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ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです

1名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 20:57:11 ID:WM1TjCNg0


 たとえば『人外』と聞いて人はどういうものを想像するのだろうか。
 細かな辞書的あるいは専門的定義を抜きにするのなら『怪異』や『妖怪』や『魑魅魍魎』でも構わない。
 だがにべどころか取り付く島すらなさそうな言い方である『化物』だけは私個人的には止めて欲しいものである。
 兎にも角にも今から綴られる文章はそういった世の理を外れた……
 いや存在している以上は物理法則ではなくとも何かしらの法則には基づいている。
 基づいているのだが、そんなことは健全なる読者諸君には関知し得ないことであろうことである故指摘しないでおく。
 だからつまりこれは――夜の理に生きる人以外の者々の物語。
 より正しくは人と人以外のモノの関係によって引き起こされる問題を集めたもの、ということになる。

 問題を集めた、問題集。
 フィクションではなくノンフィクション。
 フェイクではなくファクトな物語だ。



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2名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 20:58:06 ID:WM1TjCNg0


 あなた達は人外のように何百年も生きるわけではない。
 また生きたわけでもないだろう。
 しかしそれでもある程度の人生経験を積んだ賢明なる読者諸君ならば理解しているだろうが、あなたは世界の中心ではない。
 当然私が世界の中心というわけでもない。
 かといって何処かの誰かが世界の中心にいるわけでもない。
 私が伝えたいことは端的に言えば「あなたの知らない世界は存在する」ということだ。
 『世界』は『物語』に置き換えて貰っても構わない。
 むしろその方が分かりやすいかもしれない。

 あなたが信じようと信じまいと人ならざるモノはこの世界に存在し、あなたの知らない場所で物語を紡いでいる。
 きっとこの拙い文を記している私があなたのことを知らずともあなたはそこに生きているように―――。



 自己紹介が遅くなってしまった。
 私の名前は朝比奈でぃ。半分はあなた達と同じ『人間』で、もう半分はあなた達とは違う『妖怪』である『半妖』だ。



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3名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 20:59:06 ID:WM1TjCNg0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。





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4名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:00:06 ID:WM1TjCNg0



 第一問。
 穴埋め問題編。

 「あなたのお名前なんですか?」





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5名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:01:07 ID:WM1TjCNg0




 嘆くとも 痛むものから くゆまじな



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6名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:02:06 ID:WM1TjCNg0
【―― 0 ――】


「―――『名前』っていうのはさ。結局、存在の弱点なんだよね」


 散々勉強を見てあげたのにあろうことかテスト本番で名前を書き忘れるという小学生みたいなミスをし赤点になった後輩――つまり私を視界の端に収めながら、会長は言う。
 その視線が窓の外に固定されたままのことから察するに課題を手伝ってくれる気はないようだ。


「ほらなんだっけ? 『名は体を表す』とかさ。そういう言葉、あるよね?」


 ありますね、と口だけで応じて手は休めない。
 馬鹿みたいな量出された課題をどうにか処理しないと私は近々留年が決定してしまう身だ、会長のどうでもいい話に付き合っている暇はなかった。
 試験勉強を付き合ってもらった身なのに……我ながら我が儘だ。 

 まあ会長の方も私がそうだと知って付き合っているところがあるから、これでいいのかもしれない。
 良くないかもしれないけれど少なくとも私に良くする気はなかった。

 とりあえず今のところは。


「僕からすれば記号でしかない名前が存在の本質を表すなんておかしいと思うんだけど……結局ね、だからこそ名前は大事なんだと思うよ?」

7名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:03:07 ID:WM1TjCNg0

 薄々気づいてはいたが、どうやらこの見目麗しい会長様は私に説教をしているらしい。
 「テストで名前書き忘れるとかありえねぇだろボケ!」……というのを、遠回し遠回しに、オブラートに包んで言っている。
 あるいは単に思いつきで喋っているだけか。その可能性も無きにしも非ずだ。

 ……うん、そうだな。
 どっちかって言えばそっちの可能性の方が高い気がする。


「人間は本質がないうちに名前をつけられちゃうから、必然的に存在の根幹に名前がきちゃう」


 そして。


「その本質に準じて名前をつけられる『人外』は……当然のことながらそれが弱点になっちゃうってわけだね」


 先に付けられよう、後に付けられようと。
 どっちにしろ『名前』というものは弱点になってしまうんだよ、と会長は微笑み言った。


ミセ*-3-)リ「じゃー、弱点にしかならない名前なんていらないんじゃないですかぁ?」

8名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:04:10 ID:WM1TjCNg0

 ぐでーと机に突っ伏しながら訊いた適当そのものな言葉にも、その人は大真面目な顔でこう返した。


「そんなことはないと思うよ?」

ミセ*゚ー゚)リ「ぇえ? どうしてですかぁ?」

「それはそうだよ」


 だってね、と前置いて結論を述べる。



「強くなければ生きていけない以上に――――弱くなければ生きている意味がないのが人間だから」



 あるいは人外かもね、と。
 また会長は知った風に笑った。

9名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:05:08 ID:WM1TjCNg0
【―― 1 ――】


 学校にはいじめというものがある。 

 品のない人間が能力のない人間を詰ったり無視したり、場合によってはそれ以上の馬鹿馬鹿しい嫌がらせをするような、アレだ。
 私もこれまでと何回か目にしてきていて、高校に入れば流石にそんな幼稚なことする奴はいないでしょーと思ってたら中学より多い人数がより酷い形でいじめに関わっていて辟易したのを覚えている。

 「女子高生」という幻想を抱いていられたのはこの学校に入学して一ヶ月くらいのものだった。
 一ヶ月も経てばグループができ、即ちいじめができる。
 もう本当に嫌になる。あんな人達とは話したくもないけど、それでもニコニコ話さないと私もいじめられるので話すしかない。

 私が所属するグループは率先してやっていないことが唯一の救いだった。


 なんでこんなことをいきなり話し出したかと言えば、彼女――「朝比奈でぃ」というクラスメイトのことを語ろうとする際、まず最初の思い出として連なっている事柄がいじめに関するものだからだ。

 高校二年生になって、同じクラスになって、席替えで隣の席にもなっちゃって。
 その時に何かしらのこと(「これからよろしくねー」とか「部活何やってるのー?」とか)は話したと思うんだけど、申し訳ないが全く覚えていない。
 多分、向こうも覚えていないと思うのでおあいこだが。

 友達未満のクラスメイト、話さないわけではないが決して仲が良いわけではない。
 私と彼女はそういう関係だった。

 とりあえずは――――その時までは。

10名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:06:07 ID:WM1TjCNg0
【―― 2 ――】


 どうやらまた、いじめとやらに遭遇してしまったらしい。


ミセ;゚ -゚)リ「……おぅふ」


 ベッタベタなことに体育館裏。
 最後の授業が終わってお気にのヘアピンがなくなっていることに気づき、体育の時に落としたんだそうに違いないと半ば祈るような思いで体育館裏まで来て、いじめを目撃してしまった。
 (ちなみにどうしてまず体育館裏に来たかと言えば一つ前の授業がダルかったのでそこでサボっていたからである)。

 人間サンドバック、とでも言えばいいのだろうか。
 いかにもな感じの男子生徒が五人くらいに殴ったり蹴られたりしている。


ミセ;-ー-)リ「(ギリギリで気づけて良かったぁ……)」


 危うく出て行ってしまうところだった。
 そうなればこっちの身だって危ない。

11名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:07:07 ID:WM1TjCNg0

 今もそうだし今までもそうだったのだが、私はいじめられている人をわざわざ助ける勇敢な人間ではない。
 ヘアピンは諦めて大人しく帰ることにした。
 人生初彼氏に買って貰った割と大事なやつだったんだけど……仕方がない。

 と。


ミセ*゚ー゚)リ「あ。」

(#゚;;-゚)「どうも」


 踵を返したその先に清純な美少女がいた。

 美少女、もとい朝比奈でぃ。
 顔に往年のジャ●プの某漫画ヒロインみたいな大きな傷があるにも関わらず、その清楚そのものな可愛らしさは全く損なわれることがない。
 肩より少し長いくらいの髪を一纏めにしたポニーテールがとてもよく似合っている。

 真面目で、丁寧で、可愛くて。
 非の打ち所がないクラスメイトがそこにいた。

12名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:08:08 ID:WM1TjCNg0

ミセ;*゚ -゚)リ「……あ、ああ。でぃちゃん」

(#゚;;-゚)「そういうあなたはミセリさん」


 割とノリが良い方なのかそんな風に返してくる彼女。
 大きな傷があってもでぃちゃんは優等生なので、本来ならば授業サボりのメッカである体育館裏になんか来る必要はないはずだ。
 だから私は、


ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの、でぃちゃん。こんなトコで」


 と、少しだけ声を抑えて訊いた。
 無論現在進行形で背後、角を曲がった先では哀れな男子生徒がボコられている。

 いじめとかもうウンザリだよなぁ、"I've had enough of..."。


(#゚;;-゚)「ずっと夢だったことが叶いそうな気がしたので」

ミセ*゚ー゚)リ「へ?」

(;#゚;;-゚)「あ、間違えました。帰ろうと校門へ向かっていたら声を聞きました。偶然なのです」

13名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:09:09 ID:WM1TjCNg0

 何をどう間違えたのかは分からないけど、とりあえず彼女の言葉が嘘ということだけは分かった。
 この無意味にだだっ広い中高一貫校で校舎からフツーに校門へ向かえば、体育館裏の声なんて聞こえるわけがないのだから。
 何十メートル離れてると思ってるんだろう。

 そんなことをしたはずがない。
 "cannot have+過去分詞"。


ミセ*-ー-)リ「なんだか知らないけど、この先には行かない方がいいよ。ちょっち大変なことになっちゃってるから」

(#゚;;-゚)「そうですか」


 なんでもないように彼女は頷き、そして。
 またなんでもないようにこう続けた。


(#゚;;-゚)「でも私はこの先に行くつもりです。用があるのです」

ミセ;゚ー゚)リ「ちょっ……」


 思わずブレザーを掴んで引き止めようとした私の脇を彼女は猫のようなしなやかさでスルリと抜け、さっさと角を曲がって騒乱の中心へと入っていた。

14名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:10:10 ID:WM1TjCNg0

ミセ;゚ -゚)リ「(うわちょっとヤバいって! 何してんのあの子!?)」


 馬鹿かよ!
 破滅系の中二病か!?

 とか思いつつも物影からこっそり窺うと、ちょうど主犯格らしい男の手がでぃちゃんに伸びるところだった。
 彼女は動かない。
 傷ついた誰かを庇うように当たり前のように立っている。

 直後だった。



 その男子が――――引っくり返った。 



ミセ;゚ー゚)リ「…………は、はあ?」


 でぃちゃんより頭一つ分以上高い男子生徒がいきなり地面に倒れ伏していた。
 服を掴もうとした瞬間、私がまばたきを一度した後にはもう、その人は動かなくなっていた。

15名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:11:10 ID:WM1TjCNg0

 何が起こったのか全く分からない。
 当事者だってそれは同じで、残りの奴等も訳が分からないままにいっせいに飛び掛った。
 が、それも無駄に終わる。


(# ;;-)「―――割と簡単ですね。がっかりなのです」


 全員が全員、まるで彼女が纏う結界にでも吹き飛ばされたかのように倒れ伏す。
 意味が分からない。

 魔法――そうとしか思えない光景が目の前で展開されたのだ。


 でぃちゃんはいじめられていた可哀想な少年A君に手を差し伸べ立たせ、
 「お礼は結構です。当たり前なのです」
 なんて、テンプレ過ぎて反対でカッコ悪く更に逆につまり一周してカッコいい台詞を言ってその場を後にした。

 後にした、というか、こっちに戻ってきた。
 もう自分の役目は終わった。そう言わんばかりの表情で。

 ええと……。
 "Let me see"。

16名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:12:05 ID:WM1TjCNg0

ミセ;゚ー゚)リ「ね、ねぇ……今の、」


 会釈をして私の隣を通り過ぎようとした彼女の背中に声をかけた。


ミセ;゚ー゚)リ「ま――『魔法』……」

(#゚;;-゚)「魔法なんて、そんなものこの世界にはありませんよ」


 零れた言葉を拾い上げて優しげな冷笑という器用な真似をしてみせる彼女。
 それはたとえば、出来の悪い生徒に講義をする先生のような、そんな微笑みだった。


(#゚;;-゚)「魔法がないのですから魔法使いがいないのも道理です。それに」


 最後に彼女はこう漏らした。
 独り言のような、伝わることを期待していない小さな声で。


(# ;;-)「……私はどちらかと言えばスタンドなので」

17名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:13:05 ID:WM1TjCNg0

 色々訊きたいことはあったけど、それを声に出せる状態までの疑問文にした時にはもう彼女は私の視界から姿を消していた。
 当たり前のように。
 最初からそこにいなかったかのように。



 ……一つ、分かったことがある。
 『朝比奈でぃ』というクラスメイトは容姿だけではなく中身もかなり変わっている、ということ。

 そう。


 まるで、人間じゃないみたいに―――。


.

18名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:14:04 ID:WM1TjCNg0
【―― 3 ――】


 「それを期に仲良くなった」――なんて、お約束な展開はなく、私達はクラスメイトのままだった。
 現実はギャルゲーのようにはいかない。

 始業ギリギリに登校する私と少なくとも余裕をもって来ているらしい彼女。
 彼女の意外な一面(いじめなんて私と同じく見て見ぬ振りをするタイプだと思っていたのだ)を見た後も別に私はわざわざ彼女に話しかけようとはしなかったし、それは彼女の方も同じだった。
 あの出来事の後も私達の関係性はなんら変化しなかった。

 別にどうでも良いことだったしね。
 "It doesn't matter to me + wh-節"。


 しなかったんだけど、直後に私にはとてつもない問題が降りかかった。
 そしてそれを期に私達の関係は変化していく。


 偶然のような必然。
 必然のような偶然。
 どちらでも構わないしどちらとも言えると思うけど、一つだけ言うとすれば「事実は小説より奇なり」である。

19名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:15:07 ID:WM1TjCNg0
【―― 4 ――】


ミセ;-3-)リ「うぅぅぅ〜……」


 口をアヒルにしながら生徒会室から続く廊下を進む。
 私の通う淳高には生徒会室が二つあり先ほどまでいたのは旧生徒会室と呼ばれる古い方の部屋だ。

 数年前にこの学校が近隣の学校と統合し淳中高一貫教育校になった時のこと。
 校舎の最も高い地点、五階六階に相当する場所にポツリと存在する生徒会室はあまりにも不便でかつ危ない。
 ということで玄関近くに新しく部屋を作り旧生徒会室は物置になった。

 ……のだが、先代の生徒会長の意向で先代の生徒会はあえて旧生徒会室を使っていた。

 現在の生徒会長も特に変える理由はなかったのでその生徒会室を使用することにしている
 そして新生徒会室は「生徒会室もどき」と呼ばれる今があるというわけだった。
 なんとかは高い所が好きなのだ。

 そんなやたら教室から遠く便が悪い旧生徒会室、もとい生徒会室に役員でもなんでもない私がどうしてわざわざ出向いていたかと言えば――それは、相談の為だった。


ミセ;゚ー゚)リ「まったくもぉ……」

20名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:16:05 ID:WM1TjCNg0

 私は訳あって「地域環境研究会」などという名の無茶苦茶胡散臭い(事実活動も胡散臭い)部に所属しているのだが、その部が廃部になりそうなのだ。
 顧問の教師が語るに、なんでも「明確な活動があり成果がなければ承認を得ることができない」らしい。
 承認を得ることができないなら何故今まで当たり前のように存在してたんだよ、とは思ったけど……。
 そこはどうやら先代の生徒会長が理解のある(言い換えれば物好きな)人だったので黙認されていただけらしく今期のあの会長はそこら辺には甘くなかった。

 生徒会長直々の視察だ。
 クリアしなければ部は即刻廃部になる。
 (ただし会長が承認した場合には風紀委員や教師側にも掛け合って研究会から部へ昇格させ、部室も用意してくれるという破格の条件なんだけど)。

 兎にも角にも、あの『一人生徒会』の視察の為に私達は準備を進めていたのだが……。


ミセ*;-ー-)リ「まさか、先輩達が全員寝込むことになるとは、なぁ……」


 あろうことか。
 視察の三日前のこの段階で、私以外の研究会の部員三人が全て病でダウンという洒落にならない事態になってしまったのだ。
 詰まる所、私が今回生徒会室を訪れたのは視察の延期の交渉だった。

 改善の余地があるはずだってことだ。
 "...leave much to be desired"。

21名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:17:05 ID:WM1TjCNg0

 ちなみにその回答は、


『どうして僕がソッチの都合で日程を合わせないいけないのかな? この視察は試験なら追試に相当するものなんだけど』


 という、血の涙もない、しかしこれ以上ないほどにご尤もなものだった。
 そりゃあそうである。
 何やってんのかよく分からない部活が部費をせしめてるだけでも問題なのに、存続の最後のチャンスをこっちの都合に合わせてくれなんてふざけた言い分が通るはずもない。

 しかし「そこをなんとか」とか「優しい会長お願いしますよ」とか「なんでもしますから」とか三十分ほど拝み続けた結果、会長は一枚の紙をくれた。
 綺麗な文字で住所が書かれた名刺程度の大きさの紙だ。

 「なんですかこれ?」と私が訊くと、会長は「紹介状みたいなものだよ」と面倒そうに言う。
 裏面を見てみれば会長のフルネームやアドレスが書いてある。
 なるほど、どうやら自分の名刺の後ろに走り書きをしたものらしい。


『部員三人が明明後日までに回復してればいいんだよね?』


 頷くと会長は続けて言った。

22名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:18:07 ID:WM1TjCNg0

『じゃあそこに行ってみればいいんじゃないかな? もしかしたら全部上手くいくかもしれないよ』


 “全部上手くいく”という意味が分からず、怪訝そうな顔をした私。
 そして。



ミセ;-ー-)リ「『どうせ地元の心霊スポットにでも行って体調を崩したんでしょ?』かぁ……好き勝手言ってくれるよ」


 ……まあその通りなんだけどね。
 「心霊現象だって地域のことだ!」と元気良く言い放った先輩は翌日には高熱でぶっ倒れていた。
 私の周りは馬鹿だらけだ。

 しかし……。


ミセ*゚ー゚)リ「会長がオカルト好きだったとはなぁ」


 専門家への紹介状ということなので多分霊媒師とかが住んでいる住所なのだろう。
 私は幽霊を否定することはできないけど、除霊は信じている。

23名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:19:08 ID:WM1TjCNg0

 どうせ大抵の心霊現象なんて思い込みなんだから要するに「除霊した」と信じ込ませれば良いのだ。
 それならば職業にしている人だっているはずだ。

 臨床心理士か精神医学系の医師か……よくは分からないが、そこら辺の人間か。
 流石に詐欺師ではないと思うけど。
 マジでイッちゃってるだったらどうしよう、逃げれば良いのかな……?


ミセ*-3-)リ「まっ、なんでもいっかぁ」


 使えるものは最大限使えば良いのだ。
 "make the most of..."。

 会長の視察まで、あと三日。
 それまでの間に事態を解決してくれる人なら誰でもいいし、もし先輩達の体調不良がただの偶然で何も進展しなくとも、部活がなくなるだけだ。
 良い暇つぶしというなるだけで十分、正直に言えばどっちでも良かった。

 実態のない部活に愛着なんてなかったから。

24名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:20:06 ID:WM1TjCNg0
【―― 5 ――】


 また出会った。


ミセ*゚ー゚)リ「あ。」

(#゚;;-゚)「……どうも」


 二年生の自転車置き場。
 丁寧な会釈をしたのは折り目正しい少女。

 つい先日いじめられっ子を助けた私のクラスメイト、でぃちゃんだった。


(#゚;;-゚)「最近はよく会いますね。縁があるのです」

ミセ*^ー^)リ「そうだねぇ……っていうかでぃちゃんも自転車通学だったんだ」

(#゚;;-゚)「はい。ここは少し、遠いので」

25名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:21:08 ID:WM1TjCNg0

 その艶やかな髪と同じシックな黒色の自転車を動かしながら彼女は言う。
 肩口より少し長く、一纏めにされた髪が尻尾のように揺れた。


ミセ*゚ー゚)リ「遠いって言うと……どの辺?」

(#゚;;-゚)「西側なのです。一駅か二駅か……電車を使うか迷う距離ですね」


 この淳中高一貫学校は近隣の中学校と高校が統合してできたものなので、中にはでぃちゃんよりも遠い場所から通学してくる人もいる。
 一学年に十三ものクラスがあるマンモス校なので生徒の事情にも色々あるというわけだった。
 ちなみに私とでぃちゃんは文系進学科の十一組、生徒会長は四つある進学科の特権階級、特別進学科十三組の生徒である。

 普通科、進学科、特別進学科はそれぞれ授業の終了時刻が違い、私もそれを待って会長に会いに行ったので眼の前の彼女も何か用事があったのかもしれない。
 前に訊いた時は帰宅部と答えていたからおおよそ図書室で本でも読んでいたのだろう。

 そういう静謐な雰囲気が、よく似合う子だ。


ミセ*-3-)リ「西側っていうとぉ……あの観覧車がある辺り?」

(#゚;;-゚)「そうですね。そこら辺なのです」

26名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:22:06 ID:WM1TjCNg0

 ちょうどいいや、と私は手を打つ。
 名刺に記された住所はその辺りだったはずだ。


ミセ*゚ー゚)リ「じゃあお願いなんだけどさ、そこまで案内してくれない?」


 彼女は不思議そうに首を傾げ、こう訊ねてきた。


(#゚;;-゚)「ミセリさんは私とは逆方向の新都側だったはずですが、商店街に何かご用事ですか?」

ミセ*-3-)リ「まーねー」


 まさか除霊の依頼に行くとも言えず、適当に返す。
 私の返答にも奥床しい少女は「そうですか」とだけ答えて追及はしなかった。
 察してくれたのか興味がないのか、どっちだろうか。

 どうでも良い、かな?
 "be + indifferent to ..."。

27名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:23:08 ID:WM1TjCNg0

 それとも、もしかするとそれが彼女のスタンスなのかもしれない。
 いじめられているわけではないもののクラスに仲の良い友達は一人もいない彼女。

 孤立――は、流石に言い過ぎか。


ミセ*-ー-)リ「(『孤高』くらいかなぁ……)」


 英国などの社交界では一人で佇んでいる人間には無理に話しかけないと聞いたことがあった。
 喧騒を離れ、孤独を楽しむ。
 そういう生き方と距離の取り方を肯定する。

 彼女も。
 その類の人間なのかもしれない、とふと思った。

 一人で生きる……わけではないけれど、気を許す数人とだけ過ごす。
 無理に友達を作ろうとしない。
 他人と違うことに悩んだり戸惑ったりしない類の人間。

28名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:24:05 ID:WM1TjCNg0

 だとするならば私の申し出もひょっとすれば心の中では迷惑に感じているのかもしれないが、そこはクラスメイトのよしみということで、我慢してもらうことにしよう。
 三百六十五日ある日の一日、その夕方の一時間にも満たない時間くらいなら、どれほどの人嫌いでも許容範囲のはずだから。

 控えめに言ってもさ。
 "...to say the least of it"。


(#゚;;-゚)「では、行きましょうか」

ミセ*^ー^)リ「はいはーい」


 彼女に続き、私も自転車を出して跨る。
 校門に立っていた研修で来ている大学生(そこそこイケメン)に挨拶をして私達は走り出す。

 気まずくなるかもしれない道中、何を話そうかなあなんて考えながら。

29名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:25:04 ID:WM1TjCNg0
【―― 6 ――】



ミセ*^ー^)リ「ここでいいよ」


 ですが、と目的地まで案内をすると主張したクラスメイトの頬は、少し赤い。
 道中は結局女子高生の鉄板である恋の話をすることにし、私は今付き合っている相手はいないこと、
 そしていかにも奥手っぽいでぃちゃんには好きな人がいることなどをきゃいきゃい言いながら話していた。
 (正しくは盛り上がっていたのは私だけで彼女は終始恥ずかしがっていた)。
 照れたようなバツの悪そうな顔はその結果だ。

 可愛いなあ。


ミセ*゚ー゚)リ「ここまで来たら分かるし。分からなかったら近所の人に訊くから」

(#゚;;-゚)「……そうですか」


 少し申し訳なさそうな表情をした彼女に、私は精一杯の笑顔で別れを告げた。

30名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:26:07 ID:WM1TjCNg0

ミセ*^ー^)リ「んじゃっ、また明日! 今日はありがとねー!!」

(#^;;-^)「はい。楽しかったです、また明日」


 ブンブンと手を振る私と最後にもう一度丁寧なお辞儀をしたでぃちゃん。
 物静かで人見知りと思っていたんだけど、ひょっとすればひょっとすると……誰かとわいわい話すのも嫌いではないのかもしれない。
 私は商店街の入口、私の進行方向とは別の道を歩む彼女の背中を見送りながら、


ミセ*゚ー゚)リ「……ひょっとしたら仲良くなれるかも」


 なんて、一人で思っていた。


 ……ここまでの道のりが楽しくて忘れていたけど、私にはこれからもやらなければならないことがある。
 クラスメイトと恋の話をするのは本題ではなかった。

 仲良くするのは楽しかったけど、"get along with+人"。

31名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:27:29 ID:WM1TjCNg0

ミセ*゚ー゚)リ「ええっと、確か商店街の先の……白い建物……」


 商店街の端には大きな観覧車が鎮座している。
 場違いにも程があるそれを見上げながら、意外と活気に溢れている町を行く。


 ここ、VIP州西部の西地区はおよそ三つに分けられている。
 最も東側の新都、西側州境に近いこの商店街のある地域、二つの間に挟まれている住宅地という風に。
 この地域を更に西へ行けば山脈と樹海があり、そこは古い家柄の人々が住んでいる(らしい)。

 淳高は住宅地エリアにあり私は新都の出身なので、西側ではメジャーなここの商店街も初めてだ。
 思っていた以上に人も多く、明るい場所という印象を受ける。 

 目的地は商店街の先。
 小高い丘にほど近い白い建物――と。


ミセ*゚ー゚)リ「あれかな……?」

32名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:28:11 ID:WM1TjCNg0

 住所を見ながら進んでいって、条件に合うものを探し、辿り着いたのは診療所だった。

 周囲にはもう店はなく、ポツポツと住宅があるのみのその場所。
 型の古い自販機と妙に新しい電柱に向かい合うように白く大きな建物が建っている。

 何の変哲もない二階建ての診療所で、出ている看板には「高岡診療所」と営業時間が書かれていて、その右下に「現在はやっておりません」との但し書きがあった。
 プラスチックのプレートを打ち付けての訂正であることから察するに休業中というわけではなく廃業になったのだろう。
 もうやっていないのなら看板は下げてしまえばいいと思うけど、それすら面倒な億劫な人が家主なのか……それとも愛着があるのかな。

 塀の内、庭に停めてある軽自動車(スバル360、いわゆる「てんとう虫」)とポップなデザインの黒の原付(ヤマハ・ビーノだ)を見るに、中々可愛い物好きな人が住人らしい。


ミセ*-ー-)リ「さて」


 玄関先、後から付けられたらしき真新しいインターホンを押す。

 ピンポーンという間の抜けた音。
 鬼が出るか、蛇が出るかと考えていたら、返ってきたのは若い女性の舌足らずな感じのする可愛らしい声だった。

33名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:29:29 ID:WM1TjCNg0

 会長の紹介でやってきたということを伝えると「少々お待ち下さい」なんて丁寧な言葉で対応される。
 紹介はどうやら本物だったらしい。
 ぶっちゃけると騙されているんじゃないかと内心ビクビクしていたので何事も無く済んで良かった。

 ……まあ。
 この先も何事も無く、事情を話して最終的にその専門家さんとやらに「気のせいじゃない?」とあしらわれる気がするんだけど。


 そんな風に考えているとドアが開いた。
 外開きだったようで危うく頭をぶつけそうになり、一歩下がりながら顔を上げると―――。



ミセ*゚ー゚)リ「……あ。」

(;#゚;;-゚)「…………ど、どうも」



 ―――またまた会った。

 そこには、先程別れたばかりのクラスメイトがブレザーを脱いだブラウス姿、信じられないことに頭から猫耳を生やし立っていた。
 更に一歩下がって表札を見れば、書かれていたのは彼女の苗字である「朝比奈」だった。

34名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:30:19 ID:WM1TjCNg0
【―― 7 ――】


 旧高岡診療所――現、朝比奈家。

 通された応接間は元は診察室だったのか、変則的なリビングダイニングのような作りである。 
 廊下に続く入り口とは反対側、その左右は壁がなく通れるようになっている。縦棒の部分が太いT字路のような感じだ。
 私をこの部屋に案内したでぃちゃんは真っ赤な顔で右側の通路を通って何処かに走り去ってしまった。

 ……なんだったんだろう、あれ。
 可愛かったけど(それはもう思わず襲いたくなるほどに)。


 部屋の中央にテーブル、その両側にソファー。そして小さな椅子。
 それ以外には観葉植物くらいしかない。
 私が「居間」ではなく「応接間」と表現したのはその為で、お客さんを一時的にもてなすスペースでしかないことが如実に理解できる空間だ。

 二分後くらいだっただろうか。
 することもなく、黙ってソファーに腰掛けて手持ち無沙汰に待っていると扉が開いた。

35名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:31:06 ID:WM1TjCNg0

 入ってきたのは少し背の低い男性だった。


(,,^Д^)「こんにちは。んで……はじめまして」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、はい。はじめまして」

(,,-Д-)「ごめんね、レポートの資料を探してたら手間取っちゃって」


 童顔の男の人の挨拶に同じくだけの笑顔で返す。
 私服の上からとりあえず白衣を羽織った、みたいな妙な格好のその人は「朝比奈擬古と言います」と自己紹介をし、私の正面に座った。


ミセ*゚ー゚)リ「“ギコ”って変わったお名前ですね。どんな字を書くんですか?」

(,,^Д^)「ふつーの字だよ。古いやり方を真似るっていう意味の擬古。君の名前は?」

ミセ*-ー-)リ「水無月ミセリと言います」


 軽く頭を下げるとその人、ギコさんは少しだけ驚いたような顔をした。
 そしてなんだか懐かしむように「良い名前だね」なんて呟いて、小さく笑った。

36名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:32:16 ID:WM1TjCNg0

 年で言うと私の少し上くらいだろうか。
 男の人には珍しい幼く可愛らしい顔立ちで、笑顔がとてもよく似合っている。
 親しみやすさもここまで至るかというレベルで見るからに優しそうだ。

 おそらくはでぃちゃんのお兄さんなのだろう。
 "Perhaps"あるいは"maybe"。

(,,゚Д゚)「あれ」


 と、自己紹介を終えたところでギコさんが言った。


(,,゚Д゚)「もしかしてでぃちゃん、お茶出してなかったりする?」

ミセ;゚ -゚)リ「あー……そうですねぇ。ネコミミ見られて恥ずかしかったみたいで、どっか行っちゃいました」


 それなら外してくればいいのに、とは尤もだけど、外すことを忘れるほど馴染んでいたんだろう。
 いつも通り、というか。
 多分、あの物静かな子は家ではいつもあんな感じなのだ(コスプレが趣味、とか)。

37名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:33:15 ID:WM1TjCNg0

 ギコさんは「そっか」とだけ言うと、一度部屋を出ていき急須とコップを持って戻ってきた。
 家の雰囲気は洋風だが住人の好みは和風らしい。

 お茶を注ぎながら、猫耳娘のお兄さんは言う。


(,,^Д^)「アレは僕の趣味みたいなものでさ。あんま気にしないでくれると嬉しいな」


 …………やべぇ。
 お兄さんの趣味だったんだ……。

 うわー……。
 妹に家の中で猫耳つけてもらってるお兄ちゃんとか……想像を絶する。
 可愛らしい顔してなんてプレイを強要してんだ、この人!

 なんて残念な人なんだろう、"What a shame that ...!"。


ミセ;゚ー゚)リ「……でもまた、どうしてネコミミ?」

(,,゚Д゚)「え、だって可愛いでしょ?」

 ……いや、可愛いけど。
 可愛いけども!

38名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:34:11 ID:WM1TjCNg0

 それは……そうじゃないでしょ!!

 叫びたい衝動を抑え、「そうですね」とにこやかに返事をする。
 頬が引き攣ってるがどうにか誤魔化せたようで、「だよねー」と間延びした同意を頂く。

 ま、まあ。
 単に可愛い物に目がない乙女な人なのかもしれないし。
 車も原付も可愛かったしね、うん。


(,,-Д-)「そろそろでぃちゃんも戻ってくるだろうし……じゃあ、世間話はここまでにして」


 少しだけ気を引き締めた風にギコさんは言った。
 自然と私も背筋を伸ばす。


(,,゚Д゚)「あの子――君の言うところの生徒会長さんから事情は聞いてるから話してくれるかな? 君の先輩達が遭遇したっていう心霊現象の話をさ」


 あるいは怪異のね、と彼は笑った。

 それは何処か先ほどまでの朗らかな笑いとは違う。
 いや、明らかに何か壮絶な経験を積んできた、専門家らしい笑みだった。

39名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:35:06 ID:WM1TjCNg0
【―― 8 ――】


 物凄く簡単に言うと、「よくある話」なのだ。

 高校生三人がその場のノリで心霊スポットに行くことにしました。
 懐中電灯とカメラをもって出発し、結局何も出会えず適当に写真撮って帰ってきて……次の日には全員高熱でダウンしていた、と。
 もう、これ以上ないくらいにお約束でよくある話だ。


(,,-Д-)「……よくある話だね」

ミセ*-3-)リ「馬鹿なんです、あの人達は」


 一通り話を終え、お茶を飲もうと手を伸ばす。
 熱いお茶は何故だかガラス製のコップに注がれている。
 ……熱くて持てない。

 私は諦めて手を引っ込めソファーに深く腰掛けた。


ミセ*゚ー゚)リ「それで……どうですかねぇ。やっぱりただの偶然ですか?」

40名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:36:06 ID:WM1TjCNg0

 探りを入れるような私の発言にもギコさんは笑って応じる。


(,,^Д^)「偶然ってことはありえないよ。あの子が僕に連絡してきた時点でね」

ミセ;゚ -゚)リ「え、じゃあ―――」

(,,゚Д゚)「うん。今回の件は確実に怪異の仕業だよ」


 『怪異』……って。
 妖怪とか化物とか魑魅魍魎とか、そういう?


ミセ;゚ー゚)リ「そんな……。眼鏡で巨乳な委員長が化け猫になって暴れ回ったりとか、そういう?」

(,,-Д-)「またえらく限定的なイメージだねそれ。何の影響?」

ミセ;-3-)リ「い、いえ?」


 今見てるアニメの影響です、とは流石に言えなかった。

41名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:37:06 ID:WM1TjCNg0

ミセ*゚ー゚)リ「でも、そんな非現実的なものがこの世に実在するんですね。超能力とか魔法とかと同じで……ほとんどは空想のことだと思ってたのに」

(,,^Д^)「そうだね」


 ほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて、彼は言った。
 「でも人外も魔術も実在する」と。

 しかし専門家を前にしても未だ半信半疑な様子の私(当たり前だ)を見かねたのか、


(,,゚Д゚)「君が良いなら僕の仕事を見せてあげてもいいよ」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(,,-Д-)「君が話半分でしか聞いていない、面白半分でしか信じていない『怪異』ってモノを……実際に見せてあげようって言ったんだ」


 その言葉に、私は絶句した。

 そういったことを言う――幽霊とかお化けとかをのたまう――詐欺師は「見せてあげよう」なんて言わない。
 だって、騙しているだけなんだから。
 存在しないものを「存在する」と言って騙しているだけで、だからはなから存在しないものを誰かに見せることなんてできやしない。

42名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:38:10 ID:WM1TjCNg0

 それはカルトの教祖サマだって同じだし、言ってしまえば神職の人達も同じだ。
 「私達には見えるけどあなたには見えないんだ」と主張するのが常で、そんな科学みたいに「目に見える証拠を見せますよ」だなんて。


(,,-Д-)「君が話半分にせよ、面白半分にせよ、ここまで……いかにも怪しげな専門家の所までやってきたのはさ。“何か心当たりがあったから”じゃないの?」


 話半分に聞くキッカケとなった出来事。
 面白半分に信じるしおとなった出来事。

 たった半分、されど半分。
 「その“半分”の部分を支えているのは一体なに?」と彼は訊く。


(,,゚Д゚)「もしかして君さ、ずっと昔に見てるんじゃないかな。どう考えても怪異の仕業としか思えない問題を」

ミセ* ー)リ「う……」

(,,-Д-)「だからこそあの子に勧められるがままにここまで来た」


 ……そうだ。
 あの頃は確かに私はそういうのを信じていた。

43名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:39:07 ID:WM1TjCNg0

 だってそうとしか思えなかったから。
 そうでしかない。
 そうじゃないと辻褄が合わない出来事で、だから―――。


 と。
 私が狼狽し始めたその時だった。



「―――いけません。そんなのは、駄目なのです」



 向かって右、私が入ってきた扉が開き、彼女が姿を現した。
 もう猫耳はつけていない。


(#゚;;-゚)「そんな軽々しく誰かを巻き込もうだなんて何を考えているのですか。おかしいのです」


 そう言ったのは「清楚」としか言い表せない顔立ちの可愛らしい声の少女。
 私の同級生。

44名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:40:15 ID:WM1TjCNg0

 でぃちゃん――朝比奈でぃだった。


(,,^Д^)「ギコハハハ。おかえり、でぃちゃん」

(#゚;;-゚)「おかえりじゃないのです。私がいない間に当たり前のように一般人を巻き込もうとしないで欲しいのです」


 ましてや私のクラスメイトを、と些か声を荒らげながら彼女はギコさんの隣に腰掛ける。
 尻尾があればピンと立っているだろうな、という口調。
 そう言えばさっきは猫耳と一緒に尻尾も生えていたけどそっちも取られている。


(,,-Д゚)「でぃちゃん、そういう『一般人を巻き込む』とか痛々しいことは言わない方がいいよ。引かれるから」


 そんなツンとした態度のでぃちゃんには慣れっこなのか、お兄さんはサラリと凄いことを言い放つ。

 いや……アンタもだから!
 さっきのお兄さん、冷静に考えてみると無茶苦茶怪しかったから!!

45名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:41:07 ID:WM1TjCNg0

(#゚;;-゚)「痛々しかろうが事実なのです。とにかく、普通の人を巻き込むのは……」

(,,-Д-)「別に巻き込んでなんかいないよ。ただちょっと訊いてみただけ」

(#゚;;-゚)「おんなじです、むしろ決定権を相手に委ねてる分そっちの方がより悪いのです」

ミセ;゚ー゚)リ「―――あ、あのっ!」


 ピリピリとした雰囲気に辛抱ならず、小学生が授業中に手を挙げるような元気溌剌な挙手で言葉を捻じ込む。


ミセ;^ー^)リ「でぃちゃん、猫耳もう外しちゃったんだね……。可愛かったし、もう一度見たいなぁ〜……なんて」

(#// -/)「ひぅ!」


 そんな可愛らしい悲鳴。
 ビクリと身体全身を震わせ、さっきまでの怒りオーラは何処へやら、ふにゃふにゃと丸まるように萎縮し、顔を真っ赤にしながら。


(#// -/)「さっきのは……忘れて欲しいのです……」


 と、酷く小さな声でそう言った。

46名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:42:05 ID:WM1TjCNg0

 そんな彼女を尻目にギコさんは「そうだ」と何か閃いたように手を打つ。
 ニコっとした笑顔。


(,,^Д^)「でぃちゃんの猫耳の件を黙っていてくれたら、『怪異』という存在を見せてあげる」

(;#// -/)「ふえっ!?」

(,,-Д-)「交換条件だよ。黙っているって約束してくれるなら君の言う非日常を、少しだけだけど見せてあげる」


 それに、と前置いて彼は続ける。



(,,゚Д゚)「君が解き損ねた問題と知り損ねた答えに関しても――俺が助けてあげる」



 私があの時、解き損ねた問題を。
 私がその時、知り損ねた解答を。

 その、どちらもが。
 『怪異』。

 どうにかなってくれるって言うのなら―――。

47名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:43:08 ID:WM1TjCNg0

ミセ* ー)リ「…………分かりました」


 しばらくの沈黙の後。
 全てを投げ打つつもりで私は答えた。


ミセ*゚ー゚)リ「私の知らない『怪異』なんてものがいて……私の知らない世界があって、それで私の知っているべき答えに説明がつくというのなら――お任せします」

(,,^Д^)「……うん。任せておいて」


 これでも専門家だからね、とギコお兄さんは笑って応じる。
 それは幼さの残る笑顔なのに、何故か見ていてとても安心する不思議な魅力のある笑み。

 この人なら。
 私の言葉にちゃんと耳を傾けてくれるかもしれないと。
 幻想かもしれないけれど、私はそう思った。


(;#// -/)っ「なにちょっと良い感じに纏めようとしてるのですか! おかしいです、私損しかしてないのです!!」


 なんかでぃちゃんが色々文句を言ってたけど、まあ可愛いしどうでもいいか。

48名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:44:07 ID:WM1TjCNg0
【―― 9 ――】


 私は車の後部座席にいた。
 そうと決まれば早速ということで、あの後すぐに診療所を出発したのだ。

 少し手狭だけど、所々に残る傷みさえ除けば新品にしか見えないよく手入れされた車内。
 私とでぃちゃんは後ろのシートに並んで座っている。
 そしててんとう虫を運転するのはもちろんギコお兄さんで、若者には珍しい丁寧なドライビングだ。

 
(#゚;;-゚)「あの……シートベルトをしておいた方が良いと思います」

ミセ*^ー^)リ「やっぱでぃちゃんはそういうの結構厳しいんだねぇ」


 私の言葉を彼女は「いえ」と否定し、私の耳元に口を寄せ小さな声で。


(# ;;-)「あの、その……。ギコさんはあまり運転が得意ではないので……。命が大事ならば……」


 ……命が大事ならばって。
 どんだけ危ないんだよ、この車。

 笑えないなぁ、"It's no laughing matter"。

49名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:45:10 ID:WM1TjCNg0

 一々ツッコミを入れるのも面倒なので彼女の言葉を素直に聞き、シートベルトを着用する。
 ギコさんの運転は特に荒いものではなくむしろ丁寧なもの。
 速度にしたって法で定められた速度よりやや速い程度――他の自動車に比べると少し遅いくらい――で、全然危ない感じはしないんだけど。
 でぃちゃん、結構心配性なのかもしれない。


 そんなやり取りもあったけど、私がギコお兄さんと話しているうちに(学校でのでぃちゃんのこととかだ)特に問題なく先輩の家に到着した。
 やっぱり「命が大事ならば」は言い過ぎだったらしく、でぃちゃんの心配は杞憂だった。

 一人目の先輩――部長の家の前に車を停め降りると、ギコさんは羽織っていた白衣を脱ぎ畳んで助手席に置く。


(,,゚Д゚)「んじゃ、でぃちゃんはここで待ってて」

(#゚;;-゚)「分かりました、了解なのです」

(,,^Д^)「ミセリちゃんの方は部屋の前までで良いからついてきてくれるかな。僕は君の先輩の友人って設定にして……そのことを家の人に説明してくれる?」

ミセ*^ー^)リ「了解しました」


 敬礼の真似事をしながら返事をし、車から降りながら気になっていたことを訊ねる。

50名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:46:29 ID:WM1TjCNg0

ミセ*゚ー゚)リ「白衣、脱いじゃうんですねぇ」

(,,-Д-)「まあね。雰囲気出す為に着てるだけだから」

ミセ*^ー^)リ「サイエンティストの正装ですもんね!」


 マッドな感じで。


(;-Д-)「いや……君の知識は偏りがちな気がするんだけど、何処でその知識は得たのかな」

ミセ*゚ー゚)リ「一般教養ですね」


 今やってるゲームです、とはやっぱり言えなかった。
 冗談に過ぎない私の発言を間に受けたのか「白衣着るのやめようかな……」と頭を抱えるお兄さんの背中を押し、部長の家の玄関に向かう。

 一人目の先輩の家はよくある一戸建て。
 インターホンを押すと部長の弟君が対応してくれ、ギコさんのことを部長の友達で心配してお見舞いに来たと言うとアッサリ信じて二階に上げてくれた。
 ……無垢だ。

 何度か訪れた部長の部屋のドアノブに手をかけたところで静止が入る。

51名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:47:28 ID:WM1TjCNg0

(,,゚Д゚)「あ、ミセリちゃんはここで待っててね」

ミセ*-3-)リ「ぶぅ〜……。なんでですかぁ?」

(,,-Д-)「なんでって危ないからに決まってるでしょ」


 素っ気無く言って私を押しやるように避けて、ギコさんは一人で部屋に入っていった。
 扉を開けた瞬間に呻き声のようなものが聞こえた気がするんだけど、ひょっとして「親しい人が苦しんでる姿なんて見たくないだろうし、本人も見せたくないだろうから」という配慮だったのだろうか。

 あの部長が苦しんでいる姿は長い付き合いである私も全く想像できず、こっそり覗くかどうかを本気で悩む。
 悩んで、悶えて。
 最終的にS心が押し切り覗くことにしたその瞬間、ガチャリと扉が開いた。

 ……前屈みになっていた私はしこたま頭をぶつけた。


ミセ*うー;)リ「……いたいよぉ」

(;゚Д゚)「…………大丈夫? ていうか、何やってるの?」

52名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:48:24 ID:WM1TjCNg0

 おでこを撫でながら顔を上げるとギコさんの左手にはカメラがあった。
 部長の私物だ。


ミセ*-ー-)リ「ぐすっ……そのカメラ、部長のやつですよね」

(,,-Д-)「あ、うん。部屋にあったんだけど、本人のなんだ。よく分かったね」

ミセ*゚ー゚)リ「そりゃ撮られたことありますし」


 なるほど、と頷くとそれを私に渡す。


ミセ*゚ -゚)リ「?」

(,,-Д-)「ネガ。車の中でも見てみたら良いと思うよ。見るからにおかしなものが写ってるから」


 それ以上は説明せず、ギコさんは黙って階段を降りていく。
 その隙を見て扉を数センチ、開けてみる。

53名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:49:08 ID:WM1TjCNg0

 もう呻き声は聞こえることもなく、部長は静かに寝息を立てていた。


ミセ*゚ -゚)リ「……気のせいだったのかな?」


 もしくは聞き間違い?
 あるいは、除霊したのか。
 どっちかは分からないけれど、唯一確かなのは私のS心は満たされないということだった。

 ……車ででぃちゃんでも軽くいじめることにしよう。


 とにかく部長殿。
 お大事にね、"Take care of your self"。

54名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:50:19 ID:WM1TjCNg0
【―― 10 ――】


 三人目、最後の一人のアパートを訪問し終え、私達を乗せた車は街中を走る。
 結局ギコさんに止められた為一人もどんな状態だったのかは見れず、また後でこっそり見た後にはもう穏やかに眠っているだけだったので分からないが、彼の弁では。


(,,-Д-)「一人目の人は高熱、二人目の人は高熱と腹痛、三人目の人は半狂乱って感じだったよ」


 らしいので、案外病状は深刻だったようだ。

 現在向かっているのは最後の目的地、先輩達が訪れた心霊スポット。
 郊外、街外れ。
 都市部に近いその場所、小さな山の山道の前に車を停車させて今度はでぃちゃんも一緒に車から降りる。

 彼女の手には藍色の竹刀袋がある。
 見るに杖よりも少し長く、大体竹刀や木刀と同じくらいのものが収納されているらしい。


ミセ*゚ー゚)リ「お祓いの道具ってやつですか?」

(,,-Д-)「まあね。僕は魔法らしい魔法は二つしか使えないから、あんまり道具はいらないんだけどさ」

55名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:51:11 ID:WM1TjCNg0

 一つはさっきやってた解呪ってやつ、と車に鍵をかける。


(,,゚Д゚)「ま、おまじないと思ってくれたらいいよ」

ミセ*゚ー゚)リ「へぇ〜……」

(,,゚Д゚)「んで、これもおまじない」


 ドアにちゃんと鍵がかかっているかをチェックしたギコさんはジャケットのポケットから何かを取り出す。
 見ればそれはお守りだった。
 神社などで売っているような至って普通のお守りだ。


(,,-Д-)「それはプレゼント。何か危なくなった時は握って祈ればいいと思う……相手が大したことない怪異なら助かるから」

ミセ;゚ -゚)リ「…………大したことある相手なら?」


 そういうのは病気と同じで最初から遭わないようにするのが大事なんだよ、とギコさんは笑った。
 でぃちゃんは呆れたようで笑わなかった。

56名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:52:07 ID:WM1TjCNg0

 荒れ放題の山道を進む。
 もう使われていない、全く手入れもされていない道はどちらかと言えば「獣道」という表現が似合う有様だ。
 でぃちゃんから貸してもらった虫除けスプレーをかけながら薄暗い道をひたすら歩く。

 向かう心霊スポットは静養の為の病院があった場所、廃墟の近く。
 そこには変わった形の白い石があり、写真を撮るとかなりの高確率で幽霊が写り込むのだとか。
 肝試しをする場合は山道の入り口から始め石に触れてゴールとする場合が多いらしい。

 先頭を行くのはギコさんで、今は黒い手袋を嵌めて懐中電灯で前を照らしている。
 その後ろに私で、一番後ろにでぃちゃんが控えている。


(,,-Д-)「それで……ネガは見てくれた?」

ミセ*゚ー゚)リ「はい。でも、変なものは写ってなかったですよ?」


 ネガを見たが、あったのはただの森の写真だけ。
 特に妙なものは写っていない。

 そう主張した私に後ろからでぃちゃんの訂正が入る。

57名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:53:18 ID:WM1TjCNg0

(#゚;;-゚)「写っていたじゃないですか、女の方が」

ミセ;゚ -゚)リ「あー……でもアレは部長の趣味みたいなものだしねぇ」


 山中の写真の中には一枚だけ女の人が写っていた。
 あの部長は街で可愛い女の子を見かけると節操無く写真を撮ろうとする欲求に正直な趣味があるのだ。
 一度許可なく撮って補導された時以降はちゃんと許可を取るようになったけど。


ミセ*^ー^)リ「どうせ、歩いてる途中で肝試し中の人に会ったから撮らせてもらったんですよ」


 綺麗な長い金髪の凄い美人だったし。


(,,-Д-)「……そうだね。普通に考えれば、多少無理はあるけど筋は通る」


 そう呟いて、彼は振り返る。
 思いの外短かった山道を登り終えての、廃墟の前。
 湛えるのは笑顔。

58名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:54:06 ID:WM1TjCNg0

(,,-Д-)「でもさ、『魅力がある』の“魅”っていう字には一匹鬼がいるよね」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 ただ、その笑みは診療所で浮かべていたものと違う。
 冷笑と言ってもいいようなシニカルな笑み。


(,,゚Д゚)「よく分からない力で人を惑わすからこその『魅力』なんだよ。だから魑魅魍魎という言葉にも入っている」


 そこまで言って、彼は両手を軽く広げて――気取って続けた。




(,,^Д^)「―――さ、じゃあこの問題を処理することにしよっか」



.

59名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:55:11 ID:WM1TjCNg0
【―― 11 ――】


 静謐な空間。
 宵闇。
 薄暗く、この世とあの世が入り混じってしまったような世界。

 打ち捨てられた建物は閑散としている。
 壁には派手なヒビも幾つか見られ、酷いところでは穴が空いてしまっている。
 割れたガラスを踏んでしまったのか小さく高い音がした。

 懐中電灯はもう消され、今は窓辺から差し込む僅かな月灯りのみが部屋の輪郭を浮かび上がらせている。
 まだ冬には遠い、夏にすらなっていない五月だというのに何故かここは空寒い。


ミセ*゚ー゚)リ「あ……」


 思わず声が漏れた。
 視線の先。
 多分、かつては裏口として機能していたのであろう外へと続く四角い空白の辺りに白い石があった。

 荒れ果てた人工と生い茂る自然の境目に鎮座する石は人の頭程度の大きさ。
 ゴツゴツした岩石で、いつだったか教科書で見た火山岩に似ていた。

60名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:56:07 ID:WM1TjCNg0

 そして―――。




('ー`*川「…………こんばんは」




 その前に、人がいた。

 腰まで届きそうな金色の髪は実際に見ると橙に近く、それが夜風に吹かれて舞い、月光に照らされキラキラと輝いている。
 服は緩やかな白のワンピースだけど、その清楚な服を穢すような強い魔性が感じ取れた。
 陶磁のように白い肌と官能的な身体付きは男ならば誰でも見蕩れ、たとえ女でも息を呑むだろう。

 端正な顔立ちで最も目立っているのは八重歯だ。
 猫のように縦に裂けた瞳も相俟っていたずら好きのような、小悪魔的な可愛らしさがある。


('ー`*川「皆さん連れ立って、どうしたんですか?」

61名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:57:04 ID:WM1TjCNg0

ミセ;゚ -゚)リ「あ、う……」

('、`*川「ここは幽霊が出るとかで危ないらしいですよ。早く帰った方がいい」


 彼女は優しげな口調で勧めてくるが、そんな言葉は耳に入らない。
 目を見開いて、それを凝視する。

 なんだあれ。
 なんだ、あれは。
 アレは―――。


('、`*川「どうしたんですか? 何か……」

(,,-Д-)「いや――帰らないよ。俺が用があるのは幽霊じゃなくて、君だから」


 ギコさんが一歩前に進み出ながらそう言った。


(,,゚Д゚)「というか、君にしか用がない」

('ー`*川「へぇ……デートのお誘い?」

62名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:58:06 ID:WM1TjCNg0

(,,^Д^)「まさか! 俺には可愛い奥さんがいるからさ、どんなに美人でも――まさしくの傾国の美女に誘われたって靡かないよ」


 更に、一歩。
 全く恐れずに果敢に距離を詰める。


(-、-*川「……そう。アタシは一緒に行くつもりだったんだけどね」


 指先で長い髪を絡めて遊んでいた女は寂しげに呟く。
 在りし日々を懐かしんでいるかのような雰囲気。

 人は過去を思い出す時は右斜め上を見、未来を思う時は左斜め上を見ると聞いたことがある。
 彼女の縦に裂けた瞳がどうなっているかは瞼に遮られて確認することは叶わない。
 だけど彼女の目は右上でも左上でもなく、しいて言えばきっと真下を見ていたのだろう。


(,,-Д゚)「一緒に行くのは……黄泉路でしょ?」

('ー`*川「あったりー♪」

63名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 21:59:04 ID:WM1TjCNg0

 だって、後悔したことを思う時。
 何かを省みる時は誰だって俯いてしまうから―――。



(ー *川「じゃあ――――死んで」



 一閃。

 その言葉が聞こえるのが早かったか、彼女がギコさんに跳びかかるのが早かったか、どちらかは分からない。
 とにかく私が見たのは直後に跳躍し一瞬で間合いを詰め腕を振り下ろす彼女の姿だった。

 空間を染め切るような力の爆発。
 キャンバスに濃い黄色をぶちまけたような、そんなイメージ。
 刹那の間合い。

 金色に輝く――血のような死の気配。


(,, Д)「―――ふっ!」

64名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:00:12 ID:WM1TjCNg0

 瞬時に拳を構えたギコさんは軽いフットワークで一歩下がり、その攻撃を回避。
 続いて振るわれる腕を拳で弾く。
 ボクシングの世界では「パーリング」と呼称される、相手の拳を自らのパンチで打ち落とす高等技術。

 そして身体が触れ合った瞬間、バチィッ、という音が響き渡る。
 瞬くのは紫雷。


('、`*川「!!」


 コンセントが漏電したような凄まじい音と光を契機とし、その女は思い切り後ろに飛んで距離を離した。
 訝しむような瞳を敵対者に向け、八重歯を剥く。

 腕をダラリと下げ、さながら四つん這いになるような姿勢の女とファイティングポーズを取るギコお兄さん。
 互いに大きな円を描くようにしながらの移動。
 自らにとって最も有利な距離を見極めているのだ。


 一方、私。


ミセ*;ー;)リ「何アレ!なにあれ!! なにあの暴走ア●クみたいなの!!」

(;#゚;;-゚)「ミセリさん、落ち着いてください。危ないですから」

65名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:01:07 ID:WM1TjCNg0

ミセ*;ー;)リ「なんで落ち着いてんのでぃちゃんは!」


 目の前で唐突に展開された異能バトル、話半分面白半分のもう半分の方が当たり前のように展開されている空間で死ぬほどビビっていた。
 泣きそうになりながらでぃちゃんに縋り付く。

 足が震える。
 目の前の光景が信じられず頭が回らない。
 あの時と――同じような。

 恐怖。
 戦慄。

 どちらもを肌で感じる。
 怖いよ。
 来なきゃ良かった、見なければ良かった。

 耳を塞いで目を閉じて知らないフリして過ごしていれば良かったんだ。
 ずっとそうしてきたのに、どうしてまた。


(,,-Д-)「……なんか連れの子が思いの外怖がってるし、さっさと終わらせるよ」

('、`*川「余裕ね、人間風情が」

(,,゚Д゚)「そっちも俺が何やってるかも分からないだろうに。今ならまだ『ごめんなさい』で許してあげるよ」

66名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:02:10 ID:WM1TjCNg0

 ギコさんの言葉に彼女は巧笑した。
 国を滅ぼすような悪女の高笑い。


('ー`*川「はははははっ!“何やってるか分からない”!? 馬鹿ね、あんまりにも古臭い技術だから驚いてただけよ」

(,,-Д-)「……古臭くても、俺はこれしかできないからさ」

('、`*川「それを専門にやってる奴は久々に見たわ。でも、本当にねぇ……」


 ―――そう。

 私には――何故か見えてしまっていたのだ。
 アレが。



('ー`*川「アタシを許すなんて……人間一人が、随分吠えるものね」



 彼女の頭に生えた金色の獣耳と。
 辺りを蹂躙するように広がる九本の大きな尻尾が。

67名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:03:21 ID:WM1TjCNg0

 空間を侵食する金色が。


(ー *川「―――噛み殺す」


 その言葉のまた――直後。
 二度目の交錯。
 今回の特攻は更に速く、最早人間の目には追い切れない。

 後に残るのはただの残像。
 廃墟を両断する金色の気配のみ―――。

 だけど。


(,, Д)「……取った」


 呟く。

 神速で振るわれる両手、その必殺の間合いに一歩踏み込みながら。
 入身、転換。
 振りかぶった右腕の真下から手首と肘を掴み、相手の振り下ろす力を利用し身体を回転させてそのまま投げ飛ばす―――!

68名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:04:11 ID:WM1TjCNg0

(、 ;川「がはっ……!」


 合気道の技――立ち投げ。

 ……今分かった。
 あの時でぃちゃんがやったのはこれよりも速い、超高速の合気道なんだ。
 動作が終わるまでがあまりにも速いものだから目で追い切れず、目に見えない結界に弾かれたように見えたのだ。


('、`;川「この……っ!」

(,,-Д-)「以上、俺のおじさん達が冗談で作った超攻勢護身術、『コンバット合気』でした」


 それよりもやや劣る速度で敵を制圧したギコさんは、倒れた女の胸倉を掴む。
 いや、違う。
 胸倉を掴んだんじゃなく――何かを貼り付けた。

 長方形の紙。
 この国の文字ではない言語で書かれた何かのお札。

69名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:05:20 ID:WM1TjCNg0

(,,-Д-)「有名過ぎて綺麗過ぎると大変だね。誰にだって名前が分かってさ」

('、`;川「やめ―――」


 そしてギコさんは言う。
 唱える。
 二つしか使えない彼の魔法、その一つを発動させる。

 最後の一手は―――。




(,,゚Д゚)「告げる。君の名は――――」






【――――そこまで。第一問、終わり】

70名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:08:02 ID:WM1TjCNg0


 「嘆くとも 痛むものから くゆまじな」


【歌意】
たとえ心が嘆き悲しんだとしても、私は後悔だけはするつもりはない。
身体は痛むけれども、ここで崩れてしまってはいけないのだ。

【語法文法】
『嘆く』はカ行四段活用で、終止形と連体形が同じ「嘆く」という風に活用するが、ここでは終止形。
次の『とも』が終止形に接続する接続助詞のであるため。
この接続助詞『とも』は逆接仮定条件を表し「(もし・たとえ)〜だとしても」という意。
『痛む』はマ行四段活用の連体形。「痛みを感じる」「悲しむ」「迷惑がる」等の意味があるが『嘆く』を踏まえると「痛みを感じる」か「悲しむ」になる。
続く『ものから』は逆接確定条件(若しくは順接確定条件)の接続助詞。活用語の連体形に付き「〜けれども」「〜ものの」という風に訳す。
平仮名の『くゆ』はヤ行上二段活用の「悔ゆ」の終止形にも、ヤ行下二段活用「崩ゆ」の終止形にも訳せる。
『まじ』は終止形接続の助動詞で打消推量・打消当然・打消適当・禁止・不可能推量・打消意志という風に様々な意味がある。
上記の歌意では一文目は打消意志として、二文目は打消適当として訳してある。
最後の『な』は終助詞だけでも三つ存在するが、ここでは「感嘆」あるいは「念押し」を表す『な』が妥当だろう。
「花の色は 移りにけりな いたづらに」に含まれるものと同じ意味である。

【特記】
参考にした歌は特にない。全て一人で作った。その為に不適切な部分があるかもしれない。
また『悔ゆ』は、普通は「人知れぬ 心の内にも 燃ゆる火は 煙もたたで くゆりこそすれ」のように「燻る」との掛詞として使う。

71名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:09:07 ID:WM1TjCNg0


というわけで『怪異の由々しき問題集』の第一問、もとい第一話でした。
この作品はブログに掲載していた同名作品を十二話編成にし加筆修正したものです。

月一回のペースで投下したいと思っています。




「色々な意味で勉強になる作品」をコンセプトにしており、この和歌もどきや語り手の口癖は高校レベルの古典や英語を意識してます。
新高校三年生や大学に落ちて浪人した方がこれを読んだ際に少しでも勉強になればなーと思います。

72名も無きAAのようです:2013/04/13(土) 22:58:30 ID:S0.YGTYk0

語法文法解説のあるブーン系小説ははじめてみたので、すごく新鮮だ
これからじっくり読む

73名も無きAAのようです:2013/04/14(日) 01:27:47 ID:hnb2k2oc0
九尾のくせに弱いなーメジャーなものが強いってわけでもないのか

個性的で面白かったよ。乙

74名も無きAAのようです:2013/04/14(日) 04:05:31 ID:yG2uzyBsO
タイトルが見たことあったのはそういうことか 
 
月一なんて言わず、週一投下ぐらいでもいいのよ

75名も無きAAのようです:2013/04/14(日) 04:18:55 ID:MIAaCqCk0
またニーイチ先生の自分語りが読めるの?

76名も無きAAのようです:2013/04/14(日) 18:57:35 ID:HOjZsAMEO
ブログにある作品ですよね?

77名も無きAAのようです:2013/04/14(日) 19:16:05 ID:2T02/VkoC
五つ前のレスくらい読もうぜ

78名も無きAAのようです:2013/04/16(火) 19:00:08 ID:X5.C3nIg0
でぃちゃんかわいい。

79名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:30:36 ID:otC/LjQw0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

80名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:32:04 ID:otC/LjQw0



 第二問。
 穴埋め問題 解答編。

 「魔法を失った魔法使い」





.

81名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:33:04 ID:otC/LjQw0




 永らへば このうき世こそ 悲しけれ



.

82名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:34:09 ID:otC/LjQw0
【―― 1 ――】


 ギコさんは、告げる。



(,,-Д-)「君の名は『玉藻前』――――君の存在を、禁じる」



 瞬間――――世界が、捻れた。

 バキリ、という音。
 それは個人の存在が世界から封じられた音。
 白いキャンバスを染めた色を覆い隠してしまったような、そんな。


:(、 ;川:「あ――あぁぁぁぁぁああっっっ!!!」


 絶叫。
 咆哮。
 絹を引き裂いたようなそれは獣の如く。

83名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:35:09 ID:otC/LjQw0

 いや、違う。
 そもそもこの人は獣だったのだ。

 いくら私でも、その名前くらいは知っている―――。


(#゚;;-゚)「『玉藻前』――日本では能で有名です。絶世の美女でありながら、その実『白面金毛九尾の狐』という妖狐の中でも最強の、」


 そこまで言って、いえ、と訂正し。


(#゚;;-゚)「全世界でも最高レベルと言って相違ない……ほとんど神の位に存在する妖怪なのです」


 玉藻前、九尾の狐。
 有名過ぎてわざわざ説明することさえ愚かしいその妖怪。

 何よりも美しく、そして何よりも強かった化物。

84名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:36:08 ID:otC/LjQw0

 ……思えばヒントは沢山出ていた。
 金色の髪、陶磁のように白い肌、そして絶世の美貌。
 国さえも傾けてしまうほどの“魅力”。

 でも。
 そんな妖怪が、あんなお札一つで……?


(#゚;;-゚)「玉藻前は平安時代、八万の軍勢に討伐された後、石に姿を変えたそうです。その白き石は全国に飛び散り『尾裂狐』という妖怪を生み出したり、人を祟殺したりしたそうなのです」

ミセ;゚ー゚)リ「じゃ――あの、石は」

(#゚;;-゚)「はい。おそらくそのうちの一つ、『殺生石』と呼ばれるモノなのです」


 ここにいる彼女はあくまで分身に過ぎないのです、とでぃちゃんは纏めた。
 だからこそ最強の妖怪はあっさり討伐されてしまったのか。


(、 ;川「ぁ……うぁ……」


 迸っていた閃光が治まった。
 彼女、九尾は冷たいコンクリートに伏したままだ。

85名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:37:04 ID:otC/LjQw0

 空間そのものを金色に染め上げているようなイメージはもう見ることはできない。
 あの光は魔力の逆巻き。
 世界最高峰の力の渦、その一部は最後の一片まで完全に封じられた。

 いや――禁じられたのだ。


(,,-Д-)「……『禁呪』って言う」


 倒れた九尾から背に黒い革手袋を外しながらギコさんは語る。
 目を凝らしてみれば、それにはあのお札と同じような妙な歪みのようなものが見えた。

 砂糖を水に溶かして煮ているような。
 真夏の陽炎。
 そこにある“何か”が揺らめいている感じ。


(,,゚Д゚)「道士が使う術でさ、物事の本質に作用しそれを禁じる呪術。このグローブは魔力を禁じる術式を施してある」


 そう、だから弾くことができた。
 九尾の猛攻、応戦することができていたのは交錯の瞬間ごとに彼女の呪力を封じていた為。
 そしてきっと私に手渡したお守りも同じような効果があった。

86名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:38:08 ID:otC/LjQw0

 火を禁じれば燃えることはなく。
 水を禁じれば沈むことさえもない。

 『禁呪』――ならば。


(,,-Д-)「かつて道士が蛇や鬼を封じていたように相手の存在を禁じてしまえば……ちょっとした金縛りみたいな感じにはなるよね」


 私の元まで戻ってきたギコさんは「どう?」と笑いかける。
 自慢するように、と言えるほど自信はない、しいて言うなら気恥ずかしそうな笑み。
 冷笑よりもよほど彼に似合う笑顔。


(,,^Д^)「これが君の見たがってた『非日常』だよ。そして俺が使える唯二の魔法」

ミセ;゚ー゚)リ「…………すごい」


 本物。
 本当の怪異。
 神秘、不思議不可思議。

87名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:39:16 ID:otC/LjQw0

 私の知っていた、知っていたのに知らないフリをしていた世界の真実。
 解答への足掛かり。



ミセ* ー)リ「(……この人なら)」



 この人なら、私の問題だって―――。


(,,-Д-)「なんて言うか、呪禁道なんてあんまりメジャーじゃない魔術だからアレだけどさ……」


 と。
 ギコさんが頭を掻いたその時だった。

88名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:40:09 ID:otC/LjQw0
【―― 2 ――】



「ははは……」

 
 それは地獄のような。
 あるいは恋獄のような。 

 地平の彼方まで響くような巧笑。



(ー ;川「――はは「ははははっ「はは「ははははははっ!!!」



 立ち上がった。

 先ほどまでコンクリートの上で禁じられていた九尾が、ほとんど死にかけの体でありながらも立ち上がる。
 ふらつきながもその両足で。
 またダラリと両腕を下げ、猫のような――狐のように縦に裂けた瞳を血走らせ。

89名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:41:05 ID:otC/LjQw0

 狂気に満ちた。
 笑みを浮かべる。


(ー ;川「こんなもの……。こんなもので、アタシが封じられるとでも思ったのかしら……?」


 そう、気丈に笑って自身の胸に手を当てる。
 そして枷となっていた札を、途中不可視の結界に阻まれながらも、純粋な力技でも以て制圧し、引き剥がした。

 呟く。


(ー ;川「アタシは、死なない」

(,,-Д-)「…………」

('ー`;川「アタシはまだ、全然喰らっていない。まだ全然、生き足りない……!」


 まるであえて、またしいて自らに言い聞かせるように。
 何度も何度も幾度と無く。

 「アタシは死なないんだ」――と。

90名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:42:10 ID:otC/LjQw0

 生への執着。
 人間よりもよほど人間らしい。
 人間のような貪欲さ。

 それを見てどう思ったのか、竹刀袋を携えた彼女は一歩前に進み出る。


(#゚;;-゚)「何方に唆されたは知りませんが当時の万分の一の妖力、一般人から吸精してやっと現界できる程度の力では、どれほど時間を使おうとも元に戻ることなど不可能なのです」

('、`;川「そんなの……やって見なくちゃ分からないじゃないの!」

(#゚;;-゚)「分かりますよ」


 私には分かるのです、とでぃちゃんは繰り返す。


(#゚;;-゚)「ちゃんとした吸精ができるモノであれば、それこそ一瞬で人を喰らい尽くせたはずです」


 ……そうだ。
 まだ彼女に襲われた三人は、生きている。
 どころか、回復に向かっている。

91名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:43:08 ID:otC/LjQw0

 それが何よりも確かな証拠。
 証左。

 最強の妖怪にまともに祟られて生きていられる人間なんていない――だから。


(#゚;;-゚)「もう既にあなたは人間どころか地縛霊にさえも劣る……取るに足らない存在に堕ちてしまっているのです」


 世界を震撼させる妖狐なんかじゃなく。
 ただの世界の誤差でしかない単なるバグに、と。

 けれど。


(、 ;川「うるさいっ! アタシはなあ、アタシは、アタシは、アタシは……!!」

(#゚;;-゚)「…………」

(、 ;川「アタシは強いし、可愛いし、色んな人から愛されて! 思い通りにならないものなんて何処にもなくて……!!」


 泣きそうな声で叫ぶ彼女の姿はもう揺らいできていた。
 禁呪のせいではない。
 不完全な姿で無理やり力を使ったせいだ。

92名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:44:05 ID:otC/LjQw0

 まともな肉体も持たず、ロクな魔力もない状態で戦って、霊体である彼女が現界し続けていられるはずがないのだ。
 姿が薄れてきたのは死の兆候。

 血のような――死の気配。


(ー ;川「そうだ! アタシだって思い出した、知っているぞ!!」


 唐突に九尾は敵対者である青年を指差す。
 震える指先に殺意を乗せ、叫ぶ。


(ー ;川「お前はもう魔法を使えない! 魔法を失っている! アタシにトドメを刺すことなんでできないんだ!!」


 魔法を失った――魔法使い。


 それがギコさん?
 どういうこと?

 私の疑問など知らぬようで九尾は叫び続ける。

93名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:45:06 ID:otC/LjQw0

(ー ;川「お前もアタシとおんなじだ! 最強だったあの頃のお前と違って、今の『ギコール・ハニャーン』は何も助けられない人間モドキだ!!」

(,,-Д-)「…………うん」


 ギコさん。朝比奈、擬古。
 『魔法を失った魔法使い』と呼ばれた青年は深く首肯し、もう一度「うん」と呟く。


(,,゚Д゚)「確かに俺は……というか厳密には俺じゃないけど、まあ俺は、もうほとんどの魔法を使えない」


 九尾の狐どころか、幽霊すら祓えないんだ。
 私に説明するように彼は言う。
 「使える魔法は二つだけ」と言っていたのは正味その通りで、彼は――“今の彼”はほとんど魔法を使えない。

 ずっと昔に失ってしまったから。
 ……らしい。


(,,-Д-)「だけどさ、」


 と、ギコさんはでぃちゃんを抱き寄せながら続ける。

94名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:46:14 ID:otC/LjQw0

(,,゚Д゚)「なんて言うか、俺は“魔法を使えなくなった”わけじゃなくて“魔法の使い方が分からなくなった”だけだから、」

(;#// -/)「えっ――あ、もしかしてご主人様……?」


 右腕に抱かれたでぃちゃんが顔を真っ赤にしながらぐずるように首を振る。
 身体を悶えさせ、何かを拒否するように。 
 恋人のように抱かれて、それが恥ずかしくて仕方がないという風に。

 ……ん?
 ていうか今なんか「ご主人様」とか凄い危ない言葉が聞こえたような……?


(;#// -/)「無理です駄目なのですご主人様! だってその、あ……うぅ、ミセリさんがいて……!」


 必死に逃れようとする少女の手を、指を絡めるようにして握り――そして。


(,,-Д-)「だから――――こういうのはできる」

(#// -/)「っ……!」

95名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:47:07 ID:otC/LjQw0

 キスした。
 兄妹で。
 恋人同士のように。

 それも軽いやつじゃなく、見ているコッチが恥ずかしくなってしまうような深くて甘い口づけ。
 親愛を示す為ではなく気持ち良くなる為にするキス。


(#// -/)「ふぅ――っ、ん……!」


 ピンと強ばっていた身体の力が抜けた。
 見開かれた目がトロンとしてくる。
 ああ、多分舌入れられちゃって気持ち良くなっちゃってるんだろうなー、と見ていて分かる。

 うわ。
 うわああ……。


(#// -/)「はっ、んぅ……ぅ……」


 堪らなく淫らな表情。
 頬を紅潮させて、撫で撫でされる猫のようにされるがままになっていたでぃちゃんがやっと開放されたのは十秒以上後。
 つつ、と合わさっていた唇同士が糸を引いた。

96名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:48:06 ID:otC/LjQw0

 ぬらぬら光る彼女の唇は、淫靡で。
 普段の様子からは想像もできないしイメージにも全然合わないんだけど、何故かとてもそれっぽくて。

 力が抜けたのか膝から崩れ落ちたでぃちゃんはイッてしまった女の子特有のやらしい顔をしていた。


ミセ*//-/)リ「うわー……」

( * Д)「こういうのは……できる」


 恥ずかしそうに真っ赤になった顔を背けつつ、ギコさんは落ちてしまった竹刀袋を拾い上げて、その中身を取り出す。
 中身は竹刀でも木刀でもない。
 何の変哲もない、テレビなどではよく見るような黒く光る凶器。

 日本刀だった。 


(;#// -/)「ん……うぅ。クラスの人の前で、こんな……」

( *-Д-)「さ、でぃちゃん――行っておいで」


 へたり込んだままのでぃちゃんにその刀を渡す。
 ウジウジ言いながらも受け取った彼女は立ち上がり、それを抜き放った。

97名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:49:05 ID:otC/LjQw0

('、`;川「なによ……それ。そんなのアリ……?」


 鯉口が切られ、白銀の刃が晒される。
 と、同時。
 先ほどの九尾と同じような現象がでぃちゃんにも巻き起こり始める。

 白いキャンバスに絵の具を零したような、世界を侵食するような力の渦。
 彼女を中心に巻き起こる魔力は綺麗なオレンジだった。 

 狐火のような――あるいは、猫の瞳のような。


(# ;;-)「ご主人様……恨みますよ。私は怒ったのです」


 そして現れるのは耳と尾。
 診療所で私が見たのと全く同じ、九尾が出したものとほぼ同じ、彼女から生えた猫の耳と尻尾―――。


(,,-Д-)「うん。後でいくらでも聞くから」

(# ;;-)「そうですか……では、ご命令を」

98名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:50:09 ID:otC/LjQw0

 朧気ながら刃が瞬く。
 その双眸も。
 猫のように縦に裂けた――猫そのものの両目が敵を射抜いた。


(,,゚Д゚)「彼女を終わらせてあげて」


 主人の命に猫の少女は恭しく頷き、そして。




(#゚;;-゚)「分かりました――――では流派なし、朝比奈でぃ。参ります」




 そして、吸精を終えた半妖が。
 人間と猫又のハーフである少女が、死に損ないの狐に飛びかかる―――!

99名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:51:04 ID:otC/LjQw0
【―― 3 ――】


 幕切れは呆気ないものだった。

 猫のようなしなやかさ――いや、猫そのものの俊敏さで踊りかかったでぃちゃんの大上段からの袈裟斬り。
 仄明るく橙に輝く白刃は金色の魔力を断ち切った。

 数多くの人を惑わし、数多の国を滅ぼしてきた悪女。
 その最後。
 それは彼女が殺してきた人間達と変わらず、惨めで悲哀に満ちたもので。


(;、; 川「あ、あぁ……」


 もう叫び声は聞こえない。
 もう叫ぶ気力さえないのだろう。

 手を伸ばしても、その手が消えてしまう。
 立ち上がろうにも、その為の足がない。
 積み上げてきた栄華と絶望は今、光の粒子になって空間に溶けていく。

 静かに、静かに、溶けていく。

100名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:52:04 ID:otC/LjQw0

(;、; 川「死にたくない……死にたくないよぉ……。許して……誰か、助けて……」

(,,-Д-)「きっと君が殺してきた人達も、そんな風に思っていたんだろうね」


 ギコさんは彼女にそれだけを告げて、背を向けた。
 手を貸すことはなく。
 ましてや、助けることはない。 

 縋るように伸ばされた消えかけの右腕を、瞼に映ったその残像を振り払うように背を向け、息を吐いた。
 深い、深い溜息を一つ。

 廃墟の暗闇に食われるように緩やかに薄れていく九尾は――今際の際はただ、すすり泣くのみだった。


(,, Д)「……慣れないよね、こういうのは」


 いつまで経っても慣れないよ――と。
 つい先程自分を殺そうとした相手の最後にも関わらず、彼は酷く哀しそうな顔をしていた。

 慣れない。
 今も。
 敵だからといって容赦なく殺せる鬼には、なれない―――。

101名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:53:07 ID:otC/LjQw0

(#゚;;-゚)「…………ご主人様」

(,,^Д^)「お疲れ様」


 戻ってきたでぃちゃんを抱き、頭を撫でる。
 向ける為に無理に作った笑顔は泣き顔よりも切なくて。

 何故か。


ミセ*;ー;)リ「っ……」


 私まで――泣けてきてしまって。

 その涙は今まさにこの世から消えようとしている誰かの為を想ったものか。
 それとも、必死に似合わない、初対面の人間から見ても偽りと分かる笑みを浮かべた彼を想ったものか。

 どちらか分からないけれど。
 それでも私はずっと。
 意思とは無関係に零れ落ち続ける涙を拭っていた―――。

102名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:54:06 ID:otC/LjQw0
【―― 4 ――】


 翌日、珍しく早く目が覚めてしまった為一番乗りを狙って意気揚々と登校してみると。


ミセ*゚ー゚)リ「……あ。」

(#^;;-^)「おはようございます、ミセリさん。今日はお早いですね、二番乗りなのです」


 教室後方の扉を開けた瞬間にでぃちゃんと目が合った。
 ちょっと気まずい気分で挨拶を返し、彼女の隣、自分の席に腰掛ける。

 始業のチャイムまでは一時間近くあるのに、二番。
 ……ひょっとして彼女はいつもこんな早い時間に来ているのか。
 遅刻常習犯の私には考えられない。

 猫は夜行性なのに、ねえ?
 そんなことは些細な問題かな、"It doesn't make any difference"。


(#^;;-^)「……半分ですから。半分は、人間なのです」

ミセ;゚ー゚)リ「あー……声に出てた?」

103名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:55:06 ID:otC/LjQw0

 はい、と首肯する彼女の笑顔は心なしか柔らかくなったような気がする。
 気のせいだろうか?

 いやそもそも……でぃちゃんって笑う子だったっけ?


 私の疑問など知らないようで、でぃちゃんは黙って微笑んだまま手を動かしている。
 彼女は机に置かれたノートに筆を走らせていた。


ミセ*゚ -゚)リ「……なにそれ」

(#゚;;-゚)「手記のようなものです」

ミセ*-3-)リ「ふぅん」


 特に興味も沸かなかったので早々に視線を前に戻し、そのまま机に突っ伏した。
 多分、昨日あったことを纏めているんだろう。
 編纂や蒐集といったちゃんとした行為はギコさんがやっているだろうし、彼女のそれは「手記」っていうか「日記」なのかな。

 ……ギコさん。
 そう言えば。

104名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:56:06 ID:otC/LjQw0

ミセ*-ー-)リ「そういやさ、でぃちゃん。でぃちゃんが言ってた好きな人って……ギコさんのこと?」


 私の言葉にでぃちゃんは頬を僅かに染め、「はい」と今度は控えめに首肯する。


(* ;;-)「ずっと昔から……好きだった人なのです」

ミセ*^ー^)リ「人前でちゅーするくらいだもんねぇ」


 言わないでくださいよ、と更に赤く、真っ赤になる。
 ……なるほど。
 今時珍しいくらいに清楚で可愛らしい子だ。

 これはキスもしたくなる。


ミセ*゚ー゚)リ「んじゃー二人は付き合っているんだ」

(#゚;;-゚)「え? ええ、まあ……そういう言い方もできなくはないですね」

105名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:57:13 ID:otC/LjQw0

 歯切れの悪い言い方に小首を傾げると、私のクラスメイトは直後に超弩級の爆弾を投下した。



(#゚;;-゚)「少し前に婚姻届を出したので、もう付き合ってはいないのです」



ミセ;゚ー゚)リ「…………は?」

(#゚;;-゚)「あの、彼は戸籍的にやや面倒な境遇なので、婿養子という形になっていて、だから姓は『朝比奈』……」


 いや、そこじゃねぇよ。

 え?
 いやいやいやいや――え、マジすか?

106名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:58:15 ID:otC/LjQw0

ミセ;゚ー゚)リ「えっとぉ……じゃ、でぃちゃんって結婚してるワケ?」

(#゚;;-゚)「戸籍の上ではそうです」

ミセ;゚ー゚)リ「女子高生で、人妻ってこと?」

(;#゚;;-゚)「ま、まあ……そうですね」


 うわ、うわああ。
 前言撤回、なんて淫靡な設定を持ってるんだ、この子!

 キスで吸精できるだけでも十分アレなのに!
 それに加えて結婚だと!
 猫耳尻尾を生やして二人で仲良く暮らしているだとぉ!?


ミセ* ー)リ「うわー……。じゃ、じゃあ『ご主人様』って呼び方も家でのプレイの……」

(#// -/)「ちっ――違うのです!」


 手を振って、必死の訂正を試みる人妻女子高生。

107名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 01:59:10 ID:otC/LjQw0

(* ;;-)「あれは私がご主人様の使い魔であった頃の名残で……」

ミセ;゚д゚)リ「主従関係だったの!?」
 

 なんてえろい!
 いやさ――なんてエロゲ的!!

 何がスタンドだよ、サーヴァントじゃん!!


(#// -/)「も、もう……私の話はいいじゃないですか」


 と、いい加減羞恥心が限界なのか、下を向き小さな声で言う彼女。
 ありえん。
 こんな子がもう結婚してるだなんて……。

 世の中どうなってるんだ。
 私の知らない世界があり過ぎだぞ色々。

108名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:00:09 ID:otC/LjQw0

(#// -/)「ほらほら! ミセリさんの恋の話でも……ほら! 部活の先輩方で好きな人とか……」

ミセ*-ー-)リ「あー、アイツらね」


 馬鹿共の顔を思い出しながら私は言う。


ミセ*゚ー゚)リ「三人ともセックスするだけの友達だからなぁ」

(;#゚;;-゚)「…………だけ?」

ミセ*-ー-)リ「そ。それだけの友達」


 今度はでぃちゃんが絶句する番だったのか、驚き目を見開いて私を見つめてくる。
 動物園でパンダを見る目つきに近い、物珍しそうな瞳。

 ……そしてちょっと怖がっている。


ミセ*-3-)リ「部室が手に入ったら学校でもヤりまくれるなーとでも思って頑張ってたんだろうねぇ、アイツら」

(;#゚;;-゚)「ヤりまくるって……」

109名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:01:10 ID:otC/LjQw0

 別に今時の子なら珍しいことじゃないよ、と私。
 なんだか助けたのを少しだけ後悔してきたのです、と彼女。


 そんなこんなで時間が過ぎていく。

 穏やかな早朝の一時は今までの関係では考えられないほどに親密で、愉快な。
 冗談交じり。
 お互いに気の抜けた、肩の力の抜けたやり取り。

 世間話を交わして笑い合ってる時に私はなんとなく分かってしまった。
 ギコさんが私を巻き込んだ意味。


 ……昨日、診療所の玄関ででぃちゃんは猫耳を生やしていなかったんだ。
 正しくは隠していなかっただけで、それは霊感のない普通の人にはまず見えないレベルでしかなかったのだろう。

 でも、私は見てしまった。
 見えてしまった。
 なんだか分からないままにそれを捉えてしまって。

 私に強い霊感があることに気づいたギコさんは思ったのだろう。
 「この子なら秘密をバラしてしまってもいいかもな」なんて。

110名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:02:08 ID:otC/LjQw0

 孤立気味だったでぃちゃん。
 可愛い奥さんのことを心配して、あの人は秘密を共有できる友達を作ってあげようとしたのだ。 
 思えば車の中では学校での彼女の話がやたらに多かった。


ミセ*-ー-)リ「(なるほどねぇ)」


 童貞っぽい可愛い顔して、中々やり手じゃん。
 ……まあでぃちゃんみたいな子と暮らしている以上童貞はありえないだろうけど。


 ま、兎にも角にも。
 その問題も彼は解決してしまったのだ。 

 本当にあの人、職業としては何なんだろう?


 『魔法を失った魔法使い』。
 というか――何者なんだろう?

111名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:03:09 ID:otC/LjQw0
【―― 5 ――】


 学校終わって、放課後。
 私は例の場所にいた。

 でぃちゃんからギコさんの「良かったら昨日の場所までおいで」との言伝を聞き、やることもなかったのでシャーっと自転車を走らせやってきたのだった。
 宵闇ではおどろおどろしい感じしかしなかった山は、昼間、日の高い時間に見ると単なる小高い丘モドキだった。
 木が生い茂っているので丘には見えないが、山と言うほどに高いわけじゃない、なんと呼ぶか困る類のその場所には既に二人の人がいた。


「だからよー。何度も言ってるが、こういう些細な用事で呼び出すのはさー……」

「ほらほら請負人、仕事なんだからちゃんとやって」


 童顔に人の善さが滲む雰囲気、今日も昨日と同じくジーンズにパーカーの上に白衣を羽織っている。
 今日の笑顔はちゃんと彼に似合っている。
 路肩に停めたヤマハ・ビーノの座席に腰掛けているのはギコさんだ。

 そして、もう一人。
 上質なワインのような深い紅色の髪をした、不良っぽい感じで八重歯が目立つイケメン。

112名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:04:14 ID:otC/LjQw0

( ・∀・)「……お、できた。っつーか、あの子なんじゃねーか?」


 山道の入り口、公道に面した場所で作業をしていたその人が振り返る。
 銀のネックレスを身につけたその人は正面から見ると……うん、なんだか分からないけど悪い感じがした。
 悪い悪さじゃなく、良い悪さだけど。

 意味が分からないって?
 そうだなー、たとえて言うなら教室での席が一番後ろの魔王様みたいな感じ。

 そんなことを思いながら私はペダルに力を込め、一気に原付の隣まで行く。


ミセ*^ー^)リ「こんちわー!」

(,,^Д^)「ギコハハハ、こんにちは。今日も元気一杯だね」


 自転車を停めて降り、敬礼の真似事をしつつギコさんに挨拶。
 少し方向を変え何故か右手に金槌を持っているイケメンさんにも声をかける。

113名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:05:19 ID:otC/LjQw0

ミセ*゚ー゚)リ「こんちわですっ!」

( ・∀・)「こんにちわ。俺は、まー……ボランティアだよ」


 はぐらかすような言葉にギコさんから補足説明が入る。


(,,-Д-)「僕の知り合いでさ、請負人なんだよね。だから手伝ってもらってたの」

( -∀-)「だから請負人とか恥ずかしげもなく……」

ミセ*゚д゚)リ「請負人!!」


 人類最強と同じくの!?


(・∀・ )「なんか好評だし……なんでだよ。このネタ、分かるの?」


 祈るように両手を組んでキラキラとした目で見てくる美少女(私)を見、苦笑するように髪を掻き上げる。

114名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:06:19 ID:otC/LjQw0

 その人はモララーさん、というらしい。
 『請負人』――読んで字の如くそのまま“請け負う”ことを仕事としている何でも屋さんなんだとか。

 カッコイイなぁ。
 彼女とか、いるのかなぁ……。
 いるんだろうな、多分。

 瞳だけが辛うじて青い「うにっ♪」と鳴く美少女みたいなのが。


ミセ*゚ー゚)リ「その請負人さんがどうしてこんなところに?」

( -∀-)「見ての通り、仕事。日曜大工をしに帝都から遥々やって来ました」


 そう言ってマカロニ・ウエスタンのように金槌をクルクル回転させ、最後には腰のホルスターに納めてみせる。
 気取り屋だ、二枚目やり過ぎて三枚目だ。

 こういう系のイケメンってどうして黙っていないのかなぁ?
 "Why don't you do ...?"。
 私のセフレの一人にも黙ってれば美少年の子がいるけど。

 ま、こういう面白い人、好きだけどね。

115名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:07:06 ID:otC/LjQw0

 ウインクしてみせるモララーさんと私が始めかけた電波系トークを「そこまで」とギコさんが遮った。

 見れば、彼の膝の上には白い石が乗っている。
 昨日廃墟にあった、でぃちゃんが『殺生石』と呼んでいたあの石だ。


(,,-Д-)「楽しそうに話してるところ悪いけど、とりあえずこれを納めてからにしてくれないかな?」

( ・∀・)「祠ならもう完成したぞ」


 じゃなくて、とギコさんは言い。


(,,゚Д゚)「石持って座ったはいいけど重くて立てなくなったから、持ち上げてくれると嬉しい」

ミセ;゚ー゚)リ「…………」

( -∀-)「…………はあ、もう」


 あの人の甥なのになんでそう抜けてるんだよ、とブツブツ言いながらもモララーさんはひょいと石を持ち上げる。
 左腕のみで石を抱えて、公道に面するように作られた真新しい社の扉を開き、その中にちょうど道祖神を祀るように鎮座させた。
 神様のように。

116名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:08:07 ID:otC/LjQw0

 木製の扉が閉じられて石は外界から遮断される。
 最後に神社についているような小さな鈴をつけて、完成。


ミセ*゚ー゚)リ「…………社があると、神様っぽいですね」

(,,-Д-)「『社』っていうのは祭儀に使われる鳥居のある建物のことだから、これは『祠』というのが正しいかな」


 小さな祠を覗き込みながら、ギコさんは続ける。


(,,゚Д゚)「昨日の今日であれだけど、彼女を祀ってあげたんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「え、でも……」

(,,^Д^)「ギコハハハ。ああいう系の人外は依り代もちゃんと処理しないと消えないんだよね」


 勝手知ったるという風に語るのは神道系の大学に通っているせいだろうか。
 大学が本業か妖祓い的サムシングが本業か分からないけど。

117名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:09:05 ID:otC/LjQw0

 そのことを訊いてみると、


(,,-Д-)「ん、まあ……狐の神様は俺には馴染み深いものだから」


 と、懐かしむような口調で言う。
 魔法を失っていなかった頃を回想するような感じは、しんみりとしていて。
 それを払うように「それでさ」と話を戻す。


(,,゚Д゚)「『魅力』には鬼が一匹いるって話をしたけど、鬼っていうのは神とほぼ同義なんだよね」

ミセ*゚ー゚)リ「?」

( -∀-)「まー、『吸血鬼』とかの鬼は化物って意味だけどな」


 『鬼』という言葉には大きく分けて二つの意味で使われているらしい。
 一つ目が「化物」として。
 もう一つが「姿の見えない何か」として。

 この場合の『鬼』は後者の方、姿の見えない神様と同じ意味だとギコさんは説明する。

118名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:10:07 ID:otC/LjQw0

(,,-Д-)「で、『荒魂』と『和魂』っていうのが、あってさ。それがちょうど鬼と神の使い分けに似てるんだ」


 荒魂は天変地異を起こす荒々しい側面。
 和魂は人に加護を与える平和的な側面。
 神霊の持つ二つの性質。

 そして多くの場合、人間にとって都合の良い存在のことを『神』と呼び、逆に都合の悪い存在のことを『鬼』と呼んだ。


ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ……この石は、アラタマ?」

( -∀-)「まーな。そういう場合はどうするかって言うとな」


 ポケットから可愛らしいビニールに包まれたクッキーを出し、それを祠の中に置く。


( ・∀・)「……お供え物をするんだ」

(,,-Д-)「社を作って、お祭りをして……『私達と仲良くしてください』ってお願いするの」

ミセ*゚ -゚)リ「そうなんだ」

119名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:11:05 ID:otC/LjQw0

 お願いしただけで仲良くしてくれる人なんてそんなにいないんじゃない? と私が言うと、モララーさんが否定した。
 「そんなことはねーよ」と。
 曰く、


( ・∀・)「神様ってのは強過ぎるから話が通じづらいだけで、話せば分かってくれるんだよ」


 ……らしい。

 強過ぎるから話が通じない。
 強いことは不便なんだ、なんて。 


ミセ*゚ー゚)リ「……でも、九尾は悪い妖怪じゃないんですか? 人を襲う」

(,,-Д-)「そうだね。お世辞にも善良だったとは言えないよ」

ミセ*゚ -゚)リ「だったら……」

(,,゚Д゚)「『あのまま滅ぼしちゃえば良かったのに』って?」


 そこまでは――言わないけれど。

120名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:12:08 ID:otC/LjQw0

 あんな姿を見て、そんな厳しいことは私には言えない。
 たとえそれがどんなに正しいことだとしても。

 それは正しいだけで。
 少しも、善くはないのだから。
 優しくはないのだから。

 "If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive"――ということだ。


(,,-Д-)「確かに彼女は悪い妖怪だったよ。……でも、その罪はもう償われているから」


 追われて、嬲られて、殺されて。
 やっとのことで現界を続けてみれば依り代を壊され。
 死にたくないと縋った思いは断ち切られた。

 何度も。
 幾度と無く。


( -∀-)「罪を償った奴はもう罪人じゃねーんだってさ。だからコイツは祠を作ってやった」

(,,^Д^)「死ぬってことがどういうことか分かってる人は……そうそう、誰かを傷つけたりはしないからさ」

121名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:13:10 ID:otC/LjQw0

 ギコさんは拝む真似をしてみせて、そう言い笑った。

 九尾の今までがどうであれ。
 彼女の罪状がなんであれ。
 あの時「死にたくない」と懇願した気持ちだけは確かな真実だと思うから、と。


ミセ*゚ー゚)リ「……なんだか難しい話ですね」


 私の呟きに「難しいとも」と答えたのはモララーさんだった。


( -∀-)「なんでもできる奴っていうのは、常に『何をしないか』という選択をしなくちゃいけないから」

ミセ*゚ -゚)リ「何をするか、じゃなく?」

( ・∀・)「おうよ。できないものが何もないってことは、『何をしないか』をずっと考えないといけないってことなんだ。それは思いの外、大変だぜ?」


 だから、強いってことは難しい。

 彼女だってあんなに強く生まれたりしなければ。
 些細な生活と本当の愛があるだけで生きていける矮小な存在だったなら、あんなに苦しまずに済んだだろうに。

122名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:14:17 ID:otC/LjQw0

 ……祠の中に納まった彼女はもう喋ることはない。
 そこにあるのはただの石。
 ここらでは見かけない、白くてゴツゴツした岩石に過ぎない。

 でもきっといつか、近いうちに姿を現せるようになるだろうとギコさんは言った。
 だからたまにはお参りしてあげてね、と。

 その時には――そうだな。


ミセ*-ー-)リ「どんな人生を送ってきたのか、人を本気で愛すってことがどういうことなのかでも……訊いてみようかな」


 次の古文の単元は源氏物語だという。
 単元は「葵の上」だ。
 男と、女と、愛と、憎しみと、呪いや妖しや様々なものが混ざり合った色を出す平安時代の作品だ。

 それが始まるまでには私と話せるようになって色々なことを話して欲しいな――なんて。
 私はふと、思ったのだった。

123名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:15:15 ID:otC/LjQw0
【―― 6 ――】※閲覧注意


 どくん、どくんと打つ心音。
 荒い呼吸音。
 ぴちゃぴちゃと鳴る水音。
 また息を吐く音。
 それらは全て私自身が生み出した音なのに、人里離れたこの場所、何も聞こえない夜半においてはどうしようもないほどに遠かった。


(#// -/)「……ふ、はぁ……っ……」


 私の寝室。
 私が普段使っている勉強机。
 そして、椅子。
 
 浅く腰掛けているのは私のご主人様で……今は「恋人」と言って構わない間柄の相手だ。

 彼の前に跪いている私は、愛しい彼の肉茎を舌と手を使って愛撫していた。
 屹立したそれは火傷しそうなほどの熱を持ち、熱量が伝わったかのように私の四肢も否応なく火照っている。


(#// -/)「ふぅ……ん。……ん、……っく」

124名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:16:23 ID:otC/LjQw0

 固い先端に、舌を這わせる。
 ちろちろと鈴口の部分を口付けながら、私の唾液で濡れた肉茎を扱く。

 あの、特徴的な匂いが、する。
 淫靡で淫らな。
 私の本性を――人間の雌としての情欲と人ならざる妖としての衝動を刺激する、いやらしい匂い。


( *-Д-)「……今日はごめんね、でぃちゃん」

(#// -/)「ん……っ!」


 ご主人様が申し訳なさそうに頭を撫でた。
 謝罪として髪を優しく無ぜ、そこに生えた猫の耳、その形をなぞるように指を動かす。
 くすぐったいような、もっとやって欲しいような感覚。

 そんな他愛もない親愛表現にも敏感になった身体は正直に反応し秘部を濡らす。
 いやらしいのは他の誰でもなく……私だ。

 肌蹴た制服、スカートが邪魔だという風に顕現している尻尾が揺れる。

125名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:17:05 ID:otC/LjQw0

(#// -/)「…………別にいいのです」


 それだけ告げて顔を伏せた。
 付き合って何年経ってもこういう姿を見られるのは恥ずかしい。

 恥ずかしくて。
 じくじくして。
 ……気持ち良かった。

 身体中が熱くなって、頭がとろけて、もっと気持ち良く――壊して欲しくなる。


(#// -/)「んっ……ッ! んぅ……」


 左手を下着の中に入れようとした時に視界が少し、動いた。
 視界の端に映る姿見には私と彼が映る。

 だらしなく口の端から涎を垂らしながら恋人の男性器を味わう少女。
 目は虚ろ、快楽に溺れている淫らな姿。
 その頭には人間ではありえぬ猫の耳があり下半身では猫の尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れている。

126名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:18:12 ID:otC/LjQw0

 ブラウスのボタンはほとんど外れていて、豊満とは言えないながらもそれなりの大きさの胸は口から垂れた涎で濡れて。
 スカートの中に入った左手は自らの生殖器を刺激している。
 ……単なる淫魔としての吸精の為ならば自身が快楽を得る必要は何処にもないというのに。


 そうだ。
 私は。
 私はあの時、クラスメイトに見られて興奮し――悦んだのだ。

 責められるはずがない。
 こんな無様な姿を晒している私が。
 雌が。

 そして、私は今も。
 鏡に映ったはしたない自分の姿を見、痺れるような刺激を感じている―――。


(#// -/)「ふぅん……。は、むッ――」

( * Д)「ふぁっ……!?」


 首を伸ばし、露出した亀頭を上から咥え込んだ。
 右手をついて、雁首を唇で刺激するようにしながら出し入れを繰り返す。

127名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:19:06 ID:otC/LjQw0

 ……可愛い声。

 舌の付け根辺りまで押し込んで、出して。
 それを何度も繰り返す。
 息が詰まって、苦しくて、大粒の涙が零れた。


( * Д)「…………苦しいなら、無理にしなくていいよ……?」

(#// -/)「んっ……っぐ、ん……」
 

 ……優しい言葉。

 でも、嫌だ。
 私はもっと苦しく、気持ち良くなりたい。

 自らのはしたない部分を刺激していた左手を出す。
 そうしてから両手で彼の腰を掴んで、角度を調節した後――思い切り、くわえ込んだ。
 一番奥……喉元まで、いくように。

128名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:20:10 ID:otC/LjQw0

( * Д)「う、くっ――だから、それやっちゃ駄目だって…………っ!!」

(#// -/)「ふっ、んっ! ふぐぅぅぅうッ! うぅっ……!」


 静止の言葉も聞かずそのまま首を前後させる。

 喉が膨らむ。
 強烈な異物感と嘔吐感。

 それは、どうしようもないくらい、私の好きな感覚で……。

 腔内を犯される。
 彼を感じる。
 喉も、内蔵も身体の中を直接全部犯される。

 ご主人様のモノに――なる。

129名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:21:05 ID:otC/LjQw0

 ビクリ、と震えた。
 彼の身体が、肉茎が、全部震えた。


( * Д)「うぁ…………!」

(#// -/)「んぐぅっ……!!」


 射精が始まる。

 押しこまれた男性器は私の食道を叩くように精液を吐き出し、胃を犯していく。
 どくり、どくりと。

 熱く粘る精子が。
 私の内側を直接犯して。
 飲み込まれて。

 どくり、どくりどくりと―――。


( *-Д-)「……本当に、もう……」

(#// -/)「…………げほっ、こほっ。んっ……」

130名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:22:04 ID:otC/LjQw0

 射精が終わって、二度三度咳を繰り返しながら精液を飲み込む私をご主人様が撫でた。
 「危ないからしちゃ駄目って言ってるのに」とか、なんとか。
 この人はいつまで経っても私の心配ばかりだ。自分でやっているんだから危ないはずがないだろうに。

 いや危ないかもしれないけど、でも。
 私はこういうのが……好きだから。


( * Д)「今日は大したことなかったし、一回分くらいでいいよね」

(#// -/)「…………」

( *-Д-)「んじゃ、俺はもう行くから……って、」


 衣服を直そうとしたご主人様を掴んで引き止める。

 不思議そうな顔をする彼に向けて。
 私の精一杯の魅力を込めた、おねだりを。


(#// -/)「まだ全然……足りないのです」

131名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:23:13 ID:otC/LjQw0

 こんなところで終わられたんじゃ、欲求不満もいいところだ――だから。



(#// -/)「今晩も…………よろしくお願いします」



 だらしなく、はしたない姿ながら座礼をし懇願する。

 いつも通りな行為の続き。
 疼く心と火照る身体をどうにかしてくださいと、恥も見聞もなく私は乞う。


( *-Д-)「……ああ、もう」


 仕方ないなあ、なんて言いながらもご主人様も乗り気ではあったようで、私を抱え上げてベッドに寝かせた。
 いつの間にか力持ちになったなあと思い、しょっちゅうこんな調子なんだから仕方ないかとも思う。

 続いて上ってきた彼に私は言った。


(#// -/)「……愛しています、ご主人様」

132名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:24:06 ID:otC/LjQw0

 一度私にキスをした後でご主人様は囁いた。


( *-Д-)「ありがとう。俺も……好きだよ」


 明日の家事当番は私だとか。
 明日も学校だとか。
 しかもまだ予習が少し残っているから早めに登校しないと、とか。
 昨日あったこととか。
 今日あったこととか。
 過去の傷とか。
 未来の咎とか。

 この瞬間だけは。
 だから、今だけは。


 かつての彼女がそうであったように、私達も全てを忘れて。
 傷を舐め合うように。
 弱さを補い合うように。

 愛し合うことにしようか―――。

133名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:25:14 ID:otC/LjQw0
【―― 0 ――】


「―――結局ね、名前も弱さも意味合いとしては同じなんだと思うよ」


 窓辺に立つ会長は何処か遠くを見る目でそう言った。
 一体何処を見ているんだろう。

 会長は場所を知らないはずだから、まさかあの祠じゃないだろうし……。


「誰かと繋がる為の何か。それがなければ人間関係は不便なものになっちゃうんだろうね」


 あるいは人外もかも、とまた笑う。
 たった一人の生徒会――『一人生徒会』。


「……そう言えばさ、その神様の『諱(いみな)』や『真名』はどうなったの?」

ミセ*゚ー゚)リ「ふぇ? あぁ、はい……」

134名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:26:15 ID:otC/LjQw0

 それはギコさんからのお願い、神に成ったという証明としての名――和魂としての九尾の狐の名として確かに決めたけれど、会長には話していないはずだ。
 本筋にはあまり関係ないことだし……どちらかと言えば後日談になるから。

 訝しむ私も知らぬ風な会長に、私は少し悩んでその名を言った。


ミセ*゚ー゚)リ「『水橋九重姫』にしました」


 玉藻前の昔の名前である「藻女(みずくめ)」と、関係性が強くなるから危ないと言われたけれど私の苗字から一字。
 私の好きな妖怪から一字取って。
 水の橋と書いて“みはし”と読んで、そこに九つという数と都に関連した「九重」をつけて。

 『水橋九重姫』。
 新しく生まれた神様の名前。


 可愛い名前だね、と会長は言った。
 正直自分でもそう思う。

135名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:27:22 ID:otC/LjQw0

「まあ、神様だからあんまり気安く呼ばないようにね。名前自体に意味はないけど、それでも『諱』だから」

ミセ*゚ー゚)リ「それについては他の名前をつけることにしました」


 彼女の神様としての名は『水橋九重姫』。
 でも、呼ばれる為の名前。

 誰かと繋がる為の呼び名は―――。



ミセ*^ー^)リ「――――私の恩人の名前から、ペニちゃん」






【――――そこまで。第二問、終わり】

136名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:28:44 ID:otC/LjQw0


 「永らへば このうき世こそ 悲しけれ」


【歌意】
生き長らえたならば、このような儚く辛い無情の世は本当にもの悲しい気持ちになることだよ。
(遠回しに「こんな悲しい気持ちになるなら長生きなんてしない方が良い」という意味にも取れる)

【語法文法】
『永らへ』はハ行下二段活用の「ながらふ(永らふ・存ふ)」の未然形か終止形。
ここでは次に接続助詞『ば』が来ているので未然形。この『ば』は未然形か已然形にしか付かない。
未然形接続と已然形接続で意味が変わり、未然形に接続した場合は順接仮定条件「〜たらば、〜ならば」という風に訳す。
『この』は古文では「此の」。現代語では連体詞だが古文では代名詞の「此」に格助詞の「の」が加わったものである。
「このような」「あの」「それ以来(ずっと)」という風に訳せるが、ここでは現代と同じ感じで訳した。
次の『うき世』は掛詞で、「憂き世」と「浮き世」の二重に意味がある。「散ればこそ いとど桜は めでたけれ うき世に何か 久しかるべき」と同じ。
それに続く『こそ』は係り結びを作る係助詞。この場合は強意を表し、已然形で結ぶ。
『悲し』は形容詞シク活用の「かなし」の已然形。本来は終止形になるべき部分だが係り結びの法則により已然形に変化している。
「かなし」はこの場合「悲しく思う」だが「愛し」の場合は「愛おしい」「心が打たれる」ような意味になるので平仮名の場合は判別する必要がある。

【特記】
参考にした歌は「ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」という藤原清輔朝臣の一首。
及び、「月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど」。
ちなみにこの歌では『永らへば』という風に順接仮定条件を使っているので単純に「今まで生き長らえてきて私は悲しい」ということではない。
「ここまで生きた私は悲しい、そしてあなたも生き続けたならばきっとこの世を悲しく思うことだろう」のような自分以外の誰かを意識した歌である。
幾度となく傷付き、何度となく後悔するでしょう――それでもあなたは生き続けますか?

137名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:30:30 ID:otC/LjQw0

プロットを再検討したところ十三話になり、「これ来年の四月までに終わらねーじゃん!!」と気付く。
そういうわけで一話二話はアニメ的に言えば初回一時間スペシャルです。

まあエロがテーマなのに一話で閲覧注意シーンがなかったので、これで良いかなーと思います。




色々な意味で勉強になる作品を目指しているのでオマケとして後日用語説明を投下します。
賢者タイムの冷静な頭で妖怪のお勉強をしましょう。

138名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:56:01 ID:fEumNbPI0


139名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 02:57:00 ID:fEumNbPI0

続き待ってる。

140名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 18:51:52 ID:SH.OwpcY0
テーマがエロ……だと……

141名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 20:56:17 ID:otC/LjQw0



 第一問&第二問。
 模範解答。





.

142名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 20:57:14 ID:otC/LjQw0

・《尾裂狐(オサキ)》
 関東の一部の山林で俗信が行われている狐の憑き物。
 管狐などと同じく、それに憑かれた人間は発熱、精神異常、大食、奇行などが現れるとされ、また管狐と同じく主を裕福にするとされる。
 ただあくまで使い魔のように“使役する”印象が強い管狐と違い尾裂狐は所有者の意思が関係なく、そもそも人ではなく家に憑く存在と伝わっている。
 家筋に憑いた尾裂狐は滅多に離れることがなく故にオサキ持ち同士で婚姻していたらしい。

 語源には様々な説があるが、最も有名なものでは九尾の狐が殺生石に化けた後、その破片が上野国(群馬県)に飛来し尾裂狐になったという伝承。
 九尾の狐の尾が別れて生まれたものであるから「尾裂き」と呼ばれるようになった、というような話がある。

 ちなみに関東の中で唯一東京には尾裂狐の伝承が伝わっていない。
 それは江戸には関東八州のキツネの親分である王子稲荷神社、「お稲荷様」である『御饌津神(みけつのかみ)』が住む場所があるため。
 尾裂狐他、お稲荷様以外の妖狐は大晦日、王子稲荷の狐火の日(関東全域の狐の妖怪が官位を求めて参殿する行事)以外では東京に入って来れないからだ。
 日本の狐の人外の多様さ及びその階級の多さを象徴する話の一つである。

143名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 20:58:37 ID:otC/LjQw0

・《妖狐》
 狐の妖怪全般を指す語。
 一般的に妖力が高くなればなるほど尾の数が増え、最終形である九本の尻尾を持つ妖狐を『九尾の狐』と呼ぶ。

 ちなみに狐が妖狐になるまでに四百年、妖狐が九尾になるまでに四千年かかるという話もある。
 妖狐は大きく二つ、善行を成す『善狐』と悪行を成す『悪狐』に分けられるとされ、尻尾が多くなるのは主に悪狐。
 善狐は逆に尻尾が少なくなるという言い伝えもある。
 それは神格を上げていくとたとえ狐であっても神に近づくとされていたため、高い神性を持つ妖狐はそもそも狐の姿をしている意味がないかららしい。

 フィクションに出てくる多くの九尾の狐は『天狐』か『空狐』という中国神話の分類ならばかなり位の高い狐の妖怪である。
 『周書』や『太平広記』と言った書物では九尾の狐は瑞獣や神獣と記されている。

 最後の補足として、冗談みたいな話だがそもそも「キツネ」という言葉自体が妖狐が由来になっているという説もある。
 『日本霊異記』にこんな話がある。ある男がある時美女に出会い、結ばれて子を成す。
 だが実は彼女は獣の化けた姿で最終的には女は正体を知られたのでと山に帰ってしまう。
 だが男は狐に向かい「汝、我を忘れたか。子まで成せし仲ではないか、来つ寝」とあくまで自らの女房であると主張する。

 そういった経緯があり、以降その獣のことを「来つ寝」から『キツネ』と呼ぶようになった。
 ……みたいな、本当に冗談のような、あるいはエロゲみたいなハートフルストーリーも残っている。

144名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 20:59:22 ID:otC/LjQw0

・《白面金毛九尾の狐》
 日本三大悪妖怪の一角にして、最強の妖狐とされる九尾の狐。
 金色の体毛と陶磁のように白い肌、九本の尾、そして国を傾けるほどに美しい絶世の美貌を持つ。

 説話、特に後年の能や浄瑠璃などでは中国ので悪女と名高い南天竺の華陽夫人、殷の妲己、周の褒ジと日本の玉藻前を同一とする見方が多い。
 ただし妲己は人を焼き殺して笑い転げる美女で褒ジは笑わない美女なのでキャラが全く違う。
 件の玉藻前は優しい美少女だったと伝わっている。

 フィクションでは主に強力な妖力を持つ最後の敵として登場するが、一部では孤独を恐れて愛を求めた美女という考察も存在している。
 彼女がどの程度の妖力を持っていたかについては平安時代、天皇側の八万の軍勢と互角以上に渡り合ったエピソードが最も分かりやすい。
 最終的には将軍・三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常と陰陽師・安部泰成等によって討伐されるが、以降も殺生石に姿を変え人々を苦しめ続けた。

 「玉藻前」はあくまで御伽話の登場人物だが、モチーフとなったのは鳥羽上皇に寵愛された皇后美福門院(藤原得子)とされている。
 名門出身ではない藤原得子が天皇に愛され、保元の乱を引き起こし、遂には武家政権樹立のキッカケを作ったことは当時の人々にとっては衝撃だったのだろう。


・《殺生石》
 玉藻前が殺された後になったという溶岩石。能や浄瑠璃で有名。
 曹洞宗の僧である玄翁和尚によって破壊されるまで瘴気を撒き散らし人を呪い、退治に訪れた者さえ殺し続けた。
 破壊された後は日本各地に散らばったとされている。

 実物は栃木県那須町の那須湯本温泉付近にあり、現在では観光地になっている。
 当然瘴気などは出ておらず、人も動物も呪い殺されない。
 ただ伝承の元となった硫化水素、亜硫酸ガスなどは絶えず噴出しているので深く吸い込むと当然死ぬ。

145名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 21:00:08 ID:otC/LjQw0

・《猫又》
 おそらくは最も日本で有名な妖怪。猫が化けたものである『化け猫』との区別は曖昧。
 文献上に初めて登場したのは鎌倉時代、かの有名な随筆『徒然草』や藤原定家による『明月記』に人を喰らう猫の化物の話が登場する。
 「山に住み人より大きく獣を喰らう」など、それは猫ではなく虎ではないかと思ってしまうような記述も存在している。
 猫又の特性や習性はかなり多岐に渡るので省略するが、人の血肉、精気や精液を食らうという点はどれも共通する。

 猫又と言えば三味線だが、これは「三味線にされた同属を悼む歌を歌っている」らしい。
 ちなみに遊女の格好をしていることが多いのは江戸時代に流行った『化猫遊女』というキャラクターの影響。
 行灯の油を舐めるイメージは当時の猫の餌では油分を補給できなかったので魚油が用いられる行灯の油を舐めていたからだそう。


・《半妖》
 サブカルチャーなどではお馴染み、人間と妖怪のハーフのこと。
 が、そもそも『半妖』という言葉自体が近世に使われ出したものなので古典にはほとんど登場しない。
 『半妖』という言葉を広まったのは高橋留美子の某作品が大きいとされる。

 ただ人間と妖怪のハーフ自体は昔からかなり多く、雪女、妖狐や猫又などがよく産んでいる。
 大抵の場合、強大な力を有している風に描かれる『半妖』だが、おそらくそれは白狐を親に持つ安倍晴明や竜神が親の金太郎の影響であろう。

146名も無きAAのようです:2013/04/19(金) 21:01:08 ID:otC/LjQw0

・《呪禁(じゅごん)》
 呪術の一種。呪文や太刀・杖刀を用いて邪気や獣類を制圧して害を退けるものとされる。
 道教に由来する術、つまり道術の一種でまた陰陽道にも取り入れられている。
 中でも『持禁(じきん)』と呼ばれるものは対象の気を禁じることで怨鬼や鬼神の侵害を防ぎ、身体を固めることで災害を防止していたらしい。

 律令制の時代には典薬寮(宮内における医療部署)に「呪禁博士」及び「呪禁師」という名の職種が設置されていた。 
 が、しかし早い時代にそれらは衰退していき、疫病を防ぐ役目は陰陽術士に引き継がれることになった。

 呪禁をメインに据えた魔術体系を『呪禁道』と呼び、中でも札を用いた術式を『禁呪』と呼ぶ。
 有名な術なので「地獄堂霊界通信」など妖怪や魔法をテーマにした作品でたまに登場する。


・《諱(いみな)》
 人名の一要素、「字(あざな)」とは違う人の本名のこと。
 ほぼ『真名』と同じ意味合いを持つものの、諱は死後にしか使われない。
 漢字圏では実名敬避俗という風習があり、諱で人を呼ぶことによってその人の霊的存在を支配することができるとされていた。
 皇族における避諱や死者への諡(おくりな)といった風習はここにルーツと持つ。

 分かりやすいところで言えば「夏目友人帳」の『友人帳』とは妖怪達の名を奪ったもの=力を封じたもの。
 また「千と千尋の神隠し」では名を取られた主人公が自分が何者であるかを忘れていく描写があるが、これも諱の風習が関係していると言えよう。

147名も無きAAのようです:2013/04/20(土) 10:05:35 ID:3divlm4Q0
興奮しない 
気持ち悪いエロシーンだなぁ

148名も無きAAのようです:2013/04/20(土) 12:55:49 ID:AvBmDijE0
        ∧_∧ ハァハァ シコ   ( ´Д`/"lヽ      /´   ( ,人) シコ  (  ) ゚  ゚|  |    < とか言いつつ、下はこんな事になってまつw      \ \__, |  ⊂llll        \_つ ⊂llll        (  ノ  ノ        | (__人_) \        |   |   \ ヽ

149名も無きAAのようです:2013/04/20(土) 18:28:38 ID:.8j5gbCg0
>>148

AV乙

150名も無きAAのようです:2013/04/20(土) 19:06:25 ID:rmqO2qGA0
マジ乙です
続きまっとる

151名も無きAAのようです:2013/04/21(日) 09:34:56 ID:kGwIQ1V20
ふええ、先生の初めて読んだのにおもしろいよぉ……

152名も無きAAのようです:2013/04/21(日) 17:05:06 ID:DNFeP3IY0
乙乙
でぃちゃん変態だな、続き期待

153名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:40:52 ID:RqAuxQOc0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

154名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:42:03 ID:RqAuxQOc0




 第三問。
 線引き問題編。

 「カントールの楽園」





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155名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:43:05 ID:RqAuxQOc0




 今は斯く さみだるるのみ 藤葛





156名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:44:05 ID:RqAuxQOc0
【―― 0 ――】


「―――ラマヌジャンを知ってるかな? 知らない? ガロアさんは? D・D・パーマーは? 流石にメンデルは知ってるよね?」


 最後に彼女は、唐突にそんなことを言った。

 聞き覚えのない名前が多いが、メンデルを知っているか知っていないかと問われれば勿論知っている。
 グレゴール・ヨハン・メンデルはエンドウマメの勾配実験を元に遺伝の法則を発見した司祭さんだ。


(#゚;;-゚)「……それが今回の件と何か関係があるのですか?」

「直接的な関係はないよ。思い出しただけ」


 そう返して彼女はまた知ったように笑う。
 かつてと同じく凄惨な笑みを浮かべることも多いものの、今はもう、こういうイタズラっぽい笑顔をすることの方が多い。
 少しだけ変わった、けれど普通の少女のように。

 『一人生徒会』と呼ばれる彼女。
 この学校の生徒会長。
 今の彼女は、かつての私が憧れた人がそうであったようにこの学校を守っている。 
 燃え盛る太陽のような輝きと激しさを携えて。

157名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:45:04 ID:RqAuxQOc0

 彼女自身はどう思っているのか、少しだけ気になった。


「社会は正しい、科学は正しい、正義は正しい……。当たり前のように人間はそう主張するケド、それは本当にそうなのかな?」


 その言葉で彼女の言わんとすることが分かった。
 正しいこととそうでないことの境界線。

 彼女は続ける。


「それはきっと逆なんだよ。そしてそのことを錯覚した瞬間から輝かしい『正しさ』は空虚で無様なものに成り果てる」


 そうだ。

 社会は正しいのではなく――正しさを求めているだけ。
 科学は正しいのではなく――正しさを考えているだけ。
 正義は正しいのではなく――正しさを信じているだけ。

 それは、それだけのことなのに。
 どうしてか人間は間違いと勘違いを繰り返す。

158名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:46:04 ID:RqAuxQOc0

 ねえ、と彼女は問い掛ける。


「君は――正しいのかな?」

(# ;;-)「いいえ。私は正しくなんてありません、正しくなんてないのです」

「じゃあ君は、君達は――正しくありたいの?」


 それは……どうだろうか。
 私の一存では答えることができない問いだ。
 けれど。

 私の思いを、しいて言うならば―――。



(#゚;;-゚)「私は正しくないかもしれません。……ですが、正しくなくても良いので、誰かに優しく出来れば、助けてあげられれば良いと思います」



 そっか、と彼女は笑った。
 その笑みはあの凄惨な血塗れの哄笑ではなく慈しむような微笑みだった。

159名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:47:08 ID:RqAuxQOc0
【―― 2 ――】※閲覧注意


 薄暗い部屋の中で自分の鼓動と彼の吐息が頭に響く。

 もっとしっかり抱き着こうと腰を動かすと甘い刺激が感覚を蕩けさせていく。
 馬鹿みたいに勃起して反り返った肉茎が私の一番奥深く、子宮口の部分を擦って快楽を与えてくる。


「あっ……ん、っ……! はぁ……ぁ、きもちい……」


 不定期に、ゆっくりと、小刻みに。
 女の子の一番奥深くて一番大事な部分を弄られて私は小さく喘ぐ。
 耐えようとしても、喘ぎ声を出してしまう。

 気分を盛り上がらせる為の演技とかではなく。
 ただ単純に、気持ち良くて。


「ん、あ……あっ……! ひっ、ん……」


 女子は皆ガンガン突かれるのが好きだと勘違いしている男子がいるけど、実際はそうじゃない。
 少なくとも私はバックで責められる以外にも、こーゆー風に好きな男の子の上に跨って、抱き合って指を絡めて……じっくりと愉しむのも大好きだ。

160名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:48:08 ID:RqAuxQOc0

「あっ……ぁ、っん……。あぁ……っ……」


 イクちょっと前くらいの快感がジワジワとずっと続いて。
 身体の中で、男の子の大事な部分が脈動してて、その音が身体中に響いて。
 触れ合った部分から熱が伝わって交換して。

 そういう様々なことが気持ち良い。
 騎乗位で腰振ってる時も思っちゃうけど、本当にずっとこうしてたいくらいに気持ち良い……!


「はぁぁ……んっ、ぁ……」

「……ミセリ」

「…………何?」


 耳元で彼の声がする。
 それと同時に彼がちょっと動く。

 そんな些細な刺激の全部が気持ち良くて、また声が漏れる。

161名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:49:05 ID:RqAuxQOc0

「そろそろ出したい。あと胸触りたい」

「……んっ。さっき口でヌいてあげたしっ……。その後散々……ぁ、揉んでたじゃん……」

「あれは前戯だろうが」

「あんなに気持ち良さそうにしてた癖に? どろどろのやつ、びゅるびゅる口の中に出しちゃってさ」


 ビクン、と私のお腹の中のモノが膨らんだ気がする。
 彼は女の子が淫語言う様が大好きな変態だ。

 ……私も割と好きだけど。


「それとこれとは違うんだよ――ほらっ!」

「あ、ちょっと――ひっ、いあぁっ! やっ!もうっ! あっ、あっ、あぁぁ……っ!!」


 言葉と同時に彼が腰を突き上げて、それだけで私は反論できなくなる。
 卑猥な水音が響く。
 下から子宮が突き上げられて、膣の気持ち良い部分が剃られて、お腹の中を掻き回されてグチャグチャにされる。

162名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:50:03 ID:RqAuxQOc0

 快楽には相当な耐性のある私も予期せぬ攻撃に身体の力が全部抜けてしまう。
 もう気持ち良ければなんでもいいと、そんなことを言ってしまいそうになる。


「あっ、あっ、もうっ……んっ! 駄目だってぇっ! ひぃ、ん……!」

「ああもう――お前エロ過ぎだし無理!!」


 ……こういう時、男の子はズルい。

 我慢できなくなった彼が私の腰に手を回して持ち上げる。
 身体の重みで肉茎が更に深くまで刺さり、子宮口が押し込まれる。
 痺れるような暴力的な快感。


「あぁぁっ!! あっ、ぐうぅッ……!」


 そのまま彼は私をベッドに横たえる。
 対面座位から、正常位。

 どちらもが一番好きな体位だ。

163名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:51:06 ID:RqAuxQOc0

「ミセリ……。くそ、こういう時のお前はホントに可愛いな……っ!」

「いつも可愛い、でしょ…………やっ! ん、あぁっ!」


 そうして彼は大好きな私のおっぱいを撫で、揉み、舐め、噛み……。
 ゆっくりと愉しみ、それによって私の身体はじんじんと熱を帯びていく。

 味を、匂いを、触感を、私の声を。
 全部を堪能している。
 そうやって刺激が与えられる度に私は彼のモノを締め付けてしまって。
 まるで精液が欲しいとおねだりしているようで……我ながら凄く、いやらしい。

 一通り愉しみ終わった彼が、私の両乳首を指先でコリコリと刺激しつつ、訊いてくる。


「あっ、あっ、あぁっ……! それ好きなのッ、知ってる癖に……っ!ああッ!」

「知ってるからやってんだよ」

「もう……ばかぁ……っ」


 多分今自分滅茶苦茶エロい顔してるだろうなーと思いつつ、快楽に身を委ねる。

164名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:52:09 ID:RqAuxQOc0

「……なあ」

「んっ、なに……?」

「中に出したい。久々だし、出したい」


 出させても何も。
 元々私はそのつもりだったんだけど……わざわざ訊いてくれたのなら何かおねだりでもしてみようかな。
 いや、えっちぃ意味ではなくて。


「んー……んっ、じゃあね……。最近退屈だし、何か面白い話教えてくれたら、いいよ……?」

「面白い話? ……『絶対当たる占い師』の話とか?」


 え? 


ミセ*//-/)リ「『絶対当たる占い師』……?」

165名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:53:04 ID:RqAuxQOc0
【―― 3 ――】


 というわけで、駅前にやって来た。

 我ながら単純だと思うけど、このドキリワクワクマジカルフォースな心を誰が止めることができるだろうか、いやロマンチックが如く誰も止められない。
 反語及び直喩表現。


ミセ*゚ー゚)リ「えっと……どういう人だって言ってたっけ。帽子被った白髭のお爺さんだっけ? 美味しいオムライスの店からちょっと行ったところだよね?」


 このVIP州西部は別に都会ってわけじゃないけど、そこまで田舎というわけでもない。
 学校の周りは教育的影響を考えたのか建物も控えめだが、そこから少し先、この駅前の繁華街まで足を伸ばせば十分賑やかだ。
 VIP州中央(帝都)のような大都会も好きだけど私はこういう「そこそこ」な地方都市も好きだった。
 まあ、ここが私の生まれ育った場所だから、という理由も大きいのだろうけど。

 ……何が言いたいかと言えば、占い師一人探すのは都心部じゃなくても十分大変だってことだ。
 やれやれだぜ、"Give me a break"。

 何かヒントはないものかと雑踏を見つめ立ち尽くす。


ミセ*-3-)リ「考えるよりに先に行動かなぁ。それっぽい白い髭のお爺さんに片っ端から声を掛けていくしかないか」

166名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:54:04 ID:RqAuxQOc0

 無茶苦茶頭の悪い方法だが「大体は繁華街にいる」という噂が正しいなら夕方までには見つかるだろう。
 明日は月曜だけど、午前中の出席日数には余裕があるから多少帰るのが遅くなっても別にいいし。

 そう考えてふらふらと他人だらけの街を歩き出す。


ミセ*゚ー゚)リ「(露天はたまにあるけど、占いは見かけないなぁ。ブームが下火になったのかな?)」


 女子の多くは占いが大好きだ。
 けど、その女子達も最近は社会進出が進み、インテリな理系女子も増えてきたので占いなんて怪しげなものに興味のない子が増えたのかもしれない。

 私はもう、そういった諸々のモノ――迷信や妖怪や魔法が実在すると知っているけれど。
 でもやはり世に溢れるオカルトは大半が作り話や勘違いなんだろう。
 幽霊も正体見たりなんとやら、というやつだ。

 杯中の蛇影、疑心暗鬼、踏んだ蛙は茄子なのだ。
 "One always proclaims the wolf bigger than himself"。


ミセ*^ー^)リ「〜〜♪」


 鼻歌混じりで春は短し歩けよ乙女。

167名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:55:09 ID:RqAuxQOc0

 選曲はSty●ipS。
 歩みを進める。
 服装は最近買ったばかりのキャミソールにお気に入りのローライズ、ポシェットには元カレに貰った名前入りのアクセサリー(割と高い)。

 ガラスに移った自分の姿は読者モデル以上に決まってる。
 今日も私はとても可愛い。

 一歩一歩踏み出す度にポイントカットされたセミショートの髪が揺れる。
 小振りなヒップに、容易く挟め手に乗るサイズの胸、均整の取れたラインが出る服を着ても全然問題のない体型。
 明るい笑顔に軽やかな雰囲気。
 全く、我ながら困ったほどの美少女だぜ。

 そうしてナンパを軽く躱し、通りを右へと曲がる。


ミセ*^ー^)リ「(いや改めて考えると私ってアレだよね最強だよね、美少女だよねぇ。可愛いし胸大きいし頭は良いしセックス上手いし)」


 心の中で自画自賛。
 だが事実だ。
 なのでなんら恥じるべき部分はない!

 あの天使みたいに蠱惑的な会長とかお淑やかなでぃちゃんとかとは違うかもしれないけど、私も可愛い。
 うむ。

168名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:56:12 ID:RqAuxQOc0

 ……あと三十分くらいでさっさと切り上げて服でも見に行こうかな。

 今でも十分可愛いけど私はようやく登り始めたばかりなのだ、この果てしなく遠い女坂を……!
 一流の女子力を更に向上させるべくそう考え始めた、


 ―――まさに、その時だった。



「……オジョウサーン」



 唐突に耳朶を叩いた声に振り返る。
 引き戻された。
 自画自賛が行き過ぎて乖離していた精神が街を行く私の身体に戻ってくる。

 その人は、私の右斜め後ろに座っていた。
 広い歩道の一角、市街並木を囲む煉瓦の上に腰掛けたその人は――茶のソフトフェルトハットを一瞬だけ持ち上げ、掲げた。


( ´W`)「そこの可愛らしいオジョウさん。占いなどに、キョウミはありませんか?」

169名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:57:09 ID:RqAuxQOc0
【―― 4 ――】


 私は一瞬だけ驚きに動きを止める。
 次いで、片足を斜め後ろの内側へと引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて可愛らしく頭を下げた。

 その仕草を見ると中折れ帽のお爺さんは含み笑いをする。


( ´W`)「カーテシー。教養のあるオジョウさんだネ」


 年下である私が言うのもおかしいかもしれないが聡明そうな人だった。
 チェックのウェストコートにユニークな英国紳士的な振る舞い。
 脇にはパイプが置いてあり、それ等が某世界的な名探偵の姿を想起させたからかもしれない(尤もホームズが被ってるのは鹿撃ち帽だけど)。

 ……いやどちらかと言えば同じ知識人でもインディ・ジョーンズの方が近いのか。
 その瞳に宿った好奇心という光は。


ミセ*゚ー゚)リ「(……整えられた白い髭が生えてる。ということは、この人が……?)」


 あの『絶対当たる占い師』?

170名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:58:06 ID:RqAuxQOc0

( ´W`)「オジョウさん。占いは、お好きですカ?」

ミセ*^ー^)リ「勿論です」


 少しアクセントに妙なところがある。
 この国の人ではないのだろうか?

 そんなお爺さんは、帽子を脱いで引っくり返すと私の前に差し出した。


( ´W`)「三分、ワンコイン。私の話が面白いとオモったら、占いがアタってると思ったら、三分毎に入れてくれると嬉しいネ」

ミセ*゚−゚)リ「『面白くない』『当たってない』と思ったら入れなくて良いんですか?」


 私の挑発的な言葉にも動じず彼は返答する。


( ´W`)「……では最初の予言」


 そしてお爺さんは宣言した。
 「あなたは必ずこの中に硬貨を入れる」――と。

171名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 15:59:04 ID:RqAuxQOc0

 ……その自信にたじろぐ。
 まさか魔法が?と知っているが故の動揺が心拍数を上昇させる。
 「そんなことあるわけない」と私は切り捨てられない。

 傍らに置かれた鞄の上にあった折りたたみ式の簡素な椅子を私に手渡し、座るように指示する。
 そうして帽子を私との間の地面に起き、その隣に取り出した懐中時計を置く。

 お爺さんは言う。


( ´W`)「さて……お時間は大丈夫ですカ? カクゴはよろしですか? ミセリさん」

ミセ;゚ー゚)リ「はい――って…………え?」


 どうして――私の名前が?


( ´W`)「そうオドロかず。私にもワカルこと、分からないコトがあります。だから占いにキョウリョクして欲しいし……多少外れてもオオメに見て下さいネ?」

ミセ;゚ー゚)リ「は、はい……」

( ´W`)「ははは、キンチョウなさらず。普段のあなたは、周囲を気にし、場に合ったフルマイができる人でしょう?」

172名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:00:05 ID:RqAuxQOc0

 続けて言う。


( ´W`)「あなたにはポジティヴな面がある。それはとてもコノマシイ」

ミセ;*-ー-)リ「まぁ、ちょっと明る過ぎるとも言われますけど……」

( ´W`)「そうかもしれませんネ。あなたの快活さは、多くの人にはないものですから」


 ……そんな感じでお爺さんは次々と私の特徴を当てていく。
 三分間はあっという間だった。

 最後に懐中時計を伺うと、お爺さんは訊く。


( ´W`)「……サテ。三分が経ちました。私のお話は、オカネを出すに値するものでしたカ?」

ミセ*-ー-)リ「予言通りになるのは悔しいけど――うん、十分に面白かった」


 私は財布から硬貨を出し帽子の中へと入れた。
 それは良かった。
 と、お爺さんは柔和な笑みを浮かべた。

173名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:01:04 ID:RqAuxQOc0

 そうしてから次の三分はどうしますか?と訊ねてくる。
 答えは言うまでもない。


ミセ*^ー^)リ「じゃあ、あと何分か占って貰おうかな」

( ´W`)「……ワカリました。では次は、魔法の数式であなたの生まれたツキを当てましょう」


 生まれた月? 誕生月のこと?


( ´W`)「あなたの生まれた月に、4をカケテ下さい」

ミセ*-3-)リ「えっと……かけた」

( ´W`)「そのスウジに9を足した後、25をかけて下さい。最後に生まれた日を足す。ワタシに見えない場所でならデンタクを使っても良いデショウ」


 携帯で計算し、出てきた数字を伝えた。
 結果は言うまでもない――お爺さんは見事、私の誕生日(何月の何日かに至るまで完璧に)を言い当てた。

 そんな風に何分か過ごし、ファーストフード店で一番高いハンバーガーが一つ食べれるくらいのお金を使った後、そろそろお暇することにした。
 立ち去る私が手を振るとお爺さんも帽子を軽く掲げて返す。
 誰に今日のことを話そうかなと考えつつ、私はとても満足して帰路についたのだった。

174名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:02:04 ID:RqAuxQOc0
【―― 5 ――】


 翌日、たまたま朝早く起きれたので、いつもより早い時間帯に登校すると自販機前で我が校の生徒会長に出会った。
 太陽を想起させるような凄惨な美しさは今日も今日とて健在だ。

 聞くと弓道部の朝練だったらしい、ご苦労なことだ。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えば会長、昨日面白いことがあったんですよ」

「んー? 遂に異世界に召喚されたの? それとも異世界から誰か来ちゃった?」

ミセ;*゚ -゚)リ「私はここにいますし何人もの問題児もハンバーガー売ってる魔王さまも銀髪のニャルラトホテプも誰も来てないですよ」


 いや、最後は宇宙から来たんだったっけ。


「じゃあ面白いことって何なのかな?」

ミセ*^ー^)リ「それはですねー……」

175名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:03:04 ID:RqAuxQOc0

 私の話す昨日の出来事を、会長は最初の内は興味深そうに耳を傾けていた。
 しかしそれは「最初だけ」だった。
 話し終わった時には、会長はあの全てを見透かしたような特徴的な笑みを浮かべていた。

 嘲るようなのにこれ以上なく蠱惑的で。
 何処か、愉しむような、慈しむような笑みを。


「…………結論だけ言うとね、ミセリちゃん」


 と、会長は言う。


「ミセリちゃんの出会ったそのお爺さんは占い師じゃないし、超能力者でもない」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「しいて言うなら――科学者だよ」


 科学者?
 あのお爺さんが?

176名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:04:19 ID:RqAuxQOc0

「ホームズ知ってるなら分かると思うケド、とっても頭の良い人はある種の人達は、他人の外見や仕草から内面を読み取ることができるんだよ」

ミセ;*゚ -゚)リ「そりゃ分かりますけど……心理学とかは科学ですもんね」

「心理学が科学かどうかは一部では議論があるケド、結局ね、今回の場合はそんなに大層なことじゃないよ」

ミセ*゚ー゚)リ「でも『男の子にモテる』とかは見た目で読み取れるかもしれませんけど私の名前なんてどうやったって無理でしょ?」

「できるよ」


 認識と観察は違うんだ、と会長は言って続けた。


「ミセリちゃんって可愛いポシェット持ってたよね?」

ミセ*^ー^)リ「持ってますよぉ。その日もアレでした」

「アレにさ、恋人から貰ったって言ってたアクセサリー付いてた気がするんだけど、それってまだ付いてる?」


 ………………あ。
 そう言えば、そうだ。

177名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:05:11 ID:RqAuxQOc0

 考えてみれば、あの時私は名前入りの装飾品を持っていたのだ。
 それを見れば私の名前なんてすぐに分かる。
 あの時、お爺さんはそれとなく私を観察して目聡く読み取っていたのだろう。


「眼鏡かけてる人って、たまにコンタクトにすると眼鏡取ろうとしちゃうことあるよね? それと同じなの」


 自分にとって当たり前のこと過ぎて、意識しなくなっている。
 心理学的な盲点。


ミセ*゚ー゚)リ「でもそれって『ミセリ』みたいな女の子の名前なら使えますけど、女の子にも男の子にも使える名前だと相手の名前かもしれないですよね?」


 もしくは私に『ミセリ』という女の恋人がいる可能性だって考えられる。


「そうだね。でも今回の場合、一緒に刻まれてた文字で分かるでしょ。覚えてる?」

ミセ*゚ー゚)リ「勿論覚えてますよ私が貰ったものですから」

「名前以外に何が書いてあったっけ?」

178名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:06:05 ID:RqAuxQOc0

ミセ*^ー^)リ「『You're so cute that you made me forget my pickup line.』ですよ!」


 英語を発音する為の口を作って、流暢に言った瞬間に気付いた。

 書かれていた台詞は"You're so cute that you made me forget my pickup line"。
 意味は「お前が可愛過ぎるから用意してた口説き文句飛んじゃったよ」。

 ……丸分かりである(私に送られたものであるということも、私の馬鹿さも)。


ミセ;* -)リ「うぼぁー、馬鹿か私はー……」

「星座象ったアクセサリーとかにも応用できるよ。普通、天秤座のネックレスしてる人は9月か10月生まれだ」

ミセ;*゚ー゚)リ「あっ!でも! でも誕生日当てるのは凄いですよね!?」

「凄いケド、それに至っては『魔法の数式』って言っちゃってるじゃん。自己申告通りに数式だよ」


 初めに「誕生日の『月』の数字に4を掛ける」。
 次に「その数字に9を足し」、更に「25を掛け」て、最後に「誕生日の『日』の数字を足す」。
 これは占いでもなんでもなくただの数学的な法則によるものだと会長は説明する。

179名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:07:04 ID:RqAuxQOc0

「『10月10日』とかだと分かりやすいけど、4掛けて9足して25掛けた段階で生まれた月に225足した数になってるの」


 ……えーっと。

 10(生まれた月)×4=40。
 40+9=49。
 49×25=1225。

 本当だ。
 先に225を引いた後に日を足せば分かりやすい――1000+10=1010、10月10日。


「もっと分かりやすいやつもあるよ。1〜9までで好きな数字を一つ選んでみて」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ6」

「6を二倍して、10足して2で割った後に元の数を引いてみて。この場合は6で引くの」

ミセ;*゚ー゚)リ「えっと……5?」

「この数式だとどの数を選んでも最後は5になるよね。こういう数式にトランプとかコインとかを組み合わせると、それっぽいよね♪」

ミセ*-3-)リ「へぇ〜」

180名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:08:06 ID:RqAuxQOc0

 数学者っていうのは凄いなぁ。
 この場合だと、その後にやった「結婚すると幸せになれる年齢を当てる数式」っていうのも何か法則があるのだろう。

 そうして会長は言った。


「言葉の選び方にもトリックがあるよね。例えば『周りを気にする』って言葉とか」

ミセ*゚ー゚)リ「『外見を気にして可愛くしてる』ってことじゃないんですか?」

「勿論そういう風に解釈もできるケド、『他人を恐れてオドオドしてる』って意味にも『ルールをちゃんと守り誠実に生きてる』って意味にも取れるよね?」

ミセ*-ー-)リ「あー……そう言えばそうですね」


 観察で読み取ることに加え、上手い具合に話を運ばれてしまっていたのか。


「こういうのを『コールド・リーディング』って言ったりする。占い師だけじゃなく、社長さんとかカウンセラーとかも使う技術だね」

ミセ*-ー-)リ「頭の良い人もいるもんですねぇ」


 トリックを明かされても怒る気にはなれない。
 だって――魔法でこそなかったけれど、お爺さんの話が面白かったというのは紛れもない事実なのだから。

181名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:09:09 ID:RqAuxQOc0
【―― 6 ――】


 さて。

 私が本物の『占い』と遭遇することになったのは、会長からそんな種明かしがなされた――まさにその日だった。
 世間一般に行われている占いがただのトリックだと分かったその日に本物の魔法に出逢うことになるなんて、ある意味ではとても皮肉だ。 

 皮肉で。
 数奇で。
 滑稽で。

 そう、それが。
 その『占い』に端を発する事件で出逢うことになったものが。
 「魔法でありながら」――同時に「魔法ではないモノ」だったのだから尚更だった。


 この世が一つの記された物語で、筆を持つものを神と呼ぶのなら。
 それは、まるで。
 神様が「世界にはまだまだ神秘が多いのだ」と高らかに笑っているようだった。

 ……なんてね。


.

182名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:10:17 ID:RqAuxQOc0
【―― 7 ――】


 チャイムが鳴って、一日の授業が終わる。
 大きく伸びをすると気持ちが良い。

 まだ今日が月曜日で、あと何日も学校に来て授業を受けなければならないことは憂鬱だけど、それでも一段落だ。


ミセ*>ー<)リ「くぅ〜……っと」


 両手を伸ばしたまま少し背中を反らし、むっつりな男子の注目を軽く集めてから筆箱を鞄へと仕舞う。
 現代文の教科書とノートはそのまま机の中にオンだ。
 どうせ今日は宿題はないし、私は現文は得意中の得意なので予習をする必要もない。

 それはもう、とてもとても得意だ。
 畳語法。


 私のファースト幼馴染は騒がしい教室からさっさと鞄を持って出て行ってしまう。
 奴は放課後からティータイム、もとい軽音部の部室へとギターで遊びに行く。

 さて私の方はどうしようか。
 会員登録しているスポーツクラブに行って泳いだりジム友達と遊んだりするのも良いんだけど。
 そんなことを考えつつ、私は隣を伺う。

183名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:11:13 ID:RqAuxQOc0

 私の隣の席には一人の少女が座っている。
 朝比奈でぃ。

 女子にとって非常に重要と言える顔に大きな傷が残っているが、それでも彼女の清楚な可愛らしさは損なわれることはない。
 また女子にとって大切な髪(女子に大事なものは多いのだ)は一纏めにされていて柔らかに揺れている。
 全体的に清純な印象を与える彼女にもう心に決めた人がいて、しかもあーんなことやこーんなことをもうやっちゃってるのは信じられない。
 いやある意味では無茶苦茶信じられる、私が男子なら普通に結婚したいくらい可愛い。

 男子諸君は残念で仕方がないだろう。
 ……まあ、ほとんどの生徒はそのことを知らないけれど。


 そして、彼女が何者であるのかも――皆は知らない。


(#゚;;-゚)


 でぃちゃんはぎこちなくパカパカするケータイを見ていた。
 スマートフォンじゃないのは激しい動きをして落としてしまうことを懸念してだろうか。
 いやえろい意味じゃなくて。

 段々と皆が教室を後にし、私は部活に行ったり帰路に着く友人達に手を振っている。
 そんな中ででぃちゃんは帰る準備もせず、携帯の画面を睨んでいる。

184名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:12:11 ID:RqAuxQOc0

 何があったのかを訊くついでに私は問い掛けた。


ミセ*^ー^)リ「ねぇ、でぃちゃん。放課後暇なら遊びに行かない? 面白い占い師を見つけたんだけど」

(;#゚;;-゚)「……申し訳ありません。お誘いは嬉しいのですが行けません、用事ができたのです」


 ほら、やっぱりね。
 "just as I expected"。

 断られるのは予測通りなので更に訊く。


ミセ*゚ー゚)リ「何かあったの?」

(;# ;;-)「ええと……」


 顔を俯かせ、口元に手を当てて暫し思案する。
 言って良いものか考えているのか。
 それとも、どう説明したものかと思っているのかな?

 タップリ十秒ほど考えて、でぃちゃんは答えた。

185名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:13:09 ID:RqAuxQOc0

(#゚;;-゚)「お仕事です。あの人と」


 あの人……?
 お仕事ということから察するにギコさんのことかな?
 私の前なんだから恥ずかしがらずに「ご主人様」って呼べば良いのに、かわいーなー。

 茶化してやろうとも思ったけれど、明らかに急いでいるようなので自重する。
 机の教科書を次々と仕舞っていく彼女に更に訊ねた。


ミセ*-3-)リ「そんなに急いでるってことは、もうすぐ何か出現するから今から戦いに行くってこと?」


 深刻な内容(恐らく命懸け)と反比例するような軽い調子の言葉に、本当に痛切な感じででぃちゃんは返す。


(# ;;-)「そうだったらどれほど良かったことか……」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(#゚;;-゚)「ミセリさんの言葉に二つ訂正です。一つ目は『もう出現した後であること』」


 そして二つ目は。
 でぃちゃんは言った――「私は戦いに行かずにバックアップなのです」と。

186名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:14:03 ID:RqAuxQOc0
【―― 8 ――】


 大家さんに連れられて踏み入れた屋敷内は「廃墟となった洋館」という文字から想像できる通りのおどろおどろしい空気が漂っていた。
 十数年という歳月の為か、館は使われていた頃が想像できないほどに荒れ果て、不気味な雰囲気を有している。

 そのことを手伝っているのは、微かに感じる瘴気。


(,,゚Д゚)「(大家さんは『気休め程度のお祓いをしてくれれば良い』って言ってたけど……)」


 それは常人の感覚での話だ。
 ここでは、ある程度の霊的感受性を持つ人間ならば恐らく気分が悪くなるだろう。
 そして俺のような専門家ならば低濃度だが魔力が感じ取れる。

 この場所が現場であることは間違いなく、大家さんが目撃したモノも勘違いではなかったということだ。
 だから俺は専門家としてお祓いをするだけでは済ませてはいけない。


(,,-Д-)「(感じ的には妖気じゃない。だから妖怪変化や悪魔の類じゃない……ということは、人間だよね)」


 一歩踏み出す度にギシギシと軋む廊下を残留した魔力を伝い進む。
 場に残った魔力や思念を読み取ることのできる専門家は、それを踏まえて怪異のような『形のないモノ』に対処する。

187名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:15:05 ID:RqAuxQOc0

 今回の場合は死者の霊だ。
 人間であっても強い怨念や無念を抱いて死んだ者は鬼や化物へと変わるのだが、この人はそうではないらしい。
 召喚の経緯上、当然と言えば当然だ。

 そうして俺は応接間の壊れかけた扉を開け放つ。
 ここが、この洋館の中でも最も濃く魔力の残る場所。

 躊躇いなく足を踏み入れる。


(;, Д)「くぅっ――!」


 身体そのものが感覚器になったかのような錯覚。
 一歩踏み出す毎に身体が共振を始める。
 残留した思念と魔力は全身に纏わり付き更には内部へと入り込んでいく。

 心が塗り替えられるような、感覚。
 鳥肌が立ち、冷や汗が背中を流れて行く。

 視覚と聴覚が現世から乖離する。
 何かのイメージが。
 誰かの心が心に溶ける。
 それらは「感じ取った」はずなのに「思い出す」かのように想起される。

188名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:16:17 ID:RqAuxQOc0

 落ち着け。
 落ち着け。
 いつものことだと言い聞かせ、拡散するような自分を繋ぎ止め、集中し神経を研ぎ澄ます。

 心の奥底から湧き上がるイメージに耳を澄ます。
 そう、それは音楽だった。


 ――喩えるならば、それは天使の囁き。
 ――美しく甘く。
 ――幾重にも重なり合う音。
 ――空気を震わす共鳴する旋律。


 何処かで似たような音を耳にしたことがあるような気がして、しかしそれが何かは全く分からない。


(;,-Д-)「(こんな感じの音を何処かで聞いた気がする……。何処だっけ……?)」


 悩むことを一旦止め、頭に流れ込んでくるイメージを携帯に打ち込んでいく。
 「音」「楽器」「和音」「人間」「共鳴」「綺麗な旋律」「異国の地」「ピアノ」「鉄の棒」。

 フラッシュバックのように想起される曖昧な映像を書き記し、一通り書き終えると俺は彼女の元へと送った。

189名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:17:24 ID:RqAuxQOc0
【―― 9 ――】


 歩き出したでぃちゃんに私も続く。


(#゚;;-゚)「ギコさんが神道系大学の学生ということはご存知ですか?」

ミセ*゚ -゚)リ「うーんと……うん、知ってる」


 教室での雑談だったか、あの日の車の中だったかで聞いた気がする。
 まぁ何処で聞いたかなんてどうでも良い。

 そんなことはどちらでも良いことだ、"It dose't make any difference"。


(#゚;;-゚)「では一般に神主さんが足りていない――神社の数に比べて神主さんが少ないことはご存知でしょうか」

ミセ*゚ー゚)リ「そうなの?」

(#゚;;-゚)「はい。そうです、足りていないのです。なので参拝者が少ない神社は無人になることが多いのです」

ミセ*-3-)リ「ふ〜ん。神職だって言うのに世知辛いなぁ」

190名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:18:11 ID:RqAuxQOc0

 何処かの腋巫女みたいに人の全然来ない神社に延々居続けることのできる神主さんは中々いないのだろう。
 神職者と言えども霞を食べて生きていけるわけではないのだから。


(#゚;;-゚)「この西部にある神社の幾つかも無人なので近所の方がお祓いを頼みたい際に困ることが多いのです」

ミセ*゚ー゚)リ「つまり、そういう時にはギコさんが代わりにやってるってこと?」

(#゚;;-゚)「はい……今時御札を買いたいと思う方や神棚を設置しようと思う方は少数なので、あくまで急場凌ぎのお手伝いですが」


 要するに神道系大学の学生として神社の手伝いをしているわけか。
 いやギコさんが怪異のプロだっていうなら、提携とか業務の委託になるのかな?
 まあ大体は分かった。

 歩みを止めることもなくでぃちゃんは話を続ける。
 私も何処に行くつもりかさっぱりだがとりあえず隣に並び歩く。


(#゚;;-゚)「私達が行なうお祓いは地鎮祭などではなく、ごく簡単なものです。『夜中に妙な物音がする』などに対してのお祓いなのです」

ミセ*^ー^)リ「そういうのって、たまにだけど気にする人もいるもんね」

(#゚;;-゚)「はい。ですが大抵の場合は杞憂です。多くが勘違いなのです」

191名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:19:10 ID:RqAuxQOc0

 "One always proclaims the wolf bigger than himself"。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花。


(#゚;;-゚)「この周辺は霊的に安定しているので森の奥深くや山の中に行かなければ怪異は出て来ません。普通に暮らしていれば、まず遭わないのです」


 考えてみれば、そうだ。

 私はどうやら妖怪変化の類を視認することができるらしいけれど、神●ボイスの高校生みたいに妖に追いかけられて困ったことは一度もない。
 「あれ?変だな?」と思うことはたまにはあったが、それは本当にごく稀で、それも無視できるレベルのものだった。
 今までの人生の中で、はっきりとそういったものを――『怪異』を視たのはでぃちゃんとの出逢いを除けば、あの日だけだ。

 それは私にとって当たり前のことだったけれど。
 ……もしかしたら、とても幸せなことだったのかもしれない。


ミセ*-ー-)リ「ここって平和なんだ。何か理由があるの?」

(#゚;;-゚)「人ならざるモノだって命は惜しいのです」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(#゚;;-゚)「…………この話はまた今度にしましょう。今はギコさんの話です」

192名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:20:03 ID:RqAuxQOc0

 それは良いんだけど――さっきからでぃちゃん、ちょっと変だ。


ミセ*゚ー゚)リ「ギコさんがお祓いをやってるってことは分かったんだけど、杞憂だって言うなら何をそんなに心配してるの?」


 そう、でぃちゃんは心配している。
 どころか、それを少し通り過ぎてちょっと怒っている感じなのだ。

 奥床しい感じだけど、実は過保護な子なんだろうか。
 いや「ラブラブ」なのかな?
 ギコさんもギコさんで、でぃちゃんのことを心配しているっぽかったし。

 私の疑問に、端的にでぃちゃんは答える。


(#゚;;-゚)「『普通に暮らしていれば怪異には遭わない』ということは――『異常な状況で怪異に遭遇することは大いに有り得る』ということなのです」


 でぃちゃんは言った。
 例えば前回の場合なら殺生石のように、基本的に人に害を及ぼす怪異が出現しにくい地域でも、強い依代があれば話は別なのだ。
 『普通に暮らしていれば』大丈夫だとしても『異常な状況で』ならば。 

 そして、『異常な状況を作り出した』のならば、尚更だ。

193名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:21:08 ID:RqAuxQOc0
【―― 10 ――】


 今回の依頼人はある地主さんだった。
 結構なお金持ちで、方々に土地や物件を持っていて、事件が起こったのはその多くある内の一軒だった。

 そこは十何年か前に持ち主が死に、売りに出されていた洋館だった。
 前の住人は発狂して死んだとか噂されてるけど定かではない。
 お金持ちな地主さんは数年前に購入したきりで、掃除や取り壊しもせず放置していた(地価の値上がりを見込んで買ってみただけらしい)。

 一応バックグラウンドはこんな感じだ。


 さて、本題。

 昨日の夜、仕事場から車に乗って帰っていた地主さんは、その洋館の前を通った。
 「改修して別荘にでもしようかな」と横目で伺いつつ考えていた時に気付いた。

 ―――廃墟となっているはずの屋敷の奥から、光が漏れていることに。

 聞く人によっては怖い話だけど地主さんはそんな風には全く思わなかった。
 土地を沢山管理していると、空き地などに勝手に車を停められていたり、子どもが遊んでいたりすることもしょっちゅうらしい。
 だから今回も中学生か高校生が夜遊びの拠点にでもしているんだろうと考えてクラクションを鳴らした。
 けどガキ共が慌てて飛び出して来るってことはない。

194名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:22:03 ID:RqAuxQOc0

 夜分に何度も大きな音を出すのも近所迷惑だし、仕方がないから直接注意しに行くことにした。
 ……そう決めたは良いんだけど、長い間放置していた所為で裏口や勝手口が何処だったかすっかり忘れてしまっていた。
 玄関はしっかりと施錠してあり入れない。

 幸い自宅は近くだったので、地主さんは一旦家に帰ると屋敷の鍵を持って戻ってきた。
 そうして誰に憚ることもなく玄関の扉を開けて奥に進み、そして最後に地主さんは度肝を抜かれることになる。

 応接間の壊れかけた扉の向こうにあったのは、怪しげな道具と魔法陣、消されたばかりの蝋燭の匂いが残る儀式場だったのだから。


(#゚;;-゚)「現場から推測する限りではどうやら交霊会(降霊術)に使われていたようです。『オートマティスム』と呼ばれるものですね」

ミセ*゚ -゚)リ「何それ?」

(#゚;;-゚)「霊的存在とチャネリング――交信することにより、無意識に記述などを行なうことです。『自動筆記』などとも呼ばれています」

ミセ*^ー^)リ「ああ、コックリさんみたいなやつ」


 霊を降ろして、質問に答えてもらう系の儀式か。
 一部では愛好者も多いと聞いたことがある。


(#゚;;-゚)「日本においては、巫女が行なう言語を用いたものを『口寄せ』と呼びますが、これも降霊術の一種です」

195名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:23:23 ID:RqAuxQOc0

 そんな儀式に自分の土地が使われていたと知ったら、気休めでもお祓いをしたくなるのもよく分かる。

 この地域では滅多なことがなければ怪異が出没することはない。
 しかし、人間の側が条件を整えた、『異常な状況で』ならば容易くそれらは姿を現す。


ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ今回は気のせいでも勘違いでも……ない?」

(#゚;;-゚)「そうです、その通りなのです」


 ……地主さんの話には更に続きがある。
 蝋燭などの火の始末を確認し、一先ず今日は帰ろうと振り返った、その時。

 後ろの廊下を――誰かが通り過ぎていった、

 らしい。
 オマケに水の入ったガラスを擦ったような妙な耳鳴り付きでだ。
 何か良からぬことが起こったということは最早確定的に明らかである。


ミセ*-3-)リ「ふ〜ん……。で、ギコさんは現場に行って情報を集めて、でぃちゃんが学校で補佐なんだ」

(#゚;;-゚)「そういうことなのです」

196名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:24:11 ID:RqAuxQOc0

 そして今、私達は図書館にやって来ていた。
 淳校の図書館は中高併設であることと地域の人に開放されていることもあり、私大にあるような立派でお洒落な建物だ。
 とは言っても、私はあまり来ないが。

 伝承や逸話などの本を集めた巨大な本棚の間で、でぃちゃんは話を続ける。
 周りに人はいないが内容が内容であり、また場所が場所なので二人共声を絞っている。


(#゚;;-゚)「ギコさんの使う『禁呪』という魔術は相手の名前を知っている場合に最大の効力を発揮します」

 
 あの時、九尾の狐に使ったように。
 相手の名前を知っていれば、最大の効力で相手そのものを『禁じ』ることができる。

 ……ううむ、何処かの神●ボイスの高校生を思い出す設定だ。


ミセ*-3-)リ「だから補佐のでぃちゃんがやるのは、」

(#゚;;-゚)「はい。現場の状況やギコさんが感じ取ったイメージを元に、『相手が何者であるのか』を推測することなのです」

ミセ*゚ー゚)リ「現場の状況は分かるけど……イメージって?」

(# ;;-)「……それが私が心配していることなのです……はぁ……」

197名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:25:04 ID:RqAuxQOc0

 手に取っていた本を棚に戻し、溜息を吐く。
 そんな仕草が外見に似合っていてとっても可愛い。


(#゚;;-゚)「先ほどチャネリングや口寄せの話をしましたが、そのように霊的な存在と交信できる人間を『霊媒』または『霊媒者』などと呼びます」


 『霊媒』――霊的な、触媒。


(#゚;;-゚)「ハッキリと怪異が視えるミセリさんも霊的感受性や親和性は高いと思います」

ミセ*-ー-)リ「そうなの?」

(#゚;;-゚)「はい。……ですがギコさんのそれは、ミセリさんの持つ霊能力とは別種なのです。あるいは一つ上、のような」

ミセ*゚ -゚)リ「どういうこと?」

(#゚;;-゚)「ミセリさんが持つ能力は認知能力ですがギコさんが有しているのは共鳴能力なのです」


 共鳴能力。

 それは単に「視る」のではなく「感じ取る」能力。
 その魔を取り込み、自分の内部から湧き上がるイメージを読み取る力だ。

198名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:26:29 ID:RqAuxQOc0

 日常的に使う言葉で言えば『共感能力』となるのだろう。
 私が単に、怪異という存在を視認するだけだとすれば、ギコさんは五感をフルに使い更に奥深くまで感じ取る。
 あるいはそれは意識を保ったままの簡易な憑依。

 ……でぃちゃんが心配している理由が、分かった気がする。
 古いニュータイプの例を引くまでもなく他者の思念や意思を飲み込み続けていて本人に負担がかからないわけがない。

 人間は他人の心が分からない。
 だが皮肉なことに、本当に他人の心が分かるようになった際に待っているのは自我の崩壊だ。
 私達は他人の心が分からないからこそ生きていけるのだ。


(#゚;;-゚)「ミセリさん。あなたが怪異を視ないことができないように、ギコさんは生きているだけで周囲の魔力と共鳴を起こす」

ミセ*゚ -゚)リ「…………なら、それって『能力』じゃなく『体質』って呼ぶんじゃない?」

(# ;;-)「そうですね、そうなのです。でもあの人はそういう体質を生かして生きていくことに決めてしまった。だから私は心配なのです」


 だから私は心配なのです、と。
 もう一度でぃちゃんは言った。

 私はどう返答すべきか迷い、結局当たり障りのないことを言った。

199名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:27:14 ID:RqAuxQOc0

ミセ*^ー^)リ「じゃあ、早く調べ終えて少しでも負担を軽くしてあげないとね」


 はい、とでぃちゃんは答えた。
 心なしか嬉しそうば声。

 私は彼女の事情も心情も分からないけれど、どうやら、少しは気持ちを楽にしてあげられたらしい。


ミセ;*゚ -゚)リ「そうと決まれば私も手伝いたい……んだけど、今回って死者の霊が呼び出されてるんだよね?」

(#゚;;-゚)「はい、恐らくは」

ミセ*゚ー゚)リ「…………『どういう怪異か』じゃなくて『どの人か』を探し当てるのは常識的に考えて無理じゃない?」


 そう。
 そうなのだ。

 話を聞く中で気になっていたけど、今回の件は前回と違い「相手がどういった怪異か」は既に判明している。
 降霊術で呼び出されているわけだから十中八九死んだ人間の霊魂――『死霊』である。
 もう既に問題を解決する為の必要最低限な情報は出揃っていて、ギコさんがやるべきなのは「その霊を探し出してお祓いしお帰り頂く」という一点。

 それこそ神主さんよろしくだ。

200名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:28:22 ID:RqAuxQOc0

(# ;;-)「まず最初に訂正しておきます。『呼び出されたのがどの人であるか』は探しようはあります」


 私の問いにでぃちゃんは視線を伏せ気味に答える。


(#゚;;-゚)「交霊会で呼び出された霊は『参加者の知り合い』か、『歴史上で有名な人物』かのどちらかです。見ず知らずの人を呼ぼうとは思わないのです」

ミセ*-3-)リ「う〜ん、それもそうかな?」

(#゚;;-゚)「そして今回の場合は単にお帰り頂くことが目的ではない。ギコさんの目的は、呼び出された霊に成仏して貰うことなのです」


 ただ祓ってしまうのではなく。
 少しでも満足してさせ――その後に帰ってもらう。

 つまり。


(#゚;;-゚)「…………私は今、説得の材料を探しているのです」


 私は口を噤んだ。
 「それって単に相手が誰かを探すよりもよっぽど難しくて面倒じゃない?」と素直な感想を言ってしまいそうだったからだ。
 やれやれ。

201名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:29:11 ID:RqAuxQOc0

 これからすべきことを整理してみよう。

  ・交霊会で呼び出された霊が何処の誰なのかを探し出す
  ・その霊が遺恨なく帰れるような説得材料を探す

 ……いや。
 いやいやいやいや……難しくない、これって?
 どうすりゃ良いのさ。

 ド●クエで言えばⅦだ。
 私達は本題に入る前段階でうろちょろしているに過ぎない(まあリメイク版は長いオープニングも短くなったらしいけど)。


(#゚;;-゚)「更に時間制限があるのです。今は霊魂は大人しい時間帯ですが、逢魔時――午後六時前後になれば本格的に動き出すでしょう」

ミセ*゚ー゚)リ「夜になればどっかに行っちゃうってこと?」

(#゚;;-゚)「そうです。今はギコさんが注意していますが、長引くと誰かに目撃されることもあるでしょう。……誰かに悪い影響を与えることも」


 時計を伺う。
 現在四時半。

202名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:30:13 ID:RqAuxQOc0

 難問の上に時間がなさ過ぎる。
 "ASAP(As soon as possble)"である。

 早く呼び出された霊の正体を突き止め、説得材料を探さなければならない。


ミセ*゚ -゚)リ「ギコさんからのメールを見る限り……音楽に関係してる人、だよね?」

(#゚;;-゚)「はい。『多くの人が集まる様子を視た』らしいので、それもある程度は有名な方でしょう。今回の場合は『歴史上で有名な人物』なのです」


 というか『参加者の知り合い』だとしても、交霊会をやってた連中が何処の誰かが分からない以上はどうしようもない。


(#゚;;-゚)「見当は付きますが。……きっと魔術に興味のある方々やニューエイジ系の思想を持つ方なのです」

ミセ*゚ -゚)リ「まぁ魔法とか神秘に興味がある人は分かるけど、もう一つの方は?」

(#゚;;-゚)「カウンターカルチャーの一つですね。アメリカの西海岸では勢力も強く根強く残っているそうなのです」

ミセ*゚ー゚)リ「新興宗教系?」

(#゚;;-゚)「そうなるのでしょうか? イメージとしてはもう少し広い感じがしますが……」

203名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:31:15 ID:RqAuxQOc0

 でぃちゃんは小首を傾げた。
 ……どうやらそこまで詳しいわけではないらしい。

 考えてみれば世界中に宗教はあるのだから、「どの宗教がどんな教義を持つのか全て把握していろ」という方が無理な話だ。
 第一、私も自分の家が何なのか知らない(無宗教ではないと思うけど)。
 『怪異の専門家』だっていうギコさんも世界中の怪異を知っているわけではないのだろう。


ミセ;*-ー-)リ「『音楽に関係した人』で『ある程度知名度がある』って……」


 ヒントが少な過ぎる。
 そして該当者が多過ぎる。


(#゚;;-゚)「ギコさんの視たイメージはヨーロッパ風の街並みだったそうです。ただあの人は海外の文化に詳しいわけではないので具体的にどの地域なのかは……」

ミセ*゚ー゚)リ「こう言っちゃなんだけど、歴史に名を残すような音楽家って大抵ヨーロッパの人だよね?」

(# ;;-)「……そうですね、その通りなのです」


 …………ヒントになってなーい。

204名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:32:13 ID:RqAuxQOc0

ミセ*゚ー゚)リ「よし、なら違う方面からアプローチしてみよう。私もでぃちゃんも音楽に詳しいわけじゃない――だよね?」

(#゚;;-゚)「そうですね。詳しいとは言い難いのです」

ミセ*-ー-)リ「だから、この学校の音楽に詳しそうな人に訊いてみるのはどうかな?」

(#゚;;-゚)「その方が可能性は高そうですね。名案なのです」


 私は鞄からノートを取り出すと白紙のページのあちこちに出てきたキーワードを書いていく。
 言わば逆マインドマップである。
 中央が空けてあるので、周囲に書かれた用語全てと関係する人物が真ん中に入れば良いってわけだ。


ミセ*^ー^)リ「これを物知りそうな人に見せて『真ん中に入る人名はなんですか?』って訊ねていこうよ」

(*゚;;-゚)「……凄いです」


 やはりミセリさんは頭が良いですね、なんて言ってでぃちゃんは笑った。
 いやぁ、それほどでもある。
 自分で言うのもなんだが私は頭の良い方だ――そしてこのマンモス校には私より頭の良い人間がごまんといる。

 きっと呼び出された幽霊が誰なのか分かるはずだ。

205名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:33:14 ID:RqAuxQOc0

 一応。
 本格的に動き出す前に気になっていたことを私は訊いておいた。


ミセ*゚ー゚)リ「ちなみになんだけどさ。これって名前が分からなかった場合や説得出来なかった場合――どうなるの?」

(#゚;;-゚)「……その場合、幽霊は私がお帰しします。力尽くで、です」


 たとえギコさんに嫌われたとしても。
 あの人が傷付けられる前に力技で消し去ります、と。
 そんな風にでぃちゃんは言った。

 私の脳裏に浮かぶのは彼女が橙色の魔力を纏い日本刀を大上段に振り上げるイメージ。
 そういうバトル展開の方が少年マンガ的には受けそうだけど、生憎これは現実だ。

 それに。


ミセ*^ー^)リ「……そっか。それは大変だね、幽霊もでぃちゃんも。だったら頑張らないと」


 可愛い女の子が好きな人に嫌われて涙を流す姿なんて乙女で美少女好きな私としては見過ごせない。
 ストレスよりロマンスだ、ラブラブな結末があるのなら――どう考えたってそっちの方が良いのだから。

206名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:34:18 ID:RqAuxQOc0
【―― 11 ――】


 作戦の方向性は決まったが、今からの問題は誰に訊くかだ。


(#゚;;-゚)「ミセリさんの幼馴染さんは軽音楽部ではなかったですか?」

ミセ*-3-)リ「あー、アイツ等は駄目駄目。訊くだけ無駄だよ」

(;#゚;;-゚)「そうなのですか? なら、吹奏楽部の方はどうでしょうか?」

ミセ*゚ -゚)リ「うーん……詳しいのかな?」


 私は吹奏楽部には一人二人しか知り合いはいない。
 けど、例えば選択科目が同じなアリスちゃんは音楽は得意でも音楽史について詳しいって感じじゃなかった気がする。

 ……そうだ。


ミセ*゚ー゚)リ「会長に訊いてみれば良いんじゃない?」

(;#゚;;-゚)「会長さんですか?」

207名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:35:07 ID:RqAuxQOc0

 所謂「かいちょーお願いします」ってやつ?


(#゚;;-゚)「あの会長さんは、それほどまでに幅広い知識を有しているのでしょうか?」

ミセ*-ー-)リ「淳校の一会長四委員長は箱●学園ほどじゃないけど、それぞれ凄い人らしいよ?」


 風紀委員会委員長。
 自治委員会委員長。
 保健委員会委員長。
 図書委員会委員長。
 そして、生徒会執行部の『一人生徒会』。

 ……まぁ実際は風紀委員長・自治委員長・生徒会長のインパクトが強過ぎて残り二人の影が薄くなってるけど。
 「超高校生級」という言葉があるが、その三人は「超人間級」というような、希●ヶ峰学園に在籍してても全くおかしくないような天才だ。


ミセ*-ー-)リ「その三人に訊ねて分からないことがあるとしたら……多分、この高校の誰も分からないと思うし」


 勿論、教師陣も含めて、だ。


(#゚;;-゚)「そうなのですか……。なら最初はその三人に当たるということでよろしいでしょうか?」

ミセ*^ー^)リ「私の顔が効きそうなのは会長だけだし、会長からにしよっか」

208名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:36:03 ID:RqAuxQOc0

 他の二人は……どうだろう。
 どちらも「淳校の全生徒の顔と名前を覚えている」と言われているので、会いに行けば分かってもらえるとは思うが。
 それは快く協力してくれることとイコールではない。

 いや、協力はしてくれるだろうけど、あまり親しくない相手に頼るのは最後の手段にしたい。


(#゚;;-゚)「では、向かいましょう」

ミセ*^ー^)リ「会長の手を借りるとか……なんだかいきなり反則使う感じになっちゃって、ごめんね?」


 あの人の二つ名の一つは『歩く校則』だが、私としては『歩く反則』の方がよっぽど相応しい気がする。
 それくらいに会長はなんでも出来てしまう人だ。


(#゚;;-゚)「構いません。私は、謎解きがしたいわけではないのです」


 と、でぃちゃんは言って、続けた。


(# ;;-)「私はただ……あの人がもう傷付かなければ、それで良いのです……」

209名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:37:07 ID:RqAuxQOc0
【―― 12 ――】


 我が校の黒神●だかこと『一人生徒会』は、用事がない限りは淳校で最も空に近い場所――旧生徒会室にいる。
 五階六階に相当するその一室は天使を想起させる魅力と天上を連想させる名前を持つ生徒会長には相応しい場所なのかもしれない。

 なんて、そんなことを思った。


(#゚;;-゚)「ミセリさんは会長さんと親しいのですか?」

ミセ*^ー^)リ「まーねー。結構前だけど、駅前の美味しいオムライスのお店の近くで出逢って、友達になった感じ?」

(;#゚;;-゚)「……オムライスですか?」

ミセ*゚ー゚)リ「会長、好きらしいよ? オムライス」


 雑談をしながら時計塔へと続く廊下を進む。
 ふと前を見ると、こちらへと一人の少女が歩いてきている。

 最近流行りの多人数のアイドルグループにいそうな普通に可愛い感じの子だ。
 一重でシャープ気味な顔立ちに、纏めた部分だけを伸ばしたツインテールのような黒のツーサイドアップ。
 彼女は、こちらに気付くと目礼をした。

210名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:38:07 ID:RqAuxQOc0

 そうして向こうが道を譲ろうと脇に避け。
 その時に、彼女が思い至ったように口を開いた。


リi、゚ー ゚イ`!「あー、生徒会長にご用ですか? だとしたら今は不在みたいですよ」

ミセ;*゚ー゚)リ「え?」


 立ち止まり、その少女の方へ身体を向け訊く。


ミセ;*゚ー゚)リ「会長……いないの?」

リi、゚ー ゚イ`!「そうみたいです」


 やべぇ。
 早くも詰んでしまった。

 楽をしてはならないという神様からのお叱りだろうか?
 ばんなそかな。
 そんなわけはないけれど運が悪過ぎる。

211名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:39:16 ID:RqAuxQOc0

 と、振り向き私がでぃちゃんと顔を見合わせた――その時だった。


リi、゚ー ゚イ`!「……あー、それってクイズですか?」


 その女の子が私の持っているノートの一ページに気付いた。
 興味があるの?と訊ねると「兄が好きなんです」とはにかむ感じで微笑んだ。
 確かに連想クイズにも見えなくはない逆マインドマップが書かれた紙を彼女に渡す。

 ……私はゲーセンのQ●Aでも連想クイズは苦手だけど、ああいうのって分かる人には分かるらしいし。
 ダメ元で意見を求めてみる。


ミセ*゚ー゚)リ「その答え、何か分かる?」


 少女はなんてことはない風に笑って、言った。


リi、゚ー ゚イ`!「…………分かった、と思います。そのクイズ好きな兄が特に専門とする分野の方なので」


 人物名ですよね?と少女は確認するように曖昧な笑みを浮かべる。
 私は思わず思った(冗語法的表現)。

 ―――神様、グッジョブ。

212名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:40:16 ID:RqAuxQOc0
【―― 13 ――】


 午後六時前後の日の入り間近から日没直後の一時のことを『逢魔時』と呼ぶ。

 その黄昏時は怪しいモノ達が活発になる時間帯だという。
 ギコさんは言った。
 「『黄昏』って言葉はね、『たそかれ(誰そ彼)』から来たって説があるんだよ」と。

 『誰そ彼』――「そこにいるのは誰ですか?」。
 そんな風に訊ねてしまうくらいに薄暗く怪しい時間。

 「そこにいるのが誰かは分からない、分からないんだけど誰かがいる――もしかするとそこにいる人は怪異なのかもね」。
 なんて続けてギコさんは笑う。
 「元々『黄昏』は『こうこん』と呼ぶ漢語の言葉です、無関係なのです」。
 そう返してでぃちゃんは笑わなかった。


 ……この三つの単語、『逢魔時』『黄昏』『誰そ彼』がどれかからの派生ならば、どれが最初だったんだろう。 
 もし無関係なんだとしたら、それはなんて偶然だろう。

 結局そこにいた人は誰だったんだろうか。
 人間か、怪異か。
 いやもしかすると――そこにいた人間がいつの間にか怪異に変わってしまったのかもしれない。

213名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:41:03 ID:RqAuxQOc0

 私達は子どもの頃に「暗くなる前に戻って来なさい」と教わるけれど。
 それは、あるいは。

 人間と怪異と。
 昼と夜と。
 此方と其方。
 境界線の上で子ども達が迷ってしまわないかと、昔の人が心配していた名残りなのかもしれない。

 そう――私達は現代でも、線を引く度に迷ってばかりだ。



(,,-Д-)「……行き止まりだよ」



 田舎道で、山道だった。
 トンネルの出口、闇が途切れるその場所にギコさんは立っていた。

 紅く黄色く染められる世界の中で。
 闇と光の境界線を渡るようにして立っている。
 不思議とそんな姿がよく似合う。

 職業はともかくキャラ的には完全に光サイドだと思うのに、どうしてなんだろう?

214名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:42:22 ID:RqAuxQOc0

 そして――相対するその人はトンネルの中で足を止めた。



(  ゚¥゚)



 電灯の類がない短いトンネル。
 薄暗いその場所に、一人の男性が立っている。

 ここから(ギコさんの後ろ)ではよく見えないけれど、なるほど確かに西洋っぽい服装だ。
 それに「なるほど」なことがもう一つある。
 その人の輪郭はぼんやりと揺らいでいて、その人の姿形は透けていたのだ。

 幽霊。
 死霊。
 ……彼はきっと、夜の世界の人間だ。


ミセ; ー)リ「っ……」


 そんな風に私が思った瞬間――私の頭の中に小さくだが、奇妙な音が響き始めた。

215名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:43:21 ID:RqAuxQOc0

 聞いたことのないような、でも何処かで聞いたことのあるような、奇妙な旋律。
 その美しいのに何故か妖しい音は彼から伝わるイメージか。
 どうやら私も認知だけではなく、多少は共感もできてしまうらしい。

 ギコさんも音が聞こえるようで目を細める。
 だけど、すぐに続けた。



(,,-Д-)「君の……あなたの名前は―――フランツ・アントン・メスメル。科学と魔術が線引きされていなかった時代に生きた、医者だ」



 フランツ・アントン・メスメル。

 独逸人。
 医師。
 そしてニューエイジのある書物で思想の重要性を説かれた人物の一人。

 ……聞き覚えのない人の方が多いだろう。
 だけどクイズ好きじゃないとしても、ある分野を学んだ人ならば聞いたことがあるかもしれない。
 きっと答えを教えてくれた女の子のお兄さんもそうだった。
 だから彼女も知っていた。

216名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:44:25 ID:RqAuxQOc0

 メスメルは動物磁気法という治療法を編み出し、次々と様々な病気の患者を診察し回復に導いたという。
 その中で最も有名な逸話の一つは「盲目のピアニストを治療した」というものだ。

 また彼は治療を行なう中で、グラス・ハーモニカを演奏していた。
 それはガラスを擦り共鳴させることで音を出す楽器。
 今私の中に響いている音楽や、ギコさんがあの儀式場で感じた旋律はそれによるものなのだろう。
 グラス・ハーモニカが精神をおかしくする悪魔の道具だと法律で禁止された後もメスメルは演奏を止めなかったという――それほどまでに、大事な。

 ……しかし何人もの患者を治癒させた彼は、祖国を追放され、当時の科学アカデミーにも理解されないまま生涯を終えた。


(   ¥)『――――』


 彼が口を開く。
 その言葉は肯定か否定か、分からない。

 私は気付く。


ミセ;゚ー゚)リ「(そっか……! 向こうはドイツの人だから、こっちが何言ってるか分からないんだ!!)」


 次いで気付くのが遅過ぎたことにも気付いた。

217名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:45:28 ID:RqAuxQOc0

 たとえ相手が誰か分かったとしても、どれほど説得材料を揃えたとしても。
 それは「言葉が通じる」「会話ができる」という前提があってこそ有益なものであり、この状況では全く意味を成さない。

 でぃちゃんは気付いているのだろうか。
 いやそれよりもギコさんだ。
 対話を試みている本人が気付いてないはずがないんだけど……。

 そして―――。



(,, Д)『……はじめまして。会えて光栄です』



 ―――次の瞬間には。
 不思議なことが起こっていた。

 会話ができていた。


(  ゚¥゚)『分かるのか……私の言葉が?』

(,, Д)『なんとなくですが、一応は』

218名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:46:30 ID:RqAuxQOc0

 ギコさんの言葉に相手が答える。
 そんな当たり前なことが可能になっている。

 しかも――周囲で聞いている私達にもその意味が分かるのだ。


(  ゚¥゚)『ならばそこを退いてくれ。私は唯一の後悔を、無念を果たしに行く途中だ』

(,,-Д-)『できません』


 それは頭の中に響く声で。
 それは心に語りかける声だった。

 直感的に理解する。
 ……これは、ギコさんの力なんだ。
 『共鳴能力』とまで言われる霊的感受性を最大限にまで生かし、周囲の人間にまでイメージを伝播する――そんな能力。

 だから。


(,,゚Д゚)『一つだけ言わせて下さい。あなたは間違ってなんかいなかった』

(  ゚¥゚)『…………』

219名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:47:27 ID:RqAuxQOc0

 きっとその人にも、多少のニュアンスの違いこそあれど伝わるはずだ。


(,,-Д-)『あなたの技術は魔法ではなかった。ひょっとすると、科学でさえなかったかもしれない』


 だけど。
 そうだったとしても。


(,,゚Д゚)『でも――あなたがいたことで、心理学は少し進歩した。解析不能な症状に苦しむ人達が沢山助かった』


 そう。
 そうなんだ。
 彼の名前は心理学を学ぶ人間なら誰でも知っている。

 ジャン・マルタン・シャルコーと並び、心理学における催眠療法の祖となった人物であると。
 投薬でも手術でも治癒しない、悪魔祓いに頼るしかなかった数々の精神病が治せるようになったのだと。

 だから。


(,,-Д-)『だから、あなたは間違ってなんかいなかった。……それだけは覚えていて欲しいんです』

220名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:48:09 ID:RqAuxQOc0

 そう言ってギコさんは黙った。
 彼も黙ったままだった。

 やがて、世界が夜に染まり始めた頃――口を開く。


(  -¥-)『…………そうか。なら、あの後悔は後悔のままで、良いのかもしれない』


 そう一言呟いて。
 彼は背を向ける。
 最早こちらとの境界は闇に溶けなくなってしまったけれど、彼はここに来ようとはしなかった。

 ただ背を向け。
 歩き出し。



(   ¥)『ありがとう。……世話をかけたな』



 そうして闇の向こうへと――消えて行った。

221名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:49:10 ID:RqAuxQOc0
【―― 14 ――】


 後日談というか、本日のオチ。

 あの後、でぃちゃんは後始末が残っていたギコさんと別れ一人で帰ったらしいが、帰る途中に会長と会って話したらしい。
 今回の件の概要を聞いた会長はまた見透かしたような見通したような笑顔で知った風なことを語ったようだ。

 そうそう、あの廊下であった女の子は自治委員会委員長の妹さんだった。
 会長よりも物知りだという自治委員長なら、心理学の発展に多大な貢献をした医師のことを知っていてもおかしくはないだろう。
 そして妹であるあの子が話に聞いていたとしても妙ではない。

 そして――私の話。


ミセ*゚ー゚)リ「…………あれ?」


 交霊会は占いの為に開かれるものだ。
 なら現代の占い師である、あの心理学に詳しそうなお爺さんならどう思うのだろうと次の日に会いに行くと――そこにはもう、誰もいなかった。


ミセ*゚ー゚)リ「まさか、実はあの人も怪異でしたーってオチ?」

( ・∀・)「……よ!」

222名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:50:07 ID:RqAuxQOc0

 そんな風に考える私に後ろから声がかかる。
 振り向くと、そこにはあの紅い人。

 いつだったかギコさんを手伝っていた悪っぽい感じのイケメンさん。
 請負人、何でも屋である彼が立っていた。
 時間も空いてしまったことなので先日あったことのさわり(御用ではない意味)を話すと、お兄さんはなんとも悔しそうな顔をする。


( -∀-)「うわー、マジかよ。俺も会いたかったのに……そんなに早く成仏しなくても良いのになー」

ミセ*^ー^)リ「お兄さんも心理学に興味があるんですか?」

( ・∀・)「興味があるも何も俺の大学時代の専攻って心理学」


 なるほど、そういうことか。


ミセ*゚ー゚)リ「大先輩ってわけですねぇ」

( ・∀・)「そーだな。俺は催眠療法は使えねーけどさ。それでも、どんだけ凄い人かは知ってるさ。たとえピアニストを治すことはできなかったとしても」

ミセ;*゚−゚)リ「え?」

223名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:51:11 ID:RqAuxQOc0

 あれ?
 おかしいな?

 盲目のピアニストなら治癒したんじゃ……?


( ・∀・)「『治癒した』んだっけ? 俺の知る限りじゃ『治療を試みたが精神を害したと訴えられた』って話なんだが」

ミセ;*゚ー゚)リ「え、そうなんですか?」

( -∀-)「そーだよー? ま、どっちにしろ裁判沙汰になったのは確かだよ。有名な話だし」

ミセ;*゚ー゚)リ「あれ……じゃあ、もしかして……」

( ・∀・)「どうかしたか?」


 すみません、またいつか!と私は別れを告げて駆け出していた。
 お兄さんの引き止める声を置き去りにして走り出す。

 メスメルは盲目のピアニストを治療した。
 治ったのかは分からない。
 けれど、最終的には「精神を病んだ」と訴えられてしまった――なら。

224名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:52:06 ID:RqAuxQOc0
【―― 15 ――】



 ―――先輩、知っていますか?

 メスメルというお医者様は「人間の身体には『流体』が流れていて、それが滞ることで病気になる」と考えていたんです。
 鉄の棒を使ったり磁石を使ったりしていたのは、その流れをどうにか正常に戻そうと試行錯誤していたからだそうで。

 あー、東洋医学的に言えば『気』になるんでしょうか。
 そう言えば患者の自己治癒力を促進するって考え方は西洋では珍しいものですよね?
 そういう意味でも先進的と言えるかもしれません。


 私達は人間には『気』なんてものはないって知っています。
 ……あー、いやあるかもしれないですけど、現在の科学では立証されていないですよね?

 東洋医学における気を刺激するツボはリンパ腺を刺激するツボです。
 押して症状は良くなりますが、でもそれは『気』は関係ない。


 でも、ちょっと面白いと思いませんか?
 何故って?

 だって――リンパ腺って、つまり『流れ』じゃないですか。

225名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:53:16 ID:RqAuxQOc0

 血管だってそうですよね。
 あれは血液が流れる管です。

 他には……私達の意識に関係するアルファ波とかベータ波とか、ああいうのだって電流なんだから『流れ』ですよね?

 脳内の電気信号で言えばてんかんだってそうですよ。
 てんかん発作はてんかん放電という異常活動により神経が過剰に反応することで起こるらしいです。
 ……あー、神経系だって『流れ』ですかね?

 私達の身体の根幹である心臓だって『流れを生み出す機関』と考えることもできますね。
 血液を送り出し、鼓動を刻む。
 その音が乱れる時って不整脈とか、あるいは心停止みたいな病気です。
 これも『流れ』と言えると思いませんか?


 他にもあります。
 会話が滞りなく流れていかなければ二人の間には異常が生じている、とか。

 あと、社会学における閉鎖系(外部との交流がない組織)は不健全なコミュニティとして知られているんですが、これは「人の『流れ』がない」ということ。

 人間関係は影響の与え合いとも言えます。
 気持ちが伝わることが大切。
 だとしたら相互理解もできず共感も不可能な関係では心の『流れ』が断絶している。

226名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:54:10 ID:RqAuxQOc0

 私もメスメルさんが言っていたことの全部が全部正しいとは思っていません。 
 でも、比喩としてなら的を射ていると思います。

 斯く言う私達だって、ああいう人達が生きた歴史の先に、歴史の『流れ』の中に生きているんですから―――。



ミセ; ー)リ「―――……はぁ、はぁ、はぁ…………」


 私の脳内で。
 血液と共に記憶が駆け巡った。

 遥か昔にドイツで生きた医師のことを教えてくれた女の子の言葉が駆け巡った。


ミセ; ー)リ「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 ……熱い。
 心臓が張り裂けそうだ。
 久々の全力疾走は辛過ぎて、死にそう。

 疲れるのはえっちぃことだってそうなんだけど、走るのは辛いだけで全然気持ち良くない
 マラソンランナーは一体何考えて走ってるんだろう?

227名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:55:11 ID:RqAuxQOc0

 私はあの人が立っていたトンネルを抜けて、あの時私達が立っていた場所も過ぎて、その先に立っていた。
 そうして少し盛り上がった道の上から、そこを見下ろした。

 そこにあるのは――隣町の特別支援学校。


ミセ;*^ー^)リ「……ははっ。っは、はっはっは……!」


 思わず笑いが出てしまった。
 肩で息をしつつ笑う。

 ああ、そうか。
 そうなのか。
 「後悔」とか「無念」とかそういう言葉の意味は「当時社会に認められなかったから現代で見返してやりたい」ってことだと思っていた。

 だけど違ったのだ。


ミセ*^ー^)リ「どうでも良かったのかもなー……そんなコト」


 医者とか学者さんには偏屈な人が多いと聞くし。
 自分が社会に受け入れられたかなんて、どうでも良かったのかもしれない。

228名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:56:07 ID:RqAuxQOc0

 だけど、だけど、だけど。


ミセ*-ー-)リ「お医者さんなんだから、そうだよね……。自分の治療で苦しんだ人がいたと思ったなら後悔するよね……」


 後悔するし。
 無念だっただろう。
 だから。

 ……私はあえて、その先の言葉は口にしなかった。
 少し野暮だと思ったし、本人が考えていたこととは全然違うかもしれないと思ったからだ。


 空を見上げると光が眩しい。
 宇宙から見る限りではこの地球には国境線はないらしい。

 ただ一つ私にも言えることは――全てに等量に降り注ぐこの光の中には、神様から見た世界の中には、境界線なんてないってことだけだろう。






【――――そこまで。第三問、終わり】

229名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:57:08 ID:RqAuxQOc0


 「今は斯く さみだるるのみ 藤葛」


【歌意】
私の人生ももう終わりだ、五月の雨が降るばかり、今となってはもうひたすら藤や葛が乱れているだけだ。
(古語ではこれだけの意味だが、藤と葛が心理学における『葛藤』の由来になったことを踏まえれば「私の心はとかく乱れている」と解釈できる)

【語法文法】
冒頭の『今は斯く』は「今は斯う」とも書かれ「最早これまでである」「今となっては」「別れの時だ」というような意味の決まり文句。
『さみだるる』はラ行下二段活用「五月雨る」の連体形。掛詞であり、同じくラ行下二段活用の「さ乱る」と掛かっている。
前者は文字通り「五月雨が降る」という意味。対し、後者は「乱る」に接頭語の「さ」が付いたもので「乱れる」という風に訳す。
この接頭語の『さ』に意味はない。語調を整える為に付けるか、意味を強めるか、くらいのもの。
次の副助詞『のみ』は様々な用語に付き、また意味も多い。限定用法としては「〜だけ」「〜ばかり」となる。
強調では「特に」「とりわけ」と訳し、用言を強める場合には「〜しているばかりだ」「ひたすら〜である」で、ただの断定として「〜だけだ」を意味する。
今回は『五月雨る』に対しては限定用法として、『さ乱る』に対しては用言を強める形で訳してみた。
また『葛』は古典世界では一般的に秋を表す植物であり『五月雨』は田植えの季節(旧暦の五月)に降る雨のことなのは留意すべきだろう。

【特記】
参考にした歌は和泉式部日記より「おほかたに さみだるるとや 思わらむ 君恋ひわたる 今日のながめ」。
事前知識がなければ歌意が分からない和歌は多いが、この歌も藤と葛が『葛藤』と関係していることを理解しないと真意が分からない。

余談だが、何かの動詞や体言に「る(り)」を付けて新しい動詞としたり「〜している」と訳すのは割と昔からある文化で、言葉の乱れとは言えない。
「五月雨」に「る(り)」を付けて動詞化する、というこの方式は「Google」に「る(り)」を付けて「ググる」という動詞を作るのと同じである。
昔から日本人はこんな感じだったようで、古文でも外来語(当時の漢語)に「る(り)」や「す」を付けでっち上げた動詞が出てくることがある。

しかし「さみだる」で「五月雨が降る」って昔の人凄いな……。

230名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 16:58:44 ID:RqAuxQOc0

交霊会と言えばチャネリング、チャネリングと言えばニューエイジ、ニューエイジと言えばヒーリング・ミュージックやメスメル。
そういった感じの連想ゲームで今回の話は出来上がりました。
興味のある人には結構馴染み深いキーワードばかりの話だったんじゃないかなー。


世の中には不思議なことが沢山あって、例えば暗示とか催眠で疾患なり病気なりが治るなんてことは信じられない人には信じられないでしょう。
「オカルト」「非科学的」と切って捨てる人もいるかもしれません。

でも自分は、そういう『不思議な現象』を解き明かすのが科学の一つの楽しさだと思います。
この作品は高校生や受験生の勉強になるものを書こうと思って作りました。
今回の話には自然科学・人文科学・社会科学の要素を少しずつ全部入れたつもりなので、一度また進路について考えて欲しいなー、なんて。

231名も無きAAのようです:2013/05/25(土) 17:01:12 ID:L1lF1DqI0
おつ!
すっごい面白い!ちょくちょく入る英語が勉強になるわ
さみだるって今で言うJKみたいな略語みたいね
昔の人も言葉略すの好きなのかな

232名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 01:57:16 ID:TKwlA3tY0
おつ。

233名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 13:51:47 ID:.3E.WvDo0
乙!乙!

234作者。:2013/05/26(日) 16:03:10 ID:ddSiRgaw0

>>222

御用ではない意味→誤用ではない意味


あと和歌なんですが、一つ補足を忘れていました。
「五月雨」の単語には「葛藤が五月雨のように繰り返す」という意味が込められてます。

235名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 16:33:31 ID:ddSiRgaw0



 第三問。
 模範解答。





.

236名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 16:34:13 ID:ddSiRgaw0

・《降霊術(交霊術)》
 占いなどの目的の為に死者の霊を呼び出す魔術のこと。「交霊術」と書く場合は概ねウィジャ盤などを用いる交霊会で行われる儀式のことを指す。
 世界中に似たような文化が分布しており、日本の場合は巫女やイタコが行なう『口寄せ』に相当する。 
 交霊会が流行った背景には疫病や戦争があり、親しい相手を不慮に亡くした人々は、もう一度だけで良いからその人に会いたいと真剣に願っていたのである。
 その為、ヴィクトリア朝(植民地紛争後)や第一次及び第二次世界大戦後は特に盛んだったと言われている。

 一般に『降霊術』と呼ぶ際は招致するモノは死者の霊である。
 悪霊や悪魔を呼び出す儀式は『召喚魔術(喚起)』とする。

 馴染み深いものでは『コックリさん』と呼ばれるものも降霊術の一種ではあるが危険なので興味本位では行わない方が良い。
 余談だが、西洋召喚魔術で地面や羊皮紙に魔法陣を描くのは「何かを呼び出す為」ではなく「術者の身を守る為」であるとされる。
 コックリさんが危険なのは呼び出した人間の身を守る方法がないからだとも考えられる。


・《オートマティスム》
 先述した降霊術で「意識に関係なく身体が動くこと」をこう呼ぶ。
 日本語では『自動筆記』『自動書記』などと訳され、英語での別名は『オートマチック・ライティング』。
 この状態は「何かに憑依されている」と表現されることが多い。

 ちなみに心理学においても使われる用語であり、この場合は純粋に「無意識で身体が動く症状のこと」である。
 分かりやすいものは『他人の手症候群(エイリアンハンド・シンドローム)』という片方の手が意識を離れて動いてしまう病気。
 これは高次脳機能障害の一種と考えられている。

237名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 16:35:21 ID:ddSiRgaw0

・《チャネリング》
 非科学的な(若しくは超科学的な)手段を用いて特定の相手とコミュニケーションを取ること。
 チャネリングを行なう人を『チャンネル』または『チャネラー』と呼ぶ。
 降霊術にも近いが、このチャネリングの場合は霊以外に宇宙人や未来人などを対象にすることもある。
 そもそも最も有名なニューエイジ運動のチャネリング(リーディング)で対象とされたアカシックレコードはただの概念である。


・《霊媒》
 霊的存在と直接に媒介することができる人物のこと。また魔術では単純に霊的な触媒もこう呼ぶ。
 前述の言葉で表現すれば『チャネラー(チャンネル)』と呼ばれる人々のこと。
 超心理学やサイ科学においては心霊的能力を持つ人全般をこう呼び、チャネリングを『心理的霊媒能力』、その他アポートなどを『物理的霊媒能力』と言う。

 口語的には「霊媒体質である」と言う場合には霊的感受性が高い、つまり思念や瘴気に影響を受け易いという意味になる。
 戦没者の慰霊施設などに塩が置いてあるのは平均よりも霊媒寄りな人間の為である(心霊的な意味でも、無論心理的な意味でも楽になるらしい)。


・《グラス・ハーモニカ》
 別名『アルモニカ』。通称『悪魔の楽器』。
 グラス・ハープ(グラスに水を貯めそれを擦り音を出す楽器)を改良したものでガラスの方が回転しているので使いこなせば和音を奏でることも可能。
 『悪魔の楽器』と呼ばれている割には音色は天使のように美しい。

 この楽器が忌避されるようになった背景には長いストーリーがあるのだが、ここでは省略する。
 後述する医師メスメルが精神病の治療で用いたことでも有名。

238名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 16:36:04 ID:ddSiRgaw0

・《フランツ・アントン・メスメル》
 『動物磁気法』と呼ばれる治療法を編み出したドイツの医師。
 ニューエイジ系の書籍や疑似科学の文脈で言及されることも多いが、彼はそもそもは普通の医師である。
 グラス・ハーモニカや鉄の棒を使った一風変わった手法で患者を治療したと伝わる。
 彼の逸話の中で最も信じられないもの(言い換えればオカルト的な話)は「盲目の人間の視力を回復させた」という話だろう。
 ……だが、そんな彼が最後の二十年間、何処で何をして過ごしたのかは記録に残っていない。

 メスメルは人間の身体の中には流体が流れており、その流れが滞ることで病気が起こると考えていた。
 彼の『動物磁気法』は対症療法中心の西洋では珍しい患者の自己治癒力を高めることを主眼に置いたものだった。

 現代の精神医学や心理学的に解釈すると、メスメルは内因性または心因性の疾患に対し催眠をかけることで治療したのではないかと考えられる。
 実際、現在の催眠療法では患者を変性意識状態(トランス状態)に置く為に音楽を流すことは方法の一つ。
 その人生は報われたとは言い難いが、その存在は今の心理学に繋がっており、それは彼の名前が“催眠術(mesmerize)”の由来になったことからも窺い知れる。


・《ニューエイジ》
 アメリカ西海岸発祥の社会運動であり社会思想。単なる宗教よりは一回り二回り広い概念(というよりも『宗教』の定義自体に議論がある)。
 特徴だけを述べると「物質的な思考だけではなく精神的な思想を踏まえることで科学技術や現代社会を見直そう」というもの。
 カウンターカルチャーの一つであり現在の政治思想的に言えば自由主義に属する。

 「精神性を重視する」という考え方に関連してチャネリングなどオカルト的な手法を取ることもあるが、それは一側面に過ぎない。
 エコロジー運動や女性の権利向上運動、人間性回復運動なども有名で、やはり『宗教』というよりも『思想』という方が正しい気がする。
 ……しかし一方でニューエイジからカルト宗教が派生発生することがあるのも事実ではある。
 ちなみに、メスメルが触れられるのは『ニューエイジ 〜四つの重要な予兆』という本の中でである。

239名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 16:37:03 ID:ddSiRgaw0

・《カントールの楽園》
 数学における集合論の異称。現代数学の父とされるダフィット・ヒルベルトの言葉から。
 対角線論法で有名なゲオルグ・カントールは集合論を提唱するのだが、周囲の数学者からは理解を得られないままにこの世を去る。
 そして集合論を擁護する為にヒルベルトが言ったとされる言葉が「カントールの作り出した楽園から我々を追放することは誰にもできない」という一文である。

 先進的な発想が主流派に拒絶されることは昔からよくあることだ。 
 極めて論理的な数学の世界でさえそうなのだから、仕方のないことなのかもしれない。

 余談だが、カントール死去直後の時代においても似たような事例がある。
 ガロア理論の提唱者であるガロアは当時他の数学者に受け入れてもらえなかったと伝わっている。
 ……こういった人々の研究は死後五十年くらいで再評価されることが多い。


・《黄昏》
 日没直前から直後の暗くなる時間帯のこと。『黄昏時』とも言い大体『逢魔時』と同じ意味合い。
 「相手の顔がよく見えなくなる一時」のことであり、昼と夜、現世と常世の境が曖昧になる時間なので怪異が活発になると伝わる。
 元々は漢語であり、『黄昏(こうこん)』と読み、『たそがれ(誰そ彼)』とは無関係な言葉だったらしい。
 その為、古文の中でも平安以前と以降で意味が違う(平安時代以前での「たそかれ」は文字通りに「あなたは誰ですか?」という意味である)。

 余談だが明け方のことは『彼は誰時(かはたれどき)』と呼ぶ。
 ちなみに、この単語も「る(り)」を付けた『黄昏る』という動詞型がある。

240名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 16:38:49 ID:ddSiRgaw0

・《催眠》
 暗示を受けやすい変性意識状態のこと。またその状態に至らせる技術のこと。
 勘違いされている方も多いが、催眠状態はオカルトでもなんでもなく現在においては脳科学で検証できる現象の一つである。

 歴史上において催眠で有名な人物はメスメル以外にはフランスの神経科医ジャン・マルタン・シャルコーがいる。
 元々が神経科医であり神経病を専門としていたシャルコーは医長として膨大な患者のデータを収集する過程で催眠療法や解離のデータを集めた。
 また精神分析の祖であるフロイトの師でもあり、メスメルやシャルコーがいたからこそフロイトがおり、フロイトの次にユングが存在し、遥か先に現在の精神医学がある。
 こういった催眠療法が確立されるまでは精神病は悪魔祓いに頼るしかなかったことを考えれば、その影響の絶大さは語るまでもない。

 世間一般でこの催眠の評価が低い理由としては二つ考えられる。
 一つ目がショー催眠などの見世物で、やらせを行った人間が多く存在したため。
 もう一つがカルト宗教などで悪用されることがあるためだ。


・《線引き問題》
 別名「境界設定問題」。『科学』と『科学ではないモノ』の線引きを何処でどうするか、という科学哲学における問題。
 一般的には「検証ができる」「反証可能性がある」という二つの条件があるが、分類に苦しむグレーな分野は数多く存在する。
 近年でもフロイトの精神分析などの精神医学や心理学は科学ではないという意見もあった(今もあると言えばある)。
 現在では、脳科学の進歩によって催眠状態の脳波が計測できるようになったので、精神医学や心理学の多くの部分は科学とする見方が一般的。

 この問題を語る上で極めて重要なことが二つあり、一つ目が「『科学』は現在も進歩し続けており現在の常識が覆されることも十二分にありえる」ということ。
 もう一つが、「検証する科学者も人間なので心情・世相・常識・思想・周囲といった諸々のことに影響を受ける」ということである(尤もこれは社会科学的な視点なので異論もあるだろう)。

241名も無きAAのようです:2013/05/28(火) 00:26:58 ID:10mQ6EgAO
あとがき難解すぎる、本編はそこまでないんだが 
 
この先を読めるかもなのでブログ覗いてみることにする 


242名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 05:49:52 ID:cSkX3lNM0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





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243名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 05:51:08 ID:cSkX3lNM0




 第四問。
 証明問題編。

 「不完全犯罪」





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244名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 05:52:41 ID:cSkX3lNM0




 命だに 絶えてなからば 悲しからまし





245名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 05:57:29 ID:cSkX3lNM0
【―― 0 ――】


「―――因果応報なんてものがあるけど、アレほど当てにならないものもないと思わない?」


 学校の屋上だった。
 時刻にして六時半過ぎだった。
 二人の人間。

 ぼくと――その人。


「小説なんかが良い例だよ。結局ああいうのは作者の、あるいは読者の『こうなるべきである』というのの集大成みたいなものでしょ?」


 夕陽を背にして立つその人はこの学校の一応の頂点――生徒会長。
 対し、ぼくは一介の生徒。


「だからね、世の中が因果応報……『こうなっているのが正しい』という世界なら、小説なんて流行ってないと思うんだよ」

246名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 05:58:10 ID:cSkX3lNM0

 呼び出された時点で、分かっていた。
 ここに来た時点で気付いていたのだ。 

 でも、来てしまった。
 ぼくは、ここに。
 やって――来てしまった。


「悪い奴は見つからないし、見つからないから改心しないし、改心しないからずっと誰かが傷つくハメになる」


 生徒会長は微笑んでぼくを見ている。
 見透かしたような笑み。


「僕としてはそんなことはどうでもいいんだけど……でも一応これは言っておかないと、って思って。様式美だよね」


 背後には屋上への出入口がある。

 逃げてしまおうか?
 いっそ、今ここで背を向けて帰ってしまおうか。

247名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 05:59:13 ID:cSkX3lNM0

 ……いや、無理だ。
 無理というより、無駄だそれは。 
 だって。

 だって――――会長は。


「うん。じゃあちょっと恥ずかしいケド……言うね?」


 そうして会長は、ポケットに入れたままだった右腕を緩やかに上げ。
 その白く嫋やかな指。
 人差し指で呪うようにぼくを指し示し。

 詠うように。
 いや、謳うかのように――言った。

248名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:00:10 ID:cSkX3lNM0



「―――犯人は、お前だ」




 逃避も。
 弁解も。
 謝絶も。
 無意味で無駄で無価値だった。

 だって会長は、ぼくが犯人だと分かっていたんだから。

249名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:01:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 1 ――】


 可愛らしい新入生諸君は高校にも慣れ段々と小憎たらしくなってきている、六月も初め。
 そしてそれも終盤に差し掛かり過ごしやすい気候が続いている。

 ここ、VIP州西部は温暖多湿。
 四季がはっきりとしていて風流な地域と言えば聞こえはいいものの、実際は梅雨はじめじめしていて冬は雪がやたらと降って、それが毎年となると本当に嫌になる。
 だからこんな朗らかな季節の合間のすぐに過ぎ、一週間もしないうちにあの鬱陶しい梅雨前線がやって来るのだろう。

 というか現在でもこの無意味に広い学校の一部の場所では床が湿って滑りやすくなっていて危険だ。


ミセ*-3-)リ「ホント、嫌になっちゃいますよねぇ」

(;^Д^)「…………えっと水無月さん、それで何か俺に用事ですか?」


 学校の正門、その前。
 小さな花壇になっているそこに腰掛けている私を大学の研修だったか研究だったかで来ているらしい雨斎院先生(イケメン)が困り顔で問いかけてくる。

 しかし分かってない男だ。
 尤もらしく話しかけているが用事なんてないに決まっている。
 私はイケメンを漁りに来ただけ。

250名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:02:09 ID:cSkX3lNM0

 イケメンを漁りに来ただけ!
 ……大事なことなので二回言いました。


ミセ*^ー^)リ「やだなぁ、先生」


 と、私は魅力一杯の笑顔を作り。


ミセ*゚ー゚)リ「私は先生と話がしたいから……ここにいるだけですよ」


 サラリとそんなことを言ってみた。
 下校時刻も過ぎ、校門には部活動をやってる生徒が散見されるのみ。
 つまり実質二人きり。

 このチャンスを物にしない道理がない。
 私の性的魅力溢れる身体でイケメン大学生を虜にするのだ。


ミセ*゚ー゚)リ「それとも先生はこの後ご用事でも?」

(;^Д^)「いや、それはないんだけど……。あー……まあ、いいか。相談事は受けてやれって言われてるし」

251名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:03:09 ID:cSkX3lNM0

 軽くワックスをつけているらしい髪を弄りながら呟いていた雨斎院先生は時計を一度確認すると、「よし」と一言。
 その気怠そうな印象が拭い切れてない顔を上げて私の方を向いた。


( ^Д^)「まあ三十分程度なら……」

ミセ*^ー^)リ「やったっ!」


 私は跳ねるように勢い良く立ち上がり、ついでに先生の腕を絡め取った。
 そうしておいて、さも無自覚な風に胸を当てる。
 胸元が見えやすいように予めボタンも一つ外してあるし……うん、完璧だ。

 私が自意識過剰な小娘でない確たる証拠。
 やらしー身体の美少女である証明、早速の効果として。


(;*^Д^)「うぐ……」


 という小さな呻き声を聞きつけ、これはいけるんじゃねーのひょっとしてこの先生巨乳好きかコラとか思っていた私のその背後から。

252名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:04:07 ID:cSkX3lNM0


「―――雨斎院さん」


 やや尖った感じのする、でも心地の良い声。
 心当たりがあって振り返る。


(-、-トソン「雨斎院さん、宝ヶ池先生が探してらっしゃいましたよ」


 ノンフレームの眼鏡。
 鋭めの目元。
 でもそれぐらいじゃあ隠し切れない、ふんわりと香る可愛らしさを持つ女性。

 女性にしてはかなりの長身とスレンダーで引き締まった白い四肢。
 味のある黒髪を軽く一纏めにしたその人、雨斎院先生と同じく研修か研究だったかで来ている病葉先生がそこに立っていた。

 『病葉(わくらば)』という単語は普段はあまり見ないけど、確か「色付き始めた葉」とかいう意味だ。


(;^Д^)「あー、そうだった! うん。水無月さん、悪いね」

253名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:05:09 ID:cSkX3lNM0

 私にそう言い、「危なかったありがとう」と顔に出まくりで彼女に手刀を切る。
 当然腕も振りほどかれた。


ミセ*-3-)リ「え〜……」

(;^Д^)「ほら! トソさ……トソンさんが相談事とか雑談なら相手してくれるから! じゃっ!」


 そうして、思わずアヒル口になる私を残しイケメンは校舎へ走って行った。

 ……逃した。
 くそ、あるかないか分からないレベルの貧乳が邪魔しやがって。


(^ー^*トソン「何か言いましたか?」

ミセ;゚ー゚)リ「…………い、いえ。ナンニモ?」


 とてつもなく可愛いのに何故だか背筋が凍りつく笑みが向けられ、私は硬直した。
 なんだろう、口には出してないはずのことに返事をされた気がする。

254名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:06:11 ID:cSkX3lNM0

(-、-トソン「次に『まさかねぇ……』とあなたは言う」

ミセ;-ー-)リ「まさかねぇ…………ハッ!」


 いや。
 いやいやいやいや――「ハッ」じゃねーよ!
 我ながら!

 なんだこの人!?
 何いきなりジョ●ョネタ使ってみてんの!?

 乗ってる私もアレだけどさ!
 驚きだ。
 "unbelievable"である。


 ……この人、苦手なんだよね。
 凄い可愛いけど、なんか。

255名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:07:08 ID:cSkX3lNM0

ミセ;゚ー゚)リ「病葉先生……何者?」

(-、-トソン「水無月さん、一つ言っておきますが」

ミセ;゚д゚)リ「仮にも生徒の問い掛けをガン無視ですか!?」


 アンタそれでも教員を目指す人間か。

 ……流石に今度のツッコミ(心の声とも言う)は分からなかったのか、病葉先生は気取った動作で眼鏡を上げると物憂気な溜息を一つ。
 女性なのにスカートも履かずかっちりとしたスーツを着こなす彼女には似合いそうな仕草なのに、この人にはあんまり似合わない。
 もっと可愛いのが似合う気がする。


(゚、゚トソン「雨斎院さんは、アレでも恋人持ちなので誘惑するのは……」

ミセ*゚ -゚)リ「むぅ」

(-、-トソン「無駄――ではなく、その二つの膨らみはこれ以上ないくらいに彼に有効ですが、できれば止めて欲しいかなと……」


 ……有効なのかよ。
 有効なのかよ!

256名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:08:07 ID:cSkX3lNM0

 それはまた、病葉先生の中の雨斎院先生の認識がなんとなく分かる言い回しだった。
 今回の活動でたまたま一緒になったわけではなく、私生活でも普通に友達なのかもしれない。
 彼女さんなのかな?

 しかし、そうか。
 彼女……いるんだ。


ミセ*-3-)リ「くっそぉ……なんだよなんだよ」

( ^ν^)「おう、水無月。その顔じゃまた上手く行かなかったんだな?」 

ミセ#゚д゚)リ「またとはなんだ!」


 通りかかった知り合いの茶化しを一喝。
 大丹生のウザったいザラザラした声も今日は一段と鬱陶しく感じる。 


*(‘‘)*「もぉ、さっさと行こうよ。誰、その子?」

( ^ν^)「単なる知り合いだって。じゃあな水無月ー」

ミセ*-3-)リ「はいはい。せいぜい彼女と仲良くね〜」

257名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:09:08 ID:cSkX3lNM0

 追い払うようにひらひら手を振り、バカップルに別れを告げる。
 いちゃいちゃと私に見せつけるように腕を組み二人は学校前の坂を下っていく。
 大丹生と……沢尻?とかいうあの二人は付き合って半年くらいだが、倦怠期はまだまだ先らしく今日も幸せそうだ。

 …………忌々しい。
 ちくしょうめ、"Damn it"。


 よくよく思い出してみれば最近は学校に慣れてきた新入生の中に混じり、仲睦まじげに歩く男女(そして偶に男々、女々)が見て取れた。
 春も過ぎたが恋するお年ごろな私達は熱に浮かされてばかりなのだ。
 そんな中で私は一人……ということで気紛れで適当に彼氏でも作ろうというのが今日の趣旨だったのだが。

 でぃちゃんもギコさんとラブラブみたいだし、なんだか取り残されてしまった気がする。


ミセ*゚ー゚)リ「私も彼氏、欲しいなあ。ねぇ先生」

(゚、゚トソン「…………」

ミセ*゚ -゚)リ「先生?」

258名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:10:14 ID:cSkX3lNM0

 何処となく爬虫類系な目を細め、形の良い唇を引き締め立っていた病葉先生は「そうですね」と如何にも相槌といった感じの返事をした。
 いわゆる、生返事。

 何か悩み事かな?と一応は悩み事を相談するという名目で話していた私が思っていると。


(-、-トソン「……ですが、『皆がそうだし』みたいなゆるゆるな理由で彼氏を作ろうとするのはやめた方が良いですね」

ミセ*゚ー゚)リ「せんせい?」

(゚、゚トソン「まあ真摯過ぎる愛も考えものですが、でもやはり恋愛は清くあるべきだと思います」


 人差し指を立て、それを唇の前に持って行って、「シーッ」みたいな仕草。
 浮かべるのは思わず息が止まってしまう蠱惑的な笑み。
 私が男子だったならば、いや女子である今でもゾクゾクしてしまうような笑顔。

259名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:11:08 ID:cSkX3lNM0

 ……ああ、そうか。
 何かこの人おかしいと思ったら、魅力だ。

 ペニちゃんが持っていたような人を惹きつける訳の分からない力――そういうのがふんわりと漂っている。



(゚ー゚トソン「先生との、約束ですよ?」



 だから私は。
 その子供扱いな言い方にも何も言い返せず頷くしかなかったのだ。

260名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:12:09 ID:cSkX3lNM0
【―― 2 ――】


ミセ*-3-)リ「…………と、言われててもなぁ……」


 欲しいものは、欲しいのだ。

 夕方、HRで先生からの来週授業参観がありますとかだるいことこの上ない連絡を聞き流しながら私はぐでーっと机に突っ伏した。
 授業終わりの教室は時間のせいだろうか、涼しくて心地良い。
 他のクラスメイトは「ええー」とあからさまな不満の声を上げたり、近くの席の友達と「サボタージュしようぜ」と小声で言い合っている。
 私はと言えば、どうせ誰も来ない私には関係のないことだと伸びをしていた。

 知り合いが誰も来ないとしても、それでも教室の後ろとか廊下とかに人がいるのは変な感じ……。
 というか鬱陶しいし嫌なので授業参観は研究授業に次ぐ嫌いな学校行事の一つだ。
 彼氏をどうするかをぼんやりと考えながら「その日はサボろう」と心の中で決定する。

 そこらの不良と違ってなまじ半端に頭の良い不良である私などはちゃんと出席日数を計算して自主休講するという姑息っぷり。
 そして計算の上では一日二日休んでもまだ何ら問題はない。

261名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:13:10 ID:cSkX3lNM0

 学校生活で私に問題があるところとすれば……まあ色々あるけど。
 色々あるけども!
 けれど私自身が困っている問題は勉強する気が全く起きない理科と数学の成績だけなのだった。


 ……ところで「研究授業」って、他の学校でもあるんだろうか。

 他の学校の先生達が授業参観みたいに他校の授業を見に来る学生にとってはいい迷惑なあの行事。
 行事っていうか……風習?


ミセ*゚ー゚)リ「ね、でぃちゃんの中学では研究授業ってあった?」

(#゚;;-゚)「え?」


 律儀に先生の話をメモ帳に書き留めていた隣の席の女の子は一度手を止め、小首を傾げる。


ミセ*^ー^)リ「だから、研究授業だって。なんか先生が沢山来る」

262名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:14:07 ID:cSkX3lNM0

 女の子、朝比奈でぃ。 

 顔に残る傷、右頬に薄く残っている斜めの傷痕などは化粧で隠せるだろうが、鼻の上を通るようにある一文字の傷は誤摩化しようがない。
 けれどそんなものでは何ら損なわれることがない清楚な顔立ちは正直羨ましいほど可愛らしい。
 セミロングくらいの長さの髪をポニーテール状に一纏めにした髪型は、彼女が真剣を振り回すところを見たせいか、何処か昔の剣客っぽく思えた。

 尻尾のように揺れる黒髪の束は触ったら心地良さそうだ。
 もちろん「尻尾のように」というのは比喩、専門用語で言うところの直喩法だが、彼女の尻尾を私は知っているのでまあ結構、現実味のある喩えと言えるかもしれない。


(#゚;;-゚)「研究授業……ですか、」


 幾度か頷き、咀嚼するように言葉を繰り返すでぃちゃんは人ではない。
 より正しくは「完全な『人間』ではない」。
 人間と猫又のハーフである彼女は漫画によく出てくる『半妖』というものであるらしく、気を抜いてる時や有事の場合は猫の耳と尻尾が出、瞳が縦に裂けるのだ。

 嘘のような本当の話。怪異。
 その目で見なければ信じられない――それなのに限られた人でしか見ることが叶わない――彼女の秘密。

263名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:15:11 ID:cSkX3lNM0

 私は色々あって彼女のそれを見ることができてしまい、色々あった後に彼女と少しだけ仲良くなった。


ミセ*゚ -゚)リ「やっぱなかった? 私の通ってた中学だけの行事だったのかなぁ……」

(;#゚;;-゚)「あ、いえ、というか……。その……」


 馴れ馴れしい感じな私の話し方に、リアルに「美少女が刀を持って化物と戦う」というアニメみたいな設定を持つでぃちゃんはおどおどとしている。
 あの日の勇ましい姿が嘘のよう、今時珍しい奥床しい系の女の子。

 いやでも、あの竹刀を英語に訳したタイトルの漫画に出てくるちっこい剣道少女も普段はこんな感じだったし、強い人は普段は抜けているものなのかもしれない。


ミセ*-ー-)リ「(そういやあの時に会った剣士さんも……普段はぼけぼけな人だった)」

(;#゚;;-゚)「……あの、」


 遥か彼方の遠い昔。
 私を救い出して、荒唐無稽な私の体験談に唯一真面目に耳を傾けてくれた彼女のことを思い浮かべていると、でぃちゃんに袖を引かれた。

264名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:16:08 ID:cSkX3lNM0

 とても控えめなその動作に耳を近づけることで返す。


(# ;;-)「……これは一応秘密のことなのですが、」

ミセ*゚ -゚)リ「ふむふむ」


 無茶苦茶小さい声に身体を傾け、目を閉じ耳を澄ます――その次の瞬間。


⌒*リ´・-・リ「…………プリント」

ミセ;゚д゚)リ「ふわっ!?」


 前の席から無造作に回されてきた紙が鼻にぶつかり、思わず妙な声を上げてしまう私。
 それはざわざわと騒がしかったHRの教室でも際立ってしまって「水無月さん、どうかしましたか?」と担任に訊ねられてしまう。


ミセ;^ー^)リ「いえ……別に。すみませんでした」


 嫌味じゃなくて本気の心配だから余計に困る問い掛けに対して笑顔で会釈し返した。

265名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:17:08 ID:cSkX3lNM0

( -∇-)「どーせまたしょーもない冗談を朝比奈さんに言ってたんだろ」

ミセ#^ー^)リ「なつる、小指折ってあげようか?」


 振り向き、でぃちゃんにプリントを手渡しながらの些細な言葉に割とマジなトーンで返す。

 コイツはいつも私を苛立たせることしか言わない。
 お前それでも私の幼馴染かよ、もうちょっとなんかないのか。

 私達のいつものやり取りを深刻に受け取ってしまったのか、でぃちゃんはおずおずと口を挟み。


(;#゚;;-゚)「魚群さん、ミセリさんに話しかけたのは私で……」

( ・∇・)「いーんだよ。どーせ、コイツ常日頃から電波なことしか言わないんだから」

ミセ#^ー^)リ「…………覚えてろよ?」


 ……くそ。
 この野郎好き勝手言いやがって……。

266名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:18:07 ID:cSkX3lNM0

(*^ー^)「―――はいはい! 皆さんそこまで、HR終わりますよ。質問はありませんね?」


 担任の手を打つ音で私達の会話を始めとした教室中の雑談が一時中断される。
 文系進学科十一組の可もなく不可もないメンツはどちらかと言えば天才肌の人間が多いので、授業を真面目に受けている人間は少ないものの、こういうところでのケジメはしっかりしていた。

 「情けは人の為ならず」という言葉をちゃんと正しい意味で理解し、実践している連中だった。
 要するに小賢しい。
 つまり自分達が静かにしていればHRがさっさと終わることを知っているのだ。


(*゚ー゚)「ではこれで連絡を終わります。他のクラスでは階段から落ちた人や車に轢かれかけた人もいるそうです。新学期にも慣れてきたからといって気を抜かないようにしてください」


 アンタもなロリ顔教師、と多分クラスの全員が思っていた。

 横目で窓の外を伺う。
 中庭の一角、授業参観の際には保護者の駐車場として使われるその場所には、先日学校を出る時にスリップしたとかで派手に傷が残った担任の愛車があった。

267名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:19:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 3 ――】


 放課後。
 クラスメイト達との雑談も終わり、机に置いたままだった手提げを持って廊下に出ると、窓辺で格好つけてなつるが立っていた。

 「格好つけて」は流石に言い過ぎだったかもしれないが、少なくともいつもの様子とは違った。
 外をぼーっと眺めて。
 なんだか悩んでいるような、そんな。


( ・∇・)「よっ」

ミセ*゚ -゚)リ「あれ、なつる。今日部活は? 軽音部」

( -∇-)「なんか中止だってよ。いつも通りの部長の我侭。……ったく、大掃除終えての三日ぶりの部活だったのに」

ミセ*^ー^)リ「そ」


 話しかけるかどうか悩んでいたら先に話しかけられてしまい、そのまま雑談をしつつ二人で廊下を歩く。
 一応さっきまで私は怒ってたわけだからフツーに一緒に下校しようとしているのはおかしいかもしれないけれど、まあそこら辺は長い付き合い故の阿吽の呼吸みたいなものだ。

268名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:20:10 ID:cSkX3lNM0

 魚群なつる。
 私のファースト幼馴染。

 中学校時代にできた初彼氏で、初ちゅーの相手でもある。
 笑ってしまうような理由で別れて、疎遠になるかと思っていたら特にそういうわけでもなく、今も週一レベルでいちゃいちゃ――セフレとして遊んでいる。
 そういう傍から見れば無茶苦茶変な関係なんだけど、それでも切れないのが私達だった。


( -∇-)「まっ、その掃除もほとんど部長のカノジョ……沢近さんがやったんだけどさ。おかげで最早模様替え後状態、何が何処にあるか分かんねー」

ミセ*゚ー゚)リ「アレ? あの人そんな名前だったっけ?」


 沢尻じゃなかったのか。


( ・∇・)「そうだよ。沢近。あの部長に毎日弁当作ってきて、挙句の果てに今度旅行だってよ。フグ食べに行くんだと」

ミセ*>ー<)リ「いいなあー! 焼酎と一緒に食べると美味しいよねぇ」

( ・∇・)「お前未成年だろうが……とにかく、あの二人は仲良いんだよ。こないだも部長、俺に彼女から貰ったっていう香水自慢してきて……」

269名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:21:09 ID:cSkX3lNM0

 心の底からどうでもいい話をしながら階段を下りていく。
 幼馴染。
 もう彼氏ではないけれど、それでも一番心を許せる相手はコイツなのかもしれない。

 ……まあ、身体なんか許しまくりだし。
 はっはっは。


( -∇-)「はあ、もう。お前といい、熊谷さんといい……どうして俺の周りには風紀が乱れまくりな奴しかいないのかね」


 やれやれ、と言った具合に手を広げる。
 こっちからすると「お前も私というセフレ作ってんじゃねーか人のこと言えねーよ」なのだが。


( ・∇・)「…………そんなんだから」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 冗談めかした言葉の中に、一瞬の本気。
 ほんの刹那の深刻なトーンが気になって踊り場で振り返る。

270名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:22:07 ID:cSkX3lNM0

 「どうしたの?」と訊く私。
 「なんでもねー」と返す彼。

 ……こういうことがあると昔ほど許し合えてはないことを実感する。
 昔は何でも話せていたのに。
 いつからか、至近距離な間合いに微妙な溝ができていた。

 どうしてだろう? 


ミセ*-ー-)リ「(『どうしてだろう?』って、それはもちろん私がビッチになっちゃっただからだろうけど)」


 自分の幼馴染が清楚とは言い難いものになってしまっていては、コイツとしても何かしら思うところがあるのだろう。

 ……まったく。
 うじうじ悩んでるくらいならもう一度私に告白して自分のモノにしちゃえばいいのに。
 流石に彼氏ができたら浮気はしないよ……多分。

 世の中には女子高生なのに人妻な子もいるんですぜ、なつるさん。

271名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:23:08 ID:cSkX3lNM0

( ・∇・)「というわけで、今日は一緒に帰るか」

ミセ*゚ー゚)リ「え? 私は既にそのつもりだったんだけど……」


 階段に落ちていた雑巾を避けるように飛んで、一気に一階まで。
 落下。
 じーん、と足が痺れる感じ。

 性的に恥知らずになったこと以外は全く変わらない私に何を思ったのか。


( -∇-)「……そうだな。俺も、そのつもりだ」


 なつるは呆れたように。
 けれど安心したようにそう呟いた。

272名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:24:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 4 ――】


 その後も、部長の大丹生は虫嫌いだから暖かい季節は不機嫌だとか、
 今度軽音部で一曲演奏してやるよとか、
 そう言えば実習生(研究生?)の人達はそろそろ終わりだねとか、
 病葉って先生は凄い美形で最初見た時男だと思ったとか、そんな感じの世間話をしていた。

 幼馴染で帰り道も同じだけど、こうしてダラダラとしゃべるのは久しぶりだった。
 コイツ(というか地域環境研究会の男子勢)、少し前は遊ぶどころじゃないほど調子が悪かったしね。


( ・∇・)「……そういやお前、俺が腹痛で死ぬほど苦しんでる時見舞いどころか心配すらしなかったらしいな」

ミセ;゚ー゚)リ「ぎくっ」

( ・∇・)「効果音を口に出すほど図星か」


 いやいやいやいや……心配はしてましたよ?
 それよりも好奇心が優っていたけれど。

273名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:25:10 ID:cSkX3lNM0

 でも、もう数日ぐらい寝込んだままで病状が深刻になっていってたら、多分相当狼狽しただろうとは思う。
 あんな部活はどうでもいい。
 だけど、この幼馴染は大切だ。

 絶対に本人には言わないし普段は意識しないけど。


ミセ;^ー^)リ「…………それだけ信頼してるってことです」


 そう言って適当にはぐらかして追及を避けて、自分の心に蓋をする。
 無理に冷静になろうとして逆に冷酷になるような、なんだか改めて考えると酷く不器用な私の精神。 

 なつるが倒れた時は「へーそう?」くらいだったけれど。
 実際コイツが死ぬ時は、それこそ死ぬほど泣き叫ぶんだろうなーとも思う。 
 要するに素直になれないのだ。

 どうすれば、もう少し自分に正直になれるだろうか。


ミセ*-ー-)リ「(今度、でぃちゃんにでも相談してみようかな)」

274名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:26:11 ID:cSkX3lNM0

 ふと、思いつき。
 自転車を取る為に校舎の角を曲がって―――。



ミセ*゚ー゚)リ「あ。」

(#゚;;-゚)「……どうも」



 いつかのようにまた出会った。

 自転車小屋近く、所在なさげに佇んでいるのはでぃちゃんだった。
 私に恭しく会釈する彼女はいつだって奥床しい。
 「もう授業終わって結構経ってるけどまた本でも読んでたのかな」と、私がイメージに基づいた勝手な推測をしかけた時、その後ろにいる人が見えた。

 実習だか、研究だかでこの学校にやって来ている大学生。
 雨斎院先生だった。

275名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:27:09 ID:cSkX3lNM0

ミセ*゚ -゚)リ「でぃちゃん……と、何してるんですか?」


 校舎裏で密会?
 口説き中?
 ひょっとして邪魔しちゃった?


( ^Д^)「いや、ちょっとね。久々に会ったから、久し振りって声掛けてただけ」

ミセ*゚ー゚)リ「久々って……先生、でぃちゃんと知り合いなんですか?」

( ^Д^)「知り合いっていうほど知り合いではないか。顔見知り程度」


 そうなのです、とでぃちゃんも同意する。
 ……どうも浮気と見られていないか心配らしい。


( ^Д^)「そう言えば、この間から言おうと思ってたんだけど、俺は別に『先生』じゃないぞ」

ミセ*゚ー゚)リ「へ?」

( -∇-)「あー、なるほど。教育実習生だから先生見習いってことですね」

276名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:28:08 ID:cSkX3lNM0

 なつるの言葉に納得するが、直後に「そういうことでもない」と先生は笑いながら否定する。


(;^Д^)「アレ……説明されてないのかな? 俺やトソさんは教育実習生じゃなくて、スクールカウンセラーの仕事を見学する為に来てるんだけど」

ミセ*゚ー゚)リ「そうなんですか?」


 研究とか研修とかで来ているとは聞いていたけど……。
 そう言えばそんな説明も、あったような、なかったような……。

 先生(じゃない人)は続ける。


( ^Д^)「あと、研究って面もある。今の高校生はどんな生活してて、どんな悩みを持っているのか……みたいな。そんな感じ」

( -∇-)「大学生は大変っすね。皆そんなことやってんのか……」

( ^Д^)「いや全員が全員、そういうことやってるわけじゃないと思う。それぞれだよ、それぞれ」


 あと二年も先には、私達もこの人のように大学生をやってるわけだ。
 思えば「大学生って大人だなぁ」と漠然と考えていたけど、自分も数年後にはそうなってるわけで。
 ……多分。

277名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:29:10 ID:cSkX3lNM0

 いや合格するよ?
 浪人はしないよ?

 どの大学に行くかは決めてないけど……とにかく、二年先の私は大学生になっているはずだ。
 花の大学生、夢のキャンパスライフの為にも苦手な教科だって少しずつで良いから勉強して行かないといけない。
 深く考えると憂鬱だけど、未来に目を向ければ頑張れる気もする。

 ふと思いつき、私は訊ねた。


ミセ*゚ー゚)リ「先生は、何になりたいんですか?」

( ^Д^)「え……? どうだろうな、俺は何になりたかったんだろう。今は何になりたいんだろう。分からないからこそ、こういうことやってるのかも」

( ・∇・)「ははっ、いい加減っすね」

( ^Д^)「でも何者かにはなりたいよな。誰だってそうじゃないか?」

ミセ*^ー^)リ「そうですね……」


 と、私が呟いた――――その瞬間だった。

278名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:30:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 5 ――】



 ―――ガシャンと、聞こえてきたのは何かが割れる音。

 ほぼ同時に誰かの叫び声。

 そしてドンドンドン!と激しく扉を叩く音。



(;#゚;;-゚)「ッ!」


 瞬間、佇んでいたでぃちゃんが猫のように――猫の動きで見を翻し、一目散に走り出す。

 彼女が半妖であることを知った際についでに知ったのだが、猫又の血を引くでぃちゃんは人間の状態の時でも相当耳が良いらしい。
 あの体育館裏で会った時も人の殴られる音を聞きつけて……って。


ミセ;゚ー゚)リ「それ、なんかヤバくない……?」

279名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:31:08 ID:cSkX3lNM0

 見れば先生も彼女を追って駆け出している。

 なんだ?
 何が……?

 頭に浮かんだはてなマークはなつるも共通だったのか、顔を見合わせ、次の瞬間には二人で後を追っていた。
 言葉などいらなかった――これも阿吽の呼吸みたいなもの。


 さっき来た方向とは反対に向けて走る。

 少し先を走る先生を追うように。
 角を曲がって、渡り廊下。
 無駄に広い校内の中にある幾つもの校舎、その一つに飛び込む。



『―――ぃ! 大丹生!おいッ!!』



 野太い声の誰かがドアを乱暴に叩きながら怒鳴っている。
 そこへ行く途中、小柄な誰かとすれ違った。

280名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:32:07 ID:cSkX3lNM0

ミセ;゚ー゚)リ「今の……」


 顔面蒼白になって走っていったのは大丹生の彼女、沢近だった。

 見ればここは西校舎の一角。
 私にはあまり馴染みのないこの場所は、なつるには通い慣れたあの場所だ。


 雨斎院先生。
 でぃちゃん。
 なつるの先輩の大男、熊谷さん。

 その全員がいる場所――――その扉は。


(;・∇・)「俺の部室じゃねぇか……!」

(;・(ェ)・)「お前のじゃねぇよ!!」

ミセ#>д<)リ「そこはどうでもいい!」

281名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:33:12 ID:cSkX3lNM0

 そう、ここは軽音部部室前。
 騒音対策の為に校舎の端に割り振られた部屋の前。
 端過ぎて誰も近寄らないこの場所。

 こんな状況、説明されずとも大体分かる。
 扉が開かないのだろう。

 そして、中で――何かがあった。


(;・(ェ)・)「そうだお前! 部室の鍵はどうした!?」

( ・∇・)「今日は部活ないって言うから教室に置いてきましたけど……」

(;・(ェ)・)「鍵を置きっぱにするなよ!何考えてんだお前!?」


 物凄い最もなツッコミをする軽音部の先輩に「じゃあ先輩鍵どーしたんですか」と逆切れ気味に訊ねるなつる。
 ……言葉に詰まらせた所を見るにこの人も持ってないらしい。

 人のことは言えない。

282名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:34:08 ID:cSkX3lNM0

(;#゚;;-゚)「部室の中で大きな音と叫び声が聞こえて……でも扉が開かないそうなのです」


 場も弁えず口喧嘩を始めた軽音部二人を放置し、でぃちゃんが私に事情を説明した。
 どうやら沢近さんは職員室か事務室まで鍵を取りに行ったようだ。
 クリップを伸ばして鍵穴に突っ込んでいる先生はピッキングを試みているらしい。

 彼女や熊谷さんが焦っているところから推測すると、中にいるのは軽音部部長の大丹生なのだろう。
 あの男が一人になりたいからと言って部室に閉じ込もるのは中学時代から変わらないが、こういう場合は面倒なことになる。

 以前も部室に蜂が出たとかで大騒ぎして、でもその時はすぐに中から開いたから大事には至らなかったんだけど……。


(;^Д^)「くそっ、もうちょい兄貴にちゃんと習っとくんだった……これじゃあ扉を蹴破った方がまだ早いか……?」


 と、焦って素の口調が出始めた先生の肩に手が乗る。

 結婚指輪が嵌められた白く美しい指先。
 僅かに残った傷さえも彩りとなっているような、その人は。

283名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:35:08 ID:cSkX3lNM0


(-、-トソン「……何をグズグズしてるんですかプギャーさん」



 騒ぎを聞きつけてやって来たらしいその人――病葉トソン先生は、事情を知らない故か極めて冷静な様で雨斎院先生を押しのけた。
 退いてください、と冷たい声音で言いつつポケットからバタフライナイフを取り出す。


(゚、゚トソン「こういうのはですね、」


 クル、カチッ。
 手馴れた動作で展開された刃渡りほんの数センチの凶器が彼女の双眸を写す。
 爬虫類みたいな、その瞳。

 艶かしい光彩と――纏われた呪力。


(ー トソン「こうすれば――――いいんですよっ!」


 妖怪や化物よりもよほど恐ろしいその力に私が驚いている最中で彼女は自然に、ほんの少し本を読もうかとページを開くような、そんな日常の一部にのように。
 思い切り、刃を鍵穴に突き刺した。

284名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:36:09 ID:cSkX3lNM0

 金属と金属が擦れる嫌な音が響くのも構わず、病葉先生は無理矢理手を回し――同じく無理矢理に鍵を開けた。




 ―――密室が、開かれる。




 そこで私が見たのは。

 開け放たれた扉。
 アパートの一室のような長方形の部室。
 綺麗に片付けられた室内。
 一番奥にはソファー。
 正面には大きな長机。
 並んで、周りにはパイプ椅子。
 上には筆記具が刺さったスタンドと束ねられた楽譜。
 左手には幾つかの楽器が鎮座していて右手には棚。
 天井に近い一番上の段にはカップが二つ。
 棚の前には古びた踏み台があって、踏み台の近くには割れたカップとガラス製の容器。
 
 その破片、キラキラと輝く欠片、近くにドロドロと――――血。

285名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:37:07 ID:cSkX3lNM0

 ソファーの前にあるアンプの角にこびりついた血。
 そして。




(  ν)




 頭から血を流して仰向けに倒れている中学時代からの先輩の姿だった。

286名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:38:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 6 ――】


 病葉先生が指示を飛ばす。
 なつるへは保健室の先生を呼んでくるようにと。
 熊谷さんには救急車を呼べと。

 その間、雨斎院先生は大丹生の近くに行き、散らばった破片に気をつけてしゃがむと頭部を動かさないようにハンカチで頭を抑えた。
 続いて伸ばされていた両の手、右手を取って脈を測る。

 それと同時にソファーの上の窓が割られた。
 沢近さんは鍵を取りに行くよりも外から窓を開けた方が早いことに気づいたらしいが、そのせいで血塗れの恋人を近くに見ることになって絶叫した。


(;#゚;;-゚)「っ……」

(; (ェ))「もしもし!? ここ学校で……あの、友達が血塗れで……。はい、お腹を押さえて意識もないみたいで、今先生が見てるんですけど……」

ミセ;゚ -゚)リ「嘘…………え、だって」


 私は思わず駆け寄ろうとして、それをでぃちゃんに引き止められた。
 首だけで振り返ると、ふるふると彼女が首を小さく振った。

 指を指す。

287名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:39:07 ID:cSkX3lNM0

(#゚;;-゚)「…………あそこ」

ミセ;゚ー゚)リ「っ!」


 息を、呑む。
 倒れ伏した大丹生のだらりと伸びた腕には蛇が巻き付いていた。

 刺青などではないし、本物でもない。
 靄のように朧気な蛇の霊。 
 濃い紫の色合いの邪悪な蛇は大丹生に噛みつかんとしてなのか顔に近づいていく。

 このままでは大丹生だけではなく雨斎院先生までも危ない――と。


(-、-トソン「……まったく」


 そんな心配は杞憂に過ぎなかった。
 私を引き止めたでぃちゃんが動かなかった理由は、ここが学校だから半妖とバレるかもしれない行動は慎みたかった、などではなく。

 単に――動く必要がないと知っていたからだったらしい。

288名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:40:07 ID:cSkX3lNM0

 脇に立っていた病葉先生は上品に屈むと、牙を見せ威嚇してくる蛇の頭をナイフで一突き。
 ストン。
 床を指す小さな音と共に地面に縫いつけてしまった。

 蛇の霊はしばらく苦しそうに悶えていたが、やがて空気に溶けるように消えて行った。


(-、-トソン「なんですかなんなんですか、この現代で憑き物とか。憑物語ですか」


 馬鹿らしい、と。
 霊的存在であるはずの蛇の憑き物を単なる力技、呪文とか魔除けとかそういうアレコレを使うプロセスをすっ飛ばし、何事もないかのように殺してしまった彼女は短く溜息をついた。
 言わば幽霊を殴って成仏させたようなもの――常軌を逸している。

 なんだ……この人は。
 なんだこの人!

289名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:41:08 ID:cSkX3lNM0

( ^Д^)「…………トソさん」

(゚、゚トソン「分かりました。水無月さん、熊谷さんに電話を変わるように伝えてください」


 辺りにもう蛇の霊がいないことを確認して、病葉先生は私に言う。
 熊谷さんから携帯を受け取るとお礼を言って、そして。


(-、-トソン「ええはい。そうですね、警察は必要ないと思いますよ?」


 こんなのはただの不慮の事故ですから、と全く感情のこもっていない声でそう言った。

290名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:42:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 7 ――】


(,,-Д-)「彼女は『病葉トソン』といって……なんて言うかさ、僕達専門家の界隈では鬼札みたいに扱われてる存在なんだよ」


 もう宵闇も濃くなってきた街の外れの元診療所でギコさんはそんな風に語った。

 教師陣、救急車や警察も駆けつけての事件。
 当事者である私達も簡単に事情を聞かれた後、一度帰るようにと言われた。

 大丹生は……駄目だったらしい。
 雨斎院先生の話では、部屋に入った時点で既に脈はなく。
 救急隊員も手の施しようがなかった、そうだ。


ミセ*゚ー゚)リ「…………」

(,,゚Д゚)「触れないものは殺せない。ならば触れるものは、殺せる。そういう目――『魔眼』と呼んで差し支えない霊能力を持っててね、だから強引な祓い方ができてしまう」


 私がここ、でぃちゃんの自宅である元高岡診療所にいるのは、私が今日一人であったせいだ。
 保護者である伯父さんは家にほとんどいない。
 あんなシーンを見て精神が不安定になっている学生を一人にするのはまずいということで、私の及び知らない場所で何らかの相談が行われた結果、こうしてこの家に泊まらせてもらうことになった。

291名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:43:08 ID:cSkX3lNM0

(,,-Д-)「……と、まあ」


 こんな話、今日はいいや。
 私の正面に座っていたギコさんはそう言うと、続けて「もう休みなよ」と私に勧める。


ミセ*゚ー゚)リ「…………え、でも」

(,,^Д^)「気づいてる? さっきからさ、ミセリちゃん、全然表情動いてない。笑顔のまんまだ」


 いつもはあんなにコロコロ変わるのにさ、と彼は言って。


(,,-Д-)「それが君の処世術なのかもしれないし……そうであるなら否定はしないけれど、でも俺は」


 でも俺は。
 辛い時は泣いた方がいいんだと思う――と。

 そんな風に言った。

292名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:44:08 ID:cSkX3lNM0

 ……人は自分の為にしか涙を流せないという。
 泣く、という行為は、何か悲しい出来事を見て感情移入した自分自身を「可哀想だ」と思っているに過ぎないんだ。

 だけど、それでも。

 泣くことを我慢し続けて、緩やかに壊れていくのは、誰も望んでいない。
 そんなことは、誰も。
 そうであるくらいならば自分の為でもいいからちゃんと涙を流すべきなんだ、と。


(,, Д)「……君はまだ泣けるんだからさ」


 それだけを私に告げて。
 彼は部屋を後にした。


(# ;;-)「…………あの、」


 入れ違いのように入ってきたでぃちゃんは私の隣に座ると、聞いてしまいました、と無礼を詫びた。
 盗み聞きされて困るようなことは言ってなかったはずなんだけど、何故だか酷く恥ずかしい。

 泣きそうに――なっていたからだろうか。

293名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:45:09 ID:cSkX3lNM0

(#゚;;-゚)「私は、学校に行ったことがなかったのです」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 これでも妖怪ですから、と続けて。


(#゚;;-゚)「だから中学時代の話を訊かれても、何も言うことはできません」

ミセ*゚ー゚)リ「…………」

(#゚;;-゚)「ミセリさん。あの大丹生さんという方は、中学時代からのお知り合いだったのでしょう?」


 コクリ、と頷く私に優しく微笑んで彼女は更に言う。
 私には全く分からないことなんですが、なんて申し訳なさそうに前置いて。


(#゚;;-゚)「学校にほとんど行ったことのない私にはそういう――先輩とか、後輩とかはよく分かりません」

294名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:46:09 ID:cSkX3lNM0

 でも。


(#゚;;-゚)「でもほんの少しでも言葉を交わし、同じ時間を過ごした人が辛い目に遭って……それは悲しいことだと思います」


 そして悲しい時には。
 泣くべきなんだと思います、と。

 その言葉は、とても。


ミセ* ー)リ「あーあ……」


 ……あーあ。

 本当に、もう。
 べっつに友達とかじゃなかったんだけどなー……あんな奴。

 ノリはウザいし、ベースは下手だし。
 っつーかつまらない。
 面白い系の男子には致命的なほどギャグのセンスがなくて、どうしようもない奴だったし。

295名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:47:08 ID:cSkX3lNM0

 だけど、なあ。 


ミセ* ー)リ「あんな奴……ただの先輩で、友達ですらなかったけど」


 高校に入学した当時、あの馬鹿みたいに広い敷地で迷っていた私を見つけて。
 「お、水無月じゃん」とか後ろに“www”が付きそうなかっるいノリで話しかけてきて。
 バイト代が入ったところだとか缶コーヒーとか奢ってくれて。

 ちゃんと一年生の教室まで送り届けてくれたのは、あの人だったのだ。


ミセ* ー)リ「あのチビ、ノリはウザいしムカつくし……良いところなんて何もないような奴だったけどさ」

(#゚;;-゚)「…………」


 だけど。
 それでも。

296名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:48:09 ID:cSkX3lNM0

 でも――やっぱり。


ミセ*;ー;)リ「そーんな馬鹿でも……死ぬと悲しいものなんだねぇ……」


 ああ……忘れてたな。

 別に幼馴染とか。
 そういう特別な存在じゃなかったとしても、人が死ぬと、悲しい。



ミセ*っー;)リ「ちっくしょー……」



 しとしとと雨が降り始めた中。
 私はつい最近友達になった相手に、そんな当たり前なことを思い出させてもらったのだった。

297名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:49:10 ID:cSkX3lNM0
【―― 8 ――】



(;^Д^)「あのトソさん……いやこれ、マズいんじゃないっスか?」

(-、-トソン「何を今更。マズいに決まっています」


 深夜に勝手に事件現場に入るだなんて。

 非常識な私でも流石に分かる。
 「これって表向きは事故なんだから無問題♪」とかそういうことではなく、人が亡くなった現場に入るのは常識的に考えて如何なものかと。

 それ以前に学校自体への不法侵入罪。
 大学にバレたら多分、マズい。
 口にした時の「マズい」よりも遥かに重いレベルで良くない。


(゚、゚トソン「でもですよ、プギャーさん。よく考えてみてください」


 血を避けるようにソファーの前まで飛んで、次いで振り返り一回生の頃からの友人をニックネームで呼んで続ける。

298名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:50:12 ID:cSkX3lNM0

(゚、゚トソン「犯罪をすることが罪なのか、罪が犯罪なのか」

(;^Д^)「は?」

(-、-トソン「人を殺すのが悪いことなのは『人を殺すと法を犯したことになるから』ですか? 違うでしょう?」


 倫理→法律。
 法律→倫理は……少し頷きかねる。

 より正しく言えば、倫理1+倫理2+…+倫理x という風に個々人の価値観を束ねていった結果として法律があるんだと思う。
 他にも色々要素はあるだろうがとりあえずはこれで正しいはずだ。
 だから人によっては法律で決まっていることでも「悪くない」と思う。
 その個人の価値観で行動すると――これは誤用の方でも、誤用じゃない方でもどちらでもいいんだけど――確信犯という風に呼ばれる。

 さて、それを踏まえて考えた場合。


(゚ー゚トソン「法律には規定されていなくとも、大多数の人間が『悪い』と思うことは……果たして罪なのでしょうか」


 たとえば魔法。
 現代ではそれで人を殺しても法律を犯したことにはならない。

299名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:51:09 ID:cSkX3lNM0

 が、それでも悪いことは、悪いはずだ。


(-、-トソン「つまりは……そういうことですよ」

(;^Д^)「いや分かりましたけど、トソさん。それって今あなたが不法侵入してることとなんの関係もないですよね?」

(゚、゚トソン「ないですね」

(;^Д^)「言い切った!?」


 うるさいですね、あなたも共犯なんだから捕まりたくなかったら黙ってください――なんて、ややキツい言葉を浴びせつつ私は調査を開始した。

 別に正義感の為ではない。
 早々に事故と断定してしまった警察の代行ではない。

 ただ単純に――興味深いのだ。


(-、-トソン「(なんとなくだけど……犯人は分かっている)」

300名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:52:08 ID:cSkX3lNM0

 確信があるのだ。
 これが事故ではなく事件である確信が。

 殺人犯がいるという確信が。


 机の上に散らばったポップスの楽譜を眺め見る。
 視線を移しながら、未だドアの前から動こうとしない友人に私は訊いた。


(-、-トソン「この部屋って、私が鍵を壊すまでは密室だったんですよね?」

( ^Д^)「ええ、まあ。開かなかったですし……最初から壊れていたーみたいなオチがない限りは鍵が閉まってたんでしょうね」

(゚、゚トソン「合鍵はどうですか?」

( ^Д^)「本来は二つみたいですね。事務室にある予備と、顧問から部長が預かっていたものと」


 ソファーに座るには絶妙に邪魔な位置(足が伸ばせないのだ)にあるアンプを調べながら、「本来は?」と鸚鵡返し。
 角度的にも位置的にも血痕的にも、これで頭を打ったのは確からしい。

301名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:53:09 ID:cSkX3lNM0

( ^Д^)「ほら、よくあるじゃないっスか。部室の鍵を勝手に複製するのって」

(゚、゚トソン「ありますか?」

( ^Д^)「ありますよ、割と。……んで、そういうので部員全員が持ってたらしいです」


 もう一度血を避けるように、今度は大きく跨いでそのまま棚の前の古びた木製の踏み台に乗る。
 「古びた」というより「古い」踏み台だったようで、私が乗ると軋んだような音がした。
 壊れないか心配だが、よく考えれば多少小柄ながら男子高校生が乗っても壊れなかったものなのでまあ大丈夫だろう。

 ……私が被害者の男の子より重いなんてことがなければ。
 それはゾッとする。いやさ――ゾッとしない。


(-、-トソン「……っと。じゃあこれ、密室殺人でも何でもないじゃないですか」

(;^Д^)「事故直後に全員から鍵は――あの子達が言った通りの場所、一人は教室、もう一人は自宅から回収されているので……ってだからこれ密室殺人じゃないですって」


 棚の一番上は引き戸になっていて、中はお菓子などが入っているようだ。
 二段目、私の頭くらいの高さの棚はティーセットが納められていた。
 不自然に空いたスペースは被害者の子が倒れた拍子に中身を落としてしまったのか、事故の時には足元に陶器の破片とガラス片が落ちていたし。

302名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:54:08 ID:cSkX3lNM0

 ところで軽音部なのになんで当たり前にお茶する為のものが一式揃っているんだろう。
 コイツらは放課後にティータイムか。


(゚、゚トソン「じゃ、その自宅に鍵を置いてた子が犯人ですね。『自宅から持ってきた』と言って、実は最初から持ってたんですよ」

( ^Д^)「あー、それはないでしょ。だって鍵持ってきたの母親らしいですし、その時あの子達事情聴取されてましたし」


 そう言えばそんな光景も見たような気がする。
 事件直後、その母親が初老の刑事さんに鍵を直接渡している場面。


(-、-トソン「……部長の子の鍵は?」

( ^Д^)「制服のポケットの中でした」

(゚、゚トソン「なら最初に駆け寄った人がそれとなく鍵を……」

(;^Д^)っ「いや最初も何も、遺体に近寄ったのは俺とトソさんだけですよ。その後は保健室の先生と……それで救急隊員の人と」

303名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:55:13 ID:cSkX3lNM0

 三段目には楽譜の束。
 四段目にはその他のもの……収納されているものに特におかしなところはない。

 ふむ……。


(゚ー゚トソン「一応訊いておきますけど――キミ、犯人じゃないよね?」

(;^Д^)「さりげなくドラマのパロディを使わないでください! そして俺が犯人なわけないでしょ!?」


 陶器の破片はカップ。
 ガラスの方は……被害者の男の子がチョコレートが好きらしいから、それの容器だろう。
 曇りガラスで中が見えないってことは中を見なくても良いってことで、きっとあの子は同じ種類のチョコしか食べないのだ。

 いやぁ、なるほどなあ。
 ……そんなこと推理してどうするって言うのだ。


( ^Д^)「……そもそもトソさん。これが事件だったとしても、それが呪いの結果なら証拠なんて見つかりようがないですよ」

(-、-トソン「まあ、そうですね。呪いの実物見ちゃってますし」

304名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:56:13 ID:cSkX3lNM0

 ああ、そうか。
 あの蛇を殺さずに後を追えば呪いの犯人は掴まえられたのか。
 しまった。
 

(゚、゚トソン「でもですよプギャーさん。目の前で人死にが出たわけです。思うところはないですか?」

(;^Д^)「いや確かに犯人には捕まって欲しいと思いますが……どうしようも、ないでしょ」

 
 否定の言葉は弱々しかった。
 彼は私のように人の死に慣れた人間ではない、無理なからぬことだろう。

 様々な経験で、自殺にも殺人にも慣れ過ぎている私とは違うのだ。


(-、-トソン「……申し訳ありません。やはり私は死神です」

(;^Д^)「いやそんな! そんなことは……」


 ソファーに散らばったガラス片――こちらは叩き割られた窓の方――を見つつ、探偵に協力していた一般人、くらいの微妙なポジションの友人を見やる。
 目の前で人が死ぬのは、嫌なものだ。
 死んでいたとしてもまだ温もりのあるうちに……脈を測らないと死んでいるかなんて分からない状態の人間を。

305名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:57:08 ID:cSkX3lNM0

 ……む。
 話は戻るけれど、あの時あの蛇を殺したのは正しい判断だったのか。

 まだ死んでいるかどうか分からなかったんだから。


(-、-トソン「……でも安心してください」

( ^Д^)「え?」


 落ち込み気味のプギャーさんに、私は言った。


(゚ー゚トソン「犯人。掴まえられるかも知れませんよ?」

(;^Д^)「本当ですか!?」

(-、-トソン「法で裁けるかどうかは微妙ですが……少なくとも、自白と反省くらいはさせられるでしょうね」


 ぐるりと大きく部屋を回って、考える。
 扉の前まで戻ってきて、手近にあったケトル(瞬間湯沸し器)が置かれた小さな棚に手を置いて、黙考。

306名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:58:13 ID:cSkX3lNM0

 状況の意味。
 密室ができる時は何かの意図があるはず。
 今回は「呪殺ではなく事故に見せかける為」が一番妥当な線だが、そもそも人を呪い殺すのなら密室なんて作らない方が良い。

 怪しいじゃないか。
 どう見ても。


( ^Д^)「あ、それなら分かりますよ」


 私の言葉でやや元気を取り戻したのか、一歩踏み出すようにして彼は言う。


( ^Д^)「部長の子は最近陰湿な嫌がらせをされてたらしいです。生徒に聞いたんですけどね」

(゚、゚トソン「嫌がらせ?」

( ^Д^)「はい。なんか悩み事とかがあると鍵閉めて閉じ込もる子だったらしくて……そういうことでしょうね」


 要するに……偶然?
 呪いを掛けた人間は密室を作る気なんてなく、ただ被害者が鍵をかけてしまった?
 それで、この奇妙な状況?

307名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 06:59:11 ID:cSkX3lNM0

 なるほど。
 そういうのもアリか。

 警察によって事情聴取や現場保存が行われたのは、そういうことか。


(-、-トソン「…………なるほど。だいぶ分かってきました」


 だいぶ、どころか。
 ほぼ確信した。

 これは明白に――――殺人事件だと。

308名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:00:10 ID:cSkX3lNM0
【―― 9 ――】


(#゚;;-゚)「ご主人様……」

(,,-Д-)「……うん」

(#゚;;-゚)「たとえこれが呪いによる殺人だったとして、そしてあなたが怪異の専門家であったとして……全ての問題を未然に防げるわけではありません」


 警察官は全ての犯罪を未然に防ぐことができるだろうか?
 そんなわけはない。
 それどころか一介の専門家でしかない俺にはそもそも防ぐ義務すらないのだと。

 分かっている。
 分かっていた。


(,,-Д-)「分かってるよ」


 その通りだ。
 慰めとも取れる意見は、正しい。
 だけど……。

309名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:01:16 ID:cSkX3lNM0

(,, Д)「俺はさ……でぃちゃん」


 そういうことじゃ、なくて。
 理屈はどうだとかそういうのは正直どうでもよくて――単に。



(,,-Д-)「俺の見える範囲で、誰かが傷つくのが……嫌なんだよ」



 最初から世界を変えてやろうなんて思っていない。
 もう誰も彼もを救おうだなんて考えていない。
 自分の手の届く、両手を広げたその小さな世界さえも守れなかった俺だから。

 俺には、何も残っていないけれど。
 何も残っていないからこそ……目の前で零れていく何かを、拾ってあげたいのだ。

 あの時は何もできなかった俺に、何かできることがあるのなら―――。

310名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:02:35 ID:cSkX3lNM0

(# ;;-)「……止めてくださいよ」


 ぴしゃり、と。
 溢れていく感情を羅列したような支離滅裂な言葉に耳を傾けていた彼女が、いきなり俺を抱き締めて。


(# ;;-)「何も残っていないなんて言わないでください。何もできなかったなんて思わないでください。私はちゃんと、ここにいるのです」


 あなたのおかげで――ここにいるのです、と。

 ……そう言った。
 座っている俺を胸に埋めさせるように。

 頭を、撫でて。


(,,-Д-)「…………うん。そうだね」


 懐かしいような心地の良い匂い。
 できればずっと昔のように甘えていたかったけれど、俺は無理して彼女を引き離し立ち上がった。

311名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:03:25 ID:cSkX3lNM0

 そうだ。
 何も残っていないわけじゃ、ないけど。

 でもやっぱり――昔とは違うから。


(,,-Д-)「じゃあ、早速明日にでも……この問題を解決することにしよっか」

(#^;;-^)「……はい」


 昔とは、違うのだ。
 なあなあで過ごしているうちに色々なことが起こって結局は全部上手く行くような、そんな時代はとうに終わった。

 俺の仕切りだ。
 俺の問題だ。
 だったら俺が解決しないといけない。

312名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:04:08 ID:cSkX3lNM0

 だから、俺は言おう。
 精一杯格好つけて。



(,,-Д-)「この世には完全なものなんて一つもないってことを――思い知らせてあげるよ」



 さあ、この不完全犯罪を解決しよう。

313名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:05:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 10 ――】


(゚、゚トソン「被害者の子は小柄でしたけど、でもあんなに少ない出血で死ぬものなのでしょうか」

( ^Д^)「そう言えばちょっと少なかったですね、血」

(-、-トソン「む、頭部打撲による脳梗塞ならば目に見える出血量は関係ないんですね……」


 さて、夜が明けるまではあと数時間。
 どうなることやら。


 今まで私は数え切れないほどの『死』に触れてきた。
 私自身が一つの『怪異』なのかもしれないと思う。

 無自覚に無意識に『死』を引き寄せてしまう――『死』に引き寄せられてしまう私はきっと、『死神』なのだ。

 だけど人が死ぬ場面に遭遇するということは、同時にその人を助けられる(かもしれない)ということで、その人の無念を晴らすことができるということだ。 
 だからこそ、いつからか私はこういう風に探偵の真似事をやるようになった。
 続けていく内に人が死ぬことは少しだけ少なくなった。

 ……いや、本当のところはやはり興味本意で足を突っ込んでいるだけなのだろう。
 別に私は知りもしない誰かが死んだところでどうとも思わないのだから。

314名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:06:13 ID:cSkX3lNM0

 私のことを『人でなし』と呼ぶ人がいた。
 私のことを『殺人鬼』と罵った人がいた。
 どの呼び名も正しかったが、人でなく鬼である私にも心がある。

 ……さて。
 今日の私は何を思っているのだろう?


( ^Д^)「……っつーかトソさん、本当に謎は全部解けたんですか?」

(-、-トソン「無論です」


 そうして私は思い切り格好つけてこう言った。



(-、-トソン「そもそもこの世に謎なんてありませんよ――――あるのは論理的解決だけです」






【――――そこまで。第四問、終わり】

315名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:07:50 ID:cSkX3lNM0


 「命だに 絶えてなからば 悲しからまし」


【歌意】
命というものさえまったくなかったならば、こんなに心が痛むことなんてなかっただろうに。

【語法文法】
『命』は通常「生命」「一生」という風に訳すが、他にも「命を支えるもの」「唯一の拠り所」という意味もある。
次の『だに』は強調(最小限希望)・類推・添加とあるが、今回は現代語の「さえ」と同じように訳している。
最小限希望として訳す用法は未来に関することか若しくは願望についてでしか用いず、またこの最小限希望の用法は『だに』にしかない。
『絶えて』は副詞。「(下に打消を伴って)まったく」「すっかり」「特に」などと訳し、今回は在原業平の歌と同じく「まったく」としている。
『なからば』は形容詞ク活用「無し」の未然形。
和歌に何度も出てくる『ば』は接続助詞で、未然形に接続した場合は順接仮定条件として「〜ならば」「〜だったら」を意味する。
続く『悲しからまし』は『悲しから』で一つの語。形容詞シク活用「かなし(悲し・哀し)」の未然形。
最後の『まし』は頻出の反実仮想を表す助動詞。「〜だったなら、〜だろうに」という風に事実に反した仮定を表現する。
「〜ましかば、〜まし」「〜ませば、〜まし」「〜せば、〜まし」「〜ば、〜まし」という四種類があるのだが、今回は比較的分かりやすい最後のもの。

【特記】
参考にした歌は古今和歌集に収録された離別歌「命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし」。
また在原業平の有名な歌である「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」。
私の命さえなかったならば、掛け替えのないものがなかったならば、こんなに辛くはなかっただろうに。

……どうでも良いですがク活用とシク活用って活用表の左側に位置する補助活用(カリ活用)が覚えにくいのは作者だけでしょうか?
自分は最後まで覚えられなかった(今も覚えてない)ので、受験生の皆さんは気を付けて下さい。

316名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:08:34 ID:cSkX3lNM0

この作品は『天使と悪魔と人間と、』という作品とリンクしているのですが、基本的にあまり関係はありません。
片方を読んでいなければ片方が分からないということはなく、むしろ読まない方が余計なネタバレを知らずに済むとさえ思っています。

ですが、リンクネタを一つ紹介します。
『天使と悪魔と人間と、』の第五話で水無月ミセリが校舎で迷っていた下級生を助けた話が出てきていますが、その助けた理由がこの話で分かります。
つまり彼女自身もかつて上級生に助けられたからこそ自分も同じように助けようと考えたというわけです。


さて、というわけで第四話でした。
少しごちゃごちゃした話でしたがどうだったでしょうか。




>>241

あとがきに難解なところってありましたかね……?
分かりにくくなっていたなら申し訳ないです。

317名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 07:34:11 ID:Qevz2h1.0
おつ

318名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 09:06:51 ID:M6EX3Pas0
乙!
トソンかわいいよトソン

319名も無きAAのようです:2013/06/22(土) 14:40:53 ID:922C0t/E0
乙!
おもしろい。

320名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:23:37 ID:iJgDDcdQ0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

321名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:24:37 ID:iJgDDcdQ0




 第五問。
 証明問題 解答編。

 「密室の恋」





.

322名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:25:30 ID:iJgDDcdQ0




 心すら 心に叶ふ ものならず





323名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:26:20 ID:iJgDDcdQ0
【―― 1 ――】


 階段を、登る。

 一段、一段。
 踏みしめるようにして。

 フラフラと身体を揺らしながらギシリと奥歯を噛み締めた。




『あなたの秘密を知っています』




 思考が、巡る。

 ぐるぐると。
 掻き回すようにして。

 絶対に消化できない何かを腹の中に押し込んでしまった感覚。

324名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:27:07 ID:iJgDDcdQ0

 ……吐きそうだ。


「…………分かってる」


 ぼくは、分かっている。
 ぼくは冷静だ、こんなものは子供騙し。

 そう、こんなのは所詮は子供騙しでしかない。


 こんな話を聞いたことがある。
 人間というのは考え事をしている際に言葉を吹き込まれると、自然にそれを考えていたように感じてしまうのだと。

 ああもう。
 上手くいえない。
 現文の成績が悪いのは関係ないだろうが、どうにも上手く表現できない。

 が、とにかくこんなものはただの子供騙し。
 ハッタリでしかない。

325名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:28:10 ID:iJgDDcdQ0

「あんな文章が書かれた紙が下駄箱に入っていたら誰だって背筋を凍らせる」


 『あなたの秘密を知っています』だなんて……誰だって人に知られたくない秘密の一つや二つくらいある。
 こういうものがいかにも尤もらしく見えてしまうのは、ただ一点「自分だけに適合するものだ」という思い込みのせい。

 要するに気に留める必要はない。


「……でも、」


 ぼくは、こうして指定された場所――屋上に続く階段を登っている。

 分かっているのだ。
 子供騙しなのは。

 理解しているのだ。
 ハッタリでしかないのは。

 だけどぼくには心当たりがあった。
 「ああ、あのことだ」と思う。
 むしろそのことでしかないと確信できるほどの秘密が。

326名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:29:10 ID:iJgDDcdQ0

「……吐きそうだ」


 脳漿がぐしゃぐしゃになったみたいに。
 頭の中が滅茶苦茶、まともな思考なんてできやしない。

 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 キモチワルイ。 

 こんなことになるなんて、思ってなかったんだ。


「こんな思いをすることになるだなんて……」


 思ってなかった。
 今も信じられない。

 ぼくは、ドアノブに手をかける。

327名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:29:18 ID:6fiERVXY0
読んでる支援

328名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:30:07 ID:iJgDDcdQ0
【―― 2 ――】


 もやもやとした感情を抱えながら一日を過ごし、俯き加減に歩いていると、校門のところで声をかけられた。
 ふんわりと可愛らしさが香るその声を私は知っている。


(゚ー゚トソン「ミセリさん」

ミセ*゚ -゚)リ「……どうも」


 人もまばらになってきた校内。
 声をかけてきたその人、病葉先生はちょいちょいと指先だけで小さく手招き。
 手繰り寄せられるように私は近づいていく。

 怖い人なのは、なんとなく分かるのに。
 どうしてか怖がることはできない不思議な彼女。

 年齢だけで言えば四、五歳くらいの差なのに女性としては長身である病葉先生の近くにいると、「私もまだまだ子供だなあ」なんて当たり前のことを思ってしまう。


(-、-トソン「―――ミセリ。あなたは、『ミセリ』という名前なんですね」

329名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:31:06 ID:iJgDDcdQ0

 何を今更、と思って、そう言えばいつの間にか名前で呼ばれていたと気がつく。
 一体いつからだろうか?


(゚、゚トソン「誰かから頂いた名前なんですか?」

ミセ*゚ー゚)リ「さあ……聞いたことないです」


 先生の問いに少し考え、答える。
 もしかすると誰かから貰った名前なのかもしれないが少なくとも私は知らなかった。
 もう知ることもできないし、どうでもいいことだ。

 私のそんな思いを知ってか知らずか、病葉先生は「良い名前ですね」なんて微笑する。


(-、-トソン「私の親友の名前もミセリと言います。『水川芹亜』という名前で、ニックネームが『ミセリ』」

ミセ*゚ -゚)リ「はあ」

(゚、゚トソン「本人は『恋が叶わない名前だからヤダー』と言っていましたが……私は雅で良い名前だと思います」

330名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:31:57 ID:iJgDDcdQ0

 「恋が叶わない?」と鸚鵡返しをした私に病葉先生は首肯して返す。
 そうして一息置いて、


(-、-トソン「『芹摘みし むかしのひとも わがことや 心に物は かなはざりけむ』――はい、解釈してみてください」


 できるか。
 そもそもその歌『芹摘みし』が枕詞だろうからそれの意味を知らないと訳が分からない。


ミセ*゚ー゚)リ「出典は? 先生が作った歌ってわけじゃあ……ないですよね」

(゚、゚トソン「そうですね。いえ、むしろ誰が作ったというわけでもない歌です。古歌、というやつですね」


 古い歌、と書いて古歌。
 いろは唄と同じように出典不明の詠み人知らずの歌。
 ……確かそんな感じだったと思う。


(-、-トソン「『芹を摘んだという昔の人も私のように嘆いていたのでしょうか。本当に、世のことというのはままなりませんね』という悲しい歌です」

ミセ*゚ -゚)リ「……はあ。それでどうして芹が出てくるんですか?」

331名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:33:08 ID:iJgDDcdQ0

 七草粥でも作るつもりだったのだろうか。


(゚、゚トソン「諦め――特に叶わない恋の代名詞だからですよ」


 そう言い、どうしてなのかは気が向いたら調べてみてください、と彼女は言って。
 軽く屈むように。
 私の耳に口を寄せて、両目を閉じて。


(、 トソン「少し……歩きながらお話しましょうか。私達もそろそろ、この学校とお別れしなければなりませんし」


 するりと一言、囁いた。

 そうか、もう大学に帰っちゃうんだなんてぼんやりと思いながら私は返答する。
 返事は勿論、肯定だった。

 約束の時刻までにはまだ少し時間がある。

332名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:34:06 ID:iJgDDcdQ0
【―― 3 ――】



 ―――たとえば人を好きになること。

 それは良い感情か。
 それとも悪い感情か。

 そういう問いかけを人に――誰でもいいが、ある程度普通の人生を送ってきた人間に――してみると、きっと「良い感情だ」という答えが返ってくる。
 別に否定はしない。
 確かに人を好きになることは素敵なことだし、幸せなことだから。

 分かっては、いる。


 だけどぼくは分かっているから、どうかあなた達も分かっていて欲しい。

 恋愛感情が純粋な好意である際は綺麗なことが多いけど、そんなことはそうそうないということ。
 そしてたとえ不純物のない好意であったとしても、それが一つ二つと交錯すれば、綺麗なままではいられないということ。

333名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:35:05 ID:iJgDDcdQ0

 分かっていて欲しい。 

 人間だから、人間らしくないこともする。
 人間らしくないのが人間。
 人間ができる最も人間らしい行動は人間らしくない行動に他ならない。



 ……どうか。
 どうか。

 ぼくを裁く前に、それだけは分かっていて欲しい。

334名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:36:08 ID:iJgDDcdQ0
【―― 4 ――】


 夕暮れにはまだ幾何かの猶予を残したその時間帯に私達、私と病葉先生は大きく回るように構内を歩く。
 モラトリアムで、ノスタルジックな、サウダージ。


(-、-トソン「まあノスタルジーもサウダージもほぼ同じ意味ですけどね」

ミセ*゚ー゚)リ「そうなんですか?」

(゚、゚トソン「どちらも郷愁……昔を懐かしむ、というニュアンスが強いです。ノスタルジーはフランス語でサウダージはポルトガル語ですが」


 初めて知った。


ミセ*-ー-)リ「なら私の言い表したかった感情とは違うかなぁ……」


 トラックを走り抜けていく下級生を眺めながら私は呟いた。
 演劇部が発声連習。
 遠くで聞こえる吹奏楽部のチューニング。

335名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:37:06 ID:iJgDDcdQ0

 こういう青春らしい雑音に、雑音なのに心地良い音の束。

 この学校そのものが奏でた徽音に、もう私の知る彼らは混じることがなくて。
 それだけが、少しだけ……悲しかったから。


(-、-トソン「そういう感情ならば『サウダージ』が適切だったと思います」


 手を振ってくる生徒に手を振り返しながら病葉先生は答える。
 サウダージには『戻らない過去を懐かしむ』という意味も入っていますから、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……先生って、」


 その口調に、その空嘯いた様に、何か空元気のようなよそよそしさを感じてしまって私は言葉を紡ぐ。


ミセ*゚ー゚)リ「先生って、なんだか辛いことを沢山経験してきたような目をしていますよね」

(゚ー゚トソン「そうですか? 私自身は今まで概ね幸せな人生だったと思っていますけど」

336名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:38:06 ID:iJgDDcdQ0

 いや――違うな。
 そうじゃない。
 辛いことを沢山経験してきた、というよりは。



ミセ*゚ー゚)リ「そうでないなら――先生は辛い経験をしてきた人に沢山出会ってきたような気がします」



 ハッとしたような一瞬の沈黙。
 そして。


(-、-トソン「それは……そうかもしれませんね」


 切なげで、刹那げな。
 何かが途切れ、何かに千切れてしまったような。

 どうしようもないほど悲しい目をして、病葉先生はそう言った。

337名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:39:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 5 ――】



「そもそもミセリさんは、人を殺すことを……どう思いますか?」



 その後はずっと取り留めのない話をしていた。
 好きな食べ物、好みのタイプ、よく見るテレビ番組……。
 今話すべきではないどうでもいい話を、ずっと。

 病葉先生が、多分ずっと言えずにいた問いを訊いてきたのは最後も最後。
 ゆっくりと構内を半周し校門に戻ってきたところで当たり障りのない挨拶をし、会釈をして背を向けた時だった。


ミセ*゚ー゚)リ「……どうして、そんなことを?」

「他意はありませんよ。私の親友は『許せない』と言っていました。だから……ちょっと気になったんです」


 親友と同じ名前の私がどう思うかを気になった?
 本当に……それだけ?

338名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:40:06 ID:iJgDDcdQ0

ミセ*-ー-)リ「質問を質問で返しますが、病葉先生はどう思うんですか?」


 言葉に詰まるかと思っていたが、答えは一瞬で返ってきた。


「『本を閉じること』――だと思います」


 背に聞いた解答に「本を?」とまた私は鸚鵡返し。
 彼女は「はい」と言い、丁寧に、一語一語慎重に風に乗せていくような口調で続けた。


「人生という物語を、それが書かれた本を、閉じてしまうこと――だから『本を閉じること』だと思うんです」


 これからも。
 笑ったり、泣いたり。
 怒ったり、喜んだり。
 誰かと出会って、誰かと別れて、誰かを好きになって、誰かを嫌いになって。
 何かを見て、何かを聞いて、何かを感じて。

 今の自分では想像もつかないような場面の当事者になるはずだったのに。
 素敵な未来が待っていたかもしれないというのに。

339名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:41:06 ID:iJgDDcdQ0

ミセ*゚ー゚)リ「だから、本を閉じる」

「……はい」


 振り返っていないから分からないけれど、きっと病葉先生は神妙な面持ちで頷いていた。
 だから分からないけれど、分からないなりに私は真面目に答えることにした。


ミセ*-ー-)リ「私はきっと、怒ると思います。すっごく怒ります」


 だけど。



ミセ*゚ー゚)リ「だけど……そんな風にするしかなかったその人の境遇を悲しんで、そんなことになるまで気がつかなかった自分の愚鈍さが悔しくて、同じだけすっごく泣くと思います」

340名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:42:06 ID:iJgDDcdQ0

 これが私の精一杯。
 飾らない気持ち。

 今から人を殺した人間に会いに行く私の気持ち。


「……そうですか」


 先生は呟いて、もう一度「そうですか」と言った。
 安心したような声音だった。


 もう一度だけ別れを告げ合って、私は学校を後にする。
 結局最後まで私は振り返らなかった。
 私は今から会いに行く。

 特別でこそないけれどそれなりに大事だった友達を殺した人間に、会いに行く。

341名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:43:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 6 ――】


 河原、大きな橋の下に私達を見つけて彼は「およ」なんて間の抜けた声を漏らした。


(・(ェ)・)「呼び出されたと思ってきてみれば……水無月、お前のアドレスってこと暫く思い出せなかったぜ」

ミセ*゚ー゚)リ「うん。初めてかもしれないね」


 熊谷さんにメールを送るのはこれが初めて。
 こんなものが初めてになってしまうのは、正直なんとも言えない。

 悲しかった。


 学校からは少し遠いこの河原。
 川の名前はなんて言うんだっけ、思い出せない。
 思い出す気もないけれど。

 西地区の最も東側、新都と住宅地を隔てる河川に架かった橋の下。
 それもここから南に行ったところにある人通りの多い大きな橋じゃなくて、あの橋ができるまで使われていた――つまり現在では交通の便が悪い為に使われない道路。

342名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:44:05 ID:iJgDDcdQ0

 叫んでも誰も来てくれない場所で私達は向かい合う。


(‐(ェ)‐)「なんて悲しそうな顔してんだ、お前」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 大柄な先輩が言った一言に耳を疑う。


(・(ェ)・)「ただでさえ不細工な顔が酷い有様だぞ」

ミセ*^ー^)リ「……酷いこと言うね」


 苦笑いしての私の返事に熊谷さんは眉間に皺を寄せて訝しむ。
 腕を組んで、目を細めて。


(‐(ェ)‐)「言い返せよ」

ミセ*゚ー゚)リ「…………」

343名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:45:09 ID:iJgDDcdQ0

(・(ェ)・)「いつものお前なら、ギャーギャー言い返すはずだろ」

ミセ*-ー-)リ「……そだね」


 そういうやり取りを、よくしていたような気がする。
 でもそれはついこの間のことのはずなのにとても遠くて、靄がかかったように上手く思い描くことができない情景だった。
 もう戻ってこない風景だった。


ミセ* ー)リ「はぁ…………ふぅ」


 私は一度息を整えて、そして言った。




ミセ*゚ー゚)リ「熊谷さん……大丹生を殺したのはあなたですよね?」



.

344名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:46:15 ID:iJgDDcdQ0

 ドラマなどで見ていてずっと言ってみたかった台詞。
 実際口に出してみれば、残ったのは言い知れぬ虚無感だけだった。

 熊谷さんはふぅ、と一息ついてから、


(‐(ェ)‐)「……そうだよ」


 まるで後悔しているかのような面持ちで、そう言った。


ミセ*゚ー゚)リ「言い逃れはしないんですか?」


 私の問いかけに彼は「まさか」と手を広げる大袈裟なリアクションを取って。
 一度そうしておいてから「しないさ」と呟く。


(‐(ェ)‐)「水無月。俺はお前のことを割と駄目な女と思っているが、それでも無根拠に他人を糾弾するような軽薄な奴とは思っていない」

ミセ*-ー-)リ「…………」

(・(ェ)・)「それに方法が方法だしな……」

345名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:47:13 ID:iJgDDcdQ0

 右手を、上げる。
 そう言う彼の腕には濃い紫の大蛇がいた。
 あの時見たのと同じ、朧気な蛇の霊。

 大きく口を開けて私を威嚇するそれは、熊谷さんの意思など素知らぬ風で、怖かった。


(・(ェ)・)「しかしどうして俺が犯人だと分かった?」

ミセ*^ー^)リ「熊谷さん、『失ったものを懐かしむ感情』をポルトガル語でどう言うか知ってますか?」

(・(ェ)・)「いや……どう言うんだ?」

ミセ*゚ー゚)リ「『サウダージ』って言うらしいです。そう――分かんないですよね、知らないと。答えられないですよね、知ってないと」


 単語自体を知らなかった私が意識的にでも答えられなかったように。
 知ってしまっている人は、無意識でも真実を言ってしまう。


ミセ*゚ー゚)リ「熊谷さんは救急車を呼ぶ時に『友達が倒れてて、お腹を押さえて意識もないみたいで』って……」


 それと、同じ。

346名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:48:21 ID:iJgDDcdQ0

ミセ*^ー^)リ「でも普通、頭から血を流している人間がいたら『頭を打ったみたいで』って言いませんか?」


 熊谷さんの言っていたことは正しかった。
 大丹生の死因は出血多量――特に内蔵からの出血が多い為のものだった。

 “けど、そんなことがあの時に分かるはずがない”

 パッと見では生死すら分からない人間を見て、そんなことを言う人はいない。
 正し過ぎたのだ。
 咄嗟に腹部のことを言ってしまったのは……他ならぬ自分自身がそれを引き起こしたから。


(‐(ェ)‐)「かもしれない。だが部屋に入ってもいない俺達なら、目に見える出血も少なかったみたいだし、ついパッと見た光景――人が腹に手を当てているのを見て……」

ミセ*゚ー゚)リ「ほら、また」


 私は続ける。

347名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:49:06 ID:iJgDDcdQ0

ミセ*-ー-)リ「私の記憶が正しければ両腕とも伸ばされていましたよ。打った頭を抑えることもしないで」

(・(ェ)・)「それは扉が開いた瞬間のことだろう? その後意識を取り戻して頭や腹を抑えたのかもしれない」

ミセ*゚ー゚)リ「ありえませんよ」


 だって、その後は。
 部屋の中には大丹生以外の人がいて―――。



ミセ*゚ー゚)リ「だって右手は雨斎院先生が脈を取る為に持ってて、左手は病葉先生が抑えていたんですから」



 そう――その蛇を殺す為に。

 伸ばされた両腕はどちらも固定されていた。
 当然先生達がやるべきことを済ませた後は放されただろうけど、その頃にはもう熊谷さんは電話を代わっていた。
 頭を打った人間を動かすわけがないから弾みで戻ったはずもない。

 だから、ありえない。
 そんな発言は「最初から腹部が致命傷になると知っていた人間の勘違い」でしか、ありえない。

348名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:50:05 ID:iJgDDcdQ0

(‐(ェ)‐)「参ったな……」


 犯人でしか――ありえない。

 熊谷さんは感心するようにもう一度「参った」と呟き、目を伏せた。
 天網恢々疎にして漏らさずってか、なんて自嘲するように笑って。


(・(ェ)・)「……お前、霊感ホントにあったんだな」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(・(ェ)・)「なつるから聞いてたよ、幽霊が見えるって話。しかもまさかこんなモノまで知ってるなんてな……」


 自身の腕で寛ぐ蛇を見つつの一言に私は正直に答えることにした。


ミセ* ー)リ「私の力じゃないよ」


 幽霊は、確かに少しだけ見える。
 だけどそれだけじゃ今回の問題を解決することなんてできなかっただろう。

 だからこの問題を解いたのは―――。

349名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:51:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 7 ――】


(,,-Д-)「―――『蛇蠱(へびみこ)』」


 蛇。

 爬虫綱。
 有鱗目。
 ヘビ亜目に属する生物の総称。


(,,゚Д゚)「漢字では少し難しい字を書くけど、なんて言うか、一般に言われている『憑き物』のイメージに合致する怪異だね」


 唐突に現れた第三者に熊谷さんは目を見開き驚いたが、その隣にいた少女を見て納得したように小さく頷いた。
 この問題を締め括るように登場したギコさん。
 もちろん、隣にいたのはでぃちゃんだった。
 
 きっと彼にも見えたのだろう。
 目の前の竹刀袋を携えた少女が纏う橙色の魔力と顕現している猫の耳と尻尾が。

350名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:52:05 ID:iJgDDcdQ0

(,,゚Д゚)「日本のある地域に伝わる憑きもの筋で、その家系の人間が誰かに対して強い憎悪の念を抱くと蛇の霊が相手に取り憑く」


 そして最後には。
 取り憑いた人間の内臓を食い破り、殺してしまうという怪異。


(,,-Д-)「と、思うんだけど……どうかな」

(‐(ェ)‐)「その通りだよ。俺は憑きもの筋の生まれで……名前はよく知らないが、多分そうなんだと思う」


 蛇の霊。
 人を呪い殺すという怪異、蛇蠱。
 憑きもの筋。


(・(ェ)・)「なるほど、専門家がついていたのか。そりゃあバレるはずだよな」


 呪いは成就した。
 されど犯罪は完全にならず暴かれた。

351名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:53:05 ID:iJgDDcdQ0

(#゚;;-゚)「あなたの罪は現在の法では立証することはできません。裁くことはできないのです」


 でぃちゃんの静かな声音が響く。


(‐(ェ)‐)「バレたら大人しく捕まろうと思っていたのに、無理なんだな」

(#゚;;-゚)「はい」

(・(ェ)・)「名乗りでても、無駄なんだな」

(#゚;;-゚)「はい。きっと誰も相手にしないのです」


 これは犯罪じゃない。
 罪ではあっても。
 人を呪い殺すという行為は罪ではあるが犯罪には成り得ない。

 自首することもできず。
 ちゃんと謝ることさえ……できない。

352名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:54:04 ID:iJgDDcdQ0

( (ェ) )「それは……辛いな」


 「良かったね」だなんてなるはずがない。
 過去の行いを悔いているのに、そのことは誰からも許されない。 

 それは、なんて――罰なんだろう。


(,,゚Д゚)「……辛い?」

( (ェ) )「…………」

(,,-Д-)「そう。ならその辛い感情をどうか忘れないで」


 誰も君のことを責めてくれないのだから、せめて。
 ギコさんはそれだけを呟いて踵を返し、すれ違い様に私の肩をポンと叩いた。


 ……そうだ。
 後は私の時間なんだ。

 ここからは私だけが取り組むべき問題―――。

353名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:55:33 ID:iJgDDcdQ0

ミセ*-ー-)リ「……熊谷さん。人間はその常識に応じて罪の重さが決まるそうです」


 誰も責めてくれないが故にそれは重く。
 誰も責めてくれないが故にそれは辛い。


ミセ*゚ー゚)リ「たとえ誰かが許してくれたとしても、その罪はずっと自分の心の中に残って痛み続けるんです」


 ねえ、分かっていたはずでしょう?


ミセ*゚ー゚)リ「熊谷さん。どうしてですか?」

( (ェ) )「…………」

ミセ* ー)リ「どうして、あなたは―――」


 だらりと下げられた両腕。
 蛇はもういない。

 静謐に閉じられた両目。
 光はもうない。

354名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:56:17 ID:iJgDDcdQ0

 まるで彼の方が死人みたいだと私は思った。

 人を殺した人間は心が死んでしまうのだ。
 傷つけた時も同じ。
 与えた量と同じだけの傷を負う。

 そうだとしたら、一体どちらが不幸なのだろう。


 空虚な雰囲気。
 重苦しい沈黙。

 そうしてやっと彼の唇が動き出し、言葉を紡ごうとしたその瞬間だった。




ミセ;゚ー゚)リ「………………え?」




 私は。
 あの時と同じ、瞳に焼き付く赤を見る―――。

355名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:57:07 ID:iJgDDcdQ0
【―― 8 ――】


 じゅぶり、という気持ちの悪い音を聞いた。
 それが気のせいだったのか、そうでないのかはもう分からない。 

 ただ覚えているのは焼きつくような赤。


(; (ェ) )「っ……ぁ……」


 掠れた声。
 搾り出したような。

 熊谷さんの腹部――背後から刀で一突きにされたその場所から滝のように流れ出る血液の赤。
 次いで口。
 刃は内蔵を貫通したのだろうか、それが抜かれた瞬間に熊谷さんは血を吐いて、赤く染まりつつある河原に倒れた。

 どさり、と。


(; (ェ) )「ぁ…………」

ミセ;゚ー゚)リ「え、あう――くまがや、さん……?」

356名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:58:04 ID:iJgDDcdQ0

 意味が分からない。
 意味が分からない。

 なんだこれは。
 なんだこれは。

 だって今まではちゃんと話ができていて、熊谷さんも反省していて、それで―――!




『…………当たり前なことなのですが、後から反省するくらいならば人なんて殺さないでください、』




 ぐちゃぐちゃな思考の中で聞こえる飴玉を舌先で転がすような甘い声。
 でも朴訥に、抑揚もあまりなく、そして蚊の鳴くような声のそれは狂気に満ちていて。

 いや違う。
 これは。
 狂気じゃなく――“凶器”。

357名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 22:59:04 ID:iJgDDcdQ0

(;゚Д゚)「でぃちゃんっ、救急車っ!!」

(;#゚;;-゚)「はい……!」


 それこそ無駄ですよ、と彼女が言う。
 私は助かるような殺し方はしないので、と彼女は言う。


 そこに立つ彼女。

 ……私と同じくらいの年か、それより下か。
 華奢で可愛らしい顔立ちからは年齢を読み取ることはできないが、前髪の奥から除く片目を隠した眼帯はただならぬ雰囲気を醸し出す。
 うなじが隠れるくらいの長さの黒髪は黒檀のように黒く、風に揺れていた。

 妖刀のような魔性、鬼気。
 間違いなく人間であるはずなのに、まるで人間らしくもなく。




リパ -ノゝ「…………表向きの法では裁けなくとも、罪悪は雪がれる運命です、」

358名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:00:04 ID:iJgDDcdQ0

 大きく刀を振り、血を飛ばしたことで眼帯をしている方の瞳はまた髪に隠れた。
 けれど私を見ている――捉えているのか分からない、墨汁を煮詰めたようなどろどろとしたその目は、変わらなかった。


(,, Д)「ユキ……ちゃんっ……!」

リパ -ノゝ「…………お久しぶりです。一年ぶりくらいでしょうか、」


 怒りに満ちた表情のギコさんが彼女――「ユキ」と呼ばれた少女を睨みつけた。
 デタラメに長い刀を持ち、軍服のような黒い制服を来た少女。
 熊谷さんを刺した女。

 背後から一突きにされた熊谷さんの顔は見たこともないほどに蒼白。
 ハンカチで傷口を押さえたくらいでは血は止まらない。


ミセ*;ー;)リ「熊谷さん! しっかりしてくださいっ……!」


 必死で呼びかける私も何処かで分かっていた。
 理解して、しまっていた。
 ぐったりと倒れ伏したままの彼がもう助からないということを。

359名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:01:05 ID:iJgDDcdQ0

 だって。



リパ -ノゝ「…………まったく。左目も見えず、右手も自由に動かないのでは上手く人も殺せません、」



 あそこにいる女は――死神なのだから。

 さながら底なし沼。
 一度飲まれたが最後、二度と出ることは叶わない。

 罪が消えないことを暗示するような、そんな。


(# ;;-)「殺すことは……なかったでしょう……。何も、殺すことは……」

リパ -ノゝ「…………今回で三人目だったそうです。呪殺という手段の悪辣さを見れば死刑は妥当だというのがこちらの判断です、」

(# ;;-)「っ!」

360名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:02:06 ID:iJgDDcdQ0

 女の言葉が終わるのも待たずでぃちゃんは勢い良く竹刀袋から日本刀を取り出し、抜き放って構える。
 両の瞳が猫そのままに縦に裂け、狐火のような呪力が渦を巻く。


リパ -ノゝ「………………やりますか?」


 対し、長刀を構えることさえしない女は相変わらずの朴訥な口調で続けた。


リパ -ノゝ「…………私としては構いませんが、人斬りに殺意を向けるというのがどういう意味かはご存知ですよね、」

:(# ;;-):「……っ」

(,,-Д-)「でぃちゃん」

:(# ;;-):「でも、私は……っ!」

(,, Д)「―――でぃちゃん!」


 カラン、と。
 ギコさんに乱暴に肩を掴まれ揺すられて、その手から刀が落ちた。
 そして崩れ落ちるようにでぃちゃん自身も膝をつく。

361名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:03:05 ID:iJgDDcdQ0

 威嚇のような、嗚咽のような。
 唸り声を残して。


リパ -ノゝ「…………何かご用件がある場合は最寄りの窓口までどうぞ、」


 そうして彼女は罪人に背を向け。 
 一瞬だけ、ちらりと倒れたままの熊谷さんを見て。


リハ -ノゝ「………………見積もって後二分。遺言はご自由に、」


 それだけを言って、そして。



リパ -ノゝ「それでは運が悪ければまたお遭いしましょう」



 もう二度と会わないことを私は祈っています、と。
 そんな風な一言を言い残し、刀も納めぬままで去っていった。

362名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:04:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 9 ――】



 因果応報……だよな


 そんなことない
 だって、ちゃんと後悔して、反省してたじゃん


 関係ないって
 それに聞いただろう?
 もう、三人目だから……


 ……それでも
 それでも、だよ
 何人とかは関係ないよ、やり直そうと思えたら……


 駄目だって、もう
 いや最初から駄目だったのかな……

363名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:05:14 ID:iJgDDcdQ0

 そんなことない
 そんなこと、絶対ないから


 水無月
 お前は勘違いしてるよ
 俺はそんなにいい奴じゃないんだよ
 大丹生もな
 こうして殺されることになって良かったかもしれない
 全部お前に知られずに済むんだから
 お前にもなつるにも、話さないでいいんだから


 …………


 「どうして」とか「なんで」とか訊くな
 知るとお前が傷つくだけだ
 アイツは死んだ、俺も死ぬ……それでいいじゃないか


 良くないよ

364名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:06:13 ID:iJgDDcdQ0

 いいんだよ
 俺達のことなんてさっさと忘れろ


 忘れるなんてできないよ
 だって
 二人がどんなに悪い奴だったとしても、私達にとっては優しい先輩だったんだよ?
 私達にとってはただの素敵な先輩だったんだよ?
 忘れられるわけないじゃん


 それでも忘れろ
 無理してでもいいから忘れろ


 …………


 ああ、そろそろか
 目蓋が重い
 眠くなってきた……

365名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:07:05 ID:iJgDDcdQ0

 最後だから言っといてやるけどな、俺はお前のこと憎からず思ってたよ
 なつるも同じだ
 いっつも馬鹿にして酷いこと言って……悪かったな


 気にして、ないよ……


 ……そっか
 安心した―――



 ………………熊谷さん?



.

366名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:08:04 ID:iJgDDcdQ0
【―― 10 ――】


ミセ* ー)リ「…………そうだよね」


 なんで忘れていたんだろう。
 なんで覚えていられなかったんだろう。

 こんな――当たり前なことを。


ミセ* ー)リ「人が死ぬと、悲しいんだ」


 恋人が死ぬのも。
 親友が死ぬのも。
 先輩が死ぬのも。

 たとえ、ほんの一年くらいの付き合いの奴でも。
 一度言葉を交わした誰かと二度と会えなくなるのは悲しいんだ。

367名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:09:04 ID:iJgDDcdQ0

ミセ* ー)リ「バッカみたいだよねー……私」

 
 そのことをちゃんと覚えていられたら。
 そしたら、もっと。

 ……もっと?

 どうしたって言うんだ。 
 どうすれば良かったんだろう。
 分からない。

 ああ、でも。


ミセ* ー)リ「…………いいよね」


 考える時間は、ある。
 いくらでも。

 これからの人生全てがその時間。

368名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:10:04 ID:iJgDDcdQ0

 だから、さ……。



ミセ*;ー;)リ「今だけは、何も考えずに泣いても……いいよね……?」



 夕陽に照らされる世界。

 本当に世のことはままならないんだなあ、なんて。
 当たり前なことを思いながら、日が沈み切るまで私は子供のように泣いていた。

 名前も知らない川辺では芹が静かに揺れていた。






【――――そこまで。第五問、終わり】

369名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:11:10 ID:iJgDDcdQ0


この話の原案を書いたのは多分一年以上前なんですが、冷静に読み返してみると色々な作品から影響受けてるなーと思います。
今期でやってる作品では『空の境界』のあるシーンを思い出させるような……というかミセリが諸に引用してますね、劇中の台詞を。

第五話はこれで終わりです。
一応。
この続きはまた近いうちに投下したいと思います。

370名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:16:30 ID:Feu6dmxM0

一応ってことは続くのな、最初の天使のシーンも気になる

371名も無きAAのようです:2013/07/06(土) 23:27:16 ID:6fiERVXY0

続き待ってる。

372名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 00:06:08 ID:KgUxIeKQO
雪最高!雪最低!


乙。

373名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:05:36 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 11 ――】


 学校の屋上だった。
 時刻にして六時半過ぎだった。
 二人の人間。

 ぼくと――その人。


 そして見透かしたような笑みで、会長は告げる。




「――――犯人は、お前だ」




 ……ぼくは。

 逃避も。
 弁解も。
 謝絶も。

374名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:06:20 ID:FOBxL5ZQ0

 無意味で。
 無駄で。
 無価値だと知りながらも、それでも。

 精一杯の虚勢。
 やっとのことでいつもの笑みを作って返事をした。




*(‘‘)*「私が? 何の犯人だって?」




 会長は微笑んだままだ。
 憎らしいほどに整った顔立ちは今日は素直に不愉快だ。


「この期に及んでよく言うね」

375名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:07:03 ID:FOBxL5ZQ0

 まったくだ。
 自分でもそう思う。


「まさに『言わせんな、恥ずかしい』だよ――沢近さん」


 微笑を嘲笑に変えて会長は続けた。




「君が軽音部の部長のナントカ君――自分の彼氏を殺した犯人だって、僕は言っているんだよ?」


.

376名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:08:02 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 12 ――】


 はあ?
 被害者の彼女が犯人?

 俺と同じく大学から研修にやってきていた友人、病葉トソン。
 この名探偵気取りの女子はあの呪いによって引き起こされた殺人事件の犯人は二人いたと言った。
 一人目はもちろんあの蛇を遣わした人間で、そしてもう一人が―――被害者の彼女。

 ぶっちゃけよく顔も覚えていないあの少女が……犯人?


(-、-トソン「プギャーさん、これは推理小説読みとしては当たり前な教養みたいなものなのですが……」

(;^Д^)「はあ」

(゚、゚トソン「『密室殺人』というものが物語で出てくる際に一番着目すべきなのは、言わずもがな『密室を作って得をする人間は誰なのか』なんです」

( ^Д^)「それは……そうでしょうよ」


 少し考えてみれば分かることだが、そもそも普通は密室なんて作らない方が良いのだ。
 だって、そりゃそうだろう。
 密室の中で誰かが死んでいる状況――事件性がないわけがない。

377名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:09:03 ID:FOBxL5ZQ0

 室内で誰かが死んでいて、その部屋の窓が開いていたなら外部犯や物取りの犯行と考えることができる。
 だがそこが完全な密室の場合はそうはいかない。

 要するに『見るからに事件っぽい』のである。


( ^Д^)「でもですよトソさん。今回の場合は結果的に密室になってるだけで、別に密室でもなんでもないじゃないスか」

(-、-トソン「はい。部員全員が一つずつ鍵を――“with me(今持っている)”でこそないですが“have(所有している)”の意味では――持っていたわけですからね」


 でもだからこそですよ、と彼女は続ける。


(゚、゚トソン「たとえばあそこで他の部員の子どちらかが鍵を持っていた場合、持っていない女の子はまず疑われずに済むでしょう?」

(;^Д^)「あー……まあ」


 結果的にどちらも持っていなかったから意味がなかったが、まあ確かにそうだ。
 そうだけど……。

378名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:09:53 ID:FOBxL5ZQ0

(-、-トソン「おそらくは部長の子が受けていた嫌がらせも彼女の仕業でしょうね。部屋に閉じ篭りたくなるように仕向けたんですよ」

( ^Д^)「いや、だとしても。だとしてもですよ? 今回の事件は呪いによるものじゃないですか」

(゚、゚トソン「蛇はいましたね」

( ^Д^)「まさかその女の子が憑きもの筋の人間を唆したー、とか言いませんよね?」


 それもあるかもしれませんが、と彼女は一旦言葉を切って。
 そして、もっと確実で直接的な方法も並行して行われていますよ、なんて微笑みながら言う。


(゚ー゚トソン「ところでプギャーさん。私、あと一つ二つ用事が終われば今日は帰りなんですが、何か食べに行きませんか? ユッケとか」 

(;^Д^)「はぁ? いや、俺ユッケ食べたことなくて……」


 それ以前に、なんかいきなり話飛んだぞ。


(-、-トソン「ならば是非とも食べに行きましょう。きっと美味しいですよ」

379名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:11:02 ID:FOBxL5ZQ0

( ^Д^)「“きっと”?」

(゚、゚トソン「私は食べたことありませんからね。そして今日も食べるつもりはありません。もう沈静化しましたが、一時期危ないと言われていましたし」

(;^Д^)「っ――じゃあなんで誘ったんスか!? 無責任だn(-、-トソン「……そういうことですよ」


 もう一度彼女は繰り返す。
 ゆっくりと。
 言葉を噛み締めるように「そういうことですよ」と。


(゚、゚トソン「多分、あの女の子はそういうことを繰り返していたんです」


 そういうことを。
 何を?


(-、-トソン「プギャーさん。『未必の故意』――という言葉をご存知ですか?」

380名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:12:03 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 13 ――】


「知っての通り、僕は生徒会長なんだけど」

*(‘‘)*「その生徒会長さんは今日の部活はどうしたんですか? 弓道部でしたよね、確か」

「今日は休みの日だよ――って、もー口を挟まないでよね」


 随分と勝手なことを言ってから、会長は「でね」と閑話休題をする。
 子供らしい所作。


「僕は生徒会長に就任した時に――つまり去年の秋に――視察として一度全部の部活を見て回ったんだよ」


 それは……初耳だ。
 『一人生徒会』というアダ名は伊達ではないらしく、この会長は呼ばれる通りに一人で生徒会だったらしい。
 たった一人で全ての生徒会活動をほぼ完璧と言えるレベルで執行している。

 この学校では基本的に春と秋の二回に生徒会選挙があり、別名『歩く校則』のコイツは今は二期目。
 去年の秋ならおそらく就任直後のことだから、予算編成の為だったのだろう。


「それで、今日も一度見てきた」

381名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:13:03 ID:FOBxL5ZQ0

 会長は微笑みながら続ける。


「いつの間にか随分と綺麗になってて……模様替えでもしたのかと思っちゃったよ」

*(‘‘)*「…………」

「聞いた話だと君がしたんだってね、大掃除。彼氏が部長だからってそんなに頑張ることもないと思うんだけど」 


 ぼくが、した。
 あの部室の掃除。


「お疲れ様。それで一つ訊きたいんだけどさ……」


 小首を傾げ、そして。



「―――どぉして君は部室をあんな風にしたのかな?」

382名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:14:02 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 14 ――】


 『未必の故意』――とは法学上の用語で、結果の実現が不確実ながらそれを容認した状態のこと、だ。
 それだけではイマイチ伝わりづらいが、俺がこの知識を仕入れた時と同じように――つまりは推理小説風に説明すれば幾らか分かりやすくなるだろうか。

 ――踵の折れやすくなったヒールを履かせること。
 ――落ちやすそうな場所に連れていくこと。
 ――食中毒になりそうな食べ物を冷蔵庫の中に置いておくこと。

 そういった風に、必ず起こる犯罪結果ではないけれど恣意的にそれを行い、また起こりうる結果を容認したことを「未必の故意」なんて呼ぶ。
 あるいはもっと直接的に『未必の殺意』と。
 狙った相手が死ぬ確率を高めることによって長期的に、偶然を作用させて殺人を成功させること。

 こういう犯罪は犯人を捕まえることどころか犯罪として立証すること自体が難しい。
 だってヒールをプレゼントすることもデートで高台に行くことも相手の家に賞味期限の切れそうな食品を置いておくことも、どれも犯罪ではないし、故意かどうか分からないのだから。

 蓋然性犯罪やプロバビリティーの犯罪と呼ばれる「殺意の証明が極端に難しい殺人行為」――完全犯罪に最も近い殺人。


(-、-トソン「―――たとえば、」

383名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:15:03 ID:FOBxL5ZQ0

 トソさんは、語る。


(゚、゚トソン「どうしてアンプはあんな所に置いてあったんでしょうね? あそこに置いちゃうとソファーに座った時に足が伸ばせないのに」

( ^Д^)「どうしてって……座ってベースを弾きたかったんじゃないですか?」

(-、-トソン「なら、アンプ自体に座って練習すればいいじゃないですか。実際プロのミュージシャンなどはよくそうしていますよ」


 楽器が置いてあったのは向かって左側だった。
 なのに何故アンプだけはソファーの前に置いてあったのか。


(゚、゚トソン「他にも――ティーセット。どうしてあんな高い場所に収納してあったんでしょう」


 女性にしては身長の高いトソさんでも、頭の位置。
 百七十センチ近くある彼女が踏み台に乗って、やっと安定して取れるような場所に割れやすいカップを収納していた理由。


(;^Д^)「う……でも、俺の家も食器は割と高い位置にありますし」

(-、-トソン「そうですね。ですが私がカップを仕舞うとしたらまず間違いなく出入り口近くのケトルが置いてある棚にすると思いますけどね」

384名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:16:01 ID:FOBxL5ZQ0

 そう言えば、ケトルは扉のすぐ横の小さい棚の上だった。
 その棚に何があったのかは覚えていないが、でも確かにあの棚に収納した方が勝手が良い。 


(゚、゚トソン「あとは机もおかしいですよ。あの大きさの部室に長机を、それも真ん中に二つ並べて置いちゃったら、多分練習の度に机を端に寄せることになります」

( ^Д^)「そう言えばちょっと狭かったような……」

(゚ー゚トソン「カップと一緒に置いてあったチョコの瓶だって毎日食べると分かってるんだから机の上にでも置いておけばいいのに。ね?」


 そうでないならば、せめて一番下の棚に置けば良い。
 今はまだ大丈夫だろうが……夏になれば、熱は上に溜まりやすいのだから、あんな高所にあるとすぐに傷んでしまうだろう。
 普通、お菓子は涼しい場所に仕舞う。

 流し台の下にある戸棚とか、そこら辺にだ。


(-、-トソン「一番おかしいのはあの踏み台ですよ。ただでさえ狭い部室で、どうしてパイプ椅子がそこにあるのに、壊れそうな古い踏み台が必要だったのか」


 一々椅子を動かすのが面倒だったのかもしれない。
 だから踏み台を持ってきた。
 だが面倒ならわざわざステップが必要な場所に普段使うものを置かなければ良い。

385名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:17:02 ID:FOBxL5ZQ0

 ……不必要だ。
 あんな、体重の軽いトソさんが乗っても軋むような、危ない踏み台は。

 何処かから持って来る必要なんてなかった。


(゚、゚トソン「あれが部員全員での大掃除の結果でああなっているのなら、『頭が悪いなあ』という笑い話で済むんです」


 少し不便で。
 結構危ないけれど。
 別に使えないわけではないのだから。

 だけど―――。



(^ー^トソン「あの部室の模様替えが誰か一人によるものだった場合――『踏み台に乗っている時にバランスを崩して机かアンプに頭をぶつけて死んでくれ』と、言わないばかりじゃないですか?」



 それが一人の手によるものならば。
 そこには明らかに殺意があった。

386名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:18:02 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 15 ――】


 故意の不在証明。
 殺意の不在証明。


*(‘‘)*「……そうね。掃除したのは私だし、配置を変えたのも私だよ」


 だけど。
 殺意も故意も――あったことは証明できない。

 それが恣意的な行為であることは、誰も。


*(‘‘)*「けどそれはそれだけの行為でしかないし、第一そこまで上手くいくとは思えないよ」

「……そうだね」


 手近な場所に硬いものを置いておいたとして。
 踏み台が古いものだったとして。
 そして何より、それらが全て殺意によるものだったとして。

 狙った相手が丁度よい具合にバランスを崩して頭を打つだなんて、そんな都合の良いことが起こるだろうか?

387名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:19:11 ID:FOBxL5ZQ0

「三人の部員の中で君の彼氏は一番小柄だから踏み台を使う確率は一番高い」

*(‘‘)*「大柄な熊谷君ならまだしも、なつる君だって百七十くらいだから横着しなければ踏み台は使うと思うけど?」

「それもその通りだよ」


 会長はずっと笑ったままだ。
 にやにやと。
 へらへらと。

 ……気持ちが悪い。
 吐きそうだ。

 事件の話をしていたら吐き気がぶり返してきたらしい……。


*(‘‘)*「それだけならもう帰っていい? ちょっと具合が悪くって……」

「うん、だろうね。恋人が死んじゃったんだから」


 だけど、と言って会長は続けた。


「その前に――その、君の近くに置いてある僕の鞄を取ってくれないかな?」

388名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:20:03 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 16 ――】


 そうかもしれない、と思う。
 あの部屋の掃除をした彼女ならわざと危険な配置にすることはできた。

 けれど「出来過ぎだろ」とも思うのだ。


( ^Д^)「いや今話してくれたことはそれっぽいですけど、ちょっと説得力が足りませんね」

(゚ー゚トソン「そうですか?」


 てっきり言い返すと思っていたが、トソさんは簡単に引き下がった。
 代わりに、


(-、-トソン「話は少し逸れますが……そこにある私の鞄を取ってくれませんか?」


 と言った。

389名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:21:02 ID:FOBxL5ZQ0

( ^Д^)「え? ああ、いいっスけど」


 特に断る理由もなかったので、足元に置いてあった彼女のバッグ。
 何故か俺の足元に置いてあるそれを俺は「なんで廊下でずっと話し込んでるんだろうなあ」とか「もう薄暗くなってきたなあ」とか思いつつ持ち上げ。

 その瞬間に、思わず小首を傾げた。


( ^Д^)「……ん?」


 それなりに膨らんでいる肩掛けの鞄。
 なのに、妙に軽い。
 拍子抜けしたというか、驚いてしまった。


(-、-トソン「―――驚きますよね、そういう時って」

(;^Д^)「え?」

(゚、゚トソン「中身が入っていると思ったものを持ち上げて、それが思いの外軽かったり重かったりした時」

390名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:22:10 ID:FOBxL5ZQ0

 水が入ってると思って空のヤカンを持ち上げてしまった時のような、そんな。
 

(-、-トソン「さて、では」


 この鞄が、もしも。
 あの部室にあったアレが、もしも。

 自分のものだったとしたら――俺はどうしただろう。



(゚、゚トソン「もしもその鞄が自分のものだったとしたら――あなたはどうしましたか?」



 入っているはずのものが入っていないということ。
 きっと俺は――いや大抵の人は。 
 今のように小首を傾げて、機嫌が悪い時なら舌打ちでもしながら、すぐに中身を見るだろう。

 “たとえそこが不安定な踏み台の上であっても”―――。

391名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:23:14 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 17 ――】


「…………そうだよ。今君がそうだったように、驚いちゃうんだよね」

*(;‘‘)*「っ……」


 ああ――決まりだ。
 この人は、全部見抜いている。

 ぼくの様子がおかしいとか、ぼくの過去がどうだとか、そういう理由じゃない。
 ぼくがやった仕掛けのことを見抜き、だからこそ犯人だと言ったんだ。


「どうしてあの日、あの時の現場にはガラスの破片があったのにチョコは一つもなかったのか」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。

 キモチワルイ。

392名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:24:05 ID:FOBxL5ZQ0

「まさか、誰かが食べちゃったのかな? そう言えば出血も少なかったよね?」


 全身が震える。
 小刻みに。
 必死に平静を保ってきたのにここに来て……!

 くそ……っ。
 落ち着け、大丈夫だから。

 その仕掛けがそうだったとしても―――。


「結局ね、あの曇りガラスの瓶の中には最初からチョコは入ってなくて、だから―――」

*(#‘‘)*「いい加減にしなさいよ!!」


 誤魔化せ。
 はぐらかせ。
 証拠なんて何処にもないんだから、逆切れして有耶無耶にしてしまえば済むことだ―――!

393名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:25:03 ID:FOBxL5ZQ0

*(#‘‘)*「チョコを抜いたのが私だって、どうして証明できるって言うの!?」

「……できないよ」

*(#‘‘)*「できないでしょ!? アンタの話は所詮推測だ!!」

「……うん」

*(#‘‘)*「彼が転んで頭を打ったのだって蜂が彼を刺したのだって――私が関わっていた証拠なんてない!!」


 ―――そこまで啖呵を切ったところで唐突に会長は笑い出した。
 弾けたように、思い切り良く。



「あはははっ! あはっ、はははっ!! あははははははっ!!!」



 滑稽だと言わんばかりの。
 おかしくて仕方がないと言うような。

394名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:26:10 ID:FOBxL5ZQ0

 哄笑。
 巧笑。
 世界の果てまで響くような悪魔の如き笑い声―――。


*(#‘‘)*「何がおかしいって言うの!!?」

「はははっ! まだ気がつかないのかなぁ!?」


 指を指して、笑われる。
 心底馬鹿にしたように嘲笑われる。


「ねぇ、沢近さん……いくらなんでも昨日の今日で事故が報道されたりなんか、しないよねぇ? いやしちゃうのかなあ?」

*(#‘‘)*「は……?」

「まだ警察もいちおー調査中だし? 先生達だって、生徒を刺激しないように言われてるだろうし……ねぇ?」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。

395名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:27:17 ID:FOBxL5ZQ0

 何が言いたいんだ、コイツは―――!?


「良いこと教えてあげよっか♪」


 そうして悪魔のように好戦的で、天使のように蠱惑的で、人間のように狂気的な満面の笑みを湛えたソイツが言った。




「君の彼氏の死因はね、スズメバチに刺されたことによるアナフィラキシーショックなんかじゃなく――原因不明の内臓破裂らしいよ?」




*(;‘‘)*「え……?」

「内蔵がぐしゃぐしゃになっててね、それで血圧が下がってショック状態になったんだって。頭からの出血もあったしね」


 嘘……?
 嘘だそんな。

396名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:28:07 ID:FOBxL5ZQ0

 そんな馬鹿な。


「ねぇ、じゃあ犯人じゃない沢近さん。君さっき『蜂が彼を刺したのだって〜〜』って言ってたけど……何処から蜂なんて要素が出てきたの?」

*(;‘‘)*「あ……う……」

「あははっ。新聞で見たとか言わないでよ? 刺してない以上そんなこと報道されるわけないし」

*(;‘‘)*「それは……あ、ま、窓を割った時に……逃げてくのが、見えて…………」

「へぇ? ああ、そっか。蜂を逃がす為に割った窓はそういう風な言い訳にも使えるんだ、なるほどぉ――でもさ、」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。


「一般的に蜂が活動するのは秋で、スズメバチが羽化するのは早くても七月の終わりくらいらしいよ? 今梅雨入り前なんだけど……どぉ思う?」


 ……いるはずがない。
 野生の蜂なんているはずがないんだ。

397名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:29:22 ID:FOBxL5ZQ0

 あ、う……あ……。


「残念だったねー、沢近さん。毎日消費期限が切れかけの食品を使ったお弁当を作ってきて、フグとかサバとか当たればヤバいものを食べに行ったりして」

*(;‘‘)*「あ、ああ……」

「学校歩く時だって湿気て滑りやすいところとか……あ、彼がよく通る階段近くに雑巾置いたりもしてたよね?」

:*(;‘‘)*:「うあ、あああ……」

「極めつけは香水だよー。香水って蜂の警報フェロモンと同じ成分が含まれてることがあるらしいけど、効果なかったねっ♪」

*(; )*「―――うわああああああっ!!!」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 気持ち悪い気持ち悪いキモチワルイ―――!

 違う違う違ぼくはあんな奴どうでも良くて違う違うただの仇で違う違う違う違うそうじゃない、違う―――!!

398名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:30:03 ID:FOBxL5ZQ0

 屋上の扉を開けて。
 嘲笑を背に走る。
 階段を落ちるように降りて。
 逃げ惑うように走り。
 転んで。
 すぐに立ち上がって。
 必死で。
 走って。
 廊下のその角を曲がって―――。


*(;‘‘)*「―――きゃっ!?」

(^ー^トソン「おや、大丈夫ですか? 廊下を走ると危ないですよ?」


 踵を返す。
 反対方向に。
 走る。
 謝りもせず。
 あれは誰だっけ。
 ぼくは誰だっけ。
 何がしたかったんだっけ。

399名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:31:02 ID:FOBxL5ZQ0

 走る。
 気持ちが悪い。
 吐きそう。
 垂れた涎が余計に不快感を煽る。
 廊下を曲がる。
 階段。
 早く帰らないと。
 何処に?
 家に?
 何をしに?

 ―――その時。




*(;‘‘)*「…………えっ?」




 何かを、踏んで。
 それで滑って。

 え嘘でsy

400名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:32:05 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 0 ――】


「―――あははっ♪ 人間の首って、階段から落ちただけでもあんなに曲がっちゃうんだねっ」


 首をあらぬ方向に曲げた後輩を見て愉しそうに笑う生徒会長。
 それに僅かな恐怖を覚えながらも「ああアレは無理だ」なんて冷静に分析している自分がいて。

 本当に、もう。
 何年経とうが何処にいようが何をしていようが。
 どうやら私の本質はずっと変わらず人でなしの人殺しであるらしい。

 それは吐き気のするような醜悪な事実だけれど――でももう受け入れたことだ。
 私は人を殺さない殺人鬼、それだけだ。


(-、-トソン「(まあ、それで分かったわけですし……)」


 少し前に、校門でこの子を見た時に分かった。
 「ああ、人を殺そうとしているんだな」ってなんとなく。

401名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:33:06 ID:FOBxL5ZQ0

 相も変わらず、私はそういう類の人間を直感的に分かってしまうらしい。
 だから『鬼札』だの『死神』だのと呼ばれている。
 名探偵にならない限りは必要のない、人の悪意を感じ取る技術。
 あの蛇を遣わした男の子もそこそこの憎悪を持っていたみたいだけど、どうなったんだろうか。

 ま、どうでもいいか。


(゚、゚トソン「しかし、何を言ったんですか。この子さっき出会った時半狂乱でしたよ」

「あは♪ 何も言ってないよ――言う前にどっか行っちゃったし」


 一つの理由もなく、僅かな決意もなく、あらゆる過去もなく、万別の大義もなく、あるべき意識もない。
 屈託のない、あどけない笑みを漏らして。


(-、-トソン「どうせ酷いことを言ったんでしょう。知っていますか? 犯罪者にも人権というものがあって……」

「わざわざこっちに誘導した君に言われなくないけどね」

(゚、゚トソン「…………」

「酷いことするよね、わざわざトラップが仕掛けられたままの階段に行くように仕向けるなんてさ」

402名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:34:03 ID:FOBxL5ZQ0

 確かに―――。
 私があそこにいなければ……いや、いたとしても廊下の途中だったなら、彼女は普通に私の横を通り過ぎていただろう。
 けど曲がり角で出合い頭にぶつかってしまって、つい方向を変えてしまった。

 それで自分の仕掛けた罠に引っかかり、こうして死ぬことになった。
 だからそこの彼女がこうなっているのは私のせいもあるかもしれない。



(-、-トソン「ですが――それこそ殺意の不在証明、未必の故意ですよ。私は歩いていただけなんだから」



 歩いているだけで罪ならば、人間は皆犯罪者だ。 
 歩いているだけで人を殺してしまうことはあるだろうけれど、やっぱりそれは罪に問われない。

 「人を殺したい」と思いながら歩いていたとしてもそれは同じくだろう。


(-、-トソン「……それに、それを言うならわざわざここだけ雑巾を置いたままにしたあなたも相当悪辣です」

「偶然だよ。こういうことは結構な頻度であるから僕だって回収し切れないんだ。保健委員会の清掃部門や掃除婦さんも仕事してくれてるんだケド……」

403名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:35:04 ID:FOBxL5ZQ0

 僕も見回りは毎日してるんだけど、と呟くように言う。
 思えば私の高校でもたまにゴミが落ちていたりしたけれど、いつだっていつの間にかなくなっていた。
 生徒会の人が拾ってくれていたのだろうか。

 もしそうならば私は知らず知らずのうちに守られていたことになる。
 階下で目を見開き横たわっている彼女が示してくれたように、人間が死ぬ可能性は何処にでもあるのだから。


(゚、゚トソン「……そうだ」


 ふと思い、腕時計を見て時間を確認する。
 まだもう少しあの友人には待っていてもらうことにしよう。


(゚、゚トソン「会長さん、そもそもあなたは人を殺すことをどう思いますか?」

「え?」


 あのミセリという子にもした質問。

 蛇を遣わしたあの子なら、どう答えただろうか。
 そして死を世界に望んだあの子なら、どう答えたのだろうか。

404名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:36:03 ID:FOBxL5ZQ0

「人を殺すということは人を殺すということでしかないと思うケド……『誰かの世界が狭くなること』くらいじゃないかな?」

(-、-トソン「なるほど。そうかもしれませんね」


 誰だって、誰かの世界を構成する一要素。
 意味合いは違えど、一つの欠片。

 人と出会う度に個人の世界は否応なしに広がって、別れを経験する度にその世界は狭くなる。
 少しずつ、少しずつ。

 彼がいなくなって。
 彼女がいなくなって。
 彼や彼女を知る誰かはどう思うのだろうか。

 ミセリという優しい少女は大丈夫だろうかと少しだけ気になった。


「んじゃ、僕からも質問なんだけどね」

(゚、゚トソン「はい」

「もし君がそこの女の子を殺すとしたら、それはどうして?」

405名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:37:11 ID:FOBxL5ZQ0

 殺すとしたら、か。

 人を殺そうとした罪に対する罰、そんなものでは勿論ないのだろう。
 私は人が人を殺すことを容認している。
 それはコミュニケーションの最小で同時に最大、人間が人間である為に欠かすことのできないものだから。

 でも―――。


(-、-トソン「私達はこの学校の授業を見学させてもらったりもしていました。私が主に交流したのは三年生のクラス……理系進学科の子達で、」


 そして、そのクラスには。
 アキレス腱が切れたせいで選手生命が絶たれた生徒がいた。

 それは階段から落ちたせいらしくて、だから。


(゚、゚トソン「私は一生懸命な人が好きです。それはなんでも――たとえ憎しみによる殺人行為だとしても」


 けど。

406名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:38:03 ID:FOBxL5ZQ0


(-、-トソン「それがなんであれ、自分の為だけに無関係な他人を犠牲にしても良いと思っているような人間は……大嫌いなんですよ」



 私がそこの女の子を殺すとすれば。
 きっとそんな些細な、けれど重大な理由なのだ。


「……ふぅん、そう」


 会長さんは満足気に笑った。
 今までの蠱惑的で悪魔の笑みではなく、思わず漏れてしまったような清々しい笑みだった。
 可愛らしい、笑顔だった。

 もう一度、腕時計を見た。
 ……いい加減友人を待たせておくのも悪い。


(゚、゚トソン「では私は失礼します。あとはよろしくお願いしますね、会長さん」

「んー……あ、最後に二つだけ教えてよ」

407名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:39:04 ID:FOBxL5ZQ0

 そして小首を傾げてその子は言った。



「どう考えても殺す為だけの関係だったのに、なんでそこの女の子は――――あの時、あんなに悲しそうな顔をしてたのかなぁ……」



(、 トソン「……それは、」


 それは――きっと。

 たとえ、復讐の為の偽りの愛だったとしても。
 それが恋ではなく、故意でしかなかったとしても。


(-、-トソン「きっと分からなくなっちゃったんですよ――好きなのか、嫌いなのか」

「……え?」


 閉じた世界の彼女の恋。
 彼女は起こりうる結末を容認していたのだろうか。

 ―――密室の恋を。

408名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:40:10 ID:FOBxL5ZQ0

(゚、゚トソン「最初は殺す為に近づいたのに、ずっと同じ時間を過ごすうちに……好きになっちゃったんですよ、きっと」


 あの沢近という子が行ったのはプロバビリティーの犯罪だ。
 スズメバチを仕込むだなんて殺意が疑われる行動なんてしなくても続けていけばいつかは目標を達成できたはずなのだ。
 それなのに何故、危険を犯してまで直接的な方法を取ったのか。

 それは多分、彼に早く死んで欲しかったから。
 時間が経つと憎しみが薄らいで、時を経るごとに好きな気持ちが強くなってしまうから。

 きっと彼女自身は分かってなかった。
 最後まで。
 だけど私はそう思うのだ。


「そんなこと、ありえるの?」

(-、-トソン「ありえますよ」


 自分の心なんてものは自分が思っているほどには思い通りにならないものなのだ。
 特に恋の場面では。

 私はそれをよく知っている。

409名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:41:10 ID:FOBxL5ZQ0

 そうだ、誰だって誰かの世界を構成する一要素。
 人は一面的な存在ではなく、どこまでもどうしようもなく多面的な存在。

 ならば憎いはずの仇の違う面を好きになることも――あるだろう。

 あってしまうだろう。
 それが不幸なのか幸福なのかは分からないけれど。
 分かりようが、ないけれど。


「ふぅん……。結局世の中はままならないんだね」

(-ー-トソン「そうですね」


 本当に、この世の中は。
 人を馬鹿にしてるみたいに、上手くいかない。


(゚、゚トソン「それでもう一つの質問は? なんですか?」

「ああ、それはついで。時間気にしてたみたいだけど今から何処行くのかなー、って」

410名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:42:05 ID:FOBxL5ZQ0

 なんだ、そんなことか。




(-、-トソン「―――今から友達と夕御飯を食べに行くんですよ。焼肉屋に、ユッケを」

「…………え。君、死体を見た後に焼肉って……図太いって言うか――罰当たりだね」




 放っておいてくれ。






【――――第五問、本当に終わり】

411名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:43:07 ID:FOBxL5ZQ0


 「心すら 心に叶ふ ものならず」


【歌意】
(「心に叶う」なんて言い回しがあるけれど)この心でさえも、私自身の思い通りになるものではないのだ。

【語法文法】
『心』は現代語と同じように主に「精神」「感情」を意味する。
続く『すら』は類推や強調の意味の副助詞。今回は「…でさえも」という風に強調として訳している。
『心に叶ふ』は『心(名詞)』『に(格助詞)』『叶ふ(ハ行四段活用の動詞)』なのだが、一つのフレーズとして覚えてしまえば良い。
これは「思い通りになる」「思うままにできる」という意味である。
次の『もの』はそのまま「物」として良いだろう。
最後の『ならぬ』は断定の助動詞『なり』の未然形に打消の助動詞『ず』の終止形が付いたもの。
古文での「なり」の識別は難しいが、体言若しくは連体形に接続されているものは十中八九断定の「なり」である。
今回の場合だと「だ・である(断定)」+「ない(打消)」で「ものではない」ということ。

【特記】
参考にした歌は前回と同じく離別歌「命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし」。
正確には、この歌を知り作者が抱いた感想を二つに分けたものが四話と五話の和歌もどきである。

私達は「思い通りになる」なんて言い回しを当たり前に使うが、考えてみれば、自分の思いこそが最も思い通りにならないものなのかもしれない。
百人一首に納められた和歌の多くは悲恋を詠ったものである。
恋をしてはいけない相手に恋をせずにいられたならば、恋の歌がこんなにも多く現代にまで残ることはなかっただろう。

412名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:44:04 ID:FOBxL5ZQ0

『天使と悪魔と人間と、』とのリンクネタ。
・この話でトソンが触れている「水川芹亜」という少女が、向こうの第十話でハルトシュラーが持っていた写真に写っている先輩。
・トソンが非情なのはその水川芹亜の調子が悪くなっているから。「生きたくても生きられない人もいるのに、無関係な人を巻き込んでも構わないなんてふざけるな」ということ。
・彼女が話した「アキレス腱が切れたせいで選手生命が絶たれた生徒」が神宮拙下(ハロー=エルシール)。


というわけで『怪異の由々しき問題集』第五話でした。
この作品には希望を持たせた終わり方をする向こうとは違って、結構切なかったり辛かったりする結末の話が多い気がします。



あ、二話連続でエロがなかったので、要望が多ければ追加で書きます

413名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 04:23:36 ID:.YO4ntNw0

トソンの神経は図太いな。
行動をすれば何らかの形で結果として帰ってくる。今回の場合は悪因悪果。
罪を受け入れてやり直すことも許されない。
そう考えるとやるせないです。

414名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 10:43:16 ID:YjiWjqz60
書いて欲しいぶひ

415名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 22:00:04 ID:v/c0oOhY0
おつ
上手く言えないけどひきこまれるんだよなぁ
エロまってますよ

416名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 22:47:05 ID:y7jAf2Vw0
わっふるわっふる!

417名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 23:43:59 ID:KgUxIeKQO
色なしさんがエロ書きたいなら、書けば良いと思うけど、
色なしさんの作品のキャラはエロで見て、素敵に見えるタイプではない気がする
エロが見えない方が結果的にエロく見える感じと云うか

418名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 00:26:01 ID:awHQ3Esk0



 第四問&第五問。
 模範解答。



.

419名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 00:27:11 ID:awHQ3Esk0

・《蛇蠱(へびみこ)》
 「ジャコ」とも呼ばれる香川県に伝わる蛇の憑き物の一種。
 この家系のものが特定の相手に憎悪の念を抱くと相手に蛇が取り憑いて苦しみだし、最後には内蔵を喰われ殺されるという。
 かつて海岸に長持が流れ着き、何人かの村人たちの間で取り合いになった。
 やがて公平に中身を分配しようと長持を開いたところ、中から無数の蛇が出それぞれの家に入り込みやがてこれが蛇蠱の家系となったとされる。

 人に危害を加えることの多い蛇の憑き物の中でもかなり直接的なことをする。
 そのせいなのか、香川県の一部のみの伝承であるのに割と有名。


・《憑きもの筋》
 日本の民間信仰の一つで、特定の霊を使役する家系のこと。
 その霊は総称として『憑き物』と呼ばれ、財宝を盗み家を裕福にしたり他人に危害を加えたりするという。
 大まかな分布図では東北では飯綱系、関東では尾裂狐系、中国四国地方では蛇蝎系。
 他の呪術と違って大きな準備が必要ないことが特徴でお供え物をするだけ、あるいは勝手に主の意思を読み取り行動するものが多い。

 民俗学的観点では病や富裕の差など理解困難な何らかの事象をどうにか理論的に理解しようとした結果として生み出された概念とされている。
 そういった経緯があるせいか、憑きもの筋は移住者の家系が圧倒的に多くまた差別の対象になりやすい。
 その他、詳しい解説は柳田國男など民俗学者の本を参照されたし。

420名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 00:28:30 ID:awHQ3Esk0

・《プロバビリティーの犯罪》
 日本語に直した場合は『蓋然性犯罪』と呼ばれる。
 犯罪結果の実現が不確実ながらそれが実現されることを理解し行ったもの――つまり刑法における未必の故意を満たした犯罪の総称。
 たとえると「消費期限の切れた食品を冷蔵庫に置いたままにしておく」のような犯罪。

 より正しくは罪を定義することや罪に問うことが極端に難しい為に“犯罪”にはならないことが多い。
 探偵殺しで警察殺しな最も完全犯罪に近い犯罪行為。


・《未必の故意》
 認容説的定義においては「結果の実現が不確実ながらそれが実現されうることを理解しかつ認容した場合」のこと。
 逆に、予測こそしていたが容認はしていない場合は『認識ある過失』と呼ばれて区別される。
 後者であれば罪に問われない、というわけではないが罪の重さは全く違う。


・《アナフィラキシーショック》
 アレルギー反応の一つ。
 外来抗原に対する過剰な免疫反応が原因で毛細血管拡張を引き起こしショックに陥る症状のこと。
 蜂毒、食物アレルギー等が主な原因。

 対処法としては救急車を呼び、所持している場合は即座に自己注射薬を打つ。 
 最悪の場合には死に至るので本人以外に周囲も気を付けてあげた方が良いだろう。

421名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 07:44:55 ID:gmKTa7Ko0
鵺の尾ともいうね。
長持ではなくて、ウツボ船だったとも。

422名も無きAAのようです:2013/07/11(木) 02:23:39 ID:PNLoOR3.O
この作品面白いな、エロはいいからこのままの路線を

423名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:00:51 ID:ENCj2HLk0




 落書き。 
 益体もない些細な出来事。

 「でぃの一日 平日編」





.

424名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:02:02 ID:ENCj2HLk0
【―― 0 ――】


「―――この日常が一番大切だー、って言うケド、そんなの当たり前だよね」


 会長にしては珍しく普通のことを言ったなあ。
 そんな風に思う私を後目に彼女は続けた。


「どんな非日常であっても続いていけば日常になる――だとしたら、『日常』は人生を形作る一番の要素で、それが大切じゃないわけがない」

ミセ*゚ -゚)リ「え……あ、確かにそうですね」


 と思ったら、やはり会長は会長で、普通のことなんて言わなかった。

 でも言われて見れば確かにそうなのだ。
 『日常』と言った場合に、私が思い浮かべるのは学校に行ったり帰って遊んだりする日々だけど、人によって『日常』なんて違う。
 何処かに旅行に行く度に事件に遭遇する漫画の探偵みたいな人がいたとしてもその人にとってはそんな日々が『日常』だ。

 私は誰かが誰かを殺したり、殺されたりするような『日常』は素直に嫌だと思う。
 そういうのは漫画の中だけで十分だ。

425名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:03:02 ID:ENCj2HLk0

 だけど、例えば殺人事件を捜査する刑事さんにとっては死んだ人と殺した人に出会い続けるのが『日常』で。
 私なんかは『日常』と聞いて沢山の退屈と少々の刺激を連想して、そしてそれが嫌いじゃないんだけど、そんな人ばかりじゃないんだ。

 毎日のように誰かから蔑まれるいじめられっ子の日常は――『日常』であり同時に『地獄』だ。

 そんな『日常』に帰りたいなんて思えるはずがないし、私のように安心するとかなんて、いやポジティブな印象なんて何一つも抱けないだろう。
 ……そう言えば、あのライトノベルの変わった名前の主人公もそんなことを言われていた気がする。
 どんなに稀有で貴重な『非日常』だって、続いていけば、それはその人にとっての『日常』へと変わってしまうのだと。


ミセ*-ー-)リ「だとしたら『日常が一番大切だ』なんてぶっちゃけ勝ち組の台詞なんですね」


 結局のところ「日常って大切だなあ」と言えた二次元の登場人物達は皆幸せだった。
 幸せだった間には、日常に浸っている頃には気付けなかっただけで。
 「日常が大切だ」という台詞は、とても遠回しな勝ち組宣言でもあるのだろう。
 辛く苦しい日々が『日常』だった人々も存在するのだから。

 そして会長が言ったことで何より最悪なのが、どんな『日常』であれ大切だということだ。
 『日常』の大切さには幸不幸は全く関係ないと彼女は言っている。

 残酷なほどに美しく、嘲笑するように笑いながら。

426名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:04:04 ID:ENCj2HLk0

 私達は、一瞬一秒の積み重ね。
 それまでの日々の集大成として現在の私達が存在する。

 だったら私達を構成する必要不可欠な要素は『日常(過去)』で――それが大切でないわけがない。


ミセ*゚ー゚)リ「望むと望まないに関わらず、幸不幸なんて関係なく、『日常』は大切なモノ」

「『日常』を大切に思えない人間は二種類しかいないと僕は思うよ。一つは、そんなことにも気付かないお馬鹿さんじゃないかな」


 ……学生の身には心に刺さる言葉だった。

 いや分かってるんですよ?
 今勉教しないと、受験の時に困るって。


ミセ*゚ー゚)リ「ちなみにもう一種類は? もう一つの方はなんなんですかぁ?」


 その事実から目を逸らすかのように私は訊いた。
 会長はなんてことはないように答えた。

427名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:05:05 ID:ENCj2HLk0

 その――悲しい事実を。



「この日々の積み重ねが自分になると理解しながら大切に思えないんだから、結局、自分のことが大切じゃない人でしょ」



 ……なるほど。
 道理だ。
 そしてこれはこれで心に突き刺さる言葉だった。

 だとしたら私は幸福なのだろう。
 毎日がそれなりに楽しく、でぃちゃんに出逢って変化した日常も好きだと言える私はきっと。


ミセ*-3-)リ「会長や……それにでぃちゃんの『日常』は、どうなんでしょうね。会長はどう思っていますか?」

「決まってるじゃん。僕は僕のこと好きだから、毎日が大切だよ。君の友達に関しては僕以上に決まってるじゃん」


 そうして会長は屈託なく笑って言った。


「あの二人は今、幸せな『非日常』にいるんだから」

428名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:06:04 ID:ENCj2HLk0
【―― 1 ――】



 ―――午前六時過ぎ


 カーテンの隙間から溢れる光が朝を知らせる。
 そろそろ起きないと、と比較的真面目な自分が思う一方で心の奥の甘えた私は「起きたくない」と駄々を捏ねている。

 理由は二つある。
 一つは単純に私が朝が苦手だから。
 もう一つは、今日は自分の部屋で寝ているからだ。


 私の部屋とご主人様の部屋は分かれている。
 この少し手狭な一室は勉強机や制服が置かれた私の私室。

 ご主人様の部屋には、彼が仕事をする為の机や、大きなベッドなどが置かれている。
 二人が一緒に寝るのは次の日が休みである時や行為に及んだ後。
 普段は、こうして別々の部屋で寝ている。
 ここに住み始めることになった際、私は同じ部屋が良いと言ったのだが、スペースの関係や「女の子なんだから私室くらい必要」という彼の意見や諸々で、今のようになってしまった。

 要らない気遣いなのにと当初は思っていたが、実際に住み始めてみると別の部屋で良かったかもしれないと考えることもある。
 ご主人様には絶対に見せたくないような行為――例えばお化粧などをしている時には特にそう思う。

429名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:07:04 ID:ENCj2HLk0

 けど、それでも。


(# ;;-)「…………寂しい」


 甘えたくなるような匂いや。
 僅かに聞こえる心臓の音や。
 抱かれると心地良い体温が。
 感じられないということ。

 あの人が近くにいないことが堪らなく、寂しい。
 こうして一人で眠る度にそう思ってしまう私はきっと我が儘なのだ。


(# ;;-)「私は、我が儘なのです……」


 でも。
 我が儘な子だと思われても良いから。
 一緒に眠りたいと、思う。 

 私が「今日は一緒に寝たい」と言っても、きっと勝手に布団に潜り込んでも、ご主人様は怒らない。
 だけどそういう我が儘ができないのはそれ以上に嫌われたくないと思っているからだ。

430名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:08:18 ID:ENCj2HLk0

 我が儘な子だと思われても良いから、一緒に寝て、抱き締めて、愛して欲しい。
 でも、それ以上に――嫌われるのは嫌だから。

 だけど。 


(# ;;-)「今夜は……一緒に寝たいのです……」


 目覚めたばかりなのに夜が暮れてからのことを思ってしまう自分がちょっと可笑しい。
 本当に私は、寝ても覚めても、考えるのはご主人様のことばかり。
 あの人の方もそうだったら、嬉しい。

 今日は勇気を出してお願いしてみようと考えて、笑ってしまう。
 ……私は馬鹿だ。



(* ;;-)「…………早く起きれば、それだけすぐにご主人様に会えるのです」



 どうやら少し、寝惚けていたようだ。

431名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:09:18 ID:ENCj2HLk0
【―― 2 ――】



 ―――午前六時二十分


 私は毎朝シャワーを浴びることにしている。
 目が覚めるし、何よりご主人様とは綺麗な姿で会いたいから。

 ……一度怠ったことがあったのだが、寝癖が付いたままになっていた。
 朝食の時に非常に恥ずかしい思いをした。
 同じ轍を踏むまいと、それ以降は毎朝ちゃんとお風呂へ行くことにしている。

 もう今となっては日課の一つだ。


(* ;;-)「ん……」


 風呂場から出て、タオルで髪の水分を拭き取る。
 昔は髪が長くなかったので手入れも楽だったが今は少し大変だ。
 さらさらした髪を維持するのは手間がかかる。
 でも、私を抱き寄せて頭を撫でる度に「気持ち良い」や「綺麗だよ」とご主人様が褒めてくださるので、暫くは長いままにしようと思っている。

432名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:10:20 ID:ENCj2HLk0

 でも、と脱衣所の鏡の前で思案を巡らす。
 折角ここまで伸びたのだから、ポニーテール以外にも何か別の髪型にしてみても良いかもしれない。

 ミセリさんに訊いてみようかな。
 ファッションのことにはかなり詳しいそうだから。
 一方で私は流行りには疎い。
 一応女子高生なのに。

 それでも、毎朝毎晩自分の体重を計るくらいの女の子らしさは持っている。


(;#゚;;-゚)「……行きます」


 少し前からちょっとずつ体重が増えてきているので、体重計には声に出して自分を鼓舞しないと乗れない。
 身体に巻いているバスタオルを取るかどうかで悩むくらいだ。

 そうして私が意を決して足を踏み出した瞬間。


(,,-Д-)「…………あ、」

(#// -/)「ひ――ゃぁぁぁあっ!!」

433名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:11:04 ID:ENCj2HLk0

 脱衣所のもう一つの扉、廊下へと通じるドアがスライドして開かれた。
 入って来たのは勿論、私のご主人様だ。

 あんなにも会いたかった人なのに、今ばかりは勘弁して欲しい。

 幸運にもご主人様は私が何をしようとしていたかは気付かなかったらしい。
 はしたない叫び声を風呂上りを見られて驚いたと解釈したようで「ごめんね、でぃちゃん」と謝ってくる。
 裸なんて何度も見せているから今更なのに、こういうとぼけたところは昔と変わらない。


(;-Д-)「いきなり、ごめんね……」

(#゚;;-゚)「大丈夫です。気にしないで欲しいのです」

( * Д)「ごめん……」


 と。
 私の身体を隠していたタオルが落ちた。

 後ろからご主人様に抱き締められたことで結び目が解けてしまったようだ。


(#// -/)「ん……。どうし、たのですか……?」

434名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:12:03 ID:ENCj2HLk0

 ああ。
 駄目だ。
 さっきは「裸なんて何度も見せている」と言ったけど、やっぱり……恥ずかしい。

 目の前の鏡には生まれたままの姿の私と、それを後ろから抱き締めるご主人様が映っている。
 こうして見ると、濡れた髪も、雫が滴る胸も、上気した頬も、何もかもがいやらしく感じてしまう。

 まるで――こうされる為の下準備としてお風呂に入ったみたいだと。


(;* Д)「最近、でぃちゃんがどんどん可愛くなってて……。いや前から可愛かったんだけどさ……」


 私を抱く力が少し増した。
 耳元で囁かれると、それだけで気持ち良い。


(;* Д)「可愛いなって思って……。ねぇ、でぃちゃん」

(#// -/)「なんですか……?」


 心臓の鼓動が、おかしくなっている。

435名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:13:04 ID:ENCj2HLk0

 壊れてしまいそうなほど早く脈動している。
 好き、好き、好き。
 そんな言葉を繰り返してるみたいに。

 ご主人様は言う。


(;* Д)「チューしても、いい……?」


 こういうところは草食系で、気を使ってばかりだ。
 だから私はいつものようにこう返す。


(#// -/)「……勿論です。私は、あなた専用なのですから……」

(;* Д)「ありがとう。好きだよ」


 そうして、ご主人様は私の頬に口付けた。

 唇じゃないのですか?
 そんな風に言い掛けていた唇をご主人様の唇が塞いだ。

436名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:14:11 ID:ENCj2HLk0
【―― 3 ――】



 ―――午前七時


 ……ああいう時のご主人様の自制心は心から尊敬する。
 とても男の方とは思えない。

 ご主人様は優しく甘く長いキスを終えて、「朝からごめんね」と恥ずかしそうに脱衣所を出て行ってしまった。
 今日は平日なので学校へ行かなければならない私を気遣ってくれたのだろう。
 ありがたいけれど、衝動に任せて滅茶苦茶にして欲しかったとも思ってしまうはしたない私も心にはいて。

 それよりも二人きりで、お風呂上りで、裸で……そんな状態で自制されてしまうと、女として少し自信を失ってしまう。


(#゚;;-゚)「(昔からそうなので気にしませんが。いつものことなのです)」


 トーストにバターを塗りながら自分を納得させる。
 色っぽい展開にはならないまま、いつも通りの朝食風景だ。

 ミセリさんには以前に意外と言われたが、私達の朝は大抵パンとサラダだ。

437名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:15:05 ID:ENCj2HLk0

 私もご主人様も日本的な朝ご飯を作れるのだが、どちらも朝は苦手だ。
 それにどちらもこうしてゆっくり過ごす方が好きなので比較的簡単な食事になることが多い。
 学校へ持って行くお弁当は昨日の内に大体作ってある。

 どちらが準備するとは特に決まっていないので早く起きた方が朝食の支度をすることになっている。
 今日は、私が着替えている間にご主人様が準備してくださっていた。

 そのご主人様は、今は小さく切ったトーストを口に運びながらニュースを見ている。
 この人は昔からパンを千切って食べる癖があり、これはその名残りらしい。
 沢山の月日が流れて、変わったことも沢山あるけれど、それでも昔と変わらない部分が残っているのは何処か微笑ましい。


(,,゚Д゚)「……ん。どうしたの、でぃちゃん」

(* ;;-)「いえ」


 少し悩んで私は言った。


(* ;;-)「ご主人様も……カッコ良くなられました。そう思っただけなのです」

438名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:16:08 ID:ENCj2HLk0
【―― 4 ――】



 ―――午前八時前後


 朝の心地良い空気を楽しみつつ自転車を漕ぎ、学校に辿り着くのは毎朝大体八時前くらい。
 昼間の喧騒が嘘のように静かな校内を歩いて二年文系進学科十一組の教室へと向かう。

 とは言っても、昼間よりも静かなだけ。
 練習を行っている部活も多いので、何処か遠く、中庭辺りからサックスの音が届いたりもする。
 校内を大きく回るように走っているのはバスケットボール部だろうか。

 そんなことを考えながら私達の教室がある校舎へと入り、階段へと向かう。


(#゚;;-゚)「(今日もいらっしゃるのです)」


 そこで、いつものように階段を上り降りする人影を見つけた。
 最初は驚いたが、毎朝のことなのでもう慣れっこだ。

 その二人は階段を走ったり、一段ずつ飛ばして上ったり、一歩一歩確かめるように下りたりしている。

439名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:17:02 ID:ENCj2HLk0

 何か部活の練習かと思っていたが、そうではないと最近分かった。
 一人は学校していのジャージにシャツ姿で、もう一人は普通の制服だからだ。
 服装に統一感もなく、号令に合わせて行っているわけでもなさそうなので個人的な訓練なのだろう。

 制服姿の一年生が長袖を腕捲りして階段を軽快に上って行く。
 その場に残ったラフな格好の一年生に私は挨拶をする。


(#゚;;-゚)「おはようございます」

(  ・ω・)「おはようございます。いつも邪魔して申し訳ないです」

(#゚;;-゚)「いえ、邪魔になってなどいません。そんなことはないのです。ところでいつも何をなされているのですか?」


 なんとなく、訊ねてみる。
 つぶらな瞳をした濃い焦げ茶色の髪の少年は答える。


(  ・ω・)「インターバルトレーニングです。足腰……特に爪先を鍛える為に。本当は砂浜や山地が良いんですけど」

(#゚;;-゚)「そうですか。通りで……」

440名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:18:03 ID:ENCj2HLk0

 パッと見ではただ育ちの良さそうなだけに見えるが、よく観察すると相当に鍛錬していることが分かる。
 ただ筋力がある、脚が速いというのではなく、何か一つの為に練り上げられた強さ。
 とても静かで大人しいが――その下には鋭い剣気が伺える。

 多分、この人は私と同じ。
 刀を使う人間だ。


(  ・ω・)「……良かったら、朝比奈先輩もご一緒にどうですか?」

(#゚;;-゚)「いえ。申し出は嬉しいですが、遠慮させて頂くのです」


 これでも飛んだり跳ねたりは得意なのです。
 半分は猫ですから。

 そう返そうかと考えて、やめておく。
 ただの冗談。
 ごく普通に別れを告げて階段を普通に上り始めた。

 それにしても、この学校には才能や能力を持った人間が多い。
 私も一度、剣道部の方々に稽古を付けてもらうと勉強になるかもしれないと思った。

441名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:19:02 ID:ENCj2HLk0
【―― 5 ――】



 ―――午前中


 早めに教室に入り自主勉強を行ったり手記を付けてたりしていると、やがて皆さんが登校し始めてくる。
 二年十一組の皆さんは、表面上は仲良しだが、明確な『自分』を持っている人が多いような印象をいつも受ける。
 連帯感はあるが、同じではない感じ。
 私のような客観的に見て「変わった子」も馴染めているのはそういう理由が大きい。

 他の学級には強いカリスマやリーダーシップを持つ中心人物が存在することもあるようだが、このクラスに中心はない。
 そういうところが私は気に入っていた。

 だから授業開始前の一時を取ってもそれぞれだ。
 私と同じくらい早く登校して勉学に励んでいる方もいれば、鞄だけが置かれたままになっており始業の寸前にやっと戻ってくる方もいる。
 中にはミセリさんのように気紛れに遅刻したり早退したりする方もいる。


(#゚;;-゚)「(それでもミセリさんの成績は、私よりもずっと良い)」


 総合では私の方が少し上だろうが、文系科目では全く敵わない。
 特に現代文や古文漢文は全校単位で見ても上位に食い込む。

442名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:20:03 ID:ENCj2HLk0

 受験の心配をしていらっしゃるようだが今の調子ならば英国社の三教科受験でなら大抵の大学に合格できるだろう。
 何処か行きたい学校があるのだろうか。
 あるいは、特定の誰かと一緒に行きたいのかもしれない。

 そんなことを考えてながら、朝の挨拶をクラスメイトの皆さんと交わし合っている内に始業の時間となる。
 今日はミセリさんも遅刻をすることなく私の隣の席に座っている。


ミセ*-3-)リ「朝から現国だからねぇ」


 他のクラスメイトから「今日は早いね」と声を掛けられて、ミセリさんはそう答えた。


ミセ*^ー^)リ「私はこの授業中に、教科書に載ってるお話を読むのが好きなんだー」


 どうやら。
 出席している際もあまり真面目には授業を受けていらっしゃらないようだった。
 ノートは取っているが話は聞いていないらしい。

 この人は本当に凄い。
 何度目か分からないけれど私はそう思った。

443名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:21:14 ID:ENCj2HLk0
【―― 6 ――】



 ―――午後


 昼食後の授業は、私は少し、眠くなってしまう。
 それは皆さんも同じようで午後は全体的に元気がない。
 これが体育があった日などだと半数が夢現だ。

 体育と言えば、そろそろ水泳の授業が始まる季節だ。
 以前家で着た際には少しサイズが合わなくなっているように感じたので新しいものを買いに行かなければならない。


ミセ*-ー-)リ「…………ん」


 教科書を読んでいるフリをしながらお昼寝を取っていたミセリさんが、目を覚ます。
 黒板の上に設置された時計を見て、あと数分で授業が終わることに満足気だ。

 狙って起きたのだとすれば、つくづく凄いと感じてしまう。
 何かと器用な方だ。
 数学の時間に寝ているから余計に苦手になってしまうのだと思うが、でも少しだけ尊敬してしまう。

444名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:22:59 ID:ENCj2HLk0

 思えば、ミセリさんは週何回かスポーツクラブに通って泳いでいると聞いている。
 私は水泳が苦手なので教えて頂けるよう頼んでみようか。
 少し体重が増えてきて、このままではご主人様に持ち上げてもらえなくなるので身体を絞る目的も兼ねて。

 そうして恙なく授業が終わり、クラスメイトの皆さんは帰り支度を始める。
 部活の為に教室を飛び出していく方、遊びに行く為にさっさと教室を後にする方、また仲良しな友人と談笑を始める方、様々だ。


ミセ*^ー^)リ「じゃ、またねー!」


 ミセリさんは今日はこれからデートらしく、簡単に挨拶をすると些か上機嫌に教室を出て行ってしまう。
 先ほどまで睡眠を取っていたのは遊ぶ為の元気を貯めていたのかもしれない。

 余談ではあるが、ミセリさんは「またね」とは言うものの「また明日」とは滅多に口にしない。
 明日は学校に来ないかもしれないからだろう。
 彼女も彼女で、まるで猫のように気紛れな方だった。
 

(#゚;;-゚)「……私も帰ります。さよならなのです」


 さて。
 残っていた方々に別れを告げて、そろそろ私も帰路に着くことにしよう。

445名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:24:07 ID:ENCj2HLk0
【―― 7 ――】



 ―――午後六時


 私達の家の夕食は日にもよるが、六時過ぎだ。
 職業柄、夜は忙しくなることが多いので早めにご飯を食べておいた方が都合が良い。

 夕食の準備も、特に決まっていない。
 なので少し帰るのが遅くなるとご主人様が下準備を終えていたりする。
 今日は真っ直ぐ帰宅したので時間のある私が作っていた。
 こういう日はご主人様は代わりに浴槽を掃除してお風呂を準備してくださる。

 あの人は大学生だが、あまり大学に行くことはない。
 最近では登校せずとも単位を修得できる制度があるそうで毎日行く必要がないらしい。
 でも。


(#゚;;-゚)「(折角学生になられたので、もっと遊んだりして欲しいのです……)」


 そんな大学生活は、楽しいのだろうか。
 折に触れてふと思ってしまう。

446名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:25:13 ID:ENCj2HLk0

 普通に大学に行けばお友達も沢山できただろうし、楽しいことも沢山あっただろう。
 昔は学校でのご友人は少なかったが、今はもう少し大人になったから、上手くやって行けると思う。
 通うのは大変だとは思うけれど通うだけの価値はあるはずで。

 食卓を囲み。
 夕食の席で私がそう問い掛けると、ご主人様はテレビのバラエティを見ながら答える。


(,,^Д^)「なんて言うか、さ。学校もきっと楽しいだろうと思うよ」


 でもさ、と続けた。
 好物の甘めの玉子焼きを口に運んで、咀嚼して。
 目を閉じて、味わって。


(,,-Д-)「こんなに可愛い人が家にいて、こんな美味しい料理があって……。この家にいる方がもっと楽しいんだよね」

(#// -/)「そう、ですか……分かったのです……」


 思わず私は赤面してしまって、ご主人様の顔を見れなかった。
 彼がこちらを向いていなくて良かったと思う。

447名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:26:10 ID:ENCj2HLk0

 テレビをずっと注視しているのは彼も恥ずかしいから。
 頬が少し、紅くなっている。
 照れているのだ。

 それを誤魔化すようにご主人様は言った。


(,,^Д^)「そう言えばさ、今日手紙が届いたんだよ。高校時代に部活が一緒だった……って、覚えてるよね」

(*゚;;-゚)「そうなのですか。嬉しそうです」

( *-Д-)「うん、凄く嬉しい。でぃちゃんも知らない仲じゃないから嬉しいでしょ?」


 冷静に考えれば向こうもパソコンくらいは持っていると思うので、連絡を取りたければいつでも取れる。
 この現代で手紙なんて。
 だけどそういうことではないのだろう。

 何より、ご主人様が嬉しそうだ。
 それだけで私は良い。

 そんな笑顔を見れるだけで生きている価値があったと――そう思えるのだから。

448名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:27:12 ID:ENCj2HLk0
【―― 8 ――】



 ―――午後九時


 夕食が早いため、お風呂の時間も早めだ。
 九時には二人共終わっている。

 見たいドラマがあったので、髪を乾かし終えてリビングへと向かう。
 二人掛けのソファーではご主人様が本を読んでいた。
 昔は本なんてほとんど読まなかったのに変われば変わるものだ。

 私も、ご主人様の隣に腰掛ける。


(*゚;;-゚)「あ……」


 その瞬間、抱き寄せられた。
 そのまま膝枕をするような体勢に移行させられてしまう。
 私はされるがまま。

449名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:28:03 ID:ENCj2HLk0

 そうしてご主人様は私の頭や身体をゆっくりと撫で始める。

 猫だから。
 猫を愛でるように。


( *-Д-)「いい匂い……」

(#// -/)「んっ……ぁ……っ」


 髪の感触を楽しむように優しく撫で。
 顎から頬を指でつつ、となぞって。
 肩や腰にそっと触れて。
 猫ならば肉球があるべき手の平を軽く揉んで。
 指を絡ませ合って。

 その一つ一つで、じんわりと身体が熱を帯びていく。
 もどかしくて、心地良くて。

 ご主人様は猫に触れているつもりなのかもしれないけれど、私は女として感じてしまっている。
 微かに漏れる吐息を隠しつつ私は思った。
 これじゃあトリックどころか犯人が誰かさえ頭に入って来ないかもしれない、なんて。

450名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:29:12 ID:ENCj2HLk0
【―― 9 ――】



 ―――深夜


 身体全体を揺らす振動に目が覚める。
 ドラマの終わりは覚えているので十時までは起きていたはずだが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 振動の理由はすぐに分かった。

 ご主人様が私を抱いて、階段を上っていた。
 お姫様抱っこ。
 あんなに頼りなかった彼も今ではもう、私を持ち上げるくらいは容易くできる。


(* ;;-)「(もう少しなら太っても……大丈夫かな)」


 今日は増えていなかったが、減ってもいなかった。
 けれど、この分だとそこまで気にする必要はないのかもしれない。

 少なくともこうして抱かれている内は。

451名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:30:03 ID:ENCj2HLk0

 階段を上り終えたご主人様は私が目を覚ましたことに気付いたらしい。


(,,-Д-)「ごめんね、起こしちゃったね」

(* ;;-)「いえ……。嬉しいです、感謝したいのです」


 ああ。
 駄目だ。
 甘えてしまう。

 こんな風に優しくされてしまうと。
 もう――我慢なんて、できない。


(* ;;-)「ご主人様……」

(,,-Д-)「何?」

(* ;;-)「今日は一緒に寝たい、です……」


 遂に、言ってしまった。

452名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:31:00 ID:ENCj2HLk0

 私は駄目な子だ。
 我が儘ばかり。
 自分勝手でご主人様がいつも私を見ていないと気が済まない。

 好き―――。
 もう自分ではどうしようもないくらいに。


( * Д)「うん……」


 ご主人様は言う。


( *-Д-)「俺も一緒、だよ。一緒に寝たい……」

(* ;;-)「なら……!」

(;*-Д-)「でもでぃちゃんが同じ布団にいると、我慢できなくなっちゃうんだよね……色々と」


 そう。
 それもそうだ。

453名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:32:04 ID:ENCj2HLk0

 確かに私達は一度始めてしまうと、お互いにヘトヘトになるまで続けてしまう。
 特に私の方は意識が飛んで終わりということがほとんどで次の日も気持ち良くなり過ぎた名残りでふらついている。
 平日でそんな風では困る。

 分かっている。
 けれど。

 また私が我が儘を口にする前に、ご主人様が続けた。


( *-Д-)「でも俺も我慢するから――今日は、一緒に寝よう」

(* ;;-)「はい……」


 そして私達は唇を合わせた。
 最初は啄むように、次は舌を伸ばして絡ませ合い、唾液と体温を交換して。
 今日はこれでおあずけだから、いつも以上に。

 私は、幸せ。
 好きな人からこんな風に愛される日々が続くことが堪らなく幸せ。

 そうして私は早く週末にならないかなと思いつつ――彼に全てを委ねて、目を閉じる。

454名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:33:12 ID:ENCj2HLk0
【―― 0 ――】


「―――新婚生活が終わるのは、その『非日常』が『日常』になった時なんだよ。付き合っている時も同じ」


 楽しくて楽しくて仕方がないのは始めの数ヶ月だけ。
 その続きは、ただの『日常』なんだ。

 また知った風に会長は語る。
 天使のように蠱惑的なのに色恋沙汰には――いや、天使だからこそ色恋沙汰には縁のなさそうな彼女はそう言った。
 私もそれはそうだと思う。

 だけど。


ミセ*^ー^)リ「でも、幸せな日々がそのまま『日常』になれば……それが一番ですよね?」


 そう。
 辛くて苦しい日々が『日常』である人達がいるのだから。
 楽しくて仕方ない毎日を『日常』にすることだってできるはず。

 付き合い始めてからの特有のドキドキ感がなくなった後でも一緒にいて楽しいかどうか。
 良いカップルかどうかはそこで分かれると思う。

455名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:34:22 ID:ENCj2HLk0

「ミセリちゃんは、この『日常』が好き?」

ミセ*^ー^)リ「はい」

「ならこの『日常』を続けていく為に頑張らないといけないね。その先にある自分の為にも」

ミセ*-ー-)リ「そうですね……」


 でも。
 私はただ続けるだけじゃなくて、少しずつで良いからもっと楽しい『非日常』を見つけて、それを『日常』に変えていきたい。


 そして。
 『非日常』も、続いていけばいつかは『日常』になる。
 だから、できることならば――非日常に在る恋を日常に在る愛に変えていきたいなと私は思った。

 彼女達がそうであれば良いと、私は願った。






【――――落書き、終わり】

456作者。:2013/07/27(土) 21:35:43 ID:ENCj2HLk0

時系列的には第三問の後、第四問の前くらい。
まだ彼女が素直に恋愛は素敵で、自分の『日常』がこんな風に続いていくと考えていた頃の落書き。


エロ補完の為に書いたのに、エロシーンを入れることを今の今まですっかり忘れていました。
シャワーシーンくらいはあっても良かったかもしれません。
皆さんも良ければ心の目で補ってください。

余談ですが、でぃが少し太ったのは胸とかお尻とかがより女っぽくなったからです。

水泳をするわけでもないのにスクール水着を着たとか、あまり重くなると持ち上げてもらえないとか。
ちょっと想像すると全くけしからんことです。




>>421
自分より詳しい人がいようとは……!
勉強になりました。

>>422
元々エロありの作品なので、はい

457名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 22:33:27 ID:iJeAieJs0

微笑ましい。

458名も無きAAのようです:2013/07/29(月) 23:36:50 ID:D/6Tl8kcO
次の問題編、解答編を早く

459名も無きAAのようです:2013/07/30(火) 16:32:04 ID:FjDwmSp.0
京極夏彦が遠野物語のリミックスを書いたのが出版されてますよ。
興味が有れば御一読を。

柳田国男のも面白いけど、京極夏彦のも読みやすくて良いと思います。

460名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:09:45 ID:kLA0APMA0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

461名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:11:03 ID:kLA0APMA0




 第六問。
 暗記問題編。

 「菊花の約」





.

462名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:12:10 ID:kLA0APMA0




 音に聞きて 一人で探る 君の影



.

463名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:13:03 ID:kLA0APMA0
【―― 0 ――】


「―――よく『家族だから』みたいな言い回しがあるけど、よくよく考えてみるとそれって訳が分からないよね」
 

 家族であるということ。
 それはどういうことなんだろう。


「『だから』という言葉は順接の接続語だから……あ、“だから”って使っちゃった、まあいいや。とにかく『AだからB』という文の場合、AがBの理由になってるってわけだね」


 言い換えれば「Aである故にBである」。
 会長さんが言うようにAはBの原因で――逆に言えばBはAの結果と言える。

 家族だから、○○。


「ちなみに君は家族仲は良かったのかな?」

li イ*^ー^ノl|「はい。とても」

「そう。……それは“家族だから”仲が良かったの?」

464名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:14:11 ID:kLA0APMA0

 この学校で一番空の近いこの生徒会室。
 階数で言えば五階とか六階とかになってしまうこの場所は「時計塔」とも呼ばれている。

 校舎から真上に突き出した長方形。
 そこにあるのはこの生徒会室と、外壁の大時計をメンテナンスする為の部屋と、倉庫くらいのものだ。
 そしてここの主と言って差し支えない会長さんは窓辺で佇み、遥か下、正門の辺りを見下ろしつつそんなことを口にした。

 私は少しだけ悩み、答える。


li イ*゚ー゚ノl|「いえ――きっと家族でなかったとしても仲良しだったと、思っています」


 少なくとも、私は。
 実の兄に恋をしていた私は、そう思いたい。


「ふぅん。それは重畳だね」


 もちろん、そんなことは言わなかったけれど会長さんは知った風に頷いた。
 この人は本当に「知った風」であることが多い。
 それが知ったかぶりなのか、本当に何もかもお見通しなのかは誰にも分からない。

465名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:15:03 ID:kLA0APMA0

「でもきっと氷柱ちゃんみたいな家族は稀で、大抵の家族は『家族だから仲良し』なんだと思うよ?」

li イ*゚ー゚ノl|「それは儒教の流れを汲んでいる以上、仕方のないことです」

「儒教、儒教か。あの爪や髪の毛さえ親の物であるみたいな変な考え方の宗教」


 会長さんの儒教のイメージは限定的過ぎたけれど別に間違ってはいなかったので訂正はしない。
 というよりも、直後に自分で訂正を加えた。
 まあ僕が家族意識の希薄な人生を送ってきたせいなのかもしれないケド、なんて。

 家族は大切にしないといけない。
 家族だから、仲良くしないといけない。 


「でもね、どうなのかな?」


 それは、視線の先の誰かの境遇を思い浮かべるような、そんな声音。


「家族って、いつ『家族』になるんだろう。親子や兄弟姉妹なら分かるけど、夫婦や……あと養子とか。あの人達はいつ家族になるんだろう」

466名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:16:03 ID:kLA0APMA0

 家族だから○○。
 じゃあ、その原因である『家族』ってどういうこと?

 ××だから家族の“××”には何が入る?


「結局、その関係性に血や名前は関係ないのかもしれないね」


 家族のような人間関係。
 家族みたいな人間関係。


「家族は縁の切れない他人だと誰かが言っていたケド……僕は違うと思うな」


 家族になるかもしれない人間関係。
 家族になりたかった人間関係。

 他人はいつ、どんな要素で家族に変わるんだろう。

467名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:17:05 ID:kLA0APMA0

「ちなみに氷柱ちゃんは『家族』ってなんだと思う?」

li イ*^ー^ノl|「……決まってますよ」


 訊かれるまでもなく、言うまでもないこと。
 私にとっては本当に当たり前なこと。

 少し特殊な家庭に育った私は、血も名も繋がっていないかもしれない兄や姉を、それでも『家族』だと言い張る為にこう定義した。



li イ*-ー-ノl|「―――積み重ねた時間と想いが『家族』である証明です」



 私はいつでも、家族のことを想っている。
 夢で逢えてしまうほど強く。

 昔も、今も。

468名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:18:03 ID:kLA0APMA0
【―― 1 ――】


 先輩がいなくなって。
 その先輩を殺した人がいなくなって。
 彼女もいつの間にかいなくなって。

 沢山の人が色々な事情で退場した世界は今も当たり前に生きていて、それが余計に虚しく。
 きっとそれは全員が全員、退場させられたからでもあって。

 なんだかよく分からない気持ちの午後は緩やかに過ぎる。


ミセ* -)リ「…………」


 彼等の間には何かがあったのかもしれず、彼等の過去には何かがあったのだろう。
 私は結局何も知れないまま、ただ事件が終わるのを見届けただけ。

 真相なんて、分からない。
 何が真実だったかも。
 犯人が誰とかどうやって殺したとか、そんなものだけを明らかにしても、なんにも変わらない。

 終わらない。

469名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:19:10 ID:kLA0APMA0

(#゚;;-゚)「ミセリさん……」

ミセ* -)リ「…………」


 きっと私は一生その真実を知ることはない、けれどきっと一生彼等のことを思う度に思い出すのだ。
 何一つ終わらないままに閉じてしまった密室を。

 あの長刀を持った黒髪の少女は知っていたのだろうかと、それだけが少しだけ気になった。


ミセ* ー)リ「……よしっ」


 ―――だけど。

 なくなってしまった軽音部も。
 死んでしまった先輩達も。
 もう戻ってこない、様々な情景も全て置いて行こう。

 ここに置いて行こう。
 心に――置いて行こう。

470名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:20:05 ID:kLA0APMA0

ミセ*^ー^)リ「―――あ〜、よく寝たっ!」


 心の何処か、片隅にしまっておこう。
 だって私は生きているんだから――立ち止まってばかりいられない。

 さてそうと決まればと私が決意した瞬間だった。


(*^ー^)「おはようございます水無月さん。授業中に堂々と睡眠宣言だなんて良いご身分ですね」

ミセ;゚ -゚)リ「は、はは……。おはようございます……」


 声を出したのがマズかったのか。
 それとも伸びをしたのがいけなかったのか。
 見れば、目の前に担任がいた。

 硬直する私、ロリ顔教師はとても良い笑顔で告げる。


(*^ー^)「授業はもう終わりですが、水無月さんはこの後職員室にどうぞ」

ミセ; ー)リ「はい……」


 ……心機一転、大失敗。

471名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:21:16 ID:kLA0APMA0
【―― 2 ――】


 私は昔から授業参観という学校行事が大嫌いだった。

 高校にもなって家族に自分の勉強風景を見せたいと思う人がいるだろうか、いやいない。
 反語表現。

 そもそも「授業参観」という非日常になっている時点で普段の学校生活を見せているとは言い難い。
 生徒の方も教師の方もだ。
 申し訳程度に行われるこの定例行事は、ほとんど親達の交流の為――あるいは服のセンスやら貴賎やらその他を値踏みし合う為――のようだった。


ミセ*-3-)リ「そんなこと思っちゃうのは私にいないからかもしれないけど」


 そして最も大きな理由として「自分には関係ない」のだ。
 どうせ誰も来ないのだから。
 いや、「誰も来ない」なんて言い方をしてしまうとまるで来るべき誰かがいるかのようなので訂正しよう。

 私には授業参観に来るべき家族が一人もいない。 


(#゚;;-゚)「ミセリさんは誰が来られるんですか?」

ミセ*-3-)リ「いつもどーり、誰も来ないよぉ」

472名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:22:06 ID:kLA0APMA0

 授業参観日、当日。
 いつもより少しだけ騒がしい教室といつも通りの私。

 机に突っ伏しつつアヒル口で答える。
 寝たフリのような姿勢。
 実はこのポーズは胸が大きいと胸部が圧迫されて苦しいのだが、まあ幼い頃からの癖なので止める気にはならない。 

 そもそもこの寝たフリ自体、幼く可愛かった頃の私が誰も来てくれない授業参観を乗り切る為に生み出したものだし。
 今使わないで、いつ使うというのだ。

 いや、今も私は可愛いけれど。


ミセ*-ー-)リ「おかーさんが病死で、おとーさんが色々あって小さい頃に死んで……だからもう来る人はいない」


 より正しくは「一度だって来る人はいなかった」だけど。


(#゚;;-゚)「ですが、それならば保護者の方が……」

ミセ;-ー-)リ「女がお金を稼ぐ方法は幾らでも――あ、ウソウソ、嘘だからそんな目をしないででぃちゃん」

473名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:23:26 ID:kLA0APMA0

 端正な顔を名状し難い表情に変えた隣の席の彼女に急いで前言撤回。
 「ならば良いですが」なんて、まるで保護者みたいなことを呟くのはもちろんでぃちゃんだった。

 大きな傷の残る、そしてそんな傷でも損なわれようがないほど清楚そのものな顔立ち。
 尻尾のようなポニーテール。
 幼さの残る声音と折り目正しい一挙手一投足。 

 彼女、朝比奈でぃ。
 私の隣の席に座る人間と猫又とのハーフの美少女。

 そんな彼女も、本当に珍しいことに、今日はそわそわしているように見える。


ミセ*゚ー゚)リ「一応、保護者は伯父さんってことになってるけど、忙しい人だから」


 どうでもいい設定を告げるだけ告げて私は再度机に突っ伏す。
 自分で言った冗談はちゃんと冗談だと伝えておかなければならない。


(#゚;;-゚)「そうなのですか、意外なのです」

ミセ*゚ー゚)リ「いがい?」

474名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:24:22 ID:kLA0APMA0

(#゚;;-゚)「いえ……ある意味では予想通りなのです」


 妙なことを言う。

 両親とは死別し今は一人暮らし。
 私のそういう家庭状況を話すと大抵の人は居た堪れないような顔をするのだが、でぃちゃんは違った。
 むしろ何か安心したかのような――そんな風。

 その疑問はすぐに解消されることになった。
 「私だけ聞くのは公平ではないと思うのでお話しますが……」という前置き、そして。


(# ;;-)「私の父はある家の嫡男で、将来を誓い合った仲の相手がいたにも関わらず私の母――つまり人の姿をした化け猫ですが――と一夜を共にし、」

ミセ;゚ー゚)リ「え、あの、」

(;# ;;-)「それで私が生まれたのですが、良かったねなどとなるわけはなく、それで……」

ミセ;>д<)リっ「あーっ、わーストップ! なしなし、この流れなしっ!!」


 思わず叫ぶ。
 次いで覆い被さるように口を塞ぎにかかる。

475名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:25:24 ID:kLA0APMA0

 自分から「私両親死んでるから授業参観誰も来ないんだ」と言っておいて作った流れを強引に止めた。
 超が付くほど自分勝手。
 聞く立場になって分かったが、友達の家の込み入った事情なんて聞きたい類のものじゃない。

 ごめん、今までの私の友達。


(;#^;;-^)「ま、まあつまり私も授業参観は馴染みがないということです」

ミセ; ー)リ「うん……みたいだね……」


 笑顔で結論を言われてしまったが、こちらは気が気ではない。
 「それで」だったことから恐らく後一つ二つ重たい過去があるのだろう。

 マジでごめん、かつての私の友達。


ミセ*゚ー゚)リ「んじゃあ、今日はその折り合いの悪いお父さんが?」

(;# ;;-)「いえ違います……折り合いが悪いのは悪いのですが……」

476名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:26:22 ID:kLA0APMA0

 冗談だったのに本当に悪いらしかった。

 ……よし。
 もうこの話題は二度と出さないでおこう。


(;# ;;-)「今日は、その……あの……」


 でぃちゃんが話し出す前に始業のチャイムが鳴った。
 騒がしかった皆も一様に席に戻る。

 次は五限、いよいよ授業参観である。

477名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:27:58 ID:kLA0APMA0
【―― 3 ――】


 何故だか知らないが授業参観は母親の方が来ることが多い。
 連絡用のプリントには「父兄」と書かれているのに、父親が来る家庭はほとんど見たことがない。
 たまに夫婦で来ることもあるが……それだってかなり稀だろう。

 だから言うまでもなく、父親一人で来るのは更にレアケース。
 そして有り得ないことだが、


「え、アレ誰の家の人?」

「わっか、お父さんじゃ……ないよね」

「大学生くらいかな」

「カッコいー」


(;#// -/)「ううぅぅぅ……」


 どう見ても父親に見えない男性――兄ならまだしも夫なんかが来るのは、国中探しても彼女一人だろう。

478名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:29:08 ID:kLA0APMA0

 授業自体は恙無く終わったが、その後。
 若くても三十代後半、大抵は四十代や五十代のお母さん達の中に一人混じったスーツの男性。 

 百七十センチくらいの少し低めの身長に、男の人には珍しい可愛らしい童顔。
 親しみやすい笑みを湛え。
 優しげな雰囲気の、話題の中心である彼は―――。



(,,-Д-)「でぃちゃん駄目だよ、今日ずっと窓の外ばっかり見てたじゃん。先生の話はちゃんと聞かないと」

(;#// -/)「分かりました! 分かったのです!だからお願いですから早く帰ってください!!」



 朝比奈擬古。
 でぃちゃんの好きな人であり、夫である。


( ・∇・)「…………誰アレ」

ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃんの……家族、かな?」

479名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:30:03 ID:kLA0APMA0

 なつるの問いは尤もで、保護者の為の授業参観なのにギコさんは少しも保護者には見えない。
 精々、お兄ちゃんだろう。
 実態は保護者でも兄でもなく夫なんだけど。

 しかし保護者って、夫含むのかなあ?


⌒*リ´・-・リ「朝比奈さん……その人って、朝比奈さんの」

(;^Д^)「ギコハハハ。初めまして、でぃちゃんのおっ――うぐぅっ!?」


 自己紹介をしようとした瞬間、鳩尾に文字通り化物の速度で肘打ちを喰らうギコさん。
 でぃちゃん、動きが完全八極拳だった。


(;#// -/)「“お兄ちゃん”! ね、『でぃちゃんのお兄ちゃん』と言おうとしたんですよね?ねっ!?」

(;-Д゚)「いや、俺はでぃちゃんのおっ―――」


 猫耳少女の姿が、ブレた。
 常人の目では捉えられない速度の超高速の掌底が放たれたらしいことは、その後ろ、呼吸すら怪しくなっていそうなギコお兄さんの姿でよく分かった。
 暴力系ヒロインだったのか、真っ赤な顔をしながら容赦がない。

480名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:31:10 ID:kLA0APMA0

(;#// -/)「お兄ちゃん! お兄ちゃんですよね、お兄ちゃん以外有り得ないのです!!」

(; Д)「もうそれでいいよ、もう……」

(;#// -/)「ほらお兄ちゃん! わざわざ来てくれてありがとうございます!でもお兄ちゃんは大学の講義があるから帰らないといけませんね!いけないのです!!」


 女子やお母さん達に惜しまれながらも、ギコさんは自称妹に引き摺られるようにして教室を出ていった。
 傍目には腕を組んで仲良さげだが、知る人が見れば関節を決めていることが分かるだろう。


( ・∇・)「…………アレ、本当に兄貴なの?」

ミセ;^ー^)リ「家族ではあるよね」


 話しつつ教室の外を見遣ると、我が担任が教室前に設置された机の上の用紙を回収しているところだった。
 何処の家の方が来たか分かるように保護者名を記す紙。
 そのシステムが必要なのかは分からないが、多分不審者が入ってくるのを防ぐ為のものなんだろう。

 先生は用紙を摘み上げ、心底不思議そうな顔で名前欄を見ていた。


(;*゚ー゚)「名前、朝比奈擬古。朝比奈でぃの保護者、生徒との関係…………夫?」


 ……でぃちゃんが必死で隠そうとした家庭事情は、存外近いうちにクラスの皆に知られてしまうかもしれない。

481名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:32:18 ID:kLA0APMA0
【―― 4 ――】


 さて。
 私の家族はいないので来ない、でぃちゃんは一応家族(夫)が来た、ということでそれぞれにやや面倒な家庭の事情が浮き彫りになった感じだったが、もう一人。
 親愛なる私の幼馴染、「魚群なつる」も授業参観は好きではないらしかった。

 らしいと言うか多分嫌いだ。
 私と同じように。


( ・∇・)「…………」


 今日も今日とて授業参観の間、なつるはずっと机に肘をついたまま、ぼーっと先生の話を聞き流していた。
 これは十年くらい前から毎年見られる光景で、そう言えばコイツと仲良くなった理由は「授業参観に誰も来ない」という共通点からだったなあ、なんて昔のことを思い出して苦笑する。

 私のように両親がいないわけではない。
 なつるの両親は健在だった。
 ……問題は父親が妙典型な仕事人間であることと、母親が義理であるということだった。

 父親が数年前に再婚した若くてキレーな女の人が彼の今の母親。

482名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:33:18 ID:kLA0APMA0

ミセ*-3-)リ「(コイツ好みの美人で……それがまた嫌なんだろうなあ)」


 なんだかんだと言って、男の子は母親に懐くものだという。
 たとえ死別していたとしてもそれは変わらない。
 また幼い頃は父親が仕事が忙しく滅多に家に帰って来ないのもあったのか、なつるは大変なお母さんっ子だったのだ。

 その人は、なつるが反抗期を迎える前に亡くなってしまったけれど……きっと。
 一人息子である彼の中では、もしかすると夫婦であった父親よりも強く、色濃く残っているのかもしれない。

 だから多分、一緒に過ごして数年、そして彼女が病身で床に臥せっている今でも――義理の母親と仲良くすることなんてできないのだろう。



( -∇-)「…………」

ミセ*゚ー゚)リ「なつる。私、帰るよ?」


 放課後の教室。
 可愛い幼馴染のそんな申し出にも「ああ」なんて素っ気ない返事しかしない。
 視線を合わせようとしないのは放っておいて欲しいというポーズ。

483名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:34:03 ID:kLA0APMA0

ミセ*-ー-)リ「……はぁっ」


 何がスイッチなのか知らないがブルーに入ってしまった幼馴染を置いて、私は教室を出る。
 生みの母はもういない、父親は仕事、今の母親は病気なんだから仕方ないじゃないかと心の中で彼のウジウジさにツッコミを入れて乱暴に歩みを進めた。

 こういう女らしいところがなかったら、ねぇ?
 バーっと、こう。
 ギスギスした家庭もどうにかなって私にも告白してさっさと色々なしがらみをチャラにできるだろうに。

 反実仮想。まあ無理だろうけど。
 不可能願望かな?


ミセ*-3-)リ「……アイツ、初対面の相手には歯の浮くような台詞を笑いながら言えるクセに、毎日会う相手にはどうも奥手なんだよな」


 父親は家に帰って来れないんだから、義理だとしても母親を見舞いに行けるのは自分だけなのに。
 血は繋がってないとしてもたった一人の家族なんだから。

 ……そんなにお母さんが好きだったのかなぁ。

484名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:35:04 ID:kLA0APMA0

ミセ*゚ー゚)リ「確かに前のお母さんは優しかったけど、今の母親だって同じくらいに優しい人だと思うけど」


 実の母親は豪胆でガサツな感じで今の母親は硝子細工のように美しい。
 タイプは全く違うが、私が見る分にはどちらも十分優しい良い人だ。

 いや、違うの……かな。
 むしろ義理の母親が優しいことが嫌なのかもしれない。
 非の打ち所がないところが。

 いっそ無愛想に扱ってくれれば、こっちだって他人のように扱えるのにって。


ミセ*゚ー゚)リ「…………」


 それは、私が親類に対して感じている感情でもある。

 「アンタ他人だろ」と。
 「私に直接関係ない人じゃん」と。

 優しい言葉をかけられる度、気を使われる度、微笑みを向けられる度に心の奥の傷跡がジクリと痛む。
 笑ってしまうほどに繊細で子供っぽい感傷。
 本物の家族と違ってどうしても元は他人であるそういう関係は、素直になるのが難しい。

485名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:36:03 ID:kLA0APMA0

 素直な方が良いってことはカミジョーさんに説教されるまでもなく分かっているんだけど、ねぇ?

 寂しがり屋のくせに、他人に率直な好意を向けられるのは怖い。
 気づかないフリをする。
 聞こえないフリをする。
 逃げる。茶化す。誤魔化す。拒絶する。
 自分は好かれてなどいないのだと、自分の心にさえ嘘を吐く。



ミセ* ー)リ「……あ〜あ」



 社交的でポジティブな方だと思ってたんだけど。
 私もなつるも、友達を作る部活である隣人部にでも入って人との付き合い方の練習をした方が良いのかも。

 一人で進む廊下は、何故か二人の時とは違って妙に冷たく見えた。

486名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:37:03 ID:kLA0APMA0
【―― 5 ――】


 ぼんやりとした曇天のような心持ちで下駄箱まで辿り着き、靴を履き替えて外に出たところで誰かにぶつかった。
 明らかに私の不注意だったので「あ、すみません」と一歩下がりつつ頭を下げる。

 と、見ると。


(#^;;-^)「いえ、大丈夫なのです。こちらこそ申し訳なかったのです」


 そう言って私の前で笑っていたのはでぃちゃんだった。
 ……笑う、というより微笑む、か。
 彼女が声を出して笑う時は、なんとなくの単なるイメージだけど、「おほほほ」という感じで手どころか扇子で口元を隠しそうだ。

 お淑やかというか……お嬢様っぽい?
 あはははと笑ってバシバシ机とか人の背中とかを叩いちゃう私とは大違いだ。

 閑話休題。


ミセ*゚ー゚)リ「でぃちゃんまだ帰ってなかったの?」

(;#゚;;-゚)「今し方、少し気になるものを見たので、どうしようかとごしゅ……お兄ちゃんと相談していたのです」

487名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:38:04 ID:kLA0APMA0

 ……無理に直さなくてもいいんじゃないかなあ。
 そう思って、でもすぐに流石に公共の場、しかも学校で「ご主人様」はマズいかなと思い直す。
 今の「お兄ちゃん」もそこはかとなく犯罪的だけど。

 世話焼きな妹みたいな感じがするもんね、でぃちゃん。
 正直に言うとロリっぽい。


 そんな妹キャラの後ろから、彼女のお兄ちゃんことギコさんが目を細めながらやって来た。
 難しそうな顔をしていてもその童顔の所為であまり深刻そうには見えない。
 この人は甘えん坊の末っ子が似合いそうだ。

 彼は一息ついて、話し出した。


(,,-Д-)「ん……なんて言うかさ、僕個人としては気にする程ではないと思うんだけど、周囲との関係的にはポーズだけでも必要かなって」

ミセ*゚ー゚)リ「?」


 キョトンとする私を見て「縄張りの関係だよ」と付け加える。
 多くを語らないことから察するに(そして心なし嫌そうなのを推し量るに)お仕事のことなんだろう。

488名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:39:15 ID:kLA0APMA0

 朝比奈擬古という名の彼はただの神道系の大学に通う大学生ではなく、同時に非正規の家業である妖怪変化の専門家でもあるのだ。
 それが好きでやっていることなのか嫌々やっていることなのかは置いておくとしてもとりあえず事実ではある。
 ……優秀かどうかはちょっと分からないけれど。

 至極一般的な女子高生である私はこないだまで怪異が現実に存在すること自体知らなかったのだ、専門家として有能かどうかなんて分かるわけがない。


 より正確には、怪異が引き起こした現象を、一度は確かに目にしていたのに私は信じようとしなかった。
 訳の分からないことを――問題を、そのままにしておいた。

 そう言えば、とこうして世界の裏側を垣間見、自分の問題を解決しようと思い始めた今は改めて疑問に感じる。
 あの時私を助けてくれた、あの剣士さんは退魔師か何かだったのだろうかと。
 もうロクに顔も思い出すことはできず、姿かたちも朧気にしか覚えていないけれど、刃のように鋭い目付きと携えていた長い日本刀はちゃんと記憶に残っている。

 「名乗るほどの者ではない」なんてカッコ付けたことを格好も付けず言っていた彼女は今も生きているのだろうか。


ミセ*゚ー゚)リ「ちなみに今日はどんな問題なんですか?」


 いつか機会があれば彼女のことも訊いてみよう。
 そんなことを思いつつ、私は目の前の専門家さんに問いかけてみる。

489名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:40:12 ID:kLA0APMA0

 ギコお兄さんは口ごもりながら答える。


(,,-Д゚)「『問題』とも言えない問題、かな。存在の基準……うーんと、セイヨウタンポポはあって良いかみたいな」


 なんだそれ。


(,,-Д-)「俺は好きだから別にあっても良いと思うんだけど、でも世の中には外来種なら迷わず処理する人もいて……」

ミセ*゚ー゚)リ「ふむふむ」

(,,゚Д゚)「別にそれはそれで正しいけど、俺はちょっと嫌だから、なんて言うか『ここは俺の持ち場です』と周囲に主張して……」


 全く分からない。
 話は途中から聞き流していた。

 最近になって気づいたことだけど擬古さんはあまり頭の良く回る方ではないみたいだ。
 今も一人称が「僕」から「俺」になってしまっているし、どうやらこの末っ子キャラは根本的に小難しいことが苦手らしい。
 当然、説明するのも上手いとは言えない。

490名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:41:14 ID:kLA0APMA0

 九尾の時、私に「でぃちゃんと友達になって下さい」なんて説明せず巻き込むような形にしたのは、単に説明するのが苦手だったからなのかも、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……んー」


 クラスメイトの方を見遣る。
 こちらに気づいた彼女は私を一瞥すると、すぐに視線を前に――校門の方へ――戻す。
 そうして、


(#゚;;-゚)「分からないのなら、『分からない』で良いですよ」


 一言、静かな口調で告げた。


(;-Д-)「ごめんね……。俺、説明下手だからさ……」

ミセ*^ー^)リ「いえいえ。私も理解するの遅い方なんで、おあいこです」

(;#゚;;-゚)「それにミセリさんには馴染みのない話で…………!」

491名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:42:03 ID:kLA0APMA0

 そこまで言って。
 でぃちゃんが、唐突に言葉と動きを止めた。

 両目と瞳孔が限界まで広がっていた。
 まるで信じられないものを見たような――たとえば普通の人が、怪異を見てしまったような、そんな感じ。
 彼女自身が人外である以上それはありえないが、そう思わせるくらいに、彼女は。

 一瞬の後、驚きで身を小刻みに震えさせた。



(;#゚;;-゚)「ご、主人さ、ま……。あ、そこ……!!」



 呼び方を繕うのも忘れ、震える手で指を指す。
 ギコさんはその言葉で全てを悟ったのか勢い良く振り向いた。

 そして、

492名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:43:06 ID:kLA0APMA0

(,, Д)「……!」



 震えこそしなかったがでぃちゃんと同じように動きを止めた。
 目を見開き、それを見ていた。

 私も咄嗟にその視線を辿ったがただ普通の風景が広がっているだけだった。
 生徒達が各々友達と、あるいは今日に限っては両親と仲良さげに帰っていくその光景。
 普段ではありえない風景だが、それでも特筆すべきところはない…………いや、ちょっと待て。


 ―――また不釣合いな人が一人いる。
 和やかな風景にそぐわぬ、妙な風体の奴が。



「……」



 校門の外に立つその男は妙にガタイが良かった。
 筋肉質な身体にジーパンにジャケット。
 ライオンのように逆立っている濃い茶色の髪の毛も相俟って、見るものに野生的な印象を抱かせる。

493名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:44:04 ID:kLA0APMA0

 笑みを浮かべる男の立ち姿で最も特徴的なのが、肩にストールのようにかけられている毛皮だ。
 髪と同じ色合いのその毛皮を見ると、なんか紀元前のバーサーカーにしか見えない。
 いやその服装も冬ならまだ分かるけど今梅雨だぞ。


ミセ*゚ー゚)リ「……? あの人が、何か?」

(,,-Д-)「…………うん」


 軽く手を振ってくる男。
 ギコさんは何故か悲しそうに「俺の知り合いだよ」と言った。

 そうして、あるいは、と前置き。



(,,゚Д゚)「―――あるいは俺の家族だよ」



 と、沈痛な面持ちで、言った。
 本当の家族なのか、それとも義兄弟という意味での家族なのかは分からなかったが、深い関係であることは分かった。

494名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:45:15 ID:kLA0APMA0

 だから、私は。


ミセ*゚ー゚)リ「その問題は問題じゃないんですよね? 気になるだけで」

(,,゚Д゚)「え?」

ミセ*^ー^)リ「それで、あの人は『家族』――なんですよね。だったら、行かないと」

(# ;;-)「…………」


 行ってあげないと。
 次にいつ会えるかも分からないんだから。
 もう会えないかもしれないんだから。

 ……縁起でもないけどね。

495名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:46:12 ID:kLA0APMA0

 暫く悩んでいたギコさんだったけど、でぃちゃんに袖を引かれて、彼女の縋るような目を見ると「分かった」と小さく頷いた。
 心配性なでぃちゃんが無視しても良いレベルと判断した、家族の方を優先したいと思う程度の問題なのだ。
 きっと大したことはない、誰に危険が及ぶでもない、本当にちょっとしたことだったのだろう。

 そして。


ミセ*^ー^)リ「それじゃ」


 私は背中を押すようにそれだけを言って。


(#^;;-^)「はい」

(,,-Д-)「ありがとう、ミセリちゃん」


 走っていく二人を見送った。
 その関係性が家族だというのなら、きっと積もる話があるはずだ。

496名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:47:24 ID:kLA0APMA0
【―― 6 ――】


 さて、と二人を見送ってこれからどうしようかと伸びをしたその時に、私は視界の端に気になるものを捉えた。

 来客用の玄関から校舎に入っていく背の高い女性。
 ハイヒールを履いてシックな色合いの服に身を包んでいる、白い肌と黒い髪のコントラストが美しい彼女を私は知っていた。
 硝子細工のように美しい、その人を。


ミセ*゚ -゚)リ「定子さん……?」


 その女性は、件のなつるの母親。
 彼の義理のお母さんである定子さんだったのだ。

 尤も、なつる本人は「お母さん」なんて絶対に呼ばないけれど。


ミセ*゚ -゚)リ「授業参観……? あれ、でももう終わったしなあ……」


 授業を見に来たのであれば三十分ほど遅かった。
 そうでないのなら何故ここにいるのかが分からない。

497名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:48:08 ID:kLA0APMA0

 ……うん。
 多分、時間を勘違いしていたのだろう。
 彼女はそういううっかりしたところもある人だ。

 しかし折角病身を押してここまで来てくれたのだ。
 授業はもう終わっているけど、子供と一緒に帰るくらいはしても良い。


ミセ*-ー-)リ「……なつるは、嫌がるかな」


 どうだろう。
 それが本心からのものでない、照れ隠しであると良いんだけど。


 ……少し考えて、私は定子さんの後を付けることにした。
 好奇心の為ではなく私の為。
 幼馴染がどういう風に義理の母親と付き合うかを見ることで自分も考えようと……そういうこと。

 半分は、その理由。
 もう半分は単純に心配だからだった。

498名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:49:08 ID:kLA0APMA0

 なつるは他人だけど、なつるのことは他人事ではない。


ミセ*-ー-)リ「結婚したら私の母親にもなるんだしね」


 結婚の約束だけならもう交わしてあった。
 「家族になろう」という指切り。
 授業参観の思い出と同じくらい古い出来事をアイツは覚えているだろうか。

 まあ、覚えてなくたって良い。
 改めて結べばいいだけの話。

 そんな馬鹿なことを、バカップルみたいで子供地味たことを呟きつつ、私は踵を巡らす。

499名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:50:14 ID:kLA0APMA0
【―― 7 ――】


 授業参観が終わった後の校舎はいつもよりも明らかに人が少ない。
 ほとんどの部活は今日は休みなので(教師陣が会議なのだ)生徒は家族と一緒に帰るか、それか早く帰れることを喜んで友達と遊びに行くかのどちらか。

 それでも、一部の熱心なクラブは活動しているらしく、廊下や教室にはチラホラと人が見えた。


 構内に響く様々な楽器のチューニング音が私の耳に届く。
 あと十分もすれば今校舎中で行われているこのパートごとの基礎練習が終わるので、演奏会用の楽曲練習が始まるのだろう。
 聞いた話では、次の公演はまだ一ヶ月以上先らしいのに真摯な人達だ。

 その間を縫うようにし聞こえてくるのは教室に残ってお喋りをする女の子の笑い声。
 何処に遊びに行こうか、なんてことを雑談しながら相談している内に時間がなくなってしまうのだ。
 それで結局は何も変わったことをせず、いつもと同じように笑いながら帰る。

 友達と一緒にいるだけで楽しい私達にはよくある日常だ。


ミセ*-ー-)リ「……♪」


 ふと、窓の外を伺ってみれば、部活が休みのはずの野球部とサッカー部の自主練組が争っている。
 ……キックベースで。

500名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:51:20 ID:kLA0APMA0

 こういう多くの運動部が休みの日には自主練組はよくキックベースをしている。 
 理由はと言えば、単に楽しいからではない。
 練習場所が同じ野球部とサッカー部は、ああして勝負してどちらがグラウンドを使うのかを決めているのだそうだ。
 交互に使ったり半分にしたりしない辺りが体育会系的な馬鹿さ(部活に対する熱心さと考えのなさ)が垣間見える。

 見た感じでは、今日は野球部側が勝っているらしい。
 負けた方は自動的にランニングや筋トレといったつまらない練習になるので両方共必死だ。


 まさに蒼い春といった感じの情景。
 五感が学校中に満ちる若々しさを拾ってくる。



ミセ;゚ー゚)リ「……あれ、」



 と。
 そんなことを考えていたら定子さんの姿を見失った。


ミセ;゚ー゚)リ「あれ、あっれー……?」

501名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:52:12 ID:kLA0APMA0

 階段を上った辺りまでは前にいたのに、ちょっと目を話した隙に影も形もなくなっていた。
 我ながら自分の注意力散漫具合に呆れてしまう。

 やれやれだ、"Not again"。


 諦めるかどうかを本気で検討し始める一歩手前で、廊下の掲示板にポスターを貼り付けている新聞部を見つけた。
 学園モノでよくあるそれとは違い、この学校の新聞部は情報通はいないし噂好きというわけでもないしというか活動をほとんどしていない。
 基本的な活動は今やっているような校内の掲示物の貼り替えと行事の宣伝だ。

 吹奏楽部の演奏会のことだって私は新聞部が作ったポスターで知った。

 ……しかしそれは本来、教師がやるべき仕事なんじゃないかな?
 そんなことを思いながらも、黙々と作業を続けている部員に話しかける。


ミセ*゚ー゚)リ「あのー……」

/ ゚、。 /「はい?」


 長身ながら人に威圧感を与えない、穏やかそうな顔をしたこの先輩はなんて名前だったっけ。
 三年生で……。
 前まではよく同じ新聞部の小さな人と一緒にいた……。

502名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:53:04 ID:kLA0APMA0

 「名前なんて別にどうでもいいか」と思い直して私は訊ねた。
 なんなら後で生徒会長に訊けばいいんだし。


ミセ*゚ー゚)リ「さっき、この辺りでハイヒールを履いた黒っぽい服の女の人を見なかったですか?」

/ -、_ /「うーん……ごめんなさい、分からない」


 名も知らない先輩は本当に申し訳なさそうにそう言って、直後に近くの教室から出てきた女子生徒に事情を話した。
 画鋲を取りに行っていたらしいそっちの人の方は私も知っている。


li イ*^ー^ノl|「水無月さん、お久しぶり」

ミセ*>ー<)リ「お久しぶりですっ!」


 やや垂れ目で、半ばから緩やかにカーブした長い黒髪を持つ彼女は「幽屋氷柱」という三年生の先輩だ。
 去年の運動会で組分けが同じでお世話になった。

 弓道部であるはずの彼女が何故新聞部を手伝っているのかは氷柱先輩の双子の姉が関係している。
 お姉さんの方は「幽屋哀朱」という名前で、双子だからと言って必ずしも似ているとは限らないということを教えてくれる、落ち着いた氷柱先輩とは違うとても明るい人だ。
 よくは知らないけれど、何かの事情があって彼女もたまに新聞部を手伝っている。

503名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:54:08 ID:kLA0APMA0

 長身の先輩から事情を聞いて、氷柱先輩は私に訊ねた。


li イ*゚ー゚ノl|「その女の人っていうのは、ご父兄の方ですよね?」

ミセ;゚ー゚)リ「はい。多分、授業参観に来たんだと……。終わっちゃったけど……」


 じゃあ、と氷柱先輩は言った。



li イ*^ー^ノl|「息子さんか、娘さんの教室に向かったんじゃないかな」

ミセ;゚ー゚)リ「…………あ」



 …………。
 それもそうだ。

 どうやら私には注意力だけではなく他にも色々な物が足りないらしい。

504名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:55:04 ID:kLA0APMA0
【―― 8 ――】


 そっと教室の中を覗い、人影が一つしかないのを確認して中に入った。
 その影、なつるは私と別れた時と変わらずぼんやりと窓の外を眺めている。

 まだ定子さんはやって来ていないらしい。


( ・∇・)「……どうした?」

ミセ*^ー^)リ「いやちょっと、気になっちゃって」


 私の言葉になつるは「ふぅん?」なんて言って訝しむような表情をし、やがてまた視線を窓の外に移す。
 心なしか彼が嬉しそうに見えるのは目の錯覚だろうか。
 そうであるとしたなら一体どうして、何について喜んでいるんだろう。

 まさか、私が戻ってきたことにかな?
 そろそろそういうデレがあっても良い頃なんだけど。

 "It is time +主語+仮定法過去"。

505名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:56:14 ID:kLA0APMA0

( -∇-)「なあ、ミセリ」

ミセ*^ー^)リ「なに?」


 弾む声音を抑えながらの返答にも彼はこちらを見ない。
 代わりに指先をちょいちょい、と動かして「こっちに来いよ」という意思を表す。

 私は黙って彼の隣に座った。
 ひょっとしたらキスでもされるかな?と思ったけど、そうはならず、どうやらただ単に傍にいて欲しいだけだったみたいだ。
 それは単純に身体を重ねることよりも嬉しい、親愛の証左。

 そうして、私の幼馴染はぽつりぽつりと話し出す。


( -∇-)「お前さ……伯父さんとは、どう?」

ミセ*-ー-)リ「どうって?」


 少し考えて、彼は再び問いかける。

506名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:57:23 ID:kLA0APMA0

( ・∇・)「どんな話、するんだ?」


 気が付いた。
 なつるが変だった理由。
 授業が終わった後もこうしてずっと待ち続けている理由が。


ミセ*゚ー゚)リ「色々だよ」

( ・∇・)「色々って、その色々を訊いてんだよ」

ミセ*-ー-)リ「友達と話すような内容」

( ・∇・)「お前は俺に義母に向かって『今日暇ならお前ん家でヤろうぜ?』とか言えってか」


 克服しようとしてるんだ。
 埋めようとしているんだ。 

 お母さんとの、どうしようもない距離を、どうにかしようと思ってるんだ。

507名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:58:43 ID:kLA0APMA0

ミセ*^ー^)リ「私に言う台詞じゃなくて、普通の友達に言う台詞だよ」

(;-∇-)「『今度映画行こう』って? 映画はなあ……」

ミセ;゚ー゚)リ「別にそっくりそのまま使わなくてもいいんだよ? 細部は変えてもいいんだよ?」


 何が彼の考えを変えたのかは分からない。
 でも今確かに彼は、折り合いの悪かった母親と話そうと努力している。

 親子だから。
 家族だから。
 かけがえのないものだから。

 最初はそうでなかったんだとしても――今、そうなろうとしている。


ミセ*^ー^)リ「今日学校でこんなことあったよー、とかさ!」

( ・∇・)「小学生か。ってか、お前は伯父さんとそんな話するのか」

ミセ*゚ー゚)リ「しないけど」

(;-∇-)「いい加減なこと言うなよお前……」

508名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:59:24 ID:kLA0APMA0

ミセ*゚ー゚)リ「それより唐突にどうしたの? 心変わり?」

(  ∇)「いや……今日、来るらしいからさ……。遅れるかもしれないけど、って……。だから……」


 他人はいつ、家族に変わるんだろう。
 抱き続けてきた疑問の答えが出たような気がした。


ミセ*^ー^)リ「テキトーでいいんだよ、そんなの。話したいことを話せばさ」


 コツコツコツコツ……。

 コツコツと、足音が聞こえる。
 チューニングが途絶えた静かな校舎の中にハイヒールの音が響く。
 音が段々と近付いてくる。

 定子さんはハイヒールを履いていた。
 きっと、この足音はあの人の生み出したもの。


ミセ*-ー-)リ「いいんだよ、適当で。家族なんだから……変に気を使わなくても、いいんだ」

509名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:00:32 ID:kLA0APMA0

 カツカツや、カッカッというような強く踏み締める感じではない。
 人柄を表しているかのような優しく、控えめな靴音。

 そして。



ミセ*゚ー゚)リ「ほら――来たよ」



 その足音が止んだ時。
 私達は扉の方へ振り返った。

510名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:01:14 ID:kLA0APMA0
【―― 9 ――】


 控えめな微笑みが――見えた。



川ー川



 少し長過ぎる感じもあるロングヘアーの間から彼女の笑みが覗いてる。
 目にはとても優しい光が宿っていた。
 脆く儚い美しさの中には母性が見え隠れする。

 彼女は手を、振る。


(; ∇)「あ、えっと……」


 ガタリと腰掛けていた椅子を倒しながら立ち上がった少年は、とても小さな、消え入りそうな声で。
 でも確かに声に出してその言葉を言った。

 「かあさん」――と。

511名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:02:06 ID:kLA0APMA0

川*ー川



 血の繋がらない息子から初めて母親と認められたその人はまた微笑んだ。
 今度は控えめなそれではない、本当に嬉しそうな笑顔だった。

 唇が僅かに、動く。


 紡ぎ出されたのはたったの一言。
 五文字の言葉。
 声にならないその想いを息子はちゃんと受け取った。

 ……彼女はこう言っていた。

512名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:03:09 ID:kLA0APMA0



  あ
 
  り

  が

  と

  う
   


 ―――「ありがとう」と。



.

513名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:04:04 ID:kLA0APMA0

 本当に嬉しそうに。
 今までのすれ違いが全部帳消しになってしまったかのような幸せそうな表情で。

 頬の一筋の涙が流れるのが見えた。
 彼女は堪えられないという風に口元を抑え、眉間に皺を刻み、上を向いた。
 けれど感情の欠片は留まることを知らないで幾筋もの涙として現れる。

 私も泣いてしまいそうだった。
 隣にいる彼はきっと泣いていた。



川*ー川



 最後にもう一度、彼女は泣き笑いをしながら頷いて、また何かを言った。

 今度も声にはならなかった。
 今度は唇さえも見えなかった。

 けれど、私達には彼女が何を伝えたかったのかが分かった。

514名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:05:03 ID:kLA0APMA0

 ―――本当に、ありがとう。

 彼女はそう言っていた。
 鼓膜を揺らす言葉ではなく、心を揺らす想いで以て。



 そして急に彼女は踵を返した。
 涙の粒が舞って、キラキラと宝石のように輝き落ちた。

 恥ずかしくなったのかもしれない。
 みっともなく思ったのかもしれない。
 何か思うところがあったのだろう。 

 彼女の姿が、視界から消えた。



 息子は手で涙を拭うと母親を追いかけるように走り出した。

 私もその後を追った。

515名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:06:19 ID:kLA0APMA0

 教室の外に出て、辺りを見回した。

 彼女は何処にもいなかった。

 まるで最初から存在していなかったかのように、影も形も見当たらなかった。



 そして、携帯が鳴った。




(  ∇)「…………え?」




 彼女の足音はもう聞こえない。

 先程まで彼女が立っていた場所には、落ちた涙の雫があるだけだった。

516名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:07:07 ID:kLA0APMA0
【―― 10 ――】


 病室のベッドに横たわる彼女――定子さんは、なつるが来た時にはもう冷たくなり始めていた。
 白く美しい肌は生前と同じで、その硝子細工のような美しさは命が絶えた今となっても全く変わることがなかった。 

 昨日までは、元気だったという。
 病院側が外出の許可まで出せるほどに。
 ……授業参観に行くという約束ができるほどに。

 それが消え去る前に一際強く輝く炎と同じだとは誰も気付くことはできなかった。


(  ∇)「…………」


 けれど、だとするならば私達が見た定子さんは幻覚だったのだろうか。 
 少なくとも、幽霊……ではないだろう。

 足があるとか涙の雫が残っていたとかいうことではなく――“彼女が息を引き取ったのは、携帯が震えたすぐ後だったのだから”。

 ハンガーラックに綺麗に掛けられたシックなレディーススーツはクリーニング屋から受け取った時のままのようだ。
 その下に置いてある箱の中身はあのハイヒールだろう。
 戸棚に化粧品が見えることからも、本当に直前まで授業参観に行くつもりだったということが分かった。

517名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:08:08 ID:kLA0APMA0

ミセ* -)リ「…………なつる」

(  ∇)「悪い……」


 涙声で彼は言った。
 「一人にしてくれ」と。

 なつるは跪いて、母親の手を取った。
 まだ暖かさの残るその右手を。
 本当ならば今日一緒に学校から帰る時に繋ぐはずだった――彼女の手を。

 生きているうちは結局一度も握ることはなかった、その右手を。



 病室から出て、扉を閉めた。
 ……それでも静かに啜り泣く声は私の耳に届いた。

518名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:09:05 ID:kLA0APMA0
【―― 11 ――】


(,,-Д-)「―――『面影』」


 病室の外、病院の廊下には家族との再会を終えて戻って来たギコさんが立っている。
 彼の言葉に私は「面影に立つ」という慣用句を思い出す。
 今、目に見えないはずの誰かの姿を見る、という意味のその言葉を。


(,,-Д-)「日本の東北地方の一部に伝わっている伝承でさ。その幽霊は足がある、って言われてる」


 幽霊と言うか実は生霊なんだけどね、と補足を加えた。


(,,゚Д゚)「誰かが死ぬ直前に……重病患者とかが多いらしいんだけど、そういう人達が死ぬ直前に親しい間柄の誰かの前に現れる」

ミセ* ー)リ「…………」


 そうして。
 “ふと現れた彼等は手を振ったり、下駄の音を立てたりする”――らしい。
 微笑んで見せることも、あるらしい。

519名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:10:23 ID:kLA0APMA0

 死期を悟った人間が怪異として今生の別れを告げる。


(,,-Д-)「死後の未練を果たす為に幽霊になる話は多いけど、死ぬ直前で怪異となるのは珍しいよね」


 だから。
 きっと。
 それほどまでに彼女は息子のことを想っていたのだ。

 血が繋がらない、短い付き合いの相手だとしても。
 最後の瞬間に「約束を果たしたい」と願った。

 ギコさんは言った。



(,, Д)「本当に……大切に想っていたんだと思う。一人の『家族』として、彼女も彼のことを」



 言葉は、ただの気休めかもしれなかった。
 やはり現れた彼女は、ただの幻覚なのかもしれなかった。

520名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:11:14 ID:kLA0APMA0

 だけど、定子さんは言ったのだ。
 「ありがとう」――と。
 泣きながら、涙を流しながら笑顔を浮かべて。

 自分のことを母親と認めてくれたなつるに向かって――「本当にありがとう」と。


ミセ* ー)リ「母親っていうのは……強いなあ」


 呟きながら、なつるに話してあげようと思った。
 気休めでもいいからきっと言おうと。
 間に合ったんだと、言葉には遂にすることはできなかったけど、お互いに想い合っていたんだと。

 なんて言えば上手く伝わるだとうかと、考えて。
 その時にやっと私は、目の前にいたギコさんだけじゃなく自分も泣いていることに気がついた。



 血は繋がっておらずとも母親は母親。
 家族は、家族だった。

 それは最後の瞬間だけだったかもしれないけれど、それでも確かにあの二人は『家族』だったんだ―――。

521名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:12:11 ID:kLA0APMA0
【―― 0 ――】


「―――『人一日に千里を往くこと能わず、魂能く一日に千里をも往く』っと」


 会長さんはいつものように窓の外を見ながら、いつものように知った風に呟いた。

 彼女の嫌いな儒教の説話の一節だ、「范巨卿鷄黍死生交」という話に出てくる言葉。
 ……もしかすると会長さんとしては漢語文学ではなく、古文の作品の方から引用したつもりなのかもしれない。
 その漢文を元にした物語――『雨月物語』より「菊花の約」。

 それはある男が親友と会うという約束を果たす為に幽霊となるお話だった。
 情と約束の重さを教える為の草紙。


li イ*^ー^ノl|「儒教は嫌いなんじゃなかったんですか?」

「嫌いとは言ってないよ。僕には合わないと思ってるだけ」


 言葉の意味は、自分以外の人には合う人間もいるだろう、ということ。
 会長さんが思い浮かべている彼等のように。

522名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:13:06 ID:kLA0APMA0

「ここの言葉での『千里』は漠然と遠い距離を表すらしいケド、当時は友情に男色も混じってたんだってね」


 次いで、今も混じってるのかな、と言い笑う。


「でもさ、そもそも感情って『○○だ』とか『××だ』とかはっきり言えないものなんじゃないかな?」

li イ*-ー-ノl|「……かもしれません」


 私が実の兄に抱く感情は本当に恋慕なのだろうか。
 たまに、分からなくなる。

 ……ああ。
 そう言えば、その兄の知り合いがいつだったかこんなことを言っていた。
 「愛情は人によって違って、相手によって違うんだ」と。

 本来は絶対に伝わらないはずのたった一つの愛を、どうにか伝えようとして――人は人を愛するのだと。


li イ*゚ー゚ノl|「実際は、曖昧なものなのかもしれませんね」

523名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:14:04 ID:kLA0APMA0

 愛のような、恋のような。
 情のような、あるいは他の“何か”のような。

 何かはよく分からないけど、大切な何か。


 ……そんな風に漠然と思った私の心を読み取ったのかもしれない。
 会長さんは私の方に振り返り、悪戯好きそうな笑みを浮かべてこう言った。

 『家族』と同じように?――と。


li イ*゚ー゚ノl|「……会長さんは『家族』ってなんだと思うんですか?」


 私は、積み上げた時間と想いが家族である証明だと思っている。
 私に訊ねてきた彼女はどう思っているのかと気になった。


「決まってるよ」


 と。

524名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:15:02 ID:kLA0APMA0

 彼女は、そう言って。
 私が予想していた「分からない」とか「知らない」とか「どうでもいい」ではない答えを、また知ったように口遊ぶ。



「『家族』っていうのは――結局、“家族である”ってことだよ。それだけでしょ?」



 ……なるほど。
 それは同語反復でしかなく、循環定義でしかないけれど、真理だった。


 元より不完全な存在である人間は、何を定義するにしてもその根幹の部分で「○○だから○○」という言葉を使わざるを得ない。 
 「××だから○○」と定義できるのは二次以降の概念だけなのだ。
 定義自体を定義することは不可能だし、最小単位を分割することも同じく不可能。

 ならば、儒学において人間関係の基礎と考えられた『家族』を改めて定義したり説明したりする必要は何処にもない。
 どう思うかは様々だとしても、どうであるかは唯一だ。

525名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:16:07 ID:kLA0APMA0

 つまり――『家族』は“家族”だ、と。


li イ*-ー-ノl|「…………」

「より簡単に、現実に即した形で直すとすれば、『家族とはお互いが「家族」と思っている関係のこと』になるんじゃないのかな」


 血が繋がっていなかったとしても。
 どんなに短い時間の間柄でも。
 本人達が、お互いのことを『家族』と認めるのなら――それは家族。

 家族のような人間関係――は『家族』だし。
 家族みたいな人間関係――も『家族』なのだ。

 改めて確認するまでもなく、それは確かに『家族』なのだ。


「だから、多分ね」

526名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:17:03 ID:kLA0APMA0

 彼女が次に何を言うのかは自然に分かった。
 きっと「他人はいつ『家族』になるのか?」という問いの答え。

 そして――それは。



li イ*^ー^ノl|「他人同士がお互いに『家族になろう』と思った時……既に彼等は『家族』になっている、でしょ?」

「あー、もう僕の台詞取らないでよっ!!」



 あの幽霊さんが言葉を声に出さなかったのは当たり前だ。
 だって家族というものは、想いが言わなくても伝わるからこそ、『家族』なんだから。






【――――そこまで。第六問、終わり】

527名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:18:03 ID:kLA0APMA0


 「音に聞きて 一人で探る 君の影」


【歌意】
あなたのことを噂で耳にして、私は一人であなたの影を探し求めています。

【語法文法】
『音に聞き』は「音に聞く」という言い回しを連用形に変化させたものである。
意味としては「噂で耳にする」「噂に高い」のどちらかだが、今回は前者。
次の『て』は連用形に繋がる接続助詞。単純接続・原因・理由・逆接などの用法があるのだが、多くの場合は現代語の「〜て」のように訳せる。
『一人』は現代語と同じく「ひとり」や「独身」。稀に副詞として「自然に」という風にも使われる。
続く『で』は格助詞。厳密には四種類程度に分類できるが、先ほどの『て』と同じく大抵は現代語と同じように訳せる。
『探る』はラ行四段活用「探る」の連体形。終止形も同じく「探る」なものの接続されているのが体言なので連体形と分かる。
これは「指先で触って調べる」「尋ね求める」ような意味。
体言の『君』は代名詞で現代語と同じく「あなた」。名詞の場合は「主君」「天皇」と訳す。ただ和歌の場合は前者のことが圧倒的に多い。
『の』は格助詞で、これも現代語の「の」と同じ。
古語では最後の『影』の意味がかなり多く、バリエーションとしては「空間に浮かぶ姿」「姿形」「面影」「陰影」「光」「霊魂」など。
現代語でも同じく様々なニュアンスを有する単語なのであえて上記でも訳していない。

【特記】
参考にした歌は特にない。元々は「おとに聞き 一人で探す 君の影」という現代語の川柳だった。
現代語と同じ意味の言葉が多く出てきているのはその為である。

528作者。:2013/08/05(月) 04:19:10 ID:kLA0APMA0


この作品の原案を書いたのは一年以上前なのですが、改めて見ると、よく人が死ぬ話だなあと。
冷静に考えるとなつる君はここ二ヶ月くらいの間に先輩達と義母を失くしているわけで凄く災難な子ですね。
ちなみに次の話でも人が死にます。

そんなわけで第六話でした。
探せば色々とリンクネタが見つかると思いますが、本編にはほぼ関係ないので気にしないでください。



次は前後編ですが、もしかしたら一話、書き下ろしで一話完結の話を書くかもしれません。
……しかし話が重いからエロを入れる場所がないなあ。

529名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 10:54:17 ID:LZ5EUbFM0
おつ!

530名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 14:18:22 ID:7GDiotRYO
乙。なつるん…。

531名も無きAAのようです:2013/08/06(火) 23:16:29 ID:R8DfhT1QO
ひっさびさのフサだぜい


生きてたんだな(笑)


ってかこのニーイチワールド、各キャラの年齢、整合性ある?
微妙にズレとらんかや?

532名も無きAAのようです:2013/08/09(金) 06:17:04 ID:eBS2hVw20



 第六問。
 模範解答。



.

533名も無きAAのようです:2013/08/09(金) 06:18:12 ID:eBS2hVw20

・《面影》
 秋田県に伝わる生霊。
 人が死ぬ直前にその魂が本人そのものの姿になって親しい間柄の相手の元に現れたり下駄の音を立てたりするという。
 またこれは幽霊でありながら足のある姿で現れるとされる。
 似た伝承は岩手県や青森県にも伝わっており、特に戦争中などでは盛んに噂されていた。

 現実的に解釈をすれば、戦地や病院にいる大切な人のことを考えているうちに街を往く他人にその人の姿を重ねてしまって……というものなのだろう。
 だがなんにせよ人の情や絆を思わせるロマンチックな伝承ではある。 
 もしかすると、ここにいないはずの誰かの姿を見るという意味の慣用句「面影に立つ」はこの霊が由来なのかもしれない。
 

・《菊花の約》
 上田秋成によって著された妖怪小説「雨月物語」に納められた話の一つ。
 漢語作品の「范巨卿鷄黍死生交」という説話を原案に持つ。
 時代設定や人物は変更されているがどちらも友人と会う約束を果たす為に命を絶つ男の物語である。
 作中で引用されている「人一日に千里を往くこと能わず、魂能く一日に千里をも往く」はそれに関係している。

 この作品の主題は「交りは軽薄の人と結ぶことなかれ」という原作中の一文の通りである。
 軽薄な者と親交を持つべきではない(≒親交を持つのは約束を必ず守るような誠実な相手が良い)ということでその為に重い友情の比喩としても使われる。

534名も無きAAのようです:2013/08/09(金) 06:19:04 ID:eBS2hVw20

・《家族》
 住居を共にし纏まりを形成した親族集団。
 血縁関係を基礎にして成立する小集団。
 辞書的な定義では、上記のようになっている。

 社会を構成する基本単位ではあるが、この『家族』という概念は今も研究が続いている。
 そもそも類型すらないのではないかという意見もある――家族は家族なのだ。


・《怪異》
 この作品『怪異の由々しき問題集』のテーマの一つ。
 化物、妖、物の怪などとほぼ同じニュアンスで使われる。
 妖怪というものが存在しないと仮定して考えると、このような諸々の伝承は自然に対する畏敬や感謝の念、若しくは人の想いあるいは勘違いが形となったものであると言える。

 伝承は科学的視点や合理的根拠が欠かれたものが殆どであるのだが、教訓や背景を持つ話も多い。
 例えば「夜に口笛を吹くと悪いものが来る」という伝承は、一説ではかつて人身売買の売人を呼ぶ合図が夜中に口笛を吹くことだったため、とされる。
 また口裂け女などの都市伝説が広がった背景には、遅くまで塾に通うようになった子ども達に寄り道せず早く家に帰ってきて欲しいという家族の願いがあるとも言われている。
 怪異は科学的でも合理的でもないが、それを広める人間や社会は説明できることも多い。

 この作品においては、当然、怪異は存在する。
 が、現実でのその背景を考えつつ楽しんで頂ければ幸いである。

535作者。:2013/08/09(金) 06:34:22 ID:eBS2hVw20

自分の好きな言葉に「パスカルの賭け」というものがあるのですが、この第六話のタイトルを変えるとすれば、それだと思います。

この作品は怪異と人間の交流や妖怪との戦い、あるいは人間の悪い面やそれに対する皮肉のような、そういうものを描く妖怪モノではありません。
怪異はテーマの一つですが、やはり人間や社会や科学のようなSFでテーマにされることの多いものをメインに書いているつもりです。
そういうのが伝わっていたら嬉しいなーと思います。



>>531
数ヶ月単位のズレ(誕生日の設定ミス)などはあると思いますが、年齡自体はそんなにズレてないはずです。
でもミスってるかもしれないので気付いたことがあればご指摘頂ければ。

……ただ、明らかに年齡がおかしい場合は伏線の可能性もあります。
・未来の話だと思っていたら過去だった
・AAや喋り方が同じで同一人物だったと思ったらクローンだった
とか、そういう感じの。

536名も無きAAのようです:2013/08/16(金) 17:27:30 ID:vyIz1Uz6O
読み終わった、乙ンコ

537作者。:2013/08/31(土) 22:53:52 ID:6/P2h5hQ0

お久しぶりです。
突然ですが最近忙しいので続きの投下は遅れそうです。

この『怪異の由々しき問題集』の次の投下は九月の中旬になると思います。

次はブログで公開していたあの話なので、多分、早めに投下できるかと。
ではまた。

538名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:32:09 ID:tz0ayHZc0




 落書き。 
 益体もない些細な出来事。

 「奥様は女子高生」





.

539名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:33:15 ID:tz0ayHZc0
【―― 0 ――】


「―――あまり知られていないことだけど、常時性交渉が可能で、かつ自慰行為をする生物ってヒトだけらしいね」


 何処かのクラスの男子生徒から没収してきたというエロ本をパラパラと捲りながら会長は呟いた。
 神様が誤植したかのような蠱惑的な美貌は今日も今日とて顕在だ。
 どちらかと言えば「軽い女」に属する私からすれば、この人が持つ魅力は、そういうものが存在することが信じられなくて、興味があった。

 それは手を伸ばすことさえ躊躇われるような、凄惨な美しさ。
 花を手折ろうとする奴ははいても、太陽を手中に収めようとする人間は何処にもいない。


ミセ*-3-)リ「人間ってえっちな生き物なんですね〜」

「事はそう単純でもないんだよね」


 私の言葉に返答して、本を引き出しに仕舞うと(!?)会長はその引き締まった腕を組んだ。
 その双丘を支えるように。
 あるいは大きな胸を強調するように。

 ……うーん。
 それにしても、この人もかなり豊かだなあ……。

540名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:34:14 ID:tz0ayHZc0

ミセ*-ー-)リ「(サイズ的には変わらないかもしれないけど――他が引き締まってる分、余計に大きく見える)」


 おまけに手足もスラリとしていて、背も高い。
 きっと会長のお母さんはスレンダーな人だったのだろう。
 多分父親も相当な美少年だ。

 ところで、と彼女は思い出したかのように言った。


「こないだね、ある生徒が女の子に『おっぱい揉ませてー』と声かけまくってたから、『じゃあどうぞ』って割り込んだら……逃げて行っちゃった」

ミセ;゚ー゚)リ「えぇ?」


 なんでだろうね、とおかしそうに笑う。
 実に不思議そうに。

 いや。
 いやいやいやいや……本当に不思議なのはその男子の行動ではなく、会長の行動なんだけど。
 この人、何やってるんだ。

541名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:35:09 ID:tz0ayHZc0

「……ひょっとして小さい方が好きだったのかな?」

ミセ;-ー-)リ「そうじゃなくてですね……」


 天然かこの人。


ミセ*゚ -゚)リ「会長、そういうことしてるといつか心ない人達に襲われますよ?」

「どぉして?」

ミセ;゚ー゚)リ「どうしてって言われても……」


 口篭る私を見て再度会長は笑った。
 そうして、言う――「襲われたら襲われただよ」なんて。
 ……それは自分に頓着がないということではなく、ただ誰であろうと負ける気はないという自信の表れだ。

 さて、と話を戻す。

542名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:36:05 ID:tz0ayHZc0

「実は哺乳類の中で胸が――乳房が常に大きい生物って、少ないんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「そうなんですか?」

「うん、らしいよ」


 次いで、それを気持ち良くなる為にしか使っていない君は分かりにくいだろうけど、とシニカルに言った。
 否定できないのが悔しいけど、否定するつもりもない。


「君のも、僕のも……本来的には授乳の為の部位なんだから、常時膨らんでる必要はない」


 お乳が必要な時だけ。
 つまり子供を産んで育てる時だけ、機能していれば良い。
 生物としては、それが普通。

 けど。


ミセ*゚ー゚)リ「だけど人間はいつも大きくて柔らかいですよね?」

「小さくて堅い人もいるけど、そうだね」

543名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:37:08 ID:tz0ayHZc0

 駄乳キャラが聞いたらキレそうな相槌を打つ会長。


「知っているかな? 小さな子供がいるメスはほとんど排卵が起こらない」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「正しくは妊娠前後は、だけど。授乳の時に分泌されるプロラクチンが影響して、排卵が起きず発情もしないんだって」
 

 ……考えてみよう。
 常識や倫理を捨てて生物学的な視点で考察してみよう。

 オスが狩りに出掛けていて、巣にはメスとその子が残っている。
 その時、他のオスが巣にやって来た。
 理由は「自分の遺伝子を残す為」だけど、肝心のメスは排卵も発情もしない。

 “さてこの場合、そのオスは大人しく帰ってくれるだろうか?”


「当たり前だけどそのオスは子を殺すことで強制的に発情させようとする。繁殖戦略だね」


 残酷とか言わないでよ?と会長は続けた。
 ……私は何も言えなかった。

544名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:38:08 ID:tz0ayHZc0

「でも、もし常時乳房が膨らんでいたら。他の動物のように、相手が発情しているかどうかが分からなかったら」


 そうか。
 分かった、そういうことか。



「“他のオスに子を殺される可能性が限りなく低くなり、かつ、交尾をしたところで受精はしない”――ということになるわけだね」



 まるで推理小説のような。
 ここぞとばかりに相手を騙し出し抜くトリック。
 手品じみたシステム。

 私達が持つこの脂肪の塊は無駄ではなかった。
 快楽を得る為とか、見栄えが良いとかは関係なくて、純粋に理に適った進化の結果だった。


「ま、その所為で現代のメスは常に貞操の危機に晒されるというディスアドバンテージも得ちゃったケド……それにしても、凄いよね」

ミセ*-ー-)リ「……そうですね」

545名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:39:05 ID:tz0ayHZc0

 女は強い、とよく言われる。
 私は女だけど、強いかどうかはよく分からない。
 でも。

 けれど、女は強くなかったとしても――きっと母は強いのだ。
 紛れもなく。


「……まあここまで言っちゃったケド」


 と、会長は知ったような笑みを浮かべ、言う。


「結局、これは『ヒト』の話で『人間』の話じゃないから、あんまり間に受けないほうがいいかもね」

ミセ*-3-)リ「えー……」


 いい話だったのに。
 うーん……まあ、そこそこに?

546名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:40:14 ID:tz0ayHZc0

「『子供は自分で思っているより賢くはないが、大人が思うよりずっと賢いもの』っと」


 淳高五階、時計塔旧生徒会室。
 何かの台詞を引用したのか、私に背を向け窓から校門の辺りを見下ろしながら彼女はそう言った。
 似たような台詞をラノベで見たことがあるけど……多分、似てるだけで違うものだろう。

 そんなことを思っている私を知ってか知らずか。
 会長は、その引用したらしき台詞を改変してこんなことを言った。



「だとするなら、きっと人間もそうだよね――『人間は自分で考えているほど立派ではないが、自分で感じているほど愚劣でもない』」



 白黒つけようとしても、できない。
 この世には白も黒もなく、この世に存在しているものは、全部灰色なんだ。


「より文学的な言葉にするなら『人間は神と悪魔の間に浮遊する』かな。これはパスカルの言葉だね」

547名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:41:12 ID:tz0ayHZc0

 さて、と。
 前置いて彼女は大きく伸びをした。
 その豊かな胸を揺らしつつ。

 そうして最後に、今日の雑談を纏めるように言った。



「誰かと付き合い始めた女の子の胸が急に大きくなるのは……愉悦による堕落の証左か、それとも母としての自覚、芽生えた愛の証拠か」



 どっちなんだろうね?と会長は言った。
 きっとそれは、「どちらもなんだろうね」と同義の言葉だった。
 知ったような結論だった。

 今日会長が見ていた子はどちらの比率が大きいんだろう。
 そして私はどうなんだろう。

 ……けど私は、堕落だって立派な愛の証明だと思うけどなあ―――。

548名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:42:09 ID:tz0ayHZc0
【―― 1 ――】※閲覧注意


 ―――りぃん、りぃんと鈴の音が聞こえた。


 頭が溶けてしまいそうで。
 身体が壊れてしまいそうで。

 私は必死で歯を噛み締め口を両手で覆ってそれに堪えようとする。
 けど、ご主人様が。
 今は私の「恋人」になった彼が大きく腰を前後させるだけで、私は、あっさりと。


(;#// -/)「やっ、らっ――ひぅぅぅっっ!!!」


 内蔵がグチャグチャにされて引き摺り出されたような感覚。
 直後に陰茎が押し込まれ子宮が揺れる感覚。
 その強烈な刺激が悲鳴を隠せないほどの鋭い感覚を身体全体に送り、精神を蹂躙し、腰を跳ね上がらせる。

 一際大きく――鈴が鳴った。

549名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:43:10 ID:tz0ayHZc0

 「逃げよう」と思っても、全然、力が入らない。
 そもそも「逃げよう」なんて考えられない。

 身体が、心も、正直に――悦んでしまっているのだから。


( *-Д-)「……ねえ、でぃちゃん」

(#// -/)「はっ……あ、う……」


 彼が私の胸を、勃起した乳首を弄ぶ。
 触れるか触れないかの優しい手つきで円を描くように。
 撫で上げられる度にぞわり、ぞわりと背中に快感が溜まっていく。


( * Д)「―――聞こえてる?」


 返事がないことに不服だったのか。
 唐突にご主人様は興奮して敏感になっている私の乳首をきゅう、と摘んで上に引き上げた。

 キモチイイが――弾けた。

550名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:44:05 ID:tz0ayHZc0

:(#// -/):「ひっ……はぁぁぁっん!!」


 乳房が持ち上がってしまうほどの強さで引かれ、身体を弓なりに仰け反らせながら、痛みと快感で私は幾度目かの絶頂を迎えた。
 連鎖するように、膣内が収縮し彼のモノをより強く締め付ける。

 形が分かってしまうほどに、ギュッと。
 まるで「もっと犯してください」と懇願しているかのように。
 子宮にまで届いた振動で陰茎が震えたのが分かった。


( * Д)「っ――ふ、あ……」


 ご主人様は射精してしまいそうになるのをどうにか堪えたらしく。
 それは、このお仕置きがまだまだ続くことを意味していた。


 ……私は今、「お仕置き」の真っ最中だった。
 着ていた制服をほとんど剥ぎ取るように脱がされ、ベッドに転がされ、両手首を掴まれ啄むようなキスを唇や首筋にされた後――いきなり挿入された。

 痛みはほとんどなかった。
 日々の躾によって、私の恥知らずな部分は……キスをされるだけで濡れるように開発されていたから。
 彼ではなく私自身が望んで、そんな身体になっていたから。

551名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:45:16 ID:tz0ayHZc0

 最初にベットに押し倒されたのも、耳を舐めるだけで身体全体の力が抜けてしまう反射を利用されてだった。
 体内を蹂躙する彼のモノの刺激に耐えながら、私はこういうのを「パブロフの犬」と言うんだっけ、とぼんやりと思っていた。

 犬じゃなくて、猫なのに。
 私はご主人様の猫だ。
 ……今もまた猫の耳と尾を出しながら久しぶりにあの首輪を付けられている。

 私が悶える度に、嘲笑するように鈴の音が響く。


( *-Д-)「ねえ、でぃちゃん」

(;#// -/)「っ……。は、ぃ……」


 ご主人様の問いかけ。
 小さいながら、今度はちゃんと返事をすることができた。
 ご褒美として顕現している猫の耳を撫でられる。


(#// -/)「ぁ……はぁ、ん……っ」

552名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:46:58 ID:tz0ayHZc0

 ……この状態で何分が経っただろう。
 体位としては股を大きく開いた正常位だ。私がベッドの上で、彼は腰が大きく動かせるようベッドのすぐ脇に立っていた。
 私は逃げることもできずに、反り返るほどに勃起した彼の硬い陰茎で……ずっと身体を貫かれている。

 抵抗しようとする度に先程のように大きくピストンをされるか、乳首や陰核と言った敏感な部分を刺激される。
 もう、何分経ったのかも、何度イッたのかも分からない。

 珍しくご主人様が積極的な理由は分かっている(恥ずべきことだがいつもは私から誘っている)。


( * Д)「……でぃちゃん。なんで今日、俺のこと『お兄ちゃん』って、言ったの?」

(;#// -/)「そ、れは……っ!」


 言葉に、詰まる。

 私達は以前のような主従関係ではなく――いや最初から上下なんてなかったけれど――とにかく恋人同士。
 そしてもう、少し前に婚姻届も出している紛れもない夫婦だ。

 けれど私は今日、学校の人達の前でご主人様のことを『お兄ちゃん』と紹介した。
 それは無駄な混乱を招かないようにする為であり、余計な詮索をされないようにする為だった。
 別に嫌いになったとか、そういうのじゃない。

553名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:48:06 ID:tz0ayHZc0

 けど。


( * Д)「俺を『恋人だ』って紹介するの……嫌だったの?」

(;#// -/)「ひっ……! ち、が……っ」


 う、までは聞いてくれなかった。
 ご主人様はもう一度、一際大きく腰を動かし私にお仕置きをする。

 して――くださる。

 私のやらしい身体を貫いていたモノが、膣壁を削るようにし変形させながら一気に十五センチほど引き出され。
 また直後に脳天まで貫通してしまいそうな勢いで――子宮口まで、押し込まれる。



:(#// -/):「だッ……ああッ、い――ぃひぐぅぅぅぅうううっ!!!」



 腰を掴まれていたから何処にも逃げられず、私は獣のような声を上げて――またイッた。
 ……あろうことか、失禁までしてしまいながら。

554名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:49:15 ID:tz0ayHZc0

 だらしなく舌を出していた。口の端から涎が垂れているのが分かった。
 潤んだ両目には、焦点が上手く合わないけど、薄暗い部屋の中で私を見下ろすご主人様の姿が映っている。
 りぃんりぃんと脳に直接鈴の音が響き、ドクンドクンという彼のモノが脈打つ音が身体に直接響く。


(#// -/)「はぁ……。やぁ、ん……っ」


 好きな人に、こんな姿を見られたくない―――。
 そう思って顔を覆い隠そうとしても両腕は動いてくれない。
 力が上手く入らず痙攣するばかり。

 分かってるんだ。
 こういうのが、好きってことが。

 私は、こんな惨めでみっともなくいやらしい姿をご主人様に見られて、発情している―――。


(#// -/)「は、っ……。私、は……」


 だから言わないと。
 彼に――私の、大切な人に。

555名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:50:07 ID:tz0ayHZc0

(#// -/)「私は……んっ……。恥ずかしかった、んです……」

( * Д)「…………それで?」

(#// -/)「でも……」


 でも。
 でもそれは、嫌いになったわけじゃ、ないんです


(#// -/)「それは……他の人に、知られるのが、嫌だっただけで……。ふぅ、はぁ……! だから……」


 だって、私は―――。



(#// -/)「私の全ては――ちゃんと、ご主人様のモノ、です……」



 だから安心してください。
 私はいなくなったりしません。
 私が終わる時は――あなたの傍ですから。

556名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:51:19 ID:tz0ayHZc0

 私の現在も過去も未来も言葉も感情も身体も精神も良いところも悪いところもちゃんとした部分もやらしい部分も――全部。
 私の首はあなたの首輪を付ける為のもの。
 私の右手はあなたと繋ぐ為のもの。
 私の左手はあなたを守る為のもの。
 私の両足はあなたと歩む為のもの。
 私の両目はあなたの向かう方向を見る為のもの。
 私の口はあなたに口付けてもらう為のもの。
 私の両耳はあなたの声を聞く為のもの。
 私の身体はあなたに抱かれる為のもの。

 他の、恥ずかしくて言えないような部分は……ご主人様に愛してもらう為のもの、です。

 だから安心してください。
 私はあなたが、大好きです―――。


( *-Д-)「…………そっか」


 彼は久しぶりに子供のような声で呟いた。
 「ありがとう、安心した」――と。
 そして抱きかかえるようにして私をぎゅっと抱き締めた。

 更に深くまで私を感じるように。
 自分のモノとするように。

557名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:52:09 ID:tz0ayHZc0

(#// -/)「はぁっ……や、ん……」

( *-Д-)「ごめんね……でぃちゃん。……で、俺そろそろ、限界なんだけど……」


 申し訳なさそうに彼が言った。
 私は精一杯笑って、こう返す。


(#// -/)「どうぞ、私で気持ち良くなって、私の中に好きなだけ出してください――あなた専用ですから」


 あなたのモノで。
 あなたの恋人で。
 あなたの妻――ですから。


( * Д)「ありがとう。それじゃ……本気でいくよ?」

(;#// -/)「えっ、あ、ちょっとは手加減して――ひっ、らめぇぇっっ!!」


 私の要求は聞き入れられずご主人様は思い切り腰を使い始めた。
 あどけない顔つきに似合わない凶悪なモノが、私の身体を刺し抜くように乱暴に、内蔵を掻き回すように何度も何度も出入りする。

558名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:53:17 ID:tz0ayHZc0

:(#// -/):「ああッ、あッ、ぐぅっ……やあぁっ!」


 鈴の音が鳴る。
 水音も。
 指先までキモチイイが伝わって、身体が溶ける。


( * Д)「はっ、ふ……。でぃちゃん……気持ちいい?」

:(#// -/):「ああッ、ううあああッ! あっ、らめっ……うぅっ!!」

( * Д)「何処が気持ちいい? ねえ――」

:(#// -/):「うううっ!あっ、からだっ、壊れちゃうぅぅぅ!!」


 意地悪な問い。
 私の反応を見て気持ちいい所を探りながら、ご主人様が問いかける。


( * Д)「また俺の声……聞こえなくなっちゃった!?」

(;#// -/)「えっ、違っ――はぁッ、うぅぅぅ!!?」

559名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:54:19 ID:tz0ayHZc0

 勃起した乳首を今度は両方共いっぺんに抓り上げられた。
 そのままクリクリと、人差し指と親指で潰される。
 突かれるのとは違う鋭い痛みと快感が走って神経がより敏感になっていく。


:(#// -/):「いぃ!気持ちいいです! あああっ!ううああぁっ!! もっと――もっと滅茶苦茶にしてくださぃっ、ご主人様ぁッ!!」


 嫌だ。
 恥ずかしい。
 許して。
 ごめんなさい。

 そして……気持ちいい。
 もっと痛く、激しく、私に――お仕置きして、ください。


( * Д)「―――よくできました」


 鈴の音と、彼の声が聞こえた。
 一際強いキモチイイのが身体中を襲った。

560名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:55:07 ID:tz0ayHZc0


(#// -/)「や、やだッ!やッああああああっ!! あッ、ああ、ぃくううぅぅぅぅ――ッ!!!」



 ご主人様のモノが脈打って、大量の精液が私の中に広がって。
 真っ白な感覚――それを最後にして。

 私の意識は途切れた。

561名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:55:41 ID:7uystHCM0
エロいな、支援

562名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:56:22 ID:tz0ayHZc0
【―― 2 ――】


 俺の横では彼女が死んだように眠っていた。
 眠っている、というよりは、正しくは気絶してしまっていた。


(#// -/)「はぁ……。やっ……ん……」

( *-Д-)「…………ふぅ」


 ……やり過ぎたかな?
 そんな風に思うものの、虚ろな目で下腹部に手を当てたまま眠る彼女はとても幸せそうで、そうでもなかったかなとも感じる。

 ドロリとヒクつく穴の奥部分から白い液体が流れ出た。
 「ありがとう」という意味のキスを彼女の唇にして、身体を拭こうとタオルを取りに行く。
 制服くらいはちゃんと脱がせてあげれば良かったと今更に思う。

 でもこういう肌蹴た服装が男としては堪らないのだ。
 まあ俺の彼女もそういう変な嗜好はありそう――って、俺よりあるみたいだけど。


(;-Д-)「結構変態なんだよなあ……。可愛い顔に似合わず」

563名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:57:31 ID:tz0ayHZc0

 ぬるま湯で絞ったタオルで彼女の身体を拭きながら呟いた。
 幼い感じも残していた彼女は、いつの間にかぐっと大人っぽくなっていた。
 顔は清楚であどけないけど……その、胸とかが。

 ちょっと前では平たい感じだったのに、知らない内に良い感じに俺の手に収まるような大きさに……。
 サイズはCか……Dかな?

 そんなことを思いながら、彼女の控えめだけど整った、柔らかい胸を拭くと悩ましげな吐息が漏れた。
 思わず二回戦目に突入したくなったけど、流石に悪いかなと自重する。
 今日は乱暴なことばっかりしちゃったから明日は彼女の言うことをなんでも聞いてあげることにしよう。

 ホントにごめんね、でぃちゃん。
 でも……ありがとう。


(#// -/)「はぁ……ふぅ……」

( *-Д-)「(……あ、でもおっぱいちょっと触ったりするくらいならいいかな……)」


 吸ったり、甘噛みしたり、頬擦りしたり。
 またお願いして色々させてもらおう。
 彼女は「あなた専用」と言っていたけど――俺だって、「でぃちゃん専用」なんだから。

564名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:58:49 ID:tz0ayHZc0

 でも、触りたいなあ……。


(# ;;-)「…………いいですよ」

(;゚Д゚)「えっ?」


 唐突に聞こえた声に背筋が凍った。
 でも声の主は優しい……女の子という感じでもなく、女という感じでもない優しい声で。
 母親のような――声音で。



(#// -/)「あなたの為に頑張って大きくしたんですから……。触りたいなら、幾らでも……」



 その代わり敏感になってるので優しくしてくださいね?と俺の奥さんは言った。
 俺は「分かった、ありがとう」なんて言いながら、どうせノッてきたら「もっと激しくして」とか言うんだろうなあ、と内心笑っていた。

565名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:59:57 ID:tz0ayHZc0

 ……ああ、もう。

 本当に。
 俺の彼女は、



( *-Д-)「可愛いなあ……」



 俺の猫耳と尻尾が付いてて、少し礼儀正し過ぎて、結構変態で、優しくて可愛い彼女。
 まさしく彼女が――「俺の嫁」だよね?

566名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:01:09 ID:PCvdVUJg0
【―― 0 ――】


「―――ところでさ。ヒトの胸が常に膨らんでいるのには、さっき言った話以外の説もあるんだよね」


 そろそろ帰ろうかと生徒会室の扉を開けた、その時だった。
 巨乳僕っ娘の生徒会長が、いつものように知ったような口調で補足を加えてきた。

 振り返ってみる。
 彼女の目線はいつもとは違って、遠くを見ていた。
 商店街の方だろうか?


ミセ*゚ー゚)リ「それはいい話なんですか?」


 訝しむような私の問いに会長は「いい話だよ?」と微笑みながら答える。
 そうして直後に、ただし都合の良い話だけどね、なんて言葉遊び。


ミセ*-3-)リ「じゃあ聞きませんよ〜っだ」

567名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:02:05 ID:PCvdVUJg0

「んー。でも君はこっちの方が気に入ると思うよ?」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 会長は瞳を伏せて、何故かさもおかしそうに笑って言った。


「“人間の女の乳房が常に大きいのは『他の女の所に行かず、ちゃんと私の所に帰って来てね?』というメッセージである”……みたいな話」


 どういうことかは分かるよね?と続ける。
 もちろん分かる。
 それはそう、「いつだって発情してるから他のメスの所になんて行くな」ってことだ。

 言い方に品がないのならこう変えよう。


「『いつだってあなたと愛し合う準備はできているから、ずっと一緒にいてね?』――なんてねっ。オス側に都合が良過ぎて、綺麗過ぎるかな?」


 それは確かに都合が良過ぎで綺麗過ぎな解釈だった。
 けれど、会長は言っていた――“人間の女”と。
 さっきは“ヒトのメス”と言っていたのに、今は『ヒト』じゃなくて『人間』だと。

568名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:03:07 ID:PCvdVUJg0

 だから私も『人間』の話であるなら……ありなんじゃないかなあ、と思う。
 反実仮想でも不可能願望でもなく、ただそうであって欲しいと願う。


ミセ*^ー^)リ「……良い話ですね」

「でしょ?」

ミセ*-ー-)リ「はい。とても、良い話だと思います」


 素直にそう思ったから正直にそう答えて、私は部屋を後にした。
 後ろでに会長の笑い声が聞こえた。

 彼女には誰か、好きな人がいるのだろうか?
 そんなことが気になった。 
 もしあの会長にもそんな相手がいるのなら、いつか、恋バナをするのも良いかもしれない。

569名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:04:07 ID:PCvdVUJg0

 真実は一つじゃない。
 人間はいつだって好きな真実を選び取って生きている。
 だから私も、後者の説を信じようと思う。

 論理的でなくても、合理的でなくても、退廃的であったとしても。
 信じるのは私の勝手で、そっちの方がロマンチックだから。

 だって私も人間の女ですもの♪


 ずっと恋して。
 ずっと愛して。
 一生傍にいて。

 私もいつか、そういう風な物語の終わりみたいな結婚が――できるといいなあ。






【――――落書き、終わり】

570名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:05:15 ID:PCvdVUJg0

エロ分補給のおまけでした。
別に投下しなくても良いかなーと思っていたのですが割と大事な伏線がいくつもある回だったので投下しました。
十八禁的なの嫌いな方は飛ばしてくださって結構です。

主題はエロなのに無駄に小難しい話があったりしてごめんなさい。

次は一転して、シリアスな話です。
九月中か、もしかしたら十月に二話連続で投下するかもしれません。

571名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:10:02 ID:QxMMn.Lk0

次も待ってる。
エロかった。

572名も無きAAのようです:2013/09/17(火) 14:29:00 ID:/gX5BODgO
駄乳なんて言葉聞いたら、あいつが怒りそう

573名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:54:20 ID:QwDmC5Uo0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

574名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:55:07 ID:QwDmC5Uo0




 第七問。
 選択問題編。

 「幽屋氷柱の殺人」





.

575名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:56:08 ID:QwDmC5Uo0




 霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる





576名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:57:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 0 ――】


「―――恐ろしいことに他殺ではなく事故死でもなく、もちろん寿命その他が原因ではない不審死は自動的に『自殺』になるらしいよ?」


 一つ例を挙げると、
 「火の気のない玄関で人体自然発火現象を起こして燃え尽きるまで気管に煤が入らないようじっと息を止めて焼身自殺(東京)」など。

 本当の事例かどうかは浅学な私には分からないが、もし本当だとするなら世界でも随一という日本の警察も信用ならない。
 そんな死に方は常識的に考えてありえないのだから。
 どう考えても、私には理解もできないようなトリックか、あるいは常人ではまず不可能な大掛かりな仕掛けの元で達成されたに決まっている。


「そしてこの世界には魔法がある。けれど、大部分の人はそれを知らない」

リパ -ノゝ「…………まだしも陰謀論の方が救われる話ですね、」


 知った風に話すそれにすげなく言い放つ。
 そして携えていた長刀をちらと見た。
 『人斬り』と呼ばれる私達の、ほんの些細な決まり事を思い出した。

 それは“自分(絣)に殺されたと分かるように殺す”――ということ。
 だから私達は、「殺したのか?」と訊かれた際に嘘を吐かない。

577名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:58:08 ID:QwDmC5Uo0

 けれど、魔法は。


リパ -ノゝ「…………あなたは魔術師達が、大衆が奇跡の存在を知らないのを良いことに、私利私欲の為に魔法を使ってきたと?」

「だからこその君達なんじゃないかな? 違った?」


 違わない。


リパ -ノゝ「…………『魔法』というものが公的に存在しないことになっている以上、犯罪として立証もできません、」

「今更世界レベルで社会システムを変えるわけにもいかないしねっ」


 数こそ少なくなってしまったが、現在も魔法は世界に存在している。
 言うまでもなくそれを使って成される犯罪も。

 いや――犯罪ではない、のか。
 立証できなかった犯罪は法学上では罪ではない。
 ただの結果だ。

 それは例えば「人が一人殺された」という、それだけの事実。

578名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:59:09 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………しかしだからこその私達です。尋常ならざる犯罪相当行為を雪ぐ、公儀隠密です、」

「うん、凄いね」


 両手の親指と人差し指で長方形を作り、ちょうどカメラマンの方が構図を決める時のように辺りを見る。
 制服を身に纏ったそれは、ここ――淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校の屋上に申し訳程度に設置された鉄柵に座っていた。
 常識知らずにもほどがある、両足を中空に投げ出すような形でだ。

 今背中を押せば、これを殺せる?
 いや、そんな簡単な相手ではないだろう。

 この化物女は。


「けどさぁ……ユキちゃん」

リパ -ノゝ「あなたにそんな親しげに呼ばれる筋合いはありません」


 「おーこっちゃって」なんて嘲笑するように言った彼女が狂気的な笑みを浮かべたことが分かった。
 早朝の日差しに照らされる姿はまるで全身に血を浴びたようで。
 そして、いつかの日々と同じように、幻想的で破滅的な美しさを有していた。

579名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:00:07 ID:QwDmC5Uo0

「話戻しちゃうけど、それって結局魔術師達がやってることと変わらないんじゃないかな?」

リパ -ノゝ「………………」

「私利私欲の為ではないにせよ、大多数の人間の与り知らぬところで、しかも存在しないはずの手段で以て世界に干渉する」


 君達は本質的には君達が憎むべき敵と同一なんだよ、と。
 歌うように、そして謳うようにそれは言う。

 私に、揺さぶりをかけるように。


「今日も近くで誰かが人を殺したらしいケド……君はどうするのかな?」

リパ -ノゝ「無論、その罪を雪ぎます」

「あははっ。上から目線だねー」

リパ -ノゝ「存在する位相が違うだけです」

580名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:01:13 ID:QwDmC5Uo0

「違うのはレベルじゃないかな? 『人間は自分のレベルに応じた形でしか世界を見ることができない』って」

リパ -ノゝ「レベルではなくステージでしょう。あるいは定位か」

「自分で分かってもない言葉を使っちゃダメだよ? 馬鹿に見えるから」

リパ -ノゝ「人を殺すことしかできない人間を馬鹿者でないとするのならこの世に馬鹿者は存在しませんね」


 まだ君は『人間』を名乗るんだね、と彼女は笑った。
 まだあなたは『化物』でありたいんですね、と私は笑わなかった。


「人間だの化物――人外だのって、結局そんなことは本人の認識次第だと思うケド」

リパ -ノゝ「それに関しては私も同じ意見ですが」


 人間。
 人外。
 誰かにとって、私達は何に見えるのだろう。

581名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:02:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………なんにせよ、私の動揺を誘っても無駄ですよ、」


 踵を返し、背を向けつつ私は言った。
 夕陽と彼女の視線が背中に当たっているのを感じた。
 後者は気のせいかもしれなかった。


「君は、どうして人を殺すのかな?」


 彼女は問いを投げかけた。


リパ -ノゝ「仕事だからです。……少なくとも公的には」


 私はその飽きる程問いかけられた質問に当たり前のように返した。
 そして、次いで私は言った。



リハ -ノゝ「――――あなたとまた遭えることを、私は心の底から祈っています」

582名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:03:07 ID:QwDmC5Uo0

 それは。
 我ながら珍しい言葉だった。
 普段なら、ありえない言葉だった。

 けれどそれは――彼女は大して気にする風でもなく「そう」と上機嫌な様子で言い。
 直後に呟くようなとても小さな声で、でも明らかに私に向けたと分かるような声音で、口遊ぶ。



「…………あの人はどぉして人を殺したんだろうね?」



 そんなことは知ったことではなかった。
 知らなかった。
 知るべきことでもなかっただろう。

 今のこの世界で私がやるべきことは秩序を乱した尋常ならざる人殺し共を一人残らず駆逐すること。
 つまりは、遥か昔からやってきたことと大方変わらない仕事だった。

583名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:04:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 1 ――】


 梅雨らしい梅雨になった。
 六月が梅雨らしくない、あまり雨の降らない雨季だったことに関係しているのか、今、七月の始めは雨が降りまくる梅雨らしい梅雨だ。
 この夏らしくない初夏が終われば夏らしい夏がやってくるのだろう。

 雨の通学路、並んで歩む二つの傘。
 隣を歩いていた幼馴染、魚群なつるに考えていたことを言うとこんな言葉が返ってきた。


( -∇-)「お前、『いしあたまな石頭』みたいな言葉を使う感覚的に生きてる人間だな。つーか頭が悪い」


 ……とりあえず、中途半端にワックスがつけてある頭をグシャグシャと掻き回しておいた。
 いつの間にか二人の間には結構な身長差ができてしまっていたので、背伸びをして、覆い被さるような形になっての強襲だ。


 先月義理の母親を亡くしたなつるは一週間ほどは落ち込んでいたものの、案外早く立ち直り普通に戻った。
 「死んだ母さんが望んでない、なんて言うつもりはないけど、もうすぐ俺の季節だから」だそう。
 果たして誕生日が近いことが元気を取り戻す理由になりえるのかと言えば、それはかなり疑問なとこだけど。

 いやならないだろう。
 反語表現。

584名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:05:07 ID:QwDmC5Uo0

 そう言えばコイツの名前って「夏が流れる」と書いて「夏流(ナツル)」なんだよなあ、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……アレ、夏が流れるんなら夏じゃないんじゃない?」

( ・∇・)「初夏に生まれたから夏が巡って来て広がって行くって意味で『夏流』なんだよ」


 面倒そうに夏男は言った。

 なるほど、そう考えると「夏流」も中々に雅やかな名前だ。
 「水無月ミセリ」も「水無月美芹」と書けば結構……いやでも芹って草だしなあ。
 前にあの病葉先生が言っていたような意味があるとしても私だって恋が叶わない名前なんて嫌だ。
 
 と、そこまで考えてふと思う。
 隣の席の女の子のことを。


ミセ*-3-)リ「……『朝比奈でぃ』」

( ・∇・)「ん?」

ミセ*゚ー゚)リ「いや、でぃちゃんはなんででぃちゃんって言うのかなって」

585名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:06:06 ID:QwDmC5Uo0

 ロミオとジュリエットかよ、と幼馴染は肩を震わせ笑う。
 傘に乗っかっていた水滴が幾つか落ちた。

 早朝から降り続いていた雨はほとんど止んでいて、今はもう纏わり付くような霧雨があるのみだ。
 周囲に人は誰も見当たらない。
 それは人通りの少ない通学路を選んでいるということもあるが、一番の理由は「もう一限目が始まっているから」だった。

 要するに遅刻だ、二人して。
 ……二人共が寝坊した理由は説明しなくてもいいかな?


( -∇-)「なんでって……さあ、親か誰かが付けたんだろ?」

ミセ*-ー-)リ「親とは仲が良くないらしいけどね」


 そうだ、と自分から振った話題をぶった切るように私は言う。


ミセ*゚ー゚)リ「……手、繋がない?」

( ・∇・)「は? 名前の話は?」

586名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:07:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「それはもういいから。……手だよ手。繋ごうよ〜」

( -∇-)「お前脈絡なさ過ぎんだろ。馬鹿かよ」


 溜息を吐きながらも、なつるは右手を差し出した。
 私はそれを取ることはせず、代わりに彼の後ろをぐるりと回るようにし場所を変える(ちょうど左右が入れ替わった形だ)。
 そうして利き手で持っていた傘を持ち替え、空いた自分の右手を幼馴染の前に出す。


( ・∇・)「傘握ってんのが見えないのかお前は」

ミセ*-ー-)リ「右手で持てばいーじゃん」


 渋々、といった風に彼は傘を右手に移動させる。
 そうして左手で乱暴に、まるでひったくるように私の手を握った。


ミセ* ー)リ「やんっ」

( -∇-)「気色悪い声を出すな」

ミセ;゚ -゚)リ「冗談だよ……。ってか気色悪いって……」

587名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:08:06 ID:QwDmC5Uo0

 地味に傷ついたぞ。


( -∇-)「あー、もうお前の馬鹿話に付き合ってたら二限にさえ間に合いそうにないんだけど」


 言葉に、私は右手にはめた腕時計を見る。
 ……確かに少し厳しいかも。


( ・∇・)「そういやお前右利きなのになんで右手に時計してんの?」

ミセ*゚ー゚)リ「テスト中に見やすいから」

(;-∇-)「左手に付ければ紙を押さえる時自然に見えるだろうが……」

ミセ*^ー^)リ「左手は肘ついてるから、む・り」

( ・∇・)「何処までも真面目に授業を受ける気がない奴だな」

ミセ*-3-)リ「それはそっちだってそうじゃん?」

( -∇-)「違いない」

588名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:09:16 ID:QwDmC5Uo0

 雑談を続けながら、こんな話してるからどんどん遅れるんだろうなあ、と私は思った。
 なつるの方もそれには気づいていたと思う。
 だけどお互いに「なんならもっとゆっくりでもいいかな」とも思っていた。

 隣を歩む彼の気持ちは分からないけど、きっと思ってくれていた。
 私が左手を取った理由を察してくれているのなら、多分。

 そうでありますように、"May +主語+原形...!"。



「もう面倒になってきたし、学校行かずに帰るか……」

「どんなに遅れても放課後までには行かないと。先輩にCD返さなきゃ」

「……それ学校じゃなくても良くね?」



 お母さんの代わりにはならないけど寂しいのならいつでも傍にいてあげるからね。
 そんなことを心の中で呟きながら、私は指を絡ませた。

589名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:10:22 ID:QwDmC5Uo0
【―― 2 ――】


 放課後。
 帰路につく生徒と部活動に向かう生徒の流れに逆らうように私は歩いていた。
 目的地は高等部三年特別進学科十三組の教室だ。

 当初の予定では借りていたCDは昼休みに返しに行く予定だったんだけど、最終的に学校に到着したのが昼過ぎだったので已むなく放課後に変えたのだ。
 ……しかし、我ながらのんびりし過ぎた。


ミセ*゚ー゚)リ「えーっと……十三組は一番奥、っと」


 持ち主である幽屋氷柱先輩は弓道部やら剣道部の助っ人やら新聞部や生徒会の手伝いなどと忙しい人なので、軽く早足で進む。
 別に今日返さないといけないわけではないんだけど、できることなら早く返したい。
 忘れない内に。
 私は大雑把というか、忘れっぽいタチなのだ。

 と。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ、会長?」

590名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:11:24 ID:QwDmC5Uo0

 珍しく他のクラスと同じ時間に授業が終わった特別進学科十三組。
 その教室のすぐ外で、『一人生徒会』の彼女が廊下の窓枠に腰掛けていた。
 私に気づくと、「んー」と右手を挙げて挨拶の代わりとした。

 ……ていうか普通に危ないよその姿勢は。
 身体の三割くらいが外に出てるよ。
 私が出来心で会長の豊満な胸(私と同じかそれ以上)を押したら真後ろに真っ逆さまに落ちてしまいそうだ。

 考えて、やっぱり私は言うことにする。


ミセ;゚ー゚)リ「会長危ないですよ、うっかり落ちたら即死ですよ」

「ちゃんと両手でサッシ掴んでるから落ちないよ」

ミセ;゚д゚)リ「どう考えてもその姿勢で両手のみで全体重支えるのは無理ですよ!!」


 よしんばそれが可能であったとしてもさっき会長右手離してたじゃん!! 


「片手でも平気なんだよ。僕、片手で懸垂できるから」

ミセ;-ー-)リ「それは凄いですけど女子としてはどうかと思いますよ……?」

591名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:12:41 ID:QwDmC5Uo0

 また右手を離し、力瘤を作ってみせる会長に私は呆れつつ言った。
 けど、白く肌理細やかな肌が眩しい彼女の腕は、太くは見えないけれど、今のように力を入れた状態では確かに鍛えられた様が見て取れる。
 ……ていうか普通に力瘤がムキッと盛り上がっていた。 

 会長の身体はいつだったかテレビで見たキックボクシングの女子プロ選手のよう。
 前に彼女の裸を見たことがあるが、腹筋が薄く割れていて、背中や脚には綺麗に筋肉が浮き出ていた。
 完全なアスリート体型だ。
 無駄のない肉体は純粋に彫刻のように綺麗だし、それでいて柔らかいところは柔らかいし、そういうのが好きっていう男の人もいるのだろう。

 あれ、でもこの人運動部だったか……?


「それで本題だけど、」


 と、弓道部にも一応籍を置いている会長は切り出してきた。
 無論状態はそのままである。


ミセ;゚ー゚)リ「えっと……何かお叱り事ですか?」

「叱られるようなことしたのかな?」

ミセ;-ー-)リ「一番最近では、今日は昼過ぎ登校でした……」

592名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:13:25 ID:QwDmC5Uo0

 それは僕が怒るようなことじゃないよ、と会長は笑った。
 それもそうだ。
 ……というか、よく考えると会長に怒られたことなんて一度もなかった。

 前の地域環境研究会の視察の件で苦言を呈されたくらいかなあ。
 ちなみにアレはめでたく廃部になった。


「そうじゃなくてさ、」


 ぴょん、と飛んでやっと窓枠から下り廊下に立った会長は言う。
 今の腕の力のみで全身を持ち上げた気がするけど、面倒なのでもうツッコまない。


「氷柱ちゃんが今日休みだから、それを伝える為に待ってたの」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「『今日は会えないと思う、ごめんね』だって」


 どうやらメールで受け取ったらしいメッセージをそのまま再生した会長。

 珍しいこともあるものだ。
 氷柱先輩は健康というか体調管理はしっかりしている感じの人なのに。

593名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:15:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*゚ -゚)リ「えっと、風邪か何かですか? 私、先輩のアドレス知らないから……」

「いや風邪じゃあないよ」


 それより酷い、と続ける。


ミセ;゚ -゚)リ「酷い病気……ということ?」

「酷いのは状況だよ」


 そうして。
 会長は大きく伸びをして、話の深刻さに全く不釣り合いなのんびりとした口調で、簡潔に状況を説明した。



「氷柱ちゃんは今朝方に死体の第一発見者になったから容疑者として警察に拘束されてる」

ミセ;゚ -゚)リ「…………え?」



 ……はい?

594名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:16:14 ID:QwDmC5Uo0
【―― 3 ――】


 私が犯行現場に到着したのは昼前でその頃には既に粗方の捜査は済んでいた。
 別件で出張っていて遅れた私にも捜査員達は頭を下げてくれる。

 こんな若い女が上司だと不服だろうにありがたいことだ。


(‘、‘ノi|「しかし大きな家だ」


 背筋が伸びてしまうのは私がスーツを着ているせいではないだろう。
 純日本風の邸宅。
 それも家の敷地内に道場が――警察の剣道場よりも大きなサイズのものが――ある屋敷である。

 広い割に豪邸という感じがしないのは建築物の特性も勿論あるだろうが、おそらくは住んでいる人間の人柄の故だ。
 耳に挟んだ限りでは被害者は武道家なのだとか。

 捜査員達に会釈を返しつつ犯行現場に向かう。
 現場はその道場だという。
 じめじめとした空気を押し退けるようにして池を尻目に庭の奥へと向かう。

595名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:17:07 ID:QwDmC5Uo0

 さて。
 と、いよいよ武道場の前に辿り着いた時に、入り口の前に弓が落ちているのを見つけた。
 証拠品であるらしく保存用の袋に入れられ番号が振られている。

 私は近くにいた若い男に声をかけた。


(‘、‘ノi|「……なあ、おい」

( ノAヽ)「これは警視。お疲れ様です」


 一際丁寧な礼をしてきた捜査員に礼を返し「これはなんだ?」と問いかける。
 彼はポツリと言った。


( ノAヽ)「弓ですね」

(‘、‘ノi|「それは見れば分かる」


 そこまで無知ではない。

596名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:18:24 ID:QwDmC5Uo0

( ノAヽ)「失礼しました。梓で出来た梓弓です」


 また軽く頭を下げつつ彼は説明した。
 なんというか適当な説明だ。


(‘、‘ノi|「梓弓だから梓でできているのは当たり前ではないのか」

( ノAヽ)「『梓弓』は和弓そのものを指す場合がありますので……。近年の弓は一般的に真竹、黄櫨で造られるそうなので、『梓で造られていない梓弓』も有り得なくはないのです」

(‘、‘ノi|「難しいな」

(;ノAヽ)「……難しかったですか?」
 

 「いや大丈夫だ」と答えておいた。
 よくよく考えてみれば問題はそこではなかった。
 私が訊きたかったのは弓の名前や材質ではなくこれが凶器であるかどうかだ。

 咳払いをし、閑話休題をする。

597名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:19:19 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「わざわざ残してあるということはこれが凶器ということか」

( ノAヽ)「かも……知れません。その可能性があるので警視がいらっしゃるまで触らないでおいたのです」


 ただでさえ無意味に現場を掻き回し気味なのにそれは申し訳ないことをした。
 人の力は数の力なのだから私のようなスタンドプレーとワンマンプレー主体の人間は警察組織ではどちらかと言えば迷惑だ。
 以後は遅れないよう気をつけよう、と心に刻む。

 しかし言い方が引っかかる。
 「かもしれない」というのはどういうことだ。


(‘、‘ノi|「凶器の特定はできていないのか」

( ノAヽ)「正面から何かで一突きにされた後、日本刀で心臓の原形がなくなるほど幾度となく刺されたようなので。傷口からの特定は難しいですね」


 それはまたゾッとする死に方だ。


(‘、‘ノi|「つまり、その一撃目がこの弓であるかもしれないから残してあったということか」

( ノAヽ)「傷口が滅茶苦茶になっていたので『正面から一突き』というのも曖昧なのですが」

598名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:20:17 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「死体は仰向けだったのか」


 言いながら歩みを進め道場の中へと入る。 
 普段は厳粛であるはずのその場所は今は「騒然」が正しいような有様だった。

 死体こそなかったが一目見てここが犯行現場だと分かった。
 血塗れだった。
 道場の奥、刀が貫通したのか床に幾つも残る跡とそれを中心に広がる赤色。

 スプラッター映画のような有様だ。
 見たことはないが、おそらくこのような感じなのだろう。


( ノAヽ)「日本刀は被害者の持ち物だったそうです。殺害された時も手に持っていたらしいので」

(‘、‘ノi|「蒐集家か、居合道家か……」


 あの弓が凶器だった場合。
 まず被害者は弓で胸を射抜かれ、倒れたところで刀を奪われ、メッタ刺しにされた、と。

 ……いやおかしいな。

599名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:21:16 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「矢の方は見つかっていないのか」

( ノAヽ)「あの弓は第一発見者である女子高校生のものなのですが、手入れの為に持って帰っただけなので矢は持っていなかった……と」


 つまり死体に驚いて落としてしまったものを証拠品として抑えられているわけか。


(‘、‘ノi|「だが……その子供が犯人だとするならば、凶器である矢を隠滅した可能性があるのか」


 あるいはもっと他のもの……たとえば、槍か。
 傷痕を分からなくする算段があったのなら包丁でも構わないだろう。

 が、その時。
 私の隣にいた男が眉をひそめて言った。
 如何にも困った、という風に。


(;ノAヽ)「いや……その少女では、少し犯行は難しいと思いますよ」

(‘、‘ノi|「何故だ」

600名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:22:26 ID:QwDmC5Uo0

 そりゃそうですよ、と彼は続ける。



( ノAヽ)「被害者は剣道八段の範士。しかも同時に居合道の達人です。……そんな人間を真正面から串刺しにできる高校生は流石にいないでしょう」



 被害者が真剣を持っていた謎は分かった。
 ただ、より難解な謎が出てきてしまった。

 掛け値なしの武道の達人を――――正面から何を使って、どうやって一突きにしたんだ?

601名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:23:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 4 ――】


 冗談みたいな広さを有する淳高の一角。
 高等部と中等部の境、それでいて高校生も中学生も近寄らないような人目のつかない所にそれはある。

 部室棟から進んだ場所。
 落葉樹に隠されるようにポツリとある物置き小屋。
 使われていないその倉庫の傍らに、時代の流れから取り残されたような古めかしい焼却炉があった。

 私と会長はその焼却炉の前にやって来ていた。
 本題、氷柱先輩の話に入る前に雑務を終わらせたいと会長が言ってきたので、私は了承し彼女の仕事を見学しているのだ。


「最近は法律も厳しくなっちゃって、学校で燃やせるゴミが少なくなっちゃったから」


 言いながら会長は大きなゴミ箱傾け、何処となくパン工場を思い出させる穴に回収したゴミを入れていく。
 中身は木片や紙の切れ端が多い。
 つまり、それが彼女の言う「学校で燃やせるゴミ」なんだろう。

 会長が生徒会を実に地味に執行する中、私はぼんやりと話を聞いていた。
 ふと一つ質問してみる。

602名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:24:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「じゃあ、もう焼却炉は撤去しちゃっていいんじゃないですかぁ?」

「ゴミの処理費用は学校の予算から出てるから、できるだけ少ない方がいいんだよね」


 そうなんだ……知らなかった。


「それに、ここは聖域だから。勝手に変えちゃ駄目なんだよ」


 ゴミ箱を下ろして足元に置いてから、会長は何かを想うようにそう言った。
 神様が誤植したような凄惨な美しさを持つ、『一人生徒会』たる彼女の言う聖域。

 言われて私は周囲を見回してみる。
 小さな森は天露に濡れ、水滴は木漏れ日に輝き、学校という圧倒的な現実から離れた雰囲気を纏っている。
 その神秘さは、確かに『聖域』と言っても過言ではない。

 なんて幻想的なんだろう、"How +形容詞...!"。


ミセ*-ー-)リ「……綺麗な場所ですねぇ。なんだか、神社みたい」

603名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:25:31 ID:QwDmC5Uo0

 澄んだ雰囲気を率直に表しただけの言葉を会長は気に入ったようで、「そうだね」なんて相槌を打ち笑う。
 いつもの嘲笑じみた笑いではない、本当に思わず零れてしまったようなその笑みは、凄惨な太陽の美しさはないけれど、心動かされるものがあった。
 可愛らしい、女の子らしい笑顔だった。

 同性の私ですらドキリとしてしまうほどなのだ、まして並の男子であれば尚更だろう。
 "Aすら且つB、況んやCを乎"、抑揚系。


「神社の参道って言うのはさ、空間的な距離よりも心理的な距離が大事なんだってね」

ミセ*^ー^)リ「あ、それは知ってますよ。『奥』の話ですよね」

「……アレ? 僕、話したことあったかな?」


 こちらを向いて不思議そうな顔をする会長に私は言う。


ミセ*>ー<)リ「前にやった現国の過去問がそんな話でした!」


 理数科目が壊滅している代わりに文系科目は常に偏差値70前後。
 不真面目なのに成績優秀なのは、私の人生においての数少ない自慢と言える。

604名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:26:35 ID:QwDmC5Uo0

 会長は「これは一本取られちゃった」とまた笑う。
 ……なんだか今日の会長はご機嫌だ。
 いつも笑っているけれど、今日は特によく笑っている気がする。


「じゃあもう説明するまでもないかもしれないケド……聖域というのは、空間的ではなく心理的な隔たりによって神聖化される場所なんだよ」


 結果ではなく、曲がりくねった参道を進む過程にこそ、意味がある。
 私が読んだ文章ではそう指摘していた。
 目的地に至るまでの過程により神秘性が演出され私達は深奥を感じるのだ、と。


「ちょっと違うけど道場なんかもそうだよね。普通の人は近寄り難い――だからこそ神聖に思える」

ミセ*゚ー゚)リ「会長が弓道をやる弓道場もそうなんですか?」

「どうだろうね。学校程度の道場じゃあんまりかも。それでも、神聖な場所ではあるけど」


 厳格で、静謐な。
 外界から遮断された空間。

605名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:27:28 ID:QwDmC5Uo0

「この森には普段誰も来ないから。だから神社みたいに思えて……あの芸術家が好むんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「ゲイジュツカ?」


 いきなり出現した単語に私は戸惑う。
 芸術家……何かの比喩だろうか。

 心の中で生まれた私の疑問に彼女は指を指すことで答える。
 物置き小屋。
 この森の主はいつもあそこにいるんだよ、なんて。


「尤も今日は二週間に一度の焼却炉を使う日だし、いないんだけどね」


 どうやらデリケートな方みたいだ。
 そんなことを思ったその時、こちらに歩いてきた会長が唐突に怪訝そうな顔をした。
 私から見て向かって右、森の奥、樹木の一つに近づいていって、そうして振り向かないままで私に訊いた。


「君……この木の枝折ってないよね?」

606名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:28:15 ID:QwDmC5Uo0

ミセ;゚ -゚)リ「えぇ? 折ってないですけど……そう言えば、折れてますね」

「折れてるね。怒るかなぁ」


 桜によく似た、灰色の樹皮を持つ落葉樹。
 その枝の一つが根元がら折られて薄茶色の内面を晒している。

 会長は目を細め、黙って傷口を撫ぜた。
 手当てでもするように。
 植物を愛でるタイプの女の子ではないと思っていたんだけど……。


ミセ*゚ー゚)リ「桜……じゃあ、ないですよね?」

「『水目桜』とは言われたりするけど桜ではないよ。科も属も違うし。特徴的な匂いに由来する『ヨグソミネバリ』って呼び方の方が有名かな?」

ミセ*-ー-)リ「それはぶっちゃけどうでもいいですけど……」


 呟いた私に会長は確認を取るように訊ねた。


「……本当に折ってないよね?」

607名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:29:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「折ってないですって。私、毛虫とか苦手で、そういう木とか触らないようにしてるんです」


 昆虫系全般が苦手なタイプの女の子である私は、幼い頃友達が子供故の無邪気さで虫を殺しているのを見て、顔を顰めていたものだ。
 二割は「よくあんなもの触れるな」という気持ち、残り、大部分は「可哀想」という思い。

 感情移入する為には相手がある程度自分と似ている必要があるそうだけど……私って、昨日読んでた本の主人公みたいに虫系なのかなあ?
 いや、きっと感受性が豊かなだけだ。
 そういう感性があるからこそ、文系科目を得意としているんだろう。

 そんなことを会長に言うと、


「人間には珍しいくらいに優しいね。普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに」


 なんて、彼女はまた笑う。
 本当に今日は機嫌が良いようだ。


ミセ*-3-)リ「じゃあ会長は戯れに虫とか潰す方?」

「大した思いもなく殺しちゃうことは――道を歩いてて踏んじゃうみたいなことは――あると思うケド……。まあ、『いただきます』はちゃんと言う方、かな」

608名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:30:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……今時、そっちの方が珍しいんじゃ?


ミセ*゚ー゚)リ「ていうか、会長。人間には、って……人間以外を知ってるんですか?」 

「君も知ってるでしょ? 『化物』ってやつ。『人外』と言ってもいいのかな」


 今の今まで、聞きそびれていたけど。
 この人は――この人も、『怪異』を知っているのだろうか。

 世界の真実を。
 社会の裏側を。
 歴史の暗闇を。

 そういうものを――知っているのだろうか。


「いや、よく知らない」


 と。
 私の予想を裏切り、彼女ははっきりと言った。
 そんなものはよく知らない、と。

609名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:31:07 ID:QwDmC5Uo0

 その代わりに。
 呟いて、その少女は知った風に続けた。



「人間みたいな化物と化物みたいな人間のことなら――――とてもよく、知っている」



 その時の彼女の表情は、まるで。
 笑顔なのに、まるで。
 あえて、そして、しいて笑っているような。

 いつだったか誰かが浮かべていた、表面上は笑顔なのに、今にも泣き出してしまいそうな。
 悲しい気持ちを全部押し殺してしまったかのような。

 あまりにも彼女に不釣り合いな――笑顔だった。


ミセ* ー)リ「…………そうなんですか」


 彼女の抱えている問題も。
 私の問題を解決してくれると約束したあの人達は、どうにかしてくれるだろうか。

610名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:32:07 ID:QwDmC5Uo0

 そんなことを、思った。 


「今日は朝から久しぶりにそういうのに会って話をしたんだよね。人間は容赦なく殺すクセに虫は殺したがらない、変な奴とさ」


 しんみりとした気分になった私など知らないようで本物の笑顔に戻った彼女は続けてそう言った。

 なるほど。
 今日異常に機嫌が良さ気だったのはそういうことか。
 昔馴染に会って、嬉しかったんだ。

 人間離れした能力と天使近い容姿を持つ、我が校の黒●めだかこと『一人生徒会』が。
 知り合いに会って話しただけで一日上機嫌になっている。


ミセ*-ー-)リ「(会長、可愛いトコあるじゃん)」


 この人も人間なんだ、なんて。
 当たり前のことを当たり前に思う。

 きっとほとんどの人が知らない彼女の一面を見て、私も嬉しくなった。 
 ほんの少しだけ会長が近くに感じられて。
 私と彼女の似ている部分を、共通項を見つけられて、感情移入して、嬉しくなった。

611名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:33:08 ID:QwDmC5Uo0

 ……いや、うん。
 本当にほんの少しだけど。
 私には容赦なく人を殺すような知り合いはいないしね。

 そんな人間がいてもらっては困る。
 もう嫌だ。
 私はもうあんな思いはしたくないのだ。
 あの仲良さげだった軽音部の人達のことは私の心の片隅に確かに残っている。

 しかし、「人間は容赦なく殺す」って、その知り合いは軍人かそれか殺し屋なのかなあ?
 まさか私が知っているはずもないけれど。


ミセ*゚ー゚)リ「用事が終わったなら早く行きましょうよ」

「うん。分かった」


 そうして私達はその小さな聖域を後にした。
 少し名残惜しくもあったけれど、今はここで寛いでいる場合ではない。

612名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:34:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 5 ――】


 一目見て分かる異常者というのは存外に少ないものだ。
 三十代にはまだ遠い年齢で警視になった私でも一目見て分かる異常者はほとんど見たことがない。
 警察官として日々犯罪者として接している我々でもそうそうお目にかかることはない。
 恐らくはこれからもそうだろう。

 無垢で無辜な一般人諸子は勘違いしがちであるが大抵の事件は昨日まで一般人だった人間が起こす。
 多くの場合は突発的に、ごくたまには計画的に。

 彼等(犯罪者)の動機を私は逐一記憶しているわけではないし、そもそれは警察の仕事ではないので記憶しようともしていないが、とにかく。
 何人も、何十人も、呼吸をするように人を殺した凶悪な犯罪者はやはり数人しかいなかった。
 それでも数人はいたのだが、それでも全体から見ればごく少数だ。

 「きっと人間は人を殺すようにできていないんだ」と今まで関わってきた事件の見直しをする度にそう思う。
 それは幸運なことだし同時に不幸だ。
 何故ならば本来人を殺すはずのない人間が殺人を犯すということはそうせざるをえないような異常な背景があったということだからだ。

 犯罪者にだって犯罪の理由はある。
 当たり前のことだ。

613名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:35:08 ID:QwDmC5Uo0

 いつだっただろうか。
 私は酒の席でそういう話を古い友人としていた。

 こんな話は縦令酒が入っていたとしても他人にするものではないが彼だけは別だ。
 学生時代からの性別を越えた親友である彼は、まあ所謂「職業軍人」というやつで、言ってしまえば私より人殺しに詳しい。
 そういうこともあって私は話題に出し彼も「そうだね」と相槌を打った。


『君の疑問に答えるとすれば、さあ。呼吸をするように人を殺す人間は数種類しかいないんだよ。だから大部分の人間は人を殺さない』


 ワインと日本酒を交互に口に運びながら彼は言う。
 まずありえない選択だがそういう妙なところも愛嬌だと思っていた。

 確か私は「数種類もいるのか」と返した。
 すると彼は、


『じゃあ三つかな』


 目を伏せて前言を補足した。
 三つならまだ分かるかもしれないと思いつつ先を促した。

614名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:36:08 ID:QwDmC5Uo0

『一つ目は……欠陥人間、かな。罪悪感がなかったり、そういうの』

『二つ目は?』

『殺人が日常である人間――僕みたいな人間。多分、さあ。昔の人は皆そうだったんだと思う』


 僕の先祖もそうだったと思う、と続けた。
 私が警察官の家系であるように彼は軍人の家系だった。
 そして強要されたわけではなく、どちらも好き好んでその仕事を選んでいるわけだから血は争えない。

 カエルの子はカエルではなくオタマジャクシだが。
 人間の子は人間だ。


『三つ目はなんだ? なあ、おい』

『三つ目は人を殺したという自覚がない人間。大した殺意もなく人を殺す、人間の範囲が著しく狭い人間』


 疑問が顔に出ていたのか、彼は説明を加えた。


『昔の宗教家とか、さあ。自分は人じゃなくて蛮族を殺したんだと思っていただろうね』

615名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:37:09 ID:QwDmC5Uo0

 人でなしを殺しただけ。
 少なくとも彼等の認識ではそうだった。

 「人を人とも思わない」という文句は異常者には適切ではなく、そういった人間にこそ相応しい。
 殺した相手をそもそも人と思っていなかった。
 タチの悪い悪役のようだな、と私は呟き、しかし考えてみればそういう人間は現代にも沢山いると気付く。

 そんなものなのだろうか。



『そんなものだよ。誰でも殺す人間は……人をなんとも思っていない』



 それはまた、箴言だ。
 その時私はただ、そんな風に感じていた。

 その当時はまだ、そんな人間を私は知らなかった。

616名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:38:08 ID:QwDmC5Uo0

 ―――彼との会話を思い出したのは、道場から出て、身体がぶるりと震えた時だった。


(、 ;ノi|「ぐっ……」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘;ノi|「気にするな。なんでもない……わけではないが、大丈夫だ」


 いる。
 そう思った。

 何がいるのかは言うまでもない。
 見るまでもない。
 私の知る数少ない「一目見て分かる異常者」があそこにいる。

 そしてあろうことか、そいつはその友人の妹だった。

617名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:39:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 6 ――】


 門のすぐ外にそいつは立っていた。
 こちらを認識し会釈をする様を見ると「本当に見た目だけは可愛らしいな」と思う。


リパ -ノゝ「…………お手数をおかけ致します、」

(‘、‘ノi|「いや、」


 構わない、と返した。
 本心とは真逆の言葉だった。

 黒檀の如く黒い髪は短く、庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと小柄な体躯が相俟って中学生にしか見えない。
 身に纏った闇に溶け込む軍服がなければ、だが。
 どちらにせよ前髪とガーゼに隠されている左目とどろどろに濁った右目の所為で「普通の少女」には見えようもない。

 そして、これだ。


(、 ノi|「……っ」

618名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:40:12 ID:QwDmC5Uo0

 この視認するまでもなく感じられる、向かい合えば余計に分かる、異常な雰囲気。

 武道家は殺気や敵意を気取ることができると聞くが、少し感覚の鋭い人間なら彼女の危険性は自然と理解できる。
 漂わせている鬼気と殺気が底なし沼に足を踏み入れてしまったかのような錯覚さえ起こさせる。
 底なし沼なんて入ったこともないが。

 しいて他のものに喩えるとするなら「迷宮」だろうか。
 無限回廊の暗闇に、この少女は似ている。


( ノAヽ)「……この女の子は?」


 警視のお知り合いですか?
 そういうニュアンスを含んだ問いかけに私は、


(‘、‘ノi|「軍部……諜報機関の方だ。所属が違う我々が諂う必要はないが協力はしてさしあげろ」


 とだけ答えておいた。
 怪訝そうな顔をした若い男は「はあ」と返事をし、その少女、絣はクレジットカード大の身分証明証を懐から取り出し見せた。
 事務局だか対策室だかそんなよく分からない部署が記されているそれを見、初めて彼は納得したらしく敬礼をした。

619名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:41:07 ID:QwDmC5Uo0

 若きエリートは一部の男性には堪らないであろう甘く小さな声で訂正を加える。


リパ -ノゝ「…………正しくは私の所属は『中央情報局特異点対策室特定条件下における特殊作戦執行部隊通称「第十三小隊(ジュウサン)」』です、」

(;ノAヽ)「………………え?」

(‘、‘ノi|「聞き直すなよ、おい。どうせ二回聞いたぐらいじゃ分からない」


 大事なのはこの少女が特殊部隊の人間であるということだけだ。
 特定の重大事件しか担当しない、特務機関の人間がここに来たということだけだ。
 つまり。


(‘、‘ノi|「被害者、あるいは加害者がテロリストであるということか」


 独り言のような私の言葉に絣は「違います」と答える。


リパ -ノゝ「…………今回の被害者がある重要な文書を持っていたらしく、その確認です、」

(‘、‘ノi|「文書だと?」

620名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:42:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………はい、」


 聞けば、被害者はその文書とやらを常に持ち歩いていたという。
 何かを書き写したものであるそうで媒体は不明だが、少なくとも遺留品の中にはそんなものはなかった。

 そう伝えると、


リパ -ノゝ「…………そうですか、」


 彼女はなんの感慨もなさげに呟き頭を下げた。
 用件はそれだけだったらしい。

 立ち去ろうと踵を返した絣は三歩進んだところでもう一度身体を反転させる。
 まだ何か用か?
 私が疑問を言葉にしようとしたその瞬間、いや僅かに数瞬先んじて少女が口を開いた。


リパ -ノゝ「…………つかぬことをお伺いしますが、」

(‘、‘ノi|「なんだ」

621名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:43:12 ID:QwDmC5Uo0

 屋敷の中を見透すように門を見て、彼女は言った。


リパ -ノゝ「…………被害者の苗字を教えて頂けないでしょうか、」


 なんだ。
 そんなことも知らずに現場へやって来たのか。
 私は言った。


(‘、‘ノi|「大神だ。大きな神と書いてオオガミ。それがどうかしたか?」


 いえ、と絣は続けた。


リハ ーノゝ「…………謎が全て解けただけですから。お気になさらず、」

622名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:44:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 7 ――】


 氷柱先輩がその惨殺死体を発見したのは今日の早朝だったという。
 朝練に行く前、ちょっとした用事があって――剣道家でもある先輩が、高名なその先生に稽古のお願いをする為に――被害者さんの家に寄った。
 先輩は事前にその先生から「来るなら朝に来てくれ。その時間帯なら道場にいるから」と言われていた。
 当日は門の鍵もかかっていなかったので起きているんだと思い、門をくぐって道場まで行き、死体を見つけた。

 そうして警察を呼んだ先輩は学校の鞄一つの制服そのままで事情聴取に行ったらしい。
 あくまで任意同行なので帰ろうと思えばいつでも帰れたのだが、学校で騒がれるのは嫌だったようで応じられるだけ取り調べには応じ、家に帰ったそうだ。


「弓を持ってたのが不味かったよね。矢はなかったにせよ」


 知ったように笑いながら会長は言った。
 心配している様子はまるでない。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ。でも会長、氷柱先輩のこと容疑者って言ってなかったですっけ?」

「言ってたケド……それがどうかした?」

ミセ;゚ー゚)リ「容疑者って犯人のことじゃないんですか?」


 違ったっけ?

623名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:45:08 ID:QwDmC5Uo0

「全然違うよ。『容疑者(≒被疑者)』は捜査の対象となった人間を指す用語だから」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ犯人は?」

「犯人かどうかは関係ないけど、逮捕されて起訴された人は『被告人』になるね。ちなみに『被告』だと民事事件にしか使えない」


 更に言えば『参考人』は被疑者ではないが調査の為に事件に関係する情報を訊かれた者のこと、であるそうだ。
 だから氷柱先輩は参考人として事情聴取され、逮捕はされていないけど……まあ、被疑者でもある。

 しかしなんでも知ってるなあ、この会長。
 「なんでもは知らない、知っていることだけ」みたいな。
 よく考えるとその台詞当たり前なんだけど、知ってることが多いのは素直に凄いと思う。

 そんなことを考えていた私に彼女は「それに」と前置いて、言った。



「今回の事件で氷柱ちゃんが犯人ということは、ありえないんだよ。絶対に」



 ……やっぱり心配してたみたいだ。 
 その時の私は会長の言葉を聞いて素直にそう思っていた。

624名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:46:10 ID:QwDmC5Uo0
【―― 8 ――】


 彼女がここ、現在では俺達の家になっている旧高岡診療所にやって来た時、俺の中には二つの思いが到来した。 
 一つ目の「良かった」は彼女、人づてに事件に巻き込まれたと聞き及んでいた幽屋氷柱ちゃんが無事であること――逮捕されていないことに対しての安堵。
 もう一つの「どうしたんだろう?」は文字通り、ここを訪れるという彼女の意外な行動に対しての驚きだ。

 俺達を嫌っているわけではないとは、思う。
 だから依頼をすることはないわけではないけれど、今回は依頼内容が予測できなかったのだ。

 単純に遊びに来ただけ、そんな可能性はこの真剣な表情ではありえないだろう。


li イ*゚−゚ノl|「……ギコさん。あなたは何でも屋さんでしたよね?」


 垂れ目の人はなんか悪巧みをしているように見える。
 そんな話を小耳に挟んだことがあったけれど、目の前に座る氷柱ちゃんがいくら垂れ目でも、この真摯な眼差しでは「悪巧みしてそう」なんてつゆも思えない。


(,,-Д-)「いや、違うよ。俺はただの事件屋だから」


 俺はそう返してお茶を薦めた。

625名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:47:09 ID:QwDmC5Uo0

 半ばから緩やかにカーブしたヘアースタイルは双子のお姉ちゃんと見分けがつくようにする為らしい。
 これに限らず、彼女は常に姉とは違う髪型をするようにしている。
 だけど真正面から改めて見ると、「やっぱり双子だけあってそっくりだなあ」なんて当たり前なことを感じてしまう。

 瞳の奥に隠された熱さと冷たさの混濁も、そう。
 ドライアイスに触れた時に近しい、火のような超低温。


(,,゚Д゚)「俺は怪異専門の事件屋で……何でも屋でも請負人でもないよ」

li イ*゚ー゚ノl|「問題を――解決するだけ?」


 そうだよ、と短く返答する。
 熱いのか冷たいのか分からなくなる、感覚を濁らせる彼女の雰囲気に負けてしまわないように。


(,,-Д-)「俺は怪異に関しての問題が起きた時にそれを解決するだけ。無害な妖怪を祓ったりはしないし、人間の問題を請けたりもしない」


 それが俺の立ち位置だから。
 言い聞かせるようにして断言した。

626名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:48:09 ID:QwDmC5Uo0

 この中立が俺の場所。
 事件屋として、怪異に関する問題を解決することが――俺の仕事。
 でぃちゃんと決めた俺の現在だ。

 けれど氷柱ちゃんは困ったように微笑んで言った。



li イ*^ー^ノl|「でも結局、優しいあなたは助けてしまうんでしょう? 仕事ではなく、私事として」



 その通りだった。

 俺は何も言い返せなかった。 
 ただ、負け惜しみにも聞こえるような弱々しい声音で、


(,, Д)「…………勝手に、身体が動いちゃうんだよ……」


 溜息混じりに言い訳をしただけだった。
 ……我ながら情けないなあ。

627名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:49:08 ID:QwDmC5Uo0

 そんな俺を見て、氷柱ちゃんは今度は手を口に添えクスクスと笑う。
 そうしてからコップに入った緑茶を一口飲んだ。
 意図してのことではなかったけれど、むしろやり込められてしまった感じだけど、彼女の緊張が解けたのは良かった。


li イ*^ー^ノl|「本当に……どうして善良な人ほど、自分の善良さを嫌うんでしょうねー」


 柔らかな笑顔を浮かべて、誰かを思い出すようにそう言う氷柱ちゃん。
 あの身を裂くような冷たさは、もう何処にもない。


(,,-Д-)「はあ……。分かったよ、聞くだけは聞いてあげる」


 妥協して言った言葉に追撃が来た。


li イ*゚ー゚ノl|「聞くだけですか?」

(; Д)「いや……。話を聞いたら請けちゃうと……思う……」

li イ*^ー^ノl|「でしょうね」

628名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:50:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……もうそろそろ「このまま問答を繰り返しても結局はこの問題解決することになるんだろうなあ」と思い始めてきた。
 どうせ乗り出すのなら、早いに越したことはない。
 諦めて、大人しく俺は氷柱ちゃんから依頼内容を聞くことにした。


 殺人事件、遺体の第一発見者になった彼女。
 でも氷柱ちゃんが犯人ということはありえない。

 どれほど怪しくても。
 凶器を持っていたとしても。
 彼女だけは犯人ではない。

 警察は今も疑っているだろうけど、少なくとも俺と生徒会長のあの子は確信している。
 犯人じゃないのなら、その内、容疑だって晴れるだろうと思う。

 なら、一体どんな問題が解決されることを望んでいる?


li イ*-ー-ノl|「大神先生の件は残念だったと思いますが……私の依頼はあの人の死去に、直接の関係はありません」


 殺した犯人を捕まえて欲しいわけではないと彼女は言った。
 そして続ける――“けど、誰よりも早く犯人は見つけて欲しいんです”。

629名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:51:07 ID:QwDmC5Uo0

 何故ならば。



li イ*゚ー゚ノl|「先生を殺した犯人が、先生が持っていたある文書を持っているはずなんです。私はそれを取り返さないといけない」

(,,-Д゚)「……取り返す?」

li イ*^ー^ノl|「はい」



 あれは本来、私達が預っているべきものですから。
 最後にそう言って彼女はまた笑った。

 ぞっとするような、笑みだった。

630名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:52:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 9 ――】


 …………は?
 謎は解けた、だと?


(‘、‘;ノi|「なあ――おい! 絣っ!」


 気がつけば怒鳴るような声音で呼び止めていた。
 恥ずべきことだが、私は年下の女に事件の真相を先に看破され憤っていた。
 警察官としてのプライドを傷つけられた気がしてしまったのだ。

 しかし私の声に振り向いた彼女はその達観、あるいは超然という言葉が相応な態度を貫いたままだった。
 そしてもうやるべきことは終わったというような顔で言う。


リパ -ノゝ「…………なんでしょうか、」

(‘、‘ノi|「謎が分かったとはどういうことだ」

リパ -ノゝ「…………そのままのことです、」

631名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:53:09 ID:QwDmC5Uo0

 ただし私の抱えていた謎とあなたの抱えている謎は同じではないと思います。
 絣は濁った瞳で私を見据えそう断りを入れた。

 続けて訊く。


リパ -ノゝ「…………被害者である大神さんの祖先はどの国の出身だったか分かりますか?」

(;ノAヽ)「は? いえ、そこまでは調べていませんが……」

(‘、‘ノi|「何処出身も何も、そんなものは事件になんの関係もないだろう」


 いいえ、と絣は言う。


リパ -ノゝ「…………私と、犯人にとってはとても重要なことでした、」


 国籍が重要?
 なら、やはり文書は国家機密に関係するものか?

632名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:54:08 ID:QwDmC5Uo0

 眉に皺を刻む私の顔を見、彼女はどう思ったのだろうか。
 「あなた達には関係がありませんが」と前置いて、更にこんなことを言った。 


リパ -ノゝ「…………私は被害者はモンゴルかトルコか、そうでないのならアラスカ辺りの血が混ざっているものと思いましたが、犯人は違ったのでしょう、」


 絣はそこで言葉を切った。
 どういうことなのかは質問しても答えてくれないだろう。
 彼女が言わないということはそのまま私が知る必要がないということだ。

 少なくともコイツの兄はそういう奴だった。
 不必要なことは言おうとしないが、面倒でも説明すべきことは説明してくれる奴だった。


(、 ノi「……分かった」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘ノi|「今回の捜査に関係がないのであれば、とりあえずその話は聞き流しておくことにしよう」

リパ -ノゝ「…………そうですか、」

633名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:55:09 ID:QwDmC5Uo0

 私がそう言うと絣は頭を下げた。
 無言の礼は「プライドを傷つけてしまって申し訳ありません」と言っているようで癪に障ったが、きっとそれは私の被害妄想だ。
 気にしないことにしよう。

 そうして彼女は「もう一つだけ」と呟いて私に言った。


リパ -ノゝ「…………幽屋氷柱は犯人ではありません、」

(‘、‘ノi|「なんだ、知り合いなのか?」

リパ -ノゝ「…………個人的な知り合いですが、それは関係なく。彼女は犯人ではありません、」


 そして。
 絣は曇り空を見上げながら核心に触れる。


リパ -ノゝ「…………多分、犯人は自転車に乗っています、」

634名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:56:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 10 ――】


 お見舞いというのも変だけど、会長と氷柱先輩の家に行こうということになった。
 一介の後輩でしかない私が行っていいのかなとは思ったけれど、「氷柱ちゃんなら歓迎してくれるよ」という会長の言葉に後押しされ、私も同行することにしたのだ。

 靴を履き替え、自転車を取ってから校門へと向かう。
 会長は徒歩なので私も愛車を押して歩く。
 授業が終わって三十分は経っているので人影はもう疎らだった。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えば会長は何処に住んでるですか?」

「僕? 秘密」

ミセ*-3-)リ「えぇ〜……なんでですかぁ?」


 雑談をしつつ、二人でのんびりと歩く。
 灰色の曇天は朝よりもマシになっていて、切れ間からは心地良い太陽の光が差し込んでいる。
 朝方は纏わり付くようだった湿った空気も多少は緩和されていた。

 朝は、私の家より学校に近い、なつるの家からの歩きでの登校だから傘だったけど、自転車通学生は雨が降るとカッパを着ることになる。
 雨自体は嫌いじゃない私もあの暑苦しくてゴワゴワしたやつは大嫌いだった。
 傘差し運転をしたいところだけど、この学校の風紀委員長は厳しいし、何より危ない。

635名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:57:08 ID:QwDmC5Uo0

 特に女子。
 男子なら転んで顔に傷がついてもガ●ツみたいでカッコいいけど、女子で顔に傷があるのは致命的だ。

 ……こう考えると、でぃちゃんがどれほど整った顔をしているのかがよく分かる。
 鼻を横切るような傷があっても可愛いのは二次元だけだと思ってた。


ミセ;゚ー゚)リ「ねえ会長? そう思いま、せ……!」


 と。
 右隣を歩いていた会長を見たその時だった―――。



ミセ;゚ -゚)リ「え…………?」



 視界の端に――何かが、あった。

 私の右手にいた会長、その更に右側を、自転車に乗った男子生徒が通り過ぎた。
 濃い茶色の髪で彫りの深い顔立ちの人だった。
 彼は、口笛を吹きながらご機嫌そうにペダルを漕いでいて。

636名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:58:09 ID:QwDmC5Uo0

 そして――――“カゴに無造作に入れてある学生鞄から、重油のように醜悪で黒く淀み切った魔力が漏れ出していた”。



(‘_L’)「〜〜♪」



 聞こえてくる口笛が酷く不釣合いだ。

 なんだアレは。
 なんだアレは。
 冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――恐怖。

 ペニちゃんを見た時だって、ここまでじゃなかった。
 あの時の恐怖だって、これには匹敵しない。

 これは。 
 これは……怪異とかそういうレベルのものじゃ、ない。
 私が今まで、いや私以外のほとんどの人も見たことがないような――絶対。


:ミセ; -)リ:「あ……う、あ……」

637名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:59:07 ID:QwDmC5Uo0

 持っていた自転車も構わずに両腕で震える全身を抱いて蹲る。
 それは本能的な行動だった。

 視界が歪んでいる。
 今まで信じていた大事な何かが、根こそぎ崩されてしまったような、そんな。
 息が、上手くできない。

 あんな僅かな小匙程度の魔力で――こんなにも暴力的に絶望を理解させるなんて。
 あんなものがあっていいはずがない。
 あんなおかしなものが、この現実に存在して良いはずがない―――!

 アレは、一体―――?


「……自転車に揺られる衝撃でちょっとだけ封印が解けちゃったみたいだね。本人は気にしてないみたい、ううん、気付いてないのかな?」


 私の代わりに愛車を支えながら会長は知った風に呟く。
 悪魔のような笑みを浮かべたまま、まるでなんてことはないように。

 同じものを見ているはずなのに。
 面白いものを見つけた、と。
 彼女は、そんな認識でしかないような表情をしている。

638名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:00:07 ID:QwDmC5Uo0

 あんなものは取るに足らないと言外に主張しているかのように――笑ったままで。


「そうだよ」


 化物のような嘲り笑いを浮かべたままで。
 とても私との共通項なんて見つかりそうもない嘲笑のままで。

 彼女は、言う。



「アイツがナントカさんを殺し、魔導書を奪った――――犯人だ」



 その言葉を最後に。
 私の意識は、途切れた。






【――――そこまで。第七問、終わり】

639名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:01:08 ID:QwDmC5Uo0


 「霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる」


【歌意】
雨が降り、霧がかかっている。
長い間抱え続けたこの思いが知られてしまっては困るなあと私が思う最中、涙は溢れ、目も霞んでいる。

【語法文法】
『霧れる雨』の『霧れ』はラ行四段活用「霧(き)る」の已然形か命令形。
意味としては「霧や霞がかかる」「霞む」と「涙で目が霞む」。付いているのは存続や完了を表す助動詞「り」の連体形『る』。
『雨』はそのまま雨だが、雨は比喩として「涙」という意味でも使われることがある。
次の『ふる』は動詞であり、掛詞として様々な形として使われる。
今回は小野小町の歌と同じくラ行四段活用終止形「降る」、そしてハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連体形が掛かっている。
代名詞と格助詞で成り立つ『我が』は「が」が主格か連体格かで意味が異なるが、今回は連体格。「私の」と訳す。
『思ひ』は「考え」「希望・願望」「愛情・思慕」「心配」など複数の意味を持つ名詞。その為に訳していない。
係助詞の「も」に「ぞ」が付いた『もぞ』は良からぬ事態を心配する意を表し、「〜したら大変だ」「〜するといけない」という風になる。
最後の『知るる』は知るではなく知られる。ラ行下二段活用の「知られる」という意味を持つ動詞。
本来は終止形になるべき部分だが前述の『もぞ』の係り結びで連体形になっている。

【特記】
参考にした歌は特にないので文法が合っているか不安である。
雨を涙の比喩にする和歌は多いが、個人的に「涙雨」や「涙の雨」のように分かりやすく読み込んでしまうのはあまり好きではない

思わず涙が溢れてしまうような感情。
それはどのようなものだろう。
誰が、何に対して、あるいは誰に対して抱く『思ひ』なのだろうか。

640名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:03:54 ID:QwDmC5Uo0

というわけで、第七話でした。
続きは十月です。

641名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 15:06:32 ID:wvM74i9M0

続きが気になる。

642名も無きAAのようです:2013/09/20(金) 04:02:41 ID:I2bqle.M0
おつ
相変わらず面白い。しかし波乱の予感だな

643名も無きAAのようです:2013/10/02(水) 22:55:53 ID:VlisfmQkO
書類=魔導書、解答編までひっぱって欲しかったな

644名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:48:51 ID:kH3I6/no0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

645名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:50:04 ID:kH3I6/no0




 第八問。
 選択問題 解答編。

 「雨斎院雪吹の憂鬱」





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646名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:51:05 ID:kH3I6/no0




 敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ



.

647名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:52:06 ID:kH3I6/no0
【―― 1 ――】



 ―――気が付いた時には私の世界はアカイロに染まっていた。


 何が起こったのだろう。
 そう思って辺りを見回そうとしてみても、どうしてか、周囲と同じく赤い身体は少しも動いてくれなかった。



 ここは何処かな。
 見慣れた場所なのか、そうでないのか。
 それでさえもよく分からない。

 たとえよく知っている場所だったとしても、こんな風に真っ赤だったら分かるはずないか、なんて。
 なんだか場違いにも程があるけどおかしくなってしまって力なく笑みを浮かべる。

 もしかすると私は何処か怪我してるのかな。
 これは私の血なのかな。
 色々な考えが浮かんでは消え、けれど少しも纏まらず、私はただアカイロに抱かれていた。

648名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:53:07 ID:kH3I6/no0

 朦朧とした意識で手を伸ばした。
 最初に動かそうとした右手は動かなかったので、代わりに左手を空に伸ばした。
 倒れたままで、精一杯に手を伸ばす。

 助けを求めていたわけではない。
 助かるなんて思っていなかった。

 ただ、ふと涙で滲むアカイロの中に何かが見えたような気がして―――。



『……』



 ―――その手を。

 何かが。
 いや。
 誰かが、やがては意識と共に力なく落ちるはずだった私の手を、掴んだ。

 力強くはなかった。
 優しい手。
 柔らかだけど所々ゴツゴツした変な手が、酷く優しく私の手を取った。

649名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:54:10 ID:kH3I6/no0

『…………え?』



 その人は何故かお祭りの屋台で売っていそうな狐を模したお面を被っていて、私は思わず眉を顰めた。
 するとその人は黙って、空いていた片方の手でお面を外した。

 一目見た印象は「刃物みたいな人」だった。
 次に感じたのは「綺麗な人だなあ」で、最後に気が付いたのはその真っ直ぐな瞳。
 視線で人を殺せてしまいそうな、そんな鋒を思わせる双眸が特徴的な、短髪の女の人だった。

 彼女は言った。



『最初は鬼の面を被っていた。けど「桃から生まれた桃太郎……」と名乗ってしまって女とバレた。だから、今は狐面』



 そんなことは訊いてない。
 この状況でそんなどうでもいい設定を説明されても困る。

 腹が立つような、呆れたような。
 妙な感情が私を襲った。
 ……結局その複雑な思いは笑顔として表面に出た。

650名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:55:11 ID:kH3I6/no0

 全てを諦めたような力ないそれではなく――――ちゃんとした、笑みとして。



『……良かった』



 その時の彼女の顔は覚えていない。
 でも、その時の暖かな背中と彼女の声は今も記憶に残っている。

 私を背負いながら言った、小さな言の葉。




『――――笑顔になって、良かった』




 きっと彼女も笑顔だったと思う。
 それは助けられて良かったと、見えるはずのない神様に感謝するかのような、これ以上ない笑顔―――。

651名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:56:05 ID:kH3I6/no0
【―― 2 ――】


 寝起きに感じたのは額に乗る濡れタオルの感触。
 心地良い冷たさで意識が覚醒していき、クリアになった視界に甲斐甲斐しく私を看病してくれていた(らしい)同級生を見つけた。


ミセ* ー)リ「……あれ。でぃ……ちゃん?」

(#゚;;-゚)「お目覚めですか? 心配したのです」


 同級生、朝比奈でぃ。
 武装●金とかス●魔女の小説版とかの某キャラクターを思い出させる顔の一文字の傷が特徴的な、けれど損なわれることのない魅力と清楚さを持つ顔立ち。
 少し短いポニーテールがよく似合う猫又と人間とのハーフ――半妖の少女。

 今日も制服姿だけど……もしかして休日も制服なのかな?
 似合ってて可愛いし、そこはかとなく犯罪的な匂いがする以外は眼福で良いんだけど。


ミセ;-ー-)リ「うーん……」


 ベッドから身体を起こしつつ、辺りを見回す。

652名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:57:08 ID:kH3I6/no0

 白い壁、並んだ寝台、病院にあるような仕切りのカーテン。
 そのどれにも見覚えはなかったけどでぃちゃんがいるということから考えるに、ここは旧高岡診療所らしい。 
 以前泊まらせてもらった時は居間を借りたから分からなかったけど、こういう部屋もあるのか。

 窓の外を伺うと、もう薄暗くなっている。
 どれくらい眠っていたんだろうか。


ミセ;゚ー゚)リ「…………あれ?」


 ……眠る?
 おかしいな、記憶が曖昧になってるぞ。
 眠った覚えはないし、そもそもここに来た覚えもない。


(#゚;;-゚)「覚えていらっしゃいませんか?」


 でぃちゃんの言葉に、恥ずかしながら、と呟いて首肯する。
 彼女は瞳を伏せ続けた。


(# ;;-)「無理もないのです。……あんなものを見られたのですから」

653名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:58:07 ID:kH3I6/no0

ミセ;゚ー゚)リ「あんなもの? ……あっ!」

(#゚;;-゚)「思い出されましたか?」


 思い出したよ、全部。
 私がそう言おうとしたその時にガチャリという音が耳に届いた。
 扉の開く音。

 出入り口の方を見ると二十才くらいの白衣を着た男の人がいる。
 男の人には珍しく、笑顔が似合う可愛らしい童顔の彼を私は知っている。


(,,^Д^)「おはよう……と、言ってももう夕方だけど」

ミセ*゚ -゚)リ「……ギコさん」


 朝比奈擬古さん。
 神道系の大学に通う大学生で、怪異の専門家で、そして他でもなくでぃちゃんの最愛の人。
 ……ていうか夫。

 この診療所の現在の主は私の傍までやってくるとジッと私の顔を見つめる。
 視線を逸らすのも失礼かなと思ったので、私も「こんな草食系っぽい人がでぃちゃんをアヘらせてるのか……」なんてことを考えつつ見つめ返す。

654名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:59:10 ID:kH3I6/no0

 時間にして十秒ほどだっただろうか。
 ギコお兄さんは「うん」と満足そうに頷いて今度は私の手を取ろうとする。 
 ふむ。


ミセ* -)リ「やんっ……」

(;゚Д゚)「!!?」


 手が触れた時を狙って、喘いでみた。

 ちょっとした悪戯だ。
 朝、なつるにやったのと同じやつ。

 どんな反応をするかなーと伺ってみると、ギコさんは私の手を離し飛び退り目を白黒させていた。
 心なし頬も赤い。
 ……いい反応するなあ。

 そして。


(# ;;-)「…………ご主人様」

655名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:00:07 ID:kH3I6/no0

(;-Д゚)「えっ? いやっ、なんて言うか……これは違うよ!」

(# ;;-)「何が、違うのですか……?」

(;゚Д゚)「多分今でぃちゃんが考えてる何もかも!!」


 次の瞬間には、私のちょっとした悪戯心の所為で夫婦仲にヒビが入りかけていた。
 ギコさんは追及を逃れるように後退り、逆にでぃちゃんはじりじりと間合いを詰めている。


(;-Д-)「脈を取ろうとしただけだから! 他意はないし!」

(# ;;-)「自覚はなかったとしても……いやらしい思いが心の中にあるから、手つきがいやらしくなるのです……」

(;゚Д゚)「ないよ!なかったよ!」

ミセ;゚ー゚)リ「あの、」

(# ;;-)「嘘です、嘘なのです……。ご主人様は、ミセリさんみたいな胸の大きな方が好きなのです……」

(;*-Д-)「それは――確かに好き、だけどさ……」

656名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:01:07 ID:kH3I6/no0

 好きなのかよ。


(;゚Д゚)「いや好きなんだだけどこれは違う!!」

ミセ;゚ー゚)リ「いや、あの」

(# ;;-)「嘘です。昔から周りには妙に胸の大きな方が多かったのです」

ミセ;゚ -゚)リ「もしもーし?」

(;-Д-)「それは本当だけど嘘じゃない!!」


 恋人を壁際まで追い詰めたでぃちゃんには、もうあの狐火のような橙色の魔力と共に猫の耳と尻尾が顕現していた。
 普段は意識して引っ込めているらしいので彼女の耳と尻尾が出るのは気が抜けている時か、臨戦状態の時。
 どう考えても今は後者だ、私の言葉も届いていないみたいだし。

 堂々巡りの禅問答を続ける二人。
 決着がついたのは、でぃちゃんが言いかけた一言だった。

657名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:02:05 ID:kH3I6/no0


(# ;;-)「ご主人様は――本当は、私のことなんか……」



 あなたは優しいから、私の想いに応えてしまっただけで。
 本当は他に好きな人がいたんでしょう?

 ……それは、そんなような意味を含んだ言葉だった。
 今までの低く唸るような声ではなく、か細く、弱々しい女の子の声で発せられた。
 彼女の、紛れもない、本心。

 ―――けれど。


(,, Д)「っ!」


 けれど――そこからの展開は今までよりも更に劇的だった。

 でぃちゃんが言葉を口にした瞬間、その刹那ギコさんが彼女の腕を引っ手繰るように掴み、そのまま傍にあったベッドに押し倒した。
 驚きの声を漏らし目を見開き、次いで抵抗しようとするでぃちゃんに。
 何か、彼女らしからぬ言葉を紡ぎかけた唇を、開きかけたそれを彼が自分の唇を重ねることで塞いだ。

658名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:03:07 ID:kH3I6/no0

 平たく言うと。
 押し倒してキスをした。


(#// -/)「ふぅっ、あっ――ぅ、ぁ……」


 口の内側を舌でぐちゃぐちゃにされる。
 キスに加えて弱いという耳を片手でいじられ、強張っていた身体の力が全部抜けていくのがここからでも分かった。
 初めは抵抗していた彼女も、やがてはされるがままになった。

 途中で一度離れたのにもう一度、今度は味わうようなキス。
 唾液を啜って、その次は自分の唾液を流し込む。

 うわー……。
 相変わらずエロいチュウするなぁ、この二人……。


(#// -/)「あっ――はっ、ん……。やっ……ご主人、様ぁ……っ!」


 切ない声で彼の名前を、呼んで。
 ピンと一瞬だけ僅かに身体を仰け反らせた。

659名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:04:08 ID:kH3I6/no0

 そして、やっと口を離したギコさんが服装を整えながら言う。


(,,-Д-)「…………でぃちゃん、俺はさ。知っているとは思うけれど、人の気持ちを勝手に決め付ける人間が嫌いだ」


 自分のことをどう思うのかは本人の自由だと思うけれど。
 他人の気持ちを決め付けるのは大嫌いだ、なんて。
 彼らしからぬ、静かだけど強い意思を秘めた語調でギコさんは続ける。

 戻らない過去を思い返すかのような口調で。
 彼は続ける。


(,,-Д-)「でぃちゃんは自分のこと嫌い? ……そっか、でも俺はでぃちゃんのことが大好きだ」


 目を潤ませ朦朧とした意識の彼女に何度目かの軽いキス。
 そうしてまた言う。


(,, Д)「でぃちゃんは俺のこと嫌いになっちゃった? ……そうだとしても、俺はでぃちゃんのことが大好きだ」

660名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:05:06 ID:kH3I6/no0

 前からずっと。
 前よりずっと。
 君のことが大好きなんだよ――と。

 彼の言葉に、彼女は涙を流して答えた。
 わざわざ言わせないでくださいよ、なんて、もどかしそうに。


(#// -/)「私だって……ご主人様のことが、大好きなのです……」


 そっか、とギコさんは笑顔で頷いた。
 続けて「でも」と言う。



( *-Д-)「でも……我が儘だけど、俺はでぃちゃんの口から聞きたかったんだ」



 好きだという言葉を。
 愛しているという感情を。
 分かってはいるけれど、君の口から聞きたかったんだと。

661名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:06:07 ID:kH3I6/no0

 ……その気持ちは酷くよく分かった。
 心臓が壊れるような強さで締め付けられるほどに。

 「愛は説明を必要としないものだから、何度も気持ちを説明しあう恋人同士はすでに離れているか、離れかかっているんだよ」。
 なんて、いつだったか生徒会長が言っていたけれど私はそうは思わない。
 愛して欲しいって言葉は寂しいって意味じゃなくて、楽しみたいから、誰かといて楽しいから口にする言葉だ。
 それは「あなたのことが好きです」っていう、ごく当たり前の挨拶なのだから。


(,, Д)「俺のこと好き?」


 彼の問いに彼女は当然のように答える。 


(#// -/)「はい。愛しています」

(,,-Д-)「ありがとう……少しは落ち着いた?」

(#// -/)「全然です――あなたといると、ドキドキしっぱなしなのです」


 良かった、とギコさんは笑った。
 俺もそうだから、なんて恥ずかしそうに言って。

662名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:07:08 ID:kH3I6/no0

 さて。




ミセ;*^ー^)リ「あのー……。落ち着いたなら――いや落ち着いてないけど――もういいですか?」




 私のその言葉に、でぃちゃんが真っ赤になって部屋を飛び出していくのは、この直後のこと。

663名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:08:11 ID:kH3I6/no0
【―― 3 ――】


 部屋の人数は一人減って二人。
 ギコさんは咳払いをすると「さて」と仕切り直しを謀る。


(;*-Д-)「じゃあ、色々あったけどそろそろ本題に入ろう」

ミセ*^ー^)リ「まさか咳払い程度でさっきのやつ忘れてくれとは言いませんよね?」

(;* Д)「いや……なんて言うか…………ごめん」


 頭を下げる彼に、私は笑いながら気になっていたことを訊ねる。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えばギコさん、さっきキスしてましたけど」

(;* Д)「うん、したけど……それが何?」

ミセ*-ー-)リ「いや、ああいう唇で口を塞ぐのってギコさんらしくない気がするんですけど、誰かから教わったんですか?」

664名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:09:09 ID:kH3I6/no0

 あんな少女マンガみたいな行動、ギコさんがするとは思えない。
 なつるだってしないだろう。
 ……あの請負人を名乗った赤いお兄さんならするかもしれないけど……。

 ギコさんは「ああ」と納得したように頷き、答える。


(,,-Д-)「俺のおじさん……厳密には俺の養父の、兄の、息子の人が言ってたんだよ」


 ええと。
 義理の父親の、兄の、息子だから……義理の従兄弟になるのかな?


ミセ*゚ー゚)リ「なんて言ってたんですか?」

(,,゚Д゚)「『女の子が泣き出したり、ヒステリーになったりした時は、とりあえずキスしてから次の行動を考える』」

ミセ;゚ -゚)リ「…………は?」

(;-Д-)「『キスすると大人しくなるから』って……。俺は、流石に好きな人にしかやりたくないし、やれないけど……」

665名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:10:06 ID:kH3I6/no0

 凄いことを言う従兄弟がいたものだ。
 そんなことをして許されるのは少女マンガの中だけだ。
 現実でやったら平手打ちを喰らう。

 ……いや。
 私も好きな人にやられたら大人しくなっちゃうかも……。
 単純だなあ、女の子って。


ミセ;^ー^)リ「従兄弟の人、モテたんですねぇ」

(,,-Д-)「あー……うん。たまにしか会ったことないから分からないけど、そうみたい」


 暗に「ギコさんもモテますよね?」という意味を含んだ言葉だったけれど、彼は気づかなかったみたいだ。
 天然ジゴロってやつだろうか。

 さて、じゃあそろそろ本当に閑話休題しよう。

666名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:11:10 ID:kH3I6/no0
【―― 4 ――】


 ―――今までの話を一度纏めてみよう。


 まず最初にある道場で殺人事件が起こった。
 被害者は武道家(大神さんという凄い人らしい)。
 その人は真正面から何かで一突きにされた後、持っていた居合用の真剣で心臓の原形がなくなるほど何度も刺されたとされる。
 それを今日の朝、学校に行く前に用事があって道場に寄った氷柱先輩が見つけた。

 先輩はすぐに警察に連絡したけれど、学校用の鞄に加え手入れの為に持ち帰っていた梓弓を持っていたことで容疑者になってしまった。
 でもギコさんも生徒会長も彼女だけは絶対に犯人じゃないと言う。


 次に、警察から開放された氷柱先輩がギコさんに依頼をした。
 依頼内容は「犯人を誰よりも早く見つけること」。

 先輩が言うには、殺された大神さんという人はある文書(どんな媒体かは分からない)を常に持ち歩いていたらしい。
 だけど氷柱先輩が刑事さんから聞いた話ではそんなものは遺留品の中にはなかった。
 そもそもその文書は彼女の所有物で、先輩は何処からかのルートで大神さんが手に入れたそれを返してもらおうとしていた。

 つまり氷柱先輩の目的は、警察より早く犯人を見つけて、その文書を取り返すことだ。

667名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:12:11 ID:kH3I6/no0

 そして今日の放課後、私と生徒会長は正門前で自転車に乗ったある生徒を見た。
 自転車籠には学生鞄が押し込まれていたんだけど、そこから何か良くない魔力が漏れ出していた。
 封印が僅かに緩んでしまった所為らしい。

 会長の言葉が正しければ「アイツが犯人」。
 あの男の人が大神さんを殺し、会長曰く魔導書(=文書)を奪った人。


 ……うーん。
 なんとなく話の概要は見えてきたけど……。


ミセ;-ー-)リ「正直なところ、私には全然分からないです」

(,,-Д-)「俺も、今のところ推理できてるのは半分程度、かな……」


 腕を組み考えるギコさん。
 その仕草はぶっちゃけあまり似合っていなかったけれど、でも既に半分は予測が立っているわけで、やっぱりこの人は優秀な専門家なのかもしれない。
 私はさっぱりだもん、ってかこれ怪異絡みの事件なのかなあ?

 会長が言っていることが正しかったとしても、犯人は被害者を真っ正面から串刺しにしている。
 つまり、あの生徒の人が何かで武道家の先生を刺したことになるわけで、でも私が見た感じではそんなことができる武闘派には思えなかったんだ。

668名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:13:11 ID:kH3I6/no0

(,,゚Д゚)「いや、正面から刺すだけなら呪いなり毒なりで動きを止めればいいんだけど、」

ミセ*-3-)リ「けど?」

(,,-Д-)「それだと痕跡が残るはずだからなあ……」


 ギコさんもでぃちゃんも魔力を調べることはできないが感知することはできるので、現場を見に行った時に何か気づいたはず。
 それ以前に、事件の噂しか聞いておらず現場にも行っていない会長が気づいているから、何か、決定的な証拠のようなものがあったのだ。

 あ、ていうか。


ミセ*゚ー゚)リ「もしかして、私をここまで運んできたのって会長ですか?」

(,,^Д^)「うん。背負ってね。自転車は学校に置いてきたらしいけど……お礼言っておきなよ」

ミセ*^ー^)リ「はい! ……って、」


 「背負って」って、タクシー使ったとか迎えを呼んだとかじゃなく、徒歩で?
 自転車使っても十分遠い距離なのに、学校から私を背負って、この商店街の外れまで?
 いくら私が軽いと言ってもおかしいでしょ。

669名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:14:08 ID:kH3I6/no0

 どんだけ鍛えてるんだ、あの人。
 本当に化物じゃないだろうな。
 というか、どうして私の家じゃなくてこの診療所に?

 まあ、私の家には基本的に誰もいないので家に連れて行っても困るだけだろうけど。


(,,゚Д゚)「……そうか」


 私の独り言にギコさんが反応した。
 手を打って、やっと合点が行ったという風に。

 そして、言う。


(,,-Д-)「俺はてっきり、あの子はミセリちゃんの家を知らなくて、だからここに連れて来たんだと思ってたけど……そうじゃなかったんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(,,゚Д゚)「だってそうでしょ? 隣で後輩が意識を失ったとして、その子背負って知り合いの家まで行く?」


 それは……行かないけど。
 普通は保健室で休ませるか救急車を呼ぶと思う。

670名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:15:09 ID:kH3I6/no0

 でも。


ミセ*゚ー゚)リ「でもギコさんは専門家ですよね? なら病院に連れて行くのと同じ感じじゃないですか?」

(,,-Д-)「なら俺の方を呼べば良い。俺は車持ってるんだし、そっちの方が効率的でしょ?」


 なるほど、一理ある。
 そうしなかったのが不思議なくらいだ。

 だから、とギコさんは続ける。


(,,゚Д゚)「多分、ミセリちゃんの口から何かを言わせたかったんだ。ヒントになるような何かを」

ミセ;゚ -゚)リ「私から?」 

(,,-Д-)「よーく思い出して。……今日、あの子と何を話したのかを」


 そんなことを言われても……。

671名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:16:09 ID:kH3I6/no0

 今日は朝から雨が降っていて私は遅刻して、
 昼過ぎに着いて、
 会長は身体を鍛えてるから片手で懸垂が出来て、
 氷柱先輩が遺体の第一発見者になっちゃったから今日は学校に来てなくて、
 ゴミは学校の予算で処理してもらってて、
 今は法律が厳しくなったから学校の焼却炉はあまり使ってなくて、
 部室棟の奥に綺麗な森があって、
 その森の主はほぼ毎日近くの倉庫にいて、
 でも今日はいなくて、
 神聖さは心理的な隔たりが関係しているもので、
 木の枝が折れてて、
 芸術家さんがそれに怒るらしくて、
 私は虫が嫌いで、
 会長は虫を潰したりはしない人でいただきますをちゃんと言う人で、
 怪異のことはよく知らなくて、
 人間みたいな化物と化物みたいな人間はよく知ってて、
 朝から変な知り合いと会ったからご機嫌で、
 氷柱先輩は矢はなかったにせよ弓を持ってたから疑われて、
 容疑者と被告人は全然違って、
 会長は先輩が犯人なのはありえないと思ってて、
 会長の家は秘密で、
 顔に傷があるのに可愛い女の子は珍しくて、

 そして、自転車に乗っていたあの人が魔導書を盗んだ犯人だって―――。

672名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:17:12 ID:kH3I6/no0

 ……聞き終わってギコさんは言った。
 わかった、と。


(,,-Д-)「よく分かった。それでミセリちゃん、三つ質問」

ミセ;゚ー゚)リ「今ので本当に分かったんですか? 何が?」

(,,゚Д゚)「それは後で説明する。……今日、ミセリちゃんなんで遅刻したの?」


 私の言葉を聞く時間も惜しいという風に一つ目の疑問を口にする。
 別に答えるのは吝かじゃないけど、どう考えてもそれ事件に関係ないと思う。


ミセ*゚ -゚)リ「えっと……昨日は幼馴染の家に泊まってて、起きるのが遅れたからです」

(,,-Д゚)「昼過ぎまで寝てたの?」

ミセ*^ー^)リ「いやー、九時半には家出たんですけど……寄り道したりしてる内に。雨降ってて行く気が起きなかったのもありますけど」

(,,-Д-)「やっぱりね」

673名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:18:05 ID:kH3I6/no0

 やっぱり?


(,,゚Д゚)「じゃあ二つ目。その森の主は比喩だと思うけど、その人ってなんで今日いなかったの?」

ミセ*-ー-)リ「えっと、今日が焼却炉を使う日だから、らしいですよ? 煙とか出ますし」


 私の言葉にギコさんはまた満足そうに頷いた。
 何がなんだか分からないけれど、彼の中では何かが納得できたらしい。

 じゃあ最後、と前置いて彼は訊ねた。



(,,゚Д゚)「君が見たその枝が折られていた木って――――夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)だったよね?」

674名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:19:06 ID:kH3I6/no0
【―― 5 ――】


 職場に帰る途中も車を運転しつつずっと考えていた。
 絣の言葉の意味をだ。

 被害者の苗字云々のことは置いておくにしても自転車については考えないといけないだろう。
 どうして絣は「自転車に乗っている人間が犯人だ」と言ったのか。
 多分とは言っていたが、まさか当てずっぽうで適当なことを言っているはずもない。


(‘、‘ノi|「……まるで信用しているようじゃないか」


 警察署の駐車場に車を停車させ呟いた。
 向こうでは朝からずっと雨が降り続いていたらしいが、こちらは朝から気持ちの良い快晴だった。
 きっと今夜は星が見えるだろう。

 車から降りると駐車場の端に濃い紅色の見覚えのあるオートバイが見えた。
 確かホンダのCBR1000RRとか言うやつだ。

 お世辞にもバイクに詳しいとは言えない私が何故名前を知っていたかと言えば、それが既知の相手のものだったからだ。

675名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:20:05 ID:kH3I6/no0

(‘、‘ノi|「あの何でも屋……また警察に来ているのか」


 たまに現場に現れ犯人を推理していく素人探偵。
 本人は「請負人」とか名乗っているが、つまりは何でも屋の青年だ。
 あのバイクは奴の愛車なのだ。

 あれがここにあるということはまた参考人として呼ばれているか何かの事件を解決したのだろう。
 探偵の領分には殺人事件の推理も入っているとは思うので構わないし、またなんにせよ犯人が捕まるのは良いことなので煩く言うつもりはないがそれにしても最近はよく会う。

 そこで私はやっと理解した。


(‘、‘ノi|「なるほど……だから『自転車に乗っている人間が犯人』か」


 事件の被害者はメッタ刺しにされていた。
 当然加害者には少なくない量の返り血が付着したはずだ。
 早朝とは言えそんな状態で服を着替えに戻ることはできやしないだろうし、その場で着替えるのは誰かがやって来るのではないかという心理的に抵抗がある。

 ならどうするか。
 考えてみれば簡単だ、雨合羽を着ていれば良い。

676名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:21:05 ID:kH3I6/no0

 それも着るのはただの合羽ではなく上下に分かれたタイプ、つまり自転車用の雨合羽だ。
 学校などで指定されている紺のものなら更に良いだろう。
 犯人は上下雨合羽で犯行に臨み被害者を殺害後すぐに脱いで収納用の袋に戻した。

 現場は早朝から雨が降り続いていたのだから合羽を着ていてもなんら不自然ではない。
 勿論着ていなかったところで「面倒くさがり屋だな」とは思われるだろうが不審ではない。
 事実はさておき、おそらく絣はそう推測していた。ほんの数年前まで学生だった絣はすぐに思いついたはずだ。


(‘、‘ノi|「しかし、正面から一突きの謎は残るな……」


 自動車に鍵をかけ頭を捻りつつ歩き出す。
 署の方を見れば、ちょうどあの何でも屋の青年が出てきたところだった。

677名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:22:06 ID:kH3I6/no0
【―― 6 ――】


 その男はやはり自転車に乗っていた。
 籠の中の鞄もそのまま。
 ただし服装は学生服ではなく普通の格好――人混みに入ればまず見つけられない、それを意図した服装になっていた。

 濃い茶色の髪を隠すような野球帽が唯一の特徴と言っていい。
 微弱に流れ出していた醜悪な魔力も、封印をかけ直したのか治まっていた。

 川沿いを走っていた男はギコさんの姿を見つけ不思議そうな顔をし、ギコさんのすぐ後ろにいた私を気にすることはなく、その隣にいたでぃちゃんを見て納得したようだった。


(‘_L’)「あれはお前の差金か? 『魔法を失った魔法使い』さん」

(,,-Д-)「まあね」


 顔が利くんだな、と男は低く笑った。
 その雰囲気は、学生服を着ていたことが信じられないくらいに落ち着いた、大人のそれだった。

 不愉快で。
 不自然な。
 魔術師らしい態度だった。

678名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:23:09 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「私が荷物を取りに帰っている間にそこら中の道路に結界や罠が仕掛けられていた。なんの目的でやっているのだかと思っていたが……私が目的だったか」


 私から話を聞いた直後、ギコさんは何本か電話をかけた。
 知り合いと同業者だよと笑っていたけれど、まさかそんなことをしていたなんて。
 彫りの深い顔の男はそれを回避している内にここに誘い込まれたのだ。

 仕掛けは対人用ではなく対物用。
 一定以上の魔力を有する呪物を弾くものなど多数。

 折角手に入れた文書――魔導書を傷つけたくなかった男は、罠のある道を避けて通るしかなかった。


(,,゚Д゚)「てっきり気が付いてあえて正面突破をしに来たのかと思ったけど、気が付いてなかったんだね」


 ああ、と男は低い声で肯定する。


(‘_L’)「まさか、これの価値を正しく知る人間が私達以外にいるとは思ってなかったものでな……抜かった」

(,,-Д-)「……そう」

679名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:24:20 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「それに万が一これが損傷し、周囲の人間に被害が出ては取り返しが付かない。次からはもう少し後先考えて罠を仕掛けて欲しいものだ」


 これ。
 奪い取った文書。
 魔導書。


(#゚;;-゚)「あなたの正体は? 何者なのですか」

(‘_L’)「お前に訊かれたのでは答える気も失せるが……ただの高校生だよ。ただ、学生である前に魔術師であるだけだ」


 お前と同じだ妖怪、と彼はまた低く笑う。
 学生である前に半妖である、朝比奈でぃという少女に向け。


(,,-Д-)「君はなんだ」


 ギコさんは私を下がらせつつ問う。

680名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:25:15 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「ある祓い屋の一人だ。……今日までは高校生でもあったが」


 自転車から降りつつ答え、男も問う。


(‘_L’)「ではお前はなんだ?」

(,,゚Д゚)「今は、ただの怪異専門の事件屋だよ。そして大学生でもある」

(‘_L’)「依頼か」

(,,-Д-)「まあね。君も依頼?」

(‘_L’)「そうだな」

(,,゚Д゚)「……殺人も?」


 お互いに静かな口調だった。
 ただその間、十メートルもない距離に満ちるのは明確な――敵意。

681名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:26:06 ID:kH3I6/no0

 男は鞄から黒い切手入れのようなものと、同じく黒いクリアファイルを取り出す。
 対しギコさんはグローブを填めた両手を白衣のポケットに入れたまま。
 どちらも武闘派には見えないけれど、魔術を使う尋常ならざる彼等にそんな常識は通用しない。

 ところで、と男が言った。


(‘_L’)「否定するつもりはないが……私が殺したのだと言うのなら、根拠を示して欲しいものだが」


 ギコさんは黙って目を閉じる。
 前とは違い、悪びれる様子もない人殺しを前にして。

682名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:27:06 ID:kH3I6/no0
【―― 7 ――】


(,,-Д-)「―――『梓弓』」


 梓。

 ブナ目。
 カバノキ科。
 カバノキ属に属する落葉高木。

 日本において「梓」とは一般的にこの植物を指すが、キササゲやアカメガシワも同じ漢字で表す。
 なのでそれ等と区別する為に『水目』や『ヨグソミネバリ』などとも呼ぶ。


(,,゚Д゚)「君が使ったのは梓弓。製法が多岐に渡る中でも最も簡易なやつだ」


 その最も簡易な製法とは――奉射祭で使われる「梓の枝にそのまま弦を張っただけ」のものだという。
 焼却炉近くの森にあった木(梓)を折ったのは彼で、それを用いて弓を作った。

 つまり、何故今日事件が起きたのかと言えば。

683名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:28:05 ID:kH3I6/no0

(,,-Д-)「“今日が二週間に一度の焼却炉が使われる日で森に人がおらず、しかも証拠隠滅ができるから”――だよね?」


 あの森の近くの倉庫には、ほぼ毎日ゲイジュツカさんがいるという。
 他の生徒はまず来ないとしても、その人には枝を調達する際に目撃される可能性があった。

 だから、今日。
 二週間に一度定期的に焼却炉が使われ、その人がいない日に。
 そして使い終わった凶器を処理する為に。

 会長が言っていた「学校で燃やせるゴミ」には、木の枝も含まれている―――。


(#゚;;-゚)「今頃はもう灰になっていることでしょう。ですから証拠はないのです」

(,,-Д-)「同じように凶器も存在しない。……だって、君がわざわざ梓弓を用いたのは『鳴弦』の為だから」


 最初の一撃。
 正面からの一突き。

684名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:29:08 ID:kH3I6/no0

 ……凶器が見つからないのは当たり前だ、そもそもそんなものは存在しないのだから。
 被害者を射抜いたのは『浄めの音』という不可視の刃。
 矢を番えずに梓弓を弾くことで音を鳴らし、魔力を込めた音で邪を祓うという神道の技術――『鳴弦』。


(,,゚Д゚)「それは小さな傷しか作らなかっただろう。ひょっとしたら、怯んだだけだったかもしれない。だけど、」

(‘_L’)「安心しろ。否定をするつもりなどない」


 お前達の推理は合っている、と。
 ギコさんの言葉を遮るように男は首肯し言った。

 ただ。
 一つだけ付け加えることがあるとすれば、と続ける。
 今までとは違う威嚇するような強い語調で。


(‘_L’)「私は殺人など犯していないし、人を殺したなんて思っていない」


 何故ならば―――。

685名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:30:10 ID:kH3I6/no0
【―― 8 ――】


 井戸端会議というわけでもないが私とその何でも屋の青年、モララーは駐車場で話し込んでいた。
 捜査会議までにはまだ時間があり、そもそも私は一種の特権身分であるので課や係には縛られることがない。
 周囲の和を乱すことになるのであまり気が進まないが元々会議に出る義務もなかった。

 私はキャリアではないのでこの年齢で警視になることは異例だ。
 省庁における「準キャリア」や「推薦組」に近く、かつてある事件を解決した功績によって現在の地位を与えられている。

 階級は警視、役職は西部警察本部調査官などと言えば聞こえは良いが一種の左遷だ。
 帝都警察のお偉方に嫌われて地方に飛ばされただけだ。
 決して自棄になっているわけではないが警視なのに主な職務が書類整理なのはどういうことだろう。


( ・∀・)「いいんじゃんか。相●の特命係みたいでカッケーよ」

(‘、‘ノi|「なんだそれは」

(;・∀・)「アレっ、警察の人なのに通じない……? サブカル系は分からないことを学習して刑事ドラマのネタを使ったのに!」

(‘、‘ノi|「警察官だといって刑事ドラマを見ると思うとは随分安直だな。なあ、おい」

686名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:31:07 ID:kH3I6/no0

 むしろ見ないことが多いと思うだろう。

 このモララーという男。
 顔立ちは随分と美形でかつ髪と瞳の色も珍しい赤系統、少し長い八重歯がチャームポイントという恵まれた容姿に加え身体つきも中々良い完璧な美男子。
 だが如何せん格好付け過ぎることと訳の分からない発言が多いことで三枚目感が出てしまっている。
 いや三枚目感をわざわざ出している妙な若者だった。
 道化を演じるという彼なりの処世術なのだろう。

 彼は呆れたように説明を始める。
 こっちが内心呆れているのには気が付いていないらしい。


( -∀-)「『●棒』って言うのは水●豊が出てる刑事ドラマでさー、特命係っていうのは……警察の雑用係みたいな感じの部署で、にも関わらず事件をドンドン解決するわけですよ」

(‘、‘ノi|「貴様もしかして遠回しに私のことを雑用係と言っていないか?」


 一応は管理官と同じ地位だぞ、おい。


(‘、‘ノi|「しかし●谷豊か……私も彼は好きだ」

( ・∀・)「ああテレビ全然見ないわけじゃないんだ」

687名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:32:05 ID:kH3I6/no0

(‘、‘ノi|「『探●事務所シリーズ』も『ハロー!グッ●イ』も大好きだ」

(;・∀・)「古い!今の子知らないんじゃね!?」


 そんなに古くはないと思うが……。
 最近の流行りは分からない。


(‘、‘ノi|「特に前者は大好きで昔は探偵になりたいと思っていた。現実の探偵を知って諦めたが」

( ・∀・)「ふーん……。じゃあなんで警察に?」

(‘、‘ノi|「学生時代に読んでいた推理小説の主人公が刑事で『こんな奴に解決できるのなら私だってできるはずだ』と思ったのだ。若気の至りだな」

( -∀-)「ちなみに何?」

(‘、‘ノi|「筒井●隆の『富●刑事』だ」

(;・∀・)「さっきより古くなった! ドラマ版じゃなくて!?」

(‘、‘ノi|「ドラマをやっていたのか……そうか、見たかったな」

(;・∀・)「てか『富豪●事』に原作があることを知ってる人の方が少数派だと思うけど……」

688名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:33:05 ID:kH3I6/no0

 何故かまた驚かれてしまった。
 確かに少し古い作品ではあるが名作なのに。
 時代は変わるようだ。
 
 私はふと、この素人探偵に絣の言葉を聞かせてみようと思い立った。
 捜査に関することは言えないがあれくらいなら構わないだろう。


(‘、‘ノi|「なあ、おい。素人探偵」

( ・∀・)「いや俺は別に探偵じゃねーけど……何?」

(‘、‘ノi|「モンゴル人、トルコ人、アラスカ人。大神という苗字。関係があるとすれば、なんだ?」


 彼は「簡単だ」と言い、続けてこう言った。


( -∀・)+「そりゃ――どれも犬や狼を先祖に持つってことだろ? 『大神』だとしたら」


 まるで分からない。
 説明しろ。
 そういう視線をしてやると彼は更に付け加えて言う。

689名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:34:08 ID:kH3I6/no0

( -∀-)「大神という言葉は日本で狼を表す。気高い獣だから神聖視され祀られたりするんだな……だから、大きな神で、オオガミ」


 オオサンショウウオの化身が「半崎」と名乗るのと同じだ、と例を出した。

 その例は分からないが名が体を表すことは確かだ。
 人間の場合は出自が多い。
 ならば神話が元になっている名前に持つ者もいるだろう。


( ・∀・)「実際、アラスカ辺りのインディアンには部族名がまんま『狼』の意味だったりするんだってさ」

(‘、‘ノi|「なるほどな……。言われてみれば納得だ」


 犯人を捕まえることにはなんの役にも立ちそうにないが。
 そうぼやきかけた私に対しモララーは小首を傾げながら呟いた。


( -∀-)「けど、俺ならヨーロッパの人間をイメージするけどなー……」

(‘、‘ノi|「奴もそう言っていたが……何故だ?」

690名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:35:04 ID:kH3I6/no0

( ・∀・)「ルイ警視はイギリス系だから……えっと、ハーフだっけ?」

(‘、‘ノi|「そうだ。父方の名前だと『流依』となるな。それで、どうした?」

( ・∀・)「ああ。俺はクォーターで、俺の家、父親までは西ヨーロッパだから」


 西洋、特にヨーロッパの人間が「狼」を名乗る人間を知って。
 そしてその人物の出自に関係するものだと聞いたのなら。

 きっと。



( -∀-)「『大神』と聞いて、ふと――“狼に変身するという言い伝えのある吸血鬼をイメージするんじゃないかって”」

691名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:36:06 ID:kH3I6/no0
【―― 9 ――】


 あれは。
 あれはな、と男は言う。


(‘_L’)「あれは――人間に化けた狼だぞ? ただの人狼だ。化物を祓って人殺し扱いされるのはおかしいだろう」

ミセ;゚ー゚)リ「!!」


 それがあの人を殺して心臓を、吸血鬼の弱点であるそれの原形がなくなるまでメッタ刺しにした理由。

 化物が人の皮を被って生活している。
 自分を偽って、人間を騙して、のうのうと生きている。
 それは紛れもない悪だ。

 ……その男は淡々とそう続ける。
 コイツ等は何を言っているんだろうと言わんばかりの口調で。


(‘_L’)「祓い屋として依頼を請けたわけでもないのにボランティアで駆除してやったのだ。感謝はされても非難される謂れはない」

692名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:37:06 ID:kH3I6/no0

(,,-Д-)「あの人が人狼だったとして……人を襲っていたかどうかは、分からないでしょ?」

(‘_L’)「見解の相違だな。私達からしてみれば、人ならざる人外が人を騙していることは――そこに存在していることは、許せない」


 それが、祓うことを仕事とする人間。
 祓い屋としての価値観。

 あるいは人間としてのごく当たり前な考え方―――。


(‘_L’)「私からすれば、人外怪異妖怪変化に肩入れすることの方が不思議なのだが」


 ……ああ、そうか。
 会長、知った風なあなたは全部見抜いていたんですね。
 真相を分かって話していたんだ。


 ―――人間には珍しいくらいに優しいね

 ―――普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに

693名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:38:17 ID:kH3I6/no0

 その言葉は――これか。
 こういうことですか、会長。

 ……一流の武道家は人の殺意や敵意を感じ取れるという。
 だけど彼には殺意なんてなかった。
 だから反応ができなかった。振り返っても避けることができなかった。

 “ついそこにいた蚊を手で潰してしまうみたいに、虫けらを殺すように”――殺されたから。


 彼は尚も続けた。
 白衣の中で、ギコさんの握り拳が震えているのも気づかずに。


(‘_L’)「そこの猫又のように、管理されているのなら分かるが……」

(,, Д)「―――取り消せよ」

(‘_L’)「は?」

694名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:39:06 ID:kH3I6/no0

 ―――その時、私は初めて聞いた。
 あの温厚なギコさんが激昂した時に出す声を。

 ―――そしてその時、私は初めて見た。
 『魔法を失った魔法使い』である彼の魔力を。

 その声も、その魔力も、そのどちらもが――――闇よりも暗い黒色だった。



(# Д)「さっきの言葉を取り消せと言った……!」



 世界を呪うような。
 憎悪のような、慟哭のような。
 それは、そんな声だった。

 校門の前で感じた恐怖が理解不能なものに対するそれだとすれば、今私が感じる恐怖は理解でき過ぎるそれ。
 否が応でも心が揺さぶられる感情―――。

695名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:40:06 ID:kH3I6/no0

ミセ; -)リ「ひっ……」


 思わず息を呑んだ私に声をかけたのは、豈図らんや、祓い屋の彼だった。


(‘_L’)「―――そこの女の子。君だけはちゃんとした人間だろう? ここは危ないから、早く遠くへ逃げなさい」

ミセ;゚ー゚)リ「え……?」

( -_L- )「ただの興味本位の怖いもの見たさだったのかもしれないけれど、安易に怪異関わったりしちゃあいけないよ」


 さあ――と。
 間合いを図りながら私に呼びかける。

 さっきまでのものとは違う優しい声音。
 ……私はふと。
 私を本気で案じるその声で、この世界から争いがなくならない理由が分かった気がした。

696名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:41:09 ID:kH3I6/no0

 駄目だ。
 この人とギコさんじゃあ、信じるものが違い過ぎる―――!


(;#゚;;-゚)「ご主人様、落ち着いてください……! しっかりしてください!」

(# Д)「落ち着けないよ――これだけは」


 その一線だけは譲れない。
 同じく徐々に河原の方に移動する彼の背中がそう言っていた。
 対し、一足早く川に近づいていた妖祓いの男が後方へ走り出しながらも笑う。


( _L )「これの価値を知りながらここで待ち伏せをしたのは愚策だったな、『魔法を失った魔法使い』――いや、」


 “人間の成り損ない!”。
 男はギコさんを差し示しそう言って、そして。

 手に入れた魔導書を――開放した。

697名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:42:03 ID:kH3I6/no0


話の途中ですが今日はこれまで。
続きは近いうちに

698名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 21:12:09 ID:mkPtU6bo0

良いところ終わったから続きが気になる。

699名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:10:29 ID:llSprxGo0
【―― 10 ――】


 あの警視さんに言った「文書」というのは正しくはないが嘘でもない。
 大神という男が持っていたとされる文書――USBメモリは、ただの文書ファイルではなく魔導書のコピーであるからだ。

 魔術師の常識ではフラッシュメモリに魔導書を記憶させるなど正気の沙汰とは思えないだろうが、そういう効果を元々の所持者は狙ったのだろう。
 「まさか現代機械に記録されているわけがない」と。
 加えて言えば、あれは電子の多寡で“0”と“1”を表しているのでプリントアウトしない限りはただのデータだ。
 だからこそ、今の今まで気付かれずに保管することができていた。


 保存されていた魔道書の名前は『螺湮城本伝』という。
 より通りの良い名前でならば『ルルイエ異本』になる。

 クトゥルフ神話は周知の通りフィクションだが、あの作品群の中には一部事実が含まれている。
 その一つがルルイエ異本の存在だ。 
 言わば、あのUSBメモリに保存されているのは“本物のルルイエ異本(を写したもの)”だ。

 内容は小説内で示されたものとほぼ同じだという。
 ムーとルルイエについて、大いなる神クトゥルフとその眷属、彼等の海との関わり……。


リパ -ノゝ「ひょっとするとあの苗字は『大いなる神(クトゥルフ)』と『大神(狼)』のダブルミーニングだったのかもしれません」

700名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:11:09 ID:llSprxGo0

 まさか、そんなはずもないだろうが。
 冗談にしても笑えない。

 本当に特に笑えないのはルルイエ異本の中には異界のモノの召喚方法も記述されているということだが―――。


リパ -ノゝ「個人的に所有し使う分ならば特に制止はしません」


 祓い屋はどう思うか分からないが少なくとも公儀隠密としてはそれを止めることはない。
 正義の価値観の問題である。
 私達は包丁を買った人間を処罰したりはしない。

 私達の仕事は「公共の福祉を著しく損ねる人間及び人外の処罰」であり。
 その中でも私の仕事は「法律でもまず極刑に相当する人間及び人外への死刑執行」であるのだから。

 殺人罪相当行為としての犯人は私以外の人員が調査しているし、殺人事件としての犯人は警察が調査していることだろう。


リハ ーノゝ「まあ―――」


 それ以外の人間が犯人を追い詰めることも、ありえるけれど。

701名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:12:06 ID:llSprxGo0
【―― 11 ――】


 黒いクリアファイルが開かれた瞬間、それは巻き起こった。

 あの時と同じ。
 冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――魔力と恐怖の奔流。

 あの時と違ったのは、まず魔力の総量。
 次に、その力が明確な指向性を持ったものであること。
 最後に異界より呼び込まれた怪異の存在だ。



ミセ;゚ -゚)リ「う、あ……」



 ―――いや。
 それは「海魔」と呼ぶのが相応しかっただろうか。

702名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:13:19 ID:llSprxGo0

 流れ出した醜悪な魔力の中から、青黒くうねくる何かが姿を表した。
 蛸のような烏賊のような、全身に吸盤のような顎門を持つ見たこともない不定形の化物達。
 悍ましい……その感想しか出てこない。

 一匹目が川の魚を食い荒らし、その血で二匹目、それ以後は連鎖だった。
 増え続けた海魔は数秒足らずで三十匹に達していた。


ミセ; -)リ「うげぇぇ……」


 夢に出そうな光景だ。

 確かニャ●子さんで「クトゥルフの眷属って茹でたら蛸みたいに食べられますよねー」みたいな台詞があったけど、どんな神経していたらこれを食べる気になるんだ!?
 そいつのSAN値(正気度)絶対にゼロだろ!


(‘_L’)「本来は人間を生贄に捧げなければならないらしいですが、そんな非道なことはできないので仕方ありません」


 ……でも、分かった気がする。
 なんとなくだけど。
 あの祓い屋の人は怪異がこういう風に見えているんだ。

703名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:14:34 ID:llSprxGo0

 殺したという武道家の人も。
 でぃちゃんも。

 こういう悍ましい化物が人間に化けていると――思っているんだ。


(# Д)「でぃちゃん!」


 ギコさんが名を呼ぶ。



(#゚;;-゚)「はい――では、流派なし、朝比奈でぃ。……参ります」



 言いながら、竹刀袋から日本刀を取り出しそのまま鯉口を切る。
 蠢く化物に呼応するように始まるのは、先程あの魔導書が起こしたのと同じ力の奔流。

 醜悪な魔力の霧が満ち始めた空間に狐火のような綺麗なオレンジが煌く。
 染められたキャンパスが、彼女を中心に染め直される。
 猫の瞳のような色の魔力が少女の身体から迸り、と同時に彼女は走り出す。

704名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:15:17 ID:llSprxGo0

 男が笑う。


(#‘_L’)「愚かな……。猫の妖怪が、水の中でクトゥルフの眷属に勝てると思うのか!」

ミセ;゚ー゚)リ「あっ!!」


 その言葉で私も気がついた。
 ここが、他でもなく水辺だということに。

 あの蛸のような海魔達にとっては川、水の中はほとんどホームグラウンド。
 逆に先祖が乾燥地帯にいた猫は本能的に水を恐れる。
 そもそも猫云々ではなく、人間の姿をしたものは水中ではいつものように動くことができない。

 瞬間的に最高速度に到達する凄まじい瞬発力も――この状況では死にスキルだ!


(#‘_L’)「何より――猫は軟体動物を食べることができない!!」

ミセ;゚д゚)リ「いやそうでなくても食べないですよ!?」


 何キメ顔で指差しつつ言ってるんだよ!
 食べられたとしても食べないよ!

705名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:16:10 ID:llSprxGo0

 ただ、彼の言は事実だ。
 食べる云々は置いておくにしてもこのフィールド、川で猫又が勝てるわけがないのだ。
 常識的に考えて。

 ……その光景を目にするまでそんな風に思っていたのは私がまだまだ普通の人間だったからだろう。
 条理の外で生きる魔法使い達に――私の常識が通用するわけがないのに。

 それは、唐突に起こった。



(,,-Д-)「水を――――禁じる」



 世界が捻れた。
 空間が揺らめいた。

 でぃちゃんの遙か後方、川にお札を貼り付けた刹那だった。
 バキリといういつかと同じ音と共に――“水が、その性質を禁じられた”。
 ギコさんの使う唯二の魔法によって。

 それは、つまり―――。

706名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:17:10 ID:llSprxGo0

(;‘_L’)「……なにっ!?」


 でぃちゃんが岸から河中へと身を躍らせた。
 疾走する半妖の彼女が水面を蹴り、水飛沫をいくつも飛ばした。
 けれど、その爪先が沈むことはない。

 蹴られる水は大地と変わらぬ強固さで以て彼女の疾駆を受け止めていた。
 そのままの勢いで距離は詰められ振り抜かれた日本刀が海魔の一匹を真っ二つにした。


(,,-Д-)「水を禁じた。これでもう……水は水としての性質を失った」


 火を禁じれば燃えることはなく。
 水を禁じれば沈むことさえもない。
 『禁呪』。

 前にもそう言っていたじゃないか―――!


(;‘_L’)「ぐ、く……だが! まだイーブンになっただけだ!!」

707名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:18:09 ID:llSprxGo0

 祓い屋の男が焦り叫ぶ。
 今度はギコさんが男の方へと走り出す。

 「管理されている」という言葉は不適切だった。
 統率ではなく、協力。
 言葉もないのに完璧な分担ができる間柄を――「仲間」と呼ばずに、なんと呼ぶというのだろう。


ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃん……ギコさん……!」


 両手を合わせて祈った。
 彼等の無事を。



 ……そう。
 手を合わせ祈る私はまだ分かっていなかったのだ。

 ギコさんの言葉の意味を。
 会長の言葉の意味を。
 「彼女が犯人であることはありえない」という、その理由を―――。

708名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:19:09 ID:llSprxGo0
【―― 12 ――】



『ギコさん――――でぃちゃんを二秒以内に退かせてください』



 その声は柔らかで優しげだった。

 祓い屋の男の人がいた場所の更に後方から、ポツリと。
 決して大きな声でもなかったのに場にいた誰もがその声を聞いた。

 言葉と――同時。


(;゚Д゚)「でぃちゃんっ!下がって!!」

(;# ;;-)「っ!」


 完全に取り乱した口調で、見たこともないほどに焦ってギコさんが彼女の名前を叫ぶ。
 呼ばれるまでもなくでぃちゃんは踵を返し海魔の群れを放置し彼の元へ走る。

709名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:20:10 ID:llSprxGo0

 一秒後―――。


(;‘_L’)「なんだ、何が―――」


 男の人が訳も分からず音源の方を振り返る。
 私もそれを見た。 

 私やでぃちゃんと同じ淳高の制服。
 魔性の風に揺れる半ばから緩やかにカーブした黒髪。
 ギコさんに依頼をした後、姿を消していた彼女は、今は和弓を構えていた。

 二メートル以上の弓の弦は引かれている。
 一目見て神聖と分かるその弓は、梓弓。

 二秒後―――。



li イ* ーノl|

710名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:21:08 ID:llSprxGo0

 左斜め前にやや弓を押し開く斜面の構えをしていた彼女――幽屋氷柱は、指を離した。
 弦を、打ち鳴らした。



 『鳴弦』―――。



 ―――刹那。

 五十を超えていた海魔達が同時に吹き飛び掻き消えた。
 跡形も残らず全てだ。
 極寒の地の早朝の空気のような澄んだ白色の魔力を乗せ放たれた浄めの音が迸り、一瞬間で空間を禊ぎ切ったのだ。


(;‘_L’)「なっ――ッ!!?」


 彼の驚きは無理もなかった。
 異形の軍勢が一瞬で祓われたのに加え、音に弾かれ地に落ちたその黒いクリアファイルの中身――転写した魔道書さえもが、清められてしまったのだから。

711名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:22:06 ID:llSprxGo0

ミセ;゚ー゚)リ「めい……げん……?」

li イ*-ー-ノl|「中らずとも遠からず、ですね。これは『寄絃』と言うものです。鳴弦の元になったものです」


 私の呟きに、構えを解いた氷柱先輩が答える。
 こちらへ歩いて来ながら。
 先程まで異形のモノが蠢く異界と化していたとはつゆも思えない、ごく普通の河原に歩いて来た。

 祓い屋の人の魔術やでぃちゃんの魔力が白いキャンパスを染めるものであるのなら。
 先輩の寄絃は――染められたキャンパスを、元に戻すものだった。


ミセ;゚ -゚)リ「氷柱先輩……あなたって……」

li イ*゚ー゚ノl|「―――幽屋氷柱は、」


 私の元までやってきた先輩は言う。


li イ*゚ー゚ノl|「幽屋氷柱は――ただの弓道部所属の高校生ですが、今の私は幽屋氷柱ではありません」

712名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:23:11 ID:llSprxGo0

 誰も動けない。
 身動ぎもできない。

 一瞬にして一撃にして空間を掌握した彼女は、笑顔で言った。



li イ*^ー^ノl|「私の本名は『雨斎院雪吹』――――雨斎院白魔神社の巫女にして宮司です」



 そう、柔らかに微笑んだままで。

713名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:24:05 ID:llSprxGo0
【―― 13 ――】


 ああ、そっか。
 「犯人ではない」の意味は、こういうことか。
 ありえないんだ。

 幽屋氷柱という人が、雨斎院雪吹という人が本気を出したなら――“一撃で終わっていなければおかしい”んだ。
 会長も、ギコさんもそれを分かっていた。


li イ*-ー-ノl|「さて……」


 相手が狼男でもクトゥルフの眷属でも。
 それが不浄のものであるのなら、彼女が負ける道理は何処にもないんだ。

 ある意味で一番の化物である彼女は言う。


li イ*^ー^ノl|「ギコさん、でぃちゃん。ありがとうございました。公的な身分がある私では土地の持ち主は頼りにくくて……」

(,, Д)「…………」

li イ*゚ー゚ノl|「本当に、ありがとうございます」

714名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:25:08 ID:llSprxGo0

 ギコさんは河原に倒れていた。
 いや倒れているんじゃない、その下にいるでぃちゃんを庇っていた。
 先輩の寄絃で、半妖である彼女が禊がれてしまわないように。

 逆に言うのなら。
 彼女は――最悪でぃちゃんに被害が出ても良いと、思っていたんだろう。


li イ*-ー-ノl|「さて、祓い屋さん」

(;‘_L’)「な……んだ……?」

li イ*^ー^ノl|「そのUSBメモリは私達が預っているべきものです」


 慄く男に先輩は笑顔のままで丁寧にお願いする。
 返して頂けませんか、と。

 それが笑みのままでの恫喝だということは、私でも分かった。
 交渉する余地は僅かもない。
 先ほどは魔を禊いだだけだが、あの凄まじい威力の寄絃が人間には向けられないという保証は、何処にもないのだから。

715名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:26:06 ID:llSprxGo0

(; _L)「あ、ああ……分かった。元の持ち主がいるのなら、仕方がないな……」

li イ*^ー^ノl|「ありがとうございます。そして妖祓い、お疲れ様でした」


 労いの言葉をかけ、けれど巫女は続けて言った。



li イ* ーノl|「……ですが、自分の土地でもない場所で許可も取らずに人を祓った上、地脈を穢すモノを呼び出すなんて――随分と命知らずなんですね」



 冷たい口調で紡がれたそれが依頼の理由。
 捕まえられなかったわけではなく、この一帯の主に許可を取るのが嫌だった。
 公的な立場がある彼女は、貸しを作るのを避けたかった。

 ……そういう裏の世界のことはよく分からないけれど、きっとそうだ。
 メモリを受け取り、続けて言った言葉が私に確信を与えた。


li イ*^ー^ノl|「早くこの地域から退散した方が良いですよ、祓い屋さん。主の朝比奈さんは大変気分を害されたそうです」

(; _L)「っ……!」

716名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:27:07 ID:llSprxGo0

 男は必死で何処かへと走り去って行った。
 自転車も鞄も、あれほど執着していた魔導書も置き去りにして。


ミセ;゚ー゚)リ「…………」 


 朝比奈さん。
 この地域から帝国議会に出ている議員の人の苗字。
 ……でぃちゃんと同じ、苗字。

 雨斎院雪吹が朝比奈擬古に頼んだ理由。
 依頼ですらない、お願いの理由。

 それは、自分では許可の取りづらい同じく地位のある人間に――身内から話を付けて貰う為。


ミセ* -)リ「……先輩」


 私は声を搾り出す。
 これだけは訊いていかなきゃ駄目だから。

717名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:28:06 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「なんですか? 水無月さん」

ミセ* -)リ「先輩は――でぃちゃんが怪我をしても良いと、思っていたんですか……?」

li イ*゚ー゚ノl|「はい」


 悩む様子もなく彼女は応答した。
 躊躇も、逡巡もなく。
 まるででぃちゃんを「化物」と呼んだ、あの祓い屋の人のように。

 けれどあの人と違ったのは。
 祓い屋と神職の違ったところは。


li イ*-ー-ノl|「神職の仕事は区切ることです――聖域とそれ以外を。神仏の領域と、人間の領域と……怪異の領域を」


 神仏の領域。
 人間の領域。
 怪異の領域。

 それらを区切ることが神職としての仕事。
 そうであるのならば―――。

718名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:29:05 ID:llSprxGo0


li イ*^ー^ノl|「私は無害の怪異を禊いだりはしませんが――代わりに有害な人間は、ちゃんと禊ぎます」



 尤も。
 今日は個人的用件でしたけど、なんて。
 あくまで笑みを浮かべたままで彼女は言って。

 そうしてから。
 では仕上げをしましょうか、と丁寧に弓を地面に下ろし―――。


li イ*-ー-ノl|「拍手―――」


 ぱんっ、という一度の拍手で以てこの土地の神に拝すると、そのまま河原を去って行った。
 最後まで――笑顔のままで。


 ―――私は、今日の朝までは感情移入ができていた先輩がずっと遠くに行ってしまったような気がして。
 共通項がなくなってしまったように感じてしまって。
 彼女の姿が見えなくなるまで、その背中を眺め続けていた。

719名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:30:09 ID:llSprxGo0
【―― 14 ――】


 しかしさあ、と素人探偵が言う。
 そろそろ本気で時間が危ないのだが私は律儀に先を促した。


( ・∀・)「ルイ警視にヒントをあげた人、自分で犯人捕まえればいいのにな」

(‘、‘ノi|「ん? それはそいつは警察ではなく諜報機関の人間であるから……」

( -∀-)「それにしたって、警察には関係のない苗字の件はいいとしても、警察に関係ある自転車の件はちゃんと説明していけって思わねー?」


 それもそうだ。
 別に急いでるようでもなかったし説明してくれれば良かったし私も訊ねれば良かった。
 もしかして嫌われているのだろうか。

 ふとそう思ったが思考を遮るように、そして思いついたようでモララーが言った。
 さっきの話じゃないけどさ、と前置き。

720名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:31:05 ID:llSprxGo0

( ・∀・)「西尾●新が言ってるよな、」

(‘、‘ノi|「誰だそれは。随分と洒落た名前だが」

(;・∀・)「西●維新さえも知らない!?若者なのに!? しかも知らないのに名前が回文になってることは気づいてる!?」


 また驚かれてしまった。
 誰なんだそいつは。


(‘、‘ノi|「回文であることくらいは誰でも気がつくし……私はもう若者と呼べる年齢ではない」

( -∀・)「大して年変わんねーじゃん。二十七だろ?」

(‘、‘ノi|「…………どうして貴様は私の年齢を把握している?」


 思わずそのアメリカンカジュアル風の服の胸倉を掴もうとした私の手をいなし彼は笑う。
 「まーいーじゃん」と。
 ……全然良くはなかったがこれ以上追及しても無駄だと判断し先を促した。

 八重歯が見える微笑みを浮かべ彼は言う。

721名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:32:07 ID:llSprxGo0

( -∀-)「西尾●新っつー推理作家が、自分の作品の中でキャラに言わせてるんだよな――『まるで名探偵の不在証明だよ』ってさ」


 名探偵の不在証明?
 犯人ではなく、名探偵の?


( ・∀・)「名探偵っていうのはさ、事件に巻き込まれるもんじゃん。警察でもないのに」

(‘、‘ノi|「そうだな。貴様のようにな」

( -∀-)「だとするとおかしいんだよな――“本当に優秀な探偵であるのならば、事件は未然に防げるだろう?”って」


 未然に防ぐことは無理としても。
 せめて一人目の被害者が出た時点で気がつくだろうと。

 嵐の孤島での連続殺人で五人も六人も殺されてから犯人を捕まえる探偵は本当に優秀と言えるのか。
 そこまでいってしまっては容疑者は半分以下になってるんじゃないのか。
 私も学生時代、金田一シリーズ――少年ではなく本家の小説――を読みながらよく思っていた。

722名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:33:06 ID:llSprxGo0

( ・∀・)「それがシャーロック・ホームズみたいにさ、」

(‘、‘ノi|「誰だそれは」

(;・∀・)「まさかのホームズ先生すら知らないパターン!?」

(‘、‘ノi|「冗談だ、続けろ」


 私だって冗談くらいは言う。


(;-∀-)「まあ……だからホームズみたいに依頼されてから動くんじゃなくて事件に巻き込まれる探偵は、犠牲者が出ることを防げてもおかしくないじゃん?」

(‘、‘ノi|「だがそれでは全ての作品が短編になってしまう」


 私の指摘に彼は大きく頷いた。
 そう、それこそが。

723名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:34:06 ID:llSprxGo0

( ・∀・)「だから名探偵の不在証明なんだよ――探偵は優秀であればあるほど、事件に乗り出すのが遅れるんだ」


 その推理作家の処女作は名探偵がエピローグにしか登場しない、という。
 名探偵が最初から登場していたら犯人をすぐに捕まえてしまって連続殺人事件にはならないだろうから。
 だから名探偵の不在証明だ。

 優秀であればあるほどに。
 彼等はいつだって犯人の後手に回る。


(‘、‘ノi|「その点、連続の刑事ドラマは分かりやすいな。最初の一人が殺されて調査に乗り出し、犯人を捕まえて終わりだ」

( ・∀・)「ところでさっき言ってた『相●』でさ、探偵と刑事の違いを述べるシーンがあったんだよ」


 ついこないだな、と彼は続ける。


( -∀-)「それによると探偵は依頼者の為に真実を伏せておくことが許されるが、刑事は真実を全て明らかにしないといけないそうだ」

(‘、‘ノi|「それは……そうだろう。当たり前だ」

724名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:35:12 ID:llSprxGo0

 探偵の依頼者は個人だが、警察の依頼者とは国家なのだから。


( ・∀・)「そういうことを聞いた後だと……そのヒントを出した奴の意図、分かる気がしないか?」

(‘、‘;ノi|「は?」


 犯人を見抜いた第三者が犯人を指摘しない場合。
 それはおそらく犯人が親族や親しい人間であることが多いのだろうが、では刑事に手がかりを示した場合はどうなる?
 今回のような場合は。

 本当に捕まえて欲しくないのなら知らぬ存ぜぬを貫き通せば良い。
 わざわざ捕まえようとしている人間にヒントを出す、その複雑な心理は―――。


(‘、‘ノi|「ああ……そうか、そういうことか」


 思わず呟いた。

 あの一目見て分かる異常者の意図を理解して。
 人殺しの少女の心理を読み取って。

725名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:36:09 ID:llSprxGo0


(‘、‘ノi|「アイツ――誰かの心を守ろうとしてたんだな……」



 犯人は分かった。
 捕まった方が良いとも思う。
 ……けれど、その過程で誰かが傷つくとしたら。

 犯人は誰かが明らかにされる過程で、誰かの心が傷つくんだとしたら。
 言わなければいけないのに言いたくなくなってしまって。

 最終的に――“ヒントだけを出して後は成り行きに任せる”という選択をすることもあるだろう。


( -∀-)「その人は誰かのことを想ってそんな行動をしたと……俺は、そう思うよ」


 そうであって欲しいと思うよ。
 素人探偵は目を閉じて、静かにそう言った。

726名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:37:19 ID:llSprxGo0
【―― 15 ――】


 後日談と言うか、本日のオチ。
 ……いやもう昨日のことになっちゃったけど。


ミセ*゚ -゚)リ「…………あ、」

li イ*^ー^ノl|「こんにちは、水無月さん」


 ぎこちなく頭を下げる。
 珍しく登校日だった土曜日、半日授業を終えて帰ろうと校門へ向かっている途中。
 私は一番会いたくなかった人に見事に会ってしまっていた。

 一瞬、そのまま帰ろうかと思った。
 けれど幽屋氷柱に戻った先輩が「会長さんって、」と話し出した為、私はつい立ち止まって、耳を傾けてしまった。


ミセ*゚ -゚)リ「会長が……どうかしたんですか?」

li イ*-ー-ノl|「会長さんに『どうして自分で犯人を捕まえなかったんですか?』と訊いたの」

727名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:38:08 ID:llSprxGo0

 そう言えばそうだ。
 怒涛の展開の中ですっかり意識から外れていたが、犯人が分かっていたのなら会長が自分で捕まえれば良かったのだ。
 そうでないのならせめて、ギコさんに言えば良かった。

 犯人の名前なり、ヒントなり。
 私を経由させるなんて面倒な真似をしないで。


li イ*゚ー゚ノl|「会長さんは言いたくなかったみたいで……だからちょっと無理矢理聞き出したんだけど、」

ミセ;゚ -゚)リ「無理矢理聞き出したんですか……」

 
 ……あの会長から?
 信じられないことだけど、同じ弓道部同士、私の知らない共通項が何かあるのだろう。

 それでね、と先輩は続ける。


li イ*^ー^ノl|「会長さんは――私の正体を、水無月さんに知らせたくなかったんだって」

ミセ*゚ー゚)リ「…………え?」

li イ*゚ー゚ノl|「私が神社の宮司であること。怪異を禊ぐこともある人間であることを……あなたに知って欲しくなかった、って」

728名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:39:05 ID:llSprxGo0

 どうしてですか?
 そう言いかけて私は口を噤む。

 決まっているじゃないか――「こういう気持ちになるから」だ。
 どちらかと言えばギコさん側の私が、あらゆる意味で容赦のない雨斎院雪吹という人間を知れば……少なからず影響を受ける。
 今のような複雑な気持ちになってしまう。

 それが嫌だったから、会長は―――。


li イ*^ー^ノl|「ギコさんが気が付かないなら別に良かったんだって。きっとそのうち警察の人が捕まえるから」


 だから賭けたのだ、あの人は。
 ギコさんが真相を看破するかどうかを運に賭けた。

 結果はこういうものだったけれど。
 彼女は。
 あの生徒会長は当たり前の正義よりも――生徒の心を守ることを、優先させたかった。

 それは少しだけだけど……救われる話だった。

729名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:40:06 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「一応言っておくけれど謝らないよ。私には私の守りたいものがあるから」

ミセ*-ー-)リ「分かってますよ、もう」


 もう分かりましたよ。
 それは、今この瞬間で。


ミセ*゚ー゚)リ「けど……代わりに教えてくれませんか?」

li イ*゚ー゚ノl|「何かな?」

ミセ*゚ -゚)リ「先輩と魔導書の関係、そしてそれをどうしたのかを」


 私の問いにもあくまで微笑み彼女は答える。


li イ*-ー-ノl|「先にどうしたのかについてだけど――処分しました。絶対に復元できないように粉々に砕いて」

ミセ;゚ -゚)リ「え?」

li イ*゚ー゚ノl|「次に私との関係だけど、」

730名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:41:06 ID:llSprxGo0

ミセ;゚ー゚)リ「いやっ――いやいやいやいや! なんでですか?」


 あの祓い屋の人程ではないにせよ先輩だって拘っていたのに。
 ……疑問の答えはすぐに出た。
 先輩は、最初から壊す為に魔導書を探していたんだ。

 彼女は私の問いには答えずに続けた。


li イ*-ー-ノl|「……私には三人お兄ちゃんがいるの。一番上から月次お兄ちゃん、威織お兄ちゃん、卯杖お兄ちゃん」


 そしてあのデータは。 
 二番目のお兄さんが随分前に、ある目的の為に中国で写し取ってきたものだという。


ミセ*゚ -゚)リ「目的、って……」

li イ*゚ー゚ノl|「お兄ちゃんは、人間じゃなくなった人間を元に戻す為の魔術を探していた。ずっと……長い間」


 けれど、あの魔導書ではその目的は果たせず、仕方がないので自宅で厳重に保管していた。
 考古学者でもあったお兄さんは歴史学的見地から処分するのを躊躇ったらしい。

731名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:42:07 ID:llSprxGo0

 ……でも数年前に、自宅から盗み出されてしまい、それが流れ流れて大神という人の元に辿り着いた。


li イ*^ー^ノl|「本当はね。大神先生とは勝負をするつもりだったの」

ミセ*゚ー゚)リ「勝負?」

li イ*゚ー゚ノl|「そう。剣で勝負をして……もしも私が勝ったならUSBメモリを返して下さいって」


 剣道八段という全国でも数人しかいない人間と高校三年生の少女。
 とても勝負になるとは思えないけど、そうするしかないほどに先輩は追い詰められていた。

 大神という人が何故返したくなかったのかも今なら分かる。
 祓い屋の人には「化物」と罵られたあの人は――人間になりたかったんだ。
 人間として、生きていきたかったんだ。

 でぃちゃんの実家、朝比奈家の人達もそれを分かっていた―――。


li イ*-ー-ノl|「壊したのは、お兄ちゃんがそれを望んでいたと思ったから。いくら価値のあるものでも……人を傷つけてしまいそうなものは、ない方が良い」

ミセ* ー)リ「…………」

732名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:43:07 ID:llSprxGo0

 私は黙っていた。
 そのお兄さんがどうなったのかは訊いてはいけないような気がして。

 大切な誰かとの絆。
 正義。
 そして――人間と怪異。

 今回の問題は色々なものが絡み合う複雑なものだったようだ。


li イ*゚ー゚ノl|「私の守りたいものは家族だよ」


 幽屋氷柱は言う。
 雨斎院雪吹は言う。
 少女は言う。


li イ*-ー-ノl|「私は家族を守りたかった――ずっと昔から、今も」


 前からずっと。
 前よりずっと。

733名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:44:07 ID:llSprxGo0

li イ*゚ー゚ノl|「水無月さん、あなたの守りたいものは何? 譲れないものは何?」


 自動車のエンジン音が聞こえた。
 風が頬を撫ぜる。
 帰路に着く生徒達の話し声や笑い声が妙に遠い。

 私は答えられなかった。
 黙って、彼女を見つめ返した。


li イ*^ー^ノl|「……ふふ。少し難しかった?」

ミセ* -)リ「いえ……」

li イ* ーノl|「私は家族が好き。皆好き。特に、卯杖お兄ちゃんが―――」


 とても小さな声で。
 誰にも聞こえないような声で少女は言った。
 私にしか聞こえないような声で言った。

 私はあの人が一人の男の人として好き――と。

734名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:45:06 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「うん。じゃあ、そろそろ行くね。そのお兄ちゃんも来たことだし」

ミセ;゚ー゚)リ「はい……って、え?」


 校門の前に止まっている軽自動車。
 運転席から下りた二十代くらいのお兄さんが氷柱先輩の名前を呼んだ。

 雪吹ー、と。



( ^Д^)「いぶきー。帰らないのかー?」



li イ*^ー^ノl|ノシ「ちょっと待ってよー、おにーちゃーん! 雪吹、すぐに行くからー!」

ミセ;゚ー゚)リ「…………え?」


 いや。
 いやいやいやいや……え、マジで?

735名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:45:30 ID:Vr9EvYokO
10/3の分読んでたら続きにリアルタイム遭遇した 


736名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:46:07 ID:llSprxGo0

 あの教育実習生の人が氷柱先輩の――あっ、ていうか苗字同じだ!
 なんで気づかなかったんだ私の馬鹿!
 つーか先輩、家族の前だとキャラ違い過ぎ!!

 何その甘えたような声音!?
 しかも何、一人称自分の名前とかアンタは小学生か!


li イ*^ー^ノl|「じゃあね、水無月さん」

ミセ;゚ -゚)リ「いや色々言いたいことがあり過ぎなんですけど!?」


 なんだこのオチ!


( ^Д^)「いぶきー」

li イ*>ー<ノl|「わー、おにーちゃーんっ!」


 ―――ってもういないし!?
 私は足を大きく前後に開き、片手を伸ばしたポーズで驚愕し静止する。

737名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:47:09 ID:llSprxGo0

 既に先輩は愛しのお兄ちゃんの胸に飛び込んで頬擦りしている。
 うわあ……。
 ブラコンだあ……。


( ^Д^)「まったく……わざわざ迎えに来させんなよな」

li イ*^ー^ノl|「雪吹はねー、昨日もおにーちゃん達の為に頑張ったから! だからいいのー」

( *^Д^)「そうかー。全然なんのことか分からないけど、お疲れ様」


 お兄ちゃん訊けよ!?
 詳細を!
 てか鼻の下伸ばし過ぎ――私が抱きついた時より全然嬉しそうじゃん!!

 ちくしょう!
 本当になんだこのオチは!?


li イ*^ー^ノl|「大好きだよー、おにーちゃん」

( ^Д^)「ああ。俺もお前等のこと、大好きだよ」

li イ*-ー-ノl|「えへへー」

738名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:48:06 ID:llSprxGo0

 ―――そんな風に。
 雨斎院家の兄と妹は、実に仲睦まじく車に乗り込んで、一緒に帰っていったのだった。



ミセ; -)リ「…………はぁ」



 なんだ、このオチ……。

739名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:49:11 ID:llSprxGo0
【―― 16 ――】

 
 警察署の玄関の方に歩き出しその途中で私は振り向いた。
 危うく忘れる所だった。


(‘、‘ノi|「ああそうだ、貴様。確かに敬語を使わなくても良いとは言ったが……そういう風には呼んでくれるな」

( ・∀・)「え? 何がだ?」

(‘、‘ノi|「名前だ、名前。貴様、いつも私のことをルイ警視と呼ぶだろう。だがルイは男性名だ」

( ・∀・)「でも父方の名前だと『流依(るい)』なんだろ?」

(‘、‘ノi|「だから男の名前のように聞こえて嫌なのだ、その名前は」


 ルイは男性名で女性名ならばルイサやルイスになる。
 ちょうど名前の話をしたのだから断っておかなくては。

 しかし素人探偵は小首を傾げ言った。

740名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:50:08 ID:llSprxGo0

( -∀-)「いやー、でもさ。警視だって俺のこと『貴様』とか『素人探偵』としか呼ばないじゃん」

(‘、‘ノi|「心の中ではちゃんと呼んでいる」

( ・∀・)「俺も心の中ではちゃんとした名前で呼んでるよ」


 しれっとした顔で嘘を吐くな。


(‘、‘ノi|「では改めて自己紹介をし直すというのはどうだ?」

( ・∀・)「まあ、じゃあそれで」


 私は両足を揃えて敬礼をし名を名乗った。
 どんな意味かは知らないが私の名前であることは確かなそれを。


(‘、‘ノi|「西部警察本部調査官、ルイーザだ。父方の名前では鞍馬流依と言う」


 モララーはあえて敬礼を返すことはなく名を名乗る。
 そして深々とお辞儀をする。

741名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:51:08 ID:llSprxGo0

( -∀-)「モララー=フォルチュナ。フルネームは『モララー・フォルチュナ・フォン・シギショアラ』。改めて、よろしくお願いします」


 ヨーロッパ人なのにお辞儀なんだなと私は笑った。
 俺はヨーロッパ人じゃねーよと彼も笑った。

 そうして。


( -∀・)+「じゃあな、ルイーザ警視」

(‘、‘ノi|「ああ、モララー。また何処かの現場で会おう」

(;・∀・)「それは警察官が素人探偵に言って良い台詞じゃねーだろ……」

(‘、‘ノi|「冗談だ」


 私と彼は別れる。
 いつかの再会を予感しつつ。

 名前というものはやっぱり大事だな――そんな酷く当たり前な言うまでもないことを思いながら。

742名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:52:08 ID:llSprxGo0
【―― 0 ――】


「―――雪吹ちゃん、君は雪吹ちゃんだね」


 人間みたいな化物。
 化物みたいな人間。
 もし一緒に暮らすとしたら、普通の人はどちらを選ぶのだろう。

 特別進学科三年十三組の教室。
 廊下に出ようとしたところで会長さんに話しかけられた私はそんなことを思っていた。


li イ*゚ー゚ノl|「何かのなぞかけですか? あるいはロミオとジュリエット?」

「違うよ。君は複雑さが欠片もない――明確なものしかない、って話だよ。僕と同じようにね」


 表の世界、裏の世界。
 誰がどう言おうと、周囲がどうであろうと関係がない。
 正義も悪も同じでしかない。

743名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:53:07 ID:llSprxGo0

 僕と同じだ、と会長さんは言った。
 知ったような口調で。


「君は――君も、あのナントカさんという先生を殺そうとしていたんだよね?」

li イ*゚ー゚ノl|「…………」

「殺そうとはしていなかったかもしれないけれど……最終的にはそういう手段も考えていた」


 どうしてそう思うんですか?
 なんの証拠があるんですか?

 意味がないので、そんな言葉は言わなかった。
 会長さんはいつも通り全部お見通し。
 ……何より、そんなことを言うと私が犯人みたいだから。


「梓弓って確かに和弓の代名詞だけど……現在は滅多に使わないんだよね」


 そう。
 現在の弓道ではカーボンやグラスファイバー、あるいは竹の弓が主体だ。

744名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:54:08 ID:llSprxGo0

「持って帰って手入れすることはあるけれど弦は外す」

li イ*-ー-ノl|「…………」

「何より“君は警察に連絡した時、梓弓と鞄しか持っていなかった”――何処の大馬鹿者が雨の降る日に弓を剥き出しにして持ち歩くのかな?」


 傘もなく合羽もなく。
 早朝から降り続く雨の中、剥き出しの弓と鞄だけを携えて。
 考えてみればおかし過ぎる。

 そう言えば、でぃちゃんはいつも真剣を竹刀袋に入れて持ち歩いていたなあ。
 殺しかけてしまった彼女のことを思い出した。


「警察にずっといたのは鞄の中身がスカスカだったから。学校に来ても仕方なかったから来なかった。置き勉をしてるとでも説明したんだろうケド……」


 そんな些細なことまで気がつくんですか。
 凄いな、本当に。


「本当はナントカさんを殺した後、弓をへし折って鞄に入れ、学校に来て焼却炉に放り込んだ後に早退でもする気だったんでしょ?」

745名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:55:10 ID:llSprxGo0

 弓は傷んでしまっても良かった。
 一度だけ使えれば。
 交渉が上手くいかなかった場合に一度だけ寄絃を使えれば良かった。

 使えなくても良かった、とも言える。
 手間は掛かるが徒手空拳でも目的は果たせただろうから。


「わざわざ弓をそのままに通報したのは駆け寄ってUSBメモリを探してしまったからと、疑われることで長く警察にいて、事件の情報を少しでも手に入れる為」

li イ*゚ー゚ノl|「……そろそろいいですよ、会長さん」


 私は言った。
 彼女が言いたいことが分かったから。


li イ*-ー-ノl|「水無月さんには上手く誤魔化して説明します。だから、安心してください」

「……そう。なら、別にいいけど」

li イ*^ー^ノl|「では、お兄ちゃんが迎えに来るので失礼します」

746名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:56:05 ID:llSprxGo0

 腕時計を見て時間を確認。
 まだ少し余裕があるけれど、水無月さんに会って説明したらちょうど良くなるだろう。
 歩き出そうとした私をもう一度だけ呼び止めて会長が言う。


「君は――家族が、一番大事なんだね」


 人間みたいな化物。
 化物みたいな人間。
 どちらと暮らすかなんて考えるまでもない。



li イ*^ー^ノl|「そんなの当たり前じゃないですか――会長さんと違って、私は家族が大好きなんですから」



 裏も表も。
 善も悪も。
 それ以外の要素も知ったことじゃない。

 私は家族と暮らす。
 ずっと仲良く、暮らしていく。

747名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:57:26 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「それじゃ、失礼します」


 もう会長は私を引き止めることはしなかった。
 私も言うべきことは何もなかった。



 ―――私の名前は雨斎院雪吹。
 雨の降る中に立つ朝顔斎院で「雨斎院」、雪が白魔の息吹のように吹き荒れるで「雪吹」という。

 シベリア州にある白魔神社の巫女であり宮司。
 淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校高等部三年十三組に所属する高校生。
 雨斎院家の次女。

 そして――『世界で一番兄を愛している妹達』の片割れだ。






【――――そこまで。第八問、終わり】

748名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:58:27 ID:llSprxGo0


 「敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ」


【歌意】
夢で良いからあなたに逢いたいと、眠りにつく際にあなたを想って袖を裏返しにしてみるけれども、私の涙は全く乾くことがありません。

【語法文法】
『敷栲』とは寝床に敷く布のこと。そして『敷栲の』は枕詞で、眠りに関係する「枕」「床」「袖」「黒髪」などに掛かる。
次の『袖返せ』はサ行四段活用「袖返す」の已然形か命令形。意味としては「袖を翻す」「袖を裏返す」。
袖や着物を裏返すという行為はおまじないのようなもので寝る時に行えば恋する相手が夢に出てくると言われた。
続く『ども』は逆接確定条件の接続助詞。活用語の已然形に接続し「…けれども」「…のに」という風に訳す。
必然的に前述の『袖返せ』は已然形ということになる。
『つゆ』は名詞で「露」だが、この場合は露を涙の雫に喩えており、更に「つゆ(全然)…ない」というような全否定の副詞としても解釈する掛詞。
お馴染みの『ぞ』は係り結びを作り出す係助詞。強調の意味を持ち最後を連体形で結ぶ。
最後の『乾かぬ』は「乾く」を「ず(ぬ)」で否定したもの。「乾かない」となる。

【特記】
参考にした歌は源氏物語第五帖若紫より「初草の 若葉の上を 見つるより 旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ」。
光源氏が若紫の不遇な境遇を知って読んだ和歌である。

この歌では、「夢の中で逢えるようなおまじないをして寝た」のに「涙が全然止まらない」という風に詠まれている。
夢で逢えるなんてことは所詮は迷信だったのか、それとも、夢で逢ってしまったが故に余計に辛くなったのか。
思わず涙が溢れてしまう感情、それはきっと重く長く深過ぎる恋心。

749名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:59:35 ID:llSprxGo0

というわけで第八話でした。
武道やってる人は分かると思いますが、基本刀でもなんでもそのままで持ち運ぶことはないです。

『天使と悪魔と人間と、』の読者の方は、幽屋氷柱と鞍馬口虎徹がどんな会話をしたのか考えてみると面白いかもしれません。
この話の被害者である大神は鞍馬口虎徹が師事する居合道の先生の一人という設定なので。
そのやり取りを入れようか迷ったのですが蛇足なのでやめておきました。


続きは十一月です。




>>643
前編の最後で明かしたのは引きにする為ですね。
あと生徒会長の超越性を演出する為と。

七話と八話では生徒会長、幽屋氷柱、絣雪という三人が裏で動いていますが、何処か似たところがある三人でした。
この三人だけが全ての事情を把握した上で他人を動かし自分の望む結末にしようとしていたと。
まあそういうわけで生徒会長の口から「文書=魔導書」が明かされる必要があり、それが自然にできたのがあの場面だけだった、ということです。

750名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 15:13:16 ID:Vr9EvYokO
投下乙

751名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 16:59:16 ID:m3sqItfM0
おつ
でぃちゃんかわいいよでぃちゃん

752名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:41:40 ID:tBsCIy1Q0



 第七問&第八問。
 模範解答。



.

753名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:42:21 ID:tBsCIy1Q0

・《鳴弦》
 矢を番えずに弓を引き音を鳴らすことで邪を祓う退魔儀式。
 行事としての名称は「鳴弦の儀」「弦打の儀」であり、平安時代辺りから始まったものとされている。
 元は誕生儀礼だったが、やがて夜間の警鐘、邪気祓いとしても使われることになった。

 現代では「読書鳴弦の儀」として皇子・皇女誕生後の御湯殿の儀式に残る。
 これは漢籍等を読む読書の儀と共に鳴弦を行う行事である。
 歴史を遡ると古神道の「寄絃」に至るとされており共通点も多い。
 後には、こういった儀式では音の鳴る矢である鏑矢を射るのが主流(「蟇目の儀」と呼ばれる儀式)になり、鳴弦はあまり行われなくなっていった。 


・《寄絃(よつら)》
 古神道において魔除けの為に梓弓を打ち鳴らす儀式のこと。
 祈祷の前に行なわれていたとされ、また「源氏物語」においては光源氏が命じて行わせるシーンがある。
 苦しむ葵上の為に光源氏が巫女を呼び寄絃を行うと六条御息所の生霊が登場する……という風に分かりやすく魔除けとして扱われている。

 巫女の原型は日本神話の『天鈿女命(アマノウズメ)』とされている。
 現在では彼女が弓を並べて叩いたのが和琴の由来であると考えられており、その関係もあって古代日本では弓は神事における楽器の一つだった。

754名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:43:10 ID:tBsCIy1Q0

・《梓弓》
 文字通り「梓で造られた弓」のこと。
 梓を材料とした弓は現在にはほとんど存在しないものの、かつてはメジャーなものだったとされる。
 それは「梓弓」という言葉が弓全般をも指し示し、また掛詞として残っていることからも伺える。

 梓弓は合戦で使われる弓というよりかは神事に使われることが多いもので、巫女が持ち歩いていたとされるのもその関係である。
 また退魔儀式の道具としての梓弓には様々な作り方があった。
 その最も簡易なものが作中に登場した「梓の木の枝を折りそれに弓を張る」というもの。
 現在でも当時使用されていた梓弓が納められている神社仏閣が各地にあり最も有名なのは正倉院宝物庫にあるそれである。


・《梓》
 カバノキ科カバノキ属の落葉高木。和名は「水目」や「梓樺」。
 山地に自生し灰色の樹皮を持ち、サリチル酸メチルを多く含む為に枝を折ると独特の匂いがする。
 その匂いから「夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)」と呼ばれ、桜に似ていることから「水目桜」とも呼ばれる。

 徳仁親王の御印章であり、古くは梓弓を作る際に使用されていた。
 なお「梓」は本来この種を指す漢字ではなく、中国ではノウゼンカズラ科のキササゲのことである。


・《拍手(はくしゅ、かしわで)》
 両手の手の平を打ち合わせることで音を出す行為のこと。感動や賞賛を表す拍手と神に拝する為の拍手がある。
 二拝二拍手一拝などを始めとして様々な作法があるが、意味合いとしてはどれも感謝を表すためや神を呼び出すため、邪気を祓うためである。

755名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:44:11 ID:tBsCIy1Q0

・《人狼》
 狼男の別称。
 その能力、性質、起源は多岐に渡るが、一般に「人間の姿に変身する狼」と「狼(半狼半人)に変身する能力を有する人間」を『人狼』と呼ぶ。
 呪い、あるいは病によって獣人化現象を起こしている人間は『狼憑き』と呼ばれることが多い。
 記録として最も古いものでは旧約聖書「ダニエル書」でネブカドネザル王が自らを狼であると想像して七年間苦しむ話がある。
 現代精神医学では動物に変身するという妄想、または自分が動物であるという妄想は「狼化妄想症」という症候群の症状の一つである。

 ヨーロッパにおいては狼は悪魔の獣とされ恐れられ、中世の魔女裁判において追放刑を受けた者は「狼」と呼称され人のいない森へと追いやられていた。
 当時のフランスでは人間社会から追放された彼等を見て「狼人間が走る」と表現していたらしい。
 近世では狼男は知能障害、精神疾患、あるいは狂犬病などの感染症と結び付けられ考察されていたと伝わる。

 実際の伝承では、人語を話す狼、もしくは人間と同じ大きさの狼という形で伝えられていることが多い。
 半狼半人の姿が有名になったのは近世以降のフィクションの影響。
 「満月を見ると狼に変身する」「銀の弾丸で撃たれると死ぬ」なども映画で造られた設定である。
 
 ……このように西洋において狼は悪魔の使いや呪いの結果、また魔術師や吸血鬼が変化した姿として畏怖されていた。
 一方で東アジアや南アメリカでは知性と神性の象徴として捉えられている。
 モンゴル人、トルコ人、中国のミャオ族などの一部では狼祖・犬祖伝説が伝わり民族的な誇りとなっている。
 またインディアン民族には狼の氏族(クラン)を持つ部族も多く、部族名が「狼」を意味しているものもある。
 日本では狼の名称そのものが「大神」を意味し、三峯神社など少なくない神社で祀られている。

756名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:45:12 ID:tBsCIy1Q0

・《螺湮城本伝(ルルイエ異本)》
 クトゥルフ神話群に登場する魔導書。人皮で装丁されていると伝わる。
 内容はクトゥルフを主にその眷属と海の関わり、異界のモノ達を召喚する呪文、ムーとルルイエの沈没について記述されているらしい。
 現代に伝わるのは中国夏王朝時代の「螺湮城本伝」を翻訳したもので更に時代を遡ると人類ではない言語で書かれた粘土板文書に行き着く。
 中国語で書かれた巻物、英語訳版、ドイツ語訳版が存在し、十五世紀に魔術師フランソワ・プレラーティが部分的にイタリア語に翻訳したという説がある。
 現在の所有者及びそもこれらが現存しているのかどうかは不明だが、イタリア語版はナポレオン・ボナパルトが所持していた。

 この作品『怪異の由々しき問題集』では内容を更に転写した文書が登場する。
 雨斎院雪吹の兄である雨斎院威織がかつて中国語版を手に入れ、そして焼き払い、後に瞬間記憶能力を使って思い出し再現したデータである。


・《宮司(ぐうじ・みやづかさ)》
 神職の一つ。神主の中でも特に宗教法人としての神社の代表役員のこと。 
 古くは春宮や中宮など皇族(宮)に仕えた人間のことを指していた。
 神職(神主)になるには一般に神道系の大学を卒業する、神職養成講習会に参加するなどの方法があるが、宮司になる為には更に所定の研修を受け昇進する必要がある。
 作中においては雨斎院雪吹が「雨斎院白魔神社宮司」を名乗っているが勿論現実ではありえない。

757名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:46:23 ID:tBsCIy1Q0

以上で第七話と第八話は終了です。
続きは十一月を目標としています。

758名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:13:22 ID:FY4OK5Uo0



 落書き。 
 益体もない些細な出来事。

 「本日のオチというか、後日談」





.

759名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:14:07 ID:FY4OK5Uo0
【―― 0 ――】


「―――お葬式ってさ、嬉しくなるよね」


 久しぶりに学校の外で出会った会長は黒い服を来ていた。

 上下黒の喪服のような服装だ。
 話を聞くと、あの殺された大神さんという人の家に線香を上げにいった帰りなのだそうだ。
 剣道も嗜む会長は一、二度教えを受けたことがあったらしい。 
 だとしたら彼女は顔見知りを亡くしたわけだが、それなのにいつものように微笑んでいるのは何故なのだろう?
 
 私が疑問に思っている中、話が一段落したところで会長はそんなことを言った。
 表情に対して以上に疑問を抱かせる言葉を。


ミセ*゚−゚)リ「どういうことですか?」

「だってそうでしょ。お葬式に沢山の人が来たってことは、それだけの人との繋がりがあったってことだから」

ミセ*゚ -゚)リ「あ……」

「そこで流された涙はその人への想いの結晶なんだから」

760名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:15:05 ID:FY4OK5Uo0

 あなたが生まれた時に周りの人は笑っていたでしょう。
 あなたが死ぬ時には周りの人が泣いてくれるような人生を送りなさい。

 ……確か、そんな名言があったはずだ。
 だから会長は「お葬式は嬉しくなる」と言った。
 きっと大神という人の葬儀では沢山の人が泣いていたのだろうと考えて。


ミセ*-ー-)リ「お葬式は残された人間の為にやるものだって言葉も、そういう意味なんですかね……」

「そうかもしれないね」


 一拍置いて、彼女は続ける。


「アニメとかではさ、主人公の少年が世界の命運を左右したりするでしょ?」

ミセ*゚ー゚)リ「え? まあ、そういう話が多いですね……」


 いきなり話が飛んだ?
 まあ会長との会話ではいつものことなので先を促す。

761名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:16:05 ID:FY4OK5Uo0

「アレって思春期特有の自己拡散っていうか、『重要な存在になりたい』って気持ちに関係してると思うんだよ」


 一時期自分探しというものが流行ったけれどアニメを見る人達は擬似的な自分探しをしているのかもしれない。
 自分の価値を見つけたくて、自分の存在を認めてもらいたい。
 アニメを見る人間が皆自己投影してるとは言わないけど、だから一人の少年が世界の行方に関わるような作品が売れるのだとは思う。


「でもね。多分だケド……年を取るとね、自分が重要な存在じゃないことが嬉しく感じるんだ」


 ちょっと違うかな、と会長は笑う。
 そう、自分が重要な存在ではないことを嬉しく感じるのではなく―――。



「『自分は世界にとって不可欠な存在にはなれなかったけど、誰かにとって大切な存在になれたこと』――それを嬉しく思うんだ」



 子どもの頃は、自分が死ねば世界が終わってしまうほどに重要な存在になりたかったけれど。
 そしてそんな人間にはなれなかったけれど。 
 年齡を重ねていけば、自分が死んでも世界が続いていくこと――自分の死を悲しんでくれるような人達が生きていることを嬉しく思うようになる。

762名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:17:05 ID:FY4OK5Uo0

 誰かの死んでも世界は回る。
 だけど、その誰かの存在は他の誰かの心に残り続ける。

 あの大神さんという人は誰の心に残ったのだろうと、そんなことを思った。


ミセ*-3-)リ「そう考えると、私はなーんかそういう重要人物じゃなくて良かったなあと思います」

「そうだね。君が死んでも世界は終わらないし」

ミセ;-ー-)リ「ハッキリ言われると傷付きますけどね……」


 「たとえばあたしを殺してみろ。安心しろ、それでも世界は何も動かないよ」。
 好きなライトノベルにあった台詞だ。
 最初に聞いた時はあまりにも切ない言葉だと感じたが、会長とのやり取りでそうじゃないと思えるようになった。

 ひょっとして慰めに来てくれたのかな?
 そうだったら嬉しいけど。


「誰かが死んで……でも僕達は生きている。それだけなんだ。それだけで、いいんだ」

763名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:18:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 2 ――】


 彼女が弓を引く姿は、これ以上なく綺麗だと思う。

 足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、そして残心に至るまでが繋がった一息。
 「一息の間で行なわれる」ということなのではなく、剣道で言うそれと同じく、挙動が断絶していないということだ。
 そして滑らかでありながらも節毎に動作が完結している。
 いや、「メリハリがあるのに流れるよう」という表現の方がしっくり来るかもしれない。

 その射形に見蕩れている内に道場に弦の音が響く。
 冬の早朝の空気のような澄んだ音が。


li イ*^ー^ノl|「どうしたんですか?」


 射を終えた彼女が振り返る。
 柔らかな笑み。
 僕はどう返すかを悩み、頬の古傷を掻いて言う。


(=-д-)「……外れないもんですね」

li イ*-ー-ノl|「良いところを見せられて良かったです」

764名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:19:05 ID:FY4OK5Uo0

 丸が幾つも重なったような模様の的――霞的の正鵠に、先ほど射られた矢が刺さっている。
 僕の知る限り彼女が射を外したことは一度もない。

 彼女、弓道部部長の幽屋氷柱は訊く。


li イ*゚ー゚ノl|「こんな朝早くにどうしたんですか?」


 僕はまた少し悩んで答えた。


(=-д-)「はあ、大したことじゃないんですが……。最近、大神先生が亡くなったじゃないですか?」

li イ*-ー-ノl|「そうですね」

(= д)「それで……。はあまあ、上手くは言えないんですが……。悲しいな、みたいな」

li イ*゚ー゚ノl|「分かりますよ。私もあなたと同じように、ほんの数回ですが指導を受けた身ですから」


 直接の弟子ではないし、そこまで深い仲ですらない相手だ。
 自分も剣道や居合道をやるのでその関係で何度か練習を見てもらったことがあっただけ。
 それだけだ。

765名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:20:06 ID:FY4OK5Uo0

 でも。
 それでも――悲しいものは、悲しい。

 上手くは表現できないんだけど。


(=-д-)「偲ぶとかそういうわけじゃないけど……ちょっと剣でも振りたいなー、と思って。そう思ってここに来ました」


 しいて言えば。
 自分の中に、仮にも自分の先生であった人の影響がどのくらい残っているのかが、気になった。
 あの人の剣に自分はどれくらい近付けたのだろうかと。

 氷柱さんは言う。


li イ*-ー-ノl|「どうか、偲んであげてください。きっとあの世で喜んでおられると思います」

(=゚д゚)「はあ、そうですかね?」

li イ*^ー^ノl|「ええ。だって、優しい先生だったでしょう?」

(= д)「まあ……そうでした」

766名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:21:06 ID:FY4OK5Uo0

 続けて彼女は呟く。
 「どうか私の分まで偲んであげてください」と。
 まるで自分はその資格がないみたいに。


(=゚д゚)「……今なんて?」

li イ*^ー^ノl|「なんでもありませんよ。鍛錬ならば歓迎しますし、お付き合いします。道場ですから」


 ありがとうございますと言うと「構いませんよ」と彼女は柔らかに微笑んだ。
 胸の鼓動が早くなる。
 僕は紅くなった頬を誤魔化すように目を伏せた。

 どうしてこの人はこんなにも魅力的なんだろうか。
 彼女が更衣室に向かい、一人きりになった淳高の道場で僕は思う。


(=-д-)「(きっと、真っ直ぐだからだ)」


 斬ることだけを追求した刀が美しいのと同じように、真っ直ぐに何かを貫く姿は美しいのだ。
 たとえ誰かを傷付けることになったとしてもその美しさだけは真実なのだろう。

767名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:22:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 3 ――】


 私がその報せを聞いたのは一週間ほど経った時だった。
 自宅の道場で男性が殺害された事件の捜査が打ち切られた。

 厳密に言えば打ち切られたわけではない。
 別の地方で過去に起きた事件と同一犯だと判明し、今後はその事件の捜査本部が捜査を担当するとのことだった。
 一方的な命令だが組織とはそういうものだ。
 そういったわけで、私達は初動捜査を済ませた段階でお役御免となった。


(‘、‘ノi|「素人探偵や絣には悪いことをしたな」


 捜査に協力してもらったというのに満足な成果も上げられないままに担当を外れてしまうとは。
 仕方のないことではあるものの申し訳なく感じる。

 医師が全ての患者を救えるわけではないのと同じように刑事も全ての犯人を捕まえられるわけではない。
 場合によっては、病気にしろ事件にしろ最後まで担当し続けることが難しいこともある。
 当たり前のことだ。

 しかしそれでも少しだけ嫌な気分だった。
 警察を辞めて探偵にもなろうかと考えてしまうくらいには。

768名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:23:06 ID:FY4OK5Uo0

 たとえ私が何かの事件を担当しその犯人を捕まえたとしても全てそれで終わりというわけではない。
 そこからは裁判が行われ、裁判が終われば何らかの刑が下される。
 あるいは被害者やその関係者からすれば事件が終わることなど一生ないのかもしれない。

 そう考えると警察は本質的に無責任だ。
 無責任という言い方が相応しくなければ「自らの責任を果たすことしかできない」と言おう。

 きっと究極的には、人間そのものがそうなのだろう。
 私は私の責任を果たすことしかできない。
 私は私の人生を生きることしかできない。
 そういうものだ。

 だから。


(‘、‘ノi|「(私はせめて、私の意思で犯人が捕まるように祈っていよう)」


 そして私は私の責任を果たし続けよう。
 私の人生を生き続けよう。

 慰めのようにそう思いつつ、私は今日も私として現場へと向かう。

769名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:24:06 ID:FY4OK5Uo0
【―― 4 ――】


 結局今回の一件で俺は何もできなかった。

 何もしなかったわけではないが、結果を見ればいてもいなくても同じような有り様だった。
 俺がいなかったらどうなっていただろう?
 きっと俺がいなくても事件は起こって、多分氷柱ちゃんは俺がいなくても上手く対処して文書を取り返していた。

 だとしたら俺がいた意味はなんだろう?
 でぃちゃんやミセリちゃんに迷惑を掛けただけじゃないのか。


(# ;;-)「……また落ち込んでいらっしゃいますね、憂鬱そうなのです」

(,,-Д-)「うん……。少しね」


 真後ろからでぃちゃんの声が届く。
 背を向けて座っているので顔は見えない。
 だが明るい表情はしていないだろう。

 暫く経ったある日の夜。
 俺は上半身裸で寝室の椅子に座って手当てを受けていた。

770名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:25:06 ID:FY4OK5Uo0

 氷柱ちゃんの寄絃は想像以上に強烈で、服こそ全く被害はなかったが、背中には火傷の痕のような傷が残った。
 それ以外にも身体の節々が鈍く痛む。
 あんなに冷たく澄んだ音なのに火傷みたいになるなんて可笑しいねと俺が言うと「笑い事じゃないのです」と怒られた。

 数日経って痛みは治まったが傷は癒えていない。
 当日は仰向けで寝るのが辛いくらいだったのでかなり楽にはなったけど。


(,,-Д-)「(でもミセリちゃんは無傷らしいし、やっぱり人以外のモノを対象にした清めの音だったんだろう)」


 だとしたら咄嗟にでぃちゃんを庇って正解だった。
 半分は人間と言えど半分は妖怪だし、それにあの時は戦う為にかなり妖怪側に寄っていた。
 直撃していればただでは済まなかっただろう。

 それにしても、もうほとんど力が残っていない俺なら大丈夫だと思ったんだけど……。


(,, Д)「『人間の成り損ない』ね……」


 あの魔術師は誰から俺の正体を聞いたんだろう。
 何にせよ言い得て妙だと笑みが零れた。

771名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:26:05 ID:FY4OK5Uo0

 巻かれていた包帯が解け、ガーゼが外されて傷跡が空気に晒される。
 でぃちゃんは濡らしたタオルで背中を軽く拭いていく。

 と。


(# ;;-)「ご主人様……」


 その手が止まった。
 次いで、後ろから抱き締められた。
 鼻腔をくすぐる彼女の匂いや肌に伝わる柔らかさが心地良さを与えてくる。

 ……俺の背中に彼女の胸が、つまり傷跡に胸部が当たってるわけで、痛いのか気持ち良いのか分からない。


(,,^Д^)「どうしたの? そんなに強くギュッとされると、痛いよ」

(# ;;-)「痛くしています、お仕置きなのです」


 そう言うと、彼女は更に俺を抱く両腕に力を込めた。
 決して離すまいという意思が伝わる強さ。

772名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:27:05 ID:FY4OK5Uo0

 耳元で彼女の声が聞こえた。


(# ;;-)「あまり、無茶をしないでください……。あなたが死んでしまったら、私はどう生きていけば良いのですか……」


 縋るような声だった。
 泣きそうな声だった。
 俺は、静かに言葉を返す。


(,,-Д-)「ありがとう……でもね、でぃちゃん。俺は、でぃちゃんが傷付くのが嫌なんだ。でぃちゃんの代わりになら、俺はいくらでも傷付くよ」

(# ;;-)「それは私だってそうです。同じなのです。私は、あなたの為なら死んでも、いい」

(,, Д)「でぃちゃんがいなくなっちゃったら俺は生きていけない」

(# ;;-)「それも……同じなのです」


 ごめん、と俺は言った。

 でぃちゃんがいない日々なんて俺は考えられない。
 それは彼女だって同じで。

773名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:28:04 ID:FY4OK5Uo0

 だとしたら――俺はどれほど酷いことをしてしまったんだろう。


(,, Д)「ごめん……」


 もう一度俺は謝った。
 もういいですよ、と彼女は笑った。

 そうして俺以上に俺を大切にしてくれている人は、俺の背中に口付け、つーとそのまま傷跡を舐め上げた。
 淡い痛みとくすぐったいような快楽に思わず声が漏れてしまう。
 次いで彼女は色っぽい笑みを小さく漏らす。

 こういう部分は淫魔っぽいよなあと感想を抱く俺の耳元で、彼女が囁いた。


(# ;;-)「…………愛しています。あなたが、どんな存在であろうとも」

(,,-Д-)「……うん。俺もだよ」


 俺は振り返って彼女を抱き締める。
 お返しと言わんばかりに強く。

 傷はまだ完治していないけれど、一晩くらい、少しくらい無茶をしても大丈夫だろう―――。

774名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:29:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 5 ――】


 本日のオチというか、後日談。

 時間という概念はあらゆるものを彼方へと押し流していく。
 あの一連の事件から数週間の時が流れ、ニュースでの報道もほとんどなくなった。
 私にしたって、あれほどに衝撃的だった出来事はすっかり心の何処かに埋没してしまっていた。

 そんな頃のことだった。
 学校帰りにショツピングに出掛け、一時間程度買い物を楽しみ、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうかなと思った――その時。



リパ -ノゝ「…………おや、」



 私は、あの死神のような少女に再会した。

 街を歩いていて向こう側からやって来たものだから思わず「あっ」などと声を漏らしてしまったのが悪かったのか。
 驚いて立ち止まってしまったところに声を掛けられた。

775名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:30:09 ID:FY4OK5Uo0

リパ -ノゝ「…………お久しぶりです、」

ミセ;゚−゚)リ「……どうも」


 街で出遭った彼女は、清楚というか、大人しい感じの格好をしていた。

 服装で目立つのは黒壇のように黒い髪と合わせたような黒のジャケットくらいだ。
 無論、刀なんて持ってない。
 左目に付けていた眼帯も包帯に変わっていて、全体的に暗いファッションだからメンヘラっぽく見えるかもしれない。

 あの時と変わらないのは庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと、蚊の鳴くように小さく砂糖菓子のように甘い声音。
 漂わせていた妖刀のような鬼気も薄まっていて、彼女の本性を知らない人ならば気付かないだろう。


ミセ;゚ー゚)リ「なんで、こんな所に?」

リパ -ノゝ「…………あなたも勘違いしていらっしゃるようですが、私達も常時ああいったことを行っているわけではありません、」

ミセ;゚−゚)リ「買い物をしたり、ご飯を食べたり、友達と遊んだりするってことですか?」

リパ -ノゝ「…………そうです。あなたが一緒にいた、あのお二人と同じように、」

776名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:31:07 ID:FY4OK5Uo0

 あのお二人――ギコさんやでぃちゃんと同じように。
 常に非日常的な仕事をしているのではなく、オフの日には普通に学校に行ったり友達と談笑したりして過ごしている。

 彼女、ギコさんからは『ユキちゃん』と呼ばれていた少女は語る。


リパ -ノゝ「…………私はこれでも、数年前まではあなたと同じように学校に通っていました、」

ミセ;゚ー゚)リ「へぇ――って、じゃあ年上!?」


 そうです、と事もなげに言いつつ彼女は街路樹の木陰に入る。
 私も他の歩行者の邪魔にならないように位置を変える。

 ……あんな風に人を殺した少女が、立ち話をする為に歩道の端に寄ったということ。
 その行動が彼女の発言の正しさを証明しているようだった。
 彼女もこうして、普通に生きている人間なのだ。


リパ -ノゝ「…………あなたは私に二度と遭いたくなかったと思いますし、私もできることならば再会したくはなかった、」


 私に遭うということは誰かが死ぬということですから、と彼女は付け足す。
 誰かが死んで、誰かが殺されなければならない状況に現れる死神のような少女。

777名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:32:04 ID:FY4OK5Uo0

 ですが、と彼女は続ける。


リパ -ノゝ「…………こうして縁があり出遭ってしまったわけですから、二つほど、伝えておきたいと思います、」

ミセ;-ー-)リ「はあ……」


 私からは何も伝えたいことはないし、言ってしまえば二度と会いたくないどころか顔も見たくないような相手なんだけど……。
 そういう機微は分からないのだろうか?
 心中を知らずか、それとも察した上で無視してか、彼女は言う、 


リパ -ノゝ「…………一つ目に。あの文書を奪おうとした男は雇われですが、その裏には組織があります、」

ミセ*゚ー゚)リ「組織?」

リパ -ノゝ「…………そしてその組織はあなたの過去にも関わっている、かもしれません、」

ミセ;゚ー゚)リ「!!」


 私の――過去に?
 あの出来事に……?

778名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:33:07 ID:FY4OK5Uo0

ミセ;゚ー゚)リ「あなた、私の過去を……。それ以前にその『組織』って……?」

リパ -ノゝ「…………申し訳ありません、少し調べさせた頂きました。そして重ねて申し訳ありません、私の担当ではないことなので、詳しいことは、」


 そして「あくまでも可能性の話です」と彼女は付け加えた。
 それでも、私は動揺を隠せない。

 しかし彼女は淡々と話を続けていく。


リパ -ノゝ「…………二つ目ですが、あなたの目の話です、」


 私の目。
 怪異が見えるという瞳。


リパ -ノゝ「…………まず名称をご存知ですか?」

ミセ*゚ー゚)リ「名称? ええっと、名前ってことですか?」

リパ -ノゝ「…………その瞳は『浄眼』と呼びます、」

779名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:34:04 ID:FY4OK5Uo0

 ……ゲームやマンガで聞いたことがある名前だった。
 微妙にテンションが上がってしまう。


リパ -ノゝ「…………中国の伝承に登場する異能らしいです。曰く、その瞳を持つ者は、『人ならざるモノ』を見る力を持つ、」


 人ならざるモノ――怪異。


リパ -ノゝ「…………そもそも魑魅魍魎を視認できる人間は道士等の魔術を専門にする者か、先天的にそういう才能を持つ者に限られます、」


 あるいは「自分自身が半分怪異である者か」。
 つまり言うまでもないが、普通の人間には妖怪は見えないのだという。
 ちなみに心霊スポットで幽霊が見えるのは大体が勘違いで、本当に見えた場合は幽霊側が見せているか、たまたま幽霊と波長が合ってしまった場合らしい。

 とにかく。


リパ -ノゝ「…………その瞳は、かなり珍しい代物ということは覚えておいてください、」

ミセ;゚ー゚)リ「分かりました」

780名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:35:05 ID:FY4OK5Uo0

 いつだったかでぃちゃんも「ハッキリと怪異が見える人は珍しい」とか言っていた気がする。
 素人ではまずありえないレベルの精度のようだ。
 まあよく分からないけど……。

 街が夕闇に染まり始めた頃。
 最後に、彼女は言った。


リパ -ノゝ「…………私の友人にも、仇敵にも、同僚にも。目の能力を持つ人がいました、」

ミセ*゚ー゚)リ「私のように怪異が見える目の人も?」

リパ -ノゝ「…………はい。未来や死あるいは心、因果……視えるものは様々でしたが、完全に普通の人生を送れた人間は一人もいません、」


 その目の所為で死に掛けた人間も生命を散らした人間もいます。
 彼女は淡々とそう続け、「けれど」と。


リパ -ノゝ「…………ですが、その目があったからこそ見つけられるモノもあると思います、」


 あると良いと思いますなんて呟き、彼女は少しだけ微笑んだ。

781名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:36:08 ID:FY4OK5Uo0

 そうして彼女は宣言する。


リハ -ノゝ「…………もしも、あなたが自分の目を嫌いになった時。私はあなたの目を殺しに来ます、」


 そう言い切って。
 でも次いで死神の少女は言うのだ。
 「そんな日が来ないことを私は祈っています」と。

 それだけを最後に告げて彼女は夜の帳が下り始めた街に消えて行く。
 私の帰り道は逆方向、共に歩むことはない。
 
 私はこれから何を見るのだろう?
 あの過去に向き合ったところでこの目がなくなるわけじゃないし、況してや人生が終わるわけでもない。
 これからも私が生きている限り私の物語は続いていく。
 私はこれから何を見るのだろう?

 それはまだ分からないけれど、でも生きていこうと――そんなことを私は思った。






【――――落書き、終わり】

782名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:37:03 ID:FY4OK5Uo0

というわけで今回の落書きは終わりです。
この落書きは後日談やおまけというか、ぶっちゃけエロ成分補給が主目的のはずなんですが、完全に忘れてました。

でぃが背中の傷を舐めながら手で奉仕するエロシーンは心の目でどうぞ。



次話は十一月中に投下したいのですが……。
期待せずお待ちください。

783名も無きAAのようです:2013/11/14(木) 15:43:16 ID:9PpjdX4Y0
乙、待ってる。
今回の事件ではそれぞれが何かを感じていた。
それは繋がりだったり、気持ちを改めたり、後味の悪さだったり千差万別。
怪異が見えるミセリの眼について触れられていたので、眼と彼女の過去がどう関係していくのか気になる。

784名も無きAAのようです:2013/11/26(火) 14:45:42 ID:91sN0hh.C
ミセ*゚ー゚)リは、語り部以外にも重要な役回りがあるのか

785名も無きAAのようです:2014/12/05(金) 17:36:18 ID:MhKUymVo0
一年たったんですが・・・

786名も無きAAのようです:2016/06/10(金) 23:37:54 ID:nwk1LE2Y0
今読み終えた、続き待ってます


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