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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第六章

1 ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:10:47
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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2 ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:11:30
【キャラクターテンプレ】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【パートナーモンスター】

ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【使用デッキ】

合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。

カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。

3崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:16:13
黄金色に実った麦畑が、見渡す限り続いている。
アルフヘイム屈指の農業地域、穀倉都市デリントブルグの誇る広大な田園だ。
デリントブルグの産出する農作物はアルメリア王国内のみならず世界各地へと輸出され、人々の腹を満たしている。
肥沃な大地によって良質な食物を大量に収穫できるデリントブルグは、まさにアルフヘイムの胃袋と言っていい。
そんなデリントブルグ田園地帯のあぜ道を、ゴトゴトと車輪を軋ませながら幌馬車が通る。
アコライト外郭での戦いを終えたアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは、
ユメミマホロに別れを告げ、ジョンの『ブラッドラスト』の呪いを解くと同時にプネウマ聖教の協力を得るため、
一路万象樹ユグドラエアの麓に位置する聖都エーデルグーテを目指していた。
まずはエーデルグーテへと渡る紺碧湾都アズレシアへと至るため、橋梁都市アイアントラスへと向かわなければならない。

「はぁ〜……、のどかですなぁ〜」

幌馬車の御者台で手綱を握りながら、なゆたは大きく伸びをした。
アコライト外郭を出発してからというもの、天気は快晴、気温も快適。
景色はどこまでも続く牧歌的な田園風景と、とにかくのんびりした時間を過ごしている。
デリントブルグはゲームでも割と序盤に足を運ぶ場所のため、目立って警戒すべきモンスターも存在しない。
エーデルグーテを目指してはや四日ほどが経過したが、襲撃らしい襲撃も皆無である。
昼間はあぜ道に沿ってアイアントラスへの道を進み、陽が沈んだら野営する。
食糧や日用品は馬車に満載したし、各『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のスマホのインベントリにも入っている。
もう、ガンダラの試掘洞のように歯ブラシ味の缶詰肉を食べなくてもいいし、旅は快適そのものだ。
バロールによって地球から無理矢理アルフヘイムに召喚されて以来、
なゆたは初めてと言ってもいい平和を満喫していた。

《あはは、ピクニック気分やなぁなゆちゃん。
 うちもその景色には親近感覚えるわ〜。実家を思い出すってこういう感じやろか?
 ほやけど油断したらあかんえ? 平和に見えても、何が起こってるかわからへんよってなぁ》

「はぁ〜い」

みのりに通信で窘められ、なゆたは大きく振り上げていた腕を下ろした。
そして、前方の景色に注視する。――もっとも、変わり映えしない一面の麦畑で危険も何もあったものではない。

《ま、うちも周辺のことはモニターしとるさかい、心配あらへんとは思うけど……。
 エンバースはんやカザハちゃんもおるし、第一ここいらのモンスターならみんなの敵やないやろしねぇ。
 それより、問題は――》

そう。
物理的な脅威よりも、なゆたたちにはもっと逼迫した脅威がある。

ジョンだ。

結局ジョンはアコライト外郭で他のメンバーが準備を整えている間、ずっと地下牢に入っていた。
それから、夜な夜な壁に向かって叫んでいるジョンの姿が兵士たちに目撃されている。なゆたもそれを聞いた。
帝龍との戦いが終わった際の状況と同じだ。ジョンはずっと、見えない何かへと語りかけている。
恐らく――かつて彼が殺したのであろう相手と。

また、ジョンは地下牢の石壁を殴りつけるという行為も繰り返していた。おかげで牢の中はボロボロである。
誰の目から見ても、ジョンの精神状態が危機的状況だというのは疑いようがない。
その原因がブラッドラストにあるのだとしたら、早急に手を打たなければならない。
時間が経てば経つほどその症状は重篤になり、いずれ彼は死ぬだろう。
文字通り、この旅は時間との戦いだった。

単に強大なモンスターを倒せというクエストなら、比較的簡単だ。自分が強くなればいいだけなのだから。
しかし、今パーティーが戦っている相手はモンスターではなく――『時間』である。
こればかりは鍛錬ではどうにもならない。
ゲームの中のクエストならカウントダウンが表示されているかもしれないが、この世界は現実。親切な表示は何もない。
一年後か、それとも明日か……ジョンがいつ血の終焉を迎えてしまうのかは、誰にも分からないのだ。

――今は……とにかくジョンを刺激しないようにしなくっちゃ。

ブラッドラストは戦闘スキルだ。それを使わせないためには戦闘をしなければいい。
戦いを連想させることも極力避ける。ジョンにはこの旅の最中、常に心穏やかでいてもらわなければならない。
モンスターのエンカウント率が極端に低いのが幸いした。それに、みのりの言うとおりエンバースとカザハもいる。
カケルに乗って哨戒するカザハが敵をいち早く発見し、エンバースがそれを屠る。
それで今のところは上手く行っている。今後もこのままの体制を維持できればベストだろう。

4崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:19:08
カザハとカケルが索敵、エンバースは敵がいた場合の迎撃担当。
明神は幌馬車の荷台後方に座って背後を警戒し、ガーゴイルに跨ったガザーヴァがそれに続く。ジョンは馬車の中で待機。
パーティーは各々役目を持っているが、その中でなゆただけが浮いている。
一応、御者台に座って馬の手綱を持ち、幌馬車を操っているという建前だが――馬は御者がおらずとも勝手に進む。
道は一本しかないのだから、よほど緊急の事態が起こらない限りはなゆたが何かしなければならない状況にはならなかった。
が、だからと言ってこのまま田園風景をボーッと眺めていていい、ということではあるまい。

とすれば――

「あー、おしり痛い! わたし休憩ー! エンバース、ちょっとここ代わってもらっていい?
 カザハと一緒に前方警戒よろしく!」

「……ああ」

当然、農道はアスファルトで舗装されていたりはしない。なゆたはゴトゴト揺れる馬車に座り続ける苦痛を訴え、
馬車の横を歩いていたエンバースに頼むと、御者台から後方の幌の中へと入った。
薄暗い幌の中には食料や日用品、人数分の毛布などの旅に必要な荷物が置いてある。
そして、ジョンの姿も。

「ジョン、遊びに来たよ〜」

幌の入り口にかけられた垂れ布をめくって中に入ると、なゆたはジョンに声をかけた。
大きな荷台の前方と後方にある入り口には垂れ布がかけられ、外界と隔絶されている。
万一の襲撃の際、ジョンが余計なものを見ないための備えだ。

「ごめんね、こんなところに押し込めて。ジョンも外の空気を吸いたいと思うんだけど……もう少しだけ辛抱して。
 アイアントラスに到着して魔法機関車と合流すれば、こんなこともしなくてよくなると思うから……」

そう慰めるように言ってみるものの、正直な話それも定かではない。
確かにアイアントラスへ到着すれば今よりも境遇はマシになるだろうが、彼の症状が良くなるわけではない。
それどころか時間経過によって悪化している場合も想定される。そうなれば、今より厳重な拘束もする必要が出てくるだろう。

「ここ、座ってもいい?」

なゆたはジョンの隣を指さすと、許可を得る前からそこに座った。
横座りの楽な姿勢で、荷物に凭れてジョンを見る。

「もし、何かして欲しいことがあったら遠慮なく言ってね。外に出すことはできないけれど――
 それ以外のことなら、出来るだけ叶えるから!」

なゆたはぐっ、と拳を握ってガッツポーズをしてみせた。
とはいえ、馬車の中でできることなどタカが知れているだろう。

「……どうして、僕のことを見捨ててくれないんだろう。
 どうして、こんなに世話を焼くんだろう。いつ暴走するかもしれない僕のために……
 って。思ってる?」

揺れる馬車の中で、なゆたは不意に訊ねる。

「ジョンは言ったよね。アコライトで――
 旅に僕は必要ない、って。
 それは違うよ。わたしたちの旅にあなたは必要なのか、それとも必要じゃないのか。
 決めるのはあなたじゃない……わたしたちだよ」

人の価値というものは、自分自身で決めるものではない。
例え100人中99人が不要だと。いらないという判断をしたとしても、たったひとりが必要だと――そう言うのなら。
その人には価値がある。なゆたは父からそう教わっていたし、自身そう信じてもいた。
そして。なゆたはジョンのことを必要だと思っている。
なゆただけではない、明神も。カザハも、エンバースもそうだろう。だとしたら、悩む要素はどこにもない。

「それにね。ぶっちゃけちゃうと、わたしはジョンのためにこうしてる訳じゃないんだ。
 わたしは、わたしのためにジョンを助けようと思ってる。
 アコライトでエンバースが言ってた。マホたんはわたしたちを守るため、守備隊のみんなを守るため、命を懸けてもいい……。
 そう考える自分のため、自分の望みのために死んだって。
 わたしもそう。あなたを助けるため、出来る限りのことをしたい。全力を尽くしたい。
 そう考える自分のため、自分の望みのためにそうするんだよ」

ね。
そう言って、なゆたはにっこり笑った。

5崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:23:31
「……わたしね。お母さんがふたりいるんだ」

ほんの少しの静寂を挟んで、なゆたは静かに話し始めた。

「ひとりは、わたしを産んでくれたお母さんで……もうひとりは、わたしを育ててくれたお母さん。
 わたしは……どっちのお母さんも、とっても好きだった」

軽く幌馬車の天井を見上げ、なゆたは過去の思い出を手繰るように言葉を紡ぐ。
地球にあるなゆたの家に、現在母と呼べる存在はいない。
なゆたの生母はなゆたが小学校低学年のころに離婚し、家を出ていった。
多数の檀家を抱える寺の住職で、新興宗教の教祖ばりの弁舌を用い日々豪遊に明け暮れる浪費家の父と、
平凡な一般家庭で育った母の夫婦生活は上手くいかなかったらしい。
生母はなゆたが幼いうちに家を去ったため、なゆたは生母から母らしいことは何もしてもらえなかった。
父ひとり、子ひとりのさみしい家庭。母の愛を知らない娘。

そんななゆたに母親の愛情を教えてくれたのは、隣家に住む幼馴染――赤城真一の母親だった。
なゆたの父は寺の仕事が忙しく、母屋にいることがほとんどない。
いつもひとりぼっちのなゆたを不憫に思ったのか、真一の母親は頻繁になゆたを赤城家へ招き、
またそうでないときは自身が隣の崇月院家へ出向いては、なゆたに惜しみなく母親としての愛情を注いだ。
本来娘が母親から伝授されるであろうすべてのこと、掃除、洗濯、料理、家事全般――を、なゆたは真一の母親から教わった。
赤城家の好物であるハンバーグの作り方も、秘伝だとこの母親に教えてもらったのだ。
幼いころに自分を捨てていったものの、生みの母親とは今では時々外で会う程度には仲良くやっている。
しかし、なゆたにとって本当の意味での母親は、生みの母親ではなかった。

「一緒にいるときは、おばさんって呼んでたけど。
 心の中では、ずっとお母さんって呼んでた。
 お母さんはきれいで、優しくて、でも時々厳しくて、柔らかくて、とってもいいにおいがして……。
 一緒にいるだけで幸せだった。わたしの憧れだった。
 わたしは将来きっと真ちゃんと結婚して、お母さんは本当にわたしのお母さんになるんだ。
 誰に気兼ねもしないで、お母さんって呼べるんだって。ずっと楽しみにしてたんだ――」

だが。
なゆたのそんな願いは、叶うことなく終わった。

なゆたが中学二年生の時、真一の母親が病に倒れたのだ。
難病だった。今まで聞いたこともないような病名で、臨床サンプルにするのだと連日多数の医師が入院した母の病室を訪れた。
静かな闘病の時間は、母には与えられなかった。

「真ちゃんは不良になってて、おじさんには仕事があって。雪ちゃんはまだ小さくて――
 お母さんの看病ができるのは、わたしだけだった。
 わたしはできる限り時間を作って、お母さんのお見舞いに行ったよ。お医者様にお願いして、宿泊許可を貰って。
 病院からそのまま学校へ行ったこともある。
 大変だったけど……でも、それでよかった。少しでもお母さんと一緒にいたかった。看病したかった。
 その苦痛をほんのちょっぴりでも、取り除いてあげられたなら……そう、思ってた」

だが、医療技術も看護資格もない中学生が甲斐甲斐しく病人の世話を焼いたところで、何になるだろう?
母親はみるみるやつれていった。医師たちが試しにと使用した新薬の副作用で髪は抜け、肌は乾き、往時の美貌は永久に喪われた。
それでも安寧は訪れない。母へ死後の献体に関する署名を迫る医師を、なゆたは花瓶を振りかざして追い払った。

「お母さんね……わたしの前じゃ、絶対に苦しいとか。つらいとかって言わないんだよ。
 投薬の副作用で、のたうち回りたいくらい苦しいはずなのに。死にたいくらい痛いはずなのに。
 わたしの顔を見たら、決まってこう言うの……『なゆちゃんの顔を見たら、元気になっちゃった』って……。
 浅い呼吸のままでね……」

なゆたの懸命の看護も虚しく、母親は発症して一年と二ヶ月後に亡くなった。
献体を提供はしなかった。なゆたは実父に乞い、少々強引な手段で病院から遺体を引き上げると、実家の寺で荼毘に付した。

「お母さんが亡くなる二日前に、わたしを枕元に呼んでね。
 身体を起こすことさえつらいだろうに、わたしの頭を胸に抱いて、こう言ったんだ。
 『なゆた、わたしのかわいい娘』って。
 『あなたのお陰で、とっても幸せだった。これからも、その優しさをみんなに分けてあげてね』って――」

母にとっては、それは心よりの言葉だったのだろう。
今わの際に悔いを残さぬように。母として与えた愛情に倍する、与えられた娘としての愛情に対する感謝。
だが――

6崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:26:11
「でもね――わたしは言えなかったんだ。『お母さん』って――お母さんは、わたしのことを娘って言ってくれたのに。
 わたしにもお母さんって。そう言って欲しかったはずなのに。
 わたしは言えなかった……あんなにも、お母さんの本当の娘になることを望んでいたのに……」
 
ジョンに語るなゆたの声が、かすかに震える。
母親が最後に言った言葉、それは紛れもなく遺言だった。
なゆたはそれを認めたくなかった。だから、だからこそ、母親の無言の要求に応えられなかった。
そこで『お母さん』と言ってしまったら、遺言を認めたことになる。彼女が死ぬことを認めたことになってしまう。
母親と一緒にこの先の未来を生きることを、諦めることになってしまう――。

結局、なゆたが声に出して『お母さん』と言ったのは、母親の棺の前でだった。
母親の棺に縋りつき、なゆたはそこで真一や遺族が見ているのも構わずお母さんと何度も呼んでは号泣したのだ。

「今でも夢に見ることがあるよ……お母さんの夢。元気だったころ、一緒に料理を作ったお母さんの夢と……
 病院のベッドで横になったお母さんの夢、どっちも。
 姿は全然違うけど……でも、どちらのお母さんもわたしを見つめてる。
 そんな夢を見るのは。わたしがまだ、そのときのことを引きずっているから……なんだろうね」

視線を落とし、なゆたは呟くように言った。

「お母さんって呼ぶべきだったのか、それとも呼ばない方がよかったのか。
 あのときのわたしは、答えを出せなかった。今も出せない。
 でも――これからまた同じような状況になれば、ひょっとしたら。答えが出せるのかもしれない。
 だから、わたしはこれからも人を助ける。お母さんが望んだように。わたしが望むように。
 ……ジョン、わたしがあなたのことを見捨てないのは、そういう理由だよ。
 わたしはわたしのことしか考えてない。
 単なるエゴで、あなたを救って。気持ちをすっきりさせたいだけなんだ」

全然優しくなんてないでしょ? そう言って眉を下げ、困ったように笑う。
だが、それで軽蔑されるようなことになったとしても、それはそれで構わない。
人間は行動に理由を求める。とにかく助けたい、理由もなく救いたい、ではジョンも納得できないだろう。
なゆたはジョンに胸襟を開くことで、彼が守られる理由を明示した。
それを聞いたうえでジョンがなゆたのことをどう思うかは、彼次第ということだ。

「わたしの力で誰も彼も救おうなんて、そんな神さまみたいなことを考えるほど自惚れてはないけれど。
 でも、このまま困っている人たちを助けて。出来る限りの、救える限りの人たちを救っていければ。
 何かを見つけられる気がする、何かが分かる気がする……。
 それはまだ、どんなものかさえ分からない。見当もつかないんだけど。
 それでも絶対あるはずなんだ。
 わたしの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての戦いは、わたしの気持ちにケリをつける戦いでもあるの。
 付き合ってもらうわよ……ジョン。最後まで、わたしのこの戦いにね。
 ドロップアウトなんて、絶対許さないから!」

右手の人差し指でジョンを差し、それから茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる。
そして後ろ頭を掻きながら、照れ臭そうに笑う。

「なんか、わたしのことばっかりベラベラ喋っちゃってゴメン! 退屈だった?
 わたしそろそろ戻るね。休憩とか言ってぐうたらしてばっかりだと、エンバースに怒られちゃう。
 それじゃまたあとで!
 エンバース、お待たせー! 休憩終わり! 手綱代わるねー!」
 
軽く片手を振ると、なゆたは元気よく幌を出ていった。

7崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:30:19
「あーぁー、ひーまー! ひまひまひまひま、ひぃぃ〜〜〜〜まぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!」

パーティーの最後列でガーゴイルに跨っているガザーヴァが、辺り憚らず不平を漏らす。
アコライト外郭での復活劇からアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に加わったガザーヴァだが、
今はトレードマークの黒甲冑を纏わず、軽装のままで同行している。
出発当初は敵襲を警戒するのと、戦いに備えて――ということできちんと鎧を着こんでいたのだが、それも二日で飽きた。
尤も、仮にモンスターが現れたとしてもこの近辺のモンスターはガザーヴァなら指で捻れるレベルである。
ゲームの中でプレイヤーと激戦を繰り広げたレイド級ボスモンスター、ニヴルヘイム最高戦力の一角という肩書は伊達ではない。
ということで、戦いもなく警戒する必要さえないガザーヴァは退屈を持て余し、だらけきっていた。
そのため、とりあえず近くにいる明神に対し、

「ねー明神、なんか面白い話して」

とか、

「ちょっとそこら辺の畑に火ぃつけてみない? ヒュー! おもしろそー!」

とか、

「あっち向いてホイしようず。負けたら槍で刺されるかほっぺにちゅーするかの二択で」

とか、ひっきりなしに話しかけている。
元々落ち着きのない性格で、脈絡もなくついでに理性も常識も通用しない喋り方からプレイヤーをイライラさせるのに定評がある。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に味方することを決めたからと言って、ウザさが解消されるわけではない。
三つ子の魂百まで、である。
ガザーヴァはしばらく馬腹を無意味に蹴ってガーゴイルをイラッとさせたり、
鞍の上で逆立ちしてみたり、突然歌を歌ってみたり(妙に上手い)、暇つぶしをいろいろと試行錯誤していたが、

「そーいえば、お前アコライトでパパに十二階梯の継承者は仲間じゃないのかーって言ってたけど」

と、思い出したように口にした。

「ホントにそう思ってんの?
 お前、ゲームやってたんだよな? 地球でブレモンのプレイヤーだったんだろ?
 なのに、そんなことも分かんないのかよ?」

さらにガザーヴァは言い募る。

「あいつらはパパの仲間なんかじゃないぞ。
 連中が従うのは正義とか悪とか、アルフヘイムとかニヴルヘイムとか。そんなんじゃなくて――
 ただ、大賢者ローウェルの意志だけ……だからな。
 モーロクじじいの意に沿うならアルフヘイム側にもなるし、ニヴルヘイム側にもなる。
 じじいの集めた、じじいの忠実な駒。それが十二階梯の継承者ってこと。オーケイ?」

まー、そんなじじいにも従わないよーな出来損ないもいるけどさー。とガザーヴァは両手を頭の後ろで組んで言った。
ゲームの中では、十二階梯の継承者たちはプレイヤーの選択肢によって敵にも味方にもなる。
徹頭徹尾味方というスタンスを取るのは『虚構の』エカテリーナくらいのものだ。
実際、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはゲームの中でデリントブルグに侵攻した『覇道の』グランダイトと戦ったはずだし、
魔王バロールの護衛を務める『真理の』アラミガとも幾度となく矛を交えたはずである。
決して、十二階梯の継承者は協力者ばかりではない。
そして――

「これからは、敵はニヴルヘイムの連中ばっかりだと思わない方がいいと思うよー?
 黎明あたりはじじいの意図に反してるパパのこと殺したくて仕方ないだろーしー。
 アイツ、じじいにどっぷり心酔しちゃってるからさ。
 そんな黎明の息のかかった禁書とかが攻めて来たって全然おかしくないもんなー」

ガザーヴァは何でもないことのように、ひとつの重要な情報を零した。


『バロールは大賢者ローウェルの意図に反している』。


当初、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはバロールもローウェルも一貫して『侵食』に対抗するため動いていると思っていた。
しかし、ふたりの目的は異なっており、特にバロールは明確にローウェルの思惑とは違う行動を取っているという。
だが――そういうことであれば、キングヒルで初めてバロールに会った際に彼が言っていた言葉も辻褄が合う。

『え? そうなの? どこでそんな話を聞いたんだい? ご老人に会った……んじゃないよね?』
『聖灰たちには指示を出しているみたいだし、師は師で侵食に対していろいろ考えているんだと思うが――』

バロールはローウェルがどこにいるのか把握していなかったし、ローウェルが何をしているのかも確認していなかった。
当時は単なる連携の不備かと思っていたが、両者が反目あるいは敵対しているというのなら、分からないのは当然だ。

そう。

最初から、明神たちの認識はズレていたのである。

8崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:35:23
「えーっ? 知らなかったのかよ?」

ガザーヴァは意外そうに驚いた表情を浮かべた。

「パパがあのモーロクじじいの言うことなんて聞くかよ。トーゼン刃向かってるよ、刃向かうしかないじゃん。
 てーか、そもそもパパがじじいのくたばったショックで悪堕ちしたとか超ウソんこだし。
 あんなん、連中がパパを悪者に仕立て上げようとして都合よく捏造した大本営発表に決まってるだろ!」

ははーん! とガザーヴァは肩を竦めた。
それから、ちょうどいいヒマつぶしのネタを見つけたとばかりに熱っぽく話を続ける。
バロールは話したくなかったのか、まだ時期尚早と思っていたのか――のらりくらりと明神の追及をかわしたが、
おしゃべりで有名なガザーヴァにそんな忍耐を要求する行為ができるはずもなかった。
おまけにガザーヴァは誰よりもバロールの近くでその行動を見てきた、文字通りの生き証人である。

「お前ら、パパの目的も分かんないままパパの下で働いてたのか……。きゃはッ、まぁそれはそれでいっか!
 そんで? パパがローウェルと敵対してる事実が明るみになって、十二階梯が敵になるってのが分かったワケだけど。
 どーすんの? 今からでも行先変えて、じじいに仲間にして下さいって言いに行く?
 間違って魔王の傘下になっちゃってました、ゴメンなさーいって?」

くくッ、とガザーヴァは真紅の目をチェシャ猫のように細めて嗤う。
こういうときのガザーヴァは心底楽しそうだ。基本的に混乱を好む、根っからの『混沌・悪』属性である。
バロールは確かに酷薄な人物であるし、犠牲を厭わない非情なところがある。
人好きのする笑顔とフニャフニャした態度で誤魔化されがちだが、すでに多くの罪を犯している。
……しかし。

「パパが悪党だからって、ローウェルが善人だとは限らないよなー?」

そうだ。
物語の世界ならともかく、現実の世界では単純な勧善懲悪の構図は成り立たない。
アコライトで帝龍が十二階梯から助力を受けている旨の発言をしたこと。
敗北した帝龍のスマホがアルフヘイムに鹵獲されないよう、マリスエリスと思しき狙撃手によって破壊されたこと。
それらの状況から推察するに、十二階梯の何名かは確実に現在ニヴルヘイムに手を貸している。
一方でバロールに手を貸す十二階梯は存在しない。それは、ローウェルの意図がニヴルヘイム側にあることを意味している。
アルフヘイムに侵攻し、すべての破壊を目論むニヴルヘイムのどこに正義があるのだろう?
或いは、明神たちの想像さえできないマクロな観点から、何事かを推し進めようとしているのか――。

「じじいのやろうとしてることは知らんけど、パパのやりたいことなら分かるぞ。
 パパの目的は今も昔も変わらない……パパはこの世界を守りたいだけなんだ。
 このアルフヘイムと、ニヴルヘイムと、そして地球の三界。
 それがずっと続いていけばいいと思ってる。
 もっとも、パパにとって大切なのはこの『世界』、つまり器であって、その中身……ヒュームとかモンスターとかは、
 さして重要じゃないんだけどさ」

バロールは創世の魔眼を持つがゆえ、神にも等しい視座を有する。
だが、その視座には欠点も存在する――世界全てを見通せる代わり、あまりに小さなものに焦点を当てることができないのだ。
そのためバロールはひとつひとつの命を重視できない。『種族を構成する単位のひとつ』としか認識できない。
人間がシムシティやシムアースなどの環境ゲームをするときと同じだ。
それらのゲームにおいて人間の個々の人格などは反映されず、ただ総人口数がウインドウに表示されるだけであろう。
だからこそ、使えないと思った者を平然と切り捨てられる。
バロールはその視座でもって『一巡目』でもこの世界を救おうとした。
その最短の方法としてアルフヘイムに侵攻し――魔王と呼ばれ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に討伐され、死んだ。

だが、それで果たして世界は平和になっただろうか?
真一の垣間見た幻視では、バロール亡き後ニヴルヘイムを滅ぼしたアルフヘイムの民は地球へ侵攻している。
バロールが死亡することで、最悪の結末のフラグが立ったのだ。
そして、何者かが禁じられた魔法『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を発動し、すべてが巻き戻った。

「パパがこの二巡目でも死ねば、間違いなく一巡目と同じことが起きるだろーな。
 単に地球に攻め込む連中がアルフヘイムからニヴルヘイムに変わるだけさ。
 ローウェルの目的なんて知らないし、ぜんぜん興味もないけど、連中はどうしてもそれをやりたいみたいだ。
 パパをやっぱり悪者だった! って決めつける前に、連中の目論見を暴くのが先だと思うけどね。ボクはさぁー」 

そう言うと、ガザーヴァはさんざん喋り倒して満足したらしく、ガーゴイルに縛り付けたザックをまさぐってお菓子を食べ始めた。
単に所属をアルフヘイムに変更しただけで、一巡目としていることが全く変わらないバロール。
一方ニヴルヘイム陣営に手を貸し、地球侵攻に繋がる何事かを成し遂げようとしている大賢者ローウェル。

どちらが正しいとも、間違っているとも言い難い状況のまま、荷馬車はアイアントラスへ向けて進んでゆく。

9崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:38:14
「……なあ、フラウ。いい加減に機嫌を直したらどうだ」

馬車の右側を歩きながら、黒ずくめの焼死体がスマホの中のフラウに話しかける。
その声は小さく、他人には聴き取れない。

《お言葉ですが、機嫌は悪くありません。ただ自問自答しているだけです》

スマホの中からフラウが返す。無機質な、冷淡とも取れる声音だった。
アコライトでフラウはそれまでのパートナー、マスターであった男と離別した。
今、フラウに向かって話しかけている男は、マスターとそっくり同じ外見で、同じ記憶を有し、同じ感覚を有する――
しかし、マスターとは違う存在だった。
外見も中身も、何もかもが同一であれば、それは同じ人物ではないのか?
フラウはスマホの中でそれをずっと考え続け、そして――暫定的にひとつの結論を出した。
そうではない、と。

ユメミマホロがいい例だ。アコライト外郭の帝龍との戦いで、マホロは我が身を犠牲にして活路を開き、死んだ。
現在アコライト外郭にいるのは、死んだユメミマホロとまったく同じ記憶と外見を有する別人。二代目ユメミマホロだった。
それと同じことがエンバースの身にも起こった、ただそれだけだ。

「もう過ぎたことだ。不可逆的な事象を振り返ったとしても、それは感傷でしかない。違うか?」

《あなたに聞かせてやりたいものです。そのセリフ》

過去の未練、妄執、悔恨がすべてだった、かつてのエンバースに。
そんなフラウの皮肉を、今のエンバースは無機質に受け流す。

「……共感しろとは言わないさ。ただ、慣れろ」

《善処します。何年かかるか分かりませんが》

会話はそれで終わった。
そのまま、一行は大した障害もなく農道を進んでゆく。

《なゆちゃん、みんな、聞こえとる? この先、あと4kmくらいの場所に小さな村があるみたいやねぇ。
 今日はそこに泊まるのがええんちゃう? 長旅やからね、野営ばっかりじゃ疲れてまうやろし。
 体力は極力温存していかなあかんえ?》

「そうだね、そうしよう。わたしもお風呂に入りたいし……」

なゆたは小さく頷いた。
夕刻になり、太陽がゆっくりと遠くに見える山の向こうへ沈んでゆく。
茜色の夕映えが黄金色の麦穂を、まるで火のついたように真っ赤に染め上げている。
そう――

『火のついたように』。

「……ねぇ、なんか焦げ臭くない?」

くんくん、と鼻をひくつかせ、御者台のなゆたが怪訝な表情を浮かべる。
最初は夕照の赤さかと思っていたが、違う。実際に麦畑が燃えている。その証拠に遠くで黒煙が空へと立ち昇ってゆくのが見えた。
それは瞬く間にその量を増してゆき、やがて猛火となって周囲に燃え広がっていく。

「これは……!」

自然災害か、それとも野焼きの火が燃え移ったか。いずれにしても放っておける事態ではない。
ガザーヴァが慌てて両手を振る。

「ボ、ボクじゃないぞ!? ボクはやってないからな! 無罪! ノットギルティ!」

「消火しなくちゃ、早く! みんな、炎がこれ以上燃え広がらないように食い止めて!
 わたしに時間をちょうだい、ゴッドポヨリンで一気に消し止めるから!」

なゆたは素早く御者台から飛び降りると、スマホを取り出しスペルカードを切った。
水属性のレイド級モンスターであるG.O.D.スライムならば、大規模火災であっても消火することは充分可能だろう。
ただ、ゴッドポヨリン召喚には時間がかかる。パーティーはそのための時間稼ぎをしなければならない。

「これ以上焼けるのは御免蒙りたいな」

エンバースがスマホからフラウの触手を召喚し、燃える麦の穂を刈り取って延焼を防ぐ。
ガザーヴァも闇属性の魔法を駆使し、炎を闇に呑み込ませ鎮火を図る。
しかし。

「思ったよりも火勢が強い……!」

見渡す限りの麦畑に対し、火災に当たる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はたったの6人。
ゴッドポヨリンが召喚されない限り、燃え広がる速度の方がずっと早い。
そして――

10崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:41:27
チュンッ!

消火活動に当たるカザハの右頬を、突然飛来してきた何かが掠めた。
カザハの頬が薄く切れ、血が滲む。もし直撃したとしたら、きっと甚大なダメージを負っていたことだろう。
それは明らかに何者かによる攻撃だった。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを、さらに遠距離よりの飛来物が襲う。

「狙撃を受けてる……!」

なゆたの脳裏を、アコライト外郭の戦いの最後で帝龍のスマホを破壊した狙撃手の存在がよぎる。
『詩学の』マリスエリス――
大賢者ローウェルの高弟、十二階梯の継承者のひとり。
アルフヘイム最高戦力のひとりに数えられ、ゲームでは幾度となくプレイヤーを助けてくれた、魔弾の射手。
もしも彼女がバロールに味方するなゆたたちを敵と認識していたとしたら、襲撃を受けてもおかしくはない。

麦畑に放火し、炎と煙、熱でパーティーを包囲しながらの狙撃。
周囲の被害というものをまるで度外視した、非情な戦法だ。だがこの上なく有効である。
なゆたたちは火を放ってはおけない。自分たちだけ安全な場所に逃げるという手段を好まない。
何とかして炎を鎮めようとする。結果的にこの場に釘付けになることになり、襲撃者への対処もままならない。
襲撃者はなゆたたちの手の届かない場所から、悠々とパーティーを狙い撃ちにすればいいだけだ。

「く……、こんな、ところで……!」

麦畑の燃える猛烈な炎を前に、馬車を曳いている馬が怯え棹立ちになっていななく。
煙を吸い込まないように口許を押さえながら、なゆたは歯を食い縛った。
ゴッドポヨリン召喚までには、あと数ターンはかかる。
だが、このままではその前にみんな炎に巻かれて全滅するのは明らかだった。

――間に合わない――!

少し前までののどかな日常から一転、絶望的な状況に立たされる。
各人の奮闘も空しく、燎原の火は留まることなく燃え広がってゆく。事態を収拾する効果的な方策は存在しない。
なゆたは思わず空を仰いだ。

しかし、次の瞬間。

「スキル! 『急転直下の大瀑布(エンジェル・フォール)』!!」

どこかから、そう声が聞こえた。
そして、火災に抗う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの頭上に一体の巨大なモンスターが出現する。
光背を輝かせ、王冠と神の金環を頂き、三対の翼を持った巨大な黄金のスライム。

G.O.D.スライム――

『ゴオオオオオオオオオオオム!!!!』

G.O.D.スライムは純白の翼を一打ちさせると、その全身からスプリンクラーのように莫大な量の水を撒き始めた。
『急転直下の大瀑布(エンジェル・フォール)』。G.O.D.スライムの持つスキルのひとつである。
本来は水属性の全体攻撃だが、それを消火のために使用している。
その水量たるや、地球最大の滝であるエンジェル・フォールの名を冠するに相応しい。
あれほど燃え広がっていた炎は、ものの5分ほどですっかり消え失せてしまった。
麦畑の火災が鎮まると、何者かからの狙撃も止まった。
恐らく、火が消し止められ作戦が崩れたために攻撃を中断し撤退したのだろう。
マリスエリスは気のいいお姉ちゃんという物腰の反面、機を見るに敏な性格である。
少しでも仕事の成功確率が下がれば、強行はしない。撤退は正しい判断と言えるだろう――こちらにとっては甚だやり辛いが。
襲撃者は去った。
だが、謎がまだ残っている。

「……な……んて、こと……」

なゆたは愕然として目を見開いた。
頭上にいるのは、紛れもなくG.O.D.スライムである。
だが、『ポヨリンではない』。
ポヨリンはなゆたの足許でスペルカードによるバフを待っている最中だ。まだG.O.D.スライムには進化していない。
だとしたら――このG.O.D.スライムはいったい、どこから来たのだろう?

11崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:47:03
「危なかったわね。怪我はない?」

キラキラと光を纏いながら、一仕事を終えたG.O.D.スライムが消えてゆく。
麦畑の焼け跡に佇む『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の前に、そう言いながら現れたのは、三人の人影。
ひとりは長い栗色の髪をバレッタで纏め、ブラウンのスカートスーツに身を包んだ、30代前半くらいのキャリアウーマン風の女性。
もうひとりはウェーブのかかったアッシュブロンドの髪の、何やらやたらフリフリしたゴスロリ衣装を着た20歳前後の女性。
最後のひとりは黒髪をボブカットにした小柄でぽっちゃりした体格の、パーカーにジーンズという出で立ちの20代中盤程度の女性。
全員女性だ。しかも、明神たちの見慣れた格好――つまり地球の衣服を身に着けている。
ぽっちゃりした女性の足許に、王冠をかぶり緋色のマントを羽織った何やら偉そうなスライムがいる。
スライムヴァシレウス――膨大なスライム系統樹の上位に位置するモンスターで、
ヴァシレウス(君主)の名にふさわしく準レイド級の強さを持つスライムである。

考えるまでもなく、この三人はなゆたたちと同じ地球から来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だった。
恐らく先ほどのG.O.D.スライムも、このスライムヴァシレウスがコンボによって進化したものだったのだろう。

「自分たちがたまたま通りかかってよかったっスね。恩に着て欲しいっス」

「だよねだよねぇ〜☆ ウチらがいなかったら、今頃死んでたんじゃなぁ〜い? キャハッ☆」

長身のキャリアウーマンを中心にして、左右に控えるぽっちゃりとゴスロリが口々に言う。
なゆたは三人に向かってぺこりと頭を下げた。

「あ……はい……。その、危ないところを助けてくれてありがとうございます。えと、あなたたちは……」

「見てワカるっしょォ〜? ウチらも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! この世界の危機に召喚されたの☆」

「ま〜た活躍してしまったっス。向かうところ敵なしっスね、自分ら」

「やっぱり……!」

なゆたは思わず満面に気色を湛えた。
バロールはとにかく下手な鉄砲とばかりにアルフヘイム各地へ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
多くの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は死亡したが、中にはなゆたたちのように生き残っている者もいるのだ。
この三人はそういう『生き残り』のうちの三人なのだろう。
モンスターの跋扈する過酷な世界で生存している辺り、実力的にも申し分のないプレイヤーなのは間違いない。
そのうちの一人がなゆたと同じスライム使いだというのは、奇遇というしかないが。
だが――

なゆたと明神が驚愕するのは、これからだった。

「自己紹介がまだだったわね。私は悠木沙智(ゆうきさち)――ハンドルネームは『さっぴょん』よ。よろしくね」

三人のリーダーらしいキャリアウーマン風の女性が、凛とした佇まいで告げる。
外見の割にかわいいハンドルネームである。

「ウチは柳沢りゅくす☆ ハンネは『シェケナベイベ』! シクヨロ☆」

ゴスロリがきゃるんっ☆ とばかりに目許にピースサインを添えてポーズを取る。
外見通りにはっちゃけた性格らしい。

「そして自分が佐野喜奈子っス。ハンドルは『きなこもち大佐』。三人揃って――」

ぽっちゃりがニィ……と右の口角に不敵な笑みを浮かべる。
三人はポケットや懐からばばっ! とスマホを取り出すと、液晶画面をなゆたたちに向けて突き出した。
スマホのホーム画面、その待ち受けには、なにやらキラキラした感じのイケメンの画像が設定されている。
その相貌を見間違えることなどありえない。ブレモンのプレイヤーなら誰しもが知る、その人物は――



「「「マル様!! 親衛隊!!!」」」


三人は口を揃えてそう名乗った。

「マル様……親衛隊……!」

なゆたは再度驚愕して目を見開いた。

そして。

「おお……、これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 神の掌に等しく雄大なるこの大地に於いて、よもや再びかたがたと相まみえられようとは!
 これぞ砂海に一粒の砂金(いさがね)を見出すが如し! まさに不思議の業、神変霊異と申すしかありますまい!」

やたらと通るイケボと共に、三人の後ろから青年がひとり歩み出てくる。
腰まであるサラサラの長い白金色の髪、これぞイケメンとでも言うべき整った顔立ち。
動きやすく改造された白灰色のローブを纏い、手甲とブーツを装備し手にはバロールのものと同じトネリコの杖を持った美丈夫。

『聖灰の』マルグリット。


【ジョンに身の上話をする。ガザーヴァは明神と問答。
 襲撃者による狙撃と火災、マル様親衛隊登場。『聖灰の』マルグリットと再会】

12ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/29(日) 23:02:55
--------------------------------------------------

「ほんとうにどんっくさわねアンタ!」

地面に叩きつけられた僕を見下ろす少女が一人。

「そんな事いったってこんなのかてっこないよ〜」

「ジョン!女の子に投げられて悔しくないわけ?あんた本当に男?さっさと立ち上がりなさい!」

彼女は父と母の知り合いの一人娘で、武術で名を上げた家の一人娘。
彼女の才能は小学生の時点で大人を遥かに超え、倍の身長・体重の僕を軽々と投げ飛ばすほどだった。

「いたいのもうやだよ〜」

一方この頃内気で、日課以外の運動がそれほど好きじゃなかった僕。
体は成人男性の平均程大きいが、彼女以外の友達を作れず、体ばっかり大きくて小心者・・・それがこの頃の僕
痛い事なんかキライだったし、戦うという行為なんて論外だ。

「はあ〜あ・・・私もあんたくらい体がおっきかったらな〜」

「僕も君ほど才能があったらすこしはこの内気な性格もなおるのかな・・・」

彼女は常にトップにいたが、体の成長と共にそう遠くない内に身体的な差で抜かれる事を予見していた。

「うるさい!あんたが才能に目覚めたら私の練習台にならないでしょ!」

「や〜め〜て〜よ〜!!!」

何度も畳に叩き付けられ!痛くはないが小さい女の子に一切の抵抗ができず投げられているという
精神的ダメージが限界に達しそうなそのとき・・・!颯爽と救世主が!

「ワヒューン」

「・・・?犬?」

ぐったりしている僕の目の前に変な泣き声の犬が現れる。

「あ!こら部長!ここには入っちゃいけないっていったでしょ!」

「・・・ヘッ」

主人に怒られているのにこのふてぶてしい態度・・・。

「っていうか部長って名前?えーと・・・このダックスフンドの・・・」

「コーギー!この子の種類はコーギー!見た目からして全然違うでしょ!?どうやったら間違えるわけ!?
 そしてこの子の名前は部長って名前!こいつすっごく偉そうでしょ?だから部長!」
「ワヒューン」

世の中の部長は偉そうにしているという偏見オブ偏見、そして致命的なネーミングセンス。

「いやこれネーミングセンスないなんてレベルじゃ・・・」

「へえ・・・?まだそんな生意気な事言えるほど余力あるんだ?じゃ休もうと思ったけどもうちょっと付き合ってもらおうかしら?」

「や〜め〜て〜〜〜!!!!」

「うるさい!その腐った根性叩きなおしてやるわ!」

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13ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/29(日) 23:03:15

「それで君に何回も投げられて・・・同情した部長に止められてさ・・・
 お前には才能も足りなければ度胸もない!あたしを超える才能と度胸を身につけなさいって!できればアンタは---」

僕は目の前にいる彼女の成れの果てに向かってずっと話しかけていた。
当初は目の前にいるという事に動揺し、錯乱していたが・・・今はもう馴れてしまった。
最初こそ喋っていたがそれからというもの、一切喋らずしかし僕の視界から外れずを貫いている。

>「ジョン、遊びに来たよ〜」

皆頻繁に様子を見に来てくれる。
その優しい心が僕を冷静にしてくれる・・・でもそれと同時に僕にその優しさが重くのしかかる。

>「ごめんね、こんなところに押し込めて。ジョンも外の空気を吸いたいと思うんだけど……もう少しだけ辛抱して。
 アイアントラスに到着して魔法機関車と合流すれば、こんなこともしなくてよくなると思うから……」

優しさは人を救う光になりえる・・・だが

>「もし、何かして欲しいことがあったら遠慮なく言ってね。外に出すことはできないけれど――
 それ以外のことなら、出来るだけ叶えるから!」

罰を求める人間には・・・これほど苦痛な物はないだろう。
なゆが優しさを僕にくれるたび、僕の淀んでいる心をほんのすこしだけ綺麗にしてくれる。

でも少しだけだ。
綺麗になったより倍の淀みになって僕の心を締め付ける。
許してなんてほしくない、ただお前なんていらないと、お前なんて居なければいいと言ってほしかった。

>「……どうして、僕のことを見捨ててくれないんだろう。
 どうして、こんなに世話を焼くんだろう。いつ暴走するかもしれない僕のために……
 って。思ってる?」

なゆが優しい言葉を言うたびに僕の心が綺麗にそして壊れていく。
優しい言葉に異を唱えることすらできずに・・・

>「ジョンは言ったよね。アコライトで――
 旅に僕は必要ない、って。
 それは違うよ。わたしたちの旅にあなたは必要なのか、それとも必要じゃないのか。
 決めるのはあなたじゃない……わたしたちだよ」

優しさは、時にどんな凶器よりも鋭いという。

>「それにね。ぶっちゃけちゃうと、わたしはジョンのためにこうしてる訳じゃないんだ。
 わたしは、わたしのためにジョンを助けようと思ってる。
 アコライトでエンバースが言ってた。マホたんはわたしたちを守るため、守備隊のみんなを守るため、命を懸けてもいい……。
 そう考える自分のため、自分の望みのために死んだって。
 わたしもそう。あなたを助けるため、出来る限りのことをしたい。全力を尽くしたい。
 そう考える自分のため、自分の望みのためにそうするんだよ」

時に、どれだけの現実よりも酷で、地獄より激しい痛みに苛まれると。

14ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/29(日) 23:03:30
>「……わたしね。お母さんがふたりいるんだ」
>「ひとりは、わたしを産んでくれたお母さんで……もうひとりは、わたしを育ててくれたお母さん。
 わたしは……どっちのお母さんも、とっても好きだった」

「・・・とても素晴らしい人だったんだろうね」

>「一緒にいるときは、おばさんって呼んでたけど。
 心の中では、ずっとお母さんって呼んでた。
 お母さんはきれいで、優しくて、でも時々厳しくて、柔らかくて、とってもいいにおいがして……。
 一緒にいるだけで幸せだった。わたしの憧れだった。
 わたしは将来きっと真ちゃんと結婚して、お母さんは本当にわたしのお母さんになるんだ。
 誰に気兼ねもしないで、お母さんって呼べるんだって。ずっと楽しみにしてたんだ――」

>「真ちゃんは不良になってて、おじさんには仕事があって。雪ちゃんはまだ小さくて――
 お母さんの看病ができるのは、わたしだけだった。
 わたしはできる限り時間を作って、お母さんのお見舞いに行ったよ。お医者様にお願いして、宿泊許可を貰って。
 病院からそのまま学校へ行ったこともある。
 大変だったけど……でも、それでよかった。少しでもお母さんと一緒にいたかった。看病したかった。
 その苦痛をほんのちょっぴりでも、取り除いてあげられたなら……そう、思ってた」

>「お母さんね……わたしの前じゃ、絶対に苦しいとか。つらいとかって言わないんだよ。
 投薬の副作用で、のたうち回りたいくらい苦しいはずなのに。死にたいくらい痛いはずなのに。
 わたしの顔を見たら、決まってこう言うの……『なゆちゃんの顔を見たら、元気になっちゃった』って……。
 浅い呼吸のままでね……」


なゆは辛そうにその当時の事を語る。
その顔を見ればわかる・・・その人がいかになゆに救われたのか。
優しさがない人間にはこんな顔はできないだろうから・・・。

>「でもね――わたしは言えなかったんだ。『お母さん』って――お母さんは、わたしのことを娘って言ってくれたのに。
 わたしにもお母さんって。そう言って欲しかったはずなのに。
 わたしは言えなかった……あんなにも、お母さんの本当の娘になることを望んでいたのに……」

>「お母さんって呼ぶべきだったのか、それとも呼ばない方がよかったのか。
 あのときのわたしは、答えを出せなかった。今も出せない。
 でも――これからまた同じような状況になれば、ひょっとしたら。答えが出せるのかもしれない。
 だから、わたしはこれからも人を助ける。お母さんが望んだように。わたしが望むように。
 ……ジョン、わたしがあなたのことを見捨てないのは、そういう理由だよ。
 わたしはわたしのことしか考えてない。
 単なるエゴで、あなたを救って。気持ちをすっきりさせたいだけなんだ」

だからといって悪人まで助ける必要はないだろう。
僕みたいな悪人を・・・。

15ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/29(日) 23:03:48
>「わたしの力で誰も彼も救おうなんて、そんな神さまみたいなことを考えるほど自惚れてはないけれど。
 でも、このまま困っている人たちを助けて。出来る限りの、救える限りの人たちを救っていければ。
 何かを見つけられる気がする、何かが分かる気がする……。
 それはまだ、どんなものかさえ分からない。見当もつかないんだけど。
 それでも絶対あるはずなんだ。
 わたしの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての戦いは、わたしの気持ちにケリをつける戦いでもあるの。
 付き合ってもらうわよ……ジョン。最後まで、わたしのこの戦いにね。
 ドロップアウトなんて、絶対許さないから!」

>「なんか、わたしのことばっかりベラベラ喋っちゃってゴメン! 退屈だった?
 わたしそろそろ戻るね。休憩とか言ってぐうたらしてばっかりだと、エンバースに怒られちゃう。

「まってくれ」

立ち去ろうとするなゆを引き止める。

「僕に・・・こんな事言う資格はないが・・・」

「親が子の為命を捧げる事はあっても、子が親の為に命を捧げる道理なし・・・だ」

「君がその人の事を本当に母親と思っているなら・・・縛られるな。
 その人だってなゆを悩ませる為に、縛るために言ったんじゃないと思う
 完全に忘れろといってるわけじゃない、だがそれに悩み、縛られ続けて危ないことする必要はない」

「親は子を命掛けで守る義務があるし・・・子供には親に心配させない義務がある」

一つの考えに縛られる程危険なものはない、それも母親同然の人に関してなら尚更だ。
言葉は人を強くする無限の可能性を秘めている。だが同時に強烈な呪いになる事を僕はしっていた。

「・・・すまない・・・出すぎたことを言った・・・所詮人殺しの言葉だ・・・聞き流してくれ」

軽く片手を振ると、なゆたは出て行った。

なにやってるんだ俺は・・・明かりがついた場所にいるなゆと
道を踏み外し、戻れないとわかっているのにそれでも元の道に帰ろうとする愚か者の僕。

絶対相容れない存在のなゆに・・・僕が偉そうに・・・。

正直にいえばいつでもこの場から逃げ出すことはできる。
バロールのかけた封印も半分解けているし、なんなら自力で全部解除できるだろう。

僕が今それをしない理由は・・・彼女だ。視界の端に必ず存在し、僕が逃げ出そうとするとそれを阻止しようとする。
かといって最初のようになにかを話すわけでもなくただ視界の中を移動したり、ただじっとしていたり。

「わかるだろう?なゆの明るさを、彼女のような子の近くに僕みたいな危険物はいらないんだ
 だから僕を解放してくれ・・・頼むよ・・・」

彼女は実態のない僕がみている幻覚だ。
だから彼女を無視するのはこの場所を静かに抜け出すより遥かに簡単だ。

でも僕にはそれをする度胸は・・・ない。
彼女をもう一度・・・どうにかするなんて事は・・・。

16ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/29(日) 23:04:08
少し時間が立った後、異変が置き始める。

「・・・焦げ臭い?」

なにかが燃えている臭いがするが、少なくとも中にあるものが燃えているわけではないようだ。

「なゆ!おーい!なにかあったのか!?なゆ!」

>「狙撃を受けてる……!」

「なっ・・・!?」

外の景色を直接みていないのでわからないが・・・狙撃されているという事を見晴らしがいい場所。
そしてこげた臭い・・・周りに燃えやすいなにかがある状況。

狙われるべくして狙われた状況という事か・・・。

「なゆ達より僕のほうがスナイパー処理に慣れている!僕がでる!許可をくれ!」

当然なゆ達からの許可の返答はない。
内心舌打ちをする。僕なら弾丸ではなく矢なら撃ち落しながら前進できる自信がある。
完全に接近することはできずとも、体勢を立て直せる時間くらいは稼げるだろう。

くそ・・・許可なんて必要ない・・・!いくしかない!

>「……な……んて、こと……」

飛び出した僕が・・・見たのは・・・巨大なスライム。

「これは・・・ポヨリンじゃない・・・?」

しかし周辺の火を鎮火している様子を見るに敵ではないだろうが・・・。

>「自分たちがたまたま通りかかってよかったっスね。恩に着て欲しいっス」

>「だよねだよねぇ〜☆ ウチらがいなかったら、今頃死んでたんじゃなぁ〜い? キャハッ☆」

なんだがとってもうざい・・・もといとっても個性的な女性3人組が現れた。

顔の確認だけしたジョンは中に戻り様子を伺う。

>「自己紹介がまだだったわね。私は悠木沙智(ゆうきさち)――ハンドルネームは『さっぴょん』よ。よろしくね」
>「ウチは柳沢りゅくす☆ ハンネは『シェケナベイベ』! シクヨロ☆」
>「そして自分が佐野喜奈子っス。ハンドルは『きなこもち大佐』。三人揃って――」
>「「「マル様!! 親衛隊!!!」」」

やっぱりとってもうざい・・・もとい非常に個性的な彼女達が自己紹介をする。

とってもうざい・・・いや能天気な・・・いやノータリンなこいつらが今までこの世界で生きてこれたのか・・・。
女性は男性よりも生存率は高いとは思う。理由はちょっとゲスだが男性より用途が多いから。
しかし、ノータリンな・・・少しオツムが足りないこいつらが上手く世間を渡っていけるとは思えないし・・・いや
あえてやばい奴を演じて身を守っている説もあるか・・・?。
たしかにアコライトの兵士もふざけていたけど根はマジメだったし・・・。

ジョンがどこまで信用していいのか悩んでいるその時。

>「おお……、これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 神の掌に等しく雄大なるこの大地に於いて、よもや再びかたがたと相まみえられようとは!
 これぞ砂海に一粒の砂金(いさがね)を見出すが如し! まさに不思議の業、神変霊異と申すしかありますまい!」

やっぱりこいつらを信用するのはやめようと決心するのだった。

17ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/29(日) 23:04:26

「変な奴を信仰する変な奴ってそれはもう変な奴でいいのでは?」

と思わず周辺の身内に聞こえてしまうほどの大きな音量で零れてしまうほど。
ジョンにとってとってもうざい4人組はどうでもよかった。
どうでもいいというか係わり合いになりたくないタイプだった。

ちょっと混乱してしまったが・・・敵であればすぐ制圧する必要があるし、味方であるというなら適当に同調しておく。

「なあ!なゆ!煙が充満して結構辛いんだ!一回外にでてもいいか?」

見たところ3人+一人は対術に関しては素人であるようだし、なにかあったら直ぐ制圧するためにも近づく事にする。

「ゲホッゲホッ」

わざとらしい演技をしながら外にでる。

「失礼しました・・・僕の名前はジョンアデル・・・気軽にジョンとお呼びください
 こちらは相棒の部長です。ちょっとふてぶてしい奴ですがかわいい子ですよ、ふかふかです」

営業モード全開で女性陣に近づいていく。
たとえ嫌いな人間であろうと愛想よく立ち回る
友達がいない期間がながかった僕が身に着けた表面上だけでも仲良くするテクニック。

嫌いな奴に嫌いだ。というのは簡単だ・・・だがそれではそれ以上利益も、情報も手に入らない。
情報やコネは武器になる・・・特に日本という国や・・・この世界では・・・。

マホロの時はついカッとなって対立してしまった・・・。
それを反省し、今回は最初から営業モード100%でいく作戦だ。

今こそバロールにもらった最強の兵器を出すときがきた・・・!
バロールをも唸らせた・・最強の兵器・・・それは・・・!

「お嬢様方、お近づきの印にこれをどうぞ。王都で話題のケショーヒンセットです。
 僕達のしっている化粧品とはちょっと違う物ですが・・・効果は間違いないですよ!あのバロールもみとめた品です」

実際はバロールはケショーヒンを伝手で調達してくれただけで認めた事などないがそんな事は関係ない。
だが知っている有名人が認めたと聞けばそれだけでなんかいい品感がでる。

完璧だ!そうジョンは思っていた・・・しかし!
ジョンは長いアイドル生活で基本的な事が抜けていた!
親しくない人間からのプレゼントは割とガチで重いということを!

しかもそれが軽い物ではなく高そうな瓶に入っているようなケショーヒン(化粧品)セットなどという
ちょっとお高めな物は人によっては普通に嫌がられる事なのだと!

「?どうしたんだみんな?」

たとえ周囲からこいつまじかよ・・・という視線を送られてもまったく理解できないのである!
なぜなら基本的な事をわかっていないから!プレゼントすれば泣いて喜ぶが基本のアイドル生活基準なジョンには!

「ニャー・・・」

「?」

【ジョン・適当な理由をつけて外に
 営業(アイドル)モードフルパワー
 

 もし敵だった場合直ぐに始末できるように4人に接近】

18カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/01(水) 00:08:19
「ジョン君、なんか久しぶりだね」

カザハは出発して最初の野営の見張り(ジョン君の見張りを兼ねている)の時、ジョン君に話しかけた。
ジョン君は出発までずっと地下牢に入っており、幻覚に苛まれていたらしい。
なのでこうしてゆっくり話すのは祝勝会の時以来となる。

「観念して大人しく連れてってもらった方がいいと思うよ。
ゲーマーの矜持だか何だか知らないけど超お人好し頑固者が3人も揃ってるんだもの。
逃げ出したところで地の果てまで追われる羽目になりそう」

カザハはそう言って苦笑する。

「ボクは違うよ? 今までなんとなくいい奴っぽく見えてたとしたら前の飼い主の意思を投影してただけだ。
もともとこっちの世界のモンスターだったんだ。我に返ってすぐ脱走しようと思った。
異邦の魔物使いなんてやってられるか!ってね。でも……出来なかった。何故なら――」

解放《リリース》をタップして私を解放する操作をして見せる。

「スマホが呪われてるんだもん! ほら見て! 出来ないでしょ!?」

【いつもうちのバカ達がお世話になっております】

「呪いは黙ってて! つーかお前誰だよ!?」

また怪文書が出てきた。誰なんでしょうね、本当に!

「そんなわけで……少なくともエーデルグーテまでは一緒に行くよ。
あの3人に乗せられてだとしても最終的にはボクのことを助けてくれたでしょ?
だから今度はボクが乗せられてみるのも悪くないかなって」

見張りが終わると、私はカザハに抱き枕にされた。

《まだ脱走するつもりなんですか?》

「分かんない……」

19カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/01(水) 00:10:12
===================================

>「おるんかーーーーーい!!!」

「明神さん、どうしたの……あ゛あ゛ぁあああああああああああああああ!!」

いきなりずっこけながら登場した明神さんに、努めて平静を装って反応しようとするカザハだったが、
その手に置き手紙が握られていることに気付くとローマ字入力では表現できない奇声をあげた。

「カケル、食べて食べて今すぐ食べて!」

あろうことか投げつけられた手紙を私に食わせて証拠隠滅しようとしてきたので断固拒否した。
カザハがブツを処分し忘れているのに気付かなかった私もうかつだったけど!

《白ヤギさんじゃないですよ!? モンスター虐待反対!》

>「いいか、この先絶対に、こんな書き置き一つで消えるんじゃねえぞ。
 お前が飽きようが嫌になろうが知ったこっちゃねえ。
 俺の伝説を歴史に刻むのは、お前だ。ガザ公がそうであるように、お前の代わりなんかどこにも居ねえんだ」

「…………」

カザハは言われた言葉の意味を噛みしめるかのように明神さんを見つめ返した。
無言の数秒間が流れ、一陣の風が吹き抜けていく。そして――

「ずきゅーん!」

謎の効果音を口で言いながら胸に手を当てて大袈裟な動作で膝から崩れ落ち、そのまま正座した。
一瞬情緒ありげな雰囲気だったのに何その意味不明なリアクション! 急所を撃ち抜かれたんですか? クリティカルヒットですか!?

>「あとなぁ、前からお前には言いたいことがあったんだよ。
 昨日なんやかんやで結局言いそびれちまったから今言うぞ、謹聴しとけ」

カザハは正座したまま有難いお言葉を拝聴する。

>「……おかえり、カザハ君」

「た、ただいま……!」

===================================

20カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/01(水) 00:12:59
「おかえりってどういう意味だったんだろう……」

(どこまで察してるんでしょうね……)

もちろん単純に向こう側に行きかけて帰ってきた、という意味かもしれないが、それ以上のことを直観的に理解しているのかもしれない。
ガザーヴァが体を自由に動かせなかったのと同様に、カザハは何も自分の意思で考えることを許されなかった。
それがガザーヴァの精神干渉に対する唯一にして最強の防衛策だったからだ。
何かを考えようものならすぐに隙を突かれて乗っ取られていただろう。
カザハは胸のあたりを押さえて大真面目に言った。

「この辺が変な感じだ……。どうしよう、心筋梗塞で死ぬかもしれない……!」

(そこまで歳じゃないですよね!? いや、こっちの世界ではガチで年寄りだったか! ……じゃなくて!)

大変だ、別の意味で致命傷かもしれない!
あれ本当にクリティカルヒットしてたんですか!? ふざけてるようにしか見えませんでしたよ!?

「じゃなかったら何?」

(いや、なんでもないと思います!)

こんな感じで旅は何日か続いた。

「あぁ……逃げたい……」

アコライトを出発してから何度目かの逃げたいである。

「静かにしたら息出来なくて死ぬの? マグロなの!?
しかもなんでグラフィックが全身鎧か怪しからんヘソ出しファッションの両極端の二択なの!? 風紀が乱れるでしょ!」

《ヘソ出しはNGで絶対領域はOKなんだ……》

カザハはガザーヴァの騒々しさが耐えられないらしい。
私達は幸いにも哨戒担当だから行軍中は直接は騒がしさの被害に遭わなくて済むのが救いだ。
1巡目で何回も会ってたからああいうキャラなのは知ってたけどまさか素で常にあの調子とは思いませんでした。
敵だった時は全くの演技ではないにしてもちょっとテンション上げてキャラを大袈裟に演出ぐらいはしてると思ったけど甘かった。
でも、狂暴性はともかく落ち着きの無さという点では昔のカザハも似たようなもんだった気がする。
元飼い主に「ちょっとは静かにしんさい!」ってよく叱られてたっけ。
昔の自分を見ているようでいたたまれない説かなり信憑性あるけど言ったら怒られそうだから黙っておこう。

21カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/01(水) 00:15:21
「あー、あー、マイクテストマイクテスト。エンバースさん、聞こえるー?」

糸電話のようなことが出来る風属性のスキル《ウィンドボイス》で戦闘班と音声を繋ぎ、ジョン君が敵襲の気配を察する前に敵を排除する体勢を作っている。
モンスターとのエンカウント率は極端に低く、弱いモンスターにたまに遭遇する程度だ。
そしていつの間にか夕方になり、この日の行軍も何事もなく終わると思われた。

「ああ、夕日が綺麗だなー」

>「……ねぇ、なんか焦げ臭くない?」

「……って燃えてんじゃん! 誰だタバコをポイ捨てしたのは!」

>「消火しなくちゃ、早く! みんな、炎がこれ以上燃え広がらないように食い止めて!
 わたしに時間をちょうだい、ゴッドポヨリンで一気に消し止めるから!」

「カケル、《カマイタチ》!」

風属性の私達はどっちかというと炎を燃え広がらせる方は得意だが、その逆となると地味に草を刈るぐらいしか出来ることはない。
ゴッドポヨリンさんなら消し止められるかもしれないが、召喚までに時間がかかるのが難点だ。
と、目にも止まらぬ閃光が一瞬だけ至近距離を通り過ぎていったような気がした。

「……ん?」

カザハは右頬に手を当てて、その手をまじまじと見た。

「ぎゃあああああああああああああ!? 血が出てるぅうううううううううう!
一歩間違えたら死んでるじゃん! もう嫌だぁああああああああああああ!!」

>「狙撃を受けてる……!」

「みんな麦の中に隠れて! 全員でゴッドポヨリンさん召喚の援護をするんだ!」

私達はなゆたちゃんの横に降り立ち、カザハは地面に降りて伏せた。
延焼範囲は広く、地味に消火活動をしたところで焼石に水だろう。
一刻も早くゴッドポヨリンさんを召喚する方に注力した方がいいかもしれない。
カザハがなゆたちゃんに【ヘイスト】をかけようとしたときだった。

>「スキル! 『急転直下の大瀑布(エンジェル・フォール)』!!」

G.O.D.スライムが現れ、大量の水を撒き始めた。

「あれ? ゴッドポヨリンさん意外と早かった……?」

が、どうやらポヨリンさんではないようで。

22カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/01(水) 00:16:22
「え、じゃああのスライムは誰……?」

>「危なかったわね。怪我はない?」
>「自分たちがたまたま通りかかってよかったっスね。恩に着て欲しいっス」
>「だよねだよねぇ〜☆ ウチらがいなかったら、今頃死んでたんじゃなぁ〜い? キャハッ☆」

全体的にテンション高めな三人娘が登場。
リーダーっぽいセンターを左右が固めるそのスタイル、水戸黄門と助さん角さんですか!?
なゆたちゃんが若干引き気味にお礼を言う。

>「あ……はい……。その、危ないところを助けてくれてありがとうございます。えと、あなたたちは……」

>「見てワカるっしょォ〜? ウチらも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! この世界の危機に召喚されたの☆」
>「ま〜た活躍してしまったっス。向かうところ敵なしっスね、自分ら」
>「自己紹介がまだだったわね。私は悠木沙智(ゆうきさち)――ハンドルネームは『さっぴょん』よ。よろしくね」

あ、さちだからさっぴょんなのね。

>「ウチは柳沢りゅくす☆ ハンネは『シェケナベイベ』! シクヨロ☆」

ハンネはともかくりゅくすって本名なんですかね……? いわゆるキラキラネームというやつなんでしょうか。

>「そして自分が佐野喜奈子っス。ハンドルは『きなこもち大佐』。三人揃って――」

なるほど、きなこだからきなこもち大佐……待って、なんか嫌な予感がしてきた。

>「「「マル様!! 親衛隊!!!」」」

>「おお……、これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 神の掌に等しく雄大なるこの大地に於いて、よもや再びかたがたと相まみえられようとは!
 これぞ砂海に一粒の砂金(いさがね)を見出すが如し! まさに不思議の業、神変霊異と申すしかありますまい!」

「マル様親衛隊がリアルにマル様の親衛隊してるだと……!?」

>「失礼しました・・・僕の名前はジョンアデル・・・気軽にジョンとお呼びください
 こちらは相棒の部長です。ちょっとふてぶてしい奴ですがかわいい子ですよ、ふかふかです」

ジョン君が部長さんを駆使して営業活動を始めた。部長さんは女子受け抜群のはずだ。

23カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/01(水) 00:17:30
「デリントブルグに寄ろうと思ってたんだけどいきなり火事に巻き込まれて……。助かったよ。
君たちはどこに行くの? もしかして聖地巡礼? ボク達この前アコライト防衛戦に勝ってきたんだ。
今も超頼りになるブレイブが守ってくれてるから君達の聖地はしばらく安泰だと思うよ」

1巡目で味方だった者も、今回も味方とは限らない。
このタイミングで助けに現れたということは、少なくともマリスエリスと繋がっていることはなさそうだが……。
マルグリットが今どの勢力に属しているか等の情報を聞き出せたらいいのだが、マル様親衛隊は悪名高い過激派集団でもある。
マル様本人と話したら怒られそうだし、明神さんのプレイヤーネームがバレでもしたら乱闘騒ぎ待った無しだろう。
カザハはきなこもちさんの足元にいるポヨリンさんより大分偉そうなスライム(スライムヴァシレウス)をまじまじと見る。
スライム使いのきなこもちさんにターゲットを定めたようだ。

「立派なスライムだね……!
ボクらのクラスじゃなくてパーティーのリーダーは元祖ゴッドスライム提唱者のモンデンキント先生なんだ!
折角だから一緒に記念撮影とかどうかな?」

モンデンキント先生の威光でまずはスライム使いから陥落させる作戦ですかね!?

>「お嬢様方、お近づきの印にこれをどうぞ。王都で話題のケショーヒンセットです。
 僕達のしっている化粧品とはちょっと違う物ですが・・・効果は間違いないですよ!あのバロールもみとめた品です」

ジョン君がいきなり文字通りの営業を始め、暫し微妙な沈黙が流れた。
これ絶対試供品をたくさんあげておいてから最後に高額な商品を買わせる手口だ……。

>「?どうしたんだみんな?」
>「ニャー・・・」

「ガンダラの酒場のマスターにでもあげたら喜ばれるんじゃないかな?」

そう言ってケショーヒンの話題を終了させようとしたカザハだったが、気付かなくていい事に気付いてしまった。

「……待って。それってもしかしてガチで魔法のアイテムだったり? ちょっと面白そう!」

適当にセットの中の一つを取ってインベントリの中に入れてしまった。

「効果を実演してみるから見ててね! ケショーヒン使用、対象ジョン君と明神さんとエンバースさん!」

《何故に男性陣を対象にする!?》

なんか魔法っぽい謎エフェクトが発動しちゃってるし……! どうなっても知りませんよ!?
エンバースさんに至ってはこれこそまさにエンバーミングってか。誰が上手い事言えと。

24明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:09:36
ガタゴトガタゴト揺れる馬車。
真新しい轍と、一面に広がる銀世界ならぬ金世界は、もう何日も代わり映えしない。
幌に背中を預けながら、俺は本日何度目かの大あくびをした。

「暇だよぉぉぉぉぉん……」

後方警戒を任じられた俺だったが、ぶっちゃけ何かやるべきことがあるわけでもない。
穀倉都市デリンドブルクはアルメリアの中でもかなり平和な地域で、敵対的なモンスターも少ない。
あぜ道を進んでいく馬車を、わざわざ追いかけてまで襲撃するような存在はそもそも居ないのである。

そして、敵性モンスターにかち合うとすれば、それは馬車の進行方向。
つまりカザハ君とエンバースの受け持ちであって、俺の出番はやっぱりなかった。
まぁ平和なのは良いことですわ。レベリングのために狩りしてるわけでもねえしな。

これが船旅なら、まだのんびり釣り糸でも垂れてれば良かった。
しかし見渡す限りの麦畑に釣り針を投げたって、作物にたかる虫ぐらいしか引っかからないだろう。
かといって幌の中に引きこもって警戒を疎かにするわけにもいかず、まったくの手持ち無沙汰だ。

こうも揺れてちゃ、スマホ弄るのも難しい。
俺三半規管弱い人だし。ソッコーで乗り物酔いしそう。

そういうわけで、空前絶後のヒマに襲われた俺は、見張りがてら魔法の練習をしていた。
アコライトの戦いじゃたった2回魔法使っただけでガス欠になっちまった。
魔力の節約、効率の良い使い方の研究、基礎的な魔力量の向上……こなすべき課題は多い。
ジョンが引きこもっちまってる以上、護身術の訓練は出来ない。その分の時間を、有効活用すべきだ。

バロールの魔法マニュアルを読破し、アコライトのオタク殿たちにも相談にのってもらって、
まず魔力の性質について理解を深めることにした。
ここ4日くらい魔力を引き出してはこねくり回す中で、大体どういうものかわかってきた。

魔力は、あらゆる生き物が体内に有する、カロリーとは別のエネルギーだ。
意志によって自在にコントロールでき、肉体を活性化させたり、体の外に引きずり出すこともできる。
生物と同様、大地にも膨大な魔力が巡っていて、これを抽出・加工したものがいわゆる成形クリスタル。

体外に出した魔力は、形状や性質を自在に変えられる流動体のように振る舞う。
そのまま発射すれば弾丸となり、武器に纏わせれば強固な被膜と化して威力を引き上げる。
そして、呪文や魔法陣によって独自の性質(属性)を付与し、特定のはたらきをもたせる技術が、『魔法』だ。

「ジョン、いるか?」

幌を開けて中に軟禁されてるジョンに声をかける。
こいつはアコライトの牢屋から馬車の中までずっと隔離されたままでいた。
今はおとなしくしてるようだが、そのうち暇すぎて発狂しちまうかもしれねえからな。
何かしらの娯楽は必要だろう。

「不肖明神、一発芸やります。御覧ください」

練り上げた魔力を糸状に変化させ、あやとりのように指の間へ張り巡らせる。
先端に掌サイズの円盤をふたつくっつけた、ヨーヨー状の物体を生成。
巡る糸同士の間をぶらぶらと揺れるヨーヨー、その姿こそすなわち!

「――ストリングプレイ・スパイダーベイビー!
 ……以上です。ご観覧ありがとうございました」

25明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:10:43
ハイパーヨーヨーのトリックを披露するだけ披露して俺は幌をサっと閉じた。
うーんスベったかな。カザハ君だったら大ウケした気がする。多分あいつ直撃世代だし。
暇にあかせた練習のおかげで、引き出した魔力の形をすばやく変化させられるようにはなった。
あとは魔法への移行をどれだけ迅速に出来るかだ。まだまだ練習しねえとな。

>「あーぁー、ひーまー! ひまひまひまひま、ひぃぃ〜〜〜〜まぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!」

「おっガザ公じゃん。見て見て俺の激ムズトリック、スパイダーベイビー!」

最後尾でぶつくさ垂れていたガザーヴァは、俺のトリックを一瞥すると鼻で笑った。
は?ブレモン界の中村名人と呼ばれたこの俺を嘲笑いましたか今?
見てろよ、ループ・ザ・ループとか出来るようになってやっから。

ガザ公は俺以上に退屈耐性がないらしく、あっちこっちにちょっかいかけて回っている。
俺も見張りがてら多少は付き合ったが、二人で出来る遊びなんかたかが知れていた。
もうこいつとしりとりすんのヤだよ……る攻めばっかしてきやがるしさぁ。

>「そーいえば、お前アコライトでパパに十二階梯の継承者は仲間じゃないのかーって言ってたけど」

ふと、何故か鞍の上で逆立ちしているガザーヴァが言った。

>「ホントにそう思ってんの?
 お前、ゲームやってたんだよな? 地球でブレモンのプレイヤーだったんだろ?
 なのに、そんなことも分かんないのかよ?」

「どーいう意味だよ、俺の知らない裏設定でもあるってのか」

>「あいつらはパパの仲間なんかじゃないぞ。
 連中が従うのは正義とか悪とか、アルフヘイムとかニヴルヘイムとか。そんなんじゃなくて――
 ただ、大賢者ローウェルの意志だけ……だからな。

「ああ?そりゃ十二階梯だって一枚岩じゃねえだろうよ。グランダイトみてえな好き勝手やってる奴もいるし。
 でもバロールはお爺ちゃんの一番弟子なんだろ?
 だから奴はローウェルの代理として、ローウェルの指示で俺たちを動かしてた。
 ……ってわけじゃ、ないのか?」

>「これからは、敵はニヴルヘイムの連中ばっかりだと思わない方がいいと思うよー?
 黎明あたりはじじいの意図に反してるパパのこと殺したくて仕方ないだろーしー。
 アイツ、じじいにどっぷり心酔しちゃってるからさ。
 そんな黎明の息のかかった禁書とかが攻めて来たって全然おかしくないもんなー」

「ちょっ、ちょっと待て、バロールがローウェルの意図に反してる?
 じゃあ何か、この侵食から世界を救う云々の話は、ローウェルが発案したものじゃなくて……
 魔王バロールが勝手にやってることだってことかよ」

考えてみれば、俺たちをクエスト越しに操っていたのはいつもバロールだった。
そこにローウェルの意志はぴくちり介在していなくて、俺たちは奴のツラも声も知らないままだ。
『バロールはローウェルの代理人』……その認識自体が、事実ではなかった。

>「えーっ? 知らなかったのかよ?」

ガザーヴァは頓狂な声を上げる。

>「パパがあのモーロクじじいの言うことなんて聞くかよ。トーゼン刃向かってるよ、刃向かうしかないじゃん。
 てーか、そもそもパパがじじいのくたばったショックで悪堕ちしたとか超ウソんこだし。
 あんなん、連中がパパを悪者に仕立て上げようとして都合よく捏造した大本営発表に決まってるだろ!」

26明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:11:55
「初耳だよゥッ!なんでそういう重要な情報伏せてんだあのクソ魔王!」

いろんなことの前提条件が根こそぎぶっ壊れていく。
バロールの野郎が闇落ちしたきっかけは、師匠であるローウェルの死。
それなら、ローウェルを死なせなければバロールはアルフヘイムの味方のままでいるはず。
それが、あの胡散臭いイケメンを一応でも信用できる根拠だった。

だけど、元からローウェルとバロールの間に亀裂が入っていて、
それぞれ別々の思惑のもと動いているのだとしたら。
俺たちは、どっちの味方をすりゃ良いんだ。

>どーすんの? 今からでも行先変えて、じじいに仲間にして下さいって言いに行く?
 間違って魔王の傘下になっちゃってました、ゴメンなさーいって?」

「……それもアリっちゃアリだな。先方の出方次第だけどよ。
 俺たちだって好きで魔王の手先やってるわけじゃない。あいつに義理立てする理由もないしな」

俺たちがバロールの指示で動いているのは、現状他に寄る辺がないからだ。
アルメリアで行動する以上、この国のインフラを握ってるバロールを袖には出来ない。
あいつがその気になれば、関所全部閉ざして俺たちを国の中に閉じ込めることだって出来る。
物資の援助を全部打ち切られれば、待ってるのはゆるやかな飢え死にだ。

だから、首尾よく国境を超えてフェルゼン公国に入れたなら。
あるいはエーデルグーテまで行って、バロールとは別のパトロンを確保出来たなら。
とっととローウェル側に鞍替えしちまったって構わない。

……だけど。

>「パパが悪党だからって、ローウェルが善人だとは限らないよなー?」

「そこなんだよなぁ。バロールは言うまでもなく人権無視のクソ野郎だけど。
 お爺ちゃんがもっとやべえ奴って可能性は十分ある。あの弟子の師匠だもんよ。
 似たりよったりのクソ同士なら、まだ顔見知りのクソの方が座りは良い」

結局のところ、俺たちには情報が足りない。
雲の上でいかなる思惑が働いているのか、断片的にしか認識出来ない。

誰が善人で、誰が悪者なのか。ローウェルが何を目的に活動しているのか。
わからないこと尽くしの現状じゃ、身の振り方を考えることも出来ない。

とどのつまり、俺たちに出来るのは目先の問題の解決だけだ。
振り払う火の粉を払い続けて、いずれ見えてくる真実に備えるしかない。

27明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:12:24
>「じじいのやろうとしてることは知らんけど、パパのやりたいことなら分かるぞ。
 パパの目的は今も昔も変わらない……パパはこの世界を守りたいだけなんだ。

ガザーヴァの分析は、多分信用出来る。
バロールの姿を一番間近で見て、その目的の為に戦ってきた奴の言葉だ。
確かにやり方に問題はあった。だから、そのやり方を変えてみたのが今の『二巡目』なんだろう。

ここでバロールと敵対すれば、『一巡目』と同じやり方になるってことだ。
一度は世界を救い、しかし根本的な解決にはならなかった、ゲームのシナリオと。
少なくとも、それではダメだったと、失われた歴史が証明している。

>「ローウェルの目的なんて知らないし、ぜんぜん興味もないけど、連中はどうしてもそれをやりたいみたいだ。
 パパをやっぱり悪者だった! って決めつける前に、連中の目論見を暴くのが先だと思うけどね。ボクはさぁー」 

「へっ。バロールの野郎にさんざん裏切られた割には、パパのやり方が間違ってるとは言わねえんだな。
 お前はあの野郎を手放しに全否定しても良い立場なんだぜ」

ガザーヴァは脊髄と悪意が直結してるような非の打ち所のない悪者だが、
ものの見方はびっくりするくらい公平だ。
そして正しい。俺たちはバロールと同じくらい、ローウェルに対しても警戒を持つべきだ。

「ガザーヴァ。俺はお前とは友達だけど、お前のお父さんとまでお友達になったつもりはねえ。
 ローウェルの方に理があるなら、ノータイムで掌返して、ニブルヘイムについたって良いんだ」

忘れはしない。
あいつが地球から拉致ってきたプレイヤーが、ろくな支援もなくこの世界で死んでいったことを。
バロールが、地球の人間を何人も見殺しにしていることを。

「それでも、バロールが一巡目の地球滅亡よりマシな結果にしようとしてるのは分かる。
 十二階梯をひっ捕まえてでも、ジジイが何考えてるか聞き出そう。
 奴らのやり方が地球にとって良いか悪いか分かるまでは、魔王の手先にでもなってやるよ」

それに――バロールの元には石油王が居る。
おいそれとバロールに弓引いて、あいつを人質にとられるのもつまらないからな。

 ◆ ◆ ◆

28明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:13:04
>「……ねぇ、なんか焦げ臭くない?」

夕暮れにさしかかり、そろそろ野営の準備をしようというところ。
ガザーヴァと『いっせっせーの』をしていた俺は、なゆたちゃんの声に背筋を伸ばした。
馬車の前に回ってみれば、麦畑がぼうぼうと燃えている。
焼畑農業の季節でもない。穂を丸々実らせて収穫を待つ麦が、炎上していた。

>「ボ、ボクじゃないぞ!? ボクはやってないからな! 無罪! ノットギルティ!」

「分かってるよ!ガチの下草火災とかなんも面白くねーからなぁ!」

言ってる場合じゃない。
密集した麦は簡単に延焼し、またたく間に一面が炎に包まれる。
黒々とした煙が風に巻かれ、視界を灰色に染め上げる。

>「消火しなくちゃ、早く! みんな、炎がこれ以上燃え広がらないように食い止めて!
 わたしに時間をちょうだい、ゴッドポヨリンで一気に消し止めるから!」

「了解……つったって、俺もやべえなこれ」

ワックスと革で出来たアンデッドのヤマシタは炎に極端に弱い。
召喚すればフィールドダメージで即成仏だろう。
かといって生身で出来る消火活動もたかが知れてる。

「とりあえず……馬車は避難させとかねえと」

インベントリから布を取り出し、水で濡らして馬の頭に被せる。
煙を吸わせるのもまずいが、火に怯えて暴走されるのを防ぐためだ。
訓練された馬車馬らしく、視界を塞いでやれば落ち着きを取り戻した。

>「これ以上焼けるのは御免蒙りたいな」
>「カケル、《カマイタチ》!」

カザハ君とエンバースがそれぞれ麦を刈り落とし、火の周りに空間をつくる。
延焼速度はこれで落ちるはずだ。あとはゴッポヨの降臨を待てば――。

そのとき、何かが風を切って飛来し、カザハ君の頬をかすめた。

>「ぎゃあああああああああああああ!? 血が出てるぅうううううううううう!
 一歩間違えたら死んでるじゃん! もう嫌だぁああああああああああああ!!」
>「狙撃を受けてる……!」

「狙撃だとぉ!?このクソ忙しいときに、どこのどいつだ!!」

つい声を荒げちまったが、想像以上に深刻な状況だ。
炎の対処で足止めされたところをに、文字通りの狙い撃ち。
つまりこの火事も含めて、何者かの術中にハマってるってことだ。

>「みんな麦の中に隠れて! 全員でゴッドポヨリンさん召喚の援護をするんだ!」

「冗談キツいぜ……どっから撃ってきやがった?警戒は万全だったはずだ」

少なくとも俺たちが索敵できる範囲には、狙撃手も放火犯も居なかった。
つまりもっと遠方、それこそ地平線の向こうに狙撃手は居るってことになる。

「……マリスエリス」

脳裏を過るのは、アコライト防衛戦の一幕。
気絶した帝龍のスマホを撃ち抜いた、超長距離狙撃の射手。
『詩学の』マリスエリスが、この惨状の犯人だってのか?

29明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:13:38
>「なゆ達より僕のほうがスナイパー処理に慣れている!僕がでる!許可をくれ!」

燃えていない麦畑に飛び込み、頭を低くしていると、馬車の方からジョンの声が聞こえた。

「ばっか、出てくんな!俺たちでどうにかしてやらぁ!」

そりゃジョンの言う通り、対狙撃戦ならこいつの方が分があるだろう。
だけどそれは、ジョンを再び戦場に引きずり出すことになる。
こいつの終焉を、早めることになる。

>「く……、こんな、ところで……!」

なゆたちゃんの悲痛な叫びも、狙撃と炎に飲み込まれる。
追い詰められていた。進退極まり、壊滅は時間の問題だ。

ゴッドポヨリンさんの召喚には最短でも7ターンかかる。
7本分ATBがたまるまでの時間が、気の遠くなるほど長い。

どうする。俺の独断でジョンを解き放つか。
――こいつ一人を犠牲にして、俺たちが助かる。そういう選択を、出来るのか。

そのとき、頭上に光明が差した。

>「スキル! 『急転直下の大瀑布(エンジェル・フォール)』!!」

光明っていうか、後光だった。
出現した影は巨大なスライム。金色に輝くその威容は、

「ゴッドスライム……間に合ったのか……!」

スライムの体から降り注ぐ豪雨。
大量の水からなる波濤は麦畑の大火を押し流し、かき消していく。
あれほど止まらぬ勢いだった火災も、それ以上の物量でもってすれば儚い。
またたく間に火が消し止められ、炭化した麦の残骸と泥濘だけがあとに残った。

「やるじゃねえかなゆたちゃん!この土壇場で、時短コンボを思いつくなんてよ」

狙撃が止むと同時、麦畑から体を起こしてなゆたちゃんに声をかけた。
しかし鎮火の立役者であるはずの彼女は、ただ呆然と空を見上げている。

>「……な……んて、こと……」

ふと足元に眼をやれば、そこには小さいままのポヨリンさんが居た。
あれ、なんでここにポヨリンさんが?
お前ゴッドになってお空に居るんじゃなかったの。

なゆたちゃんにならって空を見る。
そこにはやはり、滞空するゴッドスライムの姿があった。

「え。じゃあアレ、誰だよ」

>「危なかったわね。怪我はない?」

輪郭を溶かすように消えていくゴッドスライムを見守っていると、
不意に地上から声をかけられた。
見れば、3つの人影がこちらに近づいて来ている。

いかにも仕事できそうなスーツ姿の女。
年齢に見合わないフリルいっぱいのゴスロリ衣装の女。
パーカーにデニムとカジュアルな格好したマシュマロ系女子。

30明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:14:21
三人の女は全員、この世界のいかにも中世欧州っぽい服装ではなく、
俺たちのよく知る地球のものを着ている。
それに、マシュマロ女の足元に居るのはスライムヴァシレウスだ。
高レアの準レイド級……こんな初期マップの僻地に出てくるようなモンスターじゃない。

つまりは――

「新手のブレイブだと……!」

俺たちと同じように、アルフヘイムに拉致られてきたブレモンプレイヤー。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人、目の前に現れた。

>「自分たちがたまたま通りかかってよかったっスね。恩に着て欲しいっス」
>「だよねだよねぇ〜☆ ウチらがいなかったら、今頃死んでたんじゃなぁ〜い? キャハッ☆」

「お、おう……またなんかイロモノっぽいのが出てきたなぁ……」

いやいや、命の恩人にそーいうこと言っちゃうのは良くない。
みた感じこのマシュマロさんがスライムを進化させたのがあのゴッドなんだろうし。
モンデンキント以外であのコンボ使いこなしてる奴初めて見たわ。

バロールは無作為にプレイヤーを地球から拉致し、この世界に放り込んだ。
何もわからないまま死んじまった奴も居れば、こうして生き残ってきた奴も居る。
他ならぬ俺たちがそうであるように、バロールの支援を受けない『野良ブレイブ』も確かに存在したのだ。

「とにかく助かったよ。それに野良のブレイブと合流できたのも良かった。
 俺たちは王都経由でここまでクエストを進めて来たんだ。そっちは?」

>「自己紹介がまだだったわね。私は悠木沙智(ゆうきさち)――ハンドルネームは『さっぴょん』よ。よろしくね」

キャリアウーマンが颯爽と名乗る。
ほーん、さっぴょんさん。えらくポップな名前っすね。

……なんかどっかで聞いたことある名前だ。
なんだっけ、ええと、もう喉のあたりまで出かかってんだけど。

>「ウチは柳沢りゅくす☆ ハンネは『シェケナベイベ』! シクヨロ☆」
>「そして自分が佐野喜奈子っス。ハンドルは『きなこもち大佐』。三人揃って――」

「んー……んんー……?」

ゴスロリ女がシェケナベイベ、マシュマロさんがきなこもち大佐。
二人の名前が先のさっぴょんと脳内で結びつき、俺は非常に嫌な予感がしていた。

いや!これはもう確信と言って良い!
こいつら三人を、俺は知っている!もちろんリアルじゃない、ゲームの中でだ!!

>「「「マル様!! 親衛隊!!!」」」

ばばーん!と効果音でもつきそうなばっちり決めポーズと共に差し出されるスマホ。
そこには予感通り、ブレモンのドル箱こと『聖灰』のマルグリットが笑顔で表示されている。
そしてマル様を神の如く崇め奉り、愛を燃やし続ける信者集団こそが、

「「マル様……親衛隊……!」」

なゆたちゃんと俺の復唱がハモった。
マル様親衛隊……だとぉ!!?
運命の神はかくも残酷なのか。よりにもよってこいつらが来ちゃったかぁ……。

31明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:15:08
ブレモン界隈において、関わっちゃいけないやべえ奴とされる存在はふたつある。
ひとつは言うまでもなくうんちぶりぶり大明神とかいうクソ荒らし野郎だ。
ブレモンのネガキャン行為に至上の悦びを見出す変態、救いようのない馬鹿である。

そしてもうひとつが――『マル様親衛隊』。
今目の前に居る三人は、その主要メンバーだ。

マル様親衛隊は、『聖灰の』マルグリットをこよなく愛するプレイヤーで構成されたギルドで、
規模の大きさやファン活動の"濃さ"で高い知名度を誇る。マル様クラスタ最大手と言って良いだろう。
対人ガチ勢の親衛隊長をはじめ有力プレイヤーが何人も在籍してるしな。

一方で、親衛隊には悪名も多い。
連中はかなり極端な同担拒否であり、身内以外のマル様ファンを蛇蝎の如く嫌っている。
解釈違いを巡ってしばしば他のファンギルドと衝突しては、その尽くを殲滅して後には草一本残らない。
我こそはマル様を一番に愛する者と、臆面もなく喧伝するその姿はもはや狂信者の類である。

――人呼んで、『アコライトの狂犬』。
そしてランカー最上位層に名を連ねる『さっぴょん』は、そのリーダーだ。

かつてゲーム本編でアコライトが滅亡した時、俺はこいつに今どんなお気持ちかインタビューしに行ったことがある。
廃墟でさっぴょんの周りをぐるぐる回りながらNDK!NDK!と繰り返してたらいつの間にか集まった親衛隊にボコボコにされた。
それだけに飽き足らず連中は俺の死体スクショして雑コラした挙げ句フォーラムに張り出しやがって、
おかげでしばらく顔出す度に死体コラが貼られまくってロクに荒らしが出来なかった。

まったくもう!よくないよねそういうの!
人が気持ちよく荒らしてるの邪魔するなんてサイテーだよ!!!

ちょームカついたから対立勢力軒並み焚き付けて煽動し、親衛隊包囲網なんてもんも企画した。
だが、総勢60名からなるアンチ親衛隊連合軍は、たった4人の幹部によって壊滅させられた。

――『ミスリルメイデン』さっぴょん。
――『親衛隊のやべえ奴』シェケナベイベ。
――『次世代型チルドレン』きなこもち大佐。
――『火力マシマシ防御カタメ』スタミナABURA丸。

親衛隊が最強最悪の過激派信者集団として君臨し続けられたのは、
ひとえに奴らがブレモン界隈でも有数の強力なプレイヤーだったからだ。

そんな狂人どもを目の前にして、否が応でも緊張感が背筋を駆ける。
仲良し四人組は一人足りてねえようだが、そもそも知り合い同士が纏まって拉致られてること自体が奇跡的な確率だ。
あれ、そういやなゆたちゃんと真ちゃんもリアルで幼馴染同士なんだっけか。
ちょっと偶然重なり過ぎじゃない?バロールさん??

そして俺はもうひとつ、猛烈にイヤな予感がしていた。
仮に。この親衛隊の世界ひとつ跨いだ集結が、単なる偶然でないのなら。
それこそニブルヘイムのピックアップ召喚みたく、有力かつ結束力のあるプレイヤーを意図的に喚び出したものならば。
誰かの作為が、働いているのなら。

予感を裏付けるように、朗々とよく通る気障ったらしい声が響く。

>「おお……、これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 神の掌に等しく雄大なるこの大地に於いて、よもや再びかたがたと相まみえられようとは!
 これぞ砂海に一粒の砂金(いさがね)を見出すが如し! まさに不思議の業、神変霊異と申すしかありますまい!」

32明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:16:42
親衛隊の後ろから、ローブ姿の男が一人、歩み出た。
狂犬どもの熱っぽい視線を反射するようにキラキラ輝くプラチナの長髪。
いっそ腹立たしいまでに白い歯と、彫刻じみた凄絶な美貌。

――『聖灰の』マルグリット。
親衛隊が現人神と崇拝し、その一挙一動を礼賛する、十二階梯の継承者が一人。

試掘洞での邂逅以来、ローウェルを巡る因縁の発端となった男と、俺たちは再会した。

「出ちゃったよ……狂犬どもの御神体が……」

相変わらず何言ってっかわかんねーなこいつ。
ニホンゴムツカシイネ。俺IQ低いからなんも伝わんねえわ!

>『あいつらはパパの仲間なんかじゃないぞ。
 連中が従うのは正義とか悪とか、アルフヘイムとかニヴルヘイムとか。そんなんじゃなくて――
 ただ、大賢者ローウェルの意志だけ……だからな』

ガザーヴァの言葉が頭の中をリフレインする。
とすれば、この再会はバロールの差配によるものじゃない。
マルグリットの裏で糸引いてんのはローウェル。あのジジイの差し金ってことだ。

どういうつもりだ。
親衛隊が俺たちを助けに入ったのも、偶然通りかかったからなんかじゃないはずだ。
おそらくはマルグリットの指示によるもので、暫定狙撃犯のエリにゃんはマル公と結託している。
この邂逅が、言葉通りのマッチポンプで企図されたものだとすれば。

「ちょいこっち。耳貸せ……親衛隊の連中は味方じゃない。マル公もだ。
 敵かどうかはまだ分かんねえが、少なくとも信用は出来ない」

マル公とわいきゃいやってる親衛隊どもを尻目に、俺は仲間たちへ耳打ちする。
バロールとローウェルは対立していて、マルグリットはローウェル側の人間。
ガザーヴァから得た情報を、端的に伝えた。

「親衛隊はブレモンきってのやべえ奴らだ。そのやばさはこの俺をも凌ぐ、っつったら分かるよな。
 連中の判断基準は善悪じゃなく、マル公のセリフの解釈だ。
 奴がアルフヘイムに弓引けと言えば、親衛隊どもは喜んで矢を番えるだろうよ」

それに。親衛隊を信用できない理由はもう一つある。

「おかしいだろ、有力ギルドのメンバーが3人も固まって召喚されるなんてよ。
 バロールの10連ガチャじゃ確率的にまず起こりようのないリザルトだ。
 つまり奴らは――ピックアップされてる可能性がある」

有力プレイヤーを名指しで喚び出す、ピックアップ召喚。
それが出来るのは現状、ニブルヘイムだけのはずだ。
大賢者ローウェルなら、弟子のバロールより強力な召喚魔法が使えるってことなんだろう。

>「なあ!なゆ!煙が充満して結構辛いんだ!一回外にでてもいいか?」

ぼっ立ちで思案していると、ジョンが白々しく声を上げた。
おいおい大丈夫かよ。戦闘終わってるとはいえ、今すぐ敵対するかもわかんねえ相手だぞ。
そんな無防備に出てきちゃって――

>「失礼しました・・・僕の名前はジョンアデル・・・気軽にジョンとお呼びください
 こちらは相棒の部長です。ちょっとふてぶてしい奴ですがかわいい子ですよ、ふかふかです」

いや誰だよ。お前そんなキャラだっけ!?
と思ったけどよく思い出してみりゃこいつ、王都で初めて会った時もこんな感じだったな。
アレか。初対面限定の営業モードって奴っすか。

33明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:18:00
>「お嬢様方、お近づきの印にこれをどうぞ。王都で話題のケショーヒンセットです。
 僕達のしっている化粧品とはちょっと違う物ですが・・・効果は間違いないですよ!あのバロールもみとめた品です」

ってガチの営業する奴があるかよ!
粗品で化粧品配るとかお前保険のおばちゃんかよぉ!?
だがこれは良い流れだ。どう転んでも美味しい。よっしゃ、乗ったるで!

>「?どうしたんだみんな?」

「いやちょっと、ちょっと待ってよジョン君さぁ……初対面でこんな高価なプレゼント渡すぅ?
 なんぼ羽振りの良いスポンサーがついて金余ってるからって、ほら皆さん引いちゃってるじゃん」

初対面の相手との交渉は、初動でどれだけマウントとれるかがキモだ。
高価な贈り物は、『この程度は粗品みたいなもんどすえ?』という資金力の示威になる。
石油王!俺に力を貸してくれ!京都人の奥ゆかしき交渉術を見せてやろうぜ!

マルグリットが出向いてきたなら好都合だ。
どの道継承者は二三人捕まえて尋問しなくちゃならなかった。
交渉を通して、奴の出方を見る。その目論見を暴き出す。

畳み掛けるぞ!カザハ君、カモン!(指パッチン)

>「ガンダラの酒場のマスターにでもあげたら喜ばれるんじゃないかな?」

あーっ?なに話流そうとしてんだもっと広げて広げて!
すげえ喜ぶだろうけどさ!でも多分俺があげるなら100均の化粧水でも喜ぶよあいつ。

>「……待って。それってもしかしてガチで魔法のアイテムだったり? ちょっと面白そう!」

カザハ君はそう言うとケショーヒンをひとつつまみ上げて、インベントリに放り込む。
いいぞ!実演販売でお客様の購買意欲を爆上げだ!

>「効果を実演してみるから見ててね! ケショーヒン使用、対象ジョン君と明神さんとエンバースさん!」

「なんで俺たちなんだよ!?……ぐえっ!」

なんかこうポワポワした泡みたいなエフェクトがカザハ君のスマホから飛んで、
俺の顔面に直撃した。
何が起こった!?指先で頬を撫でる。

「なんだこれは……!このお肌のハリ、十代ん時のそれだ……!!」

めっちゃプルプルすりゅぅ……ほっぺたが指に吸い付いてくりゅぅ……。
思わずミラーモードにしたスマホで確認すれば……誰だこいつは!
表情筋の死んだ疲れ切った社畜面が、まだハツラツとしていた学生時代に戻ってる!

やがて効果が切れたのか、しおしおと元の萎びたフェイスに変わっていく。
絶望を長く深く刻まれた、世の中の全てが気に入らないかのような陰気な顔。
俺ってこんなふうに歳とってたんだ……気付かなかった……怖ぁ……。

34明神 ◆9EasXbvg42:2020/04/07(火) 06:19:28
「ああああ!若さが!若さが失われていく!醜く老いさらばえていく!
 な、な、なぁ!ケショーヒンもっとくれよ!まだあるんだろ?もっとくれよぉ!!」

……おっと、取り乱してしまいましたな。失敬。
親衛隊はドン引きしながら一部始終を見ていた。勝ったな。

「それはそれとしてだ。久しぶりじゃんマル公、穴蔵で狩りパ組んで以来だな。元気にしてた?」

親衛隊の連中をチラ見しながら、あえて親しげにマル公に声をかける。
奴らにとってマル公は神だ。対等であることを自身に許さず、その足元に傅くことでのみ近づける。
再会したマル公が俺たちとの『過去』を示唆したことは、内心穏やかじゃあないだろう。

俺はマル公と一緒に狩りもしたことあるお友達だぜ!お前ら信者とは親しさのランクがちげーんだよっ!
……という小学生から政治家まで幅広く用いられるマウントテクニックだ。
それに加えて、もう一捻り入れてみようか。

「ガザっち、ちょっと隠れてろ。親衛隊がお前の正体に気付いたら確実に厄介なことになる。
 いいか絶対出てくんなよ!あいつらガチで殺しにかかってくんぞ」

先んじてガザーヴァは幌の中にしまい込んでおく。
親衛隊にとって幻魔将軍は聖地を更地に変えた張本人、恨んでも恨みきれない仇敵だ。
ガザ公が鎧脱いでて良かった。流石にこの美少女が現場将軍だとは気付くまい。
これでよし、続けよう。

「こっちもイカレたメンバーを紹介するぜ。俺は笑顔きらきら大明神、ブレモンを愛する一般優良プレイヤーだ。
 さっき名乗ったイケメンがジョン。こっちの意味不明生物がカザハ君と愛馬のカケル君。
 そこの死体がエンバース君。こいつらはマル公もお初だったよな」

雑に俺プラス三名を紹介して、天を仰ぐ。
大仰な仕草で、なゆたちゃんを示した。

「そしてェーーっ!何を隠そうこの御方こそが我らのリーダー!
 国内最強のスライム使い!ついた異名がスライムマスター!誰が呼んだか月子先生!
 ――モンデェェェェェェンキントォォォォォ!!!!」

親衛隊幹部が一人、きなこもち大佐は上位ランカーのスライム使い。
そして在野のほとんどのスライム使いがそうであるように、
なゆたちゃんことモンデンキントから薫陶を受けたチルドレンだ。

多くのチルドレンがモンデンキントの劣化コピー、後追いにしか焼き上がらなかったのに対し、
きなこもち大佐はぽよぽよコンボを下敷きに独自の戦術を編み出し、ただのチルドレンとは一線を画す存在となった。
確か奴は、自身がチルドレン出身だと公言していた。
異世界で思わぬ再会を果たした過日の師匠に対し、思うところはあるはずだ。

もっと言うなら、チルドレン以外にも、モンデンキントのネームバリューは有効にはたらく。
俺たちを、迂闊に手を出せない強者の集団だと思わせられるだろう。

オモックソ虎の威を借りちまってるけど、まぁ、許してにゃん。
許してにゃん!!!!!!!!!

「――以上だ!」


【マウントをとりつつ牽制のためにモンデンキントの威を借りる】

35崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 20:57:42
「マル様親衛隊……ですって……!?」

明神と共に、なゆたは絶句した。
まさか、あのブレモン界の問題児。少しでもブレモンに詳しいプレイヤーならその存在を知らないはずがない強者。
ブレモンでも突出した狂信者集団と、このアルフヘイムで遭遇することになろうとは――

>マル様親衛隊がリアルにマル様の親衛隊してるだと……!?

地球での記憶なのか、カザハも驚愕している。なゆた&明神とは驚きのベクトルに若干の違いがあるが。
明神がなゆたとカザハ、エンバースに耳打ちする。

>ちょいこっち。耳貸せ……親衛隊の連中は味方じゃない。マル公もだ。
 敵かどうかはまだ分かんねえが、少なくとも信用は出来ない
>親衛隊はブレモンきってのやべえ奴らだ。そのやばさはこの俺をも凌ぐ、っつったら分かるよな。
 連中の判断基準は善悪じゃなく、マル公のセリフの解釈だ。
 奴がアルフヘイムに弓引けと言えば、親衛隊どもは喜んで矢を番えるだろうよ

「分かってる。……いや、やばさのレベルでは昔の明神さんもどっこいだったけどー!
 それはともかく、手放しに喜べる状況でないことは確かね……。
 親衛隊はさっきまで味方だった相手さえ、僅かな解釈違いで即座に敵認定する人たちだから……」

なゆたもぼそぼそと声を潜める。
性善説を掲げて憚らない、底抜けに善人のなゆたでさえ『できるなら関わり合いになりたくない』と思うような手合いだ。
その危険性は導火線に火のついた爆弾の比ではない。
そんな連中が敵か味方か分からないと言うのは、とてもではないが気が休まらない。
いっそきっぱり敵だと言われた方がすっきりするくらいだ。 

>おかしいだろ、有力ギルドのメンバーが3人も固まって召喚されるなんてよ。
 バロールの10連ガチャじゃ確率的にまず起こりようのないリザルトだ。
 つまり奴らは――ピックアップされてる可能性がある

「――連中がニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』かもしれないという可能性か。
 簡単な話だ。だったら叩き潰す、帝龍を仕留めたようにな。俺たちにはそれが出来――」

「……ううん、難しいと思う」

エンバースの言いかけた言葉を、なゆたがかぶりを振って否定する。
そうだ。
確かに自分たちのパーティーは数多くの激戦と死闘を潜り抜けてきた。
アコライト外郭での超レイド級モンスター、アジ・ダハーカ攻略などは大金星と言える勝利だっただろう。
だが――そんな自分たちをもってしても、きっと。目の前にいる、この三人組には勝てないだろう。
この三人のことを、なゆたは知っている。明神もきっと(私怨込みで)熟知しているはずだ。

『親衛隊のやべえ奴』シェケナベイベ。
闇属性のアンデッドモンスター、ゾンビの最終進化系『アニヒレーター』を中核とした、
デスメタルコンボを使うプレイヤー。そのデス・ヴォイスはユメミマホロの柔らかな天使の歌声とは対極の、
鼓膜を破壊しありとあらゆるデバフを齎す破壊の音波だ。
いわゆるマル様親衛隊包囲網では、反親衛隊連合軍の大半が彼女のデスメタルコンボによって壊滅的な打撃を受けた。

『次世代型チルドレン』きなこもち大佐。
『スライムマスター』モンデンキントの高弟(といってもなゆた本人は弟子とは思っていない)。
最低7ターンの時間を要するのが致命的弱点となっているぽよぽよ☆カーニバルコンボを独力で改良・進化させ、
実に5ターンでG.O.D.スライム召喚を実現した『もちもち♪アドバンスコンボ』の提唱者。
親衛隊の切り込み隊長として、親衛隊に弓引く者の悉くを葬り去ってきた剛の者である。

そして――そんな強豪のさらに上に君臨する親衛隊長『ミスリルメイデン』さっぴょん。
徒名の通り聖属性の『ミスリルメイデン』をパートナーモンスターとする、日本屈指のトップランカー。
ミスリルメイデンを核とし、ミスリルナイト、ミスリルビショップ、ミスリルルークなどミスリル系モンスターで編成された、
いわゆる『ミスリル騎士団』は、他の追随を許さない圧倒的な強さを誇る。
その戦い方はまさに制圧、蹂躙、征服と呼称するのが相応しい。

明神の指摘通り一人足りないようだが、それでもこの面子が揃っているというのは特筆に値する。
偶然とは考えづらい。ここはやはり、ニヴルヘイムのピックアップガチャと考えるのが妥当だろうか。

36崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 20:58:00
なゆたはゲーマーだ。したがって、ゲーマーの思考というものが染みついている。
それはどれだけ拭おうとしても拭いきれない癖だ。無意識にゲームの経験を下敷きにものを考えてしまう。
もし仮に戦闘になったなら、シェケナベイベは倒せるかもしれない。
自分が全力をもって当たれば、きっときなこもち大佐も倒せるだろう。
だが、さっぴょんはいけない。さっぴょんだけは相手が悪い。
なぜなら――地球にいた頃のオンライン対戦でなゆたは『一度もさっびょんに勝てなかった』。
無敵のぽよぽよ☆カーニバルコンボをひっさげ、スライムマスターと呼ばれてなお、さっぴょんに一矢も報いることができなかった。
さっぴょんはそれほど強いのだ。

そして――幹部二人に勝てるかもしれないというのも、あくまで『彼女ら単騎に自分たちが全員で挑んだ場合』だ。
戦闘になれば、当然彼女たちもパーティーを組むだろう。そして、団結した彼女らの強さは既に実証されている。
複数のギルドが強者を集めた60名からなるアンチ親衛隊連合軍を、彼女たちは文字通り蹂躙したのだから。

「……ぐぬぬ」

むろん、アルフヘイムで召喚されて以来、なゆたたちは激戦を経て経験を積んだ。
地球にいた頃とは段違いに強くなっているだろう――が、それは彼女たちも同様であろう。
バロールに召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と違い、ミハエルや帝龍たちはニヴルヘイムに客分扱いされていた。
が、といってぬるま湯に浸かっていたという訳ではないだろう。親衛隊は親衛隊で戦いの経験を積んでいるはずだ。
となれば、ますます戦って勝てる可能性は低い。

>立派なスライムだね……!
 ボクらのクラスじゃなくてパーティーのリーダーは元祖ゴッドスライム提唱者のモンデンキント先生なんだ!
 折角だから一緒に記念撮影とかどうかな?

「ちょ! 何言ってるのーっ!?」

出来れば正体は知られずにおきたい。そう思っていたところ、突然身内にバラされてなゆたは仰天した。
きなこもち大佐が眉を顰める。

「はぁ? モンデンキント? ……何言ってるっス?」

なゆたたちのパーティーを見回し、小さく鼻を鳴らす。
カザハの作戦はあっさりスルーされた。明神の時もそうだったが、よもや自分の師匠が女子高生だとは思わないらしい。

>なあ!なゆ!煙が充満して結構辛いんだ!一回外にでてもいいか?

親衛隊、ならびにマルグリットに対してどう接していいのか決めあぐねていると、馬車の中からジョンの声がした。
あまりに衝撃的なことに頭が追い付いていなかったが、確かにこの焼け跡の中で密室にいるのはつらいだろう。
どこか白々しく咳をしながら、ジョンが幌の中から出てくる。

「あっ、ジョン……」

まだ、マルグリットや親衛隊の真意が分からない。ひょっとしたら戦闘になってしまうかもしれない。
ジョンは仲間を護るためならどれほどでも非情になるし、我が身を顧みなくなる。
親衛隊が少しでも敵対的なそぶりを見せれば、きっとジョンは彼女たちを排除しようと動くだろう。
そんな中にジョンを出すのは危険だ、なゆたは無防備に親衛隊へと近付くジョンを制そうとした、が――

>失礼しました・・・僕の名前はジョンアデル・・・気軽にジョンとお呼びください
 こちらは相棒の部長です。ちょっとふてぶてしい奴ですがかわいい子ですよ、ふかふかです

マホロのときの敵意100%の時と違い、ジョンの態度は物柔らかだった。
キングヒルで初めて会ったときのような慇懃な振る舞いに、なゆたは肩透かしを食らって僅かにつんのめる。

>お嬢様方、お近づきの印にこれをどうぞ。王都で話題のケショーヒンセットです。
 僕達のしっている化粧品とはちょっと違う物ですが・・・効果は間違いないですよ!あのバロールもみとめた品です

さらにジョンは幌馬車の中から化粧品を数点取り出した。
むしろ化粧品なんていつ調達したのか。このためだとしたら用意がよすぎる。

『化粧品だって? そんなもの、何に使うんだい? まさか君が使うの? ははは、そうかそうか! いや皆まで言わなくていい!
 誰にだって人に言えない趣味嗜好はあるものさ。いいとも、キングヒルで手に入る最高のものを用意しよう!
 はっはっはっ! なになに、いいってことさ!』

バロールは何か盛大に勘違いしていたようだが、結果オーライである。
しかし。

「……えぇー……」

なゆたは半眼になって口許を引き攣らせた。
さすがに、初対面の人間が有名人のネームバリューを盾に怪しげな化粧品を勧めてくるという絵面は怪しいことこの上ない。
それこそネットの胡散臭い美容品だの、情報商材だのといったレベルだ。
世間ずれしているとは言えないなゆたでさえ、これが悪手であることは理解できる。
その証拠にジョンに化粧品を差し出されたきなこもち大佐とシェケナベイベは怪訝な表情を浮かべている。

37崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 20:58:25
「何スかコレ? ハァ? ケショーヒン?」

「えぇ……ないわぁ……ってかコイツ、ジョン・アデルっつった? あのション・アデル? マジ?」

「知ってるんスか、副隊長」

「知ってる知ってるー。顔だけは」

「ふぅーん。……マル様の方が兆倍素敵っスね」

きなこもち大佐がジョンの顔を値踏みするようにまじまじと見る。
評価は芳しくはなかった。

「あちゃぁ……」

逆に親衛隊に警戒心を抱かせてしまったかもしれない。なゆたは右手で額を押さえた。

>……待って。それってもしかしてガチで魔法のアイテムだったり? ちょっと面白そう!
>ああああ!若さが!若さが失われていく!醜く老いさらばえていく!
 な、な、なぁ!ケショーヒンもっとくれよ!まだあるんだろ?もっとくれよぉ!!

ジョンの出した化粧品にカザハと明神が食いつき、目の前で寸劇が繰り広げられたが、
当然のように親衛隊の反応は芳しくない。
その後もパーティーに対するきなこもち大佐とシェケナベイベの酷評は続いた。

「てか、パートナーモンスターがコトカリスって! こんなネタモンスター連れてるプレイヤー初めて見たし!
 見たとこ大して鍛えてもないっぽいしぃ。マジ引くわぁ……ひょっとしてこれも女ウケ狙ってる系? ぱねーし」

「他はシルヴェストルとユニサスに、ダークシルヴェストルとダークユニサス。エンバースとスライムっスか。
 ザ・エンジョイ勢! って感じっスね……エンバースとダークシルヴェストルとダークユニサスはまぁまぁっスけど。
 他はザコもいいとこっス。こんなゴミパーティーでよくも今まで生き延びてこられたモンっスねぇ〜?」

「こら、二人とも言いすぎよ? たとえ低レアモンスターしかいないニワカ勢でもいいじゃない。
 マル様が必要だと仰っておられるのだから……そうですよね、マル様?」

「あ、あはは……すみませんねえ、ニワカのエンジョイ勢で……」

リーダーのさっぴょんがふたりを諌めるも、見下されていることには変わりない。なゆたは米神に青筋を浮かべて愛想笑いした。
これだ。この排他性、親衛隊とはこういう人種だった。自分たちとフォロワー以外を頑として認めない。
プレイの多様性というものを考えず、にわか勢と見下して憚らない。
いつか物申してやろうと思っていたが、まさか直に顔を合わせることになろうとは。

>それはそれとしてだ。久しぶりじゃんマル公、穴蔵で狩りパ組んで以来だな。元気にしてた?

親衛隊の濃厚すぎるキャラクターに気圧されていると、不意に明神がマルグリットへ声をかけた。
これでもかというほど馴れ馴れしい。だが、なゆたはそんな明神の思惑をすぐに察した。
つまりこれは牽制だ。自分はお前たちの崇拝するマルグリットとこんなにも近しいんだ! とアピールすることで、
狂犬たちに首枷をつけようとしている。自分たちに礼儀知らずなマネをすれば、
お前たちのマルグリットが黙ってないぞ――と。
実際なゆたと明神はガンダラでマルグリットと共闘しているのだし、何一つ嘘は言っていない。
そして、根が単純なのかお人よしなのか、当のマルグリットはそんな明神の駆け引きにまるで気付いていないようだった。
親衛隊はじめ多数の女性プレイヤーを虜にした甘いマスクを向け、穏やかに明神へと笑いかける。

「ええ、まこと久闊でございますな。ご健勝で何より――
 いやさ、貴君ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならば当然の仕儀にございましょうや。
 なればこそ、我が賢師も貴君らの力を恃みにしようというもの」

「こんなエンジョイ勢とマル様が一緒に戦ったとか、マジ信じられんし」

「いいえ、いいえ。エンジョイ勢だからこそよ、シェケちゃん。
 マル様はブレモン唯一無二の正真正銘の英雄だもの……弱者に手を差し伸べてこそ、でしょう?」

「一回野良でパーティー組んだ程度のザコの顔まで覚えてるなんて、マル様はやっぱパネェっス!
 マジ惚れ直すっス……!」

「あはぁん! マル様ぁ〜! サイッコーだし!」

マルグリットの言葉にさっそく親衛隊が賛辞を贈る。
眩暈がしそうだ。いや既にしている。

38崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 21:09:27
「オイオイオォ〜イ! ちょっち待ってくれるー?
 さっきから聞いてたらザコだのニワカだの、さんざん好き勝手言ってくれちゃってさー?
 マル様親衛隊ィ? ハ! オマエらなんてボクがアコライトを更地もごがご」

矢継ぎ早な悪罵に耐えきれなくなったらしく、ガザーヴァが身を乗り出して口を出す。
が、これも明神がガザーヴァの口を塞ぎ無理矢理幌の中に押し込んで制した。ファインプレーだ。
さらに明神は言い募る。

>こっちもイカレたメンバーを紹介するぜ。俺は笑顔きらきら大明神、ブレモンを愛する一般優良プレイヤーだ。
 さっき名乗ったイケメンがジョン。こっちの意味不明生物がカザハ君と愛馬のカケル君。
 そこの死体がエンバース君。こいつらはマル公もお初だったよな

「明神……? 何かひっかかるわね」

「シクヨロシクヨロー。まぁー短い付き合いになると思うケドぉー?」

「あいや、別におたくらの名前とか興味ないっス」

三者三様の反応である。が、三人ともこちらのパーティーへの興味は薄いようだった。
マルグリット以外の生命体は一律カボチャ、くらいの認識なのだろう。
しかし。

>そしてェーーっ!何を隠そうこの御方こそが我らのリーダー!
 国内最強のスライム使い!ついた異名がスライムマスター!誰が呼んだか月子先生!
 ――モンデェェェェェェンキントォォォォォ!!!!

「明神さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!???」

まるでeスポーツの大会で出場選手でも紹介するかのような調子で、明神がなゆたを紹介する。
先程カザハが紹介したときは有耶無耶になったが、さすがに今回はそうはいかない。
地球でもよく知るプレイヤーの名前が二度も出て来ては、親衛隊もさすがに注目せざるを得ないだろう。

「モンデンキントって、あのモンデンキント?」

「え? マジ? このコが? えっ? ……マジで?」

「いやいや、こんな小娘がお師匠なワケないっス!
 お師匠はもっと大人で、聖人で、マル様ほどじゃないにせよ立派なお方っスよ!」

やはりと言うべきか、きなこもち大佐はキングヒルでの明神のようなリアクションを見せている。
三人の視線がマルグリットに集まる。なゆたが本物なのか偽者なのか、彼の判断を待っているそぶりだ。
親衛隊の無言の懇願に対して、マルグリットは柔和な微笑を浮かべながら一度頷く。

「ええ、間違いなく。
 試掘洞以降、黎明の賢兄より伺いました。稀代のスライム使い、その名も月の子(モンデンキント)。
 試掘洞にてバルログをただ一撃にて屠りし勇姿、いまだ我が瞼裏に焼き付いております」

「あはは、あの月子先生がこんな可愛い女の子だったなんて! 分からないものねぇ!」

「ッパネェ……! モンキンってこんなお子ちゃまだったんだ……マジビビルっしょ!」

「う、嘘っス……お師匠が、自分のお師匠がこんな……こんな……。
 いくらなんでも属性盛りすぎじゃないっスかね……?」

「ええと……なんかゴメンナサイ……」

さすがに崇拝するマルグリットの太鼓判があっては否定できない。親衛隊は納得した。
しかしきなこもち大佐だけはがっくりと地面に膝をついている。なゆたは思わず謝った。

「でも、バルログをワンパンなんてできるのは自分の知る限りお師匠くらいしかいないっス。
 認めるしかないようっスね……!」

「あら。私もできるけど」

「あーしもー」

「社交辞令っス。気にしないでほしいっス」

尊敬する師匠を前にしても、慇懃無礼なのは変わりなかった。

39崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 21:09:47
「と、ともかく、マルグリットがここへ来てくれて助かったよ。ありがとう。
 さっきカザハも言ってたけど、あなたたちはこれからどこへ?
 わたしたちはここからアズレシアを経て、最終的にはエーデルグーテへ行こうと思ってるんだけど……」

「私は貴君らをお迎えに上がったのです。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ」

「迎えに来た? わたしたちを?」

「然り」

マルグリットは鷹揚に頷いた。

「賢師の命に依りて、我ら十二階梯はこの未曽有の危難に対処する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めています。
 この三名も同じく我が招聘に応じ、本来の陣営より離脱し馳せ参じてくれた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 貴君らにも、是非同道頂きたい。賢師もそれをお望みです。
 かつて貴君らに預けた『ローウェルの指輪』がその証……賢師に選ばれし『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の」

ガンダラの試掘洞で達成したクエストの報酬、ローウェルの指輪。
実在するかさえ不確定であった超絶レアアイテムは、単なるスペルカードのブーストアイテムではなかった。
最初にこのアルフヘイムの地に降り立ってから、既になゆたたちはローウェルに選ばれていた、ということらしい。
と、するならば。
魔法機関車の燃料切れとクリスタル確保のタイミングがあまりに噛み合っていたため、なゆたたちはずっと、
キングヒルへ来いというクエストとローウェルの指輪を手に入れろというクエストの出どころは同一と思っていたが――
バロールのアルフヘイム陣営とローウェルの十二階梯陣営ということで、それぞれバラバラの依頼だったらしい。
ガザーヴァが言っていた『敵はニヴルヘイムだけじゃない』という言葉がさっそく実証された形だ。
今はまだ、マルグリットやローウェルが敵なのかどうかは定かでない。今後のなゆたたちの去就次第だろう。
しかし、これでアルフヘイム、ニヴルヘイムに次ぐ第三勢力の存在が明らかになったわけだ。

「あーしらも元はニヴルヘイムの連中に召喚されたんだケドぉー。
 アイツら陰気臭いし、男ばっかでムサ苦しいし。つーかミハエルとか帝龍とか話合わんし」

「居心地悪いと思ってたんスよねぇ。そんな自分たちを、マル様が迎えに来てくれたんス!」

「あぁ……、本物のアルフヘイムで、まさか本物のマル様にお会いできるだなんて……!
 これってやっぱり運命よね! 私たちマル様親衛隊は、マル様に出会うべくして召喚されたのよ!」

明神の予想通り、マル様親衛隊は元々ニヴルヘイムのピックアップ召喚で召喚されたらしい。
でなければ、こんなに近しい間柄のプレイヤーを纏めて召喚することなど不可能だろう。
しかし、三人はマルグリットに出会ったことであっさりとニヴルヘイム陣営を裏切り十二階梯勢についた。
なゆたや明神にとっては『ですよねー』な当然すぎる結果だが、
ニヴルヘイムの首魁イブリースにとっては予想外の事態だろう。今にも歯軋りが聞こえてきそうだ。

「えと、確か親衛隊って幹部クラスの人がもうひとりいたような……」

「スタミナさんっスか? もういないっス」

「もういない?」

きなこもち大佐の物言いに、なゆたは首を傾げた。

「除名だよ除名ー。つーかさーアイツ、こっちに召喚されたらビビッちゃってさー。
 マル様のために戦えるんだよ? 超絶光栄じゃん! 望むところじゃん? マル様に刃向かう連中なんて全殺しっしょ?
 あーしら最強だし! なのに戦いたくないとか言い出してさぁー。だ・か・ら!」

「親衛隊に臆病者は必要ないわ。例えそれが幹部であってもね。
 彼女は置いてきた。ま……運がよければ生き延びるでしょう。
 もっとも――『彼女のスマホは、もう壊れてしまっているけれど』――」

さっぴょんがクスクスと哂い、きなこもち大佐がクククとほくそ笑み、シェケナベイベがケラケラと嗤う。

「―――――――」

なゆたはぞっとした。
この三人は、あれだけ仲良くしていた幹部さえも僅かな意見の違いで放逐したのだ。
しかも、ただ放逐したのではない。なゆたの予想が正しければ――三人は戦うことに反対した幹部に制裁を加えたのだ。
そして最終的に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の命綱とさえ言えるスマホを破壊した。
この世界において『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がスマホを失うことは死に直結する。
それを、この三人はしたのだ。躊躇いなく。

――狂ってる。

改めて、なゆたはマル様親衛隊という組織の恐ろしさを痛感した。

40崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 21:10:00
夜になり、なゆたたちパーティーとマルグリット、マル様親衛隊は当初予定していた村に到着した。
一件だけある酒場兼宿屋にチェックインする。もっとも、今は総勢10名の大所帯(馬除く)だ。
宿屋の部屋とベッドには限りがある。なゆた、ガザーヴァ、親衛隊の5人が宿屋を使い、
明神、エンバース、カザハ、ジョン、マルグリットの男衆は馬車で宿泊ということになった。
馬二頭は厩である。
マル様も当然宿を使うべきと主張する親衛隊や、明神と寝たいと駄々をこねるガザーヴァによって部屋割りは揉めに揉めた。

「貴君らがバロール師兄の許に身を寄せていることは存じております。
 したが、敢えて申し上げましょう。貴君らは師兄に欺かれている。ていよく利用されているだけなのです」

酒場でテーブルを囲み、夕食を摂りながら、マルグリットが物柔らかな態度でなゆたたちを説得する。
その声、その態度、その雰囲気だけで、マルグリットが正義の側、光の側に属しているということが伝わってくる。
マル様親衛隊でなくとも、マルグリットの慇懃な態度を見ればその言葉を信じたくなってしまうだろう。
バロールが明らかに隠し事をしている、情報の開示を避けているならば尚更だ。

「師兄もまた、世界の救済を考えてはおられるのでしょう。
 さりながら……師兄のそれは真の救済にあらず。ただ、世界を欲しいままにしたいだけなのです。
 我が賢師はそれをお許しにならなかった。ゆえ、賢師は師兄を破門にされたのです。
 このまま師兄に使嗾され続けたとて、貴君らに安寧は決してなきもの……と断言させて頂く」

「バロールは、やっぱりわたしたちを騙しているっていうこと?」

「遺憾ながら」

マルグリットは首肯した。
確かにバロールの発言や行動には謎が多いし、目的のために犠牲を厭わないところがある。
ガザーヴァのことを道具としてしか見ていなかった点なども、いまだに不信感として燻り続けている。
かの元第一階梯がなゆたたちに開示している情報とは別の目的で動いているのは間違いないだろう。
しかし、それをもってバロールを見限るのは早い、ようにも思う。
何より今はまだローウェルの思考が見えない。
ローウェルもまた侵食に備えようとしているのは確かだろうが、彼には彼の思惑もあるはずだ。
それがなゆたたちにとって何を意味するのか、それを見極めるまでは結果は出せない。

「つか、バロールって魔王っしょ? 殺せば?
 なんならあーしが殺す? 10ターンくらいでイケるっしょ、アイツなら」

シェケナベイベがパスタをフォークで巻き取りながら、こともなげに言う。

「自分ら三人がかりなら5ターンってとこっスかね」

「んー、私はパス。きなちゃん、シェケちゃん、お願いね」

「そんなこと言って、あーしらがバロール殺してる間にマル様と抜け駆けしようなんて問屋が卸さないし! 隊長!」

「んー? ふふふ、ばれたか」

「きたないさすが隊長きたない」

完全にバロールのことを舐めている。
バロールは十二階梯の継承者の頂点に君臨していた男。大賢者ローウェルの一番弟子にしてマルグリットの兄弟子にあたる。
ストーリーモードのラスボスであり、この世界でも最高の魔術師である。
当然、やすやすとやられるとは思わない……が。
親衛隊の物言いには、ひょっとしたら成し遂げてしまうのではないか――そう思わせる説得力があるのも事実だった。
だが、そんな親衛隊三人の言葉にマルグリットがかぶりを振る。

「いえ、お三方。師兄の力を見縊られぬよう。
 師兄は今世最大にして最強の魔術師。破門となり我らと袂を分かった今もなお、その創世魔法に衰えはありますまい。
 お三方の力量は重々承知しておりますが……何卒軽はずみな行動は慎まれよ。何より――
 見目麗しいレディの身がたとい毛筋ほどであっても傷つくなど、このマルグリットにとって耐え難き苦しみなれば」

そう言って、マルグリットは笑った。
ぱぁぁぁぁぁぁぁ……!! と効果音でも出ていそうな、とびきりの笑顔だ。実際光り輝いているような気さえする。

「ふはぁ……マル様ぁぁぁん!!」

「あひぃん……!」

「おぶぅ!? と、尊すぎて死ぬっス……!」

さっぴょんが横ざまに椅子から転げ落ち、シェケナベイベが感極まってビマビク震え、きなこもち大佐が鼻血を垂らして突っ伏す。
一事が万事こんな感じで、鬱陶しいことこの上ない。
だが、この四人が戦力ではなゆたたちを遥かに上回っているのは事実なのだ。

41崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 21:10:49
「ところで……月の子よ、貴君らはエーデルグーテへ行かれるとのこと。
 なにゆえ斯様な遠方へ? 聖地巡礼という訳でもありますまい」

「あ。ええと……」

マルグリットに訊かれ、なゆたは無意識にジョンの方へと視線を向けた。
ほんの少しだけ逡巡してから、

「……ちょっと、呪いを解きに行こうかなって」

とだけ言った。
教えられないと黙秘しては親衛隊の不興を買うだろうし、といって懇切丁寧に事情を説明してやる必要もない。
何より、これはジョンの問題だ。ジョンも会ったばかりの者たちに自分の苦境を知られたくないだろうし、
何よりなゆたがペラペラと喋っていいことではない。

「なるほど。委細承知致しました」

ただ、そんななゆたの意図など関係なくマルグリットはあっさりと納得したようだった。
ゲームの中でも、マルグリットは篤実かつ実直な人物としてキャラメイクされている。
その誠実さ、悪く言えば単純でバカ正直なところをゲームの中でも様々な人物に利用され、
ときにプレイヤーの味方として、ときに敵として接触していくのである。
親衛隊を始めとするマル様フォロワーも、そんなマルグリットの『強くてイケメンなのにどこか抜けている』ところに
魅力を感じているのだろう。母性愛や庇護欲を掻き立てられる、とでも言えばいいか。
なゆたはイケメンにはまるで興味がないタイプなので、マルグリットには全然ツボを刺激されないのだが。

「解呪ということであれば、確かに聖都より適切な場所はございますまい。……ならば、我らも聖都へ同道致しましょう。
 幸い聖都の頂点、プネウマ聖教の教帝オデットは十二階梯の継承者が一翼、我が賢姉にて。
 貴君らの解かんとしている呪詛がいかなる類のものかは存じませぬが、賢姉にかかれば解呪などいと容易きこと。
 私の伝手にて賢姉に渡りをつけましょう、如何?」

「本当!?」

なゆたはガタッ! と椅子から立ち上がり、身体を前にのめらせて食い入るようにマルグリットへ顔を近付けた。
これぞ、渡りに船である。
『ブラッドラスト』を解くために聖都へ向かおうと思い立ったものの、聖都に到着した後のことは何も考えていなかった。
ただ、聖属性の本拠地である聖都へ行けばきっと解呪の手段もあるだろう、と何となく考えていただけだ。
そんな何とも頼りない、ふわっとした作戦にマルグリットは確かな手段を提供してくれるという。
プネウマ聖教の教帝オデットは聖属性魔法のエキスパート。聖属性に関しての知識はバロールをも凌ぐ。
オデットならば、ブラッドラストを解呪する方法もきっと知っているだろう。
もしオデットがそれを知っていたとしても、なゆたたちだけでは教帝に謁見することなど夢のまた夢だ。
しかし、そんな問題もオデットの弟弟子であるマルグリットがいれば一発解決だ。
無意識にヘイトをばら撒くマル様親衛隊と長旅をするというのは精神的な疲労が半端なさそうだったが、
親衛隊は何せ無類の強豪である。単純に戦力がアップするというのはメリットであろう。
何より戦える頭数が増えれば、それだけジョンが戦う機会も避けられる。
今はとにかく、ジョンにブラッドラストを使わせない。それが何より優先すべきことなのだ。

「勿論ですとも。お役に立てて重畳至極、その代わり――」

マルグリットが微笑みながら告げる。

「ことが成り、解呪が成功した暁には……我らと共に賢師にお会い頂く。宜しいか」

むろん、世話になりっぱなしではいられない。便宜を図ってもらえば、当然その代償を支払う義務も発生する。
いかなお人よしのマルグリットとて、ボランティアでやっている訳ではない。ローウェルの遣いでやっているのだ。
オデットに会って解呪をしてもらえば、マルグリットに大きな借りができる。
そうなれば、ローウェルに会うというマルグリットの希望を断りづらくなってしまう。
といって、ここで分かったと了承してしまうのはあまりに危険だ。

「……その……」

なゆたは口ごもった。ここで嫌だと言えたなら、いったいどれだけ楽か。
しかし言えない。ジョンの呪いを確実に解くためには、オデットの協力とマルグリットのパイプは必要不可欠だ。
約束できない、と言わなければならない。しかし協力はして欲しい。
懊悩。だが――

「ヤダ」

そんな場の空気を全く読まない人物が、ひとりだけいた。

42崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 21:12:17
「ジョンぴーの呪いを解きたいってーのはヤマヤマなんだケドーぉ、じじいの思惑に乗ってるみたいでキモチワルイんだよねー。
 こっちの力借りたいんだったら、手下なんて寄越さないで本人が来るのがスジなんじゃないっスカーぁ?
 あ、それとも老いぼれすぎちゃって足腰立たなくなっちゃってる? 要介護的な? んならしょーがねぇーかぁー! きひひッ!」

ガザーヴァは無理矢理幌馬車の中に押し込められた鬱憤を晴らすかのようにまくし立てた。
ガタッ! と瞬時にシェケナベイベときなこもち大佐が立ち上がり、殺気に満ちた眼差しでガザーヴァを睨みつける。
瞬時にマルグリットが右手を水平に伸ばし、狂犬二頭の動きを制する。
もっとも、ガザーヴァにとって憎悪は賛辞にも等しい。
水を得た魚のように、その舌が滑らかさを増してゆく。

「それにさぁー、ボクらさっきそちらさんのお仲間に襲撃受けてんだよネー。
 『詩学の』エリスマリスだっけ? マリスエリスだっけ? まぁーどっちでもいっか!
 畑に火ィーつけた上に狙撃とか、えっぐいコトするよねー! ボクでも感心……もといドン引きするレベル!
 オマケにそんなお仲間に襲わせといて、自分は助けに来るフリして恩売って……マッチポンプってヤツ? エゲツナーイ!」

「……『詩学』が貴君らを狙撃?
 あまつさえ、先ほどの火災も『詩学』の仕業と……? そんな筈は……」

マルグリットが困惑げな表情を見せる。
しらばっくれるにしては演技が堂に入っている。第一、マルグリットはそんな腹芸のできる人物ではない。
本当にマルグリットが知らないのだとしたら、マリスエリスが独断でやったこと――ということなのだろうか?
なゆたは首を傾げた。
ガザーヴァの横槍で場の雰囲気が悪くなった、そのとき。

「別に、あんたたちの無罪を証明してやるわけじゃないが――」

それまでテーブルにつきながらも一言も喋っていなかったエンバースが、徐に口を開いた。

「本当に、あれはマリスエリスの仕業か?」

「どういう意味? エンバース」

なゆたが訊ねる。

「……なに。俺の記憶では、確か十二階梯のマリスエリスという奴は自然を愛するキャラじゃなかったか、と思ってな」

確かに『詩学の』マリスエリスは吟遊詩人を本職としており、その詩の題材も戦いや恋より自然の美しさを語るものが多かった。
そんなマリスエリスが、例え目的があったとしても畑を焼くなどという景観を著しく損なう行動に手を染めるだろうか?
王都の美しい白亜の色合いと、整然と並ぶ柱。その景色が美しいと、ゲームの中でバロールに弓を引いたマリスエリスが。

「それにだ。奴は確か、魔力の矢を飛ばすのだったな。だったら――
 ……『これ』は何だ?」

そう言ってエンバースはコートの内懐をまさぐり、何か小さなものをつまんで取り出した。
細長く鋳造されたそれは『弾丸』だった。
この世界にふさわしくない、地球由来の産物。ライフル弾。
それが、エンバースの懐から出てきた。

「それは……」

「カザハが狙撃を受けた地点の近くに落ちていた。間違いなく俺たちを狙ったものだろう。
 マリスエリスはいつ、得物を魔弓からライフルに変えた? 
 それに……奴は『雲の上のドラゴンの目を地上から射貫く』射手だったよな――? 得物を変えて手許が狂ったか?」
 
そうだ。マリスエリスはこのアルフヘイムでも随一の射手。
そんなマリスエリスに一度狙われれば、逃げ延びることは不可能である。
だというのに、なゆたたちは全員生き残っている。
周囲の被害をものともしない焼き討ち、ライフルの弾丸、事情をまるで知らない身内。
これらの証拠が齎す結論とは、つまり――

「襲撃者は……マリスエリスじゃ……ない……?」

敵は、別にいる。

43崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/04/18(土) 21:12:43
「……ニヴルヘイムの者でしょうか。いずれにせよ放っておく訳には。
 やはり、同道はさせて頂きます。貴君らを賢師の許へとお連れする、それは我が第一の任なれど――
 侵食の脅威に乗じて破壊を目論むニヴルヘイムの尖兵もまた、見過ごしてはおけませぬ。
 貴君らと共に在れば、遅からずニヴルヘイムの者どもとも相まみえることとなるはず。
 微力ながら加勢致します、今は協調し絆を強めることこそが、闇を切り拓く一条の光明となりましょう」

「ええと……でも、ローウェルの所は……」

「はは……それは暫し脇に除けておきます。
 確かに賢師の厳命は我が大事なれど、無理強いは私の好むところではありません。
 まして恩を売り、その代価に望まぬ行為を強いるなど……ゆえ、先ほどの私の言葉はどうかお忘れに。
 まずは貴君らの目的の達成に尽力致します。その後で、よしや我が献身に何か感じ入ることがあったなら。
 そのとき、改めて答えをお聞かせ願います」

マルグリットははにかむように笑った。
それは何らの打算も思惑もない、掛け値なしの笑顔。
正真、マルグリットは今言ったままのことを胸中で考えているのだろう。
親衛隊は油断できない難物ぞろいだが、それを率いるマルグリットのことは信じてもいいのかもしれない。
何より、やはり戦力アップは何にも勝る魅力だ。
エーデルグーテへの道のりは遠い。その道中、きっとまたニヴルヘイムの刺客がやってくるだろう。
そんなとき、戦闘に加わってくれる存在が多いのは何より心強い。
それが十二階梯の継承者と、ブレモンのトップランカーと来れば尚更だ。

だとすれば。

「じ、じゃあ……お言葉に甘えて。
 エーデルグーテまでよろしく、マルグリット。親衛隊の皆さんも……頼りにして、ますね」

なゆたは迷わなかった。
ハイリスク・ハイリターンの選択だったが、この状況で選り好みはしていられない。
多少のリスクは織り込み済みで突き進んでゆくしかないのだ。

「承知致しました。月の子よ、明神殿にジョン殿、カザハ殿も――何卒お任せあれ。
 このマルグリット、『聖灰』の名に懸けて。必ずやお役に立ってご覧に入れましょう!」

マルグリットがキラキラと輝くような笑顔を向け、爽やかな所作で右手を差し出してくる。握手の仕草だ。
どこまでも憎らしいほどイケメンな男である。ならばとばかり、なゆたも右手を差し出して悪手に応じようとした――が。

ぺちん!

「あいた!」

それまで黙って遣り取りを見ていたさっぴょんが立ち上がり、なゆたの手を叩いたのだ。
なゆたはビックリして手を引っ込めた。

「たとえ知人であろうと、マル様に触れることは許さないわ」

さっぴょんが険しい表情で言い放つ。
その纏う気配は先ほどガザーヴァの挑発に乗って立ち上がったシェケナベイベときなこもち大佐の比ではない。

「ぅ……、すいません……」

「わかればいいの。……マル様がお決めになったことなら、私たちに言うことは何もないわ。
 護衛でも露払いでも、なんでもこなしてみせましょう。改めてよろしくね、みんな」

「かしこまりー。ホントはさっさとバロール殺して、アンタらふん縛ってったほーが楽なんだろーケドぉー。
 別にいっか。ま、あーしらがいれば百人力ってヤツ? 大船に乗った気で的な?」
 
「自分たちは無敵っスから。おたくらは馬車の木目でも数えてるといいっス。フヒッ」

酷い態度と言い草だ。
が、問題児だろうと何だろうとしばらくは一緒に旅をする仲間だ。仲よくしなければいけないだろう。

「あ、あはは……心強いわ、はは……うん……」

――失敗した。
なゆたは数分前に自分が下した決断を、早くも後悔することになった。


【『聖灰の』マルグリットとマル様親衛隊が聖都まで一時的にパーティーに参入。
 マル様親衛隊のヤバさの片鱗を垣間見る。】

44ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/04/24(金) 14:09:45
>……待って。それってもしかしてガチで魔法のアイテムだったり? ちょっと面白そう!
>ああああ!若さが!若さが失われていく!醜く老いさらばえていく!
 な、な、なぁ!ケショーヒンもっとくれよ!まだあるんだろ?もっとくれよぉ!!

どうしてこうなった?
女性をほぼ確実に落とせる(とジョンは思っている)
必殺アイテムを出したら、カザハに中身をぶちまけられ、明神は中毒に。

どうしてこうなった?なんで?

男3人が遊んでいる中、自称親衛隊が部長を囲んでいた。

>「てか、パートナーモンスターがコトカリスって! こんなネタモンスター連れてるプレイヤー初めて見たし!
 見たとこ大して鍛えてもないっぽいしぃ。マジ引くわぁ……ひょっとしてこれも女ウケ狙ってる系? ぱねーし」

「いや別に狙ってるわけでは・・・」

>「他はシルヴェストルとユニサスに、ダークシルヴェストルとダークユニサス。エンバースとスライムっスか。
 ザ・エンジョイ勢! って感じっスね……エンバースとダークシルヴェストルとダークユニサスはまぁまぁっスけど。
 他はザコもいいとこっス。こんなゴミパーティーでよくも今まで生き延びてこられたモンっスねぇ〜?」

「・・・」

>「こら、二人とも言いすぎよ? たとえ低レアモンスターしかいないニワカ勢でもいいじゃない。
 マル様が必要だと仰っておられるのだから……そうですよね、マル様?」

自分の中で黒いなにかが湧き上がる。

>「あ、あはは……すみませんねえ、ニワカのエンジョイ勢で……」

なぜこんなにも上から目線なんだ?
絶対の自信があるからか?モンスターが強いから?

僕なら・・・モンスターを呼び出す前にお前ら3人の首を切り落とす事だってできるのに

僕達を馬鹿にする馬鹿3姉妹はどう強く見積もっても痴漢対策の護身術程度の実力だろう。
モンスター込みなら僕よりは強いだろうけど・・・。

>「ええ、まこと久闊でございますな。ご健勝で何より――
 いやさ、貴君ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならば当然の仕儀にございましょうや。
 なればこそ、我が賢師も貴君らの力を恃みにしようというもの」

それよりも気になるのはこの男だ。
こんなに人を馬鹿にする馬鹿3人を咎める事すらせず後ろにふんぞり返っている。

自分はまともですよ風を装ってるこの男のほうがよっぽどクソかもしれない。

>「一回野良でパーティー組んだ程度のザコの顔まで覚えてるなんて、マル様はやっぱパネェっス!
 マジ惚れ直すっス……!」

>「あはぁん! マル様ぁ〜! サイッコーだし!」

盲目的な信仰は狂気すら感じる。

45ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/04/24(金) 14:09:59
>こっちもイカレたメンバーを紹介するぜ。俺は笑顔きらきら大明神、ブレモンを愛する一般優良プレイヤーだ。
 さっき名乗ったイケメンがジョン。こっちの意味不明生物がカザハ君と愛馬のカケル君。
 そこの死体がエンバース君。こいつらはマル公もお初だったよな

>「明神……? 何かひっかかるわね」
>「シクヨロシクヨロー。まぁー短い付き合いになると思うケドぉー?」
>「あいや、別におたくらの名前とか興味ないっス」

この3馬鹿はどうやら子供ですらできる事もできないらしい。
なんでこんなクソ共がこっち側なんだ・・・?なゆ達が特別なだけ?

>そしてェーーっ!何を隠そうこの御方こそが我らのリーダー!
 国内最強のスライム使い!ついた異名がスライムマスター!誰が呼んだか月子先生!
 ――モンデェェェェェェンキントォォォォォ!!!!

>「明神さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!???」

>「ええ、間違いなく。
 試掘洞以降、黎明の賢兄より伺いました。稀代のスライム使い、その名も月の子(モンデンキント)。
 試掘洞にてバルログをただ一撃にて屠りし勇姿、いまだ我が瞼裏に焼き付いております」

本当になゆ事モンデキントは超がつくほどの有名人らしい。
3馬鹿が反応を変えたあたりガチである事が伺える。

こんな事ならもっとプレイヤーの事とかもっと調べとくんだったなあ・・・
こんどカザハがもってた本を貸してもらおうかな。

>「でも、バルログをワンパンなんてできるのは自分の知る限りお師匠くらいしかいないっス。
 認めるしかないようっスね……!」
>「あら。私もできるけど」
>「あーしもー」
>「社交辞令っス。気にしないでほしいっス」

カザハはいい意味で馬鹿かもしれないが
こいつらは悪い意味での馬鹿。いや挨拶も最低限の気遣いもできない時点で人間ですらないかもしれない。

「チッ・・・お前らいいかげんに」
>「と、ともかく、マルグリットがここへ来てくれて助かったよ。ありがとう。
 さっきカザハも言ってたけど、あなたたちはこれからどこへ?
 わたしたちはここからアズレシアを経て、最終的にはエーデルグーテへ行こうと思ってるんだけど……」

さすがに堪忍袋が切れ、口を挟もうとすると手でなゆに止められる。

クソッ・・・僕のせいでなゆ達がこんな奴にペコペコしなきゃいけないなんて・・・

>「賢師の命に依りて、我ら十二階梯はこの未曽有の危難に対処する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めています。
 この三名も同じく我が招聘に応じ、本来の陣営より離脱し馳せ参じてくれた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 貴君らにも、是非同道頂きたい。賢師もそれをお望みです。
 かつて貴君らに預けた『ローウェルの指輪』がその証……賢師に選ばれし『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の」

怪しすぎる、いや逆か?
堂々と不貞を働く馬鹿3人とそれを咎めないその主。
とてもじゃないが頼みごと・相談事をしにきたとは思えない。逆に嫌な奴と思わせて断らせたいっていうなら分かるが。

「・・・君達はどうやってこの世界にきたんだ?」

46ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/04/24(金) 14:10:16
>「あーしらも元はニヴルヘイムの連中に召喚されたんだケドぉー。
 アイツら陰気臭いし、男ばっかでムサ苦しいし。つーかミハエルとか帝龍とか話合わんし」
>「居心地悪いと思ってたんスよねぇ。そんな自分たちを、マル様が迎えに来てくれたんス!」
>「あぁ……、本物のアルフヘイムで、まさか本物のマル様にお会いできるだなんて……!
 これってやっぱり運命よね! 私たちマル様親衛隊は、マル様に出会うべくして召喚されたのよ!」

なるほど、こんな奴らがなゆ達と同じ経緯で召喚されるわけがなかった。
全部を召喚方法で判別するのはさすがに危険だが・・・これだけははっきりわかる。

>「えと、確か親衛隊って幹部クラスの人がもうひとりいたような……」
>「スタミナさんっスか? もういないっス」

こいつらは・・・僕同様・・・この世に・・・いや元の世界でも不必要な・・・クズだ。

>「親衛隊に臆病者は必要ないわ。例えそれが幹部であってもね。
 彼女は置いてきた。ま……運がよければ生き延びるでしょう。
 もっとも――『彼女のスマホは、もう壊れてしまっているけれど』――」

人によっては直接手を下さないだけやさしいと思うかもしれない・・・けどそれは違う。
間接的に殺す事によって自分は人を殺してないと言い張るクズにすらなりきれない
自分を正常と思い込んでる異常者の常套手段にすぎない。

間接的といえども死んだ原因に意図的に自分がやった行為が含まれるならそれは立派な殺人だ。

そのスマホを破壊された人間がどんな人間だったかはわからない、それでも。
スマホというこの世界における唯一信用できる絶対的な力。
それを破壊されたその人のその後は容易に想像できる。

帝龍や、3クズのいう事を統合すれば碌な場所ではないのはほぼ確実だし。
コストを払って召喚した人間がゴミになったと分かればどんな扱いをうけるかもわからない。
必要ないとその場で殺されるならまだいい方だ。
もしかしたら僕達が会う頃にはまともに口が聞けないような状態になっている可能性もある。

ゲラゲラと笑い話にように話す彼女達はもう救いようのないクズだ。
人はこいつらを狂っているというだろう・・・でもそれは違う。

こいつらは人間の皮を被った異常者として正常なのだ。

47ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/04/24(金) 14:10:48
一通りの話し合いが終わり、夜に懇親会を開くという事になった。

「そろそろいかないと・・・」

立ち上がりたいが・・・吐き気がする・・・原因は分かりきっている。
同属嫌悪と・・・こんな奴らになゆがペコペコしないといけない状況にしてしまっている僕自身に。

予想以上に気分が悪い、今すぐこの吐き気の現況を無くしてしまいたい

殺してしまいたい。

約束を破りたくない。

でも殺してしまえばすぐ楽になるのに・・・。



さぞかし同属を殺すのは気持ちいいだろうなあ



宿屋の中が騒がしくなってきている。

「早くいかなきゃいけないのに・・・」

きっとあの3クズに今あったら・・・殺してしまうかもしれない。

僕はマルグリットが先に言ったのを見てからカザハと明神エンバースの3人に話しかける。

「ハア・・・ハア・・・すまない・・・明神、カザハ、エンバース・・・僕もう我慢できそうにないんだ」

3人に這いずりながらすりよっていく。
大きな声がでない、普通の声すらでない。

逃げようと距離を取ろうとする3人を捕まえ抱きしめる。

「ハア・・・ハア・・・すまない・・・3人とも・・・」

大きな声がでないので、3人の耳元でささやくように

「なゆに・・・僕は今日はいけないと伝えてくれ」

48ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/04/24(金) 14:11:01
気分が悪いのと裏腹に・・・体から溢れんばかりの力がみなぎっているのを感じる。

「今あの3クズに会ったら・・・殺してしまうだろうから・・・」

理由はいくらでもでっち上げることはできた。でもしなかった。

もちろん僕に余裕がなかったのもあるが
変な嘘をついてもし、3クズを連れて僕を探し回ったりなんかされたらたまらない。
ついてこない可能性のほうが高いが、マルグリットになにか言われたらくる可能性もある

それに・・・僕はみんなにまだ僕の罪を隠している。

「もうバレてるだろうし明神には言ったと思うけど・・・僕は人を殺した事がある
 こっちの世界にくる前に・・・なんの罪もない女の子を・・・」

「ハハッ・・・笑えるだろ?同属嫌悪って奴だよ」

もはや作り笑いすらできない乾いた笑い

「前はこんなに喧嘩っ早くなかったはずなんだけど・・・この世界に来てから壊れちゃったのかな?
 あいつらを殺してやりたくてしょうがないんだよ。君達を馬鹿にする3クズもその主も
 原因を作ってみんなに迷惑をかけてる僕自身も」

「なゆと約束したはずなのに!そんな事一瞬でどこかいって暴れだしそうなんだ!」

押さえきれずに体からブラットラストのエフェクトが漏れ始める。

「これ以上・・・君達に嘘はつきたくないんだ
迷惑をかけるのだって・・・この世界にきてから助けてもらってばっかりなのに・・・」

バロールから貰い受けた拘束具を差し出す。
拘束した相手の気力を奪い、意識を失わせる特殊効果付の拘束具。
備えはいくらあってもいい。とバロールから渡された物がこんな早く役に立つなんて・・・

「時間がない・・・これで・・・僕を繋いでからいってくれないか・・・心配しないでくれ念の為だ
 マルグリットが帰ってくる前に外してもらえ・・・れば・・・」

拘束が終わったのを見て、安心したのか、効果が聞いてきたのか気が遠くなってきた。

「なゆにも伝えてくれ・・・ジョンという男はあの3クズのように救いようのない人間なんだって
 あいつは人殺しのロクデナシだって・・・君達が言えばきっとなゆだって・・・」

「頼むからあんな奴らの言う事を・・・僕の為に聞かないでくれって・・・そんな事をするくらいなら見捨ててくれって」

ジョンの意識は闇の中に。

「頼んだ・・・よ」

謎の少女の霊に見守られ 溶けていった。

49カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:39:45
ケショーヒンの効果が発動した。
明神さんやジョン君は若干若返って見え、エンバースさんは小奇麗な焼死体になっている。
ケショーヒンの効果は、一時的にグラフィックがプリクラかフォトショ加工のようになるというものらしい。
でもちょっと持続時間が短すぎる気がする。

>「ああああ!若さが!若さが失われていく!醜く老いさらばえていく!
 な、な、なぁ!ケショーヒンもっとくれよ!まだあるんだろ?もっとくれよぉ!!」

「おおお落ち着いて! そんなに変わらないから! フォトショで加工した程度だから!」

明神さんがケショーヒン中毒を起こしてしまった。
このケショーヒンとかいうやつって普通に流通してたらいけないガチでヤバいやつなんちゃうの!?
自分達で毒見(?)したおかげで初対面の相手にあげることにならなくて正解だったかもしれない。
その後も親衛隊は言いたい放題だった。
モンスターの良し悪しをレア度等表面的なことでしか判断していないらしい。

>「こら、二人とも言いすぎよ? たとえ低レアモンスターしかいないニワカ勢でもいいじゃない。
 マル様が必要だと仰っておられるのだから……そうですよね、マル様?」
>「あ、あはは……すみませんねえ、ニワカのエンジョイ勢で……」

まずいよ、なゆたちゃんが青筋浮かべてるよ!

(ポヨリンさんの強さを見抜けないなんてモンキンチルドレン破門じゃね?)

《間違いなく破門ですね……》

元々マル様>>(超えられない壁)>>月子先生だったんだろうし破門にされたところでそんなにダメージなさそうだけど!

>「それはそれとしてだ。久しぶりじゃんマル公、穴蔵で狩りパ組んで以来だな。元気にしてた?」

以前共闘した、とは聞いてたけどそんな仲良しなノリ!?
マル様は特に引くわけでもなくナチュラルに応答していた。

>「ええ、まこと久闊でございますな。ご健勝で何より――
 いやさ、貴君ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならば当然の仕儀にございましょうや。
 なればこそ、我が賢師も貴君らの力を恃みにしようというもの」

>「こんなエンジョイ勢とマル様が一緒に戦ったとか、マジ信じられんし」
>「いいえ、いいえ。エンジョイ勢だからこそよ、シェケちゃん。
 マル様はブレモン唯一無二の正真正銘の英雄だもの……弱者に手を差し伸べてこそ、でしょう?」
>「一回野良でパーティー組んだ程度のザコの顔まで覚えてるなんて、マル様はやっぱパネェっス!
 マジ惚れ直すっス……!」
>「あはぁん! マル様ぁ〜! サイッコーだし!」

「話が前に進まない……」

カザハは親衛隊を生暖かい目で見つめていた。
が、マル様以外に興味がなさそうな点はこちらにとって好都合と言える。
これならガザーヴァや明神さんの正体がバレる可能性は低いだろう。

50カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:42:02
>「こっちもイカレたメンバーを紹介するぜ。俺は笑顔きらきら大明神、ブレモンを愛する一般優良プレイヤーだ。
 さっき名乗ったイケメンがジョン。こっちの意味不明生物がカザハ君と愛馬のカケル君。
 そこの死体がエンバース君。こいつらはマル公もお初だったよな」
>「そしてェーーっ!何を隠そうこの御方こそが我らのリーダー!
 国内最強のスライム使い!ついた異名がスライムマスター!誰が呼んだか月子先生!
 ――モンデェェェェェェンキントォォォォォ!!!!」

>「明神さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!???」

なゆたちゃんがモンデンキントということをなかなか信じなかった親衛隊だが、マル様の証言でようやく信じた。

>「と、ともかく、マルグリットがここへ来てくれて助かったよ。ありがとう。
 さっきカザハも言ってたけど、あなたたちはこれからどこへ?
 わたしたちはここからアズレシアを経て、最終的にはエーデルグーテへ行こうと思ってるんだけど……」
>「私は貴君らをお迎えに上がったのです。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ」

つまるところ、ローウェル陣営からのヘッドハンティングだった。
バロールさんに体よく騙されていた気がするが、バロールとローウェルはそもそも別の陣営で、
かといってローウェルがニヴルヘイムに付いているというわけでもないらしい。
最初から三つ巴の構図だったようだ。

>「あーしらも元はニヴルヘイムの連中に召喚されたんだケドぉー。
 アイツら陰気臭いし、男ばっかでムサ苦しいし。つーかミハエルとか帝龍とか話合わんし」
>「居心地悪いと思ってたんスよねぇ。そんな自分たちを、マル様が迎えに来てくれたんス!」
>「あぁ……、本物のアルフヘイムで、まさか本物のマル様にお会いできるだなんて……!
 これってやっぱり運命よね! 私たちマル様親衛隊は、マル様に出会うべくして召喚されたのよ!」

「うん、きっとそうだね。ニヴルヘイム陣営ご愁傷様……」

明神さん大当たり。
冷静に考えてみれば、仲良しが3人揃って召喚されるなんて偶然では有り得ないわな。
その視点で見てしまうと、バロールさんが本当に完全ランダム召喚なのかも怪しくなってくるわけだが。
なゆたちゃん真ちゃんがセットで召喚されてるだけでも凄いけど、
その上ある意味なゆたちゃんの宿命のライバルの明神さんがほぼ同じ時期に偶然遭遇する程度の近距離に召喚されていたのも割と凄い。
もしかしたら、関係性がある者同士が召喚されやすい等の何らかのバイアスがあるのかもしれない。
ところで、こうして他陣営からのヘッドハンティングで手駒を掻き集めているということは、ローウェル陣営は召喚技術を持っていないのだろうか。
ローウェルは大魔術師バロールの更に師匠にあたる大賢者なので、持っていてもおかしくなさそうな気もするが……。

>「えと、確か親衛隊って幹部クラスの人がもうひとりいたような……」
>「スタミナさんっスか? もういないっス」
>「もういない?」
>「除名だよ除名ー。つーかさーアイツ、こっちに召喚されたらビビッちゃってさー。
 マル様のために戦えるんだよ? 超絶光栄じゃん! 望むところじゃん? マル様に刃向かう連中なんて全殺しっしょ?
 あーしら最強だし! なのに戦いたくないとか言い出してさぁー。だ・か・ら!」

「ビビるのは至って普通だけど……マル様親衛隊幹部がマル様のヘッドハンティングを拒否なんてちょっと意外……」

51カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:42:57
確かに、マル様のために戦うことを拒否したところで、ニヴルヘイムの下で戦わされるか野良ブレイブになって露頭に迷うかだ。
どっちにしろ戦わないといけないならニヴルヘイム陣営よりはマル様に付いていきそうなものだが……。
ここまでは親衛隊を割と生暖かい目で見ていたカザハだったが、次の言葉で奴らの本当のヤバさを思い知ることになった。

>「親衛隊に臆病者は必要ないわ。例えそれが幹部であってもね。
 彼女は置いてきた。ま……運がよければ生き延びるでしょう。
 もっとも――『彼女のスマホは、もう壊れてしまっているけれど』――」

(深く関わらないようにしよう……)

本当は深くどころか全く関わりたくないが、これでも重要人物のローウェルの手下のマル様の更に手下なので、表面上は取り繕うしかない。
なし崩し的に当初予定していた村に到着し、大所帯で宿にチェックインする。
親衛隊がいる以上万事すんなりいくということはなく、今度は部屋割りで一悶着である。
なゆたちゃんがリーダー権限発動とかマル様が(親衛隊に対する)マル様権限発動してなんとか話がまとまった。
最初からマル様とその親衛隊をまとめて宿に放り込んでこちらは今まで道中でやっていた通りに馬車宿泊にすれば
親衛隊や現場将軍が騒ぐこともなく無難に収まったのであろうが、
敢えてそうしなかったのはマル様陣営が怪しい動きをしないように見張るためと
マル様と親衛隊を引き離してマル様から情報を引き出せる状態を作るためだろう。
(マル様と親衛隊が一緒になっているとまともな会話がほぼ出来ない)
その代償として、なゆたちゃんが混ぜるな危険の危険物取扱いを一手に引き受けることになってしまったわけだが……。
そして夕食会という名の会談が開かれることとなった。が、ジョン君の様子がおかしい。

>「早くいかなきゃいけないのに・・・」

「どうしたの? 風邪ひいた!? 仕方が無いよずっと野営続きだったもの。
宿の方に泊まれるようになゆに言ってみるね」

明神さんにヒヨコみたいになついてるガザーヴァに交代してって言えば喜んで交代してくれそうだね。
問題は親衛隊が”こっちに来るならマル様でしょ!”ってキレそうな事だけど!

>「ハア・・・ハア・・・すまない・・・明神、カザハ、エンバース・・・僕もう我慢できそうにないんだ」

「まさか……でも道中で戦いらしき戦いはなかったはず……!」

這いずりながら寄ってくる様子に、尋常ではないことに気付く。
考えられるのはブラッドラストの進行だが、道中でジョン君は一度も戦っていないし、もちろんブラッドラストも使用していない。

>「なゆに・・・僕は今日はいけないと伝えてくれ」
>「今あの3クズに会ったら・・・殺してしまうだろうから・・・」

「アイツらか……!」

ブラッドラストの進行を早めるのは戦闘だけではないらしい。
過激すぎる親衛隊の言動によって呪いの進行が早まってしまっているようだ。

>「もうバレてるだろうし明神には言ったと思うけど・・・僕は人を殺した事がある
 こっちの世界にくる前に・・・なんの罪もない女の子を・・・」

「聞いたよ、ブラッドラストの習得条件……」

52カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:44:58
確かにブラッドラストの習得条件は人を殺したことがあることだ。
しかし、その習得条件における”人を殺した”の定義にどこまで含まれるのかは不明だ。
明確な殺意を持った殺人だけなのか、不慮の事故で結果的に死者が出てしまった事まで入るのか。
また、客観的事実が基準なのか、本人の認識が基準なのかも分からない。
そしてガチで殺人の前科があったら、多分自衛隊には入れないはず。
そうなると不慮の事故なのか、あるいは時間の巻き戻しのバグの影響で
ジョン君の認識している事実とこの世界線での公式の事実がずれている、なんていう可能性も無くはない。
が、今は実際がどうだったかはあまり重要ではない。実態はどうであれジョン君はブラッドラストに侵されているのだ。

>「ハハッ・・・笑えるだろ?同属嫌悪って奴だよ」

「そんなことない! アイツら、絶対誰かを助けたことなんてただの一度も無いもの!
忘れないで。もしジョン君がいなかったら今生きてない人がたくさんいる。
ボクも、アコライトのオタク達も……ううん、ジョン君がいなかったらきっと負けて全員死んでたよ」

カザハはジョン君の手を取って落ち着かせようとする。

>「前はこんなに喧嘩っ早くなかったはずなんだけど・・・この世界に来てから壊れちゃったのかな?
 あいつらを殺してやりたくてしょうがないんだよ。君達を馬鹿にする3クズもその主も
 原因を作ってみんなに迷惑をかけてる僕自身も」
>「なゆと約束したはずなのに!そんな事一瞬でどこかいって暴れだしそうなんだ!」

「ジョン君、駄目……!」

>「これ以上・・・君達に嘘はつきたくないんだ
迷惑をかけるのだって・・・この世界にきてから助けてもらってばっかりなのに・・・」

ブラッドラストのエフェクトが現れ始める。ジョン君はどこに隠し持っていたのか、拘束具を差し出した。

「これって……」

53カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:45:48
>「時間がない・・・これで・・・僕を繋いでからいってくれないか・・・心配しないでくれ念の為だ
 マルグリットが帰ってくる前に外してもらえ・・・れば・・・」

「でも……うん、分かった」

当初はブラッドラストを使わせなければ大丈夫かと思っていたが、事態は思っていた以上に切迫しているようだ。
カザハは一瞬逡巡した様子を見せるも、拘束を引き受けた。

>「なゆにも伝えてくれ・・・ジョンという男はあの3クズのように救いようのない人間なんだって
 あいつは人殺しのロクデナシだって・・・君達が言えばきっとなゆだって・・・」
>「頼むからあんな奴らの言う事を・・・僕の為に聞かないでくれって・・・そんな事をするくらいなら見捨ててくれって」

「うん、上手く言っとくからさ……今は休んで」

>「頼んだ・・・よ」

ジョン君が気を失うように眠った途端に掌を返す。

「バカだなぁ。なゆは超頑固で負けず嫌いなんだから……言えば言うほどムキになるに決まってるでしょ。
明神さん、これジョン君にあげてもいいかな? 今これが必要なのはジョン君の方だから」

そして、以前明神さんから貰った聖女の護符を外してジョン君に付けさせる。

「ジョン君、これ、明神さんとボクから。効果はボクの時に立証済みだから。きっと君も守ってくれる……」

カザハは私にジョン君を見ておく役を頼むと、明神さんとエンバースさんに声をかけた。

「二人とも、行こう。ジョン君はカケルが見といてくれるからね」

54カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:46:41
会談会場に行くと、すでにマル様&親衛隊となゆとガザーヴァが揃っていた。

「お待たせしました! ジョン君は体調が悪いらしくて休んどくって」

あいている席につく。立ち話ではなく落ち着いて座って話すのはこれが最初だ。
顔をまじまじ見られて色々と気付かなくていいことに気付かれたら話が散らかりそうでややこしいので、目深にフードをかぶっておく。
具体的には「あれ!? 大昔に会った気がするけどどこで会ったんだろう?」とか「そっちの美少女と顔似てない!?」とか。
幸いマル様や親衛隊はジョン君がいないことを特に気に留めるでもなく、早々に本題が始まった。
マル様によるローウェル陣営への勧誘である。

>「貴君らがバロール師兄の許に身を寄せていることは存じております。
 したが、敢えて申し上げましょう。貴君らは師兄に欺かれている。ていよく利用されているだけなのです」

「やっぱりそうなの? 普通に考えて怪し過ぎるもんなぁ……」

料理を口に運びつつ、気に入った料理をジョン君に持って行く用に容器に詰め詰めする。

>「師兄もまた、世界の救済を考えてはおられるのでしょう。
 さりながら……師兄のそれは真の救済にあらず。ただ、世界を欲しいままにしたいだけなのです。
 我が賢師はそれをお許しにならなかった。ゆえ、賢師は師兄を破門にされたのです。
 このまま師兄に使嗾され続けたとて、貴君らに安寧は決してなきもの……と断言させて頂く」

>「バロールは、やっぱりわたしたちを騙しているっていうこと?」

>「遺憾ながら」

>「つか、バロールって魔王っしょ? 殺せば?
 なんならあーしが殺す? 10ターンくらいでイケるっしょ、アイツなら」

そこから、言いたい放題の親衛隊をマル様が諫めてオチに親衛隊がデレるといういつもの寸劇が繰り広げられたので華麗にスルーしておいた。
寸劇が一段落すると、マル様が話を進める。

>「ところで……月の子よ、貴君らはエーデルグーテへ行かれるとのこと。
 なにゆえ斯様な遠方へ? 聖地巡礼という訳でもありますまい」

>「あ。ええと……」
>「……ちょっと、呪いを解きに行こうかなって」

>「なるほど。委細承知致しました」
>「解呪ということであれば、確かに聖都より適切な場所はございますまい。……ならば、我らも聖都へ同道致しましょう。
 幸い聖都の頂点、プネウマ聖教の教帝オデットは十二階梯の継承者が一翼、我が賢姉にて。
 貴君らの解かんとしている呪詛がいかなる類のものかは存じませぬが、賢姉にかかれば解呪などいと容易きこと。
 私の伝手にて賢姉に渡りをつけましょう、如何?」

>「本当!?」

55カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:47:43
もしジョン君の呪いの件が無くてもどちらにしろ後ろ盾を得るためにエーデルグーテ行きだったのだが、マル様の口ぶりからすると、オデットはローウェル陣営寄りのようだ。
だとしたら、バロールさんのパシリという立場で行ったところで協力を得るのはほぼ不可能だったのでは!?
バロールさん視点から見れば、突っぱねられるだけならまだいいが、下手するとボク達がローウェル陣営に取り込まれてしまいかねない危険な賭けだったのか。
もしくは、マル様のオデットとの繋がりアピールは自信の表れで、
実際にはオデットは今のところどちらに付いているというわけでもないのかもしれない。

>「勿論ですとも。お役に立てて重畳至極、その代わり――」
>「ことが成り、解呪が成功した暁には……我らと共に賢師にお会い頂く。宜しいか」

>「……その……」

気まずい沈黙が場を支配する。
実質、ジョン君を見捨てるか、ローウェル陣営に寝返るかの二者択一を迫られているようなものだ。
この状況をうまく打開出来る者などいるはずがない。

>「ヤダ」

―― 一人いた。これを打開と言っていいのか微妙だけど!

「またそれか――い!!」

>「ジョンぴーの呪いを解きたいってーのはヤマヤマなんだケドーぉ、じじいの思惑に乗ってるみたいでキモチワルイんだよねー。
 こっちの力借りたいんだったら、手下なんて寄越さないで本人が来るのがスジなんじゃないっスカーぁ?
 あ、それとも老いぼれすぎちゃって足腰立たなくなっちゃってる? 要介護的な? んならしょーがねぇーかぁー! きひひッ!」

「君、本当に呪い解きたいって思ってる!?」

当然親衛隊が黙っているはずはなく、場は一触即発になった。

>「それにさぁー、ボクらさっきそちらさんのお仲間に襲撃受けてんだよネー。
 『詩学の』エリスマリスだっけ? マリスエリスだっけ? まぁーどっちでもいっか!
 畑に火ィーつけた上に狙撃とか、えっぐいコトするよねー! ボクでも感心……もといドン引きするレベル!
 オマケにそんなお仲間に襲わせといて、自分は助けに来るフリして恩売って……マッチポンプってヤツ? エゲツナーイ!」

「コラ―――――!! それ言っちゃ駄目!」

全く、この子誰に似たのかしら!? もうこれ交渉決裂じゃね!? が、事態は思わぬ方向へ。

>「……『詩学』が貴君らを狙撃?
 あまつさえ、先ほどの火災も『詩学』の仕業と……? そんな筈は……」

>「別に、あんたたちの無罪を証明してやるわけじゃないが――」
>「本当に、あれはマリスエリスの仕業か?」

>「どういう意味? エンバース」

>「……なに。俺の記憶では、確か十二階梯のマリスエリスという奴は自然を愛するキャラじゃなかったか、と思ってな」

「それはそうだけど……」

56カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:48:41
1巡目≒ゲームのブレモンと現実のこの周回ではキャラ付けが違う可能性もあるので、無罪を断定するには弱い。
物的証拠でもあれば別だが……

>「それにだ。奴は確か、魔力の矢を飛ばすのだったな。だったら――
 ……『これ』は何だ?」

「いつの間に証拠物件手に入れてるの!? 抜かりないな!」

>「カザハが狙撃を受けた地点の近くに落ちていた。間違いなく俺たちを狙ったものだろう。
 マリスエリスはいつ、得物を魔弓からライフルに変えた? 
 それに……奴は『雲の上のドラゴンの目を地上から射貫く』射手だったよな――? 得物を変えて手許が狂ったか?」

>「襲撃者は……マリスエリスじゃ……ない……?」

>「……ニヴルヘイムの者でしょうか。いずれにせよ放っておく訳には。
 やはり、同道はさせて頂きます。貴君らを賢師の許へとお連れする、それは我が第一の任なれど――
 侵食の脅威に乗じて破壊を目論むニヴルヘイムの尖兵もまた、見過ごしてはおけませぬ。
 貴君らと共に在れば、遅からずニヴルヘイムの者どもとも相まみえることとなるはず。
 微力ながら加勢致します、今は協調し絆を強めることこそが、闇を切り拓く一条の光明となりましょう」

>「ええと……でも、ローウェルの所は……」

>「はは……それは暫し脇に除けておきます。
 確かに賢師の厳命は我が大事なれど、無理強いは私の好むところではありません。
 まして恩を売り、その代価に望まぬ行為を強いるなど……ゆえ、先ほどの私の言葉はどうかお忘れに。
 まずは貴君らの目的の達成に尽力致します。その後で、よしや我が献身に何か感じ入ることがあったなら。
 そのとき、改めて答えをお聞かせ願います」

なんだかんだで、ローウェル陣営に付くことは確約せずに、マル様の協力を取り付けることが出来た。結果オーライだ。

>「じ、じゃあ……お言葉に甘えて。
 エーデルグーテまでよろしく、マルグリット。親衛隊の皆さんも……頼りにして、ますね」

>「承知致しました。月の子よ、明神殿にジョン殿、カザハ殿も――何卒お任せあれ。
 このマルグリット、『聖灰』の名に懸けて。必ずやお役に立ってご覧に入れましょう!」

「ありがとう、マル様! 良かった……これでジョン君助かる……!」

57カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/04/29(水) 19:49:27
もちろんジョン君は親衛隊から厳重隔離が必須だが。あの様子だとこれ以上少しでも接触したら危険そうだ。
なゆがマル様の握手に応じようとして、お触り禁止とさっぴょんから怒られた。
マル様から手を差し出してきたんだから応じないのも失礼でしょ! マル様も何か言えよ!
これ、応じなかったら応じなかったで「マル様の握手を拒否するとは許さん!」って怒られるやつじゃね!?
知ってるぞ、そういうのダブルバインドって言うんだ!
とにかくこれで外敵の襲撃については心配なさそうだが、別の意味で無事にエーデルグーテに辿り着くのか心配になってきた。
おまけにこっちには正体絶対バレちゃ駄目な人が約二名もいるし……。
そんなこんなで夕食会はお開きの雰囲気になり、親衛隊がそのままマル様を囲む会に雪崩れ込んだ。
マル様は1秒でも長く一緒にいたい親衛隊によって暫くは拘束されると思われる。
そこで隙を見てなゆを連れ出した。

「今更なんだけど……やっぱりマル様と親衛隊にセットで宿に泊まってもらわない?
ほら、暫く一緒に行くとなるとマル様を馬車に詰め込んで不評を買ったらまずいし!
なゆもこっちに来るか見張りを兼ねて宿チームに残るかは任せるからさ……」

適当に誤魔化そうとしたものの、何かあると勘付いたなゆに結局白状させられた。

「実は……親衛隊の言動が過激すぎてブラッドラストが進行しちゃうみたいで……
親衛隊だけじゃなくその主人のマル様にも穏やかじゃないみたいなんだ」

ジョン君は“あいつらを殺してやりたくてしょうがないんだよ。君達を馬鹿にする3クズもその主も”と言っていた。
もちろんマル様一行をこちらの目の届かないところに置く、もしくはなゆを向こう陣営に一人で放り込むというどちらかのリスクを負うことになる上、
親衛隊抜きでマル様から話を聞き出す機会がなくなるのも痛いが、今はジョン君のブラッドラストの進行を抑えるのが最優先だ。
ジョン君がいきなり部屋割りが変わったことを訝しんだら「親衛隊と現場将軍に押し切られた」とでも言って貰えればどうにでもなるだろう。

「それじゃあ一足先に戻るね! ジョン君がお腹をすかせてるといけないから!」

料理の入った容器を手に、足早にジョン君の元に向かう。
早く戻って拘束を解いてあげなきゃ。
流石に拘束されている状況を目の当たりにしたらなゆもショックを受けるだろうし……ね。

58明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:22:23
>「明神さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!???」

唐突なカミングアウトに、被害者の悲鳴が木霊する。
なゆたちゃんは多分、この狂犬共相手に素性バレは避けたかったんだろうが……
許してくれるだろうか。許してくれるだろうね。ではハバナイスコミュニケーション。

>「いやいや、こんな小娘がお師匠なワケないっス!
 お師匠はもっと大人で、聖人で、マル様ほどじゃないにせよ立派なお方っスよ!」

ぐげげげ。効果は覿面じゃ。
高名にして高潔なるガチ勢ことモンデンキント氏が実は現役女子高生でしたとかいう、
一昔前のラノベでももっと撚るわっつー設定の盛られ具合に親衛隊は露骨にドヨめく。
大佐なんか現実を受け入れきれずにかぶりを振っている。

だが事実だ。諸君らの愛するマルグリット様もそう言っておられる。
流石にマル様の証言を疑うわけにもいかないのか、狂犬共はしぶしぶ納得したようだった。

>「私は貴君らをお迎えに上がったのです。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ」

初動でマウントを完成させ、会話の主導権を握ったこちらの質問に対し、
マルグリットは端的に答えた。

>「賢師の命に依りて、我ら十二階梯はこの未曽有の危難に対処する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めています。
 この三名も同じく我が招聘に応じ、本来の陣営より離脱し馳せ参じてくれた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 貴君らにも、是非同道頂きたい。賢師もそれをお望みです。
 かつて貴君らに預けた『ローウェルの指輪』がその証……賢師に選ばれし『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の」

「するってえと何だ、マル公はこの世界に放り込まれたブレイブをスカウトして回ってるってことかよ。
 ほんで俺たちは……バロールよりも先に、おじいちゃんにツバつけられてたと」

試掘洞でマル公から受け取った、ローウェルの指輪。
それはチート効果のレアアイテムであると同時に、『白羽の矢』でもあった。
マル公含めジジイの手下どもは、なびきそうなブレイブに片っ端から目印として指輪を配ってたんだろう。

……ってことは指輪、全然レアアイテムじゃねえじゃねえか!
ほぼほぼログインボーナスみたいなもんじゃん!

いやそれよりも、今こいつ何て言った?
親衛隊の三人が、『本来の陣営から離脱して』マル公のもとに移籍した?

>「あーしらも元はニヴルヘイムの連中に召喚されたんだケドぉー。
 アイツら陰気臭いし、男ばっかでムサ苦しいし。つーかミハエルとか帝龍とか話合わんし」

俺の予想は95割くらい当たっていた。
こいつらはニブルヘイムにピックアップ召喚されてきた連中。
一方で、今の親衛隊はニブルヘイムの預かりじゃない。

アルフヘイムvsニブルヘイムの対立軸とはまた別の、第三勢力。
それが十二階梯であり、ローウェルの手勢であり、今のこいつらだ。

「ここへ来て第三勢力ぅ?ややこしいよぉ……むつかしいこと考えんのやだぁ……」

ただでさえアルフヘイム側に不信感のある現状で、さらに第三勢力まで介入してきやがった。
もはや因果の線はわやくちゃのスパゲッティ状態だ。
そして俺たちはおそらく、そのスパゲッティのほんの切れっ端しかまだ齧っていない。

「……待てよ。十二階梯はニブルヘイム側じゃあなかった。それは良い。
 それなら帝龍の野郎が十二階梯と懇意にしてたような口ぶりだったのは何だったんだ?」

59明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:23:23
十二階梯のマリスエリスは、敗北した帝龍のスマホを射抜いて無力化した。
あれは鹵獲対策、いわば負けた味方への口封じの一環だったと思ってたが、
実際はもっとシンプルに、帝龍に対する敵対行動として狙撃を行ったってことなんだろう。

だけど奴は、戦闘中にこうも言っている。

――>『幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』

ガザーヴァが俺たちの側につくことはないと、そう信じ切っていなければ出ないセリフだ。
帝龍は、少なくとも情報源として十二階梯の継承者に一定以上の信を置いていた。
あの傲慢で用意周到なCEOが、味方以外の勢力の言葉を鵜呑みにするだろうか。

分からねえな。
結局十二階梯もやっぱり一枚岩じゃなくて、ニブルヘイム側に加担してる奴もいるってことか?
あるいは帝龍の信頼を勝ち取ったうえで、裏切ったか。

うーん……これ以上ここで考えこねくり回しても結論出ねえなこれ。
あとでマル公にそれとなく聞いて見るか。親衛隊が会話を許してくれればの話だが。
親衛隊と言えば、やっぱ一人足りなくね?

>「えと、確か親衛隊って幹部クラスの人がもうひとりいたような……」
>「スタミナさんっスか? もういないっス」

同じ疑問にたどり着いたなゆたちゃんの問いに、大佐はこともなげに答えた。
"もう"いない?まだ合流出来てないとか、そもそも召喚されてないとかじゃなく?

>「親衛隊に臆病者は必要ないわ。例えそれが幹部であってもね。
 彼女は置いてきた。ま……運がよければ生き延びるでしょう。
 もっとも――『彼女のスマホは、もう壊れてしまっているけれど』――」

「なっ……?何考えてんだお前ら!」

すうっと背中が冷たくなるのを感じた。
親衛隊が仲違いしようがどうだって良いが、こいつらは除名した仲間のスマホを破壊した。
言うまでもなくスマホはブレイブの生命線だ。失えばサモンはおろかインベントリすら開けない。
この過酷な世界で、スマホの恩恵なしに独力で生きていくなんてまず不可能だ。

断崖絶壁で我が身を支える、文字通りの命綱。
たった一本しかないそれを、親衛隊は笑いながら断ち切った。
落下していく仲間の姿を、かえりみることなく――。

ヤバい。想像以上にヤバい奴らだ。
ゲーム上での素行の悪さなんか霞んじまうような、常軌を逸した思想と行動。
人を、殺しておいて。なんでこいつらは笑ってられるんだ。

俺の隣で今にもこいつらに飛びかかりそうなツラしてるジョンは。
同じように人を殺して、だけどその罪の呵責にずっと苦しんでいる。
いっそ破滅的なほどに自分の命を削って、なにかに購おうとし続けている。

殺人者としてどっちが上等だとか、同情できるとか、そういうことを言うつもりはない。
償う意志があろうがなかろうが、人を殺した事実に変わりはないし、違いもない。
人殺しである点において、きっとジョンと親衛隊は同列の存在なんだろう。

それでも、過去に苛まれ続けるジョンと、武勇伝のように語る親衛隊。
ふたつの殺人者の、罪に対する温度差に、俺は慄然とした。
意味がわからなくて、恐ろしかった。

 ◆ ◆ ◆

60明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:23:57
とりあえず立ち話もなんだからっつうことで、その場は引き上げることにした。
当初の予定どおり、近くの村で宿をとって、ついでに夕食も一緒に囲む。
想定より大幅に増えた所帯に宿のベッドが全然足りなくて、
結局俺たちはいつもどおりの車中泊だ。

「なゆたちゃんマジでこいつらと一緒に寝んの?大丈夫?ストレスで胃やっちゃわない?」

男女比がそこそこ均等なので、女衆には宿を使わせることになった。
まぁそれは全然良いんですよ。地球でも車中泊は慣れっこだったしさ。
ただぼくが心配しているのはですね、なゆたちゃんと同衾するメンバーのことですよ。

親衛隊3人とガザーヴァ。うーんこれは荒れますぞ!
ただでさえ協調性のねえ狂犬3匹と幻魔将軍は言うまでもなく混ぜるなキケン。
両者の板挟みに立たされるなゆたちゃんの気苦労がもう手にとるようにわかります。

かと言って荒野の旅路ならともかく、人の集まる宿場で女の子に野宿させんのもなぁ。
ガザ公はなんか馬車で寝るとか大いに駄々捏ねてるけれども。

「まぁそう言うなよガザっち。お前も女の子なんだからさ、ちゃんとしたベッドで寝とけって。
 女の子だけのお泊り会とか初の経験だろ?あとでレポしてね」

イブリース君とかぜってーパジャマパーティー付き合ってくれなさそうだしな。
そもそもあいつあの図体でパジャマ着れるの?クソでっけえ角生やしてて寝るとき困んねえのかな。

そして野宿組はいつものメンツに加えてマルグリット君と同衾だ。
男同士、密室、一晩……何も起きないはずはなく。起こってたまるか。

とりあえず当面の部屋割が決まって、女連中がチェックインの為に宿に入っていく。
俺たちはそれを見送って、そしてようやく、人心地がついた。

「……さて。大丈夫かジョン、立てるか」

親衛隊と邂逅してから隣でずっと気分悪そうにしていたジョンに振り向く。
ジョンは歯を食いしばって何かに耐えながら、つぶやく言葉はうわ言のようだ。

>「早くいかなきゃいけないのに・・・」

「ゆっくりで良いよ。こんな状態じゃお前、メシ入んねえだろ。
 落ち着くまで俺たちはここに居るからよ」

>「どうしたの? 風邪ひいた!? 仕方が無いよずっと野営続きだったもの。
 宿の方に泊まれるようになゆに言ってみるね」

「あー待った待った!カザハ君!あの狂犬どもと一緒に寝かす方がストレスだろ。
 誠に申し訳ないがなゆたちゃんには親衛隊を鎮める人柱になってもらおうぜ」

ジョンを気遣うカザハ君にストップをかけて、俺はジョンが落ち着くのを待つ。
ベッドでちゃんと寝かせてやった方が良いっつうカザハ君の見立ては正しい。
それでもジョンを宿に放り込むのが憚られたのは、親衛隊が居るからだ。

>「ハア・・・ハア・・・すまない・・・明神、カザハ、エンバース・・・僕もう我慢できそうにないんだ」

「おい……おい、マジで大丈夫か?ダメそうなら先に寝ちまっても――」

ジョンが一歩踏み出す。
俺は一歩退がった。――退がってしまった。
肩を貸すつもりだったのに、ジョンの表情があまりにも鬼気迫っていて、ビビっちまった。

61明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:25:00
否が応でも、アジ・ダカーハの首をぶった斬った、あの化け物じみた様相が脳裏を過ぎる。
あの獣のような暴力が、わずかにでもこちらに向いたら……そう思うと、意志に反して体が逃げた。
その後退を、ジョンは捕まえる。俺たちを抱きとめる。

「うわっ……」

喉の奥から、やっぱり意志とは裏腹に、悲鳴染みた声が出た。
獣に囚われた小動物の、断末魔のように。

>「なゆに・・・僕は今日はいけないと伝えてくれ」
>「今あの3クズに会ったら・・・殺してしまうだろうから・・・」

「殺すってお前……」

確かに親衛隊の連中は、人道にもとるクソ共だ。
ニタニタ笑いながら人を殺すような奴ら、俺だってぶん殴ってやりたい。
だけど……殺しちまったら、それこそあいつらと同類だ。
自分まで外道に堕ちる真似は、したくない。お前はそうじゃないのか?

なにか、重大な歯車がズレちまっている。
あのアコライトの戦いから、ジョンは明らかにおかしくなった。
目に見えて暴力的になり、辛うじて抑えている歯止めは今にも外れそうだ。

これもブラッドラストの、『呪い』の影響なのか。
あるいは……ズレたわけじゃないのかもしれない。
あの戦いを契機に、狂っていた歯車が、ピタリと噛み合って、
ジョンの本性ってやつが、ようやく顔を出し始めたって可能性もある。

何故なら――

>「もうバレてるだろうし明神には言ったと思うけど・・・僕は人を殺した事がある
 こっちの世界にくる前に・・・なんの罪もない女の子を・・・」

――ジョンは、ブレイブになる前から、人殺しだったのだから。
ブラッドラストは呪いでもなんてもなくて、ただ本来の自分を取り戻したってだけなのかもしれない。

>「ハハッ・・・笑えるだろ?同属嫌悪って奴だよ」
>「そんなことない! アイツら、絶対誰かを助けたことなんてただの一度も無いもの!
  忘れないで。もしジョン君がいなかったら今生きてない人がたくさんいる。
  ボクも、アコライトのオタク達も……ううん、ジョン君がいなかったらきっと負けて全員死んでたよ」

カザハ君は必死にフォローしようとするが、言葉は虚しく空を切る。
きっと誰の言葉も届きやしない。ジョンは、暗闇の中にいる。

>「なゆと約束したはずなのに!そんな事一瞬でどこかいって暴れだしそうなんだ!」

「分かんねえよ……。俺にはお前の気持ちがひとつも分からん。
 人殺したことねえからよ。だから、お前を安心させられるような言葉が見つからない」

カザハ君が言うように、ジョンが助けた命は間違いなく存在する。
だけど、それで過去の罪が帳消しになるわけじゃない。ジョンが殺した人間も、たしかに存在するのだ。

憶測だが、ジョンが言う『殺した』ってのはいわゆる殺人ではないんだろう。
公務員の採用基準が今どうなってるかは知らんが、たとえ自衛隊に入隊できたとしても、
殺人罪に問われた経験のある人間を広告塔に起用したりはしないはずだ。
それは過失致死傷とかでも多分、同じことが言える。

だからまぁ、おそらくはなんかの事故だ。
あるいは『救えなかった』ことを自責の念も込めて『殺した』と言い換えてるのかも知れんが。
ブラッドラストの細かい習得条件が分からない以上、憶測で語るしかない。

62明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:25:31
そして、ジョンの殺人に殺意があったかどうかなんか、今はどうだって良い。
事実としてブラッドラストは発現し、ジョンは罪の意識に苦しみ続けている。

>「時間がない・・・これで・・・僕を繋いでからいってくれないか・・・心配しないでくれ念の為だ
 マルグリットが帰ってくる前に外してもらえ・・・れば・・・」

「拘束具……用意が周到じゃねえか。魔王の野郎、こうなることを見越してやがったな」

渡された拘束具を嵌めると、やがてジョンは安心したように眼を細めた。
鎮静効果がエンチャントされている。バロールのお手製だ。

>「なゆにも伝えてくれ・・・ジョンという男はあの3クズのように救いようのない人間なんだって
 あいつは人殺しのロクデナシだって・・・君達が言えばきっとなゆだって・・・」

ゆっくりと意識が落ちていく中で、ジョンはか細い声でそう言付けた。
人殺しの為に、交換条件なんか飲むな。足手まといなら見捨てて行け。
眠りゆく意識からこぼれ落ちたその言葉はきっと、ジョンの偽らざる本心だ。

……馬鹿野郎が。

>「バカだなぁ。なゆは超頑固で負けず嫌いなんだから……言えば言うほどムキになるに決まってるでしょ。
 明神さん、これジョン君にあげてもいいかな? 今これが必要なのはジョン君の方だから」

「……だな。あの超絶石頭女が、これまで手のひら返したことがあったかよ」

そんななゆたちゃんだからこそ、俺たちはあいつについてここまで旅をしてきた。
あの女がリーダー足り得るのは、何もバトルの強さだけが理由じゃない。
王都での戦いで、俺達はそれを知ったはずだ。

カザハ君が聖女の護符をジョンの手首に巻きつけて、俺たちは踵を返した。
欠席1名はしょうがねえ。とっとと懇親深めにいくとすっか。

 ◆ ◆ ◆

63明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:26:24
>「貴君らがバロール師兄の許に身を寄せていることは存じております。
 したが、敢えて申し上げましょう。貴君らは師兄に欺かれている。ていよく利用されているだけなのです」

夕食を囲んだ席で、マルグリットはそう口火を切った。
ガザーヴァの言葉どおり、ローウェル一派とバロールは対立関係にある。
連中にどういう思惑の行き違いがあったのかは分からんが、それは間違いないんだろう。
そしてマル公は、このままバロール側についててもロクなことにはならん、とも言った。

「もとからバロールのことなんざぴくちり信用しちゃいねえよ」

煮込んだ豆を肉汁に浸した料理にフォークをぶっ刺しながら、俺は言った。
穀倉都市だけあって穀物や豆料理が豊富だ。味も俺好みでエールに合う。

「だけど、じゃあローウェルとその手下が信用に能うるかってのは別の話だ。
 何考えてっか全然わかんねえんだもん。未だに顔も知らねえしさ、どこに居んだよあのジジイ」

現状、ローウェルの意志と思しきものはクエストくらいしか見えてない。
それも結局はどこそこ言ってあのアイテムとってこいっつうおつかいだ。
まだ、対面でお話できたバロールの方が誠実さの上ではマシと言える。

……まぁ、それも含めて元魔王の人心掌握術って可能性は大いに有り得るけども。
少なくとも窓口担当者のマル公だけじゃ話にならねえから上司出せよっつう話なのは確かだ。

>「つか、バロールって魔王っしょ? 殺せば?
  なんならあーしが殺す? 10ターンくらいでイケるっしょ、アイツなら」

「イキるねぇーーっ。あのクソ魔王が10ターンもゲージ貯めさせてくれるとは思えねえな」

シェケナベイベの言葉は、ゲーマー目線で言えばあながちビッグマウスでもない。
やりこみ要素コンプした結果ラスボスがワンパンで散るなんてのはよくある話だ。
ぼくはエボン=ジュさんのこと忘れないよ?時々でいいから思い出すよ?

翻ってはソシャゲの場合、戦闘力のインフレは切って離せない関係にある。
実装初期に高難易度だったレイドコンテンツも、型落ちすればソロ余裕に成り下がる。
ストーリーモードのラスボスたるバロールも、レベルキャップ解放後の今ならそう苦戦せず倒せるだろう。

ゲームの上でならな。
どんなに格上のレイド級を揃えようが、"あのバロール"に勝てるとは思えない。
ゲームと違って、プレイヤーは――俺たちブレイブは、システムに保護されていないからだ。
あのわけわからんレベルの魔法でダイレクトアタック決められて、わからん殺し食らうのがオチだろう。

それでも、親衛隊はブレモン至上最悪にして――最強のプレイヤー集団だ。
ダイレクトアタックにしっかり対策を講じて、戦術を以って挑めば……ワンチャンあり得る。
そう思わせるだけの風格と、戦力に対する自負が、こいつらからは感じられた。

特に親衛隊長、さっぴょん。
対モンデンキントの研究の為に俺はあいつの試合はほぼ全て目を通したが、
ランクマッチにおける勝率は10:0でさっぴょんに軍配が上がっている。

あの最強のスライムマスター、モンデンキントに。
さっぴょんは、全ての対戦で勝利を収めているのだ。
マジで信じがたい結果だった。戦術が特殊すぎてぴくちり参考にはなりゃしなかったけど。

>「ところで……月の子よ、貴君らはエーデルグーテへ行かれるとのこと。
 なにゆえ斯様な遠方へ? 聖地巡礼という訳でもありますまい」
>「……ちょっと、呪いを解きに行こうかなって」

ひとしきり親衛隊とじゃれ合っていたマルグリットは、思い出したように問う。
なゆたちゃんは少しためらって、最低限の情報で答えた。

64明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:28:03
ジョンの窮状は、こいつらに知らせなくても良いだろう。
身内の問題ではあるし、何より変に勘ぐられて勝手なことをされたくない。
ジョンは――こいつらに対する殺意を、必死に抑え込んでいるんだ。

>「解呪ということであれば、確かに聖都より適切な場所はございますまい。……ならば、我らも聖都へ同道致しましょう。

マルグリットは何やら納得した様子で、代わりに聖都までの同行を提案した。
ついでに現地のトップと話までつけてくれると言う。

……正直、渡りに船だ。
聖都の事実上のトップは、十二階梯の一人『永劫の』オデット。
プネウマ聖教の教帝にして、ウン百年じゃ下らない年月を生きる叡智の結晶だ。
およそ呪いに関して、これ以上の専門家は望めないだろう。

俺たちがこのまま単独で聖都入りを果たしたところで、オデットに対するコネは何もない。
どこの馬の骨とも知れない旅人を、組織のトップが出迎えるなんてこともあり得ない。
マルグリットの紹介を受けることで、トップに近づくチャンスが向こうからよってくるのだ。

ただ、絵に描いたようなお人好しのマル様と言えどもロハで案内役を引き受けてくれるわけじゃあないらしい。

>「ことが成り、解呪が成功した暁には……我らと共に賢師にお会い頂く。宜しいか」

……まぁ、妥当な交換条件ではある。
ローウェル一味と距離を取りたい俺たちにとって、安い取引ではない。
このままジジイに会えば、あれよあれよと勢力に取り込まれる危険性だってある。

前科があるしな。
俺たちは結局、最初に会ったのがバロールだったからあいつに与しているようなもんだ。
そして、クエストが順当に行っていたならば――本来俺たちを受け入れるのは、ローウェルのはずだった。
バロールはジジイのクエストに勝手に介入して、俺たちブレイブを横から掻っ攫っていったに過ぎない。

成り行き任せに旅をするのは、もう終わりなんだ。
俺たちは、自分で考えて、どちらにつくのかを選ばなきゃならない。
このままマル公の案内を受ければ、選択肢も選択権も多くを失うことになる。

「なゆたちゃん――」

考え込むリーダーに、俺はなにか言葉をかけようとした。
ジョンは、自分のために連中の取引に応じるなと言った。
もとから寄る辺のない旅じゃねえか。俺たちは独力で、オデットにアポ取れば良い。
ゲーム知識を総動員すれば、何かしらあの女の琴線に触れるものが出てくるはずだ。

>「ヤダ」

言うべき言葉を整理している間に、横合いから別の声が伸びた。
ガザーヴァが、鞘豆のスジを指で弾きながらふんぞり返って言う。

>「ジョンぴーの呪いを解きたいってーのはヤマヤマなんだケドーぉ、じじいの思惑に乗ってるみたいでキモチワルイんだよねー。
 こっちの力借りたいんだったら、手下なんて寄越さないで本人が来るのがスジなんじゃないっスカーぁ?

立て板に水とばかりに飛び出す罵倒に、会議の卓が一回り冷える。
すげえ煽るじゃん。やあねえ誰に似たのかしら……そういうのよくないと思いますよ俺は!
もっと穏やかに会話しようよ!ギスギス×でいきましょう^^;

サラっとマル様を手下呼ばわりされた親衛隊が一斉にピキる。
すわ一触即発となるも、マル様がそれを制した。

65明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:29:09
>「それにさぁー、ボクらさっきそちらさんのお仲間に襲撃受けてんだよネー。
 『詩学の』エリスマリスだっけ? マリスエリスだっけ? まぁーどっちでもいっか!

「そうだよ」

俺は便乗した。

「こっちは十二階梯様に狙撃されてんだぞ。マル公、お前のお友達にだ。
 意味がわからんのだが。引き抜きすんのに畑燃やす奴があるかよ」

>「……『詩学』が貴君らを狙撃?
 あまつさえ、先ほどの火災も『詩学』の仕業と……? そんな筈は……」

非難を受けたマル公は今始めて知ったとばかりに訝しんだ。
ちょっとちょっとシラを切るおつもりか〜?証拠は上がってんねんぞ??

>「別に、あんたたちの無罪を証明してやるわけじゃないが――」
>「本当に、あれはマリスエリスの仕業か?」

と、そこでずっとROMってたエンバースが久しぶりに口を開く。
は?マル公の肩持つんですか??状況証拠で推定有罪でしてよ??

>「……なに。俺の記憶では、確か十二階梯のマリスエリスという奴は自然を愛するキャラじゃなかったか、と思ってな」
>「それにだ。奴は確か、魔力の矢を飛ばすのだったな。だったら――
 ……『これ』は何だ?」

エンバースが懐からなにかを取り出し、テーブルの上に転がす。
鈍くランプの明かりを照り返す、細長い金属の塊。
俺はそれをよく知っていた。実物はみたことねーけど、この形状は間違いなく――

「……銃弾じゃねえか。えっ、マジのやつ?」

鋭く尖った形は、まさに殺意を押し固めた近代戦争の象徴。
本物のライフル弾――その弾頭だった。

「おおう……博識で鳴らした明神さんも、流石に銃火器については知見がないわ。
 これガチの本物?やっべえ……こんなの撃たれてたの?当たってたら即死じゃん」

薬莢に収まってない、発射済みの弾頭を目の当たりにするのは生まれて初めてだ。
現代日本のパンピーがそんなもん見る機会があるはずもない。
だけど、人間を殺す為だけに鋳造された殺戮の権化は、確かに圧倒されるような迫力があった。

音速で着弾したにも関わらず先端が潰れてないのは、柔らかい畦道に埋まったからか。
何度も射掛けられた一発でも当たってれば、俺たちの誰かは血煙に変わっていた。

「なんっで……!こんなもんがアルフヘイムにあんだよ!?
 剣と魔法の世界だろ!銃弾がホイホイ畑からとれてたまるか!」

アルフヘイムの技術水準がどのレベルにあるのか、フレーバーテキストだけじゃ正確には類推出来ない。
それでも、攻撃魔法って概念がある以上、銃火器はそこまで発達していないはずだ。
アイテムとしての銃を見るに、せいぜいが先込め式に毛が生えた程度でしかない。

「……なんてこった。ご丁寧にライフリングまで切ってやがる」

エンバースが地面から穿り返してきた銃弾には、螺旋状の筋が刻まれていた。
弾道を安定させるためのライフリングが施された銃なんて、オーパーツも甚だしい。
この世界の治金技術を遥かに上回っている。

つまりは――

66明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:30:05
>「襲撃者は……マリスエリスじゃ……ない……?」

「そんでおそらくは……この世界の人間でも、ない」

――ブレイブ。
地球から召喚された現代人が、ライフルを持ち込んでいる。
拳銃ならともかくライフルとなれば、ヤクザや警官じゃなくどっかの国の軍人である可能性も高い。
一発の銃弾は、その仮説に十分すぎる信ぴょう性を帯びていた。

「冗談じゃねえ、冗談じゃねえぞ!誰だこんなもん持ってきやがったのは!
 銃だぞ!ライフルだぞ!モンスターでもスペルでも、剣でも魔法でもなく!
 そんなもんに、俺たちはこの先ずっと命を狙われ続けるのか!?」

そりゃあ、脅威度で言えばニブルヘイムのレイド級の方がよっぽど怖い。
こんなライフルなんざイブリースからすりゃ豆鉄砲だろう。
それでも、おそらくは同じブレイブからの、形を伴った殺意に晒されて、俺は身震いがした。

>「……ニヴルヘイムの者でしょうか。いずれにせよ放っておく訳には。
 やはり、同道はさせて頂きます。貴君らを賢師の許へとお連れする、それは我が第一の任なれど――
 侵食の脅威に乗じて破壊を目論むニヴルヘイムの尖兵もまた、見過ごしてはおけませぬ。

悍ましい死の気配に慄然としていると、マルグリットはなにかを察したように言葉を繋いだ。
交換条件の話は当面凍結して、とりあえず聖都までは一緒について着てくれるらしい。

>まずは貴君らの目的の達成に尽力致します。その後で、よしや我が献身に何か感じ入ることがあったなら。
 そのとき、改めて答えをお聞かせ願います」

「本気かよ。そんな美味しい話が……あるんだろうなぁ、お前なら……」

マルグリットの嫌味のない笑顔に毒気を抜かれて、俺は項垂れた。
そういうとこやぞ。そういうところが人気なんやぞお前は!
でもぼくも大好き!ああーマル様クラスタになるぅ〜!!

懸念事項も不安要素も山程残ってはいるけれど……
ともあれ、俺たちはマルグリット(とその取り巻き)の協力を得られることになった。
大丈夫かなぁ。親衛隊の連中ぜってー後の災いになると思いますよ俺は……。

>「あいた!」
>「たとえ知人であろうと、マル様に触れることは許さないわ」

……ほらぁ!
こういう奴らなんですよ、親衛隊ってのは!

67明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:30:22

>「かしこまりー。ホントはさっさとバロール殺して、アンタらふん縛ってったほーが楽なんだろーケドぉー。
 別にいっか。ま、あーしらがいれば百人力ってヤツ? 大船に乗った気で的な?」
>「自分たちは無敵っスから。おたくらは馬車の木目でも数えてるといいっス。フヒッ」

「やめようぜ……洒落になんねえよその手の死亡フラグ……。
 もっかい言っときますけど、ライフルなんですよ、狙撃なんですよ。
 なんぼつよつよモンスター従えてたって、脳天ぶち抜かれたらそれで人生終了なんだよ。
 リスポーン出来ると思ってんじゃねえだろうな」

生き死にがかかってる状況であんま茶化したくねえけどさぁ!
明らか慢心してんじゃん!どう考えても足元掬われておっ死ぬパティーンじゃん!
俺お前らの脳みそかき集めんのなんか御免だからね?

とは言え、戦力で言えば親衛隊が味方につくのは心強い。本当に心強い。
モンデンキントを凌ぐ、界隈でも指折りの強者が3人も居るなら、戦闘で負けることはまずないだろう。
だからこそ、俺たちは交戦距離の外からの攻撃……狙撃を何よりも警戒しなきゃならない。

――あの時。
もしもカザハ君を狙った初弾が外れていなかったら。
俺たちは自分に何が起きたか知ることも出来ず、死んでいたのだから。

 ◆ ◆ ◆

68明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:31:53
「なゆたちゃん」

夕食後、時機を見計らって俺はリーダーのもとへ向かった。
ガザーヴァがふわふわ浮かんで俺のきっちり固めたオールバックをぐちゃぐちゃにしやがる。
負けずと爆速で髪を整えつつ、両者の拮抗の合間を縫って声をかける。
会議の席じゃ結局言えなかったことを、今のうちに伝えておこうと思った。

「ガザっちがいい感じに引っ掻き回してくれたおかげでマル公と約束せずに済んだが……。
 一応、ジョンからの伝言を掻い摘んで伝えておく」

――>『頼むからあんな奴らの言う事を・・・僕の為に聞かないでくれって・・・そんな事をするくらいなら見捨ててくれって』

「……僕の為に取引に応じるくらいなら跳ね除けろ、ってさ。
 お陰様であいつの懸念は杞憂に終わった。弾拾ってきたエンバース様々だな。
 あいつ、こうなることを見越してやがったのか」

後半の伝言は、俺とカザハ君の胸にしまっておく。
ジョンの苦しみが、自罰的な振る舞いが、何も好転していないことを知れば、こいつはきっと悲しむ。

「俺も同感だ。時間にどのくらいの猶予があるか分からねえが、それでも。
 俺たちはあの荒野から、ずっとノーヒントでクエストに挑み続けて、その全てをクリアしてきた。
 マル公の手引きが仮になかったとしても、今度だってきっとうまいことやれたはずだ」

協力を取り付けてからこんなことを言うのはちょっと卑怯くせえけど。
協力なんかなくったって、俺たちはジョンの呪いを解ける。そう信じられるだけの実績を、これまで重ねてきた。

「だから、念を押しとく。――絆されるなよ。
 マル公は掛け値なしの善人だけど、その裏で糸引いてる連中までそうだとは限らねえ。
 聖都で呪いを解いて、先延ばしにした結論を迫られるその時までに、連中の目論見を暴くんだ」

成り行きのなあなあなんかじゃなく。
俺たちが、俺たちの為に、俺たちの意志で進むべき未来を決める。
そのための判断材料を、この旅で見つけていかなきゃならない。

なゆたちゃんもまた底なしの善人で、情に篤い。
ほんの数週間前に出会ったばかりのジョンの苦しみに心を痛め続けているのが良い例だ。
その善良さに、つけ込む手段なんざいくらでもある。

だから――俺も含めて。心に釘を刺しておかなきゃならない。
もしかしたら俺たちは、この度で残酷な結論を出さなきゃならないかもしれないのだから。

 ◆ ◆ ◆

69明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:32:55
「ジョン、起きてるか」

夜半、皆が寝静まった頃、俺は声を潜めてジョンを呼んだ。
寝てるところを叩き起こしたなら申し訳ねえが、まぁ嫌な思いするのは俺じゃないし。

「お前にふたつ用件がある。ひとつはマル様との交渉についてだ」

暗闇の中、ジョンがどんな顔をしているのか、俺には分からない。

「お前の希望通り、なゆたちゃんは連中の取引に応じなかった。
 決断を保留した、って言ったほうが正しいけど……少なくとも、お前の為に何一つ損はしちゃいない」

ふと、昼間のジョンの言葉が脳裏に蘇る。
救いようのない、人殺しのロクデナシだと、こいつは自分をそう称した。

「昼間言った通り、俺にはお前の気持ちなんかわかんねえよ。
 俺はお前とは違う。社会的な地位も、体の頑丈さも、顔のつくりも――過去の経験も。
 人殺したことねえ奴がどんな説教かましたって、お前の苦しみは何も晴れやしないだろうぜ」

俺は、殺人を悪いことだと思っている。
人殺しは悪い奴で、集団から排斥されるべき存在だと思っている。
きっと地球に生きる大多数の人間は、俺と同じ気持ちだろう。

「お前が自分の罪に苛まれるのを、止めようとは思わん。
 お前がそうすべきだと思ってるのなら、大いに苦しみのたうちまわるべきだ。
 ……きっと、お前はそれだけのことをしたんだろうから」

きっと、ブラッドラストってのは呪いでも病気でもなく、『罰』なんだ。
自分が自分に与える罰。贖罪のためのスキルだ。

「だけど、そんな俺にもひとつだけ言えることがある。
 お前の気持ちは分からねえが、俺は俺の気持ちなら分かる。
 ――俺がお前のことをどう思ってるかは、分かるんだ」

法律も社会通念も知ったこっちゃねえ。
なんなら俺は、一巡目で大量殺人かましたガザーヴァとだってよろしくやってるんだぜ。

「お前は俺の友達だよ。大親友だ。人殺しだとかそんなもんは関係ねえ。
 お前が過去に何人殺してようがなぁ……嫌な思いしたのは、俺じゃねえんだから」

70明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/07(木) 05:35:25
顔も知らねえ奴の恨みなんか知らねえよ。
俺が知ってんのは俺の友達のジョン・アデルたった一人だけだ。
今はそれで良い。俺は自分でもドン引きするくらい自己本位な人間だから、許せちまうんだそういうの。

「ふたつめの用件。正直こいつはダメ元だけど――お前、これに見覚えないか?」

闇の向こうのジョンに、手の中の金属塊を放り渡す。
会議の席からパクってきたライフルの弾頭だ。

「昼間の狙撃、あれな……どうにもこいつを撃ち込まれてたらしいんだ。
 あの襲撃は多分、この世界の人間の仕業じゃない。技術水準が違いすぎる。
 召喚されたブレイブがライフル現品か、あるいはその製造方法を持ち込んだ」

ジョンだって、オフの日じゃなくて訓練中にでも召喚されてりゃ銃を持ってこれたんだろうが。
いずれにせよ言えることは、銃器を所持していて、狙撃の技術もある奴が敵方に居るってことだ。

「有力な証拠物件だけど、遺憾ながら俺には銃に関する知識がない。
 だけどアレだろ、弾丸の旋条痕ってのは人の指紋みたいに発射元の銃を特定出来たりするんだろ。
 現役自衛官だったお前なら、なにか思い当たるフシがあるんじゃねえかと思ってさ」

まぁ機械で分析するとかならともかく、肉眼で旋条痕見て何が分かるってわけもねえだろうけど。
それでも、仮に見覚えがあるなら、銃の所持者のヒントになるはずだ。

例えば、この銃弾がどんな銃に使われていて、どこの国の軍隊の装備品なのかとか。
弾の作りが流通品に比べて粗雑なら、紛争地帯のゲリラのものって可能性もある。

あるいは――ジョンの知り合い、または交戦経験のある軍人の銃から発射されたものであるとか。
特徴的な旋条痕なら、所有者個人までたどり着くことも出来るかもしれない。

「……まぁ、ガチで素人意見だからホントにダメ元だ。何もわからなけりゃ分からないでも良い。
 長い長い夜の暇つぶし程度に持っててくれ」

それだけ言って、俺は帳を閉じた。
姿の見えない狙撃手の脅威は未だ拭えず、眠れぬ夜は更けていく。


【ライフルにビビる。ジョンに銃弾の調査を依頼】

71崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:19:55
夕食が終わり、話が一段落すると、親衛隊がマルグリットを囲んでキャッキャウフフし始めた。
何せ、マルグリットはブレモンでも二位以下を大きく引き離しダントツの人気を誇るキャラクターである。
そんなブレモン界のトップアイドルを、たった三人で独占してしまえるのだ。テンションが上がるのも無理はない。
親衛隊の視界には、もうなゆたたちの存在はまったく入っていないようだった。

が、その中で最も恐るべきなのは、キレた核弾頭の如きシェケナベイベでも、火の玉吶喊系のきなこもち大佐でも、
ましてふたりを圧倒的実力で押さえているさっぴょんでもなく、囲まれているマルグリットその人だった。

「マル様ぁ〜っ! こっち! こっち向いてくださぁ〜いっ!
 あはぁ……マジテンアゲ、キュン死間違いなしだし……!」

「ええ、いいですとも。……これでよろしいでしょうか?
 お写真を撮られるのでしたら、貴君も一緒に写るが宜しかろう。さ、遠慮は無用です」

「ささ、マル様! 喉が渇いたでしょ? お酒をお持ちしたッス! 
 あそれ、マル様のカッコイイとこ見てみたい! ッス!」

「忝い。では、乾杯致しましょう。
 この世界の安寧に。我が賢師に。そして我が求めに応じて下さった勇気ある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に――」
 
「マル様、何かご希望はございませんか?
 何なりと仰ってください、私たち親衛隊はマル様のために存在するのですから……」

「なんの。このマルグリット、これまでも貴君らには過分に遇して頂きました。
 これ以上を望んでは、強欲者の誹りを受けましょう。それに……これから貴君らには世界のため戦って頂かねばなりません。
 ただ、強いてと申されるなら……貴君らが幸福であること。笑顔であること。それこそが我が願いなれば」

シェケナベイベがしきりにスマホで写メを撮れば、一緒に写ろうと言っては彼女とフレームインして自撮りさせる。
きなこもち大佐がジョッキに注がれたエールを持ってくると、ふたりで乾杯をして颯爽と飲み干す。
さっぴょんが気遣わしげに声を掛けてくると、彼女の目を見つめて穏やかに微笑んでみせる――。
完璧な対応である。さすがブレモンの代名詞、看板キャラクターとして生まれてきただけのことはある。
ブレモンのアイドル、ヒーロー、広告塔という意味では、マルグリットは自衛隊の広告塔であったジョンと似ているかもしれない。
が、あくまでアイドルの仮面をかぶっていたに過ぎないジョンと違い、マルグリットは素でそれらをこなしている。
まさしく驚異的なスペックの高さと言わざるを得ない。
そんな振る舞いが偽善的だとか、鼻につくなどと言うユーザーもいるが、人気者ほどアンチがつくのは世の常である。
だが、マルグリットはそんなアンチの言葉などどこ吹く風。
あくまで底抜けの善性で、曲者揃いの親衛隊の手綱を巧く捌いていた。
尤も――時々は御しきれず、ハハ……と困り笑いを浮かべるに留める場面もあったが。

「どうかした? カザハ」

夕食も食べたし、話もついた。
お風呂に入って旅塵を落とそうかと考えていると、カザハに食堂から連れ出された。
食堂から離れた、二階の客室へ続く階段の影に佇んで話を聞く。

>今更なんだけど……やっぱりマル様と親衛隊にセットで宿に泊まってもらわない?
 ほら、暫く一緒に行くとなるとマル様を馬車に詰め込んで不評を買ったらまずいし!
 なゆもこっちに来るか見張りを兼ねて宿チームに残るかは任せるからさ……

女性組は宿、男性組は馬車と決まったはずなのに、やはりなゆたチームとマルグリットチームに部屋割りし直さないかと言っている。
なゆたは首を傾げた。
別になゆたは硬い馬車の中ではなくて清潔でふかふかなベッドで眠りたいから、こういう部屋割りにした訳ではない。
マル様親衛隊のきなこもち大佐――モンデンキントの薫陶を受け、その戦術を継承するプレイヤー。
彼女に接近し、ニヴルヘイムの情報を聞き出そうと思っている。
これからの戦いを勝ち抜くためには、敵の情報を少しでも多く手に入れておくに越したことはない。
今は造反し離脱したとはいえ、マル様親衛隊はニヴルヘイムに召喚された。
だとすれば、ニヴルヘイム陣営のこともいろいろと知っているだろう。
例えば、昼間穀物畑に火をつけ、ライフルでカザハたちを狙撃した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の正体であるとか――。
しかしマル様親衛隊は現状敵ではないとはいえ、なゆたたちの仲間になった訳でもない。
普通に話を聞こうとしたところで、教える義理はないと一蹴されるのが関の山だろう。
だが、自分と縁が深いきなこもち大佐なら、シェケナベイベやさっぴょんよりもきっと聴き込みの難易度は低いはずだ。
なゆたが馬車に戻ってしまえば、話を聞く機会は失われてしまう。
それに――

親衛隊の不評を買うとまずい、と言うカザハの目が泳いでいるのを、なゆたは見逃さなかった。

72崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:20:29
「……ホントの理由は何なの?」

>実は……親衛隊の言動が過激すぎてブラッドラストが進行しちゃうみたいで……
 親衛隊だけじゃなくその主人のマル様にも穏やかじゃないみたいなんだ

カザハはぽつぽつと事情を話した。
どうやら、マルグリット以外のすべての存在を見下している親衛隊の言動がジョンの精神をかき乱しているらしい。
納得だ。そもそもジョンは仲間たちに対して好意しかなかったユメミマホロにさえ殺意を抱いていた。
万事が刺々しい物言いの親衛隊にいい印象を持つはずがない。
まして、その親衛隊を率いご神体のように崇められているマルグリットは、すべての元凶のように見えているだろう。
はー……となゆたは溜息をついた。
なゆたがマル様親衛隊の所にいると知れれば、恐らくジョンは一層不満を抱くに違いない。
仲間想いが行き過ぎて、それ以外の存在に対して無差別に憎悪を抱くようにさえなってしまっている。
それがブラッドラストの効果によるものか、それとももっと別の何かなのかまでは、なゆたには分からない。
しかし、ジョンの精神的な負担を知りつつ情報収集を強行することはできないだろう。
今のミッションの最優先事項はジョンの呪いを解くこと。目的のためにジョンを苦しめてしまっては本末転倒だ。
きなこもち大佐への接触はまたの機会にするしかない。

「……わかった。シャワーを浴びたら戻るよ。
 ジョンにはうまく言っておいて……あぁ、ううん、やっぱり自分で言うからいいや」

カザハは嘘をつくのが下手だ。
先程なゆたに対してそうしたように、ジョンに嘘をついて目が泳いでいるのを看破されでもしたら困る。

>それじゃあ一足先に戻るね! ジョン君がお腹をすかせてるといけないから!

なゆたが頷くと、カザハはジョンの分の夕食を持って馬車へ戻っていった。
ジョンの症状は予想よりもだいぶ悪い。
旅を円滑に進めるため、ジョンのためにマルグリットと契約したが、却ってそれがジョンにとっては耐えがたい苦痛だという。
しかしながら、これは必要なことだったと思う。少なくとも今はそう考えるし、選択を誤ったとは思わない。
ともあれ、今夜はジョンの傍にいてやるべきだろう。
本当は久しぶりにゆっくりお風呂と洒落込みたかった――という気持ちもあったけれど、それもお預けだ。
せめてシャワーだけでもと、なゆたは浴場の方へ足を向けた――が。

>なゆたちゃん

また名前を呼ばれた。見れば、いつの間にか明神とガザーヴァがやってきている。

「ああ……どうかした? 明神さん」

我知らず、カザハにしたのと同じ反応をする。
宙に浮かんだガザーヴァが明神のオールバックにした髪を面白がっていじっている。
それを櫛で直しながら、明神は口を開いた。

>ガザっちがいい感じに引っ掻き回してくれたおかげでマル公と約束せずに済んだが……。
 一応、ジョンからの伝言を掻い摘んで伝えておく
>……僕の為に取引に応じるくらいなら跳ね除けろ、ってさ。

「むっふっふ〜。だろだろォ〜? ボクってばいい仕事するだろ〜?
 あそこで申し出をブチ壊せるのはボクしかいなかったもんなぁー! オマエら、ホンット天井知らずのバ……善人だから!
 おい、褒めろよ明神。もっと褒めろ。ごほーびよこせー。よこせよー」

「僕の為に、ね……」

シルヴェストルの力なのか、ふわふわ浮かんだガザーヴァが明神の首に後ろから抱きつき、ご褒美をねだる。
また、なゆたは小さく息をついた。

>俺も同感だ。時間にどのくらいの猶予があるか分からねえが、それでも。
 俺たちはあの荒野から、ずっとノーヒントでクエストに挑み続けて、その全てをクリアしてきた。
 マル公の手引きが仮になかったとしても、今度だってきっとうまいことやれたはずだ
>だから、念を押しとく。――絆されるなよ。
 マル公は掛け値なしの善人だけど、その裏で糸引いてる連中までそうだとは限らねえ。
 聖都で呪いを解いて、先延ばしにした結論を迫られるその時までに、連中の目論見を暴くんだ

明神の言い分も尤もだ。
マルグリットは信用してもいいと思う。マルグリットのこれまでの行動や言動にゲームの中との剥離はなかった。
ゲームの中のマルグリットがそうだったように、この世界のマルグリットも誠意と善意をもつ人物なのだろう。
だが、マルグリットを使嗾する者までが善人だとは限らない。
大賢者ローウェル。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力を欲しているというその人物が、何を考えているのか。
なゆたたちは、かの大賢者の思考の片隅さえも把握できていないのだ。

73崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:21:05
「カザハも言ってたけど、ジョンの症状はだいぶ悪いみたいだね……。
 正直なところ……ブラッドラストなんて聞いたことのないスキル、本当に解呪できるのかどうか分からない。
 エーデルグーテに行けば何とかなるかもとは言ったけど、聖都へ行っても空振りに終わるかもしれない。
 絶対の攻略法なんて、このアルフヘイムにはないんだ。ゲームとは違う……」

明神の言葉に、なゆたもぽつぽつと自分の考えを紡ぐ。

「だから。だからこそ、わたしはどんな方法も試してみたい。
 もしジョンを助けられる方法が聖都にもなかったなら、わたしは――大賢者に会いに行ってもいいと思ってる」

確かに、ローウェルが善人だとは限らない。
ゲームの中では故人であり、(アンデッド化して問答無用で襲い掛かって来るパターンを除けば)プレイヤーが会ったことのない、
現在のローウェルの人となりを判断することは誰にもできない。
マルグリットと違って、ゲームの中ではこうだったから――という判断材料は存在しないのだ。
だが、ひとつだけ確実に分かっていることがある。
それは、ローウェルがこの世界の叡智の頂点に君臨しているということ。
弟子たちが知らないことであっても、きっと。ローウェルならば知っているに違いない。

「バロールは知らなかった。そしてオデットも知らないとなれば……あとはローウェルに訊くしかない。でしょ?」

明神はローウェルのことを警戒しており、できるだけ接近すべきでないと思っている。
可能であれば関わり合いにならないという方針にはなゆたも賛成だが、それも時と場合による。
本当に解呪の方法が見つからないとなれば、ローウェルの所に殴り込むのもやむなし。それがなゆたの結論だった。

「あ゛? オマエ……まさかと思うけど、パパを裏切るつもりか?」

さっそくガザーヴァが噛みついてくる。愛らしかったその顔にたちまち影が落ち、両眼が炯々と輝いて殺気を湛える。
どれだけ裏切られても、邪険にされても、明神という新しいよすがを見つけたとしても。
今なおバロールの娘であることに少なからぬ比重を置く忠臣・幻魔将軍ガザーヴァである。
しかし、なゆたも負けてはいない。ガザーヴァの渦巻く殺気にも怯まず、まっすぐにその双眸を見返す。

「わたしたちはあの赭色の荒野から、ずっとクエストをこなしてきた。
 そして、これからもそうする。
 たとえどこへ行ったって、どんな苦境に陥ったって。わたしたちが力を合わせれば、絶対に何とかなる――そう信じてる。
 だからこそ。どんな無茶でもやるよ、わたしは」

ジョンの意思を尊重し、マルグリットの差し伸べた手を跳ね除けていたとしたら、今頃どうなっていただろう。
マルグリットはともかく、親衛隊はそれを敵対行為とみなすに違いない。
少なくともマルグリットの厚意を無碍に拒絶した愚か者、無礼者と判断する。
それで戦いになどなれば、こちらに勝ち目はない。相手は長年行動を共にした幹部さえ容赦なく見捨てる狂犬たちだ。
マルグリットの意に反する者に手加減はすまい。ならば待っているのは速やかで確実な全滅だ。
また、オデットに会える可能性も低くなる。現状、マルグリットを同行させていればオデットまでは一直線。
明神が考える通りマルグリットなしでも何らかの手段はあるかもしれないが、最短ルートがなくなるのは大きな痛手だろう。

マルグリットと手を組むのが最善とは言わない。だが悪手とも思わない。
この選択はローウェル側に借りを作ってしまう要因になるかもしれない。余計な因縁を作るだけの結果に終わるかもしれない。
しかし、こうすると決めた。いったん決めたら、太陽が西から昇っても考えを改めないのが崇月院なゆたである。
なゆたもまた、明神と同じようにパーティーの仲間たちを信じている。
皆で力を合わせれば、絶対になんとかなると迷いなく思っている。
だからこそ――
何が起こっても大丈夫と、マルグリットの申し出を受けたのだ。

「心配かけてゴメンね、明神さん。
 分かってる……みすみす継承者の言いなりになるつもりはないよ。こういう駆け引き、結構得意なつもりだから。
 もう少しだけわたしに任せて。きっと……打開策を見つけてみせるから」

「ちっ。しゃーねーなぁー。
 ジョンぴーの呪いがどうにかなるまで、保留にしといてやるよ。
 でも、ジョンぴーの呪い問題で恩ができちゃったんでじじい側につきます! ってなったらマッハで殺すかんな。モンキン」

轟々と殺気を纏っていたガザーヴァがいつもの様子に戻る。
とはいえ、少しでもなゆたがローウェル側に心惹かれるようなら即座に殺すと明言する辺り、凶悪にも程がある。

「あはは……そうならないように、何とか頑張るよ」

なゆたはぱたぱたと手を振った。
明神の言うとおり、エーデルグーテでオデットに会う前にローウェルたちが何を目論んでいるのかを知らなければならない。
マルグリットならば教えてくれるかもしれないが、彼と二人きりになれる機会はまずないと言っていい。
ならばどうするか――問題は山積している。
なゆたはそんな課題を抱えたままシャワーを浴び、馬車へ戻って明神やガザーヴァら仲間たちと一緒に眠った。

74崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:22:10
橋梁都市アイアントラス。
アルメリア王国とフェルゼン公国の国境近くにある『大断崖(グレイテスト・クリフ)』に架かる、超巨大な鉄橋である。
橋そのものが都市を形成しており、アルメリアとフェルゼンを陸路で繋げる唯一の道として交通の要衝となっている。
ゲームの中では、巨大な目抜き通りを形作っている橋の両脇に商店や露店が立ち並び、
行商や旅人、自警団などが賑々しく街を行き交っている。
ブレモンのストーリーモードを一通りクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、必ず来たことのある場所だ。
なお、十二階梯の継承者のひとり『万物の』ロスタラガムに初めて会う場所でもある。
長距離を移動してデリントブルグを抜け、街に入ったと思ったら何気なく話しかけた相手に突然問答無用でぶん殴られ、
対処が及ばずわからん殺しで全滅したプレイヤーも多い。

明神ら一行+マルグリットとその親衛隊は、半月の時間をかけて大した確執も起こすことなくデリントブルグを抜けた。
投書の予定では、バロールがアコライト外郭戦で大破した魔法機関車を修復し、
アイアントラスへ送り届けるという手筈だった。
徒歩では一年かかるエーデルグーテへの道のりだが、魔法機関車を使えばぐっとその期間は短くなる。
何にせよ、アイアントラスまで到着してしまえばこっちのもの――
と、思ったが。

「……なんてこと……」

眼前の光景に、なゆたは目を見開いた。
アイアントラスが燃えている。
本来多数の人々で活気づいているはずの街は破壊され、あちこちで建物が燃えている。
建物だけではない。荷車も、花壇も、家畜も――
そして、人も。

「襲撃のようだな」

エンバースが槍を手に呟く。既にスマホも起動しており、いつでも戦いに出られるという体勢だ。
だが、なゆたはまだ自体が呑み込めない。誰が、いったい何のために?
しかし、そんな疑問もすぐに解けた。
逃げ惑う人々に襲い掛かる、小柄な異形の群れが遠くに見えたのだ。

「―――――――――――!!」

なゆたはもう一度、驚きに目を瞠った。
アイアントラスを破壊している異形はゴブリンだった。1mくらいの背丈の、緑色の膚をした亜人種。
ブレモンではスライムに毛が生えた程度の強さの、最弱モンスターの一角である。
革の腰巻や朽ちた鎧などを身に纏い、武器と言ったら錆びた剣や棍棒、粗末な弓もどきくらいのもの。
そんな雑魚キャラ、典型的やられキャラのゴブリンが10匹ほど群れを成している。
が。
それは通常のゴブリンのこと。なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の眼前にいるゴブリンは、そうではなかった。

ゴブリンたちは防具に身を固めていた。――だが、いわゆる鎧や兜といった『西洋ファンタジーらしいもの』ではない。
小口径の拳銃程度なら直撃しても確実に防御する、マットブラックのバリスティックヘルメット。
耐閃光、耐煙、耐衝撃の強化アクリル製ゴーグル。
防弾・防刃機能付きのタクティカルスーツに、胴体を防御するボディアーマー。
グローブとコンバットブーツで肌の露出を最低限に抑えた、黒ずくめの外見。
そう――

『ゴブリンたちは、現代の地球産の装備で武装していた』。

それも、SWATや軍隊が採用しているような本物の戦場装備だ。
ゴブリンの一匹が、逃げ惑う人々に狙いを定める。
その手に持っているのはM-16自動小銃。米軍で正式採用されている、アサルトライフルのベストセラーだ。

「ギギッ!」

「た、たすけ……ぎゃぅっ!」

タタタタタンッ! と軽快な射撃音が響き、武器も持たない街の人々が悲鳴を上げて倒れる。
例え武器を持っていたとしても、地球の最新鋭装備とファンタジー世界の旧式武器では比較にならない。
自警団らしき者たちが必死で抗戦しているが、防戦一方でまるで勝負にならなかった。

「ポヨリン!」

なゆたは叫んだ。と同時にスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
ポヨリンは召喚されるや否や弾丸のように突撃し、ゴブリンの一匹の胴体に突き刺さるように体当たりした。

「ガギィィィーッ!?」

完全な不意打ちだ。ゴブリンは防御姿勢を取ることもできずに吹き飛んだ。

「ギッ! ギギ……」
「ギャキィーッ!」

闖入者の出現に、残ったゴブリンたちが甲高い声をあげる。
じゃきっ! と音を立て、ライフルの銃口が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へと向けられた。

75崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:22:56
「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

ガザーヴァが爛々と双眸を輝かせ、前のめりになってゴブリンたちへ突撃する。
虚空から身の丈ほどもある騎兵槍を出現させると、凄まじい速度で刺突を見舞う。
黙々と一行の最後列についてきていたガーゴイルも、主人の助太刀度ばかりに蹄を鳴らして戦場へ駆けてゆく。

「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
 ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」

ぶぉん! と風切り音を鳴らして騎兵槍がゴブリンを狙う。
しかし、当たらない。本来ならば回避の『か』の字も知らないほど低レベルなはずのゴブリンが、巧みに攻撃を避ける。
そして射撃。驚くべきことにゴブリンたちは規則正しい隊伍を組み、ガザーヴァを一斉に狙ってきた。

「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

ガザーヴァはある時は身を翻し、ある時はバク宙し、まるで軽業のように銃弾を躱す。
発射されたのを確認してからライフルの弾を避けるなど、人間の動体視力を遥かに凌駕している。
たたッ! と幾度か身軽にトンボを切ると、ガザーヴァは明神の傍に戻った。

「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

前方を見据えたまま、ぼそりと呟く。
余裕の様子を見せてはいたが、実際はそこまで楽観視できるものでもないらしい。
そして――ガザーヴァが警告した通り。

炎上する建物の中から、横転した荷台から。倒れた柱の影から。
50匹ほどのゴブリンたちが姿を現し、一斉に銃を構えた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と対峙している者たちばかりではない。建物の屋根から狙いを定めている者もいる。
むろん、全員地球の軍用装備に身を固めている。まさに多勢に無勢だ。

「ぐ……」

なゆたは奥歯を噛みしめた。
半月前、エンバースが拾った銃弾。それはこのゴブリンたちが使ったものだったのだろうか。
ゴブリンたちに支給できるほどの装備を、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が持ち込んだというのなら。
それは、こちらにとって絶望的な戦力差となることだろう。
どうすれば、この敵を打ち破ることができるのか? 仲間たちを守ることができるのか?
なゆたは一瞬懊悩した。
だが、次の瞬間。

「蹂躙、許すまじ!」

マルグリットの透き通った声が、炎上するアイアントラスに朗々と響き渡った。

「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

まさしく、ゲームの中のムービー・パートのように。
トネリコの杖を持った右手を突き出して言い放つと、マルグリットは身を低く屈めてゴブリンたちへと疾駆した。
疾い。
マルグリットは瞬時にゴブリンの群れの只中へと飛び込むと、上体を思い切り捻った。

「おおッ!!」

ぶぉんっ!!!

咆哮と共に、疾駆の余勢を駆っての飛び回し蹴り。
大鉈の如き蹴りが旋風を纏ってゴブリンたちに命中し、その矮躯を遥か彼方へ吹き飛ばす。
残ったゴブリンたちが雪崩を打って発砲する。――が、当たらない。
疾風さながらの身ごなしで紙一重に銃弾を避け、マルグリットはさらに攻撃を加えた。
舞うように優雅に、しかし必殺の威力を以て繰り出された手刀がゴブリンを薙ぎ払い、瞬く間に蹴散らしてゆく。
マルグリットは単なる魔術師、専業後衛職ではない。
ユニークスキル『聖灰魔術』を自在に使いこなす天才魔術師であると同時、
格闘スキル『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』の使い手でもある複合職なのだ。
本来高い対衝撃性を有するはずのボディアーマーが、まるで苧殻のようにひしゃげる。ゴブリンが水切りの石のように吹き飛ぶ。
ゴブリンたちに囲まれながらも、マルグリットは落ち着き払った様子ではー……と息を吐き、呼吸を整えた。

流麗、必滅。その姿はまさにアルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者と言うに相応しい。

76崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:24:44
「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」

「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」

「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

マルグリットに遅れじとさっぴょんが声を上げ、シェケナベイベときなこもち大佐が後に続く。
きなこもち大佐のパートナーモンスター、スライムヴァシレウスが真紅のマントを翻しながらゴブリンたちへ突っ込んでゆく。
タクティカルスーツを着ていようが雑魚は雑魚、と言わんばかりの圧倒的な力で、スライムの王がゴブリンを駆逐する。
一昔前のパンクロッカーの姿をした、トゲのついたコスチュームに身を包んだゾンビがエレキギターをかき鳴らす。
シェケナベイベのパートナーモンスター、アニヒレーターだ。
アニヒレーターの左右に展開した巨大な身の丈ほどもあるスピーカーから爆音が轟き、音が質量をもって敵を薙ぎ倒す。
そして――マル様親衛隊の隊長、さっぴょん。
さっぴょんのスマホから、煌めく白銀色の『駒』たちが出現する。
16体いる等身大のチェスの駒があたかもマルグリットを守護するようにその周囲に召喚され、ライフルの弾を跳ね返す。
魔銀(ミスリル)製の駒は堅牢無比、物理に対しても魔法に対してもきわめて高い耐性を誇る。

「さあ――制圧なさい、私の駒たち!」

さっぴょんの号令一下、等身大の駒たちが幾何学的な動きでゴブリンたちを掃討する。その動きはまさしくチェスのそれだ。
そもそも、さっぴょんこと悠木沙智はただのブレモンプレイヤーではない。
彼女は全日本チェス選手権四連覇の王者にして、チェスの世界大会であるチェス・オリンピアードにも出場経験のある、
日本最強の棋士なのである。
女流棋士・悠木沙智の戦術(タクティクス)はグランドクロスと呼ばれる独自のもので、世界に通用する強力なものだ。
その戦術をブレモンにも用い、ブレモンプレイヤー・さっぴょんは瞬く間にトップランカーへと昇りつめたのである。
決して他者に迎合しないシェケナベイベときなこもち大佐が隊長と仰ぎ従っているのも、その桁外れの強さゆえだ。
モンデンキントも幾度となくさっぴょんとオンラインでデュエルしたが、その都度グランドクロスに跳ね返され敗北を喫している。
その、モンデンキントに幾度となく苦汁を舐めさせてきた戦術が、目の前で展開されている。

「――モンデンキント。俺たちは連中が敵を駆逐するのを、指を銜えて見ていればいいのか?」

「え? ぁ……、う、ううん、わたしたちも行くよ! エンバース、お願い!」

「了解した」

マルグリットと親衛隊の戦いを半ば呆然と見ているなゆたに、エンバースが声をかける。
はっと我に返ったなゆたが指示を出すと、エンバースはすぐに戦いの坩堝へと躍り込んでいった。

「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

武装したゴブリンたちはどこからかワラワラと這い出してくる。どれだけの数がいるのか見当もつかない。
もちろん、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がライフルの弾を一発でも被弾すればそれでおしまいだ。
なゆたもマントを翻して戦場に駆け入り、ポヨリンに攻撃の指示を下すが、ATBゲージが思うように溜まらない。
デュエルならともかく、混戦状況の中ではスマホに依存する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方はいかにも非効率的だ。
飛び交う弾丸をスキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で避けながらスペルカードを手繰るものの、
スキルの連続使用は肉体への負担が大きすぎる。すぐに疲労が蓄積し、なゆたは肩で息を繰り返した。

「はあっ! はあっ、はぁ、は……はあ……!」

額にびっしりと汗が浮く。喉がからからに乾き、ひりついて息がうまく吸えない。
モンスターを召喚・制御するのと同じように、スキルを行使すれば肉体と精神の両面が消耗する。
まして、なゆたはこの世界の住人ではない。にわか仕込みのスキルを連続使用して平気でいられるはずがない。
それでも、止まらない。止まれない。
ジョンを蝕む呪縛に比べたら、こんな疲れくらいは物の数ではない――そう思う。

「ポ、ポヨリン……『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ……!」

腕が鉛のように重い。だが、それでも懸命にスマホをタップしスペルカードを切る。
そして――

もし、ジョンが馬車の中から戦場を見ていたとしたら。ジョンだけは気付くだろう。
突如戦場に現れたひとつの影が、恐るべき速さでなゆたへと接近しつつあることに。
それは一見するとゴブリンたちと変わらないように見えた。ヘルメットもゴーグルも、タクティカルスーツもすべて一緒である。
が、大きさが違う。小学生程度の大きさしかないゴブリンたちと違い、その影は大柄だった。身長180cmはあるだろう。
迅い。ゴブリンたちとは比較にならないスピードで、影はなゆたへと疾駆している。
その手には大振りのコンバットナイフが握られている。逆手に握られた、刃までが真っ黒なナイフ。
なゆたは気付いていない。ふらふらになりながら、ポヨリンへと指示を飛ばしている。
マルグリットは最前線におり、親衛隊はマルグリットを援護することしか頭にない。
エンバースとガザーヴァもまたなゆたから遠く離れた場所におり、明神とカザハは馬車の守りで手一杯だろう。
となれば。

その影を阻むことができるのは、ジョンしかいない。


【アイアントラスを近代装備に身を包んだゴブリンの一団が襲撃。
 なゆた疲労困憊。迫りくる襲撃者には気付かず】

77ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:46:44
普段なら人と笑顔で溢れ返っているはずの街は静まりかえっていた。
むせ返るほどの臭いと夥しい血で濡らされていた。

血でぬれたその広場に、一人の仮面をつけた男がいた。
仮面を付けた男の周囲には死体があった。

一つ二つではない・・・広場には大量の死体があった。

「まだかなあ・・・」

その男はまるで恋人を待つ一人のような人間のような事を呟いた。

普段ならなんの違和感もない場所と言葉。
しかしまだ温かい死体達と仮面の男の服に付着した大量の血。
それらが異常な空気を醸し出していた。

「これは・・・あなたがやったの?」

そこに数人の人間とモンスターが現れる。

「思ったより遅かったね?・・・あぁそうさ、僕がやった」

はぐらかすでも、ごまかすでもなく人殺しを認めたその男は笑い始める。

「いやーごめんね?君が誰だか分からないんだ!人を一杯殺すようになってから人間の顔ってのが認識できなくなっちゃってね・・・
 でもここに足を踏み込んだって事は君達は 異邦の魔物使い なんだろ?」

「どうだい?この広場は君達の為に用意したんだ!気に入ってくれたかな?」

狂人にブレイブと呼ばれたその人間達は思い思いの感情を狂人にぶつける。

「うんうん!それだけ僕に殺意を向けてくれるなんて・・・よっぽど気に入ってくれたんだね!
 うーん・・・でも少し一押し足りない感じするな〜君達は優しすぎて殺意の中にまだ慈悲的ななにかが残ってるね」

男は積み上げられた死体の山に手を突っ込むと、その中に一人の子供を引き抜き・・・首を思いっきり締め上げる。

「本当は最初から気づいてたんだけど〜まあ子供だしいいかなと思って気づかないフリをしてあげてたんだ」

子供が苦しそうな声を上げる。

「でも残しといてよかった!君達への取っておきのサプライズプレゼントになってくれたから・・・ね」

ブレイブ達が先制攻撃を仕掛ける。

「いいよ!本気で殺すって目だ!いいね!いいね!君達の目からやっと慈悲が消えた!」

「ああ・・・本当にこの世界にこれてよかった!元の世界にいたら一生こんな気分は味わえなかっただろう
 ・・・君達のような人間に殺される日が来るなんて・・・一生こなかっただろう」

狂人は嬉しそうに笑う。

「あのクソうるせー女も消えた!俺を裏切って反抗してきたあのクソ犬も!もうここに邪魔するものはもうなにもない」

「殺し合い・・・しようぜ」

狂人は自分の体にナイフを刺す。そしてその血を周囲に撒き散らす。

「なんで・・・広場を死体に・・・それもわざわざ大量に出血するようにして用意したと思う?・・・こうするためさ!」

狂人は手を上げると周囲の死体達から流れた血を自由自在に操り始める。

「完全に流れ出た血は誰の物でもない・・・けど僕の血に!スキルに触ったならそれは俺の血だ!」

気分が高揚したのか、狂人は仮面を投げ捨てる。
外した狂人の顔は見覚えがあった。

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78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:47:09

「ハッ!!」

目を覚まし、飛び起きる。
体の拘束は外され、目の前には食べ物が置いてある。カザハが置いていってくれたのだろう。

「夢・・・?夢なのか・・・?」

最近悪夢ばかり見てたはいたが・・・その中でも飛びぬけて・・・胸糞悪い夢で・・・。
でも夢とは断言できないような・・・まるで自分が体験したことがあるかのような・・・。

思い出せない・・・夢の内容を・・・

「く・・・いままで一番気分がわるい・・・」

体が・・・脳が・・・本当にわずかだがこの事を記憶している気がする。
思い出せないのに記憶してるとは・・・?

「・・・馬鹿馬鹿しいな」

そう自分の考えを一蹴して目の前に食事に手をつける。

>「ジョン、起きてるか」

みんなを起こさないように静かに食事をしていると明神に話しかけられた。

「どうしたんだ・・・?こんな夜中に・・・って君がもってるそれは」

>「昼間の狙撃、あれな……どうにもこいつを撃ち込まれてたらしいんだ。
 あの襲撃は多分、この世界の人間の仕業じゃない。技術水準が違いすぎる。
 召喚されたブレイブがライフル現品か、あるいはその製造方法を持ち込んだ」

これは・・・5.56mm弾・・・か?
携帯の明かりで照らし、細部を調べ始める。

>「有力な証拠物件だけど、遺憾ながら俺には銃に関する知識がない。
 だけどアレだろ、弾丸の旋条痕ってのは人の指紋みたいに発射元の銃を特定出来たりするんだろ。
 現役自衛官だったお前なら、なにか思い当たるフシがあるんじゃねえかと思ってさ」

「とりあえずいえる事は・・・コレはおそらく正規品であるはずだけど・・・ど・・・だ
 あくまで参考程度に留めてくれよ、これだ!って断定しすぎるのはこの状況ではあまりに危険すぎるからな」

だがどうにも腑に落ちない事もある・・・この弾を使う銃は基本長距離狙撃に向いていないはずだ。
持ち込んだだけなら弾も無限ではないだろうし、効果があるかどうかわからない状況でおいそれと連射することはできないはずだ。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:47:49

もしくは・・・。

「物体を作り出せるような施設・・・それか魔法使いに複製を頼んでいる可能性・・・か」

バロール以外でそんな事できるのはよほどビックネームだとは思うが・・・。
可能性はゼロというわけではないだろう

>「……まぁ、ガチで素人意見だからホントにダメ元だ。何もわからなけりゃ分からないでも良い。
  長い長い夜の暇つぶし程度に持っててくれ」

「これは預かっておくよ・・・おやすみ・・・明神」

一体だれがこれを持ち込んだのだろう。

正規の銃をどんな方法であれ量産させるには現物が必要不可欠のはずだ。
召喚された人間は召喚されたときの所持品を持って召喚される・・・特殊な事がなければ
と言う事は少なくともこの弾の持ち主は日常的に銃を持った人間と推測できる。

だが馴れしんだ人間なら尚更襲撃にこの弾薬を使う銃を選んだのも腑に落ちない。

この弾丸の規格では狙撃と呼ばれる程の遠距離で当て辛いのはもちろん
当たったとしても一発二発では人間を無力化足らしめる威力はない。
ただでさえ回復魔法がある世界なのだから余計に。

回復魔法で傷だけ直しても弾は体に残ると見越して・・・?

それならこの世界でも概念としてある弓・・・
もしくはクロスボウを作ってそれを人に向けて撃って矢じりを相手の体に残したほうが効果が高いと思われる。銃に比べれば毒も仕込みやすい。

もし失敗しても、現実の銃を持ち込んだ異世界人がいるとバレる事がなくてその後の展開が遥かに楽なはず。

だが相手は狙撃に成功する確率、もとい殺害の成功率が限りなく低い状況での現代兵器を用いた狙撃を選んだ。

素人だからと舐め腐ったのか・・・。

火の処理に追われていたとはいえ姿を見られず狙撃をしてくるような手馴れが
邪魔されるようなタイミングで襲撃・・・?

違和感が拭えないまま・・・朝を迎えた。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:04
「やっぱりどう考えてもおかしい」

馬車の中に押し込まれることはや半月。
することもないのでカザハに次の街の情報を教えてもらったり
明神から預かった弾を眺めながて考え事をしたり
日課の鍛錬を馬車の中で済ましていたら汗臭いとか言われてたまに外にでたりして過していた。

「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

馬車越しに皆に語りかける。

「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」

「僕達が・・・なゆが火を無視できないと、予め分かっていたとしか思えない」

いくら身を隠せる場所が多いといっても方向を特定さえしてしまえば後は魔法で纏めてなぎ払えばいい。
方向を特定できなくてもモンスターに無差別に攻撃を指示して自分達は畑で伏せながら畑を抜け出す事ぐらいはできるだろう
なゆがそれをしなかったのは他人の損害を どうせ自分達のじゃないから と他人はどうなってもいい・・・という事をできなかったからだ。

なゆ達の事を調べ上げた上での襲撃なのは間違いないが、それ故に救援がくるようなタイミングを読んでいなかったというのはおかしい。
それとも最初から戦果などどうでもよかったのか・・・?

「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

異世界人が、現代兵器で襲い掛かっているという情報は相当に大きい。
こちらはこの半月で相応の準備と覚悟ができている。

無傷で襲撃を乗り越えたのは本当に大きい・・・。

だがそれゆえにおそらくプロであるはずなのに成果をなんら残していない。という結果が気に入らなかった。

今すぐ自作自演するためにお前ら3クズとその主が仕掛けたんじゃねーのか?と問いただしたい気分ではある。
しかし今この場で敵対行動を起すのは得策とはいえないだろう。

せめて証拠があれば・・・。

「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

そう話していると馬車が停止する。

>「……なんてこと……」

「おっ街についたのか、なら僕は静かにして・・・」

>「襲撃のようだな」

「・・・なに?」

談笑しながらの和やかな旅は

非常に聞き覚えがある銃声に掻き消された。

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:21

外から聞こえる聞き覚えのある銃声。
恐らく街に近づくほどに大きくなる悲鳴。

「一体なにが起っているんだ!おい!だれかおしえてくれ!」

>「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
  ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」

「あー!くそ!!明神!カザハ!まだそこにいるのか?情報を教えてくれ!
 なぜ四方八方から銃声が聞こえる?襲撃者は一人じゃないのか?というかなぜ街の人が襲われている!?」

>「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

「ゴブリン・・・?」

ファンタジー漫画や小説に必ずといっていいほどでてくるスライムと並ぶザコモンスターの筆頭格。
それはゲームであるブレモンでも例外ではないはず。
なら街の人の悲鳴が止まないのはなぜか?恐らくなゆ達ではない人間の声・戦闘音が聞こえてくる。
だが悲鳴は静まるどころか加速する一方だ・・・。

「まさか・・・ゴブリンが・・・武装しているのか・・・?現代兵器で・・・?」

そうなると話がいろいろ変わってくる。
前回の襲撃がもしかしたらゴブリンに武器を渡し、実験していたというトンデモな可能性まで浮上してしまうのだから・・・。

だが今は考えている場合ではない・・・!

>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」
>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
  ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

「なっ・・・!いくらなんでもそりゃ無茶だ!どれだけの数がいるか分からないんだぞ!」

馬車の中から外をのぞく。

そこはまさに地獄絵図だった。

銃をもったゴブリンになす術なく撃ち殺される武装した兵士。
頭から血を流して倒れる一般人と思わしき人。
痛いと叫びながら半狂乱になる人。

そこはまさに戦場(地獄)だった。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:43
マルグリットや親衛隊の奮闘で戦況はわずかだが好転している。

しかし・・・マルグリットとその親衛隊。それにエンバースやなゆも前線で戦っているというのに。
ゴブリン達は慌てることなく、隊列を乱さず、統率が取れている。

1がだめなら2に戦況が不利になったら3に、予め作戦が決められているのであろう。
一番驚愕な点は現代兵器の性能を熟知しているという点だ。
僕がしっているゴブリンはたしかに狡猾で・・・だが基本は馬鹿で上等な道具を上手く使えるような頭はないはずだ。

この世界のゴブリンがどれほどのものなのかわからないが・・・現代兵器を操るなんてあまりにも異常すぎる

「クソッ・・・なぜだ・・・?なぜ僕はここで見てるだけなんだ・・・?」

こうしてる間にも戦闘音は続き、悲鳴も銃声も鳴り止まない。
色んな怒声が聞こえる。色んな悲鳴が聞こえる。物が壊れる音が聞こえる。みんな必死に生き延びようとしている。

だけど今僕がでていっても事態を悪化させるだけなのでは?最悪僕自身がこの街の災いになる可能性すらある。
僕がでた結果さらに死ぬ人が現れるのでは?もしかしたらその責任がなゆ達が負う事になるかも。
だったら僕はここにいたほうが・・・。

馬車の中でうずくまり、考える事を放棄しようとした瞬間・・・目の前に少女の霊が現れる。

「・・・この半月だんまりだったのに突然なんだ?・・・そもそも僕はスキルをこの半月使ってもいないし、暴走もしていないはずだ」

彼女は僕の質問を相変わらず無言で無視し、馬車の外を指差す。

「はっ!牢屋の時はでるなと言ってたのにこんどは外にいけと?一体君は僕になにをさせたいんだ?」

少女はなにも答えない。
真剣な目でただひたすら外を指差すだけだ。

「外にはでないぞ・・・外を見るだけだからな!」

余りに真剣に、外を指差すものだから・・・気になって僕は外を覗いた。
周りには殆ど変化がなかった。みんな必死に戦い、生きている市民はどこに逃げればいいかわからず右往左往。

まさに地獄だ。

「で?これを俺に見せたかったのか・・・よ」

その瞬間ほんの一瞬逃げ惑う民間人の中を逆行している人物を見つけた。
逆流しているにも関わらず、まるで流れにそっているかのように戦場に向かっていく。

心に殺意のようなものを持って。

これが味方だったらよかったのだが。幸いといえばいいのか、見えてしまったことで無視できなくなってしまったという事を不幸といえばいいのか。
その人物が着ているものは間違いなくゴブリンと同じ装備であった。

この騒動に乗じてだれかを殺す、もしくは誘拐に来たのだと推測できる。
ではおそらくこの騒動の主がわざわざ銃を捨てて、ゴブリンを隠れ蓑にして、危険を冒してまで接近してきたのはなぜか。

3クズとその主ならまだいい。どうぞ殺すなり誘拐するなりしてくれればいい。
だけどマルグリットは嗚呼見えてかなりの武道派だし、3クズはマルグリットを中心に陣形を組み、不意打ちは難しい。

エンバースや、カザハは自分自身が戦っているから暗殺するようなチャンスはなかなかないし、この戦場で待っている余裕はさすがにないはず。
自分自身が戦える相手を確実に殺したいならこの混乱に乗じて銃で不意打ちを狙うだろう。

銃で殺すと目立つが、ナイフなら静かに、そして発見するのも遅らせる事ができる。

つまり接近すれば確実に抵抗させずに殺せる相手を優先的に殺し、数的な有利を作るため・・・?
ゴブリンに思いっきり気を取られていて・・・それでいて本体自体はそんなに動いていない・・・暗殺者としてみると格好の的・・・。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:05
明神やなゆのような本人自体は一般人タイプのブレイブ・・・それもモンスターではなく異邦の魔物使い本人を狙いに来ている・・・!

馬車から急いで飛び出し、最後に確認された不審人物が歩いていった方向を見る。

その方角で戦っていたのは・・・なゆだった。
エンバースは建物の上にいるゴブリンを倒す為離れており、頼みのポヨリンもゴブリンと戦っている。

「なゆ!!!」

気づいたら走り出していた。
スマホをポケットから取り出し、部長を召喚し、全力で駆ける。

戦場の極限状態はなゆや明神の素人にとって地獄のような気分を味わせることだろう。
悲鳴は集中力を奪い、敵の攻撃は意識を削がれ、与えられるのは目の前に横たわった死体からもたらされる絶望だけ。

ゲームでは味わった事はあるだろう。
もしかしたら今までの旅路で戦場の空気を味わった事があるのかもしれない。

>「はあっ! はあっ、はぁ、は……はあ……!」

けど決して馴れる事などない。
少なくとも死人は出さないと、面と向かって言い放つ・・・なゆのような人間には。

状況が生み出す緊張と疲労は・・・対処できるはずだったことも・・・普段ならしないようなミスを・・・対処も出来ない程・・・人を蝕む。

>「ポ、ポヨリン……『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ……!」

なゆの目の前に立った人物は今正になゆにナイフを振り下ろさんとしていた。

なゆは目の前で起った事を理解していても行動できない。
そのナイフはなゆに・・・少女に振り下ろされ・・・彼女の人生は・・・

終わりを

「させるかああああああ!」

ナイフを振り下ろそうとする人物の脇腹目掛けて強烈な蹴りを食らわせる。

「はあ・・・はあ・・・間に合った・・・」

本来はこの程度の距離を走った所で息切れなど起さないが・・・今回ばっかりは心臓に悪い。

「無事かい!?どこも怪我してない!?」

なゆの体をくまなく検査し、大きな怪我がない事を確認する。

「本当によかった・・・頼むから僕の為に無茶しないでくれ・・・本当に・・・よかった」

蹴られた人物が立ち上がってくる。

「今のは手加減なしの全力蹴りだったから・・・最悪殺してしまったかと思ったけど・・・その心配はないみたいだね」

その人物はナイフを握り締め、交戦する気のようだ。
一度失敗したら逃げると思ったが強行する気らしい。

「僕になゆとの約束を破らせてた責任・・・取ってもらおうか」

84ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:22
思いっきり蹴ったはずだが、目の前の人物が弱っている様子はない。
スキルを使ったのか・・・それとも蹴られる直前に飛んで威力を軽減させたのか・・・。

「なゆ・・・隠れていてくれ・・・僕がやる」

なゆは疲労していた。
当然だ、この地獄の中で被害を減らす為に敵と戦っていたのだ。
戦場になれた軍人ならともかく一般人の身にはあまりにも辛すぎる。

「対モンスターが君の本業なら・・・対人間は僕の本業だ」

しかしゴブリンの軍事行動。
混沌極める戦場とはいえ他のブレイブ達や3クズと主に気づかれずなゆに接近し、蹴りを食らってもそれを咄嗟にいなせる技術。

厄介だな・・・。

「降参しろ。抵抗する場合は足や手の一本二本・・・もしくは命の保障はできないぞ」

目の前の人物はなにも答えず、襲い掛かってくる。

相手は全身フル装備で手にはナイフを持っていた。
それにこちらは鎖帷子を下に着込んだだけの普段着に武器と呼べる物は全て預けてしまっており丸腰。

相手がナイフで攻撃してくる。
ナイフを持った腕を左手で掴み、先ほど蹴った場所目掛けて膝蹴り。
怯んだところに思いっきり顔面を右手で強打。強打。強打。
相手が体を捻り強引に僕を振りほどこうとするも、こちらも思いっきり掴んだ敵の腕を引っ張りそのまま投げ飛ばし地面に叩き付ける。
地面に叩きつけられた相手が立ち上がる前に相手の頭部をサッカーボールのようにけり飛ばす。

「・・・っ!!」

完全に僕のペースだったはずだ。
いくら相手が訓練された兵士だったとしても、今の一連の攻撃はとても耐え切れるような物ではないはず。
それなのに・・・

僕の右膝にはナイフが深く、突き刺さっていた。

「僕は白兵戦では・・・人類で最強に近いポジションにいると自負していたんだけど・・・
 まさか・・・異世界の住人じゃなくて僕達の世界の住人にその自信を揺るがされるとは・・・ッ」

襲撃者もふらふらと立ち上がる。

様子を見るに完全にノーダメージというわけではないらしいが・・・

「ッ――――!!」

力任せにナイフを引き抜いても・・・足は動かせないだろう。
ナイフを抜いてもいいように回復魔法を打ちたいところだが今部長にはかくれてもらっているし・・・

「なゆ!手をだすな!そのまま隠れてろ!」

なゆに回復を頼むと敵になゆの位置がばれてしまう・・・疲れているなゆに襲撃者を近寄らせるわけにはいかない。

「お前も相当ダメージを負ったはずだ・・・たしかに僕は足は動かなくなったが・・・お前がまた襲い掛かってくるというのなら
 僕もこの無事な両手で最大限の反撃をさせてもらう・・・ただじゃ殺されないぞ・・・」

部長には襲撃者が逃げた時に不意打ちで噛み付いてもらうために襲撃者の後方で待機させている・・・。
回復するには部長を呼び戻すしかないが・・・しかし・・・。

その時、襲撃者が両手を上に上げた。

85ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:42
突然の降参ポーズに呆気に取られ反応が一瞬遅れてしまった。

両手を上げるポーズを襲撃者が取った瞬間。周囲の建物の屋上に大量の銃をもったゴブリンが現れる。

「しまっ・・・」

一瞬の油断が命取り。襲撃者が腕を下ろすとゴブリン達は一斉射撃を開始し・・・

「部長!!」

「ニャアアアアアア!!!」

襲撃者の背後に現れた部長の突進攻撃は襲撃者の背中に命中し
ふらついていた事もあり、襲撃者は僕のほう目掛けて吹き飛ばされる。

吹き飛ばした襲撃者を僕はすかさずキャッチし、その体を遮蔽物にし、隠れる。

ゴブリンの一斉射撃はキャンセルされず、そのまま実行され。
ライフルによる一斉射撃はきっちり全員がマガジンを打ち切るまで続いた。

「ハア・・・!ハア・・・!」

自分に覆いかぶさっている襲撃者をどかす。

ゴブリン達は主人を失い屋上でどうしたらいいか右往左往していた。

「奴らが混乱してる内に移動しよう・・・!」

部長となゆの助けを狩り、念のためゴブリン達が見えない場所まで移動する。

「ごめんなゆ・・・殺さなければ・・・僕が殺されていた・・・」

「・・・?」

何か違和感を感じとる。新しい血の臭いがしない。
慌てて襲撃者の死体があった場所をみる。ない。死体がない。

ゴブリンが持っていった?いや引きずられた跡がない。
つまり・・・奴はまだ生きている?

86ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:50:37
「なんて事だ・・・」

目の前に自分の足で立つ襲撃者が現れた時僕は思い知らされたのだ。
この極限状態で判断能力が鈍っているのは決してなゆだけじゃなかったって事を。

この世界にはスキルも魔法も特殊効果を持った道具すら存在する世界だという事を冷静だったなら絶対忘れなかっただろう
正常な判断ができていれば奴の体から確認もせずに離れるなんて事はしなかっただろう。

「なゆ・・・!君だけでも逃げろ!」

襲撃者が再び両手を上げると周囲にどこからともなくゴブリン達が現れる。
こんどは屋上だけじゃなく下にもゴブリン包囲網が敷かれた。

今度は部長による不意打ちも不可能。反撃できるだけのスキルも不可能。そもそも足が動かせなくて反撃どころか逃げる事すらできない。

終わった・・・。

そして無慈悲にも・・・手は振り下ろされ・・・ゴブリンの一斉射撃が・・・

始まらなかった。

「ああ・・・あぁ・・・そうだよ・・・みんなはどんな無茶だろうとクリアする・・・異邦の魔物使い・・・!!」

救援にきた仲間達の助けによって周囲のゴブリン達は一掃された。

その瞬間気づいたのだ。

僕の失敗は決して体を確認しなかったことなどではなかったのだ。
なゆが距離を取った時点で自爆・暴走覚悟で暴れる事を選ばなかったことでもない

なゆの手を取ってすぐに逃げなかった事・・・仲間をもっと頼らなきゃ・・・信用する事だったんだ。

「ありがとう・・・みんな・・・」

目からなにかが溢れてくる。
こんな事・・・彼女を殺して以降なかったのに・・・止まらない

「っ!奴はまだあきらめていないぞ!」

襲撃者は再び手を上げると、またどこからともなくゴブリンの一団を召喚する。

「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

こんな僕にでも笑顔で手を貸してくれる人達がいるのだから。
僕が言わなきゃいけない言葉は最初から一つだったんだ。

「助けてくれないか・・・?」

87カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:41:20
「ただいま〜。ジョン君大丈夫だった?」

《ええ、静かに寝ていますよ》

カザハが帰ってきて、私をいったんスマホにおさめて中に入った。
ジョン君の拘束を解いて暫く様子を見ているが、ジョン君が目を覚ます気配はない。
カザハは確保してきたらしい食べ物をジョン君の前に置いた。

《会談、どうなりました?》

「ローウェル陣営に行くかは今のところ保留のままでオデットに会えるように手引きしてもらえることになったよ」

《やりましたね!》

「うーん、まあね。手放しで喜べないんだけどね。親衛隊とか親衛隊とか親衛隊とか!」

オデットへの最短ルートが確保された代わりに、マル様と一緒に行くということは必然的に親衛隊も漏れなく付いてくるため、
もしも親衛隊がジョン君に絡んでブラッドラストが時間切れになったら終了、
ガザーヴァの正体がバレても一貫の終わりというリスクを負うことになる。
とりあえず黒甲冑が無造作に隅に置いてあるのはアカンやろ!
親衛隊を馬車に入れるつもりはないけどいつ何時見られないとも限らないし。

「あら嫌だわ、あの子ったらこんなところに脱ぎ散らかして!
後で明神さんにインベントリにしまってもらおう……。それと名前もどうにかしなきゃ」

幸い向こうはこちらのメンバー内訳にはあまり興味がないので、夕食の時は特に名前を聞かれることもなかったらしい。
かといってずっと秘密にしとくのは流石に怪しまれますよね。
適当に偽名を考えれば済むんだけど問題は本人はあんまり隠す気が無さそうということだ。
気に入らなかったら「ヤダ」とか言って一蹴するんでしょうねぇ。
しばらく経つと明神さんやなゆたちゃんが帰ってきた。
カザハが部屋割りの変更を提案したようで、結局宿はマル様とその手下達に明け渡したようだ。

「ガーゴイルと二人って気まずいでしょ。わざわざ馬小屋行かずにスマホに入っとけば良くない?」

《一人で馬小屋は寂しいでしょうから。それに……将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言いますし》

「えっ、そんな普通に話せる感じなの!?」

まあ……カザハに対するガザーヴァみたいに対抗心メラメラ燃やしてるわけじゃない感じですね。
単にアウトオブ眼中なだけとも言いますけど!
運が良ければガザーヴァがいる時には言わない情報をポロっと言っちゃったりするかもしれませんし。

88カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:44:46
というわけで夜になり、カケルは馬小屋に行った。
道中ではよくカケルを敷布団兼抱き枕にして外で寝てたんだけど大人しく車中泊するしかないね。

「……人口密度高っ!」

整然と並んで寝たはずなのだが、懸念していたこと(?)が起こってしまった。

「ぐふっ!」

腹を蹴られたような気がして目を覚ます。
酔っ払いの集団に絡まれている……とかそういうわけではなく、体の上にガザーヴァの脚が乗っていた。

「お前か―――――!! 物理的な意味で居場所を侵食してこないで!」

脚を跳ねのけながら飛び起きる。寝相どうなってんの!? もう一回捕獲してスマホに収納したろうか!
折角なので、皆の心労を知ってか知らずか呑気に寝ているガザーヴァの寝顔を拝む。
……現場将軍のくせにそんな顔で寝んな! もしかして魔”王”の娘だから姫将軍!? 実に怪しからん設定!
ゲームのブレモンの運営は何故に中身のグラフィックを実装しないまま死なせたのか、問い詰めたい、小一時間程問い詰めたい!

「もしかして晩御飯の時のアレ、最初から交渉を有利に進めるための揺さぶりのつもりだった?」

……こいつ、どこまで読んでいやがった!? 一見ただの騒がしいお調子者に見えて超狡賢いって設定だからな!
もしローウェル陣営にとってなゆちゃん一行がどうしても欲しい人材だったとしたら、強気に出た方が優位に立つことができる。
ローウェルが指輪を片っ端から配ってる説もあるから危険な賭けだったことには変わりはないけど!
明神さんとかなゆの話によると、ガザーヴァにとってローウェル陣営に取り込まれるのはあるまじきことらしい。
どうやら未だにバロールさんの娘兼忠臣であることはやめていないみたいだ。
明神さん(とその仲間達)に協力しているとは言っても
飽くまでも明神さん(とその仲間達)がアルフヘイム(バロール)陣営に付いてるのが前提なんだね。
いじらし過ぎるでしょそんな萌えポイント要らんよ! 等と思っている場合ではない。
それは、もしも万が一、バロールさんが悪い奴だったと分かってローウェル側に付くことになった場合は、また敵になるということを意味する。

89カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:46:31
「それは嫌だよ……せっかく殺しあわなくていいようになったんだから……」

ふと、夕方から考えていた偽名を思いついた。

「ガーベラ……悪くないかも」

普通に考えれば本名と全く違う響きの方がいいのかもしれないが、全く違うととっさに呼ばれても反応できないかもしれない。
響きが似ていればそれが防げるし、逆に呼ぶ側がうっかり本名を呼んでしまってもまだ誤魔化せる可能性がある。
明神さんも(三文字)(二文字×2)大明神の構成は一緒だけどバレてないしどうにかなるっしょ。
というわけで、さっきまでジョン君と話していた明神さんに口利きをお願いする。
絶対ボクが考えたって言ったら言った瞬間に「ヤダ」って一蹴されるからね。

「寝顔が花みたいに愛らしかったから思いついたとでも言っときなよ。あ、ボクはそんなこと思ってないから!
あとボクと融合してる間も意識があったとすると本人の主観基準で計算すると合法だから大丈夫!」

ついでに謎のアドバイスをしておいた。
ちなみにこの世界での生年を基準とする単純計算で違法なのかは、
前の周回でバロールさんがいつの時点でガザーヴァを作ったのかは定かではないので何とも言えないところだ。
今回の周回で復活した時を基準にしてしまうと0歳で違法どころの騒ぎじゃなくなるのは突っ込んではいけない。

90カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:49:38
こうして心強い仲間達(?)をメンバーに加え、旅は再開した。
狙撃手はどうせこちらからは見えない所から狙ってくるし却って的になるだけということで
哨戒担当は早々に撤廃になり、私は馬車を引くのに参加。
カザハは馬車の屋根の上を定位置とし、周囲の警戒という名目で、親衛隊がジョン君に絡みにいかないように目を光らせている。
物凄く軽いから、馬車の屋根の上にいても天井が抜けたりしないんですね。
ちなみに超軽い絡繰りは、常に浮力のようなものが働いているかららしいよ。
ガザーヴァはそれをある程度自由に調整して自力で浮かんだりも出来るみたい。
だから、カザハが「高いところから飛び降りながら手をバタバタすると滞空時間が長くなることに気付いた」とか
「空中で跳ぶ動作をすると二段ジャンプできる」とか言っていても、別に親衛隊との道中で頭がおかしくなったわけではないのだ。多分。
相変わらず明神さんはガザーヴァに絡まれ、主にカザハがジョン君の話し相手をする構図となっていた。
そして、奇跡的に(!?)大きな事件もなく約半月の道程をこなし、アイアントラスに到着しようとしていた。

「もうすぐ到着だよ〜。
人気のお土産はアイアントラス千分の一模型、名物グルメは”支店を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット”だよ」

今しれっと変なこと言わなかった!? 攻略本にはそんなこと書いてなかった気がするから未実装ですか!?
前の周回で人型モンスターなのをいいことに私を差し置いてそんなものを食べてたんですか!?
……ってそんな名物があってたまりますか!

「おのれぇえええええ! 無職の合法ショタめ!!」

今度は前の周回の何かを思い出してしまったらしく、唐突に悶えている。

「まさかいないとは思うけど……。
もし微妙に筋肉質な子どもを見かけてもうかつに話しかけないほうがいいよ。
まあ子どもってかホビットなんだけど無職は無職でも高性能無職だから!
高性能無職という点ではカケルと一緒だね!」

うっ……元々人型ですらない馬が謎の不可抗力で人間やってたということで許して!?
いや待て、無職は無職でも“高性能”だからもしかして褒めてくれてる……!?

>「やっぱりどう考えてもおかしい」

うん、そうですよね、やっぱりおかしいですよね!

>「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

あ、そっちですか!

>「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」
>「僕達が・・・なゆが火を無視できないと、予め分かっていたとしか思えない」

「相手はなゆをよく知っている、もしくはよく知っている者から情報を仕入れている……?」

91カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:51:17
>「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

「市街戦? やっと街に着くっていうのにそんな縁起でもない……」

>「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

>「……なんてこと……」
>「襲撃のようだな」

「ひえぇえええええ!? 言わんこっちゃない!」

奇しくもアイアントラスは襲撃されている真っ最中で、カザハは素っ頓狂な悲鳴をあげた。
更に驚くべきことに襲撃犯らしきゴブリン達は地球の現代兵器で武装していた。

「そんな……量産されてる!?」

威力そのものならこっちの世界には、ライフルより強力なスキルや魔法はたくさんあるが、
スキルや魔法は誰でも習得できるわけではないし、習得するには時間がかかる。
強力なマジックアイテムもあるが、これも量産できるわけではない。
それを考えれば、地球の現代兵器の一番恐ろしいところは、量産可能なところと言えるだろう。

>「ポヨリン!」

なゆたちゃんが反射的に街の人を助けたのはいいのだが、ゴブリン達がこちらを認識し、狙われてしまった。

>「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

「何でそんなに楽しそうなの!? のんびりお散歩でいい……いや、のんびりお散歩がいいです!」

カザハは喚きながらも私を馬車から外す。

>「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
 ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」
>「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

ガザーヴァは小手調べのようにひとしきりゴブリン達と立ち回ると、いったん戻ってきた。
装備が特殊なだけではなく、ゴブリン自体も普通のゴブリンではないようだ。

>「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

>「蹂躙、許すまじ!」
>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

その辺の人がこんな台詞を言ったら絶対笑ってしまうと思うんだけどマル様だと絵になってしまってるのが怖いところだ。
天才魔術師で高速格闘術の使い手って設定盛り過ぎの気もするけどマル様だから仕方がない。

92カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:53:58
>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

「す、すごい……!」

カザハは早くも背景に溶け込んで驚き役になろうとしていた。

>「――モンデンキント。俺たちは連中が敵を駆逐するのを、指を銜えて見ていればいいのか?」
>「え? ぁ……、う、ううん、わたしたちも行くよ! エンバース、お願い!」
>「了解した」
>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

エンバースさんによって驚き役化計画が阻止されてしまった。

「”わたしたち”って……エンバースさんはともかくなゆは前衛は駄目だって!」

>「なっ・・・!いくらなんでもそりゃ無茶だ!どれだけの数がいるか分からないんだぞ!」

「そうだよね!? ……って出てきちゃ駄目!」

出てこようとしているジョン君を慌てて押し込むカザハ。
確かになゆたちゃんはゲームのブレモンの対戦においては滅茶苦茶強いのだろう。
比較的ゲームの戦闘に近いブレイブ同士のバトルやレイド級モンスター1体とのバトルでもそれは同様だ。
でもこれはちょっとゲームでは実装されてなさそうな乱戦だ。
最前線に行くなゆを止める間もなく、ゴブリン達がライフルで馬車を狙う。

「ひゃああああああ!? ミサイルプロテクション!!」

カザハがスペルカードを切り、飛んできた弾丸が風の防壁に阻まれて落ちた。
効果が切れるまでは弾丸は大丈夫そうだが、ゴブリン達の攻撃手段は弾丸だけではない。
徒党を組んで突撃してきてライフルで殴りかかってこようとする。

「ブラスト!」

私はカザハの指令を受けて、突風のスキルでゴブリン達を吹き飛ばす。
が、ゴブリンは大勢いるのですぐに他のゴブリン達が押し寄せてくる。
パートナーモンスターのスキルは次にゲージが溜まるまで使用出来ないのだ。

「カケル! 何ぼーっとしてんの!?」

《仕方がないじゃないですかそういうシステムなんだから!》

「ゲージ溜まるのおっそ! こっち来るなぁあああああああ!」

追い詰められたカザハは、槍を振り回してゴブリン達を追い払う。
といっても相手は妙に回避力が高い上に、現代兵器で武装しているので、当たったとしてもちょっとやそっとじゃダメージが通らない。
ダメージは通らなくても風の加護で追加効果:ノックバックが付いてるからそれなりに追い払えてるんですね。
ブレイブ自らのスキル使用等の、ゲーム上で想定されていない行動は、ゲージを消費しない。
よってこの状況においては、ブレイブ自らが多少なりとも戦えるのは、大きなアドバンテージになる。
……裏を返すと一般人の身でありながら前線に飛び込んだなゆたちゃんヤバいんじゃ!?
バタフライ・エフェクトが使えるからなんとか持っているのかもしれないが……。
しばらく持ちこたえていると、ゴブリン達が一匹また一匹と引いていく。

93カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:55:51
《退却ですかね……?》

混戦状態から脱したカザハが、ジョン君に声をかける。

「ジョン君大丈夫? ……って脱走してるぅううううう!?」

《そんな! いつの間に!?》

ゴブリン達が前線の方に向かっているように見える。
退却などではなく、相手方が前線に戦力を集中させた、ということなのだろう。
ジョン君はそれをいちはやく察しそちらに援護に行ったというところか。
カザハは私に飛び乗った。

「行こう、明神さん!」

なゆたちゃん達が戦っている前線に辿り着いてみると、
正体不明の襲撃者がジョン君を追い詰め、ゴブリン達に命じて今まさに一斉射撃をしようとしているところだった。
おそらくコイツが襲撃の首謀者で、ゴブリン達は援護をすべく集まったということですかね……。

「バードアタック!!」

カザハのスペルカードで鳥系をはじめとする大量の飛行系モンスターが突撃し、ゴブリン達は混乱に陥った。
といっても、雑魚のゴブリンならともかくよく訓練されたゴブリン。
一時慌てふためくだけで1ターンも経たないうちに立ち直ってしまうだろうが……

「あとお願い!」

ゴブリン達は態勢を立て直す暇を与えられることはなく、明神さん達によって一掃される。

>「ありがとう・・・みんな・・・」

「脱走は勘弁してよ! なゆに怒られるじゃん!」

軽口を叩いている場合ではなかった。

>「っ!奴はまだあきらめていないぞ!」

またゴブリンの一団が出てきた。どんだけ出てくるんですか!?
襲撃者は現代兵器を装備している人間、ということはおそらくブレイブ?
ゴブリン達はターン制に縛られるパートナーモンスターのような動きではないし、そもそも数が多すぎる。
効果:ゴブリンを無尽蔵に召喚する、みたいなスペルカードでも使ってるんですかね!?
そんなのあるかどうか知らないけど!

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:57:42
>「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

「うん、見ればわかるよ!」

>「助けてくれないか・・・?」

「うんうん……ん? やっと観念したか……!」

思わずジョン君の顔を二度見するカザハ。
あの頑なに見捨ててくれと言っていたジョン君がついに助けてくれと言ったのだから無理はない。
聞くところによると、襲撃者はなゆたちゃんを狙ってきたらしい。
単に一般人だから狙いやすいと思ったのか、何らかの理由でなゆたちゃんを狙っているのかは分からない。
が、首謀者自らが出てきてくれたのは好都合といえる。
かくれたままゴブリンを出し続けられたらジリ貧になっていたところだ。
で、襲撃者がブレイブと仮定すると、どんなに強くても本人自体は”超強い人間”が上限ということになる。
ジョン君はその超強い人間に対してつい習慣で真面目に正統派の格闘で戦ったのでは!?
と、カザハが、蹴散らされたゴブリンが落としたライフルをおもむろに拾い上げ、襲撃者に向ける。

「動くなーっ!」

《ひえぇえええええ!?》

襲撃者は武器のナイフをジョン君に刺したまま手放したと思われ、
見た感じは今のところ武器を持ってなさそうだが、どこに暗器を隠し持っているか分からない。

《そもそもライフルの撃ち方なんて分かるんですか!?》

(分からない!!)

《ですよねー!》

明神さん、地味に相手を行動不能に陥れる嫌がらせ系スペルカードたくさん持ってましたもんね。(工業油脂被害者は語る)
ああいうのって巨大なレイド級モンスターには意味がなくても地球人には効果てきめんだと思う。
それにしても構え方超適当だしあからさまに陽動ってバレバレ過ぎじゃないですか!?
もしや裏の裏をかいて見るからに陽動っぽいから逆にガチと思わせる高度な作戦ですか? いや絶対違う!

95明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:56:28
電撃的なマルグリット一行との邂逅から半月。
当初危惧されていた親衛隊とのギスギスや諍いは勃発することなく、
俺たちは予定通りの道程を踏むことができた。

親衛隊に身バレしないようガザーヴァに偽名を提案すれば、案の定ゴネにゴネまくって、
なだめすかすのに丸一日費やしたりもしたが、今では良い思い出です。

>「やっぱりどう考えてもおかしい」

道中、相変わらずガタゴト揺れる馬車の中で、ジョンが不意に呟いた。
手慰みのように掌を転がるのは、半月前に俺たちに撃ち込まれたライフル弾。
あれからずっと、こいつは弾の出どころについて考察を重ねていたらしい。

>「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

「襲撃"自体"が?どういうことだよ、説明」

>「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」

「弾そのものが狙撃向きじゃねえってことか……まぁ確かに、明らかちっせえもんなこれ」

ジョン曰く、撃ち込まれた弾の口径は5.56ミリらしい。
俺はミリオタじゃねえからよく分かんねえけど、実弾系のシューティングゲームは多少齧ってる。
確かに5.56ミリってのは、アサルトライフルみたいにそこそこ近距離でばら撒いて弾幕張るための弾種だ。
小口径だから低反動で、マガジンにたくさん弾が入って、たくさん撃てる。そういう銃だ。

いわゆる狙撃用途、スナイパーライフルに使われる弾はもっとでかい。
弾が軽ければ軽いほど風の影響を受けやすいから、長距離狙うなら普通はもっと大口径弾を使う。
狙撃なら反動も装填数の少なさも大して問題にはならないからな。

「実際それで外してるわけだしな。畑燃やして足止めできりゃ、あとは数撃ちゃ当たる戦法だったのか?」

多少命中精度が下がっても、動きを止めて一斉掃射で撃ちまくればいつかは当たる。
そういう運用方法なら、小口径弾を使うことにも合理性はあるっちゃある。
この世界じゃ貴重な弾薬を、湯水のようにじゃかじゃか注ぎ込める物量が前提の話だけど。

>「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園より
  どこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

「ってことは、どうしてもあの場で撃っておきたい理由があった。
 俺たちをアイアントラスに向かわせたくなかったか、もしくは――」

――マルグリットと、出会わせないため?
あそこで親衛隊連中が助けに来なけりゃ、俺たちは畑のど真ん中で全滅していた。
マルグリットの登場が狙撃手にとってイレギュラーなら、一応の道理は通る。
狙撃手がニブルヘイム側なら、マル公によるブレイブの引き抜きを阻止したいはずだしな。

一方で、マルグリットが助けに入ることも目論見通りって可能性もある。
やっぱりマル様御一行と狙撃手がグルで、マッチポンプに変わりはなかったってことも十分あり得るのだ。

「わっかんねえなぁー!銃持ってますよアピールしてえなら直接見せびらかしにこいってんだよ。
 俺めっちゃ歓迎するのに!写真撮らせてもらうのに!」

姿も見えなけりゃ、思惑も、所属すらも分からない。
ただでさえマル公相手に権謀術数やってんのに、まだまだ知らねえ奴が俺たちを狙ってやがる。
これもうわかんねえな!事情通が都合よく出てきて全部解説してくんねえかなあ!

96明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:57:51
>「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

頭をボリボリ掻きむしっていると、不意に馬車のガタガタが収まった。
舗装された道に出たのだ。
幌を開けて見ると、ところどころ錆の浮いた鉄の道があった。

――橋梁都市アイアントラス。
アルメリアと隣国フェルゼンとを隔てる峡谷を跨ぐ巨大な鉄橋の上に築かれた街だ。
陸側の国境でもあるこの街では、両国の貿易が盛んに行われている。

「ついに着たか……一面麦畑にもそろそろ飽きてきたとこだったぜ。
 ここって何が有名なんだっけ?カレー?いいねえトンカツ乗っけて食おうぜ」

俺たちプレイヤーにとっても「パワー系無職」ことロスタラガムと出会い、ぶん殴り、ぶん殴られる、
色々と思い出深い土地だ。
峡谷を見下ろす眺めも結構よくて、両国からのアクセスも良いことからここに家を建てたがる奴も多い。
レベリングやら金策やら、こっちの国でやることも結構多いしな。

さて、峻険な山国であるフェルゼン公国は、穀物の国内消費の殆どをアルメリアからの輸入に頼ってる。
デリンドブルクからの直送経路であるこの街は、フェルゼンの胃袋を掴む台所だ。
そして、辺境の小国に過ぎないフェルゼンが大国アルメリアと(経済的には)対等に渡り合うための貿易地。

その、ふたつの国にとって欠かすことのできない交流の要衝が――

>「……なんてこと……」

炎上していた。
軒を連ねる商店群からは黒い煙がもうもうと上がり、怯えふためく人々の声が聞こえてくる。

「ああああ!?行くとこ行くとこなんでいっつも燃えてんだよ!?」

街が燃えている。ところどころに血を流した人が倒れてる。
阿鼻叫喚の地獄絵図、その理由を端的に表すなら一言で済むだろう。

>「襲撃のようだな」

「見りゃ分かるよ!馬車止めろ、助けに行くぞ!」

襲撃。その言葉通りに、そこには襲撃者たちの姿があった。
そして音も。地球じゃまず耳にすることのない、だけどゲームじゃよく聞く――銃声。
ジョンが馬車で漏らした言葉が、脳裏をかすめていった。

――>『この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに』

「クソみてえな予感が的中だ。"相性が良い"……こっちが奴らの本命か!」

馬車から飛び出せば、10匹ほどのゴブリンが街を蹂躙する姿に直面する。
……それがゴブリンだと、認識するのに時間がかかった。
ゴブリン達がみな一様に、『現代兵器で武装していた』からだ。

黒尽くめのボディスーツ、ヘルメット、ゴーグル、手袋にブーツ。
そして何よりその手にあるのは――小銃。

「イチロク……マジかよ、ゴルゴが持ってる奴じゃん」

『M16』自動小銃。今でもアメリカ軍がバリバリ現役で採用しているアサルトライフルだ。
実銃の出るFPSゲーならまず出演してる、AK47と並んでたぶん世界で一番有名な銃。
60年も前から配備されてる癖に、その完成度の高さで装備更新を跳ね除け続けた傑作中の傑作――

97明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:58:52
「冗談じゃねえぞ……量産体制が整っちまってんじゃねえか」

その地球原産の殺戮兵器を、見える範囲のゴブリン共は全員が装備していた。
タタンタタンと玩具じみたリズミカルな三点射とともにマズルに閃光が灯る。
そして、銃声の数だけ悲鳴が上がり、撃たれた住民がふっ飛ばされて動かなくなる。

「なんだよこれ……」

アイアントラスを象徴する鉄で出来た地面は、流れ出た血で赤く染まる。
駐屯兵の剣も槍もライフルの射程には届かず、弓を番えている間に撃ち抜かれる。
分間900発の発射レートの前に魔法の詠唱は間に合わず、スクラムを組む軍隊の戦列は良い的だ。
事切れた兵士の絶望に染まった目が、俺の方を見た気がした。

あの鎧がアルメリアとフェルゼンどっちのものなのか、ぐちゃぐちゃに拉げた今はもう分からない。
槍の一撃を跳ね返せる板金甲冑だって、至近距離でライフルを受ければ紙切れ同然だ。

誰もが憧れる剣と魔法の世界が――鉛と火薬で蹂躙されている。
銃火器とアーマーに身を固めた、ゴブリン達によって。

「ふざっっっけんなぁぁぁーーーっ!!」

俺の叫びは、やっぱり銃声と悲鳴にかき消された。
なゆたちゃんがポヨリンさんを召喚し、吶喊させる。
街の住人を虐げていたゴブリン小隊の注意がこちらに向いた。
一秒に一人殺せる殺戮の銃口が、俺たちを捉える。

「…………っ!上等だ、撃ってみやがれクソったれ」

正直言って、怖い。
あの引き金がほんの数センチ引き絞られれば俺は死ぬ。
銃で撃たれたことなんかないけど、銃で撃たれた人間が死ぬことを俺は知ってる。
たった今、目の前で実証済みだ。

だけど、逃げる気にはならなかった。
逃げれば街の住人が殺され続けるとか、そういうヒューマニズムに酔ったわけじゃない。

ただ――気に入らなかった。
この世界に銃火器持ち込んでイキり散らしてるクソ野郎が、クソほど腹立たしかった。
異世界人相手に現代兵器で無双気取ってんじゃねえぞライフル太郎が。
俺はお前に勝つ。この世界の、ブレイブなりのやり方で。

>「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

「水臭えこと言うなよガー公!俺も奴らが気に入らねえ、ぶっ潰してやろうぜ。
 サモン!――出てこい、ヤマシタ!」

スマホが輝き、光の中から革鎧が出現する。
貧相な鎧姿を覆うように、ショッキングピンクのサーコートがはためく。
アコライトでオタク殿から譲り受けた法被を改造してヤマシタに取り付けておいた。

ピンクの法被はオタク殿たちの絆の象徴であり、そこには彼らの愛と熱情、魂が籠もっている。
『鎧に憑依した魂』が本体であるリビングレザーアーマーにとって、それは確かな力として宿る。

「怨身換装――モード・『盾』」

地に降り立ったヤマシタは、身を覆えるほどの巨大な盾を構えていた。
本来革鎧の装備対象ではない騎士のスキルを、法被に籠もった力で強引に扱う。
バルゴスとの交渉をはじめ、これまでの旅で俺が身につけてきた死霊弄りの技術。その一端だ。

98明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:59:39
ガザーヴァが突撃すると同時、ゴブリン共の銃口が一斉に閃く。
俺を狙った弾丸が無数に飛来し、ヤマシタの掲げた大盾がそれを阻んだ。
耳障りな金属音とともに火花が盾越しにちらつく。

対象を狙った攻撃を自動でかばい、防御する騎士のスキル、『かばう』。
小銃の掃射は一発たりとも俺のもとへ届かなかった。
だが――

「ひええ……鉄板入ってんだぞこの盾」

盾は貫通こそしないものの、ベコベコに凹んでいた。
『銃弾』という武器の恐るべき威力が否が応でも脳みそにこびりつく。
こんなもんが人体に当たればどういう惨状を引き起こすか、想像してしまう。

>「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

「おいおいおいおい。いよいよゴブリンじみてきやがった……!」

ゴブリンはブレモンにおいても強いモンスターではない。
むしろ一山いくらで経験値になる雑魚キャラだ。数ばかり多い量産型。
だがその『一山いくら』が――全員武装しているとしたら。

悪寒はすぐに現実になった。
そこかしこの物陰から顔を出すゴブリンゴブリンゴブリン――
都合50を数えるゴブリンの集団が、やっぱりガチ装備で現れた。

「どうなってやがる。どっかの軍人ブレイブが武器庫ごと転移してきたのか?
 どいつもこいつも当たり前みてえにゴツい銃引っさげやがって……」

援軍の登場に、戦況は悪化の一途を辿っていた。
ただでさえ即死級の攻撃撃ってきやがるゴブリンが50匹。
どこからでも死角をとれる。今すぐ一斉射撃されればそれでゲームオーバーだ。

>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

絶望がじわじわと迫ってきたその時、マルグリットが口上を上げながら集団へ吶喊した。
真っ白なローブが地面を擦る暇もなく、嵐の如き蹴撃がゴブリンたちをなぎ倒す。

「あの魔術師……物理で殴ってやがる……」

そうだった。マル公は魔法も強いが近接もイケる。
突如飛び込んできたイケメンにゴブリン共はあからさまに戸惑い、同士討ちを恐れて引き金を引けない。
銃撃を封じるには敵の懐へ飛び込め――マルグリットの立ち回りは、一つの真理を体現していた。

>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

親衛隊の連中もあとに続き、各々がパートナーを召喚する。
スライムヴァシレウスがゴブリン共を押し潰し、アニヒレーターが音響範囲攻撃をぶっ放す。
ミスリルメイデンの群体が銃弾をものともせずに鏖殺する。
銃持ったゴブリンなんざものの数にも入らないとばかりに敵の集団を蹂躙していった。

99明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:00:36
好転した、のか?
十二階梯と親衛隊のチームなら、武装ゴブリン相手にもそうそう負けることはないだろう。
あの数も範囲攻撃撃ちまくれるなら有利をとれる。
それなら俺たちがすべきは――

>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

――ジョンの保護だ。
この惨状がブラッドラストのトリガーにならないとも限らない。

「わかった!無理はすんなよ、普通のバトルとは違うんだからよ!」

俺たちブレイブはこの世界の強者と比べても遜色ない戦闘能力を持つが、
それはあくまでスマホとゲームシステムに保証された強さだ。
具体的には、ATBゲージが溜まらなけりゃブレイブとして行動することは出来ない。

そして、通常の戦闘とこの襲撃が異なるのは『戦いのテンポ』だ。
こっちが悠長にターンを待ってる間に、奴らはマガジンが空になるまで銃を撃てる。
銃を使った戦いは進展が早すぎて、ターン制バトルの速度とまるで噛み合わない。

ATBに縛られない行動がブレイブにとって弱点となるのは、王都の決闘で嫌ってほど身にしみた。
エンバースとかいうATB絶対削るマンのおかげでなぁ!

「ヤマシタ、俺と馬車をずっとかばってろ。迎撃は俺たちでやる!」

掌に魔力を集め、意志の力で操作する。
つくる形は、一本の糸。そしてその両端に錘。
行きがけの馬車でジョンに見せたヨーヨーに似た形状だ。

「行くぜ俺のオリジナル魔法、『スパイダーベイビー』!」

形成した魔力を思いっきり振り回し、遠心力をつけてゴブリン目掛けて放った。
紐の両端に錘がついたその形状は、古典的な猟具『ボーラ』。
相手の足にぶつかれば錘の慣性でぐるぐる絡みついて動きを封じる代物だ。

うなりをつけて飛んだボーラはゴブリンの一匹へ迫り、当然ながら軽く躱される。
だがこの魔法の下敷きになってるのは闇属性初級の『呪霊弾(カースバレット)』だ。
呪霊は生者の魂を求めて彷徨い、喰らいつく。
避けられたボーラは不自然に軌道を変え、ホーミングしてゴブリンに着弾した。

魔力の糸で縛りつけられ、ゴブリンは身動きが取れずひっくり返る。
……よし!魔法の応用は実戦でも通じる。
威力が足りなくても敵の動きを封じることはできる。やっててよかったバロール塾!

接近してきたゴブリンはカザハ君がノックバックさせ、俺が一匹一匹縛って無力化する。
どうにもならなくなったらガザーヴァが全体攻撃でぶっ飛ばす。
このコンボでどうにか馬車に迫りくるゴブリンの群れを押し止めることに成功した。

「行ける、行けるぞ!カザハ君もっと風ぶん回せ!奴らを全部ふん縛ってやろうぜ――」

――その時、つかの間の成功体験に、俺の目は完全に曇っていた。
前線に立ったなゆたちゃんが、無理を押してまで戦い続け、消耗を重ねていたことに気づけなかった。
憔悴した彼女のもとへ、肉迫する殺意の籠もった黒い影を、見逃していた。

>「なゆ!!!」

瞬間、馬車が爆発したかと思った。
幌を跳ね除けて飛び出したジョンの姿は、さながら砲弾のようにも、獣のようにも見えた。

100明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:01:19
「はぁっ!?お前何やってんだ!どこ行くんだよ!!」

ジョンは答えない。振り返りもしない。
突如として起きたジョンの変化に、俺はしばらく理解が追いつかなかった。

>「行こう、明神さん!」

カザハ君に声をかけられて、ようやく本来の目的を思い出す。
やべえ。あいつ何しに飛び出した?エフェクトは見えなかったがスキルが暴発したのか?

急ぎ追いかけた先では、ジョンと黒い人影が大立ち回りをしている最中だった。
人影は装備こそゴブリン共のものと同じだが、体格がまるで違う。
俺より一回りはでかい大男――男なのかどうかすら、ヘルメットに隠れて伺い知れない。

「ゴブリンじゃねえ……ありゃ人間か?ってことはあいつが銃持ち込んだブレイブ……!」

ジョンと襲撃者が演じた格闘戦は、俺の理解を軽く超えていた。
襲撃者の得物はナイフ。対するジョンは丸腰。
その不利をまるで意に介さないみたいに、ジョンは拳を振るう。

突き出されたナイフを捌き、膝蹴りから流れるようにショートパンチの連打。
相手の振り払う力を利用して投げ飛ばし、追撃のサッカーボールキック。
常人が受ければ首の骨が折れて即死だろう。

「え、エグい……。これがあいつの本気か……」

でけえ剣持ってドラゴンの首ぶった切ったり部長投げるイメージばかり先行してたけど、
ジョン・アデルはもともと対人戦闘のプロだ。
鍛え込まれた四肢に、習得した格闘術が噛み合えば、素手でも余裕で人間を殺せる。
親衛隊やマル公を殺しちまうってのは、フカシでもなんでもなかった。

だが敵もさる者、抜け目なくジョンの足にナイフを突き立てて殺傷圏を離脱する。
何をする気か――不意に襲撃者は距離をとり、手を空へ掲げた。
どこに隠れてたのかゴブリン共が一斉に家々の屋根から顔を出し、銃を構える。

「始めっからこれが狙いか!やべえぞジョン――!」

瞬間、襲撃者の背後に回った部長が体当たりし、巨体がジョンの方へとまろび出る。
ジョンは襲撃者の体を遮蔽物にして、ゴブリンからの一斉射撃を防ぎきった。

「終わった……のか?」

恐ろしく高度な戦術同士の激突だった。
襲撃者は格闘戦での不利を悟るや否や、配下のゴブリンを高所に配置し、一斉射撃を仕掛けた。
ジョンは予め忍ばせておいた部長を使って、襲撃者自身を盾にすることで攻撃と防御を両立させた。
いずれも『銃』という要素を深く理解していなければなし得ない戦い方だ。

……これが軍人同士の戦い。
そして俺たちは、こういう連中も相手にこれから戦っていかなきゃならない。

そして同時に気付いた。
ジョンが盾にした襲撃者は、一斉射撃に晒されたにも関わらず血を流していない。
奴はまだ生きてる。ゴブリン共の脅威も未だ健在なままだ。

防弾アーマーに強化魔法を重ねがけでもすりゃ、5.56ミリ程度なら耐えられるだろう。
だからこそ奴は自分を巻き込むような一斉射撃をゴブリンに指示できた。

つまりあの襲撃者は同士討ちを恐れない。
一方向からの斉射でジョンを殺せなかったと悟れば、次に打つべき手は――


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