したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第六章

72崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:20:29
「……ホントの理由は何なの?」

>実は……親衛隊の言動が過激すぎてブラッドラストが進行しちゃうみたいで……
 親衛隊だけじゃなくその主人のマル様にも穏やかじゃないみたいなんだ

カザハはぽつぽつと事情を話した。
どうやら、マルグリット以外のすべての存在を見下している親衛隊の言動がジョンの精神をかき乱しているらしい。
納得だ。そもそもジョンは仲間たちに対して好意しかなかったユメミマホロにさえ殺意を抱いていた。
万事が刺々しい物言いの親衛隊にいい印象を持つはずがない。
まして、その親衛隊を率いご神体のように崇められているマルグリットは、すべての元凶のように見えているだろう。
はー……となゆたは溜息をついた。
なゆたがマル様親衛隊の所にいると知れれば、恐らくジョンは一層不満を抱くに違いない。
仲間想いが行き過ぎて、それ以外の存在に対して無差別に憎悪を抱くようにさえなってしまっている。
それがブラッドラストの効果によるものか、それとももっと別の何かなのかまでは、なゆたには分からない。
しかし、ジョンの精神的な負担を知りつつ情報収集を強行することはできないだろう。
今のミッションの最優先事項はジョンの呪いを解くこと。目的のためにジョンを苦しめてしまっては本末転倒だ。
きなこもち大佐への接触はまたの機会にするしかない。

「……わかった。シャワーを浴びたら戻るよ。
 ジョンにはうまく言っておいて……あぁ、ううん、やっぱり自分で言うからいいや」

カザハは嘘をつくのが下手だ。
先程なゆたに対してそうしたように、ジョンに嘘をついて目が泳いでいるのを看破されでもしたら困る。

>それじゃあ一足先に戻るね! ジョン君がお腹をすかせてるといけないから!

なゆたが頷くと、カザハはジョンの分の夕食を持って馬車へ戻っていった。
ジョンの症状は予想よりもだいぶ悪い。
旅を円滑に進めるため、ジョンのためにマルグリットと契約したが、却ってそれがジョンにとっては耐えがたい苦痛だという。
しかしながら、これは必要なことだったと思う。少なくとも今はそう考えるし、選択を誤ったとは思わない。
ともあれ、今夜はジョンの傍にいてやるべきだろう。
本当は久しぶりにゆっくりお風呂と洒落込みたかった――という気持ちもあったけれど、それもお預けだ。
せめてシャワーだけでもと、なゆたは浴場の方へ足を向けた――が。

>なゆたちゃん

また名前を呼ばれた。見れば、いつの間にか明神とガザーヴァがやってきている。

「ああ……どうかした? 明神さん」

我知らず、カザハにしたのと同じ反応をする。
宙に浮かんだガザーヴァが明神のオールバックにした髪を面白がっていじっている。
それを櫛で直しながら、明神は口を開いた。

>ガザっちがいい感じに引っ掻き回してくれたおかげでマル公と約束せずに済んだが……。
 一応、ジョンからの伝言を掻い摘んで伝えておく
>……僕の為に取引に応じるくらいなら跳ね除けろ、ってさ。

「むっふっふ〜。だろだろォ〜? ボクってばいい仕事するだろ〜?
 あそこで申し出をブチ壊せるのはボクしかいなかったもんなぁー! オマエら、ホンット天井知らずのバ……善人だから!
 おい、褒めろよ明神。もっと褒めろ。ごほーびよこせー。よこせよー」

「僕の為に、ね……」

シルヴェストルの力なのか、ふわふわ浮かんだガザーヴァが明神の首に後ろから抱きつき、ご褒美をねだる。
また、なゆたは小さく息をついた。

>俺も同感だ。時間にどのくらいの猶予があるか分からねえが、それでも。
 俺たちはあの荒野から、ずっとノーヒントでクエストに挑み続けて、その全てをクリアしてきた。
 マル公の手引きが仮になかったとしても、今度だってきっとうまいことやれたはずだ
>だから、念を押しとく。――絆されるなよ。
 マル公は掛け値なしの善人だけど、その裏で糸引いてる連中までそうだとは限らねえ。
 聖都で呪いを解いて、先延ばしにした結論を迫られるその時までに、連中の目論見を暴くんだ

明神の言い分も尤もだ。
マルグリットは信用してもいいと思う。マルグリットのこれまでの行動や言動にゲームの中との剥離はなかった。
ゲームの中のマルグリットがそうだったように、この世界のマルグリットも誠意と善意をもつ人物なのだろう。
だが、マルグリットを使嗾する者までが善人だとは限らない。
大賢者ローウェル。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力を欲しているというその人物が、何を考えているのか。
なゆたたちは、かの大賢者の思考の片隅さえも把握できていないのだ。

73崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:21:05
「カザハも言ってたけど、ジョンの症状はだいぶ悪いみたいだね……。
 正直なところ……ブラッドラストなんて聞いたことのないスキル、本当に解呪できるのかどうか分からない。
 エーデルグーテに行けば何とかなるかもとは言ったけど、聖都へ行っても空振りに終わるかもしれない。
 絶対の攻略法なんて、このアルフヘイムにはないんだ。ゲームとは違う……」

明神の言葉に、なゆたもぽつぽつと自分の考えを紡ぐ。

「だから。だからこそ、わたしはどんな方法も試してみたい。
 もしジョンを助けられる方法が聖都にもなかったなら、わたしは――大賢者に会いに行ってもいいと思ってる」

確かに、ローウェルが善人だとは限らない。
ゲームの中では故人であり、(アンデッド化して問答無用で襲い掛かって来るパターンを除けば)プレイヤーが会ったことのない、
現在のローウェルの人となりを判断することは誰にもできない。
マルグリットと違って、ゲームの中ではこうだったから――という判断材料は存在しないのだ。
だが、ひとつだけ確実に分かっていることがある。
それは、ローウェルがこの世界の叡智の頂点に君臨しているということ。
弟子たちが知らないことであっても、きっと。ローウェルならば知っているに違いない。

「バロールは知らなかった。そしてオデットも知らないとなれば……あとはローウェルに訊くしかない。でしょ?」

明神はローウェルのことを警戒しており、できるだけ接近すべきでないと思っている。
可能であれば関わり合いにならないという方針にはなゆたも賛成だが、それも時と場合による。
本当に解呪の方法が見つからないとなれば、ローウェルの所に殴り込むのもやむなし。それがなゆたの結論だった。

「あ゛? オマエ……まさかと思うけど、パパを裏切るつもりか?」

さっそくガザーヴァが噛みついてくる。愛らしかったその顔にたちまち影が落ち、両眼が炯々と輝いて殺気を湛える。
どれだけ裏切られても、邪険にされても、明神という新しいよすがを見つけたとしても。
今なおバロールの娘であることに少なからぬ比重を置く忠臣・幻魔将軍ガザーヴァである。
しかし、なゆたも負けてはいない。ガザーヴァの渦巻く殺気にも怯まず、まっすぐにその双眸を見返す。

「わたしたちはあの赭色の荒野から、ずっとクエストをこなしてきた。
 そして、これからもそうする。
 たとえどこへ行ったって、どんな苦境に陥ったって。わたしたちが力を合わせれば、絶対に何とかなる――そう信じてる。
 だからこそ。どんな無茶でもやるよ、わたしは」

ジョンの意思を尊重し、マルグリットの差し伸べた手を跳ね除けていたとしたら、今頃どうなっていただろう。
マルグリットはともかく、親衛隊はそれを敵対行為とみなすに違いない。
少なくともマルグリットの厚意を無碍に拒絶した愚か者、無礼者と判断する。
それで戦いになどなれば、こちらに勝ち目はない。相手は長年行動を共にした幹部さえ容赦なく見捨てる狂犬たちだ。
マルグリットの意に反する者に手加減はすまい。ならば待っているのは速やかで確実な全滅だ。
また、オデットに会える可能性も低くなる。現状、マルグリットを同行させていればオデットまでは一直線。
明神が考える通りマルグリットなしでも何らかの手段はあるかもしれないが、最短ルートがなくなるのは大きな痛手だろう。

マルグリットと手を組むのが最善とは言わない。だが悪手とも思わない。
この選択はローウェル側に借りを作ってしまう要因になるかもしれない。余計な因縁を作るだけの結果に終わるかもしれない。
しかし、こうすると決めた。いったん決めたら、太陽が西から昇っても考えを改めないのが崇月院なゆたである。
なゆたもまた、明神と同じようにパーティーの仲間たちを信じている。
皆で力を合わせれば、絶対になんとかなると迷いなく思っている。
だからこそ――
何が起こっても大丈夫と、マルグリットの申し出を受けたのだ。

「心配かけてゴメンね、明神さん。
 分かってる……みすみす継承者の言いなりになるつもりはないよ。こういう駆け引き、結構得意なつもりだから。
 もう少しだけわたしに任せて。きっと……打開策を見つけてみせるから」

「ちっ。しゃーねーなぁー。
 ジョンぴーの呪いがどうにかなるまで、保留にしといてやるよ。
 でも、ジョンぴーの呪い問題で恩ができちゃったんでじじい側につきます! ってなったらマッハで殺すかんな。モンキン」

轟々と殺気を纏っていたガザーヴァがいつもの様子に戻る。
とはいえ、少しでもなゆたがローウェル側に心惹かれるようなら即座に殺すと明言する辺り、凶悪にも程がある。

「あはは……そうならないように、何とか頑張るよ」

なゆたはぱたぱたと手を振った。
明神の言うとおり、エーデルグーテでオデットに会う前にローウェルたちが何を目論んでいるのかを知らなければならない。
マルグリットならば教えてくれるかもしれないが、彼と二人きりになれる機会はまずないと言っていい。
ならばどうするか――問題は山積している。
なゆたはそんな課題を抱えたままシャワーを浴び、馬車へ戻って明神やガザーヴァら仲間たちと一緒に眠った。

74崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:22:10
橋梁都市アイアントラス。
アルメリア王国とフェルゼン公国の国境近くにある『大断崖(グレイテスト・クリフ)』に架かる、超巨大な鉄橋である。
橋そのものが都市を形成しており、アルメリアとフェルゼンを陸路で繋げる唯一の道として交通の要衝となっている。
ゲームの中では、巨大な目抜き通りを形作っている橋の両脇に商店や露店が立ち並び、
行商や旅人、自警団などが賑々しく街を行き交っている。
ブレモンのストーリーモードを一通りクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、必ず来たことのある場所だ。
なお、十二階梯の継承者のひとり『万物の』ロスタラガムに初めて会う場所でもある。
長距離を移動してデリントブルグを抜け、街に入ったと思ったら何気なく話しかけた相手に突然問答無用でぶん殴られ、
対処が及ばずわからん殺しで全滅したプレイヤーも多い。

明神ら一行+マルグリットとその親衛隊は、半月の時間をかけて大した確執も起こすことなくデリントブルグを抜けた。
投書の予定では、バロールがアコライト外郭戦で大破した魔法機関車を修復し、
アイアントラスへ送り届けるという手筈だった。
徒歩では一年かかるエーデルグーテへの道のりだが、魔法機関車を使えばぐっとその期間は短くなる。
何にせよ、アイアントラスまで到着してしまえばこっちのもの――
と、思ったが。

「……なんてこと……」

眼前の光景に、なゆたは目を見開いた。
アイアントラスが燃えている。
本来多数の人々で活気づいているはずの街は破壊され、あちこちで建物が燃えている。
建物だけではない。荷車も、花壇も、家畜も――
そして、人も。

「襲撃のようだな」

エンバースが槍を手に呟く。既にスマホも起動しており、いつでも戦いに出られるという体勢だ。
だが、なゆたはまだ自体が呑み込めない。誰が、いったい何のために?
しかし、そんな疑問もすぐに解けた。
逃げ惑う人々に襲い掛かる、小柄な異形の群れが遠くに見えたのだ。

「―――――――――――!!」

なゆたはもう一度、驚きに目を瞠った。
アイアントラスを破壊している異形はゴブリンだった。1mくらいの背丈の、緑色の膚をした亜人種。
ブレモンではスライムに毛が生えた程度の強さの、最弱モンスターの一角である。
革の腰巻や朽ちた鎧などを身に纏い、武器と言ったら錆びた剣や棍棒、粗末な弓もどきくらいのもの。
そんな雑魚キャラ、典型的やられキャラのゴブリンが10匹ほど群れを成している。
が。
それは通常のゴブリンのこと。なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の眼前にいるゴブリンは、そうではなかった。

ゴブリンたちは防具に身を固めていた。――だが、いわゆる鎧や兜といった『西洋ファンタジーらしいもの』ではない。
小口径の拳銃程度なら直撃しても確実に防御する、マットブラックのバリスティックヘルメット。
耐閃光、耐煙、耐衝撃の強化アクリル製ゴーグル。
防弾・防刃機能付きのタクティカルスーツに、胴体を防御するボディアーマー。
グローブとコンバットブーツで肌の露出を最低限に抑えた、黒ずくめの外見。
そう――

『ゴブリンたちは、現代の地球産の装備で武装していた』。

それも、SWATや軍隊が採用しているような本物の戦場装備だ。
ゴブリンの一匹が、逃げ惑う人々に狙いを定める。
その手に持っているのはM-16自動小銃。米軍で正式採用されている、アサルトライフルのベストセラーだ。

「ギギッ!」

「た、たすけ……ぎゃぅっ!」

タタタタタンッ! と軽快な射撃音が響き、武器も持たない街の人々が悲鳴を上げて倒れる。
例え武器を持っていたとしても、地球の最新鋭装備とファンタジー世界の旧式武器では比較にならない。
自警団らしき者たちが必死で抗戦しているが、防戦一方でまるで勝負にならなかった。

「ポヨリン!」

なゆたは叫んだ。と同時にスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
ポヨリンは召喚されるや否や弾丸のように突撃し、ゴブリンの一匹の胴体に突き刺さるように体当たりした。

「ガギィィィーッ!?」

完全な不意打ちだ。ゴブリンは防御姿勢を取ることもできずに吹き飛んだ。

「ギッ! ギギ……」
「ギャキィーッ!」

闖入者の出現に、残ったゴブリンたちが甲高い声をあげる。
じゃきっ! と音を立て、ライフルの銃口が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へと向けられた。

75崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:22:56
「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

ガザーヴァが爛々と双眸を輝かせ、前のめりになってゴブリンたちへ突撃する。
虚空から身の丈ほどもある騎兵槍を出現させると、凄まじい速度で刺突を見舞う。
黙々と一行の最後列についてきていたガーゴイルも、主人の助太刀度ばかりに蹄を鳴らして戦場へ駆けてゆく。

「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
 ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」

ぶぉん! と風切り音を鳴らして騎兵槍がゴブリンを狙う。
しかし、当たらない。本来ならば回避の『か』の字も知らないほど低レベルなはずのゴブリンが、巧みに攻撃を避ける。
そして射撃。驚くべきことにゴブリンたちは規則正しい隊伍を組み、ガザーヴァを一斉に狙ってきた。

「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

ガザーヴァはある時は身を翻し、ある時はバク宙し、まるで軽業のように銃弾を躱す。
発射されたのを確認してからライフルの弾を避けるなど、人間の動体視力を遥かに凌駕している。
たたッ! と幾度か身軽にトンボを切ると、ガザーヴァは明神の傍に戻った。

「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

前方を見据えたまま、ぼそりと呟く。
余裕の様子を見せてはいたが、実際はそこまで楽観視できるものでもないらしい。
そして――ガザーヴァが警告した通り。

炎上する建物の中から、横転した荷台から。倒れた柱の影から。
50匹ほどのゴブリンたちが姿を現し、一斉に銃を構えた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と対峙している者たちばかりではない。建物の屋根から狙いを定めている者もいる。
むろん、全員地球の軍用装備に身を固めている。まさに多勢に無勢だ。

「ぐ……」

なゆたは奥歯を噛みしめた。
半月前、エンバースが拾った銃弾。それはこのゴブリンたちが使ったものだったのだろうか。
ゴブリンたちに支給できるほどの装備を、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が持ち込んだというのなら。
それは、こちらにとって絶望的な戦力差となることだろう。
どうすれば、この敵を打ち破ることができるのか? 仲間たちを守ることができるのか?
なゆたは一瞬懊悩した。
だが、次の瞬間。

「蹂躙、許すまじ!」

マルグリットの透き通った声が、炎上するアイアントラスに朗々と響き渡った。

「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

まさしく、ゲームの中のムービー・パートのように。
トネリコの杖を持った右手を突き出して言い放つと、マルグリットは身を低く屈めてゴブリンたちへと疾駆した。
疾い。
マルグリットは瞬時にゴブリンの群れの只中へと飛び込むと、上体を思い切り捻った。

「おおッ!!」

ぶぉんっ!!!

咆哮と共に、疾駆の余勢を駆っての飛び回し蹴り。
大鉈の如き蹴りが旋風を纏ってゴブリンたちに命中し、その矮躯を遥か彼方へ吹き飛ばす。
残ったゴブリンたちが雪崩を打って発砲する。――が、当たらない。
疾風さながらの身ごなしで紙一重に銃弾を避け、マルグリットはさらに攻撃を加えた。
舞うように優雅に、しかし必殺の威力を以て繰り出された手刀がゴブリンを薙ぎ払い、瞬く間に蹴散らしてゆく。
マルグリットは単なる魔術師、専業後衛職ではない。
ユニークスキル『聖灰魔術』を自在に使いこなす天才魔術師であると同時、
格闘スキル『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』の使い手でもある複合職なのだ。
本来高い対衝撃性を有するはずのボディアーマーが、まるで苧殻のようにひしゃげる。ゴブリンが水切りの石のように吹き飛ぶ。
ゴブリンたちに囲まれながらも、マルグリットは落ち着き払った様子ではー……と息を吐き、呼吸を整えた。

流麗、必滅。その姿はまさにアルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者と言うに相応しい。

76崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:24:44
「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」

「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」

「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

マルグリットに遅れじとさっぴょんが声を上げ、シェケナベイベときなこもち大佐が後に続く。
きなこもち大佐のパートナーモンスター、スライムヴァシレウスが真紅のマントを翻しながらゴブリンたちへ突っ込んでゆく。
タクティカルスーツを着ていようが雑魚は雑魚、と言わんばかりの圧倒的な力で、スライムの王がゴブリンを駆逐する。
一昔前のパンクロッカーの姿をした、トゲのついたコスチュームに身を包んだゾンビがエレキギターをかき鳴らす。
シェケナベイベのパートナーモンスター、アニヒレーターだ。
アニヒレーターの左右に展開した巨大な身の丈ほどもあるスピーカーから爆音が轟き、音が質量をもって敵を薙ぎ倒す。
そして――マル様親衛隊の隊長、さっぴょん。
さっぴょんのスマホから、煌めく白銀色の『駒』たちが出現する。
16体いる等身大のチェスの駒があたかもマルグリットを守護するようにその周囲に召喚され、ライフルの弾を跳ね返す。
魔銀(ミスリル)製の駒は堅牢無比、物理に対しても魔法に対してもきわめて高い耐性を誇る。

「さあ――制圧なさい、私の駒たち!」

さっぴょんの号令一下、等身大の駒たちが幾何学的な動きでゴブリンたちを掃討する。その動きはまさしくチェスのそれだ。
そもそも、さっぴょんこと悠木沙智はただのブレモンプレイヤーではない。
彼女は全日本チェス選手権四連覇の王者にして、チェスの世界大会であるチェス・オリンピアードにも出場経験のある、
日本最強の棋士なのである。
女流棋士・悠木沙智の戦術(タクティクス)はグランドクロスと呼ばれる独自のもので、世界に通用する強力なものだ。
その戦術をブレモンにも用い、ブレモンプレイヤー・さっぴょんは瞬く間にトップランカーへと昇りつめたのである。
決して他者に迎合しないシェケナベイベときなこもち大佐が隊長と仰ぎ従っているのも、その桁外れの強さゆえだ。
モンデンキントも幾度となくさっぴょんとオンラインでデュエルしたが、その都度グランドクロスに跳ね返され敗北を喫している。
その、モンデンキントに幾度となく苦汁を舐めさせてきた戦術が、目の前で展開されている。

「――モンデンキント。俺たちは連中が敵を駆逐するのを、指を銜えて見ていればいいのか?」

「え? ぁ……、う、ううん、わたしたちも行くよ! エンバース、お願い!」

「了解した」

マルグリットと親衛隊の戦いを半ば呆然と見ているなゆたに、エンバースが声をかける。
はっと我に返ったなゆたが指示を出すと、エンバースはすぐに戦いの坩堝へと躍り込んでいった。

「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

武装したゴブリンたちはどこからかワラワラと這い出してくる。どれだけの数がいるのか見当もつかない。
もちろん、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がライフルの弾を一発でも被弾すればそれでおしまいだ。
なゆたもマントを翻して戦場に駆け入り、ポヨリンに攻撃の指示を下すが、ATBゲージが思うように溜まらない。
デュエルならともかく、混戦状況の中ではスマホに依存する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方はいかにも非効率的だ。
飛び交う弾丸をスキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で避けながらスペルカードを手繰るものの、
スキルの連続使用は肉体への負担が大きすぎる。すぐに疲労が蓄積し、なゆたは肩で息を繰り返した。

「はあっ! はあっ、はぁ、は……はあ……!」

額にびっしりと汗が浮く。喉がからからに乾き、ひりついて息がうまく吸えない。
モンスターを召喚・制御するのと同じように、スキルを行使すれば肉体と精神の両面が消耗する。
まして、なゆたはこの世界の住人ではない。にわか仕込みのスキルを連続使用して平気でいられるはずがない。
それでも、止まらない。止まれない。
ジョンを蝕む呪縛に比べたら、こんな疲れくらいは物の数ではない――そう思う。

「ポ、ポヨリン……『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ……!」

腕が鉛のように重い。だが、それでも懸命にスマホをタップしスペルカードを切る。
そして――

もし、ジョンが馬車の中から戦場を見ていたとしたら。ジョンだけは気付くだろう。
突如戦場に現れたひとつの影が、恐るべき速さでなゆたへと接近しつつあることに。
それは一見するとゴブリンたちと変わらないように見えた。ヘルメットもゴーグルも、タクティカルスーツもすべて一緒である。
が、大きさが違う。小学生程度の大きさしかないゴブリンたちと違い、その影は大柄だった。身長180cmはあるだろう。
迅い。ゴブリンたちとは比較にならないスピードで、影はなゆたへと疾駆している。
その手には大振りのコンバットナイフが握られている。逆手に握られた、刃までが真っ黒なナイフ。
なゆたは気付いていない。ふらふらになりながら、ポヨリンへと指示を飛ばしている。
マルグリットは最前線におり、親衛隊はマルグリットを援護することしか頭にない。
エンバースとガザーヴァもまたなゆたから遠く離れた場所におり、明神とカザハは馬車の守りで手一杯だろう。
となれば。

その影を阻むことができるのは、ジョンしかいない。


【アイアントラスを近代装備に身を包んだゴブリンの一団が襲撃。
 なゆた疲労困憊。迫りくる襲撃者には気付かず】

77ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:46:44
普段なら人と笑顔で溢れ返っているはずの街は静まりかえっていた。
むせ返るほどの臭いと夥しい血で濡らされていた。

血でぬれたその広場に、一人の仮面をつけた男がいた。
仮面を付けた男の周囲には死体があった。

一つ二つではない・・・広場には大量の死体があった。

「まだかなあ・・・」

その男はまるで恋人を待つ一人のような人間のような事を呟いた。

普段ならなんの違和感もない場所と言葉。
しかしまだ温かい死体達と仮面の男の服に付着した大量の血。
それらが異常な空気を醸し出していた。

「これは・・・あなたがやったの?」

そこに数人の人間とモンスターが現れる。

「思ったより遅かったね?・・・あぁそうさ、僕がやった」

はぐらかすでも、ごまかすでもなく人殺しを認めたその男は笑い始める。

「いやーごめんね?君が誰だか分からないんだ!人を一杯殺すようになってから人間の顔ってのが認識できなくなっちゃってね・・・
 でもここに足を踏み込んだって事は君達は 異邦の魔物使い なんだろ?」

「どうだい?この広場は君達の為に用意したんだ!気に入ってくれたかな?」

狂人にブレイブと呼ばれたその人間達は思い思いの感情を狂人にぶつける。

「うんうん!それだけ僕に殺意を向けてくれるなんて・・・よっぽど気に入ってくれたんだね!
 うーん・・・でも少し一押し足りない感じするな〜君達は優しすぎて殺意の中にまだ慈悲的ななにかが残ってるね」

男は積み上げられた死体の山に手を突っ込むと、その中に一人の子供を引き抜き・・・首を思いっきり締め上げる。

「本当は最初から気づいてたんだけど〜まあ子供だしいいかなと思って気づかないフリをしてあげてたんだ」

子供が苦しそうな声を上げる。

「でも残しといてよかった!君達への取っておきのサプライズプレゼントになってくれたから・・・ね」

ブレイブ達が先制攻撃を仕掛ける。

「いいよ!本気で殺すって目だ!いいね!いいね!君達の目からやっと慈悲が消えた!」

「ああ・・・本当にこの世界にこれてよかった!元の世界にいたら一生こんな気分は味わえなかっただろう
 ・・・君達のような人間に殺される日が来るなんて・・・一生こなかっただろう」

狂人は嬉しそうに笑う。

「あのクソうるせー女も消えた!俺を裏切って反抗してきたあのクソ犬も!もうここに邪魔するものはもうなにもない」

「殺し合い・・・しようぜ」

狂人は自分の体にナイフを刺す。そしてその血を周囲に撒き散らす。

「なんで・・・広場を死体に・・・それもわざわざ大量に出血するようにして用意したと思う?・・・こうするためさ!」

狂人は手を上げると周囲の死体達から流れた血を自由自在に操り始める。

「完全に流れ出た血は誰の物でもない・・・けど僕の血に!スキルに触ったならそれは俺の血だ!」

気分が高揚したのか、狂人は仮面を投げ捨てる。
外した狂人の顔は見覚えがあった。

-----------------------------------

78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:47:09

「ハッ!!」

目を覚まし、飛び起きる。
体の拘束は外され、目の前には食べ物が置いてある。カザハが置いていってくれたのだろう。

「夢・・・?夢なのか・・・?」

最近悪夢ばかり見てたはいたが・・・その中でも飛びぬけて・・・胸糞悪い夢で・・・。
でも夢とは断言できないような・・・まるで自分が体験したことがあるかのような・・・。

思い出せない・・・夢の内容を・・・

「く・・・いままで一番気分がわるい・・・」

体が・・・脳が・・・本当にわずかだがこの事を記憶している気がする。
思い出せないのに記憶してるとは・・・?

「・・・馬鹿馬鹿しいな」

そう自分の考えを一蹴して目の前に食事に手をつける。

>「ジョン、起きてるか」

みんなを起こさないように静かに食事をしていると明神に話しかけられた。

「どうしたんだ・・・?こんな夜中に・・・って君がもってるそれは」

>「昼間の狙撃、あれな……どうにもこいつを撃ち込まれてたらしいんだ。
 あの襲撃は多分、この世界の人間の仕業じゃない。技術水準が違いすぎる。
 召喚されたブレイブがライフル現品か、あるいはその製造方法を持ち込んだ」

これは・・・5.56mm弾・・・か?
携帯の明かりで照らし、細部を調べ始める。

>「有力な証拠物件だけど、遺憾ながら俺には銃に関する知識がない。
 だけどアレだろ、弾丸の旋条痕ってのは人の指紋みたいに発射元の銃を特定出来たりするんだろ。
 現役自衛官だったお前なら、なにか思い当たるフシがあるんじゃねえかと思ってさ」

「とりあえずいえる事は・・・コレはおそらく正規品であるはずだけど・・・ど・・・だ
 あくまで参考程度に留めてくれよ、これだ!って断定しすぎるのはこの状況ではあまりに危険すぎるからな」

だがどうにも腑に落ちない事もある・・・この弾を使う銃は基本長距離狙撃に向いていないはずだ。
持ち込んだだけなら弾も無限ではないだろうし、効果があるかどうかわからない状況でおいそれと連射することはできないはずだ。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:47:49

もしくは・・・。

「物体を作り出せるような施設・・・それか魔法使いに複製を頼んでいる可能性・・・か」

バロール以外でそんな事できるのはよほどビックネームだとは思うが・・・。
可能性はゼロというわけではないだろう

>「……まぁ、ガチで素人意見だからホントにダメ元だ。何もわからなけりゃ分からないでも良い。
  長い長い夜の暇つぶし程度に持っててくれ」

「これは預かっておくよ・・・おやすみ・・・明神」

一体だれがこれを持ち込んだのだろう。

正規の銃をどんな方法であれ量産させるには現物が必要不可欠のはずだ。
召喚された人間は召喚されたときの所持品を持って召喚される・・・特殊な事がなければ
と言う事は少なくともこの弾の持ち主は日常的に銃を持った人間と推測できる。

だが馴れしんだ人間なら尚更襲撃にこの弾薬を使う銃を選んだのも腑に落ちない。

この弾丸の規格では狙撃と呼ばれる程の遠距離で当て辛いのはもちろん
当たったとしても一発二発では人間を無力化足らしめる威力はない。
ただでさえ回復魔法がある世界なのだから余計に。

回復魔法で傷だけ直しても弾は体に残ると見越して・・・?

それならこの世界でも概念としてある弓・・・
もしくはクロスボウを作ってそれを人に向けて撃って矢じりを相手の体に残したほうが効果が高いと思われる。銃に比べれば毒も仕込みやすい。

もし失敗しても、現実の銃を持ち込んだ異世界人がいるとバレる事がなくてその後の展開が遥かに楽なはず。

だが相手は狙撃に成功する確率、もとい殺害の成功率が限りなく低い状況での現代兵器を用いた狙撃を選んだ。

素人だからと舐め腐ったのか・・・。

火の処理に追われていたとはいえ姿を見られず狙撃をしてくるような手馴れが
邪魔されるようなタイミングで襲撃・・・?

違和感が拭えないまま・・・朝を迎えた。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:04
「やっぱりどう考えてもおかしい」

馬車の中に押し込まれることはや半月。
することもないのでカザハに次の街の情報を教えてもらったり
明神から預かった弾を眺めながて考え事をしたり
日課の鍛錬を馬車の中で済ましていたら汗臭いとか言われてたまに外にでたりして過していた。

「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

馬車越しに皆に語りかける。

「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」

「僕達が・・・なゆが火を無視できないと、予め分かっていたとしか思えない」

いくら身を隠せる場所が多いといっても方向を特定さえしてしまえば後は魔法で纏めてなぎ払えばいい。
方向を特定できなくてもモンスターに無差別に攻撃を指示して自分達は畑で伏せながら畑を抜け出す事ぐらいはできるだろう
なゆがそれをしなかったのは他人の損害を どうせ自分達のじゃないから と他人はどうなってもいい・・・という事をできなかったからだ。

なゆ達の事を調べ上げた上での襲撃なのは間違いないが、それ故に救援がくるようなタイミングを読んでいなかったというのはおかしい。
それとも最初から戦果などどうでもよかったのか・・・?

「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

異世界人が、現代兵器で襲い掛かっているという情報は相当に大きい。
こちらはこの半月で相応の準備と覚悟ができている。

無傷で襲撃を乗り越えたのは本当に大きい・・・。

だがそれゆえにおそらくプロであるはずなのに成果をなんら残していない。という結果が気に入らなかった。

今すぐ自作自演するためにお前ら3クズとその主が仕掛けたんじゃねーのか?と問いただしたい気分ではある。
しかし今この場で敵対行動を起すのは得策とはいえないだろう。

せめて証拠があれば・・・。

「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

そう話していると馬車が停止する。

>「……なんてこと……」

「おっ街についたのか、なら僕は静かにして・・・」

>「襲撃のようだな」

「・・・なに?」

談笑しながらの和やかな旅は

非常に聞き覚えがある銃声に掻き消された。

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:21

外から聞こえる聞き覚えのある銃声。
恐らく街に近づくほどに大きくなる悲鳴。

「一体なにが起っているんだ!おい!だれかおしえてくれ!」

>「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
  ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」

「あー!くそ!!明神!カザハ!まだそこにいるのか?情報を教えてくれ!
 なぜ四方八方から銃声が聞こえる?襲撃者は一人じゃないのか?というかなぜ街の人が襲われている!?」

>「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

「ゴブリン・・・?」

ファンタジー漫画や小説に必ずといっていいほどでてくるスライムと並ぶザコモンスターの筆頭格。
それはゲームであるブレモンでも例外ではないはず。
なら街の人の悲鳴が止まないのはなぜか?恐らくなゆ達ではない人間の声・戦闘音が聞こえてくる。
だが悲鳴は静まるどころか加速する一方だ・・・。

「まさか・・・ゴブリンが・・・武装しているのか・・・?現代兵器で・・・?」

そうなると話がいろいろ変わってくる。
前回の襲撃がもしかしたらゴブリンに武器を渡し、実験していたというトンデモな可能性まで浮上してしまうのだから・・・。

だが今は考えている場合ではない・・・!

>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」
>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
  ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

「なっ・・・!いくらなんでもそりゃ無茶だ!どれだけの数がいるか分からないんだぞ!」

馬車の中から外をのぞく。

そこはまさに地獄絵図だった。

銃をもったゴブリンになす術なく撃ち殺される武装した兵士。
頭から血を流して倒れる一般人と思わしき人。
痛いと叫びながら半狂乱になる人。

そこはまさに戦場(地獄)だった。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:43
マルグリットや親衛隊の奮闘で戦況はわずかだが好転している。

しかし・・・マルグリットとその親衛隊。それにエンバースやなゆも前線で戦っているというのに。
ゴブリン達は慌てることなく、隊列を乱さず、統率が取れている。

1がだめなら2に戦況が不利になったら3に、予め作戦が決められているのであろう。
一番驚愕な点は現代兵器の性能を熟知しているという点だ。
僕がしっているゴブリンはたしかに狡猾で・・・だが基本は馬鹿で上等な道具を上手く使えるような頭はないはずだ。

この世界のゴブリンがどれほどのものなのかわからないが・・・現代兵器を操るなんてあまりにも異常すぎる

「クソッ・・・なぜだ・・・?なぜ僕はここで見てるだけなんだ・・・?」

こうしてる間にも戦闘音は続き、悲鳴も銃声も鳴り止まない。
色んな怒声が聞こえる。色んな悲鳴が聞こえる。物が壊れる音が聞こえる。みんな必死に生き延びようとしている。

だけど今僕がでていっても事態を悪化させるだけなのでは?最悪僕自身がこの街の災いになる可能性すらある。
僕がでた結果さらに死ぬ人が現れるのでは?もしかしたらその責任がなゆ達が負う事になるかも。
だったら僕はここにいたほうが・・・。

馬車の中でうずくまり、考える事を放棄しようとした瞬間・・・目の前に少女の霊が現れる。

「・・・この半月だんまりだったのに突然なんだ?・・・そもそも僕はスキルをこの半月使ってもいないし、暴走もしていないはずだ」

彼女は僕の質問を相変わらず無言で無視し、馬車の外を指差す。

「はっ!牢屋の時はでるなと言ってたのにこんどは外にいけと?一体君は僕になにをさせたいんだ?」

少女はなにも答えない。
真剣な目でただひたすら外を指差すだけだ。

「外にはでないぞ・・・外を見るだけだからな!」

余りに真剣に、外を指差すものだから・・・気になって僕は外を覗いた。
周りには殆ど変化がなかった。みんな必死に戦い、生きている市民はどこに逃げればいいかわからず右往左往。

まさに地獄だ。

「で?これを俺に見せたかったのか・・・よ」

その瞬間ほんの一瞬逃げ惑う民間人の中を逆行している人物を見つけた。
逆流しているにも関わらず、まるで流れにそっているかのように戦場に向かっていく。

心に殺意のようなものを持って。

これが味方だったらよかったのだが。幸いといえばいいのか、見えてしまったことで無視できなくなってしまったという事を不幸といえばいいのか。
その人物が着ているものは間違いなくゴブリンと同じ装備であった。

この騒動に乗じてだれかを殺す、もしくは誘拐に来たのだと推測できる。
ではおそらくこの騒動の主がわざわざ銃を捨てて、ゴブリンを隠れ蓑にして、危険を冒してまで接近してきたのはなぜか。

3クズとその主ならまだいい。どうぞ殺すなり誘拐するなりしてくれればいい。
だけどマルグリットは嗚呼見えてかなりの武道派だし、3クズはマルグリットを中心に陣形を組み、不意打ちは難しい。

エンバースや、カザハは自分自身が戦っているから暗殺するようなチャンスはなかなかないし、この戦場で待っている余裕はさすがにないはず。
自分自身が戦える相手を確実に殺したいならこの混乱に乗じて銃で不意打ちを狙うだろう。

銃で殺すと目立つが、ナイフなら静かに、そして発見するのも遅らせる事ができる。

つまり接近すれば確実に抵抗させずに殺せる相手を優先的に殺し、数的な有利を作るため・・・?
ゴブリンに思いっきり気を取られていて・・・それでいて本体自体はそんなに動いていない・・・暗殺者としてみると格好の的・・・。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:05
明神やなゆのような本人自体は一般人タイプのブレイブ・・・それもモンスターではなく異邦の魔物使い本人を狙いに来ている・・・!

馬車から急いで飛び出し、最後に確認された不審人物が歩いていった方向を見る。

その方角で戦っていたのは・・・なゆだった。
エンバースは建物の上にいるゴブリンを倒す為離れており、頼みのポヨリンもゴブリンと戦っている。

「なゆ!!!」

気づいたら走り出していた。
スマホをポケットから取り出し、部長を召喚し、全力で駆ける。

戦場の極限状態はなゆや明神の素人にとって地獄のような気分を味わせることだろう。
悲鳴は集中力を奪い、敵の攻撃は意識を削がれ、与えられるのは目の前に横たわった死体からもたらされる絶望だけ。

ゲームでは味わった事はあるだろう。
もしかしたら今までの旅路で戦場の空気を味わった事があるのかもしれない。

>「はあっ! はあっ、はぁ、は……はあ……!」

けど決して馴れる事などない。
少なくとも死人は出さないと、面と向かって言い放つ・・・なゆのような人間には。

状況が生み出す緊張と疲労は・・・対処できるはずだったことも・・・普段ならしないようなミスを・・・対処も出来ない程・・・人を蝕む。

>「ポ、ポヨリン……『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ……!」

なゆの目の前に立った人物は今正になゆにナイフを振り下ろさんとしていた。

なゆは目の前で起った事を理解していても行動できない。
そのナイフはなゆに・・・少女に振り下ろされ・・・彼女の人生は・・・

終わりを

「させるかああああああ!」

ナイフを振り下ろそうとする人物の脇腹目掛けて強烈な蹴りを食らわせる。

「はあ・・・はあ・・・間に合った・・・」

本来はこの程度の距離を走った所で息切れなど起さないが・・・今回ばっかりは心臓に悪い。

「無事かい!?どこも怪我してない!?」

なゆの体をくまなく検査し、大きな怪我がない事を確認する。

「本当によかった・・・頼むから僕の為に無茶しないでくれ・・・本当に・・・よかった」

蹴られた人物が立ち上がってくる。

「今のは手加減なしの全力蹴りだったから・・・最悪殺してしまったかと思ったけど・・・その心配はないみたいだね」

その人物はナイフを握り締め、交戦する気のようだ。
一度失敗したら逃げると思ったが強行する気らしい。

「僕になゆとの約束を破らせてた責任・・・取ってもらおうか」

84ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:22
思いっきり蹴ったはずだが、目の前の人物が弱っている様子はない。
スキルを使ったのか・・・それとも蹴られる直前に飛んで威力を軽減させたのか・・・。

「なゆ・・・隠れていてくれ・・・僕がやる」

なゆは疲労していた。
当然だ、この地獄の中で被害を減らす為に敵と戦っていたのだ。
戦場になれた軍人ならともかく一般人の身にはあまりにも辛すぎる。

「対モンスターが君の本業なら・・・対人間は僕の本業だ」

しかしゴブリンの軍事行動。
混沌極める戦場とはいえ他のブレイブ達や3クズと主に気づかれずなゆに接近し、蹴りを食らってもそれを咄嗟にいなせる技術。

厄介だな・・・。

「降参しろ。抵抗する場合は足や手の一本二本・・・もしくは命の保障はできないぞ」

目の前の人物はなにも答えず、襲い掛かってくる。

相手は全身フル装備で手にはナイフを持っていた。
それにこちらは鎖帷子を下に着込んだだけの普段着に武器と呼べる物は全て預けてしまっており丸腰。

相手がナイフで攻撃してくる。
ナイフを持った腕を左手で掴み、先ほど蹴った場所目掛けて膝蹴り。
怯んだところに思いっきり顔面を右手で強打。強打。強打。
相手が体を捻り強引に僕を振りほどこうとするも、こちらも思いっきり掴んだ敵の腕を引っ張りそのまま投げ飛ばし地面に叩き付ける。
地面に叩きつけられた相手が立ち上がる前に相手の頭部をサッカーボールのようにけり飛ばす。

「・・・っ!!」

完全に僕のペースだったはずだ。
いくら相手が訓練された兵士だったとしても、今の一連の攻撃はとても耐え切れるような物ではないはず。
それなのに・・・

僕の右膝にはナイフが深く、突き刺さっていた。

「僕は白兵戦では・・・人類で最強に近いポジションにいると自負していたんだけど・・・
 まさか・・・異世界の住人じゃなくて僕達の世界の住人にその自信を揺るがされるとは・・・ッ」

襲撃者もふらふらと立ち上がる。

様子を見るに完全にノーダメージというわけではないらしいが・・・

「ッ――――!!」

力任せにナイフを引き抜いても・・・足は動かせないだろう。
ナイフを抜いてもいいように回復魔法を打ちたいところだが今部長にはかくれてもらっているし・・・

「なゆ!手をだすな!そのまま隠れてろ!」

なゆに回復を頼むと敵になゆの位置がばれてしまう・・・疲れているなゆに襲撃者を近寄らせるわけにはいかない。

「お前も相当ダメージを負ったはずだ・・・たしかに僕は足は動かなくなったが・・・お前がまた襲い掛かってくるというのなら
 僕もこの無事な両手で最大限の反撃をさせてもらう・・・ただじゃ殺されないぞ・・・」

部長には襲撃者が逃げた時に不意打ちで噛み付いてもらうために襲撃者の後方で待機させている・・・。
回復するには部長を呼び戻すしかないが・・・しかし・・・。

その時、襲撃者が両手を上に上げた。

85ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:42
突然の降参ポーズに呆気に取られ反応が一瞬遅れてしまった。

両手を上げるポーズを襲撃者が取った瞬間。周囲の建物の屋上に大量の銃をもったゴブリンが現れる。

「しまっ・・・」

一瞬の油断が命取り。襲撃者が腕を下ろすとゴブリン達は一斉射撃を開始し・・・

「部長!!」

「ニャアアアアアア!!!」

襲撃者の背後に現れた部長の突進攻撃は襲撃者の背中に命中し
ふらついていた事もあり、襲撃者は僕のほう目掛けて吹き飛ばされる。

吹き飛ばした襲撃者を僕はすかさずキャッチし、その体を遮蔽物にし、隠れる。

ゴブリンの一斉射撃はキャンセルされず、そのまま実行され。
ライフルによる一斉射撃はきっちり全員がマガジンを打ち切るまで続いた。

「ハア・・・!ハア・・・!」

自分に覆いかぶさっている襲撃者をどかす。

ゴブリン達は主人を失い屋上でどうしたらいいか右往左往していた。

「奴らが混乱してる内に移動しよう・・・!」

部長となゆの助けを狩り、念のためゴブリン達が見えない場所まで移動する。

「ごめんなゆ・・・殺さなければ・・・僕が殺されていた・・・」

「・・・?」

何か違和感を感じとる。新しい血の臭いがしない。
慌てて襲撃者の死体があった場所をみる。ない。死体がない。

ゴブリンが持っていった?いや引きずられた跡がない。
つまり・・・奴はまだ生きている?

86ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:50:37
「なんて事だ・・・」

目の前に自分の足で立つ襲撃者が現れた時僕は思い知らされたのだ。
この極限状態で判断能力が鈍っているのは決してなゆだけじゃなかったって事を。

この世界にはスキルも魔法も特殊効果を持った道具すら存在する世界だという事を冷静だったなら絶対忘れなかっただろう
正常な判断ができていれば奴の体から確認もせずに離れるなんて事はしなかっただろう。

「なゆ・・・!君だけでも逃げろ!」

襲撃者が再び両手を上げると周囲にどこからともなくゴブリン達が現れる。
こんどは屋上だけじゃなく下にもゴブリン包囲網が敷かれた。

今度は部長による不意打ちも不可能。反撃できるだけのスキルも不可能。そもそも足が動かせなくて反撃どころか逃げる事すらできない。

終わった・・・。

そして無慈悲にも・・・手は振り下ろされ・・・ゴブリンの一斉射撃が・・・

始まらなかった。

「ああ・・・あぁ・・・そうだよ・・・みんなはどんな無茶だろうとクリアする・・・異邦の魔物使い・・・!!」

救援にきた仲間達の助けによって周囲のゴブリン達は一掃された。

その瞬間気づいたのだ。

僕の失敗は決して体を確認しなかったことなどではなかったのだ。
なゆが距離を取った時点で自爆・暴走覚悟で暴れる事を選ばなかったことでもない

なゆの手を取ってすぐに逃げなかった事・・・仲間をもっと頼らなきゃ・・・信用する事だったんだ。

「ありがとう・・・みんな・・・」

目からなにかが溢れてくる。
こんな事・・・彼女を殺して以降なかったのに・・・止まらない

「っ!奴はまだあきらめていないぞ!」

襲撃者は再び手を上げると、またどこからともなくゴブリンの一団を召喚する。

「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

こんな僕にでも笑顔で手を貸してくれる人達がいるのだから。
僕が言わなきゃいけない言葉は最初から一つだったんだ。

「助けてくれないか・・・?」

87カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:41:20
「ただいま〜。ジョン君大丈夫だった?」

《ええ、静かに寝ていますよ》

カザハが帰ってきて、私をいったんスマホにおさめて中に入った。
ジョン君の拘束を解いて暫く様子を見ているが、ジョン君が目を覚ます気配はない。
カザハは確保してきたらしい食べ物をジョン君の前に置いた。

《会談、どうなりました?》

「ローウェル陣営に行くかは今のところ保留のままでオデットに会えるように手引きしてもらえることになったよ」

《やりましたね!》

「うーん、まあね。手放しで喜べないんだけどね。親衛隊とか親衛隊とか親衛隊とか!」

オデットへの最短ルートが確保された代わりに、マル様と一緒に行くということは必然的に親衛隊も漏れなく付いてくるため、
もしも親衛隊がジョン君に絡んでブラッドラストが時間切れになったら終了、
ガザーヴァの正体がバレても一貫の終わりというリスクを負うことになる。
とりあえず黒甲冑が無造作に隅に置いてあるのはアカンやろ!
親衛隊を馬車に入れるつもりはないけどいつ何時見られないとも限らないし。

「あら嫌だわ、あの子ったらこんなところに脱ぎ散らかして!
後で明神さんにインベントリにしまってもらおう……。それと名前もどうにかしなきゃ」

幸い向こうはこちらのメンバー内訳にはあまり興味がないので、夕食の時は特に名前を聞かれることもなかったらしい。
かといってずっと秘密にしとくのは流石に怪しまれますよね。
適当に偽名を考えれば済むんだけど問題は本人はあんまり隠す気が無さそうということだ。
気に入らなかったら「ヤダ」とか言って一蹴するんでしょうねぇ。
しばらく経つと明神さんやなゆたちゃんが帰ってきた。
カザハが部屋割りの変更を提案したようで、結局宿はマル様とその手下達に明け渡したようだ。

「ガーゴイルと二人って気まずいでしょ。わざわざ馬小屋行かずにスマホに入っとけば良くない?」

《一人で馬小屋は寂しいでしょうから。それに……将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言いますし》

「えっ、そんな普通に話せる感じなの!?」

まあ……カザハに対するガザーヴァみたいに対抗心メラメラ燃やしてるわけじゃない感じですね。
単にアウトオブ眼中なだけとも言いますけど!
運が良ければガザーヴァがいる時には言わない情報をポロっと言っちゃったりするかもしれませんし。

88カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:44:46
というわけで夜になり、カケルは馬小屋に行った。
道中ではよくカケルを敷布団兼抱き枕にして外で寝てたんだけど大人しく車中泊するしかないね。

「……人口密度高っ!」

整然と並んで寝たはずなのだが、懸念していたこと(?)が起こってしまった。

「ぐふっ!」

腹を蹴られたような気がして目を覚ます。
酔っ払いの集団に絡まれている……とかそういうわけではなく、体の上にガザーヴァの脚が乗っていた。

「お前か―――――!! 物理的な意味で居場所を侵食してこないで!」

脚を跳ねのけながら飛び起きる。寝相どうなってんの!? もう一回捕獲してスマホに収納したろうか!
折角なので、皆の心労を知ってか知らずか呑気に寝ているガザーヴァの寝顔を拝む。
……現場将軍のくせにそんな顔で寝んな! もしかして魔”王”の娘だから姫将軍!? 実に怪しからん設定!
ゲームのブレモンの運営は何故に中身のグラフィックを実装しないまま死なせたのか、問い詰めたい、小一時間程問い詰めたい!

「もしかして晩御飯の時のアレ、最初から交渉を有利に進めるための揺さぶりのつもりだった?」

……こいつ、どこまで読んでいやがった!? 一見ただの騒がしいお調子者に見えて超狡賢いって設定だからな!
もしローウェル陣営にとってなゆちゃん一行がどうしても欲しい人材だったとしたら、強気に出た方が優位に立つことができる。
ローウェルが指輪を片っ端から配ってる説もあるから危険な賭けだったことには変わりはないけど!
明神さんとかなゆの話によると、ガザーヴァにとってローウェル陣営に取り込まれるのはあるまじきことらしい。
どうやら未だにバロールさんの娘兼忠臣であることはやめていないみたいだ。
明神さん(とその仲間達)に協力しているとは言っても
飽くまでも明神さん(とその仲間達)がアルフヘイム(バロール)陣営に付いてるのが前提なんだね。
いじらし過ぎるでしょそんな萌えポイント要らんよ! 等と思っている場合ではない。
それは、もしも万が一、バロールさんが悪い奴だったと分かってローウェル側に付くことになった場合は、また敵になるということを意味する。

89カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:46:31
「それは嫌だよ……せっかく殺しあわなくていいようになったんだから……」

ふと、夕方から考えていた偽名を思いついた。

「ガーベラ……悪くないかも」

普通に考えれば本名と全く違う響きの方がいいのかもしれないが、全く違うととっさに呼ばれても反応できないかもしれない。
響きが似ていればそれが防げるし、逆に呼ぶ側がうっかり本名を呼んでしまってもまだ誤魔化せる可能性がある。
明神さんも(三文字)(二文字×2)大明神の構成は一緒だけどバレてないしどうにかなるっしょ。
というわけで、さっきまでジョン君と話していた明神さんに口利きをお願いする。
絶対ボクが考えたって言ったら言った瞬間に「ヤダ」って一蹴されるからね。

「寝顔が花みたいに愛らしかったから思いついたとでも言っときなよ。あ、ボクはそんなこと思ってないから!
あとボクと融合してる間も意識があったとすると本人の主観基準で計算すると合法だから大丈夫!」

ついでに謎のアドバイスをしておいた。
ちなみにこの世界での生年を基準とする単純計算で違法なのかは、
前の周回でバロールさんがいつの時点でガザーヴァを作ったのかは定かではないので何とも言えないところだ。
今回の周回で復活した時を基準にしてしまうと0歳で違法どころの騒ぎじゃなくなるのは突っ込んではいけない。

90カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:49:38
こうして心強い仲間達(?)をメンバーに加え、旅は再開した。
狙撃手はどうせこちらからは見えない所から狙ってくるし却って的になるだけということで
哨戒担当は早々に撤廃になり、私は馬車を引くのに参加。
カザハは馬車の屋根の上を定位置とし、周囲の警戒という名目で、親衛隊がジョン君に絡みにいかないように目を光らせている。
物凄く軽いから、馬車の屋根の上にいても天井が抜けたりしないんですね。
ちなみに超軽い絡繰りは、常に浮力のようなものが働いているかららしいよ。
ガザーヴァはそれをある程度自由に調整して自力で浮かんだりも出来るみたい。
だから、カザハが「高いところから飛び降りながら手をバタバタすると滞空時間が長くなることに気付いた」とか
「空中で跳ぶ動作をすると二段ジャンプできる」とか言っていても、別に親衛隊との道中で頭がおかしくなったわけではないのだ。多分。
相変わらず明神さんはガザーヴァに絡まれ、主にカザハがジョン君の話し相手をする構図となっていた。
そして、奇跡的に(!?)大きな事件もなく約半月の道程をこなし、アイアントラスに到着しようとしていた。

「もうすぐ到着だよ〜。
人気のお土産はアイアントラス千分の一模型、名物グルメは”支店を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット”だよ」

今しれっと変なこと言わなかった!? 攻略本にはそんなこと書いてなかった気がするから未実装ですか!?
前の周回で人型モンスターなのをいいことに私を差し置いてそんなものを食べてたんですか!?
……ってそんな名物があってたまりますか!

「おのれぇえええええ! 無職の合法ショタめ!!」

今度は前の周回の何かを思い出してしまったらしく、唐突に悶えている。

「まさかいないとは思うけど……。
もし微妙に筋肉質な子どもを見かけてもうかつに話しかけないほうがいいよ。
まあ子どもってかホビットなんだけど無職は無職でも高性能無職だから!
高性能無職という点ではカケルと一緒だね!」

うっ……元々人型ですらない馬が謎の不可抗力で人間やってたということで許して!?
いや待て、無職は無職でも“高性能”だからもしかして褒めてくれてる……!?

>「やっぱりどう考えてもおかしい」

うん、そうですよね、やっぱりおかしいですよね!

>「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

あ、そっちですか!

>「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」
>「僕達が・・・なゆが火を無視できないと、予め分かっていたとしか思えない」

「相手はなゆをよく知っている、もしくはよく知っている者から情報を仕入れている……?」

91カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:51:17
>「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

「市街戦? やっと街に着くっていうのにそんな縁起でもない……」

>「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

>「……なんてこと……」
>「襲撃のようだな」

「ひえぇえええええ!? 言わんこっちゃない!」

奇しくもアイアントラスは襲撃されている真っ最中で、カザハは素っ頓狂な悲鳴をあげた。
更に驚くべきことに襲撃犯らしきゴブリン達は地球の現代兵器で武装していた。

「そんな……量産されてる!?」

威力そのものならこっちの世界には、ライフルより強力なスキルや魔法はたくさんあるが、
スキルや魔法は誰でも習得できるわけではないし、習得するには時間がかかる。
強力なマジックアイテムもあるが、これも量産できるわけではない。
それを考えれば、地球の現代兵器の一番恐ろしいところは、量産可能なところと言えるだろう。

>「ポヨリン!」

なゆたちゃんが反射的に街の人を助けたのはいいのだが、ゴブリン達がこちらを認識し、狙われてしまった。

>「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

「何でそんなに楽しそうなの!? のんびりお散歩でいい……いや、のんびりお散歩がいいです!」

カザハは喚きながらも私を馬車から外す。

>「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
 ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」
>「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

ガザーヴァは小手調べのようにひとしきりゴブリン達と立ち回ると、いったん戻ってきた。
装備が特殊なだけではなく、ゴブリン自体も普通のゴブリンではないようだ。

>「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

>「蹂躙、許すまじ!」
>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

その辺の人がこんな台詞を言ったら絶対笑ってしまうと思うんだけどマル様だと絵になってしまってるのが怖いところだ。
天才魔術師で高速格闘術の使い手って設定盛り過ぎの気もするけどマル様だから仕方がない。

92カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:53:58
>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

「す、すごい……!」

カザハは早くも背景に溶け込んで驚き役になろうとしていた。

>「――モンデンキント。俺たちは連中が敵を駆逐するのを、指を銜えて見ていればいいのか?」
>「え? ぁ……、う、ううん、わたしたちも行くよ! エンバース、お願い!」
>「了解した」
>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

エンバースさんによって驚き役化計画が阻止されてしまった。

「”わたしたち”って……エンバースさんはともかくなゆは前衛は駄目だって!」

>「なっ・・・!いくらなんでもそりゃ無茶だ!どれだけの数がいるか分からないんだぞ!」

「そうだよね!? ……って出てきちゃ駄目!」

出てこようとしているジョン君を慌てて押し込むカザハ。
確かになゆたちゃんはゲームのブレモンの対戦においては滅茶苦茶強いのだろう。
比較的ゲームの戦闘に近いブレイブ同士のバトルやレイド級モンスター1体とのバトルでもそれは同様だ。
でもこれはちょっとゲームでは実装されてなさそうな乱戦だ。
最前線に行くなゆを止める間もなく、ゴブリン達がライフルで馬車を狙う。

「ひゃああああああ!? ミサイルプロテクション!!」

カザハがスペルカードを切り、飛んできた弾丸が風の防壁に阻まれて落ちた。
効果が切れるまでは弾丸は大丈夫そうだが、ゴブリン達の攻撃手段は弾丸だけではない。
徒党を組んで突撃してきてライフルで殴りかかってこようとする。

「ブラスト!」

私はカザハの指令を受けて、突風のスキルでゴブリン達を吹き飛ばす。
が、ゴブリンは大勢いるのですぐに他のゴブリン達が押し寄せてくる。
パートナーモンスターのスキルは次にゲージが溜まるまで使用出来ないのだ。

「カケル! 何ぼーっとしてんの!?」

《仕方がないじゃないですかそういうシステムなんだから!》

「ゲージ溜まるのおっそ! こっち来るなぁあああああああ!」

追い詰められたカザハは、槍を振り回してゴブリン達を追い払う。
といっても相手は妙に回避力が高い上に、現代兵器で武装しているので、当たったとしてもちょっとやそっとじゃダメージが通らない。
ダメージは通らなくても風の加護で追加効果:ノックバックが付いてるからそれなりに追い払えてるんですね。
ブレイブ自らのスキル使用等の、ゲーム上で想定されていない行動は、ゲージを消費しない。
よってこの状況においては、ブレイブ自らが多少なりとも戦えるのは、大きなアドバンテージになる。
……裏を返すと一般人の身でありながら前線に飛び込んだなゆたちゃんヤバいんじゃ!?
バタフライ・エフェクトが使えるからなんとか持っているのかもしれないが……。
しばらく持ちこたえていると、ゴブリン達が一匹また一匹と引いていく。

93カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:55:51
《退却ですかね……?》

混戦状態から脱したカザハが、ジョン君に声をかける。

「ジョン君大丈夫? ……って脱走してるぅううううう!?」

《そんな! いつの間に!?》

ゴブリン達が前線の方に向かっているように見える。
退却などではなく、相手方が前線に戦力を集中させた、ということなのだろう。
ジョン君はそれをいちはやく察しそちらに援護に行ったというところか。
カザハは私に飛び乗った。

「行こう、明神さん!」

なゆたちゃん達が戦っている前線に辿り着いてみると、
正体不明の襲撃者がジョン君を追い詰め、ゴブリン達に命じて今まさに一斉射撃をしようとしているところだった。
おそらくコイツが襲撃の首謀者で、ゴブリン達は援護をすべく集まったということですかね……。

「バードアタック!!」

カザハのスペルカードで鳥系をはじめとする大量の飛行系モンスターが突撃し、ゴブリン達は混乱に陥った。
といっても、雑魚のゴブリンならともかくよく訓練されたゴブリン。
一時慌てふためくだけで1ターンも経たないうちに立ち直ってしまうだろうが……

「あとお願い!」

ゴブリン達は態勢を立て直す暇を与えられることはなく、明神さん達によって一掃される。

>「ありがとう・・・みんな・・・」

「脱走は勘弁してよ! なゆに怒られるじゃん!」

軽口を叩いている場合ではなかった。

>「っ!奴はまだあきらめていないぞ!」

またゴブリンの一団が出てきた。どんだけ出てくるんですか!?
襲撃者は現代兵器を装備している人間、ということはおそらくブレイブ?
ゴブリン達はターン制に縛られるパートナーモンスターのような動きではないし、そもそも数が多すぎる。
効果:ゴブリンを無尽蔵に召喚する、みたいなスペルカードでも使ってるんですかね!?
そんなのあるかどうか知らないけど!

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:57:42
>「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

「うん、見ればわかるよ!」

>「助けてくれないか・・・?」

「うんうん……ん? やっと観念したか……!」

思わずジョン君の顔を二度見するカザハ。
あの頑なに見捨ててくれと言っていたジョン君がついに助けてくれと言ったのだから無理はない。
聞くところによると、襲撃者はなゆたちゃんを狙ってきたらしい。
単に一般人だから狙いやすいと思ったのか、何らかの理由でなゆたちゃんを狙っているのかは分からない。
が、首謀者自らが出てきてくれたのは好都合といえる。
かくれたままゴブリンを出し続けられたらジリ貧になっていたところだ。
で、襲撃者がブレイブと仮定すると、どんなに強くても本人自体は”超強い人間”が上限ということになる。
ジョン君はその超強い人間に対してつい習慣で真面目に正統派の格闘で戦ったのでは!?
と、カザハが、蹴散らされたゴブリンが落としたライフルをおもむろに拾い上げ、襲撃者に向ける。

「動くなーっ!」

《ひえぇえええええ!?》

襲撃者は武器のナイフをジョン君に刺したまま手放したと思われ、
見た感じは今のところ武器を持ってなさそうだが、どこに暗器を隠し持っているか分からない。

《そもそもライフルの撃ち方なんて分かるんですか!?》

(分からない!!)

《ですよねー!》

明神さん、地味に相手を行動不能に陥れる嫌がらせ系スペルカードたくさん持ってましたもんね。(工業油脂被害者は語る)
ああいうのって巨大なレイド級モンスターには意味がなくても地球人には効果てきめんだと思う。
それにしても構え方超適当だしあからさまに陽動ってバレバレ過ぎじゃないですか!?
もしや裏の裏をかいて見るからに陽動っぽいから逆にガチと思わせる高度な作戦ですか? いや絶対違う!

95明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:56:28
電撃的なマルグリット一行との邂逅から半月。
当初危惧されていた親衛隊とのギスギスや諍いは勃発することなく、
俺たちは予定通りの道程を踏むことができた。

親衛隊に身バレしないようガザーヴァに偽名を提案すれば、案の定ゴネにゴネまくって、
なだめすかすのに丸一日費やしたりもしたが、今では良い思い出です。

>「やっぱりどう考えてもおかしい」

道中、相変わらずガタゴト揺れる馬車の中で、ジョンが不意に呟いた。
手慰みのように掌を転がるのは、半月前に俺たちに撃ち込まれたライフル弾。
あれからずっと、こいつは弾の出どころについて考察を重ねていたらしい。

>「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

「襲撃"自体"が?どういうことだよ、説明」

>「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」

「弾そのものが狙撃向きじゃねえってことか……まぁ確かに、明らかちっせえもんなこれ」

ジョン曰く、撃ち込まれた弾の口径は5.56ミリらしい。
俺はミリオタじゃねえからよく分かんねえけど、実弾系のシューティングゲームは多少齧ってる。
確かに5.56ミリってのは、アサルトライフルみたいにそこそこ近距離でばら撒いて弾幕張るための弾種だ。
小口径だから低反動で、マガジンにたくさん弾が入って、たくさん撃てる。そういう銃だ。

いわゆる狙撃用途、スナイパーライフルに使われる弾はもっとでかい。
弾が軽ければ軽いほど風の影響を受けやすいから、長距離狙うなら普通はもっと大口径弾を使う。
狙撃なら反動も装填数の少なさも大して問題にはならないからな。

「実際それで外してるわけだしな。畑燃やして足止めできりゃ、あとは数撃ちゃ当たる戦法だったのか?」

多少命中精度が下がっても、動きを止めて一斉掃射で撃ちまくればいつかは当たる。
そういう運用方法なら、小口径弾を使うことにも合理性はあるっちゃある。
この世界じゃ貴重な弾薬を、湯水のようにじゃかじゃか注ぎ込める物量が前提の話だけど。

>「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園より
  どこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

「ってことは、どうしてもあの場で撃っておきたい理由があった。
 俺たちをアイアントラスに向かわせたくなかったか、もしくは――」

――マルグリットと、出会わせないため?
あそこで親衛隊連中が助けに来なけりゃ、俺たちは畑のど真ん中で全滅していた。
マルグリットの登場が狙撃手にとってイレギュラーなら、一応の道理は通る。
狙撃手がニブルヘイム側なら、マル公によるブレイブの引き抜きを阻止したいはずだしな。

一方で、マルグリットが助けに入ることも目論見通りって可能性もある。
やっぱりマル様御一行と狙撃手がグルで、マッチポンプに変わりはなかったってことも十分あり得るのだ。

「わっかんねえなぁー!銃持ってますよアピールしてえなら直接見せびらかしにこいってんだよ。
 俺めっちゃ歓迎するのに!写真撮らせてもらうのに!」

姿も見えなけりゃ、思惑も、所属すらも分からない。
ただでさえマル公相手に権謀術数やってんのに、まだまだ知らねえ奴が俺たちを狙ってやがる。
これもうわかんねえな!事情通が都合よく出てきて全部解説してくんねえかなあ!

96明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:57:51
>「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

頭をボリボリ掻きむしっていると、不意に馬車のガタガタが収まった。
舗装された道に出たのだ。
幌を開けて見ると、ところどころ錆の浮いた鉄の道があった。

――橋梁都市アイアントラス。
アルメリアと隣国フェルゼンとを隔てる峡谷を跨ぐ巨大な鉄橋の上に築かれた街だ。
陸側の国境でもあるこの街では、両国の貿易が盛んに行われている。

「ついに着たか……一面麦畑にもそろそろ飽きてきたとこだったぜ。
 ここって何が有名なんだっけ?カレー?いいねえトンカツ乗っけて食おうぜ」

俺たちプレイヤーにとっても「パワー系無職」ことロスタラガムと出会い、ぶん殴り、ぶん殴られる、
色々と思い出深い土地だ。
峡谷を見下ろす眺めも結構よくて、両国からのアクセスも良いことからここに家を建てたがる奴も多い。
レベリングやら金策やら、こっちの国でやることも結構多いしな。

さて、峻険な山国であるフェルゼン公国は、穀物の国内消費の殆どをアルメリアからの輸入に頼ってる。
デリンドブルクからの直送経路であるこの街は、フェルゼンの胃袋を掴む台所だ。
そして、辺境の小国に過ぎないフェルゼンが大国アルメリアと(経済的には)対等に渡り合うための貿易地。

その、ふたつの国にとって欠かすことのできない交流の要衝が――

>「……なんてこと……」

炎上していた。
軒を連ねる商店群からは黒い煙がもうもうと上がり、怯えふためく人々の声が聞こえてくる。

「ああああ!?行くとこ行くとこなんでいっつも燃えてんだよ!?」

街が燃えている。ところどころに血を流した人が倒れてる。
阿鼻叫喚の地獄絵図、その理由を端的に表すなら一言で済むだろう。

>「襲撃のようだな」

「見りゃ分かるよ!馬車止めろ、助けに行くぞ!」

襲撃。その言葉通りに、そこには襲撃者たちの姿があった。
そして音も。地球じゃまず耳にすることのない、だけどゲームじゃよく聞く――銃声。
ジョンが馬車で漏らした言葉が、脳裏をかすめていった。

――>『この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに』

「クソみてえな予感が的中だ。"相性が良い"……こっちが奴らの本命か!」

馬車から飛び出せば、10匹ほどのゴブリンが街を蹂躙する姿に直面する。
……それがゴブリンだと、認識するのに時間がかかった。
ゴブリン達がみな一様に、『現代兵器で武装していた』からだ。

黒尽くめのボディスーツ、ヘルメット、ゴーグル、手袋にブーツ。
そして何よりその手にあるのは――小銃。

「イチロク……マジかよ、ゴルゴが持ってる奴じゃん」

『M16』自動小銃。今でもアメリカ軍がバリバリ現役で採用しているアサルトライフルだ。
実銃の出るFPSゲーならまず出演してる、AK47と並んでたぶん世界で一番有名な銃。
60年も前から配備されてる癖に、その完成度の高さで装備更新を跳ね除け続けた傑作中の傑作――

97明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:58:52
「冗談じゃねえぞ……量産体制が整っちまってんじゃねえか」

その地球原産の殺戮兵器を、見える範囲のゴブリン共は全員が装備していた。
タタンタタンと玩具じみたリズミカルな三点射とともにマズルに閃光が灯る。
そして、銃声の数だけ悲鳴が上がり、撃たれた住民がふっ飛ばされて動かなくなる。

「なんだよこれ……」

アイアントラスを象徴する鉄で出来た地面は、流れ出た血で赤く染まる。
駐屯兵の剣も槍もライフルの射程には届かず、弓を番えている間に撃ち抜かれる。
分間900発の発射レートの前に魔法の詠唱は間に合わず、スクラムを組む軍隊の戦列は良い的だ。
事切れた兵士の絶望に染まった目が、俺の方を見た気がした。

あの鎧がアルメリアとフェルゼンどっちのものなのか、ぐちゃぐちゃに拉げた今はもう分からない。
槍の一撃を跳ね返せる板金甲冑だって、至近距離でライフルを受ければ紙切れ同然だ。

誰もが憧れる剣と魔法の世界が――鉛と火薬で蹂躙されている。
銃火器とアーマーに身を固めた、ゴブリン達によって。

「ふざっっっけんなぁぁぁーーーっ!!」

俺の叫びは、やっぱり銃声と悲鳴にかき消された。
なゆたちゃんがポヨリンさんを召喚し、吶喊させる。
街の住人を虐げていたゴブリン小隊の注意がこちらに向いた。
一秒に一人殺せる殺戮の銃口が、俺たちを捉える。

「…………っ!上等だ、撃ってみやがれクソったれ」

正直言って、怖い。
あの引き金がほんの数センチ引き絞られれば俺は死ぬ。
銃で撃たれたことなんかないけど、銃で撃たれた人間が死ぬことを俺は知ってる。
たった今、目の前で実証済みだ。

だけど、逃げる気にはならなかった。
逃げれば街の住人が殺され続けるとか、そういうヒューマニズムに酔ったわけじゃない。

ただ――気に入らなかった。
この世界に銃火器持ち込んでイキり散らしてるクソ野郎が、クソほど腹立たしかった。
異世界人相手に現代兵器で無双気取ってんじゃねえぞライフル太郎が。
俺はお前に勝つ。この世界の、ブレイブなりのやり方で。

>「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

「水臭えこと言うなよガー公!俺も奴らが気に入らねえ、ぶっ潰してやろうぜ。
 サモン!――出てこい、ヤマシタ!」

スマホが輝き、光の中から革鎧が出現する。
貧相な鎧姿を覆うように、ショッキングピンクのサーコートがはためく。
アコライトでオタク殿から譲り受けた法被を改造してヤマシタに取り付けておいた。

ピンクの法被はオタク殿たちの絆の象徴であり、そこには彼らの愛と熱情、魂が籠もっている。
『鎧に憑依した魂』が本体であるリビングレザーアーマーにとって、それは確かな力として宿る。

「怨身換装――モード・『盾』」

地に降り立ったヤマシタは、身を覆えるほどの巨大な盾を構えていた。
本来革鎧の装備対象ではない騎士のスキルを、法被に籠もった力で強引に扱う。
バルゴスとの交渉をはじめ、これまでの旅で俺が身につけてきた死霊弄りの技術。その一端だ。

98明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:59:39
ガザーヴァが突撃すると同時、ゴブリン共の銃口が一斉に閃く。
俺を狙った弾丸が無数に飛来し、ヤマシタの掲げた大盾がそれを阻んだ。
耳障りな金属音とともに火花が盾越しにちらつく。

対象を狙った攻撃を自動でかばい、防御する騎士のスキル、『かばう』。
小銃の掃射は一発たりとも俺のもとへ届かなかった。
だが――

「ひええ……鉄板入ってんだぞこの盾」

盾は貫通こそしないものの、ベコベコに凹んでいた。
『銃弾』という武器の恐るべき威力が否が応でも脳みそにこびりつく。
こんなもんが人体に当たればどういう惨状を引き起こすか、想像してしまう。

>「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

「おいおいおいおい。いよいよゴブリンじみてきやがった……!」

ゴブリンはブレモンにおいても強いモンスターではない。
むしろ一山いくらで経験値になる雑魚キャラだ。数ばかり多い量産型。
だがその『一山いくら』が――全員武装しているとしたら。

悪寒はすぐに現実になった。
そこかしこの物陰から顔を出すゴブリンゴブリンゴブリン――
都合50を数えるゴブリンの集団が、やっぱりガチ装備で現れた。

「どうなってやがる。どっかの軍人ブレイブが武器庫ごと転移してきたのか?
 どいつもこいつも当たり前みてえにゴツい銃引っさげやがって……」

援軍の登場に、戦況は悪化の一途を辿っていた。
ただでさえ即死級の攻撃撃ってきやがるゴブリンが50匹。
どこからでも死角をとれる。今すぐ一斉射撃されればそれでゲームオーバーだ。

>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

絶望がじわじわと迫ってきたその時、マルグリットが口上を上げながら集団へ吶喊した。
真っ白なローブが地面を擦る暇もなく、嵐の如き蹴撃がゴブリンたちをなぎ倒す。

「あの魔術師……物理で殴ってやがる……」

そうだった。マル公は魔法も強いが近接もイケる。
突如飛び込んできたイケメンにゴブリン共はあからさまに戸惑い、同士討ちを恐れて引き金を引けない。
銃撃を封じるには敵の懐へ飛び込め――マルグリットの立ち回りは、一つの真理を体現していた。

>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

親衛隊の連中もあとに続き、各々がパートナーを召喚する。
スライムヴァシレウスがゴブリン共を押し潰し、アニヒレーターが音響範囲攻撃をぶっ放す。
ミスリルメイデンの群体が銃弾をものともせずに鏖殺する。
銃持ったゴブリンなんざものの数にも入らないとばかりに敵の集団を蹂躙していった。

99明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:00:36
好転した、のか?
十二階梯と親衛隊のチームなら、武装ゴブリン相手にもそうそう負けることはないだろう。
あの数も範囲攻撃撃ちまくれるなら有利をとれる。
それなら俺たちがすべきは――

>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

――ジョンの保護だ。
この惨状がブラッドラストのトリガーにならないとも限らない。

「わかった!無理はすんなよ、普通のバトルとは違うんだからよ!」

俺たちブレイブはこの世界の強者と比べても遜色ない戦闘能力を持つが、
それはあくまでスマホとゲームシステムに保証された強さだ。
具体的には、ATBゲージが溜まらなけりゃブレイブとして行動することは出来ない。

そして、通常の戦闘とこの襲撃が異なるのは『戦いのテンポ』だ。
こっちが悠長にターンを待ってる間に、奴らはマガジンが空になるまで銃を撃てる。
銃を使った戦いは進展が早すぎて、ターン制バトルの速度とまるで噛み合わない。

ATBに縛られない行動がブレイブにとって弱点となるのは、王都の決闘で嫌ってほど身にしみた。
エンバースとかいうATB絶対削るマンのおかげでなぁ!

「ヤマシタ、俺と馬車をずっとかばってろ。迎撃は俺たちでやる!」

掌に魔力を集め、意志の力で操作する。
つくる形は、一本の糸。そしてその両端に錘。
行きがけの馬車でジョンに見せたヨーヨーに似た形状だ。

「行くぜ俺のオリジナル魔法、『スパイダーベイビー』!」

形成した魔力を思いっきり振り回し、遠心力をつけてゴブリン目掛けて放った。
紐の両端に錘がついたその形状は、古典的な猟具『ボーラ』。
相手の足にぶつかれば錘の慣性でぐるぐる絡みついて動きを封じる代物だ。

うなりをつけて飛んだボーラはゴブリンの一匹へ迫り、当然ながら軽く躱される。
だがこの魔法の下敷きになってるのは闇属性初級の『呪霊弾(カースバレット)』だ。
呪霊は生者の魂を求めて彷徨い、喰らいつく。
避けられたボーラは不自然に軌道を変え、ホーミングしてゴブリンに着弾した。

魔力の糸で縛りつけられ、ゴブリンは身動きが取れずひっくり返る。
……よし!魔法の応用は実戦でも通じる。
威力が足りなくても敵の動きを封じることはできる。やっててよかったバロール塾!

接近してきたゴブリンはカザハ君がノックバックさせ、俺が一匹一匹縛って無力化する。
どうにもならなくなったらガザーヴァが全体攻撃でぶっ飛ばす。
このコンボでどうにか馬車に迫りくるゴブリンの群れを押し止めることに成功した。

「行ける、行けるぞ!カザハ君もっと風ぶん回せ!奴らを全部ふん縛ってやろうぜ――」

――その時、つかの間の成功体験に、俺の目は完全に曇っていた。
前線に立ったなゆたちゃんが、無理を押してまで戦い続け、消耗を重ねていたことに気づけなかった。
憔悴した彼女のもとへ、肉迫する殺意の籠もった黒い影を、見逃していた。

>「なゆ!!!」

瞬間、馬車が爆発したかと思った。
幌を跳ね除けて飛び出したジョンの姿は、さながら砲弾のようにも、獣のようにも見えた。

100明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:01:19
「はぁっ!?お前何やってんだ!どこ行くんだよ!!」

ジョンは答えない。振り返りもしない。
突如として起きたジョンの変化に、俺はしばらく理解が追いつかなかった。

>「行こう、明神さん!」

カザハ君に声をかけられて、ようやく本来の目的を思い出す。
やべえ。あいつ何しに飛び出した?エフェクトは見えなかったがスキルが暴発したのか?

急ぎ追いかけた先では、ジョンと黒い人影が大立ち回りをしている最中だった。
人影は装備こそゴブリン共のものと同じだが、体格がまるで違う。
俺より一回りはでかい大男――男なのかどうかすら、ヘルメットに隠れて伺い知れない。

「ゴブリンじゃねえ……ありゃ人間か?ってことはあいつが銃持ち込んだブレイブ……!」

ジョンと襲撃者が演じた格闘戦は、俺の理解を軽く超えていた。
襲撃者の得物はナイフ。対するジョンは丸腰。
その不利をまるで意に介さないみたいに、ジョンは拳を振るう。

突き出されたナイフを捌き、膝蹴りから流れるようにショートパンチの連打。
相手の振り払う力を利用して投げ飛ばし、追撃のサッカーボールキック。
常人が受ければ首の骨が折れて即死だろう。

「え、エグい……。これがあいつの本気か……」

でけえ剣持ってドラゴンの首ぶった切ったり部長投げるイメージばかり先行してたけど、
ジョン・アデルはもともと対人戦闘のプロだ。
鍛え込まれた四肢に、習得した格闘術が噛み合えば、素手でも余裕で人間を殺せる。
親衛隊やマル公を殺しちまうってのは、フカシでもなんでもなかった。

だが敵もさる者、抜け目なくジョンの足にナイフを突き立てて殺傷圏を離脱する。
何をする気か――不意に襲撃者は距離をとり、手を空へ掲げた。
どこに隠れてたのかゴブリン共が一斉に家々の屋根から顔を出し、銃を構える。

「始めっからこれが狙いか!やべえぞジョン――!」

瞬間、襲撃者の背後に回った部長が体当たりし、巨体がジョンの方へとまろび出る。
ジョンは襲撃者の体を遮蔽物にして、ゴブリンからの一斉射撃を防ぎきった。

「終わった……のか?」

恐ろしく高度な戦術同士の激突だった。
襲撃者は格闘戦での不利を悟るや否や、配下のゴブリンを高所に配置し、一斉射撃を仕掛けた。
ジョンは予め忍ばせておいた部長を使って、襲撃者自身を盾にすることで攻撃と防御を両立させた。
いずれも『銃』という要素を深く理解していなければなし得ない戦い方だ。

……これが軍人同士の戦い。
そして俺たちは、こういう連中も相手にこれから戦っていかなきゃならない。

そして同時に気付いた。
ジョンが盾にした襲撃者は、一斉射撃に晒されたにも関わらず血を流していない。
奴はまだ生きてる。ゴブリン共の脅威も未だ健在なままだ。

防弾アーマーに強化魔法を重ねがけでもすりゃ、5.56ミリ程度なら耐えられるだろう。
だからこそ奴は自分を巻き込むような一斉射撃をゴブリンに指示できた。

つまりあの襲撃者は同士討ちを恐れない。
一方向からの斉射でジョンを殺せなかったと悟れば、次に打つべき手は――

101明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:02:14
「上だカザハ君!次は全方位から撃ってくるぞ!」

――遮蔽のしようのない、360°ぐるっと囲んで一斉射撃。
その仮説を立証するように、俺たちを囲んで位置取りするゴブリンの動きが見えた。

>「バードアタック!!」

こういう時即断即決で動けるカザハ君は本当に頼りになる。
召喚された鳥が屋根上のゴブリン共を飲み込み、はたき落としていく。

「『濃縮荷重(テトラグラビトン)』――プレイ!」

ゴブリンによる包囲網を覆うように荷重2倍の領域が発生する。
アサルトライフルはマガジンからバネの力で薬室に弾丸を送り込んでいる。
そしてそのバネは、『弾丸の重量が急に2倍になった』時のことを想定して設計されていない。

通常よりも重い弾丸をマガジンは十分に持ち上げられず、装填されるはずだった弾丸は中途半端なところで止まる。
その状態で撃鉄が弾丸のケツを叩けば――

俺たちの周りで今まさに引き金を引いたゴブリン達の銃が、一斉に爆発した。
――ライフルが給弾不良(ジャム)って、暴発したのだ。
弾丸を飛翔させる爆発力はそのまま銃手へ牙を向き、砕けた銃の破片が刺さってゴブリンがのたうち回る。

銃はデリケートな精密機器だ。
火薬の力を逃さないように隙間なく設計されてるから、ちょっとした砂埃やゴミが入り込むだけでも簡単に不良を起こす。
いわんや、ここにあるのは砂でも埃でもなく……魔法だ。

「剣と魔法の世界をナメ腐ってんじゃねえぞ」

ジョンとなゆたちゃんを包囲していたゴブリン達はこれで沈黙した。
残るは襲撃者ただ一人……でもねえな。まだまだ後詰のゴブリンどもがワラワラ湧いてきやがる。

102明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:02:58
>「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

襲撃者から目を離さずに、ジョンは呟く。
久しぶりに、こいつの声を聞いた気がした。

>「助けてくれないか・・・?」

「くひっ。言えたじゃねえか」

思わず笑いが溢れた。
救いようのないロクデナシだと、自分をそう呼んだジョンが。
俺たちに迷惑をかけまいと、自罰的な振る舞いを続けてきた男が。
ようやく……その言葉で、俺たちに助けを求めた。

「そいつが聞けただけでも、この旅には価値があったな。なゆたちゃん」

大親友から助けてって言われたんだ。
だったらやることはひとつしかねえよな。

「任せとけよ親友!今も、これからも!ちゃあんと助けてやっからよ!」

>「動くなーっ!」

「ヌルいぜカザハ君!動いてほしくない時はなぁーーー。
 動けなくしてやんだよ!こーやってなぁっ!」

スマホを手繰り、『工業油脂』の雨を降らせる。襲撃者の全身を油が染め上げる。
これも一時凌ぎにしかならないだろう。服脱げばいいだけだもんな。

それでも、ボディースーツを脱げば防御力が落ちる。
さっきみたいな被弾上等の立ち回りは出来なくなるはずだ。
ついでに――クソイキリライフル野郎の素顔も、ようやく拝める。

「ゴブリン共は俺たちで抑えとく。そこのデカブツの相手は――ジョン、『頼んだ』」


【ゴブリンのライフルを暴発させ、無力化。襲撃者に油をぶっかける】

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:42:21
半月に渡るデリントブルグ横断の道のりは、襲撃のない至極平和なものだった。
ジョンのブラッドラストの発作も出ず、マルグリットおよびその親衛隊とパーティーが諍いを起こすこともなかった。
そう、平和。平和であったのだ。
だが――それだけに。それゆえに。
なゆたはいつしか警戒と緊張を忘れ、咄嗟の戦闘に対処することができなくなってしまっていた。

「はぁ、はぁ……ッく、ふ……は……!」

懸命に唾液で喉を濡らし、スペルを手繰ろうとしたが、巧くいかない。
スライムマスターと呼ばれ、ブレモンのトップランカーの一人に数えられるとはいえ、それはあくまでゲームの世界。
崇月院なゆたという人間は何の変哲もないただの一般市民に過ぎない。
幼馴染の道場で剣道をかじっていたり、クラスメイトよりも高い身体能力を持っているというのも、民間レベルでのこと。
FPSでもあるまいに、実際の戦場で戦った経験などあろうはずもない。
どこからライフルの銃弾が飛んでくるか分からない、そんな極限状態の中で、なゆたの心身は急激に疲弊していった。

ちゅんっ!

なゆたの右頬ぎりぎりを、ライフルの銃弾が掠めてゆく。
一発でも受ければ、そこでジ・エンドだ。なゆたの額をいやな汗が伝う。
ポヨリンはやや離れたところでATBが溜まるのを待っている。
この世界がブレイブ&モンスターズである限り、ゲーム内のルールは絶対だ。
パートナーモンスターはATBゲージが溜まらない限り行動できない。
一方で、武装したゴブリンたちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のATBゲージなどお構いなしに攻撃してくる。
それは彼らゴブリンの軍勢が何者かのパートナーモンスターではない、独立した敵だということを示していた。

「か、は……」

ついに、息切れしたなゆたはその場に片膝をついた。
そして――その眼前に疾風のように漆黒の襲撃者が現れる。
タクティカルスーツにボディアーマー、ヘルメット。
無機質な強化アクリルゴーグル越しの眼差しが、なゆたの急所を捉える。
ゴブリンとは比較にならない大柄な体躯の割に、小柄な亜人たちよりもずっとずっと速い。
なゆたは反応できない。反応しようとしても、極度の疲労によって身体が動かないのだ。

「ッ―――!!」

襲撃者が逆手に持った大振りのコンバットナイフを振りかぶる。
なゆたは強く目を瞑った。

「ち……! モンデンキント!」

エンバースが救援に駆け付けようとするも、遠い。しかもゴブリンたちがそうはさせまいとエンバースに集中砲火を浴びせる。
ポヨリンはATBが溜まっておらず、ガザーヴァも一足になゆたへ近付くには距離がありすぎる。
突然の急襲によるなゆたの暗殺を阻む者は誰もいない――と思われた、が。

>させるかああああああ!

馬車から猛然と飛び出したジョンが、横合いから襲撃者に強烈な蹴りを喰らわせたのだ。
襲撃者は大きく吹き飛ばされた。

「……ジ……、ジョン……?」

>無事かい!?どこも怪我してない!?

ジョンが怪我がないかどうかを確認してくる。ジョンの身体に掴まり、なゆたはふらふらと立ち上がった。

「だ……、だいじょう、ぶ……。なんとか、生きてる……ょ……」

くらくらする意識を何とか奮い立たせ、やっとのことでそれだけ言う。しかし、このままでは戦闘継続は難しそうだ。

>本当によかった・・・頼むから僕の為に無茶しないでくれ・・・本当に・・・よかった

「ん……ゴメン、心配かけて……」

ジョンのことを守るはずが、逆に助けられてしまった。
リーダーの差配としては落第であろう。慙愧の念に堪えず、なゆたは軽く俯いた。

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:45:18
>今のは手加減なしの全力蹴りだったから・・・最悪殺してしまったかと思ったけど・・・その心配はないみたいだね

ジョンと襲撃者が睨み合う。
喰らえば肋骨の何本かも折れるかという勢いの蹴りをまともに浴びたにも拘らず、襲撃者は何事もなかったように立っている。
恐らく蹴られる瞬間に自ら蹴られる方向に跳躍し、威力を殺したのだろう。むろんガードと受け身も忘れない。
瞬間的にそこまでの判断ができるとは、並の手合いではない。
襲撃者は緩く身構えた。ほんの僅かに体勢を前傾にし、逆手に持ったナイフを軽く掲げていつでも襲い掛かれる様子だ。
蹴りへの対処といい、その身ごなしは素人とは思えない。明らかに実戦慣れしている、戦闘のプロの姿だった。

>僕になゆとの約束を破らせてた責任・・・取ってもらおうか

刃物を向けられているというのに、丸腰のジョンは怯むこともなく襲撃者と対峙している。
なゆたを庇うようにその前に立ちながら、ジョンはなゆたに退避を勧告する。

>なゆ・・・隠れていてくれ・・・僕がやる
>対モンスターが君の本業なら・・・対人間は僕の本業だ

「……うん……でも無理だけはしないで、ジョン……」

危ないから下がって、と言いたいのは自分も同様だったが、今の自分は息の上がった完全なお荷物だ。
忸怩たる思いだが、ここはジョンに任せるしかない。なゆたは大人しく後方に下がった。
そして崩れた荷車の影に身を隠すと、震える手で『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードをタップする。
癒しの淡い輝きがなゆたを包み、瞬く間に重度の疲労が回復してゆく。
同時に、ポヨリンもなゆたに合流してくる。心配げな面持ちのポヨリンを抱き締めると、なゆたはほっと安堵の息をついた。

>降参しろ。抵抗する場合は足や手の一本二本・・・もしくは命の保障はできないぞ

ジョンが降伏勧告するが、聞き入れる相手ではない。ジョンと襲撃者の戦いが、目の前で繰り広げられる。
襲撃者の体捌きは凄まじいの一言だが、しかしジョンはそんな襲撃者にも一歩も引かず互角以上に渡り合っている。
いや、どちらかというとジョンの方が優勢か。
しかも、ジョンはまだブラッドラストを使ってはいない。血のような靄のエフェクトが彼を覆っていないのがその証拠だ。
とはいえ油断はできない。熾烈な戦いのうちに、いつブラッドラストのスイッチが入ってしまったとしてもおかしくない。

>・・・っ!!

ジョンの右膝に、襲撃者のナイフが深々と突き立つ。その右膝がみるみる濃い赤色に染まってゆく。
回復のスペルカードを使用しようと、なゆたは荷車の影から身を乗り出しかけた。

「ジ……」

>なゆ!手をだすな!そのまま隠れてろ!

すぐに、ジョンの怒声が返ってくる。
姿を現さなければ、ジョンにスペルカードを使うことはできない。
しかし荷車の影から出れば襲撃者は動きの鈍いなゆたを狙うだろう。みすみす敵の手に落ち、ジョンを不利にすることはできない。
不承不承、なゆたは身を屈めた。
その後もジョンと襲撃者の戦いは続く。
ジョンがゴブリンたちからの一斉掃射を襲撃者の身体を盾にしてやり過ごすのを見計らい、
なゆたはジョンと共に崩れた露店の影に移動した。

>ごめんなゆ・・・殺さなければ・・・僕が殺されていた・・・

「…………」

なゆたには何も言えなかった。
とても不殺を貫け殺すなと言える状況ではないが、といってやむを得なかったとも言えない。
だが、ジョンの予想に反して襲撃者は死んではいなかった。
それどころかぴんぴんしている。襲撃者は軽く両手を挙げた。一斉掃射のハンドサインだ。

>なゆ・・・!君だけでも逃げろ!

「そんなこと、できるわけ……!」

ジョンを見捨てて自分だけ逃げるなんて、出来るわけがない。
それが出来ないから、やりたくないからこそ、なゆたは今まで再三のジョンの見捨ててくれという要請を却下してきた。
今になって命を惜しみ主張を翻しては、何もかもが無駄になる。
といってアサルトライフルで武装したゴブリンたちに包囲された今、この窮地を凌げる方法はない。
絶体絶命――そう言うしかない状況。
だが、ジョンとなゆたはただふたりきりではなかった。

105崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:46:57
>バードアタック!!
>『濃縮荷重(テトラグラビトン)』――プレイ!

「カザハ! 明神さん!」

カザハの召喚した鳥の群れが、そして明神のスペルカードがジョンとなゆたを包囲したゴブリンたちを駆逐してゆく。
包囲網は崩れ、周囲には首魁とおぼしき襲撃者だけが残された。
尤も、それで完全に戦況が覆ったわけではない。いったいどれほど、というほどゴブリンは次から次へと湧き出してくる。

>剣と魔法の世界をナメ腐ってんじゃねえぞ

「そーだそーだ! そんなカッケー武器持ってたって、ボクと明神に勝てるワケねーってんだこんにゃろー!」

現代兵器の弱点を逆手に取った明神の隣で、ふんすふんす! とガザーヴァが鼻息荒く言い放つ。
襲撃者の背後にゴブリン・アーミーが展開する。だが、まだ攻撃はしない。
銃口をジョンたちに向けたまま、整然と隊伍を組んでいる。
そんな敵の軍勢を見据えながら、ジョンがゆっくりと口を開く。

>なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・
>助けてくれないか・・・?

「……ジョン……!」

ジョンの隣に佇んでいたなゆたは、その言葉を聞いて顔を見上げた。
今まで、ずっと自分は殺人者だと。パーティーの仲間に値しない者だと。見捨ててくれと再三言っていたジョン。
そのジョンが、やっと救いの手を求めてくれた。こちらが伸ばしていた手を取ってくれた。
ずっとずっと聞きたかった言葉に、胸が熱くなる。
そして、それはカザハや明神も同様だった。

>うんうん……ん? やっと観念したか……!
>くひっ。言えたじゃねえか

「雑魚狩りは趣味じゃないが、あんたの頼みなら仕方ない。今回の見せ場は譲っておこう」

エンバースもいつもの調子で返す。

>そいつが聞けただけでも、この旅には価値があったな。なゆたちゃん

「……うん……! さあ、ここから逆転よ! わたしたち全員で……この戦いに勝つ!」

誰かひとりが頑張るのではなく。誰かが守られてばかりなのではなく。
この場にいる全員で、この理不尽な死と破壊を齎すニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒す。
なゆたは腰のレイピアを抜き放ってゴブリンたちに突きつけた。

>動くなーっ!

同時にカザハがライフルを拾い上げ、襲撃者に狙いを定める。
襲撃者は全く動じない。そもそも、部下のゴブリンの一斉掃射を受けても平然としているのだ。
カザハに撃たれたとしても大したダメージはないということだろうか。

>ヌルいぜカザハ君!動いてほしくない時はなぁ―――。
 動けなくしてやんだよ!こーやってなぁっ!

ライフルが脅しにならないと分かった瞬間、間髪入れず明神が『工業油脂(クラフターズワックス)』を発動させる。
粘性の強い油が襲撃者に降り注ぐ。たちまち襲撃者は油に汚染された。
しかし、それでも襲撃者は動じる気配を見せない。
と、そのとき。

「あ―――――――っ!!!」

ジョンたちの背後で声がした。
市街地に散開していたゴブリンたちをあらかた片付けたマルグリットと親衛隊がこちらを見ている。
その中で、きなこもち大佐が襲撃者に対して右手の人差し指を突き出し、驚きの表情を浮かべていた。

「あいつ……どうしてここに」

「ちぃ〜ッ、よりによってメンドくさいのが……!」

さっぴょんが苦い表情を浮かべ、シェケナベイベが忌々しげに歯噛みする。
きなこもち大佐、さっぴょん、シェケナベイベの三人は元々ニヴルヘイムに召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である。
ならば、当然襲撃者とも面識がある、ということなのだろう。

106崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:48:48
そして。

「……助けてくれ、だと」

アルフヘイムとニヴルヘイム、そして十二階梯の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が一堂に会した場で、襲撃者が口を開いた。
低く冷たい男の声。明神もカザハも、もちろんなゆたも、その声を聞いたことはない。
だが――

ジョンは。聞いたことがあるだろう。

襲撃者はヘルメットに両手をかけると、一息にそれを脱ぎ去った。
くすんだ金色の髪が、硝煙のにおいの濃い風に揺らせてそよぐ。
さらにゴーグルを外すと、怜悧な眼差しの双眸が露になった。さながら猛禽類のそれを思わさせるような、鋭い碧の眼光。
精巧な、精悍な、どこかサイボーグだとかロボットを連想させるような、そんな無機質な相貌の男だった。
年の頃はジョンと同じくらいであろうか。背丈や身体つきまで似ている。

「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

襲撃者はグローブに包んだ右手でジョンを指さした。
襲撃者はジョンを知っている。自衛隊のヒーロー、ジョン・アデルではなく――ジョン個人を。
そして、ジョンもまたこの男のことを知っているだろう。

「進歩のない男だ、貴様は昔から過ちばかりを犯す。間違った道ばかりを選択する。
 そして、また殺すのか? 仕方なかった。やむを得なかった。そんな逃げ道を用意して」
 
男は告げる、ジョンを糾弾するごとく。弾劾するごとく。告発するごとく。
過去の行状を、法廷で証言するごとく。
そして、男は最後にこう言った。

「そう、『あのときのように』――」

男の名はロイ・フリント。
かつて、ジョン・アデルの友だった男である。

「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

「そ、そ、そ、そうッス!
 あいつは――『ブレモンをプレイしたことがない』んス!
 あいつは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえない、あいつは――」

「黙れ」

ちゅんっ! とゴブリンの威嚇射撃がアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの足許に命中する。

「ブレモンをやったことがない……? それなら、どうして……」

なゆたは眉を顰め、不可解な状況に怪訝な表情を浮かべた。
陣営によって違いこそあれ、アルフヘイムもニヴルヘイムも世界を救うという共通目的によって、
地球から『ブレイブ&モンスターズ!』のプレイヤーを召喚しているはずである。
特にニヴルヘイムにはアルフヘイムにはないピックアップ召喚という手段があり、高レベルプレイヤーを優先的に召喚できる。
ミハエルしかり、帝龍しかり、マル様親衛隊しかり、今まで出会ったニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、
皆錚々たるトップランカーばかりだった。
この世界を救うことができるのは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけ。となれば、敢えて初心者を召喚する理由がない。
だというのに、なぜ――

「……そういうことか」

黙して遣り取りを見遣っていたエンバースが、得心したように呟く。

「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。

「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

剣と魔法の世界に銃器を持ち込み、ATBとスペルカードの戦いに実弾での戦いで乱入した男。
ブレイブハンター、フリントは冷淡に言い放った。

107崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:50:29
幼いころのジョンは大きな体格の反面内向的で、ハッキリものの言えない子供だった。
幼稚園でも外人ということで色眼鏡で見られ、親しく話したり遊ぼうとする者はいなかった。
小学校に上がっても、それは変わらない。クラスの中でも、ジョンはいつもひとりぼっちのまま――
だった、けれど。
そんなジョンに声をかける子供が、ふたりいた。

《おれ、ロイっていうんだ! パパの仕事の都合でアメリカから引っ越してきた!
 おまえもアメリカ人なんだろ? ほら、髪と目の色が一緒だもん!》

転校生で生粋のアメリカ人であるロイは、ジョンのことを色眼鏡で見ない。
それどころかアジアで出会った同じ白人ということでジョンに大いに興味を示し、幾度もジョンを遊びに誘った。
ジョンが初めて母の言いつけに背き、稽古をさぼって遊びに行った相手がロイだった。

《来いよ、ジョン! 一緒に虫取りに行こうぜ!》

《ジョンをいじめるやつは、おれが絶対許さないぞ!》

《――ジョン、おれたち、ずっとともだちでいような――!》

ジョンは稽古のない時には、いつもロイ『たち』と『三人で』過ごした。
そう、いつも一緒だったのだ。どんなときだって、三人でやってきたのだ。

あの時までは。

『あの事件』が起こると、ロイの家族はアメリカ本国に戻り、それから二度と日本の土を踏むことはなかった。
ロイも両親に連れられ、アメリカへと戻った。それ以来ジョンとロイとは一度も顔を合わせずに、お互い大人になった。
そして――道を別ったふたりは今、この異世界でふたたび巡り合った。
敵同士として。

「アイツ、チョー洒落んなってないし! ブレモン知らんやつがアルフヘイム来んなし!」

「あいつには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方が通用しないッス、ガチでヤバイ奴ッスよー!」

「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

親衛隊が口々に言う。
親衛隊は三人とも一騎当千の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だが、その肉体自体はなんの変哲もない一般人だ。
今までの戦いで実証されたように、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い以外の戦闘には弱い。
そして、それはなゆたや明神達も同様だ。
ブレモンのデュエルでどれだけ強くとも、実戦で銃弾の一発も受けてしまえばそれで終わりである。
アルフヘイムやニヴルヘイムの住人が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒すことは難しい。
なぜなら、こちらの世界由来の存在は誰しもが例外なくブレモンのゲームシステムの影響を受けるからである。
だが、地球から来た人間はその軛には縛られない。
まさしく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺すために召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
それがこのフリントだった。

「わたしたちを殺すために、ゴブリンに地球の武器を持たせて戦わせるなんて……」

「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

「……次があると思ってるの?」

なゆたが凄む。
ここでジョンがこの因縁の相手とおぼしき男を仕留め、帝龍と同じように無力化してしまえば、すべての決着がつく。
何より、ここで仕留めてしなければ益々ゴブリンアーミーの練度が上がってしまう。
今回はなんとか戦力拮抗からやや優位くらいまで持っていけたが、次回勝てるかどうかはわからない。
フリントを逃がしてはならない。なゆたはスマホをいつでもタップできるよう身構えた。
しかし、フリントは動じない。どころか、

「あるさ。今回の任務は完了した、撤退する」

と、無表情のまま言った。

「なんですって?」

「貴様らは本当に素人だな。俺が――ただ貴様らと会話がしたいから、ここで突っ立っているとでも思っているのか?」

「それ―――」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

なゆたが疑問を口にしかけたその時、フリントのはるか後方で耳をつんざく轟音と共に大爆発が起こった。

108崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:53:40
アイアントラスはその名の通り、トラス式の橋桁を用いた鉄橋である。
見れば、フェルゼン公国側のトラス式鉄骨から黒煙が上がっている。そして、更に二度、三度の爆発。
強固なトラス式の鉄骨が吹き飛び、橋と大断崖とを繋げている巨大な鎖が弾け飛び、跳ねるように勢いよく谷底に落ちてゆく。
と同時に大きく地面が揺れ、橋梁都市は緩やかに傾斜し始めた。
近くにいたジョンにしがみつく格好になりながら、なゆたは瞠目した。

「まさか……!」

「俺は。俺のやり方で貴様らを葬ると言ったぞ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」

ブレイブハンターが無表情のままで言い放つ。
フリントは自身の手でアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒そうとしているのではなかった。
それよりももっと効率的、かつ確実な方法でなゆたたちを消し去ろうとしている。

「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

派手好き楽しいこと好きのガザーヴァがスケールの大きさに歓喜する。どっちの味方だ。
橋梁の基部を爆破し、この橋を大断崖の藻屑と化す。そうすれば馬鹿正直にデュエルをする必要さえない。
パーティーがアイアントラスに到着してから行動を開始するのではなく、到着の遥か以前から作戦行動をしていたのも、
邪魔なアイアントラスの住人を始末し破壊工作をしやすくするためだったのだろう。
なゆたたちはそんなゴブリンの目先の残虐行為にばかり気を取られ、フリントの真の目的に気付かなかった。
だが。

「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ。
 今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

どうやら、フリントはこのアイアントラスを奈落の底に落とそうとしているのではないらしい。
では、なぜ橋桁の一部を崩落させ都市を傾けるようなことをしたのか?
むろん、フリントはその疑問に答えを示しはしない。右手を水平に伸ばすと、途端に空間に裂け目が生じる。
もうすっかり見慣れた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』だ。
ゴブリン・アーミーたちが撤退してゆく。その銃口は絶えず『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けられており、阻止は不可能だ。
なゆたたちはただ歯噛みしてニヴルヘイムの軍勢を見逃すことしかできなかった。

「あいつも――妹も貴様が地獄へ墜ちるのを望んでいるだろうよ」

最後にジョンへそう言うと、フリントは踵を返して空間の裂け目を潜り姿を消した。
多数のアイアントラス住人の犠牲と、都市の破壊。
大きな犠牲を払って、戦いは終わった。

「……わたしたちのせいだ」

戦火に包まれたアイアントラスを半ば呆然と眺めながら、なゆたが呟く。
フリントはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を葬るために召喚された、と言った。
であるなら、この惨状は間違いなくなゆたたちの手によって引き起こされたもの。
無辜の民を戦いに巻き込み、死に至らしめた――その事実が胸に濃い影を落とす。

「否。例えそうだとしても、ただ立ち尽くすにはまだ早いかと。
 我らが救える命は、まだあるはずです……諦念こそが人を殺す。参りましょうぞ」

マルグリットを先頭に、親衛隊たちが怪我人の救助に乗り出す。

「みんな、わたしたちも行こう。マルグリットの言うとおり、まだ助けられる人はいるはずだから……」

ぐっと拳を握り込み、感情を押し殺すと、なゆたはパーティーの仲間たちを振り返って言った。
それから仲間たちが手分けして救助に行くと、なゆたはジョンの許へと歩み寄る。

「ジョン、さっきはありがとう……危ないところを助けてくれて。
 あなたが来てくれなかったら、わたしはきっとフリントに殺されてた。
 あなたのことを助けるって。そう誓ったのに、あべこべに助けられてちゃしょうがないね」

ジョンの顔を見上げ、あはは……と困ったように笑う。

「……それから。助けてって言ってくれて、嬉しかった。
 やっぱり、わたしはジョンのことを見捨ててなんていけない。あなたの苦しみをすっかり取り除くことは難しくても――
 少しでも和らげられたらって思う。それはきっと、他のみんなも一緒のはず。
 だから……わたしたちに、あなたの力にならせて。
 その代わり……」

ジョンを戦いから遠ざければ、それで当面は上手くいくと思った。自分がジョンを守ってやるのだと息巻いていた。
けれどもそれは思い上がりだったかもしれない。ブレモンのトップランカーという自負が、驕りが、なゆたにはあった。
しかし、今度の敵には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の、ブレモンプレイヤーの戦いの定石は通用しない。
相手は戦闘のプロだ。正真正銘の軍人、戦闘訓練を受けた地球の戦士。

「あなたの力を貸して。あいつに――フリントに勝つには、わたしたちだけじゃどうにもならない。
 あなたの力が必要なの。
 ジョンの持ってる、対人間のスキルが。きっとこれからの戦いの鍵になるはずだから」

なゆたは真っすぐジョンの瞳を見つめながら、その右手を取って両手でぎゅっと握った。

109崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:56:02
アイアントラスの兵士や都市にあるプネウマ聖教会の僧侶たちと共に怪我人の救助を終えたなゆたたちは、爆破地点へ向かった。
爆破された地点は、魔法機関車の駅にもっとも近い橋桁だった。
橋桁が駅ごと爆破され、完全に崩壊している。
よほど強い爆薬を用いたのだろう。あまりに強い爆発が橋を固定していた巨大な鎖をも吹き飛ばしている。
お陰で橋が傾き、アイアントラスからフェルゼン公国方面へ行く橋と崖の間に上下10メートルほどの段差ができてしまった。
当然、魔法機関車の軌条も崩れてしまっている。
これで、当初予定していた魔法機関車と合流してフェルゼンへ――という計画は頓挫してしまった。
バロールが修理に梃子摺っているのか、魔法機関車がまだアイアントラスに到着していなかったのは不幸中の幸いか。
もし魔法機関車が先に到着していたなら、フリントはいの一番に魔法機関車を破壊していただろう。

「……これがフリントの目的だったんだ」

アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの移動手段を奪い、足止めする。
そうすることで襲撃の機会を増やし、いつでも軍事行動に移れるようにする。
狙われる側はいつ銃弾が飛んでくるかわからない恐怖におののき、精神を摩耗させてゆく。
一方で時間が経てば経つほどゴブリン・アーミーの練度は上がってゆき、その殺傷度と危険度は高くなる。
文字通り真綿で首を締めるような、確実かつ狡猾な手口だった。

「アイアントラスを離れよう」

なゆたが提案する。
魔法機関車が使えなくなった以上、ここに長逗留しても意味はない。
それに、いつまたフリントたちが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』抹殺のために乗り込んでくるかも分からない。
フリントはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を葬ると言った。
なゆたたちがアイアントラスに残れば、また無用の犠牲が出るかもしれない。
アイアントラスがこのような惨状になったのは、自分たちのせいだ。
それを償いたい気持ちはある。まだまだ、助けを必要としている人々はいるだろう。
しかし、そうすることで更なる惨劇を招くかもしれない――その可能性を考えると、これ以上この場所にいる訳にはいかなかった。
幸い、橋は完全に陸地と分断されてしまった訳ではない。
爆破されなかった側の橋桁から、馬車を使ってフェルゼン公国へ抜けることは可能だ。

「俺たちがエーデルグーテへ行くという情報を、連中は既に掴んでいるのだろう。
 だとしたら厄介だ、連中はいつでも俺たちを狙える。連中の狙撃の腕がいつまでも下手なままであればいいんだが――
 奴の口ぶりからすると、それは期待薄だな」

腕組みしながらエンバースが口を開く。
魔法機関車が使えれば狙撃もある程度防げただろうが、現状の幌馬車では防御力はゼロだ。
といって馬車を武装させるのもナンセンスだろう。武装すればそれだけ馬車は重量が増える。一頭では引けなくなる。
パーティーには馬車用に用意した馬の他、カケルとガーゴイルを加えた計三頭の馬がいるが、
馬車自体は一頭立ての構造のため他の二頭が引くスペースはなかった。
ならば三頭立ての武装した馬車を用意すればという話だが、そもそもそんな馬車など存在しない。用意するならオーダーメイドだ。
そんな特注の馬車を作っている間にフリントはパーティーにとどめを刺そうと襲い掛かって来るに違いない。
第一、幌馬車プランにはもうひとつ難点がある。

「ちょっ、こっからエーデルグーテまでえっちらおっちら幌場所で行くつもりかよー!?
 ジョーダンじゃねーぞー! ボクはアイアントラスまでってことで、今までガマンして鈍足で旅してきたのに!
 話が違う! そんなんじゃ、うら若き乙女のボクがババーになっちゃうじゃんかーっ!」
 
案の定というべきか、ガザーヴァがゴネた。落ち着きのなさと堪え性のなさでは他の追随を許さない性格の幻魔将軍である。
今まではアイアントラスで魔法機関車に乗るまでの辛抱――と宥めすかされてきたのだが、
フリントの襲撃によってそれもままならなくなり、不満が噴出してしまった。
今回の旅は単にエーデルグーテに到着さえすればミッションクリア、という類のものではない。
ジョンを蝕むブラッドラストを一刻も早く解かなければならないという、期限付きのミッションだ。
今後も幌馬車での旅を続けるというのなら、エーデルグーテまでは10ヶ月はかかるだろう。
ジョンの精神と肉体が、そんな期間を耐え抜けるかどうか――甚だ心許ない。

「こんなとき、みのりさんかバロールのアドバイスがあればいいのに……」

なゆたは歯噛みした。
こういうときにこそパーティーのバックアップをしてくれるはずのキングヒルからの通信はない。
どころかこの半月、なゆた側からコンタクトを取ろうとしてもまるでみのり達からの応答は得られなかった。
通信障害というのは考えづらい。恐らくマルグリットらを警戒して、敢えて通信を切っているのだろう。
今は後方支援は期待できない。このパーティーだけで物事に当たらなければならないのだ。
だから。

「……明神さん、ちょっと」

軽く手招きすると、なゆたは明神を連れ出してふたりだけで物陰へと移動した。

110崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:59:12
「ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に襲撃を受けたは痛手でしたが――
 これしきのことで、大義を胸に抱く我らの歩みを押し留めることなどできはしません。
 否、むしろ――斯様な策を弄してくるということは、それだけ彼奴等にとって我らが小さからぬ脅威であるという証左。
 いかなる艱難と辛苦が待ち受けていようと、これを打破するのみ! それが我らの為すべきことでありましょう!
 さあ――月の子よ、勇敢なる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ! 参りましょうぞ、我が賢姉の待つ聖都へ!」

出発の支度を整えると、マルグリットが高らかに言い放った。
その瞳はキラキラと使命に燃えている。障害が多ければ多いほど士気も上がると、その眼差しが告げている。
正真、マルグリットは世界を救うという大義のために戦っているつもりなのだろう。
その佇まいは美しい外見と相まって、いかにも主人公! といった様子だ。
ゲームのメインビジュアルになりそうな絵面とも言う。
だが。

「……マルグリット、その話なんだけど。
 出発する前に、ひとつだけ教えてくれない?」
 
なゆたが馬車の傍でマルグリットと相対し、ゆっくりと口を開く。
マルグリットはすぐに頷いた。

「私の知り得ることならば、何なりと」

「ありがとう。マルグリットはローウェルの命令でわたしたちをスカウトしに来たのよね?
 あなたの他に、そっちには何人の十二階梯の継承者がいるの?
 全員揃ってるのかしら」

「いえ、私に貴君らの許へ行くようにと指示を下したのは師父ではありません。
 救世の大義のため御多忙であられる師父の代理として、現在は『黎明』の賢兄が陣頭指揮を執っておられます。
 本来ならば、斯様な危難の折。十二階梯全員が力を結集せねばならぬ処ですが――
 『真理』の賢兄や『覇道』、『黄昏』などは『黎明』の賢兄の招集にも応じぬ有様でして。
 尤も、それもおいおい解決するでしょうが……」

問われるまま、マルグリットは誠実に情報を公開する。
こういう莫迦正直な辺りが、マルグリットの底抜けの善人ぶりをよく示していた。
なゆたは頷いた。

「そう。『黎明』がいるのね、そっちには」

「無論です。『黎明』の賢兄こそは、侵食の脅威より諸人を救い出す文字通りの黎明たるお方。
 『創世』の師兄が野に下った今、我ら十二階梯とて『黎明』の賢兄の叡智なくしては立ち行きませぬ。
 賢兄に面会を望まれますか? それは重畳! 賢兄もそれを望んでおりましょう。
 我が賢兄と語らい、その深遠なる脳中を理解すれば、貴君らも必ずや――」

「いいえ。私が知りたかったのは、そっち側に『黎明』がいるかどうか、ってことだけよ。
 そして、あなたの言うとおり本当に『黎明』がそっちにいるのなら……。
 マルグリット、あなたたちとの同行はおしまい。ここからは、わたしたちだけでエーデルグーテまで行くわ」

「……え?」

突然の離別宣言に、マルグリットは目を瞬かせた。
それまで黙ってなゆたちマルグリットの話を聞いていた親衛隊の目に、殺気が宿る。
さっぴょんがなゆたを睨みつける。

「どういう意味かしら、モンデンキント」

「さっぴょんさん、ごめんなさい。シェケナさんもきなこもちさんも。
 あなたたちと一緒に旅した半月はとても助かったし、感謝もしてます。さっきの戦いだってそう。
 皆さんがいてくれなかったら、わたしたちはもっと苦戦してたし……仲間たちに犠牲だって出たかもしれない。
 それは、どれだけ感謝しても足りません。本当にありがとうございます」

なゆたは親衛隊に向き直ると、丁寧にお辞儀をした。
それからすぐに姿勢を戻し、決意を湛えた瞳でさっぴょんたちを見つめ返す。

「だからこそ、はっきりさせておきます。
 マルグリットや親衛隊の皆さんの協力に報いたいと、そう思うから――。
 あなたたちと一緒には戦えない。ローウェルの所へも行かない。
 エーデルグーテへ行ってオデットに会う方法は、わたしたちだけで考えます。だから……これでお別れにしましょう」

「な……、何故です……!
 我らは共に侵食に抗い、世界を救わんとする大望を抱いた同志のはず!
 私は貴君たちの力になりたい、師父のことはさておき今はそうすべきと! 私の中の正義がそう告げるのです!
 だというのに……何故……!」

端正な顔を悲痛に歪め、マルグリットが声を荒らげる。
なゆたは口を真一文字に引き結び、ほんの少しの静寂の後、

「ゴブリン・アーミーに地球の装備を与えたのは、『黎明の』ゴットリープでしょう?」

と、言った。

111崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 20:01:54
『黎明の』ゴットリープ。

『創世の』バロール離反後の十二階梯の継承者を束ねる、筆頭継承者。
魔導組織『霊銀結社』の頂点に位置する『大達人(アデプタス・メジャー)』にして、アルフヘイム最高位の魔導師。
ゲームの中では基本的にプレイヤーの協力者として様々な便宜を図ってくれる、心強い味方である。
そんな、本来はなゆたたちの支援をしてくれてもいいはずの人物が、ゴブリン・アーミーの装備の提供者だとなゆたは言う。

「なぜ……そう思われるのです……?」

「わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、召喚される時に身に着けていた物ごとアルフヘイムにやってきた。
 フリントがヘルメットや銃を装備したまま召喚されてきたなら、それらがこの世界にあっても不思議じゃない。
 でも――それなら装備はフリントの分しかないはず。
 あの大量のゴブリンへ支給できるだけの装備は、どこから来たのか……? わたしはそれをずっと考えてた」

「そのフリントだかの装備をバラして分析して造ったんじゃないん?」

「ううん、それじゃ時間がかかりすぎるよ。でも――」

ガザーヴァが横合いから口を挟む。なゆたはかぶりを振った。
例えば戦争では敵方の装備や戦車、航空機などを鹵獲し、分析して似たようなものを造るという行為は常識だ。
フリントの装備をニヴルヘイムが分析し、それを元に大量生産する――というのは無い話ではないだろう。
が、その場合『分析から大量生産まで膨大な時間が必要』という弱点がある。
まして、地球産の装備は構造も材質も理論もまるでこちらの世界とは違う。
地球の科学知識のない者がすべてを解析し、理解した上で同等の物を造り上げるというのは並大抵の苦労ではない。
それに、複製ができたとしてもそれを継続して生産するというのがまた大変だ。
こちらの世界には、プログラムさえすれば同じものをオートメーションで大量生産してくれる工場など存在しないのである。
フリントは自らを『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩るために召喚されたと言っていた。
間違いなく、フリントはなゆたたちがニヴルヘイムの脅威であると認識されて以降に召喚されたのだろう。
となれば解析、試作、大量生産などというステップを踏む時間はとてもない。
……しかし。
それらすべての問題を一挙に解析する方法が、ひとつだけある。

「……なるほどな。業魔錬成か」

エンバースが頷く。

業魔錬成――
アイテム同士を掛け合わせ、高ランクのレアアイテムを作成する高位魔術。
それを使えば、構造など関係なく地球産の装備を大量生産することは可能であろう。
そして、この世界において唯一の業魔錬成の遣い手こそが――『黎明の』ゴットリープなのだ。

「そうよ。まったく文明や文化の異なる世界の装備なんて、そう簡単にコピーできるわけがない。
 でも魔法ならそれができる。これを増やしたい、と思いさえすればね。
 業魔錬成はその一番の近道――そして業魔錬成を使えるのはゴットリープだけ。
 どうして、あなたの兄弟子はニヴルヘイムに力を貸しているの?
 マルグリット。あなたは……どこまで知っているの? フリントのアイアントラス襲撃は知らなかったとしても。
 『ゴットリープがニヴルヘイムに武器を提供してる』ことは、知ってたんじゃないの……?」 

「………………!」

なゆたの指摘に、マルグリットは沈痛な面持ちで俯いた。
と同時、なゆたの追及に言葉を詰まらせるマルグリットの窮状に親衛隊が身を乗り出す。

「そこまでよ、モンデンキント。
 マル様に是非を問うなど言語道断。マル様のお心を曇らせることは、私たちが許さないわ」

「師匠……それ以上いけないッス。考え直してほしいッス。 
 現状、自分たちは師匠の『仲間』ではなくとも『味方』ッス。師匠と敵対はしたくないッス。
 今ならまだ、マル様も許してくださるはずッス……!」

さっぴょんが敵意を剥き出しにする一方で、きなこもち大佐がなゆたを説得しようとする。
しかし、もう決めたことだ。なゆたの決意は固かった。
なゆたが先ほど明神を呼び出し、物陰で話したことがこれだった。
ゴットリープが、そして十二階梯の継承者がニヴルヘイムに協力していることは明らかだ。
だとすれば、これ以上マルグリットと一緒に旅はできない。

「前に偉そうなこと言っといて、やっぱりやめるなんてカッコ悪いけど。
 ゴメンね、明神さん。やっぱりわたしたちはわたしたちだけで進もう。
 わたしたちは、今までずっとそうしてきた。だから、これからもそうする。
 今度だって、きっとうまいことやれる。……だよね」

明神とふたりで話をしたとき、なゆたはそう言ってばつが悪そうに笑ったのだった。

112崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 20:03:57
「……確かに……私は知っていました……。しかしながら、『黎明』の賢兄のこと。
 何か深遠なお考えあってのこと……そう、そうに違いありませぬ……!」

マルグリットが搾り出すような声で言った。

「そうかもしれない。結果的に侵食を食い止められるような作戦があって、そのためにやったことなのかもしれない。
 でも。どんな素晴らしい作戦だって、人が死んだらなんの意味もないんだよ……。
 ゴットリープがフリントの装備をコピーして、ゴブリンに持たせた。それでアイアントラスの人たちは死んだんだ……!
 それは覆らない! 絶対に!! 生き物は、死んだらおしまいなんだよ! 生き返ることなんてできないんだ!
 『うまい作戦がある』とか! 『深い考えがある』とか! そんなこと、死んだ人たちに言えるの!?
 あなたたちの死は必要だっただなんて! そんなこと、口が裂けたって言えるもんか!」

「…………ッ…………」

「そんな作戦を考えて! 人が死ぬ武器をたくさん造って!
 それで『世界を救いたい』だなんて! どの口で言ってるんだ!
 『黎明』はローウェルの代理って言ったわよね、それはローウェルの意思でそんなことをしてるってことよね?
 じゃあ……わたしはローウェルを絶対に許さない! ローウェルや『黎明』の命令に従ってるあなたたちのことも!
 無碍に命を摘み取るニヴルヘイムの連中も! 絶対絶対……絶対に! 認めてなんてやらないわ!!」

声を限りに、なゆたは叫んだ。
その啖呵を聞いたガザーヴァがヒューッ! と口笛を鳴らす。

「いいねぇいいねぇ! 宣戦布告ってヤツ!? んじゃもうボクのコトも解禁でいーよな!
 おい、そこの頭ン中お花畑の三バカ恋愛脳トリオ!
 いつでもかかって来いよ、ブッバラしてやンよぉ! そう、『ボクがオマエらの聖地を更地にしたときみたいに』――! 
 この現場将軍! もとい、幻魔将軍ガザーヴァ様がなァ―――――――ッ!!!」

ガザーヴァがここぞとばかりに中指をおっ立てて挑発する。
と同時、黒い靄がその露出度の高い華奢な身体を取り巻き、漆黒の甲冑へと変化してゆく。
すぐにガザーヴァはブレモンプレイヤーならば誰もが見慣れた姿になった。
親衛隊は目を瞠った。

「ガ……、ガザ……!?」

「あの頭の緩いガキンチョが……!? いやでも確かにあの緩さは……!」

「きっひひひひッ! ビックリしたかァー? でも驚くのはまだ早いぞ!
 ここにいる明神、笑顔きらきら大明神なんて名乗っちゃいるけど大ウソだ!
 コイツの本当の名前は、うんちぶりぶり大明神――! そう、ブレモン史上最低最悪のクソコテ野郎だ!
 そんなことも気付かないでアホ面さげて、オマエらってばまったく笑えるったらありゃシナーイ! あーっはっはっはっ!」

ガザーヴァは明神の肩に右腕を回すと、いかにも馴れ馴れしげな様子でカミングアウトした。
混沌と修羅場を好む悪属性の本領発揮である。

「うんち……ぶりぶり……ですって……?」

「あの……マル様を愚弄し、聖地を喪って傷心の自分たちを煽るだけ煽ったガチクズ野郎……!」

「ヒィ―――――――――――ハ――――――――――――――――ッ!!! 殺す殺す殺すゥゥゥゥゥ!!!!」

不倶戴天の敵を前にして、親衛隊の怒りゲージが振り切れる。
どんっ! どどんっ! と地響きを立ててミスリル騎士団が現れ、スライムヴァシレウスが限界突破のオーラを纏う。
アニヒレーターが肩にかけているフライングV的なギターを構える。

「みんな!」

なゆたもポヨリンを足許に配置し、仲間たちに戦闘態勢を促す。
一触即発の事態。
しかし――

「……双方、矛を納められよ」

そんな状況を収拾したのは、他ならぬマルグリットだった。

113崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 20:07:20
「月の子の申される通り、死を是として為さねばならぬことなどありますまい。
 されど……されど、必ずや! その死を無駄にせぬだけの結果を伴う目的が! あるはずなのです!
 この『聖灰』、伏してお願い申し上げる……何卒、何卒今は、今だけは堪えて頂きたい……!
 『黎明』の賢兄、そして我らが師父と貴君らがまみえ、直に会談する事が叶えば、その疑問も! 怒りも!
 必ずや氷解するに違いないのです……!」

マルグリットは地面に両膝をつくと、なゆたたちへ深々と頭を下げた。

「マル様……!」

親衛隊が驚きの声をあげる。
ブレイブ&モンスターズの顔、人気ナンバーワンの美形キャラが。
何をするにも絵になる美青年が、何もかもかなぐり捨てて頭を下げた。
マルグリットは心の底から願っているのだろう、兄弟子や師匠が世界を救ってくれることを。
だからこそ疑いもなくその指示に従い、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを集めて回っている。
それが正義なのだと。この世界を護ることに必要なことなのだと――

「あなたは本当に、わたしたちの知るマルグリットなんだね」

頭を下げたまま動かないマルグリットへ、なゆたが呟くように言う。
ただひたすらに人の善性を、正義を、愛情を信じ、世界の平和のために邁進する。
他の継承者たちが悪に堕ち、或いは我欲のままに振舞ったとしても、マルグリットだけは決してぶれることはなかった。
ゲームの中でも、そしてこの現実のアルフヘイムでも。
マルグリットはただただ、世界平和の実現のためだけに戦っている。

だからこそ。

「……わたしにも信念がある。あなたと同じように。
 あなたの信念があなたにそこまでさせるなら、わたしも――わたしの信念を貫かなくちゃいけない。
 わたしたちは対等なんだ。状況や説得で自分の信念をすぐに引っ込めたりしたら、それが崩れちゃう。
 あなたはあなたの信念を最後まで通す。わたしはわたしの信念をどうでも変えない。
 ……そうすることが。あなたの信念に対する礼儀だと思う……から」
 
「……月の子……」

「そのうち、あなたの兄弟子やお師匠さまには会いに行くよ。
 でも、それは今じゃない。もっと世界を回って、色んな物事を見て。
 わたしたちにできることを全部やったうえで――この世界の真実を確かめたら。そのときに会いに行く。
 だから。もう少し待ってて」

今の自分たちは、まだ何も知らない。この世界で本当は何が起こっているのか、誰が何を考えているのか。
それらのすべてを解き明かしたとき。イベントやクエストを片端から網羅したとき。
そのときが、ローウェルとの決着をつけるときになるだろう。

「交渉決裂ね。分かったわ、モンデンキント。
 今はマル様に免じて、戦うのはやめておいてあげましょう。でも――次はないわ。
 フリントがあなたたちを殺すのを待つまでもない。私たちマル様親衛隊が、あなたたちを潰すわ」

「あーしたちを怒らせて、タダで済むと思ってんじゃねぇーってーの!
 おい、うんち野郎! てめぇーは特に念入りにバラバラにしてやっかんな!
 んでスクショ撮って拡散してやんよォーッ! 前に地球でそうしたみてーになァーッ!」

「……残念ッス。師匠」

マル様親衛隊が口々に言う。
そんな親衛隊に寄り添われながら、マルグリットが立ち上がる。

「……嗚呼。私は知らぬ間に、貴君らの信念を穢していたのですね……。
 心よりのお詫びを、勇気ある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。私が誤っていたようです。
 ならば。であるのなら……もはや何も申しますまい」

マルグリットは非難や恨み言を言わない。
ただ、そこには袂を別ったなゆたたちへの無念の想いだけがある。

「では、我らはこれにて。
 ……貴君らの旅が、実り多きものでありますように」

最後にそれだけ言うと、マルグリットは踵を返していずこかへと去っていった。
親衛隊もそれに倣う。

「……マルグリット」

去り行くマルグリットの背を見送りながら、なゆたは小さく名を告げた。
さっぴょんの言うとおり、次に会ったときは敵同士だ。
フリントという強敵が控えているというのに、その上マルグリットまで敵に回してしまった。
こちらにとっては不利と言うしかないが――それでも、この決別は避けられない事態だった。
マルグリットは自分の陣営の者たちがすることに従う他はないし、なゆたたちも我が道を進むしかない。
互いの道が、心が交わらないのであれば――そこにはもう、戦いしかないのだ。

ギリ、と奥歯を強く噛み締めると、なゆたもまた長い髪を揺らして大きく反転し、歩き始めた。
フェルゼン公国へ。アズレシアへ。聖都エーデルグーテへ――

この世界の真実へ。


【“『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』”ブレイブハンター・フリント登場。
 アイアントラス破壊により魔法機関車が使用不可に。
 意見の相違によりマルグリットと決別。】

114ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:12:29
「うんうん……ん? やっと観念したか……!」
>「任せとけよ親友!今も、これからも!ちゃあんと助けてやっからよ!」

あぁ…夢みたいだ。

>「雑魚狩りは趣味じゃないが、あんたの頼みなら仕方ない。今回の見せ場は譲っておこう」
>「……うん……! さあ、ここから逆転よ! わたしたち全員で……この戦いに勝つ!」

ずっと欲しかった。自分を守って…信じてくれる仲間が。
あの日からずっと諦めていた…いや自分で思い込んでいた。
自分はそんな仲間ができるような人間ではないと、価値はないと。

本当にいいのだろうか?手を伸ばして…彼らの手を掴んでいいのだろうか。
もう十分苦しみ抜いた。だから…手を伸ばしていいのだろうか。

「みんな・・・みんな・・・ありがとう」

そう手を伸ばそうとしたその時。

>「……助けてくれ、だと」

今まで無言だった襲撃者の声で現実に戻される。

なぜ僕は今まで忘れていたのだろう?

いや違う。

>「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

違う。僕は自分の意志で思い出さないようにしていただけだった。
もう会わないなら…と自分の精神を守るために・・・。

>「進歩のない男だ、貴様は昔から過ちばかりを犯す。間違った道ばかりを選択する。
 そして、また殺すのか? 仕方なかった。やむを得なかった。そんな逃げ道を用意して」

顔を上げなくてもだれだかわかる。忘れてなんかいない。
自分の限界を超えないように記憶の片隅に封印していただけだ。

忘れるはずなんてない。

>「そう、『あのときのように』――」

「…ロイ…ロイなのか…?」

>「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

「だとしても…なんでこんなこと…」

>「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

「ブレイブを狩る…ブレイブ?」

>「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

115ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:12:49
《おれ、ロイっていうんだ! パパの仕事の都合でアメリカから引っ越してきた!
 おまえもアメリカ人なんだろ? ほら、髪と目の色が一緒だもん!》
《来いよ、ジョン! 一緒に虫取りに行こうぜ!》
《ジョンをいじめるやつは、おれが絶対許さないぞ!》
《――ジョン、おれたち、ずっとともだちでいような――!》

「違う!違う!僕の知ってるロイは・・・もっと優しいはずだろ!
 ブレイブを殺すとか・・・一般人を殺すような奴じゃないはずだろ!!」

>「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

僕の知っているロイは…強きを挫き・弱きを助ける。
まさにヒーローを体現したような・・・日本風でいえば筋の通った男だったはずだ。

でも今この状況は?一般人が死に、なゆを殺そうとし、僕の膝にもナイフが突き刺さっている。

>「わたしたちを殺すために、ゴブリンに地球の武器を持たせて戦わせるなんて……」

>「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

>「……次があると思ってるの?」

>「貴様らは本当に素人だな。俺が――ただ貴様らと会話がしたいから、ここで突っ立っているとでも思っているのか?」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

>「俺は。俺のやり方で貴様らを葬ると言ったぞ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
>「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

「そ・・・そんな事したらここに住んでる人はどうなるんだよ・・・おい!」

>「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ。
 今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

「なんでだよ・・・恨んでるのは僕一人だけのはずだろ?なんで・・・僕以外も・・・ほかのブレイブを巻き込むんだよ?
 そんな事を表情一つ変えずにできるような奴じゃないはずだ・・・君は・・・」

ゴブリン達が一斉に退却していく。
なゆ達は銃口を向けられ、この街を荒らした犯人達を見送る事しかできないでいた。

「なんで・・・なんで・・・」

僕ならこの状況を打破できるかもしれない。でも、僕の心はいろんな感情がまざり…それどころではなかった。

>「あいつも――妹も貴様が地獄へ墜ちるのを望んでいるだろうよ」

そう、僕にいい残すとロイは空間の裂け目に消えていった。

116ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:07
>「……わたしたちのせいだ」

私【達】ではない・・・僕の責任だ。
ロイがああなってしまったのも・・・僕達を襲うことになったのも・・・

「僕が悪いんだ・・・」

酷く気分が悪い。
久しぶりにあった親友は小さい頃に一緒だった時にみせた優しさを全て捨て、人殺しになっていた。

その原因を作ったのは間違いなく僕だ。

優しい彼を僕が・・・殺したんだ。

彼一人じゃない、彼の家族も、みんな僕が殺したのだ

「うぷっ」

吐き気がする。
今までずっとみてみないフリをしてきた。どうせ二度と会わないのだからと。
でも相手はそうじゃない。恨んでた。僕を、僕が犯罪にならない世界を。

ちょっと考えればわかる事だった。いやわからなかったんじゃない・・・僕はわかっていて無視していたんだ。

自分を守る為に・・・。

>「あなたの力を貸して。あいつに――フリントに勝つには、わたしたちだけじゃどうにもならない。
 あなたの力が必要なの。
 ジョンの持ってる、対人間のスキルが。きっとこれからの戦いの鍵になるはずだから」

違う…僕は…こんな優しい言葉を掛けられていい人間じゃない。

なんで僕は許された気になって・・・舞い上がってたんだ?僕は人としての幸せを得ちゃいけないのに。

「すまない・・・一人にしてくれ」

なゆの手を弾き、膝からナイフを強引に引き抜く。
吐きそうになるのを我慢しながらゆっくりと歩き出す。

とにかくみんなから見えない位置に移動したかった。一人で考えたかった。楽になりたかった

でも路地にあったのは・・・さらに苦しい現実だった。

「おえええぇぇぇぇえ・・・」

そこで見たのは子供庇って銃に撃たれたと思われる男女の大人と・・・
その死体の下で死んでいる子供だった。

僕の過去の過ちのせいで、違う世界の幸せな家族まで壊れてしまった。

僕だけが苦しめばいいと思っていた。
全部目を瞑れば、僕だけが罪を償えばそれだけで済むと思っていた。

でもそれは現実逃避にしかならないのだと。罪は自分の手で最後まで…償わないといけないのだと。

117ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:25
-------------------------------------------

「痛いよぉ〜やめてよぉ〜」

図体がでかい外人というだけで幼稚園でも・・・小学校でもいじめられていた。

反撃すればいじめはなくなるかもしれない。でも一生友達ができなくなるかもしれない。
という恐怖から反撃できず、毎日顔つき合わせれば体当たりされ、石をぶつけられる

「そこ!なにイジメてるんだ!」

そこに現れた一人の少年・・・それがロイだった。

この頃からすでにロイは人気者だった。
手を振れば女子が集まってくるし、男子でさえ嫌ってるいる者は少なく、誰からも愛されていた。

漫画や、ドラマの主人公になるのはこんな人なのだろうと思った。

もちろんただの八方美人の優男ではなく、ルールを破る悪には決して屈しない心と体を持っていた。

「お前も…反撃できないわけじゃないだろう?なぜ反撃しないんだ」

「僕が反撃したら相手に怪我させちゃうから・・・」

「自分より相手を優先したのか?イジメてるやつを?……お前気に入った!俺はロイ。ロイ・フリントだ」

一生仲良くなる事はないだろう人に手を伸ばされる。

「え…?」
「いいから!」

手を強引に引っ張られていく。

「これから俺とお前は・・・友達だ!」

「へ?・・・・・・・・・・・ええええええええええ!!??」

それから2年間は本当に幸せだった。
ロイ以外の友達はいくら頑張ってもできなかったけれど。

ロイと・・・それとロイの妹である・・・彼女と遊べるだけで十分だった。

本当に・・・幸せだった。

118ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:41
「紹介するよジョン。これが妹のシェリーだ」

彼女との初めての出会いはロイの家に遊びにいったときだった。
ロイの後ろからひょっこりと少女が顔をだしていた。

「えーと…こんにちわ?」

黙って見つめている彼女はまるで人形のようで、美しいと感じたのを今でも覚えている。喋りだすまでは。

「体つきは良さそうなのにすごいザコそうな顔ね」
「こらシェリー!」

初めての彼女から言われたのはザコそうな顔だった。

「いくらロイの妹でも言っていい事と悪いことが・・・」

いくら僕でも一個とはいえ年下の少女にザコと呼ばわりされたら少しムッとしまったのも覚えている。

「ならちょっと軽く殴り合ってみましょうか?私と」

「な・・・殴り合い?」
「やめ----」

ロイが止めるよりも早く繰り出された彼女の鋭い蹴りは僕の腹部を直撃した。

「アガッ・・・!?」

その一撃は日ごろの特訓で鍛えられた僕の筋肉をたやすく貫通し、僕を地にたたきつけた。

てゆうか殴り合いって言ってるのに蹴りって・・・!

「ふーん・・・結構固いじゃん!」

怒ったロイを完全に無視し、僕に近寄ってきた彼女はこういった。

「聞いて驚きなさい!私は天才少女と呼ばれ!5歳にしてあらゆる格闘技に精通し、大人を殴り倒してきた!
 大人でさえ私とまともに戦って勝てるやつはいないわ!大人でさえ私に弟子入りを志願するのよ!そう!私は天才だから!」

口ぶりや身長、立ち振る舞いは完全におこちゃまだった。だが強さだけは
彼女の蹴りは間違いなく大人を超えた威力があった。

「大丈夫かジョン・・・すまない妹はこの通り見た目はいいんだけど性格が・・・」
「だれが性悪女だって!?」
「そ、そんな言葉どこで覚えてくるんだよ!大体お前な・・・」

「ふ・・・ふふ・・・あはははは!」

くだらない事で喧嘩する二人を見ていると自然と笑いが込み上げてきた。
僕にも兄弟がいたらこんな感じになれただろうか?いやロイだからこそ。シェリーだからこそいいのだろう。

「え・・・なんか笑ってるよ・・・もしかしてマゾ?」
「だからどこでそんな言葉覚えてくるんだよ!!!!」

--------------------------------------------------------------------------

119ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:58
生存者の救助を終え、駅を破壊された僕達は次の作戦を練り始める。

>「……これがフリントの目的だったんだ」

ロイはゴブリン達の練度がまだ足りないという事を仄めかしていた。
完璧な軍隊を作るのに必要なのは物資、そして時間だ。

「誰よりも真っすぐを信条としてた男がこんな狡猾な手段に出るなんて・・・」

僕が知っているロイと同じと思ってはいけないと、わかってはいても・・・姿をこの目で見ていても。
信じられなかった。信じたくなかった。これも現実逃避だとわかっていても・・・。

>「アイアントラスを離れよう」

>「俺たちがエーデルグーテへ行くという情報を、連中は既に掴んでいるのだろう。
 だとしたら厄介だ、連中はいつでも俺たちを狙える。連中の狙撃の腕がいつまでも下手なままであればいいんだが――
 奴の口ぶりからすると、それは期待薄だな」

「それに関しては僕が・・・これがあれば・・・かなり時間を稼げるはずだ」

僕はゴブリン達が使っていた銃を取り出す。

カザハがゴブリンから奪い取った銃一丁とゴブリン達が残していったマガジン複数が被害を免れていた。

「銃を僕が確保した以上・・・生半可な練度で、場所で襲い掛かっても無意味だという事は・・・ロイもわかってるはずだ
 僕ら軍人の真骨頂は・・・銃だからね。アメリカと日本じゃ差はあるけれど・・・戦い方は分ってる」

「ロイを止める為なら・・・僕はブラットラストの力を使うことを躊躇わない
 それに・・・能力の強さが不明確なこの力は・・・切り札になりえる」

向うには総数不明のゴブリンの軍隊。それに銃弾を耐えれる装備
本当にゴブリンだけなのかも怪しい。ロイはゲームはしたことがないと言っていたがそれをそのまま信じるほど馬鹿ではない。
だがブラットラストの力いまだ底が知れていない。ロイにも僕にも・・・。

この力は純粋に力を強化するだけじゃない・・・恐らくまだ使い方があるはずだ。
デメリットさえ恐れなければ・・・強力な切り札になるだろう。

「僕は・・・街で予備のパーツ、もしくは武器になりそうな物がないか漁ってくる。
 話し合いは・・・すまないが辞退させてくれ・・・ちょっと今は冷静になれないから・・・・」

そう言い残し、話し合いの場を離れる。

パーツ探しなんて言い訳だ。

とにかく一人になりたかった。とにかく不安に心が支配されていた。

これまでロイの犯してきた罪の話なんてされた日には激怒して大暴れしてしまうかもれしれない。

わかっている。恐ろしいほどの罪でロイの手が濡れているなんて事は。
今回の件だけでも多数の死者を出した。これだけでも絶対に許されるべきではない。

「僕が・・・僕が全てを終わらさなければ・・・僕のせいなんだから・・・」

自分で犯した罪は自分で償わなければならない。ロイがああなってしまった原因は僕にある。なら・・・。

「はは・・・ひどい顔だな」

窓に映った自分の顔はひどくやつれていた。

救助は完了したものの、街には死臭が漂っていた。これからこの街は一生この恨みを忘れないだろう。
僕の罪は・・・僕が見て見ぬふりしていた罪は・・・僕一人では償えない所まできている。

「絶対・・・ロイを止めてみせる・・・僕の命と引き換えにしても・・・」

120カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:09:42
>「あ―――――――っ!!!」
>「あいつ……どうしてここに」
>「ちぃ〜ッ、よりによってメンドくさいのが……!」

いつの間にか戻ってきていた親衛隊の面々が驚きの声をあげている。

「コイツを知ってるんだね!? やっぱりニヴルヘイムのブレイブなの?」

正体がバレて開き直ったのか、襲撃者が口を開く。

>「……助けてくれ、だと」

襲撃者はヘルメットを外し、素顔を露わにした。ちょっとターミネーターっぽい雰囲気の外国人男性だ。

>「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

「コラ―――――ッ!! 大虐殺現行犯のお前が言うな! 大体お前誰だよ!」

せっかくいい感じに心を開いてくれたタイミングで何さらすねん!
という感じで抗議するが、華麗にスルーして言葉を続ける襲撃者。

>「…ロイ…ロイなのか…?」

どうやら襲撃者とジョン君は面識があるようだ。ロイという名らしい。

>「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

>「そ、そ、そ、そうッス!
 あいつは――『ブレモンをプレイしたことがない』んス!
 あいつは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえない、あいつは――」

ブレイブでさえないと言われてイラッとしたのか、ロイは威嚇射撃を放つ。

「碌にプレイしてなくてサーセーン! ……ん? インストールしてるだけでも召喚されるの?」

たまたまこのパーティーのガチ勢率が異常なだけで、
カザハみたいに碌にやってもいないのに召喚って別にUターン組の特殊事例じゃなかったんですね。
ド素人がわんさか召喚されていても何も不思議はないわけだ。――ただしそれがランダム召喚ならば。

>「ブレモンをやったことがない……? それなら、どうして……」

「アルフヘイムならともかくニヴルヘイムはピックアップ召喚だよね……?」

>「……そういうことか」
>「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

121カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:11:27
>「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

「ブレモンが強い奴じゃなくて普通に強い奴を選んで召喚したってことか……!
じゃあ……ニヴルヘイム陣営は召喚候補者の地球での人物像まで分かった上で召喚してる?」

バロールさんは皆のプレイヤーネームしか知らなかったし、なゆたちゃんと明神さんの因縁も全く関知していなかった。
ニヴルヘイム側はそうではないとなれば、コイツはジョン君と因縁があることまで分かった上で選ばれた可能性も濃厚なわけですね……。

>「アイツ、チョー洒落んなってないし! ブレモン知らんやつがアルフヘイム来んなし!」
>「あいつには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方が通用しないッス、ガチでヤバイ奴ッスよー!」
>「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

ガチでヤバくて話が通じないので有名な親衛隊の面々からガチでヤバくて話が通じないって言われてるよ、これアカンやつや……!

>「わたしたちを殺すために、ゴブリンに地球の武器を持たせて戦わせるなんて……」
>「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

「そんなアナログな方法だったの!?
あまりにも統制が取れてるから魔法的な何かで操ってるのかと思ったわ……!」

>「……次があると思ってるの?」

「問答無用! ここで仕留めるよ! その能面みたいな顔に風穴開けたろかーっ!」

カザハはロイに狙いを定めて矢をつがえた。矢が魔力の風をまとう。
相手は先程とは違ってヘルメットを脱いでおり、いくら超強い軍人とはいえ
生身の地球人ならそれなりにビビる状況だと思われるが、相変わらず落ち着き払っている。

>「あるさ。今回の任務は完了した、撤退する」

>「なんですって?」

「どうせ追い詰められた敵の『今日のところはこの辺にしといてやる』みたいなもんでしょ!
一般人相手なら無双できるんだろうけどこっちのモンスター率の高さ考えろっつーの! 残念でしたーっ!」

確かに、普通はブレイブはほぼ一般人のはずが、このパーティーは何故か一般人の方が少数派なのは相手にとって誤算だったかもしれない。
ロイをビビらせるのを諦めたカザハは足元に矢を放つ。が、タクティカルスーツの脚甲部分に弾かれた。

122カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:12:45
「それ一応エンチャントかかってんだけど……。
なるほどね、そういう感じのパワーバランスなのね。地球の技術力って半端ないんだ!」

《感心してる場合じゃないですよ!》

顔を狙ってはこないのは最初から読めていたんですかね……。
その時、フェルゼン公国の方で大爆発が起こった。

>ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

「はぁ!? まさか……爆破しちゃったの!?」

>「俺は。俺のやり方で貴様らを葬ると言ったぞ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
>「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

「これが本当の爆発オチ……ってシャレにならないよ!?」

>「そ・・・そんな事したらここに住んでる人はどうなるんだよ・・・おい!」

「今はとにかく脱出しなきゃ……!
フライトを2つ持ってるから……1人ボクと相乗り! 明神さんはガーゴイルに乗せてもらって!
親衛隊は……マル様任せた!」

早々に橋が落ちる覚悟を決めたカザハは私に跳び乗って脱出の算段を始めた。
が、相手はどうやら橋を落とすまでするつもりはないようだ。

>「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ。
 今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

その言葉のとおり、地面がいくらか傾斜したところで橋の崩壊は止まった。
街ごと奈落の底という最悪の結末は免れたようだ。
橋の作りがしっかりしてたから良かったようなもののもしも意外とガバガバ設計だったらうっかり落ちちゃってた可能性も普通にありますよね……。
別に街ごと落とすのは流石に気が引けたとかいうわけではなく、
本人が言った通り橋を全部落とすのは大変だからコスパを考えてこうなった、ということなのだろう。
当然のようにスタイリッシュにドコデモ・ドーアを開いて撤退していくロイ。
そこだけはしっかりニヴルヘイム軍勢の様式美に則ってるんですね……。

「今日のところはこの辺にしといてやる……!」

《それ追い詰められた敵の台詞―っ!》

>「あいつも――妹も貴様が地獄へ墜ちるのを望んでいるだろうよ」

ロイが門に入る直前に告げた言葉から推察するに、彼はジョン君が”殺した”少女の兄、らしい。
偶然にしては出来過ぎている。
ニヴルヘイムの連中が、ロイがジョン君に恨みを持っているのを知った上で差し向けたのだろうか。

「ニヴルヘイムの奴ら……趣味悪すぎやろ!」

123カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:14:02
>「……わたしたちのせいだ」
>「僕が悪いんだ・・・」

なゆたちゃんたちは街の惨状を前にどうすることも出来ずにただ立ち尽くしていた。

>「否。例えそうだとしても、ただ立ち尽くすにはまだ早いかと。
 我らが救える命は、まだあるはずです……諦念こそが人を殺す。参りましょうぞ」

>「みんな、わたしたちも行こう。マルグリットの言うとおり、まだ助けられる人はいるはずだから……」

「そうだね……。動けない人がいたら呼んで。カケルを行かせるから」

皆が怪我人の救助に散る。
スペルカードは何回もは使えないので、私の回復スキルが役に立った。
それにしてもすでに事切れている遺体がたくさんあり、酷い有様だった。
ジョン君の言葉からすると、ロイは昔はいい奴だったらしい。
妹が死んだのがきっかけでああなってしまったのだろうか。

「カケル、次はこっちの人お願い!」

《……》

「カケル?」

《……カザハが生きていて良かった》

「ボクが生き残ったのは思った以上に大きな意味があるのかもしれない……。
歴史に恒常性があるとすれば……ボクはアコライトで死ぬ運命だった。
皆が未来を変えてくれたおかげでジョン君は今度は兄弟の片割れを殺さずに済んだんだ」

《アコライトを超えて生きていることそのものが運命は変えられることの証……。
そうだと……いいですね。いえ、きっとそうですよ》

「そうだとしたら……ボク達は変えられぬ過去に屈したらいけない気がするよ。
過去に何があったとしてもジョン君の味方でいようね」

《うん》

「……安心しなよ、もう置いていかない」

《……私も》

「我ら生まれた日は違えど、死すときは同じ日・同じ時を願わん――か」

救助を終えた私達は、爆破地点の検証に向かった。
ロイの目的は、魔法機関車の軌道を断絶することだったようだ。

>「……これがフリントの目的だったんだ」

それなら、線路を一部分破壊するだけでも当面の足止めにはなったはずだ。
目的に比して、あまりにも被害が大きい。

>「誰よりも真っすぐを信条としてた男がこんな狡猾な手段に出るなんて・・・」

>「アイアントラスを離れよう」

「離れるったって……徒歩で!?」

124カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:15:20
エンバースさんが道中の狙撃を懸念し、ガザーヴァが鈍足続行に文句を言う。
ただゴネているようにしか見えないが、彼女なりにジョン君のことを気にかけているのかもしれない。

>「それに関しては僕が・・・これがあれば・・・かなり時間を稼げるはずだ」
>「銃を僕が確保した以上・・・生半可な練度で、場所で襲い掛かっても無意味だという事は・・・ロイもわかってるはずだ
 僕ら軍人の真骨頂は・・・銃だからね。アメリカと日本じゃ差はあるけれど・・・戦い方は分ってる」

「うん……頼りにしてる……」

>「ロイを止める為なら・・・僕はブラットラストの力を使うことを躊躇わない
 それに・・・能力の強さが不明確なこの力は・・・切り札になりえる」

「ジョン君……! それ使ったら本末転倒だよ!?」

>「僕は・・・街で予備のパーツ、もしくは武器になりそうな物がないか漁ってくる。
 話し合いは・・・すまないが辞退させてくれ・・・ちょっと今は冷静になれないから・・・・」

ジョン君は逃げるように去ってしまった。

>「こんなとき、みのりさんかバロールのアドバイスがあればいいのに……」

なゆたちゃんと明神さんは秘密の打ち合わせを始めた。
その場に残ったカザハは、マル様に問いかける。

「マル様、本部に連絡取って乗り物チャーター出来ないの?」

残念ながら、そんな権力は無いようだ。まあチャーター出来るぐらいなら最初から乗って来てますよね。
今更ながら、世界を救う人材をスカウトして回るのに徒歩ってあまりにも悠長すぎやしません!?
世界の状況が予断ならないなら、一刻も早く人材を集めなければならないはず。
ローウェルなら飛空艇でも高級車(?)でも用意できそうですよね!? マル様、体よく泳がされてる気がする……。

>「ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に襲撃を受けたは痛手でしたが――
 これしきのことで、大義を胸に抱く我らの歩みを押し留めることなどできはしません。
 否、むしろ――斯様な策を弄してくるということは、それだけ彼奴等にとって我らが小さからぬ脅威であるという証左。
 いかなる艱難と辛苦が待ち受けていようと、これを打破するのみ! それが我らの為すべきことでありましょう!
 さあ――月の子よ、勇敢なる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ! 参りましょうぞ、我が賢姉の待つ聖都へ!」

なゆたちゃんと明神さんが戻ってきて、出発する運びとなった。
それにしてもよく毎度その辺の人が言ったら笑ってしまいそうな長台詞を思いつきますよね……。

>「……マルグリット、その話なんだけど。
 出発する前に、ひとつだけ教えてくれない?」
>「私の知り得ることならば、何なりと」

なゆたちゃんはローウェル陣営に黎明がいることを聞き出すと、突然の離別宣言をした。

>「いいえ。私が知りたかったのは、そっち側に『黎明』がいるかどうか、ってことだけよ。
 そして、あなたの言うとおり本当に『黎明』がそっちにいるのなら……。
 マルグリット、あなたたちとの同行はおしまい。ここからは、わたしたちだけでエーデルグーテまで行くわ」

125カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:16:39
「急にどうしたの……?」

突然の離別宣言に、明神さん以外の全員が驚いた様子を見せる。
明神さんとは、先ほど打ち合わせ済みだったのだろう。

>「ゴブリン・アーミーに地球の装備を与えたのは、『黎明の』ゴットリープでしょう?」

>「……なるほどな。業魔錬成か」

>「そうよ。まったく文明や文化の異なる世界の装備なんて、そう簡単にコピーできるわけがない。
 でも魔法ならそれができる。これを増やしたい、と思いさえすればね。
 業魔錬成はその一番の近道――そして業魔錬成を使えるのはゴットリープだけ。
 どうして、あなたの兄弟子はニヴルヘイムに力を貸しているの?
 マルグリット。あなたは……どこまで知っているの? フリントのアイアントラス襲撃は知らなかったとしても。
 『ゴットリープがニヴルヘイムに武器を提供してる』ことは、知ってたんじゃないの……?」 

>「……確かに……私は知っていました……。しかしながら、『黎明』の賢兄のこと。
 何か深遠なお考えあってのこと……そう、そうに違いありませぬ……!」

「裏で繋がりまくってるじゃん! マル様、やっぱりゴッさん達に体よく騙されてるんじゃ……!」

なゆたちゃんがマルグリットを激しく糾弾する。

「なゆ……その辺に……」

親衛隊を怒らせて戦闘になったらシャレにならない。
道を分つのは仕方がないにしても、無用な戦闘は避けるべきと思ったのだろう。
が、修羅場が大好きな奴がいた。

>「いいねぇいいねぇ! 宣戦布告ってヤツ!? んじゃもうボクのコトも解禁でいーよな!
 おい、そこの頭ン中お花畑の三バカ恋愛脳トリオ!
 いつでもかかって来いよ、ブッバラしてやンよぉ! そう、『ボクがオマエらの聖地を更地にしたときみたいに』――! 
 この現場将軍! もとい、幻魔将軍ガザーヴァ様がなァ―――――――ッ!!!」

「火に油を注がないで―――――ッ!!」

>「きっひひひひッ! ビックリしたかァー? でも驚くのはまだ早いぞ!
 ここにいる明神、笑顔きらきら大明神なんて名乗っちゃいるけど大ウソだ!
 コイツの本当の名前は、うんちぶりぶり大明神――! そう、ブレモン史上最低最悪のクソコテ野郎だ!
 そんなことも気付かないでアホ面さげて、オマエらってばまったく笑えるったらありゃシナーイ! あーっはっはっはっ!」

「……これアカンやつや」

もう収拾がつかなくなった。諦めの境地に至り、魂が抜けたような顔で事態の行く末を見守るカザハ。

>「みんな!」

「ああもう、仕方ないなあ……!」

126カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:17:28
もはや戦闘不可避かと思われたが――

>「……双方、矛を納められよ」

マル様の一声で親衛隊がぴたりと動きを止める。流石ですマル様。

>「月の子の申される通り、死を是として為さねばならぬことなどありますまい。
 されど……されど、必ずや! その死を無駄にせぬだけの結果を伴う目的が! あるはずなのです!
 この『聖灰』、伏してお願い申し上げる……何卒、何卒今は、今だけは堪えて頂きたい……!
 『黎明』の賢兄、そして我らが師父と貴君らがまみえ、直に会談する事が叶えば、その疑問も! 怒りも!
 必ずや氷解するに違いないのです……!」

マル様は地面に膝をついて頭を下げた。日本の奥ゆかしき伝統、土下座である。

>「あなたは本当に、わたしたちの知るマルグリットなんだね」
>「そのうち、あなたの兄弟子やお師匠さまには会いに行くよ。
 でも、それは今じゃない。もっと世界を回って、色んな物事を見て。
 わたしたちにできることを全部やったうえで――この世界の真実を確かめたら。そのときに会いに行く。
 だから。もう少し待ってて」

>「……嗚呼。私は知らぬ間に、貴君らの信念を穢していたのですね……。
 心よりのお詫びを、勇気ある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。私が誤っていたようです。
 ならば。であるのなら……もはや何も申しますまい」

「マル様はゴッさん達が世界を救ってくれるって信じてるんだね……。
ボクはなゆ達を信じてる。なゆ達が未来を変えてくれたから、ボクはここにいる……。
きっと世界の運命だって変えてくれる」

>「では、我らはこれにて。
 ……貴君らの旅が、実り多きものでありますように」

去っていくマル様を見送り、私達はジョン君を呼びに行く。

>「絶対・・・ロイを止めてみせる・・・僕の命と引き換えにしても・・・」

「ジョン君……」

私達はジョン君の前に降り立った。カザハは平静を装い、努めて明るくジョン君に声をかける。

127カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:18:04
「こんなところにいたんだ。そろそろ行くよ! もう親衛隊もマル様もいないから安心して!」

怪訝な顔をするジョン君に、簡単に経緯を説明する。

「えへへ、喧嘩別れしちゃった。
ローウェル陣営がニヴルヘイムの連中に兵器を提供してたらしくて。
第三勢力っていったって思いっきり裏繋がりじゃーん、みたいな!
あ、マル様達がいなくなったってことは……」

試しにキングヒルへの通信を繋いでみるカザハ。繋がっているかも確かめずに一方的に喋る。

「全部聞いてたんでしょ? うかうかしてられないんだからね!?
今回はマル様達が徒歩だったから良かったようなものの……どっかの陣営が高級車で迎えに来たら寝返っちゃうかもよ!?
オープンカーで大草原を走り回ってバーベキューしちゃうんだからね!?」

ガザーヴァに聞かれたら大変なことになりそうである。
実際には向こうにみのりさんがいる以上、簡単には寝返れないんですけどね。

「それはそうとニヴルヘイムの連中、ボク達がエーデルグーテに行くの知ってるみたいなんだけど……。
おかしいなあ、どこから漏れたんだろう……」

素なのか揺さぶりかけてるのか分かりませんよ!?

「まあいっか。次のアズレシアはお魚がたくさん獲れるいいところだよ〜。
攻略本に書いてあったんだけど定住する人もいるらしくてハウスを建てる場所としても人気なんだって!」

カザハはジョン君を無理矢理私に乗せて、皆のところに戻った。

「馬車の中に閉じこもっとくのは飽きたでしょ。ジョン君はボクと一緒に哨戒担当ね」

ここからは少し強めのモンスターも出てくる。
馬車に閉じ込めておいたところで戦闘になれば出てくるのが目に見えているので、
哨戒担当という名目で出来るだけ戦闘を回避させる意図なのだろう。
それに、飛んでいる限り、一人で勝手に突っ込んで行ったり出来ない。
ある意味馬車の中に閉じ込めておくよりもずっと確実な拘束なのだ。

「んじゃ明神さん、親友お借りします」

カザハは地上組とウィンドボイスで音声を繋ぐと、早々に飛び立った。

128明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:36:40
ジョンの戦いに介入し、総力決戦が始まらんとする、その刹那――

>「あ―――――――っ!!!」

不意に後ろの方で素っ頓狂な叫び声が上がった。
振り返ればゴブリンを殲滅したマル公とのその親衛隊が駆け寄ってきている。
きなこもち大佐が襲撃者を指差し、他の二人もまたびっくりとうんざりの狭間みたいな顔をした。

「知ってるのか、大佐!」

どうにも親衛隊の連中は、襲撃者の素性を知悉しているらしい。
ってことはあの襲撃者も、やっぱりニブルヘイム側に召喚されたブレイブってことか。

>「……助けてくれ、だと」

誰何の声に親衛隊が答えるよりも先に、襲撃者が口を開いた。
初めて聞くそいつの声は、苦み走った男のものだった。
ヘルメットとゴーグルを外し、素顔が露わになる。

>「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

男は外人だった。
金の長髪に碧眼――ジョンのものと同じ色合いは、二人が同じ人種であることを意味している。
欧州系の白人。そしておそらくは、現役の従軍者。

「知り合い、みてーだな。ジョン……」

襲撃者の剣呑は双眸は、ジョンの姿を捉え続けていた。
こいつの人となりを知っているかのような口調は、実際知己の間柄だからだろう。
――『人殺し』としてのジョンの過去を、知る者。

>「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

>「そ、そ、そ、そうッス!
 あいつは――『ブレモンをプレイしたことがない』んス!
 あいつは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえない、あいつは――」

「ログイン勢……だと……?なんでそんな人間が、ニブルヘイムにいやがる」

インスコだけして特にゲームをプレイせず、ログボだけ受け取ってるようなプレイヤー層。
ソシャゲみたいな基本無料のゲームには珍しくもない、フェザーライトユーザー。
実際ブレイブの中にはそういうプレイヤーもいただろう。――アルフヘイム式の召喚術なら。

だがニブルヘイムは違う。奴らは特定のプレイヤーをピックアップして召喚出来る。
少なくないコストでブレイブを喚ぶなら、ハイレベルのガチ勢を選ばない理由はない。
だとすれば、何故。ニブルヘイムはこいつを召喚したのか。

>「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

エンバースの見解が、すべての答えだろう。
ニブルヘイムはバロールと違って、明確な目的を果たすためにピンポイントで人材を登用している。
ゲームもやってない現役軍人を召喚するなら、それ相応の目的がある。

「ブレイブ狩りのブレイブ……クソが、ネトゲの諍いにリアルでカチコミかける奴があるかよ」

129明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:37:13
海外ゲーマーの間で一時期流行った、『スワッティング』って攻撃手段がある。
いけ好かない相手プレイヤーを物理的に害する為に、警察に虚偽の通報をかけ、特殊部隊を動員させる手法だ。
「あいつの家にテロリストが立てこもってる」って言われれば、警察もガチ装備で強襲かけざるを得ない。
SWATを送り込むからSWATING。馬鹿みてえな話だが、海の向こうじゃ実際それで死人も出てる。

ニブルヘイムの連中は、いけ好かない敵ブレイブである俺たちを、ゲームの外から殺すために。
ゲームとは無関係のガチの暴力を持ち込みやがったってわけだ。
ブレイブ式のスワッティング。そして派遣されてきた特殊部隊が、目の前に居るこの襲撃者――

ふざけんじゃねえぞ。入れ知恵しやがったのはどこのどいつだ。
ATBに依存しない攻撃でブレイブの戦術的優位を殺す『ブレイブ殺し』の有用性は、そこの焼死体が立証してる。
ニブルヘイムの連中は、似たような発想を最悪の形で具体化しやがった。

>「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

「くだらねえな、ゲーセンのリアルファイトじゃねえんだぞ。
 ここへ来たのはイブリースの差し金か?プライドとかねえのかあの武人気取りのクソ野郎が!」

>「違う!違う!僕の知ってるロイは・・・もっと優しいはずだろ!
 ブレイブを殺すとか・・・一般人を殺すような奴じゃないはずだろ!!」
>「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

襲撃者――ロイ・フリントと呼ばれたその男は、ジョンの悲痛な叫びも、親衛隊の野次めいた糾弾も切って捨てる。
まずいな。さっぴょんの言葉通り、こいつには言葉が通じない。会話が成り立たない。

俺の得意とするレスバトルは、相手の弱みを突いてボロを出させ、それを突破口とするのが定石だ。
ガザーヴァに交渉が効いたのも、バロール絡みであいつの弱みが明らかだったからに過ぎない。
そもそも会話に応じてくれなきゃ、どれだけ舌が回ろうが打っても何も響かない。

フリントの野郎は、これまでの敵とまるで違う。この世界とは別のところに信念の核がある。
汚名だろうが罪だろうが背負う覚悟を決めた人間だ。俺が漬け込めるような精神的な弱みがない。
レスバトルが、通用しない――。

>「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

「したり顔で反省会してんじゃねえぞアメ公。穀倉都市の襲撃は練習に過ぎなかったってか?
 そのクソみてえな『それなりの成果』で、何人死んだと思ってやがる。……どの口で、ジョンを人殺しと呼びやがった」

デリンドブルグで俺たちが全滅しなかったのは、ただゴブリンどもの練度が低かったから。
それを補った今回の襲撃では高い命中精度で――たくさん殺せた。
部下の成長に頷くようなフリントの言い草は、その犠牲になった人々への悔いが欠片も含まれちゃいなかった。

>「……次があると思ってるの?」

なゆたちゃんが低い声でそう問いかける。俺たちは多分、同じ気持ちだった。
殺すとか殺さないとか、あんまり言いたくはなかったけど、それでも。
――こいつは殺さなきゃならない。死ぬべき人間だと、そう感じた。

>「あるさ。今回の任務は完了した、撤退する」

殺意の籠もった怒りを叩きつけられても、フリントの表情に変化はなかった。
スマホに指をかけて一歩踏み出す。ヘルメットを脱いだ今、ヤマシタの矢なら、あの野郎の顔面をぶち抜ける。
殺せる――

130明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:37:40
>「貴様らは本当に素人だな。俺が――ただ貴様らと会話がしたいから、ここで突っ立っているとでも思っているのか?」

瞬間、胃袋の中身がまるごとひっくり返るよな爆発音が響いた。
アイアントラスの地面が大きく揺れ、絶望を伴う浮遊感が全身を持ち上げる。

「なっ……嘘だろ!?」

橋梁が、傾いている。
爆発があったのはフェルゼン公国側の橋梁の端だ。
つまりは――橋の根本。この街の土台だ。

>「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

「そーかいありがとよ!俺も愛してるぜガザ公っ!
 あのヤンキー野郎のことはヘドが出るくれー嫌いだがなぁぁぁっ!!」

無駄口叩いている間に、俺はいよいよ地面に立っていられなくなった。
橋が落ちる?冗談じゃねえぞ、まだ街の住人の避難も終わってない。
俺たちが谷の下に落下して生きていられる保証もない。下は川が流れてるが、流木も残らない急流だ!

>「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ」

不意に揺れが収まった。
橋梁は傾いたままだが、それでもこれ以上崖からずり落ちることはない。
破壊されたのは橋桁の一部だけだ。巨大で頑強なアイアントラスは、それだけじゃ崩落しない。

>「今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

俺たちが揺れに対処している間に、フリントは既に撤退を始めていた。
『形成位階・門』――ニブルヘイムのインチキテレポートが、虚空にその口を開いている。

「ざけんなっ!待ちやがれ――」

なんとか立ち上がって、追いすがろうとした。
フリントと共に門へ入っていくゴブリン達が、一斉に俺へ向けて銃を構える。
十を超える殺意の視線に晒されて、それ以上動けなくなった。

「く……そ……が……!!
 これだけ人を殺しといて、のうのうと生きていられると思うなよロイ・フリント!!
 てめえには絶対に報いを受けてもらう!俺のツラを覚えていやがれよ!!」

負け惜しみの言葉が届いてか届かずか、フリントは振り返ることなく門の向こうへ姿を消した。
あれだけいたゴブリン共もみな姿を消して、あとには何も残らなかった。

今ここにあるのは、流れた血と、人々のうめき声。
そして――わけもわからないまま殺された者たちの、絶望だけだった。

 ◆ ◆ ◆

131明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:51:32
>「……わたしたちのせいだ」
>「僕が悪いんだ・・・」

未だ火も消えないアイアントラスを前にして、打ちひしがれたようになゆたちゃんが零した。
ジョンもまた、薄暗い表情でつぶやく。

人がたくさん死んだ。街も、たくさん壊れた。怪我人だって数え切れないほど居る。
そしてそれらの被害は全て……俺たちがアイアントラスに来たから引き起こされたものだ。
この街の住人からすれば、俺たちは災いを運んできた疫病神にだって見えるだろう。

「……ちげーだろ。この街をこんなにしたのも、人が死んだのも。
 全部全部、あのフリントとかいうクソ野郎がやらかしたことじゃねえか。
 俺たちは何も悪くない。……誰にも悪いなんて言わせるかよ」

言葉の上ではそう言っても、俺自身自分を納得させられなかった。
もしも。俺たちが陸路でフェルゼンへ向かわず、アイアントラスを訪れなかったら。
あるいは、行き先をエーデルグーテに定めて、旅をしてこなかったら。
そんな仮定ばかりが頭に浮かんで、理性がそれを打ち消す。

>「否。例えそうだとしても、ただ立ち尽くすにはまだ早いかと。
 我らが救える命は、まだあるはずです……諦念こそが人を殺す。参りましょうぞ」

マルグリットの言う通り、打ちひしがれるのはもっと後で良い。
責任なんかあるとは思いたくもないが、それでも目の前の人間を助けない道理はない。
倫理観は、俺たちがブレイブ――地球の人間であり続けるための、最後の一線だ。

>「みんな、わたしたちも行こう。マルグリットの言うとおり、まだ助けられる人はいるはずだから……」

「了解。バロールに貰ったポーション類は全部出すぞ、回復魔法用の成形クリスタルもだ。
 トリアージなんかしてられっか、目につく人間は片っ端から助ける」

生き残った兵士たちとプネウマの僧侶たちからなる救助隊に物資を提供し、手当てと生存者の救出を手伝う。
パートナーを使って瓦礫を押し上げ、出血が酷い者は工業油脂で無理やり固めて搬送する。
王都の高級ポーションは外傷にも火傷にも覿面にはたらき、怪我人の殆どはなんとか容態を持ち直した。

それでも――助けられない命はあった。
内臓に銃弾を撃ち込まれ、摘出もままならないまま息を引き取った者。
焼け焦げた民家の瓦礫の中から、真っ黒になって発見された者。
頭が吹っ飛んじまって、もはや誰だったかすらわからなくなってしまった者。

命を拾った者の中にも、まともに四肢を動かせなくなったり、手足を失った怪我人が多い。
生身に近い人間が、銃弾を受ければこうなるんだと……生々しい実感があった。

「吐きそうだ……人が死ぬのを、間近で見んのは……」

結局、俺はほとんど現場で動けなかった。
救助隊の連中は物資の提供だけで十分だとばかりに礼を言ってくれたが、不甲斐なさが身に染みる。
我が子を探して喉が枯れるまで呼び続ける親の声が、いつまでも耳に残った。

血まみれの毛布にくるまれた何かがそこかしこに転がっている。
その中で、俺は蹲るように膝を抱いていた。
この惨状を引き起こしたのは誰だ。あいつだ。ロイ・フリントだ。
何も関係ない、ただ普通に暮らしてただけの人々を、殺した。

復讐なんてガラでもないし、顔も知らない死人のために命をかける道理もない。
それでも、フリントは生かしちゃおけないと思った。
この街に絶望を振りまいていったあの男が、何の報いも受けないまま目的を達成するのは、我慢がならなかった。

132明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:52:10
やがて、襲撃の知らせを受けたデリンドブルグあたりから応援隊が来た。
彼らに現場を引き継いで、俺たちはようやくお役御免になった。
救助の参加者には配給の糧食と酒が渡されたが、どちらも手をつける気にはなれなかった。

>「アイアントラスを離れよう」

一通りの救助が終わって、爆発の発生源を見に行った先で、なゆたちゃんはそう言った。
橋桁が一部まるっと吹っ飛んで、支柱に直接道路が乗っかってる状態だ。
10メートル近く地面が下がり、そこに架かっていたはずの線路がどこかに行ってしまっている。

「……だな。俺たちがここに留まって、第二波が来ようもんなら……次はきっと、耐えられない」

フリントの標的は俺たちだ。アイアントラスはその巻き添えを食ったに過ぎない。
とっととここを離れれば、これ以上アイアントラスが襲われることもないはずだ。

>「俺たちがエーデルグーテへ行くという情報を、連中は既に掴んでいるのだろう。
 だとしたら厄介だ、連中はいつでも俺たちを狙える。連中の狙撃の腕がいつまでも下手なままであればいいんだが――
 奴の口ぶりからすると、それは期待薄だな」

「人間の命でエイム練習してんだってよ、あいつらは。馬鹿馬鹿しい。
 これ以上クソ共の思い通りにさせてたまるか」

>「それに関しては僕が・・・これがあれば・・・かなり時間を稼げるはずだ」

今後の道程に関する懸念材料を話し合っていると、ジョンが黒光りする何かを取り出した。

「お前……それは、」

>「銃を僕が確保した以上・・・生半可な練度で、場所で襲い掛かっても無意味だという事は・・・ロイもわかってるはずだ
 僕ら軍人の真骨頂は・・・銃だからね。アメリカと日本じゃ差はあるけれど・・・戦い方は分ってる」

ゴブリンアーミーから鹵獲したM16。
それにマガジンがいくつか、ジョンの手元にあった。
素手でも人を殺せるジョンが、銃器を手にしたなら、これ以上ない戦力の増強になるだろう。
だけどそれは、ジョンにとって、『呪い』のトリガーを引きかねないリスクを抱えることと同義だ。

>「ロイを止める為なら・・・僕はブラットラストの力を使うことを躊躇わない
 それに・・・能力の強さが不明確なこの力は・・・切り札になりえる」

俺は――もうこいつに、力を使うなとは言えなかった。
ブラッドラストがフリントに対するジョーカーとなり得るなら、使うべきだ。
例えそれがこいつの寿命を縮めることになったとしても。

人が死んだ。大勢死んだ。
アルフヘイムとニブルヘイムの戦争なんかじゃなく、ブレイブによるテロの巻き添えになって。
もう……命を惜しむ段階は、通り過ぎちまった。

>「僕は・・・街で予備のパーツ、もしくは武器になりそうな物がないか漁ってくる。
 話し合いは・・・すまないが辞退させてくれ・・・ちょっと今は冷静になれないから・・・・」

「ジョン」

呪いの進行を無言で肯定した俺に、何も言う資格はないかもしれないが。
ふらりとその場を辞そうとするジョンに、一言だけ投げかけた。

「……戻ってこいよ」

フリントとの因縁は、お前が終わらせなくちゃならない。
お前があの男をぶん殴る為なら、俺はいくらでも力を貸してやる。

133明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:52:56
「問題は山積みだな。ジョンが迎撃に出るったって、狙撃相手じゃ限界がある。
 こっから聖都まで何ヶ月だ?ゴブリン共が古強者になるには十分すぎる時間だ」

>「ちょっ、こっからエーデルグーテまでえっちらおっちら幌場所で行くつもりかよー!?
 ジョーダンじゃねーぞー! ボクはアイアントラスまでってことで、今までガマンして鈍足で旅してきたのに!
 話が違う! そんなんじゃ、うら若き乙女のボクがババーになっちゃうじゃんかーっ!」

「……グズるお子様もいることだしよ」

ガザっちはさぁ……授業中に立ち歩いちゃうタイプの子?
ただ実際のところガザーヴァでなくても何ヶ月も馬車旅は正直現実的とは思えない。
アイアントラスを超えればその先はフェルゼン公国だ。バロールの意志も届きにくい。
何かと便宜が図られてきた王国領内と違って、今度こそ孤立無援の旅路だ。

山岳地帯に築かれたフェルゼン公国は、交通網が王国ほど充実してない。
整備も不十分な山道を馬車で通れば、落石や滑落のリスクだってある。
何よりこの辺の山は飛竜の棲息域だ。こんな馬車で襲われればひとたまりもない。

「対空防御が足りてねえ。せめて真ちゃんが居りゃあな、レッドラの実家ってこのあたりだろ」

確かレッドドラゴンの故郷、『竜の谷』はフェルゼンの山奥だったはずだ。
つまりはあのクラスのモンスター……成体ならレイド級にもなり得るドラゴンがうようよ棲息してる。
旅路の障害になるのはフリント一派だけじゃなく、野生のモンスターもだ。

>「……明神さん、ちょっと」

パーティ内であれこれ議論していると、不意になゆたちゃんからお呼びがかかった。
神妙な表情。これからの行末に頭を悩ませてるというよりは、何かを決心した、そんな顔。

「どうした、なゆたちゃん」

サブリーダーにだけ声をかけたその時点で、俺は予感がしていた。
そして予感は逸れることなく、なゆたちゃんから告げられた推論に、俺は目頭を揉んだ。

「……なるほどな。確かに銃器のリバースエンジニアリングから量産化までやってのけるのは、
 ゴッさん以外に居るめえよ。その推理で間違いねえと俺も思う」

『黎明の』ゴットリープ。"十三階梯"においてはバロールに次ぐ実力を持つ、凄腕の魔術師。
その固有スキル『業魔錬成』は、設計図なんかなくてもアイテムをたやすく複製できる。
この世界の技術水準で銃器を作り出せるのは、おそらく奴しか居ない。

「あの武装ゴブリン共に、ゴットリープが一枚噛んでやがんのか。
 ふざけやがってあのクソエルフ、始めっからアルフヘイムを裏切ってんじゃねえか。
 ……いや、まだ推定有罪だな。どう確かめる?そんで――どうする?」

もしも。なゆたちゃんの推理通りに、ゴットリープがニブルヘイムに武器の供与を行ってるとすれば。
俺たちは今度こそ結論を出さなきゃならない。このままマル公と一緒にいれば、早晩取り込まれるのがオチだ。
だから……どうするか。俺が聞くまでもなく、なゆたちゃんのハラは決まっていた。

>「前に偉そうなこと言っといて、やっぱりやめるなんてカッコ悪いけど。
 ゴメンね、明神さん。やっぱりわたしたちはわたしたちだけで進もう。
 わたしたちは、今までずっとそうしてきた。だから、これからもそうする。
 今度だって、きっとうまいことやれる。……だよね」

なゆたちゃんはそう、はにかみながら言った。
リーダーのお墨付きだ。俺たちは、自分の力だけでジョンを助けられる。
それなら、サブリーダーとして言うべきことはひとつだけだ。

「決まりだなリーダー。持てる知識を総動員してエーデルグーテを単独攻略する。
 ――ゲーマーが本気で早解きしたらすげえんだってこと、賢者共に見せてやろうぜ」

134明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:53:43
 ◆ ◆ ◆ 

アイアントラスを発つ準備が整ったところで、なゆたちゃんはマルグリットに問いかけた。
ローウェルの元で活動する十二階梯がどれだけ集まっているか。
そこに『黎明』は居るのか。

そしてマルグリットは、確かにゴットリープが陣頭指揮に立っていると述べた。
――決まりだ。ローウェルは、十二階梯は、俺たちの敵だ。

>マルグリット、あなたたちとの同行はおしまい。ここからは、わたしたちだけでエーデルグーテまで行くわ」

良いんだな、とは聞かねえよなゆたちゃん。
この道を選ぶのは彼女一人だけじゃない。俺が居て、こいつらが居る。

露骨に同様するマルグリット、一触即発の親衛隊をよそに、なゆたちゃんは舌鋒鋭く問い詰める。
マルグリットもまた、ゴットリープがフリントに武器を提供していたことを知っていた。
知っていてなおゴブリン共と闘ったのは、銃器が『こんな使い方』をされると思ってなかったからか。

ゲーム上でどんなに追い詰めようが涼しい顔を崩さなかった美男子が、苦悶の表情を浮かべている。
奴にとって、ローウェルやゴットリープは絶対だ。正しさを疑うことなどできない。
しかしその一方で、アイアントラスでこれだけの犠牲が出たことも、無視することは出来ない。

>「……確かに……私は知っていました……。しかしながら、『黎明』の賢兄のこと。
 何か深遠なお考えあってのこと……そう、そうに違いありませぬ……!」

「世界を救うためなら小さな街の数百人の犠牲には目を瞑るってか。高尚なこったな。
 命の取捨選択を否定するつもりはねえよ。だけどそれは……俺たちのやり方じゃあない」

アイアントラスで死んだ連中は。
たとえ明日世界が滅ぶとしても、今日を生きたかったかも知れない。
そいつらにまともな選択肢も与えず、強引に命を奪ったことを、俺は忘れない。

>「『黎明』はローウェルの代理って言ったわよね、それはローウェルの意思でそんなことをしてるってことよね?
 じゃあ……わたしはローウェルを絶対に許さない! ローウェルや『黎明』の命令に従ってるあなたたちのことも!
 無碍に命を摘み取るニヴルヘイムの連中も! 絶対絶対……絶対に! 認めてなんてやらないわ!!」

なゆたちゃんのこの言葉が、決別の合図だった。

>「いいねぇいいねぇ! 宣戦布告ってヤツ!? んじゃもうボクのコトも解禁でいーよな!
 おい、そこの頭ン中お花畑の三バカ恋愛脳トリオ!
 いつでもかかって来いよ、ブッバラしてやンよぉ! そう、『ボクがオマエらの聖地を更地にしたときみたいに』――! 
 この現場将軍! もとい、幻魔将軍ガザーヴァ様がなァ―――――――ッ!!!」

剣呑な気配にテンションをぶち上げたガザーヴァが正体をバラす。
その身に黒甲冑を纏えば、在りし日の幻魔将軍の再臨だ。
思わぬ仇敵の登場に、親衛隊は開いた口が塞がらない。勝ったな。

>「きっひひひひッ! ビックリしたかァー? でも驚くのはまだ早いぞ!
 ここにいる明神、笑顔きらきら大明神なんて名乗っちゃいるけど大ウソだ!
 コイツの本当の名前は、うんちぶりぶり大明神――! そう、ブレモン史上最低最悪のクソコテ野郎だ!
 そんなことも気付かないでアホ面さげて、オマエらってばまったく笑えるったらありゃシナーイ! あーっはっはっはっ!」

あ、俺のこともバラすのね?
親衛隊の3つの双眸が一斉に俺に集中する。

驚きと殺意がないまぜになったその視線に晒されながら、俺はきらきらな笑顔を脱ぎ捨てた。
代わりに出てくるのは、ニチャア……と粘着質なキモオタスマイル。

135明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:55:29
「ククク……バレちゃあしょうがねえなぁ?どうも改めまして親衛隊の皆さん、うんちぶりぶり大明神です。
 アコライトぶっ潰した幻魔将軍に、廃墟でお前ら煽りまくった荒らし野郎がここに揃っているわけだが……。
 一個だけ質問良いですか。――ねえ今、どんな気持ち?」

瞬間、親衛隊の背後にそれぞれのパートナーが出現した。
怒りが圧力を帯びた風となって俺の頬を叩く。人間一人くらい呪い殺せそうな濃密な殺意だ。

>「ヒィ―――――――――――ハ――――――――――――――――ッ!!! 殺す殺す殺すゥゥゥゥゥ!!!!」

「うひひはははは!NDK!NDK!そうフットーすんなよ狂犬共ぉ!
 感情に任せて俺を殺しますかっ!?おんなじ地球で暮らしてきたこの俺をぉ?
 お前らがニブルヘイムに見捨ててきた、スタミナABURA丸のようによぉ!!」

ミスリル騎士団も、スライムヴァシレウスも、アニヒレーターも、今にも襲いかかって喉笛を食いちぎらんとしている。
さっぴょんが号令のひとつでも出せば、ブレモン最強のプレイヤー集団がその破壊力を解禁するだろう。
それはもう遠くない。秒読み段階だ。

>「みんな!」

そして俺たちもまた、これから始まる殺戮をぼっ立ちで受け入れるつもりはなかった。
既にヤマシタは召喚し、遠くから弓で狙いを定めている。
ガザーヴァは言うまでもなく、エンバースもカザハ君も戦闘態勢だ。

「マル公とキャッキャウフフに夢中だったお前らは知らねえだろうがな!
 この対立は既定路線だ。こうなることを俺は前もって知っていたっ!
 これがどういうことか分かるよなぁ?悪いわんわんに輪っかつける準備はとっくに整ってんだよぉ!」

すわ、激突。
殺し合いの第二幕が火蓋を切らんとした、その時。

>「……双方、矛を納められよ」

敵意がぶつかり合うその渦中に身を投げだしたのは、マルグリットだった。
膝をつき、深々と頭を下げる姿すら堂に入って、見る者全てから毒気を抜く。
美しきその所作は、古式ゆかしき懇願の姿勢――土下座。

「あ?マジ……?」

つい一秒前まで俺にバリバリ殺意を向けていた親衛隊すらも、感じ入ったようにマル様に視線を向ける。
マルグリットは、どこまでも篤実に、誠実に、俺たちに翻意を乞うた。
あのイケメンが、五体を投地してまで、必死に場を収めんとしている。

なゆたちゃんは今度こそ、方針を違えることはなかった。
それでも、マルグリットの懇願は双方に響くものがあって、俺達は一様に毒気を抜かれた。
いつか。この世界の裏側で渦巻く陰謀が全部明らかになれば……きっとローウェルに会いに行く。
会って、その真意を確かめる。それは俺も望むところだ。

>「交渉決裂ね。分かったわ、モンデンキント。
 今はマル様に免じて、戦うのはやめておいてあげましょう。でも――次はないわ」

さっぴょんが最初に矛を収め、俺たちも臨戦態勢を解除する。
ここで戦うことがどちらにとっても利にはならないと、全員が理解していた。

>「あーしたちを怒らせて、タダで済むと思ってんじゃねぇーってーの!
 おい、うんち野郎! てめぇーは特に念入りにバラバラにしてやっかんな!
 んでスクショ撮って拡散してやんよォーッ! 前に地球でそうしたみてーになァーッ!」

「怖いねぇぇぇぇぇっ!そんときゃ真っ先に"いいね"つけに行ってやるよ!
 ぶっ倒したお前の目の前で、きらきら笑顔の明神さんのスクショになぁ!
 題名ももう決めてあるぜ!『解釈違いで憤死したサブカルクソ女、ここに眠る』ってよぉっ!!」

136明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:56:04
最後まで煽りまくってる奴も居たがな!!
俺とシェケナベイベはお互いに中指を立て合いながら袂を分かった。
失意にもめげないマル様とその親衛隊は、俺たちとは違う道へと消えていく。

「やってしまいましたなぁ……」

口ではそう言いつつ、俺はガザーヴァとハイタッチした。
スカっとしたぜ。ざまーみやがれ。あの最強無敵の厄介集団に嫌な気持ちにさせてやった。
すげえ久々にうんちぶりぶり大明神の面目躍如って感じで超気持ちよかった。

たったひとつ懸念材料があるとすればそれは――状況が何一つ好転していないことだ。
マル様と親衛隊っていう、おそらくブレイブの中でも最高の戦力を手放しちまった。
どころか奴らはもう敵だ。次会ったときは今度こそ、殺し合いが始まる。

俺たちの行く手を阻む障害は数え切れないほどある。
ジョンの呪い。ニブルヘイムに加担してる十二階梯共。その最強の腰巾着。そして。

「ブレイブハンター……か。ついにそんなもんまで出てきやがった」

ブレイブ狩りのブレイブ。アルフヘイムのブレイブを殺すためだけに召喚された存在。
それは明確に、ニブルヘイムがアルフヘイムのブレイブを排除すべき存在だと認識している証左であり――
どこか奔放に動き回っていたミハエルや帝龍とは違って、連中の統制がとれ始めていることも意味していた。

「当面、アシの確保は急務だな。どの道こんなペラい幌の馬車でちんたら進んでたら的にしかならねえ。
 魔法機関車が使えないなら……それこそ飛空船とか、どっかで都合が付きゃいいんだが」

飛空船は魔法機関車に代わるどこでも乗れてどこにでも降りられる上位互換の移動手段だが、
かなり高度な技術が使われてるせいか大陸全体でも数が少ない。
ゲーム本編でもかなり後半のシナリオでイベントをこなしてようやく借り受けられるような代物だ。
あれどこだったっけ……だいぶ昔のことだから詳しい場所は覚えてねえけども。

>「んじゃ明神さん、親友お借りします」

カザハ君がジョンを連れ立って空へと飛び立つ。
俺はその背中に闇魔法を投げつけて引っ張り下ろした。

「カザハ君ちょい待った。もうひとつ……アズレシアに行くの、やめにしねえか?」

アズレシアは海路におけるフェルゼン公国の玄関口となる港町だ。
俺たちがこれから向かう先のひとつであり、エーデルグーテに行くための船が出てる場所でもある。

「フリントは俺たちの行動をどういうわけか読んでて、常に先回りしてきやがる。
 まともにエーデルグーテを目指すなら海路をとる為にアズレシアに向かうってことも把握してるだろう。
 ……だからこの先、普通にアズレシアに行けば、次に襲撃されるのは十中八九あの街だ」

アイアントラスの惨状が、今でもまぶたの裏にこびりついてる。
フリントの口ぶりが正しければ、今度の襲撃の規模はあんなもんじゃ済まない。
俺たちがこのまま進めば、むざむざアズレシアに戦火を持ち込むことになる。

「それでもアズレシアに行くなら、今度こそ連中に気取られないっていう確証が要る。
 追跡を撒いて、変装してでも、奴らが気付く前に船借りて港を出なきゃならない。
 俺は……あの街まで燃やされるのは、見たくない」

137明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:56:23
あるいは、これもフリントの術中なのかもしれない。
街に立ち寄ればそこが襲われるとなれば、俺たちはもうどこにも寄れなくなる。
畢竟物資の補給も出来なくて、フェルゼンの山道で野垂れ死ぬしかなくなる。

それでも、思惑に乗っかると分かっていても。
俺はもうこれ以上、目の前で人が死ぬのを見たくなかった。

「必要なのはアシの他にもうひとつ。敵の行動予測だ。行く先を読むのは奴らの専売特許じゃない。
 フリントが今後どういう行動をとるかを類推して、その合間を縫って進む。
 例えば……奴が補給や訓練で動けないタイミングなら、俺達が街に入っても襲われない」

昨日今日会ったばっかのよく知らねえ奴の行動なんか憶測を重ねるしかないが、
憶測の精度を上げる方法ならある。――よく知れば良い。

「ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ」

あれこれ遠慮すんのはもう終わりだ。
たとえこいつの傷を掻きむしることになったとしても。
俺たちは、ジョン・アデルという人間を……今度こそ知らなくちゃならない。

【アイアントラスの惨状にビビり、アズレシア行きに待ったをかける。
 ジョンに過去とフリントの素性を確認】

138崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:12:22
マルグリットおよびマル様親衛隊と袂を別ったアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、
単独で聖都エーデルグーテへ行くことになった。
結果的にジョンはマル様親衛隊と同行することによるストレスから解放されたが、その代わり新たな問題を抱えた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
ブレイブハンター・フリント。
その男の正体は、ジョンのかつての親友ロイ。
アメリカ陸軍で兵役を経験した、現役の軍人。戦争のプロ。
なゆたたちを葬り去るために召喚された、ニヴルヘイムからの刺客――。

今や完全に敵に回ってしまったマルグリットとマル様親衛隊も含め、パーティーは多くの敵と対峙する羽目になってしまった。
状況は悪化の一途を辿っている。
が、こんなところで立ち止まってはいられない。どんな結果が待っているにせよ、歩みを止めることはできないのだ。

>当面、アシの確保は急務だな。どの道こんなペラい幌の馬車でちんたら進んでたら的にしかならねえ。
 魔法機関車が使えないなら……それこそ飛空船とか、どっかで都合が付きゃいいんだが

明神が思案げに呟く。
ここからエーデルグーテまで、徒歩とほとんど変わらない馬車での進行となればおおよそ10ヶ月はかかる。
10ヶ月もの間、いつ攻めてくるかもわからないフリントやマルグリット達を警戒して旅することなどできない。

>全部聞いてたんでしょ? うかうかしてられないんだからね!?
 今回はマル様達が徒歩だったから良かったようなものの……どっかの陣営が高級車で迎えに来たら寝返っちゃうかもよ!?
 オープンカーで大草原を走り回ってバーベキューしちゃうんだからね!?

何を思ったのか、カザハが突然虚空に向けて喋り始める。
マルグリットや親衛隊を警戒し、今までだんまりを決め込んでいたのであろうバロールやみのりに向かって話しかけたのだろう。

>それはそうとニヴルヘイムの連中、ボク達がエーデルグーテに行くの知ってるみたいなんだけど……。
 おかしいなあ、どこから漏れたんだろう……

>カザハ君ちょい待った。もうひとつ……アズレシアに行くの、やめにしねえか?

ジョンとタンデムでカケルに乗り、飛び立とうとするカザハを押し留め、明神がそう提案する。

>フリントは俺たちの行動をどういうわけか読んでて、常に先回りしてきやがる。
 まともにエーデルグーテを目指すなら海路をとる為にアズレシアに向かうってことも把握してるだろう。
 ……だからこの先、普通にアズレシアに行けば、次に襲撃されるのは十中八九あの街だ。

>それでもアズレシアに行くなら、今度こそ連中に気取られないっていう確証が要る。
 追跡を撒いて、変装してでも、奴らが気付く前に船借りて港を出なきゃならない。
 俺は……あの街まで燃やされるのは、見たくない

明神の危惧する通り。
フリントが今後も今回と同じ策を使い続けるとしたら、狙われるのは間違いなくアズレシアだ。
停泊する船に爆薬を仕掛け、片っ端から破壊して回る――そんなことさえ、手段を選ばないあの男ならやってのけるだろう。
当然、そんな暴挙は断じて許されない。
自分たちが原因で無辜の民が死ぬようなことは、もう二度とあってはならないのだ。
だから。

>必要なのはアシの他にもうひとつ。敵の行動予測だ。行く先を読むのは奴らの専売特許じゃない。
 フリントが今後どういう行動をとるかを類推して、その合間を縫って進む。
 例えば……奴が補給や訓練で動けないタイミングなら、俺達が街に入っても襲われない

>ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ

明神が舌鋒鋭くジョンに問う。
それは、今までパーティーの中でタブーとなっていたこと。
ジョンの過去に何があって。彼が、誰を殺したのかという真実――その暴露。
明神はジョンの心の中にある、大きなかさぶたを剥ぎ取ろうとしている。
例え、剥がれたかさぶたから新たな血が流れようとも。
自分たちが生き残るために。この世界を救うために。

「……そう、だね。
 そろそろ……話して貰わなくちゃいけない時期なのかもしれない。
 気軽に打ち明けられることじゃないのかもしれない。ジョンにとって、痛みを伴うことなんだろうと思う。
 でも……お願い、ジョン。
 みんなが先へ進むために、これは……必要なことなんだ」

瓦礫に彩られた、フェルゼン公国へと続くアイアントラスの袂で。
なゆたはそう言って、まっすぐにジョンを見つめた。

139崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:24:42
《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》

ジョンの独白が終わったころ、突然なゆたのスマホから声が聞こえてきた。
聞き慣れた、間延びした声音は紛れもなくみのりのものだ。
スマホを見れば、どこかの書斎めいた場所の執務机に右眼に眼帯をつけたみのりが着いており、隣にバロールが佇んでいる。

《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。
 とにかく、カザハの言うとおり状況は把握している。さっきの話も聞かせてもらったよ。
 ジョン君の過去は、ブラッドラストを解く鍵になりそうだね》

バロールも通信に割り込んでくる。相変わらずの危機感の薄い様子だが、バロールもブラッドラストについて考えていたらしい。

《ニヴルヘイムの裏をかいての進軍、か。
 ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》

そう言うと、バロールは画面越しになゆた達を指さした。
なゆたは首を傾げた。

「GPS? 何の話? わたしたちがローウェルから受け取ったものなんて――」

そう言いかけて、なゆたはあっ! と大きく声を上げた。
なゆたたちのこなした、最初のクエスト。その際に手に入れた、ローウェル秘蔵の超レアアイテム。

ローウェルの指輪。

考えてみれば当たり前の話だ。ローウェルの指輪は文字通りローウェルの魔力の宿ったアイテムなのだから、
十二階梯の継承者ならびにそれと手を組んだニヴルヘイムが現在地を追うことはたやすい。
フリントは明神の持つローウェルの指輪の位置情報を十二階梯から聞き出し、その先回りをしているのだろう。
つまり、ローウェルの指輪を持ち続ける限りなゆたたちの行き先はニヴルヘイムには丸わかりということだ。

「単純なことだったわね……」

がっくりと肩を落とす。

《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?
 少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》

「寄り道?」

なゆたが聞き返す。
みのりはふふん、と余裕たっぷりの表情を浮かべると、

「――飛行船や!」

と、言った。

飛行船。
古来よりファンタジーRPGの終盤の移動手段として有名なその乗り物を、ブレイブ&モンスターズ! も実装している。
それまでの移動手段であった船や魔法機関車、グラススプリンター(チョ○ボ的な乗用モンスター)と違い、
飛行船は地形の影響を受けずどこまでも自由にフィールドを移動できるようになるのだ。

「飛行船……!!」

実りの言葉を繰り返し、なゆたは目を見開いた。
ブレイブ&モンスターズ! には、三種類の飛行船が登場する。
ひとつは、クエスト『カーノレ爺さんの空飛ぶ家』をクリアすることで手に入る気球。
蒼穹都市ハイネスバーグに住む偏屈者、カーノレ爺さんの『空を飛びたい』という願いを叶えるため、
気球を作る材料を集めて東奔西走する――というイベントの報酬として入手できる。
もうひとつは、クエスト『グランド・ブルー・ファンタジア』コンプリートで入手できる機空艇・グランドセイバー。

「確かに飛行船を手に入れれば旅は捗るし、敵に狙われることもなくなるけれど――」

スマホを覗き込み、なゆたは眉間に皺を寄せた。
飛行船はストーリー終盤の移動手段だけあって、生半な苦労では手に入らない。
比較的簡単なのは気球だが、これは典型的お使いイベントで大量の素材を世界各地を巡って揃える必要がある。
第一、ここからカーノレ爺さんの住むハイネスバーグは遠い。
馬車でハイネスバーグまで行き、さらにクエストを受けて素材を揃える……などという悠長なことをしている時間はない。
まだしも、このまま馬車で全速力でエーデルグーテを目指した方が早いだろう。
ついでに、気球は移動速度も遅い。

140崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:32:23
といって、二つ目の機空艇グランドセイバーも無理がある。
クエスト『グランド・ブルー・ファンタジア』は三部作の大規模シナリオから成り、
『グランド・ブルー・トリロジー』とも呼ばれる。他のクエストとは比較にならないテキスト量を誇る、
一大キャンペーンである。
幻の島・イースターシァを求めて旅をしている機空団に協力し、急速に台頭してきた軍事国家ヴェルデス帝国と戦う――
という壮大な話で、クリアまでの総プレイ時間は最短でも本編スタートからグランダイト討伐ほどもあるという、
サブクエストの範疇を大きく逸脱した話だ。
おまけに『グランド・ブルー・ファンタジア』第一章開始の舞台はアズレシアである。
クエスト攻略に時間がかかりすぎるし、そもそもこれから行くべき場所がスタート地点ではお話にもならない。
だとすれば。

なゆたたちが狙うべきなのは、三つの飛行船のうち最後のひとつ。

「……強襲飛空戦闘艇……ヴィゾフニール……!」

強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニール。
三つの飛行船の中でも最高のスピードを誇る、いわゆる戦闘機である。
クルーザーほどの大きさの艦艇で、デザイン化されたワイバーンのような流線型の機体が美しい。
ゲーム内の設定では、魔王バロールが人間界の制圧のために大量生産しようとしていた新型飛行船で、
創世魔法により一隻だけ建造された試作機という触れ込みだった。

ヴィゾフニールを手に入れることができれば、海を越えてエーデルグーテまでひとっ飛びだ。
補給や休養のためにアズレシアやその他の都市に寄る必要もなくなるし、大幅な時間短縮にもなる。
また、ヴィゾフニールは面倒くさいお使いイベントや大規模キャンペーンシナリオをこなさずとも手に入る。
とあるダンジョンの隠し部屋にひっそりと格納してあるのを見つけ、取って来るだけでいいのである。尤も――
その『とあるダンジョンに行って取って来る』のが、大問題なのであるが。

「でも、ヴィゾフニールは……」

最後の希望の名を告げてはみたものの、なゆたはすぐに口ごもった。

《なゆちゃんの言いたいことは分かっとるよ〜。
 気球もグランドセイバーも手に入れるのには時間がかかりすぎるし、といってヴィゾフニールは――
 『もう手に入らない』ってなぁ》

「……うん」

ヴィゾフニールはいつでも入れる普通のダンジョンにあるのではなく、
ストーリー本編の終盤でバロールが創り出したとあるダンジョンでのみ、時間限定で獲得することができるのだ。
というのも、そのダンジョンはストーリーの都合上一度しか入ることができず、攻略後は崩壊し消滅してしまう。
おまけにそのダンジョンは攻略に時間制限があり、限られた時間内に隠し格納庫を発見しなければ、
永遠に入手することができなくなってしまうのである。開発側のいつもの底意地の悪さが発揮された悪意ある仕様だ。
もっとも、ヴィゾフニールは一番速度が出るという他は他の二種類の飛行船と大して変わらない。
一般のプレイヤーはグランド・ブルー・ファンタジアの報酬である機空艇グランドセイバーで事足りるし、
ヴィゾフニールはいわゆる隠し機体。あくまで廃人用のトロフィー代わりといった意味合いが大きかった。

「この世界が二巡目の世界であるなら、バロールはまだ『あれ』を投入してないから、存在しない。
 一巡目なら一巡目で、『あれ』は消滅してしまったはずだから、やっぱり存在しない……。
 ヴィゾフニールを手に入れることなんて――」

《ところがどっこい、や。
 うちらはみんなと交信を断っとる間『あれ』についての情報を集めとってなぁ。
 この世界には一巡目の遺物として『あれ』がまだ存在しとることを突き止めたんよ〜》

「え!?」

思わず声をあげる。
件のダンジョンはアルフヘイムの総戦力によって攻略され消滅したはずだ。
だというのに、まだ存在しているというのはどういうことだろう?

《きっとそれも『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』のバグかと思うんやけど〜。
 詳しいことはうちらにも分からへんのよ〜、ごめんなぁ。
 ともかく、うちらが調べたのは『あれ』がこの世界にまだあるってこと。中にも入れること。
 おそらくヴィゾフニールも無傷のまま残ってるはず……ってことだけやねぇ》

みのりの情報によると、件のダンジョンはアイアントラスから樹冠都市ブラウヴァルトへ向かう街道の外れにあるという。
ここからなら、だいたい馬車で十日くらいの距離だ。
十日で現地に到着し、ダンジョンと化した内部を攻略し、ヴィゾフニールを手に入れる。
少なくとも、ニヴルヘイムの襲撃に怯えながら馬車で海の果てのエーデルグーテを目指すよりよほど近道であろう。
……みのりが『あれ』と呼ぶダンジョンを攻略できるなら、の話だが。
スマホの液晶画面の中で、みのりが頷く。

《そう。『あれ』や。
 ストーリーの山場、ラスボスバトルより盛り上がる……なぁんて評判の。
 師匠の『創世魔法』の極致――》

「螺旋廻天……レプリケイトアニマ……!」

緊張感を拭い去れない強張った面持ちで、なゆたは『あれ』の名前を告げた。

141崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:38:46
螺旋廻天レプリケイトアニマ。
ゲーム本編終盤に、魔王バロールがアルフヘイムの一切合切を崩壊させようと放った『創世魔法』究極の一撃。
大地を穿つ破滅の杭。

直径300メートル、全高80メートルの威容を誇る円柱状の構造物であり、バロールはこれを大地に突き立てて地面を掘削し、
大地の奥深くに鎮座する世界の要石『霊仙楔』を粉砕して、世界を丸ごと転覆させようと画策した。
レプリケイトアニマの強固な外殻を破壊することはほぼ不可能。
破滅の杭が霊仙楔に達するのを防ぐには、多層構造のダンジョンとなっている内部に潜り込み、
最深部にあるコアを破壊しなければならない。

ゲームではレプリケイトアニマを止めるため、今までプレイヤーが友誼を結んできた各地の味方勢力が一致団結し、
レプリケイトアニマ防衛のためにイブリースが差し向けてきたニヴルヘイムの軍勢と激突する一大決戦が行われた。
その果てにプレイヤーが最深部へと到達、コアの防衛機構であるレイド級ボス・アニマガーディアンを撃破。
コアを破壊されたレプリケイトアニマはその形を保てなくなり崩壊、消滅――した、はずだった。
しかし、この世界は時間遡行の魔法によりゲームの世界から剥離した、二巡目の世界。
数多のバグを残したまま巻き戻った世界の大地に、レプリケイトアニマは未だに突き立っているという。
そして――そのレプリケイトアニマの隠し格納庫に、強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニールがひっそりと眠っている。

《いやー、趣味で作って後はそのままうっちゃっておいたヴィゾフニールが、こんなところで役に立つなんてね!
 なんでも創ってみるものだ、うん!》
 
バロールが身を乗り出し、さも自分の功績だと言いたげな様子で朗らかに笑う。
功績も何も、バロールがレプリケイトアニマなどという魔法を使ったお陰で一巡目は大量の死者が出たのだが。
そんなバロールの頬を左手で押しのけ、みのりが続ける。

《師匠、ちょっと黙っとってくれはります? 師匠が喋るとめんどいことになるやろし。
 ……まぁ、ともかくレプリケイトアニマで飛空艇を手に入れるのが一番の近道や思うんよ。
 そっちに行ってもらえへん? ちょくちょく計画変えてもうて、堪忍なぁ》

レプリケイトアニマは終盤の難関ダンジョンだ。
ゲームの中では最強クラスのモンスターが大挙して待ち受け、即死級のトラップがこれでもかと設置されている。
バロールの意地の悪さが全面に散りばめられている超難所であり、よほど周到な準備をしておかなければ初見クリアは難しい。
一度入ったら踏破するか全滅するかしない限り出られず、おまけに時間制限もあるので、慎重すぎる行軍も仇になる。
ストーリーでは多数の味方NPCたちが回復やバフなどの支援をしてくれ、プレイヤーの手助けをしてくれたが、
今回は勿論そんな援護は期待できない。徹頭徹尾、自分たちだけで戦い抜くしかないのだ。
多くのブレモンプレイヤーにとってトラウマになった、と言ってもいい場所。螺旋廻天レプリケイトアニマ――

それに。これから挑む。

《心配無用! 今のレプリケイトアニマは廃墟のようなものさ。
 防衛機構であるトラップの数々も、かつて私が召喚した番人たるモンスターたちも死に果てている。
 君たちは中に入ってヴィゾフニールを回収するだけでいいという寸法だ!
 楽ちん楽ちん、はっはっはっ!》

能天気にバロールが笑っている。
現在のレプリケイトアニマはなぜか消滅せずに残っているものの、そのシステムは完全にダウンしているという。
ただ大地に突き立っているだけなら、破滅の杭も単なる塔にすぎない。当然時間制限もない。
あとは、悠々と内部を探索してヴィゾフニールを手に入れるだけの、簡単なミッションというわけだ。

「ヴィゾフニールかぁー……。あれ、耳キーンってなるからイヤなんだよね……ボク……」

ガザーヴァが眉間に皺を寄せて呟く。
乗ったことがあるのか、地球で飛行機に乗った際、気圧差で耳が痛くなるアレをガザーヴァも経験しているということらしい。
ともあれ。飛空艇さえ手に入れてしまえば、いくらフリントがゴブリンアーミーの練度を上げたところで関係ないだろう。
その頭上を飛んでいけばいいだけである。もしゴットリープたちがフリントに他の飛空艇を与えていたとしても、
ヴィゾフニールは魔王バロールがユニークスキル『創世魔法』で建造したワンオフものの高速戦闘機。
いかに霊銀結社の『大達人(アデプタス・メジャー)』といえどそれに匹敵する速度のものは造れまい。

エーデルグーテに行った後どうするとか、教帝オデットと面会する方法はとか、まだまだ問題はあるものの、
それは目の前の問題をひとつずつ片付けて行ってから考えればいいだろう。
新たな乗り物、それも高性能の飛空艇を手に入れられる、という情報に、なゆたは喜色を湛えた。
そして、今まで苦境の連続で暗くなりがちになっていたパーティーの空気を払拭するように右腕を高く掲げる。

「分かった、みのりさん。
 みんなも聞いたわね、螺旋廻天レプリケイトアニマへ向かって、中にあるヴィゾフニールを回収する。
 ヴィゾフニールを手に入れたら、あとはエーデルグーテまで一直線……ね!
 目的変更、進路をアズレシアからレプリケイトアニマへ!
 レッツ・ブレーイブッ!!!」

声高に宣言すると、パーティーは飛空艇を他に入れるべく螺旋廻天レプリケイトアニマの突き立つ場所へと向かった。

142崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:42:32
アイアントラスを出発して十日後、山岳地帯の一角に、遠目でもそれと分かる巨大な塔めいた構造物が見えてきた。
……が、何か様子がおかしい。
今のレプリケイトアニマは一巡目の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達によって攻略された、ただの廃墟のはずである。
過去の遺物。
激戦の跡地。
一巡目の残骸、無力な抜け殻――

なのに。

『回転している』。

《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

がびーん! とバロールがスマホの画面の中で驚愕する。
そう、動いている。回転している。ゆっくり、ゆっくりと――しかし着実に大地を抉り、貫き、穿ち。
『下へと掘り進んでいる』。
パーティーがレプリケイトアニマへ近付くたび、その状況は確信となり、危機感となって重くのしかかってくる。
ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン……と低い、腹の底に響くような駆動音が鼓膜を震わせる。
間違いない。螺旋廻天レプリケイトアニマは復活している、そしてかつて自分が成し得なかったことをしようとしている。
即ち――世界の奥底に存在する霊仙楔の破壊。アルフヘイムの転覆を。

《ふおお……すごい魔力だ! 計測値を振り切ってるよー!? 誰だ私のレプリケイトアニマを勝手に動かしてるのはーっ!?》

《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》

「り……、了解!
 みんな、行こう!」

なゆたは慌てて返答すると、ポヨリンを伴ってレプリケイトアニマへと走った。
地表に近いアニマの側面には、かつて一巡目の世界で霊銀結社がやっとのことで開いた直径5メートルほどの風穴が開いている。
ゲームでは、プレイヤーはここから中に入りコアを目指したのだ。
先人とゲームに倣い、すっかり朽ちたその穴から中に入る。
中は石壁と石畳の通廊のような構造になっており、魔力で通電しているのか照明が内部を明るく照らしていた。
バロールの話ではもう完全に廃墟と化しており、魔物たちは全滅。防衛機構のトラップも死んでいる――
はず、だったのが。

「ギシャオオオオオオオオッ!!!」

パーティーがアニマの内部に降り立ったと同時、何者かの咆哮が周囲に響き渡った。
と同時、茶色い毛皮の二足歩行をした獣人めいたモンスターが牙を剥き出し、手指の鋭利な爪を振りかざして襲い掛かってきた。
アニマソルダート。このレプリケイトアニマの内部に巣食い、侵入者を排除するモンスターの一種である。

「ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!!」

『ぽよよっ!』

なゆたの鋭い掛け声に反応し、ポヨリンが弾丸のようにアニマソルダートへ突進する。
アニマソルダートは一体だけではない。どこにこんなに、と思うほど湧き出しては、
明神やカザハ、ジョン、エンバースへ襲い掛かる。
終盤最難関のダンジョンだけあって、他にもアニマ内には要所に配置されタンク役をこなすアニマディフェンダー、
遠距離攻撃を得意とするアニマアーチャー、アコライト外郭でも戦ったロイヤルガードなど強敵が目白押しである。
そして――

「く……! このッ!」

ポヨリンに指示を出しながら、なゆたは身を翻して魔物から距離を取ろうとした。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は戦闘中は無防備になってしまう。
フリントにも指摘された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の弱点だ。それを避けるには魔物から離れ、
安全な間合いでパートナーに指示を出し続けるしかない。
しかし、なゆたがあるとき足元のタイルのひとつを踏むと――
がこんと音がして、足元のタイルが僅かに沈み込んだ。

「がこん?」

なゆたは怪訝な表情を浮かべた。……そして、その直後。
びゅおっ!! と音を立て、なゆたの左側の壁面から槍が飛び出してきた。

「ひょわわわわわわぁっ!!!??」

持ち前の身体能力、そして『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』を総動員し、間一髪で躱す。
なゆたの背を嫌な汗が伝う。あともう少しでも避けるのが遅れていたら、串刺しになっていたことだろう。

143崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:47:38
「あ、危なかった……」

《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

「バロールのバカぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アニマ内のトラップを作った張本人が無責任に丸投げしてくる。なゆたは思わず怒鳴った。

《みんな、遊んでる場合ちゃうで!
 うちの計算では、このままやと約四時間後にアニマは霊仙楔に到達! そうなったらアルフヘイムはおしまいや!
 それまでに何としてもコアを破壊して、アニマを止めたってな!》
 
「そっ、そんなこと言ったって……!」

そもそも廃墟だから楽なミッションだよと言われて来たのだ。ろくな対策もしていない。
といって今から手近な村などに戻っても仕方ないだろう。一旦入ってしまった以上、このまま最深部を目指すしかない。
ポヨリンがアニマソルダートを殴り倒す。アニマソルダートはアニマ内部の基本的なザコ敵なので、倒すのに苦労はしないだろう。
だが、他の敵が出てきたときには分からない。前述したロイヤルガードなど、深部に行けば行くほど強い敵も出てくる。

「きゃはははははッ! たーのしー!
 どんどん暴れちゃうからなー、ボク! そらそら、もっと来いよぉ!
 ぜーんぜん喰い足りねぇぞぉーッ!!」

ガザーヴァが甲冑を纏わない軽装姿で騎兵槍を手に大立ち回りを演じている。
さすがに純正レイド級のボスだけあって、アニマのモンスターたちが群れで押し寄せてもまったく怯まない。
ストーリーモードではプレイヤーがレプリケイトアニマを攻略する頃には、もうガザーヴァは死んでいるのだが――
しかしそんなことはまるで関係ないと、軽業師めいたアクロバティックな挙動で大暴れしている。

「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

騎兵槍を力任せに振るい、群がるアニマソルダートの首を刎ね飛ばしながら、肩越しに振り返って言う。
ガザーヴァとガーゴイルはアニマ内のトラップが分かるらしい。元・敵キャラの役得である。
その他にもガザーヴァは基本的に明神の周囲に位置取りし、明神が被弾しないよう細心の注意を払っている。
アコライトからデリントブルグを経てアイアントラスに至り、レプリケイトアニマへ到着した今までの旅路でも、
ガザーヴァはまず明神の身の安全を第一に考えて行動していた。
今までバロールに対して向けられていた熱意が、紆余曲折を経て明神へと注がれている。
正式な契約をしておらず、正しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とパートナーの関係ではないが、
明神が明確にガザーヴァを裏切らない限り、幻魔将軍は忠実に明神に仕えるだろう。
……構ってちゃんでトラブルメーカーなところに目を瞑る度量があれば、の話だが。

「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

ゲームのレプリケイトアニマはNPCの支援前提で設定されているからか、全体的に難易度が高い。
その支援なしに、10人に満たないメンバーでこのダンジョンを踏破しなければならないのだ。
無駄にしていいスペルカードは一枚もない。出来る限り戦力を温存し、コアを守るボスまで辿り着く。
そして制限時間以内にヴィゾフニールを手に入れる――ミッションの達成は困難を極めるだろう。
フリントやマルグリット達の姿が見えないことは不幸中の幸いである。

《こちらからも援軍を送るよ、間に合うかどうかは分からないが――
 とにかく、なんとか生き残ってくれ!》

スマホからバロールの声がする。一応援軍を送るということだが、甚だ心許ない。
第一、今からキングヒルを出たとして、果たして四時間以内にこのフェルゼン公国まで援軍が到着できるのか。

「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

エンバースが素早くスマホをタップする。そこから光輝く触腕が現れ、パーティーに追いすがるモンスターたちを薙ぎ払う。

「任せたわ、エンバース!
 さあ――行くわよ、みんな!」

なゆたはポヨリンと共に先頭を駆け、次の階層へと続く階段へ飛び込んだ。


【飛空艇を手に入れるため、螺旋廻天レプリケイトアニマ攻略へ。
 四時間以内に攻略できなければゲームオーバー】

144ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:57:29
>「ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ」

>「……そう、だね。
 そろそろ……話して貰わなくちゃいけない時期なのかもしれない。
 気軽に打ち明けられることじゃないのかもしれない。ジョンにとって、痛みを伴うことなんだろうと思う。
 でも……お願い、ジョン。
 みんなが先へ進むために、これは……必要なことなんだ」

「ふぅ〜・・・」

大きな溜息をつく。

今の社会。調べようと思えば調べられる程度の事件だ。別に隠すような事ではないが・・・だが別に話す必要もない話だ。
ロイを倒す為に・・・なゆ達の協力は必要不可欠。話をしたら最悪PTを抜けろなんて話に・・・それは困る・・・けど
話せと言っているなら・・・話すべきなのだろう。

「わかった・・・全部を話そう・・・」

なゆ達には世話になった。いろんな迷惑をかけてきたのに必要な事に答えない・・・そこまで不義理な人間にはなれない。

「ロイとロイの妹の・・・シェリーと出会ったのは小学生に上がった直後でね・・・僕がイジメられていたところをロイが助けてくれて
 そこから遊ぶようになったんだ。その頃の僕達は・・・たぶん親友と呼ばれるような間柄だった・・・と思う・・・家族ぐるみでの付き合いもあった。
 ・・・二年後に僕が事件を起こすまでは・・・」

僕はゆっくりと・・・少しずつ話を始めた。

145ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:57:49
--------------------------------------------------------------
その時ロイとシェリーの家族と僕の家族でとある山に遊びに来ていた。
建前は修行って事だったけど・・・実際は遊びが9割だった。

お互いの家族も、体育会系だった事もあって知り合ってすぐ仲良くなった。

おいしい物を食べて。3人で遊んで、3人で川の字に寝て・・・。全てが楽しかった。

3日目のある日。朝起きたら問題が起きていた。
シェリーと愛犬の部長が消えたというのだ。

僕達は手当たり次第に探した。でも立ち入りが許可されている場所全てを探しても、シェリーも部長も見つからなかった。

すぐに捜索隊が編成されたがその時には既に夕方になりつつあり
天気が荒れる可能性もあって危険な為翌日から捜索が開始されることになった。

でもロイや家族達の不安そうな顔みて僕は諦められなかった。
ロイやシェリーは僕に一杯幸せを与えてくれた。その恩に報いる為にも、行かなくてはならないと。

今に思えばどう考えても愚かな考えだが・・・当時の僕はそんな事考えもなかった。
大人でさえ力で負かせる肉体があったからか・・・子供だったからなのか・・・。

僕はリュックに入る限りの水とお菓子、それとサバイバルセットを持って山小屋を飛び出した。

馬鹿な子供の僕にシェリーの場所なんてわからなかった。
当然飛び出して間もなく自分も遭難することになった。

ひたすら森の中を何時間か走って、おやつの時間から本当に辺りが暗くなってリュックから取り出したライトが必須になった頃・・・。

僕は遂に見つけた。

僕は森の中で毛玉を見つけた。そしてそれが犬の・・・コーギーの抜け毛で作られた毛玉である事を瞬時に理解した。

毛玉は木の枝に下敷きになるように置いてあって毛がなるべく風で飛ばないようになっていた。
僕は喜んだ。全力疾走でその毛玉の道を進んだ。僕でも役に立てるのだと。

そして僕がそこで見つけたものはシェリーと部長そして・・・

一匹の大きな・・・熊だった

146ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:04
その時の僕は自分でもびっくりするほど落ち着いていた。

シェリーを救う為に思考を巡らせていた。
どうやったら熊を刺激せずにこの場を離れられるのか。

シェリー・部長は熊を見つめたまま動かない。
目を背けたら死ぬとわかっているから。

雨が降ってもお互い微動だにせず。じっと見つめあっていた。

だがその時・・・雷が落ちた。

大きな音が鳴り、眩い光が一瞬視界を包んだ

音に驚いたのか反射的に目を瞑ってしまったからなのか、熊はシェリーを襲い始めた。

僕は今まですべての思考を放棄し、サバイバルナイフを手に熊に襲い掛かった。
無謀なのは分っていた。でも、目の前でシェリーが襲われているのに無視するなんて僕にはできなかった。

がむしゃらに熊の体にナイフを何度も突き刺した。
振り降ろされても背中に飛びつきさらにナイフを突き立て続けた。
熊に突き飛ばされ、木にたたきつけられようともとも立ち向かった。

そして記憶が飛ぶほどの、過激な時間を過ごした後に残っていたのは
熊の死骸と全身血まみれになりがら立っていた僕だった。

体中が痛いとかいうレベルを遥かに超えていたけど、彼女を守れたという事実が僕の意識を保っていた。

「もう大丈夫だよ・・・敵は倒したから・・・」

「いや!こっちこないで!」

「大丈夫!僕だよジョンだよ!落ち着いて・・・」

「あんたなんかジョンじゃない!・・・ただの化け物よ!」

彼女は極限状態にさらされ続けて精神が相当に参っていたのだと思う。
遭難に熊、そして夜の山。子供には大変な事ばかりだったから・・・。

「なに言って・・・」

「私の知っているジョンは・・・そんな化け物みたいな笑顔で笑わない!!」

そういいながらシェリーは後ずさりで僕から距離を取る。
でも後ろに急な斜面があって・・・。

「やめろ!そっちは危ない!」

「危ない!?今のあんたに近づく事が一番危ないわよ!・・・どうしてこんなこと・・・きゃあああああ」

--------------------------------------------------------------

147ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:18

「部長に・・・シェリーの愛犬に助けを呼んでくる事を頼み・・・僕は崖下までシェリーを追いかけた」

正直言えばこれ以上あの事を思い返したくない気持ちで一杯だった。
でも最後まで言わなくては・・・僕はいい奴じゃないとわかってもらうために。

「シェリーを見つけること自体は簡単だった・・・血が大量に流れていたからね」

「見つけた彼女は・・・呼吸しているだけで精一杯な状態だった」

足や手から骨が飛び出し、大きな木の枝が体に突き刺さっていた。でもこれは・・・言う必要はないだろう・・・。

「僕の持っている浅い知識と救急箱ではとてもじゃないけど応急処置すらできない大怪我だった
 おまけにその時は台風のような雨でね・・・彼女は確実に死に向かっていた」

「専門の知識もない・・・道具もない僕はただ彼女の上に覆いかぶさって雨が直接当たらないようにするしかなかった」

「僕は地獄な様な時間を過ごしながら思った。もし部長が本当に救助隊を連れて帰ってきて、助かったとしても
 彼女は恐らく今まで通りの生活はできないだろう、いや、人間として普通に生きていく事すらもできないだろう、と」

「そんな事を思っていたら彼女の目が開き、喋るのも辛いだろうに僕にかすれた声でこう言った」


「殺してくれ・・・ってね」


今おまえば僕のなにかが壊れたのはこの時だったのかもしれない。
なにが壊れたかがいまだにわからないし、知りたくもないけど。

「その言葉を聞いた僕は悲しくて、怖くて、気が狂いそうで・・・でもそれ以上にどんどん弱って緩やかに死んでいく彼女があまりにかわいそうで・・・」

「熊を殺したナイフでシェリーの事を・・・彼女の願いを叶えた」

「最後の・・・シェリーのあの恨めしく伸ばしてきた手と・・・聞き取れなかったけれど、恨みの言葉を必死に口に出そうとしてる姿は・・・永遠に忘れないだろう」

「その後は彼女の遺体の前でずっと座り込んでいた。
なにをするでもなぐただ彼女の遺体が他の動物に持っていかれないようにじっと・・・彼女を見つめていた」

「結局救助されたのはそれから3日後の事だった。僕はすべてを正直に話した。飛び出した事、熊と遭遇したこと・・・彼女を殺した事
でも大人達は誰一人僕の話を信じてくれなかった。当たり前だ・・・子供がナイフ一本で熊を殺したなんてあり得ない事だからね
結局彼女の死は崖下に落ちた事による事故死という扱いになった・・・僕は無罪放免で済んだ・・・済まされてしまった」

「それからロイは僕と合わなくなった。そして気づいたらアメリカに行ってしまった」

そして今違う国ですらなく、違う世界でまたロイと会う事になるなんて。
神のイタズラにしても悪趣味がすぎる。

「これが事件の全容だ・・・ところどころ端折ってはいるけど別に細かく聞きたいわけじゃないだろう?」

「同情なんて必要ない・・・僕にはそんな価値がないからね」

148ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:32

「さて・・・もういいだろう。次の行先の話をしよう・・・みのりかバロールか・・・その両方かどうせ聞いてるんだろう?」

《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》
《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。
 とにかく、カザハの言うとおり状況は把握している。さっきの話も聞かせてもらったよ。
 ジョン君の過去は、ブラッドラストを解く鍵になりそうだね》

もう僕にはブラットラストを解く気などないのだが・・・話がややこしくなりそうなので黙っておく。

《ニヴルヘイムの裏をかいての進軍、か。
 ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》
>「単純なことだったわね……」

バロールという男は相変わらず掴みどころがなく、本気を出しているようで、出していない。
非常に気に入らない男ではあるが・・・ロイを追う為にはバロールに協力を仰ぐのが一番の近道だという事も間違いない。

「・・・ニヤケ顔は女性受けが悪いからやめたほうがいいよ・・・バロール」

《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?
 少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》
>「――飛行船や!」

>「確かに飛行船を手に入れれば旅は捗るし、敵に狙われることもなくなるけれど――」

「現実的に考えて、そんな物が調達できるなら苦労はしないだろう。簡単に調達できるとしてもロイの軍隊が待ち構えていると思うが」

街によるにしても前の戦いの二の舞になることは確実だろう。
そもそもロイがこっちの移動手段として使える物を残しているとは思えない。

>「……強襲飛空戦闘艇……ヴィゾフニール……!」
>「でも、ヴィゾフニールは……」
>《ところがどっこい、や。
 うちらはみんなと交信を断っとる間『あれ』についての情報を集めとってなぁ。
 この世界には一巡目の遺物として『あれ』がまだ存在しとることを突き止めたんよ〜》

僕のまったく理解できない会話が繰り返される。
ゲームに深く関わっているなゆ達はともかくストーリー関連初心者に僕からしてみればまったくちんぷんかんぷんである。

《そう。『あれ』や。
 ストーリーの山場、ラスボスバトルより盛り上がる……なぁんて評判の。
 師匠の『創世魔法』の極致――》

>「螺旋廻天……レプリケイトアニマ……!」

飛び交うブレモン用語、テンポよく決まる次の行先。きっと説明してもらうには途方もない時間がかかるだろう・・・
でも僕がわからないという事はロイにだってなゆ達の会話は理解できないし、想像する事はできないはずだ。

《心配無用! 今のレプリケイトアニマは廃墟のようなものさ。
 防衛機構であるトラップの数々も、かつて私が召喚した番人たるモンスターたちも死に果てている。
 君たちは中に入ってヴィゾフニールを回収するだけでいいという寸法だ!
 楽ちん楽ちん、はっはっはっ!》

ロイはゲームはしたことないと言っていた。ならなゆ達が今話している場所・内容は対策のしようがない。
その場所はブレモンプレイヤーにとって常識でも、ロイはブレモンのプレイヤーではない。

ブレモン知識を覚えようと思ってすぐに全部を知れるようなものではない。
特にまだ起きてすらいない歴史の知識はわからないはず・・・だが

>「分かった、みのりさん。
 みんなも聞いたわね、螺旋廻天レプリケイトアニマへ向かって、中にあるヴィゾフニールを回収する。
 ヴィゾフニールを手に入れたら、あとはエーデルグーテまで一直線……ね!
 目的変更、進路をアズレシアからレプリケイトアニマへ!
 レッツ・ブレーイブッ!!!」

149ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:45
僕の考えが甘いと・・・すぐに理解することになった。

>『回転している』。

「ダンジョン?僕のダンジョンのイメージと遥かに違うんだが・・・普通に巨大なドリルだぞ・・・」

《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》

>「り……、了解!
 みんな、行こう!」

そうだ・・・なゆ達の敵はなにもロイだけではない。
なゆ達にロイとの事を手伝ってもらうのだ・・・せめてロイとの決着つくまでは俺が盾になろう

《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

>「バロールのバカぁぁぁぁぁぁぁ!!」

内部に突入した僕達に待っていたのは罠・魔物オンパレードだった。
壁から槍が飛び出し、中はモンスターだらけ。楽な廃墟探索とはいったいなんだったのか。

「バロールの言葉を信じた奴が馬鹿っていっても・・・限度があるぞこれは」
「ニャー!」

モンスターの大軍を蹴散らしながら少しづつ前進していく。

「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

だがモンスターにだけ集中しているわけにもいかない。
カザーヴァが付きっ切りな明神はともかく・・・バロールが知らない罠が追加されている可能性もある。

>「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

この先の事を考えれば、カードを使わず戦闘を行えるカザーヴァか、エンバースが適任だろう。
なゆや明神はこの先の事を考えれば一番温存してもらうべきだ。

>「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

「おいおい・・・こんな時は君がなゆを守って先頭にいくんじゃないのか?」

>「任せたわ、エンバース!
 さあ――行くわよ、みんな!」

「・・・エンバースがいかないなら僕が先頭を務めよう。カザーヴァは明神を守るのに精いっぱいだろうからね」

150ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:59:00
階段を下りた先には予想通りのモンスターの大軍が待ち構えていた。

「んん〜〜予想通りというかなんというか・・・」

こんな数をまともに相手していたら4時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまうだろう。
ここが何階層まであるのかわからないが・・・躓いてる時間はない。

「みんな・・・離れてくれ・・・部長も・・・巻き込んじゃう可能性があるからね・・・」

部長から破城剣を取り出し、力を少しづつ解放する。
体の周囲には真っ赤な・・・不快なオーラが立ち込め、その強さを徐々に増していく。

「フン!」

目の前のアニマソルダートに勢いよく剣を振り下ろす。
アニマソルダートはそのまま綺麗に真っ二つになり、動かくなった。

「ウオオオオオオ!」

襲い掛かってくる敵を片っ端から真っ二つにしていく。
生物も、無機物も全部関係なく、例外なく、真っ二つに。

あらゆるトラップが僕を感知し、襲い掛かる。槍でも、岩でも!壁でも!関係ない!

「フッー!フッー!・・・もっと、もっと力を!」

理性を飛ばない限界を探りながら出力を高めていく。敵を潰しながら。

一回振るだけでも全筋力を使うはずの破城剣を自由に振り回し、周りの壁を敵の血やオイルのようなもので染めていく。
しかし敵の勢いは衰える事を知らず、先に進ませまいと攻撃を仕掛けてくる。

「ちょっと楽しくなってきちゃったな」

斬って・切れない相手は潰して。潰して・斬って・潰して・斬って。たまに飛んできたなにかを打ち落として。

空間が静まりきった時。そこにあったのは大量の残骸達と
次の階層への階段の前に佇む肌や服の元の色が何色かわからない程になにかで染まった僕だった。

「ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?」

力を行使したのにも関わらず、体に不調は感じられない。むしろ絶好調なほどだ。
幻覚も見えないし、これならまだまだ力を解放しても大丈夫かもしれない。

「どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!」

僕自身が気づいていないだけで異変は起こり始めていた。

「ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね」

不快な血のオーラよりも・・・さらに人を不快にさせる邪悪の笑みを浮かべていることに。

151カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:27:20
>「カザハ君ちょい待った。もうひとつ……アズレシアに行くの、やめにしねえか?」

「あべしっ」

明神さんに闇魔法で引っ張り降ろされた。闇魔法、板についてきましたよね……。
確かにどの属性かと聞かれれば闇が一番似合ってる気がする。なんとなくだけど!

>「フリントは俺たちの行動をどういうわけか読んでて、常に先回りしてきやがる。
 まともにエーデルグーテを目指すなら海路をとる為にアズレシアに向かうってことも把握してるだろう。
 ……だからこの先、普通にアズレシアに行けば、次に襲撃されるのは十中八九あの街だ」
>「それでもアズレシアに行くなら、今度こそ連中に気取られないっていう確証が要る。
 追跡を撒いて、変装してでも、奴らが気付く前に船借りて港を出なきゃならない。
 俺は……あの街まで燃やされるのは、見たくない」

「それはそうだけど……エーデルグーデに行くにはアズレシア経由以外当てがないんでしょ?
ブラウヴァルトの方に行けば一時は撒けるかもしれないけど……」

>「必要なのはアシの他にもうひとつ。敵の行動予測だ。行く先を読むのは奴らの専売特許じゃない。
 フリントが今後どういう行動をとるかを類推して、その合間を縫って進む。
 例えば……奴が補給や訓練で動けないタイミングなら、俺達が街に入っても襲われない」

「参考になるとすればアメリカ軍の行動様式かな。ジョン君ならいくらか知ってるかも」

>「ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ」

>「……そう、だね。
 そろそろ……話して貰わなくちゃいけない時期なのかもしれない。
 気軽に打ち明けられることじゃないのかもしれない。ジョンにとって、痛みを伴うことなんだろうと思う。
 でも……お願い、ジョン。
 みんなが先へ進むために、これは……必要なことなんだ」

「え、ちょっと……」

戸惑った様子を見せるカザハ。
個人的な因縁を聞き出したところで直接ロイの行動予測に繋がるのだろうか、と疑問に思っているのだろう。
プロファイラーのような技術があるなら別だが、そうでないならあまり直接は結び付かないかもしれませんね……。

>「わかった・・・全部を話そう・・・」

「……そうだね。何が役に立つか分からないもんね」

ジョン君が話す気になっているのを見て、それ以上反対するのはやめたようだ。

>「ロイとロイの妹の・・・シェリーと出会ったのは小学生に上がった直後でね・・・僕がイジメられていたところをロイが助けてくれて
 そこから遊ぶようになったんだ。その頃の僕達は・・・たぶん親友と呼ばれるような間柄だった・・・と思う・・・家族ぐるみでの付き合いもあった。
 ・・・二年後に僕が事件を起こすまでは・・・」

ジョン君が話している間ずっと、カザハは黙って聞いていた。

152カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:30:53
>「これが事件の全容だ・・・ところどころ端折ってはいるけど別に細かく聞きたいわけじゃないだろう?」
>「同情なんて必要ない・・・僕にはそんな価値がないからね」

「安心して。アイツに対抗するための情報として聞いたんだ。それ以上でも以下でもないからね」

ここまでのジョン君の様子で、同情の言葉などかけても意味をなさないのを流石に理解している。
単なる情報だから同情もしないけど嫌ったり引いたりもしない、ということを伝えようとしているのだろう。

>《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》
>《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。
 とにかく、カザハの言うとおり状況は把握している。さっきの話も聞かせてもらったよ。
 ジョン君の過去は、ブラッドラストを解く鍵になりそうだね》

唐突に王都からの通信が入り、場の空気にそぐわない明るい声が聞こえてくる。
みのりさん何故か眼帯付けてますけど……。そんなに激しい修行をやっているのか!?

「やっぱり見てたのか! みのりさん……どうしたの!?
バロールさん! 修行中に手が滑ってみのりさんに怪我させたんじゃないだろうね!?
顔面は狙わないのはプ〇キュアの鉄則だよ!?」

>《ニヴルヘイムの裏をかいての進軍、か。
 ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》

「ローウェル陣営は敵なんだよね!? ……そんなもの普通没収しとかない?」

……バロールさんに普通を求めても無駄ですね。
もうそんな曰くつきのアイテムその辺で売り払った方がいいんじゃないですかね!?
「それを売るなんてとんでもない!」で売れない枠なんだろうなあ……。

>《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?
 少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》

>「寄り道?」

>「――飛行船や!」

>《心配無用! 今のレプリケイトアニマは廃墟のようなものさ。
 防衛機構であるトラップの数々も、かつて私が召喚した番人たるモンスターたちも死に果てている。
 君たちは中に入ってヴィゾフニールを回収するだけでいいという寸法だ!
 楽ちん楽ちん、はっはっはっ!》

「なーんだ、そんないいルートがあるんなら早く言ってよー!」

153カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:33:11
>「分かった、みのりさん。
 みんなも聞いたわね、螺旋廻天レプリケイトアニマへ向かって、中にあるヴィゾフニールを回収する。
 ヴィゾフニールを手に入れたら、あとはエーデルグーテまで一直線……ね!
 目的変更、進路をアズレシアからレプリケイトアニマへ!
 レッツ・ブレーイブッ!!!」

「レッツ・ブレーイブ!!」

妙に威勢がいいのはもちろん、廃墟に潜るだけの楽なミッションだからである。

その夜、私は夢を見た。其れは、決して語られざる未実装クエスト。
私達は、屍累々の夜の街の広場のような場所にて、シナリオボスと対峙していた。
相手は、血を自由自在に操る化け物――とはいっても、ニヴルヘイムのモンスターではなく、
アルフヘイムの者ですらなく……異邦の魔物使い《ブレイブ》の成れの果て。
二人の異邦の魔物使い《ブレイブ》の声が重なる。

「「《ライドオン》!!」」

カザハは私の背に乗って風の槍を振るう。
違う飼い主同士のモンスターが一体化したらどっちが指示を出すとか混乱しなかったんだろうか。
……しなかったんでしょうね。
関係性のある者同士が召喚されやすい説に則るとすれば、親友か、恋人同士か、あるいは夫婦だったのかもしれません。
夢の中の私が、夢の中のカザハに問いかける。

《本当にいいんでしょうか……》

「いいの! 仕方がないの、もうこうするしかないの……!」

やがて、決着の時が訪れる。カザハの槍が、化け物の胸を貫いた。
今際の際に正気を取り戻した彼の者に、止めてくれてありがとうとでも言われたのだろうか。
カザハは頭を横にふって、謝った。

「ごめん、救えなくてごめんね……!」

カザハは化け物だった者の亡骸を胸に抱き、慟哭を響かせた。
私はカザハの横で、どうすることも出来ずに立ち尽くしていた。

“そして、また殺すのか? 仕方なかった。やむを得なかった。そんな逃げ道を用意して”

昼間ロイに言われた言葉が、何故か思い出された。

そのシナリオボスの名は――”血の終焉《ブラッドラスト》”。

154カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:35:49
《―――――!!》

「ぎゃふ!」

私は、体の上に寝そべっているカザハが転げ落ちるのにも構わずに飛び起きた。

「カ、カケルぅううううううううううう!!」

転げ落ちたカザハが泣きながら私に抱き着いてきた。

《ご、ごめんなさい! 痛かったですよね!?》

ふるふると頭を横に振るカザハ。

「違うんだ。怖い夢を見て。血を操る化け物と戦って勝ったと思うんだけど。
何故だかとっても悲しい……」

《それ、多分私も同じ夢見てますよ……》

二人(二匹もしくは一人と一匹?)揃って同じ夢を見るのは偶然では在り得ませんよね!?

「と、いうことは……お前か―――――ッ!」

カザハはスマホ(に取り付いているらしき何か)に詰め寄った。
スマホ(に取り付いているらしき何か)は黙秘していた。
とりあえず今のところはカザハが脱走する気がないから静かなんでしょうねぇ。
またやる気を無くしてブレイブ廃業しようとしたら阻止してくるんだろうなぁ……。
何その積みゲー化防止機能付きスマホ。

カザハは道中ずっと口数が少ない代わりに、心の声はやたら多かった。
ジョン君から聞いた話について色々考えているようだ。

(あの話、不自然だと思わない? ジョン君、元々人間離れした何かがあったんじゃないかな……)

子どもがナイフ一本で熊を倒すのは普通ではありえない、というのは
当時の大人が誰一人ジョン君の話を信じなかった事が如実に示している。

《シェリーが熊を倒したジョン君を見て、まるで化け物を見たように怯えていたって言ってたよね?
あれはシェリーが錯乱していたわけじゃなくてジョン君が本当に化け物みたいになってたのかも……》

常人離れした力と化け物のような笑顔――確かに結び付いてしまいますよね。
しかし、こっちの世界ならともかく、あれはジョン君がここに来るずっと前の地球での話だ。
あのお堅い科学万歳の地球でそんなオカルト的なことがおいそれとは……

(この周回で呼ばれてる人って一巡目はどれぐらいの割合で呼ばれてるのかな……?)

《さあどうでしょう。あ、ジョン君が一巡目も呼ばれていたとしたら……!》

現に、あるはずのないヴィゾフニールが存在しているのだ。
デウス・エクス・マキナの影響下では、時間軸の整合性を無視してあらゆる前の周回の影響が現れ得る。
そしてバロールさんの話によれば、デウス・エクス・マキナは地球をも巻き込んでいる――
「気が付いたら巻き戻っていたらしい」という状態なので、どこの時点からどこの時点まで巻き戻ったのかも不明だ。

155カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:37:29
(ボク達みたいな例もあることを考えれば……
一巡目の因果を微妙に引き継いで地球での人生をリスタートした人がいる可能性もあるよね?)

一巡目地球でも何らかの経緯でシェリーが事故死していてジョン君はアルフヘイムでブラッドラストを発現
一見リセットされているように見えて一巡目の影響を引き継いだ二巡目でまたしても
ブラッドラストを発現してしまったのだとすれば、周回を重ねている分ブラッドラストはより厄介になっていると考えられる。
が、全ては憶測だ。

《……考えすぎですよ。何にせよやることは一緒ですし》

(そうだね、これがジョン君にとって一回目でも二回目でも解呪するしかないんだもんね!)

あれ、考えない事に定評のあるカザハに”考えすぎですよ”なんて言うなんて槍でも降るかな?
いえ、そんな生易しいものじゃないかもしれません。
そんな予感(?)は的中してしまったのだった。
レプリケイトアニマに辿り着いてみると、巨大なドリルが地面を掘削していらっしゃいました。

>《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

「あのさぁ……」

カザハは最近十八番となった魂が抜けたような顔をしてそれだけ呟いた。

>《ふおお……すごい魔力だ! 計測値を振り切ってるよー!? 誰だ私のレプリケイトアニマを勝手に動かしてるのはーっ!?》
>《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》
>「り……、了解!
 みんな、行こう!」

「ああ、このダンジョン攻略に挑めるなんて感慨深いなあ(棒)」

《語尾に思いっきり棒が付いてますよーっ!》

一巡目ではすでに故人でしたからね私達……。
カザハは諦めの境地といった様子でなゆたちゃんに続いていく。

>「ギシャオオオオオオオオッ!!!」

>「ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!!」
>『ぽよよっ!』

そこは魑魅魍魎が闊歩する人外魔境でした。

>「がこん?」
>「ひょわわわわわわぁっ!!!??」

「ぎええええええええ!? なゆ!?」

なゆたちゃんが串刺しになりかけた。
……『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』を習得していて本当に良かったですよ。

156カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:42:12
>《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

「あのさぁ……」

>「きゃはははははッ! たーのしー!
 どんどん暴れちゃうからなー、ボク! そらそら、もっと来いよぉ!
 ぜーんぜん喰い足りねぇぞぉーッ!!」

「全然楽しくね――ッ!!」

ガザーヴァ、甲冑着てないんですねぇ。流石にここでは甲冑着た方が安全なのでは……。
それとも甲冑を着ると防御力は上がるけど素早さが下がるとかあるんでしょうか。

>「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

トラップの場所を知っているのはかなり助かりますよね。
本人は深いことを考えていないかもしれないが、多分パーティー最強のガザーヴァが明神さんの護衛に付くのは、戦略上も最善だろう。
明神さんは一般人の上に、なゆたちゃんのような強力な回避スキルも持っていないからだ。

>「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

>「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

>「おいおい・・・こんな時は君がなゆを守って先頭にいくんじゃないのか?」
>「任せたわ、エンバース!
 さあ――行くわよ、みんな!」
>「・・・エンバースがいかないなら僕が先頭を務めよう。カザーヴァは明神を守るのに精いっぱいだろうからね」

階段を降りた先にはモンスターの大群。
戦闘態勢に入る一同だったが、ジョン君が皆に離れるように促した。

>「んん〜〜予想通りというかなんというか・・・」
>「みんな・・・離れてくれ・・・部長も・・・巻き込んじゃう可能性があるからね・・・」

ジョン君が赤いオーラをまとう。

「ジョン君、それは……!」

>「フン!」

ジョン君は巨大な剣で、アニマソルダートを一撃で真っ二つにした。

157カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:43:48
>「ウオオオオオオ!」

ジョン君が咆哮をあげながら、あらゆる敵やトラップを真っ二つにしていく。
ひとしきり敵を蹴散らしたジョン君は大量の残骸に囲まれ、邪悪な笑みを浮かべていた。

>「ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?」

その姿が、夢の中で見た、死体に囲まれて笑っていた狂人の姿と重なった。

「それ以上は駄目! もうやめて!」

同じことを思ったのだろうカザハが、尋常ではない様子でジョン君にすがりつく。

「ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を!
夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!」

が、ジョン君は全く動じる様子はない。

>「どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!」
>「ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね」

「……。ごめん。取り乱した。」

カザハは案外あっさりと引き下がった。
確かにジョン君の言う通り時間がない。
ここで言い争うよりも早く踏破してしまう方が得策だと思いなおしたのだろうか。

「……ここ、微かに隙間風が通ってる。階段があるよ」

カザハは人間では感じられない風の流れや音を感じ取れるようになってきたようだ。
こっちの世界に来てからそこそこ日が絶つので、元々持っていた感覚が甦ってきたのだろう。
床のタイルの隙間に槍の先を入れて剥がすと蓋のように取れ、下の階への階段が現れた。

《随分あっさりと引き下がりましたね》

(諦めた! ありゃ何言っても無理でしょ!)

《はい!?》

諦めるの早すぎるでしょ!
さて、突入直後ということでここまでとりあえず下の階に歩を進めてきたが、そろそろ聞かねばなるまい。

「バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?」

コアを破壊したら1巡目と同じようにダンジョンごと消滅してヴィゾフニールが手に入らなくなる可能性がある。
格納庫がコアに向かう道中にでもあればそれ程問題はないが、問題はかなりの遠回りになる場合だ。
アニマが霊仙楔に到達してしまったら一巻の終わりなので、再び廃墟化して残ってくれる可能性に賭けてコアの破壊を最優先すべきだろう。

158カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:46:57
が、カザハは突拍子もないことを言い始めた。

「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」

《な、何ですってー!?》

(止めるのが無理なら猶更一刻も早くエーデルグーデに連行するしかないでしょ!
ダンジョンごと消えて馬車の旅になったら確実に終了じゃん!)

カザハはジョン君を止めることを諦めても、ジョン君を諦めてはいなかった。

(ボクには今のジョン君を説得することも力尽くで止めることもできない。
ジョン君が戦わなくて済むように敵を薙ぎ払う力もない……。
でも早く何かを回収することなら一番……いやガザーヴァの次ぐらいに!?適任でしょ?)

確かに誰かが回収しに行くとすれば、私達が適任かもしれない。
飛空タイプで移動力と素早さに特化した私達ならいわゆる「シンボルエンカウント方式のRPGで敵をすり抜けて戦闘を回避しつつ
ダンジョンを突っ切る作戦」が出来るし、徒歩を前提とした罠は全てスルー出来る。
格納庫に強い門番がいるという話もない。
なので普通にいけば、敵を倒しながら最深部まで潜った上にアニマガーディアンを倒さなければいけないコア破壊組よりも早く攻略できると思われる。
そして私たちはそれ程強力なアタッカーでもパーティーの生命線を担うタンクでもないので
アニマガーディアン戦の時にいなくても他の人がいないよりは影響は少ないだろう。
……とはいってもそれは「誰かが回収しにいくとしたら誰が行くのが一番マシか」という前提であって。
私、もうカザハの酔狂に付き合わされるのは嫌ですからね!?
バロールさん、「格納庫はコアに行く道と反対方向だよ」なんて言わないでくださいよ!?

159明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:32:05
>「わかった・・・全部を話そう・・・」

古傷を掻きむしり、再び血を流すように、ジョンは語る。
あるいは、傷は癒えてなど居ないのかもしれなかった。
表面にほんの少しカサブタが張っているだけで、その下では今でもドロドロした血が滞留している。
俺たちは今から、ジョン・アデルという人間に流れる血の色を――確かめるのだ。

>「ロイとロイの妹の・・・シェリーと出会ったのは小学生に上がった直後でね・・・

ジョンの語った過去は、あらゆる意味で俺の想像を超える壮絶なものだった。
まだ十歳かそこらのジョンは、遭難した幼馴染のシェリーを探すために単独で森の中に分け入り、
少女に襲いかかる熊をナイフ一本で殺して見せた。

あり得べからざる話だ。人間は接近戦じゃどうやったって熊には勝てねえ。空手や柔道をやってようがだ。
比較的小型なツキノワグマですら、大人の人間が食い殺されるニュースは毎年のように報道される。
いわんや、小学生がナイフ片手に熊を殺したなんて、誰が信じるってんだ。

俺だっていくらなんでもそりゃ嘘だろって思う。思ってたと思う。
アコライトでジョンがアジ・ダカーハの首をぶった切ってなけりゃ、今でも信じられなかった。

そしてそれは、目の前でジョンの大立ち回りを見たシェリーにとっても、そうだったんだろう。
熊を殺したのが、自分の友達であると、信じられなかった。
人間ですらないもっと別の――化け物。そう感じちまっても不思議はないだろう。

そうしてシェリーはジョンの前から逃げ出し、山から滑落して、致命傷を負った。
シェリーがもう助からないと悟ったジョンは。これ以上苦しまないように……彼女を『楽にした』。
これがジョンと、ジョンが介錯した少女の兄、フリントの因縁。その始まりだ。

「殺したってのは、そういうことか……」

160明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:32:25
『ミセリコルデ』という剣がある。欧州の言葉で『慈悲の剣』って意味の名前だ。
全身甲冑の鎧騎士が戦場で幅を利かせてた時代に、鎧の隙間を貫いて攻撃するために用いられた刺突特化の短剣。
本来スティレットと呼ばれるこの剣に、慈悲の二つ名がついたのには理由がある。

衛生状況も医療体制もまともに整わない戦場では、重傷を負った戦士はまず助からない。
手の施しようがなくても、即死しなければ長い時間傷の痛みに苦しむことになる。
だから武器とは別に、すばやく息の根を止めて楽にしてやる為の、鎧を貫く短剣が必要だった。

助からないなら、苦しませたくない。
同じようにシェリーにナイフを突き立てたジョンの心には、きっと『慈悲』があったんだろう。
だけど、ジョン自身が自分をそんなふうに許すことは出来なかったし、フリントの野郎もそうだった。
振り下ろす場所のない拳がいつまでも宙ぶらりんになったまま、二人はこの世界で再び出会ってしまった。

>「これが事件の全容だ・・・ところどころ端折ってはいるけど別に細かく聞きたいわけじゃないだろう?」

「……そうだな、もう十分だ」

これ以上詳しく突き詰めたって何が変わるってわけでもない。
ジョンという人間が何者なのか、知りたいことはこれで知れた。

>「同情なんて必要ない・・・僕にはそんな価値がないからね」

「同情なんかしねえよ。外野があれこれ言えるような話でもない。フリントとの因縁は、お前が決着をつけるべきだ。
 だけどこれだけは言っとくぜ、ジョン・アデル。……話してくれて、ありがとうよ」

幼馴染にトドメを刺したのを、『仕方なかった』で済ませられるような奴なら、俺はこいつを助けたいなんて思いやしなかった。
だがジョンは、十年以上経った今もなお、罪の呵責に苦しみ、のたうち回り続けている。
こいつの中から、在りし日の幼馴染の影は何一つ消えちゃいない。

――ジョンのパートナーモンスター、ウェルシュ・コカトリス。
そいつに付けられた名前は、幼馴染の愛犬――目の前で飼い主を殺された犬と同じ『部長』。
過日の罪の、唯一の目撃者を、今もこいつは傍に置き続けているのだから。

 ◆ ◆ ◆

161明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:33:10
>《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》

不意になゆたちゃんのスマホから懐かしい声が響く。
見れば石油王とバロールが並んで画面に表示されていた。

「石油王!音沙汰なかったから心配したぜ。そっちは変わりないか――ってお前、その目どうした!?」

画面越しに再会した石油王は、左目に眼帯を巻いていた。
一体何があった。隣のバロールも、何なら石油王本人も平然としてんのはどういうこった。

>《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。

石油王から返事を聞く前に、バロールは話をさっさと前に進めやがる。
次またマル様チームの横槍が入るかわからない以上、情報共有は最低限に留めときたいってことか。

>ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》

「じーぴーえすぅ?そんなもんいつ貰ったってんだよ、スマホの位置情報でもぶっこ抜けるってのか――」

隣でなゆたちゃんが何かに思い至り、俺も合点がいった。
ひとつだけ、俺たちがローウェルのジジイから受け取ったものがあった。

ローウェルの指輪。
所有者のスペル効果を極限にまで引き上げるバフ効果に、リキャスト全回復機能まで備えた超絶チートアイテム。
アコライトの決戦でも大活躍したおじいちゃんの指輪は、今も俺の中指に嵌っている。

こ、れ、かぁ〜〜〜!

「だっからよぉ!そういう重要な情報は先に言えっつってんだろうが!ソシャゲの運営かてめーはよぉ!!」

>「単純なことだったわね……」

「クソったれ……つうことはアレか?こいつは指輪じゃなくてジジイが手駒を管理するための首輪ってことかよ」

思わず指輪を外して遠くにぶん投げそうになって――思い留まった。
厄介な位置バレ機能はあるにしても、指輪自体のデタラメなバフ効果は俺たちにとっても非常に重要だ。
これなしには切り抜けられなかったピンチだっていくつもある。
ニブルヘイムの強力な軍勢相手に戦う上で、指輪の力はどうしたって必要になる。

「まんま呪いの装備だなこいつは……捨てるに捨てらんねえ。火山にでもぶち込みに行くか?」

とは言え、こうして情報の出処がはっきりしたのには意味がある。
奴らがこの指輪を手掛かりにして追いかけてくる以上、俺たちが連中の行動をコントロールする唯一の手段になり得る。
ここぞって時にその辺にポイ捨てでもして、奴らがエサに群がってる隙に遠くまで逃げることだって出来る。

>《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》

162明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:33:32
寄り道。石油王は相変わらずのはんなりとした口調でそう言った。
どこに寄る場所があるってんだ。モタモタしてるとまたゴブリン共に囲まれるぞ。
石油王はどこか自慢気に、二の句を継いだ。

>「――飛行船や!」

「飛行船……?マジ?なんかアテがあんのか?」

さっき俺もちらっと言うには言ったが、本当に飛行船が使えるとは思っちゃいなかった。
つーのも、この世界の最上級の移動手段である飛行船は、ガチのマジで入手に手間がかかるからだ。

一番難易度の低い気球ですら、それこそアルフヘイム全土を巡って素材を集めなきゃならない。
もろもろ移動時間を省略できるゲームの中ならいざしらず、馬車旅じゃ何ヶ月かかるかも分からん。
うまいこと市場に素材が出回ってたとしても、ふわふわ浮かぶだけの気球じゃ対空射撃の良い的だ。

グランドセイバーは論外だ。クソ長い三部作の入手クエストは攻略に時間がかかりすぎる。
やれわけのわからん軍事帝国と戦えだの土地神と交渉して航空図をゲットしてこいだの、
古の戦場跡でつよつよモンスターとアホみたいな回数連戦しまくって素材集めてこいだの、
恐ろしい時間をかけた壮大な『寄り道』だ。

唯一入手までの時間が現実的なのは――

>「……強襲飛空戦闘艇……ヴィゾフニール……!」

とあるダンジョンの隠し部屋に眠る、不世出の戦闘用飛空艇。
北欧神話の神鳥の名を冠す、ニブルヘイムの最高傑作――ヴィゾフニール。
三種の飛空船の中で最も快速至便な『乗り物』としてのエンドコンテンツだ。

「ちょっと待て、ヴィゾフニールって確か、常設クエストで手に入る奴じゃなかったろ」

ヴィゾフニールはシナリオ中に一回こっきりしか攻略できない限定ダンジョンの隠し報酬だ。
いつでもクエストを始められる他の二種とは違い、入手機会が完全に限られてる。
そしてその限定ダンジョンは――この時間軸では、あるはずのないもの。

>《ところがどっこい、や。
 うちらはみんなと交信を断っとる間『あれ』についての情報を集めとってなぁ。
 この世界には一巡目の遺物として『あれ』がまだ存在しとることを突き止めたんよ〜》

石油王の言葉に、胸の奥の方が沸き立つのを感じる。
まさか……あるのか?メインシナリオで最高に胸アツ展開だったあのダンジョンが、この世界にも。
飛空艇未入手のままクリアしちまった連中がフォーラムで暴れまわった曰く付きの――

>《そう。『あれ』や。
 ストーリーの山場、ラスボスバトルより盛り上がる……なぁんて評判の。
 師匠の『創世魔法』の極致――》

――『螺旋廻天レプリケイトアニマ』。
ストーリー終盤で魔王バロールが放った大規模破壊魔法にして……ダンジョンだ。

 ◆ ◆ ◆

163明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:34:07
「楽しみだなぁヴィゾフニール。実装当初は運営のクソ共が情報公開すんの遅くてさ。
 結局俺も手に入らないままシナリオクリアしちまったんだよな。
 いや無理だって、あんな盛り上がってる流れ放置でダンジョン隅々まで探索すんのなんてよ」

アニマが『ある』と目される場所へ向かう10日の間、俺は誰ともなしに思い出話を垂れていた。
まぁこのパーティでゲームの方ちゃんと攻略してんの俺となゆたちゃんとエンバースくらいなもんだけど。
他の連中にもこの悔しさを知ってもらいたい!あんなん一気に駆け抜けたくなるって!

螺旋廻天レプリケイトアニマは、ラスダンであるガルガンチュアの一個前に攻略するダンジョンだ。
魔王が目論む世界の転覆、滅亡の危機の前に、プレイヤーだけじゃなく各国の戦士たちが一斉に蜂起する。
これまでメインシナリオで出会ってきたNPCたちと一緒に、援護を受けながら最深層のコア破壊を目指す戦いは、
ブレモンでも指折りの胸熱展開として多くのプレイヤーの記憶に残ってる。

攻略に時間制限があるのと、ダンジョン自体の難易度も相まって、アニマをゆっくり探索するのは難しい。
背景で奮闘してる連中を差し置いてお散歩なんて当時の心清らかな俺には出来なかった。
しかし開発はホントに性格悪いな……。前情報なしで飛空艇手に入れられた奴なんてほぼほぼ居らんのと違うか。

「当時のフォーラムは酷え荒れようだったぜ。シナリオしっかり読んでる奴ほど入手し損ねちまったからな。
 挙げ句の果てに『ヴィゾフニール持ってる奴は人の心がないサイコ』とか言われててよ」

まぁ例によってそれ言ったのうんちぶりぶり大明神とかいうクソコテなんだけど、
わりと共感を得たのか八方に飛び火してえらいことになった。
一時期はゲーム内でヴィゾフニール乗り回してると問答無用で撃墜されてたもんな。

「結局のところ、ヴィゾフニールは早いだけで他の飛空船と変わんないから、
 あくまでトロフィー扱いの隠しコンテンツでしかなかった。
 ファストトラベル駆使すれば航行速度もそんなに気にならないレベルだったしな」

アカウント作り直してヴィゾフニール入手まで爆速で進行するRTAなんてのも流行ったが、
スペックにそこまで大差がないと知れてからは人気も下火になった。
今は後発組が普通にヴィゾフニール乗ってるから、妬んだ連中から石を投げられることもない。

「だけど"この"アルフヘイムなら話は別だ。速さは正義、戦力で負けてようが逃げ切れるならなんも問題ねえ。
 フリントの野郎も流石に戦闘機までは持ち込んじゃ居ねえだろ。
 制空権ってもんがいかに重要か釈迦に説法かましてやろうじゃねえか」

ジョンの独白で落ちきったムードを払拭するように、俺は努めて明るい話題を選んだ。
今はまだ無理かもしれないけど、俺はこいつにもブレモンの楽しさを知ってもらいたい。
いつかは――普通にゲームを一緒にやりたい。そう思った。

ほどなくして、山道の向こうに巨大な建造物が見えてきた。
相変わらず趣味の悪い色調の巨塔は、俺がゲームの画面越しに見てきたものと同じ。

辿り着いた。
世界のリセットを免れ、在りし日の威容を遺す、ダンジョンの姿――
今はもう火の消えた、レプリケイトアニマの残骸が。

「……あ?ちょっと待って?待って?なんかすげえガリガリ言ってるんですけお……」

鬱蒼茂る木々をかき分ければ、そこに鎮座する停止したはずの削岩機は……

>《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

「はああああああっ!?お前止まってるって言っとったがや!言っとったがや!!!」

164明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:34:41
バロールの素っ頓狂な叫びは地盤の破壊音に負けず劣らず俺の耳を劈いた。
なんでお前が一番驚いてんだよ!自分で作ったモンくらい把握しとけや!!

>「ダンジョン?僕のダンジョンのイメージと遥かに違うんだが・・・普通に巨大なドリルだぞ・・・」

「普通に巨大なドリルなんだよっ!そういうダンジョンなの!あのクソ魔王が作ったなぁ!」

厳密にはトンネル掘削とかに使われるシールドマシンの超巨大版だ。
東京都心の摩天楼もかくやの高層ビルめいた構造物の先端には、回転する「やすり」が散りばめられている。
こいつが地盤をゴリゴリ削って穴を掘り進んでいく仕組みだ。

>《ふおお……すごい魔力だ! 計測値を振り切ってるよー!? 誰だ私のレプリケイトアニマを勝手に動かしてるのはーっ!?》

「バロールお前ホント……そういうとこやぞ!!」

アニマを誰が再起動したのかは知らんが、なんでこんなヤベえもん放っとくかなあ!
そらおじいちゃんもキレるわ。マル様も長兄マジやべえやつだって言うわ!
やってること世界滅ぼそうとした一巡目と変わんねえもんこいつ!!

>《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》

「わ、分かった!突入口もまるっと再現されてんなら……こっちだな!」

メインシナリオでは、霊銀結社がしこたま砲撃ぶち込んで外殻にようやく開けた穴があった。
そこから内部に侵入し、最深部のコアをぶっ壊せばアニマはひとりでに分解する。
果たして穴は変わらずそこにあり、俺たちはまともな準備もしないままアニマに乗り込んだ。

「俺さぁ……すげえ嫌な予感がしますよ。ことアニマについてバロールの見立てはてんで見当違いだった。
 もしかすっと中で徘徊してるモンスターがみんな死んでるってのも――」

>「ギシャオオオオオオオオッ!!!」

「ほらぁ!」

案の定というか、突入した瞬間脇から聞こえる魔獣の咆哮。
駆け寄ってくるアニマゾルダートをポヨリンさんが油断なく迎撃し、このダンジョンが何も風化してないことを否応なしに理解する。

「ひひっ熱烈歓迎じゃねえの、テンション上がるなあ!固まれ固まれ、孤立すりゃ袋叩きにされんぞ!」

召喚したヤマシタが突撃してきたアニマディフェンダーとがっぷり四つ組み合う。
騎士モードで防御スキルの恩恵を受けてるとは言え、敵の平均レベルがこれまでと段違いだ。
単純にレベルだけで見るなら途中退場した幻魔将軍ガザーヴァより高い。
一匹一匹が準レイド級と真っ向から殴り合えるステータスだ。

そして、俺たちにとっての脅威はワラワラ湧いてくるモンスターだけじゃない。
ここはダンジョン。それも最終盤の高難易度コンテンツだ。

「番人共がリポップしてるってことは……なゆたちゃん!そっち行くな!」

>「ひょわわわわわわぁっ!!!??」

床に偽装されたスイッチを踏み抜いて、なゆたちゃんの側面から槍が伸びる。
すわ串刺しかと歯噛みした瞬間、回避スキルを発動して無数の槍衾を凌ぎきった。

165明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:35:34
>《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

「お前マジでっ……!マジで覚えとけよクソ魔王!インディ・ジョーンズじゃねえんだぞ!
 お次はなんだ?毒蛇か?巨大鉄球か!?魔王の癖に古代遺跡みてーな凝ったトラップ作りやがって……!!」

なんかだんだん思い出してきたわ……!
創生魔法で実体化した巨大攻撃魔法とかいう触れ込みの癖に、無駄にディティールの凝らした大量の罠!
ぜってーこれ趣味で作ってんじゃねえかって思ってたけど、今それが確信に変わった!

>《みんな、遊んでる場合ちゃうで!
 うちの計算では、このままやと約四時間後にアニマは霊仙楔に到達! そうなったらアルフヘイムはおしまいや!
 それまでに何としてもコアを破壊して、アニマを止めたってな!》

「四時間経つ前に俺たちが破壊されんぞ!十人そこらで攻略するダンジョンじゃねえってこれ!」

ヤマシタがアニマディフェンダーを抑え込み、その隙を突いて『呪霊弾』で駆動中枢を撃ち抜く。
急所さえ叩けりゃ俺の貧弱魔法でもどうにかなるが、それでも多勢に無勢だ。
この物量。アニマが難関コンテンツとされる最大の理由は、とにかく襲ってくる敵が多いこと。
味方NPCが引き付けてくれない現状じゃ、俺たちだけでこの大群を相手にしなきゃならない。

>「きゃはははははッ! たーのしー!どんどん暴れちゃうからなー、ボク! そらそら、もっと来いよぉ!
 ぜーんぜん喰い足りねぇぞぉーッ!!」

ガザーヴァは待ってましたとばかりに槍を担いで集団の中に躍り出る。
黒い嵐の如く、振り回した槍が的確にゾルダートたちの首を飛ばしていく。
あいつ生き生きしてんな……。ガザ公の小柄な体躯と槍さばきは、乱戦の中で大いに真価を発揮する。
瞬く間に集団を躯の山に変えて、敵の勢いを押し返した。

>「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

「出来た娘さんでマジ助かる……どっかのお父様と違ってよぉ!」

見てますかバロールさん!娘にケツ拭かせて恥ずかしくないんですか!!
俺だって自分のケツくらい拭けますよ!ウォシュレットがあればなお良し!!!

実際のところ、シナリオとは違う俺たちだけのアドバンテージがガザーヴァの存在だ。
トラップの回避だけじゃなく、常に多勢を相手取ってきた幻魔将軍の力は対多数の戦いで猛威を振るう。
メインクエストでもしもガザーヴァが生き残ってたら、間違いなくアルフヘイム連合軍は壊滅に追いやられていただろう。
それを完遂できるだけの実力と、邪智が、こいつにはあった。

「誰も想像すらしなかったろうな。こうして幻魔将軍ガザーヴァと一緒にダンジョン攻略するなんてよ」

全然笑ってる場合じゃないのに、自然と口端が上がった。
俺たちは今、開発すら想定してなかったかたちで、レプリケイトアニマに挑んでる。
難易度は跳ね上がってるし、事情も全然違うけど、それでも。

「ひひっ。俺、いますげえブレモンやってるって感じするわ」

見てるかガザーヴァ。
お前は今、一巡目にどうやったってたどり着けなかった、『アコライトの先』に居るんだぜ。
俺と一緒にだ。

166明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:36:19
>「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

「了解。今回は背景じっくり眺める必要もねえ、とっとと突破しちまおう」

レベルこそ高いが、アニマの道中に出るモンスターはあくまで雑魚敵だ。
デバフも効くし弱点も多い。対処法は研究され尽くしてる。
連戦を避けてうまく立ち回れば、削り殺される前に次の階層に行けるはずだ。

>《こちらからも援軍を送るよ、間に合うかどうかは分からないが――
 とにかく、なんとか生き残ってくれ!》

「増援?アルメリアからか?アイアントラスぶっ壊れてんだぞ、間に合うわけねえ――っつうか、
 お前にそんなコネあったの?」

バロールは今、ローウェルからも十二階梯からも爪弾きにあって孤立してる。
そんな状況で増援なんて寄越す余裕もアテもないと思ってた。
どの道期待は出来ねえな。こっちのことはこっちでどうにかするつもりでかからねえと。

囲まれないように慎重に位置取りしつつアニマのフロアを疾走する。
ふと、エンバースが足を止めて後方を振り仰いだ。

>「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

「はあ!?お前この数相手に何言ってんだ!トラップだってガザ公がいなきゃ避けらんねえんだぞ!」

>「おいおい・・・こんな時は君がなゆを守って先頭にいくんじゃないのか?」

俺とジョンが口を揃えて反駁するが、エンバースは取り合わない。
こういう時何言ったってこいつが翻意することはない……ってのも、これまでの付き合いでよく分かってた。

>「任せたわ、エンバース! さあ――行くわよ、みんな!」
>「・・・エンバースがいかないなら僕が先頭を務めよう。カザーヴァは明神を守るのに精いっぱいだろうからね」

「……上階で待ってるからな、焼死体。死亡フラグなんてしょうもねえもん回収すんなよ」

返事もしないエンバースを残して、俺たちは次の階層に足を踏み入れた。

>「んん〜〜予想通りというかなんというか・・・」

階段の先では、既に大量の敵がポップしていた。
避けて進むのは無理だ。強引にでも道を切り開かなきゃならない。

「マップは頭に入ってる。最短ルートはこっちだ」

アニマの攻略自体は、ゲーム知識をフル動員すりゃそこまで迷うこともない。
問題は本来の目的、ヴィゾフニールがどこの部屋に隠されてるかだ。
このまま最短ルートを取り続ければどっかで通り過ぎちまう。
さりとて、湯水の如く湧いてくる敵を逐一潰していく猶予はない。

>「みんな・・・離れてくれ・・・部長も・・・巻き込んじゃう可能性があるからね・・・」

束の間の逡巡、不意にジョンが一歩前に踏み出した。

167明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:36:50
「あ?お前まさか――」

>「フン!」

いつの間にか傍らに出現した大剣――アジ・ダカーハの首をぶった切ったアレを掴み、
ジョンは敵の渦中へと飛び込んでいく。
瞬きすら追いつかない間に、鋼の旋風が巻き起こり、血潮が床を赤黒く染めた。

倒れ伏す敵の残骸は、バターみたいに平滑な切り口。
あの大剣が凄まじい切れ味をもっているにしたって、人間業じゃない。

「ジョン……ジョン!そのエフェクトは!!」

ジョンの肉体を赤く包むオーラは、ブラッドラストのエフェクト。
あれだけ忌避していたスキルを、意図的に発動している――

止める間もなく、ジョンは次の獲物目掛けて跳躍した。
血の匂いのする風が起こるたび、何かがひしゃげる音が響き、その数だけ敵の死体が積み上がっていく。
作動したトラップが八方からジョンに襲いかかるが、全てをその大剣で断ち切った。

>「ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?」

気づけば、フロア内の敵は全滅していた。
血潮と、臓物と、よくわからない液体に塗れて、ジョンは口端を上げて見せる。

「お前は――」

>「それ以上は駄目! もうやめて!」

俺がなにか言うより早く、カザハ君がジョンの懐に飛び込んだ。

>「ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を! 
 夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!」

「どういうこった……」

カザハ君は確信をもったように言う。
なんでこいつがブラッドラストの最期を知ってる?
ただ『そういう夢を見た』ってだけじゃ説明のつかない迫真性が、カザハ君の言葉にはあった。

>「どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!」
>「ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね」

「受け入れちまうのかよ、その力を……」

ブラッドラストが、俺たちにとってワイルドカードになり得るのは確かだ。
超レイド級の装甲すらぶち抜く攻撃力。フロアを埋め尽くすような数の敵相手に一歩も引かない殲滅力。
戦力として、これ以上頼りになるものは他にないだろう。

だから――もしもジョンが、フリントと決着をつけるために力を望むのなら。
俺たちにそれを止めることは出来ない。戦力の増強で助かるのは、俺たちも同じだ。
ブラッドラストの力は欲しいがそれに染まるななんて、そんな都合の良いことは……言えない。

>「バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?」

さらに次の階層へ歩を進めると、カザハ君が不意にバロールに問いかけた。

168明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:37:34
>「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」

「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」

ウソだろ……普通義務教育で習うだろ。
「エリクサーはケチらず使いましょう」とセットで中学あたりの必修科目だろ!?
これがゆとり教育の弊害って奴か……こいつ俺より年上じゃなかったっけ。

だけどカザハ君は、何も教育に対する反骨精神で提案したわけじゃなさそうだった。
空を飛べるって点で、カザハ君は間違いなくこのパーティで最高の機動力を持つ。
ヴィゾフニールの場所さえ分かってるなら、サクサクっと敵避けて取りに行くことも可能だろう。

「……だけどお前、囲まれようがトラップ踏もうが、誰も助けに行けねえんだぞ。
 その辺お散歩すんのとはワケが違う。怖いモンスターがウヨウヨ湧いてるんだぜ」

カザハ君はバッファー寄りのサポート型だ。
デバッファーの俺が言うのもなんだが、単独で戦い続けられるタイプじゃない。
攻撃も防御も自己完結できるビルドでなきゃ、ソロ攻略なんてまず不可能だ。

「どの道、道中に都合良くヴィゾフニールがありゃいい話だ。
 頼むぜバロール……底意地の悪い設計だけはしててくれんなよ」

次の階層も判を押したように襲いかかってくる敵を蹴散らしながら、俺は隣の奴に声をかけた。

「ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね」

現状、俺はジョンに「ブラッドラストを使うな」とは言えない。
あいつの力を少なからずアテにしてるからだ。

ジョンは、自発的に力に呑まれようとしている。
ロイ・フリントを倒すために。――俺たちを、奴の手から護るために。
ブラッドラストなしには俺たちを守りきれないと、そう判断している。

……冗談じゃねえぞ。見くびってくれやがって。
何がブラッドラストだ。そんなわけの分からん呪いになんざ頼らなくても、俺たちは戦える。
あのフリントとかいうクソ野郎だって、呪いの力なしで叩きのめしてみせる。

169明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:37:51
そいつを証明する何よりの方法を、たった今思いついた。
――ジョンよりも速く、多く、敵を倒せば良い。あいつがスキルを使うまでもなく、困難に打ち勝てば良い。

ウジウジ悩むのにも飽きた。
苦しむあいつを前にして、オロオロするだけなんざ、もう御免だ。

「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」

ジョンをビシっと指差して、それから並み居るアニマゾルダート共を顎でしゃくった。

「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」

俺にはジョンの苦悩を理解することも、それを取り除いてやることも出来ない。
だけど、あいつが『助けて』って言ったことを、俺は忘れない。
助けられる資格がない?知ったことかよ。ハナから許可なんか求めちゃいねえぜ。

やるぞ、ガザーヴァ!
ジョンの返答を聞くより先に、俺はアニマゾルダートの群れに飛び込んだ。
ヤマシタがシールドバッシュを繰り出し、闇魔法で急所をぶち抜き、ガザーヴァが無双する。

笑っちゃうくらい不器用なやり方で、ガラじゃねえにも程があるけど、それでも。
不思議と心は動いた。


【ブラッドラストに張り合い始める】

170崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:07:41
『ブラッドラスト』を自ら発動させたジョンが、恐るべき攻撃力でモンスターたちを駆逐してゆく。
その姿は、まさに破壊の暴風。血煙の化身。
モンスターを使役する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるはずのジョン自身がモンスターになってしまったかのような、
そんな錯覚さえおぼえ、なゆたは呆然と立ち尽くした。

>ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?

《いやぁ……まったくだね。
 かつての私は結構厳選してモンスターを配置したつもりだったんだけれど。
 ジョン君のような存在のことは考えていなかった! だいたい、ブラッドラストなんてスキルはなかったからねえ!
 この場においては大いに助かるけれど、なんだか複雑な気分だなぁ!》

ジョンの言葉に、スマホ越しにバロールが妙な関心をしている。
血みどろ臓物まみれで嗤うジョンは、完全に常軌を逸しているように見える。
闘争バカで有名な十二階梯の継承者――『万物の』ロスタラガムさえ、ここまでの戦闘狂(バーサーカー)ではない。
これがブラッドラストの効果によるものなのか、それともジョンが元々内に秘めていたものなのか、なゆたには分からない。
だが――これだけは言える。
ジョンの破滅は、近い。

>それ以上は駄目! もうやめて!

なゆたと同じ危惧を抱いたのだろう、カザハがジョンに縋りつく。

>ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を!
 夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!

そうだ。
ブラッドラストの習得者は、例外なく破滅している。血まみれで凄惨な死を迎えるさだめが待っている。
なゆたの錯覚が現実のものとなる。ジョンは早晩本物の怪物と成り果て、敵味方の区別さえもつかなくなって――
そして、死ぬのだ。

>どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!
 ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね

だが、そんなカザハの必死の説得さえ今のジョンには何も響かない。
カザハを押しのけ、ジョンは破城剣を片手に、さらに先へ進もうとした。

>受け入れちまうのかよ、その力を……

明神も、ジョンがブラッドラストを躊躇いなく使用したことに対して驚きとも落胆ともつかぬ呟きを漏らす。
その気持ちは分かる。
今まで明神やカザハ、なゆたはジョンにブラッドラストを使わせまいと骨を折り、神経を使い、あらゆる手を尽くしてきた。
問題児ばかりのマル様親衛隊と一時的に手を組んだのだって、エーデルグーテまでの旅の負担を減らそうとしたからだ。
アコライト外郭を発ってからのパーティーの旅は、すべてジョン中心に回っていたと言っても過言ではない。
ジョンを死なせないために。ブラッドラストを進行させないために。
そんな気遣いを、ジョンはいともあっさりと踏みつぶした。
これで何もかもご破算だ。ここ暫くのパーティーの苦労は、すべて水の泡になった。

パーティーはジョンを守ろうとしてブラッドラストを使わせないようにした。
ジョンはパーティーを守ろうとしてブラッドラストを使った。

目的は同じなのに、仲間のことを想っているのは共通しているのに。
なぜ、こうも気持ちがすれ違ってしまうのだろう?
どうすれば、この齟齬を修正することができるのか――?
それを考えるのが、リーダーである自分の役目だろう。パーティーの気持ちをひとつにできないリーダーに、
リーダーの価値などない。

だが――

今のなゆたには、その答えを出すことができなかった。
ジョンがひた隠しにし、そして幻覚を見るほどに悩まされている、過去の罪。
それを聞いてしまった今は、猶更。

171崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:17:09
確かにジョンは過去、人を殺していた。
しかも、親友の妹を。家族のように、兄妹のように愛していた少女を。

『カルネアデスの板』という話がある。
緊急避難とも言う。あるとき船が難破し、乗組員のひとりが海に浮いた板切れにしがみついて一命をとりとめた。
その後もうひとり男が現れ、新たに板にしがみつこうと寄ってきた。
最初に板に掴まっていた男は、二人がしがみつけば板は沈んでしまい、二人とも溺れてしまう――と考え、
新たにやって来た男を突き飛ばした。
結果新たにやって来た男は死んだが、最初に板にしがみついていた男は助かった。
それは果たして、殺人に相当するのか――? という話である。

他者を救助する行動によって自らの生命が危ぶまれる場合、人間は自己の生命を優先してよい。
つまり、前述の逸話は殺人罪にはならない。
ロック・クライミングで崖から滑落し、一本のザイルに二人の登山者が掴まっているという場合でも、
上にいる人間は下にいる人間のザイルを切ってもやむなしと判断される。二人とも死んでしまうくらいなら、
ひとりを見捨てて片方が生き残った方がいいという話だ。
しかし。

ジョンとシェリーの話は、そういうことでは『ない』。

例えば、ジョンが自分が助かるためにクマに襲われるシェリーを助けなかった、ということなら、
緊急避難に該当しジョンの無罪は確定する。――ジョン自身の罪悪感はさておいて。
しかし、ジョンの話を聞く限りそうではない。ジョンは傷つきながらも、確かにクマを倒している。
問題はその後だ。致命傷を負ったシェリーを楽にするため、ジョンは自らシェリーを手にかけた。
シェリーは誰が見ても助からない状態だった。救助されたとしても、健常者には戻れないであろう怪我を負っていた。
殺してくれ、と。そんなシェリーの懇願を、ジョンは聞き届けた。
日本では尊厳死が認められている。末期がん患者などに対し、生命維持装置の使用を中止するなどして、
速やかな死を与えることは、長年の議論の対象ではあるが殺人罪には当たらない。
が、それはあくまで医療の現場の話である。医師がそれを是と判断した場合にのみ、尊厳死は適用される。

一般に、救急の世界では医師以外の者が患者の状態を勝手に判断することは厳禁とされている。
例え呼吸が止まっていようと、首と胴が泣き別れになっていようと、白骨化していようと。
医師以外の人間が「これは死亡している」と判断することは許されない。
同様、医師以外の人間が「この傷ではもう助からないだろう」と判断することは絶対にしてはならないとされ、
当然「助からないなら楽にしてやろう」と相手を手にかけることも許されないのである。

ジョンはシェリーが何と言おうと、自分の目の前で衰弱していこうと、
一貫してシェリーを守り救助を待つべきだった。
それがジョンの過ちである。優しさと愛を以てなされた行為が、結果的にフリントの恨みを買い自責の念の源になってしまった。
末期がん患者がベッドで苦しみのたうって、殺してくれと言ったからといって、
見舞い人が勝手に生命維持装置のスイッチを切ってもいいのか? という話である。
だから。

ジョンが人殺しなのは、間違いのない事実だった。
ジョンが無罪放免となったのは未成年だったことと、ただその話があまりに突拍子ないものだったから――たったそれだけだ。
だが。
フリントはそれを知っていた。ジョンの語った、大人たちが荒唐無稽なホラ話と切って捨てた話を信じた。
……親友だから。ジョンがウソをつく男ではないと知っていたから。
したがって、当然の帰結としてジョンを憎悪した。
お前の妹は助からない傷を負っていた、だから殺した、なんて。
そんなことを言われて、ありがとうと言える人間が果たして存在するだろうか?
例え健常者でなくなったとしても。一生ベッドで寝たきりになってしまったとしても。
それでも、生きていてくれるならそれが一番だと。そう考えるのが当たり前の家族というものだろう。

『お前が諦めさえしなければ、シェリーは助かったかもしれない。
 お前にシェリーは助からないなんて判断する権利があるのか? お前は人殺しだ。唾棄すべき殺人鬼だ――』

フリントにジョンを憎むなと言うのは、酷な話だ。

「……ジョン」

ブラッドラストが、シェリーを殺してしまったというジョンの罪の意識から発現したものだというのなら。
それを自ら率先して発動させ、破壊の快感にひたる姿のどこに贖罪があるというのだろう。
仮にその先に滅びの運命が待ち構えていようと、破壊の歓喜と共に嬉々として受け入れるのであればそれは罰たりえない。
呪いを受け入れることで、ジョンはずっと抱いていたシェリーに対する罪の気持ちさえ裏切ってしまった。
それは――ジョンが一番やってはいけないことのはずだったのに。

172崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:24:07
このままでは、恐らくジョンはレプリケイトアニマの中で破滅する。
ジョンの呪いを解くために飛空艇を手に入れよう、そのためにレプリケイトアニマを攻略しようというのが今の流れだ。
しかし、レプリケイトアニマ攻略のためにはブラッドラストの力が必要不可欠――というのは皮肉以外の何物でもない。
ジョンを破滅から救う目的のためにジョンを破滅させてしまっては、本末転倒というものであろう。
いったいどうすれば、ジョンにブラッドラストの使用を思いとどまらせることができるのか?
なゆたは懊悩した。

>バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?
>もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ

不意に、カザハがそんなことを言い出した。
機動力のある自分とカケルとで、一足先にヴィゾフニールを手に入れてこようと提案している。

>ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!

当然のように明神が反論した。ダンジョンにおいて単独行動は即、死に直結する。
しかも、このレプリケイトアニマはラストダンジョンである天空魔宮ガルガンチュアのひとつ手前のダンジョン。
つまりセミ・ファイナルだ。当然、待ち受けるザコ敵もストーリー中盤のボス敵くらいの強さを誇る。
ジョンやガザーヴァがアニマゾルダートを楽々相手にしているのは、ブラッドラストの力やレイドボスのステータスの高さゆえだ。
シナリオ上でもそれまでの味方勢が総力を結集しているという事実が示す通り、最難関のダンジョンのひとつである。
中には、時間制限のないラストダンジョンのガルガンチュアよりも難易度は高いとさえ言うプレイヤーもいる。
そんな中で単独行動するなど、自殺行為以外の何物でもない。

>どの道、道中に都合良くヴィゾフニールがありゃいい話だ。
 頼むぜバロール……底意地の悪い設計だけはしててくれんなよ

《ああ、それについては心配無用だ。
 格納庫はコアを破壊した後、レプリケイトアニマを脱出する途中にある。
 君たちはまずアニマガーディアンの撃破に集中してくれればいいよ。場所はね――》

ゲームの中では、アニマガーディアンを撃破しコアを破壊すると、レプリケイトアニマは崩壊を始める。
プレイヤーは崩れゆくレプリケイトアニマから制限時間内に脱出することを迫られるのだが、
その際も様々なNPCに助けられる。
中でも群青の騎士団長『蒼玉の竜騎兵(サファイアドラグーン)』デュカキスは、
出会った当初こそエリート気質の高邁で鼻持ちならないザ・騎士! という感じの人間だったのだが、
プレイヤーがストーリーを進め群青の騎士との友好度を深めてゆくとその実力を評価してくれ、何くれと便宜を図り、
頼りになる後ろ盾として活躍してくれる。
レプリケイトアニマ攻略戦は、そんなデュカキスが戦死する場所である。
デュカキスは崩壊を始めたレプリケイトアニマ脱出ルートの途中でモンスターを蹴散らし、プレイヤーを誘導してくれる。
最後のあがきとばかりに閉じてゆく隔壁を我が身をつっかえ棒として支え、プレイヤーに道を示してくれるのだ。
アニマゾルダート残党たちに滅多突きにされ、煌くばかりの蒼い鎧を真っ赤な己の血に染めながらも、
デュカキスは仁王立ちで隔壁を支えプレイヤーに先へ行くように促す。
プレイヤーを通し力尽きたデュカキス最期の科白、

「往け、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……
 群青の光輝(ひかり)は、常に……貴公らと……共に――」

は、レプリケイトアニマ最後の見せ場として語り草になっている。
なお、プレイヤーが群青の騎士だった場合、レプリケイトアニマ攻略後に樹冠都市ブラウヴァルトの群青の騎士本部へ行くと、
デュカキスの乗騎である蒼飛竜アドミラヴルが貰える。
そして。
デュカキスのいる場所はY字型の通路で、デュカキスは下から退却してきたプレイヤーに対し左上へ行くよう指示するのだが――
それを無視して右上のルートを選ぶと、ヴィゾフニールの格納庫がある。

閉じつつある隔壁と制限時間、満身創痍のデュカキスの叱咤。
それらを丸無視しストーリー上の感動そっちのけで物色しに行かなければ飛空艇が取れないとは、悪趣味にも程がある。
『ヴィゾフニール持ってる奴は人の心がないサイコ』と言われる所以である。
なお、コア破壊前は格納庫への道は隔壁で閉ざされているので行くことはおろか発見もできない。
ちなみに通常ルートだとプレイヤーは元来た入り口から外に出ることになるが、
飛空艇ルートだとヴィゾフニールに搭載されている主砲『咆哮砲(ハウリング・カノン)』で格納庫の壁を破壊し、
そのままヴィゾフニールを発進させて脱出、という流れになる。

通常であればデュカキスの厚意を無にしなければいけないが、 今回はその心配はない。
アニマガーディアンを倒し、コアを破壊したのち速やかに反転。格納庫へ行ってヴィゾフニールを回収、壁を破壊して脱出。
それで、レプリケイトアニマでのクエストは完了だ。

「カザハに単独行動させないで済むのは有難いけど、趣味が悪いっていうのは変わらなかったわね……」

《はっはっはっ! いやぁ、面目ない!
 悪いのは全部運営だからね! 私じゃないからね! ブレモン運営には猛省を促したい!》

《うち、お師さんがそれ言うたらだめや思うわ》

なゆたの嘆息を聞いてバロールが朗らかに笑い、みのりが突っ込みを入れる。
ともかく、カザハの単独行動という事態は回避できた。今はとにかく一丸となって最深部へと突き進むだけだ。
尤も、仮に格納庫が離れた場所にあったとしても、なゆたは単独行動を許可しなかっただろうが――。

173崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:29:35
そうこうしている間にも、敵はわらわらと湧いてきてはなゆたたちの行く手を塞ぐ。
レプリケイトアニマに突入して、すでに三十分ほどが過ぎている。あと三時間半でコアを破壊しなければ、アルフヘイムは終わりだ。
レプリケイトアニマはそれ自体が巨大なドリルであると同時、爆弾でもある。
霊仙楔に到達したレプリケイトアニマは爆発し、その威力でもって霊仙楔を完全に粉砕する。
そうなれば当然、レプリケイトアニマの中にいるなゆたたちも木っ端微塵だ。
制限時間内にコアに辿り着くためには、ブラッドラストの強大な殲滅力が必要不可欠だ。
しかし――

>ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね

「んゅ?」

明神の提案に、ガザーヴァは小首をかしげた。
さらに、明神はジョンへ向けて声を張り上げる。

>――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!

ブラッドラストは外法だ。
殺人者が殺人の衝動に身を任せることにより、恐るべき力を手に入れる外道の呪詛だ。
そんな人倫に悖る邪法の助けを借りずとも、自分たちはやっていける。勝てる。先へ進める――
それを。証明しようとしている。

>勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ

そう言うが早いか、明神は群がるアニマゾルダートの只中へヤマシタ共々突っ込んでいった。

「ちょっ……! 明神さん!」

リーダーのなゆたが止めるいとまもあらばこそ。
明神の指示を受けたヤマシタがシールドバッシュで魔物を弾き飛ばし、明神がすかさず呪霊弾で心臓を射貫く。
無謀にも程がある。今しがた消耗は可能な限り抑えろと言ったばかりなのに、これでは意味がない。
だが――
この、一見無策で無計画な吶喊をしなければならない理由が、明神にはあるのだ。

「きひッ! なんだそれおんもしろそー! 乗ったぜ明神!
 でも勝負になんのかなー? だって、ボクと明神のタッグに敵なんていやしねぇーんだからなァーッ!」

派手好き、楽しいこと好き、そして命を懸けた火事場好きのガザーヴァである。
すぐさま明神の提案に乗った。その全身をたちまち禍々しい靄が包み込み、漆黒の甲冑を形成してゆく。
本気の幻魔将軍モードだ。それからガーゴイルを呼び、鞍に飛び乗ろうとして、ガザーヴァはふとジョンを振り返った。
兜のバイザーを跳ね上げて素顔を覗かせながら、ジョンに対して口を開く。

「ジョンぴー、それさ。そのブラッドラストさ。
 それ見たとき、スッゲェカッコイイなって。ボクも欲しいなーって、羨ましいなーって一瞬思ったんだけどさ。
 すぐ考え直したんだ。やっぱいらねーやって」

にひっ、と白い歯を見せて、ガザーヴァは屈託なく笑う。
人を殺すことがブラッドラスト習得の条件のひとつであるなら、ガザーヴァにも習得の資格がある。
が、幻魔将軍はそれを拒絶した。

「だってさ。それ、悪役のスキルじゃん。わりーヤツが使うヤツじゃん。
 パパみたいな魔王でモノホンの悪党ならともかく、オマエらは違うじゃん。セーギのミカタじゃん。
 なのにオマエ、なんでそんなスキル使って喜んでんだよ?」

ガザーヴァは無邪気に、素直に思ったことを口にする。
その言葉に煽る意図は一切ない。煽り気質が平素から沁みついているという点はさておき。

「カガミ見てみろよ。今のジョンぴー、すっげぇブッサイクな笑顔してんぜ。
 ボクの明神はな、世界を救うセーギのミカタなんだ。
 世界を救うセーギのミカタってのは、眩しいくらいに笑顔がきらきらなヤツって相場が決まってんだよ。
 そんなキッタネェ笑顔じゃ、出来ることだってタカが知れてるぜ」

ふん、と鼻白むと、ガザーヴァはバイザーを下げて身軽にガーゴイルに飛び乗り、馬腹を蹴った。
ガーゴイルが甲高い嘶きを上げて棹立ちになる。バサッ、とその巨翼が一度羽搏く。

「ボクもセーギのミカタになりたい。明神とずっと一緒にいたいから。
 だからさ。それ、もう全然羨ましくねーや! んじゃな!
 ――おらおらァーッ! 明神、ボクを置いていくなよなァーッ!!」

ガザーヴァはガーゴイルに跨り、黒い波動を纏って一気にアニマゾルダートの群れへと飛び込んでいった。
ミサイルさながらの強力無比な突撃(チャージ)に、モンスターたちが苧殻のように吹き飛ぶ。
そうして、明神&ガザーヴァvsジョンのモンスター殲滅戦が始まった。

174崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:34:20
一行の目の前に、両開きの大扉がそびえ立っている。
この扉の向こうがレプリケイトアニマの最深部、コア・ステーションだ。
パーティーは激闘の末、数々のフロアを突破し最後の試練が待ち受ける場所のすぐ手前まで到達していた。

「うひぃ〜……さすがに疲れた……」

兜を脱いだガザーヴァがぱたぱたと右手で顔に風を送っている。
明神とガザーヴァ、ジョンの吶喊によって、前方の敵はあらかた撃破した。帰り道もこれでスムーズに格納庫まで行けるだろう。

「みのりさん、残り時間は?」

《あと30分強ってとこやね〜。
 さ、残すはアニマガーディアンだけや。おきばりやす〜。
 アニマガーディアンの特性はわかってはるやろね? ガーディアンは光属性やから、
 明神さんとガザーヴァちゃんを中心に攻めるのがええやろねぇ》

「うぇ、まーたボク達かよぉ!
 ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「あはは、お疲れさま。
 そうだね、わたしたちも……ちゃんと役に立たなくちゃ」

「別に、後ろに下がっててくれてもいいんだぞ。
 後は俺がやる……真打登場って所か」

ガザーヴァがベロリと舌を出す。しかし戦闘が始まればすぐに嬉々として飛び出していくのだろう。
結果的に今まで力を温存することになったなゆたとエンバースも、アニマガーディアンとのボス戦は全力で行こうと決意する。
ガザーヴァがポーションをがぶ飲みするのを横目に、なゆたはジョンを見た。

「……ジョン、具合の方はどう? 身体は……痛くない?
 みのりさんの言うとおり、後はアニマガーディアンだけだから。
 ここへ来るまで、ジョンにはたくさん無理させちゃったし。
 あとは休んでて? もしわたしたちが危なくなったら加勢してくれる感じでお願い」

例えジョン本人がブラッドラストを使うことを躊躇わなくなったとしても、こちらは同じ気持ちではいられない。
ジョンの呪いを解きたい気持ちは変わらないし、そのためにできる限り手を尽くしたいと思っている。
それで戦力がダウンしたとしても、それはやむを得ないことだろう。
ブラッドラストというスキル自体がチートのようなものだ。正攻法以外の手段を使って勝つのは、
『スライムマスター』モンデンキントの矜持が許さない。

「じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

ぱぁん! と自分の頬を両手で一度叩き、なゆたが気合を入れる。
アニマガーディアンは光属性のゴーレムである。
その外見は、無数の白骨によって構築された身長7メートルほどの骨の巨人。いわゆるボーンゴーレムというものだ。
使用されている骨の種類は人骨のみならず巨人や魔獣など多岐に渡り、
三対の腕にはそれぞれ成人男性の身の丈ほどもある長大な曲刀を握っている。
無数の人間の頭蓋骨が集まり、一個の巨大な頭蓋骨を形成している頭部の眼窩は爛々と輝き、
コアを破壊しようとする侵入者を完膚なきまでに叩きのめす、まさに山場ダンジョンのボスに相応しい強敵である。
高い物理攻撃力、耐物理防御力を誇り、半端に殴ったところでまるでダメージが通らない。
反面やや魔法防御力が低いため、プレイヤー側の攻撃は必然的に魔法が主体となる。

主力攻撃は三対六本の腕に握った曲刀による単体物理攻撃『ジェノサイドスライサー』と、
全身をバラバラに分解させ骨の嵐となって荒れ狂う全体物理攻撃『グレイブヤード・ストーム』。
さらに光属性の魔法も何種類か使用してくる。
特に注意すべきなのは大きく口を開け、魔力を集束させて放つレーザー『白死光(アルブム・ラディウス)』。
魔力のチャージに時間がかかるため対処する猶予はあるものの、喰らえば即死級の威力を秘めた全体魔法攻撃である。

紛れもない強敵ではあるものの、明神やエンバース、なゆたらクリア経験者からすればそう手こずる相手でもないだろう。
エンバースがゆっくりと扉に手をかけ、力を込めて開いてゆく。
扉の向こうの光景が、全員の視界に入ってくる。
そこには紅く輝く巨大な球体アニマコアと、それを守護するように佇むアニマガーディアンの姿が――


……姿が。なかった。

175崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:39:12
「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

体育館ほどの広さの空間、紅く明滅するアニマコアの手前でアニマガーディアンの代わりに佇んでいたのは、
タクティカルスーツに身を包んだロイ・フリントだった。
同じくタクティカルスーツに身を包んだ50匹ばかりのゴブリンたちが、じゃきっ! と一斉にアサルトライフルを構える。
無数の銃口を向けられ、なゆたは緊張に身体を強張らせた。

「俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ」

まるで仮面のように整った冷たい面貌を向け、フリントが淡々と告げる。
ジョン・アデルの親友だった男。ひとりぼっちだったジョンにただひとり手を差し伸べた男。
正義を貴び、悪を挫き、どんなときにも光を見失わなかった男――
ジョンに妹を殺され、その恨みと憎しみから闇に堕ちた男。
一巡目の遺物と化していたレプリケイトアニマを再起動させたのはフリントだった。
イブリースの持つ知識を用いれば、フリントがこの巨大なドリルを動かすのも不可能ではないということらしい。

「フリント……!」

「さて、約束だったな。
 貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ」

フリントはデュエルに付き合う気がない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にATBを溜める間など与えない。
フリントがゴブリンに命令し、ゴブリンたちがライフルの引き金を引くだけで、なゆたたちは死ぬのだ。
ジョンがブラッドラストを使ったとしても、一斉射撃からパーティーの全員を守ることは不可能だろう。

「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい」

左肩のナイフホルスターから大振りのコンバットナイフを引き抜くと、フリントはその切っ先をジョンへと向けた。
ゴブリンたちがなゆたや明神、カザハたちを射殺し、最後に残ったジョンをフリントが殺す。
それで何もかもが終わる。アルフヘイムも、ブレイブ&モンスターズも――
……いや。

「……お待ちください」

声は、フリントの背後から聞こえた。
よく通る、涼やかな美声。それをなゆたたちは聞いたことがある。
どころか、つい先日まで身近に聞いていた。
決して忘れ得ぬ、その声の主は――

「あなたは……」

なゆたは驚きに息を呑んだ。
流れるような金色の長髪、整った凛々しい顔立ち。
ローブに手甲足甲を装備し、トネリコの杖を持った美丈夫。
十二階梯の継承者、第四階梯――『聖灰の』マルグリット。

「アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、またお目にかかれて光栄の至り。
 斯様な少勢でこのダンジョンを踏破するとは、まこと驚嘆する他はありませぬ。
 貴公らこそまことの勇者。まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でございましょう」

マルグリットは隊伍を組んだゴブリンたちを押しのけて前へと出、なゆたたちと向き合った。
お互いの目的と主義主張の違いからアイアントラスで袂を別ち、別々の道を行くことになった青年が目の前にいる。
もちろん、その親衛隊である三人組も一緒だ。
フリントとマルグリットが並んで立っている。その構図の意図するところは、ひとつしかない。

「……なんてこと。
 そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

「弁解は致しますまい。私は『黎明』の賢兄の指示にてこの場へ赴きました。
 これなるフリント殿と、貴公らの戦いの見届け人となるために」

「見届け人……ね」

なゆたはフン、と一度鼻を鳴らした。
フリントと一緒に襲い掛かってくる気はないようだが、それでもマルグリット達が敵であることに変わりはない。
依然、こちらが窮地であることにはなんの変更もないのだ。

……と、思ったが。

176崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:43:38
フリントが不快げにマルグリットを見遣る。

「……なんだ? 貴様の出る幕じゃない、引っ込んでいろ」

「いいえ。確かに、我らは見届け人として貴公に同行するよう賢兄より仰せつかりましたが――
 敢えて口出しさせて頂く。これでは一方的な虐殺ではありませんか」

「だから?」

「例え敵であろうとも、同等の条件で死力を尽くし戦うのが戦士の礼儀。
 小鬼どもを退けられよ。ここは正々堂々、真っ向勝負で戦うが筋というもの」

マルグリットは何を思ったか、フリントに諌言を始めた。
元々真っ直ぐすぎる気性の青年である。アイアントラスではフリントの起こした虐殺に義憤を感じていたし、
その気持ちは今でも変わっていないのだろう。
しかし、だからといってあっさりと言うことを聞くようなフリントではない。

「筋? ならば、敵が抵抗できない状態で一方的に攻撃しとどめを刺すのが軍隊の筋だ。
 貴様は黙っていろ。子供の遣いまがいの簡単な仕事もできん無能と、兄弟子へ報告されたくなければな」

「……気に入らないわね、フリント。
 マル様はあなたがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に無様にやられないように、
 あなたの保険としてここにいらっしゃるのよ。あなたこそ、郷に入っては郷に従いなさい。
 カードを手繰ることさえできない無能と、雇い主へ報告されたくなければね」

フリントのマルグリットを愚弄するような発言に、さっぴょんが反論する。
マルグリットさえ良ければ後はどうでもいい、というのがマル様親衛隊である。アルフヘイムもニヴルヘイムも関係ない。

「そうッス! ここは自分たちに任せて引っ込んでろッス! このログボ勢のヘボ軍人!」

「こいつらはあーし達の獲物なんだよォ! テメェは手下とサバゲーでもやってな! ヒーハー!」

きなこもち大佐とシェケナベイベもここぞとばかりにさっぴょんに加勢する。
チッ、とフリントは舌打ちした。

「何が望みだ」

「ジョン殿以外のアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』との戦い、どうか我らにお任せ願いたい。
 貴公の交わした契約は、ただ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅のみ。誰が斃したかは問題ではございますまい。
 むろん手柄は貴公にすべて差し上げる。……何卒お願い致します」

マルグリットはなゆたたちがこのまま銃で無抵抗に殺されるよりは、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての勇敢な闘いの果てに斃れる方が良かろうと思ったらしい。
だが、フリントは肯わなかった。マルグリットから視線を外すと徐に右手を高く掲げ、

「構え」

と言った。すぐさま、ゴブリンアーミーが片膝立ちでなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に照準を定める。
そして――フリントの掲げた手が今にも下ろされようとしたとき。

「――御免!!」

ぶあッ!!

マルグリットの右の拳閃が、フリントを狙って繰り出された。
フリントがそれを紙一重で半身を引いて躱し、返礼とばかりに強烈な右のハイキックを繰り出す。

「ぐ……!」

胸の前で両腕をクロスさせ、蹴りを防御したマルグリットが大きく後退する。
親衛隊がマルグリットを守るようにフリントとの間に立ち、スマホを構える。

「マル様!」

「大事ありません。
 フリント殿……確かに我らは見届け人。であるがゆえ、闘いの不備を見過ごすことはできかねます」

マルグリットの身体から、サラサラと何かが零れる。
砂のように白い、けれど砂よりももっときめ細かい粉末状の『何か』――

「だったら?」

「――介入させて頂く。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』らしき最期を。それが尊厳ある闘いの姿なれば!」

177崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:52:09
さらさら、さらさら。
マルグリットのローブから零れる白い何かが、その足元に溜まってゆく。

「…………」

フリントが右手を挙げる。が、それはなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狙ってのものではない。
ゴブリンアーミーがマルグリットとマル様親衛隊へ銃口を向ける。
一触即発の雰囲気に、なゆたは一瞬背後を振り返って明神やカザハに目配せした。
あちらが始まったら、すぐにこちらも戦闘行動を開始しよう、と。
ATBの概念のないゴブリンアーミーと一戦交えるよりは、同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と戦った方が勝機はある。
とはいえ、相手はあのマル様親衛隊だ。特に隊長さっぴょんはなゆたさえ手も足も出ない剛の者である。
だが、それはあくまで地球での話。今闘えばどうなるかはわからない。
すでにポヨリンはなゆたの足許におり、切るべきスペルカードも決まっている。
あとは、戦闘開始と同時に全力でぶつかるだけだ。

だが。

なゆたは失念していた。
この場所へ足を踏み入れたとき、本来いるべきアニマガーディアンは存在せず、代わりにフリントたちがいた。
レプリケイトアニマが再起動した際にトラップやモンスターらがリポップしたというのなら、
アニマガーディアンも当然アニマコアを守護するために存在しているはずである。
だというのに、アニマガーディアンはこの場にいなかった。ならば――
アニマガーディアンは、果たしてどこに行ったのか?

「地の理、水の理、火の理、風の理。万象はなべて容を喪い、灰へと還るものなり。
 四つの理、其を束ねし天の神霊に希(こいねが)い奉る!
 今ぞ大いなる義に依りて万理をさかしまに塗り替え、灰たる者に在りし日の姿を与えん!
 聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)――顕現!!!」

ざざ。
ざ。ざざざざ……

マルグリットの足許に零れ落ちた白い粉がその形状を変え、マルグリットの前方で何かを描いてゆく。
それは、魔法陣。
直径10メートルほどの魔法陣が灰によって構築され、まばゆい光を発して膨大な魔力を生み出す。

「チ……! 撃て!!」

フリントが手を振り下ろす。ゴブリンアーミーが一斉にマルグリットを射撃する。
無数の弾丸がマルグリットめがけて発射される――
だが、マルグリットにアサルトライフルの弾丸が命中することはなかった。
ゴブリンたちの撃った銃弾は、すべて灰の魔法陣から出現した巨大な骸骨――アニマガーディアンの体躯に跳ね返されていた。
マルグリットのユニークスキル『聖灰魔術』。
自分の斃したモンスターの灰を触媒とし、使い魔として召喚し戦わせるという、変則的な召喚術。
アニマガーディアンは確かにリポップしていた。
それをマルグリットは先んじて討伐し、自らの手駒としていたのである。

ガォンッ!!

召喚されたアニマガーディアンが三対の腕で曲刀を振り下ろす。ゴブリンアーミーの何匹かが瞬時に細切れになる。
フリントは歯噛みして後退した。

「ヒィ――――――ハ―――――――ッ!! うんち野郎ォォォォ! 宣言通りバラバラにしてやんよォォォ!!!」

シェケナベイベが狂的な笑みを浮かべながら明神へと突進する。フライングVに酷似したギターを持ったゾンビ、
アニヒレーターが大きく跳躍し、ヤマシタめがけて唐竹割りにギターを振り下ろしてくる。

「明神ッ!」

「残念ね、そうはさせないわ……幻魔将軍。
 私が相手をしてあげる。――この私のミスリル騎士団が、ね。
 いい機会だもの……アコライト外郭を更地にしてくれたお礼、たっぷりしてあげる」

明神の援護に入ろうとしたガザーヴァとガーゴイルの前に、さっぴょんが優雅な所作で立ちはだかる。
さっぴょんの周囲には、既に白銀のチェスピースが幾何学模様の陣形を描いて展開している。
ガザーヴァはこれ見よがしに舌打ちした。

「くそッ! なんだよコイツ、数の暴力じゃん!
 おい、そこのバカ! オマエだよオマエ! ちょっとこっち来い! 力貸せっての!
 この女、速攻でブチのめして明神助けに行くぞ!」

カザハの姿を視界に捉えると、ガザーヴァは心底嫌そうな表情を浮かべながら手招きした。

178崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:55:47
明神&ヤマシタvsシェケナベイベ&アニヒレーター。
カザハ&カケル&ガザーヴァ&ガーゴイルvsさっぴょん&ミスリル騎士団(ミスリルナイト、ルーク、ビショップ、ポーン)。

「ということは……わたしの相手はあなた、ってことみたいですね」

なゆたはスマホを握りしめたまま、緩く前方を見据えた。
その視界の先には、きなこもち大佐が不敵な笑みを浮かべて立っている。

「まさか、こんな異世界で師匠越えができるなんて……夢にも思わなかったッス」

「……わたしは、きなこもちさんを弟子に持った覚えはありませんけど……」

「謙遜ッスね。自分がここまで強くなったのは師匠のお陰ッス。だから、師匠と呼ぶのは当然ッス。
 そして……師匠越えは弟子の義務。地球で果たせなかった宿願、果たさせて頂くッス!
 ――勝負!!」

打倒モンデンキントを宣言すると、きなこもち大佐はすかさずスライムヴァシレウスを差し向けてきた。
ポヨリンがヴァシレウスの突進を迎え撃ち、二匹のスライムが勢いよく激突する。
なゆた&ポヨリンvsきなこもち大佐&スライムヴァシレウス。
三組の対戦カードまでが、これで決まった。

「では、俺は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』外の戦いをする連中の相手をするとしよう。
 歯応えがなさすぎる気もするが……な」

エンバースがゴブリンアーミーたちへと疾駆する。
元々エンバースは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』殺しの技に長けている。
エンバースが自ら的になってゴブリンアーミーたちを引きつけていれば、なゆたたちも自分の闘いに専念できる。
アニマガーディアンが巨大な顎を開き、身体を前にのめらせてエンバースを威嚇する。

「エンバース殿! 邪魔立て無用!」

マルグリットが叫ぶ。

「ああ、そういえばお前もいたな。お前は多少は歯応えがありそうだ。
 ……すぐに壊れてくれるなよ」

エンバースの罅割れた眼球に、ぼう……と炎が宿る。
黒衣の焼死体は、滑るように巨体の骸骨へと突進していった。
そして――

「予定とはずいぶん違うが……。
 まあいい、最終的な帳尻さえ合うのならな。
 ジョン、俺の手で貴様の息の根を止められるなら、他の誰がどうなろうが構わん」

コンバットナイフを右手に提げたまま、フリントがジョンと対峙する。

「……長かった。
 俺には貴様やシェリーのような才能はなかったのでな……あれから死ぬ思いで身体を鍛えた。
 軍隊に入り、人殺しの技を学んだ。貴様を殺す技を。戦場へ赴き、実戦で己を鍛えもした。
 すべて……すべて、貴様を殺すため。シェリーの仇を取るため。
 俺のこの十数年の時間は、ただそれだけのために費やされたのだ」

シェリーの無念を晴らすため。
救われないその魂に永遠の安らぎを与えるため、フリントはこの場にいる。

「だが、それも今ここで終わる。貴様の死で。
 このままでも充分、貴様を殺すことは可能だと思うが……。
 せっかくだ、貴様には更なる絶望を味わわせてやる。
 見るがいい――」
 
そう言ったフリントの肉体から、赤黒い波動が立ち昇る。
現れたそれはやがて鮮血よりも紅く、闇よりもどす黒い色彩をもってフリントに纏わりついた。
禍々しく邪悪なそれは、見間違えようもない――

「ブラッドラストは貴様の専売特許じゃない。
 さあ、始めよう。貴様の終焉を――ジョン・アデル!」

フリントの構えたコンバットナイフが、凶悪な死の輝きを帯びる。
因縁のふたりの闘いが、今その火蓋を切って落とした。


【レプリケイトアニマ最深部へ到達。
 フリント、マルグリット、マル様親衛隊が乱入。
 明神vsシェケナベイベ、
 カザハ&ガザーヴァvsさっぴょん、
 なゆたvsきなこもち大佐、
 ジョンvsフリント戦闘開始。
 エンバースは雑魚狩り+マルグリットの相手。
 フリント、ブラッドラストを発動】

179ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:25:31

僕は冷たい人間だ。

シェリーの死以降、僕は人の死を悲しんだ事がない。哀れに思う事はあっても
人の事を殺す事だって、たぶんなにも思う事はないと思う。
他人は他人で、それ以上でもそれ以下でもなくて。

災害の時僕は英雄と称えられた。
多くの命を救ったのだと・・・僕のおかげで多くの人が幸せになれたと。
でもそれは・・・実際のところはかなり違くて。

他の人達より多くの人を助けられたのには身体能力だけではない他の理由がある

生きてはいるけど救助が恐らく間に合わない人を誰よりも早く見捨てる事で多くの人を救っただけなのだ。
瓦礫に下敷きになっていて致命傷を負った人に手を差し伸べてもどうせその人は死ぬ。なら最初から助けない。
助からないだろう人間を救助して、応急処置して、安全な場所に連れていく、そして死ぬ。その時間で助かる可能性がある人間何人が助かるだろうか?
僕はその選択が、誰よりも早く、多く選べただけに過ぎない。

見捨てた人達の中には有名人だって子供だって・・・まだ・・・生まれてきていない命もあったけれど。
助からない人間を助ける程僕はいい人じゃないから。

でもあの町でみた家族だけは事情が違った。
他人の家族なんて僕にとってはどうでもいい存在だ。悲しむ必要もないし、供養する必要もない。
でもあの街の惨状は・・・ロイが作り出した物だと思った瞬間・・・僕は口から逆流してくるなにかを止める事はできなかった。

善人という概念を自らで証明するような・・・あのロイがこんな事をした・・・そしてそれは間違いなく僕のせいだという・・・その事実が僕を蝕んだ。

そして苦しんだ末に・・・僕は決めた。
ロイにこんな事をやめさせようって。

もしやめてくれなかったら・・・ロイといっしょに僕のこの世界での旅の終着点をそこにすると。
わかっている・・・その終着点は必ずきて・・・そう遠くないことも。

だから僕はこの力を極めなきゃいけないんだ。次は負けちゃいけない・・・ロイをあのままにして死ぬなんて死んでも死にきれないから。
外法でもなんでもいい・・・僕にとってはこの世界も、元の世界も、なゆ達も今になっては些細なことに過ぎないのだから。

落ちるところまで堕ちよう。
それがきっとこの力を引き出す近道だから・・・。

180ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:25:47
>「受け入れちまうのかよ、その力を……」

「みんなが力を温存するなら僕がこの力で道を開けるのが一番の近道だよ
 僕も結果的にカードを温存できているし、罠だって心配する必要がなくなっただろう?
 効率だけみればこれが一番・・・だろ?」

明神が心配している事はわかる。でももう不要の心配である事もまたたしかで。
長期の旅にどんなデメリットがあるかわからないこの力は、たしかにいかなる理由があっても使うべきではない。
だけど終着点が近い今となっては・・・。

>「バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?」
>「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」
>「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」

「たしかにカザハなら最速で取りに行けるかもしれない・・・けど
 僕を襲ったトラップを見ただろう?足が速いだけで突破できるほどバロールの罠は甘くないよ」

バロールのトラップ熟知していて、もし発動したとしても対処できるカザーヴァ。そして僕。
みんなも後先考えずに力を使えば突破できなくはないだろうが・・・なにが起こるかわからないこの状況で強引に突破するのは現実的ではないだろう。

「さて・・・案の定敵もワラワラいるし、見えないだけで罠も満載なんだろう・・・ここも僕に」

>「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」

「なっ・・・!」

>「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」
>「きひッ! なんだそれおんもしろそー! 乗ったぜ明神!
 でも勝負になんのかなー? だって、ボクと明神のタッグに敵なんていやしねぇーんだからなァーッ!」

そういいながらカザーヴァと明神は戦闘準備を始める。

「話を聞いてなかったのか?なにが起こるかわからないんだ!力を温存しなきゃいけないんだって!君達が前にでたら意味が」

>「ジョンぴー、それさ。そのブラッドラストさ。
 それ見たとき、スッゲェカッコイイなって。ボクも欲しいなーって、羨ましいなーって一瞬思ったんだけどさ。
 すぐ考え直したんだ。やっぱいらねーやって」

「は・・・?」

>「だってさ。それ、悪役のスキルじゃん。わりーヤツが使うヤツじゃん。
 パパみたいな魔王でモノホンの悪党ならともかく、オマエらは違うじゃん。セーギのミカタじゃん。
 なのにオマエ、なんでそんなスキル使って喜んでんだよ?」

お前がそれを言うな。と口にでそうになったがカザーヴァ口撃はまだ続く。

>「カガミ見てみろよ。今のジョンぴー、すっげぇブッサイクな笑顔してんぜ。
 ボクの明神はな、世界を救うセーギのミカタなんだ。
 世界を救うセーギのミカタってのは、眩しいくらいに笑顔がきらきらなヤツって相場が決まってんだよ。
 そんなキッタネェ笑顔じゃ、出来ることだってタカが知れてるぜ」
>「ボクもセーギのミカタになりたい。明神とずっと一緒にいたいから。
 だからさ。それ、もう全然羨ましくねーや! んじゃな!
 ――おらおらァーッ! 明神、ボクを置いていくなよなァーッ!!」

そう・・・言いたい事だけを言って敵に向かって明神とともに突撃していく。

「僕が・・・悪役・・・そうだ・・・悪役・・・化け物なんだから悪役なのは当然なんだ・・・どんな事になったって僕は・・・」


【私の知っているジョンは・・・そんな化け物みたいな笑顔で笑わない!!】
【カガミ見てみろよ。今のジョンぴー、すっげぇブッサイクな笑顔してんぜ。】

「ぐうう・・・!」

頭が割れるように痛い。
深く考えようとすればするほど・・・頭痛がひどくなる。
あれは熊を殺した僕が怖かったからでた一言で・・・

僕はその場に蹲る。

頭が痛い。割れるように痛い。死にそうなほどに。
どうして?どうしてこんな痛いんだ?

そうだ・・・こんな事を考えてる場合じゃない・・・明神とカザーヴァを追いかけなきゃ・・・。

僕は剣を握り、明神とカザーヴァの後を追った。

181ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:26:04

結果だけを言えば・・・僕VSカザーヴァ明神は明神たちの勝ちだった。

>「うひぃ〜……さすがに疲れた……」

僕が追いつくよりも先に敵を殲滅していた。
いや・・・正確に言えば僕が殴ろうとする奴をカザーヴァが殲滅し、明神をサポート。
そしてサポートされた明神は持ち前の戦い方で敵を殲滅する・・・。

「・・・完敗だ・・・これになんの意味があるのかはわからないが・・・」

自然と僕の体からはブラットラストは消えていた。
敵を定期的に潰さなかったのが原因かそれとも単に冷静になったからなのか・・・。

>「みのりさん、残り時間は?」

《あと30分強ってとこやね〜。
 さ、残すはアニマガーディアンだけや。おきばりやす〜。
 アニマガーディアンの特性はわかってはるやろね? ガーディアンは光属性やから、
 明神さんとガザーヴァちゃんを中心に攻めるのがええやろねぇ》

>「うぇ、まーたボク達かよぉ!
 ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「ならこんどは僕が」

>「別に、後ろに下がっててくれてもいいんだぞ。
 後は俺がやる……真打登場って所か」

「あ〜・・・」

後方で敵を食い止めていたエンバースも合流し、最終戦を前にやる気十分だ。

>「……ジョン、具合の方はどう? 身体は……痛くない?
 みのりさんの言うとおり、後はアニマガーディアンだけだから。
 ここへ来るまで、ジョンにはたくさん無理させちゃったし。
 あとは休んでて? もしわたしたちが危なくなったら加勢してくれる感じでお願い」

「申し出はありがたいが・・・ロイと僕の力でなゆ達には迷惑をかけっぱなしだ。
 君達の旅に付いていける時間はもう残り少ないだろうけど・・・でも、だからこそ無理をさせてくれ」

なゆもなにかを察したのか諦めた表情を見せる。

>「じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

エンバースが扉を開く。そしてそこにいたのは・・・
もちろん純粋なラスボスではなく

>「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

「ロイ・・・」

182ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:26:21
>「俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ」

「なんでそんな事を言うんだ?・・・ロイ、君はそんな奴じゃないだろう?君にそんな悪役のような立ち振る舞いは似合わないよ。だから・・・」

>「フリント……!」

>「さて、約束だったな。
 貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ」

「なあ!ロイ!頼む話を聞いてくれ!なんでこんな事するんだ?誰かに言われたのか?
 なんで僕以外も巻き込むんだ・・・?なあ!ロイ!」

>「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい」

「頼む・・・僕の命は差し出す。好きな風に殺してもらってくれて構わない。だから・・・頼む。もうやめてくれ」

ロイはなにも答えず。ナイフを抜き、僕に見せる。

「・・・わかった」

分っていたさ・・・君がこう答えるなんて・・・
それでも・・・みんなに被害出すのだけは・・・イヤ・・・だったな

>「……お待ちください」
>「……なんてこと。
 そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

「・・・邪魔をするならロイより先にお前らを始末するだけだ」

>「弁解は致しますまい。私は『黎明』の賢兄の指示にてこの場へ赴きました。
 これなるフリント殿と、貴公らの戦いの見届け人となるために」
>「見届け人……ね」

見届け人だろうがなんだろうが知ったことだじゃない。
重要なのはこいつが敵なはずなのに、ロイの攻撃をやめさせた事だ。

>「例え敵であろうとも、同等の条件で死力を尽くし戦うのが戦士の礼儀。
 小鬼どもを退けられよ。ここは正々堂々、真っ向勝負で戦うが筋というもの」
>「筋? ならば、敵が抵抗できない状態で一方的に攻撃しとどめを刺すのが軍隊の筋だ。
 貴様は黙っていろ。子供の遣いまがいの簡単な仕事もできん無能と、兄弟子へ報告されたくなければな」
>「……気に入らないわね、フリント。
 マル様はあなたがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に無様にやられないように、
 あなたの保険としてここにいらっしゃるのよ。あなたこそ、郷に入っては郷に従いなさい。
 カードを手繰ることさえできない無能と、雇い主へ報告されたくなければね」

気になる事だらけだ。マルグリットはなにをそんなに固執しているのかがさっぱりわからない。
敵と正々堂々?したい奴だけしてろよっていうのは・・・悪いが同意見だ。
だがこの時間のおかげでケガ人が出ず、なゆ達はゲージも貯められている。

>「……気に入らないわね、フリント。
 マル様はあなたがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に無様にやられないように、
 あなたの保険としてここにいらっしゃるのよ。あなたこそ、郷に入っては郷に従いなさい。
 カードを手繰ることさえできない無能と、雇い主へ報告されたくなければね」

雇い主・・・?ロイになにかを吹き込んだ奴がいる?
たしかに・・・この場所にいる事だって誰かがロイに入知恵をしなければこれないだろう・・・それに
ロイが自力でこの世界に到達したとは到底思いにくい・・・そしてあの虐殺・・・。

183ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:26:45
>「構え」

「・・・えっ」

>「――御免!!」

少し考え込んだ間になぜかマルグリットとロイは敵対していた。
二人ともなかよくここで僕達を待っていたんじゃないのか?

「悪いが僕は・・・ロイとの勝負を邪魔されるわけにはいかない・・・!」

直ぐにスキルを発動し破城剣を持ち、マルグリットに切りかかる。

>「――介入させて頂く。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』らしき最期を。それが尊厳ある闘いの姿なれば!」

「悪いが尊厳のある戦いとやらはお前らだけでやってろマルグリット!!」

>「地の理、水の理、火の理、風の理。万象はなべて容を喪い、灰へと還るものなり。
 四つの理、其を束ねし天の神霊に希(こいねが)い奉る!
 今ぞ大いなる義に依りて万理をさかしまに塗り替え、灰たる者に在りし日の姿を与えん!
 聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)――顕現!!!」
>「チ……! 撃て!!」

目の前に巨大な骸骨が現れる。
その骸骨はロイのゴブリンの放つ銃弾を防ぎ、そしてゴブリン達を勢いよく薙ぎ払う。

「死者は・・・死者のまま眠っていろ!」

召喚されたガイコツに思いっきり斬りかかる・・・が。
曲刀に攻撃をあっさりといなされ、逆にカウンターで吹き飛ばされる。

「チッ・・・!」

マルグリットの出したモンスターだ。
弱いなんて思っていたわけじゃないが・・・予想以上にできる奴らしい。
体制を立て直し・・・再び切りかかろうとした瞬間。

「ジョン」

背後から声が聞こえた。

184ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:09

>「予定とはずいぶん違うが……。
 まあいい、最終的な帳尻さえ合うのならな。
 ジョン、俺の手で貴様の息の根を止められるなら、他の誰がどうなろうが構わん」

「・・・ああ・・・たしかにそうだね」

マルグリットが召喚した巨大なガイコツは襲い掛かられたから反撃しただけで
追撃をしてくるようなそぶりはない。それどころかわざと距離を取りどうぞやってくれと言ってるようにも見える。
マルグリットの命令通りに動いてるだけなのか・・・最初から眼中にないのか。

そんな事はどうだっていい

>「……長かった。
 俺には貴様やシェリーのような才能はなかったのでな……あれから死ぬ思いで身体を鍛えた。
 軍隊に入り、人殺しの技を学んだ。貴様を殺す技を。戦場へ赴き、実戦で己を鍛えもした。
 すべて……すべて、貴様を殺すため。シェリーの仇を取るため。
 俺のこの十数年の時間は、ただそれだけのために費やされたのだ」

「・・・うん」

>「だが、それも今ここで終わる。貴様の死で。
 このままでも充分、貴様を殺すことは可能だと思うが……。

「ごめんねロイ・・・正直言えば、あの時手加減してたんだ。もちろん、最初の蹴りは本気だったよ
 でもね・・・それ以降は相手を殺さないように手加減してた」

手加減という表現は少し正確ではない。
相手を殺さない・・・つまり病院送りにするぐらいの気持ちで戦う全力と。
相手を殺す・・・つまり最初から殺意全開で戦う全力。

そこに手加減は存在しなかったが、結果的に手を抜く形になる。という話だ

「それに・・・僕にはブラッドラストがある。あの時は使わなかったけれど・・・でも僕の状況なら君も把握してるはずだ
 ゴブリンとセットで来る君を・・・間違いなく持っているであろう切り札を・・・その為にこの力を強化したけれど・・・今は」

周りを見渡してもゴブリン達は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
命令を下してもちゃんと戦えるゴブリンがどれだけいるか・・・。

「才能のない凡人は、1%の才能を持ちそれを磨き続ける天才には勝てない」

これはシェリーの口癖だった言葉だ。1%も才能を持っていないものはどれだけ努力しても次にはいけず、同じところを回り続ける。
一見人を馬鹿にしたような言葉にとられるかもしれない。けど僕はこの言葉は優しさがある言葉だと思う。

才能ない者がどれだけがんばっても報われない。けど早く諦めて次にいけばそこでは才能が見つかるかもしれない。
シェリーは才能が無駄な事で捨てられていく事を一番嫌っていた。その優しさからでる言葉だと。・・・ちょっと言い方はきつかったが。

「なあ・・・頼む。僕の命だけで済ませてくれないか?どんな殺し方をしてくれっても構わない
 だから・・・こんな蛮行はもう二度としないでほしんだ。だから・・・」

>せっかくだ、貴様には更なる絶望を味わわせてやる。見るがいい――」

「なっ・・・それは・・・!」

なにも不思議ではない。
ゴブリンにあんな大量虐殺を命令できたのだから。自分だって幾らか殺してるに決まってる。

「なんて事だ・・・あのロイが・・・ロイが・・・」

>「ブラッドラストは貴様の専売特許じゃない。
 さあ、始めよう。貴様の終焉を――ジョン・アデル!」

185ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:24

「だめだ・・・君は・・・そんな物に頼っちゃだめだ!ロイ!」

ロイの攻撃を間一髪でよけつつ、呼びかける。

「うぅ・・・うう・・・どうして・・・どうしてなんだよ・・・」

僕は彼女の願いを聞き届けただけだ。それはだれからみてもとっても悪い事なのかもしれない。
それでも・・・親友を・・・シェリーの兄が殺人鬼になって・・・自分に襲い掛かってくる?
なぜこんな目に合わなきゃいけないのだろう。なんで・・・あの時大人達は僕をさばいてくれなかったのだろう。

「くうっ」

ロイの攻撃が確実に僕の皮膚引き裂いていく。
このままいけばそう遠くないうちにナイフは僕の体を捉え、深く刺さる事になる。

覚悟を・・・決めなきゃ。終わらせるって・・・決めたんだから・・・!

「わかった・・・僕も・・・覚悟を決めたよロイ・・・ハッ!」

覚悟を決め、スキルを発動。そして素早くナイフを抜きロイに切りかかる。
斬って斬られて、殴って殴られて、蹴って蹴られて、お互いの肌に傷をつけながら、それでいてお互い致命傷は負わない。
並みのモンスターでは近寄る事さえできない激戦が繰り広げられ、素人目には互角の戦いのように見えるだろう。

しかし・・・確実に押されていたのは僕のほうだった。

「ハアッ・・・ハアッ・・・素の力は圧倒的に僕のほうが強いはずなのに・・・」

ロイのほうが圧倒的にうまく、ブラッドラストを使いこなしている。
僕だってこの力を引き出すためにできる限りの事はしたはずだ・・・それでも・・・届かない。
少しずつ、確実に、ロイのナイフは僕の体を捉えつつあった。

「はあああ!」

そしてその時は遂に訪れた。

焦った僕が繰り出してしまった右手の大振りの攻撃。
ロイはそれをひらりと避け、目にもとまらぬ速さで

「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

部屋に僕の悲鳴がこだまする。戦闘音で満たされた部屋でも聞こえるような大声で。

そしてその声に気付き、振り返った者は驚愕・悲鳴・その他色んな声を上げる事になる。

「僕の・・・僕の右腕がっ・・・」

切断された、ジョンアデルの右腕を見て。

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:37

痛い。痛い。痛い。

僕の思考は完全にそれだけで埋め尽くされていた。僕の視界に、綺麗に切断された右腕が移っている事で、さらにその痛みは現実として反映された。

「あぁ・・・ぁぁ・・・」

生まれて初めての痛みに、僕はただうめき声を上げる事しかできなかった。
右腕を抑えている左手の隙間から止めどなく流れる血が辺りを染めていった。

熊に半殺しにされた時も、ヒュドラに半殺しにされた時も、死ぬほど痛かった。でもその時は五体満足だった。
痛みはその時よりマシかもしれない・・・でも右腕はもう帰ってこない。でも・・・

「痛い・・・痛いんだ・・・すごく・・・でも痛みがわかるって事は・・・僕はまだ生きているんだ」

僕の中で何かが治ったような気がした。

「父さんが言ってたんだ・・・生きてればやり直せるって・・・多少みっともなくても死ぬよりマシだって・・・」

自分の本当の気持ちは自分でもわからない時がある。だれかに言われた言葉だった気がする。
その時は自分の気持ちを自分が知ってないなんてありえないなんて笑い飛ばした。

「ふふっ・・・フフフ!」

僕はずっとこのブラッドラストの事を呪いだと思っていた。
自分の身を犠牲にして力を得て、最後には自分の意志に関係なく怪物と化して堕ちるか、それとも自ら命を絶つ事になる呪い。
人を殺めてしまった者に課せられる罰のような物だと。

でも実際は違って。

「えへへ・・・僕まだ生きてるんだあ」

この力は願う者に悪魔から贈られる祝福なのだ。
人を殺めて、それでも叶えたい願いがある者に与えられる。

ロイは復讐を願った。自分よりも高みにいる僕を殺すために願った。渇望した。だから力を手に入れた。

「僕はやっと気づいたんだ。いやあえて知らないフリをしてたのかも。
 もしくは誰かにそう仕向けられていたのかも・・・ま、もうどうでもいい事だけど」

なら僕は?

「僕は・・・殺し合いが好きなんだ。命と命の奪い合いが・・・真剣勝負の果てに勝利がほしいんだ
 この世界に来なければ一生気づかなかったかもしれない!英雄なんて肩書はいらない!僕はただ戦いたいだけだったんだ!」

その為に悪魔が僕に力をくれたんだ!この世界でも戦えるように!

「あぁ・・・この世界にきてよかった!」

誰よりも純粋で、真っすぐな笑顔で僕はそう言い放った。

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:54

「どうした!ロイ!僕の腕を切り落とした時のようなキレがないぞ!」

形成は完全に逆転していた。

右腕がないというハンデを背負ってなお、それ以上のパワーで僕はロイを圧倒していた。
力が増す度に、僕の体からさらに強く、濃く死のオーラを纏う。
そのオーラは見るだけで人を不快にさせ、触れた者から生きる気力を奪う。

「君にはこの力を扱う才能がないよ・・・ロイ・・・君は根が善人過ぎるんだ」

今ならわかる。この力を最大限に引き出す為には自分に素直にならなければいけない。
でも、きっとロイは根は真面目だから・・・僕のように狂人ではないから・・・この力を今以上に扱う事はできない。

「フフ・・・ハハハハハハ!アアハハハハ!」

「そうだ・・・ロイ。見せてあげよう・・・本当の絶望を」

力が腕としての機能を失ってしまった右腕に集中する。
そして右腕の切断面がまるで沸騰したかのようにブクブクと音を立てる。徐々に・・・右腕からなにかが生えてくる

「ウグウ!ウウウウウウ!」

肉の枝のようなものが腕から生え、それらが合わさり形を作っていく・・・。
あっという間。時間にしてみればわずか10秒にも満たない間に人間の腕ではなく・・・熊の腕が完成していた。

「さっきね・・・カザハに言われたんだ・・・このままじゃ君は殺戮の化け物になるって」

今度は力が体全体を包み、体全体から出血を始める。出血しているのとは実際は違う。体が傷がついてないが血のような物は汗のように体から流れている。
そしてその血が体全体を覆うと沸騰したかのようにうごめく。

「その時はなにかの冗談だと思って聞き流したよ。だって僕は人間だ。化け物と呼ばれた事はあっても実際はただの人間・・・だと思ってた」

血の中からでてきたジョン・アデルは・・・ブレモンプレイヤーなら察せるであろう弱点である首を除き、体を覆う頑強な鱗に包まれ
右手にはロイの着ているタクティカルスーツなど紙切れのように扱えるほど鋭い爪とパワーを持った巨大な熊の腕。
そしてそれらを支える2m近い身長を誇るジョン・アデルという男が持っている屈強な肉体。

「カザハがいう事が事実なら・・・おそらくブラッドラストの成れの果ての姿というのは
 殺した相手を取り込んで、取り込んで、力を重視するあまり人間である事を放棄した人間なのだろう」

バロールが言うにはブラッドラストの最後は必ず鮮血にまみれているという。
自殺する者。無理な突撃を繰り返して戦死する者。乱心する者。
最終的に血にまみれて死ぬことを強要される呪いだと。

「・・・人間はいくら力が欲しいと思っても、人間をやめてまで力が欲しい奴はいないって事だったんだだろうね
 みんな化け物になる前に・・・自分が人間じゃなくなる前に、死ぬ為に自殺・戦死をしようと思ったに違いない
 まあ単純に変化に体がついていかなかっただけの可能性もあるけど・・・まっどっちでもいっか・・・関係ないし」

今までとは比較にならない力を感じる。

「ロイ・・・僕は・・・本当はね、君が言う才能は最初はなかったんだ・・・たしかにシェリーから体の出来に関しては太鼓判を押されてた。
 でもいざ体を使う事に関しては僕は1%の才能すら持ち合わせてなかったんだ」

熊の手はジョンアデルが最初に殺した獲物だ。そしてこの鱗の持ち主のヒュドラは3番目。

「シェリーを殺したあの日から・・・僕はまるで別人のように自分の体を使いこなせるようになった・・・意味、わかるだろ?」

2番目のシェリーの人類最高峰の類まれなる才能。
そしてそれらを維持するだけに値する僕の鍛え上げられた肉体。

「さあ・・・もっと戦おうロイ。殺し合いをしよう。人間と化け物の戦いを・・・!
 安心しろ。君を殺した後に君を唆した奴を必ず見つけ出して、生まれてきたことすらも後悔させるような死を与えてやる・・・!」

辛くなんてない。悲しくなんてない。苦しくなんてない。
僕は最強の力を手に入れたんだ。本当に化け物になってしまっても。
この世界に来てから受けた優しさを全て無にしても。出会いを全部無にしても

僕は化け物になったんだからこれでいいんだ。この世界のどの存在とも対等に僕自身が戦える力を得た。もうブレイブなんて肩書だって必要ない。部長も。
なゆにだって明神にだってカザハにだってエンバースにだって、みのりにだって。あのカザーヴァでさえも、決着はどうであれ、戦える力を得たのだ。
これで・・・なにも考えず・・・快楽を。この衝動に身を任せればいい。それでいいはずなんだ・・・それで・・・

僕の本当の心はそれを望んでいるはずなんだ。

「・・・・・・・死にたくなければ化け物になった僕を殺してみろ!!!」

188カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:41:12
>「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」
>「たしかにカザハなら最速で取りに行けるかもしれない・・・けど
 僕を襲ったトラップを見ただろう?足が速いだけで突破できるほどバロールの罠は甘くないよ」

当然のごとく、私達のお使いは皆に止められたが、皆の心配は杞憂に終わった。

>《ああ、それについては心配無用だ。
 格納庫はコアを破壊した後、レプリケイトアニマを脱出する途中にある。
 君たちはまずアニマガーディアンの撃破に集中してくれればいいよ。》

「意外と親切設計だった――ッ!?」

それならもっと多くの人がヴィゾフニールを持っていてもおかしくなさそうだが、所持している人は滅多にいないそう。
これは絶対何かありますね……。

>《場所はね――》

感動的なシーンでNPCが左に行けというところを右に行かないといけないらしい。

>「カザハに単独行動させないで済むのは有難いけど、趣味が悪いっていうのは変わらなかったわね……」

>《はっはっはっ! いやぁ、面目ない!
 悪いのは全部運営だからね! 私じゃないからね! ブレモン運営には猛省を促したい!》
>《うち、お師さんがそれ言うたらだめや思うわ》

出ました魔王ジョーク!
多分この世界の1巡目を模して作られたのがゲームのブレモンだから……それ、因果関係が逆ですよね!?
なゆたハウスの存在など、それだけでは説明が付かない点もあるのだが。
……あれ? ジョークと見せかけた真実だったらどうしましょう。
現実の1巡目においても”運営”にあたる黒幕が実際に存在して裏で糸を引いていたとしたら……。
……考え始めると訳が分からなくなるからやめましょう。

>「ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね」
>「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」
>「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」

>「話を聞いてなかったのか?なにが起こるかわからないんだ!力を温存しなきゃいけないんだって!君達が前にでたら意味が」
>「ちょっ……! 明神さん!」
「明神さん、君本体が突撃していいタイプのキャラじゃないでしょ!?」

今度は明神さんが突撃すると言い始め総ツッコミをくらったが、当然聞くはずはない。
それにしてもジョン君はブラッドラストの影響下の尋常ではない好戦的な様子とは裏腹に妙に冷静なのが逆に不気味だ。
何かとんでもない事が進行しているような気がする……。

189カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:47:14
>「だってさ。それ、悪役のスキルじゃん。わりーヤツが使うヤツじゃん。
 パパみたいな魔王でモノホンの悪党ならともかく、オマエらは違うじゃん。セーギのミカタじゃん。
 なのにオマエ、なんでそんなスキル使って喜んでんだよ?」

ガザーヴァがジョン君にナチュラルに煽りをかます。
が、彼女なりにジョン君を説得しようとしているようにも思えた。

>「ボクもセーギのミカタになりたい。明神とずっと一緒にいたいから。
 だからさ。それ、もう全然羨ましくねーや! んじゃな!
 ――おらおらァーッ! 明神、ボクを置いていくなよなァーッ!!」

どさくさに紛れて惚気ですか!?
カザハが遠い昔に失った何かを見るような暖かい目で見てますけど……。
生暖かい目の間違いではないかとか言っては駄目。

>「僕が・・・悪役・・・そうだ・・・悪役・・・化け物なんだから悪役なのは当然なんだ・・・どんな事になったって僕は・・・」
>「ぐうう・・・!」

頭を抱えて蹲るジョン君にカザハは慌てて駆け寄る。

「ジョン君!? もう休んでなよ。カケルに乗る?」

が、ジョン君はその声が聞こえなかったかのように、再び前線へと突撃していく。

「あ、待って……!」

伸ばしたカザハの手は空を切った。
そのまま明神さん&ガザーヴァとジョン君が敵をなぎ倒すこととなり、
結果的に私達含むその他のメンバーは驚き役もとい温存組となった。
やがて、最深部までたどり着く。
明神さん達の特攻が功を奏しジョン君からひとまずブラッドラストのオーラは消えているが……。
妙な冷静さはそのままで、嫌な予感は消えない。まるで嵐の前の静けさのような……。

>「・・・完敗だ・・・これになんの意味があるのかはわからないが・・・」

「それ、本気で言ってる?」

カザハ、ちょっと怒ってます?

>「うぇ、まーたボク達かよぉ!
 ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「サーセーン!」

>「ならこんどは僕が」

「アンタ働いてた側の人間やん!!」

コントのようなやりとりを素でやっている。
問題はジョン君がわざとボケているわけではなく大真面目だということだ。
そんなジョン君を、なゆたちゃんがもう戦わないようにやんわりと諭す。

>「……ジョン、具合の方はどう? 身体は……痛くない?
 みのりさんの言うとおり、後はアニマガーディアンだけだから。
 ここへ来るまで、ジョンにはたくさん無理させちゃったし。
 あとは休んでて? もしわたしたちが危なくなったら加勢してくれる感じでお願い」

190カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:49:12
>「申し出はありがたいが・・・ロイと僕の力でなゆ達には迷惑をかけっぱなしだ。
 君達の旅に付いていける時間はもう残り少ないだろうけど・・・でも、だからこそ無理をさせてくれ」

妙な冷静さは自らの破滅を悟っているがゆえだったのか――ついに決定的な発言が出てしまった。
突然、パァン!と無駄にいい音が響く。カザハがジョン君にビンタをキメていた。

「この分からず屋!!」

《カザハ!?》

モンスターが人間に手を上げたらあかんでしょ!
まあ……「親父にも殴られたことないのに!」の人と違って幼少期より激しい訓練を積んできたジョン君にとっては
虫がとまったようなものだと思われるのでその点はあまり心配しなくていいでしょうが。

「なんの意味があるかって!? 君がブラッドラストを使わなくてもいいようにするため!
君と最後まで旅がしたいからに決まってるじゃん!
なゆがここに来るのを決めたのだってそう! 一刻も早くエーデルグーデに連れていくため!
君はいざとなったら死ねばいい位に思ってるのかもしれないけどそんな都合のいいものじゃないんだから!」

バロールさんの話によると、ブラッドラストに侵された者は例外なく悲惨な最期を迎えるらしいが……
起こり得るそれより都合の悪い結末とはどういうことだろうか。

「思い出したよ。
今は消え去った時間軸でブラッドラストに侵された者の成れの果てと戦ったことがある……。
そいつは生き物を殺せば殺すほど強くなっていくんだ。
その時はたまたま勝てたけどもし負けてたら……
そいつは誰の手にも負えないところまで強くなり続けて最後には世界を滅ぼしていたかもしれない。
もしそうなったら誰にも止められないんだからね!?」

これは……ジョン君を思いとどまらせるためのハッタリ? それとも真実?
1巡目でもそれで世界が滅びてはいないので、当然今のところそのような前例はないと考えられる。
が、今後も絶対起こらないとは言い切れない。
今までにブラッドラストに侵されて暴走コースに入った者が、たまたま運よく全例討伐されてきただけという可能性もあるのだ。
というか真実だとしたらよくそんなのに勝てましたね1巡目の私達……。

「……だからお願い、そんなこと言わないで」

もうどんなに情に訴えても届かない。
だから、ジョン君自身が世界を滅ぼしてしまうかもしれないというとんでもない実害の可能性を持ち出したのだ。
それが虚にせよ実にせよ。

>「じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

>「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

191カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:50:20
「一番出てきちゃあかん奴出てきた――ッ!!」

入った瞬間にゴブリンに取り囲まれていて一斉に銃口を向けられた。
何ですかねこの身も蓋もない感じ……。

>「俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ」

ん? なら巨大ドリル起動させたのはなんのため?
まさか……ジョン君をおびきよせてここで待ち伏せするためだけに巨大ドリルを起動させたんですか!?

>「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい」

>「……お待ちください」

これはこれはマル様、どうしてここに? ついでに親衛隊もいる。
よく分からないけどとりあえず一斉射撃止めてくれてありがとう。

>「アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、またお目にかかれて光栄の至り。
 斯様な少勢でこのダンジョンを踏破するとは、まこと驚嘆する他はありませぬ。
 貴公らこそまことの勇者。まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でございましょう」

>「……なんてこと。
 そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

ここで一緒に待ってたということは何らかの形でつるんでるんでしょうね……。
もう裏繋がりどころか普通に同盟関係じゃないですか!?
と思っているとマル様(とその取り巻き)とフリントがなんだかんだと仲間割れ(?)し始めた。
なんか知らないけどとりあえずゲージ溜まる時間稼いでくれてありがとう。
いや、冷静に考えると敵が増えただけでは!? あんまりありがたくない気がする!
でもゴブリンアーミーの一斉射撃止めてくれなかったら開幕と同時に終わってたからやっぱ有難いのか?

>「ヒィ――――――ハ―――――――ッ!! うんち野郎ォォォォ! 宣言通りバラバラにしてやんよォォォ!!!」

アニヒレーターがヤマシタさんめがけてギターを振り下ろしてくる。
ダイレクトアタックじゃなかったのがせめてもの救いだ。

>「明神ッ!」

>「残念ね、そうはさせないわ……幻魔将軍。
 私が相手をしてあげる。――この私のミスリル騎士団が、ね。
 いい機会だもの……アコライト外郭を更地にしてくれたお礼、たっぷりしてあげる」

明神さんの加勢に入ろうとするガザーヴァの前に、さっぴょんが立ちはだかる。
ガザーヴァは断トツで強いので余裕かと思いきや、そうでもない。
というのも皆さんご存じの通り、ガザーヴァ、誰かさん達のせいで(棒)本編途中退場なんですよ。
とはいっても退場したのは割と終盤で複数人でボコってやっと倒せるバランスなので
並大抵のブレイブには負けないとは思いますが……さっぴょんだしなぁ……。

192カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:51:31
>「くそッ! なんだよコイツ、数の暴力じゃん!
 おい、そこのバカ! オマエだよオマエ! ちょっとこっち来い! 力貸せっての!
 この女、速攻でブチのめして明神助けに行くぞ!」

「えっ!?」

ナチュラルに驚いてるし!
さては驚き役になりかけてましたね!? かくいう私は解説役になりかけてました。
でもカザハが驚くのも無理はない。
黙ったら息が出来なくて死ぬ説があるガザーヴァが道中で殆ど話しかけてこなかったんだもの。

「ボクに頼みごとをするなんて殊勝になったじゃん……!」

これは頼み事というより命令な気がする……。
でも、どうして私達なんでしょう。助力を求めるならトッププレイヤーのなゆたちゃんの方が余程強いはず。
システム上パートナー扱いだったアジ・ダハーカの時とは違って、完璧な連携が出来る保証もない。
というか私達、よく毎度超レイド級に突っ込んで生きてますよね……。
その時の共通点といえば2回ともレイド級モンスターと組んでいたこと。
何か未実装の隠し要素でもあるんですかね……。

「コイツの戦術はチェスの戦術なんだって。つまりターン制が大前提にある……!」

パートナーモンスターではないためATBに縛られないガザーヴァと、ブレイブとして立ち回りつつも本体も多少戦えるカザハ。
相手目線で見ると厄介な相手を選んでしまったと言えるのかもしれません。

「俊足《ヘイスト》」

ただでさえ素早くてゲーム内では1ターン2回行動で表現されていたガザーヴァにヘイストかけるとか
相手から見ればもう嫌がらせ以外の何物でもない。

《気付かれないようにそいつらを少しずつ本体から引き離して!》

《ウィンドボイス》を使ってガザーヴァに秘密のメッセージを送る。
相手はブレモンプレイヤーなのでガザーヴァの戦略は知っているが、カザハの手札は当然知らない。
それを利用して奇襲をかける作戦だろう。
具体的にはガザーヴァがチェスの駒を引き離した隙に瞬間移動《ブリンク》で本体にチェックメイトするつもりですか!?
純粋に本体自体を比べると一般人の向こうはモンスターのカザハには敵わず、不意打ちに成功すれば無力化できるかもしれない。
チェスで1ターン複数回行動とか瞬間移動とか反則以前の問題ですね!

「風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

カザハが作り出したのは銃――風の魔力でできた銃なので魔導銃といったところか。
あらゆる武防具を生成できる、とはいってもこの世界に無いものまで出来るのでしょうか。
もしかしたら銃が地球から持ち込まれたことで、作れる武器リストに加わったのかもしれない。
カザハは後方から魔力弾を連射するが、当然ながらガザーヴァに当たることはない。
魔力で出来た銃ということで撃ち出すのも物理的な弾丸ではなく風の魔力弾なので、軌道操作も可能というわけだ。
一方では、マル様達の介入を許した、というより諦めたフリントが、ジョン君に狙いを定め、
ついに二人の因縁の対決が始まっていた。

193カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:52:36
>「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

同時進行で複数の対戦が繰り広げられる中、突然、ジョン君の尋常ではない絶叫が響いた、
それぞれ交戦中にも拘わらず皆が思わず注目する、それぐらいの絶叫だ。

>「僕の・・・僕の右腕がっ・・・」

「あ……」

右腕ポロリの惨状に、戦闘中だということも忘れて驚愕する。
それだけでも一大事だが、それをきっかけにジョン君はいよいよおかしくなってしまった。

>「僕は・・・殺し合いが好きなんだ。命と命の奪い合いが・・・真剣勝負の果てに勝利がほしいんだ
 この世界に来なければ一生気づかなかったかもしれない!英雄なんて肩書はいらない!僕はただ戦いたいだけだったんだ!」
>「あぁ・・・この世界にきてよかった!」

ジョン君は腕が一本無くなって弱体化するどころか、尋常ならざる力でロイを圧倒し始めた。
切断された右腕の場所に、熊の腕が生成され、頑強な鱗に包まれた異様な姿となる。
“終焉”の名を持つ魔獣がここに顕現した――

>「さっきね・・・カザハに言われたんだ・・・このままじゃ君は殺戮の化け物になるって」
>「その時はなにかの冗談だと思って聞き流したよ。だって僕は人間だ。化け物と呼ばれた事はあっても実際はただの人間・・・だと思ってた」
>「カザハがいう事が事実なら・・・おそらくブラッドラストの成れの果ての姿というのは
 殺した相手を取り込んで、取り込んで、力を重視するあまり人間である事を放棄した人間なのだろう」

「信じる気になったならもうやめて!」

このままいけば、ジョン君がロイを屠るのはすぐだろう。
そうなればジョン君はロイの力をも取り込み、力と引き換えにまた正気を失う――
その時点で完全なる化け物になり、敵味方の区別もつかずに無差別に襲い掛かるようになるかもしれない。

>「さあ・・・もっと戦おうロイ。殺し合いをしよう。人間と化け物の戦いを・・・!
 安心しろ。君を殺した後に君を唆した奴を必ず見つけ出して、生まれてきたことすらも後悔させるような死を与えてやる・・・!」

カザハは声を張り上げて叫んだ。

「みんな聞いて! そいつをジョン君に殺させたらいけない! これ以上殺せば手に負えなくなる!
そうなったら侵食以前に世界が終わってしまうかもしれない……!
ブラッドラスト同士の対決なんて……まるで蟲毒じゃないか!!」

194カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:53:42
蟲毒――たくさんの毒虫を壺の中にぶち込んで食らい合わせ
最後の一匹になるまで弱肉強食の勝ち抜き戦を行い、最強の毒虫を爆誕させる呪術だとか。
確かに似ている気がしますね……。
“ブラッドラスト”は世界に血に塗れた終焉をもたらす者、という意味でもあるのかもしれません。
侵食が始まると同時に、今までに出現しなかったモンスターが出現するなどの様々な異変が起こったそうですが、
ブラッドラストもその一環として発生した呪いなのでしょうか。
カザハはマル様に、親衛隊を止めるように要請した。

「マル様! ロイがジョン君に負けるのは都合が悪いんだよね!?
今からそれを阻止しにかかるからさ……親衛隊大人しくさせて!」

>「・・・・・・・死にたくなければ化け物になった僕を殺してみろ!!!」

カザハや皆の制止を聞くはずもなく、ジョン君とロイは再び激突しようとするが――

「やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

カザハが二人の間の空間に攻撃スペルカードをいきなりぶち込んだ。
ダメージそのものが目的ではなく、吹っ飛ばして二人を引き離すためだろう。

「ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?」

カザハはそう言ってスマホを見た。

「“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる」

カザハのスマホには、ジョン君が“ブラッドラスト”というモンスターとして表示されているらしい。
普通に考えればそれはジョン君が化け物になってしまったということを示しており、絶望するところだが、カザハはそんな様子ではない。
むしろ、一縷の希望を見出したような様子だ。

「モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!」

195カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:54:44
この世界のシステム上、異邦の魔物使い《ブレイブ》はモンスターに対して、各種の特権が働くようになっている。
システム上はモンスター枠と認識されていながらギリギリジョン君の意識が残っている今が、唯一にして最大のチャンスかもしれない。
ガザーヴァがモンスターであることを利用して捕獲によって分離に成功したのは記憶に新しい。
その前には、人間をゾンビ(モンスター)化してから捕獲することによって蘇生に成功した例もあるらしい。
今回も、例えばいったん捕獲してパートナーモンスター枠にしてしまえば、
その辺に転がっているような状態異常解除のスペルカードが効くかもしれない。
最悪すぐにはどうしようもなくても、そのままの状態でエーデルグーデでもどこへでも連行することができる。
そんなことを考えたのだろう。が、仮に理論上は出来るとしても、実際にやるのは至難の業だ。
肉体が無かったガザーヴァの時と違って捕獲難易度は格段に高いに違いなく、HPをギリギリまで削らなければならないだろう。
その過程で厄介なフェーズがある可能性も高い。

「ああっ、みのりさんの持ってたHP1残るスペルカードがあればいいのに……!」

確か……来春の種籾《リボーンシード》でしたっけ。
あったら今の状況では滅茶苦茶役に立ちそうですがいないものは仕方ないですね……。
カザハは、魔導銃を構えながら、所在無さげに立っている部長に目を向けた。

「今だけはジョン君の命令を聞かなくていい……。力を貸して! 一緒にジョン君を助けよう!」

196明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:38:52
ジョンとの競争は、結論から言えば俺たちの圧勝だった。
言うまでもなくガザーヴァが暴れまわったおかげだが、俺とて何も貢献してなかったわけじゃあない。
俺にはこれまでのゲーム遍歴で培ってきたMOB狩りの技術があるのだ。

古式ゆかしきMMOの迷惑行為がひとつ、『横殴り』。
読んで字の如く、他のプレイヤーが殴ってる敵を横から殴って報酬を横取りするクソプの極みだ。
インスタンスダンジョンの台頭によっていわゆる『狩り』はネトゲの世界じゃもっぱら見なくなったが、
マルチプレイのゲームで何したら他人に嫌がられるのかってのは今なおもって通底しているマナーだ。

当然ながら俺は、こうしたゲームにおける嫌がらせ・迷惑行為に精通している。
効率良く相手をイライラさせる横殴りの技術――そいつはこのアルフヘイムでも覿面に通用した。

ジョンがこれから何を殴るのか、今まさにトドメに入る瞬間なのか、俺には手に取るように分かる。
そこをかすめ取るように横からトドメさしてやれば、ソロプレイヤーを手玉にとるのは容易かった。
俺自身に火力足りなくてもガザ公にちょいと立ち回りを指示すりゃそれで良かったしな。

ほどなくして、積み上がったアニマのザコ敵の骸の先に、最深部への大扉が見えた。
ジョンは殆ど敵を殴れず、ブラッドラストのオーラも火が消えたみたいに静まってる。
とりあえず当面の目論見、1つ目はクリアってところだ。

>「うひぃ〜……さすがに疲れた……」

「ぜぇ……ぜぇ……ちょ、ちょっと飛ばしすぎたかな……」

言葉とは裏腹に涼しい顔のガザーヴァ。その隣で俺は水揚げされた魚みたいに喘いでいた。
休みなく連戦しまくったおかげで体力がすっからかんだ。
多分もうあと一歩でも動いたら俺は死ぬ。

「っどーだジョン!宣言通りだ、おめーの呪いも引っ込んじまって泣いてるぜ」

>「・・・完敗だ・・・これになんの意味があるのかはわからないが・・・」

「うっせ。ブラッドラストさんに嫌な思いさせられたら大勝利なんだよ俺たちは」

ジョンのボヤきに、俺は憎まれ口で返した。
まぁ実際のところ、たしかに意味なんざないんだろう。先走って敵全部倒すのも、自己満足でしかない。
来たるべくアニマガーディアン戦でガス欠すりゃ本末転倒ってのもなゆたちゃんの言う通りだ。

だけど――俺にとっちゃ重要な問題だ。ゲーマーとしての矜持が、ここに問われている。
俺は、ジョンの俺たちに対する過小評価が気に入らない。
呪いで命削んなきゃ守れねえような子羊ちゃんだとでも思ってんのか?舐めんじゃねーぞ。
守られるだけの弱者じゃないって、絶対に認めさせてやる。

それに。
ここまでの連戦を、俺は足を止めることなく完走した。
アコライトじゃ魔法二発撃つだけでぶっ倒れてた俺がだ。

キングヒルで出会ってから、俺はジョンに『訓練』と称して何度も薫陶を受けてきた。
貧弱な本体がウィークポイントとならないように、生身で生き残る術を、伝授されてきた。

疲れにくい体の動かし方や、効率よく酸素をとりいれる呼吸の仕方。
敵の行動を予測し、攻撃圏内に入らないようにする立ち回り方。
それらは何度も実戦を重ねるなかで、俺のなかに技術として染み付き始めてる。

こいつみたいにでっけえ剣を振り回したり、焼死体みたいな立体機動は出来ないけれど。
俺だって少しずつ、順当に成長してきてんだ。
そしてこれは、お前がいなきゃ出来なかった成長でもある。

197明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:39:32
見てるかジョン・アデル。
お前はちゃんと、俺たちのパーティに貢献してる。迷惑かけるだけの存在なんかじゃない。
ブラッドラストがなくたって、俺達の大事な仲間なんだ。

>「みのりさん、残り時間は?」
>《あと30分強ってとこやね〜。さ、残すはアニマガーディアンだけや。おきばりやす〜。
 アニマガーディアンの特性はわかってはるやろね? ガーディアンは光属性やから、
 明神さんとガザーヴァちゃんを中心に攻めるのがええやろねぇ》

「うっし、休憩完了。見せてやるぜ、俺の闇の力をよ……!」

>「うぇ、まーたボク達かよぉ!ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「おいおいガザちゃん、もうヘバってんのか?俺はちょーど肩温まってきたところですよ」

例によってガザ公がぶーたれて、なゆたちゃんが宥める。
まぁそうね、今回お前が一番働いてるからね……僕もう頭上がんないかもしんない。

>「別に、後ろに下がっててくれてもいいんだぞ。後は俺がやる……真打登場って所か」

「おっ焼死体君、人をやる気にさせるの上手いねぇ。おめーこそ下がってろ、光属性で成仏したくなけりゃな」

減らず口をぶつけ合ってるうちに、なんとか動き回れるだけの体力は戻ってきた。
まだまだ戦える。ジョンの野郎に出番なんかくれてやるもんかよ。
と、なゆたちゃんに気遣われていたジョンの言葉が耳に引っかかった。

>「申し出はありがたいが・・・ロイと僕の力でなゆ達には迷惑をかけっぱなしだ。
 君達の旅に付いていける時間はもう残り少ないだろうけど・・・でも、だからこそ無理をさせてくれ」

「……は?何言ってんだお前」

死期を悟ったふうなこと言いやがる。
ちげーだろ。お前の死期を際限なく伸ばすために、俺達はここまで来てんだろうが。
思わず食ってかかろうとして、それより先に飛び出した影があった。

>「この分からず屋!!」

「カザハ君!?」

パァン!と快音ひとつ立てて、カザハ君のビンタがジョンの頬に直撃した。
持ち前の高AGIからくる早口でまくしたてるのは、ブラッドラスト被呪者の末路。
殺戮を重ねすぎて、文字通りの化け物となってしまった者達。
――俺たちの知らない、一巡目の記憶だ。

>「……だからお願い、そんなこと言わないで」

「なおのこと、ブラッドラストなんか使わせらんねえな。
 俺ぁお前の成れの果てを介錯すんのなんざ御免だぜ」

カザハ君の言ってることが、カンペキ事実とは限らないけれど。
それがジョンに呪いの行使を思いとどまらせる理由になるなら、全力で後押ししよう。

>「じゃ……行こう。 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

「りょーかい。サクっと終わらせてヴィソフニールのツラ拝みに行こうぜ」

198明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:40:07
アニマガーディアンは確かに強敵だ。ガルガンチュアの前座を飾るに相応しいステのレイド級だ。
だけどエンドコンテンツと違って、こいつはメインシナリオのボス敵だ。
であるがゆえに、ライトユーザーでも頑張れば攻略できる程度の難易度に調整されている。

大技の前には必ず予備動作があるし、全体攻撃も軽減をきっちり入れれば十分耐えられる。
事前に予習しなくても、戦ってるうちに段々攻略法が見えてくるようになってるのだ。
いわんや、俺達には予備知識がある。負ける要素は万にひとつも、なかった。

……そう、負けるなんて思っていなかった。
『そもそも戦えない』とも、思っちゃいなかったけど。

>「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

扉を開けた先に居たのは、上背7メートルの骨の巨人ではなく。
相変わらず黒尽くめの戦闘服で上下を決めた、軍人の姿だった。

あー。あー。そういうこと。そういうことね。完ッ璧に理解したわ。
バロールの埒外だった、レプリケイトアニマの再起動。
気にすべきだったのは、『何故起動してるのか』じゃなく――『誰が起動したのか』だった。
そしてその答えは、目の前にあった。

「ロイ・フリント……!!」

アニマについての知識は、当然俺たちやバロールだけの特権じゃない。
ニブルヘイムにもミハエルや帝龍みたいなブレモンプレイヤーは居るし、
イブリースに至っては一巡目の記憶を持ち越していやがる。

停止したアニマを発見して、アルフヘイム転覆のためにこれを再起動するのは、
ニブルヘイム側からすりゃ半ば当然の仕儀と言える。
フリントにとっても、アルフヘイムが阻止しに来るとすれば近場に居た俺たちだと、容易に想定できる。
利害がかっちり噛み合ってたってわけだ。

>「さて、約束だったな。貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ」

「そいつぁ凄えや。人間マトにしたエイム練習でよっぽど自信がついたらしいなぁ?
 ……そのクソふざけた思い上がりを叩き潰してやるよ」

ずらり居並ぶゴブリン共はみな一様にアサルトライフルを構えている。
銃口がいくつも俺を捉えて冷や汗が出る。ビビリを気取られないよう、腿を強くつねった。

>「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。

俺の煽りをガン無視してフリントはナイフを構える。
ゴブリン達が銃床を肩に当て直し、射撃体勢に入る。
その引き金が、引き絞られていく――

>「……お待ちください」

開戦の狼煙を遮るように、凛とした声が響いた。
フリントの背後から現れたのは、アイアントラスで袂を分かった十二階梯の一人、『聖灰の』マルグリット。
そいつがフリントの側から出てきた、その意味は小学生だってイコールで結びつけられる。

199明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:40:38
>「……なんてこと。そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

「へっ、第三勢力が第二勢力にまとまってすっきりしたじゃねえか。
 俺たちはおじいちゃんに切り捨てられたってわけだ。もう懐柔の余地はねえってよ」

ローウェル一派がニブルヘイムにつくなら、これで連中との敵対関係も明白になった。
フリントが俺たちを付け狙う以上、俺たちがニブルヘイムに与することもないのだから。
未だに腹に一物抱えてるバロール側につくのは不安しかないが、他に選択肢もない。

と、覚悟の準備をしていた俺だったが、どうにもマルグリットの意図は別のところにあるらしい。
おやおやおや。なんだかマル様とフリント君が仲間割れみたいなこと始めましたよ?
マルグリットがゴブリンの撤収を要求し、フリントは当然それを撥ねつける。
そこへ当然のように控えてきた親衛隊の狂犬どもが噛みつき始めて……急に事態の雲行きが怪しくなってきた。

>「――介入させて頂く。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』らしき最期を。それが尊厳ある闘いの姿なれば!」

マルグリットの出した結論。
それは、俺たちとフリントに『ブレイブとして戦わせる』こと。
ゴブリンによる火力制圧を取り下げて、代わりに戦場に出るのは――こいつらだ。

>「地の理、水の理、火の理、風の理。万象はなべて容を喪い、灰へと還るものなり。
 四つの理、其を束ねし天の神霊に希(こいねが)い奉る!
 今ぞ大いなる義に依りて万理をさかしまに塗り替え、灰たる者に在りし日の姿を与えん!
 聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)――顕現!!!」

「出やがったな、マル様の面目躍如!試掘洞じゃ渋ってたくせに、こんなとこで使いやがって……!」

『聖灰の』マルグリットの代名詞、『聖灰魔術』。
討ち滅ぼした魔物を、その灰から蘇らせて従える、オリジナルの召喚術だ。
振り撒かれた灰が燐光をまとい、輪郭をかたちづくり、確かな存在感を生み出していく。

>「チ……! 撃て!!」

異変に気付いたフリントが射撃を指示するが、既にマルグリットの召喚は成立していた。
灰の中から出現した巨大な骸骨が銃弾を阻み、その巨躯をゆっくりと持ち上げていく。

――レプリケイトアニマの番人、『アニマガーディアン』。
レイド級の名に相応しい威容が、マルグリットの傍らに屹立した。

「ひひっ、知らねえ間に随分でけえの従えるようになったじゃねえか!
 こっそりレベリングしてやがったな!?」

第十九試掘洞では、準レイド級のセイレーンですらレベルが足りなくて扱えないと言っていた。
だがそれより遥かに格上のアニマガーディアンを、マルグリットはこうして己がものとしている。
当然、レイド級のアニマガーディアンを手ずから討伐してだ。

ゲーム上でも、マルグリットはシナリオの進行に従ってより強いモンスターを扱うようになっていた。
同様にこの世界でも。
ガンダラで会った時は十二階梯の末席に過ぎなかったこいつも、旅を重ねて自分を鍛え上げたのだ。

>「ヒィ――――――ハ―――――――ッ!! うんち野郎ォォォォ! 宣言通りバラバラにしてやんよォォォ!!!」

「おっとぉ!いいのか楽器そんな風に扱って!チューニング狂っちゃうんじゃないのぉ?」

200明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:42:06
思わずマル様の雄姿に目を奪われていた意識を、シェケナベイベの奇声が現実に引っ張り戻す。
迫りくるアニヒレーターが大上段から振り下ろすギター。防いだヤマシタの大盾が陥没する。
なんつー硬さだ……フライングVはケンカで叩き壊すのがロックンローラーの流儀だろうが!

「まぁ構わねえよな!おめーのチューニング今まで合ってたことなかったもんなぁ!!」

マルグリットが俺たちの敵に回る以上、その親衛隊とも激突は避けられない。
シェケナベイベはここで会ったが百年目とばかりに真っ直ぐ俺の首を取りに来た。

>「明神ッ!」
>「残念ね、そうはさせないわ……幻魔将軍。

ガザーヴァの声が背後から聞こえる。
そしてそれを阻むさっぴょんの言葉も。
俺は振り返らずに、左手でガザ公を制した。

ガザーヴァが俺の安否をいの一番に気にしてるのは、これまでの戦いで分かってた。
バロールに向ける執着に似たその感情を、受け止めるのがあいつを仲間に引き入れた俺の責任だ。
だからこそ、今ここでガザーヴァに頼るわけにはいかない。

親衛隊長さっぴょんは、おそらくブレモン界隈で最強に名を連ねるプレイヤーだ。
対人ランク14位は伊達じゃない。アクティブ1000万人のこのゲームで、世界で14番目に強いってことだ。
おそらく日本に限るなら五本の指に入る実力者だろう。

単純なステータスだけで語るなら、シナリオ途中退場の幻魔将軍ガザーヴァより遥かに格上だ。
ボディを新造した『今の』ガザーヴァにシナリオのレベルキャップが適用されないとしても、
レイド級を従えられるクラスのプレイヤー相手にどこまで戦えるかは分からない。

あんまし認めたくはないことだが、このクラスの戦いじゃ俺は足手まといにしかならない。
俺を庇いながら戦えるほど、さっぴょんというプレイヤーは容易くない。

だから――この戦いで、俺はガザ公に頼らない。
いつまでもおんぶに抱っこじゃ、バロールの野郎にも鼻で笑われちまうからな。
全部ガザ公任せにするだけが能じゃないって、証明してやるぜ。

「さあ、ギグを始めようぜシェケナベイベ!お前の耳障りなデスボイスも今だけは謹聴してやるよ」

ギターを弾かれたアニヒレーターが二歩下がり、周囲に巨大スピーカーを展開。
同時に俺はスペルを手繰った。マル様が開戦を遅らせたおかげで、ATBゲージの蓄積は済んでる。

「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」

乳白色の濃霧があたりに立ち込めると同時、不可視の音圧がそれを吹き飛ばす。
俺は横っ飛びに音響攻撃の範囲から逃れ、霧の中に姿を隠した。

――『親衛隊のやべー奴』シェケナベイベ。
アンデッド最上位モンスター『アニヒレーター』を駆るコンボ使いだ。
俺は親衛隊包囲網で戦った経験から、こいつの戦術や火力の性質を知悉している。

シェケナベイベの特質を一言で表すなら、『範囲攻撃の専門家』ってところだ。
音に魔力を乗せて放つ、いわゆる楽器系の武器を扱うキャラはエリにゃんはじめ多数存在する。
おしなべて音速による攻撃速度や範囲、防御貫通なんかが特徴だ。

シェケナベイベの場合、攻撃範囲に極めて特化したビルドを組んでいる。
左右のスピーカーから放たれる魔力入りの大音響は、音の届く範囲全てに破滅的な破壊をもたらす。
音に由来する数々のデバフを付与し、高威力の音圧が全てを押しつぶす。
多数を相手に最大の火力を発揮できる、面制圧のスペシャリストと言えるだろう。

201明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:43:01
加えて、音であるがゆえに攻撃が目視できないことも大きい。
先の包囲網では、知らずのうちにシェケナベイベの射程に入った討伐隊が何人も消し飛んでいった。
俺はまず、展開した『迷霧』の挙動によって音響攻撃を可視化した。
攻撃範囲を確認するためだ。

霧で視界を塞がれたシェケナベイベは、それがどうしたと言わんばかりに音響攻撃を連発する。
そりゃそうだ。近接殴りならともかく範囲攻撃なら霧ごとぶっ飛ばせばそれで終わる。
俺は足を止めないことでどうにか範囲から逃れちゃいるが、アタリを引かれるのも時間の問題だろう。

――だがこれで、分かったことがひとつある。
アニヒレーターの音響攻撃は、術者を中心とした前方扇状の範囲に広がっていく。
音の威力を底上げするために、スピーカーである程度の指向性を加えているのだ。

ゆえに、音響攻撃を『避ける』ことができる。
できるが、近づけばそれだけ範囲攻撃を踏むリスクが増大する。
音響攻撃は当然音源に近いほど威力が上がるから、至近距離で直撃すりゃお陀仏だろう。

「怨身換装――モード・『重戦士』」

インベントリからバルゴスの大剣を喚び出し、ヤマシタに握らせる。
瞬間、身に纏っていたピンクの法被が虚空に溶けて、革鎧の体格が膨れ上がった。

ぶりぶり★フェスティバルコンボと闇属性魔法を下敷きに編み出した、
俺のオリジナル死霊術『怨身換装』(名前は雰囲気でつけた)。

『恨み』や『想い』といった残留思念の籠もった道具を装備させることで、
同じく残留思念からなるリビングレザーアーマーの機能を一時的に拡張する改造技術だ。
バルゴス本人を取り憑かせるわけじゃないからステータスは準レイド級にも満たないが、
マジックチートによるダブルATBを経由しなくてもちゃんと言うことを聞いてくれる。

スキルでも、魔法でも、パートナーの戦力ですら、俺はおそらくこの世界の最底辺だ。
だから、組み合わせる。他の連中が思いつくより先に、俺だけの手札を作り上げる。
バロールの語った『ブレイブにしかできないこと』。こいつが俺なりの答えだ。

「よおく見とけよ!ただスペルを手繰るだけがブレイブの戦い方じゃねえってことをなぁ!」

>――「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

いざ吶喊せんとヤマシタに身構えさせた刹那、横合いから耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
思わず振り返れば、視線の先に真っ赤な花が咲いていた。
吹き上がる鮮血。そしてその根本にあるのは――

「ジョン――!!」

>「僕の・・・僕の右腕がっ・・・」

跪くジョンの右腕は、半ばから失われていた。
足元に転がる血まみれの何かが、何であるのか、もう考えたくない。

ジョンが腕を切り落とされた。
ロイ・フリントと演じたナイフ戦の果てに。

人間の筋肉や骨は頑丈だ。ナイフ一本で切断出来るようなもんじゃない。
だから、フリントが纏うエフェクトを見て、全てに理解がいった。

――ブラッドラスト。
フリントもまた、殺人者の呪いをその身に受けている。

202明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:43:45
「くそっ」

今すぐ助けに行かなきゃならない。
片腕を失ったジョンが同じブラッドラストの発動者に勝てるはずがない。
切断された腕はくっつくのか?この世界の医療技術はそこまで発達してるのか?
回復魔法があればなんとかなるのか――?

まとまりのない考えが頭を埋め尽くし、思わず一歩踏み出した。
その鼻先を、アニヒレーターの音圧が擦過していった。

「シェケナベイベ……!」

霧の向こうで、シェケナベイベもまたジョンの惨状を目の当たりにしたんだろう。
そしてすぐに切り替えた。目の前の俺を倒すことに意識を集中させた。

元から、こいつら親衛隊にとってロイ・フリントは仲間でもなんでもない。
ジョンとの戦いがどう運ぼうが、連中の行動は何も変わりはしないだろう。
当初の目的通り、俺たちを殺す。それだけだ。

シェケナベイベを倒さない限り、ジョンの元へは行けない。
こいつを残して撤退すれば、後ろから音響攻撃で全員が撃たれるのがオチだろう。

……予定が変わった。
手段は選んでいられない。"正々堂々真っ向から"なんてのも俺のキャラじゃねえしな。
キングヒルで封印した『うんちぶりぶり大明神』を、解放する。

「なあシェケちゃん、ちょっとお話に付き合えよ。すげえ聞きたかったことがあるんだけどさ」

視界を塞がれている以上、シェケナベイベは俺の居場所を声や足音でしか特定できない。
耳は塞げない。俺の言葉は、必ず届く。

「お前らなんでスタミナABURA丸を切り捨てちまったんだ?
 俺の知ってるお前らは、いっつも4人で仲良くマル様への愛を語らってたじゃねえか」

神と崇めるマルグリットとこの世界で邂逅を果たした親衛隊は、そこで一度仲間割れを起こした。
マル様の為に命を捧げることを是とした3人に対し、戦うことを拒んだ1人。
3人は拒んだ者のスマホを破壊し、ブレイブとしての力を失ったまま放逐した。

魔物の徘徊するこの世界で、生身の一般女性が長く生きられるはずもない。
きっと、もうどこかの荒野で死んじまってることだろう。
明確に、親衛隊によって殺された人間だ。

「わからねえなあ。現代日本で暮らしてたはずのお前らが、同じ人間を簡単に殺しちまえるのも、
 善意の擬人化みてーなマル公が、お前らの身内殺しを許すのも。全部だ」

親衛隊幹部が一人、スタミナABURA丸は俺の知る限りトップクラスのタンク職だった。
火力全振りの極端が過ぎる親衛隊にとって防御の要であり、そしてそれだけじゃなかったはずだ。
派閥争いの激しいマル様クラスタにおいて、『身内』は何よりも得難く、尊い。
まして異世界転移なんて意味不明な状況で、おいそれと切って捨てられる縁であるはずがない。

「目的の為には無辜の民すら見殺し、身内を容易く見捨てる連中を侍らせてる。
 お前らが引っ付いてるあのマル公の姿は、お前らの大嫌いな『解釈違い』の極みだろ」

俺が自ら封印してきたもう一つの大明神、忌むべき力。
うんちぶりぶり大明神の、『精神攻撃』。
霧の向こうの、顔も見えない相手に、思いつく限りの毒を浴びせかける。

203明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:44:32
ブレイブにとって、集中力は重要なリソースだ。
アクティブタイムバトルではじっくり戦略を練る時間はなくて、高速で最適解を選び続けなきゃならない。
だから、思考に雑音が入ればそれだけで戦いの運び方に影響が出る。

信者にとって最も許しがたいのは、信仰対象を毀損されることだ。
こいつらの信念の核となってるマルグリットを穢し、信仰の礎を揺らがす。
効果のほどは分からんが、こっちの準備は整った。

ガタイの良くなったヤマシタに、インベントリから出した水をぶち撒ける。
分厚い革の装甲は水を吸い、滴るほどに濡れそぼった。
湿度が高いと音が籠もるように、水分によって音波は減衰する。
霧と合わせて音響攻撃に対する即席の防御策だ。

「ガザ公が言うには、俺は正義の味方らしいぜ!ガラじゃねえよなあ!
 だけどあながち間違いじゃあねえ。俺たちの正義をこれから証明する。
 悪の首魁マルグリットとその手下をぶっ倒してなぁっ!!」

対音響装甲を張り巡らせたヤマシタが、可視化された攻撃範囲を迂回するように吶喊する。
掲げる大剣を横薙ぎにぶちかませば、アニヒレーターの首を狩れる軌道だ。

――これでクリティカルを狙えるなら上等。
だけど俺は、シェケナベイベの公開済みの戦闘データしか持っていない。
なゆたちゃんがそうであるように、奥の手を秘匿している可能性はある。

そして、俺も。もうひとつだけ、明かしていない手札がある。
スーツの胸ポケットで所体なさげに揺れる純白の羽根を、手汗まみれの手で掴む。

俺は神には祈らないが、今だけは心の底で強く祈った。
力を貸してくれ。マホたん――!


【ジョンの異変に気付くも、シェケナベイベに足止めされて駆けつけられない。
 シェケナベイベに対して精神攻撃しつつ、対音響攻撃の防御策を張って吶喊】

204embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:38:42
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅰ)】

「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

その言葉に、宿る意思はない。
その行為に、宿る意志はない。
そこには、遺志だけがあった。

「俺が先行して、そして炎を撒き散らした道を進みたいのか?
 いいから――ここは俺に任せて、お前達は先に行け。
 なに、すぐに追いつくさ。すぐにな」

仲間を守る/己の強さを示す――燃え尽きるその瞬間まで抱き続けた未練。
その残留思念が、残された灰を、かつてと同じ姿に保っている。
かつてと同じような言葉と行為を、出力している。

「やるぞ、フラウ。哲学の時間はおしまいだ」

遺灰の男の右手が、狩装束のポケットを探る。
取り出した酒瓶を後方へと投擲/響く破砕音/広がる酒気。
フィンガースナップ/指先から散る黒い火花――そして、蒼炎が花開く。

〈――どうぞ、ご勝手に。あなたのオーダーを聞く義理は、私にはありませんが〉

ひび割れた液晶から零れる不満げな声/奔る純白の触腕/閃光/風切り音。
伸縮自在/再生可能な触腕のワイヤーが、敵勢力の前後を封鎖。
つまり――DOT/CCのコンビネーションが成立する。

「そう言うわりには、完璧な仕事をしてのけるじゃないか」

〈あなたのその体を、粗末に扱われても困りますので〉

「……いつか『俺』を呼び戻す為に?」

〈ええ。彼らがエーデルグーテへと目的地を定めたのは僥倖でした。
 教帝オデット……彼女ならば、きっと、あなたを元に戻せるはず〉

「……ああ、そうだといいな。俺も、きっとそれを望むはずだ」

205embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:39:25
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅱ)】


その後、遺灰は何の問題もなく先行隊に追いついた。
ただ後方から迫る敵を撃破し/前方に残された敵も殲滅する。
遺灰にとっては、しくじりようのないミッションだったとすら言えた。

『じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!』

「威勢がいいのは結構だが……少し、下がってろ。扉は俺が開ける」

黒手袋がなゆたの頭部を掴む/後方へと押し退ける。
反対に、遺灰の男は一歩前へ/眼前の大扉に両手を触れた。
灰を固めただけの体が押し戻されぬように、上向きに力を込める。

『……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ』

「まぁ……そんな事だろうと思ってたよ」

そして――異邦の魔物使いは再び、復讐者と邂逅した。
復讐者の率いる子鬼の軍勢が、自動小銃を構える。
遺灰の男は、背後の少女に目配せをした。

「……最悪の場合、俺は奴らに飛び込む。一人で凌げるな?」

返答は聞かない――どのみち、活路はそれしかない。

『俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ』

「ああ、いいぞ。その調子で好きなだけデカい口を叩いてくれ。
 そういう奴ほど、叩きのめした時に気分がいい。
 その相手がお前なら……尚更だな」

『さて、約束だったな。
 貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ』

「僭越ながら、ゲーマーとしての立場から意見を述べさせて頂くのなら――
 ――お前がしている事はなんて事のない初見殺し、初心者狩りだ。
 そこらのにわかゲーマーならともかく、俺には通じない」

『ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい』

「……少しの間でいい。躱せ。俺が奴らの陣形を崩す」

復讐者が白刃を抜く/遺灰の男が身構える。
守勢に回れば押し潰される/活路は一つ――敵陣への強襲。
襲撃者への対応を強いる事で、致命的な一斉掃射を阻害する――つまり、ヘイトコントロール。

幸いにして、命なき、未練のみが衝き動かす灰の五体は、銃弾に対しては相性がいい。
例え頭部を撃ち抜かれたとしても、その弾丸が遺灰の男を殺める事はない。
精々――その体が既に燃え尽きている事が、露呈するだけだ。
その程度なら、幾らでも誤魔化しは利く。

『……お待ちください』

果たして――遺灰の男が敵陣へと飛び込む事は、なかった。

206embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:40:27
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅲ)】

『あなたは……』

『アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、またお目にかかれて光栄の至り。
 斯様な少勢でこのダンジョンを踏破するとは、まこと驚嘆する他はありませぬ。
 貴公らこそまことの勇者。まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でございましょう』

「……俺達が勇者か。じゃあ、そっちが悪党の自覚はあるんだな」

『弁解は致しますまい。私は『黎明』の賢兄の指示にてこの場へ赴きました。
 これなるフリント殿と、貴公らの戦いの見届け人となるために』

『……なんだ? 貴様の出る幕じゃない、引っ込んでいろ』

「ゲーマーとしての意見を述べると、俺もあんたに賛成だ。
 プライベートマッチへの乱入は、重大なマナー違反――」

『いいえ。確かに、我らは見届け人として貴公に同行するよう賢兄より仰せつかりましたが――
 敢えて口出しさせて頂く。これでは一方的な虐殺ではありませんか』

「――前言撤回だ。あのマルグリットの本編未実装ボイスを聞ける、貴重な機会だ。
 これを逃す手はない。是非とも心ゆくまで無駄口を叩いてくれると非常に助かる」

マルグリットは底抜けの善人――その気性が、今回はこちらに有利に働いた。
遺灰の男は思い出す――ストーリー上で、マルグリットは何度も己の行く手を阻んだ。
時に信念に従って/時に勘違いによって/時には誰かに騙され――大抵の場合、ろくでもない理由で。

『例え敵であろうとも、同等の条件で死力を尽くし戦うのが戦士の礼儀。
 小鬼どもを退けられよ。ここは正々堂々、真っ向勝負で戦うが筋というもの』

つまりこれは、ブレモンプレイヤーにとっては「ああ、またか」程度の出来事。
だが――軍隊の殺人術を熟知した、憎悪に駆られた復讐者にとっては、どうか。
言うまでもなく、取り合う価値などないに決まっている――故に、対応を誤る。

『筋? ならば、敵が抵抗できない状態で一方的に攻撃しとどめを刺すのが軍隊の筋だ。
 貴様は黙っていろ。子供の遣いまがいの簡単な仕事もできん無能と、兄弟子へ報告されたくなければな』

「アマチュアめ。そんな態度じゃ、ノーマルエンドにも辿り着けないぜ」

二勢力間の協調関係は、瞬く間に崩壊した。
結果――戦力は分散/初見殺しを成し遂げる好機も逸した。
加速度的に混沌を深めていく戦況を、遺灰の男は退屈そうに見回し――

「では、俺は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』外の戦いをする連中の相手をするとしよう。
 歯応えがなさすぎる気もするが……な」

そして闇色の眼光が、ゴブリンアーミー達に本能的な忌死の恐怖を植え付けた。
瞬間、遺灰の男は血槍を構える/夜闇の如く子鬼の軍勢へと突貫。
上段から放つ紅蓮の一閃/子鬼の運動性能では回避不能。

響く破砕音/くぐもった悲鳴――飛び散る鮮血。
防弾ヘルメットは、強烈な衝撃による脳挫傷を防いではくれない。
崩れ落ちる死体――その横をすり抜けるように、遺灰の男は更に敵陣深くへ踏み込む。

「仲間の為を思うなら、無駄弾を撃つのはやめておけ――」

皮肉混じりの警句/それを掻き消すように響く銃声――黒衣を射抜く無数の弾丸。
弾丸の慣性が、燃え尽きた/灰を固めただけの五体を揺らす。
そして響く――撃鉄の、空の薬室へのノック音。

207embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:43:38
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅳ)】

「――馬鹿め。俺は、お前達を楽に死なせてやるって言ってるんだぜ」

遺灰の左手が己の胸を掻く/床に散らばる、燃える弾丸。
昏く燃え盛る双眸が、眼前で再装填を始めるゴブリンを見下ろす。
風切り音/右手の朱槍が半月を描く――血に濡れた刃が、子鬼どもの首を宙へ誘った。

「そら、こんな風にな」

噴き出す鮮血/それを浴びる遺灰の男/響く蒸発音――黒衣の亡霊が、血霧を纏う。

『エンバース殿! 邪魔立て無用!』

「ああ、そういえばお前もいたな。お前は多少は歯応えがありそうだ」

闇色に燃える眼光が、マルグリットを/アニマガーディアンを振り返った。 
血染めの槍、その穂先を甘い美貌へと突きつけ、遺灰の男は嗤う。
己の強さを示すには、子鬼の軍勢は些か役者不足だった。

「……すぐに壊れてくれるなよ」

遺灰の男が、血に濡れた槍を両手で強く握り締める。
瞬間――闇色の炎が槍へ燃え移る/瞬く間にその全体を炎上させる。
魂をも燃やし、骸に焦げ付かせる、呪われし聖火による――属性エンチャント。

〈――あまり、調子に乗らない事ですよ〉

不意に、スマホの中から警句が聞こえた。

「……なんだと?」

〈確かに、あなたは不死者としてより高度な存在となった。
 物質から解き放たれ、魂に紐付いた呪いを操れるようになった。
 あなたは最早ただの燃え残りではない――あなたは、魔物として進化した〉

「ああ、そうだな。俺は死してなお、強くなって――」

〈――ですが、それでも。今のあなたは、かつてのあなたよりもずっと弱い〉

闇色の眼光が、己の左手/スマホを見下ろす。

「聞き捨てならないな」

〈でしょうね。ですが、事実です。もし認め難いなら――あれで、試してみては?〉

「……それは、名案だ」

遺灰の男の両手が、コートの内側を探る。
取り出したのは二振りの手斧/そこに燃え移る闇色の炎。
投擲による、ATBゲージに依存しないダメージ源――かつて磨き上げた、殺しの技。

「もしお前の見込み違いだったなら、少しはその態度を改めてくれ」

そして闇色の刃が流星の如く、アニマガーディアンへと閃く。

208崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:39:27
ジョンの姿が、みるみるうちに変質してゆく。
フリントが切断した右腕、肩の切断面から濁流のように鮮血が迸り――それがどす黒い力の奔流に変わってジョンの全身を包む。

>そうだ・・・ロイ。見せてあげよう・・・本当の絶望を

今やブラッドラストは完全にジョンの制御下にあった。
否、ジョンがブラッドラストの支配下にあると表現した方がいいだろうか。
ジョンの表情が喜悦に歪む。その面貌からは、呪いに抗おうとしていたかつての青年の面影はない。
魔力によって強化され、鋼鉄をもバターのように両断するナイフの一撃によって切断された、ジョンの右腕。
そこから、欠損を補う新たな四肢が生えてくる。失われていたものが再生する――

いや、違う。

それは『進化』だった。
喪われた脆弱な部分を凌駕し、より強力な“何か”へと生まれ変わるための。

「……何が……起こっている……?」

ナイフを間断なく構えながら、フリントが呟く。
ジョンの全身を、血霧が覆ってゆく。傷ついている部分だけではない、全身から血が噴き出る。
しかし、それはジョンの衰弱を表すものではない。それどころかもっと異質の、人間ではないナニカへと変貌してゆく証左。
それはまるで、サナギが成虫へと羽化するような――。
むろん、それは地球はおろか異世界アルフヘイムにあっても異常な事態である。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でない、生粋の軍人であるフリントにはまるで理解が及ばない。

>さっきね・・・カザハに言われたんだ・・・このままじゃ君は殺戮の化け物になるって
>その時はなにかの冗談だと思って聞き流したよ。
>だって僕は人間だ。化け物と呼ばれた事はあっても実際はただの人間・・・だと思ってた

ジョンの身体にへばりついた血液が、別の生き物のように蠢く。その身体を爆発的に変容させてゆく。
彼が常から言っていた『バケモノ』に。
彼が怖れていたはずのものに。

そして――姿を現したのは、全身が強固な鱗によって鎧われた、熊の巨碗を持つ異形。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ジョン・アデルの面影を一切失った、一匹のモンスターだった。

「ジョン……貴様」

>カザハがいう事が事実なら・・・おそらくブラッドラストの成れの果ての姿というのは
 殺した相手を取り込んで、取り込んで、力を重視するあまり人間である事を放棄した人間なのだろう
>シェリーを殺したあの日から・・・僕はまるで別人のように自分の体を使いこなせるようになった・・・意味、わかるだろ?

ジョンには、アルフヘイムに来る前からブラッドラストに対する適性があったのだろう。
殺した相手の能力を取り込み己のものとするのが、ブラッドラストの真の能力。
ならば、ジョンは殺戮を繰り返すたびに無限に強くなってゆく。

>さあ・・・もっと戦おうロイ。殺し合いをしよう。人間と化け物の戦いを・・・!

「ふざけるな……!!」

ジョンが咆哮する。フリントはナイフをホルスターに仕舞うと、恐るべき速度でジョンへと肉薄した。
ぶおん、と颶風を撒いて熊の腕が薙ぎ払われる。
巨大な右腕は人間サイズのままの左腕と釣り合っておらず、いかにもバランスが悪そうに見えた。
が、ジョンはそんなものは関係ないとばかりに圧倒的な筋力で獣腕を振り回してくる。
熊の、しかもブラッドラストによって強化された腕の一撃だ。人間など掠っただけでバラバラになるだろう。
しかし、フリントも伊達に軍隊で訓練を積んできた生粋の兵士ではない。
素早くジョンの股下をスライディングで滑り抜け、一瞬で背後に回ると、アサルトライフルで背中に銃弾の雨を浴びせる。
弾丸は全弾命中したが、ジョンの強固な鱗を貫通するには至らない。すべて弾き返されてしまった。

「ち!」

さらにジョンが腕を振るってくる。それを身を低く屈めて避けると、さらにフリントはジョンに近接戦闘を挑む。
大振りな一撃を紙一重で避け、瞬刻を経てすれ違う。
そして――フリントが離脱した後のジョンの全身には、いつの間にか細い鋼のワイヤーが緩く巻きつけられていた。
むろん、今のジョンの膂力ならばワイヤーなど容易に千切ることができるだろう。
けれども、そのワイヤーはジョンの身体を拘束するためのものでも、切断するためのものでもなかった。
ワイヤーには、等間隔で爆弾が繋がれていた。チェーンマインと呼ばれる兵装である。
ジョンがそれを取り払う間もなく、繋ぎ合わされた爆弾が爆発する。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!

一発でも炸裂すれば五体微塵になる爆弾が二十ほど。それが一気に爆発し、轟音と火炎がジョンを包み込む。
人間ならば、いや準レイド級程度のモンスターさえ一撃で葬り去る、ブレイブハンター・フリントの奥の手。
だが――

ジョンには、通じない。

209崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:39:53
「これでも足りんとはな……」

チェーンマインを用いても、モンスター化したジョンには碌なダメージを与えられない。フリントは歯噛みした。
ブラッドラストの力はフリントの肉体にも満ちている。膨大な戦闘経験によって培われた、殺しのテクニック。
米陸軍で敵なしだったはずのフリントの力が、このバケモノにはまるで通じない。
まさにフィジカルモンスターと言うべきだろう。彼我の差をまざまざと見せつけられた気分だった。
といって、諦める訳には行かない。自分は今このときのために陸軍に入り、訓練と実戦を重ね、
そして――ニヴルヘイムに召喚されたのだから。
ナイフホルスターからタクティカルナイフを取り出すと、フリントは身構えた。もう一度近接戦闘を仕掛けようというのだ。
だが。

>やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!

不意に、カザハが両者の間に風の魔法を叩き込んでくる。
フリントは身軽にバックステップを踏んで後方に逃れた。自然、ジョンとの間合いが開く。

>ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
 余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?

カザハはモンスターと化したジョンをなおも説得しようとしているようだった。
だが、ブラッドラストに抗うことをやめ破壊の悦楽に身を任せたジョンに言葉など通じるはずがない。

>“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる
>モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!

「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

フリントがカザハへ向けて大きく右腕を振り、拒絶の意を示す。

「化け物? 調子に乗るな、ジョン。それで強くなったつもりか? 力を手に入れたと?
 違うな……貴様は逃げたんだ。シェリーを殺したという自責の念から。贖罪の義務から。
 『貴様が本当にやらなければならないこと』から目を背けて――それで! 化け物になっただと!
 貴様は昔と同じだ、何も変わっちゃいない。図体ばかりでかくて弱い、泣き虫ジョンのままだ――!!」

だんッ!

大きく一歩を踏み出すと、フリントはまたしても一気にジョンへと迫った。
が、攻撃を仕掛けようというのではない。ジョンの伸ばした熊腕をまたしても見切ると、フリントはその腕を足場に高く跳躍した。
タクティカルアーマーと各種兵装の総重量は60キロほどにもなる。
それを身に着けながら熊の腕を駆け上がり跳躍するなど、恐るべき脚力、身体能力と言わざるを得ない。
まさにブレイブハンターの面目躍如であろう。瞬時にジョンの頭上を取ると、フリントは空中でアーマーの胸ポケットに手を入れた。
そこから取り出したのは、漆黒のスマートフォン。
素早く液晶画面をタップすると、フリントはインベントリから兵装を取り出した。
それは――現代人類が開発した、個人携帯兵器の到達点のひとつ。
RPG-7、いわゆるロケットランチャーだった。
フリントは躊躇なくジョンの脳天めがけてロケットランチャーの引き金を引いた。

ボシュッ!!

弾頭が射出され、即座にジョンへと着弾する。爆発、轟音。チェーンマインとは比較にならない勢いの爆炎が荒れ狂い、
ジョンの全身を舐める。

ガガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!

爆風で吹き飛ばされながらも、フリントはブラッドラストの力を使い危なげなく着地を果たす。
無防備な脳天へ至近距離からのロケットランチャー、これはフリントの持ちうる最大火力である。
これを凌がれれば、もうフリントにはジョンにダメージを与える方法がない。
だというのに――

オレンジ色の爆炎の向こうに、右腕が極端に大きい真っ黒なモンスターのシルエットが見える。

「……クソッ」

額を流れる嫌な汗を乱暴に右腕で拭い、フリントは呟いた。
と、すぐさま反撃の一撃が来る。咄嗟に胸の前で両腕をクロスさせ防御したが、
フリントは熊の腕に大きく吹き飛ばされて近くの壁に背中から激突した。

「がはッ!」

血ヘドを吐き、ずるずるとくずおれる。
人間であることを放棄したバケモノと、バケモノになりきれなかった人間。
その明暗が分かれた。

「く……そ……」

フリントはなんとか片膝立ちでナイフを構え直したものの、消耗が激しい。
このまま、ジョンがフリントを手にかけるのか――と思われた、その瞬間。

《―――――――――――》

ふたりの間に割り込むように幼い少女の幻影が現れ、化け物と化したジョンを見つめた。

210崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:40:07
「ジョン! ……なんてこと!!」

ジョンの変貌を目の当たりにして、なゆたは絶句した。
人間のモンスター化――ブラッドラストというスキルが、まさかあれほどの力を持っていようとは。
しかし、ジョンを何とかしなければと一歩を踏み出しかけたなゆたの前方にきなこもち大佐が立ち塞がる。

「おおーっと! どこへ行くつもりッスか、師匠? 師匠の相手は目の前にいるッスよ!」

「どいて、きなこさん! ジョンを一刻も早く止めなくちゃ!
 でないと取り返しのつかないことになる……! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士でいがみ合ってる場合じゃないよ!」

「ジョン? ああ、師匠たちが一生懸命幌馬車の中で隠してたヤツッスか。
 あッはは! 確かにありゃ、とんでもないことになってるみたいッスねェ〜。
 師匠たちが隠してた理由がやっと分かったッス」

ジョンを一瞥すると、きなこもち大佐は呑気に笑った。
なゆたが声を荒らげる。

「分かるでしょ! だったら――」

「はァ。だったら何だって言うんスか?」

「……え……?」

「自分の見立てじゃ、ありゃもうダメッスねェ〜。プレイヤーがモンスターになるなんて、聞いたこともないッスけど。
 でもま、ここはアルフヘイム。何が起こったって不思議じゃないッス。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になれなかった落ちこぼれのバケモノなんて、知ったこっちゃないッスよ。
 それよりも! 自分は待ちに待った師匠とのデュエルを! 楽しみたいんス!!」

きなこもち大佐は目をキラキラと輝かせて断言した。
PvPで闘い、相手を完膚なきまでに打ちのめし、自身の優位を実感する。それはブレモンプレイヤーとして当たり前の感覚だ。
だが、それも時と場合による。この状況でそれを優先するなど、愚策以外の何物でもない。
けれど――きなこもち大佐は確信しているのだろう、自分の技量を。親衛隊の強さを。そしてマルグリットの力を。
だからこそブラッドラストによって変異したジョンをさしたる脅威と認識しなかった。

「あのモンスターは、師匠を斃した後で自分たちが軽く狩っといてやるッスよ!
 実装直後のモンスターを一番乗りで討伐する! ブレモンの醍醐味ッスからねェ〜!」

そう言うと、きなこもち大佐は素早くスマホをタップして矢継ぎ早にスペルカードを選択した。
戦闘開始直後のマルグリットとフリントの遣り取りでATBゲージを稼いだのは、なゆたや明神たちだけではない。
当然、マル様親衛隊もゲージをチャージしている。
スライムヴァシレウスが激しい金色のオーラを纏い、すべてのステータスが急上昇する。
負けじとなゆたもスペルカードを切る。ポヨリンがその力を限界以上にブーストさせる。
二匹のスライムが再度真正面から激突する。お互いにその力は互角――かと思われたが、ポヨリンが僅かに押されている。

「あっははははッ! どうしたッスかァ〜師匠?
 どノーマルのスライムをそこまで鍛え上げたのは、さすが師匠! と言わざるを得ないッスがァ〜!
 自分のアウグストゥスとは、絶対的なレア差ってものがあるんスよォ!」

ブレモンでは、捕獲できるすべてのモンスターを極限まで鍛えることができる。
最低レアのモンスターであっても、時間と手間暇をかけて育成すれば最終的な強さは準レイド級に迫るほどにもなる。
ステータスの差はほとんどなくなる――が、『ほとんどなくなる』はイコール『なくなる』ではない。
ごくごく微小ではあるが、やはり同じ極限まで鍛え込むのでは高レアモンスターの方が強いのである。
ノーマルスライムは最低レア。対してスライムヴァシレウスは準レイド級の高レア。
その地力の差が、ここにきて影響している。
ポヨリンvsアウグストゥスでは、ポヨリンの不利は否めない。このままでは負ける。
とすれば、決着は合体戦――G.O.D.スライムを召喚した後になるだろう。
同じG.O.D.スライム同士ならば、ステータスはまったくの互角。後はプレイヤー同士の根競べとなる。
だが――

「おやおやァ〜? どうしたッスかァ〜師匠?
 早く『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使ったらどうッス?」

「…………」

きなこもち大佐が挑発してくる。
フィールドを水属性にする『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』は、G.O.D.スライム召喚のキーとなるカードだ。
だが、その効果はなゆただけではなくフィールド上にいる全員に作用する。
なゆたが『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使えば、それはきなこもち大佐をも利することになる。
きなこもち大佐はわざわざ自分の1ターンを消費してユニットカードを切らずとも場を整えられ、召喚の手間が省ける。
彼女はそれを狙っているのだ。

――早く……ジョンを助けに行かなくちゃいけないのに……!

気ばかりが逸り、なゆたは呻いた。
だが、きなこもち大佐は意地でも退く気はないのだろう。ならば、一刻も早く決着をつけるしかない。
とはいえ――マル様親衛隊の副隊長だ。片手間に相手をしていいプレイヤーではない。
結論、急がば回れ。
なゆたはスマホをぎゅっと握り、肩幅に脚を開いて身構えた。
くくッ、ときなこもち大佐が喉奥から笑みを漏らす。

「……そこまで言うなら見せてあげる。
 本当の『スライムマスター』の力ってやつを……!!」

「おッ、やっと本気で来る気になったッスか?
 いいッスよォ〜! 本気の師匠をブチ倒してこそ、本当の意味での師匠越えは果たされるッス!
 負けた後で、本気じゃなかったとか言われるのはいやッスからねェ〜!」

同種、同属性、同モンスター。
スライム使い最強決定戦の火蓋が、たった今切って落とされた。

211崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:40:42
「ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!」

『ぽよっ!!』

「アウグストゥス!『けんろうけんご』!」

『ぼよよ〜んっ!!』

ポヨリンが先制を取ってスライムヴァシレウスに突撃し、スライムヴァシレウスは身を固めてそれを防御する。
きなこもち大佐のモンデンキント対策は万全だ。前々から、こんな時のためにデッキを構築していたのだろう。
なゆたもきなこもち大佐のことは知っているが、熟知と言うほどではない。
結果、なゆたが終始押される形になっている。

「師匠の考えていることはお見通しッスよォ〜。何とか隙を衝いてG.O.D.スライムを召喚したいと!
 でも残念ッスね、師匠よりも自分が召喚する方がずっと早いッス!」

「く……」

なゆたは歯噛みした。

『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。
『限界突破(オーバードライブ)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『民族大移動(エクソダス)』。
そして『融合(フュージョン)』――

なゆたがG.O.D.スライムを召喚するには、どう頑張っても7ターンはかかる。
それが最低ラインだ。それ以下では条件を揃えられない。
だが、きなこもち大佐はなゆたの『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』を徹底的に解析し、独自の手法も取り入れることによって、
『もちもち♪アドバンスコンボ』とし実に5ターンでのG.O.D.スライム召喚を可能とした。

『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。
『限界突破(オーバードライブ)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『民族大移動(エクソダス)』。
『融合(フュージョン)』。

スライムヴァシレウスは準レイド級の高レアモンスターだけあって、合体時の統率能力に優れている。
君主の名は伊達ではない。ポヨリンが分裂によって32匹に増えなければ制御できないG.O.D.スライムを、
ヴァシレウスはたった2匹で統率できるのだ。
既に、両者とも『限界突破(オーバードライブ)』は発動させている。
この上なゆたが『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を発動させれば、
きなこもち大佐は爆速で残りの三手を打ちG.O.D.スライムを召喚するだろう。
そうなってしまえば、もうなゆたに勝ち目はなくなる――

というのに。

「『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』……プレイ!」

何を思ったのか、なゆたは迷いなく『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を切った。
ざざぁ……と波の音が響き、ふたりの足許に海水が満ちてゆく。
きなこもち大佐は喜悦の表情を浮かべた。

「はははッ! いいんスかァ〜? 『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使っちゃって?
 それとも、もう自分には勝てないと悟って勝負を諦めちゃったんスか?」

スマホをタップし、きなこもち大佐が目にも止まらぬ速さでコンボを成立させてゆく。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』によってスライムヴァシレウスが二匹に増え、
『民族大移動(エクソダス)』によってフィールド上に無数のスライムたちが出現し――

「『融合(フュージョン)』! いでよ究極の支配者、其に栄えあれ! 万雷の喝采と共に、我ら聖名(みな)を讃えん!
 ウルティメイト召喚――G.O.D.スライム!!!」
 
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ム!!!!」

まばゆい閃光と共にスライムたちが合体し、頭上に光輪を頂き王冠をかぶった、翼を持つ黄金の巨大なスライムが現界する。
G.O.D.スライム。きなこもち大佐のコンボによって召喚されたレイド級モンスターが、大気をどよもす咆哮をあげる。
しかし、一方のなゆたは何も準備をしていない。
これから同じくG.O.D.スライムを召喚するとしても、あと5ターンかかる。
当然、きなこもち大佐はそんな悠長な時間を与えてはくれないだろう。いくら極限まで鍛えられたポヨリンであっても、
レイド級の猛攻の前にはひとたまりもない。
G.O.D.スライムの固有スキル『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』か『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』で、
跡形もなく吹き飛ぶだろう。

「来た来た来たァーッ! やっと! このときが来たッス!
 さぁ師匠、弟子に追い越される準備はいいッスねェー?
 これからは、スライムマスターの称号を持つスライム使いの第一人者はモンデンキントじゃない!
 この、きなこもち大佐ッスよォー!!」

きなこもち大佐が勝ち誇った哄笑をあげる。
ずずぅん……と地響きを上げ、G.O.D.スライムが一歩を踏み出す――

212崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:42:22
「く、くそ……! 圧迫感ハンパねぇ!
 なんだよッこいつ……やることなすことボクの先回りしてきやがって!
 超能力者か!? ボクの考えてることが分かるってのかよ!?」

ガーゴイルに跨ったガザーヴァが苛立ち紛れに叫ぶ。
なんとかして明神の援護に回りたいガザーヴァだったが、さっぴょんのミスリル騎士団がそれを許さない。
詭計姦計、敵の裏をかくのが大得意のガザーヴァがどれだけさっぴょんを出し抜こうとしても、
ミスリルの駒たちがそれを事前に阻んでくる。
結果、ガザーヴァはただウロウロと周囲を飛翔することしかできなくなってしまった。
これでは、カザハのかけてくれた『俊足(ヘイスト)』も意味がない。

「フフ。超能力なんて用いずとも、あなたたちの考えていることくらい手に取るように分かるわ。
 私のミスリル騎士団の包囲網からは逃れられない――私たちマル様親衛隊の聖地を燃やし、マル様を嘲笑った罪。
 たっぷりと償って貰いましょうね……あなたのその命で!」

フィールドの奥に陣取り、腕組みしたままのさっぴょんが言う。
さっぴょんはワールドレコード14位の猛者。名実ともにブレモントップクラスの実力者だ。
その力はアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』最強であるなゆたよりもはるかに強い。
最終決戦の随分前で戦死したガザーヴァでは、まるで太刀打ちできない。
それでなくとも、ガザーヴァはNPC。否応なしに、エネミーとして設定されていた頃の思考ルーチンというものに支配されてしまう。
さっぴょんがそれを把握し、適切に対処することは容易い。
だからこそ――

「おいっ! バカ! ジョンぴーに構ってる場合かよ!
 ジョンぴーを助けたかったら、この高飛車チェス女をぶっ倒すのが先だろうが!」

ガザーヴァは不倶戴天の敵であるはずのカザハに援軍を求めた。
本来カザハはガザーヴァにとって真っ先に殺さなければならない相手だ。認めてはいけない存在だ。
カザハがいる限り、自分はコピーという軛から逃れられない……そう思っている。
そんなカザハに協力を求めるということは、即ちカザハを認めるということ。力があるということを裏付けること。
最もしてはいけないこと、のはずだったが。
ガザーヴァはその信念をあっさり曲げ、助けろと言ったのだ。――大好きな明神のために。

「どうしたのかしら? まだ、私は本気の一割も出していないけれど。
 もう息切れ? いいえ、いいえ……認めないわ。幻魔将軍も、そのシルヴェストルも、刃向かうのならばすべて敵。
 この世のすべての痛みに優る痛みを味わわせ、ズタズタにしてこの地上から抹殺してあげる……!」

端正な面貌を嗜虐的な笑みに歪め、さっぴょんは死刑宣告にも似た言葉を言い放った。
しかも『すぐには殺さない。じわじわいたぶって殺す』と言っている。

「オッカネーんだよ、このヒスババア!」

びゅお! とガザーヴァが騎兵槍を繰り出す。カザハが『風精王の被造物(エアリアルウェポン)』で生成した弾丸を放つ。
が、さっぴょんには通じない。ビショップとナイトの駒がすべて弾き返してしまう。
しかし、ガザーヴァが決死の覚悟でビショップとナイトをさっぴょんから引き剥がすのに成功する。
ルークはさっぴょんからやや離れたところに位置取りしており、ポーンに至ってはなぜか戦闘に参加もせず、
カザハもガザーヴァも無視して、ただただ前進してはカザハ・ガザーヴァ組側のフィールドの奥へ突き進んでいる。
つまり、現在さっぴょんは孤立している。

「今だ! やれ!」

ガザーヴァが叫ぶ。今カザハが『瞬間移動(ブリンク)』でさっぴょんに接近し、一撃で気絶させるなりすれば、闘いは終わる。
……それが出来れば、の話だが。

「言ったでしょう? あなたたちの考えていることなんて、手に取るように分かると。
 誘いこまれたのはあなたの方よ? シルヴェストルさん――」

カザハが間合いを詰めても、さっぴょんは余裕の表情を崩さない。
スマホを軽くタップすると、スペルカードを一枚手繰った。
そして。

「――『入城(キャスリング)』……プレイ」

瞬間、さっぴょんとルークの立ち位置が入れ替わった。
チェスにはいくつかの特殊ルールがある。そのひとつが『入城(キャスリング)』である。
キングはある一定の状況下において、その立ち位置を瞬時にルークと交換し難を逃れることができる。
さっぴょんのデッキはチェスデッキ。その特殊ルールを反映したという訳だ。

『ブロロオオオオオオオアアアアアア!!!』

巨大な車輪付きの塔を模したルークが唸りを上げ、その円柱状の巨体でカザハに体当たりを見舞う。
軽量級のカザハにとっては少なからぬダメージだろう。
そして――

「フフ。チェスの特殊ルールは『入城(キャスリング)』だけじゃないのよ?」

さっぴょんが笑うと同時、ひたすらに前進を続けていたポーンがカザハたちの最後の壁に到達する。
この場において最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ミスリルメイデンがスマホから新しいスペルカードを選び出す。

「――『昇格(プロモーション)』……プレイ」

ポーンが俄かに輝き始め、その姿が変わってゆく。
ただの円柱に丸い飾りがついただけの駒が、王冠をかぶった姿へと――。
特殊ルールのひとつ『昇格(プロモーション)』である。
ポーンは敵陣地の最一番奥に到達すると、クイーン、ルーク、ナイト、ビショップいずれかの駒に姿を変えられる。
さっぴょんはそのルールをブレモンに反映させ、前進するしか能のなかったポーンを縦横無尽に移動できるクィーンに変えたのだ。

「さて。我がミスリル騎士団は不破の軍団。その力は無双、その統制は無比。
 どう抗っても私に勝てはしない……マル様親衛隊の恐ろしさ、理解して頂けたかしら?」

前方にはナイト、ビショップ、ルークが陣取り、背後ではクィーンが機を窺っている。
いわゆる挟撃の状態。カザハとガザーヴァは窮地に立たされていた。

213崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:42:45
「おい、バカ。
 あっちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』入れて5人。こっちは4人。
 ひとり一殺で行くぞ。オマエんとこの馬とガーゴイルにも、一匹ずつ相手してもらう。
 ……ビショップとナイトはボクがやる。お前はあのチェスババーを狙え」

ガザーヴァが騎乗したままカザハの隣に佇み、視線を合わせないまま一方的に告げる。

「言っとくけど、オマエなんかの力を認めてるワケじゃねーかんな。
 ネコの手も借りたいくらい人手が足んねーから、しょーがなく手伝わせてやるってだけだし。
 でも――」

そこまで言って、一度言葉を切る。ガザーヴァはほんの一瞬だけ逡巡してから、

「オマエは、ネコよりかはマシだろ。……たぶん」

と、呟くように零した。
 
「馬どもが駒を押さえていられるのは、たぶん一瞬だ。しくじるんじゃねーぞ!」

言うが早いか、ガザーヴァは黒い甲冑を着込んだ姿で巨大な騎兵槍を右脇に掻い込み、前方のナイトとビショップへ吶喊した。
同時にガーゴイルが背後に布陣しているクィーンへと突進してゆく。

「おらおらおらおらァーッ! 邪魔だ! どけどけェーッ!」

『ギオオオオオオオ!!!』

まずナイトがガザーヴァの行く手を阻む。馬頭を模したその体躯から、数多の槍が放たれる。
文字通りの槍衾、目にも止まらぬ無数の刺突。
しかし、ガザーヴァも負けじと騎兵槍を爆速で突き出して対抗する。
互いの槍がギャガガガガガッ!! と激突し、激しい火花が散った。

「ぬああああああああああああああああッ!!!」

ガザーヴァとナイトの攻撃速度、威力はほぼ互角。
だが――ガザーヴァの相手はナイトだけではない。

グオンッ!!

ナイトと鎬を削るガザーヴァの左側へ、ビショップが飛び出してくる。
その武装は巨大な鉄球付き鎖――いわゆるモーニングスターだ。
ビショップのモーニングスターがガザーヴァへ向け、唸りを上げて振り下ろされる。
ガザーヴァは薄皮一枚の見切りで身体を移動させると、鉄球の直撃を避けた。が、代わりにその左腕に鎖が幾重にも巻き付く。

「ぐ!」

鎖に拘束されたことで、ガザーヴァがその場に縫い留められる。
その機を逃さず、ナイトがガザーヴァを串刺しにしようと槍を突き出してくる。
ガザーヴァは自らの騎兵槍を素早く投げ捨てると、突き出されたナイトの槍を右脇で抱え込み、がっしと受け止めた。
さっぴょんが目を瞬かせる。

「あら」

「へへん……バーカ! 捕まったのはオマエらの方だよ!」

ガザーヴァはナイトとビショップに足止めされたのではない。
逆に、我が身を楔としてナイトとビショップをその場に繋ぎとめたのだ。
ふたつの駒はすぐにそれぞれの得物を回収しようとしたが、ガザーヴァが渾身の力でそれを阻止する。

ガオン! 

身動きの取れなくなったナイトとビショップを救援しようと、
クィーンの駒が底部からジェット噴射ばりの炎を出しながらガザーヴァへと迫る。
しかし、そんなクィーンにガーゴイルが横合いから渾身の体当たりを仕掛ける。乗用車が正面衝突したような激突音が響き、
クィーンが横ざまに吹き飛ぶ。ガーゴイルがそれをさらに追撃せんと突進する。
仲間たちを助けるべく、ルークが円柱状の胴体の両脇からじゃきん!と一対の砲門を展開する。
ガザーヴァもガーゴイルも自分たちの担当した駒の相手で手一杯だ。ルークの砲撃を受ければ一たまりもない。
だが、それもカケルが対処するならばなんとか一瞬は無力化できるはずだ。
後に残ったのはカザハと、騎士団を失ったさっぴょんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士だけ。
だというのに――

「……フフ」

事実上丸裸にされたさっぴょんは、まったく怯む気配を見せない。
それどころか、胸の下で緩く腕組みしたまま余裕の表情を崩そうともしない。

酷薄な薄い笑みを浮かべたまま、世界ランキング14位の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はカザハを見遣った。

214崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:43:10
「ひひッ、いいのかァー? 幻魔将軍に助けを求めなくても。
 たちゅけてー! ポクちん、シェケナベイベ様にコロコロされちゃうぅー! ってさァ? えぇ?」

明神と対峙しながら、シェケナベイベがニタリ……と嗤う。

「まっ、隊長が幻魔将軍をブチ殺したいってンならしゃーないけどさァ。
 隊長に直々に殺られるなんてカワイソーに……嬲り殺しだわありゃ、あのヒト生粋のドSだからさァ。まっ同情はしねぇーケド!
 心配すんなようんち野郎、あんたもすぐにメタメタに叩きのめしてやっから!
 あーしのデスメタルコンボでなァ! 殺れ、インギー!」

『イイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

インギーと呼ばれたパンクロッカー風のゾンビが、長髪を振り乱してギターをかき鳴らす。
恐るべき速弾きだ。両脇に備え付けられた身の丈ほどもあるスピーカーから、爆音が轟き渡る。

>『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!

対して明神はスペルカードで濃霧を発動。シェケナベイベ組の視界を塞ぐと同時、音の攻撃を可視化する。
明神の推察通り、アニヒレーターの音撃はスピーカーの扇状に拡散される。
その範囲を正確に見極めれば、衝撃波となって襲い来る音楽を喰らわずに済むという訳だ。

>ジョン――!!

「ハッハァ! ヨソ見してる余裕があるとでも思ってますゥーッ!?」

ジョンの所へ行こうとする明神を、アニヒレーターの音撃が阻む。

>シェケナベイベ……!

「お仲間が心配かい? でぇーも! 行ーかーせーまーせぇーン!!
 まァ安心しなよ、例えフリントがあのバケモンにやられたとしたって、マル様が斃してくださるしー!
 安心してくたばっていいっつーか!」

>なあシェケちゃん、ちょっとお話に付き合えよ。すげえ聞きたかったことがあるんだけどさ

「あァ……?」

>お前らなんでスタミナABURA丸を切り捨てちまったんだ?
 俺の知ってるお前らは、いっつも4人で仲良くマル様への愛を語らってたじゃねえか
>わからねえなあ。現代日本で暮らしてたはずのお前らが、同じ人間を簡単に殺しちまえるのも、
 善意の擬人化みてーなマル公が、お前らの身内殺しを許すのも。全部だ

「殺す? あんた……何言ってるワケ?」

シェケナベイベが怪訝な表情を浮かべる。
気付かぬうちに、まんまと明神の話術に引き込まれてしまっている。
だが――

>目的の為には無辜の民すら見殺し、身内を容易く見捨てる連中を侍らせてる。
 お前らが引っ付いてるあのマル公の姿は、お前らの大嫌いな『解釈違い』の極みだろ

「……はッ。
 は、ははは、はははははハははハハハは! あっはっはハッはハはははハハはハはははははハ!!!」

明神がそこまで言うと、シェケナベイベはおもむろに嗤い始めた。

「あー! あーあーあー! なァーる! 『そういう解釈』かァ!
 隊長の言った言葉、まーだ考えてたってこと? もうずっと昔の話だってのに!
 ひはッ! イヒヒ……ひぁッははハはハはははハはは!!!
 ウッケる! こいつってばマジウケルっしょ! オーケイ! うんち野郎、あんたクソコテやめてお笑い芸人になれば!?」

右手で額を押さえて爆笑していたシェケナベイベだが、はー……と息を吐くとゆっくり顔を正面へと戻した。

「そォだよ。あーしたちは終わらせてやった、アブラっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての命を。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である限り、闘いからは逃れられない。
 あーしたちはこの世界の連中から、兵器として召喚されたんだから。
 闘いたくありましぇーんなんて寝ぼけたこと言うヤツは、早晩おっ死ぬだろーさ。そォッしょ?
 どうしても闘いから逃れたかったら――そいつは! 何もかも投げ捨てなくちゃダメなのさ!!」
 
ギャィィィン!! とアニヒレーターが甲高くギターを鳴らす。

215崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:43:50
「マル様はいつだって正義だ。光だ、サイッコーにエモいあーしらの英雄なんだ!
 あんたがマル様の何を知ってる、しょせんゲームの中の知識だけだろ!
 でも、あーしたちはここでマル様と一緒に旅をしてきた。あのヒトの決意も、悩みも、葛藤も――何もかも知ってる!
 その上で! あーしたちはマル様に付いて行くと決めた!
 あのヒトが望むことなら――なんだってやってやるさ! それがあーしたちの正義だ!!」

>ガザ公が言うには、俺は正義の味方らしいぜ!ガラじゃねえよなあ!
 だけどあながち間違いじゃあねえ。俺たちの正義をこれから証明する。
 悪の首魁マルグリットとその手下をぶっ倒してなぁっ!!

「クソコテが!! マル様のことを――語るなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」

ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

アニヒレーターが再度速弾きを開始する。立ち込める濃霧を吹き飛ばす、質量を持った爆音。
だが、音の有効範囲を見切ったヤマシタには当たらない。

ボッ!

濃霧を切り裂き、ヤマシタの大剣を薙ぎ払う。

『ギィィッ!!』

その切っ先がアニヒレーターの剥き出しの上半身を掠める。が、浅い。
ヤマシタが剣を振る直前、霧が揺れ動くほんの一瞬を察知したアニヒレーターは、ギターでその剣を間一髪受け止めていた。
大剣を受け止めた衝撃によって、ギターの弦が何本か弾け飛ぶ。
しかし、アニヒレーターとの決着には届かない。すぐにアニヒレーターはヤマシタから距離を取り、ギターを構え直した。

「おおーッとォーッ! 惜しい!
 インギーの音波の範囲を見切って、霧の中から奇襲とはヤルじゃん!
 でもなァ! あんたはそれで終わりだよ! 唯一のチャンスをものにできなかったあんたの負けさ!
 ――尤も――」

そこまで言って、にたあ……と嗤う。

「あーしのこの声。あんたにはもう、聞こえてないと思うけどね……?」

明神はすぐに、先ほどまであれほど周囲に響き渡っていた爆音がいつの間にか聞こえなくなっていることに気付くだろう。
アニヒレーターが演奏をやめたのではない。濃霧は未だ絶えず揺れ動き、音波が放たれ続けていることを示している。
だというのに、聞こえない。アニヒレーターの演奏も、シェケナベイベの挑発も、ヤマシタの足音も。

『自分自身の声さえも』――

騒音性難聴。それが音の聞こえなくなった原因だった。
ライブハウスでスピーカーの近くで爆音の演奏を聴き続けていたり、ヘッドホンで大音量の音楽を聴いていたりすると、
耳孔内の蝸牛が損傷し、音がよく聞こえなくなる。
アニヒレーターの得物は単なるエレキギターではない。そもそも、ファンタジー世界にエレキギターという概念はない。
パンクロッカー風の外見で勘違いしがちだが、アニヒレーターはミュージシャンのゾンビではない。
『ギターに似た魔杖を用い、魔力で音を拡散させる魔術師のゾンビ』なのだ。

「魔力の籠った音波は衝撃波として物理攻撃に使われるだけじゃないんだよォ!
 あんたらの聴覚を破壊し! 三半規管にまでダメージを与える『デバフ攻撃』としても作用するのさ!
 そォーら……そろそろ三半規管がブッ壊れた影響が出てくるころだ!
 まともに立っていられるかなァ、うんち野郎! ヒィ――――――ハ―――――――ッ!!」

マル様親衛隊包囲網戦を始めとして、今まで幾多の修羅場を勝ち残ってきた切り込み隊長の本領発揮である。
『音に由来する数々のデバフを付与し、高威力の音圧が全てを押しつぶす』――
シェケナベイベに対する明神の分析は正しい。
『迷霧(ラビリンスミスト)』で音響を可視化し、ヤマシタに対音波を想定した強化を施したまではよかった。
だが、それらはあくまで『音撃による物理攻撃』への対処だ。
音が齎すデバフに対しては、明神は何らの対抗措置も施さなかった。
三半規管に深刻なダメージがあると、人は平衡感覚を維持できなくなる。
耳鳴りによる重度の頭痛、眩暈、嘔吐感なども明神を襲うだろう。
そう――マル様親衛隊の戦闘においては、アタッカーのきなこもち大佐とタンクのスタミナABURA丸が前衛を務め、
シェケナベイベとさっぴょんが後衛を担当していた。
親衛隊のやべー奴、シェケナベイベの本領は、範囲直接攻撃ではなく範囲デバフにあったのである。

「さァーて、じゃあこっちの番だ! 一撃で木端微塵にしてやンよ……その安っぽい正義ごと!
 インギー、とびっきりのテクを見せてやんな! ――うんち野郎にダイレクトアタック!!」

『ギィィィィィィッ!!!』

アニヒレーターが大きく右腕を掲げ、次の瞬間に振り下ろす。

「――『速弾き王者の即興奏(エクストリーム・インプロビゼーション)』!!!!」

恐るべき指さばきによって生み出された莫大な音が質量を伴い、指向性を持ったミサイルの如き衝撃となって明神に迫る。
準レイド級の必殺スキルだ。全体攻撃ではないため多対一の戦いには向かないが、
個別攻撃だけあってその威力は範囲音響攻撃よりも高い。
喰らえば、明神は死ぬだろう。三半規管を破壊されているため回避もおぼつくまい。

だが、もし明神がこの攻撃を避けることができるなら――。

216崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:45:22
ぎぎぎ……と、エンバースと10メートルほどの距離を以て対峙したアニマガーディアンが全身の骨を軋ませる。
ありとあらゆる生物の骨を材料として造られているモンスターだが、アンデッドではない。
むしろ、その属性は聖。その身に宿す浄化の光はアンデッドを瞬く間に灰へと変える。

「エンバース殿、本来貴公と私が矛を交えることなど、在ってはならぬことなれど――」

アニマガーディアンの脇に佇むマルグリットが、その整った面貌を悲痛に歪める。
だが、長く思い悩みはしない。長い白金の髪を揺らし、トネリコの杖を突き出してエンバースを指す。

「これも大義のため。我らが賢師の思し召しなれば……お覚悟を。
 許せとは申しませぬ。貴公の屍を踏み越え――私は。悪となりて務めを果たしましょう!」

『ガギョォォォォォォォォォォォォッ!!!』

マルグリットの号令一下、アニマガーディアンが三対の腕に持った曲刀を振りかぶってエンバースへと突進してくる。
特殊スキル『ジェノサイドスライサー』。六本の腕による斬撃は対象の防御力を無視して致命傷を叩き込む。
仮にそれを躱し果せたとしても、今度は全身の骨をバラバラに分解しての大嵐グレイブヤード・ストームが待っている。

『ギシャアアアアアアアアアッ!!!』

アニマガーディアンが吼える。唸りを上げて曲刀が振り下ろされ、エンバースを五寸刻みに解体しようと迫る。
だが――
ジェノサイドスライサーも、グレイブヤード・ストームも、エンバースにはとっくに把握済みの行動であろう。
アニマガーディアンはストーリー上倒さなければならないボスであり、レイド級であってもその強さ自体は決して高くない。
エンドコンテンツに出てくる他のレイド級と比べれば、入門程度の強さと言える。
むろん、その攻撃力もHPも桁外れではある。エンバースも直撃を受ければ只では済まないだろう。
ただ、充分な理解と対策さえできれば、ソロで狩ることさえ不可能ではない相手なのだ。

とはいえ――

それは『アニマガーディアンのみと戦うのであれば』の話である。

「はあああああああッ!!」

アニマガーディアンの巨大な体躯の影、死角からマルグリットが飛び出してくる。
トネリコの杖の先端がエンバースの胸元を狙う。
さらにマルグリットは杖を縦横に操り、エンバースへと矢継ぎ早な攻撃を仕掛けてゆく。
マルグリットの持つ杖は単なる魔法の触媒でもなければ、歩行の補助器具でもない。
杖それ自体が突き、打ち、払い、薙ぎなどを包括する一個の武器である。
アニマガーディアンが曲刀を振り下ろし、エンバースが避けた先にマルグリットが先回りして打撃を叩き込む。
マスターとモンスターがコンビネーションで敵を倒すのは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の基本戦術だが、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でないマルグリットも支配下に置いたモンスターと連携してエンバースを攻撃する。
その戦術に隙はない。

「エンバース殿! この『聖灰の』マルグリットに慢心、油断の類はないと思われよ!
 すべてはこの世界のため――万民が幸福な結末を享受するため!
 それを邪魔立てするとなれば、例え相手が誰であろうと容赦は致しませぬ!!」

びゅお! と突き出された杖の先端がエンバースの頬を掠める。
『聖灰魔術』に並ぶマルグリットのユニークスキル『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』。
マルグリットもまたゲーム中のキャラクターであることには変わりないが、
その力はゲームの中よりもずっと増しているように感じられた。
それでなくとも、マルグリットは世界ランキング14位の強者さっぴょんをはじめマル様親衛隊が傅いている相手。
ただ顔がいい、声がいいだけのキャラクターならば、親衛隊もマルグリットにそこまで心酔はしないだろう。
外貌の良さに加え、高い戦闘能力とそれに裏打ちされた信念の強固さゆえ、親衛隊もマルグリットに尽くすのだ。
そんな男が、弱者のはずがない。

『ギイイイイイイッ!!』

アニマガーディアンが大きくその顎を開く。
口許に膨大な魔力が収束してゆく。魔力を集束させて放つレーザー『白死光(アルブム・ラディウス)』の前兆だ。
絶大な威力を誇る範囲魔法攻撃だが、見ての通り発射前のチャージに時間がかかり、その最中は無防備となる。
当然アニマガーディアンを撃破されまいとマルグリットが立ちはだかるが、
マルグリットは性根が真っ直ぐすぎるからか搦手や詭計に咄嗟に対処できないという弱点がある。
ストーリーモードをクリアし、ブレモンに登場した敵の特性を知悉したエンバースならば、
マルグリットの間隙を衝いてガーディアンを撃破するのは充分可能であろう。

217崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:45:52
「く……さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 このマルグリットの攻撃をここまで凌ぎ、アニマガーディアンまで退けるとは、まさに驚嘆の一言。
 貴公こそ、世界を救う力を持つ勇者に相違ありますまい」

エンバースがアニマガーディアンを撃破すると、レイドモンスターは一瞬彫像のように固まった直後、灰となって崩れ落ちた。
それを見届けたマルグリットが杖を引き、身軽に数歩後退してエンバースの健闘を称える賛辞を贈る。

「されど、それだけに……それだけに惜しい。
 なにゆえ、貴公が師兄の側に付かれたのか……。師兄の選択は、一時凌ぎでしかありませぬ。
 恒久の平和、永劫の安寧には程遠い……なぜ、師兄も貴公らもその事実から目を背けられるのか。
 侵食は、最早誰にも止められぬというのに」

侵食。
突如として空間に得体の知れない虚無が発生し、すべてを呑み込んでゆくという、正体不明の事象。
侵食を食い止める方法を探し、可能ならそれを実行する。それがなゆたたちが地球からアルフヘイムに召喚された理由だった。
侵食の正体を解明し、それを解決すれば、アルフヘイムとニヴルヘイムが生存を賭けて争う理由もなくなる。
その勝者のどちらかが、地球に侵攻してくるという事態も避けられるのだ。
だというのに――
 
マルグリットは『侵食は誰にも止められない』と言った。
まるで、侵食の正体を知っているかのように。

「……おしゃべりが過ぎました。お忘れを。
 今現在、貴公と私は敵同士――ならば余計な会話は攻撃の手を鈍らせることともなりましょう。
 後は、ただ干戈を交え闘争の決着を見るのみ!
 お見せ致しましょう。『聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)』、『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』に続く、
 我が奥義!!」

ざ。
ざざっ、ざざ。
ざざざざざざざざ―――――――――

エンバースの攻撃によって崩れ去ったアニマガーディアンの灰が、地面で大きく渦を描く。
風もないというのに灰が舞い上がり、螺旋を描いてマルグリットの周囲を取り巻き始める。
武器として用いていたトネリコの杖を背に回し、徒手になると、マルグリットは大きく身構えた。
手のひらを開き前方に突き出した両腕、その右腕を天へ。左腕は地へ。
極端にスタンスを広く取ったその構えは、マルグリットの武の極点。
元々、聖灰魔術によって顕現したモンスターは一度マルグリットによって撃破された形なき存在である。
よって、再度倒されたとしても消滅はしない。ただ元の灰に戻るだけだ。
だが――マルグリットの『聖灰魔術』とは、単に倒したモンスターを従属させ戦わせるだけの、底の浅いものではなかった。

「『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』!―――参る!!!」

ゴッ!!!

灰を身体に纏わりつかせたマルグリットが、強く強く地面を蹴りしだいてエンバースへ吶喊する。

迅い。

そのスピードは先刻アニマガーディアンとのコンビネーションで見せたものの比ではない。
手甲を装備したマルグリットの右掌が、旋風を撒いて繰り出される。
ゲームではマルグリットは限定ガチャとしてごく稀にピックアップされる。
そのため、ステータスの数値もすべて解析され研究され尽くしている。習得するスキルも当然網羅されている。
というのに、マルグリットが用いた『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』というスキルに関しては、
なんの情報もない。

「はあああああああああああああ―――――――――ッ!!!!」

マルグリットがさらに一段ギアを上げてくる。怒涛の連続攻撃は、あたかも掌打の弾幕。
その一撃一撃が必殺必倒の威力。むろん、ゲームのマルグリットを極限まで鍛えたとしてもここまでの強さは得られまい。
『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』とは、言うなれば『聖灰魔術』と『高速格闘術』の融合。
聖灰魔術で従属させたモンスターのATK、DEF、HPなどのステータス、そのエッセンスをそのまま自分に加算する、
マルグリット独自のバフスキルだった。

レイド級モンスター、アニマガーディアンの各ステータスによって超強化されたマルグリットは、
レイド級はおろか超レイド級にも匹敵する力を秘めている。
マルグリットの纏っている螺旋状の聖灰が強く輝く。全身に力が漲る。
あたかも舞うようにピタリと構えを取り直すと、マルグリットは豁然と双眼を見開いた。

「受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!」

マルグリットの全身から間欠泉のように闘気が迸る。
十二階梯の継承者、第四階梯。
『聖灰』の称号を持つ、この世界でも第四位の実力者が――エンバースを撃殺せんとその秘めたる力を解放する。


【各人戦闘続行】

218ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:14:46
「さあ…みせてくれよ…ロイ地獄って奴を…戦いってやつを…」

熊の腕に変化した右腕を振り上げ…再び襲い掛かる体制に入った。その時

>「やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

「あぁ・・・!?」

>「ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?」
>「“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる」
>「モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!」

「カザハ…優しさもそこまで行くと美徳を通り過ぎてタダの馬鹿だぞ。いいか?僕とロイが戦ってるんだ。他の誰にも邪魔はさせない」

>「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

この最高の気分を邪魔されるのは最高に不愉快だ。
例えそれが昔の仲間であっても。絶対に邪魔させない。

>「今だけはジョン君の命令を聞かなくていい……。力を貸して! 一緒にジョン君を助けよう!」

「…部長。戻れ。」

人間の腕である左手で携帯を取り出し、部長の召喚解除ボタンを押す。
いつもなら即座に反応し、召喚解除されるはずだが…反応がない。

「チッ…人間じゃなければ操作できないって?下らないな…」

スマホをポケット中に突っ込む。

「まあいい…部長…わかってるな?邪魔をするな。邪魔をしなけりゃなにをしててもいいが…
 邪魔をするならお前も殺さなければならない…主人にそんな事させるな」

「ニャー…」

部長に主人としての命令をした後。カザハを指さす

「カザハ…少しは大人になれよ。君の言う通り呪いを強引にもしかしたら剥がせるかもしれない…
 でも僕のこの想いは全部が全部…呪いってわけじゃあないんだ…人の心ってのは分っていても無視できない物もあるんだよ…」

ロイの方に振り返る。

「さあ再開しようか?ロイ…誰にも邪魔させない。化け物を殺してみろよ…君が望んだ化け物を・・・」

>「化け物? 調子に乗るな、ジョン。それで強くなったつもりか? 力を手に入れたと?
 違うな……貴様は逃げたんだ。シェリーを殺したという自責の念から。贖罪の義務から。
 『貴様が本当にやらなければならないこと』から目を背けて――それで! 化け物になっただと!
 貴様は昔と同じだ、何も変わっちゃいない。図体ばかりでかくて弱い、泣き虫ジョンのままだ――!!」

「…なにも変わってない?…あぁそうだとも。あの時から僕はなにも変わってない。あれからずっと…僕は化け物のままだ」

219ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:05
「一体どうやって変われるっていうんだ?やり方なんかわかるはずないだろう!!」

ボシュッ!!

「誰も僕を裁いてくれない。そして僕は今まで毎日あの日の事を夢に見て、思い出す。そんな状況でどう生まれ変われっていうんだよ?」

ガガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!

「どれだけ前向きに歩いてきても、会ったのは差別だけだ。君ならわかるだろ、ロイ?日本じゃ外人ってだけで差別の対象になるんだぜ
 みんな面白半分に僕を差別する。そして反撃しようとしたら外人というだけでこっちが悪にされる」

子供の頃…大人達に相談しても君がやったんだろう。と言われた悲しみは今でも忘れられない。

「とあるテレビ番組をきっかけにして、汚い大人達の手によって僕はどのスポーツ分野にもいけなくなった。
 どの種目に出ても世界で金をとれるような人材になったとしても、誰一人僕を認めようとしなかった」

「それがどうした?自衛隊になってほんのちょっと活躍しただけで今度は英雄扱い?………馬鹿にするな!!!」

ロイを右手で思いっきり強打し、壁にたたきつける。

>「がはッ!」

ロイは血反吐を吐き、倒れ伏す。あまりにも圧倒的な力の差。
最初の頃の力関係は完全に逆転し、もはや戦闘についての事を思考する必要すらない…差。

>「く……そ……」

「君は僕があの事を忘れて生きて来たと思ってるのか?僕がシェリーを殺した事を後悔しなかった日があると本気で思ってるのか!?」

忘れようと思っても色んな方法を試してきた。一つを除いて。

「有名人になってからあらゆる物を手に入れた。だから片っ端からロイとシェリーを忘れられるように試した事はそりゃあるよ。
 言い寄ってきた女全員を抱いた。体には自信があったからね。そのあと長続きすることはなかったけれど。
 使い道なんてない金で風呂を満たして豪遊した。言うまでもなく本当にくだらなかった
 挙句の果てには危険な薬まで手を出した。全然僕の体には効果なんてなかったけどね…何一つ、空しいだけで僕になにかを与えるわけじゃなかった…!!」

地面を思いっきり叩き割る

「僕に必要だったのは…闘争だったんだよ…ロイ。僕はずっと君や、家族…そしてシェリーから教わった無闇やたらに力を振り回さない。
 それだけは守ってきた…いや守ってしまった…だから本当に自分がしたかった事を見失ってしまっていたんだ」

生まれたての鹿のようにフラフラしているロイに近寄っていく。

「もううんざりだ、我慢するのは。人間の皮を被るのは演じるのは…他人の為にヘラヘラ笑って踊るのも、毎晩悪夢にうなされる夜を過ごすのも…もう終わりだ」

《―――――――――――》

その時ロイと僕の間に幻影が…シェリーが割り込んでくる。
姿は以前見た時よりも、儚げで、今にも消えそうな姿をしていて…声も聞こえなくなっていた。

「…………………わかっているさ…シェリー……ロイ、このポーションを使え。回復するまでの間まってやる」

ロイと向かい合い…シェリーの幻影を挟んで座り込む。

「勘違いするな…君は鍵だ。僕に…未だ足りない覚悟への鍵だ…君を完全な勝利という形で殺す事で僕は覚悟できる」

その時こそ…僕は・・・完全な化け物になる。

220ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:27
「君はゲームをやった事ないから知らないだろうが…僕のこの鱗の皮膚は生半可な攻撃じゃ破れない。
 ブレモンの中でもトップクラスの攻撃力を誇る攻撃なら強引に敗れるだろうが…現代兵器なんかじゃ太刀打ちできないだろうね。
 だが明確な弱点もある…首だ。首の根本部分にだけ鱗で覆われていない部分がある…ここを狙えば驚くほどあっさり…僕は死ぬ」

「笑えるよな?いいところだけ奪っておけばいいのに同時に弱点も引き継ぐなんてさ…」

周りの戦いの騒音は激しさを増していく。
それなのに僕とロイは…静かに傷の治癒を待っていた。
これは間違いなく嵐の前の静けさだ…傷が治れば僕達はまた殺しあう。

「おっと・・・すぐに動かない方がいいぞ…いくらバロール印のポーションでも、君は血を失いすぎてるからな。」

それにしても不思議な気分だ。周りの様子はまさに戦争の真っただ中にある。
だが僕とロイは一時の休息を楽しんでいる。少なくとも僕は。

「なあ…ロイ。君にはシェリーの幻覚が見えないのか?」

ロイは僕とは顔を合わせない。

「僕は…見える。こいつなに言ってるんだって思われるかもしれないけど…僕は見えてる。今もね。
 最初の内は会話もできていた…姿もハッキリ見えていた…けど」

ロイと僕の中間にいる幻影はなにもしゃべらない。それどころか姿さえもぼやけて見える。

「完全な化け物になりつつある今…会話するどころか姿さえハッキリ見えない。でもシェリーだという確信はある。不思議な気分だよ…」

ふと、頬に涙が流れる。

「いつぶりだっけ…君とこんな風に喋ったのは…喋りたい事…謝りたい事…一杯あったはずなのに…」

それなのに…これから起こる事は友達同士のじゃれあいなんかじゃない。
本当の…殺し合いが始まろうとしている。

「一度落ち着いて…話しているとなんでこんな事になったんだろうって思うよ。うまくやれる道もあっただろうって…
 でももうお互い引けない所まで来てしまった。君は殺人を犯し、僕も寄り添ってくれた人達を自分の快楽の為に裏切ってしまった」

熊の腕になってしまった右腕を眺める。

「僕は…後悔してない。これからなにが起ろうとも…なゆ達や部長を自分の意志で裏切ったのだから…全てを無視して化け物になったのだから」

熊の右腕で鱗に覆われていない首の根本に傷をつける。ドクドクと流れる血を右手で思いっきり振りまく

「ロイ、君の手駒達を利用させてもらうぞ……甦れ小鬼共」

血を振りかけられた死んだはずのゴブリン達から水分が蒸発するような音が発生し、それが終わると共に立ち上がる。
生気の無い目、一目みればまともな状態じゃないとわからせる傷。しかしジョンの掛け声と共にゴブリン達はジョンに跪く。
その光景に生き残りのゴブリン達はただおびえる事しかできない。

「お前達…僕達の周りに例外なく、人を近寄らせるな。近寄ってこなければ構わなくていい、この命令は絶対だ」

ゴブリン達は返事の代わりに呻き声なのか、ただ隙間から音が漏れ出ただけなのか、わからない音を発し散開を始める。

「僕達…ブラッドラストの力の源は…血だ。血を媒介にして力を強化する。外に血が流れ出たとしても、それも僕の血だ。
 そしてその血が他と…人間でもモンスターでも・・・血に交じってしまえば…僕の血なんだ。だからこうゆう事もできる
 君がしていたような細かい指示はできないが…純粋な力だけなら元の状態より遥かに高い…」

死後間もない死体や血の通った生命体なら自分の血を混ぜる事で体全体に残っている血液から体を操る事ができる。
意識まで乗っ取る事はできないが、体を操作する事ができる。

僕は化け物になった瞬間に、この力の使い方を完全に理解していた。なにができる事で、それはどんな使い方ができるのかを。
まるで使い方を元々知っていたかのように・・・。

「当然だが、生身の人間相手でも同じ事はできる。だがそんな近道を通るような事はしない。
 少なくとも、ロイ、君には絶対使わない。僕はあまりにも近道をしすぎた。化け物としての最初の一歩くらいは…ちゃんと歩かないとな」

傷が完全に治って、戦いが始まれば…今度こそどっちかが死ぬまで戦う事になるだろう…今度は手を止めない…そして…誰にも邪魔させない

221ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:41

「さて…落ち着いて喋るのもこれで…最後だ。最後に人間らしく会話できて嬉しかったよ」

《―――――――――――》

「黙れ。なに言ってるかわからないが…これから起きる事に一切口は挟ませない。シェリー…本当にお前だったとしてもだ」

ロイと僕はある程度の距離を取り、そこで構える。

「ロイ。君が狙う弱点はココだ。明確に力が劣っている君でもここにナイフを突き立てられたら君でも勝てるかもしれない」

左手で、首の根本部分をポンポンと叩く。

「もしさっきの兵器頼みの一撃が…君の最大火力なら…君の勝ち筋はここしかない」

ブレモンの中でもこのブラッドラストで強化された鱗を貫通する攻撃は少ない。
物理的にも、魔法的にもほぼ無敵に近い鱗の装甲…唯一の弱点は覆われていない部分だけ。
熊の右腕も鱗に比べれば防御力は低いが…

「あらゆる準備を許そう。君には全身全霊で向かってきてもらわなければならない。僕の化け物としての最初の一歩として」

言葉では冷静を装っているが…この時の僕はもう既に目は血走り、口からは涎がこぼれだしているような状態だった。。
そう…ロイを殺せる…。その現実が近づくに連れて僕は恐怖を感じるどころか…快楽に似た、感覚を覚えていた。

「フッー…フッー…」

例えるならそう…飢えた獣が餌を見つけて…今か今かと待つように…。
最後の理性で堪えていたが…今すぐこの感覚に全部を任せてしまいたい。

「いいかい?…もういいんだね?…一度始まったらもう止められないよ…本当に苦しいんだ…僕もう…」

準備は整った。周りを近寄らせないようにゴブリン達で見張らせた。
ロイの勝てる可能性を残す為に弱点を教えた。回復もさせた。
最高のご馳走の下拵えは終わった。もう周りの騒音さえ、なにも聞こえない。

「ハァー…フー………」

もう我慢する必要はない。この感覚に、快楽に従うだけだ。

「いただきます」

そう言い放ち僕は目にもとまらぬ速さでロイに飛び掛かかり、ロイの体に傷を付ける。

「ホラ!避けてばっかりじゃなくてさっさと反撃しないと全部の肉を削り取ってしまうよ!」

ロイの目からはまだ希望の光が消えていなかった。

「あぁ…まだ僕を殺せると本気で思っている目だ…どんなに力の差があっても…僕を殺そうとする覚悟の目だ…まったく君は…」

「さいっこうだ!!!!!!ハハハハハ!!」

222ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:59
「アテャハ!ヒヒ…アハハハハハハ!」

素早く動いてロイをかく乱し、死角に入った瞬間右腕で強襲。

「コロス…ロイ…キミヲ…!」

間一髪でよけるロイ。追う化け物。

「アア!最初からこんな楽しい事あるなら…あるって知っていたなら我慢なんてしなかったのに!」

一進一退の攻防が続く…が消耗しているのはロイだけで、僕は息を一つ上げていない。
一撃まともに食らえば死ぬロイに比べて…僕は反撃されても傷一つつかない鱗の体。

「ちょこまか動かないでくれよロイ!」

壁に右腕を突き刺し、思いっきり引っこ抜く。

「シネ!!」

壁の一部…もとい瓦礫になった物を投げる。

「どうしたんだ!ロイ!頼むよ!弱点まで教えてあげたんだから!」

殺したくない

「タノムタノムタノムタノム…ウグッルルルル」

殺したい!戦いたい!コロセ!コロセ!

「…ロイ?ロイ!ロイイイイイイイイ!」

力が増す度に人間としての自分が消えていく。思考も曖昧になる。

「ロイ!ロイ!ロイ!」

思考が一つに支配されていく。でも僕は抵抗しない、できない。この状況を望んだのは僕だ。僕のはずだ

「ああ…頭が痛い。イタイイイイイイイイイイイイ!」

化け物は雄たけびあげてロイに飛び掛かる。

「ウウ…グウッ…うっ…うう…ごめんロイ…なゆ…みんな…」

追いかけっこはついに終わりを迎え、左腕でロイの首を掴み、持ち上げる。
少し力を籠めれば人間の首を曲げるなど造作もない。

「アハハハハハハハハ!」

はやくやめなきゃ、ロイが苦しそうだ。ヤメル?ナンデ?待ち望んだ事が目の前まで来たのに!僕があの日から望んだ事だったはずだ。

こんな事を望んだっけ?本当に?でもそうだった気もする…

「ごめんごめんゴメン………ロイ……」

ああ…すごく苦しそうだ。やめなきゃ。やめ…

苦しそうなロイを見ていると心が満たされる。

そうか…苦しめずに殺してあげなきゃ…かわいそうだ。だから・・・コロさなきゃ

「……シネ………シネエエエエエエ!!!!」

僕は左手の力をさらに強めた。

【ロイと昔話】
【部長の操作不能】
【ロイを追い詰めトドメの一撃を放とうとする】

223カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:23:35
>「カザハ…優しさもそこまで行くと美徳を通り過ぎてタダの馬鹿だぞ。いいか?僕とロイが戦ってるんだ。他の誰にも邪魔はさせない」
>「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

「お邪魔虫で悪かったですね、後は若いお二人で……って言うか――――ッ!!
もう二人の世界で済む問題じゃなくなってるっつーの!」

何か別の話に聞こえてくるのは断じて気のせいだ。

>「…部長。戻れ。」
>「チッ…人間じゃなければ操作できないって?下らないな…」

「……”人間”じゃない。それは異邦の魔物使い《ブレイブ》の特権だよ」

部長に介入されることを懸念したジョン君が部長を回収しようとするが、効果は無かった。
今のジョン君には部長が制御できないようだ。

>「まあいい…部長…わかってるな?邪魔をするな。邪魔をしなけりゃなにをしててもいいが…
 邪魔をするならお前も殺さなければならない…主人にそんな事させるな」

「今ので分かったでしょ? 今のジョン君は主人(マスター)としての資格を失ってる……」

>「カザハ…少しは大人になれよ。君の言う通り呪いを強引にもしかしたら剥がせるかもしれない…
 でも僕のこの想いは全部が全部…呪いってわけじゃあないんだ…人の心ってのは分っていても無視できない物もあるんだよ…」

「たとえ君の本性に凶暴性があったとしても……それを抑えておける理性まで含めて人の心じゃないの?
呪いのせいで抑えが効かなくなってるのならやっぱり強引にでも剥がさなきゃならない」

たとえ説得の効果はなくとも会話が続けば少なくとも時間稼ぎにはなったが、それも続かなくなった。
無駄話は終わりとばかりに、ジョン君はロイに向き直る。

>「さあ再開しようか?ロイ…誰にも邪魔させない。化け物を殺してみろよ…君が望んだ化け物を・・・」

「どいつもこいつも……石頭の分からず屋ばっかり!!」

本来であればこの場にいる全員で即刻ジョン君を抑えにかからなければならない位の非常事態だが、周囲では相変わらず戦闘が続行している。
カザハはその事に苛立ちが隠し切れない様子。
根っからの善人のマル様なら事の重大さを認識してくれる可能性がワンチャンあると思いましたが
そういえばマル様、善良過ぎて任務に忠実過ぎる石頭でしたね……。
マル様が止まってくれないとなると親衛隊が止まるはずは当然ないわけで。

「ねぇカケル、やっぱりボク達には背景がお似合いだね。どこの世界も一緒だ。
いつだって力無き者の声は届かない……」

なんだかんだ言って結局地球生活で培ったモブ気質を炸裂させつつ背景に溶け込もうとしている……!

224カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:26:01
>「おいっ! バカ! ジョンぴーに構ってる場合かよ!
 ジョンぴーを助けたかったら、この高飛車チェス女をぶっ倒すのが先だろうが!」

「見てよこれ! こんなモブが世界ランキング14位とまともに戦えると思う!?」

私のステータス画面を突き付けながら開き直らないで!?
まぁカザハは一応異邦の魔物使い《ブレイブ》枠でステータス画面が出てこないと思うから仕方ないんですけど!
でも、悲しいけどその通りなんですよね……。
モンスターとしてはその辺にいる低レアで異邦の魔物使い《ブレイブ》としては論外ド素人の
THE☆モブが世界ランキング14位に刃が立つわけがない。

「……ん?」

スマホの画面を見たカザハは目をぱちくりした。

《どうしたんですか……?》

(能力値に補正がかかってる……?)

《えぇっ!?》

未実装の自動発動スキルか何かですかね!?
気付かないうちに習得していたかあるいは最初から持っていたけど気付いていなかったか……。

「――烈風の加護《エアリアルエンチャント》」

気を取り直したらしいカザハが、部長を強化する。

「部長さん! すぐ助けに行くから……それまで少しの間ジョン君のこと、頼むよ!」

カザハはジョン君のことを部長に託すと、迷いを振り切るようにガザーヴァに並び立った。

>「どうしたのかしら? まだ、私は本気の一割も出していないけれど。
 もう息切れ? いいえ、いいえ……認めないわ。幻魔将軍も、そのシルヴェストルも、刃向かうのならばすべて敵。
 この世のすべての痛みに優る痛みを味わわせ、ズタズタにしてこの地上から抹殺してあげる……!」

「名前を覚えられてすらいない……!」

《気にするのそこ!?》

やっぱりさっぴょんから見れば低レアザコモンスターズなんてモブ以外の何物でもないですよね……。

>「オッカネーんだよ、このヒスババア!」

「言っとくけどアコライトが更地になった事実はもう存在しないから!
信じられないなら聖地巡礼でも行って確かめてくれば!? あ、ゲーム中のストーリーの話なら運営に文句言ってね!」

225カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:27:29
一斉攻撃を仕掛ける二人だが、ビショップとナイトの堅牢な装甲にことごとく阻まれる。
カザハはともかく(?)ガザーヴァの攻撃すら通らないってもうまともにモンスター同士の勝負して倒すのは不可能なんじゃ……。
カザハの言うように本体狙いに賭けるしかないのか!?
そんな中、ガザーヴァがなんとかビショップとナイトを引き離すのに成功する。
ルークとポーンが妙な動きをしているのが気になるところだが……。

>「今だ! やれ!」

カザハが瞬間移動《ブリンク》でさっぴょんの背後を取る。が、それとほぼ同時に――

>「――『入城(キャスリング)』……プレイ」

さっぴょんとルークが入れ替わった。――そんなの聞いてないですよ!?

「折角背後を取ったのにこれじゃあ前も後ろも無いじゃん!」

《じゃあナイトなら良かったんですか!? ……ってそんなこと言ってる場合じゃなーい!!》

>『ブロロオオオオオオオアアアアアア!!!』

「アギャあああああああああああああああああ!!」

ルークの体当たりを受けたカザハが汚い高音選手権で優勝できそうな悲鳴をあげながら漫画みたいに吹っ飛んでいった。

《カザハ!!》

空中を飛翔し、カザハを慌てて背中で受け止める。

>「フフ。チェスの特殊ルールは『入城(キャスリング)』だけじゃないのよ?」
>「――『昇格(プロモーション)』……プレイ」
>「さて。我がミスリル騎士団は不破の軍団。その力は無双、その統制は無比。
 どう抗っても私に勝てはしない……マル様親衛隊の恐ろしさ、理解して頂けたかしら?」

ポーンがクイーンに昇格してさっぴょんがドヤ顔を見せつけてます……。

《大丈夫ですか!?》

(肋骨2,3本骨折、全身打撲で全治2か月の重傷ってところかな……。
カケルッシュ、ボクはもう疲れたよ……。
長男だったら我慢できたかもしれないけど長男じゃないから我慢できないんだ。残念残念)

《そこは姉(長男)ということにしましょう! 私、次男に降格でいいですから!》

一体何の話をしているんでしょう私達……。
無駄話をしながらもカザハはスマホを操作して私に回復スキル《キュア・ウーンズ》を指示しました。
癒しの風《ヒールウィンド》を使わずに敢えて威力で劣る私のスキルを選んだのは、温存したのでしょう。
――後に控えているジョン君との戦いのために。
癒しの風《ヒールウィンド》の方がスペルカードなので当然強力な上に全体回復なので、
使いどころによっては一気に態勢を立て直すことも出来るのです。

226カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:28:34
>「おい、バカ。
 あっちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』入れて5人。こっちは4人。
 ひとり一殺で行くぞ。オマエんとこの馬とガーゴイルにも、一匹ずつ相手してもらう。

いやいやいや、ちょっと待って!
“ひとり一殺”って……これ、完全に超強い人達が繰り広げる会話じゃないですか!

>「……ビショップとナイトはボクがやる。お前はあのチェスババーを狙え」

こっちが一人少ないから自分が2人相手してくれるんですね! やったね!(棒)
カザハにさっぴょん本体を任せたのは単に戦闘力のバランスを考慮した結果かもしれないが、最も重要な役目を任せた、とも取れる。

「世界14位とまともに渡り合える自信はないなぁ。
だから……君を信じるよ。ボクに助けを求めた君の判断を信じる。
君が奸計謀略で散々苦しめてくれたことはなんとなく覚えてるからね」

>「言っとくけど、オマエなんかの力を認めてるワケじゃねーかんな。
 ネコの手も借りたいくらい人手が足んねーから、しょーがなく手伝わせてやるってだけだし。
 でも――」

「うん、分かってるよ。みんな忙しそうだもの」

>「オマエは、ネコよりかはマシだろ。……たぶん」

多分ガザーヴァにしてみればその辺のちょっと強い奴もネコ。
つまり……イマイチ分かりにくいけどネコよりはマシ=かなり見込んでるってことじゃありません!?

(前の周回でバロールさんが狙ってた何かってもうとっくに無くなってると思ってた……)

そういえばそんな話、ありましたね。すっかり忘れてました。
この周回ではバロールさん、それについて特に何も言ってきてないですからね……。

(もし謎の能力補正がその何かの一端か残滓なのだとしたら……本当はずっと気付かないままでいてほしかったはず)

ガザーヴァにとって、それに気付かせることは、自分で自分の存在意義を脅かすことに他ならない。

「……君って本当に聡明だよね。驕り高ぶって何も見えてないアイツらとは大違い。
一緒に鼻っ面へし折ってやろう!」

この聡明は、奸計謀略もさることながら、感情に流されずに合理的な判断が出来ることを言っているのだろう。
アイツらとはもちろん親衛隊のことですね。

>「馬どもが駒を押さえていられるのは、たぶん一瞬だ。しくじるんじゃねーぞ!」

「分かってる。自由の翼《フライト》!」

カザハは自分にスペルカードをかけると槍を背負い、私の背から飛び降りた。
結局一人一殺作戦決行する雰囲気になってしまった……!
私の相手は……ルークというところですか。
チェス的に考えてより強いであろうクイーンの方の相手をガーゴイルにして貰……

《じゃなくておのれカザハの仇!》

227カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:32:00
「じゃなくての前に何省略したの!?」

ルークの主な攻撃手段は体当たりと大砲での砲撃。
まともに倒すことはほぼ不可能なことは分かり切っているため、専らさっぴょん本体への援護の妨害が目的となる。
……さっぴょんのデッキの中の『入城(キャスリング)』が一枚だけとは限らないのだから。
案の定、ルークがさっぴょんを守るように立ちはだかる。

「カケル! 《吹き降ろし馬蹄渦》!」

砲弾の射程外となるほぼ真上から急降下しつつの風の魔力強化付きの蹴りを見舞います。
ダメージが通ってるのか通ってないのかよく分かりませんが一瞬気を引くのは成功したようです。

「しばらくオートでそれ!」

いいんですか!? 一瞬で“こいつ放置で良くね?”って飽きられますよ!?
が、状況が急展開した。ガザーヴァがナイトとビショップの足止めに成功する。
救援に来たクイーンをガーゴイルが相手取り、ルークの砲弾がガザーヴァとガーゴイルを狙う。

「《吹き上げ荷重》!」

今度は先ほどとは逆で、下から上へのベクトルを持つ体当たりを敢行します。
効き具合に応じて吹き飛ばしもしくは転倒の追加効果が発動するスキルだ。
転倒と言っていいのかは微妙だが、とりあえず砲門の向きが上に逸れた。
このままだとすぐに持ち直してしまうので、すかさず上から圧し掛かる。
当然相手は激しく抵抗し、人間で言うところの揉み合いのような状態となった。
きっと押し退けられてしまうのはすぐだろう。
でも、少しの間だけでも『入城(キャスリング)』が出来ない状況を作り出せば……

>「……フフ」

さっぴょんが不敵に笑っている。まだまだ何か隠し持っているとでもいうような余裕の笑み……。

《カザハ……!》

チャンスだ行け、と言いたかったのか。罠だから行くな、と言いたかったのか、自分でも分からない。
でも罠なら逆に超焦ってるような演技をしそうなもんですよね!? ということはハッタリ……?
でも超自信満々で余裕だから演技する必要すらないのかも……。
今のところスマホを操作する様子は無いが、一瞬前までモンスターにバンバン指示を出していたのでスマホはまだ手に持っているのだろう。
腕を組んでいるのは単に偉そうにしているのではなく生命線のスマホを守っているとも取れますね……。
駄目だこれ、考えても無駄なやつだ……!

「先手必勝ッ! バカの考え休むに似たりとも言う! 鳥はともだち《バードアタック》!」

《自分で言っちゃった――ッ!?》

これ、まさにチェス等の次の手を考える時間が長く用意された競技において、下手な者が長考しても仕方がないというのが語源らしい。
そしてチェスは完全ターン制だが、ブレモンのアクティブタイムバトルにおいてはそれ以上の意味を持つ。
圧倒的に知略において勝る相手と戦う時、どうせ知恵比べで勝てないのなら行動回数を無駄にしないことこそが最良の戦略となる。

228カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:33:43
と理論上は分かっていてもなかなか実際に出来るものではないが、
カザハは長年考えない人をやっていた影響でそれを実行するある種のスキルを身に着けているらしい。
というわけで、鳥の大群がさっぴょんに殺到する。
外ならともかくダンジョン内だとこの鳥たち、どこから来てどこへ行くんだろう、と哲学的なことを思ってしまいます。
ちなみにこれ、鳥のサイズは色々なんですが……カザハは飛んできたひときわ大きい鳥に飛び乗った。

「とうっ!」

《えぇっ!?》

明らかにスペルカードの用法間違ってますよ!? 鳥さん若干引いてないですか!?
そんなことはお構い無しにカザハは魔道銃を手放し、槍を構えてそのまま突撃する。

「いいことを教えてあげよう。
ボクは美空風羽、またの名をカザハ・シエル・エアリアルフィールド。
いつかうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者だぁあああああ!」

いきなり特大のツッコミどころをぶっこんできた。このパーティのリーダー、なゆたちゃんなんですがっ!!
というかその組み合わせ、カザハの中では公式決定事項なんですか!?
ネット弁慶の社畜が異世界に召喚されて現地の強くて可愛い(※外見)姫将軍に懐かれて伝説になるってもう完全にラノベかなろう系小説……。
ともあれ、鳥にまみれて鳥さんの上に立ってる絵面も相まって勢いだけのバカっぽさは完璧ですね!
さっぴょんのデッキの大部分はまだ不明――多分こんな勢いだけの攻撃は難なく防がれるのだろう。
それどころか、あっさり返り討ちに合って無力化されるかもしれない。
なんにせよ、こちらが派手な動きをすれば、さっぴょんは必ず何か仕掛けてくる。
スペルカードか、モンスターにスキルを命じるか――あるいは大穴でまさかの肉弾戦で対抗してくるか。
いずれにせよ、腕組みを解きスマホを表に出してくる瞬間があるだろう。それこそが好機だ。
……さっぴょんの死角の宙空に、突撃時にカザハがしれっと手放した魔導銃が浮かんでいる。
私から降りる時、カザハは自由の翼《フライト》を自分にかけたわけではなく、実は魔導銃にかけていたのだ。
やがてその瞬間は訪れ、魔力弾が炸裂した。とはいっても破壊ではなく弾き飛ばすのが目的の衝撃弾だ。
壊すまでせずともこの混戦状態で手の届かない場所までスマホが飛んでしまえばそれで勝負はつく。
さっぴょんの仲間達も、飛んできたスマホを拾ってあげる余裕はないだろう。
尤も、ブレイブのスマホはえりにゃんの魔法の矢級の攻撃でないと壊れないので、そんな気を回す必要はないのかもしれませんが。

「君が切り捨てた仲間の気持ち、身をもって思い知ればいい……!」

なるほど、拾って確認するまでは壊れてるのか壊れてないのかは分からないわけで。
スマホ狙いのこの作戦、うまくいけば相手を殺傷せずに無力化出来るのみならず、
一時とはいえブレイブとしての生命線を絶たれる絶望を味わわせることが出来て一石二鳥なんですね……!
優しいのかエグいのかよく分かりませんね!

229明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:23:59
>「ひひッ、いいのかァー? 幻魔将軍に助けを求めなくても。
 たちゅけてー! ポクちん、シェケナベイベ様にコロコロされちゃうぅー! ってさァ? えぇ?」

「眠てえこと言いりゃあすなよ、三流ロッカー!今日のギグはずいぶんMCがなげえじゃねえか!
 さっぴょん(笑)の金魚のフンごときが、親分と離れてそんなに寂しいかよ」

俺は自分のことを存分に棚に上げてシェケナベイベを煽った。
いかにも俺は幻魔将軍のケツに引っ付いてるキレの悪いうんちだ。ぶりぶり大明神だ。
こと戦闘に関しちゃ、俺はガザーヴァの一割も役に立っちゃあいないだろう。

それで良いと思ってた。
片や現役バリバリの魔王軍幹部、一方俺はゲームにちょろっとハマってるだけの一般市民だ。
適材適所、バトルはバトルが得意な奴に任せりゃ良い。
痛いのも怖いのも、嫌だしな。
大立ち回りを繰り広げるガザ公の後ろで、のらりくらりとあいつの露払った道を歩いていたかった。

だけど、事情が変わった。ヌルいこと言ってる場合じゃなくなった。
ジョンがブラッドラストに手を染めたのは、俺たちを護る為だ。
あいつよりも、俺が、弱いからだ。

「カッコ良いこと言っちまったんだ、ちゃんと最後まで、カッコつけねえとな……!」

この戦いで、俺は奴に並び立つ。護られるだけのパンピーなんて言わせねえ。
そうして初めて、俺はジョンに「ブラッドラストを使うな」って言える。
奴を苛む呪いを、真っ向から否定できる。

それに――。
ガザーヴァとの関係がこれで良いとも思わない。
俺はあいつを、都合の良い手駒にするために仲間に引き入れたわけじゃねえんだ。

ガザーヴァとは、対等の立場で居たい。幻魔将軍とブレイブの、あるべき関係でありたい。
あいつは俺を助けてくれるだろうが、それに甘えっぱなしの俺で居たくない。
セキニンを取るのさ。大人だからな。

幾度となく範囲攻撃と回避を交わしながら、俺とシェケナベイベのライヴは進行していく。
長ったらしいMCパートで、俺は奴の弱みになるであろう部分を突いた。

>「……はッ。
 は、ははは、はははははハははハハハは! あっはっはハッはハはははハハはハはははははハ!!!」

霧の向こうで、シェケナベイベの哄笑が響く。
笑いの意図するところは何だ。ちゃんとメンタルにダメージ入ってんのか。
こうしてシェケナベイベとタイマンでレスバトルすんのは初めてだ。
何言われりゃ傷ついてくれんのか、どうにも手応えがわからん。

>「あー! あーあーあー! なァーる! 『そういう解釈』かァ!
 隊長の言った言葉、まーだ考えてたってこと? もうずっと昔の話だってのに!
 ひはッ! イヒヒ……ひぁッははハはハはははハはは!!!
 ウッケる! こいつってばマジウケルっしょ! オーケイ! うんち野郎、あんたクソコテやめてお笑い芸人になれば!?」

「なに過去形で語ってんだ……!」

230明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:24:37
お前らにとっちゃ遠い昔の話だろうが、死んだ人間はそれが最後だ。
忘れて良い話じゃない。笑い話でも……ない。
奥歯が軋む。こいつらが何考えてんのか、一ミリも理解できない。したくない。

>「そォだよ。あーしたちは終わらせてやった、アブラっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての命を。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である限り、闘いからは逃れられない。
 あーしたちはこの世界の連中から、兵器として召喚されたんだから。
 闘いたくありましぇーんなんて寝ぼけたこと言うヤツは、早晩おっ死ぬだろーさ。そォッしょ?
 どうしても闘いから逃れたかったら――そいつは! 何もかも投げ捨てなくちゃダメなのさ!!」

「……そういう意味かよ」

だけど俺の腹の底で煮えたぎっていた感情は、すとんとどこかへ霧散してしまった。
こいつらは確かに、スタミナABURA丸のスマホを破壊し、放逐した。
ブレイブとしての、『戦闘能力を奪った』。

戦えなくなるということ。翻せばそれは、戦わなくても良くなる、ということでもある。
ロイ・フリントを除けば、俺たちブレイブに求められるのはスマホを利用した独自の戦闘能力だ。
それが失われれば、戦力としてブレイブに数える道理はない。

戦いを拒んだ仲間を、こいつら親衛隊は――スマホを奪うことで解放したのだ。
なるほどこいつは笑える勘違い。俺やっぱ芸人になった方が良いかもな。

――マル様親衛隊が直面した困難は、奇しくも俺たちのパーティと似ていて。
その対応策は両極にあたるものだった。

俺たちは『戦えない』ジョンを、それでも戦いの場に引っ張り出すために、エーデルグーテへ行こうとしている。
それこそあいつがもう誰も護らなくて済むように、決別してしまえばそれで良かったにも関わらず。
ジョンと仲間で居続けたいから、こうして余計な苦労までお互いに強いている。

ある意味じゃ、親衛隊の対処の方がよほど人道的かも知れない。
スマホ奪われたABURA丸がどうなったか知らんが、腕ぶった斬られるよりかはマシに生きていられるだろう。
この惨状を目の当たりにすりゃ、俺たちの選択が正しかったなんて、自信持って言えるわけがない。

シェケナベイベが言うような、『何もかも投げ捨てる』……その覚悟が、俺たちにはなかった。
中途半端にジョンを救おうとして、かえってあいつを苦しめてしまっている。
戦う力を一切合切捨てたなら……救うことを諦めたなら。もっと平穏にジョンは暮らせたかも知れないのに。

「でもなぁ!ここまで来んのに、俺達はいろんなものを犠牲にし過ぎた!
 今更やっぱジョンのことは諦めますなんて、言えっかよ!」

霧を引き裂いて、重戦士モードのヤマシタが疾走する。
風切り音を幾重にも響かせながら薙ぎ払った大剣は、しかしアニヒレーターの首を刈り取れない。
盾代わりに構えたギターの弦を何本が切断して、斬撃はそこで止まった。

>「おおーッとォーッ! 惜しい!
 インギーの音波の範囲を見切って、霧の中から奇襲とはヤルじゃん!
 でもなァ! あんたはそれで終わりだよ! 唯一のチャンスをものにできなかったあんたの負けさ!
 ――尤も――」

「ああ?聞こえねえぞ!MCがボソボソ喋ってんじゃ――」

いつの間にかあんだけ耳を劈いていたロックサウンドが鳴りを潜めてる。
へいへいどーした、セットリストがもう尽きたか?アンコールでもしてやろうか!
だけど何かがおかしい。張り上げたはずの俺の声すら、籠もったように耳に届かない。

231明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:25:12
「あ……あ?」

違う。音が籠もってるんじゃない。『聞こえてない』んだ。
それが証拠に今も爆音による空気の震えは肌に感じる。胃袋の空洞に響いてる。
周囲を漂う霧も、さっきと変わらず音響攻撃の範囲で弾けてる。

音が聞こえなくなったのは、俺の耳がおかしくなったからだ。
こいつは――突発型の難聴。恐らくは騒音性の……耳の神経が傷つけられて音が聞こえなくなる症状だ。

中学生くらいの頃、風邪から来る内耳炎で片耳が軽度の難聴になったことがあった。
そん時の状況とよく似てる。体がふわりと浮かんだような、平衡感覚の消失――

「なっ……おっ……」

気づけば俺は膝から地面に崩れ落ちていた。
うまく立ち上がれない。足が地面を捉えられない。
耳には体のバランスを維持する機能もある。単なる鼓膜の損傷と違って、そっちの神経もイカれた。
頭の中がずっとぐるぐるして、視界が回転してるみたいな錯覚が拭えない。

「なる……ほど……音響デバフってのは、こんな感じか……」

シェケナベイベ。範囲攻撃のオーソリティ。
その真骨頂が、攻撃範囲に任せたデバフのばら撒きだ。
『スタン』や『沈黙』として描写されるデバフの本来の姿を、俺は身を以て体験していた。

「く……そ」

甘かった。範囲攻撃さえ躱せば、デバフを付与されることもないと考えてた。
だがアニヒレーターの奏でる音は何も、音圧によるふっ飛ばしだけじゃない。
戦場でずっと響き続けていたロックサウンドがそうであるように――
収束を緩め、威力を捨てれば全方位に音を届けることなんか造作もない。

……回復魔法くらい、覚えとくんだった。
俺の使える闇属性魔法は攻撃とデバフくらいしかない。
回復できるスペルも持ってない。行動を封じられれば、待ってるのは『詰み』だ。

目の前でシェケナベイベが何かを叫ぶ。内容は分からんが、パートナーへの指示だろう。
アニヒレーターがギターの残りの弦に指を這わせ、超絶技巧もかくやの速度で何事かを爪弾く。

トドメの一撃。覚束ない足取りじゃまともに逃げることもできない。
ヤマシタに防御させるにも、音響攻撃に物理的な障壁は意味を為さない。

こいつを喰らえば、俺は間違いなくお陀仏だろう。

つまりは。
――伏せてた切り札を、出し惜しんでる場合じゃねえってことだ。
跪きながらも手放すことなくずっと握ってた手の中のものを、ヤマシタへ向けて弾いた。

232明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:26:05
「怨身換装(ネクロコンバート)――モード・『歌姫』」

風をはらんで飛翔したのは、純白の羽根。
アコライトの希望の象徴にして、かの地でその命を散らした一人の戦乙女。
――初代ユメミマホロの忘れ形見だ。

大剣を放り出したヤマシタの背中に、マホたんの羽根が突き刺さる。
瞬間、目を焼かんばかりの白い光が革鎧を包んだ。

バルゴスを再現し、膨れ上がっていた体格が目に見えてすぼむ。
角張った肩が丸くなり、腰部がほっそりと絞られ、女性的なフォルムへ変わっていく。
兜の両サイドから、鎧同士を繋ぎ止める革紐が髪のように吐き出され、ツインテールのように垂れ下がった。

その右手には、大剣の代わりに革で象られたマイクを握っている。
アニヒレーターの一撃の前に、ヤマシタはふわりと飛び出した。

「――――!」

言葉を作らない音だけの歌、スキャットが革マイクから放たれる。
それはアニヒレーターの音弾と空中でぶつかり合って、お互いに弾け飛んだ。

窓を閉めようが外の音が聞こえて来るように、音は壁を回り込む。
故に音響攻撃を防御することは出来ないが、騒音を無効化する方法はある。
地球のオーディオ機器にも使われる『ノイズキャンセル』……音同士をぶつかり合わせて、大気の振動を相殺したのだ。

――ユメミマホロの『想い』を使った、怨身換装による革鎧の機能拡張。失われた歌姫の再現。
こいつが俺の切り札だった。……使いたくない、奥の手だった。

マホたんは、彼女の犠牲は、その辺のネクロマンサーが好き勝手利用して良いようなものじゃない。
アコライトのオタク殿たちにとって、文字通りの生きる希望だった。絶望に抗う光だった。
同じようにユメミマホロにとっても、命を投げ出してまで護る価値のあるものはたったひとつ、アコライトの皆だった。

俺がこうして死霊術で彼女の力を扱うことは――
アコライトに殉じた初代ユメミマホロの覚悟と想いを穢すことに他ならない。
『マホたんが死んでくれたから俺の手札が増えた』なんて、言いたくはなかった。

「……ヤマシタ、『感謝の歌(サンクトゥス)』」

膝を着きながら、俺はパートナーに命令を下した。
ユメミマホロのスキルがひとつ、『感謝の歌(サンクトゥス)』――癒やしの歌。
損傷した内耳神経が修復され、世界に音が帰ってくる。

ヤマシタの奏でる歌は、本家マホたんには遠く及ばない。
劣化再現にしか過ぎなくても、わずかな回復力に過ぎなくても、俺のデバフを解くには十分だった。
難聴の原因は騒音によって神経についた微細な傷だ。ほんのちょっとの傷を、ちょっとの回復で癒やした。

「シェケナベイベ。お前らのやってることは……たぶん、間違っちゃいねえよ。
 俺も未だにわからん。ジョンを旅に引っ張り回し続けることが、本当にあいつにとって幸せなのか。
 もしかしたらお前らがABURA丸にしたみたいに、スマホぶんどって無理くり退場させんのが正解なのかも知れない」

仲間を見殺しにしたなんて、とんだ見当違いだった。
こいつらはこいつらなりに、戦えない奴のことを考えて行動している。
捨てることで救う道を見出して、それを体現している。

お人好しのマルグリットが親衛隊を傍に置いているのも、こいつらがただ邪悪な集団じゃないからだろう。

233明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:27:28
「それでも俺は何も捨てない。持てるモノは全部抱えてく。戦えない仲間だろうが、全部だ。
 ……世界救ったその瞬間に、隣に誰もいないんじゃあ、寂しいからな」

俺たちの選択が、間違ってたとは思いたくない。
無様だろうが女々しかろうが、捨てるべきものを捨てなかったことを、後悔したくない。

意固地になってると言いたきゃ言え。俺はクエストの難易度を絶対に下げない。
ジョンの『助けて』に応じた俺自身の、安っぽいプライドの為に。

「答え合わせをしようぜ。俺は自分で決めたことを、『これで良いんだ』って、証明する。
 身の丈に合わねえもの全部背負った、拳の重さでお前に勝つ」

思えばこれまでの旅で、随分背中が重くなっちまった。
捨てられなくて、未練がましく持ってたものが、今俺をがんじがらめにしている。

リバティウムで受け継いだバルゴスの剣だって、未だに生身じゃまともに持てやしねえけど。
肩に感じるこの重さのすべてが、俺が今ここに立つ理由になる。
逆境で踏ん張る力になる。

「良い機会だから知っとけよ。傍に居ない奴とでも、誰かを一緒に殴る方法はあるってことを。
 捨てなきゃ前に進めないんだとしても……捨てないためにあがくことは、無駄じゃないってことを。
 ガラじゃねえこともう一つ言うぜ。こいつが俺たちの――絆の力だ!!」

マホたんを再現した革鎧が、もうここに居ない奴の力をその身に宿す。
マイクを持たない方の手で、拳を握る。眩い光がそこに灯る。ユメミマホロのスキル――『聖撃(ホーリー・スマイト)』。
俺が捨てられなかったもののひとつだ。

聖属性の魔力が迸り、アンデッドのヤマシタは少しずつ装甲を焼け付かせていく。
同じアンデッドのアニヒレーターも、こいつが直撃すりゃただじゃ済まねえだろう。

さらにヤマシタ本来の闇属性魔力が重なり、ふたつの色が渦を巻く。
光と闇が合わされば、見かけ通りの最強だ。

「ヤマシタの攻撃!絆で殴ってブチ壊せ、『聖重撃(ディバイン・スマイト)』!!!」

間断なくスキャットを奏でながら、ヤマシタは踏み込んだ。
アニヒレーターの音響攻撃はこっちも歌で相殺する。あとは単純、近づいてぶん殴る。
言うなればこいつは俺とシェケナベイベの対バンだ。どっちの歌がライブを支配するか、その勝負だ。

234明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:28:35
シェケナベイベは強い。
ブレモン界最強ギルドの幹部の名は伊達じゃない。バロールを10ターンで下せるってのも、大言壮語じゃない。
それだけの戦力と実績を、こいつは積み上げてきている。
範囲火力役だけあって、親衛隊包囲網におけるキルスコアはさっぴょんを抑えて堂々の一位だ。

加えてこいつもまた俺と同じように、譲れない物の為に戦ってる。
マルグリットを単なる御神体のゲームキャラじゃなく、一人の人間として尊敬し、その正義を標榜している。
精神攻撃で隙を作るなんざ、甘えた考えでカタに嵌められる相手じゃなかった。

……なおさら負けらんねえよな。
こいつが薄っぺらいと評した俺の正義は、別の正義に簡単に道を譲れるような安いもんじゃない。

勝機があるとすればそれは――シェケナベイベがソロバンドであること。
比類なきタンクだったスタミナABURA丸はもう居ない。後衛を護る壁はない。
『捨てられなかった』俺にとって、唯一奴を上回れる場所だ。

アニヒレーターの攻撃範囲を上回る、物量飽和攻撃。
両肩にかかった重みは物理的にも重てえんだってこと、教えてやろう。

「楽しいギグもそろそろ幕引きの時間だ。最高のトリを飾ろうぜ、シェケナベイベ!!」

シャウトとスキャット、弦音と歌声、光と闇。
幾重にも織り合う双方向の力が、激突する。

【怨身換装でヤマシタをユメミマホロ仕様に改造。音に音をぶつけて相殺しつつホーリースマイト】

235embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:41:51
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅰ)】

ブレイブ&モンスターズにおいて、進化という言葉は二つの意味を持つ。
一つは、スペル/スキルによる一時的な変化――バフの一形態。
或いは――モンスターの成長に伴う不可逆な変異。

かつて焼死体だった男に訪れたのは――後者だ。
男は最早"燃え残り(エンバース)"ではなかった。

灰と化した肉体――物理攻撃に対する高度な耐性/アジリティの上昇。
現象と化した存在――呪われた聖火との同化/その制御性の獲得。
"遺灰の男(チェインド)"は、燃え残りの正統進化形と言えた。

『エンバース殿、本来貴公と私が矛を交えることなど、在ってはならぬことなれど――』

「馬鹿言え。折角の、本編未実装のバトルなんだぞ。
 在ってはならない事だからこそ、燃えるんじゃないか。
 ……ああ、いや。今のは別に、俺が焼死体である事とは関係ないけど」

遺灰の男――傲慢/余裕の態度。己の実力に対する圧倒的な自負の発露。

『これも大義のため。我らが賢師の思し召しなれば……お覚悟を。
 許せとは申しませぬ。貴公の屍を踏み越え――私は。悪となりて務めを果たしましょう!』

「へえ、次のシーズンはそういうスタイルで行くのか。
 マル様オルタ……いいんじゃないか?流行ると思うぜ」

『ガギョォォォォォォォォォォォォッ!!!』

轟く咆哮/骨の守護者が前進/足音は一度だけ――巨大な曲刀が、敵を間合いに捉えた。
斬撃/太刀影/疾風/紫電/閃光/剣舞――特殊スキル『ジェノサイドスライサー』。
防御無視の六連撃――遺灰の男が二/四/六/八/十/十二に切り裂かれる。

そして――飛散した遺灰が渦を巻く/瞬時に五体を再構築。
遺灰の男を斬り裂いたのは、六の刃ではない。
その太刀風が、かえって灰を散らし、致死の斬撃を無効としたのだ。

スキルは空振りに終わった/慣性は威力へと変換されなかった――つまり隙が生じた。
対する遺灰の男――燃え盛る手斧を右手に、全身を捻転/そして投擲。
流星の如く閃く闇色の炎――響く破砕音/守護者の六腕の右中段、その肘関節を痛打。

『ギシャアアアアアアアアアッ!!!』

瞬間、直撃弾を受けたアニマガーディアンの腕が胴体から分離。
部位破壊――ではない/欺瞞である。
守護者を構築する無数の骨が分離/浮遊/飛散――そして回転。

荒れ狂う純白の大嵐――特殊スキル『グレイブヤード・ストーム』。
一度巻き込まれれば、脱出は困難/だが、遺灰の男に動揺はない。

236embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:45:17
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅱ)】

「……生憎だが、俺にその手の騙し討ちは通じない」

遺灰の男の、闇色に燃える双眸。
その奥には何も無い――眼球/視神経/脳髄がない。
アンデッドの認知/思考能力は生理機能に依存しない。
即ち、遺灰の男は目の前の事象を見た瞬間に視る事が出来る。

「掴め、フラウ」

迫る嵐風の最外周を描く骨片が、遺灰の男にははっきりと見えていた。
一瞬遅れて、スマホの液晶から奔る白閃が、それを捕捉/捕縛。
触腕から伝わる遠心力が、遺灰の男を大きく振り回す。

結果――遺灰の男は容易く、グレイブヤード・ストームの範囲外へ。
すかさず、再び燃え盛る手斧を振りかぶる。
吹き荒れる無数の骨、その間隙を――闇色の眼光が、見抜いた。

瞬間、投擲――嵐を貫く漆黒の一閃/嵐の中心に浮かぶ魂核を直撃。
響く悲鳴――急減速する嵐/再び形成される骨の外殻。
だが、大ダメージによるスタンは通っている。

「どうだ。これでも、今の俺が弱いと言えるか?」

〈……参りましたね。確かに、私の見込み違いでした〉

コートの裡へ潜る、遺灰の右手/引き抜く新たな獲物=血塗れの長槍。
逆手に持ち替える/振りかぶる――目標=言うまでもなく守護者の魂核。
再形成の完了していない外殻ならば強引に突き破り、もう一撃加えられる。

アニマガーディアンはスタン状態=二度目の急所への痛打には耐えられない。

〈ええ、本当に見込み違いだ――〉

そして遺灰の男が槍を放つ――その直前。
疾風が、その身に纏う炎を揺らした。

『はあああああああッ!!』

疾風の正体=下僕をブラインドに肉薄したマルグリット/放たれた杖による刺突。
対する遺灰の男は――それに反応出来なかった。
神経と電気信号に頼らない、生者よりも遥かに視覚を有しているにも関わらず。
視界に映らず/意識も割いていなければ、それも当然。

「くっ……!」

トネリコの杖の先端が、遺灰の胸を穿つ。
遺灰の男――胸部が大きく爆ぜる/全身を飛散/流動/退避――再形成。

〈――あなた。予想以上に、想定以下です〉

フラウの感想=冷ややかな声。

237embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:47:42
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅲ)】

「……今のは、少し油断しただけだ」

〈残念ですが、私はそんな次元の話をしていません。
 先ほどの攻防……あなたは間違いだらけだった〉

「間違い?奴のスキルを二つ、完全に躱して、反撃までくれてやって――」

遺灰の男の反論――再び襲来する六刃に掻き消される。

「――ああ、クソ。今、大事な話をしてるんだ。少し黙ってろ」

悪態を吐く遺灰――灰化により斬撃を回避/再形成/長槍を振りかぶる。
しかし投擲には至らない――マルグリットの追撃に阻まれる。
遺灰の男は舌打ち/再び後方へと飛び退かされた。

〈不正解です。何故、ジェノサイド・スライサーにカウンターを合わせようとしないのですか?〉

「カウンター?それなら、さっきも――」

〈違う。あなたは躱して、反撃しただけです。
 灰となって斬撃を全て躱してしまえば、差し返せる反撃は一度だけ。
 全ての斬撃にカウンターを合わせれば、一つのスキルに六つの反撃が出来るのに

反論に窮する遺灰の男/お構いなしに追撃を仕掛ける聖灰の武僧。
打突/肘撃/幹竹割り/飛び膝蹴り/靠撃――間合いが近すぎる。予備動作が見抜けない。
遺灰の男は大きく吹き飛び、対してマルグリットは深く重心を落とし、杖を握る両手を引き絞る。

来る――渾身の跳躍と、そこから放たれる打突が。
反撃――先の靠撃で崩れた体勢では不可能。
遺灰の判断――まずは躱す/その後に生じた隙を突く。

ただ躱すだけなら、容易い。遺灰の男には人越の視覚/灰化のスキルがある。
マルグリットが地を蹴る/コンマ1秒の遅れなく霧散する遺灰。
打突が空を切る――絶大な威力がそのまま隙に成り果てる。

遺灰の男が振り返る/槍を振りかぶる――瞬間、聖灰の周囲に吹き荒れる嵐風。
グレイブヤード・ストーム――主の隙を掻き消す、骨の防壁。

「ち……!」

遺灰の男――嵐の間隙を見抜き、投擲。
だが、遅い。既にマルグリットは体勢を立て直している。
闇色の閃光は最小限の体捌きによって躱され、虚空を貫く。

〈――不正解です。ハイバラなら、グレイブヤード・ストームを利用した火災旋風で敵を攻撃したでしょう。
 アジ・ダハーカとの戦いは、あなたの中では単なる記憶で、経験値として昇華出来ていない〉

「……くっ!まだだ!」

嵐が止む――地を蹴る聖灰/次なる長槍を振りかぶる遺灰。
投擲――最小限の体捌きで躱される/打突が遺灰の男の頬を抉る。
大きく引き裂け、爆ぜる遺灰の左頬。

〈不正解です。そもそも、【投擲(スローイング)】は人間の体で最大限の火力を発揮する為の手段。
 何故、今もそれを多用するのですか?……いえ、理由なんてないのでしょう。
 かつてそうだったから、そうする。やはり、あなたはただの、彼の亡霊だ〉

遺灰の男――灰化を用いて後退/そして自覚する――押し込まれ続けている。

238embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:47:58
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅳ)】

『エンバース殿! この『聖灰の』マルグリットに慢心、油断の類はないと思われよ!
 すべてはこの世界のため――万民が幸福な結末を享受するため!
 それを邪魔立てするとなれば、例え相手が誰であろうと容赦は致しませぬ!!』

〈……おや。ですが、あちらの信念はあなたの味方をしているようですよ〉

アニマガーディアン――顎門を開く/砲門のように。
口腔内で収束する魔力の輝き=『白死光(アルブム・ラディウス)』の前兆。
発射を許せば敗北は必至――だが、これで実質、マルグリットとの一対一。

〈持ち得る全身全霊の力で敵を葬る……敵ながら爽やかな戦いぶり。
 ですが、このままあなたが葬られてしまっては、私も困ります〉

「……フラウ、手を貸せ……いや、貸してくれ」

〈いいでしょう。ただし、貸すのは本当に手だけですよ〉

ひび割れた液晶に広がる波紋/二本の触腕が姿を現す。

〈さあ……ええと、では、遺灰の方。槍を手に〉

遺灰の男――血塗れの朱槍を再び手に取る。

「……俺は、どうすればいい」

〈真っ向勝負です。私が補助します〉

「真っ向……って、俺を担ごうとしてる訳じゃあ、ないんだよな?」

〈愚問です〉

「……クソ、やってやる。やればいいんだろ!」

遺灰の男――僅かな逡巡/だが、やるしかない――地を蹴り、疾駆。
灰の身軽さ/炎の推力――聖灰へと迫る、昏く燃え盛る流星。
速力は十二分――しかし、あまりにも安直な軌道。
対するマルグリット――深く腰を落とし、迎撃の構え。

「っ……うおおおおおおおッ!!」

そして血塗れの朱槍と、トネリコの杖が交錯する――その直前。

〈急減速します。備えて下さい〉

「お――おおおおおおッ!?」

液晶から伸びた二本の触腕が、遺灰の男の足元やや後方に、アンカーのように突き刺さった。
必然、本来届く筈だった朱槍/杖先は空振り――その上で、遺灰にはまだ行動の余地がある。

「お、おい!そういうのはもう少し早く――」

急減速の為に用いられた触手の内、左のみを回収/右を収縮。
結果――遺灰の男は触手の弾性から生じる反動によって大きく後方へ。
そのまま床に突き刺さった触手先端を中心に円を描く。

「ぬあああああ――――ッ!?」

つまりマルグリットに空振りをさせた上で、十分な速度を保ったまま大きく迂回。
そして空を奔る触腕/アニマガーディアンの胸殻を掴む――遺灰の男を引き寄せる。

239embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:48:14
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅴ)】

〈さあ、お膳立てはここまでです。後はあなたが仕遂げなさい〉

「――――いや、まだだ。お前にはもう一仕事、してもらわないと」

遺灰の全身が昏く、爆ぜるように炎上/急上昇。

「フラウ――」

〈――なるほど。確かに、この位置は悪くない〉

触腕が閃く/アニマガーディアンの上顎を把持――そして収縮。
急加速された遺灰の男=さながら、黒い稲妻――響く激音。
アニマガーディアンの顎門が力任せに閉ざされた。

噛み砕かれる白死光――再び激音/眩い炸裂。

アニマガーディアン――自らの白死光に体内を灼き尽くされた。
彫像の如く硬直――直後、灰と化して崩壊。

一方で遺灰の男の姿も見えない/だが漆黒の狩装束が宙を舞っている。
不意に、飛散した灰が狩装束へと集う――人型を描き出す。
五体を再形成した遺灰の男が、コートの襟を正した。

『く……さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 このマルグリットの攻撃をここまで凌ぎ、アニマガーディアンまで退けるとは、まさに驚嘆の一言。
 貴公こそ、世界を救う力を持つ勇者に相違ありますまい』

「それは、どうかな。俺は勇者になれなかった。昔も……そして今も」

『されど、それだけに……それだけに惜しい。
 なにゆえ、貴公が師兄の側に付かれたのか……。師兄の選択は、一時凌ぎでしかありませぬ。
 恒久の平和、永劫の安寧には程遠い……なぜ、師兄も貴公らもその事実から目を背けられるのか。
 侵食は、最早誰にも止められぬというのに』

「……恒久の平和、永劫の安寧?勘弁してくれ。そんな胡散臭いもの、アンタ本気で信じてるのか?」

『……おしゃべりが過ぎました。お忘れを。
 今現在、貴公と私は敵同士――ならば余計な会話は攻撃の手を鈍らせることともなりましょう。
 後は、ただ干戈を交え闘争の決着を見るのみ!
 お見せ致しましょう。『聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)』、『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』に続く、
 我が奥義!!』

「――なんだ?」

何かが擦れる音/地面に渦を巻くアニマガーディアンの灰――渦の中心には、マルグリット。

「……俺達が召喚されてから、新たなスキルでも実装されたのか?」

〈かもしれません。が……そんな事は考えるだけ無駄です!〉

「『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』!―――参る!!!」

〈――来ますよ!〉

フラウの警告――言われるまでもない。
遺灰の男の思考/知覚は神経系に頼らない。
故に目の前の現象を、見た瞬間に視る事が出来る。

その認識力を以ってしても、マルグリットの踏み込みは不鮮明だった。

240embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:48:35
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅵ)】

動いた――遺灰の男が気付いた時には、マルグリットは既にその懐に飛び込んでいた。
刹那、顔面に迫る掌打――辛うじて身を反らし、回避。

遺灰の判断――もしこれが追加実装されたスキルなら、やはりブレモン開発はクソ/さておき後手に回るのは悪手。
朱槍の石突で薙ぎ払い、一度距離を取る――

『はあああああああああああああ―――――――――ッ!!!!』

叶わない――更に加速する聖灰の打拳。
掌打/掌打/掌打/掌打/掌打/掌打――ただひたすら繰り返される左右の掌底。
ただそれだけの単純な連携に割り込めない/避け続ける事で精一杯。

否――避け続ける事すら不可能/眼前にまで迫る掌打――灰化によって辛うじて退避。

遺灰/聖灰――彼我の距離が開く/状況の不利は遺灰の男にある。
距離が開いた=十分な力を溜められる――防御不能/不可避の一撃が準備可能。

「くっ……!」

遺灰の男――朱槍を打ち捨てる/右手でスマホを操作。
だが、無反応――スペル使用/完全召喚、共に不可。
遺灰の男は、あくまでもブレイブを模した魔物――その事実は変えられない。

「……参ったな」

苦し紛れに抜いた刃――【ダインスレイヴ】。
魔剣が周囲の魔力を吸引/刃を形成――しかし、足りない。
アジ・ダハーカを切り裂いた時には程遠い。

『受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!』

マルグリット――全身から絶えず迸る闘気/超レイド級の風格。
遺灰の男――魔剣を上段へ/対手を照らす闇色の双眸。
そして、聖灰の重心が僅かに流動――

〈――もう、少しはマシになったと思ったら、またこれですか〉

それと同時、空気を読まず不満げなフラウの声。

〈不正解です――正解は、こう〉

液晶から踊る二本の触腕――遺灰の男を引き寄せ/操る。
位置取りは壁を背負うよう/構えを上段から下段横構えへ。

つまり――ダインスレイヴによる斬撃波が、聖灰の信徒を巻き込める位置へ。
それが、今のマルグリットを後手に回らせる/一撃確実に見舞う、唯一の手段。

「だから、こういうのはもっと早めに――!」

そして――目が眩むほどの、剣閃。

241崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:40:10
アルフヘイムとニヴルヘイムは異世界である。
それもSFベースの世界ではない。中世ヨーロッパペースのファンタジー世界だ。

西洋ファンタジーの世界にテレビはない。ラジオもないし、自動車はそれほど走ってないというか一台もない。
地面は舗装されていると言ってもせいぜいが石畳、大抵の場所は土が剥き出しで歩きづらいことこの上ない。
エアコンなどないので暑さ寒さを調整することもできないし、蛇口を捻れば水が出る訳でもない。むしろ蛇口がない。
汗をかいてもデオドラントで何とかできないし、虫除けスプレーもないし、UVカットできる衣服もない。
風呂は湯を沸かすところから始めなければならないし、スプリングの入った寝心地のいいベッドなどない。
トイレにはウォシュレットもない。キングヒルなど一部の都市部以外のトイレは一律汲み取りで、下水設備は存在しない。
言うまでもなく電気も通っていないので、夜になれば燭台などのか細い灯り以外に頼るものはない。
当たり前だがゴキブリホイホイも蚊取り線香もない。
スペルカードや魔法を駆使して何とか代替できるものもあるが、スペルカードには限りがある。
その魔法だって、壁のスイッチを付けるだけで電気が供給される地球以上に使い勝手のいいものではないだろう。

ファンタジー世界は見目麗しいフェアリーやらエルフやらの舞い踊る、願望がすべて叶う理想郷――ではない。
現代文明社会の恩恵をすべて奪い取られた、言ってしまえば原始時代なのだ。
そんな世界に突然何の準備もなく放り込まれて、すぐに順応できる人間が果たして存在するだろうか?
持たされたのは、たったひとつのスマホだけ。しかもブレモン以外のアプリは根こそぎ死んでいる。
転生したら異世界で無双できた! と謳う物語は数多いが、現代人が異世界に転生したところで待っているのは無理ゲーである。
科学文明の恩恵にどっぷりと浸りきった現代人は、中世世界で一週間生存することさえ難しいだろう。
バロールはランダム召喚で、イブリースはピックアップ召喚でそれぞれの世界に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
その多くはものにならず召喚先で野垂れ死んだ。彼らが犯した罪の最たるものである。

それが『当たり前』なのだ。

便所から召喚されたにも拘らず、即座に順応し赭色の荒野でコカトリスを焼き鳥にしていた明神などは例外中の例外であろう。
現にしめじなどは状況に理解がまるで及ばず、自身のパートナーであるはずのスケルトンを見て気絶していた。

それが『普通』なのである。

なゆたや真一、明神、みのりにジョン。ユメミマホロ、ミハエル・シュヴァルツァー、煌帝龍といった『生存者』たち。
彼ら彼女らのメンタルが常軌を逸しているだけであり、狼狽し、困惑し、悲嘆に暮れるのが当然なのである。
そして――
それはブレモン最強軍団の名を欲しい侭にする、マル様親衛隊にとっても例外ではなかった。

「嫌……、もう嫌ぁ……!
 どうして、私がこんなことしなくちゃいけないの!?
 テレビ観たい、お風呂にゆっくり入りたい、ふかふかのベッドで寝たい、エアコンの効いた部屋でのんびりしたい!
 私が一体何をしたっていうの!? もうやだ……帰りたいよぉ……!!」

「……アブラっち……」

地面に座り込み、頭を抱えて慟哭する仲間。
その姿を見遣りながら、シェケナベイベは途方に暮れたように眉を下げた。
ニヴルヘイム側として召喚され、イブリースから事情を聞かされたマル様親衛隊は、即座に脱走を企てた。
マル様親衛隊は唯一『聖灰の』マルグリットにのみ従う者。
イブリースにオレがお前たちを召喚したのだ、これからはオレの手駒となって働け、などと言われたところで頷けるはずがない。
ニヴルヘイムを出奔したマル様親衛隊は、アルフヘイムで逃亡生活を始めた。

だが、寄る辺ない異世界において、女四人にいったい何ができるだろう?
過酷な旅だった。ニヴルヘイム側に召喚され、その手を跳ねのけた親衛隊には、頼れるものは何もない。
召喚直後からメロやボノの導きがあり、キングヒルへ来いと指示されたアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方が、
まだしも難易度が低いというものである。

幸い隊長のさっぴょんはどちらかというと明神たちと同類の『メンタルが常軌を逸している』人間であったし、
きなこもち大佐は『現実がクソすぎて異世界の方がまだマシ』勢であった。
シェケナベイベに至っては『なんかわっかんないけど面白そうじゃね? ヒーハー!』と思考を最初から丸投げしているため、
瞬く間に異世界に適応した――が。

けれども、マル様親衛隊の幹部のひとり・スタミナABURA丸はそうではなかった。

242崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:40:39
スタミナABURA丸、本名田中洋子は都内在住のOLである。
目立ったスキルは何もない。容姿も地味である。そもそも名前からして地味だ。
会社でも目立った存在ではない。口数も多くなく押しも強くない、完全な空気。社内モブ。
そんな地味子・オブ・地味子の彼女が一目置かれ、活躍できる場所――それがブレイブ&モンスターズだった。
ブレモン最強ギルド、鬼の四人が一角。親衛隊の無敵たるを体現する、文字通り無双の鉄壁。
スタミナABURA丸として。

ブレモンの中でスタミナABURA丸としてのペルソナをかぶった彼女は、まさに無敵だった。
意思を持つ盾『イージスディフェンダー』をパートナーモンスターとし、ありとあらゆる攻撃を遮断する絶対の防壁。
彼女の防御を突破した者は未だかつて存在せず、その強さは異世界においても遺憾なく発揮され――

は、しなかった。

田中洋子がスタミナABURA丸という仮面をかぶり、比類ない力をふるっていられたのは、それがゲームの世界だったからである。
ゲームの世界。スマホの世界。……インターネットの世界。
実体のない仮想の世界であったからこそ、彼女は現実の自分を忘れて思う存分暴れることが出来た。
どれだけダメージを負っても、電源さえ切ってしまえばノーカウントになる世界。現実と仮想を隔てる分厚い壁。
皆を守る壁役の彼女が、その実誰よりも壁というものに依存していたのだ。
だが――こうして異世界に召喚された今、彼女を守っていた防壁は消滅した。
凭れかかるべき壁がなくなった今、そこに残されたのはスタミナABURA丸ではない。
地味なOL、社内モブの田中洋子がいるだけだった。

文明社会の恩恵を根こそぎ奪われ、地球では想像さえできない不自由な生活を強いられ。
なおかつアルフヘイム由来のモンスターに直接命を狙われる生活に、彼女の心は瞬く間に摩耗していった。
そして、折れた。

「みんな、どうしてこれが当然みたいな顔して受け入れてるの!?
 道を歩いてたら突然バケモノが飛び出してきて、自分を殺そうとしてくるような世界を!
 おかしいよ……おかしいでしょ! こんなの……どう考えたっておかしいよ!!」

スタミナABURA丸はヒステリックに叫んだ。
それはそうだ。今では現代日本人が道端で野良犬に遭遇することさえ珍しい。
犬でも珍しいのに、自分を喰う気満々のライオンレベルの猛獣が突然目の前に現れる。しかもそれが一日に何度もある。
普段遭遇するようなエンカウントモンスターはマル様親衛隊の精鋭にとっては一撃で屠れる雑魚ばかりだったが、
弱ければいいという問題ではない。まったく意図しない状況で自分に殺意を向ける存在と出会う、ということが問題なのである。
ありとあらゆる危険から遠ざけられ、保護されたぬるま湯のような世界に住み。
その恩恵を頭のてっぺんから爪先まで享受していた彼女だからこそ、
エンカウントバトルというものに多大なストレスを感じていた。
彼女にとっては、世界丸ごとお化け屋敷のまっただ中に突然放り出されたようなものであろう。

「いきなり空から襲ってくる鳥のバケモノに立ち向かうより、
 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗って通勤して、つまらない事務仕事してる方がよっぽどまし!
 腐りかけのゾンビに抱きつかれるくらいなら、課長にセクハラされてた方が全然いい!
 もう勘弁してよ……、元の世界に帰してよぉ……!」

両手で顔を覆い、スタミナABURA丸は泣いた。
そんな仲間を、さっぴょんときなこもち大佐、シェケナベイベはなすすべもなく見守った。
帰せと言われても、さっぴょんたちにそんな芸当はできない。手段があるならとっくに講じている。
といって、諦めろ覚悟を決めろとも言えなかった。帰りたいという彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。
誰も手を差し伸べてくれない異世界で、マル様親衛隊はどこまでも孤立無援だった。

「……分かったわ。
 じゃあ、もう少しだけ頑張ってリバティウムまで行きましょう。
 リバティウムには私の箱庭がある。あそこなら、魔物たちだって出ないはずよ。
 私の趣味で悪いんだけれど、かなり内装には手を加えてあるから。地球そのままとは言わないけれど、
 それに準じた生活はできるはず。……この世界が落ち着くまで、そこにいればいいわ」

「元の世界に戻る方法が分からない以上、現状それがベターッスね……。
 スタミナさんにその気がない以上、戦わせることはできないッス」

緩く腕組みしたさっぴょんが、小さく息を吐いてそう提案する。
眉間に皺を寄せて思案していたきなこもち大佐も、それに同意を示す。
リバティウムがアルフヘイム有数のリゾート地で、過ごしやすい気候の人気スポットというのは有名な話だ。
さっぴょんが金に飽かせて増改築した箱庭なら、アルフヘイムでも最上級の快適な生活ができるだろう。
むろん、戦う必要もなくなる。

だが。

「ま……、待ってよ! そんなのナシっしょ!
 あーしら、四人でマル様親衛隊じゃん!? 今更アブラっちを置き去りなんて――
 そんなんないし!」

シェケナベイベだけは、そんなふたりの意見に真っ向から反対した。

243崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:41:07
「あーしたちは、今までどんな逆境だって四人で乗り越えてきたんじゃん!
 マル様のことで、ずっと結束してきたンじゃん!
 ね、アブラっち! 隊長ときなこんが前衛で、あーしとアブラっちが後衛でさ……!
 あーしらは無敵なンだ! あーしたちを排除しようとした包囲網のバカどもだって、あーしたちには手も足も出なかった!
 どんなに強いって言われてるレイドだって、あーしたちはブチのめしてきたじゃん!
 一緒にいようよ、今は怖いかもだけど、絶対そのうち慣れるよ!
 あーしが守ってやっから! アブラっちのこと、誰にも傷つけさせたりなんてしないから……!」

「シェケちゃん……」

「……シェケナさん」

シェケナベイベが必死でスタミナABURA丸を説得する。
シェケナベイベとスタミナABURA丸は実際に住んでいる家も近所の、リア友である。
当然、強い絆というものがある。ゲームを差し引いても、培った友情というものがある。
それを壊したくはない。ずっと一緒に苦楽を共にしていきたい。これからがそうだったように――これからも。

けれど。

「……ごめん……りゅくす……」

スタミナABURA丸は、俯いたまま言った。
シェケナベイベの唇がわななく。その双眸に、みるみる涙が溜まっていく。

「ッ……、なんっで……、
 なんで、なんで……なんでなんだよオ……洋子ぉ……!!」

スタミナABURA丸が静かに嗚咽を漏らす。
シェケナベイベが慟哭する。

パーティーの進むべき道は決まった。

その後マル様親衛隊は何とかリバティウムへと辿り着き、さっぴょんの箱庭に到達した。
だが、それですべてが解決したわけではない。懸念すべきはニヴルヘイムの追手だ。
スタミナABURA丸は兵器として召喚された。それは彼女が武器を持っているからだ。
武器をその手に持っている限り、いつニヴルヘイムがこの場を嗅ぎつけてくるか分からない。
それに対処するには、もし追手がこの場を訪れたとしても、
もう彼女は兵器として使い物にならない――ということを知らしめなければならない。
だから。

「引継ぎパスワードはメモしたわね?
 じゃ……やるわよ」

「はい」

さっぴょんの箱庭、その玄関先に四人が立つ。
スタミナABURA丸がスマホを高く頭上に放り投げる。
その瞬間、さっぴょんが自分のスマホをタップしてパートナーモンスターを召喚する。ミスリル騎士団の『騎兵(ナイト)』だ。
ナイトがチェスのピース状の躯体から馬上槍を展開し、放り投げられたスマホの中心を穿つ。
スタミナABURA丸のスマホは液晶画面に大穴が空き、機能停止してただのジャンクとなった。
ニヴルヘイムはスマホが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力の源だということは理解しているが、
引継ぎパスワードなどの細かい仕様までは理解していない。
この大破したスマホを見せれば、万一この場所を見つけられたとしても兵器として利用されることはないだろう。

「……行ってくるわね、スタちゃん。
 必ず、元の世界に戻る方法を見つけてくるから。イブリースやバロールを斃してでもね。
 そうしたら、すぐに迎えに来るから……それまで、不便でしょうけどここで待っていて頂戴」

「少しッスけど、ルピ置いてくッス。リバティウムの物価なら一年は余裕で生活できるはずッス。
 ま、すぐ戻って来るッスけどねー。ちょっとしたリゾート地でのバカンスだと思って、楽しんでてほしいッス!」

「うん……。ごめんね、隊長……大佐……」

さっぴょんが微笑み、きなこもち大佐がひらひらと右手を振る。
スタミナABURA丸は泣きそうな顔に無理矢理笑みを作り、一度頭を下げた。
最後に、シェケナベイベが彼女と向き合う。

「洋子、あーし……あたし」

「……うん」

「全員、ブチのめして来るから。あたしたち四人が、マル様親衛隊がこの世界でも最強だって、証明してくるから。
 洋子のいるこの世界を、守って……来るから――」

「うん……」

「…………あたし…………!
 絶対絶対、負けない……から…………!!!」

「…………うん…………!」

それから、スタミナABURA丸を欠いたマル様親衛隊は流浪の末、仕えるべき真の主に出会った。
『聖灰の』マルグリットに。

244ロイ・フリント ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:42:01
山中で消息を絶ったジョンとシェリー発見の報を聞き、収容先の病院に向かったオレが最初に見たものは、
寝台に横たわる変わり果てたシェリーの姿だった。
妹には白いシーツがかぶせられていた。大人たちから、見るなと言われた。
だが、我慢なんてできるはずがなかった。シーツを強引に剥ぎ取って、オレはその亡骸を見た。

瞼を閉じれば、そこには今でもシェリーがいる。
手足の骨が折れ、血に染まり、そして――鋭利な何かによって首に致命傷を負った、哀れな妹の骸。
それが、毎晩のように囁くのだ。

『ジョンを助けてあげて』―――と。

嗚呼。
嗚呼、そうしよう妹よ。お前がそれを望むなら。
心優しいジョン。弱虫ジョン。
お前はその心優しさで、シェリーを苦しみから救ってやったのだろう。
お前は弱虫だから、シェリーを手にかけた罪悪感をずっと背負っているのだろう。
例え法が未成年だからとお前を庇ったとしても。大人たちがお前を無罪だと認定したとしても。
それでも、お前はシェリーを殺したという事実を悔やみ続けて生きていくのだろう。
魂の牢獄に、自分自身を繋ぎとめて。

それを救えるのはオレだけだ。お前を知るオレだけなんだ。
友だから。親友だから。
オレは、オレだけは、お前を罪人と呼ぼう。

『咎人だと認められることで、救われる心もある』――

だから。
オレがお前の罪悪感に決着をつけてやる。

「……オレは……まだ、死ねん……!」

オレは全身に残っているなけなしの力を総動員させ、なんとか立ち上がった。
目の前には、異形の怪物と化したジョンが立っている。
シェリーを殺した、殺してしまった。その罪の意識に耐えられず、魂までも破壊の衝動に売り渡したバカな男だ。
だが――見捨てることなんてできない。
バカだからこそ。どうしようもなく弱い男だからこそ。
こいつには、救ってやるべき存在が必要なんだ。

軍隊に入り、望んで戦地に赴いた。大勢の人間を殺した。
ジョンの気持ちの幾許かでも感じられるようになれればと。アイツと同じものを、オレも手に入れられればと。
アイツと同じ視座に立たねば、アイツを手にかけることはできないのだと……。
戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。
ナイフで。銃で。ロープで。ワイヤーで。徒手で。爆弾で。薬物で。
殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。
殺しまくった。
その果てに、オレはひとつの呪いを得た。
“ブラッドラスト”――
だが、そんな力を手に入れてなお、オレはジョンに大きく水を開けられていたらしい。

>君はゲームをやった事ないから知らないだろうが…僕のこの鱗の皮膚は生半可な攻撃じゃ破れない。
 ブレモンの中でもトップクラスの攻撃力を誇る攻撃なら強引に敗れるだろうが…現代兵器なんかじゃ太刀打ちできないだろうね。
 だが明確な弱点もある…首だ。首の根本部分にだけ鱗で覆われていない部分がある…ここを狙えば驚くほどあっさり…僕は死ぬ

「……余裕、だな……。
 なまじ強くなったからと……驕るのは、敗北の一里塚……だ……。
 シェリーから……そう、教わらなかったのか……」

お情けのポーションを口にし、体力を回復させる。
とんだジョークだ。殺そうとしている相手に情けをかけられるとは……。
しかも、その情けはオレを憐れんでのことじゃない。
もっともっと闘いたいから。ブラッドラストの激情に身を委ねていたいから……ただ、それだけの話なのだ。
シェリーを手にかけたことをずっと気に病んでいたジョンは、もう揮発したのか?
今オレの目の前にいるのは、かつてジョンであった只の抜け殻に過ぎないのか?

オレには、もうわからない。

245ロイ・フリント ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:42:26
>ロイ。君が狙う弱点はココだ。明確に力が劣っている君でもここにナイフを突き立てられたら君でも勝てるかもしれない
>もしさっきの兵器頼みの一撃が…君の最大火力なら…君の勝ち筋はここしかない

「そいつは……ご丁寧に、だ……。
 では……遠慮なく、狙わせてもらおう……」

ジョンはそこらに転がっているゴブリンどもの死骸を自らの血で操る芸当までやってのけた。
同じブラッドラストを習得しているが、オレにはとてもこんな芸当はできそうにない。
怪物としての才能まで、あっちの方が上とはな……まったく嫌になる。
だが。
だからといって……諦める訳には。いかない……!!

>いいかい?…もういいんだね?…一度始まったらもう止められないよ…本当に苦しいんだ…僕もう…

「来い。お前を止められるのはただひとり……オレだ!!」

オレは抜き放ったコンバットナイフにタクティカルスーツのポケットから出したアンプルの中の液体を塗布し、
身構えてジョンを迎え撃った。

>いただきます

ジョンが猛烈な速度で飛び掛かってくる。以前戦地で遭遇したジャガーだって、こんなに素早くなかった。
ふざけやがって、完全に捕食者気取りか。
だが、彼我の戦力差はいかんともしがたい。やつとオレとの力の差は開くばかりだ。
ジョンの目にも止まらぬ攻撃を、ブラッドラストを駆使して避けるのが精いっぱいだ。

>ちょこまか動かないでくれよロイ!
>…ロイ?ロイ!ロイイイイイイイイ!

「ッぐ……!!」

オレは一瞬の隙を衝かれ、ジョンに捕まった。首を物凄い力で締め上げられ、意識が明滅する。
もう、オレにこの腕を振り払う力は残っていない。オレはもう死ぬだろう。
だが――それでいい。

「が……は……!」

>ごめんごめんゴメン………ロイ……
>……シネ………シネエエエエエエ!!!!

……嗚呼。
ジョンが哭いている。その双眸から血が……ブラッドラストの――
いや、あいつの涙が……購われない罪となって零れている……。
シェリー、大丈夫さ……オレはちゃんとやり遂げる。
この、しょうがない弱虫を殺して……オレもまた死を受け入れよう。
そうして、また……三人で……仲良く……。

「……ジョン……。覚えているか……? 昔、三人で……家で、ホラー映画を観た……夜を……。
 映画の殺人鬼を……シェリーは、怖がって……途中から、観るのを……やめてしまったが……。
 お前は……最後まで、食い入るように……その、顛末を……見守って、いたっけ……」

オレは首を絞めつけられたまま、苦しい息の下で喘ぎ喘ぎ言った。

「殺人鬼は……銃弾でも……炎でも、決して……死ななかった……。
 そんな、不死身の殺人鬼に……主人公たちは、どうやって……勝ったの、だった……かな……?
 懐かしい……な……!!!」

ジョンは血の涙を流している。オレを殺すことにだけ意識を集中させている。
唯一守るもののない、無防備な首筋は――がら空きだった。
最後の力を振り絞り、ジョン自身の言った弱点にナイフを突き立てる。
たっぷりと薬物を塗り付けておいたナイフを。

映画の中で殺人鬼を最後に殺したのは、毒物だった。
不死身の怪物は、ライフルでも爆弾でもなく。土の中に埋まっていた、ただ一本の錆びた鉄棒を胴体に突き刺されて死んだ。
その鉄棒に付着していた錆や、土中の堆積物。それらの成分によって死亡したのだった。
オレがナイフに塗布したのは、αテタノスパスミンD-1152という破傷風由来の劇毒だ。
単なる破傷風と違い、米軍によって改良を施されたその効果は即効性。おまけに毒性は20倍。
青酸カリの400万倍の致死性を持つ、米軍の隠し弾だ。その症状は強直性痙攣、弓反り反射、呼吸困難による死。
いくら外皮を岩に変えられても、内臓までは石にはできないだろう。
コイツが生物である限り、毒物は必ず効く。殺せないまでも、隙を作ることはできる。
なのに――

オレには、その次の……一手、が………………


…………ジョン…………。

246崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:02
「ゴォォォォォォォォォォォム……」

巨大なG.O.D.スライムが、なゆたとポヨリンを見下ろしている。
自分の切り札であったはずのレイドモンスターが、敵として自分たちの目の前に存在している。
そのプレッシャーたるや尋常なものではない。かつて自分が闘い、下してきたプレイヤーたちは、
こんな重圧を体験してきたのか――と、改めて驚きを禁じ得ない。

「あっはっはっ! さあ……とどめと行くッスよォー!
 G.O.D.スライム! 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

きなこもち大佐が勝利を確信し、高らかに命じる。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』――G.O.D.スライムが口から放つ、光属性の魔法攻撃。
その直撃を喰らえば、極限まで鍛え上げたポヨリンとてなすすべなく蒸発してしまうだろう。
G.O.D.スライムが背の翼を一打ちし、天井近くへと飛び立とうとする。
現在なゆたたちのいる場所はレプリケイトアニマ最深部で、もちろん空はない。
が、それでもスキルを放つのに支障はないらしい。G.O.D.スライムの身体に、みるみる光のエネルギーが充填されてゆく。

「ポヨリンッ!」

『ぽよよよっ!!』

なゆたは鋭く名を呼んだ。すぐに、ポヨリンが応えて大きく後退する。
一旦後方に下がったポヨリンは、それから一気に助走をつけてG.O.D.スライムへと駆けた。
『限界突破(オーバードライブ)』によってブーストのかかった、爆速の突進。
そして、ポヨリンは最後に全身で強く床を蹴ると跳躍し一個の弾丸のように上空のレイドモンスターへと突っ込んでいった。
G.O.D.スライムは光線発射のために大口を開けている。ポヨリンは口の中へと吸い込まれるように消えていった。

「……はァ?
 なんのつもりッス?」

きなこもち大佐は怪訝な表情を浮かべた。
G.O.D.スライムが顕現した以上、なゆたの勝機はゼロである。もはや勝負は決まったも同然、
ポヨリンが薙ぎ払われてデュエルは終了――結末はそれ以外にはないのだ。
今更ポヨリンが口の中に入ったところで、何ができるだろう。
せいぜい、スライムヴァシレウスに従いG.O.D.スライムのボディを構成するスライムが一匹増えるだけである。

「悪あがきとは見苦しいッスよ、師匠!
 師匠には尊敬できる師匠でいてほしいッス、例え自分が師匠越えを果たしたとしても!
 見苦しい真似しないで、弟子の成長を素直に認める度量を見せ――」

「……きなこもちさん。
 わたしは、あなたの師匠なんかじゃないけれど……。
 ひとつだけ教えてあげますよ。最後の最後まで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は勝負を捨てない。
 絶体絶命の窮地にだって、必ず逆転のチャンスはある……!
 わたしは今までの旅で、それを学んできた。実践してきた!
 断言できるよ――わたしの勝機は!『今、この瞬間にある』――!!!」

勝ち誇るきなこもちに対し、なゆたは真っ向から反論した。
それは負け確定の場で思わず吐いた強がりでも、虚勢でもない。
なゆたは待っていたのだ、この機会を。誰がどう見ても劣勢であるこのタイミングで、一気に盤上をひっくり返す刻を。
そんななゆたの言葉を、きなこもち大佐が一笑に付す。

「ハ! 何を世迷言を!
 G.O.D.スライム! 早く『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を……」

「……『分裂(ディヴィジョン・セル)』!プレイ!」

きなこもち大佐の声を遮り、なゆたがスペルカードを手繰る。
ATBゲージは溜まっている。連続でカードを発動させることは可能だ。

「さらに『分裂(ディヴィジョン・セル)』をもう一枚! ダメ押しにもう一丁『分裂(ディヴィジョン・セル)』!
 合計三枚の『分裂(ディヴィジョン・セル)』を発動!」

「な、何を……」

G.O.D.スライムが、天井近くで大口を開けたまま固まっている。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を放つ気配はない。
それどころか、びくびくと痙攣している。きなこもち大佐の命令も受け付けず、明らかに異常な状態だった。

「ま……、まさか!」

そこで、やっときなこもち大佐はパートナーモンスターに何が起こっているのかを悟った。

247崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:25
「まずい……! G.O.D.スライム、合体解除!」

「遅い!」

きなこもち大佐は慌ててスマホをタップしたが、なゆたの行動の方が早い。
G.O.D.スライムは徐に口を閉じ、もごもごと口許を動かすと、ぶっと何かを吐き出した。
リバティウムでの対ミハエル戦の再現だ。しかし、吐き出したのは『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』ではない。
それは、きなこもち大佐のパートナーモンスターであるスライムヴァシレウスだった。
G.O.D.スライムの中枢であったはずのスライムヴァシレウスはボコボコにされ、ボロ雑巾のように白目を剥いて転がっている。

「……ど……、どうして……」

「そりゃ、ね」

愕然とするきなこもち大佐。それに対してなゆたが腕組みして告げる。

「G.O.D.スライムは本体が核となって他のスライムたちを一体のモンスターに纏め上げたもの。
 核さえ何とかすれば、真正面からレイドボスに挑む必要はない……。そうでしょ?」

「で、でも! 自分のアウグストゥスは、師匠のポヨリンよりも僅差でステ差有利のはず!
 ポヨリンが主導権を奪おうとしてきたって、アウグストゥスの方が――」

「一対一の勝負なら、ね。
 でも、一対三十二の勝負ならどうですか?」

先にG.O.D.スライムを召喚した方が勝つという状況下で、なゆたはきなこもち大佐の前に出遅れた。
しかし、それはなゆたの作戦であったのだ。先にきなこもち大佐にG.O.D.スライムを出させ、それを後から乗っ取る。
それこそがなゆたの作戦だった。
先程の激突が示す通り、ポヨリンvsアウグストゥスはアウグストゥス有利である。
ポヨリンが単身でG.O.D.スライムの中枢に乗り込んだとしても、返り討ちに遭うのがオチであろう。
だから、なゆたは『分裂(ディヴィジョン・セル)』を温存していた。
一対一では負ける。だから――G.O.D.スライムの中枢でポヨリンを三十二体に分裂させ、スライムヴァシレウスに集中砲火した。
いくらスライム属上位の準レイドモンスターであっても、三十二匹のポヨリンにタコ殴りされてはひとたまりもない。
哀れアウグストゥスはG.O.D.スライムの支配権を強奪され、異物として吐き出されたというわけだ。
きなこもち大佐は愕然とした。全身ががくがくと震える。

「そっ、そそ、そんな……!
 じ、自分は……師匠より先にG.O.D.スライムを召喚できる、方法を……苦労して、編み出……」

「そうですね。わたしよりも早くG.O.D.スライム召喚を成立させる『もちもち♪アドバンスコンボ』。
 それに関しては、わたしよりあなたの方が優れてる。脱帽です、でも――
 何もG.O.D.スライムだけがスライムデッキの極北じゃない!
 スライムの特性、可能性! それを熟知しありとあらゆる状況に即時対応してこその『スライムマスター』!
 G.O.D.スライムを召喚した、ただそれだけで――勝ちと思ったあなたの、負けよ!!」

「う……ぐ……!」

きなこもち大佐はぐうの音も出ない。
G.O.D.スライムは強力無比なレイドモンスターだ。ひとたび召喚に成功すれば、九分九厘勝利が確定する。
しかし、100%ではない。相手が完全に戦闘不能になったところを確認するまでは、何が起こるか分からない。
それを、なゆたはキングヒルでの明神との戦いで思い知った。
あの辛い戦いの教訓が生きている。だからこそ――なゆたには寸毫ほどの油断もない。
ゴゴゴ……と音を立て、G.O.D.スライムがきなこもち大佐とスライムヴァシレウスを見下ろす。
大きく口を開き、光のエネルギーを魔力へと変換してゆく。

「……ひ……!
 ア、アウグストゥス! 目を覚ますッス! 早く! 早く早く……早くゥゥゥゥゥ!」

必死の形相できなこもち大佐はパートナーを叱咤したが、スライムヴァシレウスは目を回したまま一向に目覚める気配がない。

「きなこもちさん。
 悪いけど……まだまだスライムマスターの称号はあげられないわね!
 ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ――天の雷霆!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

『ぽぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!』

カッ!!!!

G.O.D.スライム――ゴッドポヨリンの大きく開いた口から、膨大な魔力の奔流が迸る。

「……ぁ……」

じゅっ! という小さな音を立て、きなこもち大佐とそのパートナーは光に呑み込まれた。

248崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:58
「ふんががががぎぎぎ!!!」

黒騎士姿のガザーヴァがナイトとビショップを足止めし、面頬の下で歯を食い縛る。
レイドボス補正はあるものの、幻魔将軍ガザーヴァはどちらかといえば前衛タイプではない。
直接殴り合う前衛は他人に任せ、後ろからデバフをかけまくるサポートタイプである。
従って筋力もそこまであるわけではない。バリバリの前衛タイプであるナイトとビショップ二騎の相手は、手に余る。
しかし、そんな贅沢はこの際言っていられない。何としても、ここでさっぴょんを撃破しなければならないのだ。
でなければ、明神に迷惑がかかる。単身闘っている明神が危険に晒される。
ガザーヴァの頭の中には、それしかなかった。

明神はガザーヴァと対等であることを願っていたが、当のガザーヴァはといえば、そんなことは夢にも考えてはいなかった。
元々、ガザーヴァは自己肯定感が低い。
カザハの前世のコピーである、というその出自が自己肯定感の低さに繋がっているのだが、
反面その分だけ承認欲求というものが強い。誰かに必要とされたい。おまえはコピーじゃないと言われたい。
カザハのコピーとしての幻魔将軍ガザーヴァではなく、ひとりのシルヴェストル、ガザーヴァとして愛されたい――
そんな気持ちが、病巣のように心の中に巣食っている。
だからこそガザーヴァはバロールに尽くした。そこに愛はないと知っていても、なお身を粉にして働いた。
献身の果てに、いつか。ほんの少しだけでも愛を与えてもらえたなら……。
そんな、あり得ない未来の幻想に縋っていた。

だが、今のガザーヴァはそうではない。
アコライト外郭で責任を取ると言った、明神の言葉。それが今のガザーヴァのすべてだった。
果たして、明神はなんの責任を取るのか。自分は彼になんの責任を取らせたいのか。
それは、ガザーヴァ自身にも分からない。
けれども、その約束があるだけで充分なのだ。約束が絆を形作り、絆が強固な信頼を生む。
『約束してるんだ。明神と』――たったそれだけ、その想いだけで、ガザーヴァはどんな痛みも我慢できる。
どんな不遇な目にだって耐えられる。だって――
世界にひとつだけ、自分だけが、自分のことを認めてくれた人と交わした約束。
それが長らく追い求めた、心の底から渇望した、ただひとつの欲しいものだったのだから。
気まぐれで、天気屋で、猫のような性格……と思われがちではあるが。
その実、完全な忠犬気質。それが幻魔将軍ガザーヴァというキャラクターだった。

だからこそ。

死ぬほど嫌いな相手と手を組むことだって辞さない。
それが、彼の活路を開くことに違いないのだから。

>先手必勝ッ! バカの考え休むに似たりとも言う! 鳥はともだち《バードアタック》!

カザハがカードを手繰り、屋内だというのにどこからともなく集まってきた大量の鳥たちがさっぴょんを襲う。
さっぴょんは瞬く間に鳥の群れに呑み込まれた。

>いいことを教えてあげよう。
 ボクは美空風羽、またの名をカザハ・シエル・エアリアルフィールド。
 いつかうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者だぁあああああ!

「何言ってんだ!?」

カザハの突拍子もない物言いに、ガザーヴァもさすがに突っ込みを入れる。

「ボクと明神の結婚式に、オマエなんて呼ぶわけねーだろバカ!
 どーしてもって言うんなら、会場の外で受付でもやってろ!」

……特に突っ込みではなかった。
兎も角、さっぴょんは逃げるどころか微動だにしない。

>君が切り捨てた仲間の気持ち、身をもって思い知ればいい……!

宙に浮いた魔導銃が、さっぴょんがスマホを持っていたであろう場所へ向けて狙撃を行う。
もし、さっぴょんがそのままの姿でいるのなら、魔力の弾丸は狙い過たずにスマホへ命中するだろう。

……そのままの姿でいるのなら。

「あなたたち、さっきからしきりに私を狙っているけれど。
 まさか、私がなんの力もないただの司令塔だとでも思っているのかしら? 私さえ押さえ込めれば勝てると。
 私は『ミスリルメイデン』。マル様親衛隊の隊長。全日本チェス選手権四連覇の王者。
 そんな私が、弱いわけがないでしょう……!」

群がる鳥の群れの中から、涼やかな声がする。カッ! と真紅の輝きが溢れ出る。
突如として閃光がカザハとカケル、ガザーヴァとガーゴイルの視界を灼き、鳥たちが吹き飛ばされる。
そして――

そこには、新たなチェスの駒が忽然と出現していた。

249崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:46:07
「あなたたち、チェスはご存じないかしら? 知らないわよね、シルヴェストルだもの。
 それなら教えてあげるわ……チェスの駒は六種類、今まで盤上にいたのは五種類。
 だったら……最後の駒はどこにいたのかしらね?
 当然の話、最後の駒は私自身。私こそが、このミスリル騎士団の『王者(キング)』――!」

王冠を戴いた巨大な駒の内部で、さっぴょんが告げる。
その円柱のような装甲が展開し、内部からさっぴょんが姿を現す。当然、その身体はまったくの無傷だ。
ふぁさ、とさっぴょんは髪をかき上げた。

「私たちが仲間を切り捨てたと言ったわね。
 あなたたちに何が分かるのかしら? 私たちの何を……?
 ええ、ええ、確かに私たちはスタちゃんを置き去りにしてきました。それは紛れもない事実よ。
 けれど、あなたたちは今まで、それを一度もしてこなかったと言えるのかしら?」
 
鋭い視線で、さっぴょんはカザハを射貫く。

「私たちがこの世界に召喚されて、それなりの時間が経ったわ。
 現在生き残っているということは、あなたたちも短からぬ旅をしてきたのでしょう。
 その道程の中で――ただの一度も別れはなかったと?」

むろん、カザハを含むアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も、多くの別れを経験してきた。
ウィズリィと。真一と。しめじと。そしてみのりと――。
理由は様々だったが、ウィズリィを除いた皆はそれぞれの意思でそれぞれの道を歩むことを決めたのだ。
それはマル様親衛隊も変わらない。さっぴょんたちはスタミナABURA丸の選択を尊重したに過ぎない。
共に仲間の気持ちに配慮し、離別を受け入れた。違うのはスマホの有無――それだけだ。

「あなたたちに、私の大切な仲間の何が分かるというの?
 あなたたち風情が、どうやって私に思い知らせるというの?
 いいでしょう。やってご覧なさい――思い知らせて、みせればいい!!!」

ガションッ!

さっぴょんにとって、マル様親衛隊の仲間のことをとやかく言われるのは地雷以外の何物でもない。
静かな怒りを燃やすさっぴょんの背後で、王のチェスピースがバラバラに分解する。
そして、細かく分かたれたパーツがさっぴょんの身体に纏わりついて新たな様相を構築してゆく。
白銀の鎧を纏い、頭上に王冠を戴き。真紅のマントを纏った輝く戦姫の姿へと。

「あなたがた風情に奥の手を見せることになってしまったけれど、まあいいわ。
 奥の手なんて、また考えればいいだけだもの。
 さあ……この『魔銀の王騎(ミスリルメイデン)』の力を存分に味わうといいわ。
 そして――私に大きな口を叩き、親衛隊の結束を侮辱した報いを受けなさいな!!」

ギュオッ!!!

パートナーモンスターと合体し、今やレイド級モンスターにも等しい力を手に入れたさっぴょん――
否、ミスリルメイデンが一気に突っかける。狙いはもちろんカザハだ。

「……来なさい。『聖剣王(エクスカリバー)』」

ミスリルメイデンはスマホを軽くタップした。途端、右手に白く輝く刀身を持つ長剣が出現する。
『聖剣王(エクスカリバー)』。ブレイブ&モンスターズの中でも最高位、レジェンダリー・クラスの武具である。
その攻撃力は強力無比。使用者の全ステータスを底上げし、特に闇属性の敵に対しては致命的な破滅を齎す。
キングの駒を装着したことで、ミスリルメイデンは人知を超越した運動性能を見せる。
絶死の聖刃が、カザハを両断しようと迫る――

しかし。

ガギィィンッ!!

そんな聖剣の一撃を、突如として割り込んできたガザーヴァが騎兵槍を激突させて防いだ。

「させるかよ!」

「フ。いいのかしら? こんなことをして。
 ナイトとビショップを倒したわけではないのでしょう?」

「うっせー! そんなの知ったことかよ!
 こんなヤツ、守る義理なんてないけど! なんなら死んだって構わないって、むしろ死ねって思ってるけど!
 でもな……それでも! ここでテメーに殺らせるワケにはいかないんだ!」

鍔迫り合いを繰り広げながら、ガザーヴァが叫ぶ。

「コイツは! 仲間だから! ……ウチのパーティーの一員だから!
 見捨てちゃダメなんだ、一緒にいなくちゃいけないんだ!
 ボクは……正義の味方になる! だから……絶対に! ここで、コイツを見捨てたりなんてしない!」

「世迷言を! ならばここで死になさい、幻魔将軍!」

ゴッ! と音を立て、ガザーヴァがカザハを救うため放り出してきたナイトとビショップが迫る。
その馬上槍が、鉄球が容赦なく振るわれ、ガザーヴァに直撃する。
メキメキと肉が、骨がひしゃげて軋む。幻魔将軍は面頬の下から苦鳴をあげた。

「……ぅ、ぎ……ぃ……!」

だが、ガザーヴァは鍔迫り合いをやめない。カザハを助けるのをやめない。
正義の味方になる。明神の傍に、胸を張って立っていられる自分になる。
それが、ガザーヴァのたったひとつの望み、だから。

250崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:49:04
アニヒレーターの放った高圧縮された音の塊、『速弾き王者の即興奏(エクストリーム・インプロビゼーション)』が、
平衡感覚を破壊され立つことさえ侭ならない明神へと迫る。
それは不可避の一撃。決着の一撃――
の、はずだった。

>怨身換装(ネクロコンバート)――モード・『歌姫』

明神が一枚の純白の羽根を使用する。
それは、かつてアコライト外郭で明神たちを、守備隊の面々を助けるために自らを犠牲とした、
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』――初代ユメミマホロの遺したもの。
羽根を触媒とし、ヤマシタがその男性的なフォルムをみるみる変質させてゆく。
それはまさに、革鎧で再現したユメミマホロ。

「ハッタリだ! 潰せ、インギー!!」

『キョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』

シェケナベイベが叫ぶ。アニヒレーターの速弾きはその威力を減じない。
だが――
ヤマシタが革で構築したマイクを手に高域の『歌声』を発すると、それは確かな質量を伴ってアニヒレーターのスキルと激突した。
パキィンッ! と澄んだ音を立て、互いの発していた音波が途切れる。

「なんッ……だとォ……!?」

必殺のスキルを防御され、シェケナベイベは瞠目した。
アコライト外郭の戦いの最後、明神の手に舞い降りてきた、ひとひらの羽根。それは単なるフレーバーアイテムではなかった。
いや、きっと最初はそうだったのだろう。明神がそれを死者を悼むだけの品として見るのなら。
けれども、そうはならなかった。
明神は悲痛なほどの覚悟を以て、その遺品を用いて現状を打破することを考えた。
その瞬間に、過去を偲ぶだけのアイテムは明神に福音を齎す切り札となったのだ。
さらに明神はヤマシタに『感謝の歌(サンクトゥス)』を使わせ、耳に受けたダメージを回復させた。
本家の用いるそれとは違い、ひとりの相手にしか通用しないが、今はそれで充分であろう。

>シェケナベイベ。お前らのやってることは……たぶん、間違っちゃいねえよ。
 俺も未だにわからん。ジョンを旅に引っ張り回し続けることが、本当にあいつにとって幸せなのか。
 もしかしたらお前らがABURA丸にしたみたいに、スマホぶんどって無理くり退場させんのが正解なのかも知れない

「ハ……。
 ハハハッ、アッハハハハハッ!
 これって超レアじゃん!? まさか、あんたが! どんな正論ブチ当てられても、
 屁理屈とデタラメで頑なに負けを認めなかったクソコテが! うんちぶりぶり大明神が!
 あーしたちのことを間違ってないって? アハハハハッ! いいこと聞いちゃった!
 ンじゃあー、このレスバはあーしの勝ちってことでいーな!」

突然の肯定に、シェケナベイベは目を丸くしてから笑った。
明神が地球での傍若無人なシェケナベイベしか知らないように、
シェケナベイベもまた地球でのクソコテとしてのうんちぶりぶり大明神しか知らない。

>それでも俺は何も捨てない。持てるモノは全部抱えてく。戦えない仲間だろうが、全部だ。
 ……世界救ったその瞬間に、隣に誰もいないんじゃあ、寂しいからな
>答え合わせをしようぜ。俺は自分で決めたことを、『これで良いんだ』って、証明する。
 身の丈に合わねえもの全部背負った、拳の重さでお前に勝つ

「……ふぅーん。
 誰とも慣れ合わず、近寄ってくる奴全員にケンカ売ってたうんち野郎が、仲間……ね。
 どーゆー風の吹き回しよ? アルフヘイムへ来て宗旨替えってヤツ?
 そいや、ネットじゃボロクソに罵ってたモンキンともなかよくパーティーなんて組んでっし。
 でもなァ……最近やっとパーティープレイに目覚めたような野郎が!
 ブレモンリリース当初からパーティーやってるあーしたちの結束に勝てるとか、のぼせ上がってんじゃねーっての!」

>良い機会だから知っとけよ。傍に居ない奴とでも、誰かを一緒に殴る方法はあるってことを。
 捨てなきゃ前に進めないんだとしても……捨てないためにあがくことは、無駄じゃないってことを。
 ガラじゃねえこともう一つ言うぜ。こいつが俺たちの――絆の力だ!!

「笑わせんなし!
 『そんなこと』! ――『とっくに』!! 『分かってんだよ』オオオオオオオオオオオ!!!
 
シェケナベイベが吼える。
明神がヤマシタへ指示するのと同じように、アニヒレーター・インギーへと指示を飛ばす。

>ヤマシタの攻撃!絆で殴ってブチ壊せ、『聖重撃(ディバイン・スマイト)』!!!

「インギーの攻撃! 親衛隊の絆でコイツをブチのめせ! 『地獄をシェイクする男(ヤノ・ザ・ヘルシェイカー)』!!!」

光と闇を螺旋のように纏ったヤマシタが、勢いよくインギーへと突進する。
殆ど手許が見えなくなるほどまでに高速化したインギーのギターソロが、破壊の音波を巻き起こす。

251崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:51:41
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

嵐のように巻き起こる、音と音との激突。
その衝撃は計り知れず、モンスターだけではなく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にまでその余波がやってくる。
鳩尾を殴られたかのように響く重低音。頭を直接揺さぶられるような高音。
ヤマシタとインギー、双方の発する不協和音が、天秤の皿が揺れるように危うい均衡を築く。
ほんの一瞬でも気を抜いた方が負ける。音の弱い方が吹き飛ぶ。
今まで培った絆の力が劣る方が――敗れる。

>楽しいギグもそろそろ幕引きの時間だ。最高のトリを飾ろうぜ、シェケナベイベ!!

「ははッ、面白ぇーっつーの! うんち野郎、あんたとMCして! 対バンして!
 地球じゃ思いもよらなかったよ、あんた……デキるヤツだったんじゃん!
 ――でもな! 勝つのはあーしだ! あたしたちなんだ!!
 あたしだっていっぱい背負ってきた! 抱え込んできた! そいつは何があったって下ろせない、下ろしちゃいけない!
 あたしは――あたしの絆で! あんたに………………勝つ!!!」

日頃のいかにもパリピといった口調をかなぐり捨てて、シェケナベイベは叫んだ。
絶対負けないと、盟友スタミナABURA丸に約束した。マルグリットの宿命と苦悩をその目で見てきた。
さっぴょんときなこもち大佐にだって、抱く思いはたくさんある。

マル様親衛隊は、ブレモン界にて最強。

それを、示す。

『イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

インギーがシャウトする。その腕の動きが一層早くなる。
ワントーン上がった演奏が、ヤマシタのスキャットを圧倒し始める。その身体をズズ、とほんの少し後ろに押し遣る。

――勝った。

シェケナベイベは口許を綻ばせた――が。
その瞬間、ブツン! という音を立て、ギターの残りの弦が弾けた。
先程、濃霧に紛れてのヤマシタの一撃をインギーはギターを盾にして防いだ。
その際、幾本かの弦が切断された。そのときは、フィールドにいる全員がそれだけで終わりだと思い込んでいたが――
本当は違った。ヤマシタの一撃によって、すでにギターはほぼ全壊状態になっていたのだ。
それに気付かず限界以上の性能を出しての演奏を敢行したがゆえ、ギターは今度こそ完全に崩壊した。
ギターがなくなってしまえば、インギーはもう音波攻撃を出すことが出来ない。

バギィンッ!!!!

『ギャボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!???』

ヤマシタの『聖重撃(ディバイン・スマイト)』が、インギーの左頬に炸裂する。
インギーは光と闇の螺旋をまともに浴び、錐揉みしながら遥か後方にあるレプリケイトアニマの内壁に激突した。
強固な螺旋回天の内壁に、クレーター状の巨大な亀裂が入るほどの衝撃。

「イ……、イン、ギー……」

シェケナベイベは呆然とした表情で、がっくりと床に両膝をついた。
壁に磔になっていたインギーが、ずる……と床に倒れ伏す。
音と音の勝負、絆と絆の決戦は、明神に軍配が上がった。
……いや、果たしてそうだろうか?

「……まだ……、まだだ……!」

ギリ、とシェケナベイベが歯を食い縛る。
致命傷を負ったはずのインギーが、ゆらりとゾンビのように立ち上がる。……元々ゾンビだった。

「まだだ……、こんなところじゃ、終われやしないんだ……!
 あたしたちの絆は……強さは! こんなもんじゃない……こんな程度なんかじゃ、ないんだ……!
 あたしは……証明を……約束、を……守って……、アブラっち……」
 
シェケナベイベはうわごとのように呟く。
だが、誰がどう見ても決着はついている。シェケナベイベを支えているのは、まさしく絆の力だけだった。

「ギターがなくなっても……まだ、闘える……。
 スペルカード……『マグマのようにミキサーを操る男(ムラタ・ザ・マグマミキサー)』……プレイ……!」

満身創痍の震える手で、それでもシェケナベイベはスマホを手繰る。
明神と同じく、背負ってきたもの。捨てられなかったもの。
大切なものの想いに応えるために。

252崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:56:00
「受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!」

『遺灰の男』と『聖灰の男』の戦いが、最終局面を迎える。
大きくスタンスを取ったマルグリットの全身から、恐るべき純度の闘気が間欠泉のように迸る。
だが――本当に警戒すべきなのはマルグリットの全身から噴き出る闘気、ではなく。
その足許に展開されている、白く輝く聖灰の煌きだった。

ざ、ざ、ざ。
ざざ、ざざざ、ざざざざ。
ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ――

聖灰がふたたび何かを形作ってゆく。それも一体ではない。
そして、出現するのはアニマガーディアンのようにマルグリットが打ち倒したモンスター、ではなく――
あたかも鏡像のような『聖灰の』マルグリットが、六体。
マルグリットは聖灰に自らの溢れ出る闘気を分け与え、自分自身を複製したのだ。
聖灰とは千変万化。戦況に応じて武具にも防具にもなる。
その中でマルグリットは最終の極技を放つ前段階として、おのれを増殖させたのだった。

「エンバース殿、貴公は強い……。
 ゆえにこそ、私もそんな強者たる貴公を打ち破るため、奥義を放ちましょう。
 貴公に最大の敬意を払い……『聖灰の』マルグリット、参る!!!」

ゴウッ!!!!

灰で造られた六人のマルグリットが、一気にエンバースへと突っかける。
その勢いは、まさに暴風。破壊の大嵐。
六人のマルグリットは、単にマルグリットの外見を似せただけのレプリカではない。
マルグリットの闘気、そしてその血を与えられた、まさしく第四階梯の忠実なコピー……なのだ。
六人に増えたマルグリットが、その超絶の武技をエンバースへと解き放つ。
ダインスレイヴの衝撃波が幾人かの複製を捉える。その胴体を薙ぎ払う。
しかし、それだけだ。複製は一瞬腹部を裂断されるも、その部位が灰化。
すぐさま肉体を再構成し、何事もなかったかのように迫ってくる。
奇しくもそれはエンバース自身が攻撃の回避のために用いた戦術であった。
そして――

「此れなるは秩序の大渦!
 聖なる灰よ、其の身で大義を知らしめよ――――! 『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』!!!!」

ぎゅばっ!!!!

本体を含めた七体のマルグリットが、全天全地すべての空間から同時にエンバースへと襲い掛かる。
その拳は必殺。その脚は必倒。
アニマガーディアンを手もなく屠り去り、しもべとして使役したマルグリットの奥義。
ゲームには遂に実装されなかった、文字通りの奥の手。
それが、『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』。
アルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者。その第四席に籍を置く者の全力だった。

「はあああああああああああああああああッ!!!」

一度や二度の灰化では、マルグリットの奥義を回避しきることはできないだろう。
フラウの援護があったとしても、同じこと。エンバースと同じく灰で構築された六体のマルグリットが、
執拗に攻撃を繰り出してくる。
灰のマルグリット達がエンバースの視界を遮る。意識を自分たちへと向けさせる。
本体のマルグリットが灰の自分自身を突き破ってエンバースの懐へ、至近距離へと迫る。
凝縮され臨界に達した闘気によって、聖灰の男の拳が眩く輝く。

ドゴゥッ!!!!

マルグリット渾身の双掌がエンバースの胸に炸裂する。闘気が爆発し、轟炎が灰と化したその身体をさらに灼き尽くす。
生身の存在であれば、胴体を吹き飛ばされて即死しているだろう。
エンバースを大きく弾き飛ばすと、マルグリットは構えを解いた。
同時に六人の分身たちもその容を喪い、元の灰へと還る。

253崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 04:00:37
「……ひとつお訊きしたい。
 エンバース殿……私は。この『聖灰の』マルグリットは、貴公から見て然程に弱いのでしょうか?」

エンバースを見遣りながら、マルグリットはそう質問を投げかけてきた。
今の奥義は確かに全力だったのだろうが、最後の最後。双掌での爆殺は、人体の急所を僅かに逸れていた。
マルグリットは敢えてとどめの一撃を微かに外すことで、エンバースに致命的なダメージを与えなかった。
対話をするために。エンバースに疑問に対する答えを告げさせるために。

「私は本気で闘いました。貴公に対して手加減はしませんでした、少なくとも最後のそれ以外は。
 さりながら――貴公はそうではなかった。
 貴公は。何故、私に対して手加減をしていたのです?
 私は、貴公が本気を出すにも値せぬほどの弱者と……そういうことなのですか」

美しく怜悧な面貌の眼差しを鋭くし、マルグリットはそう問うた。

「隠さずとも分かります。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

右手の人差し指でスマホを指差す。
マルグリットはエンバースが『かつて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であった魔物』だということを知らない。
エンバースがモンスターを召喚しないのではなく、できないのだということを知らない。
だが、それを差し引いても、マルグリットがそう訝しむ理由はあった。

「貴公は戦闘中、幾度も上の空になっていた。注意が散漫になっていた。
 モンスターと対話していたのですか? それとももっと別の何かと――?
 何れにせよ、貴公はパートナーとの足並みが揃っていない。
 単騎でアニマガーディアンを狩れるほどの実力を持っていながら、貴公は何ゆえ然様な闘いをされるのか?
 私には、それがどうしても解せぬのです」

闘いとは実力の伯仲した者同士が互いの尊厳と信念、矜持――持てる総てを懸けて戦うもの。マルグリットはそう信じている。
だからこそゴブリンアーミーによる一方的な蹂躙を是としたロイ・フリントに口出しし、やるなら正々堂々とやれと言いもした。
それなのに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるエンバースが実力を秘し、
手抜きにも見える闘いをしたのでは、興覚めというものだろう。
元より、マルグリットはマル様親衛隊が心酔するこの世界の英雄のひとり。
エンバースとフラウの間にある溝が埋まらない限り、打倒することはおぼつくまい。
その溝が、一朝一夕に埋まるものでないとしても――それでも。

軽く、マルグリットはエンバースから視線を外して戦場を見回した。

「きなこもち大佐殿やシェケナベイベ殿が羨ましい。
 彼女たちはよい闘いをしたようです……互いの力と技、今まで背負ってきたもの……それらを遺憾なくぶつける闘いを。
 私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう」

大きく両手を上下に広げ、マルグリットは再度構え直した。
今度こそ、とどめの一撃が来る。
そう思った――が。

「!」

突如、マルグリットの足許に数本の矢が突き立つ。マルグリットは素早く後退し、矢の飛来した方向を見た。

「何者……!?」

「オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに」

「……な……」

マルグリットは瞠目した。
レプリケイトアニマの核、紅く明滅するアニマコアの上に、いつの間にかひとりの男が佇んでいる。
修道士めいた黒いキャソックに、くたびれたインバネスコート。頭にはテンガロンハットをかぶった、三十代後半くらいの男だ。
男は持っていたクロスボウを腰の後ろに仕舞い、無精髭のまばらな顎を軽くひと撫ですると、小さく笑った。

「呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ」

「……貴公は……いや、貴方様は……」

マルグリットはその姿を見たまま固まってしまっている。
にやり、と男は不敵な笑みを浮かべると、右手でテンガロンハットを押さえながらひらりとコアから飛び降りた。
そして不敵にもマルグリットの目の前を横切り、エンバースへと近付いてゆく。

「立てるかい兄さん。
 闘いに水を差しちまって悪いが、おたくの闘うべき相手は『聖灰』じゃねえ。
 おたくはダチ公を助けに行ってやんな」

そう言って右手を差し伸べる。その手には琥珀色の液体の入った小瓶が握られていた。
体力とダメージ全回復のポーションだ。飲めばマルグリット戦のダメージも回復するだろう。
エンバースに小瓶を渡すと、男はコートを翻して踵を返す。
漆黒のインバネスコートの背中に、大きな銀十字の刺繍がやけに目立った。

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 04:05:00
「俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!」

男はばしん! とエンバースの背を叩き、ジョンの方へと送り出した。
そんな男とエンバースの遣り取りに、きなこもち大佐との闘いを終えたなゆたが気付く。

「……あの人は……!」

「そら、スライム使いのお嬢ちゃん! それにネクロマンサーの兄さんにもだ!」
 
男はなゆたと明神へもアンダースローでポーションを放ってよこした。
それから、いまだに戦いを繰り広げているカザハとガザーヴァへ顔を向ける。

「さて」

ゆる、と男は軽やかな足取りでカザハたちの方向へと歩いてゆく。
ガーゴイルを弾き飛ばしたクィーンがいち早く男の足止めをすべく動く。その駒の底部からロケットのように炎が噴き出る。
クィーンの武器は無数の光の鞭だ。魔力で編まれた鞭が展開したボディから発生し、唸りをあげて男へと迫る。
その姿はモンスターの一種、ローパーのようだ。
が――男は慌てない。コートの内側から黒い革の鞭を取り出すと、クィーンに対抗するようにそれを振り上げた。

「女は生身が一番だ。ミスリル製の女なんざ、抱き枕にもなりゃしねえ」

びゅん! と鞭が空気を切り裂いてしなる。
驚くべきことに、男のたった一本の鞭は数で勝るクィーンの鞭を瞬く間にすべて縛り上げ、無力化してしまった。
クィーンは力任せに鞭を振りほどこうとしたが、男は力比べには応じなかった。あっさりと得物の鞭を手放してしまう。
代わりにコートから柄の伸縮する片手槍を取り出すと、男はそれまでの緩やかな歩調から一転、素早く身を屈めてクィーンに迫った。

「おねんねの時間ですぜ、女王陛下」

クィーンはすぐさま対処しようとしたが、得物の鞭はいまだに男の鞭に絡みついている。
男が恐るべき速度で放った槍の穂先が、クィーンの装甲の隙間に深々と突き刺さる。女王の駒は僅かに痙攣すると、
バチバチと躯体から火花を噴きながら停止した。
最強のミスリル騎士団、その一角がいともあっさりと轟沈した。その事実にミスリルメイデンが目を瞠る。

「なっ……、これはいったい……!?」

「図体ばかりでかくて、ウスノロだらけの騎士団だぜ。
 さ、話は聞いてたかい? おふたりさん。おたくらも早く仲間のところへ行ってやんな。
 『創世』の旦那が言ってたぜ、おたくらが力を合わせりゃ勝てねぇ敵はいねえってよ。
 このハリボテ騎士団は俺が受け持つ。……しっかりやんな」

「パパの援軍か……、助かった……!
 んなら遠慮なく頼らせてもらう! おいバカ、ジョンを助けに行くぞ!」

ガザーヴァは力任せに右足を捻じ込んで鍔迫り合いを解くと、ふらつきながらジョンの元へ足を向けた。
ミスリルメイデンにマルグリットが合流し、カケルと対峙していたルークらミスリル騎士団が標的を変更して男を包囲する。
しかし、男はまったく慌てない。それどころか右の口角に笑みを浮かべてさえいる。
そんな男に対し、マルグリットが口を開く。

「……賢兄」

「悪いな、『聖灰』。『黎明』に伝えといてくれや、今回俺は『創世』に付くってよ。
 『創世』の方が金払いがいいから仕方ねぇ。俺を雇いたきゃ、あと500万ルピは用立ててくれ、ってな」
 
「マル様、この男は……。やはり、そうなのですね。
 私にお任せを、我がミスリル騎士団を愚弄した罪、その命で購わせましょう」

ミスリルメイデンが一歩前に出る。
クィーンを一撃で葬られ、自軍をハリボテと愚弄されたことでかなり頭に血がのぼっているらしい。

「ミスリル騎士団ねぇ。ミズガルズじゃ通用したかもだが、このアルフヘイムじゃ通用せんぜ、お嬢さん?
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが邪魔されることなく、
 心置きなく仲間同士の決着を付けられるようにする……そいつが今回の俺のお仕事だ。
 さ……かかってきな」

「その大口……すぐに後悔させてあげるわ!」

ミスリルメイデンが騎士団に指示を飛ばす。ナイトが馬上槍を構え、ルークが大砲の照準を合わせる。
対する男がコートから出したのは、ショーテルのように湾曲した小鎌。そして――テニスボール大の爆弾。
男は目深にかぶったテンガロンハットの奥で微かに目を細めると、

「きっちり仕事させてもらうぜ。
 ――この背に担う十字にかけて」

そう、小さく呟いた。


【ジョンvsフリント、なゆたvsきなこもち大佐、明神vsシェケナベイベ、エンバースvsマルグリット決着。
 バロールの雇った助っ人乱入。カザハvsさっぴょんに介入。
 ジョンvsなゆた&カザハ&明神&エンバース戦開始】

255ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:17:30
>「……余裕、だな……。
 なまじ強くなったからと……驕るのは、敗北の一里塚……だ……。
 シェリーから……そう、教わらなかったのか……」

「………」

首を折って終わり。
誰の目にだってその結末は明らかだった。

漫画やアニメなら、ここから逆転する事はよくある事だ。
でも現実では、首を強烈な力で掴まれたら…意識を保つなんて事はできない。

>「……ジョン……。覚えているか……? 昔、三人で……家で、ホラー映画を観た……夜を……。
 映画の殺人鬼を……シェリーは、怖がって……途中から、観るのを……やめてしまったが……。
 お前は……最後まで、食い入るように……その、顛末を……見守って、いたっけ……」

「…オボエテナイ」

覚えてないなんて嘘だ。僕は記憶能力はそんなに悪くない…特に楽しかったあの時の記憶を忘れるなんて事は。

>「殺人鬼は……銃弾でも……炎でも、決して……死ななかった……。
 そんな、不死身の殺人鬼に……主人公たちは、どうやって……勝ったの、だった……かな……?
 懐かしい……な……!!!」

聞く耳を持った。一瞬でも思い出した。無意識に手の力が緩んだ。

その瞬間をロイは見逃さなかった。

「ナッ…」

ロイは、僕の首元にナイフを突き刺す事に成功した。

僕は即座にロイを投げ飛ばし、首元に刺さったナイフを抜く。

「ハア…ハア…」

ロイはナイフを突き刺す事に成功こそしたが…最後の力を振り絞ったのだろう…深く突き刺さる事はなかった。
蒸発するような音を立てて…首の傷は即座に修復された。その程度の力しかなかった。

だが落ち着くには十分な…もう少しで致命傷になりえる傷だった。

「これで終わりか?」

地面に叩きつけられたロイは…虚ろな目で僕を見る。
いくらポーションで回復したといっても…普通の人間ならもう既に死んでいてもおかしくないほどの出血をしていた。

「…これで終わりか?」

ロイはもう答える力もないのか…口をパクパク動かすだけ。

「わかった……なら、これで終わりだ」

僕は右手を振り上げて…その手を振り下ろすよりも先に…顔面から地面に激突した。

256ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:17:48
-------------------------------------------

そこは真っ白な空間だった。どこまでも続く上下左右真っ白な空間。なにもない。真っ白というのも錯覚で実は何もないようにも見える。ただ一つと一人を除いて

「兄貴が…頑張ってくれたみたいね」

そんななにもない場所で一つだけ存在する彼女と大きな扉の前で…ただ一人立ち尽くしていた。

「シェリー…?」

僕の記憶にあるままの…5歳の時のシェリーがそこには居た。

「今までは嫌味を言うのが精いっぱいだったけど…やっとジョン…あんたと直接対決ができるよ。いや直接ってのは正確な表現じゃないかも?」

そう茶化す彼女は年相応に見える。これは夢か?幻影どころか幻覚を見るようになってしまったのか?
しかし彼女の手に握られたナイフと僕の熊の腕と鱗に覆われたこの体が、夢ではなく…かといって現実ではなく、とにかくやばい場所にいる事を自覚させてくれる。

「亡霊が…なんの用だ?どうして僕はここにいる?ここはどこだ?…僕はロイと戦っていたはずだ…まさか」

ここに来る前ロイが言った言葉を思い出す。映画。絶対無敵の殺人鬼に効いた物……覚えている。それは…鉄棒…じゃなく

「そ、あんたは兄貴に毒を盛られたのよ。血を操り、体を巡る血その物が劇薬のチート野郎のあんたでもショックで気絶するくらいの猛毒をね」

「気絶だと?馬鹿な…今の僕の体はそんな毒が中に入ってきたら全部の血を入れ替えてでも排出しようとするはずだ…できないわけがない!」

「兄貴もあなたと同じ力を持ってるの…忘れてない?兄貴はクソ呪いにも効く毒を選別してきたのよ。…自分の体を使って」

その話を聞いた僕は戦慄した。正気の沙汰じゃない。偶然同じ力を得たからと言って自分で実験するなんて。
恐らくこの毒以外の事も試したであろうことも…用意に想像がつく。

「偶然じゃないわ。兄貴が力を…同じ力を身に着けたのは偶然じゃない…全部あんたの為よ」

「僕の為…?」

「兄貴はね、あんたにちゃんとした罪と罰を与える為に…人を殺して…あんたと同じ呪いを受けたのよ」

ロイが人殺しに走ったのは僕のせい?僕の為に?

「あなたに子供の頃の話とは言え冷たい態度を取ってそのまま別れた事を…兄貴はずっと後悔していた」

街で起きた惨劇を思い出す。無実人がたくさん死んだあの事件。
ロイやシェリーが言う事が本当なら…この世界に来るまでに人を沢山殺しているだろう事…。

「まあ?ただの子供にどんな事情があろうとも自分の妹を殺した相手を許しなさいってのは当然無理な話よね。でも兄貴は大人になってからもそうは思わなかった
ずっとあの時優しく接してあげれなかったんだろうと、向き合えなかったのかと自分を責め続けた………そこまでは別によかったんだけどね…」

やっぱり…ロイが人殺しになったのは…僕のせいなんじゃないか…
なんでだ?僕の人生。どうして僕の思い描く最悪の方に進んでいくんだ?

そんな事…してほしいわけじゃなかったのに…

257ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:07
「もういい、わかった。ありがとう…だからそこをどいてくれ、僕は戻らなきゃいけないんだ」

立ち上がり。扉に向かおうとする。

「ん〜…困るのよね、それじゃ…このまま兄貴を殺させるわけにはいかないの。
たしかに、兄貴は方向性を途中から見失って…許されない罪を重ねたけど…私個人としては当然死んでほしくないの、だから」

シェリーは僕と扉の間に割って入り。手に持っているナイフを僕に向ける。

「それで?僕を止めると?……君が例え本物だろうと幻覚だろうとなんだろうと…
 化け物になった僕は容赦なく殺すぞ…僕にもう恐れる物なんてなにもないからね」

僕の言葉を聞いたシェリーで大声で笑い転げる

「あはははははは!なにそれ!私しってるわ!それちゅうにびょう?って奴でしょ!まじでおなか痛い!」

「本気で邪魔できると思うのか?20年前ならいざしらず、君は5歳のままで、僕はもう26になる。体格差だって何倍も」

「ん〜…まあ?私は天才ですからね?この体だってそりゃ余裕ですとも?アンタ私の才能勝手に使っててそんな事も理解できないの?
本当は兄弟だけで決着をつけたかったけど…事の大きさはもう…私や兄貴が考えてた物より大きくなってしまった」

「それにね…彼女達…えーとなゆちゃんと〜明神さんと〜カザハさんと〜エンバースさん!
本当にいい人達よね…あの子達ならきっと貴方を助けてくれる。実際会った事はないけど、そんな気がするの
人を救うのは昔からそれはもう馬鹿がつくくらいのお人よしって決まってるでしょ?兄貴はともかく私に優しさなんてこれぽっちもないし?」

体が震えている。おびえているのか?ナイフを持っているだけの…目の前のたった5歳の少女に?

「だからって全部他人に任せるってわけにはいかない…あんたをそうさせた最低限の責任は取らなきゃ」

気づくと彼女の顔面が、僕の目の前にある。
なぜ?彼女と僕では身長差は3倍。いや4倍はあるはずなのになぜ僕は彼女と同じ目線に…

「彼女達の声を聞くなら……まずはあなたも全部をさらけ出さなきゃ。仮初の化け物じゃないあなたをさらけ出さなきゃね
本当の貴方で本当に伝えたい事を見せなきゃ、言わなきゃ…もし解決できたとしても…またこうゆう事が起きる」

足…足が…折れてる?いつの間にか両足があらぬ方向に曲がって…座り込むような体制になっていた。

「だからそうならないように…本当のあなたを…分からせてあげる。…徹底的に追い詰めてね」

そう言いながら彼女は僕の首にナイフを突き立てた。

「がっ・・・」

「目覚めなさいジョン。ブラッドラストにいいように使われるあなたはもう終わり。逆に利用して好き放題してやりなさい
どうしても貴方が勝てないというのなら…体にある呪いを…あなたを殺して、殺して、殺して…できる限り引きはがす」

僕は反撃しようと右手をシェリーに向かって振り回す。しかし掴まれ足で右腕を地面に叩きつけられてしまう。
シェリーは僕の首からナイフを引き抜き、右腕をナイフで切り落とし始めた。

「ガッ・・・ごほっごほ」

「化け物っていうのは…空想上の生き物でもなく、鱗に覆われた肉体を持つ者でもなく、熊の右腕を持っている者でもない」

シェリーは切断した右腕を適当に放り投げる。

「化け物の正体は…この世で最も恐ろしい化け物の正体は…人間その物なんだよ、ジョン。…あなたがそれを私にわからせてくれたの」

----------------------------------------------------

258ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:21

「グッ・・・グアアアアアアアアアアアアア!!!」

体が崩壊を始める。足はあらぬ方向に曲がり、首に穴が開き、右腕がちぎれ飛ぶ。
全身が裂かれ、鱗が一枚一枚剥がれ落ちていく。

再生よりも早く、崩壊が始まり、そしてまた再生され、再生した瞬間崩れ落ちていく。

「シェリー…シェリィイイイイイイイイイイ!!!」

おびただしいほどの血が流れていく。力が、力の根源が。僕の体から流れる。

時間にすればたった数分の出来事。
ジョンアデルの絶叫が響き渡り、血が流れ、ジョンアデルの血で水たまりができるまでたった数分。

耳が壊れる程の絶叫を数分続けた後…その絶叫を終えたジョンアデルの姿は…

「ぁ…あぁ…僕の右腕が…鱗が…無くなってる…」

五体満足の普通の人間の腕と脚。普通の肌。体の底からさっきよりもはっきりと感じられないブラッドラストの力。
血の池にも見える血だまりの上にいなければ…ただガタイがいいだけの一人の人間に見える。

「嘘だ…こんな事あっていいわけがない…だって僕は怪物で…化け物で…それで…」

僕は化け物でいなくちゃいけないんだ。みんなが望んだ僕にならなきゃいけないのに。
どれだけ力を込めようとも、熊の腕はおろか、鱗すら出現する気配もない

「これじゃあ…普通の人間じゃないか・・・!」

足音が聞こえる。誰かがくる。誰か?そんなの分ってる。

「…みんな」

普通なら血だまりに座り込んでる男相手に逃げるか、遠距離から攻撃するか…どっちかするだろうに…
近づいてくる。ゆっくりとだが…確実に…

「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」

なんていう無意味な質問。こんな事を聞いても帰ってくる言葉なんてわかりきっている。
なゆ達がお人よしなのは誰でもない僕自身が…王城でのなゆ達の戦いを見て…僕は知っている。

でもあの時の仲間割れとは話が違う。僕は本物の殺人鬼で、忌み嫌われて当然の人種なのだ。…それでも

助けてくれ。

そう口に出せばきっと…みんな本当の笑顔で手を差し伸べてくれるに違いない…

「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」

259ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:35
「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

一歩、一歩よろめきながらも血だまりの中をゆっくりと歩いていく。

「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……」

「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

本当は戦いたい。殺し合いたい。僕の心の半分は僕の殺人衝動・破滅衝動からくる衝動が支配していた。
あの日みたみんなの全力を受けられる。殺せる。殺してもらえる。

「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

自分で死ぬよりもよっぽどいい死に方ができるのではないか。その考えが頭を過る。期待している。
返答をわかった上で、僕はこの質問を全員に投げかけ…思った通りの返答を得、そして心の中でほくそ笑む

「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」

シェリーとのあの出来事が本物だとして…僕のブラッドラストの力が削られようとも…目の前の殺人を実行できないほどではない。
超人的なパワーもスピードも…元から僕には備わっているのだだから

「そうだ…そうだったんだよ…シェリーの言う通りだ…化け物でいる事に熊の腕も、鱗も…いらなかったんだ…」

スプラッターホラー映画に出てくる怪物は…大抵が頭のネジが外れた人間が多い。
もちろん若干ファンタジー要素が含まれる作品もある。でも根本は人間の欲だったり…恨みだったりをわかりやすくする要素に過ぎない。

「ニャ…ニャー!」
「…部長…君は本当にいい子だね…うん…本当にいい子だ」

僕は怯え、ダメージを受けながらも近寄ってきた部長を…

「僕の最後の一押しを手伝ってくれるなんて」

思いっきり蹴り飛ばした。

それと同時に足元の血が舞い上がり、まるで自分の意志があるかのようにジョンの周りを回り始める。

「ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら」

僕は周りで浮遊している血を掴み、形を整えていく。

「やっぱり一番メジャーで…分かりやすい形がいいな…」

260ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:58
捏ねる。整える。装着する。
同じ要領で武器も、自分の血で作る。

「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」

顔には血で作られたアイスホッケーマスク。
手には同じく血で作られた真っ赤な斧。

「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」

世の中には…映画を模擬した殺人犯は数多くいる。
スプラッターホラーの有名所ともなれば、さらに多くの模擬犯がでた。
その中ではまるで映画からでてきた怪物のようだったと評される殺人鬼も少なくない。

「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

だが映画のような超能力に限りなく近い力を使う模擬犯は過去に一人としていなかっただろう。
超人的なパワーも血操る魔法のような力も、現実ではありえない。

だが、もし…本当に現実にその両方を行使できる人間がいるとするならば…それは



ーーブラッドラストにいいように使われるあなたはもう終わり。逆に利用して好き放題してやりなさいーー
シェリーの言葉が脳裏を過る



「フッー…フッー…」

元がなんであろうと…化け物に違いない。

「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」

怪物は毒で倒されるが…追われる獲物は必ず殺人鬼に殺されなくてはいけない。
毒で怪物が知らぬ所で死ぬなんて映画やコミックでは絶対に許されない。

「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

舞い上がった血は集まり複数の形を成す。
ドゥーム・リザードの形に。ヒュドラの形に。巨大な熊の形に。ゴブリンの形に。
軍隊にも匹敵するほどの数が生まれ、ジョン・アデルの真っ赤な血で作られたそれらは…目的を吟味するような動きを見せると…獲物に向かって突撃した。

理性などなく、敵に向かって突進を繰り返すだけ。一見単純で、簡単に回避できそうな攻撃方法。
ドゥーム・リザードや熊は素早く敵を追跡し、ゴブリンは的にしては小さく、ヒュドラは巨体に似合った耐久力で相手に確実に接近する
何より…倒しても血はすぐに集まり再形成。そして物量で懐へ飛び込んでいく。

そして目標を射程に捉えた人形達は

ドン!

爆発するような音が鳴り、死の血の人形は勢いよく破裂する。
飛び散った血の勢いそのものが銃の威力にも引けを取らない威力を誇り、なによりもに触るだけで命を削る死の血の散弾がまき散らされる。

しかし、本命は人形達ではなかった。

261ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:19:24
殺人鬼は、血の対応に追われた獲物の隙を突き。目にも止まらぬ速さで獲物の背後に回る。

「キ・キ・キ」

化け物である殺人鬼は決して走ったりはしない…それは決して力を過信しているからだけではない。
獲物に最大限の恐怖を与える為、殺されるという恐怖を植え付ける為にすぎない。

だがそれはだれかが見ている時限定の話だ。
当然獲物を捕まえる為に歩きだけじゃ捉えられない。そんな時に映画でよく使われる方法。

「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」

姿一旦消し、背後から強襲する事。それは獲物にさっきまでゆったりと歩いていたのにいつの間にか背後にいた。
そんな恐怖と衝撃を与え…決して怪物が走れない弱者ではなく…ただ遊んでただけなのだと自覚させる最適な方法。

「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?死に方くらいは選ばせてやる」

実際は飛んでいようと、地上にいようと関係ない。
飛ばないなら手に持ってる斧を振り下ろせばいいし、飛んでも斧を投げればいいだけなのだから。

ホラー映画にでてくる怪物の恐ろしさは…必要な時に瞬間移動のように移動する素早さ。
不死身のようにあらゆる攻撃を真正面から受け止め平然と耐える耐久力
そして獲物と自分の間になにがあろうと必ず刃を届かせる勢い。力。

「死ね!」

斧は獲物に…カザハに向かって確実に向かっていった。

【部長を思いっきり蹴り飛ばし、壁に叩きつける】
【毒+妹の影響でブラッドラスト弱体化、自動回復機能停止】
【代わりに自分の欲を受け入れ殺人鬼モード突入。基礎身体能力大幅向上】
【猛毒入りの血で作った近寄ると爆発する人形をばら撒き攻撃、カザハに強襲】

262カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:14:30
>「あなたたち、チェスはご存じないかしら? 知らないわよね、シルヴェストルだもの。
 それなら教えてあげるわ……チェスの駒は六種類、今まで盤上にいたのは五種類。
 だったら……最後の駒はどこにいたのかしらね?
 当然の話、最後の駒は私自身。私こそが、このミスリル騎士団の『王者(キング)』――!」

「あはははは……なんだよ……最初から勝ち目なんて無かったんじゃん……」

笑っている場合ではないけど笑うしかないというやつだ。
モンスター同士で戦っても話にならないなら、本体さえどうにかすれば――という唯一の希望に縋って戦ったのに。
さっぴょんの言ったとおり、問答無用の負けイベント。対戦カードが決まった瞬間から勝負はついていたのだ。

>「私たちが仲間を切り捨てたと言ったわね。
 あなたたちに何が分かるのかしら? 私たちの何を……?
 ええ、ええ、確かに私たちはスタちゃんを置き去りにしてきました。それは紛れもない事実よ。
 けれど、あなたたちは今まで、それを一度もしてこなかったと言えるのかしら?」

「え、急に何……?」

>「私たちがこの世界に召喚されて、それなりの時間が経ったわ。
 現在生き残っているということは、あなたたちも短からぬ旅をしてきたのでしょう。
 その道程の中で――ただの一度も別れはなかったと?」

「一緒にするな! スマホぶっこわして荒野に放り出したりしてないわ!」

>「あなたたちに、私の大切な仲間の何が分かるというの?
 あなたたち風情が、どうやって私に思い知らせるというの?
 いいでしょう。やってご覧なさい――思い知らせて、みせればいい!!!」

実際には荒野に放り出してはいなかったのだが、悪の組織的なノリで離反者を始末したと思い込んでいるこの時の私達には、そんな事は知る由もなかった。

「”大切な仲間”……? どういう意味!? もしかして安全な場所に置いてきたとか?
よく分かんないけど許してぇええええええええええええ!?」

そうだとしたら、わざわざスマホを破壊したのはいろんな勢力に狙われないため……?
今はそんなことを考えている場合ではなく、カザハは一人で汚い高音選手権をしながらも生き残る算段を考えていた。(※勝つ算段ではないのがポイント)

(三十六計逃げるにしかず! 瞬間移動《ブリンク》がまだ一枚残ってる……
とどめが来る瞬間にそっちの背中に移動するから一目散に逃げるんだ!)

駄目人間っぽさ半端ない! かといって他に良い代替案があるわけでもなく、合理的な決断といえる。
逃げられるかどうかも分からないけど、戦って勝つよりは断然可能性がある。
ここにいても役に立たないどころか足手まといになるだけで、死ねばそれこそ迷惑だ。

(そして“戦闘の混乱の最中にどさくさに紛れていなくなった枠”でそのまま実家に帰らせていただきます!)

《黒歴史が拡散されますよ!?》

(そうだ! 親衛隊みたいにスマホを破壊すればいいんだ! どうして今まで気付かなかったんだろう!)

これはアカン! めっちゃいい方法に気付いたみたいな気分になっとる!

263カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:16:27
《ジョン君どうするんですか!? ……あ》

ジョン君はいつの間にか、あれ程暴れていたのが嘘みたいに地面に倒れ伏していた。

(もうボク達に出来ることは何もないよ……あとはなゆ達に任せよう)

満更間違ってもいない。本当は私だって分かっている。
こんなランカーやレイド級揃いのパーティに紛れ込んでしまっている事自体が圧倒的な場違いだということを。
見る限りではジョン君の生死は分からないが、良い方に解釈すれば、ロイとの戦いでひとまず落ち着いて気を失っているのだろう。
悪い方に解釈すると……それこそもう出来ることは何もない。

>「あなたがた風情に奥の手を見せることになってしまったけれど、まあいいわ。
 奥の手なんて、また考えればいいだけだもの。
 さあ……この『魔銀の王騎(ミスリルメイデン)』の力を存分に味わうといいわ。
 そして――私に大きな口を叩き、親衛隊の結束を侮辱した報いを受けなさいな!!」
>「……来なさい。『聖剣王(エクスカリバー)』」

「い―や―――――!! 来―な―い―で―――――!!」

カザハは腰を抜かして叫んでいる。
これは普通に素なのか密かに逃げる算段を巡らせていると思わせないための演技なのか……多分両方ですね。
この世界に来た直後に、ミドガルズオルムの攻撃も瞬間移動《ブリンク》で回避に成功している。
タイミングを見誤らなければ一撃はほぼ確実に回避できるだろうが……できるのかな……。

>「させるかよ!」

「どうして……?」

自分を守るために割って入ったガザーヴァを見て、意外そうな顔をするカザハ。
カザハはガザーヴァにとっては邪魔な存在で、放っておけば合法的に亡き者になる格好の機会だった。
否――それ以前にもしそんな事情がなくても、助けに来られなくても当然な状況だ。
仮にあのままカザハが死んでいても、誰もガザーヴァを責めたりしないし実際何の責任もない。

>「フ。いいのかしら? こんなことをして。
 ナイトとビショップを倒したわけではないのでしょう?」

>「うっせー! そんなの知ったことかよ!
 こんなヤツ、守る義理なんてないけど! なんなら死んだって構わないって、むしろ死ねって思ってるけど!
 でもな……それでも! ここでテメーに殺らせるワケにはいかないんだ!」

「そんな事したって何も出ないよ!? ボクが期待外れだってもう分かったでしょ!」

(そっちに行くからそいつから距離をとって!
早くここからいなくならなきゃ……それがボク達に出来る唯一のことだよ……)

264カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:17:56
今なら逃げられそうな隙があるのは、本体自ら戦い始めた影響でルークへの指令が若干手薄になっているからだろうか。
その一方、ナイトとビショップがガザーヴァの方に迫り、カザハが懇願するように叫ぶが、ガザーヴァは一歩も引かない。

「危ないからもうやめて! 大人しく殺られるつもりはないから……心配しなくても迷惑かけないから!」

>「コイツは! 仲間だから! ……ウチのパーティーの一員だから!
 見捨てちゃダメなんだ、一緒にいなくちゃいけないんだ!
 ボクは……正義の味方になる! だから……絶対に! ここで、コイツを見捨てたりなんてしない!」

いたら役に立つかもしれないからでも、死なれたら迷惑だからでもなく。
仲間だからという殆ど理由になっていないような、だからこそ揺らぎようのない理由。
それを聞いたカザハは、心底困惑したように、胸を押さえて苦しそうに叫ぶ。

「やめろよ! こんな役立たずを守って何の意味があるんだよ!」

>「世迷言を! ならばここで死になさい、幻魔将軍!」

ナイトとビショップの攻撃を一身に受けるガザーヴァを見て、カザハは……

「何だよそれ……何で君まで明神さんみたいなこと言うのさ……
あ、ヤバイ。ガチで心筋梗塞で死ぬかも……」

《ふざけてる場合ですか! ……ってえぇ!?》

そのまま気を失った。……マジで!? どうすんのこれ!? 
私、指令を出してもらわないとスキルも何も使えないんですけど!?

265??? ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:19:59
何の変哲もない一般人、あるいはどこにでもいる普通のモンスター、俗に言うところのモブこそが、カザハの元々の願いだった。
四大の精霊王の一角――風精王。
人間から見ると無いに等しい位の極めて稀に代替わりがあるらしいが、
《レクス・テンペスト》と呼ばれる王者の資質を持つ特殊なシルヴェストルだけが後継者になれるらしい。
カザハは、その資質を持って生まれながら、王になることを特に望まなかったため、
力を隠してただの平凡なシルヴェストルとして平穏な生活を送っていた。
でも風渡る始原の草原が人間に攻め込まれた時代があって、その時に人間の軍勢を退けるために力を使ったからバレてしまったんだって。
以後周囲には常にその力を利用しようとする者達が群がってきて、平穏な生活は送れなくなり、それは浸食が始まって世情が不安定になると、更に顕著になった。
“嵐の帝王”という名の通り、素質を持つ者の中には好戦的な気性を持つ者も多く、
次期風精王の地位を狙う候補者に襲撃されたことも、一度や二度ではないそうだ。

「キミのパートナーモンスターになったのはね……本当は自分の境遇から逃れるためだったんだ」

「私も白状するとお前を捕まえたのはレア度が高いし使えるからだったのさ――お相子だね」

「世界を救ったらキミの世界に一緒に連れて帰ってほしいな……。
何の変哲も力もない一般人として……平和に暮らしたい……。
…… 一般人どころか能力値は平均値より低いぐらいで丁度いいな。
あ、でも何の取り柄もなくなったボクなんていらないか!
愛してくれなくて、全然いいからさ……。ううん、むしろ愛してくれたらいけない」

何の取り柄もなければ、力を利用しようとする者が群がってくることもなく、自分を守ろうとした者が傷つくこともなく、平穏な生活を送れる。
特別な存在として愛されなければ執着されなくて気楽だし、死んでも誰も悲しませなくて済む。
カザハはそう考えたんだね。
そして気付いたら、カザハとカケルは私の子どもとして戸籍に入っていた。見事に何の取り柄もない一般人として。
いつの時点からそうなったのかは分からないけど、気付けばそうなっていた。
お前ら私より年上じゃん!とツッコんだら負けなやつだ。
だけど、私は過ちを犯した。何の利用価値も無いはずのカザハを、何故だか愛してしまったんだ――
きっと、その結果がこれだ。私が執着したせいで、カザハはこの世界に戻ってきてしまった。
全てを忘れたまま地球にいれば、過酷な戦いに巻き込まれるよりは多少つまらなかろうがずっとマシな人生を送れたのに。
ううん、これは本当に愛なのだろうか。
自分に出来なかったことを代わりにやり遂げてくれることを望むのは、やっぱりまた利用しようとしているだけなのかもしれない。

266カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:23:05
「ここは……」

そこは、風渡る草原だった。目の前で巨大な風車が回っている。
“始原の風車”――風渡る始原の草原の中枢、幾重にも張られた結界の中に存在するという。
普通の風車は風の力で回るけど、これは逆。
誰が作ったのか分からないけど太古の昔からそこにあり、
どういう原理で回ってるのか分からないけど世界中の風を生み出してるんだって。
その上に、虹色に輝く妖精の翅を持つ少女が腰かけている。
ボクと同じ、新緑のような色の髪とエメラルドグリーンの瞳。誰だかすぐに分かった。

「”一巡目”……」

少女は翼をはためかせ、ボクの目の前に降り立つ。

「あなたがここに来たということは、暗示が解けてしまったようね。強い力を望んでしまったのかしら?
……やっぱり私が出るしかないようね――
あなたには自由に生きて欲しかったけど……どう足掻いてもこの力からは逃れられないのね」

“一巡目”は、左手の甲に埋まったエメラルドのような宝石を示した。
王者の素質”レクス・テンペスト”をその身に宿す者は、体のどこかにこの宝石のような器官を持つ。

「なんだそりゃ、ボクにしてはえらくスカした口調だな」

「こっちが元々よ。マスターの前では違う自分になりたくてあなたの振りをしていたの。
あなたは云わば私が生きてみたかった仮初の人格……」

そうだった――
役立たずで、無能で、何の力も持たない一般人の人生は、他でもないボク自身が望んだものだった。
でも、それももう終わりだ。終わってしまう。
しかも、今度は1巡目と違って、望まぬ力に翻弄される被害者であることも許されない。

「入るパーティを間違えたのが運の尽きだったわね。明らかに付いてこれない者は置いていくのが優しさだと思わない?」

「……そう思うよ。これじゃあ何のために力を捨てたのか分からない。
ボクのままじゃみんなに付いていけないみたいだから……お願いします」

「分かったわ。全てが終わるまで――あなたはそこで待ってなさい」

267カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:24:24
「……と言いたいところだけど! その美少女の姿じゃあもろガザーヴァの2Pバージョンだし!」

「そこ!?」

「それに……アイツらが引き留めたのは君であって君じゃない気がする。だから……」

“一緒に来て”そう言おうとしたときだった。“一巡目”は左手の甲をボクの左手の甲に重ねた。
眩い光と共に力が乗り移り、宝石はボクの手の甲に移っていた。

「分かってる。これが欲しかったんでしょ? いいの。最初からそのつもりだったわ。
……行って! 今度こそ世界を救って!」

ボクは“一巡目”の腕を掴んだ。

「行って!じゃない! 一緒に行くんだ!」

「どうして? 私は救えなかった一巡目、失敗した周回の象徴――。その力さえあれば用済みのはずよ」

――き、君の相手はモンデンキント先生でしょ!? なんでウチなんかにこだわってんのよ!

――アイツがあのパーティでやっていくなら……ボクはいない方がいい。

ああ、一見雰囲気は違っていても、こいつはボクだ。
だったら意外と捻くれてるから、「君はボクだから」なんていうよく分からない曖昧な理由じゃ納得してくれない。

「だって……失敗は成功の元って言うし連れて行っとけばどこで役に立つか分からないじゃん。
ごめんね、アイツらと違ってエモい理由じゃなくて。地球で魂が穢れてずるくなったんだ。がっかりした?」

「ううん……合理的な理由で安心した」

ボクは”一巡目”の手を引いて、光に向かって走った。

268カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:25:52
「しっかりしなカケル! ブラストアタック!」

突然目を覚ましたカザハの指示を受け、私が何も出来ないと思って油断していたルークに突風を纏う体当たりをぶつける。
運よくクリティカルヒットしたのか、ルークはすっ飛んで行ってナイトに激突した。
気絶したように見せかけて隙を誘ったんですか!?
いや、あれはカザハじゃない――! 佇まいというか貫禄というかが全然違う。
多分、カザハの体に何者かが憑依したような状態。そういえばカザハのスマホに何か憑依してましたね……。

「ソニックウェーブ!」

いい感じに敵の布陣がばらけたところで、衝撃波の範囲攻撃。
誰だこの人は。いや、私はこの人を知っている。

《あなたは……。カザハはどうしたんですか!?》

「心配しなくてもじきに戻ってくる。カケル、カザハをしっかり守るんだよ。
その代わりカザハがそれが出来るだけの力をくれるさ」

憑依しているということはモンスター名で言うと”スペクター”か――
いわゆる幽霊みたなやつ。この世に未練を残して死んだ人間がモンスター化したもの。
薄々そんな気はしていましたがやっぱり野垂れ死んだ有象無象の中の一人に入ってしまっていたんですね……

「野垂れ死ぬよりはちょっと有象無象っぽくない死に方したんだけどまあいいや」

《ということは私の先代マスターも……》

「ニヴルヘイムの手に落ちちゃって後は知らない! ごめん!」

《ファッ!?》

そんなテヘペロ☆みたいな感じで言われても! それって十中八九死んでるじゃないですか!

「さぁさぁ、頑張るよ! 持ちこたえとけばみんなが先に勝負をつけて助けにきてくれるからね!」

《あっ、そういう作戦……!?》

実際にはそれを待つ必要もなく、ダサカッコイイコートのおじ……お兄さんの乱入によって事態は大きく動いた。

269カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:27:29
>「なっ……、これはいったい……!?」

「援軍ってマジだったんだ……!」

カザハはいつの間にか元に戻っていた。
さっきまでと違うところが一つだけあるとすれば……左手の甲にエメラルド色の宝石のようなものが出現している。
左手の甲って……邪気眼ですか!?

>「図体ばかりでかくて、ウスノロだらけの騎士団だぜ。
 さ、話は聞いてたかい? おふたりさん。おたくらも早く仲間のところへ行ってやんな。
 『創世』の旦那が言ってたぜ、おたくらが力を合わせりゃ勝てねぇ敵はいねえってよ。
 このハリボテ騎士団は俺が受け持つ。……しっかりやんな」

「ありがとう! 負けイベントのお助けキャラって実在したんだね……!」

負けイベント言うなし!

>「パパの援軍か……、助かった……!
 んなら遠慮なく頼らせてもらう! おいバカ、ジョンを助けに行くぞ!」

>「悪いな、『聖灰』。『黎明』に伝えといてくれや、今回俺は『創世』に付くってよ。
 『創世』の方が金払いがいいから仕方ねぇ。俺を雇いたきゃ、あと500万ルピは用立ててくれ、ってな」
>「マル様、この男は……。やはり、そうなのですね。
 私にお任せを、我がミスリル騎士団を愚弄した罪、その命で購わせましょう」

マルグリット&ミスリル騎士団VS十字架コートお兄さんの戦いが始まるのを後目に、私達はジョン君の方へ向かう。

私達が行った時にはジョン君は、見る限りでは普通の人間に戻っていた。
一時は物凄い絶叫をあげていてどうなる事かと思ったが――
どういう経緯かは分からないが、もう私達の出る幕がないのなら、それが一番いい。

>「嘘だ…こんな事あっていいわけがない…だって僕は怪物で…化け物で…それで…」
>「これじゃあ…普通の人間じゃないか・・・!」

「ジョン君! 元に戻ったの……!?」

>「…みんな」

皆が安堵と少しの警戒の入り混じったような様子で近づいていく。
当然だ。先ほどまで見るからに化け物になって暴れていたジョン君が、少なくとも見た目は元通りになって落ち着いているのだから。

「早くヴィゾフニールに乗ってエーデルグーデに行こう!」

>「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」
>「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」

カザハは、尚もロイに追撃せんとするジョン君の前に立つ。

「大丈夫だよ。もうヘロヘロじゃん、今更何も出来ないって!」

270カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:29:41
>「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

「ジョン君……少し休もう。色々あって混乱してるんだよ」

>「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……」
>「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

明らかにまだ様子がおかしい。
……確かに見た目は普通の人間に戻ったが、果たして本当に事態が改善されたのか、怪しくなってきた。
本当にヤバい化け物は普通の人間の姿をしている説もありますもんね……。

>「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

「いい加減にして! それって嘱託殺人じゃん。君はずっとそれで苦しんできたんでしょ?」

>「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」
>「そうだ…そうだったんだよ…シェリーの言う通りだ…化け物でいる事に熊の腕も、鱗も…いらなかったんだ…」

……これはアカン、やっぱり何一つ事態は好転していない!
ジョン君は駆け寄ってきた部長を蹴り飛ばすと、血を操って防具や武器を作り始めた。

>「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」
>「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」
>「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

「君は……化け物だから望んでブラッドラストを手に入れたんだね。
じゃあ……一度は捨てたこの力を望んで取り戻してしまったボクも化け物なのかな……。
……でもボクは、命に限らず奪い合いは嫌いだ」

カザハの左手の甲の宝石が輝く。背に虹色の翅が現れ、その体がふわりと少し宙に浮かぶ。
そういえば1巡目のカザハ、こんな感じだったかも。
もしかしてさっきの、負けイベント→覚醒 の黄金パターンだったんですか!?

>「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」
>「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

血が様々なモンスターの形となって、襲い掛かってくる。

271カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:33:13
「響き合う星辰の調べ《アストラル・ユニゾン》!」

カザハが左手を掲げると、風が吹き抜け、パーティ全員を風属性のエフェクトである緑の光が包み込む。
王者の資質を持つ者は、それぞれ特殊な固有スキルを持っているとか。これがカザハのそれですね。
魔的な風でアストラル体を共鳴させて力を増幅するとかなんとかいう原理らしいけどよく分かりません。
平たく言えば全体バフなんですが、これの最大の特徴は、メンバーの数が多いほど、
メンバーの中に強い者がいるほど、強力になること。
まさに数の暴力を体現する、考えようによっては、見るからに分かりやすい暴力的なスキルよりもずっと危険な力。
これが1巡目で私達が強敵と渡り合えて来た理由。
……カザハのマスター、コレクタータイプでやたらたくさんモンスター持ってたんですよね。
これは弱い側ほど補正値が大きくなるらしく、
その上カザハのパートナーモンスターである私にはMAXで効き、一時的にレベルが爆上がりした。

「カケル! トランスフォーム!」

トランスフォームって何だ!?と思う間もなく、眩い光が私の体を包み込む。
一瞬後……私は久々に人型になっていました。
頭にはふわふわの馬耳、額に小さめの角、腰にはふさふさの尻尾。背には天使のような翼。
手にはユニサスの角をモチーフにしたような剣。足には、馬の蹄を彷彿とさせる、蹴ったら痛そうなブーツ。
馬の時のたてがみと同じ色の太陽のようなセミロングの金髪に、聖騎士みたいな服装の……

「すごい、美少女になった……!」

――美少女らしいです。これは高レベルのユニサスに存在する、擬人化形態。
まあ、姉(少年)と弟(美少女)でバランスが取れたんじゃないでしょうか。
ブレモンはシステム上モンスターに性別が設定されていないため、こんな適当な事になっているのでしょう。
カザハは「自動戦闘モード」を設定し、私は自由に動けるようになった。
俗に言うAI戦闘。人語を操る程知能が高いモンスターに対して限定で実装されている機能。
裏を返せば普段はシステム上人間並みの知能があるとはみなされていないということですね……。
馬だからね、仕方ないね。
カザハは、明神さんに強化魔法をかけました。

「――エコーズオブワーズ」

効果としては普通に対象が使う魔法を強化するスキルなんですが、
一応風属性らしく、フレーバーテキストによると”言霊にエコーをかける”そうです。
つまり……レスバトルにも効果が期待できるということ。

「あの分からず屋にガツンと言ってやって! ボクとカケルで君まで繋ぐ!」

カザハを守るように前に立った私は、襲い掛かってきたヒュドラの首を斬り飛ばす。

「真空斬――!」

その瞬間、血のヒュドラはけたたましい爆発音を立てて破裂した。
避けきれなかった血しぶきを翼でガードするが、血が付着した部分が煙を立てて溶ける。
ユニサスはユニコーンペガサスの略。
このレベルになると元々の風属性に聖属性が追加され、ユニコーン由来の浄化の力を持つのでこの程度で済んでいるが……。
生身の人間にかかろうものなら一大事だ。

272カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:40:42
「それなら……サフォケーション!」

効果範囲内の人形が蒸発するように消え失せる。――正確には蒸発ではなく沸騰だ。
これは本来、真空状態を作り出して主に敵を窒息させる用途で使われる攻撃スキル。
血の大部分は水分であり、水は真空状態では常温でも沸騰する性質を応用しているのです。
この調子でひとまず血の人形を片付けていけば……。

>「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」

「しまった……!」

前に立って守っていたつもりが、カザハがいつの間にか背後を取られている。
私としたことがしっかり守るように言われたばかりなのにこれじゃあ怒られてしまう!
血の人形に気を取られていたのが、相手の思う壺だった。
そりゃそうだ。こんな凶悪な全体バフ持ってる奴がいたら真っ先に潰しにかかるわ!

>「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?
死に方くらいは選ばせてやる」

究極の選択を突き付けられたカザハは――

「カケルぅうううううううう!! 助けてぇえええええええええええ!!」

普通に一目散にこっちに逃げてきた!? 当然のごとく、その背に向かって血の斧がぶん投げられる。

「瞬間移動《ブリンク》!」

カザハはその場から掻き消え、ジョン君の背面上空に現れた。
……そうか! さっき使わなかったからまだ残ってたんですね! ガザーヴァが身を挺して守ってくれたお陰ですね……!
ところで、こっちに向かって逃げてきていたカザハが消えたということは、必然的に血の斧が私の方に向かって飛んでくる。

「カケル!」

「分かってます! サフォケーション!」

飛んできた血の斧を真空のスキルで消す。一方のカザハは、精霊樹の木槍を柄に、風の大鎌を作り出す。

「――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

私は翼をはためかせてカザハの隣に並び立った。立つというか実際には二人とも浮かんでるんですが。
戦闘開始時、血の武器は一瞬で出来たわけではなく、少しだけ時間がかかっていた。
つまり、斧を手放した今がたたみかけるチャンス。
最初からそれを見越して斧を投げさせたのかって? ――多分たまたまでしょう。

273カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:41:54
「妖幻の舞《フェアリー・ダンス》!」

妖精系種族の高レベル戦士が使う、飛行タイプのアドバンテージと素早さを最大限に生かした、ヒット&アウェイの連撃。
大鎌といったら死神のイメージも強いですが、これは風の鎌。
日本の伝承にあるカマイタチのように、致命傷を与えずに体の表面だけを切り裂いていく。

(ブラッドラストは血を媒介にする呪い……。血を枯渇させれば呪いの影響を減らせるかも!)

確かに、ジョン君は最初大量の血だまりの上にいた。血が流れた分だけ呪いの影響が減ったとも考えられる。
飛び散る血をそのままにしておくと反撃に使われるところですが、私のスキルで即時に蒸発させます。

「さっき、なんで構うのかって言ったね……」

大鎌を振るいながら、カザハが語り始めた。

「ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!」

こんな時にいきなり何言い出しちゃってるのこの人! しかもめっちゃ説明的!

「そのためには! 失敗した前回とは別のルートに入らないといけない!
でもどこがルート分岐の特異点になってるか分からない! だから! 前回失敗したところは全部成功させなきゃ!」

「というわけで全然君のためじゃないんだ! 夢のマイホーム隠居生活諦めてたまるかぁあああああああ!!」

いい人がよく言う”君のためじゃない”じゃなくて普通にガチな意味で君のためじゃないですね!
アイスホッケーマスクで表情は見えませんが、さぞかしジョン君も呆れていることでしょう。
ところで、顔だけ防具を付けて心臓とかの急所がある体は特に防具無しというのも妙ですね……。

「もう! 反応見えないとやりにくいなあ! ……それ被ってるのはもしかして表情隠すため?」

カザハが容赦なくそこに切り込みます。
一方の私は、上空に陣取り狙いを定め、カザハの連撃スキルが終わると同時に決め手の一撃を叩き込みました。

「――吹き降ろし馬蹄渦!!」

人型バージョンでのこのスキルは、上空からの自由落下を利用しての、渦巻く風を纏う両足ドロップキック。
それを顔面に直撃させました。ちなみにこのスキル、上手くいけばスタンの追加効果がかかります。
アイスホッケーマスクが吹っ飛ぶかはじけ飛んでくれれば儲けものなのですが――
だって、レスバトルするなら向こうからだけこっちの表情が見えてこっちからは見えないのはフェアじゃないですよね!

274明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:31:08
波濤の如く押し合いへし合う『音』の激突。
ブレイブとブレイブ、クソコテと上位プレイヤー、アイドルとロックンローラー。
色の異なるふたつの力が拮抗を重ねるなかで、シェケナベイベは――笑った。

>「ははッ、面白ぇーっつーの! うんち野郎、あんたとMCして! 対バンして!
 地球じゃ思いもよらなかったよ、あんた……デキるヤツだったんじゃん!」

「自分でもビックリしてんぜ!陰キャ極まるこの俺が!お前みてーなパリピと楽しく対バンできるなんてなぁ!
 パンクロックなんざ鼓膜の寿命縮めるだけの騒音だと思ってたが……撤回するぜ。
 お前の音は、音楽だった。旋律はたしかに、俺のハラに響いた!」

俺も笑った。大気を震わす轟音のなかでも、二人の声だけは、ちゃんと互いの耳に届いた。

>「――でもな! 勝つのはあーしだ! あたしたちなんだ!!
 あたしだっていっぱい背負ってきた! 抱え込んできた! そいつは何があったって下ろせない、下ろしちゃいけない!
 あたしは――あたしの絆で! あんたに………………勝つ!!!」

「負けねえよ。今さらどっちの背負った荷物が重いかなんて、比べるつもりもねえ。
 お前に比べりゃ急造品の絆でも、俺にとっちゃ代えの効かねえ一品モノの結束だ。簡単に切れてたまるかよ。
 ピッチ上げてくぞシェケナベイベッ!今夜はとことん付き合うぜ、喉が枯れるまでなぁっ!」

――この世界に来てから、俺は『らしくない』ことばかりしている。
誰彼構わず噛み付いて、この世のすべてを敵に回してたうんちぶりぶり大明神が、
あろうことか『仲間の絆』と来たもんだ。昔の俺ならこっ恥ずかしくて即刻ハラを切ってるだろう。

熱血なんて、ガラじゃねえにも程がある。
他人の足を引っ張ることが俺の存在理由なんじゃなかったのかよ。
なんだってこんな、少年誌の主人公みてーな臭いセリフがスラスラ出てきやがるんだ。

だけど、そういう自分の心変わりを、悪くないと思ってる俺が居る。
仲間だとか絆だとか、鼻で笑って距離を置いていたものが、今の俺を支えている。
失われた青春を、取り戻すかのように。

……ああ、俺がジョンに執着する理由が、なんとなく分かった。
俺は手放したくないんだ。この世界に放り出されて、命からがら逃げ回ってるうちに手に入れてきたものを。
望んで投げ捨てたはずの、仲間や友達っていう人との前向きな関係が、いつの間にか掛け替えのないものになってた。

気づかせてくれたのはお前だ、シェケナベイベ。
お前がこの世界で、どんな思いでスタミナABURA丸と別れたのか、俺には知るよしもない。
『一緒に居ることをやめた』、その選択は、きっと正しかったんだと思う。
ジョンをこうして戦いの場に引っ張り回すのは、俺があいつを手放したくなかったからでしかない。

シェケナベイベの、マル様親衛隊の在りようは、俺たちと違う選択をたどった未来の姿だ。
真に仲間を想うからこそ袂を分けた親衛隊。傍に居続けることを選んだ俺たち。
どちらが正しいのか、答えは出ない――出す必要なんかない。

正解はまだ決まっちゃいない。
そいつを決めるのは、俺たち自身だ!

275明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:32:00
>『イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

アニヒレーターの爪弾くスピードが上がる。音撃の壁が少しずつ、ヤマシタを押し返し始める。
まだ余力を残してやがった――違う。限界なんざとっくに超えてる。
それでもアニヒレーターを、シェケナベイベを突き動かすのは、やっぱり『絆の力』なんだろう。
奴の言葉通りに、培ってきた時間の違いが、そのまま地力の差として戦局を傾けていた。

「くっそっ……負けるなヤマシタ!喉を使い切っても構わねえ、絆の強さで……負けたくない」

思わずスマホに手を遣る。ここから更に火力を高める方法は俺にもある。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――単純な攻撃バフだが、拮抗している今ならほんの少し上回れるだけで良い。
こいつを使えば、アニヒレーターの限界突破を更に押し込んで勝ちを拾えるはずだ。

だけど、スペル選択画面を表示したまま指が動かなかった。
デバフでも拘束でもなんでもない。俺自身の意志が、安易な戦術を否定していた。

今、目の前で起こっているのは単なる火力のぶつかり合いじゃない。
俺とシェケナベイベの絆の激突。想いを音に乗せて比べ合う対バンだ。
バフ一個乗せたら勝てましたなんて結末を、受け入れたくない。
シェケナベイベはそれでも納得するだろうが……俺自身のプライドが、そいつを許容できなかった。

本当に、らしくない。
合理的な戦術を放棄して、根性で頑張る。そんなもんがうんちぶりぶり大明神の戦い方か?
でもまぁ、今だけはそれで良い。今日の俺は――正義の味方の、笑顔きらきら大明神だ。

「根性見せろ、ヤマシタァ!」

俺の選択は、何の足しにもなりやしない、ただの応援。
アルフヘイムに来て以来ずっと付き合ってきてくれたもの言わぬパートナーは、それでも応えてくれた。
スキャットのトーンが一段上がり、塗り替えられつつある弦音と歌声の版図が、ほんの僅かに停滞した。

そして、それが決め手となった。
アニヒレーターのギターの弦が破断する。フレームが崩壊していく。
ヤマシタの大剣で刻まれた傷が、度重なるギターの酷使によって、致命的な破壊を引き起こす。

耳をつんざく超絶技巧の演奏が途絶えた。
ヤマシタの拳を阻むものは、もうなにもない。

>『ギャボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!???』

光と闇の螺旋と化した『聖重撃(ディバイン・スマイト)』がアニヒレーターの顔面にクリティカルヒット。
そのままふっ飛ばされ、ギターの破片をぶち撒けながら壁へと激突する。
放射状に広がる亀裂の中心で、アニヒレーターは沈黙していた。

>「イ……、イン、ギー……」

同時、シェケナベイベが悄然と膝をつく。
パートナーの行使はブレイブにとっても負担だ。
準レイド級のアニヒレーターが倒れれば、当然それを操るシェケナベイベも倒れておかしくはない。

「……げっほ、げっほ、おえっ……!」

――そして俺もまた、激烈な消耗でぶっ倒れる寸前だった。
デスクワークで体力がないってのもあるが、『怨身換装』の連続使用はマジで効いた。

276明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:32:59
怨身換装は死霊術と銘打っちゃいるが、実際は違法パッチによるパートナーの改造みたいなもんだ。
もっと平たく言うなら、MOD(外部ファイル)でキャラデータを不正に書き換えているに近い。
そしてMOD入れたゲームが重くなるように、術者には相応の負荷がかかる。

頭はガンガン痛えし、ぜえはあ息は切れるし、指先にはうまく力が入らない。
全力疾走した直後みたいな疲労感が、鉛のように俺の四肢を縛っていた。
フラフラになりながら、それでもぶっ倒れずにいたのは、アニヒレーターが立ち上がりつつあったからだ。

>「まだだ……、こんなところじゃ、終われやしないんだ……!
 あたしたちの絆は……強さは! こんなもんじゃない……こんな程度なんかじゃ、ないんだ……!
 あたしは……証明を……約束、を……守って……、アブラっち……」

「……だよな。どれだけ追い詰められようが、お前はまだ立ち上がる。立ちはだかる。
 お互い様だ。俺も自分の信じる絆のために、ここでぶっ倒れるわけにはいかねえ」

カラカラの喉から出た言葉通りに、俺にはシェケナベイベを突き動かすものが理解できた。
これが最後だ。死ぬ気で指を動かせ。体力が残ってねえなら――気合で頑張れ。

>「ギターがなくなっても……まだ、闘える……。
 スペルカード……『マグマのようにミキサーを操る男(ムラタ・ザ・マグマミキサー)』……プレイ……!」

「……スペルカード『工業油脂(クラフターズワックス)』――プレイ!」

そして、勝負は決した。
シェケナベイベがスペルを選択するその刹那、虚空を迸るワックスがスマホに着弾し、覆い尽くした。

市販される殆どのスマホはタッチパネルに静電容量式を採用している。
指先なんかの導電体で触れることでタッチを認識するために、例え防水機能があっても水没時には反応しなくなる。
導電する液体で画面全体が覆われれば、指先のタッチと区別出来なくなるからだ。

普通にワックスぶっかけるだけじゃ簡単に避けられただろうが、
俺もシェケナベイベも立ってるのがやっとの満身創痍だ。避けることも弾くことも、出来なかった。

ここでスペルが使えたのは、ヤマシタとアニヒレーターの拮抗で、追加のバフを炊かなかったからだ。
俺たちの絆をギリギリまで信じて……賭けに勝った。

奥の手のスペルは不発に終わり、今度こそシェケナベイベは腰を落とす。
召喚を維持出来なくなったお互いのパートナーが輪郭を溶かし、光の粒となってスマホに戻る。
今この場に立っているのは――膝を震わせながらだが――俺だけだった。

「世界救ったら、も一度対バン組もうぜ。今度はスタミナABURA丸も混ぜてさ。
 こっちも選りすぐりのイカれたメンバーを用意する。最高のギグにしよう」

音響の余波でぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で整えて、俺は踵を返す。
ボロボロで魔力もカラッケツだけど、それでも仲間の待ってる場所へ。

「思い出に残るセッションになったぜ、シェケナベイベ。……GGWP」

 ◆ ◆ ◆

277明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:33:50
振り返った俺の目に飛び込んできた光景。
きなこもち大佐を下したなゆたちゃん。さっぴょんと鎬を削り合うガザーヴァとカザハ君。
ロイ・フリントと超速の肉弾戦を繰り広げるジョン。
そして――マルグリットの足元で倒れ伏すエンバースの姿だった。

「焼死体……!」

傲慢とさえ言える超然とした態度、削げ落ちた表情筋でも分かる余裕ぶった立ち振舞い。
『ブレイブ殺し』の先駆者――その全ての背景を否定するように、五体を地に投げ出している。
あのエンバースが、負けた……?自分の目を疑うまでもなく、眼前に広がる惨状は現実だった。

言うまでもなく『聖灰の』マルグリットはアルフヘイム最強集団の一人だ。
まだ末席だったガンダラの時ですら、レイド級と互角に渡り合う実力者だった。
いわんや、旅を続けて鍛え込んだ今なら、俺たちと親衛隊が束になったって易く勝てる相手じゃないだろう。

それでも、エンバースなら……アジ・ダカーハ相手にすら一歩も引かなかったこいつなら、
こんな手も足も出ないままに敗北することはないだろうと、無根拠に考えてた。
果たせるかな、現実は火を見るよりも明らかだった。

そしてそれは、当のマルグリットからしても不可解だったらしい。

>「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

……そういえば、俺はあいつのパートナーを見たことがない。
なんかスマホから触手みたいなのがウネウネ出てるのは何度か見たが、あれが本体ってわけじゃあるまい。
アコライトでの戦いの時から、こいつは頑なにフルサモンをしなかった。

舐めプしてボロ負けしたならまだ、ただの大馬鹿野郎で済む。
クリスタルの消耗を抑えるためってんなら、それで負けてちゃ世話もない。
だけど、ゲームに対してはどこまでも真摯なこいつが、命のかかった状況でまでそれを貫くとは思えなかった。

つまりは――『できない』ってことなんだろう。
"燃え残り"であるがゆえに、正規のブレイブとしてシステム上扱われていない。
画面もバッキバキになってるあのスマホは、『ブレイブが持っていない』がために、十全の機能を発揮できる状態にない。
そんな状態でよくここまで戦えたなコイツ……。

>「私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう」

呑気に分析してる場合じゃなかった。
マルグリットは至極残念と言わんばかりに嘆息すると、あぎとの如く開いた五指を上下に構える。
エンバースに抗う術は残されてない。

「待て……!」

俺は叫び、駆け出そうとして、つんのめる。
足がうまく動かない。膝はさっきから笑いっぱなしだ。一歩でも踏み出せばその場で崩れ落ちかねない。
アニマ突入後からの連戦とシェケナベイベとの死闘で、もう完全にガス欠になっていた。
制止の声にマルグリットが応じるはずもなく、致死の一撃が振り下ろされんとして――

――どこからか飛んできた矢が、マルグリットの歩みを阻んだ。

278明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:34:22
>「何者……!?」
>「オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに」

矢の主は、上。アニマコアの直上にひとつの人影がある。
泰然とクロスボウを構えるその姿は、マルグリットと同じく、俺のよく知るものだった。

テンガロンハットにインバネスコート、その下にはごちゃごちゃした無数の武器。
くたびれつつも男前の影を残す相貌と、飄々としたニヒルな口元。
ここからじゃ見えないが、きっとコートの背中にはでっかい十字架がプリントされてることだろう。

「バロールの言ってた"援軍"って……こいつかよ……!」

――十二階梯の継承者がひとり、第二階梯『真理の』アラミガ。
大陸最強の暗殺者にして、金次第でありとあらゆる荒事を請け負うバウンティハンター。
その陰の射したビジュアルに相反する衣装のセンスからクソダサコートおじさんの愛称で親しまれている、NPCだ。

主にマルグリットのせいで忘れがちだが、十二階梯は別に戦闘を目的にした武装集団ってわけじゃない。
来たるべき滅びとかいうふわっとした脅威に備えてローウェルが参集した賢者の集まりだ。
もちろんその辺の軍隊からすりゃ比べるべくもない戦闘力があるにはある。
だけどそれは、『強い奴を集めた』からじゃなく、『集まった奴らが強かった』っていう副次的な話だ。

そしてアラミガは、そんな研究者畑の十二階梯にあって、唯一『戦闘専門』の継承者。
十二階梯にまつわる一切合切の荒事を請け負って、その全てを解決してきた……本物の武人だ。

階梯って序列付けを無視して純粋に継承者の腕っぷしの強さでランキングを作るなら、
ぶっちぎりでこいつが一位を取るだろう。シナリオでは魔王バロールも大金積んで雇ったほどだ。

>「呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ」

そう、大金――アラミガは傭兵だ。
金さえ払えば敵にも味方にもなる。世界の都合とか、正義とか、一切の関係なしに。
大賢者ローウェルに歯向かわんとするバロールが味方につけるなら、こいつ以上の選択肢はないだろう。

>「俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!」

「へっ……拝金主義、大変結構じゃねえの。ローウェルの遠慮深謀にもうんざりしてたところだ。
 ジジイの正道に抗って、邪道で世界救おうっつう俺たちにゃ、お誂え向きの味方だぜ」

>「そら、スライム使いのお嬢ちゃん! それにネクロマンサーの兄さんにもだ!」

アラミガが何かをこっちに放る。
お手玉しながら受け止めたそれは、回復のポーションだった。
体力も魔力も全回復させる、エリクサーめいた最高級品……これも経費で落ちてんのかな。
アンプル栓を親指でへし折って、中身を一気に呷った。

……煮詰めたドクターペッパーみてえな味がした。
空きっ腹に注がれた薬液はすぐに効果を発揮し、疲労困憊だった身体に活力が戻ってくる。
足の震えが止まった。ちゃんと動く……踏み出せる。

「助かった。おらっいつまで床舐めてんだ焼死体!ジョンのとこ行くぞ!
 っと、その前にカザハ君とガザーヴァ助けにいかねーと――」

突然の闖入者に一瞬空気が停滞したが、さっぴょんの方ではまだ戦闘が続いてる。
チェスの駒にタコ殴りにされてるガザーヴァと、逃げ惑ってるカザハ君はほっとけない。

279明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:35:12
>「おねんねの時間ですぜ、女王陛下」

俺がそっちへ足を向けるよりも早く、アラミガの懐から鞭が閃いた。
さっぴょんのパートナーが振るう鞭を鞭同士で絡め取り、懐へ跳躍。
返す刀の槍の一撃で、瞬く間に一体を仕留めてしまった。

「つっ……つよ……」

これだ。『真理の』アラミガが十二階梯の最上位クラスで居続けられる理由。
それは、単純に、純粋に、こいつが強いからだ。

ハイエルフだのワーウルフだのの人外やユニークスキル持った魔術師だのが並み居る十二階梯において、
アラミガは特筆すべき出自を持ってるわけじゃない。
アルフヘイムの普遍的なヒューマンで、魔術師でも錬金術師でもない。

身に付けた技術と大量の武器を使いこなし、使い潰し、万難を排して敵を倒す。
一見地味にすら思えるその戦い方で、百戦を生き残り、百以上の敵を屠ってきた。
街ひとつ消し飛ばす魔法がなくても、死なずに殺せばそれで勝ち――そんな机上の最強論を、実現してきた男だ。

対人ランク最上位層のブレイブと、大陸最強のNPC。
奇しくもアルフヘイムの頂上決戦と相成った戦いに、俺たちが介在する余地はない。

包囲を脱出してきたガザーヴァと合流して、俺はアラミガに背を向けた。
頼もしき助っ人は、でっけえ十字架の刻まれた背中越しに小さくつぶやく。

>「きっちり仕事させてもらうぜ。――この背に担う十字にかけて」

……ほんとダッセぇなその決め台詞!!

 ◆ ◆ ◆

280明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:36:21
かくして、一度は分断された俺たちはジョンの元に再び集う。
誰も彼も、無傷とは言えない。俺も回復してるとは言え、一張羅が埃だらけだ。
矢面に立ってたエンバースやガザーヴァはもっとズタボロで、連戦に耐えられるかは分からない。

それでも、もう一度俺たちはジョンの前に立つ。
今度こそ、こいつを苛む呪いの全てと、真正面から向き合うために。

「ガザーヴァ」

スーツの埃を払い、ネクタイを締め直しながら、俺は隣のガザーヴァに言う。

「勝ったぜ」

これでひとつ、証明した。
俺は幻魔将軍に現場をお任せするだけが能の弱者じゃない。
戦いの外からヤジ飛ばしてるだけのギャラリーでいるのは、もうやめた。

荒野でベルゼブブと戦ったあの時から、何度も死線潜って、特訓もこなして、戦い方を学んできた。
誰かの陰に隠れることなく、真っ向から、バトルで、ブレイブを打ち倒した。
在りし日のブレイブ&モンスターズの――ガザーヴァと対等なライバルに、近づけたはずだ。
俺が拳を掲げると、ガザーヴァはジョンから目を離さずに、拳を合わせた。

そしてこれからもうひとつ、証明する。
待ってろよジョン。お前には言いたいことがフェルゼンの山脈ぐれえあるんだ。

>「…みんな」

眼前、ジョンは血溜まりの中に膝をついていた。
シェケナベイベと戦ってる間に何があったのかは分からない。
だけど、息も絶え絶えに転がってるフリントと、近くに落ちてるナイフ、何より夥しい出血。
いつの間にか戻ってるジョンの腕――戦いになんらかのキリがついたことは、想像できた。

>「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」

「そうかもな。お前をとっととどっかにほっぽり出してりゃ、いくらかスムーズに旅が出来た。
 でも、そうはならなかった。俺たちが選んだんだ、お前に構い続けることをな」

今さら理由なんか聞くんじゃねえよ。
そんなもん、『友達だから』以外にあってたまるか。
たったそれだけの理由で、俺たちはどんな困難にも立ち向かってこれたんだ。

>「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」
>「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
 ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

「どかねえよ。お前が誰かを殺そうとするなら、何度だって止めてやる。
 人知れず死ぬつもりならそれも止める。クソみてえな呪いに振り回されんのも、これで終わりにしよう」

ジョンは答えない。
幽鬼のように立ち上がり、血溜まりから一歩を踏み出す。
その尋常ならざる様相と、畏怖を伴う圧力に――俺はもう、退がらなかった。

デリンドブルグでジョンが呪いに苛まれたあのとき、気圧されて一歩退がらなければ、
こいつを真正面から受け止めてやることが出来ただろうか。
同じ後悔は二度としない。俺はもう、こいつから逃げない。

281明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:37:26
>「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
 ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…
 これ以上関われば君達にだって……」
>「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

ジョンはうわ言のように虚空へ向かって言葉を落とす。
今、目の前に居るこの男が『ジョン・アデル』なのか、『ブラッドラストの末路』なのか、判別はつかない。
あるいは、末路なんてものはそもそも存在しないのかも知れなかった。
呪いによって人格が変容したんじゃなくて、もともとこれがジョン・アデルの本質だったとさえ言えてしまう。

>「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

だけど、犠牲に心を痛め、良心の呵責に苛まれ続けたこいつの言葉は、紛れもなく真実だと俺は信じる。
たとえ懊悩の果てに出した結論であっても、死ぬべき人間じゃないって、そう言える。

「バカ野郎が。アコライトでも言ったろ――全員助けんだってよ」

その"全員"に、お前が含まれてないわけがねえだろうが。
最高難易度、結構じゃねえか。お前を助けて、呪いも解いて、大団円でクエストクリアだ。

「付き合ってもらうぜ。俺のささやかな、ゲーマーの矜持の為にな」

言葉が届いているのかいないのか、ジョンは何かを納得したように面を上げた。

>「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」

「上等……!死なねえし、殺させねえし、死なさねえよ!」

ことここに至って、最早ジョンとの対決は避けられないと、覚悟はとっくに出来ていた。
ブラッドラストごとこいつをぶん殴って正気に戻させる。
どうやって解呪するかは、ぶん殴ってから考える!

臨戦態勢。スマホを構える。
同時、脇からもう一台スマホが飛んできた。
慌ててキャッチすれば、画面バッキバキのそいつはエンバースのもの。

「はっ!?スマホ投げるとかお前どーいう教育――」

反駁しようとして気付く。投擲武器でフレンドリーファイアしたんじゃなけりゃ、何か意味があるはずだ。
スマホはロックがかかったままだが、解錠パターンはご丁寧に灰の筆跡が残っていた。
解除して開けば、予想通りにアプリの召喚待機画面だ。

……良いんだな、焼死体。
視線だけで頷きを返して、召喚ボタンに触れた。

「サモン――『フラウ』!!」

魔物の指先に代わり、"正規のブレイブ"が手にしたことで、スマホが十全の機能を取り戻す。
召喚光が閃くその瞬間、エンバースにスマホを投げ返して俺は駆け出した。

長丁場にはできない。レプリケイトアニマは今も元気に稼働中だ。
大陸ごと海の底に沈めねえためにも、短期決戦で全てに決着をつける。
歌姫モードのままヤマシタを追従させ、ジョンを包囲するように横へ回り込む。

今のジョンがどれだけの戦闘能力を持ってるかわからねえが、
これまでの戦い方では近接格闘一辺倒だった。あとはおなじみの部長砲弾――
いずれにも言えることは固まってたら一網打尽にされかねないってことだ。

あいつの大剣が届かない距離を保ちつつ、バラけた立ち位置で砲弾の狙いを惑わせる。
十字砲火で火力を集中させて、一気に片を付ける!

282明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:38:07
「出し惜しみなしで行くぞ、ヤマシタ!『聖重撃』――」

ジョンの元へ、部長が駆け寄るのが見えた。
ブラッドラストの影響下でもパートナーはマスターとして認識するらしい。
来るか、部長にバフ全部乗せで投げつける奇想天外の妙技、部長砲弾が……!

>「ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら」

ジョンは、駆けつけた自分のパートナーを抱き上げることなく――蹴り飛ばした。
悲しげな悲鳴を上げ、血の尾を引きながら放物線を描くウェルシュ・コカトリス。
ジョンは感情を伺わせない目でそれを見送る。

「何してんだ、お前……!!」

思わず声が出るが、聞くまでもないことなんだろう。
それは、王都で見せた『ブレイブ・ジョン』としての戦い方との、決別だった。
足元に広がる血溜まりが、まるで生き物みたいにジョンの元へと集っていく。

>「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」

鮮血は、仮面と武器へ形を変えた。
古典ホラー映画に出てきそうなマスクに斧。いっそ冗談じみたジェイソン・スタイル。
年月を経るうちに抽象化され、いつしか人々の恐怖の象徴となった、偶像としての『殺人鬼』。

>「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…
  ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」
>「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

「……そうかよ。そのコテッコテな人殺しのコスプレが、お前の思う自分自身ってわけか」

ジョンは、自分を人殺しと呼んだ。
そう呼ぶに至った経緯も、俺はもう知っている。
ジョンにとっては、最も醜く、そして本質に近い姿がこの殺人鬼なんだろう。

>「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
  元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。
  口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」
>「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

トカゲ、クマ、毒竜、ゴブリン……意志を得た血液が形を成し、隊伍を組んで前進する。
それら一匹一匹が、ジョン曰く猛毒の塊だ。
わざわざそれを説明するのは――そうして恐怖を煽ることまで含めて『殺人鬼』のロールだってことか。

「くそっ……ヤマシタ、薙ぎ払え!」

歌姫モードの革鎧がスキャットを放つ。血人形は容易く弾け飛んだ。
飛沫は飛び散り、ヤマシタの足甲に付着する。ブジュブジュ音を立てて焦げ付き始めた。

「うおおおお!パージ!パージ!!」

血に侵食された部位の鎧を切り離す。
地面を転がる革鎧は、煙を上げながら溶けていき、やがて地面のシミになった。
革は当然、生き物の皮膚だ。猛毒の血はてきめんに効果を発揮する。

「どうすんだこれ、近づけねえぞ……!」

無尽蔵に湧き出る血人形は、単体でも凶悪だが何より数が夥しい。
まともに反撃できないまま逃げ続けるうちに、疲弊して動けなくなる。
いかにもジワジワ嬲り殺す殺人鬼らしい手口だ。

283明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:39:43
>「響き合う星辰の調べ《アストラル・ユニゾン》!」

進退窮したその時、カザハ君の声が頭上で聞こえた。
風属性のパーティクルエフェクトが身体を包み、目に見えて身が軽くなる。
身体だけじゃない。目で追うのがやっとだった血人形の動きがはっきりと分かる。

「……カザハ君のバフか!」

試しにジャンプしてみれば、たったひと蹴りふわりと1メートル近く飛び上がった。
なんだこの冗談みてーな身体能力……。
ヤマシタにも同様のエフェクトが宿り、スキャットの一息で無数の血人形が押し返されていく。

「お前、いつの間にこんなすげえバフ――」

>『君は……化け物だから望んでブラッドラストを手に入れたんだね。
 じゃあ……一度は捨てたこの力を望んで取り戻してしまったボクも化け物なのかな……』

カザハ君がジョンに問いかけた言葉を思い出す。
望んで取り戻した、化け物の力。こいつもまた、何かが変わってきている。

>「すごい、美少女になった……!」

「変わりすぎだろ!?」

カザハ君の隣に謎の羽根付き美少女が出現していた。いつも一緒にいる馬の代わりに。
いや誰だよ。もしかしてカケル君か?マジで?あのお馬さん美少女になっちゃったの?
もちっと段階踏めや段階を!ジョンだって一ヶ月くらいウジった末にあのスタイルになってんだぞ!!

>「――エコーズオブワーズ」

俺の突っ込みをよそにカザハ君は追加でバフを唱える。
エコーズオブワーズ、魔法強化のスキルだ。
そんなもんかけられたって俺死霊飛ばすことしか出来ないよ?

>「あの分からず屋にガツンと言ってやって! ボクとカケルで君まで繋ぐ!」

「なるほど……ガツンとね」

元は呪文――力のある言葉を反響させて強化する魔法だ。
精神攻撃主体の俺が使えば、耳に痛い言葉を耳元で連打する地獄の嫌がらせに進化する。
良いね。やってやろうじゃねえか、泣くまでガツンと言ってやる。

問題は……声が届くほど近くまでジョンのところまで寄れないってことだ。
血の人形はジョンから発生するから、当然奴の周囲は地雷の密度が高くなる。
おしゃべりしてるうちに背後から襲われたんじゃ笑い話にもならない。

>「それなら……サフォケーション!」

カザハ君がさらに魔法を唱え、俺に近づかんとしていた血人形が『消滅する』。
いや、正確には動きを止めてボコボコ沸騰し始め、やがて蒸発して血の塊に変わった。

常温沸騰――!
気圧の低い山頂では水は100℃いかずに沸騰する。
そして、気圧が0の真空では、常温の水でも沸騰し始めるのだ。
放っておけば水分が揮発しきって乾燥するし、なんなら気化熱で凍り付く。
加熱せずに乾燥食品を作る方法として地球でも使われてる技術だ。

血人形の厄介なところは、液体であるがゆえの、流動と飛散。
それなら、カラッカラに乾かして液体じゃなくすれば良い――

284明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:41:07
「やるじゃねえか!理系っぽいぜ!」

これで俺の周りから血人形は居なくなった。
あとはジョン――どこいった?

>「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」
>「しまった……!」

ジョンはいつの間にか俺たちの視界から姿を消し、突如としてカザハ君の背後に現れた。
こんな一瞬で回り込めるような距離じゃない。殺人鬼の『そういう性質』ってやつか。
姿を隠し、油断したところに奇襲する。命がけの『いないないばあ』――こいつもホラーの典型だ。

>「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?
 死に方くらいは選ばせてやる」

「クソ……使いこなしてやがんな!」

恐るべきことに、ジョンは殺人鬼のステロタイプを現実に変えるその能力を、完全に制御下に置いていた。
古今東西の殺人鬼をちゃんぽんした、まるでB級ホラーだ。
楽しそうじゃねえか。これが、お前が望んでた姿だってのか?

>「妖幻の舞《フェアリー・ダンス》!」

背後からの一撃をスペルで躱したカザハ君は、木槍に大鎌を形成して対抗する。
剣戟の合間を縫って、悲鳴じみた声が聞こえた。

>「ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
 もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!」

「何の話してんだお前!?」

マジで何の話だこれ……。政治的て。お前そんな重要なポストの人だったの?
多分一巡目の話なんだろう。ガザーヴァが死ぬほど羨んだ、こいつが護るべきだったもの。

>「そのためには! 失敗した前回とは別のルートに入らないといけない!
 でもどこがルート分岐の特異点になってるか分からない! だから! 前回失敗したところは全部成功させなきゃ!」

「失敗……してたのか」

――>『思い出したよ。今は消え去った時間軸でブラッドラストに侵された者の成れの果てと戦ったことがある……』

カザハ君がジョンにビンタ張ったとき、言ってた言葉が今更ながらに脳裏をよぎる。
一巡目、救えなかったブラッドラスト被呪者の記憶。
こいつがガラにもなく取り乱してた理由が、ようやく頭の中で結びついた。

「だったら……意地でも成功させねえとな。一巡目と同じ末路なら、世界が滅ぶ遠因になったかもしれねえ。
 つまりだジョン。お前が望んでなかろうが、絶対に救われてもらう。なんせ世界が滅んじまうからな」

大義名分なんざハナっからどうだって良い。
だけどこれでもう、迷惑だなんて、邪魔だなんて、言わせない。
ここからは、身勝手な善意を一方的に押し付けて押し通す――正義の味方の時間だ。

285明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:44:21
「人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな」

カケル君がジョンの顔に蹴りぶち込むと同時、ヤマシタがサイドから脇腹狙って拳を入れる。
すぐに押し寄せてくる血人形をスキャットでノックバックさせ、付かず離れずの距離を維持する。

「俺はうんちぶりぶり大明神だが、汚物のコスプレしようとは思わねえ。
 俺は俺だ。クソみてえな人間性を、まんまクソに押し付けて逃げるつもりはない」

打ち漏らした血人形は、闇魔法のボーラを投げつけて拘束。
すぐに離脱されるが、時間は稼げる。
時間さえ稼げば、カザハ君が真空魔法で蒸発させてくれる。

「化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!」

憶測だが、ジョンの纏う殺人鬼のガワは、たぶん人殺しの罪を転嫁したペルソナに過ぎない。
ジョン・アデルと人殺しを分離して、『自分とは別の化け物』を心の中に作り上げた。
当時10歳そこらの子供が生み出した防衛機制。こいつの中には、『ジョン』と『化け物』のふたつが混在している。

つまり――ジョンはまだ、本当の意味で幼馴染を殺した罪と向き合えちゃいない。
自分のことをしきりに化け物呼ばわりするのも、どこかでジョン自身と人殺しを切り離してるからだ。
『化け物』。そいつはジョンにとって忌むべき存在であると同時に、幼い心が壊れないよう護る壁でもあったんだろう。

もちろん、全部憶測だ。
どっちにしろ俺は、ジョンのツラして居座るあの化け物が気に入らねえ。
だからまずは、化け物を否定する。
よおく聞いとけよ。耳塞いでもエコーでぶち抜いてやる。

「お前は化け物なんかじゃない。ちょっと人より運動神経と顔が良くて女の子と仲良く出来るだけの人間だ。
 それだってお前よか上手くできる奴はごまんと居る。思い上がってんじゃねえぞジョン!
 化け物飼えるような特別な存在じゃない。普通に人間なんだよ」

ジョンより上手くできること。そんなものは、俺にだってある。

「例えば俺は、お前よりゲームが上手い。相手をネチネチ追い詰めるのなんて大得意だ。
 人望だってお前よりある。お前の大親友は俺だけだが、俺にはガザ公ならびに沢山の大親友がいる。
 ほらな、お前なんかひとっつも特別じゃねえんだ。ごく普通の一般市民と言っても良い」

抑えきれない血人形が破裂し、俺のスーツに飛沫が飛ぶ。
迷わず脱ぎ捨てた。地球からずっと着続けてきたトレードマークのジャケットは、あっけなくボロ屑に成り果てた。
惜しくなんかない。一秒でもジョンの傍に留まれるなら、安い買い物だ。

「切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!」

同時、ヤマシタの右足が飛沫の侵食によっていよいよ崩壊した。
もう動かせない。アンデッド由来の再生能力じゃこの物量には追い付けない。
ゆっくりと、確実に、致死の血人形は包囲網を狭めつつあった。


【殴り合いつつジョンが化け物であることの否定。猛毒血人形の包囲網でヤマシタの右足が崩壊。囲まれる】

286embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:20:56
【エンバース・オルターエゴ(Ⅰ)】

『此れなるは秩序の大渦!
 聖なる灰よ、其の身で大義を知らしめよ――――! 『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』!!!!』

襲い来る聖灰の似姿――魔剣の一撃は、灰化を以っていなされた。
魔剣の再充填を行う時間はない/新たな得物を抜く時間もない。
スマホの液晶に触れる――やはり、反応はない。

>「はあああああああああああああああああッ!!!」

迫る右正拳/身を沈める体捌きで回避――正確には、避けさせられた。
初撃を躱した事で、かえって残る五体の追撃に対する選択肢が減った。
追い打ちの手刀/狐拳――被弾直前で灰化が間に合った/大きく後方へ流動。
貫手/鉄槌――スマホの液晶から閃く触腕がそれらを弾き、逸らす。

それでも、まだ一体のマルグリットが残っている/遺灰の男を追い詰める。
灰化――手遅れだ。距離が近すぎる。灰に宿った亡霊ごと闘気で薙ぎ払われる。
フラウの触腕――第四階梯が放つ、死を恐れぬ打突を弾いた直後。まともに動ける筈がない。

残された選択肢は――迎撃のみ/溶け落ちた直剣を強く握り締める。
迫る、人外の眼差しを以ってしても不鮮明な、神速の虎爪。
それを刃で切り払うように――

〈駄目だ。それでは詰んでしまう。しかし、これはもう――〉

瞬間、遺灰の男の眼前、聖灰で模られたマルグリットが爆ぜた。
塗り潰された視界/空振りになった迎撃――遺灰の懐に飛び込んだ、マルグリットの本体。
フラウの言う通り――状況は、詰みだった。

「クソ――」

響く打撃音。第四階梯、聖灰のマルグリット――その渾身の双掌が、遺灰の男の胸を捉えた。
闘気が爆ぜ/烈火の如く燃え盛る――遺灰と化した男の、その魂さえもが炎に呑まれる。
遺灰の男は――何も出来ないまま、大きく後方へと弾き飛ばされた。

『……ひとつお訊きしたい。
 エンバース殿……私は。この『聖灰の』マルグリットは、貴公から見て然程に弱いのでしょうか?』

つまり――手心を加えられた。
灰に宿る亡霊を打ち砕く事も、闘気で最後まで灼き尽くす事もせず、あえて突き飛ばされた。

「……なんだ、何を言ってる?俺を、煽ってるのか?親衛隊は対戦マナーを教えてくれなかった――」

『私は本気で闘いました。貴公に対して手加減はしませんでした、少なくとも最後のそれ以外は。
 さりながら――貴公はそうではなかった。
 貴公は。何故、私に対して手加減をしていたのです?
 私は、貴公が本気を出すにも値せぬほどの弱者と……そういうことなのですか』

「……ああ、なるほど。そういう事か」

「隠さずとも分かります。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

これは、好機だった。
マルグリットの気性を利用して時間を稼ぎ、体力を回復する為の。

287embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:22:56
【エンバース・オルターエゴ(Ⅱ)】

『貴公は戦闘中、幾度も上の空になっていた。注意が散漫になっていた。
 モンスターと対話していたのですか? それとももっと別の何かと――?
 何れにせよ、貴公はパートナーとの足並みが揃っていない。
 単騎でアニマガーディアンを狩れるほどの実力を持っていながら、貴公は何ゆえ然様な闘いをされるのか?
 私には、それがどうしても解せぬのです』

だが――遺灰の男は何も答えない。
時間を稼ぎ、体力を回復して――その上で、どうするのか。
どんなに考えても、それを思いつけない。

――"俺"なら、どうする。スペルも、フルサモンも使えない、この状況で。

遺灰の男は、かつてエンバースと呼ばれた男の不完全な記憶/未練=行動原理を受け継いだ、亡霊。
要するに――AIのようなものだ。現象であり、同時に擬似的な人格でもある。
故に、思考する。それは、つまり――

――駄目だ。分からない。俺は、"俺"にはなれない。なら……それだったら――

〈――遺灰の方。何をしているのです?例え打つ手がないとしても、会話に応じるんです!
 時間を稼いで下さい!誰か……誰かがあなたを援護してくれるまで、時間を稼がなければ!〉

『きなこもち大佐殿やシェケナベイベ殿が羨ましい。
 彼女たちはよい闘いをしたようです……互いの力と技、今まで背負ってきたもの……それらを遺憾なくぶつける闘いを。
 私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう』

〈ああ、もう!来ますよ、遺灰の方――聞いているのですか?私の声が、聞こえていないのですか?〉

聖灰が再び構えを取る/重心を落とす――遺灰の男に詰め寄る、その直前。
不意に、その足元に突き立つ数本の矢/素早く飛び退くマルグリット。

『何者……!?』

「……誰だ。このボルトは、明神さんか?クソ、ダサいとこを見られ――」

『オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに』

「……いや、本当に何者だ?待て。この声は、確か――」

倒れたまま首を回す遺灰の男――アニマコアの上、一人の男が見えた。
インバネスコート/テンガロンハット――見覚えのあるファッションセンス。

『呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ』

『……貴公は……いや、貴方様は……』

「『真理の』アラミガ……そうか。元々、あんたはバロールの護衛だったな……」

『立てるかい兄さん。
 闘いに水を差しちまって悪いが、おたくの闘うべき相手は『聖灰』じゃねえ。
 おたくはダチ公を助けに行ってやんな』

差し伸べられた右手/その手中に光る琥珀色の小瓶。
遺灰の男――手を取る/立ち上がる/小瓶を受け取る――そして握り砕く。
灰の右手に染み込む水薬――それを燃え盛る胸に押し付ける。
蒸発音――蒸気化した薬液が灰の五体の内側を駆け巡る。

288embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:23:57
【エンバース・オルターエゴ(Ⅲ)】

『俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!』

アラミガの右手が遺灰の背を叩く/血肉なき五体が大きくよろめく。

「待て、真理の。どうせなら、追加の小遣いを稼ぐつもりはないか?」

暫しの交渉――駄目で元々/だが利用出来るものなら利用すべき。

〈……なんとか命拾いしましたね。ですが……はぁ、困りました。
 あなたのパフォーマンスは本当に、予想以上に酷かった。
 この先の戦いに、付いていけるかどうか――〉

「――その件なら、心配はいらない」

〈……確かに、ハイバラならきっとそう言うでしょう。
 ですが、今はあなたの猿真似を褒めてあげられるほど――〉

「いや、違う。今のは"俺"じゃない。俺の言葉だ」

〈……なんですって?待ちなさい。それは、一体〉

「考え事なら後にしろ、フラウ。今は……ジョンを助けてやらないとな」

『ミスリル騎士団ねぇ。ミズガルズじゃ通用したかもだが、このアルフヘイムじゃ通用せんぜ、お嬢さん?
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが邪魔されることなく、
 心置きなく仲間同士の決着を付けられるようにする……そいつが今回の俺のお仕事だ。
 さ……かかってきな』

「悪いな、マルグリット。そういう事らしい。ご期待に添えなくて悪かったな。
 お詫びと言っちゃなんだが――次は、俺があんたを見逃してやるよ」

不遜な態度/言動――生前の記憶から出力されただけの、かつての模倣――ではない。



『きっちり仕事させてもらうぜ。
 ――この背に担う十字にかけて』

「……ところでその十字架なんだが。幾ら払えば由来を教えてもらえるんだ?」

289embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:26:50
【エンバース・オルターエゴ(Ⅳ)】


『…みんな』

血溜まりの中、膝を突くジョン・アデル/やや離れた位置で倒れたロイ・フリント。
ロイ・フリントは負けた/だが死んでいない――状況が読めない。
ただ――状況が好転していない事だけは分かる。

『みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう』

『そうかもな。お前をとっととどっかにほっぽり出してりゃ、いくらかスムーズに旅が出来た。
 でも、そうはならなかった。俺たちが選んだんだ、お前に構い続けることをな』

「なあ、これは我ながら――」

『いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ』
『そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
 ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ』

「つまらない事を聞くんだけどさ――」

『どかねえよ。お前が誰かを殺そうとするなら、何度だって止めてやる。
 人知れず死ぬつもりならそれも止める。クソみてえな呪いに振り回されんのも、これで終わりにしよう』

「――オーケイ、俺の話は後にするよ。好きなだけ、弱音を吐いてくれ」

『本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
 ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…
 これ以上関われば君達にだって……』

〈なんて愚かな……彼らの献身は、あなたには何も伝わらなかったのですか?〉

『だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ』

「やめろ、フラウ。お前だって覚えてるだろ――」

『それとも君達が僕を殺してくれるのか?』

「――こんな世界で、まともなままでいられる奴の方が少ないんだ」

『バカ野郎が。アコライトでも言ったろ――全員助けんだってよ』
『付き合ってもらうぜ。俺のささやかな、ゲーマーの矜持の為にな』

明神の返答――つまり、交渉決裂。

『わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ』
『上等……!死なねえし、殺させねえし、死なさねえよ!』

戦いが始まる――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって、分の悪い戦いが。
相手は超一流の職業軍人をも打ち負かすパワー/スピードを兼ね備えた人型生物。
故にATBゲージに縛られる事なく殺傷能力を発揮出来る――つまり、生粋のブレイブ殺し。

死なず、殺さず、殺されず勝利するには――手段を選んではいられない。

「明神さん」

遺灰の男が、左前腕のホルダーに固定したスマホを外し、そして投げた。

『はっ!?スマホ投げるとかお前どーいう教育――』

〈――遺灰の方?何のつもりですか?〉

遺灰の男は、かつてエンバースと呼ばれた男の不完全な記憶/未練=行動原理を受け継いだ、亡霊。
要するに――AIのようなものだ。現象であり、同時に擬似的な人格でもある。

故に、思考する。それは、つまり――成長するという事。

290embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:27:21
【エンバース・オルターエゴ(Ⅴ)】

「"俺"なら、きっとこんな事はしないだろう。でも、俺は"俺"じゃない」

自分は、かつてエンバースと呼ばれた男の残滓/不完全なコピー。
決してオリジナルには至れない――遺灰の男が思い知った事実。
それが、遺灰の男に自我を与えた――偽物である自分を自覚した。

「だから、これが俺の正解だ」

及ばないから、及ぶ為の術を考えた/一つの人格として、思慮深さを得た。
偽物として、本物になった。

「明神さん、サモン頼む。俺じゃ、もうサモンもスペルも使えなくてさ」

明神を指名した理由――彼ならば、すべき事だけをしてくれる。

〈――なるほど。確かに、あなたはハイバラではない。
 だから、ハイバラが隠し通したかった秘密も、隠す必要はない。
 確かに、合理的です。こんな事を言うのは非常に不本意ですが――〉

「そいつの言う事なら、気にしなくていい。誰に似たんだか、うだうだ皮肉を言うのが趣味なんだ」

遺灰の男がスマホを扱えない事に詮索/動揺せず――問題解決に必要な事だけを。

『サモン――『フラウ』!!』

ひび割れた液晶画面から溢れる魔力の輝き/明神がスマホを投げ返す。
それを受け取る遺灰の男/スマホから零れ落ちる、白き肉塊。

〈こんな事を言うのは非常に不本意ですが――今のあなたは、ハイバラに少し似ていますね〉

「それは、褒め言葉として受け取っていいんだよな?」

〈いいえ?この短期間で随分と性格が悪くなりましたねと言っているんです〉

「そうかよ。まぁ、いいさ。とにかくやるぞ、フラウ」

〈フラウ?モンスターとしては、私はあなたよりもずっと先輩ですよ?〉

「……とにかくやるぞ、フラウさん」

291embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:28:53
【エンバース・オルターエゴ(Ⅵ)】

『出し惜しみなしで行くぞ、ヤマシタ!『聖重撃』――』

先手を取ったのは明神――ではなかった。
中断されたオーダー/何故か――予想される大火力への対処を優先。
大火力――主の元へと駆け寄るウェルシュ・コカトリス=部長砲弾。

『ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら』

そして――そのパートナーを蹴り飛ばす、ジョン・アデル。
悲鳴/血飛沫――主の情動を誘う事はない。
ジョン・アデル――蹴飛ばしたパートナーには目もくれない。
それから周囲に浮かべた呪血を掴む/捏ね回す/造形する。

『やっぱり一番メジャーで…分かりやすい形がいいな…』

〈……彼は、何をしているんですか。まるで、子供だ〉

フラウ――困惑/忌まわしげな声音。

「……それ。いい線行ってるかもな」

非常に悪い意味で、ジョン・アデルは思い出に生きている。
恐らくはずっとそうだった/この世界に来て、その傾向は急激に強まった。

『うん…これで怪物に…化け物っぽくなった』

血色のホッケーマスク/血色の斧――古典的殺人鬼の様相=ジョン・アデルの自己評価。

『ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…
  ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ』
『僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!!』

悲鳴じみた告白――遺灰の魂に焼き付いた記憶が疼く。
望まずして人を殺めた者に出会ったのは、これが初めてではない。
異世界に拉致され、望まぬ戦いに駆り出され――その末路の幾つかを、かつてエンバースと呼ばれた男は見てきた。

かつての記憶/未練が、遺灰の男に一つの感情を出力させる――過ちは、繰り返させない。

『一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
  元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。
  口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう』

「なるほど。つまり、そろそろ弱音のレパートリーも品切れって事だな?」

『それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共』

「オーケイ、やろうか」

蠢く呪血=流動/変形――死者の軍勢へと変貌。
虚ろな眼差しがブレイブ一行を捕捉――全てが一斉に前進を始める。
しかも――思いの外、素早い。

292embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:31:26
【エンバース・オルターエゴ(Ⅶ)】

〈ジョン・アデルは、古き良きゾンビというものに価値を感じていないようですね〉

「ゾンビ?どちらかと言えばこれは、未来から来た殺人ロボットだ」

〈どちらでもいいでしょう。ゾンビでも殺人ロボットでも、弱点属性は変わりません〉

「確かに――!」

コートを漁る灰の右手/取り出すのは酒瓶/親指で首をへし折る――右腕で大きく弧を描く。
酒気が広がる/遺灰の纏う炎がそこを伝う――血の人形どもが燃え上がる。
血液を構成するタンパク質が熱凝固を起こし――崩壊する。

だが――処理速度が足りない。
"ブレイブ殺し"のスキルツリーにおいて最も重要なのは、ATBゲージに依存しない事。
火力や攻撃範囲は二の次/下準備次第――だが、今はそんな時間はない。

『どうすんだこれ、近づけねえぞ……!』

「いいや、方法はある……近づくだけでいいならな。だが、そうじゃないんだろう?」

分類学的に言えば、現在のジョン・アデルはサモナー系のエネミーと言える。
要するに"仲間を呼んだ"を延々と繰り返す存在――対処法は明白だ。
経験値稼ぎが目的でないのなら、サモナー本体を叩けばいい。

ここで言う"叩く"とは、つまり「二度と仲間が呼べない状態にする」事を意味する。
血の人形を一時的に引きつけ/回避し/本体を撃破すれば――状況は解決する。
だが――問題は、解決しない/ジョン・アデルは救われない。

「……いや、本当にどうするんだこれ、近づけないぞ。なあ、明神さん。
 駄目元で聞いておくけど、一度ジョンを昏倒させて、
 縛り上げてから会話に臨むってのは――」

状況――思わしくない。血人形を押し返す事は、今のところは出来ている。
だが、それだけ――ジョン・アデルに接近する為の見通しが立たない。
それどころか物理的に、見通しが悪い――ここ十数秒ほど、ジョン・アデルの姿を捕捉出来ていない。

遺灰の男が述べた妥協案すら、実現困難。

「どうしたもんかな、フラウさん――!」

〈あなた、さっきまでの威勢はどうしたんですか!〉

「俺は、出来ない事を出来ないと学んだんだ。出来る事が増えた訳じゃない」

〈偉そうに言えた事では――〉

『――エコーズオブワーズ』
『あの分からず屋にガツンと言ってやって! ボクとカケルで君まで繋ぐ!』
『なるほど……ガツンとね』

〈――今の!ちゃんと聞いていましたか!?〉

「ああ。なるほど、そういう方針か。なら、俺達がすべき事は――」

コートの内側へ潜る遺灰の両手/追加の酒瓶――そして、それを掠め取る白き触腕。
簒奪者=白き肉塊――そのまま酒瓶を握り砕く/降り注ぐ火酒を全身に浴びる。

「おい――!?」

〈――私がすべき事は、この忌まわしい人形どもの抑止という事ですね〉

293embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:32:46
【エンバース・オルターエゴ(Ⅷ)】

直径30センチ強の白く/丸い/辛うじて騎士鎧の面影が残る肉塊。
その体が大きく縮む=ゴムボールの様相――つまり、直後に大きく弾む。
高速で跳ねる肉塊/その左右側面から踊る触腕――すれ違いざま、血人形を切り刻む。

「あ、あの、フラウさん?そいつら、直に斬りつけて大丈夫なのか!?」

〈いいえ、あんまり。ですが幸いな事に、今の私はアンデッドです。
 毒と呪いによるダメージの、前者についてはある程度は軽減されるでしょう。
 それに――私の速力とリーチは、こいつらの抑止に最適です。では、あなたは?〉

「……そういう事か」

〈ふん、やっと分かりましたか?なら、さっさとするように〉

激励/或いはただの罵倒/蒼白の閃光と化して消える肉塊――そして遺灰の男は、その場で立ち尽くす。

『まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない』

仲間が仲間を殺そうとしている――だが遺灰の男は動かない。

『ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
 もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!』
『何の話してんだお前!?』

もう聞き慣れたボケ/ツッコミ――そこに混ざる事もしない。
代わりにコートの内側から、酒瓶をもう一本取り出す。
首をへし折る/喉に流し込む――空洞の体内に火酒が落ちる。

『人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな』
『俺はうんちぶりぶり大明神だが、汚物のコスプレしようとは思わねえ。
 俺は俺だ。クソみてえな人間性を、まんまクソに押し付けて逃げるつもりはない』

もう一本火酒を取り出す/首を折る/一息に煽る。

『化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!』

更にもう一本/全て飲み干す。

『お前は化け物なんかじゃない。ちょっと人より運動神経と顔が良くて女の子と仲良く出来るだけの人間だ。
 それだってお前よか上手くできる奴はごまんと居る。思い上がってんじゃねえぞジョン!
 化け物飼えるような特別な存在じゃない。普通に人間なんだよ』

飲み干す。

『例えば俺は、お前よりゲームが上手い。相手をネチネチ追い詰めるのなんて大得意だ。
 人望だってお前よりある。お前の大親友は俺だけだが、俺にはガザ公ならびに沢山の大親友がいる。
 ほらな、お前なんかひとっつも特別じゃねえんだ。ごく普通の一般市民と言っても良い』

飲み干す。

『切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!』

「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

押し寄せ/押し返され/だが徐々に迫りくる血人形――遺灰の男が警告する。

294embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:35:05
【エンバース・オルターエゴ(Ⅸ)】

「ああ、この瓶は気にしないでくれ。別に酔ってる訳じゃない」

遺灰の男の足元――推定、十本以上の酒瓶の破片。

「いや、やっぱり気にしろ。明神さんじゃない。ジョン、お前に言ってるんだぜ。
 実は、今まで黙っていたんだが……俺の体はもう、燃え尽きてるんだ。
 灰になってるんだ。ええと、つまり――」

押し寄せる血人形――その右手/爪/牙/或いは抱擁が、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に迫る。

「――そう、毛細管現象って知ってるか?」

そして――それらの脅威全てが一斉に、燃え上がった。
遺灰の男の足元から、フロア全体に伸びた灰の導火線。
そこから毛細管現象で広がった火酒に増幅された、闇色の炎によって。

血人形の含むタンパク質が熱凝固して、砕け散る/ついでに明神の前髪が焦げる。

「……だから言ったろ?そこは危険だって」

不敵な笑み――実際のところ、毛細管現象の制御は遺灰の男の管轄外。
間一髪で間に合ったなどとは決して悟らせない/精神的優位は譲らない。

ゲーマーの直感――今がジョン・アデルを揺さぶる好機。

「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

遺灰の右手人差し指が高く天井を指す/ゆっくりと落ちる。

「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

そして、その指先が示した先に――ロイ・フリントは、いない。
どこを見ても、闇色の炎に包まれた焼死体など見当たらない――つまり、ただの嘘。
魂に焼き付いたゲーマーの嗅覚が嗅ぎ取った、ジョン・アデルの嘘/仮面が最も綻ぶ――かもしれない言葉。

〈私が拾い上げていなければ、本当に焼け死んでいましたけどね〉

喋る白い肉塊=なゆたの真隣/その更に隣に回収されたロイ・フリント。

「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

確信に満ちた遺灰の言葉――その実、確証などない。

「きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ」

これは、ただの賭け――ただし、負けても失うもののない賭け。

295崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 20:53:16
スライム使いNo.1決定戦、その決着はついた。
ゴッドポヨリンの『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』の直撃を受けたきなこもち大佐とスライムヴァシレウスは、
ライフを0にして仰向けに倒れ、気絶している。
スライムヴァシレウスが光になって消えてゆく。肉体を維持できなくなり、スマホに戻ったのだ。
なゆたは小さく息をついた。だが、これで終わりという訳ではない。戦いはまだ続いている。
むしろ、これからが本番だ。
なゆたが仲間たちの方を振り返ると、ちょうど黒ずくめの傭兵が現れてエンバースの助太刀に入ったところだった。

「まさか……『真理の』アラミガ……!」

なゆたは瞠目した。
『真理の』アラミガ。十二階梯の継承者の第二階梯にして、この世界でも最強の傭兵。
その力は人外揃いの十二階梯の継承者たちの中にあっても突出しており、単騎の戦闘力においては他の追随を許さない。
むろん、マルグリットよりもその実力は上。マルグリットは歯噛みした。

「賢兄……! 乱心召されたか!
 この世界存亡の危機に、よもやバロール師兄の味方をされるとは!
 賢師のお言葉をお忘れになったのですか……!?」

「おいおい、勘違いするなよ『聖灰』。
 俺がこの世で唯一崇拝してんのはローウェルの爺さんじゃねえ。金だよ、現ナマ。
 人間は立場や状況で容易に裏切るが、金だけは何があっても裏切らねえ。
 それが『真理の』アラミガの『真理』――オーケイ?」

「く……!」

そう、アラミガはただ、より多くの金をくれるクライアントの味方をするだけ。
そこには一切の妥協も、温情も、手心もない。
きっとバロールは今回、相当な大金をアラミガに積んだのだろう。
十二階梯の継承者でありながら、アルフヘイムにもニヴルヘイムにも属さない完全中立の傭兵。
戦力的に不利な立ち位置のバロールにとって、金さえ出せば味方するという明確なスタンスのアラミガは格好の取引相手だった。
一巡目でも、そうやってバロールは何度となくアラミガを自らの手駒としてきたのである。

>待て、真理の。どうせなら、追加の小遣いを稼ぐつもりはないか?

ポーションで回復したエンバースがアラミガに交渉を持ちかける。
なんでも、バロールのツケでポーションをもう一本追加したい。ということらしい。

「あいよ、兄さん」

アラミガは快諾すると、コートの内側からもう一本ポーションの小瓶を取り出し、エンバースへと放った。
それと同時、シェケナベイベを下した明神がガザーヴァと合流する。

>ガザーヴァ

「ん」

隣に立つ明神に対し、ガザーヴァは短くいらえた。しかし視線は前方のジョンへ向けたままだ。

>勝ったぜ

「……ん」

素っ気ない返事。だが、そこには言葉では言い表せない信頼が籠っている。
余計な言葉なんて使わずとも、心で理解している。通じ合っている。
確かな絆のもと、ふたりは拳を合わせた。

きなこもち大佐とシェケナベイベが沈み、残るマル様親衛隊は隊長のさっぴょん一人となった。
しかし、そのさっぴょんは現在マルグリットと一緒にアラミガに足止めされている。
さっぴょん単騎でも世界有数の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であり、マルグリットも第四階梯の猛者だというのに、
その二名を同時に相手取ってもアラミガはまったく引けを取らない。むしろまだ余力を残しているようにも見える。
ゲームの仕様では、アラミガは雇う際に払う金額によってステータスが変動する。
設定された最低賃金でもある程度の働きはしてくれるが、報酬を積めば積むほど『やる気』を出してくれるのである。
その金額は実質青天井。とあるゲーム実況では配信者が攻撃一発に対して35億ルピを支払ったところ、
レイドボスのデーモンロードに対して2京というダメージを叩き込み、一撃で沈めたという伝説まで残っている。
さすがにそのレベルまで行くのは非現実的だが、ともかく今のアラミガは相当な金額でバロールに雇われているらしい。
フリントはジョンに敗れ、意識をなくしている。
何はともあれ、これでジョンと自分たちとを邪魔する者は誰もいなくなった。

「ジョン……」

なゆたがジョンと対峙する。他の仲間たちも同様だ。
それにしても、いったい何が起こったというのか。
気付けばバケモノ然としていたジョンの身体は、元通りの人間のそれに戻っていた。
千切れたはずの腕も元に戻っている。これもブラッドラストの力なのだろうか。

>ぁ…あぁ…僕の右腕が…鱗が…無くなってる…

自らの身体から流れ落ちた血だまりの中で、ジョンが愕然と悲嘆の声を上げる。
こちらが何かしたということはない。だが、間違いなく状況は変転している。
これは外的要因ではなく、内的要因――ジョンの内部で、何かが起こったのだ。今までのすべてを覆す何かが。

296崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 20:55:53
>…みんな
>みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう

「………………」

なゆたは口許を引き結んだまま、何も言わない。

>早くヴィゾフニールに乗ってエーデルグーデに行こう!
>そうかもな。お前をとっととどっかにほっぽり出してりゃ、いくらかスムーズに旅が出来た。
 でも、そうはならなかった。俺たちが選んだんだ、お前に構い続けることをな

カザハと明神が口々にそう言うが、ジョンはまったく取り合わない。

>いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ
>そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
 ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ

「………………」

ジョンが焦燥した表情で言葉を零し続けるのを、黙して聞く。

>本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
 ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、
 化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……
>だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ

ジョンが懇願する。死なせてくれと。
これ以上自分が罪を重ね、犠牲者を出す前に、自分の生にケリをつけさせてくれ――と。
確かにそれはひとつの決着の付け方ではあるのだろう。
ジョンはもう、自分をコントロールできていない。バケモノになろうとしている自分に、殺戮の衝動に抗うことができない。
だからこそ自分のせいで変わってしまったロイを殺し、自分も死ぬことで、呪いの連鎖に終止符を打とうとしている。
しかし――
この場にいる皆が思っている。『そんなものはなんの解決にもならない』と。

心の中にずっと根付いている信念のために。
かつての失敗を繰り返さないために。
ゲーマーの矜持のために。
新たな自分に、進むべき道しるべを付けるために。

かけがえのない、この仲間を倒し――血の終焉、呪われたその宿命から解放する。
それこそが、この場におけるたったひとつの冴えたやり方なのだ。

>わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ

ジョンが立ち上がる。
その瞳は濁っていて、生気がない。完全にブラッドラストの力に呑み込まれてしまったのか、それとも――
“それこそが、本当のジョンの姿なのか”。

>ニャ…ニャー!

部長が血だまりを踏みしめ、ジョンのもとへと歩いてゆく。
この期に及んでも、部長はジョンのことをマスターと認め、信頼し、その力になろうとしている。
誤った道を歩もうとしている主人の目を、覚まさせようとしているのだ。

>…部長…君は本当にいい子だね…うん…本当にいい子だ

部長はつぶらな瞳でジョンを見上げ、懸命にすり寄ろうとする。
ジョンがそんな部長を見下ろす。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とモンスターは、決して切れない絆で繋がっている。
部長の純粋で無垢な愛が、健気な献身が、ジョンの濁った魂をほんの少しでも浄化してくれれば……。
だが、そうはならなかった。

>僕の最後の一押しを手伝ってくれるなんて

ドガァッ!!

ジョンは何を思ったか、その足許にすり寄ってきた部長を渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
ぎゃんっ!! と一声悲鳴を上げ、部長が遥か後方へと吹き飛ぶ。

「部長!!」

身体が勝手に動く。なゆたは素早く身を翻すと、全速力で部長へ向けて走った。

297崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 20:58:46
「くうう……、間に合え―――――――――ッ!!!」

サッカーボールよろしく蹴り飛ばされ、宙を舞う部長を視界に捉えながら懸命に追いかける。
このままでは部長は床に墜落して死んでしまうだろう。
なゆたはありったけの力で床を蹴ると、部長が墜落する寸前に横っ飛びでその小さな身体をキャッチした。
すぐに部長をぎゅっと胸の中に抱き締め、同時に四肢を縮こめ身体を丸める。
なゆたの身体は慣性でゴロゴロと床を十数メートルも転がり、やっと止まった。

「いたた……。部長、大丈夫……?」

『……ニャァ……』

胸の中の部長を覗き込む。部長は息も絶え絶えだった。
ブラッドラストで筋力の増幅されたジョンの、全力の蹴りを喰らったのだ。普通の犬なら即死だっただろう。
モンスターの部長であっても、内臓破裂などしていたとしても不思議ではない。
なゆたはアラミガからもらったポーションのアンプルヘッドを折り、薬液を部長に飲ませた。

『ニャー』

「……よかった」

ポーションがすぐに効果を発揮し、部長は回復した。愛くるしい瞳でなゆたを見、舌でぺろぺろとなゆたの頬を舐める。
なゆたは安心してほっと吐息した。

>うん…これで怪物に…化け物っぽくなった

前方では、ジョンが熊の腕とトカゲの鱗に代わる新たな姿に変容していた。
まるで、ハリウッド映画の著名な殺人鬼のような姿。
それはきっと、ジョンの中にある『人を殺すバケモノ』というイメージを端的に表したものなのだろう。

>僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!

ジョンが叫ぶ。
それは友愛や信愛、正義や勇気といった善性からの訣別。
自分は闘争と殺戮に耽溺する怪物だ、ということの宣言。
だが――

なゆたにはそれが、救いを求めるジョンの悲痛な叫び声のように聞こえてならなかった。

「ね……部長」

床に転がった際にぶつけた四肢が痛む。なゆたはゆっくり立ち上がると、腕の中の部長に語り掛けた。

『ニャー』

「ご主人さまが、あんなこと言ってるよ。殺すのが大好きだって。
 みんな殺して、自分も死ぬって。……ホントかな」

『ニャー……』

「わたしにはね、どうしてもそうは思えない。だって、彼はあんなにも殺すのが好きだって。殺されるのが好きだって。
 そう言ってるのに……アルフヘイムへ来て今まで、ひとりだって誰かの命を奪ったことはないんだもの」

『……ニャ』

「あなたのご主人さまは、優しい人だね。あんな分かりやすい悪役の姿になって、
 わたしたちに――自分自身に、悪なんだって言い聞かせて。
 人殺しの悪者なんだから、わたしたちがやっつけたって全然悔やむ必要はないんだよって、叫んでる。
 彼を斃しても、わたしたちが罪悪感に苛まれることのないように……」

『ニャァ……』

「わかってる。わかってるよ、部長。
 彼の願いを叶えよう。ジョンの呪いを解こう。
 解呪目当てにエーデルグーテまで行くのはやめた。ブラッドラストは――今。この場で、わたしたちが解く!!」

『……ニャン!!』

部長が強い調子で一声鳴く。
なゆたもまた、決然とした表情で顔を上げた。

298崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:02:25
>一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
 元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。
 口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」
>それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共

今まで斃した者たちの姿を象った血の塊が、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へと襲い掛かってくる。
はるか後方に蹴り飛ばされた部長をキャッチするため退いたなゆたは血の人形から距離を置くことになったが、
前線にいる明神やカザハ、エンバースは無限に湧き出す呪血の軍勢に手を焼いている。

>響き合う星辰の調べ《アストラル・ユニゾン》

カザハがスキルを発動させる。
パーティーの人数によって増加する数値が変動するという、高レベルの全体バフスキルだ。
さらにカザハは先ほどさっぴょん相手に逃げ惑っていたとは思えないほど矢継ぎ早にスキルを発動させてゆく。

>カケル! トランスフォーム!

ユニサスのカケルが人型となり、

>――エコーズオブワーズ

明神に魔法バフを盛り、

>――風精王の被造物《エアリアルウェポン》
>妖幻の舞《フェアリー・ダンス》!

風の大鎌を造り出し、ジョンの身体を切り裂いてゆく。
その間、カケルもまた『サフォケーション』で血の軍勢を無力化させてゆく。
まさに三面六臂の大活躍だ。

《―――来た……!!》

スマホの中で、キングヒルの王宮にいるバロールが声を上げ、椅子から勢いよく立ち上がった。
隣のみのりがバロールを見て、怪訝な表情を浮かべる。

《……師匠? なんですのん?》

《ハハッ……ハハハハハハ! そうか、ここで出て来てくれたか……! いい、いいぞカザハ!
 それだ……それが見たかった! それを待っていたんだよ、私は――!!》

食い入るようにレプリケイトアニマ内の状況を映し出す画面を見ながら、バロールが喜悦の表情を浮かべる。
今までどんなことがあっても余裕の態度を崩さなかったバロールが、初めて見せる表情。
そして。

>ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
 もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!

「な……、なんだよ、それ……!」

覚醒したカザハの戦いを目の当たりにして、ガザーヴァは兜の下で愕然と唇をわななかせた。
今までのカザハが、素のカザハだと思っていた。ヘタレで、根性なしで、なけなしの勇気を振り絞ってようやく戦える程度の雑魚。
レイド級の自分よりも遥かに格下の、どうってことないシルヴェストル――
そう、思っていた。
そしてそんな力の差が、今まで一種の精神安定剤となってガザーヴァにカザハの存在を許す理由を作っていたのだ。
けれどもそれは誤りだった。カザハは間違いなく風精王の系譜に連なる特別な妖精で。
《レクス・テンペスト》なる資質を有している、稀なシルヴェストルであったのだ。
覚醒したカザハは、恐るべき力を持つジョンに一歩も引けを取らない。
だが――

「……そんなの……。
 そんなの、ズルいじゃんか……!」

自分にその力はない。
その力を再現しようとしたバロールによって生み出され、しかしそれを持たずに失敗作の烙印を捺された。
どうってことないシルヴェストルだったのは、むしろ自分の方――

「……ぅ……、
 ぅうぅうぅぅうぅぅううぅうううぅうぅうぅぅぅう……!!!!」

ガザーヴァは苦しげに呻くと騎兵槍を取り落とし、両腕で自らの身体を抱き締めた。
そして苦悶する。忘れかけていたトラウマが蘇った瞬間だった。

299崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:04:45
>人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな

あからさまな殺人鬼の姿になったジョンへ、明神が言葉を投げる。

>化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!

そうだ。
ジョンは殺人鬼でもなければ、バケモノでもない。
幼いころ、已むに已まれぬ理由で。まったき優しさから親友の妹を手にかけてしまい、それを悔やみ続けて。
ずっとずっと苦しみ続けている、ひとりの人間に過ぎないのだ。
だが、今のジョンは罪の重さに耐えかね、自分は最初から殺人鬼だったのだ、バケモノだったのだと思い込むことで、
その罪を正当化させようとしている。
バケモノなのだから殺してもよかったのだ。死んでもいいのだ。
そう思い込もうとしている。

それは、正さねばならない。

>切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!

カザハのスキルによって増幅された明神の声が、ジョンの耳朶を打つ。
しかしジョンは怯まない。呪血の軍勢はたじろがない。
ヤマシタの右足が呪血の侵蝕を受けて崩壊する。
ゆっくりと、しかし着実に、ジョンの軍団(レギオン)が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を追い詰める――。

だが。

>……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ

エンバースが、それに埒を開けた。
佇立するエンバースの周囲には、火酒の瓶の欠片が大量に散らばっていた。
そして――

>――そう、毛細管現象って知ってるか?

周囲にいる血色の人形たち、そのすべてが同時に燃え上がった。
毒々しい色合いの血人形たちが篝火のように燃え盛り、ゆっくりと形を崩して沈んでゆく。
いつの間に仕込んでいたのか――フロア全体にエンバースの灰の導火線が伸びており、炎の舌がくまなくブラッドラストを舐める。

「……すごい……!」

部長を抱いたまま、なゆたは目を瞠った。
明神が召喚し、初めて姿を現した彼のパートナーモンスター・フラウといい、やはり別格の強さだ。
元祖『異邦の魔物使い(ブレイブ)』殺しの二つ名は伊達ではない。
ただ――戦線はだいぶこちらの有利に傾いてきたが、まだ決着はついていない。
ジョンは、まだそこにいる。

>ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る

さらに、エンバースはその余勢を駆って言葉を紡ぐ。

>――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?

「!」

それは、ハッタリ。虚言、出鱈目。単なるブラフにすぎない。
いつの間にか、ロイはフラウが安全なところに退避させていた。
ジョンの魂の救済のため、命も感情も未来もすべてを捧げた男は、なゆたのすぐ傍に寝かされている。

>どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ
>きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ

けれどもそれで充分だっただろう。ジョンの本当の心を確かめるには。
そう、彼は――キングヒルでであった頃と何も変わらない、ただの人間なのだ。

300崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:07:23
ず、ず、ずる……と、血だまりの中から新たな軍勢が出現する。
このままではじり貧だ。カザハのスキルも、エンバースの火酒も、無限という訳ではない。
だが、ジョンのブラッドラストはジョンが生きている限り永遠にその威力を弱めない。呪血の軍勢は際限なく湧き出してくる。
根本的に、血そのものを何とかしなくてはならない。
だから。

「そろそろ、わたしが行かせてもらうわよ……みんな!」

部長を胸に抱き締めたまま、なゆたが言う。

「触れただけで大変なことになる、破裂する血人形。
 この場にブラッドラストの血がある限り、永遠に出現し続けるクリーチャー。
 それを止めるには――簡単なこと! 『それより強い毒をこちらが用意すればいい』!
 目には目を、毒には毒を! 毒を以て毒を制す、窮極の門の鍵を開け、今! 彼方より此方へ来たれ!!
 リバース・ウルティメイト召喚!!」

なゆたは片手にスマホを持つと、今まで溜まりに溜まったATBを爆速で消費してゆく。
『毒散布(ヴェノムダスター)』。
『麻痺毒(バイオトキシック)』。
そして『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』――
なゆたの背後に控えたG.O.D.スライム、ゴッドポヨリンがその色を毒々しいものに変え、楕円形の身体がその容を喪う。
召喚されるのは、なゆた秘蔵の奥の手。もう一柱の神。

『外なる神』アブホース。

「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

どぱぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!

身長18メートル、重量43.4トンの質量がすべて液体に変化し、波濤を打ってフィールド全体に行き渡る。
戦闘フィールドにあるすべてを押し流す、神の裁き。
むろん、フレンドリーファイア無効設定によって『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちには一切のダメージはない。
だが、ジョンの生み出した血の人形たちは別である。
アブホースの肉体そのものである灰褐色の粘液が床一面を覆い、ブラッドラストさえ埋め尽くす。
これによってジョンの軍勢は『発生した瞬間アブホースに喰われる』結果となり、ほぼ無効化された。

「……みんな」

灰褐色の海が漣立つフィールドで、なゆたは仲間たちに向き直った。

「このまま全員で総攻撃すれば、きっとジョンは倒せるはず。でも――
 わたしは。それじゃだめだと思う」

明神の、カザハの、ガザーヴァの、そしてエンバースの顔を順に見る。
激しく取り乱していたガザーヴァだが、今は一旦落ち着きを見せている。
が、反応はない。バイザーに覆われたその顔がどんな表情でいるのか、誰にも分からない。
なゆたは続ける。

「そうだよ。このままわたしたちがジョンを倒すだけじゃ……きっと何も変わらない。
 本当にすべきなのは、ジョンを倒すことじゃなくて……ジョンに分かってもらうこと。
 シェリーのことを乗り越えて、前に進まなきゃって。そうジョンに思ってもらうことなんだ。そうでしょ?」

力に物を言わせてジョンを撃破しても、そこには『力はより強い力に凌駕される』という結果が残るだけだ。
ジョンはブラッドラストをさらに強化させればいい、と考えるかもしれない。もっと強い力を得たいと。
それでは意味がない。ジョンを押さえつけるのではなく、ジョン自身に分かってもらうこと。
シェリーの命を奪ったのではなく、シェリーから力を譲り受けたのだと理解してもらうこと――
それこそが、何よりもやらなければならないことなのだ。

「そう考えると――今、この場でそれが出来るのはわたしたちじゃない。
 わたしたちにその権利はない。
 わたしたちはみんな、それぞれジョンのことを想っているけれど。
 本当にジョンの目を覚まさせることができるのは……ジョンの家族だけなんだよ」

そして。
ここにいる、ジョンの家族といったら――

「わたしに考えがあるの。
 みんな、力を貸して。
 ――みんなの命を、わたしに預けて」

なゆたは真剣な面持ちで仲間たちにそう告げた。

301崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:11:28
「……ジョン」

話が終わると、なゆたはジョンへと向き直った。

「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

部長を抱き締めたまま、なゆたは語る。

「ジョン、あなたのすべきことは、化け物を受け入れることじゃない。
 あなたの中にいる化け物を理解し、対峙することなんだ」

『ニャー』

ね? と軽く首を傾けて、部長の顔を見る。
部長はすぐに返事をした。

「勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの」
 
なゆたはスマホを翳すと、それを前方に突き出した。
そして、高らかに叫ぶ。

「みんな、これが最後よ! 全力でバフをかけて!
 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

スマホの液晶画面が眩く輝き、スペルカードが瞬時にその効果を発揮する。
しかし、なゆたがバフをかけた相手はポヨリンではない。
その対象は――部長。

なゆたは仲間たちに、部長に対してありったけのバフをかけてほしいと提案した。
ジョンを目覚めさせることができるのは、なゆたでも明神でもカザハでも、エンバースでもない。
ずっとジョンと一緒にいて、ジョンの傍でジョンのことを見守り続けていた、彼の唯一のパートナー。
部長しかいない――なゆたはそう信じたのだ。
家族にも等しいフリントの攻撃によってジョンの内部で何らかの変化が起き、ジョンは熊の腕と鱗の姿から人に戻った。
だとしたら、この場にいるもうひとりの家族――部長の攻撃を受ければ、きっとジョンの内面には更なる変化が現れるはず。
ブラッドラストが殺めた相手の命を取り込むのなら、その中にはきっとシェリーの魂も入っているに違いない。
その励起を促すというのが、なゆたの作戦だった。

『ニャアアアアアアアアア!!!!』

仲間たちからのバフを受けた部長が黄金に輝く。

「ポヨリン!
 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』――プレイ!」

『オオオオオオオオオオ―――――――……ム……』

それまで凪のように床を覆うだけだったゴッドポヨリン・オルタナティブが、なゆたの号令で俄かに身を起こす。
フィールドすべてに広がったその体躯がざざ、と波立ち、一部が壁のように隆起する。
なゆたの手から跳ねるように飛び出した部長が、何を思ったか全速力でジョンではなく、
ジョンとは正反対の位置にあるポヨリンの水の壁へと突進してゆく。

『ニャアアッ!!!』

どずんっ!!!

現状かけられるだけのバフを盛られた部長が、水の壁に突き刺さる。
その威力は凄まじい。部長の突進を受けて、水の壁がまるでゴムのように伸長し『<』の形状に変わる。
もちろん、部長は血迷ってポヨリンに攻撃を加えたのではない。
なゆたは液状だったポヨリンを軟体状にすることで、その躯体にゴムのような高反発弾性を持たせた。
そこへ部長を突撃させるとどうなるか?
限界近くまで伸長したポヨリンの躯体は元に戻ろうと、部長の突進の威力に自らの反発性を上乗せして跳ね返す。
結果――部長はただ自らが突進するだけよりも遥かに速いスピードと威力でもって反対側へと――
すなわちジョンの許へと飛んでいくのである。

「喰らいなさい――ジョン!」

ドギュォッ!!!!!

それは砲弾などという生易しいものではない、黄金に輝く流星。
第一宇宙速度(28,400km/h、プロ野球選手の投球が130km/h〜165km/h程度)にも匹敵する速度で、部長がジョンへと突進する。

「真・部長砲弾!!
 いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」

『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』

いくらジョンがブラッドラストで身体能力を強化しているとはいえ、この速度の部長を躱すことはできないだろう。
いや、ジョンにまだいくらかでも人間性が残されているとしたら、この部長を避けることはしないはずだ。
恐らく、真っ向から受けて立つはず――。
シェリーと、ロイ。そして部長。
ジョンの大切な家族たちが、必ず彼の目を覚まさせてくれるはず。

なゆたはそう信じた。


【アラミガ、エンバースにポーションを譲渡。
 パーティー全員で部長にバフを盛り、真・部長砲弾を発動】

302ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:41:58
>「瞬間移動《ブリンク》!」

渾身の不意打ちが瞬間移動で回避される。

「その回避方法は長くは続かないぞカザハ!」

斧を移動先に向かって勢いよく投げる。

>「カケル!」
>「分かってます! サフォケーション!」
>「――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

「姿が変わったからなんだ?それで強くなったつもりか?」

僕は気づかない。その言葉が自分にも跳ね返ってきているという事を。

>「ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!」

「喋ってる余裕があるのか!この僕に対して!」

パワーは素手と鎌で同程度。いやスピードも、パワーも僕が上回ってる…はずだった。

>「そのためには! 失敗した前回とは別のルートに入らないといけない!
でもどこがルート分岐の特異点になってるか分からない! だから! 前回失敗したところは全部成功させなきゃ!」

実際の攻防は、カザハの優勢だった。僕は手も足も出ず、後ろに下がり続けるしかなかった。

>「というわけで全然君のためじゃないんだ! 夢のマイホーム隠居生活諦めてたまるかぁあああああああ!!」

「ぐうっ…!?」

僕の体に確実にダメージが蓄積されていく。なぜだ?僕のほうが圧倒的に力も、力が強いという事はスピードだって速いはずなのに。
僕の頭の中ではカザハの顔面を…僕の拳が捉えているのに!一撃でカザハの顔面を打ち砕く事がなぜ現実にならない!

>「もう! 反応見えないとやりにくいなあ! ……それ被ってるのはもしかして表情隠すため?」

「うるさい!黙れ!!」

カザハが予想以上に強いから?それももちろんある…でもそれ以上に…

>「――吹き降ろし馬蹄渦!!」

「させるかっっ――」

>「人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな」

目の前に集中させてからの横からの強打。そして上空からのドロップキックが顔面直撃。

ふっとばされ意識が朦朧とするほどの強烈な飛び蹴りと拳を食らってやっと気づく。
ブラッドラストを手放す・手放したという事は…熊の腕も鱗も使えない…という事は

頭ではわかっているのに反撃できないのも。
普段より力がみなぎっているのに普段より体が動かないのも。
ただ高速で走るだけならいざしらず…戦いという物は体よりセンスが重要なのだという事を

「…シェリー」

僕は弱体化していた。いや、弱体化したというのはただしい表現ではない。
正しくは強化されたがそれを操作する技能を失ったのだ…自ら。

「くそ!くそ!それがなんだってんだ!?」

303ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:42:16

「僕は化け物だ!その為にいろんなものを犠牲にして!想いを犠牲にして!力を手に入れて…強くなったはずなのに!」

>「化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!」

>「お前は化け物なんかじゃない。ちょっと人より運動神経と顔が良くて女の子と仲良く出来るだけの人間だ。
 それだってお前よか上手くできる奴はごまんと居る。思い上がってんじゃねえぞジョン!
 化け物飼えるような特別な存在じゃない。普通に人間なんだよ」

「黙れ…黙れ!!」

聞きたくない。聞きたくなんてない。聞きたくない。

>「切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!」

「やめろ…僕は怪物でいなきゃいけないんだ!化け物でいなきゃいけないんだ!それが僕の生まれもった・・・性なんだがら…!」

僕は戦いが好きだ。命の奪い合いが好きだ。気づいたのはこっちに来てからだけれど。
ルール無用でいい、卑怯でもなんでもすりゃいい。殺されたってかまわない。それも楽しい事だ。

でもこの考えは人間のしていい思考じゃない。でも我慢はできない。これが僕の性だから。
生まれ持った性は…だれにも…自分にも…否定することも、拒否する事もできない。

だから僕は…人間じゃなくていいんだ。怪物に…化け物にならなければ…。

「僕は…人殺しが好きな僕は…人間でいちゃいけないんだよ!!!」

>「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

「…今度は君か…エンバース…」

>「ああ、この瓶は気にしないでくれ。別に酔ってる訳じゃない」
「いや、やっぱり気にしろ。明神さんじゃない。ジョン、お前に言ってるんだぜ。
 実は、今まで黙っていたんだが……俺の体はもう、燃え尽きてるんだ。
 灰になってるんだ。ええと、つまり――」

「君のそのわかりにくい言い回し…別に嫌いじゃなかったが…今はすっごい不愉快だよ」

>「――そう、毛細管現象って知ってるか?」

「…不愉快だっていってるだろ!!」

殴りかかろうとしたその時…血人形達が炎上、爆発する。
爆発…というのは正しい表現ではないかもしれないが…僕にはそう見えた

304ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:42:32

「血人形を全部始末したからお前の負けだといいたいのか?それはちょっと甘いんじゃないか?
あんなのいくらでも量産できる。僕の血があればそれだけでいいんだからな…その内火に耐性ができる個体ができ始める」

砕け散った破片が少しずつ集まり、ゆっくりと形を形成していく。
僕の血は今は純粋な血に限りなく近い成分でできているが、元はブラッドラストの力の一部だ。
火の耐性が必要ならそういう風に中をいじくればいいだけ。
時間が経てば経つほど僕が有利なのは当然。まだ勝負だって始まったばかりに過ぎないのだ。
それをエンバースとあろうものが理解していないはずがない…それなのに目の前のこの死体は…表情があればかなりのニヤけた面をしているだろうという事が理解できる。

なぜだ…なぜこんなにも余裕がある?

>「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

「なんだと…?」

エンバースはゆっくりと…天上を指さす。

>「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

「なっ!」

急いで上を見る。しかしそこにはなんの代わり映えのしない…いや炎で焦げたのか…元々こんな天井だったのか・・・とにかく天井しかない。
周りを見る。死体はない。そこにあったのは火の海とカザハ達…それに見慣れない…「なにか」がなゆとロイを守っていた。

ほっと胸をなでおろす。ロイが無事であるという事に…

>「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

なにも答えられなかった。エンバースの言う通りだった。

「僕はただ」
>「きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ」

「……たしかに僕は安心してしまったよ。たしかに…君の言う通り僕は化け物なんて器じゃないのかもしれない」

斧を作りだしながら…僕はエンバース…いやこの場にいる全員を睨む。

「でも…そうなったら僕はなんだ?殺し合いが好きな人間は人間なのか?少なくとも僕達がいた元の世界はそういう扱いをしなかったと思うが?」

「僕はこのまま生きていたら何人もの人を殺すだろう。そうなった時僕は人間なのか?本当に?
大量殺人犯が吸血鬼や絵本の怪物と揶揄されるように…僕も怪物や化け物と呼ばれる存在になるんじゃないか?」

仮面を再び作り出し、装着する。

「人間は人間を殺しちゃいけない。そりゃそうだ。事情があるならともかく好き好んで人を殺した奴は…人間じゃない。別のナニカさ」

僕はそう思う。

305ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:42:50

>「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

どぱぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!

あまりにも一瞬だった。これからと調子づいていた僕を嘲笑うかのように…一瞬で決着がついた。

洗い流された。なにもかも、頼りの綱の血人形を全て。再生すらできない圧倒的な力に
今ブラッドラストは僕の制御下から外れているが、源は僕だ。
さっきまで強く力を感じていたのに、今はロウソクの火のような…仄かな力しか感じられない。

「…こんなにも…あっけなく…勝負あり…か」

>「……ジョン」

一体どこで間違えたのか。
エンバースと問答をしていたから?明神の不意打ちを回避できなかったから?カザハの蹴りをまともにくらったから?
勝てる戦いだったはずだ、少なくとも最初は…そう確信できるほど有利な差だったはずなのに。

「僕の負けだ…殺せよ。それとも自殺がお好みかい?」

もうどうでもいい。殺されるなら、それだって本望だ。待ちに待った時間がくるのだから、僕に悔いはあっても後悔はない。

>「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

「無理だよ…僕には…まだわからないのか?そんな強い心があったら…ブラッドラストなんてクソみたいな力に魅入られると思うか?
僕も、ロイも、どうにもできないクズ野郎なんだよ。一人殺したら…もう引き返す事なんてできないんだ」

『ニャー』

なゆに抱えられた部長は元気そうに鳴く。
殺すつもりで蹴ったはずだが…回復したのか傷はない…しかしなゆが負傷しているように見える。

「まさか庇ったのか?部長を?………」

また僕は安心した。なゆを心配した。【また】

――私しってるわ!それちゅうにびょう?って奴でしょ!

――化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
――何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ
――なんの意味があるかって!? 君がブラッドラストを使わなくてもいいようにするため!

>「ジョン、あなたのすべきことは、化け物を受け入れることじゃない。
 あなたの中にいる化け物を理解し、対峙することなんだ」

306ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:05

>「勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの」

ふざけるな………ふざけるな

そんな強力な攻撃などなくても、普通に全員で攻撃を重ねられれば僕に勝ち目など微塵もない。
それこそ一人だって道連れにすることなく圧殺されることはだれの目からみても疑いようがない事実だ。

だが逆に単発なら話は変わる。

たしかに血人形は消え失せた。ブラッドラストの力もないに等しい。けど一回だけなら。
全て防御に回せばどんなに強力な攻撃でも一回ならば…耐えられるかもしれない。耐えるだけなら…
どいつもこいつも僕を馬鹿にして……くそっ

スマホをなゆ達に向かってなげる

「わかった。どこまでも上から目線のその態度が心底いらつくが…今の僕に拒否券なんて存在しない
それとスマホはもういらないから君達に渡す…今の僕では使えないしね」

乗るしかなかった。どんな意図があるかなんてわからないが、残された道は一つしかなかった。

「後悔する事になるぞ。君達は必ず…僕がこの手で殺す…」

急に殺意が湧いてくる。
必ず殺すという決意がみなぎってくる。

そうだ…この感覚だ…この感覚が僕を…化け物に押し上げてくれる!!

カザハにつけられた体中の傷後から流れ出していた血が沸騰していく。
沸騰というのが正しい表現かどうかはわからないが…煮えたぎっている。

>「ポヨリン!
 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』――プレイ!」
>『オオオオオオオオオオ―――――――……ム……』
>『ニャアアッ!!!』

準備が、死が近づいてくる。ありとあらゆるバフを受けた部長が…近づいてくる。

普通の人間なら恐れるのだろうか?どうしてこうなったと嘆くのだろうか?普通っていうのがなんなのかわからないけれど。

「あの日…城で見た君達の本気を見せてくれ!それを全部見届けて!受け止めた時こそ!殺した時の快楽がある!!」

僕はあの日…なゆの本気を受けてみたいと思った。
あの時は純粋に戦ってみたい気持ちだけだったけど…いまならわかる。殺す殺されるのこの本気のスリルを…

>「喰らいなさい――ジョン!」
「いいぞ!来い!必ず僕は!化け物として!君達を殺して…みせるっ!」

本気のぶつかり合いを…こんな僕を友人と認めてくれる人達に……してほしかったのだ。

>「真・部長砲弾!!
 いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」

他のだれでもない。なゆ達に

>『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオ――――――――――――――!!!!」

307ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:23
----------------------------------------------------------------------------------------
「あんたはいつも完璧を目指しすぎなのよ」

「は・・・?」

昔シェリーにとある事を言われた事があった。

「も〜わかんないかな〜…凡人は凡人らしく平凡に生きようねって事よ」

「…でもいつも才能がない人間なんていない。そして才能がある人間はそれ相応の働きをしなきゃいけないとか言ってるじゃないか」

「あんたほんっとに馬鹿ね。いい?才能の一つ二つじゃ完璧には世の中生きていけないのよ
手に入らない物を無理やり掴もうとして疲れるだけ…わかる?人間生きてれば絶対に妥協しなきゃいけない事があるってことよ」

「それにね…妥協しないと人間は耐えられないようにできてんのよ
普通の人間には必ず心の限界値がある。まじめな人ほど妥協をせず完璧を目指すけど、大抵の人は壊れてしまうわ」

「なんかおばさんっぽいね」
「は?」
「ごめんなさい」

「でも…全部ほしい時だってあるよ。だって現に今だってほしいものがいっぱいあるもん」

「どうせあんたの事だから漫画とかでしょ……まあ…
でももし…あんたが心の底から叶えたい事があったら私が助けてあげる」

「えっー!じゃこんど新しくでるゲーム機と」

思いっきりげんこつをもらう。

「それは叶えたい事じゃなくてほしい物でしょ!そんな違いもわからないようじゃ残念だけど助けてあげれないわね
後調子に乗るな!私が助けてあげるのは人生で一回だけよ」

「えっー!そんなの僕わかんないしちょっとケチすぎない!?」

「大丈夫よ…理解する日が来たら絶対私の名前を叫ぶだろうからね」

「やっぱりおば・・・痛いよやめてええええ〜!」

-------------------------------------------------------------------------------------------

308ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:39
走馬灯のようなものが見えた一瞬の後…僕と部長は…衝突した。
直後僕の体は遥か後方に吹き飛び…壁と衝突し、その勢いで大きな音と砂埃を立てる。

ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

強烈な音が周囲に鳴り響く。

この場にいるだれもが思うだろう。こんな衝撃で生きているわけがないと。
例え力をもった人間でも…これは耐えきれないだろうと。

部長砲弾とぶつかり…ふんばったためにできた床の抉れた痕跡と…砂埃が少し晴れ…壁の衝撃の跡が少しずつ見える度に…生存が絶望的になっていく。
残っているのは…ひき肉か、それとも原型を留めた死体なのか。漂ってくる濃厚な血の匂いで…その二択になっていく。

そう…誰もが思っただろう。しかし…現実は…違う

「ハー…ハー…」

僕は生きている。

全身から出血し、右手は捻じれ、胴のいたるところから内側から骨が飛び出し、左足は壁の残骸と思われる破片が突き刺さり感覚がない。
もはや痛みなんて微塵も感じない。それよりも晴れやかな気分ですらあった。

「約束は…果たさせてもらう」

感覚がない右手や左足を引きずりながらなゆ達に近寄っていく。
なゆ達との距離はそんなにないはずだが…今は…まるで遥か彼方のように長く感じる。

「やっと…やっとここまできた…やっと…」

意識は朦朧としていた、目だって血が入り、ほとんど見えていない。
それでもまっすぐ歩いて向かえるのはゴールが目の前に…感覚としてあるからだ。

「君達が…なにを願ってこんな事を言い出したのか……分かったよ……いや…本当は最初から…分かってた…でも
僕は…理由をつけて…君達を避けた…化け物も…怪物も…殺人鬼も…シェリーでさえも…ただの言い訳だってのは最初からわかってた」

なゆ達は今僕をどんな顔で見ているのだろうか。

「君達のその思いを受け…それに答えたいと思った…でも…僕はそれ以上に…」

なゆ達がもう少しというところでこけてしまう。

「この殺人という快楽に…つかりたい気持ちが……上回ってしまった」

その瞬間。僕から大量の血がなゆ達を囲むように飛び散った。
飛び散った血達は残っていた灰褐色の粘液を取り込み…急成長を果たす。
大量に出血したことによってブラッドラストの力は極限ともいえる程高まっていた。一度飲み込まれたはずの神の一部を飲み干してしまほどに

血人形が…今度は肉を得、さらに強力に、もはや見慣れた形に変形し……なゆ達を取り囲んだ。

「動くな!」

人形達は動かない。

「もう…僕には…自分の意志でこいつらを消したり…出したりする力は…ない」

僕は一度ブラッドラストを手放した。その事によって僕の体に既に力はなく…
だが奴らの力の源はこの僕だ。奴らは…この力は僕に死なれたら困るのだ。

「恐らく…僕が…気をこのまま失えば…この人形共は…君達の血で僕の傷をいやす為に…襲い掛かるだろう…僕がどう思っていようと関係なく…」

だが…無意識に勝手に僕の力がなゆ達を殺す…そんな事は僕は望んでいない。

309ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:54

「ありがとうカザハ…僕みたいな化け物になっちゃだめだよ。君は優しいんだから…」

「ありがとう明神…こんなめんどくさい奴と親友になってくれて」

「ありがとうエンバース。君は一番化け物に近いはずなのに…君はだれよりも人間くさくて眩しかったよ」

「ありがとうなゆ…僕を助けようとしてくれて…とても嬉しかった」

隠しポケットに入っているあの日シェリーを殺したサバイバルナイフを取り出す。

「こいつらは…制御できないといっても僕を媒介として発現している…つまり僕が死ねば…こいつらは消える」

ナイフを首筋に当てる

「勝負は君の勝ちだ!なゆ!僕は自分の意志で…体で…もう君達を殺す事はできない
だからといって無意識に殺すのは…僕は許せない。絶対に!」

僕は十分に戦った。迷惑をかけた。思い残す事などないはずだ。
悔いがあるとしたらこれから純粋ななゆ達に自分の死を見せつける形になってしまうという事だけだ。

心から乾いた笑いがでる…人をこの方法で殺したはずなのに…自分でやるってなったらこんなにも恐怖しかない。

手が震える。体が震える。

さっきまでとは違う…僕は死ぬことに恐怖を抱いている

「にゃ・・・ニャー…」

ふらふらとした足取りで後ろから部長が歩いてくるのを感じる。
いくらフレンドリーファイアが無効になっていてもフルバフ全部乗せの衝撃は相当だったようだ。

「あぁ…ごめん部長…不甲斐ない飼い主で…本当に…」

今にも気を失ってしまいそうだ。出血量的にも…もう限界だ。

覚悟は決めて、終わりにしよう

「……さようならみんな」







「シェリー…助けてくれ」

僕はだれにも聞こえないほどの声で名前を呼び

首にナイフを突き刺。

310ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:44:07

「とうとう助けを呼んだわね」

目の前には光輝く…天使が…いや少し眩しいが…天使などではない!…あれは間違いなく…

僕の記憶の中にある死ぬ前の…怪我をする前のシェリーが…目の前にいた。
そのシェリーが…今まで僕だけに見えていたはずの幻影であるはず彼女が僕の腕を掴んでる…!

「なっ・・・なん・・・で?」

「んーなんでって聞かれても困っちゃうけど…
いったでしょ!一回だけ助けてあげるって。私約束を破るのは本当に嫌いなの」

シェリーは僕のもっていたナイフを強引に奪い取ると、それをまるで玩具のように振り回す。

「だめだ…それを返してくれ!僕が今死なないと…なゆ達に危険が…」

だめだ…もう…意識が…

「いったでしょ…助けてあげるって」

心の底から安心した。シェリーに会えた事。会話できているという事。そして彼女が助けると言ってくれた事。
シェリーは約束を破らない。助けるといえば絶対に助けるのだ。それができる女性なのだ

26にもなって…5歳児に頼るなんて自分でもどうかしていると思う。
それでも…彼女がどんな人間か…分かっている僕は…

「あんたは安心して寝てなさい」

僕はそんな粋がりとしか思えない5歳児が繰り出す言葉を聞いて…安堵の涙と…出血により…眠るように気絶した。

311ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:44:23

ジョンが気絶したと同じタイミングで血人形が一斉に動き出す

私は素早く飛び込み、ジョンとなゆさん達との間の血人形達を手に持ったナイフで瞬殺する
ちゃんと返り血が全員に当たらないように、もちろん私にも

「ん〜なんとも手ごたえのない連中だこと…さて…」

近い順番から一匹、また一匹と血人形を切り刻んでいく。

「皆様初めまして…私の名前はシェリーフリント。短い付き合いになるでしょうけどよろしくおがいしますね」

私はそう絶賛人形に囲まれて絶体絶命のお人よしのお馬鹿さん集団に挨拶をする。

なんてできる女なのでしょう私は!

「今…え〜と…う…う………うんち下痢下痢大明神さん。今なんだこの小さいガキはとか思いませんでした?いいえ絶対思ってます顔がそう語ってます邪悪です」

血人形は様子を見ているのか襲い掛かってこない。
う〜ん私との力の差を悟っているのでしょう。かしこい!100点あげちゃう!

「心配する必要はありません。私は敵ではありません…たしかに私は特殊能力等はありませんが…あんな人形風情に遅れはとりません。私は天才ですから」

ホントは私の事をガキだとか思ってる人は例外にしたい所ですが…あの馬鹿が……ジョンが大変お世話になっているので不問にしてあげます
だがしかし…それはそれとして私が見るにどうやらまだ不安がある様子。

「む〜…なるほど!たしかに血人形が近くをうろついてたんじゃ話なんてできませんよね…ちょっと行ってきます」

そこを動かないでくださいね。と念を押すと私は血人形の大軍へと突撃する。
小さいザコ、中くらいのザコ、大きいザコを次々と手に持ったナイフで切り刻んでいく。

あぁ!みんなが尊敬の眼差しで見ています!えぇわかりますよ。私ぐらいの才能があればそんな目で見てしまうのは仕方ありません

せっかく短時間とはいえ暴れられるのですから、才能の違いを見せつけてやろうじゃありませんか。

「これで…最後の一匹!」

そんな事を考えていたらもう最後の一匹。
う〜ん強化されてこの程度なんて…主であるジョンの程度が知れますね。いや知ってるんですけど

「血がそちらに飛ばないように調整したんですが…大丈夫でしたか?…うん大丈夫そうですね」

その時、光っていた私の体がさらに輝きを増す。

「えっ!もう時間切れ!?こんな事なら一匹残しておけばよかった!」

これじゃ私の武勇伝を披露する時間がないじゃない!

でもまあ…いっか

312ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:44:39

「みなさん…こんな面倒なジョンとかいうクソ馬鹿の為に本当にありがとうございます。感謝してもしきれません」

「本当は…私がジョンの事を叩き直してあげたかったんですが…残念ながらもうこの世の者ではないので…
貴方達がいなかったら…もっとひどい事になっていたでしょう。本当に…感謝してもしきれません」

「そして…恥を忍んでお願いします。ジョンを…みなさんの旅に連れてあげていってください」

深く…深く頭を下げる。

「これからもきっとジョンは迷惑をいっぱい掛けるでしょう…それでも…どうか…お願いします
ブラッドラストとかいう力はもう使えないように私があの世へ引っ張っていきます。だから…どうか…お願いします」

本当はこんなお願いなんてする必要ないのだろう。
こんな取引じみたお願いは成立しない。なぜなら…最初から断るような人たちならこの状況になってないから。

それでも私は頭を下げる。それが筋ってものでしょう?もうすでにたくさんお世話になっているですから。

「ありがとう……ございます」

ジョン。あんたは友達のできない理由が自分でわからない大馬鹿野郎だったけど…最後にいい人達と出会えたんだね。
本当によかった…本当に。

「兄貴…ロイ・フリントに関しては…私から言う事も、することもありません。兄貴にはそう遠くない内にしかるべき罰が…下るでしょうから」

さらに体の輝きが増す。

「どうやら私の出番はここまでのようです…皆様どうか…ジョンをよろしくお願いします」

すう〜と息を吐いてジョンの近くにいく。

「「オイ!こらぁ!いつまで寝てんだ!ジョン!さっさと起きろ!!!ぶっ飛ばすぞ!!」」

「んぁ・・・?ん…?」

本当にしょうもない男。どうしてこんなどんくさい男の面倒を死んでからも見なきゃいけないのか!
本当に…どんくさくて馬鹿で自分に友達ができない理由があることもわからない筋肉だけが取り柄のクソ男………本当に

「それではなゆさん。エンバースさん。カザハさん。明神さん。さようなら…どうかお元気で」

体を覆っていた光がゆっくりと粒になって消滅していく。そして消滅した手から落ちたナイフは…地面に衝突すると同時に粉々に砕け散った。

それと同時にジョンの体から…邪悪な気配が消えた。



「まるで…夢を見ていたかのような……っ痛ッ!…そうだ…シェリーが僕の腕を掴んで……しまった!なゆ!みんな!大丈夫か!?」

体を無理やり起こし、周りを見渡すとみんな傷一つついていなかった。

重症な僕が目立ってしまうくらいに。

「あ・・・れ?」

僕は一人だけ状況についていけず…置いてけぼりを食らうのだった。

【ブラッドラスト消失?】
【自殺未遂の末に生還】

313カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:28:56
>「くそ!くそ!それがなんだってんだ!?」
>「僕は化け物だ!その為にいろんなものを犠牲にして!想いを犠牲にして!力を手に入れて…強くなったはずなのに!」

「ククク……あっははははははは! 笑わせてくれる!
懇願されてたった一人介錯したのをずっと思い悩んできた君が化け物だって?
人間風情が! モノホンの化け物に敵うと思うな!」

カザハは敢えて”一巡目”の人で非ざる残酷さを前面に出して笑う。ジョン君に自分はただの人間だと思い知らせるために。
化け物の元々の意味は、読んで字のごとく化ける物。妖怪変化、妖(あやかし)の類。
その意味でいけば、熊の手や蜥蜴の鱗を失った今のジョン君は紛れもなくただの人間で、異形の姿と化した私達の方こそ化け物。
それに――これは私も聞いた話だが、カザハはずっと昔、風渡る始原の草原が人間に侵攻を受けた際に、
その力をもって人間の軍勢を退け始原の風車を守り抜いた。
それはつまり直接間接に数え切れぬほどの人間を薙ぎ払ったということ。
多分両方の意味で言っているのでしょう。

>「人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな」
>「俺はうんちぶりぶり大明神だが、汚物のコスプレしようとは思わねえ。
 俺は俺だ。クソみてえな人間性を、まんまクソに押し付けて逃げるつもりはない」
>「化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!」

明神さんがバトンを引き継ぎ、容赦の無い精神攻撃を開始する。
私達は援護に回り、血人形からの防御に専念する。

「カケル頑張れ! 俊足《ヘイスト》!」

が、効果が覿面過ぎたのか、物凄い物量の血人形が押し寄せる。
《アストラルユニゾン》の上に《ヘイスト》の上乗せをもってしても、ゲージが溜まるのが追い付かなくなった。

「明神さん……いったん退却を!」

>「切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!」

>「やめろ…僕は怪物でいなきゃいけないんだ!化け物でいなきゃいけないんだ!それが僕の生まれもった・・・性なんだがら…!」
>「僕は…人殺しが好きな僕は…人間でいちゃいけないんだよ!!!」

「ああっ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」

私は右足が崩壊したヤマシタさんを抱き上げ、カザハは明神さんを羽交い絞めにして強制的に退却させようとする。

>「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

十本以上の酒瓶の破片を足元に散らばらせたエンバースさんがスタイリッシュに警告する

ん? 酒瓶……?

314カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:30:14
>「ああ、この瓶は気にしないでくれ。別に酔ってる訳じゃない」
>「いや、やっぱり気にしろ。明神さんじゃない。ジョン、お前に言ってるんだぜ。
 実は、今まで黙っていたんだが……俺の体はもう、燃え尽きてるんだ。
 灰になってるんだ。ええと、つまり――」
>「――そう、毛細管現象って知ってるか?」

血人形が一斉に燃え上がり、砕け散った。

>「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

>「なんだと…?」

>「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

>「なっ!」

>「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

>「……たしかに僕は安心してしまったよ。たしかに…君の言う通り僕は化け物なんて器じゃないのかもしれない」

ジョン君は見事にエンバースさんの術中にはまった。が、ブラッドラストを解くにはまだ何かが足りない――
そこでなゆたちゃんがゴッドポヨリン・オルタナティヴを召喚する。
今まで戦いに参加せずに静観していたのは、召喚に必要なゲージを溜めていたのだろう。

>「触れただけで大変なことになる、破裂する血人形。
 この場にブラッドラストの血がある限り、永遠に出現し続けるクリーチャー。
 それを止めるには――簡単なこと! 『それより強い毒をこちらが用意すればいい』!
 目には目を、毒には毒を! 毒を以て毒を制す、窮極の門の鍵を開け、今! 彼方より此方へ来たれ!!
 リバース・ウルティメイト召喚!!」
>「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

アブホースがフィールドを埋め尽くし、血人形が一斉に押し流された。
ジョン君は戦意を喪失している。

>「…こんなにも…あっけなく…勝負あり…か」

>「……みんな」
>「このまま全員で総攻撃すれば、きっとジョンは倒せるはず。でも――
 わたしは。それじゃだめだと思う」
>「そうだよ。このままわたしたちがジョンを倒すだけじゃ……きっと何も変わらない。
 本当にすべきなのは、ジョンを倒すことじゃなくて……ジョンに分かってもらうこと。
 シェリーのことを乗り越えて、前に進まなきゃって。そうジョンに思ってもらうことなんだ。そうでしょ?」

>「そう考えると――今、この場でそれが出来るのはわたしたちじゃない。
 わたしたちにその権利はない。
 わたしたちはみんな、それぞれジョンのことを想っているけれど。
 本当にジョンの目を覚まさせることができるのは……ジョンの家族だけなんだよ」

この場にいるジョン君の家族……? 私にはいますがジョン君にいるのでしょうか。
カザハと私の姉弟関係は、この世界に戻ってきた時にマスターとパートナーモンスターという関係に置換されたが……。

315カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:32:20
「あ……そういうことですか」

地球で言うところのペットも家族に成り得る昨今。
増してやパートナーモンスターというのは、親友だったり、家族だったりするものなのかもしれません。
今は消え去った時間軸――そこで私達が手にかけた、ブラッドラストの餌食となった《ブレイブ》。
それが果たしてジョン君だったかどうかは分からないけど、彼も犬型のパートナーモンスターを連れていた。
が、そのパートナーは決戦の時にはすでに亡き者になっていた。
その時点で、すでにトゥルーエンドへの道は閉ざされていたのかもしれない。でも、今回は違う。
なゆたちゃんが身を呈して守った部長がいる――

>「わたしに考えがあるの。
 みんな、力を貸して。
 ――みんなの命を、わたしに預けて」

「分かった。その選択肢は、きっと当たってる」

>「……ジョン」
>「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

>「無理だよ…僕には…まだわからないのか?そんな強い心があったら…ブラッドラストなんてクソみたいな力に魅入られると思うか?
僕も、ロイも、どうにもできないクズ野郎なんだよ。一人殺したら…もう引き返す事なんてできないんだ」

確かに、殺したいと思うのと実際に殺すの間には越えられない壁がある。
これといった罪を犯したこともないであろう全き善人のなゆたちゃんの言う言葉は、
実際に人を手にかけた経験がある者から見れば戯言に過ぎないのかもしれません。
だけど、カザハは違う。

「出来るよ――君はまだ引き返せる」

その言葉には、妙な力強さがあった。
時間が撒き戻った回帰点以降の一巡目の出来事は一応無かったことになっているが
風渡る始原の草原が人間の侵攻を受けたのは浸食が始まるずっと前の時代のこと。
つまりカザハが数多の人間を薙ぎ払った過去は消えていないのだ。
尤も私達の場合は混線という特殊事情があり、おそらく因果律改変を伴って時空を2度超えているので、
普通に過去と見るか前世(あるいは前々世)と見るかは解釈の分かれるところではあるのですが。
少なくとも本人の中では時空超え前後の繋がりが曖昧ながらも過去として繋がっているのだろう。

316カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:34:23
>「勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの」

>「わかった。どこまでも上から目線のその態度が心底いらつくが…今の僕に拒否券なんて存在しない
それとスマホはもういらないから君達に渡す…今の僕では使えないしね」

>「みんな、これが最後よ! 全力でバフをかけて!
 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

カザハが先刻かけた烈風の加護(エアリアルエンチャント)は地味にまだ持続しているようだ。
そこで別のスキルを重ね掛けする。

「風精王の被造物(エアリアルウェポン)」

「部長さん、ジョン君に届けてください――解呪(リムーヴ・カース)」

カザハの風の魔力の全身鎧が部長を覆い、それを私の聖属性の白い光が包み込む。

>「喰らいなさい――ジョン!」

「いくよカケル!」「はいっ!」

私達は手を重ね、駄目押しの連携スキルを発動した。

「「――ブラストシュート!!」」

ポヨリンさんの壁に跳ね返って飛んでいく部長を、更に突風で後押しする。
これはカザハの“シュートアロー”と私の”ブラスト”の連携技。
効果は簡単に言えば、飛び道具(通常は矢)を風で飛ばすシュートアローの超強化版。
そういえばこの手の連携技ってRPGではよくあるけど、ブレモンでは未実装のような気がします。

>「真・部長砲弾!!
 いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」
>『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』
>「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオ――――――――――――――!!!!」

瞬きをするより短い間に、部長は流星のように飛んでいき、ジョン君に激突した。
まるで爆発のような爆音と共に、砂埃が舞い上がる。
“ヤバイ、効きすぎたか!?”と恐る恐る様子を伺う私達。

>「ハー…ハー…」
>「約束は…果たさせてもらう」

ジョン君は悲惨な姿になってはいたが、なんとか生きてはいた。カザハが気まずそうに詫びる。

「ごめんジョン君……ブラストシュートが余計だった……」

317カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:37:51
>「やっと…やっとここまできた…やっと…」
>「君達が…なにを願ってこんな事を言い出したのか……分かったよ……いや…本当は最初から…分かってた…でも
僕は…理由をつけて…君達を避けた…化け物も…怪物も…殺人鬼も…シェリーでさえも…ただの言い訳だってのは最初からわかってた」
>「君達のその思いを受け…それに答えたいと思った…でも…僕はそれ以上に…」
>「この殺人という快楽に…つかりたい気持ちが……上回ってしまった」

「何も喋らなくていいから! 今回復スペルをかける!」

カザハはこのために温存していた”癒しの風《ヒールウィンド》”を発動しようとして、固まった。

「どうしたんですか?」

「そんな……! ジョン君を対象に出来ない!」

いつの間にか、私達は再び血人形に取り囲まれていた。
それは先刻とは比べ物にならないぐらい強力になっているようで、あっけなく押し流されたはずのアブホースの一部を逆に取り込んでいる。

>「動くな!」
>「もう…僕には…自分の意志でこいつらを消したり…出したりする力は…ない」
>「恐らく…僕が…気をこのまま失えば…この人形共は…君達の血で僕の傷をいやす為に…襲い掛かるだろう…僕がどう思っていようと関係なく…」

それは、ジョン君が自らの意思に拘わらずあらゆる物を取り込んでいく終焉の化け物に成り果てたということを意味していた。
ジョン君を回復の対象に出来ないのは、もはや普通の方法では回復できないということを意味していたのだ。
彼が私達にスマホを預けたのは、こうなるのが心のどこかで分かっていたからかもしれない。

「嘘だ……そんなの嫌だよ!! 君がいなくなったら部長はどうなるの!?
こうなったら力尽くで拘束してでもエーデルグーデに連れて行くんだから!」

>「ありがとうカザハ…僕みたいな化け物になっちゃだめだよ。君は優しいんだから…」

「勝手にお別れモードに入ってんじゃね――!」「突破しますよッ! サフォケーション!」

私は真空魔法で血人形を沸騰消滅させようとするが――効かない。
それだけ魔法耐性も強力になっているということなのだろう。

>「こいつらは…制御できないといっても僕を媒介として発現している…つまり僕が死ねば…こいつらは消える」
>「勝負は君の勝ちだ!なゆ!僕は自分の意志で…体で…もう君達を殺す事はできない
だからといって無意識に殺すのは…僕は許せない。絶対に!」
>「……さようならみんな」

血人形に取り囲まれて身動きが取れない私達は成す術もなく、ジョン君がナイフを自らの首に――

318カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:39:59
>「とうとう助けを呼んだわね」

光り輝く少女が現れた。少女はジョン君からナイフを奪うと、血人形達を軽く瞬殺する。
唖然とする私達に、少女は自己紹介をした。

>「皆様初めまして…私の名前はシェリーフリント。短い付き合いになるでしょうけどよろしくおがいしますね」

「シェリー……ちゃん? まさかジョン君が言ってた……」

私達は驚きつつも、意外なほどすんなりとこの事態の概要を理解していた。
私達の身にも丁度似たようなことが起こっているからだ。
おそらく彼女はジョン君にずっと憑依――と言ったら聞こえが悪いですね、守護霊として付いて見守っていたのでしょう。
きっと世の中にはこういうこともあるのだ。特に、幽霊系のモンスターが実在するこの世界では。

>「心配する必要はありません。私は敵ではありません…たしかに私は特殊能力等はありませんが…あんな人形風情に遅れはとりません。私は天才ですから」

こんなに説得力の皆無な”特殊能力等はありません”は初めて聞いた気がします。

>「む〜…なるほど!たしかに血人形が近くをうろついてたんじゃ話なんてできませんよね…ちょっと行ってきます」
>「これで…最後の一匹!」
>「えっ!もう時間切れ!?こんな事なら一匹残しておけばよかった!」

シェリーは、私達が手も足も出なかった強化された血人形達を瞬く間に一掃した。
カザハが思わずつぶやく。

「君、本当に人間……?」

>「みなさん…こんな面倒なジョンとかいうクソ馬鹿の為に本当にありがとうございます。感謝してもしきれません」
>「本当は…私がジョンの事を叩き直してあげたかったんですが…残念ながらもうこの世の者ではないので…
貴方達がいなかったら…もっとひどい事になっていたでしょう。本当に…感謝してもしきれません」
>「そして…恥を忍んでお願いします。ジョンを…みなさんの旅に連れてあげていってください」

「ずっと見てたでしょ? そのためになゆも明神さんもエンバースさんも部長さんも頑張ったんだよ」

>「これからもきっとジョンは迷惑をいっぱい掛けるでしょう…それでも…どうか…お願いします
ブラッドラストとかいう力はもう使えないように私があの世へ引っ張っていきます。だから…どうか…お願いします」

319カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:41:21
「本当!? そんなことできるの!?」

>「ありがとう……ございます」
>「兄貴…ロイ・フリントに関しては…私から言う事も、することもありません。兄貴にはそう遠くない内にしかるべき罰が…下るでしょうから」
>「どうやら私の出番はここまでのようです…皆様どうか…ジョンをよろしくお願いします」

>「「オイ!こらぁ!いつまで寝てんだ!ジョン!さっさと起きろ!!!ぶっ飛ばすぞ!!」」

薄々そんな予感はしていましたが、ジョン君とはそんな感じの関係性だったのですね。
実に幼馴染らしいというか何と言うか……。

>「それではなゆさん。エンバースさん。カザハさん。明神さん。さようなら…どうかお元気で」

「ありがとうシェリーちゃん!」

手を振って見送る私達。

>「まるで…夢を見ていたかのような……っ痛ッ!…そうだ…シェリーが僕の腕を掴んで……しまった!なゆ!みんな!大丈夫か!?」

「ジョン君……!」

訳も分からないまま起き上がったジョン君の上体にカザハが飛びつく。

「うぇええええええええん!! 良かったよぉおおおおおおお!!」

それは奇しくも今は消え去った時間軸で息絶えた被呪者を抱いて泣いていたのと同じ構図で。
でもその結末は正反対だ。
カザハはジョン君にスマホを握らせて、近くに歩いてきた部長を抱き上げてむぎゅっと押し付ける。

「ほら! もう手放しちゃ駄目!」

「また一つ、未来が変わったんですね……」

カザハの発動させた癒しの風《ヒールウィンド》が吹き抜けていく中、私はしみじみと呟いた。
一件落着……でいいのかな? はて、何か大事なことを忘れているような……

「あーっ、早くコアを破壊して脱出しなければ!」

これでアルフヘイム転覆して全員死んだらギャグにもなりませんよ!?

320明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:36:32
>「やめろ…僕は怪物でいなきゃいけないんだ!化け物でいなきゃいけないんだ!
  それが僕の生まれもった・・・性なんだがら…!」

決死の間合いで叩き込んだ俺の煽りに、ジョンはかぶりを振って否定する。
うわ言のように。他の誰でもない、自分自身に言い聞かせるように。

>「僕は…人殺しが好きな僕は…人間でいちゃいけないんだよ!!!」

「違うな。生まれついての悪人がそんな風に、自分の悪行に追い詰められるかよ。
 化け物でいなきゃならない義務なんて無い。胸張って名乗れよ、人間だってよ!」

ヤマシタは半壊し、俺を護るものは既にもうない。
数秒としないうちに血人形が俺にジャケットの後を追わせるだろう。
それでも言葉は止まらない。この程度のピンチに、口を噤んでたまるか。

>「ああっ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
>「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

「ああ!?イモ引いてんじゃねえぞ焼死体!俺ぁまだまだやれる――」

瞬間、目の前が炎に包まれた。
エンバースを起点に爆発めいた火が一気に燃え広がる。
鼻をつくアルコールの匂い――こいつまた酒ばら撒いて火ィ点けやがった!

「うぉわぁ!?」

間一髪、カザハ君に引っ張られて炎の壁から一歩脱する。
逃げ遅れた前髪が焼け焦げて、冬場のストーブみたいな臭いが漂った。

>「……だから言ったろ?そこは危険だって」

「クソタワケがぁーっ!警告すんならもっと腹から声出せや!!」

一声かけりゃ良いってもんじゃねえんだぞ!?
これがホントのフレンドリーファイアってやかましいわ!
……やべえ。脳みそ滑り過ぎてカザハ君みてえなこと言いかけた。

>「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

物理的に場の空気を自分色に塗り替えたエンバースが、奪った話の主導権そのままに問いかける。

>「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

>「なっ!」
「はぁ!?」

俺とジョンは同時に指さされた場所を視線で追った。
そしてそこにあったはずのフリントの身体が、遥か後方に置き去りにされていることを知った。
死んでない。なゆたちゃんの隣で、白いマシュマロみてえな物体が炎からフリントの身体を守っていた。

――あれがエンバースのパートナー。
これまでスマホからはみ出るだけだった触手も、今は『根本』が見えている。
見たこと無いモンスターだ。生命体と言っていいのかすら、わからない。

>「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

ものの見事にジョンを出し抜いて、エンバースは不敵に追求する。

321明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:37:05
>「きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ」

「ヒヤっとさせやがって……俺ぁてっきり焼死体仲間が欲しいのかと思っちまったぜ」

ハッタリは覿面に効いた。ジョンは、押し殺していた人間性を、見せずにはいられなかった。
もしも奴自身の言う通り、ジョン・アデルがただの化け物に成り下がっていたなら――
フリントの安否を気にするはずがなかった。既に遊び尽くした、壊れた玩具に過ぎないからだ。
ボロ屑のようになった人間を、『フリント』として見ることが出来るのは、人間のジョンだけだ。

>「……たしかに僕は安心してしまったよ。たしかに…君の言う通り僕は化け物なんて器じゃないのかもしれない」

それを誰よりも理解しているのはジョン自身。
ジョンは忌々しげに歯噛みし、かすかに残った『人間』としての自分を認めた。

>「でも…そうなったら僕はなんだ?殺し合いが好きな人間は人間なのか?
 少なくとも僕達がいた元の世界はそういう扱いをしなかったと思うが?」
>「人間は人間を殺しちゃいけない。そりゃそうだ。
 事情があるならともかく好き好んで人を殺した奴は…人間じゃない。別のナニカさ」

――ここだ。この言葉がジョンを化け物に縫い止めている、『楔』。
ジョンにとっての化け物の定義は、人殺しを肯定するか否かだ。
そしてそれは、俺たちの元いた世界の社会通念と本質的には同じ。

『人間は、殺人者を同胞と認められない』。

過失致死やよほど情状酌量の余地がなければ、殺人罪は一発で実刑だ。
監獄にぶち込んで、強制的に社会から隔離する。人殺しを、共に生きる『人』だとは認めない。
いつ自分たちに牙を剥くかわからない、檻の中に居るべき獣――そんなふうに扱っている。

ジョンにとって、殺人の欲求に支配された自分は獣と同じだ。
シェリー・フリントを殺したのは、確かに『好き好んで』ではなかったんだろう。
殺さなければもっと、ずっと、苦しませ続けることになる。そんな慈悲から犯した罪だ。

だけど、それを契機としてジョンは歪んでしまった。
犯した罪に対する逃げ場に、『自分は元から人殺しだった』という言い訳を選んでしまった。
人間で居ることを諦め、獣に身を堕とした。

「それでも、お前はまだ好きこのんで人を殺しちゃいない。まだ戻れるんだ。
 お前が化け物へ一歩踏み出す前に、俺たちが全力で人間に引っ張り戻してやる」

楔を抜く。いずれ人を殺す獣だとしても。その場限りの、時間稼ぎにしかならないとしても。
手綱をずっと握って離さなけりゃ良いだけの話だ。

燃え盛る炎の壁の向こうから、再構築を終えた血人形たちが姿を現す。
火に炙られ続けているにも関わらず足を止める気配はない。
効果が弱まってる……?いや、『炎に耐えられる』ように血人形を作り変えたんだ。
あたかも『血清』を作って、毒への耐性を獲得するみたいに――!

四方八方を致死の軍勢に取り囲まれて、俺はもうビビらなかった。
時間は稼げた。俺たちの後ろには――なゆたちゃんが居る。

>「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

灰色の濁流が俺の背後から湧き立ち、目の前の全てを押し流していく。
ゴッポヨオルタが生み出す強毒の波涛。より強い毒が血人形の毒を相殺し、無効化していく。

322明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:37:49
毒をもって毒を制すってのは、単なる比喩表現に限った話じゃない。
外的要因で生理作用を及ぼす物質って意味じゃ、毒も薬も本質的には同じものだ。
例えばトリカブトとフグ毒は同時に摂取すると、体内で拮抗し合って分量次第じゃ無毒化すらする。

ジョンの血は確かに強力な毒素だが、奴が言うにはフリントからぶち込まれた毒薬を転用したものらしい。
人間が生み出せる限界の毒と、外神がその身に宿す毒、どっちが強いかは言うまでもない。
毒性を尽く失った血人形たちは、再構築する傍からアブホースに喰われて沈黙した。

>「……みんな」

黙示録の1ページみたいな光景の中、それを引き起こした女が立っていた。
相変わらずやることが無茶苦茶だ……。なゆたちゃんは俺たちに向き直る。

>「このまま全員で総攻撃すれば、きっとジョンは倒せるはず。でも――わたしは。それじゃだめだと思う」
>「そうだよ。このままわたしたちがジョンを倒すだけじゃ……きっと何も変わらない。
 本当にすべきなのは、ジョンを倒すことじゃなくて……ジョンに分かってもらうこと。
 シェリーのことを乗り越えて、前に進まなきゃって。そうジョンに思ってもらうことなんだ。そうでしょ?」

「……だな。ぶん殴れば解決するような浅い悩みなら、フリントの野郎にだってこいつを救えた。
 それじゃ足りねえってんなら、別の殴り方を考えねえとな」

インファイトでの囁き戦術は無駄と分かった。
カケル君が退避させてくれたおかげで全壊を免れたヤマシタと一緒に、後退する。

合流したなゆたちゃんの傍には、ウェルシュ・コカトリスがいた。
蹴られた傷は浅くはないが、それでも自分の足で立ってる。
自分を拒絶した主人の元へ、なお向かわんとする意志を感じる。

>「わたしに考えがあるの。みんな、力を貸して。
 ――みんなの命を、わたしに預けて」

「水臭えなリーダー。命も力もとっくに預けてるよ、王都の時からずっと!」

作戦を立てるのに、言葉はもう必要ない。
なゆたちゃんのアイデアを実現するのに何をすべきか、俺は既に理解していた。
試掘洞でも、リバティウムでも、アコライトでも……そうしてきた。

>「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

化け物なんてもんは、俺の中にだってある。
クーデターを経てモンデンキントと和解はしたが、俺から邪悪さが失われたわけじゃない。

この世の何もかもを敵視して、あまねく全てに牙を剥く、憎悪と悪意の権化。
仲間だとか馴れ合いだとか、およそ前向きな他人との関わりを唾棄して孤独を選んだ腐臭の漂う化け物。
うんちぶりぶり大明神は、今でもハラの中の深いところでふんぞり返ってる。

>「ジョン、あなたのすべきことは、化け物を受け入れることじゃない。
 あなたの中にいる化け物を理解し、対峙することなんだ」

それでも、俺は自分が化け物じゃないって胸張って言える。
邪悪に振り回されずに居られるのは、そんなもんよりずっと大事にしたいものを見つけたからだ。
ジョン。お前も俺の大事なものの中に入ってる。それも、自信持って言える。

>「わかった。どこまでも上から目線のその態度が心底いらつくが…今の僕に拒否券なんて存在しない
  それとスマホはもういらないから君達に渡す…今の僕では使えないしね」

323明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:38:57
なゆたちゃんの宣言を受けて、ジョンは忌々しげに吐き捨ててスマホを放った。
俺は両手でキャッチする。壊れてもいないのに、用を為さなくなった、ブレイブの証を。

>「後悔する事になるぞ。君達は必ず…僕がこの手で殺す…」

「今日はよくスマホが飛ぶ日だな。大事にしろよ、お前にはまだまだ必要になる。
 ここで全部バシっと解決して、明日も俺たちとブレイブやるんだからよ」

>「みんな、これが最後よ! 全力でバフをかけて!
 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

「了解、『黎明の剣(トワイライトソード)』……プレイ!
 デバフも盛ってくぞガザ公」

俺の持ってるバフスペルは黎明の剣一枚こっきりだ。
あとはジョンにデバフかけまくって最大限の効果を狙う。
その為にはガザ公のデバフリキャストが必要だが――

「……ガザーヴァ?」

ガザーヴァは面頬の向こうに双眸を隠し、俯いたままだった。
なゆたちゃんの呼びかけにも反応しなかった。様子がおかしい。
だけど、内実を確かめるだけの時間は俺たちには残っちゃいなかった。

「……っ。『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!」

ジョンを中心に展開したフィールドに、倍の重力が発生する。
単純な質量攻撃なら、これで威力は2倍だ。
そして更に、キャッチしたジョンのスマホを手繰ってスペルをタップしていく。

お前が俺に使った技がどういうもんだったか、ちゃんと覚えてる。
他ならぬ俺こそが、ブレイブとしてのジョンの戦術を、最初に認めた男だ。

「『雄鶏絶叫』、『雄鶏乃栄光』、『雄鶏疾走』――プレイ!
 部長、鎧変形!遠慮は要らねえ、あの唐変木のご主人様に一発デケぇの見舞ってやれ!」

>『ニャアアッ!!!』

数多のバフを積載した部長が疾走を開始する。
その足の向く先は、ジョンではなく真反対の――ポヨリンさん。
渾身の体当たりをその身に受けて、ポヨリンさんの身体が大きく撓む。撓み続ける。

>「あの日…城で見た君達の本気を見せてくれ!それを全部見届けて!受け止めた時こそ!殺した時の快楽がある!!」

「『あの日』……食らった経験に基づいて警告しておくぜ。ハンパな防御で耐えきれると思うなよ。
 こいつを初めに思いついた男は!この俺さえも発想力で上回った驚嘆に能うるブレイブだ!
 食らえ必殺のぉぉぉぉ……!!」

もはや無印とは呼ぶまい。あの時よりも更に洗練された令和最新版。
俺となゆたちゃんは、同時に思いついた技名を叫んだ。

「「真・部長砲弾!!」」

>「いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」

そして、弾けた。
トランポリンの如く撓みきった薄膜が、部長の推進力を正反対の方向へ開放する。
さながらスリングショットだ。打ち出された部長は、今度こそ狙い過たずジョンへと飛翔した。

324明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:40:06
>「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオ――――――――――――――!!!!」

瞬き一つ追いつかない速度で、激突する。
部長――かつてジョンが命を絶った、シェリー・フリントの愛犬と同じ名前。
在りし日の、ジョンが化け物と出会う前の幸福な記憶の断片。

なゆたちゃんの見立て通り、部長こそがジョンを引っ張り戻す鍵になると、確信があった。
部長の名は拭えない罪の生き証人であると同時に――
ジョン・アデルが唯一自分の傍に残しておいた、『人間』の名残だ。

打ち捨て、蹴り飛ばし、拒絶したはずの過去。
俺たちが背中を強めに蹴り飛ばして――今度こそ追いついた。

爆発を錯覚するほどの衝撃。
部長が宿していた慣性の全てを身に叩き込まれ、ジョンは吹っ飛んだ。
レプリケイトアニマの壁が、霊銀結社が総力を上げてようやく穿った超硬質の壁が、豆腐のように粉砕する。

「マジかあいつ……素受けしやがった」

真っ向からぶつかり合うなら、血による装甲でもなんでも纏うもんだと思ってた。
だがジョンは防御を捨て、ほとんど生身の状態で部長と激突した。
もうもうと土煙を立てる向こうで、ジョンの身体が原型を保っているのか。

「ジョン……!」

思わずその名を呼んで、そして返事が返ってきた。

>「ハー…ハー…」

瓦礫の奥からジョンが姿を現す。
全身が血まみれのボロボロで、肋骨なんか折れて皮膚を突き破っているが、それでも生きている。

>「君達が…なにを願ってこんな事を言い出したのか……分かったよ……いや…本当は最初から…分かってた…でも
 僕は…理由をつけて…君達を避けた…化け物も…怪物も…殺人鬼も…シェリーでさえも…
 ただの言い訳だってのは最初からわかってた」

最早呼吸さえ苦痛なんだろう。
虫の息を断続的に繰り返しながら、それでもジョンは足を動かす。俺たちのもとへ歩み寄る。

>「君達のその思いを受け…それに答えたいと思った…でも…僕はそれ以上に…」

転がる瓦礫を避けることすらできずに、ジョンは躓いて転んだ。

>「この殺人という快楽に…つかりたい気持ちが……上回ってしまった」

刹那、喰われ切ったはずの血人形たちが一斉に湧き上がる。
無数の赤が林立するその中央に俺たちは居た。囲まれている。

「まっ待て!もう戦えるような状態じゃねえだろお前!
 とっとと血を戻せ、今起こしてやっから――」

>「動くな!」

息も絶え絶えの人間から発せられたとは思えない、鋭い声。
俺は思わず駆け寄ろうとした足を止めるが、叫びは俺に放たれたものじゃなかった。
血人形たちが硬直する。いつの間にか、俺の直ぐ側まで近づいてきていた。

325明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:40:55
>「もう…僕には…自分の意志でこいつらを消したり…出したりする力は…ない」
>「恐らく…僕が…気をこのまま失えば…この人形共は…君達の血で僕の傷をいやす為に…
 襲い掛かるだろう…僕がどう思っていようと関係なく…」

「んだと……?」

ブラッドラストは最早、ジョンの制御下にない。
ただ主のもとへエサを持ってくるだけの、解き放たれた狂犬。
今はジョンが睨みをきかせちゃいるが、気絶すればこいつらを止めるものはもうなにもない。

そうなる前に、どうすべきか。
きっとジョンは既に理解していたし、俺も分かってしまった。

>「ありがとう明神…こんなめんどくさい奴と親友になってくれて」
>「こいつらは…制御できないといっても僕を媒介として発現している…つまり僕が死ねば…こいつらは消える」

どこからか取り出したナイフを、ジョンは自分の首筋に当てた。
年代物のサバイバルナイフだ。軍人が持ち歩くようなものじゃない。
まさかこれは――。

「おい!ざけんな!勝手に納得して終わりにしようとしてんじゃねえ!
 まだ助かる、カザハ君、こいつに回復を――」

振り仰いで助けを求めるが、カザハ君はとっくの昔に回復スペルを試していた。
効果がない。これもブラッドラストの代償なのか。それとも。

>「勝負は君の勝ちだ!なゆ!僕は自分の意志で…体で…もう君達を殺す事はできない
 だからといって無意識に殺すのは…僕は許せない。絶対に!」

ナイフを奪い取らんと踏み出す。血人形が行く手を阻む。
ジャケットが残ってりゃ身代わりにして人ひとり分の道くらいこじ開けられただろうが、とっくにその辺でボロ屑だ。
ヤマシタの片足はまだ再生できてない。血人形の包囲を突破する方法は、今度こそ尽きた。

>「……さようならみんな」

「やめ――」

伸ばした手が届くはずもなく。
ジョンは自分の首筋にナイフを突き立てる。

>「とうとう助けを呼んだわね」

その手を掴み、自刃を妨げるものがあった。
光に包まれた輪郭は次第に鮮明になり、ひとつの人影を形作る。
幼い少女。本当に幼い、小学生にもならないくらいの女の子だ。

>「んーなんでって聞かれても困っちゃうけど…
 いったでしょ!一回だけ助けてあげるって。私約束を破るのは本当に嫌いなの」

少女は固く握り込まれていたはずのジョンのナイフを造作もなさ気に奪い取る。
ペン回しのように指先で弄ぶその所作は、とても小さな少女のものとは思えないくらい堂に入っていた。

なんなんだこの小さいガキは……。

326明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:41:44
>「あんたは安心して寝てなさい」

たった一言、そう声をかけるだけで、ジョンは泣き疲れた子供みたいに目を閉じた。
そのまま倒れ込む姿を慈しむように眺めて、少女はこちらを振り向く。
瞬間、少女の姿が視界から消えた。

>「ん〜なんとも手ごたえのない連中だこと…さて…」

そして気付けば、ジョンが気絶したことで再び襲いかからんとしていた血人形たちが、
音もなく切り刻まれて地面のシミと化していた。

「……は?あ?」

状況にまったく理解が追いつかないけど、とにかく悪い方向には転がってないことは分かった。
そしてもうひとつ、これもなんとなくだが、ジョンの前に現れた少女の正体。

>「皆様初めまして…私の名前はシェリーフリント。短い付き合いになるでしょうけどよろしくおがいしますね」

「嘘だろ……。生きてた……ってわけじゃ、ねえんだよな」

シェリー・フリント。かつてロイと共にジョンと友情を築き、ジョンが介錯した少女。
死んだはずの幼馴染が、どういうわけか突如として俺たちの元へ出現した。

実は殺したってのはジョンの勘違いだった、ってことはあり得ない。
生きてればシェリーはもう二十歳を超えているはずだからだ。
こんな、小さいガキの姿であるはずがない。

>「今…え〜と…う…う………うんち下痢下痢大明神さん。
 今なんだこの小さいガキはとか思いませんでした?」

「んん!?思ってないよ!?あとそんなキレの悪そうな名前じゃねえよ!」

>「いいえ絶対思ってます顔がそう語ってます邪悪です」

「こっ、このガキァ……!」

ツラが邪悪なのは否定できねえけどさあ!
初対面なんだが!なんぼ明神さんでも出会って数秒で顔面批判されたの初めてだよ!!
ジョンから話だけ聞いてたけどすげぇ女だなこいつ……。

死亡した当時の姿で現れたジョンの幼馴染。多分これも、ブラッドラストの効果かなんかなんだろう。
幽霊やらゾンビやらが普通にうろついてるアルフヘイムで『あり得ない』はあり得ない。
言うたら俺ネクロマンサーだし。そういうのわかっちゃう。

ていうかなんで俺のこと知ってる?まさかジョンの中でずっと見てたのか!?
げに恐るべしブラッドラスト。やっぱアレ呪いだよ呪い。とっとと解呪しようぜ!

メスガキもといシェリーはナイフをクルクルしながら血人形共を睥睨する。
包囲網の在庫はまだまだ潤沢だ。多勢に無勢。ひっくり返せる戦力差じゃない。

>「心配する必要はありません。私は敵ではありません…たしかに私は特殊能力等はありませんが…
  あんな人形風情に遅れはとりません。私は天才ですから」

「んなこと言ったってお前、周り見てみろよ。血の色した御用提灯が十重二十重だぜ。
 さっさとジョン連れてこっから逃げねえと」

>「む〜…なるほど!たしかに血人形が近くをうろついてたんじゃ話なんてできませんよね…ちょっと行ってきます」

「えっ、ちょっ」

327明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:43:03
俺がなにか言うより早く、再びシェリーの姿が消える。
ほとんど同時に無数の血人形がバラバラに崩壊していくのが視界の端に見えた。

>「君、本当に人間……?」

カザハ君がドン引きした様子でつぶやく。
お前が言うな!と言いたかったけど別にお前言って良いわ。比較対象がアレだもんね……。

とか言ってる間に、シェリーが戻ってきた。
周りを取り囲んでいた血人形の軍勢は、一匹残らず細切れになっていた。
今ならジョンにも化け物じゃないって胸張って言えるわ。お前は全然ふつーだよ……。

>「みなさん…こんな面倒なジョンとかいうクソ馬鹿の為に本当にありがとうございます。感謝してもしきれません」

血人形相手に「ざぁこざぁこ」していたシェリーは、急に神妙な顔で俺たちに頭を下げる。

>「本当は…私がジョンの事を叩き直してあげたかったんですが…残念ながらもうこの世の者ではないので…
 貴方達がいなかったら…もっとひどい事になっていたでしょう。本当に…感謝してもしきれません」
>「そして…恥を忍んでお願いします。ジョンを…みなさんの旅に連れてあげていってください」

今、目の前で頭を垂れるシェリーが、『本物のシェリー』である確証はない。
ブラッドラストが歪ませた、ジョンの内なる願望が表に出たものなのかもしれない。
自分を殺した相手のことを、死んでなお気にかけ続ける。あり得ないと切って捨てることも出来たろう。

「へっ、お願いされるまでもねえよ。あいつは俺の大親友だ、嫌だっつってもふん縛って連れて行く。
 お前があの世で羨ましくなるくらい、すげえ楽しい旅にしてやるよ」

だけど、そんなことはきっと、どうだっていいのだ。
シェリーに頼まれなくたって、俺は自分の意志であいつを親友にした。
世界を救いに行く旅路は、ジョン・アデルが居なきゃ始まらない。

>「ありがとう……ございます」

シェリーはもう一度、深く頭を下げた。
果報者じゃねえかジョン。幼馴染にここまで想ってもらえるなんてよ。
ちょっと、いやかなり尻に敷かれてるけれども。
シェリーが倒れ伏すジョンの耳元でがなり立てる。やがて、ジョンの意識が戻ってきた。

>「それではなゆさん。エンバースさん。カザハさん。明神さん。さようなら…どうかお元気で」

「成仏する前に覚えとけよ、俺は下痢下痢じゃなくて笑顔きらきら大明神だ。
 また会おうぜ。百年後かそんくらいに、寿命でくたばったジョンと一緒にそっちに遊びにいくからさ」

シェリーの姿が消える。彼女の握っていたナイフが地面に落ちて、砕け散る。
一本のナイフから始まった因縁。ジョンを過去に縫い止め続けていた楔が、塵となって風に消えた。

>「まるで…夢を見ていたかのような……っ痛ッ!
 …そうだ…シェリーが僕の腕を掴んで……しまった!なゆ!みんな!大丈夫か!?」

入れ替わるようにしてジョンが跳ね起きた。
ナイフを突き立ててからの記憶が抜け落ちてるのか、目を白黒させている。

>「うぇええええええええん!! 良かったよぉおおおおおおお!!」

そこへカザハ君が飛びついた。
俺からひったくっていったスマホと部長を抱え、三位一体となってジョンに突撃する。

328明神 ◆9EasXbvg42:2020/10/12(月) 03:44:52
「カザハ君、カザハ君、トドメ刺しにいくなって。肋骨出てんだぞそいつ」

その姿があまりにも可笑しくて、俺はニチャっと笑った。
こんだけでけぇ貸し作ったんだ、ちょっとくらい意地悪いこと言ってもバチは当たるまい。

「シェリーちゃん。ありゃやべえ女だな」

シェリー曰く邪悪なツラに邪悪な笑みを浮かべて、俺はジョンに歩み寄った。

「ブラッドラストの最終奥義みてえな血の人形すらメスガキムーブしながら瞬殺だもんよ。
 ひひっ、お前がいい年こいてもずっと頭上がんねえの分かるわ。すげえ濃いキャラしてた」

カザハ君ともみくちゃになってるジョンに手を貸して、引っ張り上げる。
まずは回復させてやんねえとな。エリクサーまだ余ってたっけ?

「そんなシェリーちゃんに頼まれたからよ。お前の性根ってやつを、叩き直してやる。
 メンタル鍛える特訓をしようぜ。おっと、逃げようなんて思うなよ?
 王都で嘔吐するまでお前の訓練に付き合ったこと、俺は忘れてねえからなぁ……!」

クーデターの後、俺は敗者の義務としてジョンから鬼のようなシゴきを受けた。
そこで学んだ技術は今でも俺の助けになっているけれど、それとこれとは話が別だ。
今度は俺が、ジョンに地獄の特訓メニューを課す番ってわけだ。

「だからジョン、今後ともよろしく。勝手にどっか行こうとすんじゃねえぞ」

化け物の側へ。俺たちの手の届かない、遠い遠いところへ。
ようやく……引きずり戻せた。

「お前は俺の親友だろうが。俺に……友達を失わせるな」

>「あーっ、早くコアを破壊して脱出しなければ!」

「やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!」

もう一つ残ってる気がかりは、ロイ・フリントの処遇だ。
生きてはいる。そして、もうまともに戦える状態じゃないってことも、分かってる。
ジョンとの戦いでボロ屑に成り果てて、わずかに胸を上下させるだけの、ほとんど死に体だ。

>「兄貴…ロイ・フリントに関しては…私から言う事も、することもありません。
  兄貴にはそう遠くない内にしかるべき罰が…下るでしょうから」

シェリーの言葉が脳裏に蘇る。
しかるべき罰。正直、ロイ・フリントがしでかしたことは許されることじゃない。
ブレイブを殺す、ただそれだけの為にアイアントラスの人々は何人も犠牲になった。
地球の法律に照らし合わせたって縛り首は免れないだろう。

俺の個人的な感情としても、公正な裁きを待たずにフリントを殺すべきだと思う。
ジョンとの因縁とは無関係に、こいつは死ななきゃならないだけのことをしてきた。

「殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
 俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん」

因果応報が然るべき形で下らないのなら、俺が応報する。
エンバースがロイ・フリントを殺さないでいて、良かった。

手を汚す役目を引き受けなきゃいけない人間が居るのなら、
きっとそれは、大人の俺だ。


【ジョンに特訓を押し付ける。ロイ・フリントの処遇を確認】

329embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:26:07
【イミテーション・エゴ(Ⅰ)】

『……たしかに僕は安心してしまったよ。たしかに…君の言う通り僕は化け物なんて器じゃないのかもしれない』

「ああ、そうとも。あんたは驚かされる方が似合ってる……立場が逆転しちまったな」

暴き出されたジョン・アデルの人間性――遺灰の男=賭けに勝った/勝ち誇った笑み。

『でも…そうなったら僕はなんだ?殺し合いが好きな人間は人間なのか?少なくとも僕達がいた元の世界はそういう扱いをしなかったと思うが?』
『僕はこのまま生きていたら何人もの人を殺すだろう。そうなった時僕は人間なのか?本当に?
 大量殺人犯が吸血鬼や絵本の怪物と揶揄されるように…僕も怪物や化け物と呼ばれる存在になるんじゃないか?』

「まぁ、そうかもな――でも、その言い分には一つ、大きな穴がある」

『人間は人間を殺しちゃいけない。そりゃそうだ。事情があるならともかく好き好んで人を殺した奴は…人間じゃない。別のナニカさ』
『それでも、お前はまだ好きこのんで人を殺しちゃいない。まだ戻れるんだ。
 お前が化け物へ一歩踏み出す前に、俺たちが全力で人間に引っ張り戻してやる』

「そういう事だ。人殺しが好きなだけじゃ、人間は化け物にはなれないんだ、ジョン。
 そして残念ながら、あんたじゃ俺達を殺せない。だから……化け物には、なれない」

遺灰の男=肩を竦める/両手のひらを上に向ける/目を閉じて/皮肉げな笑み。

「そろそろ、わたしが行かせてもらうわよ……みんな!」

そして――戦況が動く。

『触れただけで大変なことになる、破裂する血人形。
 この場にブラッドラストの血がある限り、永遠に出現し続けるクリーチャー。
 それを止めるには――簡単なこと! 『それより強い毒をこちらが用意すればいい』!
 目には目を、毒には毒を! 毒を以て毒を制す、窮極の門の鍵を開け、今! 彼方より此方へ来たれ!!
 リバース・ウルティメイト召喚!!』

ポヨリン=毒々しく変色/膨張/肥大化/巨大化――蠢動。
生ける毒沼の如き姿――外なる神=アブホース。

『ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!』

波打つ粘液/猛毒――血人形の軍勢が瞬く間に呑み尽くされ、消滅。
再生成される血人形――部屋を埋め尽くす灰褐色の毒沼が瞬時にそれを捕食。
再生成/捕食/再生成/捕食/再生成/捕食――呆れ果てたような笑みを零す、遺灰の男。

『…こんなにも…あっけなく…勝負あり…か』

「そう落ち込むなよ。こっちには俺がいたんだ――当然の結果って奴だ」

依然変わらない優越的口調――遺灰の男が身を翻す/なゆたへ振り向く。
決着を予期してではない/むしろ逆――ここからが本番だと記憶が疼く。

『……みんな』

かつてエンバースと呼ばれた男の魂に火を点けた少女が、仲間達を見回す。

330embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:26:43
【イミテーション・エゴ(Ⅱ)】

『このまま全員で総攻撃すれば、きっとジョンは倒せるはず。でも――
 わたしは。それじゃだめだと思う』

少女を見つめ返す闇色の眼差し。

『そうだよ。このままわたしたちがジョンを倒すだけじゃ……きっと何も変わらない。
 本当にすべきなのは、ジョンを倒すことじゃなくて……ジョンに分かってもらうこと。
 シェリーのことを乗り越えて、前に進まなきゃって。そうジョンに思ってもらうことなんだ。そうでしょ?』

遺灰の男の目には――少女が眩く輝いて見えた。
少女は、"本物"だった――誰かの焼き直しではなく/確固たる己があった。
その眩さがかつてエンバースと呼ばれた男に火を点けた――そして今もまた、再び。

『そう考えると――今、この場でそれが出来るのはわたしたちじゃない。
 わたしたちにその権利はない。
 わたしたちはみんな、それぞれジョンのことを想っているけれど。
 本当にジョンの目を覚まさせることができるのは……ジョンの家族だけなんだよ』

遺灰の男は偽物だ――その記憶は全て、エンバースと呼ばれた男のもの。
故にそこから生じる人格/感情も――オリジナルの焼き直しに過ぎない。
過ちは繰り返させない/ジョン・アデルを救いたいという感情でさえも。

『わたしに考えがあるの。
 みんな、力を貸して。
 ――みんなの命を、わたしに預けて』

だが――今、抱いている感情は違う。
この、少女に抱く憧憬は――偽物である自分が抱いた、本物の感情。
それに従わずにいる事など、不可能だった。

『水臭えなリーダー。命も力もとっくに預けてるよ、王都の時からずっと!』

「……構いやしないさ。何度だって言ってくれ。力を貸せってな――俺が、何度だって応えてやる」

かつてエンバースと呼ばれた男ではなく、俺が――言葉にはしない、誓い。
偽物の亡霊に宿った自我の灯火が、今――急速に燃え上がろうとしていた。

『……ジョン』
『僕の負けだ…殺せよ。それとも自殺がお好みかい?』

ジョン・アデル――追い詰められた/だが今なお意志を曲げない。

『あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ』

崇月院なゆた――怖気を誘う殺意に晒された/なおも慈悲を絶やさない。

『無理だよ…僕には…まだわからないのか?そんな強い心があったら…ブラッドラストなんてクソみたいな力に魅入られると思うか?
 僕も、ロイも、どうにもできないクズ野郎なんだよ。一人殺したら…もう引き返す事なんてできないんだ』

その様が、遺灰の男には羨ましかった――彼らにはあって、自分にはないものがある。

『ジョン、あなたのすべきことは、化け物を受け入れることじゃない。
 あなたの中にいる化け物を理解し、対峙することなんだ』

人生だ。自分だけの人生――自己の存在を定義するに足る人生が、二人にはある。
故に、ジョン・アデルは己を殺人鬼と疑わない/故に、少女の慈悲は枯れる事がない。

331embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:27:08
【イミテーション・エゴ(Ⅲ)】

『勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの』

――ああ、クソ。眩しいな。羨ましいな。俺も……俺も、そこに混ぜてくれよ。

『わかった。どこまでも上から目線のその態度が心底いらつくが…今の僕に拒否券なんて存在しない
 それとスマホはもういらないから君達に渡す…今の僕では使えないしね』

――力なら、何度だって貸してやる。あんたはただの人間だって、何度だって言ってやる。

『後悔する事になるぞ。君達は必ず…僕がこの手で殺す…』

――だから。俺にも、俺の人生をくれ。

332embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:28:48
【イミテーション・エゴ(Ⅳ)】

『みんな、これが最後よ! 全力でバフをかけて!
 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!』

少女の号令/それに応じる仲間達――魔力の輝きが次々に部長へと宿る。
遺灰の男がスマホを操作――無反応/自我に目覚めたとて、所詮は魔物。

「……なんだ、その……頼んだ、フラウさん」

〈――もう。世話の焼けるところだけは、ハイバラ譲りですね〉

黄金に輝く部長――少女の腕を飛び出し/駆ける――ジョン・アデルとは正反対の方向へ。
向かう先=ポヨリンの打ち立てた高波の壁/そして跳躍――瞬間、迸る白い閃光。

『ニャアアッ!!!』

〈お待ちなさい。おバカな主を持った者のよしみです――〉

閃光=フラウ――ポヨリン/部長の間に割り込むように。
弾性/慣性の板挟み――肉塊がひしゃげる/変形した体組織が部長を包む。

〈――あなたの忠節には、騎士の装いが相応しい〉

本体から肉片が分離/硬化=鎧を補強/装飾――より硬く/鋭く/華々しく。

『喰らいなさい――ジョン!』
『『真・部長砲弾!!』』

同時――ポヨリン=巨大トランポリンの弾性/ひずみが限界を迎える。
瞬間――解放される弾性力/更に上乗せされるフラウ自身の弾力。
二重の加速から生じるのは――音速超過/流星の如き破壊力。

『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』
『うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオ――――――――――――――!!!!』

黄金の流星が、ジョン・アデルを直撃した。
響く轟音/舞い上がる粉塵/飛び散る石片――広がる血の臭い。
徐々に薄れていく土煙――その向こう側に、五体満足の人影が見えた。

『ジョン……!』

粉塵が晴れる/ジョン・アデルの姿が見える――右腕の複雑骨折/胸部の開放性骨折/脚部には重度の裂傷。
明らかな致命傷の数々――しかし、その歩みは止まらない/ゆっくりと、ブレイブ一行へと近付いてくる。

『約束は…果たさせてもらう』

「……よせ、ジョン。勝負は、俺達の勝ちだ」

『やっと…やっとここまできた…やっと…』

「そのざまで、一体何が出来る?あんたは、ただ死なずに済んだだけだ」

『君達が…なにを願ってこんな事を言い出したのか……分かったよ……いや…本当は最初から…分かってた…でも
 僕は…理由をつけて…君達を避けた…化け物も…怪物も…殺人鬼も…シェリーでさえも…ただの言い訳だってのは最初からわかってた』

「分かるだろう、命拾いしたんだ。もう諦めろ……!」

『君達のその思いを受け…それに答えたいと思った…でも…僕はそれ以上に…』

「……そこで止まれ!自分を見ろ!いつ死んだっておかしくない怪我をしているんだぞ!」

『この殺人という快楽に…つかりたい気持ちが……上回ってしまった』

「――あんたの人生の結末は、こんなのでいいのか!?」

333embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:29:01
【イミテーション・エゴ(Ⅴ)】

遺灰の男=一歩踏み出す――無理矢理にでもジョンを抑え込む為に。
瞬間、灰褐色の毒沼に紅点が芽生える/そこから立ち上がる血の人形。
反射的に得物を構える遺灰の男――だが遅い/迎撃が間に合わない。

『動くな!』

響くジョン・アデルの咆哮――血人形の軍勢が、動きを止めた。

『もう…僕には…自分の意志でこいつらを消したり…出したりする力は…ない』
『恐らく…僕が…気をこのまま失えば…この人形共は…君達の血で僕の傷をいやす為に…襲い掛かるだろう…僕がどう思っていようと関係なく…』

「……それは」

遺灰の男はすぐに理解した――ならば、どうするべきなのかを/ジョンも、既にそれを理解していると。

『ありがとうエンバース。君は一番化け物に近いはずなのに…君はだれよりも人間くさくて眩しかったよ』

「やめろ……そんな事言われたって……何も嬉しくないぞ」

ジョン・アデルの遺言=エンバースへのメッセージ――遺灰の男への言葉ではない。
記憶が疼く=仲間を死なせたくない――自分のものではない感情が溢れる。
遺灰の男は頭を抱える/よろめく――動けない。

『こいつらは…制御できないといっても僕を媒介として発現している…つまり僕が死ねば…こいつらは消える』

ジョン・アデル=ナイフを首筋へ。

『勝負は君の勝ちだ!なゆ!僕は自分の意志で…体で…もう君達を殺す事はできない
 だからといって無意識に殺すのは…僕は許せない。絶対に!』

「やめろ……やめろ!こんな量産型のモブくらい、俺が何度だって蹴散らしてやる!だから――」

遺灰の男=せめてもの強がり/刃を抜く――だが、もう遅い。

『……さようならみんな』

そして――

『とうとう助けを呼んだわね』

不意に、聞き慣れない声がした/眩い光が描き出す人影が見えた。

『なっ・・・なん・・・で?』

具現化される輪郭――ひどく幼い少女の姿。

『んーなんでって聞かれても困っちゃうけど…
 いったでしょ!一回だけ助けてあげるって。私約束を破るのは本当に嫌いなの』

少女――ジョンからナイフを奪う/手慰みに弄ぶ=子供らしからぬ手付き。

『あんたは安心して寝てなさい』

優しげな声――ジョン・アデルが気を失う/ブラッドラストが解き放たれる。
遺灰の男=迎撃の姿勢――直後、音もなく寸断される血人形の群れ。

334embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:31:08
【イミテーション・エゴ(Ⅵ)】

『ん〜なんとも手ごたえのない連中だこと…さて…』
『……は?あ?』

「な……なんだ?何が起きてる?」

〈分からないのですか?なんて勘の鈍い……あなたも私も、アレと似たようなものでしょうに〉

「なんだと……?なら、あの子が例の――」

『皆様初めまして…私の名前はシェリーフリント。短い付き合いになるでしょうけどよろしくおがいしますね』
『嘘だろ……。生きてた……ってわけじゃ、ねえんだよな』

「……アンデッドの一種、なのか?」

〈ちょっと、よして下さい。なんて空気の読めない……〉

「お前がさっきそう言ったんだろ……!?」

〈わざわざ口に出す必要のない事もあるんですよ。あなたには少し難しかったかもしれませんが〉

遺灰の男/フラウ――ひそひそ話=大っぴらに漫才をする気にはなれない状況。

『心配する必要はありません。私は敵ではありません…たしかに私は特殊能力等はありませんが…あんな人形風情に遅れはとりません。私は天才ですから』

『んなこと言ったってお前、周り見てみろよ。血の色した御用提灯が十重二十重だぜ。
 さっさとジョン連れてこっから逃げねえと』

「ああ、明神さんの言う通りだ。君には積もる話もあるんだろうが――」

『む〜…なるほど!たしかに血人形が近くをうろついてたんじゃ話なんてできませんよね…ちょっと行ってきます』
『えっ、ちょっ』

躍動する幼女/閃く白刃――瞬く間に蹴散らされていくブラッドラストの権化。

『これで…最後の一匹!』

遺灰の男=絶句――状況に理解が追いつかない。
シェリー=一層輝きを増す――燃え尽きる寸前の蝋燭のように。

『えっ!もう時間切れ!?こんな事なら一匹残しておけばよかった!』

「時間切れだと……?クソ、展開が早すぎるぞ。だったら早くジョンを起こしてやらないと――」

『みなさん…こんな面倒なジョンとかいうクソ馬鹿の為に本当にありがとうございます。感謝してもしきれません』

「おい、待て。喋らなくていい。俺達に礼を言うよりも、もっと他に伝えたい事が――」

『本当は…私がジョンの事を叩き直してあげたかったんですが…残念ながらもうこの世の者ではないので…
 貴方達がいなかったら…もっとひどい事になっていたでしょう。本当に…感謝してもしきれません』

遺灰の男=再び絶句――この少女には確固たる自己がある/人生がある。
故に止めらない――彼女は既に、己の存在の最期をどう飾るか決めている。

『そして…恥を忍んでお願いします。ジョンを…みなさんの旅に連れてあげていってください』

その事が、遺灰の男にはひどく――羨ましかった/悔しかった/情けなかった。

335embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:32:55
【イミテーション・エゴ(Ⅶ)】

『へっ、お願いされるまでもねえよ。あいつは俺の大親友だ、嫌だっつってもふん縛って連れて行く。
 お前があの世で羨ましくなるくらい、すげえ楽しい旅にしてやるよ』

「……他に何か、言い残した事はないか?いや……欲を言えば、一つは残しておいて欲しい。
 もう一度くらい化けて出てきてくれれば、それだけ俺達の旅が楽になるからな」

遺灰の男=エンバースを演じた口上――それくらいしか、出来る事がなかった。

『これからもきっとジョンは迷惑をいっぱい掛けるでしょう…それでも…どうか…お願いします
 ブラッドラストとかいう力はもう使えないように私があの世へ引っ張っていきます。だから…どうか…お願いします』

「あの世、か――もし俺の事を知ってる奴がいたら、伝えてくれ。そっちに行くのはもう少し遅れるってな」

偽物としての振る舞い=屈辱的――だが遺灰は己の人生を持たない/故に己の言葉も持てなかった。
少なくとも、この少女の最期に相応しいと思える言葉を己の内から振り絞る事は――出来なかった。

『それではなゆさん。エンバースさん。カザハさん。明神さん。さようなら…どうかお元気で』

シェリー・フリント=霧散/消滅――支えを失ったナイフが床に落ちる/砕け散る。
直後――ジョン・アデルが身動ぎをする/上体を起こす。

『まるで…夢を見ていたかのような……っ痛ッ!…そうだ…シェリーが僕の腕を掴んで……しまった!なゆ!みんな!大丈夫か!?』
『あ・・・れ?』

間の抜けた声――遺灰の男=緊張が解ける/代わりに呆れ果てる。

「……なんだ、その。あまり動かない方がいいぜ。控えめに言って、あんたいつ死んでもおかしくない――」

『うぇええええええええん!! 良かったよぉおおおおおおお!!』
『カザハ君、カザハ君、トドメ刺しにいくなって。肋骨出てんだぞそいつ』

「怪我をしているって言おうとしたんだけどな。大丈夫か?まだ生きてるか?」

『シェリーちゃん。ありゃやべえ女だな』
『ブラッドラストの最終奥義みてえな血の人形すらメスガキムーブしながら瞬殺だもんよ。
 ひひっ、お前がいい年こいてもずっと頭上がんねえの分かるわ。すげえ濃いキャラしてた』

明神=ジョン・アデルに手を貸す/カザハから引き剥がす。

『そんなシェリーちゃんに頼まれたからよ。お前の性根ってやつを、叩き直してやる。
 メンタル鍛える特訓をしようぜ。おっと、逃げようなんて思うなよ?
 王都で嘔吐するまでお前の訓練に付き合ったこと、俺は忘れてねえからなぁ……!』

『だからジョン、今後ともよろしく。勝手にどっか行こうとすんじゃねえぞ』
『お前は俺の親友だろうが。俺に……友達を失わせるな』

「話は済んだか?だったらジョン、これを――」

遺灰の手中=先ほど『真理』から買い取ったポーション――だが、ふと思い留まる。

「――いや、これだ。これを飲め」

遺灰の男=先の戦いで己の力不足を痛感――使える手札は残しておくべきと判断。
差し出した薬瓶は市販のレッドポーション=非戦闘時ならば十分な回復手段。

「言っておくが……死ぬほど痛いから覚悟した方がいい。
 なにせその飛び出た肋骨が、急速に体内へと戻っていくんだ」

遺灰の警告=エンバースの記憶から得た経験談。

「その重傷は、一本では完治しない。備蓄は幾らでもある――遠慮しないでくれ」

遺灰の口元――楽しげな笑み=散々手間をかけさせられた/そのお返しをしてやろう。
ささやかな意趣返し=エンバースの感情ではない/己の経験から生まれた感情。
それはつまり、己の人生の結晶――その欠片が得られた事に遺灰は笑った。

336embers ◆5WH73DXszU:2020/10/19(月) 07:33:06
【イミテーション・エゴ(Ⅷ)】

『あーっ、早くコアを破壊して脱出しなければ!』
『やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!』

「慌てる必要はないさ。コアの耐久値はポヨリンさんならワンパンで破壊出来る程度だ。それより――」

遺灰の視線――ロイ・フリントを見つめる/明神の視線も、その処遇を探していた。

『殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
 俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん』

「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」

遺灰の男=明神を制止。

「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」

懸念事項=ブラッドラストの発症条件は委細不明/ただし殺傷人数が一人であっても発症し得る。

「だから――」

遺灰の思考=エンバースなら、俺がやると言うに違いない/それが一番確実で/経験もあると。

「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」

故に、遺灰の男はそれに反した――偽物から本物への、ささやかな反抗。
それはつまり――遺灰の自我は今この瞬間、オリジナルの未練を完全に上回った。

337崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:21:21
目の前で、信じられない光景が繰り広げられている。
呪われた血の宿命から逃れ、すべての決着をつけるため自らを手にかけようとしたジョンの前に現れた、
まだ年端も行かない少女。
年齢は小学校に上がる前くらいだろうか。そんな小柄な女の子が、ブラッドラストの血人形たちをいとも簡単に一掃したのだ。

>君、本当に人間……?

カザハが呆気に取られている。呻くようなその感想はパーティー全員の心境を代弁していた。
圧倒的と言うしかない攻撃力。体捌き。血人形をいとも簡単に蹴散らしてゆくその動きには無駄がなく、また徹底している。
ひょっとしたら、その戦闘力はマルグリットやアラミガら十二階梯の継承者にさえ匹敵するかもしれない。
ジョンの話から身体能力の高さは聞いていたが、実際に見ると次元が違う。
彼女に比べれば、ジョンは確かによちよち歩きの赤子のようなものだろう。

「……シェリー・フリント……」

これが、シェリー。ジョンに戦う術を教え、友人と交流する喜びを教え。
そして――大切な家族を喪うという業を背負わせた少女。

>えっ!もう時間切れ!?こんな事なら一匹残しておけばよかった!

シェリーは一方的な戦いで瞬く間に血人形たちを平らげると、そんなとぼけたことを言った。
彼女の身体が輝いている。きっと、この世界に現界できる時間はきわめて短いのだろう。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員の想いを込めた真・部長砲弾によって、ブラッドラストの中の――
否、ジョンの心の中のシェリーを目覚めさせる。
その作戦は、どうやら成功したらしい。

>本当は…私がジョンの事を叩き直してあげたかったんですが…残念ながらもうこの世の者ではないので…
 貴方達がいなかったら…もっとひどい事になっていたでしょう。本当に…感謝してもしきれません
>そして…恥を忍んでお願いします。ジョンを…みなさんの旅に連れてあげていってください
>これからもきっとジョンは迷惑をいっぱい掛けるでしょう…それでも…どうか…お願いします
 ブラッドラストとかいう力はもう使えないように私があの世へ引っ張っていきます。だから…どうか…お願いします

シェリーは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向き直ると血人形たちを相手に大立ち回りを演じていた傍若無人な態度もどこへやら、
深々と頭を下げた。

>ずっと見てたでしょ? そのためになゆも明神さんもエンバースさんも部長さんも頑張ったんだよ

>へっ、お願いされるまでもねえよ。あいつは俺の大親友だ、嫌だっつってもふん縛って連れて行く。
 お前があの世で羨ましくなるくらい、すげえ楽しい旅にしてやるよ

>……他に何か、言い残した事はないか?いや……欲を言えば、一つは残しておいて欲しい。
 もう一度くらい化けて出てきてくれれば、それだけ俺達の旅が楽になるからな

カザハと明神、エンバースが口々に言う。
そんなお願いをされるまでもなく、ジョンはこれからも連れてゆく。一緒に旅をする。
エーデルグーテへ行こうとしたのも、レプリケイトアニマに入ったのも、ここまで熾烈な戦いを繰り広げてきたのも。
すべて、そのためだったのだから。

「――シェリー」

最後に、なゆたがシェリーへと微笑みかける。

「あなたの大切なジョンのこと、確かに引き受けたよ。
 必ず……彼と一緒に、世界を救ってみせるから。
 見守っていてね、彼のこと――それがきっと、ジョンの力になる。
 呪われた血の力じゃない……絆の力に」

>ありがとう……ございます

束の間、笑い合う。シェリーの身体が輝きを増し、光の中にその姿が淡く霞んでゆく。

>それではなゆさん。エンバースさん。カザハさん。明神さん。さようなら…どうかお元気で

最後に気合の入った声でジョンを叩き起こすと、シェリーは細かな光の粒子となって消えていった。

「うん。
 ……また会おうね。シェリー」

最期まで幼馴染を案じ、その向後を託していった幼い少女。
その光の残滓が見えなくなるまで、なゆたは顔を上げ。彼女と交わした約束を決して破るまいと心に刻み込んでいた。

338崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:21:49
>まるで…夢を見ていたかのような……っ痛ッ!…そうだ…シェリーが僕の腕を掴んで……しまった!なゆ!みんな!大丈夫か!?
>あ・・・れ?

シェリーが消滅するのと入れ替わるように、ジョンが目を覚まして跳ね起きる。
気絶していた分、いまいち状況が理解できていないらしい。とぼけたような物言いに、なゆたは思わずぷっと吹き出した。

>うぇええええええええん!! 良かったよぉおおおおおおお!!

カザハが感極まってジョンへと抱きつき、部長を抱き上げて押し付ける。
部長はジョンの血まみれの顔をつぶらな瞳で見上げると、その頬をぺろりと舐めた。

『ニャー』

いつもの鳴き声。けれど、その声にはどこか安堵と、思いやりと。
それから大きな愛情が籠っているように感じられた。
ジョンがどれだけ否定し、拒絶し、暴力に訴えようと、部長は決してジョンを救うことを諦めなかったのだ。
そして、文字通り血迷った主人の心を救うきっかけを作った。
ジョンは部長に救われた――と言っても過言ではないだろう。

>だからジョン、今後ともよろしく。勝手にどっか行こうとすんじゃねえぞ

明神が皮肉げな笑みを湛えて、ジョンを迎え入れる。
今回、ジョンのことを一番に気遣っていたのは明神だ。
和気藹々とした輪の中に混ざれず、ずっとクソコテとして他者を傷つけてばかりいた陰キャの明神だから、
人の輪の中にありながらずっと疎外感に苛まれ、心の中では孤立していたジョンに共感したのかもしれない。

>その重傷は、一本では完治しない。備蓄は幾らでもある――遠慮しないでくれ

さらに、エンバースが重傷を負ったままのジョンへポーションを与える。
常人ならまた即座に気絶していてもおかしくない容態だが、ジョンの鍛えられた肉体なら大丈夫だろう。
なゆたは座り込んだままのジョンの前に立つと、両手を膝に添えて腰を折り、ジョンと視線の高さを合わせた。
そしてにっこり笑うと、

「……おはよ」

とだけ言った。
ずっとその心を縛り付けていた悪夢から目覚めた彼へ。
長い夜は明けたのだと、そう告げるように。
これですべて元通りだ。シェリーの言葉を信じるなら、一番の懸念材料であったブラッドラストは解呪されたはずだ。
さんざんパーティーを苦しめた忌まわしき血の呪いは、シェリーがジョンから引き剥がしあの世へと持って行った。
最大の懸念材料は、もうここにはない。
あとは、事後処理を残すばかりだ。

>あーっ、早くコアを破壊して脱出しなければ!
>やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!

バロール謹製の極大魔法、螺旋回天レプリケイトアニマはいまだに稼働し続けている。
せっかくジョンを救えても、霊仙楔を破壊されてしまえば世界はおしまいだ。
そして。

>殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
 俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん

>待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど
>――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ

レプリケイトアニマの他にも、決着を付けなければならない問題はあった。
それは“ブレイブハンター”ロイ・フリントの処遇。
ニヴルヘイムによって召喚された、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』殺しの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
だが、彼が手にかけたのは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけではない。
アイアントラスでは、大勢の罪もない人々がロイの率いるゴブリン・アーミーの銃弾の前に命を喪った。
その罪は、決して許されるべきではない。
明神は裁きを下すことを提案した。
エンバースは、この場に置き去りにすることを提案した。
しかし――

なゆたの考えは、そのどちらでもなかった。

「……殺さないよ。
 明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても。
 たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
 一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」

甘いと言われようと。悪党は殺すのが正しいのだと言われようと。
それだけはしない、やってはいけない。それがなゆたの意志であり、決意であり、覚悟だった。

339崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:22:32
「おう、そっちはもう片付いたかい?」

不意に、傍らで声がする。見れば『真理の』アラミガがいつの間にかパーティーのすぐ近くに佇んでいた。
なゆたはあっと声を上げた。ジョンやシェリーにかまけて、アラミガのことを完全に忘却していた。
そして、アラミガがずっと引き付けていた相手のことも。

「アラミガ……マルグリットは!?」

慌てて訊ねると、アラミガはオープンフィンガーグローブの右手親指でちょいちょいと広間の一角を指した。
50メートルほどの距離を置いて、マルグリットとさっぴょんが立っている。

「……ブレイブハンターは敗れ、ブラッドラストの呪いも消失した。
 さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……これしきの窮地を脱するは容易い、と。
 無念なれど、此度の闘いは貴公らに預けましょう」
 
「もう、ここにいる意味はないわ。今日のところはそちらの勝ちとしておきます。
 けれど……忘れないで頂戴。私たちマル様親衛隊は、まだ本気を出したわけではないのだから。
 接待プレイはおしまいよ、次に会ったときには――本気で潰します」

マルグリットが静かに告げ、さっぴょんが怒りに燃えた眼差しでなゆたたちを見据えながら唸る。
気を失っていたきなこもち大佐とシェケナベイベも目を覚ましたらしく、ふらふらと立ち上がってさっぴょんの隣に並ぶ。

「かたがた、くれぐれもお忘れになられぬよう。
 我らが賢師、大賢者ローウェルの思し召しこそがこの世界の唯一なる真理、絶対の正義。 
 貴公らが師兄の走狗となる限り――私は幾度でも貴公らの前に立ち塞がりましょう。
 ……『真理』の賢兄も。賢師の御意思に反することの意味、充分にお考えを」

「あいよ」

マルグリットの警告にも似た言葉を、アラミガが右手をヒラヒラと振って受け流す。

「――されば。御免」

ぶぉん、とマルグリット達の背後に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』が現れる。
マルグリットとマル様親衛隊は、すぐに空間の向こう側へと姿を消した。
最大の脅威とも言うべき相手が撤退したことで、この場にアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵はいなくなった。
アラミガがう〜ん、と伸びをして首をゴキゴキ鳴らす。

「さてと、これで俺も御役御免ってワケだ。
 そんならここらでおいとまさせて貰おうかね……んじゃま、またのご用命をお待ちしております……ってな」

アラミガがバロールから受けた依頼は『なゆたたちの作戦の邪魔をする者の排除』だった。
それが達成された今、ここに残る意味もないということなのだろう。
なお、ゲーム内の設定では依頼達成したアラミガをその場で再雇用はできない仕様である。
あばよ、と軽い挨拶だけを残して、アラミガもまたいずこかへと去っていった。
アラミガが退場するのを見送ってから、なゆたは改めて仲間たちを見回す。

「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
 エンバース、フリントを運んでくれる?」

エンバースの方を向き、そう提案する。
だが――エンバースがロイを拘束しようとした瞬間、

びゅおっ!

ロイが豁然と目を開く。
重症を負い、ずっと気絶していたのが嘘のように、ロイはハンドスプリングで一気に起き上がった。
60kg以上の装備を纏ったままハンドスプリングとは、ブラッドラストを差し引いても驚異的な身体能力と言わざるを得ない。

「フリント……!」

たたッ、と身軽にステップを踏むと、ロイは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと距離を取った。
その背後には、紅く明滅するアニマコアがある。

「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
 しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
 生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」

表情のない淡々とした様子で、ロイはそう『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へ言い放った。
どうやら、とっくに気絶から覚醒していたらしい。

「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
 一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」

「……どういう意味……?」

スマホを構え、レイド級から元に戻ったポヨリンを足許に従えながら、緊張した面持ちでなゆたが問う。

「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
 中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
 そいつがクライアントの狙いだ」

一巡目のレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊してから崩壊するまでの間にある程度の時間があった。
だからこそ最深部の大広間から最初の突入口まで戻って脱出することができたし、
寄り道してヴィゾフニールを回収することもできた。
だが、今回の猶予は5分。
それではヴィゾフニール奪取はおろか、突入口への撤退すらままならないだろう。

340崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:23:00
「ご……、5分ですって……!?」

なゆたは戦慄した。
これが事実なら、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこの巨大ドリルへ突入した時点で詰みだった、ということになる。
例えばスペルカードや体力がフル充電済みの場合なら、
バフを盛りに盛ったゴッドポヨリンの一撃で壁に穴を開けられたかもしれない。
だが、今はダンジョンの魔物たちやマルグリット、マル様親衛隊、そしてジョンとの連戦を経て、全員疲弊しきっている。
まともなスペルカードもない、この状況では5分以内に脱出など到底不可能だ。
アニマコアを破壊せずに脱出すれば制限時間はないが、もう間もなくこの巨大なドリルは霊仙楔へ到達してしまう。
そうなれば、どのみち世界はおしまいだ。

「……なんてこと……!」

文字通り、万策尽きた。せっかくジョンを助けたというのに、すべては最初からニヴルヘイムの思う壺だったのだ。

《やむを得ない! 明神君、ここはみんなでジャンケンして、負けた者が残るというのはどうだろう!》

バロールが人情を度外視した提案をしてくる。
だが、実際問題それくらいしか方法は思いつかなかった。
誰かがこの場に残り、他の皆がヴィゾフニールを手に入れたことを確認してから、アニマコアを破壊する。
ヴィゾフニールのスピードなら、5分以内にレプリケイトアニマから脱出することも可能だろう。
だが。
ここで犠牲に出来る人間なんて、誰もいないのだ。

「……ク……、ククッ……ハハハッ、ハハハハハハ……」

狼狽する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見て、ロイが嗤う。

「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
 笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
 それは、まるで――」

ロイはミリタリーグローブに包んだ右手で顔を押さえながら、肩を震わせた。

「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」

親友が妹を手にかけたと知った。苦しみから救うために、その手を汚したのだと。
自らの優しさと罪悪感によって苦しむ親友をいつか救い出そうと、ありとあらゆる手段を試した。
そして――どうしようもなく、間違えてしまった。

「ジョン。いい仲間を持ったな……。
 もう、ひとりぼっちで……オレやシェリーがいなければダメだった頃のお前は、いないんだな……。
 ……ああ、それは……いい。安心した……」

よろ、とロイは身体をふらつかせ、アニマコアに凭れかかった。――その口許から血が溢れる。
ロイは体力を回復などしていなかった。その証拠に、ロイはブラッドラストを使っていない。
驚異的な精神力で、身の内の呪いを制御している。

「行け……、ジョン……。
 そいつらと……この世界を、救いに……。
 ……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」

ゆら、と震える右手の人差し指でジョンをさすと、ロイはそう言った。

「その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
 オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……」

ロイが犠牲になれば、確かにアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はヴィゾフニールを手に入れ、
安全にレプリケイトアニマから脱出することができる。
だが、それは言うまでもなくロイの死を意味している。
パーティーが逡巡すると、ロイはショルダーホルスターからコンバットナイフを抜き、目にも止まらぬ速さで投げつけてきた。
カッ! と音を立て、ジョンの足許にナイフが突き立つ。

「早く、行け……!
 グズグズしている場合か、このレプリケイトアニマが……霊仙楔に達してもいいのか!」

ごふ、と血を吐きながら、ロイは叫んだ。

「……オレは……人を殺し過ぎた。それが正しい道だと信じて、ジョン……お前を救える唯一の道だと、信じて……。
 だが……少し、疲れた……。ジョン、お前がもう……オレやシェリー以外の者たちと歩いていけるのなら……」

もう休ませてくれ。

そう、ロイの眼が言っている。
なゆたは唇を強く噛み締めた。拳をぎゅっと握り、心の中にこみ上げる感情を無理矢理に抑え込む。

「……行こう、みんな」

割り切れない思いを無理矢理に振り払うと、なゆたは踵を返した。
ロイは敵だった。目的のため多くの無辜の民を殺めた、許しがたい存在だった。
――だが、悪ではなかった。ロイは徹頭徹尾ジョンの救済のために行動し、戦い、
そして――その成就を見、すべてのけじめをつけるために死のうとしている。
ロイの気持ちを無駄にすることはできない。
ジョンが大広間から去ろうとすると、ロイは最期の力でジョンの名を呼んだ。

「ジョン!」

そして。

「……じゃあな……オレの友達」

血まみれの顔をそれでも笑ませて、ロイは右手の親指を立ててみせた。

341崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:23:31
「ここがヴィゾフニールの格納庫ね……」

レプリケイトアニマ最深部に位置する大広間を出た一行は、退却路の途中にある格納庫前に来ていた。
一見すると壁しかない行き止まりのようだが、ゲーム内のレプリケイトアニマと同じなら格納庫はここで間違いない。
アニマコアが破壊され、全体の崩壊が始まると同時にフラグが立ち、壁が開いて格納庫に入れるようになるというわけだ。
スマートフォンの時計に目を遣る。ロイの指定した15分まで、あと1分。

「みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
 ――10秒前。9、8、7、6――」

カウントダウンが進んでゆく。本当に、ロイは約束を守るのだろうか。
今更大広間に戻っている時間はない。ロイがアニマコアを時間通りに破壊してくれるかどうかは、賭けだった。
もしロイがニヴルヘイムとの契約を優先し、ジョンとの約束を反故にしたなら、アルフヘイムが滅ぶ。
しかし――

「……ゼロ!」

なゆたがカウントダウンを終える。
同時に眼前の壁が鳴動したかと思うと、それはゆっくりとシャッターのように上方へと開いていった。
その先には、ファンタジーRPGの世界観にそぐわない、いかにも近未来風の格納庫が広がっている。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの前方に、広々とした格納庫の中央に鎮座する流線型の飛空艇が見えた。
黒を基調に紅い部分塗装が施されたカラーリングの、飛竜を模した翼のある船。
強襲飛空戦闘艇・ヴィゾフニール。
伝説の神鳥の名を冠した、バロール渾身の高速飛空船である。

「あった……!」

なゆたは一目散に搭乗用のタラップを駆け上がると、ヴィゾフニールの内部へ入った。
飛空艇の内部はちょっとしたクルーザーくらいの広さで、中央の作戦室にはソファなどの調度が配置されている。
すぐに船内前部のコクピットに取りつくと、なゆたはコンソールを見て軽く気圧された。

「これ、どうやって動かせばいいの!?」

なゆたに飛空船を動かす知識などもちろんない。他の仲間たちにしてもそうだろう。
操縦席はすべてタッチパネルのようになっており、操縦桿などの類は一切見当たらない。
ゲームの中では手に入れた後スマホの液晶画面をスワイプするだけで自由自在に動かせたが、現実世界ではそうはいかない。
せっかくヴィゾフニールに辿り着いても、操縦できないなら意味がない。
レプリケイトアニマ消滅まで、あと3分。一刻の猶予もなかった。
焦りばかりが募ってゆく。だが、

《なゆちゃん、スマホや! コンソールにクレイドルがあるやろ、そこにスマホを挿したって!》

「クレイドル!? ……これかぁ!」

みのりの声が飛ぶ。
言われるまま操縦席を見れば、無数のパネルの中央にこれ見よがしにスマートフォン用のホルダーがついていた。
すぐさまなゆたは自分のスマホをクレイドルにセットした。その途端、フォォ―――ン……という起動音が響き、
コンソールをはじめとして艦内の照明が灯ってゆく。
ヴィゾフニールが起動した証拠だ。

《起動承認(アクセプト)! 後は簡単、スマホの音声入力で動いてくれるはずやわ!
 もう時間があらへんで! はよ脱出や……なゆちゃん、やり方は分かっとるやろね!?》

「オッケー、みのりさん!
 『咆哮砲(ハウリングカノン)』――発射準備!」

操縦席に座り、シートベルトを締めてスマホに命令する。
ゲームの中のやり方のままでいいなら、後の展開は充分すぎるほど分かっている。

「みんな、用意はいい!? 行くわよ!」

全員が搭乗し、扉がロックされたことを確認すると、なゆたは高らかに叫んだ。

「――『咆哮砲(ハウリングカノン)』、発射! て――――――ッ!!!」

キシャオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!

飛竜の頭部を模した船首の口が開き、名の通り竜の咆哮にも似た轟音と共に砲が発射される。
強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニールの最大兵装『咆哮砲(ハウリングカノン)』。
限界まで圧縮、収束した超高密度の魔力塊を同じく魔力によって発生させた電磁誘導で高速射出するという、
いわゆるレールガンの理論を用いた兵器である。
その破壊力はミスリルゴーレムの上半身を消し飛ばし、レイド級モンスターに甚大なダメージを与えるほどだ。
『咆哮砲(ハウリングカノン)』の撃ち出した魔力の砲弾がレプリケイトアニマの内壁に着弾し、大穴を開ける。
あとは、そこから脱出すればいいだけだ。

「ヴィゾフニール、発進!!」

なゆたが間髪入れずに声を張り上げる。
ヴィゾフニールは一瞬ふわ……と浮き上がると、次の瞬間には船体後部のバーニアを噴射させてレプリケイトアニマを脱出していた。

342崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:24:40
「レプリケイトアニマが……」

脱出に成功したヴィゾフニールの眼下で、レプリケイトアニマが崩壊してゆく。
ドリルの一部が崩れ、剥がれ、そして地面に落ちることなく消えてゆく。
その巨大さに見合わない微かな倒壊の音を響かせながら、螺旋回天はゆっくりとアルフヘイムからその姿を消した。

「…………」

告げるべき言葉は、何もない。
かつてシェリーを喪い、そして今度はロイを喪い。
大切な存在を永久に喪失してしまったジョンの胸中は、察するに余りある。
だから――何も言えない。
今はただ、沈黙だけがジョンの心を癒す帳となるだろう。なゆたはそう思った。

が、いつまでも喪に服し、進むべき道の途中で立ち止まっている訳には行かない。
世界を救うためには、すぐに次の行動に移らなくては。

《みんな、無事にヴィゾフニールを手に入れられたようやね〜。
 ……その、ジョンさんは……お悔やみ申し上げますとしか言えへんけど……。
 あかんなぁ、うち、こういう空気は苦手やわ……》

船内の天井近くに設置された大きなモニターに、片目に眼帯をつけたみのりの顔が映し出される。
日頃は飄々としているみのりも、さすがにジョンが大切な人を喪ったとあってかける言葉がないらしい。
しかし、だからといって次の指示をしないわけには行かない。
みのりはこほん、と咳払いをした。

《つらいやろけど、これが世界を救うってことなのかもしれへんね。
 いろんな犠牲を乗り越えて、それでもうちらは前へ進まなあかん……。
 気ぃ取り直して……っちゅうのんはすぐには無理かもしれへんけど、元気出していかなあかんよ。
 ちゅうことで、次の行き先。ヴィゾフニールも手に入ったし、予定通り聖都エーデルグーテへ行っておくれやす〜。
 ジョンさんのブラッドラストを解く必要はななったけど、教帝オデットとプネウマ聖教の協力は取り付けたいよってなぁ》

現場がどういった状況であっても、任務遂行のための指令を下すのがみのりの役目だ。
次の目的地は、アルフヘイムの世界宗教であるプネウマ聖教の聖地、万象樹ユグドラエアのある聖都エーデルグーテ。
そこで十二階梯の継承者のひとり『永劫』の称号を持つ教帝オデットと面会し、共闘を持ちかける。
ただし、以前はオデットの弟弟子であるマルグリットのツテで面会を――という話になっていたが、
マルグリットと袂を別った今はオデットに取り次いでもらうルートも何もない。
バロールの遣いで、などと言おうものなら逆に警戒されるだろうし、
一からオデットに謁見するための方策を練らなければならない――

と、思ったのだが。

《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》

みのりの横から突然バロールが顔を出す。
いきなりバロールに画面へ割り込まれたみのりは、左に半分ずれながら眉を顰めた。

《ちょ、お師さん? 何ですのん?》

《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ! 
 君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》

「風渡る始原の草原……って……。
 あの、シルヴェストルの?」

なゆたが聞き返す。
風渡る始原の草原。アルフヘイムの南東に位置する、世界でも最も旧き地のひとつ。
アルフヘイムに吹く風のすべてを生み出しているという神代遺物『始原の風車』を擁する、シルヴェストル生誕の地である。

「なんでまた……?」

《ああッ、まったく! あいつめ、あれほどもう少し待ってくれってお願いしたのに!
 私は兄弟子だよ!? それが『元』であってもだ! 普通、もうちょっとこう……敬ってくれたっていいだろう!》

画面越しにバロールがゆるふわミルクティ色の髪を掻き毟っている。
普段はなんでもお見通しのような余裕の表情を崩さないバロールが、珍しく取り乱している。

《お師さん、落ち着いとくれやす。そない言わはっても、うちらちんぷんかんぷんえ?
 エーデルグーテに行ってもらう手筈やったのに、突然風渡る始原の草原とか――…あっ!!》

バロールの急激な作戦変更はみのりにとっても寝耳に水だったらしく、当然のように説明を要求する。
が、すぐに何か心当たりがあったのか、口許に右手を添えて大きな声を上げた。

343崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:25:17
《お師さん、まさか……!》

《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
 止めなければ……取り返しのつかないことになる!》

みのりとバロールはヴィゾフニール班そっちのけでどんどん話を先へと進めてしまう。
パーティーが説明を求めると、バロールはやっとエンバースたちに気付いて顔を画面へと向けた。

《失敬、取り乱してしまった。
 実は私とみのり君は来たるべきニヴルヘイムとの決戦のため、各国各勢力に同盟を持ちかけていてね。
 オデットに会いにエーデルグーテまで、というのもその一環だったんだが……。
 そのうちの一勢力が、同盟締結前だというのに勝手に動き出してしまったんだ。
 『彼』の力は強大だ……是が非でも我が陣営に引き入れたい。『彼』が風渡る始原の草原を戦火に包む前に。
 君たちには、それを何としても阻止してもらいたい! それが次のミッションだ!》

「待って、バロール。
 それは構わないけれど……『彼』って?」

ヴィゾフニールの操作をオートモードに変更し、コクピットを離れて仲間たちのところへやってきたなゆたが小首を傾げる。

《そうだ、言い忘れていた。
 彼は――かつて数十万の大軍団を擁し、この世界に覇を唱えんとした男。
 魔剣の主。狂飆と共に歩む者。十二階梯の継承者、第七階梯――》

バロールは荘重に頷くと、
 
《『覇道の』グランダイト》

と、静かにその名を告げた。

『覇道の』グランダイト。
十二階梯の継承者の中でも屈指の武闘派として知られる男。
野心高く性傲岸な人物で、アルメリア王国の将軍位から突如として叛旗を翻し、一軍を率いて出奔。
瞬く間にアルメリアをも凌駕する大軍団を築き上げ、世界制覇に着手した『覇王』である。
ゲームでは中盤の大ボスとして、プレイヤーはずっとグランダイトの軍勢を敵として冒険をすることになる。
今まで相手してきた敵とは一線を画す強さと、覇王を名乗るに相応しいその王器は、多くのプレイヤーにインパクトを与えた。
『一番苦戦したボスキャラは?』という話題でも、いつも必ず名前が挙がるほどの知名度を有する、
まさに『プレイヤーの宿敵』。
バロールはそんな男にニヴルヘイムに対抗するための同盟を持ちかけていたらしい。

《十二階梯の継承者は一枚岩じゃない。アラミガといいオデットといい、中立を貫いている者もいる。
 グランダイトもそのひとりだ。彼は自分の欲望に忠実だからね……彼の望むものを与えれば、必ず手を貸してくれる。
 そう踏んでいたんだが……》

グランダイトは風渡る始原の草原にある、あるものを欲している。
バロールはまず最初に風渡る始原の草原にいる風の精霊王に渡りをつけ、グランダイトの欲するものを手に入れ、
その後でグランダイトに交渉を持ちかけるつもりでいた。
だというのに、その計が成る前にグランダイトが風渡る始原の草原へ進軍を開始してしまった。
これでは、シルヴェストルとグランダイト双方と縁を持ち同盟を組もうとしていたバロールの目論見は台無しである。

「シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
 グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
 その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?」

《ご名答!》

なゆたの言葉に、バロールは嬉しそうにフィンガースナップを鳴らした。
だが、それは言うほどに簡単なことではない。
ブレモンのプレイヤーならば誰でも知っていることだが、グランダイトは苛烈極まりない性格である。
覇王を自称するだけあって誇り高く、武門の誉れを第一に重視する武人であり、虚言や策謀を好まない。
その強さも折り紙付きだ。十二階梯の中では第七階梯と中の下ではあるが、
継承者たちの序列はイコール強さではない。
自身の武力、王器、覇気のみを恃みとし、佞言を寄せ付けない――それが覇王。
畢竟、半端な覚悟で面会したとしても待っているのは破滅というわけだ。

しかし、だからといって交渉を避け放置しておくわけにも行かない。
特に、グランダイトが侵攻しようとしている風渡る始原の草原はシルヴェストルの地。
カザハにとって縁浅からぬ土地であろう。それは守らなければ。

「……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
 みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
 レッツ・ブレーイブッ!!」

ロイの死を乗り越え、新たなクエストへ。
なゆたは殊更に気合を入れ、大きく右の拳を頭上へ突き上げた。

344崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/10/22(木) 09:28:03
夜になると、ヴィゾフニールを巡航モードに切り替えてパーティーは睡眠をとることになった。
レプリケイトアニマから風渡る始原の草原に行くには、大陸をほとんど横断して反対側へ行かなければならない。
だが、ヴィゾフニールの速度ならだいたい一両日もあれば到着する計算だ。
グランドセイバーや気球ではこうはいかない。馬車で陸路などもってのほかである。
レプリケイトアニマでの戦いは熾烈を極めた。次の目的地に到着するまで、少しでも体力を回復させておかなければならない。
ポーションやエリクサーで肉体の怪我を治癒させることはできても、召喚やデュエルの際の精神消費を回復させることはできない。
使用したスペルカードも、一日の時間を置かなければ再度使えるようにはならないのだ。
幸い食糧ならインベントリに用意していたし、ヴィゾフニールの中にはシャワールームや個別の寝室も用意してあった。
なゆたはシャワーを浴び、仲間たちと夕食を摂ると、即座にベッドに飛び込んで眠ってしまった。

そして。

「……おい……。起きてるか……?」

真夜中。明神の寝室のドアを、ガザーヴァがノックする。
ガザーヴァは漆黒の甲冑を纏わない、ショート丈のトップスにホットパンツという服装で、大きな枕を抱えていた。

「……その。ね……眠れなくて。
 は……、入っても、いい……?」

明神から視線を逸らしながら、ガザーヴァは枕で鼻先までを隠し蚊の鳴くような声で言った。
中に入ると、枕を抱いたままでそっと寝台に腰掛ける。

「…………」

ガザーヴァは枕に鼻先を埋めたまま、しばらくむくれたような不満そうな表情で黙っていたが、

「……なんで、ボクは特別じゃないんだろ」

ふと、ぽそり……と呟いた。

「アイツはレクス・テンペストとかいう素質のあるシルヴェストルで。風の精霊王の資格があるんだって。
 ……特別なシルヴェストルなんだって。
 でも、ボクは違う。ボクはパパがアイツに似せて作った、アイツの忠実なコピーのはずなのに……。
 なんでアイツは特別で、ボクは特別じゃないんだよ……」

ギリ、と歯を噛みしめる。

「やっと理解できた……、パパが欲しがってたのは、そのレクス・テンペストの力だったんだ。
 でも、パパがそれを手に入れようとしたときには、もうアイツは他の誰かのパートナーになってた。
 だから……アイツの代わりにボクを造って、レクス・テンペストの力がないか試したんだ」

だが、結果は明神も知る通りだ。
ガザーヴァはレクス・テンペストの力を持たずして生まれ、失敗作の烙印を捺された。

「ボクもレクス・テンペストを持って生まれていたら……パパに愛してもらえたのかな。
 いったいどうやったら、ボクもあの力を持てたんだろう。
 ねえ、明神……ブレモン詳しいんだろ? いっぱいイベントを攻略してきたんだろ?
 教えてよ……。どうしたら、ボクは特別なシルヴェストルになれるルートに進めたんだ?
 そのフラグは、いったいどこにあったんだよ……!」

枕を抱き締めたまま、ガザーヴァは明神を見つめて叫んだ。
そんなルートはどこにもない。この世界はゲームによく似て非なる世界。
ガザーヴァがレクス・テンペストを持ち得る可能性など、最初から存在するはずがないのだ。

「どうして……、なんでアイツばっかり……!
 あんな根性なしで、弱虫で、人の顔色ばっかり窺ってるようなアイツが!
 アイツが特別で! ボクが特別じゃないなんて、おかしいじゃんか……!!」

カザハのコピーであることに大きなコンプレックスを持つガザーヴァにとって、カザハとの力量差だけが唯一の拠り所だった。
レイド級のボスモンスター、ニヴルヘイム最高戦力の一角という自負があったからこそ、
ガザーヴァはカザハへの劣等感に何とか折り合いをつけられたのだ。
しかし、カザハがレクス・テンペストの力を開花させたことで、彼我の実力差はなくなった。
いや、なくなったどころか差をつけられてしまった。カザハが対ジョン戦で見せた強さは、ガザーヴァには真似できないものだった。
だから。

「……ゴメン。オマエにそんなこと言ったって、どうにもなんないよな……。
 いい、忘れて。年中ハイテンションなボクだって、たまには落ち込むことだってあるさ。
 部屋に戻って寝るよ。……おやすみ」

ハハ、と小さく自嘲を交えて笑うと、ガザーヴァは肩を落とし枕を引きずりながら部屋を出ていった。

そして。

翌日、その姿はヴィゾフニール内から忽然と消え失せていた。


【レプリケイトアニマ崩壊、ロイ・フリント死亡。
 強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニール入手。
 聖都エーデルグーテから風渡る始原の草原へ行き先変更。
 幻魔将軍ガザーヴァ、パーティーを離脱】

345ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/28(水) 00:45:13

「ん…?」

>「うぇええええええええん!! 良かったよぉおおおおおおお!!」

「カザハ…無事だったのか…でもなんで僕は生きて…?」

>「カザハ君、カザハ君、トドメ刺しにいくなって。肋骨出てんだぞそいつ」

ふと自分の体を見る。
足も折れて変な方向向いてるし、骨も飛び出していた。

「意識し始めたら急に痛みが…いてて!本当に痛い!」

>「怪我をしているって言おうとしたんだけどな。大丈夫か?まだ生きてるか?」

「いてててて!生きてるかどうかで言えばそりゃ生きてるけれど…痛い!!カザハ!いいかげんに離れてくれ!」

>「……おはよ」

「………あぁ…おはよう」

照れくささからか、罪悪感からか…僕はなゆの顔を直視できなかった。

>『シェリーちゃん。ありゃやべえ女だな』
>『ブラッドラストの最終奥義みてえな血の人形すらメスガキムーブしながら瞬殺だもんよ。
 ひひっ、お前がいい年こいてもずっと頭上がんねえの分かるわ。すげえ濃いキャラしてた』

「シェリー…?…!そういえば彼女は!どこにいったんだ!?」

周りを急いで見渡す。しかし姿はどこにもない。

>『そんなシェリーちゃんに頼まれたからよ。お前の性根ってやつを、叩き直してやる。
 メンタル鍛える特訓をしようぜ。おっと、逃げようなんて思うなよ?
 王都で嘔吐するまでお前の訓練に付き合ったこと、俺は忘れてねえからなぁ……!』

明神の一言で確信する。彼女は僕を守る役目をもう終えた事を。

…一言くらいなにか言ってってくれてもいいだろうに…

>『だからジョン、今後ともよろしく。勝手にどっか行こうとすんじゃねえぞ』
>『お前は俺の親友だろうが。俺に……友達を失わせるな』

「すまない明神。君には感謝してもしきれないほどだ…でも僕はロイについていかなくては…ぐっ」

>「話は済んだか?だったらジョン、これを――」「――いや、これだ。これを飲め」

手渡されたのは赤色のポーション
バロール印ではなく入っている瓶にも高級感はない普通のポーション。

まだなにがあるかわからないこの状況で緊急薬は温存しようというエンバースらしい判断だ。

>「言っておくが……死ぬほど痛いから覚悟した方がいい。
 なにせその飛び出た肋骨が、急速に体内へと戻っていくんだ」

「さすがにこの状況で文句言うわけないさ。これでも軍人だ、痛みには慣れてる…でもいいのか?僕にこんなもの渡すのは危険が」

>「その重傷は、一本では完治しない。備蓄は幾らでもある――遠慮しないでくれ」

「………ありがとう」

渡されたポーション勢いよく飲み干していった。

346ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/28(水) 00:45:30

>『あーっ、早くコアを破壊して脱出しなければ!』
>『やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!』

「…すまない。僕のせいだ。せめて帰り道くらいは役に立って…」

>「慌てる必要はないさ。コアの耐久値はポヨリンさんならワンパンで破壊出来る程度だ。それより――」

その場にいる全員の視線が一人に集中する。当然その先にいるのは…

「まってくれ!たしかに!ロイは許されない事をした!それは事実だ!でも!…でも…お願いだ…ロイを殺さないでやってくれ!!」

>『殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
 俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん』

「明神…!」

僕は素早く立ち上がり、構える。
武器はないし、回復だってし切れてない、そもそもブラッドラストの力を体から感じられない。

でも今ロイを守れるのは僕しかいない。

>「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」
>「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」

>「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」

「待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…」

>「……殺さないよ。
 明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても。
 たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
 一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」

その言葉を聞いた瞬間――感じた感覚はロイが助かるという感謝――ではなく強烈な違和感だった。
なぜかは分らなかった。ただ…なにかが間違っているように感じた。強烈な違和感を。

なにがおかしいのだろう?僕は一瞬そう思ったが…ロイが助かるならそれでいいと思った。
そんなくだらない事はあとで考えようと…思った。

>「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
 エンバース、フリントを運んでくれる?」

「いや、ロイは僕が責任もって運ぶ…大丈夫。傷もだいぶ治った…このくらいなら問題なく運べる」

僕とエンバースがロイを拘束しようとした瞬間。

びゅおっ!

飛んだ。重傷を負い、気絶したはずのロイが僕とエンバースの一瞬の隙を突き、跳躍、距離を取った。

347ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/28(水) 00:45:46

>「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
 しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
 生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」
>「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
 一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」

「ロイ!やめろ!もういいんだ!そんな奴らのいう事なんて聞く理由はもうないだろう!
だから…頼む…いっしょにいこう…ロイ」

「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
 中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
 そいつがクライアントの狙いだ」

「どうして…どうしてなんだ…」

僕はただ絶望に打ちひしがれるしかなかった。
唯一の希望であるここからの脱出は犠牲者なしにはできない事を聞かされたから…それもある。

でもそれ以上にロイが僕以外を執拗に狙うのか理由がわからなかったからだ。
僕だけを狙ってくれていれば、僕だけを恨んでくれれば…。

>「……ク……、ククッ……ハハハッ、ハハハハハハ……」
>「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
 笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
 それは、まるで――」
>「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」

「…いやだ…もうそれ以上言わないでくれ」

ロイがなにを考えているかわかってしまった。
さっき自分がやろうとしていた事だから、わかってしまった。

>「ジョン。いい仲間を持ったな……。
 もう、ひとりぼっちで……オレやシェリーがいなければダメだった頃のお前は、いないんだな……。
 ……ああ、それは……いい。安心した……」

「助けてくれっていってくれ…ロイ」

>「行け……、ジョン……。
 そいつらと……この世界を、救いに……。
 ……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」

「…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!」

>「……行こう、みんな」

「なんでだよ!?いつもみたいにそこは諦めないって言う所だろ!?まっててくれロイ今俺が…」

なゆは撤退の準備を始める。

いつものおせっかいはどこに行ったのだ?例え世界を天秤に出されても助ける。それが君達なんじゃないのか?
どうしてロイはすぐにそんなに諦めがつくんだ?口では偉そうな事いっておきながら人殺しだから見限ったのか?

所詮は…未成年の掲げる一方的な…上から目線の…深く考えていない曖昧な正義だったのか。

「もういい…君達には頼まない」

僕は…なゆを過大評価しすぎたのかもしれない。

348ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/28(水) 00:46:03

「ジョン」

ロイは力なく僕の名前を呼ぶ。今にも消えてしまいそうなか細い声。

「ロイ…もうちょっとまっててくれ今…」
「ジョン」
「黙っててくれ!今は僕は忙しいんだ!」

「ジョン…俺を見ろ」

パニックになった僕を諭すようにロイは僕の名前を呼ぶ。
僕は振り返ってロイを見た。目を、その目から発せられるメッセージを…理解した。

「ロイ…すまない僕のせいで…」

ロイの目はもう真っ赤に染め上がり、僕がいる方向とは違う虚空を見つめていた。
既に目が見えていなかった。僕との戦闘で負った傷もさらに悪化していた。

口では回復したといっていたが…ブラッドラスト発動中は通常の回復を受け付けない。
どれだけ極限状態のブラッドラストによる力が体に負担になるかは僕自身がよく知っていた。

しかも僕と違い、力を完全にコントロールできていないのだろう…ロイはただ借りていただけだ…
力を制御できなければ…飲み込まれるだけだ。今まさに…激痛の中自分の力にロイは文字通り食われているのだ

「僕のせいだ…僕が君を殺すことになってしまった…僕が…全部悪いんだ」

僕がロイを傷つけなければ。僕がロイと戦わなければ…僕が…あの日…シェリーと一緒に死んでいれば…

ロイはこんな非道な道に進むことも…こんな死に方をすることも…なかったはずなのに…

「俺はな…ジョン…自分の意志でこの道を選んだんだ。多くの道がある中で…この道を俺自身の意志で選んだんだ」

喋るのもつらいのだろう。血を吐き出しながら、咳き込みながらゆっくりと喋る。

「初めてなんの罪もない人間を練習と称して殺した時…こうなる事は理解していた…
まともな死に方などできないと…幸せなんて掴めないと…分かっていたんだ」

左腕が崩壊を始める。腕から血の触手が飛び出し、それがまた体に帰る。それを繰り返し少しずつ腕は少しずつ…崩壊し始めていた。

「でも俺は…最後に幸せになれたんだ…ジョン…お前のおかげでな」

「僕は…なにも…してない」

ロイは手招きで僕を近くに呼ぶとまだ無事な右腕で僕を探し、僕の頭をなでる。

「大きくなったなぁ…ああ…本当に大きくなった…」

「ロイ…」

「いいか、ジョン。俺は…自分自身の罪と…罰に裁かれて死ぬんだ。俺が、俺自身が望んで得た罪と罰にな
俺は…お前の貧弱な攻撃なんかじゃあ傷はつけれても殺す事なんてできないさ」

「さて・・・しゃべりすぎたな…少し…疲れた…ほら、さっさといけ、ジョン」

「いやだ!僕は絶対に置いてったりしない!僕もここに残る!」

「まったく…いつまでも手がかかるな…」

バチイッ

ロイは隠し持っていたスタンガンで僕を…

>「……じゃあな……オレの友達」

「自由に…幸せに生きろよ」

僕の意識は闇に落ちていった。

349ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/28(水) 00:46:23

気づけば見知らぬ部屋。窓の外は暗くなっており
目の前には食べてくださいという紙に書かれた文字と、料理がおかれていた。

「とうとう夢でも会えなくなったのか…」

いつもきまって僕が気を失うことがあればシェリーがでてきて嫌味の一つでも言っていくのが常だった。
今はそれさえもなく…ただただ静かであった。

「僕は一体これからどうすればいいんだ?」

目の前の食事に手を付ける。どうしようもない喪失感に苛まれても腹は空く。
我ながらなんとも単純なものだ。

食事を終えると、ドアを開け通路にでる。

そこで気づいた…今僕が乗っている物は空を飛んでいる。
なゆ達は当初の目的である飛空艇を手に入れたのだ。それはつまり…

「………ロイ」

名前を呼んでなにが変わるというのだろう。ロイはもう死んだのだ。
僕の原点、僕の目指していた者。僕が本当に欲しかったもの…全て…何一つ…残っていない。

このままの気持ちでこの旅についていくのか?
ブラットラストという力を失い。シェリーを失った事で…僕の身体能力も大幅に低下した。

そしてあまりにも出来事が多すぎた。なゆ達に…みんなに対して夢を持ちすぎていた自分に対して…嫌気が差した。

なゆ達の判断は間違ってなかった。ロイの傷も深く、だれがどうみても助からない傷だった。
その傷を与えたのは僕である事も…ロイのしてきたことが…到底許される事ではない事も…分かってる。

「それでも…僕には…ロイが必要だったんだ…」

いつも通り助けると言うと思ったのに…あっさり見捨てる判断をした事を…僕は絶対に許せないだろう
やっぱりなゆは年相応なのだ。僕が思ってるような英雄ではなかった。年相応に好き嫌いがはっきりしてる…そうとしか思えない。

この旅に同行する理由も、その力も…僕にはもう感じられなかった。

「自由ってなんだ?幸せ?僕の幸せはもうどこにもないのに…シェリーとロイ…二人を殺してどう幸せになれっていうんだ?」

>「行け……、ジョン……。
 そいつらと……この世界を、救いに……。
 ……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」

「僕の20年は…ロイ…君とシェリーがいないのに取り戻しようがないんだよ…」

世界を救う?僕の中の世界はロイが死んだ事によって完全に滅んだのに…なぜ他人まで気を使ってやらなきゃいけないんだ?
むしろこんな世界滅べとさえ思ってしまう僕がおかしいのか?これから自由に生きたとして…人殺しにこの先にどんな幸せがまってるというのか

そこでふとロイの言葉が脳裏を過る。

>「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
 一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」

一巡目。そういえばロイが言っていた。いや、王都で盗み聞きをした時になゆ達も言っていた。
二週目がどうだとか…一週目ではなにかがあったとか…

メイドに投げ飛ばされたせいで重要な所は聞きそびれてしまったが…たしかに話をしていた。

重要な部分を聞かなくてもわかる事がある。一週目・一巡目で…そして二週目という単語…普通なら笑い飛ばす推理でしかない。
でも…僕のリアリティのある夢…そして普通の世界ではない…ブレイブ&モンスターズに準ずる世界…異世界である事。

「この世界には…ゲームで言うリセットボタン該当する魔法・技術及びそれに準ずるなにかが可能性がある…!」

あまりにも突拍子もない答え。いくら魔法の世界だってそんな物が簡単に使えるわけがない。
簡単に使えるなら戦争だって起きないだろう。全部なかった事になるのだから

だが両者で奪い合っている。もしくは探している・起動する材料・条件を求めている。その可能性は非常に高い

350ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/28(水) 00:46:40
この先に幸せがないなら…幸せの可能性がある所まで戻ればいい…!

「なゆ達についていけば…その技術に…近づける」

これは立派な裏切り行為だ。なゆ達のがんばりを全て無に帰す事に他ならない。
それでも…ロイが…どの程度の力かわからないが…もしかしたらシェリーだって…甦らせる事ができるかもしれない。

裏切り行為だからなんだ?なゆ達だってロイを自分たちの為に犠牲にしたじゃないか!
なら僕がなゆ達を犠牲にしてロイとシェリーを蘇らせようとする事をだれが咎められようか!

「…強くならなければ…この旅に付いていくためにも…」

時間の戻し方を今聞いてもなゆ達は答えないだろう。それでもいい。この旅についていけば必ずたどり着くのだから。
僕はいつも通りの自分を演じる。協力だってする。命を懸けて戦おう。それが一番僕の欲しい物にたどり着く一番の近道だとわかっているから。

見つからないかもしれない。そもそも本当は僕が思っている物ではないのかもしれない。

この道は破滅の道なのは間違いない。だからどうした!…もしそこにロイやシェリーがいる可能性がほんのわずかにでもあるのなら…
僕は喜んでこの身を捧げよう。自分の罪と罰を受け入れよう。血にまみれよう。

自由なんていらない。こんな自由なら一生縛られてたほうがマシだ。

「眩しい…もう朝か…みんなが起きてくるまでにまだ時間があるだろうし…体を動かせるようにならなきゃな…」

強くならなければ…この体を今までよりも効率良く動かせるようにならなければ。
この道を突き進もうとする以上、もう一度なゆ達を全員を相手しなければいけない日が必ず来るだろう。

しかもまだまだなゆ達は強くなるだろう…その時…僕の勝てる可能性があるのは…たった一つ。

暗殺だけだ。

「とりあえず今の自分が体をどこまで動かせるのか確認しなきゃ………ん…?」

船の先端。乗るべきじゃないし、今はただでさえ飛行中だ。普通の人間や生物には乗ることができないであろう場所に人影が見える。

よく見る為に目擦る。目をあける。いない。

「くそ…やっぱり疲れてるな…休んでる暇はないが…今だけ…少し休むか…」

次の波乱はすぐそこに来ているという事を…僕はまだ知らなかった。

351カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/11/03(火) 19:08:49
>『やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!』
>「慌てる必要はないさ。コアの耐久値はポヨリンさんならワンパンで破壊出来る程度だ。それより――」

ロイの処遇を巡って一時場は騒然とした。

>「まってくれ!たしかに!ロイは許されない事をした!それは事実だ!でも!…でも…お願いだ…ロイを殺さないでやってくれ!!」

>「殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
 俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん」

>「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」
>「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」

明神さんが自分が手を下すと言い、エンバースさんが、ブラッドラストに罹患してはいけないという理由で反対する。

『ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
 代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね』
とは以前バロールさんが言っていたこと。
そう、ブラッドラストを習得してしまうのはごく一部の”人間”なのだ。

「そうだよ。君は人間だからブラッドラストに呪われるかもしれない。
言っとくけどエンバースさんもだからね? 今はそんな姿でも元々は人間なんでしょ?」

エンバースさんが自分が殺すと言い出す予感がしたのか先手を打つカザハだったが、その予想は外れたようだ。

>「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」

>「待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…」

「確かに世界を救うのにどうしても手を下したり、見殺しにしたりが必要になる時が来るのかもしれない。
……でも、それは今じゃない気がする。
この期に及んで迎えが来ないってことは……ニヴルヘイム軍から見切りをつけられたんだ。
つまり……生き長らえさせてももうこちらの脅威になることは出来ないと判断された」

ニヴルヘイム軍はまだ使えると判断した手駒は手厚く連れ帰り、裏を返せば使えないと判断したなら容赦なく見捨てる。
その判断は冷徹で合理的で……つまり結構精度が高いんじゃないかと思う。
カザハは最終決定を促すように、なゆたちゃんの方を見遣った。
帝龍も考える余地すらなく助けたなゆたちゃんだ。結論は分かっている。

352カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/11/03(火) 19:10:32
>「……殺さないよ。
 明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても。
 たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
 一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」

「なゆ……」

結論はカザハと同じ、しかしそこに至る過程はこの場の誰とも違っていた。

>「おう、そっちはもう片付いたかい?」
>「アラミガ……マルグリットは!?」

マル様と親衛隊は、とりあえず今回は引いてくれるらしい。
マル様達はしれっと『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』で撤退した。

「ど〇でもドーア……! やっぱそれで撤退するとめっちゃ敵キャラって感じするわ!」

>「さてと、これで俺も御役御免ってワケだ。
 そんならここらでおいとまさせて貰おうかね……んじゃま、またのご用命をお待ちしております……ってな」

「めっちゃ助かった! 出来ればバロールさんにまたご用命してほしいよ! マジで!」

この人はお金を積めば積むほど強くなるという実に分かりやすいシステムらしい。
――ということはバロールさん、いくらお金を積んだんでしょう……。
……またのご用命は期待できないかもしれません。

>「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
 エンバース、フリントを運んでくれる?」

その時、突然起き上がったロイがアニマコアの前に立ちはだかる。。

>「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
 しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
 生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」

「時間がない、そこをのいて!」

戸惑う一行に、ロイは衝撃の事実を告げた。

>「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
 中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
 そいつがクライアントの狙いだ」

「そんな……!」

>《やむを得ない! 明神君、ここはみんなでジャンケンして、負けた者が残るというのはどうだろう!》

明るく非情な提案をしてくる元魔王にカザハがキレている。

353カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/11/03(火) 19:13:09
「こんな時にふざけないで! 元魔王ならど〇でもドーアの一つや二つ出せや!
残ってる攻撃スペルカードを全部ここに置いてって格納庫まで行ったところで発動させるのは!?」

「私が残ってコアを破壊してからカザハにアンサモンで回収してもらうのはどうでしょう!?」

残念ながら距離が離れすぎるとスペルカードの発動もアンサモンも無理だそうです。
右往左往する私達を見て、ロイが笑う。

>「……ク……、ククッ……ハハハッ、ハハハハハハ……」
>「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
 笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
 それは、まるで――」
>「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」
>「行け……、ジョン……。
 そいつらと……この世界を、救いに……。
 ……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」

>「…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!」

>「その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
 オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……」

先ほど、もしもあのままコアを破壊していたら、脱出できずに全員死んでいた。
ロイは私達を逃がすために最後の力を振り絞ってコアの前に立ちはだかったんですね……。

>「早く、行け……!
 グズグズしている場合か、このレプリケイトアニマが……霊仙楔に達してもいいのか!」
>「……オレは……人を殺し過ぎた。それが正しい道だと信じて、ジョン……お前を救える唯一の道だと、信じて……。
 だが……少し、疲れた……。ジョン、お前がもう……オレやシェリー以外の者たちと歩いていけるのなら……」

>「……行こう、みんな」

ロイの想いを汲んだのだろう、なゆたちゃんが迷いを振り切るように皆に声をかける。

>「なんでだよ!?いつもみたいにそこは諦めないって言う所だろ!?まっててくれロイ今俺が…」

当然諦められるはずはなく、ロイに追いすがるジョン君。

「ジョン君……」

ロイは子どものように駄々をこねるジョン君を、スタンガンで気絶させた。

>「……じゃあな……オレの友達」
>「自由に…幸せに生きろよ」

「君の友達、預かるね……」

354カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/11/03(火) 19:14:44
>「ここがヴィゾフニールの格納庫ね……」

約15分後、私達は格納庫の前まで来ていました。
――馬型に戻った私は、気絶したジョン君を背に乗せています。

>「みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
 ――10秒前。9、8、7、6――」
>「……ゼロ!」

格納庫のシャッターが上がる。ロイは約束を守ったのだ。
なゆたちゃんが操縦席に座り、無事に脱出口を開き発進させる。

>「――『咆哮砲(ハウリングカノン)』、発射! て――――――ッ!!!」
>「ヴィゾフニール、発進!!」

>「レプリケイトアニマが……」

眼下でレプリケイトアニマが消滅していく。
カザハは無言のまま、気絶したままのジョン君を気遣わし気に見ている。
レプリケイトアニマでは色々ありすぎた。しかし、落ち込んでいる暇はない。

>《みんな、無事にヴィゾフニールを手に入れられたようやね〜。
 ……その、ジョンさんは……お悔やみ申し上げますとしか言えへんけど……。
 あかんなぁ、うち、こういう空気は苦手やわ……》

予定通りエーデルグーテに行くように指示を出すみのりさんだったが、バロールさんが突如映像に乱入した。

>《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》
>《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ! 
 君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》

「えっ、何? よく聞こえなかったんだけど」

カザハが聞こえない振りをしている間に、話は急展開で進んでいく。

>《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
 止めなければ……取り返しのつかないことになる!》

>《そうだ、言い忘れていた。
 彼は――かつて数十万の大軍団を擁し、この世界に覇を唱えんとした男。
 魔剣の主。狂飆と共に歩む者。十二階梯の継承者、第七階梯――》
>《『覇道の』グランダイト》

「グランdieトさんそこ攻め込んじゃアカンて! バカなの? せっかく生き返ったのにまた死ぬの!?」

カザハは頭を抱えている。かつて風渡る始原の草原が人間に攻め込まれた時の戦いを思い出しているのかもしれない。

355カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/11/03(火) 19:16:27
「覇王の苛烈さはみんな知ってるだろうけど……。
風精王率いるシルヴェストルの一族も……始原の風車を守るためなら容赦はしない。
放っておけば必ず屍の山が築き上がる!」

>「シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
 グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
 その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?」

>「……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
 みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
 レッツ・ブレーイブッ!!」

「レッツ・ブレーイブ!!

……
………ジョン君寝かせてくる」

カザハはジョン君を手頃な部屋に連れて行って寝かし、ジョン君は夕食の時間になってもまだ起きなかった。
夕食が終わり、取り分けた食事を持ってジョン君の部屋へ訪れる。ジョン君はまだ寝ていた。

「ジョン君、ボク達は本当に正しいルートに進めたのかな……。君から見れば間違いに決まってるよね……」

ジョン君を呪いから救うことに成功したが、結果的にロイは助からなかった。
ジョン君が目を覚ましたらどんな反応をするだろうか。
今まで通りこの旅に付いてきてくれるだろうか。

「それでも、付いてきてくれると嬉しいな……。ま、ボクもいつまでいられるか分からないんだけどね!
君と斬り合った時に言ったアレ、ハッタリじゃないんだよ? 素性がバレたら追放されるかも!」

《カザハ……》

なゆたちゃんは不殺を誓い、皆も凶悪犯一人を犠牲にするかで逡巡した優しい人達です。そうならないとは限りません。
尤も、風渡る始原の草原ではカザハが死んだことになっているのか、しばらく行方不明扱いになっているのか。
一巡目と同一人物と認識されるのか、別人と認識されるのかも分かりません。
ただ一つ言えるのは、何が起こるか分からないということ。
カザハは静かにジョン君の部屋をあとにし、自分にあてがわれた部屋に戻って眠りにつきました。

――次の日。幸いジョン君は少なくとも見た感じでは普通で、至って平和でした。平和過ぎるのでした。

「妙に静かだと思ったら……騒がしい奴がいないじゃん!
なんだよ〜隠れんぼでもしてんの? 明神さん探しに行ってあげなよ。
出てくるタイミングを失ったら可哀そうだし!」

高速で飛行する飛空艇という密室。まさかガチでいなくなってるとは思いもよらないのでした。

356明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:03:36
赦されざる罪を犯したロイ・フリント。
その処遇をどうすべきか、土壇場で俺たちの意見は割れた。

>「明神…!」

殺すべきだと主張する俺に対し、ジョンが真っ向から立ちはだかる。
開放骨折の傷はおろか、血だって止まってない満身創痍で、それでもロイを守らんと跳ね起きた。

「座ってろよ。そのズタボロの身体で、まだまだ元気いっぱいの俺を止められると思うか?」

ロイを、友達を死なせたくないジョンの気持ちが理解できないわけじゃない。
それでも、俺はジョンと同じ想いでロイに接することは出来ない。
こいつにとっては20年来の親友でも、俺にとっては大量虐殺犯でしかないんだ。

>「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」

エンバースも同様に俺を制止する側に回ったが、単なるヒューマニズムで助命を選んだわけじゃないようだった。

>「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」

……確かに。分かってる限り、ブラッドラストの感染条件は『殺人経験』だ。
そして殺しに理由は問わない。殺ったのが20年前だろうが、尊厳死の手段であろうが、変わらない。
俺が報復としてロイを殺すことを、外道と呼ぶ者はいないだろうし、呼ばせやしないが――
例えその殺しに正義や大義があったとしても、呪いは等しく殺人者に降り注ぐ。

>「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」

「……それもそうだな。アイアントラスの連中も、こいつの首もってこいって言ってるわけじゃねえ」

勝手にここでくたばるのなら、因果応報はそれで成り立つ。
『ただスカっとする』だけのために、感染リスクを冒す必要はない。

>「待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…」

ジョンは、放っといて死ぬに任せる方針にも待ったをかけた。
ロイを助けて欲しいと。この場から連れ出して欲しいと。死なせないで欲しいと――そう言ってる。

「流石に道理が合わんだろ。そいつが何人、無関係の人間を殺したと思ってる。
 この場で殺さないのは良い。だけど、助けるなら話は別だ。この先ものうのうと生きてて良い奴じゃない。
 例えそいつが心を改めようが、死んだ命は返ってこねえんだぞ」

それは、お前が一番良くわかってるはずだ。
どんだけ呪いに振り回されようが、シェリーが生き返ることはない。
ブラッドラストの中にこびりついていた残滓も、今はもうどこかへ霧散してしまった。

「ゴブリン共の練習のために平気で人間マトに出来るような奴だ。助ければ絶対、後の災いになる。
 そいつがまた人を殺したとき、お前は今と同じように助けてって言えるのかよ」

例えば俺は、バロールとそれなりに仲良くやっているし、奴の援助を受けて奴の目的に加担している。
それでも、地球のブレイブを何人も拉致して見殺しにしてきたあの男を赦すつもりは毛頭ない。

そうせざるを得ない理由があったとか、世界を救うためとか、知ったことじゃねえよ。
全部終わったら死んでいった全員の骨を掘り起こしてでも、あいつに罪を償わせる。
贖罪をする――そう言った奴の言葉を、それだけを信じてあいつの走狗になった。

357明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:04:21
助けるなら、助けるだけの理由が欲しい。
そしてジョンの言葉だけじゃ、俺はまだ納得できない。
『友達だから死なせたくない』は、ロイと友達でない俺にとって、助ける理由にはならない。

>「確かに世界を救うのにどうしても手を下したり、見殺しにしたりが必要になる時が来るのかもしれない。
 ……でも、それは今じゃない気がする」

カザハ君は、生かしておいても脅威にはならないって点で助命を選んだ。
確かに待てど暮らせど、あのインチキテレポートでイブリースが迎えに来ねえ。
ニブルヘイムにとって、『ブレイブ殺し』はその価値を失ったってことなんだろう。

マル様親衛隊みたいに、ニブルヘイムを出奔するあっち側のブレイブは居る。
ニブルヘイムにとっても、ブレイブは絶対の強制力をもって動かせる駒ってわけじゃないのだ。
戦力にはならなくても、ロイを捕虜にすれば情報源として多少は生かしておく価値が出てくるだろう。
それこそ、アコライトでとっ捕まえた帝龍みたいに。

助ける理由は、これでひとつだけ出来た。
俺はなゆたちゃんを振り仰ぐ。全員の主張が出揃ったなら、あとは結論を出すだけだ。

>「……殺さないよ。
 明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても」

「もう何人も死んじまってる。ニブルヘイムがなりふり構わなくなれば、犠牲者はもっと増える。
 アコライトまでは俺も全員助けるつもりでいたけどよ。……もう、無理だろ」

>「たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
  一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」

俺は黙った。いつものレスバトルみたいに、脊髄反射で返せるような言葉は出てこなかった。
誰も死なせないなんて理想は、アイアントラスで大量の犠牲者が出た時点で潰えたようなもんだ。
こっから先は、血で血を洗う文字通りの戦争をやっていかなきゃならないと思ってた。

……ふざけやがって。なんで俺たちが、ニブルヘイムなんぞのために信念を曲げなきゃならない。
犠牲を強いるあいつらの戦い方に、付き合ってやらなきゃならない理由がどこにある。

相手の土俵で勝負する必要なんかないはずだ。
俺たちは、俺たちのやり方を貫いて良い。一線を超えずに、世界を救って良い。
ニブルヘイムの向こうでせせら笑ってるクソどもに、全力で否定を叩きつけてやる。

「……助けよう。石油王あたりが回復スペル持ってたはずだ。
 そんでふんじばって、可能な限り情報を絞り出す。拷問でもなんでもバロールにやらせりゃ良い。
 世界救い終わったら、アイアントラスの復興と遺族のケアに残りの人生全部捧げさせる」

俺は、ヤマシタに構えさせていた弓を下ろした。
知らず知らずにじっとりと汗ばんだ手のひらを、汗だくのワイシャツで拭う。
今更ながら震えがきた。あと数歩踏み込んでいれば、俺も人殺しの一線を超えるところだった。

「なゆたちゃん。言っておくがな、お前がこのパーティのリーダーだから従ったわけじゃない。
 俺は俺なりに考えて考えて、こうすんのが一番良いと思ったから、こいつを助けるんだ」

冷たくなった指先で目頭をもみながら言った。

「だから、ロイを助けたことがどんな結果に繋がったとしても……抱え込むなよ」

358明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:05:02
俺たちがロイの処遇で揉めている間に、アラミガとマル様親衛隊の戦いも終結したようだった。
気絶していたシェケナベイベときなこもち大佐も目を覚まして、例のインチキテレポで撤収していく。

「便利すぎんだろアレ。俺たちにもあの手のファストトラベル機能とか実装されねえかな」

まぁ今後はヴィゾフニールがその立ち位置になるんだろうけれども。
距離も時間も無視して大陸のあっちゃこっちゃに顔出せるのホントうらやましい。
俺たちここ二ヶ月くらい移動しかしてないよ……。

>「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
 エンバース、フリントを運んでくれる?」
>「いや、ロイは僕が責任もって運ぶ…大丈夫。傷もだいぶ治った…このくらいなら問題なく運べる」

ロイの助命が叶い、ジョンは硬直を解いて瀕死の友達に肩を貸そうとする。
しかしそれより先に、ロイは手のひらで床を叩いて跳ね上がった。

>「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
 しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」

「寝起きかてめーは。まだニブルヘイムの尖兵のつもりでいんのかよ。
 こんだけボロクズにやられても未だにイブリース君がお迎えに来てねえんだぜ。
 とっくに切り捨てられてんだよお前はよ。いいから俺たちの軍門に下っとけって」

>「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
 一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」

「……ああ?」

ロイの言っている意味は、すぐに脳みそに染みてこなかった。
レプリケイトアニマは構造物である以前に、バロールの攻撃魔法だ。術者以外に改築できる代物とは思えない。
だが――今、ニブルヘイム側にはもう二人、人類最高峰の魔術師が居る。

大賢者ローウェルと、『黎明の』ゴットリープ。
魔術の腕前じゃバロールに劣らないこいつらが二人がかりなら、創生魔法の改造だって出来なくはない。

>「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
 中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
 そいつがクライアントの狙いだ」

「なんだと」

5分。とてもじゃないがコアのある最深部から引き返せる距離じゃない。
ヴィゾフニールがありゃ強引に脱出出来るだろうが、格納庫に行くにしたって5分じゃ絶対足りない。
俺たちは飛空船の操縦方法すら知らないのだ。

「ふっざっけっやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!」

始めから、レプリケイトアニマが再稼働した時点で、俺達は詰んでいた。
アルフヘイム全土を人質にとって、俺たちを死地のど真ん中に拘束する。
このクソでけえ破壊魔法ひとつを使い捨てにして、バロールの走狗を確実に消しにきやがったのだ。

359明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:05:39
>《やむを得ない! 明神君、ここはみんなでジャンケンして、負けた者が残るというのはどうだろう!》

「適当ぶっこいてんじゃねえぞクソ魔王!そのジャンケンにゃてめえも参加するんだろうなぁぁぁぁ!!」

どうする、ガチでくじ引きでもすんのか?
いや。誰も犠牲にしねえって決めたばっかだ。ニブルヘイムの土俵には死んでも上がらねえ。

「そうだ。おいアメ公、お前爆弾持ってたろ。アイアントラスの橋ゲタぶち壊したアレだよ!
 時限爆弾にしてコアに仕掛けろ、お得意の破壊工作を役に立てやがれ!」

アイアントラスはアルフヘイムの技術者が粋を凝らして作り上げた、千年の風雪に耐えうる強固な建築だ。
その橋桁はハンパな爆発で破壊できるようなもんじゃない。衝撃を逃がす構造だって備えてる。
そいつをぶっ壊せた事実は逆説的に言えば、ロイ・フリントが建造物の破壊に秀でた技術を有する証明でもある。

だけど、俺は自分で言ってて作戦の穴に気付いた。
魔法建築物の最も重要な駆動中枢が、ただの爆弾で破壊できる構造をしてるはずがない。
防御魔法なんかてんこ盛りだろうし、どんだけ効率よく発破をかけても耐えきる公算の方が高い。

ついでに言えば、爆破可能な仕掛けを施せたとして、タイマー設定した後は全員でここを離れなきゃならない。
無防備になった時限爆弾を、アニマの防衛機構がそのままにしておくとは思えない。
それこそ、アニマゾルダート一匹でも爆弾剥がしてどっかに放り出すことは可能だ。

コアを破壊するには、必ず誰かがここに残らなきゃならない。
そしてそいつは、確実にアニマの崩壊に巻き込まれて死ぬ。
進退に窮した俺たちを睥睨して、ロイは哄笑した。

>「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
 笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。それは、まるで――」
>「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」

笑いは、長くは続かなかった。
声の代わりに口から出たのは、赤黒い血反吐だった。
身体は回復してなどいない。ロイ・フリントは文字通りの死に体だ。

>「その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
 オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……」
>「…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!」

「そいつは……贖罪か?お前が殺してきた連中の代わりに、アルフヘイムを救おうってのか?
 わざわざ立ち上がらなくたって、黙ってりゃコア破壊した俺たちと心中できたはずだ」

ジョンはかぶりを振ってロイの言葉を否定するが、俺は不思議と腑に落ちるものがあった。
俺たちがこいつの命を救ったとして、犠牲になったアイアントラスの住人はロイを許しはしないだろう。
本当の意味で、罪を濯ぐことなど出来ない。罪を赦せる人間は、最早この世にはいないのだから。

>「……オレは……人を殺し過ぎた。それが正しい道だと信じて、ジョン……お前を救える唯一の道だと、信じて……。
 だが……少し、疲れた……。ジョン、お前がもう……オレやシェリー以外の者たちと歩いていけるのなら……」

「勝手な野郎だ」

俺は、命を擲つ判断をしたロイを、肯定しようとは思わない。
命を救おうとしたジョンの意志さえも放り出して、こいつはここで散ることを決めた。
ブラッドラストなんか比べ物にならない。これは――呪いだ。

「本当に……最後の最後まで、好き勝手やりやがって」

隠し持っていたスタンガンが閃き、ロイはジョンを黙らせる。
気絶したジョンをカケル君の背に乗せて、俺達は振り返らずに最奥部を後にした。

360明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:06:46
>「みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
 ――10秒前。9、8、7、6――」

15分。ロイの指定どおりに、格納庫はその口を開いた。
その先にあるヴィゾフニールもまた健在だ。脇目も振らず乗り込む。
初めて眼にするヴィゾフニールは、ファンタジーらしからぬ外装と内装で、操縦室は大量の計器に囲まれていた。

石油王の指示に従ってなゆたちゃんがスマホをコンソールに挿し、内部に文明の光が灯る。
音声認識で自動的にコントロールできる仕組みになっているらしい。

「こいつを設計したのもバロールだったか。スマホの連携機能なんていつの間に実装してやがったんだ」

>「みんな、用意はいい!? 行くわよ!」

シートベルトなんて安全に配慮されたものはない。
俺は手近な座席に飛びついて、両手で手すりを抱えた。
ジョンは床に寝かせて、適当なロープで身体を固定する。

>「――『咆哮砲(ハウリングカノン)』、発射! て――――――ッ!!!」

発射と破壊の爆音は、不思議なほど室内には響かなかった。
俺の鼓膜がまだいかれてんのか、ヴィゾフニールの防音設備がしっかりしてんのか、判断はつかない。
頭の中は未だにぐるぐるしていて、最奥部でコアに刃を突き立てたであろう男のことを少しだけ想う。

>「レプリケイトアニマが……」

次いで襲ってきた強烈な加速度に視界がチカチカ瞬いて、気付けば俺たちは空に居た。
窓から見える景色の中で、レプリケイトアニマが輪郭を乱し、光の粒となって消えていく。
きっともう事切れている、ロイ・フリントの亡骸と共に。

アルフヘイム転覆の危機は去った。
最速の飛空船を手に入れて、旅を続ける準備は万端だ。

だけども俺たちは、勝利を祝う言葉を誰も発さなかった。
ただ、虚空にかき消えていくアニマの姿を眼に焼き付けることだけしか出来なかった。

石油王から再び通信が入り、当面の行き先が決まる。
聖都エーデルグーテ。呪いはなくなったが、『永劫の』オデットとの面会はどの道必要だ。

十二階梯のほとんどを抱き込んだニブルヘイムに対して、バロール率いるアルメリア一国じゃ荷が勝ちすぎる。
大陸に存在する、もう一つの大勢力――世界宗教プネウマ聖教。
ここと渡りをつけて、俺たちも戦力の増強を図らなければならない。

>《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》

と、方針を決めた俺たちの会話に雑音が混じる。
通信画面にバロールが顔を出した。

「なんだよ。今ちょっとセンチな気分だからお前のツラ見たくねーんだけど」

>《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ! 
 君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》

俺の冷罵を無視してバロールが言うには、オデットよりプライオリティの高い案件が出来たらしい。
『風渡る始原の草原』。アルフヘイムの四大精霊がひとつ、シルヴェストルの居住地だ。
なんで今さらそんなクソ田舎の限界集落へ出張するかと言えば、のっぴきならない事情がある。

>《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
 止めなければ……取り返しのつかないことになる!》

361明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:07:15
曰く、そのもうひとりの同盟候補が先走ってなんかやらかしたらしい。
それがシルヴェストルのお家の危機につながる意味。話はなんとも見えてこないが、バロールの焦りようは尋常じゃない。

「始原の草原がその先走り野郎に攻め込まれようとしてるっつうことか?
 わっかんねえな。誰だよそれ、お前にまだお友達候補がいるなんて聞いてねえぞ」

>《そうだ、言い忘れていた。
 彼は――かつて数十万の大軍団を擁し、この世界に覇を唱えんとした男。
 魔剣の主。狂飆と共に歩む者。十二階梯の継承者、第七階梯――》

と、そこまで聞いて、現役プレイヤーの俺には当然ピンと来た。
マジか。そりゃそうか、エリにゃんが生きてるならあいつが元気に侵略戦争やってたっておかしくない。
メインシナリオにおける当初の"ラスボス"。アルメリアに反旗を翻し、覇王の名を轟かせた男――

>《『覇道の』グランダイト》。

それは、プレイヤーなら誰もが記憶に深く刻みつけている名前だ。
穀倉都市デリンドブルクを制圧し、アルメリアに動乱をもたらした軍略の雄。
真のラスボスは言わずもがなバロールだが、手強さで言えばグランダイトの方を挙げる者も多い。

まだ戦力もろくに整ってない中盤に叩き込まれる、圧倒的なステータスの暴力。
バラモスとか言われちゃいるが、どっちかっつうとムドーって言ったほうが妥当だ。
ガザーヴァはデバフと搦め手でプレイヤーを苦しめたが、グランダイトはひたすらにその『強さ』で俺たちにトラウマを残した。

>「シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
 グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
 その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?」

>「覇王の苛烈さはみんな知ってるだろうけど……。
 風精王率いるシルヴェストルの一族も……始原の風車を守るためなら容赦はしない。
 放っておけば必ず屍の山が築き上がる!」

「シルヴェストルっつうからには、あの草原は鳥取に次ぐカザハ君の実家みてえなもんなんだろ。
 だったら助けない選択肢はねえな。今度こそ……誰も死なせてなるもんかよ」

>「……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
 みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
 レッツ・ブレーイブッ!!」

俺は拳を掲げて応えた。
いつもみたいに、高らかに叫びを上げる気には……なれなかった。

二度と同じ思いはしない。グランダイトの髭面をぶん殴ってでも、絶対に止める。
目の前で死なれるのも、その死に誰かが悲しむのも、もう御免だ。

 ◆ ◆ ◆

362明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:07:41
夜。適当にシャワーを浴びて、備蓄してあった寝間着姿でソファに腰掛けていた。
アコライトで飲み明かした残りの酒がまだインベントリに入ってる。
俺はその中からデリンドブルクの麦で造ったウイスキーを取り出して、ちまちま舐めるように啜っていた。

さっさと寝なきゃならないのに、どうしたって眠れなかった。
窓の外を高速で流れていく雲を眺めながら、少しずつアルコールの染みる脳みそで、ジョンのことを想った。

俺があいつにかけられる言葉はもう、何もない。
友達を喪った悲しみなんて、容易く共感できるようなものじゃない。
受け入れて前に進めるまで、傍らで見守ることしかできない。

ロイ・フリントの死は、妥当な結末だと思う。
あいつは死ななきゃならなかった。死んで当然の奴だった。
ジョンがどう思っていようが、罪に対する然るべき裁きが下ったんだと、そう言える。

だけど、一度助けると決めた人間を、我が身可愛さに見捨てた事実は、うまく消化出来なかった。
もっと何か、やりようがあったんじゃないか。ロイを助けてアニマから脱出する方法は本当になかったのか。
ずっとそればかり考えてる。


結局のところ、覚悟が足りなかった。
俺はロイがアニマに残ると決めたとき、渡りに船だと思っちまった。
どこかで、こいつが犠牲になれば仲間が全員助かるって、歓迎する想いがあった。

ジョンにかける言葉が見つからないなんてのは言い訳だ。
俺は今、あいつに顔向け出来ない。そうして逃げるように、自室に引き篭もって酒に溺れている。

>「……おい……。起きてるか……?」

空になったグラスに二杯目を注ごうという時、ノックの音が響いた。
ドアを開ければそこに居たのは、鎧を脱いだガザーヴァだ。

「どーしたガザ公。お前も今日はヘトヘトだろ、寝とかねえと明日バテるぜ」

ガザーヴァはデカすぎる枕に顔を半分埋めながら、こっちを見ずに言った。

>「……その。ね……眠れなくて。 は……、入っても、いい……?」

「……俺も。まぁ入れよ、一人だと寝酒で一本空けちゃいそうだ」

招き入れたガザーヴァは、迷わずベッドに腰掛けた。
俺と言えば、幻魔将軍とは言え女の子を部屋に招き入れるのは生まれて初めてなので、
不自然に横移動しながら近くの椅子にグラスを抱えて座った。

「お茶ぐらい出したいとこなんだがよ、俺夜中にカフェイン摂ると寝れないタイプの人だから。
 お前は酒はやるんだっけ?水割りで良けりゃサっと作るけど。へへへ」

なんで早口になってんだ俺は!
ガザ公相手にぎくしゃくすんのも癪なので、グラスの中身をぐいっと煽った。
一切希釈してないストレートの蒸留酒が口の中をギタギタに蹂躙して盛大に噎せ返った。

>「……なんで、ボクは特別じゃないんだろ」

一部始終を黙って眺めていたガザーヴァは、不意にぽつりとこぼす。
俺は酒でべとべとになった口を拭って、先を促した。

363明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:08:41
>「アイツはレクス・テンペストとかいう素質のあるシルヴェストルで。風の精霊王の資格があるんだって。
 ……特別なシルヴェストルなんだって。
 でも、ボクは違う。ボクはパパがアイツに似せて作った、アイツの忠実なコピーのはずなのに……。
 なんでアイツは特別で、ボクは特別じゃないんだよ……」

「あのぶっ壊れバフのことか。確かにあんなもん、ロールアウトからブレモンやってる俺でも見たことねえ。
 シルヴェストルってのはゲームの中じゃ、せいぜいがSレア程度のごく普通のモンスターだ」

ジョンとの戦いでカザハ君が発動したバフは、俺の知識にないスキルだった。
自分で言うのもなんだけど俺が知らないって相当やぞ。
つまりはゲームで未実装か、情報が出回ってない極レアのスキルかのどっちかだ。

>「ボクもレクス・テンペストを持って生まれていたら……パパに愛してもらえたのかな。
 いったいどうやったら、ボクもあの力を持てたんだろう。
 ねえ、明神……ブレモン詳しいんだろ? いっぱいイベントを攻略してきたんだろ?
 教えてよ……。どうしたら、ボクは特別なシルヴェストルになれるルートに進めたんだ?
 そのフラグは、いったいどこにあったんだよ……!」

「……わからん。幻魔将軍に関わる裏設定はほとんどがマスクデータだ。
 俺はお前の素顔すら知らなかった。レクス・テンペストなんて聞いたこともねえ。
 バロールが何考えてんのかも、こうやってあいつと協働体制とってる今ですら、ちっとも見えてこない」

そこまで言って、俺はかぶりを振った。
ゲームでどうだったとか、データがどうとか、そんな話をしたいわけじゃないんだ。
ここはブレモンとよく似ていて、俺達はゲームシステムに則って戦うことができるけど、
それでもブレモンとは別の異世界なんだから。

>「どうして……、なんでアイツばっかり……!
 あんな根性なしで、弱虫で、人の顔色ばっかり窺ってるようなアイツが!
 アイツが特別で! ボクが特別じゃないなんて、おかしいじゃんか……!!」

「それは――」

そういうものだから。生まれ持った資質は、必ずしも性向と合致するわけじゃない。
強力な魔法の才能があろうが臆病な奴はいるし、無力なのに突撃してって死ぬ奴もいる。
望んだ生き方と、身に宿る才覚がズレてるケースなんか地球にだっていくらでもあるはずだ。

だけどカザハ君の資質が性格に見合ってないとは思わない。
根性なしで、弱虫で、人の顔色ばかり窺う――
それは、人の痛みに敏感で、寄り添うことができ、他者を気遣う優しさと言い換えることもできる。

弱き者に寄り添い、その力を賦活するレクス・テンペストの力は、
ある意味じゃカザハ君だからこそ宿すことができたと言えるのかも知れない。

そんなことはガザーヴァにだって分かってるだろう。これまでの旅路で、とっくに承知済みだろう。
なお納得できないことはある。俺には、その気持ちがよく分かる。

自分だけの宝物だと思っていたものが、ただのガラス玉に過ぎなかった。
他人はもっと素晴らしい、輝く宝石を持っていた。
その憧憬と裏返しの絶望が、ガザーヴァを苛んでいる。

それでも、俺は安易にガザーヴァに共感出来なかった。
俺はかつてタキモトだった頃、モンデンキントにこっぴどくやられて鼻っ面をへし折られた。
『強いプレイヤー』という唯一のアイデンティティは、簡単にぶっ壊れてしまった。

俺は何一つ、特別なんかじゃなかったのだ。憧憬は、憎悪に変わった。
俺以外の特別な連中の足を引っ張り続けることで、他人の特別を穢す。
そんな風に自分を納得させて、絶望をやり過ごす術を覚えてしまった。

364明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:09:33
ガザーヴァを苛む苦しみは、俺がかつて辿ってきた変遷とよく似ている。
そして、どうしようもなくクゾに堕ちちまった俺と違って、ガザーヴァはまだまともに戻れる。
『特別』はひとつじゃないって、そう言えるのなら。

「ガザーヴァ」

>「……ゴメン。オマエにそんなこと言ったって、どうにもなんないよな……。
 いい、忘れて。年中ハイテンションなボクだって、たまには落ち込むことだってあるさ。
 部屋に戻って寝るよ。……おやすみ」

俺がなにか言う前に、ガザーヴァは乾いた笑いで話を切り落とした。
ベッドから飛び降りて、枕を引きずって部屋を出ていく。
いつもより小さくなったような気がするその肩を、俺は掴むことが出来なかった。

「……おやすみ。しっかり寝ろよ、お前は今日、誰よりも頑張ったんだからさ」

ふらふらとドアの向こうへ消えていくガザーヴァの背中は、まるで風に舞う木の葉だ。
神出鬼没の幻魔将軍のように、気付けばどこかへ消えてしまうような、そんな危うさを感じた。

そして俺は、その感覚に従ってガザーヴァを捕まえておかなかったことを、後悔することになる。
悪い予感はいつものように的中した。

翌朝、ガザーヴァの姿はヴィゾフニールのどこにもなかった。
俺の目の前から、予定調和みたいに――姿を消した。

【六章エピローグ】

365明神 ◆9EasXbvg42:2020/11/09(月) 04:09:56
>「妙に静かだと思ったら……騒がしい奴がいないじゃん!
 なんだよ〜隠れんぼでもしてんの? 明神さん探しに行ってあげなよ。
 出てくるタイミングを失ったら可哀そうだし!」

「もう探してるよ!コクピットも、船倉も、空き部屋のベッドの下まで全部見た!
 ウソだろおい、飛んでる船の上だぞ……!いくら浮けるからってどこに行くってんだよ!」

朝っぱらから船の中を駆けずり回って、肩で息をしながらカザハ君に答える。
そう大きくない船の上だ。ずっと隠れ続けられるはずがない。

「そうだ、ダークユニサス……ガーゴイルだったか。あいつは居るのか?
 一緒に消えたんじゃなけりゃ、居場所くらい知ってねえかな」

【七章プロローグ】

366embers ◆5WH73DXszU:2020/11/17(火) 00:43:14
【フラグメンタル・ライフ(Ⅰ)】

『待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…』

悲痛な叫び=ジョン・アデルの懇願――遺灰の男は一切取り合う素振りを見せない。

『流石に道理が合わんだろ。そいつが何人、無関係の人間を殺したと思ってる。
 この場で殺さないのは良い。だけど、助けるなら話は別だ。この先ものうのうと生きてて良い奴じゃない。
 例えそいつが心を改めようが、死んだ命は返ってこねえんだぞ』

明神の反論――遺灰の男はやはり一切の反応を示さない。無意味だからだ。

『……殺さないよ。
 明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても』

『もう何人も死んじまってる。ニブルヘイムがなりふり構わなくなれば、犠牲者はもっと増える。
 アコライトまでは俺も全員助けるつもりでいたけどよ。……もう、無理だろ』

『たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
 一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから』

理想/生命倫理/人情――全て、この場において既に無意味である事を遺灰の男は知っていた。
かつてエンバースと呼ばれた男から受け継いだ記憶/ゲームセンスが告げていた。
既にダイスの目は決まっている/結末を変えるには遅すぎると。

『……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
 エンバース、フリントを運んでくれる?』

「よく聞け、モンデンキント。その必要は――」

『いや、ロイは僕が責任もって運ぶ…大丈夫。傷もだいぶ治った…このくらいなら問題なく運べる』

「ジョン、お前もだ。聞け。もう――」

遺灰の男が口を開く/紡いだ言葉をジョンが遮る。
遺灰の右手が、ジョンを制する為の動作を取る。
生じた隙――瞬間、ロイ・フリントが躍動した。

『どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
 しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
 生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……』

「……俺達を狙うだと?舐められたものだな、とでも言えばいいのか?
 お前を生かしたままにしておく。だが決して俺達の邪魔はさせない。
 どちらもやってのけるのは――そんなに難しい事じゃない、ってな」

遺灰の男の口調=どこまでも諧謔的/事態をまるで深刻に見ていない。

『それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
 一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?』

『このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
 中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
 そいつがクライアントの狙いだ』

「なんだと……?」

闇色の眼光が僅かに揺らぐ/ロイ・フリントを注視――その真意を推し量るように。

367embers ◆5WH73DXszU:2020/11/17(火) 00:43:30
【フラグメンタル・ライフ(Ⅱ)】

『……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
 笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
 それは、まるで――』

言葉とは裏腹に穏やかな口調/すぐに察した――これは、一つの人生の結末。

『……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……』

遺灰の男は、それを見届けたいと思った。

『ジョン。いい仲間を持ったな……。
 もう、ひとりぼっちで……オレやシェリーがいなければダメだった頃のお前は、いないんだな……。
 ……ああ、それは……いい。安心した……』

これも、自分の人生を形作る為の断片――その一つになるに違いないと。

『行け……、ジョン……。
 そいつらと……この世界を、救いに……。
 ……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……』

『…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!』

実際のところ――誰一人犠牲にせず、レプリケイトアニマを停止させる方法はある。
明神の述べたプランBを補強すればいい/エンバースの記憶に頼れば、それが可能だ。

「……ジョン、聞け」

だが、遺灰の男は何も提案しない――無意味だと/結末は変わらないと知っているからだ。

「ブラッドラストだ。分かるだろう……もう、時間がないんだ」

ブラッドラストの重度感染者には、通常の治療法が通じない。
ここを脱出し/ブラッドラスト保持者にも適用可能な治療手段を模索し/確保する。
そんな事をしている間に結局、ロイ・フリントは死ぬ/ジョンから受けた傷と、それによる出血が原因で。

『その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
 オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……』

遺灰の男=小さく呻く/頭を抱える――皆を振り返る。

「――だ、そうだ。行くぞ、みんな。議論の余地も、選択肢も、もう残ってない。
 俺は俺の独断で、この場を制圧する。歯向かうなら、力ずくで従わせる事になる」

一方的な宣言――エンバースの記憶が告げていた/皆から選択肢を奪うべきだと。
選べば、そこに呪いが残ると――反抗する気も起こせないほど切実な衝動だった。

「モンデンキント。自分の足で歩くか、俺に担がれて格納庫まで行くか――それくらいは、選ばせてやる」

闇色の炎が少女を見つめる――そして。

『……行こう、みんな』

少女は、心残りを振り払うように身を翻した。

368embers ◆5WH73DXszU:2020/11/17(火) 00:43:44
【フラグメンタル・ライフ(Ⅲ)】

『なんでだよ!?いつもみたいにそこは諦めないって言う所だろ!?まっててくれロイ今俺が…』

遺灰の男=無言でジョンを待つ/説得しようとはしない――説得出来ない。

『僕のせいだ…僕が君を殺すことになってしまった…僕が…全部悪いんだ』

ロイ・フリントは死ぬ運命にあると告げる事は、その原因がジョンであると言及する事でもある。
そんな事を何度も告げる気にはなれなかった――例えジョン自身がそれを自覚していたとしても。

『俺はな…ジョン…自分の意志でこの道を選んだんだ。多くの道がある中で…この道を俺自身の意志で選んだんだ』

遺灰の男に出来るのは、この最後の時間に水を差さないでいる事だけだった。
そして――不意に遺灰の背後で、空気の爆ぜる音/スタンガンの作動音がした。
振り返る/ロイに寄りかかるように意識を失ったジョンを、カケルの背へ乗せる。

『……じゃあな……オレの友達』

これで、一つの人生が終わる――遺灰の男が、最後にロイ・フリントを見つめる。
別に死にたい訳じゃない/だが、羨ましい――矛盾した感情が空洞の胸中に灯る。
その感情をどう消化すればいいのかは、偽物の存在にはまだ分からなかった。

369embers ◆5WH73DXszU:2020/11/17(火) 00:43:57
【フラグメンタル・ライフ(Ⅳ)】


『みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
 ――10秒前。9、8、7、6――』

指定の刻限――響く、機械仕掛けの駆動音/ロイ・フリントは約束を果たした。
飛空艇に乗り込む一行/少々の操作――僅かな振動/微かに響く起動音。
そして神鳥の咆哮が轟く――空が、見えた。

『ヴィゾフニール、発進!!』

一瞬、慣性に体を包まれて、気づけばヴィゾフニールは飛び立っていた。

『レプリケイトアニマが……』

眼下に、崩落するレプリケイトアニマが見える/遺灰の男はそれを一瞥――すぐに目を背ける。
己の人生を持たぬ偽物――故に感慨など抱けない/ただ、エンバースとしての記憶が疼くだけ。

「……くそ」

それが不愉快で/妬ましくて、遺灰の男は拳を壁に打ち付けた。

《みんな、無事にヴィゾフニールを手に入れられたようやね〜。
 ……その、ジョンさんは……お悔やみ申し上げますとしか言えへんけど……。
 あかんなぁ、うち、こういう空気は苦手やわ……》

遺灰の男は何も言わない/言えない――紡ぐべき自分の言葉が浮かんでこない。
だが、エンバースの記憶=判断/衝動/言葉に頼り切りでいるのも、嫌だった。

《つらいやろけど、これが世界を救うってことなのかもしれへんね。
 いろんな犠牲を乗り越えて、それでもうちらは前へ進まなあかん……。
 気ぃ取り直して……っちゅうのんはすぐには無理かもしれへんけど、元気出していかなあかんよ。
 ちゅうことで、次の行き先。ヴィゾフニールも手に入ったし、予定通り聖都エーデルグーテへ行っておくれやす〜。
 ジョンさんのブラッドラストを解く必要はななったけど、教帝オデットとプネウマ聖教の協力は取り付けたいよってなぁ》

〈聖都エーデルグーテ、教帝オデット……やっと、ですか。
 彼女が不死者の扱いに、まこと長けていればいいのですが〉

フラウの呟き――切実な響き/真の主人の帰還を待ち侘びて。
遺灰の男=無言――闇色の眼光が僅かに揺れる/動揺の徴候。

教帝オデットは『永劫』を冠する不死者の王/聖属性魔法の達人。
死霊/悪霊に堕ちた霊魂を元に戻す事など――きっと造作もない。

つまり――聖都に着けば遺灰の男は消える事になる。
遺灰の男は、思った――そんな結末、願い下げだと。

「……明神さん」

明神の名を呼ぶ遺灰の声――スマホの操作を依頼する為だ。
フラウの召喚を解除すれば、少なくともこの場では口封じが叶う。
その後は――最悪、スマホごと置き去りにすれば秘密が暴かれる事はない。

《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》

だが――不意に、バロールの場違いな声が響く。

370embers ◆5WH73DXszU:2020/11/17(火) 00:44:11
【フラグメンタル・ライフ(Ⅴ)】

《ちょ、お師さん? 何ですのん?》
《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ! 
 君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》

「……なんだと?」

エーデルグーテは後回し――遺灰の男にとっては、願ってもない方針転換。

《ああッ、まったく! あいつめ、あれほどもう少し待ってくれってお願いしたのに!
 私は兄弟子だよ!? それが『元』であってもだ! 普通、もうちょっとこう……敬ってくれたっていいだろう!》

「……お前の尊厳なんてどうでもいい。それより――」

《お師さん、落ち着いとくれやす。そない言わはっても、うちらちんぷんかんぷんえ?
 エーデルグーテに行ってもらう手筈やったのに、突然風渡る始原の草原とか――…あっ!!》

「なあ。みのりさん、あんたまで一人合点してどうする」

《お師さん、まさか……!》

《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
 止めなければ……取り返しのつかないことになる!》

「……そっちで話がまとまってから、もう一度そのツラを見せるようにしてくれると非常に助かるんだが」

《失敬、取り乱してしまった。
 実は私とみのり君は来たるべきニヴルヘイムとの決戦のため、各国各勢力に同盟を持ちかけていてね。
 オデットに会いにエーデルグーテまで、というのもその一環だったんだが……。

要領を得なかった会話がようやく進む/次なる障害の名が明らかになる。
『覇道の』グランダイト――覇王を自称する十二階梯屈指の武闘派/過激派。

《十二階梯の継承者は一枚岩じゃない。アラミガといいオデットといい、中立を貫いている者もいる。
 グランダイトもそのひとりだ。彼は自分の欲望に忠実だからね……彼の望むものを与えれば、必ず手を貸してくれる。
 そう踏んでいたんだが……》

「お前、いい加減自分の目を疑うって事を覚えた方がいいと思うぜ。
 その魔法の得意な節穴が魔法以外で役に立った事ってあるのか?」

『シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
 グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
 その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?』

「……バロールの尻拭いをさせられるのは不満だが、それを除けば俺に異論はない。
 マル様もアラミガも、その実力は、ゲーム内のそれよりも遥かに洗練されていた。
 奴らを自由に動き回らせると、厄介だ。グランダイトはきっといい抑止力になる」

遺灰の発言=あくまでも合理的な判断に基づいて――内心、胸を撫で下ろす。

『……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
 みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
 レッツ・ブレーイブッ!!』

「……レッツ・ブレイブ」

拳を静かに掲げる/微かに呟く――エンバースならば確実に拒んでいた振る舞い。
遺灰の動機=オリジナルへの反抗心/己の人生を持たぬ故の稚拙で機械的な模倣。
試しに取ってみたその動作は――どうにも場違いに思えて、しっくり来なかった。

それが遺灰の男にはひどく孤独に感じられた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板