノ・ジョバァーナ。空条徐倫。ジョニィ・ジョースター。
 この七人がジョースター一族。死んじまってる奴もいるが、最警戒すべき敵。オレ達の、このゲームを通じての倒すべき敵ッ! ……そーいう認識で合ってるかい?」
「そういう事だ。ヤツらは必ず我々の前に立ちはだかって来る。断ち切るべき『因縁』とは、得てしてそういうものだからだ」


 プッチ以外には実感など無いだろう。ディエゴはまだしも、青娥も静葉も部外者であり、因縁だ運命だなどと口走られてもあまりピンとは来ない。
 備えるべき強敵……精々がそういうあやふやとしたシルエットでしかない。今は、まだ。


「はーい神父様。結局、ジョースターとは何なのかって質問にまだ明瞭な答えを貰ってませんわ」
「それは私から話すことではない。所詮は私も『意志を受け継いだ者』だからな」


 意気揚々と挙手する青娥に軽く返したプッチ。全てを話すには自分では不適任だと、そういうニュアンスだ。


「因縁の原点……それを産み出す大元となった『あの方』に直接訊くのがベストだという事ね?」
「彼がその気になればな。……紅魔館だったかね? そろそろ行こう。彼も話し相手が居ないとさぞ退屈だろう」

56Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:45:42 ID:gV.Gib4U0
 満身創痍だったプッチにとっては充分な休息となった。荷を持ち、方位磁石を見比べ、前方が北であることを確認。
 目的地は『紅魔館』。一旦は拠点へと撤収する。ジョセフには煮え湯を飲まされたが、ジョナサンのDISCに三人の同盟者。得た物は少なからずある。

「神父様、宜しければ乗って行かれますか? 青娥の温かな背でよろしければ空いております事よ」

 待機させていたオートバイの後部をちょいちょいと指差し、柔らかな物腰をひけらかしながら青娥は尋ねた。それへの返答を短い所作だけでやんわり拒否すると、プッチは足を動かし始める。拒否された事に僅かな落胆を覚えた青娥も、バイクを紙に入れて自らの足で歩みを進め始めた。
 青娥の純粋100%の親切心をプッチが訝しんだというのもあるが、わざわざ車を使うほどの距離でもない。これより行動を共にする者達との足踏みを、その歩幅を揃えておきたいと考えただけだ。
 自分が彼らに、ではない。彼らが自分に足並みを揃えようと世話を利かせる輩か、その器量を計りたい。寄るべきは彼らからである方が、プッチにとっては望ましい。
 恐らくディエゴや青娥に裏はあるだろう。静葉に至っては裏すら隠そうともしてないが、野心は充分。古明地こいしに足りなかった物を、彼らは所持している。



 エンリコ・プッチ。神に仕える者でありながら邪悪に心酔する、歪なる狂信者。
 彼の目的は『天国』へと至ること。過去の悲劇を境に運命について考え出し、とある吸血鬼の元へ走ったその日から歯車は狂いだした。
 男にとってこの出会いは、自分とその友人を天国へと押し上げる為の『積石』に過ぎない。積石とは礎、場所性、重力に関する因果深い……神秘的な行いだ。
 彼は遠い昔、遠い地で、友が死したその瞬間より静かに石を積んできた。その礎達が、いつの日か必ず自分を天上へ押し上げてくれると信じて。


「オレはDIOの話し相手になるのはお断りだがね。だが、まだまだ聞きたいことがあるのも事実だしな。長い一日だぜ……全く」


 ディエゴ・ブランドー。力も、名声も、環境も、生き残るのに必要な全てを他人から奪ってきた男。
 彼の目的は『頂点』に立つこと。マイナスの地点から産まれた彼は、略奪という行為を経てでしか這い上がる術を知らなかった。人間としての正しさや倫理を教える立場である母は、もう居ない。
 男にとってこの出会いは、自分のみを頂へと這い上がらせる為の『踏み台』に過ぎない。マイナスからてっぺんの見えぬプラスへのし上がる踏み台の質は、豊潤であればあるほど良い。
 彼はこの野汚い世界の底辺へと産まれ落ちたその瞬間より、唯一無二である母の愛すらも踏み台としてしまっていた。決して自ら望んだわけではない最初の踏み台の味は、己のみが究極の味方なのだと幼い子供に信じ込ませた。


「DIO……さん。私も一度、その人と話してみたい。そして…………」


 秋静葉。寂しさと終焉の象徴であり、今や片割れのみとなってしまった幻想郷の秋を散らす少女。
 彼女の目的は『優勝』すること。危うくも平穏であった幻想郷の、秋を司る姉妹。その日、突如として愛する肉親を奪われた少女は、壮絶な試練に立たされる。
 少女にとってこの出会いは、貧弱な己を逞しく成長させてくれる為の『断崖』に過ぎない。昨日までの綺麗だった手は最早見る影もなく、顔面の半分は醜い火傷に爛れていた。高き頂を一つ越える度に、その身体は血泥に塗れてゆく。
 彼女はこの世界で己がどれほど弱いかを認めたその瞬間より、断崖のみを見上げてきた。平坦な路を歩むことを捨て、短時間での成長という絶対目標を自らに強く課した。最後の崖を超えられたとき、喪った半身を取り返せるのだと信じるしかなかった。


「うふふ。DIO様にお目見えするのも何だか久しぶりねぇ〜♪」


 霍青娥。己にとっての際限なき興趣を求め続ける邪仙。
 彼女に『目的』はない。決して満たされる事などない無限の欲は、如何なる環境下においても邪仙の本来を揺るがさない。
 邪仙にとってこの出会いは、より満足を得られる刺激を齎してくれる為の『娯楽』に過ぎない。腹が空いたから物を口に入れる。欲を満たすという行為は、彼女からすればその程度の茶飯事でしかない。
 彼女がまだ人の少女でしかなかった昔、父の憧れた仙人の魅力に自分も興味を惹かれたその瞬間より、この世の娯楽に自らの願望を重ねて欲に正直な生き方をしてきた。過程を顧みず、ただただ正直に生きようとする邪仙の人生は……きっと幸福なのだろう。

57Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:46:55 ID:gV.Gib4U0

 目的も手段も異なる四人の悪達は、それぞれの思想を胸に潜ませ、巨悪の根城に集う。
 そこで起こる新たな難事に、彼らがどのような道を歩むかは……果たして運命とやらが決定するのだろうか。

 三人が歩む方向は、共通して『天』へと。
 残る一人の女だけは、獄から天を見上げ。
 欲の刺激に導かれ、そこに咲く花を摘む。

 各々が貌に浮かべる表情など、互いに知らずとも。
 ただ無造作に、懸命に、四人は天へと顔を上げる。

 掴める場所に腕(かいな)を走らせ、握り取る為に。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-4 魔法の森/真昼】

【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、首に切り傷、濡れている
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:一旦紅魔館へ戻る。
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。


【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:タンデム、体力消費(小)、右目に切り傷、霊撃による外傷、 全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創、 全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、濡れている
[装備]:河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)@東方風神録
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:一旦紅魔館へ戻る。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
5:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
6:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
7:ジャイロ・ツェペリは始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『12時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。

58Quiets Quartet Quest:2018/01/22(月) 19:47:19 ID:gV.Gib4U0

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、 主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)、濡れている
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、宝塔@東方星蓮船、スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、石仮面@ジョジョ第1部、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:一旦紅魔館へ戻る。
3:DIOという男に興味。
4:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
5:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました


【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:タンデム、疲労(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ、 右太腿に小さい刺し傷、両掌に切り傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、 胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換、濡れている
[装備]:スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部
[道具]:オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:一旦紅魔館へ戻る。
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:八雲紫とメリーの関係に興味。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。

59 ◆qSXL3X4ics:2018/01/22(月) 19:48:30 ID:gV.Gib4U0
これで「Quiets Quartet Quest」の投下を終了します。
感想や指摘などあればお願いします。

60名無しさん:2018/01/23(火) 23:18:28 ID:5l9Z.JwU0
投下乙です

改めて見てもDIO陣営は強敵揃いだなぁ
柱の男達といいマーダーチームが強固でヤバい

61名無しさん:2018/01/24(水) 18:02:40 ID:pg1sWUR.0
投下乙
厄介そうなのが集まったけど聖たちへの追撃はなくなったのだけは安心やね
娘々安心のうざさにディエゴは辟易してるけど見てるこっちは楽しいうざさ
ふと娘々はディエゴのことどう思っているのかも気になった
次はDIO様トークかな重ねて楽しみだ

62名無しさん:2018/02/20(火) 19:01:38 ID:zFwH6Kac0
投下します

63和邇の橋 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:02:52 ID:zFwH6Kac0
どんよりと曇った空から雪がしんしんと降り積もる。昼だというのに、日差しはどこにもなく、ただ淡々と景色を白に染め上げていく。
それはまるで世界から希望を取り払うかのように、退廃的で、無情で、冷たい光景の表れだ。そしてそれはまさしく殺し合いの会場に相応しい。
だけど、そんな陰鬱な場所で、一人の男が何とも軽い調子で、自らの境遇を茶化していった。

「うっおおー、さっみぃぃー!! 何で支給品にコートが入ってねえんだよ!! これじゃあ戦うどころじゃねえだろ、太田ちゃんよぉ!!」

ジョセフ・ジョースターである。彼は薄っすらと積もった雪の上で寒さを紛らわすように地団駄を踏む。
雪が降る寒空の下に立っているのに、その姿は馬鹿丸出しのタンクトップだというのだから、さもありなん。
身体を動かしていないと、彼の体温はどんどん下がっていく一方だ。

「うるさいなぁ。私はウサギだよ。寒さに弱い生き物だよ。それなのにこうして頑張っているんだからさ、少しは見習って欲しいね」

てゐは自らの震える身体を抱きしめながら、ジョセフに向かってつっけんどんに口を開いた。
寒いのはもう知っているのに、わざわざそれを口で知らせてくるジョセフが鬱陶しくて仕方がない。
てゐも苛立ちをぶつけるように、雪を勢いよく踏みつけた。と、その瞬間、彼女の身体はジョセフによって持ち上げられた。

「ちょっと!? な、何をするのさ、いきなり!?」

てゐの疑問に、ジョセフは鼻をすすりながら暢気に答える。

「いや、ウサギの毛皮って温かいんだよな?」

ドンと衝突音が響いたかと思うと、ジョセフは後方へと吹っ飛んでいった。
身の危険を感じたてゐが、ジョセフの顔面に向けて弾幕を放ったのである。
とはいえ、それでジョセフを仕留めるには至らなかったらしく、彼は鼻血を振りまきながら、すぐに立ち上がってきた。

「痛ってえ!! ちょっとした冗談だろ、てゐ!!」

「私の毛皮をむしるっていうのは冗談にならないからね!!」

てゐの妙な返答に、ジョセフは怒ることも忘れて疑問符を浮かべた。西洋人には、どうやらピンと来ない話のようだ。
しかし、その謂れを一々説明してやるのは、いかにも面倒くさい。なので、てゐは代わって当面の目的を訊ねてみることにした。

「それで、どこへ行くのか決めた?」

急な話題変換にジョセフは一瞬ほど目を丸くするが、まぁいいか、と彼もその話に乗っかる。

64和邇の橋 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:03:30 ID:zFwH6Kac0
「その前に、てゐのお勧めはあったりするのか?」

「まぁ、一応あるね」

「お、どこだよ?」

「霊夢と魔理沙のところかな」

「理由は?」

「ん、あの二人は幻想郷では結構な有名人でね。異変を色々と解決したりしてるんだ。
それにあいつらなら殺し合いにも反対の立場だろうし、安心して会うことができる。
一緒にいる空条の二人が何者かは知らないけれど、霊夢たちが揃って負けるとは思わないし、
他の参加者たちよりかは、やっぱり狙い目かな」

「なるほど、強いのね、そいつらは。ま、確かに仲間を集めるのも、重要だよなあ」

ムッ、とてゐは仏頂面を浮かべた。何だか今のジョセフの言い方には、こちらを馬鹿にするようなトーンが感じられたのだ。
頭に来た彼女はぺっ、と唾を吐き捨てると、早速ジョセフに食って掛かった。

「随分と含んだ言い方をするね、ジョセフ。何? 何か文句でもあるの?」

「文句っつうか、てゐは頭の中の爆弾をどうにかする手段とか思いついたか? 
あるいは、どうにかできそうな人物に心当たりがあるとか、そういうのないわけ?」

「正直、そこらへんは、お師匠様任せだね。私がどう頭を捻ったところで妙案が飛び出るってわけでもないしね。
そういうジョセフは、どうなのさ? 何か心当たりでもあるの?」

そこでジョセフは腕を組み、頭を伏せた。その様子は何かを言いあぐねているようでもある。
てゐはその腹の中にあるものを吐き出させてやろうと軽くジョセフにボティブローを加えながら、
何も心配はいらないと揚々と声を掛けた。

「そういうのはいいから、さっさと言っちゃいなよ。そうじゃないと、話が前に進まないでしょ」

「カーズのところに行こうかなって考えていたのよね」

ジョセフはすまし顔で、きっぱりと言い切ってみせた。その内容に、てゐの身体は思わず固まってしまう。
カーズという名前は、確か危険人物として、以前にジョセフの口から出てきたはずのものだ。
それが何故この段になって会いに行こうという話になるのだろうか。

「何!? 意味が分からない!! ジョセフはこれから一緒に死にに行こうって話をしているわけ!?
私はそんな目的で、あんたを選んだわけじゃないよ!! そこんとこ分かっているの!? ねえ!?」

てゐはジョセフの胸倉を掴みながら、一生懸命になって彼の顔面に唾を飛ばしていった。
その勢いと汚さにジョセフは「うおお!!」と悲鳴を上げ、堪らずてゐとの距離をあける。
そしてたっぷりの時間を取って、てゐが十二分に落ち着いたの確認してから、ジョセフはようやっと先の答えの説明を開始した。

65和邇の橋 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:04:01 ID:zFwH6Kac0
「いや、おれの知っている奴で、頭の中の爆弾を解除できそうなのって、あいつしかいないのよね」

「いやいや、だからって危険な奴にそれを頼るのってどうよ。賭けにもならないでしょ、それは」

人伝でしかない情報だが、カーズが人徳やら友愛やらを大切にしている面など、てゐには一切感じられなかった。
そしてそんな無慈悲な輩に自分たちの命を預けてみようなどというのは、最早気狂いの発想である。
幸運を頼りにするにしても限度があるというものだ。てゐは何の遠慮もなく、ジョセフに侮蔑と嘲笑の視線を送った。
しかし、そんなジョセフはというと、馬鹿な発言をした自らを恥じ入るわけでもなく、冷静に言葉を選んで、淡々と先の話を続けていく。

「実を言うと、さっきの願いはこれにしようかと思っっていたのよ。カーズと連絡を取ってくれってな。
ま、その直前になって、もう少し賭けに出てもいいかなって思ってやめたけど」

「わざわざ願いごとで、それを言おうと思ったってことはさ、何か勝算があったってわけ? そのカーズを説得するための勝算がさ〜?」

「カーズの最終目的は、この殺し合いで優勝することじゃなくて、エイジャの赤石を手に入れて究極生物になることだ。
そして素直に荒木と太田の言いなりになるほど、あいつのプライドは低くはない。そこらへんを上手く突っついてやれば、
仲間になるのは無理でも、共同戦線を張ることはできるんじゃねえかと思ったわけよ。
それにエシディシやワムゥが生きているっつうなら、このおれを殺してやりたいほどの恨み辛みがあるわけでもねえだろうしな」

「ふ〜〜ん。で、そのカーズって、お師匠様並に頭が良いの? 危ない橋を渡る価値はあるの?
いざ、会ってみて、爆弾はどうにもできませんでしたーだったら、本当に時間の無駄になるよ?」

「……あいつは石仮面を作った奴なんだよ」

「何それ?」

「人間を吸血鬼にする仮面」

静寂が支配した。あまりに突拍子もない答えに、てゐは言葉を見失ってしまったのである。
しかし、一度理解が追いつくと、てゐの口からは恐怖と驚愕が絶叫となって飛び出していった。
当たり前だ。吸血鬼といえば、てゐに思いつくのはレミリア・スカーレットである。
強者ひしめく幻想郷で尚、揺るがぬ地位を築ける実力者――吸血鬼。

そんなのを簡単に生み出せる仮面を作れるとあっては、その知能への感心を通り越して、最早畏怖が支配する。
何と言っても、そのカーズとやらは、吸血鬼を量産できるようなものを平気で作って、今も尚、生きているのである。
まさか吸血鬼生産の傍ら、強者たる彼らが群れとなって襲ってくることを想像していなかったということはないのだろう。
それはつまり、多数の吸血鬼と対峙しても問題ない戦闘力をカーズが保持していることに繋がるのだ。

「……私、会いに行くの嫌なんだけど」

てゐは顔面を蒼白にして、たどたどしく告げた。ジョセフも「おれだって、嫌だぜえ」と一応をそれに頷きはするが、
保険の意味合いも兼ねて、爆弾解除の手段を色々と講じなければならない必要性を何度も重ねて説く。
爆弾をどうにかしない限り、結局のところ、迫る死を免れることはできないのだから、と。
そうして二人が行く、行かないを、やんやと言い合っていると、いつの間にか彼らは目的地に到着していた。

「あ〜、気が重いよ〜」

てゐは項垂れながら、文句を言う。そんな彼女の背中を叩きながら、ジョセフは朗らかに口を開いた。

「さ、カーズとご対面〜!!」

「いや、そういう冗談はいいから!!」

「分かった、分かった。んじゃ、さっさと目的を済まして、次に行こうぜ」

66和邇の橋 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:04:48 ID:zFwH6Kac0
ジョセフはガコンと真実の口の奥にあるレバーを引っ張った。
出発前に地図を見ていたてゐが「コロッセオの近くには誰もいないなあ」と何気なく呟いたところを、ジョセフが聞きつけたというわけだ。
そしてこの世界の真実の口の奥に何があるかに興味を引かれたジョセフは、てゐを連れたって早速コロッセオにやってきた。

ゴゴゴ、とコロッセオを揺らすような音が立てられ、真実の口がある石の彫刻は横にずれていく。
現れた入り口に二人が顔を突っ込んで中を見渡してみると、コンクリートで舗装された幅広な道が、なだらかな傾斜で下へと続いていた。
人がよく通るのか、天井にはライトがついており、このまま入っていっても問題はなさそうである。

「なんつうか、綺麗な分、却って不気味だよな」

カツンカツン、と小気味よく靴の音を響かせながら、前を行くジョセフは冷や汗と共に独りごちた。
そんなジョセフに相槌を打つ代わりに、てゐはぴょんと彼の背中に飛びつき、肩に乗っかかる。
てゐも、おそらくジョセフと同じ気持ちを抱いたのであろう。人気がない場所なのに、妙に人の存在を感じさせるコロッセオの地下道。
空気は前へ進むごとに、重く、暗く、冷たくなっていく。この先に荒木たちが待ち構えていても不思議ではない。
そんな威圧感すら感じ取れた矢先、二人はゴールへと辿り着いた。

そこは一辺が十メートルほどの四角形の部屋で、何の飾り気もなく、ガレージといった雰囲気を醸し出している。
そしてその中央には、荒木と太田ではなく、モスグリーンのバギーカーが静かに鎮座していた。
車のサイズは大きく、バギーカーのくせして、結構な人数が乗れそうだ。
こういったプレゼントが置いてあるのは、ジョセフたちにとって嬉しい限りだが、素直に喜ぶのはやっぱり癪である。
だからジョセフは「ケッ」などと悪態をつきながら、面倒くさそうに車に乗り込んだ。

「お、服があったよ」

ジョセフが運転席に座って車のキーを探していると、後ろからてゐの声が届いた。
どうやら彼女は、車のトランクから色々な物資を見つけたらしい。
手もみしながら暖を取っていたジョセフは喜色満面で後ろに振り返る。

「マジか!? さっさとこっちに寄こしやがれ、てゐ!!」

「まあ、服っていっても、マントみたいなもんだけどね」

てゐが手渡してきたものは、確かに薄手の羽織りものだった。
見たところ、砂漠の日よけに人が身に纏うようなものだ。これでは寒さを十分にしのげない。
しかし、それでも真冬のような気温の中、タンクトップ一つで過ごすよりかは全然マシだろう。
ジョセフは更にもう何枚かマント受け取ると、それを身体中にぐるぐると巻いた。

67和邇の橋 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:05:17 ID:zFwH6Kac0
「で、そっちは何か発見があった?」

ジョセフと同様にマントを巻いたてゐが助手席に移動しながら、訊ねてきた。
ジョセフは「まあな」と答えて、見つけたキーを車に差し込み、エンジンをかける。
そしてキーと一緒にあった一枚の紙切れを指で弾いて、てゐの膝元へ飛ばした。

「何これ?」てゐは胡散臭そうに、それを拾い上げた。

「そこに書いてあるのを読んでみな」

「この車は禁止エリアを走ることができます」

「そういうことらしいぜ」

「何かすごく曖昧な表現だなぁ。色々と解釈できるんだけど」

「まあな。でも、それを今ここで論じていてもしょうがねえし、それについてはまた後にしようぜ」

「了解。それで行き先だけど、やっぱりカーズのところなわけ?」

てゐは顔一杯に嫌悪の情を浮かべて、自らの意思を告げた。
ジョセフはその様子に口元を綻ばせ、安心しろよ、とこんなことを言ってくる。

「いや、その前に霊夢ってやつのとこに行こうと思う」

「おや、意外。その心変わりの理由は何?」

「カーズの所に柱の男たち全員が揃っている。そこは言わば、鋼の要塞だ。ちっとやそっとじゃ門戸を開けてくれないだろう。
だから、まずはそれを開かせるための戦力を整えようと思う。つまり、数だ!! こっちに結構な人数がいる知ったなら、
カーズの方も力押しの出方を控えてくれるだろうし、そこに会話をできる余地が無事に生まれるだろうって寸法よ。
二人だけで行ったら、イーブンな状態で、あいつが話に臨んでくれるとは思えねえしな」

「ふ〜ん。まぁ、霊夢や魔理沙が一緒なら、私もカーズって奴のところに行ってもいいかな」

「あとは空条って奴らもいるな。何となくだけど、そいつらは頼りになりそうな気がするんだよなあ」

「皆が、仲間になってくれるといいね」

「おう! それじゃあ、出発するとしますか!」

ジョセフは掛け声を上げると、自らの意気込みを表すかのようにアクセルを思いっきり踏み込んだ。

68和邇の橋 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:06:58 ID:zFwH6Kac0
【E-4 コロッセオ/午後】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(小)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、スタンドDISC「サバイバー」、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:霊夢たちのいる命蓮寺に行く。
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(小)
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:霊夢たちのいる命蓮寺に行く。
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました



<支給品>
・バギーカー@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース
ジョースター一行がエジプトに着いた際に砂漠を渡るために用意した車。
軽量で、悪路の走破性抜群の全地形対応車である。また後部に水、食料、簡単な着替えが入っている。
そして主催者曰く、禁止エリアを走ることができる。

69 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:07:35 ID:zFwH6Kac0
以上です

70 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/20(火) 19:47:11 ID:zFwH6Kac0
>>65 の台詞を修正ます。


「カーズの最終目的は、この殺し合いで優勝することじゃなくて、エイジャの赤石を手に入れて究極生物になることだ。
そして素直に荒木と太田の言いなりになるほど、あいつのプライドは低くはない。そこらへんを上手く突っついてやれば、
仲間になるのは無理でも、共同戦線を張ることはできるんじゃねえかと思ったわけよ。



「カーズをはじめとした柱の男たちの最終目的は、この殺し合いで優勝することじゃなくて、エイジャの赤石を手に入れて究極生物になることだ。
そして素直に荒木と太田の言いなりになるほど、あいつらのプライドは低くはない。そこらへんを上手く突っついてやれば、
仲間になるのは無理でも、共同戦線を張ることはできるんじゃねえかと思ったわけよ。

71名無しさん:2018/02/21(水) 04:40:29 ID:erIlu2qI0
投下乙です。
少しずつ、主人公チームが合流できつつありそうで期待が高まる展開になってきましたね。
一方で、一見水と油のジョセフと柱の男組が、手を組む方向で交わるのは予想外。主戦力同士の遭遇がまともな対話になるか不安だけど、それでもジョセフなら……

作中、てゐのジョセフへの呼びが「ジョジョ」ではなく「ジョセフ」に戻っていた点はミスかと思われます。
久しぶりの氏の投下、ゲリラという事もあって嬉しかったですね。次の作品も楽しみに待っております。

72名無しさん:2018/02/21(水) 11:54:46 ID:UQ6LQFDU0
投下乙です
柱の男と同盟を結ぶ、その発想はなかったぜJOJO

73 ◆BYQTTBZ5rg:2018/02/21(水) 21:43:02 ID:FrjfXBIA0
>>71
感想ありがとうごます。久しぶりの投下は緊張しました。
ジョセフの呼び名については、wikiの方で修正しときます。

74 ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:36:34 ID:mGiID2b.0
投下します

75泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:38:21 ID:mGiID2b.0
「お腹、空いたわね」

誰ともなしに呟いた。レストラン・トラサルディのテーブルに乗っかっているのは、薄汚いデイパックだけ。
料理やお腹を満たすものは、何一つ置いてない。しかし、そのテーブルを囲うイスに座っていた輝夜、幽々子、阿求たち三人は
誰一人立ち上がろうとしないのだから不思議なものだ。ただ皆が皆、黙りこくって、お互いを探るように見つめ合うだけである。
やがて、その三人の中で何かの結論に達したのか、彼らの視線はレストランの壁に背中を預け、
興味なさそうに三人を見つめていたリンゴォに送られることになった。一人の女性は怪我をしているため見栄えがいいものではないが、
残る二人は絶世の美女である。そんな麗人に見つめられるのは、男として光栄なことに違いない。
だけど、当のリンゴォは不愉快と嫌悪の情でもって応えた。彼女たちの視線には、明確な意思が込められていたのである。
しかも、それには呪いのような強制力が同時に内包されていたのだ。

「……分かった。食事を作ってこよう」

リンゴォは顔にこそ出さないが、忌々しげに吐き捨てると、奥の厨房へと入っていった。
その背中を見送る輝夜は目を丸くして、意外そうに呟いた。

「リンゴォって料理を作れたのね」

その言葉には誰も相槌を打ってこない。厨房に消えていったリンゴォは当然のこととして、
同じテーブルを囲っている者から何も返ってこないのは、些か以上に寂しい。
輝夜は多少の憤りを込めて幽々子と阿求を見つめるが、その二人は輝夜以上の冷たい視線を送り返してきた。

「どうしたの?」

はてな、と輝夜は首を傾げた。少なくとも、今までのやり取りで自分が責めを負うようなことはしていなかったはずだ。
そんなことを思った彼女は、遠慮なく正面から幽々子と阿求の非難がましい目を見返す。
すると、幽々子は薄く笑って、親和が欠片もない冷やかな声を口から紡ぎ出してきた。

「本当は永琳と一緒になってから言うつもりだったけれど、残念なことに、ここには彼女は居ないし、
ここに来るかどうかも、この時間になった今となっては、いまいち判然としないから言うわね」

「何をかしら?」

「私は貴方の従者である永琳に殺されかけたのよ」

輝夜は冷たい、じめじめとした不安の風が頭上を吹き抜けていったような気がした。
慌てて彼女は永琳を擁護しようとする。だけど、口は何かに縫い付けられたように動きはしない。
輝夜は渇いた唇を舌で舐めて湿らすと、開くことができなかった口から、ようやく声を絞り出すことに成功した。

76泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:39:20 ID:mGiID2b.0
「それは何かの誤解じゃないかしら? 永琳が、そんな軽率な真似をするとは思えないのだけど?」

「永遠亭でね、私は永琳の出したミルクを飲んだら気を失ったの。
そして次に目が覚めたら、何と私は外の禁止エリアに寝かされていたのよ。
あらあら、不思議なことがあるものね。それとも私は夢遊病にでも罹っていて、永琳が親身な看病でもしていてくれたのかしら?」

幽々子は、にこやかに告げた。だけど、そこに貼り付けられた笑顔は仮面のように硬く、何の感情も込められていない。
輝夜は幽々子との間に厚いガラス板が立っているような気がした。手を伸ばせば届く距離なのに、
決して触れることのできない見えない大きな壁がある。まるで囚人との面会のような光景が、そこには描かれていた。

「それは、きっと私の為にしたことだと思う」

輝夜は声には出さず、心の中で答えた。永琳の行動目的は、ただ単に頭の中の爆弾解除の方法を突き詰めていっただけだ。
そして最短距離を走らすように焦らせてしまったのは、間違いなく私のせいだ、と輝夜は確信する。
だけど、それをどんな風に告げた所で、目の前にあるガラス板を壊すことなど、できはしない。
輝夜の視線は、彼女の気持ちを表すように段々と下へ向いていった。

「阿求の顔を見てごらんなさい。こんなひどい怪我をして、かわいそうに。これも永琳のせいなのよ」

言いよどむ輝夜に向かって、幽々子が新たに口を開いた。輝夜を難詰するように、幽々子は攻め手を緩めない。
一歩間違えれば、幽々子は死んでいたのである。そこから来る感情のおこりは、決して易々とは鎮められないだろう。
しかし、その台詞には、輝夜に代わって疑問の声を投げかける人がいた。

「え!? この傷は幽々子さんが……」

稗田阿求である。彼女が顔をパンパンに膨らませるとになった闘いは記憶に新しい。
まだ色鮮やかなページを捲ってみれば、阿求と対峙していたのは幽々子だったとすぐに分かるはずだ。
間違っても、永琳ではない。しかし、幽々子は屈託のない笑顔で、こんなことを阿求に言ってくる。

「あらあら、何か言ったかしら、阿求?」

「だ、だから、この傷は幽々子さんが……」

「ごめんなさい、阿求。よく聞こえないわ」

阿求の面前で、幽々子は朗らかに微笑を浮かべた。敵意など全くないはずだが、異様なほどの圧力が感じられる。
これに逆らったら、どうなるのだろうか。悲しいかな、それを予想できないほど、阿求の想像力は乏しくはなかった。

「た、確かに、この傷は永琳さんに端を発していると言えますね」

阿求の発言に幽々子は満足そうに頷くと、再び冷たい視線を輝夜に送った。

77泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:39:57 ID:mGiID2b.0
「さて、蓬莱山輝夜、貴方は『泣いて馬謖を斬る』という言葉を御存知かしら? 三国志という史書に書かれていることね。
馬謖という将軍が軍律を破った際に、軍師として名高い孔明は腹心の馬謖を涙ながら斬ったという話よ。ふふ、興味深い話よね。
馬謖は有能でもあり、また師でもある孔明に愛情をもって目を掛けられていた。それでも一つの国、一つの軍を維持する為には
責任というものを不問にしてはいけないそうよ」

幽々子がそこまで言うと、輝夜は伏せていた顔を上げた。次に何を言われるのか、理解できたのだろう。
そしてその言葉からは、決して逃れることができないことも。だから、彼女はせめてみっともなくならないように
雄々しく幽々子の口上を待ち構えた。

「蓬莱山輝夜、貴方はどんな風にケジメをつけるつもりかしら?」

予想できた台詞ではあったが、実際に耳にすると、輝夜の肩には責任が重く圧し掛かった。
きっと以前なら、心は凪いでいたことだろう。蓬莱の薬によってもたらされる悠久の歴史。
日々の出来事などワンセンテンスにも満たない、取るに足らないものとして片付けられる。
そしてそんな瑣末なことに、心を動かす理由など、どこにもない。

だけど、今の輝夜は地上に足を下ろして、そこにいる人間たちと同じ時間を過ごそうとする存在だ。
歴史のページに記される内容は、他の人間と同じように筆致を極めた精細なものとしていかなければならない。
つまり、その為には日々の出来事に真正面から向き合っていく必要があるのだ。
そして今日は、従者たる八意永琳のミスに、蓬莱山輝夜は主として決断を下すという旨を、己が歴史書に書き込む日だ。
決して、怠惰で疎かにしてはいけない。そうなれば、他者との間にあるガラス板など、永遠に消えてなくならないのだから。

「ごめんなさい」

輝夜は、やおらイスから立ち上がると、丁寧に深々と頭を下げた。
幽々子はギョッと目を剥いた。輝夜がいきなり謝ってくるなど、全くの慮外のことであったのだ。
阿求にいたっては、イスから転げ落ちそうなほど、あたふたとするばかりで、目も当てられない。
その二人の反応だけでも輝夜の謝罪には十分な価値があったと言えるが、彼女は頭を伏せたまま真摯に詫び言を続けていく。

「貴方たち二人を傷つけてしまったことを八意永琳の主として大変申し訳なく思います。
ですが、私には永琳を斬り捨てることはできません。彼女は私にとって孔明が馬謖を思う以上に大切な人です。
それに彼女は私たちの頭の中にある爆弾の解除において光明に成り得る人です。それを失っては、却って損失となります。
ですから、どうか永琳のことを許してやって下さい」

コトコト、と厨房から何かを煮込む音が聞こえてきた。天井にあるエアコンはゴォー、とやかましく唸り声を上げ、
窓の外では雪がドサリ、と音を立てて屋根から落ちてきた。レストランにいる三人の女性は声を発しない。
彼女らは時間から切り取られたかのように、ただだんまりとその静謐を過ごしていた。
しばらくして、幽々子が軽く咳払いすると、壁に掛けられていた時計の秒針がカチカチ、と音を響かせてきた。
輝夜は目を伏せたまま、息を呑んで、幽々子が次に放つ言葉を待ち受ける。

78泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:40:31 ID:mGiID2b.0
「つまり、貴方の謝罪一つで全てのことを水に流せと?」

幽々子が言ったことは冷酷で、そして当たり前のことだった。輝夜の謝罪は自分の都合ばかりを考えての発言だ。
それを許容できなくても不思議はない。永琳を斬る以外の方法で、相手の容赦を得ようというのが、
そもそもの話からして無理なのかもしれない。だけど、そんな解決不可能な難題を目の前にして、輝夜に訪れた感情は喜びだった。

彼女の内に思い起こされたのはリンゴォ・ロードアゲインの姿だ。図らずとも、輝夜は彼の精神を壊してしまった。
そんな彼は輝夜を前にして涙を流し、鼻水を垂らし、涎を撒き散らし、みっともなく足掻き苦しんだ。
嗚咽を繰り返していた姿をみるに、リンゴォは一体どうしたらいいか分からなかったのだろう。
そしてその時の彼の気持ちが、輝夜には共感という形で、ようやく理解できたのだ。
彼女もまた幽々子を前にして、何をしたらいいか分からなかったのだから。

この共感と理解は、妹紅と同じ死を追体験する時に、きっと役立つだろう。
迫る現実に抗えない無力さ。それを土台にして、妹紅は恐怖を抱きながら何度も死んでいったのだろうから。

「何か言ったらどうなの?」

幽々子の言葉によって、輝夜は現実に引き戻された。今は妹紅のことより、永琳を助けることが先決だ。
だが、ここで何を言えばいいのか、あるいは何をすればいいのか、その答えは皆目見当がつかない。
輝夜は目を閉じてみた。そこは深い、暗い海の底。光さえ届かない場所で、輝夜は静かにたゆたっている。
このままでは、いずれ溺れ死んでしまうだろう。生きる為には、息を吸う為には、必死にもがいて、上へと行かなければならない。

そこで輝夜は目を開けた。唐突に理解したのだ。ここで何をすべきなのかを。
あの時、リンゴォも、そうしていたではないか。涙を流しながら、必死に抗うリンゴォ。
その姿は滑稽で、無様で、この上なく恥ずかしい。だけど、そんな風にみっともなく足掻くことこそ、生きるということなのだ。
それが人生なのだ。だから、私も今日をみっともなく足掻いてみよう。そう決心した輝夜は、極自然に両膝を床につけていた。
彼女の動作によってフワリ、と長い髪が空中に広がったかと思うと、それも重力に従って床に落ちていく。
そこは皆が雪でぬかるんだ道を歩いた足で踏んだ場所だ。泥がへばりつき、お世辞にも綺麗とは言えない。
だけど、輝夜はそれに構うこともせずに、両手をも床につけた。

「永琳にも貴方たちに必ず頭を下げさせることも約束します。だから、どうか彼女を許してやって下さい。お願いします」

峻厳な面持ちで、輝夜は自らの額も泥だらけの床に付けようとする。
かつての高貴な身を思えば、その卑しい姿は最早物笑いの種にしかならない。
だけど、輝夜には躊躇いの気持ちなど、微塵もなかった。

79泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:41:15 ID:mGiID2b.0
「いや、そこまでしなくていいですからね、輝夜さん!! 私たちは、そんなに怒っていませんからね!!」

輝夜の頭が完全に下がる前に、阿求が彼女の身体に飛びついた。阿求の心の中は罪悪感で一杯だ。
阿求は輝夜に寄り添い、彼女をここまで追い込んだ幽々子に勢いよく文句をぶつけた。

「どうするんですか、幽々子さん!! これじゃあ、私たちの方が悪者みたいですよ!!」

幽々子を見てみると、彼女は額に冷や汗がびっしりと浮かべ、しきりに目を泳がせていた。
そもそも幽々子には、輝夜を本気で責めようなどとは思っていなかった。
別に輝夜が永琳を教育して育てたというわけでもないのだから、それも当たり前の話だ。寧ろ、そこら辺は逆の可能性が高い。
従って、例に挙げた孔明と馬謖とだって、どこまで輝夜と永琳との関係に対応していたかも怪しくなってくる。
だからこそ、その話を持ち出した時は、何か軽口が返ってくるのではないかと幽々子は思っていたのだが、思いのほか、真面目に受け止められてしまった。
しかし、ここで「うそだよ〜ん、冗談だよ〜ん」などと言って、輝夜を指差して笑ったら、幽々子は殺されても文句は言えないだろう。
仕方がない、と幽々子は軽く咳払いすると、努めて真面目な表情を浮かべ、情感たっぷりの優しい口調で輝夜に述べた。

「貴方の気持ち、しかと伝わったわ。それならば、貴方は貴方の役目を全うなさい。それが責任というものよ。
そして私も責任をもって言うわね。永琳が謝ってくれれば、私は彼女を許すことを、ここに誓うわ」

幽々子は慈愛に溢れる笑みを浮かべ、跪く輝夜に向かって、そっと手を差し伸べた。
輝夜がおそるおそる手を上げると、それは幽々子の手によって、しっかりと掴まれる。
そこには両者を隔てる透明なガラス板など、どこにもなかった。



まぁ、幽々子の真意を知っていた阿求は、物凄く冷めた目で、彼女の寒々とした演技を白々しく見つめていたが……。

80泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:41:59 ID:mGiID2b.0
【D-4 レストラン・トラサルディー/午後】

【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:お腹がぐぅー
[装備]:白楼剣@東方妖々夢
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:食事はまだかしら?
2:輝夜らと共に永琳に会う。
3:永琳に阿求の治療をさせる。
4:花京院や早苗、ポルナレフと合流。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。
※八意永琳が謝罪したら、彼女を許すつもりです。


【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:疲労(中)、全身打撲、顔がパンパン、服が生乾き、泥塗れ、血塗れ
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、生命探知機、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:幽々子さん……。
2:輝夜さんと共に永琳さんに会う。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:手記に名前を付けたい。
6:花京院さんや早苗さん、ポルナレフさんと合流。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。

81泣いて永琳を斬れ ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:42:23 ID:mGiID2b.0
【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:永琳に謝罪をさせる。
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
4:ホル・ホースって、“あの漫画”のキャラだったような……
[備考]
※第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました。
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
※生きることとは、足掻くことだという考えに到達しました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:精神疲労(小)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:皆の食事を作る。
2:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
3:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。

82 ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/03(土) 10:43:10 ID:mGiID2b.0
以上です。

83名無しさん:2018/03/05(月) 01:44:20 ID:4CzICrR.0
投下乙です。
まさかぐーやの土下座が見れるとは……彼女なりに真面目に、本気で永琳や妹紅の事を考えての平伏だと思うと泣けてすらくる
予想外の行動にあたふたする阿求や、目を泳がせまくる幽々子も可愛らしかったけど、何気に厨房に立つリンゴォが一番ギャップがあって悶えた
氏の得意とする(?)メシレポもちょっと期待してた

84名無しさん:2018/03/05(月) 23:48:50 ID:SYfOx3sE0
ひなまつり投下乙です、いやあバチバチしたバトル回も良いですがサラッとした回も良いですね
まるでたまに食べたときの羊羹のような美味しさがあります

85 ◆BYQTTBZ5rg:2018/03/06(火) 07:31:41 ID:6bwKzh820
>>84
ごめん、笑った。でも結構好きかも。

86名無しさん:2018/03/06(火) 10:41:49 ID:8jtRjTuw0
イタリア料理のレストランでアメリカ人が何を作るのだろうか

87名無しさん:2018/03/06(火) 18:08:21 ID:NXT5jp1w0
ネタ話だが、「ピッツァだけならイタリア料理
しかし、隣にコーラを奥だけであら不思議!アメリカ料理になりました!」ってのを思い出した

88名無しさん:2018/03/06(火) 23:58:46 ID:pg/GU3AE0
男らしい料理作りそうでもあるけど繊細な料理も作りそうな雰囲気がある

89 ◆qSXL3X4ics:2018/03/07(水) 00:45:28 ID:WR0HLLag0
サンタナ、ワムウ、エシディシ、カーズ
以上四名予約します

90名無しさん:2018/03/07(水) 03:09:02 ID:9qGO2jos0
さようならサンタナ

91名無しさん:2018/03/07(水) 07:31:00 ID:mMTtFiOU0
ついにか

92名無しさん:2018/03/07(水) 10:00:45 ID:F1T3iwAY0
>>90
何かどのパロロワスレでも予約の度に、さようなら○○って言う人居るよね
正直ウザくて殺意湧くからやめて欲しい

93名無しさん:2018/03/07(水) 14:23:44 ID:1YLTiIV.0
「今までのサンタナから生まれ変わってさようなら」って意味だと信じてるぞ俺

94 ◆qSXL3X4ics:2018/03/12(月) 16:50:15 ID:FPbo8YSQ0
投下します

95鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 16:54:11 ID:FPbo8YSQ0
 ようやく此処まで来れたじゃない。
 いいねえ〜好きだよこういうの。私は大好きさ。
 アンタの事も……少しずつ、好きになれてきたよ。

 おっと、まだこっちは見なくていい。アンタは今、自分自身の生に必死なんだから。
 だから私は見物がてら、ちょいと応援させてもらうとするさ。



 おう、頑張りな。私はアンタに張ったよ。



            ◆


『サンタナ』
【真昼】D-3 廃洋館 エントランスホール


 暗闇の下で触れた物の輪郭は、時を経る毎に確かな触感となって、己が身に訴えてきた。
 以前までは完全なる『無』だったモノが、我が内には漂っていた。
 無いモノが、ただ在った。
 言葉は矛盾となり、不確かな外殻が何の意義も見い出せず、ただ其処に在る物として静かに埃被っていた。

 次第に、次第に、『無』は『有』へと移ろいでいった。
 時に身を焦がし。時に胎動を促し。未だ掴めない『有』の形を取ったモノは、その母体主を一種の迷いへと誘う。
 迷いはあったが……これは悪い存在ではない。不思議と、そんな確信も心にはあった。

 少しずつ、暗闇の中のジグソーパズルが完成へと近付いていく。嵌められたピース達の紡ぐ絵が、自分にとって如何なる影響を及ぼすのか。
 今やサンタナの知性は、それのみを求めていた。




 以前までとは、明らかに変わった事実がある。


(18人が消えた。恐らく、あの時オレが『喰って』やった虹村億泰、とかいう人間も含まれて)


 ここは寂れた廃洋館。その大広間であるエントランスの中央には今、二人の大男が眼差しを交えていた。
 正確には、視線は一方的である。サンタナの真正面にて仁王立ちでいるワムウの双眸は現在塞がれており、その眼をこじ開けるが如き鋭い視線を絶えず送り続けているのはサンタナだ。

(レミリア・スカーレットは生きているか。分かりきっていた事……だが)

 すぐにも闘り合おうかというピリピリした空気の中、サンタナの思考は思いのほか澄んでいた。理由は、今しがた脳内に鳴り響いてきた放送の中の名前達にある。


 以前までとは、明らかに変わった事実。
 サンタナが、死者達の名前に馳せていた事だ。


 黙祷を捧げる? それは違う。
 柱の末端サンタナ。彼がたかだか下位生物らの滅びに、心を痛める事などありえない。

 敬意を払う? それも少し異なる。
 対峙し、拳を交え、名乗りを交わした相手に奇なる気持ちが芽生えても、既に死者となった見知らぬ者へと敬いの感情など生まれない。
 古明地こいしが死の間際に見せた勇気に賞賛を覚えたのは、少女が自分に無いモノを見せ付けたからだ。

 分からない。18もの存在が死に逝った事実を認識した事で、自分がどう感じているかが。
 嘆きではないし、怒りでもない。特に嬉しいとも思わないし、昂りなど覚えない。

 しかし、漠然と。
 レミリアのように猛烈たる強者や、こいしのように勇ましき弱者。それら全てに平等なる死が降り掛かってしまったのだな、という他愛ない感想が、頭の底に残留して澱んでいる。

 言葉にすれば何とつまらない、それだけの感情であった。

96鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 16:56:47 ID:FPbo8YSQ0




「他人の死を意識しているのか?」


 感情が顔に現れていたとでも言うのだろうか。サンタナの思考を読んだかのような言霊が、ワムウの口から鋭く放たれた。
 じわりと汗が浮く。目が見えない筈のワムウに思考を読まれたという畏怖が、戸惑いの水となってサンタナの顔を伝いながら固めた。

「迷いは拳を……心を鈍らせる。それでも貴様が糧としたいならば、まずはおれに一太刀でも浴びせることだな」

 読まれたのは表情ではない。サンタナの思惟を僅かに含んだ空気の流れが、ワムウの雄々しい肌にまで伝わってしまったのだ。
 恐ろしい集中力。この男に、自分は今から戦いを仕掛けようというのだ。

 こんな怪物相手に、果たして勝て───────


(……違う。勝てる、勝てないではない。オレは必ず、周囲からオレ自身を…………)


 認めさせる。
 この試合は、その為だけの催し。
 たった一度きりの好機。逃せば次の機会など金輪際、訪れないだろう。

 やるしかない。同胞にすら嘲笑されてきた負け犬が、武の神へと下克上を遂げる偉業を。


「さて。さほどの興味も無い放送なぞ終えたところで……分かっているな? サンタナ」
「…………はい」


 主のカーズが、二頭の雄の境に威風堂堂と立つ。瞳の先のサンタナはなんの萎縮もせず、主の言わんとする事を察し首肯する。

「此度の『試合』は、本来我々の談合に発言権など無いお前の意見を尊重するという、過去類を見ない温情の計らいだ」

 当然、それは重々承知の上での意見。サンタナという底辺の立場では本来ありえない、主たちからの譲歩。慈悲。

「このカーズにここまでの御膳立てと台詞を言わせる事の意味……理解はしておろうな?」
「無論にございます」

 カーズの放った言葉には凄まじい重力を伴ったプレッシャーが含まれている。一度はエシディシが腰を上げようという意見を取り下ろさせてまで提唱した進言なのだ。わざわざ時間を取り、同胞同士で拳交えてまで往くと決めた。
 この闘い。罷り間違って容易く敗北する醜態など披露しようものなら、主達からサンタナへ向けられる侮蔑の眼差しは以前に増して決定的なものとなるだろう。

「カーズ様、並びにエシディシ様の御厚意を落胆で返すような裏切りは決してしないと誓いましょう」

 サンタナは今一度片膝をつき、頭を低くさせながら拳を地に付けた。気まぐれか、はたまた興味故か。なんであれ、あのカーズへと意見を通らせた事自体奇跡でしかない。
 そしてこれより、さらなる奇跡に臨むのだ。戦闘の天才へと勝負を仕掛け、ここに居る全ての同胞へと己を認めさせる。例えそれがどれほど白旗濃厚の、勝ち目が極めて薄い無謀な賭けであっても。

「その言葉、刻んでおけよ。……そして、ワムウ」

 サンタナの従順な姿に頷きで返したカーズは、次にもう一方の雄───ワムウを見やった。

「はっ」
「この地は我々にとって重要な、日傘代わりとなる拠点だ。お前の事だ、まさか必要無いとは思うが……」
「『神砂嵐』の事であれば、心得ております」
「うむ。ハンデではないが、この試合においては禁ずるとしよう」

 カーズからのワムウへの通達は、ワムウ一番の大技である『神砂嵐』の使用禁止令。火力・範囲共に広大であるあんな技を連発されたとあっては、こんな寂れた洋館などまさに嵐の後の藁の砦。日光を招き入れる大穴を自ら掘削するようなものだ。
 図らずも対戦相手の武器を封じる結果となったサンタナは、心中安堵した。ハンデだろうがなんだろうが、目的は正々堂々の勝負ではなく、いかに自分の本気を見せ付けられるかにある。その過程でワムウの戦力が削がれるのならば、それは喜んで受け入れる僥倖として捉えるべきだ。

「クク……とても余興とは思えぬ顔付きだなワムウ?」
「少なくとも、彼奴にとっては既に余興の域ではない様子。ならば、対するこのワムウとて相応のやる気を示すべきかと」
「面白い。そうでなければ永く生きる意味など無いというもの。折角の集中を茶化してしまったな。許してくれ」
「とんでもございません。このような私闘の場を提供してくださった主に心より感謝しております」

 たとえ部下であろうと、その在り方には尊厳を示すカーズ。
 そして主の計らいに、一寸足りともの毒も浮かべないワムウ。
 理想的な主従だと、今のサンタナからすれば輝いてすら見える。かつてはあの位置に辿り着きたいという羨望を浮かべる時期もあったかもしれない。
 だが今は違う。サンタナの目指すべき到達点は、ワムウの座るポジションとは別の地点にある。主従関係にこだわる必要は必ずしも無く、だからといってそこを疎かにしてはならないことも熟知している。

97鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 16:57:39 ID:FPbo8YSQ0


「では……そろそろ始めるか」


 だから必要なのだ。
 主からの許可という、唯一の綱渡りが。



「これより! ワムウとサンタナの模擬戦を執り行う! 制限時間は180秒の1本勝負!
 このカーズとエシディシが双方の心意気……責任を以て見届けると誓おう! 互いに心し、全力にて語り合えィ!」




       ワムウ 対 サンタナ

      いざ尋常に───────



         「始めッ!!」



            ◆



 相手は……強いねえ。
 多分、私より強いよ。隙が無い。

 さて。どーすんの?
 作戦はあるんだろう? 『流法』とやらの開発に賭ける?
 賭事は好きだよ。私もアンタに賭けてる身だしね。

 あぁ、酒の肴にゃ最高の見世物だね。だのに肝心の酒も無くちゃあ、酔えるもんも酔えやしない。世知辛いね。



 なあ。アンタは今、酔ってるのかい?



            ◆


───『いい気になって酔うんじゃあないぞ、番犬の存在が』


 主のカーズは、先のサンタナの申し出に対し、軽蔑の眼でそう言った。

(酔っている。オレは……今、確かに酔っている)

 闘争と戦慄の狭間で猛るサンタナの思考の片隅。その静かな部分では、今自分へと吹いてくる逆風を冷徹に自覚することが出来ていた。
 幾度もの敗北と屈辱が、その孤独なる生物を変えてしまった。これを変化と捉えるのなら、サンタナは人生の境目で起こる変化には必ず伴う熱風に吹かれている。
 それはつまるところ、彼がどうしようもなく酔っている事と同義であり、それへの自覚も心の片隅では確かに存在してるという事だ。
 熱に浮かれている。恐らく、人生の中で後にも先にも訪れた事ない、唯一度だけの、全身の脈動を迸る程の熱が。それこそあのエシディシをも凌駕するような熱量が、我が血液の中を高速で蠢いていた。


 心で考えるより先に、気付けば吼えていた。
 果てなく遠大なる難壁。その男の名を。


「ワムゥゥウーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 設けられた制限時間は長くない。この闘いはワムウを倒す為の闘いに非ず。同胞達に自らの価値と意義を示す闘いなのだ。即ち、180秒という短い尺の中でサンタナは渾身のアピールを終えなければならない。

 必要最低条件は───流法の取得。これが現状一番の近道であり、かつてのサンタナではとうとう至れずにいた段位だ。

 その流法の、骨盤だけは既に出来上がっている。
 偉大なる生物としての形を保つことすら出来なくなった、地霊殿でのレミリアらとの死闘。


 あの闘いを思い出せ。
 あの無様な姿を思い起こせ。
 偉大な種である故の、ヒトの形。
 そしてその誇り高きプライドを粉砕されたが故の、ニクの形。
 顧みない者故が手に入れる、再起への手段。
 敗北と屈辱が育んだ、新たなる進化。
 生きようとする執念がある限り、例えバラバラに分解されようと肉を寄せ集め、立ち上がれるのが闇の一族なら。
 その逆もまた、論理的には可能である。
 肉を崩し、骨を組み換え、人の形を大きく逸するまでに至るのは、泥を味わったサンタナならでは。
 負け犬のサンタナだからこそ、辿り着いた地。


 その地を、土台にしろ。
 踏み、駆け抜け、跳べ。
 もう二度と這い蹲うな。
 今のサンタナはまさに。

98鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 16:58:59 ID:FPbo8YSQ0






「───────〝チーター〟か」


 直近の部下二人の闘いを見届ける為、エントランス奥の階段上にカーズとエシディシは座していた。気品を感じさせる赤絨毯にどしりと腰を据えた二体の巨躯は、古くからの顔馴染みの様な距離感で階下の激闘を評価し合う。
 ゆっくり胡座を掻きながら、サンタナの初動をチーターと比喩したのはカーズ。
 同志の台詞に対し、横のエシディシは片膝を楽に立てた姿勢で返した。

「ほほォ〜〜。サンタナの奴、ちぃと面白い技使うな。骨格変化は俺達の十八番だが、他生物種の姿そのものの模倣となると話が違う」
「技……? あんなものは技とは言えん。精々が観客を脅かす程度の手品。流法の域には遥か及ばん」

 サンタナの披露したまだ見ぬ姿に歓楽を交えるエシディシとは対照的に、カーズの評価は冷静で芳しくなかった。勝負開始と同時に光矢が如く飛び出したサンタナには、通常とは明らかに異端なる部位があったのだ。

「チーターに類する猫科には、地上をより速く疾走する為に工夫をこしらえた骨盤がある。その最たる骨が『背骨』だ。
 彼らの背骨は通常の物とは違い、大きくアールを描いている。つまり骨をカーブさせることによって全身をバネのように駆使し、跳ねるように走れるのだ」

 分かりやすくジェスチャーを交えながらチーターの骨構造を解説するカーズの視線の先では、サンタナが猛然とした勢いでワムウの真正面から突っ込んでいた。彼の身体は、今カーズが説明した内容と同じ骨格にまで変貌してる。
 つまり、サンタナはチーターの能力を借りてワムウへと先手必勝を仕掛けようと目論んだのだ。
 それだけではない。

「ありゃあ、足そのものも変化してねえか?」
「足の指が『四本』にまで減っているな。猫科の後ろ足の指は、走る時の負担を抑える為に前足の五本より少なくなっている。
 理由は、地面を蹴る時の力を分散させず、より一点集中とさせる為だ。砂浜とコンクリートの上では、速く走れるのは当然コンクリート上であるという原理だな。地に接する足の面積が狭いほど、傾向としては速いスピードが出せるはずだ」

 サンタナの、主に背骨と足の骨格変化。その正体を瞬時に見破ったカーズの表情も、まだまだ驚愕には程遠い色合い。


「まあ、そんなもんでワムウを倒せりゃ苦労はねえわなぁ」
「無論だ。奴は戦闘の天才……サンタナでは勝てん」
「じゃあカーズ。お前ならこの闘い、どっちに張る?」
「愚問だぞエシディシ。答えなら述べた」
「クハハ! だよなあ」
「ならば……お前はどちらだ?」
「俺かァ? そりゃあカーズ……決まってるだろう」



「───俺もワムウに張る。アイツじゃあ逆立ちしたってムリだ」



            ◆



 ムリムリ。そんなんじゃあ、ムリだよ。
 わんにゃんの猿真似なんかやったって、あの武人には敵いっこない。
 違うだろ。そーじゃない。アンタ、思い出しなって。
 思い出せ。よもや忘れたとは言わせないよ。



 なあ…………最初の最初だよ。



            ◆


 まさに、瞬く間である。
 カーズが宣言した試合開始の合図と全く同時、サンタナは変貌を開始。流星の如き速度で疾走したのだ。爆発的とも言える瞬発力は周囲の地面と大気に振動を波状に広げ、爆心地と化したサンタナは恐るべき速度で以て相手へと迫る。
 今までにないスピードを生み出した秘密は、形態変化による猫科〝チーター〟の模倣。段上にてカーズが一見して言い当てた通り、サンタナは背骨と両足の骨格ごと組み換え、かの地上最速生物と同等の速度を得た。
 そこを走るのは極限にまで美しくうねるアーチ。体型を細身に伸ばし、頭部をも縮小させる事で、受ける空気抵抗を最小限に抑えた。更に足の指を四本に減らし、加えて骨を皮膚外に突出させることで鋭利な爪を生やし演出した。爪がスパイクの役目をこなし地面を掻く事で、更なる速度上昇を促すのだ。

 完全に、素早く走る為だけの姿を作った。
 全て、強敵ワムウの意表を突く為である。
 まさに瞬く間。しかし、両目を潰したワムウゆえに、瞬くことなく彼はッ!


「疾いな、サンタナ」

「だがッ!! 遅いッ!!!」


 完璧なタイミングでサンタナの攻撃を読み、拳を突いたッ!

 既に弾丸のような拳をワムウに向けて突き出していたサンタナは、相手のカウンターに対応できない。必然、両者の拳は磁石の極同士のようにぶつかり、激しい衝撃が二人の腕を波打った。
 まるで分厚く凍り付いた海を鋼で叩き割ったかのような、凄まじい轟音がエントランスホールに響き渡り、反射する。

99鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:00:00 ID:FPbo8YSQ0

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

 普段の鉄仮面が苦痛に歪む。サンタナはここに来て、ワムウの天性を理解する事となった。
 本当に視界がないのかと疑うほどの反射神経。その由縁は恐らく、試合前から行っていた瞑想による超集中力だ。そもそもこの試合自体、闇の一族ならではの『遊び』のようなモノ。サンタナにとっては一世一代の舞台には違いないが、本来余興の延長線にあるような催しの筈である。
 だが今のワムウの反応。油断の欠片も見当たらないその集中力こそが、彼にとってもこの闘いが単なる余興などではない事を、相対するサンタナへと拳を通して伝わった。

「雄(おとこ)は拳と拳で語り合う。なるほど、その言葉の意味がよく理解出来た」

 歯を食いしばるばかりのサンタナを嘲笑うかのように、ビンと腕を伸ばすワムウの口ぶりと表情には余裕が見て取れる。
 この初撃での鍔迫り合い。一打にして互いの『本気』を心で理解し、掬い取った両者の間に膠着が生まれる。ワムウの筋力がサンタナのそれを凌駕するにもかかわらず、衝突したパワーが釣り合ったワケは、サンタナに速度という名の物理法則が味方したのが最たる理由だ。

 だが、均衡は一瞬。ぶつかり合うパワーがサンタナの突進力を停止させ、速度の力はすぐにも殺された。
 となればここからはワムウの独壇場。彼は深く落とした腰を更に踏ん張らせ、全体重を右腕という重槍に乗せてサンタナを押し返す。
 筋力や技術で劣るサンタナに、この暴風を遮る盾は無い。


「…………お前なら、ワムウ」


 今にも押し返されんと震える腕に力を込めながら、サンタナは小さく口を動かした。


「お前なら、必ず防いでくると思っていた」


 天才と讃えられた同期に対し、一種の信頼のような台詞をサンタナが漏らした直後。

 拳と拳で繋がっていた二頭の雄の交叉点。双方が送り出すパワーの集中点。そこに異変が現れた。


「〝厳格なる拳骨(トーク ウィズ フィスト)〟」


 思えば最初の最初に闘った角娘や、かのレミリア・スカーレットもそうだ。わざわざ技名を宣言した後、その行動に移すなどという非合理的な行為。これがサンタナには理解不能であった。
 今は、彼女らに少しあやかってみよう。繰り出した技に自ら名前を付け発声するという愚かな行為をサンタナが行ったのも、些細な感傷が過ぎっただけに過ぎない。

「むぅ!?」

 衝撃が残した一抹の余韻が骨身を震わせる刹那、ワムウよりも一手先をサンタナは往かんとした。試合前、幾度も行った脳内シミュレーションでは、ワムウは退くことなくサンタナの拳に付き合うという想定を出していた。

 故に、予想通り。
 ワムウが閉じた瞳をひん剥くような素振りを見せたのは、シナリオ通りに事が進むサンタナの気が許した幻惑ではないと信じたい。

 厳格なる拳骨(別名・トーク ウィズ フィスト)と名付けられた技と同時、ミシミシとひしめくサンタナの拳の甲から骨が伸び、まるでトラバサミの罠のようにワムウの繋がった右腕まで絡まり、雁字搦めとした。
 群がる骨の一本一本がワムウの皮膚を貫通し、決して引き剥がそうとしない。ダメージ目的ではなく、ほんの一瞬でも相手を拘束する為への布石である。

 肉を切らせて骨を断つ。否。
 骨を差し出し肉を断つ。

「ウォォオオオオOOOHHHHッ!!」

 雄叫びと共にサンタナが、差し出した右腕とは逆の左手を振り上げ、即座に下ろした。その形は手刀。ギロチンの刃と同等の切れ味を手にし、狙うは拘束したワムウの右腕、その切断。
 たとえ左腕での防御も脚を使っての蹴り上げも間に合わない。それほどに手綱を緩めぬ猛襲を、サンタナは抜かりのないシミュレーションによって成し遂げている。
 加えてワムウは、くどいようだが視界がない。周囲を流れる風の動きを、その敏感な感性と肌で掴み、まるで健常者の如く振る舞っているに過ぎない。
 しかし、それはつまり、どう足掻いても後手となる。相手が動き始めてから自分もそれに対応せざるを得ないという、武人にとっては究極のハンデと言うべきものをワムウは自らに課しているのだ。

100鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:02:19 ID:FPbo8YSQ0



──────ザンッ!



 音と、血と、肉と、骨とが、一緒くたに混ざり合って舞った。

 驚愕に彩られるは、ワムウではない。

 サンタナは、空に回転する“自らの”右腕を呆然と見上げた。


「何を不思議そうな顔をしている?」


 見えていない筈の我が面貌を、見て取ったかのような口ぶり。
 サンタナはこの時、目の前で目を瞑る男を恐れた。


「あれはキサマの腕だろう」


 その通りだ。空に舞っている腕はたった今、サンタナ自身が断ち切ってしまった……我が右腕だ。

 グンと引っ張られた。骨と肉とを絡み合わせ、相手をその場に拘束したと思い込んだのが過ちだったのだ。
 サンタナの手刀がワムウの右腕を断する直前、相手は腕を自らへと引っ張っただけだった。繋がった腕と腕は物理の法則に従い、サンタナの腕をも当然相手へと引っ張られる事になる。丁度、綱引きで力比べをするみたいに。
 伸びきっていた腕にはあらぬ力が加えられ、ワムウの腕があった位置はサンタナの腕に差し替えられた。この返しにより、サンタナは意図せず自分の腕へと手刀を入れてしまった。

 右腕が千切れ飛んだ事により、骨の拘束が外れた。ワムウの身体は今、自由となり、体勢を崩したサンタナへ更なるカウンターを返せる状況。

 流石に一筋縄ではいかない。しかし。
 このような予想外など…………!


「予想済みだッ!」


 サンタナは折れない。怒涛の覇気を放出しながらも、彼が放出したのはそれだけではない。

「!」

 銀色の弾丸が、サンタナの絶たれた右腕の断面から猛飛沫となって噴射された。
 予め体内に取り込んでおいた、支給品のパチンコ玉である。散弾銃並の威力を纏いながら発射される無数の弾丸に、至近距離かつ目の見えないワムウが回避する術はない。騙し討ちの形で撃ち込んだなら尚更だ。

 無論、波紋を纏っている訳でもないただの鋼玉をいくら撃ち込んだところで、柱の男には大した効果などない。だが、怯ませる程度の効果は期待できる。
 切断された身体の痛みに顔を歪める暇もなく、サンタナは射出口と化した右腕を懸命にワムウの頭部へと合わせた。せめて急所であるなら、ダメージの倍増も見込めると判断したからだ。

 その合わせた照準の真ん中。
 ワムウの頭部が、唐突に揺れた。


「ムンッ!」


 グルリと首を縦横に回転させたかと思うと、そこへ到達する筈だった鋼玉が『逸れた』。
 一発や二発ならともかく、超速度で放たれた無数の弾丸が、全て。緩やかにカーブを描き、ワムウの側頭部を潜り抜けて消えた。

「……風」
「そうだ。よもや忘れたとは言わせんぞ。我が流法を」

 真空刃。いつの間にかワムウの頭飾りから飛び出している幾重ものワイヤーが、本体の動きによって振り翳され、そこから発生した小型の真空竜巻がパチンコ玉を逸らした正体だ。
 風の流法を操るワムウには造作もないこと。逆にサンタナの体表面の方に、真空刃で傷を入れられた痕が作られていた。
 攻防一体の闘技をモノにした武人ワムウ。この男に自分を認めさせるには、単なる武闘では到底敵わない。しからば、意表を突く以外に有り得ない。


 あの波紋使いジョセフ・ジョースターのように。


「さあ来い“サンタナ”。見せてみろ、キサマの流法を。おれを落胆させてくれるなよ」


 絶好の好機を、ワムウは挑発の時間に充てた。サンタナへ迎撃するチャンスを捨て、両の腕を軽く広げて「かかって来い」と、両の指を軽く曲げた。
 それは遊びではない。油断でもなく、驕りでもない。
 彼は楽しんでいるのだ。闘いを通して、相対する同胞の潜在能力が限界にまで引き上がったその姿を臨むが為に。
 顔肌を紅潮させ、湧き上がる闘気はまるで沸騰した水が生む水蒸気のように。


「───────ハハッ」


 溢れた笑みが、果たしてどちらの雄のモノであったか。
 次の瞬間、サンタナの胸部が倍以上にも膨張した。手渡された攻撃権、惜しみなく使ってやらんと即座に“溜め”へと入る。

101鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:02:57 ID:FPbo8YSQ0

「ヌオオオオオオオオオーーーーーー!!!!」

 レミリア戦でも披露した、隆々と張った胸筋が更にパンプアップ。激しい遠吠えは、次の一撃への危険度をそのまま示さんとする絶叫の一撃。
 サンタナが腰を深く落とし、雑巾でも絞るように体幹を捻じ回す。先端が失われた右腕が引かれ、キリキリと弓を引き絞る様な音が、骨と筋肉の摩擦音となって辺りに響いた。まさか無い腕でパンチを撃つとでもいうのか。

 いや、それは大きな誤りだ。無いと思っていた右腕の手首から先に異変が起こっている。
 ガキンガキンと、サンタナの体内から鉄の棒か何かがへし折られているかのような金属音が伝播した。何事かと、ワムウだけでなくカーズやエシディシもその光景を凝視する。


 製鋼していた。
 体内の鋼玉を筋密度で潰し、圧縮し、型どり、千切れた右腕の先から形を変形させて顔出していた。
 それは鋼の拳。より硬度を加えて構成した鋼拳が、ガチガチに膨れ上がった筋肉と強靭な筋繊維により、ウーツ鋼のロケット弾として構築された。


「喰らえェェェエエエエエエエイッ!!!!」


 この技を発生させるのに掛かる膨大なる隙を、ワムウはわざわざ待ち構えるという愚かな選択肢で見逃した。
 愚か、と評するのも彼に失礼だろうか。少なくともこの男は、決起の覚悟で満たされたサンタナの闘争心を、正面から余すことなく受け入れてくれようという奇特者の器なのだから。

 だからこそだ。
 真正面から技を受けんとするワムウにこそ───!




「───『意表が突ける』、とでも思っていたか」



 右腕に仕込まれた鋼鉄のロケット弾。それが点火されると同時。


「だとしたなら、おれも舐められたものだ」


 ワムウは口走る。
 男の巨躯を物語る大きな背中には、数え切れないほどの肉片が張り付いていた。


(ワムウ…………コイツ、は)


 後悔などしていない。先程ワムウに吹き飛ばされた我が右腕が、遠隔の分身体として相手の背後より取り憑かせた行為を、サンタナは恥とは思わない。

 憎き肉片(別名・ミート インベイド)。
 柱の男達の固有能力とも言える技で、本体から離れた身体の一部をアメーバ状に分散させ、相手に取り憑き細胞から喰らうというものだ。
 既にこれまでの戦いでサンタナは幾度もこの能力を使用している。今更ワムウ相手にこんな小細工が通用するとは思えなかったし、喰って消化するという能力自体も同胞相手では効能を発揮しない。

 それでも、背後から突然襲えば怯むぐらいの効果を期待していた。
 その隙を狙って、超攻撃力まで高めた一撃をお見舞いする腹積もりだった。崩れた態勢を狙えば、ワムウといえどひとたまりもない筈だと。
 ともすれば卑怯とさえ蔑まれかねないこの連携ですら、きっとワムウは戦術(タクティクス)の一つとして素直に受け入れるだろう。彼はそういう男だった。

 だが、目論見は外れた。
 あっさりと背後からの奇襲を許したワムウの双眸は……閉じていてなお────


(コイツは…………揺るがないッ!)


 全く動じない。完全なる、無動の柱。
 地球の中心にまで根を張ったと言われても信じてしまいそうな程に、ピクリとも怯もうとしない。
 世の武人が目指す極地へと至った超人は、万全100%の力でサンタナの攻撃を受け入れる態勢を保った。


「おれの視界は無。故に死角からの奇襲などに意味などナシ」


 静かなる気迫の裏に潜んだ、壮絶な闘気。
 失策だった。逆にサンタナの方が、古今無双の強敵に精神の遅れをとる事となった。




 鋼の核弾頭が、音の壁をブチ抜いてワムウの胸へと吸い込まれる。

 方や浅く笑み。
 方や深く恐怖した。




            ◆

102鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:04:02 ID:FPbo8YSQ0


「スゲぇ威力の撃ち込みじゃねえか。流石のワムウの奴でもキツい一発なんじゃねえか?」
「いや、寸での間隙で攻撃地点へと両掌を潜らせた。加えてワムウめ、喰らう直前に後方へ大きく跳び退いたわ。ダメージは半分ほど殺されている」


 サンタナの攻撃を正面から受けたワムウの身体は、衝撃波と共にホールの奥の石壁へと吹き飛ばされた。洋館全体が刹那、大地震に見舞われる。瓦礫が飛散し、巻き込まれた石柱もあらぬ姿となり無残に転がる。
 見る者が見れば、この試合を征服した勝者はサンタナだと答えるだろう。
 だがカーズもエシディシも、そんな安直な妄想など見ていない。事実、攻撃側のサンタナの表情を覗けば一目瞭然。手応えの笑みなど明らかに浮かんでいない。


「だがカーズ。ヤツにとってこれは別にワムウを倒すのが勝利条件ってわけじゃねえ。現段階でお前、どう見てる」
「“不採用”だ」


 興味本位でカーズの評価を問い質してみたエシディシは、同胞の即答にほんの少しだけ意外な顔を作った。

「今の一撃はこれが御前試合だからこそ成り立った攻撃だ。ワムウの奴はサンタナの器を測る為、敢えて拳を貰ってやったに過ぎん」

 パワーのみに頼った、一直線の攻撃。闇の一族であれば、そもそも攻め手の火力に重きを置きすぎる事は却って不利を呼びかねない。触れさえすれば、基本的には肉ごと消化できるのだから。

「少し溜めが長引きすぎる。例えばあの憎きジョジョであったなら、サンタナが変形に集中している間に二つ三つばかりのフザけた小細工を仕掛けられよう」
「まあな。今の攻撃もそうだが、奴は少し視野狭窄的かもなあ。背後からの不意打ちもちょいと露骨だった」

 強者二人の見立ては甘くなかった。今のサンタナではまだ、主の期待に添える結果は出せるレベルでない。
 悪くはないのだ。だが、パンチが少し足りない。あんな鋼のパンチでは、三柱に加えられる域には届かない。


「……1分経過だ。残り2分」


            ◆


 ほらほらどうしたのさ。
 腑抜けたパンチなんか打っちゃってまあ。
 アイツには効いちゃいないよ。来るとわかっていた攻撃をそのまま“受けてやった”だけなんだから。

 流法とやらはどしたん?
 それともアンタの器じゃ無理か。


 じゃあ……私を“使う”?
 貸してやらん事もない。負けた立場で宣う台詞じゃないけどね。


 いいぞ。使うべきだ。
 アンタだって私を知っているんだろ?


            ◆


 我が頭髪の一本一本が、まるで風にたなびく柳のようだと。
 風の起こらない凪の屋内だと言うのに。おかしな話もあるものだ。
 あるいは恐怖による、身体の震えが起こした揺らぎか。
 あるいは遠く吹き飛ばしてやった筈の、崩壊した石壁が舞わせる土煙の中に立つ武人が流す神風か。

 フッ……と、思わず口角が釣り上がってしまう。どちらであっても、それはきっとサンタナにとっての凶兆の証。


 失われ、製鋼した右腕が再び消滅していた。
 鋼の拳を命中させた瞬間、奴が両掌での防御を行ったのが見えた。その際に抉られたのだろう。
 これもまた、攻防一体の早業。あの武人には、無駄と呼べるような挙動が全く無かった。
 あらゆる力を受け流すそよ風を味方につけ、あらゆる防御を地軸ごと吹き飛ばす暴風をその身に蓄える。


 こんな男に認めさせるにはどうすればいい。

 どうすれば認めさせられる。

 どうすれば───────



「……クッ……ソがァァアアアァアアアァァッッ!!!!」



 咆哮が、砲口へと変貌した。
 奉公の心すらかなぐり捨て。
 放光が肉の隙間から現れる。
 撃ち込む方向など、一つだ。


「ワムウゥゥゥウウウウウウウウウウゥゥゥウウウウウウウゥゥウウゥウウウウUUUUUUU――――――――――ッッッッ!!!!」


 銀の放光の正体は、体内に残された全ての銀魂。強靭なる密度で再び圧縮を受けた鋼球が押し固められ、一個の真球にまで変化する。

 大砲しかない。あの地下の大空間で吸血姫を穿った獰猛形態。

 それを今一度、ブッ放してやるッ!

103鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:06:23 ID:FPbo8YSQ0



「──────────────!!!!!!」



 音の核弾頭が、悠然と走った。
 瓦礫の中心。土煙の向こう側へと。
 薄らぼやける一柱の影に、撃たれた。



「ムンッ!!!!!!」



 そこから轟いたシャウトは、一門の砲と成ったサンタナに更なる絶望を与えた。
 一瞬遅れて、土煙が一気に晴れ渡る。大気を揺らした衝撃波が、煙幕のスクリーンに映った影を粉々に散らした。



「───ヒトの形を完全に捨て去ったお前の姿……果たしてそれは『退化』か、はたまた『進化』か」



 浮き上がってきた輪郭は、ヒトの形を取っていた。
 両の脚を石の大地に突き刺し、固定して尚、大きく後方に押し出され、裂かれた罅割れ。

 その上には、大きな大きな柱が、
 折れる事なく、立っていた。


「おれはそれを、『進化』だと考えよう。
 このワムウが鍛え上げた身体を、ここまで押しやった技は見事ではあった」


 鋼の砲弾が、ワムウの両腕によって屈強に包まれていた。
 前面から飛んでくる巨砲を、逃すことなく受け止め切ったのだ。
 その剛腕で思い切り掴まれた砲弾は、メキメキと音を立てながら……やがて崩れ落ちた。


「だが、敢えて苦言を呈すなら……おれはやはり、お前自身の拳ともう一度撃ち合いたかった、というのが本音だがな」


 サンタナが、砲の形からヒトの形へと戻っていた。
 その瞳に、戦意は失われつつある。
 どうやっても、この男に届かない。
 幻想は、現実に打ちひしがれた。



「時間は……まだあるか。
 そろそろおれの拳も冷え切ってきた頃だ。

 ───────少し、温まるとしよう」



 ワムウが、飛び掛ってくる。
 膝が、動かない。瞳は虚ろだ。

 どうにもし難い、虚無の砂嵐が。
 サンタナの頭の中を覆った。





 そこからは、一方的な蹂躙であった。
 迫り来る暴風雨に、太刀打ち出来ぬまま……


 サンタナの躯と意識は、沈んだ。



            ◆

104鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:07:01 ID:FPbo8YSQ0






 ブザマに這い蹲うオレを見下ろす『ナニカ』が居た。


 周り全てが暗黒の中、視界の見えぬオレを見つめる視線のみを感じ取り、オレはゆっくりと顔を上げた。
 おかしな話もあるもので、闇の一族の末端たるオレですらこの闇の向こうを目視するに至れない。ワムウの様に、目を潰した訳でもあるまいに。
 だが何故か、闇に浮かぶナニカの姿だけは段々と露わになっていく。


 童だ。
 童女が闇の中で、胡座を掻きながらオレを見下ろしている。


「やあ。ようやく逢えたね。久しぶり」


 その童女は偉そうにも、旧知の仲か何かのように軽々しく手を広げ、語りかけてきた。
 まず目が行くのは、頭部に生えた二本の双角。見た事があるし、声にも聞き覚えはあった。


「そうとも。最初にアンタに敗北して平らげられた、あの時の私だよ。まさか鬼が鬼に喰われるなんて、夢にも思わなかった」


 白い歯を覗かせながらケタケタと朗らかに笑うその姿は、見た目相応の無邪気さだ。だがコイツに至ってはそうじゃない。この小さな童女が秘めた力は、見た目以上に巨大である事をオレは知っている。


「私の方からはず〜っとアンタに語りかけてたんだけどね。でも当の本人は別の事に夢中。無視されっぱも辛いんだよ?」


 知ったことか。大体、キサマは何なのだ。とっくに死んだ輩が何故、今こうしてオレの前にまた現れる?


「何故って? そりゃあアンタ、今言ったばかりじゃない」



「だってアンタ、私を喰っただろ」



 その言葉には相変わらず、恨み辛みの気持ちなど一片たりとて含まれていない。
 ただ生物競走の結果、勝者と敗者が誕生し分かれただけ。
 結果のみを淡々と、その小鬼は囁いた。


「よりによって幻想郷最強の種族である鬼を喰ったんだ。化けて現れる位のリスクを考えなかったとは言わせないよ」


 ……嘗めていた、という事か。オレも、コイツを。


「残留思念の様なものさね。これでもハンパない妖力の持ち主だって自負はあるんだ。喰い逃げなんかされちゃあ、鬼の名が廃るってもんだよ」


 フン。それで?
 わざわざ化けて現れて、無残に転がるオレの痴態でも眺めてから溜飲を下げる……それで満足か。


「あはははっ。心外だね〜、鬼ってのはそんなに心狭くない」


 快活な笑顔だった。自分を殺し、喰った張本人を前にして随分と上機嫌だなと思う。
 この女は何を企んでいる。


「企み、ねえ……そんなの一つっきゃないでしょ」


「手を貸してやるよ。あの武人に勝ちたいんだろう?」

105鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:07:44 ID:FPbo8YSQ0


 …………なんだと?


「私はアンタに張ったんだ。ここらでひと稼ぎして、三途の川の渡し舟で一杯やる為にね。そろそろ酒に酔わないと、流石に頭がどうにかなりそうだ」


 女は腰に括っていた瓢箪を手に取り、逆さにしてカラカラと音を鳴らした。切なく転がるその反響は、中身が既に空である事を示していた。


「何故?って顔してるね。それはね、この瓢箪と一緒さ」


 トンと、目の前に置かれた空瓢箪を凝視し、オレは疑問に塗れた視線を女へと移した。


「私は酒が大好きだ。酒に酔うのが何よりも心地好い。だからこの瓢箪は常にお酒で満たしてなきゃあ、私の居心地も悪くなる」


 まあこの伊吹瓢、無限に酒作れるんだけどね。女はそう付け加えつつ、瓢箪の蓋を指でチョンと弾いて揺らした。


「アンタの心も今や、似たようなものなんじゃないのかい?」


 オレの…………心、だと?


「空っぽの心。何物も映さない濁ったままの水面。
 空虚だった筈のアンタの心は、徐々に渇きを訴えてきている」


 空っぽ。いつしかの小鬼に見抜かれた台詞は、確かにオレの記憶の片隅に埃被って佇んでいた。
 その時は……「どうでもいい」と一言、投げ返しただけだったか。


「もっと酔いたいのさ。私も、アンタも。
 空虚を埋め、心を満たし、永い人生をへべれけと、楽しく生きたい。
 さて。アンタの心という空瓢箪を満たす物って、何だろうね」


 ……満たす、物。

 分からない。分からないが、それを掴む為にオレは今、闘っている。
 その手段は、と問われれば……きっと、何者からも認められる必要があるのだろう。
 まずはワムウ。そして、オレは何者からも恐怖される存在で在らねば。


「恐怖、か。いいね。その貪欲さ、まるで妖怪そのものだ。
 私はアンタの道を否定しないよ。……本当の所は、せめて無闇矢鱈な殺生をこのゲームで行うのは止めて欲しいと言いたい所だけど。
 でも、満たす為に立ち上がろうとするアンタが決めた道なら、何者だってそれを邪魔する権利なんぞ、無いよね」


 動かなかった身体へと、僅かに力が立ち込める。
 関節や拳、肺や血脈にドクドクと生命力が注ぎ込まれているようだった。
 オレは地面を這うような格好から、ゆっくりと立ち上がる事が出来た。

 同時に、胡座を掻いていた童女も軽快な仕草で立ち上がった。その恐ろしく小さな身体は、オレの目線よりも随分と低い場所にある。


「理由なんてひとつだ。アンタが段々好きになってきた。だから私はアンタに張った。だから少しだけ、手を貸してやる」


 不敵な微笑みと共に、女の身体が足から砂のように崩れていく。
 いや、砂というより霧。霧状になっていく女の身体は、まるで意思を得た煙のようにオレの身体へと纏わり付いてきた。


「『人魚伝説』を知ってるかい? 人魚の肉を喰った奴は不老不死の能力を得るって話さ。
 アンタは私っていう鬼を喰ったんだ。人魚のように、人知を超える力を手に入れる事も可能だろう。
 おぉ……身震いがするね、この鬼喰い鬼め」


 闇の一族は喰った獲物……例えば吸血鬼の血液を、エネルギーとして取り込む。我々の食事は単なる空腹を満たすだけの本能とは異なる行為。

 オレは……この小鬼を『喰った』。
 その結果、どういう事が起こるのか?
 鬼とは、吸血鬼よりも更に上位の生物であるらしい。
 そんな生物の全エネルギーを取り込めば、オレは一体『ナニ』へと成る?


 意識がハッキリ覚醒へと向かってきた。その前に、少しだけ……オレには気になることがあった。

106鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:08:11 ID:FPbo8YSQ0



「お前…………の、『名前』は、何だ?」



 小鬼の身体は既に失われていた。首から下が完全に霧と化し、今やオレの肉体と同化しつつある。
 完全に掻き消える前に、どうしてもコイツの口から直接名を訊きたい。


「私は既に死んでる身だ。今更名前なんか、どうでもいい事さ」
「オレの名は『サンタナ』だ。チャンスがあるのなら……最後に、お前の名前だけ、知りたくなった、のだ」


 オレは知らない。この小鬼の名前を、今まで知らずにいた。
 名を伝え、永劫胸に刻む。
 その行為が、オレには必要だと感じたのだ。


「……知ってるかい? 妖怪にとっての『死』は、誰からも完全に忘れ去られる事だ」


 やれやれと、小鬼は首を横に振って口を開く。観念したように、消えゆく身体を最後まで動かした。

 そして、周囲の闇も晴れ渡り始めた。
 小鬼の声が霞がかっていく。そろそろ、オレにも時間が来たのだろう。


「アンタ程の長生きがこれから先……ずっと私の名前をその逞しい胸に刻んでいてくれるってんなら」

「鬼冥利に尽きるってもんだ。喰われた甲斐があるよ」

「私の名前は『伊吹萃香』。それだけを覚えていてくれるなら……私という存在は、きっと死なない」

「もっと自信持ちな。アンタはこの小さな百鬼夜行に勝ったんだから。
 振り向かずに胸張って、声を大にして喜べばいい。敗者を喰う……糧にするってのは、そういう事だ」

「そうして、もし……アンタがこの闘いに勝てたのなら。
 私の一番好きな酒が呑める。そん時は、一緒に呑もうよ。
 私は彼岸で盃を傾けてるからさ」

「さっ。もう行きな。アンタの目の前にこうして現れることは、多分……もう二度とないだろう」


 小鬼───伊吹萃香の姿は、そこで完全に消滅した。

 揺蕩う霧が放つ余韻だけが、オレの鼓膜に木霊する。

 成さねばならぬ事がある。

 ……行くか。












「ああ、それと最後に一個だけ」

「今のアンタはもう、空っぽなんかじゃないよ。
 私なんかよりも、よっぽど立派な……妖怪さ。
 その背中……まさにかつて都を震わせた『鬼』そのものだ」




「頑張りな───────鬼人サンタナ」




            ◆

107鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:09:51 ID:FPbo8YSQ0


 伊吹萃香やレミリア・スカーレット。奴らに共通する点がひとつある。

 体格だ。

 奴らは童女相応のチビでありながら、何処から放出しているのだと言わんばかりの凄まじいパワーを秘めていた。
 妖怪とやらの生態については詳しくない。しかし恐らく、奴らはあの小さな肉体に、オレなんぞには想像出来ない程の膨大なエネルギーを蓄えてきたのだろう。
 幾百、幾千の悠久なる万劫を掛けて。生まれてから今日に至るまで、休むことなく蓄積してきた天稟の妖力。
 同じ生きた年月でも、オレとは違う。生の大半を睡眠に捧げる様な、空っぽだったオレなんかとは。

 少しだけ、学べたかもしれない。

 例えば───山をも動かす万夫不当のパワーを生み出すのに、大袈裟に発達しただけの筋肉は本来必要ない。見掛けばかり肥大した筋肉を鎧として纏った所で、圧倒的な力などそよ風にすら受け流される。
 真に強いパワーとは、日々を鍛錬に捧げた積み重ねによって研磨される、本物の『業』と『経験』によって具現する巨矛。ワムウの様な武人にこそ相応しい無類の武具であり、オレの様な模倣品ではすぐにボロが出る。

 だが、少なくともオレには!
 すぐに結果を出す必要もあるのだ!
 一朝一夕でも間に合わぬ! この闘いの中で、今すぐに!


『他人の死を意識しているのか?』

『迷いは拳を……心を鈍らせる。それでも貴様が糧としたいならば、まずは俺に一太刀でも浴びせることだな』


 試合前にワムウが語った言葉が、オレの脳裏に蘇る。

 他人の死を糧にする。それはある意味では、『絆』という言葉で言い表すことも出来よう。
 レミリアやブチャラティでいう、戦場で育まれる比類なき絆。
 ワムウや主達でいう、同胞に結われた種族の絆。
 それらはオレが一度は忌み嫌い、否定した力だ。
 オレの立場とは、それらの絆を認め、認めた上で乗り越えなければならない場所に敷かれている。

 だが、倒した相手。乗り越えた相手。それらを糧とし、我が力の源とし強くなる。
 方向性こそ違えど、それもまた一つの繋がり───『絆』と呼べるのではないか。

 『勝利する』『学ぶ』という行為自体が、先人達との絆へと昇華するのならば……!
 生者と死者の間に塞がる絶対的な隔たりさえ取り除けば、そこを繋ぐ一本の線はまさに……!



「───────オレは、新たな『絆』を手に入れられる」



            ◆

108鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:10:57 ID:FPbo8YSQ0


 結果など、火を見ることよりも明らかだ。
 正直な所、少しは期待していた。カーズもエシディシも、この試合でいう所の鉄板とは誰が見てもワムウであると確信していたし、大穴を予想することなく躊躇わず武人へと積んだ。

 実際は。現実は。
 どんでん返しなど起こらず、奇跡も降ることなく、幻想は現実に容易く喰われた。


「終わったな」
「粘った方だとは思うぜ。ありゃ相手が悪ィ」
「違わん。いくら吼えようと、所詮は凡夫だったか」
「あのワムウを対戦相手に組み込んどいて、容赦ねえ台詞だ。相変わらずイイ性格してやがるぜ」


 勝敗は決した。下剋上など起こらない。
 序盤の立ち上がりは悪いものではなかったが、ワムウに大技を尽く塞がれたサンタナは、見る見るうちに崩れた。
 圧倒的な暴を叩き込まれたサンタナの瞳に、始めに滾っていた戦意の炎は残っていない。残るのは、立ち塞がる壮大な壁に屈する、憐れな猛獣の転がる姿だけだ。


 冷たい石床に倒れ臥す、サンタナ。
 ピクリとも動こうとしないその男を、ワムウが見下ろす。
 他を寄せ付けない存在感を抜き放つ、巨大な柱。その一柱の根に、折れた敗者が沈んでいた。

 カーズとエシディシ。二人は眼下に広がるその光景を、美しいとさえ感じた。
 ワムウとサンタナが赤子の頃より、彼ら自身が育んできたのだ。我が子と称しても差し支えない二頭の雄が、全力で闘い拳を交わした。
 余興とするにはあまりにも。故に、主の二人は一つの闘いを見届け終え、残った試合時間の枠を余韻に浸る時間に充てようと考えた。

「サンタナも残念だとは思うがな。折角、勉強までしてこの闘いに挑んだってのに」
「勉強……? エシディシ、何のことだ」

 予想通り、大波乱は起きなかった試合。だが退屈には感じなかった。いや、満足に近かったと言っていい。
 エシディシは僅かにだが高鳴っていた鼓動を隣のカーズに悟られぬ様、努めて平静に抑えて話し掛ける。

「サンタナの奴、この勝負によほど執心なんだろう。試合前、資料室で参考書だか何だかを漁りに来たんだよ」
「ほお。番犬なりに本気という事か」

 資料室内での出来事。冊子に読み耽っていた自分の前に膝をつく忠臣の姿がエシディシの脳裏に蘇る。
 あの時は気まぐれのような気持ちでサンタナの視界から退いてやったが、奴は結局この幻想郷の知識を味方につけるには至らなかったらしい。著書に目を通す時間も、そう無かった。

 だから、精々が一冊を流し読み程度だったろう。


「で、エシディシ。奴は一体何の本を読んでいたんだ」
「ん……? いや、俺はその場をすぐに離れたが……」


 が、確か奴は……俺が戻した本をそのまま手に取っていなかったか?
 カーズに渡した資料はその本とは別物だ。あの時見ていた本は小冊子だったし、読了には時間も掛からなかっただろう。


「そうだ。確か俺が見ていた本は────」




「幻想郷の太古より住んでいた……『鬼』を記した本だ」







 潰れた虫の様に動かなかったサンタナが、ゆらりと立ち上がった。

 カーズも、エシディシも、ワムウも。意表を突かれる光景に思わず息を呑む。



 宣言した180秒まで、10秒を切った。



            ◆

109鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:12:20 ID:FPbo8YSQ0


 人は幻想に干渉され、現実を形作る。
 パラりと捲った頁の頭には、そんな文言が綴られていた。


(奴の意志がオレに手を貸すのか。オレの意志が奴を喰い、取り込むのか。そんな事はどっちでもいい)


 ああ、どっちでもいい。
 ただ……あの本に描かれていた『鬼』達は、人間共のかつての恐怖の象徴として載せられていた。
 その鬼の内の一人として───名前こそ無かったが───伊吹萃香らしき姿もあった。
 オレが最初に喰ってやった童女。食い違いがなければ、確かにかの女が大暴れする姿が本の中にはあったのだ。

 少し、興味を持った。闘い、下した女が、まるで伝説の怪物かの如く畏れられていたのだから。


(思い出せ……小鬼と闘ったあの時、奴は『何を』してきた)


 本には、簡潔にこう書かれていた。

 ───密と疎を操る程度の能力、と。





「立ち上がるかサンタナよ。ならば今一度問おう。
 その執念……主に認められたいが故か」


 覇王の風を纏う柱が、オレの前に立っていた。
 思えば初めにこの土地で会った時も、この男に同じ台詞を投げ掛けられたのだ。


───『お前は、我らが主に認められたいか?』

───『共に闘う「戦士」として認められたいか?』

───『もしそう思うのならば、相応の成果を出せ』


 思う所が無かった訳ではないが、その時は大して揺さぶられやしなかった言の葉だ。
 今はどうだ。何故、ワムウがそのような言葉を投げるに至ったか。少しだけ、理解出来た。


(そうだ。オレ、は───────)


 オレの、空っぽだった心は。
 渇きに飢え、満たされたがっていた。

 気付いてしまった。


 オレは、ワムウや主達に、認め









───『手を貸してやるよ。あの武人に勝ちたいんだろう?』


 小鬼が……伊吹萃香が先刻放った言葉が、オレの吐き出そうとした言葉を遮った。




「…………違う」


 そうだ。
 なんて、単純。
 なんて、馬鹿馬鹿しい。
 オレは、気付いてしまった。
 そうではなかった。

 オレは、
 オレは、ただ。




「お前に勝ちたいのだ。…………ワムウ」

110鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:13:01 ID:FPbo8YSQ0




 クワ、と。
 ワムウの潰された両の眼が、音を爆ぜらせ勢いよく見開かれた。


「良かろうッ! 自ら抉ったこの眼は自戒の念を込めた証だが!
 このおれと真に闘う為、奮い立たんとする男を見ようともしない行為は侮辱以外にないなッ!」

 柱の男の異常治癒力は、閉ざされた眼であろうとやろうと思えばいつでも復活など出来た。敢えて治療を先延ばしていた男のハンデとも言えた瞳は、サンタナの闘志に触発され、一瞬にして十全の視覚を取り戻した。

 これより相打つは、互いを眼中に入れた二人の男。

「サンタナよ! 少し見ない内に、キサマは変わったッ!
 その『姿』が、お前の手に入れた『流法』というわけか!」

 武の構えを取るワムウ。
 サンタナが、最後の攻撃を仕掛ける。


「面白いぞッ! その流法、自ら名付けてみよッ!」


 其処に立つは。



「────『鬼』の流法(モード)……」



 鬼人。



「行くぞワムウッ!!」

「来いッ!! サンタナッ!!」

 鬼の流法と称されたサンタナの、額に突き出した二本の短かった双角。
 それが今。大きく、巨大化を遂げていた。

 まるで、かつて都を震わせた小さな百鬼夜行が携えた、それのように。
 恐怖そのものを示す、鬼達の自己顕示。その最強たる象徴。

 双角の狭間。額の中心に位置するは、紅き紋様。
 その奥に秘めたるは、幾星霜の刻を掛けて萃(あつ)めた妖力。
 これは『糧』だ。決して借り受けた物などではなく、サンタナ自身が勝利し、奪い、取り込んだ力だ。

 これもまた、絆。
 何処かで小鬼の笑い声が、響いた。

(オレが奴を『喰った』ところで……密と疎を操る能力とやらをそのまま引用できるわけではない……!)

 物事はそう単純にはいかない。たとえ萃香の全妖力を身の内に取り入れたとしても、彼女の能力はあくまで彼女自身が磨き上げ、発展させてきた力だ。

(ならば……オレの『流法』の原型を発展させ、組み合わせれば……)

 流法そのもののイメージ。その土台は吸血鬼の娘との闘いで既に作ってきた。
 鬼と闘い、取り込み、妖力を得、幻想郷の知識も少しだが勉強した。

 後は……オレが、オレ自身の力で、完成させる!


「それが我が鬼の流法だッ!」


 サンタナが翔ける。
 ボロボロの躯を疾風の如く操り翔ける、力強い疾走だった。
 その身体に蓄えられた筋肉は、これまでのサンタナと比べてもそう変貌しているわけではない。寧ろ、巨体だった全身は細身を帯びている様にも見えた。
 無論、実態はそうではない。筋肉・骨・腱・皮膚・血脈・細胞に至る殆どの体組織を、彼は限界まで高密度に圧縮し、闘士として暴れ回れる最小の規格かつ最大の出力を、可能な限り己が身躯に詰め込んだのだ。
 見た目は縮小した様とさえ感じられるが、パンパンに張り詰められた筋量を注ぎ込まれた拳から生まれる破壊力は、以前の比ではない。
 まるで、物の密度を自在に操る伊吹萃香の様に。サンタナは己の躯を一回りほど縮小させ、その上で全身の筋肉だけは退化させることなく器に閉じ込めた。
 パワーのみが増加したわけでは、当然ながら無い。筋力とは即ち速度を生む。筋量を増しつつも、以前の図体から小型化を図った事により生まれた俊足は、他の三柱と見比べても頭抜けた身のこなしを彼に与えた。
 先のチーター化を直線的なスピードと比喩するなら、鬼の流法は曲線的かつ臨機応変のスピードとなる。

 例えるならば、かの日本・五条大橋にて怪力無双の武蔵坊弁慶へと、小柄な身一つで向かった牛若丸。勇猛果敢と知れ渡った彼ら二人のパワーとスピードが、一個の肉体に合わさったのだ。

111鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:13:40 ID:FPbo8YSQ0


(想像以上に疾いッ! 恐らく、奴の拳も先に相打った鋼拳より更なる膂力を身に付けている!)

 迫り来る『鬼』の姿に、ワムウは刮目した。おぞましき、得体の知れない力が今のサンタナには備わっていると、一目にて見破ったのだ。
 如何にして迎え撃つか。ワムウはそれを考えるより先に、反射的に腕を前面へと掲げた。それは、攻よりも守に傾いた思考が瞬時に動かした行動であった。


「鬼人『メキシコから吹く熱風』」


 ワムウの片腕が前方から疾走するサンタナの姿を、視界から半分程隠した刹那。
 目元から下だけを覗かせたサンタナの口元が、それを囁いた。

 伊吹萃香の扱う『密と疎を操る能力』とは、砕いて説明すると“物質や精神を萃(あつ)めたり、逆に疎(うと)めたり出来る”事である。以前に彼女が霧のように拡散し、サンタナの背後をとった業前もこれの恩恵だ。
 萃香含む鬼の資料本を元にサンタナが編み出した流法は、筋肉を移動させ集中点へと萃める形態変化の他にも、彼へと武器をもたらした。


 正体は、弾幕攻撃である。


 幻想郷の少女達の戯れ。サンタナがかつて嘲笑した『スペルカード』と呼ばれる命名決闘法を、少し真似てみようと思った。
 下等なる種族共の、しかも女子らの遊戯である。男がやるには少々滑稽で、誇りある闇の一族ともなれば尚更だ。だが、一度は崩れた誇り。こうなれば最早、恥もない。

 サンタナは猛りと共に、左腕を払った。指先の一箇所に萃まった高熱が、弾幕───妖力を纏った波状光線と化し、待ち受けるワムウへと飛び掛かる。


 邪人カーズは、体内から光を産み出し、敵を眩く斬り裂く。
 狂人エシディシは、体内を流動する血液をマグマへと変え、敵を灼き尽くす。
 武人ワムウは、体内から湧き出る風を薄く圧縮し、敵を圧し潰す。
 吸血鬼ディオやストレイツォは、眼球から高圧で発射される体液『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』で敵を貫く。

 それらの技は、彼らが『進化』を望んだ末に体得した独自の能力であった。
 数多の敗北を経験し、プライドも砕かれたサンタナが、ここに来て初めての『進化』を求めたのならば。
 それに応えない運命など、最初から存在しない。

 人は幻想に干渉され、現実を形作る。
 この地でも。そしてサンタナにも。
 法則は、例外とはならなかった。

 サンタナの放った弾幕を、ワムウは勢いよく散らそうと右腕を翳す。その鋭敏な触覚は、一つの危機をワムウへと伝えた。

「ムゥゥ! この『弾幕』……相当の熱エネルギーッ!」

 幾千もの年月を重ねた妖力は、サンタナの額を中心としてそのまま心の臓に運ばれ、脈を伝って左腕の更なる先端に到達。爪先から発射される高熱の弾幕は『鬼火』と化してワムウへと、


「だがッ! 温いッ!!」


 ───到達、出来ない。

 その程度の、謂わば付け焼き刃で放った攻撃などでは、まだまだ完成された武人には届かない。
 躊躇わず、ワムウの右腕が鬼火を振り払った。軽い爆発が腕全体を包み、熱傷のダメージを負ったにも関わらず、ワムウの動きに一片たりともの無駄と戸惑いは無かった。
 エシディシの『熱』と、ワムウの『風』を組み合わせたサンタナの弾幕「鬼人『メキシコから吹く熱風』」。こんな即席弾幕では、とても敵わない。


「─────本命は“こっち”だ」


 目眩し。サンタナの弾幕の真意がそれだとワムウが気付いた時には、既に鬼の腕が胸に迫っていた。
 低く……予想より遥かに低い位置から、サンタナの囁きが響いた。これも小型化させた事による恩恵か、サンタナは思い切り体全体を屈め……左腕に全妖力・筋力を一点集中に萃めた。
 アッパーカットに近い体勢を作り、狙うは一撃必殺。これを外せば、溜め込んだ左腕以外、肉の防御力0の無防備状態となった本体へと返しの刃が刺さるだろう。
 全身全霊の一撃。目眩しが効いたのか、力と速度の両方を成立させたこの拳にワムウは、回避以外の選択は取れない。
 幾らワムウとは言え、鬼の怪力と熱量を纏った拳に正面から打ち合うのは危険な賭け。どんな猛者であれ、これに対して鍔迫り合いで戦ろうなどという無謀は行わない。

 従ってワムウは、必ず回避───────


(しないッ! コイツは……絶対に避けないッ!)


 サンタナは……その確信を抱いていた。
 ワムウという男なら。彼が本物の武人である筈なら。
 這い上がってきた男の。
 自分に勝ちたいとまで宣言してきた男の、全霊の拳を……

 『躱そう』などと、考えるわけがないッ!

112鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:14:27 ID:FPbo8YSQ0



「───────。」


 その無言を発したのは、サンタナか、ワムウか。
 鬼の力が武人を貫かんとする、刹那の刻。
 空白が、二人を包んだ。


 かつてない心踊る脅威が、戦闘の天才に『禁』を破らせた。





 コォォオオオオオオ…………





 空白を破ったのは、静かなる風の音だった。
 ワムウの双つ腕が、信じ難いほどゆったりとした動作で……前へ伸びた。否、伸びていた。
 時間が止まったような感覚。サンタナの機敏であった筈の攻撃は、まだ炸裂しないでいる。

 『これ』を見るのは、随分と久しぶりだ。
 初めて目撃した時は、臆面もなく身体を震わせた記憶がある。




 そう、だ

 これ、は

 ヤツの、風の

 必殺流法……





   闘  技


     神

        砂

  あ


    ら










「そこまでッ!!」





 空間を裂いて飛び込んだ大音声が轟き。

 嵐が止んだ。

 それと同時に、鬼人の膨張した腕も収縮した。

 半醒した意識がハッとする。いつの間にか、闘う二人の間には二つの影が立っていた。


「───180秒。時間だ、ワムウ」

113鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:16:09 ID:FPbo8YSQ0


 両腕を合わせる事で発揮するワムウの闘技。その腕と腕の僅かな隙間に、妖しく輝く輝彩滑刀が潜り込み、ワムウの動きを上から抑制していた。

「カーズ様……!」

 燃え滾っていた瞳が一気に冷やされ、ワムウの頭が現実へと回帰する。およそ彼らしくない、動揺に振り回された姿だ。


「正直、続きを見ていたかったがなァ。俺らが止めに入ンねぇと、どっちかがくたばってただろうよ」


 暴れ鬼と成ったサンタナの左腕。それに触れる事をせず、全身の肉という肉を身動き取らさずに縛るワイヤー。完璧に動きが停止させられたサンタナが目線だけを寄越して見たそれらは、幾本もの気色の悪い血管。

「エシディシ……様」

 未だ額を伝う冷や汗は、何故に。
 雁字搦めにされて動けずにいるサンタナの脳裏には、安堵という感情が次第に現れ始めた。

 180秒の制限枠。サンタナは、まさに今……設けられたその尺に命を救われたのだと認識した。
 エシディシは今、どちらかがくたばっていたと言ったが……恐らく二人の主が間に飛び込んでこなければ、くたばっていたのは神砂嵐に全身を巻き込まれた自分の方だったろう。
 それを遅れて理解したが故に、サンタナはもう一度恐怖を感じている。



「試合終了! 勝者は……ワムウ!」



 カーズの発した宣言に、サンタナの頭は再び蒼白に彩られる。


「お……お待ちを! カーズ様……!」
「ワムウ。このカーズが判じた結果に不満でも?」

 主の足元に跪き、ワムウが異議を唱えた。カーズは変わらず、冷たい瞳でそれを見つめる。

「我が事ながら……試合前に主自ら言い渡された『禁』を破ったのはこのワムウです」
「だから……この勝敗には『物言い』だと?」
「……恐れながら、私がたとえ一瞬でも気圧されたのは事実にございます。結果、禁じ手の神砂嵐を使用してしまいました」

 カーズが試合前、ワムウへと直接言い渡した項は『神砂嵐の使用禁止令』。これを突如破られたとあっては、相手側のサンタナにしてみれば不意打ちを食らったようなものである。
 誇り高き武人であるワムウは、そこを心痛しているのだろう。だがカーズは、頼れる忠臣の異論を予め予想していたように素早く言葉を返した。

「ウム。だがワムウよ、私はこうも言ったぞ。
 『互いに心し、全力にて語り合え』と。お前はその言葉に違わず、全力で技を放った。サンタナの奴もそうだろう。
 もし神砂嵐を使わずに闘いを終えれば、お前は果たして本当に最高の闘いだったと言い切れるかな? たとえ勝とうが負けようが、だ」
「む……ゥ」

 言い分自体はワムウに理がある様にも思える。だが勝負とは主に心の、信念のぶつかり合い。自身の心に嘘をつけば、その蟠りはこの先ずっと引き摺っていくだろう。古明地こいしと出逢う直前までのワムウと、同じように。
 実際、ワムウはこの試合を清々しい気持ちで終える事が出来ていた。判定の黒星白星などは関係なく、今確かに昂っているこの心境だけは、本物だ。
 となれば、主であり立ち会いをも務めたカーズの出した結論に、これ以上口を挟むのは不毛であり無礼でもある。


「それに元々、私やエシディシはお前が禁を破るなど予想済みであったわ」
「……何と?」


 カーズの冷たい仮面が剥がれ、口の端がニヤリと釣り上がった。見ればエシディシも同じ顔である。

「かの武人がたかだか口約束以下の戯れ言を、律儀に守り通すとも思わん。お前なら必ず、いざとなれば全力を出す。
 そういう男だととうに知っている故の、言ってみれば遊び心よ。許せワムウ。はーーっはっはっはっはァ!!」

 邪人の高らかな笑みが、半壊したホールに響き渡った。

「そうだそうだ笑え! いったん感情を爆発させりゃあ、お前のクソ堅ぇ異議などスッ飛ぶぜ!
 ガーーーッハッハッハッハッハッハァ!!!」

 それに釣られるように、エシディシも大声で笑い始める。カーズの笑い声を上から丸ごと覆い被せるほどに、腹の底から湧き出す豪快な大声であった。

「────フッ」

 ワムウも、一切の邪気なく笑う主二人の姿を暫し唖然と見つめた後、対照的に浅く笑った。
 見抜かれている。我が本質を。そう思ったのだ。
 全くこの御方達には敵わん、という意も込めた微笑である。

114鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:17:18 ID:FPbo8YSQ0



 その三柱をよそに、サンタナだけは動けずに立ち惚ける。
 負けたのだ。自分は間違いなく、敗北した。
 つまり、これより先にサンタナにはチャンスは訪れない。
 自身の存在意義を確固たる域へと留める為の道が、閉ざされてしまったのだ。
 鬼の流法も完全解除され、普段の姿を取り戻したサンタナ。
 彼の旅は、ここで終わりを告げた。


「────さて、気持ち良くひと笑いした所で……『サンタナ』」


 ビクリと、名を呼ばれた事で動揺する。

「先のキサマの……確か『鬼の流法』とか言っていたか」
「………………はっ」
「成程、面白いとは思った。力の集中点に感じた高熱エネルギーは、肉体に流れる筋肉・血液を瞬間的に高速運動させた故の反動か」
「…………」

 そう、なのだろう。
 エシディシは血液そのものを500℃にまで高めることが可能だが、サンタナにその能力はない。
 心臓・内蔵を動かしたり、呼吸をしたりで発生するエネルギー代謝は、熱エネルギーに変換される。その基礎代謝数値の内、意識的に鍛えて数値を上げることが出来る部位は筋肉であり、全体の25%程度を占める。そして代謝によって産み出された熱は、血液によって全身に運ばれる。
 だからサンタナは血液を高速で循環させた。細胞・分子が運動するという事は、熱を発生させる要因ともなる。それにより自身の身体能力を一時的にだが、飛躍的に上昇させ、あのパワーと速度を生むに至った。

 肉体を細胞レベルで操作できる柱の一族の能力と、炎を扱う鬼族の特性も合わさり、後押ししたが故の独自の流法であった。
 恐らくサンタナの最後に放った拳には、相当の熱量が萃まっていただろう。ワムウとて喰らえば、肉が焦げる程度の負傷では済まなかったに違いない。

「それに肉体を肥大化させるのではなく、逆に縮小させるという逆転の発想。
 通常そんな真似をすれば、当然パワーは下降する筈。随分と器用かつ頑丈な筋繊維。何より得体の知れんエネルギーを体得しているようだが……そこに至った経緯は敢えて訊くまい」

 そっと、サンタナは無意識に額を摩った。今はそこに紅い紋様は描かれていない。角も通常通り、短い寸のままだ。

「しかし傍から見ていただけでも短所は見付かるぞ。お前はどうやら肉体の筋肉を一箇所に集中させ攻撃の主とする様だが……例えばその瞬間、そこ以外の箇所に攻撃を受ければ脆く崩れるだろう」
「…………たし、かに」

 エシディシの血管による背後からの拘束が、あっけなく成功した要因はそこだろう。捨て置くべきでない、短所である。

「単なる肉体強化に終わらず、ワムウへと放った弾幕のような放出技も悪くない。
 だがそもそもキサマは圧倒的に『経験不足』。基礎が成り立っておらん故、過剰に膨れ上がった身体能力に、戦闘において必須の判断力がまだまだ足らない」

 またしても見抜かれている。カーズは、サンタナが決死の想いで作り上げた新流法の穴を早くも指摘した。

「己の身体を見てみろ。疲弊し、マトモに動けておらんだろう。自分では気付きにくいだろうが、筋肉が悲鳴を上げているのだ。
 先の鬼の流法……そう連続しては使えんらしい。そこもまた、実戦では使い所に悩む一長一短の流法よ」

 疲弊。言われてサンタナは察した。
 対決に敗北した心的ショックもあるだろうが、先程から身体が動かない理由はそれか。

 理解、してきた。この『鬼の流法』は……


「───まだまだ未成熟。だから私の最終裁定はワムウへと寄せた」


 ガクンと、サンタナの膝が折れた。
 それは決して主へ忠誠を立てる意でなく、全ての希望がへし折られた事に絶望を覚えた男の末路である。

115鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:18:02 ID:FPbo8YSQ0




「そうとも。キサマはまだまだ『半端者』……実戦をどんどん積んで、有用な犬へと進化させるのが主である私の義務だと考える」




 ………………え?



「この試合はキサマの負けではあるが……私は初めからキサマが勝てるとは思わん。あくまで力を見る為の催しだ」


 カーズが、その長髪を靡かせる。
 瞳は、鋭かった。



「分からんか? 『合格』だと言っているのだ」



 ごう、かく…………!


「元々DIOを討つに足りる力量があるか、それを見定める試合だった。お前は確かに、未完成とはいえ『流法』を作り上げた」


 いつしか、『認められたい』という気持ちよりも『勝ちたい』という感情が心の多くを占め始めていた。
 だからかもしれない。敗北を言い渡された瞬間に、全ての気力が抜け落ちていったのも。
 ワムウと闘うに至ったそもそもの目的を、失念してしまっていた。

 酔って、いたのだ。
 そして、酔いたかったのだ。
 勝利の美酒に。
 あの小鬼の一番好きな酒に。
 敗北者のオレに積んでしまった奴めは、今頃はさぞ泣きを見ていることだろう。
 共に盃を交わそうと誘いを掛けられたが……美味い美酒に酔えるのはもう少し先になりそうだ。


「ワムウ。勝者の意向を訊いておこう。……必要はあるまいが」
「私は主と……そしてこのサンタナが望む闘いをしたまでです。異論など、あろう筈も御座いません」

 武に生きる忠臣は、それ以上の言葉を挟まなかった。
 ただ、下げた頭の横からチラリと覗いた頬は、釣り上がっていた様にも見えた。

「エシディシ」
「最初は俺が行くつもりだったがな。気が変わっちまったよ」

 残る男も同意する。結果……闇の一族全員が、現時点で『認めた』という事になる。

 ここに居る、サンタナを。

 最早、悲願とも呼べない。こんな未来は、想像だにしていなかったのだから。
 歓喜……喜ぶ、という表情をサンタナはまだまだ知らない。だがレミリアに初めて認められたあの時よりも、言葉に言い表せない感情が心を支配した。


「と、いうわけだサンタナ。まさか疲弊負傷を言い訳にはせんだろうな」


 泥と化し崩壊しかけていたサンタナの肉体が、活力を得たかの如く再生を始めた。
 ワムウに断たれた右腕も、原型を形成し床に転がっている。接着は容易い。
 波紋を流された訳でもないならば、すぐにも五体満足の身体へと戻れるだろう。疲弊だけは如何ともし難いが、重かった身体は不思議と軽くなっていく。


「───ハイ。行けます」


 その宣誓を、全員がしかと耳に入れた。
 決して主の為ではなく。種の繁栄の為でもなく。
 サンタナ自身が、サンタナ自身の為だけに往く。




「ならば往くのだサンタナ。我々の絶対的な『恐怖』……奴に刻み尽くして来い!」




 カーズの命が、激しく下された。
 サンタナはそれに無言で頷くと、ゆっくりと行動を開始した。





 その光景を天井から見下ろしていた少女は、満足気な顔で微笑むと。
 霧となって、まだ雨の滴る灰色の空へと還って行った。

116鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:20:10 ID:FPbo8YSQ0
【D-3 廃洋館/真昼】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、右腕欠損、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:地下ルートから紅魔館へ赴き、DIOと対決。
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
 ・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
 ・鬼の妖力を取得。この流法時のみ、弾幕攻撃が放てる。
 ・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。


【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版) 、幻想郷に関する本
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:サンタナの報告を待つ間、どうするか。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:奪ったDISCを確認する。
5:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
 またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。
※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。

117鬼人サンタナ VS 武人ワムウ:2018/03/12(月) 17:20:33 ID:FPbo8YSQ0
【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、身体の前面に大きな打撃痕
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
1:サンタナの報告を待つ間、どうするか。
2:空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
3:ジョセフに会って再戦を果たす。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※射命丸文の死体を補食しました。


【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:サンタナの報告を待つ間、どうするか。
2:神々や蓬莱人、妖怪などの幻想郷の存在に興味。
3:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
4:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
※カーズからナズーリンの基本支給品を譲渡されました。
※カーズ、ワムウ、サンタナと情報を共有しました。
※ジョナサン・ジョースター以降の名簿が『ジョジョ』という名を持つ者によって区切られていることに気付きました。
※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。

※廃洋館エントランスホールが半壊しました。

118 ◆qSXL3X4ics:2018/03/12(月) 17:22:04 ID:FPbo8YSQ0
これで「鬼人サンタナ VS 武人ワムウ」の投下を終了します。
ここまで見て下さり、ありがとうございます。
感想や指摘あればお願いします。

119名無しさん:2018/03/12(月) 20:20:04 ID:HMabmfnk0
投下乙です
サンタナvsワムウ!期待の大一番を最高のカタチで読ませてもらった!うおおおおおぉぉアッチー!スピキュール!!
流法『鬼』。まさかの萃香からのリレーで意表を付かれた。サンタナのこれまでの道標を培ってぶつかり、敗けて勝った。読んでてアツく読み終わって清々しい、サンタナの躍進に乾杯だ

120名無しさん:2018/03/13(火) 00:21:18 ID:b6DpphDg0
鳥肌立った……もうすっげえとしか言えない……

121名無しさん:2018/03/14(水) 22:20:04 ID:Qjpyuz6s0
投下乙です
読んでる最中はこれどうやって着地つけるんだと思って読んでましたが鬼の流法とはブラボー!おお、ブラボー!

122名無しさん:2018/03/14(水) 22:41:37 ID:EiEV606Y0
まさしく熱風、名を体現する流法

123名無しさん:2018/03/15(木) 09:47:04 ID:Y0Nqd2xY0
先の対決が楽しみになりまくる展開だなぁ

124名無しさん:2018/03/15(木) 14:41:07 ID:BABLJRFg0
紅魔館にDIOやメリー、向かってるプッチたち、ジョルノ達、サンタナ
第一回放送までの竹林なみにやばい激戦区になりそうだ・・・・・・

125名無しさん:2018/03/15(木) 17:20:50 ID:GcwVYeYs0
紅魔館無くなりそう

126名無しさん:2018/03/15(木) 18:29:12 ID:G5pGgXk.0
大混戦が予想されるな

127 ◆qSXL3X4ics:2018/03/29(木) 06:07:11 ID:llcLGQCg0
聖白蓮、古明地さとり、秦こころ、ジョナサン・ジョースター、ホル・ホース
以上5人予約します。

128 ◆qSXL3X4ics:2018/04/01(日) 15:54:35 ID:SlwR6yLc0
投下します

129黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 15:59:38 ID:SlwR6yLc0
『古明地さとり』
【真昼】B-5 果樹園小屋 跡地


 妹・古明地こいしはどのような心の変遷を経て、第三の眼を閉ざしてしまう非業に陥ったのだろう。
 姉として。家族として。それを考えない日は無かった。
 サトリ妖怪の生を受け、他人から忌み嫌われる宿命とも言うべき業を背負っていた妹は、自らのひ弱な心を守るため、いつしかその眼を静かに閉じた。
 たとえ姉であっても。家族であっても。そして同じ業を背負ったサトリであっても。
 きっと、妹が受けた苦痛は共有できない。こいしがどんなに重く潰れた胸の内を抱いていたとしても、それを真に推し量る事など出来やしない。


 この世には、同じ『痛み』など一つとして無いのだから。







『■……! ■■■■■■……■■■■■、■■■■■■……!』


 痛烈に伝わってくる黒い記号から逃げるように、古明地さとりは文字通り、第三の眼を背けた。その感情は……覗くまでもない。聖白蓮の『哀しみ』だ。


『……■■■■■。■■■■■、■■■■■■。……■■■■■■、■■■■■■』


 眼を背けた先に、もう一人の感情が押し寄せる。秦こころのものであった。
 自分には、彼女たちの心を読む資格などない。資格も無ければ、視覚だって潰したい程だった。出来ることなら。

(もう、要らない……こんな視覚(モノ)が、一体なんの救いになってくれるというの……!)

 幾度、同じ思いをしてきただろう。
 他人の心など覗いたって、ロクなことになりやしない。覗かれた方も、覗いた方も。


 例えば。“あの時”、さとりが寅丸を糾弾しなければ。
 再び正義を歩まんとする彼女の道を遮り、毒吐き、責め立て、必要以上の口撃を加えたりさえしなければ。

 もしかしたら、寅丸星は死ぬ事は無かったのかもしれない。
 もしかしたら、こころを助太刀しに現れたポルナレフという男も殺される事は無かったのかもしれない。
 それを、考えずにはいられない。

 さとりが寅丸の心の内など読んでしまったばかりに、溢れ出る恨み節を塞き止める術は消えた。あの行為さえ無ければ、寅丸は何事においても間に合ったのではないか。そして、宝塔の加護を失う体たらくも犯さずには済んだのではないか。
 さとりが私怨に駆られた語リなど犯したばかりに、誰も彼も殺がれ死ス事になったのではないのか。

(だとしたら、あの場で私のやった事なんて…………)

 無意味、であるだけならどれほど気が楽になれただろう。
 全てが終わり、残った者達の話を聞き終えたさとりに生まれた感情は、後悔であった。


 愛弟子の寅丸に逝かれ、窮地を救ってくれた見ず知らずの男に逝かれ、白蓮もこころも大きく傷ついた。
 白蓮は、泣いていた。嗚咽を鳴らす醜態ほどは見せなかったが、愛する者の死を知り、内から込み上がる雫を抑えきれるほど彼女は薄情ではなく、また逞しくもなかった。
 こころも同じく涙を流していたが、彼女は表情豊かなポーカーフェイス。姥の仮面で顔を隠し、その下では無表情の瞳が玉のような雫を零しているのだろう。

 そんな二人の姿を、さとりは直視出来ずにいる。故に、心の内など見えないし、見ようともしない。

130黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:02:25 ID:SlwR6yLc0
(あなた……『救う』って、言ったじゃないですか。その結果が、これなのですか。
顔も見たくないって、確かに言いましたけど。それにしたって、あんまりじゃない……寅丸さん)

 灰となった寅丸星。彼女の纏っていた、焦げ付いた僧装のみが爛れた地面に転がっている。
 そこに膝を付く白蓮の背中を呆然と眺めながら、さとりはその様な身も蓋もない心情を浮かべる。

 まるで他人事のような。原因の一端は間違いなく自身にあると自覚してなお、寅丸に対し毒のようなモノをそっと吐く。またしても、吐いてしまう。
 何を言おうと、何を決意しようと、寅丸が家族を奪った事実は不変のままだ。さとりの中でその楔が抜けない限り、彼女の死は自分にとって、胸のすく快事とまではいかないにしても、『来るべき仕打ちが訪れた』という物事のひとつでしかないのかもしれない。
 無論、ある種の空虚感はさとりにも存在する。だが結局は、寅丸は地霊殿にとっての『罪人』の一人であり、こうなる事もさとりは心のどこかで望んでいたのだろう。
 罪を償って欲しかったという気持ちと、死を以て裁かれるべきだったという相反する気持ち。その両性が、さとりの内でせめぎ合う。

 だからさとりは、真実思うのだ。
 この醜く腐った心の中を、今だけは誰にも覗かれたくない。
 本当に、他人の心を読む業など……敵しか作らない。
 ここに、自分以外のサトリ妖怪が居なくて本当に良かった、と。

 もしそんな存在が居れば───妹のように、自分も第三の眼を自ら閉ざしていたかもしれない。
 痛みから逃れる為に。敵意に耐え切れなくなった自身の心だけは、守り通す為に。きっと殻に閉じこもっていただろう。
 あるいは、それが最善なのかもしれない。無二の苦しみから目を背けたこいしは、幸福の形を取っていたのかもしれない。ここに居たサトリ妖怪が自分などではなく、妹であったなら……きっとこんな事にはならなかった。


(皮肉以外の何物でもないわね。特に、こんな気持ちは彼女だけには見せるべきじゃないもの)


 目線の先に座り込む聖白蓮を虚ろの眼で見据えながら、さとりは心の鉛毒をしまい込み、誰にも覗かれないようそっと鍵を掛けた。
 “自分のせいでこんな事になったのかもしれない”などという、後ろめたい言葉や真実と一緒に。

 そしてさとりはこの瞬間、出口(こたえ)の無い迷宮に彷徨い込んでしまったのだ。
 家族を奪った寅丸星を人殺しと罵り、悪と断じて蹴落とし、結果的に彼女には『バチ』が当たった。
 寅丸の命は、間接的にさとりが奪った様なものだ。
 一方で、寅丸星と聖白蓮の関係とはどういったものだったか。寅丸の心を覗いた時に視えた『声』は、後暗い感情と共に白蓮への深い愛が垣間見えた。
 さとりは敢えてそれを否定する言葉(ウソ)を寅丸に被せ──本当に間接的にではあったが──彼女と白蓮の間にある絆とも言うべき繋がりを、引き裂いてしまったのではないか。

 寅丸がお空を殺害し、家族を奪った事と同じ様に。
 さとりも寅丸を攻撃した事で、聖白蓮の家族を奪った。
 寅丸の場合は『愛する者を守る』という、身勝手でありながらも彼女なりの名目が存在した。
 自分はどうだ。ただ寅丸が憎い。それだけの理由で、一つの愛を引き千切り壊した。

 どうしようもない、憎しみの堂々巡り。その連鎖が、また一つ悲劇を生んでいく。
 目の前で悲哀に暮れる白蓮も、犠牲者となってしまった。

 一体どうすることが最善であったのか。本当に、端から妹のように心を閉ざしておくべきだったのか。
 答えなど、今となっては知りようもない。
 自らの暴走した感情が引き金となって、貴方の家族は死ぬ事となりました。申し訳ございません。
 こんな真実を、白蓮に伝える事など出来るわけがない。

 だからさとりは真実を心にしまい込み、鍵を掛ける。
 弱い故に。臆病が故に。
 ほんの一言、「ごめんなさい」とだけ。蚊の鳴くような声で、ボソリと漏らし。

 白蓮が、僅かに反応した……様な気がした。
 それを見なかったことにしたさとりは、出口のない迷宮に不都合な真実を押し込み、自らも再び彷徨い始める。


 ──────涙みたいにしょっぱかった雨が、止んだ。


            ◆

131黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:03:36 ID:SlwR6yLc0


「アイツらを追うの?」


 やがて意を決したように、白蓮は立ち上がった。力強さすら感じ取れるその後ろ姿を見て、こころは声を掛ける。
 白蓮とは対照的に、こころの体は弱々しい。その手に抱くは、焼失したポルナレフの唯一残った肉体の欠片。四肢の先端であった。

「…………星がこうなってしまったのも、全ては私の未熟ゆえ。足りなさが招いた、悲劇です」

 呟くその瞳に残る、雫の通った痕だけが痛々しかった。さとりは依然として第三の眼を閉じながら、雨が晴れゆく方角を望む白蓮の横顔を、窺うように視界に入れて言う。

「……今回の件は、貴方のせいではありません。そんなに自分ばかりを、責めないで」

 自分が自分で、よくぞこんな台詞を吐けたものだと嫌になる。こんな事を厚い顔して宣える、我が心中に彷徨う『真実』を……白蓮が知ったらどう思うだろう。
 聖白蓮についてさとりは、よく知っている訳では無い。だが、たまに地霊殿に帰ってくるこいしが、命蓮寺の事をよく話していた。そこには住職である彼女についての人柄も、話題として当然よく挙がる。
 全てを受け入れる寛容と、無際限の優しさ。たぶん、さとりの内に澱む真意を知ったとしても、彼女は宇宙のように広いその心で受け入れてくれるんじゃないかと。
 さとりはふと、身勝手な期待を抱くのだった。
 そして、己の罪を認めるという恐ろしさ故に言葉には出さず、抱くに留めた。


「……プッチ神父と静葉さんは、確認した限りでは北東の方角へ飛んで行ったようです。あの飛行石が自由な操作の利く代物でなければ、私の脚なら追い付けない事もないかと思います」


 背の高い魔法の森の木々に阻まれ、今や追跡不能だと思われていた神父と秋の神。白蓮はこの様な結末を迎えながら尚、彼らの逃亡先をしっかりと刻んでいたらしい。
 彼女の決起とした瞳に潜むのは、敵意・憎しみの類か。それとも、自責の念か。その動力が自己犠牲の精神から成る物であれば、このまま彼女を向かわせるのはあまりにも。

「一人で行くの? そんなの、危なすぎる」
「さとりさんは見ての通り、長距離を歩ける身体ではありません。ジョースターさんも意識不明……私が行くしか、ない」

 心配するこころをそっと宥め、白蓮は固く意思を決める。今なおさとりの肉体──主に腹部に起こる謎の現象。そして突如現れたスタンドに円盤を奪われ、肉体が停止したジョナサン。楽観的に見ても、とても全員でパーティを組める状態ではない。
 白蓮の提案は、彼女単騎による神父らの追跡。可能ならばそのまま攻撃し、ジョナサンのDISCを奪い返すというもの。

「状況から言って、件の……『スタンド』でしたか。さとりさんの目撃した白い人型像の本体は、プッチ神父でしょう。ならば彼がジョースターさんの円盤を所持している筈」

 先の戦闘。白蓮こそが圧倒的優位に見えていた裏ではその実、全てがプッチの掌の上であった。手玉に取られていたのは、スタンドなる切り札を知らずに勝った気でいた自分の方。
 少なくとも、プッチを完封した時点で拘束などに留めず、完全無力化……念を押すなら、殺害していたならば被害の拡大は防げただろう。


───『もし君が己の『正義』を謳うなら……すぐにでも私を殺した方がいいという事さ。私はいつだって覚悟をしてきた。君の甘ったるい似非正義よりかは、堅い覚悟である筈だ』


 神父の語った言葉が、今になって染み渡る。彼はただ単に時間稼ぎで悠長な会話をしていたのではなく、白蓮の本質をある程度見抜いていた。
 不殺の信念。殺さずの道徳。人として当たり前の、戒律以前の倫理観が……時と場合によっては『正しくない』。不殺もまた、人を殺すのだと。
 確固たる目的を持って、正しい力を揮う。寅丸にも語ったその行いが、幾多もの悲劇を生んだ。

(私の中の『正義』は……間違っていたのでしょうか)

 いつになくひ弱で、自信を失いかける白蓮。そんな自分にも、出来ることはまだある。山のように、残っている。
 助けられる命がある。救える者が、今度こそ手の届く範囲に眠っている。

132黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:05:48 ID:SlwR6yLc0

 勇気ある若者スピードワゴンは死の間際、聖白蓮の瞳を仰ぎながらこう評した。

───『アンタの瞳には…ジョースターさんと、同じものを見たんだ』

───『どんな困難にも屈せず、真っ直ぐに信念を貫き通す……“黄金の精神”って奴を、よ』


 真っ直ぐに信念を貫き通す。今の己にそれが出来ているだろうか。


(……私は私自身に問う。私の掲げる『信念』とは、『正義』の中にこそ在り)


 目的を決して見失うな。
 スピードワゴンの尊敬したジョナサン・ジョースターの命を散らせるな。
 黄金の精神。彼の語るそれこそが、きっと……この腐りゆく血生臭い世界に射し込む、一条の光。


「ジョースターさんは、まだ助けられます。私が必ず何とかしますので、お二人は此処で待っていてください。……すぐに戻ります」
「私も───っ」
「動けないジョースターさんとさとりさんを、残していくわけには行きません。ご理解の程、お願いします」

 こころにも思う所があったのだろう。白蓮との共闘を申し出ようとするも、すぐに却下された。無表情の口が噤むも、その理由など単純にして明快だ。
 それに白蓮という女は、これで相当に手練だ。人間的な甘さを除外すれば、肉体的な戦力はこころ一人の枠が空いた所で問題にもならない。機動力という点から見ても、単独の方が尾行には適している。

 よって、聖白蓮の単独行動を止められる術はない。


「星と、ポルナレフさんの弔いをお願いします」
「待ってください。白蓮さん、これを持って行ってください。……本来は貴方の物、ですよね?」


 さとりがデイパックの中から取り出した物は、一見すればただの巻物。説明メモによる所の『魔人経巻』と謂われるそれは、ただでさえ高位の魔法使いである聖白蓮の法力を万全100%の力まで引き出す代物である。

「これは……私の魔人経巻……! 貴方が持っていたのですか」
「どうやら私の支給品のようです。……ずっと、ジョースターさんが預かっていてくれました」

 死んだように横たわる巨躯。彼の大きな肩に、さとりはそっと手を当てた。
 思えばゲームの開幕、あの悪魔から致命傷を与えられて以来、ロクに荷物を確認する暇もなかった。大恩人である虹村億泰、ジョナサンらがデイパックを持っていてくれなければ、この魔人経巻とやらも白蓮へ渡ることもなかったろう。
 その恩人である二人へと、感謝を示すことすら今は出来ない。少なくともジョナサンへと礼を告げる手段は、白蓮があの円盤をその手に取り戻す以外に無さそうだ。

「私は……このジョースターさんには大きな借りがあります。人任せとなってしまいますが……どうか、無事に戻ってきてください」

 全ては白蓮次第。加勢の難しいさとりには、こうして頭を下げ、頼ることしか出来なかった。

「ありがとう、さとりさん。それでは、行って参ります。
……一刻経って私が戻らなければ、ここから離れて安全な場所へ向かってください」

 戻らなければ。つまりは、神父らの追跡をしくじり、返り討ちにあってしまった場合を言っているのだろう。
 想定しておくべき事態なのは理解している。それでも、危険な役目を彼女一人に任せておく事が今のさとりにとっては心苦しかった。こころに至っては、なまじ戦える余力の残っている分、尚更だろう。

133黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:07:45 ID:SlwR6yLc0

 これまでにないような、意志の強さと不安定さが同居した……そんな瞳を目的へと向ける白蓮。
 彼女が走り駆け───しかし、ふとその足をピタリと止め、背中越しに喋る。


「───星からは、全てを訊きました。……懺悔や謝罪などで赦される過ちだとは到底思いません。彼女の暴走の源には、私という存在が在ったからこそ」


 脈絡もない言葉が、白蓮の口から紡がれた。さとりはそれが、彼女の家族に対してやった寅丸の行為を示しているのだと、すぐに分かった。


「この罪は、星と共に生涯をかけた償いで以て……そう考えていましたが、今となってはそれすらも。こんな事を言える立場でない事は承知ですが……本当に、無念の極みです」


 お空に関してのあれこれを、白蓮へとぶつけるのはお門違いなのかもしれない。しかし、根本的な部分で……やはりさとり自身の感情は、寅丸と密接な関係にある聖白蓮を潔白として見るには無理があった。

 本当の所は、彼女に対して善い感情を抱くのも難しかった。
 けれども私怨のあまり、さとりが寅丸にやってしまった“かもしれない”行いを考えれば、自分に誰かを責め立てる権利など無いという事も、むず痒い程に自覚できる。


「今この場で私の口から言える事は二つ、御座います。
 空さんの件……誠に、申し訳ございませんでした」


 長く麗しいグラデーションの髪を翻し、白蓮は振り返った。
 深く頭を下げる動作には、一切の見苦しさも、露ほどの体裁振りも見掛けない。張り裂けそうなぐらいに心を痛めているのはさとりだけではない事が、痛いほどによく分かる。


「そしてもう一つ。……星に降り掛かった不幸については、決して貴方のせいではありません。貴方は……何も悪くなど、ないの」


 心臓が、痛んだ。
 見抜かれて、いたのだ。彼女はさとりが内に隠した『罪』を察していた。
 さとりと寅丸の間に発生した確執は白蓮にも予想できる所ではあるが、それが原因で起こった悲劇について、さとりは話していない。話せるわけがなかった。
 相手の気持ちを汲む。固く閉ざした心を強引に覗くのでなく、幾年もの年月を掛けて培ってきた豊富な徳と裁量で、罪人の心を抱き包むように『悟る』。
 白蓮が極自然に成した事は、サトリ妖怪のさとりにとって……生涯をかけてでも辿り着けない非凡な境地。対極の位置にある『慈愛の眼』だった。

 ガン、と。胸を杭で打たれたような衝撃が全身に走る。そして同時に、震える息が喉からゆっくりと吐き出された。

 安堵、なのだろうか。
 罪を赦すという行為。それは古明地さとりが寅丸星に対し、決して認めようとはしなかった似非正義。断固として肯定を避けた、やってはいけない行為とまで断じた行い。

 それを今、白蓮本人の口から今度はさとりに対して。

 “家族を奪った罪”という許されざる非道。それへの咎どころか、逆に気遣われるという仏心に、得も言われぬ動揺にさとりが意識を奪われていると。


───気付けば白蓮の姿は、既にそこから消えていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【B-5 果樹園小屋 跡地/真昼】

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、濡れている
[装備]:独鈷(11/12)@東方心綺楼、魔人経巻@東方星蓮船
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:プッチらを追い、ジョナサンのDISCを取り返す。
2:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
3:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。
※スタンドの概念を少しだけ知りました。


〇支給品説明
『魔人経巻@東方星蓮船』
聖白蓮が魔界封印時代、暇だったから作り上げた武装。巻物であるが、紙媒体ではなく純粋に呪文が巻物になっている。
紙でないので劣化や重量は存在しなく、また振りかざしただけで唱えた事になる『オート読経モード』も搭載されている。

134黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:08:55 ID:SlwR6yLc0
『ホル・ホース』
【午後】B-5 魔法の森


 射命丸文とジャイロ・ツェペリの両名と別れ、長らくぶりに単身となったホル・ホース。彼は長く浸かった暗殺稼業のおかげか、思考のスイッチを完全に切り替えることが出来ていた。
 文との関係はあれで完全に『オシマイ』。自分がやれる事なら必要以上に世話をしてやったつもりだし、彼女が『ゼロ』への道を歩き出すとしたなら、相方は自分ではない。冷たい言い方だが、文が今後どこかで野垂れ死ぬ事があっても、それはここから先自分には関係ない。
 世界中に女がいる事を自慢げに言う彼だが、基本的には昔の女を引き摺ったり焦がれたりするのは信条に反する。まだまだ精神の不安定な文との関係をすっぱり断ち切ったのも、引き摺ることを良しとしないからだ。
 だからこそ、今の彼は単独という現状の危うさを完璧に理解しているし、スイッチの切り替えが重要だという人生教訓も肌に染みていた。


(あの黒煙は……どこぞのアホが昼メシにサンマでも焼いてるんじゃなけりゃあ火事の煙か。戦闘のあった証拠だが……)


 既に『皇帝』は抜いている。辺りに漂う焼け焦げ臭も、先程まで降っていた雨によって半分程掻き消されているが、嗅覚を不能とする程度の機能は果たしている。地面に向けて広く落ち行く白い斑の塊が、視界の乱雑さを増していく。
 現場をこっそり窺うにはおあつらえ向きの環境だ。どちみち、臆病風に吹かれてここをスルーするという選択肢は自らの道も狭めることになる。


 ホル・ホースにとっては昔の女。いや、見た目も精神性も青臭いガキだったのだから、女の基準にすら達していない。
 その幽谷響子の生意気な意志を蔑ろにするなどという生き方も、本来の彼にしてみればアリなのかもしれない。
 だが、その路を歩くにはどうにも癪に障る。
 ただそれだけ。ホル・ホースが黒煙の立ち昇る現場に向かおうとする理由など、それだけだった。

 聖白蓮に会って仁義を貫き通すまでは、庇われた少女との関係は終わってなどいないのだから。


            ◆

 持ち前の警戒心を最大限発揮しながら火事の現場に近付けたホル・ホースは軽くギョッとした。地図にある通りの果樹園小屋が燃え盛っているのは予想していたが、炎の様子が少しおかしいのだ。
 殆ど消火し切ってはいたが、炎の色が墨の如く黒かった。墨色の炭と化していく普通でない光景を作り上げた下手人も、きっと普通でないのだろうな。ホル・ホースは草葉の陰から遠目に観察し、そんな感想を抱く。
 何となくだがあの黒い焔に近付くのはヤバい気がする。自然発生的に生まれた火災ではないだろうから、人為的な火事だろうか。スタンド使いであれば、それも可能かもしれない。
 ホル・ホースは『炎』が苦手である。大抵の生物は本能的に火を嫌うのだろうが、能力の相性の話だ。以前の相方J・ガイルと共にかのジョースター一行を始末しに向かった時だって、真っ先に危険視したのは炎を扱うアヴドゥルだった。
 そもそも炎を操る能力が強くない訳もなく、たとえスタンド使いだろうが妖怪の類だろうが、相性の良し悪し関係無く、そんな化け物と遭遇すればホル・ホースは一目散に退散する。No.2に収まることを義務付けられた彼にとって、持ち上げるべきNo.1の人材が不在である現状は恐ろしく不安でしかない。

(何処だ……? 『これ』をやった奴ァ。やられた奴でもいい、とにかく情報が欲しいな……)

 火災の進行状況を見る限り、それなりに時間は経っている。ドンパチやってるような音も聞こえなかった。既に『終わった後』だろう。
 戦力が不十分である今、ホル・ホースの希望としては『やられた側』に接触をしたい所ではある。最悪、死体でも構わない。その死体が目的人物の聖白蓮、または寅丸星で無ければ、取り敢えずは今後に然程の悪影響は無いのだ。

135黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:11:21 ID:SlwR6yLc0

 ふと、視界の奥で何かが動いた。全焼を遂げた小屋周辺ではなく、もっと奥の林に差し掛かる場所だ。
 銃達者が悪視力では話にならない。熟練の狙撃手である彼は、この距離・天候の中でも遠くに居る人物の大まかなシルエットが確認できた。

「女……しかもまーたガキんちょか。二人いるみてーだが」

 背格好からして少女だ。とはいえ油断は出来ない。ホル・ホースがこれまで出会った少女は殆ど全員妖怪だ。男の妖怪ってのはいねーモンなのかと、どうでもいい疑問がさっさと頭を掠め、別段野郎なんぞ見たいわけでもねーと思考を捨てた。
 とまで思った所で、少女二人の傍らに何か人体が倒れている様も発見した。今度は間違いなく男性の体つき。しかし動かない所を見ると、お昼寝に勤しんでいるなどという妄想で無ければ既にくたばっているのだろうか。

 少し、きな臭くなってきた。あの男が死体であるなら、ここの襲撃者はまさにあの少女二人だという可能性は無視出来ない。
 とはいえ、ここまで来て回れ右する訳にもいかない。とにかく、近付いて様子を見なければ情報収集もままならない。余計な警戒心を与えないよう、握っていた皇帝は一旦消し、けれどもすぐに再発動できる心構えは怠らない。

 ゆっくりと足を運び……次第に彼女らの姿が鮮明になっていくにつれ、ホル・ホースは少女達の様子が敵意や殺意に塗れた異端者でなく、何らかの争いごとに巻き込まれた故の疲労や喪失感をやんわり感じ取れた。

 生気が見られない。
 余程の消耗か、ダメージを受けたかだ。
 意を決して、男はなるだけいつもの調子を演出しながら前に出る……


「近付かないで。……誰、です?」


 ───寸前で、紫髪の方の少女に止められた。


「……悪かったよ。別に驚かそうとして抜き足差し足だったワケじゃねえ」

 両手を軽く上げながら、自分に敵意が無いことを伝える。背中に目でも付いてるのか、ホル・ホースの忍び足を容易く察した少女が振り返った。

「貴方に明確な目的が無いのなら、ここから立ち去って下さい。今は、あまり人と話す気分ではないの」

 何とまあ、その少女には背中に目が付いていた。正確には、浮遊する眼球らしき物体がコードに繋がって、睨み付けるような視線を自分に向けている。
 随分と排他的な第一次接近遭遇を受けてしまった失態よりまず、少女の腹部に目が行ってしまう。
 どう見ても妊婦で、どう見ても第二次性徴期が始まったかどうかという年齢に見える。妖怪の性にまつわるアレやコレの知識など皆目知らないホル・ホースなので、取り敢えず『こういう妖怪』なのだと適当な解釈をして、その件は置いておくことにした。

 次に、こちらの方がかなり重要な問題な気がする。


「そうかい。じゃあ、一つだけ。
 お前さん……『妹』とか居なかったかい?」


 クワ、と。妊婦の方の少女の目が一気に見開かれた。
 当たりだ。彼女が纏う『目』のような物体に見覚えがあった。容姿や服装にも面影がある。


 廃洋館で骸を晒していた『古明地こいし』。目の前の少女は、こいしの姉だ。お燐からもその存在は既に聞いていた。


「貴方……こいしを知っているの!?」
「知ってるって程じゃねえ。ただ……ほんの少し『縁』はあった。お燐からもアンタの事は聞いている」


 人脈は、やはり作っておくべきだ。各地で女を作ってきた遊び人である彼も、ただ欲のままに女遊びに勤しんできた訳ではない。地道に拡げたコネクションが思わぬ場面で窮地を救うという事を、その人生で学んできたからだ。
 お燐と友好関係を築いていたのがここに来て効いてきた。これは情報を引きずり出すチャンスだと、心の中でガッツポーズをしながら会話を繋いでいこうとするも……

「そう、でしたか…………分かりました。ならば、少しだけこちらに近付いてもらえますか? 勿論、手は上げたままです」

 少女の方から、少し得体の知れない要望が飛び込んできた。わざわざこちらから近付かなければならない理由が、悪い意味でしか浮かばない。しかも手を上げてときた。

「……そりゃまた一体、何故?」
「危害は加えません。あとほんの一、二メートル程度で構わないわ」
「さとり。このおじさん、大丈夫なの……?」

 もう一方の、何故か仮面を頭に被せた少女が不安げに訊ねる。大丈夫なの?は完全にこちらの台詞なのだが、いざとなれば皇帝で牽制すればさしたる問題も無い。
 ホル・ホースは大人しく、少女の言う通りに手を上げながらゆっくりと歩を進めた。

136黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:12:00 ID:SlwR6yLc0

「そこで結構です」
「そうかい。で、オレはこの後どうすりゃいい?」
「質問します。こいしとの縁、というのは?」
「……北東にある寂れた洋館。オレはそこでお燐の嬢ちゃんと一緒に、妹さんの亡骸を見付けた。遺体は、今は嬢ちゃんが運んでいる」

 記憶から鮮明に浮かぶ古明地こいしの遺体は、酷い暴力を振るわれたようにズタボロだった。物理的に痛々しい傷と腫れを帯びた身体は、見るも無残といった成れ果てであり、それを姉である目の前の少女に伝えるというのは何とも憚られる。
 と、肉親に起こった悲劇を、いかにマイルドな表現で彼女へ報告するか悩むホル・ホースを余所に、少女の様子が一変した。


「……ご、めん……なさ、……っ」


 唐突に俯き、悲嘆に暮れた湿り声を絞り出し始める。しまった……!と、ホル・ホースは己の迂闊な手順を悔やんだ。
 こいしの名前が呼ばれた放送を終えたこのタイミングで、妹の話題をいきなり切り出したのは如何にもデリカシーに欠けていた。荒野のナイスガイが聞いて呆れると、この空気をどうフォローしようか焦りだすホル・ホース。

「…………いえ、本当、に……大丈夫です、から」
「いや、大丈夫っつってもオメーさん……オレが悪かったぜ。すまねえ、無理もねえ話だ」
「違うの……ちょっと『覗いて』みただけ、だから」
「覗く?」
「……とにかく、お燐──ウチの者がお世話になったようですね。礼を言います」

 少し不自然の混じった会話の流れを露骨に切られ、少女は小さな体格をぺこりと折り曲げて謝意を示した。膨らんだ腹部のせいで、どうにもやり辛そうではあったが。

「申し遅れました。私は古明地さとりです。こちらは秦こころ」
「ん……こころ、です」

 さとりと名乗った少女にはどこか気品さと礼節さが備えられているようで、教養というものを感じられる。一方でこころという少女の方は、辿々しい。内気な性格なのか、小さく頭を下げただけでそれ以上の自己紹介を続ける気はなさそうだ。

 出会い頭の何とも言えない空気感は喉奥に引っかかった小骨のような違和感はあったが、少女二人に危険性は無い。そう判断したホル・ホースは、自己紹介を適当に終えると、早速本題に移ってゆく。

「ここで何があった? そっちで転がってる兄ちゃんは死んでンのかい?」
「そうですね……色々な事が一度に起きましたが、まず彼は、恐らく死んではいません」
「微妙な言い方だな」
「実際、微妙なのです。既に心臓は動いておらず、死んだも同然の肉体なのですから」
「……そりゃあ確かに不可解だ。それで『死んではいない』と言うのも奇妙な表現だからな」
「仮死状態。そう仮称するのが最も適切な表現でしょうか。彼は……ジョースターさんは、肉体の活動が停止しているようです」
「へぇー…………ん?」

 正直、どこぞの見知らぬ誰々さんが死にかけですと言われて慌てふためる同情心などホル・ホースには無い。
 しかしそこで死にかけの男が、どこぞの見知らぬ誰々さんという訳ではない情報が今サラッと流された事については、流石にスルーできない。

「ジョースターだって? そいつが? ……マジ?」
「知り合い…………という訳ではなさそうですが、どうやら奇妙な縁をお持ちのようですね」
「ん、ま、まあな。オレの知り合いにも同じ『ジョースター姓』が居るもんで、ついな」

 不意打ちで思わず取り乱しかけたが、確かにそこで寝ている体格の良い大男は、一応は宿敵のジョースター共と似たツラをしている。
 ついでにこのさとりなる少女、さっきから妙に視線が熱い。横に構えた謎の単眼球の存在が鬱陶しいというか、心の中まで視られてるんじゃないかという不安に駆られるのだ。寝る時もいつも一緒のクマちゃん人形みたいな相棒なのかもしれないが、不気味なので出来れば仕舞ってほしいものだが。

「……そうですか。では仕舞っておきましょう」

 仕舞われた。何も言ってないのに。
 何となく、ホル・ホースの中にこの少女へのある疑惑が芽生え始めた。確かDIOの執事をやっていた男が似た能力を持っているとか聞いたが……嫌な予感がするのでそんな疑いは無かったことにし、とっとと話を進めることにした。

137黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:13:43 ID:SlwR6yLc0


 掻い摘んだ話では、予想通りこの場所はつい先程、炎を操る怪物に襲撃され、そのどさくさを狙うように同行していた神父が牙を剥き、ゲームに乗っていた少女までも連鎖的に仲間を殺害し、まんまとそのまま逃亡したようだ。
 そして現在、奴らに奪われたジョースターの『円盤』を取り戻しに、生き残った仲間が単独敵を追跡し、彼女ら二人はお留守番していると。

 なるほど。やはりこのゲームは怖いくらいに滞りなく、各所で円滑に進行していた。こんな有様で尚、ゲームの破壊を本気で目論む正義の輩がいるのだというのだから恐れ入る。
 聞けば敵を単独で追って行った彼女達の仲間も、ゲーム破壊を謳う義勇任侠の女性だったらしい。全く、お熱い事だ。悪を叩き弱者を救わんと走る執念を自己保身の為に使っておけば、損する事も少ないだろうに。
 どうやら余程の正義の味方らしい、その勇気ある女性というのも。どこぞのジョーなんたら一行と何ら変わらない。きっと長生きできるタイプでは無いのだろうから、もし美人であれば、志半ばでくたばる前に一目拝んでみたいものだ。



「───概ね、そのような状況です。白蓮さんもあれで相当力のある住職らしいので、簡単にやられる事はないとは思いますが」
「へぇー…………ん?」



 ここでやっとさとりの口から、その勇気ある正義の女性の名前が飛び出した。
 他人事ゆえに、なんとも適当に身を案じていたホル・ホースの思考が固まり、次に彼は驚愕と共に大声を出した。


「びゃ、白蓮〜〜〜ッ!? お、お前さん今……白蓮っつったのか!?」
「え、えぇ……聖白蓮です。彼女とも知り合いでしたか?」


 ついに。ついに辿り着いた。
 思えば長かったような短かったような。出会いの山彦妖怪から始まり、寅丸星の襲撃、そこからお燐や射命丸文とも出会い、大統領閣下とのいざこざを経て、三つ巴の決闘まで交え、一先ずは射命丸への筋を通し終え、本来のルートに戻ってきた。
 その矢先、早速である。早い段階でジャイロとも会うことが出来たし、まさしくトントン拍子だ。


 ───当初の目的『聖白蓮』。ようやく、此処までだ。


「そ、そいつだ! オレはその住職サマを探し回ってたんだ! ど、どっちへ向かった!?」


 打って変わった怒涛の勢いに押されながらさとりは、少し引き気味に白蓮の向かった方角を指差した。

「あ、あなたも追うのですか? 彼女がここを発ってから結構時間も経っていますが……」
「その白蓮にオレは大事な用件があんだ! すぐに追わねえと追い付けなくなっちまう!」

 目的の人物はすぐそこに居る。こうしちゃいられないと、ホル・ホースは地図とコンパスを確認し、白蓮の向かった方角を再確認。すぐさま出立の準備を終えた。

「アンタら、ありがとよ! 色々辛ぇ事もあるだろうが、少なくとも身内のお燐はまだ生きてんだ。美丈夫でエラソーな男と一緒にジョースター邸の方角に向かってったから、後で会いに行ってやりな!」
「……えぇ、勿論。貴方も、やるべき事があるのですね」
「あるとも。……───



 ───聖白蓮に、弟子の寅丸と響子の事を伝えにゃあ、後味が悪ィからよ!」



 ようやく、此処まで。
 此処まで、来れたのだ。
 自分を救った、青っチョロいガキの無念。
 ただそれを晴らす為だけに。仁義を通す為だけに。

 ようやく、来れたというのに。


 『その名前』がここにきて飛び出したのは、あまりにも今更で。
 どうして希望を持たせるような事を言っておきながら。
 どうして後から絶望の淵に叩き落とす真似を好むのか。

 残酷な、真実という奴は。


 その少女の名前がホル・ホースの口から転がり落ちた瞬間、さとりとこころは言葉に詰まった。
 何か大切な使命を成さんとする男のこれからを、へし折るようで……他にも色んな感情が綯い交ぜになって、とても嫌な気分だ。
 けれども、真実を告げないわけにはいかない。





「………………寅丸星は、死にました」





 どうして、憎い女の名前なんかをこうも発さなければならないのか。
 さとりは、こんな役回りを遺してくれたあの女に嫌気が差した。死んでまで、人の心を掻き回してくれる女だ。本当に、嫌な女。



「………………なんだって?」



 既に駆け出す足を北東の方角に突き出し掛けていたホル・ホースが、時間でも止められたように硬直し、向き直りながら小さく呟いた。

138黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:14:19 ID:SlwR6yLc0


「先程起こった事件で、寅丸星と……そしてこころさんを救ったポルナレフさんは死にました。私達は、二人の弔いの最中だったのです」


 膝を付いたさとりが、地面の『灰』のような粉末をサラサラと掬い上げ、ホル・ホースに見せ付けた。その『灰』は何の───『誰』の灰なのかと。ホル・ホースにそれを尋ねる余裕は掻き消えていた。
 よく見れば、隣のこころは先程から『何か』を隠すようにしてギュッと胸に抱いている。今まで気付かなかった方がおかしいと言えるが、両腕の隙間から見えたそれは、人の『部位』だ。


「ポルナレフ……だと」
「そちらの男性とも知り合いだったのですか。……本当に、人の『縁』というモノは奇妙で皮肉、ですね」


 仕舞っていた第三の眼をもう一度取り出したさとりは、己の性に従うように再びホル・ホースの心を覗いた。
 さとり自身は──もっと言えばこころの方も、ポルナレフという男については全く詳しくない。しかしこのホル・ホースにとっては、男との関係がただならぬ因縁にあったようである。


「ここにある『灰』は、寅丸星とポルナレフさんの物です。私達が、掻き集めてきました」


「…………………………そうかい」


 男は長い沈黙を経て、それだけを吐いた。
 くたびれたカウボーイハットの縁をチョイと摘み、目元を隠して俯く。


 再び訪れた沈黙の中を、しんしんと降り続ける深雪だけが刻の流れに沿って走っていた。ハットに斑に積もった雪はまるで、沈みゆく心を隠す綿帽子。
 折角掻き集めた灰も、すぐに雪の中に埋もれるだろう。どうしてあんな独りよがりの女なんかをこの手で弔わなければならないのか。さとりは今になって、そんな身も蓋もない事を考える。


「少し、ノンビリしすぎちまったようだ」


 死んじまったか。聞き取れるか取れないかの呟き声でそう漏らしたホル・ホースは、白い息を吐き散らしながら顔をゆっくりあげた。

 揺らぎながらも、仁義を忘れぬ男の表情は残されている。
 そんな彼を見上げながら、さとりは理不尽な罪悪感に蝕まれ始め……すぐにもその気持ちから目を背けた。

 寅丸星の死が、こんな所でも影響を及ぼしてしまったからだった。
 自分の撒き散らした、吐いて当然の毒。正当なる毒が寅丸の精神を予想以上に蝕み、彼女の心に再び宿った筈の正義の威光を貪ってしまった。
 結果寅丸は死に、本物の正義感を背負って参上したポルナレフも救えず、白蓮は単騎で奴らを追ってしまい、このホル・ホースから何らかの使命のようなものまで奪ってしまった。
 ひとえに、己がサトリだからか。その性がここまでの悪質な因果を産み、今また目の前の男の選択肢を決定させてしまった。


「重要な情報、助かった。すまねえな」
「……行くのですか?」
「まあな。意味は殆ど無くなっちまったが、それでも伝えなきゃならん事はある」
「そうです、か。……ご無事を、お祈りしております」


 最後の会話も、淡白なものだった。
 白蓮を追うという行為は、そのままあの神父達を追う事にも繋がる。
 それは誰が考えても分かるような、明らかな危険行為だ。それでも彼が白蓮に会おうとする理由など、今のさとりには理解が難しい。
 かつては地上の人妖から忌み嫌われ、何もかもから目を逸らして逃げ出し、地底まで引き篭もった経緯を持つ、彼女には。



 そうして男は振り返ることなく、また走り去って行った。それを見送るさとりとこころには、彼を手伝う事すら出来ずにいる。

139黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:14:59 ID:SlwR6yLc0


「私は」
「……こころさん?」
「私は、まだまだ感情が分からない。心は、理解するのがとても難しい」
「……そう、ですね。本当に……そう思います」

 こころは、もうずっとポルナレフの遺体とも呼べないような部分をじっと抱いている。彼女なりに、思う所はあったのかもしれない。表情の読めない娘だから、普通の人にはその心を読み取るのは至難だ。
 さとりは、それでもこころの心が読み取れる。彼女本来の表情ともいえる内なる殻を、覗く事によって。

「あの箒頭……ポルナレフの感情が失われた時、悔しかった。とても怖かった」

 こころは長いこと、仮面を変えようとしていない。66の仮面を持つと言うことは、その数だけの表情を引き出すことが出来るのが秦こころという付喪神だ。
 感情が破壊された怪物・藤原妹紅。そんな化け物を目の前にして、更には見知らぬヒーローまでも目の前で焼き尽くされて。
 それはこころにとって、後遺症のような傷を刻み付けたのかもしれない。妹紅は、こころの心に現れたトラウマそのものの怪物だ。

「貴方、『心』が読めるんだっけ」
「……サトリとは、そういう妖怪ですから」
「そ。私の『心』は、じゃあどんな顔してる?」

 遺体を抱えながらも、片手で懸命に口の端を持ち上げるこころを見て、さとりは薄く微笑んだ。
 プルプルと刻むその細長い指を伝わり、頬も一緒に震わせるこころは見ていてとても痛々しい。それでも無邪気に、屈託のない『笑顔』を作る仮面の少女は……どこか、妹に重なる部分もある。

 強がりを表現しようと。刻まれたトラウマを笑顔で上塗りしようと。
 健気に頑張ろうとするこころの心を、第三の眼でじっと見つめると。
 『仮面の下』に広がる、本当の表情が視えてくる。


 そこにはやっぱり、眼を覆いたくなるほどの、死を恐怖する暗い感情が視界一杯に広がっていて。
 その暗澹とした黒煙が、彼女本来の表情すらも覆い隠す。



「笑えてますよ。とても、綺麗な顔で」



 さとりはそれでも、今の自分に出来る精一杯の優しさで嘘を吐いてあげた。


「そっかあ。……良かった」


 無表情で安心するこころの純粋な姿を見て、まるで二人目の妹でも出来たみたいだと。
 次第に、心の底から少女を羨む気持ちが芽生えてくる。
 古明地さとりは、いつしか自身の心に生まれた傷(トラウマ)を癒そうとするのだった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

140黄昏れ、フロンティアへ……:2018/04/01(日) 16:15:45 ID:SlwR6yLc0
【B-5 果樹園小屋 跡地/午後】

【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、栄養失調、体力消費(中)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品(ポルナレフの物)、御柱@東方風神録、十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:ここで白蓮を待つ。
2:ジョースター邸にお燐が居る……?
3:ジョナサンを助けてあげたい。
4:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
※落ちていたポルナレフの荷を拾いました。


【秦こころ@東方心綺楼】
[状態]恐慌、体力消耗(中)、霊力消費(中)、右足切断(治療中)
[装備]様々な仮面
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
2:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
3:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:精神(スタンド)DISCの喪失、意識不明、背と足への火傷
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:意識不明。
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。
※盗られた精神DISCは、6部原作におけるスタンドDISCとほぼ同じ物であり、肉体的に生きているでも死んでいるでもない状態です。


【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(幽谷響子)、幻想少女のお着替えセット@東方project書籍
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:響子の望み通り白蓮を追って謝る。
2:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
3:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
4:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。

141 ◆qSXL3X4ics:2018/04/01(日) 16:17:20 ID:SlwR6yLc0
これで「黄昏れ、フロンティアへ……」の投下を終了します。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
指摘や感想などあれば、お願いします。

142名無しさん:2018/04/01(日) 16:56:21 ID:40x5EUkI0
投下乙!!
前作の(文字通り)燃え盛るバトルから一転、それぞれのキャラクターに描かれる艱難な人間模様が実に寂寥を感じさせる一幕でした。オモシロカタ……

143 ◆qSXL3X4ics:2018/04/08(日) 00:46:35 ID:7BZyaOzY0
DIO、ディエゴ・ブランドー、霍青娥、エンリコ・プッチ、秋静葉、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、ジョルノ・ジョバァーナ、八雲紫、鈴仙・優曇華院・イナバ、聖白蓮
以上11名予約します

144名無しさん:2018/04/08(日) 19:23:01 ID:ewSNlIkc0
因縁が太すぎる…!

145名無しさん:2018/04/08(日) 19:24:26 ID:s2kek/ik0
嵐の予感しかしないッ!

146名無しさん:2018/04/08(日) 19:25:09 ID:d.XUwZaA0
すげえ面子だ!

147 ◆qSXL3X4ics:2018/04/11(水) 21:36:38 ID:yKigOAvE0
投下します

148魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:42:22 ID:yKigOAvE0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:00】C-3 地下水道


「僕が翼竜達に持ち運ばせた『発信機』は、この上から感じています。地下なので地理感覚は殆どありませんが、紅魔館はここから潜り込める筈です」


 ジョルノが頭上を指差しながら、紫と鈴仙に説明していく。薄暗いトンネルの壁に掛かった錆一つ見当たらない鉄梯子が、冴えない存在感と共に上へと伸びていた。
 入口は一つ。このエリアに進入した時に見かけた『C-3』と書かれたプレート以外、ジョルノらに入手出来る位置情報は本来ならば著しく限られている。
 以前、翼竜に持ち運ばせた果実が教えてくれるのは、この場所がディエゴ・ブランドーの根城だという確たる証明。ほんの少し前にもジョルノらが大人数で突撃し、霊夢と承太郎を連れ出したばかりの由縁ある土地だ。

 ジョルノは軽く周囲を見渡す。隅々に闇が渡り歩く地下の世界であるが、自分達以外には一切の気配が見られない。やはりディエゴの翼竜は、地下までは網を張っていないらしい。あくまで今の所は、であるが。
 先程必死にアジトから逃げ出して行ったネズミが、こうも早くUターンしてくるとは敵方も思いはしまい。完全に相手の虚を突く潜入作戦……と行きたいところなのだが。

「原理は不明だけど、ジョルノ君は首元にある『星型のアザ』によって、特定の人物の居る位置が大雑把に分かる……のよね?」

 ジョルノと同じく、暗い地下においても輝かしい光の存在感を発する黄金の髪を靡かせながら、何処から取り出したのか自前の扇子を口元に宛てがう紫が訊く。

「はい。僕はそのシグナルを受け取れる様ですが、相手の方からも同様のシグナルを感じ取れると考えられます」
「何だか私の能力に似てるなあ。でもそれ、DIOとかいう吸血鬼からはジョルノ君の存在が分かっちゃうって事でしょ?」

 改めて自装備の点検を行いながら、鈴仙が呑気に確認を取ってくる。
 名目上は『潜入』であり、この作戦の最優先事項は紫の受け取ったSOSを出した謎の人物の保護となる。となれば、いくら隠密行動に徹していても、この余計なシグナルのせいで敵に侵入が即バレとなり得る。即ち、作戦の成功率が大きく低下する事は明白だった。

「その辺はもう割り切るしかないわね。まさかジョルノ君だけ作戦から外すわけにもいかないし」
「……って事は、館に侵入した途端、下手すれば私達一斉放射喰らっちゃいません?」
「少なくとも戦闘の一つや二つは覚悟しておいた方がいいわね。無論、全滅の危険性を減らす策は講じてあるわよ」

 頭脳明晰で知られる八雲紫の作戦とやらを、保身に揺さぶられる鈴仙は期待の眼で問い質す。期待半分、不安半分の輝きを放つ狂気の瞳から見つめられ、紫は勿体ぶるような咳をわざとらしく行って笑顔にて答えた。


「隊を分けます」


 鈴仙の瞳の半分ほどを占めていた期待の視線が、100%不安の色に染まり尽くされた。しおしおと力を失い傾いてゆく海底のワカメの様なウサ耳は、まるで彼女が辿る絶望の未来を予期するような衰退模様である。

「……え〜っと。ゴメンなさい紫さん。私の耳、おかしくなっちゃったかなあ。確認しますけど、いま『隊を分ける』って言」
「分けるのよ。そのしおしおになった耳、取り外してお漬物にでもしちゃう?」
「これは食べ物ではありません。いえ、それより隊を分けるんですか!? ていうかたかだか三人の、分隊以下のしょっぱい人数なのにここから更に!?」

 幻想郷を影で牛耳る(※イメージ)、かの八雲紫様が提案した策とはなんともシンプルな立案であった。確かに一瞬で全滅するのだけは避けられそうな作戦ではあるが、うっかりこの法案を可決してしまえば、最悪鈴仙一人がデコイの役割として敵陣真っ只中に放り込まれかねない。

「しないわよそんな酷い事。貴方、私の事をそんな風に見てたの?」

 鈴仙の脳裏に浮かび上がった光景は、地霊殿の一室にて鈴仙消滅を口にした紫のおぞましい冷気。(演技だったが)
 どうにもこの御方は、いざとなれば非常食としてウサギ鍋に自分を笑顔で突っ込みかねない行動力を備えていそうで恐ろしい。何気に今、心を読まれたし。

149魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:43:49 ID:yKigOAvE0
「そう怯えなさんな。安心しなさい、私が単独で侵入(はい)る」

 呆れ顔と共に紫が上空に指で弧を描いた。いつもの様にスラスラと、空気に文字を書くように。
 得意とするスキマ空間のお披露目だ。梯子に繋がった入口とは別に、紫単独で別口からの侵入を試みるクチのようだ。

「紫さんが一人で? しかし、単独という事はそれだけ危険が増すという事ですが……」
「お構いなく。どれだけ落ちぶれても、私は大妖怪八雲紫。そう何度もいい様にされたりしませんわ」

 ジョルノの心配に対し平然と答える紫の態度に、強がりや虚栄といった矮小な本音は見当たらない。
 かつてトリッシュを暗殺チームから護衛しながらヴェネツィアまで走ったジョルノだったが、その際にもチームの分断は何度か講じた策であるし、事実効果はあった。今回の目的は人物捜索・保護であるから、人海戦術の点においてもチーム分けという判断は頷けるものではある。

「安心なさい。敵がジョルノ君を探知出来るというなら、寧ろ囮はそっちだから。スキマの能力もあるし、私は一人でこっそりぬけぬけと裏方仕事に就くとするわ。
 こういうの、人間社会では『隙間産業』って言うんだっけ? 私にはピッタリよね〜」

 上手いことを言えたものだと、上品な笑みを零して紫は扇子をパタパタと扇いだ。
 実際の所、彼女の能力は潜入捜査には適任であるし、一方の鈴仙の能力とて同様の探知・隠密効果も果たせる。各々の適材適所をしっかり考えられた無駄のない考案ではあった。


「おさらいするわね。私は私の、常識を疑うような身勝手で、紅魔館に捕えられてるであろう籠の鳥を外に飛ばしてあげたい。今回の目的はそれ」
「その『籠の鳥』さんがドコのドナタなのかは存じない、と」
「今の所はね。でも鈴仙。それはきっと、必要な事なのよ」
「そんな不明確な目的の為に、たった三人でこんな恐ろしい敵陣のお膝元に出て行こうってんですか〜……? 割に合わないなあ」
「虹が見たいなら、ちょっとやそっとの雨は我慢しなくちゃね」

 今まで散々いいように扱われてきた彼女だが、ここに来て更なる苦難を選ぶのだという。それほどに気高い決意を、ジョルノは『無駄』にしたくないと思った。
 夢とは魅るものでなく、飛び翔け、掴み取るものだ。紫の謳う夢を、ジョルノは応援していきたい。
 彼は自らの服に手をかけ、その装飾であるブローチを外した。

「紫さん。……これを預けておきます」
「あら素敵。てんとう虫型ブローチかしら?」
「そんな所です。てんとう虫は太陽の虫。『幸運』の象徴なんです」
「願掛けという訳ね。……有難く受け取っておきますわ」

 そうして掌に収まる大きさのブローチを、紫は丁寧な手つきで自らの衣服に装着する。黄金を反射させる天道の装身具は、高位を表す純色の紫(むらさき)を彩る服飾によく映えていた。

「うん。気に入ったわ、ありがとうジョルノ君」

 別にあげたわけではないのだが、本人はいたく気に入ったようだ。ちゃんと返してくれるかは少々怪しい。

「いいなあ紫さん……」
「鈴仙。君は今回、僕と相棒(バディ)だ。波長を操る能力……頼りにしてますよ」
「そ、そう? ……まあジョルノ君にそこまで言われるのもやぶさかじゃないわね」

 鈴仙は元来、調子に乗りやすいタイプの性格だ。若いながらも組織を運営する身であるジョルノは、彼女の才を埋まらせないよう、基本的に飴と鞭を使い分けて伸ばしていこうかと構想を立てる。


「それじゃあ、そろそろ準備はいい? お二人さん」


 紫が頭上のスキマ空間に手を伸ばした。その先は紅魔館内部に繋がる、未知の領域。

「はい。僕達はこちらの梯子から侵入を試みます。紫さんも、どうかお気を付けて」

 紫は至上の笑みを振り撒く事で、ジョルノの心遣いへの返答とした。そうして掴み所の無かったスキマ妖怪は、自らが繋げたトンネルの奥へと消えていく。


「……行っちゃったわね」
「不思議な人です。子供の様な奔放さと、賢者の様な達観思考の両方の性質を併せ持った女性……今までに会った事の無いようなタイプです」
「結構多いわよ、幻想郷(ここ)にそういう人」
「土地の持つ魅力が、彼女の様な人々を形成していくのでしょうか」
「魅力……というより、もはや魔力かも。私からしてみればジョルノ君も不思議な人間だけどね」
「よく言われますが、そんなに自覚は無いですけどね」


 こんな他愛もない会話も、今の内。
 二人は気持ちを切り替え、氷のように冷たい鉄梯子を握り昇っていく。
 夢を見るように仰ぎ、夢へと手を伸ばすように、一歩一歩。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

150魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:46:38 ID:yKigOAvE0
『八雲紫』
【午後 15:07】C-3 紅魔館 吸血鬼フランドール・スカーレットの部屋


 一瞬にして、空気が変貌した。
 肌にひりつくのは、凍てつく様な寒々とした───悪の大気。


(……誰も、居ないわね)


 ジメジメとした地下トンネルとはうって変わり、隔離された地下部屋ながらもここの室温は幾分か肌に馴染む。だというのに、体感では地下道よりも更に気温が低下した様な錯覚を紫はすぐさま知覚した。

 寒気、である。
 幻想郷のヒエラルキーとしては実際の所、最上位に位置する程の権威と妖力を蓄える彼女にとって、寒気を覚えるなどという現象はまず、日常の中には無い。
 寒いのが苦手なのか、紫は冬季が訪れると棲み家に引っ込む性質があるが、いま肌に訴えかけている寒気は、彼女が嫌いとしている寒暖による類ではない。

(妖気……それも鼻を突くような『悪』の気配ね)

 以前に対峙した時よりもその気配が膨らんで感じるのは気のせいではないだろう。腐っても大妖である紫をして、警戒心を最大値まで引っ張りあげざるを得ない程の圧力。
 単に妖気が膨大であるだけなら、幻想郷にもこの程度の力を持つ大物は幾らか居る。紫が珍しく冷や汗を流すワケとは、妖気に混ざる悪意の巨大さにあった。
 どれだけ人外的な大物が集まろうとも、幻想郷に生粋の『邪』を持つ者など皆無に等しい。もしもそんな輩が外から進入すれば全勢力を以て排除するし、内から育つのであれば花咲かせる前に摘むか、芽である内に対処する。
 そういう意味では、幻想郷はとても平和な場所なのであった。

 本当の悪が今、模倣世界とはいえこの幻想郷を根城とし力を蓄えている。こういった外在的かつ未知なる脅威に、この土地及びここの住人は対処の経験が殆どない。
 それは無論、八雲紫を含めての事でもある。土地を、ではなく己自身を直接陥れる敵。そんな相手と殺し殺されなどという真の窮地に対し、彼女は抗う術を模索する。


「紅魔館の地下……、部屋の様相から推論するに、ここはスカーレット姉妹の『妹』の方の部屋か……息苦しいですこと」


 495年間をこんな狭苦しい場所で暮らしたとかいう、憐れな吸血鬼。なるほど、随分と子供っぽい精神性の現れた部屋だった。
 ここに勿論その吸血鬼は居ないが、それ以外の誰の姿も見当たらない。どこまでもシンとした、究極の孤独を具現した様な一室だ。


「……“既に”もぬけの殻。一手、遅かったみたいね。DIOも馬鹿ではないという事か」


 部屋の片隅にポツンと転がる『傘』を手に取りながら、若干の無力感と共に表情を苦く歪める。


「愛用の傘……『貴方』が持っていてくれたのかしら。
 私の知らない誰かさん? それとも、知っている誰かさんかしら?」


 まだ見ぬその少女へと、想いを巡らすように。
 紫はそっと傘を開き。弄ぶようにクルクルと回した。

 視線は部屋の唯一なる出入口に向けられている。
 上へ上へと続く階段の先に、囚われの姫はきっと居る。


「お礼、言わなきゃあね」


 敵地かつ単身という背水の陣。その渦中にありながらも不安をものともせず、微塵たりとも焦慮すら見せず。
 女は優雅に、艶美な靴音を楽しむように奏でながら……扉を抜け、上方に広がる闇の中へと潜って行った。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

151魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:48:26 ID:yKigOAvE0
【C-3 紅魔館 吸血鬼フランドール・スカーレットの部屋/午後】

【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼(スキマにより応急処置ずみ)、左手溶解液により負傷、 背中部・内臓へのダメージ
[装備]:八雲紫の傘@東方妖々夢、ジョルノのブローチ
[道具]:星熊杯@東方地霊殿、ゾンビ馬(残り5%)、基本支給品(メリーの物)
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:『声の主』を救う。
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。
※真昼時点でのマエリベリー・ハーンのSOSを、境界を通して聞きました。


【ジョルノ・ジョバァーナ@第五部 黄金の風】
[状態]:スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:『声の主』を救う。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:DIOとはいずれもう一度会う。
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ、紫らを手助けしていく。
1:『声の主』を救う。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
5:柱の男、姫海棠はたては警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

152魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:49:18 ID:yKigOAvE0
『聖白蓮』
【午後 14:27】C-3 霧の湖 周辺


 霧の湖、とは読んで字の如く、普段は白い霧に包まれた湖である。紅魔館を守るかのように館の周囲をグルッと囲む湖面は、常に発生している霧による地理効果もあり、館への侵入を非常に困難とする地形であった。
 悪魔の城、紅魔館へと入城するルートはたった一本掛けられたアーチのみ。(大体の侵入者は決まって空を渡り歩いてくるが)
 その先に立ち塞がる巨大な門を通る資格を主より得た者だけが、初めて館へ招き入れられる客人として認められる。(大体の侵入者はそんな体裁の過程をスっ飛ばして勝手に入ってくるが)


 聖白蓮は、湖の畔から紅の館をじっと望んでいた。


(間違いない。プッチ神父達はあの場所へと向かっている)


 神父の乗った飛空石を一直線に追い、彼女は魔法の森の深部にて大きな『クレーター』を発見した。それが飛空石の着陸跡によるものだと判断した白蓮は、周囲に乱雑して踏まれた足跡をも同時に見付ける。
 オマケにというべきか、まるで「付いてきてらっしゃい♪」と言わんばかりに目立った、直線の浅い溝まで地面を走っていた。それは邪仙がウキウキドライブ気分で土に刻んでいったバイクのタイヤ跡であり、正確には紅魔館からこの森までを片道一直線に走らせてきた証である。
 悲しい事にその跡は、猿が見たって神父らの行き先が紅魔館であると即座に理解できる程に、ハッキリしっかりこれ以上ないくらい大っぴらに道案内の役目を果たしていた。
 とはいえ時間が経てば、積もった雪がこのタイヤ跡を隠していただろう。神父を追うという白蓮の即決が、思わぬ形で功を奏したのだった。


 現在、彼女は既に神父の籠る場所の見当がついている。が、その場所が紅魔館となれば少々面倒だ。
 先述した地の利により、あの館は籠城に適した地形。堂々と正面から侵入するには少し無謀だ。森の中という、自然の生んだ環境は追う側にとって有利にも働く地形だが、ここからは違う。
 あの館には……この距離からでもはっきり感じ取れるほど、悪の気が充満している。恐らく、神父や秋の神以外にも何者かが潜んでいると考えた方が良い。
 多勢に無勢。積極的な行動は抑え、極力敵に発見されずに奥まで進む事が理想だ。戦力がこの身一つである事を考慮すると、出来れば戦闘を回避しながら目的の遂行───DISC奪還を遂げたい。

 すなわち『スニーキング・ミッション』に近い業前を求められる。

 元々、外面に似合わず勇み肌な一面を持つ彼女は、この手の任務を得意とはしてない。下手に実力を備えた積極派の白蓮が、どこまで潜って行けるものか。その見通しは不明である。




 バサッ




「──────ハッ!」


 大気中へと地震が引き起こされた。
 白蓮の得意とする、喝による衝撃波によって周辺の敵や弾幕を圧する技───『ヴィルパークシャの目』である。

 次いで、湖に向かって何かが着水する音。プカリと浮かんできたその生物は、翼竜の形を取ったディエゴが斥候の一匹。それは次第に変貌していき、最終的にミツバチの姿となってその生を静かに終えた。

「……斯様な虫一匹とはいえ、尊すべき生命の在り方を歪に捻じ曲げ、独裁者の様に振る舞う所業。人間もここまで来ると誠に勝手で、頑陋至愚ね」

 法力を纏った白蓮の五感は超人にも比肩するレベルで鋭い。数を数えればキリがない程に会場を暗躍する翼竜の数々。その存在に彼女は、とうの昔に気付いていた。
 彼らの殲滅など論外、というより不可能であると早々に開き直り、敢えて放置していたが……今、我が位置が敵に漏れると非常に困る。
 従って……不本意ではあったが、主への報告の為に木々の間から飛んだ今の者だけは攻撃させてもらった。幸い一匹だけだったようだが、一介の住職として出来ることなら殺生など行いたくない。
 白蓮は帰依の念をその魂に送り、悲哀と情の眼差しを閉じて死骸に手を合わせた。

 紅魔館に潜む不届き者は、この翼竜達を従えた王のつもりでいるらしい。元ある生命を全くの別形態に作り替えるのみに留まらず、意のままに操作し束ねるなど、もはや心清き者の所業ではない。
 支給品の類による代物か、それともあれもスタンドとやらのまやかしか。後者であれば、スタンドについて未知のエネルギーという認識を持つ彼女にとっては少々対処し辛い。
 心痛しながらも、厄介な新手の存在に眉をひそませる。こんな見張り役の目を切り抜けながら、本当に目的の達成など可能なのか、と。


「とはいえ、この深い霧と湖という環境。潜入という一点においては、こっちの利にも傾くわね」

153魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:51:21 ID:yKigOAvE0
 短い瞑想を終えた白蓮は、周囲に気を配りながら自分の荷と装束に手を掛けた。
 極みに至った法力の恩恵か。揺るがぬ手つきと洗練された可動速により、彼女を縛っていた全ての衣服は、摩擦という摩擦を奪われたかの如く、重力に誘われてするりと地に落ちていく運命を辿る。

 白蓮の柔和な首の曲線に反し、美しいながらも無骨な印象を受ける翠色の数珠。一つ一つの大きさが饅頭並のサイズを誇るそれらが、まずは解かれた。大切な商売道具、勿論無下に扱ったりはしない。
 鈴の音を連想させるしゃらんとした響きと共に、持ち主の美貌との調和を完璧に成立させたその法具は、ひとまず草葉の腹へと丁寧に寝かせられる。

 次いで、黒のドレスに手を掛ける。一見すれば、純潔を義務付けるべき僧正服にはとても見えない彼女の服装は、無駄に誂えられたフリルも手助けして、どちらかと言えばお城の舞踏会に招かれた淑女の着飾る正装だと言われてしまえば頷ける。
 偉大なる胸部を中心に、交差する形で両端の留め具に結われた前面の掛け紐を、淀みない仕草で全て外していく。何故か至る箇所にラインで束縛を施した、見る者が見れば不埒なイメージをも生みかねない黒の装いを寺の僧正服として選んだ彼女のセンスは、天然より生まれたそれなのだろう。

 さて、本人が生まれながらにして持つ天性の女性美を、千代の月日を掛けて更に磨きあげた究極の母性と慈愛。もはや男女の隔てなく万人を虜にさせるに余りある、完成極めたボディラインを縛り隠す漆黒の薄皮は取り除かれた。
 残ったのは、穢れなき純白のプリンセスライン。尼公として暮らすには些か不釣り合いが過ぎる、豊満なる上半身のシルエットが露になった。それに相反するようにウエストから下の下半身は、ふんわりフレア状になったスカートがエレガントとも称すべき雰囲気を醸し出している。
 純白と漆黒。清涼感と大胆さ。決して混ざり合わない二つが絶妙に両立した白黒のドレス。聖白蓮以外にこれを着こなせる女性を見つけて来いと言われれば、幻想郷を飛び出して世界中を旅する羽目になったとしても早々見つからないだろう。
 観客を甘美の蜜に蕩けさせる双つのドレスも機能を果たし、無事全てが地面へと落ちた。白蓮はそれらを馬鹿丁寧に折り畳み、綺麗な長方形へと整え直してその上に数珠を重ねる。

 程よく肉付きの良い、しなやかな両脚部を守っていたブーツをも脱ぎ……とうとう彼女の清潔を守り通す衣は、眠りにつかせるように局所部分へと宛てがわれたベール───すなわち下着のみとなった。
 幻想郷の多くの少女達はドロワーズを愛用しているとされている。しかしながら、それらの下着は誰の目から見ても見栄や威厳に欠けていると評価せざるを得ない。無論、古今東西下着に大別される衣類は、他人に見せびらかす類のファッションとは違い、衛生的な意味合いも大きい。少なくとも威厳の有無で下着のジャンルを選抜するというのは、異性に媚びる意味を込めなければ世間的にもズレた俗識ではあるだろう。
 聖白蓮は職業上、しばしば大衆の面前に出て行き説法を行っている。その際、たとえ人の目に映る前提でなくとも、常識を完熟させた立派な大人かつ素晴らしい道徳を説く自分の衣の下が、よりによってドロワーズというのでは、通常の精神であれば羞恥するというものだ。

 ───従って、白蓮は極々当たり前の感覚で、自らの肌を着飾る下着にブラジャーとパンティを選んでいる。

 どこぞの貧乏くさい巫女辺りは御多分に漏れず、歳相応にイモ臭いドロワーズを好んで穿いているのだろうが、幻想郷には一応この手の現代的な下着もあるにはある。ブラジャーなどの歴史を紐解けば、それは約600年も前に遡れるが、日本に渡ってきたのが大正後期より。幻想郷の時代背景が明治ほどで止まっている事を吟味すれば、こういった下着の流通も程々に行われ始めている、というのが現実であった。

 ───従って、白蓮の中にある常識に「黒・紫色のレース下着は男の劣情を催しかねない」という項目が未だに無いという哀しき事実を除けば、彼女が黒のパンティとブラジャーを愛用している事に何の不思議もありはしないのだ。

 永きに渡って魔界へと封印され、最近復活したばかりの大魔法使いゆえに、その美的センスは千年以上前から磨かれる事なく時を止めていた。そんな重たい過去を持つ彼女だからこそ、下着選びのセンスがしっかり育まれていない事に突っ込んでくれる者は彼女の周囲に居なかった。(どころか、白蓮の適当なセンスに感化されて同ジャンルの下着を選ぶ者すらそこそこ居た)

154魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:52:31 ID:yKigOAvE0
 先程まで雨に濡れていた状況を重ね合わせると、現在の白蓮は濡れそぼった下着一枚という大変な状態である。彼女が先程、翼竜の目を潰したのは決して視線を気にしたからではないのだが(いや気にしたから潰したのだが)、それにしたってあまりに目に毒だ。
 どれ程に見る目のない愚か者が採点したとして、どう見繕っても“絶世の美女”という呼び名が最低基準にあたるであろう完全たる容姿。


 瞬間───まさに光彩奪目といえる美女があろうことか、この寒天の下で上着のみならず、最後の砦である上下二枚の下着をも堂々と脱ぎ放った。これもまた、一切の淀みすら見当たらないスピード脱衣である。


「雪も降り出してきた頃合だけど、この程度なら大したことはないわね」


 皆目躊躇の感じられない脱衣を終え、一糸まとわぬ全裸の白蓮が目前の湖を見渡しながら、何故か得意気に呟く。
 そこには、とうとうあらゆる束縛を解き放った一人の美女が、白肌の肩に新雪を乗せながら立っていた。

 かの愛と美の女神ヴィーナス。一般には半裸または全裸の姿で表される事も多い女神だが、その隣に白蓮を並べて立たせても殆ど遜色しないのではないか。それ程に彼女の肉体には目を見張る様な圧倒的な造形美があった。
 掌に余る程に豊かな実りを終えた双丘……というよりもはや山。果実に喩えるなら、完璧に熟された期間を永遠に逃さない、光り輝く最高級品のメロン。それも二玉だ。女性を象徴する二つの柔らかなメロンの肉は、黒の防護壁を先程外されたばかりだというのに、地球の重力に屈することなく綺麗な形とラインを保ち続けていた。

 尼僧と聞けば、どうにもひ弱だとか細身・脆弱なイメージも付いて回る。しかし蓋を開けばその実、彼らは心身共に厳しい修行を行い続けている肉体的な役職である。一皮剥けば、その肉体は見る者を思わず感嘆させてしまう程に引き締まった外殻を呈している場合も多かった。
 白蓮においては天性の美貌に加え、日常的に肉体育成の促進とも呼べる荒修行や戦闘行為(弾幕ごっこ)をよくやる。必然、その身体──主に腰やくびれだ──もだらしない様相な訳がなく、これに関しては全女性が嫉妬の念で睨み通す程に、上半身とも完璧なバランスを作り上げてなだらかな曲線を描いている。
 その上、程よく引き締まっているのだ、白蓮の肉体は。目立ち過ぎず、引っ込み過ぎず。その中間を上手いこと捉え、全くの無駄がない筋肉をも女性的に作り変えていた。
 ある鉄球の一族がもしもその露わとなった肉体を目撃するという有り得ぬ幸運を発揮する事あれば、そこにはきっと完璧なる黄金比を身に付けた完全無欠のパーフェクトスケールが潜んでいる事だろう。これで寺の住職を名乗っているのだからこの世は分からない。

 特筆すべきは彼女の肉体ばかりではない。寧ろ、聖白蓮が最も美しいと由縁される身体の特徴は、金と紫のグラデーションを宛てがった麗しきロングヘアである。
 仏門に入った身でありながら剃髪の一つも施さずにいる理由の一つに、「長い髪は魔法を使うのに必要」という呪術的な云われが関係している。髪を切ると魔力が減衰するという思想は珍しくなく、旧約聖書の怪力サムエルも己の髪を切られて力を失ったという逸話が残っている程だ。
 白蓮の髪にも魔力が込められている……そう言われても納得の美と彩が、最上質の絹織の様に上から下へと華麗に流れている。これを切れというのは、それはもはや罰当たり以外の何物でもなく、神(髪)への冒涜とまで言っていい。

155魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:53:34 ID:yKigOAvE0

 一つ一つ挙げたところでキリがない。しかしこれほどの女性がその身を晒しておきながら何も特筆しないのでは、それこそ罰当たりだ。

 男は勿論、女であろうとこの光景をうっかり覗けば、心を奪われるどころではない。肢体も局部も余す所なく晒された、神々しいという比喩すら温いありのままの姿には、この世の全ての生物を惹き付ける視覚的なフェロモンとでも呼ぶべき訴求力があった。
 それでいて微塵の羞恥を感じる様子もない彼女には、下品さや淫らさといった低俗な印象は見当たらない。世界的国宝として有名な絵画や美術像───例えば先述したようなミロのヴィーナスやダ・ヴィンチのモナリザを鑑賞して性的興奮を覚える愚か者は居ないだろう。現在の白蓮の放つ存在感も、それら美術品と並び立てるレベルにある。

 普段の彼女は当然であるが、常に服を纏っている。それも僧正服……神仏に携わる者の清き正装だ。今の、全ての囲いを取っ払ったありのままの白蓮を見てしまえば、通常の制服でこの完全体の大部分を隠してしまうというのは、勿体ないを通り越して愚かの極地とすら思えてしまう。
 しかし一方でそれは、当然の対応でもあった。人は服を着るものである、という常識の話ではなく、こんな神秘性と暴力性を秘めた裸体などが外に露呈してしまえば、命蓮寺で本尊される信仰対象が毘沙門天から聖白蓮へと一瞬で変更されかねない。



 今更になるが、別に彼女は衆目に自らの裸身を晒すことで快感を得る変態露出魔だから突如脱ぎ出した、という訳では無い。もしそうならわざわざ翼竜など潰さない。
 空を渡り歩くという選択肢が失われている現状、残る紅魔への潜入ルートは湖を潜っての湖面ルートのみ。いかな礼節を重んじる命蓮寺の最高権威といえど、まさか正面玄関から直接お邪魔するわけにもいかない。
 お誂え向きに、ここは霧の湖。見張りの影が疎らに飛んでいようと、水中+白霧に紛れての潜入ならば大きな隠れ蓑として機能する。
 あらゆる衣装を脱ぎ捨てたのはこの為だ。幸いにも脱いだ服は、エニグマの紙に入れて持ち運べる。元々雨天を危惧されていたのか、荷物には小さめのビニール袋も常備されている。白蓮は一旦紙に全ての衣類を収納し、上からビニールを被せて握り締めた。これで水に濡れて紙が破ける、などという最悪の事態は防げる。


「いざ、南無三───!」


 気合を入れて決め台詞を発し、極めて美しい弧を描き切った飛び込みが湖上に再現された。雪も降り出し、そろそろ水温の低下も始まってくる中での寒中水泳。真っ裸の姿勢も手助けして、訓練していない常人ならばあっという間に動けなくなる環境だ。
 そこは流石のマスタープリースト。肉体に展開できる魔法防壁関係なく、普段からの厳しい修行が実を結んだ。真冬であろうと極寒の滝修行を日常生活に組み込んでいる彼女にとって、この程度の距離を泳ぐことくらい問題にならない。通常、寺の修験者は修行の際に禊衣という専用の衣装を着用するが、欲を言ってられない状況。


 それがこの、素っ裸による素潜りである。


 大丈夫だ。たとえ白狼天狗が上空から百人監視していたとしても、この霧なら発見されない。唯一気にかけるとしたら、握り締めた荷物入りのビニール袋が流されて見失うというマヌケな事態くらいだ。そうなれば本格的に、この痴女スタイルでの突撃を遂行せざるを得なくなるのだから。

 海泳ぐイルカ、あるいはここ霧の湖にて度々出没すると噂される淡水の人魚姫なのかもと見間違えかねないほど、滑らかで美しい潜水をひた続ける白蓮。泳ぎというよりもそれは、水中で舞踏を披露するような見事な足捌きであり、水を踏み鳴ら(タップ)し猛烈な勢いをつけながら、前へ前へ突き進む。

156魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:56:37 ID:yKigOAvE0


(………………星)


 そんな彼女が脳裏に描くのは、やはり最愛の弟子の事であった。
 どうあっても忘れることなど不可能だ。正義の瞳を燃やしながら別れた彼女が、既にこの世に居ないという残酷な事実だけは。
 古明地さとりから掛けられた「自分ばかりを責めるな」という言葉。白蓮自身も彼女へと返してやった言葉になるが、その言葉を白蓮は未だに受け入れきれずにいる。


 聖白蓮という女は、優しすぎた。
 その性格が仇にもなり、遠い昔には人間達に裏切られ、耐え難い仕打ちを受けてきたというのに。
 頼りになる仲間たちの活躍により復活できた現代においてなお、彼女は絶対平等主義を貫いて人妖分け隔てなく接してきている。
 経歴から言って、人間には憎悪の一つも抱いて当然であるというのに。彼女はそれでも、世を恨むことなく今を過ごしている。

 それはきっと、愛する仲間たち───『家族』のお陰であると、白蓮は心に秘めている。
 人は環境一つ、接する他人一つで容易く変わる。白蓮が最上の優しさを持ち続けていられるのも、命蓮寺の家族の存在が支えになっている部分は果てしない恩恵だ。

 その家族も……殆ど居なくなってしまった。
 中でも自分と最も近い場所に居る寅丸においては、自分と最も近い場所で死んだ。手の届く範囲に居ながらも、死なせてしまった。
 直前の自分との会話、やり取りや早計な判断が寅丸の道を決定付けさせてしまったのは確実だ。己の未熟さが、最愛の家族を不条理な死に至らしめてしまったのだ。


(………………星ッ!)


 考えれば考えるほど苦しくなる。それでも白蓮は、考えずにはいられない。
 肌を凍てつかせる湖水の冷たさも、失われゆく酸素を求める脳の警鐘も、今はどうだっていい。
 明鏡止水の精神には、程遠く。


 只々ひたすらに。丸裸にひん剥かれた心で。
 彼女は湖底を孤独に進んでいく。
 その心を暗愁に齧られながら。












 ゴン!


「ぶはっ!?(痛っ!?)」


 思考が完全に沈んでいた。いつの間にか目前には、地上へと伸びる土壁が立ちはだかっている。
 思い切り頭を打ち付けてしまった白蓮は、肺に残った酸素を残らず気泡に変えて、体外へ放出してしまう。ゴール地点へと到着してしまったのだ。
 出発点の畔からここまで百や二百の距離では無いはずだが、一度たりとも息継ぎをせずに辿り着いた辺り、彼女の脅威的な身体能力の程が測れるというもの。


(彼らは………………見当たらないようね)


 呼吸を求めようと、派手に地表へ顔を出すヘマはやらない。あくまで翼竜達の目に映らないよう最大限の警戒を施しながら、白蓮はまず目元から上だけをそっと出して覗き込む。
 見張りの気配は感じられない。代わりに、おぞましい程の妖気がすぐそこまで漂っている。館の中に居る者の気配だろう。

 スゥーっと、館を裏から旋回するように泳ぎ始める。窓の少ない建築物ゆえ、潜入は裏手に備わった勝手口の様な小扉からが望ましい。
 程なくして、目的の扉は難なく見つかった。再び上空を見渡し、翼竜の影が無いことを完全に確認し終えてから行動に移る。地上に飛び出し、館内に入り込むまでは大きな隙を誘発しやすいので油断は禁物だ。

 一切の物音を立てず、手練の忍者の様に素早く、残像すら残しながら白蓮は無事、紅魔館侵入を果たしたのだった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

157魔館紅説法:2018/04/11(水) 21:57:12 ID:yKigOAvE0
【C-3 紅魔館 裏手/午後】

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:全裸、疲労(小)、体力消耗(小)、ずぶ濡れ
[装備]:独鈷(11/12)@東方心綺楼、魔人経巻@東方星蓮船
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:紅魔館に侵入し、ジョナサンのDISCを取り返す。
2:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
3:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。
※スタンドの概念を少しだけ知りました。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

158魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:02:32 ID:yKigOAvE0
『秋静葉』
【午後 14:22】C-3 紅魔館 大食堂


 人が人と会う時というものは、多くの者がまず相手の人間を『想像』するだろう。
 どのような相手か。男か女か。男であれば、出来れば怖くない男の人であればいいなあ、と女性であればそう思うかもしれない。顔が良ければお近づきにもなりたい、とか。
 女であれば、綺麗な女性だと男としては嬉しくもなる。身なりに気を遣える女性であるなら、相手を敬える姿勢を持っているという事だ。きっと、笑顔も素敵なのだろう……そう予想できる。

 空想を描く、という事は、自らの人生観を脳裏に反映させるという事だ。より達者で幅広い経験を積んだ者ほど、多種多様の人間と交わってきたという事だ。
 秋静葉は、姓でも主張している通り秋の神様である。当然人間よりも遥かに長生きで、その分多くの触れ合いも経験してきた。
 主な活動時期は秋であり、大抵の人間達は秋季が近づくと、作物の収穫や冬支度の為に忙しくなってくる。
 人は活動的になると、表情が増えるのだ。静葉は毎年この時期に、様々な表情を覗かせる人間模様を観察するのが密かな楽しみでもあった。
 きっと、妹の穣子も同じ事を思っていたのかもしれない。


 プッチから聞かされたDIOという男の人間像は些細な範囲であったが、少なくとも悪いイメージは無かった。善人だとは思えなかったが、悪人だとも思ってなかった。
 それは語ったプッチ本人の個人的な感情が話に反映されていただけなのかもしれない。所詮、人伝でしか聞かされていない男のイメージだ。どうあれ、会って話してみようという積極的な気持ちが、何故だか静葉の胸に渦巻いていた。


 DIOとは、果たしてどんな男なのだろうか。


 結果から述べるなら……静葉が事前に色々と想像していた『DIO』の人物像は、予想のどれとも大きく違っていた。
 静葉の思い出の中にある人間達の表情や本質は、決して少なくない。これでも秋の神なりに、色々な人間を見てきたつもりだ。
 DIOは、そのどれとも違う表情を見せていた。
 静葉の培ってきた空想に、その男が持つ独特の空気は一片も掠りすらしなかった。
 少なくともこんな人間や妖怪は、幻想郷の隅から隅まで探し回っても居やしない。どういうわけか、目の前で椅子に座った男を一目見て、そんな根拠が静葉の中に生まれ君臨した。



「───『感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ』……ええっと、この言葉は誰のものだったかな」



 男が声を発する。
 父親が夜、ベッドの子供に絵本を朗読してあげるような……落ち着いた、優しげな声だった。


 土地への支配力を民に誇示する様な、尊厳高い館の尊厳高い大食堂。
 全てが一級品のみで揃えられた、主のこだわりを感じられる上品な家具と食器の数々。
 食堂の端から端まで伸びた、豪勢な料理なら幾らでも余す所なく置き詰められそうな長テーブル。
 高貴なる貴族のみに許された、格調高い赤椅子。
 小声であっても大きく響きそうなホールのちょうど中心。その赤椅子に背を預け、男はワインを優雅に傾けていた。


「ドイツの名指揮者、ウィルヘルム・フルトヴェングラーが残した言葉だよ、DIO」


 隣に立つプッチが一歩前へ出て、男の些細な失念を軽く補佐する言葉を差し込んだ。DIOと呼ばれた男は「そう、その彼だ」と小さく頷き、中身が半分程残ったグラスのワインを波紋ひとつ立てず、テーブルにトンと置く。
 たったそれだけの所作に、静葉は言いようのない不安に背筋を撫でられた。恐怖や不快感とは違う、得体の知れない感覚。
 これから自分はこの男と会話をするのだ……それを考えただけで、想像の付かない未来の大穴に自ら飛び込んでいく様な孤独を覚えてしまう。

159魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:04:12 ID:yKigOAvE0

「彼は───フルトヴェングラーは、押しも押されもせぬ指揮者でね。まあ、彼の音楽観についてはここでは置いておこう」

 随分と楽しそうな笑みを零し、DIOは会話を続けた。その視線は我々には向いてなく、グラスの中のワインをジッと見つめるのみに留まっている。
 一体誰にやられたのか、その左眼球は縦に裂かれていた。古傷ではなく、ついさっき付けられたような新しい傷だ。おぞましい朱色が滲むその線は、同じ顔半面が爛れた静葉から見ても、醜さよりも優雅さと表現すべき雰囲気が伝わってくる。
 絵になる男、だという印象を持った。静葉は漠然とした不安から逃げるように、その男の表面的な空気を嗅ぎ取って唾を飲む。

 静葉は、というより幻想郷に住む多くの人妖にとって、音楽の存在は浸透しきっているとは少々言い難い。と言っても、穀物の収穫を祝う、静葉にとっては馴染み深い「祝歌」は毎年飽きるほどに聴いているし、民謡や神楽、雅楽といった古臭いジャンルの祭囃子から、最近だとパンクロックバンドの「鳥獣伎楽」なるユニットも進出してきているという極端な世界だ。
 しかし、今DIOが例に出した、所謂オーケストラ音楽の類は幻想郷には全く流通していない。従って静葉には、偉そうに他人様の館の食卓でふんぞり返る彼の喋る話が、これからどこに着地するのかの予測が不明であった。


「人間たちがこれだけ地球上に栄えて来たのは、様々な繋がりを作って来たからであろうな。脳みその中から地球上まで、如何に繋がっていくのか。
 そして、生きていくためにはその存在意義が必要だ。他者を認め合い、何かによって繋がる事。
フルトヴェングラーは『音楽』によって、人と人との間に感動という中継点を生み出し、繋げた。私はそれを心から偉大だと思うし、素晴らしいと拍手を叩いて感動できる」


 なにか……何となく。
 DIOは恐らく、自分に向けて話をしているのだと静葉は悟ってきた。
 この場にはプッチの他に、ディエゴや青娥といった曲者も首を揃えているが、DIOは会話相手の名を誰とも指名していないにも関わらず、彼の言葉が新参者の自身に向けているのだと、静葉は段々と確信を得てきたのだ。

「この地球上の『勝利者』を誰と仮定するにはまず、勝利の定義から決めねばなるまいが……端的に言って私は、やはり人間なのかなと思っている。
何故と言われれば、それは彼らがこの星で最も『繁栄』しているからだ。種の繁栄……主観的な話に過ぎないが、生物であるのならそれも勝者の証ではないのか?」

 DIOの語る話は脈絡がなく、敢えて聞き手を惑わす様な回りくどい喋りが好きなんじゃないか。静葉の印象としては、概ねこれに尽きる。

「私の生まれた時代は19世紀末のロンドンでね。その頃、世界人口は16億人という記録がある。
 そしてまあ……色々あって、もうすぐ21世紀というこの時代に眠っていた我が意識も復活し、100年振りに外に出てみれば人間の多さに驚いたものだ。
 それもその筈、今や世界の人口は60億人! たった100年そこらで4倍ほどだ。全く、浦島太郎の気分だよ」
「因みに私の住む2012年では更に増加し、70億人だそうだ。多すぎるくらいだと個人的には思うんだがね」
「ななじゅう……億人!でございますの! ほへ〜〜〜。私が外に住んでた時代とはまるきり変わっていますのね〜」

 次第に昂っていくDIOに感化された様に、プッチや青娥まで会話に加わり各々のリアクションを披露していた。ディエゴだけは扉横の壁に身体を預け、話を聞いているのか聞いてないのか、何処とも知れない空間をじっと見つめるだけだった。
 一方で静葉は、次々に飛び出してくる未曾有の情報の渦に飲まれまいと、懸命に頭を整理するのに必死だった。
 参加者間でゲームに呼ばれた時代が異なっているらしい事は、事前にプッチから聞いていた。荒唐無稽な話ではあるが、その事実を認めざるを得ない会話が現在進行形で交わされている。
 そして自分は初めて『外』の世界の情勢を本人らの口から伝えられているわけだが、人間の人口がウン十億だの、田舎である幻想郷と比べると次元が違うレベルの発展だ。
 愕然とした。自分の住む時代が彼らとどれほど離れたものかは知らないが、人間だけで70億となると、静葉の体感する数値の許容範囲を完全に振り切っており、かえってピンと来ない。
 ピンとは来ないが、そんな数字を聞かされたのであれば、先程のDIOの言葉も実に自然と胸の内に透き通ってくるものがあった。

 種の繁栄。人間こそが地球上で最も繁栄した『勝利者』。
 どれほど優れた神も妖怪も、一歩現実(そと)に出れば有象無象の魑魅魍魎。いや、たちまち消滅してしまうのではないかと畏怖を覚えるくらいだ。

160魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:06:13 ID:yKigOAvE0


 DIOは先程こう言った。
 『生きていくためにはその存在意義が必要だ』と。
 『他者を認め合い、何かによって繋がる事』とも。
 それはまさしく、幻想郷の神や妖にもそのまま通じる理屈だ。
 神も妖も、生きていくには人間の存在が必要不可欠。まず互いの存在を認め合い、『恐怖』あるいは『信仰』によって両者が繋がる事で、初めてこの世に顕現する。

 DIOが例に挙げたフルト何とかという人間の音楽家だかは、ものの例えに過ぎない。彼らのような創作家は音楽によって人と人の間に『感動』を生み、その輪を繋げていくのだと。
 幻想郷の神は、もたらす奇跡や恵みによって人々の間に『信仰』『感謝』を生む。また妖怪は、それぞれの個性に倣った演出によって人々の間に『恐怖』を生む。
 そういった正も負も無い『繋がり』をシステムそのものに組み込んで不変の都として立ち上げたものが、幻想郷なのだ。

 今まで生きてきた……いや、生きてこれた幻想郷という狭い箱庭は、外の世界にて『真』に繁栄してきた人間の話を聞いた後では───本当に不安定そのもので、ちっぽけな世界にしか思えてこない。
 DIOが人間を『勝利者』と謳うのも頷ける話だ。

 それならば……自分は、果たしてどうなのだろう。

 幻想と現実の垣根を壊されかけるという、幻想郷の者が決して陥ってはならない思考に沈む静葉は、藁をも掴むような気持ちで……ここで初めて口を開いた。


「あ、あの……」
「うむ。君の名は……えっと」
「あ、静葉……です。秋、静葉」
「申し遅れてすまない。プッチから既に紹介を受けていたと思うが、私の名はDIOという。……それで静葉、青い顔をしてどうしたかね?」
「いえ、その……」


 口篭ってしまう。何が言いたいのか、自分でもよく分からない。
 それでも何か言わなければ。少なくともDIOと意思の疎通を交わさなければ、自分はこのまま消えてなくなってしまうんじゃないかという不安に陥ってしまう。
 そんな不安を分かってくれているかのようにDIOは、我が子の悩みを聞き尋ねる親心とも見紛いかねない柔和な表情で、静葉の言葉の先をじっと待つ。

 横のプッチが一瞬だけ、口角を吊り上げたのに気付いた者は、その場ではDIOだけだった。


「私も…………私も、『勝利者』になれますか?」
「『繋がり』を得られたならね」


 いとも簡単にDIOは即答した。
 まるでそうである事が当然という風に。


「最終的に繁栄できた者が勝者だというのは、あくまで人間主観の、スケールを過大させた考え方に過ぎない。この星にはヒトの他に、それは多くの動植物も繁栄しているが、彼らは人間などとは全く別の価値観を持っているのかもしれないしな。
 君の言う『勝利者』というのは、それとはまた少し別観点からの話なのだろう?」


 人間は外の世界で大きく繁栄を成功させ、今なお脅威的なスピードで技術革新と共に成長している。静葉は一抹の神様として、未来への不安など微塵も感じられないような彼らの安泰に対し、羨望の念が無いと言えば嘘になる。
 とはいえそれは、現況に置ける自分の境遇とはまた別の話。彼女の求める『勝利者』とは、彼女自身が到達しなければならない個人的な渇望にある。それも、制限時間まで施された火急の事態だ。


「このゲームに勝ちたい。いえ、勝たなければならない」
「……事情を話して貰えるかい?」


 粛々と語り始める静葉。寅丸星やプッチ神父にも伝えた事と同じ内容を、今またDIOへと話す。その間にも感じたことだが、DIOは非常に聞き上手の輩であり、静葉が陥ったどうしようもない事情を察しているのか、無意味に話を急かしたり触れられたくない部分には触れずにいてくれたり……適度に挿入される柔らかな相槌もあって、静葉の話は滞りなく終えることが出来た。
 しかしその内容はといえば、要は『ゲーム優勝』という不動なる目的。つまり最終的にはDIOをも打ち崩すという物騒な皮算用だ。これをDIO本人に嘘偽りなく直接語るというのは如何にも勇気の要る行為で、実際かなり及び腰の姿勢となってしまった。

161魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:07:42 ID:yKigOAvE0


「───なるほど。君の事情は理解出来たと思う。辛い心境だったろうに、無理を言わせたね。悪かった」
「……え」


 ところが、思わず静葉の方が呆気に取られた。DIOは、静葉が予想していた態度のどれとも違う反応を見せたのだ。
 プッチにしてもそうだったが、叛意を前提にして取り入ろうとする小賢しい輩など、常人の反応なら怒るか、一笑の後に捻り潰すかの二択だろう。
 この男DIOは、呆れることすらしなかった。それどころか静葉へと真摯に耳を傾け、気遣いの心すら見せながら謝ってくれたのだ。

「君がこのゲームに勝たなければならない事情は分かった。心臓に掛けられた毒薬が溶けだすまで、そう時間も残されていないことも」
「……その通り、です。だから私は、一時的にでも味方となってくれる人を探している。それが、ここ」
「ふむ。しかし静葉。君は私の目から見ても、お世辞にも歴戦の実力者というフウには見えない。その顔の半面が、たとえ死闘の末に浴びた勲章の証だとしてもだ」

 言われて静葉は、あの地獄烏の最期の攻撃に灼かれた顔面の左半を軽く擦った。傷は男の勲章という言葉もあるが、女の彼女からしてみれば苦戦の証明だとしか思えない言葉だ。無い方が良いに決まっている。

「君が私に会いに来たのは、隠れ蓑として丁度良いと思ったからかい?」

 男の言葉には、別段怒りも脅しも含まれていない。プレッシャーを掛ける為の問いではなく、純粋に静葉の真意を確かめたいが為の疑問なのだろうと、相対している静葉はそう捉えた。

「そういった謀も無いとは言いません」
「正直だね」
「でも、私は強くなる為にここへ来ました。優勝するには、自分自身を成長させなければ万に一つの可能性すら無くなってしまうと考えたからです」

 いつの間にか静葉の瞳は、DIOを真芯に捉えるようになっていた。
 最初に感じたような得体の知れない不気味さが、殆ど失せていたのだ。その上で静葉は彼を、どことなく尊敬するような目線から見るようになった。
 神様とはいえ、元々消極的で自分を低く見がちな彼女は、日頃から謙譲する性質ではある。そんな彼女が、力の上下に関係なく、目の前の相手を無条件に敬うというのは珍しくない事だが、DIOに対してはそれ以上のモノを感じる。
 話を偽らずに何もかもを話してしまったのも、そんな根源的なモノのせいもあるかもしれない。

「『強くなる』……か。簡単なようで、簡単じゃない。簡単じゃないようで、実は簡単な事だ」
「……私自身が思うには、とても難しい試練だと感じてるわ」
「それは君の主観で考えているからだよ静葉。人間はね、思いのほか容易く強くなっていくものだ。ちょっとしたキッカケでもね。
 極端な話、大概の人間は心身が成長するに伴って『強く』なっていくのだと私は思う。逆説的に言えば、強くならない人間など滅多に居ない」
「DIOさんの言いたい事、分からないでもないです。でも私には、時間が無い。強くなるのを悠長に待っている暇なんて、とても無いんです」
「それも切実だろう。だが静葉。君が早急に考える事は、『どうやって強くなるか?』『どうすればいいのか?』ではない」

 一体いつ飲み干したのか。半分は残っていた筈のDIOのワイングラスが、気付けば空となっていた。そこにすかさず新手のワインをトクトクと注いだDIOは、話の本筋とも言うべき命題を切り出す。


「君が悩み、一刻も早く答えを出さなければならない命題とは『強くなった後』の事なのだ」


 強くなった後。それはすなわち、全ての『目的』を達した後の事柄を言っているのだろうか。

 敢えて。
 今まで敢えて、深く考えようとしなかった所をDIOは的確に突いてきた。

162魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:08:23 ID:yKigOAvE0


「君は言ったね。『優勝し妹を蘇らせた後、全ての元凶となった荒木と太田に復讐する』と」
「……妹にあれ程までの残酷さを与え、見せしめにした彼らを私は絶対に許しません」

 踊らされているというのは、理解もしている。
 その上で奴らに一度は頭を下げ、最愛の妹を取り戻す。
 帰ってきた妹の身体を私はぎゅっと抱きしめ、きっといっぱい泣いてしまうかもしれない。
 そうして二人だけの時間を幾分過ごし……私はあの二人に復讐をするつもりだ。
 どんな事をしてでも妹を蘇生させたい。不条理な形で妹を奪った彼らをとても許せない。

 だから。


「その成否はともかく……君のやろうとしている事は何の筋も通らない矛盾の塊で、しかも最後の最後に復讐ときた。その無駄な行為に一体なんの意味がある?」
「矛盾……無駄、ですか」
「そうとも。『無駄』なのだ。奴らを許せないという気持ちは私にも分かる。だがそれなら尚のこと。
 あの主催者にへりくだり、頭を下げて願いを叶えてもらう。そして、用済みとばかりに奴らを始末する。意味不明であるし、私であれば絶対にやらないだろう」
「……それ以外に、私に残された道は無いじゃない!」

 自分でも嫌という程に理解していた矛盾を、DIOはあっさりと突いた。これがただの興味本位や嫌がらせなどではなく、話を進めるのに必要な過程だと分かっていても、静葉は大声を出さずにはいられない。


「それ以上に、妹を蘇生した後に主催に復讐する……私にはその点が、どうにも引っ掛かる」


 組ませた腕をトントンと指で叩きながら、男は難しい顔を作り口を開いた。


「主催への復讐というのは、君にとって都合の良い『口実』…………本当の所は、君は最初から『死ぬ』つもりなのだろう?」


 見抜かれている。私が誰にも打ち明けずにいた、あまりに見苦しい真意を。


「君がどれほど強くなったところで、主催には及ぶべくもない事など子供にだって分かるだろう。ならば初めからそんな妄言など捨て去り、蘇った妹と再び末永い幸福を堪能すればいい───普通はそう考える」


 それが出来ないから。
 そんな選択肢など残っていない事は、とっくに知っているから。


「君がそれをやろうとしないのは『強くなった後の事を最初から考えていない』から───すなわち、主催に歯向かい、返り討ちにあって……壮絶な死を遂げる事それ自体が最後の目的となるからだ」


 不思議と、鼓動は静寂を貫いていた。
 死に誘う毒を着飾られた、静寂である筈の心臓は。
 静かな空間であったから余計に。
 まるで獣の唸り声のように、低く、畝ねって聴こえた。



「ハッキリ言おう。君は自分の犯した罪に耐えきれる人種ではない。
 だからこそ、最後に死のうとしている。背負ってきた自罪や他者の終焉、その全ての怨から逃げ出す為に」



 奥に長く広がった大食堂の、ちょうど中央部の壁に立てられた古めかしい時計台。
 それが鳴らす脈動と、私の胸の脈動が交響を奏でる。

 DIOさんの語った『それ』は、核心でしかなかった。
 私がこのゲームに呼び出されて、最初にあのガンマン達の決闘に巻き込まれた時から───『そいつら』は私に憑きまとって来たんだから。

163魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:09:05 ID:yKigOAvE0


「君は何人殺した? 二人? いいや、三人だ。
 既に三人の命を奪った君は、もう後戻りなど出来ないだろう。初めの一人……『グイード・ミスタ』を殺害した時点で、君の魂は呪われているのだから」


 呪い。その言葉はこれ以上ないくらい、今の私の状況に相応しい意味を孕んでいる。


「君は殺人者の汚名を被ることを決意したその瞬間、きっと思ったろう。
 『感情を克服しなければ』『冷徹にならなければ』……とね」


 沈みゆく月天の下、あの鉄塔で寅丸星と交わした会話が遠い記憶のように思えた。
 エシディシを倒すには。ゲームに優勝するには。感情を捨て、死に物狂いで構えなければならない、と。


「口では簡単に吐き出せる。現に君は今まで、それが出来ていた。……『表面上』ではね。だが、秋静葉という人物はそもそもそんな事が出来る少女ではなかった筈だ。
 余程の『悪のカリスマ』でなければ無理なのだ。殺した人間を、まるで食ってきた『パン』の様に扱うなんて事は」


 そんな事は……言われなくても分かっていた。
 他人にはいくら偉そうに論っても、こんな自分なんかが心から非道になりきるなんて幻想は。

 だから。


「だから、君は一刻も早く逃げ出したいと今も考えている。
 現実から。
 罪悪から。
 呪縛から。
 生からも。

 それが秋静葉という神様のベールを剥いだ、正体だ」


 私、秋静葉は死ぬつもりでいた。
 愛する妹を地獄の吹き溜まりから掬い上げ、そしてひとり残したまま。
 ミスタさん。お空さん。寅丸さん。
 そしてこれからも、私が登るべき『崖』に選んでいく人達は……きっと増え続ける。

 ああ、だというのに、あろうことか私は。
 そんな尊いはずの命たちを、このさき永遠に背負っていく罪悪の意識にきっと……耐え切れない。
 非情になりきれない半端者。それだけならまだマシかもしれない。
 奪うだけ奪ったその結果、妹を取り戻して、そして最後に逃げ出す。
 今だって、本当はとても恐ろしい。
 ちょっとでも気を抜いたら、殺した人達の『声』が頭の中に絶えず反響してくるんだから。
 だから、敢えて考えないようにしてたのに。目を背けていたのに。

 強くなった後の事なんてどうでもいいと。
 穣子が帰ってきてくれるのなら、それでいいと。

164魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:09:52 ID:yKigOAvE0



「その未来には、妹の幸福はない」



 黙りこくった静葉へと言葉を掛けたのは、DIOではない。後ろで控えていたプッチの方だった。


「妹の為にはなんだってやる。その心意気自体には尊敬するよ。
 だが、自ら死を選ぶような愚かな真似は、残された妹を必ず不幸にさせる。家族が罪を犯すことを喜ぶ者は居ないんだ」

 教戒師らしい、いっぱしの言葉。それを説く神父の瞳は静葉を捉えているようでいて、その背後にいる別の誰かに語り掛けているようにも見えた。

 それは瞳に反射するプッチ自身であり、壮絶な非業の末に自殺を選んだ彼の妹をも含んでいる事を、DIOのみが知る。
 静葉はプッチの言葉の真実を推し量れない。代わりにそれは、過去に対峙したある妖怪の残した言葉へと被る。


 ───『わかった。……わかったわ、アンタは、何もわかっちゃいないってことが。
 私もまだちょっとしかわかっていない……家族が罪を背負うってこと。
 だけど、アンタがこれから何人も殺して、みのりこって子をわざわざ生き返して、
 その子まで悲しい目に合わそうっていうなら、アンタは今すぐここで焼き殺す!』


 あの地獄烏が訴えようとしていた事が、今になって脳を揺さぶる。
 当初穣子には何も伝えず、何も知らせぬまま事を終えようとしていた。
 それでいいと。あの子がそこまで苦しむ必要はないと。
 そんな身勝手な理由で、姉は妹の前から姿を消そうとしていた。
 頭に響く『声』がずっと憑きまとって来るのが、苦しくて苦しくて、心は今にも壊れそうで。
 消え去りたい。そう思うようになってきた。そんな事、絶対に思っちゃいけないのに。

 もしそんな事をすれば、穣子も姉と『同じこと』をやるかもしれない。
 理由も分からず消え去った、唯一人の姉を取り戻す為に。
 罪を重ね、自らも地獄の輪廻に飛び込もうとするのかもしれない。


「静葉。君がこれから戦っていかなければならない相手とは、強力な参加者の数々などではない。主催者でもない。
 乗り越えるべき『崖』とは、君が過去に蹴落としてきた相手そのものだ」
「私が、殺してきた人達……?」
「そう。君が弱者である限り、頭に響く『声』が鳴り止むことはないだろう。殺人をなんとも思わない人種でもない君が、如何にして過去の罪と折り合いを付けるか」
「過去、なんて……でも私、どうすれば」
「君はどうして、わざわざ『自分の手』を汚してまで寅丸星を殺す道を選んだ? それには意味があった筈だ」


 踏み越える、ため……。
 もっともっと多くの敵を屠れば、頭の中の『声』なんか気にならなくなるんじゃないか。そんな観念も、あったかもしれない。
 結果的には『声』は無くなるどころか、増えただけだった。


「過去を乗り越えるとは、生半可な事ではない。先程の『勝利者』の話と矛盾するような事を言うのかもしれないが、過去との繋がりを断ち切る事もまた、人が『勝利者』へと登り詰めるのに必要なステップの一つなのだ」


 DIO曰く『最終的に繁栄出来た者こそ真に勝利する』との弁。
 繁栄とは、過去なくして成り立たない。その過去を断ち切ってしまうのでは、もはやその人間に勝利が訪れる事は未来永劫無いのではないか?

165魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:10:47 ID:yKigOAvE0


「断つべきとは、自分にとって『害悪』となる過去……『因縁』の事さ。それさえ乗り越えれば、人は自ずと己の収まるべき地点に到達できる」
「私にとって、害悪となる因縁……」
「間違ってはならないのが、『逃げ出し』てはいけないという事だ。過去から目を背けていては……過去に屈し、『死』へと逃げようとする人間は、永遠の敗北者でしかない」


 DIOの語る内容には、絶対的な信念と説得力が備わっていた。まるでそれは、彼自身に言い聞かせているようにも静葉には思えた。


「私は、そんな敗北者には一寸たりともの興味も無い。君が『勝利者』か『敗北者』のどちらになるのかは……それは君自身がこれから決める事になるだろう」


 DIOが、ゆったりとした動作で椅子を引き、立ち上がった。
 静葉よりも遥かに高い目線の場所から、男は帝王のような光に包まれたその手を差し出す。


「『感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ』……。
 私はこの言葉の『感動』という部分を『引力』という言葉に差し替え、我が人生観とさせて貰っている」

「でも……私は未熟、ですよ」

「愛すべきは、その未熟さだ。未熟さこそが自分の最大の魅力で武器なのだと、胸を張るといい」

「頭の中の『声』すら、満足に振り消せないわ。本音では、誰かを殺す事がとても恐ろしい……!」

「初めて食べた『パン』の味は忘れない。それを美徳だと考えろ。たとえ不様であっても、幸福を求め続けろ。
 君にはこれからすぐにも試練は襲い来る。その時、『立ち向かえる』か『逃げ出してしまう』か……。それが運命を分かつ選択だ」

「独りになるのが怖い! 独りになれば、私は『声』に押し潰されるかもしれない! もしそうなったら、わたしは……わたしは……っ!」

「それでも、もし君が恐怖に竦み、立ち上がれる自信がなくとも……『繁栄』し、『勝利者』になりたいと願い……そして、このDIOに対し何らかの引力を感じたのなら」




「──────その時は、改めて友達になろう。秋静葉」




 私の瞳から流れる雫は、どこを根源としたものなのだろう。DIOの手を取りながら、私は頭の片隅に残った理性で考えていた。

 恐怖でもない。孤独でもない。
 敢えて……敢えてこれを表現するのなら、多分。



 ──────『感動』、なのかもしれない。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

166魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:14:15 ID:yKigOAvE0
【C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室/午後】

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、 主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草@ジョジョ第4部、宝塔@東方星蓮船、スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、石仮面@ジョジョ第1部、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:優勝した後、私はどうすれば……?
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。


【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:左目裂傷、多少ハイ、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
1:天国への道を目指す。
2:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。
3:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
4:プッチらの話を聞く。
5:静葉の『答え』を待ち、利用するだけ利用。
6:ジョルノの反応が近い……?
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。
 また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『6時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。
※ジョナサンの星のアザの反応消滅を察していますが、誰のものかまでは分かってません。

167魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:14:52 ID:yKigOAvE0
【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、首に切り傷
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:DIOと話をする。
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。


【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:タンデム、体力消費(小)、右目に切り傷、霊撃による外傷、 全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創、 全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
[装備]:河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)@東方風神録
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:DIOと話をする。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
5:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
6:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
7:ジャイロ・ツェペリは始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

168魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:15:20 ID:yKigOAvE0
『霍青娥』
【午後 14:49】C-3 紅魔館 地下階段


 邪仙はメリーと蓮子、ついでにヨーヨーマッを後ろに引き連れて、蝋燭の光に照らされた薄暗い階段を軽やかに登っていた。
 他ならぬDIOに命じられた仕事だ。たとえ小間使いの様に小さな雑用であろうと、彼女は喜んで引き受ける。その内容はというと「メリーと蓮子をここへ連れてきて欲しい」という、本当に些細な仕事だ。

 彼はあの後、感情の高ぶりに涙する静葉へと敢えて部屋で休むよう促した。今の彼女を一人にするというのは本人も言っていた通り、精神的にも少々危うい判断だ。それに一言で素直に応じた静葉の未来も、一体どうなるか楽しみの一つとも言える。
 ともあれ手の空いた青娥は、積もる話も後に、こうしてメリーらと仲良く館の内部を歩き進んでいる。

 DIOがメリーに目を掛けている理由の深い所までは分からない。しかしながらそれは、一般的な人種に近い蓮子を始末せず、わざわざ肉の芽で支配してまで間接的に籠絡しようという企みだ。

「メリーちゃん、だったわよね? それで、『どう』?」
「…………」

 軽快な足踏みと口調の青娥に対し、問い掛けられたメリーは無言で返した。完全に、気力を失った人間の顔。こうして後ろを付いてくるのがやっとという、絶望に包まれた少女のそれである。
 青娥の『どう?』という問いはつまり、『DIO様に従う気になったかしら?』という意を含んだ物だ。うんともすんとも反応しないメリーだったが、それはこれ以上なく摩耗された精神性の現れ。


 もう、限界なのだ。
 彼女は今に、DIOの傀儡となる。その未来が目に見えていた。


(功労者は蓮子ちゃんの激しいアプローチってとこかしらね。ちょっぴり嫉妬しちゃうわねえ)


 内に秘めるジェラシーを熱い視線へと変えて、青娥はメリーの横を歩く蓮子をチラと見る。
 芽の支配を受けた灰色の瞳は、ともすれば青娥以上の忠誠心。DIOが死ねと命令すれば、喜んで死ぬのが今の蓮子なのだ。
 メリーはDIOから逃げられない。それは彼女の親友・宇佐見蓮子が捕えられているからだ。もしもメリーが本格的にDIOの機嫌を損ねる真似をしようものなら、躊躇なく蓮子は殺されるに違いない。
 言うなれば、蓮子というカードそのものが、DIOのメリーに対する切り札。
 その蓮子自身も、懸命にメリーの籠絡に精を出している。こんな状況を平衡に維持できるわけがない。素直に後ろを付いてくるメリーの態度が、彼女の絶対的窮地を如実に表している。

「メリー。私が付いてるからさ、元気出して?」
「…………」

 親友の掛けてあげた、その言葉だけを聞くなら何とも涙誘う気遣いの台詞だ。しかし、それが言葉通りの意味を伴っていないという絶望を、メリーは知っている。
 だから、終始無言で俯いたまま。心の健全な者がその光景を覗いたなら、見ていられないと目を背けるだろうか。


「大丈夫よメリーちゃん。在るが儘を受け入れるなら、きっと貴方にも幸福は訪れるに違いないわ。もっと前向きに物事を考えましょうね」


 親友同士の二人を、青娥は実に楽しげに覗く。
 嬉々を孕んだ豊かな欲を表現する彼女の瞳は、これから起こる事への期待で───子供の様な純粋さを発揮する。



 ───ジョルノ・ジョバァーナ、八雲紫、鈴仙の三名が館に侵入する、僅か10分前の出来事だった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

169魔館紅説法:2018/04/11(水) 22:15:46 ID:yKigOAvE0
【C-3 紅魔館 地下階段/午後】

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:タンデム、疲労(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ、 右太腿に小さい刺し傷、両掌に切り傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、 胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部
[道具]:オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:メリーと蓮子をDIOの元へ連れていく。
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:八雲紫とメリーの関係に興味。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:精神消耗、衣服の乱れ、『初めて』を奪われる
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:蓮子と一緒に此処から脱出する。ツェペリさんの『勇気』と『可能性』を信じる生き方を受け継ぐ。
1:蓮子を見捨てない。
2:八雲紫に会いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。


【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:健康、肉の芽の支配、衣服の乱れ、『初めて』を得た
[装備]:アヌビス神@ジョジョ第3部、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
[道具]:針と糸@現地調達、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:DIOの命令に従う。
1:メリーをこのまま篭絡する。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。
※アヌビス神の支配の上から、DIOの肉の芽の支配が上書きされています。
 現在アヌビス神は『咲夜のナイフ格闘』『止まった時の中で動く』『星の白金のパワーとスピード』『銀の戦車の剣術』を『憶えて』います。

170 ◆qSXL3X4ics:2018/04/11(水) 22:17:03 ID:yKigOAvE0
これで「魔館紅説法」の投下を終了します。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
感想や指摘などありましたらお願いします。

171名無しさん:2018/04/13(金) 01:09:01 ID:9JUn87ig0
投下乙です。

白蓮様の裸…ふぅ、それはそうと白蓮様って黒の下着を着けてたんですね。尼さんだから下着は褌、もしくは…なんというか白い着物的なものだと思ってましたよ

172名無しさん:2018/04/13(金) 02:02:20 ID:.o/0KVwM0
こんなエロい聖職者が許されるのか

173 ◆yvMlJZlK/.:2018/04/13(金) 06:42:35 ID:fozq1zFY0
二次元ではデフォ


DioがDIOに牙を剥く時はいつになるのか
そして坂道を転がり落ちる静葉はどうなるのか

174 ◆qSXL3X4ics:2018/04/14(土) 00:58:59 ID:i/vA2oZY0
博麗霊夢、霧雨魔理沙、空条徐倫、ジョセフ・ジョースター、因幡てゐ
以上5名予約します

175 ◆qSXL3X4ics:2018/04/21(土) 19:05:47 ID:0e5ote3o0
投下します

176Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:06:57 ID:0e5ote3o0



 人間はみずからつくるところのもの以外の何ものでもない。



            ◆

『博麗霊夢』
【午後】E-4 川沿いの道


「はー? 私とジョジョの記事があのバ鴉天狗に?」


 不快と呆れを3:7でブレンドさせた少女の絶妙に微妙な容貌が、横を歩く魔理沙と徐倫に向けて炸裂した。

 生死の境を彷徨う間、霊夢を取り巻く環境は一変したと言っていい。周囲のみならず、彼女自身の内面も大きく変化しつつあるのだが、今求められるのは自分が昏睡中に身の回りで何が起こっていたかだ。
 魔理沙はアテのない仲間探しの道中、此度の霊夢・承太郎救出作戦中に起こった出来事を掻い摘みながら本人へと説明した。
 守矢の分裂やディエゴ・青娥の追撃戦、『悪魔』の奇襲と、詳細に陳列すれば途方もない闘いが随所で勃発していたが、取り敢えず霊夢が反応したのは、人里にて目撃した件の電子看板、そこにデカデカと映された姫海棠はたての新聞の事であった。

「ふざけてる。こっちは本気で死に掛けた上に、実際───ううん。とにかく、あの連中は見付け次第とっちめるリストに入れとかないと」
「連中? その新聞作ったのは、はたて単独っぽいぜ」
「天狗なんて全員ひとまとめよ、ひとまとめ。どーせ黒い天狗の方も似たような黒ーい事やってんのよ、決まってるわ」

 見た目にはいつもの調子の博麗霊夢である。浅はかな同僚の思わぬとばっちりを受けた射命丸文の言い訳模様を頭に浮かべながら、魔理沙は友人のプンプン顔に対しひとまず安堵の気持ちを覚えた。

「んじゃーその、天狗とかいう妖怪は全員とにかくブン殴っときゃいいわけね? 何人いるのか知んないけど」

 徐倫も霊夢の怒気に当てられたのか、有り余った闘気を存分に顔に出し、見付け次第ブン殴るリストの補充を行う。ここに居る三人は、漏れなくはたての花果子念報の餌食となった被害者達だ。記者に悪意はないだろうが、やってる事はあまりにタチが悪過ぎる。

「まあでも、事今回に限ってはアイツの新聞は一応は役に立ったとは思うぜ。その新聞を見たから私と徐倫はお前を助けられたんだから」

 それでも魔理沙だけは、はたてをフォローするような発言を述べておく。あの天狗はお世辞にも善行を行ったなどと褒めようもないが、結果的には霊夢の命だけでも救えたのは紛れもない事実なのだから。

「知るか。下手すりゃ危険人物が大量に押し寄せてくる羽目になったかもしれないんだから」

 そんな魔理沙の懸命な良識も、博麗の巫女には一蹴される運命にあるらしい。
 あの混沌とした戦場は最早人妖の飽和状態であった。神奈子やディアボロに並ぶ名だたる強者が、その新聞に興味を抱いてやってきた可能性も充分にあるのだ。第一にして、あの場の上空にははたて自身がカメラ片手に意気揚々とカシャカシャしていた。トドメに、厄介なウェスを持ち運んで来たのも恐らくあの女だ。
 情状酌量の余地無し。冷静によくよく思い出していくだけで、魔理沙のはたてに対する悪印象は雪だるま式に加算されていく。
 むず痒い顔に歪んでいく魔理沙の心奥を悟った霊夢も、ここぞとばかりに天狗の危険性を説明する。

「天狗は人心掌握と情報操作に長けた種族。そのはたても文ほどの器量じゃないにせよ、平気で場を掻き回そうとする輩よ」

 妖怪の厄介さを、誰よりも身に染みた実体験という形で得ている者こそが、妖怪退治専門家の巫女である。彼女と違い少々人情味のある……悪く言えば甘い性格の魔理沙や、外の世界出身の徐倫へと、霊夢は警告じみた説明で念頭に置かせた。

 元々容赦のない少女だ。霊夢はもしかすれば、このゲームにおいて既に妖怪の一匹や二匹、退治───殺害しているのかも。
 魔理沙は霊夢に対し、随分冷酷な疑問を差し向ける。一般的な友人関係であったならすぐさま破局に向かうその訝しみも、こと霊夢相手ならば有り得ないとも言えない可能性。
 本来の霊夢を知る者であれば、それもむべなるかな。先の天狗評を例に示す通り、彼女は基本的に妖怪を始末する役職であり、彼女自身の性格も決して生温くなどない。

177Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:08:36 ID:0e5ote3o0



「……殺してるわよ、一人だけ」



 魔理沙の疑心を嗅ぎ取ったのか、霊夢が突如としてその言葉を口にした。
 それは魔理沙が心に抱いてしまった下衆な勘ぐりに対し、完璧に答えてくれる解答。何となく予想はしていた為、魔理沙も大きくリアクションを取ることはなかった。
 代わりに立ち止まり、身の丈に合わないその魔女帽に乗っかった雪をぱたぱたと叩き落とす事で、心の動揺を誤魔化した。

「……まだ何も言ってないんだがな」
「アンタの目は口より物を言うのよ」
「こりゃ、参った。流石の勘と言うべきか」

 はは、と普段の奔放な姿が嘘に感じられる力無い笑みを、魔理沙は帽子を被り直しながら零した。
 珍しい事じゃない。むしろコイツの日常そのものじゃないかと、自分の心で問い掛けた疑問への答えを否定せしめる。
 霊夢はただ、いつもの様に妖怪を退治しただけだ。彼女なりの手段で、椀から溢れた水を拭き取るような……在る儘の形を取り戻しただけ。


 ───違う。

 妖怪退治と殺しでは、全く意味が異なる。
 それはひとえに『殺人』の告白。
 幻想郷の形を取っただけに過ぎないこの世界において、妖怪を退治するという出来事は、殺人という名の禁忌を犯す事と同義だ。
 そこに人も、妖も、神も、差別などない。ただ『殺人』という一つの大罪が、歪な鎖の形となって本人の心に深く食い込み絡まるだけ。
 
 『死』に触れる事を恐れる魔理沙ですら、そんな当たり前の不文律などとうに理解出来ている。


「『人間』よ。妖怪ですらない。私は咲夜を殺した」


 再び、危惧する魔理沙の心を見抜くように。
 次第に困惑を肥大させていくその心に、追い打ちを掛けるように。

 霊夢はいつもの表情で。
 淡々と、井戸端で世間話でも始めるみたいに告白した。

 人を。
 十六夜咲夜を、殺したのだと。


「……天狗の新聞には、アイツの元気な姿が写っていたが」
「中身は別人。F・Fっていう、人や妖怪ですらない生き物よ。アイツも行方を眩ましてしまったけど」


 事の流れを見守っていた横の徐倫の眉が吊り上がる。その様子を視界の端に捉えた魔理沙だが、お構い無しに話を続けた。


「説明しろ……つっても無駄か?」
「少なくともアンタに説明する義務は無いわね」
「……レミリアには」
「まだ会えてない。今から捜す」
「そうかい」


 短い会話だが、霊夢の霊夢然とした態度の中に薄らと……彼女と深い関わりを持つ者のみがようやく見える、ほんの僅かな齟齬を感じた。
 何も感じてない訳では無い。霊夢とて鬼や悪魔ではなく、顔見知りに手を掛けてしまった事への罪悪感くらいはあるのではないか。長い付き合いを通してきた魔理沙ですら、そんな人として当然の感情をようやっと霊夢に見出す。
 逆に言えば、それくらいあっさりと、霊夢は咲夜の死を口にしてきたという事になる。

「じゃあ、私からはあんま深く聞かねえよ」

 向こうにも事情はあるのだろう。
 そしてそれはきっと、魔理沙が危惧する類の出来事ではない。霊夢が自らの意思で咲夜を殺すわけなど、無いのだから。
 現に霊夢はレミリアを捜すのだとハッキリ言った。それは主である彼女に対し、判然と負い目を感じているという証左に他ならない。
 どちらにせよ、これは部外者である魔理沙が軽々と侵していい領域ではない。この話題をこれ以上広げるのは、誰かの心が傷付くだけである。


「じゃあもうひとつ訊きたいことがある。あの八雲紫とかいう女は、お前と同じに仲間を殺したのか?」


 ところが、会話をここで有耶無耶にすることは許さないとでも言いたげに険しい顔をした徐倫が、もう一つのデリケートな話題を掘り返した。
 途端に脳へと想起されるのは、またしてもあの厄を呼ぶ天狗の新聞だ。
 確か、内容には紫が猫の隠れ里にて三人を殺害したという旨がデカデカと書き綴られていた。それも疑いようのない証拠写真付きというオマケまで載せられて。
 ともすればその事件は、霊夢以上に不信が募りかねない事態だ。胡散臭さをウリにすれば雲の上までその名を轟かせるであろう八雲紫だが、少なくともあの女が自らゲームに興じるなんて事はまず有り得ないと断言出来る。
 恐竜化の解けた紫には、時間を取って様々な事情聴取でも行おうとしてはいたが、生憎の襲撃三昧によりとうとう訊けず仕舞いで今に至る。
 魔理沙にとってもそれは、先延ばしにするべきでない話題だ。徐倫の厳しい問いに乗っかるように彼女は、無言の圧力を霊夢に向けた。


「知らない。でも、きっとアイツも私と一緒で……誰かの命を奪ったんだと思う」


 柳の如く二人の視線を受け流す霊夢は、立ち止めていた足を再び動かし始める。その小さな背中と共に語られた言葉は少し曖昧ではあったが、どことなく確信のような物を含ませるニュアンスが混じっていた。

178Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:09:37 ID:0e5ote3o0


 霊夢と紫。このゲームが開戦を告げて以来、二人の間に交わされた意志は微々たるモノだ。
 ただ、紫が『あの時』……ほんの一言。
 

 ───『霊夢っ!!助けっ───』


 ディエゴに捩じ伏せられ、支配に蝕まれる刹那。
 聞きたくもなかった台詞と共に、大妖怪は腕を伸ばした。
 思えば最初で最後の会話、の様なものだったのかもしれない。
 あの瞬間に、紫の屈辱と悲哀と悔しさとが、濁流のような猛烈とした勢いで頭の中に注ぎ込まれた。

 同じ『罪』を背負ってしまった同胞。
 霊夢はあろう事か、弱々しい姿の紫に対し同情してしまったのだ。
 「ああ。アンタも、そうなんだ」と。
 息苦しくて仕方なかった心の重みが、ほんの少し軽くなった気がした。
 同じ傷を舐め合うという無様な共感が生まれ、常に掴み所のなかった大妖が隣に座った感覚まで湧いてきて。


「誰からそんな事訊いたの? 本人?」


 大方の予想もつく。けれども霊夢は、その予想を現実に顕現させようと徐倫に問い返した。

「紫も花果子念報に撮られていた。真相は不明だが、アイツは妖夢を殺しちまったらしい。地底ン所の鬼の勇儀と、他に人間の男までまとめてな」

 代わりに答えたのは魔理沙であった。現場写真を撮られている以上、現在の紫の立場はかなり危うい評価に落とされつつある。魔理沙とてそれを根っから信じているわけではないが、本人の様子を見た限りではあながち全くの虚偽でも無かったように思う。


「妖夢を…………そっか」


 淡白な反応しか返さない霊夢は、歩みを止めぬままに表情を見せようとしない。いつだって人を置いて行く霊夢らしいものだが、普段通りのはずの態度には違和感をも感じ取れる。

 魂魄妖夢とは、紫の数少ない友人である西行寺幽々子の持つ、唯一人の従者だ。
 幽々子と妖夢の仲は良かったというか、主従にしては距離感は近いように思えた。主の幽々子が懐きやすい性格をしているせいか、グイグイと身内を愛でる光景は宴会の中においても別段珍しいものでもない。
 そんな、ある意味理想の主従であった妖夢を、紫が殺したという。それは紫と幽々子の間を紡ぐ信頼関係に、どうしようもなく深い溝をヒビ入れかねない特大の爆弾だ。

 霊夢はしきりに咲夜を殺したと言うが、直接的な加害者は魂魄妖夢である。それが如何に本人の意図しない害意であったとしても、事実は変わらない。
 その妖夢が、紫に殺された。無論、真意は正当防衛のようなものだ。
 霊夢は、咲夜を手に掛けたのが妖夢である事も、妖夢と紫の間に起こった出来事も、何の真実も知らずにいる。
 しかし紫はどうだろう。少なくとも彼女は、きっと自ら手を血に染めてしまったんだろうなと、漠然な確信が霊夢の中に浮かんだ。
 そんな禍事を起こした直後とあっては、紫の力の衰弱ぶりにも納得が行く。それを思えば急激に紫への心配が高まっていくのも必然というものだが、霊夢は敢えてその気持ちを無視する。
 だが一方の魔理沙は、そうは行かなかった。彼女は沈痛な面持ちで自分の意見を霊夢に伝える。


「まず紫に会いに行かないか?」
「事前にアイツと待ち合わせでも設定したの?」
「それは…………してないんだが」


 瀕死の霊夢らを預けるだけ預けておいて、肝心の本人は別の急患を請け負いながらとっとと地底に潜って行った。その際に、普通は次の集合地でも伝えるなりして円滑な合流を図ろうとするだろう。その時間的余裕くらいはあった筈だ。
 だというのに紫は何の対処も合図も伝えようとせず、そのままいつもの様にスキマの奥へと引っ込んだ。これが単なる痴呆であればすぐさま賢者の称号を剥奪しなければならない不手際だが、それはきっと間違った認識なのだろう。

「アイツはアイツでやるべき事でもあるんでしょ。私がレミリアに会わなきゃいけない理由があるのと同じに、紫も幽々子に話さなきゃならない事はあるって事よ」
「それまで……アイツは私らとは会わないつもりか?」
「会いたくないのかもね。特に私には」

 本来であればその立場をとっても関係をとっても、互いを気にかけるべきとも言える二人だったが、不思議と霊夢の中には紫に会いたい気持ちが湧かない。少なくとも、今は。
 地に落ちた大妖の、あの顔が痛烈に印象に残ってしまい、出来ることならあのシケたツラだけは二度と見たくないとまで思う。紫も紫で、きっと色々なことにケリを付けなければならない逆境の中だろう。

179Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:11:43 ID:0e5ote3o0


「……『約束』ってのは、神聖なのよ。紫はそれを、軽々しく扱ったりはしない」
「あ?」


 ポツリと生まれた言葉を、発した霊夢自身もグッと噛み締めるように堪能する。瞼の裏に一瞬だけ映ったのは、物悲しい神社の縁側で、満点の星空を眺める男の黒い背中。
 もはや霊夢の中で、その存在は一種のしがらみに等しい。考える程に嫌な気分が募ってくるそれを振り払うように、彼女は大きな紅のリボンと共に頭をぶんと振った。

「別に。紫の奴がアンタに待ち合わせの指示を飛ばさなかったのは、ただ約束を守るつもりがなかったから。それだけ」
「……ま、そういう事にしとくぜ」

 霊夢が覗かせた不審をどう解釈したのか、魔理沙も追求はせずに素直なまま受け止める。どちらにしろ、紫達の到着まで寺で暇を潰すなんてのは魔理沙の性にもあわない。


「で、ジョジョの子供さん」


 唐突に霊夢が振り返り、白のお祓い棒をシャンと振り落としながら徐倫を睨み付ける。話題を変えようという魂胆が見て取れると、睨まれた徐倫は頭を掻きながらに思う。


「あのなあ、私には空条徐倫っつー名前があんのよね」
「……娘のアンタも『ジョジョ』ね。偶然?」
「知るか。あたしの父も『ジョジョ』だなんて呼ばれてる事にはちょっと驚いたけどさ、あたしをその名では呼ぶなよ。特にお前なんかには絶対呼ばれたくない」
「呼ばないわよ。私にとっての『ジョジョ』は承太郎だけ」


 霊夢にとって〝ジョジョ〟の名が持つ意味とは、今や計り知れない。
 あの『霊夢』の中で、一人の少女がじゃれ合うように命名したそのアダ名は、ただのアダ名でありながらも、規律に縛られていた自身の殻を突き破る転機となり得る、これ以上なく神聖な命名行為から生まれた無二の命の様な存在だからだ。
 命名、とは『命』に『名』を付ける儀式を云う。博麗神社の巫女を担う彼女は、職業上その行為自体にはとんと慣れたものであったが、霊夢本人の意思・自我側から他人へと擦り寄ろうとする、所謂『遊び』の延長線上でのアダ名付など初めての事であった。


 〝ジョジョ〟とは、博麗霊夢の『特別』だ。
 星屑の流れる夢を経て少女は、何処にでも在るような当たり前の『特別』を得てしまった。
 その特別たる名と同じ響きを、空条承太郎の他にも幾つか確認している。とは言っても、承太郎と同じ理屈で彼らにも同じジョジョの名が付けられそうだ、という浅い響きでしかないが。
 名簿にはあと、6人程見掛けられる。それがなんだか、死んだ承太郎の代わりの様にも思えてきて、霊夢からしてみればちょっぴり気に食わないのだ。
 今本人が堂々口にしたように、霊夢にとっての〝ジョジョ〟は承太郎のみなのだから。


 その内一人の、空条徐倫。
 曰く、承太郎の娘。彼女を目の前にして霊夢は、どうしても重ね合わせずにはいられない。
 自分を下した、あの男の姿と。


「太田と荒木は私がとっちめる。あんたはあんたで父親の意志を受け継ぎ、同じ目的を遂げるつもりでいる。そう言ったわよね?」
「言ったさ。だからなに? “これまでの無礼は謝るから、これからは仲良くしましょうね”って言いたいワケ?」

 話を振られた徐倫は、あくまでも刺々しい姿勢を崩さない。父を失ったばかりの彼女にとってそれは、致し方ない対応なのかもしれない。まして霊夢は、承太郎を差し置いて一人助かったという事実を当たり前のように話しているのだから。
 少なくとも、徐倫の目からは霊夢がそう見えた。博麗の巫女である自分の命は、承太郎の命よりも遥かに重く尊厳で、蘇生に『選ばれた』という奇跡は当然の賜であるかのように振舞っているようで。

「別に仲良くするのは構わないわよ。ある程度の協力も譲歩も、ここから先は必要になってくるでしょうし」
「おい霊夢。なんだってお前……」
「魔理沙には言ってないわ。そんな事より、主催の二人を倒すって目的が同じなら、これは私とコイツの『勝負』でもあるって事なのよ」

 消え失せた約束。承太郎が手の届かぬ場所へ行ってしまった今、霊夢の中でそれは『主催を倒した者の勝利』という勝負事へと変化している。
 となれば、同じ志を抱く徐倫も霊夢にとっての競争相手。

 霊夢は空条徐倫を通して、最強のスタンド使い〝空条承太郎〟に打ち勝つ気概でいた。
 彼女の力は父よりも遥か格下の他愛ないものだが、その力強い瞳は承太郎と酷似している。故に、同じ〝ジョジョ〟の名を受け継いだ徐倫にだけは負けるわけにはいかない。

180Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:12:26 ID:0e5ote3o0


 承太郎は死んだ。もう、どこにも居ない。
 神聖なる約束を交わしておきながら、勝手に死んで勝ち逃げされた。
 心の何処かで、巫女は思う。
 『特別』たる自分を生かすため、幻想郷が博麗霊夢を選んでしまったのではないか、と。
 かつてとは大きく違い、霊夢は今の己を『普通』だと自覚しつつある兆候が現れている。
 しかし主観ではそう思いたくとも、幻想郷そのものは少女の身勝手な自覚を許そうとはしないのかもしれない。束縛からの巣立ちを阻止するつもりなのかもしれない。

 またはその逆で───『博麗の巫女』というしがらみから解き放つ為に、霊夢のみを生かしたのか。

 そんな事は知りようもない。彼女らの生死に大した意味などなく、ただ霊夢のみが残り、承太郎が弾かれてしまっただけなのかもしれないのだから。
 そもそも霊夢や承太郎をこうまで追い込んだのはDIOやディエゴであり、幻想郷は関係ない。考えるだけ詮無いことなのだろう。
 しかしやはり。俯瞰的に。神の視点で見下ろすのなら……博麗霊夢とは、『特別』なのか。


 空条承太郎。その男は、本人が言う通りにきっと……『普通』の人間だったのかもしれない。
 ちょっと強面で、ちょっとグレていて、ちょっと強過ぎるだけの、普通の高校生だ。
 一方で霊夢は、授かった能力も立場も『特別』。彼女の成す調和・采配一つで、危うい平衡の上に保った世界は容易く穴が開きかねない。
 承太郎と霊夢。どちらを生かすべきかは、誰の目から見ても明らか。言うにも及ばぬ選択肢だ。
 それは幻想郷の者であれば至極当然の意思。承太郎の様に、霊夢の事を『普通』だと言ってくれる様な変わり者でなければ、それがマトモな考え方なのだ。

 もしも……そんな当然で───馬鹿げた基準などで神が霊夢を選んだのであれば。
 そしてもしも、その神とやらがあの『主催』───特に太田順也であったのであれば。

 博麗霊夢は、奴らを絶対に許せない。
 一介の少女から『約束』を奪った奴らを許せない。
 もしその選択自体が幻想郷の意思であったならば───。


 ここまでを考えて、霊夢は思考を押し留めた。
 幻想郷に対して疑惑や否定の観念を浮かべる事など、御法度だ。それは只でさえ際どいバランスの崩壊にすぐさま繋がりかねない。
 既に起こってしまった胸糞悪い奇跡よりも、今は前を向いて歩かなければ。そうでなければ、死ぬまでアイツには勝てないだろうから。


 キッと視線を鋭く変貌させながら、霊夢は目の前の女へとお祓い棒を差し向けた。


「空条徐倫。あんたはジョジョに遠く及ばない。
 あんたにあの男は越えられない。
 だから、この『勝負』は私が勝つわ。今度こそね」


 果たして、これが自分の望んでいた事なのだろうか。
 徐倫との勝負に勝つ事で、間接的に承太郎に勝つ。
 それしか残っていない、『約束』を果たす為のルート。
 自分の目から見ても未熟に見える徐倫の姿を、強引に承太郎へと重ね、契りを果たした気になる自己満足などが……果たして。


「ようやく名前で呼んでくれたと思ったら……大した宣誓だわ。
 父さんを越えるとか、勝負だとか……あたしは正直どうでもいい。でもな」


 イモ臭い下着なんぞを穿いた歳下の小娘。ちょっと達者な技を使えるという程度でこうまでイキられちゃあ、流石の徐倫も何も言わないわけにはいかない。
 面倒臭そうにもう一度頭をボリボリと掻きながら、彼女は物怖じひとつ見せずに一歩前へ出て、言ってやった。


「そんなくだらねー約束なんかにこだわってる時点で、お前は『特別』でも何でもない。チャチな悩みを振り翳して一級気取るお前の正体は、どこにでも居るような『普通』の小娘だって事をあたしが教えてやる。
 その為にチョイと手を組みたいって言うなら、あたしは別になってやってもいいぞ。お前の『仲間』に。
 な? 霊夢“ちゃん”」


 否が応にも承太郎と重ねざるを得ない娘、徐倫。けれども負傷した自分にすら及ばない上で父の意志を継ぐと宣う彼女を、霊夢は気に食わない。
 今、彼女が吐いた言葉にしても大いに気に食わない。よりによって承太郎と同じ言葉を、安い挑発の意味合いでしかない形で吐いてみせた徐倫を。
 霊夢はとても気に食わない。

 徐倫にとっても同じこと。霊夢と父の間に何があったのかは知らないし、もはや興味もない。
 ただ、悟った様なツラで背伸びしながら父を語る霊夢を。血の繋がった自分よりも父を知ったフウな語り草で宣う霊夢を。
 徐倫はとても気に食わない。

181Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:12:59 ID:0e5ote3o0


(…………霊夢)


 この不毛とも呼べる対立を外から静観して見ていた魔理沙は、二人の反目を止めようと思うより先に全く別の感情が生まれつつあった。
 視線の先に居るのは勿論、古馴染みの霊夢だ。実の所魔理沙は、いざこざは兎も角として霊夢の見せるらしくもない物言いに対し、物珍しさと共に頬が緩むような、期待感とも言うべき感情が湧いていた。

 それは、ともすれば霊夢にとって良い兆候なのかもしれない。
 度々喧嘩を売るような言い方には流石に眉をひそめるが、たかだか一つの勝負事にこうまで躍起になれる霊夢など、魔理沙が知る限りでも見たことない。
 そこにはどこか自由で人間らしい博麗霊夢が、一人の少女として自己主張している姿が映し出されている。
 以前までの彼女が不自由で機械的、とまでは言わない。どころか魔理沙の知る霊夢は、誰よりも自由な精神で空を飛び、何よりも自己性を完成させた一個の人間だとすら思っていた。
 その認識が誤りだったとも言わないが、今の霊夢を見ていると、過去の霊夢とは違い別ベクトルに歩み出した『未完成』の少女の様にも思えてくる。
 完成から未完成へと進みゆく霊夢の今が、『衰退』だと一言に断ずる事など魔理沙には出来ない。

 昨日までの霊夢はどうであったか。
 博麗の巫女は悠然と遠い空の上で、いずれは彼女に手を届かせようと懸命に魔法を磨く魔理沙を、嘲笑うように舞うのみだった。
 その視線には、魔理沙の姿など眼中にも無かったと思う。それどころか、いつ見ても何を望み、何処を見ているのかまるで掴めずにいた。本当に同じ人間なのか、たまに疑いたくもなった。


 完成された楽園の巫女・博麗霊夢。その存在が、今では『普通』の少女のような葛藤を持ち、『普通』の少女のように誰かの手を借りようと動き始めている。
 まるで、『普通の魔法使い』を謳う誰かさんの様に。魔理沙は今、以前よりも遥かに霊夢という存在感を近くで感じている。

 正直に言うと、自分から見ても『普通』に近い博麗霊夢を、魔理沙は嬉しく思う。
 同時に、悲しさもあった。
 霊夢の後ろ姿に追い付く為に人生の大部分を費やしただけに、結果は魔理沙が『追い付いた』のでなく、霊夢が地面に『降りてきた』だけであることが。
 どうしようもない差を縮めたのは、魔理沙の努力ではなかった。霊夢個人の葛藤だか気まぐれだか。またはあの承太郎という男の存在が、魔理沙の今までを無かったことにしてしまった。
 不本意な形で叶ってしまった夢は、霧雨魔理沙の『これから』を宙ぶらりんに吊り下げた。たとえこのゲームを破壊し元の幻想郷へと帰れたとして、魔理沙はこれから何を目標にして自分磨きを続けるべきであるのか。

 そんな考えこそ不毛でしかない。今の霊夢をそのような視線で眺めることは、彼女に対して見下げた侮蔑の眼差しで見るに等しい行いだ。

 もしかしたら、霊夢とは今まで通りの関係ではいられなくなるかもしれない。
 思春期の少年少女が誰しも抱える様な、ありふれた悩みかもしれない。しかし、今はこれでいいとも思う。あの霊夢が、自分の力を借りようと手を差し伸べてくれるのであれば。

 それは紛うことなき、魔理沙の本懐なのだから。
 私の魔法は、霊夢に追い付く為ではなく。
 霊夢の手を取る為に磨き上げてきた。
 そう、考えれば良い。その方が、気が楽だ。


「まあまあ。霊夢も徐倫もさ、もう少し穏便に行こうぜ。お前らがギスギスしてちゃあ、板挟みの私が居心地悪いだろ」


 いい加減、この張り詰めた空気を緩めようと魔理沙が間に入ろうとする。霊夢の変化には複雑な思いもあるが、実際問題としてこの不協和音の中で異変解決を図ろうという状況も、魔理沙にとって息苦しいのは事実なのだ。

 静と動の視線が互いを睨みつける中、魔理沙は二人の肩を叩こうと霊夢に近づく。



「う…………ッ!」



 霊夢が突如、平然とした顔を歪め膝を付けたのは、その瞬間であった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

182Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:13:43 ID:0e5ote3o0
『ジョセフ・ジョースター』
【午後】E-4 川沿いの道


「ずっと思ってたんだがよォ」
「なにをよ」
「キレイだよな」
「えへへ。よく言われるんだけど、改めて言われると照れるなあ」
「いやオメーじゃねーよこのスットコドッコイ!」


 西に傾く太陽の陽射しも、まだらに振り撒かれる雪の傘に遮られ、陽光としての効力は普段の半分にも達していない。先程までの雨天よりかは幾分マシだが、安全な旅順を期待するにはこの雪景色では多少不安である。
 雪の本降りとなれば今より更に動きづらくなる環境となるだろう。そういう意味では、車という足を入手出来たのは幸福に違いない。これが隣の助手席に座る、幸運の兎によるもたらしかは不明だが。
 とはいえノーリスクとはいかない。バギーカーという車種は、基本的にエンジンが騒々しい作りとなっている。こういったバトルロワイヤルの土地で、自らの位置を高々と叫ぶような走行音を常に撒き散らすというのは、乗り込む者にとってはリスクも隣り合わせの乗り物である。

 甲高いエンジン音を鳴らすバギーとは相対的に、車内の空気は些か平穏であった。
 てゐでは身長が届かないし免許も無い、という理由ではないが、車の操縦者は当然の様にジョセフに決まった。彼の操縦する乗り物は決まって大破するというジンクスをてゐが知っていれば、無理にでも自分で操縦していたのかもしれないが。

「俺、日本なんて初めて来たからよォー、こういう異国文化に触れる機会なんて実はあんまねーのよ。ルンルン♪」
「それ言うなら私だってそーよ」

 縦横無尽にハンドルを切りながら、ジョセフの首はそれと連動するかのように右へ左へ、病院へ連れられてきた猫の様な慌ただしさで曲がりくねる。物珍しい日本の田舎風景を堪能しているのだ。
 子供の様な興味欲を宿す瞳を横目に、てゐは真逆の反応を貼り付けた仏頂面で適当な返事を返した。
 彼女からすれば自分の住む土地なのだから、外を走る光景など別段珍しくも何ともない。どちらかと言えば、今自分達を乗せて走るこのスタイリッシュな鉄の馬の方に興味が湧く。猛る騒音に目を瞑れば、もとい耳を塞げば、馬を走らせるより余程速いスピードの自動車という発明は画期的と讃えても良い。

「凄い発明だよね、この自動車って奴は。姫様あたりが見たらキャッキャしながら乗り回しそう」

 永遠亭の誇る蓬莱山輝夜となれば、風流かつ上品雅で美妙たるお姫様で通っており、あながちそのイメージも間違ってはいない。
 が、意外とあの方は雅俗混交というか、時に俗っぽい戯れをやられる。受け入れるべきは寛大に受容し、楽しむべきは大いに満悦するのが、かの月姫の真髄なのだ。最近になっては特にその傾向が強い。

「お前んとこで一番エラいお姫さんか? それってやっぱ美人なの?」
「あー美人も美人。アンタみたいなマッチョが百人居たって釣り合わないお姫様だよ」

 後頭部をシートに埋め込みながらてゐは、自らの主人である輝夜に思いを馳せる。彼女は今頃お師匠様と再会を果たしている頃だろうから、我らが月の二大戦力がようやく揃ったというわけだ。
 そこに自分なんかが介入する隙間など、残されているかすら怪しい。てゐですらそうなのだから、相棒を担うジョセフなど論外。こんな下品で破廉恥でマッチョで図体のデカい女好きがあの美女二人を毒牙にかけようとあれば、きっと即座に返り討ちにされるに違いない。
 詐欺師は詐欺師同士、こうしてコツコツ地道な道程を歩んでいけばいいのだ。その為にこうして今、優秀なる巫女や魔法使いをパーティに加えようと奔走しているのだから。

 渦中の輝夜がゲーム開始早々、ポテチピザコーラの三種の神器を腹に収めるに飽き足らず、あまりに無情な6時間を少年ジャンプと共に過ごした後にマイカーを事故に遭わせた事実は、勿論てゐの耳には入っていない。こればかりは知らぬが仏という言葉が相応しい。

183Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:15:06 ID:0e5ote3o0



「…………ん!?」



 そこへジョセフの目が唐突に丸まった。
 すわ敵襲か。てゐは早速シートの下に体を沈めて丸め、身を隠しながら運転席のジョセフに声を荒げる。


「ど、どうしたジョジョ! 敵!? 敵ならそのまま轢き殺せッ! この雪がきっと私らの犯行の跡を掻き消して……」
「アホ。ありゃあ多分……敵じゃねえ」


 冷静に前方を見つめるジョセフは、じっと首の後ろをさすった。さっきから、妙に首元が疼くのだ。
 確か、人間の里にて悪徳神父と出会った時にも朧気に生じた感覚だ。だが目の前にいる集団───三人の少女(一人はかなりタッパがあるが)の中に神父の姿はない。

 その内の二人は随分と分かりやすい服装だ。仲間を探すにあたり、事前にてゐから訊いていた『紅白の巫女服』と『白黒の魔女服』の容姿と合致する。


「見付けたぜ。出てこい、てゐ。あいつらがそうか?」


 頭上から被せられた一声に、てゐのウサギ耳がぴょこんと跳ねてフロントガラスに映る。
 そっと顔だけを覗かせ、彼女は求めていた希望の星の姿をそこに認知した。


 ───が、少し様子がおかしい。



「…………霊夢?」



 見間違いでないならば、てゐの瞳に映る光景は息苦しそうに膝を突く“あの”博麗霊夢と、心配そうに彼女を介抱しようとする霧雨魔理沙。
 衰弱する霊夢とはまた珍しいが、問題なのは如何にしてあの博麗の巫女をそこまで追い詰めたのかという過程と、その恐るべき相手だ。異変解決のエキスパートとして真っ先に名前の挙がる驍勇無双の二人を目前にするも、ここに来ててゐの胸中に不安が過ぎる。

「おいおいおい」

 なんだか、想像していた図と違う。
 てゐは決して巫女や魔法使いと仲良しこよしだった訳でもないが、あの有名な二人に泣きつけば邪険にされこそすれ、何だかんだ同行ぐらいは許されるだろうという怠慢の気持ちはあった。

 今てゐの眼前にあるのは、率先して悪者をバッタバッタと薙ぎ払う一騎当千巫女の姿ではない。
 『普通』たる魔法使いの魔理沙の方がまだ動けそうだと断ぜられる程に、弱りきった博麗霊夢の姿。

「なーんか、あちらさんも色々大変みたいね」
「バカ、なに呑気なこと言ってんのさ。とにかく、事情を聞くよ」

 他人事な台詞を吐く相棒をよそにして、てゐはやや焦り気味にドアを開けて外に飛び出した。見た所では霊夢の外観には目立つ外傷は無さそうだが、歩くのも辛そうであれば一先ず後部座席をベッド代わりにでも使わせて恩の一つも売っておかなければ。
 薄く積もり始める雪の絨毯に足跡を付けた瞬間、相手集団の中で唯一てゐの見知らぬ女が構えながら警告を発してきた。その瞳に宿るのは、当然警戒心である。


「ヘイ! そこで止まりなアンタ達」
「あ、いやいや私らは怪しいモンじゃなくってさ。そこの紅白と白黒の二人とは大親友の……」
「……永遠亭んトコの、悪戯兎か……」
「おい霊夢、まだ動くなって!」


 てゐの来襲を虚ろな瞳で認識した霊夢は、ゆらりと立ち上がると右手のお祓い棒を思い切り向けて構えた。警戒を崩さないその姿勢は、流石の熟練者だという片鱗だけは見て取れる。しかし実態は、弱者のてゐであってもほんの一押しで頭から倒れそうな程にヨロヨロと危なっかしい、タチの悪い風邪でも患ったかのような有様である。

184Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:15:32 ID:0e5ote3o0

「確か、因幡てゐ……だっけ。正直アンタはそこそこ怪しいモンリストに名を連ねた奴だと記憶してるんだけど、何しに来たの?」
「いや、何しに来たって言うか……それより霊夢こそどうしたのさ? 随分青い顔になっちゃってるよ、今のあなた」

 衰弱しようがそこは凄腕の巫女様。悪徳と名高い竹林のイナバと見るや、煙たがっていることがすぐに分かるニュアンスを第一声に混ぜてきた。普段の行いを考えると自業自得とも思うが、出来る限り穏便な接触を望むてゐにとっては心外である。
 交渉事は得意という自負もあるが、考えてみれば霊夢から良い印象を持たれないのも当然だ。気は進まないが、ここは同じネゴシエーションを得意とする頼りの相棒に任せよう。

「ジョジョ! ここはアンタに任せたよ!」
「あぁん? 俺かよ……お前の知り合いだろうに」

 エンジンを掛けたままてれてれと出てきたジョセフは、強引に握らされたバトンを嫌そうな表情で受け持つ。

「ジョジョ……?」
「あー? ったく、コイツもジョジョってワケ?」

 てゐが発した『ジョジョ』の言葉に、霊夢と徐倫が同時に反応を示した。二人が共鳴して吐いた小さな溜息には、あまり歓迎しないようなムードが漂っている。
 よく分からない所から溜息など吐かれた対応にもめげず、ジョセフはなるべくこの空気を換気する為に明るいムードを作りながら馴れ馴れしく声を掛けた。

「へ〜いカノジョ達ィ! 俺のチビの相棒が失礼したな」
「誰がチビだこの巨木」
「うっせ! とにかく、俺もコイツも別にアンタらに危害を加えようって気はぜーんぜん無いのよン! そこの嬢ちゃんも何だか気分悪そうだし、取り敢えず車ん中で話さない? お外寒いしさァー」

 身振り手振りで害意の無さと、ついでに軽薄な印象をこれでもかと植え付けようと努力するジョセフを見て、霊夢といえど毒気が抜かれたか。胡散臭げな視線はそのままに、威嚇の代わりであるお祓い棒を無言で下ろした。
 同じ様に警戒心を剥き出しにして構えていた徐倫も、頭を抱えながらやれやれと首を振る。

「お二人さんの意見を聞くぜ」

 比較的温厚な立場で成り行きを見ていた魔理沙も、肩をすくませながら仲間の二人へと聞いた。

「ま。いーんじゃないの? このデカブツも『ジョジョ』って所が気に入らないけど」
「賛成かしらね。あたしの首の『アザ』もコイツを『ジョースター』だと認めてるみたいだし。……ムカつくことに」

 霊夢も徐倫も、ジョセフらを認める一因として共に挙げた根拠は、この男が『ジョジョ』であるらしいと理解したからだ。
 そうとはつゆ知らず、ジョセフは自らの交渉術が上手くいったものと信じきり、バギーカーの後部ドアを鼻歌交じりに開きながら、三人の個性豊かな女性を招き入れるのだった。

            ◆

185Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:15:59 ID:0e5ote3o0

 ズキズキと疼く胸を押さえながら霊夢は、ギリと歯ぎしりを鳴らす。傷が開いた訳では無いが、そもそも死の淵を彷徨い、奇跡的な蘇生を遂げたばかりなのだ。
 まだまだ、すぐには動ける身体とは言い難い。情けないことだが、こうしてバギーカーの後部座席を占領し横になる事で、一刻も早く体力の復活を祈るしか出来ない。

「……にしても、アンタ」
「ジョセフ・ジョースターだ。ジョジョって呼んでくれよな」
「ジョセフね。アンタ、妙な術使うのね」

 横になる霊夢の身体へと波紋を継続して流すジョセフ。狭い車内に身長190越えの大男が足を曲げてじっとしているというのだから、狭苦しくて仕方ないのはご愛嬌だ。
 彼は霊夢がマトモに動ける身体ではないと知るや、得意の波紋を以て彼女の集中治療に専念した。霊夢がジョルノから受けた治療はあくまで応急処置のものであり、本格的に体力が戻るまではこうして波紋を流すことで回復を早めようという目論見だ。
 ちなみに運転は徐倫に任せている。助手席にてゐ、後部座席に霊夢を寝かし、少し窮屈にジョセフが横から波紋を流す。魔理沙は荷台でその様を眺めているといった図だ。

「霊夢がここまでやられるなんて……相手は大怪獣かなんか?」
「トカゲ人間よ。それと吸血鬼」
「そいつらが紅魔館ってとこに居るんだな?」

 さんざ頼りになる人間だと、てゐはジョセフに前もって評価していたが……あろうことか霊夢は、紅魔館にて完膚なきまでに叩きのめされ今に至るらしい。本人の口からそれを聞かされたてゐは青い顔で縮こまる。ジョセフも臆する事こそ無かったが、表情には一層緊張が漂っている。

「空条承太郎って奴はDIOのヤローにやられたのか」

 波紋を込める掌に、僅かな怒気が混ざる。ジョセフは承太郎をさっぱりと知らないが、何故だか彼の死という事実を聞いた瞬間、言葉に出来ない感情が湧いてきた。
 赤の他人とは思えない。そんな男が、かつて祖父のジョナサン・ジョースターを葬った吸血鬼DIOに殺された。ジョセフがDIOを恨む理由がまた一つ加算される。チルノやこいしの件もある。やはり奴はこのまま放っておくわけにはいかない、柱の男に並ぶ超危険人物だ。


「……空条承太郎は、あたしの父さんだった」


 慣れない車を運転しながら、前方の徐倫が唐突に語った。


「何だって?」
「ねえアンタ。本当にアンタが、ジョセフ・ジョースターなの?」
「どういう意味だそりゃあ」
「……別に。ちょっと、気になっただけよ」

 徐倫はジョセフ・ジョースターを知っている。自分の父親の母親の、そのまた父親。つまりは曽祖父にあたる人物の筈だ。通常、ここまで離れていればその人柄なども含め、疎遠。精々が名前を知っている程度だ。
 とはいえ目の前に居るジョセフは随分と若々しい。事前に魔理沙とも考察を添えていた事だが、時代のズレがもたらした奇跡を今、徐倫は実感しているのだろう。
 それも父の死がなければ、もう少しゆっくり堪能できていた奇跡だ。ジョセフは果たして、承太郎が自身の子孫だと知っていての憤りを生んでいるのか。

 徐倫にそれを確認しようという意思は、今のところ湧かない。

186Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:16:45 ID:0e5ote3o0


「で、どこ行くんだよ。その『リスト』って奴が本物なら、値千金の情報じゃんか」

 荷台に座る魔理沙が霊夢目掛けて声を掛ける。そこには、波紋治療を受けながら難しい顔をする霊夢と、右手に持たれた一枚の地図があった。
 ジョセフとてゐが手に入れた、主催からの参加者位置情報を記した物である。片手でくしゃと支えられた地図の中には、膨大な量の氏名が所狭しとぎゅう詰めに書かれていた。

「これ、死者の名前まで載っけてあるのがある意味面倒ね。第二回放送後に死んだ奴と今も生きてる奴の区別がつかない」

 太田はジョセフの願いに完璧に応え、生者死者問わずあらゆる人妖の現在地を包み隠さず伝えてきた。そこから時間も幾分か経っているので、現時点での各参加者の正確な位置と生死までは流石に分からない。
 霊夢は波紋マッサージの快感を存分に受けながら、リストとひたすら睨めっこを続ける。言うまでもなく、このリストからもたらされる情報がこの一団の次なる目的地を決める。これからの命運を握った情報とまで言っても良いのだ。

「……西に聖達が居る。そう遠くない位置ね。
 ってアンタ、変なとこまさぐったらここから突き落とすわよ」
「あのね、俺は別にお子ちゃまには興味ないの。妙な言い掛かりはよしてくれよな」

 難癖を付けられたジョセフは仕返しとばかりに霊夢へと子供扱いし、自らの無実を示す。運転中の徐倫が笑った気がした。

「それにジョナサン・ジョースターってのも一緒ね。この人にも協力、頼めないかしら」
「あ、俺それ賛成。会ってみたかったんだよな、生きてるおじいちゃんに」

 頼りになるだろう聖白蓮と一緒の位置に、ジョースター家の男もいる。霊夢はそこに目を付けた。
 承太郎の話した内容では、ジョナサンとは彼の祖先である。このゲームに何人か放り込まれているジョースター家という存在を、霊夢自身いち早くよく知る必要がある。

 故に、舵を切る方向は取り敢えず西とした。
 この近くに月の連中もいるようだが、彼女らは既にジョセフやてゐ達が合流済みだった。何らかの意図あって別れたようだから、わざわざまた会いに行くというのも不毛な話である。


「ん? 霊夢、近くに早苗の奴とか、お前がさっき言ってた花京院とかいう奴も居るぞ。そいつらには会わなくていいのか?」
「却下。二人は仲間に欲しいけど、よりによって一番面倒臭い『迷いの竹林』に居る」

 目敏く魔理沙が発見した早苗や花京院らのポイントを、霊夢は即座に却下した。バギーカーであんな無数の竹薮の中を捜索するというのはいかにも無謀であり、下手すればこちらが迷い込む。
 しかしその心配は無用だと、ここで自らの役目を主張するてゐが我こそはと言わんばかりに手を挙げた。

「あ、はいはーい! 私、竹林なら庭みたいなもんでーす」
「おばか。幾らアンタの庭でも、あんな広大な迷路から何処にいるかも分からない二人をピンポイントで捜し出すには時間が掛かりすぎるでしょ」

 我が存在意義を秒で封殺されたてゐは、見る見るうちに悲しげな顔を作ってそのまま引っ込んだ。その様子を見かねた魔理沙が、霊夢に向けて最終確認を取る。


「じゃ、早苗達は……どうすんの?」
「放置。どーせアイツらも勝手に迷ってんのよ」


 こうして五人を乗せた正義の集団は、西方向にハンドルを切ったのだった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

187Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:17:13 ID:0e5ote3o0
【E-4 川沿いの道/午後】

【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:車で西に。白蓮らと合流。
2:徐倫と信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
・荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
・参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
・自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
・自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
・過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:父さんの意志を受け継ぐのは、この私だ!
2:車で西に。白蓮と合流。
3:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
4:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

188Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:17:55 ID:0e5ote3o0
【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、スタンドDISC「サバイバー」、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:車で西に。白蓮と合流。
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:車で西に。白蓮と合流。
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

189Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:18:41 ID:0e5ote3o0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 私は時折運転の振動で揺らされる頭の片隅で、ぼんやりと考えに耽っていた。

 『博麗の巫女』という名の役職・運命(さだめ)を自然と受け入れてきたように思える今までは、実の所なんの自由はなく、知らず知らずの内に私は空へ落ち続けていたのかもしれない。
 自らがこの閉鎖された幻想社会によって状況付けられ、その中で否応なく一つの立場を取らざるを得ない運命。自由の名を賜っておきながら、そこに本当の自由は無いのではないか。

 あの夢の中で、ジョジョの言葉はそういう矛盾を私に堂々突き付けてきた。


 真の『博麗霊夢』とは、何者にも心を縛られず。
 また、何物にも足を絡まれてはならない。
 在りの儘。赤裸々の心で、空を舞う。
 博麗の巫女だから、幻想郷を救う。異変を解決する。
 そうではなく、私が、私自身が、救いたいから。
 大好きなこの土地を。ここに住む皆を。私が助けたいから、助けなくちゃあならない。
 真に大切なのは、その意思なんだ。それを気付かせてくれたのは、図らずもジョジョだった。

 でも今は、まだ『半分』。
 私の心はきっと、未だに囚われている。
 ジョジョっていう重力に。あの『霊夢』の中に。
 アイツに負けたくない。勝ちたい。そんなありふれた渇きが、現在の博麗霊夢を動かす原動力。

 一方で、こんな未練タラタラの心持ちじゃあ本当の自由とは言えないのも確か。


(まだだ……わたし、まだ『自由』に翔べない)


 真の自由。私が本当の意味で空を翔べるようになれるのは。
 それは───ジョジョとの『約束』を果たせた時。
 大事なのは勝ち負けじゃない。いや、それも大事だけど。
 約束っていうのは、その人と自分を絆ぐ、見えない絆。繋がりのこと。言い方を変えるなら、それは自分と相手を縛ってしまう言霊にもなってしまう。
 今の私を縛る相手は、ジョジョだけ。アイツの言葉が私を『幻想郷』という社会から……自由と規律の矛盾から解放したんだ。
 それでも、半分に過ぎない。もう半分の重力は、私自身の力で解き放たなければ意味が無い。
 自覚的に自らの立場を決定し、その上で幻想郷を救わなければ私個人の自由は生まれない。
 どんな結果が待ってようと、約束を果たしたその瞬間こそが……私が再び自由に空を翔ぶ時。



「───見てなさいよ。太田に、荒木」



 ズキズキと痛む傷を押さえつけながら、私は誰の耳にも聴こえない呟きを零した。
 前方の助手席に座るてゐの耳が僅かに反応したのは、気のせいだと思っておく。

 そういえば……てゐの挙動や言動についても若干の違和感がある。彼女とは別に仲良しでもなんでもない仲だったけど、以前よりもずっと……なんと言うか、吹っ切れてるような。

 『変わった』、のかもしれない。てゐも。
 何があったのかは分からないし、近いうちに訊くべきだけども。
 きっと、隣のジョセフが大いに関係してるんでしょうね。


「……ふん」


 ジョセフ・ジョースター。通称〝ジョジョ〟。
 彼が……いえ、彼らがこの幻想郷に何をもたらしているか。
 判然としないままの頭で、私はどうでも良さげに考えながら───目を閉じた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

190Ёngagemənt:2018/04/21(土) 19:19:31 ID:0e5ote3o0
【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(大)、霊力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、波紋治療中
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
    不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!! 
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
5:出来ればレミリアに会いたい。
6:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
7:徐倫がジョジョの意志を本当に受け継いだというなら、私は……
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。

191 ◆qSXL3X4ics:2018/04/21(土) 19:20:39 ID:0e5ote3o0
これで「Ёngagemənt」の投下を終了します。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
感想や指摘などあればお願いします。

192名無しさん:2018/04/21(土) 21:53:13 ID:LFy6.r3w0
投下乙カレーかつ良リレー!!
……(オホンエホン

やー、面白い!!!
ジョセフとてゐの掛け合いがいい味を出していて思わずニヤリとさせられましたね!!
冒頭のワンフレーズから始まり、今回のストーリーの主軸になっている霊夢の心象や葛藤、その周囲のキャラクターの人間模様の描写が、椽大の筆の如く細やかに著されている素晴らしいお話でした!!

193名無しさん:2018/04/21(土) 23:59:20 ID:IsichJBw0
「敵ならそのまま轢き殺せッ! この雪がきっと私らの犯行の跡を掻き消して……」

てゐのクソッタレ発言嫌いじゃない、むしろフェイバリット!
霊夢さん、自由とはなんぞやを考えてしまうことが自由じゃないアレ
みたいなドツボに嵌まってる感じがしていいね
どんな結論出すか楽しみです

194 ◆qSXL3X4ics:2018/04/28(土) 00:06:11 ID:Lo/XvNNg0
蓬莱山輝夜、リンゴォ・ロードアゲイン、西行寺幽々子、稗田阿求、八意永琳、ジャイロ・ツェペリ、射命丸文

以上7名予約します

195 ◆at2S1Rtf4A:2018/05/01(火) 11:00:05 ID:6DKdCX9M0
花京院典明、東風谷早苗、藤原妹紅の3人を予約します

196 ◆qSXL3X4ics:2018/05/03(木) 23:28:25 ID:Q95e2Upc0
すみません、延長します

197名無しさん:2018/05/06(日) 01:46:37 ID:gceemde20
不束者ながら支援絵を書かせて戴きましたのでここに投げさせて貰います。
諸作である177話の他に、身勝手ながら ◆qSXL3X4ics氏の作品である183話のもありますが何卒。

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1906510-1525538267.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1906512-1525538345.jpg

198 ◆e9TEVgec3U:2018/05/06(日) 01:47:30 ID:gceemde20
酉が抜けておりました。
つまらない事かもしれませんが一応……。

199名無しさん:2018/05/06(日) 13:03:58 ID:ZnXWGtT20
描き込みの量半端ないな…
味のある絵でかっこいいぜ

200名無しさん:2018/05/06(日) 22:00:45 ID:2jeaZBu.0
絵心が有るってのは羨ましいです

201 ◆at2S1Rtf4A:2018/05/08(火) 23:49:00 ID:Rz7t2Z9I0
予約を延長します

202 ◆qSXL3X4ics:2018/05/12(土) 14:13:01 ID:1f6mgKSE0
すいません、予約を破棄します

203 ◆at2S1Rtf4A:2018/05/15(火) 20:08:40 ID:Nvm8Ac3Q0
予約破棄します

204今浪隆博:2018/06/16(土) 09:13:14 ID:b3dqn8920
新参 まとめ読み完

205名無しさん:2018/06/16(土) 23:48:19 ID:sb5Qha4k0
>>204
一々ageるこのクソッタレは30ページブチ抜きオラオララッシュ喰らって、どうぞ

206名無しさん:2018/06/18(月) 14:36:01 ID:n4Ns1.p60
新参らしいし、ゴールドエクスペリエンス・レクイエムで勘弁したれよ…

207 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:33:24 ID:axZCrXNA0
ゲリラ投下です

208 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:34:49 ID:axZCrXNA0
 サンタナが出陣の準備を整えてすぐさま紅魔館へと向かい、訪れた静寂。
 僅かな時間で特に進展したことはなく、静寂の中でカーズが沈黙を破る。

「では、サンタナがいない間の我らの方針を決めようと思うが、その前にだ。」

 外出はできないが、地下の通路は様々な場所へとつながっており、
 此処に留まっていても、パチュリーと合流するのは第四回放送の時。
 日数ですら瞬き程度の時間と称するカーズ達も、今回ばかりは話が別だ。
 漠然と時間が過ぎるのを待つ場合ではない。合理的主義であるカーズなら当然の考え。
 次なる方針を決めようと話を始めるも、その前に一つの疑問の解決が必要だった。

 本来ならばサンタナにも話を聞いてもらうべきだったが、
 DIOの闘いに集中するところに余計な考えを与えるべきではないと判断した。
 そうでなくても些末な内容であり、サンタナがいても何か変わるかとは思えないものだ。
 わざわざ引き留めてまで聞かせることでもない。

 ・・・・・・DISCについては別だったのだが、過ぎた以上仕方ないと割り切った。

「エシディシが相手にしたのは火車と言ったな。
 となれば、こいしの言う火焔猫燐と見ていいだろう。」


 カーズが問うのは、先の一方的な蹂躙。
 誰一人として傷を負わせることができなかった、四つの柱。
 生還したのはパチュリー・ノーレッジただ一人のモンスターハウス。 
 そのパチュリーでさえ指輪と言う、時限爆弾をつけてのお帰りだ。
 柱の男にとっては大したことではない。鬱陶しい羽虫を落とす行為を、
 いちいち気に留める程彼らは短い生を生きているわけではない。
 しかし、その落とした羽虫が気がかりなのだ。

「おう。こいしにも様をつけてたし、間違いはねえな。」

「ワムウの相手は風を操ると言ったところから、射命丸文だろうな。」

 こいしの情報で得た幻想郷の住人の容姿、能力。
 燐と文も(後者は断片だが)どちらも情報と一致しているので、間違いはない。
 ホル・ホースは情報がなく、特に気に留めるところはないのでそのまま話が進む。

「ではなぜ、その二人が放送で呼ばれてないのか、だ。」

 ワムウとサンタナの闘いを優先抜きにしても、正直死者などどうでもいい。
 ジョースターの一人や、シュトロハイムなど見知った相手や気がかりな相手はいれども、
 所詮十二時間を生きることができなかった脆弱な存在。心底どうでもいいレベルだ。
 しかし、死んでいたはずの存在が呼ばれてないとなれば、少々引っかかることがある。
 エシディシが相手にしたのはぐずぐずの肉塊に溶解し、ワムウに至っては捕食した。
 誰がどう見ても全員死亡している。燐の死体なら死体もまだミュージックルームに残っている。

「俺も同じことを思っていた。
 似たような奴がいる・・・・・・にしても、
 格好、能力、種族が同じ。同じ家計ならともかく、
 火車の奴の家族でも血がつながってない連中だからな。」

 こいしが嘘をついていたのであれば話が別だが、
 ほかの持っていた情報はちゃんと一致している。
 身内を庇う為の嘘・・・・・・と言うわけでもない。
 ワムウが最初に出会った同じ身内の空の情報は一致しており、
 他の幻想郷に関する情報もまた断片で曖昧なものもあるが、いずれも外れてはない。

「念のため確認するか。悪いがワムウ、死体を持ってきてくれるか?」

 もしかしたら、あの状態で生きているのかと思い、ワムウへと確認を仰ぐ。
 確認だけなら持ってこなくてもいいが、どうせなので腹の足しにでもしておく算段だ。

「畏まりました、エシディシ様。」

 智がないわけではないが、頭脳においては二人を超えてるとはいいがたい。
 自分がいたとて主の役には立てないのと、主の命令もあってワムウは動く。
 ワムウが離れている間も、二人の考察は進む。

「個人的な感情を抱いてるようでもなかった。
 こいしの情報は紛れもない本物と断定できる。
 では放送で呼ばれなかったのは、どういうことか。」

 記憶した死者を名簿から線で引いてみるが、
 やはり燐と文の名前が呼ばれていない。
 柱の男の記憶力で間違えるはずはなく、
 文と燐は死亡していない可能性が浮上する。

209 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:36:24 ID:axZCrXNA0
「荒木達が把握してない、あるいは誤認ってのはどうだ?」

「こいしの死亡はカウントされた。
 と言うことは、此処も監視下におけるはずだ。
 荒木が何らかの事情があったとして確認を怠るとも思えん。」

 『荒木には勝てない、だから殺し合うしかない』と言う信用。
 その信用を失えば、殺し合いをするのが不毛となりかねなくなる。
 殺し合いを停滞させたくないならば、より一層慎重に扱うべきところだ。
 抜け穴がある主催者では、反抗されても何らおかしくないのだから。

「となれば、スタンドか?」

 スタンドの知識こそ得てきた彼らだが、それでもまだにわかだ。
 そういう影武者を作る能力もありうるという結論に至るのは早い。

「可能性は高いだろうな。」

「エシディシ様、お持ちしました。」

 話し込んでると、ワムウが無残な死体を抱えて戻ってくる。
 肉塊と化した燐の死体をエシディシは受け取り、それを取り込む。
 触れてからも生きている様子はなく、捕食もすんなりと終わってしまう。

「ふ〜〜〜〜〜む、これが妖怪か。
 ちょいと人間よりは多いってところだな。」

 人間でも波紋使いでも吸血鬼でもない、妖怪の栄養。
 エシディシは食玩の中身を期待する子供のように何かを期待するも、
 特に思っていたほどの結果ではなく、少々落胆してしまう。
 食事など触れるだけでできる呼吸同然の行為ではあるのだが、
 妖怪と言う貴重な存在を頂ける機会に、期待しすぎた故に落胆も大きい。

「間違いなく死んでいるな。
 誤認の可能性も否定できないが、
 スタンド能力のほうがまだありえそうだな。」
 
「誰かの人格や能力を他者に投影し、影武者を作る能力、
 或いは当人の姿を模倣して、使役する能力・・・・・・か?」

 ほかにもいくつか出てきそうではあるだが、
 とりあえずパッと思いついたのはこの二つになる。
 前者は死者の順番が早かったものから挙げられることで、
 偶然にもこいしの後の死者が丁度三人と言うことから仮説にできた。
 先ほど戦ったのがヴァニラ、トリッシュ、ディアボロの三人なら間違いではないし、
 肉体の操作も可能なら、こいしの情報のヴァニラ・アイスの容姿が一致しないのも頷ける。

 後者もコピーであれば、死者として判定されないのも妥当なことだ。
 いうなればディエゴの使役する恐竜みたいなものであり、
 それが参加者ではない判定をされていれば妥当な話である。

 ・・・・・・正解は並行世界の同じ人達を影武者として大統領が放ったという、
 若干当たっているような推測ではあるものの、
 こんな変則的な答えに至れる人は、そうはいないだろう。

「仮説とは言え、我らすら模倣できる可能性のある存在。
 仮想敵よりも目先の敵を優先するべきだが、警戒はしておけ。」

 もしも自分たちがコピーされたのならば。
 戦うのには一苦労するのは間違いはない。
 サンタナも未完成ながら流法を手にした今、
 一族の誰が模倣されても難敵になるだろう。

「一先ずこの話は終わりだ。
 それで、次に行動の方針だが・・・・・・」

「ああ、カーズ。行動方針についてなんだが、ちょいといいか?」

「どうした?」

「さっきは気が変わったと言ったが、俺も紅魔館に行ってもいいか?
 いや、俺でなくてもカーズやワムウでも、誰でも構わないんだがな。」

 気が変わったと言って舌の根も乾く前に、またもや向かうとの宣言。
 サンタナが負けると思うから行くとか、そういうのではないらしい。
 自分を含めた誰でも構わないという注釈により、少々答えに詰まる。

「サンタナが向かった場所へ何がしたい、エシディシ。」

 誰でも構わないとなれば私情と言うわけではないと思うが、それは違う。
 誰でもいいならば、注釈せずに最初からそういえばいいだけのことだ。
 わざわざ自分から率先して行きたいと言うことは、
 自分でなければならない理由があるということに繋がる、

「何、ちょいと思ったことがあってな───」





「サンタナが着く前にDIOがすでに斃されていた場合、どうするんだ?」

「・・・・・・確かに失念していたな。」

210 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:39:38 ID:axZCrXNA0

 エシディシに言われるまで、考えていなかった。
 パチュリーとの第四回放送で此処で合流をする際は、
 不在の際は(一方的で理不尽とは言え)ちゃんと考えていたが、
 サンタナの成長を見たからなのかは不明だが、完全に蚊帳の外だった。
 放送では今のところDIOは死亡してないようではあるが、
 決闘の間に何らかの理由で死亡に至っていた場合はどうするか。
 DIOを倒せるような参加者が他にいてもおかしくはないだろう。
 すでにカーズは吸血鬼に辛酸をなめさせられ、エシディシも見逃す形とは言え指を喰われた。
 ワムウも逃げざるを得ない状況に追い込まれたりで、下克上は十分にあり得る。
 カーズからすれば、DIOは倒されればそれで構わなかった。
 合理的主義な彼である以上、貰える益はなんだって貰う。
 しかし、サンタナにとっては別。彼はDIOを倒さなければ、
 自分たちに認められるためのチャンスすら与えられないのだから。

「奴は躍起になった今騙るとは思えんが、
 もしもDIOが斃されていたのなら、
 その斃した奴を調べる必要があるだろう?
 あいつは成長したとてまだ頭の回転は鈍い。
 誰か一人ぐらいついて行くべきだと思ったんだが、
 俺はさっき気が変わったと言った手前で気が引ける。
 お前らが行かないと言うであれば、俺が行くつもりだ。」

 言うことに一理はあるのだが、それにしては妙だ
 エシディシは今までサンタナに肩入れや贔屓はしてない。
 いかに流法と言う新たな可能性を見出したとしても、
 遣いに行かせた息子が心配で様子を窺う親のような過保護ではない。

「・・・・・・一理はあるが、本音はなんだ。」

 『行ってみたい』という好奇心が出ている表情は
 ジョセフと戦うのを楽しみにしていた時のようで、
 それが建前なのは目に見えており、なんとなく察してはいたが、問い質してみる。
 種も仕掛けもわかる手品を見るような心境で。

「DIOとやらか、そいつを斃した奴がいれば見てみたい、それだけだ。」

 予想通りの回答で、やれやれと少し呆れ気味に首を横に振るカーズ。
 彼らからすれば吸血鬼など、ピザトーストやステーキのような存在だ。
 その吸血鬼がカーズを追い詰めたとなれば、興味を抱くのも頷ける。
 敗北を喫したカーズにとっては、その考えは複雑なものなのだが。

「まあ、これは半分冗談としてだ。 
 紅魔館とは大層でかい館らしいじゃあないか。
 なら、書庫の一つや二つあると俺は見込んでいる。」

 幻想郷でも特に名のある場所ならば、情報も多くあるはずだ。
 多くの参加者がそう思うも、強敵の存在に忌避することが多いところを、
 彼らにとっては苦ではなく、むしろ強敵の枠に分類される。
 忌避せず、ガンガン突き進むものだ。

「何かしらの情報収集には向いているだろう。
 サンタナはDIO以外は任せちゃあいない。
 参加者の首以外に持ち帰るとも思えんからな。」

 決闘の直前に書物を漁りこそしたし、
 先ほど情報交換もしたものの、それでもまだまだだ。
 エシディシの言葉はもっともで、本を持ち帰ってくるのも、
 集めた情報をペラペラと喋るサンタナのイメージは余りできない。
 何より、一世一代の大勝負と言ってもいいチャンスで躍動した今、
 それ以外において眼中にあるのかすら怪しくなっている。

「となれば、ワムウは選択肢としては除外されるな。
 何らかの戦闘で巻き添えになる可能性のほうが高い。」

 神砂嵐は柱だろうと容易に崩壊させる砂嵐の小宇宙。
 そんなもの使われては、いくら紅魔館がこの洋館よりも広くとも、
 場所によっては書庫をまるごと吹き飛ばしかねない。

「で、カーズと俺になるわけだが、
 カーズは紅魔館以外に行く場所はあるか?」

211 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:40:49 ID:axZCrXNA0
 何が何でも行きたいと言う、露骨に見えるエシディシの本音。
 特に自分やワムウを優先する理由もないため別に構わないのだが、
 それはそれとして、残った二人の行動方針をどうするかだ。

「永遠亭だな。正確には、傍の『スペースシャトル』とやらが何か気になる。
 模型と言うのだから大したものはなさそうだが、調べてみる必要はあるだろう。」

 地図上に明記された場所は名前だけでおおよそは理解できたが、
 ただ一つ想像すらできないのが、スペースシャトルの模型。
 多くの参加者にとっては何かは分かっているものなので気にも留めないが、
 カーズ達の場合は話が別だ。

 スペースシャトルは千九百七十年に設計、および製造が始まった。
 カーズ達が眠りから目覚め、波紋戦士と戦ったのは千九百三十八年。
 数十年も未来の話である以上、カーズ達はそれを知る術はない。
 スペースシャトルについての情報を、彼らは一切把握できてないのだ。
 名前から宇宙関係だと関連付けるが、あくまで関連付けたものであって、
 構造自体は全く予想できず、ゆえに興味がある。

「紅魔館へ向かうという行動については構わんが、
 行きでも帰りでも構わん、近くのジョースター邸にも寄ってもらう。」

「ジョースター邸か、確かに寄る必要はあるか。」

 ジョジョと呼ばれる参加者を中心とした存在。
 もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。
 或いは、それに気づいた参加者を狙った行動も取れる。
 位置的にも紅魔館に近く、さほど時間も取られない場所だ。

「ワムウは東の命蓮寺へと向かってもらう。
 幻想郷でも名のある場所ならば、何かしらあるやもしれぬ。」

「畏まりました。」

 主の命と言うのは当然として、ワムウには異論はない。
 ジョセフ、魔理沙、徐倫。三名の行方のあてはない現状、
 特に異議を申し立てることもないからだ。
 これはついでに近いが、こいしが関わっていた場所でもあり、
 わずかながらに命蓮寺への興味もあったりする。

「カーズは永遠亭、ワムウは命蓮寺、俺はジョースター邸と紅魔館。
 綺麗に三方向に分かれているな・・・・・・戻る時間帯はどうする?」

「どこも我らならば戦いがあろうと往復数時間だ。
 仮に、このエリアが禁止エリアに指定される前にも到着はするだろう。
 この場に戻り、誰かがいなければ、向かうと決めた場所を調べに行けばいい。」

「サンタナには俺から伝えておこう。では───」

「待てエシディシ。」

 意見も方針も概ね終わった。
 ならばいる意味はなく、動き出そうとするも今度はカーズが止めに入る。
 まだ何かあるのかと思い振り向くと同時にカーズの方から飛んでくる円盤、
 大したスピードもなければ攻撃目的でもないので、簡単に受け止める。

「スタンドをろくに見ていないのはお前だけだ。
 知るよりも身に着けるほうが理解が早いだろう。
 使い方は頭に円盤を突っ込めば勝手に入る。」

 先ほどパチュリーから強奪したディスク。
 此方もサンタナとワムウの決闘で保留としていたものだ。

「それについては、このスタンドの能力次第だ。
 俺の力に劣るようなスタンドなら、持っても仕方ねえしな。
 例えば肉体を変化させるとか、炎を操るとかじゃあ役に立たない。」

 そんな風に辛口な意見を言うものの、
 実際のところは楽しみでもあったりする。
 ホル・ホースのときのちらりとしか見てないスタンド。
 殆ど口伝でしか理解を得てない未知なる力とは何なのか。
 そんな期待は、DISCを頭に挿し込んだ瞬間に終わりを告げる。

「ん?」

「どうした。」

「こいつ、スタンドDISCじゃあないぞ。」

「何?」

 カーズはスタンドDISCと思っていたが、
 パチュリーがスタンドDISCとは一言も言ってない。
 記憶DISCと言うもう一つのパターンがあることを知らず、
 DISCはすべてスタンドDISCだとばかりにカーズは思っていた。
 フラッシュバックの如く出てくる記憶で普通なら混乱するが、
 そこは闇の一族。整理など必要もなく容易く内容を把握してしまう。
 ついでなのでと、情報の共有に二人にもこのディスクを挿し込む。

「スタンドは得られなかったが、収穫はあるな。」

212 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:41:25 ID:axZCrXNA0
 大した情報と言うわけではないものの、
 徐倫やウェザー、そしてこいしから聞いてたとは言えプッチ神父。
 いくらか得られるものはあったので、悪くはない。(エルメェスもあるけど。)
 それが今後役に立つかどうかは別として。

「さて、必要なものは終わりだな。行くぞ。」

 別に大して相談する内容でもなければ、
 必要な情報は記憶DISCがすべて語った。
 今度こそ、ここに留まる必要はどこにもない。

「カーズ様、エシディシ様。僭越ながらご武運を。」

「ワムウも油断・・・・・・は、しねえか。」

「一番不安なのはエシディシだ。
 別行動をとった途端に死ぬんじゃあないぞ。」

 赤石を探すため三人ともバラバラに行動する直前が、
 カーズにとっては最期に見たエシディシの姿だ。
 情報収集のために散り散りになる今は、それと重なって僅かながらに不安を感じていた。

「合理的主義のお前が俺の心配とは珍しいな。」

「今はこうして三人、いや四人揃っているが、
 このカーズとっては全員が過去の存在になっている。
 多少は気がかりになってもおかしくはないだろう。」

「ま、気を付けておくかねぇ。
 例のスタンド使いの可能性もあるしな。」

「ワムウ、お前もだ。戦中の死は戦士として誉だろうが、生還を重視してもらうぞ。」

「カーズ様のご命令とあらば。」

「では・・・・・・往くぞ!」

 地下道にて三つの柱は散り散りとなって目的地へ向かう。
 熱風の後ろから駆ける狂人は西へとその熱を更に送り込む。
 強者との戦い、再戦を望みし武人は東へと疾走する。
 頂点に君臨せし、邪人にして魔王は南へと行進を始めた。



 このバトルロワイヤルに闇の一族と言う災厄はばらまかれた。

【D-3 地下/真昼】

【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版) 、幻想郷に関する本
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:永遠亭へ向かい、スペースシャトルを確認したい。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
5:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
 またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。
※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。

213 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:43:34 ID:axZCrXNA0

【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中(捕食により加速)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(元はナズーリンのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:西の紅魔館へ情報収集。行きか帰り、どちらかでジョースター邸にも向かう。
2:1のついでに、DIOか、或いは斃した奴を拝む。サンタナを見守るつもりはないが、観戦はしてみたい。
3:神々や蓬莱人、妖怪などの幻想郷の存在に興味。
4:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
5:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
6:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
※カーズからナズーリンの基本支給品を譲渡されました。
※カーズ、ワムウ、サンタナと情報を共有しました。
※ジョナサン・ジョースター以降の名簿が『ジョジョ』という名を持つ者によって区切られていることに気付きました。
※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※並行世界の火焔猫燐を捕食したことで回復速度が増しましたが、
 死体なので人より多い程度で、期待するほどの回復は見込めません
 (『一万と二千年の孤独』より。ただ、個人差で上下するかも。)





(報告する程のことでもないから黙っていたが・・・・・・いつの間に消えた?)

 東へ疾走するワムウにも、一つだけ気がかりがあった。
 それはエシディシに頼まれて死体を持ち運ぶときのことだ。
 射命丸文の片翼は、捕食せずにおいていたはず。
 だが、いつの間にか片翼がどこかへと行ってしまったのだ。
 死体ならともかく、消えたのは死んだ存在の片翼。
 そんなどうでもいいことを報告できるはずがなく
 ワムウは従者として、指示に従った。

(死者に挙がってないのと関連している、のだろうか。)

 放送で呼ばれなかったのと消えた片翼、
 何か理由があるのかと思うが、考えるのをやめる。
 もしかしたら、サンタナが出立の準備で捕食したのかもしれないし、
 神砂嵐の余波で吹き飛んだ可能性だってある。考えるだけ無駄だ。
 それに生きていたとしても、背中を見せて逃げた臆病者に過ぎない。
 ワムウにとっては大した相手ではなく、歩みを強めた。

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、身体の前面に大きな打撃痕、
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
1:東の命蓮寺へと情報収集。好敵手足りうる存在がいれば戦う。
2:空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
3:ジョセフに会って再戦を果たす。
4:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※射命丸文の死体を補食しました。


※今回追加の三人共通事項
・F・Fの記憶DISCで六部の登場人物、スタンドをある程度把握しました。

・『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒してます。
 ただし、仮説の域を出ていないため現時点ではさほど気にしません。

・大統領が並行世界の射命丸文の片翼を回収したことには気づいていません。

※廃洋館エントランスホールが半壊しています。
※ミュージックルームに頭のつぶれたホル・ホースの死体が放置されていましたが、
 それを出立の前にサンタナが捕食したかどうかは後続の書き手にお任せします。

214 ◆EPyDv9DKJs:2018/06/25(月) 18:44:03 ID:axZCrXNA0
以上で『災はばらまかれた』の投下を終了します

215名無しさん:2018/06/26(火) 09:46:59 ID:wvexZlFo0
ヒャッハー久々の投下だー!
現状全く持って綻びの見えない三人の柱(サンタナもいるけど。)が各々それぞれが別方向に散らばる展開!
情報収集にエシディシは納得だけど、本来なら宇宙に放逐されてるカーズ様がスペースシャトル見に行くというのは何と言うか…w
ワムウの方は戦士としての勘からか細かい違和感も嗅ぎ付けてるようで、相変わらず恐ろしや…。

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217 ◆wPq1t6zm4Q:2018/06/28(木) 20:48:34 ID:jhUisMm20
カーズが竹林で迷って、考えるのをやめるフラグですね、これは。
というか、私もエシディシを紅魔館に向かわせようと思っていたんで、同じ展開に笑ってしまいました。

というわけで、その余勢をかって私もゲリラ投下します。

218太田がやって来る ◆BYQTTBZ5rg:2018/06/28(木) 20:49:41 ID:jhUisMm20
荒木は勢いよく自分の部屋に転がり込むと、急いで扉を閉めて鍵をかけた。
そして扉が開かないことを入念に確認すると、彼はベッドの端に腰掛け、やっとのことで安堵の息をこぼした。

太田の大胆なアプローチは、荒木をしても全く予想できないことだったのだ。
太田のあられもない姿は、面食らうなんてものじゃない。
そんなかわいい言葉で表現できないほどの驚愕と絶望が、荒木の心を一瞬にして支配してしまったのだった。

「し、しかし、太田君はちゃんと異性と結婚していたはずだが……」

荒木は額に浮かんだ冷たい汗を拭いながら、事実を確認するかのように重く呟いた。
だけど次の瞬間、それが同性愛の否定にはならないことに気がつき、荒木は顔をいっそう蒼くした。
世間一般の非難の目から免れるために、一種のカムフラージュとして異性と結婚する人もいるのだ。

だが、問題はそこではない、と荒木は危機感を更に募らせた。
カムフラージュで騙す相手が世間ではなく、他にいたのでないか、と。
そしてその相手とは――。

答えを思い浮かべた荒木の背筋にはゾクゾクと悪寒が走り、身体全体にゾワッと鳥肌が立った。
元はといえば、この催しを持ちかけてきたのは太田であったことを思い出し、余計に重たくなった頭を荒木は抱え込んだ。
もし太田の結婚が荒木を騙すための策の内の一つだったら、一体彼はどれほど遠大で壮大で雄大な計画を立てていたのだろうか。

途端に荒木の目には部屋の扉が頼りなく見えてきた。太田の手にかかれば、薄板一枚の扉など、あってなきのごとしだ。
勿論、普通に戦えば、荒木も太田に負けるつもりはない。寧ろ、優勢に事を進める自信すらある。
でも、それは普通であれば、だ。
中年の男が裸になって、満面の笑みを浮かべながらやって来るとなると、さしもの荒木も冷静に対処できる自信はなかった。

バタンと音を立てて、荒木は部屋から飛び出ると、目に入ったトイレに急いで入り込み、勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。
ふぅー、と荒木は便座に座り、安堵の息を吐く。だけど次の瞬間、彼は声を大にして、盛大に慌てふためいた。

「いやッ!! だからッッ!! こんな薄い扉じゃ意味がないって話だろッッ!!」

自分が予想以上に動揺していることに気がついた荒木は努めて深呼吸を繰り返し、息を整え始めた。
そうして何とか気持ちを落ち着けることに成功した荒木の頭の中にまず浮かんだのが、
バトルロワイヤルを全てうっちゃって、この場から逃げ出すというものだった。

でも、荒木はすぐに首を横に振って、その考えを追い払った。
この段階まできて、物語の結末を見ずに終わらせるというのは、あまりにもったいないことに気がついたのだ。

かといって、いたずらにこの場にとどまっていたら、遠からず太田との肉体的な邂逅を得ることにもなってしまう。
だとしたら、一体どこに行くのが正解か。しばらくして、その答えを天啓のように導き出した荒木は、思わず笑ってしまった。

「おいおい、あそこにはまだ生き残りがいっぱいるぞ。あんなところに行って、僕は一体どうするというんだ」

荒木は懸命になって自制を促した。あそこに足を向けるなんて、事の根幹を揺るがすかのような行為だ。
間違っても、許されることではない。だけど、どうにも荒木は込み上げる笑いを抑えることができなかった。

219 ◆BYQTTBZ5rg:2018/06/28(木) 20:50:24 ID:jhUisMm20
短いですが、以上です。

220<削除>:<削除>
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221 ◆qSXL3X4ics:2018/07/24(火) 20:50:41 ID:FVEn55QA0
非常に間が開き申し訳ありません。
唐突ですがゲリラ投下です。

222また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:02:27 ID:FVEn55QA0
『リンゴォ・ロードアゲイン』
【午後】D-4 レストラン・トラサルディー 厨房


 男は柄になく戸惑った。

 孤高に生きてきた自分がよりによって、たかだか女子数人の視線に音をあげ、料理などを賄う羽目になったことに対して───ではない。
 確かに、飯を拵える役割を半ば強制的に押し付けられた事へは、若干小癪に感じてはいる。自分は過去、輝夜へと敗北を喫したのは事実であるし、決闘の立会いを務めてもらったのも借りと言えば借りではある。
 だが断じて彼女への召使いに志願した訳でもなく、ここから先もしも輝夜が言いたい放題やりたい放題やろうものなら、躊躇わず袂を分かつつもりでいる。
 それでもリンゴォは確かに言った。「飯を作ってくる」と、渋々ではあるが、そう発言した。つまり、そのことに関しては既にどうこう言うつもりもなく、自分の中で了承済みの事案でしかない。

 男が戸惑った理由は、そんな終わってしまった話題にはない。
 目の前。眼前に広がる未知なる空間に、戸惑いを隠せずにはいられないというのが、現状の彼を襲う目下の問題だ。


「……随分、小綺麗な厨房だ」


 ツツーと、男は銀面に光るキッチンシンクの縁を指でなぞらえながら、独り言を呟いた。
 蛇口を捻る。これで水が止められていたとなるとお笑い草だが、残念ながら想像以上の勢いを放出しながら冷水が湧いて現れた。
 右を見ても左を見ても、ついぞ見たことないような設備・機械類。これには流石のリンゴォも閉口した。

 彼は孤高のガンマン。生涯孤独の男だった。
 当然とも言えるが、口にする食事は大抵彼自ら作るものが多く、それ故に料理自体は慣れたものである。が、このような近代的な設備を取り入れた厨房に入るのは生まれて初めてであった。
 レストラン・トラサルディーはコックがイタリアの人間という事もあり、店内も極力本場の雰囲気を再現した、所謂本格派の店である。とはいえここの料理は、最新鋭の設備に頼り切った、つまり物頼りの料理を出したりはしない。
 あくまで店長が生涯賭して磨き上げた究極の技術体系を料理に反映させた、完全実力派のレストランである。すなわち厨房に備えた設備自体は実際のところ、大した物ではないと言えた。
 それでも世間の狭いリンゴォにとって見ればそれらは、全てが未来の技術進化が生んだ賜物。彼は普段レストランやバーに赴くことはあっても、裏の厨房内に入る用事などない。それが余計に、この場が未知の領域だという空気を、一歩踏み入れた瞬間に肌へと鋭敏に伝えてくれた。
 勿論、リンゴォの住処にもこんな立派な備えなどあるわけもなく。


「これは……『冷蔵庫』という奴か」


 狭い厨房内の真奥。壁に埋まるようにしてドッシリ構えた銀色の巨大な箱を、物珍しそうに眺める。
 リンゴォの住む19世紀末の時代には、既に冷蔵庫は開発されている。しかし家庭用に広く普及したのはそれより少し後で、只でさえ裕福な暮らしとは言えない彼の環境に冷蔵庫など登場する筈もなく、こうして現物を目にするのは初めてのことであった。


「……寒いな。確かにこれならば、肉や魚の保存も容易に行えるだろう。大した発明だ」


 取っ手を握り、恐る恐ると言った感じで扉を開いた彼の目に飛び込んだ光景は、様々な素材が放つ鮮やかな光彩と、初めて体験する電気冷蔵庫の肌を刺すような冷気。
 リンゴォもこれには素直に賞賛を覚える。利便のみを追求し、物の本質を見失いがちになっている近年の大衆発明品に対してはどちらかといえば否定的な彼だが、食の保存に一喜一憂せざるを得なかった環境に住まうのも事実。
 これ一台で冬の蓄えもグンと楽になるのであれば、健康さを損なうリスクも格段に減る。

223また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:03:28 ID:FVEn55QA0


「こっちの丸い……箱のような機械は何だろうか」


 感動も程々に、次に男は横の引き出しに備わった白い丸型の機械に目を付けた。冷蔵庫と違い、こちらは少し難関だ。
 何やら大小様々なボタンがこれみよがしにくっ付いている。それらの中から適当に一つ、押してみると。


「! ……これは米、か。既に炊き上がっているようだが」


 勢いよく開いた箱の上部に現れたのは、今炊き上がったばかりのように神々しい光を放つ純の白米。まるで僕らを食べてくださいと言わんばかりの充分な水気と風味が、これでもかと主張していた。
 イタリアは欧州一の米どころであり、料理ごとに最適な種類の米を使い分ける。とりわけ有名なのはリゾットだが、米を小型のパスタと同様に扱うことも多く、デザートにも用いられていた。ここのレストランの主人も相当にこだわりのある気質なのだということが、幾つにも並んだ炊飯器から察せるというもの。


「なるほど。奴らなりに最低限のお膳立てはしてある、ということらしい」


 熱く湯気立つ炊飯器をそっと閉め、男は主催の二人に対しそんな感想を漏らした。勿論彼にはギャグを言った自覚などない。
 素材は充分。これで幾らでも栄養満点な料理を作って、これからの長い戦いに備えてほしい、というメッセージのつもりなのか。
 まあ、奴らの真意についてはこの際どうだって良い。


「……やると言ったのだからな。オレも半端な仕事をやるつもりは無い」


 謎のやる気をふつふつと見せつつあるリンゴォの目に、ふと壁際に貼られたメモ書き……注意事項のような紙が映る。

『ここでは石鹸で手を洗いなサイ!!』

 このレストランの店長か誰かの書置きだろうか。まさかコイツも主催からのメッセージという訳ではあるまい。
 そして来る者を試すように静かに鎮座する、レンガの如き大きな石鹸。厨房のしきたりには明るくないリンゴォも、細菌が起こし得る衛星面での危険性は理解しているつもりだ。まして振る舞う立場を任されたのでは尚更。
 黙々と手に、指の隙間に、腕まで泡を良くにじませて。


「───よし。……始めるとしよう」


 スタートラインを走り出した。
 お誂え向きに壁に掛かった、純白のエプロンを着付けて。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

224また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:05:10 ID:FVEn55QA0
『八意永琳』
【午後】D-4 レストラン・トラサルディー 


 心なしか、肩が重く感じた。ドロドロに溶かした鉛が少しずつ少しずつ身に注入されていくような、意識を揺らす困憊が堆積していくのが自覚できる。
 自分は疲れた顔をしてないだろうか。時間は随分遅れてしまったが、永遠亭の住民との待ち合わせは目と鼻の先に構えていた。
 太田から伝えられた参加者の現在地を見るに、輝夜は既に到着していると予想できる。

 輝夜さえ。彼女さえ無事であるなら、肩の荷はすっかり下りる。それは他の何を置いても第一に確認すべき事柄で、永琳の全てを決定付ける超重要な転機になる。
 そして恐らく、輝夜は九割九分無事だろう。店内に入ればきっと、いつもの彼女の華々しく屈託ない笑顔が満面に咲き誇り、長い着物の裾を引っ張りながら駆け寄ってくる。
 待ち望んでいた未来。だというのに、何故だか永琳の中には、主である輝夜に対してどこか恐れを抱いていた。

 あってはならない憂い。明確な知覚すら出来ているか怪しい、針先のように小さな……漠然とした不安。恐れ。
 永遠亭という家で共に過ごしてきた鈴仙。てゐ。記憶の中の二人の姿が、ふとした時にぼやけてしまう。過去の遺物だとでもいうかのように、ノイズを混じらせ歪んでしまう。
 私の知らないところで『変化』を起こし、成長してしまう。それだけなら良い。歓迎すべき事柄だ。

 『恐れ』とは。
 変化を受け入れ成長を始めた彼女らが、無変の儘に時を止めた私を置いてどこか遠くの地へ行ってしまう。
 そんな遠くない未来の幻視の事である。
 遠い昔、同胞である月の使者を殺害した永琳。そんな自分には全く相応しくない平凡な女々しさを、驚きつつも自覚する。


「輝夜…………」


 木製のドアノブに手を掛け力を込める前に、ポツリと呟いた。
 自分の中にある輝夜の表情と、これから出逢う輝夜の表情に『ズレ』が生じてはならない。願わくば、そうあって欲しいと祈りを込めて。


 チリンチリンと、来店を知らせる玄関の鈴が鳴り響いた。





「永琳!」
「! ……姫」


 店内に二卓しかないテーブル。その奥側の卓に座った三人の人物の内一人。
 蓬莱山輝夜のなんら変わりない姿が、永琳のよく知る笑顔と共に映り、こちらへ駆け寄ろうとしていた。

 一瞬の安堵の後、永琳は───



「動かないで。……立たなくていい。そのままゆっくり、椅子に座り直しなさい」



 水で濡らした刃物のように冷たく輝く瞳を向け、牽制した。
 右手には、銃口こそ向いていないものの、拳銃が下げられている。


「ちょ、永琳!?」
「姫は私の後ろに。“すぐに終わりますので”、それまで辛抱を」


 月の賢者・八意永琳。
 彼女は店内に踏み入り、輝夜と───幽々子、阿求の姿を認識するや、隼をも凌駕する速度ですぐさま輝夜を保護。自らの背後に隠した。
 敵意を添えた視線を、目の前の彼女ら……主に西行寺幽々子へと放つ。この亡霊姫がピクリとでも動けば、その手に握った拳銃が容易に火を噴くだろう。

 この場の誰もが永琳の迫力に押され、彼女のそんな無言の警告を受け取った。


「……不躾ね。挨拶のひとつも無かったわ」


 幽々子は中途半端に浮かせた腰をゆっくり椅子に戻しながら、慎重に言葉を選んだ。
 永琳とは元々、幽々子からすれば微妙なラインだったのだ。“白”か“黒”かの、見極めが。

 もしも“黒”なら……ジャイロの到着がまだの今、阿求を庇いながらの闘いとなりかねない。迂闊だった。


「貴方達とは二度目ね。そういえば幽々子さん……私の作ってあげた『ホットミルク』のお味、如何でしたか?」


 輝夜の盾のまま、永琳は幽々子との対峙を維持する。挑発のような台詞までも織り交ぜながら、相手の出方を待った。
 それ次第では、本当にすぐさまの攻撃を仕掛けかねない態勢。導火線に火が点くかどうかは、幽々子の対応次第。


「二度と忘れられない味になりそうよ。
 つまり永琳……貴方は、私達を殺す気なのね?」


 じわりと、幽々子の手に汗が滲む。永琳が輝夜を庇うと同じに、幽々子もまた無力な阿求を庇っている。庇われた本人達は駆け巡る展開の早さに足を絡まれ、青い顔で完全に硬直していた。


「……『貴方は』? 哀しい誤解があるようだけど、それは寧ろ逆なのでは?」
「逆?」


 永琳の発した意味不明な返答に、幽々子はその細く肌白い首を傾げる。相手の理解が及んでない事を察した永琳は要らぬ波紋を呼ばない為、やれやれと自らの台詞に補佐を加えて説明した。


「この店に入ってすぐ、私は最悪の可能性を考慮したのよ。ちょっと、貴方達と輝夜の距離が近すぎたように見えたから」
「最悪ですって? 今がまさに、その最悪の可能性に足を半歩入れた修羅場だと私は思うのだけど」
「貴方達に、輝夜が『人質』にされるっていう危惧よ」

225また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:07:26 ID:FVEn55QA0
 人質。物騒な単語が飛び出したものだと、幽々子は虚を突かれる。その上、これまた意味不明だ。そんなことをする理由が何処にある?
 これ以上ないくらい、幽々子の表情に無数の疑問符が浮かぶ。そんな彼女に一筋の答えを導き出す役目を担ったのは、意外な事に背後の阿求であった。


「あ」
「どうかしたの? 阿求」
「あ、いや……そう言えば幽々子さん、さっき永琳さんへ思い切り攻撃してたような」


 恐る恐るといった仕草で、阿求は自分を守ってくれている幽々子へと痛い一撃を言い放つ。
 確かに阿求の記憶では、幽々子の美しい弾幕が永琳へと華麗に炸裂していたような気がする。ついさっきの事だ。
 幽々子も顎に指を当て、ほんの少しの逡巡の末に「あっ」と小さな声を漏らし、思い当たる節へと辿り着く。


「…………いや、それは阿求の記憶違いじゃないかしら」


 まさかの言い訳。阿求の幽々子に対する目顔までもが細く、刺々しく変貌していく。身内から食い逃げ犯でも出た時のような情けない失望が、その瞳にはバッチリと含まれていた。


「いま、『あっ』って言いませんでしたか?」
「そう? それも多分、記憶違いじゃないかしら」
「幽々子さん。今更説明するのも馬鹿馬鹿しいですが、私は一度見た光景は忘れないのですよ?」
「…………えっ、と」


 あれ? 何故だか私だけが急に悪者っぽい空気になってない?
 サトリ妖怪でなくとも幽々子のそんな心の声が目に見えるような、あからさまな狼狽だった。


「私から見れば、幽々子さん。貴方も充分“黒”に見えるわよ?」
「ぐ……う、うぅ……っ」


 永琳の駄目押しに、いよいよ幽々子の後がなくなる。この場で唯一の味方である阿求の応援なき今、ここは白玉楼御殿の当主である西行寺嬢の力の見せ所である。
 額に浮かんだ冷や汗を拭い、ひと呼吸置いた幽々子は懸命に自らの無実を説かんと、身振り手振りで自己弁護を開始した。


「おほん。……お恥ずかしながら、あの時の私は随分と取り乱していたみたいね。そんな醜態を見せるまでに至った経緯は、貴方にも既にお話したと思うわ」


 最初の放送で妖夢の死を、そしてそれを起こした者が友人の紫らしい事を知った時から、幽々子に起こったパニックは見てはいられないものであった。
 亡霊のようにフラフラと歩き回った末、永遠亭に辿り着き。そこには既に八意永琳がおり、彼女の見せた優しげな空気や言葉に寄せられ、全てを吐いてしまったのだ。
 それだけに終わらず、問題はここからだ。度重なる疲労もあって凡そ信頼しかけていた永琳は、何食わぬ顔で一服を盛ってきた。幽々子の暴走に拍車をかけるトドメを起こしたのは、胡乱である記憶が正しければ永琳の側からである。


「確かに、私の用意したミルクには薬を盛っていた。それは認めましょう」
「でしょ? でしょ!? さあ阿求。悪いのはどっちかしら?」


 勝訴の気配を嗅ぎとった幽々子は、何故か阿求へとジャッジを任せた。腰に手まで当てて、気持ちふんぞり返っているように見える。
 変な所で子供なお人だ。阿求は口には出さなかったが、せめて腫れ上がった顔でそんな感想を精一杯に表現した。


「とはいえ、私は別に誰彼構わず……そんな後先考えずに貴方を眠らせたわけじゃないわ」


 ところが、流石に月の賢者はこういった口論の鉄火場でも手強いらしく。幽々子の、一見まともに聞こえる一丁前の証言は、間髪入れずに異議が申し立てられることとなる。

226また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:09:00 ID:FVEn55QA0


「正直言って、貴方の状態は物凄く危険だった。周囲にとっては、という意味で」


 ぴしり。そんな乾いた音がどこからともなく響いた。
 幽々子が一番突かれたくないと思っていたウィークポイントだ。少しでも隙を見せれば、この女は盲点を容赦なく攻めてくる。まこと敵には回したくない曲者だと、洋服の袖でも噛み千切りたい気持ちをやっとの思いで抑えながら永琳の言い分を受け続ける。


「貴方をあのまま野放しにしていたら、きっと死人が出る。私がそう判断したのは、果たして早計かしら」
「う、うぅ……で、でも…………でも…………」


 普段の西行寺幽々子が見る影もない。彼女は今や完璧に言い負かされ、孤立の存在として小さくなっている。
 こんな場面を従者である半霊剣士が目撃すれば、さぞや大事にされて一生の恥になっていたのは間違いない。


「そっちの……阿求さんだったわね。貴方に全て押し付けてしまったのは申し訳なく思ってるわ。
 こっちとしても急いでいたから。だから貴方が生きて、こうしてまた会えた事自体は安心してるの。あの時はごめんなさいね」
「え……あ、いえいえこちらこそ」


 場の主導権を掌握している永琳も、阿求に対しては素直に頭を下げる。こうなっては阿求とて、無遠慮に怒りなど向けられない。そもそもあの件に関しては、幽々子の非が大きいというのが客観的に見た現実だ。


「今の私には貴方達───特に幽々子の危険性が判断付かなかった。そういう理由で、“万が一”を考えずにはいられない」
「だから、輝夜さんと一緒に居る私達が彼女を『人質』にでも取って、何かしらの優位性を得ようとしていた、とまで思考に及んだのですね」


 すっかり花弁を散らした桜のような幽々子に代わって、阿求が音頭を取る。
 なるほど、永琳の説明に不自然さは一見見当たらず、正当性はあちら側に味方している。今でこそこうして何ともなく接している幽々子だが、彼女が陥っていたかつての状態は笑い事では済まされない。
 一歩間違えれば、阿求とて殺されていたかもしれないのだから。顔面を犠牲に彼女の友愛を得られたのであれば、安い出費というものだ。


「それでも、眠った幽々子さんを禁止エリアに放置するというのは……ちょっとやりすぎなのでは、とも思いますが」
「疑わしきは罰せず。そんな平和ボケした裁定は、地上の罪深き無知らが安全圏で喚くだけの、欺瞞に満ちた似非言葉。
 それを人は『偽善』と呼ぶわ。この世界では特に、そういう半端者から故意・過失関係なく人を殺めてしまう。決まって厄介なのは、彼らは無自覚の罪を犯した後に口を揃えて吐き捨てるの。
 『自分は、ただ恐ろしかっただけ』ってね。体を捨てた保身に走ればもう、破滅への道は免れない」


 一理ある、と阿求は思う。
 事実、幽々子の陥った状況を見ればどのような猛者であろうと慄然とする。彼女が『死を操る亡霊嬢』だと知る者なら尚更。想定よりも遥かに甚大な被害が出ていてもなんの不思議もない。

 疑わしきは爆する、と。眠りについた幽々子を禁止エリアに置いたのは、彼女がこれから齎し得る悲劇を事前に防ぐ意図も多少なりとあった。
 永琳の取った行動に倫理性は欠けていたが、論理性は存在した。彼女らしい、とも阿求は理解を得る。


「えと……幽々子? なにか、ちょっと話が違ってない?」


 今まで口を閉ざし、永琳の背に押しやられていた輝夜がひょこっと顔を覗かせ疑問を呈す。
 彼女の疑惑も尤もだ。なにせ輝夜は、幽々子が永琳に殺されかけたのだという事柄を一方的に、端的にしか伝えられていない。
 そこに虚偽は無かろうが、事の背景には幽々子自身の無法な振る舞い、暴走行為が根源にあったのだという。そしてその裏背景を、幽々子は黙秘していた。自身のどうしようもない失態を隠蔽し、永琳を言外に悪と囃し立てた。

 それは幽々子の、言うなればいつも通りの遊び心の延長線だ。本人には悪意も無ければ永琳側への怒りも然程無い。だが、受け取った側の輝夜は従者の素行を想像以上に重く見た。ここを蔑ろにしてしまえば、両勢に不和が生じかねないと予測を立てたのだ。
 永琳が幽々子にやった行いは決して褒められるものでもないが、己の立場を悪くしない為、全ての事情を開示しなかった幽々子にも責はある。
 まして半端に伝えられた真実は巡り回って、不本意とはいえあの蓬莱山輝夜の頭を床へと下げさせた。

 話が違う。星空に浮かぶ満月の様な丸みを帯びた輝夜の瞳は、そんな言葉を含んで汗だくの幽々子へと突き刺さる。
 程なくして輝夜は、兼ねてより疑問に思っていた光景を阿求へと投げ掛けた。


「ねえ、阿求」
「は、はい……っ」


 その目はひどく据わっている。ここからの問答は、言葉遊びでは済まされない。
 ゴクリと、唾を飲む音が阿求の喉元から響いた。

227また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:10:48 ID:FVEn55QA0


「ねえ、阿求」
「は、はい……っ」


 その目はひどく据わっている。ここからの問答は、言葉遊びでは済まされない。
 ゴクリと、唾を飲む音が阿求の喉元から響いた。


「その『顔』、誰にやられたの?」


 疑惑の矛先は、阿求の腫れた顔面に向けられた。
 しまった。阿求は既に先程、この生傷が永琳による暴行だという偽りを述べている。正確にはそれは、幽々子に促された戯言の様なものであったが。


「ねえ、本当の事を言って欲しいの。永琳が果たしてそんな、粗末な暴力を振るうような人だとは私にはずっと思えなかった」


 一度答えた筈の問い掛けを、再び問われる。すなわちそれは、返した答えを確実に疑われているという勘繰りに他ならない。
 これに限っては阿求に非はない。幽々子の茶目っ気が起こした飛び火。それが今、思わぬ形で阿求に降り掛かっているだけ。


「…………この顔の傷を付けたのは───幽々子さん、です」


 予想通りの返答。輝夜は小さな怒りが湧いた。
 嘘を吐かれた事へもそうだが、それ以上に“幽々子が仲間に対して手を下した”という事実に。
 共に行動する上で見逃せる道理が無い幽々子の危険性を、彼女らは黙っていた。黙秘していながら、さながら悪者は永琳であり被害者こそが自分達であるかのように話したのだから。

 土下座という恥辱を背負い、額を擦ろうとしたは自らの選択だ。幽々子らの方から強制したのでは決してなく、寧ろ行為を取り下げたのは向こう側である。

 そこまでしなくてもいい。
 我々が望むのはあくまで対話であり、穏健な協定だ。
 そんな生易しい本音も、幽々子や阿求の頭にはあったろう。
 輝夜は彼女らの根にある慈心や甘さを好意的に捉えていた。だから誠心誠意謝罪し、頭まで下げたのに。


 これでは、馬鹿を見たのはこっちではないか。



(……少し、話が見えてきたわね)


 輝夜の投げた問答を傍から聞きながら永琳は、得心がいったとばかりに心中頷く。
 大方、目の前の阿求のいたいけな童顔をああも腫らした下手人は私の仕業だと、適当ほざいた。そんな所だろう。
 阿求と最後に会った時点ではまだ傷一つなかったのだから、その時の状況を顧みれば真相など容易に導き出せる。
 なるほど。私は彼女らにとって都合の良い展開に持っていけるよう、あること無いこと創造された。罪を押し付けられたのだ。
 そして恐らく、従者の不始末は主である輝夜へと責任が問われる。何かしらのケジメを付けさせられる、といった形で。

 果たしてそれは、何か。
 親愛する主にはとても不相応な、泥土を払った跡。
 穢れを知らぬ両の掌と、世に二つと生まれないだろう流麗の黒髪に僅か混ざったそれらを、永琳は目敏く発見する。


 意図して遠ざけられていた真実。月の英傑は瞬きをほんの二度ほど繰り返された数秒の間に、難なく其処へ到達した。
 瞬間、次に湧くは怒り。握り締めた左手を固く震わせるような、静かな怒り。
 取るに足らぬ些細な罪を押し付けられた事自体は、致し方ないと割り切れることも出来る。元より永琳も、幽々子に対してやった行為は確実に“黒”といえるのだから。

 しかし、輝夜。
 最も大切に思う彼女に、よりにもよって頭を付けさせるとは。
 これだけは、見逃せない。
 そして、もしも。
 もしも永琳の予想した事実が……輝夜を跪かせるなどという、在ってはならない黒歴史であったのなら。

 自分の知る『蓬莱山輝夜』は、果たしてそんな薄汚い行為を人目の前で行うだろうか?

 やりはしない。
 少なくとも“永琳の知る”輝夜であれば、行わない。
 意にも介さず、とまではいかないが、欲深な地上の民の戯言だと、いつも通り華麗に受け流していただろう。
 輝夜は別に高飛車でもプライドが高いという訳でもないが、地上民と月の民の間に聳え立つ格差が絶対的だという自覚は持っている。穢い相手の目線の更に下方にまで、わざわざ自分から降りていく御方でもない。

 では、無理矢理?
 それもきっと、正しくない。
 目前の二人。幽々子と阿求の人間性は、僅かに触れ合ってきた永琳でさえも、片鱗以上には理解出来ている。
 彼女らは無理強いはしない。輝夜の頭を強引に床に付けさせるなどという野蛮は行わない人種というのは察せる。

228また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:14:12 ID:FVEn55QA0

 となればもう、一つしかない。
 自らの意思で以て、輝夜は低頭平身に跪いた。
 それはどれほどに恐ろしい事だろう。永琳は胸中の怒りとは裏腹に、元々冷たかった血相を更に青ざめさせる。

 輝夜をそこまでに追い詰めたのは、誰だ。
 膝を付ける他ないとまで、選択肢を失わせたのは誰だ。

 それは敢えて不修多羅な真相を隠していた西行寺幽々子であり。
 同罪でしかない他力本願の象徴、稗田阿求であり。

 そして軽率な判断でその状況を作り上げてしまった一因、八意永琳自身である。


(馬鹿……! 私は一体、何を焦っていた……!?)


 実験に扱う対象として幽々子を選んだのは、些かな軽はずみと言える。
 これまでの流れで永琳は、幽々子を半危険人物だと言外に非難してきた。その通りなのだが、最初に永遠亭で邂逅を遂げた時点での幽々子は、狂乱というよりも消沈と示した方が近い。
 友を信じられず自暴自棄とはなっていたが、少なくとも客間に座らせまともな話をかろうじて交わせる程度には、落ち着きを取り戻していたのだ。
 それを踏まえてなお、彼女に一服を盛った。謀るデメリットを考慮して、このような事態が起こり得ることも覚悟してなお、最終的に幽々子を『実験動物』として扱った。

 結局の所それは、焦っていたのだろう。
 これは永琳の失敗だ。彼女の起こした通常考えられない、あまりに軽率なミスなのだ。
 巡り巡ってその代償を払ったのは、輝夜だったというだけの話。

 前代未聞、だ。

 心臓を直接握られたかのような、抗い難い苦痛が永琳を襲った。
 “あの”輝夜が、“自ら”土下座を選んだという事実。
 これはもう、永琳の知る輝夜とは僅かに。そして決定的に逸れている。


(……いえ。逆、ね)


 本来を辿るルートを逸れているのは、輝夜ではない。鈴仙でも、てゐでもない。
 永琳。八意永琳のみが、針が歩みだした世界に置いていかれていた。
 恐れていたことが起き始めている。全ては太田順也の一計だろう。


 彼女はとうとう自覚した。
 永遠亭という家族の輪から、自分の存在のみがぽっかりと穴を開けているような孤独感。
 どうあっても取り戻せない『失われた時間』が、この胸に渦巻き、永久の呪いに絡め取られている。

 私の知らない『鈴仙』が。
 私の知らない『てゐ』が。
 私の知らない『輝夜』が。
 不変のままで在りたいと願うあの『家』から。
 そっと、巣立っていくのだ。
 空白の後に残るは、私のみ。
 永遠亭に自分が知るモノなど、刻と心を凍てつかせた私というもぬけの殻だけ。


 永琳はこの期に及んで、『永遠』へと畏怖を抱き始めた。
 永遠の孤独。蓬莱人が真に恐れる、究極の苦痛であった。
 かつて蓬莱人へ身を落とすという大罪を犯した、輝夜。
 永琳は、彼女を救う為に。そして唯一の理解者となって隣に居続ける為に、自らも蓬莱の薬を飲んだ。
 蓬莱人の理解者と成れる存在は、同じ蓬莱人だけだから。
 それを信じて永琳は、あまりに途方もない『幸福』を望んだ。
 永遠の先に転がっているような、輪郭のぼけた幻想の幸せを。

229また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:14:53 ID:FVEn55QA0


 ここに居る輝夜は。いや、ここに居る輝夜“も”。
 永琳の知らない『未来』より呼ばれた、蓬莱山輝夜なのだろう。
 鈴仙やてゐの前例からすればそれは、『永遠』を歩き終えた世界線の輝夜と考えられる。
 そうでなければ高貴なる輝夜が、地上の民などに跪くわけがないのだから。
 では、この輝夜はこの先どのような選択を取っていくのか。
 自分の知らない輝夜。それだけで永琳は、身を掻き毟りたくなる巨大な不安感に苛まれる。


 もしも彼女までが私の傍を離れるという選択を取るなら、私は──────。








「──────この通りよ」


 暗礁に乗り上げかけた永琳の思考を、静かに遮った声があった。
 白玉楼当主・西行寺幽々子の明白な謝罪である。


「ゆ、幽々子さん!」
「私の暴走が、そもそもの始まりだもの。阿求を傷付けたのも、永琳を傷付けたのも、輝夜に辱めを与えたのも、全て私のせい。これが真実よ」


 今や立場は完全に逆転している。高貴である身分を顧みず、トレードマークである天冠を装飾した帽子をも取り払い、普段のおっとりとした気質はそこには無い。
 おどおどと慌てふためていた阿求も、彼女に倣ってすぐに頭を下げる。腫れ上がったその顔はとても見られたものではないが、幽々子一人に責任を負わせようとする恥知らずに勝る赤っ恥なども無いだろう。


「申し訳ありませんでした。ご察しの通り、幽々子さんはつい先程まで正気にはなかった───つまり、少々タガの外れた暴走状態のようなものでした」


 稗田家九代目当主・稗田阿求。少女の身でありながらも人里においては随一に位が高い彼女は、幽々子の隣で同じく頭を下げ続けた。
 今や戸惑われずに口から漏れていく言葉は、恩人でもある幽々子の心証が悪くなる一方の真実だ。何を今更、と思われようが、偽らぬことが今の彼女らに出来る最大の罪滅ぼしであった。


「本来なら率先してお伝えすべきこの事実を隠蔽してしまっただけでなく、正当性の様なモノを振り翳し、笠に着て、永琳さんを不当に咎めてしまいました。
 挙句、輝夜さんにまで辛い気持ちをさせてしまった。恥ずべくは、全て我々の怠慢。稗田の女として、不徳の致す所……この場を借りて詫びを入れさせて頂きます」


 今度こそは、二人共誠心誠意を込めた。幽々子も阿求も、先程同じように頭を下げた輝夜も、皆が皆、高位の生まれである。
 温室育ちの箱入り娘が揃いも揃って頭を垂れる。元より、受け継いだ肩書きに意味など無いのだ。このバトルロワイヤルにおいては。
 秩序も体裁も無法の下に埋もれたこんな世界で、肩書きやら主従やらを持ち出して何になるというのか。
 それでも彼女達は、最も大事な物だけは捨てたりしない。名実とは、誠実さだ。生まれながらに受け継いだ誇りを敢えて下げることで、切り拓ける道もあると信じて。

 何が正しいか。正しくないか。
 何が大切か。大切でないか。
 輝夜は永琳を大切に想うからこそ、頭を下げたのであり。
 幽々子も阿求も、虚飾なき誠意の下に頭を下げている。


「う…………む、むぅ〜」


 こうなっては素直に怒れないのは、輝夜の方だ。
 幽々子らが真実を述べず、結果本来の正しい過程を経ずに輝夜の頭を下げさせたのは、確かに憤りも感じている。
 とは言ったものの、幽々子にしろ阿求にしろ胸に一物あっての虚言ではなかった事など、彼女らの懸命な謝罪を見れば分かる。
 不幸なすれ違いが連続して起こってしまった。言ってしまえばその程度の些事、だとも言える。
 永琳にも頭を下げさせると先程約束した手前だったが、少し状況が複雑化してしまった。ここから更に永琳にまで謝罪を行わせるとなると、どうにもチグハグな事になる。

 元々人当たりの良い輝夜としては、やはり許してあげたいと思う。それは当事者でもある永琳次第になるが、果たして彼女はどう思っているか。
 輝夜は信頼を寄せる従者の次なる言葉を待つ事とした。汚れ役の烙印を押されかけた永琳こそに、全ての決定権があるのだから。

230また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:16:02 ID:FVEn55QA0



「───もういいわ。頭を上げて下さい」



 賢者の答えは予想よりも早く、あっさりと告げられた。
 言葉通りに二人は、ゆっくりと頭を上げる。


「一つだけ、確認しておきたいの」
「何でも。今度こそ、偽りは申しません」


 永琳の矛先には、幽々子である。
 目線と立場の違いか、どうしたって永琳の言葉は高圧的にも聴こえる。それを受けてなお、幽々子の瞳は真っ直ぐだった。


「幽々子さん。貴方は、もう『大丈夫』なのね?
 何があろうと周囲の人間は傷付けない。それだけは誓えるのね?」


 幽々子は既に、永琳と阿求に手を上げているという払拭できない過去がある。
 もし仮に彼女が輝夜を傷付けようものなら、今度は仮死状態で済ませるつもりは永琳にはない。


「誓えるわ。私は友達を、そして友達を信じる自分を信じているもの」


 フゥ、と永琳は小さく息を吐いた。その言葉さえ聞けるなら、ひとまず話は丸く収まるのだろう。
 怒りは簡単に消えるものではない。しかしそれは、己の失敗を他人に押し付ける事と同義でもある。

 永琳が真に苛立っている相手は、誰と問われれば……己自身なのだから。


「───私も、貴方に対して大変な事をしたというのは事実よ。こんな謝罪で帳消しにしてなどとは言えないけど、やり過ぎたわ。御免なさい」


 頭を下げないわけには行かない。彼女らにここまでさせておいて、自分だけがのうのうと偉そうに言える立場でないのも認めよう。
 輝夜の顔を立てる意味でも、これ以上不要ないざこざを起こしては呆れられるばかりだ。
 なればこそ、ここで初めて永琳の謝罪にも結果が生まれ出る。

 信頼を寄せる従者の物珍しい謝罪を見て、輝夜も安心を覚えた。
 根付いたわだかまりが全て、後腐れなく消化された訳では無い。何もかもが納得済みという訳でも無い。


(でもまあ、きっとこれでいいのよ)


 人間関係に一喜一憂するようなキャラでもないのだ、自分は元々。
 為せば成る。為さねば成らぬ、何事も。
 故に輝夜は、取り敢えずは胸を撫で下ろし、一歩歩み寄れた実感を噛み締めながら、にへらと笑みを零した。


 そして、輝夜の問題はここからなのだ。
 対等な関係をどうにか築き上げたというのがここまでならば。
 ここからは、輝夜自身の課題を解決に持っていかなければならない分野の話となる。

231また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:16:35 ID:FVEn55QA0



 するとそこに、狙い済ましたかのような丁度のタイミングで男は現れた。


「オレはこの幻想郷という土地をよく知らない。だからオレの認識が間違っていたのなら申し訳ないのだが」


 出来上がった料理を載せた二つのトレンチを、その両手に添えながら。


「───レストランとは、メシを食う場所だ。幻想郷は違うのか?」


 無愛想で、特徴的な髭。こんな素っ気のなさそうな男がレストランに居れば、それだけで飯が不味くもなりそうだ。
 リンゴォ・ロードアゲイン。男は物腰だけは丁重に、身近な丸テーブルの上へとトレンチを置きながら喋くる。


「邪魔になるかとも思い、少し様子を見ていたのだがな。頃合いを見て割り込ませてもらった。食事が冷めるばかりだと、良いことなど無い」


 女四人の空間では、少々異質であった。彼をより異質足らしめんとするは無論、卓に置かれた手料理だろう。男はどう見てもキッチンに向かうような風貌には見えない。


「オレは貧困の出だ。女手一つで育ててくれた母からは『食事には常に感謝の心を抱きなさい』と教えこまれた。
 お前らもそのうち子を育む女ならば、出された器の前ではしたなく争う様なみっともない真似は控えた方がいい」


 正論である。輝夜も永琳も、幽々子も阿求も、何を言えばいいのか言葉を探しあぐねている、といった様子だ。
 とは言っても、話は概ね解決の方向へ向かっていた流れだ。ここらで何かを口に入れるには、ベストタイミングの切り口だったに違いない。


 そうだ。ここはレストラン。熱々の料理を前にこれ以上足を棒にしていては、作ってくれた彼にも申し訳が立たない。積もる話もあるだろうが、ひとまずはテーブルに着くべきだ。

 リンゴォは一人、少女達からは離れたテーブルに椅子を寄せると、自身の食事をそこに置き……




「頂きます」




 軽く両掌を合わせ、料理を黙々と口へ運び始めた。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

232また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:17:15 ID:FVEn55QA0
『ジャイロ・ツェペリ』
【午後】D-4 レストラン・トラサルディー


 二頭の馬を表に繋ぎ、集合の場としているレストランへやや警戒混じりに入ると、既に顔ぶれは揃っていた。
 ジャイロと文は、肩や帽子に掛かった雪を玄関で軽く落とし、室内に充満した胃を刺激するイイ匂いに思わず顔が綻んだ。


「あややや。お食事中でしたか」
「お、『チリ』か。レース中にジョニィとよく作ったぜ」


 文が上着を脱ぎながら、一風変わった食事風景を目に入れる。時刻としては少し遅めの昼食だったが、いい加減何か口に入れないと戦えるものも戦えない。
 見れば、メンバーの中にしっかりと八意永琳も混ざっている。どうやら円滑な合流は果たせたらしく、和気あいあいとまではいかないにしても、滞りのない交流が成されているのはこの会食を眺めれば理解出来た。
 実際には一波乱起こった出会い頭であったが、共に顔を合わせ卓を囲んでいる様子を見るに、危惧するような事態は起こってないのだろうと文もジャイロも安堵する。

「結構な大所帯ね」

 朱色のスープを口にしながら、永琳が顔色一つ変えずに言った。ジャイロと文の二名も程なくここへ到着するというのは食事中既に聞いた事柄だ。故に、この来客には何の驚くこともない。

「新聞屋さんとツェペリの分もあるわよ。こっちのテーブルはもういっぱいいっぱいだから、二人はそっちで食べてね」

 真鍮器の上でふんだんに盛られた赤い豆を掬いながら輝夜が言う。首を軽く回した方向には先客であるリンゴォの姿があった。
 「げっ……」とジャイロの顔に、あからさまに嫌そうな色が浮かんだ。よりによってこの男と卓を共にするなど、それだけで美味いメシの質も下がりかねない。

「まさかだよな。まさかこの料理、お前が作ったの?」
「……」

 目を丸くしながらのジャイロの問い掛けにも、リンゴォはただスプーンを口に運ぶのみで見向きもしない。

 リンゴォが黙々と掬っている朱色の料理は、ジャイロが一目で判別できたようにアメリカの国民食とまで言える代表的な豆料理で、正式な名称を『チリコンカーン』としている。
 旧メキシコのカウボーイが起源とされているその料理は、今日ではアメリカ国内の至る家庭やレストランでも広く愛される食事の一つ。
 牛肉と玉ねぎを炒め、トマト、チリパウダー、ピントビーンズを加えて煮込み、更に唐辛子や香辛料を混ぜたチリソースで味付けをした物が、目の前の真鍮の器に盛り付けられた代物の正体だ。
 チリのレシピは多岐に渡り、料理する家庭それぞれに特別なレシピが存在すると言ってもいい。ジャイロはレース中、傾き始める夕陽の下での野外キャンプでこれをよく作ったものだ。
 「また豆料理かい? ジャイロ、ぼくはもう飽きたよ」と何様目線で不満を垂らすジョニィは、その口癖とは裏腹に随分と美味そうにチリを胃に掻き込んでいた。

 そんなレースの最中にある他愛のない日常が、ついさっきの事のように思い出される。今はもう戻らぬ想い出を、よりによって決闘まで交わしたこの男の手料理によって想起させられるとは。

「意外だなリンゴォ。いや、そうでもねぇか。常日頃から修行を求めるお前の事だ、健康管理の作法としてマトモな料理くれぇ作れなきゃな」
「……しつこいぞジャイロ・ツェペリ。食うつもりがないのなら馬にでも食わせてこい。別にお前の為に作ったわけではないのだからな」
「あ、はいはーい! 私、これ食べてみたいです! 外の世界の料理なんて滅多に食べられませんからねえ」

 ニヤニヤと鬱陶しい視線を授けるばかりのジャイロとは対照的に、まるで子供──少女そのものの笑顔を向けたのは射命丸文だ。
 彼女はジャイロを差し置き、すかさず席について手を合わせた。どうも腹を空かせたから、というより異国の料理を食レポしたいが為に目を輝かせているような、形式的な態勢を感じるが。
 天狗の超スピードが果たして食事にも適用されるかは知らないが、早速ハキハキと箸を進める文を見ていれば必然、こちらの胃を突く刺激も肥大化していくもの。
 かつての敵と正面向き合いながら飯を食すというのも筆舌に尽くし難しそうだが、流石に食事のひとつでも取らねばキツい時間帯である。
 仕方ないと一言零しながら、ジャイロは観念した様子で席に着いた。

「うわ、むさっ。私、あっちのテーブルに移ろうかしら」

 既に器の半分を虚無とさせた文が、失礼なことを言いながら輝夜らのテーブルを羨ましそうに眺める。彼女のすぐ横では、いい歳した大の男二人が妙な距離感で頬を動かしているのだからさもありなん。

233また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:19:45 ID:FVEn55QA0


「って、あら? ホル・ホースは?」


 美女の集うテーブル側から輝夜が、若干の違和感を口にした。そう言えばホル・ホースの姿がさっきからなく、あのカウボーイまでがジャイロ達の空間に入れば流石に文が不憫だと思った次第だ。

「ホル・ホースさんとは別れました。彼には彼の、やるべき事があるらしいですので」

 チリの芳醇なソースを炊けたご飯にうっとり掛けながら、文はキッパリ言い切った。その言葉の中に感じ取れる一抹の清々しさは、彼女と彼の間に後を引かないサバサバした決別があったのだと輝夜にも予想させる。
 ホル・ホースの人材も面白そうではあっただけに、輝夜の中に若干の無念さが残る。だが輝夜の興味欲に勝るものは、現在のところ食欲である。蓬莱人と言えど腹はしっかり減るのだ。ポテチとピザとコーラのコンボを経験した身で言うのも何だが。



「───で、そろそろ話を進めたいのだけど」



 和やかに向かいつつあるムードを斬り伏せるかの如く、永琳が唐突に口を開く。
 元を辿ればこの集合は、永琳が永遠亭住民を呼び寄せ明確な方針を提示させる為に催したグループである。レストランを集合地としたのも決して昼食を楽しむ為ではないし、更に言えばここまで人を呼ぶつもりもなかった。

「そうね。色々話しときたい事もあるし……永琳、お願いするわね?」

 永琳の意図を察した輝夜も、彼女に倣ってひとまず食事を中断した。
 八意永琳とは実質的に永遠亭を取りまとめる代表人物だ。輝夜も鈴仙もてゐも、基本的には永琳の助言や命令に従ってきた。立場の上では蓬莱山輝夜が最上であるが、部下のイナバ達まで含めればそれなりの組織力を持つ永遠亭の中核と呼べる人物は完全に永琳である。
 当然、位が上である輝夜とて第一に信頼するは永琳の判断。専ら頭を動かす役割なのは優秀な参謀であり、姫の仕事はと言えばここ一番の事態での鶴の一声くらいである。もっとも、その“ここ一番”というのが実際には中々来なかったりするが。


「まずは、各々の情報を整理しましょうか。このゲームが始まって半日以上……きっと様々な体験を過ごした事でしょう。手始めに姫から宜しいですか?」
「え゛っ」


 進行を司る永琳の振りに、尻尾を踏まれた兎のようなダミ声で返す輝夜。至極当然の内容を当たり前に訊かれた彼女が動揺した理由はひとつしかない。

(どうしよう……とても言えないわ。「私はまず初めの6時間を漫画見て過ごしました」なんて)

 マイペースな性格とはいえ、流石に人並みの羞恥心程度は持ち合わせる彼女は、神経を疑うこのロクでもないスタートダッシュについてどう言い訳すべきかを猛烈な勢いで考える。
 必然生まれる、数瞬の沈黙。周囲の視線が一斉に輝夜へと飛ぶ。本人は至って真面目に異変解決を望んでいただけに、真実をありのままに話すというのは自らのイメージを損ねる。それはもう、壊滅的に。

「…………まあ、姫は後からでもいいでしょう。では、幽々子さんからどうかしら?」

 唸る輝夜の様子に何か察するものでもあったのか。永琳は意を汲み取る為、ひとまず輝夜は後回しにする。
 永琳が選んだ相手は幽々子だ。彼女には図らずも頭を下げさせた経歴もあり、少々複雑な因果を築いてしまっている。
 故に、食事中も幽々子・阿求らと永琳・輝夜らはどこか壁を感じていた。過去のわだかまりも双方の謝罪で水に流すとし、表面層では手を取り合った様に見えている。
 しかし人の感情とはまことに厄介で、心の深層においては未だ両者打ち解けるはずもなく。
 無意識下にあるかもしれなかったが、永琳の幽々子を指名する視線や言葉の奥には、極微小な毒が混ざっていたのかもしれない。

「構わないわよ。私はゲーム最初から殆どの時間、阿求と一緒だったから彼女の分もついでに話しておくわね。あまり食事中に聞かせるような内容でもないけど」

234また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:21:55 ID:FVEn55QA0

 幽々子の攻略していた器が丁度空となり、三杯目のおかわりへ突入するかどうかというタイミングで、彼女は取り敢えず箸を置いた。
 今度こそ全て、幽々子は一から十までを全開に開示した。自らの未熟な心の持ちようが仇となり、永琳含む傍に居る者を不用に傷付けたこと。幽々子自身は殆ど素知らぬ、邪仙らの襲撃戦については阿求も補足を加えつつ。
 その結果、癒えぬ痛みを背負わされたことも。

「……私、食事なんかしていていいんでしょうか。こうしてる間にもメリーの身に恐ろしいことが起こってるような気がして……」

 阿求が下を向き、本音を吐く。ジャイロも予想していた事だが、メリー救出の優先度は直ちに急を要するものでは無いとはいえ、あれからかなりの時間が経過しているのも事実。
 敵の拠点地に見当がついていない事に加え、幽々子に起こったゴタゴタもあったので、メリー奪還作戦についてはまるで進行の兆しが見えていないというのが現実だった。


「───貴方達は、これからどうしたいの?」


 阿求の悲痛な様子を見て永琳も訊ねる。
 その問いは彼女の表情を見かねて口に出したという気遣いよりかは、あくまで話を前に進めたいが為に急かしたのだというような。大した情など含まない冷たさを感じる声色だった。

「メリーを助けるわ。ポルナレフともすぐに合流して、一度態勢を整えてから」

 永琳の問いに代わりに答えたのは幽々子。対する者に淀みを読み取らせない、極めて前向きな瞳を宿しながら。


「あ、そういや花京院の奴を忘れてた」
「あ、そういえば早苗さんも」


 ポルナレフの名が出たことで連想されたのか。ジャイロと阿求が太陽の畑にて休ませていた男女の名を連ねた。

「カキョーイン?」

 キョトンとしながら幽々子は、聞き慣れぬ名前を復唱する。早苗というのは山の巫女の東風谷早苗であろうが、花京院という名前は幽々子は知らない。彼と彼女がジャイロ達の前へ隕石の如く降って現れたのは、幽々子脱却後であったのだから当然だ。
 その過程をジャイロが軽く説明し、超凶悪スタンド『ノトーリアス・B・I・G』を撃退した功労者に花京院と早苗の名が挙げられる。当然最後のトドメというオイシイ役回りを買って出たのはこのオレだという華々しい終幕までを、鼻高々で。


「要は、仲間を集めてそのメリーを救出する。そういう方針でいいわけね」


 多少脱線しつつあった話題のレールを、永琳の一言で本筋に戻す。
 彼らの目的は消え去った幽々子の捜索。それが完了した今、ポルナレフや花京院、東風谷早苗といった面々を再集結させ、奪われたメリーを奪還しに向かう。それを永琳も今一度確認すると、ジャイロは淀みなく肯定した。

 はて。そんな重要な任務を控えていながら、じゃあ何故彼らはこの自分にわざわざ接触しようとしたのだろうか。永琳は抱いて当然の疑問を口にすると、今度は阿求がそれへと返答する。
 曰く、幽々子を完全に見失った地点は永遠亭からである。もしもその時、その場所に由縁ある人物が共に居た場合、その人物こそが幽々子の生死を握っている可能性が少なからずあった。
 阿求の推測では、その人こそが八意永琳なのではないかというもの。更に、月の天才永琳であればおかしくなった幽々子を実験体として扱い、禁止エリアに連れ込む程度はしかねないといったズバリな推理が炸裂したのだ。(流石にその部分までをこの場では口が裂けても言えなかったが)


「じゃあ幽々子とも会えた今、こうして共に食卓を囲む意味など無いんではなくて?」
「いえ、永琳さんに会いに来たのは幽々子さん絡みの目的だけではありません」


 永琳の疑問にも阿求はすかさず回答を用意した。何の為に二人して頭を下げたのか、当然ながらそこにも理由はある。
 多少なり、下心のような気持ちがあったのは認めるしかない。

「此度の異変解決に必要な知識……それを拝借したく、私共は貴方の元を訪ねたというのもあります」
「……なるほどね。まあ、そんなとこだろうとは思ってたけど」
「おこがましい態度なのは重々承知しております。ついては、まず一番の問題点である脳の中の『爆弾』……これを外さない事には何の進歩も見出せないと存じますが」

 核心とも言うべき難題を、阿求は物怖じひとつ見せず問い質してみせる。永琳とリンゴォを除く全員の空気に僅かな緊張が走った。
 人体については参加者の誰よりも抜きん出た知識と、扱いに長けた技量を秘める薬師だと名高い賢女である。不死をも屠る未知なる呪いとあれど、月の叡智であれば解除までは行かなくとも、糸口くらい掴めていても不思議ではない。

235また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:22:32 ID:FVEn55QA0

「……当然、件の爆弾については現在、全力で調査している最中よ。解除法について宛がなくも、ない」
「ほ、本当ですかっ!」

 真鍮のスプーンがカチンと鳴った。思わずその身を乗り出した阿求の表情は、腫れ上がっていながらも晴れ上がる。

「肉体を一度捨てる。調査中ゆえに確実な手段とはとても断言出来ないのだけど……私はそれを考えているわ」
「肉体を……捨てる?」

 大雑把かつ大胆な説明に、阿求含む全員が首を傾げた。生き残る為の方法として提示された爆弾解除法がそれでは、逆に死ねと言ってるようなものではないのか。

「死ぬのよ。肉体的な死……擬似的なモノではあるけど、あの主催を誤魔化すには一度死体を経ての偽装工作を連ねる必要があると私は考えている」
「オイオイオイ。言ってる意味はよく分からねーが、そりゃ後々蘇生出来る前提っつー絶対条件があんだろ? 大丈夫なのかよ、そこんトコ」

 胡散臭そうな視線を隠そうともしないジャイロは、予想斜め上の解答に不安を露わにする。一度死ぬ、と実に平坦な口調で説明された所で、あまりに漠然としている説明だ。
 ジャイロもこれで医者。同じ医業としての役職同士、八意永琳という女とは出来るだけ足並みを揃え、爆弾解除の手助けを行えるようにはしていきたい。
 が、彼女の言う『死』というのがどのラインかにもよる。幻想郷特有の呪術的な概念が差し込まれれば、そこに外界の医者の出番は途端に消え去る。

「より『大丈夫』へと近づく為に、今は積み重ねの段階よ。これに限っては、石橋を叩き過ぎるなんて事はない」

 不満げなジャイロにも、永琳はあくまで慎重策を辿っての結果を出すのだと。わざわざ積み重ねなどという無難な言葉を選んだのは、幽々子の手前『実験』という単語を使うのに躊躇が生じたからだろうか。

「肉体を一度捨てる、と言いましたね。それは例えば……尸解する、と考えても良いのでしょうか?」

 ほら出た。早速オレには意味不明の言葉が飛び出したぞ。
 阿求の発言にジャイロは心中で毒づき、子供のように不貞腐れる。予想通り、永琳の目指す爆弾解除に一般的な医療技術はお呼びでないらしい。

「考え方としてはそういう方向性でしょうね。現段階ではまだ何も言えないけど、魂を弄る必要も出てきたかしら」

 尸解(しかい)とは一般に、仙術を心得た者が肉体を残して一度死に、魂魄だけ抜け出る術をいう。つまり砕いて言えば、高度な死んだフリである。
 人が仙人へと至る比較的下位の手段であり、この方法で仙人と成った者は『尸解仙』と類される。幻想郷においてこれに属する仙人は、阿求の知る限りでは豊聡耳神子、物部布都、霍青娥あたりだ。
 当たり前であるが、口で言うほど容易な手段ではない。仙術の心得など皆無の阿求並びにこの場の全員が「さあ尸解を始めましょう」と手を叩かれてすぐに成功できる訳がないのだ。
 永琳とて仙術についてなど流石に門外漢だろう。教えを乞うべきは仙人本人からである事が望ましいが、頼りになるチームリーダー的存在だった神子も居ない。
 物部布都は参加者に居ない以上、頼みの綱はよりによって青娥のみを残す所となったが、神子を殺害したその張本人こそがあの邪仙である。当然、恥を捨てて懇願するという選択は、如何な一度頭を下げた阿求や幽々子であってもまず有り得ない。そもそもジャイロがキレる。
 永琳はどのような手段を用いて肉体を切り離すと言うのだろうか。

「一度死ぬ……って、少なくとも蓬莱人や亡霊である皆さんが言うのでは、説得力があるのか無いのか分かりませんねえ」

 食器をぺろりと空にせしめた文が、周囲の面々を見回しながら言った。蓬莱人は本来、死から最も遠大な対極に立つ種族であり、亡霊の幽々子に至っては実際に一度死んだ身ですらある。
 そんな異彩を放つ集団が、仮初とはいえ死に躍起にならざるを得ないというのでは、千年を生きる長命の文をして皮肉というか、タチの悪い頓智物語のような話だ。

236また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:23:48 ID:FVEn55QA0


(……亡霊?)


 文がサラッと述べた、あまりに取り留めのない単語。危うく流しかけたそれを、永琳の思考のみが拾った。
 視線から言って、文の“亡霊”という言葉は幽々子その人に当て嵌る台詞だろう。
 瞬時に導き出される、しかし永琳にとってはあまりに今更ながらの新事実。

 西行寺幽々子とは───亡霊である。

 それはきっと、周知の事実。脈動を産み、己が意思で行動する彼女を一目見て「幽霊だ」などと想像を働かせる無礼者は居ないだろう。
 だが永琳は。永琳にだけは分からなかった。そうだと知り得る機会が今までに来なかったからだ。
 思い起こせば確かに、初対面の邂逅においてこの幽々子の様子は尋常とは言えず、死人のようだと感想を浮かべたのも記憶には新しい。
 が、まさか本当に死人そのものだとは思わなかった。情けない事だが、気付けなかった。これは致命的とまでは言わずとも、大きな見落としだ。
 例えば……普段の幻想郷であれば、幽々子の振る舞う雰囲気を一目見れば自ずと察せたかもしれない。通常の人間や妖怪共とは一風変わった、現世の者との境を違える異次元的な空気を肌で感じ取れたろう。
 そもそも亡霊とは幽霊と違い、傍目には人間との区別も付かない。西行寺幽々子を素知らぬ者であれば、少々ネジの緩い良家のお嬢様か何かと勘違いしても全くおかしくないのだ。

 永琳は我が右腕を掲げ、天井の照明に照らしてみせた。心臓から絶えず送られる血脈は、生の証明。不死人である肉体も、これを絶たれれば呆気なく朽ち果てると主催はぬかしていた。
 それもこれも、このバトルロワイヤルの環境があってこそ。永琳と同じに幽々子だって今この時、亡霊という名の殻を剥がされ、人間並みの脆き肉体へと封じ込められているに過ぎない。
 つまりは永琳が幽々子を亡霊だと見抜けなかった理由の一つに、現在の我々の肉体には如何なる呪術かによって改変が加えられているというものがあった。
 単に爆破の施しが与えられてるだけではなく、いわゆる制限といった根本的な改変だ。
 幽々子を亡霊としたクラスのままにゲームへ参加させていれば、成仏以外の方法で殺しようがない。死んでいるのだから。
 どちらかと言えば、今の彼女は人間寄りに構築された肉体の筈であり、永琳本人も自己再生機能は何とか保持されているとはいえ、恐らく“死ねる”身体なのだ。


(それにしては彼女……気のせいか『活力』に満ちている気もするのよね)


 いつの間にか四杯目のおかわりをも完食し終えた幽々子の食べっぷりを見ながら、しかし決してその食べ盛りの様子を比喩して『活力』などと表現した訳ではない永琳が、静かに眉をひそめる。
 何となくだが、幽々子からは微弱な生命力を感じる。不可視のオーラとでも言おうか。彼女本人とはまた別の根元を源にした、出所不明のエネルギー。
 初めて出会った時点では全く感じ取れなかった、漲るような力。今ではそれが、本当に僅かな電磁波ほどの微小さで感じられるような。
 この『生命力』とも呼べる感覚の発生が、永琳が幽々子を亡霊だと見抜けなかった理由の二つ目だ。死人に生命力等という言葉は、如何にも似つかわしくない。
 とはいえこれはあくまで永琳の誤差レベルの体感であり、そもそも西行寺幽々子とはそういった存在なのかもしれない。彼女とは殆ど初対面の永琳に、その僅かな差異を証明できる術はない。


(…………いや、待って。亡霊、って事は)


 埃ほどの極小から生まれた違和感は、永琳に天啓をもたらした。


「───魂は」
「ん?」
「魂は、貴方の専門分野の筈よね? 幽々子さん」


 餅は餅屋。都合良く目の前には、魂の扱いにかけては永琳の上をゆく存在が腰掛けているではないか。
 ここで永琳は、幽々子が亡霊であるという事実をあたかも既知であったかのように問い掛ける。自分が周囲よりも遥か過去から呼ばれた不憫な参加者だと、知らせる必要など無い。

「専門も専門。むしろ魂そのものの存在が、この私なのよ」
「訊きたいことがあるわ」
「私に答えられる事であれば、なんなりと」
「幽々子さん。貴方は、例えば他人の魂が見えるのかしら?」

 投げ掛けた問いは、常人であれば軽く鼻を鳴らされる程度には素っ頓狂な内容。無論、この場にそういった常人が紛れ込んでいる事などあろう筈もなく。
 誰しもが、その会話に今更リアクションを挟むことなく、じっと聞き入っていた。


「見えるわよ。普通に」


 さも堂々と幽々子が答える。永琳もそれを予期していたらしく、ならばと次の質問を即座に放つ。

237また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:25:40 ID:FVEn55QA0

「じゃあ、今は? 貴方から見て、今私達全員の魂はどう見えるの? 通常通りかしら」

 言われて幽々子は、穢れなど一切知らぬ愛くるしいその唇を少しの間閉じ、ゆっくりと全員を見渡した。
 僅かばかりの無言の中、割って入る言葉が漏らされた。射命丸文の、ハッとした音声である。

「あっ、それ私も訊きたいと思ってたんですよ」

 片手を挙げ、発言権を我がものとした新聞記者が場を借りて質問に同調した。
 遡ること数時間も前。あのモンスターハウスで古明地こいしの遺体を発見した際のやり取りが、文の口から軽く説明される。
 要点を述べると、本来死体と会話できる筈の火焔猫燐の力が、ここでは一切通じなかったのだという。こいしの遺体からは反応が完全に無かったのだ。
 これを単に主催からお燐への制限による結果か、それとも参加者の肉体及び魂へと何らかの手が入っているのか。その区別がつかないといった次第だ。お燐はこいしの遺体に対し「完全に空っぽ」だと心苦しく漏らしていた。


「成程ね。……まず、亡霊の立場である私からは確実な事が一つ、言えるわ」


 一通り文の話を聞き終えた幽々子は、ふむと唸った後に至極真面目な表情を作り、ハッキリと言葉に出した。


「少なくとも現在の所は、ここに居る全員漏れなく『魂』が見えているわ。みんな健康的な色艶だから安心してね」


 魂には一人一人の形状があり、色彩がある。
 生きている人間のそれを、本来は見通すことなど出来やしない。
 だが例外も存在する。亡霊や死神といった、『境界のあちら側』に属した者達だ。幻想郷には、そういった特性の人物も幾らか居たりする。

「私自身は……あの時、ツェペリの最期には立ち会えなかった。でもあの人を弔うシーンには目を覚ましていたから……確かに彼の遺体には、魂はもちろん、残り香すら無かった」

 語る幽々子の顔に影が曇る。命の恩人、と言うには亡霊が表現するにはおかしなものだが、とにかくウィル・A・ツェペリは幽々子の命の恩人である。
 その男の誇りある最期に幽々子は立ち会えていない。神子の最期の場にも弔えたのはジャイロのみだし、後は精々が男の世界による『決闘』でのジャイロ、ホル・ホースの死だが、あのコンマを動く刹那の狭間で魂の確認など不可能であったし、すぐさま時が戻されたのだから最早確認不能に等しかった。

 つまり幽々子は誰かの死に直接立ち会った事実上の経験など、この会場においてはない。肉体から魂魄が剥がれた瞬間は一つとして目撃していないのだった。

 通常、生物が死ぬと魂が肉体から剥がれる。よく「天に昇る」などと比喩されるが、実際には死んだ魂魄は河を渡ったり、冥界や地獄に連れられる。
 幽々子の様な亡霊といった類は成仏出来ずにそのまま顕界に留まるのだが、ひとまずその魂は肉体からは剥がれ落ち、浮遊・徘徊を始めたり地縛霊としてその土地に居着いたりする。
 このバトルロワイヤルが特殊な状況下とはいえ、全ての参加者は一旦死亡すれば魂は通常通り抜け落ちる、という裏付けを幽々子本人はまだ取れていない。
 文の言うお燐が肉体は空っぽだと言ったり、実際にツェペリの肉体はもぬけの殻だったのだから、十中八九そうなるのだろうが。

「永琳ったら何が言いたいの?」

 要領を得ない問答に、輝夜がいい加減ヤキモキして本命を急かした。幽々子の能力の程を訊いて、永琳は一体何をしたいのか。

「再度確認するけど、幽々子さん。貴方はこの場の全員をもう一度見回して、本当に『通常通り』の魂が見える?」

 不要な程に確認を取る永琳。この質問が、幽々子のこの能力が、永琳の目的に如何なる形かで関わってくるのだ。本人の真面目な表情を見やれば、その程度の事情などすぐに察せるというもの。
 幽々子はもう一度周囲を見回し、今度はやや緊張気味に首肯。『通常通り』の意味する所はよく分からないが、見た目ここに居る者達の魂は、幽々子が普段日常で見るような魂とそう変わらないように思える。

「見える、けど」
「目を凝らしてみても? 以前と全く変わりない、ありのままの魂かしら?」
「ねえ、永琳。通常通りの魂と言っても、そもそも魂には一つとして同じモノはないわ。
 ここに居る皆の魂だってそれぞれ違う形や色をしている。貴方は何をもって、魂の違和感などを知りたがってるの?」

 こうまでくどく訊かれるのは、何やら自分の能力が疑われている気になって。
 つい、幽々子の口調に苛立ちが混ざり始める。

「そうね。じゃあ、少し違う方向から訊いてみましょう」

 死を操る亡霊姫へと相対し、芥ほどの萎縮も躊躇いも生じず、気後れなく永琳は言い直した。

238また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:27:45 ID:FVEn55QA0


「ほんの少しでもその魂に『違和感』……つまりこのゲーム以前とは異なる箇所が見て取れると自信満々に断言出来る程、貴方と親密な関係にある人物はこの場に居る?」


 幽々子の口が閉ざされた。彼女の言わんとしてる疑問視の意味を理解し、その上で正答を手繰り寄せる為への逡巡が生じる。

 魂とは───その者の気質を映し出す服である。
 幽々子の性質は、日常的にその『服』という第二の容姿を可視するといったもので、これは幽体である彼女ならではの特技と言ってもいい。
 そしてその魂なる服は、実際の服飾と違って基本的には唐突に変化したりはしない。
 永琳の言う『魂の違和感』とは、その人間の気質を飾るいつもの服が、今日──つまりこのゲーム中に限っては様子が違わないか、という疑問を含んでいるのだ。
 幽々子は隣に座る阿求をもう一度覗く。この娘とは以前にも会ったことがあるし、当然ながら魂が変化しているなどという異質な事態は見られない。

 永琳は言った。微細な魂の変化に気付ける程に親密な者が、この場に居るかと。
 新顔のジャイロ達外の人間は勿論、阿求や新聞屋、永琳や輝夜という存在は、幽々子にとって親密だったとは言えない。
 西行寺幽々子とは、どちらかと言えば出不精だ。大抵の雑事・使いは従者の妖夢に任せているし、住処の白玉楼そのものが俗世からは大きく離れた、この世ならざる幻想的な場所である。
 従って幽々子の交友関係とは、お世辞にも広く深くとは言い難い。どう見栄を張ったとして、新密度筆頭の魂魄妖夢、八雲紫の二人が一番に出てきて、後はその他大勢という悲惨な二極化となってしまう。

 毎日同じ服を着ているような相手の、ほんの些細な変化。今日はリボンの色がいつもより派手だとか、石鹸の香りが少し爽やかだとか、その程度の差異。
 永琳が先程からしつこく訊いているのは、この僅かな魂の変化の違いに気付けるような親しい間柄がここに居るか、或いは心当たりがあるかという内容である。
 流石と言うべきか、魂の支配者である幽々子をして永琳には敬服せざるを得ない。肉体でなく魂そのものを弄られている可能性へ至るに終わらず、その立証と手段をこうもあっさり提唱できる、発想の飛躍。頭脳面にかけては何者よりも一歩二歩抜きん出る参加者はやはり八意永琳だろう。

 期待の眼差しというには程遠い彼女の眼を受け、幽々子は答え辛そうに返答した。


「…………居ない、わ。少なくとも、此処には」


 漏れ出たトーンが著しく低い理由は、既にこの世にもあの世にも居ない最愛の従者の影が幽々子の脳裏を過ぎった事にある。
 問う側の永琳とて、その程度の心遣いに気が回らなかったとは思えない。幽々子が妖夢を喪った事実により激しい愁傷を経たことは、永遠亭での一件からとうに知れたことであるのだから。
 それを分かって質問するという事は、求められる返答にそれだけの重要性が含まれる可能性がある事に他ならない。
 そしてゆっくりと聞かされる幽々子の期待外れの答えに、永琳は落胆も苛立ちも見せずに短い言葉を放った。


「そう」


 とだけ。


「……一人、心当たりは居るわ。もしも参加者全員の魂そのものに手が加えられたとして。そしてその改変という名の『糸のほつれ』が、どれほどに小さな歪を服の上に生んだとしても。
 『彼女』であれば、私には……私だけには、分かるかもしれない。そんな人が」


 妖夢とは自分なりに決別を果たしたつもりだ。然らば残る相手は一人しかいない。
 幽々子にとって最も大切な友であり。
 幽々子にとって最も大切な家族を奪ってしまったのかもしれない、そんな悲縁を結んでしまった相手。


「紫に会うわ」


 会いたい、ではなく、会う。一言であったが、強い決起の意思を秘めた台詞だった。
 元より幽々子はそのつもりである。出会わなければならない理由が増えたことは、彼女の意思をより強固にさせた。

 純真に求めていたものは言葉でなく、幻想を現へと変える意志なのだと。
 永琳が薄く微笑んだ理由が、幽々子の瞳の中に在った。


            ◆

239また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:30:03 ID:FVEn55QA0


「阿求。この通信媒体には私との連絡手段……『電話番号』が既に記されている。もし八雲紫の現在地が分かったなら連絡するから、手元から離さないでね」


 そう言って永琳は、阿求の支給品『スマートフォン』を本人の手に返す。阿求の所持品に小型通信機器がある事を永琳が知ったと見るや、殆ど一方的に奪われ、何やら弄られて戻されたのだった。
 その片手間ついでに腫れ上がった阿求の顔面を手持ちの救急道具で治療しているのも、流石にその惨状を見兼ねての厚意である。
 抗議の声を上げようにも、外界の精密機械にはとんと無知である自分にその資格はないと悟った阿求は、諦めて永遠亭印の薬品の恩恵を授かりながら別の疑問を投げかける。

「永琳さんはこれからどちらへ?」
「爆弾解除の手掛かり集めついでに……ちょっと『寄り道』をね」

 それきり彼女の口から台詞の続きは出てこない。どうやら『寄り道』についてはこれ以上の詮索は無駄らしい。
 それは同時に、阿求らに対して「付いて来なくていい」と言外に制しているようなものだった。

「貴方達にはメリーを救い出すって使命があるんでしょ? だったらまず、何よりそれを優先させるべき」

 正論を盾にし、加勢は無用だという姿勢をあくまで崩さない。
 それは自身の力を過信してか。阿求らの力など信頼に値しないか。
 きっとそのどちらでもないのだろうなと、説かれた阿求は内心思う。


(一人に、なりたいのかな)


 漠然と、今の永琳に対しそんな気持ちが湧き上がる。
 根拠などまるでありはしないが、彼女の薄氷のような表情を眺めて、ふと思ってしまっただけ。


「姫。……少し、宜しいでしょうか?」


 阿求の治療を終え間もなく、従者は月姫へと声を掛けた。その物静かな雰囲気は二人だけでの会話を望んでいるようだと、輝夜はすぐに察する。

「ええ、もちろん」

 一瞬、永琳が卓のリンゴォを横目に入れた気がする。その理由も、輝夜には何となく分かってしまう。
 今までずっと、同じ刻を歩んできた家族なのだから。




 そうして二人は誰に声掛けるまでもなく、静かにレストランを出た。どこか重苦しい雰囲気を背負う月の民の二人が出ていった事で、部屋にはちょっとした解放感が生まれる。


「んじゃ、ちっとポルナレフの奴と、あの緑女緑男を呼んでくるわ。文、お前も付いて来い」


 その空気感を狙ってか、ジャイロが自分の荷を整理しながら文へと声掛けた。
 彼らの最優先はメリーの救出。否応にでも戦闘になるだろう事を予想して、こちらも相応の戦力を補強しなければならない。
 ひとまず足のない幽々子や阿求らはここへ残し、ジャイロと文が馬を使って迷える子羊達を連れてくることには誰も反対しなかった。(リンゴォを残すことに対してはジャイロも大いに不満げであったが)

「あの山の巫女さんですか。彼女、というか守矢神社は悪い意味で新聞一面の常連ですので、果たして頼りになるやら」

 幻想郷において天狗社会と守矢神社の両組織は持ちつ持たれつの関係である筈だが。本人の居ない所で相手を褒めるか貶すか、射命丸文はどちらかと言えばその後者の特性だ。
 従ってノトーリアス・B・I・Gに一矢報いた早苗の活躍を目にしていない文は、息をするように彼女を小馬鹿にする。
 良くも悪くも普段の射命丸文と言える。出会った時より若干、憑き物が取れた印象を阿求も感じる。やはりジャイロとの邂逅により、彼女に新たな道が拓かれたのだろう。

 そしてそれは、文だけではない。
 ここに立つ幽々子も。リンゴォですら。
 未知との交わりによって、自分だけが歩める光の道を見出したのだ。


(じゃあ、私の道って……何処にあるのかしらね)


 無力。周囲がそれを言葉にせずとも、本人だけが痛切に噛み締める我が身の力の無さ。
 阿求は、混迷の中から未だ抜け出せない。
 帰る場所。或いは至れる処。悩めば悩む程に、阿求にはそのどちらの道すらも見つけられない。

 しかし。そうであっても。
 彼女が西行寺幽々子を正気へと導いた、という紛れもない事実がある限り……誰一人として阿求を不要とは思わないだろう。

 今わかっているのは、メリーを助け出す為の唯一なる頼みの綱。道と呼ぶにもおこがましい、暗闇の細道のみだった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

240また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:30:52 ID:FVEn55QA0
【D-4 レストラン・トラサルディー/午後】

【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:全身打撲、顔がパンパン
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、生命探知機、エイジャの残りカス、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:レストラン内でジャイロ達の帰宅を待つ。
2:メリーを追わなきゃ…!
3:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
4:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。
※八意永琳の『電話番号』を知りました。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:満腹
[装備]:白楼剣
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:レストラン内でジャイロ達の帰宅を待つ。
2:紫に会う。その際、彼女の『魂』に変容がないかも調べる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。


【ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:身体の数箇所に酸による火傷(永琳により治療済み)、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:ナズーリンのペンデュラム、ヴァルキリー、月の鋼球×2
[道具]:太陽の花、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者を倒す。
1:文に『技術』を叩き込み、面倒を見る。
2:花京院や早苗、ポルナレフと合流し、レストランへ戻る。
3:メリーの救出。
4:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
5:DIOは必ずブッ倒す。ツェペリのおっさんとジョニィの仇だ。
6:博麗の巫女らを探し出す。
7:あれが……の回転?
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
※豊聡耳神子と博麗霊夢、八坂神奈子、聖白蓮、霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。

241また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:31:32 ID:FVEn55QA0
【射命丸文@東方風神録】
[状態]:鈴奈庵衣装、漆黒の意思、少し晴れやかな気分、胸に銃痕(浅い)、片翼、牙(タスク)Act.1に覚醒
[装備]:スローダンサー
[道具]:基本支給品(ホル・ホース)、スレッジハンマー
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かって“生きたい”。マイナスを帳消しにしたい。
1:ジャイロについてゆき、黄金の回転を習得する。
2:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
3:花京院や早苗、ポルナレフと合流し、レストランへ戻る。
4:姫海棠はたての記事を読む。今のところ軽蔑する要素しかない。
5:柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
6:なりゆき上、DIOも倒さなければならない……。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても鴉天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。
※鈴奈庵衣装に着替えました。元から着ていたブラウスとスカートはD-5に捨てました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。

242また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:32:13 ID:FVEn55QA0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 輝夜と永琳がレストランの外に足を運ぶと、先程よりも更にしんしんとした小雪が視界を覆い始めていた。同時に二人の間に漂う空気も、幾分かは緩和する。


「……リンゴォには聞かれたくない話ね」


 開口一番、輝夜は永琳の憂心を当ててみせた。リンゴォが既に永琳と出会い、一悶着あった話はとっくに知っている。
 となれば永琳の側から見て、リンゴォという男がどういう人間なのかは彼女も深く理解しているだろう。
 故に、面倒を避けるため密談を選ぶ。

「ご明察。私が今から『姫海棠はたて』に会いに行く事を知れば、彼なら確実に同行を強制してくるでしょうから」

 姫海棠はたて。確かリンゴォの決闘を新聞によって侮辱したとかいう、傍迷惑な鴉天狗の名だったか。
 彼女が今現在どこでシャッターを翳しているかは知る由もないが、会いに行くとなればリンゴォも必ず付いてくるに決まってる。

「その天狗とやらはウド……鈴仙によると『念写』の能力を持つと、断片ながら聞かされている。これを活かさない手はないからね」
「あら、脅迫でもするの?」
「まさか。あくまで『友好的』に協力を仰ぐつもりよ」

 その薄っぺらい笑いが輝夜の耳朶を打つように響き渡る。ご愁傷様……と、心の中でせめてもの同情を掛けながら。
 はたての行いはともかく、彼女のその能力は確かにこういった限定的な会場においては魅力的だ。永琳ではないが、これを活かさない手はない。
 はたてを上手く使えば、メリーの行方は容易に知れるかもしれない。しかし、永琳がそれのみを目的に天狗へ会いに行くとは輝夜にはどうしても思えない。

「で、本音は?」
「何のことでしょう?」
「とぼけちゃって。メリー捜索の為に永琳も一肌脱ごう!って、まさかそんな慈善事業100%で動かないでしょ?」
「輝夜には隠し事出来ないわねぇ」
「普段からしまくってるくせに」

 二人きりで居ることに建前を必要としなくなったのか。彼女たちの間には、『彼女のたちの空気』がいつの間にか流れ始めている。
 永遠亭ではよく見られる、素の二人であった。

「まあ悪いようにはしないわ、天狗にも。あくまで寄り道だしね」
「そう? 永琳がそれでいいなら、私に異論はないけど」

 いつもの、蓬莱山輝夜のいつもの笑顔だ。
 あははとほんの少しだけ笑い、そして会話は途切れた。
 途切れたその会話に、永琳は僅か違和感を覚えた。

 その違和感が思わず顔に出るかという間際を狙ったように、輝夜が言葉を差し込む。


「不思議に思った? 『私がどうして妹紅の居場所を突き止めてくるように頼んでこないんだろう』って」


 ハッとする。虚を突かれたのは永琳の方であった。


「確かにその天狗なら妹紅の現在地も分かるかもしれないわね。私も本音ってやつを言うとね、貴方にはそれを突き止めて欲しかった。
 妹紅の今居る場所はどこか、ってね」


 永琳も当然、輝夜がそれを知りたがっている事には気付いていた。だからはたて捜索の際、妹紅の現在地を調べて欲しいという催促が来るだろうと予想していたが。
 実際には、輝夜からその『お願い』は飛んでこなかった。
 いや、その理由については永琳も瞬時に感じ取ってしまう。だから動揺したのは、永琳の方なのだ。


 あろうことか輝夜は、永琳に気を遣っているのではないかと。


 輝夜がリンゴォと共に居る理由。少し考えれば、永琳には見当がつく。
 認めたくない。輝夜には選んで欲しくなかった選択肢が。

243また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:34:10 ID:FVEn55QA0


「……ああなってしまった妹紅を『理解』する為に、死ぬつもりなのね。貴方は」
「うん」


 藤原妹紅が陥った悲劇については、永琳もよく知っている。
 トリガーが引かれた一因に、永琳自身が関わっている事も両者は承知なのだから。

「私を……恨まないの? 私は既に……妹紅に会ってるわ。今の彼女には記憶が無い。というより破壊されている」

 恨まれたって不思議ではない。妹紅を『あんな風』に変えたのは永琳のせいでもある。
 輝夜はしかし、即答した。

「恨むですって? 永琳には感謝したいくらいよ。
 これで“やっと”……止まっていたアイツの針を先へと進める事が出来るんだもの。他ならぬ“私”の手によってね」

 輝夜の言う“やっと”という言葉については、今の永琳には理解出来ずにいる。
 以前より互いに殺し合う関係であった輝夜と妹紅。永遠に停滞していたその関係性を、先に進めるというのであれば。

 それは一体、どのような過程を経て。


「永遠に止まった刻を先へと進めるには、針を一度戻さなければならない。
 それを教えてくれたのは他ならぬ永琳と……リンゴォよ」
「じゃあ、尚更妹紅の居場所を知りたいんじゃなくて?」
「そうなんだけどね。貴方、どうもあまりそれを望んでないみたいだから」


 あっけらかんと言い放った輝夜の言葉は、今の永琳にとってあまりに鋭い棘であった。
 リンゴォとの同行も、一度死を経て妹紅と同調する事も、輝夜のその行動は永琳にとって当然忌むべき行動とも言える。リスクの高すぎる行為なのだから。

 それを見透かされていたという事実だけではない。
 恐らく輝夜は、何となく分かっていたのだろう。



「今の永琳と私……なんだか壁を感じてるから。ちょっぴりだけど、ね」



 違う。
 それは断じて、有り得ないこと。あってはならないこと。
 そう思いたくとも。否定したくとも。
 輝夜の口からそれが出てしまった現実に、永琳は打ちひしがれてしまう。

244また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:34:48 ID:FVEn55QA0


「……ごめん永琳。私、気付かない内に貴方を傷付けてるかもしれないわ」
「………………貴方のせいじゃ、ないの。これは、私自身の問題、だから」


 気を遣わせてしまった。傍目には通常どおり振る舞えていると、過信してしまっていたかもしれない。
 自分の現在に、途方もない難題がのしかかっているのだと、輝夜に気付かれてしまっていたのだ。
 太田から受け取った参加者現在地リストを通じ、輝夜とリンゴォが同行している事を知ったその瞬間から、こんな未来がやってくる予感はしていた。
 輝夜は今、死に体である妹紅の存在へと自ら歩み寄ろうとしている。必要なのはリンゴォの能力。
 そんな可能性が、僅かに。


 鈴仙、てゐに続いてとうとう輝夜まで。
 彼女までもが、永遠の明けたどこかへと。
 不明瞭な未来へと、足を駆け出していたのだから。
 起こってしまったその未来は、今や永琳個人のエゴで引き留めていい歩みではなく。
 そして厄介な事にその難題は、時間が解決してくれる類の問題でもないのだ。
 凍り付いた時の中で四肢を絡め取られているのは、永琳だけなのだから。
 唯一出来る足掻きといえば、巣立っていく家族達の背中をその匣の中から眺めること。それくらいだった。

 永琳には翔けだす為の羽も、駆けだす為の足さえも与えられていない。
 鈴仙もてゐも、永琳には引き留めることが出来なかった。
 最も大事にしている輝夜の瞳の中には、今や“あの”妹紅が広く占めている。
 永遠亭の家族の誰も彼もが、永琳の助けを真には必要としていないのではないか。
 地の底から溢れ出る被害妄想のような。子供のようなくだらない感情が、脳裏に渦巻く。
 僅かながらも直感的に、輝夜本人からそれを見抜かれた事実も、輪をかけて惨めな気持ちを上塗りしていく。


「前に永琳から言われた言葉があるの。
 『輝夜は自分のやりたい事だけをやりなさい』って」


 言葉を詰まらせた永琳をどう思ったか。唐突に輝夜は話題を切り替えた。
 その言葉ですら、永琳にはとんと記憶が無い。自分の知らない『未来』の永琳が、輝夜へと語ったのだろう。
 自分の知らない自分の言葉を認めるというチグハグさは、我が事ながら苛立ちを覚える。だが今は、感情など抑えて輝夜の話を聞くことしか出来ない。

「『やりたい事』と『やらなきゃいけない事』って全然違うと思う。
 今は『やらなきゃいけない事』を優先するけど、全部終わったら私だって『やりたい事』、やるつもりよ」

 やらなきゃいけない事、というのは妹紅を指しているのだろう。
 やりたい事、というのは月の頭脳を以てしても見当がつかない。あてが多すぎて。

「永琳もね、自分の『やりたい事』くらい見つけて欲しいの。私なんかが上から目線で言う台詞じゃないのも理解してるけど。
 義務感や使命感で動く事が殆どだったもんね。『昔』の永琳って」

 殊更な程に強調された『昔』。それはつまり、『今』の永琳を示している。
 言葉の裏に含まれた情が、尚も永琳の心を揺れ動かす。


 ただ。


「これだけは心に刻んでおいて。
 私はこの先も、何があってもずっと、永琳の味方で在り続けるって」


 嗚呼。刻の溝が生んだすれ違いがどれだけ深くとも。
 変化を認め。地上に足を付けようと、額を付けようと。
 結局の所、このお嬢様の曇りひとつ無いスマイルは永遠に変わらず在り続けるのだ。
 この天空に浮かぶ、不変の月みたいに。


「───私も同じ気持ちよ。輝夜」


 どうやら自分には、救いがまだあるらしい。
 兼ねてより『コレ』は渡すまいと、秘を通すつもりであったが。

245また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:35:14 ID:FVEn55QA0


「輝夜。手、出しなさい」
「……? はい」


 気が変わった。今の私などより、『コレ』が必要な人物は他にいるようだから。


「───蓬莱の薬」
「おまじないよ。この薬が貴方の『やらなきゃいけない事』を手伝ってくれる……っていう、願いを込めて」


 人々の祈りを乗せて宇宙を流れる綺羅星のように。
 この呪われた薬もまた、人々の手を移り渡ってきた。
 絶対禁断の秘薬。使うも使わぬも、良しも悪しきも、全ては使い手次第。

 こんなにも純白の笑顔を向けられる輝夜なら。
 きっとこの呪いすらも、誰かを笑顔にしてあげられる力へと変える。


(私じゃあ、お役御免ね)


 自嘲の言葉を飲み込み、永琳は愛しき姫君に背を向ける。輝夜の決意を留める愚行は、もう出来そうにない。
 あの時、妹紅を殺しておくべきだったかもしれないと、悔恨を浮かべる気力すらどうでも良くなった。

 誰であっても毒気を抜かれてしまうのだ。うちのわんぱく姫の笑顔には。


「えーりん! 全部終わったら……私たち、あの『家』で待ってるからね! 絶対来なさいよっ!」


 溌剌な、穢れなき言葉が永琳の背中を押し出す。
 『全部』で、『私たち』で、『あの家』ときた。輝夜は未だに全てが上手くいくハッピーエンドを信じてるらしい。
 永琳の苦悩を知ってか知らずか。
 いや、それは恐らく知った上で。永琳を信じている上で、彼女は自らの足で歩み始めている。自らの羽で羽ばたこうとしている。
 巣立ちを終えても、また同じ家に舞い戻ってくるツバメの一緒で。永遠亭の家族が再びあの家へと集う奇跡を、なんの疑いもせずに信じ切っているのだ。


(あの子達を信じていなかったのは私の方……か)


 親心、という奴なのだろう。
 何のことはない。ただ自分が、信じ抜くことを放棄していただけ。
 今までが過保護すぎたのか。少し距離を置くことも、大事なのかもしれない。

 後はもう、自分の問題。
 永遠の呪いから抜け出す試練。太田順也から与えられたこの難題に、どう向き合っていくかだ。


 重なりゆく新雪の層に自らの歩いた証を残しながら、八意永琳は見送る家族の前から再び姿を消した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

246また来年も、お月様の下で。:2018/07/24(火) 21:36:26 ID:FVEn55QA0
【D-4 レストラン・トラサルディー/午後】

【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(中)
[装備]:ミスタの拳銃(5/6)、携帯電話、雨傘、タオル
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(残り15発)、DIOのノート、永琳の実験メモ、幽谷響子とアリス・マーガトロイドの死体、
永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×4(永琳、芳香、幽々子、藍)、カメラの予備フィルム5パック、シュトロハイムの鉄製右腕
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。 他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。表面上は穏健な対主催を装う。
1:姫海棠はたてに接触し、主催者との繋がりを探る。
2:頃合いを見て阿求らに連絡。八雲紫の現在地を伝える。
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
4:全てが終わったら、家へと帰る。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※シュトロハイムからジョセフ、シーザー、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』、『太田順也の携帯電話』『稗田阿求のスマートフォン』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。
※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました。
※リンゴォから大まかにスタンドの事は聞きました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOと接触?)
 →爆弾の無効化。


【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号、蓬莱の薬、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
3:全てが終わったら、家へと帰る。
[備考]
※第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました。
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
※生きることとは、足掻くことだという考えに到達しました。

247 ◆qSXL3X4ics:2018/07/24(火) 21:38:44 ID:FVEn55QA0
『また来年も、お月様の下で。』の投下を終了します。
長期の投下怠慢に、重ねてお詫びします。
これからは一生懸命どんどん書いていきます。

248名無しさん:2018/07/28(土) 11:47:58 ID:pW1yH24w0
投下乙
涙腺に来たよ
家族ってええね

249名無しさん:2018/07/29(日) 16:15:56 ID:ONcPiDmk0
今どうなってんの?

250名無しさん:2018/07/30(月) 20:21:17 ID:cbr.L70Y0
意味不明な質問はやめろ

251 ◆qSXL3X4ics:2018/08/05(日) 00:29:37 ID:cY0d2li.0
DIO、ディエゴ・ブランドー、霍青娥、エンリコ・プッチ、秋静葉、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、ジョルノ・ジョバァーナ、八雲紫、鈴仙・優曇華院・イナバ、聖白蓮、ホル・ホース、サンタナ
以上13名予約します

252名無しさん:2018/08/05(日) 14:08:03 ID:jHHqAgW20
大人数予約だ、これは楽しみ

とうとう紅魔館での激しいぶつかり合いが始まるのか

253名無しさん:2018/08/06(月) 07:09:25 ID:1mXWp1k20
紅魔館はバルカン半島か何かか…w

今までのフラグの総大成みたいになりそうで楽しみです

254 ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/07(火) 21:19:07 ID:RZLygPnQ0
すごいメンバーの予約だ。
それじゃあ、私も応援する感じでジョセフ、てゐ、霊夢、マリサ、じょりん、さとり、こころ、ジョナサンを予約します。
まあ、応援になるかは知りませんが

255#:2018/08/07(火) 22:14:34 ID:COAl9aEY0
紅魔館頑張れ超頑張れ
ガワさえ残ってれば君の勝ちっ

256 ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:18:11 ID:rvT5jfdE0
サクッと書けたので投下します

257Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:19:34 ID:rvT5jfdE0
聖白蓮は一人で紅魔館がある北東に行った。

ジョセフたち一行を迎えたのは、そんな焦眉の急を告げる古明地さとりの言葉だった。
霊夢はたちまち怒りを露にして、文句を口にする。


「ああ!! もう何なのよ!! みんな好き勝手に行動して!! 少しは周りのことを考えなさいよね!! これだから異変を起こす奴は嫌なのよ!!
とにかく!! こうなった以上、私たちもグズグズはしていられないわ!! ジョセフ!! 私たちも聖の後を追うわよ!!」

「お、おう」

霊夢の剣幕に押されて、ジョセフは思わず頷いてしまう。だけど、彼の足がバギーカーのアクセルを踏むことはなかった。
何故なら、そこにはジョセフの祖父がいるのだ。しかも、何故かその祖父であるジョナサンは先程の会話に加わるどころか
ピクリとも動かないときている。愛する祖母エリナのためにも、ジョセフはジョナサンをそのままにしておくなどできなかった。

「おい、その、おじいちゃん……なのか? とにかく、その眠りこけているガタイのいいニイチャンは、どうしたんだよ?
怪我でもしているのか? さっきから全然動いてねーぞ」

ジョセフは背中から届く霊夢の声を無視して、バギーカーを降り、ジョナサンの下に駆け寄る。
だけど、さとりからの説明を受ける前に、ジョセフは「なんじゃ、こりゃあ!!」と叫び声を上げてしまった。

ジョナサンの体温が驚くほど低かったのである。更に様子を窺ってみれば、彼の呼吸は浅く、脈拍も低くなっている。
死んでいないと安堵などしていられなかった。ジョナサンの肉体は、生から段々と遠ざかかり、
今にも死の淵に飛び込もうとしているように思えたのだから。

ジョセフはとりあえず身体を温めてやろうと、自分が着ていたマントをすぐにジョナサンの身体に被せた。
だけど、それでジョナサンの冷たい身体が熱を持つわけでもない。ジョセフは藁にもすがる思いでバギーカーの方に振り返り、仲間に助けを求めた。

「おい!! 何か身体を温めるやつはねえか!?」

「おっと、ここは私の出番か?」

ジョセフの問いに、魔理沙が帽子のつばを指先で押し上げながら、すばやく答えた。大胆不敵。帽子の下にあるそんな笑みだ。
そして彼女は自信満々にバギーカーから降り、ジョセフの下に歩み寄ると、早速自らの自信の理由を皆に知らしめた。
何と魔理沙が持っていたミニ八卦炉を降り積もった雪の上に置くと、そこから春のような温かい風が吹き出たのである。
瞬く間に地面にあった雪は解けていき、その熱はジョナサンと、その周りにいたものたちへと伝わっていった。

258Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:21:08 ID:rvT5jfdE0
「おめ〜〜、こんな便利なもんがあるんだったら、もっと先に言えよ。俺がどれだけ寒い思いをしてバギーカーを運転していたと思ってんだ」

ジョセフは顔一杯に怒りと後悔とやるせなさを募らせて、口を開いた。

「おお、すまん。でも雪の中、こんな薄着でいる私に何の声もかけてこなかったんだから、そこらへんはおあいこってやつだぜ」

「全然寒そうな素振りを見せてなかった奴に、どんな声をかけろって?」


ジョセフの文句に魔理沙は白い歯を見せて二カッと笑った。それを見て、ジョセフは続けて出そうになる言葉を飲み込んだ。
魔理沙には、どんな嫌味や文句も無意味であると悟ったのだ。ジョセフは意識を切り替えて、改めてジョナサンに目を向けることにした。

「体温は戻ってきた。だけど、依然と息は弱い。パッと見、大きな怪我をしているわけでもなさそうだが、病気か?
おい、さとりっつったか? 何でおじいちゃんは、こんな死体みてえに眠りこけているんだ?」

「おじいちゃん?」ジョナサンの若い見た目とは縁の遠い呼び名に、さとりは首を傾げて訊ねた。

「あ〜、いや、そこらへんはスルーしてくれ」

説明するのが面倒臭いと思ったジョセフは、ぞんざいな言葉を投げつけて、さとりに答えを促す。
多少いぶかしむ思いもあったが、さとりも大した問題ではないだろうと判断し、ジョナサンに何が起きたのかを説明しだした。

「プッチ神父だとお!?」

さとりの話の中にあった名前にジョセフは思わず激高した。彼の名はこの殺し合いの場所に送られて間もない頃に戦った人間のものだ。
その時の敵が回りまわって、自らの祖父を襲う。因縁めいたものをジョセフは感じずにいられなかった。
しかし、その不吉な名前に反応する、もう一人の女性がそこにはいた。

「おい、そこのおチビちゃん、今なんつった!? ひょっとしてプッチ神父と言ったか!?」

徐倫はバギーカーから勢いよく飛び降りると、ズカズカとさとりの前までやって来た。
彼女の眼差しには、宿敵から遠い場所にあっても尚、絶えることのない怒りの炎が煌々と灯されている。
さとりはそんな徐倫に薪をくべるかもしれない話の内容を口にすることに抵抗を感じたが、
ジョナサンの状態を思えば、その遠慮は見事に排されることになった。

259Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:22:15 ID:rvT5jfdE0
「プッチッッ!!」

果樹園小屋の周辺での経緯、そしてジョナサンを襲ったスタンドのことを聞き終えた徐倫は歯軋りさえして、その名前を叫んだ。
ジョセフも同様の怒りを覚えたが、ジョナサンの生命が危ぶまれている手前、それは後まわしにせざるを得ない。

「徐倫!! プッチの野郎のことを知っているなら、おじいちゃんがどういった状態か分かるよな!? どうすれば助かる!?」

「奪われたDISCを元に戻せば助かるわ……」

徐倫は答えは簡単とばかりに確かな口調で返事をした。しかし、その台詞は尻すぼみとなってしまった。
DISCを持っている肝心のプッチ神父の所在など徐倫たちには分からないのだ。更にはジョナサンの容態は段々と悪くなっていっている。
助かるという言葉は、気休めにもならなかった。

「その肉体には生きようとする意志が欠けているのよ。だから、このままだと衰弱していく一方なの」

徐倫はかつてスピードワゴン財団の職員に受けた説明を交えて、自らの父親がDISCを奪われて陥った時の状態のことを
落ちこんでいるジョセフに聞かせてやった。その内容は暗く、良い展望もないように思えたが、一つの違和感にジョセフは気がついた。

「あ〜、一つ質問なんだけど、何で徐倫の父親の承太郎はDISCを奪われた状態で長生きできたんだ?
お前の話じゃあ、DISCを取り戻すのに結構な時間がかかったそうじゃねえか」

「一つにはスピードワゴン財団の看護があったから。そしてもう一つには、スタンドDISCは割かし早く取り戻せたのよ。
それで仮死状態からは何とか抜け出せて、父さんは目を覚ましたというわけ。まあ、それでも色々と問題があったけどね」

「というとことは、だ」ジョセフはにんまりと徐倫に笑顔を向けた。「スタンドDISCがありゃあ、とりあえずは目を覚ますわけだな?」

「まあ、そうだけど、それが何?」

「じゃじゃじゃ〜ん」

と、ジョセフはデイパックからスタンドDISCを取り出した。そしてジョナサンに生命の息吹を与えてやるべく、早速ジョセフは寝ている彼の頭を持ち上げた。

「ちょっと待てええ!!」猛烈に嫌な予感を覚えた徐倫は殺し合いの会場全体に響き渡るほどの怒号でもってジョセフを止めた。「そのDISCは使うんじゃねえええーーーーッッ!!!」

徐倫はジョセフの手にあったDISCを殴りつけるようにして叩き落した。これで一安心。徐倫はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、ジョセフの手から離れたDISCは、まるで吸い込まれるように、まるでそこにあるのが当然といったように
ジョナサンの頭にぶつかり、すんなりとその中に入っていった。

「あ」

「あ」

ジョセフと徐倫の口からマヌケな声が漏れる。そしてそれと同時に、ジョナサンの目がパチリと開いた。

260Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:22:49 ID:rvT5jfdE0
【B-5 果樹園小屋 跡地/午後】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:???
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:???
2:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
3:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

261Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:23:29 ID:rvT5jfdE0
【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:???
2:徐倫と信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない


【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(大)、霊力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、波紋治療中
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
    不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:???
2:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
3:2の後、殲滅すべし、DIO一味!! 
4:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
5:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
6:出来ればレミリアに会いたい。
7:徐倫がジョジョの意志を本当に受け継いだというなら、私は……
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。

262Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:24:13 ID:rvT5jfdE0
【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:???
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、栄養失調、体力消費(中)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品(ポルナレフの物)、御柱@東方風神録、十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:???
2:ジョースター邸にお燐が居る……?
3:ジョナサンを助けてあげたい。
4:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
※落ちていたポルナレフの荷を拾いました。

263Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:24:51 ID:rvT5jfdE0
【秦こころ@東方心綺楼】
[状態]恐慌、体力消耗(中)、霊力消費(中)、右足切断(治療中)
[装備]様々な仮面
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:???
2:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
3:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
4:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:???、背と足への火傷
[装備]:スタンドDISC「サバイバー」、シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:???
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。

264 ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:26:54 ID:rvT5jfdE0
状態表の方が長い話ですが、以上です

265名無しさん:2018/08/08(水) 22:20:01 ID:51MAdnUQ0
投下乙です
意識を取り戻したのか、それともディスクの何らかの作用で目が開いただけなのか…
この大人数でグループを結成するとも限らないけどそうであれば頼もしい対主催グループの誕生…!
ヴィランが結集している一方でヒーロー側もまとまれるかどうかにジョナサンの目覚めが大きな鍵となりそう

266名無しさん:2018/08/08(水) 23:03:41 ID:mVFsEpZo0
投下乙です

ジョセフー!?徐倫!?いったイ何やってンのよォーッ!!
最悪のスタンドがジョナサンに入ってしまい、この先嫌な予感しかしない

267名無しさん:2018/08/08(水) 23:12:55 ID:51MAdnUQ0
あ、ジョセフが持ってるDISCってそういえば…
なんか勘違いしてました

268名無しさん:2018/08/09(木) 00:35:55 ID:gLXGZJ4I0
これは物凄くワクワクされられる繋ぎ回……
氏の作品らしいオチで全てを持っていったが……こりは芸術的なまでのキラーパス……ッ

269名無しさん:2018/08/09(木) 08:19:47 ID:bMZ.RTrQ0
ヤバイDISCがIN!?

270 ◆qSXL3X4ics:2018/08/09(木) 18:45:30 ID:eL9lb5wk0
投下乙です。流石に筆が速い!ファイトクラブだッ!
まあまあ人数いる中でサバイバーは凶悪だけど、徐倫さんが何とかしてくれる……はず

この流れに乗ってこちらも投下です。
あと八雲紫とサンタナなんですが、話の都合上今回は出さなくなったので11人になりました。

271奈落論:2018/08/09(木) 18:48:16 ID:eL9lb5wk0
『秋静葉』
【午後 14:47】C-3 紅魔館 一階個室


 異能なる男・DIOとの会話を終え、私は心ここに在らずの恰好で一人となって、適当な部屋に篭った。
 いま一人になる事が恐ろしくはあったけど、DIOの方からそれとなしに休息を促されてしまい、力ない足取りで何とかベッドのある部屋へと辿り着けたのだった。

 彼は、知っているのだろう。
 いや、知っていた。
 『人殺し』の呪いから目を背けてきた私へ烙印を押し付けるように、その罪を囁いた事の意味を。
 呪縛から逃げ出そうとばかりに思っていた私を、一人に閉じ込める事の意味を。


 ボフッと、糸が切れたマリオネットみたいにベッドへと倒れ込む。考えてみれば戦い尽くしだ。感覚が麻痺していたらしく、体力も限界に近付いていた。
 鉢ごと絨毯の上に転がった猫草が不満そうな目つきで起き上がり、私を睨んでる気がするけど無視した。


 眠りたい。だが、眠れば───


『…………ぅして、……んな酷い…とを……?』


 キタ。また、『声』がする。


『…たし、シズハさんを、信ジテ……のに……っ』


 これは『罪』か。これは『罰』か。


『テメェ…決闘……ャマしたんだ……れを、…ろしたのは、テメェだ……』


 これは『呪縛』か。これは『因果』か。


『もし…トリ様……ろすなら、……がオマエを焼きコロシ…やる』


 これは『幻想』か。これは『歪み』か。


(頭が……痛いっ! あの人達の『声』が鳴り止まない……!)


 極限のスキマを常にギリギリで駆け抜けるような戦い。気付いたら、毎日丁寧に整えていた金色のショートヘアもボサボサになっていた。
 その『発信源』を私は、両の腕で必死に抱える。
 上から押さえ付けるように。
 痛みを我慢する幼子のように。


 これは『試練』か。


 紅葉神程度がイキがり、分不相応な境地【殺人者】へと足を踏み入れた。その反動が脳を揺さぶる声となって、こうして私を苦しめているのだ。
 すべての参加者達を蹴落とし──殺し、一人生き残る。その意味する所は当然理解出来ていたし、覚悟もしていた。
 だがこうして一人の身になり、箍を緩めた事によって『声』が飛躍的に増幅した。

 秋静葉がこれより戦うべき相手。
 それは生者に非ず。
 乗り越えるべきは死者だったのだ。
 過去の因果を。崖から蹴落としてきた者達を。
 背負い。或いは、捩じ伏せなければならない。
 無慈悲な形相で背中から取り憑こうとしてくる数多の腕を、残らず振り払わなければ。
 きっと私は、容易く奈落へと引き摺り込まれる。
 あの男は困惑する私にそう説いた。

272奈落論:2018/08/09(木) 18:50:28 ID:eL9lb5wk0


「断つべきは……過去の『因縁』……」


 頭に響く声を、断つ。その手段は二通り。

 耳を塞ぎ、声を拒絶するか。
 受け入れて、呑み込むか。

 前者を選ぶなら簡単だった。DIOと会うまでは無意識に行っていたのだから。
 後者の場合。これが私にとって困難極まる試練。
 たった三人分の声でさえこの体たらくだ。この先、声はもっともっと増え続ける。
 その時、私の心が圧し潰されないとは限らない。
 声に惑わされ、崖から足を踏み外さない保証なんてない。

 健常なまま確実にゲームを進み通したいというのであれば、逃げを選ぶべきだ。恐れから身を守ろうとする行為は、生物が遥か古来から受け継いできた究極の本能に過ぎない。
 反して、後者は。本能に逆らい恐れを受け入れようとするなんて……どうかしている。正気の沙汰ではない。


『その声を断ちたいか?』


 穴蔵から無数に湧き出る蛆蟲のような、過去からの怨念達。それらとは一線を画す声。
 また、彼の声が脳裏に響く。力強くもどこか居心地のよい、この今においては何よりも依存していたくなる声が。


『その因縁を断ちたいか?』


 周囲の鬱陶しい唸り声を払い、神々しい光を纏ったDIOが……こちらへと手を差し伸べる。
 私は藁をも掴む気持ちで、すぐにその手を取ろうと腕を伸ばしかけ。

 少しだけ、考えた。


 ───私は果たして、〝どっち〟なんだろう、と。


『静葉。君が私に対し、どのような認識を抱いているかは知らないが…………このDIOは〝悪〟だ』


 自らを悪と断言せしめたDIO。こうまで威風堂々とこの台詞を吐ける輩が、この世に果たしてどれほどいるだろう。
 私は彼を『悪』だとは思えない。単に彼の事をまだよく知らない、と言えばそれまでだけど。


『世間一般的に様々な定義はあろうが……私が思うに〝悪〟には二種類存在する。
 自らを悪と認識せぬまま悪行を重ねる『無自覚の悪』。
 そして悪の限りを我が身に自覚させた上で悪を遂行する『悟った悪』というものだ』


 どっちがより悪だとか、より厄介なんだろうか、とか。DIOが言いたい事はそういう説教染みた話ではなく。

 私が〝どっち〟を選びたいかという、意思の確認。


『こういった事は通常、口に出して確認するものではないのだが……選択を迫るのもまた、時には重要だ』


 選択。確かに、それは重要かもしれない。
 述べられた二択を例に出すなら。そしてDIOが自分でも言う通り〝悪〟であるのなら。
 彼は間違いなく『悟った悪』の方に当て嵌るのだろう。

 私の場合だと……恐らく、私は〝悪〟ですらない。
 つまり『無自覚の悪』かというと、そういう訳でもなく。
 自分で言うのも何だけど、私は昨日まで〝善〟の境界線に居座っていたのかもしれない。
 でも今日、初めて人を殺した。明確に、誰かの命を故意に奪った。それも三度も。
 その行為は間違いなく〝悪〟だ。

273奈落論:2018/08/09(木) 18:52:08 ID:eL9lb5wk0

 今。この時。この瞬間。
 私は悪を自覚し、本当の意味で〝善〟から〝悪〟に成る。
 その決意をした時点で、私の取るべき二択から『無自覚の悪』への道は自動的に消失した。
 というよりも、DIOが私へと選択を迫った時点で、と言った方が正しいかもしれない。

 なんて恐ろしい。DIOは選択を迫るなどという建前を口にしておきながらその実、私に一方のルートを強制させた様なものだった。
 『無自覚の悪』なんていう逃げ道を壊されたも同然だ。選択を迫られた時点で、無自覚でいられる訳がない。


『方便さ。騙した訳じゃあないだろう?』


 本人は良かれと思っての事なのか。あのまま私が『無自覚の悪』の道を辿れば、志半ばで果てていたのかもしれない。


『そうとも。無自覚の悪とは、罪の意識から逃げ出す事だ。耳に栓し、本来受け入れるべき因果の声を無視する事だ』


 それが叶えば、どんなに楽なことだろう。
 私は、その楽な方の道をとうとう捨てた。


『悟った悪とは、どこまでも前向きになれる生き方の一つさ。茨の道だが、最終的には望むモノが手に入るだろう』


 見返りなど、最初から一つしかない。
 失われた半身を取り戻すには、声を受け入れ、呑み込み、糧にするしか。



『おめでとう。秋静葉』
『君には生きる資格がある』
『君には勝利者になる資格がある』
『君には私の友達になる資格がある』
『そして……君には〝悪〟に成る資格がある』


 ───〝悪〟に成れる資格は、誰もが心に有しているものだからね。




 今、理解した。
 〝強さ〟とは。
 目を背けたい自らの穢れた過去を自覚してなお、『顧みない』事なんだって。

 私、秋静葉は。
 ここから先……〝悪〟に成る。
 たとえ最後には奈落に堕ちようとも。
 垂らされた蜘蛛の糸を掴む資格だけは……無いのかもしれない。


 元より『希望』なんか、望んじゃいない。……もう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 一階個室/午後】

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

274奈落論:2018/08/09(木) 18:54:02 ID:eL9lb5wk0
『DIO』
【午後 14:54】C-3 紅魔館 二階客間


「失礼致します。DIO様、二人をお連れしましたわ」


 普段の奔放な態度とは明確に違う、上品な作法を前面に出した霍青娥が二回のノック音と共に、身体を柔らかに折り曲げて入室した。
 後方には真っ青な顔でただ連れられるメリー。その少女を見張るように最後尾につく蓮子の二人。
 既に友人と談笑でも開始していたのか、DIOとプッチは何とも座り心地良さそうな椅子を対面に向け合い、三人の来客の姿を認めた。

 ふと刺々しい視線を肌に感じ、青娥は部屋の窓際に目を向ける。吸血鬼在室中ゆえ基本的に殆どの窓にはカーテンが掛けられていたが、その一角だけは半分ほど幕が開けられ、ふてぶてしい態度のディエゴが日光に目を細めていた。
 怪我人なのだから大人しく個室で休むか、せめて座ってれば良いですのに……と、青娥は言葉には出さずとも視線に込めて彼にお節介を焼いてみた。無視されたが。


「あぁ、ご苦労だった青娥。君も疲れているだろうし、遠慮せずに座りたまえ」


 家主(ではないが)の許可が得られたところで、青娥はスカートの裾を押さえながらちょこんと椅子に座る。今更その白々しい恥じらいは淑女の真似っぷりにしか見えないが、彼女が演じると相応の絵になるのも事実だった。

「どうしたメリー? 怖がらなくていい。君も楽にしていいのだよ。もっとも、蓮子の分の椅子は足りないがね」

 さあ、とDIOは自身の真横に置かれた同様の椅子を指し、朦朧のメリーを柔らかく導いた。
 逞しく盛り上がった二の腕と反発するかの如く、ピンと伸ばされた人差し指は細く、白く、滑らかに。場の全員が男の何気ないその所作を、優れた指揮者の振るうタクトの動きと被って見えた。
 だが彼の危険性が脳骨に染み込んでいるメリーにとって、その仕草一つ取っても死神の手招きにしか映らない。その上、一体いつ付けられたのか。男の左瞼の上から下を切傷が真一文字に走っていた。

 知れたことだが抵抗も無駄。諦観に頭を支配されかけているメリーはもう、大人しく従う以外の道など選べるわけがない。

(また、知らない男の人…………DIOにそっくりな人と……『神父』、さま?)

 彼女の視界の内には更なる新手の二人。
 あのDIOと瓜二つの顔形を持ったジョッキー風な男性に、神父服を着た教誨師の様な男性。こちらは一見温和そうで、DIOとの距離感も近く見える。
 第一印象ではあるが、この中では一番話が通じそうな人種というか、穏やかな人物かもとメリーは受け取った。
 その神父らしき男がメリーを眺めながら、まったりと口開く。

「この娘が君の言っていた『境界が見える』女の子かい? DIO」
「ああそうだ。中々面白そうな人材じゃあないか?」
「君の話通りならね」
「なあメリー……そう怖がるなよ。彼は私の友人で、エンリコ・プッチという。見ての通り教会職さ」

 そう言ってDIOは対面に座る神父を紹介した。その様は父親が娘へと、来訪してきた旧友を紹介するようであり、DIOの奇抜な格好を除けば何ら不自然のない光景だった。
 オドオドする余裕すら無くなっているメリーは、招かれるままに用意された椅子へと腰を下ろす。後ろを付いてきていた蓮子が、無言のままに背後の位置へ立つ気配も同時に感じながら。

「どうだプッチ。君はどう思う?」

 DIOは実に楽しげにメリーを指しながら、友人の意見を尋ねる。

「どうって」
「メリーさ。非常に酷似しているのだよ、あの八雲紫の容姿や能力と」
「と言われてもな。私はその八雲紫をまだ目にしてすらない」

 ごく簡単な見落としを指摘されたも同然なDIOは、「それもそうか」と自らの額を軽くぺしっと叩く。多少盛り上がっているDIOに比べ、プッチはやや大人しめだ。彼も怪我人には間違いなく、疲れも幾分見えている。
 しかしその表情に一切の煩わしさは浮かべず、彼自身も友人との会話を楽しんでいる節はある。マイペースな人物、と初見ながらもメリーは思った。

275奈落論:2018/08/09(木) 18:55:16 ID:eL9lb5wk0

「じゃあ視点を少し変えて……そこのディエゴはどうだ? 彼を初めて見てどう思った? プッチ、私はそれを聞きたいのだ」

 スゥ…と、DIOの視線が今度はこちらを監視するように離れて立つディエゴに向かった。急に振られる形となった本人は別段意にも介さず、ほんの少し鼻を鳴らす程度に留まる。

「ディエゴ・ブランドーか。無論、驚いたさ。姓も君と同じだというのだから尚更ね」
「私も彼という存在をこの土地で初めて知った。ただのそっくりさんでは片付けられない、強烈な『引力』を感じたよ」
「……何者なんだ? 君とディエゴはどういう関係だい?」

 二人の会話は着々と、真髄に迫っていく。
 そもそも言って、DIOの生き写しとも呼べる存在のディエゴをプッチが軽く考えられるワケもない。
 この非常に重要な『関係性』という問題点に、しかし答えたのはDIOではなく。

「知るか。オレにとっちゃドッペルゲンガーと会話してるみたいで、あまり良い気分とは言えん」

 いい加減眺めるのも飽きたのか、話題の渦中に放り込まれた事に嫌気が差したのか。ディエゴが溜息混じりで首を振り、不機嫌オーラを隠そうともせずに答えた。
 以前、大統領のスタンドと闘った経緯もあってか、同じ顔の自分と話すというのがそもそも彼にとって不吉以外の何物でもないのかもしれない。
 確かDIOと初めて出会った時は『縦に繋がった平行世界』がどうとか論じていたか。信じる道理もなければ根拠もない。だがそれのどこかで、惹き込まれる魅力を放つ言葉の節々と感じたのも事実だ。


「───人類の夜明け」


 低い声で不満を垂れるディエゴを横目に、DIOが言う。
 その言葉を耳に入れた瞬間、プッチは刮目した。


「……! それはDIO……『時の加速』の事か?」
「私とディエゴ。そしてメリーと八雲紫の存在は現にあるのだ。それを否定する材料もあるまい」

 ハハッ……と、笑いをこらえきれないプッチの口の端が釣り上がった。
 待ち望んでいた世界がようやく到来したような。焦がれる程に渇望していたモノが手に入ったような。浅く、深い笑みだった。
 本人達のみが理解し得る会話もあるのだろうが、傍から聞いている者達にとってはイマイチ要領を得ず、現実感も薄い内容である。

「という事はディエゴやメリーは……一巡した宇宙【新世界】の人間なのか……!?」
「私はそう思っているよ。そして“その現象”を引き起こした者など一人しかいない」

 かつて──プッチの視点からでは『未来』となるが──宇宙の終焉と始まりを巡って勃発した戦い。
 曰く『天国』と。とある邪悪な男が称したその世界を作り上げた人間……エンリコ・プッチの計画。
 それは正確に述べれば、DIOが綴った日記が端となり増幅していった悪意の芽。プッチはそれを彼自身の観点・解釈で引き継いだに過ぎない。

「つまり私達の天国計画は『成功』していたのだ、と……」
「こんな突飛なゲームにさえ呼ばれなければね。あくまで可能性だが」

 正史によればその計画は、最終的に潰される事となる。
 ジョースターの意志を継いだエンポリオ少年によって。
 しかし今回、荒木と太田の開催したバトルロワイヤルが、本来辿っていた筈のルートを大きく逸らしてしまった。

 これで未来は、分からなくなってしまった。


「……DIO。君がディエゴに大きな引力を感じたという事は分かった」

 小刻みに身体を震わせるプッチが、興奮を抑えるかのように息を整え、そして首を回した。
 しっかりと。今度はメリーの瞳を覗きながら、男は再び友人に問う。

「じゃあ、彼女はどうなんだ?」
「メリー、か」
「容姿や能力が件の大妖怪と酷似している、ただのそれだけでは決め付けられない。君がディエゴに感じた『引力』のように、説明出来ない不可思議なエネルギーが働いたという確たる根拠があれば決定的だが」

 引力。その言葉はメリーにとっても実の所、的を射ている。
 電子新聞という媒体越しではあったが、彼女は確かにあの『八雲紫』を目に入れた瞬間、自分の心が言いようのない困惑と興味に突き動かされたのだから。


「……今までの話を聞いていたかいメリー?」


 背骨を直接撫でられたかのような、不快感とも恍惚感とも言い難い未知なる感触。
 隣に座るDIOが黙する自分に語りかけた、という事に彼女が気付くのには凡そ数秒の時を必要とした。まるで彼の吐き出す言葉が意思を持ち、全身を睨められたのかと錯覚しそうになる。
 恐怖で口が動かない。絶対零度の冷水を掛けられ、唇が凍結してしまったかのように。

276奈落論:2018/08/09(木) 18:57:11 ID:eL9lb5wk0

「そう怖がるなと言っているじゃあないか。
 なあメリー……私は一つ『質問』がしたいだけなんだ」

 拒否など不可能。もとより物を考える余裕などとうに失せていた。
 全てを投げ出し、今はDIOの言う事を聞き入れるしか出来ない。

「実は君をこの部屋へ呼んだ理由の一つでもある、どうということもない質問さ」
「………………なん、ですか」



「───君は『スティール・ボール・ラン』をご存知かね?」



 その言葉をこのゲームの中で聞くのは二度目だろうか。確か竹林をさ迷う最中、ジャイロが話題に出していた。
 霞がかる記憶の光景を脳裏に描きながらメリーは、絶え絶えといった様子で肯首を返す。そのSBRレースとやらがこのゲームにどう関係しているのか。古ぼけた懐古の授業風景で教えられた内容では、大規模ではあったが単なる馬のレース。それ以上でも以下でもないような認識だったが。
 DIOの質問の意図を図りかねていると、思考を遮る声が背後より届き、メリーの腰が僅かに跳ねた。

「私も知っています。世界史の中では有名な乗馬レースですから。確か開催年月は1890年……スタート地点はアメリカ・サンディエゴビーチとされていた筈です」

 蓮子のどこまでも淡々とした声だ。大学の面倒臭いプレゼンの時でさえこうも機械的には喋らないだろう。

「ふむ。やはりメリーも蓮子も知っているようだ。どうやら世界的にも随分名の知れた催しであったらしいが……」
「スティール・ボール・ラン……? DIO、私はそんなレースなど初めて聞いたが」
「私もそこのディエゴから話を聞くまではとんと知らなかった。1890年といえば私が海底に沈んだ直後の年……そこまで大きなレースを開催する噂すら耳に入らなかったというのは不自然だ」

 DIOもプッチも件のレースに関して初耳だと口を揃えている。その一方でメリーや蓮子、ディエゴやジャイロらにとってはそうではない、と。

 この者達を二分している隔たりは、何だ。
 ディエゴがもしもDIOの『一巡後』の姿だと仮定すれば。


「私の予想だと、メリーは八雲紫の『一巡後』の存在だと睨んでいる」


 一巡後。
 ここに居るマエリベリー・ハーンは、かの大妖怪八雲紫の一巡後の姿。

 もはやDIO達が何を話しているか、メリーには皆目見当もつかない。しかし、一巡した宇宙だとか新世界だとかいう単語の数々は、朽ちる寸前にまで追い込まれたメリーの憔悴した心でさえも僅かに打ち震わせる。

 DIOとプッチの『天国論』。
 その謎が、自らのルーツに関わるピースだとすれば。


(───知りたい)


 良かった。自分にはまだ、『秘封倶楽部』としての矜恃は残っているらしい。
 この世の謎だろうがあの世の謎だろうが、それがはたまた一巡前の謎だろうが。
 真相を解明し、次なる謎を追い、この世界の全てを暴いてやるのが“二人”の目的なのだから。


(だから……お願いよ。早く……早く正気に戻ってよ…………蓮子っ)


 心でいくら祈りを捧げても、私のたった一人の相棒には届いてくれやしない。
 『声』ではもう、駄目なんだ。悪意の触手に絡み取られた親友を正気に戻すには、もう…………


(……『行く』、しかない)


 行く。もう一度『あの場所』へ。


(今度は白楼剣も無いわ……でも、もう限界)


 限界。それは、蓮子が?
 それとも───私?


(戻ってこれないかもしれない。そうなったら……そうなったで)


 いいの? ねえメリー。それは本当に貴方が選んだ希望の道?
 それとも、DIOによって選ばざるを得なくなった破滅の道?
 分からない。分からなくなってしまった。
 正常な判断力なんて、とっくに奪われているのだから。


(ツェペリさん。どうか私に力を、貸してください)


 武器は、心だけ。
 けれどもそれは、私だけの心じゃない。
 あの人が教えてくれた大切な『心』が、きっと私を空へと導いてくれる。

277奈落論:2018/08/09(木) 18:59:35 ID:eL9lb5wk0



「───DIO」



 どこにそんな力が残っていたのか。メリーの男を呼ぶ声には、今までとは明らかに違う……『決意』が込められていた。
 あるいはそれは『無謀』、とも呼べるかもしれない。

 DIOはメリーの声を耳に入れ、彼女を向く。
 二人の表情はとても対照的で。
 覚悟を決めたメリーの、硬く……そして脆い瞳を。
 男は微笑みながら覗いた。
 この世ならざる妖艶な……そして残酷な笑みだった。


「操縦桿を握るのは……貴方じゃないわ」


 そこからは、一瞬だった。

 勢いよくメリーが立ち上がったかと思うと、後ろの蓮子の腕を取り、そして。
 メリーと蓮子。秘封倶楽部の二人が真正面から互いを『覗き込み』、次の瞬間メリーだけが床に崩れ落ちた。


「───随分と、手こずらせてくれた」


 何が起こったか理解出来ずにいる人間はDIOと蓮子以外の者だけだ。
 突然メリーが気絶するも、DIOの言葉はまるで予定調和だと言わんばかりの落ち着きぶりであったのだ。


「今、メリーが〝私〟の中に自らの意思で侵入(はい)って来たのを感じます。これで彼女も、じきにDIO様のしもべになるでしょう」


 そんなDIOに同調するように、蓮子は依然として変わらず平坦に口を開いた。
 同調するのも当然の話だ。今の宇佐見蓮子は、まさしくDIOの一部と成り果てているのだから。
 彼女の言葉で青娥もディエゴも。メリーをよく知らぬプッチでさえも現況を把握出来た。

「なるほど。つまりやっとの事でメリーちゃんを手篭めにしてあーんなコトやこーんなコトまで出来る……ってワケですのね」
「そういうことか。つまりDIO……今のがメリーの『能力』という事かい?」

 青娥がやれやれといった具合に首を振り、同時にプッチも合点がいった。
 話に聞いていた『結界の境目を見る』能力。メリーは今、蓮子の額に取り憑いていた肉の芽を間近で直視したのだ。
 以前もポルナレフの肉の芽を介してメリーを傀儡にする腹積もりだったが、その時は邪魔者が多くて失敗に終わったと聞いている。

「手間も時間も掛かったが……ようやくと言ったところか。完全に洗脳が完了するのに、もう時間も掛かるまい」

 待ち望んだオモチャがようやく手に入った。DIOは息を整え椅子に座り直すと、歪んだ笑みから安堵のそれへと表情を移し替える。

 メリーは『あっち側』へ旅立つ前、何か悟った風な台詞を吐き捨てていったが。聞くに耐えない、空しい虚勢の戯言。所詮はその程度の悪足掻き以下の断末魔でしかない。
 現に彼女に秘策などない。DIOの支配する空間に我が身一つで飛び込み、今回こそは戻れる保証なんて完全に無い賭けに出た。
 それはメリーにとっての最終手段。足掻く腕も、地を蹴り上げる脚も、空を翔ける翼ももがれたダルマ。そのうえ声すら届かない。
 全ての道が閉ざされた彼女はとうとう『直』に強行手段にでた。状況を見れば誰がどう考えても自殺行為であり、それを最後の希望だのと都合良く捉えた破滅者がようやく自ら蜘蛛の巣に飛び込んだのだ。
 蜘蛛の巣、というよりは奈落。巣どころか蜘蛛の糸などという希望すら垂れない地獄だ。翼のないメリーに、奈落より這い上がる方法などない。

 底の無い暗黒を永久に堕ち続ける、惨めな蛹(さなぎ)の完成だ。


「さてさて! もうすぐ新しい『お仲間』が増えるということで……ねぇ〜DIO様?」


 意外にも気の利く女なのか。床に転がったままのメリーを甲斐甲斐しく自らの椅子に座らせ、一切の邪気なく満面の笑顔を咲かせた青娥が猫なで声で主へと語り掛けた。
 今の今まで大人しく聞き役に徹していただけに、幾分かソワソワした様子である。彼女が楽しそうにしていると大抵ロクな事が起こらないというのだから、青娥を知る者なら警戒しそうな声色であるが。
 しかしDIOはそれをも受け流すリラックス具合で、しなやかに応答する。

「なにかね青娥」
「そ・ろ・そ・ろ♪ 教えて下さる?」

 両掌を合わせて頬に添えながら、わざとらしくピコンピコンと首を傾ける青娥。ディエゴはその光景を、なるべく巻き込まれないよう離れて眺めていた。
 ハッキリ言って気色悪い。邪仙が気色悪いのは今に始まったことでもないが、容姿のみを評価すれば極上の花とも言っていい美女の笑顔がこうまで黒く見えてしまうのは、明らかに今までの行いの悪さ故だろう。

「教える、とは何のことだ?」
「勿論……『ジョースター』についてですわ。貴方様がそこまでして彼らを敵視する理由……私たち新参者にはイマイチ図りかねてますもの」

 この女にしては至極マトモな質問だ。腕を組み直し、窓に映った雪降る日本風景を横目に入れながらディエゴは思う。

278奈落論:2018/08/09(木) 19:00:14 ID:eL9lb5wk0

 DIOとジョースター。両者の関係は根深く、ただの因縁という言葉では片付けられない重みを感じる。
 どうやらかつてDIOは最初のジョースター……ジョナサンに敗北したらしいが、それも実質痛み分けだったと聞いた。
 いや、宿敵ジョナサンの肉体を奪ってこうして生き延びている以上、勝利者は寧ろDIOの方ではないのか?
 空条承太郎だって既に死亡している。そんな血族に何をそこまでビビる事があろうか、とディエゴ自身当然のように見下している。

(良い機会かもな。奴の『過去』を本格的に知るには)

 ゆえに青娥の疑問は、ディエゴにとっても利害の一致である。DIOの性格を考えれば、自らの敗北譚など軽々と話したくもないだろうが。
 しかしそれでは前に進めない場合が、世にはあるのだ。『過去』を乗り越える為の試練には。


「オレも知りたい。ジョースター共を効率よく一掃するには、その因縁の根っこの所を掌握しとくに越したことはないからな」


 かくしてディエゴも諸手を挙げた。あのDIOを苦戦させた強敵、という枠から認識を一歩広げるために。
 欺瞞も慢心も捨てるべきだ。DIOとは違ってどこまでも『人間』であるDio/自分には、油断など相応しくない。

「DIO。私も彼らの意見には一理あると思うが」

 肉人形である蓮子を除けば、プッチ含む全員がその『過去』を求めてきた。
 無論、他者には語れないアンタッチャブルなラインもあるだろう。しかしDIO自身も、どこかで変化を促さねばその精神は不変のままである事も承知していた。


 ふぅ、と白い息をひとつ吐き。
 男は静かに、その口を開いた。


「良いだろう。“差し支えない範囲”で話すとしようか」


 部屋の温度が、一気に低下した。
 一味の全員がそれを瞬時に体感するほどの異変が起こったのだ。
 その時。その変化が。

 この紅魔館全体に。


「───だが、それも次の機会だ。鼠の始末を先に行いたい」


 始めの動きはDIOからだった。
 彼はゆっくりと腰を上げると、首筋に手をあてながら視線を宙空に泳がせた。

「……! DIO、これは」
「分かっているよプッチ。『ジョースター』がこの館に侵入した。それも、この気配は……」

 次にプッチが大きく反応し、DIOへと目配せする。二人の首筋に刻まれた『星のアザ』が、敵の気配を察知したのだ。

「……そのジョースターと関係してるのかは知らないが、こっちにもお客さんだぜ。DIO、正面玄関だ」

 至って冷静のままであるディエゴがプッチの次に動いた。窓から半面のみを覗かせた彼の瞳の先には、紅魔館のアーチを渡ってくる『男』の姿をちょうど捉えていた。
 コソコソと警戒心だけは立派なものだが、一本橋という立地的に身を隠せる箇所など無い。故に男の動向は残念ながら上からでは丸わかりである。

「確か名前は……『ホル・ホース』だったか。アンタの部下じゃあなかったか?」
「ホル・ホース……。そうか、奴が」

 ホル・ホース。金でしか動かず、心の底からDIOに従っているとは言い難い現金な男だったが。
 しかし殺し屋としての実力は充分。それ以上に彼という男の自由性が、DIOはいたく気に入っていた。出来れば手元に残しておきたい戦力だが。

279奈落論:2018/08/09(木) 19:01:35 ID:eL9lb5wk0

「ディエゴ。君の翼竜包囲網は紅魔館周辺に張ってあるか?」
「さっき張ったばかりだ。多少の遅れくらいは目を瞑って欲しいね」
「館内部はどうだ?」
「既にそこかしこに潜ませている。だが屋内の恐竜共は基本的に監視役には向かないぞ。行動も制限されるし、何より目立つからな」

 つまり……例えば『地下』などからの侵入には、ディエゴの翼竜は上手く機能してくれない。アザの感覚からいって侵入したジョースターは『下』からのようだ。
 ホル・ホースはともかく、ジョースターの方は寄り道としてこの館を選んだだけとは思えない。明らかに我々や包囲網の目を警戒している侵入経路だ。


「私が出よう。この『シグナル』はよく知っているからな」


 帝王が黄を彩るマントを翻し、戦闘準備に入った。
 アザの感覚よりも更に色濃い、身内ならではの強い反応。
 間違いなくジョルノ・ジョバァーナだ。当然、たった一人で踵を返してくるわけが無い。

 奴の目的はなんだ?
 承太郎と霊夢の二人を安全圏まで送り届けるに終わらず、尚も向かってくる理由とはなんだ?


「……青娥。メリーは君に任せよう」
「アイアイサー! この娘々にお任せあれ〜♪」


 親からの言いつけを守ろうと張り切る無邪気な子供。勢いよく返事を返した青娥だったが、子供ゆえに果たしてマトモに言いつけなど守ろうとしてくれるか怪しい。
 そのやり取りを見ながらプッチは心中、主旨を掴みあぐねていた。正直言って、この女では不安だ。
 もっと言えば、DIOがここまでメリーに執着する理由もわからない。
 世界中を旅し、その方々にて多種多様なスタンド使いを見てきた男の舌を唸らせる程なのか?
 メリーがスタンド使いかはともかく、所詮はその中のあらゆる人材の一人という程度。

 それがメリーという少女。
 プッチの認識ではそうであった。今は、まだ。

 DIOは違うのか?
 彼女をどう捉えている? どう見ているのか?
 昔から意図の全てまでは図れない男だと感じてはいたし、プッチ自身そんなDIOが好きではあったが。

 だが、彼が自らの生み出す行為に引力を感じていると言うのなら。
 それでいい。それが正解なのだろう。
 きっと『運命』は、彼を基準に是正されてゆく。
 そして己が身もまた、彼を押し上げる位置に在る事が正解なのだ。


(……まさか、な)


 そして……プッチだからこそ思い当たる節が、一つだけ。
 あくまで可能性に過ぎない。
 しかし、もしもプッチの“ある予感”が的中したなら。
 メリーは……ただの蛹に終わらない。



 金の卵より産まれ育った、唯一無二の蛹だ。

 これが“もし”無事に羽化したならば───



「プッチ。君も共に来てくれ」


 今それを必要以上に考える意味は無い、と。
 プッチが不意に浮かべた予感を、あたかも意図して中断させたかの様な声が、手を差し伸べてくる。
 それは共に在るのがごく当然とでも言うように。
 DIOはプッチの手を必要とした。


「君と組むのはそういえば初めてだな。誰にも負ける気がしないよ」


 プッチにもまた、DIOが必要だ。
 奇妙な星の下にて巡り会った二人の男は、長き時を経て足踏みを揃える。
 もう二度とは願わなかった……有り得ない『if』が実現したのだ。


「蓮子。君も来い」
「ありがとうございます」


 そんな二人の『悪』に追従していく『悪の芽』の少女。
 妖刀を携え、眠りに堕ちた親友の姿を一瞥すらせず。
 三人は音もなく部屋から出ていった。

280奈落論:2018/08/09(木) 19:03:21 ID:eL9lb5wk0


 残るは、毒林檎を齧ってしまった白雪姫と……


「で、お前はどうするんだ? 霍青娥」


 古代獣の司令塔、ディエゴ・ブランドー。


「……って、もう“行っちまった”か。早速の命令違反、清々しすぎて呆れる気も失せるぜ」


 二人のみであった。残るべくである、もう一人の女は既に居ない。
 つい数瞬前までそこに居たはずの邪仙が、影も形も残さず消えていた。ご丁寧に、眠れるメリーを残して。
 床下へ『潜って』行ったのだろう。面白楽しいイベントを求める彼女の性質を考えればこの行動も予想はしていたが、それにしたって躊躇というブレーキが全く備わっていない。


「人のこと言えやしないが、全員身勝手なモンだ。この寝惚けたお姫様をオレはどうすりゃいい?」


 チラリと、椅子の上で寝息ひとつ立てず瞳を閉じた少女を見下ろす。
 見れば見るほど本当にそっくりだ。あの舐め腐った大妖怪の女とやらと。
 深く冷たい沼を彷徨う様に静かに眠るメリーを眺める内に、軽い悪戯心と征服心が湧き上がる。


 試しに、恐竜化させてみようか。


「……なんてな。触らぬ神に祟りなし、だ」


 馬鹿な事を。こんな怯えついた女ひとり手篭めにした所で意味などない。
 神などという、この世のクソを煮詰めてこしらえた様な出来損ないの依代共は、触ろうが触るまいが自己中心的な気まぐれで人間を祟るもんだ。

 『神』に見棄てられた男・ディエゴは、来る修羅場を予感させながらもその場でクツクツと浅く微笑んだ。
 今回は祭りに参加する気はない。だからと言って、素直に子守りを請け負うつもりも毛頭ないが。


 さて……。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 二階客間/午後】

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:体力消費(小)、右目に切り傷、霊撃による外傷、 全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起、通信機能付き陰陽玉、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:さて、オレは……。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:気絶中(蓮子の肉の芽の中)、精神消耗、衣服の乱れ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:蓮子と一緒に此処から脱出する。ツェペリさんの『勇気』と『可能性』を信じる生き方を受け継ぐ。
1:蓮子を『芽』の中から連れ戻す。
2:八雲紫に会いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

281奈落論:2018/08/09(木) 19:04:28 ID:eL9lb5wk0
『聖白蓮』
【午後 15:13】C-3 紅魔館 一階厨房


 聖白蓮は泣いていた。


 いや、正確に言えば彼女は涙目となって狼狽していた。
 命蓮寺にかの大魔法使いあり、とまで謳われた華々しい肩書きも、現在の彼女の体たらくを見た後ではアホらしくもなる。

 真相とは、この通りである。


「ど、どうしましょう……! 服……ちっとも乾いてくれないわ……っ」


 その尼公は真っ裸であった。
 驚くべきことに……未だに。


「この白蓮、一生の不覚……! まさかキチンと袋を閉じていなかったなんて……」

 説明するのも馬鹿馬鹿しくなる程の大失態だが、彼女はエニグマの紙を入れたビニール袋を完全に締め切れていない事に気づかなかったのだ。
 寒中遊泳の最中、頭を過ぎるばかりの部下の死。その事に気を取られていたのは致し方ないとも言える。
 お陰で紙が濡れ、中に仕舞い込んでいた衣服の数々も全てダメになってしまった。不幸中の幸いか、武装品の独鈷や紙を媒体としない特殊仕様の魔人経巻は水難に耐えられたが、その代償として敵地の館内部を痴女として彷徨い歩く罰を与えられたのでは、少々釣り合いが取れない。

 白蓮の目的は奪われたジョナサンのDISCだ。彼の肉体があのまま現状維持を保ってくれる保証などない。
 従って単騎で動く白蓮に時間的猶予があろうはずも無く。そんな事は彼女自身、おおいに理解出来ている。
 だが焦眉の急である現状と、このまま全裸で敵地のド真ん中に現れるリスクや不名誉とを秤に乗せれば、一介の女性としての社会的立場が「ちょっと待て」と声高にストップを掛けるのもやむなし。
 「やれるだけはやってみたら?」と頭に棲まう善性の白蓮が辛うじて助言を授け、窮地に陥る彼女は懸命な抵抗を選んだ。

 その“やれるだけ”というのが、熱によって水気を乾かすという実に古典的な手段である。

 おあつらえ向きに裏手から侵入したこの場所は、館の厨房だ。火を起こすにはうってつけ。その住職に考える時間は、もう残されていなかった。

「…………駄目。時間が掛かりすぎる……!」

 侵入成功から時間にして三十分は無駄にしただろうか。釜の火にあてがう僧服は依然として乾かない。その間、半泣きで火にあたる事しか出来ないというのは侵入者としての自覚以前に、いい歳した大人として恥ずかしいというレベルだ。


「───覚悟、しないと」


 苦渋の決断である。幾らなんでも、間抜けすぎる。
 しかし人命が懸かっている。恩人の命が助かると思えば、一糸まとわぬ痴女姿で表を歩く程度、日課の滝修行より余程楽だ。

(いえ。これも修行の一環だと思えば……)

 そうだ。これは修行なのだ。
 裸がなんだ。外界には裸の王とやらも居るらしいではないか。
 大したことない。逆境の時でこそ、逆に考えるんだ。

 見せちゃえばいいさ。

 そうだ、そう考えればいい。
 見せよう。寧ろ、うんと見せてやろう。
 ボディスタイルには、まあ自信はある。なら恥ずべき所など無いのではないか。
 見せよう。もう見せちゃおう。聖白蓮の何もかもを。余裕だ、こんなの。
 違う。もっとだ……もっと気持ちを過剰化させて!


「み……見せたい! 裸を見られたいわっ!」


 いいぞ。これくらいでないとミッションは達成できない。
 よし行こう。もう随分時間を無駄にした。本当に。

 裸一貫の尼は、若干の気恥ずかしさを交えながらも、とんでもない台詞を吼えて立ち上がった。勢い余って胸部に熟れた二玉の大きな果実が、振動を吸収しながらもぶるんと揺れる。白蓮、これを気にしない。
 もう完璧に吹っ切れた。頭のおかしい方向へであったが、とにかく覚悟を決めた。ヤケクソである。

 露出願望が渦巻いていたのだ。己の心の奥底には。
 全てを受け入れよう。受け入れ、前へ進めよう。
 なんと愚弄されようと構わない。正義は此処に在り。
 ガンガンいく僧侶? 妖怪寺の露出魔住職?
 上等だ。どんなに破廉恥な十字架を背負わされようと、もう誰も私を止められない。十字架だと別の宗教だけど。

282奈落論:2018/08/09(木) 19:07:03 ID:eL9lb5wk0



「いざ、南無さ「あら、貴方は……」ん………………」



 纏う全ての衣を脱ぎ捨て。記念すべき最初の一歩を踏み出そうと。
 厨房の扉を開け放ち、未知の世界に入門しようとした……


 ───瞬間に、いきなり見られた。何もかもを。


「っ! キャ…………───」


 キャー!などという生娘同然の初心な叫びを上げるわけにはいかない。まがりなりにも潜入中の身だ。
 何度でも確認するが、ここは敵地だ。然らば、出会う人間は基本的に敵。
 そこは流石の聖白蓮。いかに美しい醜態をフルオープン解放中とはいえ、すぐさまスイッチを切り替え戦闘態勢に入る。

 ビクビクと局所を抑えていた両の腕を迎撃の姿勢に移し。
 豊かな双丘にサンドされていたエニグマの紙を瞬時に開き。
 得意のゼロコンマ以下からのノータイム詠唱を可能にする魔人経巻を掌に出現させる。

 その、ほんの僅かな間に相手側が予想外の反応を示した。


「まあ! まあまあまあまあ! これは一体……!?」


 この白々しい反応。白蓮には見覚えがある。


「聖大僧正サマ? なんてお見苦しい姿を……!」


 霍青娥。最悪だ、よりによってすぎる。
 命蓮寺のライバル宗派である神霊廟に出入りする、あの胡散臭い邪仙その人だった。
 青娥は通路で鉢合わせするや否や、顔を大層怯ませ目をも丸くさせ口元に手まで当てながら素っ頓狂に驚いていた。
 あまり考えたくないが、目の前の青娥は突然の敵襲に驚いたというよりかは、白蓮のあられない姿そのものに呆気にとられている感じだ。

 これが常人の反応なのかもしれない。
 今更ながらに我がアンビリーバブルな姿を再度認識させられた白蓮は、紅魔の館もかくやと言わんばかりに途端に赤面し始める。


「えェーとぉ……? 聖白蓮、サマですよね?」
「あ…………………………は、はい」
「……………………なにゆえ、真っ裸で? まさか、そーいうご趣味でも」


 死にたくなってきた。
 奔放で自分勝手で邪極まる、あの霍青娥に素でドン引きされる屈辱恥辱。
 なにゆえ、私はこんな格好で? それは自分自身が今一番知りたい。

「…………聞かないでいただければ、幸いです」

 反射的に返してしまった。もう、色々と終わりかもしれない。

「…………しばし、お待ち下さいな。こちらでお召し物を用意しましょう」

 そう言って、邪仙は普通にその場をパタパタと離れ。
 後に残された惨めな裸の女が、魔人経巻を半端に開いた姿のまま硬直から抜け出せずにいた。
 唇だけはパクパクさせながら。

            ◆

「有り合いの物で申し訳ございませんが、“無い”よりはうんとマシでしょう」

 何処だかの部屋から失敬してきたであろう替えの服を脇に抱えた青娥は、厨房の隅に引っ込んで蹲っていた憐れな知り合いへ同情の目を向けながら肩を叩いた。
 邪仙の施しは白蓮にとって、涙が出るほど渡りに舟である。彼女の性格が性格だけに正直、撮影機か最悪応援部隊を呼ばれるかもと、疑っていた自分が恥ずかしいくらいだ。

「全くもう。聖様も弟子達の模範となるべき命蓮寺のトップなのですから、もう少し恥じらいというか……淑女としての自覚を持ってほしいものですわ」

 正論だ。この女にそれを言われたのでは耳も痛くなるが、こればかりは自分の方がどうかしていた。
 裸を見られたいって、何。
 青娥から渡された着替えを広げながら白蓮は、未だ赤面の収まらぬ頬の熱を逃がすように首をブンと振る。

「たまたま居たのが私だったから良かったものの、殿方ならば一生モノの黒歴史ですよ。自粛なさって下さいね」

 それは考えたくない。何から何まで彼女の言う通りなのが余計に惨めさを助長してしまう。この歳になって母に叱られる娘の気持ちを体感するなどと夢にも思わなかった。

「と、とにかく! 此度の失礼と、替えの衣類に関しては謝り申しておきます……!」
「貸し一丁、覚えておきますわ」

 はあー、と一際大きな溜息が白蓮の口から漏れた。この面倒臭い相手に借りなど作っては、連日連夜敷居を跨がれ取り立てに現れるだろう。
 いつまでも過ぎた失敗を悔やんでいても仕方ない。渋々といった表情で下着を着付け、何やらスベスベした素材の服を上から身に付け始める。

283奈落論:2018/08/09(木) 19:08:19 ID:eL9lb5wk0

「何か……この服、見た事ある気がしますが」
「適当な箪笥に仕舞われていた衣類ですわ。文句があるなら没収しますよ?」

 本当にそれだけは勘弁して欲しい。喉奥から湧き上がる不満不平を寸での所で塞き止めた白蓮は、最後に前面のジッパーを胸元まで上げて着替えを完了させた。
 妙にテカテカした光沢の激しい、いわゆるライダースーツ。住職を務める彼女の清楚とした普段とを見比べれば、あまりに不釣り合いなギャップ。場違いとすら言える。
 漆黒のスーツに首元を緑のスカーフであつらえた姿は、しかし一方で彼女の為に産み出されたのだと豪語できるフィット具合だ。
 印象が180度見違えた、和から洋へのコーディネート。それを超然と着こなしているのも、つい最近これと全く同じモノを着用した記憶があるから故か。何故あの服がこの場所にあるかは深く考えないようにしたい。

「とぉ〜ってもお似合いですわ聖様! えぇ、えぇ。それはもう、こっちを本職にした方が様になってると言える程!
 もし私が服なら「着て!」って喋り出すレベルですよ〜!」
「意味が分かりません……」

 おだてるのだけは無駄に達者だ。呉服屋の店員か何かに転職した方が様になるのは彼女の方ではなかろうか。
 まあ、ヒラヒラした以前の服よりかはまだ動き回るのに適した作りではある。ボディラインがよりピッチリと浮き出る素材というのは小恥ずかしいが。



「───で、青娥さん」



 だが、もう充分と肩の力は抜けた。おふざけはここ迄だ。
 言葉にせずとも、目付きや気迫だけでそれが肌に伝わる程、白蓮の纏う雰囲気が一変する。
 青娥、そのオーラを受けて尚、ヘラヘラ顔を崩そうとしない。

「なんで御座いましょう?」
「単刀直入に尋ねます。貴方……ここで何を?」

 遅すぎる疑問が物理の言霊と化し、鋭い真剣へと研がれた。
 たまたま通りがかっただけ、では通らない。神父と秋の神がこの館に潜んでいるのは分かりきっている。

 霍青娥。良い噂は聞かない。
 豊聡耳神子の師であり、実力は完全に未知数。
 他人を誑かして甘い蜜を吸う詐欺師同然の謀略は立派なものだと、霊廟の連中からも聞く。
 握手しながら足を踏むような真似を、平気の平左でやる女だ。

 無邪気が故の行いだと、ある者は言う。

(無邪気……? 邪気の塊が目に見えて溢れ返っているように見えます)

 先程の青娥の、白蓮に対する反応や施しは……恐らく作りではない。素であろう。
 新鮮にも見えたが、彼女のマイペースが崩される事などそうない。擬態やフリでも何でもなく、あれがいつもの霍青娥そのもの。

 だから気にかかるのだ。
 十中八九、神父側であるこの女が何を狙っているのか、と。

「何を、と言われましてもねえ。裸の痴女がなにやら助けを求めていたようでしたので、私なりに……」
「この館で誰と、何を企んでいるのかと訊いてます」

 この女のペースに乗せられるな。はぐらかされて適当に遊ばれた後、毎度みたく尻尾を巻くに違いない。

「あらやだ。査問でしたの? これは失礼。頭が回りませんでした。通りで眉間にシワが寄ってるわけですね」
「二度は訊きませんよ。急いでいますので」

 暴力も辞さない。これ以上、のらりくらり躱されるようなら。

「ここで何をしているは、こっちの台詞ですわ。人様が休憩を選んだアジトに無断で、しかもあろう事か産まれたままのお姿で入ってきたのはそちら───」

 轟、と。全身が突風に叩き付けられたようだった。
 何の比喩でもなく、目にも留まらぬ速度で青娥は頭から突風を纏った脚に押し倒された。後頭部の痛みを勘定に入れれば、踏み潰されたとも言い換えられる。

 ちょっとばかし、遊びすぎたかしらん? 青娥は心中で自省する。
 聖白蓮は基本的には温厚で知られるが、力技で他を圧倒する暴君の如き側面も見られる。マトモに正面から戦えば無類の強さを誇る肉体派尼公だ。
 床に倒され手も足も弾幕も出せない青娥は、他にやることも無いので取り敢えず眼前から見下ろす白蓮の瞳に見入ってみた。
 笑ってない。怒ってるというよりかは、永い永い説法をこれから始めてやるぞという心意気燃える瞳だ。

 じゃあ逆にこっちは笑ってやる。
 怖気の欠片も見せずに唇を半月型に歪ませる青娥の顔は、反抗期の悪ガキと何ら変わらない思考をなぞりながらそう語っていた。

284奈落論:2018/08/09(木) 19:10:23 ID:eL9lb5wk0

「貴方の時間稼ぎに付き合うつもりはないわ」
「やん。乙女として壁ドンってのに憧れてはいましたけど、床ドンはあまりドキドキしないものですわねぇ」
「ではもう少しだけドキドキさせてあげます」

 スゥ……、と動いた白蓮の右拳が固く固く握り締められる。筋肉が圧縮する摩擦音まで聞こえてくるようだ。

(あ、これマジなやつかも。ちょっ タイム)

 生命に警報が鳴らされている事を今更ながら理解した青娥は焦りを覚える。
 この肉弾強化尼に接近戦で敵う道理はないが、そもそも青娥には闘う気だってありはしない。
 とびっきりのお祭り会場に一番乗りでS席を確保しようと近道を通ったら、たまたま露出魔に遭遇しただけだ。
 プッチらから話も既に聞いていた。この女の目的はジョナサンのDISCだろう。仲間も連れず、恐らく単身。
 館に侵入したとかいうジョースターとはまた別だ。偶然にも同タイミングでの侵入という事になるが、青娥的にはDIOとプッチの暴れっぷりを観戦したい。


(だったら───)


 ドゴォォッ!!!


 法力を存分に纏った、必壊の鉄拳が館を揺るがした。
 “この程度ならギリギリ壊れないでしょう”という、邪仙の強固な肉体を見定めた前提での威力。

 壊れたのは、白いタイルを敷かれた厨房の床のみ。そこに組み敷いていた筈の青娥の姿は煙のように消えている。


「───もーう。聖大僧正サマったらぁん。ドキドキどころかボキボキにされる所だったじゃない〜。い・け・ず」


 砂糖壺の底から這い出たかの様な甘ったるい声。
 方角は背後より。死角を取られたかと焦った白蓮は、前方へ大きく跳躍しながら相手へと振り返った。


「YEAH〜〜〜! 仙人脱出マジック大成功〜〜〜♪」


 毒気を抜く満面のスマイルで、邪仙が首だけになってこちらをニヤニヤと見ていた。正確には、首から下は鍋に入り込んでいる。
 この館を居住とする魔女が儀式に使う大鍋だろうか。死体のひとつは隠せるであろうサイズであるが、今の一瞬で奴はどう攻撃を避け、どう鍋に隠れたのか。そもそも何故鍋に入ったのかはこの際置いておく。

「……お得意の壁抜けですか?」
「あら。マジックの種を明かす手品師は居ませんわ」

 頭に大きな蓋を乗せながらというシュールな姿を晒し、軽いジャンプと共に鍋から飛び出す青娥。首から下はいつの間にか、ぴっちりしたバイクスーツの様な服に着替えられている。

「あ、このスーツは別に貴方に対抗した趣向ってワケじゃありませんので。あしからず」
「不思議なまやかしを使うのね。その服の作用かしら?」

 不敵に笑う青娥を見据えながら、白蓮も間合いを取る。
 先程、青娥は体を押さえ付けられていたに関わらず、『床を潜って』攻撃を避けた様に見えた。
 それ以上に不気味なのが、カウンターのチャンスを捨ててまでこのような茶番を演じている点であった。

(まるでお前なんかどうとでもなる、って言われてるみたいで……良い気はしないわね)

 読めないのだ。この女の何もかもが。
 思った以上に厄介で、マトモに相手しようとなると時間の浪費は免れない。


「さて聖様。ワタクシ、本当に貴方には興味ないんですの。今は」


 ペロリと舌を舐めずる、その妖艶な女はハッキリと言う。笑いの表情も、嗤いへと。
 白蓮は眉を僅か釣り上げた。彼女が発したその台詞だけは、今までのどんな言葉よりも本心から生まれたモノに違いないと分かったからだ。

 本当に、心の底から、青娥は今、白蓮などどうだっていい。

 どうだっていいから先の不意打ちで殺してしまっても構わなかったのだが、それであっさり討ち取れるほど白蓮の首は軽くない。
 どうせなら上げる花火だって多い方が観戦する方も楽しめる。
 お祭りが血祭りに変わり果てようと、彼女にとっては精一杯に楽しめた者の勝ちなのだ。

「バイク。貸してあげますわ。これで貸し二丁、ですね」

 紙から現れた青娥のオートバイが、唸り声を上げながら乗り手を誘っていた。室内だろうが所詮は他人様の家。お構い無しだ。

「何のつもり?」
「ライダースーツというのはバイクに跨るからこそ、ライダースーツと呼ばれるらしいですよ」

 ここに至ってまで邪仙は戯れる。言葉の揚げ足を取り、遊びに興じる。
 それが幻想郷を闊歩する少女達の本来のようなものである。
 霍青娥は今それを唯一、100%地で振る舞えていた。
 だからこそ彼女は強い。躍起にならないからこそ、強い。

285奈落論:2018/08/09(木) 19:10:52 ID:eL9lb5wk0

「聖サマの欲……それも生と死の狭間で抗う環境の末に現れる、心よりの真欲。
 この霍青娥が興味ある物はそれだけ。貴方ならさぞや、私を虜にしてくれるんでしょうね」


 ───奈落にて、お待ちしております。


 後に響いた言葉の余韻が白蓮の鼓膜を揺らす頃にはもう、邪仙の姿は地の底に消えていた。
 あれは壁抜けとは明らかに違う。……スタンド?

「奈落……ターゲットは『下』かしら」

 ふざけた事に彼女は、徹底的に傍観者に徹したいらしい。挙句、乗り物まで譲る始末。
 当初は静かな潜入を想定していたが、このけたたましい二輪駆動で暗躍も何もない。コソコソするのはやめて、正面からDISCを取り返しに来てみろ、とでも言いたいのだろうか。

 青娥を除外しても、敵は何人いるのか。計り知れない部分が多すぎる。
 発見されれば袋叩き、というリスクを見つめてなお。

「いいでしょう。あえて挑発に乗ってあげます」

 味方なんか居ない。
 孤独な戦いの末に、手に届く希望があるのなら。
 たとえ其処が、奈落の底でも。


「いざ、南無三───!」


 清き僧正服を捨て、風を切る騎乗服を身に付けて。
 いつぞやに流行ったオカルトの噂を体現する大魔法使いが、エンジン音を携えて館を走り出した。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 一階厨房/午後】

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:健康
[装備]:ライダースーツ、独鈷(11/12)、魔人経巻
[道具]:オートバイ、基本支給品(水濡れ)、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:プッチを追い、ジョナサンのDISCを取り返す。
2:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
3:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。
※スタンドの概念を少しだけ知りました。


【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの戦いぶりを鑑賞。
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


〇支給品情報
「ライダースーツ@東方深秘録」
極速!ライダー僧侶!でお馴染みの、東方深秘録にて披露された驚愕のライダースーツ。
怪ラストワード『*100キロで空を駆けろ!*』ではこの黒い衣装に身を包み、バイクで敵に突撃する豪快な姿が見られる。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

286奈落論:2018/08/09(木) 19:11:43 ID:eL9lb5wk0
『ホル・ホース』
【午後 15:09】C-3 紅魔館 エントランスホール


 グラスワインに一滴の泥水でも混ざれば、舌の肥えたソムリエならおもむろに立ち上がり、目をひん剥きながら叱り飛ばす。
 ホル・ホースが今やった行為は、ワインに泥水を混ぜるようなリスクだ。


(ぐ……! 中まで入ると尋常じゃねえ寒気だ……!)


 ギィ……と、極力隠密性を高めて館に入りはしたが、扉の音は誤魔化せても光は誤魔化せない。
 紅魔館の構造上、昼間であっても内部は比較的薄暗いゆえ、僅かな隙間であろうと日光の差し込みは目立つ。玄関扉が無駄に大きな作りなので尚更だ。
 例えば……其処に住まう者が吸血鬼であれば、どれだけ小さな光の一滴でも過剰に反応しかねない。

 このリスクを犯してでも彼は、館に入るべき確固たる理由があった。

(チクショウ! 何でよりによってDIOなんだよ! 百パーセントこの洋館に居るンじゃねーか!)

 聖白蓮の足跡を追って辿り着いた館。大口に繋がれた一本橋を渡る最中には、既にヒシヒシと感じていたのだ。

 ───肌にへばりつくこの独特な悪寒は間違いなくあのDIOのモノだ、という直感を。

 命あっての物種。それを何より信条とする彼がUターンを選ぶことなく侵入を決意したのも、考えあっての事。
 DIOとはホル・ホースの契約主だからである。金で雇われた仕事の関係ではあるが、下手に面識の無い相手よりかはまだ取り入りやすい。契約期間は依然続行中なのだから。
 ならば寧ろ、ここほど安全な場所も無いのではなかろうか?
 ホル・ホース目線で言っても、DIOという男は意外と話の分かる相手だ。世界各国から殺し屋を金で雇い、ただターゲットの始末を命じる。縦組織に有りがちな、窮屈な規律なども強いない。
 DIOの集った刺客者らは、ホル・ホース含め比較的自由な体系で構築されていたろう。無論、お決まりの“裏切り者は許さない”という了解は敷かれていたが、ハメを外しすぎなければお咎めなどそうそう無い。

 何が言いたいかといえば、少なくともDIOの方からホル・ホースへ危害を加えてくる理由は浮かばない。逆にホル・ホースからDIOに謀反を起こす理由もない。
 冷静になって考えれば、この立場でDIOを警戒する必要など無いのだった。

(ま、既に『二回』命令を失敗してんのがコエーっちゃコエーけどよ)

 ホル・ホースは過去にジョースター抹殺の指令を二度、しくじっている。
 そんな失態を背負っていながら厚い顔でDIOの元に舞い戻り、彼の反感を買いかけた事がある。
 その直後にこのゲームへと呼ばれてしまったものだから、DIOが案外根に持つ性質であるならやはり進んで会いたくはない。

 即ち、既に館へ侵入を果たしているであろう聖白蓮とは事を荒立てることなく接触する、というのがベストだ。

(DIOに会わねーでいられるなら会わねーに越したことはねーぜ! 何処にいやがるんだ、その住職サマはよォー)

 ここは紅魔館のエントランスホール。既に戦闘の後なのか、どこかしこが損傷している。
 外から見ても分かったが、この館はそれなりのデカさがあった。人ひとりを見付けるのに、敵エンカウント無しでやり遂げるにはどれだけの幸運が必須とされるのか。

287奈落論:2018/08/09(木) 19:12:18 ID:eL9lb5wk0



「とにかく隠密が最優先だ。DIOにだけは何があっても絶対見付かる訳には「ホル・ホースか。そんなにコソコソしてどこへ行く?」いかね……ぇ…………?」



 手当たり次第。取り敢えず一階から詰めていこうと身近な通路の扉を見定めた、瞬間だった。

 一度聴いたなら二度とは忘れない、人の心の隙間をまさぐってくる様な男の声。



「誰に見付かると不都合なのだ?」



┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……


(う、……そだろ……全然、気付かなかったぞ……!)


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……


「一人か? 誰かを捜しているのか?
 お前が単独とは珍しいが、新たな相棒でも見付けたか?
 なあ……ホル・ホース」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……


 ディ……DIOッ!

「───様……!」


 ディオ・ブランドー。お出ましだ。
 初めの村から外へ一歩出た瞬間に大魔王とエンカウントしてしまった勇者の気持ちを一身に受けながら、ホル・ホースは全思考を保身の口八丁へと回す。

「ぁ……い、いや! 捜していたのはDIO様ですぜ! この館に居るかもと思い、単身ながらもやって来た次第でさぁ!」
「そうか。じゃあさっきのは、私の聞き間違いだったらしいな」

 ホールの中央から伸びる大階段の上。踊り場から奴がこちらを見下ろしながら、大迫力のオーラで語りかけてきた。燭台の灯るランプの光が、後光をさしているようにすら錯覚する。
 このDIOの前に立った時はいつもそうだった。背骨に氷でも詰められた様に固まってしまう。それでもホル・ホースは残った気力を駆使しながらも唇を動かし、怪しまれないよう誤魔化そうとする。

「そう! 聞き間違い! 『DIO様だけでも見付けなければ』と言ったんです! いやァ〜大変でしたぜここまで辿り着くのは」

 コツコツと子気味の良い音を響かせながら、DIOがゆっくりと階段を下りてくる。狙っているのかいないのか、その緩慢な動作が余計に緊迫した“間”を作るので、対峙する側としてはどうしても強ばってしまう。
 表面上では通常の軽々しい素面を演じきったホル・ホースは、DIOの背後を付いてくるもう一人の男の存在に気が付いた。

「? DIO様、そっちの神父服の男は誰ですかい?」
「彼か? 彼は私の友人で、名前は……」
「エンリコ・プッチだ。君はホル・ホースだね。DIOから聞いているよ」

 友人という紹介を受けたそのプッチなる男を見て、ホル・ホースは思わず「は?」というマヌケな声が漏れそうになる。
 あのDIOに友人が居たなどという話は聞いたことがない。いや、あるにはあるが、ホル・ホースの知るDIOの『友達』というのは、世間一般的な『友達』の枠に収まるような生易しいものではなかった。
 どちらかと言えば『支配』だとか『利用』だとかいう言葉の意味と混同している可能性がある。DIOの言う『友達』は。
 だが今、奴の背後から姿を見せたプッチなる神父は、どこかDIOと距離感を近くしている様に見えた。本人を目の前にしてタメで話す態度も、媚びや偽りの様子は無く、実に自然な関係だ。

 吸血鬼と神父。これ程までに反発し合いそうな関係も無さそうなものだが、本人が言うのだから友人なのだろう。

288奈落論:2018/08/09(木) 19:12:55 ID:eL9lb5wk0


「で……だ。ホル・ホース。私は君のことを高く買っている」


 とうとうDIOがホル・ホースと同じ目線にまで下りてくる。そのデカい図体を前にすると、まるで壁を相手に話しているような気分だ。

「は、はあ……そりゃあ、どうも」
「合流早々悪いが、この上の通路の奥……客室に『女』が寝ている。彼女を保護していてくれ」
「女……ですかい?」
「大切な『客』さ。他にも私の部下が居ると思うが、まあ仲良くしてやってくれ。どいつもこいつも問題児ばかりだがね」

 女。それはまさかDIOの『餌』じゃねーだろうな。
 身も蓋もない想像を頭に浮かべる間にも、DIOとプッチはホル・ホースの横を通り過ぎ、どこかへ向かおうとしていた。
 普通、この状況で再会したなら今まで何をしていたとか、誰と会ったか等と根掘り葉掘り訊かれそうなものだが、そんな事は些事だと言わんばかりだ。

「お出かけで?」
「少し『下』に、な。鼠が侵入したようだ」

 ドクン、と心臓が脈打つ。
 鼠……まさかそれは、聖白蓮か?
 だとしたらマズい事になった。神父服の方はともかく、DIOなんぞに狙われちゃあ坊さん一人、あっという間に干物にされてしまうだろう。
 だからと言って自分も付いていく訳にはいかない。この男の目を盗んで白蓮と先駆け会う難易度はハード過ぎる。

(命を懸ける程じゃねえ。相手が悪すぎるぜ……聖サマとやら)

 幽谷響子から始まった一連の『世話焼き』も、今回ばかりが終着駅だ。
 自分なりに誠意は見せたが、間に合わなかった。
 ただの、それだけ。一銭にもならないお使いだ。


「……? DIO様、その『左目』は?」


 諦めがホル・ホースを支配した時、視界に入った。
 暗くて気付かなかったが、DIOの左目には大きな傷が刻まれている。

「名誉の負傷、とでも言っておこうか。空条承太郎と刺し違えて付けられた裂傷だ」
「じょ……! まさか、ヤツを殺ったんですかい!?」
「フフ……どうも治りが悪くてな。どうでもいい事だが。
 じゃあホル・ホース……“今度こそ”私のために命令を果たせよ」

 そう吐き、DIOは不気味な笑みで館の奥の闇に消えていった。神父もそれに続き、消えていく。
 ホル・ホースがギョッとしたのは、そのプッチの後にもう一人の存在がいた事だった。

 まだ他愛もない少女。黒い帽子を被ったそのどこにでも居るような女の子の右手に見えるのは。

(あ、『アヌビス神』かっ! 物騒な奴が居やがる……)

 持ち手を操る妖魔刀。少女もそれに操られているのだろう。
 DIOが部下を連れて自ら出陣するというのは珍しい事だ。何か意図があるのだろうか。
 だが少なくとも、これでますますホル・ホースには聖白蓮に手を貸すという選択肢は無くなった。誰であろうと勝ち目が無さすぎる布陣だ。

 三人がその場から離れ、圧迫するような大気がホールから完全に消えた。
 瞬間、ホル・ホースの額にドッと汗が流れ始める。向こうから手を出してこない事など分かりきってはいたが、命があるのはやはり幸運だったのだろう。


「にしても……あの承太郎をあっさり殺っちまうとは。間違いなく奴は『優勝』に最も近い男だぜ……!」


 ホル・ホースはこのゲームに呼ばれる直前の事を思い出していた。DIOの館にて、奴が自らの肉体の秘密を誇らしげに話している時のことを。
 両の指を煙草の火に押し付けるも、あっという間に熱傷が完治していく光景は人外の存在だと疑わせないものであった、が……。

(確か……奴は『左半身』が弱いとか言っていたな)

 さっきのDIOも、傷が癒えていなかったのは『左目』だった。承太郎の渾身の攻撃が奴に一矢報いたとか、そんなとこだろうか。
 興味はある。DIOの戦いぶりを観戦すれば、奴のスタンド『世界(ザ・ワールド)』の秘密の片鱗も見えるだろう。

 まぁ、だからといってDIOを討ち取ろうという訳でもない。余程隙を見せない限り。


「しかし、女だと? あのDIOの『客』ねえ」


 今はとりあえず、DIOの命令を守るしか出来ない。
 楽そうな割にあまり身も入らない理由は、やはり聖白蓮の事で後ろ髪が引かれているからだろうか。

 DIOが消えていった闇を見つめながら、ホル・ホースは階段に足を掛ける。
 どことなく、力の無い足取りであった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

289奈落論:2018/08/09(木) 19:13:30 ID:eL9lb5wk0
【C-3 紅魔館 エントランスホール/午後】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(幽谷響子)、幻想少女のお着替えセット
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:聖白蓮は諦めるか?
2:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
3:DIOは確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
4:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

290奈落論:2018/08/09(木) 19:14:37 ID:eL9lb5wk0
『エンリコ・プッチ』
【午後 15:17】C-3 紅魔館 地下大図書館への階段


 思えばDIOと会う時は決まって夜だとか、日光の届かない屋内とかだった。
 彼は吸血鬼で、自分は人間。当然の配慮だが、息苦しくないのだろうか。プッチはたまに思う。
 吸血鬼とは言っても、元は人間。奈落の闇に永く棲み、太陽を恋しいとは思わないのだろうか。
 海底に100年間も閉じ込められていたという。そこは勿論、人匙の光も当たらない究極の闇。孤独。

 彼はこの星の奈落で何を想い、何を糧にして生き延びてきたのだろう。

 きっと、その瞳は地上を。空を。……『天国』を仰ぎ続けていたに違いない。
 天国とは言うまでもなく比喩であるが、孤独の奈落にて屈辱に耐え忍んできた彼だからこそ、天国を望むのだ。
 孤独であった彼だからこそ、唯一人の『友』が必要なのだ。

 地下への薄暗い階段を降りる途中、プッチはそればかりを考えていた。エジプトにてDIOが死んだと知った時もだ。そればかりを考えていた時期というものがあった。
 プッチには、肝心な時にDIOを『救う』事が出来なかった過去がある。愛する妹を喪った時だってそうだ。

 今度こそ、彼を天国へ押し上げなければならない。
 私は『受け継いだ』人間だ。
 其処に到達する資格があるのは、本来ならば彼なのだ。


「───夢の中でメリーから面白い話を聞いてね」


 壁の洋燈の光に反射する、男の艶かしい唇。
 そこから紡がれた会話は、プッチの“予感”を補強する。

「そこは果てしない竹林の中だった。私は怯えながら走る少女と出会った」
「ポルナレフの肉の芽、の中だっけ?」

 簡単には聞いている話だ。
 全ての始まりは、その夢の中からだった。

「私自身、植え付けた芽の中に自分の意思が存在すると知ったのは初めてだ。メリーという第三者からの介入が刺激となり、私を模した意思がそこに現れたのだろうな」

 本来の自分とは別の自分。その意思のみが異なる場所に飛ばされ、間接的な事象体験を起こす。
 何とも稀有な事例かもしれないが、遠隔操作スタンドのようなものと考えれば分かりやすいか。本体と遠隔スタンド。その両者の意思は常に繋がった存在なのだから。

「竹林でのメリーとの会話は短いものであったが、その中で私はとても面白い話を聞いた」
「それは?」


「───メリーは時折、結界を通じて『幻想郷』らしき土地へと赴いていた、という体験談さ」


 幻想郷。メリーは自らの能力により、『其処』へ到達した。


「その時は『面白い話だ』程度に考えていたのだがね。しかしディエゴや八雲紫と会い、私の中である『推測』が浮かんできた」


 たまらずDIOの唇が裂けた。
 見た者がそう錯覚してしまうほど、男は愉快で愉快でたまらないといった、人間のそれとは遥か異なる邪悪な笑み。

 釣られるようにして、プッチもたまらず笑いを堪えきれない。

291奈落論:2018/08/09(木) 19:15:24 ID:eL9lb5wk0

「じゃ、じゃあDIO! やはり彼女の『能力』とは……ッ!」
「可能性の話だよ。だからこそ、念には念を入れないとな。
 蓮子を連れてきたのもその為だ」

 後ろから足音もなく付いてくる蓮子を、プッチは振り向いて覗く。
 変わらず沈黙を保った、機械の様な表情。肉の芽の支配による本体への影響は、個々人によって差異が出る。
 かつてのポルナレフや花京院もその影響により、本来の性格とは真逆の様な性質が浮き出てしまった。
 きっと通常の宇佐見蓮子という少女は、表裏の少ない自由奔放な人間だったのだろう。肉の芽がそれを上から強引に押さえつけ、強烈な支配と共に一種の心理的オーガズムを放出している。
 芽の効果は男女問わずではあるが、女性に対して特に効果があるようだ。蓮子の様に成熟しきっていない娘には、性的な刺激への耐性も幾分弱い。

 そんな親友の変わり果てた姿を、メリーは見捨てないだろう。
 蓮子がDIOの手元にある限り、メリーは逃げやしない。たとえ何者かの手引きによって離されたとしても、必ず戻ってくる。


「蓮子。メリーは必ず籠絡しろ」
「仰せのままに。DIO様」


 メリーの意識は今、蓮子の肉の芽の中にある筈。
 この状況で誰が彼女を救えるだろう。


「時にプッチ」


 目の前に広がる巨大な扉。
 そこはかつて、DIOが空条承太郎を討ち倒した場所。
 大図書館への遮りを開け広げながらDIOは、背後のプッチに語り掛ける。


「なんだい?」
「舘に侵入した『ジョースター』の反応に、私は心当たりがある」


 ゴゥン……


 過大な音を吐き出しながら扉が閉められた。
 上にも横にも奥にもだだっ広い図書館。ちょっとした戦争なら軽く行えそうなほどだった。

 遮蔽物も多く、侵入者の姿は見当たらない。

「……誰だい? DIO」

 承太郎とジョニィは脱落済み。
 必ずしもジョースターの人間とは限らなく、あの『弟』の可能性もあると、プッチは改めて周囲を警戒する。



「私の『息子』だ」


 DIOの言葉が言い終わるか終わらないかの内に、密閉された室内に風が走る。

 誰も居ないことを確認したばかりの真上方向から突如現れたジョルノ・ジョバァーナが、黄金の拳を叩きつけてきていた。



         「「無駄ァ!!」」



 敵を絶する拳と咆哮が、重なった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

292奈落論:2018/08/09(木) 19:16:18 ID:eL9lb5wk0
【C-3 紅魔館 地下大図書館/午後】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:『声の主』を救う。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ、紫らを手助けしていく。
1:こっちは二人なんですけど!?
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

293奈落論:2018/08/09(木) 19:16:52 ID:eL9lb5wk0
【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:左目裂傷、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
0:来たなジョルノ!
1:天国への道を目指す。
2:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。
3:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
4:静葉の『答え』を待ち、利用するだけ利用。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。
 また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。


【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、首に切り傷
[装備]:射命丸文の葉団扇
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:DIOの息子……か。
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。


【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:健康、肉の芽の支配
[装備]:アヌビス神、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」
[道具]:針と糸@現地調達、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:DIOの命令に従う。
1:メリーをこのまま篭絡する。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。
※アヌビス神の支配の上から、DIOの肉の芽の支配が上書きされています。
 現在アヌビス神は『咲夜のナイフ格闘』『止まった時の中で動く』『星の白金のパワーとスピード』『銀の戦車の剣術』を『憶えて』います。

294 ◆qSXL3X4ics:2018/08/09(木) 19:18:08 ID:eL9lb5wk0
「奈落論」の投下を終了します。
特に異論が無ければ近い内に続きの予約を入れるかと思います。

295名無しさん:2018/08/09(木) 19:27:08 ID:ss29vhfA0
一旦の投下お疲れ様です!
人物の立ち位置を中心に見据えた下準備のような話で早くも続きが気になるところです。

一つ取るに足らぬ質問ですが、「続きの予約」というのは155話の時に取ったような手法であると考えても宜しいでしょうか?
「予約されていた八雲紫の登場について」等でwiki収録時に色々と問題が発生しそうなので……

296 ◆qSXL3X4ics:2018/08/10(金) 18:23:49 ID:imOd3OcM0
ありがとうございます。
今回の話は今回の話で完結しておりますので、八雲紫やサンタナの漏れはまた次回改めて予約を入れるつもりです。

297名無しさん:2018/08/10(金) 19:29:37 ID:FqjXSYyA0
投下お疲れ様です

導火線に火がともり、遂に火蓋は切って落とされた
次のパートも期待せざる得ない

298#:2018/08/10(金) 19:48:14 ID:Xed1GqI60
熱風吹き込み大炎上と
果たして何人生き残れるのか?
紅魔館はどれだけ残るのか?

299名無しさん:2018/08/12(日) 09:12:43 ID:mYZxjaw20
少なくとも紅魔館はただでは済まないな

300名無しさん:2018/08/13(月) 17:05:30 ID:NILAgOoA0
爆発に定評のある紅魔館だから仕方ないね(諦観)

301 ◆qSXL3X4ics:2018/08/17(金) 01:59:16 ID:BUsYcGXY0
DIO、ディエゴ・ブランドー、霍青娥、エンリコ・プッチ、秋静葉、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、ジョルノ・ジョバァーナ、八雲紫、鈴仙・優曇華院・イナバ、聖白蓮、ホル・ホース、サンタナ
以上今度こそ13名予約します

302名無しさん:2018/08/17(金) 10:49:57 ID:DiuikDTs0
さようなら紅魔館

303 ◆qSXL3X4ics:2018/08/24(金) 23:47:08 ID:0ZHK2IoM0
予約を延長します

304 ◆qSXL3X4ics:2018/08/30(木) 18:37:12 ID:/BP69OTc0
力不足ながら全編は間に合わなかったので、まずは前編という形での投下を行います。

305黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:40:21 ID:/BP69OTc0
           ◆


    「あの虹の先には何があるのかしら?」


 幼い頃、夢で見た見知らぬ日本風景。
 雨の上がった土の独特な匂い。ぺトリコールの中。
 虹の満ち欠けを辿っていた独りぼっちの私へと。

 紫色の傘をさした、綺麗な女の人が語りかけて来た。

 「お姉ちゃんはだれ?」と物怖じせず訊く私に、その女性はこう言ったわ。



「私? 私はね───■■■」



 夢は、ここで終わっていた。



            ◆

306黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:42:01 ID:/BP69OTc0
『鈴仙』
【午後 15:12】C-3 紅魔館 地下大図書館


 だだっ広い図書館もここまで来ると考えものだ。書物の管理だけで一日など優に消費するんじゃなかろうか。
 本なんてそう何度も読み返すものでもなかろうに、誰に貸し出す訳でもないこの量の本を所蔵しておくのは理解に苦しむ。
 現実逃避の術として、縦横に長い本棚の数々をボーッと仰ぐのみに勤しむ鈴仙の耳に、薄情な内容が飛び込んできた。

「DIOが動き出しました。丁度良い、待ち伏せましょう」

 ジョルノはどうあってもDIOと拳を交えたい姿勢を崩さない。

「時間を稼ごうと言ってるんですよ鈴仙。何も無意味に戦うわけじゃない」
「で、でもジョルノ君! 相手が何人で来るかも分からないのに!」

 時間を稼ぐというのは、単騎行動中の八雲紫に依存しての選択だろう。彼女が無事、件の『声』の主を救出できれば即刻撤退の作戦なのだから。
 だが極力奴らとの戦闘を回避したい鈴仙からすれば、こんな袋の鼠必至の空間で兵力不明な敵集団と相見えるなど、断固お断りだった。

「いいですか鈴仙。既に話しましたが、僕がDIOの接近に気付いていると同時に、奴からも同じことが言えます。
 逃げ隠れした所であっという間に追い込まれるのがオチでしょう」

 戦略的な言い分はジョルノに理がある。
 そもそも鈴仙はあれやこれやと異議を唱えて、結局は戦うのが怖いというだけだ。が、やはりそんな消極的な逃げ腰ではジョルノを論破するには至らない。

 帰する所、DIOとの対決は免れないのだ。

「……DIOって、ジョルノ君のお父さんなんだよね?」

 全てを諦めて腰を落とし、深い溜息を寿命数年分と共に吐き出しながら、兼ねてよりの疑問を問う。

「この身体には奴の血が流れている。残念ながら、ただそれだけの事実としか僕は捉えてません」

 本当だろうか。鈴仙は返ってきた答えにもまた、疑問を浮かべる。
 人の持つ波長というのは敏感だ。さっきからジョルノは平然とした顔を作ってはいるが、鈴仙の捉える彼の波長は館に近付くにつれ荒んできている。

 血の繋がった自らの父親へ敵意を向ける。
 それはDIOがどうしようもない悪党で、自分の息子であろうと手を下してくるような男だったからだと聞いた。

 また、『家族』か。
 ディアボロとトリッシュの時と同じに、子を手にかけるような外道がここにも。
 これが鈴仙には全く理解の及ばぬ領域であり、今まで抱えたことのない嫌悪感に気分を悪くする理由だ。

(ホント……悪趣味なゲームよね)

 トリッシュという名の少女は、父親に殺された。
 ジョルノもまた、父親と戦うことを選ぶという。
 胸に風穴を開けられ、惨い死に様を見せ付けられたトリッシュとジョルノの姿が、どうしても被ってしまう。

 守りたい。
 ジョルノを死なせたくない。心からそう思う。
 鈴仙は決意を済ませる。ようやくではあったが、その狂気の瞳からは濁りが消えた。

307黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:42:28 ID:/BP69OTc0

「紫さんは現在、館の地下から上り、僕らよりももっと上部を動いているようです」
「分かるの?」
「ええ。事前に渡しておいたブローチにゴールド・Eの生命を込めておきました。大体の位置は感覚で分かります」

 流石に用意周到だ。これなら通信機器が無くとも、館から撤退する最善のタイミングが掴める。紫の脱出と同時にこちらも退けばいい。

「鈴仙。初めに言っておきますが、僕は紫さんの語る『夢』を手助けしてあげたいと思ったから、今ここに居るのです」

 ジョルノが図書館出入口の大きな扉を見据えながら、改めて言う。親の仇でも睨み付けるかのように。
 否。親こそが、仇であるかのように。

「好きで巻き込まれている様なものですが、貴方にまでそれを強制するつもりはありません」

 今ならまだ、尻尾を巻くには間に合う。
 言外に、そう確認しているのだろうか。
 だとすれば、心外だ。

「僕は貴方に『付いて来い』と命令はしません。
 しかし、危険を承知で『お願い』します。
 僕を手助けして欲しい。鈴仙」

 ジョルノがいつかみたく、腕を差し出してきた。
 私の答えなど、決まっている。
 本当はちょっぴり、いや滅茶苦茶恐ろしくはあるけども。
 差し出された腕は、あの時よりも随分と近くに見えて。

 今度は、すぐに届かせる事が出来た。
 紡がれたこの腕と腕は、友愛の証ではない。
 信頼とも違う。協定でもない。
 今はまだ、上手く言葉を言い表せない。
 けれども架けられたアーチには、きっと意味がある、
 この大切な橋を守る為に、私は再び立ち上がるんだ。


「ありがとう、鈴仙。
 さあ、奴が下りてきます。───『奇襲作戦』です」


            ◆

308黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:44:26 ID:/BP69OTc0

 鈴仙の波長を操る能力により、ジョルノの周囲の光を屈折させた。第三者からでは彼の姿は見えなくなっている。
 彼曰く、DIOのスタンドは『時を止める』。およそ大概のスタンド使い相手に有効な手段ではあるが、ジョルノはDIOのザ・ワールド対策として『奇襲』を選んだ。
 かつてはブチャラティが提案した、時を飛ばすスタンド使いディアボロ相手と同様の対策『暗殺』に通ずる手段。
 ゴールド・エクスペリエンスは一撃さえ入れば敵の意識を暴走させ、事実上無効化させることが可能。DIOにはキング・クリムゾンの様な『未来視』が備わっていない為、幾分は当てやすい筈だった。


 図書館の扉が大袈裟な音を立てながら、ゆっくりと開かれる。
 何かとびきりタチの悪いウイルスでも運び込まれるような。目に見えた不快感が肌を刺激する風が、地下の大空間に流出する。

 病原体とも言うべき男が、意思を得た影のようにゆらりと現れた。


(き、来た……! アイツが……DIO!)


 鈴仙は自らの体を物陰に隠し、一方的にDIOを凝視した。
 これだ。あの霧の湖から紅魔館を覗いた瞬間に陥った、絶対的な圧迫感。肺まで凍りつくような寒気。
 あんな遠くから目撃しただけで寿命が縮まったかと錯覚させる帝王のオーラ。それが今、こんなにも近くから放射されている。

 違う。
 アレはディアボロとは、根源的に違う。
 牙城のようにブ厚く構えられた……“自信”。崩せるものなら崩してみろと言わんばかりの、巨大な塊だ。


 DIO。


 男の容姿は、なるほど確かにジョルノとよく似ている。しかし息子と違って、顔に貼り付けられた面貌には明らかな邪悪性が見られる。
 もしも軍勢でも連れてこられたら……と内心ハラハラを隠せない鈴仙であったが、背後には二人程度の影しか確認出来ない。

 全部で三人! 数では不利だが、ジョルノが先取点を取れば!



         「「無駄ァ!!」」



 敵を絶する拳と咆哮が、重なった。

 姿を曲げ隠し、扉の上部位置に張り付く様に潜んでいたジョルノ。
 彼は頭であるDIOのみを狙って飛び降りた。重ねて、先程対峙した時点では無かった左眼の傷を瞬時に見切り、敵の左方向から拳を繰り出したのだ。

 その上でDIOは、拳を防ぎ切った。

 つまりDIOは。
 死角である真上方向からの、更なる死角の左側から突如現れた拳撃へと。加えて目視不可である筈のジョルノの奇襲に、完璧に対応したカウンターを繰り出す離れ業を披露したという事に他ならない。

309黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:46:02 ID:/BP69OTc0


(それくらいは……『予想内』よッ!)


 想定外なものか。ジョルノがDIOの存在・位置を感知可能なら。つまりDIOからもジョルノの奇襲が容易に予想出来た筈である。
 姿が見えずであろうとも、DIOには息子の接近が分かっていた。この程度であれば、充分にシナリオ通りだ。
 とはいえシグナルの位置把握は完璧とまではいかない為、DIOの攻撃タイミングは群を抜いた正確性である事も窺える。

 鈴仙は入口近くの本棚の陰に隠れて戦いをじっと見ていた。波長を操る能力は現在、全面的にジョルノのフォローに使用している為、自らの姿までは器用に隠せない。
 ジョルノの初撃が失敗するであろう事は想定内。ジョルノは鈴仙の攻撃こそを『本命』だと語り、彼女を切り札として隠した。敵は館に潜入したジョルノ以外のメンバーを知らない筈であるから。
 鈴仙の必殺のスペルを確実に当てるには、機を待ちたい。通常の弾幕であれば制限なく撃てるものだが、彼女の『狂気の瞳』に限っては、相手がこちらの眼を目視する事が発動条件であるからだ。

 まだ。まだ鈴仙は姿を現せない。
 DIOが隙を見せてくれる好機が到来する時まで。

 目の前ではジョルノが敵スタンドの拳とせめぎ合っていた。
 力の均衡は、劣勢。


「……くっ!」


 拳から腕に伝わる衝撃を逃せず、ジョルノの脳が揺れた。やはり単なるスタンドパワーで敵う相手ではない。

「前に言った筈だぞ。スピードはあるがパワーは足りん、とな」

 ザ・ワールドの豪快な腕力が、ゴールド・Eの細身を悠々と跳ね飛ばす。ジョルノは宙返りを経て受け身を取り、地上へと着地した。
 すぐさま迎撃の姿勢を作ったが、予想に反してDIOは距離を詰めてこない。後ろの神父風の男、帽子を被った少女の二人へと腕を伸ばし、軽く制したくらいだ。


「愚直だ」


 果たして、DIOが背後の部下を押し留めたのは言葉を投げ掛ける為であった。
 男は先の鍔迫り合いに全力の半分も注いでいない。一方のジョルノは、少なくとも一撃で決められる程度の万力は込めていたというのに。

「何がですか」
「お前の読みがだよ。大体の位置は互いに分かるというのに、わざわざ姿を隠し、わざわざ目の塞がった左側から攻撃を繰るとは。
 ブラフにすらなっちゃいない。たとえ両目を塞がれていたとしても避けられるぞ。本当にやる気はあるのか?」

 ジョルノの姿は既にDIOから見えている。初撃をしくじった時点で、姿を隠し通す事の意味は薄れた。
 故に鈴仙はジョルノの周囲を捻じ曲げる波長を解いた。守りから攻めへの態勢へと転じ、隙を窺いながら会話を見守る。

「やる気が無いのは貴方の方では?」
「ほう?」
「今……『時』を止めていたならば、早くも勝負は決していた筈。何故能力を使わなかったのですか?」

 それは鈴仙も疑問に思っていた。
 DIOのスタンド能力が『時を止める』能力である事は、他ならぬジョルノから教わった情報である。
 奇襲はともかく、安直に近付くのは自殺行為。一撃で沈めなければ、返しの時止めで強力無比のカウンターを食らってもおかしくはなかった。

「取り留めのない話だ。私のスタンド能力を知っているのならば、お前の方こそ何故安易に近寄った?
 決して頭の回らない男ではないだろう。狙いがあった筈だ」

 狙い、と言える程のものか。
 何となく、DIOが時を“止めてこない”と感じたから。
 直感だが、ジョルノはそう思ったからこそ無茶な攻撃を出した。

「前に会った時、言いましたよね。話をするのは『次の機会』だと」

 空条承太郎と博麗霊夢を救出するため、F・Fらと共に紅魔館へ突っ込んだ時。
 ジョルノは父との対話を選びたかった。しかし迫る時間がそれを許さず、一目散に撤退したのだ。

「貴方も息子と話を付けたかったのではないですか?
 そうでなければ今頃、僕は心臓を貫かれ転がっていたでしょう」

 ジョルノに真の狙いがあったというのなら。
 囚われの少女を救うより。八雲紫の夢を手助けするより。
 彼個人に確たる目的が潜んでいたというのなら。

 それは父との対話。
 性を理解するには、あまりに棲う世界の違う父親だと叩き込まれた。
 歩み合う事は不可能だろう。しかし、言葉を交わすことで『知る』ことは出来る。

 DIOという男を。

 家族を、父親を知りたいが為に、ジョルノは再びこの地へ戻ってきた。

310黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:46:48 ID:/BP69OTc0

「……愚直だと言った事は取り消そう。やはりお前は恐ろしく賢く、度胸のある人間だ。
 私もお前とは少し話をしたかった。その事をお前自身も察したのだろう。
 だからお前はあっさり近付けたのだ。私が能力を“使わない”と、当たりをつけて」

 見くびっていた訳ではない。DIOは自分の息子でさえ容易に手を掛けられる類の男だ。
 奴が時間を止めてこないと踏んだのは大きな博奕だったが、リスクに見合った価値はあった。

「さてジョルノ。一つだけ質問を許そう。
 何でも訊いてくれ。答えられる範囲で答えよう」

 まるで引力。
 紅魔館へと戻る結果に至った原因は、やはりDIOと引き合ったからとでも言うのか。
 内に絡み付いた縁を等しく千切り捨てたこの身にも、しがない感傷が残っていたのだろうか。
 ジョルノはひとつ、くだらない質問を投げ掛ける。


「では───どうして貴方は、僕を産んだのですか」


 およそマトモな理由が返ってくるとは思っていない。
 この男は真性の邪悪だ。有りもしない良心には端から期待してない。
 産んだ理由など、そもそも無いのかもしれない。
 それでも落胆などしない。今更怒りも湧かない。

 ただ……知りたい。
 知ることが、ジョルノにとって少しでも一歩となるのなら。
 彼にとっての『真実』に辿り着けるのなら。
 長年掻きむしってきた、心の澱みに打ち付けられた『痛み』を消化するには。


 どうしても、父本人の言葉が必要不可欠であるのだから。


「ふむ。思ったよりありふれた質問だが……イイだろう、答えよう」


 DIOは顎に手をやり、息を整えてジョルノの真っ直ぐな瞳を覗き込む。
 今。自分はこの男の本性を覗こうとしているのか。
 それとも、覗かれようとしているのか。


「私は過去……とある男に敗北し、百年間海の底に沈められていた。
 もはや時間の感覚も失せていたが……その間、毎日のように考えていた事がある。例えばになるが───」


 男は、ひりついていた空気を寝かし付けるように優しげなトーンで語る。


「人間を丁度半分。左右全く同じ形貌・面積となるよう切断したとする。
 もしその者に『意思』がまだ残っていたとして……」


 白く尖った歯を剥き出しに晒しながら、自身の顔面……その正中線を境に両の手を重ね合わせ、断層をズラすようにしてそれぞれ上下に滑らせる。

「元々の本人の意思は、果たして身体の『どっち側』に残るのだろう?
 視界は『右』のみが見えるのか? それとも『左』か? 魂は一つなのだから、必ず左右どちらかを基準に選ぶ筈だ」

 語られる話は荒唐無稽で、どこか猟奇的。親子の間で交わすような穏やかな内容とは、些か逸していた。
 それでもジョルノは父との対話を試みる。

「貴方が何を言いたいのか。僕には分かりませんが」

 虎視眈々と、慎重に。男の器を測り取るため。

「このDIOの身体は、かつての宿敵ジョナサン・ジョースターの肉体を奪い取った物だ。この首の傷を『境界線』にしてな」

 トントンと、DIOが自らの首を見せ付けるように指で叩いた。そこには確かに周囲をぐるりと一周する大きな線が走っている。
 世界中から掻き集めた非凡な外科医であろうと、首と死体とを神経含め完璧に繋ぎ動かすなど不可能だ。現代医学ではまだその域に達していない。
 瀕死に追い込まれたディオの『生』への執念が、理屈を超えてそれを可能としたのだ。

 ジョナサン・ジョースター。名簿には記されていたが、ジョルノには聞いたこともない名前だった。
 リサリサ……彼女は本名を『エリザベス・ジョースター』だと叫んでいた。夫の名をジョージ・ジョースターだとも。

 ジョースターは、DIOの宿敵だと言う。
 ジョルノはその名に、何故か強く惹かれた。


「首から『下』はジョナサン。『上』は私だ。
 そこでこのDIOは考える。私の意思は果たして『どっち側』に存在するのか?とね」


 常識的にも医学的にもDIOはDIOそのものであり、既に死したジョナサンとやらが目の前の男だと考えるには無理がある。たとえ彼の肉体の大部分がジョナサンで占められていても、だ。
 根拠と呼べる理屈を求めるならば、ヒトの本体とは『脳』であるというのが一般的な見解であるからだろう。DIOの脳が肉体を支配している以上、その肉体が占める個性は完全に〝DIO〟によって覆われている。

 大多数の者であるならそう考える。
 しかし、要のDIO。その男だけは疑問に思った。
 百年間考えることをやめず、宿敵の半身を得た糧……その意味を。

311黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:47:30 ID:/BP69OTc0

「プラナリアという生物がいる。蛭に似た見た目の生き物だが、彼らの特徴はその驚くべき『再生能力』にある。
 例えばその身体をメスで十個の肉片に切断すれば、ものの一、二週間で全ての断片が十匹のプラナリアに完全再生するのだとか」

 プラナリアは再生医療の界隈では有名な生物だ。たとえ脳と切り離された、それこそ尻尾のみの断片となった彼らでも、『以前の記憶』を引き継いで脳を含め完全再生されたという実験結果もある。
 頭部を失ってもどうやら記憶は失われないらしい。少なくともプラナリアにとっては。

「……意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。そう言いたいのでしょうか?」

 では彼らの元々の記憶・意識はどこに蓄えられている?
 魂ではないか、などと言えば学術の世界では鼻で笑われ、弾かれるだろうが。

「ジョナサンは百年前に間違いなく死んだ。だがもしも……奴の意思や片鱗が何らかの形でこの『肉体』に宿っているとすれば。
 私は『どっち』だ? この肉体は『DIO』なのか、それとも『ジョナサン』なのか。
 そういう話をしているのだよ」

 DIOは人間を辞めている。そんな彼に常識などという型は嵌められない。
 最早オカルトの世界だ。ヒトでの前例も無い以上、その答えはDIO自身が探して受け入れ、定義するしかない。

 しかしジョルノはそれでも、敢えてハッキリと自分の答えを示した。
 悪を断罪する正義を体現するように、その瞳に迷いは無い。

「考えるまでもないでしょう。その邪性を支配するDIO……貴方こそが、その肉体の全貌です。こんなに単純な話も無い」

 敵意の混ぜられた鋭い視線を受けてなおも、DIOは我こそが盤石だという余裕の笑みを崩さない。
 まるでジョルノの答えを予想していたみたいに、すぐさま口を開いて返した。
 この上なく、楽しげに。


「私もそう思う。だが『血を分けた子』ならどうかな?」


 ジョルノの鼓動が僅かに跳ねる。
 動揺は決して表面に出さなかったが、眼前のDIOは息子の精神を透き通して見ているかのように、口の端を更に上げた。

「ジョルノ。君は果たして『どっち』なのか?
 私の息子か? それともジョナサンの息子か?
 血縁や戸籍の話ではない。もっと物理的あるいは精神的な……『魂』の話と言い換えてもいい」

 フツフツと、ジョルノの内側から沸騰するような急激な熱が沸き上がってくる。

「君のDNAに刻まれた因子は誰のものだ?
 君という人格を形成する魂の構成物質には、誰の記憶が宿っている?」

 DIOが『何故』自分を産んだのか。
 その狙いを、もはや理解しかけている。


「遠回りになったが……初めの質問に答えよう。
 ジョルノ。私がお前を“産ませた”理由とは、それを確かめてみたかったからだ」


 何もかも、後悔した。
 こんな男に、こんなくだらない質問をしてしまった事に。


「ハッキリ言って私は今、後悔している。
 お前が『ジョースター』の色濃い息子だという事が理解出来たのでね。やはり気まぐれなんぞで子など作るべきではなかったな」


 やはりまだ、心のどこかでは『父』を信じてあげたい気持ちが滞留していたのだろうか。
 人を信じるという気持ち。本来は両親から学ばなくてはならない、人として大切な感情。
 目の前の『父』は、人を信じるというその感情が欠落している。
 だからこそジョルノもそれを教わる機会に恵まれず、悲惨な幼少期を経験している。
 人間として堕ちる所まで堕ちかけていたジョルノを救ったのは、見知らぬギャングだった。

 今、あのギャングから教わった『信じる心』が成長し、最悪の父親へと牙を向ける。
 皮肉な事に、父だけは信じてはならないと理解し。
 この男だけは許してはならないと、魂が轟いた。


「お前は私の『敵』でしかなかった。もう興味は無いよ。
 死ね。ジョルノ・ジョバァーナ」


 『話』は終わりだと、DIOが突き放す。
 二人の間にほんの僅か繋がっていた糸が、完全な形で千切れ落ちた。
 猛るジョルノが、渾身の力を込めてDIOへと飛び出し。


 それを横から遮るように、鈴仙の背中がジョルノの特攻を止めた。


 ───赤き狂気の光が、地下空間を爆発的な勢いで埋め尽くす。


            ◆

312黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:48:08 ID:/BP69OTc0


 水鏡に映る虹を見る度、幼い頃に見たあの夢を思い出す。


 零さないよう、手のひらで掬って溜めた虹の色は、無くなっていた。
 虹の先を見ることはできない。
 いつも途中で零れて、端から消えていっちゃうから。
 まるで、朝見た夢が段々と記憶から薄れていくみたいに。


「どったの? 水なんか掬っちゃって」


 遅刻癖の困った親友が、興味深げに掬った手のひらを覗き込んで来た。


「ねえ。貴方はこの手のひらの中に、水溜まりが見える?
 それとも、水溜まりに映った虹が見えるかしら?」


 親友は「何それ。心理テスト?」って言ったきり、さっさと帰路に着いて行った。



 あの夢に出てきた女性の顔は、もう覚えていない。



            ◆

313黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:49:51 ID:/BP69OTc0

『エンリコ・プッチ』
【午後 15:26】C-3 紅魔館 地下大図書館


 DIOは決して愚ではない。

 彼がジョルノ・ジョバァーナ及びにウンガロ、リキエル、ヴェルサスら四人の子を産ませた背景には、今聞かされた実験的企てがあったのだと。
 早い話、生まれてくる子供に『ジョースター』の意志が片鱗たりとも宿るかどうか。それを試した様なものだったという。
 上手く行けば──十中八九は上手く行く試みだが──産まれた子はDIOの兵力となる。恵まれた素質が約束された、一騎当千のスタンド使いとなる事が期待出来た。
 現にプッチは運命に導かれ、三人のスタンド使いの息子を味方に付けた。

 しかしそれは同時に、深い諸刃の試みでもある。万が一、産まれた子にジョースターの黄金の精神などが芽生えれば、たちまち反旗を翻す可能性があるからだ。
 現にジョルノというイレギュラーが育ち、こうしてDIOへと立ち向かってきているではないか。


(DIOはそのリスクを考えなかったのだろうか?)


 プッチは訝しむも、すぐに否定する。
 DIOという男が、決して愚ではないと知っていたから。

 もしも産まれる子にジョースターの片鱗が僅かでも確認出来たなら。
 それはそれで、ある意味においては収穫なのだ。

 彼が父親として良き模本かどうかはさておき、少なくとも世に吐き捨てるほど分布する、後先考えずに子供を作る様な無責任な親とは違う。
 産まれ落ちてすぐに息を引き取った子供と、無関係な他所様の健やかな子供とを密かにすげ替え、我が子として何食わぬ顔で育て上げるような愚かな親とは……決定的に違う。

 “こうなる事”も想定した上で、DIOはジョルノを産ませた。プッチにはそう思えてならないのだ。
 口では気まぐれだと後悔したような軽口を叩くも、本質ではそうじゃない。
 DIOはジョースターを、自らの人生最大の宿敵だと認識している。徹底的に潰さなければならない因縁の芽だと敵視している。

 何よりその因縁という『運命』が曲者で、恐るべき障害だったのだ。
 そしてその恐れこそが、超えねばならぬ唯一絶対の壁だと理解していた。
 もしも産まれた子がジョースターに与する因子であったなら。
 それは如何なる因果に引き付けられて産まれた意志なのか。
 たとえエジプトの戦いでジョセフや承太郎を抹殺したとして。ジョースターの血を根絶やしにしたとして。
 運命は、自らの血を触媒にして再び立ち向かってくるのか。


 それをどうしても『再確認』する必要が、彼にはあった。


(DIO。君は、そこまでしてジョースターを乗り越えようと考えて……)


 DIOの肉体は、ジョースターの肉体そのものでもある。
 自らが生きている限り、ジョースターは永劫無くならない。
 考えずにいれば全て丸く収まるであろう、その自己矛盾的な葛藤を内に抱えたまま、DIOはどうしても捨てきれずにいた。
 思考の端に渦巻くジョースターの意志が、いつだってDIOの歩く道を遮ろうとしてきた。

 もしやすれば、DIOはジョルノのような存在が産まれてくる未来を望んでいたのかもしれない。
 まだ完全に……ジョースターとしての意志が芽生えきっていない段階でなら、容易く“摘む”ことも容易だろう。
 DIOがエジプトで敗北さえしなければ。きっと彼はその足で、産まれた我が子を迎えに──いや、『選別』しに向かっただろう。
 作物の良質と粗悪とを区別し、都合が悪い物は芽の時点で摘む。それと同じだ。


 彼はジョセフ・ジョースターを。
 空条承太郎を。
 そして最後に息子ジョルノ・ジョバァーナを殺し。
 完全な形でジョースターを消し去る事で。

 自らの肉体に残留するジョナサンの意志も含め。
 初めて運命に勝利出来ると、考えた。

 奈落そのもののような暗黒街に産まれ。
 最悪の屑親を父に持ってしまった少年ディオは。
 マイナスを起点とした、泥濘の運命へと勝つ為に。

314黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:50:51 ID:/BP69OTc0


「ジョースターとは、まるで……血の亡霊【ファントム・ブラッド】だな。
 DIO。“僕”に出来ることがあるのなら、是非とも使ってくれ」


 だからプッチは、彼が好きなのかもしれない。
 意味合いは違えど、同族だから。そう口に出せば、彼は気分を害すかもしれないが。

 まこと───『血』とは厄介なモノだ。
 プッチは自身の惨たらしい過去を心に描きながら、運命という名の難敵を悲観した。




 横槍の形で飛び出してきた兎の妖獣の瞳から、眩いばかりの『赤い光』が輝く。
 たとえ目を瞑ったとしても瞼の裏まで貫通する程の、絶大な光量を纏った光線。受ければ即、精神をミキサーの如くかき混ぜられ行動不能に陥るだろう。


 DIOは鈴仙の対スタンド使いスペル『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』を、真正面に“見据えながら”突撃してきた。
 その背後においてプッチのホワイトスネイクが、DIOの後頭部から小型の『DISC』を抜き出す光景を鈴仙は目撃し。


 絶望の鈴が、長く伸びた耳朶を打った。


「“無駄”だ、鈴仙・優曇華院・イナバ。貴様程度の能力……対策も容易い」


 ザ・ワールドの拳が鈴仙の胸を穿つ間際。
 彼女は唐突に理解した。
 客観的な視点からは知る由もない筈の、マジックの種。

 DIOは今、背後の白蛇によって『視界』を抜かれたのではないか。故に敵の視力に訴えかける鈴仙の技が通じなかった。
 たとえ時を止められようと、先攻さえ取れれば赤き光速が勝てる。時を飛ばす、あの悪魔と戦った時みたいに。
 その思惑も、見抜かれていた。


(そ、んな……私の能力が、知られ……て……っ)


 薄れゆく意識の中で不意に感じ取った全貌は、少女を絶望させるに余りある真実であった。
 敵の手に配られた『幻想郷縁起』が回され、鈴仙の能力が知れていた事も。
 故に彼女の姿を見た途端、即座に対抗策を取られた事も。
 吸血鬼と神父が、アイコンタクトも無しに阿吽の呼吸で動ける奇妙な関係性だった事も。
 風穴を開けられるまではなかったにしろ、心臓に甚大なダメージを叩き込まれ、意識が薄れゆく鈴仙には素知らぬ事実。
 ジョルノがらしからぬ焦りで何か声掛けてきているも、致命傷を負わされた鈴仙には上手く聞き取れない。

 が、そんな事よりも。
 鈴仙の思考は今、己の行動への疑問に蝕まれていた。


(わた、し……何で、飛び出…ちゃっ……んだ、ろ……)


 ジョルノは決して愚ではない。

 聡明で抜群の行動力を持つ、神童の様な少年だと称しても言い過ぎにはならない。
 だから皆、彼に惹かれ。付いて行きたいと願う人間も少なくはない。
 鈴仙も、その中の一人であった。
 正しきを信じ、穢れを正す。邪道の世界に生きていながらも、そういう信念を持った少年。

 そんなジョルノが今、激情に駆られながらDIOへと飛び出しかけた。
 らしくない。鈴仙はそう感じながらも一方で、付き合いは短いなりにその気性もまた彼らしいと思った。

315黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:51:19 ID:/BP69OTc0
 気高き『高尚』さを胸に秘めたジョルノ。彼は大袈裟な形で自分の感情を吐き出すタイプではないが、それでも『ライン』という物は存在する。
 もしも一線を越えれば、ここぞとばかりにジョルノは爆発する。それこそ一線を越えて、『殺人』にすら悠々と手を染められる。
 感情をコントロールするという点では、ジョルノは完璧ではない。年齢も若く、経験だって豊富な方ではない。

 ジョルノは決して愚ではないが、血の繋がった父親から『あんな事』まで吐き捨てられて。
 それでいて冷静に、じっと堪えられる程に感情をコントロール出来はしなかった。
 数少ない相手には間違いない。チームの命を狙う新手のギャングや、あのディアボロですら、ジョルノの『夢』を叶える為のいわば避けられない試練。立ち塞がってきた敵である。
 サイコ染みた医者チョコラータ、くらいであろうか。防衛の為でなく、仲間の為でなく、目的の為でもなく、ジョルノが心底嫌悪し、激情しながら『叩き潰す為』に断罪した悪は。
 大義名分ではない。高尚な理由などそこには無く、ただ許せないから手に掛ける、本能的な衝動。DIOは、かのチョコラータに抱いた悪感情と同類だ。

 かつての尊敬する上司ブチャラティが、自らの実父ディアボロに手を掛けられたトリッシュを救う為、激昴し、その場でボスに戦いを挑んだ時のように。
 人には、犯してはならない『領域』という物がある。
 ジョルノにとってそれは、未だ触れたことの無い『家族』という唯一の、透明な絆。
 その領域を、あろうことか父親本人から滅茶苦茶に穢された。その事が許せなかった。

 それだけの話。


 鈴仙は、それが共感できてしまった。
 漠然とではあったが、ジョルノが自らの存在意義を『家族』本人から覆されてしまったこと。
 こと今の鈴仙には、その気持ちが痛いほどに理解出来る。
 ジョルノを止める為、自分の体を盾にしてでもDIOの前に立ち塞がった鈴仙の頭には、ディアボロや八意永琳の姿が過ぎった。

 深手を負った鈴仙が本当に成そうとした行いは。
 ジョルノを守る為だったのか。
 それとも家族を手に掛ける〝悪〟を、この世から殺(け)してやりたかったという……本能的な衝動なのか。


「鈴仙ッ!」


 私の名を呼ぶ声が、すぐ傍で轟いた。
 どうやらジョルノは、床に崩れる私の体を支えて懸命に救おうとしているらしい。

 勿論、敵がそんな暇を与えてくれるわけがない。


「本当に貴様は『ジョースター』の人間だったらしい。
 失望もあるが……“オレ”にとっては待ち侘びた瞬間だ。その木偶人形と共に死ね」


 敵を討つよりも、瀕死の鈴仙を治療する事を選んだジョルノ。
 そんな隙だらけの息子を心底見下す瞳で、スタンドの拳を掲げたDIOに躊躇のひと匙もない。


 嗚呼。本当に、この世は『家族』をどうとも思わないクズが多すぎる。
 鈴仙が最後に浮かべたのは、憎悪とも愚痴とも取れない……因果応報への悲観であった。



(神も仏も……ありゃしない、わね)



 視界が、完全な暗幕によって覆われて。
 肌から伝う彼の暖かみも、とうに冷たいそれへと変わっている。


 五感に残った聴覚が微かに捉えた、けたたましいバイクの駆動音を最後に。


 ───鈴仙の意識は奈落の闇に堕ちた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

316黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:52:59 ID:/BP69OTc0
『ホル・ホース』
【午後 15:20】C-3 紅魔館 二階廊下


 未だ未練がましい気持ちがホル・ホースの歩行を邪魔している。
 聖白蓮を援護したいという親切心はそもそも無い。何事も自分の命が最優先なのだ。
 しかし彼女に対し、全うせねばならない何かしらの使命が自分にはあるのではないか。そういう高尚な感情が尾を引き、男の歩みを鈍足なものにしていた。

「……つったってよォー。相手が悪すぎるぜお坊さんよォ」

 無意識に漏れた独り言は、自己嫌悪からの逃げか。
 元々、寅丸が死んでしまった時点でホル・ホースの使命とやらはお役御免なのだ。今更、白蓮を追った所で大層な名分など無いも同然。
 結果DIOに見つかり、金にもならない命令を受け入れざるを得なくなってしまった。本末転倒だ。

 警戒心よりも妙な焦燥感が脳を支配していたからであろうか。廊下の向こうで音響した、場にそぐわないバイクの駆動音にすら大して気にも止めず。
 ホル・ホースはDIOの言う『大切な客』の居る部屋の扉に手を掛けた。


 まず目に入ったのは、赤い装飾の椅子に寝かしつけられた『少女』。女とは聞いていたが思った以上に若く、ホル・ホースからすればまだまだ未成熟なガキ同然である。
 保護してくれとしか命令を受けていないが、ただ寝ているだけなのか気絶でもしているのか。どういう状況なのかホル・ホースには図れずにいる。
 子守りでも押し付けられたかと、当たりくじなのかハズレくじなのかよく分からない複雑な気持ちを抱く彼の視界にその時、動く物が入った。


 バルコニー。“男”がそこに居た。


 部屋に入ったホル・ホースに気付いているのか、いないのか。男は窓の向こうに広がるバルコニーの手すりに身体を傾けながら、何やら独り言でも呟いている。
 ホル・ホースは訝しんだ。男は背中を見せており、顔は見えない。けれどもよくよく見れば、彼は手すりに足を乗せている幾匹かの小動物か何かに話し掛けている様子だった。
 小鳥さんか?とファンシーな感想を思わず漏らしかけたが、ホル・ホースの観察がそれ以上続けられる事は無かった。男がこちらの存在に気付き、振り向いたからだ。
 その際、男が鳥のような小動物から何か『円盤』の様な物を受け取り、懐に隠したのをホル・ホースは見逃さなかったが、それ以上に男の“顔”を見るや、仰天して呼吸が止まる。

 当然だ。その男の顔には、見覚えがあるどころではない。


「やあホル・ホース。無事なようで何よりだ」


 男は、服装こそ見慣れない物であるものの、その金光りする髪と端正に整った顔立ちはどう見ても。


「ディ……DIO、様ァ!?」
「ああ。『Dio』だぜ」


 ついぞ先程、エントランスですれ違ったばかりの我が雇い主DIO。
 その男が腕を軽く広げながら、ホル・ホースへと気さくに近寄って来ているというのだからさもありなん。

「な……ぇ、じゃあさっきオレが出会ったのは!?」
「ん〜? 何の話だホル・ホース?」

 訳が分からない。そういえばDIOの部下に他人への変装が得意なスタンド使いが居ると話には聞いたが、これも奴のスタンド『世界』とやらの仕業か!?

「ク……ハハハ! ジョーダンだよホル・ホース。
 そう固まるな、オレは『DIO』じゃない」

 焦りまくるホル・ホースに種明かしをと、男は歯を覗かせながら吹き出した。馴れ馴れしくもこちらの肩をバンと叩き、自らの名を明かす。

「ディエゴ・ブランドーだ。『奴』から何か聞いてないか?」

 ディエゴ・ブランドー。その名は確かに名簿にも記されていた気がする。そういえばDIOも、女の他に部下がいるとか零していたか。
 すると言うとこのディエゴは奴の部下という事になるが、何の因果でこうもDIOと瓜二つな容姿であるのか。

317黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:54:18 ID:/BP69OTc0

「奴の顔見知りは、オレの顔を見て全員似たような反応をするよ。こちとらいい迷惑なんだがな」
「じゃ、じゃあアンタは奴……いやDIO様の部下かよ。兄弟とかそんなんじゃあなくって?」
「別に部下じゃないがね。オレはオレさ」

 晴れ晴れしく肯首するディエゴを見届けると、ホル・ホースもようやく安堵の息を吐き出した。
 よく見ればDIOよりも、ホル・ホースよりも若い青年だ。あのゲーム好きであるダービーらでさえ、兄弟間でここまでは似てない。
 よりによってDIOと似なくても良いだろうに……と、ホル・ホースは内心で毒づく。こんな圧迫感のある顔面がこの世に二人と居てはたまらない。


「で、だ……ホル・ホース。ジャイロ・ツェペリの奴は元気だったか?」


 ふっ、と話題が変わった。
 今、ディエゴの口から出た名はホル・ホースとて知らない男ではない。
 長年の経験でよく分かる。ディエゴは顔こそ笑ってはいるが、吐かれた言葉の奥に敵意を感じ取った。友達を心配をする声色などではない。
 因縁があんだろーな、と心情を察すると同時。今の台詞には明らかに不自然な内容が混じっていた。

「……アンタ、何故それを?」

 鋭く放ちながらも、ホル・ホースはおよそ確信を得る。
 何らかの理由で、自分の行動・足跡が漏れている。そしてディエゴは敢えてそれをバラすかの様に、自ら伏せカードを明かしてきた。

「いや、元気なら良いんだ。相棒の方が逝っちまったからって、悲しみに暮れてるんじゃないかと心配してたんでね」

 心配のしの字もしてなさそうな上っ面でディエゴはケタケタ笑う。どうやらこちらの質問に答えるつもりはないらしい。

 どことなく気に入らない野郎であった。あの男と出で立ちが似ているからではなく、性格の方がホル・ホースと合わないきらいがある。
 自信家らしい所は結構だが、他人を見下す事が常となっている片鱗が見えた。ホル・ホースとてこれまで数多くの人種と付き合ってきたが、往々にしてこの手の輩は度が過ぎると、仲間ですら踏み台にするのに躊躇しない。
 そしてホル・ホースの性質から言って、こういうタイプとは相性がすこぶる悪い。必要以上に馴れ合わず、適度な距離感でギブアンドテイクの仕事関係を続けてきたホル・ホースは、主に相方の能力を縁下から持ち上げるやり方が主流である。
 いざとなれば互いに切り捨てられる潔さを双方持ち合わせることに異論はまるで無いが、それも裏切り前提の関係が色濃く出れば仕事に支障が生じる。

 ある程度の信頼は必須なのだ。単独だと弱いホル・ホースの短所を補う相方には。

(見捨てられる程度ならともかく、平気なツラでオレを盾にしかねんヤローだぜコイツはよぉ)

 ホル・ホースの観察眼は、ディエゴを相方候補から即座に除外する。長所短所を埋め合う以前に、この男は少々やりづらい。どこかキケンな匂いもする。

「おやおや。嫌われちまったらしい。これから苦難を共にする『仲間』になるかもしれないってのになァ」

 視線から伝わってしまったか。ディエゴもホル・ホースの機微を敏感に察知し、軽薄な態度で軽口を叩いた。
 まあ、これくらいの不遜な口を利く人間は珍しくない。DIOの部下にも腐るほど居たものだし、その度にホル・ホースは事を荒立てることなく適当に相手していた。

318黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:54:42 ID:/BP69OTc0

「あんさんがこのオレとどう付き合っていきたいかは追々として……この女の子は誰だい?」

 従ってホル・ホースは目下の疑問をまず解決する。
 ロクな説明すら無かったのでどう触れていいものか分からなかったが、ひとまずDIOの命令は寝息ひとつ立てないこの少女を保護しろという内容だ。
 見た目人間に見えるが、幻想郷の少女達と交わってからすっかり常識観が壊されている。最早この子が妖怪の類であろうと、もう驚かない。

「ああ、その子。どうやらDIOの『お気に』らしいぜ」

 少女の髪を気障にも手に掬い、サラリと流しながらディエゴが言う。
 思わず鳥肌が立つ。まさか奴の『餌』じゃねーだろうなという勘繰りが頭を過ぎるも、そうであればさっさと食い終わっているだろうという結果に落ち着いた。

「何なんだ、この女は? DIO様の部下か?」
「さあね。オレには何とも。
 だがある程度の見当はつく。恐らく……───!」


 言葉は途中で途切れた。
 ディエゴの瞳が一層鋭く研ぎ澄まされ、室内のある一点を刺すように睨んだのだ。

「? どうしたよ、突然───!?」

 釣られてホル・ホースも、そこを見た。
 部屋の一角。何の変哲もないただの壁。
 正確には空間そのものに。

 音もなく、切れ目が裂かれた。


「───やっと、見付けた」


 密閉でもない部屋の中だというのに。
 まるで鍾乳洞で木霊したかのように、妖しげな声が綺麗に鳴り響いた。

「お出ましだぜ」

 ディエゴの顎が薄ら開き、下卑た笑みが零れる。
 


「私を呼んだのは貴方ね。我が『半身』よ」



 スキマから現れた大妖怪・八雲紫が。
 彼方に夢魅る幸福も、この世のあらゆる不条理も、全てを受け入れんとするが如く。
 両の腕を虚空へ広げながら、現に降り立つ。

 まるで。待ち望んでいたものがようやく訪れたような。
 そんな面持ちで、女はマエリベリーへと───。


            ◆

319黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:55:19 ID:/BP69OTc0


 とある休日の、親友とのショッピング帰り。
 ふと空を見上げると、晴天だというのに珍しい物が見えた。

 逆さ虹。気象学的には環天頂アークって言うのかしら。

「何か良い事の前触れかもしれないわね」

 こういう時、現世の結界は緩みやすくなるものだ。
 明日に予定している活動の前途に胸を踊らせながら、視線を雲の上から下へ戻すと。


 紫の羽を彩る、一羽の蝶々が目の前を横切った。


 反射的にわたしは、人差し指を伸ばしていた。
 絡むように指先へとまる蝶。



「───番の蝶、かしら」



 私の声じゃない。
 背後でそう呟かれた気がして、私は少し驚きながら振り向いた。

「……気のせい、かな」

 人混みはあったが、それらしき人物は居ない。
 ただ、その中に綺麗な金髪の女性の後ろ姿があった様な気がして、わたしはつい目で追ってしまう。
 晴れ間なのに紫色の傘なんかさして、まるであの虹みたいに周囲とは不釣り合い。
 現と幻想。喩えるなら、そんな感じで。


「そういえば……どこかで見たような傘だったな」


 番の蝶(つがいちょう)。
 二つが組み合わさって、初めて一組となるものを『番(つがい)』と呼ぶ事もある。




 いつの間にか、紫の蝶はわたしの指を離れ。
 あの虹の先にフワリと羽ばたいて、見えなくなった。


            ◆

320黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:55:58 ID:/BP69OTc0

『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:31】C-3 紅魔館 地下大図書館


 全ては己の短慮が招いた采配だ。
 齢15の身の丈に合わぬ、数多くの責を背負うジョルノがそれを痛感するには、充分な悲劇であった。

 ジョルノの剣として飛び出した鈴仙は皮肉にも、盾という形で『世界』の拳を直に受け、急所である心臓を傷付けられた。一般的な肉体であれば貫通は免れない程の一撃を何とか押し留めたのは、都時代に鍛錬してきた屈強さ故か。
 それでも致命傷だ。峰打ちにて亀甲すら砕きかねない過剰な破壊力は、あのキング・クリムゾンをも上回るかもしれない。
 ジョルノは彼女の治療を最優先し、なるべく傷に障らぬよう床に寝かすも。

「お前の能力は『治癒』の一種だと聞いている。猶予の一切も与えるつもりは無い」

 『世界』の兇手は、再び息子の生命を摘みに立ちはだかる。

 拳の打ち合いという土俵に登れば、基本的にジョルノはDIOの『世界』には勝てない。スタンドに秘められる生来のポテンシャル差が圧倒的なのだ。
 防御に徹していては、鈴仙の命の灯火などロウソク以下の線香花火のようなもの。燃え尽きるより早く、砂の上へと音も立てず転げ落ちるだろう。

 しかしジョルノが迫り来る災害に防御を展開させる未来は訪れなかった。
 森閑たるべき図書の蔵には似合わない騒音が、音速の拳を乗せながら接近してきたからだ。


「破ァ!!」


 不躾な乱入者はバイクに跨り、DIO目掛けて族の如く突進してきた。この地下図書館へ至るには、蛇の胃の様に曲がりくねった階段を下る必要がある筈だが、そんな悪路など何の問題にもならないと言わん程の猛烈な勢いで、操縦者は闇から姿を現す。
 美しいと表現するのも生温い。光り輝く虹を連想させたグラデーションの髪を流す女性だった。バイクスーツまで着こなした彼女はなんの迷いも無く、今にもジョルノの首を狩らんとするDIOの背中へと、法定速度を完全無視したバイクごと突っ込んできた。

「DIO様ッ!」

 無論、男の忠実なる下僕がそれを安穏と見過ごす愚は起こさない。
 宇佐見蓮子が妖刀を振りかぶり、バイクの突進エネルギーを達人的なタイミングを以て殺した。言うまでもなく、様々な強者達の動きを『覚えた』アヌビス神だからこそ成せた達人技。

 それでも、甘い。
 バイクスーツの女性は、蓮子の想像を彼女の体ごと優に飛び越えた。

「DIO! 『上』だッ!」

 続くはプッチの咆哮。蓮子とプッチの頭上を、洋燈に照らされた影が通過する。
 アヌビス神が遮ったのはバイクのみ。ハンドルを捨て、シートから大きく跳躍した女は自ら砲弾となる事を選び、本命のDIOへと突撃する。唸りを上げる鉄の馬など、囮に過ぎない。

「〜〜〜ッ!」
「遅いッ!」

 予期せぬ闖入者にDIOの防御が遅れる。
 当然の話。DIOには依然『視力』が無い。プッチが抜き取ったDISCを再び持ち主に返す隙など挟みようが無かったのだから。
 結果、視界を封じた劣悪な状態異常のまま、DIOは防御に移行せざるを得なかった。
 故に生じた、コンマの遅延。その遅れは、闖入者の鋭い掌撃を男の脇腹へと通す功績に大きく貢献した。

 メキメキと、木の幹でも折れたような重い音が辺りに轟く。
 慣性力を味方につけたとはいえ、生身の女性が繰り出せるパワーではない。まして相手は吸血鬼の体幹なのだ。

(これは……まるで)

 暗幕の視界という悪条件の中、突如身に襲いかかる弩級の衝動。貫かれたDIOは、存外な破壊力に吹き飛ばされながらも、その思考は寧ろ冴えていた。
 間もなく響き渡る破壊音。蔵書の崩れを防ぐ為、頑強に床へと備え付けられた本棚へとDIOが衝突する音だ。

「DIO様!」

 バイクを弾き飛ばした蓮子が、叫びながら崩れ落ちた瓦礫へと駆け寄る。プッチも動揺の声こそ上げなかったが、蓮子の後に倣った。
 掃除の行き届いていない棚ゆえに、辺りは真っ白な埃が舞い上がり、さながら煙幕のよう。


「───まるで…………近接パワー型スタンド並みの腕力だな」


 その煙幕の中から、男は何事も無かったように姿を現す。
 コキコキと首を左右に傾け、砕けた筈の肋骨をも軽く擦りながら余裕ぶるその仕草は、到底マトモなダメージが入ったようには見えない。


「……少なくともひと月は立ち上がれない程度の手応えはあったのですが……成程。“人間ではない”という話は真だったようです」

 女の方もあれほど無茶な身のこなしを終えたにも関わらず、汗一つかかずにプロスタントマン顔負けの着地を成功させた。
 血を流し倒れる鈴仙と、彼女を治療するジョルノらの盾となるように、目の前の邪悪の化身へと構える。


「貴方が話に聞く……DIO!」
「ほう……誰かと思えば『聖白蓮』だったか。是非、一目拝んでおきたかった女だ」

321黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:56:25 ID:/BP69OTc0

 プッチから渡された視力の円盤を悠然と後頭部に挿し込みながら、白蓮へと対峙するDIO。開示された視覚の情報を脳に取り入れた彼が真っ先に漏らした言葉は、白蓮への興味を示す内容だった。
 予想外の台詞に白蓮はやや目を丸くする。自分がDIOの名前や人物像を知っているのはスピードワゴンの忠告あっての事だが、相手側からも目される理由に見当がつかない。
 更に……。


「───プッチ神父」


 DIOの隣に立つは、白蓮が追跡していたメインターゲット、エンリコ・プッチ。衣まで脱ぎ捨てた甲斐あって、バッチリと捕捉出来た。

「全く……呆れた尼だ。よもや屋内でチンピラの真似事とは。まさか君は普段の寺でもそんな様子なのか?」

 言葉通りにプッチは首を振りながら、とうとうここまで追って来た女性の執念に感服する。トレードマークの僧衣まで失ったとあっては、今の白蓮を見てまさか聖職に従事する人間だとは誰一人、欠片も思わないだろう。

「聖、白蓮……そうです、か。貴方が……」

 窮地を救ったその凛々しい背中を見上げながら、ジョルノはしんみりした声色で呟く。

「先の突撃を見て命蓮寺にあらぬイメージを抱いたのであれば悲しい誤解ですが……貴方も私の事を存じておられるのですか?」
「ええ。……小傘から、少し」

 トーンの落ちた声で告げられたその名は、少し前にも放送で呼ばれた名前だ。
 ほんの一瞬伏せられたジョルノの瞳を見て、彼が小傘に抱く感情は悪いものではないと白蓮も察する。
 同時に、負傷した兎耳の少女──確か永遠亭の薬売りだったか──を治療しているらしき所から、その少年は〝善〟なる側だと判断。

 この時点で白蓮の取るべき行動は、決定された。

「ならば救いましょう。〝禅〟なる心で。
 この様な世紀末の世界でも、神や仏は確かに御座すのだと……貴方達に説いてみせます」

 白蓮の目的はDIOやプッチ打倒でなく、あくまでジョナサンのDISCだが、救いを求めている人間を見捨てる様な真似は到底選べない。
 お人好しが服を着て歩くような彼女が、たとえ服を脱ぎ去ったとしても。
 〝善〟と〝禅〟の本懐に宿る心意気は、〝全〟裸であろうと揺るがない。


「ここはこの聖白蓮にお任せを。三対一……上等です!」


 驕心や猜疑という名の衣も纏わぬ、ひたすらに『信念』を貫き通せる至上の志さえあるのなら。
 露出されたその心には今や、一片たりともの羞恥だって存在しないのだから。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

322黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:56:57 ID:/BP69OTc0
『霍青娥』
【午後 15:33】C-3 紅魔館 地下大図書館


「まさか侵入したジョースターがジョルノ君だったなんてねえ。でも……こんな特大カード、中々お目にはかかれないわね」


 ラッキー♪と、心の底から溢れる喜びを抑えきれない青娥が堪らず口に零す。それ程には、この一大ショーは彼女にとって垂涎モノだ。
 邪仙にはこの戦いに介入するつもりは毛頭ない。腐ってもDIOの従順たる部下を自負しているつもりの彼女だが、それ以上に重要な至福が別にあるからだ。

「DIO様&神父様(蓮子ちゃんもいるけど)VSジョルノ君&聖大僧正サマなんて(あの兎は木偶として)。
 S席確保しといて良かったぁ。これは見ものよねっ」

 白蓮にバイクを貸し与えた損失など、お釣りが来るほど愉快なる見世物小屋。これには旦那を質に入れてまで観戦する価値があろうというもの。
 決して邪魔にならぬよう、また余計な火の粉が飛んで来ぬよう、青娥はしっかりと河童の迷彩スーツを着用して身を隠している。いつぞやと同じく、ジョルノや紅美鈴とウェス・ブルーマリンとの戦いを人知れず傍観していた時の様に。
 その上、席は図書館を一望できる高さを誇る本棚の最上から。ゆえに彼女は呑気にも、支給されたおむすびを口に頬張りながら高みの見物を決め込むつもりであった。

 これが賭け試合ならば、文句無しにDIOチームに財産を投入しても良い……と行きたい所だが、青娥は実際にDIOやプッチの実力をこの目で確かめた訳では無い。
 あの八雲紫を一蹴したDIOの力は間近で目撃してはいたものの、どちらかと言えばあれは紫側に大きな不調というハンデがあったようだ。
 つまり、我が主とその旧友の本気が見られるのは今回が初めてとなる。青娥の鼓動が早まるのも無理からぬこと。

「と言っても……あの住職サマの力だって半端じゃないのよねえ。もぐもぐ」

 逆に聖白蓮の力はよく知っている。あの甘ったるい性格を勘定に入れなければ、青娥の身近な知人の中でも群を抜いた潜在能力だ。
 この試合。レートで言えば案外に五分五分かも……等と客観的に評する青娥。プッチの怪我だってまだ快復してないだろうに、やる気満々の白蓮を相手取るには少々厳しいか?

 しかし……それでこそ、見る価値があるものだ。
 賭けてる物など無い以上、別にどっちが勝とうが負けようが───青娥にとっては大差ない。

 死熱必至の奪り合いに立ち会えた時点で、邪仙の欲が存分に満たされる未来は確定しているのだから。


「ほひはふぉふぁいほ!へふほ〜♪(どちらもファイト!ですよ〜♪)」


 ハムスターの様に頬を膨らませ、口元に米粒をひっ付けながら。青娥は無邪気に、元気よく腕を振った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

323黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:59:16 ID:/BP69OTc0
『八雲紫』
【午後 15:28】C-3 紅魔館 二階客室


 とかくこの世はそう都合よく進まない。歯車が噛み合わず、軌道に乗せる事すら儘ならない理不尽ばかり。
 「運が悪かった」で片付けられるだろうか。恐らくだが、今回に関してはそうではない。

 またも、一手遅れた。
 八雲紫がこの光景を見てそれを感じ取るのは、早かった。


「……DIOは何処?」


 開口二番に問い質した事柄は、意外にも邪悪の行方。
 己の魂を揺さぶっていた謎の『声』の主が、そこで眠りこけている少女だというのは本能的に理解した。

 同時に、その少女の『中身』が失せている事も。

 一計を案じたのはDIOだろう。やはりあの男は人の動かし方に長けた名将だ。
 少女の奪還はそう容易ではないらしい。彼女の『意思』の在り処はきっと、既にDIOの手元だろう。ここで肉体のみを取り返し館から脱出するのは、紫からすれば釈然としない。

 少女───マエリベリー・ハーンは此処には居ない。
 器に在留する彼女の残滓は、驚くほど静かだ。

「流石に理解が早いな。ここまで散々振り回されて、やっと賢者の本領発揮……ってツラだぜ。意外とスロースターターなのか?」

 紫の質問へ馬鹿正直に返すより、あっけらかんと挑発する事をディエゴは選んだ。先程までとは違って、今この女とマトモにやり合えば恐らく不利は自分の方だと悟りつつ。

「ディエゴ。貴方にも随分な仕打ちを受けてきたけど……今は“見逃してあげる”。
 もう一度訊く……DIOは何処? 三度目は無いわよ」

 女の髪が揺れた。バルコニーより吹く冷たい風が原因ではない。
 今度という今度は八雲紫も本気なのだ。溢れる妖気を抑えきれていない状態が、それを優に語っている。

「とと……そうキレるなよ。第一、オレだって『Dio』なんだぜ。オレじゃあ役不足かい?」

 本気の紫を前にし、敢えてイラつかせる様な態度を続けるディエゴ。恐らく“役不足”も誤用でなく、本来の意味で使っているのだろうと、紫は内心で舌打ちする。
 言うまでもないが、正確にはDIOでなくDIOの近くに置かれているであろう『探し人』が目的だ。件の少女を救うには、必然的にDIOとまみえる可能性が高い。
 そして現在、DIOはジョルノとぶつかっている事が容易に想像できる。というより、そうなるよう紫の方から意図的に誘導した。
 ジョルノは口に出さなかったが、彼がDIOに対し並々ならぬ想いを抱いていたのは何となく感じていたし、再びの邂逅を望んでいた節もあったからだった。
 いわばジョルノを囮として使う策は、所詮ついで。本心では世話を焼いたようなものだ。

 そのお節介が、果たして吉と出るか凶と出るか。
 そこまでは紫にすらどう転ぶか分からない領域。

 だというのに……どうにも転がされている気がしてならない。

(それはDIOに? それとも……運命って奴かしらね)

 クサイ台詞だと自分ながらも思う。しかし、こと『運命』という因果律は紫にとって他人事ではない。

 我が写し鏡だと見紛う程に、そこで眠る少女との出逢いは運命だと言わざるを得ないのだから。

「ディエゴ。アナタはDIOの『天国論』についてどう思っている?」
「なんとも言えんね。ただオレは『見下す』のが好きだ。その天国とやらに登り詰めれば、神サマだろうが何だろうが上から見下ろすのは楽そうだ、とは思ってるぜ」
「……哀しい人間。環境さえ違わなければ、アナタの意志は正しい手段で頂きまで登り詰める素質があった筈なのに」
「……それ、煽ってンのか?」

 飄々と宣っていたディエゴの態度が一変する。先の意趣返しとでも捉えられたのか、触れられたくない箇所に触れられたが故の立腹か。

「アンタの言う『正しさ』とは何だ? まさかお前まで“気高さを忘れるな”などと言わないよな?」
「私には貴方へ対し説教を垂れる資格はないでしょう。幼少期の貴方が、それらを学ぶ環境に居なかった苦境は推測できます。
 ただ……ねじ曲がり、ふんぞり返った貴方の目指す地点に、天国などという理想郷は相応しくない」

 人間には、時たま彼のような人種が産まれてくる。
 世から見捨てられ、故に世を……世界を怨む報復人。
 こういった人間は、得てして危険である。幻想郷であれば即座に弾かれて然るべき、力を求める孤立者だ。


「アナタの言うそれは……ただの『奈落論』。
 這い上がって来たと勘違いしたその場所こそが、真理から孤立した堂々巡りの伽藍堂……地の底よ」

324黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:59:51 ID:/BP69OTc0

 男の口元がひび割れた。
 恐竜化による攻撃意思か。はたまた自嘲の嗤いか。
 掛かってくるのならば今度こそ足下は掬われない。

 迎撃の態勢に移さんとした紫へと、裂帛へ誘う爪撃が襲う事は……果たして来なかった。

 ディエゴがその場から動く気配を見せない。
 見ればひび割れたと思った口元も、通常のままの様子であった。
 肩を透かされた形になった紫を軽蔑の眼で見送るディエゴ。彼は意外にも、襲い掛かるどころか踵を返して部屋の出入口へ足を向けた。

「何処へ?」
「アンタが視界に入らない場所さ。これ以上目を合わせてると、どっちかがくたばるだろうからな」

 ディエゴ自身、大きく負傷している現状。それを分かっている彼も、挑発に乗って無謀など起こすべきでないと理解している。
 しかしそれ以上に今のディエゴにとって、ここで八雲紫を叩く事に自己満足以上の意味はない。紫をこの場で始末するにはまだ『機』ではなかった。


「……っと。忘れてたぜ。霍青娥には気を付けといた方がいい」


 ふと、極めてどうでもいい事柄を思い出し、ディエゴは足を止める。
 本当にくだらないのでこのまま立ち去ろうとも考えたが、まあこの程度の心の余裕くらいは保っておきたい。


「青娥に……?」
「オレが『ある事実』を伝えてやったらアイツ、珍しく怒ってたぜ。お前……殺されるかもな」
「はて。有象無象の弱者達から恨みを買う原因に、心当たりならば山ほどありますゆえ。
 ……ご忠告、感謝しますわ」


 そのままディエゴは無音のままに部屋から脱し、紫の前から姿を消した。
 どうにも不気味である。紫は今度こそ彼を抹消する覚悟でこの場に現れたのだが、奴には敵意こそあれ戦意はさほど見えなかった。
 身体のダメージを考慮し撤退、という風にも見えたが、別の意図があるようにも思えた。
 そもそも───

(この子を置いていくとは。“中身”まではどうにも出来まいと、高でも括っているのかしら)

 紫は神妙な面持ちで、椅子に掛けられたメリーを覗く。少女の“意思”は残念ながらここには在らず、だからこそ紫一人がどう足掻こうと『無駄』だと見くびっているのだろうか。

 どうする? ディエゴを追撃するか。
 この場にて交戦すれば、最悪メリーを人質に取られる危険性を考慮し、敢えて今は奴を見逃したが。
 ……却下。時間が足りない。
 目的を見据えろ。今、やるべくは。


「……貴方からお話を聞くことよね。時代錯誤のカウボーイさん?」


 どさくさに紛れて退出しようと、抜き足差し足で移動する前時代的な装いの男を、紫の声が射止めた。
 男──ホル・ホースは大袈裟にハットを跳ねさせ、蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。
 紫はこの男に全く見覚えがない。恐竜化させられていた頃の、つまり図らずもDIOの下に付いていた頃にも、男の顔など見たこともなかった。
 つまり彼は新参者。つい最近DIOの一味に参入したばかりである事が予想される。
 ディエゴとの会話中も、彼は如何にも話について行けてない困惑そのものを貼り付けた顔であり続けていた。
 手玉に取るならディエゴでなく、このカウボーイの方がだいぶやりやすいだろう。今の所、敵意も感じない。


「改めて……私の名は八雲紫。死にたくないのならば、少しだけお時間頂けるかしら?」
「……ホル・ホース、だ。全く、DIOのヤローのそっくりさんの次は、カワイコちゃんのそっくりさんかい。まさかオレのそっくりさんは居ねーよな?」
「貴方の名前なんかどうだっていいの。あまり時間も無いし……幾らか質問に答えて貰うわ」


 この日何度目かの大きな大きな溜息が、ホル・ホース口から漏れた。厄日という単語を辞書で引けば、そこにホル・ホースの日常が示された引用で解説されてるのではないか。
 真実、ホル・ホースは何も理解出来てないし、知らない。
 その事実を懸命に説けば、果たしてこの胡散臭い美女は退いてくれるだろうか。

 ……無理だろうな。ホル・ホースは殆ど諦めの念を浮かべながら、己の引きの悪さを悔やんだ。

           ◆

325黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 19:00:31 ID:/BP69OTc0


          ───
       ─────────
   ─────────────────


 夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
 携帯電話も繋がる気配は無いし、GPSも効かないし、
 珍しい天然の筍も手に入ったし、
 今日はこの辺で休もうかな……って今は夢の中だったっけ?
 しょうがないわ、もう少し歩き回ってみようかしら。


 それにしても満天の星空ねえ。
 未開っぷりといい、澄んだ空といい、大昔の日本みたいだなあ。

 タイムスリップしている? ホーキングの時間の矢逆転は本当だった?
 これで妖怪がいなければもっと楽しいんだけどね。


 そうか、もしかしたら、夢の世界とは魂の構成物質の記憶かもしれないわ。
 妖怪は恐怖の記憶の象徴で。



 うーん、新説だわ。
 目が覚めたら蓮子に言おうっと。



 さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。




   ─────────────────
       ─────────
          ───


【かつて稗田阿求が発見したメモ】
数百年前の迷の竹林で発見。
意味不明な単語も多く見られ、未だ解読不能。
外の世界の人間が書いた物だと思われるが、
夢の世界とは一体どういう意味だろう。

           ◆

326 ◆qSXL3X4ics:2018/08/30(木) 19:02:08 ID:/BP69OTc0
前編投下終了です。
遅くならない内に次も書き上げる予定です。

327名無しさん:2018/08/30(木) 23:59:26 ID:IkxW/jJI0
氏のストーリーの魅せ方はやはりというべきかなんというか、上手ですよねェ〜〜ッ
文章の読み易さ・展開の構成どちらも上品に画かれているのに加えて、文中に仕込まれたギャグ成分も綺麗に織り込まれていて読んでて楽しい……楽しくない?

ページをスクロールする手が止まらないとはこの事か〜〜……うーんすき!
これには後編への期待が高まってオラわくわくすっぞ!!

328名無しさん:2018/09/11(火) 11:15:53 ID:iEQbbFsw0
盛り上がってきました

329 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 20:42:34 ID:lQG/D5qE0
お待たせしました。中編投下します

330黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:44:44 ID:lQG/D5qE0
           ◆


          ───
       ─────────
   ─────────────────


 夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
 携帯電話も繋がる気配は無いし、GPSも効かないし、
 珍しい天然の筍も手に入ったし、
 今日はこの辺で休もうかな……って今は夢の中だったっけ?
 しょうがないわ、もう少し歩き回ってみようかしら。


 それにしても満天の星空ねえ。
 未開っぷりといい、澄んだ空といい、大昔の日本みたいだなあ。

 タイムスリップしている? ホーキングの時間の矢逆転は本当だった?
 これで妖怪がいなければもっと楽しいんだけどね。


 そうか、もしかしたら、夢の世界とは魂の構成物質の記憶かもしれないわ。
 妖怪は恐怖の記憶の象徴で。



 うーん、新説だわ。
 目が覚めたら蓮子に言おうっと。



 さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。




   ─────────────────
       ─────────
          ───


【かつて稗田阿求が発見したメモ】
数百年前の迷の竹林で発見。
意味不明な単語も多く見られ、未だ解読不能。
外の世界の人間が書いた物だと思われるが、
夢の世界とは一体どういう意味だろう。

           ◆

331黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:46:15 ID:lQG/D5qE0
『聖白蓮』
【午後 15:37】C-3 紅魔館 地下大図書館


「殴られた横っ腹の借りを返す前に、だ。念の為聞いておこうか、聖白蓮」


 先のダメージをものともせずに、DIOが気障ったらしく腕を組む。
 些か掃除の行き届いてない書物の群から立ち上る埃の煙幕は、まるで吸血鬼の胃から吹き出される寒波を想像させるおぞましい寒気。

 少々、難儀な物の怪退治になりそうだ。
 白蓮は予感される大仕事に背筋を強張らせながらも、決して気圧されない。

「何でしょうか?」
「お前は何故、このDIOの前に立つ?
 そこの出来損ないを救いに来たのだと寝言を言うのなら、これは『親子』の問題だ。引っ込んでいてもらおう」

 戦う理由。それは白蓮にとっても、置いてはおけない問題だ。
 万事の発生には、必ず理由がある。
 相応の理由があるのだから異変を起こす者がいるのだし、異変が起こるから巫女は解決に向かう。
 民衆を救い、導く役職に就く尼公の白蓮ですら「力も方便です」と残している。先の宗教戦争において自ら出陣した珍事にだって理由はあるのだ。

 『妖怪退治』と『殺し』は決してイコールでは結ばれない。
 しかし、このゲームにおいてはそのイコールが結ばれ“得る”。得てしまう。
 たとえ目の前の吸血鬼が妖怪の括りに則し、退治なり成仏なりさせてしまえば、現状に限って言えばそれはもう『殺し』の領域となる。
 『殺人』にも理由はある。誰でもいいから殺したかったなどと供述する人非人の戯言ですら、広義で見ればそれは一つの理由だ。

 白蓮がDIOらと戦う理由は明確だ。
 その戦いの過程で彼らの命を奪ってしまう結果が起こり得る事も、予想しなければならない。

 言うならば今の白蓮には、『殺人』を犯す公然の理由がある。本人はそれを許容してはいないが、当て嵌ってしまうのだ。
 無論、僧侶たる彼女が“それ”を犯してしまえば、因果応報により必ず地獄に堕ちる。断じて避けなければならない。

「“因縁生起”……世の中のものは、すべて相互に関係しあって存在している、因縁によって生ずる、という考え方です」
「フン。坊主の説法を頼んだ覚えはない。尤も、その考え自体には同意できるが」
「因縁生起を略し、『縁起』と呼ぶ。“吉凶の前兆”という様に、昨今ではかけ離れた意味で使われるこの言葉は、本来は因と縁が互いに密接に絡み合う意味なのです」

 縁起の考え方は、仏教が持つ根本的な世界観である。
 この因果論は、“様々な条件や原因が無くなれば、結果も自ずから無くなる”、という逆の考え方も出来る。
 DIOがジョルノという親子の『縁』を断ち切ろうとする『理由』には、我が子すらも滅す事によって、ジョースターという『縁起』を完全に消滅させようという魂胆がある。
 仏教の世界でいうところの『縁滅』を狙っているのだ。

「貴方の所業に理由はあるのでしょうが……それはやはり悪行でしかない。
 無論、私がこの場へ赴いたのにも理由はあります」

 テカテカの光沢を反射させながら、白蓮は右腕をDIOに向け、人差し指を立てた。

「ひとつに。そちらの神父様の持つ、ジョナサン・ジョースターから奪った円盤。
 彼を蘇生させるには、その円盤が必要不可欠と判断した故に、ここまで参りました」

 真っ当な理由だ。いわば人助けに類する行動理念であり、白蓮を象徴すると言っても良い行動であった。
 DIOもプッチもそこは容易に予測出来る。そして白蓮の言う通り、ジョナサンのDISCは未だプッチの懐に仕舞われていた。
 この円盤の特徴の一つに、破壊不能レベルの弾性を纏うことが挙げられる。外圧によって壊すことは難しいが故に、たとえ宿敵の命そのものと呼べる円盤でもこうして持ち続ける他ない。ここにヴァニラ・アイスさえ居れば悩むまでもない話であるが。

「御足労悪いが……このDISCだけは渡せないのだ。諦めて寺へ帰るといい。力ずくはあまりオススメしない」
「力ずく、ですか。好きな言葉ではありませんが……嫌いな言葉でもありません」
「……中々面白い尼だ。少し気に入った。……他の理由は?」
「ふたつに。人類の三大禁忌(タブー)というものがあります。内一つが『親殺し』の大罪。
 どのような理由があろうと、己を産み落とした親を殺すなど言語道断。逆もまた然り、です」

 見過ごせない。見過ごせるものか。
 家族の問題、で見過ごしてしまうほど、白蓮の眼は曇ってなどいない。
 親子で殺し合わなければならない程、憎んでいるというのか。
 ならば何故、産んだのだ。
 それを問い質すつもりは無いし、返ってくる答えにはおよそ正常な感情など篭ってないだろう。

332黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:47:14 ID:lQG/D5qE0

 永く、善も悪も見てきたから分かる。
 最期を看取ったスピードワゴンがかつて忠告した言葉が、ここで理解出来た。

 この男DIOは、生粋の邪悪だ。
 絶対に、野放しには出来ない。


「なるほど。正義の真似事のつもりか」
「はい。正義の真似事を、演じさせて頂きます」


 幻想郷のようにはいかない。
 交わし合う言葉も不要。
 躱し合う弾幕も無意味。
 言葉遊びも、弾幕遊びも、全ては児戯だと切り捨てたなら。
 あまりに無情で、あまりに空しいではないか。
 この荒廃した箱庭で正義論など掲げて、私(おまえ)は部下を何人失った? 家族を何人救えた?

 いっそ。何も掲げさえしなければ。
 正義も悪も翳さず、降り掛かる厄災を払うのみに徹すれば。

 少なくとも、寅丸星は死なせずに済んだのではないか。


(…………私とした事が。まだまだ修行が足りませんね。自暴自棄と無念無想を混同するなど)


 聖白蓮は、それを選ばない。
 寅丸星の信じた正義を否定し、捨てる選択は愚の骨頂だ。
 拠り所を放棄し、単孤無頼の奈落に堕ちた人間は、等しく弱い。


「DIO。そしてエンリコ・プッチ。
 邪心に満ち満ちた貴方がた二人は、この聖白蓮が退治させて頂きます」


 掲げるモノを信じるから、人は強くなれるのだ。
 昔日に人間の身を辞めた白蓮の目にも、素晴らしき『人間賛歌』は七色のように美しく映る。
 あとは空に架かったそのアーチを、この自分が辿れるかどうかだ。



「───正義、正義か。……ククク。なるほど、なるほど……!」



 正義を宿す白蓮の、瞳に映った邪悪は嘲る。
 静寂だったさざ波は、間もなく荒波となり、地下中に波乱を招く津波となって鼓膜を打つ。


「ハハ……ッ! ハァーーッハッハッハッハァ!!!」


 閑かなる地の底だからこそ、男の絶笑はより深く引き立った。
 乱反射される嘲笑い。ドス黒い悪の大気で覆い被さる巨大な津波は、そこに居る正義の心を揺さぶった。

「可笑しいですか」

 不快からか。はたまた戦慄の類か。
 白蓮は喉元でひりついていた言葉を吐き、目の前の悪をひと睨みする。

「クックック……! いや、そうではない。
 ただ、あまりにもお前が私の『予想通り』の人物像だったものでな」

 黄金に揺蕩う髪を根元からクシャりと握り締め、腕の震えを強引に塞き止める。男を突如として襲った痛快なる破顔は、そうまでの現象を引き起こすものか。

「プッチ神父から、何か私の良くない風評でも吹聴されたのですか」
「それも間違ってはいないが……私はお前に少し、興味があった。名簿で初めてその名を目にしてからな」

 名簿。そこに連なる聖白蓮の並びが、果たしてこの男へと如何なる興趣を与えたのか。
 依然、白蓮の疑問符は止まない。

「お前からすれば、実にくだらん言い掛かりよ。しかし、こと私にとっては……これが意外と死活問題でね。中々どうして、馬鹿にできんのだ」
「随分と回りくどい御方です。言いたいことがあるのなら、ハッキリと」
「名前だよ。お前の名に、私は…………そう。恥ずかしながら白状しよう。

 ───恐れたのだ。ほんの僅かだが、動揺を覚えてしまった。このDIOが、だ」

 過ぎ去った過去の笑い話を、心の引き出しからそっと取り出すように。
 かの邪悪の化身は俯きがちに首を振り、また笑った。
 自らを〝悪〟と言い切る悪人正機を体現した、この男ほどの者が。
 可愛げすら覗かせるように、それを言うのだ。

333黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:48:53 ID:lQG/D5qE0

「失敬な話ですね。私は魔王か何かですか」
「魔王……なるほど。言い得て妙だ。あながち間違いでもない。
 お前は私にとって、滅ぼすべき『魔王』の様な存在……その可能性もあった」

 心外だ。確かについぞ最近まで、白蓮は魔界に身を置いていた。だがその心まで魔に染まった訳ではない。魔王などと蔑まれる所以などあるか。

「名は体を表す……ということわざがあるように。言葉には時折、不可思議な魔力が籠る。日本ではこれを……え〜〜〜と、」
「言霊でしょうか」
「そう。その言霊というのが実に……ある意味では重要なのだ。
 血脈と共に『ジョジョ』という愛称が代々に渡り継がれるのも、言葉に魔力が宿るからとしか思えん。そういう風習が定まっている訳でもないのにな」

 DIOが流した『ジョジョ』の名に、白蓮は軽く眉をしかめる。
 愛称。ジョジョ。直感的に、それはジョナサン・ジョースターの渾名なのではと予感する。

 背後で鈴仙を治療するジョルノも、『ジョジョ』の名にほんの一瞬ピクリと反応したのには、その場の誰も気付かなかった。

「その言霊と私の名前に如何なる関係が?」
「聖(ひじり)……私はその名に、少しだが縁があってね。
 正確には『聖(ホーリー)』……ホリィ・ジョースターだったかな」

 ホリィ・ジョースター。またしてもジョースター。
 その女性の名前……ルーツの根源を知る者は、ここではDIOとプッチの二名のみ。
 全ての事の発端である女。そう言い換えてもいいのかもしれない。
 かのジョセフ・ジョースターがエジプトのDIOを嗅ぎ付け、仲間を連れて遥々と海を渡って来たのも、元を正せば空条承太郎の母・空条ホリィがDIOの影響を受けて昏睡したからである。
 この点に関してDIOの意図があった訳では無い。ホリィが生来、スタンドの発現に耐えられる精神をしておらず、DIOの復活が血脈を介して彼女に悪影響を及ぼしたからであり、あらぬ必然を引き起こしてしまったに過ぎない。

 DIOは『聖女』が嫌いである。
 少年時代、浅はかな考えでエリナに手を出し、ジョナサンの成長を引き起こす一因を作ってしまった。
 周囲からは『聖子さん』などと呼ばれていたらしいホリィへと、間接的にではあるが危害を加えた為、空条承太郎を敵に回してしまった。
 メリーに関してもそうだ。彼女の瞳はエリナと酷似している。メリーもDIOにとっての『聖女』。だからこそ丸め込み、手篭めにしようと画策している。

 DIO。ディオ・ブランドー。
 彼の持つ女性観の根源には、とうに他界した『母親』が密接に絡んでいる事は、本人も自覚するところである。
 思い返せば……母もまた、ディオにとっては聖女の様な存在だったろう。

 母の愛があったおかげで幼少ディオは、過酷な環境をたった独りでも生き抜いてこれた。
 そして、母の清すぎた聖心のせいでディオは、余計な重苦を背負ってきたと言ってもいい。
 あの女は、人間として眩しいくらいに良く振る舞い、息子に愛を注いできたろう。
 しかしディオの育った環境においては、その愛は必ずしも幸福には結びつかなかった。

 ディオは母親が嫌いであった。
 だからこそ、聖女を憎むのかもしれない。
 聖なる女は、いつだって彼の闇の運命を祓ってきた。


 そして───聖なる女、聖白蓮。


「聖(ひじり)などと、こんな御高尚な名を付けられた程だ。さぞ正義感に満ち溢れ、義に厚い女なのだろうなと……確信すらしていたのだよ。
 くどいが、言葉には本当に魂が宿るものだな。お前もまた、エリナによく似ている。その奇天烈な積極性に目を瞑ればだが、な」
「人様を魔王と呼んだり聖女と呼んだり……しかし、『言葉の魔力』ですか。確かに、古来より名前には不思議な力が籠ると考えられてきました。
 神<DIO>と名付けられた貴方が聖女に恐怖するのも……皮肉な運命めいたモノを感じます」

 本人も言う通り……DIOの言い分は極めて自己中心的で、無関係の白蓮からすれば言い掛かりもいい所だ。
 しかし、彼は恐らくそういった迷信やジンクスを受け入れるタイプだろう。
 実際に白蓮はDIOの前にこうして立ち塞がっている。そして、その彼女を自ら倒すことで、運命を……恐怖を乗り越えようとしている。
 聖白蓮とは、DIOにとって紛うことなき障害なのだ。

 信じ難いほどに、前向きな男だ。
 ベクトルさえ間違わなければ……このゲームを共に打破する、頼れる仲間になれたろうか。

334黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:51:18 ID:lQG/D5qE0


「尤も、私は自身が聖女だなどと自惚れておりません」


 誠に口惜しく、遺憾千万である。


「───魔人経巻」


 詠唱省略。ゼロコンマからの魔法発動を可能とする巻物。
 それが、黒を基調とする彼女のバイクスーツの内から。
 つまりは素肌。白蓮の胸部の狭間から音もなく取り出され。



「『ガルーダの爪』」



 空気が爆発した。


 音すら置き去りにして、白蓮が空想を具現化させたスキルの名は『ガルーダの爪』。
 装った衣装にこれ以上似合う体術もない……とんでもなく強烈なライダーキック。



「『世界』」



 爆発の如き蹴りが停止した。


 半ば不意打ちに近い形で炸裂した白蓮の足技は、男の呟いたザ・ワールドの明滅と共に、止まる。
 時を止めた訳ではない。彼女の目にも止まらぬ速度を、物理的に、単純なスタンドの防御で受け止めたに過ぎない。


「───更にくどいが、名前には魂が宿る。お前達が『スペルカード』の遊戯法により、くだらん弾幕へ名付ける事と同じように」


 世界の腕が、攻撃の硬直で宙に止まったままの白蓮の足首を掴んだ。


「天国へ至るのに必要な『14の言葉』が設定されたように」


 そのまま、世界は受けた蹴りの反動をモノともしない勢いで、掴んだ白蓮を一旦大きく頭上へと振りかぶり。

「……ッ! 御免ッ!」

 その手は食うかと、筋力倍加の魔法を受けた白蓮の凄まじい拳骨が。
 命蓮寺の鐘を毎朝毎晩、素手にて十里先まで打ち鳴らす程の鋼鉄の拳が。
 人体の急所……脳天へと、真上からモロに叩き込まれた。

 常人であれば、即死必至の破壊拳。
 常人であれば。


「我々スタンド使いも、傍に立つヴィジョンに名前を付ける」


 その拳を頭蓋に受けておいて。
 DIOのスタンドはまるで動じない。揺らぎもしない。

 脳が揺れたのは、掴まれた白蓮の方だった。
 一切の躊躇もなく、世界は彼女の身体を床へと思い切り叩き付けた。スタンドの腕が掴んでいた箇所は足首なので、必然的に白蓮は顔面から硬い床へと振り込まれる事となる。

 鈍い音が木霊する。
 幸い、砕けたのは床板のみに留まった。もしも彼女の肉体強化が頭部にまで及ばずにいたら、これで決まっていたろう。
 頭半分めり込ませて地に放り込まれた白蓮を不敵に見下ろしながら、男はスタンドを我が身の傍に立たせる。


「紹介しよう。これが我がスタンド───『世界(ザ・ワールド)』だ」


 筋骨隆々に構築された、黄金の肉体美。
 ザ・ワールドの言霊を冠するスタンドがDIOと並ぶ。
 冷気とも熱気とも見えない蒸気が、彼らの肉体から噴出する。あるいは、スタンドのエネルギッシュなオーラとでも呼ぶべきか。

 DIOと、『世界』。
 最悪の吸血鬼が、最高のスタンドを身に付けてしまったのは、この世の必然か。

335黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:52:59 ID:lQG/D5qE0

「聖さんッ!」

 ジョルノが張り上げる。
 白蓮はスタンドを展開していなかった。つまり、まず確実に非スタンド使いだ。生身の人間があのスタンドに対抗出来るわけが無い。

「……ッ! 加勢します!」

 鈴仙の治療を優先したいが、白蓮一人では荷が重すぎる。
 ゴールド・Eを自身の前に動かし、勢いを付けて立ち上がる。が───


「邪魔はさせない。DIO様のご子息といえど……斬るわよ」


 黒帽子を被った少女──宇佐見蓮子がジョルノの前に立つ。
 年齢はジョルノより少し上くらいだろうか。右手には妖しく光る不気味な刀。

「退いてください。でなければ……女といえど、容赦しない」

 突撃はジョルノの方から。蓮子は動じることなく、刀構えて待ち受けるのみ。
 警告はした。意識の暴走でショック死を迎えようが、躊躇はしない。
 ゴールド・Eが、叫びと共に無数の拳を繰り出す。

「無駄無駄無駄無駄ァ!!」

 パワーはさほどない。しかしこの場合、薄い痛覚であるからこそ痛みは倍増する。ジョルノのスタンドとは、そういうものなのだ。
 スピードなら充分。世界にも対抗出来る速度のラッシュが、蓮子の体を撃ち抜───

「な……ッ!」

 ───けない。

 蓮子の持つアヌビス神は、ジョルノのラッシュをひとつ残らず刀の峰で弾く芸当を見せ付けた。
 おかしい。ただの少女にしては熟練された剣の腕、だという事を差し引いても、おかしい。
 所詮、刀だ。スタンドであるゴールド・Eの攻撃を防いだ事も、刀を生命化出来なかった事も理屈に合わない。

「いや……その刀、スタンドか」

 刀自体が『スタンド』! 警戒すべきは、あのスタンドに隠された能力。それがある筈だ。


「その『刀』は少々厄介だぞ、我が息子ジョルノ・ジョバァーナ。いくらお前とはいえ、簡単にはいガッ!」

 息子の勇姿を応援する父の姿とは程遠く。
 チラと見た、ジョルノと蓮子の交戦を遠巻きに眺めるDIOの隙だらけな横っ面に、熱と衝撃が撃ち込まれる。


「いガ? ご子息が心配ですか」


 顔面から床に叩き付けられ、昏倒したと思われた白蓮が、ケロリとしながら回し蹴りを決めていた。

「……硬いな、女。イイだろう……やはりお前は、このDIOの栄養となる資格を有していコハッ!」

 脇腹に、大きく腰を落としての正拳突き。
 最初に叩き込んだ脇腹への掌撃と同箇所。今度は、内部に組み立てられた骨をまとめて粉砕する程のパワーを込めた。

「コハ? 随分と余裕ですが、貴方の食事とやらになるつもりは御座いません」

 ギリギリと鳴る白蓮の拳からの、筋肉と骨との摩擦音。
 DIOの巨躯は、今度こそ抗った。先のように空へ吹っ飛ばされる事なく、白蓮の正拳突きに耐えたのだ。

(堅い。そして重い。だが、この女……何よりも───)

 ───疾いッ!

 余裕を見せていたとはいえ、世界が見切れなかった程の轟速が生身の女から繰り出された。
 どれ程の荒修行を耐え忍べば、こんな馬鹿げた肉弾ミサイルを身に付けられるのか。

 これは、想像以上に……

「どうやら貴方は肉食系のようですが……お生憎様。
 私は修行僧……肉などタブーの、菜食主義者(ベジタリアン)です!」

 想像以上に……強いッ!


「DIOッ! ホワイトスネイ───!」


 後方から迫るプッチの救助は、煙のように掻き消された。
 白蓮の『ヴィルパークシャの目』。周囲の状況に目を配らせる暇すら挟まず、ほんの一喝でプッチのフォローをも遮った。
 限界まで強化された彼女の肺から吸い上げられた空気が、声の大砲となり、音響兵器に昇華する。
 物理的な砲撃ならばスタンドでどうともなるが、広範囲の衝撃波ともなれば防御のしようがない。プッチはたまらず吹き飛び、僅かだが強制的に戦線から離脱された。

「私は遊ぶつもりはありません。一瞬でケリを付けます!」

 ケリがDIOの下顎に到来する。むしろ着弾とも称すべき、爆発的なハイキック。
 常人なら脳震盪どころの話ではない。顎が割れ、滝すらも下から上へ割りかねない重さの蹴撃は、間もなくDIOの顔面に地割れを起こした。

336黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:53:40 ID:lQG/D5qE0

(ザ・ワールドの可動が追い付かん……! 攻撃を繰り出すまでの初速から最高速に達するまでの間隔が、疾すぎる! これはまるで……)


 ───まるで、時間が止められたように。


 迫り来る白蓮の百掌が炸裂する刹那。DIOの心の水面は、外面とは裏腹に恐ろしい平衡を保っていた。
 思考を進める暇すら与えてくれない……という意味合いでなく。
 DIOの感じた「時を止められたようだ」という聖の猛攻は、ある意味でも理にかなっている。
 極限まで時が圧縮され、意識のみが白蓮の残像をかろうじて捉えられている。物理的には、DIOの身体は全く追い付かない。


 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。


 承太郎のスタープラチナは時間を止める。そのカラクリは、厳密に言えばDIOの『世界』とは少し理屈が異なる。
 “速すぎる”が故に光速をも置き去りにし、本体視点からは周囲がとてつもなくゆっくりに見えているという現象だ。


 ───まるで、ジョルノの『黄金体験』のように。


 現時点でのDIOには素知らぬ事であるが、ジョルノのゴールド・Eにはある能力がある。
 殴った生物の意識のみを暴走させ、本人から見た周囲全ての光景を限界までスローに感じさせるものだ。
 ジョルノの能力を引用して喩えるのならば、万全の聖白蓮の肉体とは、黄金体験を受けてかつ暴走する意識に身体がしっかりと付いていくような状態だ。

 少なくとも。吸血鬼の能力を手に入れたとはいえ、元々は人間としてのポテンシャルでしかなかったDIOの、修練も工夫もさほど蓄えていない肉体と、女性でありながら幾星霜にも積んできた修行と知識の総決算の末、人間をやめた大魔法使いの聖白蓮では、経験値の差が圧倒的であった。
 歯痒いことであるが、生身同士ではDIOが白蓮を覆せる道理は無い。当然、スタンドを用いての肉弾戦ともなれば別だが、ここに来て承太郎から刻まれた左目のダメージが効いている。
 視野が通常の半分である事の不便とは、想像していた以上に重荷となる。遠近感がぼやけ、立体感も取り難く、動体視力まで低下している。これらの欠落は言うまでもなく、戦闘においては命取りだ。
 主に防御・回避行動において、DIOは素早い敵に遅れを取らざるを得ない。その遅延はほんの僅かな“ゆらぎ”程度でしかなかったが、白蓮ほどの熟練された格闘者相手では致命的な傷となる。

(戦いの流れは……完全にこの女が掌握している)

 これでやれ尼だの、やれベジタリアンだのと自称するのだから恐れ入る。要はこの僧侶、戦い慣れていたのだ。


「明鏡は形を照らす所以。
 故事は今を知る所以───明鏡止水」


 厳かに紡がれた聖女の瞳には、今や一点の曇りも映さず。
 止水の如き静寂にたたえられた水からは、刹那の次に荒波が打ち出される理の矛盾。
 澄み切り落ち着いた心は、両の掌を四十の臂へと錯覚させるに至る真境地。

 聖白蓮の四十本の腕が、無慈悲へと化けた。


「其の疾きこと風の如く。
 徐かなること林の如く。
 侵掠すること火の如く。
 動かざること山の如し───風林火山」


 人の目では止まらぬ数多の腕が、風の如く邪悪を穿つ。
 静と動。逆襲に構え、受け流す型を取り、時には林の如く静寂を保つ。
 苛烈を纏う四十の閃撃は、悪を灼き尽くす火の如く攻め立てる。
 肉体に受けた幾本もの槍など、山の如く受け切りものともせず。

 無慈悲なる四十の腕は、絶えなき猛攻の更なる加速により、二十五の世界が乗算された。
 千の世界が集約し、更に千が掛け合わさり。
 永久の加速により、また更に千。

 その数、〆て十億。俗に三千世界と呼ぶ。
 邪悪の化身が統べる一個の『世界』など、数にもならない。


 ───天符『三千大千世界の主』

337黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:55:31 ID:lQG/D5qE0


「南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無ァ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 やがて白蓮の背後からは、後光と共に千手観音が現れ。渾身の連打を無慈悲にもお見舞いする。
 有り得ぬ錯覚を五分の視界で拾いつつも、DIOは防戦一方なりにザ・ワールドの障壁でそれらを防ぐ。

 無限の型から繰り出される掌打のラッシュ。白蓮が涼しい顔で打ち出すそれらの猛攻は、もはやスタープラチナと大差ない……いや、ともすればそれ以上の速度。
 重さでは承太郎に一歩劣るが、彼女のラッシュは拳でなく掌打……つまり破壊でなく脳を揺さぶる目的に比重を置いている。
 この矛の選出が、破壊に耐性のある吸血鬼DIO相手には正解の型でもあった。


 しかし。攻防は数秒ともたない。
 三千の光芒を降り注がせる白蓮の腕の内、たった二つの掌(たなごころ)。その両が、優しく合わさっていた。

 不思議な事に、ラッシュの合間に白蓮は『祈り』を終えていた。
 この攻防の何処にそんな余裕があったのか。全力ラッシュの隙間に、両腕を攻撃ではなく、まして防御でもなく。
 一見無防備とも取れる、祈りの型に差し出す余裕すらあったというのか。


 DIOの反応が、一瞬遅れた。
 時間にして須臾ほどの刹那であった筈というのに、白蓮の動きがひどく緩慢に映り、その上でザ・ワールドですら追い付けない可動速だったのだからおかしな話だ。


 半跏倚坐(はんかふざ)。
 右足を左足のもも上に組んで載せ、座する型を云う。
 加えて両の腕を、母性溢れた胸へ捧げ、祈りに。

 あろう事か彼女は。
 剣戟の最中に攻守を放棄し、瞼すら閉じながら瞑想した。
 世界をも置き去りにしていく、遥か短い一瞬の間際に。


「無数の掌は研ぎ澄まされし刀の一振。
 三千を一にて。一を雷切にて。
 下されし裁きこそ───紫電一閃」
 

 その祈りを、インドラの雷といった。


 屋内に、紫電が産まれる。
 至近で大爆発でも起こったかのような、凄まじい轟音。
 天井から床をくり抜き地下まで貫くほどの落雷が、人為的な祈りによって引き起こされたというのだ。
 火花散る千の攻防は、万の太陽を掻き集めた巨大な光芒が引き裂き、終焉の幕を下ろした。


 DIOが立っていた空間には、代わりに直径五メートル程もある大穴が口開いていた。
 炭化した図書館の床の底からは、黒煙と共に闇が吐き出されている。アレをまともに喰らったのでは、原型が残っているかも怪しい。

「DIO!」
「DIO様!」

 プッチも流石に声を荒らげた。ジョルノと交戦中であった蓮子も、手を止めて叫ぶ。
 一部始終を視界に入れていたジョルノはしかし、いち早く違和感に気付き、彼女の姿を探した。

(聖さん……?)

 居ない。強烈な雷光に数秒、視界が機能不全となっていた為、DIOと白蓮の姿が途絶えたのだ。
 段々と鮮明さを取り戻していく光景には、DIOは勿論ながら、そこに居るべき白蓮の姿までもが無かった。



「───まさか屋内で雷に遭遇するとはな。ただの脳筋女ではないようだ」


 意中の人物ではない声が、これ見よがしに響く。
 三千世界を叩き込まれた筈だ。たかだか一個の『世界』の、たかだか二本の腕などで。
 あれを退けた? 有り得ない。


「……時を、止めたのか」


 ジョルノの確信めいた問い掛けに、DIOは満足気な嘲笑で応える。
 男の眼差しの遥か向こうには、壁に激突したのか、蹲る白蓮の姿があった。DIOは瞬時にしてカウンターを叩き込み、彼女をあの位置にまで吹き飛ばしていたのだ。
 胸を抑え、吐血している。致命傷ではないが、引き摺るダメージだ。

338黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:56:19 ID:lQG/D5qE0

「しかし……なんと強堅な肉体だ。今のは即死させるつもりで打った全力の拳だぞ? 全く以て感服する」

 カツカツと足音を立てながら、DIOが白蓮へと近付いていく。
 皮肉を混ぜながらも、男は今しがた一撃を入れた聖女に対し、内心では畏怖の気持ちを僅かに覚えていた。
 時間停止からの心臓狙い。完璧に決まったかに見えたカウンターは、その実それほど効いてはいない。
 物理的な攻撃を馬鹿正直に続けていては、少々骨が折れる相手だ。あれも肉体強化魔法とやらの恩恵なのだろう。

 突出して厄介なのは、攻撃から攻撃に転じる非現実的な速度。
 それを可能としているのは、幻想郷縁起にも載っていた『魔人経巻』という巻物。理屈は不明だが、巻物を広げるだけで詠唱した事になり、魔法を発動するのに通常必要な『詠唱』という隙を丸ごとカット出来るという。

 あれだ。白蓮の持つ魔人経巻が、奴の繰り出す攻撃の起点となっている。
 スタープラチナ以上の攻速ともなれば、流石に苦戦は免れない。

 だが……それでも。
 聖白蓮は、空条承太郎には遥か及ばない。


「お前がどれだけ疾かろうが、このDIOの『世界』は追い越せん。祈りたければ、死ぬまで祈ってろ」
「……ッ! 魔人、経巻!」


 床へ這いつくばっていただけの白蓮が、たちどころに巻物を広げ上げる。
 ただそれだけの所作で、彼女は次の瞬間……迫り来るザ・ワールドの鼻面に膝蹴りを見舞い終えていた。

「……やはり、電光石火の如き瞬発力」

 到底人の身で辿り着ける境地ではない。決意に至るまでの道順こそ違えど、在りし日のディオと同じに人間をやめた彼女は、その対価に見合った肉体をモノとした。

 ただ一つ。人間をやめたという点で同類であった二人には、大きなベクトルの相違があった。
 『死』を極端に畏れたかつての白蓮は、若返りと不老長寿を手に入れる為に人間をやめた。
 若くして『人間には限界がある』という壁を悟ったディオは、石仮面により人間をやめた。

 善悪という論点を除外するならば、白蓮が『過去』へ後退する点に対し、ディオは『未来』へ前進する為に人間をやめたのだ。
 この差が、この戦いにおいて何を齎すという訳でもない。
 しかし少なくとも、DIOのある意味純粋な執念が形を得、具現した精神性が『ザ・ワールド』である事は間違いない。

 スタンドの有無。こればかりは覆せないハンデであった。

「───惜しむらくは、『波紋』にも『スタンド』にも精通せず、心得が無かったその不運よ」

 疾い。重い。堅い。
 それだけの話だ。白蓮にはDIOと拳交えるだけの、最低限の資格すら有していない。
 彼女に備わる唯一の資格など、DIOの血肉となる食事……それへと変わる下層の末路のみ。

339黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:58:28 ID:lQG/D5qE0


「初めの遣り取りの時にも思ったが……やはりお前は『スタンド』の特性をよく知らないようだ」


 顔面に叩き込まれた強烈な膝蹴りに、一ミリたりともの身悶えすら覗かせず。
 ザ・ワールドは、宙に止まった白蓮の足首を緩やかに握り締めた。

「……ッ!」

 白蓮の視界が180度反転する。捻られた視界を立て直すよりも早く、衝撃が背骨から貫通した。

 今度はザ・ワールドの鋼鉄の膝が、彼女の背にめり込んでいた。

(攻撃が……効いていない!?)

 初撃にあれだけの攻撃を与えておいて、ケロリとしていた時点で気付くべきだった。
 スタンドとスタンド使い。同じ寺の修行僧、雲居一輪と雲山の様な関係だと思っていたが……少し、勝手が違うらしい。


「大原則だ。───スタンドはスタンドでしか攻撃出来ない」


 突き刺さるようなエグい痛みと共に、白蓮の身体は宙へと浮いた。
 振り上げられるスタンドの拳。所謂、瓦割りの型を取ったザ・ワールドが、瓦よろしく彼女の腹部、臍の中心を猛然と殴り付けた。
 くの字となって床へ衝突した白蓮。痛みに喘ぐよりもまず、呼吸困難に陥る。
 朦朧とする白蓮の視界に映るは、スマートながらも隆々と盛り上がった金色の脚。

 マズイ。即座に両腕をクロスさせ、重力を帯びた攻撃に備えるも。


「つまりは、生身では基本的にスタンドへ干渉する事も出来んのだ。お前の攻撃を防ぐことは容易いが、逆はどうかな?」


 かかと落とし。脳天目掛けて振り落とされるそれを、非スタンド使いの白蓮に防御する術はない。
 クロスさせた屈強な盾すらも、DIOのスタンドはすり抜ける。盾の向こうには、白蓮の額が無抵抗に晒されていた。

 鉄塊に鉄塊を撃ち込んだ様な、思わず耳を塞ぎたくなる重苦しい音。
 先の紫電のお返しと言わんばかりに、DIOは極めて無遠慮に、相手の頭蓋へと鋼鉄の雷を落とした。

「が……ッ!」

 細く短い女の叫喚。
 如何な強化された肉体であろうと、人体の弱みへと立て続けだ。彼女の様子ひとつ見ても、鈍いダメージが蓄積されつつある事は明白。
 間髪入れず、ザ・ワールドのつま先が悶える白蓮の背と床の隙間へと入れられた。
 勢いよく真上へ振り上げられる脚と共に、彼女の身体は回転を強要されながら、再び空中へと放り込まれる。最早サッカーボールと変わらない扱いだ。


「せめて『波紋』くらいは身に付けていたならば、良い試合には運べただろうが……お得意の法力ではプロレスごっこが関の山か?」


 舞い上がるグラデーションのロングヘアが、乱雑に掴まれる。宙吊りの形でザ・ワールドに拘束された白蓮の眼前へと、DIOが立ち塞がる。

340黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:59:12 ID:lQG/D5qE0


「聖さんッ!」


 ジョルノは救援に向かいたくとも、アヌビス神を構える蓮子の邪魔を突破出来ずにいた。
 信じ難い事だが、ゴールド・Eをフルパワーで稼働させても敵のスピードや技術が遥か上を行っている。
 ジョルノ本体にダメージや疲労はさほど無いが、それは蓮子が時間稼ぎを主にした付かず離れずの立ち回りを展開しているからであり、思う様に攻めさせてくれないのだ。
 その上、白蓮を助ける為にこの場を無思慮に離れ、意識の無い鈴仙が狙われては本末転倒だ。
 更に悪い事に、あの妖刀は段々とパワーやスピードが上昇しているように感じる。
 恐らく戦う相手から学習し、無際限に成長するスタンドなのだろう。その能力を活かす為での時間稼ぎでもあるらしい。

(埒が明かない……こうなったら)

 決心を付けたジョルノが床を破壊し、無から有を生み出そうとする最中にも。


「さて。肉体派坊主の有り難い説法のお返しに、このDIOがわざわざスタンド教室を開いてやった訳だが……。
 そろそろ終わりとしようか。お前以外にもゴミ掃除は残っているのでね」


 長髪を掴まれ、宙吊りの白蓮へとDIOの魔手が襲う。


「……時間を、止められるもの……ならば」


 聖女の血を吸わんとするその指が、まさに喉元へと到達する間際。
 細々と呟く白蓮が、懐に隠し持った独鈷をサーベル状の形態に変貌させ。


「止めて、みなさ───」


 全ての世界が、同時に停止した。



「───ザ・ワールド。時は止まる」



 やはりだ。聖白蓮は、空条承太郎へと遠く及ばない。
 奴が相手であれば、こうまで露骨に接近し、時を止めるなどという単純なやり方は選べなかったろう。
 駆け引きを挟んでいないのだ、白蓮は。
 スタンド戦であれば用いて然るべき、間合いの取り合い。能力の考察。二手三手先を読み合う駒の奪い合い。彼女にはそれらの“探り”が殆どない。
 非スタンド使いというハンデを度外視しても、彼女のスタイルは清々しい程に愚直で、分かり易かった。
 なまじDIO以上の運動能力を持つものだから、かえって攻め手のパターンは絞りやすい。決して単調な技しか持たない訳でもないだろうが。

 所詮、このDIOの敵では無かったということだ。
 DIOにとって聖女とは、触らぬ神であると同時に、取り除かなければならない危険因子という認識でもある。
 厄介ではあったが、少し捻ってペースを乱しさえすれば……御覧の有様。
 時が止まった今、まさに煮るなり焼くなりであるが、この女相手なら少々煮ようが焼こうが、易々とは拳を下げないだろう。


「懐かしいな。百年前もこうして、ジョナサンの奴と拳で遣り合ったものだ」


 遣り合った、とは到底言えない、あまりに一方的な試合だったと記憶している。あの時はグローブを着用していたし、ジャッジも見ていたのだったか。
 だが時の止まった今。なんの気兼ねなく禁じ手を行える。止まっていようがいまいが、もはや関係ないが。

 暑苦しいファイトスタイルで攻める白蓮の脳筋精神に感化されたかは定かでないが、DIOはゆっくりと両腕を前に構え、静止した白蓮の前へと挑発するように差し出した。
 今となっては子供のごっこ遊びのようなもので、思い出すと苦笑すら漏れるが、ロンドンに住んでいた少年時代ではそれなりに嗜み、格好が付いていたように思う。

 昔も今も何も変わらない、ブース・ボクシングの構え。
 勿論、今回“も”対戦相手を再起不能にしてやろうといった、あの頃以上にドス黒い目的の上で。

 瞬きすら許されない白蓮の瞼。
 見る者が眩むほどの美貌の、その上からまず。

「顔面に一撃。そしてこのまま……」

 吸血鬼の底知れぬ怪力が、その面を潰さんとし。
 

「親指を目の中に突っ込んで……殴り、抜けるッ!」


 駄目押しに、もうひと工夫。
 この女はちょっとやそっと殴った程度では、こちらの拳が痛むレベルにタフだ。
 しかしどれだけ肉体を強化しようと、人には鍛えようもない箇所というものが幾つか点在する。


 眼球。


 正義の炎を燃やす彼女の瞳から、それを消し去らんと。
 かつて宿縁の男へと叩き込んでやった時よりも遥か膨らんだ、悪意。
 目頭に突き刺した爪先を、眼孔へ潜り込ませる。
 粘膜を破るぶちゃりとした水っぽい音が響く。
 そのまま突き入れた親指を、テコの要領で外へと掻き出す。
 まるで職人の魅せるたこ焼き作りのように、丸々とした眼球がヅルンと裏返った。
 目と脳を繋ぐケーブルの役目を果たす視神経もぶちぶちと引き千切られ、白蓮の右眼球がDIOの掌に収まった。

341黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:01:02 ID:lQG/D5qE0


「“目をくり抜けば天国へ行ける”……などと世迷言を吐き、気を違えた女が自ら眼球を抉った話があるが……さて。
 空洞となったお前の視界に『天国』は映っているか? 聖白蓮」


 ───そして時は動き出す。


「……っ!? 〜〜〜ぁ、ぐッ!」


 火薬を詰め込まれた爆弾袋が、一斉に花火を上げた。
 顔面に蓄積された痛みの爆発よりも、突如として失われた右半分の視界に、声にもならない絶叫を上げたくなる。

 白蓮は、しかし耐え切った。
 痛覚。五感の喪失。
 それらは修験者が荒行の中で自ら引き寄せる類の、強き戒め。
 本来そうあるべき痛みが、他人によって無秩序に与えられ蹂躙される。
 許される所業ではない。罪も無い、女子供にすら埒外の痛みを強要する〝悪〟は、絶対に放ってはおけない。

 そして、きっと。
 ここから我が意思が歩む道の先には。
 天国や極楽、悟りの境地など……有りはしないのだろう。


「……私、ごときの仏道の先に、『天国』は有り得ない……でしょう。
 貴方がたと共に、『奈落』へと……ハァ、ハァ……堕ちる覚悟は、出来て、おります」


 黒澄んだ血を垂らしながら、右目を失った白蓮の不完全な視界の先に、自らの顔面を抑えて苦悶するDIOが映っている。


 男は傷付いた左目と対を成すように、右目にも亀裂を入れられていた。


「……ッ!! 貴様、ひじり……びゃく、れぇぇん……ッ!」


 今までに見せていた全ての余裕が、男の表情から消し飛んでいた。
 時間が止められる直前、白蓮の握った独鈷がDIOの肉体に届く隙は無かった筈だ。
 時が動き出した直後に斬り付けられた? 有り得ない。
 確かにDIOには気を緩ませる素振りこそあったが、時間停止直後の弛緩など、最も油断すべきでない瞬間だという事は誰より重んじている教訓だ。まして相手はスタープラチナ以上の速度を持っている。


 眼球をひりつかせるこの斬撃は、いつ入れられた?
 DIOが最も注意力散漫となる瞬間は、いつだ?


「───聖、白蓮。キサマ、“まさか”……」


 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。


 それは、始めの白蓮の猛攻を受けたDIOが、彼女の凄まじい速度を身に受けて描いた印象だった。
 あくまで彼女は非スタンド使い。『ザ・ワールド』に直接干渉出来る術はない。

 しかし、限界を超えて到達する『光速』のその先の世界。
 先の、F・Fが入り込んだ十六夜咲夜と交戦した際にも同じ現象が起こった。

 『時の止まった世界』へ足を踏み入れる手段は、どうやら一つではないらしい。
 その上、この白蓮は……あの空条承太郎のスタープラチナと“同じタイプ”。


 同じタイプの……───!


「入門してきたのかァ!! 聖白蓮ッ!!」
「他宗派への入門は言語道断ゆえ、それは誤りです。本来ここは、私の『世界』なのですよ」


 荒修行もここまで来ると人智の及ばない領域だ。
 時間をも置き去りにして可動するスタープラチナと同等の理屈で以て、白蓮の速度はとうとうDIOの世界にすら追い付いた。
 速い。ただそれだけの馬鹿げたエネルギーを限界突破し、静止した時間の中をも跳ね回り、DIOへと返しの刃を突き付けた。

 こうなっては、本格的に彼女を始末せねばならなくなった。誰であろうが、時の世界への入門など許されるべきでない。
 戦い方も慎重スタイルへ変えねばならない。相手が時間の鎖に縛られないともなれば、戦闘に駆け引きを差し込めざるを得なくなる。
 白蓮が静止した時をも動けると分かれば、DIOの取る選択肢は大幅に狭まれるのだ。


 やはり、DIOにとって『聖女』とは禍であった。

342黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:02:50 ID:lQG/D5qE0


「問いを返します。DIO……貴方の閉じられた闇の視界に、『天国』とやらは映ってますか?」


 完全に右眼球を抉り取られた白蓮とは違い、DIOの右目の傷は深くはない。放ってもすぐに治癒が始まるだろう。
 だが一秒が命取りとなる戦闘においては、あまりに長過ぎる暗黒の時間。
 一時的に視覚不全となったDIOの鼓膜に、安らぎへ誘うような温和な声が鳴り響く。

「極楽浄土を目指すには、貴方はあまりに独善で、邪悪すぎる。身の程を知り、悔い改めなさい」
「また説法のつもりか……? 田舎のお香臭い坊主如きが、オレによくぞ垂れたものだ」

 右目が埋まっていた場所を空洞とさせながら、それでも白蓮は堂々と構える。
 傍から見れば、不気味極まる光景だ。
 苦を受け入れんとする格好が、視界を手放したDIOの瞼の裏にも焼き付くようだった。

 男は考える。
 この女は果たして……停止した時の中を『何秒』動けるのか?
 DIOの現在の限界停止時間は『8秒』。つい先程覚醒した奴の潜在速度がそれ以上とは思えないが、確かめねばならない。


「ザ・ワールド! 時よ止まれッ!」

「───スカンダの脚」


 時間停止。それは確実に成功した。
 それでも聖女の脚は止まることなく、DIOの門を蹴破ってきた。
 貫通不可の『世界』を盾にしようが、瞬間移動の如きスピードですり抜けてくる技はまさに疾風迅雷。
 塞がれた視界の中、縦横無尽に動き回る獣を捕らえるのは容易ではない。
 数発の鈍痛が、身体中の神経を一度に駆け回った。白蓮のあまりに疾すぎる乱打が、まるで時間の静止が一気に解放されたかのようにDIOの肉体を襲撃する。

「が……ッ!」

 視覚は無い。だが血の匂いや気配で分かる。
 気付けば、女は背後にまで回っていた。一瞬の間の後、肺の中の空気が暴発し吐き出される。
 刀の達人が対象を斬り付け、数瞬の硬直の後に血が噴出し両断されるという描写をよく見るが、アレと同じだとDIOは感じた。
 痛覚すらもタイムラグに置く打撃。彼女が通り去った空間には真空すら発生し、そのスキマを埋めようと周囲の空気が引き寄せられ、軽い乱気流をも産んだ。

 またも吹き飛ぶ吸血鬼の体。
 もはや単純な接近戦において白蓮の体術は、『世界』を弄べる領域にまで至りかけている!


『いい加減にしろ……暴れ過ぎだ』


 分厚い本棚をまるで障子紙か何かのように破って奥まで吹き飛んだDIOを追撃せんと、力を込める白蓮の背後より不気味な声が響く。

 全身におぞましい文様を貼り付けた、白い人型のスタンド。
 古明地さとりより話には聞いていたが……!

「……プッチ神父!」
「『ホワイトスネイク』!」

 先の果樹園での交戦により、その能力の一端は想像出来る。
 恐らく『遠隔操作』の類だが、肝心のプッチ本体の姿は見えない。あの負傷だ。騒ぎに紛れ身を隠したのだろう。
 即座に五感を研ぎ澄まし、隠れた本体を察知するべきだが、既にスタンドの腕は白蓮の額へと迫っていた。

 反射的に防御し、カウンターを企むが……

「しま……ッ!」

 防御の腕を透過し、ホワイト・スネイクの指が眼前に突っ込んでくる!
 スタンドはスタンドでしか干渉できない。ついぞ先程告げられたルールが急遽脳裏に浮かんだ白蓮は、咄嗟に首を後方へ逸らすも。
 白蛇の指先が白蓮の喉元を通過し、一回り小さいサイズの円盤がそこから生えた。

 白蓮の肉体に半端な物理攻撃など大して通じない事は散々思い知らされた。
 であるならば、プッチの『ホワイト・スネイク』は、ある意味では『ザ・ワールド』よりも上等な攻撃力を持つ。
 頭部のDISCさえ奪えれば、問答無用で相手を無効化出来るのだ。いわば、防御無視の効力を持つプッチならば、白蓮と戦うには『向いている』。


『記憶DISCとまではいかなかったが……奪ってやったぞ』


 一撃狙いのDISC化はギリギリで回避されたが、白蓮の喉を通ったホワイトスネイクは、僅かばかりの功績を挙げた。

「〜〜〜〜っ!? ───っ! ───っ!」

 懸命な様子で、白蓮は何やら喉元を必死に抑える。
 スタンドの指がちょっと掠った程度の接触。その鋼の肉体には全く傷にもならない筈。
 事実、抑えた箇所に異常は見られない。

 そこから失われた小さな円盤の正体は。

343黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:04:21 ID:lQG/D5qE0


(こ、声が……出ない!?)


 『声』を円盤化させ、盗られた。
 彼女は素知らぬ事だが、プッチはついさっきもDIOの『視力』を一時的に抜き取り、鈴仙の攻撃を無効化させるという奇策を披露している。
 右目を潰され、白く透き通るように物柔らかだった声をも失った白蓮は、敵のこの攻撃に潜む意図を察した。


 声が出せないという事は、どういう事か。


 俗に謂われる『スペルカード』という弾幕攻撃。
 幻想郷に住まうあらゆる少女達が好む遊戯に使用される、オリジナル必殺技のようなものだ。
 スペルと名の付くからには、呪文またはそれに類する手段を利用して作り上げる弾幕なのだが。
 少女達は、そのごっこ遊戯の中でこそ如何にもといった技名を宣言……つまりスペカを唱え多種多様な弾幕を描く。
 別名:命名決闘法と定められている以上、スペカの宣言は必要だというルールも確かに存在するが……実の所、弾幕を放つのにその宣言は必ずしも必要とはしない。
 あくまでルールの中での取り決めなのだ。命名決闘法の外であれば、わざわざ宣言するまでもなく不意打ちを狙うのも当然ながら自由なのである。

 要は、多くの少女達は技を放つのに『声』を発する必要が、実は無い。

 が、例外も存在する。
 聖白蓮。彼女を幻想郷の人外その他諸々の種族にカテゴライズするならば───『大魔法使い』だ。霧雨魔理沙やパチュリー・ノーレッジといった魔女系統もこれに相当する。
 呪文やお経を“読み上げる”行為を起点とし、肉体強化魔法並びに全てのスペカを発動させるスタイルだ。


 その彼女の『声』が奪われた。
 それはつまり、肉体強化含む全スペカが封印されたも同義───


「───魔法『魔界蝶の妖香』」


 縮小された視界の中、白蓮は悠然と敵を見つめ……


 ───唱えた。


 声は、まるで響かない。
 誰一人の鼓膜に、掠りともしていない。
 けれども、その唇の動きだけは確かに一つのスペカ宣言を成し終え。
 物陰に隠れながら彼女を窺っていたプッチには、不思議とそう聞こえた。


 プッチの狙いに誤算があるとしたなら。
 白蓮の操る『魔人経巻』……誰が呼び始めたのか、通称エア巻物にびっしり記された呪文には、読経の必要が無いという事だ。
 その特殊な巻物には、広げるだけで“読み上げた”事とする機能が搭載されていた。白蓮の速攻の秘密とは、まさにこれの恩恵に依る所が大きい。

(あの教典……思った以上に厄介だ! それに私の居場所がバレているのか……!?)

 紫色に光る蝶形の弾が所狭しと駆け巡る。その狙いは正確とは言えないが、白蓮がプッチの居場所を凡そ見当付けている事の証明だ。
 法力万全の白蓮の五感は鋭い。プッチにとって不運なのは、その五感の内、視覚と聴覚が半ば塞がれている障害が、却って彼女の感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませている事だ。

 白蓮から見て、右前方の本棚の後ろにプッチは身を隠している。
 事実上の即死効果を与える遠隔操作型スタンドを持ちながら、近接超特化型の白蓮の前に本体が身を晒すメリットは皆無。果樹園で交戦した際は作戦上、本体のみで迎え撃っただけだ。
 勢いに乗った白蓮に迂闊に近付く愚など有り得ない。教科書通りにプッチはスタンドのみを対峙させるも、彼女は遠距離攻撃すら充分なカードを揃えているらしい。まこと、大魔法使いの称号は伊達じゃない。

 それでも、スタンドを持たない白蓮から見ればプッチは脅威だ。スタンドを前に立たせるだけで、大概の弾幕の盾となってくれる。
 プッチの隠れる直線軌道上を翔ける蝶弾のみ、ホワイトスネイクが手刀で弾き落とす。こうなってしまっては分が悪いのは白蓮の側であった。

 全方位に広がる蝶の弾幕をものともせず、ホワイトスネイクはあっという間に白蓮の元に辿り着いた。
 彼女のDISCを確実に獲る為、視界の消失している右側から攻める。ザ・ワールドの拳とは違い、ホワイトスネイクの指は受ければ即・戦闘終了となり得る。

(避け切れない……っ!)

 DIOから受けた幾多の攻撃は、彼女の俊敏性を明確に奪う程の鈍痛をその足へ蓄積させていた。

 ホワイトスネイクの攻撃を、完全に回避しきれない。

344黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:05:39 ID:lQG/D5qE0



「ゴールド・エクスペリエンス……床板を『蝶』に変えた」



 突然、頭が割れ砕けそうな激痛がプッチの頭部を襲った。
 それだけではない。自らの額から『DISC』が半分ほど突出している。

「が……っ! こ、この現象は……!?」

 DISCが飛び出ているのだから、これはホワイトスネイクのDISC化能力が何故かプッチ本体へと『返って』きていると考えた方が道理だ。
 注視してみれば、白蓮と……そしてジョルノの周囲にはいつの間にか、紫色の蝶々がひらひらと踊るように舞っていた。
 白蓮の放った蝶形の弾幕『魔界蝶の妖香』と、ジョルノの創った蝶とが、互いに交差しあい、紛れるように飛ばされていたのだ。
 ホワイトスネイクは、その内の一羽を弾幕と見誤って叩き落としてしまった。


 ───ジョルノが産んだ生物には、『攻撃するとダメージがそのまま本体へ返る』という強力な能力が備わっているとも知らずに。


「あの神父は僕が叩きますので、聖さんはDIOをお願いします。あと“これ”……貴方の『目玉』ですので、嵌めといて下さいね」
「……!? ★●■〜〜〜っ!」


 声は全くとして出ていないが、白蓮の驚愕と困惑ぶりはその顔にも存分に表れている。
 なにせ先程DIOに抉り取られたばかりの自分の眼球が、野球ボールか何かのような扱いでジョルノから投げ渡されたというのだから無理もない。
 勿論それはたった今彼が手頃な物で創った目玉なのだが、ジョルノの能力を詳しく知らない白蓮は、そんな物を大した説明なく受け取ってしまった反動で思わず頬が引き攣った。
 そのトンデモ行為に、彼が以前ブチャラティから受けた仕打ちのトラウマが多分に含まれていたかどうかは本人のみが知るところだが。


「神父は……あそこか」


 反射ダメージの効果で、プッチの頭部からはスタンドDISCが半分飛び出ている。それにより、身悶えていたホワイトスネイクの像がノイズに紛れて消失した。
 これ以上ない好機。プッチは今、直ぐ様の反撃が出来ないという、スタンド使いにとって致命的な状態。

 ジョルノが駆ける。狙うは当然プッチ本体!


「させないッ!」


 この場で唯一手の空いた蓮子が、再度してジョルノの前へと飛び出た。
 周囲には夥しい数の蝶。下手に攻撃すれば自らの首を締めかねない事になるのは、今の攻防を見ていれば予想出来る。
 臆することなくジョルノが疾走する。不規則に漂う反射蝶を上手く避けて彼を斬り伏せるという事は、如何な刀の達人であろうと難事である。


「だったら、斬れないように……斬ればいい」


 蓮子が小さく呟くと同時。
 ジョルノの右肘から先が宙を飛び、全ての蝶が散るようにして消えた。


「───ッ!? ぅ、なに……っ!?」
「ジョルノさん!?」


 両眼と、消失したホワイトスネイクが落とした己の『声』を取り戻した白蓮の視界に飛び込んできた最初の光景は。
 鮮やかに振り下ろされた妖刀の輝きと、血飛沫と共に舞う少年の腕。
 蓮子の一振は確実に反射蝶ごとジョルノの右腕を通過した筈が、どういう訳かリフレクターが作用しなかった。

 物体透過能力。
 アヌビス神が持つ、厄介極まるスキルの一つである。
 ジョルノを護るように飛び舞う蝶の数々をすり抜けて無視し、対象のみをブッた斬る。
 こと“斬る”能力に関して、アヌビス神の力は本物である。

「『ガルーダの爪』!」

 重症を負ったジョルノと前衛を交代するように、白蓮は移動と攻撃を併せ持った蹴りを見舞った。DIOにも披露してみせた、爆撃を模した苛烈なるライダーキックである。

 それすらも、刀の峰で止められた。

 速さに掛けては他の追随を許さない白蓮の蹴りを、こんな少女相手に、だ。
 相手が人間の少女だということで、白蓮にも無意識下での躊躇は澱んでいたかもしれない。それにしたって、ザ・ワールドをも翻弄するレベルのスピードは易々と防がれるものではない。
 いや、それよりも……。

(この子……今、明らかに私を見ずして受け止めた!)

 白蓮の瞬速に追い付いたのは、少女の視線より刀が先だった。
 まるで刀そのものに意思があるかの如く、少女の腕をグンと引っ張って白蓮の蹴りを受けさせたように見えたのだ。

345黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:06:14 ID:lQG/D5qE0

(敵本体は『刀』の方……!? だとすれば……)

 刀に意識を奪われている。有り得ないことではない。
 今、こうして接近して分かったが、どうもこの少女……正気を感じない。
 いや、元来持つ正気が、上から悪の気に包み込まれているかのように朧気で薄明な意思だ。

 つまりは……少女に傷を付けず、刀のみを破壊しなければならない芸当が求めら───


「URYYYYィィイイァ!!」


 少女の不遇な環境に、一瞬胸を痛めてしまった事が仇となったか。
 戦場に復帰したDIOが、猛烈なパワーを込めて白蓮の左肩へスタンドの一撃を入れてきた。
 ミシミシと、全身の骨髄を伝播する重い痺れが彼女の動きを鈍くし、次に襲ったザ・ワールドの回し蹴りは、今までで一番に深く白蓮の身体へ食い込んだ。

「あ……!」

 今度こそ受け身すら取れず、白蓮は木の葉のように吹き飛ぶ。

「聖、さん……!」

 重症ながらも、ジョルノが隻腕のスタンドを起動させて白蓮をキャッチ。彼女の強力な近接戦闘術が一瞬でも戦線を離脱されれば、片腕のジョルノにこの猛攻を防ぐ術は無い。

『おのれ……味な真似をしてくれる……!』

 視界には入ってくれないが、プッチ本体が態勢を立て直したのか。
 ホワイトスネイクが側頭部を抑えながらも、再び発現して現れた。
 さっきみたいに反射の罠に二度掛かってくれるようなヘマはしないだろう。

「頑張った方だけど……ここまでよ」

 今しがたジョルノの戦闘力を半分削いだ蓮子が、アヌビス神の切っ先を向けて言った。失った右腕を作る隙など、与えてくれるわけがない。
 決して前線に出ようとはしていない彼女だが、ストレートに強力なのはあの刀だ。白蓮とDIOの戦いにジョルノがまるで介入出来なかった事から、その厄介性は伺い知れた。

「聖……そしてジョルノ。貴様ら二人だけは、絶対にここで摘まなくてはならない」

 DIOが横にスタンドを立たせて睨んだ。
 息こそ荒くなっているが、ダメージはそれほど入っていない。白蓮から断絶された右目も、いつの間にやら殆ど再生しかけている。


 囲まれた。
 二対三という数での不利は元々、白蓮の奮闘が限りなく上手く回ってこそ埋められた穴である。
 長期戦となれば劣勢に陥るのは当然。ましてDIOのみならず、配下の神父と少女の方も想像以上に曲者であるというのだから。

(紫さんは……さっきからまるで動いてないな。彼女の事だ、そうあっさりもやられないだろうが……)

 万事休すの状況に追い込まれ、逆に頭が澄み始めたのか。
 ジョルノの心中には、八雲紫の姿が浮かんだ。
 彼女に預けたブローチの位置は、館の一箇所から全く動かずにいる。
 ターゲットの人物を発見したのであればすぐさま外部に出る筈であるし、見付けられないのならいつまでも不動でいる意味が分からない。

 恐らく、向こうは向こうで何か『予定外』のアクシデントでも起こっているのだろう。

(何を僕は……あの人の救援でも期待しているのか?)

 自分らしくない弱音に、ジョルノはかぶりを振った。
 今までにもこの程度の窮地など、幾度となく経験してきたろう。
 どうもDIOの、“あんな話”を聞かされてから臆病になっている気がして。


 こんな時、ブチャラティならどんな声を掛けてくれるのか。
 ディアボロを倒して新たなボスの座に就き、組織パッショーネを一から洗浄していく過程で、彼の家庭事情をほんの少しだけ調べてみた事がある。
 幼い頃より両親は離婚。父親は麻薬絡みのいざこざにより、死亡。
 調査書によれば、当時まだ子供であったブチャラティはその時、襲撃してきたマフィア二人を殺害している。
 父を守る為に。そして父を奪った麻薬をこの世から消滅させる為に。
 ブチャラティは自ら闇の世界の住人となり、幹部にまで登り詰めた。

 力を持たない子供の彼であったからこそ、『父親』とは唯一の拠り所であり、依存すべき繋がりであったのだ。
 だから彼は、『父親』から憎まれ、手を下されそうになったトリッシュを命懸けで守ると誓った。

 ジョルノは……トリッシュと同じ存在だった。
 『父親』から目の敵とされ、命を狙われるという恐怖は……想像以上に人間を弱くさせる。

 きっとブチャラティならば。
 そんなブチャラティだからこそ、彼はジョルノをも救おうとするだろう。

 あの人はもうこの世にいないが、心の底から尊敬すべき人間であった。
 彼はあの時、ローマでジョルノに全てを託し。
 最期に……きっと、『夢』を叶えて逝ったに違いない。

346黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:06:47 ID:lQG/D5qE0


「僕はまだ───自分の夢を叶えていない」


 運を天に任せた上で全てを諦めては、勝利者にはなれない。
 DIOは想像より遥かに強大で、邪悪だった。
 準備不足は否めない。元より、ここは敵の本拠地だ。
 普段の自分であれば、時期尚早だとしてDIOとの決戦は見送っていたかもしれない。


 八雲紫の『夢』を語る、その純朴な瞳に。
 どこか……惹かれたのだろう。
 理由を訊かれたのなら。それが彼女に手を貸そうとした理由だ。
 そして。父親とケリをつける為に此処へ来た。


 誰しも───夢を語る時の瞳というのは純粋で、

 眩くて、

 清く、

 正しい光を纏うものなのだ。



「このジョルノ・ジョバァーナには……『夢』がある」



 黄金の髪を持った少年が、断固とした眼差しで宣言する。
 片腕となったゴールド・Eを隣へ並ばせ、DIOを睨みつけた。



「ギャングスターに、僕はなります」



 言葉の響きに、揺らぎなど無かった。
 傍で聞き遂げる白蓮にも、少年の持つ根底の強さが見て取れた。
 発された単語の意味は不明だが、少年の宣誓は白蓮にとっても、心地好い余韻を残してくれた。


「───ボーイズビーアンビシャス。……少年よ大志を抱け。外の世界には、こんな言葉があると聞いた事があります」


 少年の語る『夢』は、白蓮にも過日の大志を思い出させてくれた。
 少年でも、少女ですらないけども、自分にも『夢』と呼べる想いが今でもある。
 それを叶え遂げるまで、倒れる訳にはいかないのだ。

「私を使ってください、ジョルノさん。貴方はまず、腕の止血を……」
「易々とは治療させてくれないでしょう。僕の見ていた限りでは、聖さんと相性が悪い相手はあの神父の男です」
「……全員、私が相手取ります。その間に貴方は何とか……」

 白蓮のポテンシャルなら、多数相手でも時間稼ぎは可能かもしれない。
 だが、スタンドを持たない。それだけの事実が、戦況を大きく傾かせる致命的要因となりかねない。


「作戦会議は終わりか? 言っておくが、先程までのように『疾い』だけで翻弄できると思わない事だ」


 クールダウンを経たDIOが自信を顕にする。
 根拠の無いハッタリではない。男の自信は、揺るぎない経験の元に立ち上げられている。
 あらゆる窮地に即座の対策を導き出してこそ、百戦錬磨のスタンド使いたる所以。伊達に世界中のスタンド使い達を見てきたわけではない。
 きっと白蓮のスピードなど、すぐにも順応し対応を立てられる。

 どうすればいい。
 先ずは敵の陣形を崩したい。ホワイトスネイクに攻撃は通じない以上、そこ以外を突くしかない。


 白蓮は腹を決めた。
 魔人経巻を広げ、パラメータを一気に増幅させ。

 ジョルノが失った右腕の治療に取り掛かり。

 ホワイトスネイクが駆け出し。

 蓮子がアヌビス神を振りかぶり。

 DIOが叫び、時間を止める。



 その全てに先んじて、
 此処に立つ誰もが予想すらしなかった、
 弩級のアクシデントが、

 熱風の爆音と共に姿を現した。



 その凶兆の名を、ある者は『サンタナ』と呼称を付けた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

347黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:07:56 ID:lQG/D5qE0
『八雲紫』
【午後 15:36】C-3 紅魔館 二階客室


「聖がこの紅魔館に?」
「来ている筈さ。DIO達もそっちに出っ張らっちまってる」


 幻想郷がアメリカにあれば、この男のような時代遅れな服装をした人間がわんさか表を出歩いているのだろうか。
 取るに足らない事を思考の端に追いやり、八雲紫はホル・ホースから一通りの情報を頂き終えた。
 思い掛けない偶然に、命蓮寺の住職が単身でこの館にまで来ているらしい。無論、客としてでなく鼠として。
 狙いはジョナサン・ジョースターのDISCだという。DISCといえば青娥や鈴仙の手に入れた『スタンドDISC』が例に浮かぶが、それとは別種の物だろうか?
 その旨をホル・ホースへと訊いても、詳細は知らないと首を振った。

(また、ジョースターか。その家系、詳しく調査する必要がありそうね)

 最早ただの一参加者では収まらない『ジョースター姓』の秘密。
 なるべくなら全てのジョースターと接触を図りたい。尤も、ジョニィ・ジョースターは既に故人。彼をよく知る者がまだ生きている筈だ。


「……で、貴方は?」
「え。お、オレ……?」


 今考えても、答えなど分からない。
 それよりかは、今はホル・ホース。この男の見極め及び処遇だ。
 DIOの部下と名乗るわりには、会話や立ち振る舞いに奴への尊敬は感じられない。ディエゴが去った時には、既に『様付け』を早々に放棄している時点で、忠誠心は大してありはしないだろう。

 幾つかの質問(という名の尋問)を交わして理解出来た。
 彼は処世術に長けてはいるが、あくまで保身が最重要。悪い言い方をするならば、フヨフヨ漂う根無し草。だからこそ此処まで生き延び、だからこそ此処から先を見通せない。
 運やマグレで今まで生きてこれた訳では決してないが、このゲームに限って言えば、何か拠り所を掴んでいなければすぐにも野垂れ死ぬだろう。

 その“拠り所”とは、言うまでもない。

「聖白蓮。彼女が本当にこの館に来ているのなら、貴方にとってみれば千載一遇のチャンスでしょう」
「だからそれはさっき話したろう。オレぁ、建前上はDIOの部下やってんのよ。お前さん、オレがあのDIOの目の前で聖の姉ちゃんと話せってのかい?」
「なんならDIOを撃てばいい。射撃の名手なんでしょ?」

 勿論、そんな事でDIOが討てれば苦労はない。しかし問題は、このままだと白蓮の敗色が濃厚だという事だ。
 あの尼の強さは理解している。並大抵の妖怪はおろか、マトモにぶつかれば私ですら少しは手を焼く。
 しかしそれでもDIOには勝てない。実力どうこうでなく、『聖白蓮』ではきっと……『人間の持つ邪悪さ』には勝てない。

 彼女はそういう女だ。
 少なくとも、一人では勝てない。

348黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:08:40 ID:lQG/D5qE0

「下には多分、一緒にジョルノ君が居る。鈴仙も居る。そこに貴方が加われば、DIO相手にだって劣らないんじゃないかしら?」

 口では上手いことを言うものの、紫の見立てではそれでも過不足。ホル・ホースの実力はまだ不明なれど、DIOには届かない。

「なに!? み、味方が居んのかよ! 二人も!?」

 しかし紫の申し訳程度の煽てに、ホル・ホースは案外乗ってきた。
 DIOには勝てない、とは思うものの、戦力に加算があるなら白蓮らの足でまといにはならないだろう。
 紫とて、無駄な犠牲者など出したい訳もない。まして囮役を引き受けたジョルノ達のフォローに入るのなら、願ってもない援軍だ。

「表向きでもDIOの部下なんでしょう? 私が貴方なら、その立場を逆に利用するけどねえ」

 ポン、と背中を後押し。
 さあ人間。貴方の答えは?

「…………〜〜〜く、ゥゥーー……っ!
 だーーもうッ! わーった、わーったよ!
 行きゃイイんだろが行きゃあ!!」

 半ばヤケクソのよう。それでも頷いてくれた。
 及第点だ。これならば、後顧の憂いなく彼に『任せて』やってもいい。
 信用出来るか出来ないかで言えば、この男は信用出来ないに分類される。
 良い人間か悪い人間かで言えば、間違いなく悪い人間だ。

 でも、まあ……他に適役も居ないし? 時間も無いものね。

「つーか! 何でテメーがさっきから上から目線なんだよ!
 お前さんも来いよ! 同郷の奴なんだろ!?」
「あら、私にはキチンとやるべき事がありますのよ。貴方、レディを戦場に送る気?」
「あー? ンだよ、その『やるべき事』っつーのは」

 待ってましたその言葉。
 そう言わんばかりに溌剌とした紫の腕は、天に掲げたその扇子をある一点へと振り下ろし、指し示した。


 マエリベリー・ハーン。
 未だ目覚める気配の無い、白雪姫へと。


「この娘の『意思』の行方をざっと探してみたのだけど、どうやらすぐ近くには居ないみたいなのです」
「意思ィ〜? どうやって追ったんだよ」
「私と波長が似ているから難しい事ではないわ。
 そして……『追跡』するのも、ね」

 紫の指先が、メリーの肩に触れる。
 ツツーと、優しく擦るように指先が滑り、少女の頬が撫でられた。
 眠り終えた幼子を慈しむ母親のように、扇子の奥に隠れた口元がフ……、と緩む。


「これより、この娘が見ている『夢』を追体験……というより直に『侵入』します」

349黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:09:09 ID:lQG/D5qE0

 ひどく大真面目に言い放たれたその言葉に、ホル・ホースの顔は硬直へと囚われた。
 夢の中へ入る。そんなスタンド使いが、DIOの部下に居たとか居ないとか。
 しかし非現実的な話だ。それこそ夢見心地の気分でいるのではないだろうか、この胡散臭い美女は。

「あー……えっと、夢の中に、侵入。それも他人の」
「夢みたいな話でしょう?」
「なるほどね。オレもガキの頃、テメェの望んだ好きな夢を見たくて、色々実験したもんだ」
「あら、意外と可愛らしい幼少時代をお持ちで」
「だろう? まあ、出来るわけもねー。そう、出来るわけもねーんだ」
「出来ます」
「どーやって」
「……私の力、じゃあない。どうやらこれは……この娘の『能力』みたいね」
「……じゃあその娘も、スタンド使いか?」
「少し、静かにしてて」

 問答無用のお達しを受け、ホル・ホースは大いに不満な顔で口を噤んだ。
 外野の視線を難なく受け流し、紫の人差し指がメリーの閉じられた瞼にそっと重なる。



 ……。

 ………………。

 …………………………。



「入れそうね」
「マジか」


 何とも重たい無言の空気を耐え忍んだホル・ホースの耳に飛び込んだ第一声は、ファンタジーの肯定を示唆するような短い内容。

 メリーには、『境目が見える程度の能力』が備わっている。
 かつて結界を通じて衛星トリフネ内部に侵入した際、相棒の蓮子の目に触れる事で、自分の見ているビジョンを相手に『共有』させるという際立った能力を発揮していた。

 『夢』を他人と共有できるチカラ。
 その能力を紫が知っている訳がない。
 けれども、何故か紫の内には希望めいた確信があった。
 何となく……自分の姿にそっくりなこの娘とは、何もかも通じ合える気がする、という奇妙な確信が。


 その確信が、二人の関係を決定的なモノへと繋げてしまうという……ある種の『恐怖』も。


 意を決して紫は振り向き、そこに立つ男へと声を掛ける。

「ホル・ホース。貴方には、少しの間だけここを守っていて欲しいの」

 ギョッとした表情が、男の動揺の全てを物語る。
 予期せぬ要請。唐突すぎる申し出だ。

「ハァ!? なんでオレが!?」
「守って、というのは多少大袈裟ね。私が『向こう』へ行っている間、私本体は完全無防備になると思うの。
 だからその間だけでも、ここで見守っていてくれるだけで構わない。元々、彼女を守れっていうDIOからの命令があったんでしょう?」
「いや……だけどよォ、アンタがついさっき言った事だぞ。“聖白蓮に会いに行け”って……!」

 あれは方便みたいなもので、紫は単にホル・ホースという男の『底』を確認したかっただけだ。
 この場で白蓮に会いに行こうともせず、ひたすら保身にしがみつく軟弱な男であれば、この話を持ち出す気など無かった。
 渋々ながらも彼は、最低限の男気を見せてくれた。ならば少しは紫の期待には添えてくれるだろうと信用し。

「聖なら簡単にやられるようなタマじゃないわ。
 貴方が百人束になって掛かったって、あの尼には敵わない」
「……チッ。ここで見てりゃあ良いんだな?」
「ええ。でも、もしも…………いえ。何でもありません」

 歯切れの悪い言葉を振り払うように、紫はスカートを翻してメリーの隣へ立ち、おもむろにその身体を抱き上げた。
 部屋の奥に備えられたベッドの上へと彼女を横にして、自らも靴を脱ぎ、その隣に横たわる。


「それじゃあ、ちょっと神隠しに遭ってくるわね。
 あ、私が寝てる間にオイタは駄目よ?」
「るせぇ! とっとと行ってきやがれ!」


 茶目を見せながら、紫とメリーは互いに向き合うようにして。
 瞳を閉じ、メリーの閉じられた目へと触れた。


 それを合図に、部屋の中は静寂に包まれた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

350 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 21:10:17 ID:lQG/D5qE0
中編投下終了です。もう少し続きます。

351名無しさん:2018/09/15(土) 12:55:16 ID:ZFL3hUoA0


352名無しさん:2018/09/16(日) 12:48:07 ID:OjWtdSY20
ここでサンタナ参戦か。確変の勢いに乗って押し切れるかな

353 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:48:35 ID:fObrG55w0
投下乙です。
後編を楽しみにしつつ、合間に一作ゲリラ投下をさせていただきます。

354 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:55:33 ID:fObrG55w0
 目覚めてすぐ、ウェスは途方に暮れた。目の前の状況が飲み込めなかった。降り注ぐ雨から身を守ることもなく、濡れ鼠の様相を呈した姫海棠はたてが地に膝をついて泣いている。それはいい。ひとまず上体を起こして、ウェスは身震いした。眠っている間、冷たい雨に打たれ続けたことで、随分と体温が奪われていることも自覚した。それもいい。
 問題は、ウェスのすぐそばに、原型を留めなくなるまで頭部を執拗に破壊された凄惨な遺体が放置されていることだ。割れた頭蓋から滲み出た血と脳漿が溶けてできあがった赤黒い水たまりには、さしものウェスも生理的な嫌悪感を覚えた。

「なんだっていうんだ……いったい」

 あまりに意表を突かれたため、自分がなぜ雨の中野ざらしで寝ていたのか、戦っていたあの女戦士は、ふたりの神々はどうなったのか、そういう疑問を抱くまでに若干の時間がかかってしまった。
 数瞬の間を置いて立ち上がったウェスは、傍らの惨殺死体を見下ろし、その正体があのリサリサであることを悟った。遺体が身に纏う衣服や、ひしゃげた顔面のそばに転がったサングラスの破片に見覚えがある。間違いはないだろう。
 ウェスは項垂れて慟哭するはたての背後へと歩み寄った。

「おい、こいつはお前がやったのか」
「うぇっ……ひっく……うぅ……っ」

 期待した返事はなかった。けれども、ウェスからしてみれば、それは十分に返答足りえるものだった。この中途半端な女に、これ程冷酷で残忍な殺人ができるとは思えない。下手人はほかにいる。だがそうなると、いったいなぜリサリサだけが殺されて、自分が生存しているのかがわからない。

「おいッ、無視してんじゃあねェーぜ」

 紫色のフリルがあしらわれたはたての襟を乱暴に掴みあげる。はたては雨と涙と鼻汁とでぐしゃぐしゃに濡れた顔を、はじめてウェスへと向けた。駄々を捏ねて泣きじゃくる子供のようなその表情は、ウェスを苛立たせるには十分だった。

「チッ……そんなに泣くほどツラいならよォー……オレがここで終わらせてやってもいいんだぜ」

 バチバチ、バチ。大気中の静電気を操って、ウェスの腕から襟、はたての体へと微弱な電流を流し込む。はたての華奢な体が、びくんと跳ねた。

「ッ、嫌……!」

 電気に対する反射行動か、背中に折り畳まれていた羽根が瞬時に盛り上がり展開され、ウェスの腕を振り払った。弾き出されるように飛び出したはたては、そのまま飛行をするでもなく、ろくな受け身も取れずに水たまりに突っ込み、飛沫を上げて転がった。その際、顔面を強打したのだろう、ウッといううめき声が漏れ聞こえた。
 起き上がったはたては、顔を真っ赤にしながらもまなじりを決し、ウェスを睨め付ける。

「う……ぅ……」
「なんだ? その眼は……イッチョマエに文句でもあるってのか? このオレによォオ」
「もう……、もう、もうっ――!」

 堰を切ったように、はたての怒号がしんと静まり返った廃村に響き渡った。

「なんッなのよアンタはさっきからぁああッ! なんだってそんな風に意地悪言うの!? 私が助けなかったら、今頃そこの死体と同じように殺されてた癖にッ……なんで私アンタなんか、……アンタなんか見捨てて逃げればよかった……!」
「……なにを言い出すのかと思えば、随分とくだらねーことを言いやがる」
「なっ……くだらない、ですって!?」

 ウェスは小さく鼻でせせら笑うと、己の手荷物の中からワルサーを取り出した。雨に濡れることも気にせず、空の弾倉に予備の弾丸を装填してゆく。水に濡れた弾丸では命中精度も威力も大きく落ちることは理解しているが、ウェスからすれば関係ない。
 弾丸が装填されたばかりのワルサーの銃口を、ウェスは自分自身のこめかみに押し当てた。瞠目し、なにごとかを叫びかけたはたてよりも早く、ウェスは連続で引鉄を引いた。
 銃声は一発も鳴らなかった。

355雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:59:57 ID:fObrG55w0
 
「な……なっ、なにしてんのよアンタはァアアーーーッ!」
「見ての通りだ……オレは自分では死ねない。何度も試したからな……だから、ここで死ぬならそれでもよかった。助けてくれなんて頼んだ覚えはねえ」

 ワルサーに装填されていた弾倉を引き抜いて、中身を検める。雨に濡れたにしては異常な程、弾倉の中身は『濡れすぎて』いた。普通、密閉された金属製の弾丸の中身まで浸水することはあり得ないし、近年の拳銃であれば水中でもそれなりの殺傷力を誇る。この弾丸は、ウェスを狙ったその瞬間に、本来の役目を失ったのだ。
 役に立たなくなった弾倉を捨てて、新品の弾倉に詰め替えるウェスを、はたては凝視した。

「冗談じゃないッ……ふざけたコト言ってんじゃあないわよ、アンタ……死んでもいいですって? いまさらッ……いまさら! ここまで好き勝手やっておいて……そんな勝手なことが許されると思ってんの!?」
「それこそ今更だな……許される必要がどこにある? お前に言われるまでもなく……きっとオレが行くのは『地獄』だろう……『天国』へは行けない。だが……生きているからにはやらなければならないことがある。オレが『地獄』に行くのはすべてが終わってからだ」

 柄にもなく、ウェスはくぐもった声を出した。
 生きている限り、歩みを止めるわけにはいかない。どこまでも冷静に、どこまでも無感情に、ウェスは己の目的の為だけに他者を殺す機械となる。そして、喪ったものを取り戻す。すべてが終わって不条理が取り除かれた世界に『呪われた人間』は必要ないとウェスは思うが、厳密に言えば終わった後のことはどうでもいい。

「家族を殺して……参加者を皆殺しにして、それで自分も『地獄』に堕ちるっていうの、アンタ」
「そうだ。そして生きている限り、オレは前に進み続ける……オレを止められるのは『死』だけだ」
「……っ、狂ってる」
「お前は思っていたよりも『マトモ』だな。向いてないと思うぜ……新聞記者なんてよ」

 またしても、ウェスは笑った。
 あのイカれた記事を書いた人間が持つには、些かちぐはぐした『論理感』がはたての言葉にはある。なによりも、ことあるごとに涙を流すような中途半端さなら、やめてしまった方がいい。
 はたてはさも心外とばかりに立ち上がり、尖った双眸をウェスに向けた。涙はいつの間にか止まっていた。

「そんなこと、アンタに言われる筋合いないわよ。せっかくヤッバいネタを手に入れたっていうのに、このまま腐らせたまるもんか……アレも、コレも、まだまだ配信したい内容が沢山あるのよ。誰よりも早く、独占スクープでみんなの度肝を抜いて、あいつらをぎゃふんと言わせてやるんだ……あんたと同じように、私にだって止まれない理由がある」
「そうかい……だったら勝手にしろ。お前がどうなろうとオレの知ったことじゃあないからな……それで役に立たなくなったとしても『切り捨てる』だけだ」
「……アンタほんっとのひとでなしね。今更もう期待はしてないけど……あーあ、アンタのことなんて助けなければよかった」

 憮然として嘆息するはたてから、物言わぬ遺体となった女戦士へと視線を向ける。

「で、アレは誰がやったんだ」

 問うた瞬間、はたては再び表情を曇らせた。

「トリッシュって子が殺された時、近くで寝てた紫髪の子が……まるで機械みたいに、淡々と気絶した彼女を……言っとくけど、私が飛び出さなかったら、アンタも一緒にやられてたんだからね」
「そいつはどうも。で、お前は恐れをなして泣きじゃくってたってワケか」
「だって、仕方ないじゃない……あんな殺し方、異常よ。怒りも憎しみもなにもなかった。ただ、作業をするみたいに平然と……あんなムゴいことができるなんて」
「殺し合いを助長するような記事を書いているヤツのセリフとは思えねェな」
「別に殺し合いを助長しようなんて、そんなつもりはないわ。私はただ、みんながアッと驚くような記事を書きたいだけ」
「そうか……そいつは立派な心がけだな」

 思うところはあったものの、はたての思考回路の異常さちぐはぐさを一々指摘してやる義理もないので、ウェスはあえてなにも言わなかった。はたてが今のスタンスでいる限り有用であることに違いはないのだから、今はそれでいい。
 ウェスは興味を失ったようにはたてに背を向け、歩き出した。

356雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:04:27 ID:fObrG55w0
 
「――だが、お前のお陰でオレは『復讐の旅』を続けることができる……『地獄』行きのな。お前を『協力者』に選んだのは失敗じゃあなかったらしい」

 それは、多分に『皮肉』の含まれたいびつな感謝だった。
 はたては一瞬遅れて、歩き出したウェスの隣へと駆け寄ってきた。

「ね、ねえ、それ褒めてるつもりなの? ぜんぜん嬉しくないんだけど」

 ちらとはたての顔を見る。嬉しそうだった。まなじりにはウェスを糾弾するような色も見て取れるが、口角が微かに上がっている。
 過ごした時間は少ないが、はたての目的を聞いていると、どうやら人より『承認欲求』が大きいように感じられた。他者に認められ、求められることで、この女は自分自身の必要性を再認識するタイプなのだろう。
 視界の片隅に見える木とはたてを見比べて、吐き捨てるように笑った。

「少なくとも……お前じゃあなかったら、きっとオレは今頃死んでただろうからなァア」
「そう、そうよね……だったらもっと感謝しなさいよね! 私と私の書いた記事に」
「ああ、してるぜ、お前のおかげだ……(お前のおかげでこれからもっと大勢の人間が死ぬという意味だが)」

 はたては安堵したように息をついた。

「で、あのカミサマふたりはどうなったんだ」
「さ、さあ……戦ってたハズなんだけど、決着がついたのかどうかは。少なくとも、もう戦闘は終わってるみたい」
「……そうか」

 肝心なトコロで役に立たないオンナだな、とは思っても口にはしない。どうせ決着がつく前に怖くなって逃げ出したのであろうことは容易に想像がついたので、あえて追求する気にもなれなかった。

「まあ、どっちでもいい。生きていたなら、次会った時に殺せばいい話だからな……どっかでおっ死ぬ分には問題ねェ。そんなことより――」

 ウェスは曇天の空を見上げる。ウェスとはたての周囲だけ、雨は止んでいた。その空を、一匹の小さな影が通り過ぎていった。普通であれば虫が飛んでいる程度にしか思わないのだろうが、この会場においてそれは異常だ。
 なによりも、影の正体が虫でないことをウェスは見抜いていた。
 影は、まるでふたりを監視するように、付近の陋屋の屋根瓦に止まり、羽根をたたんだ。
 直径にして三センチから四センチ程度の、小さな翼竜だった。

「アレはなんだ……お前、知ってるか」
「そういえば、あちこち飛び回っていたみたいね……見たところ、あの『トカゲ男』の能力のようだけど」
「ほう……じゃあ、誰かの能力なんだな? アレは」
「うん。多分『触れたものをトカゲに変える』って能力だと思う。今は無事だけど、あの洩矢諏訪子もアイツにトカゲに変えられてたみたい」
「そうか……だったらよォ、お前、アレを撃ち殺してみろ」
「えっ……いいけど」
「頼むぜ〜」

 ウェスの意図を理解しようとするでもなく、はたては求められるままにカメラ付き携帯のレンズを翼竜へと向けた。翼竜をファインダーに収め、携帯電話のボタンを押し込む。

   遠眼「天狗サイコグラフィ」

 機械的に再現されたカメラの撮影音がカシャ、と鳴った。はたてが撮影したのは、陋屋の中心で羽根を休める翼竜の写真だった。写真に切り取られた四角形の空間を埋め尽くすように、紫色のお札を模した弾幕が大量展開される。
 鮮やかな紫が、淡い輝きを放ちながら翼竜へと殺到した。異変を察知した翼竜はただちに飛び立とうとしたものの、ろくな知性を持たない翼竜に、大量に飛び交うお札団弾すべてを回避するのは不可能だ。
 一発目が翼竜に命中した。弾幕に込められた霊力が弾けて、翼竜が高度を落とす。そこへ、二発目、三発目の弾幕が追撃をかける。雨に打たれながら、翼竜は一匹の昆虫へと姿を変え、地面に落ちていった。
 のんびりとした歩調で『翼竜だったものの死骸』に歩み寄り、指でつまみ上げる。

357雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:11:44 ID:fObrG55w0
 
「ミツバチだ……しかし少し大きいな。オオミツバチか?」
「これがあの『空飛ぶトカゲ』の正体……? ってことは、やっぱり姿に変えられてたんだ」
「ああ、決まりだな……コイツはスタンドで操られていた。せいぜい偵察係ってところだろう……オレがお前に情報収集を任せたようにな」
「ってことは、やっぱりあの『トカゲ男』がやったのかしら」
「誰の能力だったとしても、気に食わねェことだけは確かだぜ……『高みの見物』で情報だけもっていくヤツがいるんだからな」
「アンタがそれ言う?」

 ウェスの背後に、スタンド像が浮かび上がる。雲の集合体、気象の具現『ウェザーリポート』だ。

「ねえ、アンタなにする気なの」
「オイ、お前……『恐竜』がどうして滅びたか、知ってるか」
「えっ」

 はたては問いの意味がわからないといった様子で眉根を寄せるだけだった。

「実際のところ、恐竜が滅んだ理由には諸説あるが……定説として唱えられているのは――」

 話しているうちに、自然界では考えられないほど急激に、通常ではあり得ない速度で気温が低下しはじめた。
 絶えず降り注いでいた雨が、その雨脚を弱めてゆく。空から降る雨が、液体の形状を保てず、その姿を雪の結晶へと変えてゆく。ウェスの上空を中心に、雨が完全なる雪へと姿を変え、その寒波の並は徐々に広がってゆく。
 寒波は瞬く間に廃村全体へと伝播していった。

「――長く続いた冬の『寒さ』に耐えられなかったからだ」

 吐く息が白くなる。人間ですら凍えるほどの寒波を、ウェスが引き起こしているのだ。
 雨に打たれ全身を濡らしていたはたてが、両肘を抱えて震え始めている。ウェザーリポートは、はたてに向かって突進した。実体を持たないその像が、はたての体を突き抜け、そのまま通過してゆく。

「えっ、な、なに!?」
「ウェザーリポート……お前の体に纏わり付いた水分をトばした」

 宣言の通り、ウェザーリポートが齎した熱量は、瞬く間にはたての髪を、衣服を乾燥させていた。瞬間的にかなりの熱がはたてを襲った筈だが、元々の気温の低さと体温低下もあって、はたての体はそれをダメージとは認識しない。ウェスが、そうなるように調節した。
 かたや、ウェスの視界の隅を飛んでいた一匹の翼竜の高度がみるみる下がってゆく。さっき死んだ翼竜とは別の個体だ。そいつはそっと一軒の陋屋の軒先に羽根を下ろすと、体を丸めたままじっと動かなくなった。

358雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:21:54 ID:fObrG55w0
 
「雪の降るような『寒さ』の中では活動を止める……『何者であろうと』な。恐竜だろうと昆虫だろうと、その点は同じだぜ」

 あの翼竜はもう動けない。このままじっとしている限り、寒波に耐えられず徐々に体力を奪われ続け、いずれ支配が解けると昆虫の姿に戻り死に至るだろう。一匹一匹を点で潰してゆくのは骨が折れるが、面で活動を制限するのであれば、さほど集中力は必要ない。
 この殺し合いにおいて、情報は命を左右する要素にも成りうる。どこかでいい気になって楽に情報収集を決め込んでいる参加者がいるならば、ここでその手段は潰しておくべきだ。此方の情報だけが相手側に筒抜けになるという事態を今後防ぐために、ウェスはウェザーリポートを発動したのだ。

「アンタまさか、この会場中にソレをやる気なの」
「どうかな……今のままじゃあ、あまり広範囲に能力を及ぼせないらしい。本来ならこの程度の会場を寒波で覆うのはワケないんだが、くだらねェ制限ってのがかけられちまってるらしいんでな」
「うーん、なるほどねえ……でも確かに、そういう風に監視されたままっていうのは気持ち悪いよね」

 はたては腕を組んで目線を伏せる。暫し黙考したのち、おもむろに携帯電話を取り出した。キーを操作し、着信履歴を表示させる。
 二件、電話番号が表示されていた。新しい履歴の方に見覚えはないが、おそらくはたてが泣いている間に掛かってきたものだろう。今必要なのはその番号ではない。

「ねえ、その制限って……荒木と太田にかけられたやつよね」
「ここへ来てからだからな……そう考えるのは自然だろう」
「それ、解いてあげられるかも」
「なに?」

 はたては、画面に表示された電話番号を選択し、発信ボタンを押した。
 発信音に次いで、呼び出し音が鳴る。はじめて荒木がはたてに電話をかけてきた時に、彼らは非通知設定にする、といったことをしなかった。意図は分からないが、目の前に糸が垂らされているなら、掴んでみるのも悪くはない。
 十コールも鳴らないうちに、電話は繋がった。

『もしもし』
「その声、アンタは太田ね?」
『ンフフ、いかにも。まさか君の方からかけてくるとはねえ……わざわざかけてくるということは、なにか困ったことでもあったのかな』
「まあね……ちょっとお願いがあって。って、アンタたちにお願いするのも癪な話だけど」

 はたては自分の言葉の気軽さに驚いた。太田に対しては、どこか奇妙な懐かしさのようなものを感じる。面識など一度もないはずなのに。

『うーん、普通、こういうゲームの主催者っていうのは参加者個人の願いなんて聞いてあげないものなんだけどねえ』
「そこをなんとか、ねっ? 簡単なお願いだから」

 暫しの沈黙。電話の向こうから伝わる太田の息遣いからみるに、対応を考えている最中のようだった。
 
「これからもステキな記事書くからさ」
『ン〜〜〜……まあ、君には実績があるのも事実だからね。聞くだけ聞いてあげよう。叶えるかどうかは内容次第ということで』
「じゃあ、単刀直入に言うわね。ウェスの制限をちょっぴり解除して欲しいの」
『……は?』

359雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:22:37 ID:fObrG55w0
 
 ある程度は予想通りの反応だった。視線を隣に向ければ、ウェスも柄にもなく瞠目し、はたてを凝視している。気持ちのよい反応だった。今自分は、自分にしかできない仕事をしているという実感があった。

「といっても、自由にどこでにも雷を落としたいとか、殺し合いを有利に進ませたいとか、そういうズルがしたいわけじゃない。ウェスの能力を、この会場全体に行き渡らせるようにしてほしいってだけよ。具体的には、この雨が全部雪になるくらい」
『いやあ、それは十分ズルなんじゃないかな? 二つ返事でいいよと言えるような内容じゃないなあ』

 やはり、予想通りの反応だった。ここからが腕の見せどころだ。
 元より屁理屈を捏ねて記事を書くことを生業としているはたてにとって、理屈を捏ねることはさして難しい問題ではない。

「そうかしら? でもさあ、それってちょっと不公平じゃない」
『寧ろ公平さ。彼はそれだけの能力を持ってるからね。ある程度は制限しなきゃ』
「ふうん、なるほど」

 これでひとつ確定した。
 やつらは、参加者の固有能力に制限をかけられる。やつらの裁量ひとつで、行使できる能力の範囲は操作できる可能性が高い。もうひと押し、攻めてみようと思った。

「じゃあさ、会場中に偵察の……恐竜? を放ってるヤツはいいの? もう一度言うわ……私は別に『誰かを殺したい』とか『殺し合いを有利にしたい』とか、そういうことは考えてないの」
『なるほど……読めたよ、君の魂胆が。つまり、君とウェザーはその恐竜の動きを止めたいってワケだね』
「そういうこと。だって、会場中に偵察係を放って、ひとりだけ会場中の情報を得ているやつがいるのよ。私やウェスの情報も、たぶん握られてる。この殺し合いでそいつだけがみんなの情報を覗き見て立ち回れるなんて、こんなに不公平なことはないわ」

 太田はなにも言わない。構わずはたては続けた。

「そいつの能力に制限をかけろとか、そいつに罰を与えろとか、そういうことも言わないわ。ただ、そいつが能力を使って有利に立ち回ろうとするなら、こっちだって能力を使って対抗したいってだけよ」
『うーむ』

 押せばいける、とはたては思った。

「何度も言うけど、別に直接誰かを殺したいとか、そういうこと言ってんじゃないよ。ただ、ウェスが本来『できること』をほんの一部『できるように』してほしいだけ……そもそも、直接の殺しに発展しない『天候操作』って、そんなにヤバい能力じゃないんじゃない?」
『ふむ……それは確かに一理あるかもね。僕らとしては、会場全域に雷を落とすとか、滅茶苦茶な嵐を起こすとか、そういうことをされちゃ困るから能力に制限をかけたわけだから、雨や雪を降らすくらいなら、まあ』
「じゃあ」

 一拍の沈黙を置いて、太田は笑った。

『ンフフ……仕方ないなあ。主催者に直接コンタクトを取るなんて大胆な行動に出た君に免じて、今回だけは特別に許してあげよう。この電話以降、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては、範囲制限を解除するよ。あっ、もちろん吹雪とかもナシだからね』
「わかってるわかってる、そんなズル考えてないってば」
『それと、今回は特例ってことも忘れないように。いつでもこんな風に願いを叶えてあげられるなんて思われちゃ困るからね』
「それもわかってる。余程のことがない限りかけないから」

 きっと彼らは、はたての命の危機とか、そういう状況では助けてはくれない。今回は願い事の内容がルールに触れる箇所で、尚且つ論破できる余地があったから成功しただけだ。次以降はそうそう上手くはいくまい。

『それじゃあ、僕も忙しいから、これで切るよ。第五誌も楽しみにしてるからね……ンフフ』

360雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:10 ID:fObrG55w0
 
 受話器からは、ツー、ツー、と切電音が流れていた。
 はたては自信に満ちた表情で、ウェスへと目配せする。受話器から漏れる音で会話の内容を把握していたウェスは、未だ瞠目したままだった。

「おいおい……マジかよ、お前」
「マジも大マジ。ホント、私を『協力者』に選んでよかったわね」

 携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、はたては胸を逸らして破顔した。

「私がいかに役に立つ存在かわかったなら、これからはもっと私を丁重に扱うことね。そして私の記事を楽しみに待つこと」

 無言ではたてを凝視するウェスの視線が心地よかった。ここへ来てはじめて、乱暴者のウェスに対して主導権を握ったような気がした。
 高揚した気分のまま、はたては黒翼を大きく広げた。地を蹴り、翼をはばたかせて、はたては飛んだ。上空から、はたてを見上げるウェスを見下ろす。

「それじゃ、私はもう行くわ。こんなところでいつまでもじっとなんかしてられないもの。アンタも精々頑張ってね」

 小さくなっていくウェスに軽いウィンクを送る。ウェスははじめはたてを見上げていたが、すぐに興味を失ったように歩き出したので、はたてもそれに倣って彼方の空を見上げ、高度を上げた。
 体に纏わりつく雨が止んだことで、幾分飛びやすくなったように感じられる。代わりに冷たい雪が降るようにはなったものの、はたての体にはまだ、ウェザーリポートによって齎された熱が残っている。また体が冷え始める前に、どこか落ち着ける場所で暖を取って、ゆっくりと記事を書こう。
 まずは隠れ里での大乱闘と、二柱の神々の激闘を纏めた第五誌を発刊する必要がある。だが、その前に号外を出すのも悪くはない。

「内容は……号外『怪雨(あやしのあめ)到来!? 会場全域を覆う異常気象にご用心』……ってところかしら」

 雪降りしきる空を滑るように飛びながら、はたてはほくそ笑む。記事にするのは、起こった事実だけだ。ウェス本人を記事に取り上げるつもりはない。
 今日は傘を持って家を出ればいいのか、明日の天気は、今週の雨模様は。いつの時代も、気象に関する情報は誰だって喜ぶものだ。この記事は万人に受け入れられる自信がある。けれども、インパクトには欠けるから、号外だ。それは仕方ない。
 ウェスの能力が会場全域に広がるには、おそらく今しばらく時間がかかる。ならば、すぐに概要を纏めて配信すれば、この天気情報は何処よりも早い最新情報ということになる。
 きっと役に立つはずだ。読者の喜ぶ表情を夢想し、はたては自分でも気付かぬうちにあたたかい気持ちになるのだった。

361雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:50 ID:fObrG55w0
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里 付近 上空

【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)
[状態]:霊力消費(中)、人の死を目撃する事への大きな嫌悪
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:怪雨、寒波を纏めた異常気象の最新情報を号外として配信。インパクトには欠けるが、今まで念者の能力上書けなかったタイプの記事なので楽しみ。
2:その後、落ち着ける場所で第五誌として先の乱闘、神々の激突を報道。第二回放送までのリストもチェックし、レイアウトを考える。
3:ウェスvsリサリサ戦も記事としては書きたいが、ウェスとの当初の盟約上、ウェスのことは記事にできない? それとも、この程度なら大丈夫? 悩みどころ。
4:あの電話
4:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
5:『殺人事件』って、想像以上に気分が悪いわね……。
6:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
7:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第二回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第三回放送直前です。
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里
 
【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(大)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩に抉れた痕、服に少し切れ込み(腹部)、濡れている
[装備]:ワルサーP38(8/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:会場全域に寒波を行き渡らせ、恐竜の活動をすべて停止させる。
2:まだこの付近にあの神々がいるなら探してみるか? それとも徐倫が逃げた方向へ移動するか?
3:はたてを利用し、参加者を狩る。
4:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
5:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
 ただし、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては会場全域に効果を及ぼすことが可能となりました。雷や嵐など、それによって負傷する可能性のある事象は変わらず使用不可です。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。

362雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:28:11 ID:fObrG55w0
 
 
【全体備考】
※一日目 真昼――会場全域に寒波到来。程なくして全域で雨は雪へと変わることでしょう。

※ただし、ウェスのいるD-2から離れれば離れるほど寒波の到来には時間がかかります。
 また、エリアが離れるほど能力は大雑把になるため、エリアによって寒波の質や影響には差異が出ます。元となる雨雲にも影響されるため、雪が降らないエリアや、別の形で影響が出るエリアもあるものと思われます。
 逆説的に、ウェスに近付けば近づくほど寒波の影響は強くなるといえます。

※ワルサーの予備弾丸はすべて内部まで浸水し使用できなくなったため、弾倉ごと捨てました。D-2 猫の隠れ里 リサリサの遺体付近に放置されています。

363 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:32:04 ID:fObrG55w0
投下終了です。
またしてもルールに触れる箇所があるので、もしマズそうならご意見頂けると助かります。

364名無しさん:2018/09/18(火) 01:32:07 ID:Lhi613i60
はたて、何だかんだで可愛げはあるからそんな憎めないよね……
ウェスのまさかの恐竜封じに、ディエゴは何らかの対策は講じるんだろうか

365名無しさん:2018/09/19(水) 08:29:59 ID:P0Q.DKUc0
話変わるがジョジョロワ3rd全然更新されてないけどどうなってんの?

366名無しさん:2018/09/19(水) 10:01:06 ID:OciN0E3s0
>>365
ここでする話じゃないだろ
出てって、どうぞ

367名無しさん:2018/09/30(日) 11:16:03 ID:vuoUaS6M0
聖の拳がスタープラチナよりも速いってのはさすがに無理がある気がする。
原作で散々スピードの異常な速さについて言及されてたスタプラはともかく
聖に関しては別に速度が他の奴と比べてとびぬけて速いとかは聞かないし。
文がスタプラの拳を身をよじってかわすとかならまだわかるけど…

368名無しさん:2018/09/30(日) 12:40:32 ID:3uMPZULM0
>>367
星蓮船6面の超人「聖白蓮」内だと霊夢のホーミングすら振り切るし、
魔神経巻込みなら"ごっこ遊び"ですらない本気の速度で抜く事も可能…かもしれない

肉体強化って大雑把な言い方だけどかなりイカレ能力だからなぁ

369名無しさん:2018/09/30(日) 12:55:42 ID:N0b3Wc/E0
肉体強化すれば天狗より速いんじゃなかったっけ
無理って程でもないような

370名無しさん:2018/09/30(日) 13:13:48 ID:P939WirQ0
そろそろ5部のアニメも始まるしもう少しペースをあげていきたいといったところかな?

371名無しさん:2018/09/30(日) 20:18:54 ID:IZeo1aek0
投下が来たと思ったのにクッソどうでもいい雑談かよ

372名無しさん:2018/10/01(月) 21:30:37 ID:UjjojvM60
タワー・オブ・グレーに出来て聖白蓮に出来ないことなど無いのだ

373名無しさん:2018/10/02(火) 05:56:55 ID:DYO9zZIs0
他作品と共演して予想外の成長するのもロワの醍醐味だしそんないいんじゃない?
(正直いままでパッとしなかったキャラがいきなり大活躍の時点でフラグなんだし死に花位大目にみてやれよ)

374名無しさん:2018/10/02(火) 14:08:43 ID:gGipbNcM0
DIO様がコイツは絶対殺さなきゃって若干ムキになってる辺り逆に生存フラグな気もする

375名無しさん:2018/10/03(水) 00:55:09 ID:ovOxqifw0
雑談なら避難所でやればいいのに何故ここでやるのか

376 ◆qSXL3X4ics:2018/10/04(木) 18:06:30 ID:KBSZFcPc0
お待たせしました。投下します。

377黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:09:00 ID:KBSZFcPc0
『サンタナ』
【午後 15:47】C-3 紅魔館 地下大図書館


 気が付くとサンタナは、紅魔館内部に立っていた。
 本当に、気が付いたら立っていた、という他ない。

 ワムウに敗け、肉体がぐずぐずに崩壊していくサンタナを放心から引っ張り上げたのは、主の命令であった。
 勝利をもぎ取る事は成し得なかったが、ほんの僅かなか細い綱だけは何とか掴み取れたらしい。

 サンタナの挑戦は終わらない。
 相手取るDIOはたかだか吸血鬼でしかないが、格下であろうとそれは確かなる挑戦だ。
 歩みを止めた瞬間に、サンタナは今度こそ塵芥と化すかもしれない。
 だから……今はただ、余計な思考に流されず、目の前の道のみを辿ればいい。


 そうして彼は、胡乱のままにこの地へ立った。


 曖昧にぼかされた視界で歩んだ侵入経路は、聖白蓮がインドラの雷にて地下道にまでくり抜いた大穴。
 頭上から灯された光天に導かれるよう、虚無であった怪物は無心で穴をよじ登った。
 奈落の底から唯一の救いを求める為に、這い上がるのだ。

 縦に伸びた、暗い暗いトンネルはすぐに抜け出た。穴は至極短い長さで、大した労力も時間も掛からなかったが、サンタナの意識にとっては酷く冗長のように感じた。
 どうやら随分と開けた空間に来てしまったらしく、辺りはやけに騒々しい。

 その場所に、いきなり『居た』。


「───DIO」


 此処までの道程は一心不乱であったが故に、作戦や気構えといった心の準備を殆ど立てられていない。
 緊張しているのだろうか。こんな序盤で足踏みしている場合ではないというのに。
 『挑む』という行為がそもそも、サンタナにとっては馴染みが無い。彼が今までの生で働かせてきた暴力とは、戦闘というよりかは、集る害虫をまとめて踏み躙るような本能的衝動だ。
 それらとは一線を画するこの鼓動の高まりは、ワムウとの決闘前と似て非なるもの。

 未知への挑戦、だった。

 あのカーズを一撃で吹き飛ばした男。
 一目見てサンタナは肌に感じた。確かにその辺の吸血鬼とは、何かが違う。
 その『何か』を見極め、無事帰還し、主達に報告する事がサンタナの任だ。可能ならば、討って良しとも。
 重大な任務であるにもかかわらず、サンタナは与えられた命令そのものに対しては、さほど執着を感じてない。
 カーズの命令をこなすという勲章は、彼にとって一個の『手段』に過ぎない。あくまで大切なのは自分の意志にあり、そこを履き違えると本末転倒となる。
 ワムウとはっきり異なる点はそこだろう。命令に対する『感情』と『意志』……それぞれに傾倒する比重が、サンタナとワムウの対照的な部分だ。
 とはいえ、用意された手段が現状、DIO討伐ルートしか存在しない以上、失敗の許されない道であることも承知の上。

 迂闊な特攻は軽率に選ぶべきではない。
 只でさえカーズからは「鬼の流法は未成熟」と釘を刺されている。


(驚異なのはやはり……奴の『スタンド』か)


 触れた物に裂け目を生み出すあの人間の男との連戦は、サンタナの意識に明確な『警戒心』を齎していた。
 人間の非力な部分を補って余りある精神像は、脅威と呼ぶに相応しい我武者羅さをも備えている。
 それぞれには固有の能力があるようで、カーズは不意打ちとはいえリング外まで弾き飛ばされたと聞いている。

378黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:09:27 ID:KBSZFcPc0


 さて、どう仕掛けるか?


 サンタナを初めとする闇の一族の特徴として、知能の高さが挙げられる。彼の同胞らが戦闘において度々謀略を巡らせたり、奇策により敵を欺いたりする行為も、闘いの土壌には戦術(タクティクス)を敷いて然るべきという基本事項を理解しているからだ。
 一方でサンタナは、学習能力こそ人類の域を逸してはいるものの、その特異な暴力性は寧ろ原始的だ。
 秘められた肉体の力を、在るが儘に振る舞う。極めて単純で分かりやすい。それでも下等な人間から見れば充分におぞましく、化け物じみた能力であったが。
 つまり、前提として“考えながら戦う”といった経験が、サンタナには圧倒的に不足している。かのジョセフ・ジョースター相手にいい様に翻弄されたのも、戦闘に『思考』を持ち込めなかった事が原因だろう。

 柱の男の能力がなまじ強力である為、大概の相手になら無策でも圧倒出来る。
 頂点の種族という出自に胡座をかいて育まれた自惚れは、サンタナから駆け引きの妙を奪った。
 主達から見放された、主たる理由の一つであった。


「だが、それも今までの話だ」


 誰に掛けるでもなく、目前で演じられる激闘を眺めながら、サンタナは小さく吐き零した。

 居たのはDIOだけではない。
 他に数人。DIOの部下らしき人間二名と、それに対抗する男女二名。近くには、妙に長い耳の女が転がっている。

 このまま我関せずとばかり、試合をコソコソと観戦しながらゆっくりDIOの能力を考察する事も可能だろう。ワムウはともかく、あの主達ならばきっとそうする。
 それが合理的。難しいようなら、既にDIOと相当組み交わしているあの男女を尋問するなりすれば、もしやすれば望んだ解答は、考察するまでもなくあっさり手に入るかもしれない。

 無難だ。それらの選択肢は、なんの苦難も介さない無難な道。
 生きていくには、時には必要となる経路でもあるだろう。

 しかし、今に限れば。
 サンタナの踏破するべき、この険しき道の中途で選ぶべきは、決して無難で頑丈な石造りの橋上には無い。
 艱難を経て這い上がる崖の最上こそが、彼の目指す『柱』が建つべき、揺るぎない土台なのだ。

 共生を選ぶつもりなど毛頭ない。
 元より男は深淵に産まれた、孤独の身。
 誰であろうと……刻み付けるは『恐怖』という名の原点。

 かくして鬼人は、この戦場における完全イレギュラーな戦禍に化けて、宣戦布告の雄叫びを轟かせた。

            ◆

379黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:10:08 ID:KBSZFcPc0


「貴様……───」


 零れ落ちた一言は、DIOの妖艶な唇からであった。
 床を爆ぜらせる程に驚異的なロケットスタートを見せた怪物の容姿に、見覚えがある。

 カーズ。
 確か、数時間前にここ紅魔館にてディエゴと交戦していた化物の名だ。
 翼竜の情報では、特級の危険参加者だと聞いている。
 そのカーズと目前の男は、衣裳や空気が大きく似ていた。

(なるほど。奴の送った刺客か偵察といった所か)

 他には目もくれず、という程でもないが、この乱入者は戦地に現れると同時、DIOのみを瞳の中心に捉えて真一文字に突っ込んできた。
 ターゲットがDIOである事は瞭然である。

「稚拙だな。血の昇った猪とて、もう少し捻りを加えた突進を試みるぞ」

 一片の動揺すら漏らさず、ザ・ワールドが敵の突撃を身体で食い止め、続く蹴りの牽制で相手を引き離す。
 白蓮の速度の方が余程恐ろしい。彼女と比較すれば、こんな猪同然の獣を止めることなど、時を止めるまでもない。


「───オレは」


 わけなく振り払った獣が、両の拳をグッと握って僅かに俯いた。
 か細い呟きが、男の口から転がり落ちるように漏れて床へとぶつかる。

「……?」

 突如乱入してきたかと思えば、何をブツブツと。
 DIOだけでなく、その場の全員が同じように首を傾けた。

 振動する男の肌は、何処を根源として噴き出された震えか。
 その怪物は、またも爆ぜるように……吼えた。



「オレは……『サンタナ』だッ!!!」



 天を仰ぐサンタナの張り裂かれた喉元を震源地として、衝撃波が図書館を揺らした。
 そこいらに積もった塵が一斉に吹き荒れ、棚の片隅に積まれたままとされていた古本達がバタバタと音を立てて崩れゆく。

「……〜〜〜っ!?」

 倒れ伏した鈴仙、隻腕であったジョルノ以外の全ての人物が、何事かと反射的に両耳を塞ぐ。
 キンキンと鳴り止まぬ派手な耳鳴りを見越しての、即興音響兵器。そういう意図を持たせた咆哮ではないらしいことが、サンタナの鬼気迫る表情からは感じ取れる。
 マトモな意思疎通くらいは可能なようだ。未だ鼓膜に響く耳から手を離し、DIOは極力、苛立たしい声色を隠しながら会話を試みる。

「そうか……“サンタナ”。それで……貴様は何故、このDIOの前に立つ?」

 白蓮相手にも質した内容は、サンタナへも同じ言葉で投げ掛けられた。
 尤も、問うまでもない疑問だ。カーズの体のいい駒として使われた、都合の良い番犬。そんな程度の、聞く価値もないつまらん目的だろうなと、DIOは見下すように鼻を鳴らす。
 しかし今、不必要なほど高らかに叫ばれた名乗りの意味が掴めない。
 親交を深める為の“最低限”の礼儀作法として、DIOは見知らぬ相手にもよく名乗ったりはするが、今現れた暴君の咆哮は、お世辞にも交流を目的とした自己紹介には到底聞こえなかった。
 闘いにも作法はある。剣を交える相手への前口上として、堂々名乗りをあげる輩も少なからず居るし、自らのスタンド名を明かして攻撃を仕掛けるスタンド使いもその一環と言っていい。
 サンタナはそれらの、所謂『礼節』を重視するようなタイプと同列にはない事が、荒々しい言動や醸す空気から把握し足り得る。

 対敵へと名乗る行為、それ自体に彼なりの大きな意義があるのか。
 そう仮定するなら、サンタナが此処まで足を運んだのは、勅命なりを受けて馳せ参じたといった受動的な理由だとも単純に断定できない。

 DIOはものの一瞬で、サンタナにまつわる事情をそこまで看破してみせた。
 彼の人心掌握術が成せた業前という点も大きいが、サンタナの名乗りには、それほどに魂の込められた熱い感情が渦を巻いていたのだ。

 『名前』には、ときに不可思議な言霊が宿るものだというのは、白蓮とのやり取りでも分かるようにDIOの持論である。
 目の前の『サンタナ』とやらは、その理を理解しながら名乗ったのだろうか。
 DIOの思う所では、男のそれは凡そ本能に沿った行為なのだろう。
 漠然でありながらも、唯一彼にとっては重大な意図を占めるもの。本質を理解せずとも、遺伝子に残った感情が雄叫びを上げているような興奮状態。
 そういった意味ではサンタナとDIOの思想は、真逆のようでいて、根源的な部分は一致していた。

 不安定なままに、サンタナはDIOから問われた意味を彼なりに噛み砕き。
 うっすらと『自己』を主張する。


「何故、お前の前に立つかだと……?」

「簡単な事だ」

「“それ”が、必要だからだ」

「オレは、オレにとって必要なモノを取り返す為に」

「お前の前へと、立つ───DIO」

380黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:10:59 ID:KBSZFcPc0

 不敵に指をさされながら返された答えは、DIOを十全に納得させる内容には些か足りていない。
 全く曖昧で不躾な返事。理解しろという方が理不尽で、揃えて示すべき言葉が不足し過ぎている。
 向こうには何かしらの理由があるかのような言い回しだが、ハッキリ言ってDIOにはまるで思い当たる節もない。仲間から命令を受けた、とでも言っていれば余程納得出来たというのに。

 それ以上の確たる理由が、サンタナにはあるのだ。
 そしてそれは、既に述べられた。
 これ以上の詮索は、お望みでないらしい。


「……何やら懸命になっているところ悪いが」


 興味は、ある。
 しかし、今は時期が悪い。


「このDIOを名指しで指さしたからには、身の程を叩き込む必要があるようだ」


 ザ・ワールド。
 即座に時を1秒止め、戯け者の侵入者を真横から殴り飛ばした。
 サンタナは突如襲った衝撃を堪えること叶わず、軽い弧を描きながら図書館の壁に激突する。
 派手な光景とは裏腹に、手応えはほぼ無感触。カーズの時と同じで、物理的なダメージは奴の皮膚に吸収されるように虚となって消えた。
 とはいえ効いていない訳でもない筈。白蓮とは真逆で、柔軟な肉体構造が衝撃を散らす緩衝材の役割を担うといった所か。


「身の程ならば、よく理解して来たつもりだ。嫌という程にな」


 口元を吊り上げながら、サンタナは上体を起こした。
 五臓六腑に染み渡る程の衝撃だが、蝿にでも止まられたかのような反応には、流石のDIOも少々青筋が立つ。
 とうに理解してはいたが、この敵は人間ではない。近いところで吸血鬼にも思えたが、それとも少し違う奇妙な存在である。
 今更な話だ。ここには数多くの妖怪が跋扈しているのだから、それを考える行為など『無駄』とも言える。

 予想するに奴は、体面ではスタンドの秘密を暴きに現れた単体偵察の役目。ホイホイと時を止めようものなら、後々の進撃が予想される本隊との戦いに支障をきたす。
 そう慎重になるも、ジョルノと白蓮が既にザ・ワールドの秘密を知っている。奴らがここぞとばかりに一声あげれば、能力などいとも簡単に知れ渡ってしまいかねない。

 少し、面倒な状況だ。
 小さく舌を打ち、DIOがサンタナを鋭く見据える。

「DIO。あのサンタナとやら、恐らく……」

 プッチがDIOの思考と同調するタイミングで、背後より語り掛ける。

「ああ……プッチ。私が出会った『カーズ』や、君の話していた『エシディシ』。その仲間の一人として考えていいだろう」

 人伝いではあるが、聖白蓮や洩矢諏訪子が苦戦しながらも退けた男・エシディシ。ディエゴからも軽く聞いていた特徴を重ね合わせて、目の前のサンタナは十中八九エシディシの一派でもあるだろう。

「白蓮曰く、エシディシは相当の手練であり、何よりその能力が異常極まると聞いている。
 サンタナと名乗る奴も、同等の力量があるかも。……僕も手伝うかい?」
「いや、それには及ばない。それよりもプッチ……」

 白蓮といえば……。そう続けようと首を後方へ回しかけたDIOへ、耳に障るエンジン音が侵入した。

 サンタナに気を取られている隙に、白蓮とジョルノ……それに担がれた鈴仙が、倒れたバイクを起こして跨っていた。
 狙いは、逃走か。
 プッチはすぐさまホワイトスネイクを起動させ、阻止しようと迎撃態勢を取る。

「構わんプッチ。精々、一時的な前線脱却だ。奴らはまだ『目的』を何一つ達成出来ていない」
「……かもしれないが、見逃す理由にはならない」
「無論、奴らは必ず始末するさ。とはいえ……」

 暴獣の如きサンタナが、白蓮らと共同戦線を張るとは考えにくい。
 しかしちょっとした“弾み”で、ザ・ワールドの能力の秘密が白蓮からサンタナへと伝達する可能性は決して無視出来ない。
 その“弾み”は、なるべくなら取り除きたい。であれば、白蓮らとサンタナの分離はこちらとしても都合が良い。

 DIOの無言に込められた含みを察したのか、プッチもそれ以上動かない。
 そうこうする内に三人を乗せたバイクは、重量制限の規定を超過したままに、唸りを上げて出入口の扉を走り抜けた。
 後部に乗せられたジョルノが一瞬振り返り、DIOの視線と交差する。
 まなじりを細めながら彼らの逃走を見届けたDIOは、その後ろ姿がすっかり見えなくなると、肩の力を抜くように観念し、一言だけ呟く。


「プッチ。───奴らは任せた」


 その言葉は、DIOによる『ただ一人の友人』への信頼。
 同じ言葉でも、部下へ与える命令とは一線を画す、プッチにとって絶大なるエネルギーを働かせる言霊。

 神父は何も返さず、ただ一度頷き。
 闇を反射する駆動音を逃さないように、彼らの後をゆっくりと追跡していくのだった。

381黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:11:29 ID:KBSZFcPc0


「DIO様。私もプッチさんにお供した方が……」


 自らにだけ何の指示も無かったことに不安したか。控えていた蓮子が遠慮気味に意見する。
 肉の芽の効力には個人差がある。この蓮子という少女は、同年代の少女よりかは幾分か勇気も度胸もあるようだが、それもあくまで一般的な範疇に収まっている。
 花京院やポルナレフに比べたら、小突けばヒビが入る程度には脆い精神性だ。そのせいか、肉の芽の侵食率は抜群に具合が良い。
 主の命令が無ければ人形同然。そんな憐れな少女の頭へとDIOは、掌で水を掬うように優しげな手つきで撫で、ひと言囁いた。

「案ずるな。君は私の傍に居てくれ。その方がずっと安心出来るさ」

 年頃の女子が聞かされたなら、ややもすれば乙女心を揺れ動かすほど歯が浮く台詞だろうか。
 当然、言葉通りに軟派な意味を含めたつもりはDIOには無い。わざわざ蓮子を連れ添ったのも、『カード』は手元に伏せて置くという基本の兵法に倣ったからだ。

「蓮子。『メリー』はどうだ?」
「……はい。もう間もなく、堕ちるかと」

 視界の奥のサンタナを警戒しながら、DIOにとっては重要な懸念を訊く。
 肉の芽内部へ取り込んだメリーが完全にDIOの意思へ屈した後は、一先ず蓮子はお役御免となる。だからと言って用済みと断じ、わざわざ『始末』する必要性も無いのだが、いつまでも脇腹に抱えて動くのも億劫だ。
 今後の行動に影響する優先順位は、なるべくなら早い段階で詰めておきたい。
 心中、DIOは黒い笑みで算盤を弾いていると、蓮子が帽子に手を当てながら、「ただ……」と前置きして言った。


「メリーとはまた別の意思、のような者が私の中へと侵入してきています。一体、何処から……」


 その言葉を聞くや否や、DIOは喜色めいた驚きを浮かべた。
 『別の意思』……その存在に見当はつく。


 ───八雲紫しかいない。


(『鍵』は揃った。ここまでは……計画通りだ。後はオレの予想が当たっていれば……!)


 もしも運命というものが存在するのなら。
 それこそが、DIOなる男が打倒すべき最大の敵。
 DIOは今、立ち塞がる鬼峰に手を掛けている。
 未だ予想の段階であるが……この『幻想』が『現実』へと反転した時。
 一組の番(つがい)が、鏡合わせに出逢った時。


 きっと。
 『蛹』は……えも言われぬ美しき色彩の羽を羽ばたかせながら。

 空に広がる『奈落』へ向かって、堕ちるように翔ぶのだろう。


(メリー。貴様がいくら操縦桿を握ったところで……それを上から支配するのは───)


 空を飛ぶ為に、空を翔ぶ。
 かのライト兄弟など比較にならない程の偉業を成し遂げるのは、メリーではない。



(───このDIOだ)



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

382黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:12:19 ID:KBSZFcPc0
『八雲紫』
【深夜 00:03】E-2 平原


 鬱屈。この不愉快な微睡みを感情へと出力するのなら、その単語が相応しいか。


 天然の金糸を流麗に流し込まれた、国宝級と呼んでも差し支えない麗しの髪。
 黄金に輝けるそれを包み込むように支える草のベッドで、彼女は仰向けとなっていた。
 最低の夢見心地から覚醒しきった八雲紫を初めに迎え入れた光景は、仮初の幻想郷に植えられた自然の数々ではなかった。

 これより血に塗れるであろう大地。
 その地平でなく、遥か上の世界。
 天上に昇る星の海が、視界でひたすらに瞬いている。

 覚醒した八雲紫が最初に見た光景とは。
 夜が降りてくると錯覚してしまいそうなほど、眼前に広がる巨大な星空だった。

 たった今演じられた、最悪の公開処刑。
 それらが夢でない事など分かりきっている。
 故に、後味も最悪……だというのに。

 満開の夜空の中心に煌めき連なる、『七つの星』。
 言葉に出来ない、あまりに綺麗な輝きをぼうっと仰いでいると。



 不思議と、怒りも絶望も湧き出てこなかった。



 どこからか、喧しい四輪駆動のエンジン音が耳を打った。
 第一参加者がこの場へ接近して来ている事を紫が悟ると、星の煌めきを名残惜しむように、気だるげな様子でゆっくりと腰を上げた。
 愛用していた傘が手元に無いことに気付く。アレがないと、何だか落ち着かない。
 大方、支給品として適当な参加者に配られたのだろう。抜群に手にフィットする使用感以外、これといった長所も無い大ハズレの品物だ。手にしてしまった参加者には同情を禁じ得ない。


 心地好い微風が草花を揺らす夜天の下で、闇に溶ける紫色の衣装を翻し。

 幻想郷を愛す賢者は、最初の一歩を踏み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

383黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:14:51 ID:KBSZFcPc0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:52】C-3 紅魔館 地下階段


「エシディシ、ですか」
「ええ。『サンタナ』と名乗ったあの者が纏う空気は、私が以前戦ったエシディシなる狂人と酷似しています」


 奈落の闇を抜け出さんと天へ伸びる、長ったらしい階段。
 比較的、急勾配に積み上がっている石の凹凸を、ノーヘル&三人乗りという無茶でバイク疾走する住職には、撤退を提案したジョルノといえど若干引いた。
 当然だが、階段というものは二輪で駆け上がれる構造では作られない。バイクのまま登るとなると、運転者に飛びかかる負担は降りる時よりも一層膨らむ。
 まして怪我人も無理矢理搭乗させているのだ。後部に跨ったジョルノは、意識の無い鈴仙が振り落とされないように抱え込む事で精一杯だった。
 蓮子から切断された腕は、現在治療中だ。暴走するバイクとの相乗りの最中で、という悪環境でなければ、もう少し余裕を持った治療に落ち着けたものだが。

「少なくともエシディシという男は、私と秦こころという手練が組んで、ようやく渡り合えたと呼べる程の強敵でした」
「あのサンタナも、そのレベルの力を?」
「……どうでしょうか。相当の『妖気』を秘めているのは確かですが」

 白蓮が青い顔で語るのは、戦いの疲労という理由だけではないだろう。
 ジョルノの目の前に突如現れた助っ人の白蓮は、傍から見ていた限りでは信じられない力を振る舞う気高き女性だった。
 その彼女をして脅威と認められたエシディシやサンタナとは、どれほどの男なのか。
 幸運にも、奴の直接のターゲットはDIOであるようだ。何の因縁が絡んでいるかは知った事ではないが、窮地の状況から逃げ出せたこの好機を見逃す手はない。
 DIO達から負わされたダメージは、無視できる量ではない。治療も兼ねた、一時撤退。あくまで一時的だ。

「あのスキマ妖怪がこの館に?」
「はい。僕と鈴仙の三人で、ちょっとばかし『人捜し』を」
「それで……八雲紫は今、どちらへ?」
「位置は感知してますが……さっきから動いておりません。敵にやられた可能性もあるでしょう」

 ジョルノが生命力を込めて預けたブローチは、あくまで紫の衣装へ身に付けた発信機に過ぎない。彼女の生死をここから判別する術は無いし、単に衣服から外れて落とされただけかもしれない。
 至急それを確認する必要があるのだが、十中八九、後方から追手が来ている。この状況で紫の元へ考え無しに駆け込めば、何らかの理由で留まっている彼女諸共乱戦を起こす可能性がある。
 そもそも囮隊として動いていた筈だ。上階へ出る事自体、リスクもあるが。

 まず優先するのは、追手の掃討。
 戦場を上階へと移した『別の理由』も、ジョルノの頭にはある。

「館の外まで脱出するのは、抜き差しならない状況にまで追い込まれた場合に限ります。
 プランAです。このまま上で待ち構え、迎撃しましょう」
「賛同します。私にも、取り返さなければならない物がありますから」

 より力強く、白蓮はハンドルを握り締める。
 荒々しく強引な運転が、彼女達に刻まれた傷へと揺さぶられ、骨身に響かせる。
 大魔法使い・聖白蓮といえど、貯め込む魔力は決して無尽蔵ではない。DIOとの肉弾戦では軽々と動き回っていたように見えたが、燃費の事など思考の片隅にも置かず、魔人経巻の力をフルパワーで作動させ、戦闘中は常時魔力全開の状態を続けていた。
 重ねて、幾らか叩き込まれたダメージも軽い質や量とは言えない。耐久力には自信があったが、相手がプッチであればそれも意味を為さず。
 ハッキリ言って、予想だにしない苦闘を強いられた。
じわりじわりとボディブローを貰ったような鈍い疲弊は、着実に澱んでいる。

 そうであっても、ここで退く選択は無い。
 ジョナサン・ジョースターの命が、後どれだけの時間保つのかも分からない。


 プッチ神父。
 彼とだけは、決着を付けなければ。


           ◆

384黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:16:40 ID:KBSZFcPc0


 冷たい雫が、頬を伝って顎先まで滴る。
 糸に垂らされたマリオネットみたいに縛り付けられた腕へと纒わり付く、無数の雨雫。
 濡れそぼった服が、その肌にべっとりとしがみつく。
 気持ちが悪い。
 でも、全身濡れるがままでいることなど……今の私にとってはどうだって良かった。

 身動きが取れない。
 全身の至る箇所に巻き付かれた『蜘蛛の糸』が。
 背中越しに私を宙へ貼り付ける『蜘蛛の巣』が。
 他のどんな粘ついた感触よりも気持ちが悪く、不快な気分に落とし込まれる。

 どんな過程を経て、今の状況に陥ってしまったのか。それすら思い起こす気が浮かんでこない。
 ただ気付けば、自分の体は蜘蛛に魅入られたように宙で拘束されて。
 背後で我が友人・宇佐見蓮子が、執拗に語り掛けてきているだけだ。


「メリー……。

 苦しいよね?

 寒いよね?

 だったらさ……私が、救い出してあげるよ」


 耳元で囁くこの声は、蓮子なんかじゃない。
 声も、姿も、蓮子そのものだけど、絶対に蓮子じゃない。そんなわけが無い。そうであって欲しくない。
 初めの内はそんな風にして、舌を噛みながら強く耐えていた。
 唇から真っ赤な血が一滴。ドロリと滴って、透明な雨と混ざる。

 痛かった。
 『心』というものが心臓の部位に存するとしたら、私の心臓は真綿で締め付けられているように息苦しく、悲鳴を上げるしか出来ない。

 灰色の空が嘲けながら、さぁさぁと涙雨を落とす。
 僅かに動かせる首を精一杯に上げれば、この小さな町を一望できた。
 長ったらしい石段の終わりに作られた鳥居は、ここが山の中に建てられた高所の神社だという証明。
 振り返ることは出来ないけど、背後には廃墟じみた神社の成れの果てが、もう訪れる参拝客の居ない現在を嘆くように佇んでいるのだろう。きっと。


 私はこの場所を、知っている。
 いつかの大晦日に蓮子と二人だけで訪れた……結界の薄い土地。
 あの日みたいに、遠くの何処かから除夜の鐘が響いている。
 鐘は、音の余韻を断たせることなく、永久を刻むようにして連鎖していた。
 絶え間なく頭に響くこの音は、まるで私の精神を洗脳でもするかのように、ひっきりなしに鼓膜を叩いている。

 気が狂いそうになる鐘の音の隙間から、ぬっとりと入り込むように。
 親友の嬌声が、洗脳を重ね掛けしようと囁く。


「メリー……どうして私を拒むの?
 私はこんなにも貴方を必要としているのに」


 雨に濡れた背中へと、ベタベタくっ付く彼女の腕は、まるで蜘蛛のよう。
 巣に招き、捕らえた蝶をじっくりと溶かしながら捕食する蓮子は……蜘蛛そのものだった。

「……私を必要としているのは、貴方じゃないでしょ」

 もはや嗄声同然の音をなんとか絞り出し、腕に纒わり付く蓮子へと皮肉混じりの言葉を投げかける。

「貴方は……『私を必要とする蓮子』なんかじゃない。
 『私の能力を欲しているDIO』よ。蓮子の意思じゃ、ないじゃない……」
「メリー。それは貴方の思い込みよ」
「思い込まされているのは、蓮子の方だわ……」
「ねえメリー? 今動いている自分の意思が、果たして本当に自分の意思であると証明する術はある?」

 その言葉はまさに、いま私が蓮子へと問い質したい証明の方法だ。
 私は私の意思で、確かにこの『場所』へ入ってきた。

 “勇気”を持ち、自分の“可能性”を信じてほしい。

 ツェペリさんが最期に遺したこの言葉を糧に、私は私に出来る可能性を信じて、こんな果てまで来たんだから。


「……少なくとも蓮子を含め、虚像だらけのこの世界に……『真実』は、私の意思だけ、よ」
「デカルトの方法序説かしら?」


 項垂れた私の首に、蓮子の腕が回ってくる。
 冷たい熱の肌触りが、私の意識を徐々に、徐々に絡め取っていく。


「『我思うゆえに、我あり』……。
 メリーは身の回り全て……私すらも疑うことで、自分の存在や意識を“確かに此処に在るもの”だと、何とか証明しようとしている。
 でもそれって、すっごく哀しい行為よ。信じられるのは自分だけって、私との友情を根底から否定するような話だもん」


 実の親友にそう受け取られてしまうのは、私とて哀しい。
 でも『この場所』においては……周り全てが敵。
 そんな中で、自分の心だけは排除できない。切り捨てては、駄目なんだ。
 疑う自分を自覚する事で、辛うじて私は自己を繋ぎ止められている。

385黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:18:38 ID:KBSZFcPc0


「自分の事しか信じられないってのは、物語の悪役が吐くようなアウトロー台詞よ。
 だとしたらメリーの足は、どうしてこんな所まで来たのかしら? たった一人で」


 それ、は……。


「“宇佐見蓮子(わたし)”を助ける為よね?
 ねえメリー。
 私は……『敵』?
 私は……『偽者』かな?」


 紡ぎ出すべき言霊が、喉から出ていこうとしない。
 いま、否定したばかりの『この蓮子』は。
 疑いようもなく、私の知っている『宇佐見蓮子』だから。
 朱に交われば赤くなる、なんて話ではない。いくら邪心を植え付けられようと、心を支配されようと。
 その体は、確かに私の親友のモノなのだ。
 彼女が『偽者』であったら、どれだけ救われただろう。


「うん。そうよねメリー。
 私は偽者でも作り物でもない。
 貴方の大切な親友……宇佐見蓮子なのよ。
 『この世界に真実は自分独り』だなんて……そんな哀しいこと、言わないで」


 私を惑わす甘い蜜が、耳の中からとろとろと流し込まれて。
 蜘蛛の毒を混ぜられた熱い蜜は、次第に私の全身を麻痺させながら血液と共に循環していった。


「思い出してメリー。貴方は他に頼る相手が居ないから、自暴自棄になって周りを排除しているだけ。
 だから、自分だけしか信じられない。
 だから、私の手を払い除けて殻に閉じ篭ろうとする。
 だから、蛹のまま。
 だから、一人じゃ何も出来ない。
 だから、『秘封倶楽部』って幻想にいつまでも縋り付く」


 背に絡んでいた蓮子は、いつの間にか私の目の前に移動し、黒墨を流し込んだような瞳を真っ直ぐに向けていた。
 見たくもなかった親友の、あられもない姿が否応に映り込む。
 四肢を蜘蛛糸に絡み取られている私はどうする事も出来ず、せめてギュッと瞼を固く閉じた。


「“勇気”……? 貴方のそれは、破れかぶれの末に振り撒く蛮勇なだけ。
 “可能性”……? 一つに狭められたけもの道は、可能性とは呼べない」


 真っ暗闇な視界の中、雨に濡れた両頬にそっと添えられる、暖かな指の感触。
 蓮子の添えた指は、私の冷えきった心を暖かく染め上げた。
 母が産まれた我が子を抱きしめるような、愛に満ち満ちた命の熱に……私は。


「もっかい訊くわね、メリー。
 “貴方は本当に、自らの意思で此処へ来たの?”」


 わ、たし……は…………


「違う。貴方は、そう思わされているだけ。
 本当は、喚ばれたに過ぎない。
 どんどんと削り取られた“可能性”っていう道が、
 最終的にたった一つにまで崩されて。
 貴方は、その道を“選ばざるを得なくなった”……
 それが、私たちがいる……この『世界』よ」


 私が、“思わされて”いる……?
 私が……“喚ばれた”……。

 それは───


「誰、に……?」


 孤独の世界に、私は途端に恐怖した。
 独りでいる事に、耐えられなくなって。

 頬の温もりが、愛おしく感じて。

 私はついに……、


 ───瞼を、開けた。

386黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:22:43 ID:KBSZFcPc0





「このDIOだよ。メリー」





 開けた視界に、親友の姿は無かった。

 私の頬を慈しむように触れていた、その手は。

 恐怖に負けそうになって、思わず求めてしまった、その温かな手は。


 ───DIOのモノだった。


「…………あ、……っ」


 心が、グルンと反転するような。
 そんな奇妙な感覚を、味わった。
 空を堕ちる浮遊感が、私の全身を雁字搦めに支配する。
 頬を伝う雫が、雨なんかではないと気付いた。

 涙、だった。
 何故。
 どうして涙が出てくるのか、分からない。
 それを考える余裕すら、今はもう。


「さあ……怖がることなんてないよ。
 私と『友達』になろう。きっと君の心は救われる」


 DIOの言葉が、私の理性をふるい落とす最後のスイッチとなって。
 もう何も考えられず。縋るようにして私は、彼の腕を取ろうと動いた。

 いつの間にか、私を縛っていた蜘蛛の巣はすっかりと剥がれ落ちていた。
 騒々しいくらいに聴こえていた雨と鐘の音は、いつしか掻き消えている。
 耳に入るのは、DIOの官能的とすら言える誘い詞だけ。

 マエリベリー・ハーンの意識は、奈落へと消える。
 たとえそうであっても、もう……どうでも良い。
 所詮、私はただの蛹だった。
 手足も、羽も、空へと伸ばすことすら出来ない。


 殻に封じられた……無力な蛹。



「───助けて、ください。……DIO、さん」



 せめて。
 まともに動く、この口で。


 私は、必死に彼へと助けを求めた。
 こんな苦しい気持ちから救い上げてくれる“DIOさん”を、乞うように。


 彼が最後に見せた───覗いた者を竦ませる程に強烈な『悪意』を帯びた表情を。

 私は……見ぬフリをして、彼の手を取った。

387黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:23:49 ID:KBSZFcPc0







「───罔両『禅寺に棲む妖蝶』」







 瞬間、頭に反射する声と同時。

 目の前のDIOが、灰天を裂く光によって割れた。

 それは、無数の蝶だった。

 まるで、幽々子さんの放つ弾幕みたいに綺麗で、自由で、圧倒的な蝶々の数々。



「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり」



 何処からか響いてくる声は、私自身の声質にひどく似通っていた。
 ただ……私の声には無い『色』が、その響きには含まれていた。
 一言で言って、妖艶。
 DIOとはまた違う艶やかさを持つ声が、鳥居の向こうの石段から姿を現してくる。


「詩を詠むのが好きな友人がいまして。
 生憎の涙雨に、ついつい私も人肌恋しくなってしまったようです」


 弾幕を放った者の正体が、頭部を裂かれたDIOの狭間の景色。その奥から、見えた。

 あれは。
 あの人は。


 ───私は、彼女をよく知っている。
 ───産まれる前から、とてもよく。


「人の心を喰い、弄ぶ邪悪の化身よ。
 此処はお前が踏み入れてよい領域ではない。

 ───消えなさい」


 女性の姿は、まるで私の生き写しのようだった。
 髪は扇子みたいに長く広がっていて、私なんかよりも全然凛々しい顔付きだったけど。


「……や、雲……ゆ、かりィ……!」


 弾幕が直撃し、DIOだったモノの形がいびつに歪んだ。
 蓮子とDIOの姿を交互に反復しながら、顔貌を煙のように変化させる“そいつ”は。
 女性が扇子の先を向けた途端、破裂音を響かせて一気に霧散した。

「きゃ……っ!」

 吹き荒れる風が、帽子を撫でた。私は反射的に頭を抑え、情けない声を漏らす。

 恐る恐る瞼を開けると、そこにDIOは居なかった。
 灰色に覆われていた空も今では、あまりの美しさに魂を奪われるんじゃないかと言わん程の黄昏に照らされている。


 空には、七色の虹が架かっていた。
 思わず、吐息を漏らした。

388黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:24:39 ID:KBSZFcPc0


「綺麗な夕焼けね……。雨も上がって虹が架かってるわ。
 いつだったか、これと同じ虹を見た気がします」


 その人は差していた傘を丁寧に折りたたむと、眼下の町並みを眺めながら優しげな声で言った。
 逆光で見えにくいけども、夕影に覆われたその横顔は確かに……私と瓜二つだ。
 突然の出来事に混乱し、私は場違いな台詞を口走ってしまう。

「あ……ぁ、えと……私に、言ってるんですか?」
「貴方に私の声が聞こえてるんだったら、貴方に話してる事になるわね」

 彼女はまだ呆然と立ち竦む私に振り向きながら、首をチョイと傾けニコリと微笑んだ。
 女の私ですら、その笑顔に見蕩れてしまいそう。それくらい美人な人だった。


「お嬢さん。貴方は、昨晩の夜空を見ましたか?」


 お嬢さん、なんてくすぐったい呼び方に内心で照れを生みながらも、私は何とか訊かれた内容に応えるべく、昨晩の夜空とやらを想起する。
 が、状況が状況だけにイマイチ判然としない。昨晩は殆どの時間、背の高い竹藪に囲まれていた事もあって、夜空の星を楽しむどころではなかった。蓮子なら真っ先に星を仰いだんでしょうけど。


「私は七つに眩く、その星辰の美しさに惚けておりました。
 いま私の目の前に立つ、輝ける蛹の子……。
 昨晩の空は、その暗示の“一つ”だったのかもしれません」
「七つの、星……」


 黄金色に広がる夕焼け空。
 そこへ架かる、目を奪われる程に透き渡った虹の隣に。

 七つの星が、並んでいた。


「ねえ……マエリベリー。
 “他に頼る相手が居ない”というのは間違いよ。
 少なくとも、私は貴方を救いに此処まで来た。
 “自分の事しか信じられない”なんて哀しいこと、もう言わないで。
 貴方には、貴方を信じる友達が何人も居るのに」


 その人は、私の名前を呼んでくれた。
 どうして知ってるんだろう、とは思わなかった。
 不思議なことに……私自身も、彼女をよく知っている様な気がする。


「貴方はあのDIOの意思に喚ばれて、この世界へ来た。
 同様に……私も貴方に喚ばれて、此処へ来たの」


 女性が、畳んだ傘をヒョイと回転させる。
 その所作で一つ思い出せた。その傘は、私の支給品だ。


「これ? ふふ……私の傘、貴方が持っていてくれたのね。
 ありがと。これでも結構、気に入ってるのよ」
「あ……いえ。それより……!」


 そして、もう一つ……大切な事を思い出した。


「あ、あの! ……貴方の、名前は」


 そうだ。確か……小さな頃、私は『夢』の中で。


 ───この人に、会ったことがある。



「私? 私はね──────」





 これが私と彼女の。
 ……そうね。敢えて、こう呼ばせてもらうわ。


 私と八雲紫さんの“初めて”の出逢いだった。


           ◆

389 ◆qSXL3X4ics:2018/10/04(木) 18:27:15 ID:KBSZFcPc0
中編2の投下を終了します。
長たらしくて恐縮ではありますが、もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。

390 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 18:55:53 ID:DAf9RJjQ0
投下します。

391黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 18:58:44 ID:DAf9RJjQ0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 ほんの数刻前での事に過ぎない。
 この紅魔館の真下に広がる、地下シェルターとしても機能しそうな程に広大な図書館で、二人の男が激闘を演じていたのは。

 空条承太郎とDIO。
 世界に並居るスタンド使いの中でも一際抜きん出た能力を有す、天凛の才を発揮する二人だ。

 ひとつの気質として、スタンド戦というものは早々派手派手しく打ち上がる大花火とはならない。
 無論、“そうはなりにくい”という傾向に過ぎない話だが、例えば幻想郷で日常的に行われる『弾幕ごっこ』の方が余程派手で、見た目にも本質的にも如何に『魅せる』かが勝敗の大部分を占める。
 一方でスタンド戦は、案外に地味な応酬が続く事も多い。スクリーンの中で繰り広げられるような、大規模なアクションやパフォーマンスなど中々見れるものでは無い。

 しかし。
 例外中の例外と称しても良い例が、承太郎とDIOである。
 かのエジプトでも、カイロ市街の上空を駆け抜けながら拳の遣り取りを交わしたものであるし、先の激闘──承太郎の敗戦でも、同様のデッドヒートを経たばかりだ。
 彼らのような、直球に派手なスタンド戦を行える人種は珍しいといえる。薄暗い図書館のそこかしこに刻まれた死闘の跡が、その何よりの証明だ。


「WRYYYYYYYYYッ!!!」


 雄叫びとも絶叫とも聞き紛う、夜の闇の獣が喚声を轟かせた。
 闘争によってエクスタシーが誘発された、興奮状態に置かれたDIOの───吸血鬼の咆哮である。


「NUUUUOHHHHH―――――ッ!!!」


 また別の咆哮が空間全てを劈く。
 吸血鬼の遥か格上とされる、闇の一族。
 サンタナの金切り声が、吸血鬼のそれを凌駕した。

 怪物と怪物。
 此処に交わる二頭の暴獣が生み出す火花は、既にスタンド戦のような奇妙な静けさや謀略とは縁遠く、弾幕ごっこのような可憐さも欠片ほども無い。
 ただただ、敵を喰らう牙を以て、暴力的なまでの蹂躙を叩き付けるのみ。
 ある意味では、何よりも純粋な感情。神でさえ阻害する事は許されない、『自己』を守る為の闘い。

(だがそれは……奴のみが抱える事情だ)

 猛進するサンタナをスタンドの蹴り上げで蹴散らしながら、DIOは体面とは裏腹に心中、静かに観察する。
 このサンタナなる猛獣。彼の気迫には魂が込められていた。
 凶悪かつ荒々しい猛攻の内奥に秘められた、“脆さ”とも称せる一個の感情。
 その正体が、対峙するDIOには分からない。

(関係の無いことだ。このDIOには)

 獣のスペックは人外ならではの脚力と膂力を兼ね揃えた、まさに怪物の如しであったが。
 DIOは既に、承太郎や白蓮といった規格外のスピードスターとやり合っている。奴らに比べれば、このサンタナの動きは惜しくも一歩劣る、といった評価であるというのが、DIOの下した率直な見解であった。

 とはいえ。

「KUAAAAAAッ!!」
「ムッ!?」

 なんの学習もせずに突っ込んで来たサンタナの頭部を、ザ・ワールドが叩き割った───かに見えたが。

 クニォッ

 感触の柔らかい、どころではない。
 不可思議な擬音が目に見えてきそうな程、サンタナの頭蓋が内側にめり込み、DIOの拳は実質的に回避された。

(これだ。彼奴の、およそ理屈の通じない体内構造があまりに変則的。先が“読みにくい”……)

 本体の『盾』としても無類の万能さを誇るスタンドを切り抜け、頭部半分ゴム毬の形を描いたままにサンタナがDIO本体へと急接近してくる。
 どうやら『スタンドそのものに攻撃は通じない』という知能くらいは得ていたらしい。“獣”などという蔑称は撤回する必要があるようだ。
 間合いを詰め込んだサンタナは、敵を切り裂かんと双方の腕を振り上げる。
 舐められたものだ。そう小さく零したDIOは、すかさずサンタナの手首を掴み取って動きを封鎖した。

 が───。

392黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:00:22 ID:DAf9RJjQ0

(〜〜〜ッ!? お、『重い』……ッ!)

 事もあろうに、吸血鬼の腕力が圧倒されていた。
 単なるパワーでは、DIO本体の力は『ザ・ワールド』にも引けを取らない。矢の力でスタンドを得た今となっては、戦闘において昔ほど吸血鬼の力に依存する事も少なくなってきたのは事実だ。
 そのDIOが人間をやめて以降、恐らく初めて体験するであろう、吸血鬼をも超えた圧倒的なパワー。
 柱の男の秘めるふざけたスペックが、力比べに押し負けつつあるDIOの体を、足から順に床へ押し潰そうとしていた。

「ぐ……ッ! き、サマ……このDIOと、相撲でも……取る、つもりか……!」

 メキメキと、上から押さえ込まんとする膂力が、DIOの足を少しずつ床にめり込ませる。
 まるで上空からロードローラーでも落とされたかのような重圧に、次第にDIOは根負けを予感しつつ。

「スモウ……? 何だ、それは?」

 DIOとは対照的に、サンタナの顔色は涼しいモノだった。スタンドのもたらすエネルギーは相当なものだが、肝心の本体であるDIOの力は、やはり並の吸血鬼とそう変わらない。
 それを確信したが故の余裕が、サンタナの顔には浮かんでいる。

 余裕が見えるとはつまり、隙を覗かせたという事だ。
 押し組み合いに尽くされたサンタナの、あまりに無防備な背中から───世界の渾身の突きが二度、三度と連撃で入った。
 堪らず腕が離され、本棚の高い壁へと幾度目かになる衝突がサンタナを襲う。


「───相撲、とは。相手を土俵外へブッ飛ばす、もとい押し出す競技のことだ。因みに今の技は、相撲で言うところの『張り手』だな」


 めり込んだ両足を、何でもない事のように床板の下から持ち上げる軽快さは、DIOに積まれたダメージの軽量さを物語る。
 問題は足ではない。如何にも「それがどうした」と言わんばかりに余裕の台詞を吐いたDIOの視線は、今しがた化け物を掴んでいた両手を注視していた。

 ───溶けている?

 否。これは『捕食』の痕跡だ。
 僅かな時間であったのが功を奏したか。虫食いにやられたかのような指の痕は、使い物にはなるようだ。
 痛みも無かった。全く意識の外から、この化け物はぐずぐずと肉を喰らってくれたらしい。
 何と言っても、今腕を掴んでいたのはDIOの方であった。サンタナの手首を下方から掴んだ形では、相手の指先なり掌なりはDIOの皮膚に触れられる体勢とはならない。

「驚いたな。貴様は『皮膚』からでも捕食出来るのか」

 吸血鬼のDIOをして、全くもって不可解と述べずにはいられない。
 DIO達吸血鬼は、指先から吸血を行う。それ自体もあまり類を見ないスタイルであるが、例えば伝承に語られるような一般的な吸血鬼は大概歯先を当て、そこから血を吸うのがオーソドックスというものだ。
 しかし皮膚そのものから取り込む規格外の怪物が居るとは。

 目前に見据えるには歯痒い事実であるが。
 この敵──サンタナ、並びにその一族は。
 根本的に、吸血鬼よりも『格』が上等。
 考古学者ジョナサン・ジョースターは、かの石仮面のルーツを調べあげようと幾年もの月日を掛けていたが。

 そのルーツが……今、目の前に居るようだ。


(お前の求めていた『歴史』そのものが、このDIOの前に立っているぞ。
 なあ……ジョナサン)


 愚かで……尊敬の対象でもある友人の姿を脳裏に思い起こし、悠然と立ち上がってくるサンタナの姿と重ねた。
 本能で理解できる事もある。
 生物の歴史上に積み上げられた弱肉強食のヒエラルキー。その頂点に座するは、DIOではなかった。
 石仮面を作り上げた先人達がいる。とうに滅んだのであろうと、DIO自身軽く考えていた謎の存在が。
 ギリリと歯を鳴らす。不快な気分がDIOの頭頂から爪先までを駆け巡った。

 サンタナに、ではない。
 彼の同胞。石仮面を作った相手へと、である。

393黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:00:55 ID:DAf9RJjQ0


「石仮面をこの世に産んだのは、お前か? サンタナ」


 恐らく違うだろうと、あたりを付けながらもDIOは疑問を抱かずにはいられない。
 石仮面は、とてもではないが今の人類に作り出せるような技術から構築された代物ではない。
 オーパーツに近似する、理解を超えた高度な発明だ。医学的に人間の脳の大部分は、まだまだ解明に至れていない未知の領域だと聞く。
 完全に解明するには途方もない時間が掛かるだろうと言われるが、石仮面の発明者は脳を知り尽くした末にアレを産んだのだ。
 そして眼前のサンタナには、知性はあれどどこか幼稚な行動理論が垣間見える。
 到底、石仮面を開発したような天才には見えない。

「…………」

 サンタナの無言は、DIOの疑惑に対する否定の意。
 であるならば、はてさて。残すところはカーズかエシディシか、ディエゴの報告には『ワムウ』なる男の名もあった。
 是非とも、拝顔の栄に浴したいものだ。言うならば、今のDIOが在るのは石仮面を作りあげた天才のおかげでもあるのだから。
 謁見し、一言ばかりの感謝の意を示し、吸血鬼の更に上位種である力を存分に味見した後……その生首に石仮面でもコーディネートさせ、屋敷の便所にでも飾ってやろう。

「サンタナよ。私をお前の同胞に会わせてはくれないか?」
「会ってどうするというのだ」

 DIOの振り撒く言葉の種は、適当に躱しながら。
 馬鹿の一つ覚えみたいに、サンタナは踵から爆ぜらせながら駆ける。
 十二分に速い初速を生み出してはいたが、白蓮の速さに慣れていたDIOの前では脅威とまでは言えない。
 結果、何者をも呑み込む肉の拳は、本命に届くことはない。遠距離から鋼玉も撃ち込んではみたが、どう繰り出しても常にDIOの傍に立つスタンドが弊害となるのだ。

 ザ・ワールドの膝打ちが、サンタナの突進力へと反発するようにして、その顎の中心から捉えた。
 即座に粉砕されるべきである顎は、やはり弾力性を揃えた構造が全ての衝撃を逃がす。

「興味があるからな。かの石仮面を作り出した天才とは、果たして如何程に高慢ちきな輩なのか、とね」
「…………」

 口に出す事は憚られたが、サンタナのDIOへの認識は、主──カーズに向ける認識と一致していた。
 即ち……DIOとサンタナは『似た者同士』であるかもしれない、という感想だ。
 DIOという男は、一見紳士的に振舞ってはいるが、所々でその居丈高な本質を隠し切れていない。
 邪人カーズを気飾れば、そのままDIOが生まれるのではないかという程に両者は似通っている。
 であれば、カーズの従者であるサンタナからすれば、DIOを相手取るというのはどうにも遣りづらい。


「……少し、試してみるか」


 不穏な呟きと共に、サンタナの構えが変わった。
 変わったというよりかは、猪突猛進の具現であった今までの浅略的スタイルに、僅かな画策を持ち寄った『構え』らしい構えが加わった、というべきか。
 が、相も変わらず跳躍からの襲撃。互いにダメージが中々通らない泥仕合への予感に、DIOは半ば呆れ気味にスタンドを構える。

「試していたのは私の方だよ。少々、拍子抜けであるがね」

 化け物の攻撃を馬鹿丁寧に回避する必要は無い。
 スタンド使いにとって、非スタンド使いへの対処が如何に容易となりやすいかが、この万能な盾の働きを見れば明らかである。
 宙から注がれるサンタナの襲撃を、ザ・ワールドの全身が食い止める。そこから発生するカウンターの隙は、蓄積を重ねれば化物の膝をも着かせるダメージの起点となるだろう。

 無駄無駄。
 お決まりのセリフを響かせる、その瞬間。


 DIOの左腕が、胴体から削ぎ落とされていた。


「グ……ッ!?」


 想定外の負傷に悶える。
 サンタナが直接、DIO本体に飛び道具か何かを射出した訳ではない。
 奴は正面からザ・ワールドに飛び掛かり。
 効かぬと分かっている拳を、振り抜いた。
 その結果としてスタンドの左腕に一線を入れられ、本体の腕にもダメージフィードバックが作用したのである。

(何か……腕の中から『刃物』のような物が顔出したのが一瞬見えた。スタンドではない)

 攻撃の正体は不明だが、どうやら敵にはスタンドにも直接干渉可能な攻撃の手段があるらしい。
 単に無意味な突進を繰り返していたわけでなく、こちら側の意識に『無策』だと思い込ませる意図があったのだ。
 化け物なりに、浅知恵を使ったというわけか。

394黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:02:18 ID:DAf9RJjQ0


「いいぞ。配られたカードは全部使え。生半可な闘争心で、このDIOを半端に煽るなよ」


 激痛を意にも介さぬ調子で、DIOは妖しく笑む。
 殺戮を振り撒く二つの内の、一本が削がれたのだ。吸血鬼にとって腕の欠損など、大した損害とはならないが。
 しかし、この一秒の狭間では、あまりに致命的な戦力の半減。
 サンタナは、その隙を見逃さない。
 今の攻撃は致命傷を逸らされたが、連撃を叩き込むのに充分な隙は与えた。



「         ム…………ッ!?」



 サンタナにとって、DIOへ肉薄するまでの僅か一秒は。
 DIOにとっては、悠久に等しい時の刻みだ。

 今。
 サンタナが抜き身の刃で、世界の腕を斬り裂き。
 脇目も振らずに抜き去った、一秒未満の間に。

 ───後方へ置き去りにした筈のザ・ワールドが、眼前で右拳を握り締めていた。

 全くの無防備であった顔面に鋼の砲丸が撃ち抜かれ、意識の外から打撃を喰らったサンタナの体は、床に二度三度とバウンドしながら木製の机に叩き付けられた。
 今の“不意打ち”にしても、やはりDIOのスタンドは単なる超スピードではない。
 これは他の同胞にすら備わっていない、スタンド独自の特異性だ。
 能力バレを恐れてか。術の使用は最低限に抑えられているようだが、発動があまりに突発的。
 予知も対処も困難だ。気付けば攻撃されているようなまやかし、肉を喰らう暇すら与えてくれない。
 基本的に接近させてくれないのだ。サンタナとて多彩な形態で獲物を喰らう能力持ちではあるが、それらの芸風は直接的な肉弾戦メインである。
 肉片を飛ばして喰らうなどという小細工も、この男相手に果たして通用するのか。

 無残にも両断され、ガラガラと崩れ落ちる横長のテーブル。その下から、サンタナの巨躯がすっくと立ち上がる。
 じわじわと疲弊が溜まりつつあるのが実感出来る。このまま泥臭いファイトを続行した所で、自身の敗北する姿が鮮明に見えつつある。
 やはりというか、DIOの方にはダメージらしいダメージは見られない。
 たった今、体内に仕込んだ『緋想の剣』でたたっ斬ってやった奴の左腕も案の定、元の肉体に帰っていた。

 ふう、とサンタナは小さく嘆息する。
 成程。この敵は、最早ただの吸血鬼には収まらない。
 カーズが危険視するのも頷ける。よくぞまあ、これに単騎で挑ませてくれと懇願できたものだ。
 この挑戦に至るまでも長き葛藤はあったが、過去の自分を顧みれば、些か浅慮であったと思う。


 ───少なくとも……『流法』の獲得を経ていなければ、この段階でサンタナは絶望に塗れていたかもしれない。

395黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:02:49 ID:DAf9RJjQ0


「……時にDIO。お前は本物の『鬼』を見た事はあるか?」


 DIOの『世界』の真価もそうであったが、切り札とは迂闊に見せびらかすものではない奥の手。その上、長所と同じほど短所も見付かる形態変化なのも心得ている。
 故にサンタナは、今の今まで使用を躊躇ってはいたが。


「フム。残念だが……“此処”でも、鬼はまだ無いな。
 それとも貴様がそうなのかね? サンタナ君」


 この期に及んで舐められていると分かったなら。
 ここらでもう一丁、ハードルを超えねばなるまい。


「悪いが……オレは『成り損ない』に過ぎん。
 今はまだ、という意味だが」


 自然に浮き出た言葉は、まるでその存在に焦がれるような。
 間違いではない。好きに酒を食らい、自由に謳う彼女達へ焦がれたからこそ、サンタナはこの流法を獲得したのだから。
 そして、生物の頂点に立つべき闇の一族の『成り損ない』としてのサンタナが、自らを卑下するようにこの言葉を告げたのは、果てしなく大きな前進をも意味している。

 鬼の……ひいては『妖怪』の成り損ない。
 同時に、『柱の男』としての成り損ない。
 今やサンタナは、この中間に立つアンバランスな半端者でありながら、新たな自己を会得する旅の中途にいた。


「オレはこの流法に名を付けた。
 ───『鬼』の流法という」


 静かに告げた化け物は、今までとは異なる姿を招き寄せる。
 鬼の象徴とされる大角を生やし、敵を威嚇せしめ。
 額に萃められた極大の妖力は、『堕ちた化け物』から『這い上がる鬼人』へと変貌させる。
 隆々しい筋肉の鎧は、幾重にも強度を重ねたままに、体積のみを萎縮させ。
 地獄の釜から溢れ出たような血液の滾りは、肉体運動を異常な域まで加速させる。


 冠するは、鬼の異名。
 対するは、吸血鬼の帝王。


「DIO。お前は言ったな。“カードは全部使え”と」
「言ったとも。どうやら“鬼札”のお出ましのようだ」


 鬼人が不敵に、帝王を指差した。
 露骨な煽情に、帝王はあくまで余裕を保つ。


「“半端な闘争心で煽るな”とも、抜かしたな」
「ああ。暑苦しいのは、せめて意気込みだけにしておけ」


 前哨戦は終いにしよう。
 ここからは、僅かな時間で明暗が定まる。
 明暗──暗闇ばかりの『奈落』など、闇の一族の本来には似つかわしくないのかもしれない。
 そうだ。一族が目を背けた命題とは、カーズの説いた『夢』が……正しい本能の在り方だったのだ。
 星の胃袋で細々と暮らしてきた一族の弱腰に、カーズもエシディシもいい加減、嫌気が差してきたのだろう。

 だから、主たちは奈落から飛び出した。

 極めて矛盾するような話だが。
 太陽を───光を目指してこそ、我々は真に輝けるのではないか。

 帝王へと飛び掛る間際に、サンタナが一瞬だけ……脳裏に浮かべた『夢』を仰いだ。

 その『夢』は奇しくも、カーズの目指した究極生命体の姿と……一致していた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

396黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:03:34 ID:DAf9RJjQ0
『聖白蓮』
【午後 15:59】C-3 紅魔館 中庭


 紅魔館の敷地、その中央部に位置する小洒落た中庭。
 そこは館主が厭う日光を遮らない、陽に恵まれた土の園。怠け癖のある門番が毎日愛でていた庭園。
 花壇の住人にマンドラゴラが混ざっている事に目を瞑れば、悪魔の館にそぐわぬ女々しい場所であった。

 それも、命の芽吹く春の話。
 現在ここは、色彩が失せ、生命の肌を突き刺すように寒々とした風情と化していた。
 まるで、自然の檻。
 仄暗く、頑なに落ち続ける冬の白羽は、紅の館を白銀へと変えつつある。


「─────────………………。」


 白の絨毯に坐する聖白蓮。
 その形は禅を組み、厳しい自然と一体となる精神統一法の基本。
 バイクスーツとは防寒仕様の作りであるが、経緯が経緯だけに、その下には何も着込まれていない。
 格好と気温を考えれば、雪の直上で身動ぎ一つ見せない彼女の精神は、真に落ち着いた状態にあると言える。


「来ましたか」


 瞑想のさなかである白蓮が、唇のみを開けて語る。
 会話の相手は、静かに姿を現した。


『……その坐禅は、これよりこの土地へ流される血への懺悔。
 そう受取ってもいいのか?』


 雪上を這う白蛇───ホワイトスネイク。
 さくさくと、雅趣に富む足音を鳴らしながら、白蛇は僧侶と対峙した。

『それとも、やはり邪念は振り払えないかな?
 君ほどの大僧正でも、側近の死は重いものか』

 白染めされた土に残る足跡は二人分。
 白蓮と、ホワイトスネイクのもの。
 プッチ本体のものは無い。ここに現れたのは、スタンドのみ。
 そうでしょうね、と。白蓮は口に出さずとも、当然の帰結を心で唱えた。
 本体がのこのこ姿を現したならば、それは果樹園の時と同じ結果にしかならない。
 プッチは絶対に姿を現さない。スタンド戦に疎い白蓮でも、遠隔スタンド使いのイロハはある程度想像出来るところにある。

 あの時と違い神父は正真正銘、白蓮を殺すつもりでこの場に現れた。
 殺意で身を固める決意。
 神父のそれはきっと、今日この日よりもっと……もっと昔に、とうに済ませてきた儀式なのだろう。

 彼に比べ、白蓮は。


「……懺悔。……後悔。
 何れも、私の心の中で色濃く渦巻いているのは事実です」
『人間とは、そういうものだ』
「もう随分昔に、人は辞めたつもりでしたが」
『君は振りまく暴力こそ化け物染みてはいるが、私の目から見た本質は“人間”に見えるがね』


 淡々と交わされる会話。
 本来二人は、言葉によって人々を救う立場にいる者。暴力などという力に依り沿うべきでない。
 それを得ているからこそ、穏やかな気質で互いに語り掛け、説き合う。

「私が、人間。……否定は出来ないでしょう」
『随分と素直だね』
「そして───DIOもまた、人間に見えます」
『……そう思うかい』

 ホワイトスネイクの無機質な口が、真一文字に噤む。
 獲物を喰らう蛇のように貪欲で、白濁で、作り物めいた角膜。水晶体の見当たらない、薄らとした瞳が白蓮を中心に捉えていた。
 こんな剥製じみたスタンドでなく、プッチ本人の表情と相対したい白蓮だったが、それは叶わない。
 坐禅を極め、会話の間にも磨かれた集中力で以て神父本体の視線や息遣いを探ってはいたが、すぐ近くには感じられない。相手は白蓮に対し、相当の警戒を敷いているようであった。

397黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:04:23 ID:DAf9RJjQ0


 四秒か、五秒かの無言が続く。
 白蓮は未だ、坐禅を崩さない。
 神父も、続く言葉を待つのみ。


「貴方は、DIOをどう思っているのですか?」


 白蛇の貌は人らしい色を灯さない。
 しかし、スタンドの向こう側で操るプッチの相貌はその時、確かに感情が灯されたように思う。
 瞼を閉じ、瞑想状態にある白蓮の感覚が、その僅かな動きを感知した。

 スタンドでなくプッチ自身の心が、水晶に照らされる輝きのように、ほんの一瞬だけ───穏やかに鎮まった。


『DIO、か。
 私にとって、彼とは…………』


 雪を透き通らせる白蛇が、静かな空に耽る。
 まるで大切な『親友』を想う人間のように。
 まるで愛する『恋人』を憂う少女のように。
 まるで尊敬する『師』へ従う弟子のように。
 まるで崇拝する『神』へ祈る聖者のように。



『私は、DIOを──────。』



 一際冷めた風が、二人の間をひゅうと駆け抜けた。
 耳元を掠めて吹き去った寒風は、神父の言葉を上から塗り潰す程に鋭い。

 それでも、白蓮の耳には確かに届いた。
 嘘偽りないであろう神父の告白は、真の儘に、その尼が聞き遂げた。


「……奇妙な関係、なのですね。貴方と、彼は」


 やがて、白蓮の瞼がそっと見開かれる。
 柔らかな言葉で紡ぎ出された相槌に混ざる感情は。

 エンリコ・プッチへの、憐憫だった。

 白蓮が知るDIOという男の背景は決して多くない。
 スピードワゴンからの人伝で、まず〝悪〟の化物だという漠然とした話を聞かされ。
 実際にDIOを目の前にし、その話には何ら誇張の無い、どころか想像を遥かに超える邪悪の化身だという確信を得た。
 かつてスピードワゴンが、ディオを一目見て『生まれついての悪』と断じたように。
 白蓮もそれに続くことが出来た。DIOは“環境によって悪と成ったのではない”という更なる確信へ。

 しかし、ホワイトスネイクを介して感じ取ったプッチ神父の感情や告白を垣間見て、白蓮の認識に若干の齟齬が生じる。
 これでも多くの人間と触れ合い、人が持つ他人への意識を察する術を育んできた住職だ。
 懐疑を厭う性格が災いとなり、常人であれば目を背けたくなる程の醜悪な裏切りを経験した身であろうとも。

 プッチの、DIOへと向ける視線に。
 悪意や欺瞞は勿論、打算や不実の一切も混ざっていない事が、よく解ってしまう。

 いや、一切というのは言い過ぎたかもしれない。
 人間は、他人との関係に少なからず見返りを求めるものだ。神父とて例外ではない。
 少なくとも彼はDIOに、大きな大きな『期待』のようなものを抱いている。

 まるで『夢』を魅る少年のように。

 そしてDIOの側も、同じようにプッチへと何らかの期待を掛けていた。先に交わされた二人同士の会話や呼吸を見て、白蓮も漠然とそれを感じていたのである。
 この関係性を指して『奇妙』だという感想を抱いた。
 DIOとは間違いなく〝悪〟そのものだが、両者の関係という『絆』は言うなれば、何処にでも転がっているような平々凡々とした繋がりにも見える。

 ありふれた日常こそが、幸福。
 忙しない環境を生きることに必死の人間達は中々それに気付くことも少ないが、平凡さとは至上の有り難みなのである。
 本来であれば、DIOとプッチの関係は模範とすべき正しい姿勢だ。
 しかし。DIOは、黒すぎた。
 水は方円の器に随う。人は、環境や付き合う相手によって良くも悪くもなる諺だが。
 DIOという歪んだ器に魅せられたプッチは、彼の器へと注いだ水を覗き込み、歪に曲がりくねった自らの姿を水鏡越しに見てしまったのかもしれない。

 実に客観的な評価ではあるが、エンリコ・プッチという人間はDIOとは違って、環境で〝悪〟に染まった人間なのだろう。
 白く、純真な少年だったプッチは。
 血塗られた巡り合わせと、『神』の悪戯という環境に放り込まれ。
 徐々に……徐々に黒雫が垂らされる。
 歪んだ器に垂らされた最後の漆黒は、DIOとの出逢いによりじわじわと清水を染め上げていく。
 最早その水面には、純真だった頃のプッチの姿は映ってなどいない。

 然して、ここに一組の吸血鬼と神父の関係が誕生した。
 彼らに起こった背景など、白蓮には知る由もない。
 それでも。神父の本質に、今は亡き『純』の痕跡を見た白蓮は、彼に対して思い浮かべたのだ。

 憐憫、という一重の情を。

 この憐れみの気持ちを口や態度に出すのは流石に非礼に値すると、白蓮は敢えて『奇妙な関係』とぼかすような言葉を選んだが。
 どうやら神父は同情に類する彼女の意中を、白蛇の瞳を通じて汲めたらしい。
 彼は三歩ほど足を進め、その場へとゆっくり座り込んだ。坐禅を組んだ白蓮と同じ目線へ同列するように、胡座を掻いて仄めかす。

398黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:05:39 ID:DAf9RJjQ0


『───人間は後天的に〝悪〟を識るか〝道徳〟を識るか。
 貴方の中にある『悪』は……果たしてどこから生まれたのか』


 白蛇が坐して放った言葉は、かつて白蓮がプッチへと尋ねた文句をそのまま復唱した内容。

『君は確か、以前私にこう言ったな』
「如何にも」
『その言を借りるのなら。
 私の本来とは、性善説の下に生まれた一個の〝善〟であり。
 破滅の折、DIOという引力に寄せられ、心に〝悪〟を生んだ……と、なるな』
「別段、珍しい事例でもありません。
 語弊があるのであれば、お詫びします」
『いや…………概ね、その通りだ』

 雪に組み座る白蛇は、予想外なことに肯定を示した。
 以前に会話した時、プッチはまるで“自身が正しい道を歩んでいる”かのように、独善的な視点で語っていたからだ。
 我こそが正義だ、と言わんばかりに。鼻高くする訳でもなく、誇らしげに振る舞うでもなく。
 自分の信念を信じ切って疑わない。当たり前みたいに宣言していた。

 だが彼は今、白蓮の言葉に同調する意図を白状した。
 DIOを悪だと認め、彼に引き寄せられた我が心すらも染まってしまった。
 それを肯定する言葉を吐いたのだから、虚を突かれた白蓮は僅かに目を丸くする。

『DIOは“悪の救世主”と呼称される事もある。自分の部下からに、だ』
「悪の、救世主?」
『そうだ。彼を心から慕う悪人も少なくない。
 面白い事に彼自身も、自分を〝悪〟だとハッキリ断言している』

 つまり、DIOは悪人正機。
 昨今では、自らの正義を神輿に担いで争いを止めない愚かな人間が増幅してきているものだが、DIOのような人物は少し珍しい。

「成程。では、貴方は?」

 気になるのはDIOではなく、プッチの方だ。
 彼はどう見てもDIOとはタイプからして異なり、先述したように歪んだ正義感を揮う人物だと白蓮は思っている。

『例えば……殺人を犯す者が裁判に掛けられたならば、そいつは誰から見ても〝悪人〟に間違いないだろう。
 そして私も、命を奪う側の人間であるのは自覚している。そういう意味で、さっきは君の言葉に肯定したのだ』
「その言い方では、まるで“別の視点から見れば必ずしも悪とは限らない”……と、そう言っているようにも聞こえますが」
『白蓮。君は正しいよ。世の中の殆どの人間は、私の行為を見れば〝悪〟と罵り、殺到しながら指弾しようとする筈だ。
 歪められた報道の向こうの安全地帯で、民衆という弱者の立場をいい事に“これは正義の糾弾だ”などと、自己満足を満たす為のみにのうのうと正義の真似事を行う』

 裏を返せば、白蓮も所詮はその民衆の一部。
 その程度に過ぎないと、言外に指摘されたようだった。

『だが……君の、そして世間一般での〝正しさ〟という象徴は、別のマイノリティー……或いは声を掲げる力すら無い“真の”弱者から見れば、絶大な〝悪〟に映ることもある』
「一理、ありましょう。私共の仕事とは、それら偏った均衡を可能な限りまで釣り合わせる事ですので」

 白蓮の即答には、確固とした信念がある。
 人も妖も等しく救う『絶対平等主義』を謳う彼女の目的こそ、腐敗の一途を辿る妖怪社会の消滅を防ぐ、彼女なりの手段なのだから。

 元より同意を欲しがって語ったつもりなど白蓮には無いが、ホワイトスネイクは彼女の目的を聞くが否や、首を横に振った。
 呆れているというよりは「そんな事が出来るものか」という、にべもなく決め付ける様な態度であった。

399黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:06:17 ID:DAf9RJjQ0

『“可能な限り”と君は今、言ったが……。所詮、それが君たちの限界だよ。
 “出来るだけは頑張ろう”と、初めから完遂を目指そうとせず、不可能なハードルには予め布を被せる。
 半端な意志で、半端な目標を達成し、半端な信仰を得て生の糧にする。
 それでも幻想郷などという狭き庭なら、それなりの結果は期待できるだろうがな』
「揚げ足を取るのは止めて頂きたいですね。我々は仏教という形で〝正しさ〟を広める……もとい、説いております。
 そして手段は違えど、幻想郷の至る派閥や有権者達も、最終的な理想は皆同じ地点に在ると信じてます。
 貴方がたから見ればこの囲いは実に狭く、脆く見えましょうが、此処が私達の住む国なのです」


『成程。では聞こう。
 その幻想郷を遍く統べる派閥者とやらの理想に、人間側の意志は本当に在るのか?』


 今度は、即答出来なかった。


『お前は本当に、“人間”と“妖怪”の目指す最終的な理想──つまりは〝正しさ〟が、同じ地点に存するとでも信じ切っているのか?』


 人間と妖怪は、互いに手を取れる。
 白蓮はそれを信じて、人々を導いている。
 だが幻想郷のシステムは、彼女の思想とどうあっても剥離してしまう。
 両派が反目し合ってこそ成り立つバランスの囲いなのだから。
 妖怪にとっても、人間にとっても、絶対的な不平を強いて縛るこの世界に、誰もが納得出来る〝正しさ〟など───


『“迷った”な。聖白蓮』


 ホワイトスネイクの手刀が、白蓮の目先にまで肉薄する。
 居合抜きの形で不意を討つ攻撃に、その尼は坐禅の形を僅か足りとも崩さずに受け入れた。

 ───必殺の能力を秘めた手刀は、寸で止められる。

 指先に殺意が込められていない事を見抜いていた白蓮は、この行為が単なる威嚇や茶番でない事を悟り、彼の次なる言葉をじっと待つ。


『白蓮。君はあまりに永い刻の中に封じ込められていたようだ』


 それは恐らく幻想郷縁起で知見を得た、聖白蓮の背景を指した言葉。
 敵の手にあの妖怪大図鑑がある事を素知らぬ白蓮に、相手が如何にして自分の過去を知ったのかという疑問はあったが、それは今重要ではない。

『君は人々を導く為に聖職を担っているという話だったが……そのわりには人の世に明るくない』
「心外ですが、貴方の言いたい事は理解できます。確かに私は千年もの間、魔界へと封印されていました。
 印が解けた直後には、直ぐに幻想郷に降り立ったものなので、実際の所は俗世に精通しているとはとても言えません」

 従って白蓮の知識は、殆ど千年前の日ノ本で止まっているようなものだ。
 幻想郷は隔離された世界。
 現代の。今の娑婆の情勢について、彼女が見聞を広める術はほぼ失われていた。仕方のない事だと言える。

『十年や二十年程度でさえ、人心は大きく推移するぞ。ましてや千年だ。
 幻想郷では知らないが、“外”では想像だに出来ない変貌が、歴史の節目の度に起こっている。
 節目というのは、言い換えれば“戦争”の事さ。規模に大小はあれど、人類の馬鹿げた争いだけは昔から常に絶えない』
「……何を仰りたいのでしょう」
『不可能だと言いたいのだ。もはや“正しい手段”などに頼っていても、この世は変わらない。人も同じだ。
 そもそも〝正しさ〟とは、環境によって清くも醜くもなる曖昧な標に過ぎん。
 お前のようなちっぽけな女がいくら寄せ集まった所で、たちまち人間達の〝悪意〟に蹂躙されるのがオチだ』


      トクン……


 白蛇の言葉に、白蓮の澄み渡っていた精神に初めて明確な“揺らぎ”が生じた。
 小さな揺らぎは極小の波紋を生み、瞑想によって静かに保たれていた心の水面を僅かに揺らす。
 四辺から零れた一雫が心の外殻を伝い、白蓮の肌に湧き滲む流汗となった。

400黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:07:21 ID:DAf9RJjQ0


『今───動揺したのか? 聖白蓮』


 獲物の隙を捉えた蛇が、チロチロと舌を出しながら頭を前屈みに低くした。
 目と鼻の先で手刀を構えたホワイトスネイクの姿をそのように錯覚した白蓮の背に、冷たいモノが過ぎる。

 不覚にも彼女は、一瞬ではあるが気圧された。
 『人間の悪意』というキーワードに、白蓮という女の過去に打ち立てられたどうしようもない楔が呻きを上げてしまった。
 かつて信頼し合っていた人間達から裏切られた悲痛な過去。どうあっても、古傷は癒えたりしない。

『例えば……“肌の色が違う”だとか“産まれたばかりの我が子の死を受け入れられない”だとか。
 自覚・無自覚に関わらず、人間は反吐の出る悪意をバラ撒きながら生きている』

 白蓮とは対照的に。
 プッチの“古傷”は、彼という人間性を大きく歪めた。
 湖に打ち上げられた妹の遺体を前に、生まれて初めて『人殺し』をも為す覚悟を固めた。
 誰を憎めばいいのかすら分からなかった。発端が何なのかも、殺された妹の為に何を為せば善いのかも、何一つ分からない。

 しかし彼は、弟のウェスとは全く違って。
 憎悪に走ることは無かった。
 憎しみよりも遥かに大切な───命を懸けてでも掴むべき『真理』を目指そうと決心したからである。

 目指した場所は邪道。
 殺人をも厭わない手段は、世間からは〝悪〟だと罵られ、木槌を振り落とされることも理解している。
 故に、当時のプッチではまだ力不足であった。弟の記憶を封じたはいいものの、きっとこの先、巨大な困難が待ち受ける。この身一つでは、成す術もなく運命に叩きのめされてしまうのは目に見えていた。

 だから力を求めた。
 物理的な力でなく、概念的なパワーを。
 その為に、かつて礼拝堂で出会った奇妙な男───DIOとの再会を願う。


 この時、彼は〝悪〟へと成った。
 エンリコ・プッチの、悪のルーツだった。


『過去から生まれる恐怖に打ち勝つ困難こそ、人間に課された試練だ。
 白蓮。君は私とよく似ている。私も今では、人類を“真の幸福”へ導く事を使命だと心得ているからだ』

 人間の生んだ悪意の犠牲者となった過去を持つ、エンリコ・プッチと聖白蓮。
 何の因果か、二人は共に聖職へと携わりながら、それぞれの意志・手段で幸福を目指した。
 憎悪に囚われず、かつて自らを陥れた人間達をも含めた『救済』。正気の沙汰ではない覚悟であった。


『幻想郷などという世界の片隅でしか生きていない。
 私とお前を隔てた境界とは文字通り、その大結界とやらだ。
 お前達が言うところでの“正しさで世を導く”という夢物語は、この宇宙では到底通用しない、カビの生えた理想論でしかない』


 最早、正しさという理屈を武器に世界を変える事は不可能。
 若くしてそれを痛感したプッチは、心に従うままに〝正しさ〟を捨てた。
 その様は白蓮から見れば狂気的でもあるが……やはり憐れだという感情が先行してしまう。

 〝悪〟の中に見出した〝真理〟など、どうあっても世の中に綻びしか生まないというのに。


「悪を受け入れ、支配によってこの世の乱れを抑える……。
 貴方の『覚悟』の正体……正しき目的とは、そんな暴虐の彼方に在る真理なのですか」
『支配ではない。そんなモノよりも遥かに崇高で、果てしない“力”を得た者のみが、それを可能にするのだ』


 やはり、プッチと自分は絶対に相容れない。
 先程彼は、自分達はよく似ていると言ったが……白蓮にはとてもそうは思えなかった。
 あたかも達観した目線で物事を説き、白蓮を隔壁の内に見下すプッチは、あまりに独善的に映る。
 自分の行いを悪と自覚してはいるようだが、数多の屍の上に打ち立てる“より大切な目的の為ならば”という小を殺して大を生かす本音の奥には、世界で最もタチの悪い『正義』が顔を覗かせている気がしてならない。


 矛盾するような言い方だが。
 彼は自分が悪だと気付いていない、最もドス黒い悪だ。

401黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:13 ID:DAf9RJjQ0



「それでは伺いましょう、プッチ神父。
 ───貴方が目指す『最終目的』とは、何でしょうか」



 男は以前、白蓮に向けてこう言い放った。
 本当の意味で人を救うのは『天国』───過去への贖罪なのではなく未来への覚悟だ、と。
 白蓮には未だ推し量れずにいる。

 彼の言う『天国』とは、結局のところ何なのか?
 プッチとDIOの二人は、何を企んでいるのか?




 地面が僅かに揺れた。
 地下に広がる空間で行われている、DIOとサンタナの激闘の余波だろうか。
 中庭の窓の庇に積もった雪が、振動によりぱらぱらと落ちてゆく。

 未だ白蓮は坐を象った姿勢で、今にも襲いかからんとする白蛇の構えを丸腰で待ち受けていた。
 既に絶命必至の間合い。
 敵の攻撃が白蓮の鉄壁を容易く通過する能力に対し、白蓮からの攻撃は全く無効化するというのだから、この距離が如何に彼女の不利を語っているかは、幼子が見たって理解出来る。



『天国とは、時の加速により宇宙が一巡を迎えた“先”にこそ存在する。
 それこそが、全人類が手にするべき真の幸福であり、私とDIOのみが実現可能な〝正しさ〟なのだ』



 荒唐無稽としか思えない文節の連なりが、新雪の中に透ける白蛇の唇から、白い息と共にフッと吐き出された。
 言葉の意味を咀嚼するより早く、白蓮の洗練され尽くした感覚に危険信号が発される。

 時間の止まっていた白蛇の手刀が、生命を吹き込まれたかの如く始動した。

 今度は、本気の殺意。
 スタンドに漲った筋肉の動きを直視するより、息の根を止めんとする邪悪な害意を肌で感じた。
 真横に薙ぐ白き一閃を無抵抗に受けていれば、白蓮とて魂ごと分離されていたろう。
 が、ホワイトスネイクの動きはあのDIOのスタンドに比べると劣る。
 白蓮は坐りながらにして、足を組んだまま攻撃を躱した。
 首を後方に引かせただけの、軽い回避。白蛇の手刀は彼女の髪の毛一本攫う事すら叶わず、虚しく宙を切った。

 当然。殺意を込めたスイングは一振で終わらない。
 ガっと膝を立て、土と雪を蹴りながら白蛇が前のめりとなる。
 重心を地へ伸ばして安定させ、今度は両腕での突き。
 これもまた、全てが空を切る。
 坐禅、つまり胡座を掻いたような不安定の体勢で、上半身のみを紙切れのようにヒラヒラ舞わせた白蓮に、刀の切っ先すら入らない。
 空振り三振バッターアウト。打者の力足らずなどという事は決してないが、ただ其処に鎮座するだけの硬球にバットはまるで掠らない。

 白蛇はいよいよ立ち上がり、覆い被さるようにして尼へと飛び掛る。
 両腕を大きく広げ開け、躱す隙間すら与えずに三方から潰そうと。

 パサ

 ダイレクトの瞬間、雪をはたいたような軽薄な音が響く。
 その音は、まさに雪をはたいただけの衝撃。白蓮が静かに両掌を揃え、雪を被った地面を叩いた音。
 ただのそれだけの行為に、彼女の体は宙へ浮いた。
 座ったままの姿勢で空を浮き、左右と前方から迫り来る攻撃を、残った後方の逃げ道へと跳んで躱した。これが弾幕ごっこなら、難易度イージーもいい所といった低級弾幕だ。

 粉飛沫と化した雪を振り撒きながら、フワリ浮く女が声を投げた。

402黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:37 ID:DAf9RJjQ0


「貴方は弥勒菩薩にでも成るおつもりですか」


 宙空で姿勢を解き、ようやく坐禅を崩して両足で着地する。
 説の時間は終わり。不本意の気持ちもあったが、やはり彼らは言葉では止まりそうもない。

 白蓮が再び戦闘態勢に入る。
 目に見えて暴の空気を吐き出した彼女を前にし、白蛇も本気で身構えて、言った。


『数億、数十億年というレベルの話ではない。
 この宇宙を一度、直ちに終わらせるという次元の世界だ』


 白蓮の出した『弥勒の世』は、一説には56億年以上も先の未来の話。
 人間世界に弥勒菩薩が現れ、一切衆生を救い、世界を理想郷にするという仏教の思想。

 何十億年、という次元にすらない宇宙の終焉。
 プッチは。DIOは。
 それを人為的に起こそうとしている?
 如何な強大な魔法──禁術を行使したとしても、それ程の大掛かりな規模の術など聞いた事がない。
 スタンド、という異能はそんな事まで現実に移せるのか?

 だが……白蛇の口から轟くプッチの声色は、迫真に迫っている。
 奈落の闇から吹き出す、身も心も凍えそうな谷風。そんな冷気を孕んだ声だ。
 どうやら冗談を言っているつもりではないらしい。


「私は、それを許容する訳にはいきません!」


 男の語る理想は幻想の都でも類を見ない、末恐ろしき野望だ。
 宇宙を終わらせる、という終末は、具体性を得ない計画であるにも関わらず。
 超人の異名を取った大魔法使いをも、震撼させた。
 そこには、バトルロワイヤルという波瀾の枠内に留まらない、スケールを飛び越えた邪心が牙を研いでいる。


『いいだろう。私とお前……どちらの“運命”がより正しい結末に引き合うか。
 試してみるのも良いかもな』


 これは、双方の理解を得る為の戦争などではない。
 元よりそういう覚悟で立ち寄り、向き合う両者は。
 片や、膨れ上がる巨悪の断罪を決意した、善の拳。
 片や、運命に翻弄された男の歪み切った、悪の拳。


「貴方は『救済者』ではなく、哀しく歪んだ『破壊者』です───プッチ神父ッ!」
『ならばどうするね? ひとつ言っておく。
 お前に私は“殺せない” ───聖白蓮』


 善悪の彼岸に立った二人が、飛沫を撥ねらせ交差した。
 賽の河原にてぶつかる、善と悪の幕引きに相応しい紅魔の舞台は。
 ただただ、飛び交う演者たちを嘲るように見下ろしていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

403黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:09:17 ID:DAf9RJjQ0
『秋静葉』
【夕方 16:08】C-3 紅魔館 一階個室


 白のシーツに包まう静葉へと覚醒を促したのは、小刻みに揺れる床の微振動だった。
 地震だろうか、と虚ろな思考を浮かべながらも静葉の意識は、今しがた見ていた『夢』らしき光景への没頭から抜け出せずにいる。

 DIOの影。そう表現する他ない存在から、幾つもの『声』を囁かれ続けた。
 その声は、静葉の頭の中を掻き回してやまない『殺した者達の声』よりも一層妖しく響き、彼女が持っていた倫理観に溶け込むようにして、いつの間にか消えていた。


 ───代わりに、死者達の『声』は未だに頭へと響き続けている。


 この声は『痛み』だ。
 分不相応の身で殺戮を働いた、静葉が受け入れるべき痛みなのだ。
 痛みは、拒絶するものではない。それはきっと楽な道には違いないが、静葉の望む未来には通じていない。
 自らを苦しめる声の幻聴と、これから先どう折り合いを付けるか。或いは、付ける必要性すら無いのかもしれない。

 声に潰されたら、それまで。
 ゲームに優勝し、妹を蘇生させるという願いは、そういう暗澹とした生き方を選ぶということ。


「今……何時だろ…………」


 客室だからか、この部屋にも館主の嫌う窓は備わっている。
 そこから漏れる黄金色の陽光は、空に広がる乱層雲の隙間から僅かに差し込まれた、希望を思わせる光の筋に見えた。
 つまり、もう夕刻。
 時計の針は16時過ぎを指していたが、部屋に入るなり時刻を確認せずそのままベッドへと倒れ込んだ為、自分がどれほど寝入ってしまったかの判別が付き辛い。実際の所は一時間程度なのだが。

 しかし、随分と深く睡眠を貪った感覚が残っている。
 悪夢のような眠り心地だったにも関わらず、また現在進行形で頭の声は止まないに関わらず、身体に蓄積されていた疲労はすっかりと抜け落ちていたのだ。
 このゲームにて、比較的安全な睡眠が取れる環境を確保できたというのは、間違いなく幸運に違いない。
 肉体的な休息が重要なのは勿論、いつ寝込みを襲われるか用心しながら横になるというのは、メンタル面においても多大な負荷をもたらすからだ。

 見た事もないような豪勢なベッドを心中惜しみつつ、そこからモゾモゾと抜け出した静葉は、同じく立派な装飾の備わったドレッサーの前まで歩んだ。
 鏡面に映る自分の顔は、相変わらず酷いものだった。
 地獄鴉に灼かれた左半分の顔面は健在であるし、ノイローゼの患者みたいに表情には生気が無い。(これは単に寝起きだからかもしれない)
 一番の懸念である箇所……『心臓』には、ハッキリとは分からないが当然のように『結婚指輪』がぶら下がっている感覚もある。
 考えてみればたった33時間しかない制限時間の内、必要とはいえ不意の睡眠に浪費してしまったのは迂闊だとすら思え、段々と焦燥を覚えてくる。

 そもそもたった33時間そこらで、雑魚オブ雑魚神の紅葉神に「俺を倒せるほど強くなれ」と無理難題を押し付けるあの狂人も大概だ。
 まともにやったって敵う訳がないのは身に染みており、多少経験値を掻き集めてレベル上げをした所で、雀の涙にしかならない。

404黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:19 ID:DAf9RJjQ0

 では、強くなるとはどうなる事か。
 私は既に、夢の中で答えを貰っている。
 その為に何を成すべきかも、理解していた。

 今までそれは、『感情を克服すること』だと信じて戦い抜いてきた。
 間違ってはいない。でも、感情を克服するというのは、感情を捨て死人同然となってでも……という意味ではなかった。
 死人が、命ある者に勝てる訳がない。
 それを、教えて貰った。
 感情とは、決して捨ててはならない『自己』の一部なんだって。


 ───『愛すべきは、その未熟さだ。未熟さこそが自分の最大の魅力で武器なのだと、胸を張るといい』


 彼は戸惑う私にこう言ってくれた。
 こんなどうしようもない自分の事を認めてくれたみたいで、少しだけ嬉しかった。


 ……もう一度、会ってみたいな。





「にゃあ?」


 鉢のまま這って動いたのか。そこらに転がしたままだった気がする猫草が、いつの間にか窓際で日向ぼっこを楽しんでいた。


「ふふ。……あんたは良いね。悩みとか、これっぽちも無さそうで」


 愚痴のような独り言を零し、上機嫌らしい猫草の頭をもにもにと撫でてやった。
 たまに凶暴だけども、もしかすれば愛くるしいペットなのかもしれない。
 しかし私にとって“これ”は、人殺しの道具だ。
 自分に懐く生物として愛でるというのは、誤りなのだろう。


「……なんだか、外が騒がしいな」


 だとしても。
 すぐに訪れる、次の波瀾までの僅かな間だけでも。

 癒しを求めて“この子”と触れ合う時間を作るというのは、弱者である私にとっては……代えがたい『ひととき』のように感じた。

            ◆

405黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:56 ID:DAf9RJjQ0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


 私は、か弱い存在でしかなかった。
 此処にはとても頼りになる男の人と、浮世を渡るに長けた強い女の人が多くいる。
 そんな中で、私っていう存在はちょっと境目が見れる程度の、普通の女の子でしかない。

 だから、かな。
 爪も牙も持たない弱者の私にとっては……こうして紫さんと普通に会話できる今は、代えがたい『ひととき』のように感じた。


「DIOは消えたわ。少なくとも、この世界からは」


 私と紫さんは、町の風景が見下ろせる神社の石段に腰を落としていた。
 クラスの友達と学校帰りに喫茶店で駄弁るような、そんなノリで。
 こんな事をしている場合じゃないような気もするけど、紫さん曰く「此処は時間流の進行が緩慢」らしく、こんな事をするべき場合なのだとか。

 ……時間にルーズ?な所は、何だか蓮子にも似てる。

「じゃあ、蓮子の『肉の芽』も……!」
「残念だけど、消えたのはあくまでDIOの気配。
 此処からじゃあ、あの芽は取り除けないわ」

 いやにあっさり退いたのが少し気になるけど……と付け加えて、紫さんは一瞬だけ目を細めた。

 それにしてもゾッとする話だわ。さっきまで朦朧だった私へと延々囁いていた蓮子の正体が、DIOだったなんて。
 もしも紫さんが来てくれなかったら……そこまで考えて私は、かぶりを振った。せっかく助かったんだから、そうならなかった場合のifなんて考えても詮無いことよ。

 その紫さんがどうやってここまで来れたかだけども、なんでも私の『SOS信号』をキャッチしたから、らしく。
 はて。私には全く身に覚えがないし、支給品の中に防犯ブザー的な物も無かった。
 キョトンとした表情で本人へ尋ねても「乙女のヒミツよ(はーと)」などと、ウインク混じりにはぐらかされた。私の顔でそれをやるのはやめて欲しい。


「紫さん。所で、あの……」


 強引に話題を逸らし……というより、いつ切り出そうか図り兼ねていた事柄があった。
 阿求のスマホに配信されていた『殺人の記事』……その真贋について。
 あの写真に載せられていた人物は、確かに紫さんだ。そっくりさんでも影武者でもなく、今私と会話している彼女本人だというのが私には理解できる。
 更に『被害者』の一人に幽々子さんの従者がいた、という話を私はおずおずと伝えた。どうやら紫さんは、その記事については詳しく知らないらしかったから。

「そう……そんな記事が出回っているのね」
「はい。幽々子さんも内容を知っています」
「で、貴方はその記事……信じてるのかしら?」

 悪戯心を芽吹かせる少女のような。
 真を追求する誠実な大人のような。
 相反する年格好と善悪の含みが、この人の表情に浮上した気がした。
 虚実を混ぜこぜに溶かして周囲を欺く形態を目撃し、彼女が人間でなく妖怪だという確固たる事実を再確認させられる。

「い、いえ! 勿論信じてません!」

 だから私は少し怖くなって、やや早口で答える。
 当然、紫さんを信頼している気持ちに変わりはない。

 でも、次に返ってきた言葉は……私が期待していた内容とは違っていた。


「───残念ながら、事実よ。半分は、だけど」


 静寂の中にガラス玉が落とされたような音が聴こえた。
 不吉な響きは、鼓膜の奥へと驚くほどすんなり入り込んで。
 私は、声を失った。

406黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:11:52 ID:DAf9RJjQ0


「その記事を私は見てないから何とも言えないけど……私から言える事実は『二つ』。
 魂魄妖夢と星熊勇儀の命は、私が奪った。
 もう一人……人間の男の方は違う。そっちは完全な捏造ね」


 悪びれる様子や、開き直る様子は微塵もない。
 真実を語る彼女の表情は、平然としているみたいだけど。

 私には、どこか『痛み』に耐え忍んでいる苦悶の顔にも見えた。
 それを見て、ちょっぴり安心する。
 やっぱりこの人は、そんな非道を働くような人じゃないと分かったから。

「あら……『人殺し』を前にして、随分お気楽な面構えじゃない?」
「貴方は、人殺しなんかじゃありませんよ」
「随分と知った風ね。一応、人間を攫いもする妖怪なんだけど」
「知ってますよ。貴方の事でしたら」
「さっき、ちょっと怖がってたクセに」
「……バレちゃってました?」
「そりゃそうよ。貴方は『私』なんだもん」

 あはは。うふふ。
 純朴と鷹揚の笑いが飛び交う、微笑ましいやり取り。
 記事のことは杞憂だった、だなんて、幽々子さんの状態を考えればとても言えないけれど。
 その拗れは多分、紫さんと幽々子さんの間でしか解くことの出来ない、複雑なもつれ。
 私と紫さんは、もしかするとただの他人ではないのかもしれないけど。
 幽々子さんの親友である『八雲紫』は、『私』ではない。
 だから、二人の間に『私』が入っては駄目。
 そう思う。

 あぁ。何だかやっぱり、友達ってイイわね。
 そんな事を考えていたら、途端に自分の親友に逢いたくなってきた。


「マエリベリー。幽々子の事は───……〝私〟がきちんと伝える。
 あの子も何だかんだ強い子だから、きっと大丈夫。
 だから、心配しなくていいわ」


 ……?
 気のせい、かな。今、紫さんの言葉のどこかに強い『違和感』というか……妙なニュアンスを感じた気がする。
 言い淀むかのような、若干の迷い……?


「それより、今は貴方のことよ。私のこと、でもあるんだけど」


 不意に感じた私の違和感を強引に拭い去るように、紫さんが話を前に進めた。
 蓮子に早く逢いたい……。私が浮かべたそんな気持ちを掬い取り、本題へ急ごうとこちらに目配せする。

「DIOは貴方に言ったそうね。貴方が『一巡後』の私だと」

 一巡後。
 言葉の意味は正直、よく分かっていない。
 でももし……この場に蓮子が居たなら、彼女はきっと嬉々としてその謎を暴こうとするだろう。
 だって、それが私たち秘封倶楽部なんだから。

「まず確認しておくわ。DIOの語った話は、恐らく事実でしょう」
「どうしてそう言えるんですか?」

 とは返したものの、実際の所、私自身もDIOの話を信じかけてきている。
 少なくとも私と紫さんが魂のどこかで繋がった存在なのだという事は、心で理解出来ているから。
 でもそれは蓋然性としては乏しい理屈。“なんとなくそんな気がする”程度の拙い根拠だ。
 対して紫さんやDIOには、何かしらの裏付けがあるみたいで。

 何食わぬ顔でこの人は、続けて言った。


「だって私、貴方の話にさっき出てきた『スティール・ボール・ラン』なんてレース、初耳だもの」


 スティール・ボール・ラン。
 私だってよく知っているワケじゃないけど、少なくとも私の住んでいる世界の史実には、その単語がちっちゃく並んでいる。
 あのDIOも興味津々みたいな顔で尋ねてきたから私も気になっていて、さっき紫さんと会話してる時に何気なくその話を出した。
 彼女は一瞬だけ考えに耽けるような、神妙な顔付きをしたっきりだったけど、その時は特に突っ込まれることなく場を流された。

407黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:12:24 ID:DAf9RJjQ0

「これでも外と内の情勢はそれなりに把握しながら賢者やってる身よ。
 そのレースの開催が西暦1890年だとして、歴史の教科書に載る程度の知名度なら、この私が今の今まで全く見聞きすらしなかったなんて有り得ない」
「つまり私と紫さんは、幻想郷と外界なんてレベルの区切りではなく、そもそも全く異なる『別世界』に住む存在って事……ですか?」
「貴方の話を聞く限りだと、可能性はかなり高くなったわね」

 狐に摘まれたような話だった。
 とは言え、参加者同士の連れてこられた年代が違うって話は既に聞いていたから、スケールとしては大差無いのかもしれないけど。

「でも……もし別世界の人同士だとして、一巡後っていう概念がよく分からないんですけど」

 オカルト……所謂SFの世界では、例えば『並行世界』なんて単語はよく聞くし、私もどちらかと言えば信じてる側の人間だ。
 パラレルワールドといえば、所謂『超ひも理論』にも通ずる考え。ズバリ蓮子の専攻する理論だから、彼女ならこういう話も目を輝かしながらすんなり受け入れられるんだろうけど。
 ……あれ? じゃあ蓮子が私の能力の謎に心当たりがある風だったのは、私と紫さんの関連性に超ひも理論(並行世界)をある程度結び付けられていたから?
 うーん、専門って訳じゃないから私には何とも言えないし、本人を目の前にした今となってはどうでもいいとも言える。

 だけどDIOは『一巡後』と述べた。それはつまり、横ではなく縦に繋がった次元の並行世界。
 ちょっと発想が突飛というか……どうしてそういう結論に至るのかが不明瞭だ。

「そうね……外の人間には、ちょっとその辺のメカニズムは理解し難いのかもしれないわね」

 馬鹿にしたニュアンスではないだろうけど、ちょっとムッとした。
 これでもオカルトを扱う(メンバー全二名の)サークル代表片割れだ。蓮子程じゃないけど、その手の心得なら一般大衆よりも精通してる自信はあるもの。

「───って顔してるのが丸わかりよ、貴方。もう一人の私とはいえ、まだまだ青いわねえ〜」

 ここぞとばかりに扇子を広げて口元を隠す紫さん。
 今度は確実に馬鹿にしてますわよってニュアンスを(扇子の奥では釣り上がっているであろう口元と共に)申し訳程度に隠しながらも、実態は隠し切れていない。
 ……妖怪って、皆こうなのかしら。清廉だったり、おどけたり、本当に掴めない人だ。


「まま。ジョークはこの辺にしといて」


 前置きを終え、紫さんはこほんと咳払いして次へ移る。


 ここから私が聞く話は、まるで青天の霹靂を実現させたような。
 常識では考えられない……『夢』を見ているみたいな話ばかりだった。


「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」


            ◆

408 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 19:13:47 ID:DAf9RJjQ0
ここまでです。
次で終わりを予定しています。

409名無しさん:2018/10/14(日) 16:40:49 ID:9VDuzoG.0
投稿お疲れ様です


長かった紅魔館の乱戦もついに決着か!?
どういう展開になるか気になって仕方がないです、続き楽しみに待っています

410名無しさん:2018/10/14(日) 22:16:00 ID:WUWbCklM0
投稿お疲れ様です
>「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」
よもやここで霊夢も言っていた物理・心理・記憶の層の理論がでてくるとは…

411名無しさん:2018/10/16(火) 19:24:30 ID:Id1vJPcY0
投稿お疲れ様です
バトルの決着が参加者の生死に直結しそうなものばかりでどれも続きが読みたいッ

412名無しさん:2018/10/19(金) 22:30:34 ID:SbNRb2DY0
投稿お疲れ様です
DIOと柱の男の初激突。どのような決着を迎えるだろうか

413名無しさん:2018/10/23(火) 21:09:41 ID:PtMgM8Cs0
今、サンタナが熱い




……………………元々熱風だけど

414名無しさん:2018/11/07(水) 19:15:04 ID:ZnWljzA60
進行ペースに目標を立てた方がいいんじゃあないか?

415名無しさん:2018/11/08(木) 11:47:16 ID:UzwY.sTI0
>>414
黙って待つってのができねぇのかテメエはよォ〜

416 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 03:53:34 ID:mCm9debw0
予定していた長さを大幅に超えてしまい、次で終わりだと宣言した矢先で本当に申し訳ないのですが、あと一度分割させた方が良いと判断しました。
本文の方はあらかた終えていますが、一先ずという形で投下します。

417黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:57:26 ID:mCm9debw0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 “変わった”

 火色の後ろ髪を目まぐるしく逆巻かせたサンタナの新形態を目撃し、DIOは実感と共に冷静な解析を終えた。無論、今までとは明らかに毛色の異なる奴の風貌を指しての印象でもあるが。
 特段と“変わった”部分は、見た目以上に戦闘への器用さだ。


「鬼人『メキシコから吹く熱風』」


 二桁にも上ろうかという数の爆炎が、形を保ちながら火矢の如く揃えて撃ち出された。
 大衆の喝采と何ら違わない喧しい音色を放出させつつ、弧を描いて一斉に射られた炸裂花火は、『世界』のみでカバー出来る範疇を追い越した。
 横に広がった弾幕は、DIOが誇る無敵の矛と盾を悠然と抜き去り、その本体の心臓を捉えて飛ぶ。

「ムンッ!」

 吸血鬼の動体視力と跳躍力で、その身に迫る全ての高温弾幕が空を切り、散った。床を蹴り上げ宙を駆け。デカい図体を掲げる重力の次なる足場は、壁。
 DIOは図書館の壁に“立ち”、地上からこちらを見上げる鬼人を忌々しげに見下ろした。

 戦闘への器用さ。つまりはあの形態、サンタナのパフォーマンスの幅が格段に増幅したことに繋がる。奴が『鬼』の流法とやらに転化した瞬間、颯爽と弾幕が飛び交うようになってきたのだ。
 以前までの闘牛を相手取る様に一辺倒とした近接戦から、ミドルレンジの遠距離武器が加わった。ただのそれだけで、攻撃の応用というものは恐ろしいくらいにバリエーションが富む。
 グーしか出さない相手がパーの札を手にした様なもの。こちらがパーを出し続ける限りまず負けは無いが、リスクを避けた無毒の駆け引きで白星を期待出来るほど安い相手ではなさそうだ。
 冷や汗をかこうが危険を顧みず、時にはバクチに打って出て、駒に頼らず王自ら敵を捻り潰す。

 それこそが『真の戦闘』だ。

(だが……それは『一か八か』ではない。オレの求める『天国』に、運任せは必要ない)

 この世で唯一の帝王たるDIOが望む、この世で最大の力。
 まさにそれが───『引力』と呼ぶに相応しい、千万無量の絶大なるパワー。
 賽の目で『六』を望めば『六』が現れるような、不確定の未来すらも自身の決定に引き寄せられるほどの圧倒的な引力。
 万物の理すらも味方にし、不都合な運命を叩き潰す事こそが、男が到達すべき理想郷であった。


「サンタナ。君は何故、その形態を手にするに至った?」


 壁へと直立不動したままの状態で、こちらを見上げる鬼人に問い掛ける。
 サンタナは黙して語らず。元々饒舌な生き物では無かったが、意図して沈黙を貫いている──というより、DIOとの会話を避けているように見えた。
 この無愛想な態度にDIOは不服を覚える。一方的に喧嘩を仕掛けられ、意思の疎通すら拒絶されるとは。幻想郷の異変解決においてはよく見られる光景であるが、何かしらの戦う理由が聞きたい所だ。白蓮に対して、DIOが探ったように。

 しかし男は先程、彼なりの答えを既に示している。
 サンタナが、サンタナにとって必要なモノを取り返す為……と。
 DIOはじっくりと襲撃者を観察する。睨め付けるように覗き、心の隙間に手を差し込むのだ。
 相手が放った数少ない言葉や挙動から推察し、逆に何故押し黙ろうとするかも仮説を立ててみよう。


「私が石仮面により吸血鬼の力を願った理由とは、『必要』であったからだ。相応の力を手にするには、秤の釣り合う理由が必要となる。リスクもな」


 DIOの言葉に耳を貸そうともしないサンタナが、傍に立つ本棚へ手を掛けた。大容量に貯蔵する書物の数々を含め、それは相当の重量を占めていると一目に分かる物であるが。
 丹念に床へ固定された巨大な本棚は戒めごと外され、鬼人の腕力により軽々と持ち上げられる。紅魔の魔女が後生大事に蓄えてきた由緒ある本たちが、バラバラと派手な音を立てて舞い落ちない内に、

 ───壁に立つDIOに向かって、棚ごとブン投げた。

418黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:59:07 ID:mCm9debw0


「力とはとどのつまり、『勝利』する為に得るものだ。君のその『鬼』のような異形も発端は同じなのだろう?」


 目前に迫る巨大な塊を、何一つ狼狽えること無く『世界』の拳で爆ぜらせる。一点から粉砕された本棚は敵への突進力を失い、無惨にも無数の木片と化した。
 代わりに、本棚の内臓を担う書物たちは一斉に吐き出され、埃の煙幕に紛れながら辺りに飛び舞う。
 敵の狙いがコンマ数秒ほどの撹乱・目潰しだとDIOが悟った時、地上からこちらを見上げていたサンタナの姿は既に消失していた。


「君は恐らく……孤独だった。
 何も与えられず、何も得られず。
 そこに不満を覚えていた嘗ても、過去の幻像。
 気が付けば君は〝善〟も〝悪〟も持たない……〝無〟の兵となっていた。
 その感情の起伏の薄さを眺めれば理解出来るさ」


 夥しい数の書巻、洋書、文献、図鑑、教材、禁書……書という書が、視界を埋め尽くす弾幕と化してDIOへと降り注いだ。
 子供がオモチャ箱をひっくり返したように雑な投擲。それ自体に攻撃能力はさほど無い。従って、本の雨あられなど気に留める必要ナシ。
 敵の動きのみに集中したDIOの視界では、周囲がスローモーションの様に緩慢となって見えている。
 ゆっくりと、疎らに飛び交う本と本の隙間。煙幕の奥が点滅と同時に光り、揺らめいた。
 またもや炎の弾幕。自分の位置を誤魔化す狙いか、一箇所からでなく数点から撃たれた火炎は、宙に舞う書物達を食い散らかしながらDIOへと迫る。


「人間を。或いは吸血鬼を。
 狩っては喰い、狩っては喰い……空腹を満たす為だけの、虚空の人生。
 腹に溜まるのは枯れた肉と、無味の糧。
 空虚と孤独に押しやられ、いつしか君は渇望する事すら忘れてしまった空蝉へと堕ちた」


 DIOは炎が苦手である。
 それは吸血鬼の体といえど熱には……という話でなく、彼の過去──三度経験した敗戦の記憶に『炎』が大きく絡んでいるから。
 だからではないが、男はまずこの火炎の回避に専念した。まだまだ稚拙と言える炎の弾幕は、集中力を欠かずに挑めたDIOによって完璧に見切られてしまう。
 重力に反発する全身を強引に動かしているにも関わらず、固い壁の上をスイスイと歩き回るDIOの足捌きは流麗の一言に尽きた。
 スケートリンクを舞う氷精。男にとってのリンクが氷上でなく壁上だということを差し置かずとも、その所作一つ一つには美しさすら感じ取れるほどだ。
 当然、付け焼き刃で得た弾幕などDIOには欠片も掠る筈はなく。火の粉が燃え移り、赤々と熱を吹く蔵書の数々を生み出すだけというあられもない結果となった。


 瞬間、DIOの目の前にサンタナの『左腕』が現れる。
 目の前に飛んで来たのは奴の腕のみで、本体は見当たらない。肉体を分裂させただけの実に浅い策だ。
 スタンドを前へと回らせ、叩き落とそうと構えるも。
 遠隔操作された片腕の中から先程と同じように『刃物』が突然飛び出し、『世界』の心臓を狙った。
 この武器──緋想の剣はスタンド貫通の威力を誇る、一癖ある得物だ。叩き落としから真剣白刃取りへと瞬時にして対応を変えたDIOは、妖しく輝く切っ先を紙一重で止めることに成功する。


「しかし君は今日。
 おそらく生まれて初めて、“得る為”の戦いに身を焦がそうとしている。
 大花火を上げる筒の導火線は、既に着火されているようだ」


 不可思議な事が起こった。
 煙に紛れていた鬼人の殺気がなんの脈絡もなく、DIOの背後に唐突として萃まったのである。

 背中に、奴が居る。

 しかし解せない。目潰しの撹乱に若干気を取られてはいたが、地上に立っていたサンタナがこの一瞬で背後に回った事に気付かぬほど集中は欠いていない。
 振り返る暇など与えてくれるわけが無い。『世界』もDIOの前方におり、咄嗟の対応は不可能。隙丸出しとなった吸血鬼の首を掻っ切る非情の一撃が、背後より穿たれる。

 ───が、そこにあった筈のDIOの首は、既に影も形も消え失せている。

 まただ。この予兆無しの動きが、鬼人の決定的な一撃を必ず虚空へ逸らしてくる。
 絶好の好機をまたも外したサンタナは、DIOがやる様に足首を壁に突き刺して固定し、焦る心中のままに敵の姿を探した。

419黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:01:38 ID:mCm9debw0


「未だ味わった試しの無い『勝利』の味に酔うが為に……このDIOへと挑んだのではないかな? いや、そうである筈だ。
 私に勝つ為、ではない。茫漠とした君自身の『運命』へと勝つ為に、だよ。
 全てを終えた後に呑む美酒は、さぞや美味いだろう。尤も、私は酔いどれが大嫌いだがね」


 無性に響く声の主は背後や頭上の死角からでなく、遥か前方でこれみよがしに腕を組んでいた。
 壁に立つDIOとサンタナの視線が、10メートルの距離を跨いでぶつかる。

 ───ナメられている。

 幾度も訪れた、勝負を決するチャンスを一向に突き詰めようとしないDIOに対し、サンタナが身を震わせるのはごく自然な感情であった。
 サンタナはワムウの様に、闘いに礼儀や美風を持ち込む気質ではないが、此方が一世一代の大勝負を仕掛けているのに対し、DIOはと言えば不遜な態度で邪険にしマトモに取り組もうとすらしていない。

 サンタナの苛立ちは募る一方である。

 この10メートルという距離は今までの戦闘間合いから言って、奴のスタンド『世界』の影響範囲外である事までは学習している。
 加えて鬼の流法には弾幕がある。奴を相手取るなら、この区間を維持していれば一先ずは脅威とはならない。


「人が成長するにあたって、勝利することは限りなく重要だ。
 しかし、それ以上に『敗北』が人を根源的に強くするファクターとなる。
 君は今日だけで果たして何度敗北した?
 奈落に堕ち、這い上がった分だけ確実に強くなっている筈だ」


 吸血鬼の頭が後方にククッ……と仰け反った。
 距離を開けたまま訝しむサンタナ。何かする気なのだと、身構えた瞬間……


 ───DIOの唯一開かれている右眼から、凄まじい速度の光線が射出された。


 眼球から圧縮された体液を超高速で撃ち出し、敵を貫く特技。帝王はかつてこの技を生涯唯一の“好敵手”に放ち、殺害に成功している。
 後に別の吸血鬼から『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』と名付けられたこの技を男が使用したのは、実に100年前の闘い以来であった。
 一見すれば強力無比な遠距離技であるが、スタンド戦においてはそうとも限らない事が、この技の使用をDIOが躊躇していた理由である。
 連発は不可能であるし生み出す隙も少なくない。殺傷力こそ抜群だが、スタンド相手には容易く防がれる……という諸々の点で、まだ銃を携帯した方がマシだという結論に至ったのだ。

 しかし相手にスタンドという盾が備わっていない場合でなら、この技も大きく有効だ。


「君は初め、自分の名を大きく叫んだ。その名乗りには、きっと深い意味があるのだろうね。
 名前には言霊という不思議な魔力が宿るのだから」


 果たしてDIOが不意打ちで披露した空裂眼刺驚は、10メートル先の壁に立つサンタナの脳を見事粉微塵とさせた。
 光線はそれだけに留まらず、彼が立ち止まっていた壁や柱も纏めて斜めに切断し、図書館ごと真っ二つにしかねない程の巨大な亀裂を入れた程だ。

 それほどの破壊を叩き込まれても、サンタナの身体はそこから崩れ落ちずにいた。
 違う。粉砕したと思っていた鬼人の頭部は、内部から炸裂するように肉片ごと霧散させ、光線を直前で躱していた……というのが真実であった。
 闇の一族の特徴として、骨肉をも畳むレベルの異様な肉体変化があるが、今サンタナが見せた霧散は肉体変化どころの技ではない。
 もはや『霧』と化す領域にまで身体を分解させている。あれでは攻撃など当たらない筈だ。

420黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:02:34 ID:mCm9debw0


「何だろうな…………そう、なんと言うか。
 君は『面白い』人材かもしれない。凄く……面白いよ。
 空っぽだったが故にか、吸収するのも早そうだ。
 いや……物事を、という意味で、物理的な食事の方の意味ではない」


 頭部を霧化させ、攻撃を回避したサンタナが。
 今度は体全体をも霧状とさせ、そこから消えた。
 先程、DIOの背後を容易に取れた手段も同じ技によるものだろう。
 あれも『鬼の流法』とやらの恩恵か? 以前よりも輪をかけて変則的だ。
 滅多に披露しない必殺技を躱されたにも関わらず、帝王は感心するように唇を吊り上げる。

 瞬間、霧状となった鬼人が猛烈な勢いで突っ込んで来る。
 ただの回避に終わらず、そのまま移動・攻撃に繋げられる幅広い形態は脅威の一言だ。速度も充分に伴っている。
 迎え撃たせた『世界』は、当然の様にすり抜けられてしまう。勿論狙うは、DIO本体への絶望的な一撃だろう。

 ヒットの直前、霧が集結して人型へと戻った。
 鬼人の構えはシンプルにして強大。

 ───握り締めた右拳を一瞬、DIOの体躯並に巨大化させ、殴り抜けるという暴虐だ。

 どこぞの波紋使いは『ズームパンチ』などという、関節を外して腕を伸ばすように見せかけて殴る子供騙しを好んでいたが。
 目の前のこれは錯覚ではなく、実際に拳が巨大になっている。受ければ重傷は免れそうにないが、そもそもパワー以前にこのサイズの皮膚と接触すれば全身を捕食されかねない。

 さて。カラクリは何だ?
 先の霧状化といい、体積をこれ程まで極端に増減させる事は人体の理屈に合わない。風船ではあるまいし。
 吸血鬼というよりは、どちらかと言えばスタンド使いや妖怪じみた『種』がありそうだ。

 仮説を立ててみた……が、まずは避けなければ。
 いや。身を捻って躱すまでもない。


 これまでの中で、最も巨大な爆破音が空間を歪ませた。鬼人がその規格外なパワーで『壁』を殴りつけ、大穴を開けた振動音だ。
 生物に命中したならば、ミンチと同時に一瞬にて取り込まれる凶暴さ。『鬼喰らい』と称すべき、恐ろしき攻撃。

 ───サンタナの拳は、壁になど打った覚えはない。目の前に居たはずのDIOは消え、代わりに身代わりとなったのは部屋の壁である。
 今度はDIOが避けた訳ではない。拳を打ったサンタナ自身が何故か位置を変え、標的を別の対象へと移された。

 やはり奴のスタンド……瞬間移動などではない。
 まるで───世界を支配するかの如く、自由自在にこの空間を捻じ曲げているみたいだ。


 パチ パチ パチ パチ パチ……


 背後から、耳に障る拍手の音が届いた。
 振り返ることすら億劫だ。だが、いつまでも無残な姿へと変貌した壁の穴など眺めていても仕方ない。
 諦めるようにしてサンタナは、音のする方向へと首を曲げる。


「いやいやいや。やはりだ……やはり君は面白い」


 余裕のままに君臨する帝王の姿。
 相も変わらず、サンタナに対し殺意を向けようとしない。

421黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:03:20 ID:mCm9debw0


「パワーも然ることながら、そうまでして私を喰い殺そうとしてくる『執念』に感服したよ。
 この“白熱の攻防”で、君の想いの根源も何となく理解してきた。あまりに純粋な渇望だ」


 今や完全に遊ばれている。鬼の流法をしても、根本的に次元が違う。
 成程、改めて理解した。スタンド戦というものは、単なるパワーの強弱で勝負が決するものでは無いという事を。


「だがサンタナ。君は『不運』だ。恐らく、仲間や主従に長らく恵まれていなかった。
 君の持つ潜在能力を効率よく引き出してくれる指導者に、出会えなかった。嘆かわしい事だ」


 どう倒せば良いのか。
 今のままのサンタナでは、解を導き出すことは不可能とすら思えた。
 マトモな取っ組み合いでは自分に分のある相手。敵もそれを理解しているからこそ、マトモには組み合わない。


 では、どうすれば。


「だが、それも今までの話。
 私ならばその不安を解消してあげられる」


 どうすれば、この吸血鬼を倒せる。

 どうすれば……ッ





「───私の『仲間』にならないか? 〝サンタナ〟」





「ふざけるなッッ!!!!」





 ここが限界だった。
 今まで敵の言葉に返答の意思すら見せなかったのは、会話したくなかったからだ。
 言葉を交わしていれば……自分の中の何かが変えられてしまう。DIOが吐き出す言葉には、そんな魔性の魅力があったのだから。
 敢えて無視し続け、暴流に身を任せる。これが最も自分を傷付けない、最良の近道だと思い込もうとしていたからだ。

 だが──────


「さっきから聞いていれば、ごちゃごちゃと上から目線で……!」
「おや、嬉しい言葉だ。てっきり私の語り掛けは、全て右耳から左耳へすっぽ抜けているものかと諦め掛けていた頃なんでね」


 既にDIOはスタンドすら解除し、サンタナと友好的な関係でも築こうとしているのか、無警戒に歩み寄ってくる。
 その態度も、その言葉も、全てがクソに寄り付く蝿のように鬱陶しい。奴の一挙手一投足が、何もかも苛立たしかった。
 今まで誰にも……それこそ本人にすら不明であった心の内に、土足で上がり込んで来るこの男がサンタナは嫌いだった。他者に対し、こんなにも明確な嫌悪感を抱いたのも初めての事だ。
 これを良い兆候と捉えるか、悪い兆候と捉えるか。その判断を下すに足る人生経験が、サンタナには不足している。


「……ッ、オレは……DIOッ! 貴様を殺しに来たのだッ! これ以上ふざけた事をくっ喋るな!!」
「それは違う。君は私を殺しに来たのではない。運命へ『勝ち』に来たのだ。
 蔑まれ、奈落に転がる自分の運命を覆す、ただ一つの勝利を得る為にここへ来た。
 私を殺すというのは単なる一つの手段に過ぎない」


 どこまで。
 この男は、どこまでオレの心を覗くのだ……!
 何故……オレを『理解』しようとする!?
 どうしてオレを『仲間』に欲しいなどとぬかせる!?
 そんな言葉は、同胞からすらも掛けられた試しがない……!


「一つの手段? 違うッ!
 オレに残された手段は、最早それしかないのだッ!
 ここで貴様を殺し、主から認められるッ!
 そうしてオレはもう一度、証明しなければ───」

「───私なら」


 猛る声を遮るようにして、DIOが。
 とうとうオレの眼前にまで歩み、足を止めた。


「私なら……君が再び『在るべき場所』へ返り咲く手段を、きっと用意できるだろう」


 伸ばされる腕は、友好の証。
 握り合う掌は、信頼の証。
 だとするなら。
 オレは目の前に差し出された、裸の腕を───

422黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:04:34 ID:mCm9debw0







「ほざくな。誰が吸血鬼の下なんぞに」


 払い除けた。

 DIOの腕に殺気の類は込められていなかった。
 不意を打って殴りつけても良かったし、握り返すフリをして喰えば全て丸く収まったろう。
 どういうわけか、それを行う気になれなかった。

「下、か。別に侍らせるつもりは無かったが」
「同じ事だ。たかが吸血鬼にオレの心は理解出来ん」
「究極的にはそうかもしれないがね」

 開き直った様子でDIOは払われた掌を引っ込め、やれやれと軽く首を振った。
 こうなる事はあたかも予想していた、とばかりに半笑いを作りながら。

「個人の抱える葛藤や痛みは、所詮他人とは共有出来ない。
 だが『干渉』し、和らげる事は出来る。君はそれを望まないかもしれないが」

 当然だ。相手が敵なら尚更の事。
 虫酸の走る輩だ。体の良い話を建前に置きながら、本音ではオレを使う気満々の癖して。

「お前がオレのメンタリストになるとでも? ……馬鹿馬鹿しい」
「いや。その様子なら君には言葉など必要無いだろう。だがこれもまた『引力』かな。偶然にも君と似たような境遇に陥った者がいる。私も先程少し話しただけだがね。
 白状してしまうと、彼女との会話を済ましていたからこそ、君の背後にある『闇』をある程度予想出来たに過ぎないのだよ。人と人の共通点ってヤツだ」
「…………関係、ない」

 そうだ。コイツが何を話そうと、誰と引き合わせようと。
 関係などあるか。オレはこの男を殺しにここまで来たのだから。


 ───だが、毒気を抜かれた。


「おや。鬼の流法とやらは終いかい?」
「……興が削がれた」

 ワムウみたいな台詞を吐く。切羽詰まった状況を顧みれば、興などで動く訳が無いというのに。
 流法が解かれ、ドっとのしかかる重みを内身に隠しながらDIOへ背を向ける。
 やはり持続時間は長くない。コイツにマトモに闘う気がない以上、これ以上は不毛だった。

 だが、背を向けてどうする。
 今やオレ自身、先程までの昂りが嘘のように静まり返っている。焼け石に冷水を、掛けられすぎた。

「お帰りかね」
「……お前の顔を、見たくない」
「世知辛い事だ。戻る場所があるのなら止めはしないが」

 痛い所を突く奴だ。分かってて言っているのだろう。
 そうまでして、オレを引き止めたいか。
 〝サンタナ〟の価値を、他の誰でもない……こんな吸血鬼なんぞに見定められる、など。

「君さえ良ければだが、会って欲しい人材がこちらにもいる」
「……オレに、大人しく応じろと?」
「好きにすればいい。気に入らないようなら喰っていいし、力は全く以て脆弱な少女だ」
「さっき言ってた奴か? 毒にも薬にもなりそうにないが、オレに何のメリットがある」
「少なくとも、君はこのままノコノコ戻る訳にもいかないんじゃあないかな?
 会って君がどう感じるかなど誰にも分からないし、ならばメリットが無いとも言い切れない。意地の悪い方便の様で、少しズルい言い方かもしれんがね」

 方便、というのは言い得て妙かもしれない。
 DIOという男は、方便で相手を絡み取り、望むがままの道にまで誘い込むようなタチの悪い芸達者だという事がよく分かった。
 こと今のオレにとっては最悪の相性だ。

 さて。この申し出をオレはどう受け取るべきなのだ?
 正直、揺れている自分がいること自体に驚愕せざるを得ない。
 コイツは我々からすれば舐め腐った傲慢さだが、皮肉にも今のオレはそういった誇り高いプライドを失った、謂わばマイナスの立場だ。

 だからこそ、言葉に揺さぶられる。
 だからこそ、心中では無視できずにいる。
 オレの精神が弱いという、何よりの証明だ。


「……少し、ここで頭を冷やす。
 そいつをとっとと連れて来い」


 出した結論は、身を任せる事であった。
 なるように、なれ。そんな身も蓋もなく出たとこ勝負の、受動的な成り行きに。
 しかしそれは決して従来みたいに主体性を持たず、無心が儘……という意味ではない。
 己に芽生えた確固たる意志が、自分から急流に身を投げたのだ。端から何も思考を産まず、ただ河の底で蹲るだけだった今までとは異なる考え方だった。

「嬉しいよ。彼女の方も、君とは多少『縁』がありそうでね」
「何だっていい。オレはオレのやりたいようにやらせてもらう」

 すっかり肩も透かされ、オレはドスンとその場へ胡座をかいた。
 DIOの側もやはり害意は無いのか、はたまた本気の本気でオレを誘う腹積もりなのか。乱れた衣服を几帳面に正し、脱ぎ捨てられていた黄のマントを肩へ掛けてこの場を気障に離れる。

423黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:07:07 ID:mCm9debw0


「おっと、そう言えば……?」


 出入口に足を向けていたDIOが、唐突に振り返った。
 なるべくならコイツの言葉をこれ以上耳に入れたくないのも事実なので、オレも心底気だるげな表情で視線を返す。

「一つだけ、聞きたい事柄があったのを思い出した」
「……?」
「先程の戦闘で君が見せた、身体を霧状に分散させる技。アレは元々君の持つ能力か何かか?
 無粋だが、気になった事があれば“昼”も眠れないタチでね。種明かしをお願いしたいのだよ」

 何かと思えば、そんな事。
 あの技は夢中で“再現”したものだが、以前のオレでは到底真似できない芸当だ。他の同胞であろうと、同じく。

「……能力の種明かしを望むのはお互い様だろう。答える義務がオレにあるのか?」
「フフ……すっかり嫌われ者か。まあ、拒否して当然。誰しも手の内など知られたくはないからな」

 そうとも。それが知れれば誰もこんな苦労などしていない。

「だから少し、推察してみた」
「お得意の当てずっぽうか」
「そう言うなよ。自説をひけらかすのも私の趣味みたいなものだ」

 この余裕がオレとDIOの違いなのだろうか。早くも友達気分でいるのか、DIOは床にバラ撒かれた古本を興味無げに拾い上げ、実に適当に中身を開きながら颯爽と自説とやらを語っていく。

「私たち吸血鬼も肉体をバラバラにされた程度なら本来は再生できる。
 その応用で君は細胞をマイクロレベルにまで分解させ、大気中にて再構成させた」
「口で言うなら簡単だな」
「無論、簡単どころの話ではない。が……幻想郷にはかつて、それが出来る『鬼』が居たようだ」

 驚きを通り越して、呆れてくる。
 どうしてDIOがあの小鬼を知っているかはどうでもいいが、その博識さがあの異様な分析力に磨きをかけているらしい。

 密と疎を操る程度の力。
 闇の一族の持つ能力と、奴を取り込んで得た莫大な妖力を掛け合わせて構築した、簡易版能力と言った所か。
 再生力に関して異常な力を発揮する我々の力は、小鬼の操る『分散』と『集合』の能力とは非常に相性が良かったらしい。
 悔しいがDIOの予測は殆ど正解だ。霧状になったり、一部分を巨大化させる能力は、闇の一族の力の延長線に過ぎない。
 あの小娘から得た力が、それらを助長し発展させたのだ。これで尚、未完成な所は自覚もしているが。

 人は幻想に干渉され、現実を形作る。
 あの本に綴られていた理が、此処ではオレに味方した……といった所か。

「サンタナ。君は恐らく、まだまだ伸びる。渇きとは、人を無際限に強くするものだからね」

 男が背中越しに語る言葉は、馬齢を重ねただけのオレよりも遥かに豊富で重厚な歳月を生きた……老練家を思わせるアドバイス。
 しかし半端に残った種としての矜恃が、奴の言葉など真に受けまいと腹の奥でもがいている。
 それはそうだろう。少なくとも以前のオレならば耳を傾けることなく、空の心を揺すぶられる事なく一蹴していた。

「……オレの主は、お前ではない。カーズ様だ」
「君の渇望から生まれた『性』は、そんな形だけを取り繕った忠義で慰められるのか?」

 主の名を出すオレの声色に含まれた、ほんの些細な機微でも感じ取ったのか。
 オレの、主たちへ捧ぐ忠義心が、体裁を守るだけの荒廃した忠義だという事にDIOは気付いてしまっている。

「埋められん。ひとたび遠のいた威光を再び手にするには途方もない努力と、チャンスを懐に引き寄せる『引力』が必要なのだ」

 DIOは。
 オレにとってのカーズの立場に、なり変わろうとでもしているのか。

「私はただただ……君を惜しいと思う。
 この先を決めるのは君自身だが、私とて頼りになる『仲間』が欲しい切迫した状況でね。出来るなら良い返事を期待しているよ」

 ……違う、らしい。
 オレを、オレの能力を、惜しいのだと。
 去り際に放った一言は、またしてもオレの心を誘う蜜の味を占めていた。


「では、また。件の少女には話を通しておこう。
 蓮子。……それと、青娥もだ。上に戻るぞ」

424黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:09:50 ID:mCm9debw0

 奴の部下らしき──戦闘に巻き込まれないよう端で備えていた黒帽子の女と、一体何処に潜んでいたのか、ヒラヒラの服装をした妖しげな女が上から降り、共にDIOに付き添って行った。
 奴にも部下がいる。そいつらは何故、DIOに従うのか。
 尊敬か。支配か。興味か。いずれにせよ、今のオレに理解出来よう筈もない。



 残ったのは、オレ独り。
 今までの喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。


「───オレは、奴を殺しに来た……筈だったがな」


 醜態以外の何者でもないが、このまま撤退するのが無難だ。
 実際、一刻も早くここから去りたい気持ちで一杯だった。
 それを、やらない。気力が湧かない。
 何故か。
 DIOという男の魔力が、オレを捕らえて離さない。
 それは同時に……オレの未来から訪れる、また別のオレの姿が。
 ふとした時に、瞼の裏に浮かんでくるからなのかもしれない。


 火に飲まれ、半分が灰となった本が傍に落ちている事に気付いた。
 何となしにそれを手に取り、読める部分をパラパラと捲ってみても……内容は、全く頭に入ってこなかった。
 手持ち無沙汰と感じているのは、迷いが生じているからだ。


 オレは今、途方もない『選択』を強いられていた。


            ◆


「感心しないな、青娥。君にはメリーの護衛を命じた筈だったが」


 臆面もなくしゃあしゃあと背後を付いてくる邪仙の顔は屈託なくニヤニヤしたそれであり、彼女の良好な御機嫌が窺えた。
 その機嫌の根源など簡単に想像はつく。彼女の気質を考えれば、非常に心震わせる『見世物』をタダで観られたから、以外に無かろう。

「気付いておられたなんて、DIO様も一言言ってくだされば……。でもその点は本当にお詫びのしようがありませんわ。
 不肖、青娥娘々……居てもたってもいられず。気付けばその足は、一散に会場の陣取りへ泳ぎ出し。その手は、一心に貴方様への応援の鼓舞へ回り出し。
 ……あぁ、淑女としてお恥ずかしい限りです」

 言葉とは裏腹に、青娥の表情からはお恥ずかしさや申し訳なさ、必死さといった感情は見当たらず。ハッキリ言って癪に障るのだが、実のところ私は大して怒りなど抱いていない。

「元々、予想済みだったさ。君の軽薄な行動はね」
「まあ、人が悪いですわ。……と言っても“そうだろう”と私自身思ったからこそ、こうして堂々と抜け出たんですけども。
 ───メリーちゃんと八雲紫。あの二人を、会わせてみたかったのでしょう?」

 邪仙の胡散臭い笑顔が、一層影を増して黒ばむ。やはりこの女は相当に鋭いようだ。普段の奔放とする姿も偽りではなかろうが、腹に一物二物抱えた曲者である事を再認識出来た。
 部下としては正の部分も負の部分も持ち合わせる、組織を掻き混ぜるタイプのイレギュラーだ。そこがまた、彼女独自の素晴らしさだとも思うが。
 なので青娥の命令違反に関しては咎などあろう筈もない。そんな事よりも遥かに重要な計画がある。

 メリーと八雲紫を会わせる。
 それこそが私の目的の一つであり、眠りについたメリーを一旦は手元から離した理由だ。
 ディエゴの支配から解き放たれた八雲紫は、きっとメリーの奪還に戻ってくる。思ったより随分早い帰還ではあったものの、私の予想はズバリ的中したようだ。
 奪還の際、私が傍に居たのでは向こうも警戒を敷いてくるであろう事も踏まえ、敢えて部屋に置いてきた。青娥を護衛に命じたのは一応の体裁であり、興奮した彼女がすぐさま護衛対象を放置して来ることも計算済みだ。
 まあ、私のその予想すらも邪仙が読んでいたことはやや慮外ではあったが。

「……理想としては、二人を会わせるのはメリーを支配下に置いた“後”の方が都合が良かったがな」
「紫ちゃんが館に戻ってくるタイミングが、想像より早すぎたという事ですね」

 既に肉の芽内部で二人が出会った以上、恐らくメリーの陥落自体は難しくなった。傍にいる八雲紫がそれをさせないだろう。
 が、それならそれで構わない。優先順位はあくまで、メリーの『真の能力』……その羽化にある。
 きっかけは恐らく、メリーと八雲紫の邂逅。二人が『一巡後』の関係という予想が正解ならば、この引力にはきっと意味がある。

425黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:11:01 ID:mCm9debw0


「───DIO様」


 後ろを歩く蓮子が、少々困惑気味といった様子で私に声を掛けた。言わんとする内容には予想も付くが。

「肉の芽の事だろう? 蓮子」
「はい。芽に侵入してきた相手は、八雲紫のようです。……申し上げにくいのですが、これでは今すぐメリーを堕とす事が困難になりました」

 蓮子の肉の芽の内部という事は、私の中という事でもある。初めにメリーと竹林で会話した記憶が私にもあるように、現在蓮子の肉の芽で何が起こったかは朧気ながら把握出来ている。
 と言っても、それは紫が現れた時点までだ。意識のみとはいえ彼女が見張る今、メリーとの間で何が起こっているかは私とて知る手段が無い。
 尤も、芽の中の『私の意識』を退かせたのは敢えてだ。全てはメリーの能力を円滑に引き出す為の舞台作り。彼女らにとって、私という観客すら邪魔者以外の何者でもなかろう。

「肉の芽の中で起こっている事柄については、流れに任せよう。定められた方向に反発するエネルギーというのは、気難しい運命からは排除されてしまいがちだからね」

 八雲紫は、メリーの覚醒に必要不可欠な要因であるのは間違いない。
 逆を言えば、紫の価値とはそれ以外に無い。長く生かしておけば、必ず大きな障害となる筈。


 早めの始末も、考えておかなければ。



「ところで〜。さっきDIO様が撃った『目ビーム』……隠れて見ていた私に危うく直撃しそうだったんですけど!」

 光線によって千切れたであろう羽衣の端を見せつけながら、青娥が不満げに頬を膨らませた。どうせ安物だろうに。
 もう10センチほど右を狙っていれば、そのお喋りな口ごと削ぎ落とせたろうか……と、私は冗談半分真剣半分に思いふけながら、プッチが待つ上への階段を登って行った。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『聖白蓮』
【夕方 16:07】C-3 紅魔館 食堂


 神父服を纏った男が、無様に転がっていた。
 横転した椅子の背もたれ部に何とか肩を掛け、息も絶え絶えといった様子で睥睨する男の姿は、相対する白蓮から見れば滑稽には映らなかった。

 荒い呼吸が示す通り、彼は重傷を負っている。たった今、白蓮が痛め付けた傷だ。
 足を折られ、腕を折られ、アバラを折られ、とうとう立つこともままならない症状で口を動かす男の表情に浮かぶは、どういう訳だか不敵の色。
 白蓮の嗜虐心が今の満身創痍な神父を作った訳では決してない。免れなかった戦いの中、彼の殺意を伴った抵抗の結果として、男はこうして虫の息となっているに過ぎないのだから。

 容易に、とまでは言わないが、こうもあっさりと男が追い込まれたのは、プッチと白蓮の力量差を考えれば至極当たり前と言えた。
 邸内に身を潜ませながらの攻撃とはいえ、壁という壁を破壊しながら猛烈な勢いで本体を索敵する白蓮を止めるには、ホワイトスネイクでは過ぎた強敵である。
 猛追する白蛇をいなし、奥に長く伸びた食堂ホールに身を隠した神父を発見するのに、大した時間は掛からなかった。
 そうなってしまえば、均衡していたように見えた戦況など器から溢れ出した水の様に儚く、止め処無いものである。元々負傷も多かったプッチでは、結果として成す術もない。

 病院送りは確実である負傷と引き替えに神父が得た僅かな戦果と言えば、白蓮の体力と、取り分け厄介な得物『魔人経巻』の強奪くらいだ。
 割に合わない結果。

「……どうした。早く、やれ、よ……白蓮」

 だと言うに、男の苦し紛れに放った間際の台詞は、諦観や虚勢とは程遠い場所からの───挑発するような一言である。

「……その台詞は、私を試している……おつもりですか?」

 サーベル状に尖った独鈷を右手にぶら下げ、白蓮はプッチを見下ろしながらくたびれたように言う。
 魔人経巻を奪われた今、以前までの常識外れな速攻は発揮出来ない。攻撃の合間に詠唱を挟む必要があるからだ。
 が、それもこの戦況なら些事でしかない。右手の武器をプッチの胸へと、ケーキにナイフでも入れるようにストンと差し込めば、それだけで決着する。

「試す……? それは、違う。
 急かしている、だけさ。勝負は君の勝ち……だ」

 プッチは戦いの前に、こう言った。
 聖白蓮では私を殺すことは出来ない、と。

 確かに、白蓮は甘かった。
 それは彼女が戒律上、決して殺生を行わない人物である事をプッチが理解していた事も含まれるのだし、現にこうして彼女は未だにトドメを刺そうとしない。
 白蓮が本気でプッチを無力化させるつもりであれば、戒律など捨てて殺すべきである事も自分で理解出来ているだろうに。

 単に、決心の時間を要しているだけだろうか。
 又は、彼女に人殺しなどやはり荷が重いのか。
 どちらにせよ、と男は思う。
 こうなる未来も、初めから『覚悟』していた。
 だからこそ、プッチの顔には恐怖の片鱗すら浮かばない。

426黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:11:46 ID:mCm9debw0

「……ジョルノが、さっきから見当たらないな。
 息の根を止めるトドメだけは彼に任せようという魂胆ならば、聖女が聞いて呆れるが」

 気にはなっていた。一緒だったジョルノ・ジョバァーナの姿が無かったことに。
 隠れた陰から不意打ちの可能性も考えたが結局音沙汰は無いし、そもそもプッチにはジョルノの位置が『感知』出来る。すぐ近くには居ない事が分かっていた。
 今更彼の行方を尋ねたって無益な行為だ。女に叩きのめされ、録に動けぬ体たらくとなった今では。

「最初に申した筈です。私は……聖女でも何でもない、と」
「その、ようだ。……君はやはり、人を導くに足る覚悟を有していない」

 人が敗北する原因は……『恥』の為だ。
 人は恥の為に死ぬ。
 あの時ああすれば良かったとか、なぜ自分はあんな事をしてしまったのかと……後悔する。
 恥の為に人は弱り果て、敗北していく。

 つまり。

「つまり……人は未来に起こる不幸や困難への『覚悟』を得る力を持たないから絶望し……死ぬのだ」

 荒い息を整えながら、白蓮がプッチの前に立った。
 手には独鈷。弱々しい魔力ながら、殺しには充分な威力を保った形状を漲らせる。
 見上げる神父の顔は……覚悟を決めていた。

「それは……貴方自身の体験談ですか? プッチ神父」

 後悔が人間を弱らせ、死なせる。
 ある町で神父に起こった悲劇は。
 確かな後悔を、青年へと齎した。

「そうでもある。しかし私のそれは、既に過去の話だ」

 一人の吸血鬼との出会いが、青年を後悔の呪縛から解き放った。
 天国。親友となった吸血鬼が呟いた其の場所に、いつからか神父は夢を見た。
 其処は、この世の全ての人間が『未来』を一度経験し、覚悟を得られる理想郷。

 加速する時の中……宇宙のループを経て元の場所へと帰り着く。
 予め予定されている未来。目指した場所とは、其処のこと。

 故に、今のプッチに後悔は無い。そう呼べる感情など、過去に置いてきた。
 妹を失った残酷な運命すら、神父を上へと押し上げる糧へと移り変わった。

「君には無いモノだ。過去を乗り越えられないままに迷う、未熟な君には……ね」

 まるで『勝利者』は、手も足も出せず立つ事すら出来ずにいる神父の方なのだと。
 まるで『敗北者』は、武器を振り上げ男の心臓を狙っている聖白蓮の方なのだと。

 悟ったように嘲る男の貌が、裏側に隠された真意を如実に表していた。

 恥、の為。
 後悔。
 聖白蓮には、振り払えるわけのない邪念がある。
 寅丸星への後悔が、未だ腹の底で疼く。
 神父が指しているのは、その事に違いなかった。
 曇ってしまった心眼が、白蓮の最後のラインを割らせる。

 命を、奪う。
 邪気も萎縮も漂わない、彼女の最後の覚悟。
 それは───
 『神父らを生かしては、きっとまた後悔する事になる』
 『無関係である穢れなき生命達が、消えてしまう』
 そんな未来を危惧し、自らの手を穢すことも厭わない覚悟。
 地獄にも堕ちてやらんとする覚悟が、泥のように重たらしい彼女の腕を動かした。

 この覚悟を固めた時点で、私は清らかではなくなってしまう。
 もう誰かを導く資格など、失ってしまう。
 それでも、と。
 邪心を持つ神父を止めるには、その生命の脈動をも止めるしかないと彼女は判断する。


 独鈷の切っ先が、神父の臓腑を穿つ寸前。
 男の額から、見覚えのある───煌めく『円盤』が半身を覗かせたのが、

 白蓮に、見えた。


 攻撃が、ほんの一瞬……緩む。



「やはり最後には、『ジョースター』が私に味方した」



 神父が邪悪にほくそ笑んだ。
 額から飛び出た『ジョナサンのDISC』を見せ付けながら。
 致命的な動揺を抑えきれなかった白蓮の額に、白蛇の牙が噛み付いた。


 戦いは終了した。
 女の両眼から、生命の灯火が尽きて。


            ◆

427黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:12:31 ID:mCm9debw0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「三つのUですか?」
「層ね。層。───『三つの層』よ」


 雨上がりに掛かる虹景色をバックに、紫さんはそう言った。聞き慣れない単語を耳にしたからか、私もつい変な返しをしてしまったけれど、紫さんは冷静に訂正を入れながら『この世の理』について語り始める。

「この世には──いえ、あの世にもだけど。『異界』と呼ばれる数多くの世界が存在しているの」

 異界。普通の人間ならばそんな言葉を聞いた所で、変な顔となるか、一笑にふせるのかもしれない。
 勿論、我が秘封倶楽部はその限りではない。
 私にとっては、特に。

「冥界、地獄、天界……といった具合にね。そして異界には何らかの特殊な条件か力が無いと行き来出来ない。
 さて。貴方にも身に覚えがあるんじゃないかしら?」

 それは、日常の中に隠れる非日常。
 別の言葉では『結界』とも。

「貴方は過去に幻想郷を訪れている。それも何度か。幻想郷は、貴方にとっての『異界』となるわけね」

 紫さんの言う通り、私は自分の能力によって幻想郷に赴いたことがある。
 いえ、あの時は其処が幻想郷だなんて知る由もなかったかもしれない。ただ元の世界とはちょっぴりだけ違う場所の不思議な土地、程度の認識だったと思う。
 そんな体験があるからか、紫さんの話は特に引っ掛かる事なくスムーズに受け入れられている。
 少なくとも、ここまでは。


「ここからの内容は……マエリベリー。
 ───物凄く『重要』な話になる。心して聞きなさい」


 そう前置きする紫さんの顔つきが、僅かにシリアスなものへと澄まされる。
 思わずゴクリと唾を飲んでしまった。この人はユーモアも備えた多様な女性であったから、そのギャップに余計に空気が強ばる。


「この世界は三つの層から成り立つ。
 まず、生き物や道具などがある物理法則に則って動く『物理の層』よ」


 曰く、物体が地面に向かって落下したり、河の水が流れたりするのがこの層だと。
 万物が万物たる所以。私たち人類は永い時間を掛けて、この物理法則と呼ばれる真理を解明してきた。そしてそれらの探究は、これからもずっと続くのだろう。


「二つ目は『心理の層』。心の動きや、魔法や妖術などがこの層に位置付けされる」


 曰く、嫌な相手に会って気分を害したり、宴会を開いてわだかまりを解いたりするのがこの層だと。
 先程の物理の層とは真逆で、こっちは精神的な働きで構成される世界らしい。未解明の領域という意味では、物理の層と然して変わらない。私からすれば目に映らない分、心理の層の方がミステリアスな域の様に思える。

「大抵の妖怪はこの『物理の層』と『心理の層』の理だけで世界を捉えているから、歴史が繰り返したり、未来が予定されているといった戯れ言を言うものよ」
「歴史が……繰り返す?」

 何気なく述べられた“歴史が繰り返す”という言葉に、私は多少引っ掛かりを覚えた。その疑問を解消するべく、紫さんは自らの説明に補佐を加えながらフォローしていく。

 曰く、ご存知の通り(それほどご存知でもないのだけど)妖怪とは長命な生き物。永き寿命を生きる彼らからしてみれば、人間の百年にも満たない活動は、生まれてから死ぬまで同じ事を延々繰り返している様に見えるのだと。
 付け加えるなら、人間の人生がある一点の時期にまで辿り着くと、そこを起点にして再び過去と似たような行動を繰り返し始める。
 生まれて十年、三十年、六十年目といった一定の周期を迎え、記憶の糸は一旦途絶える。彼らの歴史は巻き戻り、再び同じ様な行動を始めてしまう──様に見えてしまうらしいのだった。妖怪達からの視点では。
 よく『歴史は繰り返す』といった言葉を聞く。私の中のイメージだと、その手の言葉を使うのは頭髪もすっかり薄れ立派な白髭をたくわえた、村の長老といった肩書きがよく似合うヨボヨボのお爺さんだ。
 永い時を生きた者からすれば、確かに人間の歴史なんて繰り返しループされている様に見えるのかもしれない。
 紫さんが語る話は、つまりはそういう人と妖の視点の違いから覗いた世界の片側を指していた。

「勿論それは真理ではない。あくまで妖怪側から覗いた、人類の歴史の一側面というだけ。
 実際は違うわ。未来が予定されていて、人々がループを繰り返しているなんて事象は“有り得ない”のよ」

 ハッキリとした否定。そんなワケがあるものかといった具合に、紫さんは凛として紡いだ。
 その理由というのが───

428黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:13:55 ID:mCm9debw0


「三つ目の世界の層。それが『記憶の層』。
 この層の働きこそが、世界のループを拒んでいるの」


 曰く、万物が出来事を覚えるのがこの層だと。
 これは今まで出てきた二つの層と違い、ピンとは来ない。『物理』と『心理』は人間のごく身近な環境に確固として漂う理だけども、三つ目の『記憶』とは果たしてどういう事なのか?
 流石の私も首を捻りながらクエスチョンマークを頭上に浮かべると、紫さんは何処からともなく(本当に何処から?)正四角形の物体を一個、取り出して見せた。

「何ですか、それ?」
「見ての通り、賽子よ。極々普通で、種も仕掛けもございません」

 どちらかと言えば賽子本体より、何処にあった物なのかが気になるのだけど、ここは『夢』の世界のようなもの。ただ念じれば具現化出来るのだとすれば、種も仕掛けもないのは本当だろう。気にしたら負けなんだ、きっと。

「例えば、この賽子を一回振って『一』が出たとします」

 紫さんは袖を抑えながら屈み、手に持つ賽子を石段の上へと軽く落としてみせた。
 出た目は……『一』。偶然か必然か、宣言された目の数とピタリ一致。

「それではマエリベリー。質問よ。
 もう一度この賽子を全く『同じ条件』で振ると、賽の目はどうなると思う?」

 付加された条件とは『賽子の初期条件を前回と完全に一致させたなら』という内容。
 つまり位置、角度、力の入れ具合も全く一緒にするという条件で再び振ると、賽子はどうなるという問い掛けだ。
 私は凡そ直感で問題に答えることにした。

「前回と同じ目になる、ですか?」

 別段、おかしな解答にはなっていないと思う。合理的に考えれば、そうなったって何の不思議もない。

「なるほど。じゃあ、試してみましょう。これからさっきと全く同じ条件で、この賽子を振ります」

 ふわりと紫さんの腕が舞った。
 舞ったというのは無論比喩であり、地に落ちた賽子を拾い上げ、もう一度袖を抑えながらそれを構える彼女の姿が、残像を残しながら緩慢に動いたように錯覚したからだった。


 果たして、賽子の目は私の出した答えとは異なり───『六』の目をひけらかしていた。


「残念。結果は前回とは違ったわね」


 ……いやなんか、納得いかない。
 というのも当たり前の話で、普通に考えれば「そりゃそうでしょう」と不貞腐れたくもなる当然の結果だ。
 まず『賽子の初期条件を前回と完全に一致させる』という条件が極めて困難だと思うし、確かに今の紫さんの挙動は最初に投擲した動きをトレースさせている様には見えた。
 だからといって、実際どうかなんて分かりっこない。というか、そんな神技が人為的に可能なのだろうか。なにか、専用の装置のような物があればまだしも。

「貴方の不満顔は尤もでしょうけど……実際に今、私は確かに一回目の投擲を完璧にトレースしたわよ?」

 自己申告なんかで「したわよ?」とか自信満々に言われてもなあ。

「いえいえ。この程度の単純計算なら、我が未熟な式神ならともかく、私に掛かれば充分可能よ。
 位置、角度、力の入れ具合も完璧に計算した結果として、この賽子は『六』の目を弾き出したのですわ」

 正直、半信半疑だけど……そんな技巧が可能か不可能かなんて話題はどうでもいい。
 重要なのは『全く同じ条件で振ったに拘らず、前回と異なる目が出た』という結果。紫さんが言いたいのは、その事だろう。

「前回で『一』が出たという事実を、“この賽子が覚えている”以上、同じ確率になるとは限らない。
 何故なら『記憶の層』がループを拒む性質を持っているから。万物に蓄積された記憶が、過去のある一点と完全に一致する事はないの」

 曰く、物理の層が物理法則で、心理の層が結果の解釈で、記憶の層が確率の操作を行う感じで、相互に作用して『未来』を作るのだと。
 この世の物質、心理は全て確率で出来ていて、それを決定するのが記憶が持つ『運』だと紫さんは付け加えた。

 この事実は、『未来が予め予定される事は有り得ない』という結論へと結ばれる。
 理由は、万物に宿る記憶の層の性質上、世界は決してループすることがない、という理論。
 これこそが、紫さんの持論だという。

429黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:16:08 ID:mCm9debw0

「じゃあ……紫さんは一体どっち側なんですか?」
「……と、言いますと?」

 実にして要領を得ない質問が口から飛び出してしまったものだと、言い終わって後悔してしまう。
 この話を一通り聞いて、私は少し混乱している。当たり前だ、いきなりこんなスケールの理論をさも当然の表情で聞かされたならば、普通は受け入れたりしない。
 でも私はどういう訳だか、紫さんの話を疑おうなんて思いもしなかった。そして一方で、彼女の立場に確かな疑問が生じ、今みたいに曖昧な質問を投げ掛けてしまう。

「最初に貴方は『妖怪側から見た人間の歴史はループを繰り返している』と仰いました。
 でも……言うまでもなく貴方自身がその『妖怪側』の視点の筈であり、でも一方においては歴史のループを否定しています。
 じゃあ紫さんの立場は、果たして『何処から』覗いたモノの視点なのかなって……」

 八雲紫という女性は、賢者とはいえ妖怪だと聞かされた。
 長命な妖怪であるなら彼女自身が例に出したように、人間達の歴史は滑稽な反復行動に見えているんじゃないだろうか?
 それこそが私の抱いたちょっとした疑問だった。でも彼女は「何だそんなこと」とでも言いたげな面貌に変わり、こう答えた。

「賢者として幻想郷を囲うにあたり、様々な人脈・妖脈が必須となる懸念や課題も多々出てきます。
 一例として、八雲の者はとある“頭の良い人間の家系”と代々、良好に及ぶ関係を結んできました。あまり世間には公言せず、秘密裏に……という形ですが」

 それが───稗田の一族。
 その名前を聞いて、私の脳裏に阿求の健気な姿が自然と浮かんだ。
 この世界で出来た私の友達、稗田阿求。今思い返してみると、あの子はスマホに写った紫さんの写真に対し『八雲紫様』と敬称を付けていたように思う。

「その頭の良い人間は、体験した記憶を全て本に書き留めて代々受け継いできた家系なの。
 だから永く生きてきた妖怪にも、記憶の少ない人間にも判らない世界が見えてくるんでしょうね」
「じゃあ紫さんが今語った論は元々、阿求──彼女から伝え聞いた話で……?」
「というより、遥か昔に彼女の一族の者とそういった議題を交わした記憶があるわね。
 表沙汰にはされていないけど、稗田は独自のパイプを用いて時折、妖の者と接触する。幻想郷のバランスを取るって名目だけど、腹の内では人間側を優位に立たせる為に。
 結果として稗田家は様々な視点から歴史を俯瞰する術を得て、現在までの人里の特異な位置付けに立場を構えているのよ」

 ……何だか、私が想像していた以上に阿求という人間は大物だったみたい。
 力は私と大して変わらないどころか、人並みに悩み、躓き、それでも懸命に歩もうとする格好はどこまでも一般的な『人間』を体現しているというのに。

 人間側でありながら、裏では妖怪達とのコネクションを密かに繋げる稗田家。
 妖怪側でありながら、特異な人間達へと協力関係を築き世界の理を見る八雲。

 同じ妖怪でも、八雲紫という存在は格別に異端らしかった。
 異端ゆえに、通常では見えない世界の裏側が見えてくる。
 理の陰で蹲る深淵の幕を、まるでスキマを覗くかの様に。

「だから私は少々特殊。無論、立ち位置としては妖怪側なのだけど。
 幻想郷のバランスを保つ為には、人間との架け橋を担う役割がどうしたって必要なのよ。良くも悪くも、ね」

 そう言って彼女は西方の彼方に沈み往く陽光と、尚も途切れることの無い七色の架け橋、そしてその奥に煌めく七星の連なりを順に眺めた。


「……と、まあそんなこんなで、この世には今話した『三つの層』があり、宇宙を成り立たせているのよ。ここまでは理解できたかしら?」
「あ、はい。……何となくは」


 一呼吸を置いて、紫さんがこちらへと振り返る。
 未だ空に残る優雅な黄昏色が、その流麗な金色の髪に溶け込むように絡む様は、まるでキラキラと光る海辺の砂粒を思わせた。
 どこを取っても美女たる要素が有り余る程に存在感を醸す紫さんに見惚れる一方で、私の頭の冷静な部分では、今の話がほんの前置きに過ぎないことを理解している。

「でも、紫さん。今の『三つの層』の話は、一体何処に繋がるんですか? 元々、私と紫さんの住まう『世界』の違いについて説明されていた筈ですけど」
「うん。貴方、思った以上にずっと賢くって柔軟な頭をしてるみたいね。流石は私」

 どうやら彼女は一々茶化さなければ話を前に進められない性格をしてるらしい。やっぱりこの人、回りくどいわ……。

430黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:17:34 ID:mCm9debw0

「今の話の、特に『記憶の層』のくだりを下敷きにしておいて欲しいのだけれど。
 DIOの言う『一巡後』……つまり私から見た貴方達の世界は、別の宇宙である可能性が非常に高い」

 別の宇宙。それはつまり、銀河の果て同士にある別々の地球……という意味ではなく。

「SF的に言うなら……平行宇宙という言葉がしっくり来るわね。
 それもただの平行宇宙ではなく、私の知る世界に存する事象線上が一旦は終焉を迎え、宇宙が行き着く所の特異点に辿り着いた──その『先』に生まれた『新世界』……それが貴方達の世界」

 一巡後とは宇宙が究極の終わりにまでとうとう辿り着き、夜明けと共にまた新たな宇宙が誕生した先の世界を云う。
 実に……実に巨大なスケールで展開された話を、私が持つ知識を総動員させて頭の中で組み込んでいく。

 紫さんが話したような内容に、昔見た本だったか……とにかく私は覚えがある。
 確かアレは、そう。

「それって例えば……『サイクリック宇宙論』、とかですか?」
「あら、よく知ってるわね。そうね……人間達の理屈だと、それに近いかもね」

 サイクリック宇宙論。
 宇宙は無限の自律的な循環に従うとする宇宙論。
 例えばかのアインシュタインが簡潔に考えを示した振動宇宙論では、ビッグバン(誕生)によって始まりビッグクランチ(終焉)によって終わる振動が永遠に連続する宇宙を理論化した、とか云々かんぬん。
 こういう専門的な知識はまたもや蓮子のお家芸だから、私では上手く言語化出来ないけど。
 要するに『この宇宙は既に誕生と終焉のサイクルを幾度となく繰り返して生まれた後の宇宙である』みたいな理論だったと思う。

「私の住む地球が……そうね。例えば『50回目に創造された宇宙』と仮定しましょう。
 一方でマエリベリー。貴方達の住む地球は『51回目の宇宙』の次元、という論が私やDIOの仮説なのです。
 尤もそれは52回目かもしれないし100回目なのかもしれないけど、そこは重要じゃない」

 私の口は、情けなくも半開きになっていたかもしれない。
 こんな壮大な、都市伝説の域を遥かに超える奇説をさも当然のように聞かされているのだから無理からぬ事だ。
 さっき引き合いに出したナンタラ宇宙論だって、別に学者間で決定的な根拠などある訳もなく、世間的にはトンデモ論に位置付けられる突飛説に過ぎないのに。

 でも───だからこそ面白いし、胸が高まる。
 何故って? そんなの私がこの世の謎を暴く『秘封倶楽部』の一員だからに決まってるじゃない!

「でも紫さん。幾ら別々の宇宙の世界だからといって、新宇宙が生まれる度に『地球』そっくりな惑星までもが新たに生まれるものですか?」

 私達の地球だけが知的生命体の住む星なのだとは別に思わない。
 でも紫さん達の話を聞く限りでは、彼女達の住む地球と私の住む地球は酷似している。例のレースの存在など、要所では微妙に食い違っているみたいだけども。

「あら。私と貴方の存在自体が、貴方の疑問に完璧に答えているのではなくて?」

 と、紫さんはこれ以上ないくらい美麗な笑顔を私へと向けてきた。首を傾けながら微笑む美女の絵は、同性の私すらをも虜にさせかねない程の破壊力を秘めていて、思わず返答に窮してしまう。

「ま、理屈じゃあないみたいよ。原初の成り立ちっていう構造なんて。
 宇宙の果てを知らないように、たかだか幻想郷の一賢者である私如きではそんな謎、知らないものね」

 開き直ったような素振りで、紫さんはぷいと視線を外した。知らないものねと言いつつ、実はこの人は何もかもをも知っている上で、敢えて含んだ言い方をしてるんじゃないかしら、とたまに訝しげずにはいられない。
 それに『理屈じゃあない』というのも真実で、私と紫さんがただの他人じゃないという奇妙な確信が私の中にあるのだって、きっと理屈じゃあないのだから。

431黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:19:13 ID:mCm9debw0


「あ、もしかして」


 ここまでを考えた時、私にはある考えが閃いた。
 先程にも出た『記憶の層』とやら。この層が、私と紫さんの間で繋がる『奇妙な確信』に一役買ってるのではないか、という考えだった。
 物が過去の出来事──それも宇宙が一巡してしまうくらいに途方もない過去すら──を覚えているのが『記憶の層』だとすると、私と紫さんが出会ったことによってその層がある種の『シグナル』を発している、とは考えられないかしら。

 厳密には違うのだろうけど、分かりやすいようにここでは敢えて『前世』という言葉を充てさせてもらう。
 紫さんが私の前世である事は、この世界の記憶の層に刻まれる『マエリベリー・ハーン』が無意識下で覚えている。
 だからこそ私は彼女に並々ならぬ親しみを感じていて、逆に紫さんも私からのシグナルを受け取っている。私が立て続けに祈っていた『SOS信号』とやらも一種のシグナルで、紫さんはそれをキャッチしてここまで来た。
 私は前世の記憶を無意識の内に覚えている。記憶の層が物だけでなく人の意識にも適用されるというなら、充分に信憑性のある仮説じゃないかしら、これって。

 素人なりだけど、当事者なりでもある拙い意見。私がこの考えを紫さんに話すと、彼女はそれはそれは嬉しそうに頷き、愛用の扇子をパタンと閉じた。

「私が言いたかった事はまさにそこよ、マエリベリー」
「宇宙は終わりを迎え、また新たな宇宙が新生される。そして新たな地球が生まれる。でも……」
「ええ。記憶の層の話は、ここに繋がるの。新宇宙が創造されたとして、その事象が必ずしも歴史のループとはならない。一見これらは繰り返された宇宙規模の歴史の様に見えるけども、それは大きく違う」
「何故なら、私と紫さんの様に『似ているけども別人』といった事例や、前の地球には無かった『SBRレース』の存在が、歴史の繰り返しを否定している他ならぬ証左……ですね」
「そういうこと。では何故、似た地球が生まれながらこのような露骨な差異が現れるか……?
 それが『記憶の層』の働き。たとえ宇宙が終わろうとも、層に刻まれた幾多の記憶がループを拒もうと反発作用を起こす」
「そして記憶の深層に眠る無意識下での化学反応が、私と紫さんの魂に『共感』の信号を齎した」
「記憶の層とはつまり、物事ひとつひとつが歩んできた夢想の歴史。そしてこの宇宙全体が記憶する壮大な書物そのもの。
 原始からの全ての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶概念──アカシックレコードの様なモノなの」


 紡がれる言葉の数々が私の瞳に真実となって映り、まるで踊りを舞うように煌めいた。


「私とマエリベリーが出逢った。その事実に大宇宙の意思が関し、引力となって互いを引き合わせたのなら。
 これこそが『運命』でしょう。そして、この運命には必ず『意味』があると私は考えます」


 それらはとても美しい言葉が羅列する唄のように聴こえ、同時に儚さをも纏っていたように……私は感じた。


「私がマエリベリーと出逢えた事に『意味』があると言うのなら。
 その意味を、私達は考えなければならない」


 ここまでは、単なる余興。
 最後の本題とも言うべき言葉が次に続いて、私は己の存在意義へと疑を投げる事となる。

432黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:20:17 ID:mCm9debw0

「ここで一つ、過去を振り返ってみましょう。
 貴方は……如何にして結界を越える事が出来るのかしら?」


 賢者の問い掛けは、とても単純な内容で。
 私の原点へと立ち返る疑問を孕んでいた。


「それは『時』だったり、『場所』だったり。
 貴方の能力が発動し異界へ足を運ぶには、そんな条件が必要だった筈よ」


 私の能力。境目が見える程度の力について、根底的な謎。
 紫さんが言うように、私が『境界』を越えるには幾らかの条件が必要だった。
 私と彼女が出逢えた事が運命だとするのなら。
 その運命に意味があったとするのなら。
 引き合わせた『引力』とは、物理的にはそもそもどういった力か?


「貴方自身も、薄々感じてたんじゃなくって?」


 薄々、とは思っていた。
 今までの紫さんの話を聞いていて……ひとつ、筋が通らない事がある。
 というよりも、この筋が通ってしまえば……到底信じられないような、とんでもない事実が生まれてしまう。
 心のどこかで見ないようにしていた、私自身の謎。


 単純だ。
 それは私の『真の能力』について。


「今まで不思議に思わなかったかしら?
 『私と貴方が過去に出会った事がある』。それ自体の不整合性──矛盾について」


 そう。矛盾なのよ。
 言うなら、私と紫さんは表裏一体の存在。
 自分の前世の存在と会話している今現在そのものが、既に道理に沿ってないのだ。
 しかし事実として、私は過去にも幻想郷へと赴いた事がある。子供の頃には、紫さんらしき女性にも会っている。紫さん本人も、私と会った事があるとまで漏れなく発言している。食い違いは、無い。

 違う宇宙に生きる自分自身へと、私は遭遇しているのだ。
 現在の、この特異過ぎる状況の話ではない。
 過去の、日常生活の中で、だ。
 そこに疑問を挟むことさえ出来たのなら、真実など思いの外、単純で、簡単で。


 ───途方もない、現実だった。



「結果から述べると……マエリベリー。
 貴方の真の力は、言い換えたなら……


 ───『宇宙の境界を越える能力』、って事になるわね」



 そういう事に、なってしまう。
 だって紫さんが住む幻想郷が、私とは違う宇宙の場所ならば。
 過去に其処へと到達した経験のある私は、宇宙を越えたことになってしまうのだから。
 意図しない所ではあったけど、私は自らの能力を使って『禁断の結界』を乗り越え……また別の平行宇宙に存在する地球へと辿り着ける。
 一巡前だろうと、一巡後だろうと、無関係に。



 それが、私。
 マエリベリー・ハーンの、本当の能力。



            ◆


 この時点でのメリーではまだ知り得ない事実が『二つ』ある。
 無力でしかなかった少女の力はまさに。
 DIOとエンリコ・プッチの二人が焦がれ、求めてやまない境地であったこと。
 今在る宇宙を終わらせてまで欲した、全く新しい新世界──『天国』へと、その少女は扉を開いて行くことが出来る、神の如き力の片鱗を有していた。

 そしてもう一つ。
 まだまだ不安定なその力は、もう一人の自分──八雲紫との邂逅を経て、深層下で目覚めつつあるという事。


 冷たいままであった蛹は今、誰も見たことのない羽を彩った蝶へと羽化しようとしていた。

 邪悪の化身が握ろうと企む操縦桿は、まさに───


            ◆

433黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:21:24 ID:mCm9debw0

『エンリコ・プッチ』
【夕方 16:10】C-3 紅魔館 食堂


 天国への階段──ステアウェイ・トゥ・ヘブン──


 かつてDIOが目指し、別の未来においては“後継者”エンリコ・プッチが到達した新世界。
 時の加速を経て、神父は其処への螺旋階段を駆け巡り……『天国』を実現させた。

 そして、今。
 其処へ到れる唯一つの螺旋階段。
 望み、焦がれた『天国』への階段を。
 気の遠くなる程に長い階段を経る必要すらない、秘宝の如く隠された近道が存在するのなら。

 其の『扉』とは、何処にあるのか。
 其の『鍵』とは、誰が握っているのか。


 天国への扉──ヘブンズ・ドアー──


 とある吸血鬼は。遥か東方の小さな島国にて──その少女と運命的に出逢った。
 天国への扉。その『境界』の向こう側に、男の望む楽園は広がっているのだろうか。

 扉の『鍵』は、二つ。
 鍵となる女は、鏡写しの様に似通った形をしていた。


 天国より創られし楽園──メイド・イン・ヘブン──


 理想郷は、すぐそこに在る。


(DIOは理解していたのだ。『あの少女』が天国への鍵となる、大いなる可能性だと)


 神父は心の中で、ゆっくりと唱える。
 神へと祈るように、友を讃える想いを。


(我々の勝利だ、DIO。今日という素晴らしき日を、私は生涯忘れないだろう)


 その少女と巡り逢えた幸運を。
 その少女と巡り逢えた引力を。
 その少女と巡り逢えた運命を。

 この素晴らしき世界──The World──を、DIOと共に祝福しよう。

 What a Wonderful World...


「私達の望んだ天国。それが今日、叶う」


 もしも……未来に起こる不幸が確実な予知となって、人々の脳裏を過ぎったとしても。
 運命の襲来に対し『覚悟』出来るのならば、それは絶望とはならない。
 覚悟は絶望を吹き飛ばすからだ。


「私が創り上げる宇宙とは、そういった真の幸福が待ち受ける世界なのだ」


 そんな世界が、もしも存在するのならば。
 人々が『前回の宇宙』で体験した出来事を、そのまま『次の宇宙』にまで“記憶を保持したまま”持ち越す事が可能ならば。
 言うなら『記憶の層』と呼べるような事象があり得、人類全てに根付いた記憶が無意識的に未来を予知出来る世界を生み出せたなら。
 
 例えば──あくまで例えであるが。
 産まれてくる息子の死という運命を、母親は覚悟して迎えることが出来るのなら。
 そうであるなら、きっと。
 息を引き取った息子を、他人の健やかな赤子とこっそり取り替える愚行など……決して行わない。
 エンリコ・プッチとウェス・ブルーマリンのような、呪われた運命に取り憑かれる非業者も……次第にいなくなり、完全に枯渇するだろう。

 神父には、そんな奇跡が可能だった。
 いや、可能だと疑ってもいなかった。

 親友DIOの遺した意志と、骨と、日記を読み取り。
 プッチは、そう解釈した。

 そしてそれこそが、親友DIOが夢見た天国だとも。
 プッチは、そう解釈した。

 未来は予定されている。
 歴史は繰り返される。
 プッチは、そんな奇跡を望んだ。

434黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:23:50 ID:mCm9debw0


「まことに儚く、諸行無常……です」


 鮮やかであった瞳の色を無に薄めながら、女は虚空へと力無げに呟いた。
 穏やかながら隆々としていた生気は、消滅へと限りなく近付いている。
 彼女の生存がもはや絶望的だという確たる証明が、その覇気の無さに現れていた。

 それも止むなし。
 ホワイトスネイクから円盤を抜かれた者であるなら、如何な超人であろうと賢者であろうと、魂を強奪される事と同義。すなわち死だ。
 白蓮が覗かせてしまった僅かな隙の起因は、神父が予め額に潜ませておいた『ジョナサンのDISC』。トドメの刹那、彼女はその光景を目撃し陥ってはならない思考に囚われた。

 ───もしこのまま神父を貫いたなら、彼と一体化しているジョナサンの円盤はどうなる?

 分かりはしない。しかし最悪……神父の死に釣られて円盤も“死ぬ”のではないか?
 生まれた躊躇はそのまま硬直と化し、神父が貪欲に窺っていた反撃の隙を生んだ。

「今の台詞は……君が求めた理想への皮肉か?
 それとも……永久不変の幻想を憂う、胸の内に抱えた本音か?」

 叩き折られた右足を庇いながら、プッチは荒い呼吸で何とか立ち上がる。
 白蓮を下に見る為に。
 否。彼女よりも更に『上』へと昇る為に。

「貴方達の……『夢』の、話です」

 女の視線だけが、プッチを捉えていた。
 小さく掠れた声が、しんと冴え澄んだ食堂ホールの全域に反射したようであった。

 白蓮の生命線であるDISCが奪われたにもかかわらず、仰向きのままに倒れた彼女の声帯から萎んだ声が捻出された理由。それは、魂の痕跡が際の所で器を動かしているだけに過ぎない。
 かつて空条承太郎が娘を庇い、白蛇から額の円盤を奪われた時も同じだった。直ぐに昏倒する様など見せず、ゆっくりと眠りにつくように、次第に意識を失う事例もある。

 ただのそれだけ。
 聖白蓮は抜け殻だ。じきに意識は絶える。
 失われた円盤を在るべき場所に戻せば蘇生はするだろう。
 それを、目の前の男は決して許さない。
 神父が最後の力を振り絞り、スタンドの右腕を相手の心臓に狙い付けている構えが、殺意の証明。
 今やプッチに、瀕死の女なぞと禅問答を交わすつもりは無い。

「君の危惧した通り、さ。
 私のDISCは、体内に入れたままその者が死ねばDISCも消滅する」

 プッチの命と共に、ジョナサンの命をも喪う。
 男が白蓮に用意した天秤とは、そういった謀略を含んでいた。

「だが全ては無駄だ。君の判断で無事に済んだジョナサンのDISCはこれより、皮肉にも君の体内に仕込まれる。実の所……処分に困っていたのだよ、コイツは」

 フラフラとした様子で、男は宿敵の意志が篭った円盤を眼下へと見せ付ける。
 物理的な破壊が困難なDISCを効率よく消し去る術。神父は、白蓮の肉体を利用する手段を考案した。
 実に簡単な事だ。壊せないならば、目の前の死に掛けに“連れて行って”もらえば良い。

 不意に男が膝をついた。
 女に差し込もうと手に持っていた円盤が、コロコロと床を転がる。
 両者とも体力はとうに限界だった。格好を付けようと立ち上がる姿勢すら保つことが難しい。全く情けない醜態だと、男は自嘲せずにはいられない。
 しかし既に制した女ほどではない。歩行もままならない状態だが、スタンドの腕を練り上げる体力程度は残っていた。
 女を超人たらしめる肉体強化の魔法は、とっくに途絶えていた。すなわち、彼女の肉体的強度は常人にまで戻っている。魔人経巻も無いのでは完全に打つ手はないだろう。
 だが、やはりプッチの肉体も同様に悲鳴を上げている。このまま時を待ったとしても男の勝利は揺るがないが、別行動中のジョルノの警戒も忘れてはならない。尤も、首のアザの反応はここより近辺には無いが。


 その事に僅かなりの安堵を抱いてしまったからだろうか。
 プッチにとっては完全なる慮外者の接近に、気付くのが遅れた。



「ヘイ、お二人さん。立てないならば、肩でも貸すかい?」



 軽薄な声の主は、神父の属する一味の仲間であり。
 白蓮にとって見れば、顔も知らない赤の他人。それどころか新手のスタンド使いという認識でしかない。
 突如として姿を現したカウボーイがこの場に立つ、そもそもの因果を辿ったなら。


 かの住職の無邪気な身内が叫んだ最期の山彦が、全ての始まりだったのかもしれない。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

435黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:25:45 ID:mCm9debw0
『ホル・ホース』
【夕方 16:05】C-3 紅魔館 二階客室

 どれだけの時間を無為に浪費したのか。ホル・ホースには計りかねた。
 時計を見やると、あれから30分の時間が経過していた。これを多いと取るか少ないと取るかは判断に困るところだ。

 あれから──突如スキマから現れた謎の美女がよく分からない理屈で寝床に入ってから──護衛を任された男は何をするでもなく、ただ部屋の中で待機するだけの時間を過ごした。
 無防備な姿でベッドに横たわる女は、曲がりなりにも美女と形容するに有り余る美しさを誇っている。男の欲を刺激する美貌と肉体をふんだんに手にした女が、息一つたてずに目の前で眠っているというのだ。
 オプションとして隣には、娘か妹かと見紛いかねない程に似た容姿の少女が同様に眠っていたが、こちらはホル・ホースの守備範囲からは外れていた。
 女とはやはり、相応に経験を蓄えた齢が放つ独特の魅力。大人の女性であることが、ホル・ホースのストライクゾーンである。
 従って八雲紫は彼から見ると、是非ともモノにしたい条件をクリアした、およそ完璧な美女である。

「見た目はモンク無しだし、中身だって許容範囲なんだがねぇ」

 手持ち無沙汰に『皇帝』を弄りながら、彼女への評価を冷静に口から零す。
 「おイタは駄目よ」と媚び声で釘を刺された以上、目の前に置かれた妖しい果実を齧ろうという悪戯心などホル・ホースには湧かない。
 毒があるかも、とかそんな理由は無きにしも非ずだが、それ以前に彼は女の扱いに関しては意外と紳士な事を自称している。
 寝込みを襲うといった野蛮な手口よりも、正当な手順を踏んでの行為を望む男である。この世の多くの女性がムードや雰囲気を重視するものだとも理解しており、そうであるなら女性側の気持ちを尊重してあげたいというのが、誰に問われた訳でもないが彼のモットーだった。

 以上の至極尤もな理由で、彼が八雲紫に手を出すことは無い。当人が望まない限りは。
 第一にして、女癖のある彼であろうと、今の状況で色に溺れるほど現実が見えてない訳でもない。下手をすれば返り討ちにあって死ぬ、なんて事も普通に起こり得る。

 よって、この男は暇を持て余していた。

(……さっきから建物全体が響いてやがる。DIOのヤローが戻ってきたら、オレァなんて説明すりゃいいんだ?)

 予想以上に長く、紫の意識が戻らない。
 待機中に気付いたことだが、よく考えればこの部屋にはDIO達がいずれ戻ってくるに違いない。
 その時、ベッドに眠る彼女達を訝しんだDIOは、きっと現場責任者のホル・ホースに説明を要求するだろう。その場は誤魔化しきる自信はあるし、そもそもホル・ホースに現段階で過失は見当たらないので、誤魔化す必要すら無いかもしれない。
 が、面倒だ。少なくとも紫から(一方的に)任された護衛の任務は、あえなく失敗する未来が見える。

 とっとと目を覚ませ。さっきから浮かぶ言葉はそればかり。
 いよいよとなれば彼女を見捨てる決断も視野に入れてきた頃、外野の『騒音』が間近に迫ってくるのを、男の耳が捉えた。
 敢えて考えないようにしていたが、これは戦闘音だ。それも、この部屋からそう遠くない場所で。
 では、何者との戦闘か? それを考えずにはいられない。

「まさか、だよな」

 その『まさか』であった場合、ホル・ホースには選択が迫られる。
 捜し求めていた人物がこの館に侵入しているのは分かっている。だが『彼女』は既にDIOと交戦している可能性が高く、そこにホル・ホースが割って入れば──最悪、DIOに粛清されかねない。
 馬鹿げた選択だ。『彼女』と自分には、直接的な関係は皆無だというのに。
 それでも、あのサイボーグ野郎から自分を救った恩人の少女の影が、頭から離れようとしない。


 戦闘音が、止んだ。


(……終わったな。様子を見に行くくらいなら……バチは当たらねーか?)


 チラとベッドの女二人を一瞥する。
 起き上がる気配すらない。部屋を出れば、紫の頼みごとに反する。


 (様子を……見るだけだぜ)


 男は壁に掛けていた相棒のカウボーイハットを手に取り、音も無く部屋から退出した。
 約束を破るという行為が女をどれほど不機嫌にさせる起爆剤となるかを、深く理解しつつも。

            ◆

436黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:27:29 ID:mCm9debw0

『命蓮寺か、たしかお前が住んでるとこだったな。で、その聖様とか言う奴はそんなに強いのか?』

『もちろん! 聖様は阿修羅みたいに強くって、お釈迦様みたいに優しいんだから! それにね、それにね!───』


 確かあの声のデカいガキンチョは、聖白蓮の事をそう評価していたか。
 オレの知る住職サマのイメージは、そこに転がっている女の着こなす恰好とは大きくかけ離れていた。詳しくねーが、寺の住職っつーのはバイクスーツみてーなスタイリッシュなのが普段着なのか?
 いや、偏見は良くねー。住職でもバイクくらい乗るだろーし、だったらこんなボディラインの強調されたスーツだろうが着るだろう。
 つか、想像以上にべっぴんの姉ちゃんというか……エロいな。本当にこのチチで住職か? こりゃさっきのスキマ女並みに上玉じゃねーの? いやいや、ンなこたーどうでもいい。
 ……それより、生きてんのか? お陀仏ってんじゃねえだろうな。


「お前は……ホル・ホース、か」


 長テーブルに腰掛け肩で息をする神父服の男が、背後に立つホル・ホースを振り返って言った。
 脈絡なく現れたホル・ホースには、今目の前で苦しそうにしている神父の顔に見覚えがある。さっきエントランスでDIOと共に居たプッチとかいう男。
 となればDIOもどこか近くに居るのかも知れない。迂闊な行動は自らの首を絞めるだろう。


「素晴らしいタイミングで現れてくれた。そこに落ちている円盤を彼女の額に嵌め込み……ホル・ホース。

 ───聖白蓮を……撃て」


 肉体の負傷が激しいのか。プッチは呼吸するのも一苦労といった様子で、ホル・ホースに指示を飛ばす。
 足元には神父の言うように一枚の円盤が光っていた。先程聞こえた会話から察するに、件の『ジョナサンのDISC』だろう。
 腰を屈めて手に取ったそれは通常の円盤と違い、グニャグニャした手触りがなんとも奇抜だ。ホル・ホースはこれが、白蓮が追っていた重要な物品だという事を心得ている。
 これを相手の額に挿したまま命を奪えば、円盤ごと消えるという事も聞いた。

 合点がいった。プッチは、白蓮とジョナサンの二名を同時に殺害するつもりか。

「どうした、ホル・ホース。DIOからは君が極めて優秀な銃士だと聞かされている。
 見ての通り、私は多大なダメージがある。“君”にやって欲しいのだ」
「……ああ、なるほど。そういう事ですかい」

 状況は、極めて厄介。
 ここで白蓮を撃つのは容易い。見たところ彼女は反撃する様子など微塵も無いし、言われた事を行動に移せば神父やDIOからは小遣い程度の信頼くらいは貰える。
 しかし、その前に彼女とは一言二言交わすべき言葉がある筈だ。何よりもその事を最優先として、今の今まで会場中を彷徨っていたのだから。
 その努力が、全部パァとなる。それだけならまだしも、響子の気持ちを最悪な形で裏切る結果となる。


 何よりも、女は撃ちたくない。美人であるなら、尚更。


「神父様。DIOのヤロ……DIOサマは今、どちらですかい?」
「彼は地下に現れた下賎な敵と交戦中だ。尤も、時間の掛かる仕事にはならないだろう」
「そうですか」

 神父の目の前で、白蓮と言葉を交わすことは可能だろうか。
 危険はある。ホル・ホースとプッチは現状、仲間の括りに纏められており、そうなると白蓮は建前上──敵だ。リスクの芽がある以上、考え無しに水を撒くと後の開花が怖い。
 それにプッチとて、ホル・ホースがNoと断れば自ら動くだろう。少し疲れたから仕事を代わってくれないか、程度の代役なのだ、これは。


 本当に、極めて厄介なタイミングで顔を出してしまったものだ。オレとしたことが。
 周囲を確認する。白蓮が破壊した痕であろう壁の大穴以外、密封されたホールであり人目は無い。

437黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:29:07 ID:mCm9debw0

「人は誰しもがカンダタとなりうる。そんな世の中で白蓮……君がやろうとした行い。そしてやろうとしなかった行いは、誰にも責められるべきでない。
 地獄に堕ちてでも私を殺害しようとした決意は称賛しよう。だが、やはり『覚悟』が足りなかった。
 ジョースターを道連れにしてでもとは考えず、垂れ下がった一本の蜘蛛の糸を彼に分け与えようとした。皮肉な話だが……君の敗因はそれだ」


 銃を構えて白蓮に狙いを付けるホル・ホースの背後。
 プッチは最後に語った。

 人は恥の為に死ぬ。
 聖白蓮はこれより、己が抱いた『迷い』という名の恥によって殺される。
 このような悲劇を生まない為にも、プッチは夢を創りあげようと手を染めているのだ。
 理解を求めようとは思っていない。彼の理解者は、唯一の友人だけで事足りた。
 未来が予定されてさえいれば。
 自らに訪れる困難を全人類が予め覚悟出来れば。
 聖白蓮は、こんな末路を辿ることも無かったろうに。


「感謝しよう聖白蓮。
 君の迷いが私に勝利をもたらし人類を幸福に導く礎となる、『天国』の為の運命に……感謝しよう」


 その言葉が、エンリコ・プッチが世に遺した最期の言葉であった。



「じゃあオレが“こうする”未来は……覚悟出来ていたかい? 崇高なる神の代弁者さんにはよォ」



 倒れた白蓮を貫く未来はいつまで経っても到来せず、唐突に背後を振り返ったホル・ホースがプッチの心臓に銃口を向けた。


「そんなに天国へ行きてぇなら、オレが連れてってやるぜ」


 パンと、不気味な程に静かな破裂音が一発だけ轟く。


 〝善〟も〝悪〟も無い。
 崇高な目的など芥程も考えていない。
 今撃つべきクソッタレの邪魔野郎はこの神父だという、単なる直感。
 神も運命もどうだっていい。
 信じるは己の経験とカン。それに従って、引き金を引いただけ。
 迷いなんか、あるか。
 人を撃つ覚悟など、どれだけ昔に済ませたかも覚えていない。


 僅かな震えも起こさず、〝白〟にも〝黒〟にも属さない、只々無機質な〝灰〟の弾丸が───神父の臓腑を、正確無比に穿った。


 赤黒い血飛沫が神父の空いた胸から散った。
 弾丸が背へと貫通することは無かった。銃士の卓越した技術が、心臓を通過した一瞬のタイミングを狙って弾丸を解除するという神業を成功させたからだ。
 これで死因となる弾丸痕は胸の一つのみ。なるべく死体には目立つ傷を付けたくなかった。
 血の溜まり場に沈んだプッチの遺体をホル・ホースは慎重にうつ伏せの形へと覆した。焦げ付いた風穴が神父の胸と床との間に隠れる。一目では『銃殺』とは気付かないだろう。無論、少し遺体を検分すれば即座に見抜かれるだろうが、やらないよりかは随分とマシだ。
 『犯人』がこの自分だと気付かれるのは、勘弁願いたい所だった。こんな雑な工作にどれほどの意味があるかなど分かったものでは無いが、後から本格的に死体遺棄へ移せばどうとでもなる。

「返り血は……よし、掛かってねえな。
 オイ! 聖の姉ちゃん、まだ意識はあるよな?」

 ホル・ホースはそれきりプッチの殺害など忘れた過去のように、ピクリとも動かない白蓮の元へ駆け寄った。
 真っ先に呼吸を確認する。今にも途絶えそうな程に弱々しい。


「あ、なた…………どうし、て…………?」


 虚ろだった女の視線が、僅かに彷徨った。小さいが、声もしっかり届いた。
 この瞬間、ホル・ホースが胃の奥に今までずっと溜めていたドロドロとした気持ちがとうとう溶け始め、解消された。
 長かった。アレは今日の朝方……いや、まだ日も出てない時間帯だから、ちょうど半日くらいか。
 山彦が吼えた瞬間を、まだよく憶えている。必死に耳を閉じようとした気もするが、隙間からヌルりと侵入してきた少女の最期の雄叫びは、ホル・ホースをひどく動揺させた。
 本当の所は、寅丸星が逝く前に辿り着くべきだった。それに間に合わなかったのは誰のせいでもなく、運が無かっただけ。そう思おうと努力した。

438黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:32:34 ID:mCm9debw0


「オレの名はホル・ホース。聖白蓮だな? アンタをずっと捜してここまで来た」


 最悪の事態には間に合ったらしい。正直、聖白蓮の生存も半ば諦めかけていた所だ。余計な死体が一つ生まれてしまったが、彼女さえ無事ならば後は共にトンズラこくなりすればいい。
 教誨師を撃つという非道の罪にも、さほど心は痛まない。この神父に怨みは無いが、まあ『運』が無かったんだろうと切り捨て、女との会話を優先した。

「わたし、を……?」
「そうとも。響子の嬢ちゃんに頼まれ……たわけじゃあねぇんだが、オレなりのケジメだ」

 響子。その名前を出した時、白蓮の瞳に色が灯った。
 懐かしい響きに寄り掛かるように、灯った瞳をそっと閉じ……涙を流した。

 優しい涙だな、とホル・ホースは思う。
 この綺麗な一雫を間近で見れただけでも、今までの苦労が全て救われたとすら感じた。

「そ、ぅ、ですか……。あの娘は、貴方と……」
「オレもあのガキに救われたクチさ。響子ちゃんは本当にアンタと、その……寅丸星の事を最期まで想っていたぜ」

 一瞬、口ごもった。その響子を殺害した張本人の名前を出す事に。
 幼い少女へあまりに惨い運命を用意してくれたもんだと、ホル・ホースは今更ながらに歯痒くなる。

「星から、事の顛末は聞いております。彼女も、その罪を償おうと改心してくれましたが……」

 今度は白蓮が口ごもる。
 改心した矢先の……悲劇を思い出してしまったから。

 沈黙が場を支配した。
 遣りきれない思いがあって当然。
 幽谷響子も、寅丸星も、聖白蓮も、ホル・ホースも。
 誰一人として救われない結末を経験したのだから。


 逸早く沈黙を破ったのはどちらだろうか。殆ど同時だったように思う。
 ホル・ホースは彼女らほどの悲惨を迎えてはいないし、本来のひょうきん者の性格が一助になったからか。
 聖白蓮は当事者であり少女らの家族のような位置付けであったが、同時に命蓮寺の長たる立場だからか。
 この沈黙に意味は無い。黙祷するならば、然るべき時と場所を用意すればいい。
 やがて、どちらからともなく口を開け……先んじてホル・ホースが、うっかりしていたとばかりに立ち上がった。

「……とと。いや、話は後回しだ。アンタ、例の円盤を抜かれたんだろ?」

 今、額に戻してやるからな。
 男はそう言って慌てて神父の遺体をまさぐり、程なくして白蓮の物らしき円盤を発見した。


「見っけたぜ。これだろ? お前さんの───」


 嬉々の表情で、ホル・ホースは白蓮に確認を取るために振り返った。





「───そこに居るのはホル・ホースか。聖白蓮も居るのか?」





 五臓へ沈む重い声差しに、全身が硬直する。
 金縛りとは今の状態を指すのかもしれない。
 あまりに理不尽なタイミングに、唾を吐きたくなった。
 白蓮との再会を遂げた気の緩みが、ここに更なる絶望を呼び込んでしまったのだ。


「倒れている人物は白蓮と───我が友人、プッチのものか」


 最悪は、黄昏を喰らう宵闇を顕現したように、音も無く忍び寄っていた。
 扉の開閉音があれば、このだだっ広い食堂ホールだ。直ぐに気付く。
 侵入経路は、白蓮の破壊した壁の大穴。

 そこから一人、二人……三人。


「それで? ホル・ホース。お前は一人、ここで何をやっている? 死体のすぐ傍で」
「ディ……DIO、様……っ」


 DIO。
 霍青娥。
 宇佐見蓮子。

 突如に現れた三人を前にし、然しものホル・ホースとはいえ絶望の暗幕が心を覆った。
 背中からどっと嫌な汗が噴き出す。心臓が鎖にでも縛り付けられたように、きゅうと苦しい。

439黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:36:12 ID:mCm9debw0

(み、見られたか……!? 神父を撃った所を……!)

 焦燥が体内の血の巡りを加速させる。浮かび上がった最悪の予想は、取り敢えず頭の冷静な部分で否定させた。
 銃殺のシーンを見られたにしては、登場のタイミングがやけに遅い。ホル・ホースとて目撃者には最大限気を配っていたのだから、ひとまずは見られていないと判断した。
 つまり、まだ弁明の余地は充分にある。問題はこの男がきちんと誤魔化されてくれる迂闊者か、だ。

 カツカツと優雅ったらしく靴音を立てながら歩み寄るDIOの表情に警戒色は皆無だ。ただ、当然ながら訝しんでいる。
 クソ。せめて白蓮のDISCを戻した後に現れてくれれば、まだ逃走の余地はあったろうに。
 それならば、この状況を大いに利用して誤魔化す。白蓮には悪いと思いつつも。

「オレがこの部屋へ辿り着いた時には、既にこの状況が仕上がってたんでさァ。どうやら……『相打ち』のようですぜ、こりゃ」

 自身の用心深さがここで活きた。念の為プッチの遺体に工作しておいて助かった。
 パッと見では神父の死因が銃殺とは分からない。都合の良い事に、白蓮の付近にはサーベル状の武装が一本転がっているのだから、相打ちと言われても信じてしまえる。
 何と言っても、ホル・ホースには動機がない。聖白蓮を捜してこの館まで辿り、彼女を救う為にはそこの男が邪魔だったなどとDIOに分かるわけがない。

(……だなんて都合良く考えるオレはオメデタ頭か〜!?)

 DIOという男はホル・ホース以上に用心深い男だ。世界中から部下や用心棒を集め、エジプトなどという果てに身を隠し、アジトも定期的に移動する。
 そんな周到な奴が、こんなお粗末な工作で納得してくれるだろうか?

「先程、銃声の様な音が一発聴こえた。アレは何だ?」

 ホラなクソッタレ!

「す、少なくともオレじゃあありません。二人の戦いの音が、発砲音のように聴こえたのでは?」

 苦しい! 苦しいぞこの野郎!
 どーすんだこの後始末! チクショウ、やるんじゃなかったぜこんな事なら!

「フム。……で、お前が手に持つ『それ』は?」

 膨れ上がる威圧を伴いながらいよいよホル・ホースの目の前まで来たDIOは、男が左手に持つ円盤を目敏く指摘する。
 言われて気付いた。白蓮のDISCを持ったままである事に。

「こ……コイツは」

 駄目だこれ以上は誤魔化しきれない。
 覚悟を決めなければ。DIOはきっと、うつ伏せに倒れる神父の遺体を詳しく検分する為に座り込むはずだ。遺体との位置関係からして、それはオレに背後を見せながら屈む事となる。
 そいつはこれ以上無くデケェ隙となる筈だぜ……!

「ああ神父様、なんと痛々しいお姿に……おいたわしや、よよよ……」
「DIO様……心中お察しします。私が身代わりになれたならどれほど良かったか……」

(だが……後ろのオンナ共が邪魔くせえ! チックショー、妙にヒラヒラした青い女は知らねーが、アヌビス神持ってる奴が最高に厄介だ……!)

 DIOとは少し離れた後方に、部下の女が二人いる。青い髪をかんざしで留めた女は肩に掛けた羽衣みてーな布で口元を押さえ、大袈裟なくらいに悲壮感を表現していた。(どう見ても嘘泣きだが)
 黒い帽子の女の方は、青い女と比べればホンモノっぽい悲壮感を漂わせながら神父を見つめていた。反応自体は二人共似た様なモンだが、どこか対照的でもある。
 隙丸出しのDIOを奇跡的に一発で仕留められたとして、残りの……特にアヌビス神の方はオレの『皇帝』じゃあどうにもならねえ。

 ……待てよ? この円盤を聖の姉ちゃんに嵌めれば、復活してくれんじゃねえか?
 そうに違いねえ。だったら彼女にも協力して貰って、この場を力技で何とか……!


「ディ……オ……」


 あまり芳しいとは言えない策をホル・ホースが脳内でこねくり回していた時だった。
 唐突に、倒れていた白蓮の口が開いた。

「ほう。DISCを抜かれた状態で、まだ喋る元気があるか。大した生命力だ、聖白蓮」
「プッチ、神父を……刺した、のは…………殺めたのは…………この、わたし、です」

 もはや力を揮うことすら出来ずにいる白蓮が最後に示してみせた行為は、偽ることであった。
 それも、殺生という最悪の罪への偽り。
 死に掛けていながら、罪を被る事への迷いはその瞳に映らない。

「真に罪深きは、この聖白蓮……です。
 尼で、ありながら、明確な殺意……伴って、人様を……殺め、まし……」

 この期に及んで、このお優しい住職サマは……生き意地汚いオレなんぞを庇っているのか、と。
 ハットの下で、ホル・ホースは唇を強く噛んだ。男として、なんて情けない野郎なんだと。

440黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:41:43 ID:mCm9debw0

「寺に勤める尼が神父を殺す、か。確かに大罪だな」

 ひ弱な告白をDIOが素直に信じ込んだかは不明である。
 しかし窮地のホル・ホースにとって、この上ない救いの手が垂れ下がった。
 この糸にぶら下がらないという選択は、無い。
 逃せば、死ぬのだから。

「犯した罪に、偽りなど……申しません。
 全ては……『覚悟』の、うえ…………です」

 女の眼に震えは無い。
 違えた真実で他者を欺く。
 よりにもよって、殺生の戒で。
 その行為は、嘘をついてはならないという領域の不妄語戒を破る行いでもある。
 
 白蓮は決してホル・ホースとは視線を合わさない。
 ホル・ホースの方は、白蓮のその行為から目を背けまいと、逆に視線を外そうとしない。
 そこに不自然さは無く、極めて細々とした偽りの告白が場に流れるだけであった。
 この嘘により、ホル・ホースの命は助かるのかもしれない。しかし、白蓮の命は粛清という形で確実に奪われる。
 またしても、自分は女に庇われて一命を取り留めるのだ。


「プッチは私の友であった」


 寂しげもなく、そこにある事実を告げるだけのようにして、DIOはただ伝えた。
 今度はDIOの告白だった。白蓮はどうあれ、男の告白を聞く義務がある。身内の喪失を嘆く彼女にとって、友を亡くしたという感情は分からなくもなかった。
 しかしDIOのそれは、名状し難い表情と共に無味の声色で広がった。

 男は、エンリコ・プッチの事をどう思っていたのか。
 本当に、誰もが持つような唯の友だと思っていたのだろうか。
 プッチ本人と深く言葉を交わした白蓮は、薄れゆく心中でそれを疑に感じた。失礼な事だと思いながらも。


「ホル・ホース。聖白蓮を撃て」


 DIOのただ一言だけの告白は終わり、非情な命令が飛んだ。命じられた男は、深いハットの下で僅かに目を見開く。
 わざわざホル・ホースに命じた理由を察せないほど、彼は鈍感な男ではない。
 ホル・ホースは大した逡巡もなく皇帝を右手に顕現させ、倒れる白蓮の額に銃口を狙い済ました。


 震えは、なかった。
 ならば、迷いは。


「どうしたホル・ホース。君の腕前ならば、なんの難しいことも無い筈だ。
 君と彼女は全くの『無関係』なのだからね」


 ああ、その通りだ。
 無関係。無関係なんだ、元々。
 女は撃たないっつーポリシーはあるが、テメェの命が掛かっているとなっちゃあ話は別だろうが。
 彼女だって、こうなる事を分かってあんな嘘を吐いた。
 だったら、その良心にあやかろうじゃねえか。
 これにて全部元通り。丸く収まる話だろう。

441黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:51:36 ID:mCm9debw0


「早く撃てよホル・ホース。君が撃たずとも、どの道彼女はここで死ぬのだぞ?」


 うるせえな。分かってんだよ、ンなこたァ。
 だからこうして素直に銃を構えてんだろーが。
 どの道、死ぬ。そうだ、死ぬんだよどの道コイツは。
 誰が手を下すかの違いだこんなモンは。笑わせるぜ。
 もしDIOを裏切り聖を助けたところで、オレはどうなる?
 莫大な恩赦金でも出るのか? 寺から。
 出ねーだろ。なんの金にもならねー話だろ。
 たとえ出たとして、オレはそっからどうすりゃいい?
 撃たねーっつー事は、DIO一派を敵に回すっつー事だろ。
 撃つっつー事は、何だ? オレを庇った女が一人死ぬだけっつーこったろ。
 だから言ったじゃねーか。この女はどの道、死ぬ運命なんだ。不憫だとは思うがよ。
 ああもう、クソ。これじゃオレが殺すみてーだろ、彼女を。
 いや、オレが殺すっつー話だがよ。違うだろ、これは。


「ホル・ホース。これが最後の警告だ。
 聖白蓮を、撃ち殺せ」


 何でこんな事になっちまってんだ? マジで何でだ?
 オレが何した? 何も悪い事やってねぇよな? 人生の話じゃねえ、今日の事を言ってんだ。
 寧ろ、滅茶苦茶人助けみてーな事やってきてんだろ、今まで。
 それか? だからなのか?
 人なんざこれまで散々ブッ殺してきたオレが急に人助けやり始めたもんだから、ツケが回ってきたとか、そんなんか?
 神父なんか殺すもんじゃねえぜ、やっぱり。因果応報っつー力はあンだろーな、この世にゃ。
 あー、何か初めて人を殺した時も確かこんな感じだったよな。
 あん時ァ、腕がクソ震えてたのを覚えて……いや、どうだったかな。
 どうでもいいか、昔の事はよォ。それより今だ。
 早く撃てよオレ。DIOのクソ野郎が背後で睨んでやがるぞ。
 わざわざオレなんぞに撃たせやがって。忠心でも試してやがんのか? 性格悪すぎだろコイツ。
 撃ちたくねェなあ。女には世界一優しいんだぜ、オレはよォ。
 腕震えてねえよな? 汗も掻いてねえよな? ……大丈夫みてーだ、流石に。


 情けねえ。
 マジで情けねえぞ、男ホル・ホース。

 …………。

 ……覚悟、決めたぜ。
 撃てばいいんだろ、撃てば。

 こうなりゃ、ヤケだ。
 オレの皇帝ならやれるさ。
 一発で楽にしてやるぜ。
 降下中の鷹だって目をひん剥く早業だ。
 見てやがれ。潰れたその片目で見えるならな。






 今度こそ脳みそ床にブチ撒いてやる。
 死ね、DIO。

442 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 04:54:39 ID:mCm9debw0
投下終了です。
ラストパートの方も近日投下予定です。

443名無しさん:2018/11/23(金) 16:43:35 ID:Py3ngOfs0
投下乙
ホルホースの心情が読み手にも伝わってくる臨場感、素晴らしいです…
やっと聖に会えたのに、絶体絶命大ピンチ
漢ホルホース、せめてDIOに一発でけえのブチ込んだれ!

444名無しさん:2018/11/23(金) 17:31:13 ID:IO7bzWuw0
投下乙です。
最後の状況が、あっ…(察し)だが、さてどうなることやら

445名無しさん:2018/11/23(金) 21:59:28 ID:tXPtE.xU0
ホルホース…せめて一発だけでも叩き込んで意地を見せてくれ

446 ◆qSXL3X4ics:2018/11/26(月) 00:41:31 ID:dCSol15U0
お待たせしました。投下します

447黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:43:28 ID:dCSol15U0






 今度こそ脳みそ床にブチ撒けてやる。
 死ね、DIO。






 室内に揺蕩う圧迫の大気。
 それらを凝縮させ放たれた弾丸が、一抹の慈悲もなく心臓を抉った。
 予想したより遥かに重厚な炸裂音が空気を裂き、鼓膜を揺さぶり、そして。

 即死。
 こうして、
 誰よりも優しく、誰よりも強く、
 慈愛で人々を導いてきた聖白蓮という聖女は、
 無慈悲な一発の弾丸によって、その永い一生を閉ざされた。


 〝悪〟を受容した、堕ちた紅葉神の手で。




「───なに?」




 短く漏れた声の主は、誰よりも動揺を与えられたホル・ホースのもの。
 虚を衝かれた。然もあらん。
 今まで幾度となく聴いてきた我が皇帝の吐く咆哮は、こんな重い響きを持たない。
 何より自分はまだトリガーを引き絞っていない。どころか、背後から睨む標的に対し視線を向けてすらいない。

 影のように現れた、謎の金髪の少女。
 彼女が手に持つ『植物』が銃声の出処だ。
 聖白蓮の命を横から唐突に奪ったのは、この少女だ。


「お前……」


 ホル・ホースは唖然として固まる。脳裏に浮かぶのは、満月に照らされた鉄塔での出来事だ。
 間違いないし、忘れようもない。この女は『あの時』、寅丸星の隣に居た赤い服の女。


「───静葉か」


 其の者の名を、DIOは静かに呟いた。
 男の呟きを起因として、ホル・ホースはハッと我に返る。
 瞬間、一筋も滲んでなどいなかった手の汗が、思い出したように溢れ出てきた。


 今、オレは誰を撃とうとしていた?


 己に非情な命令を飛ばした、生意気な吸血鬼の脳漿をブチ撒けてやろうと企てていなかったか? それでDIOが大人しく死んでくれれば御の字だが、今なら確実に言える。
 もしもさっき、振り返ってDIOを撃っていれば……死んでいたのはオレの方だろう、と。
 酔っていた。不意打ちでならDIOをも殺せると、完全に正常な判断が出来ていなかった。身震いがする。九死に一生を得たのだから無理もない。

 そして、ホル・ホースの生還と引き換えに……救おうとしていた女は死んだ。
 秋静葉。彼女が、聖女を殺害したという。
 結果を見れば、ホル・ホースの命を寸での所で繋ぎ止めたのはこの少女の殺意であった。彼女が居なければ間違いなく自分も殺されていた。

 ……殺意?

 自分で唱えた言葉に違和感を覚えたのはホル・ホース自身だ。
 彼女は確かに殺意をもって白蓮を殺害した。それが真実だ。

 じゃあ、静葉のこの『表情』は何だ?


「……はっ……はっ……はっ……、うぅ……っ!」


 ひどく怯えていた。
 恐怖、とも言い換えられる。
 元々はそれなりに整っていたであろう顔の半分ほどは火傷で燻っており、顔が蒼白に塗れていた。目は虚ろで、玉粒の様な涙すら流れている。両肩はカタカタと小刻みに震え、今にも膝から崩れ落ちそうな様はとても見ていられない程に弱々しいものだ。

 異常、と言えるだろうか。
 違う。彼女は正常だ。呆れ返るほどに。
 まるで『初めて人を殺した少女』のように怯えている。
 それが現在の秋静葉を表現した、最も適切で正しい形容だ。

 あまりに不可解な様相。
 抵抗の末に意図しない殺人を犯してしまったと言われたなら理解も出来る。
 しかしそうでない事はこの場に立っていたホル・ホースがよく知るところだ。自ら身を乗り出し、男の横から掻っ攫うようにしてわざわざ殺害したのだ。しかも相手は、放っておいてもあの世行きだった瀕死の坊主ただ一人。
 怨みを持っていたのか? ならば寧ろ逆だ。因縁があるなら、弟子を奪われた白蓮の方から静葉に対してだろう。

 こんな苦悩する思いを背負ってまで女を殺したその理由が、ホル・ホースには不明であった。

448黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:03 ID:dCSol15U0


「なるほど。つまりそれが、君の『答え』という訳だね。秋静葉」
「…………は、……い……、」


 誰にも理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、この儀式には絶対的な意味があるのだから。

 少女の腕の中で、白蓮を殺した『武器』がにゃあと鳴いた。
 この奇妙な生物に、『奪う』という行為の意味は理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、殺しを遂げた事実が渦巻いていれば良いのだから。

 理解出来なくていい。理解出来なくていい。理解出来なくていい。
 誰も私を理解出来なくていいし、する必要なんかない。
 私は『必要』だから殺した。誰だって良かった。
 他者の骸を足元に積み上げる、それ自体に意味があるのだから。
 私は今、泣いているのだろうか?
 どうしてなのかな。もう、『四人目』だというのに。
 前の三人は平気だった……いや、一人目の時は、同じように泣いていたと思う。
 あの時と同じだ。初めて明確な意思で、誰かを殺したあの時と。
 忘れてなんかいない。その時の『恐怖』は。
 ……いや、それも違う。
 『忘れよう』としていた。その時の恐怖を。
 感情を忘れて、ひたすらに目的だけを見据えていた。
 DIOに会って、その行為が『逃げ』だと気付かされた。
 そして、諭された。強引に思い出された。


 私は『弱い』のだと。
 そして、その自覚を忘れるなと。


「頭の中の『声』は、どうなったかね?」
「…………消えません。どころか、一つ増えました」


 だろうな、と。予想していた静葉の返答に、DIOは感慨無さげな反応で終えた。
 裏腹に、彼の心中では少女の『戦い』へと万雷の拍手を送っていた。単なる殺人鬼ならば嫌という程に見飽きた。今までの機械的な静葉であれば、その道へと進み抜け……半ばにして倒れていたろう。
 無論、今の『本来』の秋静葉であれば、更なる苦境が待ち構えている事はもはや確定事項だ。それを受け入れ、弱き己を認め、その上で逃げずして、再びこのDIOの前へと姿を見せた。

 己を誤魔化さずに、正面から受け止めた。
 何よりその勇気ある行動を称賛すべきだと、DIOは本当に嬉しく思う。

「君は神の身でありながら『聖女』を殺した。この先もっと辛い運命が、君を様々に悪辣な方法で試すだろう」
「…………理解、して、います」

 未だ息荒くするか弱き少女は、私の望むがままの答えを示してくれた。
 彼女には伸び代がある。ここに来てようやくスタートラインに立てたと言えた。
 これより先の荒野を駆けるのは、彼女の足だ。私はそのきっかけを与えたに過ぎん。

「鳥は飛び立つ時、向かい風に向かって飛ぶのだという。追い風を待っていてはチャンスなど掴めん。君は君自身が握る操縦桿で、空を翔ぶのだ」
「わたし、自身の…………」

 死ぬかもしれないという恐怖。
 害されるのは嫌だという拒絶。
 手を血で染める行為への忌避。
 今の秋静葉には、負の三拍子が揃っている。
 弱者には当然備わるべき気持ちを、誤魔化さず、捻じ曲げず。
 本来の秋静葉が持つ弱さ/強さだからこそ、私は傍に置きたいと真に思う。


「改めて───友達になろう。秋静葉」
「私なんかで……良ければ、是非とも……」


 優しく差し出された腕に、静葉は縋るようにして応えた。
 少女が男の前で涙を流すのと、腕を取るのは、共に二度目となる。一度目とは大きく異なる意味を擁したアーチは、『声』にうなされ続ける静葉の頭の中を熱く蕩けさせた。まるで麻薬だ。
 先程までとは別の意味で焦点が合わさらない少女の瞳目掛けて、腕を解いた男は新たに投げ掛ける。

「実はね、静葉。君に会わせてみたい人物が館の地下図書館に居る。彼は、君の境遇と少し似ているかもしれない男だ。興味があるならば……話してみても良いかもしれない」

 危険な生物、とは敢えて警告せずに伝えた。折角手駒に加えた良質な『仲間』が、早くも壊される可能性を危惧しつつも。
 しかし奴──サンタナは、静葉など問題にならない程に強力な人材。故になるべく懐に迎えたいが、手網を握るのは困難な暴れ馬に違いない。
 そこで、まずは静葉を遣わせ様子見だ。奴はどうやらこの自分に対し、ある種の嫌悪を抱いている様子なのは明らかだからだ。静葉が喰われた所でさほどのダメージとはならないが、奴を本格的に敵へと回すデメリットは静葉のロスを優に超える勘定と判断する。

「君とは……多少の『縁』もある筈だ。きっと有意義な時間を過ごせると思う」

 騙すような物言いとなったのは少々気が引けるが、物は言いようといった言葉もある。
 果たして静葉は、DIOの言葉を疑いもせずに歩み出した。その後ろ姿をしばらく眺めていると、途端に男はホル・ホースへ向き直り、先とは打って変わった禍々しさを添えた笑みを浮かべて喋くる。

449黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:58 ID:dCSol15U0
 仮面が、剥がされた。
 対峙するホル・ホースには眼前の吸血鬼がそう映り、慄く以外の全ての行動を丸め込むように封鎖された。
 警戒しているのか、DIOはプッチの遺体をこれ以上検分しようとしない。そんな必要など無いと言わんばかりに、男は次の台詞を吐き出した。


「さてホル・ホースよ。お前がとっとと撃たないから、獲物を横取りされてしまったようだな?」


 今やDIOは床の死体を一瞥もしない。代わりに見据えるのは、恐怖心を押し殺して打開を探るカウボーイの伏せた双眸だ。
 皇帝を具現させる暇すら与えてくれない。DIOはもう、決して隙など見せてくれない。


「お前が聖を撃たなかったのは……『迷い』が生じたゆえだ。だがそれは、お前の未熟には繋がらない。
 寧ろ、だ。───素晴らしい。最後の最後、お前の双眸は完全に恐怖を支配していた。殺意に塗れた、躊躇なく人を殺せる者の眼を完成させていた。背後に立つ私からでもよく分かる程に、ね」


 爪の垢を煎じて静葉に飲ませたいくらいだ。男はそう続かせ、ジョークでも零すみたいにクク……と肩を震わせ笑った。ゆらりと揺れた黄金の髪が、ホル・ホースには不吉な兆しにも見えた。
 ホル・ホースは浅はかな勘違いをしていた事に、ようやっと気付かされた。先の場面で静葉が横から割って入らなければ、蛮勇を振り翳したホル・ホースはきっと背後のDIOを攻撃し、あえなく返り討ちにされていたろう。静葉の行動が、結果的にホル・ホースを救ったのだと。

 ───そんな甘い夢みたいな、勘違いに。


「お前の実力に素晴らしい才能があるだけに───とても残念だ」


 静葉の横槍など、この男の前では関係無かった。
 あのとき死ぬか。これから死ぬか。違いなどそれだけで、自身の寿命がほんの僅かに延びたに過ぎない。
 ただ、それだけだ。結果は何も変わりはしなかった。


「残念だよホル・ホース。お前が最後に披露した本物の殺意を向ける相手が……『私』でなければ、きっと信頼出来る部下になれたろうに」


 変わりはしない。
 ホル・ホースが迎える死の結果は、変わりはしなかった。


「私の友を撃った愚挙は水に流してやろうと考えていたのに。君はその『信頼』を裏切った。



 本当に残念だが───お前はここで死ぬべきだ、ホル・ホース」



 長々と時間を掛けながら全身徐々に氷漬けにされていく悪寒がホル・ホースに取り憑く。指先をピクリとも動かせない一方で、歯だけはカチカチと警鐘のように喧しい音を鳴らし続けていた。皇帝で反撃しなければという、なけなしの戦意すら湧いてくれなかった。
 殺し殺されが蔓延る暗夜の世界で生きている以上、いつの日か無惨にくたばる未来が訪れることは承知しているつもりであった。死ぬなど絶対にお断りだと思ってはいるが、もし『その時』が訪れれば、それはそれで結構あっさりした気持ちを迎えながら死ぬのかもなあ……という漠然たる気持ちも何処かにあった。


 それでも。あぁ、そうだとしても。

 DIOのとある部下が、いつだか彼に語っていたあの言葉が……最後になって理解出来た。




  ───この人にだけは、殺されたくない───

450黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:47:58 ID:dCSol15U0










「見付けましたわ。レディを二人も部屋に置き残して消えた、薄情なスケコマシさん?」










 迫り来る絶対的な『死』に心を折られ、視界を暗黒に閉ざしたホル・ホースが闇の底で拾った声。それはこの場にそぐわぬ女性の佳音。
 ハッと意識が呼び戻された。地獄に堕ちる最中のホル・ホースが無我の中から掴んだ蜘蛛糸の先に、その女は立っていた。男との逢瀬を約束した時と場に降り立つと、相手が見知らぬ女性と手を交わしている。そんな場面を目撃してしまった女性が浮かべるような、お冠な面立ちで。

 〝彼女〟は、ホル・ホースに冷ややかな笑みを差し出していた。


「貴様……八雲紫ッ!」


 ホル・ホースが闖入者の女に意識をやるより早く。
 前方で自分へと睨みを利かしていたDIOが、一際大きな声を張り上げる。
 瞬間、ホル・ホースの真横に影が走った。その正体は人影ではなく、床に亀裂を入れる黒い線。亀裂はまるで意思を得た弾幕の如く縦横無尽に床を駆け抜け、一人の少女を終点にして口開いた。


「〜〜〜っ!?」


 宇佐見蓮子。
 黒い線は待機していた彼女の足元にまで辿り着き、人間一人を呑み込める程度の『スキマ』にまで成長して、その少女を闇の下へと突き落とし、また消えた。


「古来より人間共を恐怖させてきた謎の消失現象──『神隠し』の犯人が、この大妖怪・八雲紫だと。……DIO。貴方は御存知だったかしら?」
「チッ……!」


 蓮子が『攫われた』。不意の事態がもたらすこの結果に、DIOは苦い顔で舌を打った。
 彼女はDIOにとっての人質であり、それを懐から引き剥がされたとあっては敵の狙いは瞭然だ。


「───〝マエリベリー〟! ……後は、お願いします」

「───ええ。……任せて、〝紫さん〟」


 旧来の相棒であるかの様に、現れた二人の女性は互いに目配せする。
 八雲紫と、マエリベリー・ハーン。
 いつの間にか『夢』から帰還していた彼女らは、再びDIOの前に姿を見せた。
 別れを惜しむ間もなく、二人はすぐに別離する事となる。

 一人は、邪悪の化身を足止めする為に。
 一人は、変貌した親友を取り戻す為に。

 DIOの前に立ちはだかった八雲紫が右手を上げると、後ろに控えていたメリーの足元には再びスキマが現れた。


「させんッ! 『世界』! 時よ、止ま───!?」


 世界が停止する。
 DIOがそれを行為に移した時点で既に八雲紫が放っていたのか、無限の弾幕が男の周囲にバラ撒かれていた。
 たとえ時間が固められていても、これだけの密度を備えた弾幕を回避するのは容易ではない。ならば回避を捨て、『世界』の腕によって全て防げば良いだけの話。
 そしてこの罠に嵌められた時点で、用意された制限時間内にメリーの離脱を止める術は奪われたも同然。彼女らの立ち回りの良さを見れば、入念なプランを練って来ているのは明白だ。


 ───DIOは後手に回らざるを得ず、時は再始動する。

451黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:50:36 ID:dCSol15U0

「……流石に、今のでは仕留められないわね。それなりに丹精込めて配置した弾幕なのだけれど」
「フン。皮肉の達者な妖怪だ」

 それなりに、と紫は言ったが、今のはメリーを安全に『地下』へと送り届ける為の妨害策。よってDIOへの攻撃能力にはさほどの重きを置いていないコケ脅し弾幕だ。
 横目でチラと後方を窺う。無事メリーは宇佐見蓮子を追って行ったようだ。
 後は彼女に全て任せよう。DIOを受け持つこっち側は大した問題でもない。適当な頃合いを見て離脱すれば、作戦は半分ほど成功なのだから。

 始動した時間の末に見たDIOの身体には、今放った弾幕の掠り痕は一片すら見当たらない。元々激しい戦闘の直後だったのか、所々に負傷が見られるが、それは紫の知る所ではない。
 予想した通り、今ここで戦ってもこの男には勝てやしないだろう。彼に弾幕ごっこをやらせれば、初心者なりに随分といい所まで行くのではなかろうか。

 フゥ、と息をひとつ吐いた紫は、床に倒れた一人の女性を発見する。〝こんな身体〟においても、心はしっかりと痛みを伝えてくれるようだ。
 思わず唇を、強く噛む。

「……聖白蓮は、間に合わなかったか」

 極めて感情を抑えて発した言葉のつもりだったが、思いの外それには気怠い無力感が混ぜられてしまった。
 決してそこのホル・ホースへ向けた非難の言葉などではない。だが負い目を感じているのか、彼は伏し目がちに紫へと返す。

「……すまねえ」

 ただその一言だけを、男は零し。
 直後に踵を返した。

 遁走の行く先は当然、紅魔館の出口。紫がメリーを伴ってここへ現れたのは蓮子とDIOの分断目的であって、白蓮はともかくホル・ホースについては言うならついでだ。
 彼とてそんな事は理解出来ている。そして紫が寄越してくれた小さな目配せに「今すぐ逃げろ」の意が含まれていた事にもすぐさま察し、従った。
 逃げるという行為、それ自体は大いに受け入れるのがホル・ホースなる男の信条であったが、女を盾にして逃走するという無様は苦痛以外の何物でもない。それで女の方が無事に済むというのであればなんら問題無い。しかし、盾にした女が無事に済まなかった体験が既にして一度身に染みている。

 複雑な心境のまま、孤高のカウボーイは再び戦場から去った。彼の気配が室内から消えたことを完全に確認すると、紫は残された白蓮の亡骸に思いを馳せる。
 聖白蓮とは幻想郷にとって、そして八雲紫にとってどんな存在であったか。彼女の、人と妖の共存を謳う理想論はこの土地にとっては皮肉なことに、根本的に噛み合わない。
 それでも白蓮は善く尽力してくれた。新参勢力ではあったが、過去の異変にも駆け付けてくれた。その純粋な正義を紫個人が心中で好ましく思っていたのは、嘘偽りのない事実だ。
 せめて彼女の遺体は寺へと持ち帰ってあげたい。そんな憐れみも今この時において、邪悪の目の前では霞んでしまう。

「……青娥」
「はいはい」

 DIOは対峙する紫からは目を離さず、控えの青娥に声を掛けた。この期に及んで彼女は大して狼狽えることなく、“指示待ち態勢”から姿勢を直してDIOへ返答する。

「すぐに二人を確保して来い」
「優先度は如何が致しましょう?」
「出来れば両方だが、優先するなら蓮子の方が好ましい。今はな」
「了解です。この青娥娘々にお任せあれ〜♪」

 晴れやかな笑顔と、慎ましい会釈を残して。
 邪仙はステップを踏むかのように、優雅な足取りで部屋から去った。

 紫は歯痒くもそれを見送るしか出来ない。断固阻止するべきだったが、DIOの横を通り抜けて一瞬の内に、という条件付きでは難関すぎる。
 兎にも角にも、紫の目的はあくまでDIOの足止めだ。賢者はスっと目を細め、のんびり過ぎるくらいに穏やかな口調で男との再会を喜ぶ。

「さて、と。……ちょっと久しぶりかしら? DIO」
「そうなるな。何しろ私が最後に見たお前の本来の姿が、ディエゴの支配を受ける直前の無様に這い蹲る敗北の姿だったかな」

 紫からしてみれば耳の痛くなる過去話。ディエゴの恐竜化を受けたあれから、様々な事があった。預けてきた霊夢に関しては心配不要だ。傍に付いた人間──霧雨魔理沙なら何とか霊夢をフォローしてくれるだろう。
 悪い事も多かったが、良い事もあった。特にジョルノ・ジョバァーナとマエリベリー・ハーンの二人との出会いは、紫にとって大きな収穫であった。

452黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:52:05 ID:dCSol15U0

 マエリベリー。彼女はまだ、あらゆる意味で若い。
 どんなに桁外れな異能力を秘めていようと、たかだか二十程度の短い人生を生きただけの少女なのだ。

 ───『宇宙の境界を越える能力』

 彼女の翼は誰も見た事のない程に大きく、制御の困難な羽根だと判明した。あるいは、そこのDIOによって判明させられたのかも知れない。巨大な操縦桿を握るには相応の資質が不可欠であり、今のメリーには過ぎた代物だ。
 だからこそ、傍でずっと支えてくれる人間が必要。


(それは恐らく……私では、ない)


 寂しげに認識した自身の言葉を、紫は強く確信する。少なくともメリーに必要な人間は八雲紫ではないのだ。同じ自分を必要とするなんて、それこそおかしな話であるから。

 では、誰か。
 聞くまでない。少女にはもとより、大切な『友達』がいたのだから。
 これはあの娘にとって、邪悪に魅入られた友達を救う為の戦い。
 きっと……最初で最後の、運命そのものを決する戦い。
 ならば私は、私に出来ることをやろう。


「あの娘──マエリベリーの『力』を、貴方はずっと欲していた」


 メリーの友達を奪ったDIO。
 私自身の心も、この男の所業を決して許さないと喚いているのが分かる。

「お前のその様子だと、メリーの『力』は目覚め始めたようだな。礼を言うぞ。大妖怪・八雲紫」

 DIOは何食わぬ顔でそう宣う。この男も気付いていたのだろう。夢の世界──竹林の中で出会ったメリーとの話に潜む、根本的な矛盾について。

「DIO。貴方は『夢』の中であの娘と話をしたそうね。そして奇妙な矛盾に気付いた」
「気付いたのは会話を終え、夢の中からメリーが去ってしばらく……そう。この紅魔館で“もう一人の私”ディエゴ・ブランドーに出会った後からだ」

 つまりDIOとディエゴも、私とメリーと同じ。
 『一巡前』と『一巡後』の同一存在。

「基点は『スティール・ボール・ラン』の存在だった。ディエゴはそのレースに深く関わる人間だが、私はそんな催しなど聞いた事もなかったからな。
 お前はどうだ? かのレースの存在を今まで知りもしなかったのではないか? 何故ならお前も私と同じく『こっち側』の宇宙に生きる存在だからだ」
「ご名答。そして貴方はきっとメリーにもこう訊いた事でしょう。『スティール・ボール・ランを知っているか?』とね。結果は……言わずもがな、かしら」

 メリーはディエゴと同じく『あっち側』の宇宙から来た参加者だった。通常では考えられない理をDIOは更に突き詰めた。そうであれば、どう考えても辻褄が合わない事柄が浮き出てくる。

「では……メリーは過去『如何にして』幻想郷に渡ったというのか? メリーの住む世界線に幻想郷は無い。在るのかもしれないが、そこに八雲紫という名の妖怪は居ないだろう」
「矛盾というのはその部分ね。マエリベリーが幻想郷に来れたこと、それ自体が既に奇妙だった。
 しかしあの娘の話を聞く限り、与太話とも白昼夢とも到底思えない。つまり何かしらの特異な『手段』を以て、彼女は無意識にも秘めたる扉を開いた」

 『手段』というのは、単純にして強大な『力』。
 その力を、メリーは自分なりの見解で『結界の境目が見える程度の能力』だと自覚し、称していた。

 実際はそれどころではない。人間が許容できる範疇を過度に踏み越えた、禁断の力を有していた。
 異なる平行宇宙に住む彼女が幻想郷に足を踏み入れたという事実は、誰が想像出来るよりも遥かに強大で、唯一無二なる能力。
 言ってみれば───


 ───「「宇宙の境界を越える能力」」


 憎らしいことに、紫とDIOの言葉は完全に重なった。
 二人の知将は少女の体験談を元に、同じ結論に至った。
 宇宙をも揺るがしかねない、あまりに壮大な答えへと。


「……彼女は。マエリベリーは、それでも……何処にでも居るような、普通の女の子よ」


 夢で会話し、それを実感した。
 普通に人の子として生まれ、
 普通に両親の愛を授かり、
 普通に学び舎へと通い、
 普通に道徳を修得し、
 普通に友達を作り、
 普通に恋愛をし、
 普通に生きて、
 普通に死ぬ。

 これまでもそうであったし、
 これからもそうあるべきだ。

 この世に生を受け、真っ当な生き方を貫き、そして最期には綺麗な体のままで墓に入れられる。
 そんな誰しもが持って守られるべき、少女の普通の人生を。

 DIOは、奪おうとしているのか。

453黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:53:33 ID:dCSol15U0

「貴様は『妖怪』なのではなかったか? 随分とまあ、たかが人間の少女一人を徹底して擁護する口ぶりだ。それとも、やはり自分の顔を持つ者には人間といえど甘いのか?」

 たかが人間、と男は言う。
 それは真実であると同時に、決定的な矛盾を孕んでいた。

 何しろ───メリーは既に、たかが人間とは言えなくなっている。

「……ええ。本当に、貴方の仰る通りですわ。どこまで行っても私は『妖怪』で、あの娘は……『人間』ですから」

 表向きに吐いた紫の言葉は、あくまで人間と妖怪を強調させるように。
 それが言葉通りの意味から逸していると知る者は……八雲紫とメリーの二人、だけであった。
 この時点では。


「───DIO。貴方はマエリベリーの能力を利用し、擬似的に『一巡後』を目指そうと企んでいるのね」


 メリーには恐らくそれが出来る。今はまだ未成熟の力だが、能力が完成形へと昇華されたならば不可能ではない。だが問題は、DIOが其処──男の言う所の『天国』──へ行って、どうするかという事だ。
 一巡先の宇宙へ到達する。メリーの能力の性質上、それはDIO個人だけでも到達出来れば構わないという企てだ。

 コイツの真の目的が、未だ不明だ。

「擬似的に、ではない。メリーの力とはまさに……『この宇宙を越えられる』という稀代の能力だ。君ですらそんな魔法は実現出来ないだろう」
「その為に貴方は随分と回りくどい下ごしらえをしてきたものね。『夢』の中で私とあの娘を会わせたのも、彼女の力を滞りなく羽化させる為かしら」
「蛹というモノは、羽化する前に強引に開くとドロドロした不完全な奇形となって現れるのを知ってるかね?
 故に慎重にならざるを得なかった。何しろ蛹にとっての『羽化』とは、人生で一度きりの大イベントなのだから失敗は許されない」

 誇らしげに紳士ぶる、そのすまし顔が紫にして見れば不快でしかない。
 道理で夢の中に潜んでいたDIOの影は、やけにあっさりと掻き消えたわけだ。全てはこの男の計算ずく、か。

「メリーは自らの才能の『真の使い方』をまだ知らない。まだ、ほんの蛹なのだよ。
 このまま羽化せず一生を終えたのであれば、これほど愚かなこともない」

 何様を気取っているのだと、もう一人の己に対するDIOの扱いを耳に入れながら紫は腹立たしく感じた。思わず爪を皮膚にめり込ませる。
 これではまるで道具扱いだ。DIOはメリーに執着している様に見えてその実、彼女の本質を全く目に入れてなどいない。

「見たところ、彼女はまだ未覚醒。自在に『扉』を行き来できるとは、まだとても言えないような半人前だった。
 ならばどうする? 私は考えた。同一存在である八雲紫と引き合わせれば、何かしらの化学反応が発生するのではないか? 奇しくも『スタンド』にもそういう性質があったりする。
 ───人と人との間にある『引力』とは、起こるべくして起こるモノだからだ。私には確信があったよ」

 見ているのは。語っているのは。
 全部、メリー自身が望んで手に入れた訳でも無いであろう、彼女に内在する『力』そのものだ。

「私が彼女に本当の“空の翔び方”を教えてやろう。教養とは、その者の埋もれた才能に気付き、開花させる手ほどきを授ける事を云うのだから」

 なにが教養。なにが手ほどき。
 男がメリーを肯定する理由など、蛹の中身が自分にとって都合の良い道具だと分かったからに過ぎない。

「人間社会には自らの才能すら見い出せずに、羽化出来ぬまま朽ちゆく哀れな蛹たちがまだまだ蔓延している。私からすれば狂気の沙汰だ」

 社会の堕落を憂う気持ちなど、DIOには欠片たりともありはしない。
 世に蔓延る有象と無象が、自分にとって吉かどうか?
 それが彼の『世界』の、全てだ。

454黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:54:37 ID:dCSol15U0
「メリー……あの少女は、そんな彼らに比べたらとても幸福だ。私という存在と引き合えたのだから。これを『引力』と言わずしてなんと言う?」

 あるいは、DIOはこのようなタチの悪い演説を心から、本気で宣っているのかもしれなかった。無類の前向き思考。自分にとっての吉の因子を無作為に取り込み、都合良く解釈する。
 いや、言ってしまえばDIOのそれは、未来に巡り会うべき運命にある事象を彼自身の力で実際に引き寄せているのかも知れない。本当の意味での『引力』が彼に働き掛けているのではないかと、こうして相対する紫は思わずにいられない。
 ふざけた話だが、つまるところ彼は強運の男なのだ。だからこそあらゆる物事が彼を中心に回り始めていると言っても過言ではなかった。
 その辺りは、どこか霊夢にも相似している。彼女とDIOの持つ『運のメカニズム』は、共通点も多い。
 しかし霊夢と違い、DIOはやはり邪悪だ。自己中心的過ぎる道程を踏破した末の結果にて、望む物が手に入れば良い。過程などどうでも良く、無数の骸が積まれようが男は躊躇せずして歩みを止めないだろう。


「私はメリーと共に『天国』へ辿り着く。……もう、お前は要らないな。八雲紫」


 外界の人間や社会が腐ろうが、DIOの礎になろうが、紫にとって然したる暗礁とはならない。どうでもいいとまでは言わないが、外は外。中は中で完全差別化出来ているのだから。
 紫の危惧する問題とは、男の目指す道の過程に幻想郷への著しい悪影響が発生しかねない可能性だ。

 そこに横たわる聖白蓮の亡骸が既に、幻想郷の被害者なのだから。

 DIOは次に、メリーをも毒牙に掛けるのだと宣言している。
 あれは幻想郷どころか我々の住む宇宙側にも一切関係無い、境界が見えるだけのただの少女。

 ───けれども、もう一人の私だ。


「貴様にマエリベリーは渡さない。必ず護ってみせます」


 八雲紫の宣誓した、その瞬間には。
 DIOの口の端は不気味に釣り上がり、そして。


「貴様程度では、このオレには勝てん。今までに誰一人として仲間を護れなかった、貴様ではな」




 『世界』が、八雲紫の心臓部を貫いていた。









「───あの娘を護るのは、私ではない」


 口の端を釣り上げていたのは、DIOだけではなかった。
 胸を穿たれた女が喉奥から吐き出したモノは血ではなく、敵の煽りを否定する希望の言葉。
 身体の中心を『世界』にて抉ったDIOは、その感触に圧倒的な違和感を覚え、間を挟むことなく答えに辿り着く。
 肉を潜り進む陰惨な触覚が、拳の先から伝わらない。かと言って、十八番のスキマにより肉体に穴を開いて躱したのでもない。

 これは。
 “この”八雲紫の体は。


「……人形かッ!」


 拳大の穴をほじられた紫の体が見る見るうちに変貌し、変色し、物質を変えていった。

 木。

 不敵に微笑んでいた彼女の表情すらも、無面の木材質へ変わっていく。バキバキに砕かれた木人形は食堂の壁に叩き付けられ、糸が切れたようにへたり込んだ。
 それは所謂デッサン人形として使われるような、人のシルエットを形作り簡単な関節を宛てがわれた等身大の木偶人形。
 八雲紫に変身能力があったのか? 恐らく否、だ。
 DIOは今の今まで、八雲紫の姿と声と性格を与えられたお人形と会話していたという事になる。恐ろしい事に、本人の服装すらも完璧な模倣を可にするコピー人形。

 木偶人形をまるで『スタンド』が如く遠隔から操る。
 そんな真似が出来る木偶が『あの場』には居た筈だ。

(確かディエゴの報告にあった。『奴』は変身能力を持つ人形を傍に立たせていたという……!)


 間違いない。“この”八雲紫の正体は……!

455黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:56:45 ID:dCSol15U0




「鈴仙・優曇華院・イナバ! きさま! 見ているなッ!」




 DIOの右眼の『空裂眼刺驚』の光線と、窓の外で響き渡った少女の「わ゛ひゃあ!?」という情けない悲鳴は同時に発射されたものであった。
 洋燈も窓枠もカーテンも鋭い光線により、纏めて斜め一直線に切れ目が入れられ、一部崩壊した壁の亀裂から陽光が差し込まれる。

「……ちっ」

 壁の向こうの足音が一気に遠のく。逃げられたようだ。
 吸血鬼の身体では外部へ追走する事も叶わない。してやられた、という事。
 怪我を負った筈の兎が動いていたという事は、ジョルノが一枚噛んでいたという事だろうか。いや、それよりもジョルノ本体の姿がここに来て見えないまま。
 奴は今現在、何処で何をしている……!?


 答えは直後、一帯に轟く崩壊音によって明かされた。


「しまった! ヤツめ、まさか『館』を!?」


 見ていたかのようなタイミングで壁が、床が、天井がグラグラと震え上がる。これが地震でなく建物の崩れる前兆であるなら、実行犯はジョルノ以外にない。
 支給品にダイナマイトなどが紛れ込んでない限り、奴のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』による生命化──大方、紅魔館そのものを植物にでも変えながらの破壊活動に勤しんでいるのだろう。
 やることのスケールが徹底的だ。時間は掛かるだろうが、ことDIOにおいては有効な対策であるには違いない。日中であれば外部に飛び出すなど論外。瓦礫の下敷きとなりたくなければ、DIOの逃走経路は『地下』に限定された。
 恐らくジョルノは建物上部から植物化させ、次第に館の支えを無力化させている、といった所だろう。ここが一階である以上、射し込む日光を避ける為の時間的余裕は多少マシか。

 地下の闇へと紛れ込む前に確認すべき事がある。期待薄だろうが、DIOはすかさずプッチの亡骸を改めた。
 ……『アレ』は無かった。覆した胸部に一発の弾痕なら発見したが、今となってはどうだっていい。
 念の為、白蓮の方の亡骸も調べたがやはり見当たらない。考えられるなら、持ち去った相手はホル・ホースだろうか。……奴にその動機があるとも思えないが。

「くっ! 日光を避けるのが先決か……! ジョルノめ、やってくれたものだ」

 青娥やディエゴがこの程度の崩落に巻き込まれるとも思えない。DIOが最優先で確保したいのは、奴らの一計によってスキマに消えたメリー……でなく、寧ろ蓮子の方だ。
 メリーの能力はまだ機が熟していないのは明らか。ゆえに後回しで構わないが、それは蓮子という人質カードが手元にある場合だ。
 それが奪われた今、メリーが自発的にDIO陣営へと戻ってくる保証はゼロ。こうなればこちらとしても強引な手段でメリーの拉致──最悪、予測不能のリスクを孕む『肉の芽』の使用を検討しなければ。

 蓮子は今、地下空間の何処かに運ばれている。先程の『神隠し』の現場を目撃した限り、蓮子と対している相手はメリー本人だ。
 いや、紫だと思っていた相手が影武者だと判明した以上、本物の紫だって何処に居るのか分かったものでは無い。
 メリーは規格外の能力を秘めているとはいえ、基本は無力な少女。彼女に蓮子の肉の芽がどうこう出来るとも思えないし、寧ろ最初の竹林の時のように逆に取り込まれる可能性すらある。しかし現状、奴らの次なる行動は蓮子に埋められた肉の芽の『解除』しかない。
 だからこそ奴らは真っ先にDIOと蓮子を分断させた。つまり肉の芽の解除方法にアテがあるという公算が高く、それをまさかDIOの真横で行う訳にもいかない故の処置といった所か。


(フン。……『無駄』だぞメリー。お前に親友は、決して救えない)


 マントを翻し、男の足はもう一度地下に向かう。
 いや、地下図書館にはまだ『奴』が居座っているだろうから決して安全なシェルターとは呼べないが、とにかくあの生物には静葉を当てておく。
 メリーと蓮子の捜索は一先ず(大いに不安があるが)青娥に任せよう。オアシスの能力を操る彼女が最も軽いフットワークを備えているだろう。
 館より『外』の連中……特にホル・ホースが持ち逃げしたであろう『アレ』の行方は把握しておく必要がある。ここはディエゴの翼竜を使おう。

 一癖も二癖もある我が陣。急造ゆえ、長い目で見るならいずれは内部から亀裂が入る事など理解している。今回のような短期のゲームであればどうとでも操れるだろうが。
 エンヤ婆といった参謀がどれほど貴重で有能な人材だったか。彼女の始末を命じたのは他の誰でもないDIO自身だったが、今にして思えばその有り難みが身に染みる。

456黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:58:36 ID:dCSol15U0



 ……有能な、参謀か。



 男は思い詰めたように、部屋の出入口で足を止めた。
 最後にもう一度振り返ろうとし……やはり、止めた。

 崩れ始める室内に冷たく残された、二名の聖職者の亡骸。
 その片方の神父へ男が寄せる『想い』の真意を知る者は。


 ───全ての宇宙においてDIO、唯一人。


 これまでの過去も。
 そして……きっと、これからの未来も。


【エンリコ・プッチ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【聖白蓮@東方Project星蓮船】死亡
【残り 49/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 食堂/夕方】

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:肉体疲労(大)、左目裂傷、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
0:日没までひとまず地下へと身を隠す。
1:メリーの力の覚醒を待ち、天国への扉を開かせる。
2:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
3:サンタナを手駒に加えたい。
4:ジョナサンのDISCの行方を調べる。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。
※マエリベリー・ハーンの真の能力を『宇宙を越える能力』=『宇宙一巡後へ向かえる能力』だと確信しています。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

457黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:06 ID:dCSol15U0
『ホル・ホース』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 周辺


 こうした経緯でホル・ホースは長きに渡り関わってきた命蓮寺の交錯に、一つのピリオドを打った事となる。それも、望ましくない方向への形として。
 命からがら逃げ出してきた悪魔の館。湖に囲まれたその土地から脱する為の一本道の中途で、男はハットに付着した雪を払いながら恐る恐るといった様子で後方を振り返る。
 あわやDIOの拠点たる紅魔館は、半身の上部を巨大な木の群生に変えられ見るも無残な様相を呈していた。それだけならオシャレなデザインアートとの融合を果たした巨大施設に見えなくもなかったが、無茶な重心を四方八方に伸ばされた壁や屋根の一部からは既に崩壊が始まってきている。
 じきに完全崩壊へ移行するのは明らかだ。DIOが共に潰れてくれれば御の字だが、期待は出来そうにない。

「さて、どうするかね」

 後ろ髪を引かれる思いは解消されない。けれども響子の山彦を始めとし、当人である寅丸や白蓮亡き今、彼は目指すべき標を失いかけていた。
 思い返すにこの殺し合いについては然程の情念など無く、また優勝を狙うといった野心も、他の化け物共が翳す強大なパワーを目の当たりにしてくれば薄まるというもの。
 ジョースターみたいな正義の輩が一丸となって主催打倒の企みを講じている最中かもしれないが、ハッキリ言って勝率はあまり見込めない。せめて脳に取り憑いた爆弾とやらを一刻も早く捨てるか押し付けるかしたいのだが、それが可能な専門家がどの程度居るのか、そもそも現状生存しているのかも不明。


「ジョースター…………か」


 思考の過程で自然に浮かべた一族の名に、ふと引っ掛かりを覚えた。
 懐をまさぐると、一枚の『円盤』が男の空しい瞳へと銀光を主張している。先のいざこざでポケットに仕舞ったままなのを忘れていたらしい。

 このDISCは何だ。神父が抜き取った、件のジョナサンの重要な何かか?
 違う。これは『意志』だ。
 あの山彦──幽谷響子が最期まで想っていた『家族』への愛が、形を変えながら巡り巡って到達した一つの『結果』だ。
 因果の因は、響子の山彦だった。少女の声がホル・ホースの足を動かし、寅丸星へと辿り着いた。
 何もかも手遅れではあったが、そこから聖白蓮を巡り、ここ紅魔館へと到着し。またしても女に庇われ、今この手の中にジョースターのDISCが収まっている。これが因果の果だ。

 あらゆる偶然が重なっただけの遠因に過ぎない事は自覚している。それでもホル・ホースには、この円盤に反射する像が自分のくたびれた顔でなく、無垢な笑顔の犬耳少女の像に見えてならない。


「あーー…………ま、死に損なっちまったモンは仕方ねえよなァ」


 大事な値打ち物を仕舞うような手つきで、男は円盤を再度懐に戻した。
 使命などと大仰な事を言うつもりもない。託された訳でもない。
 自分が持ってしまっているから。偶然この手の中にあるから。
 ただのその程度。男が南の方角へ再び足を向けたのは、それだけの簡単な理由であった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 周辺/夕方】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折
[装備]:射命丸文の葉団扇、独鈷(10/12)
[道具]:基本支給品(幽谷響子、エンリコ・プッチ)、不明支給品(0〜2プッチと聖の物)、幻想少女のお着替えセット、要石(1/3)、ジョナサンの精神DISC、フェムトファイバーの組紐(1/2)、オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:果樹園の小屋に戻り、ジョナサンのDISCを届ける。
2:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※どさくさに紛れて聖とプッチの荷物を拾って行きました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

458黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:46 ID:dCSol15U0
『サンタナ』
【夕方 16:36】C-3 紅魔館 地下大図書館


 サンタナは、非常に不似合いながらも頭を抱えていた。
 格好だけを述べるなら、腕を組んで床に胡座を掻き、深く物思いに耽るポーズであるも、項垂れた頭部から下がる長髪によって男の表情は幕の向こう側に隠れている。
 悩む、という思考の過熱はこれまたサンタナに不似合いの現象だが、近頃はそれにも慣れて適応しつつある。それは彼が一個の『人格』を確立させた何よりの証明に他ならない。齢上では万を越えた生物であるにかかわらず、人間で言うところの幼児期や思春期にあたるパーソナリティ形成時期が、彼にとってようやく訪れたと言える。

 これまでに自分は悩んだ事が無い。
 超生物が抱えるにはあまりに世俗的なその事実に、サンタナは今まさに灯りの見当たらない不安を抱えていた。
 彼は自分の道を既に歩み出している。始めの一歩を踏み出すまでに途方もない年月を掛けてしまったものの、そこを歩む自己に対して後悔は無い。
 狭き道であり、唯一の道。しかし唯一だと思っていた道に、ここに来て『分岐点』が発生した。


 主達に仕えながら個を貫くか。
 離反し、新風を受けてみるか。


 仮にこのまま主の元に戻るルートを取るとする。
 言うまでもなく主は呆れ返るだろう。間違っても、傷付き帰還したサンタナへと労りの言葉など掛けやしない。最悪、怒りを買って首を撥ねられかねない。

 では、DIOの下に付くルートではどうなるか。いや、吸血鬼の家来にまで成り下がるのは幾ら何でも有り得ない。しかしDIO自身が口にしていたように、奴はあくまで『仲間』としてサンタナを欲していた。無論それだってサンタナの矜恃をある程度保たせる為の奴なりの方便であり、そこに大差は無いのかもしれない。
 どうあれ、DIOが未知数の相手である事に変わりはない。従ってDIO側に付くルートを辿った場合、そこからの道程は更なる未知が待ち受けているだろう。
 主達から離反するその行為自体には、然程の抵抗は無い。ワムウほどのお堅い忠義心は、サンタナの中ではとうに形骸化しつつあるゆえに。
 しかしそうなった場合、主の怒りを買うどころではない。彼らは飼い犬に手を噛まれるという侮辱行為を塗りたくられたと憤怒し、本格的にサンタナを狩猟対象に捩じ込むのが目に見えている。

 つまり、所詮は馬鹿な思い上がりなのだ。DIOの側に付くという愚行は。
 じゃあ何故、こうにも悩む自分が居る?


「オレは……一体どうしてしまったのだ?」


 孤独が故にサンタナには今の状況を合理的に判断出来る経験がまだまだ足りていない。合理的とは言ったものの、誰が考えたって主達の元に戻るルートが最も無難な行動なのは彼自身理解している。
 最高の結果を求めるなら、やはりDIO討伐を成すべきだった。そうでなくともスタンド能力の秘を掴むくらいには届かせるべきだった。こうなってはもう後の祭りでしかないが。


「……スタンド能力、か」


 天啓が降りてきた、という程の閃きでもないが。別にわざわざ戦いの中で奴の秘密を探る必要など、全く無いのではないか?
 確かにサンタナ個人の目的を考慮すれば、主の命令以上に重要な到達点とはDIOとの戦いの延長線上にあったものだ。とはいえ命令の完遂をしくじる事は、サンタナの道の終点を意味する。少なくとも『ザ・ワールド』の秘密くらいは、どのような過程であれ探り取るべきだ。

「首とまではいかなくとも、土産のひとつぐらいは絶対条件か……」

 このまま帰還すべきでない。拙い悩みの末にサンタナは、この地での滞在へと方針を切り替えようとする。

 どうにか……どうにかして奴の部下からでも何でもいい。
 『ザ・ワールド』の秘密を探る。現状のオレにおける最善はそれしかない。短時間で、という条件付きでな。



 サンタナは保身に近い理由を強引に編み出し、DIOに近付こうと目論んだが。
 その『真意』は実際の所やや異なる。都合の良い建前で自らの本音をも濁し、許し難い感情からは一先ず目を背けた。


 なんのことは無い。
 サンタナはDIOへと、興味が湧いているのだ。


 愚かな感情など、視界に映らない端へと置き。
 長時間、思考の渦に飲まれていた事実をやっとの事で認識して。
 手元の時計に目をやろうとした、その時。

459黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:00:15 ID:dCSol15U0



「──────貴方……」



 入口から影のように現れた、不安定な足取りの少女ひとり。
 顔面の半分が焼け爛れ、紅葉のように真っ赤な服を来た金髪の女。DIOが言っていた少女とはコイツの事か。

 どんな奴かと思えば肩透かしだ。その女は弱者たるオレの目から見ても、酷く弱々しく映ったのだから。これはDIOなりの、オレへの当てつけか何かか? 期待をしていた訳ではなかったが、ハズレくじを引かされた気分だ。


 オレはおもむろに立ち上がって、蒼白なツラで固まるそいつへと威圧的に歩み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 地下大図書館/夕方】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
0:秋静葉を……どうするか?
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:DIOの『世界』の秘密を探る?
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
・鬼の妖力を取得。この流法時のみ弾幕攻撃が放てる。
・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。
・伊吹萃香の様に、肉体を霧状レベルにまで分散が可能。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
0:この『大男』は……!
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

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460黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:02:14 ID:dCSol15U0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【十数分前:夕方 16:14】C-3 紅魔館 屋上


 穏やかな性格で周囲からの人望も厚い聖白蓮という者は、途端の融通を利かせてくれる臨機応変な女性に違いないと。彼女との付き合いはごく短いものであったが、僅かな会話を交わしただけのジョルノにもそう思わせる空気が白蓮にはあった。
 実際、その評価は決して間違っていない。戒律を守るべき立場の彼女には信者への厳しさこそあったものの、規律から脱す範疇でなければ大抵の要望や嘆願は献身的なまでに応じてくれた。

 そういった女性であったし、だからこそ彼女は人妖問わず慕われたのだろう。
 しかしその一方で、白蓮にはある種の頑固さが同居していた。


「プッチ神父とは……私一人で決着を付けさせてください」


 真っ直ぐな視線で放たれたその言葉には、白蓮の決意の全てが含まれていたようにジョルノは思う。

 地下図書館からバイクにて飛び出したジョルノは直ぐに、紅魔館の破壊策を彼女へと伝えた。地下を脱出した理由にはこの破壊活動が含まれるからだ。館の屋根や壁面さえ取り除いてしまえば、少なくとも吸血鬼のDIOだけは無力化出来るかしれない。今後を考えると、アジトの破壊もやれる時にやっておくべきだ。
 その旨を伝えて尚、白蓮はジョルノの作戦への参加を拒んだのだった。作戦自体には了承したものの、彼女はあくまでプッチとの決着を望んでいたようで、館の破壊はジョルノに任せると残してそのまま中庭にて神父を待ち構えた。
 愚かだ、とはジョルノは思わない。彼女と神父の間に何かしらの確執があったのは目に見えていたし、強い決起を宿したその覚悟をジョルノが止める道理も無い。

 何より……白蓮の瞳を見てジョルノは感じ取った。彼女はきっと、気付いていたのだろう。あのまま彼女と戦線を共にして神父を迎え撃っていたならば───

(僕は多分、プッチを躊躇なく『始末』していた。あの女性は僕を見てそんな未来を漠然ながら予感し……避けようとしたんだと思う)

 あるいは逆に『始末されていた』かも知れないが……どちらにしろ白蓮は、その結果を嫌った。だからジョルノと共同戦線を張る案を良しとせず、一人でプッチを迎え撃とうとした。
 白蓮は、敵である神父が万が一死ぬ未来すらも回避しようとしていたのだろうか……? そこまで来れば『甘い性格』で済ませられる話ではない。
 しかしジョルノには、それも間違いだという確信があった。確信と断ずるには拙い、心の占の様な予感だが。


(あの人はきっと……他の誰でもなく『自らの手』でプッチを───)


 怨恨はあったのかも知れない。白蓮とて……人の子なのだから。
 責任も感じていたのだろうか。良心の塊みたいな人なのだから。
 だがそんな自己的な理由で、彼女はその綺麗な手を自ら穢そうとしないだろう。
 分かりはしない。白蓮が何思い、何感じてプッチと相対するに至ったのかなど。
 ジョルノにそれを知る術など、無いのだ。
 他人の心を読む術でも無い限り。


 現在ジョルノは、紅魔館の屋上によじ登り『破壊活動』に精を出していた。破壊といっても屋根や壁を植物の『蔦』などに変え、囲いとしての役割を奪っているに過ぎないのだが。
 白蓮とは結局、別れた。事が終われば館の外で待ち合う約束まではしているが、もしも彼女がプッチから返り討ちにあっていれば、ジョルノは白蓮を見殺しにしたという見方も出来る。
 ジョルノ・ジョバァーナという少年は正義感の強い人間ではある。しかし彼はイタリアの裏世界を牛耳る巨大ギャング組織のボス。庇護する対象が力の無い弱者であるならまだしも、白蓮は強大な力を正当なる方向へと扱うことの出来る一端の大人なのだ。その様な彼女にあれだけの覚悟を示されれば、否定などとても出来ない。少年はそんな立場ですら無いのだから。
 更に言えばジョルノは、ギャング同士の抗争に一般人を直接巻き込む事を毛嫌いしている。その信念を逆さに見るなら、「関わるな」と遠回しに願い出た白蓮らの因縁に、進んで割って入る気にもなれなかった。彼女には彼女なりの『落とし前』の付け方もあったのだろう。
 ジョルノの持つそういった素っ気ない部分は、他人から見れば『冷酷』に映るのかも知れない。

461黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:14 ID:dCSol15U0


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 よって彼は自身に課せられた役目を完璧にこなすべく、こうして『黄金体験』を広い範囲にて使用し、次々に館の囲いを取り除いていた。
 どちらかと言えば破壊と言うよりは変換だ。瓦礫を拡散させつつも、拳を打ち込んだ傍からスルスルと植物化していくその光景に、見た目ほど派手な爆音は響いていない。尤も、支柱が失われ本格的に崩壊が始まれば辺り一帯に大きく轟く崩壊音にはなるだろうが、それには少々時間が掛かる。


「───ジョルノくぅ〜ん! も、もうそのくらいで充分じゃないかしらー!?」


 館の下、玄関部に当たる場所から聞き慣れた声が控えめな音量で叫ばれた。
 手を止めて下を覗くと、お馴染みとなりつつある長い兎耳。それがしおしおと垂れ掛かる丸い頭が、こちらを見上げていた。一時期は危険な状態だっただけに、回復具合が極めて良好な経過を見ると少なからず安堵する。

「鈴仙か。という事は、これで館を一周出来たかな」

 蔦に変容していく壁に掴まりながら、ジョルノは声を飛ばした少女の元へ降り立った。さくりと、土に被った新雪を踏む心地好い音が伝わる。

「鈴仙。君はついさっき意識が戻ったばかりなんだから、無理せず横になっていて下さい」
「こんな悪魔の館の玄関口に寝かしておいてよく言うわよ……」

 鈴仙がやや呆れ顔で苦情を申し立てる。DIOから受けた心臓への傷は浅いものでは無かったが、ジョルノの迅速な処置が功を奏して身体を動かせるまでに回復した。素でディアボロの一撃に耐える程度には鍛えられている鈴仙の身体。先刻、博麗霊夢の絶望的な負傷を何とか塞ぎ止めたジョルノだが、人間の霊夢と比較すれば妖獣の鈴仙はその強度が高い印象を受けた。
 治療する際、当然ながらその衣服を脱がした経緯があるとは鈴仙には伝えていない。地霊殿内にて彼女の一糸纏わぬ裸身をわりとじっくり目撃した状況を思い起こせば、伝えてもロクな事になりはしないと心得ていたからだ。

「それで……これからどうするの? 紫さん、まだ中に居るんでしょ?」
「そこなんですが───ん? これは……」

 こちらから積極的に紫と落ち合うというのはなるべく避けたい。プッチは白蓮に任せっきりでいるが、囮を任されたジョルノ達に引き付けられた他の敵が紫の周囲に集まるという状況は彼女の望む所でもない。
 考えあぐねていたジョルノは、暫くの間不動だにしなかった紫の『位置』がすぐ近くまで迫っている事を感知した。彼女に預けていたブローチの効力である。

 八雲紫がいつの間にか動いている。
 目的を達成したのか、その動きは迷いなく真っ直ぐな軌跡であった。


「───あ、居た居た。ジョルノ君」


 館の玄関からやや離れた位置に目立たぬよう立つジョルノらへと二つの影が近寄る。少し見ない間であったが随分と久しぶりの様に錯覚してしまうのは、館内にて演じられた一幕が想像以上に色濃い軋轢であった反発か。

「紫さん! ……心配しましたよ、あまりに動きが無いものですから」

 八雲紫。見た目には以前と何ら変わらない姿が、一人の少女を横に伴って現れた。

「怪我は無いですか? それに隣の女の子は……?」
「わ……紫さんに、なんか凄く似てる……」

 ジョルノも鈴仙も、紫の連れてきた少女の容姿に驚きを隠せずにいる。彼女が紫へと『SOS』を求めてきた誰かなのだろうが、それにしても八雲紫の外見とあまりに酷似しているのだから。
 少女はジョルノ達の前に立ち、そつのない所作で頭を下げた。

462黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:56 ID:dCSol15U0


「〝マエリベリー・ハーン〟です。こちらの〝八雲紫〟さんから助けて頂きました」


 初対面の相手になんの緊張もない自己紹介の姿を見て、清純で要領の良い女の子だとジョルノは見受けた。しかし大人しそうな性格は、横にいる紫とは似つかないだろうか。

 頭を上げた少女の瞳の中が視界に入る。星宙を模したように美しく煌めく瞳に、ジョルノは既視感を覚えた。
 並び立つ紫のそれと見比べて、すぐに得心する。二人は所々に違いこそ見られるが、本当によく似ていたのだから。マエリベリーがすっかり大人の女性へと成長を遂げれば、そのまま八雲紫になるのではないのだろうか。

「ジョルノ君に……鈴仙、さんですね。お二人の事も紫さんから聞いております」
「そうでしたか。マエリベリー、君が紫さんへ懸命に助けを求めていたことは知っている。とにかく、無事で安心しました。僕はジョルノ・ジョバァーナ。よろしく」
「あ、私は鈴仙よ。えっと、よろしくねマエリベリー」

 自然に交わされる握手。繋がり触れた少女の温かな手のひらに、ジョルノは心做しかの引っ掛かりを覚えるも、紫の急かすような言葉がその違和感を描き消した。

「挨拶はそこまでにして、少しお仕事をお願いしていいかしら? ジョルノ君」
「え……私まだ握手してない……」

 サラリと自分の番を飛ばされた鈴仙が悲しげな瞳を浮かべる光景を、紫はせっせと無視する。言うまでもなく、ここはまだ敵陣の只中である。事務的な挨拶などは後回しにし、火急の事態を優先するべく紫は手を叩きながら注目を集めた。

「家に帰るまでが遠足と言いますが、我々が家に帰る時間にはまだ早い、という事です」
「え!? か、帰りましょうよ! こんなおどろおどろしい館からとっとと……!」
「そうもいかないのよ鈴仙。これはマエリベリーたっての希望なのだから」

 マエリベリーの希望。危険を承知で助けに来てくれた三人に更なる我儘を押し付けるような身勝手に、願い出た本人も心を痛めた。
 しかし今回ばかりはどうしても妥協する訳にいかない。この頼み事が却下されたなら、せめて自分だけでも引き返す事になる。それでも構わないと、マエリベリーは強い決心で頭をもう一度、先ほどよりも深く下げた。


「お願いします! 私、絶対に蓮子を……友達を、DIOから救い出したいんです!」


 マエリベリーが駆け足で説明した話によると、紅魔館の中──DIOの隣にはまだ、彼女の親友である宇佐見蓮子が拉致されているらしい。心を支配された状態という、極めて厄介な有様で。
 彼女を救い出すまではマエリベリーもここを離れる訳にはいかない。紫もそんな彼女を不憫に思い、ジョルノと鈴仙の力を借りたく思ってこの場に現れた。
 紅魔館全域が崩壊を始めるまではまだ時間が掛かる。それまでにDIOと接触し、肌身離さず連れているであろう蓮子をまずはスキマの能力で分断させる。肝心なのは話に聞く肉の芽の解除だが、それも境界を操る力で何とかなるらしい。

「鈴仙。確か貴方は『サーフィス』っていうスタンドを持っているのだったかしら?」
「え……あ、いや、持ってますけど……アレは媒体となる『人形』が要るみたいで……」

 気のせいか声に覇気がない鈴仙。紫から突然話を振られれば、良い予感など全くしなかった。

「人形が大雑把で良ければ僕のスタンドで作れますよ。生み出した木を削ってそれらしい形に整えれば、鈴仙のスタンドにも適応してくれると思います」
「ジョルノ君は空気読んでよ〜っ!」

 鈴仙の身からすれば、ジョルノのナイスフォローが今だけは有難くない。この流れなら紫は鈴仙のスタンドを起用し、何かしらの“危険”を彼女に背負わせる役柄を与えてくるだろう。
 只でさえ病み上がりなのだが困った事に八雲紫という人でなし、もとい妖怪でなしは、猫の手だろうが赤子の手だろうがお構い無しにこき使ってくる女なのだという事を鈴仙も学んできた。

「オーケーよジョルノ君。早速だけども鈴仙。すぐにサーフィスを発動して、私のコピー人形を作って」
「紫さんの……?」

 紫が立案した蓮子奪還作戦。作戦と呼ぶにも浅薄なものだと彼女は前置きし、説明を進めた。
 作戦の要はマエリベリーだ。まずは鈴仙が紫をコピーし、マエリベリーと共にDIOの元へ向かわせる。中の様子がどうなっていようとも蓮子の確保を最優先とし、彼女をマエリベリーと共にスキマの中へ落とす。残った紫(サーフィス)は、そのままDIOの足止め。

463黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:05:56 ID:dCSol15U0

「ままま待って!」

 紫の説明に慌てて割って入った鈴仙は、すぐに異を唱えた。サーフィスが足止めの役を担うという事は、本体である鈴仙も必然近くに控えてなければ通らない道理だ。
 幸いにも鈴仙本体には隠密能力があるものの、つい数十分前に自分を瀕死に追い込んだあのDIOの近くに潜むというポジションを強要されるのは流石に御免被りたい。

「私のサーフィスの『射程距離』はそんなに長くないですよ!?」
「だから?」
「……私、いちおー瀕死から復活したばかりの病み上がりなんですけど」
「退院おめでとう。無事で良かったわね」

 といった決死の抗議を、当の紫は「頑張ってね」と一言のみを添え、何事もなく話は続けられる。この世の絶望をいよいよ体現させた鈴仙の生気無き兎耳をしかとシカトし、紫は残ったジョルノに目を向ける。

「ジョルノ君は私とここで少し待機ね」
「アザの反応によりDIOから勘付かれるから、ですか」
「そう。マエリベリーと蓮子を分断させDIOを足止めした後、戻ってきた鈴仙を拾って紅魔館から一旦離れるわよ」

 マエリベリーと、正気に返った蓮子がすぐに追い付くから。紫はそう言い終えて、何か質問はあるかとジョルノへ聞く。勿論ある。

「大前提として……見た所マエリベリーは普通の少女の様ですが、本当に彼女に肉の芽をどうにか出来るのですか?」

 話を聞く最中にもひしひしと感じていた大きな疑問だ。この作戦の要はマエリベリーであると言うが、果たして本当にそうだろうか。
 そもそも紫のコピーを作るまでもなく、本人がマエリベリーの傍に付いてフォローしてやった方がよほど安泰な気がする。紫のことだ、考えあっての策なのだろうが。

「質問に答えるわね。マエリベリーに肉の芽が解除出来るかどうか……?
 それに必要な『手段』と『力』は、私からマエリベリーへと既に貸し付けてあります」
「貸し……?」
「そう。幸運なことに、彼女の『器』は私のモノと非常に良く似ていますので。大妖怪〝八雲紫〟の力をこの子に多少貸す程度なら、充分可能な程に」

 偶然なのか運命なのか、二人の器は相似しているという。
 かつてディアボロは『魂』の形が良く似た自分の娘トリッシュの肉体に潜り、強引にスタンドを動かしたりもした。それと同じに紫とマエリベリーも、自身の力を互いに貸し与えたり出来るという理屈だろうか。
 だとしても、危険なことに変わりない。やはり見直した方がよいのでは……と、ジョルノが口を開こうとした時、マエリベリーがそれを遮るように前へ出た。

「あの! ジョルノ君!」
「……マエリベリー?」
「紫さんには私から頼み込んだの! 蓮子を元に戻す役目は私に任せて欲しいって!
 そうですよね、紫さん?」
「……そうよ。部外者の私なんかより、親密な間柄であるマエリベリーの方がまだ可能性がある。だから私は力をこの子に貸した。少しくらいの弾幕やスキマ能力くらいは使えるようになってる筈よ」

 険しい顔を作りながらも紫は振り返ってきた少女に同調した。肉の芽の仕様は分からないが、親友のマエリベリー自ら蓮子へと本気で訴えれば、抑え込まれていた蓮子本来の感情を呼び起こすというのは医学的な領域でもあり得る話だ。
 とはいえ、ここはジョルノの推測も及ばない方面。恐らくDIOと蓮子の分断まではそう難しいことではないだろうが、件の『肉の芽』については何とも言えない。
 そんな不安が顔に出ていたのだろう。ジョルノの難色に紫はもう一つ、判断材料となる事実を落とし混ぜた。

「肉の芽についての危惧ならマエリベリーは寧ろ、うってつけの人選よ。そうよね?」
「……はい。以前も同じ様に、DIOから支配された男の人の芽を取り除いた経験はあります。だから大丈夫、とは言い切れませんが……いえ、きっと何とかしてみせます。
 蓮子は───大切な、親友ですから」

 大切な、親友。
 その言葉を発する瞬間、マエリベリーと紫の視線が交差した。
 狭間にあったのは、意味深なアイコンタクトのみ。顔色を窺うといった懐疑的な視線でなく、確信めいた何かだ。彼女達の間でしか通じ得ない、独自の絆の様な空気は確かにあるのだろう。

464黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:06:23 ID:dCSol15U0

 ジョルノは紫を信頼している。彼にとって『信頼』とは軽々しい気持ちなどではない。ひとつのミスが死に直結するギャングの世界に属する以上、そこを何よりも重要と考えるのは当然の事だ。
 紫とマエリベリーの間にも奇妙な信頼関係があるようだった。ならばジョルノとしても、二人の信頼を疑うような気持ちなど持つべきでない。
 それは彼の嫌悪する、他人を『侮辱』する行いと同義である。

「ベネ。解りました。僕に出来ることは少ないのかも知れませんが、尽力します」
「ありがとうございます、ジョルノ君……!」

 マエリベリーはここ一番の朗らかな笑顔を浮かべ、もう一度ジョルノの手を、今度は両手で包むようにして取った。
 またしても、何か引っ掛かる。さっきも似た違和感を感じ取ったが……。
 頭の片隅に残ったモヤモヤの正体を掴み取るより早く、またもや紫が前に出てその思考を霧散させた。

「私からも、グラッツェ。ジョルノ君。
 じゃあ……そろそろ動きましょうか。タイミングを逃す前に……」

 館が崩れ始める前にDIO達へと接触しなければ意味が無い。ジョルノは鈴仙のサーフィスを発動するのに必要な『人形』を作る為、身近な物から紫の身長サイズの小木を生み出す。

 と、今更ながらに気付いた。
 紫へ事前に渡しておいたブローチが、彼女の衣服から消えている。

「ん? ああ、貴方のブローチなら……マエリベリー」
「あ、コレですか? ゴメンなさい、勝手に借りちゃって……」

 紫を彩った衣装に似合うブローチは、マエリベリーの胸へと新たに飾り付けられていた。
 成程。発信機ならばジョルノと共にする紫よりかは、孤立させるマエリベリーに付けていた方が都合が良い。

 胸元の赤いリボンの上から飾り付けられたブローチに、少女マエリベリーの頬は緩む。そこから連想されるのは、記念日に男性からアクセサリーを贈られた女性のような、上品さと純粋さを混ぜた笑み。


「でも……素敵ですよね。“ナナホシテントウ”型のブローチなんて」


 囁いて少女は、雪の降る空を仰ぎ見た。
 天上に煌めく雨上がりの虹を、探し求めるように。
 ジョルノが釣られて見上げたそこには、薄べったく広がる暗灰色の雪雲しか見当たらない。


 八雲紫を形取ったサーフィスを引っ提げた鈴仙と、マエリベリー・ハーン。
 彼女達がDIOの前に再び現れる、僅か数分前の空色は───寒々とした雲の隙間に射し込む黄金の筋が、とても印象的であった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

465黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:07:28 ID:dCSol15U0
『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:24】C-3 紅魔館 地下道


 永い……永い、永い、気の遠くなる程に永い暗闇のトンネル。
 メリーにとっては本当に……永過ぎる闇だったのだろう。
 仲間の力を借り、DIOを嵌めて。上も下も周囲全てが真っ暗闇の『スキマ』の中を通り抜けると、そこもまた闇だった。
 それでも、今までの暗闇とは比較にならない程に明るい。
 地下道に備え付けられた電灯程度の灯りでも、今の彼女にとっては希望の光だ。
 光は、手を伸ばせば届くほど近くにまで迫っている。
 そう思えて、仕方が無い。

 普通である少女にとってはあまりにも絶望的な殺し合いの鐘が鳴って、16時間が経つ。彼女にとっての暗闇は一日にも満たないが、この十数時間の間……これまでの人生で体験したことの無いくらい、深い深淵であったのだ。
 ついさっきまでの『夢』の中でメリーは、とうとう自分すらも見失い掛けた。邪悪の化身が植え付けようとした闇とは、それ程までに底の見えない奈落の闇だった。
 闇から引っ張り上げたのは、メリーを鏡写しに描いた様な女性。
 名を、八雲紫という。

 奈落から、大空へ。
 メリーは空を翔ぶ術を手に入れた。
 しかし少女は、奈落に堕ち続ける『親友』の姿を放ってはおけなかった。

(蓮子は……必ず私が元に戻してみせる。闇の中から引き上げてみせる。そう約束したんだから)

 こんな薄暗い地下道でも、メリーが溺れていた闇に比べれば『天国』みたいなものだ。
 だって、宇佐見蓮子はもう───すぐ目の前にいる。
 これが希望の光でなくて、なんなのか。
 今までとは違う。ここには、蓮子を引き上げる術がある。
 あの夢の中で、八雲紫とマエリベリー・ハーンが〝交叉〟した。
 この奇跡がきっと、闇に閉ざされた蓮子を救い出してくれると信じ。

 少女はとうとう。


「───ここまで、来たわよ。蓮子」


 メリーと蓮子は、真の意味においては未だ再会を果たせていない。目の前に立つ蓮子は、メリーの知る宇佐見蓮子ではないのだから。
 ジョルノ・ジョバァーナと鈴仙の力を借りて、ここまで来ることが出来た。
 DIOに一泡吹かせ、蓮子を分断させる所まで来れた。
 ただの少女であったこの腕には〝八雲〟の力が僅かなりに秘められている。

 ───後はもう、私の力で。


「……メリーもしつこいなあ。せっかくDIO様から目に掛けられてるってのに、馬鹿の一つ覚えみたいに『蓮子蓮子』ってさ。私、いつからメリーの彼女になったワケ?」


 スキマの力で地下道まで叩き落とされた蓮子。その身には怪我一つない。そうなるよう、気を遣って落としたのだから。
 無論、メリーの体にだってかすり傷一つない。お互い万全な状態で、空を堕ちる様に落ちてきた。

「あら。その言葉、そのまま返せるわよ? どこかの誰かさんだって、二言目には『ねえメリー、ねえメリー』って。耳にタコが出来るかと思っちゃった」

 二人っきりのアンダーグラウンド。
 白い帽子の少女は笑い、
 黒い帽子の少女は嗤っていた。

「そりゃあそうよ。私、メリーのこと大好きだもん」
「ありがとう。私も、蓮子のことが好きよ」

 いつもの大学のカフェの、いつものテーブルで冗談を掛け合う、いつもの日常。
 笑い/嗤いながら交わされる二人の言葉のみを捕まえれば、殺劇の舞台には相応しくない会話。

「ふーん? 嬉しいけど女同士でそういう台詞、ちょっとアブなくない?」
「人様の『初めて』を奪っておきながら、今更そんなこと言うの?」
「あはは。アレはさあ、空気っていうか、流れじゃん? もしかしてメリーは嫌だった?」
「嫌に決まってるでしょう。ノーカンよ、あんなの」

 少女達の距離は縮まらない。
 とても近い者同士の会話に見えてその実、二人の距離は星と星の間のように遠い距離。

 それも、これまでの話だ。
 この遠い遠い距離は、これから埋める。
 蓮子から歩み寄ることは決してないだろう。
 然らば、こちら側から一方的に歩み寄ればいいだけの話。

「でもね、蓮子」
「うん」
「───〝マエリベリー・ハーン〟が好きなのは、嘘に塗れた『貴方』じゃない。……秘封倶楽部の頼れるムードメーカー『宇佐見蓮子』なのよ」


 手を取るとは、そういう事なのだから。
 ああ。何だか、今までとは逆だ。今までは蓮子がメリーの腕を掴んでいたのに。

466黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:28 ID:dCSol15U0


「……メリー。私、前に言ったよね。『秘封倶楽部、もう解散しようか』……って」


 メリーからの拒絶を意味する言葉を聞き入れ、蓮子の言葉に含まれる温度が一変した。急激に冷えていく蓮子の言葉は、対峙する少女の余裕を幾分か削ぎ落とした。
 妖しく輝くのは、黒帽子の下に隠れた深淵の瞳と……右手に持つ妖刀の刀身。

「もしかして……“まだ”未練でもあるの? あんな子供じみたお遊びサークルに」

 ズキ……と、メリーの胸の奥が針に刺されたみたいに痛んだ。
 これは蓮子の本心が言わせた台詞などではない。そう分かってはいても、言葉に仕込まれた毒はこの身体に強く染み込み、動悸を誘う。

「はぁ……。いいわ、分かった。メリーがあのサークルをそうまで大事に思うんなら、取り消すわ。解散しようって台詞、撤回しましょう」

 やれやれ、といった如何にも仕方無しな態度で、蓮子は軽く首を振った。
 そしてメリーの瞳に向き直し、断言する。


「───私、宇佐見蓮子は今日限りで『秘封倶楽部』から籍を抜くわ。ごっこ遊びを続けたいのなら、メリー独りでやってれば?」


 堪らなくなって。
 或いは、堰を切ったように。
 メリーはその顔を悲痛に歪ませながら、駆けた。
 自然と、この身体が動いた。


「あの場所は! 私と蓮子! 二人揃って、初めて『秘封倶楽部』なんじゃないッ!」


 妖刀を携えて迎え撃つ蓮子を前に、メリーは徒手空拳だ。かつてポルナレフに巣食った肉の芽を解呪した時だって、彼女には多くの仲間達が力を貸し、白楼剣の能力を以て偉業を達成できたというのに。

「私と蓮子のあの場所は! 二人で『夢』を掴む為に在るんでしょう! もう忘れたの!?」
「夢ですって!? バッカみたい! いつまでも子供みたいに夢なんか見ちゃってさぁ! そーいうのが『ごっこ遊び』っつってんのよ!」

 蓮子の元へと真正直に突っ込んでくるメリー。その脳天へと振り翳す妖刀に込められた殺気には、微塵も躊躇が無い。
 『殺す』──今や蓮子の頭にある感情は、その凄然たる二文字だった。敬愛するDIOが何よりもメリーを重用している事実すら忘却し、その命を奪おうとする行為など愚かの極地と言える。
 或いは、DIOを敬愛しているからこそ。主への歪なる愛情にも似た感情が蓮子の中に存在するからこそ、その彼がいたく気に入っている親友が許せないからだろうか。
 嫉妬心、と偏に言い切ることなど出来ない。もとより、蓮子の中のDIOへの感情など、芽によって歪められた紛い物でしかない。

「夢見ることすら出来ないなら、最初から秘封倶楽部なんて作ってんじゃないわよ!!」
「はぁ!? 別に私が作った訳じゃないっての! そんな事も知らなかったクセに、なに気取ったこと言ってんのよッ!」

 紛い物。所詮は、紛い物なのだ。今の蓮子が吐き出す、全ての言葉など。
 ゆえに、そこに感情が宿る道理など無い。嘘っぱちの言霊に、想いなど宿りはしない。
 ではどうして、こうも猛るような大声でいがみ合うのだろう。……お互いに。

「気取ってるのはどっちよ! 一人で勝手に大人ぶっちゃって、バカみたいなのはどっちよ!! 『ごっこ遊び』なんかやってるのは、どっちなのよ!!!」
「メリーの方でしょそれは!! 私はもう夢なんか見るのは疲れたのよ! DIO様に気に入られてるからってチョーシ乗んなッ!」

 数多の血を吸い、達人の術を学んできた絶命必至の妖刀がメリーの脇を掠った。素人に過ぎない蓮子を熟練戦士の域にまで押し上げるのは、アヌビス神の特性があってこそ。
 残像を置いてくるレベルにまで成長した刀速を、本当の意味での素人であるメリーが躱すなど理屈に沿わない。
 当然、この芸当をただのメリーが演じるのは不可能である。しかし、今の彼女には八雲の力が多少なりと備わっていた。
 大妖怪・八雲紫の力とはそれ即ち、幻想郷全ての規律の骨となる『弾幕ごっこ』の力と同義。つまりは敵の技を見切り、優雅に回避する為の基本技術を指す。

 相手の得物は何処ぞの庭師と同じに、刀だ。
 ならばこれだって、形だけを見れば立派な弾幕遊戯。『ごっこ遊び』なのだ。

「疲れたですって!? そんな台詞は、しっかり頑張った人間だけに許される辞世の句よ!」
「……っ! だったらメリー! アンタの言う『夢』って何!? 独りぼっちになったアンタのしょっぱい秘封(笑)が暴く、最期の夢とやらを教えてよッ! 私に教えて……その後に死んで!」

467黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:59 ID:dCSol15U0

 そう。これはごっこ遊び。
 弾幕を撃てる力を得たにもかかわらず、メリーは弾幕を撃とうとはしない。
 蓮子も狂喜乱舞するかの如く、命を刈り取る目的だけの為に妖刀を振るう。
 救う為。
 殺す為。
 致命的に背反する互いの意思が、延々にすれ違い続けたとしても。

 これは、何処まで行っても……ごっこ(模倣)遊び。
 邪悪に支配され、もはや〝宇佐見蓮子〟を模倣しただけの……堕ちた肉人形。
 人形と交叉し合うこの少女も、〝マエリベリー・ハーン〟を模倣しただけの。
 今や孤独な───普通の女の子。
 模倣と模倣の、滑稽な織り交ぜ。
 ただ、白の少女は。
 宇佐見蓮子に『真実』を取り戻す為に、こうして舞を踊りながら、演じている。
 その気持ちだけは、きっと本物だ。


 そして、とうとう。
 幾度も伸ばした、マエリベリーを模倣した身体の……ボロボロの、右腕が。



「───蓮子だって、知ってるでしょ」



 触れた。
 届いた。

 左肩から先を囮に──犠牲にして、ようやく。



「秘封倶楽部の理念たる『夢』は……『世界』によって隠蔽された『謎』を追い、そして」



 親友の額に巣食う、肉の芽へと。
 伸ばした人差し指が、繋がった。



「そして───『境目』の奥に潜む『真実』を……暴く!」



 触れた途端、蓮子の動きが停止する。
 指先から芽の中へと流されたのは、大妖怪・八雲紫の本領とされる異能。


 ───境界を操る程度の能力。


「それが私たち“二人”の秘封倶楽部でしょう!! 思い出してよ……っ 蓮子!!」


 メリーの途切れた左腕から、赤い飛沫がシャワーの様に噴き出す。
 遅れて、斬り飛ばされた先端が空を舞いながら冷たい地へ落ちた。
 痛みは、無かった。
 腕なんかよりも、目の前の親友を喪うことの方が何倍も耐えられない。
 〝マエリベリー〟の抱く喪失の感情が、この身にひしひしと伝わってくる。
 それが恐ろしくて、少女は目の前で固まる親友の体を思わず抱き締める。
 片腕になろうとも、血がべっとりと付着しようとも、構わずに。
 少女は、大好きな親友を力強く抱き締めた。


「──────………………、 …………、」


 ガクリと、蓮子の膝だけが折れた。抱き締めていたメリーの膝も釣られて折れる。
 反応は、それだけだった。
 額の芽が消え去る訳でもなく、蓮子はただ項垂れ、微動だにしない。
 黒帽子に隠れて、額も見えなくなる。どんな瞳を宿しているかも、隠れてしまう。

 メリーが芽へと流した『境界を操る力』は、微弱なものだった。元々それほど大きな力など残っていない。それでも芽を除去するに至る力には足りていた筈だ。気功を突くように、ほんの僅かな力でだって、エネルギーの流動を精密に流し込めばこの悪魔の芽は堪らず浄化される。
 妖力が足りる足りないというのは問題ではない。『宇佐見蓮子』と『悪の気』の中継点となる肉の芽の境界を中和し、遮断する。
 その『場所』へと物理的に辿り着けるか、着けないかという話。


 メリーの腕は、今。
 確かに『その場所』へと辿り着けたのだ。

 だったら。

468黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:09:23 ID:dCSol15U0












「…………………………蓮子?」






 呆然としていた蓮子の唇が、小さく動いた気がして。

 メリーはもう一度親友の名を呟き、真っ直ぐに見据えた。













「──────────メ、リー」









 少女の額に巣食っていた『肉の芽』は。

 疑う余地もなく、綺麗に消滅していた。

 この瞬間、蓮子を蝕んでいた邪悪の芽はこの世から滅んだ。







            ◆

469黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:11:34 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「そろそろ、この『夢』から醒めましょうか。あまり時間も残されてないわ」


 長い石段の下に広がる街の景色を眺めながら、八雲紫はそう言って立ち上がった。
 雨上がりの黄昏に光る夕景は鳴りを潜めつつあり、幻想的な夜景に移り変わらんとする時刻だ。
 空に架かった『虹』は暗くなるに従い、益々輝きの光子を振り撒いていた。
 まるで七色のオーロラだ。更にオーロラの隣には、一つ一つの閃光を鮮明に主張し続ける『七つの星』が瞬いている。
 紫は星々を名残惜しむように目を細め、それら光景を自身の瞼に焼き付けた。

「……さあマエリベリー。私と一緒に、この鳥居を潜るのです」

 後ろには荒廃した神社。そこへと続く道の途上には古ぼけた鳥居が立っている。その鳥居の口の奥に広がる空間が、ぐにゃりと歪んでぼやけていた。まるで蜃気楼のように光が屈折して集まり、異界への入口を思わせる扉。
 紫は扉の前に立ち、未だ石段の上に立ち尽くすメリーを振り返る。

 メリーは動こうとしない。鳥居を見ることすらせず、日暮れの空を呆然と眺めていた。

「マエリベリー。突然伝えられた、貴方自身の『真の能力』に困惑するのは分かります。しかし今はこの『夢』の中から脱出し、DIOから離れる事が先決。
 外には私の仲間も二人居ます。彼らは今、囮となってDIOの注意を引いてくれている。時間が無いと言ったのは、そういう事なの」

 駄々をこねる幼子を優しくあやす母のように、紫はなるべく立ち竦むメリーを刺激しない言い回しで現状を伝えた。
 自分の秘めた力の真髄が『宇宙を越える能力』だと言い渡されたメリーの心情は、推して知るべしである。まして少女は、基本的には『日常』の側に生きる普通の女の子。
 動揺するのは当たり前だ。それでも紫には、その少女が逆境に立ち向かえる強さを持つ少女だと言う事を理解している。
 理屈ではない。魂の奥底に刻まれた記憶が、マエリベリーという少女を知っているのだから。


「…………紫さん」


 だから少女が何か思い詰めた表情で振り向いたのを見て、彼女のそれが困惑とはかけ離れた色だという事に紫はすぐに気付いた。

「私、まだ逃げる訳には行かないんです」

 覚悟。手のひらに収まるくらいの、小さな覚悟の火だったが。
 メリーの顔に浮かぶ色は、敢えて言うならそのようなモノだった。

「友達がいるの。宇佐見蓮子って言って、その子は凄く頼りがいのある人で、いつもいつも私の手を引いてくれた。助けてくれた」

 ええ。勿論、知っているわ。
 私もあの子と話した。あの子は、貴方と同じ気持ちを持っていた。
 メリーという友達を探し出して助けたい……という純粋な心配だ。

「蓮子の肉の芽の事、紫さんは知ってるんですよね?」
「知ってるも何も、此処がその肉の芽の『中』の世界よ」
「此処からじゃあ、あの芽は取り除けない。さっき、そう言ってましたよね」
「言いましたとも。私と貴方の『本体』……つまり肉体は、あくまで宇佐見蓮子とは離れた場所で睡眠状態に入っているのだから」

 部屋に残したホル・ホースが変な真似をしていなければ、紫もメリーもあの部屋のベッドの上で眠っている筈だ。
 だからこそ悠長にしてはいられない。夢の世界であろうと、決して『時』は止まってなどくれない。針は刻一刻と、歩み続けている。

「私……館からは逃げません。蓮子を元に戻すまでは、絶対に」

 DIOは本当に用意周到で、用心深い知能犯だったらしい。
 たとえ外部からメリーを奪われても、しっかりと彼女の心に『おまじない』を掛けておいたのだ。籠から逃げ出した小鳥が戻ってくるように、歪な首輪を嵌め込んでいた。
 それが宇佐見蓮子という名の鎖。DIOとメリーを繋ぐ、冷たい鉄の糸。

「蓮子は貴方を都合良く操る為の、言うなら人質。そう簡単に殺したりはしないでしょう」

 そう言いつつも紫の心の中では、自分の吐いた言葉とは真逆の考えを唱えていた。
 奴はそんな甘い男ではない。メリーが本格的に自分の元から離れたりすれば、蓮子はいよいよ始末されるだろう。あるいはそれよりも非道い、惨たらしい罰が蓮子を襲うかもしれない。
 それを分かっていながら紫は、尚もメリーの命を優先する。今DIOの元に戻る行いは、あまりにリスクの高い悪手だ。

470黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:12:27 ID:dCSol15U0

 八雲紫は正義の味方などではない。人間を食い物にし、利用する妖怪だ。
 慈善事業で人助けなど、気まぐれが起こらない限りやりはしない。ましてや件の少女はメリーの親友とはいえ、幻想郷とは無関係な外の世界の人間だ。
 とはいえ紫も、鬼や悪魔ではない。鬼は紫の友人にもいたし、悪魔は館を不在にして好き勝手に暴れているだろうが。余裕があるのなら、メリーの親友というのだ、助けに奔走するくらい請け負ってやる。
 問題は、その余裕が無いことにある。
 こちらの戦力はメリーを省いても三人。対するDIO一派の全勢力は不明。先の予測が出来ない危険な賭け。それにメリーを巻き込むのだけは、したくなかった。

「紫さん……! お願い、します。私がここから逃げたら、DIOはきっと蓮子を……」

 深々と頭を下げるメリーの姿に、紫の罪悪感がはち切れそうな程に膨らむ。
 こんな冷酷で心が軋むような宣告、やりたくてやってる訳ではない。

 紫は平常心を偽る裏で、かつてない『選択』に迫られていた。

「どうかお願いします! 私一人じゃあ、蓮子を救えない! 誰かの助けが必要なんです!」

 垂れ下げ続けるメリーの顎先から、雫が落ちた。
 その懸命な姿を無視してでもメリーを連れ出す権利が、自分如きに有るのだろうか。
 誰にだって有りはしない。少女の操縦桿を好き勝手に握り強制する権利など、この世の誰にも。


「……それほどまでに、蓮子の事が大事?」


 やがて、紫が言い放った。
 眼差しはあくまで冷たいままで、出来るだけ低い声色を作り上げて。


「大好きな、友達です」


 返ってきた言葉は、紫の『選択』を決定付けるに充分な答えだ。
 この決定は、幻想的の未来すらも左右しかねない重大な分岐点。
 もし『しくじれば』……八雲紫はそこで死ぬ公算が高いのだから。
 そして、そうなってしまえば。目の前で頭を垂れる少女にとっても……その人生を大きく変えてしまいかねない、選択。


(……やっぱり、こうなってしまうのね)


 誰にも聴こえない声量で呟かれた、彼女の言葉。
 その中身が示す通り、紫は心中の何処かで『こうなる事』を予想していたのかも知れない。
 予想、というよりは、予感。
 それはともすれば、夢の中でメリーと出逢うよりも前から感じていた漠然な予感。
 いつからだろう。
 ジョルノへと夢を語った、あの時から?
 メリーからのSOSを朧気ながらキャッチした、あの時から?
 それとも。この会場に運ばれ、目を醒まして初めに見た……あの鮮明な星空に浮かぶ七つの星。
 ───彼らを見上げた時から?


 予感とは曖昧だ。
 それがたとえ、自分の中に確固として渦巻くモノであっても。


「───負けたわ。貴方のその、純粋な気持ちに」


 かくして八雲紫は、『選択』の末に舵を切った。
 メリーの涙を見なかった事にして前へ進めるほど、紫は強い女性ではない。

「……え」
「なんて顔をしているの。『蓮子を助けてあげる』って言ったのよ」

 涙と鼻水でグシャグシャに汚れる寸前の顔を、メリーはグンと勢いよく上げた。
 可愛げのある少女を見て、紫は対照的に笑ってみせた。誰もが心を射止められるような、美しく朗らかな笑顔で。

「ほ、ホントですか!?」
「あら。嘘であって欲しいの?」
「い、いえそんなっ! あの! あ、ありが……」
「お礼はいいの。私は貴方で、貴方は私なんだから。
 私は私の為に、貴方を助けるようなものよ。だからお礼はナシ。いい?」
「わ、分かりました……?」

 人を惑わすような理屈でまた丸め込められ、メリーは袖で顔を拭いながら了承する。

471黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:13:11 ID:dCSol15U0

「じゃ、じゃあ早速この『夢』から目覚めて蓮子の所に……!」

 そうと決まれば、と言わんばかりにメリーは浮き足立つ。くしゃくしゃだった表情には希望が灯り、鳥居の向こうまでいざ往かんと駆け出そうとする。しかし紫はそんな彼女を制し、空を仰いで冷静に状況を見つめ直す。

「こらこら待ちなさいな。そうとなれば作戦と事前準備は必要よ」
「作戦、ですか? でもあまり時間が無いんじゃあ……」
「降らぬ先の傘、って用心の言葉があるでしょう? 相手はあのDIOなんだから尚更」

 未だ濡れそぼる紫色の傘をクルクルと弄びながら、辺りに水滴を撒き散らす。思案しているというよりは、単にどう切り出すかを狙っている様な振る舞いだった。
 プランならば既に頭の中にある。こうなる事は初めの内から予感していたが故にプロット自体は完成していたが、それを実行する選択を取るつもりなど紫には無かっただけ。
 罪な女だと。紫は自分をほとほと卑下する。
 だが今はもう決めてしまった。ならば最後まで抗って抗って、メリーの為に動き出そう。

 宇佐見蓮子は、責任を以て自分が救い出す。
 もう決めた事だ。メリーの無垢な笑顔を見ていると、悩んでいた自分が愚かだとすら思えてくる。

 これから話す内容は、メリーにとっては些細な話。
 しかし同時に、心に刻み付けて欲しい戯言でもある。


「───ねえ、マエリベリー。貴方には『夢』はあるかしら?」


 唐突に紫は、傍の少女へと語りかける。
 その質問と同じ内容を、かつてはあの黄金の少年にも問い掛けた。

「夢……?」

 首を傾げる自分と同じ顔の少女に、紫は苦笑しつつ。
 すっかり日も暮れた夜空の向こう。疎らに点灯していく人工の光たちの、もっと上。
 夜景に咲く満開の虹を扇子で指し。御伽噺を朗読するように穏やかな口調で語る。


「貴女は、虹を見るとどんな気持ちになるかしら?
 夢。希望。幸運。
 虹は『転機』の象徴であると同時に、光そのもの。七色には、それぞれ意味があるの」


 紫はあの虹の向こうに希望を見た。
 ここにいるメリーは今、巨悪に立ち向かおうとしている。
 肉の芽などというモノは欠片に過ぎないが、これを浄化し友人を救うという行動は、DIOに立ち向かうという無二の勇気に他ならない。

 だからこそ紫は、少女に敬意を表した。
 だからこそ紫は、少女を手伝いたいと思った。
 そしてきっと。
 そんな健気な少女の『味方』となってくれる者は、自分以外にいる筈だ。
 この少女には、もっと出会うべき正義──喩えるなら、『黄金の精神』を持つ者達が存在する筈だ。

 マエリベリー・ハーンに真に相応しい味方は、私なんかじゃない。
 そんな予感が、紫の奥底で胎動していた。


 スゥ……と、紫は瞳を閉じた。空を指した腕は、そのままに。
 七色の演者達を誘う指揮者のシルエットが、無音の旋律を導き出す紫の指先から重なっていく。
 虚空のステージで煌びやかに舞踏を舞うは、気まぐれな指揮者の愛用する小綺麗な扇子。
 タクトと呼ぶには装飾の過ぎるそれが、始めに示した先の演者は──〝赤〟のトランペット。

「あの美しい虹を御覧なさい」

 夜空に聳える幻想的な七色を、大舞台の楽団に見立てて。
 壇上に佇む紫は、その最も強い光を放つ色から一つ一つを指し示してゆく。
 指揮棒の役割を賜った扇子は、独特のリズムで紫の指先を舞い続ける。
 観客席には、彼女もよく知る少女ただ一人。

472黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:09 ID:dCSol15U0


「〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴」


 序曲は、“哭き幻想の為の七重奏【セプテット】”
 宇宙の原初は赤き炎の爆発より胎動し、亡霊じみた血脈の業を産み出した。


「〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴」


 業を受け継いだ異質なる血は流転し。
 渦を象る戦いの潮流に、素幡を掲げながら橙の波紋を躍らせる。


「〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴」


 無限に広がる波紋の粒は、やがて銀河の星々を形成せしめる。
 絆げられた青き綺想の宇宙に、星屑の十字軍が超然と巡る。


「〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴」


 銀河の星屑は、まるで暗夜に咲く金剛石【ダイヤモンド】。
 決して砕けることのない黄の耀きを望み、有頂天より眩い夜が降り注ぐ。


「〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴」


 金剛の光は燐光を放ち、古代の人々はそれを標に据える。
 鮮やかな黄金の風に導かれ、紫に煌めく夜が降りてくる光景を、彼らは夢へ喩えた。


「〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴」


 心地良い黄金の風は循環し、星の器へと還る。
 箒星を仰ぐ少女は母なる藍海を求め、石の海から宇宙の外へと飛び出した。


「〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴」


 宇宙の輪廻は、石の海の向こうに新天地を創った。
 マイナスであった意志は鋼に変わり、壮大たる緑の大陸を自由に翔ける姿はまさに風神の如く。


「宇宙は一巡を経験し、また『新たな零』の地点へと還ってくる。虹色もまた、同じ。
 全ては輪廻し、巡る様に構成されている」


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


「それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。
 虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも」


 情熱と静寂。
 指揮者は二つの属性を、音の波に浮かべながら詩を唄う。


「私の役目は。私の夢は。
 その変化の行く末───〝虹の先〟に何があるかを見届けること。
 星羅往かんと翔ける旅の中道で、私と貴方は出逢った。それって凄く素敵じゃないかしら?」


 雨が上がれば虹が架かる。
 今見ているこの夢は、私と貴方を繋ぐ『七色』のような夢であれ。


「大切な事はね、マエリベリー。
 幾ら宇宙が一巡しても。何度世界が創造されても。
 決して世界は“ループなんかしていない” 。未来は“予定されてなどいない”。
 一秒後、自らに起こる運命など人は知る術など無いし、知るべきでは無い、という事。
 覚えておきなさい。貴方の未来は、貴方自身にしか作れない」


 こうして指揮者は、全ての演目を終えた。
 たった一人の観客に掛けた言葉は、その少女の進むべき未来を暗示しているようで。

473黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:36 ID:dCSol15U0


「記憶の層というのは人々に『未知』を授ける。『未知』であるからこそ、人は逆境に立ち向かえる。
 これから先、貴方には予想も付かない困難の未来がきっと待ち受けるでしょう」


 虹に誘う指揮者から、ただの八雲紫へと戻った彼女は。
 胸に付けられた『ナナホシ』のブローチを取り外し、少女の手のひらへそっと収めた。


「貴方はもう、蛹じゃない。私という紫鏡から解き放たれた、一羽の蝶。
 自分の操縦桿は、他の誰でもない貴方自身が握るの。貴方の周囲には、それを手伝ってくれる者達がきっと居ます」


 いつの間にか空の虹は消えて見えなくなっていた。
 隣に輝いていた『七星』も同様に。


「その『七星天道』のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ」
「紫さん……貴方は」


 何かを言いかけたメリーの唇に紫の人差し指がそっと宛てがわれ、言葉は止んだ。


「その先は言わなくてもいい。貴方は自分の事だけを考えなさい。
 そして貴方自身の『夢』……それは、秘封倶楽部に関係するのでしょう?」


 メリーの夢、と呼べるほど大袈裟なものでもない。
 それでもそのささやかな夢に、秘封倶楽部は無くてはならない存在。
 つまり親友である宇佐見蓮子の存在も、メリーの夢には無くてはならない存在。

 紫の指が離れていく。言葉を紡ぐことを許されたのだ。


「……私の『夢』。それは蓮子と一緒に、秘封倶楽部を──────。」


 誰にでもあるような、本当にささやかな夢が。
 少女の口から語られた。
 妖怪の賢者はそれを聞き遂げると、満足したように笑った。


「じゃあ、友達は絶対に助けなきゃね」


 そして改めて、意を表明した。
 上を見渡すと、虹も、星も、空そのものも、時間と共に消失していくのが見えた。
 そろそろ夢の終わりだ。現実へと目覚める時間が差し迫ってきたのだ。


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


            ◆

474黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:16:13 ID:dCSol15U0

『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:28】C-3 紅魔館 地下道


 八雲紫とメリーが見ていた『夢』。二人はそこから目覚め、すぐに行動を始めた。
 目覚めたその部屋には、待機させていた筈のホル・ホースの姿は無かった。薄情な男とは思ったが、微睡みの最中に何かされた形跡も見当たらず、結果的には支障はない。
 二人は足早に館を出た。まずはジョルノと鈴仙への合流が先決。程なくして、館を揺らしていた犯人のジョルノらと再会出来た。
 彼らに作戦を伝え、宇佐見蓮子の救出を最優先事項とさせ。快い協力のもと、蓮子とメリーの二人は無事に地下へと落とされ───


 そして今。
 少女は、邪悪の根源となっていた親友の『芽』を、とうとう摘んだ。
 宇佐見蓮子は、親友の腕の中で支配から解放されたのだ。



 ───『肉の芽』と云う名の、支配から“は”。










「……………………れ、ん……こ…………、?」









 妖刀が、メリーの心臓を真っ直ぐに貫いていた。


「……………………ぁ、」


 メリーの腕の中で、〝宇佐見蓮子〟は再び嗤っていた。
 刀を握り、口角を大きく釣り上げながら。
 “嗤い”は次の瞬間、“笑い”となって、ひっそりと寝入っていた地下に木霊する。



「クク…………ギャーーーーーハッハッハッハ!!! バァーーーカッ!! まんまとしてやったりのつもりだったのかァーーー!?」



 声は蓮子そのもの。しかし『意思』は蓮子とは別人。勿論たった今消し去ってやった肉の芽が生んだ意思でも無い。
 串刺しにされたメリーは胸を襲う痛覚よりも、自分の失態に絶望する後悔の気持ちが全ての感情を凌駕する。

 この蓮子の正体を、自分は知っている。
 どうしてそこに考え至らなかったのか、何もかもを後悔する。


「そーーーだよオレは蓮子じゃあねーぜッ! 喋ってんのは蓮子嬢ちゃんが握ってる『刀』の方だよボケ! 『アヌビス神』のスタンドさァ!!」


 癪に障る声など、耳に入らない。少女にとっては、全くそれどころではない。
 DIOの肉の芽を解除出来たのは確かだ。手に残った感覚が、邪悪の消滅を完全に証明している。
 じゃあ目の前で高らかに笑う『コイツ』はなんだ?

(違う……私はコイツを知っていた。何故、今までその事を失念していた……!?)

 蓮子の腕の中で不気味に光る妖刀がどれだけに厄介な得物かは、身を以て理解していた。
 だが肉の芽への対策に気を取られ過ぎていた。芽さえ取り除けば、蓮子を蝕む全ての『魔』はすっかり祓い清められるのだと。

 支配は『二重』に掛けられていた。今になって気付かされた真実。
 肉の芽の呪いが強烈過ぎたが為に、触れただけで意識を乗っ取られるアヌビス神の支配力すらも上書きされていた。アヌビスの呪いを上から更に抑え付け、蓮子の全意識を支配していた悪魔の芽。
 それが今、消滅した。するとどうなる?

「すると『こうなる』って事だよォ〜〜ン! お前には礼を言っとくゼェ〜メリーちゃんよォー!」

 DIOからセーブされていたアヌビス神を結果的に蘇らせたのは、皮肉にもメリー。

 しかし、それの比ではない過酷な運命がこの時……二人を包んだ。

 メリーは、高笑いする妖刀に胸を貫かれたから動けないのではない。

 メリーは、自らの失態に唇を噛んでいたから痛みが無いのではない。

 メリーは、自身に訪れる死を悟ったから顔を歪めているのではない。

 逆だった。

475黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:17:02 ID:dCSol15U0





「─────────あ?」





 妖刀は馬鹿笑いから一転、停止する。
 ツツーと、赤黒い血が唇から漏れた。

 敵を抉った側である筈の、蓮子から。


「…………ブ、ふっ……ぅ、あ」


 醜く歪められていた蓮子の顔色は、一瞬にして青ざめていく。
 直後、絶望的な量の血飛沫が、蓮子の口から勢いよく吐かれた。
 蓮子を上から繰っていた邪悪の糸は最後の最後、その全てをぷつりと途切らせて。
 今度こそ少女はメリーの腕の中へと倒れ込んだ。


「───ぁ、……蓮、子?」


 メリーの命を穿つ軌跡であった妖刀の切っ先は。

 彼女の胸のリボンに飾り付けられた『ブローチ』ごと、相手を串刺しとした。

 ジョルノが『ゴールド・エクスペリエンス』の力を込めて紫に渡しておいたそれは、『御守り』の加護を受けたままメリーの衣装に紡がれた。

 皮肉にもその『加護』は、メリーの肉体を凶刃から確かに護り抜き、


 ───全ての攻撃を蓮子自身に『反射』させた。



「蓮子ォォーーーーーーーーーー!!!」



 絶叫が、少女達の身体を揺さぶる。
 飛び散る血痕と共に抜き取られたアヌビス神が、カランカランと金属音を立てて転げ落ちた。

『れ、蓮子嬢ちゃん!? どうしたってんだよ突然!? オイ!!』

 突如として血を吐き倒れた宿主の異常。その真実に、アヌビス神は辿り着けない。
 DIOの支配から解放されるやいなや、人斬り衝動にただ身を任せて斬りつけただけ。それが何を意味するかも知らずに。

 メリーは悲劇の根源である妖刀の喚き声に目もくれず、朽ち果てる友の身体をぎゅうと抱きしめ続ける。
 どくんどくんと高まる動悸は、果たしてどちらの肉体が伝えているのか。

 走馬灯のように思い出されるのは、あの時のこと。


───『その〝ナナホシテントウ〟のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ』


 虫の知らせでも働いたのか。ブローチは八雲紫からメリーへと受け継がれた。
 御守りとして身に付けられた装飾は、与えられた機能を十全に発揮してくれた。それは間違いない。

 もしもこのブローチが無ければ……間違いなくここに倒れていたのは宇佐見蓮子ではなく、もう片方の少女だったのだから。

『オイ! ちょっと待ってくれよ今のはオレのせいじゃねーぜ!? てかなんでお前刺されたのに生きてんだよオイ!!』

 慌てふためく妖刀。そこから浮かぶジャッカルを模したスタンド像が、事の無実を証明しようと言い訳がましく捲し立てる。そのあまりに愚昧な姿を視界の端に入れていたメリーは、絶望の脇で『別の感情』を沸かせていた。

 倒れ込んだ蓮子を無い腕で胸に抱いたままに、一本となった腕を地面の刀へと向ける。

 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 元を辿れば西行寺幽々子の従者、魂魄妖夢を悪鬼に陥れたのもアレの仕業だったのだろう。そして彼奴は今また、蓮子の身体を使って悲劇を繰り返した。


「お前は……私の〝大切な人〟が〝大切にしている人〟を『二度』も奪った」


 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 メリー本来の姿と意思から著しく乖離した少女の姿が、底の無い怒りを伴って殺気を沸かし始める。

『ちょちょちょ!! オイ待て落ち着けって! だからオレじゃねーだろ今のは! お前も見てたろ!? 突然血ィ吐いてブッ倒れたのは嬢ちゃんで、オレが殺そうとしたのはお前の方……あ、いやいやいや違う違うッ! 違うからまずは話を聞けっての!!』

 柄を握り、力を奮ってくれる宿主はもう居ない。そこに転がる刀は、今や魑魅魍魎にも劣る無力な雑物に等しい。
 本体の手から離れたアヌビス神に出来る精一杯の抵抗は、唯一動かせる仮初の口でみっともない弁明を説き、目の前の凶悪な人間の怒りを何とか鎮めるだけだ。
 相手は、友人の命を奪った仇敵を破壊せんとする怒りに身を任せており。
 刀に向けて翳された右手には、彼女の肉体に残った全ての妖力が集約しつつあった。

476黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:18:25 ID:dCSol15U0

『だから待て! 頼むオレの話を聞いてくれよッ! そ、そもそもアンタら二人が戦う羽目になったのは……そ、そう! DIOのせいだ! だろ!? 諸悪の根源はあのバカみてーに真っ黄色な変態服着て王様気取ってやがるアイツだ!! オレは悪くねーってだからその右手下ろせって! なっ!? なっ!? あ、そうだ良ーこと考えた! 妙案を閃いたぜッ! お前……い、いや、お嬢ちゃん! オレと一緒に仇を討とうじゃねーかあのDIOのクソッタレによォ! オレは役に立つぜェーーマジで! う、嘘だと思うならよ! ちょっとだけ! ちょっとだけお試しで握ってみなよオレの柄を! ホント信じてくれ! 絶対にお買い得品だからよオレは! い、今ならこのアヌビス神を買ってくれたお客様にはもう一本同じアヌビス神が付いてきま───』


「去ね」





 『彼』は──アヌビス神の名を賜ったそのスタンドは、世に蔓延るスタンドの中においても特別に異色である。
 本体の意識を越えてスタンドそのものに意思が宿り、自己と知性を手に入れる事例は珍しいものでもない。
 しかしこの妖刀が産んだ意思は、『自己の消滅』を過剰な程に恐れた。元来のスタンドの使い手であった刀鍛冶が遥か500年前に死して尚、スタンドの意思のみが現代にまで生き続けている程に。
 自己の消滅───即ち『死』という現象をこうまで恐れるスタンドは本当に稀だ。あるいは、DIOが彼に興味を抱いた一番の点はその自己心なのかもしれない。

 彼は最後の最後まで妖刀としてこの世に生を受けた本懐を遂げたかっただけ。
 人斬りというアイデンティティが失われる事あれば、妖刀としては死と同義。
 まるで妖怪。アヌビス神は、自己の消滅に恐怖する妖怪となんら変わらない。
 〝彼女〟が生きた妖刀を手に掛ける理由に、同族意識もあったかもしれない。
 憐憫。同情。そういった気持ちが、ゼロとは言わない。言わないが、しかし。

 この妖刀は遊びが過ぎた。
 故に、弾幕ごっこという名の『遊び』の境界を逸脱した、この本気の弾幕で“消す”に相応しい。



「───『深弾幕結界-夢幻泡影-』」



 夢、幻、泡、影とはそれぞれ淡く壊れやすく儚いもの。
 人の世も人の生も、またそれと同じくとても儚いもの。
 スタンドとて、然り。

 自慢の太刀で肉を喰う快感は、まるで夢みたいに。
 思うがままに刃を振う興奮は、まるで幻みたいに。
 純潔な少女の血を吸う至福は、まるで泡みたいに。
 自由奔放なる道を味う人生は、まるで影みたいに。
 アヌビス神の死を厭う最期は、まるで夢幻泡影を謳うみたいに。



 淡く、儚く、呆気なく、壊れた。
 


【アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】破壊

            ◆

477黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:21:40 ID:dCSol15U0

 これまでの何もかもが、あたかも儚き『夢』だったかのように。
 別れは、突然に降ってきた。

 蓮子の傷は致命傷。即死では無かったが、救う術は皆無。弱体化を受けた『境界を操る程度の能力』では、心臓を穿いた傷は塞げなかった。
 地上には傷を治せるジョルノがいる。もしかしたら合流の為、すぐ近くにまで来ているのかもしれない。

(……駄目。間に合わない)

 自分でも恐ろしいくらい冷静に蓮子の現状を認識し、悲劇の回避は叶わないと悟っていた。死に堕ちゆく少女の瞼は閉ざされ、止めどなく流れ続ける赤い水溜まりの中心が、二人の世界であった。

 なんて、無力。
 メリーはここに至って、自らの力の無さをこれ迄になく痛感する。
 聡明な彼女であるからこそ、蓮子の死はどう足掻いたって避けられないと理解した。
 そして、だからこそ。
 自分の心の内には、こんなにも冷静でいられる自分が存在するのかと自虐する。
 その冷静さが、彼女にある行動を促した。

 メリーの一番の友達である宇佐見蓮子は、これから死ぬ。
 残された時間は一分と無いだろう。夥しい血の量が、全てを物語っている。
 少女の視覚が、聴覚が、意識が、ギリギリの所で肉体にしがみ付いているよう胸の中で願いつつ。

 〝彼女〟は、今自分が最も優先して行うべき行動を、迷いなく選択した。


「蓮子!! お願い、目を覚まして!! 私よ蓮子! メリーよ!!」


 傷を塞ぐ為に殆ど力の残っていない境界の能力を、悪足掻きだと理解しながらも使うか。
 傷付いた蓮子の肉体を強引に背負い、地上への昇降口でも探してジョルノに引き渡すか。
 どれも違う。メリーの選ぶべき行動は、成就の見込みが極めて薄っぺらい神頼みではない。


「肉の芽は消えたのよ! アヌビス神も壊したわ!
 貴方(蓮子)はここに居て、私(メリー)もここに居る!!」


 最後になってもいい。たった一言でもいい。
 証明が、欲しかった。


「秘封倶楽部(私たち)……やっと『再会』できたのよ! だから……死なないでよぉ……っ!」


 “私たちの愛した秘封倶楽部は、ここにいる”
 その証明には、二人の言葉が不可欠。
 〝メリー〟と〝蓮子〟……この二人が揃って言葉を交わし合う。
 死を免れない親友への、せめてものレクイエム。
 たった一言でも、それ以上は望まない。望んではいけない。

 それが秘封倶楽部にとっては───これ以上にない最高のように思えたからだ。


「起きてよ、蓮子……もう一回、秘封倶楽部……一緒に、やり直そうよぉ……」


 〝彼女〟は、そう考えた。

 そして、その相方である少女も───同じことを思ったのかもしれない。


「………………ぁ、…り、が…………ううん……、」


 小さな言葉は、今まさに交わされようとしていた。
 あまりにもか細い声だったが、メリーの耳には確かに届いたのだ。

 本当に、ただ一言の為。
 蓮子は薄らと瞼を開け、自分を抱きながら涙を流す親友の姿を仰ぎ……もう一度だけ、口を開かせた。



「秘封倶楽部(私たち)は、ずっと一緒だよ。───〝メリー〟」



 最期の言葉は、ハッキリと聴こえた。
 そして、蓮子はメリーの片腕の中で。
 嬉しそうな表情で───眠りについた。
 夢見る少女のままで。親友の腕の中で。

478黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:13 ID:dCSol15U0

















「……………………ごめんなさい。本当に……ごめんなさい……蓮子」



 私は、独りになっていた。
 何故、こんなにも涙を流しているのだろう。
 何故、こんなにも謝っているのだろう。
 蓮子を救えなかったから?
 違う。そんなわけがない。
 私の心は、何も失われていない。
 宇佐見蓮子など、所詮は人間の少女。死んだところで心は大して痛まない。

 じゃあ、止めどなく頬を流れるコレは、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟の涙なんかじゃない。
 これはマエリベリーの涙に過ぎない。
 友達を喪った哀しみが、あの子の心を通して〝私〟へと流れて来ている。


 ただ、それだけ。
 そうに、違いなかった。


「ごめん、……なさぃ…………蓮子…………っ」


 じゃあ、絶え間なく喉から転がる謝罪は、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟自身の言葉だ。
 これは宇佐見蓮子を最期まで偽った負い目から溢れる言葉だ。
 死にゆく少女に〝メリー〟だと偽って嘘を吐いた……〝私〟自身の罪だ。


(私は……一体何故、〝あの娘〟に成りきろうとしていた……?)


 秘封倶楽部の活動は世界の『真実』を解き明かし、『謎』を暴くこと。
 では、蓮子は今際の際にどうしただろう?
 腕の中で眠るこの少女は何を想い、最期の一言を発したのだろうか?
 蓮子は。本当は……気付いていたのかもしれない。


 死にゆく自分へと懸命に声を掛け続ける親友の正体が。
 マエリベリー・ハーンの姿を借りた〝八雲紫〟という偽者。その『真実』に。


 少なくとも蓮子は。目の前の友の姿がメリーではないという事には気付いていたに違いない。
 いつからだろうか? それすら、もう分からなくなってしまった。
 真実に気付いていながら、彼女はその『謎』を無理に暴こうとしなかった。暴くべきでない謎も、この世には在ると理解していたのだろう。
 蓮子は「ありがとう」と、最期にそう言い掛けて……止めた。
 すぐに言い直して、メリーの名をしっかりと呼んで、死んだのだ。

 何が「ありがとう」なのか。
 自分を騙したつもりでいる相手に掛ける言葉ではないというのに。
 その言葉は、何故最後まで紡がれなかったのか。

 八雲紫はずっとメリーに扮してきた。メリーの殻を着たままに、親友である宇佐見蓮子を偽ってきた。
 それは蓮子の視点から見れば、悪趣味な演技以外の何物でもない筈なのに。
 どうして彼女は、気付いてない『フリ』をしたままに、笑いながら逝ったのか。

 ああ。それは凄く簡単な事だ。
 蓮子は、紫の『優しい嘘』がとても嬉しかった。
 紫の演技が悪意や打算などではなく、もう助からないと悟った蓮子へ魅せる、秘封倶楽部という名の『最期の夢』なんだと分かり、心から嬉しく思ったのだ。心優しい嘘に、咄嗟に「ありがとう」と言い掛けてしまい、気付かないフリで誤魔化した。

 何もかも、蓮子の為。紫の嘘は、蓮子を想うが為にあった。
 蓮子もそれを分かっていたから、何も言わず、〝メリー〟の名を呟いて……逝った。

 要は、紫は気遣われたのだ。
 それは蓮子が紫の嘘に対して嬉しく思ったからこそだった。
 優しい嘘を優しい嘘で返すような、意趣返し。
 本当に、とても単純な話。


 出来ることなら……彼女を『本当』のメリーに会わせてあげたかった。
 今はもう、叶わぬ夢だと分かってはいても。


「私はただ……『必要』だからあの娘と入れ替わった。それだけなのにね?
 …………蓮子」


            ◆

479黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:51 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


 七色と七星の見守る、一筋の夢の狭間。
 この素晴らしき夢幻が醒める前に、紫はメリーへと策を伝えた。
 メリーの大切な友達、宇佐見蓮子を救い出す最善の策を。


「───以上。外にはジョルノ君と鈴仙が居ると思うから、二人への合流がまず先ね。まあ、彼らが無事だったらの話だけど」


 凡そ完璧な作戦とは言えない、リスクという名の穴も幾らか見え隠れする凡策。それでも今、この場で蓮子をどうしても助け出すというのなら、これが最善だと紫には思えた。

「……作戦は理解しました。でも、あの……紫さん」
「分かってるわよ、貴方の言いたい事は」

 メリーは、紫の話した作戦の『ある一部分』においてだけ引っ掛かっていた。
 その内容というものは……


「『私と紫さんが入れ替わる』……っていうのは?」
「そのまんまよ。私が貴方に。貴方が私に『成りすます』って意味よ」


 入れ替わる。
 確かにメリーと紫の容姿は酷似しているが、衣装など交換したところで髪の長さや雰囲気など諸々の点では異なっている。
 成りすましなど可能かどうか分からないし、そもそもその行為に何の意味があるのかがメリーには理解に及ばなかった。

「まず『入れ替わり』の可否だけども、一言で言えば『可能』です」
「どうやって入れ替わるんですか? 身長とか、その……体つき、とかもちょっと違うように見えるんですけど。……主に私の体が足を引っ張る方向で」
「別に変装しようって意味じゃあないわよ。見た目に関しては私の境界を操る能力で何とかします。幸いにも容姿の方は殆ど同じだから、『夢』から醒める過程でスムーズに肉体を交換出来るでしょう」

 紫はあたかも服のサイズが合うかどうか程度のように軽く言ってみせたが、果たしてそう簡単にいくものだろうか。
 肉体を他人の物と交換するという、ただの少女が経験するには些か常識外れのイベント。それはそれでちょっと面白そうかもと、不謹慎ながらメリーは少々胸を高まらせた。なにせ目の前の大人かつ妖艶な美女の姿に変身できる様な話なのだから。

「少し難しいのは『中身』の方ね。私の方はともかく、貴方の演技力で〝八雲紫〟を完璧にトレース出来るとは……まあ、ちょっと思えないわねえ」

 何ですかそれ……と抗議しようとしたが、止めた。
 全くその通りであり、ハッキリ言ってメリーには紫のような独特の艷らしい空気を出せる自信などない。悲しいことに。

「そこでマエリベリー。貴方には、私の『記憶』や『能力』を分け与えます。“ちょっとだけ”ね」
「記憶と能力、ですか……?」
「ええ。私の持つ記憶や意思、スキマの力の使い方とか……『八雲紫』の持つ全てを一時的に貸すという意味よ。同時に、貴方の記憶も私と同調──つまり『共有』させて貰う。ひとえに演技するといっても限界があるからね。
 貴方自身は難しい事なんて考えずに、貸与された『私の意志』へ自然に肩を寄せてればいい。記憶と意思さえ共有すれば、貴方もありのままの〝八雲紫〟を振る舞える筈ですわ」
「えっと……よく分からないんですけど、そんな事まで出来るんですか?」
「普通は無理ね。ただ、貴方はやっぱり『特別』みたいだから」

 メリーと紫の間には、通常存在する『個の境界』が特別に薄いのだと言う。それは人格だとか、人間性だとか、人や妖怪の全てを形成する無二のアイデンティティ。それらを潜り抜け、メリーが紫に、紫がメリーの器に潜り込み、あたかも本人そのものの様に振る舞うことは難儀ではないと。
 鏡に映った互い同士を、鏡界を超えて交換するようなものだという。なにぶん初めての体験であるので、メリーにはいまいちピンと来ない。しかし賢者が可能だと断言する以上、それはやっぱり夢物語なんかじゃなくて。

 メリーは紫の提唱した肉体トレード策に、力強く頷いた。これも蓮子を救う方法ならば、何だってやってやると。

480黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:25 ID:dCSol15U0

「全部DIOを『騙す』為よ。あの男は貴方の能力に相当固執している。作戦の過程で何らかのアクシデント……つまりは『失敗』して、貴方が再び囚われないとも限らない」

 DIOを騙す。つまりはそれこそが入れ替わる目的だと紫は説明する。
 あの男の執念は末恐ろしく、相当なものだというのはメリーとて存分に味わっている。それへの対策として、予めこの方法を取るのだと。

「……つまり、それって」

 恐る恐る、メリーは不安を口に出すようにして問う。

「そう。もしもの時は、私が『身代わり』になる」
「そんなっ!」

 籠から逃げ出した小鳥が戻ってくる。そうなればDIOは大喜びでメリーを籠に閉じ込め、本格的な支配に身を乗り出すだろう。
 その時、捕らえた小鳥の中身が全く別の物──レプリカであったなら、男は怒りに顔を歪ませ、計画はおじゃんとなる。一泡食わせてやれるのだ。

「だ、駄目ですよそんな……!」
「駄目? それはどうしてかしら?」
「だってそれって、もしも入れ替わってる事がDIOにバレたら……」
「始末されるって? 貴方ねえ、私のこと見くびってるでしょう?」

 賢者の見せる余裕は、メリーの不安を払拭させ切るには至らない。紫の妖力が絶大なモノである事は理解し始めてきているが、DIOの恐怖を骨の髄まで伝えさせられたメリーにとっては、紫よりもDIOの悪意が更に強大なそれだと認識している。そして『悪意』に関してなら、その認識は決して的外れではなかった。

「それに私の力を貸すといっても、最低限の範囲よ。たとえ器を違えても、大妖怪の力は充分に残す。もし囚われても、尻尾を巻くぐらいの力はある」
「でも! 私の身代わりにさせるなんて、そんな事が……!」
「聞き分けなさいマエリベリー。何の為にこんな『夢』の中まで貴方を救出しに来たと思ってるの。それにこれは起こり得る最悪のアクシデントが発生した場合の予防線。そうならない為にも、貴方は館の外で祈ってなさい」

 紫の話した作戦の内容。それはメリーに扮した紫と、紫に扮した『サーフィス』の人形が二人でDIOに接近し、蓮子を分断させるというものだ。
 所詮はコピー人形のサーフィスが弾幕やスキマの力を発揮出来るかは怪しいものなので、傍に付いたメリー(紫)が“あたかも紫(サーフィス)がスキマを使った”かのように見せればこの問題はクリアでき、DIOすら騙し通せるだろう。
 そしてその頃には当然、本物のメリーはDIOから離れた安全な館外へジョルノと共に身を隠している……というのが、紫の作戦の全貌である。

「私と貴方の『入れ替わり』についてはジョルノ君達にも秘密よ。少なくとも完璧な安全を確保出来るまでは、ね」

 地下道には見当たらなかったが、外にはまだディエゴの翼竜が目を光らせている。余計な漏洩を防ぐ為の処置でもあった。特に鈴仙辺りが事前に知ってしまえば、うっかり口漏らすくらいやってもおかしくはない。


「そしてこれは作戦の性質上、蓮子の芽を解除する役目は私が就くことになる」


 力を貸しておくとはいえ、メリーでは荷が重い。敵組織の正確な数も分からないし、あの厄介なディエゴだってまだいるのだから。それにメリーの姿形に応えて蓮子の意識が元に戻る、というのも考えられない話ではない。であるならば、半ば蓮子をも騙す形とはなるが試す価値はあるというもの。


 以上が、二人の肉体を交換する理由。
 紫がメリーを想うが故に、リスクは全て紫が請け負う。
 これは『必要』な事なのだ。


「さあ、そろそろ本当に『夢』から目醒めましょう。
 さっき渡した『ブローチ』も身に付けておいてね。ただの装飾品じゃないんだから」


 紫の指差した鳥居の奥では、現実世界の『部屋』が歪んだ形で渦巻いている。
 ここを潜れば、メリーと紫の意思は互いの肉体へと交換される。
 そして。
 すぐにも宇佐見蓮子はメリーの元へと帰ってくるだろう。
 親友同士とは、そういうものだ。
 だから。


「だから……蓮子は、私が必ず元に戻します」
「紫さん……」
「そして───『秘封倶楽部』をやり直す。……でしょ?」
「……はい! 蓮子のこと……お願いします!」


 メリーの為に、蓮子を救うと。
 そう決心し始めていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

481黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:52 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:25】C-3 紅魔館 玄関前


「……マエリベリーに付けていた『ブローチ』の反応が地下に移動しました。どうやら作戦は成功したようです、紫さん」
「それは良かった。後は〝マエリベリー〟が蓮子ちゃんを元に戻して私たちと合流すれば撤退。
 さ、鈴仙が帰ってきたら、こんな目に悪い赤赤しい館からはさっさと退散しましょう」


 紫さんと私の肉体はどうやら本当に入れ替わる事が出来ているらしい。今や私の体は『八雲紫』そのもので、不思議な事にあの人の持つ『記憶』すらも私の中にある。それが私の口調や所作を八雲紫の振る舞いとして映るよう、ごく自然に動かしていた。

 その事が、私にとっては少し怖い。

 私と紫さんが肉体を交換した理由──その『表向き』の理由は、DIOを騙す目的。あの人は困惑する私へと、笑みすら交えながら説明した。
 嘘ではない。でも……『本当の理由』が、言葉の裏側には隠されていた。あの人と記憶を共有した私には、それが分かってしまった。

 分かっていながらあの人を行かせたのは、きっと。
 紫さんの抱えた『覚悟』や『想い』が、彼女と同調を遂げた私にも理解出来てしまったから。

 何故あの人が、わざわざ〝マエリベリー〟へ代わったのかも。
 何故あの人が、『夢』の中で『七色の虹』の話を語ったのかも。

 〝八雲紫〟の意思と記憶、力を受け継いだ私には……全部、理解出来る。

 だから私は……今がとても怖い。
 紫さんは先にこの場を離れろと指示した。後から二人で追い付くから、と。
 それは私の安全を思っての事なんでしょう。ここはまだ、敵の陣地内なんだから。

 早く……早く二人に逢いたい。逢って、安心したい。
 未来なんてものは結局、誰にも分からないから。
 もしひどい未来を知ってしまったなら、人はそれを回避しようと躍起になる。
 そうなれば……もっと悲しい結末になるかもしれないのに。
 だから『覚悟』なんて出来ないし、するべきでないと思う。


 そして───だからこそ人は『今』を精一杯に生きようとするに違いないもの。




「……鈴仙が慌てふためきながら帰ってきたわ。DIOの足止めにも成功したようだし、すぐにここを離れるわよ、ジョルノ君」

 見れば、鈴仙さんが涙目でこっちに走ってくる光景を確認できた。
 良かった。私は囮役を引き受け(させられ)た鈴仙さんの無事に心から安堵する。
 ジョルノ君も私と同じように彼女の無事を認め、安心して。
 私へ確認するように、唐突に言った。


「……紫さんは、それでいいのですか?」
「……え?」


 彼が私をじっと見つめる。空気が少し、重くなった。

「いえ……杞憂かもしれませんが、僕はやはり〝マエリベリー〟が心配です。さっき初めて彼女と会話を交わした僕ですらそう思うのですから、貴方はもっと心配なのではないですか? 彼女の事が」
「……マエリベリーの事なら、私は信頼してますので」

 気丈に振る舞う言葉とは裏腹に、心中ではジョルノ君の言葉に大きく揺さぶられていた。
 心配。そんなの、当たり前だ。紫さんは今、たった一人で蓮子と向き合っている。
 あの人は私の『身代わり』になってまで、戦っているのだから。

「信頼というのは……とても重要です。僕自身も貴方のことは信頼してます。しかし、今回ばかりは……貴方の判断に首を傾げています。
 ハッキリ言いますよ。僕は今からでも、地下のマエリベリーの元に向かうつもりです」
「ジョルノ、君……」

 強い意思を持った人だと感じた。とても年下の男の子とは思えないくらい『気高い覚悟』を持つ人だなと。

 彼の言葉を聞いて、私も決心できた。
 ごめんなさい、紫さん。
 私もジョルノ君と一緒。貴方を残して行けません。

「……ふう。分かったわ。共に地下へ降りましょう。私だって二人が心配だもの」
「ありがとうございます。……それとは別件なのですが」

 軽く礼をしたジョルノ君は、すぐに私を訝しむような顔つきへと変わった。


「───紫さん。もしかして〝貴方〟は…………いえ、何でもありません」


 思い詰めた表情を切り替えるようにして、彼は私から視線を逸らした。
 私も何となく、彼が『私の正体に気付いているのかも』とは感じていたけども。
 でもジョルノ君はそれ以上何を言うこともなく、駆け寄ってくる鈴仙さんに労いの言葉を掛けて気付かない『フリ』をしてくれた。


 今は、私もそれでいいと思って。
 紫さんの『フリ』を続けて、クタクタの鈴仙さんを労わってあげた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

482黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:08 ID:dCSol15U0
『八雲紫』
【夕方 16:30】C-3 紅魔館 地下道


 もしも。
 未来に起こるひどい出来事を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 人は、どうするだろう。

 抗うか。
 受け入れるか。
 更に絶望するか。

 柄にもなく、そんな無意味を考えてしまう。
 記憶の層が在る限り、未来が予定されているという事象は有り得ないのだから。
 明日何が起こるのか判らない。それこそが、私たちの暮らす当たり前の世界なのだから。




 どうしてこんな事になってしまったのか。
 大妖怪・八雲紫ともあろう賢人が、呆けから立ち直るまでに手間取っている。
 だから、だろうか。こんな無意味を考えてしまうのは。

 もしも。
 眼前で起こった悲劇の未来を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 私は、どうしただろう。

 …………。

 …………きっと、私は。

 ────…………いえ。


「本当に、無意味……ね。……〝私〟らしくもない」


 〝私〟か。
 今の〝私〟は、一体〝どっち〟なのかしら。

 〝八雲紫〟?
 それとも、〝マエリベリー・ハーン〟?

 宇佐見蓮子と向き合った時の私は、きっと〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 それは純粋に、蓮子の……ひいてはマエリベリーの為になると信じていたから。

 死にゆく蓮子の前でさえ、私は〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 だって、秘封倶楽部の二人は最後まで『再会』する事が叶いませんでした、なんて。


「───そんなの…………哀しすぎるじゃない」


 血で穢れた蓮子の口元を綺麗に拭い、冷たくなった身体をそっと横にした。
 蓮子の亡骸は、幸せそうな顔だった。
 まるで『夢』を見ているような。
 夢の中で秘封倶楽部の活動を再開し、いつもの日常に戻っているような。

 ……この娘の身体を、このまま暗い地下の底に置いて行く訳にはいかない。こんな血の滲み渡った仮初の箱庭などではなく、この娘の故郷へと還してあげたい。
 今の状況では難しいだろう。せめて、地上へ運んで土に埋めてあげるくらいはしなくては、マエリベリーに会わせる顔がない。彼女の顔を借りている身だけに、余計に心苦しい。
 
 本当に、私の心を占める人格が判らなくなってきた。
 マエリベリーには「八雲紫の力と記憶を少し分ける」と言ったが……実の所、元ある殆ど全ての力も、意思も、記憶も、彼女に与えていたのだから。
 最低限残していたのは、蓮子を肉の芽から救い出せる程度の力だけ。
 それすら叶わなかった今の私は、本当に───『普通の女の子』のようなもの。

 入れ替わりを著明にする為にマエリベリーから借り受けた記憶や意思が、現在の私を大きく構成する要素になりつつある。
 蓮子の前で披露した『演技』は……もはや演技とは言えなかった。私の中に渦巻く〝マエリベリー〟の意思が表に露出し、リアルな感情となって蓮子に吐き出されたのだ。
 そうであるなら、今となっては寧ろ〝八雲紫〟の意思の方が演技なのかもしれない。


 白状しましょう。
 マエリベリーに〝八雲〟の力を全て託す……これこそが、私たちの肉体を入れ替えた『本当の理由』、だった。
 罪深いことなのは承知している。これであの娘は、本当の意味でただの『人間』では無くなってしまった。
 けれどもそれは、きっと必要なこと。これからの未来で、必要になること。
 幻想郷の為? 私の為? マエリベリーの為?
 いずれにしろ私は近い将来に訪れる、自らの『滅亡』を予感していたのかもしれない。
 ずっと前から、こうなる事が分かっていたのかもしれない。
 罪無き少女に妖怪の力を託すことは、苦渋の選択であった。

483黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:33 ID:dCSol15U0


「あ。……蝶」


 私の胸に添えていた、ナナホシのブローチが。
 蓮子の命を、結果的には奪ってしまって───違う。
 私の命を/マエリベリーの身体を、護ってくれたブローチが。

 この世のものとは思えない程に色鮮やかな『虹』を、その翼に彩って。
 まるで蛹から羽化したみたいに……『蝶』へと変わって、空を翔んだ。


「ジョルノ……」


 彼が発動させたのだろうか。
 それとも、これは私が見ている幻想か。
 蝶にはあの世とこの世を行き交う力があるとされ、輪廻転生の象徴とも呼ばれている。
 虹の翼を羽ばたかせる蝶は、蓮子を弔うかのように彼女の周りを飛び続け。


 幻想的な七色の鱗粉を舞わせ……やがて闇の奥へと姿を消した。


「まるで……幽々子の蝶みたい」


 力無く笑った紫は、自身の“傷付いた胸”を押さえながら、ゆったりと立ち上がった。
 右腕だけとなったその手には、べっとりと血がこびり付いている。
 蓮子の血ではない。斬り飛ばされた自分の左腕から流れ出るモノでもない。
 ゴールド・Eの反射は……アヌビス神の刀を全て防ぎ切った訳ではなかったらしい。

 物体透過能力。
 妖刀はブローチの盾を僅かだが『貫通』し、紫の心臓にそのまま損傷を与えていた。

 この反射が100%作用していたならば蓮子は〝メリー〟と再会出来ず、最期の言葉を交わす暇なく即死していただろう。
 この反射が全く作用していなければ紫は死に絶え、蓮子は妖刀に支配されたままに哀しき人斬りを繰り返していただろう。

 偶然にしては出来すぎだ。
 仮初の姿を通してではあったが。一瞬限りではあったが。
 秘封倶楽部の二人が『再会』出来たのは、この偶然が成した結果であった。


(この傷は……私が受容すべき戒めの傷。甘んじて、受け入れましょう)


 受け入れるべきは肉体への傷でなく、紫の心への傷。
 今の身体はマエリベリーの物。何に代えてでも癒すべきなのは当然だった。
 決して浅いものではないし、左手の欠損も重傷。ここでもジョルノの力を借りなければならない無様に、本当に嫌気がさす。


 悔やまれるが、少しの間だけ蓮子の亡骸は置いて行くことになる。
 あの蝶の先にジョルノは居る。マエリベリーも一緒だ。先に脱出しろとは指示しておいたが、こんな自分を心配してそこまで来ているのかもしれない。

 心から情けない事ではあるが。
 まず許される失態ではないことも承知しているが。
 マエリベリーに、謝ろう。
 目を背けたりせず、共に蓮子を弔おう。


「すぐに、戻ってくるから。だから……少しだけ、待ってて───蓮子」


 血で穢れた唇から漏れ出た、その言葉は。
 果たして〝八雲紫〟の言葉か。
 それとも〝マエリベリー〟の言葉か。
 それを考えることなど、やはり無意味だ。
 世界でただ一つの秘封倶楽部に、穢れた自分などが入り込む事は……許されないのだから。

484黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:26:04 ID:dCSol15U0

















 ひた。


 ひた。




 蝶を追おうとした彼女の…………その背後から。
 つまりは、横たわった蓮子の身体を挟んだ、その向こう側の闇から。
 “それ”は響いてきた。
 
 暗闇に木霊する、雫の落ちる音とでも形容しようか。
 どうしようもない終焉の足音。自らの破滅を予感させる楔(くさび)が、床を嘗めずるように近付いてくる。


 コツ。


 コツ。


 足音は、靴の音色へと変わっていた。
 裸足で闇を踏むようなさっきの音は、錯覚だったらしい。
 この不吉な錯覚を認識した紫は、全てを観念したように……背後へと振り返った。



「女の勘……とでも言いましょうか」



 聴く者によってその声は『聖女』とも『悪女』とも呼べる、しんしんとした柔らかな奏で。
 真っ暗闇の会場でただ一人の観客となってしまった紫にとって、その声がもたらす調律は後者を予期させた。


「何となく……分かってしまうものですの。同じ女である貴方様にも、ご理解頂けるかと。


 ────ねえ。〝八雲紫〟サマ?」


 霍青娥。
 邪仙の忌み名を冠する彼女が、当たり前のようにそこへ立っていた。
 浮かべる笑みは、驚くほど静かに波打っており。
 涼やかな感情の内に渦巻くほんの僅かに混ぜられた『怨恨』に、対面する紫は気付く事が出来ずそのまま会話を続ける。

「……よく、分かったわね。蓮子ですら、“私”だと気付けなかったのに」

 この言葉は戯言だ。
 蓮子は、目の前の親友の姿が嘘っぱちだと気付いていた。

「だから女の勘ですよ。それに……蓮子ちゃんだって、まだまだ子供とはいえ立派な女。本当に貴方が“メリーではない”って気付く事なく逝ってしまわれたのかしらね?」

 “メリー”に扮した八雲紫は、青娥の知った風な疑念に言葉を詰まらせる。
 そんな言葉を、よりによってこの女から聞きたくはない。不快だ。

 宇佐見蓮子は“どうして”最期に笑ってくれたのか。
 それは彼女の優しさだったのだろうという都合の良い解釈が、自分の中にあるのは事実。
 かもしれない。そうに違いない。そんなあやふやな解釈で宇佐見蓮子を“知った気でいる”紫には、彼女を真に測る資格など無いというのに。
 少女の胸に抱えられたまま眠りについた真実は、結局……彼女にしか分からない。
 永久に、分からないのだ。
 それはもう、終わったこと。

 ここにいる紫は、事実はどうあれ結果的に蓮子を騙した事になる。
 たとえそれが、秘封倶楽部を慮った行動だとしても。
 思い遣りから生まれた行動が、巡り回って真実を遠ざけてしまったとしても。

 紫の心からは罪悪感は拭えない。
 そして。
 だからこそ紫には、蓮子を偽り、彼女を看取った責任がある……と、そう感じている。
 本来の“八雲紫”の姿を与え、別行動を促したメリーに対し、すぐにでも伝えるべき言葉は多くある。
 あの子にとって、きっと……とても辛いことになるが、全ての責は紫にある。その事も含め、話さなければならない。
 こうなってしまった以上、メリーが大きく傷付く未来は避けようもない。
 そんな彼女の手を取り、導く者が必要となる。
 当事者である紫自身では、きっとない。恐らくは───


 紫は首を振り、目の前の事象に目を向けた。

485黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:27:07 ID:dCSol15U0


「……いつから、見ていたの?」
「初めから、ですわ。それはそれは、第三者が踏み入れる雰囲気でないことは瞭然だった故に。少し空気を読んで、敢えてお声は掛けませんでした」


 あれを見られていたという知りたくもなかった事実が、紫の心に更なる不快感を植え付けた。
 邪仙はこう言うが、その実態など、人間が生む最期の欲を観察したいが為、などといった利己的な理由に決まっている。闇の片隅で、心底純真な眼でそれを眺めている青娥の姿を想像すると、途方もない怒りすら湧き出てくる。

 しかし……今の紫には、この性悪な女を潰す力など一切残っていない。
 改めて、思う。
 ここに来たのが〝マエリベリー〟でなく〝私〟で、本当に良かったと。



「───時に紫サマ? 貴方の式神が何処でどうやって死んじゃったか……ご存知ですか?」



 紫の内が抱え始めた不安と、青娥の切り出しは同時だった。
 動揺は決して表に出さず、急な話題の中心に現れた我が式神の姿を紫は追想する。

「藍かしら? それとも橙を言ってるの?」
「んー。ま、ここでは優秀な方の式神ちゃんの事ね。どうせ知らないんでしょ?」

 何故、ここでその名前が邪仙の口から出てくるのか。
 突如として安易に触れられた八雲紫の地雷。その爆弾が爆発するより先に、紫はどうしようもなく嫌な予感が脳裏を掠めた。


 きっとこの先。青娥の口から聞かされる言葉は。
 私にとって、凶兆となる。


「青娥。今、貴方と遊んでる暇は無いの。3数える内に、視界から消えなさい」

 これが虚勢であると、目の前の邪仙は気付いているのだろうか。
 どちらにしろ、コイツは『目的』を果たすまで消えようとしないだろう。

「あーでも。別に貴方の式神がどこで野垂れ死んだのかは、この際どうだってよくってよ」

「3」

「重要なのは……『貴方の式神』である『八雲藍ちゃん』が、とうに舞台から御退場してしまったっていう事実なのよね〜」

「2」

「私としては『ザマーミロおほほ』って感じではあるんですが、それはそれでちょっと消化不良といいますか……煮え切らない気持ちもあるっていうか。死ぬくらいじゃ生温いと思ってるんですよ」


 もう、我慢ならない。

 紫はとうに枯渇している妖力の残りカスを井戸から何とか引き揚げ、目前の道化へと翳した。



「───だから、私の大事な大事な『芳香ちゃん』をバラバラにしてくれちゃったあの女狐への『仕返し』は、主人である貴方が代わりに受けて頂きます」



 零に等しくも、あらん限りの力を放出する瞬間……その言葉が耳に入り。

 愛する従者への侮蔑に怒りを抱いているのは自分ではなく、青娥の方であったと。

 不出来な式神がしでかした行為の因果が星回って、今。己を喰い尽くす禍へと変貌したのだと。

 八雲紫が、それを理解したのは。



 ───青娥の右腕が胸から潜り込み、心臓を引き裂きながら背中まで穿いた、一瞬の後であった。

486黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:00 ID:dCSol15U0


「ディエゴ君から予め伺っておいたのです。『芳香ちゃんを殺した輩は誰?』って。
 ……まさか、貴方の式神の仕業だなんて思いもよりませんでしたよ」


 近いようで、遠い場所。
 すぐ傍なのに、ガラスで遮られた境界の向こう側。
 隔壁の先から響き渡る青娥の、一字一句を刻み付けるかのようにじわじわとした呪言が耳元から這いずって駆け下り、裂かれた心臓をきゅうと締め付けた。

 邪仙の吐き出した、如何にも取って付けたような戯言。信用に値しないのは今までの行いからも明白。
 藍への侮蔑を「ふざけるな」と斬って捨て、愚かな虚言の報いを与える。そうあるべきだと、沸騰を迎えた感情が胸倉を掴んでいるというのに。

 何故だか紫の心は、青娥の言葉に偽りは無しと、あっさり受け入れられている。
 藍が、同郷の仲間達を傷付け回っていると。
 そしてその行為は、全て私を想ってのこと。
 汚れ仕事を、率先して行使しているのだと。

 今ではもう、叱りつけたくても出来ない。
 抱擁で諭したくても、この腕は届かない。


(馬鹿……ね。あの子も……私も……、みんなみんな、空回り)


 青娥の毒牙は、正当なる報復でしかない。
 こんな時、どんな表情をすれば良いのか。
 紫にはもう、分からなかった。
 ただ、靄のかかる意識の中。

 家族のように愛した、もう既にいない式神たちの事とか。

 最後の最後に生まれた、目の前の女に対しての贖罪のような馬鹿げた気持ちとか。

 同じく従者の命を奪う結果となってしまった、今はまだ何処かにいる亡霊の友達の安否とか。

 何もかもを押し付ける形でバトンを渡してしまった、我が写し鏡であるメリーへの罪悪感とか。

 そういった負の一切を帳消しなどには出来ない、してはいけない、どこまでも落ちぶれた『大妖怪・八雲紫』の、惨めったらしい絶望の只中であるべき貌(かお)は。


 不思議と、大いなる希望を灯すように安らかなモノへと移り変わっていた。


 それは、朧気に成りゆく光景に映り込んだ、一匹の蝶々。
 ジョルノが紫の為に与え、宇佐見蓮子を滅ぼした一因となってしまった筈の、虹色の蝶々。
 闇の奥に輝く蝶が、消え入る紫にとって……まるで『夢』へと導く希望の象徴に見えたからであった。


 赤黒い飛沫が、喉をせり上がって噴かれた。
 貸してもらっていたメリーの身体と、容赦なくその肉体を抉った青娥の肩が血で穢れる。
 心のどこかでは、このような悲劇的な末路が訪れる事も予感していた。
 自己嫌悪の混ざった血の海で溺れながら、八雲紫は自らの元に帰って来た虹色の蝶へと腕を伸ばした。

 震える腕には、もう力の一片だって籠らない。
 そんな非力な大妖怪の手を取るかのように、フワフワと漂うばかりであった蝶が降りてきて。

 紫の伸ばした人差し指の先へ、止まり木に絡むように……そっと留まった。

 蝶は全てのしがらみから解き放たれたようにして、元のブローチの形……


 ───『ナナホシテントウ』の姿へと時間を逆行させて、静止する。


 それは、この醜悪なる催しの演者として降り立った紫が初めに見た光景。
 夜空に浮かんだ『七つの星』と、同じ模様を背に描いたアクセサリー。
 ナナホシのブローチを血塗れの胸に引き入れて抱くと、あの満天の星空を仰いだ夜に感じた『希望』と同じ気持ちが、紫の中で生まれた。


 気掛かりは、数え切れないくらい沢山ある。
 夢半ばで朽ちる事への恐怖が、無いと言えば嘘になるだろう。
 けれども。
 世に生まれ出で、今まで多くの躓きと挫折を反復し。
 永い夢でも見るような、悠久の刻を積み重ね。
 やっと、幻想郷はこの形を得た。
 ここまでは、私の成すべき仕事。
 そして、ここからは若者たちの作り上げる『夢』。
 
 名残惜しくもあるけれど、私の見てきた永い永い『夢』はここで終い。
 黄昏を超えた境界。その向こう側に、真のフロンティアが在る。


 (……あぁ、瞼が重くなってきたわね。また、少しだけ……眠ろうかしら)


 私の見る夢は終わっても、幻想の見る夢は終わらない。
 受け継ぐ者たち。語り継ぐ者たちがいるなら。
 少年少女は空を辿り、光り輝く虹の先へと到達できる筈だもの。

487黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:46 ID:dCSol15U0



 ───……リー。

 ……マエリベリー。

 ごめんね、マエリベリー。

 蓮子のこと、救ってあげられなかった。

 その上、まだ子供の貴方にまで、色んな重荷を背負わせてしまった。

 大人の自分勝手なエゴで、貴方から色んなものを奪ってしまった。

 本当に、ごめんなさい。

 でも、マエリベリー。貴方はとても、強い子。

 冷たい殻の中でうずくまる蛹なんかじゃあない。

 殻を破り、自分の意志で空を翔び、七色の虹の先へと辿れたなら。

 そこにはきっと、貴方にとっての黄金郷が見付かるわ。

 仲間を見付けて。

 貴方の手を取ってくれる仲間たちが、此処には居るはず。

 マエリベリー・ハーン。

 貴方が宇宙を輪生し、一枚の境界を超えて『八雲紫』へと成った。

 紫鏡のあっち側で育った、私の半身。

 せめて私は……貴方が辿る旅の、幸福を祈っております。












「何か、最期に残したい台詞でもおありですか?」


「…………そう、ね」


「仙人とは慈悲深いもの。たとえ怨敵であろうと、かの大妖怪・八雲紫様の今際のお言葉とあれば……耳を傾けてさしあげましょう」


「………………あなたの、欲の……興味本位って、だけでしょ」


「うふふ」


 最期の言葉、か。
 邪仙にとっては、さぞ興味あるのでしょうね。大妖怪が世に遺す、辞世の句は。
 でも……この闇に遺すべき言葉など、私には無い。
 全ての『意志』は既に、夢と共に託してきた。
 なので御期待のところ、申し訳ないのだけれど。


 八雲紫の遺す“最期”は、やはり戯言こそが相応しい。

488黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:32:17 ID:dCSol15U0



「───夢」


「……なんと?」


「貴方、『夢』って……ある?」


「……そう、ですね。敢えて言うなら、貴方のような方の欲を見届ける事こそが、私の『夢』……って所かしら」


「…………そ。良かった、じゃない。夢、叶って」


「叶うのはこれから、ですわ。私、貴方様の『夢』とやら……興味ございます」


「………………わたしの、夢……か」






「───うん。わたし、『普通の女の子』になりたかったの」






「……それはそれは、素敵ですわ。おめでとうございます。お互い、夢が叶って何よりですね」


 今の貴方は、かよわい普通の女の子も同然の体たらくですから。



 ───失望の念を、心より禁じ得ません。八雲紫。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

489黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:02 ID:dCSol15U0
『ディエゴ・ブランドー』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 一階廊下


(フーン……。あの女の能力が『宇宙を超える』、ねぇ)


 まるで『大統領』のヤツが得意な能力みたいだな、とディエゴは口漏らす。
 かのD4Cは物と物との間に挟まる事で『隣の世界』へ行ける。そしてそれは、周囲の人物も巻き込む事で同様の現象を与えられる。
 ヤツの場合はあくまで『少しだけ違う世界』というものだ。それですらブッ飛んだ能力には違いないし、ディエゴ自身も隣の世界へ飛ばされて死に掛ける、といった体験は記憶に新しい。
 片やメリーの能力とは、複合的な条件こそ必要であるらしいものの、宇宙の輪廻をも飛び越えて扉を開くというもの。謂わば、完全なる別世界へ入門出来るようなものだ。
 宇宙を越える、という新仮説をDIOも紫も同意見として導いていた。それはつまり、何十億、何百億年単位で『時空』を飛び越える事になる。

 DIOのように『時間操作』タイプの能力者、という見解も出来るのだ。


「面白くなってきやがったな。あの女、是非ともモノにしたいところだ」


 大袈裟に裂けた唇が三日月型に歪み、恐竜の牙が覗いた。ディエゴの肩には通常索敵に使用する翼竜型ではなく、屋内潜伏に適したトカゲ型の小型恐竜が乗っており、DIOと紫の会話内容を盗み聞いたのは彼の功労だった。
 翼竜よりは目立たないが、それでも屋内だと不便はある。が、館内の諜報役としてはこれくらいで充分。お陰で貴重な話が聞けた。

「それにしたって翼竜共の集まりが悪いな。低温気候のせい……というより、あの『フード男』の仕業か」

 外の雪のせいで、斥候の招集率が悪化してきた。そしてこの『雪』が、自然現象による気候ではないという事もディエゴは既に勘付いている。

 ウェザー・リポート。いや、ウェス・ブルーなんたら、だったか? とにかく、その男がスタンドによって雪を降らしている。
 意図的だろうがなんだろうが、ヤツの行為によってこっち側の『足』がどんどん潰されているのだ。

「ウザったいな……早めに始末しておくべきか」

 戦うとなれば苦戦は必須。現状を見ても分かるように、ディエゴの『スケアリーモンスターズ』とあの天気男は相性がすこぶる悪い。湖の前でゴミ屑にしてやった『傘』も雨を操り固めていたが、相性はというと同様に悪かった。
 出来れば他の人間……相性で決めるなら、文句なくヴァレンタイン大統領に向かわせるべきか。


「……っと。この場所も流石に崩れてきそうだ。オレも地下に潜るか」


 さっきから建物を伝わる振動がディエゴを小刻みに揺らしている。ジョルノの一計でこの紅魔館もオシマイの運命という訳だ。アジトの移動は余儀なくされるだろう。
 取り敢えずウェスの始末と、ホル・ホースの持ち去った『DISC』が目下の優先事項か。

 そういえば、メリーと蓮子を追跡させた恐竜がまだ戻らない。
 あそこには青娥も向かった筈だ。つい先程、そこの廊下で出くわしたのだから知っている。
 あの女に渡しておいたDISC──翼竜が会場のどこかから一枚だけ拾ってきた奴だ──は、果たして有効活用されてるだろうか。

「まあ、あの悪女が素直にオレの言うことなど………………聞くかもなあ」

 特別、反抗心がある女ではない。ただ、あの頭花畑女は如何せん自分に正直すぎる。
 己が認めた人間は無礼が付くほど持ち上げ、自分は全く別の次元から眼下の光景を俯瞰して楽しむような女だ。
 つまり結局、奴は周囲の人間全てを見下しているのだ。DIOだろうが、オレだろうが、誰だろうが。

 だからオレは、あの女が本当に嫌いなんだ。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

490黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:34 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 一階廊下/夕方】

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:右目に切り傷、霊撃による外傷、全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起、通信機能付き陰陽玉、ミツバチの巣箱(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
0:地下に避難する。
1:ウェスとホル・ホースの動向を注視。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『16時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※DIOと紫の話した、メリーの能力の秘密を知りました。
※現時点ではメリーと紫の入れ替わりに気付いておりません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

491黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:59 ID:dCSol15U0
『霍青娥』
【夕方 16:35】C-3 紅魔館 地下道


 柄にもなく、霍青娥は苛立っていた。
 いや、苛立つという表現は些か大袈裟かもしれない。
 面に出るほど気を立てているという自覚は少なくとも彼女に無いし、へそを曲げるといった可愛げのある表現ですらまだ言い過ぎだ。

 精々、なんか面白くないですわ程度の、蚊に刺された様な不機嫌。
 どうしてだろうか。

 愛しのキョンシー・宮古芳香をあんな酷い目に遭わせた式神風情の清算として、その保護者には死を以て償わせた。八雲紫はこうして無様な屍体へと成れ果て、報復は無事に終えることが出来たのだ。


 めでたしめでたし。


「……ち〜っとも、めでたくないですわね」


 孤独となった場所で、ため息と共に独りごちる。めでたくない理由など、とうに分かっている。
 それはひとえに、想像していた以上に紫がつまらない女だったからだ。


 青娥は別に、戦うことが大好きな戦闘狂ではない。力のある者は好きだが、その相手と競り合いを演じる事に至上の幸福を得るタイプではない。全然ない。太古より地上で猛威を奮っていた鬼たちを筆頭に、幻想郷にはその手の自信家や熱血漢は案外多いが、そいつらと同類にされても困る。
 青娥とて厳しい修行、秘術の研究を積み重ねて体得した仙術の数々を相手に見せ付けるのが趣味であるが、それもあくまで自慢が目的である。
 寧ろ、戦うのはキライだ。慣習的に襲撃を続けて来る死神連中を適度にあしらうだけで充分だと内心ウンザリしているくらいだし、他人のファイトを観戦するくらいが一番性に合っている。


(それなりに、期待してたんですけどねえ)


 冷たい床の上には、仲良く手を握り合う様にして倒れた二つの死体。
 形だけを見るのなら、メリーと蓮子の息絶えた姿。
 青娥はもう一度、ため息混じりに二人の亡骸を眺めた。


 “他人の欲を覗く”
 このバトルロワイヤルで邪仙の狙う目的らしい目的はと問えば、つまるところそれに終始する。DIOに仕えるのも、彼女の目的を叶える上で最も近道足り得る手段だから。
 何故なら彼は、人の心に澱む欲を引き出すのが非常に達者なのだ。秋静葉が強引に振舞っていた、本来には備わっていない貪欲さを彼はそっと抑え込み、心にすっかり沈澱させていた安息への欲求を逆に掬い上げた。
 彼女は秋の神だが、敢えてこう表現しよう。

 DIOは秋静葉を、人間へと戻した。
 戻した上で、更なる深みの〝悪〟の道へ誘った。

 また一見怪物の様に見えたあのサンタナの、内に燻る渇欲や名誉欲といった血生臭い欲求を手玉に取り、コントロールするといった老獪なやり口を披露したのには舌を巻いた。
 蚊帳の外から見ていた限りではこの上なく凶悪なあの鬼人を口八丁手八丁で丸め込み、何だかんだ懐刀に迎え入れようと画策したのだ。奴を本気で潰すつもりなら出来ていたろうに、感心を通り越して寒気を覚えるくらいの口巧者なのがよく分かる。

 一方で、あの『肉の芽』は青娥的には頂けない。あれは人の持つ欲を完全に上から抑え付け、似非忠義を強制させる様な代物だ。忠実なる下僕を作るには最適だろうが、傍から観察する分には勿体ないとさえ思う。だから蓮子の芽が解除された時は、彼女本来が最期に見せた欲を静かに見守る事を我が使命としたのだが。
 河童のスーツにより透明化を図り、わざわざ暗がりから観戦していたのが先の二人の交錯。DIOから彼女たちの確保を命じられはしたが、勿体ないと感じ取り敢えず傍観に徹していた。お陰様で優先して確保する対象の蓮子は死んでしまったが、それでもいいと青娥は満足する。

 実に人間らしい、お涙頂戴の物語。
 人と人の紡ぎ出す『絆』は、かくも美しいものか。
 弱者には弱者なりの、生きた証が見られた。
 『欲』を言うなら、彼処には〝八雲紫〟などという紛い物なのでなく、本物の〝マエリベリー・ハーン〟を用意して欲しかったという希望はあったが。


 だから青娥は、二人の邪魔をしようとは最初から最後まで考えなかった。

492黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:36:42 ID:dCSol15U0
 深い欲も、浅い欲も。
 高尚な欲も、凡庸な欲も。
 個々人によって大小の差はあれ、その差別こそを楽しむのもまた一興。それが青娥の、普遍的な価値観。
 勿論、欲にも彼女なりの嗜好が出る。傾向としては、強者であるほど欲に深みが現れ、観察する楽しみも格段に増す。
 強い相手を好むという彼女の性質は、身を焦がすほどの欲を愛し、耽溺し、自分を満足させてくれる割合が破格だからという本意的な部分を基点としている。

 故に、八雲紫ほどの大妖怪ともなれば、最期に醸し出す欲の度量──肝に当たる部分は、さぞや美味なる品質に違いないと期待していた。
 他者から見れば『嘘っぱち』の秘封倶楽部を最後まで見届け。ようやくメインディッシュの八雲紫を、報復と共に突き崩すチャンスが訪れた。彼女の欲はそんじょそこらの凡夫とは一味違う筈だから。
 舌舐めずりを抑えながら開いてみたディッシュカバーの中身は……期待に反し、青娥の興味欲を一層削いでしまった。

 蓋の中から飛び出した紫の欲は、深いようであり、浅いようでもあり。
 高尚なようであり、凡庸なようでもあり。
 早い話が、欲ソムリエである青娥をして“よく分からない”であった。

 何故なら彼女の最後の抵抗は、想像以上に『普通』だったのだから。
 いや、抵抗と呼べる行動すら起こさなかった。本当に、普通の女の子そのものの力だった。

 ガッカリ。
 面白くない。
 つまんない。
 ビミョー。

 さっきから青娥の頭をグルグル回るのは、それらの単語ばかり。口先をアヒルみたいに尖らせながら、何をするでもなく、こうして二つの亡骸をトボトボと見比べてはションボリと項垂れる。

 こちらが勝手に、一方的に期待していただけ。紫を愚痴るのはお門違いというものだ。
 その実態を理解しているだけに、何とも遣りようのない萎縮が肩透かしの形となって、青娥の口から「はぁ〜」と吐き出されていく。


「ねえ、紫さま〜……。貴方は最期に何を思い、何を見ていたのかしら」


 紫が天を仰ぎながら零した、最期の言葉。
 あの大妖怪が遺す最期の言葉というのだから、青娥も内心胸を高鳴らせていたのに。
 その末路は、どうにも解せない。


『───うん。わたし、“普通の女の子”になりたかったの』


 言葉の意味はこの際、重要とはならない。表面のみを捉えれば紫の遊び心とも言える。
 戯言も同然の台詞。それは裏を返せば、遊べるだけの余裕があの瞬間の紫に発生した。
 その余裕の根源が青娥にはよく分からない。わざわざ直前に、式神の暴走行為まで示唆してやったというのに。
 いや、少なくともあの瞬間までの紫は相応の──青娥の期待通りの反応を見せてくれたのは確かだ。

 その直後。
 『夢』を語る最中の彼女に、理解し難い変貌が訪れたのだ。


「満足……? ちょっと、違うわね」


 感覚としては近いが、紫は決して全てに満足を覚えながら逝ったようには見えなかった。
 賢者を冠する彼女にも、幾つもの心残りを憂うような顔の相は垣間見えた。
 満足というよりは、妥協と呼んだ方が更に近い。


「恐怖……? それこそ似合わない」


 自身の消滅を怯えない妖怪などいない。大妖であろうと、例外は無く。
 少なからず彼女に恐怖はあったろうが、存在を脅かす敵へと震え上がるような弱音ではなく、この世に憂いを残すことによる無念さが際立っているようだった。


「諦観……? だとしたら、一番不愉快なパターンだけど」


 何もかもの敵対事象に対し、両手を上げながら諦める。それは言うなら、青娥の最も毛嫌いする、マイナス方面での無欲だ。紫に限ってそれは無いと断じたいものだが、少なくともあの時の彼女は、ある種の諦めも見えた。
 仏教において『諦め』とは、物事への執着を捨てて悟りを開く事とも云う。自分などより数倍胡散臭いあのスキマ妖怪に悟りが開けるなどとは全く思わないが、『執着を捨てる』という線はかなり近いように思える。
 その線で考えたなら、執着を捨てたというのはつまり、『執着を持つ必要がなくなった』とは言い換えられないだろうか?

493黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:10 ID:dCSol15U0


(執着…………『何』への?)


 ───夢。


 確かにその賢者は、『夢』などというお子様じみた言動を繰り返していた。
 夢が叶ったから、執着を持つ必要はなくなった?
 または……夢が叶う展望が開けたから、胸に残った未練を捨て切れた?

 そうとでも考えなければ……あの時。
 夢を語る瞬間、あの女が『微笑んだ』理由が分からない。

 あの八雲紫が、夢? ……馬鹿馬鹿しい。
 そもそも彼女の願う『真の夢』とはなんだったのだろう。
 まさか本当に『普通の女の子』になりたかったとでも言うのか。今際の際に発した渾身のジョークとしか思えないが。

 だが、とはいえ。
 そのジョーク通りに、この紫は正しく普通の女の子に極めて近い。
 含めた意図は不明だが、見た目には完全にマエリベリー・ハーンの容姿へと偽装出来ているし、妖力の方も通常の八雲紫と比べればあまりに微小。話にならない力だった。


 ───何故?


 容姿の入れ替わりについては、周囲を欺くという一応の建前は推察できる。いわば隠れ蓑として機能させる事も可能な、小賢しい一芝居だ。
 が、その中身……大妖としての力までが極めて縮小されていたのはどういう訳だ? 戦闘による衰弱には見えなかった。
 事前に何事かあったのか。その“何事”という要素が、紫の欲の謎に迫るイレギュラーなのか。

 泥水の中に埋もれた失せ物を、目隠しでまさぐって探すような不快感すら覚えてくる。


「……はあ。ま、終わった事はもういいか」


 お手上げだった。
 青娥も元々、尽くすタイプであると同時に飽きやすいタイプでもある。
 八雲紫が期待を裏切る『大ハズレ』であった事実は大いにモチベーションを削る結果となって終わったが、それに見合う『収穫』だってちゃっかりゲットした。
 それで良しとしよう。この『土産』は、DIOを満足させるに足る代物であるはずだ。


「ディエゴ君の予想、ドンピシャだったわねん。
 ───八雲紫の『精神DISC』、入手完了っと」


 先程から事も無げに、青娥の手の中で弄られていた円盤の正体。
 八雲紫の精神DISCとの呼称を与えられたその円盤は、正確には『ジャンクスタンドDISC』という名で配られた支給品。

 メリーに扮装した八雲紫を追う過程で、青娥はディエゴとすれ違っていた。その際に受け取った物が、この一見使い道の見えないジャンクDISC。
 無能力のカス円盤であることから、あのノトーリアス・B・I・Gの円盤以上に価値観が薄い物品。

 故に青娥のお眼鏡にかなう事は無いと思ったが。


 ──
 ─────
 ─────────


『DISCとは元々、魂やスタンドを封じ込めておく器の役割があるようだ。こいつはオレの翼竜が一枚だけ拾ってきた物だが……お前にくれてやる』

『あら珍しい。でもディエゴ君? 私が欲している円盤っていうのは、素晴らしいオモチャが詰まっている枕元の靴下に限りますわ。こんなゴミDISC一枚押し付けられたってねえ』

『確かに、この円盤は“空っぽ”のようだ。支給品としては最下層に位置するハズレ中のハズレ、だな』

『えぇ〜…………かえす』

『まあ聞けよ。第二回放送終了後、オレ達があの神父との接触を優先させたのは何故だ?』

『神父様のスタンド能力による、大妖や神に並ぶ強大な魂の収集ですね』

『そうだな。そしてその手段はエンリコ・プッチの生存が大前提となる。そして今、オレたちが連れて来たプッチは早くもくたばっちまったってワケだ。さあ、困った事になったぜ』

『……もしかして、ディエゴ君』

『別の方面から考えようって話だよ。ジャンクDISCとはいえ、これもホワイトスネイクから生み出された能力の残滓だ』

『ふ〜〜ん。……読めましたわ。ま、そうであるというなら一先ず、コレは預かっておきましょうか』

『その円盤は会場内に多く振り分けられているらしいが、オレたちの手元には現状、それ一枚きりだ。無くすなよ』

『はいはい。ディエゴ君はどうするの?』

『どうもしない。今回は情報整理ついでに身体を休めておくさ。これでもスポーツ選手なんでね。……お前は?』

『逃げた小鳥が戻ってきたようですので。少し、お迎えと……“仕置き”を』

『そうかい。あまり好き放題にやるなよ』

『お互い様、ですわ』


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 ─────
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494黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:35 ID:dCSol15U0

 結論から述べれば、『実験』は大成功に収めた。
 青娥は紫を殺害する間際、彼女の頭にこの『空のDISC』を差し込んでいた。挿入した上で、そのまま殺した。
 通常ならDISCを埋め込んだまま本体が死に至ると、DISCは『死』に引っ張られて消滅するらしい。その性質ゆえ、この実験は一種の賭けではあったが、失敗しても失うのはゴミ円盤一枚。ローリスクハイリターンの実験だったと言える。

 死亡し肉体から剥がれ落ちた紫の魂は天国へと昇らず、このDISCの中へと吸い込まれていった。
 これはホワイトスネイクの行使する能力を、そのまま擬似的に応用した形である。かつ、本来なら作用するDISCの消滅は免れたまま、こうして青娥の手の中で無事形を保っている。

 この謎の解答を持つプッチが死亡してしまった為、青娥なりに仮説を立ててみた。
 本体が死ぬとDISCもそれに引き摺られて消える、というのはDISCの中身が入っている場合の話だ。GDS刑務所にて青娥自身ヨーヨーマッから聞き出した情報だし、裏付けとしてプッチ本人からも聞いておいたので真実味のある内容だった。
 秋静葉が殺害した寅丸星にもスタンドDISCが挿入されていたらしいが、寅丸死亡後にDISCの生存は確認されなかったと聞いている。まあ、これは寅丸の肉体自体が消滅したからDISCも一緒に、という考えも出来るが。

 対して青娥の使用したジャンクDISCは、ディエゴが話した通りに『空っぽ』の物だ。念の為、事前に自分の額に差し込んでみたが、一度目は失敗した。既に『オアシス』のDISCが入っていた為か、バチンと弾かれて放出されたのだ。
 それならと、一度オアシスDISCを外しジャンクの方を差し込むと、“このDISCでスタンド能力は得られません”といった旨の音声が、ご丁寧に脳内で流れてくる始末。
 正真正銘の空っぽDISC。通常のDISCとの違いはその点であるという事は明白。本当にただの『器』である故に、DISCの崩壊は起こらなかった。代わりに、死にゆく紫の魂を空のDISCに取り込んだ。

 DISCについてはまだまだ未知数な所がある為に手探りだが、ステップとしては

 『空DISCを挿入する』
→『本体の殺害』(魂を剥がす)
→『DISCを取り出す』(魂の取り込み完了)

 この一連の流れで、恐らく魂は収穫可能だ。
 ホワイトスネイクとは違い、ジャンクDISCの消費と、相手本体の直接的殺害というステップが加わるが、この発見によりプッチ以外の人物による魂回収作業がグンとやり易くなった。


「ともあれ、これでやっと『一つ目』ですわ。八雲紫ほどの大妖怪サマであれば、魂の質量というハードルは余裕綽々の棒高跳びでしょう」


 集めるべき『三つ』の魂には、大妖怪・神に相当する強大なモノであるというハードルがある。
 言うまでもなく、八雲紫とは幻想郷を代表する大妖怪だ。これ程の魂であれば、もはや青娥の勲章は大金星。


「DIO様、きっと喜んでくれますわよね〜♪」


 先程までの不満顔は、手にした戦果によって一気に吹き飛んだ。
 勢いよく立ち上がり、鼻歌すら歌いながら青娥はこの場を上機嫌で後にする。

 いまや彼女の頭には、八雲紫への失望や、愛するキョンシーを奪われた怒りなど消え失せていた。報復の達成によって不満や憎悪が消化された──ワケではない。
 魂の確保という収穫により、渦巻いていた怨恨が、戦果を挙げた高揚へと上書きされたに過ぎなかった。元々大した怒りなど無かったような気がしてならない。
 芳香を喪った事については本当に、ホンット〜〜に悲しく辛い経験だったが、キョンシーなら“また”どこかで良さげな死体でも見繕い、産み出せば済む話なのだから。

 長年、愛用していた大好きな玩具が壊れた。
 邪仙にとって宮古芳香の死とは、その程度の喪失。
 “替えのきく”、大切な大切な家族だったのだ。

495黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:00 ID:dCSol15U0

 その時、視界の端の闇に、俊敏な動きで這う生物の影を邪仙の視力が拾った。
 光量の微少な地下道であるゆえ見過ごしかけたが、そいつは確かに青娥の荷物から飛び出したように見えた。正体には凡そ予想がつく。

「……トカゲ? ディエゴ君ね、どうせ」

 仕込まれたのはさっきだろうか。中々のスピードで走る輩であったが、青娥はそれを難無くとっ捕まえた。ディエゴの下僕は例の翼竜だけかと思っていたが、トカゲタイプも居たのか。

「どこまでも食わせ者ねえ、あの子も」

 邪仙・霍青娥は、マエリベリー・ハーン(紫)と宇佐見蓮子の乳繰り合いを蚊帳の外からニヤついて観ているだけでした。そんな報告がDIOに渡っても面倒臭い。
 青娥はほとほと苦笑しながら、尻尾を掴まれオロオロするトカゲを空いた手でグチャと握り潰し、泥団子の様に丸めて隅っこへと棄てた。





「あ、そういえば『良さげな死体』なら、此処にも二つあるじゃない」


 双輪に結った頭に一際明るい豆電球が点灯した。今更な閃きではあるが、蓮子とメリーの死体を使ってキョンシーを作り上げるというのも悪くない。

「……いや、流石に悪いわね。そこまでしちゃあ」

 妙案はすぐさま取り下げられる。常識的な倫理観など持たない彼女が“可哀想”とまで同情し、結局二人の死体は置いて行く事にしたというのだ。
 青娥にとってそれは、本当に、単純に、ただ『カワイソウ』だっただけ。
 形だけでもせっかく『再会』出来た秘封倶楽部のか弱い二人を、キョンシーにしてまで好き放題するなんて……


「───私の『良心』が痛みますわ。せめて安らかに眠ってね、秘封倶楽部のお二人さん♪」

 
 ああ……なんて不憫な子達なのかしら、と。
 少女の片側へは、自ら手に掛けたという事実も棚に上げて。

 邪仙は、心の底から薄っぺらな同情を掛けやり───少女達の死体には、もう見向きもせずに去り行く。


「〜〜〜♪ 〜〜♪」


 軽快な足音と耳に障る鼻歌の余韻のみが、誰も居なくなったこの場所に生きる最後の音。
 結局、邪仙には最後まで分からない。
 八雲紫の弱体化の裏側。最期に見せた笑み。


 その根源は、彼女が託した者達へと繋がっているという事に。


            ◆

496黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:30 ID:dCSol15U0







 後に残ったのは、〖白〗と【黒】の衣装が対を成した、二つの屍。

 マエリベリー・ハーンに成りきろうと慟哭した骸と、宇佐見蓮子の物言わぬ骸のみ。

 〖モノクロ】に交わった彼女達を彩るかのように、赤いドレスが血溜まりを形成し、二人を中心に沈めた。



 〖白い少女〗の右手と
 【黒い少女】の左手は
 この宇宙から崩壊した〖秘封倶楽部】を
 いつまでも……いつまでも此処へ繋ぎ止めるように
 合わさったその手に『境界』なんか在りはしないと示すように



 ───固く結ばれ、絆いだ証をこの世に遺していた。



【八雲紫@東方妖々夢】死亡
【宇佐見蓮子@東方Project】死亡
【残り 47/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

497黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:39:01 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー30%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

498黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:41:32 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:41】C-3 紅魔館 地下道










「………………『メリー』って、ね。呼んでくれたの───蓮子が」


 寄り添い合うように眠る、〖秘封倶楽部】の番(つがい)を。
 〝八雲紫〟の姿で、しゃがみ込んだままじっと見つめる少女。

 気遣うように距離を置いたジョルノと鈴仙は、彼女の背後に無言で立ち尽くしている。
 掛ける言葉も見当たらない、という言葉がよく似合っていた。

 ただただ目の前の現実を歯噛み、自分の力の無さを実感する。


「最初に『メリー』ってあだ名で呼んでくれたのは、蓮子だったわ。『マエリベリーじゃあ呼びにくいから』って……」


 蓮子。宇佐見蓮子。
 マエリベリー・ハーンの、大切な友達で。
 秘封倶楽部の、たった一人の相棒。

 それだけ。
 それだけ、だった。
 メリーにとっては、それだけで充分だった。
 ただそれだけの……何処にでもいるような、元気一杯の少女だった。


「『どうしてメリーなの?』って、その時の私は困惑しながら訊いたわ。そしたら『“マエリベリー”って発音しにくいし、語感の良い感じに縮めた』って。
 縮めたんならメリーじゃなくて“マリー”じゃない。ほんと……可笑しいわよね」


 本当に可笑しそうな様子で、メリーは背を向けたままに連ねる。
 震えを我慢する声に染み込んだ悲壮が、ジョルノにも鈴仙にも、沈痛に伝わる。


 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 先程ジョルノは彼女へそう尋ねようとした。交わされた握手を通して、ゴールド・Eが彼女の生命力に『違和感』を感じたからだった。それでも紫とマエリベリーの意を汲んで……やはり尋ねなかった。
 姿形は八雲紫そのものだが、この少女の本質は間違いなく〝マエリベリー〟というジョルノもまだ知らぬ人間だ。
 彼女の独白と今の光景を見れば、それは嫌でも理解してしまう。

 
「……私、此処に飛ばされてから。この世界に来てから。まだ、あの子と『再会』出来てない。
 〝宇佐見蓮子〟とは、何一つ、会話も……会話、すらも……してない」


 邪悪に支配された蓮子に蹂躙されたメリーは、彼女を『宇佐見蓮子』とは見れなかった。
 芽の呪いから蓮子を解き放ち、初めて二人が『再会』を果たせると。
 そう、信じて頑張ってきた。


 メリーは、とうとう『宇佐見蓮子』に逢えず───今生の別れを突きつけられたのだ。


 こんな辛い不幸は誰のせいだ、と怒りを燃やすことも。
 あの時こうしていれば、と我が身を責め立てることも。
 愕然として夢から覚める様な現実を、見つめることも。
 頭が麻痺して光景を受け入れられず、逃げ出すことも。
 拒絶したいほどの悲哀に屈し、大粒の涙を流すことも。

 そのどれもこれもの感情が、自分の中で上手く湧き上がらない。



「なんで、かな」



 一言、呟いた。


 少女の手の中には、いつの間にか。
 七つの星をその背に彩った、てんとう虫型のブローチが握られている。

499黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:07 ID:dCSol15U0

「それは、僕の……」

 ジョルノがハッとして、思わず口に出す。
 それは繋ぎ合った〖秘封倶楽部】の握り合う手の中に守られていた物だ。
 それは蓮子を救出する前、紫の衣装からメリーへと継がれたブローチだ。


 そして、それは。
 妖刀に支配された蓮子から、八雲紫を守る為。
 ゴールド・エクスペリエンスの反射が働き、結果的に蓮子の命を奪い取ってしまったブローチ。


 ブローチの中心には刀で突き刺したような小さな痕跡。
 血溜まりの中に倒れる蓮子の胸にも、同じような刺傷。
 辺りには、刀だったモノの、最早欠片とも呼べぬ残骸。
 それが一体、何を意味するか。


 ほんの断片的な情報が顕とされ、ここで起こった『真実』をジョルノは可能な限り推測した。


 真実とは、時に残酷だ。
 かつて真実を求め、苦難の道を歩んできたジョルノにとって。
 未だかつて無いダメージが、彼の心を蝕もうとしていた。

 
「───貴方のせいじゃないわ。ジョルノ君」


 脳へと響くグラりとした衝撃に、よろめきかけるジョルノを救う声がメリーの口から漏れた。
 罪の自覚に動揺するジョルノを支えるような、その言葉は。
 ここで起こった悲劇が、彼女にも凡そ理解出来たということを証明していた。

 メリーはアヌビス神が持ち主を操る妖刀だという事も、ゴールド・Eが攻撃を反射するという事も知らない筈だ。
 だが“今のメリー”には、八雲紫の記憶・意志が受け継がれ、以前とは比較にならない情報量を得ている。
 現状を見れば、少なくとも宇佐見蓮子の死因がジョルノのブローチによる反射だ、という真実に辿り着くことは、メリーにとってもそう難儀な推理ではない。

 その真実を知ってなお。
 メリーは、ジョルノの胸中を労る言葉を掛けた。
 彼女の『聖女』のような優しさに、「なんて強い子なのだろう」とジョルノは思う。
 真に傷付いているのは、間違いなくメリーの方だというのに。

 彼女の優しさは、その未来に暗雲をもたらすかもしれない。
 ジョルノのよく知る、今はもうこの世にいない……あの勇敢なるギャングリーダーのように。


「……貴方の友人は、僕が死なせてしまったようなものです。本当に、なんと言えば……」


 だからジョルノは、メリーの優しさを軽率に受け取らない。
 簡単に受け入れては、誰の為にもならないと思った。

「ジョルノ君……」

 そんな悲痛な面持ちのジョルノは見たことがない。すぐ横で二人の顔を窺う鈴仙も、掛けるべき言葉を見い出せずに胸へと手を当てた。


「少なくとも、ここで眠っている蓮子の表情は……とても人間らしい顔をしているわ。
 DIOに支配されていた時よりも、遥かに穏やかな顔。……少し、哀しそうだけれども」


 メリーは膝を下ろし、蓮子と……片割れの紫の頬をそっと擦る。
 動かない蓮子の額に、肉の芽は無かった。きっと紫が約束を果たしてくれたのだろう。
 宇佐見蓮子を必ず元に戻す。そう交わして、邪悪の魅せる悪夢の中から蓮子を引き上げてくれたに違いなかった。


「ジョルノ君のブローチが、蓮子と……紫さんを『救って』くれた。
 私は、そう信じています」

500黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:42 ID:dCSol15U0

 初めて、メリーが笑った。
 その微笑みはとても脆い形ではあったが、ジョルノの心を大きく清めてくれた。

 実際の所、ジョルノのブローチが八雲紫を守ったのは事実だ。
 結果としてそれは、蓮子の命を散らせた直接の出来事を生んでしまったが。
 もしもブローチが無ければ紫は殺され、蓮子は妖刀の呪いから解き放たれることも無かったろう。
 それでは、意味が無かった。
 それでは、『宇佐見蓮子』は永遠に戻ってこれなかったかもしれない。

 だからこれで良かった──だなんて、言えるわけが無いけども。

 七星のてんとう虫が、宇佐見蓮子を最後に『人間』へと戻し。
 彼女に『秘封倶楽部』を思い出させ。
 そして八雲紫も、『夢』を仰ぎながら眠った。
 自分は最後まで蓮子と再会出来なかったが。
 蓮子はきっと、最後に〝メリー〟と再会出来た。
 メリーには、そう思えてならない。


 状況証拠のみを検分し、都合の良い妄想に逃げ込もうとしているだけかもしれない。
 それこそ、夢見心地に浸りたくて。
 だとしても八雲紫の意志は、今やメリーに在る。一心同体なのだ。
 あの人を信じるという事は、自分を信じるという事に繋がる。

 蓮子を『救った』ジョルノには、感謝こそあれ。
 自分を責めることなど、しないで欲しかった。


「だから、ジョルノ君にはそんな表情をして欲しくないんです。
 私なら、大丈夫。……大丈夫、ですから」


 大丈夫なわけがなかった。
 大事な人を、一度に二人も喪ってしまったのだから。

 だからこそジョルノは固く決心する。自分には責任を果たす必要がある、と。
 彼女と───マエリベリーと共に『真実』に向かおう。
 色々な事が起こり、多くを喪い、傷付いた少女を『導ける』のは、ここに居る自分なのだ。
 自惚れかも知れなかったが、紫から受け継いだ物は正しい方向へと導かなければならない。


「───僕には、部下がいます」


 ジョルノは、マエリベリーと手を取り合える距離まで足を踏み出した。
 彼女は『護る対象』ではない。共に歩く相手として、正当なる関係をこれから築かなければいけないと思い、互いを知ろうと思った。


「組織のトップとして、多くの部下は居ますが……真に僕を慕う者は多くない。組織の構成上、仕方ないことではありますが。
 それでも命懸けで僕を慕ってくれている彼らに対し、僕は心から嬉しく思う。そして、掛け替えのない信頼を築いていこうと尽力もしている」


 ボスの娘を護る護衛チーム。ブチャラティを筆頭としたかつての少数チームが、ジョルノにとっては『始まり』であった。
 その始まりは、今となっては一人だけ──此処には居ないパンナコッタ・フーゴしか残っていない。だからこそ彼との間には、深い『絆』がある。


「その絆の証明……の様なものかも知れません。彼らの中には、僕を『ジョジョ』と呼ぶ者も居ます。そう呼ぶよう、僕の方から願ったのですが」
「ジョジョ……?」
「はい。ギャングのコードネーム……とかでは全然ないんですが。
 なんと言うか、そう呼ばれると安心するんです。ただそれだけ、ですけどね」


 ジョジョ。そのあだ名は不思議なことに、メリーにとっても奇妙な親しみがあった。


「マエリベリー。君が良ければだけど……どうかこれからは僕を『ジョジョ』と呼んで欲しい。組織とか部下とか関係なく……それでも。
 君の中に紫さんの意志が生きているとしても、僕と君との関係は『新たな信頼』からでなくてはならない。そう思うんです」


 『夢』から始まった物語。
 黄金のように気高い夢と、虹を見るようなささやかな夢。
 少年は少女の前へと、腕を差し出した。


「私の名前はマエリベリー・ハーン。“マエリベリー”の綴りを崩して、蓮子からは『メリー』と呼ばれていました。
 ジョルノ君───いえ、『ジョジョ』。そして鈴仙さんも、私の事は『メリー』と呼んで欲しいの」


 少女は、決起の瞳でそれを取る。
 そこに加わるのは、もう一人の少女の腕。


「もう! ジョルノ君、私のこと忘れてない!?」
「忘れてませんよ、鈴仙。……改めて、よろしく」
「……うん! よろしくね、ジョジョ!」


 その笑顔は、かつての鈴仙の『負』を微塵も感じさせないくらい快活だった。
 ジョルノと、メリーと、鈴仙。
 三人の輪が、様々な隘路を経て繋がった。



「これからよろしくお願いします。ジョジョ。鈴仙」

501黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:43:10 ID:dCSol15U0

 子供の頃に見た『夢』が、大人の階段を上るにつれ。
 社会に歪められた価値観の底へ、ずるずると埋もれていく。
 人はそうやって大人へとなる。

 いつからだろう。
 それが嫌で私は、秘封倶楽部という名の永遠の殻に閉じ篭ろうとしていた……のかもしれない。
 だから、あの日常は楽しかった。
 子供のままでいることは、大人達の……一種の『夢』なのかもしれない。
 私も同じだ。
 いつまでも……いつまでも、今のままの秘封倶楽部で。
 私が永遠に……空を堕ちるように見ていたかった、平凡な夢。


 子供だった夢は、今日。
 唐突に、壊された。


 何も無い私。
 拙い蛹でしかなかった私。
 そんな私が、今日、この日。
 本当に叶えたい……叶えなければならない『夢』が、出来てしまった。

 気付かされた事もあります。
 虹色の翼を貰い、羽化し、蝶となって翔べたのは。
 蓮子。
 紫さん。
 いつもいつも、貴方たちが傍にいてくれたからだった。
 今までも。
 そして……これからも。

 私の掛け替えのない人たち。
 さようならなんて言わないけれど。
 私は、私なりの『操縦桿』を掴むことができました。
 私なりの『夢』も、見つけることができました。

 
 DIOが望み、手に入れようとする私の『力』。
この力が“何処から来た”力か。それは、もはや重要な事ではない。
この力が“何処に向かうべき”力か。本当に大切なのは、それなんだと思う。
 私自身が抱える『謎』。私はそれを、これから暴いていかなければならない。
 それはきっと、一人では難しい。
 ジョジョと鈴仙が手伝ってくれるというのなら、本当に嬉しい事だけども。

この世の謎を暴く道に、七色の『虹』が架かっているとしたなら。
 その先にある『真実』を見つけ出したい。


 私なりの、黄金の夢。
 真実に向かって歩き出す、新たな夢。



「だってそれが……この世の不思議を暴く〝私たち〟の秘封倶楽部、でしょう?
 ───蓮子」





 最後に落とした、ガラス玉みたいに綺麗な涙が、虹色の蝶に溶け。
 キラキラ光る鱗粉を落としながら、いつか夢見た虹の先へと、翔んで消えた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

502黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:43:35 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(中)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:紫と蓮子を弔う。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:紫と蓮子を弔う。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。

「宇宙の境界を越える程度の能力」
マエリベリー・ハーンがもう一人の自分、八雲紫と遭遇した事により羽化したと思われる能力。スタンドなのか、全く別の次元の力なのかも不明。
彼女はこの力を幼少の頃より潜在的に発揮していた節もあり、八雲紫との関連性は謎。
要検証。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:紫と蓮子を弔う。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

※紅魔館が崩壊しつつあります。

503 ◆qSXL3X4ics:2018/11/26(月) 01:47:57 ID:dCSol15U0
投下終了です。
予定していた分量を大幅にオーバーしてしまい、遅刻どころではない結果となりました。次回からはコンスタントな投下を心に刻みます。

504名無しさん:2018/11/26(月) 09:42:12 ID:RwVSG9v.0
投下乙
なんだか色々と、意識の外から攻撃されたって感じだ…
各シーンごとに没頭しちゃうから、まさかの展開には驚かされてしまう

ゆかりんの最後の台詞は涙腺ゆるんじゃった
大作お疲れ様でした

505名無しさん:2018/11/26(月) 13:50:06 ID:bqwc5tdI0
投下乙です

金髪の娘可哀想

506名無しさん:2018/11/26(月) 14:39:35 ID:wNcXIqdc0
投下乙です
『夢』を主軸にして描かれた大作、本当に素晴らしかったです

507名無しさん:2018/11/26(月) 18:38:06 ID:1u2C34XM0
生き残りも良い感じに減ってきたな

508 ◆e9TEVgec3U:2018/11/26(月) 23:15:30 ID:QiwIn7zU0
投下お疲れ様です。
紅魔館を舞台にした手に汗握るスペクタクルでした。
脱落者4人それぞれのラストは晏起してしまう程に読み耽ってしまい、ただただ打ちのめされるばかりです。
彼女達が死に際に漿を請いて酒を得れたと切に願います。

居ても立っても居られず、稚拙ながらもこの話の支援絵を書かせて戴きました。
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1952524-1543240849.jpg
これからの創作の助けになれば幸いです。

長くなりましたが、エシディシ、ディアボロの2名を予約させて戴きます。

509 ◆e9TEVgec3U:2018/12/05(水) 20:13:38 ID:n/2IcN/20
すいません、予約を破棄させて戴きます…

510名無しさん:2018/12/31(月) 17:33:01 ID:rXl0AkCw0
今年の反省点は予約の破棄が多かったところかな。来年も皆さん頑張りましょう!

511名無しさん:2018/12/31(月) 22:14:11 ID:dBIi37g60
くっっっっっっっっっっっっだらねえ便所のネズミのクソ以下のレスでageる害悪タンカス野郎は永久にこのスレから消えて、どうぞ

512名無しさん:2018/12/31(月) 22:35:12 ID:WkC0ACp20
>>510
何様なんですかね……

513名無しさん:2019/02/03(日) 11:39:53 ID:CAfQrzx.0
保守

514名無しさん:2019/03/01(金) 20:04:44 ID:CjyCotOI0
保守

515 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:08:22 ID:ZcI0NUco0
投下します

516 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:09:29 ID:ZcI0NUco0
「此処が永遠亭ですか。」

 趣があるであろう、竹林に潜む広い屋敷
 雪すら降り始めた寒空の中、二人はやっと永遠亭へと到着した。
 ジャイロ達と別れてからも、放送を聞いてからも長い時間が過ぎている。
 時間の経過から、彼らが残っているとは思えないが、現在地が把握できただけでも大きい。
 散々迷いに迷っていたあの頃と比べれば、ずっと前に進めただろう。

「東風谷さん、少し休憩していきましょう。
 この天候では休まないと体力を奪われます。」

 先ほど休憩したものの、雪が降り始めていて気温は低い。
 この先だって体力を奪われてしまうのに、余計なもので消費したくはない。
 幸い、カセットコンロもあるため、暖を取るのは多少は楽な状態だ。 

「早くジャイロさん達に合流したいですけど・・・・・・この寒さですからね。」

 玄関を開けながら早苗は雪が降り注ぐ竹林を見て、白いため息を吐く。
 この数時間、二人はただ竹林を彷徨い続けた結果、誰とも出会っていない。
 それはつまり、現在のバトルロワイヤルの進行状況が把握できていないに等しい。
 彼らが誰とも出会わなかった時間で、多くの参加者の邂逅、或いは死亡があったはず。
 あってほしくはないが、花京院でいえば承太郎達、早苗でいえば神奈子や諏訪子たちだって、
 いかに強くとも無事でいられるかどうかは、正直なところ怪しいと思っていた。
 特に、この中だと一番の問題は神奈子だ。神奈子の暴走を早く止めなければならない。
 ───もし。もしもの話で、神奈子が既に諏訪子と出会っていて、手にかけていた場合。
 彼女とちゃんと向き合える自信は、あるとは言い切れなかった。

「しまった。」

「え!?」

 玄関を進むと、突然花京院が小さく呟く。
 敵襲かと思い強く早苗は咄嗟にスタンドを出して、身構える。
 どこに何かあるかわからず、辺りをせわしなく見ていくが、
 特に不審な点は見受けられない。

「あ、いえ。土足であがるのが基本で忘れていたんですよ。」

 そういいながら、花京院は自分の足元へと指さす。
 玄関で脱ぐはずの靴はそこにあり、文字通り土足で踏み込んで廊下に足跡を残す。
 日本で生活してるなら基本的にはないが、二カ月近く日本を離れていた彼には、
 他の文化に慣れすぎた故のミスともいえるだろう。

「とは言え、何があるかわからないこの状況なら、
 家主は申し訳ないですが、土足であがるしかないですね。」

 家主の本来の永遠亭は、これとは別のでしょうけど。
 なんて言いながら、花京院はそのまま永遠亭の中を歩きだす。
 裸足で雪が降った大地を走ることなどできたものではない。
 予期せぬ事態を想定する必要がある以上、靴を脱ぐわけもいかない。
 遠慮なく行動できるのも、スタンド使いと戦ったが故の適応力の高さか。

「ですよね。」

 思ってたよりも一般的な問題であり、肩の力が軽く抜ける。
 律儀に脱いでいた早苗は、すぐに履き直して花京院に続く。
 入り口はたいして損壊はしていなかったが、奥へ進めば進むほど戦いの跡が見受けられる。
 僅かながら焦げた臭いや跡から、炎を操る能力を用いる参加者がいることも推察できた。

(余り、あってほしくはないな。)

 炎を操ると言えば、真っ先に思いつくのはアヴドゥルのスタンド、マジシャンズ・レッド。
 ポルナレフを正面から打ち負かし、発現したばかりだが承太郎とも五分だったとも聞く。
 単純にして強い、あんなスタンドがこのバトルロワイヤルで支給されていたならば。
 かなりの強豪になるのは間違いなく、厄介極まりない存在になるだろう。
 たとえ、マジシャンズ・レッドのスタンド能力でなかったとしても。
 炎を使役できる能力。単純明快な、殺傷能力の高い能力になるのは必定。
 彼のスタンドの性質も合わせ、真正面からの戦闘は避けたいところだ。



 ある程度奥へ進むと、花京院は立ち止まってスタンドひも状にばらしてを張り巡らせる。
 星屑の十字軍で唯一の遠距離スタンドである彼にしかできない、スタンドによる索敵。
 常に移動しての旅だったのもあってか、あまり使う機会はなかったが、
 最初の時といい、こういう人探しの場面であれば、十分に役に立つ。

「やはり、いませんね。」

「ですよねー。」

517 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:11:06 ID:ZcI0NUco0
 概ね探索を終えた花京院の一言に、苦笑を浮かべる早苗。
 一か所にとどまり続ける程、彼らは何もできないわけではない。
 いないことなど分かり切っていたことではあるので、大した問題ではなかった。

「東風谷さんは永遠亭で何かを探してもらえますか。
 僕はスタンドで地下通路を発見したので、そこを見てきますので。」

 最初は永遠亭で一時的に休憩した後から移動しよう、
 そう思って休むというプランを考えたが、探索して気づいたことがある。
 張り巡らせた中に見つけた地下通路。寒さもしのげて迷路でないならば。
 外にいればいるほど体力を奪われる現状よりかは体力の消費も抑えられると。
 一方で、地下通路というワードに不穏に感じていた花京院は、念のため確認しに行く。

「あ、わかりました。」

 敵がこの永遠亭内にいないことは確か。
 単独行動の危険は今までよりかは少ないことが分かっており、
 早苗は言われてすぐに行動に出る。



(此処か?)

 人が一人は入れそうな穴が空いた、戦いの痕跡がある縁側に面した部屋。
 多数の血痕があるが、死体らしいものはない。埋葬されたのだろうか。
 思うところはあるが、今するべきことはミステリー漫画のように、
 殺人現場の状況や犯人が残した痕跡を理解することではない。
 特に気に留めることはなく、穴を避けて目的の場所へ向かう。

 近くの畳をひっくり返すと、屋敷にえらく不釣り合いな、重厚な鉄の扉がそこにある。
 畳で塞がれている扉だったが、スライド式らしく、地下からでも開けられるようにはなっている。
 スライドさせれば暗闇へと続く階段があり、ゆっくりと、踏み外さないように花京院は進む。
 静かに響く足音は、暗闇に合わせて恐怖を演出させるのに買って出てくれるが、
 今の彼はDIOに屈した時の花京院ではなく、恐怖を乗り越えた。大して不安になることはない。
 不安はないが、それでもDIOのような危険な連中がいる可能性が高い場所を前に、警戒は続ける。

 階段が終われば、僅かな明かりとともに、果てが見えないトンネルが続く。
 陽の光は射し込む部分はなく、最初の放送が又聞きである花京院にとって、
 今になって吸血鬼たちが昼間に移動できる手段があることを理解する。
 嫌な予感は、彼にとっては当たって欲しくなかった状況が的中してしまう。

(禁止エリアがある以上、公平さを取っているわけか。)

 逃げの一手があることに、花京院は先が思いやられる。
 DIOはエジプトから動きたがらなかったのはプライドの高さだろうが、
 禁止エリアという概念もある以上、此処では移動手段として使う可能性は高い。
 日中も逃げる、或いは追われることになるこの状況は、当然よくないものだ。
 日光というまともな弱点が、この地下でならもはや克服しているに等しい。
 そこそこ深いことから、天井に穴を開けて陽に当てるのも、そう簡単にはいかないだろう。
 特に、彼のスタンドはエメラルド・スプラッシュでも穴をあける芸当はできなくはないが、
 スター・プラチナのようなすぐにぶち破れるような破壊力とはいいがたい。

 一方で、この通路は悪くないのではとも花京院は思った。
 確かに吸血鬼たちにとっては有効ではあるし、暗闇ゆえ隙も疲れやすい。
 しかし先も考えたとおり、外の環境は雪も降りだして体力を奪われることも多いし、
 何より道に迷うこともないというメリットは、仲間との合流を急ぐ彼には吉報ともいえる。
 危険は伴うが、いい加減時間を食うわけにもいかず、誰かと合流するのを優先するべき、
 そう判断して、早苗を呼びに戻る。

(!)

 階段へ足をかけた瞬間、遠くから聞こえる足音。
 誰かが走っている足音であるのは間違いない。
 問題は、それが一体何処の誰かなのかだろう。
 この状況下だ。寒さを凌ごうという同じ思考はありえる。

「ハイエロファント・グリーン!!」

 だが、即座に花京院はスタンドで結界を張って、ダッシュで階段を駆け上がる。
 暗くて姿はまだ見えない、足音も遠い。だが───急激に、速度が上がってきた。
 獲物を見つけ、狂喜しながら接近する獣のように、足音が近づいてきたのだ。
 相手の姿を確認してから行動をしたかったが、彼のスタンドのスピードは人並みでしかない。
 もしも相手の速度が上回っていたら、短い時間とは言えスタンドなしで戦う羽目になる。
 スタンド使いはDIOのような例外を除けば、スタンドなしでは人と全く変わらないのだ。
 頭を撃たれれば死ぬ、心臓が止まれば死ぬ、出血多量でも死ぬ。相手はスタンド使いか、
 或いは人ならざる者の可能性が跳ね上がってる現状、無防備でいるわけにはいかなかった。
 脱兎のごとく階段を駆け上がり、地上へと戻って、申し訳程度の時間稼ぎに扉を閉めて、畳を戻す。

518 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:12:57 ID:ZcI0NUco0
 付け焼刃なのは分かっている。けれど、少しでも時間が稼げればと思って丁寧に戻す。

「花京院君、散策してたらミルクがあったのでホットに───」

「東風谷さん!! 敵が来ています!!」

「ええ!?」

 見事な温度差を気に掛ける暇もなく、
 両手にカップを持っていた早苗の腕を引っ張って、縁側へと駆け出す。
 急に引っ張られたことでカップは落ちて、畳の上を転がると同時に───





 跳ねた。
 轟音と共に畳が爆発したかのように鉄の扉と共に吹っ飛び、その衝撃でカップも天井へと吹き飛ぶ
 カップはそんな勢いで吹き飛べば天井に激突した時点で砕けて、破片の雨を軽く降らせる。
 その衝撃から逃げるように花京院と早苗は縁側へと飛び出し、積もった雪がクッションとなって、被害はない。
 そのまま受け身を取りながら、流れるようにスタンドを出して(戻して)、共に臨戦態勢に入る。
 こんな暴の力を振るった相手が誰なのか、それを今知るべきだ。
 吸血鬼を想定して外へ出たことで、多少の優位性はあると願うが、
 神奈子のような吸血鬼でなくてもとてつもない力を持った相手ならば。
 動ける身体とは言え、難敵であることは想像するに難くはない。

「スタンドをばらして壁にして時間を稼ぐ。
 咄嗟の判断としては上出来・・・・・・だが、残念だったなぁ?
 綾取りのようなお遊びな結界では、このカーズを阻むことなどできん。」

 もっとも、相対したのはDIO以上に危険な邪人なのだが。





 早苗もこの男が危険な相手だと認識いているが、花京院はそれ以上だ。
 階段を駆け上がる最中に、彼はスタンドを通じて目撃している。カーズの身体の動きを
 触れればエメラルドスプラッシュが発射される結界をすりぬけた方法は、余りにも常識外れである。
 全身を人の身体では土台無理な形に変形させ、異様な姿で結界を一切触れることなく掻い潜ったのだ。
 こんな方法で結界を抜けるなど、たとえDIOであっても至難な行為であるのは間違いないだろう。
 もっとも、DIOの場合は時間を止めた上での対処をしてくると思うが。

「貴様、我らを知っているのか?」

 外へと出ている二人へ、カーズは問う。
 二人は外へと身を投げ、受け身を取ったばかりの状態だ。
 普通ならばそのまま逃げるのが定石、よくても顔を向ける程度。
 雪が積もってると言っても、ほんの少し。足を奪われることはないし、
 細いとはいえ竹林の遮蔽物で、奥へ逃げられたら銃弾を持つカーズでも厳しい。
 にもかかわらず、二人は顔だけではなく、全身がカーズの方角へと向いている。
 おまけにスタンドも出し、無謀にも挑もうとしているのかもしれないと思うも、
 地下で相手は逃げを選んだ。判断力がある相手が無策で挑むなどとは、とても思えない。
 『自分が太陽に弱い種族だと、知っているのではないか?』そんな推測が脳内をよぎる。
 闇の一族は強い。第二回放送を過ぎても、四柱は未だ顕在しているのがその証左。
 ならば真っ先に警戒するべき強者と思われていても、おかしくはないだろう。

「さあて、どうだろうな。」

 今できる精一杯の虚勢を張って、花京院は答える。
 余裕そうな表情だが、実際のところ余り余裕はない。
 スタンドを使わずして、生身での規格外のパワーや異常な体質。
 あのDIOのような、正面からまともに相手してはいけないタイプの敵だ。

(だが、奴も恐らくは此処には近づけないはずだ。)

 一方で、弱点も何となくだが見抜けている。
 殺し合いを進める相手ならば、今すぐ攻めてくるはずだ。
 あれだけのパワーを持つ以上、今更臆することもないだろう。
 にも拘らず相手は近づいてこない。となれば思い当たることがある。
 昼間は外へと出られない吸血鬼か、或いはそれに類する理由を持った存在。
 それが何なのかは分からないが、とにかく立場的にはまだ此方が優位。
 心理戦において大事なのは、相手に自分の状況を気取られないことだ。
 承太郎彼が戦っていたダービー兄弟との戦いの勝利は、
 いずれもハッタリやイカサマを気取られなかったからでもある。
 花京院も相応のポーカーフェイスは持ち合わせてはいるのだが、相手が相手だ。
 それを見抜く慧眼を持っている可能性は、完全には否定できない。

「ふん、まあいい。このカーズの攻撃を凌いだその強かさ。人間にしては修羅場を潜っているようだな。」

 称賛しつつ、圧倒的なまでに上から目線な物言い。
 DIOのような、他者を見下してるのがすぐに伺える。
 同時に、人を傷つけることに躊躇いを持たないタイプと伺える。

「人間にしては、か。人間だからかもしれないぞ。」

519 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:15:58 ID:ZcI0NUco0
「怪物と戦う者は、そのとき自らも怪物にならぬように気をつけなくてはならない。
 ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの言葉の中にはそんな言葉があったようだが、
 伝承や逸話には、化け物を倒すのは化け物と同等の力ではなく、知恵や策略と言ったものを見た影響か。
 確かに我らも、本来ならば全員・・・・・・否、このカーズも破れたのかもしれないな。吸血鬼にも劣る人間によって。」

 名簿からジョジョと呼べる、或いは呼べそうな人物が散見していた。
 となれば、あのジョセフ・ジョースターの血筋は途絶えてない可能性は高い。
 兄弟がいるならというのもありうるが、カーズ自身も敗北してジョセフが生きながらえた。
 この可能性も、DIOに不意をつかれたとは言え撤退を余儀なくされた今となっては、
 完全に否定できるものではないだろう。

「ならば、我らがそのジンクスを覆す存在となればいいだけの話だ。」

 無論、そんなことで及び腰になるようであれば、
 自分達以外の同胞を皆殺しにするような真似などしない。
 同胞を想う気持ちがないわけではないが、唯我独尊が形を成して歩いている、
 言ってしまえば、カーズはそんな存在であると言っても、過言ではないだろう。

 加えて、確かに化け物を倒してきた人の逸話は多いが、犠牲がなかったわけではない。
 多くの屍を築いた先の勝利だ。何も対価を払わず勝利してハッピーエンドなど、稀な話だろう。
 何も成せずに死ぬのが普通であり、カーズが戦ったタルカスやシーザー、そして反抗したこいしも、
 カーズからすれば弱者の意地でもなんでもない。ゾウが蟻を踏んでも気づかないのと同じことでしかない。

「さて、適当な会話などこの場では必要はない。
 貴様らが取る選択肢次第で、此方も対応しようではないか。」

 相手に選択肢を委ねる。カーズにしてはえらく気前がいいがそんなことはない。
 どの選択肢を取ろうとも、自分たちの為に利用しようとする腹積もりなのだから。

「・・・・・・東風谷さん、君の意見を聞こう!」

「ええ!? 私ですか!?」

 突然、蚊帳の外にいたと思われた早苗へと話を振られ、驚く。
 花京院がどのような考えをしてるか理解するので精一杯だったので、
 反応は普段以上に大きいものとなっている。

「当然じゃあないですか。僕だけの一任で、できるものでもないでしょう。
 それに、先ほどみたいに僕のせいにされないように確認を入れてるんです。」

 竹林へ迷ったとき、互いに責任の擦り付けをした数時間前。
 別の会話に移行してどっちが原因かは決まらなかったが、
 まだ花京院は根に持っているかのように先ほどの喧嘩を引き出す。
 あれについては彼が動き出したからついていかざるを得なかったと、
 今でもそれを主張するつもりではあるが、漫才をやっている場合ではない。
 目の前には少なくとも相当危険な存在がいる以上、私情は置いて一先ず答える。

「うーん・・・・・・これ以上ロスしたくないですから、話はしてもいいかと。」

 少なくとも三時間近く竹林で往生しており、どう考えてもロスしすぎなのだ。
 リスクを吟味しても、情報を手に入れなければこの先どんどん置いてかれてしまう。
 信用できるかどうかは・・・・・・別として。

「賢明な判断だな。」

 口角が吊り上がるカーズの顔は、なんと邪悪か。
 白か黒で言えば紛れもない黒にいる存在であることは明白で、
 情報交換の際には、漆黒ともいえる黒の領域にいると十分理解させられる。
 カーズも今更取り繕う理由はなく、遠慮なく自分のこれまでの経緯を話す。
 四人の参加者を手にかけ、パチュリーには指輪など、傍若無人を往く半日を語っていく。
 相手はDIOと同等かそれ以上に危険な存在で、中には早苗が知る名前もあった。
 この先も放っておけば多くの、DIOなどの倒すべき敵以外も手にかけるはず。
 止めなければならないが、そもそもDIOのスタンドの攻撃を受けても生きているのだ。
 承太郎の記憶には腹をぶち抜かれた自分の姿があった以上、それだけの一撃ということ。
 それを耐えてる肉体の時点で、正攻法で戦って勝てる相手ではないことに花京院は気づいている。
 何かしらの弱点、対抗しうる力を用意するまでは、戦いを避けることが先決と今は耐え凌ぐ。
 屈しはしない。冷静に物事を考えて、好機をものにする。ジョセフのように勝機を見つけるための、戦略的撤退。
 現状、DIOに対抗できる勢力であることは間違いないのだから、うまく利用できればありがたいことだ。
 同胞となる刺客をDIOのいる紅魔館へ送り込んではいるようで、結果次第ではころが大きく動くだろう。

520 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:19:44 ID:ZcI0NUco0
 一方でカーズが花京院達から得た情報は、大したものではなかった。
 花京院のスタンド能力や、DIOのスタンド能力も伏せられたことで、
 まともに得たのは神奈子がこいしから得た人物像とは少々違う、言ってしまえばその程度。
 はっきり言って得になるものは殆どないが、一つだけ興味があるものはあった。

(八坂神奈子を説得すれば、打倒荒木の手段がある、か。)

 先に自分の本性を現したのは少し、早計だった気がするとカーズが唯一思った情報。
 もう少し友好的にしていれば 恐らく内容を知ることができたであろうものだ。

 なお、その荒木達への秘策が、色仕掛けと知っていたのなら。
 まずこんな考えには至らない。カーズなら『貴様らバカか?』でと嘲笑しつつ一蹴して終わりだ。
 朝から夜にかけての情報収集が、どうしても疎かになりがちな柱の男故であり、
 散々道に迷ったお陰で他人の耳に入らなかった二人の不幸中の幸い、と言うべきか。

「さて、話は終わりだが・・・・・・」

 来た、と花京院は身構える。
 情報交換の間は、特に滞ることはない。
 ある意味当たり前ではある。問題は終わった瞬間だから。
 必要なものを手にすればお前たちは用済み、悪党の典型例だ。

「そう身構えるな。パチュリーと違ってこのカーズから逃げおおせた。
 貴様には命令や脅迫といったことは一切せず、真摯に一つ頼もうではないか。」

「頼み?」

 カーズの口から、真摯なんて言葉が来るとは。
 短い間でこの男が危険だとは十分理解させられた。
 友好的に接するとは思えない彼を前に、花京院は訝る。

「大したことではない。スペースシャトルの模型が西にあるだろう。
 それを見て、何かしらがあったのであれば、此処に戻って報告するだけだ。
 対価として、このDISCをやる。記憶DISCだが、情報源としては有益だろう。
 往復に1キロもない。その程度でDISCをくれてやる。安いとは思わないか?」

 カーズからすれば、しょうもない口約束だ。
 相手は守る義理もなければ、ましてや自分の素性を知っている現在、
 何故悪党の願いをかなえなければならないのか、と考えるのが普通だ。
 もし引き受けたとしても、有益なものを渡すとも思えない。
 つまるところ、カーズにとって得らしいものは一切なかった。
 それでもスペースシャトルが、いかようなものかは知っておきたい。
 ある意味、研究者としての性なのかもしれない。未知への探求心というものは。

「・・・・・・東風谷さん。確認しますが、引き受けますか?」

「いやこれ断ったら死ぬじゃあないですか!?
 どんなことしたって選択肢一択なのに聞きますかそれ!?」

 再び確認を取る花京院。
 だが、今度は確認を取る必要がなく、
 どこか怒声交じりの突っ込みが返される。

「先ほども言ったじゃあないですか。
 勝手に僕へ責任を押し付けられても困るので。」

「だからあれは花京院君が・・・・・・!
 あー、今はそんな話してる場合じゃないですね。
 わかりました、わたしもどういけんですから、どうぞお好きに。」

 勝手に折らせに来てるような、どこか嫌がらせを感じるが、
 今は言うべきではないなと思い、胸に秘めたまま項垂れながら賛成する。

「とりあえず引き受けるが、余り期待はしないでもらうぞ。」

「当然だ、最初から期待などしていない。」

 本性を隠すつもりが全くないとはいえ、
 頼んでおきながら、期待などしないという容赦ない言葉は、
 どんな頭の構造をしていればそんな風に言えるのだろうか。
 二人は顔をしかめつつ、カーズから背を向けて歩き出す。

「そういえばもう一つだけ、聞きたいことがある。」

 歩み出した二人を止めるように、カーズが問いかける。

「まだ何かあるのか?」

 顔だけを振り向かせ、花京院が対応する。
 正直会話もしたくない、というのが本音であり、
 顔にそう言いたげで心底嫌そうな表情をしていた。
 気分を害する相手はスティーリー・ダンを筆頭に、
 あのエジプトの旅で見慣れたものではあるが、
 これ程邪悪な存在は、DIO以外では初めてだ。

「単純な質問だ。貴様───どのジョジョを知っている?」

 何とも奇妙な質問だ。
 ジョジョ、ということはジョースターのことなのだろう。
 しかし、この質問に何の意味があるのか分からない。

「それを聞いて、お前に何の意味がある?」

521 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:20:34 ID:ZcI0NUco0
「質問を質問で返すんじゃあない。
 貴様、テストでもそんな風に返すつもりか?
 まあいい。名簿にはジョジョという名前が多く存在する。
 この中で、貴様が知っているジョジョがどれかを聞いてるだけだ
 言っておくが、このバトルロワイヤルに来る前の話だ。どのジョジョと関わっていたかだけでいい。」

「・・・・・・僕が知るジョジョは、ジョセフ・ジョースターと彼の孫の空条承太郎だが、それが何かあるのか?」

「大した意味はない。後は目的を果たすなり放って逃げるなり好きにしておけ。
 ついでに、此処にこのカーズがいなければ、DISCは地下に置いといてやろう。」

 えらく気前がいいことに疑念を抱きながら、今度こそ二人は永遠亭を離れる。
 その道中、竹に何かしていたようだが、カーズの気にするところではなかった。





 ───迷いの竹林。

「花京院君、本当に行くんですか?」

 永遠亭からそこそこ離れた場所にて。
 雪原に足跡を残しつつ、二人は竹林を歩いていた。
 今度は道に迷わないように、先に竹へと数字を刻んでいく。
 最初から目印をつけておけば、勢いで突っ込むよりかはましだろう。
 迷子にならない、という自信はないが。

「僕たちはジャイロやポルナレフのいる場所を把握していません。
 スペースシャトルにいる可能性と、カーズが気になったのが気がかりです。
 DIOに匹敵するか、それ以上の奴が、下にいる僕達に頼んででも欲したもの。
 色仕掛けよりも、荒木達に対抗できる手段があるかもしれない、僕はそう思っただけです。」

 カーズが気づかなかったように、花京院も気づいていない。
 ただ気になってるだけで、大層なものがあるとは思っていないが、
 それを花京院は何かあると思い込んでしまい、こうして向かっているのだ。
 絶妙な噛み合わせの悪さは、こちらとて同じことだった。

(しかし、カーズの最後の質問、あれは何だったのか?)

 別れる前にカーズから言われた一言は、奇妙の一言に尽きる。
 カーズにとって荒木を倒すためにに必要なことかもしれないが、
 質問の意図がいまいち分からない。アレに何の意味があるのか。

(とりあえず今は、スペースシャトルを目指してみるか。)

 コロッセオなどの建物の中、妙に存在感のある模型。
 竹林の中にあることは、この奇妙な地図の時点で考える意味はないが、
 建物や道の名前の中で、どちらにも該当しないものが存在していることには、
 少しばかり奇妙には思っていたので、ある意味今寄れるのはいいことなのかもしれない。

(む・・・・・・やはり、失敗か。)

 永遠亭で今しがた起きたことに、
 少し落胆しながら、花京院は竹にスタンドで数字を刻む。
 あの程度のことでどうにかなるとは思っていなかったので、
 大して落ち込むこともなかったが。

「あ、花京院君。六番目の竹がありますから戻ってきてますよ。」

「・・・・・・」

 先ほどよりは迷わないだろうが、
 果たしてスペースシャトルにたどり着けるのか。
 一抹の不安を抱えながら、花京院は一度状況を見直していく。
 永遠亭から戻してきた、スタンドの足の部位を利用しながら。

【C-6〜D-6 迷いの竹林/午後】

【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(小)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、キャンプセット@現実、基本支給品×2(本人の物とプロシュートの物)
[思考・状況]
基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:竹林の脱出の前に、スペースシャトルへ向かう。
2:八雲紫の捜索。 ポルナレフたちとの合流。
3:東風谷さんに協力し、八坂神奈子を止める。
4:承太郎、ジョセフたちと合流したい。
5:このDISCの記憶は真実? 嘘だとは思えないが・・・・・・
6:5に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
7:青娥、蓮子らを警戒。
8:カーズを、カーズが言う同胞を警戒

522 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:22:19 ID:ZcI0NUco0
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
 これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。
 が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持っていません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
※荒木と太田は女に弱く、女性に対して支給品を優遇していると推測しています。またそれ故、色仕掛けが有効と考えています。
※八坂神奈子の支給品の充実振りから、荒木と太田は彼女に傾倒していると考えています。
※カーズと情報交換しました。少なくともロワ内でのカーズの動向は聞いてますが、
 ワムウ達の得ていた情報など、どの程度まで話したかは後続の書き手にお任せします。
※カーズが陽に弱いことは、確信には至ってはいません。
 何かしらで昼間に外へ出られない可能性は懸念してます
【東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(小)、精神疲労(小)、過剰失血による貧血、重度の心的外傷
[装備]:スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして花京院君と一緒に神奈子様を止める。
 1:竹林の脱出の前に、スペースシャトルへ向かう。
 2:仲間と合流する。八雲紫の捜索。
 3:出来たら、ここが幻想郷とは関係ない場所だと証明する。それが叶わないのならば・・・・・・
 4:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。・・・・・・私がやらなければ、殺してでも。
 5:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
 6:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
 7:異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
 8:自分の弱さを乗り越える・・・・・・こんな私に、出来るだろうか。
 9:青娥、蓮子らを警戒。
10:カーズを、カーズが言う同胞を警戒
 [備考]
 ※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
 ※ポルナレフらと軽く情報交換をしました。
 ※痛覚に対してのトラウマを植え付けられました。フラッシュバックを起こす可能性があります。
 ※ここがスタンド「死神」の夢の世界ではないか、と何となく疑っています。
 ※カーズと情報交換しました。少なくともロワ内でのカーズの動向は聞いてますが、
  ワムウ達の得ていた情報など、どの程度まで話したかは後続の書き手にお任せします。





 一人になったあと、カーズは雪景色を眺めていた。
 動かない。二人を見送った今も、ぼーっと立ち往生して。
 さらに時が流れると、カーズは後ろへと向いて───



 突然走りだした。
 地下で見せたような人間の限界レベルの速度を持って。
 トップアスリートも真っ青なスタートダッシュと速度であっという間に、
 自分がぶち破った地下通路の階段へと走っていた。
 走る最中、背後で様々な音はしたが、全く気にも留めず。
 パチンコ玉が台の中心のヘソへと入りこむように、暗闇へとカーズは突っ込んだ。

 まるで滑り台のような感覚で、地下通路へと舞い戻ったカーズ。
 謎の挙動、謎の音と色々謎が多いが、しっかりとした理由はある。
 まず、カーズはあの場で二人を始末、或いは脅すことは難しい話ではなかった。
 指から文字通り内蔵した弾丸を発射してしまえば、負傷させることは簡単だ。
 けれど、カーズはしなかった。いや、できなかったというべきか。

(このカーズを無言の脅しをかけてくるとは、本当に強かな奴よ。)

523 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:24:18 ID:ZcI0NUco0
 先ほど、花京院が出していたスタンドの足が、どこにもなかったのだ。
 地下通路で分解できるスタンドだと言う前情報があったおかげで、
 足がないのはスタンドの像がそういうビジュアルだというわけではなく、
 何らかの場所に足は分解して待機させている状態なのがと推測できた。
 どこに足は置いたのか? 例えば、天井を崩せる柱を狙うようにばらしたか。
 その可能性を懸念し、手出しをすることなく、穏便に二人を見送った後、
 ばらした足はまだ残っていると思い、全力でダッシュを始めた。
 先ほどと違って時間が残されておらず、視認してから骨格を弄るのは無理があり、
 ストレートなごり押しである、罠を踏んでそのまま走り抜けるを選んだ。
 予想通りだ。糸のようなものを踏んだか千切った瞬間、視界の隅で何かが飛んでいた。
 先ほどの結界も、触れればそういうものが発動していたことを理解しながら、
 罠を全て踏み抜いて、しかし弾丸はカーズの身体を掠めることもなく飛んでいく。
 余裕の全弾回避。そのような芸当ができるならば、別に地下へ戻らなくてもよかったのではないか。
 そう思われても不思議ではないが、あの結界の真意も、カーズは先読みしていた。

(毛嫌いしながら会話に乗ったのも、正確に狙いを定めるための時間稼ぎとはな。)

 狙ったのはカーズだけではなく、その射線の先には、屋根を支える柱があった。
 カーズは一発も受けなかった、即ち全弾があのあたりの柱に直撃したということ。
 だからか、地下へ行ってもなお、地上から建物の悲鳴のような音が絶え間なく続く。
 崩れたか、まだ悲鳴をあげている程度か。わからないが、少なくとも悲惨なのは間違いない。

「浅知恵だが、パチュリーよりはマシだったな。」

 出会って間もない時間で、こっちを倒そうと目論んだ、花京院とパチュリーの行動。
 パチュリーの場合は運のなさもあっただろうが、花京院の方がずっと善戦できたほうだ。
 ほんのちょっぴりではあるが、妖怪以上の善戦には敬意すら感じる程度には。

 ことが落ち着いたのであれば、先ほどの問いの答えを思い返す。
 花京院はジョセフと、その孫である承太郎と関係があると言った。
 ジョジョという名前の多さから、既にどこかで思ってはいたのだ。
 思ってはいたが、思いたくはない。自分は天才で、負けるはずがない。
 しかし、花京院が言った承太郎がジョセフの孫だという、あの質問の答え。
 あの闘技場に居合わせていながら孫がいて、かつ花京院はジョセフとも関わってる。
 答えは一つしかない。カーズは───否、柱の男は、敗北したということだ。
 たった一人の、波紋戦士の手によって、自分を含めて絶滅したいう事実。
 相討ちという結果にすら至っていない、完全なる敗北を。

 そんな敗北の事実を知って、カーズはどうしたか。
 エシディシのように泣きわめくなどは絶対にしない。
 先ほど勧められて、それはしないと言った以上、することはない。
 取った行動は、一つ。一度目を閉じて───





「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 眼を見開き、笑った。盛大に笑っていた。
 類は友を呼ぶと言うべきか、エシディシが泣き喚いてすっきりするように、
 盛大に笑った後、一気に落ち着くようにカーズは静まり返る。

「ジョジョ、あのロッジの時にも思ったが、大したタマだ。
 どんな策を講じたかは分からんが、とにかく! このカーズは負けたと言うことだ。」

 敗北を知った。何千、何万と生き続けた自分が、自分たちが。
 たった一人の波紋戦士に全員敗北してしまった事実を、彼は受け止めた。

「良いだろう。一度とは言えこのカーズを超えて見せた。
 ならば、既に策は閃いたか、用意したとみたぞ、荒木と太田を倒す手段を。」

 石仮面を作り、エイジャの赤石があれば究極の生物になれる。
 そんな異次元とも言えるような偉業を成し遂げた天才を一時でも超えたペテン師。
 半日以上経過している現状で、何も思いついてないとは全く思わない。
 今、カーズにとってジョセフは見下すべき相手とみるには無理があり
 ワムウとエシディシも生きてる以上、怨恨が薄いので、怨敵とも思わない。
 (サンタナもいるけど。)

「そしてジョジョならば、このカーズに共闘を持ち掛ける可能性も十分にある。」

524 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:26:22 ID:ZcI0NUco0
 頭の爆弾についてまともに考察できる奴は、そうそういないだろう。
 天才であるカーズですら悩ませる代物を、そこいらの下等生物に分かるはずがない。
 だが、尖った考えや突拍子もないものは、時に天才を凌駕する。カーズとジョセフがいい例だ。
 天才には見えないものを、奴には見えてる可能性は高く、共闘するのは十分に値する。
 ・・・・・・だが!

「貴様の策、このカーズが利用してやろう。」

 協力する、なんてことはしない。
 この男は、カーズとは、そういう存在だ。
 ジョセフの策を横取りし、荒木と太田を先に倒す。
 そうすることで、自分が敗北した汚名を雪ぐ。
 卑劣かもしれないが、彼ならば高らかにこういうだろう。
 最終的に、勝てばよかろうなのだと。

 敗北を知った天才は、DISCは持ったまま、地下通路を走り出す。
 あれだけのことをした以上、もう戻ってくるつもりもないことは分かった。
 倒壊するかどうかも分からない永遠亭で戻るつもりのない相手を
 今後の交換材料にはなるだろうと思い、懐にしまいながら地下通路を駆ける。

 邪悪なものは地下通路を駆け巡っていく。
 探すは相容れぬ存在であった、波紋戦士。
 そして、全ての柱を打倒した男を。 

【D-6 永遠亭 地下通路/午後】
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版) 、幻想郷に関する本
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:一先ず永遠亭にいる理由はない。他の場所へ向かう。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
5:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
6:ジョセフを探し、共闘を持ち掛ける。実際は、奴を出し抜いた上で荒木と太田を倒し、この汚名を雪ぐ。
 [備考]
 ※参戦時期はワムウが風になった直後です。
 ※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
 ※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
 ※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
  またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
 ※シーザーの死体を補食しました。
 ※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
 ※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
 ※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
 ※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
 ※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。
 ※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。
 ※花京院と早苗と情報交換をしました。
  他にも話したのかは後続にお任せします。

※永遠亭の柱が数本エメラルド・スプラッシュによって折られました。
 屋敷全体とは限りませんが、一部分は崩れたか、崩れかねない状態です。
 崩れた場合、地下通路へ行くための階段は埋まってしまうかもしれません、

525 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:27:02 ID:ZcI0NUco0
以上で寒地GUYDanceの投下を終了します

526名無しさん:2019/03/18(月) 20:02:14 ID:PDqy2xqI0
乙!

527名無しさん:2019/03/22(金) 01:09:39 ID:jEdIy/7I0
投下乙です
カーズの魅力がよく出ていて、猶且つここからどう展開するのか気になるお話でした。
ただ、細かいことですが「・・・」は「…」に改めたほうが読みやすいのではとは思いました。

528名無しさん:2019/03/22(金) 16:30:27 ID:8NzYGExs0
投下乙です。

ウホッ!まさかのカーズ様の仲間フラグ!?

529名無しさん:2019/03/24(日) 10:12:09 ID:yzfm2Joo0

貴重なカーズ様のデレである

530名無しさん:2019/03/24(日) 13:15:14 ID:RYi7d/Uc0
ヒャッハー久々の投下だー!
一応利用する気マンマンとは言え、しっかりジョセフの事評価してるのはすごいらしいなって…

531 ◆753g193UYk:2019/03/26(火) 01:28:05 ID:mq7dM7Kg0
投下乙です
花京院は流石の冷静さ。DIOの能力を見抜いた冷静さが上手く生きていて好きです。
素直に協力する、とまではいかないまでもあのカーズがジョジョと肩を並べて戦う可能性があるというのも胸が熱くなるものがある。
久々の素敵な投下に自分も創作意欲を刺激されたので、

パチュリー・ノーレッジ、岡崎夢見、吉良吉影、封獣ぬえ、エシディシ

以上五名で予約します!

532 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:21:32 ID:1qUWgLbM0
投下します

533 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:25:51 ID:1qUWgLbM0
 テーブルの上に広げられたアルミニウム製のシートの上に、広瀬康一の頭部が横たえられている。髪の毛を剃り落とされた頭蓋骨は、真ん中で縦半分に切断され、外された頭蓋の内部は空洞になっていた。すぐそばに、四等分された脳が置かれている。
 密室内で執り行われるパチュリー・ノーレッジの主導による解剖実験は、滞りなく進んでいた。

「どう、パチェ。なにか分かったことはある?」

 夢美の能力で精製された顕微鏡を覗き込み、脳の断片をしげしげと観察していたパチュリーは、溜息混じりに吐息を零しながら顔を上げた。

「分かったこともある、といったところかしらね」
「爆弾の解除方法は?」
「残念ながら」
「そっかぁ」

 夢美はうなだれ、落胆を分かりやすく仕草で現した。顕微鏡が元のスタンド像へと変化し、そのまま夢美の懐へと向かって消えていく。パチュリーは四つに切り分けられた脳を再び康一の頭部の空洞へと戻しながら、淡々と語った。
 
「今回の実験結果を報告するわ。広瀬康一の頭を解剖しても、魔力・霊力の類はいっさい感知されなかった。顕微鏡で拡大して観ても、魔法・霊的な観点から見て不自然と思しき箇所は見受けられなかったわ。広瀬康一の脳は、ごく一般的な、いたって健康体と呼ぶにふさわしい人間の脳だった……これが結論よ」

 はじめパチュリーは、頭蓋骨を開いて脳を露出させた時点で、脳に魔力や霊力による呪いや封印の類が課せられていないかを確認したが、その時点でなにも得られたものはなかった。魔力による爆弾であれば、パチュリーによって固形化し、吉良吉影の能力で爆破消滅させることも考えられたが、少なくとも康一の頭脳から得られた情報を鑑みるに、それは不可能であることだけは結論付けられた。
 
「うーん、なるほど。少なくとも、康一くんの脳内には爆弾はなかったと……でも、これは興味深い結果よね、パチェ」
「そうね。少なくとも、物理的な爆弾が埋め込まれている可能性はゼロになった。かといって、魔力も感知されたというわけではない……ということは、また新たな仮説がいくつかたてられるわ。ふりだしに戻ったわけじゃあない」

 脳をすべて元あった頭蓋の中に戻したパチュリーは、取り外した頭蓋をそっと康一の頭に被せた。外見上元通りになったところで、短い詠唱ののち、康一の頭部の表面を凍らせた。これ以上の状態の悪化を防ぐためだ。
 夢美がパチュリーの言葉を引き継ぎ、語り出す。

「仮説その一は、簡単ね。そもそも脳内爆弾なんてものは存在しない説。外部からの干渉を受けて、それぞれの参加者を起爆させる……でもこれはあまり現実的じゃないわよね」
「そうね、ここには蓬莱人や吸血鬼もいる。それを外的要因だけで殺し切るのは、無理があるわ。だとすれば、考えられるのはやっぱり、呪いや封印の類よね」
「だけど、解剖をしても肝心の魔力は感知されなかったのよね。ということは、考えられる可能性はかなり絞られる……」

 パチュリーは外面は無表情ながらも、感心した様子で聞き入っていた。おそらく、レミリアが相手であれば、こうもスムーズに話は進まない。

「って、どうしたのパチェ。そんなにまじまじと私の顔を見つめて……まさか!?」
「ああ、いや、あんた、こういう話となると案外まともなのね。安心したわ、ただの気の触れた女じゃなくて」
「ひっどーい! 私、これでも物理学者だって言ってなかったっけ」
「いえ、聞いていたわ。話の腰を折ってごめん、続けて」

 あからさまに眉根を寄せながらも、夢美は咳払いをして、再び語り出した。

「以上の観点から、考えられる可能性としては、生きている間は作用しているけれど、死ぬと無効化される魔力爆弾、という可能性が考えられる。どう、パチェ」
「おみそれしたわ。その通りよ、話が早くて助かる」

 安堵したようにふっと笑みを零すと、夢美は胸を張って威張った。あまり調子に乗せると面倒なので、褒めるのはこの辺りにしておいた方がいいとパチュリーは思った。

534夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:26:59 ID:1qUWgLbM0
 
「それが、さっき言った呪いや封印の可能性ね。例えば、宿主の生命力をリソースにして呪術が成り立っていた場合、その生命力が途切れた時点で術も解呪されるわ。だから、広瀬康一の脳内からはなにも検出されなかった。これが一番可能性としては高いように思えるわね」
「その術は……例えば、吸血鬼や幽霊のような種族に対しても、その生命力や能力を制限するかたちで作用しているのかしら」
「むしろ、幻想郷由来の参加者全般にそう作用しているんじゃないかしら。そもそも妖怪なんて、頭や心臓を潰されたって関係ないようなやつらがほとんど。現に私だって、外傷だけで死ぬことは逆に難しいってくらいだしね……この場でさえなければ、の話だけど」

 魔法使いだって生命力に関しては吸血鬼に負けていないとパチュリーは自負している。例え体に深い傷を負おうとも、欠損箇所を魔法で錬成するか、或いは、丸ごと新しい体を作って、そちらに魂を移し替えればいいだけだ。百年単位で遡れば、パチュリーは過去に幾度となくそういった修羅場を潜り抜けている。
 幻想郷に来てからは久しくそういった危機的状況に陥っていないため、パチュリーの体はすっかり埃とカビを含んだ図書館の空気に慣れ、弱体化の一途を辿ってはいるものの、本来であれば、例えあのカーズが相手であろうとも、ああも一方的に無様を晒すような真似はしなかった筈だ。その事実に思い至り、拳に自然と力が入ったところで、パチュリーは再度嘆息し、己を落ち着かせる。

「――話が逸れたわね。ともかく、おそらくこの会場で生きている限り、脳内爆弾から逃れることはできない。でも、この発見は大きな進歩でもあるわ」

 パチュリーは、アルミニウム製のシートを丸めて捨てると、デイバッグから取り出した考察メモの用紙をテーブルに起き、次いで鉛筆に短い呪文をかけた。続くパチュリーの言葉に従って、鉛筆が自動筆記で文字を記してゆく。

「仮に、この呪術が、参加者の一挙手一投足を見張って爆破するものではなく。
 ひとつ、参加者ごとの『強すぎる生命力を制限』すること……
 ふたつ、禁止エリアに入るなどといった『一定条件下で起爆』すること……
 みっつ、参加者が死亡し、その『生命力が途絶えたら解呪される』こと……
 こういった単純命令だけで機能している術式だとしたら、どうかしら」

 眼下のメモ帳には、パチュリーの思惑通り、余計な口語は記録せず、脳内爆弾の仕組みだけが三つ、箇条書きで記されている。夢美はその筆記魔法そのものに瞳を輝かせながらも、活き活きとした様子で手を上げた。

「だから康一くんは既にその呪いが解けていたのね。逆に言うと、この呪術を解呪するような……例えば、死を偽装するようなことができれば、爆弾は解除されるかもしれない!?」
「ええ。可能性としては、それが最も爆弾解除に近い方法じゃないかしら。尤も、蓬莱人や吸血鬼ですら一度で確実に死ぬように設定されているこの場所で、どうやってそんな真似をするのか……というのは大きな問題になってしまうのだけれど……」

 言いかけたところで、パチュリーは思い出したように呟いた。

「そういえば、私はここに来る途中、火焔猫燐と射命丸文の死亡をこの目で確認したわ。だけど、さっきの放送では呼ばれてなかったわよね」
「うん、その名前は聞き覚えないけど……っていうかそれ、パチェの見間違いってだけじゃなくて?」
「馬鹿にしないで。見間違えないわよ、あれは確実に死んでいた」

 茶化すような夢美の視線に対して、パチュリーは双眸を尖らせて断言した。
 柱の男が潜む館に乗り込み、無残にも命を奪われた参加者の死体を、パチュリーはこの目で見せ付けられている。
 柱の男たちがパチュリーを怯えさせる為になんらかの幻を演出したのか、或いは射命丸たちが柱の男たちに対し死んだように偽装したのか、そういう可能性も考えられるが、この件についてはどこまで考えても推測の域を出ない。現時点でのこれ以上の考察は無意味であるように思われた。

「まあ、いいわ。射命丸文と火焔猫燐にもし出会ったら、その真相についても尋ねてみましょう」
「そうね、それがいいわ。けどまあ、なんにせよ、爆弾の仕組みをここまで絞り込めたのは大きいわね、パチェ!」

 考察で表情を固くしていたパチュリーとは真逆、いつも通りの知性を感じぬ薄ら笑みを浮かべた夢美は、すかさずパチュリーに飛び付いた。両腕を首に回し、まるで爆弾が既に解除されたかのようなしゃぎようで飛び跳ねている。パチュリーは夢美を適当にあしらいつつも、今度はその体を引き剥がすことに労力を割くこととなった。

535夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:28:22 ID:1qUWgLbM0
 


 ジョースター邸の食堂の窓から、見知らぬ参加者を引き連れて戻ってきた仗助を眺めていた吉影は、ふとした物音に振り返った。どこか顔色悪そうにテーブルに両肘をついていたぬえも、物音の方向に目線を向ける。
 テーブルの上で眠るように縮こまっていた亀の甲羅から、夢美とパチュリーが続けて飛び出してきた。夢美は、自分がテーブルの上に着地してしまったことに気付くと、勢いよく飛び降り、着地する。パチュリーもそれに続いて、テーブルの縁に座るようにしてゆっくりと地面に足を降ろした。

「おまたせ。なにか変わったことはなかったかしら」
「ついさっき仗助たちが帰ってきたところさ。外ではなにか揉め事が起こっているようだがね」
「またなの」

 パチュリーはあからさまに嫌な顔をした。しかし、それも一瞬だ。すぐになにかを思い出したように嘆息した。

「いえ、私が言える立場じゃないわね。さっきはごめん、露伴先生に対する振る舞いに関して、言い訳をするつもりはないわ……少し、冷静さを欠いていたみたい」
「パチェ、さっきは焦ってたのよね。これから康一くんの遺体を解剖しなくちゃいけないってプレッシャーかかってる時に、康一くんの親友だなんて言われたから」

 夢美が、とんとん、と優しくパチュリーの背中を叩いた。パチュリーはなにも答えようとはせず、夢美から顔を背けた。吉影の角度から見えるパチュリーの表情は、それ程夢美を拒絶しているようには見えなかった。

「そうか……それはパチュリーさん、無理もない話だと思うよ。これから心を痛めて仲間の遺体を解剖しようって時に、得体の知れない男に『自分はそいつの親友だ』なんて言われたら……わたしなら胃が痛くなる思いになるだろうからね。苛立ったり焦ったりする気持ちもわかる」
「だから、言い訳をするつもりはないってば。その話は、もういいの」
「で、爆弾のことはなにかわかったの」

 ぬえはパチュリーを刺すように見た。パチュリーの心情など心底どうでもいいと思っているのであろうことは、その表情から容易く読み取れる。というよりも、人の感情の機微にまで意識を回している余裕すらなさそうだった。額には脂汗が浮かんでいる。

「ぬえちゃん、体調大丈夫? この人になにか変なことされたの?」
「わたしはなにもしていない。物議を醸すぞ……そういう物言いは」
「あはは、ごめんなさーい」

 あまり悪びれる様子もなく夢美は笑って謝罪する。夢美がそういう人間であることは分かっていたし、そんなくだらない軽口にいちいち反応していては本当に胃がもたなくなるので、夢美の冗談は無表情のまま聞き流すことにした。
 当のぬえ本人もいたってどうでもいいという風に夢美の言を流した。

「で、解剖結果はどうだったの。爆弾の解除方法は分かったの?」
「ンン〜〜、それはおれも気になるなあ〜〜」

 部屋の入口から、聞き慣れない男の声が聞こえた。
 瞬間、食堂内にいた全員の顔色が変わる。警戒を強く顔色に出しながら、全員が部屋の入口を見た。
 古代ローマの彫刻もかくやというほどに鍛え上げられた、筋骨隆々とした肉体美を惜しげもなく晒す褐色肌の男が、入口に肩をもたれさせて、腕を組んでいる。男は口角を不敵に吊り上げて、その場の全員を睥睨した。

536夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:29:51 ID:1qUWgLbM0
 
「おっと、おれは荒々しいことをするつもりでここに来たわけじゃあない。勘違いしておれに挑むのはやめておけよ……無駄に寿命を縮めたくないならなァ」
「あなたは……エシディシ、といったかしら。なにをしに来たの」

 今度はパチュリーの額に脂汗が浮かび上がっている。少なくともパチュリーにとって味方と呼べる相手でないことだけは、その顔色から吉影にも理解できた。
 エシディシと呼ばれた男は、フンと鼻を鳴らし、笑った。

「本当なら地下通路を通って一気に紅魔館に行くつもりだったんだがなァ……おれの進行方向上にこの館があったんで、ちょいと顔を出しに来たのさ。どうやら外ではスデに別の揉め事が起こっているようだが、おれはまったくの無関係だぜ……爆弾解除の術を探ってくれているパチュリーのチームを襲うのは、賢い判断じゃあないからな」
「待て……おまえは、パチュリーさんとはどういう関係なんだ」
「ンン? なんだパチュリー、おまえ……おれたちのこと、お仲間には話しちゃいなかったのか」

 極めてわざとらしく、エシディシは目を丸くして見せた。同時にこの場の全員の視線が、今度はパチュリーへと注がれる。対するパチュリーは、物言わず目線を伏せるだけだった。けれども、その視線の中には、エシディシに対する明らかな敵意が見て取れる。
 物言わず憎々しげにエシディシを睨め付けるだけしかできないパチュリーの視線に気付いたエシディシは、これは傑作とばかりに失笑した。

「ハッ、なるほどなあ。おまえ、そのプライドの高さゆえに、お仲間には知られたくなかったというワケか……自分の『敗北』と『隷属』を」
「隷属、って……パチェ、どういうこと」

 エシディシは磊落に笑いながら口を開いた。

「そこの小娘が答えぬならば、おれが代わりに説明してやろう。そこにいるパチュリーはなァ、廃洋館で我ら一族に完膚なきまでに叩きのめされ、体内に毒入りのリングを埋め込まれちまったのさ」
「ど、毒入りの、リング……だと」
「リングは第四回放送後に溶け出し、パチュリーの命を奪うッ! 外科手術でリングを取り出そうとしたり、スタンドで触れようとした場合も同様! 解除方法はただひとつだ……第四回放送までに爆弾を解除する方法を見付け出し、それをカーズに伝えることッ!」

 エシディシが言葉を言い終える頃には、既にパチュリーは完全にうなだれていた。屈辱からか、握り締められた拳が震えている。
 夢美は静かに、パチュリーの肩を抱き寄せた。平時のパチュリーならば夢美に抵抗しそうなものだが、この瞬間ばかりは、ただ静かに体を預けるパチュリーが、吉影には嫌に痛ましく感じられた。
 自分の居場所をつくるために行動してくれていた女性が、吉影の居場所を脅かそうとする外的に傷付けられる様を見せ付けられることに、吉影は理屈ではない憤りを覚えた。

「さてパチュリーよ、ここで有益な情報をおれたちに寄越すっていうのなら、おれからカーズにとりなしてやろう。脳内爆弾の構造について、なにかわかったことがあるのだろう?」
「ば、爆弾の……解除方法、は……」
「答える必要はないよ、パチュリーさん」

 軽く片手を掲げ、吉影はパチュリーの言葉を遮った。
 パチュリーの足元に置かれていたデイバッグを、エシディシの足元へと投げて寄越す。元々河城にとりが持っていたものだ。軽く視線だけを下方に送り、足元にどさりと落ちたデイバッグを見たエシディシは、再び不敵に口角を吊り上げて笑った。

「うーむ、これはどういうつもりなのだろうなァ。まさか、このおれに貢ぎ物をする代わりに、この場は見逃してくれという懇願のサインか、なァ?」
「自由にとってくれて構わない……今ここできみに与える情報は……なにもないということだよ」
「ちょ、ちょっと吉影……なに勝手に」
「いいから、ここはわたしに任せて欲しい」

 吉影はパチュリーを庇うように一歩前に踏み出した。

537夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:31:22 ID:1qUWgLbM0
 
「ほほう、なるほどお……するってェと、おまえはおれがここでアイテム欲しさに身を引くと、そう考えているワケだな。うーむ、実に浅はかな考えだ……放っておいたところでパチュリーは死ぬのになァ」
「浅はかかどうかは、そのデイバッグを確認してから判断してはどうかね」
「ふむ」

 指で顎先をしごいていたエシディシが、左腕をデイバッグへと伸ばし、掴んだ。刹那、キラークイーンの親指が、点火のボタンを押し込んだ。
 同時に、表情ひとつ変えずに吉影が仕組んだ爆弾が軌道した。強烈な爆破音に次いで、食堂内の窓ガラスがびりびりと振動し、爆破の衝撃が風となって一同に吹き付ける。全員が耳を塞ぐ中、吉影だけがスーツのポケットに手を入れたまま、標的となった男が爆煙に包まれる様を見つめていた。

「よ、吉影……あなたッ」
「あの敵は、ここで『排除』する……パチュリーさんの体内にくだらない『爆弾』を埋め込んだ輩もだ。要は『解毒剤』を奪えばいいのだろう? 素直に従う必要はどこにもない。そしてわたしのキラークイーンは……戦おうと思えば、いつでも敵を『始末』することができる」
「なっ……な……っ」

 決然と宣言した吉影を、パチュリーが絶句して見上げている。夢美も、ぬえも、信じ難いものを見るような目で吉影を見つめていた。こういう目で見られることを避けるため、吉影は人前で能力を使うことを避けて来た。
 けれども、今回は例外だ。吉影の居場所をつくろうと働いてくれる『仲間』の命を脅かす者、それはつまるところ、吉影の居場所をも脅かす明確な『敵』であるということだ。排除することに理由は必要ない。

「で、でもあなた……戦うのは嫌いだって」
「ああ、嫌いだとも。しかしこちらが避けて通ろうとしても、向こうは既にパチュリーさんを『標的』としていて……このままでは、およそ十二時間後にきみは殺されてしまうんだろう? ならば……わたしはこれを乗り越えるべき『トラブル』と判断する。違うかね、パチュリーさん」

 こと集団を守ることに関して、吉影は必死だった。
 ともに過ごした隣人さえも信用できないこの殺し合いの場において、打算ありきとはいえ、吉影の素顔を知った上で、なお吉影の居場所を守るために行動してくれる人間のいる集団など、このチーム以外には想像できない。そういう人間がいるだけで、吉影の心の平穏は守られるのだ。それをみすみす利用されて殺されることなど、絶対にあってはならない。
 必ず守り抜いてやる、そういう決意が吉影にはあった。

「安心したまえ……このわたしが乗り越えられなかった『トラブル』なんて一度だってないんだ。きみの命を脅かす『外敵』は必ず『始末』し……夜も眠れないといったような『トラブル』は必ず解決する」

 もうもうと立ち込める爆煙の中で、人影が揺らめいた。特にもがき苦しむ様子でもなく、黒々とした爆煙を掻き分けて、エシディシが一歩を踏み出す。デイバッグを持ち上げたエシディシの左腕の肘から先は、既になくなっていた。
 全員が瞠目する中、吉影だけが、その黒曜石のような瞳に殺意の炎を滾らせて、真正面からエシディシを睨め付けていた。

「うぬぬう……き、きさまあ〜〜……」
「なんだ……ブッ飛んだのは腕だけか。デイバッグに触れたものを、その細胞の隅々まで火薬に変えて爆破してやったつもりだったんだが……運がいいな。もっとも……その運も長くは続かんだろうがね」
「う……うう……」

 唸るように、エシディシが表情を顰めた。

「なんだ、怒るのか? 自慢の腕をブッ飛ばされて……見下していた相手に一矢報いられたことがそんなに気に食わないかね」
「う〜〜……ううう……」
「怒るなら怒るといい……こう見えて、わたしも怒っているんだよ……大切な仲間が利用されたことに……下手をすれば使い捨てられるかも知れないという事実に。わたしは、わたしの『居場所』を奪おうとする者には……いっさい『容赦』できないタチでね」

538夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:35:51 ID:1qUWgLbM0
 
 エシディシの表情は、歯を食いしばるように歪められていた。
 やがてその瞳から、ぽろりと、ひとしずくの涙が零れ落ちた。

「あんまりだ……」
「なに?」
「HEEEEEEEEEEEEEEYYYYYYYYYYYYYYY――ッ」

 またたく間に涙腺は決壊し、エシディシの頬を滝のような涙が滂沱と流れはじめた。エシディシは、なくなった腕を庇うようにして身をくねらせ、うずくまり、まるで駄々をこねる子供のように叫んだ。

「あァァァんまりだァァァッ!!」
「な、なんだ……いったい……、泣いているのか? 血管を浮かび上がらせて怒ってくるのかと思いきや……このエシディシという男……ダダッ子のように泣きわめいている!」
「AHYYYYYYY! AHYYYYYッ、AHYWHOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッ!!」
「ね、ねえ、泣いている今のうちにトドメ刺しちゃった方がいいんじゃないの……なんか不気味だよ、アイツ!」

 ぬえが、吉影の裾を指先で引っ張って進言する。一理ある。激怒し襲い掛かってくるのであれば、キラークイーンで始末するつもりでいたが、こうも無防備に泣きわめくのでは、吉影としても気味の悪さを感じずにはいられない。今度は吉影の額を緊迫から生じた嫌な汗が伝っていく。

「おおおおおおれェェェェェのォォォォォうでェェェェェがァァァァァ〜〜〜〜〜!!」

 吉影がもう一度キラークイーンを具現化させたとき、ふいに、エシディシの泣き声がピタリと止んだ。同様に、吉影をはじめとする全員の動きも止まる。エシディシの次の行動に、否応なしに視線は集中する。
 当のエシディシは、なんでもないように立ち上がった。既にその瞳から流れる涙も止まっている。怒りも悲しみも感じさせない瞳で、エシディシは肺に溜まった息を吐き出した。

「フーーー、スッとしたぜ。おれはカーズやワムウと比べるとチと荒っぽい性格でな〜〜〜……激昂してトチ狂いそうになると、泣きわめいて頭を冷静にすることにしているのだ」

 左腕が欠損しているというのに、痛みもなにもないかのように、エシディシは歩を進める。今はもう、左腕の切断面からは、一滴の血も流れてはいない。
 吉影の前面に出たキラークイーンは、拳を握り締め、身構えた。エシディシはその構えをどこまでも冷淡な視線を見下ろすと、淡々と語りはじめた。

「で、おまえ……おれの体を爆弾に変えてブッ飛ばしたといったな……それならおれも気付いたよ。これがただの爆弾だったらちっとも怖くはなかったんだがなァ……デイバッグを掴んだ瞬間、おれの体細胞が別のものに変わっていくんで、流石のおれもゾッとしたよ……やばいと思ったんで、即座に腕を切り離したことは正解だったらしいなあ。残念ながらおれの左腕は跡形もなく爆破消滅しちまったが」
「……バケモノめ」
「ククク、体細胞の組み換えはおれたちの十八番でなァ……腕がなくなっちまったのはちィと惜しいが、まあいい……おまえを殺して代わりの腕をいただくとしよう」
「ッ、キラークイーン!!」

 吉影の叫びに応えて、キラークイーンが拳を突き出し前進する。同時にキラークイーンの懐に飛び込んできたエシディシの、残った右の拳と打ち合った。互いの拳の衝突ののち、弾かれたのはエシディシの方だった。そこにすかさず、キラークイーンの拳のラッシュが直撃する。エシディシはかわすことも応戦することもせず、拳をすべて体で受け止めた。
 後方へと吹っ飛び、並べられた椅子を弾き飛ばして床に突っ伏したエシディシは、やはりなにごともなかったかのように立ち上がると、キラークイーンに殴られてひしゃげた箇所をべこぼこと音を立てて自己矯正し、元通りの体躯を形成した。

539夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:37:23 ID:1qUWgLbM0
 
「ンン〜〜〜、試しに食らってみたが、なるほどお。カーズたちの情報は事実らしいなあ……スタンドはスタンドでなければ攻撃することはできず、また、捕食することもできない……だったか」
「なに……試しに食らってみた……だとッ」
「そういうワケだ、勘違いするなよ人間……今のはあえて『殴られた』んだ。決して『おまえがおれに攻撃した』んじゃあない」

 吉影は、両の拳にヒリついた熱を感じた。拳を見ると、エシディシの体をラッシュで殴りつけた拳頭の部分が、擦り切れたように皮が剥けていた。赤く腫れて、じわりと熱も感じる。ちょうど、拳が軽い火傷を起こしたような状態になっていた。

「なんだ……まるで炎そのものを殴りつけたように……拳が熱いぞ」
「フン、ようやく気付いたか……おれは体内の熱を五百度まで上昇させ、相手に送り込むことができるッ! おまえは攻撃しているように見えて、五百度の高熱を殴りつけていたということよ」

 突き出されたエシディシの右の五指の爪が剥がれ、そこから血管が這い出てきた。血管のひとつひとつがまるで意思をもっているかのように鎌首をもたげ、その異様な攻撃の穂先を吉影に向けている。エシディシの言葉が事実なら、あの血管すべてが五百度の熱をもった武器ということになる。それを安易にスタンドで迎撃するのは、まずい。
 脂汗を浮かべる吉影の思考を読んだのか、エシディシが不敵な笑みとともに床を蹴り、駆け出した。思考の暇はない。

「やむを得んッ、キラークイーン、迎撃しろッ!」
「くらってくたばれッ『怪焔王』の流法!!」

 五指から飛び出た五本の血管針が、射るように吉影へと殺到する。命令通りに突出したキラークイーンの拳が高速で打ち出され、血管の方向をそれぞれ逸らすが、同時に血管の先から煮えたぎった血液が噴出した。咄嗟に両腕で頭部はかばったが、それでも吉影のスーツに触れた血液は発火する。

「吉影ッ!」

 頭上から多量の水が降り注いだ。パチュリーの水の魔法だ。火はすぐに消えたが、吉影のスーツの両腕部は既に焼けて擦り切れている。吉影は思わず舌を打った。
 パチュリーに礼を言う間もなく、エシディシが飛び込んでくる。本体に触れてもダメージを与えることはできず、下手に近付けば火傷を負わされる。吉影がとれる選択肢はそう多くないが、それでもここで後退するわけにはいかない。もう一度キラークイーンを前に出し、戦闘態勢をとらせる。
 その時、エシディシが瞠目し、大きく飛び退いた。

「私の正体不明の種を使ったのよ。アイツは今、キラークイーンに対して、なにか『恐怖』する幻影を見てるはず……なに見てあんなに警戒してるのかは知らないけどね」

 ぬえは不敵に笑った。当のエシディシは、恐怖するとまでは行かないまでも、その表情に驚愕と警戒の色を強め、キラークイーンを凝視していた。

540夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:41:45 ID:1qUWgLbM0
 
「けど、あいつはもう『キラークイーン』の姿を知ってる。かろうじて、まだ完全にはこっちを『知らない』って点を突いたつもりだけど……多分、あいつならすぐにカラクリに気付いて突破してくるよ。今のうちにどうするのか決めるんだね、吉良」
「ありがとう、ぬえ……感謝する。だが……どうするのか決める、というのは……どういうことかな」
「戦うのか、逃げるのか……ってことだよ。やれないなら、とっとと逃げた方が賢いと私は思うけど」
「ごもっともだ……だが、やつはここで『始末』する。これは『絶対』だ」

 ぬえが僅かに目を見開いた。それも、すぐに真剣な眼差しへと変わる。

「あんた、やれるの?」
「やつは我が『キラークイーン』の能力を知った。逃げれば今はいいかもしれないが、その次、またその次と狙われる羽目になる。いつ来るか分からない攻撃に怯えて過ごすことは……やはり、わたしの望む『平穏』からは程遠い行為だ」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「仕留めるなら、片腕を失った今をおいて他にはない。ここで見逃せば……次は万全の状態で、我々の情報を握った状態のやつが挑んでくる」

 ふいに、パチュリーが顔を上げた。

「待って……ある、かもしれないわ。あのバケモノを仕留める方法」

 全員の瞠目の視線がパチュリーへと集中する。

「私の魔法、なら……あいつを、仕留められるかも」

 言葉の通り、パチュリーの中には、既にエシディシを攻略できる可能性が構築されていた。けれども、それを実行に移すことには、確かなためらいがあった。
 そもそも、勝手にエシディシに啖呵を切って戦闘行為をはじめたのは、吉良吉影個人だ。吉良吉影を切り捨てて上手く立ち回れば、パチュリーをはじめとする他の人員は見逃して貰えるのではないか、パチュリーの中にそういう思考が共存しているのもまた確かだった。
 解剖の結果、爆弾解除の方法に必ずしも吉良吉影が必要でないと分かった以上、この場でどうしても吉良吉影を優先しなければならない理由もないのだから。
 けれども、そういった選択肢を考えるたび、パチュリーは自ずと拳に力が入るのを抑えられなかった。
 また、自分は逃げるのか。
 理不尽な暴力に恐怖して、己の尊厳を踏みにじる選択をするのか。
 屈辱に擦り合わされた奥歯が、軋みを上げるのを自覚せずにはいられない。
 思い悩むパチュリーの肩に、細く白い指が置かれた。赤い髪の少女が、いつもと変わらぬ、なんのてらいもない微笑みを浮かべて、パチュリーを見つめていた。

「流石ね、パチェ。なにか考えがあるんでしょう。だったら、それ、私にも一枚噛ませてよ」
「……夢美、あんたわかってるの。あいつらはバケモノよ……私ひとりならともかく、あんたまであいつらを敵に回す必要は、どこにもない」
「パチェは、自分ひとりの問題だから、自分が犠牲になったって私たちには関係ないって……もしかして、そう思ってるの?」

 夢美の表情から、あの不敵な微笑みが消えた。なんの感情も感じさせない、失望したような目で、パチュリーを見る。
 意外だった。他ならぬ夢美に、そんな目で見られることは、パチュリー自身も堪えるものがあった。無意識のうちに、パチュリーは夢美から視線を逸らす。
 努めて冷たい口調で、パチュリーは吐き捨てるように言った。

541夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:51:58 ID:1qUWgLbM0
 
「ええ、そうよ。実際、私はあんたが窮地に陥っていたとしても見捨てるでしょうしね。だから、ここで私があいつに挑んだとしても、あんたは無関係を装うべきよ。まあ、あいつらが相手じゃどこまで意味があるかは分からないけど……不要な巻き添え食ってやっかいな相手を敵に回すことはないんじゃないの」

 夢美はふるふると首を横に振った。それから、どこか嬉しそうに笑った。

「もう、パチェったらまたそんな風に悪びれちゃって〜」
「あのね夢美、悪びれるとかそういうのじゃなくて」

 夢美は、人差し指の腹でパチュリーの唇を押さえ、続く言葉を遮った。

「パチェが本当はそんなひとじゃないって、私もう知ってるわ。悪ぶってるように見えるけど、ほんとうは面倒見がよくて、優しい魔法使いだってことも」
「なっ」
「だから、私は、パチェを利用して殺すかもしれない敵がいるっていうのなら……うん、やっぱり許せない」
「はあ、あのね。許せるとか許せないとかそういう話じゃなくて――」
「あのねパチェ……大切な親友を、見捨てられるわけ、ないでしょう。そんなの絶対、認められない! パチェがひとりで背負い込むことを、私はこれ以上、許可しない!」

 パチュリーの言葉を遮った夢美は、一言一言を区切るように、強い口調で宣言した。
 咄嗟に返す言葉を失った。目を見開くパチュリーに対し、夢美はなおも不敵に微笑んでみせる。

「きっと、ここにいる吉良さんも同じ。みんな怒ってるのよ、パチェをこんな風に利用されたことも……それを、パチェがひとりで抱え込んで、誰にも言おうとしなかったことも」
「馬鹿、じゃないの……そういう感情的な判断で動いてどうするの。あなた物理学者なんでしょ、だったらもうちょっと合理的に物事を考えなさいよ」

 半ば諦念混じりの吐息を零し、パチュリーは伏し目がちに言った。
 夢美はふう、と深く息を吐いたかと思うと、次の瞬間、声を張り上げた。

「この、わからず屋! パチェの方こそ、魔法使いなら、もっと夢を見なさいよ!」

 夢美はパチュリーの両肩を掴み、叫んだ。興奮のあまり、声が節々で裏返っている。

「仲間を信じなさいよ! 私を……、信じてよ、パチェ!」

 顔を赤くして怒鳴る夢美に気圧されて、パチュリーは押し黙った。
 まったくもって不条理な言葉ではあるが、それに対して、返す言葉を失ってしまったのだ。パチュリーの中の、合理的な部分ではなく、感情的な部分が、これ以上の押し問答を拒否していることを、認めなければならない。
 パチュリーは何度目になるか分からない嘆息を零したのち、顔を上げて、くすりと微笑んだ。夢美の肩からすっと力が抜けるのが、肩に置かれた手の感触から伝わった。

「ああ、もう……負けたわ、夢美。あんたって本気で怒鳴ると、けっこう迫力あるのね」

 夢美の手に自分の掌をそっと重ねたパチュリーは、そのまま手を降ろさせるように立ち上がった。
 一方のエシディシも、既に幻影を振り払ったらしく、真正面からこちらを睨みつけている。己の胆力ひとつで大妖怪の幻術を打ち破ったあたりは、敵ながら流石と言わざるを得ない。

542夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:55:33 ID:1qUWgLbM0
 
「さあ、行くわよ夢美」
「えっ、行くって、なにするつもりなの、パチェ!」
「私がこれからあいつの懐に飛び込むわ。あなたは、それを全力でサポートしてちょうだい」

 ここへ来てはじめて、夢美を頼りにした戦略を脳内で組み立てる。
 立ち上がったパチュリーを追い立てるように、後方から風が吹き始めた。木属性の魔法による追い風だ。この場で飛ぶことができないなら、せめて擬似的にでも飛行に近い速度が出せればそれでいい。やがて、風の中に雪が混じりはじめた。水属性の魔法だ。風が吹雪へと変わって、室内を吹き荒れるのに、さほど時間はかからなかった。

「ぬうう、小癪な手品を使ってまた目くらましをしやがるか」
「悪いわね、それが私の魔法なの」
「ふうむ、おまえにはさんざっぱら力の差を見せ付けたハズだが」
「ああ、それね、私もどうかしてたみたい。この紅魔の魔女が、あんなことで戦意を折られるなんて」

 自嘲気味にパチュリーは笑った。
 思えば、あの廃洋館でやつらと出会ってからというもの、自分自身どうかしていたように思う。西洋魔術から、東洋は陰陽術まであますことなく網羅した天下の大魔女であるこのパチュリー・ノーレッジが、一方的に脅迫され、為す術もなく逃げるなど、プライドが許せない。
 あの廃洋館での邂逅は、あまりにも状況が悪かった。ただの、それだけだ。
 このパチュリー・ノーレッジにたったひとりで喧嘩を売りにくることがなにを意味するのか、あの野蛮民族の男に徹底的に刻み付けてやる必要がある。
 これは、失われたものを取り戻すための戦いだ。

  水符「プリンセスウンディネ」

 吹雪に押し出される形で駆け出したパチュリーの足元に、水色の魔法陣が描かれる。走りながら手をかざすと、大気中の水分を固めた泡が無数に散らばった。パチュリーは水属性のレーザーを放ちながら、長年の引きこもり生活によって衰えた体に鞭打ち、ひた走る。

「こんなもんでおれの炎の流法を打ち消せるとちィとでも思ったかッ!」

 エシディシは殺到する水弾幕を回避し、時には血管針で叩き落として蒸発させながら、パチュリーとの距離を詰める。腕だけでなく、両足からも血管針が飛び出てきた。左腕の切断面からもだ。その数、合計二十に及ぶ。触れるだけで容易く水泡を蒸発させる超高熱の鞭が、灼熱の血液を噴き上げながら暴れ狂う。

  水符「ジェリーフィッシュプリンセス」

 エシディシの血液が命中する瞬間、パチュリーは己の体を巨大な水の珠で覆った。浮遊しはじめる前に、パチュリーは己の魔法を解除し、ずぶ濡れの体で再び駆け出す。
 血管針が多少体を掠めても、吹雪を身に纏って、熱を打ち消して進む。

「ハッ、なるほどなあ。火に対して水というのが安直な考えよなァーッ、パチュリィーッ!」
「うっさいわね、これが私の魔法だっつってんでしょ、黙ってなさい」

 刻一刻とエシディシとの距離は狭まる。対峙するエシディシも、逃げも隠れもしないとばかりにその場から動こうとはしなかった。
 その代わりに、大量の血管針が、エシディシを中心に扇を開くように展開された。灼熱の血液が弾幕のようにパチュリーへと降り掛かる。パチュリーも負けじとプリンセスウンディネの弾幕を展開するが、絶え間なく射出される血液を前に、水泡はまたたく間に蒸発させられた。

543夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:58:12 ID:1qUWgLbM0
 
  夢符「苺クロス」

 エシディシの血管針の周囲に、薄紅色に光り輝く十字架が展開された。敵の攻撃を食い止めるような配置で展開された十字架が、血管針の角度を制限し、射出された血液を受け止めて、燃え落ちてゆく。
 パチュリーとの出会いから着想を得て、スペルカード風にアレンジしたのだろう。夢美が展開した科学力による弾幕に、パチュリーは内心で感謝の言葉を送った。
 後方から吹き付ける吹雪の助力を得て、パチュリーはいよいよエシディシの目前へと迫った。

「ンン? それでなにをするというのだ? おれはいつまで子供だましの水遊びに付き合えばいいのだパチュリーッ!」
「何度もしッつこいわね……これが私のやり方なのッ、いいから黙ってろ!」

 頭上から血液が降り注ぐ。夢美の十字架が、それを受け止めた。それでも防ぎきれず落ちてくる血液もあったが、その程度ならば火がつく前にパチュリーの吹雪が熱を冷ますことは難しいことではなかった。

  火符「サマーレッド」

 かざした手から打ち出された炎弾が、エシディシに直撃した。パチュリーの火の魔力は、エシディシの体表面で弾けたが、それだけではダメージを与えるには及ばない。エシディシが笑った。

「近付いてなにをするのかと思ったらパチュリー、それがお前の攻撃か?」
「ええ、準備は出来たわ……さあ、一緒に物理の実験をはじめましょうか」
「ほおう、面白い。それは是非とも結果をご教示願いたいものだ、なァーーッ!」

 エシディシがぶんと音を立ててその豪腕を振り上げるが、同時にそれを食い止めるように懐の内側に夢美の十字架が展開された。十字架を掻い潜って展開された血管針も、頭上に展開された十字架と、パチュリーの吹雪が無力化する。
 この膠着状態が保てるのは、もってあと十数秒だ。速攻で決着をつける必要があるが、ここから先は賭けだ。パチュリーは両手をかざし、エシディシへと火の魔力を注ぎ込んだ。
 残りの全魔力を注ぎ込むくらいの気持ちで、いっさいの加減なしに、高熱の魔力をエシディシに注入する。またたく間にエシディシの体温は上昇し、目前にいるパチュリーも肌でその高熱を感じ取れるほどになった。

「貴様……いったいなんのつもりだ」
「あなた、さっき自分の能力をべらべらと得意げに語っていたけれど。たしか……五百度まで、熱を操れるんだったかしら」

 頭上から降り掛かる十字架だったものの断片の火の粉の中で、パチュリーはエシディシに魔力を注ぎながら応えた。
 元々五百度に設定されていたエシディシの体内温度が、ぐんぐんと上昇してゆく。膨大なパチュリーの魔力が、今この瞬間、すべて火属性へと変換され、エシディシの体内へと注ぎ込まれているのだ。体感だけでも六百、七百はすぐに越えたことがわかった。

「ま、まさか……おまえッ!」
「五百度……それは木や紙が燃える温度ね。じゃあ、それ以上はどうかしら。例えば、千度。あなたの自慢の体は、いったいどこまで原型を保っていられるのかしら?」
「き、貴様ッ……この『炎のエシディシ』を……よりにもよって『炎』で倒そうというのかッ! ナ……ナメた真似をしやがるッ!!」
「おあいにくさま、ナメられっぱなしが性に合わないのは、私の方なのよ」
「RRRRRRRRRRRRUUUUUUOOOOOHHHHHHHHHHHHH!!」

544夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:00:21 ID:1qUWgLbM0
 
 エシディシは裂帛の絶叫を響かせた。呼応するように、室内の温度が上昇してゆく。もはや吹雪にリソースを割く余裕はなかった。守りは完全に夢美の十字架に任せきって、パチュリーは至近距離でエシディシに火の魔力を注ぎ続ける。
 慣れない運動で息が上がったパチュリーの体表から、汗が吹き出ては流れ落ちてゆく。最前、自らの魔法で纏った水分は、とうにエシディシから発せられる熱で暖められ、体感としては汗と変わらない。
 左腕の切断面から、更に倍の数の血管針が飛び出した。

「貴様のなまっちょろい火がおれを溶かすより先に、おれの血管針をブチ込んでくれるわ!」

 叫びとは裏腹に、血管針がパチュリーへと降り掛かることはなかった。切断面から飛び出した血管針は、もはやまともな指向性は持たず、四方八方でたらめな方向に血液を噴出するだけだ。パチュリーの身に降りかかりそうなものだけ、夢美の十字架が受け止める。
 床板へと落ちた血液が火を吹き上げるさなか、パチュリーはようやく笑った。

「あなた、もう自分の能力を制御できないんじゃない? 言ってたものね、『五百度まで』って」
「ば、馬鹿なッ……こんな! こんな馬鹿なことがぁああーーーッ!!」

 血管針が、崩壊をはじめた。同様に、筋骨隆々としていたエシディシの体が、徐々に輪郭を失いはじめているのをパチュリーは目視した。肩が不定形に崩れ、腕が垂れ下がった。関節が溶け始めて、エシディシの膝が折れた。肩や膝といった各部が落ち窪んでいる。
 エシディシの体温はとうに千度を越えている。その体が、あまりの高熱に耐えきれず溶け始めているのだ。

545夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:02:09 ID:1qUWgLbM0
 
「おおおおれが! おれが! おれがこんな小娘にィィ!!」
「はぁ、……はぁっ……ハァ……ッ」

 眼前の敵にのみ集中するパチュリーの視界の隅で、ちかちかと光が散りはじめた。疲労の証だ。エシディシすら焼き溶かす程の高熱を間近で受けて、明らかにパチュリーの体力が底を突き始めている。このまま高温に晒され続ければ、じきにパチュリーは意識を失い、一命をとりとめたエシディシに命を刈り取られるだろう。それだけは、許されない。ここまでやって負けることなど、絶対に許されない。此処から先は、どちらが先に力尽きるかの根比べだ。

「RRRRRRRRRUUUUUUUUUUUOOOOOHHHHHHHH――ッ」

 やがて、エシディシの体表面が溶け落ち、溶岩のようなどろどろの液状と化して床へ滴りはじめた。物質が形を保てる臨界点を越えたのだ。
 マグマと化して溶け始めたエシディシの体内で、ぼん、となにかが弾けるような音が鳴った。あまりにも高温に達しすぎた熱が、体内でなんらかのエネルギーに誘爆したのだ。パチュリーの体はその衝撃に吹き飛ばされた。

「パチェ!」
「パチュリーさん!」

 既に燃え始めている床を転がって、衣服に火を纏いながら戻ってきたパチュリーに、夢美と吉影が駆け寄る。パチュリーは残った魔力で水を纏い、衣服に火が広がるのを防いだが、既にところどころが焼けて、腕や脚など、白く細い肌が露出している。腰まで届く髪の毛はあちこちが焼けて、縮れてしまっていた。それでも、自分の姿など今はどうでもいいとばかりに、パチュリーはエシディシに視線を集中させる。

「おれは! おれは! おれは偉大な生き物だ……や、やられるなんて!」

 既にエシディシは人の体を保っているとは言い難く、炎を吹き上げるマグマと化していると表現した方が的確だった。
 かろうじて原型を保っていた頭部から、巨大な一本角が競り上がった。獣のように牙を剥いて、エシディシが跳び上がる。

「よくもッ! おおおおのれェェェェッ、よくもォォォォォこんなァァアアアーーーッ!!」

 全身から炎を振り撒いて、獅子奮迅たる勢いで急迫したエシディシの体を、キラークイーンの拳が打った。火が吉影の手へと燃え移るよりも早く、次の拳を放つ。凄絶な拳のラッシュが、エシディシの体を打ち返した。
 パチュリーの背中を抱き起こしながら、吉影はどこまでも冷徹な瞳で転がってゆくエシディシの姿を眺めていた。

「エシディシ……とかいったか。余裕ある態度だったのは最初だけで……どうやら、ずいぶんと……生き汚い生物だったようだな」

 倒れ伏したエシディシの全身から、黄金に光り輝くエネルギーが放出されはじめた。何万年もの長い時を生き抜いてきた生命力が、光の奔流となって、崩壊をはじめたエシディシの体から溢れ出ているのだ。神々しいばかりに溢れ出る生命力の輝きは、見る者の心を奪った。
 断末魔の絶叫をあげながら、エシディシの体が熱とエネルギーの奔流に呑まれ完全消滅する様を見届けたパチュリーは、力尽きたようにどさりと背を床に預けた。
 室内に、冷気を帯びた吹雪が吹き荒れる。エシディシによって焼かれた室内は、すぐに雪によって消化された。あとに残されたのは、一面焼け焦げた床板と、脚が焼けて燃え落ちたテーブルと椅子の数々だった。

546夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:07:01 ID:1qUWgLbM0
 
「むきゅー」
「なんだ、なにか言ったか、パチュリーさん」
「……無休、で、働きすぎたわ。ちょっと休ませて」

 あの偉大なる生物の一柱を撃破せしめたという事実による達成感と疲労感の中で、パチュリーは既に指一本動かすことすらも億劫なほどに消耗していた。
 これから、残りの柱も処理する為に、パチュリーは策を練って戦わなければならない。理解はしているが、今この瞬間だけはそれについて思考する余裕はなかった。ここまで働いたのだから、少しくらい休ませて欲しいというのは心からの本音だった。

「ああ……でも」

 ぽつりと独りごちる。続きを言おうかとも思ったが、やめた。
 夢美に感謝の言葉を贈ろうかとも思ったが、それはそれで、精神的な労力と準備が必要だった。別に今でなくとも、起きてからでも遅くはないはずだ。
 認めたくはないことだが、夢美の言葉が、パチュリーの肩にかかる重圧をやわらげてくれたのだ。あの瞬間、エシディシに挑むかどうかという不安からはじまった“蛮勇”は、エシディシに必ず勝利してみせるという“勇気”へと変わった。だからパチュリーは立ち上がることができた。戦うことができた。
 今やパチュリーの中での岡崎夢美という存在は、ほんの少しは役に立つと認めてやる必要があるのではないか、そう思える程度には大きくなりはじめていた。
 だから、起きたら、夢美と一緒にこれからのことを考えよう。夢美がいれば、爆弾解除の方法に辿り着くことも、そう難しいことではないとすら思える。それ自体、パチュリーにとっては本来悔しいことである筈だが、不思議と不快ではなかった。
 今はあまりにもまぶたが重い。体力、魔力、ともに底を突きかけている。起きて、回復したら、色々なことを考えよう。そう思い、間もなく、パチュリーは深い眠りの沼に落ちた。



 パチュリーがエシディシを撃破してからほどなくして、異変は起こった。
 それが起こった瞬間を、ぬえは目視することができなかった。気配を感じ取ることもできなかった。どす、という鈍い音が響いたと思ったその瞬間には、犯行が行われた後だったのだから。

「な……、えっ」

 無意識のうちに、ぬえは間抜けな声を上げていた。
 夢美の心臓に、なにかが突き刺さっている。見覚えのある、なにかだ。けれども、どこで見たものだったか、ぬえはすぐには思い出せなかった。

「えっ……なんで、私……」

 恐怖でも悲しみでもなく、なにが起こったのか理解が及んでいない様子で、夢美はぽつりと言葉を漏らした。
 吉影とぬえの目の前で、夢美の胸に突き刺さっていた“なにか”が、ごとりと音を立てて落ちる。次いで、夢美の体は後方へと引っ張られるように倒れ込んだ。背中からどさりと仰臥する。
 穴が空いた箇所から溢れ出した赤黒い血液が、夢美の衣服をなお赤く染め上げてゆく。食堂の一角に、またたく間に赤の水たまりが出来上がった。

547夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:12:08 ID:1qUWgLbM0
 
「なんだ……なにが起こったんだ」

 顔中に冷や汗を浮かべて周囲を見渡す吉影に対し、ぬえは気の利いた返事も思い浮かばず、ただ首を横に振ることしかできなかった。この場にいる誰もが状況を飲み込めていない。
 勝利したのは、自分たちの筈だ。それなのに、いったいなぜ、どうして夢美が殺されるという『結果』に至ったのか、この場の誰も理解できなかった。

「この館の……女神像だ」
「えっ」
「岡崎夢美の心臓に突き刺さっていたアレは……女神像が持っていた、水差しだ……! 今、我々は『攻撃』を受けているッ! エシディシではない、新手の攻撃を……!」

 夢美の心臓に突き刺さっていたのは、吉影の言葉の通り、ジョースター家の慈愛の女神像が手にしていた水差しだった。その先端は鋭利に尖っており、それを、恐らく遠距離から投げつけられたのだろう。
 この場の誰にも気取れられることなく、正体を隠したまま。

「クソッ!」

 ぬえはすぐさまこの場の全員に正体不明の種を振り撒いた。
 正体不明の影に恐怖させるのは、必ずこちらでなくてはならない。他ならぬ大妖怪のぬえが、正体不明の敵に脅かされるなど、絶対にあってはならないことだ。
 仮に敵が自分たちの情報を知らない相手だとすれば、今振り撒いた正体不明の種である程度は認識を撹乱させられるはずだ。その正体不明に対する恐怖を糧にして力を取り戻し、迎撃する必要がある。
 ぬえはひとまず、夢美のそばに駆け寄った。

「おい、夢美、夢美、大丈夫か」

 大丈夫でないことは明白だった。質問のていを取ってはいるが、それは最早質問ですらないことをぬえ自身自覚している。
 心臓から夥しい量の血液を流しながら、夢美は光を失いつつある瞳で、ぬえを見た。瞳から、つう、と涙が零れ落ちてゆく。
 敵は何処から攻撃してきたか、とか、なんで狙われたのか、とか、そういうことを尋ねようかとも思ったが、今にも死にゆこうとしている夢美の顔を見た時、その質問は無意味であることをぬえは悟った。今の夢美から情報を引き出すことは、きっと難しい。
 ぬえは罰が悪そうに目線を伏せた。

「……なにか、言い残したこととかあったら、きくよ」

 夢美の瞳が、徐々に薄く閉じられてゆく。
 それでも、唇は動いた。

「パチェ……、あり……が、とう……って」

 震える唇が紡いだのは、今までともに過ごしてきた仲間に対する感謝の言葉だった。けれども、それがなにに対する礼なのか、その礼に付随する言葉があるのか、夢美が最期になにを思ったのかは、ぬえにはわからない。
 わからないが、死にゆく人間に最期に伝える言葉として、なにがふさわしいかくらいはわかった。

「わかった、伝えとくよ。もう休みな」

 ぬえには、夢美の頬が、僅かに緩んだような気がした。
 それきり夢美は、一言も喋らなくなった。

548夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:19:30 ID:1qUWgLbM0
 


「フン……、まずはひとりか」

 ジョースター邸の食堂の隣室に設えられたベッドに少女としての体で浅く腰かけながら、ディアボロはぽつりと呟いた。
 迷宮のような地下通路を彷徨い歩くうちに、ディアボロはちょうどエシディシが梯子を登って地上に出ていく瞬間を見かけた。それはディアボロにとって、新たな標的だった。
 エシディシに追随するかたちで地下からジョースター邸へと乗り込んだディアボロは、魔法使いとエシディシによる凄絶な戦いの顛末を、この部屋から壁抜けののみで見届けた。尤も、ずっと覗いているとこちらの存在に気取られる可能性があったので、部分的に覗き見ただけに過ぎない。
 わかったのは、エシディシが魔法使いの女に仕留められたこと。それから、仲間にはなんらかのスタンドを使う男がひとりと、十字架の弾幕を展開する女がひとり、それから能力不明の女がひとり。魔法使い含めて、計四人ということだ。
 ひとまず、気絶している魔法使いの女は後回しにして、ディアボロは殺せるやつから殺すことにした。
 エシディシに勝利し気が緩みきっている瞬間を狙って、壁抜けののみで壁に穴を開けたディアボロは、ホールにあった女神像から拝借した水差しをキングクリムゾンに構えさせ、そして、――時を吹き飛ばした。

 あまりにも容易い殺人だった。
 標的となったのは、一番無防備に心臓部をこちらに向けていた十字架の女だ。
 如何な弾幕を繰り出せる女とはいえ、時の飛んでいる間に急迫した凶器を食い止める術はない。キングクリムゾンの能力が解除され、水差しが女の胸に突き刺さるのを見届けると同時、壁に空いた穴は渦を描きながら閉じられていった。

「残りふたりも確実に『始末』したいところだが……、やつらはいったいどんな能力を使うのだ」

 それ次第では、挑み方を変える必要がある。
 もう一度、ディアボロは壁抜けののみで部屋の壁をつついた。小さく穿たれた穴は、そこから螺旋を描きながら巨大化してゆく。ディアボロの視界を確保するに足る大きさまで拡大したところで、ディアボロの意思に従い、穴の拡大は止まった。
 そっとのぞき穴に視線をやる。

「――なッ……なにィィ!?」

 思わずディアボロは声を上げ、壁抜けののみを取り落とした。空いていた穴も、開いた時とは逆方向に渦を巻きながら閉じられてゆく。
 見間違いでなければ、ディアボロが穴の向こうに見咎めたのは、特徴的な黄金の頭髪の男と、ディアボロに恐怖を刻み込んだ黄金のスタンドだった。

「ジョ……ジョルノ・ジョバァーナと……『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』……だとォォ!?」

 見間違いでなければ、魔法使いを抱き抱える男のそばに、ジョルノ・ジョバァーナと、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの姿が確認できた。思えば最後にジョルノの姿を見てからそれなりに時間も経過しているが、やつはこのジョースター邸に移動していたのだろうか。
 もしもジョルノがレクイエムを使用できる状態で隣室にいるとするなら、ディアボロにとってこれは非常にまずい事態といえる。

「いや……違うッ! あれがオレの『恐怖』というのならば……乗り越える必要がある! これは『試練』だ……!」

 そこで思いとどまったディアボロは、眦を決し、独りごちた。
 ここで再びレクイエムに背を向け逃げ出すことは、帝王としてのプライドに反することだ。許されない。絶対にあってはならない。今度出くわすことがあったとしたなら、それは確実に息の根を止める時だ。逃げる時ではない。
 殺意に満ちた瞳に決意の炎を再燃させて、ディアボロは再度闘志を燃やす。

「そうだ……どうせ全員殺すことには変わらないのだ」

 己自身に言い聞かせる。
 隣室にいるのがジョルノであろうとそうでなかろうと、ここで絶対に始末する。おそらく、不意打ちで仕留められるのはひとりが限度だろう。残りのふたりは、不意打ちが難しいなら正面から叩き潰す必要がある。
 キングクリムゾンならば、勝てる。そういう確信があった。

「だが……勝負は外のやつらがこの館に入館するまでだ。流石に多勢に無勢では分が悪いからな……それまでに必ず『始末』してやるぞ」

 肌にじわりと汗がにじむ。熱い思いが、胸の中で滾っている。
 この思いと願いを実現させるための力は、この手の中にある。
 壁抜けののみを拾い上げたディアボロは、殺意の衝動に突き動かされるまま、決然と立ち上がった。

549夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:20:04 ID:1qUWgLbM0
 

【C-3 ジョースター邸 食堂の隣室/午後】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:爆弾解除成功、トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神消費(中)、腹部貫通(治療済み)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:隣室にいるのが誰であろうと関係ない。全員殺す。
2:爆弾解除成功。新たな『自分』として、ゲーム優勝を狙う。
3:ドッピオを除く、全ての参加者を殺す。
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
 また、未来を視る『エピタフ』の能力はドッピオに渡されました。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。
※要所要所でエシディシとパチュリーの戦いを見て状況の確認だけしていましたが、エシディシの腕が吹き飛ばされる瞬間は見逃したため、吉良吉影のスタンド能力については確認していません。
※一度壁を閉じて視界から外した状態から隣室を確認したため、ぬえの能力によってジョルノ・ジョバァーナとゴールド・エクスペリエンス・レクイエムに誤認しています。近寄ったり直接戦ったりすると、すぐに正体不明の種は効果を失うものと思われます。
 

【C-3 ジョースター邸 食堂/午後】

【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:環境によって妖力低下中、精神疲労(小)、喉に裂傷、濡れている
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:正体不明の敵を見付け出して叩く。正体不明でビビらせるのはこっちだ!
2:そもそも吉良は本当に殺す必要があるのか疑問。集団を守るためなら戦ってくれるし、当面放置でいいのでは……
3:むしろ今最優先で始末すべきは『岸辺露伴』。記憶を読まれるわけにはいかない。
4:皆を裏切って自分だけ生き残る?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※妖怪という存在の特性上、この殺し合い自体がそもそも妖怪にとって不利な条件下である可能性に思い至りました。
※現状、妖怪『鵺』としての特性を潰されたも同然であるという事実に気付き、己の妖力の低下に気付きました。しかし、エシディシとディアボロに対する能力行使により、低下はいったん止まっています。

550夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:20:41 ID:1qUWgLbM0
 
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:喉に裂傷、鉄分不足、濡れている
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:我々は攻撃を受けているッ! いったいどこからだ!?
2:パチュリーは守る。絶対にだ。死なれると後々困るからな……
3:自分の『居場所』を守るため、エシディシの仲間は『始末』する必要がある。
4:封獣ぬえは『味方』たりえるのか? 今は保留。
5:この吉良吉影が思うに「鍵」は一つあれば十分ではないだろうか。
6:東方仗助とはとりあえず休戦? だが岸辺露伴はムカっぱらが立つ。始末したい。
7:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが……
8:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
 ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。むしろ、パチュリーを傷付けられることに『嫌悪感』を覚えている自分がいることに気付きました。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。

【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:睡眠中、疲労(大)、魔力消費(大)、カーズの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の深夜後に毒で死ぬ)、服の胸部分に穴、服があちこち焼けている
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品、考察メモ、広瀬康一の生首(冷凍処理済み)
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
0:エシディシを撃破したことによる達成感。
1:起きたら夢美に礼を言う。それからカーズ打倒について話し合う。
2:レミィの為に温かい紅茶を淹れる。
3:射命丸文と火焔猫燐に出会ったら、あの死の真相を確かめる。
4:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
5:ぬえに対しちょっとした不信感。
6:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
7:妹紅への警戒。彼女については報告する。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けますが、ぬえに対しては効きません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
 ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。
※考察メモに爆弾に関する以下の考察が追加されました。
 死亡後の参加者の脳内からは、一切の爆発物・魔力の類は検出されなかった。
 よって、爆弾は参加者の生命力が途切れた時点で解呪される術式である可能性が高い。
 単純な術式で管理されたものであるなら、死を偽装できれば爆弾解除できる可能性アリ。

551夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:21:27 ID:1qUWgLbM0
 



 パチュリー・ノーレッジの意識は混濁していた。
 自分が今どこにいるのか、今までなにをしていたのか、頭が上手く回らず思い出せない。けれども、無理をして考える必要もない気がしたので、パチュリーはそれ以上考えることはしなかった。ただ、ひどく疲れていることだけは、確かだった。
 淡い光が降り注ぐ中、あたたかいぬるま湯の中を漂っているような感覚の中、パチュリーはぼんやりと空を見上げていた。

 ――ごきげんよう、ひょっとして起こしてしまったかしら?

 よく聞き慣れた女の声が聞こえたような気がした。それがひどく煩わしく思えたので、パチュリーはあからさまに眉根を寄せて不快感を現しつつ、応えた。

「見てわからない。寝てるのよ、起こさないでくれる、夢美」

 パチュリーは今、エシディシとの戦いを終えて、ひどく疲れているのだ。もうしばらくそっとしておいて欲しい。くだらない理由で起こされたくはなかった。
 意識が、混濁している。ここまで起こった事実を断片的に思い出したり、遥か昔の出来事を昨日のことのように思い出したり、記憶が安定しない。

 ――ごめんね、ありがとう、パチェ。私、もう行かなきゃ。

 この場所で既に嫌というほど聞き慣れた女の声が、空から降り注ぐ。あの女にしては、優しく、どこか儚さを感じさせる音色だった。
 薄目のまま空を見上げていたパチュリーは、なんとなく、声の聞こえた方向へ向かって手を伸ばした。けれども、その手がなにかを掴むことはない。再び脱力し、腕をおろす。今は難しいことは考えなくても構わないと、そう思えた。
 起きたら、どうせ忘れている。
 だから、目が覚めたら、また夢美と色々な話をしよう。
 パチュリーは穏やかな感情のまま、今と昔が混濁する記憶の海の中へと、その意識を深く沈めていった。
 

 
【エシディシ@第2部 戦闘潮流】死亡
【岡崎夢美@東方夢時空】死亡
【残り 45/90】

552 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:28:41 ID:1qUWgLbM0
投下終了です。

553名無しさん:2019/03/29(金) 19:41:01 ID:tobLTWxw0
遂に柱が一つ折れたか
まあアルティメットシィングもマグマに落ちたら死にそうだったし多少はね

554名無しさん:2019/03/30(土) 16:39:25 ID:oXEp3pcA0
投下乙
夢美が最後までパチュリーのことを想って逝ったのが涙腺に来る

555名無しさん:2019/03/30(土) 16:49:18 ID:JZ82XAMM0
あれ?解毒剤どこいった?

556名無しさん:2019/04/30(火) 23:59:19 ID:yQjJy0W.0
令和になってもみんな頑張りましょう!お疲れさまでした!

557名無しさん:2019/05/01(水) 01:03:59 ID:9NXN9u6c0
そんな下らない事でageるとか俺を舐めてんのかこのド低脳がァーーっ!

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560<削除>:<削除>
<削除>

561名無しさん:2019/07/23(火) 11:48:11 ID:jqxUjP520
更新マダァー?

562名無しさん:2019/07/23(火) 17:01:22 ID:IMnbVT160
自分で書け

563名無しさん:2019/07/23(火) 19:58:28 ID:jqxUjP520
>>562
テクニックをおせーて!

564名無しさん:2019/07/23(火) 23:25:27 ID:OHWVO3ew0
予約来たと思ったら違うのか

565名無しさん:2019/07/24(水) 14:23:13 ID:18m3xVGo0
前々から変なレスでageてるのが居るけど同じ人?

566名無しさん:2019/07/24(水) 14:56:55 ID:kx5EWPdE0
企画主がサボってるからこんなのしか残らなくなったんだろ

567名無しさん:2019/08/03(土) 14:05:51 ID:4whQH8mk0
人が全然残ってないからageているのが
分からんのかここの連中は
ていうかいっそのこと打ちきり宣言
出した方がいいんじゃあないか?
このペースでは20年かかっても完結せぬわ

568名無しさん:2019/08/03(土) 16:09:19 ID:Wv2hjJp20
そういう余計な事する暇人の荒らし君は帰って、どうぞ

569名無しさん:2019/09/22(日) 02:53:04 ID:TSceRPlw0
待機

570名無しさん:2019/09/23(月) 23:22:53 ID:2N2hmfgQ0
こういうパロロワってみんなその作品全て知ってることが前提なの?
いくつか知らないのがあるんだけど…

571名無しさん:2019/09/23(月) 23:47:54 ID:AEdtiTlk0
暇人の荒らしは消えて、どうぞ

572名無しさん:2019/09/29(日) 15:22:12 ID:NxB7oA7A0
最後の投下から半年……か
ホモガキの荒らしはこれにどう答えるの?

573名無しさん:2019/09/29(日) 16:49:04 ID:CGJNbHGA0
予約来たと思ったらまたおかしいのが騒いでるだけかよ

574名無しさん:2019/10/27(日) 11:30:30 ID:UK2ouP9U0
age

575名無しさん:2019/11/04(月) 15:58:50 ID:qHHufXaI0
こうなったら……

576名無しさん:2019/11/04(月) 19:37:33 ID:0BDn5fsE0
>>575
なにが始まるんです?

577名無しさん:2019/11/24(日) 15:43:24 ID:/btArFh60
age

578名無しさん:2019/12/31(火) 23:59:00 ID:uCM0DZNw0
今年は大して進みませんでしたね…来年は頑張りましょう!

579 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:22:41 ID:fqyYqXkU0
投下します

580 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:24:20 ID:fqyYqXkU0
 四人が到着すれば、一番槍はその槍ともいえるヘアースタイルからか、仗助が動く。
 向かう仗助へと、傘を投げ捨てると同時に羽を羽ばたかせ、レミリアも肉薄する。

「ドラァ!」

 降り注ぐ雨粒を弾き飛ばしながら、クレイジー・ダイヤモンドの高速のジャブ。
 弾丸のような素早い一撃だが、対するレミリアは、スタンドを観察するかのような余裕の態度で躱す。
 続けて掛け声とともに、雨粒を吹き飛ばす勢いの拳を続けるが、すんでのところで避けられる。

「ブチャラティと同じタイプのスタンドね。
 当たれば致命傷、速度も十分。だけど───」

 無数に飛び交う拳を、舞台のプリマのように踊りながら回避。
 スペルカードルールの闘いにおいても、彼女はそういう技を使い慣れており、
 拳の当たるギリギリの距離を、さながらグレイズするように躱す。
 これが点数で競う戦いならば、さぞ高評価になっているだろう。

「万全ならまだしも、負傷したせいで鈍いわよ。
 スピードがない弾幕は、代わりに密度で補ったら?」

 仗助は生身の人間の上に、負傷も決して無視できるものではない。
 どうあっても全力からは程遠い状態、雨による体温低下も少なからずあるはずだ。
 では対するレミリアはどうか。負傷はあれど、エシディシの指を喰ったことで回復し、
 現時点の負傷はこの舞台においても、上から数えられるぐらいの軽傷に留まっている。
 覆しようのない、人間と吸血鬼の回復速度の差だ。

「へぇ〜〜〜じゃあ一つ、この仗助君なりの弾幕を見せてやりますよ!」

「! 貴方、今仗助って───」

「ドララララララララララァ!!!」

 敵から教えられるのは癪ではあるものの、
 試しに一発一発の速度ではなく、密度を優先する。
 爆弾を解体する爆弾処理班のように、繊細な動きで避けていたレミリアだが、

(負傷してる割に、精密で無駄がない。)

 スタンドの情報を得たり、見学できるほどの余裕は余りなかった。
 だから、細かい動きをするスタンドには少々、度肝を抜かれる。
 実際、精密動作性はブチャラティのスティッキー・フィンガーズよりも上だ。
 襲い掛かる拳の弾幕に隙間などない。グレイズ不可能の、拳と言う名の壁。
 ひらひらと避けることはできず、素早く空を舞いながら後退し、
 スタンドの射程距離から離れる。

「おっと。」

 着地する寸前、肌で感じ取れる程の熱気と、水が蒸発する音。
 いつの間にか背後へ回り込んでいた、燐の炎をまとった火炎車。
 タイミングをずらすかのように軽く羽ばたいて滞空し、難なく回避。

「やっぱ、雨だとばれるよね……!」

 あれだけ水蒸気をまき散らしていては、
 奇襲なんてものは決まるはずがない。
 誰にだってわかる、無意味な行為だ。

「そりゃ、ね。と言う事は───」

 相手は分かった上で攻撃している。
 態々外れる攻撃に力を入れるとも思えない。
 仗助はまだ距離が取れた状態。ヴァレンタインに至っては、
 慧音と露伴の前に立って此方を見ているだけで、戦意すら感じない。
 答えは一つしかない。

「本命はお前だろうな『元』天人!」

 仗助の拳の弾幕を壁と同時に彼女を隠すためのカモフラージュ。
 空からLACKとPLACKの剣を構えた天子が、勢いよく振り下ろす。

「元を強調するんじゃあないッ!!」

 避けるのは間に合わないのもあり、一先ず防ぐ。
 剣を使い慣れた天子の大剣と言う組み合わせの威力は十分。
 しかし……

「ほー。ならその力で早くこの手を押し切るといい。」

 レミリアは剣を、片手で受け止めている。
 刃に触れて多少血が滲んでいるが、この程度怪我ですらない。
 いくら遺体のお陰で、腕はなんとかなってると言えども、
 人に堕ちてしまった天子では、仗助同様差を覆すには役者不足だ。

「グヌヌヌ……!」

 剣を気合で押し込むが、全く刃が進まない。
 空中に浮いたまま、全体重をかけても進展はしない。

「ほらどうした! 私とタメ張れる我儘のように押し通せ!」

581 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:26:47 ID:fqyYqXkU0
 完全に莫迦にされている。
 空いた手は自由でありながら煽るために手を動かすだけ。
 いつだって攻撃できるのにしないのは、舐められてると言う事だ。

「こん、のぉ!!」

 このままいても埒が明かない。
 剣を手放し、自由になった両手で弾幕を眼球を狙うように飛ばす。
 余り予期してない攻撃もあってか、受け止めた剣も捨てながら下がる。
 勝つために手段を択ばない目潰し。えらく合理的で、人間臭い手段だ。

「本当に堕ちたな『元』天人。
 一体いくつの堕落をしたらそうなる?
 一つか? 二つか? それとも、五つか?」

 それを見てレミリアは、嗤う。
 憤慨も失望もない。あるのは面白いものが見れてると言う高揚。
 天人と言う高潔な存在が、此処まで変わらせたのはいったい何か。
 すごく興味がある。クリスマスプレゼントの箱の中身が気になって仕方がない、
 見た目相応の子供のような反応ではあるが、

「ジョジョ! こいつ一発本気で殴りたいから本気で手伝いなさい!!」

 当人はキレる。ある意味普通の反応だ。
 見世物として、人間に堕ちたわけではない。
 天人ではない以上、先のような無理はしない方がいいと思い、
 なんとか今まで堪えていたが、散々煽られて我慢の限界を迎える。
 度量の大きさなんてものは、天人時代に一緒に彼方に投げ捨てた。
 剣を回収しながら仗助へ一緒に共闘するよう指示するが、

「そろそろ良いだろう、レミリア・スカーレット君。
 やる気がないのであれば、我々と話し合いに応じてもらいたいのだが。」

 黙っていた最後の乱入者が、漸く口を開く。
 威厳ある声は雨にはかき消されず、全員に届いた。
 最後の乱入者、ヴァレンタイン大統領の声が。

「なんだ、気づいていたのか。」

 先程まで悪魔らしい笑みを浮かべていたが、
 きょとんとした可愛らしい少女の顔に変わる。
 出会ってからずっと黙ったまま戦いを見ていて、
 一番何を考えてるか分からなかっただけに、
 最も話の分かる発言をするとは、余り思っていなかった。

「は? え?」

 急に止めにかかるヴァレンタインに、天子だけが困惑する。
 この状況下で話し合い。どうしたらそんな発想が来るのか。
 頭に血が上ってるのもあってか、正常な思考があまりできない。

「人間の里を瞬きの間に横切れる速度を持つ彼女が、
 三人を置いて私達の方へ向かうのは容易なはずだ。
 特にお燐君以外は負傷者。速度を制限されたとしても、
 飼い主と子犬がじゃれ合うような遊びをする理由はないだろう。」

「まあ、なんか変とは思ってたんすけど。」

 態々アドバイスするのは余裕の表れとは思ったのだが、
 スタンドにも、仗助自身にも何も仕掛けてはこなかった。
 あの拳のラッシュを避けられるなら、背後に回り込むのも難しくはないはず。
 それと、仗助には聞こえていた。ラッシュの合間に、彼女が反応したことを。
 もし、敵であれば『ああ、お前が仗助か』なんて言い方をしてくるものだが、
 先の発言は、自分が仗助であることに驚いていた。敵がそんな反応をする理由が気になる。
 いくつかの疑念も合わせ、ラッシュをよけられた時点で、戦意は殆どなくなっていた。

「お姉さんの攻撃を片手で止めたりするのに、
 あたいに一撃浴びせたり弾幕飛ばせたのにしなかったり。
 なんとなくやる気がないって感じだったよね。」

 レミリアの実力も、噂で十分聞いたことある燐も同様だ。
 攻撃を仕掛けられる場面はいくらでもあったのに、まるで相手にしてない。
 力の消費を抑えると言うよりは、手加減しているかのような。
 侮った意味での手加減と言うよりは、気遣っての手加減の印象が強い。
 身内での弾幕ごっこをやるときも、そういうことも少なくはないので、
 加減していると言う事は、すぐに理解していた。

「え? へ?」

 当然ながら、露伴と慧音も理解している。
 つまり、頭に血が上って思考を放棄してる、天子だけだ。気づいてないのは。
 頭が雨で冷えたのもあってか、だんだん違和感に気づいていく。

「……地子さん、気づいてなかったんすか?」

 この人が気づかないはずがないだろう。
 秀才な面を見せた彼女だから分かっててやってたのかと思うが、
 一人だけ置いていかれてる様子を見て、なんとなく察してしまう。

582 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:27:43 ID:fqyYqXkU0
「……プッ。堕ちたな、本当に。」

 指摘されて返せない天子に、
 レミリアから哀れみを込めた下卑た笑みが飛ぶ。
 これもまた人を莫迦にしている態度なのは間違いなく、
 額に青筋が浮かぶ。

「やっぱぶん殴らせなさい!!」

「地子さんストーップストーップ!」

 暴れだす地子を一先ず、仗助と燐が抑える。
 負傷して人に堕ちた故に、抑えることは難しくないが、

「いやジョジョ! アンタはそっち!」

 それ以上に切羽詰まった表情の天子の視線を追う。
 余りの忙しさで肝心なことに気づいていなかった。
 顔を見た瞬間、雨に紛れて滝のような汗が流れ出す。
 ……この時が来ることを、彼は覚悟していた。
 あの件があった時点で。

「何嫌そうな顔をしているんだ?
 少なくとも君とは、同じ仲間のはずだろ……東方仗助。」

 ───岸辺露伴。
 前から嫌われてるのは明言もされたのもあって理解はしている。
 けれど、今回はそんなものなど、二の次であるのは間違いない。
 お互いにある一番の共通点。

「ほら、射程距離内に入っているぞ?
 出さないのか、クレイジー・ダイヤモンド。
 それとも『今の』お前と出会って、僕が冷静でいると思っているのか?
 頭を貶されたお前よりかはマシだろうが、感情なんてものを物差しで測れると思うなよ。」

 この反応、間違いなく慧音達から聞いている。
 そりゃそうだ。露伴はこんな殺し合いに乗る性格ではない。
 命令されれば噛みつく。反抗と言う言葉が人の形を成したようなものだ。
 だったら仲間であるのは当然であり、話を聞くのも当然の権利になる。
 康一の死……納得なんて、絶対にしないであろうことも。
 自分だって納得はしない。不幸な事故で片付けていいものではない。
 納得できてない状態なのに、どう返せと言うのか。
 言葉なんて、出てくるはずがなかった。

「見れば分かる傷……戦ってきたってことだろう。
 敵と戦った形跡から、今回だけは大サービスだ。忠告はしたぞ。」

 言いたいことを言い終えると、一瞬の静寂の後に同時に飛び出す拳。
 漫画家と言えども、子供を吹っ飛ばすぐらいの威力の拳は非常に鋭い。
 なんの障害もないまま仗助の頬に直撃し、水たまりへと吹き飛ばされる。

「ちょ、ジョジョ!」

 倒れた仗助へ、燐に抑えられていた天子は抜け出して駆け寄るが、
 彼女のことなど眼中がないまま、露伴は胸ぐらをつかみ上げる。

「仗助、貴様は一体何をしていたッ!?
 スタンドに治せない制限でもかけられていたのか!?
 何が『世界一優しいスタンド』だ? ふざけるなッ!!! 
 親友を治せずして、どこが世界一優しいスタンドだと言うんだッ!!!!」

 次々と飛び交う怒号に、仗助は何も返せない。
 何をしていたのか。吉良だけに警戒し続け、他のことに気づけず悲劇を起こす。
 制限も特にない。もしかしたらあるのかもしれないが、少なくともあの場で関係はない。
 優しいスタンド、承太郎に言われたことだが、とても露伴の前では言い切れる物ではなかった。
 何一つ返すことができず、ただ静かに、歯を食いしばりながら無言を貫く。

「待ちなさい!」

 そんな二人を止めたのは、天子だ。
 露伴から強引に仗助の首根っこを掴んで、強引に引き離す。
 昔なら難なくだろうが、今の身では少しきついと思いながらも、
 表情に出すことはなく引き離すことに成功する。

「アンタがジョジョと康一の知り合いなのは分かったわ。
 言いたいことは分かるけど、仗助だって同じ気持ちよ。
 『治した』仗助が、最も認めたくなかったわ。即死だって。」

 誰が言おうとも、言い訳にしか聞こえない。
 けれども、露伴は黙って天子へと視線を向けて手は出さない。
 先ほどまで怒号を飛ばし続けた表情はそのままに、静かに。

「何よりも、仗助は私の舎弟よ。
 舎弟の不始末は、私にも責任があるわ。
 これ以上仗助を殴るって言うなら、私に半分よこしなさい!」

 腰に手を当て、仁王立ちで天子が構える。
 発言内容から遠慮なく殴れ、とでも言いたいのだろう。
 『いや、なんでそうなるんすか』と、仗助は少し唖然とした表情だ。

「……言っとくが、僕は初対面の人間をいきなり殴る性格じゃあない。
 慧音さん達の失態を、お前に対する怒りは、今はこれだけで済ませてやるよ。」

 怒りは収まったわけではない。
 露伴にとって康一は最高の親友だ。あの程度で収まれば、
 それこそ本当に親友なのかと疑われるだろう。
 かといって、天子のお陰でやめたわけでもない。
 怒りはどんなに仗助にぶつけても、彼女にぶつけても。
 決して収まるわけではないからだ。
 問題なのは、そう。

583 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:29:06 ID:fqyYqXkU0
「それよりも……慧音さん。僕の記憶、食べてますよね。」

 康一の件で叱責するとき、おかしかった。
 クソッタレの仗助がいて、その仗助がいながら親友が死んだ。
 確かに怒る要素はあるし、怒り足りないのもおかしくはない。
 しかし、足りない。もう一つ、仗助に許せないことがあった筈。
 忘れるわけがないものを忘れている。自分にとって、もっとも必要なピース。
 そのピースはどこへ行ったのか? 失くせるやつは、今の露伴が知る限りたった一人。
 ヴァレンタイン以上に、今までずっと黙っていた存在へ、視線が集まる。

「さっきから、クソ河童のにとりを思い出そうとすると、
 何故か奴が死んだ結果だけが出て、過程が出てこないんですよ。
 このパズルのピースを意図的に隠されたような能力は、僕のスタンドと同じだ。
 どこまで僕の記憶が本物か、忘れさせた理由、口か本か……どちらか選んでもらいますよ。」

 似たような能力を持ってるにしても、察しがいい。
 自力で記憶の改竄に気づける辺りは、流石露伴と言うべきか。
 そのまま気づいてほしくなかったが、それも先延ばしに過ぎない。

「……分かった、これ以上はどうしようもないか。」

 露伴の離別は免れないことになるが、
 これ以上余計なことをしたところで、
 深まるのは疑惑と溝と墓穴だけになる。
 今のうちに話す方が、まだましな結果だ。

「だが、能力の解除は待ってもらいたい。
 でなければ、君は話し合いすら応じてくれないのだから。」

「……そういわれるなら、少しぐらいは待ってあげますよ。」

 けれど、能力の解除は少し待つように先延ばしにする。
 あんな状態では、話し合いにすら応じてくれないのと、
 それまでの間に、何かしら露伴を留める手段を探すためだ。
 姑息な手でしかないが、最悪露伴が離別するとしても、
 せめて仗助達が持っている情報だけでも共有させる。
 ヘブンズ・ドアーが効かない相手が出てきてる以上、
 『記憶を見ればすぐに分かる』も通用しない可能性があるのだから。

「吉良の記憶とパチュリーとの不和、か。
 なるほど、それて改竄がばれても解除しないわけか。
 具体的な内容を知らない今の僕だから、会話が通じている……と。」

 具体的な内容は避けたが、
 消した記憶がどういうものかを軽く、
 カッチカチに凍らせたアイスクリームで、
 溶けかけた表面を軽くなぞる程度の説明をする。

「離反するか、吉良を追い出すか。
 どちらかの選択肢を迫られたが、
 今は必要以上の争いをしている場合ではない。」

「フン。この状況が既に思惑通りってわけか……全く、
 人の自由を奪っておいて、よく澄まし顔でいられたもんだ。」

 いや、お前にだけは言われたくない。
 仗助と慧音の思考が完全に一致した瞬間だ。

「んじゃあ、あの吸血鬼マジで味方なの? 敵にならないの?」

 まだ冷めぬ怒りが残っているのか。
 喧嘩を止められた小学生のように、
 レミリアを指して天子が尋ねる。

「諦めろ。ジョナサン・ジョースターと共闘もしていたし、
 殺し合いに乗ってるなら余りに回りくどすぎるし、手間も多い。」

「? ジョナサン?」

「ん? どうしたんすか、お燐さん。」

「ああいや、ブラフォードのお兄さんって、
 あたいが最初に出会った人がいたんだけど、
 その人を倒すようにと、ディオに言われたとかなんとかって。」

「え、何それ初耳なんだけど。」

「んー、承太郎って人に注意されてたし、
 出会ったときって、あたいアレだったでしょ?」

 思い返せば、情報の共有は後回しにして話してはいなかった。
 集合してから情報を共有すればいい、なんて考えをしていたのもあるが。
 そのせいと言うわけでもないが、吉良のことも二人には話せていない。

「ちょ、ちょっと待った! お燐さん承太郎さんに会ってたんすか!?」

「情報の整理がいるか……露伴先生、
 記憶は少しだけ後にしてもらえるだろうか?」

 流れはいいわけではないが、悪くもない状態だ。
 新しい情報次第で、彼をこの場に留まらせることができるかもしれない。
 正直無理な気はするが、なるべく引き伸ばして、打開策を探さないよりはましだ。
 確認を取ろうとするも、露伴はレミリアとヴァレンタインの方に視線を向けている。
 向こうの話の方に興味があるのか、今は気にしてはいないらしい。

(向こうの話に食いついてくれてるか。
 私としても都合がいいが、うやむやにはできない。
 何かないだろうか……彼が離反するのをうやむやにできる案件は。)

584 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:30:20 ID:fqyYqXkU0

 先延ばしにしたところで、結局は訪れてしまう。
 それ以前に、記憶を一度奪ったという事実の時点で、
 露伴が自分に対する印象は、とてもいいとは言えない。
 同時に、吉良を抜きにしてもパチュリーとの相性も良くはなさそうだ。
 仗助を嫌いながらもそれなりに接している様子から察するに、
 絶望的ではないが、その中途半端さが慧音の胃を削っていく。
 露伴の離別を諦めるしかないのか、吉良を倒すべきなのか。
 どちらに転んでも、ろくな結果にはならないことだけは分かった。

「……何か話があるんじゃあないの?」

 相対したレミリアを前に、
 ヴァレンタインは仗助達の方へ視線を向けている。
 淑女を前に、随分と失礼なものだと軽口をたたく。

「いや、向こうが騒がしくて、少し気になっただけだ。
 私はファニー・ヴァレンタイン。アメリカの大統領を務めているものだ。」

「不要だろうけど、礼儀として自己紹介するわ。レミリア・スカーレットよ。
 しかしまあ、幻想郷縁起の情報を鵜呑みにしてる人間も、珍しいものね。」

「どういうことだ?」

「あれ、誇張表現多いわよ。」

 妖怪とは危険なものである。
 それを知らせるためのものの本であり、
 人にとって妖怪の恐ろしさを人に伝えることで、
 関わろうとしないようにする、自己防衛の一種。
 一方で、妖怪が自己紹介や誇張をしたかったり、
 著者の阿求のさじ加減で、実際の内容とは異なるものも多い。

「ま、参考になるのは事実だし、
 元々情報がないよりはいいんじゃないの?」

 異なると言っても、あくまで誇張した表現であって、
 ある程度の基本や骨組みに関しては、事実なことも多い。
 何より、彼は幻想郷の住人ではないのだから、それが頼りでもある。
 天子と違って、小ばかにできるものではないだろう。

「情報源のなさから頼りきりだったからな。
 新たな見解を得られたのは、大きな前進だと私は思うよ。」

 古い考えだけではいられない。
 人の上に立つものであれば、その考えは至極当然である。
 そういうものを取り込まねば、先のことなど見えはしないのだから。
 いくら遺体さえあればどうとでもなると言えども、
 頼りきりでは見落とす可能性だってある。

(恐竜は……いなくなってるな。)

 ちらり、とヴァレンタインは空を見上げる。
 Dioの恐竜は、先程からいなくなっている。
 彼がやられたか、或いは少し前から突然雪へと切り替わった異常気象の影響か。
 前者はまだないだろうとは思いつつも、恐竜の姿が見えないのであれば、
 こちらとしては都合のいいことだ。

「本題に入ろう。単刀直入に尋ねるが、君は聖人の遺体を持っているな?」

 雑談を切り上げて、肝心のものを尋ねる。
 一つだけではないであろう、彼の探し求めるものを。

「遺体? ああ、もしかしてこれのこと?」

 聖人なんて大それたものを持ち運んだ覚えはないが、
 そういえばブチャラティの支給品に奇妙なのがあったことを思い出し、
 野放しにされていた眼球の方を取り出す。

「君は遺体を装備していないのか。」

「装備? これを使って攻撃ができるとは思えないが、まさか食えるの?
 悪いけど、発酵食品については納豆は好きな方だけど、乾き物はちょっとね。」

「……言わずして交渉は、今後の信用に関わる。遺体について簡単に説明しよう。」

 妖怪は人を喰らい、レミリアもまた吸血鬼であることは知ってはいたが
 流石に遺体を物理的に食うという発想をするとは、余り予想はしなかった。
 遺体を物理的に飲み込めばどうなるか分からないが、
 あるなしに関わらず、そんなことになれば後が大変だ。
 それを止める為にも、遺体の効果について軽く説明する。

「なるほど、とんでもアイテムってわけか。」

 こんな目玉がねぇ……と、二つの眼球を手のひらで軽く転がす。
 価値観を知らないと伝えてくるかのような行動で、事実その通りだ。
 疑ってるわけではないが、吸血鬼である自分が、聖人に対して喜ぶべきなのか。

「価値も理解せずに交渉すれば、それは紛れもない詐欺に当たる。
 今後の信用問題に関わる以上。その価値を知ってから、改めて交渉を願いたい。」

「随分と信用を勝ち取りたいようだが、一体何を考えている?
 『誠実』と言うよりは『不気味』だぞ。得体のしれない、妖怪らしさが出ている。」

585 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:31:32 ID:fqyYqXkU0
 妖怪、言い得て妙だと思えた。
 自分は、この殺し合いに置いても信用を大事としている。
 それは信用を失えば、取り戻すのは容易ではないし、敵対されるからだ。
 最たる例が射命丸文。ジョニィ・ジョースターと出会ったことで、交渉が決裂してしまった。
 妖怪も似たようなものだ。幻想郷縁起による情報源でしか得られてないものの、
 畏怖されることを目的としているのは、ある意味一つの『信用』と言うものになる。
 形は違えど、信用を欲するところは、妖怪と言われてもあながち間違いではないだろう。

「博麗霊夢との『約束』だよ。」

 幻想郷の重要人物との協定。
 彼にとっても大事なものであり、
 今後の幻想郷の住人との交渉で大事なものとなる。
 先ほど、天子に対しての過剰な行動も明かしておくことで、
 後で言わなかったことによる印象の悪さを、今のうちに抑えておく。

「参考までに、どんな内容のを受けて、どんな内容を断ったかは答えられる?」

「ブラフォードとは『お燐君の家族の保護』、
 博麗霊夢とは『幻想郷の住人を此方から攻撃しない』、
 承太郎、F・Fとも彼らの仲間に対して、同じ約束を執り行っている。
 射命丸文の『遺体を渡す代わりに一時的にこちら側の遺体を全て預ける』、
 これだけはどれだけ譲渡しようとも、私としては認められなかった。
 彼女を信用するだけの材料の少なさも、少なからずあったが。」

 文とのやり取りについては、細かく話す。
 現状、交渉が決裂した唯一のものであり、
 レミリアにとって交渉の基準となりうるものだ。

「……その割には、無事に見えるけど?」

 文に撃たれたと言う話ではあるが、
 どうみても五体満足、風穴一つ空いていない。
 似たような傷を持っていた仗助と比べると、明らかに健康的だ。
 D4Cの特性を知らない以上、この反応は至極当然である。

「それについては、スタンドの能力の一環だと思ってほしい。
 スタンド能力を明かすと言う事は、弱点を晒してしまうことになる。」

 こればかりは、おいそれと話すわけにはいかない。
 信用が得にくくなるが、手の内をさらすリスクを考えれば仕方のないことだ。
 レミリアもそのことは理解している。ジョナサンの波紋を受けたのがいい例である。
 手の内が分かっていれば、戦い方だって変えていく。戦闘の基本中の基本だ。

「なるほど……ん〜〜〜……では、そうだな。」

 ただ此方にとって有益な協定なだけでは物足りない。
 これ程までに大事なものならば、ハードルを上げてみようかと、
 子供のような、或いは悪魔のような考えに至る。





「露伴と慧音達の仲を取り持ってもらいたい。」

 この場で、現状誰がどうやっても解決できなさそうなものを選ぶ。
 知っている者からすれば『無理難題』とか『輝夜の難題の方がマシ』とか野次が飛ぶだろう。
 あくまで今の露伴は、吉良とパチュリーの記憶がないからこそ、かろうじて話が通じてるだけ。
 記憶があった状態では、慧音の言葉など一切届くことはない程に怒り心頭の状態だった。
 あの状態の彼と、慧音達の仲を取り持つなど、荒木と太田だって首を横に振りかねない。

「取り持つとは?」

「私が慧音を襲った原因だよ。まあ、
 威嚇程度だったけど、見事に天人が勘違いした奴。」

 無理難題と、レミリア自身も理解しており、
 自分が知っている限りの情報を提供する。
 ……流石に、康一の首を用いての実験の為に、
 露伴と距離を置こうとしていたことは黙っておいた。
 言えば、本当に露伴との完全な決裂になってしまう。

「受ければ前払いで私は中にある心臓を、
 和解させれば眼球も提供。ダメだったら別の方法で交渉……どうだ?」

「聖人の遺体の価値を知った割には、気前がよすぎるな。」

 その前の文の条件が、余りに無理があったのもあってか、
 相手が出してきた条件は、えらく二つ返事で受けられそうな、
 ごく普通のもの。しかも、ダメであれば別の手段での交渉。
 かなり譲渡された内容で、逆にヴァレンタインが訝る。
 いくらなんでも、気前がよすぎる。先とは逆転した状況だ。
 聖人の遺体の価値を知って、初対面の得体がそこまで分かってない男を、
 簡単に信じられるものだろうか? 彼でなくとも、疑問を持つだろう。

「悪魔とは気前がいい囁きをするものだよ。
 だけど、その裏にはとんでもない理不尽をかけてくる。
 事実、露伴は理屈で相手できる人物じゃあないのよ。そうでしょ?」

586 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:33:06 ID:fqyYqXkU0

 仗助達の会話よりも、此方の会話を聞き入ってる露伴に視線を向ける。
 大統領や、聖人の遺体。創作意欲が沸いてくるようなものばかりで、
 ただの情報交換よりも、彼にとってはそちらの方が有意義なことだ。
 漫画に生きている男だから、ある意味当然の帰結か。

「短い時間で、僕のことをよくわかってるじゃあないか。」

「ま、本にされた経験があるのと、貴方のファンだからね。
 それで、露伴は今記憶を慧音に食べられたから一応会話できてるだけで、
 記憶が戻れば、こんな殺人鬼と理解しないパチェといられるか、僕は出ていく!
 なんて、推理小説で単独行動して、真っ先に死ぬような奴の行動を取ろうとしてたわ。」

「性格に難あり、と言うわけか。」

「難あり? おいおいおいおい、こんな真っすぐな僕のどこに難ありなんだ?」

「悪びれることもなく言える自信があれば、
 真っすぐと言うよりは曲げられないタイプね。」

 此処までぶれない相手はそうはいないぞ。
 少し呆れながらも、これが露伴と言う男だとよくわかる。
 ヴァレンタインからしても、これは十分な難題なのはすぐに分かった。

「言っとくけど、何らかの手段で洗脳とか操るとか、
 そういう手段はなしよ。ペナルティとして心臓は返してもらうから。」

 約束を大事にする傾向があるが、
 言い換えれば約束の範囲外は守らないとも受け取れる。
 一応、そんなことにはならないように釘は刺しておく。

「ちゃんと記憶を取り戻した露伴を、皆……は吉良って人が難しそうか。
 とりあえず、パチェと慧音と露伴と私が納得できる結果で取り持ってもらう。」

 一人の男を納得させられなければ、大統領の名折れ。
 上に立つものの務めであり、同時に、試練は強敵であるほど良い。
 彼はそう思っていたのもあってか、その難題に立ち向かう。

「……分かった、君の提案を受けよう。」

「契約成立。悪魔と契約して、本当に良かったのかしら?」

 最初に出会ったときのような悪魔のような笑みを浮かべる。
 少女らしからぬ恐ろしさがどこかあり、常人なら鳥肌が立つほどだ。
 無論、その程度の事で彼が動揺するわけではないのだが。

「国の為ならば、悪魔とも契約をする覚悟は───」

 不意にジョースター低から響く爆音。
 窓ガラスがガタガタと揺れだし、今にも割れそうになる。
 実は、先ほども窓ガラスが揺れてはいたのだが、
 そのときは戦闘中もあってか、気づいたものは誰もいない。
 爆音を聞いて、会話など当然続けている余裕はない。
 特に、あの男がいるのであれば。

「まさか吉良の野郎ッ!!」

「あの殺人鬼!!」

「パチェ───!」

 真っ先に動き出したのは仗助、天子、レミリアの三名。
 仗助と天子の二人は近くの窓から突入しようと走り出し、
 その同じ窓から入ろうと、レミリアは羽を羽ばたかせ───





 何を思ったか、窓を突き破る寸前。
 壁を蹴って、その反動で自分がいた場所へと戻る。

「え? ど、どうしたんだレミリア!?」

 自分から率先して動く。
 パチュリーが関わってる可能性が高いのだから、当然だ。
 しかし、それならば今の、向かいながら戻るとは挙動がおかしい。
 なぞの挙動に仗助達も止まり、二人に遅れて動き出そうとした慧音がその行動に疑問を持つ。

「───今、私飛んだよね?」

 余りに奇妙な疑問が出てくる。
 何を言っているのか、分からない。

「何を、言ってるんだ? 飛ばなければ空を舞うはずが───」

「いや、違う。私は彼女が飛ぶ瞬間を見ていない。」

 すぐ横にいたヴァレンタインも、今の状況には、僅かながら困惑している。
 確かにレミリアは飛ぼうとしていたのは分かる。だが、あくまでしていただけで、
 レミリアがどのような経路を使って窓へ向かったのかは、一切見えなかった。

「気づけば既に彼女は窓の前にいた。露伴君、だったか。
 君もレミリアの近くにいたが、彼女の動きに気づけたか?」

「いや、気づけなかった……間近にいた僕でさえ気づけなかった、」

587 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:34:16 ID:fqyYqXkU0
 正直、スピードには自信がある露伴でさえ、
 今の彼女が何をしていたのかを見ることができない。
 彼が連載している、週刊少年ジャンプの先輩となる漫画には、
 余りに速すぎて、目に映らない速度で攻撃を仕掛ける登場人物がいたが、
 レミリアがそこまで出せるなんて話は、聞いていない。

「何か異常なことが起きてるってことよ!
 吉良が何かしてたら、ぶちのめしてやるんだから!」

 そんなことはどうでもいい。
 最終的に吉良をぶちのめせばそれでいいと言う、
 脳筋を地で行くかのように、天子は窓を開けてすぐにジョースター艇に乗り込む。
 天人時代だったらぶち破っていたかもしれないが、今の状態ではあまり無茶はできず、
 (窓から入ることはともかくとして)丁寧に入らざるを得ない。

「いや待ちなさい。一つだけ説明しなきゃいけないことがあるわ。」

 招く前に、レミリアが引き止められる。
 いい加減突入したいんだけどと訝る天子だったが、
 彼女の表情は、先程までの笑みを浮かべてはいない。
 余り余裕のない表情をしており、流石の天子も黙って話を聞く。

「この能力、私は覚えがあるわ。時間が飛ぶこの能力を。」

 キング・クリムゾン。時間を飛ばす能力。
 数時間前に出会った、ブチャラティの因縁の敵。
 その能力を、把握している範囲で話してみるも、

「あんまりわからないんだけど。」

 はっきり言って時間を飛ばすとは、分かりにくい。
 現代人ならビデオテープで例えられれば分かるのだろうが、
 あいにくと幻想郷にはまだビデオテープはない以上、どうも例えが難しい。

「ざっくばらんに言えば、不意打ちも回避もし放題って思えばいいわ。
 ……ただ、疑問なのは放送であいつ……放送で呼ばれてたはずよ。」

 何より疑問なのは、なぜあの男が生きているのか。
 あの場で倒しきれなかったが、後の放送で亡くなっていた。
 荒木達の誤認か? それとも、別人が似た能力を持っているのか?
 いや、あんな凄まじい能力、そう何人も持っているとは思えない。
 それとも、あれからディアボロは何かとんでもないものを手にしたのか。
 死を偽装できるほどの、とてつもない何かを。

「あいつかどうかは別として、『元』天人。
 あんたも頑丈じゃあなくなっているんだから、
 無茶すると本当に死ぬから気をつけなさいよ。」

 先ほどまで煽りに煽っていたレミリアからの忠告。
 ふざけた態度でいる余裕が全くない相手と言う事なのだろう。
 先のヴァニラ・アイスや八坂神奈子と同じ、紛れもない強敵だと。

「『元』をつけるなってーの。
 その点は仗助のスタンドで治してもらうから任せたわよ!」

 忠告を受けて、気を引き締めて天子は今度こそ乗り込む。

「ちょ、地子さん一人で行ってどうするんすか!」

 今までのような戦いができるわけではない以上、
 天子一人で行かせるのは色々不安である。
 それに、吉良の事を知ってる以上仗助が動くのも当然だ。
 続けてレミリアも一緒に乗り込むと同時。

「仗助、これ持っておきなさい。」

 仗助のスピードに合わせながら、
 レミリアが投げ渡したのは、ウォークマン。

「えっと、これ……ウォークマン、っすか?」

 仗助は1999年の人間だ。
 彼の知るウォークマンと言うのは、
 大体カセットテープやディスクを用いた物。
 それより先の未来にある、それらさえ不要なものは未知に近い。

「何でこれ?」

 この状況下で渡すと言う事は、
 今この場で必要と言う事になる。
 一体これで、何をしろと言うのか。

「あいつがお前の力で治せるとか言っていたからね。
 なら、この場で致命傷を受けてはならないのは貴方よ。」

 ブチャラティが対策した時飛ばしへの対策。
 音楽がいきなり飛んだ瞬間こそが時が飛んだ瞬間。
 その時こそ、ディアボロは攻撃を仕掛けてくる。

588 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:35:18 ID:fqyYqXkU0
「何か好きな音楽でも聴きなさいな。」

「こんな時に音楽、しかもぶっつけ本番っすか。」

 ハンティングのときのプレッシャーを思いだす。
 あの時は見事にプレッシャーを跳ね返すことはできたが、
 ネズミの時の自分は、首の肉を削られた程度の軽傷だったのもある。
 今回は既に銃弾は受けるわ、肉体を削られるわの、立派な負傷者だ。
 果たして、今回もプレッシャーを跳ね返せるのか不安になってくる。

「それと、億泰って名前に覚えはある?」

「!」

 反応から、億泰の言っていた仗助とは、彼なのはすぐに分かる。
 同時に、彼女が誰から自分の事を聞いていたのかも理解できた。

「彼からの伝言よ。『すまねえ』って。」

 遺言とは言わない。
 彼の魂は、自分やジョナサンに受け継がれた。
 物理的には死んでいるが、その魂は終わりはしない。
 誰かが受け継ぐか、誰かへと託す。そうして人は生きていく。

「……億泰のヤロー……」

 状況が状況だからか、
 余り表情には出てこない。
 何を思ってるかは、彼のみぞ知ることだ。

 状況が状況なのもあって、少し駆け足気味ではあるが、一先ず彼の伝言は叶った。
 空の件はもう叶わない以上、できることはさとりの保護だが、彼女の行方は依然分からない。
 もしかしたら、ジョジョの方でちゃんと見つけていて、保護しているのかもしれない。
 となれば自分のすべきことは、ディアボロと思しき相手。生きているのか、はたまた別人なのか。
 ある意味、どちらも正解ではあるが、それを知るまで、あと少し。

【C-3 ジョースター邸エントランス/真昼〜午後】

【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:人間、ショートヘアー、霊力消費(大)、疲労困憊、空元気、濡れている、汗でベトベト、煩悩まみれ、レミリアに対する苛立ち
[装備]:木刀、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、聖人の遺体・左腕、右腕@ジョジョ第7部(天子と同化してます)
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:時飛ばしの奴を倒す。吉良? 調子こいた時点で即ぶちのめす。レミリアは……一発だけ殴りたい
2:眠い、お腹減った、喉が渇いた、身体を洗いたい、服を着替えたい、横になって休みたい。
3:人の心は花にぞありける。そんな簡単に散りいくものに価値はあったのだろうか。よく分かんなくなってきたわ。
4:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
5:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
6:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※デイパックの中身もびしょびしょです。
※人間へと戻り、天人としての身体的スペック・強度が失われました。弾幕やスペルカード自体は使用できます。

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、 鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、 聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、 香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1 :この能力、まさか……
2 :さて、慧音はどんな運命をみせてくれるのかしら。
3 :慧音と露伴をパチュリーの所に引っ張っていく。ま、出来たらでいいや。
4 :温かい紅茶を飲みながら、パチェと話をする。
5 :咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
6 :ジョナサンと再会の約束。
7 :サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
8 :ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
9 :自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
10:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
11:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
12:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
13:後で大統領に前払いの心臓を渡しておかないと。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼と東方輝針城の間です。
※時間軸のズレについて気付きました。
※大統領と契約を結びました。
 レミリア、露伴、パチュリー、慧音が納得する形で、
 露伴、パチュリー達の仲を取り持つことで、聖人の遺体を譲渡するものです。

589 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:35:51 ID:fqyYqXkU0

【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:黄金の精神、右腕外側に削られ痕、腹部に銃弾貫通(処置済み)、頬に打撲
[装備]:ウォークマン@現実
[道具]:基本支給品×2、龍魚の羽衣@東方緋想天、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:吉良に時飛ばし!? っていうか本当に俺にできるんすかこの対策!? 
2:地子さんと一緒に戦う。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
5:あっさりと決まったけど…この男と同行して大丈夫なのか? 吉良のヤローについても言えなかったし……
6:億泰のヤロー……
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。





「……いかないのか?」

 慧音もそのまま突入しようとするが、
 残りの三人が行動を起こさず、そこを確認する。

「入れ違いで敵が逃げる可能性もある。
 それを考えれば、ある程度此方に人員を割く必要があるだろう。
 総力をつぎ込んで戦いに勝てるのであれば、誰もがそうしている。」

 ジョースター艇は中も見たが、かなり広い。
 どこからでも逃げることができるかもしれない上に、
 一人で此処から逃げる相手を補足するのは、容易ではない。
 彼の言う事はごもっともなことである。

 特に、雨から切り替わったとはいえ雪を用いれば、
 D4Cの能力の条件を容易く満たせる今の野外では実質無敵だ。
 そういう意味でも、彼が外に残るのは適任でもあった。

「あたいの場合、室内とかだと能力のせいで邪魔になるのもあるし……」

 燐は大統領が止まってるから、と言うのもわずかながらにあるが、
 自分の能力が、お世辞にも室内で協力して使うにはあまり向いていない。
 地霊殿のような広々とした場所ならともかく、此処では燃え移る可能性があるし、
 何より、全員で入ったら全員死にました、なんてことを数時間前、別の自分で体験している。
 れっきとした、彼女なりの考えを持っての待機を選んでいた。

「確かに……何かあったら頼む。露伴先生は?」

「当然、行くに決まってるじゃあないか。」

 記憶こそなくとも、何かしらの因縁があった相手だ。
 ならば我が物顔で暴れてるやつのことを、放っておくわけがない。
 他の二人が止まる理由を聞いておきたくて止まっていただけなので、
 仗助達に遅れる形で、二人も突入する。





「時間を飛ばす、しかしそれを認識ができないか。」

 なんとも形容しがたい能力だ。
 例えるならば、推理小説を読んでいたら、
 いきなりクライマックスを迎えてしまったようなものか。
 そのクライマックスに至るまでの数ページの内容は見たが把握はしていない。
 倒されれば好都合だが、逃げて相対したとき、どのような対策をするべきか。
 口伝と一回程度の時飛ばしだけでは、やはり理解をするのは難しい。
 二度目の時飛ばしの時に、対策を改めて講じるほかない。

 吉良と言う爆弾に向かっている仗助達は、果たして味方か。
 それとも爆弾を起動させる導火線か。
 カウントダウンはもうすぐ終わりを告げる。

590 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:36:51 ID:fqyYqXkU0

【C-3 ジョースター邸の横/真昼〜午後】

【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。『幻想郷の全ての知識』を以て可能な限り争いを未然に防ぐ。
1:時を飛ばすだと……?
2:私はどうすればいいんだ?
3:他のメンバーとの合流。
4:殺し合いに乗っている人物は止める。
5:出来れば早く妹紅と合流したい。
6:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
7:露伴先生をどうにかしなければ……!
[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク10日目以降です。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
※時間軸のズレについて気付きました。

【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり、プライドに傷
[装備]:マジックポーション×1、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話原稿)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:時を飛ばす能力……厄介だが、面白そうな能力だ。
2:『東方幻想賛歌』第2話のネームはどうしようか。
3:仗助は一発殴ってやった。収まらないが、今はこれだけで勘弁しておく。
4:主催者(特に荒木)に警戒。
5:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
6:射命丸に奇妙な共感。
7:ウェス・ブルーマリンを警戒。
8:後で記憶を返してもらいますよ、慧音さん。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。
※時間軸のズレについて気付きました。
※歴史を食べられたため、156話と162話の記憶がありません。
※歴史を食べられたため、吉良吉影に関する記憶がありません。
※パチュリーが大嫌いなことは記憶がありませんが、
 慧音の説明、レミリアと大統領の会話で、ある程度は把握してます。
 今は緊急事態なのと記憶がないため一応会話が通じますが、記憶が戻れば元に戻ります。

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・両耳、胴体、脊椎、両脚@ジョジョ第7部(同化中)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、拳銃(0/6)
[道具]:文の不明支給品(0〜1)、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×5、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:遺体が集まるまでは天子らと同行。
3:今後はお燐も一緒に行動する。
4:形見のハンカチを探し出す。
5:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
6:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
7:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
8:時を飛ばす能力、対策をしておかなければ。
9:岸辺露伴……試練は強敵であるほど良い。
[備考]
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。
※レミリアと契約を結びました。
 レミリア、露伴、パチュリー、慧音が納得する形で、
 露伴、パチュリー達の仲を取り持つことで、聖人の遺体を譲渡するものです

591 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:37:12 ID:fqyYqXkU0
【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、こいし・お空を失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとりと合流する。
1:大統領と一緒に行動する。守ってもらえる安心感。
2:射命丸は自業自得だが、少し可哀想。罪悪感。でもまた会うのは怖い。
3:結局嘘をつきっぱなしで別れてしまったホル・ホースにも若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……お空……
8:外で待機。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。
 とはいえ彼によって無関係の命が失われる事は我慢なりません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。

※大統領、レミリア、露伴を除いた四名が情報を共有しました
 どこまで話したかは、後続にお任せします

※キング・クリムゾンの能力を観測しました。
 レミリアによるキング・クリムゾンの能力説明がありましたが、
 各々が理解しきれてるかは別です。
 仗助だけウォークマンによる対策を教えられてます。

592 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:37:34 ID:fqyYqXkU0
以上で『COUNT DOWN “ONE”』の投下を終了します

593名無しさん:2020/01/09(木) 00:25:06 ID:W4fNV2T.0
ageましておめでとう!

594名無しさん:2020/01/09(木) 01:42:32 ID:3XVdaDqo0
投下乙です
仗助を殴る露伴先生が悲しい、やっぱり康一君は親友だったんだなぁ…
徐々に知れ渡るボスの情報に、吉良の元へ突撃する一行と今後の展開に更に期待してしまう
最近は頭のおかしい荒らしが湧いてるだけだったから、久々の投下は本当に嬉しい

595名無しさん:2020/01/10(金) 06:33:18 ID:kKJOuYwE0
ヒャッハー!マジで久々の投下だー!!
妙手とも言える音楽での時飛ばし対策…果たして上手く行くのか

596名無しさん:2020/01/20(月) 20:55:13 ID:11vuo8zU0
何度か体感してるジョルノですらも血を垂らしてなお反応出来なかったからな…
かなり不安は残るのぉ

597名無しさん:2020/02/09(日) 20:34:56 ID:eQDzavZg0
投下来てた!! 乙です!
藁の砦と化したジョースター邸についにグツグツシチューマンが……!
だがそれさえも前哨戦に過ぎなかった…・・・!

598名無しさん:2020/06/21(日) 16:18:47 ID:CGQOQoGQ0
コロナに敗けずに頑張りましょう!

599 ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:18:30 ID:Cv8akD0g0
お久しぶりです。投下します。

600雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:20:51 ID:Cv8akD0g0
『因幡てゐ』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


 「この世で最も強い力」とは何か?
 訊かれれば千差万別の回答が返ってくるであろうこの問いに、例えば因幡てゐならばこう即答する。

 『幸運』に決まっている、と。

 強い力、の定義を「どのような過程であろうと最終的に生存できる能力」に限定するならば、てゐの自説に違いなかった。何故を問われれば、提唱者である彼女本人がまさにその説を実証する体現者だからだ。
 因幡てゐとは、ここ幻想郷に居を構えたあらゆる人妖の中でも、頭抜けて長命の個体種である。無論、身近には蓬莱人などというインチキ生物も何人かは居て、こと『長命』といった土俵においては彼女らに敵うべくもない。
 しかしながら、てゐはやはり幸運だった。その人生には苦境も少なくなかったが、『不死の呪い』を受けずして順風満帆な生活を送れたのだから。
 ひとえに『幸運』の力が働いているとしか思えない。これ程までに健康で、長生きな人生を満喫出来ている理由など。

 強さに『腕力』や『妖力』も必要ない。極論、『知識』も不要なのだ。
 真に幸運な者であるならば、そもそも「争いに巻き込まれたりはしない」。つまりはそれが、生存能力に直結する力。

 災を避ける能力。これがてゐの言う所の「この世で最も強い力」なのである。

 この言説を借りれば、此度のゲームに巻き込まれている時点で、彼女の自慢の品である幸運など最早あってないようなもの。てゐはこの頃、自虐的にそう思うようになってきてはいたが。


 少なくとも。
 「今」、「この状況」においては。

 因幡てゐは、間違いなく『幸運』だった。

601雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:23:22 ID:Cv8akD0g0

「なんだ……?」

 始まりは、停車するバギーカーの助手席にて短い足を伸ばす、てゐの一言であった。
 予兆は、無かった。少なくとも、てゐの認識している範囲においては。
 あるとすれば、相棒であるジョセフが寝たきりのジョナサンなる男を気遣い、車を降りて行ったこと。そして、空条徐倫なる女もそれに続いて車を降りたこと。
 車内に取り残されたのは、意外に心地好かった助手席のシートにて寛ぐてゐ。そして、まだダメージの抜けきらない身体の安静の為という名目で後部座席を占領する博麗霊夢の二人のみ。
 ジョセフ、徐倫、魔理沙の三人。そしてこの地で出会ったさとり、こころ達は「全員漏れなく車外に出ている」。

 なにやら徐倫の怒号らしきものが聞こえ、フロントガラスから宙空を仰いでいたてゐも流石に視線を外にやった。この期に及んで彼女が車から降りようとしないのは、単純に「寒い」からだ。彼女は基本的に裸足族であり、靴を履くことを習慣付けていない。
 見ての通りに、屋外には新雪が積もりつつある。こんな場で裸足のままに長時間動き回ろうものなら、慣れたものとはいえ凍傷の危険性もある。

 〝雪〟を回避する為。
 それだけが、少女が外に降りたがらない理由であり。
 それこそが、少女が幸運だという根拠に他ならない。


「ちょ……っ!? な、何やってんのアンタら!」


 すぐ後方で慌てふためくその声の主は、我らが霊夢のもの。少女は車の窓からガバリと身を乗り出し、らしくもなく目を大きく見開いていた。

「……は?」

 それとは対照的に、続くてゐの声は極めて淡白なもの。彼女も霊夢と〝同様の景色〟を目撃し、理解不能といった反応を示した。
 全く、惚けたツラをしている事だ。もしここに鏡があったなら、鏡界の向こうに潜む自身の顔へとてゐは意地悪く呆れたろう。

 然もありなん。
 車の外には、音もなく忍び寄った〝異変〟が起こりつつあったのだから。

 空条徐倫が、我が相棒ジョセフの顔面を目一杯に殴り抜く異常な光景。
 てゐの目と鼻の先。外界との隔たりへと、不快な異音と共に、波紋状の亀裂が突如として広がった。


 健康的な真っ白い歯が一本、ドアガラスに突き刺さっていた。


            ◆

602雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:26:15 ID:Cv8akD0g0

 まるで垂らされた糸に釣られるように、男はゆっくりと立ち上がった。
 ジョナサン・ジョースター。ついぞ今まで、仮死状態とまで宣言された男が、だ。

「お、おじいちゃん! ……だよ、な?」

 尻すぼみに覇気を失っていく声の主はジョセフ。絶望的な状態にあったジョナサンの快復を図るべく、藁をも掴む気持ちで手持ちのスタンドDISCを取り出した張本人だ。
 徐倫の妨げにより一度は手から零れ落ちた円盤だったが、それは半ば事故のような形でジョナサンの額に吸い込まれ、結果───。

「立ち、上がった……」

 傍で始終を見ていた霧雨魔理沙が、豆鉄砲を食った鳩のような表情で呟いた。古明地さとりの話によれば、精神DISCなる円盤を抜かれた者は、魂を抜かれたみたいに仮死状態へと落ちる。復帰の手段はと言えば、抜かれたDISCを元ある場所に戻すしか無いのだと。
 この場においては誰よりもDISCに精通する徐倫も、さとりの話を後押す形でそれを肯定したのだから、確かな事実だと信頼していいだろう。
 ジョセフが懐から取り出したDISCがジョナサンの盗られた精神DISCなわけがない。つまり彼は、偶然所持していた有り合わせのDISCを使用して、ジョナサンの肉体の差し当っての復旧を目論んだ事になる。
  完全復活とはいかないにしても、効果は半分程期待できた。肉体の老朽化を防止する措置である仮初の円盤は、強引にでもジョナサンの身体を一時的に動かせる〝かもしれない〟という、ジョセフの一心な家族愛も不発には終わらずに済んだ。

 これが『不発』であったなら、どれほど良かったろう。
 問題なのは、偶然所持していたジョセフのDISCが、『暴発』を誘起する大地雷だという悪運だった。

「おいッ! 今コイツの額に入っていったDISCをとっとと戻せッ!」

 一体全体何事かと、徐倫が食って掛かる勢いのままにジョセフの胸倉を掴み上げた。その鬼気迫る表情たるや、今この現状が非常に由々しき事態なのだと、周囲の者に否応なく悟らせる類の相貌。
 だとしても、ジョセフが事の重大さの理解に至るにはあまりに材料が不足している。それよりもまず、彼は目の前の女の粗暴に対して気に障った。

「痛ッ……! な、なんだテメー! 苦しいだろーが! 放しやが────ッッ!!?」

 抗議の途中で、突然の振動がジョセフを襲い、視界がぐわっと回転した。
 脳が揺さぶられ、意識が飛びかける程の衝撃だった。彼の首は堪らず直角横90°まで曲げられ、下手をすればプラス90°の回転がその太ましい首を捩じ切ってしまいかねない程の、突発的な暴力。

(──────ぁ? ……な、んだ?)

 薄れゆく意識の中、この脳震盪の因果にかろうじて辿り着く。
 ブン殴られたのだ。
 今、自分へと掴みかかる少女の華奢な腕によって、全力で。

「徐倫っ!?」

 叫ばれる魔理沙の言葉。その声に呼応するかのように、殴り抜いた徐倫本人の意識が今一度冷静さを取り戻した。

「…………え?」

 驚愕しているのは目撃者だけでなく、暴力を行使した本人とて例外ではなかったらしく。徐倫は、今自分が何をやっているのか誠に理解できないといった反応で、殴り飛ばしたジョセフと己の拳とを交互に見つめた。
 拳には飛沫状に血痕が付着している。無論、ジョセフのものと……あまりに躊躇のない熾烈さで打ち抜いた我が拳から捲れた、自傷の血である。
 痛みはない。その原因が、自分の中に渦巻く一種の興奮状態……アドレナリンの放出による作用である事にも、大きな動揺を隠せなかった。

 興奮している。間違いなく、自分は今。
 何故? 殴るつもりなど、微塵も無かった。
 ましてこちらの拳が傷付く程までに、全力で。
 その理由に、心当たりがある。

 ジョセフがDISCを取り出したのを見て、徐倫が嫌な予感を覚えたのは間違いない。
 だがそれは、あくまで予感。彼が所持するDISCの正体が『サバイバー』だと徐倫が知る機会など無かったし、かつて体験した刑務所懲罰房での地獄絵図を齎したスタンドの名称がそれだと、徐倫はそもそも認識まで至ってない。
 故に『予感』の範疇を出なかった徐倫は、それでも正体不明のDISCを意識の無い他人に使用するというのは、あまりにリスクの多い行動だという危機的意識はあったのだ。

 今はもう、その予感が最悪の実体験として彼女を蝕んでいる。
 ことが起こってしまった現状、頭の冷静になった部分で徐倫は思い描いていた。

 今、我々を襲っている〝この現象〟は十中八九、あの時の────。


            ◆

603雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:26:45 ID:Cv8akD0g0

 とある『悪の帝王』は、そのスタンドについて友人へ語る際、こう述べている。
 『最も弱く』、そして『手に余る』とも。

 発動の条件はといえば、地面が雨などで濡れている必要がある。その程度だった。
 神経細胞を伝わる電圧はほんの百分の七ボルト。脳の中で生まれたごく僅かな電気信号は、濡れた地表を伝わり周囲へ流れる。
 後はもう、終わりのようなものだ。対象の脳の大脳辺縁系、そこに潜む闘争的な本能をほんの一押し。

 どうしようもなく、手が付けられない能力。世にはそういった、使い手を悩ませる暴走スタンドも幾多存在する。
 この『サバイバー』も、その例には漏れず。制御が効かないという意味でも、なんの有効活用も見い出せない特級のハズレ品だった。

 そして、悪夢そのものでもある。
 周囲の人間にとっても。
 使い手本人にとっても。


 主催の二人が戯れに支給品へ混ぜ入れた『大地雷』は、ゲーム開始から十六時間が過ぎた今───深い眠りから目覚めるように、静かに爆発した。


            ◆

604雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:27:54 ID:Cv8akD0g0


(このおぞましい感覚は……あの時の!)


 意識がフワフワしている。
 思考が落ち着かない。
 心臓が熱い。
 理由もなく、ムカついてくる。
 ああ、言わんこっちゃない。
 だからアタシは言ったんだ。そのDISCはやめろって。
 よりによって。よりによってだ。
 あの懲罰房でアタシを襲った、あんな傍迷惑なモンを。
 よりによって、コイツが持ってたなんて。
 だから。
 だから、言ったんだろーが。


「だからやめろっつったろォオーがァァーーーッ!!」


 なんの理由も無い暴力によって、ジョセフを地面へと転がした徐倫は。
 現在、彼女らを襲う現象の正体に見当を付けつつも。

 溢れんばかりの『闘争心』に抗うことなど、叶わずにいた。

 鼻っ面を叩き折り、血反吐と共に地を這わせた男へ向けて徐倫は、間髪入れず追撃を行使しようと右脚を上げる。
 このまま足を振り下ろせば、そこにあるジョセフの顔面は潰れるだろう。どのような理由があろうと、仲間に対して行っていい仕打ちなわけがない。

「お、おいやめろ徐倫ッ!!」

 この絶望的な一日を最も長く共に過ごした魔理沙の精一杯な仲裁も、効果は無い。


 だから〝仕方なく〟魔理沙は、自分に背を向け隙だらけの徐倫の後頭部を、思い切りブン殴った。


「〜〜〜〜ッ!!?」

 嫌な音が響いた。
 音の出処は頭部を抑えながら悶える徐倫からでなく、手を出した魔理沙の拳からだ。
 人の骨という部位は想像の通りに硬いものだが、骨同士が接触した場合、当然ながら強い骨が打ち勝ち、弱い骨は破壊される。
 後頭部とは、前頭部や側頭部に比べると脆い。とはいえ、まだ少女である魔理沙の華奢な拳では打ち勝つには至らなかった。ボクシングで言う所の反則技ラビットパンチの格好だが、仕掛けた魔理沙側の拳に重大な負傷が発生するのは自明の理であった。

(〜〜〜って、問題なのはそこじゃないだろ!?)

 私は一体、何やってんだ!?
 喧嘩を止めようと行動を起こした魔理沙は、自分で自分の行為の意味が分からずに困惑した。
 見れば、箒よりも重い物など持った試しのない我が手からは、剥き出しの骨すら見えていた。殴り抜けた衝撃が返り、先端が皮膚を破って骨折したのだ。
 更に恐ろしい事に、痛みが無い。痛覚の代わりに興奮ばかりが脳の中を支配しているようで、自分が自分じゃないようだった。

 ぬっとりと背筋を這うような、不気味な気色悪さ。
 まるで折れた鉛筆が手の甲に突き刺さった様な光景。皮膚を食い破った基節骨を呆然と見下ろしながら魔理沙は、この独特な悪寒に対し、冷静な解答がひとつ浮かんだ。

「まさか.......スタンド攻───」
「そうだよ馬鹿野郎ッ!!」

 言い終わらない内に、徐倫のプロ顔負けの回し蹴りが、反撃の牙となって魔理沙の頬を真横から穿った。死角から飛んできた予期せぬ衝撃に、魔理沙の小柄な体は堪らず吹き飛ばされる。
 通常であればそれでK.O.だ。だというのに魔理沙は、よくもやったなと言わんばかりの勢いで起き上がり、額に青筋を立てながら尚も徐倫に向き直す。

 流血沙汰では収まらない、大喧嘩だった。
 この喧嘩に、理由など存在しない。サバイバーの性質によって増加を経た筋力の刃は、たちまちにしてそこに立つ者達を内部から崩壊させる。
 唯一、この悪夢を経験済みであった徐倫をしてこのザマなのだ。なんの事情も原因も露知らぬ他の者にとってみれば、この突然の災害に対処する備えなどあるわけが無い。

605雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:28:40 ID:Cv8akD0g0

「やめなさい魔理沙っ!! どうしたってのよ突然!?」
「ジョジョ!? な、なになに急にどうしたのよ皆して!」

 リングの観客席と化したバギーカーの車中から身を乗り出すのは、霊夢とてゐの二名。彼女らはやにわに争い始めた仲間達の姿を、我が目を疑いながら傍観する。するしか出来ない。
 ただの敵だとか邪魔者であれば、てゐはともかく霊夢の場合、怪我の上でも直ちに袖を捲りながらとっちめるくらいはやる。
 今、目の前で行われている異変は、そういったいざこざとは訳が違った。いつもの様に、懲らしめてハイお仕舞いではないのだ。
 博麗の巫女の頭の中にあるマニュアルには、こんな訳の分からない暴動を丸く収める術など項目に無い。ましてや旧来の友人の、今までに見たことのない激しい様相を目の前にしたとあっては、仲裁に向かう足も固まりつくのは当然だ。

「この.......馬鹿魔理沙! 徐倫も、今は喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょう!?」

 眼前で行われている乱闘がただの喧嘩ではない事など霊夢にも承知である。それでも直接的な敵の姿や攻撃すら見えない以上、これは喧嘩の延長線にある馬鹿げた内輪揉めだ、という認識の下で動かざるを得なかった。

 どのような状況下にあろうとも。
 どこかの誰かの言葉ひとつで、自身の心が揺れ動こうとも。
 博麗の巫女とは、異変を解決する役職の人間である。
 長き立場の上で刷り込まれた博麗への意識は、たとえ怪我人であろうとも少女の足を立ち上がらせるには十分な異変が、目の前で繰り広げられている。

「アンタは中に居なさい!」
「え……って、霊夢!? その怪我で行くの!? なんかアイツら、普通じゃないよ……っ」

 愛用のお祓い棒を掴み取り、車のドアを取っ払う様に開けながら、霊夢は銀世界へ変貌しつつある外へ降りた。
 その荒立つ様は、とてもダメージを刻まれた少女には見えない程に勇敢な後ろ姿だ。そんな霊夢をてゐは、頼もしいと感じる以上に今回ばかりは不安が上回っている。

 幻想郷において、異変解決のエキスパートとして真っ先に名が挙がる博麗霊夢と霧雨魔理沙に加えて、あの強大な妖狐を共に撃破したジョセフ・ジョースターが揃ったパーティメンバー。てゐの心境からすれば、鬼が金棒に飽き足らずスペルカードまで修得したような心持ちでいた。
 何だかんだで、今やちょっとやそっとの襲撃者が現れたところで、仲間達が返り討ちにしてくれるだろうという驕りの心地もあった。
 その矢先の出来事である。牙を剥いてきた敵対者は、外敵ではなく仲間内だというのだから、弱者側であるてゐの心情は尚更に不安ばかりが肥大する。

「こんな怪我、ツバ付けときゃ治るわよ! ていうか、もう治ってる!」

 霊夢の言葉が虚勢なのは、てゐにだって理解出来る。彼女が後部座席で辛そうに横になっていたのは、事が起こり出す今の今までだったのだから。
 やっぱり止めた方がいいんじゃあ……とてゐが逡巡する間にも霊夢は、いきり立ったその足を現場へと走らせた。


 土と一緒に蹴られた雪が、てゐの鼻先を掠める。
 その〝雪〟こそが、まさに災を流し伝播させるコンベアを担っていた事に、誰一人として気付くことは出来ない。


            ◆

606雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:30:29 ID:Cv8akD0g0

 ただでさえ、どうしようもなく苛立っていた。
 完膚なきまでに叩きのめされ、死の淵を彷徨って。
 靈夢の中で、ジョジョからは『博麗』を否定され。
 けれども何処か、生まれ変われたようにも感じた。

 矢先、夢から蘇生出来たのは私だけで。
 ジョジョは、約束ほっぽり出して勝手に死んで。
 代わりに、アイツの娘を名乗る女が居て。

 もう、訳わかんなくなっちゃって。

 表にはいつも通りの『博麗霊夢』を演じられていたけど。
 心の中では、どうしようもない苛立ちが収まらなかった。


 いい加減、白状するわ。
 私は……、博麗霊夢は。



 滅茶苦茶、ムカついていた。



「ジョジョの…………バカヤローーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」



 巫女の洗礼を受けたお祓い棒とは、本来ならば神聖なる道具だ。罪や穢れ、厄災など不浄なものを排除する神事にて使用するこの棒は、言うまでもなく人を殴る用途には間違っても使ってはならない。
 博麗の力を存分に込められたお祓い棒は、悪を討伐するでもなく、妖魔を捩じ伏せるでもなく、〝ただムカついた〟から殴る為だけに振り翳された。
 そこに立つ誰へでもなく、今はもうこの世に居ない男への罵倒と共に、暴力の化身として霊夢の手先となったお祓い棒。
 不条理な暴力の矛先となったのは、友人の霧雨魔理沙。その冠にのさばる魔女帽の天頂目掛け、場外ホームランを狙うかの如く万力込めて。
 細長い見た目のわりに、この棒は強固だ。数え切れない妖怪や神、時には人間をもシバキ倒してきた経歴をその細身に宿す神具は、何者をも砕きかねんという勢いのままに、魔理沙の背後から振り抜かれた。

「が…………ッ!? ぁ、ぐ…………痛っ、て……〜〜〜ぇッ」

 観客席からリング上へと飛び乗ってきた活きのいい野次馬───巫女の不意打ちに、魔理沙は悶える。堪らず膝を折り、その無様を見下ろす霊夢の視線へと目が合った。
 その上から見下す様な視線に対しても、魔理沙の心中ではフツフツと怒りが湧き上がる。不意打ちされた事にも腹が立ったが、その相手が霊夢である事にも腹が立った。上からこちらを見下す視線にも腹が立った。

 だが、何より魔理沙を腹立たせるのは──

「だ……れが、ジョジョだよ……! この野郎、馬鹿巫女のクセして……ッ」

 崩れた魔女帽を被り直し、ゆっくりと乱入者の顔を睨み付けながら魔理沙が立ち上がる。
 双眸に宿った視線は、殺意とも取れるような壮絶な怒りの眼差しだ。

「なあ、オイ……お前に言ってるんだよ霊夢。私には『霧雨魔理沙』っつー、立派な名前があるんだぜ?」
「……」

 これが何らかのスタンド攻撃による現象なのは、かろうじて理解出来る。だが今の魔理沙にとって、最早それは遥かにどうでもいい些事の一つへと変化した。

 博麗霊夢。この期に及んでこの女は、とうに死んだ男の幻影など見ているというのだから。

「おーい、聞いてるかー? れ・い・む・ちゃーん?」
「うるさい」
「聞こえてるじゃんか。耳はマトモなのに目は盲目ってワケか? 何処にそのジョジョとやらが居るんだ? 私の帽子の中にはマジックアイテムしか入れてないぜ」

 後頭部と拳から流血を晒す姿も相まって、くつくつと口の端を引き攣りあげる魔理沙の姿は不気味の一言である。
 変わり果てた友の様子を霊夢は、静かに見つめた。
 あくまで、表面上は静かに。

「ジョジョですって? 私が、いつ、ジョジョを呼んだのよ」
「さっき叫んでたろ。高らかに」
「? 耳がオカシくなってんのはアンタの方じゃないの、魔理沙?」

 首を傾げる霊夢の顔面を、魔理沙のストレートが走った。骨が飛び出した方の右腕で、躊躇なく、だ。
 凶器の様に鋭く皮膚から飛び出た基節骨の先端は、棒立ちでいた霊夢の左目──その三センチ下を抉り、端麗であった顔を傷物に仕立てあげた。
 故意の、禁じ手である。

607雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:31:00 ID:Cv8akD0g0

「目も使い物にならなくしてやるぜ」

 そこにはいつもの魔理沙の面影など無い。膨張する闘争心に操られるがまま、目の前の生物を打ち倒し、勝利する事だけが彼女の思考を支配し始める。
 倫理観を排除し、血で渇きを潤さんと暴を振る舞う姿は邪悪とも言えた。何事でもなく、ただ気に入らないから。それだけの原動力で、友人であろうが殺しかねない勢いのままに暴れ散らすのだから。

 否。殺しかねない、ではない。
 掛け値なしに。正真正銘に。
 魔理沙の感情の器は、霊夢を殺してやりたい気持ちで溢れ返っている。

「私を見ろよ、霊夢。そんなぽっと出の男なんかより、ずっと傍にいた私だろ」

 ただ〝気に入らないから〟。
 魔理沙の何がそんなに、博麗霊夢を気に入らないのか。
 魔理沙は本当に、博麗霊夢を友達として見ていたのか。
 ただの友達ではないという自覚など、魔理沙の中で嫌という程に渦巻いていた。

 魔理沙にとって、博麗霊夢はただの友達などではない。
 特別な、相手だった。
 良くも、悪くも。

 なのに。それなのに。

 霊夢からしてみれば、魔理沙はただの友達なのだ。
 特別なのではない。霧雨魔理沙は博麗霊夢の特別ではない。
 霊夢に『特別』な相手なんか、いやしない。
 だから、長年心の奥底に隠し持っていたこの感情は、決して表に出すことなどしなかった。

 なのに。それなのに。

「私を見てくれない目なんか、もう必要ねーだろッ!」

 どうやら霊夢には、『特別』な相手が出来た。
 だから。

「あああ気に入らん! お前が!! 気に入らんッ!!!」

 今度はまだ無傷を保った左腕での目潰し。
 その指には本気の殺意が迸っていた。
 誇張でなく、脅しでなく、本気で潰す。
 刺激された闘争本能が、激昴を促す。


「あっそ」


 激情に動かされ、命を狩らんと迫り来る魔理沙。
 そんな友人の顔を、霊夢は容易く顎下から蹴り上げた。
 魔理沙とは対照的に、そこには如何なる感情も灯さない。
 先程大きく吠えた表情とは打って変わって、血に塗れた無表情。

 魔理沙の内に眠る事情など心底どうでもよさげに、霊夢はただただ友人の身体をひた殴りにした。

            ◆

608雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:31:26 ID:Cv8akD0g0

 てゐにはもう、訳が分からなかった。
 怪我をおしてまで乱闘を止めようと外に出た霊夢までもが、気付けば魔理沙を背後から殴り飛ばし、そのまま血生臭いファイトに没入し始めたのだから。
 この現象に陥るには、スイッチを押すように何かの『切っ掛け』が必要だ。車中に取り残されたてゐが今のところ無事で、外に降りた途端に豹変した霊夢がああなっているのだから、それはてゐであろうと予想は出来る。
 そして、その『切っ掛け』の具体性はいまいち掴めない所ではあるが、少なくとも外に降りるのは絶対にマズい。車から降りるというのは、即ち『登る』という事と同義である。
 阿鼻叫喚のリング。そこに登る命知らずなファイターが一人増えるだけだ。アレを見た後では、とてもここから外の世界に足を降ろそうなどと考えられるわけもない。

「分かんない分かんない意味分かんない! わ、私は関係ないからねーっ!」

 せめて自分にだけは火の粉が降り掛からないよう、てゐは臆面もなく助手席の下に丸まり小さくなっていた。
 敵の攻撃、その影の片鱗でも見えればまだ対処だとか抵抗の余地はあるかもしれない。
 今回の場合、それがまるで目に見えていない。あまりに唐突な形で、ウイルスの様に一斉に周囲を覆ったのだ。てゐでなくとも竦むのは当然と言えた。


 ゴン


 すぐ頭上で争いの余波が、車のドアガラスを叩く音がした。つい先程、衝撃で吹き飛んできた一本の歯がガラスに突き刺さってくる光景を、てゐは脳裏に思い描く。
 ここも最早安全地帯とは言えない。車の運転などした事ないが、ジョセフの横で操縦を眺めていたので、動かそうと思えば見よう見まねで可能かもしれない。幸運にも、エンジンは掛けられたままだ。


 ゴン!  ゴンゴン!


 ガラスを叩く音が増えた。石か何かが飛んで来ているのだろう。
 そろそろ限界だ。てゐは抑えていた頭から手を退かし、なんとか体を起こしあげようと意を決する。つまり今から華麗に逃げるのだが、これは苦渋の撤退であり、決して相棒を見殺しにする臆病風に吹かれたのではない。

 自分で自分に言い訳を終え、慄える心を鼓舞し、少女はここでようやく頭を上げ───


「テメェーーてゐッ! 居るんならとっとと返事しやがれッ!!」
「わっひゃああぁぁーーーーっ!?!?」


 これから見殺しにする予定であった相棒の憤怒の形相が、亀裂の入ったドアガラスの向こう側に貼り付き、こちらを見下ろしていた。
 南無三である。この尻の軽い筋肉チャラ男の毒牙に掛かれば、自分のようなか弱き美少女などあっという間にひん剥かれ、あえなくその純潔を奪われるに違いない。

「なにアホ面で怯えてやがるこのドチビ! 遊んでる場合じゃねーんだぞタコ!」
「え……あ、あれ? ジョジョ、だよね?」
「ああ、ジョジョだぜ!」

 誰よりも頼りになるそのスーパーヒーローの頼もしき名乗りを聞き遂げ、てゐの表情へとみるみるうちに生色が戻る。
 勝利も同然であった。やはり最後には我が相棒が全ての悪を捩じ伏せ、自分を幸福に導いてくれる。確信めいたその希望の未来を胸に期待し、颯爽とドアを開かんとする手には思わず力が漲る。

「いや、開けなくていい。あんま時間ねーからよく聞けよ相棒……!」
「……ゑ?」

 希望のドアを開放せんとする手が、ピタリと止まった。
 ガラス越しに睨み付けるジョセフの顔は傷だらけではあったが、至って真面目で、いつもの余裕は欠片も見えない。


 二人の詐欺師の目線が、互いに交差する。
 方や、額からダラダラに血潮を流し。
 方や、額からダラダラに汗を垂らし。

 果てしなく嫌な予感しか、しない。


            ◆

609雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:33:14 ID:Cv8akD0g0
『古明地さとり』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


 初めは、何かタチの悪い冗談かと思った。

 目の前で起こった事象が受け入れられずに困惑した古明地さとりは、次に夢でも見ているのだと思った。ベタだけども、本当に〝これ〟は夢かなにかなんだと、思う他なかった。
 だって、さっきまで普通に会話していた相手がなんの前触れもなく、互いに殺し合いを始めたのだから。
 不穏はすぐに混乱を呼び、訳が分からなくなって彼女は瞼を閉じた。それでも、生々しい闘争と渇望のノイズだけは耳の中にまで侵入してきた。
 結局、眼前で始まった殺し合いが夢でないことを悟ったさとりは、過呼吸気味に陥りながらも次なる結論を出した。


 ああ、そう。
 この人たちはつまり、ゲームに『乗った者たち』だったのね。


 それ以外に考えられない。だって現に、目の前で殺し合っているのだから。
 不可解なのは『三点』あって、まずよく知らない人間二人の方はともかく、博麗の巫女と黒白魔法使いの二人は郷では有名な者たちだ。特に巫女の方がゲームに乗っていたなんて、俄には信じられない。
 二点目の不可解な事柄。彼女らと居合わせた時、さとりは当然ながらサードアイでキッチリ『視ている』。全てを、とはいかないけど、心の裏側でコイツを嵌めよう、騙し殺そう、なんて嘘は片鱗も見せていない。これがおかしい。
 サトリ妖怪に『嘘』を吐ける存在なんて何処にもいない。だというのに、彼女らはさとりを騙し、善人ぶった上で自ら化けの皮を剥ぎ、殺し合っている事になる。
 それが『三点目』。折角見事に騙し通し、虚を衝く絶好の好機を得た筈だったのに。

 どうしてこの巫女たちは、私たちを無視して勝手に殴り合っているのだろう。

「う……っ」

 浮かび上がった不可解な問題を解決するべく、再びサードアイを起動するも……すぐに後悔した。
 彼女たちの心の『声』があまりに凄惨で、貪欲すぎた。圧の大きい心を覗いてしまった反動は、今のさとりの肉体からすれば負荷が過ぎる。

「さとり……大丈夫か?」

 喉奥から迫り上がる吐き気に根負けし、両膝を突くさとりへと心配の声を掛けたのは隣のこころだ。
 心配してくれるのは本当にありがたいのだが、一層青い顔を浮かべているのは彼女の方だった。無表情を貫いているだけに、より分かりやすい。

「私は大丈夫。それよりも……貴方の方こそ、今にも倒れそうですよ」

 負の声を拒絶する為に、さとりはサードアイを閉じながらこころの肩を借りる。66の面を操る彼女の様相は、フラフラとはいかない迄も、いつものポーカーフェイスが台無しの落ち着きのなさが見て取れた。

「……怖いの」
「怖い?」

 俯きがちに発せられたこころの言葉は、泣きごとのように酷く弱々しい。まるであの怪物・藤原妹紅と対した時みたいに。

「こいつらの『感情』が、私には分かる。でも、分からない。だから、怖い」

 震えながら吐かれるその説明には不足が多く、さとりが全てを察せるまでには至らない。言葉足らずであるこころの次の台詞を、さとりは急かさずに待った。

「感情は平等でなくては、ダメ。誰かに不平に齎された、贋物の感情なんかじゃあ絶望しか訪れない」

 希望がない。
 感情を失うとは、そういう意味だ。
 奪うまでもなく、現状ここには希望が見えない。
 操るまでもなく、どうしようもなく絶望的である。
 こころがこの会場に飛ばされて、初めに感じた事だった。

「膨れ上がった『怒り』の感情。あの人たちを動かしているのは、たったのそれだけ。感情を過剰に暴走させるっていうのは、死ぬ事と何も違わない」

 秦こころがかつて『希望の面』を失い、能力を暴走させた過去。本人にとって耐え難い過失であったその時の名状し難い感情は、二度とは忘れない。
 現在、霊夢らを襲っている現象は、指向性は違えどあの時と同じだ。幻想郷の人々から希望の感情が失われ、刹那的な快楽を求めるようになった、あの異変と。

610雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:33:40 ID:Cv8akD0g0

「何とか……何とかしなければ……! 皆に、元あるままの感情を取り戻さなければ、きっと取り返しのつかない事が起こる……っ」

 使命感からか。はたまた贖罪の気持ちか。
 此度のアクシデントはこころ本人に何ら非は無いが、ここで呑気に見ている訳にはとてもいかない。
 周囲を覆う『怒』の感情に当てられながらも、面霊気は竦む足へと強引に気合を入れた。その右足はつい先程、妹紅戦にて背後から切断されたばかり。河童の薬が驚異的な速度で治癒を施してはいるが、痛みは依然収まる気配がない。

 健気だった。
 涙をも誘うその勇姿にさとりは、一縷の希望を見出した気がした。

「……詰まる所、こころさん。あの人間たちは、自ら殺し合いに投じてるのではなく、他の外的要因によって無理矢理に『感情』を狂わされている、というのが貴方の意見でしょうか?」

 こくり、と首肯。
 そういう事であれば、あまりに不可解なこの現状にも筋が通る。
 そして、筋が通らない事柄もあった。

 では何故、自分は無事なのか?

 こころの話をそのまま信用すれば、元よりこの地で白蓮の帰還を待っていた自分たち両二名に、怒の感情が襲って来ない事には違和感が残る。

 秦こころに関しては、何となく予想が出来る。
 曰く彼女は感情のエキスパートであり、66の感情の面を操る究極の面霊気。以前までの不安定であった時期ならともかく、現在のこころに対して感情を操作するような攻撃など、無効化されて然るべきといった考えも出来るからだ。
 即ち『相性』であるのだが、じゃあさとりに対し効果が見えない理由が見当たらない。この謎さえ解ければ、もしかすれば事件解決への足掛かりになり得るかも知れないのに。

 考えても答えは出ない。前提すら間違っているのかもしれない。
 不毛な謎解きにお手上げ寸前でいたさとりの耳へと、管楽器を吹き鳴らした様な聞き慣れない音が二回、鳴り響いた。

「おい、アンタらこっち! 急いで乗って!」

 獰猛な暴れ牛を従える──バギーカーを操縦する因幡てゐが、クラクションを鳴らしながらさとり達を懸命に手招きしていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

611雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:34:34 ID:Cv8akD0g0
『因幡てゐ』
【夕方】C-5 魔法の森 南の小道


 「この世で最も強い力は何か」という議題における解答は『幸運』であると。
 心からそう信じていたし、理論上でも間違いはない。
 しかしながら最近は、『幸運』であることが即ち『幸福』に繋がるかと問われれば、答えに窮するというのもまた事実だった。

 どうも幸運=幸福と考えるのは間違いらしい。納得出来ないし、歯痒い気持ちもあるけど、そう考えざるを得ない出来事が最近、連続して多すぎる。
 幸運者には幸運者にしか理解出来ない悩みというものはある。まさに今、少女が幸運者であったからこそ、こうして慣れない車の運転に勤しみつつ、奔走しているのだから。

 幸運の白い兎、因幡てゐ。
 現段階の彼女には素知らぬ事実だが、あの場の全員の中で彼女だけが唯一、スタンド『サバイバー』の能力に接触していない。
 雨や雪などで濡れた地表を介し、対象者の闘争本能を刺激するその地雷スタンドは、最後までバギーカーを降りずに篭ったてゐにだけは届くことがなかった。

 そして今、助手席と後部座席に座る古明地さとりと秦こころ。
 二人はサバイバーへとモロに触れてしまった。その上で影響が垣間見られない原因の一つに、こころの『面霊気』という特性が齎す耐性がある。これは先程さとりが予想した推理がピタリ当たっていた。

 もう一方のさとり。彼女にとっても『幸運』な事に、少女の体内には『聖なるモノ』が宿っていた。
 聖人の遺体。この世の絶大なパワーの一部を宿す遺体が、少女を悪い気配から護ったのだった。

 この幸運な結果が、果たして幸福に繋がるのか。己の腹に宿る『正体』に検討もつかないさとりでは、答えを先延ばしにする事しか出来ずにいる。




「───ジョナサン・ジョースターがいつの間にか消えてる事に、気付いてた?」

 かなりの低身長ゆえ、相当苦しそうに足を伸ばしながらの運転。故に速度は控えめながら、小道を走るその車に乗り込んでいるのはてゐ、さとり、こころの三名だ。
 すぐ左手には魔法の森の木々が並んでおり、それなりに体積の広いバギーカーを走らせるにはギリギリ、といった程度の小道をてゐは探り探りに徐行運転を続けている。

「そういえば……あの乱闘に泡を食うばかりで、気付きませんでした。……あ、そこ右に曲がってます」

 体格上、仕方ない事であるが、何とかアクセルを踏み込めている体勢のてゐの視線では、運転席から前方下半部は殆ど目視できてない。従ってナビゲーターを助手席のさとりに委任し、自分は辿々しい運転に全神経を集中させていた。

「右……右ね、了解。って、この先竹林だぞオイオイ。夢遊病にしたって散歩コースは選んで欲しかったなあ」
「……では、あの乱闘はジョースターさんのDISCが原因と考えても?」
「ジョジョ曰くね。更に言えば、そのDISCを暴走させた張本人もジョジョが原因らしいんだけど」

 結局の所、今こうしててゐが無免許運転を渋々強制させられているのも、全ては我が相棒の尻拭いという事になる。まだあの場でファイトクラブに勤しみ、奴めの顔面をボコスカ殴っていた方が幸福だったのではないかと、てゐは己の幸運力に疑問を挟まずにはいられない。

 しかし、頼まれてしまった。
 あの時、ジョセフは託したのだ。
 この地獄を終わらせる。そしてこれ以上の波紋を拡げない為。
 唯一の相棒へと、事態の収束……その手段を伝えて。

(あームカつく! 考えてみれば妖狐の時だって助けてやったのは私の方からじゃんよ! 何であんな奴を『相棒』に選んじゃったんだ私は!?)

 白兎の心中に湧き上がる怒りは、決してサバイバーの影響ではない。ここで少女が無責任なる相棒へ苛立つのは、当然の権利と言えた。
 図らずも理不尽な試練に立たされたてゐ。運転する盗難車でこのまま何もかも放棄し逃亡するというのも、ひとつの選択ではあった。少なくとも以前のてゐであれば、そうする。
 それをやらない理由など、考えるまでもない。
 我が身可愛さの選択が、自分の中で既に有り得ない事柄となっている自覚。

 何にも増して最も苛立つ相手とは、己の危うく、不合理な指針。それだけの事だ。

612雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:34:56 ID:Cv8akD0g0

「兎に角! 今はあのジョナサンをとっ捕まえるよ! サトリ妖怪、次どっち!」
「あ、ハイ。彼の足跡はそのままで……」

 理不尽な苛立ちをぶつけられるのは、さとりも同じである。
 消失したジョナサンを追うのに、この白銀の環境は不幸中の幸いと言うべきか。あの身長195cmの体躯から生み出される雪上の足跡は、うっかり雪山で目撃すればビッグフットか何かだと勘違いすること請け合いである。
 追う側である我々にとっては都合が良い。四苦八苦しながらハンドルを操るてゐを横目に、さとりは膨れたお腹を無意識にさすった。

(私やこころさんがあの能力の影響から逃れたのは……何か、意味があるのかしら)

 万物の起こりには必ず意味が存在する。
 家族を喪ったばかりのさとりにとって、今や自分の保身だけでも精一杯というのが現状であり、正直言って「あの巫女達を救わなければ」という気持ちはそれ程大きくない。

 だが、ジョナサン・ジョースターは例外だ。
 彼には大きな借りがあり、知らず命を救われていたさとりは、まだ彼に対し感謝の言葉も掛けられていない。
 錆に塗れ、血に濡れたこの世界において『優しさ』を忘れることは即ち、敵を増やすことに他ならない。旧地獄に逃げ、地底の溜まり場で最低限の処世術を学んださとりは、それを体験している。
 見返りを期待してでもいい。『敵』を増やすよりは『味方』を増やす事の方が遥かに建設的で、自分が傷付かない方法なのだから。

(何より……白蓮さんと約束しましたから)

 聖白蓮は決死の覚悟で紅魔館に向かった。
 ジョナサンのDISCを取り返し、傷だらけで帰還を遂げた其の場所に肝心のジョナサン本人が居なかったとあれば、留守を任された自分らは何をやっていたんだという話になる。
 無論、あの慈悲深い尼はそんな事でさとりを批難したりはしないだろう。どころか自責に苦しむさとりを至極丁寧に慰め、負傷体のまま即座にジョナサン捜索へ飛び出すくらいはやるかもしれない。

 それが、さとりには堪らなく嫌で。
 因幡てゐに協力する、自分なりの理由だった。


 前方に竹林が見えてきた。
 足跡は、林内に伸びている。このまま何事もなく事を成し遂げるという期待は、果たして楽観的であろうか。

 言い知れぬ不安が、さとりの胸中を過っていった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

613雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:35:32 ID:Cv8akD0g0
【C-5 魔法の森 南/夕方】

【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:何で私がアイツの尻拭いを!
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、体力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)
[道具]:基本支給品(ポルナレフの物)、御柱、十六夜咲夜のナイフセット、止血剤
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:ジョナサンを保護。
2:ジョースター邸にお燐が居る……?
3:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
※落ちていたポルナレフの荷を拾いました。
※遺体の力によりサバイバーの影響はありません。


【秦こころ@東方心綺楼】
[状態]:体力消耗(小)、霊力消費(小)、右足切断(治療中)
[装備]:様々な仮面
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:ジョナサンを保護。
2:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
3:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
4:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。
※面霊気の性質によりサバイバーの影響はありません。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:???、背と足への火傷
[装備]:スタンドDISC「サバイバー」、シーザーの手袋(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:???
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。

614雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:36:01 ID:Cv8akD0g0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『ジョセフ・ジョースター』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


「───これで、良いんだろ。徐倫ちゃんよ」
「ええ。上出来よ、ジョセフ」


 さとりとこころを拾ったバギーカーの姿はジョセフの視界からどんどん小さくなり、やがて消えた。
 満身創痍の状態でそれを見送ったジョセフは、ゆっくりと徐倫へと向き直し、再びファイティングポーズを構える。

「じゃあもういいだろ。オレに女を殴る趣味はねーし、この辺でお開きにしとこーぜ」
「……同意見、よッ!」

 言葉とは裏腹に、雪を滑走路にして徐倫は踏み込んだ。鋭い前蹴りがジョセフの鼻先1cmを掠め、思わずスリップしそうになる。
 縺れる足を組み直し、ジョセフは闘志に燃える徐倫からすぐに距離をとる。彼女の瞳からは、未だに戦意の炎は途絶えていなかった。

 頭でもおかしくなりそうなこの状況、その原因。
 ジョナサンの額に吸い込まれたDISCの回収が、異変を収める手段。
 突発的な闘気に支配されながらも、徐倫はそれらの説明をジョセフへと伝えた。無論、拳を飛ばしながらだ。
 因幡てゐに全てを託すジョセフの行動は、徐倫を端としていた。どうやらサバイバーの影響下であっても、完全に正気を失うわけではないらしい。
 つまり徐倫は、残ったなけなしの理性でサバイバー攻略に打って出たのだ。後はてゐ達次第。自分に出来ることはこれ以上ない。

「じゃあもういいだろうがッ! こっち来んじゃねーよ、アブねー女だな!?」
「アタシもずっとイラついてたのよね。悪いけど、ストレス発散に付き合ってくれる?」

 徐倫の言う『ストレス』が、父・承太郎の死亡と博麗霊夢の存在にある事は、ジョセフの知るところでは無い。
 暴れ回るナイフの刃と化した徐倫を鎮める手段は、ジョセフにもある。

 波紋だ。
 マトモな生物がこれを喰らえば、大抵一発で幕引きとなる。ジョセフは格闘の合間合間に、相手へこれを流す好機を窺っていた。


 これも当然、ジョセフの知るところでは無い事実だが。
 人を強制的に闘争状態へ落とし込むサバイバー。ジョセフにその影響が比較的薄いのは、その『波紋』がプラスに作用していたからである。
 柱の男との決戦の為、師から尻を叩かれながら完遂した波紋の修行は、常時波紋の呼吸を習慣付ける癖を修得させた。
 全く偶然の産物である。雪を通じて体内に流れんとするサバイバーの電気信号は、修練を積んだ波紋使いの『無意識の波紋呼吸』によって阻害されていた。
 微弱に流れる波紋が、ジョセフに忍び寄る信号を僅かにだがカットさせている。この効能によって、ジョセフの正気は完全ではないにしろ、それなりに保てていた。

 本来ならてゐに付いて行く役割は自分なのだろう。しかしこのサバイバーの魔力は相当に厄介で、ひとたび体内へ侵入を許したなら、時間経過以外による方法での自力復帰は不可能に思える。
 少量とはいえ影響を受けてしまったジョセフが、てゐ達の傍に居座る状況はあまり適切な判断とも言えなかった。

(もどかしいぜチクショー! DISC回収して早く帰って来てくれよ……てゐちん!)


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

615雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:36:32 ID:Cv8akD0g0
【B-5 果樹園小屋 跡地/夕方】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:半闘争状態、顔面流血、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:取り敢えずは徐倫らの沈静化。
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった……俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:闘争状態、顔面流血、体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:アタシが最強だァァーーーッ!!
2:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
3:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

616雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:36:57 ID:Cv8akD0g0
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『博麗霊夢』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


(てゐ達は……行ったわね。後は私自身、だけども)

 静かに。
 流れる水のように自然体で立つ霊夢。
 冷静でいられる自分と、衝動に身を任せたい自分。
 相反する二人の己の境界で、彼女は自分に起こる異変へと冷静な分析を終えていた。
 そして、あくまで心の内のみで冷静であった部分も。

「どうしたのよ、魔理沙。私が気に入らないのでしょう?」

 次の瞬間には、激情を拳に乗せて目前の友人へと打ち込んだ。魔理沙は頬を打ち抜かれ、そのまま紙屑のように雪の上を転がる。
 かなりの力を込めなければ、今の魔理沙の様に吹き飛んだりしない。負傷状態であるにもかかわらず、霊夢は少女の身で人間一人を思い切りに殴り飛ばしたのだ。
 痛みはない。疲労も、この状態ではまるで感じない。羽が生えたみたいだと、皮肉気味に霊夢は笑った。

 喧嘩なんかしている場合ではない。先程、霊夢自身が魔理沙へ放った台詞だ。

「ク、ソ……っ! 畜生、やりやがった、な……!」

 それでも、仕方ないではないか。
 魔理沙の方から立ち上がり、しつこく向かって来るのだから。

 だから〝仕方ない〟。
 霊夢が友へと手を出すのは、それだけの理由であり。
 それだけで十分だとも、思えた。

「アンタ、勘違いも甚だしいわよ。私は別に、死んだジョジョを今更どうこう思ったりしてない」
「ハァ……ハァ……。私には、そうは思えんけど、な……っ」
「しつこいわね。それって、嫉妬?」
「うる、さいッ!」
「見苦しいわね」


 尚も土を蹴り、駆け出してくる魔理沙へと。

 霊夢はあくまで、静かに。

 精神の内では、激情に身を任せて。

 理由の無い暴力に縋り、浸り。

 傷付いた心を、ひたすらに慰めていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

617雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:37:32 ID:Cv8akD0g0
【B-5 果樹園小屋 跡地/夕方】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:闘争状態、体力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、左目下に裂傷
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
0:
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
5:出来ればレミリアに会いたい。
6:徐倫がジョジョの意志を本当に受け継いだというなら、私は……
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:闘争状態、右手骨折、体力消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:博麗霊夢が気に食わない。
2:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

618 ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:38:08 ID:Cv8akD0g0
投下終了です。

619名無しさん:2020/07/21(火) 17:57:55 ID:GMOym/zs0
お久しぶり&投下乙です
やっぱサバイバーってクソだわ(確信)。とはいえ東方主人公'sの感情剥き出しの大喧嘩の行く末は気になるな
このままだと被害が拡大するからジョナサン一旦止まってくれー!

620名無しさん:2020/07/22(水) 15:54:04 ID:2uHeQI6E0
投下乙です
霊夢と魔理沙がサバイバーという状況でいつかはやるかもしれないことを思っていた以上に激しくやってる…
このメンバーにサバイバーへの特攻持ちが揃っている状態だったのに加えて黄金の精神でそれなりに対抗できてるギリギリさはジョジョらしく、ここからロワらしく無慈悲な現実が突き付けられるようなことにはならなさそうでちょっと安心してしまった

621 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:08:33 ID:xCgiZT7s0
ゲリラ投下致します。

622 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:09:30 ID:xCgiZT7s0



雪という物を見て、人は何を想像するだろう?


人肌に重ねただけで滲み、崩れ、黄金を満たさぬ水の一欠片でしか無くなる儚さ。
一面の白い景色から感じる冬の厳しさ。古くから芸術的な価値を以て意匠となってきた叡智。
物というのは不思議な事に、見る側面や人物によって様々に姿を変える。
しかし情景を重ね、趣を撫でる――自然現象の一つであるという事実は易易と改変出来る物ではない。

しかしながら、これが自然現象と呼んで片付けるには異常な空模様だという事はとうに分かりきっていた。
異質な空気の震え。急速な雲の変化。先刻までは雨が降っていた事を示すかの様に木々は雨露をその葉から静かに垂れ流す。
驟雨であったならばすぐ太陽が照らしても良いものを、逆に曇天の空は暗くなるばかり。
"ウェザー・リポート"による人工的な降雪だろうという結論を導き出すのに、そこまで時間を要するものではない。
直接見なくとも、確信出来る程には彼の行動はそれとなく読めるのだ。


降雪模様に包まれた会場の中、蒼白と憂いと苦笑いを帯びた感情のまま空を眺めるその男。
足取りは重いようで軽いようで、見る者によって様々な印象を受け取らせるだろう。
雪に足跡を残しても、すぐには積もって消えてしまいそうな泡沫の存在。
但し一参加者がその光景を見れば、驚く以外の何事も出来ないに違いないだろう程の異端さを纏っている。


その人物はある物語を紡ぎ、とある物語を夢想し、この会場を作り上げた主催者の一端。



即ち、荒木飛呂彦その人であった。



彼の表情に余裕は微塵も無い。
「目の前に雪にタイヤを取られた車が立ち往生しているから上着を汚してでも助けよう」だとか、
「こんな時に雪が降り積もるのはどう見ても異変だから元凶をとっちめてやろう」だとか、
そんな思考が介在出来る程落ち着いていない、ただただ逼迫した状況に追われている様な危うさ。
差し迫った驚異からの逃亡を図って、行く宛もなくただただ彷徨うだけの放浪のその現場。
導きの灯火は存在せず、ただただ当惑と悲嘆と狼狽と恐怖とその他諸々のマイナスな感情がごちゃまぜになっている。
笑っているのか泣いているのかは本人ですら分からない。グチャグチャなままその一歩その一歩を刻んでいく。
出来る事は歩く事だけ。歩けば舗装された道が目の前に現れるかもしれない、という淡い期待。
云わば遭難者である。

623 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:10:34 ID:xCgiZT7s0

ここまで至らしめた原因、こうなるまでに至った経緯。
それらを想起し自制しようとする度に、あの忌々しい張り詰めたような笑顔が脳を埋め尽くす。
裸体。赤面。先程目にしたあの光景が浮かぶ度に、どうとも言い表せない感情の潮流が巻き起こってしまう。
フェードアウトさせて一刻も早く消し去りたいのに脳の一領域にこびり付いて削れない。
どうして、なんて言葉すらも喉に辿り着けない程澱んだ思考が彼をますます苦しめている。
冷静になりさえすればこの疑念を取り払える展開もあったかもしれないが、そうする事も出来ない嗟傷の中で呻くのが精一杯だった。

そもそも全裸の男を相手に冷静になれというのも無理があるのだ。
露天風呂という場所もルールがあるからこそ見ず知らずの他人とも一緒の湯に浸かれるものの、公共の場ではそうはならない。
ギリシャ彫刻における美と博物館に突如現れた露出狂が違うのは誰だって分かるはずだ。

太田君がもし仮に吹けば倒れそうなあの痩せこけた体ではなく、ルネサンス期の彫刻の様な均衡の取れた美術的な筋肉質の……


……いや、よそう。


想像するも悍ましい気持ち悪さを堪えて歩みを進める。
太田君にも見付からずに――もっと言えば誰にも見付からずに居たかった。どこに向かっているかもなるべく考えないようにしていた。
それでも当初思っていた通り、足を向けてしまえばこのゲームを根底から覆しかねない場所に歩を進めている自分が居る。
ダメだと思う感情と、太田君と事を交えるよりはマシだという感情。どちらが天使でどちらが悪魔かなんて分かる訳もない。
そもそも人の大勢居る場所に竄入して何になるのだ。逃げるならとっとと逃げてしまえば良いのにそれすらも出来ない。
それに仮に参加者が逆上して殺しに掛かってきた場合も戦闘に入ってこちらの手の内を明かした時点でゲームの進行に支障が出る。

ならば太田君の殺害と引き換えに上手いこと参加者に融通を利かせるか?
答えは否だろう。こと交渉においてこちらが不利になるのが見え見えだ。
わざわざ身を隠しているはずの主催者の一人が動揺しながら姿を現している時点で主催者間で何かあった事に気付かれる。
あそこにはゲームに乗っている参加者は誰一人として居ないのだから、そんな条件を出したところでどうにもならないのだ。

何故考えながら歩いているのだろう。
止まって考えればまだ打開のアイデアに閃けるタイムリミットを稼げるだろうのに。
何故あそこに行けば事態が解決すると信じ込んでいるのだろう。
誰かにこんな話を聞いて欲しくて雪の中を歩いている訳ではないのに。

あと少しで辿り着くという恐怖に己の心を塗りたくられそうになる。
何歩か歩くだけでエリアの境目に立つというのに、その何歩かが出ないという事実がそれを顕著に示している。
恐怖を支配するメソッドなんて作中で書いた身でも、一丁前に恐怖はするものだ。
太田君の男色への恐怖も大概だが、ここまでくるとどちらが上か分かったものではない。
時間経過で恐怖が和らぐかもしれないという希望すらも感じられない。
もしあそこから誰かが出てきたら、と思うと気が気で無くなるだろうという確信を持っている。



そうして立ち竦んで。
やはり一歩が踏み出せなくて。
ブツブツああでもないこうでもないと呟いて。
心臓が跳ねる音を一分間にどれだけ聞いたかも分からくて辟易して。

そして草を掻き分け雪を踏み締める音がして。


「うげぇ、全然違うじゃん。ダレよおっさん」


自分以外の存在が近付いていた事に否応が無しに気が付かされるのだ。

624Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:12:21 ID:xCgiZT7s0


─────────────────────────────



【午後】C-4 魔法の森 南東部




心身共に疲弊した荒木の前に参加者が現れてしまったという事実。
少女の声。人の集まる場所の近く。太田君の顔。色々な要素が脳裏で鬩ぎ合っては弾け飛ぶ。
危険信号の点滅音はけたたましく耳の奥を揺らして離さず、この事態の緊急性を嫌程かというレベルで訴えていた。
いつもの調子なら接近してくる誰かの存在に気付くのは簡単だろうが、それすらも出来ない程に切羽詰まっていたのだから無理はない。
余程の訓練を積んでいたとしても極限状態に置かれた者が普段通りに振る舞える保証などどこにも無いのだから。

参加者に気付かれたというこの事態この状況は、それ程までに緊張を加速させるに値する。
彼の首の皮一枚で繋がっていた精神性の最後の牙城をいとも容易く壊してしまえる物を秘めていたこの接近劇。
思い付く防衛策は一つしか無かった。



「逃げるんだよォォォ─────ッ!!!!!」


自身の能力を使おうとは全く考えていない、イイ年した男の全力ダッシュ。
鍛え上げられた筋肉と、それを活かせる彼のトレーニング生活はこういう時に功を奏すのだ。

こと逃亡という観念に対して、年甲斐といったプライドは関係無い。
命あっての物種であるし、相手を振り切って追跡を断念させれば事実上の勝利と言っても過言では無い。
逃げるが勝ちというのも走為上という兵法三十六計に記された由緒ある戦法に由来している。
戦って玉砕する心配は皆無でも、相手の姿も確認せずに逃亡に走らせる程の余裕の無さが今の荒木には存在していた。

これからどうするかという展望は存在しないのに。
逃げれば事態が解決する訳でもないというのは嫌でも分かっている。
それでもまずは目の前の参加者から一刻も早く身を隠す事が先決だという考えを脳が思い付く前に実践していた。
姿は見られているだろうけれども、相手が一人の様子ならどうにかこうにかなるに違いないという淡い期待もある。
立場上は主催者なのだから毅然として振る舞うのが最適解だったかもしれないが、そんな心の余裕が無い事はとうに分かりきっている。


だが、結局は幸か不幸かという問題なのだ。
追跡者が逃がしてくれるかどうかはその時になってみないと分からないもので。



荒木の走っていたすぐ後ろの木が何の前触れも無く爆ぜたのはそれから数秒も経っていない事だった。

625Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:14:22 ID:xCgiZT7s0


走りながらも振り返ると眼下に入るは黒い火柱。
火柱と形容するのがやっとな程、ソレはドス黒い揺らぎを風に靡かせながら天に迸らせていた。
バチバチと轟く木の焼け焦げる音が辛うじてそれが炎である事をこれでもかと認識させてくる。
弾け飛ぶ火の粉も怨念の宿ったかのような黒色。焼け焦げる木の姿も火柱と見分けの付かない程の黒炭一色。
視界の数割かが黒色で埋め尽くされて他の色を侵食してゆく、悪夢の様な何か。

こんな能力の使い手は居ないと思考が喧しく叫んでいる。
"マジシャンズ・レッド"の様な万能チートスタンドを配布したスタンドDISCに加えた事実も存在しない。
太田君の揃えた幻想少女達にもこんな炎を扱える該当者は居なかったはずだと記憶が訴える。


「あれェ生きてるのかぁ〜。まぁイイや。殺しちゃえば皆同じでしょ?」


炎の数々によって遮蔽物が取り払われ、焼け焦げた木の後ろから人影が姿を現す。
しかし後方に現れたその姿はどこからどう見ても語られ見せられた藤原妹紅のそれで。
本来であれば白かったはずなのに今や黒く長く暗黒を湛えたその髪と、切り刻まれた痕の残る服装だけが記憶との相違点。
ただ、外斜視を思わせるようなその目の焦点の合っていない様子と口ぶりの危うさが、想定の一参加者と違う事を否応が無しに語っている。
DIOの肉の芽といった精神干渉手段とは別の意味で、何かがおかしいと判断するには充分過ぎる姿。

それどころか、違和感といえば遭遇時の発言。相手の姿を捉えながら誰だと聞いている。
主催者である自分の姿なんか最初のオープニングセレモニーの時点で見ているだろうから分かるはずだという仮定。
そうでなかったとすれば無謀なただの可哀想な少女だが、それはそうとしてもやはりその姿自体が違和感満載だ。


「■■■■───!」


最中、思案をぶった斬るかのような咆哮。
迷いも吹っ切れてくれれば良いのに、あくまで止まるのは頭の回転だけ。
憎悪や怨念を埋め込んで無理矢理発音に押し留めたとも言えるような、そんな惨憺たる声が耳を劈く。

何かがおかしい、何かがマズイ。
違和感や懸念など全て取り去ってしまえるレベルで目の前の少女は壊れているという確信。
ただやはり、主催として参加者を殺しにかかるのはゲーム的に宜しくない。
けれども太田君が目の前に現れる前に早くなんとかしなければならない。
そもそも主催者という立場を投げ捨てるなら後方の相手を一瞬で片付ければ良い話なのに、未だにそれに拘泥している自身もある。

626Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:15:33 ID:xCgiZT7s0

逸る気持ち、焦る気持ち。全てを邪魔だてするかのように目の前の少女は黒く染まった炎を翳して放ってくる。
それでも走る。走る。撒けば事態の根本がが解決する訳では無いと頭の片隅で分かっていても、足が止まらない。
直線的で美的センスを微塵も感じられない弾幕を逃げながら避けるのは弾幕ごっこに精通していなくても余裕らしいが、それでも猶予が無い。
手を出せぬままの膠着状態。しかもこの場所は非常に宜しくない。

そもそも先程向かおうとしていた大人数集まっている場所自体がレストラン・トラサルディー。
逃亡している真っ只中ではあるが、ここから少し歩けば余裕で視界に入ってくる程度には大した距離も無く行けてしまう場所である。
この焦げた匂いや音から誰かが訝しんで様子を見に近付いてくる可能性も否定は出来ない。
もし参加者に見付かった場合、自分の余裕の無さを看過されたらそれはそれでマズイのはさっきも考えた通りなのだ。
しかもよりによってこの藤原妹紅と因縁のある面子もレストランに居る面々には混じっている。

心臓が跳ねる。息のペースが乱れゆく。足が縺れそうになる。思考が纏まらない。
死への恐怖は全く無かった。存在しているのはただただ己の行く末への不安という一点。
この先太田君に転んでも他の参加者に転んでも眼前の参加者に転んでも、残っているのは行先不透明な未来だけ。
どれが一番マシかなんて優劣付けれない。そもそも全てが一番ダメな選択肢のタイ。
このゲームを壊す事だけは絶対に避けたいという、ある意味子供じみたワガママが全てを邪魔しているのだという事に気付けず。


せめて突如反撃のアイデアが閃いてくれさえすれば。
もしくは何事も無かったかのように主催者として振舞う道筋が開かれさえすれば。


されども狂炎は止まない。
雪が降り積もっては溶かされていく。



―――息を飲む。


選択が、出来ない。




眼前が真っ白になる。
それでも諦めずに足は動かしている。
自身の能力で切り抜けられる方法を漸くその可能性に気付いて模索しようと出来たのは運が良かったのか。


両の眼を見開いた瞬間。



そこには草木の燃え跡が広大に広がるのみで。


藤原妹紅のその姿は、忽然と姿を消していたのだ。

627Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:16:56 ID:xCgiZT7s0
─────────────────────────────





暴風雨の様に驚異が去ってまだ幾秒しか経っていないのに、体感では分単位で時が進んでいるように思える。
肩で息をしなければならない程に、遅れて吹き出した緊張の糸の縺れという名の楔は深く打ち込まれていた。
突然の転移という目の前に発生した僥倖の原因はいざ知らず、まだ根本的な問題の解決には一切至ってはいないのだ。
藤原妹紅という壊れた参加者が居なくなったからとて他の問題点となる太田君の存在や他の参加者の動向も安全な訳ではない。
どこに逃げれば安全か、確証のある行動は出来ない。―――少なくとも、会場内では。
主催者はパネルから参加者の位置を確認出来るが、それが主催者の位置もパネルに表示されない保証とはならない。
少なくとも大一番を決めるために入念な仕掛けをしているであろう太田君なのだから、そんなミスが無いはずがない。
地下空間のマッピングもされているのだから、そちらに逃げて座標だけ誤魔化すのも不可能である。

だが焦る思考に早く解を出せと責め立てる傍ら、視界にノイズが走った事実もしっかりと視神経から脳に行き届いていた。


瞬間、空間の一部が歪んで何かを形作ってそれは人型で見覚えのある帽子を被っていて―――




「荒木先生、大丈夫ですか!!」


その声と同時に思考が全て停止し、髪も全神経までもが震え上がる程の悶え。
背筋が凍った。それ以上に最適な表現はこの世に存在しないと言っても過言ではない。
運動後にかく気持ちの良い汗ではなく、雪やこの森自体の湿気に後押しされた、ゾッとするような気持ち悪さ。
振り返るまでもない。眼前に彼が居る。何も無かったはずの空間に突然転移して現れたのをこの目がはっきり捉えてしまっている。
一難去ってまた一難とも言うべきか。しかも先程の藤原妹紅以上の災難否、災害。
肌色を見せているのは腕と顔だけで、一糸纏わぬ裸体は存在しない。着衣の乱れや着崩しも見受けられない。
それにあの張り付けたような笑みを浮かべていない、ただただ心配している様に思えるその顔。
その数点に安堵して、それよりも大きな問題がある事に身が竦む。


「お、太田君!!??どど、どうしてこここに!!それにふ、服……!!??」


太田が目の前に居る現実が到底受け入れられずに、吐き出した言葉はギリギリで体を為しているだけのしどろもどろ。
体が驚愕したままわななき、足を滑らせてそのまま尻餅を付く醜態まで晒してしまう。
後方には焼け焦げた木の痕。立っていれば飛び越えられるだけの障害物も、今となれば追い詰めるのに都合の良い袋小路。
精神的にも肉体的にも逃げ場の無い、袋の鼠を追い詰める為の単純な行き止まりの完成である。

雪に足を掬われたのだ。立ち上がるまでのコンマ数秒。この状況で目の前の狂人が事を起こす可能性は否定できない。
いや、近くにレストランがあって参加者が来るかもしれない状態でそんな危険な事をするだろうか?
首を縦に振るのはこんな危機的状況では無理だ。


この男には、やると言ったらやる………『スゴ味』があるッ!

628Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:17:47 ID:xCgiZT7s0



「服、あぁ……先程は人を出迎えるのに失礼な格好ですみません。一際礼節を欠いておりました」


弔意を示すかのような凛とした真剣な声。ハンチング帽を腕に携え、そのまま腰を軽く曲げた姿勢。
目の前の男のそれがアレやソレとは断じて関係が無いのは最早明白で、逆に白色の靄が掛かったのは荒木の思考の方だった。
汗も拭えない緊迫した状況に水を指すかのような謎の行為。この隙に逃げようとは出来ない気迫も揃って何がなんだか分からず。
やっとの事で足の筋肉を呼び起こし、雪の上に静かに靴先を下ろす。立てば事態が動くかと思ったが、そうでもないらしい。
謎が謎を呼び、頭は混迷に至る。真っ白で意味も定まらぬ言葉をちぐはぐに繋ぎ合わせて、事態の解決を図ろうとする。
そして漸く、その意味しているものが誠心誠意の謝罪の姿勢である事に遅れて気付くのだ。
それでも疑念は拭えない。


「し、しかし……僕が来ると分かっていながらあんな……つい裸になったと……」


「そこについては……その、パソコンの中身をつい見られるのではないかと恐れて慌ててしまって……」


「パソコンがな、なんだって言うんだ」


「……すみません、正直に申し上げます。ある事に使う為に参加者の座標を移動させられるツールを作成してました」


「それを、見られたくなかったのかい、太田君は……」


「ええ、荒木先生には無断でやっておりましたので……」


数秒の沈黙。雪のしんしんと降る音すら聞こえてきそうな程の静けさが辺り一面に広がった。
その無音のひと時がが二人の間では相当に気まずいものであったのは言うまでもない。

確かに俄かに信じ難い言い分でもある。妻帯者という立場をカモフラージュに事を及ぼうとした可能性のある人間の弁明だ。
向こうの初期作品でこちらのネタを流用したのが家庭を持つ前だという事実を踏まえると信憑性があるようにも思えてくる。
しかしながら、確かに考えてみればそんな与太話とも思えるトンチキ新説のシリーズよりは明らかに信用に足りるのも事実で。
精神的な拠り所を喪いかけた思索を再び元の状態に立て直せるのならそうした方が良い、という瓦解を恐れる心もそれを受け入れるのに一役買っていた。

一人は冷静さを欠いた結果あられもない痴態を晒し、もう一人はそれを見て冷静さを更に欠いた結果絶句して焦燥感に囚われ。
傍から見れば変な確執という短い語彙で締め括られるこの有様でも、太田や荒木にとって紛れもない大問題。
それを冷静になって飲み込んでみれば、後々酒のタネになるだけの笑い種。傍目八目とはよく言ったものである。
古今東西、諍いというのはどうやって解決するかは結局当人達に委ねられるのだ。
それがたまたまこんな逃走劇までしでかすとは先刻までの自身に聞いても要領を得ないだろう。


「まさかこんな所で一人歩いていらっしゃったのも、もしかして頭を冷やすため、だったり……?」


「……無粋だよ太田君」


無論、先程までの醜態を悟られるのは荒木にとっては御免被る事態である。

629Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:19:06 ID:xCgiZT7s0



乱れた息を整える為に軽く深呼吸をすると、ひらひらと舞う雪の粉が息に掻き乱されるのがなんとも風流に思えてくる。
しかし冷静になると次第に呼気の冷たさが身に染みてくるようになり、ついさっきまでの自分自身をどこか他人事のように荒木は感じていた。
それと同時に余裕の出てきた心のスペースに羞恥心といった感情も戻ってきているのもまた同じく。
取り乱してあらぬ事に思い至った自分自身。浅ましくも悍ましい妄想など、思い出すも憚られるに決まっていよう。
逆に一刻も早く忘れてしまいたい。穴があれば入ってそのまま顔を隠したい、そんな心の疚しさは止まらない。
そんな先程の自分の焦りを追いやるかのように、今更になって気付いた疑問点が口を衝いて出ていた。


「しかし太田君こそだ。何故わざわざこんなところまで来たんだい?」


「その……ただのお節介です。先程の行為への謝罪というのもありましたけども」


「ふむ」


太田の言葉から一拍して、そうかと気付く。
どうやら頭の回転軸も次第に元に戻ってきているようだ。



「ははーん、なんとなく話が読めてきたぞ。まず君は僕と藤原妹紅の座標が一定間隔を取って移動していたのを見た。
 そして万が一を危惧して、開発していたツールで藤原妹紅の座標だけをどこかに移動させた。
 事の次第はこうなんじゃないかな?」


「荒木先生、お見事です。いやはや、短い会話からここまで類推されてしまうとは……」


「けれども第二回放送前に単独で移動していたであろう藤原妹紅を移動させているのは戴けないな。
 あれも君の仕業だろう?」


「……面目の無い事です」


顔を軽く俯かせた太田の方をふと見ると、手にちょっとした箱が抱えられているのが目に入った。
最初は謝罪のつもりもあったのだろうから、こういう時に菓子折りを持っていても不思議では無いのかもしれない。
箱自体は菓子折りにしてはやや厚みを帯びた形状をしているが、大きさとしては熨斗紙を付けても見栄えするくらいには大きい。
確かに通例的に菓子折りは挨拶と一緒に渡すのが礼儀という文章を目にする機会はあるだろうが、こんな雪の下では少々不格好である。
そのような大きさの箱を片手で軽々しく持っているにも関わらず、この細く折れそうな身体をした太田という男は若干のミステリーだとも荒木は思った。

そんな考えは露知らず。
荒木の目の動きを察したのかどうかは分からないが、太田は喜々とした表情で箱に手を掛けた。
蓋にまで指が至れば、いよいよ後は御開帳を待つだけである。

630Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:20:35 ID:xCgiZT7s0


「これは太田君らしい立派な"菓子折り"じゃぁないか」


箱が開封されれば中には衝撃吸収材に包まれた、謹製だろう目を引く手作りラベルが目を引く赤ワインが一本鎮座していた。
まず目を引くのはロゼワインの様な透き通る綺麗さではなく、これぞ赤ワインと表現したいかの如く外果皮の赤紫の表現の強い色艶。
雪下の薄暗さで行うテイスティングだからとは言え、手に取ってまじまじと見ても透明さも兼ね備えたワインレッドは変わらず。
これ程の色合いならば渋さもたけなわ、フルボディの格をふんだんに味わえるだろうと胸が躍るのを感じずにはいられない。
ビンの下に目線を動かすと、当然と言わんばかりに沈殿した澱がワインとの境界線を見事に引いていて、素人目でも上質な物だと認識出来る。
それも当然か、太田が選んだ酒なのだ。ビール党であろうとも、酒には手を抜かない男だろうという期待が大きい。


「ふむ……やっぱり露天風呂で言っていたように、他者の行動に倣って感情を募らせようというわけかな。
 太田君のようなチャレンジ精神も中々に含蓄がある、そういう姿勢は取り入れていきたいものだね」


「ンフフフ、そう言って戴ければ用意した甲斐があるってもんです」


そう言って太田はハンチング帽に手を掛ける。
いつもの帽子の下にはまたいつものハンチング帽が顔を覗かせ―――その上にはお誂え向きなワイングラスが二つ。
まるで買ってきたばかりと言わんばかりに、クシャクシャになった紙がグラスの中に押し込まれている。
初めからこんな時の為だけに用意したとしか思えない周到さに荒木は口元を手で隠して苦笑い。


「いやいや荒木先生、幾ら僕でも機会が来るまでずっと待つなんてそんな事出来ませんよ。
 これは姫海棠はたてにさっき"ウェザー・リポート"の制限の若干の解除を頼まれてふと思い立ったんです。
 湯に浸かりながらの酒ときたら、次は荒木先生と雪見酒でもご一緒したいなと」


「確かに彼女は彼と同行していたね。ルールに抵触しない限りの主催者としての譲歩、か。全く太田君らしいな。
 しかしわざわざ僕と酒を飲みたいが為だけにそんな提案を了承したのかい?」


「かもしれませんね、彼女に丸め込まれてしまったというのも大きいのですが……
 ま、彼女の記事の次号次々号への期待の前払いでもありますから」


全てに思いを馳せるかの様な表情を浮かべながら、煌々とした声色で語る太田。
その瞳は少年時代の憧憬を見るかのように爛々と輝いているものの、独特の妖光をも放っている。
筋骨とは全くの無縁の様な体をしながらも、その実力や妖しさは荒木に引けを取らない雰囲気を醸し出している。
少なくとも、このゲームに掛ける情熱と酒への情熱という一見して別物の二つを奇妙なレベルで共存させている様は荒木以上のものであった。
楽しむ事を第一条件に多少の円滑な進行を取り払う姿は、さながら彼の目を通して見たジョセフ・ジョースターに近い。
これはあのジョセフも念入りに好かれるわけである。隠しきれない遊び心にもたまには与るべきだろう。


「そこまで言うなら君からの酒の招待、受けないわけにはいかないな。
 太田君のさっきの失態は……水に、いや酒に流そうじゃないか」


「ありがとうございます、荒木先生」

631Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:21:26 ID:xCgiZT7s0



荒木の持つグラスにとぽとぽ、とワインが注がれていく。
濁りを排した丁寧な色が無色透明なガラスの器に注がれ染まり、清く澄みわたる空の様に広がる。
ふむ、とグラスを静かに回すと中のワインもつられてゆっくりとその回転に追随していった。
ワインについて聞き齧った知識だけでも、重ね重ね良質なものだと分かっていく様には感嘆さえ覚えようか。
だが早く一口含みたい気持ちはそっと堪える必要がある。まだ空のグラスがもう一つあるのに、先に飲んでしまうのは失礼だ。
荒木は一旦グラスを雪の上に置いて、ワインの注ぎ手と受け手を交代した。


「あのシーンのジョニィとジャイロは聖なる遺体を全て失った後でしたが……
 そういえば僕らは何も失ってませんでしたね」


「このゲームだとそりゃあ失う物も差し出す物も中々無いからね」


「ンフフ、それもそうです」


雪の中に乾いた音が一つ、丁重に響いた。
それはさほど大きくもなく、会場のどの参加者の耳に入る事も無く。
男二人の乾杯の音頭は人知れず幕を開けたに過ぎない。



「それじゃあ、『ネットにひっかかってはじかれたボールに』乾杯しようか」


「ええ」



クイッ、とグラスが傾けられて中のワインが下へ下へ。
喉を軽く鳴らし、その爽やかのようで重い味わいに舌鼓を打つ。


他の参加者が近くを通り過ぎるかもしれない、という懸念材料も今だけはどうでもよく。
先程の確執も恥も一旦脇道に逸らして。

ただ、持って来たワインに感銘を寄せていた。

632Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:23:48 ID:xCgiZT7s0

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【午後】D-3 旧地獄街道




光の対義語は、と聞かれたら闇と答えるのが通例だろう。例えそれが作麼生と説破の様な場でも変わらないはずだ。
神がそう宣えば追聯したその二つの概念が生まれ、そこに交えぬ境界線が発生する。
そして互いが互いを嫌悪し合って元の黙阿弥に戻れなくなる。
世間の常識がそれを身に着けていない者を迫害する様に。
世間体を維持出来ない者がそこを離れざるを得ない様に。
異常者が健常者の様に振舞うのを忌避する様に。

この一面に広がる建物群の空間もその境界線の一つ。
幻想郷にて越えてはならぬラインを跨ぎかねない者達の収容房にして楽園。
旧地獄という、幻想郷に馴染めない妖怪にとっての不可侵の砦。


「何よあのオッサン、凶悪なツラして逃げやがって……しかもドコよここ」


太田に位置座標を飛ばされた藤原妹紅も、そのど真ん中に居た。


彼女もまた闇であり、異常の側の存在。本来であれば厭われるべき忌まれる者の側。
しかし不思議なもので、異常というのはあくまで観測者の倫理観に全てを委ねられる尺度の一つ。
彼女自身にとっては自分自身こそが唯一無二の正常性を担保出来る存在で、他の全てが異常なのだ。
暗闇に目が慣れて、その内光が何かを忘れてしまったら、もう二度と戻れない深淵の世界。
彼女の瞳に映る光は、一周回って闇になってしまった。
眼前に現れた主催者の顔ももう覚えていない。
あるのは醜い生への渇望だけ。


誰も自分に害しそうな敵が周囲に居ない事を確認してから、妹紅はその大通りを注意深く歩き始めた。
建物の雰囲気は、普通にどこにでもありそうな木造家屋ばかり。時折家っぽくない建物もあるが、基本的には住宅地。
しかしこの空間の天井は不気味で、天蓋は高く衝いた厚い岩盤に覆われ、隙間一つ無く太陽光の一筋すら届かない。
にも関わらず家々の軒先に吊るされた赤提灯の一個一個が周囲を照らしており、黄昏時の様な明るさを常に演出している。
しかし本来あるべき妖達の姿はどこにも無く、従ってそれらの纏う酒乱のアルコール臭ささえも漂っていない。
あるのはお祭り気分に取り残された建物の数々と、藤原妹紅の一人だけ。
孤独な旅路に輩は必要ない。

633Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:25:25 ID:xCgiZT7s0

そう、輩なんて居ないのだ。

なのに。



『貴方しか居ない世界で果たして誰がアナタをマトモだって証明してくれるの?』


「うるさいうるさい、マトモじゃないお前が口を挟まないでよ」


また誰かが後ろから口を挟む。自分以外ここには居ないのだから、これはきっとマボロシなんだ。そうに決まっている。
けれども手を変え品を変え、時折こうやって当たり前のような質問をされる。
同じ声で同じ語調で私に付き纏ってちっとも離れてくれやしない。私にずっと付いてくるお前の方がよっぽどマトモじゃないっての。
頭は痛むし全てが散々だし、進んでも進んでも同じような建物しかない。
少し遠くに行けば立派な色とりどりの建物があるのは見えるけど、あそこに蓬莱の薬は無い気がする。
輝夜にはあんな豪華絢爛なのは似合わない。もっとドブ臭い場所の中で蠢いていた方がアイツらしい。


「例えばこんなボロ納屋の中に居たりは〜?」


なんかそれっぽい建物の扉を開けてみる。ハズレ。ただの小屋。
ヒトの跡すら感じられない程に冷え切っていて、扉を開け放った瞬間に冷たい空気が外に流れ込んできた。
おかしいな。こんな所こそ輝夜にお似合いだし、ここに輝夜が居れば自ずと蓬莱の薬を取り戻せるはずなのに。
いや、でもたまにはこういう場所で休まないとまたさっきの誰かみたいに逃げられる様な気がする。
誰かが来て殺されるのは嫌だからあまり眠りたくはない。蓬莱の薬を取る前に死ぬのは勘弁だ。
畳に腰を下ろしたまま壁にもたれ掛かって、片膝を立てる。こうすると眠りが浅くなって何かあればすぐに起きれる。


「……?」


前もこんな体勢をした事があった気がする。よく覚えていない。
よく覚えていないのは頭痛のせいだ。私に悪いところなんてない。
生きようとしているだけなのにそれが悪いことなわけがない。


『■紅。アン……もうマ■■じゃ■……。い……■■実を見■■……』


私を糾弾するな。



…。


何も聞こえない。

何も聞きたくない。



意識を闇に溶かす。目を瞑れば光は入らない。


何も間違ってないのに。

634Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:26:18 ID:xCgiZT7s0
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【午後】D-3 旧地獄街道

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、霊力消費(小)、黒髪黒焔、全身の服表面に切り傷、浅い睡眠中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※普通の人間だった時代と幻想郷に居た時代の記憶が、ほんの僅かに混雑しております。
※再生能力が格段に飛躍しています。
※第二回放送の内容は全く頭に入ってません。


※C-4境界線の鉄塔とレストラン・トラサルディーの真ん中ぐらいの位置で主催者二人が酒盛りをしています。

635 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:27:14 ID:xCgiZT7s0
以上で投下を終了致します。

636名無しさん:2020/07/28(火) 10:57:33 ID:vSGXn63g0
投下乙です
主催のおっさん二人が面白過ぎる

637名無しさん:2020/07/28(火) 15:50:11 ID:ln5Px7EM0
やった投下だ!
運営すっぽかして謎の友情を育むおっさん二人…なんとも言えない趣がある(あるか?)
黒妹紅はもうせめて輝夜と再会出来ればワンチャン…なさそうだなあ

638 ◆qSXL3X4ics:2020/07/31(金) 17:23:43 ID:LM0DDSIo0
投下します。

639紅の土竜:2020/07/31(金) 17:29:52 ID:LM0DDSIo0
『サンタナ』
【夕方】C-3 紅魔館 地下大図書館


 蝿が目障りだったので、払い除けた。

 目の前の女を出し抜けに吹き飛ばした行動の真意など、サンタナからすればほんのその程度の反射に収まる。
 実際には、蝿は飛んですらいない。血溜めの桶でも頭から被ったかの様な色合いの衣服を纏ったその少女は、自分に対して困惑や動揺の様子こそ見せてはいたものの、敵意は無く、サンタナがこれに先制攻撃を入れる意味など全くなかった。
 それでも試す必要はあった。サンタナには、DIOから語られた『君と会わせたい人物』とやらが、本当に会う価値のある人材なのかを見定める必要があったのだ。
 偏に『見定める』と言っても、品物の値打ちを判ずる考査には諸々の嗜好が出る。サンタナがまず採った選択が、『暴力』による小手調べだったというだけの話。彼という人種を考えれば、当然の手段である。


「…………? どういう事だ、これは」


 考査結果のみを見て、サンタナの頭には疑問符が押し寄せる。
 ただ、払っただけ。
 超生物たる男からしてみれば腕をほんのひと薙ぎの、何という事も無い行為である。本当に殺すつもりの威力など、少なくとも今の一撃には込めていない。

 しかし、その少女───秋静葉にとって、柱の男とのフィジカル差はあまりに瞭然。サンタナがDIO戦にて大きく疲弊している状態を差し引いても、このあまりに埒外な先攻を食らったのでは、堪らず紙切れのように吹き飛ばされる醜態を見せたのは致し方ないと言えた。


 何だ、この虫けらは。
 この、脆弱な生物は。
 これがDIOのぬかした、オレと『縁』がある女?


 ───本当に、舐められたもんだ。


「どうやら時間を無駄にしたらしい。……不愉快、だ」

 元々、どうしようもなく腹立たしげに感じてはいた。
 DIOに立ち向かったはいいが、事実上の敗北を喫し。
 むざむざ撤退する訳にもいかず、あろう事か奴の口から仲間へと誘われ。
 刻むべき道を『二択』に迫られた結果として、奴から宛てがわれた女の正体が〝これ〟では。

「う……ぅ、あ……っ」

 反吐を吐き、地べたに四つん這いの格好を取る女を見下ろすサンタナは、また嫌悪し、蔑んだ。
 いよいよ我慢ならなかった。DIOは何を以て、オレと〝これ〟の縁がどうだのという話を持ち掛けたのだ?

「……女。お前は、何だ?」
「かっ……は、ァ……ッ!?」

 体重の数値は三桁を優に超すサンタナ。その大木のように太ましい脚が、悶え蹲う静葉の背へと、遠慮の欠片もなく真っ直ぐ落とされた。

 DIOは先程、別れ際にこう言い残している。

『───好きにすればいい。気に入らないようなら喰っていいし、力は全く以て脆弱な少女だ』

 奴なりの冗句か何かだと、その場は流したものだったが。どうやら言葉の通りとなりそうだ。それぐらいに、サンタナにとっての秋静葉という存在の第一印象は、言葉を交わすまでもなく最低ラインから始まった。
 このまま杭打ちした足の先から『喰って』も問題は無かろうが、言葉を交わす事でこの『交流』が意味を形成する。そんな邂逅に成り得る可能性も否定出来ない。初めこそ暴力での会話を試みたものだが、それだけでは〝人の底〟を測れやしない。少なくとも、今のサンタナにはそういった意義ある体験が、回数こそ少ないものの経験として活きている。

 甲羅を経る。
 良く言えば、そういう目的を兼ねた腹案──下心のような気持ちで、サンタナは自らより下に見ている少女へと、漠然ながらも尋ねたのだった。
 「お前はオレにとって、有益をもたらす存在なのか?」と、値踏みするかの様に。全ては、己の糧に通ずるか?という思惑の上であった。
 命を握られた側の少女にとってみれば、ここで答えを誤るわけにはいかない。突然にして陥った窮地であると同時に、重大な質問だった。

640紅の土竜:2020/07/31(金) 17:31:12 ID:LM0DDSIo0


「あ……う、……ぐ、そォ……っ! わだ、し……は……〝また〟こう、しで……」


 虚勢でもいい。
 負け犬の遠吠えでもまだ許容出来る。
 命乞いでさえなければ、少しは耳を貸す気持ちになれるかもしれないと。
 サンタナの心の片隅。ほんの僅かには残っていた『同情心』の様な薄っぺらい気持ちも。
 この、意味すら伴っていない様な言葉の羅列を半分ほど耳に入れた所で。

 サンタナが気まぐれで掛けたふるいに、この雑魚は尾ヒレを引っ掛けることなく奈落の海へと堕ちる。
 ───その運命が決定した。


「エ゛シディシの時と……私はな゛にも、がわらない゛……っ!!」


 ピクリ、と。
 稚魚を喰らわんと顎を開く大鮫───サンタナの足による『食事』が、何の答えにもなっていない女の醜い回答によって中断された。
 今……コイツの口から吐き出された名前。サンタナはここでようやく『共通点』を見出した。

 共通点。DIOの言う所の『縁』であった。

「…………誰だと?」
「エシ、ディシよ! あなた、あの大男の仲間、なんでしょう……!?」

 仲間。……『仲間』ときた。
 同族ではある。生態上のカテゴリで表せば同胞なのは違いない。
 しかし、その質問に対する答えには胸を張ってYESとは言えない。言えないが……やはり名目の上では仲間だと、肯定すべきなのだろう。
 従ってサンタナは、口には出さずとも否定の意を示さない態度によって、真下の少女との『会話』を続行する事とした。口下手である彼なりの、自己顕示の手段であった。

「エシディシ様を知っているのか」

 その単語───『エシディシ』とは、少女にとって最早呪いの類である。


 秋静葉。
 此度の遊戯において、少女の『始まり』は血に濁った泥底からであった。
 ただでさえ指折り弱者の彼女が選び取った道は、あろう事かゲーム優勝。己以外の全ての生命へと宣戦布告を遂げたというのだ。
 まず、間接的にではあるが弾丸使いのミスタを仕留められた。あの孤高の男リンゴォとの決闘の最中という、用意された舞台上でなければ成し得ない、破格の戦果であったと言えた。

 次に、というより、次こそが問題だった。
 意気揚々ではないが、強者を仕留められた結果に静葉の心はどこか浮いていた。
 「この調子で行けば……」といった焦燥の気持ちが無かったといえば嘘になる。こういった波乱の地において、強者弱者関係なく絶対に浮かべてはならない思考だ。
 その油断を突くようにして、あの大男エシディシは試練として立ち塞がったのだ。今更、語るべき内容でもない。大敗を喫し、心臓には『結婚指輪』を仕掛けられる。傍迷惑な、再戦の契りであった。

 弱者が、強者から一方的な蹂躙を受けた。
 事実とは、ただのそれだけである。
 この指輪が存在する限り、エシディシとの再戦は避けて通れぬ試練。
 だからこそ静葉の中でエシディシの存在は大きく、そして歪みきった死神の様な因縁を結んだ相手。

 DIOと出会い、言われるがまま待ち人の潜む地下へと足を運んだ。彼は、その場所に居る人物を『縁』ある相手だと言っていた。静葉の通った境遇と、少し似ているかもしれない相手だとも。


 相手の正体は、闇の一族。
 憎きエシディシと風貌を似通わせた、鬼人だ。
 一目見て、奴の仲間だと理解した。


 出会い頭に、吹き飛ばされた。
 会話を挟むことなく、まるで突風が過ぎるかの様に。
 そして今また、静葉は鬼人の脚に踏みつけられている。
 嫌でも想起するのは、エシディシの蹂躙を受け、心臓に手を掛けられたあの瞬間の悪夢だ。


「エシディシを知ってるか、ですって……?」


 かくして、少女は出会った。
 この鬼人───サンタナと、地の底にて。

641紅の土竜:2020/07/31(金) 17:33:28 ID:LM0DDSIo0

「私は……アイツと戦わなきゃ……勝たなきゃ、駄目なの……ッ」
「……キサマ、名前は」
「……ぅ、……し、静葉。秋、静葉……っ」

 ひとまず男の質問に答えることで、静葉はその場しのぎの延命を図った。首だけを回し周囲を確認するが、猫草の鉢は遥か遠くに転がっている。反撃の材料は現時点で無い。
 目に見えて動転、困惑するのは静葉の心境からすれば致し方なかった。なにせ図書館にて待つ者はDIOの口ぶりからして『味方』か、それに準ずる相手。少なくとも危険な相手だという認識は、全く予想の外であったからだ。
 そこに居た者があのエシディシと似た容貌の男であるだけでなく、唐突に攻撃を仕掛けてきたというのだから、誰であってもパニックに陥るのは当然。DIOを信頼しての結果、という事実も大きな作用を生んでいた。

 DIO。静葉は、彼と出会って『変わった』。
 正確には『戻された』。この殺し合いが始まる以前の、或いは始まった当初の頃の、秋静葉というか弱い少女神へと。
 その瞳からは、寅丸星と共に行動していた頃ほどの我武者羅さは消滅している。無論、今でも勝利への貪欲さは失われてはいないが、その『勝利』への意識が以前に比べて方向性が違っていた。

 何処がどう変化しているか。
 その具体性は静葉自身にも分かっていない。
 かつては迷いを捨て、修羅にも成ろうという思い上がりを決意したものだったが。

 今の秋静葉は。
 迷妄しつつも泥濘駆けんと努力する───〝極上の弱者〟を貫いていた。

(サア ソロソロ ダゼ)
(ウフフ フ フ シヌワ。モウスグ シヌネ)
(アナタ ハ ヨワイオンナ デスモノ)
(シ ヲ イトウ ノデアレバ タタカイナサイ)

 静葉を苦しめる『頭の中の声』が止むことはない。この声を拒絶する方法を知ってはいるが、彼女がこれを拒むことは、もうやらない。
 あるとしたら、それは死ぬとき。
 秋の終焉。即ち、晩秋。
 何故ならば、彼女は受け入れたのだから。

 この『弱さ』を。
 この『痛み』を。
 この『地獄』を。

 しかし。
 甘んじ、受け入れる事と。
 それらを乗り越える事は。
 同じではない。
 二つは全く別次元のステージ上にとぐろを巻いている。

 弱きを受け入れるという事は。
 弱きに押し負け、潰される恐怖がすぐ身近に感じるという事だ。


(タタカウ シカ ナイ)(タタカエヨ)(シヌノガ コワイノデショウ?)(タタカエ)(サモナケレバ)(シヌ ゾ)(シヌ)(イモウト ハ スクエナイ)(ハヤク)(ハヤク タタカエ)(サモナクバ)(コッチガワ ニ コイ)(ハヤク)(ハヤク シネ!)(シネ シネ)(コロセ……!)(テキ ヲ コロセ!)(アルイ ハ)(アルイハ)



「や……やめてぇぇええッ!!!」



 無数の『何か』から逃れるように。
 それは己の背後にポッカリ口を開けた絶壁の崖。深淵の中より、呪言と共に腕を伸ばさんとする亡霊共のような幻影であったが。
 静葉はたちまちにして喚き散らし、懸命に懇願した。

「嫌! こ……来ないでッ! わた、私に近付か、……ないで! 化け物ッ!!」

 気付けば、背を杭打っていた化け物の脚は離れていた。枷から逃れた静葉は、腰を抜かしながらも尻餅姿勢のままに後退る。猫に追い詰められた鼠だって、こうまで取り乱さないだろう。
 当然、そんな体勢では化け物から距離を取ることなど不可能。サンタナが間合いを詰めるまでもなく、背後の本棚へまんまと頭をぶつけ、叶わぬ逃避行となった。

642紅の土竜:2020/07/31(金) 17:35:13 ID:LM0DDSIo0

「……少し、黙れ。別に今すぐ取って食おうというわけじゃない」
「来ないでって言ってるでしょう! わた、わたし……まだそっち側に行くつもりなんて、ない!!」

 浅慮、というよりも気が動転しすぎて周囲に目がいってない。弱肉強食のサバンナに兎が一匹放り込まれたのでは、こうも吠えるのは無理ないかもしれない。しかし兎は、草葉の陰より現れた獅子に臆するというよりかは、別の『何か』に怯えている様にサンタナには見えた。
 どちらにせよ筋金入りの弱者である事に変わりない。こんな底辺者がよくぞまあ今まで生きてこられたなという感想よりもまず、少女の吐いた名前にサンタナは思い至る節がある。

 間違いなく、以前に主エシディシが森で出会ったとかいう女がこの『秋静葉』だ。
 廃洋館での三柱会議の場。あそこに顔を出していたサンタナは当然ながら聞き及んでいる。その事を語る主の模様はと言えば、至極どうでも良さげに流してはいたが、掻い摘んで言うと「秋静葉という女に結婚指輪を仕掛けた」との内容だった。

 結婚指輪……サンタナの『番犬』時代であった遥か以前にも覚えはある。
 確か、主らが戯れのように対象者へと交わす再戦の契り。その強制の証が『結婚指輪』という名の猛毒リングだ。
 幼心に「何が面白いのだろうか」といった乾いた印象を抱いた記憶もある。故にではないが、自分はそんな大層なアクセサリーなど常備していなかった。主から賜る機会すらとんと無かった。

 昔日の思い出に顔を歪ませるのは今すべき事ではない。
 なんとも面白いというのが、つまりはこの静葉は遅かれ早かれ、主エシディシと一戦を交える未来が確定しているという事実だった。
 それがどういう意味であるのか。考えることすら馬鹿馬鹿しくなる。

「……フフ」
「な、何よ……! なにか、可笑しなことでもあるの……!?」
「可笑しなことだらけだ。主のいつもの戯れながら、オレには理解できん。よりによってこんな負け犬を相手に選んだというのは」

 エシディシ。サンタナが二人持つ主の、片方の柱。
 自分などが改めて口に出すまでもない事だが。エシディシは、人智を遥かに超えた戦闘力を振り回す強者の一角である。無論、サンタナよりも数倍上手だ。
 そのサンタナを前にしてこうまで酷く狼狽する一介の雑魚が、何をどう闘えばあの狂人に勝ち星を上げる偉業など成し遂げられるのだろうか。

 主も主で、という話にもなる。貴重な指輪を引っ掛ける相手がよりによってコイツでは、暇を持て余した戯れにすらならないだろうに。どんな大物が釣れるか分からないところに魚釣りという余興の楽しみもあろうが、獲物が雑魚だと知っている釣り堀に垂らす貴重な餌と時間など、無駄以外の何物でもない。
 或いは、釣り糸を垂らす行為そのものに興を見出している可能性も無きにしも非ず。カーズやワムウと違ってエシディシは、専ら人を食った様な態度で相手を弄る悪戯好きの側面も目立つ。
 ともすれば、当人にとって意義のある再戦など実の所どうでも良く、旗色の見込めない対戦者が絶望に塗れ四苦八苦する様をただ観察して楽しむため、とすら邪推してしまう。

 だとするなら。
 だとしなくても。
 少女を不憫だなんて、とても思えない。
 滑稽な話だ。当然な末路だとすら考える。
 人間を脅かす存在。
 それこそが柱の一族の本懐。
 その相手が、神であろうが関係ない。
 ましてこの少女は、清々しい程に弱かった。

 弱い。ただそれだけならまだしも。

「───ふんッ」
「がァ……っ!? ぁ、ぐ……」

 この期に及んで立ち上がろうともしない静葉へ距離を詰め、横っ面に一撃の蹴り。これにも万力の一片たりとて込めていなかったが、結果は先程の焼き増し。

「逆に驚いた。同じ『弱者』でも、目に映る姿がこれ程に違うとは」

 暴力に蹴散らされ、無力を訴えかける静葉の姿を見下ろすサンタナの瞼には……また別の『弱者』が映っていた。

 その妖怪……古明地こいし。
 彼女との触れ合いはサンタナにとって短い──いや、皆無に等しかった。
 こいしは弱く、矮小で、苦しんでいた。その点では静葉と何ら変わらない。

 サンタナは知らない。
 古明地こいしが『強さ』について大いに迷い悩める、一匹の仔羊であった事を。
 ワムウと僅かな時間を共に過ごし、最期には彼女なりの『強さ』を見出して永い眠りについた事を。

 サンタナは知っている。
 古明地こいしの『勇気』は絶対的な暴力に捻じ伏せられ、最期の灯火も消し飛ばされた事を。
 カーズの凶悪性を前にして、胸に抱いた『誇り』も、何もかも蹂躙され尽くされた事を。

643紅の土竜:2020/07/31(金) 17:36:24 ID:LM0DDSIo0
 『勇気』も『誇り』も、物理的な力が伴っていない限りは、より大きな『強さ』に踏み躙られる。世の条理だった。
 ではこいしの生き様は、果たして無意味だと断じられるのか?

 サンタナには……そうは思えなかった。
 ワムウの膝元に抱えられながら両の瞳を閉じゆく少女へ対し、サンタナの心には確かに『称賛』が芽生えたのだから。

 そして今。
 古明地こいしと同じように『強さ』を求め、悩んでいた『弱者』が目の前にて悶えていた。
 カーズの暴力に侵略され、命を摘み取られるこいし。図式の上では、今のこの状況はそれと同じだ。
 さながらカーズと同じ類の暴を、サンタナは眼前の静葉に振るっている。既視感の宿るこの光景をしてサンタナは、先の台詞を吐いたのだった。


 同じ弱者でも、こいしと静葉ではこうまでに違うのか、と。


「か……は……っ ぅ、うう……あ、ぐぅ……!」

 反撃を試みるでもなく、少女は蓄積するばかりのダメージにただただ悶えるだけ。

 これでは、とても『称賛』など出来ない。
 こんな虫けらに、『勇気』も『誇り』もありはしない。
 例えあったとしても……それはこいしとは種からして異なる、真の弱者がほざく低級な生き様だ。

 これでは、とても『糧』にはならない。
 こんな虫けらを、一匹潰したところで。
 サンタナの『生き様』を……刻み付けることなど出来ない。『証』を残すことなど、出来ない。


「お前は……殺す価値もない様なゴミだった。心底、呆れたぞ。お前にも……お前の様な虫けらを配下に持つ、DIOにも」


 この邂逅は、元を正せばDIOの橋渡しあっての『縁』だ。それはサンタナにとっても、静葉にとっても同じであった。
 彼女がDIOからどういった紹介文を受けてこの地へ降りて来たのかは知らないが、凡そサンタナと似たような文言であろうことは予想出来る。
 共通点は『エシディシ』だ。恐らくDIOは事前に静葉の口から聞き知っていたのだろう。彼女の境遇と、敵を。そこにエシディシと風貌似通わす自分が現れたとあれば、我々の関係性にも自ずと察せる。

 そこで、二人を出逢わせてみよう。果たして、どうなるか?
 大方こんなところだ。あの底意地悪い吸血鬼が晴れ晴れに考えそうな理屈としては。

「つまらん。とっとと消えろ……この負け犬めが」

 結局、静葉は見逃すことにした。これでは殺すよりも、まだ生かした方がマシだと判断しての事だ。
 サンタナの目的は虐殺ではない。かと言って主達にただ付き従うでもない。
 自らの名を知らしめ、『恐怖』を伝搬させる事にある。であるのならば、こんな他愛もない雑魚一人喰ったところで腹などふくれようもないし、このまま逃がし、精々怯えながら残りの生に齧り付いていればいい。

「オレは『サンタナ』だ。この名を出して、精々DIO辺りの強者にでも泣きつけ。……どうでもいいがな」

 名乗るという行為にサンタナが見出した意味はとても大きい。しかし今に限っては、辟易と共に反射的に出した、名ばかりの表看板だった。

「………………く、ぅ」

 呻き声を小さくあげる静葉は、未だに逃げようとしない。これ程までサンタナ相手に暴の威圧を散らつかされながら、こちらを見上げて生傷を撫でるばかりであった。
 とうとう腰まで抜かし、逃走すら行えないか。グズグズする少女の歯切れの悪さには、苛立つばかりであった。

644紅の土竜:2020/07/31(金) 17:37:03 ID:LM0DDSIo0

「どうした。何故逃げん」
「……貴方と、お話がしたいから」


 お話。

 ……それは、何だ?

 今、『会話』をしたいと。

 そういう意味で言ったのか?


「キサマ……状況が分かっていないのか? それとも、それすら理解出来ない本物の馬鹿か」
「最初、貴方の姿を見て思ったわ。『あのエシディシが仲間を遣って、私を殺しに来たんだ』って。どうにかして戦おうって思ったし、けどやっぱり逃げたいとも思った」

 ポツポツと口を開き始める静葉の瞳には、依然としてサンタナへの恐怖が滞在していた。瞳を覗くまでもなく、その肩や腕には震えが見て取れた。

「そんなわけ、ないのにね。アイツにとって、私はそんな価値すら無い弱者……。こんな指輪を引っ掛けておきながら、私は奴の眼中にも無い」
「そうとも。そしてそれはオレにとっても同じだ。キサマと会話して、オレになんのメリットがある」

 会話。
 メリット。
 それらの言葉を口に出しながらサンタナは、既視感を覚えた。
 DIOだった。そういえばあの男も、続行すべき死合を止めて急に会話を始めようとしたのだった。自らの命を狩らんとする襲撃者相手に、言葉を以て探りを入れようと。
 静葉がやろうとしている事は、立場こそ圧倒的に異なるものの、DIOと同じだった。


「キサマ……オレが怖くないのか?」


 この質問に意味は無かった。
 答えなど、静葉の様子を見れば誰の目から見ても明らかなのだから。


「怖い。とても、怖いわ」

「でも」



「私はもう……『恐怖』からは逃げない」



 凛とした、などとはとても形容出来ない、少女の倒錯しながらも真っ直ぐに射抜こうと仰ぐ眼。
 まるで『恐怖』そのものに成らんとするサンタナへの反旗の如く。絶対に屈してやるものかという強い想いの込められた瞳が、サンタナには気に食わなかったのかも知れない。

645紅の土竜:2020/07/31(金) 17:37:48 ID:LM0DDSIo0

 腹の下から蹴り上げ、虚空を回った静葉の首を壁に打ち付けたサンタナは、少女の眼前に見せ付けるようにして大槍───鋭く構えた右腕を突き付ける。

「立派なことだ。負け犬ごっこなら、あの世でやれ」

 時として地上には、このように無意味な蛮勇を振り翳す馬鹿な人間が現れる。震えるほどの恐怖をその身に刻み付けられておきながら、勝ち目の無い戦に投じる愚か者。

 何故、弱い癖して戦おうとするのか。
 何故、怖い癖して立ち向かおうとするのか。
 何故、逃げないのか。
 何故。何故。何故。

 この女は神らしいが、身に宿す非力さも、心の脆弱さも、人間共と何一つ変わりはしない。
 まして目の前の脅威と戦おうともせず、話がしたいなどとぬかして茶を濁す。つい先程は「来ないで!」と拒絶までしておきながら。言う事やる事がグチャグチャだ。

 興醒めもここまで来ると、いっそ芸術。
 殺してしまおう。サンタナは、殺意以外の全てを放り投げて腕に力を込めた。



「負け犬ならアナタだって同じじゃないっ!!」



 カラン。
 壁に打ち付けられた静葉の足元へ、何かが落ちた音がした。



「………………オレを、負け犬だと?」



 それは、どういう。



「どういう、意味だ?」



 不思議と、怒りは湧き上がらなかった。
 平時であれば負け惜しみの戯言だと一笑に付すか、そうでなくともこの罵倒に気分を害し、どちらにせよ捻り潰すか。

 ただ何故、この取るに足らない女はオレを指してその言葉に至ったのか。それが疑問だった。
 
「どういう意味だと、聞いている」
「ぅあ……っ」

 首を絞める腕には思わず力が入る。怒りは湧かずとも、焦燥の気持ちが煮え始めていることは自覚出来た。
 と、ここまで来て、こうも首を絞められたのでは言葉など発せられないだろうと。サンタナはゴミでも投げ棄てるようにして、静葉をその場から放った。

「あ……げほっ げほっ……っ!」
「なんとも脆い女だ。そのザマでよくぞ人を負け犬呼ばわり出来たもんだ」
「はぁ……はぁ……。その、げほっ 様子だと、当たりみたい、ね」

 〝当たり〟……つまり、謀られたという事、か。

「小娘……カマをかけたのか」
「何となく、思っただけよ。……貴方の目、少しだけ私に似てた気が、して。それに『エシディシ』の名前を出した時の貴方の……何ていうか、態度とか、感情……それが、卑屈っぽく見えた。残りは……勘、だけど」

 似てた、と静葉は言う。
 サンタナと秋静葉の瞳が、似ている。
 それはつまり、静葉がサンタナへ対し『同族意識』だのといった抽象的な感傷を抱き、負け犬などと吐いたのだろうか。
 許されざる毒。闇の一族たる名誉を攻撃するような愚挙だ。これ程に屈辱的な中傷を受けて尚、何故だかそれに怒りを抱く気持ちになれない理由がサンタナには分かってしまった。

646紅の土竜:2020/07/31(金) 17:38:15 ID:LM0DDSIo0

 負け犬、負け犬、と。しきりにその言葉を口に出していたサンタナ自身、脳裏に追想されるのは『主』と『自分』の関係。
 他の同胞達はこの自分に対し、かつてどのような目を向けていたか。回顧するのも憚られるほど屈辱的な視線だったはずだ。そしてそれは、かつてと言うほど過去の話ではないし、いつの日からか彼らの見下しを〝屈辱〟だと感じることすらなくなっていった。

 面と向かわれ、口に出された事は実際あっただろうか。
 同胞達から『負け犬』だと。蔑みの目で。
 覚えてなどいない。いないが、少なくとも『番犬』といった散々な扱いは受けていた。

 そして今。
 サンタナはあの時のカーズらと同じ目線で、眼下の『負け犬』を蔑んでいた。

 もう、分かっている。
 秋静葉は、かつての弱かったサンタナだ。
 しかし致命的に異なる箇所がひとつ、ある。
 昨日までの自分は、寄る辺のない『虚無』でしかなかった。
 対して、この負け犬はどうだ。
 抗おうという気概こそ見せぬものの、恐怖(サンタナ)から逃げようとせず。
 それこそが我が信念と言わんばかりに、こちらを見上げるのだ。

 少女の瞳に燻るモノの根源───〝底辺を経た弱者〟だからこそ通ずる、同族意識。

 それは裏を返せば、同族嫌悪ともなる。

 成程、コイツはただ弱いだけの『弱者』とは違うらしい。しかし当人も問題とするのは、その『弱さ』が肝心だった。
 サンタナと静葉では、致命的に異なる点がもうひとつあった。
 サンタナが自虐する〝弱さ〟とは、あくまで同胞間での立ち位置による意識。精神的な問題でもある。
 静葉に足りないのは、どちらかと言えばもっと根本の……生物学上での高み。生存競争における強さを求めていた。この点のみを見比べれば、サンタナという生物がその総体において遥か上……尋常でない強みを蓄えている事は流石に自覚している。

 静葉に、サンタナのような強みは無い。
 自分と接点を同じくして、肝心な部分では違っていた。
 その半端さが、少女への『同族嫌悪』という感情に導いている。

 どこか、似ていて。
 だから、気に食わない。

647紅の土竜:2020/07/31(金) 17:38:55 ID:LM0DDSIo0


「───力が欲しいのか?」
「え?」


 断じて感傷的になった訳では無い。
 だが……これもあの吸血鬼の言う『縁』なのだろう。
 或いは、皮肉な巡り合わせとでも。


「そこに落ちている『石仮面』を使えばいい。使い方を知らないか?」


 縁とは、本当に皮肉なものだ。
 座り込んだ静葉のすぐ傍には、サンタナにも覚えがある仮面が転がっていた。恐らく、先程コイツを壁に打ち付けた時にディバッグから落ちたのだろう。

 石仮面。カーズの開発した、闇の一族を『究極』へと昇華させる道具の一つであると同時に、人間を吸血鬼へと変貌させる道具でもある。
 サンタナはそれを知っていた。まさかコレが支給品に紛れていたとは驚いたが、知っているからこそ、そこの無力に薦めるのだ。

「石、仮面……」
「そうだ。手っ取り早く力を身に付けたいならば、被らぬ手はないだろう」

 尤も、リスクはある。そもそも神とやらが吸血鬼に変化出来るのかは置いても、鬼一口のリスク程度を冒す覚悟も無い輩ではないだろう。


「これを被れば私も、DIOさんのように……───」


 虚ろとなった目で、少女が仮面に触れた。

 その目が何処を目指しているのか。

 目指すは高みか。DIOか。虚構か。

 如何な『同族』であるサンタナにも、そればかりは測れない。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

648紅の土竜:2020/07/31(金) 17:39:51 ID:LM0DDSIo0
『秋静葉』
【午後:数時間前】C-3 紅魔館 大食堂


「そういえば……静葉」


 一通り、DIOさんとの会話を終えて。彼は私へと休息を促してくれた。今、一人になることは怖かったけど、疲労が溜まっていたのも事実だったから。
 フラリと翻した私の背へと、DIOさんの声が掛かる。

「さっきの話では軽く流したが……君はあの『石仮面』を持っているとか」

 ああ。そのこと。
 私は抱えた猫草を卓に一旦置き、ディバッグから件の仮面を取り出そうとした。

「いや、そのままでいいよ。ただ、それを持つことの『意味』……君は考えているのかと、ちょっぴり気になった次第でね」
「……意味、ですか?」
「そうさ。君は先程その石仮面を仲間の寅丸星に被せ、殺害したそうじゃあないか」

 ビクリと。どうしてかは分からないけど、私の体は少しだけ跳ねた。
 頭の中に響く『ある女性の声』が、一層と強くなった……気がして、反射的に頭を抑える。

「ああ、すまない。他意は無いよ」
「え、ええ……勿論、分かってます」
「それで、だ。私自身、石仮面には『縁』があってね。
 ───というより、私は百年前、その石仮面によって吸血鬼となった」

 思わず、抱え直した猫草の鉢を落としそうになった。そんな情報は初耳だったからだ。

「プッチから聞いてなかったかい?」
「……プッチさんからは、この仮面の用途くらいしか」

 チラリと、椅子に座ったプッチさんを横目で見る。聖白蓮にやられた傷がまだ痛むのか、やや辛そうな面持ちで彼は私の視線を受け、肩を軽くすくめるジェスチャーで返した。

「まあ、そういう事だ。詳細は省かせてもらうが、私は色々あって石仮面の力を借りさせて貰った。つまり君たちのよく知る幻想郷の純粋な吸血鬼とは異なるルーツを持つ『吸血鬼』なのだ」
「DIOさんのルーツが……この、石仮面……」

 寝耳に水とでも言うべき偶然か。
 DIOの『特異性』とも呼べる独特な空気……その全容とまではいかなくとも、片鱗たるルーツがこの石仮面だったなんて。

 ぞわぞわと、身震いが起こった。
 なんとも言えない寒気が冷や汗になって、私の毛穴という毛穴から噴き出し始める。


「───話を戻すが、大丈夫かね?」


 DIOさんの声が、すぐ傍で響いた。
 手に待つ仮面へと、まるで魅入られるように没頭していた私の意識を引き上げてくれるように。

「は、はい!」
「ふむ。君はそれを使って寅丸星を消し去ったようだが、言うまでもなくそれは石仮面本来の使い方ではない」
「人を……吸血鬼へと変貌(か)える、道具」
「その通り。大きな大きなリスクはあるが、それに見合った絶大なパワーを得られることは確かだ」

 説得力も絶大だった。
 DIOさんの強さを、私はよく知らない。知らないながらも、目の前に彼が座っているというだけで感じる圧倒的な存在感が、その〝パワー〟とやらを如実に伝えてくるのだから。


 私は弱い。嫌というほど臓腑に染みている。
 でも。きっと。
 これを……被れば。

649紅の土竜:2020/07/31(金) 17:40:21 ID:LM0DDSIo0


「だが」


 一呼吸置いて、彼は真っ赤な中身のワイングラスを手に取った。それを弄ぶようにしてクルクル回転させ、中の液体に波紋を生ませる。

 コク、と。
 ほんの一口、グラスの中身が彼の喉を流れていく。所作ひとつ取っても、優雅の一言では終わらない……詩的な見映えだと感じた。

 体感ではとても長い時間が私の中で流れた……錯覚を感じ、意味もなく心臓を畝らせる。
 彼が何かを語ろうとする場面、毎度こうなっている気がしてならない。


「───だが。道具は所詮〝道具〟だという事を忘れるな」


 トン…と、真っ赤なテーブルシーツの上にグラスが置かれた。
 そのグラスからは、先程までの清純な赤みは失われている。DIOさんが喉に通したワインは一口だけだったように見えたけど、どういう訳だかグラスの中身は虚空だった。


「〝スタンド〟と同じさ。全ては使い手次第……という意味だ。このワインの様に、一口に飲み干すも、濃厚に酔うも、決めるのは全部本人の『意思』……その裁量がものを言う」


 扱いを誤れば……『呑まれる』。
 道具というのは、そういう物だ。
 特にこの……石仮面なんていう、因果な代物はね。

 DIOさんはそう続けて席を立ち、私を扉まで見送ってくれた。
 何処まで行っても妖しく耀き、目撃した者が息を呑む緊張感。そんな魔の魅力を携えた微笑みに私は、半ば虜とされながら手を引かれて行く。





「おやすみ、静葉。〝さっきの答え〟……楽しみにしているよ」





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

650紅の土竜:2020/07/31(金) 17:43:19 ID:LM0DDSIo0



「この石仮面は───使わないわ。少なくとも、まだ」



 サンタナなりに、さり気なく示してやったつもりであった。
 手を引いてあげた、などという女々しい優しさではなくとも、不器用なりに道を指してやったのだ。

 石仮面、という近道を。
 純粋な強さを得る、確実な手段を。

「……使わない?」

 少女の答えは、拒否。
 やや意外であった。これからの生命に関わる重要な方針を、現状においてとはいえこの弱者は放棄したのだから。

「それは何故だ」

 強くなる。それはサンタナにとって、ある日突然求められた絶対的な選択。であると同時に、狭き道だ。
 弱ければ求める物も手に入らない。己程度が欲すには高望みが過ぎる『目標』を、彼は求め続けるしか無かった。

 武人ワムウと拳を交わしたのは、何故だ。
 必要であった儀式だからだ。
 試合の末にサンタナは、強さを手に出来た。
 求めたから、手にしたのだ。
 勝ちたかったから、得られたのだ。

 それがこの───。



「───『鬼』の流法」



 短めな呟きと、火走のような明瞭が男の周囲を纏った。
 何事かと静葉が身を竦める次の瞬間には、既に『変化』は終わっていた。

「え……」
「これがオレの手にした『強さ』だ。尤も、まだ未完ではある形態だが」

 赤黒い双角を新たに宿し、巨人の子孫かと見紛う体躯は二回りほど縮ませている。しかれども、その体積を反比例させるように放出される肉体の熱は、間近にいる静葉の肌をちりちりと灼いた。
 素人目に見ても、この『変化』が生物としての強度を格段に底上げする技術だという事は明らかだった。

「そ、それが……貴方の『強さ』なの?」
「そのようなモノ、だ。オレはある時、どうしようもない『壁』にぶつかった。その壁に手を掛ける為……這いつくばりながら必死こいて求めた強さが、この鬼の流法だ。
 小娘。お前は何故、そうしない?」

 鬼の流法と、石仮面による吸血鬼化。昇華の次元こそ違えど、また到達への敷居の高さこそ違えど。
 この二つは、『力』を求める我々同士、同じ目標に至れる手法だ。少なくとも、サンタナはそう思っている。
 だから理解出来なかった。静葉が目の前に転がる力へと腕を伸ばそうとしない、その理由が。

651紅の土竜:2020/07/31(金) 17:44:04 ID:LM0DDSIo0

「もう一度、訊く。何故お前はその石仮面を使わない?」
「……理由は『二つ』、かしら」
「言え」
「貴方、少し私のことを勘違いしてると思う。貴方の求める『強さ』と私の求める『強さ』って多分、ちょっと違うもの」

 切れた唇から垂れる血を袖口で拭き取り、少女はようやく立ち上がる。
 ようやく、ようやくであった。
 ここに来てようやく、静葉はサンタナの前でその両足を立ててみせた。体躯を縮ませた今のサンタナと彼女とでは、互いを捉える目線もそれほどの差は無かった。

「オレとお前の求める強さが違う? ……続けろ」
「えっと……貴方が求める強さっていうのは、砕いて言うなら〝上へ登り詰める強さ〟だと思うの。私も、ちょっと前までは同じだった」

 強さとは、個々人で様々にある。
 まだ何も知らなかったサンタナは、この創られし幻想郷でそれを学ぶことが出来た。その上で〝かつての自分〟をこの静葉に投影し始めていたサンタナは、彼女と自分の求める強さは同じ類のモノだと漠然に感じていたものだが。

「でも今は違う気がする。私だって、強くならなければ全部終わり。そんなこと分かってるけど……それよりまず、自分の『弱さ』を乗り越えなきゃダメって、思ったの」
「お前の……弱さ?」
「私は貴方から見るまでもなく、弱い。もの凄く弱い。その弱さを受け入れて、強くならなきゃダメなの。
 どうも弱さを棄てる事が、そのまま強くなれるって意味ではないみたい。だから今ここで石仮面なんか被っても、きっと私は変われない」
「……お前の言ってる意味が、オレには半分も理解出来んが」
「貴方、強いもの。理解なんて出来るわけ……ないわ」

 そう、だろうか。
 確かにサンタナと静葉では圧倒的な差はある。だがその『強さ』以外の所では、二人は共通している部分だってある。そうであれば、相互理解を深めることも出来るのではないだろうか。
 と、ここまでを考えサンタナは呆れるように首を振る。ついさっきまでこの小娘に心底下卑た視線を送っていたのが、今となっては相互理解だのと。
 悪い気分には、ならないが。

「じゃあ訊くが、お前が乗り越えるべき『弱さ』とやらは具体的に何だ?」
「……私が今までに殺して来た人達。糧、そのものよ」
「糧そのもの?」
「そう。未だ、頭の中に響き続けるの。分不相応の身で浴びた血が、無数の亡者となって背中を引っ張り続ける悪寒……『声』が」

 俯きがちに語る静葉。草臥れた声色に宿る感情は、死んではいないが何処か軋んでいる。
 蹴落とし。打ち倒し。殺してきた奴ら。
 踏みつけて来た筈の背後の骸が重荷となって、本人を苦悩に陥らせる。この気持ちはサンタナには本当に理解出来なかった。散々人を喰い、栄養とし、けれども糧には出来ずに生きてきたサンタナには。


 だが、今ならばどうだろう。

652紅の土竜:2020/07/31(金) 17:45:01 ID:LM0DDSIo0
 サンタナは伊吹萃香という『糧』を受け、この形態───鬼の流法を手にした。小鬼だけでなく、あのレミリアやドッピオとの戦いすらそうだ。
 一口に糧とは言うものの、ここに至った経緯は決して易きに流れた道程ではない。
 確かにあの小鬼の一押しが決定打になった事は認めよう。然れど、隘路を潜った源の力……即ち、意志の顕現たる出処は、サンタナ自身の変化が齎した『信念』である。

 何を糧とするか。何を負とするか。
 決めるのは結局、己自身が心に宿す針だ。
 この秋静葉が今まで一体どれだけの糧を得てきたのかは知らないが。
 そしてその糧が、どれ程の修羅場の盤上に成り立つ戦果なのかは知らないが。

 他者であるサンタナの目から見ても、この静葉は得てきた糧に〝身を食い潰されている〟ように見える。

 本来の己が持つキャパシティに釣り合っていないのだ。容量をオーバーした分の糧の〝重み〟が、彼女の自我を乗っ取ろうと囁き続ける。そこまで行くと、もはや糧とは言えない。糧から反転した『負』が、静葉の肩へと溶かした鉛のようにのしかかるのは自明だ。
 いずれ……いや、決して遠くない未来に、静葉は自重に圧し潰されてくたばる。少女を殺すのは、眼前に立ち塞がる敵対者の数々ではなく、自らが糧にしてきた〝と思っている〟亡霊の呪言……怨嗟の声そのものに違いない。

「別の手段があったのではないか? ……何故、わざわざ苦しい思いまでして糧を取り込もうと藻掻く」

 サンタナには分からない。

 ここで言うところの『糧』というのはつまり、他者の命を指す。サンタナにとっては少し違うが、少女にとってはそうなのだろう。それらを奪えば奪うだけ、自らの歩みを鈍重にする。静葉の様相を見れば、あからさまな事情であった。
 糧が、負に化け、寿命を縮める。静葉がそれを明確に自覚しているならば、どう考えても彼女の目的にはそぐわない手段。アレルギー症状が出ると分かっていながら、それらを強引に胃袋へ押し込んでいる様なものだ。
 ゲーム優勝コースを往くには、誤ったルートであるというのは火を見るより明らかなのに。

 サンタナには、分からない。


「……分からない。分からないから、よ」
「……何?」
「私には、何も分からない。どうすれば妹を救えるか。どうすれば弱さを乗り越えられるか。
 ……いえ。正確には、分からなくなってしまった。DIOさんと会って、色々な事を話して。それまで私がやってきた行為は、自分にとって本当に正解だったのかなって」


 またしても、DIO。
 彼奴がこの華奢な小娘に何を吹き込んだかは知る由もないが……成程。中々にエグい事をする男だ。


「悟らされたの。私が『本当に闘うべき相手』を。おかしな言い方になるけど……私が闘う相手とは、目の前の敵じゃあない。闘って、下して、殺してきた相手。真の敵は目の前ではなく、『背後』にいた」


 そうなれば、ある意味ではサンタナよりも困難な道となる。薙ぎ払うべき敵が目の前に立ち塞がるなら力で除外すればいい。それこそが純粋な生存競争なのだから。
 しかし静葉の場合。
 敵は背後の、見えるけども見えない敵だという。そのような概念的な相手にどう対処すればいいのか、こればかりはサンタナにも皆目見当がつかない。強者ゆえの未知とも言えた。

───『貴方、強いもの。理解なんて出来るわけ……ないわ』

 先程、静葉が突き付けたばかりの言葉が唐突に浮かぶ。彼女の言わんとした意味だけなら理解出来た。しかし理解のその先が、やはりサンタナには不明だ。

653紅の土竜:2020/07/31(金) 17:45:48 ID:LM0DDSIo0

「『糧』と『負』は表裏一体だって、DIOさんは気付かせてくれたの。だったら私は自分の内面に溜まり募った負を受け止め、乗り越えるわ。
 全部を精算出来たその時、堆積した『負』は初めて『糧』へと反転するって、信じて」


 サンタナには分からない。
 これから〝先〟……秋静葉という負け犬が、その過去とどう折り合いをつけながら足掻いていくのか。


「私は弱い。でも、この『弱さ』は棄てるべきではない。『弱さ』を受け入れないままに我武者羅に闘っていたなら……きっと何処かのタイミングでどうしようもない『壁』にぶつかって、死んでたと思う」


 サンタナには分からない。
 分からない───からこそ。


「いえ。きっとその〝何処かのタイミング〟ってのは……今。
 DIOさんが諭してくれなかったら。
 私が以前のままだったら。
 多分、今頃……貴方っていう『壁』に殺されてたと思う」




 だからこそ───面白い。




「…………二つ目は?」
「え?」
「さっきお前が言っていただろう。仮面を被らなかった理由は『二つ』ある、と」
「え……あ、そう、でしたか?」
「……仮面を今被ったところでお前自身は変わり得ぬ。だから〝まだ〟その時ではない。
 それが理由の一つという事だな。では、もう一つは何だと訊いている」

 気付けばサンタナは鬼の流法から解放され、通常の形態へと戻っていた。これが時間経過によるものか、サンタナ自身の弛緩によるものかは本人にも分からない。
 どちらにせよ、サンタナにはもう眼下の『弱者』を喰おうだの痛めつけようだのとは思わない。

「理由のもう一つ……えーっと、それは単純に……」
「単純に?」
「………………怖かった、から。その、紅葉神である自分が別の『何か』に成るって事実が」

 はぁ……と。
 男は少女よりも遥か高みの目線から、思わずため息を飛ばした。

「ただの躊躇か」
「……し、仕方ないじゃない」

 だがまあ、それも各々の色か。
 コイツは古明地こいしとは全く別色の弱者だ。
 しかしこうして交わす言葉もあれば色々と───分かることもあった。


 それだけを見ても、サンタナにとっては一つの『糧』……なのかも知れない。


「持ってろ。……その内、使うことになるだろうからな」


 結局、何者にも使われず、床に転がったままの石仮面。
 サンタナは大きく屈んでそれを拾うと、何処か懐かしむように凝視し……静葉へ投げ返した。

 その内、使う。
 当然、静葉にとって。

 そして、よもやすれば……この、自分にも。


「───オレの名は『サンタナ』だ。秋、静葉と言ったな。お前に少し興味が湧いた。……少しは、な」


 その名乗りは、既に一度交している。
 けれどもこれが一度目とは全く異なる意味を込めた名乗りである事に……サンタナはまだ見ぬ期待を抱かせた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

654紅の土竜:2020/07/31(金) 17:47:05 ID:LM0DDSIo0
【C-3 紅魔館 地下大図書館/夕方】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:DIOの『世界』の秘密を探る?
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:最終的には石仮面を……。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
・鬼の妖力を取得。この流法時のみ弾幕攻撃が放てる。
・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。
・伊吹萃香の様に、肉体を霧状レベルにまで分散が可能。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
4:石仮面は来るべき時に使いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

655 ◆qSXL3X4ics:2020/07/31(金) 17:47:48 ID:LM0DDSIo0
投下終了です。

656 ◆qSXL3X4ics:2020/08/06(木) 17:11:14 ID:n3Q3fHho0
投下します。

657星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:15:57 ID:n3Q3fHho0
『F・F』
【午後】E-4 地下通路


 いやに肌寒いと感じてはいた。地下トンネルゆえ、元より低温環境である事に加えて外は陰鬱な雨模様だった筈だ。
 外殻の役目として纏う〝十六夜咲夜〟の衣装といえば、一般にメイド服と呼ばれる装いを正装としている。肉体の持ち主であった咲夜は、清掃を含む奉仕業に従事する者であるにかかわらず、膝丈程のミニスカートを好んで着こなしていた。恐らく弾幕ごっこへの対応を見越した動きやすさを重視したのだろうが、これでは突然に襲う寒気には適していなかった。

 果たして、ヒトの衣を借りた新生物F・Fが永き地下から抜け出た先の光景とは、純白の雪であった。
 幻想郷に雪とあれば、嫌でもいつぞやの異変を頭に思い浮かべる。あの時もこの〝咲夜〟が館を飛び出し、遠路はるばる冥界にまで赴いたのである。「寒いから暖房の燃料が切れるまでにお願いね」というお気楽な時間制限を主から掛けられ、ろくな準備も無いまま雪の中を飛んだのだ。
 地下を出たF・Fは休むことなく一直線に命蓮寺へ走った。春雪異変とは違い、今回は地を駆け目標を目指す形だ。無論、踏み締める雪の塊はその一歩一歩が肉体から温度を奪っていく。
 肉体的負傷こそ癒したものの、ディアボロから刻まれた楔の切っ先は決して浅くない。孤立無援にして、F・Fの心的疲労は募る一途を辿っていた。

 博麗霊夢。空条承太郎。
 二人の存命こそが、今のF・Fの全てだ。
 地下で出会った八雲紫らの進言により、二人が運び込まれた施設が命蓮寺だと知った。
 となれば最早F・Fの足を止める存在など、この銀世界が猛吹雪に変異したとて枷にはなり得ない。

 途中、川を一本渡った。
 けたたましく踏み鳴らす木造建築の橋の音は、この心臓の拍子と重なる。鼓動を抑えるようにして、彼女は自分の胸を叩いた。

 里近くに点在する棚田を横目に駆け抜けた。
 傾斜地にある稲作地は平時であれば自然との調合を果たした日本の絶景ともなるが、今となってはどこも雪を被っており、その魅力も蓋を閉ざされている。

 終点間近という所で、西の空に異変が見えた。
 あの地は魔法の森だ。木々の天頂より、黒い火柱らしきモノが立った。その正体は不明だが、見るからに不吉な現象はF・Fの胸中に良くない暗示を生んだ。


 そうしてF・Fは、単身にしてこの命蓮寺の門に辿り着いた。

658星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:17:17 ID:n3Q3fHho0
「霊夢! 承太郎! 居るんでしょう!?」

 居るのか、ではなく、願望の形として口をついて出たその言葉に、惟るべき一切の警戒心は含まれなかった。敵の潜む可能性は考慮にまで至っているが、それよりも二人の安否を一刻も早く確認したい気持ちが勝った。
 大きな門を潜り抜け、周囲の隅々にまで忙しなく視線を動かす。人の気配は無かったが、程なくして違和感を感じた。

 視覚ではない。
 初めに異変を覚えたのは、嗅覚への刺激だった。
 境内を捜索しようとしたF・Fの足は、鼻腔にふんわりと漂って来たその『匂い』によって方向転換を余儀なくされた。

「この『匂い』は……」

 F・Fが嗅いだことのない類いの代物。
 同時に、全く知らない匂いでもなかった。
 体験には無くとも肉体の記憶にはしっかりと刻まれている。
 F・Fではなく、咲夜が知る香気。瞬間、様々な記憶が脳裏にフラッシュバックした。

 プルースト効果というものがある。
 ある特定の香りを嗅ぐことで、それに結びつく過去の記憶や感情を一気に呼び起こす現象。道端に漂う金木犀の香りによって、子供時代によく訪れた祖父の家の思い出が急に想起された……等といった事例は別段珍しいものでは無い。
 F・Fの見知る医学知識にもそういった人体の現象は登録されている。五感の中で嗅覚だけは記憶神経を刺激する唯一の組織であり、匂いによって昔の記憶へと瞬時に繋がる体験はままある事だという。

 〝この匂い〟が鼻をついた時、F・Fの脳裏には咲夜の記憶が一瞬にして思い起こされた。
 それは十六夜咲夜という人間がまだ『生前』の頃、日常生活を送る上でごく稀に体験した匂い。
 土地柄、宗教によっては『それ』が日常の中にある者とない者で二分されるだろう。咲夜にとって『それ』は決して日常の中には無かったが、買い出しなどで人里に赴く中では時折〝そういった匂い〟も鼻をつくことがあった。

(関係ない……! 〝こんな匂い〟は、あの二人とは何一つ関係ない!)

 そして咲夜は。またF・Fは。
 〝そういった匂い〟がどのような場で設置されるのか。
 知識として、知っていた。

(ここは『寺』。焚かれてたって、全く不思議ではない場所)

 今……F・Fを焦燥に導いているこの匂いが、命蓮寺という施設においてこの上なくマッチしている事実を、彼女は常識として知っている。
 だから、おかしくなんてないのだ。

 その『違和感の無さ』こそが……彼女を余計に絶望の渦中へと背押ししていた。


(だから……お願い。杞憂で、いて)


 匂いの出処は、本堂。
 雪や泥土で汚れた靴でも構わず階段を二段飛ばしで駆け登り、目の前の大きな扉を勢いよく開く。


 誰も、居なかった。
 内部もしんとしており、孤独感は一層と増幅する。
 コツコツと靴の音を響かせ、F・Fは一直線にして部屋の奥へと歩を進めた。

659星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:18:07 ID:n3Q3fHho0
 『匂い』の正体が、目視できた。
 線香であった。仏壇があるわけでもないのに、独特な香りがだだっ広い畳の空間を埋め尽くすようにして漂っている。

 F・Fはこの香りがどのような場で使われるか、知識として知っている。
 線香とは、故人を弔う場で焚かれるものだ。
 死者を想い、悼み、供養する場所で灯される、神聖なものだ。
 線香の煙から昇る煙は、天上と現世を繋ぐものだという考えもある。決して生者が乱雑に扱っていい代物ではない。
 その聖なる煙をF・Fは、打ち払うようにして鉢ごと薙ぎ払った。
 畳の上には音を立てて転がる灰と、三本の線香。F・Fはそれらに見向きもせず、震える両膝を床につけて座り込んだ。


 長方形の白くて大きな『箱』がひとつ、鎮座していた。
 無論のこと、佇むようにあげられた線香の火はその箱───棺に向けて、であった。
 棺と線香。こんなセットが会場に予め設置されていたとは考えづらい。

 考えるまでもない。
 弔ったのだ。
 『誰か』が、『誰か』に向けて。

 F・Fがこの地に足を運んだ理由は一つだ。
 瀕死の霊夢、承太郎を霧雨魔理沙、空条徐倫の二人に預け、この場所へ向かうよう八雲紫が指示していたからだ。
 事が順調であれば───あくまで彼女達にアクシデントの類いが発生していなければ。
 この寺院には彼女ら二人と、霊夢・承太郎が居なければおかしい。または、既にここを出立しているか。であるならば、F・Fは急いで此処を出て四人を追うべきだ。

(四人は既にここを出ている。それが最も可能性の高い、結論)

 こんな、寺に置かれても不思議なんて無いような棺ひとつ。
 気にするまでもない。ゆえに、開けて中身を確認するなど不合理な行いだ。
 それがたとえ線香をあげられ、弔いの形跡があろうとも。
 自分には、関係ない。
 蓋を開ける必要など、ない。

(〝覗く〟だけ……。ただ、中身を見るだけ。十秒と掛からない、なんてことの無い確認)

 棺の蓋に、手をかける。
 中身なんて見なくていい。
 見てはいけない気がする。
 見れば、絶対に後悔する。

 心中を迸る懇願とは裏腹に、その手は止まってくれない。
 F・Fの目はいよいよ固く閉じられた。迫り来る現実に耐えきれずに。
 自分にとっては生命線である筈の体中の水分という水分が、冷や汗となって体外へと一斉に放出されていく。下手をすれば骸がひとつ、此処に増えかねないほどに。
 呼吸も荒かった。これほどに苦しい感情を経験したのは、初めての事であった。
 呼吸に続き、鼓動もうるさい。閑静とすべき空間であるはずなのに、こんなにも雑音で溢れ返っている。
 こんなにも狼狽える自分など、あってはならない事だ。
 だが、もっと『あってはならない事』の予感が、F・Fの手をそこから先へと進めさせなかった。
 情けないと思う。腹を立てるべきだとも思う。
 たかだか人間如きに。
 しかもその人間は、ついさっき知り合ったような相手だというのに。

 それでも。だとしても。

 F・Fは、博麗霊夢を失いたくない。
 空条承太郎を死なせたくない。
 二人でないならば、もはや誰だっていい。
 なんなら魔理沙や徐倫が代わりに入っていればとすら思う。

 恐怖。それは今日まで『フー・ファイターズ』が理解し得なかった感情だ。
 生物として、命を失うことへの忌避感が無かった訳ではない。
 だが己の本質に執着を持たなかった彼は、真の意味で恐怖する事は今までなかった。

660星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:18:37 ID:n3Q3fHho0
(中に『誰か』が収まっている。
 ───死んでいる。
 赤の他人なら誰でもいい。二人じゃなきゃ、誰だって)

 死んでいる。死んでいる。死んでいる。
 中にいる『者』は、確実に死んでいる。
 その事実が、今は何よりも恐怖だった。
 自分の生にすら無頓着であったクセに。
 今は他人の死が、こんなにも恐ろしい。
 頭がどうにかなってしまいそうだった。
 死神の足音は、すぐ隣にまで来ていた。
 これ以上、ここに留まりたくなかった。
 鼻をつく線香の匂いが、鬱陶しかった。
 蓋に掛けた手を、すぐに引っ込めたい。
 けれども、それすら出来ずに動かない。
 たくさんの『もしも』が、頭を駆けた。
 もしも中身が二人のどちらかだったら。
 もしも二人の内どちらでもなかったら。
 もしも線香の匂いに気付かなかったら。
 もしも地下で八雲紫と会えなかったら。
 もしもディアボロから殺されていたら。
 もしも館の時点で二人が死んでいたら。
 もしも霊夢と承太郎に会わなかったら。
 私は私でなくなっていたかもしれない。
 今の私があるのは二人のおかげだった。
 二人がいたからこうして今の私がある。
 
 二人を失えば、私が私じゃなくなる。

 私じゃない私なんて、意味が無い。

 フー・ファイターズは、消える。

 霊夢と承太郎あっての、私だ。

 私に命を与えてくれたのは。

 DISCなどではなく、彼ら。

 守らなければならない。

 二人の命を私自身が。

 己自身に課した命。

 だから、お願い。

 誰でも、いい。

 他人ならば。

 誰だって。

 だから。

 霊夢。

 承───













▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

661星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:22:04 ID:n3Q3fHho0
『ワムウ』
【午後】E-4 命蓮寺 廊下


 万を生きる男にとって、人間の歩んだ歴史など矮小に等しく。
 どれ程に営み、繁栄を遂げていたとしても、ワムウからすればそれは三日天下の様な感慨でしかなかった。
 いずれは……いや、もはや近くにも主達は赤石を手に入れ、本格的に地上へ乗り出す。
 そうなれば人間共の抵抗など、どれだけ数を寄せたところで鎧袖一触に過ぎない。滄海の一粟とはこの事を謂うに違いないと、ワムウは板敷の廊下を踏みしめながら一人嗤った。
 立派に建築されたこの寺院も同じだ。人の由緒があろうがあるまいが、彼にとってはさほど興味を惹かれる対象とはならなかった。
 基本的には無力である人間が何かを謳うのであれば、過去を誇示する他人の歴史ではなく、せめて未来へ繋ぐ抵抗の牙であって欲しいと。
 生粋の武闘派であるワムウは、人の在り方に悲観する。

「無論、ただ縋るだけの人間(クズ)ではない者だっている。おれの本懐は、そういう血の通った人間と相見えることのみで満たされる」

 瞼の裏に焼き付くは、かつて再戦を誓わせた波紋使いの人間。名をジョセフ・ジョースターと言った。
 それでなくともこの会場には、ワムウの血を滾らせる猛者がまだまだ蠢いている。彼らと拳交わすことを思えば……自然と四肢にも力が入るというものだ。

「───フン」

 一息に、我が路を塞ぐ一枚の扉を押し破った。この寺の数多の扉は引き戸が殆どで、ワムウにとってはあまり馴染みがない建築式であった。いちいち上品に横へ開く扉など洒落臭い。男は大して力など込めず、毎回こうして扉をフワリと砕きながら散策している。
 何枚目かの扉を破って辿り着いたそこは、いわゆる本堂と呼ばれる部屋だろうか。さっきから気になっていた妙な香りは、その部屋から漂っていたものだ。

 そして、妙な気配も。




 カチ コチ カチ コチ




 部屋の中は薄暗かった。
 ワムウから見れば奥にある、屋外へ繋がる大きな扉は開かれており、外の僅かな日光と白雪の塊が内部に漏れていた。
 大きな柱に掛けられた時計の音のみが、この静寂な空間の中で唯一『生きた』響きを保っていた。
 しかし、その音色も何処か弱々しい。近い内に寿命を迎えるのだろうなと、漠然な予感が過ぎる。




 カチ コチ カチ コチ




 侵入者ワムウは軽く内部を観察し、間取りを確認する。太陽光を苦手とする彼が日中帯にて動く場合、当然周囲の環境には逐一意識しなければならない。そして、この部屋には男の動きを阻害する日光の差し込みが極めて薄い。

 暴れるのであれば、条件十分であると言えた。

662星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:23:11 ID:n3Q3fHho0

「女か」

 勿論ワムウは真っ先に気付いている。
 この部屋に動く物体は壁掛け時計の秒針と振り子のみであり、注意していないと〝そこ〟に女がひとり突っ伏している光景には中々気付けない。
 それぐらいに女の存在感は酷く希薄であった。まるで彼女を取り巻く『時間』が停止しているみたいに。

 女は足を崩し、何やら大きな箱の中身に上半身を重ねていた。
 それが『棺』なのだと理解したワムウは、こちらに背を向けて動く気配のない少女のすぐ背後へと回る。

 寝ているのではない。
 かといって、死んでるでもない。

「呆けか。余程その骸が大事と見える。こうまで接近しても微動だにせんとは」




 カチ コチ カチ コチ




 来訪者の言葉にも耳を貸さない様子。返事を返したのは、女でなくやはり時計の刻みだった。
 棺の中身は予想した通り一人の人間───体格の良い男の亡骸だった。グズグズに焼け焦げた制服らしき衣装とは相反し、その遺体には殆ど外傷や火傷の痕も見えない。
 西洋の給仕服───所謂メイド服を着た女は、傷一つ見当たらないその亡骸の胸を抱くようにして顔を埋めている。
 家族か、恋人か。それはワムウの知る所ではないし、どうでもいい。

 〝どうでもいい〟。
 しかしその感情は、ワムウが女へ向けたものだけでなく。
 女の方こそがワムウへと向けている感情に違いなかった。

 そこで呆けている女に、辛うじてと呼べるほどの意識が残留している事には気付いていた。そして自分はこうして声まで掛けている。
 女の反応は、それでも皆無。
 間違いなく、このメイドはワムウへ対して「どうでもいい」といった無関心を貫いている。
 あるいは、それすらも貫くほどの余裕を失っているか。

 どちらにせよ、その態度はワムウの視点から見れば不服であった。
 怒りを買うほどではなくとも、小さく見ていた人間の女如きに無視されるという非礼。ここまでされて彼女を見逃せるほど、ワムウの尊厳は安くない。

「背中から闇討ちのような真似はおれもしたくない。せめてこちらを向けィ」




 カチ コチ カチ コチ




 依然、反応無し。
 無力な女子供ならば主の目がない今、看過もやむ無しとは考えていたが……この女には生きようとする『意思』が感じられない。武に生きる男の目には、それが腹立たしく映った。
 腑抜けをなぶりものにする趣味などワムウには無かったが、この会場において生かす意味も無い。

 面を見せようともしない女へと、ワムウは排除の意思を固める。
 ミチミチと、振り上げた腕の血管がはち切れんほどの膨張を開始する。幾人もの人間を掃滅してきた、暴風の如き薙ぎ払い。その予兆の産声である。

663星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:23:49 ID:n3Q3fHho0

「戦闘、逃走の意思……無しと捉える。悪く思うなよ」

 圧力を込めたワムウの右腕に吸い寄せられるように、室内中の大気と線香の煙が集中した。柱と空気の軋む音が、これから生み出される破壊の暴力性を物語っている。
 小娘ひとりに放つ威力としては充分以上。確実に一発で沈めるには腕一本で事足りる。


 女は、この期に及んでこちらを一瞥もしない。


 殺気を込めた腕とは裏腹に、ワムウの表情からは一気に脱力感が溢れた。僅か程度には〝期待〟していたが、女が自失から復活する事はとうとう無かったからだ。


 自らの性(さが)である、闘争本能。
 それが発汗と同時に終息したワケは。
 事が無事〝成された〟からではない。
 まるで予想外の光景があったからだ。




 ボーーーーーーーーーン……




 壁掛け時計の長針が、真下を知らせた。

 『時』が動き出したのである。








「…………………………………………?」




 何が起こったのか。
 止まったかと思われた少女の『時』が、動いていた。
 ワムウはこの光景をそう比喩するが。
 それが比喩でも何でもない事を知るのは、少女のみであった。


「キサマ…………今、何をした?」
「………………………………………。」


 メイドがいつの間にか───そう、本当に『いつの間にか』……動いていた。

 蹲っていただけの女は、風を切断する程のワムウの攻撃地点からいつの間にか消失し、瞬時にして5m程の間合いを取って立ち竦んでいた。
 置き土産と言わんばかりに、振り抜いたワムウの腕には銀色のナイフが一本、直角に突き刺さっていた。
 歴戦の猛者として腕を慣らすワムウの死線を掻い潜った上でやってのけた、唯ならぬ精巧な技芸。

 今までの女の状態とは一線を画す、目を見張る『別人』。
 噴き上がる警戒心を身に纏いながら、腕に立てられたナイフを抜き捨てる。
 ワムウは終息したはずの闘争心を再び滾らせ始め、女に対する認識の甘さを瞬時に切り替えた。

664星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:25:14 ID:n3Q3fHho0
「ただの女では無かったようだな。キサマ……何者だ?」
「……わたし? 私は、わたぁし、は……十六夜、咲夜……なのか。それとも───」

 ……十六夜咲夜?
 聞いた名だった。記憶通りならば、確か放送にて初期の方に呼ばれた名前。つまり、亡者の名だ。
 あからさまな虚偽だと、普通なら考えるかもしれない。しかしワムウは前回の放送で挙げられた死者の名と、廃洋館にて自ら始末した射命丸文の矛盾……名前の不一致問題を抱えたままである。
 現状未解決の謎。それと同様の矛盾を新たに背負い込んだ所で、今はどうしようもない。頭の片隅には入れておくが、まずは女への対処が目下の仕事だった。

 咲夜と名乗ったメイドは、うわ言のようにボソボソと囁いている。心ここに在らずなのか、未だにワムウへ対して関心は薄い。
 少なくとも一撃で沈めるつもりで打ったワムウの攻撃を避けておきながらこの不遜な態度。彼女の業前に見事だと称賛を入れたい反面、やはり悪印象は変わらない。

「言葉は通じるか? 会話もままならんのでは、路上喧嘩と武闘の狭間に境界など無くなる」
「……喧嘩? アナタは私をどうするつもり?」
「おれの目的は強者と相見えること……つまり喧嘩などではなく、武闘の方だ。咲夜とか言ったか。お前は少し、普通の人間とは違うな」

 初めて意思の疎通が噛み合った。女はその銀髪を掻きあげ、ようやっとワムウへ対面する。
 双眸に宿る意思は鋭く研ぎ澄まされてはいた。相応の修羅場を潜ってきた者特有の眼差しだと看取できるが、それ以上に『違和感』がある。
 同じ人外である柱の一族がゆえの観察眼。肌で感じる僅かな違和感が、メイドの正体を朧気ながらも悟った。

「なるほど。そもそも、『人間』ではないらしいな。お前は」
「アナタの言う〝武闘〟は、人間とそうでない者の狭間に境界を設けて、区別するのかしら」
「その台詞は、果たし状を受けると解釈してもいいのか?」
「……冗談。決闘ごっこなら、相手は選んだ方がいい」

 白痴状態から一転。覚醒した女が囀る会話の節々からは、ワムウへの明確な敵意と……揺るぎない自信がひしひしと見て取れる。

 しかし歴戦の強者であるワムウの眼から見た〝それ〟は、揺るぎないどころか、か細くブレるロウソクの灯火にすら見えた。
 敵意はあるが、戦意は無い。試合前の荒口上……煽り合いの形を取ったこの会話という殻に、中身など然して存在しない。
 そして、ヒトの皮を被った目の前の殻にも……中身など感じ取れない。

 ───少なくとも、武人であるワムウが求めるような、大層な中身は。


「───5秒」
「…………? それは何の数字だ」
「さっきの『5秒』で、私はアナタを『5回』は殺せていた」
「……下らんハッタリだ。ならば何故、それをやらなかった?」
「アナタに構っている余裕は、なくなった。私は、護らなければ、いけない」



 言葉を終えた、その間際には。

 先と同じく、女の姿は風のように消えていた。

 風使いであるワムウをして、察しようがない動きだった。


「…………ふん」


 消失した女の足取りをワムウが追う術は無い。
 本堂の外にまで出て行ったのだろうが、陽が落ちるにはしばし早い時間帯だからだ。

 それよりも幾つか気になる事柄ができた。


 ───奴の離脱は……風使いであるワムウをして、察せなかったのだ。


(それがまず不可解だ。初めの時もそうだったが、理屈に合わん動きだった)

665星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:27:11 ID:n3Q3fHho0

(それがまず不可解だ。初めの時もそうだったが、理屈に合わん動きだった)

 今。そして攻撃を躱された最初の時点でも。
 肉眼で捉えきれないスピードであったにもかかわらず、ワムウの鋭敏な肌には〝風ひとつ〟感じられなかった。自分の専門分野での異常だ。明らかに納得がいかない。
 単純なスピードでの行動であればどれだけ速くとも───寧ろ速ければ速いほど、大気中に発生する風の振動とは幅が高まるというものだ。肌の肉体反応がその速度に追い付けるかどうかはまた別問題としても、吹き起こった風そのものを認識出来ないというのは筋が通らない。

 全くおかしな理屈となってしまうが、あのメイドは〝その場を動かずにして動いた〟……そんな不思議な体験だった。

 気になる事柄はそれだけに終わらない。
 奴は去り際、「さっきの5秒で5回は殺せていた」などとほざいていた。
 まず間違いなく虚仮威しの台詞だが、ワムウにはその『5秒』という言葉の意味合いが掴めずにいた。
 〝さっきの〟という部分は、もちろん女を背中越しに仕留めようとした時だろう。だがワムウが腕を振り下ろす所を始点とし、気付けばナイフが刺し込まれていた場面を終点とした間隔は、5秒どころか秒にも満たなかった筈だ。

 何を以て『5秒』などとほざいたのか。
 ただのハッタリであり、数字に深い意味は無い……とも考えれるが。


(この『現象』……カーズ様が仰っていた、吸血鬼DIOとのやり取りと状況が似ている)


 話には聞いていたDIO。我が主が紅魔館にて交じった男の齎した、謎の現象。
 瞬間移動のようであったと主は話していたが……ワムウは十六夜咲夜を介し、間接的にDIOと〝酷似した異能〟を体験出来た。
 無論、DIOの謎に関しては『主の体験談』という、所詮は人伝。ワムウが体感した印象との齟齬もあるだろう。
 曖昧な主観で断定するには少なすぎる材料。『解答』を直接尋問しようにも、女は既にワムウの行動範囲外。
 何よりその謎の解明は、現在サンタナに委任されているのだ。今ここでワムウが無理に出しゃばる領域でもない。

 従ってワムウには、この場においては撤退以外の選択は残されていなかった。
 彼にとって不服なのは、この選択肢の少なさがあのメイドによって〝狭められた結果〟という点も少なからずあった。


「おれもまだまだ浅かったということだな。お前はどう思う? ……名も知らぬ戦士よ」


 己が意識の浅さに対する自戒であり、決して女への称賛ではない。
 どちらにせよ、奴の心境は焦りに焦っていた。形はどうあれ、こうして尻尾を巻いたのだから内心を推し量るまでもないと。

 ワムウは行き場のなくなった闘争心のやり場を決めかねるようにして。

 ふと。
 燻っていた眼光を、棺に眠る仏───名も知れぬ戦士へと手向けたのだった。
 何処かで見たような顔だという既視感は、そのまま虚空へと霧散した。



 事の最中に。
 偶然的、あるいは運命的にその寿命を全うし終え。
 二度とは時の刻みを再開すること叶わぬ柱時計の存在に気付けた者など、居なかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

666星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:27:43 ID:n3Q3fHho0
【E-4 命蓮寺 本堂/午後】

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、身体の前面に大きな打撃痕、右腕に刺傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
0:収穫が無いようならば一旦帰還。
1:空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
2:ジョセフに会って再戦を果たす。
3:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※射命丸文の死体を補食しました。
※柱の男三人共通事項
・F・Fの記憶DISCで六部の登場人物、スタンドをある程度把握しました。
・『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒してます。
 ただし、仮説の域を出ていないため現時点ではさほど気にしません。
・大統領が並行世界の射命丸文の片翼を回収したことには気づいていません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

667星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:28:27 ID:n3Q3fHho0



 空条承太郎が、死んだ。



 F・Fの脳へ取り憑いた事実は、自分で思う以上に少女を昏迷へと導いてしまった。
 もはや一刻の猶予もないと痛覚した。
 あの場に置かれた棺の数が……もしも『二つ』であったなら。
 もしも……『博麗霊夢』の亡骸まで添えられていたのならば。

 今、自分はどのような行動を取っていたろう。
 少なくとも、これまでに得てきた全ての価値観は音を立てて崩壊していただろう。

 ホワイトスネイクにより一方的に与えられた『DISCの守護』という、使命感のような何か。
 今思えば訳のわからぬ命令を、我が唯一の使命なのだと機械的にこなす仕事ぶりは、客観的に見れば滑稽の極みだったろう。産まれて初めて見た物を親だと思い込む、鳥の刷り込みとさして変わらない。
 生涯翻弄されたままであったろう自分。霊夢と承太郎は、あの泥沼の中から掬い上げてくれた。

 いつしか二人は、F・Fにとって護るべき対象へと昇華した。
 彼女らの隣は、不思議なことに心地好い場所にも思えてきた。幸福感ではなかったが、満足があった。生き甲斐だと言っても良かった。
 虚無感の中で。無個性のままに。DISCをただ守るだけの空っぽだったかつてとは、世界が違って見えた。

 初めて、自己が芽生えた。
 本当の意味での、自分。
 産まれたばかりの自己を、失いたくないと願った。
 F・Fにとっての『死ぬことへの恐怖』は、即ち自己を失うことへの恐怖と同義。

 それが、霊夢と承太郎。
 かけがえのない、宝物。
 その片割れが、バラバラに砕け散った。



 空条承太郎が、死んだ。



 事実を形として初めて知覚した、その瞬間。
 自分の中で刻まれ続けてきた『針』が、停止した。
 失うということは、これ程に恐ろしく。
 そして冷たい、孤独な痛みなのだと。

 なりふり構っていられないと、痛感した。
 F・Fに残ったものは、今や博麗霊夢しかなかった。
 彼女に仇なす者は、どんな手段を使ってでも抹殺しなければと誓った。

 それがたとえ、この『十六夜咲夜』にとって近しい……あるいは大切な相手であっても。

668星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:28:53 ID:n3Q3fHho0


「霊夢…………霊夢…………霊夢…………ッ!」


 白雪の上を駆け抜ける足取りは、ここへ至る時とは同じ速度ではありながらも真逆だと言えた。
 一直線に向かう目的地は不明瞭である。しかし彼女の意思は、霊夢という、もはや唯一となってしまった拠り所に引かれるようにして鼓動を打つだけだ。

 霊夢は、ホワイトスネイクに縛られていたF・Fへと『自由』を与えた者の名だ。
 博麗霊夢という究極の自由が、誰かに脅かされる事などあってはならない。
 承太郎の亡骸があの寺院で丁寧に弔われていたという事は、逆説的に考えれば霊夢は存命なのだ。

 駆けつけて護るには、まだ間に合う。
 手の届く場所に、きっと彼女はいる。
 護らなければ。今度こそ、護らなければ。


「霊夢…………霊夢は…………霊夢、が……ッ!」


 言葉のていすら紡がれていない文脈が、息と同時に喉から溢れ出す。もはや留まることを知らなかった。
 先程の大男。危険な空気こそあったものの、優先すべきは霊夢の護衛だと、あの場では捨て置いた。
 5秒で始末できる、などと大言を吐いてはみたものの、当然ながらハッタリもいい所だった。幾ら時を止めたとしても、恐らく苦戦は必至だったに違いない。
 それぐらい、奴と自分との『生物』としての格に壁を感じた。アレは人間の皮を被った、怪物だ。

 ただ……自分の。
 いや、正確には十六夜咲夜の肉体が持つ『時を止める力』の覚醒を感じた。
 以前までの1秒か2秒という短時間から、一気に5秒は止めていられるという確信があった。この確信が、ハッタリのような形で思わず口をついてしまったのは余計な行為だったと、今になって後悔する。
 覚醒の切っ掛けが何かは考えたくなかったし、必要性も感じない。

 この『5秒』という時間は、空条承太郎が全盛期中に止められた停止時間だと、彼女は知らない。
 そこに因果関係などない。何より彼は、もうこの世には居ないのだから。

 5秒間、時間を止められる。
 今はその事実だけで充分。
 この力さえあれば……『敵』を排除するには事足りる。


「だから、無事でいて。───霊夢」


 女は出鱈目に時を止めながら、走り続けた。
 呼吸をおいて、5秒。
 またおいて、更に5秒。
 強引に。
 残った寿命を出力するように。
 絶えず進みゆく時間の針から置いていかれることを、恐れるように。


 着々と、焦がれる人物との距離を縮めて行った。
 そこに敵が居るのならば……彼女の中に、もはや躊躇出来るほどの心の余裕なんか、ありはしなかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

669星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:29:24 ID:n3Q3fHho0
【E-4 命蓮寺への道/午後】

【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、余裕ゼロ、体力消費(中)、精神疲労(大)、手足と首根っこに切断痕
[装備]:DIOのナイフ×10、本体のスタンドDISCと記憶DISC、洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:基本支給品(地図、懐中電灯、時計)、ジャンクスタンドDISCセット2、八雲紫からの手紙
[思考・状況]
基本行動方針:何をおいても霊夢を護る。
1:霊夢の捜索。
2:霊夢を害する者の抹殺。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5〜10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※第二回放送の内容を知りました。
※八雲紫らと情報交換をしました。
※「八雲紫からの手紙」の内容はお任せします。
※時間停止範囲は現在『5秒』です。

670 ◆qSXL3X4ics:2020/08/06(木) 17:29:52 ID:n3Q3fHho0
投下終了です。

671名無しさん:2020/08/06(木) 17:58:47 ID:K2Dptq.w0
投下乙です
FFが霊夢ガチ勢になってる…このまま霊夢の元に来たら霊夢以外殺しそうだな

672 ◆qSXL3X4ics:2020/08/14(金) 19:17:54 ID:nr6s2DUA0
投下します。

673Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:20:15 ID:nr6s2DUA0
 ちょっとぉー。ニワトリみたいに意味もなくバタバタ飛んでんじゃないわよ。見ての通り、私いま境内の掃除中なんだけど?

 ───。

 アンタの羽根がそこら中に抜け落ちてたまったもんじゃないからよ。これだから鴉天狗って連中は嫌いなのよね。
 ハイハイどいたどいた。とっとと帰らないと、この竹箒が明日には黒い羽根帚に変わることになるわよ。

 ───。

 魔理沙ならとっくにここを出たわよ。茶と煎餅だけ貰ってってね。
 あー? アンタには無いわよ。客でも何でもないんだし。(アイツも客じゃないんだけど)

 ───。

 別に特別扱いなんかしてないって。魔理沙は……まあ付き合い長いしね。

 ……友達?
 そうね。友達よ、魔理沙は。腐れ縁とも言うかしら。アンタは違うけど。

 ───。

 いや、別に親友ってわけでも……。
 んー……その辺の線引きって分かんないわねえ私には。

 え? 弾幕ごっこ?
 あー。たまにやってるわね、確かに。
 ていうか、さっき〝やらされた〟ばかりよ。
 毎度毎度、後片付けするこっちの身にもなって欲しいわ。何でわざわざウチの神社でやるのか。

 ───。

 そーよー。大抵、仕掛けてくるのは向こうから。
 私の都合なんて二の次みたいよ。
 まあ、もう慣れたけど。

 ───?

 そんなこと訊いてどうするのよ。

 ───!

 わかった、わかったってば。
 ていうか……もしかしてこれ、取材されてんの? 私。

 ───。

 はぁ〜……。ホントでしょうね?

 いや、私がというより、魔理沙が怒るわよ。
 あの子、ガサツなようでいて結構繊細だから。
 悪いこと言わないから新聞には載せない方がいいわよ〜。絶対面倒臭いから。

 ───。

 勝ったわよ。
 ……ったくもー。負けたんなら負けたで掃除ぐらいして帰って欲しいもんだわ。こういうのは普通、敗者の役目よね。敗者の。

 戦績? いや、覚えてないわよそんなん。何回やらされてると思ってるのよ。
 魔理沙なら記録してんじゃない? 訊いた所で門前払いでしょうけど。

 ……負けること? なくもないけど。

 ───。

 油断とかじゃなくって。
 魔理沙は〝普通〟に強いわよ。アンタも知ってんでしょ?
 そりゃこんだけやってれば、負けること位あるわ。

 こだわり、ねー。
 特に無いわね。少なくとも私の方は。
 そもそも『スペルカード・ルール』をスポーツみたいに考えてる輩が多すぎる。

674Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:22:14 ID:nr6s2DUA0

 ───。

 知ってんならわざわざ私が説明する意味ある?

 そーよ。アンタみたいなわからず屋の妖怪と、力の弱い人間とかを対等に近づける為の均衡が『スペルカード・ルール』。
 人間同士で楽しむ娯楽とか思ってる時点で頓珍漢ってワケ。新聞にするならこっちの方を広めて欲しいものだけど。

 ───。

 魔理沙、ね。
 アイツも実は努力家で負けず嫌いだからなー。
 多分、この先ずっと私に挑んでくるでしょう事よ。勝つまで。

 ───?

 ん? まあ、何度か負けてるけど。
 でもきっと、アイツは〝勝った〟なんて思ってないんじゃない?
 私に心の底から〝負け〟を認めさせるのが当面の目標っぽいわ。

 ───。

 そういう訳じゃないけど。
 こればかりは当人の気持ちって奴でしょ。私もアイツのそういう所には好感持てるし。

 ───!

 ライバル?
 無い無い。だから魔理沙とはただの〝友達〟なんだってば。そんな気恥ずかしい間柄じゃないって。


 でも……ちょっと理解できない所はあるかしら。
 〝負けて悔しい〟なんて気持ち。

 私には、よく分からないわ。


 ───。

 弾幕ごっこの勝敗自体には大した意味なんて無いのよ。そりゃそうでしょって話だけど。
 人と妖との間のバランスを擦り合わせる。そういうルールを設け、拡散させること自体に大きな意味があるの。
 勝ちとか負けとか、どうでもいいわ。アンタら力のある妖怪にとっちゃ不満もあるんだろうけど。

 ───。

 ま。そういう事よ。
 ……ちょっと。そろそろ離して欲しいんだけど。掃除が終わらないわ。

 さあ。香霖堂にでも居るんじゃない?
 そこのやる気ない店主に今日の愚痴でも聞いてもらってるんでしょ。霖之助さんには同情するわ。

 はあ? お賽銭?
 要らん。さっさと帰れ。
 参拝客でもない妖怪から賽銭なんか貰っても気味悪いだけだわ。信仰減っちゃうかもしれないし。

 ───!

 あ! ちょっと文ーーー!!
 今の話、魔理沙には言うんじゃないわよーー!
 オフレコだからねーーー!!

 違う!! 賽銭の話じゃなくって!!


 ………………速。


 ……はあ。
 どいつもこいつも、ウチの神社を休憩所くらいにしか思ってないのかしら。


 あーあ。
 今日も参拝客はゼロかあ……。


            ◆

675Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:23:00 ID:nr6s2DUA0
『博麗霊夢』
【夕方】B-5 果樹園林


「霊夢」
「何よ」
「お前はさ。私のなんなんだよ」
「は? 知らないわよ、何それ」
「知らないってんなら教えてやる。お前は私の友達で。ライバルで。憧れで。嫌いな奴だったぜ」
「そうだったの? 最後のは初耳ね」
「今初めて言ったし、今初めて自覚したからな」
「あっそ。それで?」
「じゃあ、私はお前の……何なんだ?」
「私にとっての魔理沙?」
「この際だ。是非、博麗霊夢の本音って奴を聞きたいもんだな」
「普通に友達だけど」


 そしてまたひとつ、重たい響きが辺りに伝わった。
 抉られるような痛みと共に刻まれる生傷は、霊夢の身体を呪印の様にして重ねられる。
 〝友達〟である筈の霧雨魔理沙の小さな拳が、躊躇なく霊夢の頬に入れられる。喧嘩という範疇には到底収まらない、過激な殺し合いであった。
 木々の間をすり抜け、地面へと転がされる霊夢。雪がクッションに、などという安易な気休めでは収拾がつかない数の転倒を味わわされている。

 その数だけ、少女はゆったりという動きで立ち上がり続ける。まるで屁の河童、と言わんばかりに涼しい顔をしていた。
 その態度が気に食わず、魔理沙はまた拳を握る。走り、握り締め、顔面目掛けて振り抜く。愚直なセットプレイを、今度は霊夢が捌いてカウンター。堪らず魔理沙も後方に吹き飛ばされ、また立ち上がる。
 先程から何度も何度も繰り返される光景であった。

「スマン、よく聞こえなかったぜ。もっかい聞いていいか?」
「友達よ。それ以上でも以下でもない……アンタは私の友達。どこに殴られる理由があったのよ?」
「……あぁ、そうかよ。知ってたけどな」

 もはや顔面の三割を流血塗れにさせ、魔理沙は俯きながら次第に笑い顔を作った。
 肩を揺らし、腹を抱え、最後には大笑いにまで発展する友人の狂気を、霊夢もまた血に塗れながら眺めていた。

「私、そんなに可笑しいこと言った?」
「ハハ、ハ……ッ! は、いやぁ……悪ぃ悪ぃ。私の勝手な思い込みみたいなもんだ。ちょっぴりだけ期待してたような答えが、やっぱり返ってこなかったもんで……ちとイラってなっただけさ」
「その度に殴られちゃあ、やってらんないわよ」

「でも殴り足りんッ! お前のその態度が一番ムカつくんだよッ!!」

 同じ事の繰り返しが、またも始点へとループする。殴り掛かるのは、決まって魔理沙の方からであった。
 いい加減、腕が使い物にならなくなる段階にまで差し迫った負傷だ。素手で人体を猛烈に殴ればダメージがあるのは受け側だけではない。
 それらの負傷をものともせず強引に筋肉を動かしているのは、本人の意思だとか感情だけではない。他人の闘争本能を限界以上に膨れ上がらせる『サバイバー』の齎しが無ければ、両者共々とうに行き倒れている。
 この負の恩恵を魔理沙が好機と捉えたかどうかは定かでない。サバイバーとは身内争いを強引に誘発させる地雷ではあるが、打ち付ける拳に本人の意思が介在しないと言い切れる者は誰も居ない。

 誰しもが心に押し込んで隠す本音を無理やりに引き摺り、炙り出す。人と人の醜悪な関係性を暴露させる。肉体的だけでなく、精神的にも互いを傷付ける。
 両者共に、よしんば生還したとして。
 本音の刃で抉られた心の修復は、困難だろう。
 まして互いは、まだ少女だった。
 心身共に周囲からの影響を大きく受け易い、精細な心を育む多感な時期である筈なのだ。
 これが赤の他人との闘争であったならどれだけ気が楽だったろうか。


 この〝大喧嘩〟を終えた時……二人の心に残った傷痕が、どれ程に少女を苦しめる要因となるか。
 そんな事を危惧する余裕さえ与えない。
 サバイバーというスタンドが齎す───何よりも恐ろしく、残酷な本質であった。

676Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:24:54 ID:nr6s2DUA0

「さっきから聞いてれば、随分と自分勝手な理屈じゃない」

 数を数えるのも馬鹿げた殴打を喰らい、尚も霊夢は立ち上がる。
 その見て呉れは健常者のそれ。受けた拳の数とはどう考えても釣り合わないコンディションが、逆に魔理沙を追い詰める。
 怪我人であった筈だ。幾ら限界以上に肉体を酷使させるサバイバーでも限度というものがある。送り込まれる石炭燃料を蒸かし、心臓というボイラー室で蒸気エネルギーを生む。結果、肉体を暴走させる蒸気機関車を無秩序に作り出すのが、サバイバーの性質である。
 この暴走機関のそもそもの燃料である石炭は無限ではない。人が身体を動かすには、生命活動に必要な運動能力を消費する。つまり体力なのだが、ここにはサバイバーではどうしても賄えない部分が出てくる。
 大きく体力を失っていた筈の霊夢が、こうして魔理沙と互角以上に渡り合っている。この事実は、二人の間に亀裂を生んでいた〝差〟を更に引き離す因となった。


「アンタは、さぁ」


 鼻血を袖口で拭き取りながら、霊夢が立ち塞がる。
 激しい高揚感の裏で魔理沙は、自分を友達だと言ってくれた目の前の少女へと畏怖すら感じ始めた。


「結局、私をどうしたいのよ」


 決まっている。
 初めてコイツと出会った時から……だったろうか。もう、覚えちゃいなかった。
 でも、それくらい昔から必死だったように思う。


 霧雨魔理沙は、博麗霊夢を。

 殺───

 こ、


「───っ ……こっ、こ……ッ!

 こ、んな……ふざけた話があるかよ……っ!」


 頭にかかった黒いモヤを、力ずくで吹き飛ばすように。
 言葉を捲し立て、取り繕う。
 嘘でも本音でも、なんだって良かった。
 霊夢の冷たい視線を受け流せるならば、自己から目を背けて壁を作れば良かった。
 どうせ目の前の女の眼には、自分の存在なんて微塵も映っていない。
 魔理沙の姿の、もっと遠く。
 もはや手の届かない場所に行ってしまった存在を、焦がれるように見つめている。

 そんな霊夢を見たくないが為に、魔理沙は躍起になる。なるしかなかった。
 お誂え向きに、今では〝暴力〟を盾にして訴えかけられる理由を得たのだから。

 言葉は留まることを知らずに、止めどなく溢れ始める。

「こんなふざけた話があるかッ! お前、私、わたしが……今までどんな気持ちでお前の背中に追い付こうと努力してきたか……ッ」
「知ってるわ」
「死ぬほど頑張った!! 憧れていた『魔法使い』にもなれた!! 代わりに『家族』を捨ててまでだッ!!」
「それも知ってる」
「後悔なんかしてないッ! ずっとお前に並びたかったんだッ!! それなのに……それ、なのによ……!」
「それなのに、私はアンタを眼中にも入れてない。だから怒ってる……って?」
「それだけならまだマシだ! 結局、それは私の力不足って事でまだ納得できる……ッ!」
「……ジョジョの事を言ってるなら」
「そうだよ!! なんだよ、それ!! そんなぽっと出の男が、私の目標を全部かっ攫いやがって!! 納得できるわけ、ないだろ!! ふざけんな!!」
「でも死んだわよ。アイツなら」
「だから怒ってんだよ!! 徐倫と三人で弔いまでしてやったろ! お前だって割り切ってたんじゃないのかよ! 死んだジョジョの意志を継いで、さあ今から反撃開始だって、足並み揃えようとしてたんじゃねえのかよ!?
 私はあん時、結構感動してたんだ! 〝あの〟霊夢が、仲間作って異変に立ち向かおうって姿勢見せるなんて! お前、異変の時は大体いつも独りで飛んでっちゃうからさあ! ああ、コイツにもこんな面があったんだなって、お前をいつもより近くに感じられて、私は少し嬉しかったよ正直!
 それが何だよ!? 全然受け入れられてないじゃんかよ!? 何がジョジョだっ!! 現実見ろ!! お前はそのジョジョに負けて! ずっとそこで立ち止まって! 前にすら踏み出せない弱虫だろ!! そんなの、ちっとも霊夢らしくねぇ!! どうしちまったんだよお前!!」

677Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:25:39 ID:nr6s2DUA0
 拳の代わりに投げつけたのは、言葉だった。
 霊夢の全てが憎いと、負の感情を全開に顕にした。
 後半は殆ど息が持たず、叫び通した後には動悸が止まなくなっていた。
 醜い、ドロドロとした一過性の感情に過ぎないという自覚は、興奮状態における魔理沙の〝ライン〟を一歩、割らせた。今までおくびにも出さなかった本心が、タガが外れたように心の蓋から溢れ出て。

 己が空条承太郎に嫉妬しているのだと、大声で知らしめた。

 どれだけ腕を伸ばしても届かなかった〝そこ〟に、いつの間にか知らない男が我が物顔で居座っている。それを思うと、湧き上がるドス黒い感情は殺気にすら昇華し。今では言葉のナイフで相手を滅多刺しにしている。

 違う。当人の霊夢はこれ程までの感情をぶつけられて尚。
 取り澄ました顔で、魔理沙の主張をただ耳に入れている。
 刃物である筈の言葉は、霊夢の心に傷一つ入れられない。
 やっぱり自分では、霊夢の心を揺さぶることも出来ない。

 今まで幾度も味わってきた敗北感の様な何かが、此処でもまた魔理沙の心を苦しめる。
 震え上がるような戦慄がついに闘争心を上回り、未熟な少女の足を一歩だけ退かせた。


 全てを聞き遂げた霊夢は、依然として冷めた顔のまま言い放つ。
 気圧された魔理沙へと、追い討ちを掛けるように。


「まあ、色々言いたい事はあるんだけど……とりあえずさぁ」


 クシャクシャと頭を掻きながら、一度の溜息と共に霊夢は。
 恐るべき速度の足取りで魔理沙の間合いに詰め寄り、隙だらけだったその頬をブン殴った。



「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」



 血染めの雪上に、更なる鮮血が重ねられた。


            ◆

678Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:26:28 ID:nr6s2DUA0

 ……で、今度は遥々この『香霖堂』にまでお邪魔して暇潰しってわけか。

 ───っ!

 私からすれば天狗の新聞なんてのは暇人集団の道楽にしか見えんがな。長命ってのも一長一短で考えものだぜ。

 あーウソウソ冗談だぜ冗談。だからペンを刺してくるな、それめっちゃ痛いんだからな。
 それで、ウチの怠けた店主に何の用だ? 残念ながら香霖は今出掛けてるぜ。

 え、私? ヤダよ、面倒臭い。
 霊夢に言われたって? あのヤロ、適当に面倒押し付けやがって……。

 ───?

 霊夢の弱点〜? そんなモン、私が知りたいくらいだぜ。今度あそこの賽銭箱を破壊してみたらどうだ? きっと鬼のように怒り狂って、その羽全部毟られるだろうよ。

 弾幕ごっこだぁ? ンなもん訊いてどうすんだよ?
 あー負けたよボロ負け。本日もコテンパンだった。腹いせに棚の奥に仕舞ってた煎餅、全部食ってやったぜ。

 ───。

 だから知らねーよ、霊夢の強さの秘密なんて。
 特に修行なんかしてる様子無いっぽいし、本当に人間なんかね。実は大妖の血を継いでるとかじゃねーのか?
 お前、鬼と仲良いんだっけ? 今度知り合いの鬼たちに聞き回ってみろよ。その昔、幼い娘を橋の下とかに捨てませんでしたか、ってさ。

 ───!

 そもそもお前だって随分強いはずだろ? 頑張りゃ勝てるんじゃねーの? アイツに。

 ───。

 あー、スペルカード・ルールなあ。
 まっ。お前さんら妖怪様にとっちゃあ不服も多いかもしれん体裁だわな。

 ん? そうなんか?
 天狗ってプライド高い奴らばっかだからそんな印象あんま無いけどな。
 何にせよ、スペカルールなら霊夢は最強クラスだろ。今んとこ勝てる気しねー。

 ───。

 ……霊夢から聞いたのか?
 あん時はまあ、勝ちは勝ちかもしれんが。
 どうにもルールに助けられたって感じが強かったしなあ。勝ったとはとても言えないぜ。いつかは絶対勝つけどな。

 ───?

 一番厄介なの? んー、夢想天生とか色々あるがなあ。アレは相当インチキ技だが。
 なんだろうな。それ抜きにしても、マジで当たらないんだよ、こっちの弾幕が。お前も体感しただろ?
 見てから避けてる訳じゃないね。天性の勘とやらが、避けるべき方向をアイツの頭ン中で囁いてるんじゃないかと思うね。それくらい当たらん。
 私は結構理屈で弾幕張ったり避けたりする方だと思ってるんだが霊夢は逆だ。完全に感性で弾を避けてる。
 踊るみたいにスイスイと弾避けして、自分の弾だけはサラッと当ててきやがる。そんで気が付けば毎回こっちだけがボロボロになってるんだな。

 要はアイツの強さってのは、経験に裏付けされた『勘』って事になるのかね。釈然としないけど。
 その半分でもいいから私にくれないかなー。賽銭でも放れば喜んで差し出してくれそうなもんだが。

679Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:27:39 ID:nr6s2DUA0

 ───。

 ライバル……そうだな、色んな意味でライバルだ。
 私にとっちゃあアイツは『特別』なんだよ。
 『普通』の魔法使いが『特別』に勝つ。まるで王道ストーリーの主人公だな。

 ───。

 異変解決で? いや、あんま記憶には無いな。少なくとも霊夢の方から声を掛けられた試しはない。
 霊夢は基本、異変解決には一人で向かう。で、大概の場合、私も独自に解決に出掛ける。その途中でアイツと鉢会うってのはよくあるな。
 その度に私は一緒に行こうぜって誘ったりもしてんだぜ。

 ───?

 誘えば断らないんだよな、アイツは。まあどっちかっていうと、私が勝手について行ってる形ではあるが。
 でもって、途中には邪魔してくる奴らや黒幕なんかが立ち塞がるわけだ。妖怪とか神とか。お前もそうだったろ?
 スペカのルールってのは基本一対一だ。当然、私か霊夢のどっちが闘うって話になるよな。ジャンケンの時も多いけど。
 で、霊夢が出陣の時は私も後ろで観戦してる。客観側へ回った時にしか気付けないポイントってあるだろ?
 まずはアイツの異様な被弾数の少なさだ。さっきも言ったが、弾が全然当たってない。死角から撃とうが、四角に撃とうが三角に撃とうが、全部読み切って回避してる。それも最小限の動きでな。

 ───。

 そういうのは天狗とかの方が詳しいんじゃないのか? 目が良いだろお前ら。知らんけど。

 他には……表情かな。
 霊夢ってさ、結構喜怒哀楽激しい奴だろ? 特に怒の比重が偏ってるような気もするが……日常のアイツは怒ったり、笑ったり、哀しんだり、泣いたり……は無いか。まあ色々忙しない顔面だ。
 でも異変解決モードになってる時のアイツは、そりゃもう容赦も慈悲も無いんだぜ。
 なんだろ、私は毎回ウキウキしながら異変解決やってる節はあるんだが、アイツは真逆でな。作業だよ作業。弾幕ごっこ中のアイツの顔は平坦としてて無変無感動無表情の三拍子さ。
 普通、見たこともないような大量の弾幕とか避け切れない密度の弾幕を目の当たりにしたら、緊張したりするだろ?
 アイツはしないんだよ、緊張。アイツが緊張する時なんて、月終わりに賽銭箱の中身を確認する時ぐらいだぜ。息切れしてるとこすらとんと見た事が無い。

 ───。

 プレッシャー知らずなのは能力というよりも性質っつった方が近いかもな。淡々と弾幕張ってるアイツの顔見て、逆にこっちが緊張するぐらいだ。
 肩の力を抜き過ぎてるというか、勝負ってのはもっとこう……ぶつけ合いだろ? 技とか力とかもそうだが、気持ちというかさ。勝ちたい!って感情が勝利を呼ぶと思うんだ。

 ───。

 うるせーよ。
 ま、色んな意味でアイツは『普通』じゃないな。だからこそ私としても燃えるんだが。

 ───。

 あ〜。そんな風に言われるとアレなんだが。照れちゃうぜ。

 でも、結局の所……よく分からんってのが本音だ。霊夢とは腐れ縁だが、未だに理解不能な所が多すぎる。
 こんくらいの方が丁度いいのかもしれんな、友達なんて関係は。もっとも、私にとっちゃあただの友達ってモンでもないが。

 ───。

 アイツが私のことどう思ってるか、ねえ。
 そういうのはホラ、口に出すもんじゃないと思うぜ。特にパパラッチ天狗のお前相手には。

 ───!

 ああ。いつかはな。
 いつか、絶対に勝ってみせるぜ。

 おーそうだ。そん時はお前もカメラ持って観戦しに来いよ。
 博麗霊夢を弾幕ごっこで初めて悔しがらせた美少女魔法使い・霧雨魔理沙の特集記事だな。

 あ、今の霊夢には言うなよ。
 オフレコで頼むぜ、文。


            ◆

680Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:28:54 ID:nr6s2DUA0
 長きに渡って良好な関係を続けてきた友人の、慟哭のような本音を受け入れた博麗霊夢がまず初めに思ったことは。


(ああ。やっぱりコイツ、私のことを全然理解してないのね)


 で、あった。

 魔理沙にとってはひどく残酷な懐抱を浮かべた霊夢は、目の前の友人に落胆と───それ以上の怒りを覚えた。
 魔理沙の言う霊夢への認識とは、何から何まで的外れだ。すれ違いだと一言に済ませるには、二人が付き合ってきた年月はほんの少し……長かった。

 魔理沙は、霊夢という人間をまるで分かっていない。
 具体的に何処をどう誤認しているのかを一々指摘し、正そうとするのも癪だ。そういった事柄は口に出して言うものではなく、本人同士の更なる関係の発展上において自然と悟っていくものが〝本来〟だと思ったからだ。

 時間が解決する問題。
 〝本来〟ならばそうである。
 しかし今という状況において、その本来を霊夢は望もうと思わない。
 口を噤むばかりでは、この関係性は永遠に不変のままでしかない。
 だから、暴力に頼った。
 友人関係に不和をもたらす筈であるその行為に、不思議と抵抗は覚えなかった。


「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」


 これまでで最も無慈悲と化した暴力が、魔理沙を抉った。
 凍り付くような視線と共に振り抜かれた巫女の拳が、幾度目かも分からない殴打を受けてきた魔理沙の頬をまた穿つ。
 実際の所、いま霊夢が語った言葉に深い意味は込められていない。魔理沙が承太郎をジョジョと呼ぶことについては、癪には感じるが怒りを覚える内容でもないのだ。

 理由など、必要ないと思った。
 ただ、心にぽっかり空いたスキマを埋められるのなら。
 そしてそれが、目の前で勝手に憤る無理解な友人を陥れることで慰められるのなら。
 殴ればいい。身を任せればいい。
 元より霊夢は、自然体に身を任せることを恒常とする者なのだから。

 しかし、理由と呼べるような気持ちはやっぱりあって。
 口に出す必要こそ無いけども、ただ激情に身を任せるのであれば魔理沙を狙い撃ちにする必要だってない。

 結局、魔理沙にとって霊夢は『特別』な人間らしい。
 魔理沙だけでなく、他の皆にとっても。
 それこそ、この幻想郷にとっても霊夢は何より特別を意味している。
 そしてそれは、きっと事実だ。
 誰が決めたのかは知らないが、博麗霊夢とはそういう運命を背負って生まれたのだろう。

「……ふざけやがって」

 思いの外、汚い言葉となって吐露された霊夢の台詞を、ボロボロで立ち上がった魔理沙は聞き入れた。
 短く、力無く呟かれたその罵倒には、霊夢の数少ない本音が漏れたものだと悟った。

「……は。ちょっと見ない間に……随分と、ご執心だな。その〝ジョジョ〟に」

 霊夢の呟きは、本人の意図しない形で魔理沙に伝わる。
 アンタに言ったんじゃないわよ、と。そう弁解する気さえ起きない。魔理沙のあからさまな挑発にも、軽々乗ってやったりはしない。


 代わりに、別の口実を与えてやることにした。
 お互い、自分を正当化させる為の口実。
 お互い、相手を否定してやる為の口実。

681Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:30:04 ID:nr6s2DUA0

「アンタは博麗霊夢を『特別』に思ってる。だから、私に並びたい。そういう事よね」
「前半は否定しないぜ。だが欲を言うなら、後半はちょっと違う。どうせなら霊夢の前まで抜き去りたいもんだな。こりゃ流石に自惚れか?」
「どっちだっていいわ。じゃあ丁度いい機会じゃない。
 ───今、ここで。私に追い付いてみなさい」
「あ?」
「私に勝てば、アンタは私を『特別』には思わなくなる。普通の魔法使いを自称するアンタが『特別』に勝っちゃえば……私はもう『特別』とは言えない。〝楽園の普通な巫女〟爆誕ね」
「それはお前を、殴り倒して進め……って意味か?」

 不敵に笑う魔理沙を、否定するようにして。
 霊夢は〝いつもみたいに〟構えた。
 友人の血痕に塗れた両の手で、二枚ずつの札を取り出す。


「当然───」


 たかだか〝喧嘩〟にこの決闘法を宛てがうのは、創案者でもある霊夢からすれば不本意ではある。
 しかし、ここが幻想郷の形を取った箱庭であるならば。
 二人の『決着』には、やはりこのルールが相応しい。


「弾幕ごっこよ」


 初めから、これで無ければ意味が無かったのだ。
 美しくもなんともない、ただの粗末な暴力でコイツを平伏させても……意味が無い。


「待ってたぜ───その言葉」


 トレードマークを被り直す友人の顔が、少しだけ。
 いつものあの、燃えるような表情に戻っている気がした。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

682Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:31:16 ID:nr6s2DUA0
『ジョセフ・ジョースター』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


「…………で、アンタはあたしになんか言うことないわけ?」
「痛ッ〜〜……! さ、先に殴ってきたのはオメーの方だよなァ……!?」
「あんなドえらいDISCを取り出したのはアンタでしょ」
「あーそうかいそうだともよ。全部オレが悪ぅござんしたよ……! スイマセンデシター」


 ひと組の男女が雪の上に大の字となっていた。顔面という顔面をアザに覆われた、見るも無惨なジョセフと徐倫の姿だ。
 二人の仲は良好などとはとても言えないが、少なくとも先程までのような一触即発な雰囲気は既に霧散している。
 ジョセフの波紋が徐倫を正気に戻したのだ。その犠牲にジョセフは顔面と、徐倫は身体の麻痺を引き換えとした。サバイバーが巻き起こす終末を考えれば、随分と安い買い物だ。
 節々の痛みを耐え忍びながらジョセフは何とか体を起こす。次いで行うのは波紋による治療だ。当然のように彼はそこに転がる女性ではなく、まずは自身の回復を優先した。

「ちょっと……こういうのって普通、女であるアタシをまず労わらない?」
「回復したお前さんが唐突に立ち上がって『さあ第2ラウンドだ!』なんて叫ばない保証があるんなら、先に治療してやるぜ」
「アタシはもう正気だっつーの!」

 首のみを回し、勝手で無軌道な男へと自身の怒りを露わにする徐倫。彼女の言う通り、サバイバーによって伝播された狂気の電気信号は、既に二人の体内には残っていない。
 徐倫は波紋のカットによって。そしてジョセフは元々影響が少なかった。この傍迷惑な能力は、基本的には時間経過による自然消滅でやり過ごすしかないというのが徐倫の語った体験談。ジョセフが波紋使いでなければ、事態はもっと深刻だったろう。

「つまりはオレが功労者ってワケよ。感謝されこそすれ、オレが謝る道理なんて」
「あるでしょ」
「……あるがよ。まあ、終わったオレ達についてはもういいさ。問題は───」

 痛みに暮れるジョセフが、果樹園林の方向を振り向く。霊夢と魔理沙は戦いの最中、あの林へとフィールドを変えた。
 サバイバーの影響が少なかったジョセフでさえ、たった今まで闘争を続行していたのだ。ならばあの二人は、今なおあの中で殺し合っている可能性が高かった。
 それに肝心要のジョナサンを確保に向かわせたてゐ達も心配だ。被害の深刻・拡大化を防げる人材が彼女らしか残っていなかった為、止むを得ず向かわせたが……。

(クソ……! どっちも切実だぜ、オレのせいで!)

 心中でジョセフは、事態の鎮静が毛ほども進んでいない現状を悔やむ。急を要するのはどちらかと言えば霊夢たちの方角だ。

「徐倫……まだ動けねーのか? 早いとこアイツら何とかしてやらねーとヤバいぜ」
「マダ ウゴケネーノカ?じゃないだろ……。この、ハモン?っての、もうちょっと手加減出来なかったの? 全然動かねーぞ」
「うるせーな仕方ねーだろ。オメー、本気で殴り掛かってくんだからよ」

 迎え撃つ側のジョセフが、鬼気迫る徐倫の暴走に臆したのは仕方ないことだと言える。
 何にせよ、彼女の波紋が抜け切るのはもう少し掛かりそうだ。自分の怪我だって決して軽いもの ではない。

 もどかしい気分だった。焦慮がジョセフの心を覆い始める。
 虫の知らせ、という感覚かもしれない。
 嫌な予感がした。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

683Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:31:51 ID:nr6s2DUA0
『F・F』
【夕方】C-5 魔法の森


 空条承太郎が死んだ。
 博麗霊夢だけは、絶対に護らなければ。

 脳裏を反芻するのは、さっきからこの二つだけ。

 時間を……5秒。

 6秒…………。

 7秒……………………。



 『9秒』もの時間を、止めていられた。



 F・Fを襲う焦燥が、時間操作の枷を圧倒的な速度で外しに掛かっていた。
 その事実は〝F・F〟と〝十六夜咲夜〟の肉体が、段々と合致に近付いてゆく証明であった。
 肉体に燻っていた〝十六夜咲夜〟の意識が、少しずつF・Fの意思に重なっていくのを感じる。

 だが、まだまだ。
 こんなものでは、まだ足りない。
 〝十六夜咲夜〟はもっと、凄まじい時間の中を動けていた筈だ。

 こんな、少ない時間では、まだ。
 霊夢を……護れやしない。
 霊夢の敵を……排除など出来ない。



   ピシ

        ピシ…



 時空間の壁に、亀裂が入る音がした。
 暴走の如き時間停止の乱用。原因は、それだった。
 時を止めては、動かし。
 また止めては、すぐに始動。
 さっきからF・Fは、全力疾走しながらこんな無茶を続けている。
 停止時間の増加という、破格の性能を得た犠牲とは……予測不能の現象だった。

 時間が壊れ始めている。
 あるいは、壊れ始めているのは自身の胸の内にある時間か。

 関係ない。
 霊夢はきっと、すぐ近くにいる。
 護らなければ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

684Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:34:54 ID:nr6s2DUA0


『───ジョジョは私に勝ったのよ』



 なんの感慨もなさげに。
 ただつらつらと、事実を述べるようにして。
 あの時、霊夢は憤る徐倫へと語った。
 それは確かに、傍から聞いていた魔理沙へ驚愕をもたらす内容だった。

 博麗霊夢が敗北した。その一報を初めに見聞きしたのは確か、人里での花果子念報の記事だったか。
 紅魔館から運ばれた霊夢と承太郎の重体が視界に入り、魔理沙の心には大きな動揺と困惑が芽生えた。
 しかしそれ以上に、〝ジョジョは私に勝った〟と語る友人の表情に、魔理沙はこれまでにない違和感を覚えた。敗北した事実そのものよりも、その事を宣言する霊夢自体に違和感を。

(あの時……霊夢は一体、どんな気持ちで娘の徐倫にそれを伝えたんだろうな)

 驚く程に冴え切った頭の中で、魔理沙は一人生き残ってしまった友人へと思いを馳せる。
 その狭間である今、こんなにも冷静でいられるなんてのは、心中の不満をブチ撒けてやった後遺症に過ぎないからだ。オーガズムの直後に陥る虚ろな期間が、魔理沙を淀みなく〝闘いの準備〟へと移行させていた。
 今ならば、待ったをかけるには遅くない。眼前にて構える霊夢へとこの不毛なぶつかり合いの無意味さを説けば、彼女ならばあっさり承認の後にこれまでの失言失態を忘れてくれる確信がある。何だかんだで霊夢が魔理沙を袖にする事は無いのかもしれない。
 だがそれは魔理沙のプライドが許すものでは無い。闘う前から降伏宣言に等しい理屈を言い聞かせるなんて御免だし、そもそもこれから始まる決闘が無意味なものだとは魔理沙には思えなかった。無駄を美徳とする決闘法だというのに、ちゃんちゃらおかしい矛盾である。
 内に仕込まれた〝闘争本能への刺激〟は、完全に収縮した訳では無い。一時的に隅へ置いているだけであり、ひとたびゴングが鳴れば爆発的に暴走を再開する予感すらあった。


 スッキリさせよう。良い機会だ。
 互いへと溜まった鬱憤は、清めればいい。
 頭から被る清水が無いのなら、血で構わない。

685Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:35:35 ID:nr6s2DUA0
「決闘前のこの緊張感って良いよな。否が応でも血が騒ぐ……って奴だ」

「緊張ねえ。アンタはそれで弾が見えたりするの?」

「おっと。お前には縁のないステータス異常だったな。緊張とボルテージは比例するパラメータだぜ」

「そもそも魔理沙は〝スペルカード・ルール〟を誤解してる。これはアンタの思うような娯楽スポーツなんかじゃない」

「まるでお前がルールを考えたような物言いだな」

「私が考えたんだけど」

「あれ、そうだっけ? まあどうでもいいぜ。でも弾幕ごっこが〝遊び〟なのは同じだろ?」

「遊びも度を越すと、遊びではなくなる。この決闘法はあくまで、幻想郷に不和をもたらす脅威を平坦に落とし込む為の施策なのよ」

「私が霊夢と弾幕ごっこで遊ぶのに、そんな建前は関係ないじゃないか」

「アンタの場合、そろそろ度を越しているって話よ。弾幕ごっこに勝ち負けはさして重要ではない。魔理沙ってば、昔から結果にこだわり過ぎだわ」

「まるで自分はそうじゃないとでも言いたげな物言いだな」

「…………どういう意味よ」

「『勝負』にこだわってんのは、お前の方じゃないのか? そう言ったんだぜ」

「私が? アンタとの勝負に? 馬鹿も休み休み……」

「違うだろ。お前が『勝負』したがってんのは、私じゃないだろ」

「…………っ!」

「お前言ってたよな。『約束』をしてたって。あの主催二人を倒した後に、また戦うって『約束』を」

「……さい」

「でも死んじまった。これじゃあ『約束』は果たせない。仕方ないから主催をとっちめることで、勝負に勝った事としよう。これがお前の───」

「うるさい……っ」

「───お前の求めていた、ジョジョとの『勝負』だ。お前自身が言っていた事だぜ。
 さて。『勝負』にこだわってんのは、一体どっちなんだろうな?」

「うるさいッ!!! それとこれとは関係ない!!」

「お。やっと私の言葉に揺れ動いてくれたみたいだな。頑張った甲斐があるってもんだ」

「アンタなんかに!! アンタに……私の何が理解出来るってのよ!!?」

「それをこれから理解するところさ。そして、お前が私を理解するのもこれからになる」

「ワケ、分かんないこと、言ってんじゃ……」

「ワケ分かんないってのは、やっぱり私を理解出来てないって意味と同義だぜ。これで互いに条件は同じだな」

「もう、いいわ。口で言って分かんないなら、力ずくで分からせる。今までもずっと、私はそうやってあらゆる異変を鎮めてきた。
 言っとくけど……当たり所が悪くて死んだなら、ルール上では死んだ奴の負けよ」

「分かりやすくて好きだぜ。……ああ、そうだともよ。『勝負』にこだわるってのは、そういう事なんだ。
 ───霊夢」

「耳障りだから、文句言うんなら〝死んだ後〟にお願いするわ。
 ───魔理沙」


 弾幕ごっこ開催のゴングは、いつだって会話の終点からだった。
 無意味な言葉遊び。世界一美しい決闘を飾るのは、こんなにも洒落の効いた世界観の下だからこそ。

 この決闘が、美しい終わりで幕を引くとは限らなくとも。
 もはや二人に後は退けなかった。ここで退いたら、大切なモノを喪う予感が胸中に渦巻いていた。

686Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:36:44 ID:nr6s2DUA0


「今日こそ私の持論を証明してやるよ」


 揚々と懐から『それ』を取り出した魔理沙のその腕が震えているのは、緊張や負傷のせいだけではないだろう。


「弾幕ってのは、やっぱ──────」


 いつもの弾幕ごっこであり。
 いつもの弾幕ごっこではない。
 取り出されるミニ八卦炉に込められた魔力の膨大さは、いつもの〝遊び〟の比では無かった。


「パワーーーーーーだぜェェえええ!!!!」


 少女の最も得意とするこのスペルに、躊躇の様子が微塵も感じられないのは。
 外部から促された殺意や狂気……その増幅が、本来のスペルカード・ルールに引かれた予防線を容易く割らせたからであった。

「……! いきなり大技じゃない。相変わらずスマートに欠けるわね」

 先手を許した霊夢の目前一杯に広がるは、飽きるほど見てきた友人の代名詞マスタースパークの光条だ。この規模の弾幕を見るのは、この土地だと『二度目』だろうか。

 一度目は、そう───。

(ジョジョの奴に、撃たれたんだっけ……)

 少女にとっては苦い敗北の記憶。アヌビス神を携え斬り掛かる博麗霊夢へと、あの容赦ない男は支給されたミニ八卦炉でもって擬似マスタースパークを放ってきたのだ。
 その折は『夢想天生』で(霊夢だけは)事なきを得たが、今回の『本家マスタースパーク』は流石に威力が目に見えて違った。
 いや、承太郎の放ったソレも本家との見劣りは無かったように霊夢には思えた。だが〝今回〟はどうも勝手が違ったらしい。

「死っねぇぇえええーーーーーー霊夢ゥゥううううーーーーーーーーーッ!!!!」
「ちっ……! あの馬鹿、完全に殺す気ね!」

 見慣れた筈の青白い極太光線。コレに対し霊夢が二の足を踏んだ理由は、見慣れていたが故である。
 完全に範囲と間合いを掌握していたと思い込んでいた巨大ビームは、いつもより一回り〝デカかった〟。想定とズレた超レンジから察せられる魔理沙の意図など、殺傷目的以外には無い。

 スペルカード・ルールとはそもそも、基本的に意図的な殺傷は禁止されている。弾幕の威力や量を調整し、可能な限りは〝ごっこ遊び〟の範囲に収めるのが目的である。
 主に力の強い大妖や神クラスに重く強いられるルールであり、その恩恵を受けるのは弱き側……すなわち人間である魔理沙のような者達だった。
 とはいえ、である。霧雨魔理沙の弾幕は火力に比重を置いている為、こと『殺傷力』という点では〝ルール〟 に触れない程度の調整は普段から成されていた。
 今回は、それに気を遣う必要など無かった。弾幕ごっこという名目ではあったが、殺生禁止ルールなどあってないようなものだ。加えて、サバイバーの性質が弾幕の威力向上に一役買っている。

 ブレーキを取っ払われた暴走トラックを前にして、霊夢は一の手である正面回避の択を直ちに棄てた。
 マトモに避けようとしたのではギリギリ被弾する。その崖際を狙って魔理沙はミニ八卦炉に魔力という名の薪を焚べ、範囲を広げたのだ。
 表択を棄てた霊夢は、即座に裏択───二の手を選び切った。空も飛べやしない現状では、いつもは空にて舞う弾幕ごっこも、地上での純粋な身体能力に依存せねばならない。

 その命綱である身体能力を、ここは敢えて棄てる。
 霊夢の二の手は『亜空穴』。空間の結界に忍び込み、零時間移動を可能にする技……いわゆるワープだ。果樹園にそびえ立つ木々をまとめて焼き尽くしていくマスタースパークの照準から姿を消し、彼女は容易に魔理沙の頭上を取った。
 魔理沙は元々勇み足の者だ。それが弾幕ごっこにしろ日常の中にしろ、我先にと一等を目指す真っ直ぐな性格は、美点ではあったが闘いの中では減点である。
 敢えて先攻を取らせてやったに過ぎない。マイペースな性格の霊夢という事でもあるが、両者のスタイルの差は〝後の先を取る〟という形で、霊夢が第一ターンを制した。

687Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:38:00 ID:nr6s2DUA0

「誰に向かって『死ね』だなんて言えたわけ?」
「げっ……!?」

 大技を放ち、隙だらけのまま硬直していた魔理沙の頭上に結界を繋げた霊夢は、そこからお祓い棒を振り抜く。
 本日二度目の爆撃。魔理沙の魔女帽と、その〝下〟諸共吹き飛ばしかねないスイングだ。これは弾幕ごっこだが、得物を使用しての打撃はなんら反則とはならない。

「ん!? この手応え……!」

 強靭なお祓い棒から伝わる感触に、違和感。
 昏倒させる勢いで殴ったつもりだが、この攻撃は『防御』されたのだと分かる感触と音が、霊夢の更なる追撃を急遽中断させた。
 こちらに背を向けたままの魔理沙が、ニヤリと笑った気がした。彼女の冠に乗せた魔女帽……その〝下〟から、数多の蠢く生物が顔を出していた。お祓い棒のスイングをミットも無しに止めたのは、コイツらだった。

「掛かったな……『ハーヴェスト』!」
「……気持ち悪! 何、コイツら!」

 ハーヴェストと宣誓を受けて飛び出したこれらの生物は、DISCを経て獲得した魔理沙のスタンドである。彼女が帽子やスカートの下にマジックアイテムを収納する癖がある事は霊夢とて知ってはいたが、ペットの飼育も行っていた事実は初耳だった。

「悪ィな霊夢! 新手のスタンド使い、霧雨魔理沙だぜッ」
「『スタンド』……! 話に聞いたDISCって奴か」

 魔理沙がDISC経由でスタンド使いとなっていた背景など霊夢は聞いていない。つまり意図して隠されていたわけだ。彼女らしい秘中の秘であった。

「次からルールに『スタンドの使用は禁ずる』って記しとこうかしら」
「悪いが、コイツらも立派な弾幕なんだぜ。そして残念だが、お前に『次』は無い!!」

 帽子の中から、スキマ妖怪よろしく恐るべき数の小型スタンドが、ワラワラと増殖しては霊夢へと突進を開始する。三桁には達する数だろうか。
 一匹一匹の被弾は大したことも無さそうだ。しかしスタンドが生み得る能力の可能性を考えた時、迂闊な接触は回避すべきだという結論が百戦錬磨の脳裏を過ぎる。
 幸いなのは、コイツらには速度と弾幕のような対空性能が不足している点だ。物量で被せてこようが、全て躱すのに難儀な技術は要らない。

「呆れたわね魔理沙! こんなモンがアンタの『努力の結晶』ってワケ!? この調子じゃあ100年経っても私には追い付けないわよ!」
「うるせえ! いつまでも上から見下ろしてんじゃないぜ!!」
「あら? 負けて落っこちたヤツを上から見下ろす口実を得るのが『弾幕ごっこ』だって、知らなかったかしら!?」
「今日は随分と御託が多いじゃないか! イラついてるせいか!?」
「アンタのおかげでイラついてるのよねえ!?」
「そりゃホントに私のせいか!? 無関係な人様のせいにするのはお前の得意分野だからな!」
「……っ 減らず口をッ!」
「私の口は増える一方だぜ! スペルカードは黙らされたヤツが負けのルールだッ!」

 高々と張り叫んだ魔理沙は、次に高々と飛翔した。
 弾幕ごっこを嗜む少女らの多くが飛行能力を有しており、霊夢と魔理沙も例外では無い。魔理沙は魔法使いらしく箒での飛行を好み、霊夢は持ち前の能力で飛翔していたが、このゲームにおいては飛行制限が掛けられている。
 だがどうやら、魔理沙の支給品には当たりが紛れていたらしい。箒にまたがり空を飛ぶ彼女は、制空圏というアドバンテージを得た。

「誰の前で、飛んでんのよ……っ」

 地をうねるハーヴェストの軍勢を身軽なステップで避けながら上を仰ぎ、霊夢は毒づくように舌を打った。
 博麗霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』は、現在使用不可能とされている。勿論、制限という名目で主催から奪われた結果だった。

 自分は、空を飛べない。
 この能力は単純に空に浮く、というだけでなく。
 この世のあらゆる重力や圧からも無重力とされる、自身の『自由』を意味する性質であった。

 『十六夜咲夜』の命を奪ってしまったという罪の意識は、彼女の精神から『自由』を奪った。もう、以前のように自由そのものとはいかないかもしれない。
 単なる主催からの制限だけでなく、霊夢は自身の犯した罪により枷を嵌められた。この上なく惨めな意識が、生涯自分にまとわりつくのだと覚悟した。

 魔理沙(アイツ)は違う。
 彼女は、自分自身の力で空を翔ぶ資格を所持していた。箒を使っているのも、道具の力に頼るのではなく単なる嗜好の問題だ。
 だってアイツはきっと、自信家だから。
 自分の力を信じ、研磨し、これからの未来も己の努力を変に誇示することなく、強くなっていくに違いない。

 だから、魔理沙は空を翔べる。

 私は翔べない。
 アイツは翔べる。

 私だけが翔べない。
 アイツだけが翔べる。

 魔理沙には、私の気持ちなんて理解出来ない。
 私も、アイツの気持ちを理解する必要は無い。

688Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:38:35 ID:nr6s2DUA0



(だったら───殺せばいい)



 此処がピークだった。
 不慮の事故により侵入を許してしまった、殺意と憎悪を煮え滾らせる罠。
 これによる波長の最大点が、今この瞬間。
 霊夢の脳髄を、無尽蔵に占領した。

 生存者(Survivor)は、一人で事足りると。
 だったら、殺せばいいと。
 重力に敗北した少女の耳元で、囁いた。


 霊夢は、その囁きを───した。


「私の上を…………」


 地上からはハーヴェスト軍の自動追尾弾。
 空中からは魔法使いの自機狙い星弾空爆。

 幾度も避けてきた、見た目ばかりの流星群だ。
 霊夢がこれを攻略するのに、時間は要らない。


「───翔んでんじゃないわよ!!」


 刮目し、自らの血痕で作り上げた札を地に設置。
 常置陣の札である。この地雷を踏むことで、対象者は大きく跳ね上がるという性質の罠だ。
 かつて十六夜咲夜に対抗する術の一つとして、霊夢が放ったものでもあった。

「おいおいマジか」

 冷や汗を垂らす魔理沙の頭に、影が被る。
 霊夢の跳躍ではまず届かないであろう高所からの攻撃だった筈だ。敵は悠々と、空地から挟み込む弾幕を器用に抜けて飛んで来たと言うのだから、魔理沙の反応は一瞬遅れをきたす事となる。

 常置陣で跳躍すると言っても、その軌道は直線とならざるを得ない。馬鹿一直線に空中へ飛んだのでは、魔理沙の星弾の餌食なのは目に見えていた。
 常置陣を〝空中〟にて二重、三重に使用。札を次々と靴裏に差し込み、霊夢は軌道を続けざまに変更させる。魔理沙の目から見た霊夢は、もはや天狗のそれと大差ないスピードだった。
 空気を炸裂させるような発破音だけが、魔理沙の鼓膜を打つ。星弾の数は大量に仕込んでおいたが、霊夢はその全てを無傷で潜り抜けている。神懸かりとしか言えなかった。

 直線と、曲線を、天才的な判断力で使い分け。
 時に緩やかに、時に激しく飛び交う巫女の姿。
 彼女自身が正確無比の追尾弾だと見紛いかねない、変化自在の卓越した身のこなし。

 ストレートな自分にはとても真似出来ない動作。
 魔理沙が、霊夢を一番に羨む技能の一つであった。

「〝上下〟には興味無いけど……今日ばかりは、アンタが『下』よ! 魔理沙!!」
「……ッ! く……っそ!」

 いつの間にかだった。
 気付けば、魔理沙が霊夢を見上げる形になっている。
 思わぬ方法で自分の上を行った相手の影が重なり、魔理沙は『詰み』の一歩手前に追い込まれたのだと悟る。

「繋縛陣、か!」

 魔理沙を中心とした上下左右の計4ヶ所に、結界が浮き出ていた。博麗霊夢の『繋縛陣』が、見事に魔理沙を挟み込んだのだ。

(いや違う! 私をこの場所へ追い込んだんだ! コイツ、初めから此処にこの陣を設置してやがったッ!)

 上下左右から迫る陣形には、抜け道が存在した。前と、後ろである。
 後ろ───つまり魔理沙の背後には、ご丁寧に一本の巨木が立っていた。幹に激突する痛手を嫌うならば、残るルートは前方───霊夢の方向しか無い。
 誘っていたのだ。霊夢は地面を飛び立つ直前に、既にこの場所へ『詰み』の土台を形成していた。縦横無尽に飛び交う霊夢に圧され、此処に後込んだのは魔理沙の失態だった。

689Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:41:17 ID:nr6s2DUA0


「アンタの──────ッ」


 空すら翔べない巫女が、空を跳びながら差し迫る。
 逃げ場は無い。
 残されたルートは、前方。
 博麗霊夢の、方向のみ。


「──────敗けよッ!!」


 霊夢の腕から、一発の弾が射出される。
 たった一発。魔理沙を地へ堕とし、敗北させるには充分な一発。
 いや。敗北するだけならばまだマシだろう。
 通常の弾幕ごっことは異質なのだ。まともに直撃して死なないという保証はなかった。


 死にたくないなら、後ろに下がりなさい。


 眼前の友人の視線がそう語っているように、魔理沙には見えた。
 背後の回避ルートを取れば、少なくとも死にはしない。巨木の幹に激突し、地面へと墜落するのみに留まるかもしれない。



「駄──────」



 不意に聞こえた気がした。



 〝敗けてしまえばいい〟

 〝いつもみたいに、敗けてしまえば〟

 〝死ぬことはない〟

 〝また、挑戦できる〟

 〝死ぬことさえなければ、また〟

 〝博麗霊夢に、リベンジマッチを宣誓できる〟

 〝だから〟

 〝退け〟

 〝後ろへ飛べよ〟

 〝敗ければ、いいんだ〟

 〝飛べないのなら……〟





 〝死ぬしかないよな。魔理沙〟





 死神の声か、あるいは───





「──────駄目だぁぁあああ!!!!」






 霊夢の腕から一発の弾が放たれたのと。
 魔理沙の最後の一撃が充填され始めたのは。
 殆ど、同時であった。


(あ…………駄目だ。死ぬ──────)

690Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:41:53 ID:nr6s2DUA0
 最後の一撃には魔力充電が必要だ。その間にも霊夢から繰り出された一発の被弾は免れないだろう。
 後退を嫌い、前方へ飛出た魔理沙。少女は端から詰みだった。霊夢の完璧なゲームメイクに、またしても勝てなかったのだ。
 魔理沙のラストスペルは間に合わない。この近距離で、威力の調整を排置した霊夢の本気を喰らえば死ぬ事になる。

 意図した殺傷力の弾幕による、決闘相手の殺害。
 事故でないならばルール上は認められない?
 これは霊夢の反則負け?
 そんな些細な判定は、魔理沙の頭には無い。

 被弾すれば、敗北。
 あるいは……戦意を失った者は、敗北。
 結局の所、それが弾幕ごっこである。
 
 後者で敗けるよりも。
 前者で死んだ方が、まだマシだ。
 被弾と引き換えに魔理沙が前へ飛び、最後のスペルを唱えた瞬間には。


 全てが、遅かった。


(霊夢は──────)


 ミニ八卦炉を前に構えた魔理沙の、すぐ目の前。
 霊夢の放った……〝最初で最後の〟弾幕を据えて。

 魔理沙の時間は〝止まった〟───。


(霊夢は何故……攻撃しなかった?)


 スローモーションに変換されゆく周囲の光景の中、魔理沙の思考はゆっくりに研ぎ澄まされる。

 そう言えば、そうだ。
 この霊夢は。
 あの時も。
 あの時も。
 また、あの時も。
 まともには弾幕を放っちゃいなかった。


 魔理沙の先手───マスタースパーク。
 霊夢は敢えて、魔理沙に先攻を譲った。
 後の先を取るため。

 本当にそうだったのか?

 亜空穴で躱され、楽に頭上を取られた。
 お祓い棒で殴られたが、防御は出来た。
 霊夢の虚を衝けた。

 本当にそうだったのか?

 制空圏を支配し、地の利をモノにした。
 空から攻めれば、霊夢に反撃は不可能。
 弾幕など届かない。

 本当にそうだったのか?

 四方の繋縛陣に囲まれ、退路が消えた。
 あの繋縛陣自体には、攻撃能力は無い。
 だが触れれば終了。

 本当にそうだったのか?



 霊夢は本当に、本気を出していたのか?

 私を、殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 少なくとも……


(私は、本気で霊夢を殺すつもりで───)

691Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:42:21 ID:nr6s2DUA0



 ベチャッ



「!?」


 スペルカードを放つと同時。
 魔理沙の顔に、なにか冷たくて気色の悪い感触が伝った。


 プラムの実。
 この果樹園に生る、果物だった。
 花言葉は『甘い生活』。
 意味通りに、魔理沙の舌に甘い食感が巡った。
 これは当てつけか何かだと、思考が止まる。

 霊夢が右手で投擲しただけの。
 最初で最後の一発は。
 弾幕ですら無かった。



 ───霊夢は本当に、私を殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 ───少なくとも、私は本気で霊夢を殺すつもりで………………これを〝撃った〟んだぞ。

 ───なあ。霊夢、

 ───やっぱお前の言う通り……私は、





 全然、お前の事を理解してなかったみたいだ。




 魔砲『ファイナルマスタースパーク』



 霊夢の視界いっぱいに、それは注がれた。
 何を以てしても、回避は絶望的だと悟る間合い。



 魔理沙を襲った、狂気と殺意の電気信号は。
 今ここをピークにして、爆発した。
 後はもう、時間だけが少女を正常へと戻していく。
 下り坂に転がり、角が削られ丸みを帯びてゆく魔理沙の殺意は。
 次第に、事の重大さを自覚させていくだろう。


 生存者(Survivor)は、独りで事足りると。
 最後に囁いて消えた己の狂気が、魔理沙を正気へと一気に引き戻した。


 霧雨魔理沙は、まだ少女であるというのに。
 それは何よりも、残酷な仕打ちだった。


            ◆

692Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:44:10 ID:nr6s2DUA0




「また、私の勝ちね。魔理沙」




 満点の星空の下。
 神社の縁側に座る博麗霊夢が、淡々と結果を述べながらプラムの実にかぶりついた。


「弾幕じゃなくて果物だったろ。まだ敗けちゃいないぜ」
「被弾は被弾よ。アンタの敗け。それとも〝果物を投げつけるのは反則負け〟って、ルールに書いてるとでも?」
「何でルールに書いてないと思う? そんな舐めた真似する馬鹿はどこにも居ないからだぜ」
「私がさっき決めたもん。スペルカード・ルールを決めるのは私なのよ」
「こりゃ参ったな。それこそ反則負けだぜ」


 互いに背中合わせで、勝負の行き先をああだこうだと揉め合う。
 この光景もまた、一度や二度ではなかった。


「そんな事よりお前、本気でやってなかっただろ」
「あら。博麗の巫女はいつだって本気よ」
「ふざけろ。お前が本気だったら私は5回は死んでたぜ」


 魔理沙の見立てでは、そういう予測だった。
 終わった後だからこそ、実感できた。
 後の祭り、である。


「本気よ。……私は、本気で闘ったわ」


 慰めの言葉、なのだろうか。
 背中越しに聞き取った霊夢の声は、いつもよりほんのちょっぴり……弱々しく聞こえた。


「〝あの時〟だってそう。弾幕ごっこじゃなかったとはいえ、〝博麗の巫女〟は立場上……戦わなければならなかった。それしか許されなかった。そんなわけ、ないのに」
「あの時?」


 魔理沙が疑問に思い、振り返ろうとする。
 途中で、やめた。
 言葉に紛れた僅かな感情が、よく知る友人のそれとはかけ離れた別種のモノに聴こえたからだった。

 霊夢はきっと、顔を見られたくない。
 魔理沙はそう思った。
 だからお互い、背中合わせのままに言葉を交わす。


「ジョジョよ。言ったでしょ。私、ジョジョと戦って、負けたの」
「……徐倫の親父さん、か」
「うん。……悔しかった。負けて悔しいなんて思ったのは、初めてよ」
「私はしょっちゅう思ってるけどな。誰かさんのおかげで」


 茶化すように、魔理沙は自嘲する。
 魔理沙が霊夢に勝てなくて悔しがるように。
 霊夢も、承太郎に負けて悔しかったんだな、と。

 そこまでを考え、ひとつ思い至った。


「なあ」
「何よ」
「私もそうだったんだ。負けて悔しかったし、ずっと勝ちたいって思ってた。お前にだ、霊夢」
「……だから、知ってるって」
「じゃあ……これで『一緒』だな」
「は?」
「お前は承太郎に負けて悔しかった。だからまた勝負して、勝ちたかった。
 私もお前に勝ちたかった。勝ってギャフンと言わせたかった。出逢った時からだ」
「…………。」
「なんだ。お前も私と『同じ』じゃないか」
「魔理沙……」
「〝普通の魔法使い〟と同じ、〝普通の巫女〟だぜ。お前もな」


 やっと、自分の心が幾分か救われた気がして。
 今までずっと努力してきた事は、無駄にはならなかったのだと安堵して。
 結局、霊夢にはまた勝てなかったけど。

 魔理沙は初めてこの友人を……少しだけ、理解出来た気がして。
 綺麗に、綻んだ。

693Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:44:57 ID:nr6s2DUA0


「……同じじゃ、ないわよ」


 霊夢のトーンが一層と落ちた。
 普段の強気な彼女とは似ても似つかぬ、幼子のような声色だった。


「アンタには、まだ次の『機会』がある。でも私には…………ジョジョは、もう」


 これも一種の地雷だろうか。
 魔理沙にとっての霊夢とは、腕を伸ばせば届く範囲に居る友達だ。何度でも挑戦して、何度でも負け惜しみを言えばいい。
 だが霊夢にとって空条承太郎は、もはや二度とは届かぬ雲の上の存在となってしまっている。
 軽々とジョジョの名を出すのは、霊夢を傷付けるだけではないのか。


「……それでも私は、お前に追い付きたかったんだ。あわよくば、お前にとっての〝ジョジョ〟になりたかった」


 拒絶される事を恐れず、魔理沙は本心を吐いてみせた。
 いつの間にか自分まで、会ったこともない空条承太郎に強く焦がれるような羨望を滲ませていたらしい。
 霊夢にとっての〝ジョジョ〟こそが、かつて魔理沙が求めた空想の居場所だったのだから。


「でも、今のお前を見てやっぱり違うって思ったよ。お前が私の後ろ姿を眺めるのは、やっぱり違う。
 高望みはしないぜ。私は、お前の隣がいい」
「……当たり前、よ。アンタは、ジョジョじゃない」
「そうだな。承太郎は承太郎で、魔理沙は魔理沙だぜ。私には私の、理想の居場所がある」


 互いに背中合わせ。
 どちらが後ろで、どちらが前もない。
 そして、隣同士でもなかった。

 魔理沙にはまだ、霊夢の隣に立つ資格は無い。
 それでも。
 今はこんなにも、霊夢を近くに感じている。


「少しはお前のこと、理解できたかねぇ」


 背中に感じる友人の体温は、暖かみと呼ぶにはやや冷たい。
 霊夢にはまだ、払拭し切れない〝汚点〟があるのだから。


「……〝まだ〟よ。まだまだ。アンタは私のことを全然理解出来てないし、理解する必要なんて無い」


 霊夢は、空を翔べなくなっていた。
 とある重力に負けて、突如として地に堕ちた。


「……そりゃあ〝咲夜〟の事を、言ってるのか」
「魔理沙。アンタは私を、理解する必要無いのよ」


 背中に感じていた重みが、唐突に消えた。
 床板の軋む音。霊夢は立ち上がり、何処かへと行くようだ。

694Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:45:36 ID:nr6s2DUA0

「お、おい……」
「アンタは……『普通』なんだから。いつもみたいに、アンタはアンタの信じる道を進めばいい」


 とうとう魔理沙は振り返る。
 そこには、いつも眺めていた友の背中なんか、ありはしなかった。

 代わりに、一瞬だけ見えた霊夢の横顔が。
 魔理沙を凍り付かせる。


 〝博麗霊夢を理解する〟
 この時の魔理沙はまだ、この言葉の意味を理解していなかった。

 ただ。
 彼女の横顔を目撃した魔理沙は、理屈も抜きに感じた。
 霊夢がこの闘いで本気を出さなかった理由。
 それは彼女が、心の何処かで魔理沙に敗けることを望んでいたからではないのか。
 敗けて、魔理沙を自分の隣へ立たせたかった。
 立たせて───本当は、理解して欲しかったのではないのか。
 『同じ気持ち』を共有させて、自分の痛みを魔理沙にも伝えたかった。

 考えすぎかもしれない。
 しかし、魔理沙は思わずにはいられない。

 霊夢は、この闘いで死ぬつもりだったのではないのか。
 魔理沙に殺され、自分の痛みを共有させたかった。
 それがどれだけ愚かな行為なのかを、知りつつも。
 どれだけ友を傷付ける〝逃げ〟になるかを、理解しつつも。


 『大切な友人』の命を、自ら奪う。

 霊夢は、十六夜咲夜を殺したというのだから。

 そして魔理沙自身……霊夢を殺すつもりでこの闘いに臨んだのだから。

 もしも……この闘いで魔理沙が霊夢を殺してしまったのならば。

 きっと、魔理沙は霊夢と同じように。
 二度とは空を翔べなくなる。
 空を堕ちるように、落ちてしまうのだ。





「───だから、私の後に付いて来ないで。お願いよ…………魔理沙」





 〝付いて来ないで〟と、霊夢は今……拒絶した。

 同じ道を辿るなと、魔理沙へと宣告した。

 霊夢の本心が、魔理沙にはやはり掴めなかった。

 〝今〟となっては、やっぱり……後の祭り、なのだから。




(それでも……私は、お前を理解したかった───霊夢)




 止まっていた時間が、急激に鼓動を始めて。

 魔理沙の全てを、変え始めた。

 夢の中の博麗霊夢は、泣いていた。


            ◆

695Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:46:16 ID:nr6s2DUA0


 〝時間〟が、動き出した。


(なん、だ……今の……)


 気付けば魔理沙は、箒と共に地面へと座り込んでいた。
 走馬灯を見るには、まだ早すぎる。第一、自分はまだ生きているのだ。
 夢にしたって、いやに……?
 まるで、止まった時間の中で会話でもしていたような。

「痛……っ!?」

 激痛が身体中を迸る。節々が思うように動かない。骨折しているようだった。
 当然だ。あれだけ殴って、殴られて。痛みが無いわけがなかった。
 自分は今までどれだけ恐ろしい行為を、友人へと刻んでいたのだろう。あの悪夢のような記憶は、残念ながら気味が悪いくらいに憶えていた。
 原因は不明。スタンド攻撃かも知れなかったが、どうやら正気には戻れたらしい。

 色々と、犠牲は多かったが───

「……って、そうだ霊夢! アイツ、大丈夫なのか!?」

 下手人であるのは自分だ。
 だが、不本意な形だった。
 最後の記憶では、確かラストスペルの『ファイナルマスタースパーク』を撃って……そこから…………


 そこ、から…………






「……霊夢か?」







 離れた地面の上で、しゃがみ込んでいる霊夢を見付けた。

 後ろ姿で、彼女の様子はよく見えなかった。

 代わりに、別の姿も見えた。






「──────咲夜?」






            ◆

696Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:49:00 ID:nr6s2DUA0


 私は、何が欲しかったんだろう。
 私は、何を期待してたんだろう。

 私をよく理解しようと足掻いた、私の友達───魔理沙へと。

 私は、本当に狂気へと呑まれていたの?
 私は、本当に魔理沙と闘いたかったの?

 私自身のことだった。今なら言える。
 私は、ずっと正気だった。
 魔理沙を憎もうとする間も。
 魔理沙と弾幕を交わす間も。

 魔理沙は違ったろうけども。
 私は、誰にも支配されちゃいなかった。

 それが、私だけが知る真実。

 もしかしたら、ただ。
 理由が欲しかったのかもしれない。
 慰めを期待してたのかもしれない。

 何だっていい。
 誰だっていい。
 ただ、我儘な暴力に心を浸らせて。
 ただ、感情を振るう相手を探して。

 だから魔理沙はちょうど良かった。
 私を理解してない人間だったから。
 私と違って、〝綺麗〟だったから。

 妬み、なのかな。
 友達、だったのに。

 〝自分と同じ苦しみ〟を味わえばいいって。
 そう思ってしまって……アイツを挑発した。
 戦う理由なんて、いくらでも作れたから。

 だから魔理沙が本気で私を殺そうとしていた事に気付いた時───楽になれると思った。

 そうやって博麗霊夢は、全部から逃げようとした。



(最低ね…………わたし)



 魔理沙の最後の攻撃が、霊夢の命を燃やし尽くす瞬間。
 全てが終わろうとした瞬間。
 時間が、止まったのだと。
 理由も自覚もなく、霊夢はそう直感した。







 気付けば、霊夢は地面に座り込んでいた。
 生きている。魔理沙の攻撃をあんな間近で受けながら。
 地面に横たわる『彼女』を見て、それは誤りだと気付いた。
 霊夢は攻撃なんて受けていなかった。
 時間を止めて、魔理沙の攻撃から身を護ってくれた者がいる。



「ごめんなさい。私、貴方を自由にさせてあげられなかった──────F・F」



 黒焦げとなったメイド服の少女を膝に寝かせ、霊夢は虚ろな瞳で謝った。
 十六夜咲夜の形を借りた、そのF・Fと呼ばれた少女の中身は〝フー・ファイターズ〟。
 元はプランクトンの群生である〝彼ら〟は、熱や電気に滅法弱い特性を備えていた。
 魔理沙のファイナルマスタースパークは皮肉にも、彼らの弱点を局所的に刺す属性魔法の類だった。その肉体に寄生した全てのフー・ファイターズは、残らず死滅する。魔理沙のスペルが周囲の雪や水分を余さず蒸発させた事も、絶望的な状況である要因だった。

 F・Fが近距離でまともに喰らえば、ひとたまりもある筈がない。
 ましてやその攻撃は、霊夢を殺害する目的で放った技だったのだから。

 今……霊夢の命が無事、此処に在る。
 それだけでも奇跡だ。時間でも止められなければ最悪、二人諸共死んでいたろう。

697Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:49:51 ID:nr6s2DUA0

「おい、霊夢! 無事か!?」
「魔理沙は!? 何があった!?」


 一足遅く、狂気から戻った二人のジョースターが到着した。
 内一方。空条徐倫の目線が、霊夢の膝に眠る存在を捉えた。


「………………ゎ、たし……は、……〝じ、ゆう〟……だ………た………………」


 最後の気力という言葉が、これほど相応しい様相もない。
 動いているのが不思議なくらいに、F・Fは震える腕を霊夢の頬へと添えた。
 触れた指の温度はまだ熱く、しかし急速に熱が消滅していくのを感じる。



「ぁなた、も………そ、……して…………ま、り、さ……も…………きっ、と………──────」



 こうして、霊夢の膝の上でフー・ファイターズは息を引き取った。
 最期は、驚く程にあっさりした終わりだった。
 霊夢はそれを悟ると、優しげな手つきで少女の瞼をそっと落とし、一言だけ呟いた。



「ありがとう。…………F・F」



 この言葉は、届くのだろうか。
 分かりはしない。
 それでも、彼女の生きた『時間』は。
 証となって、霊夢の記憶へと確かに刻まれた。


 ふと、黒焦げた亡骸の左手に何か握っているのが見えた。
 手紙だ。あの巨大光線の中で尚、その封書は形を保ってF・Fの手に収まっている。
 理屈に合わないが、恐らくなんらかの封印術で守られているのだろうと、霊夢は察することが出来た。

 封書の裏には見覚えのある字で「ゆかり♡」などと主張しているのだから、この得体の知れない結界術の主が脳裏に浮かぶのは自然な事だった。









「───さて」


 怪しげな手紙を懐に忍ばせ、霊夢は今もっとも懸念すべき相手を探した。
 F・Fの死は霊夢に何を齎したか。重要な課題だが、今考えるべきは自分の事ではない。
 霊夢はかつての体験から、それを知っていた。


 F・Fの死…………いや、正確には〝十六夜咲夜〟という肉体の死によって、何かを齎された者が此処にはもうひとりいる筈だ。





「──────魔理沙」





 そこからこちらを眺める少女の顔は、酷く蒼白だった。
 呼吸を乱し、焦点の合わない目で、F・Fの遺体を見つめている。

 霧雨魔理沙。
 たった今……〝十六夜咲夜〟を殺してしまった少女だ。

698Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:50:42 ID:nr6s2DUA0

 F・Fの最期の言葉には、霊夢の他に〝魔理沙〟の名があった。焼け爛れた声帯で聞き取りづらくはあったが、確かに魔理沙を呼んだのだ。
 〝F・F〟がこの時、霧雨魔理沙の名を呼ぶ道理は考えづらい。
 それならば、ここで魔理沙の名を出したのは肉体である〝咲夜〟の方の記憶が介入しているのだろう。
 もしも〝F・F〟の意思が〝咲夜〟の意思を大きく凌駕していたならば、死んでいたのはきっと……霊夢を害する敵として映った魔理沙の方だったろう。
 〝咲夜〟にはきっと、この後に起こり得る魔理沙の心情が予測出来てしまった。だから〝彼女〟は、最期に魔理沙の名前を呟いた。


 〝十六夜咲夜〟を殺した霊夢の苦痛を、魔理沙にも味わって欲しくない。
 〝F・F〟の記憶をも併せ持った、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢の苦しみを知ってしまった、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢と同じ苦しみが魔理沙にも訪れるであろう未来を危惧した。

 彼女の最期の言葉は、霊夢にとっては勿論。
 魔理沙にとっても、清き救いの言葉になる。
 霊夢はそれを、すぐに理解出来た。


 しかし……それを魔理沙が理解するには、彼女にとって多くの災厄が一度に降り過ぎた。


「ぁ……………咲夜……わたしが、ころした……のか……?」


 少女の口から漏れ出るように発されたその言葉は、少しの語弊を除いて───真実である。
 問題なのは、その〝語弊〟……すなわち、たった今、命を奪った相手が、正確には十六夜咲夜ではなく、F・Fだったのだと。
 今の魔理沙に、その差を理解する心の余裕など……微塵も残っていなかった。


 咲夜の命を奪ったのは、自分。
 正気に戻った魔理沙には、この事実しか残っていない。



「ぁ……うそ、だ………………ぁぁあ、ああ……」



「「魔理沙っ!!」」


 重なった二つの声は、霊夢と徐倫。
 二人が止める間もなく、魔理沙はその場を逃げるようにして駆け出した。
 無理からぬ悲劇だ。どうしてこんな最悪の場面で、我々を襲った狂気の罠は抜け出ていったのだろうか。
 少女を正気へと戻すには、あまりにも残酷なタイミングだった。まるで意地の悪い悪魔が、ここを覗いていたかのように。


 そろそろ、日が暮れる。
 夕闇に消えた魔女服の背中を、霊夢は重く伏せた眼で見送った。
 自分には、彼女を追う資格なんか無いとでも自嘲するような表情で。


「───徐倫」


 代わりに、傍の女の名を呼んだ。
 女は名を呼ばれると、視線を霊夢に向ける。
 霊夢と同じく、重く伏した……どこか力無い眼であった。

「……なんだ」
「徐倫は、魔理沙をお願い。……アイツ、怪我してるから」

 F・Fをこんな冷たい雪の上に置いて行くことは出来ない。
 しかしそれ以上に、霊夢には魔理沙に会わす顔がなかった。
 今は、魔理沙を追いたくない。しばらく顔を見るのですら、拒絶感が浮き出た。


 このまま、魔理沙とは会えなくなるのかもしれない。
 そんな漠然とした予感すら、霊夢の中に生まれた。


「私が、怪我させちゃったから。勝手な言い分だけど……だから、アイツを……支えてやって」
「本当に、勝手だな。じゃあその前に、ひとつだけ聞かせてくれ」

 伏し目の徐倫は、意を決したように顔を上げる。
 彼女の視線の先には、今はもう息のない亡骸が寝ていた。


「そいつは……〝F・F〟なのか?」
「…………………ええ」
「………………そっか」


 気を、回すべきだったのだろう。
 大切な者を喪ったのは、何も霊夢と魔理沙の二人だけではないという事に。

 徐倫に魔理沙を追わせる行為は、もしやすれば悪手なのかもしれないと。
 今更ながらに、霊夢は後悔した。

699Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:51:28 ID:nr6s2DUA0


「F・Fは……」


 孤独な空気の中、徐倫はもう一度だけ口を開いた。
 何かを諦めたように。
 彼女にとって大切な何かが、手を伸ばしても届かない、深い闇の中に落ちてしまったように。


「F・Fは、あたしの事を何か、言ってたか?」


 少しだけ考えて……結局、霊夢は本当の事を話すことにした。
 嘘をついても、誰の為にもならない。


「……空条徐倫は、ジョジョの娘で…………敵対していた、とだけ」
「そう、か」


 一際肌寒い寒風が、二人の間を過ぎ去る。
 徐倫は空を仰ぎ、やっぱり何かを諦めた表情で……悲しげに笑った。


「そういう事なら、そういう事でいいんだ」


 徐倫とF・F。
 本来の二人の関係性は、霊夢には分からなかった。
 ただ、何か大事なものを失った人間の脆さという共通点が、徐倫の瞳に見えた気がした。


「……ジョセフ。あたしは魔理沙を追う」
「……大丈夫なのか」
「分からない。でも〝あの災い〟は、こんな事を何度でも起こす。すぐにでもジョナサンを確保しないと、また誰か死ぬぞ」
「……すまねえ。今回のはオレのせいでもある」
「謝らないで。アンタは何も悪くないわ。ただ……ジョナサンを追って行った彼女たちが心配だわ」
「ああ。……こっちは任せて、おめェは早く行ってやれ。見失っちまうぞ」
「分かってる……ありがとう」


 徐倫は折れない。
 気高い瞳をギリギリの所で保ちながら、この場をジョセフに任せて走って行った。


「ホントに……クソッタレなゲームだよ」


 徐倫はああ言ってくれたが、事の発端はジョセフの軽率な思いつきだ。痛いほどに突き刺さるこの事実は、如何な脳天気な彼をして無力感に囚われた。
 しかし更なる発端を言うなら、あんな性格の悪いDISCを支給品に忍ばせていた主催サイドが〝真の邪悪〟に決まっている。
 まんまと奴らの掌で転がされたのだ。ジョセフでなくとも業腹にもなるし、打ちひしがれる思いで煮え切らないだろう。

 我が相棒、因幡てゐは大丈夫だろうか。
 彼女の幸運があれば、何のことなく乗り切りそうだという妙な確信もあるにはある。

 時刻を確認すると、もうすぐ第三回放送の時間帯だった。辺りは夕暮れを通り越して、闇夜が袖を伸ばしている。


 そんな中。ひたすらに祈る霊夢の姿が映った。
 身を呈して自らを護ってくれた少女。彼女への冥福を、じっと座り込んだままに。


 博麗霊夢。
 少女は、何に祈るのか。
 そして、何を祈るのか。

 自らの犯した罪。
 親しき人間が犯した過ち。
 その中心にいたのは、時を止めた少女の躯。

 道を分かち、別途を辿り始める霊夢と魔理沙。
 少女らを巡る時の流れは、二人に立ち止まることさえ許さぬように……カチカチと針を刻み続けていた。


 針は間もなく、魑魅魍魎の蔓延る逢魔時を指す。
 二度目の永き宵闇が、この地に訪れようとしていた。


【フー・ファイターズ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【残り 44/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

700Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:52:37 ID:nr6s2DUA0
【B-5 果樹園林/夕方】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:意気消沈、体力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、左目下に裂傷、身体に殴打痕
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」
[道具]:基本支給品、八雲紫からの手紙 、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
0:…………。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
4:出来ればレミリアに会いたい。
5:今は魔理沙に会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:パニック、右手骨折、体力消耗(大)、全身に裂傷と軽度の火傷、身体に殴打痕
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:わたしが、咲夜を殺した……。
2:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

701Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:53:02 ID:nr6s2DUA0

【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(大)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙を追って……どうする?
2:F・F……。
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:体力消費(中)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:てゐ達の帰還を待つか……?
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった……俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

※B-5果樹園林にF・Fの支給品一部が落ちています。

702 ◆qSXL3X4ics:2020/08/14(金) 19:53:26 ID:nr6s2DUA0
投下終了です。

703 ◆at2S1Rtf4A:2020/09/29(火) 00:13:17 ID:mdXdZ3W20
投下します

704貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:14:40 ID:mdXdZ3W20

少女が目を覚ました。
そこは幻想郷のどこにでもあるような日本家屋。彼女は勢い良く布団から半身を起き上がらせる。
周囲を見渡すも納得のいかない様子。意識を落とす直前と今いる空間が繋がらなかった。
だが徐々に浮かび上がる記憶の中で決定的な決別があったことを思い出す。
我知らず両腕で自分を抱きしめていた。冷えた自分の体温が伝わる。そして、それとは別の熱があったのを微かに感じた。
もうとっくに少女は玄関を突き抜け、外へと走り出している。
意識を落としている間に外は随分と冷え切っていたが少女は物ともしない。
そこにあるはずのもっと温かなモノを目指して、小さな身体をなりふり構わず使った。

ほどなくして池に辿り着いた。
本来なら猫の隠れ里の入り口に位置する場所だが、今はそこに遠慮なく大きな水溜りが占拠している。
他の誰でもない、この少女の仕業だった。その身一つで地下水脈を呼び起こしそこに池を創り出す。その所業は正に神の御業に等しかった。
彼女の走っている様は、一対の目玉が付いた滑稽な帽子を被ったせいで、活力が漲る童のように見えたかもしれない。
しかし実際は老婆のように酷く憔悴している。目の前にある事実にただ立ち尽くしている。帽子は深く被り直しその表情は見えない。
自分の身体が濡れていることを今になって思い出し、雪が舞い降りるほどの寒さで震えが止まらない。
老婆のような童が行き付いた先には結局誰もいなかった。
そこに誰かいてほしい、という願いも叶うことなく、ここには生きた者と死んだ者が一人ずついるだけだった。

705貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:15:46 ID:mdXdZ3W20
「ごめんなさい、リサリサ」

震える身体で声までは震わせぬように。
良く通る声でそう口にした後、亡骸に頭を下げて謝った。
少女の傾いた頭の先にリサリサと呼ばれた遺体が血だまりで横たわっていた。
リサリサの名の通り、遺体は女性のものだった。脚線美と呼ぶに相応しいスラッと伸びた脚は、彼女が美しさに磨きをかけた女性であることを教えてくれる。
そして、本来ならばそのボディラインに見合ったクールなマスクをしていた。
今はもう、見る影もない。
その血だまりの全てが、彼女の頭部から流れ出ている。
ただひたすら徹底的に、鈍器のようなモノで打ち付けに打ち付けられている。
命と共にリサリサの美貌も奪う悪辣非道な所業であった。

「仇は取るよ。必ず」

そう言ってあげたかった。
ただ、その仇の事を考えた途端、言葉が出て来なかった。
決して敵の存在に臆したワケではない。しかし今は、敵と呼ばざるを得なくなった味方がいる。その存在が言葉を遮る。

「神奈子……」

八坂神奈子。
風雨の神であり山の神でもあり、闘えば天下無双の大和の神。そして折を見てはその神性を柔軟に変えてしまう大らかな気風。
敵に始まり、利用される間柄になり、いつしか友になり、きっと家族だった仲。
そして今、彼女は忌むべき敵である。

「私はどうしたら良いんだろうね」

尋ねても誰も答えてはくれない。仮に目の前に神奈子がいても答えてはくれない。それでも口に出さずにはいられない。

「同じモノを私たちは見てるって、私はそう思ってたけどなぁ」

ここにいる少女もまた八坂神奈子と同じく神の一柱。
生誕から軍事果ては耕作まで司り、背けば祟りに祟られる恐怖の象徴。命の始まりから終わりまで、その信仰を決して絶やすことはできない。
かつての栄あるその肩書きも、今は似つかわしい、弱い少女。
その神の名前を―――洩矢諏訪子と言った。

706貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:16:27 ID:mdXdZ3W20
パチパチと弾ける音がする。
ゆらゆらと炎が揺れては薪が燃えていく。
その炎はリサリサの死体を天へと還すには余りにも弱々しく、今の諏訪子には相応しかった。
彼女はぼうっとしていた。小さな火を眺めながら、ただ暖を取っている。
諏訪子は囲炉裏の前にいる。ついさっき目覚めた日本家屋に戻ってきたのだ。
彼女には強い目的があり、一刻も早くここを発つべきだった。しかし、諏訪子の状態はとても良好とは言い難い。
片腕片脚を一度切り離されるは、あわや心臓を引きずり出される手前だった死闘の連続。
そんな状態で戦いを繰り返し、雨に濡れた状態で意識を失ってしまった。
いざという時にロクに動けず、足を引っ張ったりでもしたら後悔してもし切れない。
加えて、諏訪子は誰かと落ち合う予定を立てておらず、今まで会った参加者の動向に対してかなり疎い。
さらに第二回放送の禁止エリアを聞き損じており、エリアを超えた移動に理由がほしかった。

「全部言い訳だ」

己を呪うよう言葉を吐く。自身に嫌気が差す。敗北は死を意味するこの場所で彼女は既に二度死んでいる。
故に護る者のためなら自分を犠牲にする腹積もりでさえいる。四の五の言っている場合ではない。
諏訪子は今猫の隠れ里にいる。ここで既に大規模な戦闘があったのは見て取れた。加えてつい先ほど二柱の神が激突したのだ。
戦いの爪痕深いこの場所に、好んで誰かが訪れる可能性は限りなく低い。危険を承知で移動しなければ参加者には会えない、彼女はそう踏んでいた。
ただ、それでも今は足を止めていたかった。
どうして、とそれだけが頭を埋め尽くしていて止まらなかった。

707貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:17:11 ID:mdXdZ3W20
愛を以て早苗の苦痛を祓うために殺す。それが言い分。殺すにしても筋は通したい、そういう義理はアンタらしい、のか。
でも、そこだけだ。何のために殺すのかさっぱり分からない。分かるワケないだろう。私と早苗を殺してまで成そうとする決意なんて分かりたくもない、そう思うのは高慢なのかな。
神は、しきたりに生かされる者。郷に入っては郷に従え。あの時そう言ったけど、じゃあなんで私を殺さなかった。先に会った早苗も殺してないらしいじゃないか。
殺さなくて正解だ。でもそのおかげでアンタがどこへ向かおうとしているのか、ますます分からない。
私はアンタが怖いよ、神奈子。

「郷に入っては郷に従え、か」

私は、ずっとアンタに感謝していたんだ。
ここじゃない私たちにとっての最後の故郷、幻想郷に連れて来てくれたことに。
もし仮に今も外の世界にいたのなら、アンタはまだしも私は確実に消えていた。
あの時もう誰も私のことを視えてなかったし、逆にアンタは早苗っていう巫女がいたから。
早苗は便宜上で言えば神奈子の巫女だし、早苗でさえ時には私のことが視えなくなっていた時もあったっけ。
そして夏には良く三人で行った海水浴。いつの頃だったかな。その帰りに早苗は視えなくなるばかりか私との記憶も失った。
あの時が一番絶望した。流石にそれはないだろ、って油断してた。私はひどく腹を立てて、神奈子に言ったんだ。
早苗が自分で思い出すまで決して私の話をするなって。

708貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:18:25 ID:mdXdZ3W20

結局、早苗が私のことを完全に思い出すのは幻想郷へと発つほんの数日前。
自分で私のことを思い出してくれたのかな早苗は。
まあ、私も結局あの後早苗にはちょくちょく会ってたけどね。記憶は失ったままだったけど、視えている時もあったから。
足長おじさん宜しく影で見守りながら、またある時は謎の神様として姿を現し修行の手ほどきをしてたんだ。
気になるだろう。血の繋がった『家族』なんだから。
早苗は私に会うと時折難しい顔をして、ひょっとして思い出そうとしていたのかもしれない。
だけど、早苗が思い出さないままその日を迎えてしまっていたら、絶対に幻想郷には行かせなかった。
譲れない一線だった。私が『家族』として見ていた相手から『家族』として見られてなかったのは。
だから早苗には何度会っても自分から名前と正体を明かすことはしたくなかった。
いや、あの子にはもう私が必要とされていない。正体を告げても思い出せない。そっちの方が怖かった。
この子に流れているのは私の血。
たとえそう信じていても、信仰という正に信じる力をじわじわと失い続けて来た私には、早苗との血の繋がりさえも引き裂かれたように思えてならなかった。
情けないけどさ。神奈子が早苗に私の事を教えてあげたって構わなかった。どうせ私が何で悩んでいるかなんて見抜いてしまうだろうしさ。
結局、早苗は自分で幻想郷に行くことを選んでくれたし、私は心置きなく最後の遊びとして幻想郷に渡ることが出来た。
だから神奈子ずっとアンタには感謝していたんだ。私の血を守ってくれてありがとうって。
そして今。私は貴方の血を奪わなければいけないのかな。私の血を守った貴方を、この手で。
血が繋がってないからもう二度と戻れないってそんなのはないよね…

「か、なこ……」

もう無理だって分かってる。届かないことも知っているさ。
何なのかは毛筋一本分も理解できないけど、神奈子の覚悟は本物なんだ。
そのくせ私を殺さないだけでなく、わざわざこんな場所にまで運んだ中途半端な覚悟だけどな。
ああ、嫌だ。アンタが迷えば、私も迷う。覚悟が鈍るし、やっぱり私たちは一蓮托生だって思いたい。
だけど次は無いよ。アンタだけ迷っててよ。その間に殺してやる。死して尚恐ろしい祟り神をよりにもよって生かしたんだ。
もう許さないって決めたんだから。

709貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:19:02 ID:mdXdZ3W20

諏訪子は深い溜息を付いた。依然として囲炉裏の前に張り付いている。冷えた身体を、何より心に少しでも、熱が宿る様に。
彼女の手には小さな紙が握れていた。四つ折りにされたそれは支給品が納めてあるエニグマの紙。
現在一切の支給品を持ち合わせていない諏訪子だったがこのエニグマの紙は都合良く、リサリサの死体の近くに落ちていた。
誰かが落としたのだろう。あの修羅場にこんな失態をするヒトがいたとは考えにくく、そうなると消去法でディアボロと呼ばれた少年ぐらいしかいない。
彼は深く昏倒していた。目を覚ましたはいいがダメージが深く意識が定まらず、何かの拍子に落としたか。
リサリサの支給品一式も紛失していた。さらに彼女の持っていたクラッカーヴォレイと死因が直結することから彼は怪しい。
当然、気絶していた諏訪子に確証はなく、ウェスが殺した可能性もある。非合理的ではあるが、残忍な印象のあの男が激昂し撲殺に及んでも何ら不思議ではない。
さて、そんな開けば収納閉じれば密封のスタンドアイテムを拾った諏訪子だが、今それを棺桶としている。
リサリサの死体を諏訪子はそこに眠らせている。
死んだ者は物も当然。物体を納められるならば、死体がそこに納まることも道理。近くに落ちていたことも幸いして、ふと閃き実行に移した。
倫理的な問題など諏訪子の眼中にない。家族としての問題を優先しての行動だった。
リサリサはついぞ口を割らなかったが、彼女の家族がここにいて、それが誰なのかを諏訪子はそれとなしに掴んでいた。

『……偶然とはいえ、同じ家族を捜す者同士』

神奈子と戦う直前のこと、諏訪子には直接言ってくれなかったがリサリサはそう言ってあの場に残ってくれた。

『かつては捨てたこの名を、再び名乗らせてもらうわッ! 我が名はエリザベス・ジョースター!』

DIOと対峙する時、諏訪子はリサリサの胸の内を初めて知ったのを思い出す。彼女の家族の姓はジョースター。

『そうか、知らないか……なら教えておこう、彼は……いや奴は危険人物だ。
街中で突如襲われて戦いになったが、卑怯な搦手ばかり使ってきて、私も間一髪だった。
なんとか動きを止めたところで戦闘不能にしようとしたのだが、奴の支給品によってグォバッッ!!』

そしてプッチ神父。奴がタコ殴りにされる直前に空飛ぶ不思議な神父は一人の名前を挙げていた。

『君達は、ジョセフ・ジョースターという男を知っているかい?』

710貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:19:58 ID:mdXdZ3W20

ジョセフ・ジョースター。
諏訪子がアタリを付けている、リサリサの、いやエリザベス・ジョースターの家族の名前だった。
あの時プッチを放っておけば殺してしまう程手酷く殴り続けていたのも、家族の繋がりを考えれば納得がいかなくもない。
せめて彼に無念のまま命を落としたリサリサの訃報を届けるつもりだった。
本当ならここで埋葬して彼を連れて来るのが筋だが、生憎こんな殺し合いの中で互いに時間の余裕などないと考えるべきだろう。
尤も諏訪子はジョセフの動向はおろか容姿さえ知らない。まずは他の参加者に会って情報を集めるところからスタートしなければならない。
そこまで考えるといよいよもって時間が足りない事実を突き付けられ、ぼうっとしているのもバツが悪くなった。

「行くか」

特別名残惜しそうにもせず、囲炉裏の火をさっさと消す。
どれだけ温めても冴えた心には何も届かない。そんなことぐらい分かっていたから。
そのまま歩き出す諏訪子だったが、何の気まぐれかフラっと囲炉裏の前まで戻ってしまう。
燻る囲炉裏の元に屈むと腕を伸ばして、ほんの少しの間待つ。目的が達成したのを確認すると、立ち上がりいよいよ玄関へ向かって歩き出す。

711貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:20:39 ID:mdXdZ3W20


「ゲェーッ!!うっッぇゴホッゴホ!うぇーげえぇ」


突如、悲鳴と咳込みが仲良く手を取りあい聞くに堪えないハーモニーを奏でる。
その指揮者たる諏訪子は廊下で突っ伏し力尽きていた。
指から細い煙がゆらゆら踊る。彼女が通り過ぎていった空間にはごく薄い紫煙が棚引いていた。
ニコチンとタールの独特の香り、その小さな指にはタバコが挟まれている。
いまいち喫煙の要領を忘れてしまった諏訪子は、あろうことか最初の煙を一気に吸い込んでしまった。
火を付けてすぐの煙は味わうのは多少の慣れが必要で、一般的に吐き出すのが正解である。
さらに付け足すと彼女は臆面もなく使っているが、そのタバコはリサリサの立派な遺品である。

「うーあーマズいー」

諏訪子は必死に口や鼻から煙を逃がすもヒーヒー苦しんでいる。
遺品を失敬する彼女の行いに無事天罰が下り、いよいよやっと歩き出す。かと思ったら今度は床に張り付いたまま動かなくなった。
背信者にはミシャグジの祟りを一族の末代はおろか飼い犬鳥にまで振るう。そんな権能を持つ彼女がタバコの毒で沈むとは何とも情けない話だ。
本人も動かないなら仕方ないなと、いやに諦めも良い。もう少しだけもう少しだけ。そうして逃げようとしている自分をかつて送った言葉で遮った。


「生きてて生き損、死んで死に損。誓いも、後悔も、愛も、前を向くために」

712貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:22:39 ID:mdXdZ3W20

ヒトが死に悔しくても悲しくても、誓いや後悔そんな『想い』があれば前に進める。前を向こう。そんな風にリサリサに言った。
だが、無念の死。前を向いた者は己の願いに殉じることなく散った。だからせめて、彼女の生に意味を持たせたい。そう願ってしまう。
しかし、愛する家族に会うこともなく、惨たらしくその命は断たれた。その殺した張本人も因縁のある吸血鬼ですらない。
いや、たとえリサリサが憂う全ての怨敵を打ちのめすことが出来ても、その魂が安らぐことはない。
ならば如何にして、彼女の魂は、想いは鎮まるだろう。諏訪子は考える。
家族と会うことじゃあないのか、と。
それこそがリサリサの無念を雪ぐことができるはず。
だから、死体を持っていく。
今吹かしているタバコを遺品として届けるだけでも十分なはずだった。それでも惨たらしい遺体を諏訪子は持って行く。
少なくとも今。今の諏訪子は死んでも一度は家族に会いたい。そう思ったから。
リサリサがどういった感情を抱いて家族を探しているのかは分からない。
ただDIOと対峙した時、彼女は自身の血統に強い敬意を見せていた。ならば自分の家族への愛情もまた深いのではないかと推し量れる。
そこまで考えると自分に呆れて笑った。
リサリサに何もしてやれなかった自分が何を勝手なことを、と。
彼女とは最初から一緒にいるのに何もしてやれてない、大して話せてもいないし、彼女の最期すらロクに知らないと来た。
おこがましいのだ。そんな自分が彼女の家族に何を今更。だから笑えた。
しかしそれでも構わない。余計なお世話でも差し出がましくても、今はただ目的が欲しい。
神奈子を殺す。早苗に会う。それだけじゃ寂し過ぎるから。

「そうじゃないとここで止まってしまいそう」

諏訪子は今すぐ自分の家族と向き合える自信がなかった。今の自分のあり様では、早苗に掛ける言葉の全てが偽りになる。それだけは嫌だ。
だがここでこれ以上無為に時間を過ごすなど、無念のまま死んだリサリサに殺されたって文句は言えない。
それに比べれば、自分の行動が独りよがりかどうかなんて余りにもちっぽけだ。
そして何よりも、自分の身内が家族の仲を引き裂いたのだ。たとえそれが間接的だとしても。
それなのに。親と子はもう会えないのに。家族に起きたことは家族で片付けろなんて、家族間の問題だなんて、そんなモノ絶対にバカげてる。
家族という神聖な領域を土足で踏み荒らすのなら赤の他である私こそが相応しい。
ならば、ああ、もう。本当にいい加減動き出そう。

713貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:23:13 ID:mdXdZ3W20

両腕に力を込めて突っ伏した身体をさっさと起こす。続いてうんっと伸びをする。打って変わって、少しだけ身体が軽い。
しぶとく焚かれ続ける煙を吸って吐けば、ほんの少しだけ気持ちも軽い。一歩一歩踏み締める。大丈夫、燻らせるのはこのタバコだけで十分。そう言いたげに足取りは軽やかだ。
玄関の戸を開ければ、身を切り付けるような冷えた空気がひゅるりと滑り込む。タバコの火を消してしまおうと舞い落ちる雪は悪さをするだろう。
それでも止まらず、むしろ走る。その傍には雪を除けるために蓮の葉が寄り添っている。
長い茎をしならせ地面を滑り必死に付いて来る。甲斐甲斐しいと言うより異様な光景だがそれもまたご愛嬌。
風を切りながら、睨む空は曇天。雪雲の向こう側にはきっと夕陽が傾いている。
何故だろう。どうしてあの厚い雲を裂いてまで日暮れを望むのだろう。夕焼けなどいくらでも見て来たのに。黄昏の思い出なんかいくらでもあるのに。
そこにある答えのようなナニカが記憶を揺さぶる。幻想郷に渡る前のあの日が私に語り掛ける。


『“あっち”に行っても同じ空の下で、私たちはこうやって同じ酒を呑むんだろうねぇ』


「ああ。“あっち”でもお酒は呑めたよ。でもアンタは今“どっち”にいるんだ」


同じ空の下にいるのに、杯はもう交わされることはない。そう思うと酒を飲んでもないのに胸が焼ける。
どうしてとか、分からないとか。そんな言葉で止まらないで、その先を知りたい。ここにいれば夕陽が見えるかもしれない。
でも考えれば考えるほど、過去が私を縛り付ける。かつて共に歩んだ情景に目を奪われてしまう。今この瞬間の私のように。
ああ、ヒトの考えなんて真に理解できない。私がそうだ。神奈子が何を考えているのか分かってやれない。
まして死に逝く瞬間リサリサが何を考えたかなんて分かるワケもない。ヒトが生きた意味なんて、考えるだけ詮無きこと。残った者が勝手に考えて勝手に行動すればいい。


「だからリサリサ。私と貴方の家族に会いに行きましょう」


せめてそれが手向けになることを切に願う。
止まりたがる私の身体を、貴方の遺志が動かしてくれる。たとえ私に貴方の血が流れずとも。
私は赤の他人。血の繋がりなんて無い。でも通い合うモノがあれば、きっと『家族』足り得る。その事を千年の付き合いの中で誰よりも分かっているつもりだから。
さあ、行きましょう。互いの無念を晴らすために。

714貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:23:56 ID:mdXdZ3W20


【夕方】D-2 猫の隠れ里 
【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:霊力消費(中)、右腕・右脚を糸で縫合(神力で完全に回復するかもしれません。現状含め後続の書き手さんにお任せします)
    体力消費(小)、内蔵を少し破損
[装備]:タバコ
[道具]:エニグマの紙(リサリサの死体)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:ジョセフを探す。
2:神奈子を殺す。早苗の生存を確認する。
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:プッチ、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。

715 ◆at2S1Rtf4A:2020/09/29(火) 00:24:44 ID:mdXdZ3W20
投下終了です

716 ◆qSXL3X4ics:2020/10/25(日) 02:15:16 ID:KeTKQLrA0
投下します。

717きっと。:2020/10/25(日) 02:24:35 ID:KeTKQLrA0
『稗田阿求』
【夕方】D-4 レストラン・トラサルディー 


 そういえば、と誠に今更めいてではあったが。


「……私、人前で筆をふるうってあまり無かったなあ」


 よく磨かれた洋風の食卓を借りて、白い紙へと一心に文字を並べ立てていく少女・稗田阿求はふと思い、筆を止めた。自分では声に出したつもりなどなかったが、虚空に打ち出された独白は、店内のもう一人の人物の鼓膜にはしっかりと届いていたようで。

「あら。私としたことが、先生の気を散らせてしまったかしら?」

 阿求とは別の、お店にもう一つだけ備えられた食卓に座る西行寺幽々子は、暖房器具の熱に手をかざしながら首だけこちらに向けて言った。この暖房器具(ストーブ)は、いよいよ肌寒くなってきたからと、八意永琳が店奥からわざわざ用意してくれた有難いものだった。それきり彼女は店を出た。もう戻って来ないかもと、漠然とした予感が阿求の頭を過ぎる。
 一抹の寂しさを覚えるのは、永琳がここを去った事とは関係ない。いや、起因にはなっているのだろうか。なにせ、今やこのレストランに居る人物は阿求と幽々子の二人のみ。ジャイロと文は迷子の捜索に出掛け、輝夜とリンゴォも先程ここを発った。

 ふたりぼっち。加えて彼女らの間で会話はあまり無い。紙の上を走る鉛筆の僅かな音と、暖房器具の上に乗せられたやかんが、シュウシュウと小さな湯気を噴き出しているだけ。
 この会場が血飛沫飛び交う戦場である事など忘れかねないほどの静寂。今のみを切り抜けば、午後のティータイムをまったり寛ぐ冬の休日と称して問題なかった。
 そのしじまな空気に耐えかねてか、阿求は無意識に声を零してしまったのかもしれない。

「あ……私、声出てました?」
「ふふ。お邪魔なら少し席を外そうかしら?」

 気品を隠せない所作の一つ一つは、すっかり成熟した大人の女性。けれどもその表情は、まるで子供のように悪戯っぽい笑顔を浮かべて。
 腰を浮かしかけた幽々子を慌てて宥めるように、阿求は身振り手振りでその行為を取り下げた。

「いえいえ! お邪魔なんてそんな! これは私が勝手にやってることですし、幽々子さんが気を利かせる必要なんて……」
「ジョーダンよ。外、雪降ってるし」

 左様で。呆れる阿求を横目に、幽々子もくすりと微笑んで再び椅子に腰掛けた。こんな時にもマイペースなお嬢様だと、どこか安堵の気持ちも自覚しながら阿求も再び仕事に戻る。
 仕事、とは言うが、この手記に日記のような項目を書き連ねていく恒例事は、どちらかと言えば半分は自己満足に近いような行為だった。これも稗田の血というべきか、やはりペンを握っていると心が落ち着くのだ。
 仕事は今までのように一枚のメモ用紙をただ重ねていく簡素なスタイルから脱出した。お店からメモ帳を拝借して、見た目だけは完全な『手記』へとグレードアップしている。この手記に未だ名前が付けられていない怠惰に目を瞑れば、およそ満足の行く体には近付いた。

「律儀なのね」

 テーブルに肘をつき、やや姿勢を楽にした幽々子がまた口を開く。流石にこの風景にも飽きてきたという彼女の心情が、弛緩した雰囲気から阿求にも伝播した。

「この手記のことですか?」
「ええ。わざわざ今の状況で書くまでもなく、『貴方』なら全てが終わった後にでもゆっくり書き留められるでしょうから」
「確かに、私の記憶力なら全く問題ありません。何時、どこで、誰とどんな会話を交わしたか。一字一句間違わずに思い出せますから」

 では何故、こんな非常時にも筆を執るか? 次に浮かんだ疑問を考えた途端、阿求の腕はピタリと止まった。

718きっと。:2020/10/25(日) 02:25:59 ID:KeTKQLrA0

 〝全てが終わった後〟と、幽々子は今述べた。

 それは果たして、いつ?
 時間にして半日か。一日掛かるだろうか。少なくとも数時間の内に終了するヤワな行程ではないだろう。
 そして自分は、この終わりの見えないトンネルの出口に辿り着けるのか? 真っ暗で薄ら寒く、砂利を踏み締める音のみが木霊するような、この訳の分からぬ細道を踏破できる力の持ち主なのか? 出口の光は未だ見えず、来た道を戻る術すら皆無だと言うのに。
 志半ば。中途にて倒れる可能性を予感した時、阿求の身に染みるルーティンが自然に選んだ行動が、この『手記』なのだった。
 人は自身の絶命を予期すると、途端の生殖本能に囚われるという話を聞いた事がある。科学的な証明はともかく、あながち与太話とも言い切れなかった。後世に何か己の証明を遺すという欲求が、阿求にとっては今やってる様な行為なのだろうから。

 いつ死んだっていいように。
 少女がこの状況で文を綴る根源たる所以は、そんな悲観が心のどこかに巣食っているからかもしれない。

「……気の回せない、短慮な失言だったわ。ごめんなさい」

 陰りを帯びた逡巡を覗かせる阿求。そんなひ弱な少女を気遣うように、幽々子はすぐさま謝罪の姿勢を見せてくれた。弱者の心象にも寄り添えられる、立場と実力を兼ねた亡霊嬢。
 本当に、よく出来た女性だ。こんな御方がもうずっと傍に居続けてくれていることを思い返せば、それだけで誇らしくもなる。

「幽々子さんが謝る必要なんて、ありません。寧ろ私は、貴方へと本当に感謝しているのですよ」
「……ありがとう。私も阿求には感謝しているわ」

 カタカタと、やかんの蓋が湯気を漏らしながら揺れる。一抹に訪れた静寂が、なんだか気恥しい空気へと変えた。
 どうにも話題を変えたい衝動に駆られ、阿求は今この場に居ない身内たちへと思いを馳せる。

「ジャイロさん……それに文さんは大丈夫でしょうか」
「強い男性よ、彼は。貴方だってそれを見てきたでしょう? 新聞屋さんだって付いてるし」

 思い出されるはあの───男たちの決闘。
 正直な話、あの決闘が何処に着地したのか、まだまだ未熟な阿求では完全には悟れない。阿求よりも幾分以上に〝女〟に磨きをかけているであろう幽々子にだって、彼ら三雄の本意を察せているかどうか。結局それは、いわゆる〝女には分からない〟という領域なのだろう。
 それでもジャイロ・ツェペリという男が逞しい人間だという事ぐらいは阿求にも感じ取れる。そんな頼れる男が、強力な烏天狗という仲間を引き連れているというのだ。そこに何の憂慮があるというのか。
 気掛かりなのは寧ろ、山の巫女とスタンド使いの少年。それに別行動中のポルナレフの方だ。こうまで音沙汰がないのでは、嫌でも最悪の想像を浮かべてしまう。
 ジャイロ達がこの店を出る前、阿求は手持ちにあった『生命探知機』を彼に貸していた。元々はポルナレフへと支給されたそれだが、迷子の子猫を捜すならとお節介を焼いたのだ。当然ながらその結果、今の阿求の手元には外敵の接近を容易に察知してくれるアイテムは無い。

 ジャイロはいない。
 射命丸文もいない。
 永遠亭の薬師も早々に出て行った。
 戦力として密かに期待していた月の姫とお付きのガンマンも、彼女らなりにやるべき事があったのか、ここを離れて行った。

 考えてみれば、このレストランのガードは現在かなり手薄だ。死を操る亡霊姫が居座る以上、そこらの賊程度であれば大した問題にもならないが。
 しかし幽々子がこの場に居なければ、阿求には泥棒ひとりだって撃退出来ないだろう。強大な生命線を常時視界に入れていなければ、こうして書のひとつも嗜めやしない。情けなくも、此処でのやり過ごし方をこれ以外に持ち得ていないのも事実。

 頼みの綱だと形容できる相手は、幽々子以外にもう一つあった。
 持ち主の不安を読み取る機能でも備わっているのか。阿求が〝それ〟へ対し思考を移らせた間際を狙ったかの如く、懐に忍ばせた道具は甲高い音を店内中に響かせた。
 それは阿求らが待ち望んでいた一報を知らせる合図に間違いなかったが、思いのほか軽快かつ大音量で知らしめる電子音ゆえ、阿求も幽々子も堪らず驚きの声を上げた。

719きっと。:2020/10/25(日) 02:28:44 ID:KeTKQLrA0

「きゃっ!? な、何何!?」
「わわ! え、え!? ……あぁ! もしかして、この『すまほ』が鳴ったんですか!?」

 あわや椅子から転げ落ちる寸前で、阿求は突如として鳴り響いた『コール音』の正体に辿り着く。
 両名が大袈裟に驚くのも無理からぬことである。阿求が懐に持っていた『スマートフォン』───広義でいう『電話』は、幻想郷では普及していない。淡とした説明用紙によって僅かな知見を得た情報によれば、携帯型の連絡端末なのだと前知識にあるにはあったが、実際の起動を目の当たりにすれば予想以上にやかましい代物である。
 兎にも角にも、この突然の連絡には心当たりがある。後に連絡するから大人しく待っていろ、と面と向かって言い放ったのは永琳その人だ。

「あ、阿求? それ、多分永琳からの連絡じゃない? 早く応対しないと……」
「わ、分かっていますが……これ、操作が難しくって」

 わたわたと基盤をあれやこれやと弄る阿求。一応永琳からも基本的な初期動作を教わってはいたが、いざとなると手元がおぼつかない。記憶力が優れている事とそつの無さとは、どうやらイコールでは結ばれないらしい。
 そもそもスマートフォンとは、現代人が触っても備わる機能を万全まで引き出すのは難儀とされる。技術革新に疎い世界で育まれた阿求では荷が重いのも当たり前と言えた。あれこれ苦戦している間も、端末から鳴り響くコールは絶えず流れ続けている。
 格闘が始まって実に十数秒たっぷりは経った頃。ようやく阿求の指が画面の通話パネルに触った。本人の目には涙が浮かび始める頃合である。

「わ! 音……止んじゃった……」
「壊した?」
「いえ、向こう側へ繋がったのではないかと……たぶん。きっと」

 我が希望的観測が誤りでないものと信じて、阿求は恐る恐る端末を耳に近付けた。いまいちピンとは来ないが、成功していれば遠く離れた永琳ともこれで会話出来るらしい。
 こんな場合、誰もが口上を立てる定型文が存在すると聞く。阿求の幅広い知識としては一応頭にはあった為、例に漏れず、また失礼のないように電話口の向こうへと語り始めた。何故か、緊張を伴った声色で。


「も……申します、申します」


 なにせ電話など初めての体験である。一際に声が上擦っていた気がするのは、多分に浮き立つ心持ちから来たものだろう。
 通話の向こうからは予想通りの人物が、波長フィルターの上から阿求の名を読み上げた。

『……阿求ね。なにか変わりはないかしら?』

 冒頭の「……」という僅かな間には、いかにも「とっとと出ろよ機械音痴め」といった無言の批判が包含されていた、と感じるのは阿求の邪推だろうか。
 どこか肌触りが冷たい永琳の声色に内心恐れを抱きつつも、阿求は努めて平静に受け答えを続行させた。

「あっ、永琳さんもご無事のようで。こっちは……変わりないと言えば変わりはありません」
『含んだ言い方ね』
「いえ、まあ。率直に申しますと、輝夜さんとリンゴォさんが此処を発ちました」

 彼女の主である蓬莱山輝夜は既にレストランを出ている。ジャイロや文はいずれ戻るとして、輝夜らの独立は阿求にとって多少予定外であったのだから、少なからず困惑の色を隠せない。リンゴォはともかく輝夜の方は自分らに味方する側だと、特に根拠もなく思い込んでいたのだから尚更である。
 店を出る直前に彼女が残した言葉は「友達(ばか)を迎えに行くわ」だった。なるほど、一刻も早く発つに足る立派な理由に違いない。当然、これを無下に出来ない阿求も、深くは語らぬ彼女の離脱を承諾するしかない。
 一方で、同じく単独行動の永琳が主の動向を聞いた反応はと言えば、極めて短い台詞で終わった。


『そう、でしょうね』


 と、だけ。

 まるで主がそう行動することを予期していたように。
 そして次に主が何処へ向かうのかも。
 更には向かったその場所で『何』が起こるのかすら、月の天才は見据えていたのかもしれない。
 間違いなく、永琳は輝夜の行動を快く思っていない。その上で、ある種の諦観すら覚えているようにも感じた。

 主従間の問題だ。
 或いは、これはそんなに単純な問題でもないのかもしれなかった。
 いずれにせよ、部外者が立ち入るべきではない。ここは早くに本題へ移ろうと、阿求は話を急かした。

720きっと。:2020/10/25(日) 02:29:24 ID:KeTKQLrA0

「それで……あの、永琳さん」
『分かってるわ。メリーと八雲紫の居場所ね』
「は、はい! あ、あと、早苗さんと花京院さん、ポルナレフさんの安否も出来れば……」
『そっちは知らないわ。残念ながらね』

 軽やかに一蹴された三名の気持ちを思えば憂鬱にもなるが、それはさておき今の発言は阿求らにとって吉報と言えた。

「で、では……!」
『ええ。メリーというのはマエリベリー・ハーンの愛称だったわね? それならば彼女と八雲紫の二名。その数時間前時点での位置なら割り出せた』

 流石の賢者と誉めるべきか。予想より遥かに早く、かの天才は二人の位置を突き止めたという。〝数時間前〟というのが気に掛かる但し書きではあるが、阿求と幽々子にとって最も欲していた人物の情報が今から開示される。必然、鼓動は高まろうものだ。

 唾を飲む音が聞こえた。
 それは阿求のものか。傍で耳を立てる幽々子のものか。


『地図で言う所の〝C-3〟に二人は居る。念を押すけど、あくまでこれは数時間前での話。正確には、今日の午後2時前時点よ』


 阿求と幽々子は同時に顔合わせる。このレストランはD-4……広大な魔法の森を挟むものの、直線距離にすればかなり近い。
 まさしく値千金の情報であった。

「え…永琳さん! メリーと紫さんの二人共が同じ場所に居るのですか!? それにC-3といえば『ジョースター邸』と『紅魔館』の二つの施設があるみたいですが……」
『阿求。私が入手した、貴方たちにとって有益な情報とは今述べた通りの内容よ。〝午後2時頃、メリーと八雲紫はC-3に居た〟……それ以上でもそれ以下でもありません』

 予想以上に『目標』が伸ばせば届く近い距離にあった事実を伝えられ、否が応にも阿求の焦りは加速する。それと反比例するように、永琳のトーンは冷淡で落ち着いたものだった。
 逆に、何故そうまで落ち着いてられるんだと抗議の声を上げたいくらいだ。それすらも相手は許してくれなさそうな程に、両者の狭間には深い温度差が混在していた。

「感謝してますが……一体そんな情報何処で……?」
『ちょっとした〝縁〟を結んでね。姫海棠はたてとの友好の証、とでも言っておくわ。それより、貴方たちは貴方たちのやるべき事を優先させなさい。ウチのお姫様がそうした様に、ね』
「姫海棠……? あの烏天狗と接触したのですか? 永琳さん、今どちらにおられ───」
『最後に、隣で聞き耳を立てている幽々子さん。八雲紫と会えたなら、彼女の〝魂〟に以前迄との変容が無いかの確認……お願いするわね。重要な事ですので』


 それでは。
 永琳は短くそう言い残し、通話は途切れた。
 最後まで一方的で、どこか拒絶的な感情すら感じ取れるやり取りに終始していた。

721きっと。:2020/10/25(日) 02:30:10 ID:KeTKQLrA0
 何かを隠している。
 彼女には元々そのような空気が纏われていたが、今回の秘匿は殊更に顕著であった。
 渡された情報の真贋を吟味するには手段と時間が足りないが、この点に限れば永琳の言葉に虚言は無かった様にも思える。
 本人が述べた通り、それ以上でも以下でもない手堅い情報は、今後の目処にすべき指針に据えるには十分以上。阿求の中にある八意永琳の人物像には、それくらいの人徳はあった。

「……メリー」

 やがて行き着くは、友人となってくれた少女の安否。訳の分からぬ内に邪仙から拉致された、外の世界の少女。

「……阿求。言わずもがなだけど、メリーの居場所が分かったとて、簡単には近寄れないわ」

 念を押すように幽々子が警告する。全くもって言わずもがな。メリーを取り戻そうとする行為はそのまま邪仙一派との戦闘を意味すると考えてよい。
 無論、いずれはぶつかり合う。それを想定してジャイロと文は今、戦力増強の為にこの場を離れているのだから。

 だがここで予期しない新情報が寄越されている。どちらかと問われれば、朗報になるのだろう。

「幽々子さん。貴方の御友人も、すぐ近くに居られます」

 警告を警告で返すようにして、阿求と幽々子の視線は交差した。両者の距離は近い。
 あのメリーと容姿を酷似させた八雲紫も近場に居るという。この複雑化した情報を正確に精査するには、些か判断材料が欠けすぎている。欠けすぎているが、幾つかの予想は組み立てられる。

「紫の安否を言ってるのなら、彼女は大丈夫」
「果たしてそうでしょうか」
「比類なき、大妖怪よ。人間の童に心配される謂れはないと、彼女がここに居たらそう一蹴するでしょうね」
「疑問を挟む余地はありません。しかし、天狗の新聞記事を忘れたわけではないでしょう」

 阿求の言葉からは、どこか勢いを感じた。逆に幽々子の方が、彼女の言葉に押されそうになる。

 思い出したくもない。
 けれども記憶から消すにはあまりにショッキングな悲劇が、天狗の新聞には悠然と載っていた。

 幽々子にとっても。
 紫にとっても、だ。

「幽々子さん。貴方は一刻も早く、八雲紫と接触しなければならない。違いますか」

 違うものか。記事の真偽がどちらであれ、我が唯一の友人が魂魄妖夢の死に如何なる形かで関わっている。
 この大事件を野放しに出来るほど、妖夢という人物は軽々しい存在ではなかった筈だ。

 幽々子にとっても。
 紫にとっても、だ。

「メリーが連れ去られてから、もう相当の時間が経過してます。そんな中で、やっと光明が降りてきたんです」

 端的に言って、これ以上の時間は掛けられない。鋭く細められた阿求の視線は、それを如実に語っていた。
 授かった情報とはただでさえ最新のものでなく、数時間前のデータだという。尚のこと火急の事態という状況下において、今まで態度には出さずにあろうとした阿求も、流石に痺れを切らす限界だった。

722きっと。:2020/10/25(日) 02:32:30 ID:KeTKQLrA0

「幽々子、さん。私……もう、待てません。無理です。そうこうしてる内に、メリーが殺されないという保証なんか、無いじゃないですか……っ」
「あの薬師の言う通り、もしメリーの隣に紫が居るのならば。ただの人間ならともかく、あの子を紫は放っておかないわ。迫り来る邪から、きっとメリーを護ろうとする筈」
「物事が万事如意に進む保証が、無いと言ってるのです。実際にメリーと紫さんが互いに手の届く範囲に居ることも、紫さんがメリーを護ろうと動くことも、紫さん自身が危機に陥っていないことも、何処にもそんな保証はありません」

 ぐうの音も出ない、至極真っ当な反論だ。阿求の言は感情に寄ってはいるが、事態の視点を正しい高さで見据えられている。
 一方の幽々子の意見は、不動であるべき態度を貫かんとするものだった。事実としてメリーが敵の牙城に囚われている現実。門を攻め立てるには、あまりに不確定要素が多すぎる。
 ましてや目の前の少女は、戦力に換算するにも至らぬ一般人側の人間だ。幽々子の立場としては言うまでもなく迂闊な行動は控えるべきであり、少なくとも今は堪え忍ぶ時間だった。

 そんなことは、分かっている。



「そんなこと…………分かってるわよッ!!」



 間近で受けた、幽々子の怒鳴り。
 普段の温厚な彼女を知るなら、似つかわしくない振る舞いだった。

「……誰に諭されずとも、紫のことは私が一番よく知ってるわ。彼女の今が、抜き差しならない状況に陥っている事ぐらい」

 空気が萎むように、幽々子の調子は急落していく。無理やりに抑え込んでいた焦燥が、永琳からの一報でついには限界を迎えた。
 何よりも紫の身を案じ、憂慮していた彼女だ。妖夢との一件……その真相はさておき、支えるべき友人という認識は未だ捨てられる訳もなく。凡その居場所が知れた今、即座に飛び出て接したい衝動は募るばかり。
 それでも彼女は自身の立場を弁えた、ひとりの大人。全てを顧みず自分勝手な暴走を始めた結果は、目の前の阿求に刻まれた負傷が全て物語っている。

 もうこれ以上、誰かを失うのは御免で。
 そう判断した結果、今度は紫とメリーの命が危ぶまれている。

 可能性に過ぎない話。そして、終わってしまえば「ああすれば良かった」と後悔する堂々巡り。
 結局、何が正しいかなど誰にも分かりはしない。
 分からないからこうして不安に襲われ、揺蕩し、己を見失う。
 我が従者も同じように志半ばに斃れたのかもしれない。あの子は精神的にはまだまだ未熟なのだから。
 そしてひょっとすれば、紫も同様なのかもしれなかった。彼女のイメージにはそぐわないが、誰であれ『落ち目』という時期は唐突にやって来るものだ。

 率直に言って、幽々子は迷っている。
 阿求を護るべきという立場を踏まえながら、これからの身の振る舞いを。
 時間が許してくれるかすらも、正答は出ない。辺りはもうすぐ闇の支配する時間帯へ突入する。


「幽々子さん」


 阿求の手が、いつの間にかテーブルに突っ伏しかけていた幽々子の両肩に添えられる。

「私は貴方の判断に従います。この期に及んで私一人だけでも向かう、なんて馬鹿な選択は選べません」

 それを選べるほど、阿求は子供ではない。
 けれどもジャイロらの帰還を待ってられるほど、冷静な大人でもない。
 どこまでも半端な自分を押し留めるように、最終的に阿求は幽々子の意志に委ねた。

 ズルい、と思う。
 子供だから、とか。大人だから、とか。
 強いから、とか。弱いから、とか。
 こんな血生臭い戦場では何の言い訳にもならない、逃げ道とも取れる屁理屈を抱く自分。

 それでも。阿求の掛けた言葉の中に詭弁や保身の類は欠片もない。
 自分と同じように苦心する幽々子を案じた、真摯な信頼が含まれていた。そしてそれは、阿求という人間が根差すひとつの優しさだと幽々子は受け取った。


 小さな溜息と同時に、幽々子の表情が柔らかく灯った。

723きっと。:2020/10/25(日) 02:33:12 ID:KeTKQLrA0
「……深入りはしないわ。あくまで様子見。危険を感じたら、すぐさま此処に戻ってくる。私から譲れるラインはここまで。それで良ければ」

 結局の所、ここが妥協点だろう。自らが提示したこの絶対条件を幽々子自身、守れるかも怪しい。その地に足を運んだ結果、紫やメリーの状況如何によっては素直に引き下がれるとは断言出来ないからだ。

「……! あ、ありがとうございます!!」

 律儀に礼を述べる阿求は破顔する。ここまで偉そうな説を垂れたものの、所詮は負ぶわれる弱者の我儘に過ぎない。そう自覚していたからこそ、幽々子へと強くは出れなかった。
 結果的に阿求も、幽々子のウィークポイント───紫の存在へとつけ込む様な形をとった。そこに至る過程がどういう形であれ、この『選択』を最善のものにまで持っていくのは阿求と幽々子、これからの二人の行動次第でしかない。
 もしもこの選択を上から覗き見る無礼者たちが居たならば、野次を投げて呆れ返るかもしれない。危険度の高いエリアに、この矮小な戦力で自ら臨もうとしているのだから。
 気持ちは分かるが落ち着け、と。せめて仲間の帰還を待って、それから向かうべきだろう、と。当事者の溜め込む不安などお構い無しに。
 全くの正論だ。小説家の側面も隠し持つアガサクリスQもとい阿求には、そんな無責任な野次を上から投げ掛けてくる読み手の声が投げ石の如く聞こえてくるようだった。

「ジャイロ達には書き置きを残しましょう。多分怒るだろうけど、その時は二人で……いえ、四人で絞られましょう」
「はい! すぐに支度します!」


 分かりはしない。
 これから起こる未来のことなど、誰にも。

 分からないからこそ足掻くのだと、人はよく言う。
 阿求はしかし、それとは少し異なる考えを持っていた。
 たとえこれから起こる未来が酷いものだと知っていれば。
 そしてそれが、どうあっても避けられない不可避の未来だと認識していれば。
 人は、その未来を容易に受け入れられる生物なのだろうか。足掻こうとはしないのだろうか。

 そして。
 幻想郷の人妖たちは、この課題にどう向き合うものなのだろうか。
 終末を畏怖し。囲いに閉じ篭り。規律に生かされ。そうして自ら創り上げたサイクルに殉じる。
 幻想郷にいずれは訪れる〝本当の終末〟を我々が知った時。此処に住む者たちは果たして、結束し足掻こうとするだろうか。

 或いは。今がその〝本当の終末〟なのかもしれない。
 阿求個人が答えを出すには、まだまだ重い。
 重たすぎる、課題であった。

 けれども。
 阿求に言えることが一つだけ、ある。
 刻一刻と迫る酷い未来が、決して回避できない災厄なのだと知ったとしても。
 少なくとも阿求であれば、やっぱり足掻こうとするだろう。

 御阿礼の子『九代目のサヴァン』───稗田阿求。
 極端に短命である宿命を受け継ぎ、此度の『第九代目』も後十年も生きられるかというところ。今更自身の境遇に不満など、さほど抱いてはいない。
 しかし先代、先々代といった、かつての〝自分〟はどうだったろう。この理不尽な環境を変えてやろうと、足掻こうとはしなかったのだろうか。
 短命という、確定された未来。人生。
 そこに疑問を覚えぬほど、阿求は強い人間ではなかった。

 そしてその環境に対する疑問と使命は、まるで水と砂糖が融け合うように混じり。
 いつしか甘ったるい同情心へと姿を変えて、同じ囲いに住まう数多の同類たちへと向けるようになっていた。


 自分はきっと。
 幻想郷のことが大嫌いなのかもしれない。


 口には出さず。
 或いは深層下に湧いた感情も表には拾わず。
 阿求は書きかけだった手記を閉じて、早々と支度し始めた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

724きっと。:2020/10/25(日) 02:34:11 ID:KeTKQLrA0
【D-4 レストラン・トラサルディー/夕方】

【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:顔がパンパン(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、エイジャの残りカス、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:C-3を探る。
2:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
3:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※八意永琳の『電話番号』を知りました。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:健康
[装備]:白楼剣
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:C-3を探る。
2:紫に会う。その際、彼女の『魂』に変容がないかも調べる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

725きっと。:2020/10/25(日) 02:34:47 ID:KeTKQLrA0
『蓬莱山輝夜』
【夕方】E-3 川の畔


 奇跡、などという安易な単語を扱うのは個人的に不満はあったが、恐らくこれは奇跡に近い確率なのだろう。
 世には奇跡を操る巫女なども居るらしいし、身内には幸運の白兎も居る。どちらかと言えば後者が持つ天運とやらが、共に住まう内に自分の握り拳に移っていたのかもしれない。


「───なんてね。こんな物拾ったからと言って、どうこうするものでもないからねぇ」


 紙片に纏わり付いた雪をパタパタと削ぎ落とし、だいぶ細苦しくなってきた陽光に照らし合わせる。
 地上の撮影機による『写真』だった。本来のサイズより半分程に縮小……というより破かれている。つまりは『半分だけの写真』を輝夜は偶然にも発見出来たのだ。

 少し前から悪天候は加速の一途を辿っており、視界は悪いわ、行進が滞るわ、何より寒いわで三拍子の災難が輝夜を襲っていた。
 このような非道い環境を愛車マジックミラー号で何とかゴリ押すという状況。屋根にも当然雪が降り積もり、自慢の隠密性も形無しであった。
 そんな折、車のガラスに異物が突如張り付いた。なんぞやと車を降りて確かめた所、この半分だけの写真だったというわけだ。周囲の悪環境を顧みれば、この写真が輝夜の元に降って湧いたのは奇跡と称しても違和感なく、普通であれば気付くことなくスルーしていたろう。

「ねえ、リンゴォ? この写真に写ってる不細工に笑う女……『誰』に見える?」

 すっかり冷たくなった着物の袖をしゃらんと翻し、雪の冠を頭に乗せながら輝夜は後方から付いてくる男へと声を掛けた。
 視界の雪が邪魔なのか、はたまた輝夜本人の存在が邪魔なのか。とにかく鬱陶しそうに目を細めて、男は翳された写真を覗く。輝夜と違って薄着である自身の恰好を意にも介さず、リンゴォと呼ばれた男はひたすら平坦な口調で以て答えた。

「件の『藤原妹紅』に見えるな」
「私にもそう見えるわね。アナタが殺した、藤原妹紅の姿に」

 随分と皮肉たっぷりに言い放った様に見える輝夜の台詞は、事実リンゴォへの皮肉だった。偶然拾った半分だけの写真に収まる女は、いつ撮ったかは定かではないが確かに藤原妹紅本人の姿である。
 そして、このぎこちない笑顔を垂らした妹紅を〝妹紅でなくした〟原因とも言える男こそ、輝夜が長くお供に連れるリンゴォその人である。それが発覚した当初こそ輝夜も怒りを顕にしていたが、こうして後腐れない程まで同行するに至れた経緯とは、当人の間のみで理解出来ていれば良い話であった。(リンゴォはそう思っていない可能性が高いが)
 というわけで輝夜のリンゴォに対する恨み辛みという類の感情は、遥か彼方の過去に置いてきた今更な毒気でしかない。にもかかわらず妹紅の名を出して皮肉を綴るというのは、輝夜がねちっこいとかではなく、単に彼女元来の持つ悪戯心であった。

「……オレを非難しているつもりであれば」
「あ、あ〜〜もういいわ。アナタがジョークも通じない人間だって事を忘れてた」

 その独風な人間性ゆえに、からかい甲斐など微塵もない。男への評価を今一度改めた輝夜は、ここには居ない鈴仙の姿を夢想し焦がれた。誰よりもからかい甲斐のあるペットなのだ。

「その女の所に向かうのだろう。……居場所は分かるのか?」
「アテはある。無ければこうして雪の中、意味もなく彷徨わないわよ」

 リンゴォの問いかけに輝夜は、いかにも当然といった風に即答で返す。ここで「アテなんかない」などとぬかせば、この気難しい男は今度こそ呆れ果てて躊躇せず去り行くだろう。
 そんな事態を防ぐため、輝夜は根拠の無い台詞をどの風吹かしながら言い放ったのである。ここでリンゴォに抜けてもらっては、この後来るであろう『ひと仕事』を任せられる適任が居なくなってしまうから気を遣うものだ。

726きっと。:2020/10/25(日) 02:35:17 ID:KeTKQLrA0
「繰り返すが、オレが動くのは『一度きり』だ。恩はないが借りのあるお前だから、こうしていつ訪れるかも分からん『ひと仕事』の為だけに同行している」
「借りも恩も一緒でしょう? その辺りは私も感謝しているわ」
「感謝なぞしている暇があれば、せめて何処に向かっているかぐらいは示すべきだと思うがな」

 男からの催促に、輝夜は一応は答えの用意をしている。「アテはある」という先程の台詞は、根拠こそ無いものの全くの出鱈目でもなかった。
 含むような微笑とともに、輝夜は首のみを回して視線を促した。その射線の終着点……輝夜の『目的地』となる景色は、この悪天候の中でもシルエットだけは映し出されている。

 北。地図で言うところの北を目指し、輝夜はレストランを出てから一心に進んで来た。
 二人が向けた目線の先。ぼんやりと、しかし悠然と聳え立つそのシルエットは───巨大な自然物。

「……山?」
「妖怪の山。この会場だと唯一の山林地帯。最北東地点に根を張るあの大きな山こそが、私たちの目的地」

 E-1、或いはF-1。いずれにしろ地図上ではかなり遠くに位置する。
 距離は勿論のこと、広大な山となればそこからたった一人の猛獣を捜索するというのはかなりの骨だ。到着して「やっぱり居ませんでした」では済まされない。

「何故そこを目指す?」

 飛んで来て当然の疑問がリンゴォの口から吐き出される。

「〝あの〟妹紅が目指すとしたら、そこ以外に無いからよ。というより、そこじゃなければもうお手上げ。ヒント0から地図をしらみ潰し作戦に出るしかなくなる」
「あの女は記憶が決壊していると聞いた。そんな有耶無耶な状態で、尚も行き先が『山』だと断定できるのか?」
「断定は出来ないけどね。でも例えば、私が妹紅だったら多分『標高』を求めるわ。即ち、地図にひとつしかない妖怪の山よ」

 求めるは『標高』。何とかと煙は高い所を目指すではないが、輝夜が自分に出来得る限りの創造性で己の思考を〝藤原妹紅〟のそれへと近付けた時、浮かんだ場所のイメージが『高所』であった。

 山。その土地が持つ魔性こそ、妹紅という人間の始まりの地とも言えた。
 彼女の来歴、その全てを輝夜は把握している訳では無い。だが少なからず輝夜は妹紅の理解者である自覚もあった。
 考えた。考えるという行為はおよそ自分には似つかわしくなく、それ故に容易な行いではない。それでも必死に考えたのは、やはり妹紅の事であった。

 記憶を失った妹紅。
 愚かにも蓬莱の薬を求めて彷徨うという妹紅。
 そんな彼女がもしも『目的地』を定めるとしたなら……。

(候補は、幾つも挙がらないわね)

 輝夜の考える妹紅という人間。己の要素を限りなく排他し、究極にまで妹紅に成りきれるよう考えた。
 輝夜と妹紅。二人の思考を限りなく限りなく擦り合わせ、一つへと重ね合わせた瞬間に。
 瞼の裏に浮上した光景は、壮大な高さを持つ標高。

 と来れば、行き着く先など一つだ。

(確信ではない。単なる直感とも言える。しかし少なくとも、妹紅は『山』という地に縁がある事を私は知っている)

 それも今や記憶が無いとなれば、無意味な予想でしかないかもしれない。だが輝夜は、説明のできない胸の昂りを感じていた。

 あの山に妹紅が居るのなら、登ろう。
 居ないなら、来るまで待っていよう。
 邪魔はさせない。例え誰であっても。

727きっと。:2020/10/25(日) 02:38:33 ID:KeTKQLrA0

「戦うのだな? あの妹紅と」

 いつまでも大きな影を仰ぐ少女の姿に何かを感じたのか。
 リンゴォは結論を急かすように、輝夜の真意を確かめた。

「そうなるでしょうね。もう慣れたもんよ」

 そうならない事を出来れば願いたいが、その祈りはきっと届かない。それ程に今の妹紅は、遠い所にまで行ってしまっている。

「それはお前自身のステージを高める為の戦いなのか?」

 見当違いな内容を問う男へと、輝夜は心の中でくすりと笑った。彼といえば彼らしい、寧ろ微笑ましい台詞にも聞こえる。

「アナタにはきっと、理解の出来ない戦いになる。『決闘』でも『殺し合い』でもない……誰が為の戦い、ってやつよ」

 手の中に収まる半切れの写真。中に独り写る少女のぎこちない笑顔を、もう一度取り戻してやる戦いだ。

「いいだろう。お前〝達〟には興味が出てきた。許されるならば立ち会わせて貰おうか」

 頼もしいことだ。苦労を掛けてしまうが、輝夜にとってリンゴォはいずれ必要となる。
 役者は揃った、というわけだ。


「───妖怪の山に、アイツは来る。……きっと。」


 もしアイツと逢えたら……掛ける第一声は何にしようか。
 懐に忍ばせた蓬莱の薬を握り締め、輝夜はそんな事を考えながら再び動き始めた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

728きっと。:2020/10/25(日) 02:38:56 ID:KeTKQLrA0
【E-3 川の畔/夕方】

【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号、蓬莱の薬、妹紅の写真、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妖怪の山へ向かう。
2:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
3:全てが終わったら、家へと帰る。
[備考]
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
※生きることとは、足掻くことだという考えに到達しました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。

729 ◆qSXL3X4ics:2020/10/25(日) 02:39:23 ID:KeTKQLrA0
投下終了です。

730 ◆qSXL3X4ics:2020/11/04(水) 17:53:47 ID:UVCbRvCA0
投下します

731ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:55:50 ID:UVCbRvCA0
『ヴィネガー・ドッピオ』
【午後】E-3 名居守の祠


 また、だった。
 気付けば自分は、また探している。

 かつてはすぐ傍に置いてあり、手を伸ばせばいつでも触れることが出来た物。たとえ外出していようが、少し周囲を見渡せば『それ』は自分を待ち構えるようにして鎮座している。それくらいに、街中でもありふれた物。
 言うならばそれは『眼鏡』みたいな存在だ。視力の弱い人間にとっては無くてはならぬ必需品。ふとした時にその姿を見失いもするが、部屋の中をものの五分程探し回った辺りで唐突に気付き、苦笑ののち安堵する。探し物は初めから耳に掛かったままで、自分は無意味な労力を払っていたのだと。思った以上に、探し物は身近な所にある様な。
 常日頃、傍に置いてあることが当たり前で。肉体的な、或いは精神的な拠り所として大きく依存していたが故に、『それ』がいざ目の前から消えると途端に不安となる。

 個々人にとって、そういった拠り所は各々違ってくる。
 家族だとか。恋人だとか。想い出だとか。
 仕事だとか。趣味だとか。居場所だとか。
 いつだって身近に在るべきだ。人間が人間として満足に生きるには、より近い場所に拠り所を置くべきなのだ。
 裏社会に生きる側である自分もそれは変わらない。拠り所に安寧を求めざるを得ない性質は、光の外の人々よりも寧ろ顕著と言える。


 少年ヴィネガー・ドッピオにとって『それ』は何処にでもある様な、普遍的な『電話』だった。


「……まただ。ボクとした事が、また『電話』を探してる。もう掛けないと、誓ったばかりなのに」

 名も知らぬ一人の女性を事も無げに殺害したドッピオは、疲労と寒気から逃れる為に腰を下ろしていた。
 雫の落ちた音すら響いてきそうな、静寂と神秘の同居する小さな池。畔には何を祀ってるかは知らないが、これまた小さな祠。それらを一堂に視界に入れられる場所に開けた、またもや小さな洞穴。
 雨宿りならぬ雪宿り。ドッピオは一呼吸の意味も込めて、この空間でじっと心身共の回復を図っていた。膝を抱えるように腰落とし、洞穴の外に広がる斑な白模様を睨み付けるようにして居座っている。真っ白に吐かれる息をも忌々しげに見つめ、ふとその視線は何分かおきにキョロキョロと虚空を泳ぐ。
 視線の先に『電話』など無いことは、もう理解しきっているというのに。身に染み付いた習慣とは中々にして削ぎ落としにくいものだと痛感する。それが己にとって唯一の拠り所であったなら、尚更。

 いや。電話が無いというのは、やや語弊がある。
 手に取ろうと思えば手に取れる。少年のデイパックの中には受話器の体をなした立派な『電話』が、主人を待ちくたびれるようにして今か今かと出番を待っているのだから。
 だが、これを取るわけにはいかなかった。孤独による不安に押し負け、よしんば取ったとして。この電話が『ボス』へと繋がることなど、二度とないだろう。
 少年もそれを良しとしている。なにより彼が心の拠り所にしていたボスの為であった。
 それを自覚してなお、気付けば電話を求めている辺り……まだまだ自分は親離れも出来ない青二才。未だ尻に殻を付けたままの雛鳥でしかないのだろう。今後の前途を思えば、忌むべき悪癖であった。

732ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:56:51 ID:UVCbRvCA0


「───親離れ、かぁ」


 はァ……と、白く濁った溜息が視界いっぱいに霧散してゆく。ピリピリとした眼差しも長くは続かず、ドッピオの思考は間もなく泥に沈む。
 いまさら深く懐かしむ事でもないし、それ故に普段は考えないようにしてきているが───ドッピオとて『親』はいた。
 当然だ。生物として生まれた以上、そこには古来から血の繋がりが必ずある。この図式に例外などあろうものか。
 自分を産んだ親がどのような人物であったか。ドッピオにその記憶は殆ど残ってはいなかったが、それとは別に育ての親がいたことは憶えている。心優しかったあの人は、血の繋がりのないドッピオを本当の息子のように可愛がってくれていた。

 それ、くらいだった。
 あの人に纏わるドッピオの記憶とは、その域にまで欠如した酷く曖昧な記憶でしかなかった。
 これ以上にない恩を感じていたはずの、大切な親。その存在の顔すら今はもう憶えていない。白黒のフィルターでも掛けられているかのように、昔の記憶を塗り潰しているのだ。
 今でもたまにあの人のことを考えようとすると、決まって頭痛が起こる。生まれつきの障害か何かだと決めつけ、大して深くは考えなかったが。虫に食われたセーターの、どの穴から頭や腕を通しているのかを知覚できない。そのような致命的なちぐはぐさが、頭の肝心な部分で不具合を起こし続けているかのような。

 そんなこんなで──などという言葉で片付けられる過去ではないが──ドッピオは現在、イタリアの巨大麻薬組織『パッショーネ』に身を落としている。
 この境遇に、いまさら不遇だと嘆いたりしていない。彼は新たな『拠り所』を見付けることが出来たのだから。

 親という存在は、必ずしも唯一ではない。
 真に大切なのは、血の繋がりではなかった。これを人生の教訓にもしている。
 ドッピオにとって家族(ファミッリァ)とは。
 こんなにも凡俗な自分へと才を見出し、仕事を与え、居場所を作ってくれた組織──すなわちボスその人であった。
 まるで生まれたその瞬間から自分を見守り続けてきたかのような。それは少年にとって、自分を産んだ『母』でもなく、自分を育てた『父』でもなく、代わりなど何処にもいない唯一無二の存在であった。
 生涯をかけて尽くすには十分すぎるほどの恩を受けている。この大恩を、失望という形で返すわけにはいかない。

 ゆえに、ドッピオは『拠り所』を失った今も、変わらずボスの為を想って動く。その信念の象徴が、返り血という形で少年の身体を穢していた。
 まだ十代も半ばという身なりの少年がこの穢れを受け入れるには、充分過ぎるほどの環境が彼の人生の大半を占めていた。彼は元来臆病な性格ではあったが、血生臭さに目を背けるほどヤワな世界で生きてもいない。



「──────来る」



 垢が抜けきっていない、とはいえ。
 裏社会を生きる者として最低限の警戒心。
 緩め切らない緊張感が、まだ姿を見せてもいない外敵の襲来を逸早く気取れた理由の一端を担えた。
 熟練の暗殺者でもないドッピオが、かの存在を察知できたもう一つの理由。言うまでもなくそれは、我が身に残された『帝王の遺産』による恩恵の他ない。

「女だ。真っ直ぐこっちに向かってくるぞ……!」

 すかさず迎撃態勢を整えたドッピオは、数十秒先の未来を視る『エピタフ』の予知に神経を集中させた。ひらひらと舞い落ちる雪桜の中を淀みなく進行する女の姿には見覚えがあった。
 確かあの毒ガエルの暴風域。ジョルノやトリッシュら含むゴチャついた中心地に、あの女も立っていた気がする。武装や雰囲気からして只者でないことは見て取れた。
 ドッピオはすぐに足元のアメリカンクラッカーを手に取り、再び予知をじっと凝視する。そして予知の中のドッピオが武器を構えたまま不動でいる姿に、疑問を覚えた。敵の襲撃を事前に察知した者の態勢にしては、あまりに受け身すぎるからだ。
 だがエピタフの予知は絶対だということを彼は熟知してもいる。予知の中の自分がそうであるならば、ひとまず自分もそれに倣ってみる事にした。
 やがてキュッキュッと、でんぷんを袋ごと押すような乾いた音が響いてくる。徐々に姿を現す外敵が踏み締める鳴き雪は、身構えるドッピオにとっては臓腑に響く重苦しさを含んでいた。

733ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:59:12 ID:UVCbRvCA0
 女は一寸の誇張もなく、壮大な艷麗を蓄えた日本美人だった。それだけに残念でならないのが、背に掛けた巨大な輪状の注連縄──ではなく、右肩に掛けた物騒なガトリング銃の存在である。砲口こそ向けられていないものの、そのトリガーには指が添えられている。怪しい真似をすれば即蜂の巣にする、という意思表示なのだろう。
 不思議なことに気付く。この雪模様の中、女は傘の類を所持していないにもかかわらず、頭や肩に雪を全く被らせていない。目を凝らしてよく見れば、女の周囲を雪が自ら避けるようにして落ちているではないか。何らかのスタンド能力なのだろうとアタリをつける。
 対応が分からずに満面の冷や汗を垂らすドッピオとは対照的に、女が見せる表情は不敵な笑みだった。一目見て『乗った側』だということが察せる女の風体を前にして、さしものドッピオも蛇に睨まれた蛙と化している。
 とうとう女が目と鼻の先にまで来た。彼女ほどの美貌であれば、そこらを歩くだけでしゃなりしゃなりといった優雅な擬音が鳴りそうなものだが、この重武装であれば白の絨毯に残る足跡だってどっしりとした力強い証にもなるだろう。美貌よりも、その重厚な存在感に目が行く第一印象だ。


「捜したよ」


 女の第一声は、向き合うドッピオの鼓膜によく馴染むような深い心地良さがあった。貫禄のある立ち姿の第一印象とは正反対のイメージを醸す、彼女本来の生まれ持つ美的なトーン。
 彼女が舞台に立ち、愛をのせたバラードを歌ったならば……きっと多くの人々の記憶に末永く残るような。そんな力強い包容感。
 嫌な気持ちには、ならなかった。

「……何だって?」

 けれどもすぐに現状の危うさを再認識したドッピオは、女の発した内容を引き気味に咀嚼する。
 捜した、とはどういう意味か。このゲームの参加者は敬愛するボス以外、全て敵だという認識を抱くドッピオ。そんな自分にわざわざ会いに来るというのは、悪い意味以外では考えにくい。先程殺した女の関係者であるなら、真っ先に思い浮かぶ理由は『報復』か。
 しんしんと降り積もる雪景色の中、己の唾を飲む音が嫌にハッキリ聞こえた。こちらから先制攻撃を仕掛ける好機くらいはあった筈だが、予知の内容を優先したばかりに、今や完全に気圧されている。


「私は八坂神奈子。通りすがりの神様さ」


 一拍の間が通り抜けて、ドッピオはこのやり取りが普遍的な挨拶なのだとようやく悟る。
 しかし、挨拶の後半には明らかに普遍的でない部分があった。

「ぁ……は、はぁ? 通りすがりの……何サマだって?」

 不意打ちだったので思わず変な声を漏らした。発言者本人の顔を窺っても、マジなのかギャグなのか読み取りづらい。

「山坂と湖の権化、八坂神奈子こそが私の名だと言っているのよ」
「い、いや……そこじゃなくて」
「なんだい? 別に神様なんて珍しくもなんともないだろうに。いや、実は珍しいのか? 幻想郷じゃあ」

 顎に手を当て、ふむむと考え込むイカれた女。ドッピオが判断する限り、その仕草に敵意はあまり感じられない。余程の天然でなければ、巧みな擬態か、はたまた特大な自信家のどちらかだろう。
 予想の斜め上からの接触に困惑するが、ドッピオは取り敢えず食ってかかる勢いで強引に対応した。

「て、テメーふざけてんじゃねえぞ! ブッ殺されたくなけりゃあ……」
「〝テメー〟じゃなくって、八坂神奈子よ。アンタの名前も聞きたいところだね。それとも幻想郷じゃあ挨拶の文化すら廃れちまってるのかい?」
「やかましいッ! ワケの分からねェことぬかしてオレを惑わせんなッ! 頭ブッ飛んでんのかテメェ!」
「おっとと……。随分とまたキレやすい若者ねえ。ブッ飛んでるのはアンタの方に見えるよ。私はただ話がしたいだけさ。この幻想郷の事とか、アンタ自身の事とか……目的は言うなら、異文化交流だね」
「だから、その『幻想郷』ってのも何だ! お前もスタンド使いかァー!?」

 互いの温度差はあれど、これは口論に等しい。先程から理解不能の売り言葉を仕掛けられるドッピオだっだが、ヒートアップの末につい失言を洩らしてしまった事に気付き、はっと口を噤む。
 お前もスタンド使いか、などという言葉は、彼自身もそうであると自らバラしたようなものだった。仮にもギャングの端くれとして情けない。この場に電話があれば、間違いなくボスから大目玉を食らう所だった。

734ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:01:09 ID:UVCbRvCA0
 ところが目の前の不躾な女と来たら、ドッピオの予想した反応とは少し異なる面持ちをこびり付かせていた。
 鳩が豆鉄砲を食らう。端的に表すなら、そういう滑稽なリアクションだ。

「…………あ? アンタまさか……幻想郷を知らないわけじゃないだろうね」

 幻想郷。聞きなれぬ単語だ。
 だが思い起こしてみれば、確か最初にこの会場まで連れてこられたあの時……主催のどっちだかがそんな単語をポロリと口にしていたような気もする。
 しかしそれだけだ。そんな曖昧な〝気がする〟程度の、ほぼほぼ初聞きの単語には間違いない。

「し、知らねーぞ。そんな、ゲンソーキョーだなんて言葉は」

 よってドッピオは、正直な答えを示した。反射的に返した台詞だったが、何故だか相手にはよく効いたらしいことが分かる。


「幻想郷の人間じゃ、ないの? ………………マジ?」


 先までの威風堂々とした登場は既に過去となっていた。
 思いがけない成り行きに、図らずもポカンと口を半開きにする女。騙し討ちを仕掛けるなら今だろうかという邪念がドッピオの心に過ぎったが、エピタフの予知に新展開が現れない様子を見届けると、もう暫くこの微妙な空気を堪能しなければならないらしいと観念した。



「…………ワケがわからん」



 首を振りながら女は、細く呟くように零した。

 どう考えても、こっちの台詞だった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 普段から自責や悔恨といった後暗い感情に縛られることも少ない八坂神奈子。時には奸計を巡らし、大胆不敵な施策を打ち出す頭脳派な一面もあるにせよ、後を引かないサバサバした快活な性格は、周囲にとって好ましく映っていた。
 そしてそれこそが自分にとっても無二なる性質であり、持ち味でもあると神奈子は自覚している。近頃ではフランクさを売りに転換し、少しでもと信仰を掻き集めたい商売根性を考え始めているくらいだった。

 そんな神奈子が、今日。
 この地上に顕現して恐らく初めて、本気で『後悔』している。
 豪胆な気質ゆえ、これまで面に出すことは控えてはいたが……本来は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 ───早苗は幻想郷(ここ)に連れてくるべきじゃなかった。

 邪念を振り払うようにして、頭をブンと回す。最終的に幻想郷まで添う道を決意したのは早苗自身ではあったが、やはり強引にでも押し留めるべきだったんじゃないかと。
 不毛に過ぎない思惟をどこまで掘り進めたところで、自らの歩みを鈍重にするだけだ。後悔を重ねてあの子を外へ帰せるというのなら、幾らでも後悔してやる。
 現実はそうもいかない。幻想郷が我々の想像していた『理想郷』とは、遥かに異質で血生臭い土地である事を知ってしまった。ひとたび潜れば二度とは戻れぬ、地獄の釜である事も。
 神奈子にとって此処の『異常性』は既に十分な理解として呑み込んでいたが、どうやら幻想郷という閉鎖的な世界にとってはこれが『平常』であるらしいのだ。個の身勝手な感情でこの調和を乱せば、強制的に排されるであろうことは明白。
 座せる椅子は一つだという。九十という大人数を考えれば、随分と狭量な二柱だ。ただでさえこの土地には住処を追われた、或いは行き場を失った神や妖が、希望を求めて辿り着く最後の楽園と聞くのに。
 どう誂えて膳立てした儀かは神奈子の知らぬ所であったが、九十という夥しい生贄の数にも、一席という遥か狭窄な椅子の数にも、恐らくに意味は用意してあるのだろう。不平不満が無いとは言わないが、所詮新参者の神奈子が口を挟める道理もなかった。

735ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:02:02 ID:UVCbRvCA0
 だがそれは、神奈子含む守矢家の三名に限った事情でしかない。
 「こんな土地(せかい)、来るんじゃなかった」などと泣き言を喚ける事情を抱えるのは、新入りである我々だからこそに許された痛恨の念であると。

 だから早苗は苦悩し、嘆き、絶望したというのに。
 だから諏訪子は困惑し、踠き、激昴したというのに。
 だから神奈子は理解し、動き、恭順したというのに。

 泣くも。怒るも。悟るも。私たち三人の家庭事情あっての迷妄だと、神奈子は割り切っていたのに。
 この土地の住人ではなかった我々新参者が、この土地の古い習わしに混乱や義憤を覚えることは、本来ならば当たり前で。
 逆説的には、我々家族以外の参加者(いけにえ)がこの儀式へ反旗を翻そうと動くのは、普通に考えて、普通ではない。
 保身に動きながらも、儀式を成功させんと各々躍起に立つのが、『此処』での普通なのではないのか。元よりこの幻想郷とは、そういう規律を敷いて大結界の成立を保つ特殊環境ではないのか。
 つまり守矢以外の参加者は、基本的には大抵が儀式に『乗る』ものだという前提で、神奈子はこれまで動いてきた。
 無論、彼ら一人一人にも神奈子の計り知れぬ事情ぐらいはあるのだろう。『例外』という存在はどこにでもいるものだ。

 たとえば最初に出会った少年・花京院典明。
 刑務所で〝天人〟を捨てた少女・比那名居天子。
 その隣で彼女を支えていた、活きのいい学ランの少年もだ。
 神奈子の客観では、彼ら彼女らが『例外』といえるのだろう。儀式へ対しあまり積極的な姿勢には見えず、徒党を組んで動いていた。
 この矛盾に対し神奈子は〝あの子らはまだ若いから〟程度のありがちな疑問しか挟まず、深く考えて来なかった。早苗と同じ人種だろう、と。


 ここに来て、心の隅に横たわっていた違和感が膨らみ始めた。それも、急速な勢いを伴って。


 ───儀式に消極的な生贄が、少し多すぎる。


(……どういう事だ? まさか私たち以外にも『新参者』がいるとでも?)


 生贄とは。どのような過程を経ようとも、最終的には一名を除いて全て死ぬ。こういう前提で此度の儀式は始まった。
 当然ながら、生者であれば誰しもが死を厭うだろう。退場を免れる為にあの手この手で儀式を生き抜こうと、武力に自信ある者は武器を取り、知力に長けた者は権謀術数を張り巡らせる筈だ。
 中には儀式そのものを台無しにしようと目論む『例外』も居るかもしれないという僅かな可能性も、神奈子の頭を過ぎったりしたが。そんな人種がいるのなら、きっと早苗と同じくらいに芽が若く、片手で数えられる程度に極少数の者だろう。

 故に、結局。
 最終的にはこの儀式も『成功』で終わる。
 これが予定調和。在るべき所に収まる、自然の律。
 だからこそ神奈子も、郷に入っては郷に従えを体現してきたというのに。




「幻想郷の人間じゃ、ないの? ………………マジ?」




 盲点というか、灯台下暗しというべきだろうか。
 よくよく考えてみれば、考えたことがなかった。


 ───まさか私たち守矢以外にも、『新参者』が居たなんて。


 いや、新参者どころか。
 この少年は確かに発言した。
 幻想郷なんて知らない、と。
 爆弾発言だ。



「………………ちょ、っと……、話を、整理させて」



 何かが、おかしい。
 不穏な予感が眩暈を引き連れて、脳を揺らす。
 目の前で憤る少年へと縋るように、神奈子は次第に違和感の尻尾を探り始めた。

            ◆

736ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:03:30 ID:UVCbRvCA0
 ひとひら、ふたひらと、斑であった白雪も。刻を重ねるにつれて、力強く勢いを増してゆく。
 まるで彼ら一片一片に何者かの強固な意思が混在し、この地に脈動する魍魎を纏めて祓うかの如き指向性を感じる。
 寒い。薄めのセーター1枚という装いであるドッピオには、この環境が暫く続きそうだという空模様には憂いしかなかった。

「……この雪は、アンタの仕業ですか」

 地べたに胡座をかきながら、じっと思いに耽ける神奈子と名乗った女。先程は彼女へ対しひどく攻撃的な態度で迎えたドッピオだが、今では幾分か落ち着き、やや萎縮しつつも警戒心混じりに会話出来ている。
 この小さな洞穴に正体不明の女を招き入れた理由があるのなら、それは彼女が望んだからだ。
 対話を望み。着座を望み。即ち一時的な停戦を彼女が望んでいるから、ドッピオは今このような場を設けている。
 実質的に抗う余地は無い。神奈子という女は、己の望みや我儘といった〝我〟を叶えさせる力を擁している。対峙してすぐ、ドッピオが気付かされた彼女の圧倒的〝格〟であった。
 そうでなければドッピオはとうに攻撃している。彼女の肩に担がれた無骨な銃器が牽制に一役買っていたのは偽りなき事実だが、それ以上に神奈子の纏う空気が尋常でない域のそれだと、ドッピオへ如実に伝えていた。
 早い話、ドッピオは臆した。無言の圧力に屈し、一時の自陣である洞穴へと彼女を迎えた。迎えざるを得なかった。孤軍奮闘という立場上、これはある種の敗北ともいえる。
 とはいえ、このコミュニケーションにもメリットは確かにある。女が何を企んで接触してきたのかは知ったことではないが……

 ───少なくともドッピオは第二回放送の内容を耳にチラとも入れてない。

 あらゆる局面においてこの穴は、大きな躓きを誘発する深い窪みになる。とても二の次に回していい問題ではなかった。

「……チッ。こっちからの質問は歯牙にもかけないってわけか」
「聞こえてるよ。雪(これ)は別に私の力じゃない。さっきのくたびれた里で空から落ちてきた、フードの男の能力だろうさ」
「だがボクには、アンタの周囲を雪が〝避けて〟落ちていくように見えた」
「そりゃ気のせいだ」

 気のせいの一言で一蹴。あくまで爪隠す鷹で通すつもりだろう。当然ではあるが。
 従ってドッピオも、秘中の秘であるエピタフの隠蔽は怠らない。互いに妥協のラインを探りながら、差し出せる札は差し出し、貰える札は根こそぎ奪ってやりたい。相手も同じ思考のはずだ。
 では〝自分が殺し合いに積極的かどうか?〟 これが隠蔽出来ると出来ないとでは今後に大きく響きそうだが、少なくとも今回は現時点で互いに悟っている。ドッピオの方は服の返り血を隠し切れていないし、神奈子の装いや空気も明らかに戦闘者としてのそれだ。

 お互い『乗った側』の姿勢を隠そうともしない。勘繰るまでもなく、まず前提にこれを承知している。
 偽りなき信条が記された名刺。このテーブルは、双方がこれを提示させた段階から合意の卓となっていた。

 ドッピオも当初は、差し当たり放送内容だけでも入手出来れば儲けもの、程度に考えていた。どこかのタイミングで隙を突き、仕留めにいける戦果を得たなら上々の出来。
 だがこのイマイチ浅略の域を出ないプランも、神奈子の口から『幻想郷』という単語が出た辺りで早くも霞みがかっている。

「確認するが、アンタは……いや、アンタもつまり『幻想郷』の人間じゃなく、『外の世界』の人間なのかい?」

 深い思案から放たれた神奈子が、今一度の念押しを試みた。何度問われようと、それに対するドッピオの答えに変化はない。

737ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:04:59 ID:UVCbRvCA0
「その『外の世界』って言葉も、そもそも理解不能なんですけどね。アンタが『界隈』の人間だってんなら、まぁ分からなくもないですけど」

 神奈子が裏社会に生きる人間であれば、外の世界というのはつまり表社会の人間を指す。しかし目の前で真剣に物問う相手のニュアンスを噛み砕けば砕くほど、この解釈は明らかに誤りだと気付く。
 何かちぐはぐだ。会話間に筋がなく、互いが互いの常識観を疑っている。冬が終結すれば春が訪れる──そんな常識以前の根底を、いい歳した男女が真顔で問題としているのだ。
 この違和感を排除するには、問題を一段階先に進める必要がある。

「神奈子さん、でしたね。そろそろ説明してくれてもいいでしょう。……何なんですか、その『幻想郷』というのは」

 ドッピオにとって急を要する情報とは、先程流れたであろう放送の内容。禁止エリア含め生命線にもなり得るこの情報が、先ずはの最優先事項だった。
 しかし考えてみれば自分には、この殺し合いに纏わるあらゆるデータがインプットされていなかった。放送や参加者名簿で齎される情報源を元にして探ろうにも、単騎の身では限度がある。
 ただでさえこの会場にはコウモリのメスガキや兎耳の女、果てにはあのサンタナとかいう怪物が我が物顔で跋扈している。明らかに普通でない世界というのは流石に察していた。

 もしやすれば。
 自分は情報面において、周囲から遅れているのではないか。それも、とんでもなく。
 殺し合い開始から15時間は経つ頃合いにして、あまりに今更な気付きがドッピオを焦りに走らせた。
 焦燥心が事態の急速な把握をせき立て、逆に彼の掲げる狂気を抑え、落ち着きを与えた。表面上では、という話だが。


「…………私も詳しくはないよ」


 そう前置きし。
 神奈子はどこか心ここに在らずというか、散漫な面持ちで『幻想郷』を語り始めた。


            ◆

 我々守矢の三名以外にも『外』の者が居る。
 この新事実が神奈子にとって如何なる意味を齎すか?

 唐突過ぎて、未だ整理出来ずにいる。しかしよくよく思い返してみれば、あの花京院や不良風の少年の装いなどは、現代の男子学生のそれであった。(後者の髪型が果たして現代風と言えるかは判然としないが)
 また老化を操るスーツの男や刑務所のヴァニラ・アイス、諏訪子と共に居た黒髪の女や天候を操るフード男……あまりにも『異邦人』が多い。目の前の少年だってそうだ。国籍すらバラけていると来た。
 神奈子が幻想郷に越して刻は浅い。住民の豊潤なバラエティさに目を通す暇などなかった故に、今までは「こういう場所なのか」くらいにしか思わなかったが。

 九十の生贄は、幻想郷の内外問わずに強制召集されている。

 この可能性に気付いた瞬間。神奈子ら守矢の三名だけが特殊な事情を持つ──という全ての前提が一度に崩れ去るのだ。

738ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:06:03 ID:UVCbRvCA0
 だから何だ。他人の事情など関係ない。
 そう割り切れるほど神奈子は単純ではなかったし、愚昧な神でもなかった。
 少なくとも神奈子がこれまでに下した二人の男は、見て呉れからして『外』の人間だったろう。つまりは、部外者だ。
 自分は新参者とはいえ、こうして幻想郷に籍を置く身だ。土地目線で一纏めに考えるなら、九十の生贄とは言うなら全員『身内』。
 その身内という前提が、実はそうでは無かった。内外問わずというのは、それこそ幻想郷とは完全無関係の参加者も幾多居ると考えていいだろう。

 この『無関係』の内二人の生命を、神奈子は奪った。
 〝内情を何一つ理解しないまま〟に、殺したのだ。
 更にはその真実を、今の今まで知らずにいた。
 独立不撓の神である、この八坂神奈子とあろう者が。

(私は、誰を殺した? 私は、誰を殺そうとしている?)

 心に灯った自問自答を、冷たく思議する。
 静電気に見舞われたような小さな痺れが、我が頬を引き攣らせた。それが苦悶を表す表情だと、神奈子には自覚出来ない。

 彼らは幻想郷に住まう者だから生贄として選ばれた──この常識は、跡形もなく決壊する。
 幻想郷のげの字も知らない人間がこうして現在する以上、九十の生贄それぞれは、恐らく無作為に選ばれた形に近いと予想する。特に外の人間からすれば、あまりに不本意な拉致だ。神隠しでは済まされない。

 これは『生贄』の範疇を逸しているのではないか。

 神奈子とて殺す相手を選り好みしている訳では無い。内の者だろうが外の者だろうが──それがはたまた家族の者だろうが。
 区別せず、自分含め全員が生贄だ。殺す手段に哀憐の差はあれど、そこは変わらない。
 そうでなければ、今までやって来た自分の行いに意味が生まれない。
 意味の無い殺生を行ったその瞬間。八坂神奈子と云う名の神は、真の意味で『死ぬ』のだから。

 しかし。
 だというのに。
 その『生贄』という、そもそもの大前提。
 ここに疑惑が生じた時。


(───私は、今まで通りで在るべきなのか?)


(───私は、今まで通りで在れるのか?)


 不条理といえば不条理。
 だが考えようによっては、条理ともいえる。
 幻想郷維持の為にこの儀式を行う必要があるのなら、内同士で争わせて数を減らしたのでは本末転倒だ。
 だから外の人間も連れてくる。理にかなうし、そもそも『生贄』とは元来、不条理な習わしである。

 筋は、通る。
 しかし、何一つ知らされず命を喰った側の神奈子にとっては。


(───何なんだ? この、幻想郷という地は)


(───そして、あの二柱の神も)


(───分からない)


 あろうことか神奈子は。
 外の世界の神という立場でありながら、幻想郷の最高神であろう二柱に疑心の目を向けた。

 八坂の神として、あってはならない事。
 是正すべき、心理状態だ。


 さもなくば…………本格的に、ブレてしまう。

739ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:09:06 ID:UVCbRvCA0





「───……奈子さん?」



 暗い海に転覆していた視界が、光の下へ急激に引き揚げられる。


 神奈子の沈黙を不審に感じた少年が、目元を窺うようにして覗き込んできていた。神奈子は自身が思う以上に動揺していたらしく、こうして声を掛けられ、ようやっと意識を浮上させた。

「あ、あぁ。悪いね、私としたことが」

 その一言を以て、神奈子の強張りが抜けた。堅と柔を自由に応変させるその気質が、浮き足立つ気持ちに早急な挽回を促す。メンタルリセットという点で、こういった長丁場では重要なスキルと言えた。
 どうやら精神が一服を求めていることを自覚する。神奈子は息を吐き出し、小休止の意味も込めて支給品から一枚の紙を取り出した。
 手近な地面に落ちていた大きめの樹葉を数枚、手元に引き寄せて一箇所にまとめる。エニグマの紙を広げてひっくり返し、中からなだれ込んで来た菓子類を荒く落とした。樹葉は受け皿代わりだった。

「客側である私が言う台詞じゃあないが、まあ食べなよ。お茶請け代わりさ。茶は無いけどね」
「……菓子?」

 少年がいかにも怪訝そうに、神奈子の用意した菓子の数々を睨み付けた。
 当然の反応だ。あちらからすれば、神奈子は唐突に姿を見せた得体の知れない敵のようなもの。罠のひとつも勘繰らない方がおかしい。
 だが正真正銘、このお菓子はおかしくない。元々はヴァニラの所持していた支給品の一つであり、和菓子・洋菓子入り乱れる至って普通の菓子類だ。安物だが。
 戦場において糖分の類は貴重であり、重要な栄養ソースであるのは言うまでもない。言ってみればこの支給品はハズレの部類ではあるが、殺し合いが後半に進むにつれ、こういった『遊』の要素も精神的な支えになるのは自明だった。
 更に言えば、幻想郷に越したからには二度と御目にかかれないであろうと踏んでいたこの手の現代嗜好品に巡り会えたという点においても、神奈子の気休めになる程度には好感触だった。

「毒なんか入ってないよ。単なるおやつさ」

 自らの発言を証明するように、神奈子は色とりどりの菓子から一つ、適当に見繕って手に取った。日本ではどこにでも売られているような、ごく一般的なバタークッキーだ。
 手際良く包装を剥がし、心地よい音を刻みながらクッキーの半分に齧り付く。馴染んだ味わいの通りに甘ったるい感触が舌を通り抜け、胃の中が洗われるような小さな幸福感が口の中を支配した。
 やはり甘い物というのは良い。こうした甘味は戦前と現代とを比べれば遥かに流通も増大し、今日では気楽に手に入る嗜好品として広く親しまれている。神の視点から見た人間の歩み……その一つとして数えてもいい、慈しむべき美点に違いなかった。
 このスイーツという発明、ひいては食の発展そのものが、人の歴史に生まれた壮大なユーモアを体現しているみたいに感じられ、テイストも含めて神奈子は好きだった。
 残った半分のクッキーも放り込むように口へ入れ、神奈子は間食を終える。神が人間の目の前でポイ捨てを行うというのは流石にバツが悪く、残ったゴミも几帳面に紙の中へと戻しながら。

「どうしたの? 遠慮しなくていいわ。単に情報提供感謝の意味だから」

 撒かれた菓子をじっと訝しむ少年へ、今一度誘いをかけてみる。あくまで兜の緒を緩めようという趣向を含んだおやつタイムであり、実際神奈子にもそれ以外の他意などない。
 あるとすれば……儀式には既に前向きであろうこの少年の出方を見てみたい、というのが心底に隠された狙いといえば狙いだった。

740ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:10:41 ID:UVCbRvCA0

「……では、遠慮なく」

 唐突に少年が菓子へと手を伸ばす。掴み取った一つの菓子は、これまた日本では有名な老舗菓子。どこの店の棚にも並ぶような、ありふれたミニロールケーキの洋菓子だ。
 それを意外にも丁寧な手つきで、包装を取り除いてゆく。少年の顔立ちからして、彼は欧州出の人間らしかった。出身国はきっとスイーツに熱のある方面なのだろうと、神奈子は無根拠な想像をたてる。
 「毒など入ってない」とは念押したし、実際入ってないのだが、あからさまな敵から渡された不審物を警戒するのは世の条理だ。定石に倣うべきであるこの少年は、今まで随分とこちらを警戒していたにもかかわらず、次の瞬間あっさりと菓子を口に入れた。
 まるである時点から『毒などない』と把握したみたいに、次へ移す行動に戸惑いがない。なよなよしとした見た目に反し度胸があるのか。神奈子からすれば好ましい対応なのは確かだが。
 少年が頬張った一口サイズの菓子が、咀嚼と共にゴクリと胃に潜り込んだのを見届ける。残った空の包装紙を彼は、神奈子へ反目するようにその辺へと粗末に投げ捨てた。この悪質な行為に目敏く喝を入れるほど、神奈子も頓珍漢ではないが。


 さて。かなり話が逸れてしまった。
 尤もそれは、神奈子の抱える事情が自発的に陥没へと向かったような自爆。イレギュラーな交通事故でしかない。
 本来この少年に会いに来た理由は、とある参加者に興味が出たからであった。今は自分自身の都合など、考えるに詮無きことだ。

「で、そろそろ話を進めようかしら。ドッピオ君」
「〝君〟はやめろ……ッ!」
「失礼。じゃあ、そうだね……」

 一体何から話すべきかと、神奈子は顎に指を当てて逡巡する。確認しておきたい事柄が、思ったより多かったからだった。
 神奈子とこの少年──ドッピオは、既に最低限の情報は交わされている。名前は勿論ながら、ここ『幻想郷』という土地の大まかな概要と、神奈子が外の世界から来た『神』であること、先に行われた第二回放送内容、等々。
 これらを聞いたドッピオも流石に目を丸くし、暫く俯きながら何事かを思案している様子を見せた。時折小さく震え、頭を抱える素振りも見せていた。
 言葉が出ないのは、先の理由により神奈子も同様である。二人して一様に頬を打たれたような気分を味わったのだ。しかも神奈子に至っては、自身の存在意義にも影響しかねない新情報が明らかとなったのだから。

 だが……『存在意義』という話で語るなら。
 どうやらそれは、神奈子のみの特殊事情という訳でもなさそうだ。


「色々と話したい事もあるけど、まずは───アンタの名前についてだね。〝ヴィネガー・ドッピオ〟」


 初めにこの少年から名を尋ねた時より疑問だったのだ。まずはこの矛盾を紐解いていきたい。
 神奈子は荷から一枚の名簿を取り出し、ドッピオの眼前で軽くぱしんと指で叩いて見せた。

「どうしてアンタの名前がこの名簿上に記述されてないか。コイツは大きな謎だ」
「知るかッ! あのクソ主催共に聞け主催共に!」

 数度に渡って名を問い質してみたが、少年の返答は頑なに一本調子の内容で返される。嘘を吐いている様子にも見えなかったので、彼の名は実際にヴィネガー・ドッピオと考えていいのだろう。
 しかし幾ら名簿の上から下まで目を往復させようと、ドッピオの名は存在していなかった。参加者の一名を取り零すなどと、こんな初歩的な大ポカが有り得るだろうか?

「有り得ねえだろッ! 別に無くて困るようなモンでもねーが、奴ら絶対オレをナメてやがるぜッ!」
「キレるな、ドッピオ……」

 前触れもなくいきり立つドッピオへ対し、神奈子は早くも慣れたように「どうどう」と抑える。
 どうやら彼はかなりの癇癪持ちというか、ともすれば二重人格の様な変貌を時折に見せてくれる。基本的には自己主張の少ない、比較的穏やかな少年なのだろうが……ギャップもあって、どうにも扱いづらかった。
 従って神奈子は、これ以上彼自身の癇に障るような真似を避けるべく、現段階で考えても解けそうにない名簿の謎は切り上げることとした。

 本題に入りたい。
 考えようによっては、ドッピオにとっての『爆弾』は寧ろこっちの話題だろう。

741ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:12:01 ID:UVCbRvCA0

「分かった分かった、ドッピオ。ひとまずこの話は隅に置いておこう。私がアンタを訪ねてここに足を運んだのは、まだ理由があるんだ」

 これまでと違い、ここから先は向こうの『領域』だ。
 それも他人には不可侵である筈の、神聖なエリア。土足で迂闊に上がり込むこの行為を何よりも嫌っていたのは、他ならぬ自分自身であった。

 それを今。
 神奈子は敢えて侵す。



「〝ディアボロ〟……ってのァ、誰のことだい」



 音が鳴った。外からだ。
 着雪の重さに耐えかねて、先端をポッキリと折らせた樹枝の───冬山の音だった。
 湯呑みにヒビが入るような……不吉な予兆を含む音色。


「───口には気を付けろ、テメェ」


 先程の。
 喚き散らすような幼稚な怒気とは、また別種の。
 捉えどころなく。薄気味悪い悪魔のような『殺意』が……神奈子の襟首を掴んでいた。

「離しなよ」

 神色自若の態度で、神奈子は厳かに警告を伝える。不遜の過ぎるドッピオの振る舞いに対し、微動だにせず坐を保っていた。
 神の襟首を掴むという大無礼を遂行せしめたドッピオの眼光は、殺意を振り撒く機械同然の様に冷たい。道徳などとうに捨てた者が作る貌だ。
 右手には鉄製の丸い鈍器が握られていた。夥しい量の返り血がこびり付いた、人の血を吸った武器だ。

 それが今、神奈子に向けられようとしている。
 人間の童が、神に武器を向けようとしている。


「もう一度だけ、言う。───離せ」


 言葉による重圧。神奈子が発した言霊には、人の力では不可抗力の重力が漲っていた。
 未知数。ただの一言で気圧されたドッピオは、冷汗垂らす心中にて八坂神奈子を端的にそう表現した。
 思わず眉根を歪めるドッピオ。握ったと思われたイニシアチブは、いつの間にか不動のままに握り返されていた。

「…………〜〜〜ッ!」
「血気盛んなのはお互い様、だけどね。とはいえ、しかし。無遠慮だったのは、寧ろこちらの方……」

 悪かった。
 素直に。誠心のままに。
 神奈子はそう言って、謝罪した。
 先程の威圧が、嘘のように霧散していた。

 有無を言わさぬ負荷を押し付けられたかと思えば、次の瞬間に自ら頭を下げる。変遷の激しい神の姿を前に、ドッピオは出す言葉を失った。

「デリケートな話題だってのは承知の上さ。アンタと〝ディアボロ〟の間に垂らされた糸が、ただならぬ関係にある事くらい。それは例えば──家族の様な。誰しもが持つ、他人には踏み越えられたくない、生まれながらの垣根って奴だ」
「…………家、族」
「ああそうさ。私も『あの場』に居た。ディアボロという人間が、自分の娘を手に掛けたあの地獄にね」

742ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:13:02 ID:UVCbRvCA0

 家族とは何か? この命題に明確な解は出ない。
 地上に星の数ほどある家族という環。彼らそれぞれがそれぞれに苦悩し、喘ぎ、人外から見れば短い生を踏破する過程で、自ずと悟るイデア。そも、他人の助言によって解釈を得るのでは的外れなのだ。
 だからこそ重要視するべくは家族間でのみ紡がれる『絆』であり、神奈子もこれを絶対的な聖域だと捉えている。
 トリッシュと呼ばれたあの少女とディアボロとは、父娘の関係なのだろう。そこには家族という特殊な繋がりがあった筈だ。
 是非はさておき、ディアボロはこの唯一なる『絆』を自ら断ち切った。現状の神奈子ではとうとう達成に至り切れなかった行為だ。

 理由を、知りたかった。
 ディアボロがこれに至った心情……経緯……覚悟……その片鱗でも、と。

 それはまさしく神奈子が嫌っていた、他人の家庭事情に土足で立ち入ろうとする行い。不道徳だという自覚あるがゆえ、先程神奈子は誠意をもってドッピオへと謝罪したに過ぎない。
 本来なら頭を下げる対象は、ディアボロが望ましい。彼の行為の真意を知りたいならドッピオでなく、ディアボロ本人へと問い質せばいい。


 そうしたいのは、山々だ。
 そう出来ない事情が、出来上がってしまった。
 悔やまれること、と言っていいのだろうか。


「───ディアボロ本人がもう死んじまってる以上、当事者と言えるのはアンタぐらいかと思ってね」
「…………。」


 ドッピオには既に伝えていた事実だ。
 先の放送において『ディアボロ』は、名前を呼ばれている。娘を殺害したディアボロはあの後、何処かですぐに死亡したという訃報だった。
 この事実を聞いたドッピオは何を語るでもなく、静かに目を伏せた。深く思慮するように、死者へと想いを馳せていたのだろう。

「知ったふうな口を……と思われるかもしれないけどね。アンタにとってディアボロは凄く大切だったんだろう?」

 ストレートな切り口。配慮がないと、自分でも思った。相手は只者でないとはいえ年端も行かぬ少年で、大切な人物を喪った事実をつい今しがた知らされた所なのだ。

「……アンタは要するに、何を知りたいってんですか」
「ディアボロがどうして、娘トリッシュを手に掛けたのか。アンタなら知ってるかと思ってね」
「何故です。アンタは完全に部外者のはずだ。何故、それを知りたがる?」
「私個人の私情であり、エゴみたいなもんさ。血の通った家族を殺そうとしているのは、何もディアボロだけではない。先達に倣うってわけじゃあないけど、いつまで経ってもうじうじしている自分に何か切欠が欲しいのも事実よ」

 神奈子は手札の一部を早々に明かした。自らに陥った事情を潔く語るというのは、相手に弱味を握らせる愚行と同義だ。しかもそれが神聖であるはずの己が領域──家族に関する事情だというのだから、これはもう突けば角を出す急所を曝け出すようなものだった。
 だがこれも利害得失の代償と考えれば、当然の精算であるとも思う。神奈子は今、それだけ業の深い双手を伸ばして相手の泣き所を間探ろうとしているのだから。その上ドッピオにとってみれば神奈子の一身上の都合など、本当につまらない話だろう。何もかも打ち明けるつもりは毛頭ないが、少なくとも彼の心に響く対話にはなるまい。
 聞こえは良くないが、神奈子の身の上話を駄賃にして『ディアボロ』についての話を聞きたかった。自分で言ったように、これはエゴ以外の何物でもない。

「境遇こそ異なる。でも結局のところ、向かう到達点はディアボロと大差ないんだろうさ。私もいずれ『娘』を殺す。理から外れたこの大罪を円滑に、穏便に済ますには……少し遠回りが必要かと思ってね」

 如何にも唐突で、正当性は見当たらない神奈子の理屈。ドッピオもこれに不条理を感じたか、冷静に反論する。

「我が家の事情をお涙頂戴のように愚痴り、相手にもそれを強要する。……酒の席じゃないんだ。流石に通らないでしょう、それは。神奈子さん、貴方の理屈は烏滸がましく、そして破綻している」
「正論だ。アンタがそれを話したくないってんなら、私は黙ってここを立ち去るさ。話す話さないってのは、当人が決定する当然の選択肢だからね」
「…………話す、話さない。それもちょっと間違いだ。ボクにはその二択を決定する権利なんか、ないですよ。あの人について第三者に語る権利は、ボクには与えられていないんです。『話せない』、が正しい」

 滑らかな拒否を示すドッピオ。その態度はどこか断定的で、機械的。まるで兵士だ。
 話したくない、ではなく、話せない。この言い回しから予想出来るドッピオとディアボロの関係性は、神奈子の思っていた以上に序列を含みそうだ。封建的、とも言えるかもしれない。

743ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:14:01 ID:UVCbRvCA0
 神奈子は目の前のドッピオにも悟られないくらいに小さく、ふぅと息を吐いた。
 本人が話せないと言い切っている個人事情を、無理やりにこじ開けるつもりは神奈子にも無い。半分ほど予想していた答えでもあり、さして落胆は無かった。

 ディアボロについては、諦めよう。
 元より『死人』なのだ、彼は。
 今も何処かで生きている早苗や諏訪子よりも優先して探る程の寄り道ではない。


(……私はこの期に及んで、何を惚けている)


 この足踏みがドッピオの指摘した通り、烏滸がましく、破綻した、それでいて無意味な時間だと。ふと気付く。

 他人に話して、楽になりたかった?
 それとも、引き留めて欲しかった?
 馬鹿な。そうなった所で、結局最後に苦しむのは自分や家族なのだ。分かりきった事じゃないか。
 寄り道だなんだと都合の良く聞こえる言葉は、逃げ道でしかない。こんなのは問題の先延ばしに過ぎないじゃないか。

 ディアボロは、もういい。
 死んだ者より、生きた者だ。
 私の〝これから〟は、此処に居るドッピオに向けるべきだ。

 神奈子は半ば自棄のように手を伸ばし、目の前に積んだ菓子の山へと突っ込んだ。
 甘ったるい砂糖菓子。外の世界の駄菓子の一種であり、早苗の小さい頃はよくこれを与えて喜ばせていた。
 やや乱暴に包装を剥ぎ、一口サイズのそれを口に放る。多量に振り掛けられた砂糖と果汁本来の酸味。この塩梅が、今の神奈子にとっては丁度良い刺激となった。

「相分かった。すまんね、変な話を持ち掛けて。忘れてくれ」
「いえ……。ボクの方も色々と教えて貰った事ですし」

 体面だけではあろうが、ドッピオも温柔な物腰で応じる。爆発的に感情を露わにするかと思えば、この様に低姿勢で物事を慎重に進めたりする。
 彼という二面性は、ディアボロ抜きにしても神奈子の興味を惹かずにはいられない。此処が殺し殺されの場でなければ、もう少しからかってみたりもしたかったが。


 それだけに……惜しい。


「アンタは……いや、アンタも優勝狙いなんだろう? ディアボロも死んだ今、孤軍奮闘を余儀なくされていると見える」
「……そう、見えますかね」

 わざわざ確認する程でもない。
 少年は現在、間違いなく単騎の身。今なら、どうとでも扱える。
 正直、神奈子の中でこの儀式そのものに向ける疑念は膨れつつあった。今まで通り、とは行かないかもしれない。
 それでも今更路線を切り替えるなど、愚かもいい所。ましてやこのドッピオは紛うことなき危険人物であり、放置すれば早苗たちにも危害があるだろう。そうなれば何の意味もない。

 家族間での決着は、あくまで家族間で。
 そうでなければ甲斐もなく。
 そうだからこそ、震盪する。



(───殺すか。今、この場で)



 決心までには一歩至らぬ、その邪念。
 底意がふつと沸き上がり、他者を害さんとする明確な形貌へ変異を遂げる───刹那だった。



「ボクと手を組みませんか」



 その言葉は、神奈子が今まさに手を下さんとする相手の喉奥から、ゆらりと這い出た先制の申出だった。

744ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:14:36 ID:UVCbRvCA0


「………………何だって?」


 恐ろしく間が抜けた反応を示したもんだと、自分でも呆れた。ドッピオが放った言葉の意味が、一瞬なんのことだか理解出来なかったのだ。

「シンプルな提案ですよ。ボクも貴方も殺し合いに乗っている。しかし互いに単独の、謂わばアウトサイダーの身だ。支援の期待できない戦場に長く身を置くってのは精神的にも折れる。だから仲間のひとりも作っておきたい……ってのが、常人の心情でしょう。『神サマ』にとってどうかは知らないけどね」

 青天の霹靂に近い体感というべきか。圧倒的強者としての視点を持つ神奈子からすれば、それは不意を食らったような提案だった。
 人を殺しておきながら常人の心情を語るとは見上げた根性だが、そもそも神奈子には今まで〝仲間を作る〟という発想がまるで無かったのだ。
 儀式が始まって今に至るまで、記憶を掘り返すまでもなく、徒党を組んで動いている者たちを見てきた。あの不良コンビといった彼らのように、懸命に生きようとする姿に感銘は覚えても、その仲間意識に疑問を挟むことは今までなかった。
 それは結局の所、彼ら人間達に対して、神奈子はどこか『格下』を見下ろす気持ちで対してきたからだろう。神の生まれである以上、これは種族意識に近い自然現象の様なものだ。

 弱者ゆえ。人間ゆえに徒党を組む。
 自然界では当たり前の事象だ。
 神である自分が、その『集』という枠組みに収まろうとする。これにより発生するメリットや不具合などの掌握・処理の必要性、といった戦略以前に……まず考えにも及ばなかった着想だ。

「私が……よりにもよって『人間』と組む、か…………」

 無為にぼそりと零した言葉は、人間であるドッピオを見下すような意味にも捉われかねない。彼女にその意図は無かったろうが、日常的に人間を下に見ている節はありありと見て取れる台詞だった。
 これを耳に入れたドッピオは、少し目線を細めるだけで特に反応しない。単純な戦闘力で言えば明らかに神奈子以下である彼からすれば、この場で彼女の機嫌を悪くする訳にもいかなかった。

 形としては、ドッピオの交渉といえた。しかも話を切り出すタイミングと言えば、まさしく完璧だと言わざるを得なかった。
 さっき、神奈子の心証は間違いなくドッピオの始末という選択肢に傾いていた。今まさに手を出そうとする意識を遮るように、彼はこの『共闘』を持ち掛けたのだ。
 そして実際に神奈子は、その思わぬ提案を悪くない選択だと考え、首を縦に振ろうかと思い始めている。

 結果のみを見れば、ドッピオは寸での所で救われたのかもしれない。
 この事実が単なる幸運として片付けられるのか、はたまた彼の持つ『得体の知れない何か』が、未来を視るようにして凶兆を回避させたのか。分からなかったが、神奈子はこれをドッピオ自身の手腕として認識した。
 時折に彼の底から感じ取れる、得体の知れなさ。不気味な両面のある性格や、いざという時に人を殺せる程の冷徹さだけでなく、ドッピオの奥底に秘められた『切り札』のような何か。それを感じる。
 味方に付けるには底が見えないが、漠然とした頼もしさもあるにはある。まだまだ敵は多く、神奈子を脅かしかねない現存勢力も不明瞭。徒党はやはり、今後必要になるのかもしれない。

 自分の方針は変えるつもりもないが、今までが少し堅すぎたという自覚が出てきた。
 もう少し、柔軟に行ってみるか。

745ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:15:14 ID:UVCbRvCA0



「……ああ。それも、良いのかもしれないね」











 ───本当に、良いのか?


 長い思惟を終えた神奈子が、納得尽くである筈の答えを再確認するように自問を掛ける。
 再び陥る長考の迷路。既に口放ってしまった答えに、ドッピオが何やら確認を投げつけている気がしたが、今の神奈子の耳には大して聞こえていなかった。

 人間と組む。それ自体は神奈子の矜恃を崩すことは無い。そもそもこれは、神としてのプライドがどうのという話ではなかった。
 たとえドッピオが今、心中で神奈子に向けて舌を出していようが。この提案が神奈子の牙を避ける為に仕掛けた、一時的な苦肉の策であろうが。
 問題はそこじゃない。自分自身の心根に問い掛ける、信念への疑問を呈しているという発覚が、神奈子の足を今また沼へと引き摺りこもうとしていた。

 神奈子は今。ドッピオを殺す、生かすの二択を迫られていた。
 そして一見、耳障りの良い言葉・理屈で丸め込まれ、生かす──『手を組む』という選択肢を取ろうとしている。
 間違いではないだろう。囁かれた旨味は確かに存在し、互いにとって望む方向へ進むのであればwin-winだ。口八丁で言いくるめられた、などという浅慮は浮かばない。褒めるべくは相手の先見の明だと。

 彼女が足を搦める理由は、ドッピオを生かす選択を取ったこと、ではなく。
 彼を此処で『殺す』という選択を取れなかったことに起因する。
 ドッピオの提案を聞いた時、あまりにも自然に『生かす』方向へと意識が寄った。そして自分なりに納得のいく理由付けを、見る見るうちに積み重ねて行った。挙句には、彼の秘める先見性のような才を持ち上げる始末。


 甘いんじゃあないのか。
 都合の良い誤魔化しに、また逃げてやしないか。

 ───殺せよ。

 何が神。何が家族。
 これでよくもまあ、娘を殺すなどと大言を吐けたもんだ。
 目の前の童ひとりに、いいように抑えられて。

 ───殺せばいい。

 ディアボロも死んだ。
 ドッピオから引き出せる情報はもう無い。
 現実を見ろ。幻想は棄てろ。
 我々の理想する幻想郷は、此処には無かった。
 なればもう、見据えるべき終点は一つだろう。

 ───殺すべきだ。

 次は諏訪子だぞ。早苗だって残ってるんだ。
 あの子らに再会した時、お前はどう向き合うつもりなんだ?
 お前があの子らを殺せなければ、別の悪意に殺されるだけだ。

 家族だろ。
 家族なら、───よ。



 ──────────────。



 ───────。



 ──。

746ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:16:09 ID:UVCbRvCA0






 頭の中に色々な声が混ざって。

 それは幻想郷の事だとか。

 家族の事だとか。

 様々な、声とか、色とか、景色とか、他にも、



 ……………………、……って。


 …………。


 あぁ。














「──────……では、ボクは先に行きますね」
「ああ。健闘を祈るよ、ドッピオ」




 いつの間にか、話は先に進んでいた。


 とうとう神奈子は、ドッピオをここでは『生かす』……手を組んでみようという結論に落ち着いていた。
 何もかも真っ白だったわけじゃない。寧ろ様々に物を考え、先々を見据え、現状を認識した上で出した結論、だったように思う。
 話を進行させていく上で神奈子は、東風谷早苗、洩矢諏訪子の二人には絶対に手を出すな、だとか。
 手は組むが、行動は別々にしよう、だとか。
 次に何時、どこどこで落ち合おう、だとか。
 そんな当たり障りもない内容を、交わしていた……ように思う。

 当たり障りもない、内容。
 可も不可もない、適当な落ちどころ。
 無難すぎて、笑けてしまいそうだった。

 薄白色の思惑が飛び交う中、幻想郷についての疑念も当然、頭を掠めたりもしていた。
 その中で、ふと……本当に、ふと。
 新たな疑問が湧いた。今まで疑問に思わなかったのが不思議なくらいだった。

 八雲紫が『生贄』に混ざっているのは、明らかに不自然だ、という疑問。


「あぁ、ちょい待ち」
「はい……?」


 八雲紫という女にも、取り敢えず手は出さないで欲しい。ディアボロが娘を手に掛けた現場にいた、紫色の装飾を纏った金髪の妖しげな女。アンタも見たはずさ。
 そのような内容を念押しした……ように思う。虚ろな思考の最中であったので、きちんと伝わったか自信がなかった。

 八雲紫。幻想郷においては本当に数少ない、少しは人となりを知る人物。少しは、だ。
 彼女は幻想郷の重鎮中の重鎮。郷の最古参であり、現行の幻想郷を創った賢者の一人と聞いている。
 そんな者が何故、他の生贄と同様に首を並べ、この儀式へさも当然のように参戦しているのか? 名簿上だけでなく、先刻諏訪子と行動を共にしていた場面だって漏れなく目撃している。百歩譲って何やら事情があるにせよ、八雲は儀式に『乗る側』なのが幻想郷にとっては好ましいと思うのだが、先の様子を見る限りそんな風でもなかった。
 本来であれば彼女の座すべき椅子は、あの最高神の隣であるべきではなかろうか? 目的は依然不明だが普通に考えて、此度の儀式を開催し、取り仕切る側の役職が彼女なのではないか? あの二柱と八雲紫の関係は?

 またしても、分からない謎が増えてしまった。だがこの謎は、本人をとっ捕まえる事で造作もなく解決する。
 八雲紫さえ抑えれば、幻想郷についてや今回の儀式への作為、果てはそれを切欠にして、家族への最後の踏ん切りも……と、芋づる式に憂色が晴れる事も期待できる。なんなら彼女自身に拘る必要はなく、お郷の顔役がもし他に居るならばそっちでも構わない。

 とにかく、優先事項と呼べる指標が増えた。
 心に多少は余裕が生まれた事への、弊害だろうか。


 次第に黄昏色へ染まる雪景色。
 下界へ急ぐように、ほとほとと降る雪粉の軒下へ出ようとするドッピオを、神奈子はくだらない疑問によって引き留めた。

747ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:16:53 ID:UVCbRvCA0


「───アンタはどうして、誰かを殺すんだい?」


 言い終えて気付く。この疑問は何の脈絡もない、不意で無意味な質問でしかないことに。
 しまった、と後悔した。凡そ彼女の性格には相応しくない、無駄という名の追求。
 はっとした時点では遅かった。ドッピオはそれを背で受け、ゆっくりとこちらを振り返る。その瞳には、さっき神奈子へと見せたような冷たさがあった。
 今、神奈子が最も欲しているかもしれない冷酷さ。もしかして自分は、彼のその瞳に惹かれたから殺す気が失せたのかもしれない。そう思った。

 揺蕩う自分と少年とを見比べて、彼の秘める『原動力』がふと、気になっただけ。
 あるいは、どこかで彼を羨ましく思ったのかもしれない。

 だから、尋ねた。
 我慢できず、尋ねてしまった。
 大した意味もなく。

 冷徹を携えた眼光のままに、少年は唇を開く。


「……それは、何故ボクが優勝を狙うって意味ですか」


 愚問だ、とでも言いたげな視線。神奈子が後悔した理由が、その視線の中にあった。
 悪かった。訊くまでもなかったね、と。
 くだらぬ質問なんて取り下げ、ドッピオには早くここから去って欲しい気持ちが我が身に充満した。
 だが、訊いてしまった。馬鹿げた問いと分かりきっていながら、降って湧いた興趣を抑える気が起きなかった。
 彼の持つ不思議な原動力が、神奈子の〝これから〟にとって少しでもの『糧』になればいい。
 僅かながらの、そんな期待も込められた問い掛けだった。

「あぁ、そうとも。どうしてアンタは、この殺し合いを最後まで生き抜こうとする?」

 だが、ひとたび口走った疑問はもう、自らの意思で留めることは出来なかった。

 「命じられたから」と言って欲しかった。あの二柱の最高神から「生贄同士で争え」と。
 または「死にたくないから」とか、そういう尤もな理由。同情を引ける理由。
 神奈子が求めている答えは、そういう無難で、人として当然で、些些たる理由。

 それで良かった。それで納得できる。
 殺されたくないから、殺す。
 生物学的。原始的。そんな理由で、十分。


「命じられたから、ってのも大きいですがね」


 神奈子の求める答えが、少年の口から形違わず現れた。
 ほんの一瞬、安堵の笑みを覗かせる神奈子。
 そうでなければならない。元より我々は、巻き込まれた側の者なのだから。
 どれだけ人道に反しようと、誰しもが己が身を。または身内を重んじる。神奈子にその行為を否定する権利はない。

 しかし彼の答え……その意味する所は、神奈子の望みからは正反対の位置にあった。


「でも、あのクソ主催共に命令されたからじゃない。ボクに命令を下せる方は、この世で唯一人です。
 『ボス』に命令されたから、殺す。そしてボク自身も、あの方を優勝させる為に誰かを殺す。全部、あの方の為です。その為ならボクは、命だって捧げられる」


 少年の瞳は、黒く輝き放っていた。


「──────?」

 閉口する神奈子。その瞳に射竦められるように、全身が硬直する。
 言っている意味が、わからない。

748ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:17:46 ID:UVCbRvCA0

「アンタは勘違いしている。ボクは優勝なんか狙ってない。最後の『二人』になるまで参加者ブッ殺して、後は胸にナイフを自ら立てれば終わり。勝つのはボスだ。これがボスの望んだ───永遠の『絶頂』だからだ」
「アン、タ……何を言って───」


「ボスは生きている。死んでなんかいない。ボクにはそれが分かる。だからこれからも、ボクはあの方の為だけに動く。それだけだ」


 自分の胸中に忍ばせていた価値観が、否定された気がした。


「それまでボクはアンタを利用するし、アンタもボクを利用するといい」


 ボス──つまり放送で確かに名を呼ばれた、死人となった筈の『ディアボロ』の生存を、少年は自ずから信じていた。
 絶望に打ちひしがれての。
 幻想に逃げ、縋りつこうと盲目する類の。
 なりふり構わなくなった者が最後に浮かべる脆弱な、虚飾の瞳ではなかった。
 少年の瞳は黒く濁りつつも、その中心には純粋なひたむきさを感じた。誰かを心から信じる者特有の、ある意味では純粋無垢な瞳だった。

 その彼が、大切な者の為に誰かを殺し。
 そして自らも、死ぬという。


「東風谷早苗と、洩矢諏訪子……あとは八雲紫、だったっけ。この三人には手を出しませんよ。取り敢えずはね」


 次に落ち合う場所と時間……忘れないでくださいね。
 じゃあ───アンタも精々、頑張って。

 最後にそう言い残し、今度こそドッピオは神奈子の視界から消えた。



「…………ボスの為に、自分も死ぬ、か」


 すっかり孤独となった洞穴の中で、神奈子の独り言だけが虚しく木霊した。
 無意識に手元の菓子へと手を伸ばしていた。手持ち無沙汰のように、包まれた紙をくる、くる、と弄る。その度にぱりぱりとした感触が、皮膚を伝って神奈子の意識へと語りかける。

 ドッピオの最後の言葉は、神奈子の心に大きく傷痕を残していった。
 ディアボロが生きている。それを今すぐに確かめる術は現状無いし、仮にそうであっても大した問題ではない。冷静に見るなら、ドッピオの希望的観測と捉えるのが現実的だ。

 だが、重要なのはそこではなかった。

 ドッピオが自分に無いモノを掲げていたからだ。それが神奈子の視点では誇らしく見え、まるで正道を歩む者のように感じた。

 神奈子は───家族を殺そうとする者である。
 それはこの儀式が既に自分の力でどうこう出来る範疇の規模にないと悟り、またこの儀式が幻想郷の維持には必要不可欠の類であるものだと認識しているから。それが一つの理由。
 そしてもう一つは、中断不可能であるこの儀式に放られた我が家族に訪れる『最期』とは、必ず惨たらしく醜悪な末路となる未来を予期したからだった。まだ力の弱い早苗は、特にその不安が大きい。

 せめてもの。せめてもの救いと呼べる『抗い』こそが、家族による『最期』を宛てがう行為。
 これしか無かった。幻想郷へと来てしまった時点で既に決定事項となった我々家族の末路は、最後の一人となる以外には〝死〟……つまり、供物となる他ない。

 だったら、せめて。
 せめて血の繋がった家族の最期だけは、唯一無二の『家族愛』こそが救いの気持ちとなる。たとえ気休めであろうと、神奈子はそれを信じていた。
 否。信じる以外の道が、初めから用意されていなかった。

 八坂神奈子には、自らの命を供物にしてまで家族を生き残らせるという選択肢が無かった。つまりそれは、早苗を最後の椅子に座らせるというシナリオを指す。
 この発想が無かった。仮にそれをやったとして、家族を失い独りとなった早苗が、その後の人生を幸福に過ごせるなどとも思わない。


「…………でも、あの少年は違った」


 ドッピオは、神奈子が取ろうとも思わなかった選択肢を持っていた。彼にとっての『家族』がディアボロというのなら、神奈子とドッピオはよく似ていた。

749ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:18:43 ID:UVCbRvCA0
 家族を生かすために他を殺すドッピオ。
 家族を生かすために自ら死を選べるドッピオ。

 家族を殺すために他も殺す自分。
 自分には、家族を生かす選択が無かった。
 それどころか一刻も早く殺してやらなければ、と焦ってさえいた。
 早苗を最後まで生き残らせて、そして自ら命を絶つ、などという選択も……思いもよらなかった。

 あの少年は幾つだろう? 十五? 十六?
 どちらにせよ、子供だ。
 果てしない長命である神奈子と違い、奴はまだ子供。
 そんな年端も行かない子供が、心臓を捧げようとしている。
 大事な者の為に。

 神奈子には選べなかった、尊い決意。
 神奈子では為せない、艱難辛苦の道。
 今更、道徳を問題にはしない。
 だが、確かに。
 不本意な形ではあろうが、あの少年は。
 神奈子の価値観、その全てを否定した。
 粉々にされたとまで断言してよかった。
 まるで矮小な自分を嘲笑うように、見下された惨めな気分さえ浮かんだ。


 手の中にあった正方形型ミニチョコレートの包装を、カサカサと破いて捨てた。口に入れたビターチョコレートの味はとても苦く、吐いて捨てたい衝動に駆られて……自重する。


 腕が震えていた。
 怒りか、悔しさか。空しさか。
 それは誰への感情なのか。
 分からないままに、どうでも良くなった。


「私は、早苗を…………殺さなければならない」


 心からの本音でない言葉なのは、当たり前であるはずなのに。
 家族としての義務か。義務感から、娘を殺そうとしているのか。
 はたまた、その権利が与えられたからか。家族を殺す権利などという、犬も食わない屑物を与えた秩序の仕組みになんの憤慨も抱かないというのか。


「私は…………あの子、を」


 殺す、殺す、と。
 私はここに来てから、頻りにこの言葉を多用している気がする。

 早苗を殺す。
 諏訪子を殺す。
 早苗を殺す。
 諏訪子を殺す、と。

 好きでもない単語を、わざわざ口に出して。まるで田舎のチンピラ共みたいに。滑稽で、薄っぺらで、子供っぽくて、中身の無い言葉だ。『殺す』なんて馬鹿げた台詞は。
 真に相手を斃す腹積もりであるなら、そんな単語を口にする必要など無いのではないだろうか。決心を固め、それを全うさせる技量の持ち主であれば、わざわざ殺すなどと口にする迄もなく、心の中で思ったなら、既にその凶行を終えているものだろう。
 少なくとも私にはそう思える。その上で私と来たら、相も変わらず早苗を殺す、諏訪子を殺す、などと。しかもその『殺す』とやらの絶好の機会に他ならない猶予が、早苗・諏訪子両方共に一度あったというのに。

 むざと見過ごしている。
 見過ごした上でまた、私はあの子らを殺すなどと口に出している。性懲りもなく、だ。

 何故……? ───考えるまでもない。


「…………結局、目を背けていたのは私の方、か」


 落としていた視線を、不明瞭な独言と共に持ち上げる。
 やがて意を決したように立ち上がり、ますます勢いが増しつつある雪模様を忌々しげに睨みつけた。
 先走りを始める感情に歯止めが効かない危うさを自覚しつつも……今度ばかりは、制御する気さえ起きなかった。

 胃袋に染みたチョコレートの味が、この世のどんな苦渋よりも苦々しく感じた。


            ◆

750ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:19:21 ID:UVCbRvCA0

「クソ! 何、だよあの女は……! 何処そこの神だとかぬかしていたが、ンな事ァどっちでもいい……!」

 荒ぶらんとする武神を寸での間際で鎮めきったドッピオ。その功労者となったエピタフの予知が無ければ、きっと奴はその美貌の裏に隠した牙(ガトリング)をもって破壊の限りを尽くしたに違いない。
 浮き現れた予知の通りに神奈子の意識を遮り、体のよく聞こえる共闘案を持ち出したドッピオの腹は、実のところ焦る気持ちでいっぱいだった。
 矢も盾もたまらない神奈子の攻勢を懸念したドッピオだったが、それは杞憂に終わった。結果的にはこの提案が実を結び、そこから先は拍子抜けするほどトントン拍子で事が進んだのだ。

 かくして迫る災害を見事逸らしたドッピオは、悪態を吐きながら今に至る。小心者な性格など何処吹く風ぞ、と言わんばかりに、彼の悪い面の顔がおもむろに出ていた。
 あの場から脱することさえ出来たなら最早何だって良かったが、終わってみれば神奈子を味方につけるような成果さえ得られたのは、僥倖だと言えるだろうか。
 単騎でマトモにぶつかったなら、とてもではないが勝てる相手には見えない。そんな強者と(ひとまずではあるが)共同戦線を結べたのだから、上出来だろう。欲を言えば何とか仕留めたかったものだが。

「にしても……ボスが放送で呼ばれたらしいってのは、どういう事だ? 普通に考えれば運営側のミスか、何か意図があっての虚報か……」

 既にドッピオの意識は、神奈子から敬愛するボスへと移っている。一度はジョルノ・ジョバァーナに敗北を喫したとはいえ、彼の中での『頂点』は未だ揺るぎない帝王の椅子に座するボスだけだ。
 従ってドッピオは、ボスの訃報など毛の先ほども信じていなかった。この自分すらがこうして生きているのだ。なれば帝王が自分を差し置いて退くなど、この世で一番ありえない出来事だ。
 ボスは『トリッシュ・ウナ』の肉体を乗っ取り、そのまま闇へ消えた。放送で名が呼ばれた理由こそ不明だが、そこのカラクリにどういう形かで関わっている可能性も考えられる。

 とにかく、ボスは生きている。生きているならば、それで十分。
 これ以上を考える必要もなかった。考えるまでもなく、既にドッピオのやるべき事は決まっていたのだから。

 どうでもいい事だが。
 あの女は、自分の娘を殺すだとか言っていた。
 誰を指しているのか。多分、話に出ていた『東風谷早苗』か『洩矢諏訪子』のどちらか、或いは両方か。
 彼女らには手を出すなと釘を刺されている。一介の神がギャングに忠告とは、業の深い話だ。手を出すなというのはつまり、率先して殺して下さいと言ってる事と同じだろう。


「早苗か諏訪子……コイツらを優先的に狙うべきか」


 神奈子とその家族に如何なる確執があるのかは知らないし、どうだっていい。しかしあの様子だと、どちらにせよ娘は神奈子のアキレス腱になる筈だ。
 ギャングに忠告するとはいい度胸。娘を人質に取るのは職業柄お手の物だ。あの愚かな暗殺チーム共がボスに対抗して取った行動と同じく、家族を人質に取るってのは、交渉ごとをこれ以上なく有利に進められる有効手段なのだ。
 正面からぶつかるには厳しい神奈子を手玉に取れる糸口。娘の指でも数本切断して写真でも送り付けてやれば、泣きつくぐらいはしてくるかもな。

 近い将来に必ず立ち塞がる驚異へ対し、極めて悪どい算段で対抗策を立てるドッピオ。
 周囲への注意力が散漫となるのも、必然といえた。

 だが彼の持つ『強み』とは、周囲への危機管理に依存する必要がなかった。
 だからこそ強みと言える。依存するは周囲でなく、視界いっぱいに映される『予知』にのみ終始すればよい。

 大抵の場合、この力で事なきを得る。
 今回も、そうに違いなかった。

751ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:20:25 ID:UVCbRvCA0


「──────ッ!?」


 普段のドッピオの身体能力では決して避けきれない攻撃が、背後から音もなく飛んできた。
 一直線の糸──『釣り針』だった。射線上に棒立ちのままであれば、間違いなく直撃していた。
 身体を飛び込ませるようにして、これを大袈裟に避ける。一見して殺傷力の低そうなこの投擲を、ドッピオは一瞥する事もなく逆向きの姿勢で回避を選んだ。
 この行動が正解だったと、直後に悟る。あらぬ方向に飛んだ釣り針の先端は、前方の木の幹に深々と突き刺さり──否。水面に潜るようにして、針が幹の中へ潜行していた。明らかにスタンドだ。

「驚いた。アンタ、背中に目でも付いてるのかい?」
「てめぇ……っ!」

 地面に這い蹲ったまま、ドッピオは自分が歩いてきた方向へ振り返った。


「また会ったね。ドッピオ君」


 地面を踏み抜くような酷く重々しい威圧感。その一歩一歩が、まるで人の形をとった岩石の如き重量を伴っているようだった。
 初めに邂逅した時よりも彼女のそれは、明白な違いが見て取れた。

 ───殺気である。

「〝君〟はやめろと言った筈だよなァ……!」

 立ち上がり、構えるドッピオの瞳には焦燥と怒り、そして覚悟が混ざり合っていた。これから命のやり取りを行使する者特有の目だ。
 現れた神奈子の腕には『釣竿』が構えられている。あれが奴のスタンドなのだろう。初撃の不意打ちを避けられたのは100%予知のお陰であり、心構えさえあれば追撃の回避も難しくないと推測する。

 だが、彼女の最も厄介な武装は他にあった。
 アレを全て回避する術が、現時点で見付からない。
 こうして向き合ってしまった瞬間から、詰みだった。

「フザけんなッ! いきなり裏切るつもりかてめぇ!」
「八つ当たり、と言われたらそうかもしれない。妬み、やっかみ、羨望……どっちにしろ、ロクでもない理由なのは確かさ。協定を違えたことだけは、謝っとくよ」

 理不尽な怒りを込めた猛りは、柳のように受け流す神奈子の全身を呆気なく通り過ぎる。
 心変わりしたのか、初めからこうするつもりでドッピオへ接触してきたのか。ともかく掌を返すような彼女の行動は、かつてないほどドッピオの命を脅かしている。

「アンタは私が成れなかった、理想のままの姿を体現している。その歳でよくやるよ。嘘偽りなく、私はアンタを尊敬しよう」

 神奈子が釣竿を手放した。しかしそれは正確ではなく、ただスタンドを解除したに過ぎない。
 両手を使用可能としたのだ。彼女に配られた『第二の矛』の威力と散弾範囲は、先のちっぽけな釣り針とは桁が違う。
 その穂先が今、ドッピオの胸を捉えていた。幾ら未来が視えても、防御の手段も無い状態であの掃射を回避するというには、この場所はあまりに開けすぎている。

「お、おい待て……!」

 武器であるアメリカンクラッカーを手に取り、すかさず構えるドッピオ。その視線の先には、数十秒後に訪れるであろう予知の光景がぼんやり浮かび始める。

 エピタフの予知は絶対だ。

 訪れる未来が希望に満ちた光景であれば、心晴れやかに足を踏み出すことが出来る。

 訪れる未来が絶望に染まる光景であれば───彼は、絶望を希望に変える為に足掻こうとする。

 ドッピオという少年は、それが出来る人間だった。

752ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:21:12 ID:UVCbRvCA0

「だから、せめて最後は敬意を表す。暴れてくれるな、無駄に苦しませたくないんでね」


 ただ、そんな時。彼の隣にはいつも。

 自分にとって何より大切な、親のような存在───家族(ファミッリァ)が支えてくれていた。


「エピタフ(墓碑銘)───!!」


 エピタフの予知が、先の未来を伝えた。

 彼は、思わず──そう、いつもの手癖で──荷物から〝それ〟を探そうとしていた。



「ボ、ス──────」



 もう二度と〝それ〟が繋がることなど無いと……分かりきっていながら。

 予知の中の自分が、孤独の中で〝それ〟を握り締め、朽ち果てていた事も知りながら。

 ただ、ひどい未来を変えたい一心で。

 子が、親へと救いを求めるように。

 ただ、縋るように。

 懸命に。

 握り、


            ◆

 雪の花畑に、紅の池が生まれた。
 池の中心に咲く、少年だったものを神奈子は立ち尽くすようにして見下ろしていた。
 どうしようもない喪失感が、この胸に渦巻いている。何故こんなに悪い気分になっているかが、神奈子には分からずにいた。
 彼を至らしめるのも、いずれ訪れる当然の未来だと分かっていたはずなのに。こんなのは、いつ死ぬか、いつ殺すかという時機の問題でしかないというのに。


「ドッピオ。……アンタは凄いね。大切な奴ひとりの為に、自分を犠牲にしてまで守ろうとする」


 お話の中の世界では、そんなキャラクターは当たり前。王道で、純粋で、誰からも好かれるような……そんな尊ぶべき精神。童話の世界だ。


「でも、私にゃあそれが出来なかった。それどころか、思いもしなかったんだ。なあ。それって、そんなに悪いことなのかい? 私は、愚か者か?」


 末路のわりには、少年の身体は驚くほど原型を保っていた。
 だがそれがもう、口を語ることなどない。
 少年の左手に握られた『受話器』の意味を、神奈子は悟れずにいた。

 それでも、分かる。
 少年にとっての〝それ〟が、他者には理解できないほどに大きな意味を持つ物だと。


「白状するよ。私はアンタが本当に羨ましい。そしてそれと同じくらいに、アンタが憎く見えた」


 だから殺した、と。
 そこまでを口に出すことは、憚られた。

753ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:22:00 ID:UVCbRvCA0
 神奈子はここに来て……否。この現世に受肉して初めて、自らの意思──個の感情で、他者を屠った。
 神としての使命、だとか。
 贄としての意義、だとか。
 それらの様に与えられた大義、表面的な建前など……一切関係なく。
 初めて、自分本位の感情で死をもたらした。
 〝彼は危険だから〟という、まだ体裁の保てる正当的な理由を捨て去って……〝憎しみ〟から、殺した。
 恥も外聞もない、八坂の神らしからぬ醜態だ。
 まるで、愚かな人間そのもの。


「私はこれからもきっと、アンタにやったように人を殺す。私は私なりのやり方で、家族への決着を付けさせて貰うさ」


 家族を守る為に戦い続け、そして自ら死のうとしたドッピオ。
 八坂神奈子の心が彼を倣おうとするには、未だ迷いがある。自分は彼のように、純粋ではなかった。
 幻想郷……八雲紫……疑問点は新たに出てきた。自分が今後どうすべきかは、これへの接触によって大きく変わる可能性がある。

 本当に、今更な話。
 神奈子は心で悔やんだ。そして、憎んだ。
 我々家族を取り巻く、こんな悲劇に対し。
 これもまた、あまりに今更。

 行き場のない感情を発露させるとしたら、今では八雲紫しかなかった。目下の所、神奈子の所持する情報では彼女が最も『幻想郷』に近しい人物だからだ。


「行く、か」


 気怠い気持ちを払うように、ガトリング銃を肩に掛け直す。


「──────。」


 その時、声が聞こえた気がした。
 振り返ってみても、ひとつの死体だけが冷たい雪を被ろうとするのみ。
 間違いなく、死体だ。
 そして考えられるなら、死体の持つ受話器。電話機本体にも繋がっていない、玩具同然のそれだ。

 その少年にとって唯一の肉親──『家族』を求める声は、神奈子に届かない。
 聞こえないふりをして。女はそこに背を向け、去った。


 ヴィネガー・ドッピオ。
 少年の名が何故、名簿に記されていなかったか。
 女はもう、そんな些細な疑問は忘れていた。
 彼という存在が神奈子にとって『三人目』の障害であった事実は、神奈子の中のみに証として在るだけでいい。

 そして、証とはそれだけだった。

 ヴィネガー・ドッピオなどという名の人間は、初めからこの儀式には存在していない。
 そして、この世にすらも産まれていなかった具象なのかもしれない。
 ディアボロという男の『影』か『光』か。その表裏すらも曖昧なままに、少年は此処で朽ちた。
 いつしかディアボロから分離し、己のルーツすら不明であった人間。そんな人間がひとり消えたところで、儀式には何の影響も与えないに違いなかった。
 きっと、今後来るだろう放送の記録にだって残ったりしない。

 誰も彼もドッピオの真実など分からぬままに、これからも儀式は何事なく、変わらず続く。

 何事もなく、続いてゆく。


【ヴィネガー・ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】死亡
【残り生存者数───影響なし】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

754ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:22:27 ID:UVCbRvCA0
【午後】E-3 名居守の祠

【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(中)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾65%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:儀式そのものへの疑惑はあるが、優勝は目指す。
1:『家族』を手に掛けることが守ることに繋がるのか。……分からない。
2:八雲紫を尋問し、幻想郷についての正しい知識を知りたい。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)

※ E-3名居守の祠近辺に「お菓子の山」が散らばっています。

〇支給品説明
「お菓子の山@現実」
ヴァニラ・アイスに支給。
色とりどりに包装された和菓子・洋菓子がゴージャスパックで纏められている。昔懐かしい駄菓子から誰もが知るあの菓子この菓子など、老若男女問わず人気のある商品が多い。杜王銘菓ごま蜜団子は無い。

755 ◆qSXL3X4ics:2020/11/04(水) 18:23:14 ID:UVCbRvCA0
投下終了です。

756名無しさん:2020/11/04(水) 23:40:48 ID:N1VAaz320
投下乙
久々に見たがまだやってたんか、がんばれ
ドッピオ図らずも逆鱗に触れたのは運が無かったな
神奈子はやっと自分の現状に疑問を持てたけどこっから後戻りができるのか楽しみだ

757名無しさん:2020/11/05(木) 00:23:28 ID:RgHjOR8k0
まだやってたんかとか書く気もない役立たずの読み手様がふざけたこと抜かすなよ

758 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:18:43 ID:7dG6hTvE0
投下致します。

759一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:19:53 ID:7dG6hTvE0


【夕方】C-3 地下水道





日の射さぬ地下の寒さに、重ね掛けされた灯りの乏しさ。
更には会場内の降雪の影響もやはり色濃く、服一枚では活動にも一苦労するであろう冷えた空気が全面に入り込んでいる。
近代要素を少しずつ内包し変わり果てた幻想郷、もといこの会場内でも地下道は一際夜の暗さを強調してくる場所と言っても過言ではない。
常人には暗夜の礫を恐れずにはいられない、そんな暗澹たる回廊にタップダンスを踊るかのような足取りで闊歩する女が一人。
屈託無き純粋な笑顔にその歩調、半袖を意に介さず、しかもボロボロになったその被服。そして赤に塗れ煌々と輝く右腕。
一挙一動が紛れもなく、夜を恐れぬ人外である事の証左である事を悠々と物語っている。


女の名は、霍青娥。
自らの欲に溺れ、陶酔し、殉じる事を善しとする邪性の仙人。
そして、八雲紫をその手で弑した幻想郷に仇なすモノ。

否。彼女自身に幻想郷に敵対した等という自覚は微塵も存在し得ない。
ただ結果的にそうなったというだけの話。邪仙の目線から語ればそれはただの済んだ禍根で、欲を満たす方法で、他に尽くす道標だったに過ぎない。
愉悦を一網打尽にする最短距離を選んだらたまたまあのにっくき賢者サマが死んでしまいました、という一文で調書は終了である。
食欲を満たすという目的の為、懐石料理みたいな味気なさの連続なんかより中華料理の大皿ばかりのフルコースを選んだ、それと同列に語れるだけの事項。
満漢全席を鱈腹、とまでは行かなかったにしろ珠玉の一皿を貪り尽くせば上機嫌になるのも至極当然であろう。


吾不足止、未不知足也。
しかしながら、探究心も好奇心も彼女の生涯では留まる事など有り得ない。
停滞こそが不浄であり、欲を満たそうとしなくなってしまえば精神的な死が明白となる。

それでも尚、この高揚に酔いしれるのは得た物の大きさ故か。


「〜〜♪」


どこに誰が潜んでいるのか分からないにも関わらず、彼女は存在を誇示するかのように自らの音色を奏で続ける。
古き元神の鼻歌は、澄み切った音とは裏腹にどこか高らかで混じり気の無い歪さで遠く遠くの客席へとその存在感を顕にし。
ポツポツと点在する灯りをスポットライトかの様にその全身で浴びながら、この世界は自分の独壇場だと謳うように。
誰か敵が来るかもしれないという懸念も置き去りにしたかの様に光学迷彩すら紙の中、青と白で構成されたお気に入りの服装で舞い踊る。
放たれた音色を耳にしてくれる聴衆なんかどこにも存在しないにも関わらず、邪仙自らの為だけに爛々と響き続けるのだ。


その姿は舞台装置の上に据えられた偶像にどこか似ていて。

まさしく、帳に遮られたアンダーグラウンドの世界に相応しい。

760一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:21:15 ID:7dG6hTvE0


ふと、自らの腕で掴んだままであった『戦利品』に目を遣ってみる。
ディエゴに渡されたジャンクスタンドDISCに八雲紫の魂を内包して完成した、娘々3分間クッキングも唸るお手製の『精神DISC』。
即ち八雲紫という大妖怪の歩んだ軌跡の一端であり、幻想郷と共に歩き見守り歴史を紡いだ巻物の別側面。
そんな大それたシロモノがまさか部外者で一介の矮小な仙人の手に収まっているだなんて失笑を禁じ得ない。
天国の大妖怪もこれにはニッコリしているに違いないだろう。彼女の場合は地獄行きに決まっているだろうけれども。

しかし、かの賢者サマの生の大トリを飾ってしまったのは他ならぬ青娥自身でこそあって、別にその中身を有難く頂戴する事に面白味は全くの皆無である。
寧ろそれをDIO様に渡す事こそが歓びであり、そうであって初めて真価を発揮する物。
かの天国を覗き見、並びに飽くなき探究心を満たす為に必要な歯車の一つでこそあるが、事実として彼女には使い道の無い──文字通りの無用の長物。
齎す物に意義はあれど、物品自体は全体的な最終目的に比べれば伽藍の堂。

しかし、それはあくまで傍から見た事実の羅列でしかない。
天国への道筋へと繋がるパズルのピースに、また一つ噛み合う事の出来た高揚感。
嘘と嘘で塗り固められた友人ごっこを最期の刻まで堪能した大妖怪を自らの手で奈落の底まで突き崩した光悦感。
自らから湧き出たそんな欲望を身に纏い堪能し次なるフルコースへと身を躍らせるその姿こそが、彼女が何を思っているのかを口以上に雄弁と語っている。
天へと昇らんとする仙女に似つかわしくないその激情、その欲望こそが青娥を邪仙足らしめているのだ。
羽衣のように舞い、羽衣のように掴み所が無く。感情もすぐ移ろう様はまるで方向性を欲のみに定めているかのよう。
その忠実さは、ある意味では人間以上に人間臭いとまで評せよう。


その人外でありながらヒトであるが故に、高尚な種族でありながらも低俗なままで身を窶す。
当人もそれは理解していたが、それでもなお現状の新しい欲で塗り潰してもすぐボウフラかのように浮き上がるたった一つの感情が許せなかった。

理解などとうに諦めている。そうやって考える事で払拭しようにも無尽に楯突くその疑念。
憤怒が過ぎ、悦楽に身体を委ねても、喉元にチリチリと残って離れない小骨のようなしつこさで脳髄を追い回す。
こんな時にまで底から這い出て来なくて良いのに、そうは許されないのかと顰め面。

脳裏に想起されるはかの最期。血塗られた右腕に残る感触の波濤。
ズブズブと肉を掻き分けて掻き分けて、臓腑を物ともせずに突き破ってさあ御開帳と対面して。
その幕引きといえばマエリベリー・ハーン──否、八雲紫が遺した欲の欠片も感じ取れない妄言。
妄言と掃いて捨てるには失笑も笑顔も上っ面。そもそも唾棄出来る程に価値が無い物かすらも分からない。

ただそこにあった物として明言出来るのは、陳腐で安っぽい夢物語を描いていたかのようなその安らかな死に化粧。
『少女になりたかった』等と宣った、何事にも取れて何事にも取れない上っ面だけの少女の遺言だけが脳裏で鬩ぎ。
さながらは見た目年相応の、将来を信じて止まぬその純粋さの延長線上。
自身の執着心とは対角線を描くように、全てに安堵したのか夢を追いかけた事を悔やもうともしなかったあの姿勢。



(不愉快ですわね、まるであの凡夫〈わたし〉のようではありませんか)


それだけは、看過出来ない。

761一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:22:59 ID:7dG6hTvE0


中華、清代始めの短編小説集に『聊齋志異』という書物がある。
著者は蒲松齢、ジャンルは怪奇譚の文言小説、全十二巻。同じく清代に書かれた紅楼夢と比べるとイマイチ知名度が低い。
されどもこんな世まで脈々と保管され続けているのだから、少なくとも駄文の羅列などではないのだろう。
さて、その七巻に『青娥』というタイトルのごくごく短い物語が瀝々と紡がれている。

曰く。秀才な男と結婚して、それでも幼き頃の憧憬を手放せずに俗世を捨てた女。
そして、その幸せを捨てきれずに妻を追い掛け仙人へと羽化するまでに至った男。
傍から見れば、畢竟には仙人の躰でも人の幸せを描く事が出来た夫婦の話。

しかし、それはあくまでも時代の遷移で磐石劫の如く擦り切れる口伝の民間伝承のパッチワーク。
何せ執筆時期と元々の出来事には二桁世紀もの隔たりが存在している。到底正しく伝わっている訳が無い。
斑鳩の聖人が厩で生まれたという伝承が後世に取って付けられて未来の説話で浸透していくように、事実は往々に異なる物である。
当事者から見ればこんな物語等、男が救われない物語を著者か伝承者のお気持ちかそこらで無理矢理改変させられたようなもの。
現実は向こう見ず、理想郷の腕の中に抱かれながら安らかに救いを得ようとするその姿勢。
ハラワタを指という指で掻き回されたかのような、痛みを伴う嫌悪感が己の臓腑を満たす。


確かに文中の少女と同じく、父に憧れ何仙姑に焦がれ道を目指した幼少期を送った事は変わらない。
霍桓という男と簪を通じて結ばれ、それでも道術に恋してやがては形骸だけの家族を捨てたのも全くの同じ。
だが、説話は物語。喩え夢見た幻想がそこに存在していても、空想の域を抜けれぬモノであって現実では無い。
埋葬と同時に霍桓の持っていた簪はすり替えて今は手元にあるし、そもそも事実としてあれ以来霍桓と会う事すら無かった。
きっと本来のアレは失意の内に病床に伏せたに違いない。
それなのに、とりわけ愉快な話でもないハズなのに、その経緯だけは何故か忘れられずにこの頭に明晰な映像を流し出して。




ああ、それでも。

こんなに雨垂れが石を穿てる程の時間が過ぎ去っても。


あの光景は、間違いなく仙人としての原点で――――。

762一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:24:45 ID:7dG6hTvE0



「あら」


肌をくすぐる地下の冷気の奔流の中に、撫でるかの様に仄かに吹き掛ける暖かい風。
受容器の一点の齎したその情報によって、思い返されたさそうに後ろで控えていた昔の記憶が雲散霧消してゆく。
別に感傷までは必要無かったのに何故ムキになったのかなんて軽く思えども、そんな考えすら瞬く間にどこかへ追いやられ。
数秒前までは煮え滾ったお湯の様であった釜も、今や残った感情はと言えば精々どうでもいいという微細な倦厭のみとなっている。
それでも温風はそんな青娥の思考の漂白とは関係無く、ひっきりなしに白磁めいた素肌をなぞり続けている。その暖かさはまるで人肌の温もりのよう。

この風が地上かもしくは地下施設のどこから流れてくるのか、状況証拠だけでは青娥には判別出来なかったけれども、微かに感じたソレは少なくとも今後の進路を決めるのには充分だった。
風吹くままどこへやら、羽衣の流れるままにユラユラと。深海で光を放ちながら漂うクラゲの様に、その身がどこへ向かうのかは青娥自身も分かっちゃいない。
一刻も早く八雲紫の愛くるしい遺品を届けようなんて考えも今や露と消えて跡形も無く、さほど高尚な動機付けも無いまま前進していく様。
未来へ繋ぐ訳でもなく、されども過去に一生苛まれ続けて先に進めない訳でもない。受け継いだ者でも飢えた者でもない。
邪仙は今を生きる生物である。愉しければそれで良し、美しさ見たさに直情的。

だから人を逸脱した。だから天に昇れなかった。
それだけだ。



次第に眼前から吹いてくる風が強まっているのを全身で感じながら、青娥は自分が間違っていないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
となれば手に持ったままであった記憶DISCを『オアシス』の能力で背中に隠し持ち、フリーになった両腕をブンブンと振り回しながら歩くのみ。
この先に何が待ち受けているのかを考えているだけで昂ぶりを抑えずにはいられない、そんなウキウキさがそこかしもから漏れ出ているのを咎める相手などどこにも居ないのだ。
向かい風を一身に受けてもその歩みを留めようとする気配なんて微塵もなく、意気揚々と余裕綽々と。
それは立ち止まる事が勿体無いというだけなのか、それとも過去を振り返る必要すら無いという意思表示なのか。
もしかすれば後方遥かに掌を重ねる二つの死骸が存在していた事なんて、もうとっくのとうに忘却の彼方に吹き飛ばしてしまったのかもしれない。
或いは、自らがその結末まで鑑賞したそのドラマの中身がただの陳腐なお涙頂戴物だったという事実に心底どうでも良くなったのか。それを舞台袖から覗く事は叶わない。
長々と続く一本道が段々と光に晒されて色彩を取り戻していく様は、青娥の歩調も加味すればまるで花道を上る歌舞伎役者のそれのよう。
煌々と地面に滴る朱色を除けばモノクロの世界に停留し続けているそれらを闇の中に捨て置いて、青娥は光の方向へと着実に進んでいく。


「――この風、いつになったら止むのかしら」


少しだけ、後悔の音がした。

763一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:25:52 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────



光に呑まれて行き着く先。ボヤけた視界が鮮明さを取り戻すと共に、青娥は眼前に広がった光景に息を呑んだ。
最初に目に入ってきたのはその空間に存在する住居、岩肌、人工物、その全てにスクリーンを掛けたかの様に広がる橙色の氾濫。
そして柔らかく一帯を包む橙色の中、天蓋に関してのみが黒茶色を凛として主張し、そこに連なる桜色が一層輝きを増していく。
さて地上を注視してやれば地面に等間隔に並べられては灯されたまま鎮座している行灯、あらゆる軒という軒を囲んでは建物一つ一つを照らし上げる赤提灯の数々。
それらに照らされて見える範囲全ての暖簾は上がっており、そこが店であり殆んどが呑み処である事が漠然と窺い知れる。
しかも住居や店舗の建物が均等にかつ大通りの奥深くまで際限なく続いていて、まるで道が無限に続くかとさえ知覚させてくるのだ。
だが、その通りの先の先に小さいながらも他の建築物とは一線を画した色調の豪邸らしき物が見られるのも薄らと分かった。
これが噂に聞き及んだ旧地獄そのもの、それならばあれは地霊殿とやらであろう。

浮き足立つ足並みを抑える様にして足を踏み出していくと、趣を感じさせてくる物々に興味を惹かれずにはいられない。
酒屋、暖簾無し、暖簾無し、内装が暗くて分からない、呑み屋、通りを挟んで食事処、酒屋、暖簾無し、呑み屋、暖簾無し、また小路を挟む。
大通りを中心にしては他の通りを碁盤の目の様に規則正しく配列させて構想されたであろうその町並みの様相は、青娥に唐代の都を朧げに思い出させるには充分過ぎる物。
だが悲しいかな、あの地にはあの活気と意地と生気と怪異が満ちていたのに、こちらには人の営みがまるで存在していない。
それはある日突然全ての妖怪が有無を言わせず忽然と消失した痕跡かの様にも思われた。
遥か高くで天を満たしている岩肌の荒涼さが、何故か奇妙な程に一帯の雰囲気と合致している。

ここでも本来なら地底の妖怪が喧騒を繰り広げ、空気そのものが酒気に塗れ、昼夜の境も関係無い叫喚が響き渡っていたのだろう。
青娥は旧地獄に足を運んだ事は無かったが、それでも人伝の情報と縁起の記載からすればその想像には難くない。
特に酒乱に満ちた澱みは警戒する所であったものの、いざこの光景を目にすれば些か拍子抜けだったという物。
澄み切った空気では寧ろ恍惚に酔う隙すら与えてこない、そんな色模様さえも感じてしまう程。
今は青娥ただ一人、閑散たる様だけが無音という形で伝播してきている。
こんな様子では閑古鳥も泣けやしない。

ふと、提灯や行灯の光の乱雑具合がいつかの夢殿を思い起こさせる。
低俗な小神霊共が広大な空間の中で右往左往に揺れ動く様がそれと重なったのだろうが、あくまでそんなこともありましたわね程度の事柄。
確かに懐かしい事ではあったけれども、そんな過去に一々心を揺さぶられる訳でも無く。


「さて、家探しでも始めましょうか」


それは今から泥棒活動に勤しみますよ、という邪仙なりの意思表示。
穿ユという単語は間違いなく、今の青娥のやろうとしている行動の為だけに作られたのだと誰もが認めてしまう程の白々しさすらあろう。
適当に見繕った建物の前に立つ。暖簾の掛かっていない家々に混じって、一軒だけ窓も扉も付いていない事実が目に付いたのだ。
壁抜けの邪仙には密室や鍵など効力のこの字も存在せず、衝撃を加えてやれば簡単に砕け落ちるガラス容器と同義である。
こんにちは、と家主に挨拶するかの様なノリで宣言するや否や、身に纏った『オアシス』のスーツと共に飛び込むかの様に華麗に侵入。
屋内に入ってすぐさまスタンドを解除し、足音立てずに着地。かくも鮮やかな工程は10点満点のレビューが付いても許されるだろう。
この出来には青娥もニッコリ。場所が場所なら効果音でも鳴りそうなガッツポーズを自信満々に繰り出した。

764一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:28:08 ID:7dG6hTvE0


「これは……酒蔵ですわね、一発目からツイてますわあ」


さて、その中はギッシリという擬音がこの場所の為だけに作られたと言っても許される程に充満した酒瓶、酒樽。
幻想郷で見られる全ての酒という酒が一つの酒蔵に歴史と共に詰まっているという実感が湧いてくる程の酒の量に、ただ圧巻されるのみ。
実際は古今東西ありとあらゆるなんて言葉で言い表すには、過去から今に掛けて製造された酒の銘の数が多過ぎる気がしないでもない。
中華三千年の歴史と共に歩んできた青娥にとってすれば、まぁ皇帝の宮殿における百年分ぐらいかしらね程度にも捉えられないことはない。
それはともかくとして、普遍的な人里の酒造とは比べ物にならない、そもそも規模に歴然とした差すら存在しかねない程に酒がある事だけは確かである。
さぞかしここに安置された酒の数々も青娥に見付けて貰って喜んでいる事だろう。


「地底妖怪用に醸造されたお酒なら意趣返しにも出来ますわね、私ったらあったま良い〜」


それはさる先刻の戦いの怨恨か反省か。過ぎ去った事だが、どちらにせよ邪仙には単なる嫌がらせに過ぎない。
そもそも意趣返しという言葉をわざわざ選んで使っている時点で、そんな怨恨だか復讐だかの心なんてたかが知れているのだ。
実際仙人の肝も胆も一筋縄ではいかない強さだったからこそ良かったし、その結果は青娥自身も十二分に理解している。
そんなシロモノに比類する物をただの人の身に投与すれば劇毒でしかないのだが、それを気にする素振りは一切見受けられそうに無い。
陰湿、悪趣味。どう罵られても気にする事でも無い。ケチを付けられる謂れも無い。
酒瓶を二本程度選りすぐって紙に投入する。


「折角ですしコレも入れてみましょうか」


青娥の目線の先には大きいとしか形容の出来ぬ酒樽の数々。青娥の身長はより若干高い程のそれらは、一つ取っても一石はゆうに超えているだろう。
木々を上手く継ぎ合わせ注連縄で形を整えたその見た目は、素人目に見ても鬼の様な巨躯でも無いと作れそうにない。
そんな精魂込めて醸造したであろう酒樽であったとしても、持ち主も通りすがりも誰も居ない場所では泥棒してくださいと言っている様なものだ。
どちらかと言えばこれは単純に呑んでみたいとかそういった興味本位に過ぎない行動ではあったし、少なくとも実利目的の行動ではない。
それを先程の一升瓶たちと同等に語っているのはまさしく青娥らしさの塊なのだろう。
その中の一つに足を向けて、エニグマの紙をそっと押し当てれば、途端に酒樽が一個丸々紙の中へ吸い込まれて消えていく。
残ったのは酒樽の羅列の中で際立つ大きな空白のみで、まさか泥棒が盗んだ痕跡だとは誰も思うまい。

それにしても、この質量や形態を全部無視して収納可能なこの紙のなんとも万能な事かと青娥は一人驚いていた。
紙面を仙界に繋げて仕舞い込むにしても、その紙の大きさよりも遥かに大きな物まで入るとなれば大掛かりな術式を組まざるを得ない。
手段を明晰に思案してかつそれを実行に移せる仙人が居るか、もしくは例を挙げてみるならばスキマ妖怪の術式が使えれば再現出来る事だろう。
出来そうな人妖を二人記憶の淵から思い当たっては、つい青娥は苦笑を漏らしてしてしまった。
豊聡耳神子も、八雲紫も、等しく青娥自身が弑した相手である。この手段は無かった事になるだろう。


「まぁ豊聡耳様は刀剣でしたから……竹風情とは比べ物にならなかったのでしょうね」


どこか懐かしさや寂しさ、羨ましさといった感情を複雑に表面化させた顔を浮かべて、青娥は遠くへ視線を投げ打った。
その根底にあるのは仙人としての純然たる思いだというのを理解しているからこそ、余計に何かが口惜しく思えてくるのか。
直視するに耐えない己の内面がふと覗いて来た気がして、その情を引っ込めるのに数秒を要してしまうのが、青娥には口苦くてならない。


「……。次の建物でも探しましょうか」


気分転換の方向を探る様に、言葉を投げやった。
口調は軽く繕っても、数歩の間の足取りは先程までとはいかないのに気付かぬまま。

765一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:30:25 ID:7dG6hTvE0


そしてお眼鏡に適う次の建物は、予想していた以上に早く見付かった。
さっきまで居た酒蔵から、通り一本分先にあった何の変哲も無い一軒家と思しきその建物。
暖簾が掛かっていないという事実から妖怪かそこらの住居である事は容易に想像出来るが、それにつけても見た目のボロさに拍車が掛かっていた。
あばら家とまでは言わないにしろ、その無骨な装いをした外観は寧ろ青娥のセンサーに得体の知れない何かがありそうと確信にまで至らせている。
呑み屋と食事処の間で居竦まる様に縮こまったその姿は可愛らしいものだが、そんな雰囲気に惑わされる青娥ではない。
木を隠すなら森の中、一見だけでは価値が分からないけど実は高価な物は安価なガラクタの中に混じっていると相場は決まっているのだ。
考えただけでも胸が躍ろう。重火器近接武器嗜好品なんでもござれである。


「ん〜〜〜〜ん?」


いざ『オアシス』のスーツを起動しようとして建物に近付いて、そこでふと感じてしまった違和感。
扉に鍵が掛かっていない無防備さどころか、扉がやや半開きになって壁と間隙を生み出しているのが見て取れる。
人が現在進行形で中に居るのか、それとももう家探しを終えてもぬけの殻なのかまでは分からないにしろ、少なくとも誰かが存在していた形跡は今目の前にあるのだ。
眉を顰めてみるものの、こういう時に限って光学迷彩スーツのバッテリーは再充電の真っ只中。こればっかりはどうしようもない。
しかし姿を隠せないからというだけで、中に何があるのかをその目で確かめずにむざむざ手ぶらで帰るだなんてそうは問屋が卸さない。


逡巡している時間なんて物は必要無かった。
ええいままよ、と言わんばかりにスライド式の扉に手を掛ける間も無くドアに突っ込む――そのの勢いで、『オアシス』のスーツを使って扉を透過。
体が触れた部分から扉は液状化していき、体が離れた部分から次第に元に戻っていくのは、扉を液面に見立てた飛び込み競技かの様。
それにこの動作と侵入が一体となった手法は、青娥には簪を使っている時と同じくらいに気分が良かった。
そもそも疚しい事なんてこれっぽっちもしていないのに何を恐れる必要があるのだろうかと思ってしまえば、行動に移るのは簡単だったのだから。



そしてやっぱりと言うべきか、部屋の隅に先客は居た。

一部屋で構成された屋内の一番奥手の柱にもたれかかって、片膝立ててスヤスヤと眠る一人の少女。
ボロさの残る室内と同じくその体には軽い傷の跡が見え隠れしているが、その艶と輝く黒髪はそれらと比べると場違いな雰囲気さえ放っているかのよう。
普段の青娥であれば芝居掛かった雰囲気であらあらあらあら、とニンマリ笑うところであったが、そうは至れない神妙さがそこにはある。

外見さえ見てくれは服が違うとは言え縁起に聞こゆ藤原妹紅のその姿なのに、挿絵の白髪とはうってかわって目の前のその髪は黒色。
直接会った事は無けれども、その白と黒という正反対の色への変貌は流石に見紛う事は出来ないのだ。
髪の艶やかなのは別に構わない。これでもヘッドセットには気を遣う邪仙なのだから、適当にトリートメントの材料を聞き出せば良いだけのこと。
しかしその黒色、見れば見る程に漆黒を湛えてどこまでも深くて異質で禍々しく。
逆に何をもってすればその様な変化をその身にありありと表現しようか。
ここまでの変容が起こったその経緯とは如何程な物か皆目検討も付かない。

だが、青娥をその黒髪以上に惹き付けるモノがあるのもまた確かで。


「あらあらあらあらあらあら〜〜〜〜〜〜!!」


失敬とでも言わんがばかりの満面の笑み。口からその歓喜を余す所無く高らかに優雅に溢れさせていく。
口角も目尻も、ヒトのそれとは思えぬ程にその感情を満遍なく表現していた。

766一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:31:35 ID:7dG6hTvE0


かつて、青娥は豊聡耳神子に尋ねた事があった。

『完璧な不老不死について、如何お考えですか?』と。

完璧な不老不死。尸解仙の様な死神との縁の切れぬ形骸的な不老不死ではなく、神仙を目指す者の究極の憧れの一つ。
神霊として縁起に記録され、生前を遥かに凌ぐ力を付けて尚、それに向かって進み続ける一番弟子に対しての究極な問い掛けであった。
彼女とて青娥とて浅学とはとても言い表せない求道者で、少なくとも死神を追い返す事など造作も無い取るに足らぬ力を持っている。
それでもなお、その一点は譲れないと他の術以上に熱心に勉む彼女に、当時何を思ったかなどもう定かではない。

ただ驚いた事に、その少し意地悪な質問に対して、神子は最初っから決まっていますとでも言うかの様に口を開いたのだ。


『安寧、ですかね。青娥や私が最終的に目指している道のその先とは別物でしょうけれど』


『例えば屠自古なんかは霊体ですから死神による終焉は齎されません。ですが、他所からの畏れを失えば消えてしまうのもまた妖です。
 その理すら及ばない完全性、自己完結。それこそが完璧で純然たる不老不死だと思いますが、一方で魂の在り方を変えなければ辿り着けぬ境地かと』


『ですからね、青娥。私は死という存在が単純に怖いのですよ。何人にもそれは平等に降りかかって、跡形も無く全てを消し去っていく。
 私という存在が死によって掻き消されてしまうのがたまらなく恐ろしくて、不安でたまらないだなんて聖人が聞いて呆れるでしょう?』


『仏教だって心の安寧を保証していますけれども、仏像のその瞳は虎視眈々と死を見据えている。現世での救いをあれらは何一つとして成し得ない。
 私は救いを求めているのかもしれませんね。――この話は屠自古や布都には内緒ですよ?』


その時の俗っぽい笑顔と、知らしめられた欲の強大さは今でも忘れられない。
生前の豊聡耳様への印象は、視野に広がる全てに対する冷徹さと非情さと求心力。その一方で道への並々ならぬ熱意と縋り付きが多くを占めていた。
俗人の全てを見透かすその耳と、師弟関係すら曖昧になる程に叡智を持った生まれながらの聖人でありながら、その実そればかりを強く希い続けていたのだ。
もしかすれば、邪仙の心に火が灯されたのはこの時だったのかもしれないし、そうでは無かったかもしれない。
けれどもこの人の死に際はさぞ強烈なのでしょうね、とその時心の底から思ってしまったのは否定のし様が無いだろう。
但し一つ言える事があるとするならば、豊聡耳神子という人物はそれを成し遂げてしまえる程の力量があったのだ。
力量だけでなく、その才知までも。その仙骨さえも、全てが凡庸とは一線を画した一級品。
だからこそ『力を持つといつかは欲望に身を滅ぼされる』という事実をそっくりそのまま体現して潰えたのかもしれない。

767一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:32:39 ID:7dG6hTvE0


では、目の前のこの少女はどうだろうか?
藤原妹紅。縁起に堂々と書かれた『死なない程度の能力』。毛髪一本さえ残っていれば再生が可能とも書かれた不老不死。
天人ではない、さりとて同じ道を歩む者でも無さそうな文面。あの時は幻想郷においてはそんな人間腐る程おります故、なあんて一読して記憶の片隅に留めただけで終わりだった。
同じ腐る存在であれば芳香ちゃんの方が何倍も価値があるに違いないし、芳香ちゃんの世話よりも優先度が低いのは実際当たり前であったのだ。
豊聡耳様は藤原氏という苗字に何か思う所があったらしいけれども、歴史の当事者の回顧なんて知った話では無い。


だが、昔交わした会話の中身を照らし合わせ、いざ目の前で寝入っている実物とご対面となればどうしても分かってしまえる物がある。

眼下の少女は紛れもなく、真の不老不死を体現せしめている存在なのだと。

豊聡耳様ですら辿り着けなかった境地に至った存在であるのだと。

この様な状況に置かれさえしなければ、死という物が永遠に訪れる事が無かっただろうにと。


不思議な話かもしれない。
溢れんばかりの聖人オーラを撒き散らす事憚られなかった彼女には成し得ず、こんなどこの馬の骨とも知らぬ平凡そうな雰囲気の生娘がそれを会得しているのだ。
尸解の術を斑鳩の地で掛けて以来長らく各地を放蕩していたと言うのに、その噂話を今まで小耳に挟む事すらなかったというのも余計に謎めいている。

その不老不死の原理を幻想郷に居る内に知っておきたかったという感情も無くは無いが、正直な所今この場においてその事実はさしたる重要性を持たない。
精々不思議でどうしようもなく機会に恵まれなかっただけの話であって、どうせまた次の機会はいつか来る。

問題はそこではない。


完璧な不老不死には魂の在り方から変えなければ辿り着けないのだと、あの時豊聡耳様は口にしていたのだ。
自身がそんな在り方を目指すつもりなど毛頭無かったが、彼女程の聡明なヒトが仰られるのであればそれはきっと真理なのだろう。
一介の人間の魂魄では死を迎えれば気が散り散りになって二度とは戻らないのだから、その魂から変えてやらなければならないのは確かに理に適っている。
それも少なくとも尸解仙の様な魄の再定義とは訳が違う、無から魄を復活させる程の大掛かりな術式や修行が必要不可欠に違いない。
死神によるお迎えすら存在しない、文字通りの完璧な魂魄の兼ね備え。

であるならば当然。


「私ってばほんとツイてますわね、妖怪の賢者に次ぐ程の魂の持ち主とこんな場所で出会えるだなんて〜〜!!」


それこそは、天国行きの往復切符と成るであろう材料への値踏み。
旧地獄などという天界からしてみれば真反対の概念の場所でありながら、そこへの近道がこんなボロ小屋に転がっていただなんて誰も普通は考えやしない。
それでも彼女はやってのけてしまった。本来であれば虱潰しに探しでもしなければ見付からない代物に、僅か二回の探索で到達してしまったのだ。
短時間でアタリを引き続けるその豪運とまたしても噛み合う歯車を一つ得た高揚感が、今の青娥の感情を占める大半である。

768一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:34:27 ID:7dG6hTvE0


その場でルンルンウキウキと羽衣を舞わせながら踊っても許されるだろう、なんて言わんばかりの優雅な動作も、それを顕著に表している。
被服のボロボロさすら意に介してないと示し付けるかの様に、その場の空気をふわふわと巻き込んでは微細な気流を作り出して。
すぐ傍に寝ている最中の少女が居るというのに、そんな事知ったこっちゃないとお構い無しに足を動かす、手を揺らす。
もしかしたら、青娥は最初から藤原妹紅という存在を少女として見ていないのだろうか。
もしかすれば彼女の視界における眼下の少女は、目的へ一直線に邁進する為だけの道具としてしか存在していないのかもしれない。


「いやはや本当に良い体じゃない、終わったらこの子の体でキョンシーを作るのも悪くなかったりねえ?」


そう言って青娥は覗き込むかの様に、顔をグイと妹紅の顔の方に近付ける。
それは本当に些細な動作。立っていたままの姿勢から若干腰を屈めて、目線を合わせようとしただけの行動。
寝たままの少女がどんな顔をしているのかちょっと拝謁してみようか、ぐらいの軽い気持ちで行われたに過ぎない。

けれども、妹紅にとって青娥のその行動は全く別の意味。
体を休めて寝息を立てていたとしても、本人がそれを望んでいなくとも、眠りは浅いままの状態で維持されていた。
それによって誰かが近くに居るという気配を寝ながらも捕捉されてしまったのは幸か不幸か。
妹紅が意図していなかったと言えど、その体に染み付いた慣行は決して忘れられる事は無いのだ。


寝ていたはずの妹紅の足の筋肉がやや強ばったかと思えば、室内で掃除されずに薄く積もった土埃が舞き上げられ。
次の瞬間には眼前の少女が跳躍していたという事実を、青娥の脳が遅れて警鐘を鳴らしていたとしても時既に遅く。
瞬きをする間も無く、地べたと平行線を描いていたその片足は気付けば軽い炎を纏って中空に丁寧な弧を描いていた。

それはここが私の制空権だと言わんばかりに、反射的に繰り出されたサマーソルトキック。
頭から垂れ下がる黒髪がその動きに同期して艶かしく広がり、その脚は残像を持ってして風を断つに至る。
ただ妹紅の領空に入ってしまったというその一点の事実のみで放たれてしまった自動攻撃。
使い手の記憶が混濁していたとしても、寝込みを襲う賊に対して編み出した過去の成果の腕は鈍らずに、ただ無警戒に近付いた相手を刈り取るのみ。
纏った火の粉さえも揺れ動く髪と似て黒々しく、されど薄暗い部屋の中では煌々とした輝きを見せ付けて。
間一髪でその首を横に寄せた青娥の頬に、軽々しい見た目からは想像出来ない程に鈍重な蹴り上げがチリリと掠る。
だが悲しいかな、その挙動はグレイズには数フレームで間に合っておらず。
その白磁かの様な皮膚をコンマ以下の浅さで幅数センチ抉っていた事に青娥が気付くのと、遅れて舞った黒炎の一端が頬に軽い火傷痕を作るのはほぼ同時であった。

769一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:36:28 ID:7dG6hTvE0


「うううぅぅううう……お前は誰だあああぁぁぁぁぁア?」


優雅な一回転の蹴りを終えた藤原妹紅が床に着地して青娥の側を睥睨する。
酔拳にも及ばぬ程、そもそもそう言い表す事が酔拳に失礼な程にグチャグチャの体幹で上半身を、その黒い長髪をユラユラと揺らして。
瞳に光は宿らずに髪と等しく黒一色、更には藪睨みどころか両眼球がそれぞれ別方向を捉えている。彼女の視界が正しい物を映しているのかも怪しい。
体勢も語調も彼女を表す全てがしどろもどろ。常人とは掛け離れた物以外を感じさせない蓬莱の人の形がそこに居る。

その様相から、青娥は瞬時に理解してしまった。
眼前の彼女が狂いに狂って元の鞘に戻れなくなってしまったのだろうという事を。
藤原妹紅の個はバラバラに砕けてしまったのだという事を。


全てに倦厭して気を狂えてしまったのか、さてはてこの会場にて何か心を壊される様な何かがあったのか。
今まで死を恐れてもいなかった身に急に襲いかかるようになってしまったその恐怖に身も心も支配されてしまったのか。
色々と彼女の身に何が起きたのかの選択肢はあるだろうが、その考えが沸いたとしてもそんな些事を気に留める程の青娥ではない。
だが魂魄を操る事に秀でた道士としての己が、少なくともその内の魂から来る気の淀みを肌で感じ取っていた。
張り巡らされた神経系の一部が断線していると形容するのが正しいのだろうか、妹紅の心を支える回線が数箇所破損しているかの様な感覚。
目で見ずともそれを理解させてしまう程に、藤原妹紅の精神は異常を来たしている。


「誰でもイいかぁ、わたし以外の誰だってぇ」


その言葉を皮切りに、まるで妹紅自身が薪であるかの如く、妹紅の周囲に炎が揺らめき立つ。
そもそもこれは炎と呼称されるべき物なのか、湧く揺らぎ湧く揺らぎその全てが黒。黒。黒。
辛うじて形だけが炎らしさを保っているからこそ炎と認識出来るだけで、本来の炎の醸し出す紅蓮とは到底似つかず。
可視光線のスペクトルを無視した炎色反応。奇術としては悪趣味な、光を全て吸収してしまいそうな底の無い黒一色であった。

それ即ち、攻撃の予感。黄色点滅の余暇すらも許さない赤信号の氾濫を感じずにはいられない程の殺意の数々。
藤原妹紅という個人の魂魄では収まりきらぬ程の怨嗟と憎悪で身を焦がされるのだろうという空気で今居る屋内が満たされる。
今まで会場で味わってきた生ぬるい敵意も、そもそも邪仙になって以来襲来してきた死神の手練手管も、今のそれには劣るだろう。

ちょっと失礼、と言ったか言わなかったか定かで無くなる程のスピードで、青娥は『オアシス』のスーツと共に地面に飛び込む。
水にまつわる擬音で表せそうな波模様を地面に描き、そのスタンド能力で完全に退避したのも束の間。


爆音けたたましく、爆炎の勢いは激しく。

藤原妹紅が爆心地となって、寺や田圃で行われるどんど焼きすらも凌ぐかの如く迸る火柱が周囲を埋め尽くす。
天蓋にまで届きそうな高さまで及んでひたすらに黒色が泳ぐ様は、まるで鯉が点額を描きそうな程の大瀑布。
ベクトルを一歩別に向ければ建物を等しく見境無く軒並み巻き込みそうな程の火力を以て、元来あった荒びた家屋を中心に半径数メートルが業火に包まれた。

770一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:38:29 ID:7dG6hTvE0

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黒炎が止む。雷が落ちて去ったかの様に、周辺家屋の整列の中に一点だけ空白を残して。
炭化し黒ずみ骨組みの一部だけが辛うじて残存し立っているだけのその姿が、未だ燻り続ける煙と併せてそこに元々木造家屋があったのだという事を主張している。

だからこそ、その痕跡の中で惨状を何事も無かったかの様に佇んでいる藤原妹紅の存在は異質でしかない。


「うーん、居なくなっちゃった。幻覚だったのかな、消し飛ばしちゃったかなあ」


周囲を見渡しても、妹紅の周りには誰も居ない。輝夜も永琳も、今までに出会い頭に攻撃してきたロクデナシ共も。
最初っから何も起こっていないとでも言いたげに、剥き出しの建物だった残骸を静けさだけが埋め尽くす。
ただ少なくともこれだけは言えた。己に近付いてくるヒトの皮を被ったバケモノ共は、間違いなく殺しても良い相手なのだと。


「全身青女とか見てくれとしてどうなのよ、赤青半々のアイツとどっこいどっこいじゃない」


『貴方は正しいわ妹紅。立ち塞がる物は全部殺して、殺して、殺し尽くす。そうでしょう?』


誰も居ないハズなのに耳介を通して響き渡る誰かさんの声。鬱陶しいったらありゃしないけど、聞こえないフリ。
幻聴が聞こえるだなんてそれこそ私が『異常者』みたいで癪に障る。異常なのは私以外全員だっての。正常じゃないヤツが正常性を語らないで欲しい。
無論、蓬莱の薬を私が未だに持っていると勘違いして攻撃を仕掛けているのであれば話は別だけれども、等しく殺してやれば関係無いのは正しい。
そもそも蓬莱の薬を誰に盗まれたんだろうか。盗んだならちゃんと盗んだって言って欲しい。
アレさえ飲めば私が糾弾される事もあんな幻聴が聞こえるだなんて事も無くなるだろうってのに。

でも、今からまた蓬莱の薬を新たに手に入れるってのもアリかもしれない。
岩笠だったかそんな名前の人間の一団と、蓬莱の薬を富士山の頂上で燃やす旅に同行した時に火口で変な女が言っていた気がする。
八ヶ岳?に行ってイワナかヤマメかそういう感じの女と蓬莱の薬について話をしろ、だっけか。よく覚えていない。
そこで薬を燃やす算段だったけど、手ぶらで行けばもしかしたら蓬莱の薬を恵んでくれるかもしれない。

だけれど結局私はそこから逃げて逃げてこんな変な場所に居る。
あの後男の部下が怪物に襲われたのか全滅して、残った男と一緒に行こうって話になった気がするけど私はアイツを蹴落とした。
勿論物理的に。富士山を下る時に後ろからドンと一突き。悪い事をしたかもしれない。でも生きる為の行動に犠牲は付き物だから。
だからと言ってなんで私が攻撃されなきゃいけないんだろう。
八ヶ岳に行かない私をあの女は怒っているのか?それとも蓬莱の薬を奪ったから帝が追っ手を差し向けているのか?それとも岩笠が実は生きててその差金?
どれでも理由としてありそうだが、少なくともそんな事で私がこんな目に遭わなきゃならないなんておかしいじゃないか。
ただただ生きようとしているだけなのに横槍入れてくるだなんて失礼にも程がある。


『自分が生きる為に他の攻撃してくる相手を皆殺しにするのは何も間違っちゃいない、妹紅にはそれが分かっているでしょう?』


ほら、この幻聴だって私の考えている事を無視してずっと同じ様な事ばっか。
私は今から蓬莱の薬を新しく手に入れる算段を思い付いたってのにそんな事で水を差さないで欲しい。
取り敢えず、今から私は八ヶ岳に行ってヤマメと話して不老不死を得なくっちゃならないのは確かだ。
だから、ええっと……?


「ハロー、また会いましたわね」


「……は?」


突然。しかも地面から生えてきたとしか言い表せない方法で再出現したさっきの全身青女を前に、素っ頓狂な声が出し抜けに出てしまった。
そもそもさっき消し飛ばしたハズなのになんでピンピンしてるのか、地面から生えてきたかの様なこのコイツは一体全体なんだって言うのか。
だから、それらの事実に気を取られた。目の前のコイツが何をしようと現れたのか、考える事が出来なかった。

左足に重石を付けられたかの様な違和感。
何かそこから新しい部位でも生えてきたとでも言いたげに、左足だけが重力に強く引っ張られている様な感触がある。
目の前のコイツがやったのか?私に攻撃してくるならもっと別の事をしてくるだろうに、何の為に?
恐る恐る目線を地面の方から私の真下の方へと向けると。


一本の酒瓶が、私の左足にまるで吸い付くかの様に”くっ付いて”いた。

771一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:40:24 ID:7dG6hTvE0


「こん、のっ!!!!山に行かせろよ青女!!」


「あぁらこわいこぉわい」


全身青女の顔面目掛けて放った渾身の蹴り上げが僅か数寸で届かない。コイツは余裕綽々に首先を軽く動かしただけなのに、いとも容易く避けられた。
お前の攻撃は見切ってるだなんて煽ってくるみたいでムカついてしょうがないな。
それに左足で力強く振り上げたハズなのに、引っ付いた瓶はぴくりとも動かないまま。
どんな幻術が魔法か、ソレは私の左足に癒着して一体化したかの様で、足から離れるという挙動を知らないとでも言いたげに振舞っている。

それにしても一体なんなんだよコイツは。私の蹴りを避ける時に明らかに笑ってやがった。満面の笑みってヤツ。
私みたいなのを甚振って何がそんなに楽しそうなんだ。弱い人間を虐めるのがそんなに愉快だってのか?
クソッ、私は八ヶ岳に行きたいんだよ、それなのに……。


……?
頭が、ズキズキする。


「あんなに激しく動いたら早く回るのも当然でしょうに、本当にお可哀想なお人。
 にしても不老不死の肝でもちゃあんと酒精ってキッチリ回るんですのね。興味深いわ」


不老不死……?
何を言って。まだ、私は……。
目の前の、青が、滲んで、霞む。


「こんなに速いのは予想外でしたわ、あの魔女の子ったら随分と焦らしてくれたのですねえ?
 ま、私の躰が強靭であってこそなのかもしれませんけれども」


立っていられない。
立たな、きゃ……。
私は、山に行って、それで……。

それで……?


「それでは次は天国でお会いしましょう、再見♪」



……。




掠れながら埋没していく妹紅の五感の中で嗅覚に届いたソレがうっすらと輪郭を残して、捷急に脳へと情報を伝える。
鼻に付く様な強い妖香。白檀とはまた違ったむせ返りそうになる匂い。それでも何故だかそれ程までに嫌気を感じないのは何故だっただろうか。
至近距離で感じたソレは、手で撫でられるかの様な誰かの温かさ。


「よ、しか……?」


無意識に不意に出た単語。自らの発したその意味する所がなんであったかも分からず。
知らない単語を他でも無い自分が呟いているという事実に困惑を催せる暇も無く。

半分以上も閉じた蕩けつつある視界に明晰に映ったのは、頬がドロリと溶ける女の顔。


――――顔が溶けて溶けて、ドロリと液状化して輝夜が溶けてあれはあれは泥で私の目の前で輝夜で泥で顔が私の下に落ちて輝夜の顔であれは喋って私は私は、私は?



狂乱した思考回路は果たして夢と現実のどちらを視界に捉えていたのだろうか。胡蝶の夢も甚だしく、自問自答には至れない。
僅かに残っている物全てを最後の最後で掌の上から零れ落として手放して狂いに狂え。
そのまま妹紅の意識は闇の更に深くへと沈む、沈む。


一世の紅焔の夢よ、さようなら。

772一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:42:38 ID:7dG6hTvE0

            ◆



「地面に落ちた私の肌ってどうなるのかしら」


崩れ落ちた妹紅を尻目に、青娥はその様をどうでも良いと裏に含ませるかの様に独り言つ。
『オアシス』の能力を応用させて頬の火傷を修繕しているその姿も、もう動かないであろう妹紅の体への興味の無さを浮き彫りにしていた。
皮膚が焼けてその下の桃色が見えている箇所にスタンドを纏った手を当てて、洗顔液を染み込ませるのと同じ手付きで念入りに。
一滴だけ雫が顔を伝って自由落下していったものの、それ以外は万全とでも言うのだろう。火傷の痕跡は一切が無くなり、地面に作られたシミはすぐに消えて跡形も無い。

そしてスタンドを発動させたまま青娥の手は妹紅の足へとその矛先を向け。
ぬるり、と。湿った擬音の聞こえてきそうな動作と共に、目の前の少女の左足で異質さを放ち続けているその酒瓶を抜き取った。
日本酒が半分以下しか残っていないその瓶を揺らしてやれば跳ねるような水音が幾重にも響き、青娥はそれを見て口角をニンマリと。
その気味の悪い笑顔は、妹紅の意識が急に途絶えた原因がこの日本酒であるという事を雄弁と語っている。

やった事と言えば、精々第二回放送前に徐倫と魔理沙の流星コンビにしてやられた無力化の手段をなぞっただけに過ぎない。
あくまでもあの時に注入された酒は選りすぐりの"酔わせる為の"酒で、地底妖怪の箔が付いただけのただの日本酒とは訳が違うという事を青娥は知らない。
けれども、『オアシス』の能力で酒瓶の口と妹紅の表皮を溶かして癒着させ、そのまま中の酒を相手の血管に直で流し込むなんて手段はあの流星コンビには到底真似出来ないだろう。
青娥がここに立っているのは仙人としての躰の強靭さに悪運の強さを持ち合わせ、かつお相手さんの甘さに救われたという事実があってこそだ。
それら全てのハードルが取り払われてしまえば。性格面の上限突破に、相手の体もただのヒト相応であれば。こうも悪辣で奸邪な手法になり得るのである。

それに、あの時の徐倫と魔理沙には冗長にやっていられない焦りもあった。だからこその直接戦闘を介さなくても無力化出来る手段。余力を残していられる容易な策。
その策がこんな場所で、こんな事の為だけに流用されるとは誰が思えようか。たまたま『生かしたまま無力化する』という目的が合致してしまうとは想像し得る訳が無い。
この時ばかりは青娥はあの甘ちゃん二人に感謝の言葉が沸いていた。なお、気持ちは殆んど篭っていない。


「にしても芳香、ねぇ……。一体なんでその名前が?」


妹紅の最後の最期の一絞りの単語。掠れそうな弱々しい声で放たれたそれも、やはり青娥には気に掛かる事柄ではあった。
確かに過ぎ去った確かめ様の無い事ではある。愛しい芳香ちゃんはどこぞやの駄狐のせいでバラバラにされてしまったし、そのパーツも右腕や肚の中。死人に口なしとは良く言った言葉だ。
幻想郷で話を聞いていた限りではこの不老不死人間と交友関係があったとかどうとかは全くその話題に上らなかった。
ならば、何故見ず知らずの他人である藤原妹紅が芳香の名前を知っていよう。


「この会場で初めて会った、となればどうして今際の言葉がそれ?」


この催しでお互いに意気投合したというのが一番自然かもしれない。
しかし、先程の彼女の様子は狂乱そのもの。こんな不審者に近寄る人間もキョンシーも居やしない。
妹紅が狂乱に至った原因が芳香と別れた後と言うのならばまだ分からなくも無いが、だからとして最後にその言葉を遺すだろうか。


「ま、欲の欠片も無い言葉にはなっから期待しておりませぬが」


どうでも良い、というのが短い推論の末に出した結論であった。
先程の賢者サマの時もそうであったが、類推できないイレギュラーの存在など考えは到底追いつけやしない。
事実は小説よりも奇なり。どうせ正気の沙汰を喪った異常者の欲など読み取ろうとも読み取れる訳が無いのだ。時間の無駄になるような事をわざわざ考えている暇も無い。
邪仙の様な、色鮮やかな欲で全てを埋め尽くした世間一般の異常者とは方向性が全く違う。本物の深淵を垣間見るには、自らもその域に至る以外不可能なのだから。
それにメインディッシュはあくまでも魂の方である。魄の方には正直役割などあってほぼほぼ無いような物。
後はこの用済みの体ごとどこかに持って行って、空のDISCを探して埋め込んで殺して終わりである。

773一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:44:26 ID:7dG6hTvE0


刹那、無風の広大な空間に砂を蹴るに近い音が響いた。大きくはないけれども、確かに耳に入る音。
自分と死にかけ一人しか居ない空間なら、当然自身の呼吸音や足音以外は無くて然るべきなのだ。それなのに至近距離で音が鳴っているのだ。
音の主は何なのか。独演の地底世界に来客か。歓迎出来る物は無く、歓迎出来る者は居ない。青娥は瞬間的に身構えた。

が。音の発生源は思ったよりも拍子抜けで。


「抽搐、かしら。ちょっと驚きすぎちゃった」


ジャーキング。うたた寝している時にふとビクッとなるアレである。
意識障害に陥った妹紅の腕の筋肉が不随意に痙攣して砂を掻いていたという、ただそれだけの種明かし。
なんてことのないただの人体に備わった機能だったという事実は安堵と若干の落胆を青娥の瞳に滲ませる。
ディエゴ君が空のDISCを持って来てくれていたならそれはもう大大手柄だったのに、とこの場に居ない人間にケチを付けて、そのまま青娥は妹紅の音を意識の外に捨て置いた。
今最優先で考えるべき事は、目の前でだらんと倒れているこの藤原妹紅の体を運ぶ手段である。


「この先の地霊殿に火車が居るんでしたっけ、死体を運ぶにはうってつけの道具でも置いてないかしら」


もしくは土蜘蛛や鬼が建築道具として使っている手押し車か台車も良いかもね、と舌舐めずり。
ただ、ここに死に損ないの体を置いたままにして一人旧地獄の探索に出るのは、青娥にはなんだか癪な話でもあった。
出払っている最中に誰かがやって来て起こすもしくは殺してしまう可能性、もしくは妹紅が自力で起床してどこかへ行ってしまう可能性。どれらも無い話だとは言えないのだ。
もしこれらを対策するならば、妹紅を引き摺って運んだまま探索という骨の折れる行為をするか、目の届く僅かな範囲のみで探索するしかない。

少なくとも今の妹紅の体は時折痙攣するぐらいで起きる素振りすらも見えないが、用心には越した話でもある。
酩酊しながらも持ち前のボディで酒精を分解し、ものの十数分足らずで快眠を終えた生き証人がまさに青娥自身。
だから、結局この半死人を視界に収めながら運搬用具を探さねばならないという焦燥感が起きるのも致し方無し。
最悪天国に必要な魂に換えは利く、とは言っても時間が経つにつれて次第に減っていく参加者の中からあと二人分。機会損失は余りにも惜しいのだ。
さっくり見付けてさっくり運んでさっくり殺す最短経路を選び取らなければならない。



だから。

それは全く脈絡の無い話で、一瞬一瞬を切り取っても理解が及ばない光景だった。


痙攣が始まってから、青娥は半死人から全く目を逸らしていなかった。己の瞳に常にその変わらぬ姿勢を焼き付けていた。
予兆は何一つとして感じられなかった。人体組成に慣れ親しんだその長年の知識にすら、そんな実例があったなんて事は無い。
妹紅は崩れ落ちた時の体勢のまま、今の今までそこに居たのだと言うのに。


目の前の満身創痍であったハズの少女の体躯が、須臾にも満たぬ間に膨張したかの様な錯覚。
錯覚では無かったのかもしれない。本当にそれは一瞬で、瞼を一回開閉する間に動作は既に終わっていたのだ。



そこには。

昏睡から一瞬で覚醒して立ち上がった藤原妹紅の姿があった。

774一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:46:21 ID:7dG6hTvE0


その佇まいは先程と変わっていない様に見受けられる。黒髪もその衣も変貌を遂げたという事すら無く。
だと言うのに、その立ち上がった体からはこれ以上無いとでも言いたげなぐらいの違和感を放ち続けているのを青娥はしっかりと感じずには居られない。
そもそもあの状況、昏睡した状態からまるで何も無かったかの様に急に起き上がったという事実そのものにも特異的な感触を抱いているというのに。
藤原妹紅の体には、屋内で対峙した時以上に黒炎が漏れ出してその体に纏わり付いていて、最早狂気を隠そうとすらしていない。
いや、黒炎が蛇のように蜷局を巻いて妹紅の体を締め上げているのかもしれないとも思わせる程の苛烈さ。
それは最初から彼女から正気と狂気の境界線すら取り払われていたのかとすら。

何も感じ取れた相違点は外見だけに留まらず。妹紅から来る気の淀みも、先刻感じた物とは似ても似つかない。
精々乱れている程度にしか思わなかったのと対比すればその差は歴然。肌を刺し穿つかの様な痛みや圧迫感となって、その圧は気迫の領域に達している。
それも何も欲を感じ取れそうに無い混沌すら携えて、青娥の仙人としての感覚にこれ以上無い程の警邏を巡回させるのだ。



「■■■■■■、■■、■■■■■■■■、■■■■■■!!!!!!!!!」


突如青娥の耳に雷鳴の様に押し寄せたのは、悲鳴のようなナニカ。
発生源が目の前の少女だと考えるには培ってきた知識や状況からすれば想像に難くないが、それを青娥は理解してしまいたくなかった。
藤原妹紅の口から放たれたソレが、ヒトの発する言葉であるとはお世辞にも言い難い物であったが故に。
放つと表現してしまう事すらも悍ましい、嗟傷と激情と悲嘆と憤怒と全ての負の感情を詰め合わせて一つの釜に詰め込んだかの様な金切り声。
自身の感覚と相手への評価が正しい物であったと、それだけの事によって否応なしに気付かされてしまったのだから。

その精神性の更なる変容のきっかけを青娥は決して知る由も無い。一度は会話は成立しかけた相手がものの数分でこんな事になるとは誰が想像できようか。
そもそも何故こんな短時間で急に覚醒してしまったのかすら定かでは無いと言うのに、そのきっかけの類推など不可能に等しいだろう。
深淵の現に舞い戻った目の前の少女には舌先三寸も通用しないに違いないという確信めいた物すらも青娥に抱かせてしまえるこの状況。
今この場に存在しているのは、相手が何をしてくるのか分からないというブラックボックス要素でもある。


であるならば、先手必勝という言葉は、今の青娥に使うのが最も相応しい。
その思考回路とリソースの全てを相手の無力化に使うのだという強固な意志を体現したかの如く、踏み締めた大地を瞬間的に沈みゆく。
数メートル、青娥の体が三個縦に並んでいれば届いてしまえるぐらいの距離に全速力を賭けて。
酒瓶が残り一本しか無いという事実など知った事では無く。さっき使ったばかりの戦法をもう一度行わんとして。
自らのスタンドを纏い、地表面を水面と捉えて妹紅の立っているその足元を目標地点に一直線に泳ぎ抜く。

775一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:49:01 ID:7dG6hTvE0


だが、恐るべきは藤原妹紅のその反応速度か。
泳ぐ為に地面に半分だけ体を出した青娥のその半身を双眸でガッチリと掴んで、その情報を脳が処理して指令を送る一連の流れが果たして今の妹紅に存在していたのだろうか。
青娥の腕が妹紅の足へ届くその前に。『オアシス』が妹紅の立っている地面を溶解させ身動きを取れなくさせるその前に。
大地を脈動させる程に破裂を伴った勢いで、迫り来る貫手を飛び退き躱したのだ。

目的の為に勢いを殺して妹紅の元居た場所で停止せざるを得なかった青娥の体。攻撃を避けられて伸びきった青娥の腕。
その事実の列挙を妹紅の頭は果たして認識していたのだろうか。
だが、相手の隙が眼下に転がっているのははっきりと理解出来ていたに違いない。

バックジャンプの勢い冷めやらぬまま、空中で退いている最中の妹紅の全身がまた一瞬膨張した。
もう比喩と表現出来る領域を凌駕し終えていた。今度は目の錯覚では無かったのだと青娥は嫌でも思い知らされる。
向こう側へと飛んでいたはずの妹紅が、その腕に黒炎を色濃く横溢させて、追撃しようとしていた青娥の間近まで迫り来ていたのだ。

常識では考えられない肉体の挙動だった。
幻想郷の住人が霊力を用いたとしても、その身に掛かる運動エネルギーを押し殺して逆方向に、ましてや空中で方向転換など出来るものではない。
良くて急ブレーキが限度である。それも、術者の身体に掛かる負担や外傷という余り余る要素を抜きにしての話だ。常人が行えば出血骨折のオンパレード、到底真似できる話でもない。
だが、妹紅はその本来掛かるべき負担全てを蓬莱の薬で得た再生能力に肩代わりさせていた。血管が切れ、腱が断裂してもたちどころに修復してしまえるその能力。
深淵から蘇った今の彼女は、皮肉にもその精神的なストレスによって咎を外し、幻想郷に居た頃よりも再生速度を向上させてしまっていたのだ。
その深淵故に、彼女がその事実を認識する事は永劫に無い。


ところで、急性ストレス反応という物が世の中には存在している。
恐怖といった刺激に反応して脳のリミッターが外れ、神経伝達物質が普段より格段に多く分泌されるという動物の生存本能の一つ。
この話のキモは普段は筋肉の運動単位をセーブしている中枢神経のリミッターさえもが外れてしまう点にある。
生存を脅かされる窮地に直面した際に自らの生命を守る為に命懸けの力を出せる様にする為、その時まで力を温存しておく為の機構。一般的に言うところの『火事場の馬鹿力』である。
その温存分を解き放つのは今だと言わんばかりに、妹紅は自身の抱いた恐怖や狂気によってそのセーブを取り払ってしまったのだ。
今の彼女を押し留める要素は何も無い。筋肉を限界まで酷使して破裂させても、その再生能力によって何度でも蘇る。
傷を負った時に生じる痛覚も、閾値を超えた際限の無い狂乱によって打ち消され続け、それを妹紅が感じる事は無い。


故の暴挙。物理法則を無視したかの様なその挙動すら、妹紅にとっては朝飯前以前の行為と化していた。
向かう速度も爪を振り下ろす勢いも、限界を越えたその筋肉を以てすれば神速果敢の域に到達していて。

恐怖と黒炎に支配された怪獣の爪が、避け損ねた青娥の肩口に鮮明な傷跡を残す。


「いっっっったああああああああ!!??」


悲鳴も斯くや、青娥の目の前で妹紅は更なる追撃を仕掛けようとしていた。
着地した方の脚を軸に横薙ぎ一直線の蹴りだろうか、浮いている脚の先にまたもや黒炎を滾らせて。
地面から上半身を覗かせたままの自身の首筋を刈らんとする軌道をも青娥に予感させたその予備動作を相手に、出来る事は一つしかない。

チャポン、というこの場に似付かわしくない音と共に。
妹紅の蹴りが到達するよりも早く、霍青娥の全身は再度地面の下に沈んだ。

776一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:52:44 ID:7dG6hTvE0


「今のはヤバいとしか言えませんわね……」


地表面のその下で青娥は一人愚痴を溢す。その口調とは裏腹に、その顔は笑っていない。
痛みは傷が浅かったが故に『オアシス』で形を整えてやれば快調と言えなくもないが、それ以上に顔を歪ませていた原因はその黒炎。
掠り傷であったからまだ直に食らわずに済んだものの、至近距離で感じたのは紛れもない大量の怨嗟のソレであった。
呪詛も水子もなんでもござれで扱っている青娥でも、あれ程の物を扱えば自らの身を滅ぼすとはっきりと分かってしまえる程の出力。
まるで、死そのものを体現しているとでも言っているかのように。

藤原妹紅の更なる変貌はまだ御せるだろうと青娥は思っていたし、また無力化してふりだしに戻れば良いとさえも考えていた。
だが現実はこのザマだ。青娥の持ち合わせた純粋なスピードと搦手ですら、相手にとっては反応できる範疇の内ですらない。
貫手してからその傷口に瓶の先端を突っ込む二段階の動きでは到底間に合わず、無力化なんて夢のまた夢。夢として描くには少し夢想らしさが欠けてはいるが。
そして何より青娥が畏れを抱いたのは、一瞬目が合ってしまった時のその双眸。
瞳に光が宿っていないのも、ゆらゆらと両眼を動かしているその様子も、見掛け上は先程となんら変化していないハズなのに。
理性というヒトなら総じて持ち合わせているだろうソレを、全く感じさせない。欲の片鱗すらも覗けないと言うのに、視線だけはやけに直線的で。
そこには人間を構成する要素が、何も残っていなかったのだ。


「諦めたくはありませんが……今は退き時、なのかしら」


戦闘を経らねば決して無力化には至れないだろう、という事実は青娥のやる気を削ぐには充分だった。
術への相手の反応も楽しみたいと言うのに、目の前の相手ときたら何ら感情を抱いてくれないのが目に見えているという見識も拍車を掛けている。
人間らしい凡俗な欲すらも既に持ち合わせていないケダモノの、一体どこに楽しませてくれる要因があろうか。

それに正直、無力化しようとしても非常に骨が折れる。自分一人で相手しようと思えばどうにかなるという仙人としての自負はあっても、そもそも面倒事はキライなのだ。
魂をDISCにする必要性に駆られているのは十全に理解していたし、この絶好の機会を逃したくないとすらも思ってはいる。
ただ余り余るリターンを前にしても、食指を動かすには非常に手間が掛かるのだ。紅魔館でのあの大活劇で体力を消耗していない現状をしても動きたくはない。
色も含めて上海蟹みたいなヤツ。それが現状の妹紅への評価であった。


「あ〜あ、ディエゴ君みたいに一発で無力化と運搬の出来る能力があれば良いのに〜!」


わざと小悪党の捨て台詞のような言い回しで感情を少し吐露して、そのまま青娥は地中を泳ぎ始めた。
逃亡ではなく、戦略的撤退。あくまでも再度戻ってくるという意思を込めてひたすらに前へ進もうとする。

777一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:55:24 ID:7dG6hTvE0


しかし。
その先の光景を見て、青娥は止まらざるを得なかった。


炎が上から下へと逆流でもしたかのように青娥の進路を塞いだのだ。
龍が急直下するかの如く、地表面からその下方へと突き進んでいるとしか表現できないその軌道。そもそも炎は地表面から先は侵食できないハズだと言うのに。
熱を以て周囲の空気の密度を小さくしているからこそ、炎という化学現象は上へ上へと迸り燃え盛るのだと言うのに。
奇術の域ではあったが、同時にそれは直線的で美に欠け弾幕ごっこに反する代物。当然青娥には面白くない。

ただ、それは厳密に言えば流動体のように地面を侵食していた。重力に沿って下降し、我が物顔で地下の領域を食い破らんとするそれを炎と言う事は出来ない。
粘着質な火で成る岩。地を走り全てを飲み込み黒化させていく自然の猛威。古代ギリシャで糊の意を持ち崇められ、ポンペイを埋め尽くした火砕流の原動力。
人はそれを、畏敬の念を込めてマグマと呼ぶのだ。

だがその事実に気付くと共に、その単純明快なカラクリは酷く恐ろしい物であるとも察知させられてしまうのは何の因果か。
近接する灼熱地獄跡にも確かにマグマは存在していると聞き及ぶが、そこを由来にするよりも遥かに効率的な手段。

『藤原妹紅は地面を炎の熱で溶かしている』、ただそれだけ。スタンド能力のパワーで液状化させるのではなく、単なる物理法則に沿って液状化させている。
これはその身を焦がさんとする黒炎の熱量が膨大であるという、一点の曇りなき現実を明瞭に示し続けていた。
齧ったのみの知識で詳細は知らなかったものの、マグマの温度は時として四桁まで及ぶという事を青娥は辛うじて知っている。
触れるだけなら良い。ではもし、頭部を狙われれば。気管に炎を吸い込まされる事があれば。
たちどころに青娥の体は荼毘に付してしまうに違いない。

あとこれは青娥が知る訳も無く関係の無い話だったが、妹紅が最初に相対し打ち克てなかったエシディシの怪焔王の流法は五百度止まり。
全てを捨てて得た火力で漸くそれに勝てたと言うのに、当の相手の躰がそれよりも高い温度によって果ててしまったのは何の因果か。


「……うわめんどくさっ」


最初の一本を契機に、青娥の周囲では地面越しにですら届く程の激しい音を立てて、更に二本三本と溶解した土砂がマグマとなって地下へ降り注いでいる。
あわや火傷という程の距離でもなく、その熱量も液体の性質によって辛うじて遮断され、仙人の頑強な体によってその残りの熱も然程苦には感じる事は無い。
だが、撤退の策は無残に潰えた。

ランダム要素が多すぎる、その一点。

元々青娥は自身の悪運を有効活用し相手を嘲笑うのが肌に合うタイプだったが、その持ち得た悪運を信用する程では無い。
確かにその時々の運によって何を得るのかに期待を寄せるのは好きだ。人の欲という物は得てしてそういう物でもあるから、まさに今を楽しむのにうってつけである。
勿論籤引きで何を引こうがその後の対処でどうにもこうにも立ち回ってしまう技量こそが最大の武器だと思っているし、そもそも最大の武器が複数個存在している青娥ではあるものの。
不明な一定確率で自分自身の『死』を引く選択肢を取らざるを得ないというのは、死神どもの勝手に仕掛けてくるお遊びの時とは根本から違っている。
死神という存在は相手が如何に頑張ろうとも必ず最後には御せるようになっているのだ。そこに死は決して付き纏わない。何故なら青娥自身が強いので。

だが、今この場では違う。このまま行けば無作為に放たれたマグマの雨のどれかに引っ掛かる可能性を否定できない。
悪運によって炎が肌に掠る程度で終わるのであれば喜んでそこに突っ込もう、なんて博打精神は他人が抱いているのを見るに限るのだ。
それで自分自身がお釈迦になるのは全くの別問題。命をベットする事にさしたる忌避感は無いけれども、リターンの少なさは命よりも重い。
いつもの簪さえあれば炎もマグマも壁と断じて穴を開けるマジックショーが出来るが、そんな事は別に大した話ではないのだ。


再浮上。
今取れる最善手として、青娥はそれを選び取る。

778一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:56:50 ID:7dG6hTvE0

            ◆


もう何度目かの旧地獄の街並みに降り立ち前方を軽く一瞥しても、妹紅の立ち位置は殆んど変わっていない。
けれども前回から分単位で経った訳でも無いのに、その立ち姿を異質と断ずるかのように、取り巻く環境は激化し荒廃していた。

先程から更に範囲を広げて地面の上で走り続ける黒く滾る炎。
燃焼域も増えたのか、周囲の家屋がまた何棟か焼け滓となってその骨組を痛々しく曝け出している。
焦げ付く匂いも炎から漏れ出る呪詛の感覚も先程よりなお色濃く、若干の嫌悪の感情さえも顔に滲まされてしまったのを青娥は自覚する。

前方に幾つも広がる小さなマグマ溜まりの池。
土気色さながらの砂の上に、赤と黒を掻き混ぜた泥のような見た目で鎮座したそれは先程までの攻撃の余波か。
青娥の今立っている場所の後方にも幾らか点在しているものの、明らかに妹紅と対峙しているその間ばかりに穴は集中していた。
そして今もまだ対峙は終わらない。



「■■■、■■■■■■■■!!!!!」


目の前でまたそれが低く呻る。警戒心も顕に、光を飲み込む墨染の眼で殺意だけを輝かせて。
燐火がその顔に陰を作っては消えても、その瞳だけはひん剥いて視界の中から離れやしない。
どこまでもソレは人の形をして二足歩行で動くのに、その敵の胡乱な姿を目にした途端に何故か妙なまでに合点が行ってしまった。


「……まるでケダモノね」


ソレには聞こえていないだろうに。もしくは聴覚がよしんば神経までその放たれた言葉が伝わっても、相手は決して理解し得ないだろうに。
それでも、そう唾棄せざるを得なかった。そうしなければ煮立ちそうな感情がマグマの様に堰を切って湧き出てしまいそうだったから。

直線的でただただ暴力に身を任せた動き、次の一手を考えずに繰り出される攻撃、相手を見る目付きに視線、しどろもどろにすらも及ばない唸り声。
一つ一つのピースはただの気を違え狂わせてしまった人間にしか見えないが、点と点を繋げてしまえば後から幾らでもこじつけに至れてしまう要素ばかり。
搦手も連携攻撃も行わない、ただただ激情丸出しの攻撃手段もなんてことは無く、ただただ理性の欠片も見当たらないというだけで。
先程のマグマを生み出す攻撃も、結局は出鱈目に地中を進む敵を殺そうとしただけなのは地表面の痕跡を見れば大体把握できる。
その眼光も要するに相手を敵として見ているだけ。何も感じ取れなかったのも当然だ。だってそれが正しいのだから。

779一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:58:54 ID:7dG6hTvE0


ただ、青娥の情動の釜を沸かせているのはそこではない。
目の前の相手が、理性ゼロの猛獣が仮に藤原妹紅ではなく、他の一般的な人妖であればこんな事を思いもせずに済んでいただろう。
なのに運命の廻りは時として残酷だ。神仙を一度は望んだ身の前に現れたそれが、ただの錯乱者のままで居てくれれば御し易いヒトとして扱えたに違いない。
仙人になったからには神仙を目指すのは道理だし、事実青娥も何仙姑に憧れてかくあるべしと不老不死を目指そうと一時期あったのもまた道理であった。
本質的な不老不死をこんな俗っぽい雰囲気の少女が身にしたのかという思いはあれど、それが憎いと思う青娥でも無かった。


それでも、こんなのは全てに反している。悲哀なんてチャチな感情で片付けられる一過的な物よりもタチが悪い。
憤り。何故。そんな言葉だけが積み重なった疑問。その二つが交互に浮かび上がっては地獄の蓋を開けようと心を揺らして止まないのだ。
元から無かったやる気というスペースに、らしくも無い感情を埋め合わせている現状は不本意と断ずる事は出来たが、かと言って眼前のそれは決して許せまい。
戦闘をする事に意味は無いしするだけ無駄である。しかし邪仙としてではなく、仙人としての自分自身がそうは問屋が卸さないと言っているのだ。

豊聡耳様ですら。死へのカーペットを青娥自身が無理矢理渡らせた彼女だって、その最期の欲は美しかった。あの方ならきっとそう遠くない内に真の不老不死になれただろう。
その道があの向日葵の丘で潰えたのも、互いに仕方の無い事でもあったし、それを後悔する様な陳腐な脳は生憎持ち合わせていない。



だからと言って。

不老不死の末路がこんな野生丸出しの獣だと思いたくもなかった。


完璧な不老不死を得た者が、自らの死に直面したばかりに。

こんな巫山戯た、凡庸な欲すら無い醜い塊になるだなんて想像したくも無かった。




「■■■、■、■!!!」



「邪仙として引導を渡して差し上げます」



羽衣の様に美しく繊細な声には、凛とした力強い芯が篭っていた。

780一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:05:06 ID:7dG6hTvE0


幕が切って落とされるまでは一瞬だった。
先に飛び跳ねたのは妹紅の方。助走も無いのに、その地面の一踏み一蹴りだけで二人の間を瞬間的に詰めるその脚力は並大抵ではない。
それでも青娥は冷静沈着を保ったまま。今までとは打って変わって精悍とした顔付きで眼前の光景を見据えているのみ。
業火のバチバチという弾けるそれも、空中から自らを弑そうとしている紅黒の獣の叫ぶそれも、この場において必要無いとでも言わんとしているのか。
水の雫が一滴水面に落ちて波紋を作るまでの、その全ての音すらも耳に捉えて脳に染み入らせてしまいそうな集中力。
全てはこの相手を殺す為。自嘲すらも遠くに置き去りにして、ただ機会を待ち続ける。


何故コイツを殺すのか。DISCにするなら殺してならないと言っていたばかりではないか。
豊聡耳神子は千載一遇の逸材で最愛の弟子であると共に、あのまま放置しておけば天国行の艱難の壁となり得る人物だった。
八雲紫は芳香ちゃんの仇討ちで魂の確保の試金石で、あの時は戦闘行為をしなくても簡単にそれらが実行可能な状況だった。
二人して幻想郷に居た時のその身には必要であったけれども、今この場において一番優先されるのは幻想郷の諸々ではない。だからその命を奪い何かを遺させた。
だが、眼前のコレは彼女達とは訳が違う。故が無い状況で、ただただ個人的な感情でDIO様の命に半ば悖る行為を取ろうとしている。
死に際の欲を聞き出して死に水を取れさえもしない相手を、わざわざ嫌いな戦闘を経てまでも殺そうとしている。
そうまでして、そこまでの思いをしてまで果たしてやる事ではあるのか。
青娥らしくもない、そう一蹴されて然るべき心の激情。


藤原妹紅の体が刻一刻と近付いてくる。
それが光を遮る壁となって、青娥の体に影を作る。時間が引き伸ばされていく感触。


でも、霍青娥という個においてはそうする必要があると思わされてしまったのだ。自らがその欲の強大さで自滅してしまっても、それだけは譲れない。
欲望を漏らすとは即ち、気としての精を練り仙丹とする仙人の命題とは逆行する概念である。他者の欲は仙丹に加工出来ても、自らの欲は俗の象徴。神仙から一歩遠ざかる行為だった。
けれども、霍青娥は仙人である以上に邪仙である。邪仙になってしまったからには、もう神仙への道を辿る事など許されない。
世間一般では悪事と称されるらしい行為を働き地仙への道を追われた身にとって、その程度の欲ならば千も味わってきたしこれからも味わう予定の事だ。
今を生きている邪仙の身で過去への後悔や懐古をしたとしても、それは魅力的な何かも得られぬ『無駄』な行い。

781一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:07:19 ID:7dG6hTvE0


ただ、昔々憧れを胸にして完璧な不老不死を求めた青娥という少女には、この事を決して看過する事は出来ないのだ。
あの説話集のそれと過去が重なり出したのがいつだったか定かではないが、気付いた頃には青娥は既に邪仙であった。
豊聡耳様の生前のその豪快さと巧緻さ、そして全てを凌ぐ天才さに心を射られてもそれは変わらず。もしくは変わる余地が無かったのか。
燻り錆び付いた想いを如何に手放そうにもそれが原点であったという事実は決して消えてくれない。

もう戻れぬ道であろうと、あの頃に抱いた八仙への憧憬は本物なのだという自覚と共に。


だからせめてこの一時だけは、純然たる仙人であろうと。




「酔八仙拳の一つ、何仙姑の構え」


その口上はスペルカード宣言の物ではない。決別の意すらも込められて、はっきりと口にされたそれは体術の構えの姿勢の名。
酔拳の極意、酔っているかの様に相手を翻弄するという真理を忠実に守っても、思考回路が断絶した相手には効きやしない事は百も承知であった。
それでも青娥は軽快な足捌きと共に、宙を舞って猛スピードで近付いてくる妹紅のその皮衣を右腕で掴む。
元々宮古芳香のモノであったそれの怪力に不足無し。全速力で放たれた飛び掛かりの猛攻を物ともせず、最小限の動作で受け流す。
その動作の鮮やかさ故に妹紅が抵抗する余地も無く、遠心力だけを頼りに円運動へと移行するその優雅さはこの世から隔絶された物すらあって。
右腕が確固たる弧を描き、藤原妹紅の体が本人の意思とは関係無く宙を舞う。

青娥の左手もまた、迅速に。右腕と同期せず、手癖の悪さを体現したかの如き素早さでエニグマの紙が取り出される。
手を入れるまでもない。最初からそれを出すという一心で行われた開閉は、そのままの流れと勢いで目的の物を吐くものだ。
完全な御開帳に至るよりも早く、紙の大きさすらも無視して物体が飛び出る。青娥より何倍も大きく数石もの体積をしていると言うのに、それを物ともせず一弾指に。
先程蒐集したばかりの酒樽がエネルギー保存則を無視して大地に勇み立つ。


右手で掴まれた妹紅の全身。左手から出現した酒樽。
互いの軌道上にそれらが交差して配置されたのは、因果も偶然も介さない出来事で。
投げられた妹紅の体が酒樽に衝突する事無く沈んだのも、『オアシス』の能力を考えれば最早必然ですらあったのだ。

782一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:09:45 ID:7dG6hTvE0


「■■、■■■■、■■■、■■、■■■、■■■■、■■!!!!!!!!!」


藻掻いて液体を掌で攀じらせようとする音、肺の中の空気をガボガボと吐き出す音。
怨念で全てが構成された咆哮と共にくぐもって聞こえるそれらは、紛れもなく妹紅が酒で満たされた樽の中で身悶えしている証拠であった。
その生への執着のみで構成された思考回路の下に精一杯足掻こうとする様は実に哀れで哀れで悲しくて。
水中でどう動こうが樽を破壊して外に出ようと努力しようが、当然そんな行為は徒労に終わるしかないと言うのに。

地底妖怪、特に鬼のような怪力乱神を持ち合わせた物達の為だけに特別に作られた大きさの樽が頑強でないはずがなく。
豪快さがウリの妖怪達が、わざわざ鏡開きのようなチャチな行事をする為なんかに酒を樽に詰めるなんて事をする訳もなく。
日本酒で満ちに満たされたその巨大な樽に、破壊出来る程のヤワさも僅かな空気すらも初めからどこにも存在しないのだ。

だから、藤原妹紅の末路として青娥が現在考えうる物は二つ。
このまま溺れ死ぬか、樽を破壊しようと燃やしてそのままアルコールと共に爆死するか。
酒樽に詰めた時点で既に、妹紅の敗北を決定付けていた。


ふぅ、と後方のソレには一切の脇目も振らずに、青娥は感情の乗っていない軽い溜息を溢す。
体術の行使と片手間に行われた『オアシス』の行使。それ自体は別に大した動作でもない。
あくまでも今ある技量と物資を使って最短で事に及べる方法を取っただけ。戦闘と呼ぶには些か呆気ない幕引きか。
そこに満足も疲労もありはせず、残ったのは終わったのだという実感。

仙人であればもう少し憐憫に満ちた慈愛のある方法であの怪物を御せたかもしれないけれど、と思いはしていた。
溺死。数時間前に感じた命の危険と同じ物ではあるが、パニックとチアノーゼと弛緩のどれにも至らずにそれを脱した身には想像し難い。
爆死。自らの炎に焼べられて命を落とすのは悪趣味で微笑ましい限りの光景だが、今それを見るのは吝か不本意で。
どちらかと言えば、不老不死の存在が死ぬ様をその目で見たくは無かったというのが本心であった。

命を刈り取るのは初めから決まっていた事だったものの、その体現者が生にしがみつこうと必死になる姿を見てしまうのはなんだか遣る瀬無くて。
野生の獣のように生の字だけで埋め尽くされた欲なんて、幾らソムリエとして振舞ったとしても視界に入れたくも無いのだ。
求道者達の夢の末路があの紅黒に満ちたただの名前を亡くしたバケモノであるならば、せめて殺す時は誰の目にも付かない場所で。

良心の呵責なんて物は随分と昔に捨て去ったのにも関わらず、個人としての感情はどうしようにも見過ごせない。
良くも悪くも邪仙であるからこそ、それが青娥にはどうしても我慢が出来なかったのだ。

783一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:11:07 ID:7dG6hTvE0


過去の出来事はしつこくその身を追い回してくる。
捨て去ろうと努力してもそれらは何十年何百年と付き纏い、心を焦がし続ける。それが自分に直結する事柄なら尚更だ。

少しばかし青娥は、先刻の怯える小動物のような秋静葉の姿に重なりを見出した気がしてしまった。
あの強引さの皮を剥かれた様子は、過去に一瞥してしまって心に痼を作らされている自分自身とやや似通っている所があったのだから。
過去に捨てた物。誰だってそれは持ち合わせている。アクセルを踏み込んで大小様々なそれらを亡霊と称しても、決して責任転嫁は出来やしない。
彼女で言えば自らの手で蹴落とした者の声。自らに準えて言えば昔の自分が抱いていた夢物語だろうか。
それらが何かの要因と共に掬い上げられ、もう一度対面させられてしまった時に、その時点で備え持った欲を維持できるかどうかは怪しいと身を持って痛感させられる。

秋の神であれば現在進行形の事情だったし、青娥であれば過去形で一度は踏ん切りの付いた事であったという違いはある。
だが誰も彼もが心の凪を脅かされるのがこの会場でありこのゲーム。欲を見て楽しむ側にその凶刃が降りかかろうとは思いもしなかったし、らしくもない行いもした。
過去を掃いて捨てる事など出来やしない。それが出来るのは全てを未来へ繋ごうとする強靭な精神性。豊聡耳様であり、DIO様であり。つまるところのカリスマなのだろう。
邪仙に出来るのは向き直って今を楽しむ事だ。あの脆弱で高尚な欲を鞭撻に走らせる秋の神とは違う。青娥にはそれが出来る。


八雲紫の最期も、果たしてそうだったのだろうか。

どちらでも、良い。
どちらでも、楽しめる。


重要なのは今この段階に置いて気持ちの区切りが付いたという事実。
これで藤原妹紅という不老不死の人間もその成れ果ての怪物もめでたく死を迎えた。
対峙している最中に自らの内に沸き出した過去への懐古も、無事にエピローグと共に千秋楽と相成った。
ならばこの地に残す物は何も無く、誰にも見られぬ地の底の天蓋の輝きの下で後は立ち去るのみ。
魂についての奸計は、機会損失はしょうがなかったという事でディエゴが一つはやってくれるだろうと決して揺るがず。



「■■――――!!!!」



耳を裂く爆音。

後方からのエネルギーの波には最早興味が無く。
その全てについて今更想う所も消え失せたのだから、と青娥は決して振り返らない。
前を向いて、いつもの表情で、ただ歩む。

784一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:12:44 ID:7dG6hTvE0





「■■■■■■■■、■、■■■■■■、■■■■!!!!!!」



長い叫喚だった。
その声の大きさと持続時間が、後方の壮絶な光景を簡潔に物語っているのだ。
生命力の高さ故に死ねずに居るのか、それとも力一杯の最後の恨み言か。
けれどももう過ぎた事。今その声が聞こえる事に意味は無い。




「■■、■■■■■、■■■■■!!!!」



まだ続いている。しぶといという概念を生まれ持ったかの様に、未だにその勢いは衰えない。
チリチリと身を焦がす音を満遍なく纏いながら未だに生きているのだろう。
じきに終わるのだから関係無い事だと、青娥は踵を返す事すらしない。



「■■■■■■■■!!!!!!」



いい加減飽きそうな頃合になっても、まだそれは続いている。
だが、最初のそれとは何かが違う。それを上手く言語化出来ないのは癪だけれども、そういう時もあると一人。


「■■■■!!!!」


ドップラー効果。
青娥がそれに気付いて振り返らざるを得なくなった時点で。

藤原妹紅の体は炎に飲まれながら、既にすぐそこまで接敵していた。

785一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:14:58 ID:7dG6hTvE0



猛烈な速度の蹴りを湛えた怪物のその見てくれに、見るも無残な姿だな、と青娥は勝手ながら思う。
皮膚のそこら中が熱傷に覆われて爛れ尽くし、黒々と壊死したであろう顔面の中で双眸だけは生を漲らせて自分を一心に見ている。
恐らくは酷い爆風だったのだろうか。左脇付近に至っては衣ごと丸々と肉が吹き飛んで、砕けた肋骨や上腕骨が憎たらしく顔を覗かせている始末。
それでも愚直に、瞳の通り見敵必殺を体現せんばかりに。炎によって自滅しかけたばかりだろうに、黒炎をはっきりと燃え上がらせて。
右脚で空を斬りながら、ただただ前方に存在している元凶を殺してやろうという本能のみで渾身の蹴りを放っているのだろう。


そしてその体の傷跡は、距離が縮まるまでのコンマ一秒単位毎に次第に回復している様に見受けられる。
グズグズと黒色に染まったその顔の皮膚の色が段々と明るさを取り戻し。左脇から弾け飛んだだろう肉も、時間が経る毎に新しく生えるようにして再生していた。
身に着けた衣の内、爆発で持って行かれたであろう部分は流石に元通りなろうとはしていないものの、人としての形は適度に保っている。
この再生速度こそが藤原妹紅の隠し持っていた手の内で、爆発から生還せしめた奥の手で、青娥にとっての誤算。
不老不死の持ち得るであろう再生能力について考慮するべきだったけれども、そもそもここまで耐えられる事自体が想定外である。

最初から一撃で仕留められる手法を使うべきだったのだ。それこそ首への貫手で抵抗の芽を摘まなければならなかった。
けれどもそれは為さず。視認という確実性を考えておらず、情に流された自身の負けである。


炎で体の表面を燃やされるのも、爪で裂傷を作られるのも、仙人の躰と『オアシス』の能力を考えればどうにか補填出来る。
呪詛に満ちた黒炎を受けるのは身に毒かもしれないが、軽く当たる程度なら解呪の範疇に収まっただろう。
だが、徒手空拳や蹴脚はどうにもならない。骨を断ってでも身を穿とうとするその一撃の威力は外傷に留まらないからだ。
幾ら青娥の体が強いと言ってもそこには限度があって、内臓系へのダメージまで防げる程の頑丈さを求めるにおいて相手の攻撃力は些か高すぎた。
脚を動かすには遅すぎるし、今から貫手で首を跳ねても蹴りの威力までは殺せずにそのままの勢いで喰らってしまう。
『オアシス』で蹴りの着弾点を液状化させて避けるにも、やはり残された時間が足りなくて護身にすらなりやしない。
もし眼前のソレが上半身と下半身が二分される程の威力の蹴りであればまだその跡を繋ぎ合わせて生存出来たかもな、という謎の諦観。
なんて事の無い力任せの蹴りだろうに、青娥にはそこから及ぼされる明確な死のビジョンを抱かずにはいられない。
それ程までに視界に収まった情報量は多く、どうしてかそれらの事実を全ていっぺんに脳で処理してしまえる程に青娥は落ち着いている。


明確な死のビジョンは時に人を冷静にさせる、とは誰の言葉だったか。



――ああこれ、死にましたわね。


やっと出た言葉は、それであった。

786一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:17:00 ID:7dG6hTvE0



時間の経過が更にローラーで薄く引き伸ばされて、藤原妹紅の接近速度が更に遅くなったように見受けられる。
ただ明瞭で捷急な意識とは打って変わって、脚を動かして蹴りを回避するには体の動くスピードはあまりにも緩慢で、まるで水が体中を纏わり付いているかのよう。
それは避けるという選択肢を初めから除いた状態でセーブとロードを行ってしまった詰みの状態を青娥自身に簡単に想起させて。
青娥自身の思考速度だけが急上昇して他全てを置き去りにしているのは火を見るより明らかだった。

気付けば眼中のコマ送りの光景とは別に、脳裏に色々な映像が上映され始めているのを青娥はなんとなしに自覚させられている。
最初に現れたのは映像では無く、タキュスピスューキアと読める古典希臘語の文字がただただ画面いっぱいに表示されていただけだったけれども。
その文字はきっとアルバムのタイトルか何かなのだと思えてしまえる程に、それ以降の支離滅裂な映像群は青娥に馴染みが深い懐かしさの塊で。
これが走馬灯なのでしょう、と青娥には即断で理解出来てしまった。他に観客が誰も居ない上映会の、たった一人のお客様になったかのように。
過去の些細な出来事ばかりが映画館のスクリーンばりに大画面で浮かんでは通り過ぎ、その連続が留まることを知らず。



――木の重厚さを感じずにはいられない古風な建築物と、その奥で威光を放つヒト。
昔々あるところにおはしましたは、かの高名な聖徳王。道術の弟子にして天に祝福された才知の持ち主。
周囲にて立つ緑髪や白髪にも見覚えがあるけれども、やはりその中でも彼女はズバ抜けていた。



――暗く澱んだ薄明かりの一本道で、眼前で弱々しく威勢を放つ紫色の少女。
かの妖怪の賢者の最期をその手前から再生しているのだろう、心臓を突き刺す手前から流れてくれるとは実に気が利いている。
彼女もまた、今のこの光景のように走馬灯を見てから逝ったのか。



――石窟の中、小神霊揺蕩う中を一目散に付いてくる紅白の少女。
これは確か幻想郷での一幕だったか。あの時の豊聡耳様の復活から、聖大僧正や山の仙人様といった浅からぬ縁を繋いだのだったか。
博麗の巫女もジョースターの系譜と同じく、今生きているなら決してその手を止めぬ強さを再燃させて立ちはだかるに違いない。



――紅々と整えられた煌びやかな内装の建物の中、こちらを見下ろす全身金色のカリスマ性。
それはきっと一目惚れの初邂逅のシーン。その金の髪も服飾も、後光を一面に浴びたかのような神々しささえ放っていた。
だからこそ、その目指した先の天国という概念も含めて少女のように恋をしたのかもしれない。




――青々とした、なんて事のない空。

透明さが売りの水の色とは違い、他の色に滲んで馴染む事に長けたような一面の群青世界。




その光景が脳内の銀幕に表示されるや否や、青娥の体を包むかのように。
どこかで見た懐かしさのある空色に対し、感傷に浸る猶予さえも許さないと言わんばかりに。

ガクッ、と。体幹全てが崩れる程の衝撃が襲った。

787一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:19:55 ID:7dG6hTvE0


─────────────────────────────




緊張の根が解けて青娥がまず最初に感じたのは、想定していた腹部の生暖かな感触を全く感じないという事だった。
それどころか腹部への痛みはほぼ僅かで、体が後方に倒れて地面に倒れ込んだ時の物以外の痛みは殆んど感じずに至って健康体のまま。
あれ程までに青娥自身の五感や第六感へと訴え掛けていた死へのビジョンは今や完全に消え失せていたのだ。
自身の体が五体満足であるというのはこの上ない上出来だというのを改めて実感しながら、恐る恐る目を開け立ち上がって周囲の状況を睥睨する。

藤原妹紅の体は、すぐ目の前に。地面の上で横たえて瞼を閉じているが、体を再生させながら肩を微動させているからにはやはり生きている。
だが、その状況だけでは両者共に生きている理由を青娥自身が説明し切れない。こちら側に飛んでくる威力を完全に相殺した上で互いに五体満足であるという事実。
何がどのようにして、もしくは体が動いたのならどのようにして、この運命的な場面が作り出されているのかは分からない。
思考回路は至って冷静だった。あのようなモノを目前としながらもそれだけは軽快で、されど体は鈍重で。意識的に行った動作は思い当たらず、無意識下で行える動作も限られていた。
けれどもそんな最中でこのような状況が作り出されてしまえば、過程を省かれて結果だけを見せられたようにしか思えない。

だが、それよりも驚かされたのはその藤原妹紅の体の近くに転がっていたソレの存在で。


「あの円盤は……記憶DISC……?」


空っぽだったゴミの格を宝物まで引き上げた張本人だからこそ、それを見紛うはずが無い。
他の記憶DISCがどのような色形をしているのかは分からなくとも、少し離れた場所に落ちているそれは、間違いなく先程まで青娥が所持していたハズの八雲紫の記憶DISCであると言えた。
であれば当然湧き上がる疑問。何故というその二文字に尽きる。旧地獄に入る前に確かに背面に隠したハズなのに、どういう訳かあんな場所にあるのだ。
藤原妹紅の倒れている姿と、転がっている記憶DISC。現状存在している二つの点を線で結ぶ事は出来ず、類推もままならない。
走馬灯に意識を集中させていた間、自分が何をしていたのかが分からない。偶然の出来事か、それとも必然の出来事だったのか。


けれども、その思考に専念するよりも先に。青娥には青娥なりのケリを付けなければならないという意志がどうしても色濃く。
指先を天に掲げ気を練る。精神的にも肉体的にも疲労が来ている青娥だったが、決して満身創痍には至っていない。
曲線を描く数条のレーザー弾を、その天を埋め尽くす岩盤に向けて発射する。
今は青空の見えぬ地の下だけれども、レーザーは天へ吸い込まれるように前へと。

ただ、それらは着弾すらしない。
岩肌にフジツボの如くびっしりと張り付いて離れそうにも無い桜色の結晶群が、それらの軌跡を吸収して。

しかし、その光景がまるで想定の内であるかのように、青娥はなお表情を崩さない。


「邪符『グーフンイエグイ』」


そう邪仙が言葉を奏でるや否や、天蓋の上で結晶達がガサガサと揺れ動き。
次の瞬間には、その眼前は桜色の雨で埋め尽くされていた。

788一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:20:53 ID:7dG6hTvE0


この会場でわざわざ幻想郷流のスペルカードルールに則るのは、殺意の無い甘ちゃんか踏ん切りの付かない哀れなヒト達だけだと青娥は考えている。
それか例外的に幻想郷に愛着のあってわざわざそれを行使する物好きな人妖ぐらいしか挙げられないのだとも。
だが、そもそもにして殺傷性が中程度の技を使う事自体が利点となり得る時。そういう場なら寧ろ躊躇無く使える精神性も青娥は持ち合わせている。
その場がまさに今この場この状況。藤原妹紅を傷付ける一番良い方法としてそれが思い浮かんだのはまさしく皮肉か天啓か。

グーフンイエグイ。中国語で「孤魂野鬼」と表記されるそれは、異郷の地で没して供養されなかった者の悲嘆と怨言の魂。
異郷の地という概念がこのゲーム会場に当てはまるかどうかは青娥自身も考えていなかったものの、狙いはそもそもそこではない。
弾幕ごっことしての技として言えば、青いレーザーを媒介に周辺を彷徨う霊に対し青娥の気と指向性を込めて相手を追尾させる形式を取る。
レーザーを介して相手の逃げ道を断つと共に、霊魂を弾幕の一部に組み込ませる青娥お気に入りの奇術であった。
しかしこの会場では残念ながら周辺を彷徨い漂う魂も小神霊も居やしない。代わりに養子鬼を使うのも手だが、それでは余りに殺傷性が高すぎたのだ。

けれども地底空間、それも旧地獄という地の利が青娥に最上の恩恵を齎した。
幻想郷に流れ着いてから一切合切地底へ行く事の無かった身であったが、山に住まう同業者から聞いた話の中にあったのを思い出したのだ。
石桜という旧地獄固有の自然現象。桜色をして殺風景な天盤に花を咲かせる邪悪な色彩。
そして、その鉱物が本を正せば純化された魂の結晶であるという事実も。


即ち、孤魂野鬼を使っていた部分を石桜に置き換える事によって擬似的にスペルカードを発動する。
二つ共に魂である事に変わりは無いのだから、レーザーを介して石桜を攻撃に転じさせる事が可能なのではないかという半ば確信めいた宣言。
それが今回の青娥の目的にして行動であったのだ。


それともう一点青娥がこの手法を取った理由として、藤原妹紅の再生能力への対策もまたそこに組み込まれていた。
霊力が無尽蔵でないかと錯覚させられる程に際限の無いその能力。あの規模の酒精の熱量を以てしても命を奪えない強靭さは全ての上での懸念であった。
先程の再覚醒が何に起因しているのか青娥は全く身に覚えが無かったし、過去のトラウマを刺激されてスイッチが更に深く押し込まれたという事実を永劫知る事は無い。
だが再度酒精による昏睡で無力化しようとするには余りにも未確定要素が多く、出血多量による意識障害も血そのものが再生してしまえば復活される恐れがある。
脳震盪や脊髄損傷によって脳機能から遮断させ、体そのものを行動不能にさせる手も無くはないが、結局の所は再生能力が強ければ回復されてもなんらおかしくはないのだ。

だがもし仮にの話。体の至る場所にナイフが刺さっていたら再生能力はどのようにして発動するだろうか。
医療的には血流を促進してしまわないようにする為、そういう大型の異物が刺さった傷の場合は凶器を抜かずに診療所まで搬送する事で延命を図る。
けれども異常な程に再生能力の高いヒトだったら。凶器を抜いたそばからたちどころにその傷口が塞がるような相手であれば。
寧ろ抜かなければ再生に至らないのではと。抜かずに放置したままならその傷は再生出来ないのではないかと。
であれば、石桜という鉱石の破片はまさに刺し穿つのにうってつけだった。



青娥の気によって方向を定められた石桜の数々が、凶器となって藤原妹紅の体を襲い行く。
その様子はかねてから聞いていた壮観さのある舞い散り方とは少々勝手が違っていたが、それでも美観である事になお変わらず。
大小にかなりのばらつきはあるものの、その雨槍のように降り注ぐ様はなんとも悪趣味。乱反射しては輝きをそこかしこに放つ姿もまた心地良いものである。
あの時の雨粒を固めた純粋な水滴もまた鏡面を思わせる良さがあったが、これもまた別の見てくれの面白さがあると青娥は感じつつ。
『ずっと見ていたら心まで乗っ取られてしまう』という山の仙人様の弁もなんとなく分かったような気がした。
彼女は恐らく青娥とは別の意味で言ったのだろうが、青娥は魂の一端一端が命を刈り取るその鮮烈な様に目を奪われていたのだから。

789一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:22:50 ID:7dG6hTvE0


後に残されたのは横たえる藤原妹紅の体に突き刺さった石桜の数々と、刺さらずに破片として地面に落ちた桜色の散乱。
爛れたままの皮膚から覗く肋骨にも、眼や口といった重要器官にも、容赦なく血の赤色を滲ませるそれらはまるで針山地獄めいた様相すらもあった。

けれども青娥はその姿を一旦尻目に置き、淡麗な歩調で別の方向へと静かに歩を向けて。そして屈んで手を伸ばし、地面に落ちたままのそれを拾う。
八雲紫の記憶DISC。石桜の猛攻に遭っても傷一つ付かないのは、流石スタンド由来の物品と言ったところで。
掴んで拾い上げるとやけに青娥の手に馴染むそれに、図らずとも先程何が起きたのかが思い出されてくる。



「そうでしたわね、確かに……」


あの時、生存に無我夢中になれなかったにも関わらず。
半ば諦観すら抱いて脳内を流れる映像に身を浸していたと言うのに。

無意識的に記憶DISCを背中から取り出して、妹紅の頭に投げ差したのだ。



本当に、無意識の行動だった。視界すら朧げで、蹴られるのだという確信に支配され、走馬灯に完全に意識が向いていたのにも関わらず。
しかも相手の頭に記憶DISCを差し込んだところで、相手が吹き飛ぶとは想定し得ず。現状でも微塵にも思っていないと言うのに。
体が『偶然』にもその行動を選択して、運良く助かったというのが真相だった。

スタンドDISCが差し込まれた人間を拒絶するという例はあるにはある。
農場トラクターの格納庫において、『スタープラチナ』のDISCに弾き飛ばされた空条徐倫がまさしくそれだ。
『スタープラチナ』という強力無二なスタンドのDISCを、スタンドを最初から持っている体に差し込もうとしたから、彼女は得てしてそうなった。
それと同じような事例が記憶DISCにおいてでも発生したのだ。千年以上、下手したら数千年以上もの濃い記憶を束ねた大妖怪のDISC。
そんな代物を千年以上生きているだけの一介の小娘の身に差し込もうとしたからこそ、この状況になったのだと。
血液が自らの物と同じ型以外の血液の流入を拒絶し凝集溶血を起こすかのように。植物が子孫を残す上で自家不和合性を身に付けたように。
そうなる事が紛れもない自然の摂理であったのだ。

だが、それはあくまでも原理を知ってこその話に過ぎない。
原理を知らずして運良く命を拾った青娥のその行動は、果たして『偶然』だったのか。


青娥は考えざるを得ない。
あの時持っていた物が基本支給品や装備品を除けば、酒瓶と針糸とこの記憶DISCであったからこそ、この効果的な行動を体が取れたのなら。
走馬灯の流れるままに身を委ねていたからこそ、論理的な思考を排して効果覿面な行動にいち早く動けたのだとしたら。
酒瓶と酒樽以外を見付ける前に藤原妹紅を発見できたのは。霧雨魔理沙に所持品を軒並み奪取されたのは。
旧地獄という土地。『オアシス』というスタンドを得たからこその記憶DISCの生成。

どこまでが『偶然』でどこまでが『必然』か。

790一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:25:10 ID:7dG6hTvE0


『ジョジョ』というアダ名がジョニィ・ジョースターと一致していた東方仗助という少年が、ジョースターの系譜に連なるのではないかという憶測。
ディエゴとプッチと静葉と四人で足並みを揃えて歩いていた時にも『偶然』『必然』論が既に出ていた。
結局ジョースターの系譜との並々ならぬ因縁は聞けなかったものの、このような状況下に陥った今ならば色々な事を考える余地がある。
ディエゴとDIO様やメリーと紫のような奇妙な一致。それに多方向から何度も出てきた『引力』という単語。

『偶然』を運命にし"引"き寄せる"力"。


推論にしても仮定の多すぎる話であったが、少なくとも理に適っているのを青娥は感じずにはいられない。
盤面の情報を全て読み取って譜面を作り、如何に計算した所で試合を最後に決めるのは努力ではなく『偶然』の成果だ。
五割で吹き荒ぶ暴風か。二割で齎される混乱か。それとも三割で何も起こらない可能性に一縷の望みを掛けるのか。
死力を出し尽くした上で最後に微笑む為の最強の力こそが『偶然』であり、その運命力の強い方が勝者となる。


であるならば。『引力』論を仮にここで唱えるのであれば。
DIO様の求めている天国という概念には、浅からずその『引力』が関わってくるのではないだろうか。
少なくとも天国へと至る間に垣間見る多種多様な欲が重要なこの身であるものの、三つの魂を集める過程と同等にその『偶然』を力とするのもまたお眼鏡に適うのであれば。
記憶DISCを持って生き延びたこの身は、まさしくその力を持っているのだろうと強く実感せざるを得ない。

で、あるならば『ジョースター』というのは何なのか。



「そっちは全然情報がありませんものね、お手上げですわ」


先んじて対峙した空条徐倫や眼下で親子喧嘩をしていたジョルノ・ジョバーナが等しくそれらしいが、そこに何があるのかは分からなかった。
俗に言う白旗。幾らかばかしは思い付く事はあるものの、しっくりと来る推論は全く出てこない。精々水掛け論が精一杯。
但し少なくとも、その過程において絶対的に立ちはだかる壁というのは確かのように思えてならない。
それはプッチの言った『ジョースターを決して侮るな』という短い箴言からも明らかだった。

791一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:28:46 ID:7dG6hTvE0


青娥がああでもないこうでもない、と考え込もうとしたその時だった。



「……そこに、いるのは……?」


青娥一人で立っているこの地底空間で聞こえるはずがない、誰かの掠れた声。否、それを誰かと断ずる事は出来ない。
元より青娥はその耳にしっかりとその声を刻んでいたのだから。けれども声の主が彼女であったからこそ、聞こえるはずがないと言い表したのに。
眼前で石桜が全身に刺さったままの藤原妹紅が、瞼を微かに開いて言葉を放っている。

精神の方面の気の淀みを肌で感じる事も、明確な死を連想させる形相も、先程までそこに居たケダモノもそこには無い。
あるのは肉体方面の気の淀みと、寧ろ向こうの死さえも危ぶまれる程の雰囲気。そしてその表情は痛覚が戻っていないのか、とても穏やかな物で。
ただただ、一人の死に体の普通の少女が真っ当に仰向けになって血を全身に滲ませているのだ。

これを奇跡と呼ぶべきなのかもしれない。この出来事は『偶然』と『必然』のどちらなのか、二択はメトロノームの様に揺れ動く。
不老不死の成れの果てがあんな物ならばと義憤に駆られたにも関わらず、最終的に元通りになっている様は果たして青娥にとって、彼女にとって必然であったのだろうか。
けれども、それを考えるのは可笑しい話だとも青娥は思う。何が原因で発生したかも分からずに事を論じるのは余りにも滑稽なように感じたからだ。


「輝夜……殺しちゃって、ごめんね……」


幻想郷縁起に記載されていた蓬莱山輝夜の名前が青娥の中で想起される。だが、そもそも彼女は放送で呼ばれていないだろうに。
第二回放送後に殺したのかもしれないが、それにしては夢幻を見ているのだろうか、その焦点は虚ろに光を失いつつある。
このままだと横たえたままの少女は死んでしまうのは火を見るよりも明らか。二度も捨てた記憶DISCを再度得るチャンスをまた捨てようとしているのも同義。
それでも、欲の健啖家としての青娥自身がこの状況をこの上なく望んでいたというのはまた確かで。
彼女から見える欲の形はどこまでも人間で、凡庸ではありつつも美食として確固たる物を形成していたのだ。


「芳香、そこに、そこで……生きて、たんだ……」


芳香。宮古芳香。忠実な従者にして家族の名前を他ならぬ青娥が聞き間違えるはずが無い。
この場に居ない者の名前を呼んでいるという時点で、もう相手が長くないという感触がより一層濃くなってしまったのに、その懸念はもう蚊帳の外にしか思えない。
寧ろこの場でわざわざ名前を出されるだなんてという軽い驚きも込みで、やはりこの会場内で邂逅を遂げていたのだという説が確信へと変わる。
だが一方で、その言い方からして芳香の死を見てしまったのだろうという嫌な想像さえも青娥に抱かせて。
そこまで想ってくれるのならとても良好な友人関係だったのだろう、と今は居ない従者へと向けて思いを捧げるしかない。



「よしか……いきてて、よかっ、た……」


そしてその言葉を最期に。
蓬莱の人の形は文字を紡ぐのを、止めた。

792一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:30:44 ID:7dG6hTvE0


「よし、よし……」


青娥が藤原妹紅に取った行動は、横たえたその頭を優しく撫でる事であった。
黒く染まった髪も今となってはただの艶美な毛の集まりとしか思えず、手櫛で梳いても彼女が発していた怨嗟の炎は鳴りを潜めたまま。
先程まで獣のように理性を失って野生的な瞳を剥き出しにしていたとは到底思えないその表情も、果たしてあれらと眼下の少女が同一だったのかと勘繰らせる程であった。

あの紅黒のケダモノを殺すつもりでその命を手に掛けたのに、ヒトとして不老不死としての全てを取り戻し逝ったその最期。
若干釈然としない物を抱えたままなのは、最初は記憶DISCを捕る為にちょっかいを掛けたのに、その目的をいつの間にかすり替えてしまったからなのだろうか。
それでもその最期はどうしても美しさを感じずには居られず。他者を想って、幻覚とは言えその生存を喜ぶその欲心は並大抵のものではない。
『生きたい』ではなく『生きていて良かった』と言える気持ち。しかもわざわざ自らの愛らしい家族の事を想ってくれていたのだ。
邪仙として久しく忘れていた物を掘り出されたのも、結果を言えばその見えた最期の味を増幅させてくれたのだから感謝をするべきなのだろう。

並外れた不老不死の存在が自分の死を受け入れて死んでいく様は、やはり豊聡耳様程の天性の精神だからこそだったのだろうとも回顧すれども。
普通の人の身から不老不死となっただろう存在が他者への優しさを見せて死んでいく様も、きっとその時だけは高名な仙人のように気高くあったのかもしれない。


戦利品の無い現状に虚しさを覚える事も無く。ただただ覗き見れた欲に恍惚に浸りながら。

青娥はその掌で優しく妹紅の瞼を下ろす。


その姿は疑いようもなく慈母のそれを伺わせるものであった。



「あら?」


地上に降り注いでいた雪の結晶が、今になって漸く忘れられた地の更に底に位置する旧地獄の街並みへと到達し降り注ぎ始めた。
白く丸っこい淡い雪の数々は石桜と違って、輝きも綺麗な色も何も有していなかったけれども。
青娥にとってはそれは不道徳や醜い物といった全てをその下に隠してくれるような気がして。
激情に駆られらしくもない事を思ってしまった自分自身をクールダウンさせてくれるとさえも思えたのだ。

振り続ける火山灰〈エクステンドアッシュ〉のように、白色が全てを埋め尽くそうとしている。


霍青娥の気分は、とても晴れやかであった。





【藤原妹紅@東方永夜抄】死亡

793一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:31:16 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────


【夕方】D-3 旧地獄街道

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:霊力消費(小)、爽快感、衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、日本酒(五合瓶)×1、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。

※旧地獄へと雪が降り注ぎ始めました。

794 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:31:35 ID:7dG6hTvE0
投下を終了致します。

795名無しさん:2020/11/10(火) 20:42:27 ID:YPZO09WE0
投下乙です。ドッピオがボスと分かれた直後にやられたり、もこたんが輝夜と再開することなくやられたり、と志半ばで途切れてしまいショックでしたが、とても読み応えありました。今後の彼女らの因縁含め続きが楽しみです。これからも投稿頑張って下さい。

796 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:09:36 ID:WSuwR3hw0
お久しぶりになりましたが、投下します。

797宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:12:26 ID:WSuwR3hw0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【夕方】C-4 魔法の森


 昨日まで全く元気にしていた人の命が突然に奪われてしまう。そんな事例を、ここ最近は何度も目にすることになっていた。ついぞこの間まではギャングスターに憧れるだけの、そこらの学生と何ら変わらない生活を送っていたというのに。
 『生』というのは、一見何気なく享受しているようで、実は想像以上に脆く、儚い。「今日を生き延びた」という事実はきっと、人々が思うより遥かに尊いことなのだろう。普通に生きていたのでは中々気付けないものだ。
 イタリアンギャング、ジョルノ・ジョバァーナは弱冠十五の齢にして、この世の些細な真理の一つを理解できていた。

 レオーネ・アバッキオ。
 ナランチャ・ギルガ。
 ブローノ・ブチャラティ。

 三人はジョルノにとって大きな存在だ。何者にも代え難い、生涯の仲間だと胸を張って言い切れる。だからこそ熾烈な戦いの中で散っていった彼らの遺体は、ディアボロを討ち倒した後に故郷に届けてあげた。乗っ取った組織や部下など使わず、ジョルノ自ら足を赴かせて。
 三人共に家族はいなかった。いたとしても彼らに遺体を届けるような不要な親切を、きっと本人らは望みやしない。『組織』こそが我々の家族(ファミッリァ)であり、元々こういう陽の当たらない生き方でしか希望のなかったアウトローの人間だ。
 それでも、それぞれに立派な墓を作ってあげた。組織の一員としてではなく、無二の仲間として。故郷の土へ埋め、限りない敬意を表すため。墓標を作るという行為それ自体にジョルノは大した意味など無い、無駄だとすら感じる価値観の持ち主だったが、一方で形あるものの証として残すことも重要であるとも思っていたし、だからこそ先程はミスタの墓標も簡素ながら作ったのだから。

 そして、宇佐見蓮子。八雲紫。

 二人の遺体は現在、メリーの持つ『紙』の中に収まっている。正確には〝八雲紫〟の遺体は存在しない。彼女が仮初の肉体として動かしていた〝マエリベリー・ハーン〟の遺体が蓮子の物と同居していた。
 言わずもがなメリーは紅魔の戦乱を生き延び、こうしてジョルノらと共にいる。メリーと紫の肉体が交換されたまま片方が死亡した結果、このような複雑怪奇な状況となっているが、死者である八雲紫本来の肉体をメリーが器としている以上、この世の何処にも紫の遺体は存在しない、といった理屈だ。
 ややおかしな物言いではあるが、つまりこの場に〝死者の遺体〟は蓮子の物だけだった。自分自身の遺体を目にするという奇妙な体験をメリーが如何程に感じたかは他人の目では計り知れないが、彼女にとって重要なのは親友の遺体の方なのだろう。

「蓮子の遺体は、必ず故郷の土に届けます」

 親友の亡骸を見たメリーは、どこか決意を訴える瞳のままにジョルノ達へこう言い放った。勿論ジョルノにその考えを否定するつもりなど一切無いし、手伝ってあげたいと心から思う。現状の余裕の無さを顧みるに、一先ずはこの会場の土に埋めてあげるのはどうかという提言は、心中へ浮かべるだけに留めた。
 こんな小手先の技術で捏造されたような、見て呉れだけは立派な殺伐の世界に埋葬したところで意味はない。蓮子の尊厳を想うなら、彼女の生まれ故郷の土でなければ無意味だ、というメリーの無言の念がジョルノを納得させた。
 到底異議を挟むことなど出来ない。無駄な気遣いだと否定する行為こそが侮辱以外の何物でもない。それくらいにメリーと蓮子の信頼関係は、他人から見ても窺い知れる結束があった。

798宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:16:32 ID:WSuwR3hw0
 今。三人は地下道から抜け、魔法の森と思しき地域を進んでいる。時刻は夜と言うには早いが、深林特有の鬱蒼とした薄暗さは、まるで闇を結晶に閉じ込めたような光明なき針路だった。
 数歩先の草陰からいつ奇襲を受けてもおかしくないほどの暗路を、メリーを先頭にジョルノ、鈴仙と列ねている。本来なら最も対応力のあるジョルノを陣頭に位置すべきだったが、メリーが率先して船頭役に躍り出たのはジョルノ達も意表を突かれた。

 何か、思う所があるのだろうか。
 ふと漏れた、あまりに脳天気な想察をジョルノは恥じてあしらう。
 思う所だらけに決まっている。一人になりたいとか、顔を見られたくないとか、理由は幾らでも考えつく。状況が状況だけに好きにはさせてあげられないが、背中から眺めた彼女の様子や歩幅には、悲壮感といった類の感情は予想に反して見受けられない。
 奇襲に関しては最後尾の鈴仙が波長レーダーを光らせているので問題はクリアしているが、堂々と光源を作動させながら宵闇を裂き歩くメリーの勇ましさに、さしものジョルノといえど心強さすら感じる。そしてその『心強さ』といった印象は、メリーという一般人の少女には如何にも似つかわしくない評価でもあった。

 程なくしてジョルノは、前方の背に語り掛けた。質問の内容自体は、どうでもよい事柄だったのかも知れない。
 ただ〝彼女〟を知るという工程に、言葉と言葉のやり取りを用いただけの話。

「メリー。少し、訊きづらいのですが」
「何かしら? ジョジョ」
「貴方自身の遺体、と言うべきでしょうか。つまり〝マエリベリー・ハーン〟の遺体はどうするのですか?」

 誰が聞いても奇妙としか言えない内容でしかないが、現実にメリーは自分自身の遺体を紙に入れて持ち歩いている状態。本人としては、言ってはなんだが処遇に困るような所持品ではなかろうか。

「そうねえ。このまま蓮子と一緒のお墓にでも入れちゃおうかしら。蓮子は嫌がりそうだけど」

 冗談交じりにメリーはくすりと微笑む。秘めた感情も読み取れない、妖艶さすら連想させる反応だった。そして何事も無かったかのようにすぐまた背を向け歩を進め出す様も、少女の掴み所の無さをより助長していた。
 サンタクロースを信じる純粋無垢な幼子のような。覗く者の目をとろりと蕩けさせる艶美な魔女のような。相反する属性を宿しながらも、一個に閉じ込め調和を成立させる矛盾。そんな不思議な雰囲気を纏う女性を、ジョルノは知っている。

(……似ている。あの人に)

 メリーの意外ともいえる姿を、ジョルノは八雲紫のそれへと重ねる。不自然なほどに酷似した姿の二人はまるで鏡合わせに映る、生き写しの存在。もっとも、今のメリーはまさにその八雲紫そのものの姿形なのだが。
 彼女は元々、こういう笑い方をする少女なのだろうか。こういう、不謹慎とも取れる反応を返せる少女なのだろうか。
 出会ったばかりのメリーの人となりを、ジョルノはまだ掴みきれていない。それ故に、真実は分からない。

 そうでない、とするなら。

 〝これ〟は誰かの影響で顕在化された、彼女本来とは少し───そして決定的にズレてしまったメリーの姿とでもいうのだろうか。

799宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:18:30 ID:WSuwR3hw0

 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 ジョルノがメリーへとこれまで幾度か浮かべた疑問が、再び思考を上塗りする。無論、彼女は疑いようもなくマエリベリー・ハーンその人である筈で、八雲紫は確かに死亡した筈である。
 だが容姿そのものは八雲紫の肉体を動かしている。この摩訶不思議なからくりについてジョルノは敢えて問い質すことを自重していたが、肉体の『交換現象』については他人事ではない体験が彼自身にも深く根付いていた。

 肉体の交換。
 魂。そして記憶の在り処。


「……ディアボロ」


 湧いて出てきた数あるピースの一つ。モヤモヤとした幾つかの不定形を解明する、僅かばかりの光明。
 それにまつわる重要なヒントを口走ったのは意外にも、後ろを付いて来る鈴仙からだった。

「鈴仙。どうして今、その名前を……?」

 足を止めて振り返るジョルノ。その視線には生徒へと解答を促す教師ばりの期待感と、かつての宿敵を同じくした異邦の友との同調、それへの僅かな意外性が混合した色合いを含んでいる。

「あ、いやーえっと、なんていうか」

 指摘を受けた鈴仙は不意をうたれ、両手を胸の前でばたばたと振った。思わずジョルノの気を引いた言葉は、どうやら深い意図があったわけでもないらしい。

「ディアボロって、娘のトリッシュの肉体を乗っ取って自由に動かしてるんでしょ? それって今のメリーと少し状況が似てるなって、唐突に思ったの」

 ジョルノの宿した期待感はハードルの上でも下でもなく、平均値ど真ん中に突っ込んで露へ消えた。彼女らしいといえば彼女らしい。
 とはいえ鈴仙と自分の中に蓄えた情報量には当然それぞれに差がある。ディアボロの名を出せただけでも、鈴仙としては及第点と言えた。
 そして偶然にしろ何にしろ、このタイミングでディアボロを連想した鈴仙とのシンクロは、きっと無意味ではない。万事には繋がりという因果がある。

「確かに……ディアボロはどういう手段かで、トリッシュの肉体へと乗り移っています。一方でメリーも、過程に大きな違いはあれど紫さんの肉体と『交換』しています。さらりとやってのけている行為のようですが、僕は少し気に掛かります」

 ジョルノにとって渦中の人間としたいのは、メリーその人である。
 そして、その様な離れ業を可能とした八雲紫の秘めた真意である。

「メリー。何故あの人は、人間である貴方の肉体とわざわざ交換したのでしょうか。僕にはどうしても、そこに深い意図が隠されているような気がしてならないのです」

 彼女にとってはやり切れない喪失の直後ゆえ、詮索は時間を置くつもりであった。当事者間では既に理解を得た措置なのかも知れなかったが、ジョルノらはまだこの肉体交換の理由については何一つ知らされていない。

 〝肉体を交換する〟───今回のような現象は実の所、彼にとっても初めての事ではなかった。それこそ自らの『ルーツ』にも無関係とは言えない体験が、ジョルノの好奇心以上の何かを押し出し、メリーへの詮索へと乗り切らせた。
 過去を一つ一つ紐解くかの如く、ジョルノはゆっくりと想起しながらも語る。他人へ軽率に語っていい出来事では決してない。それでも今という地点から一歩歩み出すには、遅かれ早かれ整理すべき山積みの記憶だという意識もあった。

800宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:20:51 ID:WSuwR3hw0


 頭にまず浮かぶのは、巨大なる円形の石造建築───ローマ・コロッセオの街並み。


「僕にも以前、他人と肉体を交換した体験があります。その際は不本意な形で交換され、そして……不本意な形で元の肉体へ戻りましたが」
「……それは、初耳ね」

 粛々と紡がれる不可解極まる体験談にも、メリーの眉根からはさほどの驚愕は見て取れない。興味欲がそれに勝った故か、度重なる事変にも慣れを経た故か。
 何より今、メリーは〝初耳〟とあからさまな単語を口零した。ジョルノはこの少女との結託から間もないが、その単語から読み取れるニュアンスはあたかも、それなりの対話を交わしてきた間柄特有の語感に他ならない。

 脳が朧気に錯覚する。
 メリーという少女と話していながら、まるで〝もう一人〟の相手と会話しているようだと。

「ジョジョも誰かに肉体を乗っ取られた経験があるって事?」
「いえ、鈴仙。結論から述べると、それは『レクイエム』というスタンドの未知なる力が暴走した結果でした。その規模は恐らく世界中にも拡がり、僕たちは寸での所で暴走を食い止めましたが」

 思い出に浸るように、と美化するにはあまりに狂瀾怒濤の禍事へと肥大化した一件。打倒ディアボロという名目があったとはいえ、あの事件は図らずも背負う物が重すぎた。それらを語る口も比例して重々しくなっていくのは自然な流れだった。

 メリーが手短な場所に生えていた切り株へと腰掛けた。進軍の片手間でやり取りするには、少々長くなりそうな話だと察したのだろう。そして、じっくり腰を据えて耳に入れるべき意義深い内容だとも判断したのだ。
 彼女へ倣うようにジョルノと鈴仙もその場へ腰を落とした。都合の良い切り株も三席は無かったので地面に直接ではあったが、並び立つ森の巨木が傘の役目を果たしていたので冷たい雪の上に直で、とはならずに済んだ。


 粛然とした魔法の森の遠くから、轟音のような何かが響いていた。森の向こうの紅魔館がいよいよ崩落したか、別の何かが今も命を燃やそうとしているのか。
 どちらにせよ、不穏なBGMは今に始まったことではない。足早に駆けつけるには、この森はあまりに底が深く、木霊する物も多すぎる。

 誰もそれを口にしようとはしない。
 暗黙の認識が、ここにいる三人にはあった。


「───世界規模で起こった『大異変』……それがレクイエムというスタンドにより引き起こされた超常現象、か。なんだか、蓮子が飛び付きそうなネタだわ」
「正確に言うと『シルバーチャリオッツ・レクイエム』という、スタンドの〝その先〟の力が暴走した未知の領域、との事でした。ディアボロから『矢』を奪われない為の、苦肉の策として発動したやむを得ない事情ではあったのですが」
「矢、か。確か秘められたスタンドの力を開花させるっていう、ルーツ不明の道具のことね」
「……ええ。その通りです、メリー」

 何度目だろう。また、だった。
 またも視界に座るメリーが、八雲紫の姿にブレて映る。

 ジョルノは前の地霊殿にて、紫との会話で矢の力について軽く触れてはいたが、メリーにその話はしていない。彼女がそれ以前から矢の知識を得ていたならば別だが……。

 ───メリーは今、自身が八雲紫であるかの様にも振舞っている。そしてその前提を、隠そうともしていない。

(前々からその節はあった。この『肉体交換』を通じ、もしもメリーの中に紫さんの記憶と意識が介入したとして……メリー自身が彼女の生前の言動や様式をなぞらえていたとしたら)


 少し、酷な話だとも思う。
 何故ならそれは、

801宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:22:47 ID:WSuwR3hw0


「───貴方は〝マエリベリー〟なのですか。それとも〝八雲紫〟なのですか」


 気付けばジョルノは立ち上がっていた。

 自分で驚く。無意識に立ったことにも。今は問うべきでない疑問を質した、らしくもない焦りにも。
 かつてサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会以降のブチャラティの肉体に抱いた疑問……胸に秘めたままか、問うべきかを迷っていたあの時。今のメリーに抱く疑惑は、あの時とよく似ていた。
 そして今回は、問い質してしまった。かつてと今で、何が違うのか。その差を考えることを、ジョルノは放棄した。口に出してしまった以上、今はただ彼女の返答を聞きたかった。

 隣で目を丸くさせる鈴仙に構わず、ジョルノはメリーと視線を交えた。どこか後悔するようなジョルノとは対照的に、メリーの含む視線はあくまで穏やかであった。一切の波紋すら立たない、広大な海の朝凪のように。


「タブーにでも触れたような顔、しちゃってるわよ。貴方らしくもない」


 脈絡なく会話の流れを断ち切ったジョルノの問い掛けへ対し、メリーは微笑みを浮かべて受け入れる。

「……いえ。貴方らしくもない、って返しもおかしいわよね。私と貴方たちはついさっき知り合ったんだから。うん」

 否定をしないことの意味は、即ちひとつしかない。穏やかではあったが、微笑みの中にある種の物憂げさがぽつんと混ざっていることにジョルノは悟る。

 次に彼女は、ハッキリと答えた。
 持って生まれた力と格を備える、人智及ばぬ賢者の顔ではない。
 先刻の、あの、友を救えなかった無念にも潰されることなく立ち上がってみせた一人の少女の顔だ。
 人間の、顔だった。

「私はこの世で唯一無二のマエリベリー・ハーン。それだけは確かです。ただ、この肉体に紫さんの意志の残滓が介入しているのもまた、ひとつの事実です」

 少女の浮かべる朝凪の海に、一際の波紋が立った。

「物事とは必ずしも一つの側面から覗くものではないわ。安泰の裏では厄災が生じたりもする。逆もまた然り。この世の全ての物事は、そういう相即不離のバランスの下に成り立っている」

 木々の隙間からほんの僅か差し込まれる最後の黄昏が、少年と少女の黄金に輝く髪に迎えられた。
 見下ろす少年の視線に呼応するかのように、少女もゆっくりと立ち上がる。大妖怪の衣を借り受けた、ちっぽけな少女の瞳の奥はどこまでも勇ましく、儚げで、捉えどころのない───ひらひらと蒼空を翔ぶ蝶を思わせる存在感が渦巻いていた。

802宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:23:48 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの守ろうとした幻想郷も、そういう光と陰が混在する処。ふとしたキッカケで拙いバランスが崩壊しかねない幽玄の円。そして多分……マエリベリー・ハーンと八雲紫という二元の存在も、表裏が混ざり合った合わせ鏡。本来は決して出逢うことの無かった存在、なのでしょう」

 少女の語る真相を受け、ジョルノの内部にほんの小さな……知覚も困難なほど僅かな頭痛が脳へと訴えた。
 この頭痛の発生源。ルーツたるあの『男』の存在感は、時を経るごとに自分の中で肥大化している気がしてならない。
 或いは、それは漠然とした〝嫌な予感〟と言い替えてもよかった。現在メリーの精神に起こっている変化が、少女にとって必ずしも吉とは言えない兆しだとジョルノは危惧しているのだ。

「月並みだけど、私は私なんだと思ってます。今はまだ、ちょっと困惑したりもしてますけど。紫さんの意志を受け取った、本来とは少しだけズレてしまったマエリベリー・ハーン。今の私に出せる精一杯の返答は、これくらいかしら」

 ジョジョの納得出来る答えかは分からないけども。最後にそう続けて、全部言い切れたとばかりに一呼吸置いた。

 新たな間が生まれる。
 バトンを渡された格好となったジョルノを、横から少し心配そうに見上げるのは鈴仙だ。本人にすら知覚出来ているのか不明な頭痛を彼女が目敏く察していたのならば、それはジョルノの精神に発生した波長のノイズを受け取ったのだろう。

 間は、続いた。
 メリーの答えを受けたジョルノが、納得までに至らず言いあぐねていることの証明だった。
 あの、ジョルノ・ジョバァーナが。


「───ジョジョ。もしかして、DIOのこと考えてる?」


 沈黙に音を上げたのは、二人のどちらかではなく、鈴仙からだった。


「……よく、分かりましたね。鈴仙」
「まあ、全然確信なんか無かったけど。でもジョジョが〝らしくない姿〟見せる時って、私が知る限りDIOの前だけだったから、かな」

 頬を掻く鈴仙の脳裏に思い起こされるのは、紅魔館での一件。
 あの冷静冷徹なジョルノが、静かな激情を携えながら父・DIOへと突撃していく姿を見てもいられず、鈴仙は両者の境に飛び出たのだ。その代償として腹を貫かれたのだから、この先どれだけ頭を打たれようにも到底忘れられない。

「その通り、です。あの男の呪いのような言葉が、さっきから僕の中をずっと反芻している。紅魔館でDIOから投げ掛けられた、あの言葉が」

 ジョルノがその場に腰を落とした。くたり、という擬音が似合いそうなくらい、力無さげに。こうべを伏せ、何か思い悩むように。参っているわけではないが、心を囚われている様子であった。
 紅魔館にてジョルノと共にDIOへ立ち向かった鈴仙には、奴の言動一つ一つが全て呪いじみた風情にも聞こえてくる。頭皮の裏に直接へばり付くような後味と気味の悪さが、生温い空気感を纏って鼓膜から侵入してくるような歪さ。

 あの言葉。
 不思議と鈴仙には、ジョルノがDIOの何を指し示して『呪い』などと称したのかすぐに読み取れた。奴のしちくどい語り口は疑いようもない邪気で塗り固められてはいたが、一方で有無を言わせぬ説得力も確かに含有していたのだから。

 鈴仙は想起する。
 あの男の囁いた一語一句が、すぐ背後から流れてくるほど近くに感じた。
 誰も居ないと分かっていながら、後ろを振り返る。
 そこには闇しかない。木々の狭間の冷ややかな薄暗闇が、煙みたいに質量を纏って男の型へと変貌していく。
 恐怖心が生む馬鹿げた錯覚を払うように鈴仙は、子供じみた仕草で頭を振った。いくら振ったところで、記憶の中の声は止む素振りを見せてくれない。

803宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:26:43 ID:WSuwR3hw0

───人間を丁度半分。左右全く同じ形貌・面積となるよう切断したとする。もしその者に『意思』がまだ残っていたとして……。

───元々の本人の意思は、果たして身体の『どっち側』に残るのだろう? 視界は『右』のみが見えるのか? それとも『左』か? 魂は一つなのだから、必ず左右どちらかを基準に選ぶ筈だ。

───首から『下』はジョナサン。『上』は私だ。そこでこのDIOは考える。私の意思は果たして『どっち側』に存在するのか?とね。

───ジョナサンは百年前に間違いなく死んだ。だがもしも……奴の意思や片鱗が何らかの形でこの『肉体』に宿っているとすれば。
 私は『どっち』だ? この肉体は『DIO』なのか、それとも『ジョナサン』なのか。そういう話をしているのだよ。

───ジョルノ。君は果たして『どっち』なのか? 私の息子か? それともジョナサンの息子か?
 血縁や戸籍の話ではない。もっと物理的あるいは精神的な……『魂』の話と言い換えてもいい。

───君のDNAに刻まれた因子は誰のものだ? 君という人格を形成する魂の構成物質には、誰の記憶が宿っている?







「───そう。DIOがそんな事を……」


 日記へと書き起すように。出来るだけ正確に思い出しながら、ジョルノはかの〝親子対談〟を語り終えた。
 メリーにしろ八雲紫にしろ、紅魔地下図書館にて色濃く勃発したあらゆる軋轢については認識外である筈だ。
 であるならば共有しなければならない。〝DIO〟という男をよく知らなければ、局面の果てに見出せる奴への勝ち筋は限りなく細長い糸以下に等しい。

 少々長話となった。話題に現れた登場人物はDIOのみならず、サンタナや聖白蓮といった大物も雁首を揃えており、それらを余すことなく伝えたのだから然もありなん。合間のメリーも口を挟むことをせず、じっと興味深げに聞き入っていた。その真剣さと言えば、友人を失ったばかりというのに見上げた姿だと感服を覚える。
 やがてメリーも、肩の力を抜きながら言った。どこかリラックスしたようにも見て取れ、ジョルノは戦慄に近い何かすら覚える。

「魂の構成物質、とは上手いことを言ったものね。敵ながら中々興味深い話だわ。色々と合点もいったし」
「合点、ですか?」
「ええ。例えば、さっきから貴方は一体何をそんなに不安がっていたのかって事よ。
 なぁんだ。ようは、ジョジョは私を心配してくれていたのね。嬉しいなぁ」

 すっかり茶化しながらクスりと綻ぶメリーの態度に、作り上げた嘘っぽさは皆無だ。八雲紫の面影を取り入れながらも、等身大のマエリベリー・ハーンが脈動している矛盾。逆に心を見透かされているのはこちらの方だと、ジョルノはつくづくに観念しそうになってしまう。

「……僕は『ブランドー』なのか。『ジョースター』なのか。あの男からそれを問われて以来、不毛だと理解していながらも考えずにはいられません」
「そんな! ジョジョはDIOとは違うわよ! アイツだって言ってたじゃない! 貴方はジョースターの色濃い息子だったって!」

 本当に珍しい、ジョルノの弱気な姿。それを見たくないが為、鈴仙も思わず声を荒らげた。
 前に立ち塞がる試練というのであれば、彼はいつだって持ち前の冷静な判断力と胆力で乗り越えて行く。
 今回は前でなく、過去に立ち塞がるという試練。宿敵ディアボロは己の過去を何よりも恐怖の根源、そして乗り越えるべき試練と考えていたが、ジョルノの場合はどうか。
 過去そのものは消せない。消せないが故に、ディアボロはせめて己が居た痕跡だけでも消そうと手を汚してきた。その為には実の娘をも平然と手に掛けようとする外道であった。

 ジョルノはそれを、やらない。
 苦慮し、受け止めた上で、彼なりの納得を探す。

804宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:28:43 ID:WSuwR3hw0

「ありがとう。しかし鈴仙、これはたとえ他人から……それこそ『親』から突き付けられる言葉や事実の類では答えにならないクエスチョンです。僕自身が納得し、辿り着くしかない『運命』だと考えています。
 僕はブランドーか? ジョースターか? 究極的には、この謎に答えを出す必要すら無いかもしれない。どちらでも構わないと、そう励ましてくれる存在が身近で支えてくれる環境には感謝しかありませんが、この曖昧な感情を心に仕舞ったままでは、きっとDIOには勝てない。そう思うんです」

 そうだ。ジョルノはアウトローの人間だが、その環境に不満など無い。幼少期にこそ骨身に堪える苦慮を強いられていたものの、またその因果の起こりがDIOの常軌を逸した悪意から端を発したものの。
 〝汐華初流乃〟は救われていたのだ。幼き頃、名も知らぬギャングと出逢ったあの瞬間から。裏側の人間の発言としては妙だが、自分は恵まれた環境に居るのだと誇ってよかった。
 自らの選択によって、今の自分はこの環境に立てている。なればこそ、この『先』を作っていくのも此処からの自己選択なのだ。

 自分の運命については、それで納得できる。
 過去とは人を雁字搦めにしてしまう厄介なもの。DIOやディアボロが苦心したように、決して逃げることの出来ない『影』のような存在。
 過去からは逃げられないが、逆を言えばそれは、過去も決して逃げない。だからこそ過去というのは呉越同舟の、つまりは影と言えた。
 どれだけ時間を掛け、悩もうとも。自分の『選択』を待ってくれている無二の存在が、過去というしがらみに違いなかった。ジョルノはそう思っている。


「ですから、僕が心配しているのはメリー……貴方です」


 肝心なのは、少女の方。
 自分とは違い、恐らく。限りなく陽の当たる世界で、およそ一般的な幸福を受けてきた少女。
 歳下の、しかも何とまあ中学生の男子に心配される立場を、この少女は笑って受け入れられている。

「貴方は先程、自分自身をマエリベリー・ハーンだと言っていましたが……既に〝以前〟までのマエリベリーと大きくかけ離れつつある兆しも自覚しているのでしょう」

 言うまでもなく、それは八雲紫の記憶と意志がその肉体に混在している故の現象だ。今でこそ二面性で済ませられる段階であるものの、これが最終的に一面性へと変わり果てないという保証はどこにもない。
 そうなってしまった時、本来の彼女はどこへ行ってしまうのか?

「元ある私───つまりマエリベリーの個性が、紫さんの残存意識に〝殺されかねない〟と、ジョジョは心配してるわけね」

 それは言い換えれば、マエリベリー・ハーンという人間の『死』。肉体はおろか、残った精神性までもが変えられてしまったのであれば、彼女の何処に〝マエリベリー・ハーン〟というかつての痕跡が遺るのだろう。

「記憶転移、みたいな話ですね」

 横から挟んだ鈴仙が神妙な面持ちで告げた。極めて優秀な師のいる医療現場に携わる彼女だからこそ、引き出せた名称かもしれない。

「記憶転移……ですか。確か、何かで読んだことがあります」
「私もその事例なら聞いたことがあるわ。眉唾物ではあるけど、心臓移植したらドナーの記憶が残っていた、みたいな話ね」

 記憶転移。臓器移植の結果、ドナーの趣味嗜好や習慣、性癖、性格の一部、さらにはドナーの経験の断片が自分に移ったという報告が、稀少ながらも存在している。メリーの言う通りに医学的には眉唾物である現象だが、実際にそういった報告があるのもまた事実だった。
 DIOが高々と語っていた『プラナリア』や『魂』……ついては『ジョースターの意志』といった精神論もこれに通ずるものがある。鈴仙の出した事例は的を射ていた。

「DIOが僕に語った言葉は、奇しくも貴方にもそっくり当て嵌ってしまう。メリー自身、それを自覚した。先程の『合点がいった』とは、そういう意味も込めていたのでしょう?」
「……私という人格を形成する魂の構成物質には、〝誰〟の記憶が宿っている、か。本当に、憎たらしいほど皮肉が上手い悪党だわ」

 意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。これを疑う者は、もはや今この場には居なかった。
 ジョルノの中のジョースター。
 メリーの中の八雲紫。
 その意志が各々の肉体の内に生きているという非常識を謳うならば、彼らこそが記憶転移の体現者そのものという存在なのだから。

805宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:31:14 ID:WSuwR3hw0

「……紫さんの判断は、果たして正しかったのでしょうか」

 大切な誰かを守る為、やむを得ない事情があったにせよ。
 ひとりの人間を妖の者へと変貌させるような行いを、彼女が心から望んだとも思えなかった。
 幻想郷という独自の掟を背負った土地において、それは特に重罪でもあるから。
 八雲紫には郷での比肩なき立場がある。その重役ゆえに、天秤に掛けた秤は傾いた。
 幻想郷の賢者としての肩書き。能力。知恵。どれを手放すにしても、郷の維持に甚大な影響が出ることは火を見るより明らかだった。
 彼女が死の間際……何を思って死んだのか。何を託して死んだのか。

 彼女がもしも───端からただ力を持っただけの〝普通の女の子〟であったならば。
 結果はまた違ったのかも、しれない。

「過去の選択が正しかったのか、過ちであったのか。未来を知る術のない私たちにとってその判断は、きっと……すごく難しい問題なのでしょうね。私に『力』を継がせる判断を決意したあの人も、最期までそこに苦悩していたわ」

 遠い何処かを見つめるように、メリーは虚空を仰いで淡々と言う。
 未来を知る術。そんな手段があるのであれば、まさに『天国』のような場所なのかもしれない。何処かの誰かが執拗に憧れた、そんな夢みたいな到達地点。

 メリーはしかし、夢は夢であるとかぶりを振った。元より其処は、紫が焦がれた虹の先とは違う。
 未来など、やはり知るべきではない。それが成せずに苦心し、手に取ったあの人の選択を否定するような考えはしたくなかった。

「ジョルノ・ジョバァーナはブランドーか、ジョースターか。この命題と同じに、現在の貴方はマエリベリーか、八雲紫か、という致命的な自己矛盾に陥っているのではないですか?
 同情心、なのかも知れません。僕がメリーを酷だと感じているのは、そこです」

 ひとひらの白雪が、ふわりとジョルノの肩へ舞い降りた。小さな妖精が音もなく溶け、少年の体温をちびちびと奪っていく。
 ただ時間が経過する。これだけの出来事に、掻き毟りたくなるほどのむず痒さを覚える。考えなくてよいことを考えてしまう。大切にしてきた色々な何かが色褪せ、どんどんと体から抜け落ちていく感覚だった。

 DIOは百年前、ジョナサンを殺害しその肉体を奪った。意思はDIO。依り代はジョナサン。人の意識や記憶が必ずしも脳に残るのではないとすれば、己の存在とは『どっち』なのか? これが自身に立ち塞がった命題なのだと、DIOは豪語していた。
 そして今また、その息子であるジョルノも同じ命題にぶち当たっている。DIOは既に命題に自ら答えを見出していた節があるが、ジョルノはこれからなのだ。皮肉な因果としか言えなかった。

 もしかしたら。
 娘を殺し、その肉体を奪ったディアボロにも同じ事が言えるのかもしれない。そう思ったからこそ、始めにディアボロの話題を膨らませたのだ。

「───話を戻します。かつて『レクイエム』によって強制的に肉体を交換させられた者……彼らが『最終的』にどうなっていくか、僕は目撃しました」
「それは私も気になっていたの。世界規模で拡がった異変が、どのような形で『終結』を迎えるのか? ジョジョやブチャラティ達は『何』を阻止したのか、是非聞きたいわ」

 レクイエムの齎した肉体交換現象の末路。あの能力の真髄とは、入れ替わった者が最終的にこの世のものでは無い〝別のナニカ〟へと変貌させられるという、げに恐ろしき力である。それも世界規模で範囲が拡がっていくというのだから、ともすれば幻想郷とて被害を受けかねない大異変。水際でこれを阻止したジョルノ一行の功労は計り知れない偉業であった。
 己自身やDIO、ディアボロといった前例だけでなく、このような大規模での実体験もジョルノは通過している。そんな彼が目の前の少女の行く末を危惧するのは、至って自然な思考だ。

806宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:32:40 ID:WSuwR3hw0
 ジョルノはレクイエムが起こした一連の結末を事細かに伝えると、流石に肝を冷やしたのか。メリーも鈴仙も、暫く閉口していた。ただのギャング組織の内輪揉めから始まったよく聞くような事件は、思いの外に巨大な異変に繋がって外界を揺るがしかけたのだから。

「レクイエムはあくまで極端な一例に過ぎませんが、肉体を交換した者が最終的に〝どうなる〟のか? 本質的な所で、それは非常に危ういという意味では変わらないと僕は思っています」

 レクイエムの時は人が化け物のような姿へと変貌した。無論、それと今回の話ではわけが違うが、己の存在意義を問うジョルノの精神的な葛藤とは違い、メリーの場合は実際に物理的な齟齬が現れ始めている。
 人間は、元ある己とは全く異質の外的要因を内に取り込むとどうなっていくのだろう。そしてそれは、何処までのラインを過ぎてしまえば『終わり』が見えるのだろう。
 メリーがメリーでなくなってしまう線引きを割った時、他人の目からは彼女がどう見えてしまうのか。不明瞭な未来を抱える少女を、ジョルノは不憫だと感じずにはいられない。

「……テセウスの船、と言ったところかしらね。今の話のように、これから数年後、数十年後の私が、肉体的・精神的にも全く〝別のナニカ〟に変わってなどないと断言するのは、ちょっと難しいわ」

 あるいは、そんなに未来の話ではないかも知れなかった。紫の力を授かった今のメリーが具体的にどう変わってしまったのか。生物学的な寿命や肉体構造の違いも不明なままだ。
 だが少なくとも、判明している課題もあった。

 人間として生きるか、妖怪として生きるか。

 こんな根本的な二択ですら、メリーに迫られた苦渋の運命なのだ。
 これが酷でなくて、何なのだろう。
 人が人に何かを託す。素晴らしいことだと思う。
 しかし時にはそれが、途方もなく無責任な残酷の刃と化して、背負わされた者の背中を知らずの内に切り裂いてしまいかねない。

 ただの少女だったメリーはこの日、唐突に、あまりにも重すぎる宿命を受け継いでしまった。
 ジョルノの危惧は、それを深く理解している。かつての父が人を捨て、人外へと成り果てた愚かさを知っているからだった。

「このままでは〝マエリベリー・ハーン〟と言う名の個人は死ぬかも知れない。それを免れるには、貴方自身が『真実』へ辿り着くしかないのではありませんか?」

 敢えてジョルノも重い言葉を選んだ。自分と同じ苦悩、と比較すれば彼女に失礼かもしれないが、ここから暫くは運命共同体に等しいのだ。
 知己朋友といった豊かな存在が、少女の命題を綺麗に解決できると考えるのは浅薄だ。しかし共に歩み、悩めることで、彼女の苦悩は支えられるかもしれない。

「ジョジョ……ううん。───ありがとう」

 メリーにも胸に浮かべた色々な言葉はあったけども、まずは少年の根元にある優しさに感謝を告げた。
 真実へ辿り着く。ジョルノが示した言葉には様々な意味があり、個人によってきっと答えは違ってくる。
 秘封倶楽部的には、『謎』あっての『真実』だ。ジョルノにはジョルノにとっての謎があり、メリーも然り。彼女にとっての差し当っての謎とは目下のところ、自分に宿る八雲紫の意識と力との付き合い方。力に溺れた悪役のストーリーは映画などでもよく見かけるが、あのDIOの生き様はあながち他人事だと笑えなかった。

(もっとも、見る限りDIOは決して力に溺れてはいないわ。求めた力を使いこなし、己の手足として完全に支配できているみたい)

 だからあの男は厄介なのだ。力の使い方に迷いがない。己の運命にどこまでも前向きだ。その一点のみを捉えれば、羨ましいとすら思える。
 ジョルノらの前では余裕そうに振る舞うメリーであったが、実際のところ内奥では不安の方が勝っている。世には暴かないままの方が良い謎も多数あり、自分に眠る謎を暴いた結果、パンドラの箱である可能性も否めない。
 ただでさえ自分の中には、DIOが求めてやまない『宇宙の境界を越える力』とやらが眠っているらしい。こんな謎だらけの身体ならば、いっそ全てに蓋をして楽になりたい。

 一応、この問題の具体的な解決法にあてはあった。その答えは到ってシンプルで、メリーが力を返還すれば事足りる。
 身の内に残った大妖の力を使い、再び双方の肉体を交換すればいい。幸いにも遺体は手元にあるのだから、行きが可能で帰りは無理なんて不条理もない筈なのだ。
 身に余る力は元の鞘に収まり、メリーも真の意味で人間へと戻れるだろう。日帰り旅行を試みるなら、今を置いてない。


 メリーはしかし、それを選ばない。

807宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:33:59 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの判断は果たして正しかったのか。ジョジョはさっき、そう言ったわね」

 この力はメリーを不幸にするのかも知れない。
 この力はメリーを殺してしまうかも知れない。
 それでも、八雲紫が何を想い、何を信じてメリーに託したのか。

 幻想郷へのたゆまぬ愛情。
 メリーへのたゆまぬ信頼。
 その何もかもが、彼女の意識を通してこのカラダに流れ込んでくる。
 秤に掛けた物もあった。諦めた物もあった。
 正直、今はまだ分からない所も沢山あるけど。
 こんなにも他愛のない小娘を信じてくれた、もう一人のジブン。

 その選択を、メリーは信じたい。

「紫さんは私に、全て託して死んでいった。それがたとえ、本人も心からは望まない不可抗力の結果だとしても……私はあの人の選択を信じるわ」

 弱者が強者に依存するだけの。ただ無条件で無責任な、形だけの信頼ではなく。
 肉体的な繋がりを経て。精神的な理解を得て。
 その末に自分自身がきちんと考え、改めて信じる事こそがメリーの答えであり。
 そして。その答えに応えるのもまた、メリー自身だ。

「選択が正しいか誤りかを重要とするのではなく、選んだ道を〝最後まで信じ抜いて生きる〟のが、今の私に出来る償い……だと思ってます」

 償い。そう言った。
 人に過ぎないメリーに記憶や力を与えてしまった紫の選択を、本人も罪悪を感じていた事と同じに。
 メリーだって、紫に対し途方もない罪悪感を抱いている。
 邪心に魅入られし親友を救わんと我儘を訴えたのは他ならぬ自分だ。小娘の愚かな我儘を律儀にも聞いてくれ、蓮子を救いたてる身代わり役を買って出たのは紫の慈愛だった。

 その結果として、あの人が死んでしまった。
 本来なら、死ぬべくは私の方で。
 此処に立ち、ジョルノと共に異変を解決するこの上ない適役なのは、あの人であった筈なのに。

(……ううん。誰のせいだとか、そういう非建設的な思考はもう止めよう。蓮子と紫さんに叱られちゃうもの)

 胸中に抱いた罪悪感は、とても拭えない。
 だとしても。この感情を鉛だと吐き捨て、唾棄するべきではない。肩と足に重くのしかかるような不快な気持ちとは、きっと違う。
 我が肉体に残ったマエリベリーの部分が、意地っぱりにそう叫んでいた。
 そしてマエリベリー〝ではない部分〟も、陰から自分を応援してくれているような気が、して。


「───私の操縦桿を握れるのは、私だけなのですから」


 大きな大きな勇気が、無限に湧いてくるのだ。


「君は近い未来、道を踏み外すかも知れない。同じく人間をやめたDIOの様な善悪の括りから、という意味でなく、……───」

 その先を、ジョルノは口に出来なかった。
 少女が背負わされた艱難辛苦の運命。それを悲観したことによる心の躊躇い、ではなく。
 予感される前途にも向き合い、先知れぬ暗雲を照らさんばかりの〝黄金〟のような高尚さ。彼女の眩い瞳に、それを見付けたから。

 この顔を前にすれば、全ての助言も忠告も安っぽい虚飾の様に思える。無粋もいいところだ。

 参ったよ。降参だ。
 諸手と白旗の代わりに、ジョルノは賛美の言葉を以て彼女への意を示した。

「いえ…………君は本当に強い人だ。それは誰かから与えられた賜物ではなく、メリー自身が本来持つ純粋無垢な力だと、僕は尊敬します」

 初めてかも知れない。〝マエリベリー・ハーン〟の顔を、正面から覗いたのは。
 少女はこんなにも純朴で、澄み切って、一所懸命なのだ。決して何者と比較するようなものではない。

 勇気を心に宿したメリーの笑顔は、驚くほどに朗らかだ。あの嘘臭い妖怪の賢者が浮かべるそれとは、似ても似つかなかった。素材を同じくして、こうまで似て非なるものがあるのかと、ジョルノは初めに浮かべた少女への印象とは真逆の感想を浮かべる自分に苦笑する。

808宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:35:30 ID:WSuwR3hw0

「……なーんか、二人して雰囲気良いわね。私、おじゃま虫なのかなぁ」

 傍から見れば笑い合う男女という光景。その輪に、どうも自分は馴染めていないらしいと鈴仙は頬をふくらませた。

「あら、そう見える?」
「見えますよ〜。面白くないなぁ」
「じゃあ、鈴仙にはもっと頑張ってもらわなきゃね。これから忙しくなるだろうし」
「ん……?」

 悪態をついてはみせたものの、微妙に蚊帳の外であった空気が悲しくなっただけだ。鈴仙からすれば、ちょっと輪の中に入ってみたいぐらいの幼稚なアピールだった。メリーの言う『もっと頑張ってもらわなきゃ』や『忙しくなる』の意味を理解できない。
 メリーの表情は変わらず笑顔。だというのに、その笑顔には本能的に忌避したくなる程の嫌な予感がふんだんに込められている。
 それは紫が鈴仙を恐怖のどん底に陥れようとする時の笑顔と、何一つ変わらなかった。ガワは同じなのだから、当然といえば当然だが。

 やっぱりこの人、紫さんだ。
 私をからかう時の、あの人の顔だ。
 間違いない。〝メリー〟はやはり演技で、化けの皮はこうもあっさりと剥がれ落ちる。
 いやそもそも。肉体を交換したなんてのはあの人の壮大な嘘八百。つまりドッキリで、普通に最初から八雲紫だったのでは?

 魂の底から叫びたい気持ちを胸に秘め、鈴仙は額に冷や汗を流しながら少女の台詞を待った。

「DIOは遅かれ早かれ、また私とジョジョを狙ってくるわ。今度は本気でね」
「………………………………?」
「その折には是非とも、鈴仙の大活躍を期待しております」

 はて。……はて?
 なんだか前にもこんな感じのことを言われた気がする。前っていうか、めちゃくちゃ最近に。

「も…………もーう! 紫さんったら、相変わらず冗談キツすぎですってば〜!」
「私はマエリベリーだし、大マジな話ですけど」
「アハハ………………誰が、いつ、何を狙ってくるって言いました?」
「DIOが、近い内に、私とジョジョを、です」

 心労で禿げそうだと怯えるのはもう何度目だろう。紅魔館からメリーを救出しますと紫から宣言されたのは、そう昔ではない筈だ。腹を貫かれ、やっとの思いで地下図書館から脱した直後にまたDIOの元へ戻れと命令されたのも、ついさっきだ。
 三度目は無いだろうと……いや、湖越しに単身DIOの邪気にあてられた時をカウントすると、もはや四度目だ。世界中の自殺志願者を掻き集めたって、あのDIOと好き好んで四度もの逢瀬を重ねたいと思うマゾヒストはいないだろう。
 紫(メリー)に抗議をあげる行為が逆効果だと、鈴仙は理解している。せめて欲しかったのは理由───Becauseであるが、胸中に渦巻く憤慨と諦観と絶望を喉元で言語化する術は、今の彼女には残っていなかった。

「どういう意味でしょうか、メリー」

 口をパクパク上下させるだけの鯉に成り果てた鈴仙を余所目に、代わりに疑問の声を上げたのはジョルノである。

「言ってなかったけど、DIOは私の中に眠る『蛹』の能力を狙っているの。紅魔館に幽閉されていたのも、その為」
「さなぎ……? 貴方へと受け継がれた紫さんの能力ではなく、元々の貴方が持っていた力、という事ですか?」
「そう、みたい。蛹と表現したのはつまり、まだ完全に『羽化』したわけではないから。あの男はこの力に相当固執しているみたいだし、絶対に奪いに来るわ」

 それきりメリーも思い耽るようにして押し黙る。人間から妖怪へとすげ替わりつつある実態は、周囲の人間から見れば目下の問題ではあろう。それ以上にメリーを悩ませているのは、寧ろこっちだった。
 曰く、宇宙の境界を越えるらしいこの力を秘めるばかりにDIOから的にされる羽目となった。傍迷惑な力だと自棄にもなるが、この力をDIOに明け渡すわけには絶対に行かない。


 参加者全ての力に『枷』が嵌められた状態で、この催しが始められたというのであれば。
 この世の誰にも知られていなかった、まだ見ぬ私の蛹。
 この力の『真実』を完全に暴き、羽化させることで───あの主催への『切り札』にも成り得る。

 この異変の黒幕は、あくまで主催なのだから。

809宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:38:45 ID:WSuwR3hw0
 数瞬の沈黙の狭間に、両者様々な思惑が交錯していき、気まずい空気が流れた。
 やがて糸を切ったのは、ジョルノの方からだ。

「…………どうやらその『力』についての詳細は、黙秘のようですね」
「というより、今はまだ分からないことが多すぎて話せる段階にない、というのが正確ね。一番混乱しているのも、他ならぬ私自身だし」

 メリーも一瞬、躊躇った。信頼出来る仲間に対しては、隠した虎の子を開示するべきだろうか、と。
 考えて、不確定要素が多すぎると却下した。切り札は最後まで隠すことが効果的であるし、例えばディエゴの翼竜などから情報が外に漏れ出た場合、最悪主催にまで伝わる可能性もある。十中八九、ディエゴは既に気付いているだろうが。メリーからすれば、ディエゴだってDIO並にきな臭い部分を持っている。

 最終的には、主催二人が敵。
 とはいえ、やはり元凶へ辿り着くまでの最大の壁はDIO一派だ。
 奴らを倒す手段……メリーには既に見通しがついていた。

「えっ? えっ!? んっとじゃあ、DIOがジョジョを狙って来る、というのは!?」

 ワンテンポ遅れて、鈴仙が話題を出してくれた。寧ろ良いタイミングで。

「それについては鈴仙も直に聞いていたでしょう。あの男は息子である僕を……もっと言えば、ジョースターの血を恐れていました。ただならぬ執念とも言える、強烈な敵意で」

 ジョルノが語ってくれた、DIOとジョースターの因縁。ヒントはそこにあった。

 始まりは百年前。
 ジョースター家の男───ジョナサン・ジョースター。
 かつてDIOを倒したらしい人間。
 そして、ジョルノの父親……かも知れない人間。
 詳細は、未だ不明。放送ではまだ呼ばれていない。

「〝DIOはジョースターを恐れている〟……それもジョルノという子供を産ませ、ジョースターの因子を再確認した上で殺害を目論むほどに」

 先程ジョルノから語られた話を、メリーは確認の意味も込めて噛み砕く。改めて、人間性の欠片もない話だ。ここまで来れば異常を通り越して臆病とまで言えた。更に言えば、肉の芽で支配したポルナレフを使ってジョースター狩りまで行っていた経緯も判明している。筋金入りだ。
 慎重の上に慎重を重ねるような。叩いて通った石橋を余さず破壊して痕跡を消すぐらいの徹底さと用意周到さを兼ね揃えた男だ。慎重なのか大胆なのか、もはや分からない。

 全てはジョースターから始まった。
 ならば全てを完結させるのも、ジョースターで然るべき。DIOの異様な執念が、それを物語っている。

「ジョースター根絶を狙うDIO。奴を滅ぼすには、同じくジョースターである貴方……『ジョジョ』しかいないと、私は思ってます」

 ジョルノの表情にほんの一瞬、陰が曇った。自分に奴が倒せるだろうか、という不安か。まさか今更、父への情が湧いたわけでもあるまい。
 陰りはすぐに掻き消え、ジョルノの顔はいつもの色味を取り戻した。淡々とした、けれども堂々たる自信を内に構えた顔だ。本人には口が裂けても言えないが、こういう所はDIOとよく似ている。

「つまり、僕らが今後取るべき行動は……」
「……ジョースター、達との接触?」

 メリーがあらぬ思考を浮かべる間、ジョルノと鈴仙が同時に解答を出した。対DIO作戦を重点とするなら、誰であれここに辿り着く最もベターな対抗手段だろう。

「ぴんぽーん」

 出題者としては嬉しい限りの、満足いく解答が無事得られた。何故だかほくそ笑むようなメリーを見て、ジョルノも鈴仙もふうと息を吐いた。またしても八雲紫の悪い癖が垣間見えた、と。
 あるいはそれも、メリー本来の顔なのかもしれない。その判断は付かないが、そうだとすれば喜ばしい限りなのだろう。

810宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:39:42 ID:WSuwR3hw0
「接触というか、出来れば友好条約を結びたいわね。……ジョースターの皆が皆、マトモな人望を持っている前提の話だけども」
「僕の首のアザ……『シグナル』には、会場内に4つか5つ程度の反応を感じてます。正確な位置は……例によって、ですが」
「相変わらずあやふやだなあ。4つか5つって」

 波長を拾う業前に関してはプロをも自称する鈴仙ならではの無意識なる皮肉。彼女の余計な一言を無視し、ジョルノはアザに気を集中させた。ジョースターと接触するという明確な目的を持った上で気配を探れば、もう少し上等な結果が出ないものかと試したが、無駄なものは無駄である。
 それに面倒なことに、DIOやウェスといった厄介者の反応まで拾ってしまうのがこのシグナルの欠点だ。DIOは別にしても、あの天候を操る男の正体もジョースターというのであれば、この方針にはそもそもの穴がある事になる。味方どころか敵を増やしかねない。

「まあ、近くにジョースターの気配があるかどうかが判るだけでも十分よ。先んじるにしても様子見にしても、心構えが出来るという余裕はこちら側のアドだしね」
「特に『ジョナサン・ジョースター』は率先して捜し出したい所ですね。かつてDIOを倒したジョースター……個人的にも思う所がありますし」
「ジョナサン・ジョースター、か……」

 ふと、メリーの脳裏に一人の老紳士が現れる。
 ウィル・A・ツェペリ。この会場に連れられて、初めて出会った参加者だった。共に過ごした時間こそ短かったものの、ツェペリはメリーの恩人だ。孤独の恐怖にオロオロするばかりだったメリーを導き、多大な影響を与えた人生の師と言っていい。
 彼はかつてジョナサン、スピードワゴンと共に、石仮面によって吸血鬼となったDIOを討つ旅の中途だと語っていた。館でのDIOの話しぶりから、その旅の目的は果たされた……とは言えないだろう。
 ジョナサンはDIOを海底に百年間、封印した。代償として、自身の命と肉体を奪われた。これまでの話を整理すると、こうだ。

(あのツェペリさんが全幅の信頼を置いていたというジョナサン……個人的にも会っておきたい人物の一人ね)

 DIOを倒すという目的にあたり、真っ先に協力を願いたい人材であることに間違いない。ただでさえ『ジョニィ・ジョースター』なる明らかなジョースター族が一人、放送で呼ばれているのだ。時すでに遅し、という事態は避けなければ。
 会場内の参加者には、あと何人のジョースターが居るのだろう。それを考えた時、メリーは唐突に気になってジョルノへと訊ねた。

「───ねえ、ジョジョ」
「はい?」
「貴方はどうして〝ジョジョ〟なんだっけ」
「……質問の意図がイマイチ伝わりませんが、あだ名の由来を訊いているのでしょうか?」
「そうそう。まあ、大体分かるから別に答えなくても良いのだけれど」
「はあ」

 じゃあ何故訊いたんだ、と言わんばかりのジョルノの不審顔を尻目に、メリーは再びあの老紳士との会話を回顧する。
 ツェペリはジョナサン・ジョースターを〝ジョジョ〟と呼称していたのを覚えている。だからジョルノからも同じあだ名で呼んで欲しいと言われた時には、内心不思議な共鳴を感じたものだが。
 しかしその〝不思議な共鳴〟は、配られた参加者名簿に目を凝らせば多数存在していた。

811宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:40:33 ID:WSuwR3hw0
 〝ジョ〟ナサン・〝ジョ〟ースター。
(因縁の出発点。あらゆる点でも最重要人物ね)

 〝ジョ〟セフ・〝ジョ〟ースター。
(聞けば、リサリサという女性が捜す家族の名。そのリサリサさんの本名も〝エリザベス・ジョースター〟か……)

 空〝条承〟太郎。
(彼は紅魔館でDIOに一度敗北している。容態が無事であれば、今頃は霊夢さんと一緒のはず)

 東方〝仗助〟。
(……これをジョジョと訳すにはかなり強引かしら? 彼だけまるで情報無し。一旦保留)

 〝ジョ〟ルノ・〝ジョ〟バァーナ。
(歳下には見えないぐらい、すごく気高く、頼り甲斐のある男の子。髪型のセンスだけは合わないかな)

 空〝条徐〟倫。
(承太郎さんを〝父さん〟と呼んでいた、魔理沙と共にいた女性。意思の固そうな瞳をした、姉御肌という感じかしら)

 〝ジョ〟ニィ・〝ジョ〟ースター。
(知る限りでは、ジョースター唯一の死亡者。そしてジャイロさんの相棒、でもある)


 名簿と照らし合わせて、ざっと七名程の〝ジョジョ候補〟を算出できた。一部微妙なのもいるが、ここまで一致すれば偶然とも思えない。
 メリーと八雲紫、双方の持つ記憶。そしてジョルノらの情報を合算すると、大まかではあるがこれがジョースターの候補である。中にはウェスやエリザベスといった、判断の難しい存在もいるが。

 それにしても……この〝七〟という数字にも、運命的な奇縁があるものだ。
 満天の星空であの人が語ってくれた『夢』の内容は、まるでこの事を予知していたかのように───。


 〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴。


 〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴。


 〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴。


 〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴。


 〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴。


 〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴。


 〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴。


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


───それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。

───虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも。



(紫さんが求めた虹のその先。今、私たちに出来ること。必要な〝何か〟を、集めなくちゃ……)


 必要なものは〝巡〟である。
 必要なものは〝人〟である。
 必要なものは〝絆〟である。

 それら全てを総称して、〝変化〟と呼ぶ。
 齎しを得るなら、対価は己が脚だ。
 早い話、行動しなければ始まらないという戒めである。
 幻想郷も、同じだった。
 あの人も歴史の変遷を経る度に、そうして動いてきたのだ。

812宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:41:53 ID:WSuwR3hw0


「───差し当って、七人」


 メリーが立った。唐突に呟かれた数字は、夢で語られた紫の先見と、情勢を見据えた上での必要最低戦力。
 理屈に非ず。第六感が語る〝七〟という数字への強烈な引力。確信があった。

「いえ、ジョジョ……ジョルノを除けば、あと〝六人〟くらいは欲しいところかしら」
「その数字は、僕のようなジョースター家が後六人、何処かに散っているという意味ですか?」
「まあ……全く根拠のない憶測だし、そもそも貴方のシグナルは後4つないし5つなんでしょう? 後手後手になる前に、最悪でもジョースターと〝近しい立場〟にいる者ぐらいは接触したい所ね」

 メリーの返答は答えになっているような、いないような、曖昧な解答ではあったが。事実としてジョニィなるジョースター族は既にこの世にいない。シグナルの数も合わない現状を考えると、全てのジョースターを回収して回るというクエストの完全遂行は現時点で無理難題なのだ。

「鍵は貴方たちジョースター。捜しましょう、本当に手遅れとなる前に」
「あてはあるんですか? ジョースターさんの居所に」

 荷を整理しながら鈴仙が至極当然の疑問を尋ねる。全く無い、わけでもなかった。ジョースター(候補)の空条承太郎、空条徐倫の二名は幸いなことに霊夢と魔理沙が一緒だ。
 上手く事が運べば、ジョースター(候補)の二人に加え、幻想郷が誇る最高の何でも屋さん二人も合わさり、強力な人材が一気に四人増える。優先する価値の高い目標だ……が。

(魔理沙さんはともかく、霊夢さんは異様な異変解決力を持ち合わせた逸材。F・Fさんが上手くやっていれば、紫さんの遺した手紙が渡っているはず)

 博麗霊夢の驚異的な勘を頼りにするのであれば、わざわざ我々が霊夢らと合流しなくとも、彼女は彼女で自律的に行動へ乗り出しているのは想像に難くない。
 霊夢の性格上、衆を築いて戦力を増強するやり方は〝らしくない〟が、彼女は別に好きで一匹狼を気取っているわけではない。必要が無いから、異変の際はいつも単独で出掛けると言うだけの話である。
 そして何故だか、そんな霊夢の周りにはいつも誰か(主に魔理沙)が居る。霊夢はそれを無下にはしなかったし、人妖問わずに誰をも惹き付ける魅力が彼女にはあった。
 今回の異変もそうだ。本人が頼んだわけでもなかろうに、自ずと霊夢の周りには惹き付けられた者たちが見られた。ならばもう、八雲紫の殻を被っただけの小娘(わたし)の助言など、必要ない。

「ジョースターの居所にあてはないけど、霊夢さんはあてにはなると思うわ。彼女に任せられる部分は、任せちゃいましょう」
「それって、霊夢の勘頼り? それとも霊夢は霊夢で、私たちは私たちでそれぞれジョースターを確保するって事です?」
「どっちもね」
「ですがメリー。まずは合流なりしなければ、我々の新たな目的がジョースターである事すら彼女は知りようがない。僕は霊夢さんの人柄などは詳しくありませんが、そもそも彼女は重体でもあった筈です。任せられる、という根拠は一体?」
「女の勘よ」

 いとも潔く返したメリーの答えに、さしものジョルノもあっけらかん。これを言われたら男としてはこれ以上何も言えやしない。第一メリーも実際、霊夢とは会話したことだってない。心に飼った八雲紫の意識が、そう答えろと言っている気がしてならなかった。
 理想は、単純ではあるが霊夢らと二手に分かれての捜索だ。これからの暗中を占うように、メリーは空を仰ぎ見る。飛び翔る者を遮るように張られた木々の傘、それらの隙間から覗くのはすっかり覇気を無くした夕陽の、最後の煌めきだ。
 夜の帳が下り、妖怪達がざわめき出す時間が来る。それはDIOといった、外の世界の妖も例外ではない。もはや奴らが屋根に引き篭る必要も掻き消え、ここからは鬱陶しい縛りを払い除けての大暴れも予想される。

813宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:42:48 ID:WSuwR3hw0
 ふと、ではないが。
 かねてよりずっと気にかけていた事柄もあった。

(阿求たちは……今どこでどうしているんだろう)

 この場所で友達となった稗田阿求を始め、メリーを支えてくれた様々な人物を放ったままである現状を苦痛にも感じていた。
 優先すべくはジョースター、と偉そうに言ったものの。そもそも自分は霍青娥といったDIOの配下に急襲を受け、紅魔館に攫われたのだ。
 阿求。ジャイロ。ポルナレフ。皆、無事なのだろうか。放送では豊聡耳神子の名があった。つまりは〝そういうこと〟になる。
 ジョースターの居所にあてはないと言ったが、阿求達とはここより南東の『太陽の畑』で離れ離れとなった。流石に今はもう居ないだろうが、戻ってみる価値はある。戻って、再会して、そして。


(……そして、幽々子にも)


 胸中で呟かれたその言葉。
 それはメリーのものではなく、紫の声色で再現されていた。

 唯一無二の従者の訃報を聞かされ、更にその下手人が唯一無二の親友だと知り、半狂乱となった姿。最後に見た彼女の光景は、そんな醜態染みたものだ。
 原因は、紛うことなき自分/紫。魂魄妖夢を撃った時の生々しい痛覚が、今でも腕に染み込んでいる。

(あの子にも、会わなければ。会って、話さなければならない事がある)

 会って「すみませんでした」で終わる話ではない。正当防衛が働いたとはいえ、大事な人の、大事な存在を奪ったというのだ。
 ただでさえ放送時の幽々子の取り乱しようは尋常ではなかった。その後の彼女の容態を知る由はないが、あのコンディションにケアが無いまま会うなどすれば、最悪の事態も考えられる。

 その〝最悪な事態〟が起こってしまった時。
 八雲紫/メリーは、どうすべきなのか。
 良くも悪くも〝託された者〟でしかないメリーにとって。
 そして〝奪われた者〟の幽々子にとって。
 これもまた……あまりに残酷で、皮肉な運命であった。


 間もなく、夜が降りてくる。
 星芒を失った宇宙のように黒々と広がる暗幕に、北斗七星の灯火を添えられるかどうか。
 まるで宇宙を一巡するような。そんな目的の旅。
 永く、壮大に輪廻する───とある少女の、銀河鉄道の夜。
 運命の車輪は、既に道なき宇宙の線路を走っていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

814宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:43:30 ID:WSuwR3hw0
【C-4 魔法の森/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:ジョースターを捜す。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、宇佐見蓮子の遺体、マエリベリー・ハーンの遺体、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:ジョースターを捜す。
3:南東へ下り、阿求達と再会したい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。
※『宇宙の境界を越える程度の能力』を自覚しました。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:ジョースターを捜す。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

815 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:44:00 ID:WSuwR3hw0
投下を終了します。

816名無しさん:2021/08/23(月) 13:20:02 ID:oycyC9zI0
応援してます!執筆大変かと思いますが、頑張ってください!

817名無しさん:2021/09/19(日) 01:38:59 ID:p.UvvZ7w0
最新話まで追いつきました。自分も執筆してみたいなあと思うのですが、なかなか難しいです。
書き手の皆さんは構図や心理描写や戦闘シーンを緻密に計算して執筆していらっしゃるのでしょうか?

818名無しさん:2022/01/23(日) 00:17:27 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

819名無しさん:2022/01/23(日) 00:18:01 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

820名無しさん:2022/01/24(月) 16:39:56 ID:xAaNr6e.0
また前みたいに投下くださいよぉボス

821名無しさん:2022/03/01(火) 18:04:07 ID:A2Q4mu.w0
うむ。

822名無しさん:2022/12/31(土) 23:59:57 ID:1ts0gaqk0
来年はもっとがんばりましょう!

823名無しさん:2023/12/31(日) 23:59:23 ID:xEIMmFO.0
今年は書き込みすらありませんでしたね…
来年こそは頑張りましょう!

824 ◆Su2WjaayOw:2024/07/10(水) 21:26:33 ID:wusw3pgI0
ディアボロ、吉良吉影、封獣ぬえ、パチュリー・ノーレッジ、比那名居天子、東方仗助、レミリア・スカーレット、岸部露伴、上白沢慧音、火焔猫燐、ファニー・ヴァレンタイン
ロワ初投下ですが、以上十一名で予約します。
数年投下無いのでゲリラ投下でもいいかと思いましたが、ジョースター邸のカオスな状況を何とか形にできそうになってきたので、万が一被ったら悲しい……

825 ◆Su2WjaayOw:2024/07/17(水) 19:07:44 ID:6STwyAes0
>>824の予約を延長します

826 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:09:43 ID:U4GpWkmk0
投下します

827 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:10:13 ID:U4GpWkmk0
【C-3 ジョースター邸 食堂/午後】

「キラークイーン!」

 直前の激しい戦闘により、テーブルや椅子は散らかり、床には無数の焦げ跡を残して水浸しになったジョースター邸の食堂。
 強敵エシディシに対する勝利の余韻に浸る間も無く訪れた新たなる危機に、吉良吉影は再び自らのスタンドを呼び出した。

「ぬえ!私の背後を警戒しろ!」

「わかってる!」

 吉影と封獣ぬえは、胸を貫かれた岡崎夢美の遺体と昏睡するパチュリー・ノーレッジを背後に庇いながら、背中合わせに立って言葉を交わす。
 新たな襲撃者が何者なのか、場所も姿も能力もすべてが『正体不明』である現状、二人に出来ることは、互いの死角を補いながら周囲を警戒する他に無い。

 ほんの数時間前、吉影とぬえの間には、凡そ信頼関係と呼べるものは皆無だった。
 それどころか、ぬえは吉影の命を狙って密かにスタンドDISCで手に入れたメタリカの能力で彼を攻撃していたし、吉影もまた、ぬえが自らをこの集団という『居場所』から排斥し、『平穏』を脅かすものであると薄々感じていた。
 しかし、先ほど吉影が持ち掛けた会談により、互いの生存のために『今は』対立するべきではないという最低限の合意が得られ、更にはエシディシの襲撃により否応なしにとはいえ共闘したことで、吉影とぬえが迷わず自らの背中を預け合うという、奇跡のような状況が生まれた。

(エシディシの熱が何処に残っているかもわからない今、『シアーハートアタック』は使えない……下手すれば自爆する……!)

(夢美は何をされたのかもわからないうちに致命傷を受けてた……即死させる力が無い『メタリカ』じゃあ太刀打ちできない……!)

 奇しくも互いに隠し持ち、互いの命を脅かし合った能力が二人の脳裏を過ったが、その選択肢を却下する。
 隠すことを諦めるとしても、この状況を打破できる能力ではない。

(ぬえは愚かな妖怪ではない)

(吉影はバカじゃない)

((今するべきなのは『協力』……『生存』のための『仲間』としてはコイツは『信頼』できるッ!!))

828 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:11:00 ID:U4GpWkmk0
 食堂の隣室、壁の向こうの敵を正面から始末する決意を固めたディアボロは、即座に方針を決める。

「時間を吹き飛ばし、不意討ちで即座に始末するべき相手は当然ジョルノ・ジョバァーナだ……そしてスタンド使いの男と能力不明の女をキング・クリムゾンのパワーとスピードで殺す!
その後、脱出する前に気絶している魔法使いの女に一撃を叩き込むのは容易い……つまり不意討ちと脱出、外の連中が来るまでに時間を吹き飛ばす回数は『二回』……恐らくこの『二回』で今のオレのスタンドパワーは限界だが……問題ない」

 殺意の衝動に任せるまま、熱く震える吐息と共に壁抜けののみを構えるディアボロだが、発した言葉とは裏腹に自身の行動を整理できていないことに気付いてはいない。
 最初にディアボロが確認した敵は不意討ちで殺害した夢美を含めて『四人』であり、残りの『三人』を始末するべく改めて壁抜けののみを使って食堂内部を確認した際、そこには『ジョルノ・ジョバァーナとゴールドエクスペリエンス・レクイエムがいた』。
 ディアボロが認識できたのはそれだけであり、正体不明の種による恐怖に脅かされたディアボロには、ジョルノがどこから現れたのか、他の者はその時何人居たのかといったことを正確に観察する余裕など無かった。
 館の外からも敵が向かってきている現状、ディアボロには更に思考を巡らせる時間は残されておらず、逃走の選択肢は自ら排除した。
 だが、ディアボロはそれを無謀とは思わない。帝王として、この『恐怖』に打ち勝つ『試練』に背を向けるわけにはいかない。

「─────キング・クリムゾン」

 壁抜けののみで壁に穴を開けると同時に、ディアボロは能力を発動した。
 短時間で全員を攻撃するため、ディアボロは夢美に対して行ったような投擲ではなく、自ら食堂に飛び込んだ上でのスタンドによる直接攻撃を選択する。
 帝王だけが認識することを許される絶対時間の中、キング・クリムゾンの赤い拳がジョルノ・ジョバァーナに迫る!

 ─────が、次の瞬間、ディアボロが見ていたジョルノの姿はかき消え、そこにはジョルノとは似ても似つかない、黒髪に黒いワンピースの少女、能力不明の女がいた。

「何ィッ!?」

 ディアボロは、ジョルノが実際にはそこにいない可能性を考慮していなかったわけではない。
 スタンド使いだけでは済まない数多の異能力が跋扈するこのバトルロワイヤルにおいて、最初に殺し損ねた古明地さとりのような、自分にあつらえたとしか思えない幻影を見せる能力、あるいはそれに似たものがいくら存在していてもおかしくはないからだ。
 だが、ディアボロ自身は敵に何もされてはいないのにも関わらず、キング・クリムゾンによる絶対時間の中で急激な視界の変化が起こった。
 思い出されるのは、兎耳の女。このバトルロワイヤルでディアボロに植え付けられた新たなるトラウマ。
 絶対時間の中で唯一ディアボロに干渉することが可能な、『可視光』のみで精神を破壊するキング・クリムゾンの天敵。
 それに類する可視光だけで精神に影響を与えられたとしか思えない能力を前に、未だ残る頭痛が跳ね上がる。
 ゴールドエクスペリエンス・レクイエムと狂気の瞳、トラウマの波状攻撃にディアボロは襲われた。

 封獣ぬえ。正体不明の恐怖を司る大妖怪の『正体を判らなくする程度の能力』は、能力を使う『対象』が自分自身ないしは味方であっても、能力の『作用』は敵の精神の方に発生する。
 ディアボロが『恐怖』を『克服』していようと、それは例えるなら暗闇を畏れないという気の持ちようでしかなく、暗闇の向こうが見えるわけでは無い。
 実際に暗闇という『正体不明』の向こうに何があるかを見るには、暗闇を照らしてみることで『正体を見抜く』以外に無いのだ。
 狂ったロジックを押し付ける理不尽な能力を前に、キング・クリムゾンの絶対的な筈の力を拠り所とした帝王の矜持が揺らぎかけた。
 しかし、それでもディアボロは止まらない。止まる気はない。

829 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:11:42 ID:U4GpWkmk0

「何かわからんがくらえッ!」

「ガハッ!?……こなくそッ!!」

 結果として、ぬえの心臓を打ち抜くことを狙ったキング・クリムゾンの拳はわずかに逸れ、肋骨を砕き片肺を損傷させたものの、致命傷を与えるには至らなかった。
 兎耳の女の能力によるダメージを受けての平衡感覚の不調と酷い頭痛に加え、未来予知能力である『エピタフ』の喪失、使い慣れないトリッシュの身体、直前のぬえの能力による精神的動揺。
 正確な攻撃をするにはあまりにもディアボロに不利な要素が多すぎた。
 対するぬえは、直前までは自身の妖力の低下を危惧していた。『正体不明』であることこそが存在意義かつ妖力の源であるにも関わらず、同行者のほぼ全員、外の世界の人間である吉影に至るまでその『正体』を知られていることに気付いてしまったからだ。
 とは言え、エシディシとディアボロに対して能力を使い、正体不明の恐怖を植え付けることに成功したため、一時的にではあるが妖力の低下は止まり、ぬえは大妖怪に相応しい妖力を込めた渾身の拳をキング・クリムゾンに対して反射的に叩き込むことができた。
 ただし、『スタンドにダメージを与えられるのはスタンドだけ』。ぬえが如何に大妖怪であっても、このルールは破れない。
 キング・クリムゾンのスタンドビジョンに対する、見かけ通りの少女の力ではない強烈な反撃にディアボロは一瞬怯んだものの、ダメージは無い。
 ─────が、その『一瞬』こそが、ディアボロには命取りとなった。

「吉影……ゲホッ……!う、後ろ……!」

「後ろかッ!?」

 今のぬえには、スタンド使いである吉影という仲間がいる。即死は免れたとはいえ、キング・クリムゾンの一撃を受けて吐血しながら崩れ落ちるぬえだったが、何とか吉影に敵の位置を伝えた。
 吉影はぬえの叫びに応じて即座に振り向き、ぬえに対するキング・クリムゾンのトドメの追撃を間一髪のところでキラークイーンの腕でガードする。
 キラークイーンとキング・クリムゾン、近距離パワー型スタンド同士のラッシュの応酬が始まった。

「うおおおおおッ!!」

「死ねッッッッッ!!」

 やや細身ながらも2メートルほどの体躯を持つキラークイーンと、筋骨隆々のキング・クリムゾンの拳が激しくぶつかり合う!
 ディアボロの身体は様々な理由でかなり消耗しているが、吉影もまた、『メタリカ』の攻撃を受けたことによる鉄分不足のダメージが残り、エシディシとの戦闘での火傷と疲労がある。
 しかし、吉影は殺人鬼であり、ディアボロはマフィアの帝王である。
 精神力こそが重要なスタンド戦において、二人共、スタンドの拳に本気の殺意を込めることには何の抵抗もない。
 間に生身の人間がいたとしたら一瞬でミンチ肉になるであろう拳撃の暴風雨は、しばらくの拮抗状態を見せた。

(つ、強いッ!この『赤いスタンド』……!かなりのパワーとスピードだ!本体は『赤髪の女』?一体どこから入って来た!?
いや今はそんなことはどうでもいい!夢美さんを殺した『謎の能力』を使われる前にこいつを始末しなければならないッ!
こいつは私の能力には気付いていないのか?キラークイーンの拳に触れることを避けてはいない!ならばこの『赤いスタンド』を直接爆弾にすればいい!
ラッシュを搔い潜っての『一撃』……!確実に能力を発動できる『一撃』さえ入れば私の勝ちだ……が……!……強すぎるッ……!)

(クソがッ!あの『ジョルノの幻覚』は一体何だったというのだ!?あれのせいで『瞬殺』に失敗した!この男のスタンドも相当手強い!
もう一度時間を吹き飛ばせばコイツは始末できるが……駄目だッ!冷静になれ!それでは『外の敵』に対処できないッ!スデに時間をかけ過ぎている!
ここは『撤退』の為に能力を使わなければならないッ!ただしこの男をこのまま殴り殺してからだがな!……しぶといヤツめ……!)

 一瞬たりとも気を抜くことが許されない攻防の中、吉影とディアボロは『切り札』となる自身のスタンド能力を如何に使うかを思案する。
 だがしかし、均衡は崩れ始めた。
 『発動すれば勝利』のキラークイーンが押され始め、『発動すれば逃げられる』キング・クリムゾンが押し始めた結果、どちらも能力を使う踏ん切りがつかないという奇妙な状態が続く。
 次に起こるのは果たして、キング・クリムゾンの能力によりディアボロがその場から『消える』か、キラークイーンの能力により『爆発する』か。
 ──────そのどちらかが起こるより先に、ジョースター邸の窓がガシャン、と乱暴に開け放たれた。

830 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:12:24 ID:U4GpWkmk0
「吉良あっ!あるいは違うヤツ!かかってこいやあ!」

 初めに食堂に突入してきた比那名居天子の声を耳にし、吉影はディアボロとの戦闘に集中したまま、思わず顔をしかめた。よりによってこいつが先頭か。

「地子さんッ!」

 続いて突入したのは東方仗助。レミリア・スカーレットから渡されたキング・クリムゾン対策のウォークマンのイヤホンを耳に付けている。
 ちなみに曲目は『有頂天変 〜 Wonderful Heaven』。
 初めに渡された時には『亡き王女の為のセプテット』にセットされており、再生ボタンを押すと、穏やかで重厚感のある曲の出だしが聞こえてきた。
 ……いやこれ難しくねえか!?と仗助は思った。初めて聞く『知らない曲』の『曲が飛んだ瞬間』に正確に反応しろというのは厳しい。『知っている曲』はどうも無さそうだし、『同じ曲を何度か聞く』なんてことをする時間も無い。
 『リズム』やらなにやらの『不自然さ』に気付くには、せめてもっとこうアップテンポで、曲調がコロコロ変わったり、いろんな楽器を使ったりする、ハイテンションでやかましい感じの曲が望ましい。
 そう思い、慌ててウォークマンの選曲ボタンを連打する仗助の目に入って来たのが、『有頂天変 〜 Wonderful Heaven 比那名居天子のテーマです』という文字列。
 有頂天で変でワンダフルヘブンな天子さん、改め地子さんのテーマ曲。すげえやかましそう。
 仗助は無事に期待通りの音楽を聴きながら、地子を先行させ過ぎないように声をかけた。

 吉影はチコ、とは何だ?と一瞬思うも、そんなことよりこの状況は非常にまずい。
 天子と仗助が『仲間』と認識しているであろう夢美、パチュリー、ぬえの三人は床に倒れている。
 この二人では、下手すればそれを吉影の仕業だと誤認しかねない。
 吉影はこの交戦中の敵スタンドを一刻も早く爆弾に変えて始末しなければならない。
 だが、挌闘戦では押されている。慌てて能力を使おうとすれば、手痛い一撃を貰うだろう。
 キラークイーンに匹敵する程のパワーをまともに喰らえば、フィードバックによるダメージで吉影は無事では済まない。
 先程外に出たばかりの慧音さんは入って来ていないのか?と吉影は思うものの、窓の方に目を向ける余裕は無い。
 上白沢慧音が戦闘力に特別優れた類の妖怪でないことは知っているが、敵スタンドのスタンド使い、本体は恐らくただの生身の女だ。今の吉影に必要なのは、強弱に関わらず確実な『味方』である。
 そんな吉影にとって幸か不幸か、仗助とほぼ同時に突入してきたのは、戦闘力的には最強クラスの妖怪、しかしながら吉影とは先ほど初めて顔を合わせたばかりのレミリア・スカーレットだった。
 
 「ディアボロッ!」

 レミリアは、突入と同時に、まずは『ディアボロ』の名を叫んでみることにしていた。それがとりあえずの策だ。
 敵がディアボロ本人であれば、交戦経験があるレミリアからの突如の呼び声に、何らかのそれとわかる反応をする可能性が高い。
 放送で呼ばれたにも関わらず生きているのであれば、その謎に迫れる。
 更に、突入した三人のうち誰かがキング・クリムゾンで攻撃されるとすれば、それは『能力を知られている』レミリア自身だろう。
 天人の肉体強度を失っている天子、生身の人間かつ負傷者の仗助と違い、ほぼ万全の体調の吸血鬼である今のレミリアに、連発できない時間飛ばし、一撃による『即死』はまず無い。
 制限によって吸血鬼であっても脳へのダメージで死に至るらしいが、いくらなんでも一撃で頭部が爆散するほどのパワーはありえない。
 しかし念のため、魔力で頭部をガードしておく。意識を刈り取られる可能性も無くなり、盤石だ。
 腹をブチ抜かれようが手足が千切れようが、レミリアはその程度で戦闘不能にはならない。
 仗助の能力による保険もある。そのためにウォークマンを渡した。
 天子は正直突入させるべきではないと思ったものの、止めても聞き入れるわけがないということの他に、天子と仗助が危惧しているらしい『吉良吉影の裏切り』の可能性も否定はできず、吉影が敵ならば、そのスタンド能力にレミリアより詳しいであろう天子は、腕力に関わらず戦力になりうる、かもしれない。
 レミリアは『どちらかと言えば』吉影の裏切りの可能性は低いと考えていたが、パチェが割と吉影を信用してるように見えた、くらいの根拠しか無い。
 天子や仗助が信用に足らない連中とまでは思わない。あり得る話だ、と心の準備はしておく。

 レミリアは、ここまでの思考を冷静に組み立ててから突入した。
 やっと再会できたばかりの親友がいる場所から、突如聞こえた戦闘音。
 感情の赴くままに突撃するより、冷静になるべき。当たり前のことだ。
 ─────急速に回転していたレミリアの思考にノイズが混ざり始めたのは、いつからだったか。

831 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:12:48 ID:U4GpWkmk0
 ─────十数秒前。

『あいつがお前の力で治せるとか言っていたからね。
 なら、この場で致命傷を受けてはならないのは貴方よ。』

 仗助は致命傷を受けてはならない。当たり前のことを言った。
 仗助が致命傷を受けるかもしれない。そのことを思った。
 ……私は『また』虹村億泰に託された心を裏切るのか。

 それを思った途端、『言わなくてはならないことがある』この言葉がレミリアの思考に無視できない大きさで割り込んできた。
 否。『今』ではない。緊急時に無理に言わなくてもいい。
 レミリアの理性はそう主張するが……耐えられなかった。
 今、初めて、一つでも、億泰の願いを果たせるという自らの想いに。
 キング・クリムゾンへの対策の説明を駆け足で行ったあと、急いでウォークマンを操作する仗助に、レミリアはそれまでとは別の話題を振った。
 
『それと、億泰って名前に覚えはある?』

『!』

『彼からの伝言よ。『すまねえ』って。』

『……億泰のヤロー……』

 然程、無駄な時間をかけてはいない。
 だが、今からぶっつけ本番で初見のスタンド能力に対応しなければならない仗助、プレッシャーを跳ねのけなければならない仲間の精神を波立たせるようなことを言うべきだったろうか。
 ……正しいとか、正しくないとか、そういうことじゃあないんだ、これは。レミリアはそれだけ考え、思考を打ち切った。
 そして、別のことを考える。窓の向こうにいるのがもし『ディアボロ』なら……ここで仕留める。
 億泰の魂の安らぎのため、ブチャラティの悲願のため。……『元』天人、仗助。あなた達、まさか足手まといのつもりじゃあ無いわよね?
 無論、親友の危機を救うため、仲間の命を守るためにレミリアは今から戦う。
 そして、敵がディアボロなら、何よりも優先するべきなのはここで仕留めること。
 『不意討ちも回避もし放題』レミリア自身が言った言葉だ。
 あの能力が仲間に向けられているのなら、『今この場を安全に凌ぐ』ことは何の解決にもならない。『逃がさず仕留める』ことが何より重要だ。間違いない。

 レミリアの水鏡が如き冷静さは、どす黒い殺意によって静かに波立っていた。

 ─────数秒後。

832 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:13:24 ID:U4GpWkmk0
 レミリアは食堂の光景を目にしながら、考える。
 『赤いスタンド』はキング・クリムゾンで間違いない。しかしスタンド使いは別人の『女』だ。保留。
 『女』の『ディアボロ』という言葉への反応を待つ刹那、倒れている仲間たちを見やる。
 夢美。動かない。赤い。服ではなく、別の『赤』。吸血鬼にはハッキリと見分けられる。……致死量。近くに血が付着した棒状の物。胸への貫通。ブチャラティがやられたのと同じ。
 ぬえ。うずくまって動いてはいる。吐血、胸を押さえている。怪我は他に見当たらない……アイツはそれなりに強力な妖怪だったはず。それを『一撃』で?……古明地さとりがやられていたのと同じ。
 パチェ。なぜ最後に意識が向いた?『赤』が見当たらないから。だが動かない。パチェが、動かない。……落ち着け!息はある!『運命』は途切れていないッ!

「……チィッ!」

 舌打ちと共に最初に走り出したのは、天子。
 突入してすぐに見えたジョースター邸食堂の光景は、倒れている三人の仲間。それらを庇う様にして戦っているのは吉良吉影が操るキラークイーン、その相手は謎の赤いスタンド。
 吉影以外の敵がいる可能性を事前に聞いていた以上、吉影をぶちのめすのは一先ずお預け。無論、文句は山ほどある。なんで仲間がみんなやられてお前だけが立ってるんだ。
 しかし、それを理由に吉影に襲い掛かるほど天子も馬鹿ではない。

 そして、その天子の後ろで、レミリアは、この時、『見ていた』。
 先に突入し、剣を振り上げて『女』に向かって走り出した天子。
 『女』の目はそちらではなく、『ディアボロ』という言葉を発したレミリアの方を見て目を驚愕に見開いていたのを。
 隣でスタンドを出している仗助でもなく、間違いなくレミリアを見ている。
 そして、キング・クリムゾンで『ディアボロ』に攻撃されたブチャラティやさとりと同じ状態の仲間二人。
 ─────十分だ。お前は、『ディアボロ』だ!

「なッ……!?」
 
 ディアボロ自身は、レミリアの姿を見るのはこれが初めてだ。
 レミリアの姿を直接見たのはドッピオのみ。それも普段とは違い、ディアボロの人格は『気絶』していたため、ドッピオの視界を通してレミリアを見ることも無かった。
 だが、ディアボロは目を覚ましてからドッピオと分離するまでの僅かな間に、記憶から最低限の情報は得ていた。
 兎耳の女の能力によるダメージが深い頃だったせいで、最重要と思われる第一回放送の情報をその時点では得られなかったが、その次に重要な、兎耳の女以降に出くわした危険な敵に関する記憶。
 サンタナとかいう原始人じみた服装の巨体の化け物、そのサンタナと戦っていた『レミリア・スカーレット』。
 見た目は蝙蝠のような羽を持つだけの小柄なメス餓鬼、だがその力はサンタナにも引けを取らない正真正銘の『化け物』であると。
 何故か名乗り合っていたため、名簿とも照らし合わせることができ、サンタナ共々その生存は知っていた。
 そして今レミリアが呼んだディアボロの名は、レミリアと共闘していたあの裏切り者のブチャラティから伝えられた情報だろう。
 ブチャラティは既に放送で呼ばれたが……何にせよこのガキが例の化け物、レミリアで間違いない。
 レミリアの存在を中途半端に知っていたため、急に名を呼ばれたのも相まって、ディアボロは露骨に驚愕してしまった。
 スタンドビジョンも含めたこの状況を自らを知るものに見られ、『放送で呼ばれている』『容姿が変わっている』といった情報アドバンテージを失った危険性、否、それを失わせるためにレミリアが自らの名を呼んだことに気付き、ディアボロは歯噛みする。

(よりによってコイツかッ!最優先で始末……いや、既に周りの連中にもキング・クリムゾンの能力は知られていると考えるべきだろう……化け物の分際でッ……!)

 このような思考の迷走、意識の空白が、ディアボロから、キング・クリムゾンを『即座に』『撤退のために』発動するという選択肢を奪った。
 エピタフの未来予知さえあればそうはならなかったが、今のディアボロには無い。

833 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:14:08 ID:U4GpWkmk0
 しかし、相手がディアボロであるとほぼ確信したレミリアの方も、ディアボロがその驚愕の『声』まで出した事には若干困惑した。

(……『未来予知』はどうした?)

 レミリアは、今のディアボロからエピタフの能力が失われていることを当然知らない。
 地霊殿の戦いでは、地霊殿全体を紅霧で包んでまで妨害したあの能力だ。
 レミリアが観察しようとしたのは、例えばレミリアがディアボロの名を口にする『前に』、それ自体の時間を飛ばした上でレミリアを攻撃するといったような、乱入者にレミリアがいることを『事前に知っている』ディアボロの反応である。
 レミリアがまさかそこにいるとは思っていなかったとでも言いたげな『普通の反応』は少々予想外だ。
 とは言え、大した問題ではない。
 ディアボロを倒すには『未来予知していても逃げられない』攻撃が大前提であり、それが『未来予知していないから逃げられる』なんてことは有り得ないのだから。
 時間飛ばしは連発できない、突入前にも最低一度は使っているという事実から、能力の再発動が遅くなること自体は予想していた。
 発動までの時間が長いならその時間分、『未来予知していても逃げられない』攻撃の組み立ては既に考えてある。
 広すぎず狭すぎないジョースター邸の食堂に、戦力はレミリア、天子、仗助、吉影の四人。
 ディアボロを仕留めうる『瞬間』は、今をおいてそうそう来るものではないだろう。
 ─────その瞬間、レミリアの足元が、爆ぜた。

『デーモンキングクレイドル』

 宣言こそしなかったが、レミリアが帝王に対して選択したのは、何の因果か『魔王』の名を冠した自らのスペルカード。
 レミリアの最速最強の突撃技である『ドラキュラクレイドル』と比較して、遅い突撃。
 『ドラキュラクレイドル』は外したが最後、レミリアの体はあらぬ方向へとすっ飛んで行き、悠々と弾幕を用意した対戦相手の反撃を甘んじて受けることになる。
 『デーモンキングクレイドル』は、外したなら外したで、反転攻勢をかける余裕がある。
 幻想郷での弾幕戦における違いはこんなものだ。
 キング・クリムゾン相手に『速さ』は意味が無い。攻撃を察知された時点で銃撃だろうと当たらないのは地霊殿の戦いで見た。
 この攻撃の目的は、時間飛ばしの使用を強制すること。それ以外で回避できない速さがあれば、それ以上は必要ない。
 必要なのは、突撃しながらも自在に動ける力の調整。
 レミリアは突撃の始動と同時に、天子と吉影に向かって弾幕を飛ばした。
 先ほど露伴に向けて撃ったのと同じ、殺傷能力を極限まで抑えた、『押し出す』のが目的の弾幕。

「きゃっ!?」

「うおっ!?」

 後ろから撃たれた天子は、もんどりうってレミリアから見て左の壁へと飛ばされる。
 吉影はその逆の壁に背を向けた形で飛ばされた。
 加えて、羽で風圧を起こし、吉影の足元に倒れていた三人の仲間を、壁へと飛ばされる吉影を追わせるように飛ばす。
 可能な限り優しくしたとはいえ、負傷者を吹き飛ばすというのはあまりに無茶苦茶な行為であるとレミリアも自覚している。
 だが、レミリアが見ていたのは短時間とは言え、キング・クリムゾンの拳をある程度見切っていた吉影なら対応できるはずだ。
 吉影は、自分に向かって飛んでくるぬえ、夢美の二人をキラークイーンで、パチュリーを自身の体で何とか受け止めた。
 そして、レミリア自身はディアボロに向かって猛然と迫る!

834 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:15:12 ID:U4GpWkmk0
 仗助は、めぐるましく変わる目の前の状況を必死に見ていた。
 近距離パワー型スタンドの中でも精密動作性に一歩抜きんでたクレイジー・ダイヤモンドを持つ仗助は、何が起こっているのかを正確に見ることができる。

(レ、レミリアさんがプッツンして俺以外全員ブッ飛ばしてディアボロとかいうヤツに突っ込んだ!?)

 目の前で行われたレミリアの凶行は、そうとしか見えないものだったが、仗助は突入直前のレミリアの冷静な姿を思い出し、それを否定する。

(いや違えッ!ブッ飛ばした目的は『移動』……目的は『包囲』!これで両側の壁には地子さんと吉良のヤローがいる!
そして窓がある壁には俺、レミリアさんが『時間飛ばし』で躱されたら俺とは反対側の壁に到達する!ディアボロは四方を囲まれることになるッ!)

 プレッシャーに負けない少年、東方仗助はレミリアの意図を正確に読み取った。
 そして圧縮された時間の中、仗助は考える。
 ネズミ狩りの時と同様、重要なのは敵の次の行動を誘導し、読み切ること。
 誘導する役目は既にレミリアがやっている。仗助に要求されるのは、それを読み切った上での『対応』だ。

(レミリアさんの攻撃を躱すために時間飛ばしを使ったディアボロの次の行動は『攻撃』か『逃走』……
スタンドパワー自体は吉良のスタンドに苦戦する程度、連発できない時間飛ばしで四対一は多勢に無勢……つまりは『逃走』!
そのためには『四人の中の誰かの近くに行く』ッ!
部屋の真ん中に居たままじゃあフツーに袋叩きだからな。さて誰の近くに行くか……
『俺』は無い。コッチには入って来た窓がある。他の敵がいるかもしれないと考えるだろ。実際いるしな。
『レミリアさん』も無い。ディアボロがレミリアさんの強さを知ってるなら、間違っても『安全』だなんて思わないハズだ。
『吉良』は……無くはないか?時間飛ばしで好きに不意討ちできるなら、キラークイーンに苦戦してようが吉良の本体を倒せばそのまま逃げられると考えるかもな……だが、奴にとってより『安全』なのは!
『地子さん』しかねえッ!地子さんの武器は『剣』!スタンドには効かない!しかもレミリアさんにブッ飛ばされてすっ転んでいるッ!)

 仗助はディアボロの次の行動を予測し、イヤホンから流れる音楽に集中する。
 目端に、レミリアに飛ばされて転がる天子の目が見えた。
 レミリアに対してプッツンしているわけではない。いやそれもあるが、その目にあるのは消えない闘争心。
 そこに動揺は無く、戦う者の鋭い光がある。

(へッ……地子さんが攻撃されたなら俺が即座に治す!……だがもしディアボロ、テメェが『この女は転んでいるから無視して近くから少しでも早く逃げる』なんて甘いこと考えてるなら……テメェの負けだッ!)

835 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:16:24 ID:U4GpWkmk0
「キング・クリムゾン!」

 ディアボロは、何もかもを吹き飛ばして突撃するレミリアを前に、一にも二にも無く能力を発動した。
 次の瞬間、何にも干渉されない絶対時間の中で、レミリアの体がディアボロの体をすり抜けた。
 弾丸をすり抜けて回避したこともあるディアボロだが、体当たりなどという原始的な攻撃を相手に同じ経験をするとは思っていなかった。
 小柄な少女とはいえ、人体が丸ごと自分をすり抜ける感覚……何か『感覚』があるわけでも無いが、ディアボロは少し戦慄した。

「化け物め……まあ良い、今回はこれで『時間切れ』だな。」

 キング・クリムゾンには、その能力が発動できる限りにおいて『時間切れ』は存在しない。
 だが、今は主催者による制限のせいで連続発動には限界がある上、体力的にもこれ以上の戦闘は厳しい。
 ディアボロは壁抜けののみを取り出し、あたりを見回した。
 キング・クリムゾンの発動中は、ディアボロは何者にも干渉されないが、逆に干渉することもできない。
 能力解除後、壁に穴を開けて脱出する一瞬は『認識』されざるを得ないため、敵から遠い場所から逃げるに越したことはない。
 一度死角に入れば、後は壁抜けののみさえあればどうとでもなる。
 最初に入ってきた食堂の隣室の方の壁を見て、気付く。
 変な体勢……明らかに転倒している剣を持った青髪の女が、ディアボロと壁の間に滑り込んできていることに。

「なんだこいつは。化け物に飛ばされたか?一応離れるか……」

 そう言って振り向くと、反対側の壁には先ほどまで戦っていたスタンド使いの男がこちらを向いて立っていた。
 いつの間にか、倒れていた赤い魔女、紫の魔女、黒髪の女をスタンドと男とで抱えている。

「!? いつの間にあんなに離れた……?いや、これは……!」

 横を見ると、先ほど自分を通り抜けたレミリアが見える。
 その反対側には、黒い服にリーゼントのスタンド使い。

「包囲だと……?フン、バカバカしい。」

 仲間を撒き散らして強引に一瞬で完成させた包囲陣。
 そんなものでキング・クリムゾンを攻略できればあの裏切り者の護衛チーム共も苦労しないだろう。
 ディアボロは自らの多々の弱体化も忘れ、鼻で嗤った。
 そして然程迷うこともなく、青髪の女のすぐ近く、隣室と食堂を隔てる壁の真ん中付近で壁抜けののみを構えた。
 レミリアにも、リーゼントのスタンド使いにも近づきたくはないために、真ん中だ。
 レミリアは当然として、リーゼントのスタンド使いは負傷しているようだが能力は不明。外から新手が来ないとも限らない。
 反対側の白いスタンドを使う男がいる方も面倒だ。少なくとも脱出より先に本体を一発攻撃する必要がある上、人数が多い。
 赤い魔女は仕留めたが、まだ死んでいない黒髪の女はキング・クリムゾンに対して猛烈な反撃を放ってきた。紫の魔女も意識が戻らないとは限らない。
 壁を抜けるのにかかる時間は精々一秒。転倒している青髪の女がすぐ近くにいたところで、体勢を立て直して剣を振るう時間など無い。それも時間の認識が飛んだ直後に。
 万一何かの間違いで切っ先がこちらに向かってきても、たかが剣。スタンドで受け止めればいい。

 ─────もし今のディアボロに『エピタフ』があれば、ここまでレミリアと仗助、そして天子の術中に嵌ることは無かっただろう。
 そうだったとして、逃げ切ることができたかどうか。それは誰にもわからない。

836 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:17:15 ID:U4GpWkmk0
 ディアボロは、『剣士』を知らない。
 『スタンド使いの剣士』であれば知っている。
 ジャン・ピエール・ポルナレフ。その神速の剣は炎をも切り裂き、スタンドの剣という特性を活かして障害物の向こうの目標だけを斬るような芸当すら可能とする超一流のスタンド使い。
 しかし、キング・クリムゾンの敵ではなかった。
 マフィアがスタンド以外で扱う刃物は、精々がナイフ程度。
 天子が持つLUCK&PLUCKの剣のような大剣は、映画のスクリーンの向こうにしか存在しない。
 そもそもディアボロの時代には、マフィアに限らずとも、そんなものを大真面目に振るう古典的な『剣士』などまずいないだろう。
 そしてそのような古典的な剣士は、剣を手放していない限り、戦闘態勢を解いてはいない。
 転倒し、自身の体が制御不能となれば、剣士は必ず剣を手放す。刃物の危険性を知るが故に。
 剣を持ったまま訳も分からず転がれば大変なことになると知っているからだ。無論、スタンド使いの剣士には無縁の話。
 剣を持ち続けているということは、剣を制御し続けている、即ち戦えるということ。
 ディアボロは剣士を知らないが故に、天子が剣を手放していないということの意味に気付けなかった。

 比那名居天子は紛れもなく『剣士』である。
 天人の体だった頃、その体は刃物など通らない強度を持っていたが、彼女の愛剣は刃物などではなく『気質』でもって全てを切り裂く『緋想の剣』。
 それを素人が玩具を振り回すかのように振るうことは決して無く、美しさを競う弾幕戦のルールにおいて華麗に舞い、幻想郷に大波乱を引き起こした本物の『天人剣士』だった。
 そして今は、人間の体でLUCK&PLUCKの剣を振るう、『人間剣士』比那名居地子。
 天人の体は失えど、その剣術は失われていない。

837 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:18:47 ID:U4GpWkmk0
 ─────受け身を取ろうとしたら、取り終わるところだった。
 天子が突然感じた奇妙な感覚は、これだった。
 『時間飛ばし』の事は聞いていたが、即座に結び付けるには理解も経験も足りない怪奇現象。
 後ろから、多分レミリアによって唐突にブッ飛ばされた瞬間、天子の身に宿る剣術は、LUCK&PLUCKの剣の重量、落ちた握力を考慮した上で、剣を把持したまま受け身を取ることができると判断した。
 それを実行した記憶も無く終わっていた。
 困惑は主にレミリアへの怒りが吹き飛ばした。あの吸血鬼、やっぱりブン殴らないと気が済まない。それも一発じゃあ足りない。
 しかしそんな意思とは無関係に、天子の体はほとんど自動的に周囲を索敵する。
 剣を持ったまま受け身を取ったなら、次は敵に対する警戒。剣士の基本的な行動原理である。
 弾幕戦であれば、弾幕が目の前に迫ってきていたり真上から墓石が降って来たりするものだが、天子の目に映ったのは、先ほど自分で襲い掛かろうとした敵だった。
 何故かあまりにも近くにいる赤髪の女と赤いスタンド。
 赤髪の女は、何やら壁に向かって棒を向けている。赤いスタンドは、その背後で、目の前の敵である自分よりも何か別なものを警戒しているように見える。
 ─────などということを観察する時間があったかどうか、天子は即座に赤髪の女に剣を振り下ろした。
 時間が途切れ、認識が途切れても、天子の闘争心は途切れなかった。目の前に敵がいるのなら、次の行動は攻撃。そこに迷いは無い。

「っらあ!!」

 ガッ!

「ぐうッ……!?」

 天子の剣はキング・クリムゾンの右腕に止められた。
 が、天子の剣は、キング・クリムゾンの能力解除から攻撃まで、僅か0.5秒で振り下ろされていた。
 予想外の速さにディアボロの反応は遅れ、スタンドの腕で剣を止めた時には、既に壁抜けののみを持つ本体の右手首に剣が深く切り込まれていた。
 切断こそされなかったものの、ディアボロはその少女の容姿に似合わない呻き声を上げ、壁抜けののみを取り落とす。

(速いッ!?まさかコイツもレミリアと似たような化け物の類なのか!?)

 少し前の天子相手には正しかったディアボロの推測だが、今は的外れ。
 ディアボロにとって未知の力である点は同じでも、それは妖怪の力でも天人の力でもなく、人間の剣術。
 しかし、見事な剣術を披露した天子は、ここで次の手を考えるのに一瞬の逡巡を必要とした。

838 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:19:59 ID:U4GpWkmk0
(『スタンド』に止められたッ!次は……)

 天子とて、スタンド使い相手に人間の体と剣一本で何の策も無く突っ込んだわけではない。
 狙うのはあくまで本体、スタンドには近寄らない。スタンドを躱せないのなら近接戦で無理せず弾幕攻撃に切り替える。
 この程度の方針は立てていた。
 しかし、時間跳躍により、いきなり本体もスタンドも目の前にいるという状況に放り込まれた。
 本能的に攻撃はしたが、スタンド相手の近接戦の形になってしまうというのは想定外であり、論外。勝負にならないとわかり切っている。
 逡巡の間に思い出したのは、先ほどのレミリアとの攻防。
 レミリアはスタンドではないが、今の天子にとっては腕力差がありすぎて似たようなものだ。
 片手で剣を受け止め、もう片方の手で天子を煽っていたレミリアがもし敵スタンドだったとしたら、煽っている方の手は天子への攻撃に使われることだろう。
 同じ状況になったなら、剣を捨てて弾幕を放ったあの動きを即座に繰り出せばいい。
 だが、一瞬でも迷ってからでは、即座ではない。

 ディアボロは、剣士は知らずとも、拳士ではある。挌闘能力があるスタンドの使い手は皆そうだ。
 スタンドは出すも消すも自由であるため、組み技、投げ技の類に意味は無い。
 スタンド能力抜きでのスタンド同士の挌闘戦は、その殆どがパワーとスピードばかりがものを言う、拳打のぶつかり合いとなる。
 ディアボロのキング・クリムゾンは、右腕で天子の剣をガードするのとほぼ同時に、ボクシングでいうワンツーの動き、拳士として当然の動きで天子に向けて左拳を放っていた。

(あ、ヤバ……くもないか)

 死を告げる拳が飛来するのを前に、天子の心は実に暢気だった。
 退避と追撃の対応は間に合わなかったが、剣を放した手を前方に掲げるくらいのことはできた。
 今の天子の両腕が聖人の遺体によるものであれど、スタンドの拳を生身の『手』でガードすることはできないが、砕かれた手は急所への直撃を避けるクッションにはなる。
 天子には、重傷を負おうと、即死さえしなければ問題ない理由がある。

(痛い思いをする羽目にはなるわね……今の私だともしかしたら……いーやジョジョがいるから絶対大丈夫!だけど私ったら簡単に怪我してこれじゃあ足手まと……いやいやいや!
悪いのあの吸血鬼だから!いきなり私無視して敵に突っ込んで何してくれんのよアイツ!……あれ?吸血鬼が敵に突っ込んだのに敵が私の目の前にいたってどういうこと??)

 天子は漸く不可解な状況に疑問を持ち始めたが、既に自分が時間飛ばしに対して超人的な対応力を見せた後だということには未だに気付いていない。
 それよりもスタンドの拳を人間の体で受ける危険性を心配する天子だったが、そんな心配は必要無かった。

「ドラァ!」

「がはぁ……ッ……!!?」

 天子にキング・クリムゾンの拳が届くより先に、キング・クリムゾンの脇腹にクレイジー・ダイヤモンドの拳が突き刺さっていたのだから。

839 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:22:07 ID:U4GpWkmk0
 仗助は、その『瞬間』をはっきりと認識することができた。
 イヤホンから急に特徴的なトランペットの音が『途中から』聞こえてきたからだ。
 サビらしいこのパートの入りを聴きたかったな、という思いを頭の片隅に、瞬間移動というには目の前の景色が変わりすぎている中から、予想通りに天子のすぐ近くにいるディアボロを見つけ、距離を測る。
 そして仗助は、クレイジー・ダイヤモンドの足で床を蹴り、一足飛びで天子のもとへと跳んだ。
 天子を治すもよし、キング・クリムゾンを殴るもよしの位置を狙って跳んだ仗助は、その移動中の空中で、いつの間にか立っていた天子が剣を振り下ろし、ディアボロの手首から鮮血が散るのを見た。

(やはりそうなったかッ!地子さんを甘く見たな!そのザマじゃあ飛び掛かる俺に気付く余裕なんて無えよなあ?不意討ちってのは少々気が進まねーが……
この『時間飛ばし』の能力は正直マジにクレイジーだぜ……『音楽』で『意識』して『経験』した俺にはわかるッ!
『不意討ちも回避もし放題』!完ッ璧にその通りじゃねーか!こんな奴が『殺し合いに乗っている』!『仲間を奇襲した』!
やるしかねえッ!下手すりゃあのヴァニラ・アイスよりやべえ奴かもしれねえぞこのディアボロって奴はよおーッ!)

 仗助は、ディアボロが具体的に何をして食堂の惨状を引き起こしたのかはわからない。
 レミリアが知る億泰とディアボロの因縁についても何も聞いていない。
 突入前のタイミングでレミリアが億泰の伝言を口にしたのは、それが影響してのことでもあるとわかるはずがない。
 だが、そこに強い怒りは無くとも、ディアボロは『危険』過ぎる、本気で倒さなければいけない相手だと判断するのに十分な材料は揃った。

「ドラァ!」

「がはぁ……ッ……!!?」

 キング・クリムゾンが天子に反撃の拳を放とうとしていたため、仗助はまずは一発を脇腹にお見舞いした。
 完全に仗助の接近に気付かずに壁抜けののみを拾っていたディアボロは、フィードバックのダメージで大きく体勢を崩した。

(何……だ……ッ……!?窓の前にいた……スタンド使い、だと!?いくら何でも速すぎる……ッ!コイツの本体も化け物か……!?)

 プレッシャーに負けない仗助の心の強さも、今のディアボロにとっては化け物にしか見えない。

「地子さん!『アレ』いきますよッ!!」

「『アレ』ね!上等ッ!!」

 今度は仗助の方から提案した。
 仗助と天子。この不良コンビには、目の前のディアボロや、二人で戦ったヴァニラ・アイスのような『能力を発動されるだけで危険』なタイプのスタンド使いを完封する必殺の合体技がある。

「おらおらおらぁ!!!」

「ドラララララァ!!!」

 天子がありったけの要石を出現させて放ち、クレイジー・ダイヤモンドの拳がそれらを全て粉砕する。
 一瞬のうちに、大量の砂がディアボロに浴びせられた。

(何だ……砂!?いやどうでもいい!一刻も早く脱出せねば……!)

 ディアボロは、最早限界が近いスタンドパワーでクレイジー・ダイヤモンドと戦おうとはせず、キング・クリムゾンにはガードの姿勢を取らせていた。
 弾丸のように浴びせられる要石の破片の勢いはスタンドのガードで防いだが、余波の砂がディアボロ本体にも浴びせられる。
 ディアボロはそれに構わず、今度こそ壁抜けののみで壁に穴を開けようとしたが─────

「─────直す」

 仗助の声と共に復元された要石が、壁抜けののみを持ったディアボロの左手を石像のように固めていた。
 手が動かない、とディアボロが気付いた時には、既に要石は人型の牢獄へと姿を変えている。

840 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:26:02 ID:U4GpWkmk0
「な……に……ッ……!?」

 呼吸すら困難な拘束の中、ディアボロは次の行動─────『行動』はもはや不可能だが─────を判断し、自身の動かない手から、キング・クリムゾンに壁抜けののみをもぎ取らせた。

(まだ、だ……キング・クリムゾン、と……この道具……さえあれば……殺すつもりが……無いのであれば……どんな『拘束』でも……脱出は……可能……)

「ジョジョ!まだまだぁっ!!」

「おうっ!ドォラララララァーーーーーーッ!!!……十分ッ!」

 仗助は更なるラッシュをディアボロに叩き込み、ディアボロの肉体ごと要石を破壊しては直し、スタンドも出せない程に融合させてゆく。
 全身に一通りクレイジー・ダイヤモンドを叩き込み終わると、仗助は攻撃をやめ、即座に踵を返して駆け出した。。
 仗助には、『戦闘』以上にやらなければならないことがある。

「吉良あっ!三人から離れなさいッ!」

 弾幕を撃ち終えると同時に天子が駆け寄った反対側の壁際では、吉影が抱えていた夢美、ぬえ、パチュリーの三人は床に降ろされ、吉影自身はキラークイーンと共に一歩前に出ていた。
 正確には、吉影もまたキング・クリムゾンの影響により、『降ろそうとしたら降ろし終わっていた』という奇妙な感覚を体験していたが、吉影にはその正体はわからない。

「……さっさと治せ。東方仗助」

 完全に敵扱いの天子の物言いに憮然とする吉影だったが、一応天子は剣を手放したままであり、吉影に攻撃しようとするのではなく、吉影と仲間達の間に割り込もうとしている様子だったため、吉影は素直に横に退いた。
 次いで駆け寄った仗助が、重傷と思われる者から順にクレイジー・ダイヤモンドで治療を行う。

「赤おん……夢美、さん……!」

 多量の血を流しているのが明らかな夢美は既に息を引き取っており、手遅れだった。
 しかし今は感傷に浸る暇は無い。
 次いで治療したパチュリーは、息はあるが目を覚まさない。
 クレイジー・ダイヤモンドで治しても目を覚まさないとなると、頭を打った等の戦闘のダメージで気を失ったのではなく、病気か何かが原因ということになるため、仗助は多少の疑問符を浮かべたが、一先ずはパチュリーが生きていることに安堵する。
 最後に、胸を押さえて苦しそうに悶えるぬえを治療した。

「ヒュッ……!?……ッッ!!?」

 肺が潰され、呼吸の度に激痛に苛まれていたぬえは、急に抵抗なく通るようになった呼吸に驚き、思わず息を止めた。

「ぬえさん、大丈夫ですよ。俺の能力で治しました」

「!? ……ああ、治す能力、だっけ。ありがと。……夢美は?」

「……夢美さんは間に合いませんでした。あとパチュリーさんが目を覚まさなくて……」

「……そっか。パチュリーはただの魔力切れよ」

「おい東方仗助。我々は今は『仲間』だろう?」

 魔力切れ?と仗助がぬえに聞き返そうとしたところで、吉影が口を挟んできた。
 仗助は舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、吉影の方に向き直る。
 『仲間』なのだから自分の傷も治療しろということなのだろうが、仗助からすればそれは後回しでもいい。
 何故吉影だけが立っていて他は全員やられたのか、『爆弾』の音は何だったのか、ディアボロの能力とは符合しない、まるで『炎使い』と戦ったかのような火傷や服の焼け焦げ、食堂の惨状は何なのか。
 先に問い詰めることが山ほどある。
 同じような負傷をしていたパチュリーは治したが、あちらは意識が無いため命の危機である可能性があった。
 戦闘の疲労が色濃いとはいえ、普通に立っている吉影を今すぐ治療する義理は無い。
 そう考えて口を開こうとする仗助だったが、吉影は更に言葉を続けた。

「そしてあの『赤いスタンド使い』……奴は我々にとって明確な『敵』だ。夢美さんを殺し、ぬえも私も殺されかけた。それを『拘束』するだと!?馬鹿か、お前は」

 吉影はそれだけ言うと、石の塊と化しているディアボロに向かってややふらつきながら歩き始めた。
 キラークイーンは出現させたままだ。トドメを刺すつもりなのだろう。

「お、おい」

 仗助が吉影に声をかけようとしたその時─────

 ─────ダァン!と一発の銃声が室内に鳴り響いた。

841 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:29:03 ID:U4GpWkmk0
「へぶっ!!」

 レミリアは、キング・クリムゾンの解除と同時に、『デーモンキングクレイドル』の勢いを殺しきれず、顔面から壁に激突していた。
 決してミスではなく、壁を破壊してはディアボロの逃げ道を作ることになるため、反転することよりも減速を優先した結果だ。
 間抜けな絵面になったとはいえ、吸血鬼の体にダメージは無い。
 そして、レミリアは即座に部屋の内側に向き直り、手に魔力を溜めた。

「必殺『ハートブレイ─────』」

 レミリアの予想が正しければ、ディアボロと戦闘になるのは天子、仗助の順番になる。
 ディアボロに攻撃を受けた天子を仗助が治し、仗助とディアボロのスタンドが戦いになっているところで回り込んで本体を撃つ。
 レミリアはそのつもりだったが、何故か仗助と天子が二人がかりで押し込むようにディアボロを攻撃しているため、その隙が無い。

(……撃てないわね)

 二人で有利に戦っているのなら悪いことではないのかもしれないが、ディアボロは何よりも『瞬殺』するべきだとレミリアは考える。

「十分ッ!」

 そこをどけ、と声を上げようとしたレミリアだったが、一瞬早く仗助の声が上がり、二人がディアボロから離れた。
 そこで初めて、レミリアはディアボロの異様な姿を見た。

「……石?これ、どこ撃てば死ぬの?というか生きてるのかしら」

「ウ……グ……!」

「あ、そこが頭ね」

 レミリアはそう言うと、収束させた魔力の代わりに支給品の拳銃、元々は億泰に支給され、地霊殿の戦いではブチャラティが使用したマカロフを取り出した。
 深い意味は無い。ディアボロを殺すのならこれがいい、とレミリアは何となく思った。
 仗助と天子が走った先、仲間の安否も気になるが、先ずはディアボロだ。
 慣れない拳銃を当てるために近づき、ディアボロの頭に銃口を向けたところで、レミリアは気付いた。

(『治す能力』で拘束、か……)

 ディアボロの体は石に覆われているというよりは、ムラがありながらも石と同化している。
 仗助が意図して元に戻さない限り、まともな人間の形に戻ることはまず無いだろう。

 ─────殺したい。ディアボロは、何が何でも殺したい。
 レミリアは、自らに渦巻くどす黒い殺意を意識する。
 しかし、冷静な部分では、既に放送で呼ばれたディアボロがここにいる理由を調べるために、完全に戦えない状態で拘束できるならば今は生かすべきだということにも気付いてしまった。
 ギリリ、と歯噛みしてディアボロを睨みつけるレミリアだったが、ふと別の事に気付いた。
 ディアボロのそばに、忘れもしないキング・クリムゾンのスタンドビジョン、その赤い腕だけが消えかかりながらも残っており、手には棒状の物が握られている。
 その先端が床に届くと同時に、シュルリと床に穴が開き始めた。

(!? これは……『地下に逃げて行った謎の能力』か。支給品だったのね)

 レミリアは『壁抜けの邪仙』を連想するほどには壁抜けののみの本来の持ち主である霍青娥のことを知らないが、破壊を生まずに穴を開ける現象、スタンドの一部ではないことからその正体をここで初めて知った。
 今のディアボロがこれを使ったところでどうなるものとも思えないが、レミリアは行き場をなくして手持ち無沙汰だった銃口を壁抜けののみに向け、引き金を引いた。

842 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:32:53 ID:U4GpWkmk0
「レ、レミリアさん!?」

「……ディアボロのスタンドがまだ消え切ってはいなかったわ」

 いきなりの銃声に驚愕した仗助に、レミリアが不満げに答えた。
 仗助への不満ではない。
 むしろ音楽を利用したキング・クリムゾン対策を見事に成功させ、更には生け捕りにも成功した仗助は凄いヤツだとレミリアは思っているが、無理矢理に抑え込んだ殺意が整った顔を歪ませている。
 目線の先には砕け散った壁抜けののみがあり、尚も足掻こうとするキング・クリムゾンが今まさに消えたところだった。
 吉影はそれ見たことか、と言いたげな軽蔑の視線を仗助に向けてから、レミリアに向き直って話しかける。

「レミリアさん、そのディアボロとかいう敵を殺したのか?」

「吉良吉影、だったわね。殺してないわ。こいつは『今はまだ』殺さない。情報を搾り取ってからよ。殺すのはその後」

「……なるほど」

 レミリアが放つ殺気は、殺人鬼である吉影をもってして、レミリアがディアボロに本気の殺意を向けていることを感じるものだった。
 仗助のような甘いガキとは違う、ということを否応なしに理解させられた吉影は、納得の意を示した。

「仗助、夢美は……駄目だったのね」

「……はい」

「パチェからは魔力をほとんど感じないけど無事ね。魔女は食事や睡眠を必要としない代わりに魔力で補っているから、魔力が尽きると倒れるのよ。じきに目覚めるわ」

「そういうモンなんすか。てっきり心臓か何かの病気かと思って心配しましたよ」

「? パチェは喘息だけど……なんで心臓?」

「違いました?パチュリーさんを治した時に体の中、胸のあたりに『パチュリーさんの体じゃあないモノ』があるみたいだったんで、
ペースメーカー……だったかな、心臓の病気の人がつけるヤツとかがあるのかと思って。
まあ俺医者じゃあないんでよくわからないですけど」

「……??」

 親友の無事を確認し、安堵の息をつこうとしたレミリアだったが、妙なことを言い出した仗助に困惑する。
 魔女であれば何かの実験で自らの体内を弄りまわすくらいのことはしてもおかしくはないが、レミリアがそれを知らないというのは、少なくとも本人としてはいただけない。
 常日頃から、レミリア以外とのまともな人付き合いに乏しいパチュリーが、本に夢中になって喘息の薬を切らしたりしないか、というのはレミリアの心配の種だ。
 ある日図書館を訪ねたら親友が自分の心臓を弄ろうとして死んでた、なんてことになりそうなことを自分に何も言わずにやるだろうか?とレミリアは考える。
 悶々とするレミリアに、吉影が話しかけた。

「レミリアさん。そのパチュリーさんの心臓の事なんだが……ディアボロの直前に我々がここで倒した敵、エシディシのいう男の話からしなければならないな」

「エシディシ!!?を、た、倒した!?」

 レミリアは驚愕し、あたりを見回した。
 『炎使い』と戦ったかのような惨状を見て、地下で遭遇したエシディシが『炎のエシディシ』と名乗っていたことを思い出す。
 よく見ると、大雑把には人型のように見えなくもない何らかの燃えカスの塊が部屋の隅にある。

843 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:36:11 ID:U4GpWkmk0
 レミリアは驚愕し、あたりを見回した。
 『炎使い』と戦ったかのような惨状を見て、地下で遭遇したエシディシが『炎のエシディシ』と名乗っていたことを思い出す。
 よく見ると、大雑把には人型のように見えなくもない何らかの燃えカスの塊が部屋の隅にある。

「エシディシを知っていたのか。とにかく、結論から言うとパチュリーさんにはあまり時間が無いんだ。
私は何も先走ってディアボロを殺そうとしたわけでは無くてだな、信用できるかもわからない情報を探るためにディアボロを拷問だ何だとしてはいられないのだよ」

「時間……?まあ、拷問なんて必要ないわ。ねえ、露伴先生?」

 レミリアは唐突に、突入してきた食堂の窓の方、レミリアと仗助に次いで入ってきていた岸部露伴に話しかけた。

「……戦闘は終わったのか」

 露伴もまた、キング・クリムゾンによる再度の時間飛ばしを経験していたが、先に突入したはずの天子、仗助、レミリアが消えたと思った次の瞬間、
離れた壁際で謎のスタンド使いが天子と仗助に叩きのめされていたといった状況だったため、時間飛ばしの仕業だと察しはついたものの、介入の余地は無かった。

「岸部、露伴……」

 吉影が苦々しげに声を絞り出した。吉影としては、露伴の顔は二度と見たくは無かった。
 とは言え、露伴は戦闘の騒ぎを聞いて野次馬根性で戻って来ただけだろう、と吉影は考える。
 また嫌味の一つでも言ってやればいい。そう考えて吉影が口を開こうとすると、露伴がそれを遮った。

「口を開くな。お前が吉良吉影だな。今の僕にはお前に関する記憶が無い。この状態でお前が僕に話しかけることは一切許可しない。
次にお前が口をきいたらその瞬間にお前を本にしてすべてのページを破り捨てて暖炉に放り込む。
……さあ、慧音先生。僕の記憶を返してもらいますよ」

 露伴が声をかけた方向では、窓から食堂を伺う上白沢慧音が、吉影と同じか、下手すればそれ以上に苦々しい表情を浮かべている。

「あー、露伴先生。能力の解除はもちろんするが、まずは状況の整理を……」

「戦闘が終わった以上、今は緊急時ではないでしょう。これ以上待たせるなら慧音先生を本にして記憶を返させてもらいますよ」

 何が何だかわからない食堂の様子を見た慧音は、もう少し引き延ばせないかと考えるも、露伴はとりつく島もない。
 とはいえ慧音自身も、ここからは露伴と確執がある吉影やパチュリーが関わるため、能力を解除しないままに進行するのは無理だろうと感じている。
 従って、ダメ元で言ってみただけではある。
 そのやり取りを見ていた吉影は、慧音の『歴史を食う程度の能力』の事を思い出し、ある程度合点がいった。

(岸部露伴が私を知らないだと?慧音さんが記憶を奪った!?……なんて気の利く人なんだ!
慧音さんはただ優しいだけの人かと思っていたが……流石に露伴のクソカスが相手ともなれば記憶を奪うようなことも容赦なくできるというわけだ!まあ当然だな。
……だというのにこの岸部露伴という奴は……記憶を奪われておきながらなぜ記憶を奪われたことをわかっているんだ?やはり似たような能力があるせいか?
どこまでも迷惑な方向にだけは無敵な奴だ……理不尽にも程がある。
大体何なんだ、今のお前は私のことが『記憶に無い』んだろう?その状態で一言目には『口を開くな』、二言目には『本にする』……
記憶が奪われているということを知っているだけで実質初対面の相手にそれか!?何も変わってないじゃあないか!!お前の常識はどうなっているんだ!?)

「……分かったよ。能力は解除する。だがヴァレンタイン大統領が来てからだ。『説得』の話は聞いていただろう?」

「彼はどこへ?」

「警戒のため、お燐と共にジョースター邸の外を一周して玄関からこの食堂に来るそうだ」

「では記憶が先ですね。安心してください慧音先生。いきなり出ていくようなマネはしませんよ」

「ちょ、ちょっと待て!」

844 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:39:24 ID:U4GpWkmk0
 ツカツカと歩み寄り、手を伸ばそうとする露伴を前に、慧音は必死にスタンドの使用を思いとどまらせようとする。
 記憶を奪う前の露伴を知る慧音からすれば、いきなり出ていくようなマネはしない、と言われても、ハッキリ言って全く信用できない。
 もはやレミリアがヴァレンタインと交わした契約、ヴァレンタインによる露伴の説得に賭けるしかない状況だが、これではその前に全てがご破算だ。
 だが、露伴のスピードから逃れられる気はしない。
 慧音が絶望しそうになっていたところで、レミリアが口を挟んできた。

「露伴、待ちなさい!」

「……レミリア。悪いが君が何をしようとも、僕が屈することは無い。僕の頭の中を勝手に弄るようなマネは妖怪だろうと神サマだろうと許せはしないね」

「何もしないわよ。私が言いたいのはまだ戦闘は終わっていないということ」

「敵はもういないだろう。それともそこの吉良吉影が敵か?」

「いいえ、敵はあっちの石。情報を得るために生かしてあるけど、あのスタンド能力だと万が一ということもあるかもしれないわ。貴方の能力でその万が一を無くして、それで戦闘終了よ」

「……いいだろう」

 露伴はそう言うと、慧音にかざした手を引っ込め、ディアボロに向かって歩き出した。
 レミリアは、姑息な時間稼ぎとは思いつつも、内心で少し安堵した。
 露伴がスタンド能力を介して慧音から記憶を戻させることができるのは厄介だ。
 ヴァレンタインとの契約である遺体の先渡し、そして和解が不可能と思われる吉影をこの場から引き離す前に記憶が戻っては困るのはレミリアも同じだ。
 ディアボロの万が一の抵抗に警戒するという体で、レミリアもディアボロに近づく。

「ヘブンズ・ドアー!」

 露伴はディアボロに対してスタンド能力を発動すると、『意識を失う』『スタンド能力が使えなくなる』の二つを書き込み、一瞬で能力を解除した。
 だがその一瞬、ディアボロに近づいた本当の目的、ディアボロの『内容』をレミリアは見た。

「名前は……『ディアボロ』!」

「「「!!!」」」

 レミリアの声を聞いて、事前にレミリアから説明を聞いていた天子、仗助、慧音が驚愕して息を呑んだ。
 露伴も驚いた様子を見せたが、それ以上に不満げな目をレミリアに向ける。

「おい、レミリア。僕の能力を使って情報を得るなんてのは記憶を戻してからだ」

「わかってるわ。もののついでよ、ついで」

 とは言え、とレミリアは考える。
 この襲撃者がディアボロだと確定した以上、ヴァレンタインには何が何でも露伴の説得に成功してもらわないと困る。
 一応、説得に失敗したとしても、放送で呼ばれた死者が生きてここにいるという事実の重大さは流石の露伴でも無視できないだろう。
 それでも、和解しないままに露伴の能力をあてにするというのは厳しいものがある。
 レミリアがそう思っていると、食堂の内側、窓でも壁でもなく正規の入り口から、威厳のある声が聞こえた。

845 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:43:15 ID:U4GpWkmk0
「その石にされた敵は既に放送で呼ばれた『ディアボロ』……間違いないのだね?レミリア君」

「ええ、大統領」

 責任重大というわけか、とヴァレンタインは口の中で呟いた。
 そして、火焔猫燐と共に初対面の吉影、ぬえに向き直った。

「まずはそちらに自己紹介だな。私はアメリカ合衆国第23代大統領、ファニー・ヴァレンタイン。こちらは私の協力者で幻想郷の火車、火焔猫燐君だ」

「あ、えーっと……」

 ヴァレンタインの淀みない自己紹介を受けたぬえは吉影に助けを求めるような視線を向けるも、露伴が吉影を睨み続けているせいか、吉影は一言も言葉を発しようとはしない。
 仕方なく、ぬえは初対面の相手に最大限の警戒を払いながら、自己紹介に答える。

「……私は幻想郷の妖怪、封獣ぬえ。寝てる紫の方が同じく魔女のパチュリー・ノーレッジ。こっちは外の世界の人間の吉良吉影。それと……」

 ここで、ぬえは少し言葉を詰まらせた。
 ぬえは人間の命などどうでもいいとは思っているが、夢美がいなければエシディシ相手に全滅していた可能性、そして彼女の遺言を聞いたこともあり、思うところが無いわけではなかった。

「……赤い方は、外の世界の人間の、岡崎夢美。たった今、そこのディアボロに殺されたところよ。もう一人の侵入者、エシディシを皆で力を合わせて倒した直後にね」

「!! ……そう、か」

「夢美が……!?」

 仗助に体は治されていたこともあり、ヴァレンタイン、燐、慧音、露伴は夢美の死に気付いていなかった。
 驚愕の後、視線が仗助に集まったが、仗助は黙って顔を伏せた。
 静まり返った食堂で、ヴァレンタインがゆっくりと語りだす。

「レミリア君からディアボロの能力については簡潔にだが聞いている。またエシディシについては私自身とお燐君も一度遭遇した。
エシディシはとてもじゃないが普通の手段で倒せるとは思えない怪物だった……あまりに理不尽な暴力に晒されたのだな。
ここにいる我々、夢美君を含めた十人の参加者は、一枚岩とは言えないかもしれないが、決して殺し合いには乗らず、この狂ったゲームを打破しようという意志を持った同志だ。
まずは皆で彼女の魂に黙祷を捧げるとしよう」

 そう言って目を閉じたヴァレンタインに、意識が無いパチュリーを除く全員が倣った。
 黙祷を捧げる八人に様々な思惑はあれど、奇跡的に、あるいは必然的にか、夢美の死を悼んでいない者は一人としていなかった。
 状況が状況であるため、数秒の短い黙祷だったが、それを終えるとヴァレンタインは更に語る。

846 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:45:45 ID:U4GpWkmk0
「……さて、エシディシとディアボロに相次いで奇襲を受けたということだが、私とお燐君は今しがたこのジョースター邸の外周を見回ってきた。
 だが足跡などの痕跡は我々のものを除いて存在しなかった上、先程まで雨が降っていて地面がぬかるんでいるにも関わらず、窓や壁に泥の付着のような侵入の痕跡も見受けられなかった。
私は数時間前に一度ここを訪れ、内部の探索を済ませている。そしてこの屋敷には地下通路への入り口がある。侵入経路はそこからと見て間違いないだろう」

 ここまで話すと、ヴァレンタインはレミリアに目配せをした。前置きは終わった、ということだろう。
 レミリアはそれを受け、遺体の心臓を取り出し、ヴァレンタインに渡した。

「じゃ、これね。それと吉影。パチェを別の場所に寝かせたいから手伝ってくれる?さっきのパチェとエシディシがどうとかいう話も途中だったし」

「ム、それは構わないが……」

 吉影は自らを睨む露伴に戦々恐々としながらレミリアに答えた。
 露伴の腕がピクリと動いたが、それ以上は動かなかった。今スタンドを使えば流石にレミリアに止められると判断したのだろう。
 それを見た吉影は、慎重にぬえに話しかける。

「ぬえ、君も来てくれ。エシディシの話をするならその方がいいだろう」

「ん、わかった。夢美の体もこんな荒れた部屋の床じゃあ何だし、運ばないとね」

 吉影の要請に、ぬえはあっさりと首を縦に振った。
 ぬえからすれば、吉影とレミリアという二大戦力の庇護下にいながら、彼女にとって危険すぎる能力を持つ露伴とは離れられるのだから、ついていかない理由が無い。
 一方、吉影がぬえに同行を求めた理由は、端的に言えばレミリアへの恐怖である。
 レミリアは天子と違って殊更に吉影を敵視しているようには見えず、吉影にとって間違いのない『仲間』であるパチュリーとの絆の深さも感じさせてはいる。
 だが、そのパチュリーの意識が戻らないままで、友の心臓に仕掛けられた毒というレミリアの特大の地雷を踏みぬくであろう話をしなければならない。
 まさか怒りに任せて暴れだすようなことは無いだろうが、一対一で話すには重すぎる、ぬえとレミリアは顔見知り未満程度であれ、幻想郷側の存在がもうひとり居てほしいというのが吉影の心情だった。

847 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:49:22 ID:U4GpWkmk0

「場所は地下通路への入り口がある部屋ね。地下からの警戒も兼ねるから、悪いけど仗助、吉影の怪我を治してくれるかしら」

「……ッス」

 パチュリーの現状を知らないレミリアは、吉影の恐怖に気付かないフリをしながらも疑問に思いつつ、仗助に対しては多少言葉を選んで話しかけた。
 普段から何かと人間に優しい面を垣間見せるレミリアとて、会ったことも無い人間の死に何かを感じる事など無い程度には人間とは離れた存在ではある。
 そのため、パチュリーと同じく、吉影が外の世界で殺人鬼であるというその性質そのものについては然程気に留めてはいない。
 だが、吉影は仗助が住む街の平和を脅かす殺人鬼というだけではなく、仗助自身の友人も殺されているのだ。
 友を殺された憎しみが、『状況』や『利害の一致』などでは絶対に割り切れないということは、レミリアにも痛いほどにわかる。

 仗助が吉影を治療する中、今度はレミリアがヴァレンタインに目配せをした。
 吉影を連れ出すのは契約内だが、パチュリーとぬえについては違う。
 ただ、露伴と確執があるパチュリーが、いつ目を覚ますかもわからない状態でこの場にいるというのは説得の上では面倒事でしかないだろう。
 ぬえについては、どこに居ようと露伴の説得には関係なさそうではある。
 レミリア自身もヴァレンタインが納得させるべき対象の一人だが、パチュリーが意識を取り戻すまで離れる気は無い。
 とは言え、契約を重んずる悪魔であるレミリアは、独断で状況を変えてはならないと判断した。
 ヴァレンタインが軽く頷くのを確認してから、レミリアはパチュリーを抱え上げる。
 パチュリーは然程大柄でも無いが、レミリアがそれより二回りは小さく、パチュリーの服装がゆったりしたものであるのも相まって、子供が無理矢理大荷物を抱え上げているようにも見える。
 一瞬、近くの者がレミリアに気を遣いそうになったが、レミリアが吸血鬼の腕力でパチュリーの体を揺らすことなく保持し、重さを感じさせない軽やかな足取りで歩きだしたのを見て、思いとどまった。
 同様に、夢美の体を持ち上げたぬえも、その細腕で人をひとり抱えているにしては不自然なほど簡単に歩き出す。

「吉影、二人のデイバッグお願い」

 少女二人に病人と遺体の運搬を任せた成人男性の吉影は、多少の居心地の悪さを感じてどちらかと代ろうとも思ったが、レミリアに声をかけられて、二つのデイバッグを拾った。
 そこで、吉影は気付く。この中のどこかには広瀬康一の解剖済みの生首が入っているのだったということに。
 こんな爆弾をうっかり忘れていき、露伴に見られようものなら、意識の無いパチュリーに襲い掛かりかねない。
 人知れず肝を冷やした吉影を最後尾に、三人は食堂から退出した。

848 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:52:44 ID:U4GpWkmk0
なんか時間かかりすぎてるので残りは明日以降投下します。
本当にごめんなさい…

849名無しさん:2024/07/31(水) 11:08:57 ID:vm3APg3.0
>>848
何を謝る必要があるんですか…初投稿、スレに更新が無いといった状況なんですから…期限などはあまり気にせず頑張って下さい…!

850 ◆Su2WjaayOw:2024/08/01(木) 16:39:19 ID:4/PXliNg0
>>849
ありがとうございます
そしてちょっと矛盾と言うかなんというか、難しいところに気付いてしまったので手直し中です…
ヴァレンタインにヘブンズ・ドアーを使ったらヴァレンタインが基本世界の存在になる前、聖人の遺体が無い並行世界の記憶が出てきてしまうんじゃないのかと
勝手に結論付けるにしても色々キツいのでヴァレンタインを本にしない方向に大幅修正するしかない…

851 ◆Su2WjaayOw:2024/08/09(金) 02:54:36 ID:i45IUM7A0
>>824->>847の投下を破棄した上で、再度>>827の予約をします
展開を変えなければならないのに加えて、誤字や改行ミス、コピペミスが酷い…
それ以前にタイトル考えてなかったり分割するべき長さなのを忘れてたりと見切り発車にも程がある
プロットは組み直しましたが、ちゃんと読めるものになるのかがわかりませんが…
書き手さんって大変なんだなあ

852 ◆Su2WjaayOw:2024/08/22(木) 22:18:21 ID:Jo64SAr20
えー、再予約?
>>824の予約で二週間以内に投下します…
次があったらほんとにちゃんとやるのでジョ東ロワ復活して…

853名無しさん:2024/12/31(火) 23:59:59 ID:/urCfYLw0
今年はようやく話が進みましたね。来年はもっと頑張りましょう!


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