したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

348黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:08:40 ID:lQG/D5qE0

「下には多分、一緒にジョルノ君が居る。鈴仙も居る。そこに貴方が加われば、DIO相手にだって劣らないんじゃないかしら?」

 口では上手いことを言うものの、紫の見立てではそれでも過不足。ホル・ホースの実力はまだ不明なれど、DIOには届かない。

「なに!? み、味方が居んのかよ! 二人も!?」

 しかし紫の申し訳程度の煽てに、ホル・ホースは案外乗ってきた。
 DIOには勝てない、とは思うものの、戦力に加算があるなら白蓮らの足でまといにはならないだろう。
 紫とて、無駄な犠牲者など出したい訳もない。まして囮役を引き受けたジョルノ達のフォローに入るのなら、願ってもない援軍だ。

「表向きでもDIOの部下なんでしょう? 私が貴方なら、その立場を逆に利用するけどねえ」

 ポン、と背中を後押し。
 さあ人間。貴方の答えは?

「…………〜〜〜く、ゥゥーー……っ!
 だーーもうッ! わーった、わーったよ!
 行きゃイイんだろが行きゃあ!!」

 半ばヤケクソのよう。それでも頷いてくれた。
 及第点だ。これならば、後顧の憂いなく彼に『任せて』やってもいい。
 信用出来るか出来ないかで言えば、この男は信用出来ないに分類される。
 良い人間か悪い人間かで言えば、間違いなく悪い人間だ。

 でも、まあ……他に適役も居ないし? 時間も無いものね。

「つーか! 何でテメーがさっきから上から目線なんだよ!
 お前さんも来いよ! 同郷の奴なんだろ!?」
「あら、私にはキチンとやるべき事がありますのよ。貴方、レディを戦場に送る気?」
「あー? ンだよ、その『やるべき事』っつーのは」

 待ってましたその言葉。
 そう言わんばかりに溌剌とした紫の腕は、天に掲げたその扇子をある一点へと振り下ろし、指し示した。


 マエリベリー・ハーン。
 未だ目覚める気配の無い、白雪姫へと。


「この娘の『意思』の行方をざっと探してみたのだけど、どうやらすぐ近くには居ないみたいなのです」
「意思ィ〜? どうやって追ったんだよ」
「私と波長が似ているから難しい事ではないわ。
 そして……『追跡』するのも、ね」

 紫の指先が、メリーの肩に触れる。
 ツツーと、優しく擦るように指先が滑り、少女の頬が撫でられた。
 眠り終えた幼子を慈しむ母親のように、扇子の奥に隠れた口元がフ……、と緩む。


「これより、この娘が見ている『夢』を追体験……というより直に『侵入』します」

349黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:09:09 ID:lQG/D5qE0

 ひどく大真面目に言い放たれたその言葉に、ホル・ホースの顔は硬直へと囚われた。
 夢の中へ入る。そんなスタンド使いが、DIOの部下に居たとか居ないとか。
 しかし非現実的な話だ。それこそ夢見心地の気分でいるのではないだろうか、この胡散臭い美女は。

「あー……えっと、夢の中に、侵入。それも他人の」
「夢みたいな話でしょう?」
「なるほどね。オレもガキの頃、テメェの望んだ好きな夢を見たくて、色々実験したもんだ」
「あら、意外と可愛らしい幼少時代をお持ちで」
「だろう? まあ、出来るわけもねー。そう、出来るわけもねーんだ」
「出来ます」
「どーやって」
「……私の力、じゃあない。どうやらこれは……この娘の『能力』みたいね」
「……じゃあその娘も、スタンド使いか?」
「少し、静かにしてて」

 問答無用のお達しを受け、ホル・ホースは大いに不満な顔で口を噤んだ。
 外野の視線を難なく受け流し、紫の人差し指がメリーの閉じられた瞼にそっと重なる。



 ……。

 ………………。

 …………………………。



「入れそうね」
「マジか」


 何とも重たい無言の空気を耐え忍んだホル・ホースの耳に飛び込んだ第一声は、ファンタジーの肯定を示唆するような短い内容。

 メリーには、『境目が見える程度の能力』が備わっている。
 かつて結界を通じて衛星トリフネ内部に侵入した際、相棒の蓮子の目に触れる事で、自分の見ているビジョンを相手に『共有』させるという際立った能力を発揮していた。

 『夢』を他人と共有できるチカラ。
 その能力を紫が知っている訳がない。
 けれども、何故か紫の内には希望めいた確信があった。
 何となく……自分の姿にそっくりなこの娘とは、何もかも通じ合える気がする、という奇妙な確信が。


 その確信が、二人の関係を決定的なモノへと繋げてしまうという……ある種の『恐怖』も。


 意を決して紫は振り向き、そこに立つ男へと声を掛ける。

「ホル・ホース。貴方には、少しの間だけここを守っていて欲しいの」

 ギョッとした表情が、男の動揺の全てを物語る。
 予期せぬ要請。唐突すぎる申し出だ。

「ハァ!? なんでオレが!?」
「守って、というのは多少大袈裟ね。私が『向こう』へ行っている間、私本体は完全無防備になると思うの。
 だからその間だけでも、ここで見守っていてくれるだけで構わない。元々、彼女を守れっていうDIOからの命令があったんでしょう?」
「いや……だけどよォ、アンタがついさっき言った事だぞ。“聖白蓮に会いに行け”って……!」

 あれは方便みたいなもので、紫は単にホル・ホースという男の『底』を確認したかっただけだ。
 この場で白蓮に会いに行こうともせず、ひたすら保身にしがみつく軟弱な男であれば、この話を持ち出す気など無かった。
 渋々ながらも彼は、最低限の男気を見せてくれた。ならば少しは紫の期待には添えてくれるだろうと信用し。

「聖なら簡単にやられるようなタマじゃないわ。
 貴方が百人束になって掛かったって、あの尼には敵わない」
「……チッ。ここで見てりゃあ良いんだな?」
「ええ。でも、もしも…………いえ。何でもありません」

 歯切れの悪い言葉を振り払うように、紫はスカートを翻してメリーの隣へ立ち、おもむろにその身体を抱き上げた。
 部屋の奥に備えられたベッドの上へと彼女を横にして、自らも靴を脱ぎ、その隣に横たわる。


「それじゃあ、ちょっと神隠しに遭ってくるわね。
 あ、私が寝てる間にオイタは駄目よ?」
「るせぇ! とっとと行ってきやがれ!」


 茶目を見せながら、紫とメリーは互いに向き合うようにして。
 瞳を閉じ、メリーの閉じられた目へと触れた。


 それを合図に、部屋の中は静寂に包まれた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

350 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 21:10:17 ID:lQG/D5qE0
中編投下終了です。もう少し続きます。

351名無しさん:2018/09/15(土) 12:55:16 ID:ZFL3hUoA0


352名無しさん:2018/09/16(日) 12:48:07 ID:OjWtdSY20
ここでサンタナ参戦か。確変の勢いに乗って押し切れるかな

353 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:48:35 ID:fObrG55w0
投下乙です。
後編を楽しみにしつつ、合間に一作ゲリラ投下をさせていただきます。

354 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:55:33 ID:fObrG55w0
 目覚めてすぐ、ウェスは途方に暮れた。目の前の状況が飲み込めなかった。降り注ぐ雨から身を守ることもなく、濡れ鼠の様相を呈した姫海棠はたてが地に膝をついて泣いている。それはいい。ひとまず上体を起こして、ウェスは身震いした。眠っている間、冷たい雨に打たれ続けたことで、随分と体温が奪われていることも自覚した。それもいい。
 問題は、ウェスのすぐそばに、原型を留めなくなるまで頭部を執拗に破壊された凄惨な遺体が放置されていることだ。割れた頭蓋から滲み出た血と脳漿が溶けてできあがった赤黒い水たまりには、さしものウェスも生理的な嫌悪感を覚えた。

「なんだっていうんだ……いったい」

 あまりに意表を突かれたため、自分がなぜ雨の中野ざらしで寝ていたのか、戦っていたあの女戦士は、ふたりの神々はどうなったのか、そういう疑問を抱くまでに若干の時間がかかってしまった。
 数瞬の間を置いて立ち上がったウェスは、傍らの惨殺死体を見下ろし、その正体があのリサリサであることを悟った。遺体が身に纏う衣服や、ひしゃげた顔面のそばに転がったサングラスの破片に見覚えがある。間違いはないだろう。
 ウェスは項垂れて慟哭するはたての背後へと歩み寄った。

「おい、こいつはお前がやったのか」
「うぇっ……ひっく……うぅ……っ」

 期待した返事はなかった。けれども、ウェスからしてみれば、それは十分に返答足りえるものだった。この中途半端な女に、これ程冷酷で残忍な殺人ができるとは思えない。下手人はほかにいる。だがそうなると、いったいなぜリサリサだけが殺されて、自分が生存しているのかがわからない。

「おいッ、無視してんじゃあねェーぜ」

 紫色のフリルがあしらわれたはたての襟を乱暴に掴みあげる。はたては雨と涙と鼻汁とでぐしゃぐしゃに濡れた顔を、はじめてウェスへと向けた。駄々を捏ねて泣きじゃくる子供のようなその表情は、ウェスを苛立たせるには十分だった。

「チッ……そんなに泣くほどツラいならよォー……オレがここで終わらせてやってもいいんだぜ」

 バチバチ、バチ。大気中の静電気を操って、ウェスの腕から襟、はたての体へと微弱な電流を流し込む。はたての華奢な体が、びくんと跳ねた。

「ッ、嫌……!」

 電気に対する反射行動か、背中に折り畳まれていた羽根が瞬時に盛り上がり展開され、ウェスの腕を振り払った。弾き出されるように飛び出したはたては、そのまま飛行をするでもなく、ろくな受け身も取れずに水たまりに突っ込み、飛沫を上げて転がった。その際、顔面を強打したのだろう、ウッといううめき声が漏れ聞こえた。
 起き上がったはたては、顔を真っ赤にしながらもまなじりを決し、ウェスを睨め付ける。

「う……ぅ……」
「なんだ? その眼は……イッチョマエに文句でもあるってのか? このオレによォオ」
「もう……、もう、もうっ――!」

 堰を切ったように、はたての怒号がしんと静まり返った廃村に響き渡った。

「なんッなのよアンタはさっきからぁああッ! なんだってそんな風に意地悪言うの!? 私が助けなかったら、今頃そこの死体と同じように殺されてた癖にッ……なんで私アンタなんか、……アンタなんか見捨てて逃げればよかった……!」
「……なにを言い出すのかと思えば、随分とくだらねーことを言いやがる」
「なっ……くだらない、ですって!?」

 ウェスは小さく鼻でせせら笑うと、己の手荷物の中からワルサーを取り出した。雨に濡れることも気にせず、空の弾倉に予備の弾丸を装填してゆく。水に濡れた弾丸では命中精度も威力も大きく落ちることは理解しているが、ウェスからすれば関係ない。
 弾丸が装填されたばかりのワルサーの銃口を、ウェスは自分自身のこめかみに押し当てた。瞠目し、なにごとかを叫びかけたはたてよりも早く、ウェスは連続で引鉄を引いた。
 銃声は一発も鳴らなかった。

355雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:59:57 ID:fObrG55w0
 
「な……なっ、なにしてんのよアンタはァアアーーーッ!」
「見ての通りだ……オレは自分では死ねない。何度も試したからな……だから、ここで死ぬならそれでもよかった。助けてくれなんて頼んだ覚えはねえ」

 ワルサーに装填されていた弾倉を引き抜いて、中身を検める。雨に濡れたにしては異常な程、弾倉の中身は『濡れすぎて』いた。普通、密閉された金属製の弾丸の中身まで浸水することはあり得ないし、近年の拳銃であれば水中でもそれなりの殺傷力を誇る。この弾丸は、ウェスを狙ったその瞬間に、本来の役目を失ったのだ。
 役に立たなくなった弾倉を捨てて、新品の弾倉に詰め替えるウェスを、はたては凝視した。

「冗談じゃないッ……ふざけたコト言ってんじゃあないわよ、アンタ……死んでもいいですって? いまさらッ……いまさら! ここまで好き勝手やっておいて……そんな勝手なことが許されると思ってんの!?」
「それこそ今更だな……許される必要がどこにある? お前に言われるまでもなく……きっとオレが行くのは『地獄』だろう……『天国』へは行けない。だが……生きているからにはやらなければならないことがある。オレが『地獄』に行くのはすべてが終わってからだ」

 柄にもなく、ウェスはくぐもった声を出した。
 生きている限り、歩みを止めるわけにはいかない。どこまでも冷静に、どこまでも無感情に、ウェスは己の目的の為だけに他者を殺す機械となる。そして、喪ったものを取り戻す。すべてが終わって不条理が取り除かれた世界に『呪われた人間』は必要ないとウェスは思うが、厳密に言えば終わった後のことはどうでもいい。

「家族を殺して……参加者を皆殺しにして、それで自分も『地獄』に堕ちるっていうの、アンタ」
「そうだ。そして生きている限り、オレは前に進み続ける……オレを止められるのは『死』だけだ」
「……っ、狂ってる」
「お前は思っていたよりも『マトモ』だな。向いてないと思うぜ……新聞記者なんてよ」

 またしても、ウェスは笑った。
 あのイカれた記事を書いた人間が持つには、些かちぐはぐした『論理感』がはたての言葉にはある。なによりも、ことあるごとに涙を流すような中途半端さなら、やめてしまった方がいい。
 はたてはさも心外とばかりに立ち上がり、尖った双眸をウェスに向けた。涙はいつの間にか止まっていた。

「そんなこと、アンタに言われる筋合いないわよ。せっかくヤッバいネタを手に入れたっていうのに、このまま腐らせたまるもんか……アレも、コレも、まだまだ配信したい内容が沢山あるのよ。誰よりも早く、独占スクープでみんなの度肝を抜いて、あいつらをぎゃふんと言わせてやるんだ……あんたと同じように、私にだって止まれない理由がある」
「そうかい……だったら勝手にしろ。お前がどうなろうとオレの知ったことじゃあないからな……それで役に立たなくなったとしても『切り捨てる』だけだ」
「……アンタほんっとのひとでなしね。今更もう期待はしてないけど……あーあ、アンタのことなんて助けなければよかった」

 憮然として嘆息するはたてから、物言わぬ遺体となった女戦士へと視線を向ける。

「で、アレは誰がやったんだ」

 問うた瞬間、はたては再び表情を曇らせた。

「トリッシュって子が殺された時、近くで寝てた紫髪の子が……まるで機械みたいに、淡々と気絶した彼女を……言っとくけど、私が飛び出さなかったら、アンタも一緒にやられてたんだからね」
「そいつはどうも。で、お前は恐れをなして泣きじゃくってたってワケか」
「だって、仕方ないじゃない……あんな殺し方、異常よ。怒りも憎しみもなにもなかった。ただ、作業をするみたいに平然と……あんなムゴいことができるなんて」
「殺し合いを助長するような記事を書いているヤツのセリフとは思えねェな」
「別に殺し合いを助長しようなんて、そんなつもりはないわ。私はただ、みんながアッと驚くような記事を書きたいだけ」
「そうか……そいつは立派な心がけだな」

 思うところはあったものの、はたての思考回路の異常さちぐはぐさを一々指摘してやる義理もないので、ウェスはあえてなにも言わなかった。はたてが今のスタンスでいる限り有用であることに違いはないのだから、今はそれでいい。
 ウェスは興味を失ったようにはたてに背を向け、歩き出した。

356雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:04:27 ID:fObrG55w0
 
「――だが、お前のお陰でオレは『復讐の旅』を続けることができる……『地獄』行きのな。お前を『協力者』に選んだのは失敗じゃあなかったらしい」

 それは、多分に『皮肉』の含まれたいびつな感謝だった。
 はたては一瞬遅れて、歩き出したウェスの隣へと駆け寄ってきた。

「ね、ねえ、それ褒めてるつもりなの? ぜんぜん嬉しくないんだけど」

 ちらとはたての顔を見る。嬉しそうだった。まなじりにはウェスを糾弾するような色も見て取れるが、口角が微かに上がっている。
 過ごした時間は少ないが、はたての目的を聞いていると、どうやら人より『承認欲求』が大きいように感じられた。他者に認められ、求められることで、この女は自分自身の必要性を再認識するタイプなのだろう。
 視界の片隅に見える木とはたてを見比べて、吐き捨てるように笑った。

「少なくとも……お前じゃあなかったら、きっとオレは今頃死んでただろうからなァア」
「そう、そうよね……だったらもっと感謝しなさいよね! 私と私の書いた記事に」
「ああ、してるぜ、お前のおかげだ……(お前のおかげでこれからもっと大勢の人間が死ぬという意味だが)」

 はたては安堵したように息をついた。

「で、あのカミサマふたりはどうなったんだ」
「さ、さあ……戦ってたハズなんだけど、決着がついたのかどうかは。少なくとも、もう戦闘は終わってるみたい」
「……そうか」

 肝心なトコロで役に立たないオンナだな、とは思っても口にはしない。どうせ決着がつく前に怖くなって逃げ出したのであろうことは容易に想像がついたので、あえて追求する気にもなれなかった。

「まあ、どっちでもいい。生きていたなら、次会った時に殺せばいい話だからな……どっかでおっ死ぬ分には問題ねェ。そんなことより――」

 ウェスは曇天の空を見上げる。ウェスとはたての周囲だけ、雨は止んでいた。その空を、一匹の小さな影が通り過ぎていった。普通であれば虫が飛んでいる程度にしか思わないのだろうが、この会場においてそれは異常だ。
 なによりも、影の正体が虫でないことをウェスは見抜いていた。
 影は、まるでふたりを監視するように、付近の陋屋の屋根瓦に止まり、羽根をたたんだ。
 直径にして三センチから四センチ程度の、小さな翼竜だった。

「アレはなんだ……お前、知ってるか」
「そういえば、あちこち飛び回っていたみたいね……見たところ、あの『トカゲ男』の能力のようだけど」
「ほう……じゃあ、誰かの能力なんだな? アレは」
「うん。多分『触れたものをトカゲに変える』って能力だと思う。今は無事だけど、あの洩矢諏訪子もアイツにトカゲに変えられてたみたい」
「そうか……だったらよォ、お前、アレを撃ち殺してみろ」
「えっ……いいけど」
「頼むぜ〜」

 ウェスの意図を理解しようとするでもなく、はたては求められるままにカメラ付き携帯のレンズを翼竜へと向けた。翼竜をファインダーに収め、携帯電話のボタンを押し込む。

   遠眼「天狗サイコグラフィ」

 機械的に再現されたカメラの撮影音がカシャ、と鳴った。はたてが撮影したのは、陋屋の中心で羽根を休める翼竜の写真だった。写真に切り取られた四角形の空間を埋め尽くすように、紫色のお札を模した弾幕が大量展開される。
 鮮やかな紫が、淡い輝きを放ちながら翼竜へと殺到した。異変を察知した翼竜はただちに飛び立とうとしたものの、ろくな知性を持たない翼竜に、大量に飛び交うお札団弾すべてを回避するのは不可能だ。
 一発目が翼竜に命中した。弾幕に込められた霊力が弾けて、翼竜が高度を落とす。そこへ、二発目、三発目の弾幕が追撃をかける。雨に打たれながら、翼竜は一匹の昆虫へと姿を変え、地面に落ちていった。
 のんびりとした歩調で『翼竜だったものの死骸』に歩み寄り、指でつまみ上げる。

357雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:11:44 ID:fObrG55w0
 
「ミツバチだ……しかし少し大きいな。オオミツバチか?」
「これがあの『空飛ぶトカゲ』の正体……? ってことは、やっぱり姿に変えられてたんだ」
「ああ、決まりだな……コイツはスタンドで操られていた。せいぜい偵察係ってところだろう……オレがお前に情報収集を任せたようにな」
「ってことは、やっぱりあの『トカゲ男』がやったのかしら」
「誰の能力だったとしても、気に食わねェことだけは確かだぜ……『高みの見物』で情報だけもっていくヤツがいるんだからな」
「アンタがそれ言う?」

 ウェスの背後に、スタンド像が浮かび上がる。雲の集合体、気象の具現『ウェザーリポート』だ。

「ねえ、アンタなにする気なの」
「オイ、お前……『恐竜』がどうして滅びたか、知ってるか」
「えっ」

 はたては問いの意味がわからないといった様子で眉根を寄せるだけだった。

「実際のところ、恐竜が滅んだ理由には諸説あるが……定説として唱えられているのは――」

 話しているうちに、自然界では考えられないほど急激に、通常ではあり得ない速度で気温が低下しはじめた。
 絶えず降り注いでいた雨が、その雨脚を弱めてゆく。空から降る雨が、液体の形状を保てず、その姿を雪の結晶へと変えてゆく。ウェスの上空を中心に、雨が完全なる雪へと姿を変え、その寒波の並は徐々に広がってゆく。
 寒波は瞬く間に廃村全体へと伝播していった。

「――長く続いた冬の『寒さ』に耐えられなかったからだ」

 吐く息が白くなる。人間ですら凍えるほどの寒波を、ウェスが引き起こしているのだ。
 雨に打たれ全身を濡らしていたはたてが、両肘を抱えて震え始めている。ウェザーリポートは、はたてに向かって突進した。実体を持たないその像が、はたての体を突き抜け、そのまま通過してゆく。

「えっ、な、なに!?」
「ウェザーリポート……お前の体に纏わり付いた水分をトばした」

 宣言の通り、ウェザーリポートが齎した熱量は、瞬く間にはたての髪を、衣服を乾燥させていた。瞬間的にかなりの熱がはたてを襲った筈だが、元々の気温の低さと体温低下もあって、はたての体はそれをダメージとは認識しない。ウェスが、そうなるように調節した。
 かたや、ウェスの視界の隅を飛んでいた一匹の翼竜の高度がみるみる下がってゆく。さっき死んだ翼竜とは別の個体だ。そいつはそっと一軒の陋屋の軒先に羽根を下ろすと、体を丸めたままじっと動かなくなった。

358雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:21:54 ID:fObrG55w0
 
「雪の降るような『寒さ』の中では活動を止める……『何者であろうと』な。恐竜だろうと昆虫だろうと、その点は同じだぜ」

 あの翼竜はもう動けない。このままじっとしている限り、寒波に耐えられず徐々に体力を奪われ続け、いずれ支配が解けると昆虫の姿に戻り死に至るだろう。一匹一匹を点で潰してゆくのは骨が折れるが、面で活動を制限するのであれば、さほど集中力は必要ない。
 この殺し合いにおいて、情報は命を左右する要素にも成りうる。どこかでいい気になって楽に情報収集を決め込んでいる参加者がいるならば、ここでその手段は潰しておくべきだ。此方の情報だけが相手側に筒抜けになるという事態を今後防ぐために、ウェスはウェザーリポートを発動したのだ。

「アンタまさか、この会場中にソレをやる気なの」
「どうかな……今のままじゃあ、あまり広範囲に能力を及ぼせないらしい。本来ならこの程度の会場を寒波で覆うのはワケないんだが、くだらねェ制限ってのがかけられちまってるらしいんでな」
「うーん、なるほどねえ……でも確かに、そういう風に監視されたままっていうのは気持ち悪いよね」

 はたては腕を組んで目線を伏せる。暫し黙考したのち、おもむろに携帯電話を取り出した。キーを操作し、着信履歴を表示させる。
 二件、電話番号が表示されていた。新しい履歴の方に見覚えはないが、おそらくはたてが泣いている間に掛かってきたものだろう。今必要なのはその番号ではない。

「ねえ、その制限って……荒木と太田にかけられたやつよね」
「ここへ来てからだからな……そう考えるのは自然だろう」
「それ、解いてあげられるかも」
「なに?」

 はたては、画面に表示された電話番号を選択し、発信ボタンを押した。
 発信音に次いで、呼び出し音が鳴る。はじめて荒木がはたてに電話をかけてきた時に、彼らは非通知設定にする、といったことをしなかった。意図は分からないが、目の前に糸が垂らされているなら、掴んでみるのも悪くはない。
 十コールも鳴らないうちに、電話は繋がった。

『もしもし』
「その声、アンタは太田ね?」
『ンフフ、いかにも。まさか君の方からかけてくるとはねえ……わざわざかけてくるということは、なにか困ったことでもあったのかな』
「まあね……ちょっとお願いがあって。って、アンタたちにお願いするのも癪な話だけど」

 はたては自分の言葉の気軽さに驚いた。太田に対しては、どこか奇妙な懐かしさのようなものを感じる。面識など一度もないはずなのに。

『うーん、普通、こういうゲームの主催者っていうのは参加者個人の願いなんて聞いてあげないものなんだけどねえ』
「そこをなんとか、ねっ? 簡単なお願いだから」

 暫しの沈黙。電話の向こうから伝わる太田の息遣いからみるに、対応を考えている最中のようだった。
 
「これからもステキな記事書くからさ」
『ン〜〜〜……まあ、君には実績があるのも事実だからね。聞くだけ聞いてあげよう。叶えるかどうかは内容次第ということで』
「じゃあ、単刀直入に言うわね。ウェスの制限をちょっぴり解除して欲しいの」
『……は?』

359雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:22:37 ID:fObrG55w0
 
 ある程度は予想通りの反応だった。視線を隣に向ければ、ウェスも柄にもなく瞠目し、はたてを凝視している。気持ちのよい反応だった。今自分は、自分にしかできない仕事をしているという実感があった。

「といっても、自由にどこでにも雷を落としたいとか、殺し合いを有利に進ませたいとか、そういうズルがしたいわけじゃない。ウェスの能力を、この会場全体に行き渡らせるようにしてほしいってだけよ。具体的には、この雨が全部雪になるくらい」
『いやあ、それは十分ズルなんじゃないかな? 二つ返事でいいよと言えるような内容じゃないなあ』

 やはり、予想通りの反応だった。ここからが腕の見せどころだ。
 元より屁理屈を捏ねて記事を書くことを生業としているはたてにとって、理屈を捏ねることはさして難しい問題ではない。

「そうかしら? でもさあ、それってちょっと不公平じゃない」
『寧ろ公平さ。彼はそれだけの能力を持ってるからね。ある程度は制限しなきゃ』
「ふうん、なるほど」

 これでひとつ確定した。
 やつらは、参加者の固有能力に制限をかけられる。やつらの裁量ひとつで、行使できる能力の範囲は操作できる可能性が高い。もうひと押し、攻めてみようと思った。

「じゃあさ、会場中に偵察の……恐竜? を放ってるヤツはいいの? もう一度言うわ……私は別に『誰かを殺したい』とか『殺し合いを有利にしたい』とか、そういうことは考えてないの」
『なるほど……読めたよ、君の魂胆が。つまり、君とウェザーはその恐竜の動きを止めたいってワケだね』
「そういうこと。だって、会場中に偵察係を放って、ひとりだけ会場中の情報を得ているやつがいるのよ。私やウェスの情報も、たぶん握られてる。この殺し合いでそいつだけがみんなの情報を覗き見て立ち回れるなんて、こんなに不公平なことはないわ」

 太田はなにも言わない。構わずはたては続けた。

「そいつの能力に制限をかけろとか、そいつに罰を与えろとか、そういうことも言わないわ。ただ、そいつが能力を使って有利に立ち回ろうとするなら、こっちだって能力を使って対抗したいってだけよ」
『うーむ』

 押せばいける、とはたては思った。

「何度も言うけど、別に直接誰かを殺したいとか、そういうこと言ってんじゃないよ。ただ、ウェスが本来『できること』をほんの一部『できるように』してほしいだけ……そもそも、直接の殺しに発展しない『天候操作』って、そんなにヤバい能力じゃないんじゃない?」
『ふむ……それは確かに一理あるかもね。僕らとしては、会場全域に雷を落とすとか、滅茶苦茶な嵐を起こすとか、そういうことをされちゃ困るから能力に制限をかけたわけだから、雨や雪を降らすくらいなら、まあ』
「じゃあ」

 一拍の沈黙を置いて、太田は笑った。

『ンフフ……仕方ないなあ。主催者に直接コンタクトを取るなんて大胆な行動に出た君に免じて、今回だけは特別に許してあげよう。この電話以降、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては、範囲制限を解除するよ。あっ、もちろん吹雪とかもナシだからね』
「わかってるわかってる、そんなズル考えてないってば」
『それと、今回は特例ってことも忘れないように。いつでもこんな風に願いを叶えてあげられるなんて思われちゃ困るからね』
「それもわかってる。余程のことがない限りかけないから」

 きっと彼らは、はたての命の危機とか、そういう状況では助けてはくれない。今回は願い事の内容がルールに触れる箇所で、尚且つ論破できる余地があったから成功しただけだ。次以降はそうそう上手くはいくまい。

『それじゃあ、僕も忙しいから、これで切るよ。第五誌も楽しみにしてるからね……ンフフ』

360雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:10 ID:fObrG55w0
 
 受話器からは、ツー、ツー、と切電音が流れていた。
 はたては自信に満ちた表情で、ウェスへと目配せする。受話器から漏れる音で会話の内容を把握していたウェスは、未だ瞠目したままだった。

「おいおい……マジかよ、お前」
「マジも大マジ。ホント、私を『協力者』に選んでよかったわね」

 携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、はたては胸を逸らして破顔した。

「私がいかに役に立つ存在かわかったなら、これからはもっと私を丁重に扱うことね。そして私の記事を楽しみに待つこと」

 無言ではたてを凝視するウェスの視線が心地よかった。ここへ来てはじめて、乱暴者のウェスに対して主導権を握ったような気がした。
 高揚した気分のまま、はたては黒翼を大きく広げた。地を蹴り、翼をはばたかせて、はたては飛んだ。上空から、はたてを見上げるウェスを見下ろす。

「それじゃ、私はもう行くわ。こんなところでいつまでもじっとなんかしてられないもの。アンタも精々頑張ってね」

 小さくなっていくウェスに軽いウィンクを送る。ウェスははじめはたてを見上げていたが、すぐに興味を失ったように歩き出したので、はたてもそれに倣って彼方の空を見上げ、高度を上げた。
 体に纏わりつく雨が止んだことで、幾分飛びやすくなったように感じられる。代わりに冷たい雪が降るようにはなったものの、はたての体にはまだ、ウェザーリポートによって齎された熱が残っている。また体が冷え始める前に、どこか落ち着ける場所で暖を取って、ゆっくりと記事を書こう。
 まずは隠れ里での大乱闘と、二柱の神々の激闘を纏めた第五誌を発刊する必要がある。だが、その前に号外を出すのも悪くはない。

「内容は……号外『怪雨(あやしのあめ)到来!? 会場全域を覆う異常気象にご用心』……ってところかしら」

 雪降りしきる空を滑るように飛びながら、はたてはほくそ笑む。記事にするのは、起こった事実だけだ。ウェス本人を記事に取り上げるつもりはない。
 今日は傘を持って家を出ればいいのか、明日の天気は、今週の雨模様は。いつの時代も、気象に関する情報は誰だって喜ぶものだ。この記事は万人に受け入れられる自信がある。けれども、インパクトには欠けるから、号外だ。それは仕方ない。
 ウェスの能力が会場全域に広がるには、おそらく今しばらく時間がかかる。ならば、すぐに概要を纏めて配信すれば、この天気情報は何処よりも早い最新情報ということになる。
 きっと役に立つはずだ。読者の喜ぶ表情を夢想し、はたては自分でも気付かぬうちにあたたかい気持ちになるのだった。

361雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:50 ID:fObrG55w0
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里 付近 上空

【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)
[状態]:霊力消費(中)、人の死を目撃する事への大きな嫌悪
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:怪雨、寒波を纏めた異常気象の最新情報を号外として配信。インパクトには欠けるが、今まで念者の能力上書けなかったタイプの記事なので楽しみ。
2:その後、落ち着ける場所で第五誌として先の乱闘、神々の激突を報道。第二回放送までのリストもチェックし、レイアウトを考える。
3:ウェスvsリサリサ戦も記事としては書きたいが、ウェスとの当初の盟約上、ウェスのことは記事にできない? それとも、この程度なら大丈夫? 悩みどころ。
4:あの電話
4:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
5:『殺人事件』って、想像以上に気分が悪いわね……。
6:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
7:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第二回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第三回放送直前です。
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里
 
【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(大)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩に抉れた痕、服に少し切れ込み(腹部)、濡れている
[装備]:ワルサーP38(8/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:会場全域に寒波を行き渡らせ、恐竜の活動をすべて停止させる。
2:まだこの付近にあの神々がいるなら探してみるか? それとも徐倫が逃げた方向へ移動するか?
3:はたてを利用し、参加者を狩る。
4:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
5:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
 ただし、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては会場全域に効果を及ぼすことが可能となりました。雷や嵐など、それによって負傷する可能性のある事象は変わらず使用不可です。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。

362雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:28:11 ID:fObrG55w0
 
 
【全体備考】
※一日目 真昼――会場全域に寒波到来。程なくして全域で雨は雪へと変わることでしょう。

※ただし、ウェスのいるD-2から離れれば離れるほど寒波の到来には時間がかかります。
 また、エリアが離れるほど能力は大雑把になるため、エリアによって寒波の質や影響には差異が出ます。元となる雨雲にも影響されるため、雪が降らないエリアや、別の形で影響が出るエリアもあるものと思われます。
 逆説的に、ウェスに近付けば近づくほど寒波の影響は強くなるといえます。

※ワルサーの予備弾丸はすべて内部まで浸水し使用できなくなったため、弾倉ごと捨てました。D-2 猫の隠れ里 リサリサの遺体付近に放置されています。

363 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:32:04 ID:fObrG55w0
投下終了です。
またしてもルールに触れる箇所があるので、もしマズそうならご意見頂けると助かります。

364名無しさん:2018/09/18(火) 01:32:07 ID:Lhi613i60
はたて、何だかんだで可愛げはあるからそんな憎めないよね……
ウェスのまさかの恐竜封じに、ディエゴは何らかの対策は講じるんだろうか

365名無しさん:2018/09/19(水) 08:29:59 ID:P0Q.DKUc0
話変わるがジョジョロワ3rd全然更新されてないけどどうなってんの?

366名無しさん:2018/09/19(水) 10:01:06 ID:OciN0E3s0
>>365
ここでする話じゃないだろ
出てって、どうぞ

367名無しさん:2018/09/30(日) 11:16:03 ID:vuoUaS6M0
聖の拳がスタープラチナよりも速いってのはさすがに無理がある気がする。
原作で散々スピードの異常な速さについて言及されてたスタプラはともかく
聖に関しては別に速度が他の奴と比べてとびぬけて速いとかは聞かないし。
文がスタプラの拳を身をよじってかわすとかならまだわかるけど…

368名無しさん:2018/09/30(日) 12:40:32 ID:3uMPZULM0
>>367
星蓮船6面の超人「聖白蓮」内だと霊夢のホーミングすら振り切るし、
魔神経巻込みなら"ごっこ遊び"ですらない本気の速度で抜く事も可能…かもしれない

肉体強化って大雑把な言い方だけどかなりイカレ能力だからなぁ

369名無しさん:2018/09/30(日) 12:55:42 ID:N0b3Wc/E0
肉体強化すれば天狗より速いんじゃなかったっけ
無理って程でもないような

370名無しさん:2018/09/30(日) 13:13:48 ID:P939WirQ0
そろそろ5部のアニメも始まるしもう少しペースをあげていきたいといったところかな?

371名無しさん:2018/09/30(日) 20:18:54 ID:IZeo1aek0
投下が来たと思ったのにクッソどうでもいい雑談かよ

372名無しさん:2018/10/01(月) 21:30:37 ID:UjjojvM60
タワー・オブ・グレーに出来て聖白蓮に出来ないことなど無いのだ

373名無しさん:2018/10/02(火) 05:56:55 ID:DYO9zZIs0
他作品と共演して予想外の成長するのもロワの醍醐味だしそんないいんじゃない?
(正直いままでパッとしなかったキャラがいきなり大活躍の時点でフラグなんだし死に花位大目にみてやれよ)

374名無しさん:2018/10/02(火) 14:08:43 ID:gGipbNcM0
DIO様がコイツは絶対殺さなきゃって若干ムキになってる辺り逆に生存フラグな気もする

375名無しさん:2018/10/03(水) 00:55:09 ID:ovOxqifw0
雑談なら避難所でやればいいのに何故ここでやるのか

376 ◆qSXL3X4ics:2018/10/04(木) 18:06:30 ID:KBSZFcPc0
お待たせしました。投下します。

377黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:09:00 ID:KBSZFcPc0
『サンタナ』
【午後 15:47】C-3 紅魔館 地下大図書館


 気が付くとサンタナは、紅魔館内部に立っていた。
 本当に、気が付いたら立っていた、という他ない。

 ワムウに敗け、肉体がぐずぐずに崩壊していくサンタナを放心から引っ張り上げたのは、主の命令であった。
 勝利をもぎ取る事は成し得なかったが、ほんの僅かなか細い綱だけは何とか掴み取れたらしい。

 サンタナの挑戦は終わらない。
 相手取るDIOはたかだか吸血鬼でしかないが、格下であろうとそれは確かなる挑戦だ。
 歩みを止めた瞬間に、サンタナは今度こそ塵芥と化すかもしれない。
 だから……今はただ、余計な思考に流されず、目の前の道のみを辿ればいい。


 そうして彼は、胡乱のままにこの地へ立った。


 曖昧にぼかされた視界で歩んだ侵入経路は、聖白蓮がインドラの雷にて地下道にまでくり抜いた大穴。
 頭上から灯された光天に導かれるよう、虚無であった怪物は無心で穴をよじ登った。
 奈落の底から唯一の救いを求める為に、這い上がるのだ。

 縦に伸びた、暗い暗いトンネルはすぐに抜け出た。穴は至極短い長さで、大した労力も時間も掛からなかったが、サンタナの意識にとっては酷く冗長のように感じた。
 どうやら随分と開けた空間に来てしまったらしく、辺りはやけに騒々しい。

 その場所に、いきなり『居た』。


「───DIO」


 此処までの道程は一心不乱であったが故に、作戦や気構えといった心の準備を殆ど立てられていない。
 緊張しているのだろうか。こんな序盤で足踏みしている場合ではないというのに。
 『挑む』という行為がそもそも、サンタナにとっては馴染みが無い。彼が今までの生で働かせてきた暴力とは、戦闘というよりかは、集る害虫をまとめて踏み躙るような本能的衝動だ。
 それらとは一線を画するこの鼓動の高まりは、ワムウとの決闘前と似て非なるもの。

 未知への挑戦、だった。

 あのカーズを一撃で吹き飛ばした男。
 一目見てサンタナは肌に感じた。確かにその辺の吸血鬼とは、何かが違う。
 その『何か』を見極め、無事帰還し、主達に報告する事がサンタナの任だ。可能ならば、討って良しとも。
 重大な任務であるにもかかわらず、サンタナは与えられた命令そのものに対しては、さほど執着を感じてない。
 カーズの命令をこなすという勲章は、彼にとって一個の『手段』に過ぎない。あくまで大切なのは自分の意志にあり、そこを履き違えると本末転倒となる。
 ワムウとはっきり異なる点はそこだろう。命令に対する『感情』と『意志』……それぞれに傾倒する比重が、サンタナとワムウの対照的な部分だ。
 とはいえ、用意された手段が現状、DIO討伐ルートしか存在しない以上、失敗の許されない道であることも承知の上。

 迂闊な特攻は軽率に選ぶべきではない。
 只でさえカーズからは「鬼の流法は未成熟」と釘を刺されている。


(驚異なのはやはり……奴の『スタンド』か)


 触れた物に裂け目を生み出すあの人間の男との連戦は、サンタナの意識に明確な『警戒心』を齎していた。
 人間の非力な部分を補って余りある精神像は、脅威と呼ぶに相応しい我武者羅さをも備えている。
 それぞれには固有の能力があるようで、カーズは不意打ちとはいえリング外まで弾き飛ばされたと聞いている。

378黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:09:27 ID:KBSZFcPc0


 さて、どう仕掛けるか?


 サンタナを初めとする闇の一族の特徴として、知能の高さが挙げられる。彼の同胞らが戦闘において度々謀略を巡らせたり、奇策により敵を欺いたりする行為も、闘いの土壌には戦術(タクティクス)を敷いて然るべきという基本事項を理解しているからだ。
 一方でサンタナは、学習能力こそ人類の域を逸してはいるものの、その特異な暴力性は寧ろ原始的だ。
 秘められた肉体の力を、在るが儘に振る舞う。極めて単純で分かりやすい。それでも下等な人間から見れば充分におぞましく、化け物じみた能力であったが。
 つまり、前提として“考えながら戦う”といった経験が、サンタナには圧倒的に不足している。かのジョセフ・ジョースター相手にいい様に翻弄されたのも、戦闘に『思考』を持ち込めなかった事が原因だろう。

 柱の男の能力がなまじ強力である為、大概の相手になら無策でも圧倒出来る。
 頂点の種族という出自に胡座をかいて育まれた自惚れは、サンタナから駆け引きの妙を奪った。
 主達から見放された、主たる理由の一つであった。


「だが、それも今までの話だ」


 誰に掛けるでもなく、目前で演じられる激闘を眺めながら、サンタナは小さく吐き零した。

 居たのはDIOだけではない。
 他に数人。DIOの部下らしき人間二名と、それに対抗する男女二名。近くには、妙に長い耳の女が転がっている。

 このまま我関せずとばかり、試合をコソコソと観戦しながらゆっくりDIOの能力を考察する事も可能だろう。ワムウはともかく、あの主達ならばきっとそうする。
 それが合理的。難しいようなら、既にDIOと相当組み交わしているあの男女を尋問するなりすれば、もしやすれば望んだ解答は、考察するまでもなくあっさり手に入るかもしれない。

 無難だ。それらの選択肢は、なんの苦難も介さない無難な道。
 生きていくには、時には必要となる経路でもあるだろう。

 しかし、今に限れば。
 サンタナの踏破するべき、この険しき道の中途で選ぶべきは、決して無難で頑丈な石造りの橋上には無い。
 艱難を経て這い上がる崖の最上こそが、彼の目指す『柱』が建つべき、揺るぎない土台なのだ。

 共生を選ぶつもりなど毛頭ない。
 元より男は深淵に産まれた、孤独の身。
 誰であろうと……刻み付けるは『恐怖』という名の原点。

 かくして鬼人は、この戦場における完全イレギュラーな戦禍に化けて、宣戦布告の雄叫びを轟かせた。

            ◆

379黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:10:08 ID:KBSZFcPc0


「貴様……───」


 零れ落ちた一言は、DIOの妖艶な唇からであった。
 床を爆ぜらせる程に驚異的なロケットスタートを見せた怪物の容姿に、見覚えがある。

 カーズ。
 確か、数時間前にここ紅魔館にてディエゴと交戦していた化物の名だ。
 翼竜の情報では、特級の危険参加者だと聞いている。
 そのカーズと目前の男は、衣裳や空気が大きく似ていた。

(なるほど。奴の送った刺客か偵察といった所か)

 他には目もくれず、という程でもないが、この乱入者は戦地に現れると同時、DIOのみを瞳の中心に捉えて真一文字に突っ込んできた。
 ターゲットがDIOである事は瞭然である。

「稚拙だな。血の昇った猪とて、もう少し捻りを加えた突進を試みるぞ」

 一片の動揺すら漏らさず、ザ・ワールドが敵の突撃を身体で食い止め、続く蹴りの牽制で相手を引き離す。
 白蓮の速度の方が余程恐ろしい。彼女と比較すれば、こんな猪同然の獣を止めることなど、時を止めるまでもない。


「───オレは」


 わけなく振り払った獣が、両の拳をグッと握って僅かに俯いた。
 か細い呟きが、男の口から転がり落ちるように漏れて床へとぶつかる。

「……?」

 突如乱入してきたかと思えば、何をブツブツと。
 DIOだけでなく、その場の全員が同じように首を傾けた。

 振動する男の肌は、何処を根源として噴き出された震えか。
 その怪物は、またも爆ぜるように……吼えた。



「オレは……『サンタナ』だッ!!!」



 天を仰ぐサンタナの張り裂かれた喉元を震源地として、衝撃波が図書館を揺らした。
 そこいらに積もった塵が一斉に吹き荒れ、棚の片隅に積まれたままとされていた古本達がバタバタと音を立てて崩れゆく。

「……〜〜〜っ!?」

 倒れ伏した鈴仙、隻腕であったジョルノ以外の全ての人物が、何事かと反射的に両耳を塞ぐ。
 キンキンと鳴り止まぬ派手な耳鳴りを見越しての、即興音響兵器。そういう意図を持たせた咆哮ではないらしいことが、サンタナの鬼気迫る表情からは感じ取れる。
 マトモな意思疎通くらいは可能なようだ。未だ鼓膜に響く耳から手を離し、DIOは極力、苛立たしい声色を隠しながら会話を試みる。

「そうか……“サンタナ”。それで……貴様は何故、このDIOの前に立つ?」

 白蓮相手にも質した内容は、サンタナへも同じ言葉で投げ掛けられた。
 尤も、問うまでもない疑問だ。カーズの体のいい駒として使われた、都合の良い番犬。そんな程度の、聞く価値もないつまらん目的だろうなと、DIOは見下すように鼻を鳴らす。
 しかし今、不必要なほど高らかに叫ばれた名乗りの意味が掴めない。
 親交を深める為の“最低限”の礼儀作法として、DIOは見知らぬ相手にもよく名乗ったりはするが、今現れた暴君の咆哮は、お世辞にも交流を目的とした自己紹介には到底聞こえなかった。
 闘いにも作法はある。剣を交える相手への前口上として、堂々名乗りをあげる輩も少なからず居るし、自らのスタンド名を明かして攻撃を仕掛けるスタンド使いもその一環と言っていい。
 サンタナはそれらの、所謂『礼節』を重視するようなタイプと同列にはない事が、荒々しい言動や醸す空気から把握し足り得る。

 対敵へと名乗る行為、それ自体に彼なりの大きな意義があるのか。
 そう仮定するなら、サンタナが此処まで足を運んだのは、勅命なりを受けて馳せ参じたといった受動的な理由だとも単純に断定できない。

 DIOはものの一瞬で、サンタナにまつわる事情をそこまで看破してみせた。
 彼の人心掌握術が成せた業前という点も大きいが、サンタナの名乗りには、それほどに魂の込められた熱い感情が渦を巻いていたのだ。

 『名前』には、ときに不可思議な言霊が宿るものだというのは、白蓮とのやり取りでも分かるようにDIOの持論である。
 目の前の『サンタナ』とやらは、その理を理解しながら名乗ったのだろうか。
 DIOの思う所では、男のそれは凡そ本能に沿った行為なのだろう。
 漠然でありながらも、唯一彼にとっては重大な意図を占めるもの。本質を理解せずとも、遺伝子に残った感情が雄叫びを上げているような興奮状態。
 そういった意味ではサンタナとDIOの思想は、真逆のようでいて、根源的な部分は一致していた。

 不安定なままに、サンタナはDIOから問われた意味を彼なりに噛み砕き。
 うっすらと『自己』を主張する。


「何故、お前の前に立つかだと……?」

「簡単な事だ」

「“それ”が、必要だからだ」

「オレは、オレにとって必要なモノを取り返す為に」

「お前の前へと、立つ───DIO」

380黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:10:59 ID:KBSZFcPc0

 不敵に指をさされながら返された答えは、DIOを十全に納得させる内容には些か足りていない。
 全く曖昧で不躾な返事。理解しろという方が理不尽で、揃えて示すべき言葉が不足し過ぎている。
 向こうには何かしらの理由があるかのような言い回しだが、ハッキリ言ってDIOにはまるで思い当たる節もない。仲間から命令を受けた、とでも言っていれば余程納得出来たというのに。

 それ以上の確たる理由が、サンタナにはあるのだ。
 そしてそれは、既に述べられた。
 これ以上の詮索は、お望みでないらしい。


「……何やら懸命になっているところ悪いが」


 興味は、ある。
 しかし、今は時期が悪い。


「このDIOを名指しで指さしたからには、身の程を叩き込む必要があるようだ」


 ザ・ワールド。
 即座に時を1秒止め、戯け者の侵入者を真横から殴り飛ばした。
 サンタナは突如襲った衝撃を堪えること叶わず、軽い弧を描きながら図書館の壁に激突する。
 派手な光景とは裏腹に、手応えはほぼ無感触。カーズの時と同じで、物理的なダメージは奴の皮膚に吸収されるように虚となって消えた。
 とはいえ効いていない訳でもない筈。白蓮とは真逆で、柔軟な肉体構造が衝撃を散らす緩衝材の役割を担うといった所か。


「身の程ならば、よく理解して来たつもりだ。嫌という程にな」


 口元を吊り上げながら、サンタナは上体を起こした。
 五臓六腑に染み渡る程の衝撃だが、蝿にでも止まられたかのような反応には、流石のDIOも少々青筋が立つ。
 とうに理解してはいたが、この敵は人間ではない。近いところで吸血鬼にも思えたが、それとも少し違う奇妙な存在である。
 今更な話だ。ここには数多くの妖怪が跋扈しているのだから、それを考える行為など『無駄』とも言える。

 予想するに奴は、体面ではスタンドの秘密を暴きに現れた単体偵察の役目。ホイホイと時を止めようものなら、後々の進撃が予想される本隊との戦いに支障をきたす。
 そう慎重になるも、ジョルノと白蓮が既にザ・ワールドの秘密を知っている。奴らがここぞとばかりに一声あげれば、能力などいとも簡単に知れ渡ってしまいかねない。

 少し、面倒な状況だ。
 小さく舌を打ち、DIOがサンタナを鋭く見据える。

「DIO。あのサンタナとやら、恐らく……」

 プッチがDIOの思考と同調するタイミングで、背後より語り掛ける。

「ああ……プッチ。私が出会った『カーズ』や、君の話していた『エシディシ』。その仲間の一人として考えていいだろう」

 人伝いではあるが、聖白蓮や洩矢諏訪子が苦戦しながらも退けた男・エシディシ。ディエゴからも軽く聞いていた特徴を重ね合わせて、目の前のサンタナは十中八九エシディシの一派でもあるだろう。

「白蓮曰く、エシディシは相当の手練であり、何よりその能力が異常極まると聞いている。
 サンタナと名乗る奴も、同等の力量があるかも。……僕も手伝うかい?」
「いや、それには及ばない。それよりもプッチ……」

 白蓮といえば……。そう続けようと首を後方へ回しかけたDIOへ、耳に障るエンジン音が侵入した。

 サンタナに気を取られている隙に、白蓮とジョルノ……それに担がれた鈴仙が、倒れたバイクを起こして跨っていた。
 狙いは、逃走か。
 プッチはすぐさまホワイトスネイクを起動させ、阻止しようと迎撃態勢を取る。

「構わんプッチ。精々、一時的な前線脱却だ。奴らはまだ『目的』を何一つ達成出来ていない」
「……かもしれないが、見逃す理由にはならない」
「無論、奴らは必ず始末するさ。とはいえ……」

 暴獣の如きサンタナが、白蓮らと共同戦線を張るとは考えにくい。
 しかしちょっとした“弾み”で、ザ・ワールドの能力の秘密が白蓮からサンタナへと伝達する可能性は決して無視出来ない。
 その“弾み”は、なるべくなら取り除きたい。であれば、白蓮らとサンタナの分離はこちらとしても都合が良い。

 DIOの無言に込められた含みを察したのか、プッチもそれ以上動かない。
 そうこうする内に三人を乗せたバイクは、重量制限の規定を超過したままに、唸りを上げて出入口の扉を走り抜けた。
 後部に乗せられたジョルノが一瞬振り返り、DIOの視線と交差する。
 まなじりを細めながら彼らの逃走を見届けたDIOは、その後ろ姿がすっかり見えなくなると、肩の力を抜くように観念し、一言だけ呟く。


「プッチ。───奴らは任せた」


 その言葉は、DIOによる『ただ一人の友人』への信頼。
 同じ言葉でも、部下へ与える命令とは一線を画す、プッチにとって絶大なるエネルギーを働かせる言霊。

 神父は何も返さず、ただ一度頷き。
 闇を反射する駆動音を逃さないように、彼らの後をゆっくりと追跡していくのだった。

381黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:11:29 ID:KBSZFcPc0


「DIO様。私もプッチさんにお供した方が……」


 自らにだけ何の指示も無かったことに不安したか。控えていた蓮子が遠慮気味に意見する。
 肉の芽の効力には個人差がある。この蓮子という少女は、同年代の少女よりかは幾分か勇気も度胸もあるようだが、それもあくまで一般的な範疇に収まっている。
 花京院やポルナレフに比べたら、小突けばヒビが入る程度には脆い精神性だ。そのせいか、肉の芽の侵食率は抜群に具合が良い。
 主の命令が無ければ人形同然。そんな憐れな少女の頭へとDIOは、掌で水を掬うように優しげな手つきで撫で、ひと言囁いた。

「案ずるな。君は私の傍に居てくれ。その方がずっと安心出来るさ」

 年頃の女子が聞かされたなら、ややもすれば乙女心を揺れ動かすほど歯が浮く台詞だろうか。
 当然、言葉通りに軟派な意味を含めたつもりはDIOには無い。わざわざ蓮子を連れ添ったのも、『カード』は手元に伏せて置くという基本の兵法に倣ったからだ。

「蓮子。『メリー』はどうだ?」
「……はい。もう間もなく、堕ちるかと」

 視界の奥のサンタナを警戒しながら、DIOにとっては重要な懸念を訊く。
 肉の芽内部へ取り込んだメリーが完全にDIOの意思へ屈した後は、一先ず蓮子はお役御免となる。だからと言って用済みと断じ、わざわざ『始末』する必要性も無いのだが、いつまでも脇腹に抱えて動くのも億劫だ。
 今後の行動に影響する優先順位は、なるべくなら早い段階で詰めておきたい。
 心中、DIOは黒い笑みで算盤を弾いていると、蓮子が帽子に手を当てながら、「ただ……」と前置きして言った。


「メリーとはまた別の意思、のような者が私の中へと侵入してきています。一体、何処から……」


 その言葉を聞くや否や、DIOは喜色めいた驚きを浮かべた。
 『別の意思』……その存在に見当はつく。


 ───八雲紫しかいない。


(『鍵』は揃った。ここまでは……計画通りだ。後はオレの予想が当たっていれば……!)


 もしも運命というものが存在するのなら。
 それこそが、DIOなる男が打倒すべき最大の敵。
 DIOは今、立ち塞がる鬼峰に手を掛けている。
 未だ予想の段階であるが……この『幻想』が『現実』へと反転した時。
 一組の番(つがい)が、鏡合わせに出逢った時。


 きっと。
 『蛹』は……えも言われぬ美しき色彩の羽を羽ばたかせながら。

 空に広がる『奈落』へ向かって、堕ちるように翔ぶのだろう。


(メリー。貴様がいくら操縦桿を握ったところで……それを上から支配するのは───)


 空を飛ぶ為に、空を翔ぶ。
 かのライト兄弟など比較にならない程の偉業を成し遂げるのは、メリーではない。



(───このDIOだ)



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

382黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:12:19 ID:KBSZFcPc0
『八雲紫』
【深夜 00:03】E-2 平原


 鬱屈。この不愉快な微睡みを感情へと出力するのなら、その単語が相応しいか。


 天然の金糸を流麗に流し込まれた、国宝級と呼んでも差し支えない麗しの髪。
 黄金に輝けるそれを包み込むように支える草のベッドで、彼女は仰向けとなっていた。
 最低の夢見心地から覚醒しきった八雲紫を初めに迎え入れた光景は、仮初の幻想郷に植えられた自然の数々ではなかった。

 これより血に塗れるであろう大地。
 その地平でなく、遥か上の世界。
 天上に昇る星の海が、視界でひたすらに瞬いている。

 覚醒した八雲紫が最初に見た光景とは。
 夜が降りてくると錯覚してしまいそうなほど、眼前に広がる巨大な星空だった。

 たった今演じられた、最悪の公開処刑。
 それらが夢でない事など分かりきっている。
 故に、後味も最悪……だというのに。

 満開の夜空の中心に煌めき連なる、『七つの星』。
 言葉に出来ない、あまりに綺麗な輝きをぼうっと仰いでいると。



 不思議と、怒りも絶望も湧き出てこなかった。



 どこからか、喧しい四輪駆動のエンジン音が耳を打った。
 第一参加者がこの場へ接近して来ている事を紫が悟ると、星の煌めきを名残惜しむように、気だるげな様子でゆっくりと腰を上げた。
 愛用していた傘が手元に無いことに気付く。アレがないと、何だか落ち着かない。
 大方、支給品として適当な参加者に配られたのだろう。抜群に手にフィットする使用感以外、これといった長所も無い大ハズレの品物だ。手にしてしまった参加者には同情を禁じ得ない。


 心地好い微風が草花を揺らす夜天の下で、闇に溶ける紫色の衣装を翻し。

 幻想郷を愛す賢者は、最初の一歩を踏み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

383黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:14:51 ID:KBSZFcPc0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:52】C-3 紅魔館 地下階段


「エシディシ、ですか」
「ええ。『サンタナ』と名乗ったあの者が纏う空気は、私が以前戦ったエシディシなる狂人と酷似しています」


 奈落の闇を抜け出さんと天へ伸びる、長ったらしい階段。
 比較的、急勾配に積み上がっている石の凹凸を、ノーヘル&三人乗りという無茶でバイク疾走する住職には、撤退を提案したジョルノといえど若干引いた。
 当然だが、階段というものは二輪で駆け上がれる構造では作られない。バイクのまま登るとなると、運転者に飛びかかる負担は降りる時よりも一層膨らむ。
 まして怪我人も無理矢理搭乗させているのだ。後部に跨ったジョルノは、意識の無い鈴仙が振り落とされないように抱え込む事で精一杯だった。
 蓮子から切断された腕は、現在治療中だ。暴走するバイクとの相乗りの最中で、という悪環境でなければ、もう少し余裕を持った治療に落ち着けたものだが。

「少なくともエシディシという男は、私と秦こころという手練が組んで、ようやく渡り合えたと呼べる程の強敵でした」
「あのサンタナも、そのレベルの力を?」
「……どうでしょうか。相当の『妖気』を秘めているのは確かですが」

 白蓮が青い顔で語るのは、戦いの疲労という理由だけではないだろう。
 ジョルノの目の前に突如現れた助っ人の白蓮は、傍から見ていた限りでは信じられない力を振る舞う気高き女性だった。
 その彼女をして脅威と認められたエシディシやサンタナとは、どれほどの男なのか。
 幸運にも、奴の直接のターゲットはDIOであるようだ。何の因縁が絡んでいるかは知った事ではないが、窮地の状況から逃げ出せたこの好機を見逃す手はない。
 DIO達から負わされたダメージは、無視できる量ではない。治療も兼ねた、一時撤退。あくまで一時的だ。

「あのスキマ妖怪がこの館に?」
「はい。僕と鈴仙の三人で、ちょっとばかし『人捜し』を」
「それで……八雲紫は今、どちらへ?」
「位置は感知してますが……さっきから動いておりません。敵にやられた可能性もあるでしょう」

 ジョルノが生命力を込めて預けたブローチは、あくまで紫の衣装へ身に付けた発信機に過ぎない。彼女の生死をここから判別する術は無いし、単に衣服から外れて落とされただけかもしれない。
 至急それを確認する必要があるのだが、十中八九、後方から追手が来ている。この状況で紫の元へ考え無しに駆け込めば、何らかの理由で留まっている彼女諸共乱戦を起こす可能性がある。
 そもそも囮隊として動いていた筈だ。上階へ出る事自体、リスクもあるが。

 まず優先するのは、追手の掃討。
 戦場を上階へと移した『別の理由』も、ジョルノの頭にはある。

「館の外まで脱出するのは、抜き差しならない状況にまで追い込まれた場合に限ります。
 プランAです。このまま上で待ち構え、迎撃しましょう」
「賛同します。私にも、取り返さなければならない物がありますから」

 より力強く、白蓮はハンドルを握り締める。
 荒々しく強引な運転が、彼女達に刻まれた傷へと揺さぶられ、骨身に響かせる。
 大魔法使い・聖白蓮といえど、貯め込む魔力は決して無尽蔵ではない。DIOとの肉弾戦では軽々と動き回っていたように見えたが、燃費の事など思考の片隅にも置かず、魔人経巻の力をフルパワーで作動させ、戦闘中は常時魔力全開の状態を続けていた。
 重ねて、幾らか叩き込まれたダメージも軽い質や量とは言えない。耐久力には自信があったが、相手がプッチであればそれも意味を為さず。
 ハッキリ言って、予想だにしない苦闘を強いられた。
じわりじわりとボディブローを貰ったような鈍い疲弊は、着実に澱んでいる。

 そうであっても、ここで退く選択は無い。
 ジョナサン・ジョースターの命が、後どれだけの時間保つのかも分からない。


 プッチ神父。
 彼とだけは、決着を付けなければ。


           ◆

384黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:16:40 ID:KBSZFcPc0


 冷たい雫が、頬を伝って顎先まで滴る。
 糸に垂らされたマリオネットみたいに縛り付けられた腕へと纒わり付く、無数の雨雫。
 濡れそぼった服が、その肌にべっとりとしがみつく。
 気持ちが悪い。
 でも、全身濡れるがままでいることなど……今の私にとってはどうだって良かった。

 身動きが取れない。
 全身の至る箇所に巻き付かれた『蜘蛛の糸』が。
 背中越しに私を宙へ貼り付ける『蜘蛛の巣』が。
 他のどんな粘ついた感触よりも気持ちが悪く、不快な気分に落とし込まれる。

 どんな過程を経て、今の状況に陥ってしまったのか。それすら思い起こす気が浮かんでこない。
 ただ気付けば、自分の体は蜘蛛に魅入られたように宙で拘束されて。
 背後で我が友人・宇佐見蓮子が、執拗に語り掛けてきているだけだ。


「メリー……。

 苦しいよね?

 寒いよね?

 だったらさ……私が、救い出してあげるよ」


 耳元で囁くこの声は、蓮子なんかじゃない。
 声も、姿も、蓮子そのものだけど、絶対に蓮子じゃない。そんなわけが無い。そうであって欲しくない。
 初めの内はそんな風にして、舌を噛みながら強く耐えていた。
 唇から真っ赤な血が一滴。ドロリと滴って、透明な雨と混ざる。

 痛かった。
 『心』というものが心臓の部位に存するとしたら、私の心臓は真綿で締め付けられているように息苦しく、悲鳴を上げるしか出来ない。

 灰色の空が嘲けながら、さぁさぁと涙雨を落とす。
 僅かに動かせる首を精一杯に上げれば、この小さな町を一望できた。
 長ったらしい石段の終わりに作られた鳥居は、ここが山の中に建てられた高所の神社だという証明。
 振り返ることは出来ないけど、背後には廃墟じみた神社の成れの果てが、もう訪れる参拝客の居ない現在を嘆くように佇んでいるのだろう。きっと。


 私はこの場所を、知っている。
 いつかの大晦日に蓮子と二人だけで訪れた……結界の薄い土地。
 あの日みたいに、遠くの何処かから除夜の鐘が響いている。
 鐘は、音の余韻を断たせることなく、永久を刻むようにして連鎖していた。
 絶え間なく頭に響くこの音は、まるで私の精神を洗脳でもするかのように、ひっきりなしに鼓膜を叩いている。

 気が狂いそうになる鐘の音の隙間から、ぬっとりと入り込むように。
 親友の嬌声が、洗脳を重ね掛けしようと囁く。


「メリー……どうして私を拒むの?
 私はこんなにも貴方を必要としているのに」


 雨に濡れた背中へと、ベタベタくっ付く彼女の腕は、まるで蜘蛛のよう。
 巣に招き、捕らえた蝶をじっくりと溶かしながら捕食する蓮子は……蜘蛛そのものだった。

「……私を必要としているのは、貴方じゃないでしょ」

 もはや嗄声同然の音をなんとか絞り出し、腕に纒わり付く蓮子へと皮肉混じりの言葉を投げかける。

「貴方は……『私を必要とする蓮子』なんかじゃない。
 『私の能力を欲しているDIO』よ。蓮子の意思じゃ、ないじゃない……」
「メリー。それは貴方の思い込みよ」
「思い込まされているのは、蓮子の方だわ……」
「ねえメリー? 今動いている自分の意思が、果たして本当に自分の意思であると証明する術はある?」

 その言葉はまさに、いま私が蓮子へと問い質したい証明の方法だ。
 私は私の意思で、確かにこの『場所』へ入ってきた。

 “勇気”を持ち、自分の“可能性”を信じてほしい。

 ツェペリさんが最期に遺したこの言葉を糧に、私は私に出来る可能性を信じて、こんな果てまで来たんだから。


「……少なくとも蓮子を含め、虚像だらけのこの世界に……『真実』は、私の意思だけ、よ」
「デカルトの方法序説かしら?」


 項垂れた私の首に、蓮子の腕が回ってくる。
 冷たい熱の肌触りが、私の意識を徐々に、徐々に絡め取っていく。


「『我思うゆえに、我あり』……。
 メリーは身の回り全て……私すらも疑うことで、自分の存在や意識を“確かに此処に在るもの”だと、何とか証明しようとしている。
 でもそれって、すっごく哀しい行為よ。信じられるのは自分だけって、私との友情を根底から否定するような話だもん」


 実の親友にそう受け取られてしまうのは、私とて哀しい。
 でも『この場所』においては……周り全てが敵。
 そんな中で、自分の心だけは排除できない。切り捨てては、駄目なんだ。
 疑う自分を自覚する事で、辛うじて私は自己を繋ぎ止められている。

385黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:18:38 ID:KBSZFcPc0


「自分の事しか信じられないってのは、物語の悪役が吐くようなアウトロー台詞よ。
 だとしたらメリーの足は、どうしてこんな所まで来たのかしら? たった一人で」


 それ、は……。


「“宇佐見蓮子(わたし)”を助ける為よね?
 ねえメリー。
 私は……『敵』?
 私は……『偽者』かな?」


 紡ぎ出すべき言霊が、喉から出ていこうとしない。
 いま、否定したばかりの『この蓮子』は。
 疑いようもなく、私の知っている『宇佐見蓮子』だから。
 朱に交われば赤くなる、なんて話ではない。いくら邪心を植え付けられようと、心を支配されようと。
 その体は、確かに私の親友のモノなのだ。
 彼女が『偽者』であったら、どれだけ救われただろう。


「うん。そうよねメリー。
 私は偽者でも作り物でもない。
 貴方の大切な親友……宇佐見蓮子なのよ。
 『この世界に真実は自分独り』だなんて……そんな哀しいこと、言わないで」


 私を惑わす甘い蜜が、耳の中からとろとろと流し込まれて。
 蜘蛛の毒を混ぜられた熱い蜜は、次第に私の全身を麻痺させながら血液と共に循環していった。


「思い出してメリー。貴方は他に頼る相手が居ないから、自暴自棄になって周りを排除しているだけ。
 だから、自分だけしか信じられない。
 だから、私の手を払い除けて殻に閉じ篭ろうとする。
 だから、蛹のまま。
 だから、一人じゃ何も出来ない。
 だから、『秘封倶楽部』って幻想にいつまでも縋り付く」


 背に絡んでいた蓮子は、いつの間にか私の目の前に移動し、黒墨を流し込んだような瞳を真っ直ぐに向けていた。
 見たくもなかった親友の、あられもない姿が否応に映り込む。
 四肢を蜘蛛糸に絡み取られている私はどうする事も出来ず、せめてギュッと瞼を固く閉じた。


「“勇気”……? 貴方のそれは、破れかぶれの末に振り撒く蛮勇なだけ。
 “可能性”……? 一つに狭められたけもの道は、可能性とは呼べない」


 真っ暗闇な視界の中、雨に濡れた両頬にそっと添えられる、暖かな指の感触。
 蓮子の添えた指は、私の冷えきった心を暖かく染め上げた。
 母が産まれた我が子を抱きしめるような、愛に満ち満ちた命の熱に……私は。


「もっかい訊くわね、メリー。
 “貴方は本当に、自らの意思で此処へ来たの?”」


 わ、たし……は…………


「違う。貴方は、そう思わされているだけ。
 本当は、喚ばれたに過ぎない。
 どんどんと削り取られた“可能性”っていう道が、
 最終的にたった一つにまで崩されて。
 貴方は、その道を“選ばざるを得なくなった”……
 それが、私たちがいる……この『世界』よ」


 私が、“思わされて”いる……?
 私が……“喚ばれた”……。

 それは───


「誰、に……?」


 孤独の世界に、私は途端に恐怖した。
 独りでいる事に、耐えられなくなって。

 頬の温もりが、愛おしく感じて。

 私はついに……、


 ───瞼を、開けた。

386黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:22:43 ID:KBSZFcPc0





「このDIOだよ。メリー」





 開けた視界に、親友の姿は無かった。

 私の頬を慈しむように触れていた、その手は。

 恐怖に負けそうになって、思わず求めてしまった、その温かな手は。


 ───DIOのモノだった。


「…………あ、……っ」


 心が、グルンと反転するような。
 そんな奇妙な感覚を、味わった。
 空を堕ちる浮遊感が、私の全身を雁字搦めに支配する。
 頬を伝う雫が、雨なんかではないと気付いた。

 涙、だった。
 何故。
 どうして涙が出てくるのか、分からない。
 それを考える余裕すら、今はもう。


「さあ……怖がることなんてないよ。
 私と『友達』になろう。きっと君の心は救われる」


 DIOの言葉が、私の理性をふるい落とす最後のスイッチとなって。
 もう何も考えられず。縋るようにして私は、彼の腕を取ろうと動いた。

 いつの間にか、私を縛っていた蜘蛛の巣はすっかりと剥がれ落ちていた。
 騒々しいくらいに聴こえていた雨と鐘の音は、いつしか掻き消えている。
 耳に入るのは、DIOの官能的とすら言える誘い詞だけ。

 マエリベリー・ハーンの意識は、奈落へと消える。
 たとえそうであっても、もう……どうでも良い。
 所詮、私はただの蛹だった。
 手足も、羽も、空へと伸ばすことすら出来ない。


 殻に封じられた……無力な蛹。



「───助けて、ください。……DIO、さん」



 せめて。
 まともに動く、この口で。


 私は、必死に彼へと助けを求めた。
 こんな苦しい気持ちから救い上げてくれる“DIOさん”を、乞うように。


 彼が最後に見せた───覗いた者を竦ませる程に強烈な『悪意』を帯びた表情を。

 私は……見ぬフリをして、彼の手を取った。

387黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:23:49 ID:KBSZFcPc0







「───罔両『禅寺に棲む妖蝶』」







 瞬間、頭に反射する声と同時。

 目の前のDIOが、灰天を裂く光によって割れた。

 それは、無数の蝶だった。

 まるで、幽々子さんの放つ弾幕みたいに綺麗で、自由で、圧倒的な蝶々の数々。



「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり」



 何処からか響いてくる声は、私自身の声質にひどく似通っていた。
 ただ……私の声には無い『色』が、その響きには含まれていた。
 一言で言って、妖艶。
 DIOとはまた違う艶やかさを持つ声が、鳥居の向こうの石段から姿を現してくる。


「詩を詠むのが好きな友人がいまして。
 生憎の涙雨に、ついつい私も人肌恋しくなってしまったようです」


 弾幕を放った者の正体が、頭部を裂かれたDIOの狭間の景色。その奥から、見えた。

 あれは。
 あの人は。


 ───私は、彼女をよく知っている。
 ───産まれる前から、とてもよく。


「人の心を喰い、弄ぶ邪悪の化身よ。
 此処はお前が踏み入れてよい領域ではない。

 ───消えなさい」


 女性の姿は、まるで私の生き写しのようだった。
 髪は扇子みたいに長く広がっていて、私なんかよりも全然凛々しい顔付きだったけど。


「……や、雲……ゆ、かりィ……!」


 弾幕が直撃し、DIOだったモノの形がいびつに歪んだ。
 蓮子とDIOの姿を交互に反復しながら、顔貌を煙のように変化させる“そいつ”は。
 女性が扇子の先を向けた途端、破裂音を響かせて一気に霧散した。

「きゃ……っ!」

 吹き荒れる風が、帽子を撫でた。私は反射的に頭を抑え、情けない声を漏らす。

 恐る恐る瞼を開けると、そこにDIOは居なかった。
 灰色に覆われていた空も今では、あまりの美しさに魂を奪われるんじゃないかと言わん程の黄昏に照らされている。


 空には、七色の虹が架かっていた。
 思わず、吐息を漏らした。

388黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:24:39 ID:KBSZFcPc0


「綺麗な夕焼けね……。雨も上がって虹が架かってるわ。
 いつだったか、これと同じ虹を見た気がします」


 その人は差していた傘を丁寧に折りたたむと、眼下の町並みを眺めながら優しげな声で言った。
 逆光で見えにくいけども、夕影に覆われたその横顔は確かに……私と瓜二つだ。
 突然の出来事に混乱し、私は場違いな台詞を口走ってしまう。

「あ……ぁ、えと……私に、言ってるんですか?」
「貴方に私の声が聞こえてるんだったら、貴方に話してる事になるわね」

 彼女はまだ呆然と立ち竦む私に振り向きながら、首をチョイと傾けニコリと微笑んだ。
 女の私ですら、その笑顔に見蕩れてしまいそう。それくらい美人な人だった。


「お嬢さん。貴方は、昨晩の夜空を見ましたか?」


 お嬢さん、なんてくすぐったい呼び方に内心で照れを生みながらも、私は何とか訊かれた内容に応えるべく、昨晩の夜空とやらを想起する。
 が、状況が状況だけにイマイチ判然としない。昨晩は殆どの時間、背の高い竹藪に囲まれていた事もあって、夜空の星を楽しむどころではなかった。蓮子なら真っ先に星を仰いだんでしょうけど。


「私は七つに眩く、その星辰の美しさに惚けておりました。
 いま私の目の前に立つ、輝ける蛹の子……。
 昨晩の空は、その暗示の“一つ”だったのかもしれません」
「七つの、星……」


 黄金色に広がる夕焼け空。
 そこへ架かる、目を奪われる程に透き渡った虹の隣に。

 七つの星が、並んでいた。


「ねえ……マエリベリー。
 “他に頼る相手が居ない”というのは間違いよ。
 少なくとも、私は貴方を救いに此処まで来た。
 “自分の事しか信じられない”なんて哀しいこと、もう言わないで。
 貴方には、貴方を信じる友達が何人も居るのに」


 その人は、私の名前を呼んでくれた。
 どうして知ってるんだろう、とは思わなかった。
 不思議なことに……私自身も、彼女をよく知っている様な気がする。


「貴方はあのDIOの意思に喚ばれて、この世界へ来た。
 同様に……私も貴方に喚ばれて、此処へ来たの」


 女性が、畳んだ傘をヒョイと回転させる。
 その所作で一つ思い出せた。その傘は、私の支給品だ。


「これ? ふふ……私の傘、貴方が持っていてくれたのね。
 ありがと。これでも結構、気に入ってるのよ」
「あ……いえ。それより……!」


 そして、もう一つ……大切な事を思い出した。


「あ、あの! ……貴方の、名前は」


 そうだ。確か……小さな頃、私は『夢』の中で。


 ───この人に、会ったことがある。



「私? 私はね──────」





 これが私と彼女の。
 ……そうね。敢えて、こう呼ばせてもらうわ。


 私と八雲紫さんの“初めて”の出逢いだった。


           ◆

389 ◆qSXL3X4ics:2018/10/04(木) 18:27:15 ID:KBSZFcPc0
中編2の投下を終了します。
長たらしくて恐縮ではありますが、もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。

390 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 18:55:53 ID:DAf9RJjQ0
投下します。

391黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 18:58:44 ID:DAf9RJjQ0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 ほんの数刻前での事に過ぎない。
 この紅魔館の真下に広がる、地下シェルターとしても機能しそうな程に広大な図書館で、二人の男が激闘を演じていたのは。

 空条承太郎とDIO。
 世界に並居るスタンド使いの中でも一際抜きん出た能力を有す、天凛の才を発揮する二人だ。

 ひとつの気質として、スタンド戦というものは早々派手派手しく打ち上がる大花火とはならない。
 無論、“そうはなりにくい”という傾向に過ぎない話だが、例えば幻想郷で日常的に行われる『弾幕ごっこ』の方が余程派手で、見た目にも本質的にも如何に『魅せる』かが勝敗の大部分を占める。
 一方でスタンド戦は、案外に地味な応酬が続く事も多い。スクリーンの中で繰り広げられるような、大規模なアクションやパフォーマンスなど中々見れるものでは無い。

 しかし。
 例外中の例外と称しても良い例が、承太郎とDIOである。
 かのエジプトでも、カイロ市街の上空を駆け抜けながら拳の遣り取りを交わしたものであるし、先の激闘──承太郎の敗戦でも、同様のデッドヒートを経たばかりだ。
 彼らのような、直球に派手なスタンド戦を行える人種は珍しいといえる。薄暗い図書館のそこかしこに刻まれた死闘の跡が、その何よりの証明だ。


「WRYYYYYYYYYッ!!!」


 雄叫びとも絶叫とも聞き紛う、夜の闇の獣が喚声を轟かせた。
 闘争によってエクスタシーが誘発された、興奮状態に置かれたDIOの───吸血鬼の咆哮である。


「NUUUUOHHHHH―――――ッ!!!」


 また別の咆哮が空間全てを劈く。
 吸血鬼の遥か格上とされる、闇の一族。
 サンタナの金切り声が、吸血鬼のそれを凌駕した。

 怪物と怪物。
 此処に交わる二頭の暴獣が生み出す火花は、既にスタンド戦のような奇妙な静けさや謀略とは縁遠く、弾幕ごっこのような可憐さも欠片ほども無い。
 ただただ、敵を喰らう牙を以て、暴力的なまでの蹂躙を叩き付けるのみ。
 ある意味では、何よりも純粋な感情。神でさえ阻害する事は許されない、『自己』を守る為の闘い。

(だがそれは……奴のみが抱える事情だ)

 猛進するサンタナをスタンドの蹴り上げで蹴散らしながら、DIOは体面とは裏腹に心中、静かに観察する。
 このサンタナなる猛獣。彼の気迫には魂が込められていた。
 凶悪かつ荒々しい猛攻の内奥に秘められた、“脆さ”とも称せる一個の感情。
 その正体が、対峙するDIOには分からない。

(関係の無いことだ。このDIOには)

 獣のスペックは人外ならではの脚力と膂力を兼ね揃えた、まさに怪物の如しであったが。
 DIOは既に、承太郎や白蓮といった規格外のスピードスターとやり合っている。奴らに比べれば、このサンタナの動きは惜しくも一歩劣る、といった評価であるというのが、DIOの下した率直な見解であった。

 とはいえ。

「KUAAAAAAッ!!」
「ムッ!?」

 なんの学習もせずに突っ込んで来たサンタナの頭部を、ザ・ワールドが叩き割った───かに見えたが。

 クニォッ

 感触の柔らかい、どころではない。
 不可思議な擬音が目に見えてきそうな程、サンタナの頭蓋が内側にめり込み、DIOの拳は実質的に回避された。

(これだ。彼奴の、およそ理屈の通じない体内構造があまりに変則的。先が“読みにくい”……)

 本体の『盾』としても無類の万能さを誇るスタンドを切り抜け、頭部半分ゴム毬の形を描いたままにサンタナがDIO本体へと急接近してくる。
 どうやら『スタンドそのものに攻撃は通じない』という知能くらいは得ていたらしい。“獣”などという蔑称は撤回する必要があるようだ。
 間合いを詰め込んだサンタナは、敵を切り裂かんと双方の腕を振り上げる。
 舐められたものだ。そう小さく零したDIOは、すかさずサンタナの手首を掴み取って動きを封鎖した。

 が───。

392黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:00:22 ID:DAf9RJjQ0

(〜〜〜ッ!? お、『重い』……ッ!)

 事もあろうに、吸血鬼の腕力が圧倒されていた。
 単なるパワーでは、DIO本体の力は『ザ・ワールド』にも引けを取らない。矢の力でスタンドを得た今となっては、戦闘において昔ほど吸血鬼の力に依存する事も少なくなってきたのは事実だ。
 そのDIOが人間をやめて以降、恐らく初めて体験するであろう、吸血鬼をも超えた圧倒的なパワー。
 柱の男の秘めるふざけたスペックが、力比べに押し負けつつあるDIOの体を、足から順に床へ押し潰そうとしていた。

「ぐ……ッ! き、サマ……このDIOと、相撲でも……取る、つもりか……!」

 メキメキと、上から押さえ込まんとする膂力が、DIOの足を少しずつ床にめり込ませる。
 まるで上空からロードローラーでも落とされたかのような重圧に、次第にDIOは根負けを予感しつつ。

「スモウ……? 何だ、それは?」

 DIOとは対照的に、サンタナの顔色は涼しいモノだった。スタンドのもたらすエネルギーは相当なものだが、肝心の本体であるDIOの力は、やはり並の吸血鬼とそう変わらない。
 それを確信したが故の余裕が、サンタナの顔には浮かんでいる。

 余裕が見えるとはつまり、隙を覗かせたという事だ。
 押し組み合いに尽くされたサンタナの、あまりに無防備な背中から───世界の渾身の突きが二度、三度と連撃で入った。
 堪らず腕が離され、本棚の高い壁へと幾度目かになる衝突がサンタナを襲う。


「───相撲、とは。相手を土俵外へブッ飛ばす、もとい押し出す競技のことだ。因みに今の技は、相撲で言うところの『張り手』だな」


 めり込んだ両足を、何でもない事のように床板の下から持ち上げる軽快さは、DIOに積まれたダメージの軽量さを物語る。
 問題は足ではない。如何にも「それがどうした」と言わんばかりに余裕の台詞を吐いたDIOの視線は、今しがた化け物を掴んでいた両手を注視していた。

 ───溶けている?

 否。これは『捕食』の痕跡だ。
 僅かな時間であったのが功を奏したか。虫食いにやられたかのような指の痕は、使い物にはなるようだ。
 痛みも無かった。全く意識の外から、この化け物はぐずぐずと肉を喰らってくれたらしい。
 何と言っても、今腕を掴んでいたのはDIOの方であった。サンタナの手首を下方から掴んだ形では、相手の指先なり掌なりはDIOの皮膚に触れられる体勢とはならない。

「驚いたな。貴様は『皮膚』からでも捕食出来るのか」

 吸血鬼のDIOをして、全くもって不可解と述べずにはいられない。
 DIO達吸血鬼は、指先から吸血を行う。それ自体もあまり類を見ないスタイルであるが、例えば伝承に語られるような一般的な吸血鬼は大概歯先を当て、そこから血を吸うのがオーソドックスというものだ。
 しかし皮膚そのものから取り込む規格外の怪物が居るとは。

 目前に見据えるには歯痒い事実であるが。
 この敵──サンタナ、並びにその一族は。
 根本的に、吸血鬼よりも『格』が上等。
 考古学者ジョナサン・ジョースターは、かの石仮面のルーツを調べあげようと幾年もの月日を掛けていたが。

 そのルーツが……今、目の前に居るようだ。


(お前の求めていた『歴史』そのものが、このDIOの前に立っているぞ。
 なあ……ジョナサン)


 愚かで……尊敬の対象でもある友人の姿を脳裏に思い起こし、悠然と立ち上がってくるサンタナの姿と重ねた。
 本能で理解できる事もある。
 生物の歴史上に積み上げられた弱肉強食のヒエラルキー。その頂点に座するは、DIOではなかった。
 石仮面を作り上げた先人達がいる。とうに滅んだのであろうと、DIO自身軽く考えていた謎の存在が。
 ギリリと歯を鳴らす。不快な気分がDIOの頭頂から爪先までを駆け巡った。

 サンタナに、ではない。
 彼の同胞。石仮面を作った相手へと、である。

393黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:00:55 ID:DAf9RJjQ0


「石仮面をこの世に産んだのは、お前か? サンタナ」


 恐らく違うだろうと、あたりを付けながらもDIOは疑問を抱かずにはいられない。
 石仮面は、とてもではないが今の人類に作り出せるような技術から構築された代物ではない。
 オーパーツに近似する、理解を超えた高度な発明だ。医学的に人間の脳の大部分は、まだまだ解明に至れていない未知の領域だと聞く。
 完全に解明するには途方もない時間が掛かるだろうと言われるが、石仮面の発明者は脳を知り尽くした末にアレを産んだのだ。
 そして眼前のサンタナには、知性はあれどどこか幼稚な行動理論が垣間見える。
 到底、石仮面を開発したような天才には見えない。

「…………」

 サンタナの無言は、DIOの疑惑に対する否定の意。
 であるならば、はてさて。残すところはカーズかエシディシか、ディエゴの報告には『ワムウ』なる男の名もあった。
 是非とも、拝顔の栄に浴したいものだ。言うならば、今のDIOが在るのは石仮面を作りあげた天才のおかげでもあるのだから。
 謁見し、一言ばかりの感謝の意を示し、吸血鬼の更に上位種である力を存分に味見した後……その生首に石仮面でもコーディネートさせ、屋敷の便所にでも飾ってやろう。

「サンタナよ。私をお前の同胞に会わせてはくれないか?」
「会ってどうするというのだ」

 DIOの振り撒く言葉の種は、適当に躱しながら。
 馬鹿の一つ覚えみたいに、サンタナは踵から爆ぜらせながら駆ける。
 十二分に速い初速を生み出してはいたが、白蓮の速さに慣れていたDIOの前では脅威とまでは言えない。
 結果、何者をも呑み込む肉の拳は、本命に届くことはない。遠距離から鋼玉も撃ち込んではみたが、どう繰り出しても常にDIOの傍に立つスタンドが弊害となるのだ。

 ザ・ワールドの膝打ちが、サンタナの突進力へと反発するようにして、その顎の中心から捉えた。
 即座に粉砕されるべきである顎は、やはり弾力性を揃えた構造が全ての衝撃を逃がす。

「興味があるからな。かの石仮面を作り出した天才とは、果たして如何程に高慢ちきな輩なのか、とね」
「…………」

 口に出す事は憚られたが、サンタナのDIOへの認識は、主──カーズに向ける認識と一致していた。
 即ち……DIOとサンタナは『似た者同士』であるかもしれない、という感想だ。
 DIOという男は、一見紳士的に振舞ってはいるが、所々でその居丈高な本質を隠し切れていない。
 邪人カーズを気飾れば、そのままDIOが生まれるのではないかという程に両者は似通っている。
 であれば、カーズの従者であるサンタナからすれば、DIOを相手取るというのはどうにも遣りづらい。


「……少し、試してみるか」


 不穏な呟きと共に、サンタナの構えが変わった。
 変わったというよりかは、猪突猛進の具現であった今までの浅略的スタイルに、僅かな画策を持ち寄った『構え』らしい構えが加わった、というべきか。
 が、相も変わらず跳躍からの襲撃。互いにダメージが中々通らない泥仕合への予感に、DIOは半ば呆れ気味にスタンドを構える。

「試していたのは私の方だよ。少々、拍子抜けであるがね」

 化け物の攻撃を馬鹿丁寧に回避する必要は無い。
 スタンド使いにとって、非スタンド使いへの対処が如何に容易となりやすいかが、この万能な盾の働きを見れば明らかである。
 宙から注がれるサンタナの襲撃を、ザ・ワールドの全身が食い止める。そこから発生するカウンターの隙は、蓄積を重ねれば化物の膝をも着かせるダメージの起点となるだろう。

 無駄無駄。
 お決まりのセリフを響かせる、その瞬間。


 DIOの左腕が、胴体から削ぎ落とされていた。


「グ……ッ!?」


 想定外の負傷に悶える。
 サンタナが直接、DIO本体に飛び道具か何かを射出した訳ではない。
 奴は正面からザ・ワールドに飛び掛かり。
 効かぬと分かっている拳を、振り抜いた。
 その結果としてスタンドの左腕に一線を入れられ、本体の腕にもダメージフィードバックが作用したのである。

(何か……腕の中から『刃物』のような物が顔出したのが一瞬見えた。スタンドではない)

 攻撃の正体は不明だが、どうやら敵にはスタンドにも直接干渉可能な攻撃の手段があるらしい。
 単に無意味な突進を繰り返していたわけでなく、こちら側の意識に『無策』だと思い込ませる意図があったのだ。
 化け物なりに、浅知恵を使ったというわけか。

394黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:02:18 ID:DAf9RJjQ0


「いいぞ。配られたカードは全部使え。生半可な闘争心で、このDIOを半端に煽るなよ」


 激痛を意にも介さぬ調子で、DIOは妖しく笑む。
 殺戮を振り撒く二つの内の、一本が削がれたのだ。吸血鬼にとって腕の欠損など、大した損害とはならないが。
 しかし、この一秒の狭間では、あまりに致命的な戦力の半減。
 サンタナは、その隙を見逃さない。
 今の攻撃は致命傷を逸らされたが、連撃を叩き込むのに充分な隙は与えた。



「         ム…………ッ!?」



 サンタナにとって、DIOへ肉薄するまでの僅か一秒は。
 DIOにとっては、悠久に等しい時の刻みだ。

 今。
 サンタナが抜き身の刃で、世界の腕を斬り裂き。
 脇目も振らずに抜き去った、一秒未満の間に。

 ───後方へ置き去りにした筈のザ・ワールドが、眼前で右拳を握り締めていた。

 全くの無防備であった顔面に鋼の砲丸が撃ち抜かれ、意識の外から打撃を喰らったサンタナの体は、床に二度三度とバウンドしながら木製の机に叩き付けられた。
 今の“不意打ち”にしても、やはりDIOのスタンドは単なる超スピードではない。
 これは他の同胞にすら備わっていない、スタンド独自の特異性だ。
 能力バレを恐れてか。術の使用は最低限に抑えられているようだが、発動があまりに突発的。
 予知も対処も困難だ。気付けば攻撃されているようなまやかし、肉を喰らう暇すら与えてくれない。
 基本的に接近させてくれないのだ。サンタナとて多彩な形態で獲物を喰らう能力持ちではあるが、それらの芸風は直接的な肉弾戦メインである。
 肉片を飛ばして喰らうなどという小細工も、この男相手に果たして通用するのか。

 無残にも両断され、ガラガラと崩れ落ちる横長のテーブル。その下から、サンタナの巨躯がすっくと立ち上がる。
 じわじわと疲弊が溜まりつつあるのが実感出来る。このまま泥臭いファイトを続行した所で、自身の敗北する姿が鮮明に見えつつある。
 やはりというか、DIOの方にはダメージらしいダメージは見られない。
 たった今、体内に仕込んだ『緋想の剣』でたたっ斬ってやった奴の左腕も案の定、元の肉体に帰っていた。

 ふう、とサンタナは小さく嘆息する。
 成程。この敵は、最早ただの吸血鬼には収まらない。
 カーズが危険視するのも頷ける。よくぞまあ、これに単騎で挑ませてくれと懇願できたものだ。
 この挑戦に至るまでも長き葛藤はあったが、過去の自分を顧みれば、些か浅慮であったと思う。


 ───少なくとも……『流法』の獲得を経ていなければ、この段階でサンタナは絶望に塗れていたかもしれない。

395黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:02:49 ID:DAf9RJjQ0


「……時にDIO。お前は本物の『鬼』を見た事はあるか?」


 DIOの『世界』の真価もそうであったが、切り札とは迂闊に見せびらかすものではない奥の手。その上、長所と同じほど短所も見付かる形態変化なのも心得ている。
 故にサンタナは、今の今まで使用を躊躇ってはいたが。


「フム。残念だが……“此処”でも、鬼はまだ無いな。
 それとも貴様がそうなのかね? サンタナ君」


 この期に及んで舐められていると分かったなら。
 ここらでもう一丁、ハードルを超えねばなるまい。


「悪いが……オレは『成り損ない』に過ぎん。
 今はまだ、という意味だが」


 自然に浮き出た言葉は、まるでその存在に焦がれるような。
 間違いではない。好きに酒を食らい、自由に謳う彼女達へ焦がれたからこそ、サンタナはこの流法を獲得したのだから。
 そして、生物の頂点に立つべき闇の一族の『成り損ない』としてのサンタナが、自らを卑下するようにこの言葉を告げたのは、果てしなく大きな前進をも意味している。

 鬼の……ひいては『妖怪』の成り損ない。
 同時に、『柱の男』としての成り損ない。
 今やサンタナは、この中間に立つアンバランスな半端者でありながら、新たな自己を会得する旅の中途にいた。


「オレはこの流法に名を付けた。
 ───『鬼』の流法という」


 静かに告げた化け物は、今までとは異なる姿を招き寄せる。
 鬼の象徴とされる大角を生やし、敵を威嚇せしめ。
 額に萃められた極大の妖力は、『堕ちた化け物』から『這い上がる鬼人』へと変貌させる。
 隆々しい筋肉の鎧は、幾重にも強度を重ねたままに、体積のみを萎縮させ。
 地獄の釜から溢れ出たような血液の滾りは、肉体運動を異常な域まで加速させる。


 冠するは、鬼の異名。
 対するは、吸血鬼の帝王。


「DIO。お前は言ったな。“カードは全部使え”と」
「言ったとも。どうやら“鬼札”のお出ましのようだ」


 鬼人が不敵に、帝王を指差した。
 露骨な煽情に、帝王はあくまで余裕を保つ。


「“半端な闘争心で煽るな”とも、抜かしたな」
「ああ。暑苦しいのは、せめて意気込みだけにしておけ」


 前哨戦は終いにしよう。
 ここからは、僅かな時間で明暗が定まる。
 明暗──暗闇ばかりの『奈落』など、闇の一族の本来には似つかわしくないのかもしれない。
 そうだ。一族が目を背けた命題とは、カーズの説いた『夢』が……正しい本能の在り方だったのだ。
 星の胃袋で細々と暮らしてきた一族の弱腰に、カーズもエシディシもいい加減、嫌気が差してきたのだろう。

 だから、主たちは奈落から飛び出した。

 極めて矛盾するような話だが。
 太陽を───光を目指してこそ、我々は真に輝けるのではないか。

 帝王へと飛び掛る間際に、サンタナが一瞬だけ……脳裏に浮かべた『夢』を仰いだ。

 その『夢』は奇しくも、カーズの目指した究極生命体の姿と……一致していた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

396黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:03:34 ID:DAf9RJjQ0
『聖白蓮』
【午後 15:59】C-3 紅魔館 中庭


 紅魔館の敷地、その中央部に位置する小洒落た中庭。
 そこは館主が厭う日光を遮らない、陽に恵まれた土の園。怠け癖のある門番が毎日愛でていた庭園。
 花壇の住人にマンドラゴラが混ざっている事に目を瞑れば、悪魔の館にそぐわぬ女々しい場所であった。

 それも、命の芽吹く春の話。
 現在ここは、色彩が失せ、生命の肌を突き刺すように寒々とした風情と化していた。
 まるで、自然の檻。
 仄暗く、頑なに落ち続ける冬の白羽は、紅の館を白銀へと変えつつある。


「─────────………………。」


 白の絨毯に坐する聖白蓮。
 その形は禅を組み、厳しい自然と一体となる精神統一法の基本。
 バイクスーツとは防寒仕様の作りであるが、経緯が経緯だけに、その下には何も着込まれていない。
 格好と気温を考えれば、雪の直上で身動ぎ一つ見せない彼女の精神は、真に落ち着いた状態にあると言える。


「来ましたか」


 瞑想のさなかである白蓮が、唇のみを開けて語る。
 会話の相手は、静かに姿を現した。


『……その坐禅は、これよりこの土地へ流される血への懺悔。
 そう受取ってもいいのか?』


 雪上を這う白蛇───ホワイトスネイク。
 さくさくと、雅趣に富む足音を鳴らしながら、白蛇は僧侶と対峙した。

『それとも、やはり邪念は振り払えないかな?
 君ほどの大僧正でも、側近の死は重いものか』

 白染めされた土に残る足跡は二人分。
 白蓮と、ホワイトスネイクのもの。
 プッチ本体のものは無い。ここに現れたのは、スタンドのみ。
 そうでしょうね、と。白蓮は口に出さずとも、当然の帰結を心で唱えた。
 本体がのこのこ姿を現したならば、それは果樹園の時と同じ結果にしかならない。
 プッチは絶対に姿を現さない。スタンド戦に疎い白蓮でも、遠隔スタンド使いのイロハはある程度想像出来るところにある。

 あの時と違い神父は正真正銘、白蓮を殺すつもりでこの場に現れた。
 殺意で身を固める決意。
 神父のそれはきっと、今日この日よりもっと……もっと昔に、とうに済ませてきた儀式なのだろう。

 彼に比べ、白蓮は。


「……懺悔。……後悔。
 何れも、私の心の中で色濃く渦巻いているのは事実です」
『人間とは、そういうものだ』
「もう随分昔に、人は辞めたつもりでしたが」
『君は振りまく暴力こそ化け物染みてはいるが、私の目から見た本質は“人間”に見えるがね』


 淡々と交わされる会話。
 本来二人は、言葉によって人々を救う立場にいる者。暴力などという力に依り沿うべきでない。
 それを得ているからこそ、穏やかな気質で互いに語り掛け、説き合う。

「私が、人間。……否定は出来ないでしょう」
『随分と素直だね』
「そして───DIOもまた、人間に見えます」
『……そう思うかい』

 ホワイトスネイクの無機質な口が、真一文字に噤む。
 獲物を喰らう蛇のように貪欲で、白濁で、作り物めいた角膜。水晶体の見当たらない、薄らとした瞳が白蓮を中心に捉えていた。
 こんな剥製じみたスタンドでなく、プッチ本人の表情と相対したい白蓮だったが、それは叶わない。
 坐禅を極め、会話の間にも磨かれた集中力で以て神父本体の視線や息遣いを探ってはいたが、すぐ近くには感じられない。相手は白蓮に対し、相当の警戒を敷いているようであった。

397黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:04:23 ID:DAf9RJjQ0


 四秒か、五秒かの無言が続く。
 白蓮は未だ、坐禅を崩さない。
 神父も、続く言葉を待つのみ。


「貴方は、DIOをどう思っているのですか?」


 白蛇の貌は人らしい色を灯さない。
 しかし、スタンドの向こう側で操るプッチの相貌はその時、確かに感情が灯されたように思う。
 瞼を閉じ、瞑想状態にある白蓮の感覚が、その僅かな動きを感知した。

 スタンドでなくプッチ自身の心が、水晶に照らされる輝きのように、ほんの一瞬だけ───穏やかに鎮まった。


『DIO、か。
 私にとって、彼とは…………』


 雪を透き通らせる白蛇が、静かな空に耽る。
 まるで大切な『親友』を想う人間のように。
 まるで愛する『恋人』を憂う少女のように。
 まるで尊敬する『師』へ従う弟子のように。
 まるで崇拝する『神』へ祈る聖者のように。



『私は、DIOを──────。』



 一際冷めた風が、二人の間をひゅうと駆け抜けた。
 耳元を掠めて吹き去った寒風は、神父の言葉を上から塗り潰す程に鋭い。

 それでも、白蓮の耳には確かに届いた。
 嘘偽りないであろう神父の告白は、真の儘に、その尼が聞き遂げた。


「……奇妙な関係、なのですね。貴方と、彼は」


 やがて、白蓮の瞼がそっと見開かれる。
 柔らかな言葉で紡ぎ出された相槌に混ざる感情は。

 エンリコ・プッチへの、憐憫だった。

 白蓮が知るDIOという男の背景は決して多くない。
 スピードワゴンからの人伝で、まず〝悪〟の化物だという漠然とした話を聞かされ。
 実際にDIOを目の前にし、その話には何ら誇張の無い、どころか想像を遥かに超える邪悪の化身だという確信を得た。
 かつてスピードワゴンが、ディオを一目見て『生まれついての悪』と断じたように。
 白蓮もそれに続くことが出来た。DIOは“環境によって悪と成ったのではない”という更なる確信へ。

 しかし、ホワイトスネイクを介して感じ取ったプッチ神父の感情や告白を垣間見て、白蓮の認識に若干の齟齬が生じる。
 これでも多くの人間と触れ合い、人が持つ他人への意識を察する術を育んできた住職だ。
 懐疑を厭う性格が災いとなり、常人であれば目を背けたくなる程の醜悪な裏切りを経験した身であろうとも。

 プッチの、DIOへと向ける視線に。
 悪意や欺瞞は勿論、打算や不実の一切も混ざっていない事が、よく解ってしまう。

 いや、一切というのは言い過ぎたかもしれない。
 人間は、他人との関係に少なからず見返りを求めるものだ。神父とて例外ではない。
 少なくとも彼はDIOに、大きな大きな『期待』のようなものを抱いている。

 まるで『夢』を魅る少年のように。

 そしてDIOの側も、同じようにプッチへと何らかの期待を掛けていた。先に交わされた二人同士の会話や呼吸を見て、白蓮も漠然とそれを感じていたのである。
 この関係性を指して『奇妙』だという感想を抱いた。
 DIOとは間違いなく〝悪〟そのものだが、両者の関係という『絆』は言うなれば、何処にでも転がっているような平々凡々とした繋がりにも見える。

 ありふれた日常こそが、幸福。
 忙しない環境を生きることに必死の人間達は中々それに気付くことも少ないが、平凡さとは至上の有り難みなのである。
 本来であれば、DIOとプッチの関係は模範とすべき正しい姿勢だ。
 しかし。DIOは、黒すぎた。
 水は方円の器に随う。人は、環境や付き合う相手によって良くも悪くもなる諺だが。
 DIOという歪んだ器に魅せられたプッチは、彼の器へと注いだ水を覗き込み、歪に曲がりくねった自らの姿を水鏡越しに見てしまったのかもしれない。

 実に客観的な評価ではあるが、エンリコ・プッチという人間はDIOとは違って、環境で〝悪〟に染まった人間なのだろう。
 白く、純真な少年だったプッチは。
 血塗られた巡り合わせと、『神』の悪戯という環境に放り込まれ。
 徐々に……徐々に黒雫が垂らされる。
 歪んだ器に垂らされた最後の漆黒は、DIOとの出逢いによりじわじわと清水を染め上げていく。
 最早その水面には、純真だった頃のプッチの姿は映ってなどいない。

 然して、ここに一組の吸血鬼と神父の関係が誕生した。
 彼らに起こった背景など、白蓮には知る由もない。
 それでも。神父の本質に、今は亡き『純』の痕跡を見た白蓮は、彼に対して思い浮かべたのだ。

 憐憫、という一重の情を。

 この憐れみの気持ちを口や態度に出すのは流石に非礼に値すると、白蓮は敢えて『奇妙な関係』とぼかすような言葉を選んだが。
 どうやら神父は同情に類する彼女の意中を、白蛇の瞳を通じて汲めたらしい。
 彼は三歩ほど足を進め、その場へとゆっくり座り込んだ。坐禅を組んだ白蓮と同じ目線へ同列するように、胡座を掻いて仄めかす。

398黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:05:39 ID:DAf9RJjQ0


『───人間は後天的に〝悪〟を識るか〝道徳〟を識るか。
 貴方の中にある『悪』は……果たしてどこから生まれたのか』


 白蛇が坐して放った言葉は、かつて白蓮がプッチへと尋ねた文句をそのまま復唱した内容。

『君は確か、以前私にこう言ったな』
「如何にも」
『その言を借りるのなら。
 私の本来とは、性善説の下に生まれた一個の〝善〟であり。
 破滅の折、DIOという引力に寄せられ、心に〝悪〟を生んだ……と、なるな』
「別段、珍しい事例でもありません。
 語弊があるのであれば、お詫びします」
『いや…………概ね、その通りだ』

 雪に組み座る白蛇は、予想外なことに肯定を示した。
 以前に会話した時、プッチはまるで“自身が正しい道を歩んでいる”かのように、独善的な視点で語っていたからだ。
 我こそが正義だ、と言わんばかりに。鼻高くする訳でもなく、誇らしげに振る舞うでもなく。
 自分の信念を信じ切って疑わない。当たり前みたいに宣言していた。

 だが彼は今、白蓮の言葉に同調する意図を白状した。
 DIOを悪だと認め、彼に引き寄せられた我が心すらも染まってしまった。
 それを肯定する言葉を吐いたのだから、虚を突かれた白蓮は僅かに目を丸くする。

『DIOは“悪の救世主”と呼称される事もある。自分の部下からに、だ』
「悪の、救世主?」
『そうだ。彼を心から慕う悪人も少なくない。
 面白い事に彼自身も、自分を〝悪〟だとハッキリ断言している』

 つまり、DIOは悪人正機。
 昨今では、自らの正義を神輿に担いで争いを止めない愚かな人間が増幅してきているものだが、DIOのような人物は少し珍しい。

「成程。では、貴方は?」

 気になるのはDIOではなく、プッチの方だ。
 彼はどう見てもDIOとはタイプからして異なり、先述したように歪んだ正義感を揮う人物だと白蓮は思っている。

『例えば……殺人を犯す者が裁判に掛けられたならば、そいつは誰から見ても〝悪人〟に間違いないだろう。
 そして私も、命を奪う側の人間であるのは自覚している。そういう意味で、さっきは君の言葉に肯定したのだ』
「その言い方では、まるで“別の視点から見れば必ずしも悪とは限らない”……と、そう言っているようにも聞こえますが」
『白蓮。君は正しいよ。世の中の殆どの人間は、私の行為を見れば〝悪〟と罵り、殺到しながら指弾しようとする筈だ。
 歪められた報道の向こうの安全地帯で、民衆という弱者の立場をいい事に“これは正義の糾弾だ”などと、自己満足を満たす為のみにのうのうと正義の真似事を行う』

 裏を返せば、白蓮も所詮はその民衆の一部。
 その程度に過ぎないと、言外に指摘されたようだった。

『だが……君の、そして世間一般での〝正しさ〟という象徴は、別のマイノリティー……或いは声を掲げる力すら無い“真の”弱者から見れば、絶大な〝悪〟に映ることもある』
「一理、ありましょう。私共の仕事とは、それら偏った均衡を可能な限りまで釣り合わせる事ですので」

 白蓮の即答には、確固とした信念がある。
 人も妖も等しく救う『絶対平等主義』を謳う彼女の目的こそ、腐敗の一途を辿る妖怪社会の消滅を防ぐ、彼女なりの手段なのだから。

 元より同意を欲しがって語ったつもりなど白蓮には無いが、ホワイトスネイクは彼女の目的を聞くが否や、首を横に振った。
 呆れているというよりは「そんな事が出来るものか」という、にべもなく決め付ける様な態度であった。

399黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:06:17 ID:DAf9RJjQ0

『“可能な限り”と君は今、言ったが……。所詮、それが君たちの限界だよ。
 “出来るだけは頑張ろう”と、初めから完遂を目指そうとせず、不可能なハードルには予め布を被せる。
 半端な意志で、半端な目標を達成し、半端な信仰を得て生の糧にする。
 それでも幻想郷などという狭き庭なら、それなりの結果は期待できるだろうがな』
「揚げ足を取るのは止めて頂きたいですね。我々は仏教という形で〝正しさ〟を広める……もとい、説いております。
 そして手段は違えど、幻想郷の至る派閥や有権者達も、最終的な理想は皆同じ地点に在ると信じてます。
 貴方がたから見ればこの囲いは実に狭く、脆く見えましょうが、此処が私達の住む国なのです」


『成程。では聞こう。
 その幻想郷を遍く統べる派閥者とやらの理想に、人間側の意志は本当に在るのか?』


 今度は、即答出来なかった。


『お前は本当に、“人間”と“妖怪”の目指す最終的な理想──つまりは〝正しさ〟が、同じ地点に存するとでも信じ切っているのか?』


 人間と妖怪は、互いに手を取れる。
 白蓮はそれを信じて、人々を導いている。
 だが幻想郷のシステムは、彼女の思想とどうあっても剥離してしまう。
 両派が反目し合ってこそ成り立つバランスの囲いなのだから。
 妖怪にとっても、人間にとっても、絶対的な不平を強いて縛るこの世界に、誰もが納得出来る〝正しさ〟など───


『“迷った”な。聖白蓮』


 ホワイトスネイクの手刀が、白蓮の目先にまで肉薄する。
 居合抜きの形で不意を討つ攻撃に、その尼は坐禅の形を僅か足りとも崩さずに受け入れた。

 ───必殺の能力を秘めた手刀は、寸で止められる。

 指先に殺意が込められていない事を見抜いていた白蓮は、この行為が単なる威嚇や茶番でない事を悟り、彼の次なる言葉をじっと待つ。


『白蓮。君はあまりに永い刻の中に封じ込められていたようだ』


 それは恐らく幻想郷縁起で知見を得た、聖白蓮の背景を指した言葉。
 敵の手にあの妖怪大図鑑がある事を素知らぬ白蓮に、相手が如何にして自分の過去を知ったのかという疑問はあったが、それは今重要ではない。

『君は人々を導く為に聖職を担っているという話だったが……そのわりには人の世に明るくない』
「心外ですが、貴方の言いたい事は理解できます。確かに私は千年もの間、魔界へと封印されていました。
 印が解けた直後には、直ぐに幻想郷に降り立ったものなので、実際の所は俗世に精通しているとはとても言えません」

 従って白蓮の知識は、殆ど千年前の日ノ本で止まっているようなものだ。
 幻想郷は隔離された世界。
 現代の。今の娑婆の情勢について、彼女が見聞を広める術はほぼ失われていた。仕方のない事だと言える。

『十年や二十年程度でさえ、人心は大きく推移するぞ。ましてや千年だ。
 幻想郷では知らないが、“外”では想像だに出来ない変貌が、歴史の節目の度に起こっている。
 節目というのは、言い換えれば“戦争”の事さ。規模に大小はあれど、人類の馬鹿げた争いだけは昔から常に絶えない』
「……何を仰りたいのでしょう」
『不可能だと言いたいのだ。もはや“正しい手段”などに頼っていても、この世は変わらない。人も同じだ。
 そもそも〝正しさ〟とは、環境によって清くも醜くもなる曖昧な標に過ぎん。
 お前のようなちっぽけな女がいくら寄せ集まった所で、たちまち人間達の〝悪意〟に蹂躙されるのがオチだ』


      トクン……


 白蛇の言葉に、白蓮の澄み渡っていた精神に初めて明確な“揺らぎ”が生じた。
 小さな揺らぎは極小の波紋を生み、瞑想によって静かに保たれていた心の水面を僅かに揺らす。
 四辺から零れた一雫が心の外殻を伝い、白蓮の肌に湧き滲む流汗となった。

400黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:07:21 ID:DAf9RJjQ0


『今───動揺したのか? 聖白蓮』


 獲物の隙を捉えた蛇が、チロチロと舌を出しながら頭を前屈みに低くした。
 目と鼻の先で手刀を構えたホワイトスネイクの姿をそのように錯覚した白蓮の背に、冷たいモノが過ぎる。

 不覚にも彼女は、一瞬ではあるが気圧された。
 『人間の悪意』というキーワードに、白蓮という女の過去に打ち立てられたどうしようもない楔が呻きを上げてしまった。
 かつて信頼し合っていた人間達から裏切られた悲痛な過去。どうあっても、古傷は癒えたりしない。

『例えば……“肌の色が違う”だとか“産まれたばかりの我が子の死を受け入れられない”だとか。
 自覚・無自覚に関わらず、人間は反吐の出る悪意をバラ撒きながら生きている』

 白蓮とは対照的に。
 プッチの“古傷”は、彼という人間性を大きく歪めた。
 湖に打ち上げられた妹の遺体を前に、生まれて初めて『人殺し』をも為す覚悟を固めた。
 誰を憎めばいいのかすら分からなかった。発端が何なのかも、殺された妹の為に何を為せば善いのかも、何一つ分からない。

 しかし彼は、弟のウェスとは全く違って。
 憎悪に走ることは無かった。
 憎しみよりも遥かに大切な───命を懸けてでも掴むべき『真理』を目指そうと決心したからである。

 目指した場所は邪道。
 殺人をも厭わない手段は、世間からは〝悪〟だと罵られ、木槌を振り落とされることも理解している。
 故に、当時のプッチではまだ力不足であった。弟の記憶を封じたはいいものの、きっとこの先、巨大な困難が待ち受ける。この身一つでは、成す術もなく運命に叩きのめされてしまうのは目に見えていた。

 だから力を求めた。
 物理的な力でなく、概念的なパワーを。
 その為に、かつて礼拝堂で出会った奇妙な男───DIOとの再会を願う。


 この時、彼は〝悪〟へと成った。
 エンリコ・プッチの、悪のルーツだった。


『過去から生まれる恐怖に打ち勝つ困難こそ、人間に課された試練だ。
 白蓮。君は私とよく似ている。私も今では、人類を“真の幸福”へ導く事を使命だと心得ているからだ』

 人間の生んだ悪意の犠牲者となった過去を持つ、エンリコ・プッチと聖白蓮。
 何の因果か、二人は共に聖職へと携わりながら、それぞれの意志・手段で幸福を目指した。
 憎悪に囚われず、かつて自らを陥れた人間達をも含めた『救済』。正気の沙汰ではない覚悟であった。


『幻想郷などという世界の片隅でしか生きていない。
 私とお前を隔てた境界とは文字通り、その大結界とやらだ。
 お前達が言うところでの“正しさで世を導く”という夢物語は、この宇宙では到底通用しない、カビの生えた理想論でしかない』


 最早、正しさという理屈を武器に世界を変える事は不可能。
 若くしてそれを痛感したプッチは、心に従うままに〝正しさ〟を捨てた。
 その様は白蓮から見れば狂気的でもあるが……やはり憐れだという感情が先行してしまう。

 〝悪〟の中に見出した〝真理〟など、どうあっても世の中に綻びしか生まないというのに。


「悪を受け入れ、支配によってこの世の乱れを抑える……。
 貴方の『覚悟』の正体……正しき目的とは、そんな暴虐の彼方に在る真理なのですか」
『支配ではない。そんなモノよりも遥かに崇高で、果てしない“力”を得た者のみが、それを可能にするのだ』


 やはり、プッチと自分は絶対に相容れない。
 先程彼は、自分達はよく似ていると言ったが……白蓮にはとてもそうは思えなかった。
 あたかも達観した目線で物事を説き、白蓮を隔壁の内に見下すプッチは、あまりに独善的に映る。
 自分の行いを悪と自覚してはいるようだが、数多の屍の上に打ち立てる“より大切な目的の為ならば”という小を殺して大を生かす本音の奥には、世界で最もタチの悪い『正義』が顔を覗かせている気がしてならない。


 矛盾するような言い方だが。
 彼は自分が悪だと気付いていない、最もドス黒い悪だ。

401黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:13 ID:DAf9RJjQ0



「それでは伺いましょう、プッチ神父。
 ───貴方が目指す『最終目的』とは、何でしょうか」



 男は以前、白蓮に向けてこう言い放った。
 本当の意味で人を救うのは『天国』───過去への贖罪なのではなく未来への覚悟だ、と。
 白蓮には未だ推し量れずにいる。

 彼の言う『天国』とは、結局のところ何なのか?
 プッチとDIOの二人は、何を企んでいるのか?




 地面が僅かに揺れた。
 地下に広がる空間で行われている、DIOとサンタナの激闘の余波だろうか。
 中庭の窓の庇に積もった雪が、振動によりぱらぱらと落ちてゆく。

 未だ白蓮は坐を象った姿勢で、今にも襲いかからんとする白蛇の構えを丸腰で待ち受けていた。
 既に絶命必至の間合い。
 敵の攻撃が白蓮の鉄壁を容易く通過する能力に対し、白蓮からの攻撃は全く無効化するというのだから、この距離が如何に彼女の不利を語っているかは、幼子が見たって理解出来る。



『天国とは、時の加速により宇宙が一巡を迎えた“先”にこそ存在する。
 それこそが、全人類が手にするべき真の幸福であり、私とDIOのみが実現可能な〝正しさ〟なのだ』



 荒唐無稽としか思えない文節の連なりが、新雪の中に透ける白蛇の唇から、白い息と共にフッと吐き出された。
 言葉の意味を咀嚼するより早く、白蓮の洗練され尽くした感覚に危険信号が発される。

 時間の止まっていた白蛇の手刀が、生命を吹き込まれたかの如く始動した。

 今度は、本気の殺意。
 スタンドに漲った筋肉の動きを直視するより、息の根を止めんとする邪悪な害意を肌で感じた。
 真横に薙ぐ白き一閃を無抵抗に受けていれば、白蓮とて魂ごと分離されていたろう。
 が、ホワイトスネイクの動きはあのDIOのスタンドに比べると劣る。
 白蓮は坐りながらにして、足を組んだまま攻撃を躱した。
 首を後方に引かせただけの、軽い回避。白蛇の手刀は彼女の髪の毛一本攫う事すら叶わず、虚しく宙を切った。

 当然。殺意を込めたスイングは一振で終わらない。
 ガっと膝を立て、土と雪を蹴りながら白蛇が前のめりとなる。
 重心を地へ伸ばして安定させ、今度は両腕での突き。
 これもまた、全てが空を切る。
 坐禅、つまり胡座を掻いたような不安定の体勢で、上半身のみを紙切れのようにヒラヒラ舞わせた白蓮に、刀の切っ先すら入らない。
 空振り三振バッターアウト。打者の力足らずなどという事は決してないが、ただ其処に鎮座するだけの硬球にバットはまるで掠らない。

 白蛇はいよいよ立ち上がり、覆い被さるようにして尼へと飛び掛る。
 両腕を大きく広げ開け、躱す隙間すら与えずに三方から潰そうと。

 パサ

 ダイレクトの瞬間、雪をはたいたような軽薄な音が響く。
 その音は、まさに雪をはたいただけの衝撃。白蓮が静かに両掌を揃え、雪を被った地面を叩いた音。
 ただのそれだけの行為に、彼女の体は宙へ浮いた。
 座ったままの姿勢で空を浮き、左右と前方から迫り来る攻撃を、残った後方の逃げ道へと跳んで躱した。これが弾幕ごっこなら、難易度イージーもいい所といった低級弾幕だ。

 粉飛沫と化した雪を振り撒きながら、フワリ浮く女が声を投げた。

402黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:37 ID:DAf9RJjQ0


「貴方は弥勒菩薩にでも成るおつもりですか」


 宙空で姿勢を解き、ようやく坐禅を崩して両足で着地する。
 説の時間は終わり。不本意の気持ちもあったが、やはり彼らは言葉では止まりそうもない。

 白蓮が再び戦闘態勢に入る。
 目に見えて暴の空気を吐き出した彼女を前にし、白蛇も本気で身構えて、言った。


『数億、数十億年というレベルの話ではない。
 この宇宙を一度、直ちに終わらせるという次元の世界だ』


 白蓮の出した『弥勒の世』は、一説には56億年以上も先の未来の話。
 人間世界に弥勒菩薩が現れ、一切衆生を救い、世界を理想郷にするという仏教の思想。

 何十億年、という次元にすらない宇宙の終焉。
 プッチは。DIOは。
 それを人為的に起こそうとしている?
 如何な強大な魔法──禁術を行使したとしても、それ程の大掛かりな規模の術など聞いた事がない。
 スタンド、という異能はそんな事まで現実に移せるのか?

 だが……白蛇の口から轟くプッチの声色は、迫真に迫っている。
 奈落の闇から吹き出す、身も心も凍えそうな谷風。そんな冷気を孕んだ声だ。
 どうやら冗談を言っているつもりではないらしい。


「私は、それを許容する訳にはいきません!」


 男の語る理想は幻想の都でも類を見ない、末恐ろしき野望だ。
 宇宙を終わらせる、という終末は、具体性を得ない計画であるにも関わらず。
 超人の異名を取った大魔法使いをも、震撼させた。
 そこには、バトルロワイヤルという波瀾の枠内に留まらない、スケールを飛び越えた邪心が牙を研いでいる。


『いいだろう。私とお前……どちらの“運命”がより正しい結末に引き合うか。
 試してみるのも良いかもな』


 これは、双方の理解を得る為の戦争などではない。
 元よりそういう覚悟で立ち寄り、向き合う両者は。
 片や、膨れ上がる巨悪の断罪を決意した、善の拳。
 片や、運命に翻弄された男の歪み切った、悪の拳。


「貴方は『救済者』ではなく、哀しく歪んだ『破壊者』です───プッチ神父ッ!」
『ならばどうするね? ひとつ言っておく。
 お前に私は“殺せない” ───聖白蓮』


 善悪の彼岸に立った二人が、飛沫を撥ねらせ交差した。
 賽の河原にてぶつかる、善と悪の幕引きに相応しい紅魔の舞台は。
 ただただ、飛び交う演者たちを嘲るように見下ろしていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

403黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:09:17 ID:DAf9RJjQ0
『秋静葉』
【夕方 16:08】C-3 紅魔館 一階個室


 白のシーツに包まう静葉へと覚醒を促したのは、小刻みに揺れる床の微振動だった。
 地震だろうか、と虚ろな思考を浮かべながらも静葉の意識は、今しがた見ていた『夢』らしき光景への没頭から抜け出せずにいる。

 DIOの影。そう表現する他ない存在から、幾つもの『声』を囁かれ続けた。
 その声は、静葉の頭の中を掻き回してやまない『殺した者達の声』よりも一層妖しく響き、彼女が持っていた倫理観に溶け込むようにして、いつの間にか消えていた。


 ───代わりに、死者達の『声』は未だに頭へと響き続けている。


 この声は『痛み』だ。
 分不相応の身で殺戮を働いた、静葉が受け入れるべき痛みなのだ。
 痛みは、拒絶するものではない。それはきっと楽な道には違いないが、静葉の望む未来には通じていない。
 自らを苦しめる声の幻聴と、これから先どう折り合いを付けるか。或いは、付ける必要性すら無いのかもしれない。

 声に潰されたら、それまで。
 ゲームに優勝し、妹を蘇生させるという願いは、そういう暗澹とした生き方を選ぶということ。


「今……何時だろ…………」


 客室だからか、この部屋にも館主の嫌う窓は備わっている。
 そこから漏れる黄金色の陽光は、空に広がる乱層雲の隙間から僅かに差し込まれた、希望を思わせる光の筋に見えた。
 つまり、もう夕刻。
 時計の針は16時過ぎを指していたが、部屋に入るなり時刻を確認せずそのままベッドへと倒れ込んだ為、自分がどれほど寝入ってしまったかの判別が付き辛い。実際の所は一時間程度なのだが。

 しかし、随分と深く睡眠を貪った感覚が残っている。
 悪夢のような眠り心地だったにも関わらず、また現在進行形で頭の声は止まないに関わらず、身体に蓄積されていた疲労はすっかりと抜け落ちていたのだ。
 このゲームにて、比較的安全な睡眠が取れる環境を確保できたというのは、間違いなく幸運に違いない。
 肉体的な休息が重要なのは勿論、いつ寝込みを襲われるか用心しながら横になるというのは、メンタル面においても多大な負荷をもたらすからだ。

 見た事もないような豪勢なベッドを心中惜しみつつ、そこからモゾモゾと抜け出した静葉は、同じく立派な装飾の備わったドレッサーの前まで歩んだ。
 鏡面に映る自分の顔は、相変わらず酷いものだった。
 地獄鴉に灼かれた左半分の顔面は健在であるし、ノイローゼの患者みたいに表情には生気が無い。(これは単に寝起きだからかもしれない)
 一番の懸念である箇所……『心臓』には、ハッキリとは分からないが当然のように『結婚指輪』がぶら下がっている感覚もある。
 考えてみればたった33時間しかない制限時間の内、必要とはいえ不意の睡眠に浪費してしまったのは迂闊だとすら思え、段々と焦燥を覚えてくる。

 そもそもたった33時間そこらで、雑魚オブ雑魚神の紅葉神に「俺を倒せるほど強くなれ」と無理難題を押し付けるあの狂人も大概だ。
 まともにやったって敵う訳がないのは身に染みており、多少経験値を掻き集めてレベル上げをした所で、雀の涙にしかならない。

404黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:19 ID:DAf9RJjQ0

 では、強くなるとはどうなる事か。
 私は既に、夢の中で答えを貰っている。
 その為に何を成すべきかも、理解していた。

 今までそれは、『感情を克服すること』だと信じて戦い抜いてきた。
 間違ってはいない。でも、感情を克服するというのは、感情を捨て死人同然となってでも……という意味ではなかった。
 死人が、命ある者に勝てる訳がない。
 それを、教えて貰った。
 感情とは、決して捨ててはならない『自己』の一部なんだって。


 ───『愛すべきは、その未熟さだ。未熟さこそが自分の最大の魅力で武器なのだと、胸を張るといい』


 彼は戸惑う私にこう言ってくれた。
 こんなどうしようもない自分の事を認めてくれたみたいで、少しだけ嬉しかった。


 ……もう一度、会ってみたいな。





「にゃあ?」


 鉢のまま這って動いたのか。そこらに転がしたままだった気がする猫草が、いつの間にか窓際で日向ぼっこを楽しんでいた。


「ふふ。……あんたは良いね。悩みとか、これっぽちも無さそうで」


 愚痴のような独り言を零し、上機嫌らしい猫草の頭をもにもにと撫でてやった。
 たまに凶暴だけども、もしかすれば愛くるしいペットなのかもしれない。
 しかし私にとって“これ”は、人殺しの道具だ。
 自分に懐く生物として愛でるというのは、誤りなのだろう。


「……なんだか、外が騒がしいな」


 だとしても。
 すぐに訪れる、次の波瀾までの僅かな間だけでも。

 癒しを求めて“この子”と触れ合う時間を作るというのは、弱者である私にとっては……代えがたい『ひととき』のように感じた。

            ◆

405黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:56 ID:DAf9RJjQ0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


 私は、か弱い存在でしかなかった。
 此処にはとても頼りになる男の人と、浮世を渡るに長けた強い女の人が多くいる。
 そんな中で、私っていう存在はちょっと境目が見れる程度の、普通の女の子でしかない。

 だから、かな。
 爪も牙も持たない弱者の私にとっては……こうして紫さんと普通に会話できる今は、代えがたい『ひととき』のように感じた。


「DIOは消えたわ。少なくとも、この世界からは」


 私と紫さんは、町の風景が見下ろせる神社の石段に腰を落としていた。
 クラスの友達と学校帰りに喫茶店で駄弁るような、そんなノリで。
 こんな事をしている場合じゃないような気もするけど、紫さん曰く「此処は時間流の進行が緩慢」らしく、こんな事をするべき場合なのだとか。

 ……時間にルーズ?な所は、何だか蓮子にも似てる。

「じゃあ、蓮子の『肉の芽』も……!」
「残念だけど、消えたのはあくまでDIOの気配。
 此処からじゃあ、あの芽は取り除けないわ」

 いやにあっさり退いたのが少し気になるけど……と付け加えて、紫さんは一瞬だけ目を細めた。

 それにしてもゾッとする話だわ。さっきまで朦朧だった私へと延々囁いていた蓮子の正体が、DIOだったなんて。
 もしも紫さんが来てくれなかったら……そこまで考えて私は、かぶりを振った。せっかく助かったんだから、そうならなかった場合のifなんて考えても詮無いことよ。

 その紫さんがどうやってここまで来れたかだけども、なんでも私の『SOS信号』をキャッチしたから、らしく。
 はて。私には全く身に覚えがないし、支給品の中に防犯ブザー的な物も無かった。
 キョトンとした表情で本人へ尋ねても「乙女のヒミツよ(はーと)」などと、ウインク混じりにはぐらかされた。私の顔でそれをやるのはやめて欲しい。


「紫さん。所で、あの……」


 強引に話題を逸らし……というより、いつ切り出そうか図り兼ねていた事柄があった。
 阿求のスマホに配信されていた『殺人の記事』……その真贋について。
 あの写真に載せられていた人物は、確かに紫さんだ。そっくりさんでも影武者でもなく、今私と会話している彼女本人だというのが私には理解できる。
 更に『被害者』の一人に幽々子さんの従者がいた、という話を私はおずおずと伝えた。どうやら紫さんは、その記事については詳しく知らないらしかったから。

「そう……そんな記事が出回っているのね」
「はい。幽々子さんも内容を知っています」
「で、貴方はその記事……信じてるのかしら?」

 悪戯心を芽吹かせる少女のような。
 真を追求する誠実な大人のような。
 相反する年格好と善悪の含みが、この人の表情に浮上した気がした。
 虚実を混ぜこぜに溶かして周囲を欺く形態を目撃し、彼女が人間でなく妖怪だという確固たる事実を再確認させられる。

「い、いえ! 勿論信じてません!」

 だから私は少し怖くなって、やや早口で答える。
 当然、紫さんを信頼している気持ちに変わりはない。

 でも、次に返ってきた言葉は……私が期待していた内容とは違っていた。


「───残念ながら、事実よ。半分は、だけど」


 静寂の中にガラス玉が落とされたような音が聴こえた。
 不吉な響きは、鼓膜の奥へと驚くほどすんなり入り込んで。
 私は、声を失った。

406黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:11:52 ID:DAf9RJjQ0


「その記事を私は見てないから何とも言えないけど……私から言える事実は『二つ』。
 魂魄妖夢と星熊勇儀の命は、私が奪った。
 もう一人……人間の男の方は違う。そっちは完全な捏造ね」


 悪びれる様子や、開き直る様子は微塵もない。
 真実を語る彼女の表情は、平然としているみたいだけど。

 私には、どこか『痛み』に耐え忍んでいる苦悶の顔にも見えた。
 それを見て、ちょっぴり安心する。
 やっぱりこの人は、そんな非道を働くような人じゃないと分かったから。

「あら……『人殺し』を前にして、随分お気楽な面構えじゃない?」
「貴方は、人殺しなんかじゃありませんよ」
「随分と知った風ね。一応、人間を攫いもする妖怪なんだけど」
「知ってますよ。貴方の事でしたら」
「さっき、ちょっと怖がってたクセに」
「……バレちゃってました?」
「そりゃそうよ。貴方は『私』なんだもん」

 あはは。うふふ。
 純朴と鷹揚の笑いが飛び交う、微笑ましいやり取り。
 記事のことは杞憂だった、だなんて、幽々子さんの状態を考えればとても言えないけれど。
 その拗れは多分、紫さんと幽々子さんの間でしか解くことの出来ない、複雑なもつれ。
 私と紫さんは、もしかするとただの他人ではないのかもしれないけど。
 幽々子さんの親友である『八雲紫』は、『私』ではない。
 だから、二人の間に『私』が入っては駄目。
 そう思う。

 あぁ。何だかやっぱり、友達ってイイわね。
 そんな事を考えていたら、途端に自分の親友に逢いたくなってきた。


「マエリベリー。幽々子の事は───……〝私〟がきちんと伝える。
 あの子も何だかんだ強い子だから、きっと大丈夫。
 だから、心配しなくていいわ」


 ……?
 気のせい、かな。今、紫さんの言葉のどこかに強い『違和感』というか……妙なニュアンスを感じた気がする。
 言い淀むかのような、若干の迷い……?


「それより、今は貴方のことよ。私のこと、でもあるんだけど」


 不意に感じた私の違和感を強引に拭い去るように、紫さんが話を前に進めた。
 蓮子に早く逢いたい……。私が浮かべたそんな気持ちを掬い取り、本題へ急ごうとこちらに目配せする。

「DIOは貴方に言ったそうね。貴方が『一巡後』の私だと」

 一巡後。
 言葉の意味は正直、よく分かっていない。
 でももし……この場に蓮子が居たなら、彼女はきっと嬉々としてその謎を暴こうとするだろう。
 だって、それが私たち秘封倶楽部なんだから。

「まず確認しておくわ。DIOの語った話は、恐らく事実でしょう」
「どうしてそう言えるんですか?」

 とは返したものの、実際の所、私自身もDIOの話を信じかけてきている。
 少なくとも私と紫さんが魂のどこかで繋がった存在なのだという事は、心で理解出来ているから。
 でもそれは蓋然性としては乏しい理屈。“なんとなくそんな気がする”程度の拙い根拠だ。
 対して紫さんやDIOには、何かしらの裏付けがあるみたいで。

 何食わぬ顔でこの人は、続けて言った。


「だって私、貴方の話にさっき出てきた『スティール・ボール・ラン』なんてレース、初耳だもの」


 スティール・ボール・ラン。
 私だってよく知っているワケじゃないけど、少なくとも私の住んでいる世界の史実には、その単語がちっちゃく並んでいる。
 あのDIOも興味津々みたいな顔で尋ねてきたから私も気になっていて、さっき紫さんと会話してる時に何気なくその話を出した。
 彼女は一瞬だけ考えに耽けるような、神妙な顔付きをしたっきりだったけど、その時は特に突っ込まれることなく場を流された。

407黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:12:24 ID:DAf9RJjQ0

「これでも外と内の情勢はそれなりに把握しながら賢者やってる身よ。
 そのレースの開催が西暦1890年だとして、歴史の教科書に載る程度の知名度なら、この私が今の今まで全く見聞きすらしなかったなんて有り得ない」
「つまり私と紫さんは、幻想郷と外界なんてレベルの区切りではなく、そもそも全く異なる『別世界』に住む存在って事……ですか?」
「貴方の話を聞く限りだと、可能性はかなり高くなったわね」

 狐に摘まれたような話だった。
 とは言え、参加者同士の連れてこられた年代が違うって話は既に聞いていたから、スケールとしては大差無いのかもしれないけど。

「でも……もし別世界の人同士だとして、一巡後っていう概念がよく分からないんですけど」

 オカルト……所謂SFの世界では、例えば『並行世界』なんて単語はよく聞くし、私もどちらかと言えば信じてる側の人間だ。
 パラレルワールドといえば、所謂『超ひも理論』にも通ずる考え。ズバリ蓮子の専攻する理論だから、彼女ならこういう話も目を輝かしながらすんなり受け入れられるんだろうけど。
 ……あれ? じゃあ蓮子が私の能力の謎に心当たりがある風だったのは、私と紫さんの関連性に超ひも理論(並行世界)をある程度結び付けられていたから?
 うーん、専門って訳じゃないから私には何とも言えないし、本人を目の前にした今となってはどうでもいいとも言える。

 だけどDIOは『一巡後』と述べた。それはつまり、横ではなく縦に繋がった次元の並行世界。
 ちょっと発想が突飛というか……どうしてそういう結論に至るのかが不明瞭だ。

「そうね……外の人間には、ちょっとその辺のメカニズムは理解し難いのかもしれないわね」

 馬鹿にしたニュアンスではないだろうけど、ちょっとムッとした。
 これでもオカルトを扱う(メンバー全二名の)サークル代表片割れだ。蓮子程じゃないけど、その手の心得なら一般大衆よりも精通してる自信はあるもの。

「───って顔してるのが丸わかりよ、貴方。もう一人の私とはいえ、まだまだ青いわねえ〜」

 ここぞとばかりに扇子を広げて口元を隠す紫さん。
 今度は確実に馬鹿にしてますわよってニュアンスを(扇子の奥では釣り上がっているであろう口元と共に)申し訳程度に隠しながらも、実態は隠し切れていない。
 ……妖怪って、皆こうなのかしら。清廉だったり、おどけたり、本当に掴めない人だ。


「まま。ジョークはこの辺にしといて」


 前置きを終え、紫さんはこほんと咳払いして次へ移る。


 ここから私が聞く話は、まるで青天の霹靂を実現させたような。
 常識では考えられない……『夢』を見ているみたいな話ばかりだった。


「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」


            ◆

408 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 19:13:47 ID:DAf9RJjQ0
ここまでです。
次で終わりを予定しています。

409名無しさん:2018/10/14(日) 16:40:49 ID:9VDuzoG.0
投稿お疲れ様です


長かった紅魔館の乱戦もついに決着か!?
どういう展開になるか気になって仕方がないです、続き楽しみに待っています

410名無しさん:2018/10/14(日) 22:16:00 ID:WUWbCklM0
投稿お疲れ様です
>「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」
よもやここで霊夢も言っていた物理・心理・記憶の層の理論がでてくるとは…

411名無しさん:2018/10/16(火) 19:24:30 ID:Id1vJPcY0
投稿お疲れ様です
バトルの決着が参加者の生死に直結しそうなものばかりでどれも続きが読みたいッ

412名無しさん:2018/10/19(金) 22:30:34 ID:SbNRb2DY0
投稿お疲れ様です
DIOと柱の男の初激突。どのような決着を迎えるだろうか

413名無しさん:2018/10/23(火) 21:09:41 ID:PtMgM8Cs0
今、サンタナが熱い




……………………元々熱風だけど

414名無しさん:2018/11/07(水) 19:15:04 ID:ZnWljzA60
進行ペースに目標を立てた方がいいんじゃあないか?

415名無しさん:2018/11/08(木) 11:47:16 ID:UzwY.sTI0
>>414
黙って待つってのができねぇのかテメエはよォ〜

416 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 03:53:34 ID:mCm9debw0
予定していた長さを大幅に超えてしまい、次で終わりだと宣言した矢先で本当に申し訳ないのですが、あと一度分割させた方が良いと判断しました。
本文の方はあらかた終えていますが、一先ずという形で投下します。

417黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:57:26 ID:mCm9debw0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 “変わった”

 火色の後ろ髪を目まぐるしく逆巻かせたサンタナの新形態を目撃し、DIOは実感と共に冷静な解析を終えた。無論、今までとは明らかに毛色の異なる奴の風貌を指しての印象でもあるが。
 特段と“変わった”部分は、見た目以上に戦闘への器用さだ。


「鬼人『メキシコから吹く熱風』」


 二桁にも上ろうかという数の爆炎が、形を保ちながら火矢の如く揃えて撃ち出された。
 大衆の喝采と何ら違わない喧しい音色を放出させつつ、弧を描いて一斉に射られた炸裂花火は、『世界』のみでカバー出来る範疇を追い越した。
 横に広がった弾幕は、DIOが誇る無敵の矛と盾を悠然と抜き去り、その本体の心臓を捉えて飛ぶ。

「ムンッ!」

 吸血鬼の動体視力と跳躍力で、その身に迫る全ての高温弾幕が空を切り、散った。床を蹴り上げ宙を駆け。デカい図体を掲げる重力の次なる足場は、壁。
 DIOは図書館の壁に“立ち”、地上からこちらを見上げる鬼人を忌々しげに見下ろした。

 戦闘への器用さ。つまりはあの形態、サンタナのパフォーマンスの幅が格段に増幅したことに繋がる。奴が『鬼』の流法とやらに転化した瞬間、颯爽と弾幕が飛び交うようになってきたのだ。
 以前までの闘牛を相手取る様に一辺倒とした近接戦から、ミドルレンジの遠距離武器が加わった。ただのそれだけで、攻撃の応用というものは恐ろしいくらいにバリエーションが富む。
 グーしか出さない相手がパーの札を手にした様なもの。こちらがパーを出し続ける限りまず負けは無いが、リスクを避けた無毒の駆け引きで白星を期待出来るほど安い相手ではなさそうだ。
 冷や汗をかこうが危険を顧みず、時にはバクチに打って出て、駒に頼らず王自ら敵を捻り潰す。

 それこそが『真の戦闘』だ。

(だが……それは『一か八か』ではない。オレの求める『天国』に、運任せは必要ない)

 この世で唯一の帝王たるDIOが望む、この世で最大の力。
 まさにそれが───『引力』と呼ぶに相応しい、千万無量の絶大なるパワー。
 賽の目で『六』を望めば『六』が現れるような、不確定の未来すらも自身の決定に引き寄せられるほどの圧倒的な引力。
 万物の理すらも味方にし、不都合な運命を叩き潰す事こそが、男が到達すべき理想郷であった。


「サンタナ。君は何故、その形態を手にするに至った?」


 壁へと直立不動したままの状態で、こちらを見上げる鬼人に問い掛ける。
 サンタナは黙して語らず。元々饒舌な生き物では無かったが、意図して沈黙を貫いている──というより、DIOとの会話を避けているように見えた。
 この無愛想な態度にDIOは不服を覚える。一方的に喧嘩を仕掛けられ、意思の疎通すら拒絶されるとは。幻想郷の異変解決においてはよく見られる光景であるが、何かしらの戦う理由が聞きたい所だ。白蓮に対して、DIOが探ったように。

 しかし男は先程、彼なりの答えを既に示している。
 サンタナが、サンタナにとって必要なモノを取り返す為……と。
 DIOはじっくりと襲撃者を観察する。睨め付けるように覗き、心の隙間に手を差し込むのだ。
 相手が放った数少ない言葉や挙動から推察し、逆に何故押し黙ろうとするかも仮説を立ててみよう。


「私が石仮面により吸血鬼の力を願った理由とは、『必要』であったからだ。相応の力を手にするには、秤の釣り合う理由が必要となる。リスクもな」


 DIOの言葉に耳を貸そうともしないサンタナが、傍に立つ本棚へ手を掛けた。大容量に貯蔵する書物の数々を含め、それは相当の重量を占めていると一目に分かる物であるが。
 丹念に床へ固定された巨大な本棚は戒めごと外され、鬼人の腕力により軽々と持ち上げられる。紅魔の魔女が後生大事に蓄えてきた由緒ある本たちが、バラバラと派手な音を立てて舞い落ちない内に、

 ───壁に立つDIOに向かって、棚ごとブン投げた。

418黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:59:07 ID:mCm9debw0


「力とはとどのつまり、『勝利』する為に得るものだ。君のその『鬼』のような異形も発端は同じなのだろう?」


 目前に迫る巨大な塊を、何一つ狼狽えること無く『世界』の拳で爆ぜらせる。一点から粉砕された本棚は敵への突進力を失い、無惨にも無数の木片と化した。
 代わりに、本棚の内臓を担う書物たちは一斉に吐き出され、埃の煙幕に紛れながら辺りに飛び舞う。
 敵の狙いがコンマ数秒ほどの撹乱・目潰しだとDIOが悟った時、地上からこちらを見上げていたサンタナの姿は既に消失していた。


「君は恐らく……孤独だった。
 何も与えられず、何も得られず。
 そこに不満を覚えていた嘗ても、過去の幻像。
 気が付けば君は〝善〟も〝悪〟も持たない……〝無〟の兵となっていた。
 その感情の起伏の薄さを眺めれば理解出来るさ」


 夥しい数の書巻、洋書、文献、図鑑、教材、禁書……書という書が、視界を埋め尽くす弾幕と化してDIOへと降り注いだ。
 子供がオモチャ箱をひっくり返したように雑な投擲。それ自体に攻撃能力はさほど無い。従って、本の雨あられなど気に留める必要ナシ。
 敵の動きのみに集中したDIOの視界では、周囲がスローモーションの様に緩慢となって見えている。
 ゆっくりと、疎らに飛び交う本と本の隙間。煙幕の奥が点滅と同時に光り、揺らめいた。
 またもや炎の弾幕。自分の位置を誤魔化す狙いか、一箇所からでなく数点から撃たれた火炎は、宙に舞う書物達を食い散らかしながらDIOへと迫る。


「人間を。或いは吸血鬼を。
 狩っては喰い、狩っては喰い……空腹を満たす為だけの、虚空の人生。
 腹に溜まるのは枯れた肉と、無味の糧。
 空虚と孤独に押しやられ、いつしか君は渇望する事すら忘れてしまった空蝉へと堕ちた」


 DIOは炎が苦手である。
 それは吸血鬼の体といえど熱には……という話でなく、彼の過去──三度経験した敗戦の記憶に『炎』が大きく絡んでいるから。
 だからではないが、男はまずこの火炎の回避に専念した。まだまだ稚拙と言える炎の弾幕は、集中力を欠かずに挑めたDIOによって完璧に見切られてしまう。
 重力に反発する全身を強引に動かしているにも関わらず、固い壁の上をスイスイと歩き回るDIOの足捌きは流麗の一言に尽きた。
 スケートリンクを舞う氷精。男にとってのリンクが氷上でなく壁上だということを差し置かずとも、その所作一つ一つには美しさすら感じ取れるほどだ。
 当然、付け焼き刃で得た弾幕などDIOには欠片も掠る筈はなく。火の粉が燃え移り、赤々と熱を吹く蔵書の数々を生み出すだけというあられもない結果となった。


 瞬間、DIOの目の前にサンタナの『左腕』が現れる。
 目の前に飛んで来たのは奴の腕のみで、本体は見当たらない。肉体を分裂させただけの実に浅い策だ。
 スタンドを前へと回らせ、叩き落とそうと構えるも。
 遠隔操作された片腕の中から先程と同じように『刃物』が突然飛び出し、『世界』の心臓を狙った。
 この武器──緋想の剣はスタンド貫通の威力を誇る、一癖ある得物だ。叩き落としから真剣白刃取りへと瞬時にして対応を変えたDIOは、妖しく輝く切っ先を紙一重で止めることに成功する。


「しかし君は今日。
 おそらく生まれて初めて、“得る為”の戦いに身を焦がそうとしている。
 大花火を上げる筒の導火線は、既に着火されているようだ」


 不可思議な事が起こった。
 煙に紛れていた鬼人の殺気がなんの脈絡もなく、DIOの背後に唐突として萃まったのである。

 背中に、奴が居る。

 しかし解せない。目潰しの撹乱に若干気を取られてはいたが、地上に立っていたサンタナがこの一瞬で背後に回った事に気付かぬほど集中は欠いていない。
 振り返る暇など与えてくれるわけが無い。『世界』もDIOの前方におり、咄嗟の対応は不可能。隙丸出しとなった吸血鬼の首を掻っ切る非情の一撃が、背後より穿たれる。

 ───が、そこにあった筈のDIOの首は、既に影も形も消え失せている。

 まただ。この予兆無しの動きが、鬼人の決定的な一撃を必ず虚空へ逸らしてくる。
 絶好の好機をまたも外したサンタナは、DIOがやる様に足首を壁に突き刺して固定し、焦る心中のままに敵の姿を探した。

419黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:01:38 ID:mCm9debw0


「未だ味わった試しの無い『勝利』の味に酔うが為に……このDIOへと挑んだのではないかな? いや、そうである筈だ。
 私に勝つ為、ではない。茫漠とした君自身の『運命』へと勝つ為に、だよ。
 全てを終えた後に呑む美酒は、さぞや美味いだろう。尤も、私は酔いどれが大嫌いだがね」


 無性に響く声の主は背後や頭上の死角からでなく、遥か前方でこれみよがしに腕を組んでいた。
 壁に立つDIOとサンタナの視線が、10メートルの距離を跨いでぶつかる。

 ───ナメられている。

 幾度も訪れた、勝負を決するチャンスを一向に突き詰めようとしないDIOに対し、サンタナが身を震わせるのはごく自然な感情であった。
 サンタナはワムウの様に、闘いに礼儀や美風を持ち込む気質ではないが、此方が一世一代の大勝負を仕掛けているのに対し、DIOはと言えば不遜な態度で邪険にしマトモに取り組もうとすらしていない。

 サンタナの苛立ちは募る一方である。

 この10メートルという距離は今までの戦闘間合いから言って、奴のスタンド『世界』の影響範囲外である事までは学習している。
 加えて鬼の流法には弾幕がある。奴を相手取るなら、この区間を維持していれば一先ずは脅威とはならない。


「人が成長するにあたって、勝利することは限りなく重要だ。
 しかし、それ以上に『敗北』が人を根源的に強くするファクターとなる。
 君は今日だけで果たして何度敗北した?
 奈落に堕ち、這い上がった分だけ確実に強くなっている筈だ」


 吸血鬼の頭が後方にククッ……と仰け反った。
 距離を開けたまま訝しむサンタナ。何かする気なのだと、身構えた瞬間……


 ───DIOの唯一開かれている右眼から、凄まじい速度の光線が射出された。


 眼球から圧縮された体液を超高速で撃ち出し、敵を貫く特技。帝王はかつてこの技を生涯唯一の“好敵手”に放ち、殺害に成功している。
 後に別の吸血鬼から『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』と名付けられたこの技を男が使用したのは、実に100年前の闘い以来であった。
 一見すれば強力無比な遠距離技であるが、スタンド戦においてはそうとも限らない事が、この技の使用をDIOが躊躇していた理由である。
 連発は不可能であるし生み出す隙も少なくない。殺傷力こそ抜群だが、スタンド相手には容易く防がれる……という諸々の点で、まだ銃を携帯した方がマシだという結論に至ったのだ。

 しかし相手にスタンドという盾が備わっていない場合でなら、この技も大きく有効だ。


「君は初め、自分の名を大きく叫んだ。その名乗りには、きっと深い意味があるのだろうね。
 名前には言霊という不思議な魔力が宿るのだから」


 果たしてDIOが不意打ちで披露した空裂眼刺驚は、10メートル先の壁に立つサンタナの脳を見事粉微塵とさせた。
 光線はそれだけに留まらず、彼が立ち止まっていた壁や柱も纏めて斜めに切断し、図書館ごと真っ二つにしかねない程の巨大な亀裂を入れた程だ。

 それほどの破壊を叩き込まれても、サンタナの身体はそこから崩れ落ちずにいた。
 違う。粉砕したと思っていた鬼人の頭部は、内部から炸裂するように肉片ごと霧散させ、光線を直前で躱していた……というのが真実であった。
 闇の一族の特徴として、骨肉をも畳むレベルの異様な肉体変化があるが、今サンタナが見せた霧散は肉体変化どころの技ではない。
 もはや『霧』と化す領域にまで身体を分解させている。あれでは攻撃など当たらない筈だ。

420黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:02:34 ID:mCm9debw0


「何だろうな…………そう、なんと言うか。
 君は『面白い』人材かもしれない。凄く……面白いよ。
 空っぽだったが故にか、吸収するのも早そうだ。
 いや……物事を、という意味で、物理的な食事の方の意味ではない」


 頭部を霧化させ、攻撃を回避したサンタナが。
 今度は体全体をも霧状とさせ、そこから消えた。
 先程、DIOの背後を容易に取れた手段も同じ技によるものだろう。
 あれも『鬼の流法』とやらの恩恵か? 以前よりも輪をかけて変則的だ。
 滅多に披露しない必殺技を躱されたにも関わらず、帝王は感心するように唇を吊り上げる。

 瞬間、霧状となった鬼人が猛烈な勢いで突っ込んで来る。
 ただの回避に終わらず、そのまま移動・攻撃に繋げられる幅広い形態は脅威の一言だ。速度も充分に伴っている。
 迎え撃たせた『世界』は、当然の様にすり抜けられてしまう。勿論狙うは、DIO本体への絶望的な一撃だろう。

 ヒットの直前、霧が集結して人型へと戻った。
 鬼人の構えはシンプルにして強大。

 ───握り締めた右拳を一瞬、DIOの体躯並に巨大化させ、殴り抜けるという暴虐だ。

 どこぞの波紋使いは『ズームパンチ』などという、関節を外して腕を伸ばすように見せかけて殴る子供騙しを好んでいたが。
 目の前のこれは錯覚ではなく、実際に拳が巨大になっている。受ければ重傷は免れそうにないが、そもそもパワー以前にこのサイズの皮膚と接触すれば全身を捕食されかねない。

 さて。カラクリは何だ?
 先の霧状化といい、体積をこれ程まで極端に増減させる事は人体の理屈に合わない。風船ではあるまいし。
 吸血鬼というよりは、どちらかと言えばスタンド使いや妖怪じみた『種』がありそうだ。

 仮説を立ててみた……が、まずは避けなければ。
 いや。身を捻って躱すまでもない。


 これまでの中で、最も巨大な爆破音が空間を歪ませた。鬼人がその規格外なパワーで『壁』を殴りつけ、大穴を開けた振動音だ。
 生物に命中したならば、ミンチと同時に一瞬にて取り込まれる凶暴さ。『鬼喰らい』と称すべき、恐ろしき攻撃。

 ───サンタナの拳は、壁になど打った覚えはない。目の前に居たはずのDIOは消え、代わりに身代わりとなったのは部屋の壁である。
 今度はDIOが避けた訳ではない。拳を打ったサンタナ自身が何故か位置を変え、標的を別の対象へと移された。

 やはり奴のスタンド……瞬間移動などではない。
 まるで───世界を支配するかの如く、自由自在にこの空間を捻じ曲げているみたいだ。


 パチ パチ パチ パチ パチ……


 背後から、耳に障る拍手の音が届いた。
 振り返ることすら億劫だ。だが、いつまでも無残な姿へと変貌した壁の穴など眺めていても仕方ない。
 諦めるようにしてサンタナは、音のする方向へと首を曲げる。


「いやいやいや。やはりだ……やはり君は面白い」


 余裕のままに君臨する帝王の姿。
 相も変わらず、サンタナに対し殺意を向けようとしない。

421黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:03:20 ID:mCm9debw0


「パワーも然ることながら、そうまでして私を喰い殺そうとしてくる『執念』に感服したよ。
 この“白熱の攻防”で、君の想いの根源も何となく理解してきた。あまりに純粋な渇望だ」


 今や完全に遊ばれている。鬼の流法をしても、根本的に次元が違う。
 成程、改めて理解した。スタンド戦というものは、単なるパワーの強弱で勝負が決するものでは無いという事を。


「だがサンタナ。君は『不運』だ。恐らく、仲間や主従に長らく恵まれていなかった。
 君の持つ潜在能力を効率よく引き出してくれる指導者に、出会えなかった。嘆かわしい事だ」


 どう倒せば良いのか。
 今のままのサンタナでは、解を導き出すことは不可能とすら思えた。
 マトモな取っ組み合いでは自分に分のある相手。敵もそれを理解しているからこそ、マトモには組み合わない。


 では、どうすれば。


「だが、それも今までの話。
 私ならばその不安を解消してあげられる」


 どうすれば、この吸血鬼を倒せる。

 どうすれば……ッ





「───私の『仲間』にならないか? 〝サンタナ〟」





「ふざけるなッッ!!!!」





 ここが限界だった。
 今まで敵の言葉に返答の意思すら見せなかったのは、会話したくなかったからだ。
 言葉を交わしていれば……自分の中の何かが変えられてしまう。DIOが吐き出す言葉には、そんな魔性の魅力があったのだから。
 敢えて無視し続け、暴流に身を任せる。これが最も自分を傷付けない、最良の近道だと思い込もうとしていたからだ。

 だが──────


「さっきから聞いていれば、ごちゃごちゃと上から目線で……!」
「おや、嬉しい言葉だ。てっきり私の語り掛けは、全て右耳から左耳へすっぽ抜けているものかと諦め掛けていた頃なんでね」


 既にDIOはスタンドすら解除し、サンタナと友好的な関係でも築こうとしているのか、無警戒に歩み寄ってくる。
 その態度も、その言葉も、全てがクソに寄り付く蝿のように鬱陶しい。奴の一挙手一投足が、何もかも苛立たしかった。
 今まで誰にも……それこそ本人にすら不明であった心の内に、土足で上がり込んで来るこの男がサンタナは嫌いだった。他者に対し、こんなにも明確な嫌悪感を抱いたのも初めての事だ。
 これを良い兆候と捉えるか、悪い兆候と捉えるか。その判断を下すに足る人生経験が、サンタナには不足している。


「……ッ、オレは……DIOッ! 貴様を殺しに来たのだッ! これ以上ふざけた事をくっ喋るな!!」
「それは違う。君は私を殺しに来たのではない。運命へ『勝ち』に来たのだ。
 蔑まれ、奈落に転がる自分の運命を覆す、ただ一つの勝利を得る為にここへ来た。
 私を殺すというのは単なる一つの手段に過ぎない」


 どこまで。
 この男は、どこまでオレの心を覗くのだ……!
 何故……オレを『理解』しようとする!?
 どうしてオレを『仲間』に欲しいなどとぬかせる!?
 そんな言葉は、同胞からすらも掛けられた試しがない……!


「一つの手段? 違うッ!
 オレに残された手段は、最早それしかないのだッ!
 ここで貴様を殺し、主から認められるッ!
 そうしてオレはもう一度、証明しなければ───」

「───私なら」


 猛る声を遮るようにして、DIOが。
 とうとうオレの眼前にまで歩み、足を止めた。


「私なら……君が再び『在るべき場所』へ返り咲く手段を、きっと用意できるだろう」


 伸ばされる腕は、友好の証。
 握り合う掌は、信頼の証。
 だとするなら。
 オレは目の前に差し出された、裸の腕を───

422黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:04:34 ID:mCm9debw0







「ほざくな。誰が吸血鬼の下なんぞに」


 払い除けた。

 DIOの腕に殺気の類は込められていなかった。
 不意を打って殴りつけても良かったし、握り返すフリをして喰えば全て丸く収まったろう。
 どういうわけか、それを行う気になれなかった。

「下、か。別に侍らせるつもりは無かったが」
「同じ事だ。たかが吸血鬼にオレの心は理解出来ん」
「究極的にはそうかもしれないがね」

 開き直った様子でDIOは払われた掌を引っ込め、やれやれと軽く首を振った。
 こうなる事はあたかも予想していた、とばかりに半笑いを作りながら。

「個人の抱える葛藤や痛みは、所詮他人とは共有出来ない。
 だが『干渉』し、和らげる事は出来る。君はそれを望まないかもしれないが」

 当然だ。相手が敵なら尚更の事。
 虫酸の走る輩だ。体の良い話を建前に置きながら、本音ではオレを使う気満々の癖して。

「お前がオレのメンタリストになるとでも? ……馬鹿馬鹿しい」
「いや。その様子なら君には言葉など必要無いだろう。だがこれもまた『引力』かな。偶然にも君と似たような境遇に陥った者がいる。私も先程少し話しただけだがね。
 白状してしまうと、彼女との会話を済ましていたからこそ、君の背後にある『闇』をある程度予想出来たに過ぎないのだよ。人と人の共通点ってヤツだ」
「…………関係、ない」

 そうだ。コイツが何を話そうと、誰と引き合わせようと。
 関係などあるか。オレはこの男を殺しにここまで来たのだから。


 ───だが、毒気を抜かれた。


「おや。鬼の流法とやらは終いかい?」
「……興が削がれた」

 ワムウみたいな台詞を吐く。切羽詰まった状況を顧みれば、興などで動く訳が無いというのに。
 流法が解かれ、ドっとのしかかる重みを内身に隠しながらDIOへ背を向ける。
 やはり持続時間は長くない。コイツにマトモに闘う気がない以上、これ以上は不毛だった。

 だが、背を向けてどうする。
 今やオレ自身、先程までの昂りが嘘のように静まり返っている。焼け石に冷水を、掛けられすぎた。

「お帰りかね」
「……お前の顔を、見たくない」
「世知辛い事だ。戻る場所があるのなら止めはしないが」

 痛い所を突く奴だ。分かってて言っているのだろう。
 そうまでして、オレを引き止めたいか。
 〝サンタナ〟の価値を、他の誰でもない……こんな吸血鬼なんぞに見定められる、など。

「君さえ良ければだが、会って欲しい人材がこちらにもいる」
「……オレに、大人しく応じろと?」
「好きにすればいい。気に入らないようなら喰っていいし、力は全く以て脆弱な少女だ」
「さっき言ってた奴か? 毒にも薬にもなりそうにないが、オレに何のメリットがある」
「少なくとも、君はこのままノコノコ戻る訳にもいかないんじゃあないかな?
 会って君がどう感じるかなど誰にも分からないし、ならばメリットが無いとも言い切れない。意地の悪い方便の様で、少しズルい言い方かもしれんがね」

 方便、というのは言い得て妙かもしれない。
 DIOという男は、方便で相手を絡み取り、望むがままの道にまで誘い込むようなタチの悪い芸達者だという事がよく分かった。
 こと今のオレにとっては最悪の相性だ。

 さて。この申し出をオレはどう受け取るべきなのだ?
 正直、揺れている自分がいること自体に驚愕せざるを得ない。
 コイツは我々からすれば舐め腐った傲慢さだが、皮肉にも今のオレはそういった誇り高いプライドを失った、謂わばマイナスの立場だ。

 だからこそ、言葉に揺さぶられる。
 だからこそ、心中では無視できずにいる。
 オレの精神が弱いという、何よりの証明だ。


「……少し、ここで頭を冷やす。
 そいつをとっとと連れて来い」


 出した結論は、身を任せる事であった。
 なるように、なれ。そんな身も蓋もなく出たとこ勝負の、受動的な成り行きに。
 しかしそれは決して従来みたいに主体性を持たず、無心が儘……という意味ではない。
 己に芽生えた確固たる意志が、自分から急流に身を投げたのだ。端から何も思考を産まず、ただ河の底で蹲るだけだった今までとは異なる考え方だった。

「嬉しいよ。彼女の方も、君とは多少『縁』がありそうでね」
「何だっていい。オレはオレのやりたいようにやらせてもらう」

 すっかり肩も透かされ、オレはドスンとその場へ胡座をかいた。
 DIOの側もやはり害意は無いのか、はたまた本気の本気でオレを誘う腹積もりなのか。乱れた衣服を几帳面に正し、脱ぎ捨てられていた黄のマントを肩へ掛けてこの場を気障に離れる。

423黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:07:07 ID:mCm9debw0


「おっと、そう言えば……?」


 出入口に足を向けていたDIOが、唐突に振り返った。
 なるべくならコイツの言葉をこれ以上耳に入れたくないのも事実なので、オレも心底気だるげな表情で視線を返す。

「一つだけ、聞きたい事柄があったのを思い出した」
「……?」
「先程の戦闘で君が見せた、身体を霧状に分散させる技。アレは元々君の持つ能力か何かか?
 無粋だが、気になった事があれば“昼”も眠れないタチでね。種明かしをお願いしたいのだよ」

 何かと思えば、そんな事。
 あの技は夢中で“再現”したものだが、以前のオレでは到底真似できない芸当だ。他の同胞であろうと、同じく。

「……能力の種明かしを望むのはお互い様だろう。答える義務がオレにあるのか?」
「フフ……すっかり嫌われ者か。まあ、拒否して当然。誰しも手の内など知られたくはないからな」

 そうとも。それが知れれば誰もこんな苦労などしていない。

「だから少し、推察してみた」
「お得意の当てずっぽうか」
「そう言うなよ。自説をひけらかすのも私の趣味みたいなものだ」

 この余裕がオレとDIOの違いなのだろうか。早くも友達気分でいるのか、DIOは床にバラ撒かれた古本を興味無げに拾い上げ、実に適当に中身を開きながら颯爽と自説とやらを語っていく。

「私たち吸血鬼も肉体をバラバラにされた程度なら本来は再生できる。
 その応用で君は細胞をマイクロレベルにまで分解させ、大気中にて再構成させた」
「口で言うなら簡単だな」
「無論、簡単どころの話ではない。が……幻想郷にはかつて、それが出来る『鬼』が居たようだ」

 驚きを通り越して、呆れてくる。
 どうしてDIOがあの小鬼を知っているかはどうでもいいが、その博識さがあの異様な分析力に磨きをかけているらしい。

 密と疎を操る程度の力。
 闇の一族の持つ能力と、奴を取り込んで得た莫大な妖力を掛け合わせて構築した、簡易版能力と言った所か。
 再生力に関して異常な力を発揮する我々の力は、小鬼の操る『分散』と『集合』の能力とは非常に相性が良かったらしい。
 悔しいがDIOの予測は殆ど正解だ。霧状になったり、一部分を巨大化させる能力は、闇の一族の力の延長線に過ぎない。
 あの小娘から得た力が、それらを助長し発展させたのだ。これで尚、未完成な所は自覚もしているが。

 人は幻想に干渉され、現実を形作る。
 あの本に綴られていた理が、此処ではオレに味方した……といった所か。

「サンタナ。君は恐らく、まだまだ伸びる。渇きとは、人を無際限に強くするものだからね」

 男が背中越しに語る言葉は、馬齢を重ねただけのオレよりも遥かに豊富で重厚な歳月を生きた……老練家を思わせるアドバイス。
 しかし半端に残った種としての矜恃が、奴の言葉など真に受けまいと腹の奥でもがいている。
 それはそうだろう。少なくとも以前のオレならば耳を傾けることなく、空の心を揺すぶられる事なく一蹴していた。

「……オレの主は、お前ではない。カーズ様だ」
「君の渇望から生まれた『性』は、そんな形だけを取り繕った忠義で慰められるのか?」

 主の名を出すオレの声色に含まれた、ほんの些細な機微でも感じ取ったのか。
 オレの、主たちへ捧ぐ忠義心が、体裁を守るだけの荒廃した忠義だという事にDIOは気付いてしまっている。

「埋められん。ひとたび遠のいた威光を再び手にするには途方もない努力と、チャンスを懐に引き寄せる『引力』が必要なのだ」

 DIOは。
 オレにとってのカーズの立場に、なり変わろうとでもしているのか。

「私はただただ……君を惜しいと思う。
 この先を決めるのは君自身だが、私とて頼りになる『仲間』が欲しい切迫した状況でね。出来るなら良い返事を期待しているよ」

 ……違う、らしい。
 オレを、オレの能力を、惜しいのだと。
 去り際に放った一言は、またしてもオレの心を誘う蜜の味を占めていた。


「では、また。件の少女には話を通しておこう。
 蓮子。……それと、青娥もだ。上に戻るぞ」

424黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:09:50 ID:mCm9debw0

 奴の部下らしき──戦闘に巻き込まれないよう端で備えていた黒帽子の女と、一体何処に潜んでいたのか、ヒラヒラの服装をした妖しげな女が上から降り、共にDIOに付き添って行った。
 奴にも部下がいる。そいつらは何故、DIOに従うのか。
 尊敬か。支配か。興味か。いずれにせよ、今のオレに理解出来よう筈もない。



 残ったのは、オレ独り。
 今までの喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。


「───オレは、奴を殺しに来た……筈だったがな」


 醜態以外の何者でもないが、このまま撤退するのが無難だ。
 実際、一刻も早くここから去りたい気持ちで一杯だった。
 それを、やらない。気力が湧かない。
 何故か。
 DIOという男の魔力が、オレを捕らえて離さない。
 それは同時に……オレの未来から訪れる、また別のオレの姿が。
 ふとした時に、瞼の裏に浮かんでくるからなのかもしれない。


 火に飲まれ、半分が灰となった本が傍に落ちている事に気付いた。
 何となしにそれを手に取り、読める部分をパラパラと捲ってみても……内容は、全く頭に入ってこなかった。
 手持ち無沙汰と感じているのは、迷いが生じているからだ。


 オレは今、途方もない『選択』を強いられていた。


            ◆


「感心しないな、青娥。君にはメリーの護衛を命じた筈だったが」


 臆面もなくしゃあしゃあと背後を付いてくる邪仙の顔は屈託なくニヤニヤしたそれであり、彼女の良好な御機嫌が窺えた。
 その機嫌の根源など簡単に想像はつく。彼女の気質を考えれば、非常に心震わせる『見世物』をタダで観られたから、以外に無かろう。

「気付いておられたなんて、DIO様も一言言ってくだされば……。でもその点は本当にお詫びのしようがありませんわ。
 不肖、青娥娘々……居てもたってもいられず。気付けばその足は、一散に会場の陣取りへ泳ぎ出し。その手は、一心に貴方様への応援の鼓舞へ回り出し。
 ……あぁ、淑女としてお恥ずかしい限りです」

 言葉とは裏腹に、青娥の表情からはお恥ずかしさや申し訳なさ、必死さといった感情は見当たらず。ハッキリ言って癪に障るのだが、実のところ私は大して怒りなど抱いていない。

「元々、予想済みだったさ。君の軽薄な行動はね」
「まあ、人が悪いですわ。……と言っても“そうだろう”と私自身思ったからこそ、こうして堂々と抜け出たんですけども。
 ───メリーちゃんと八雲紫。あの二人を、会わせてみたかったのでしょう?」

 邪仙の胡散臭い笑顔が、一層影を増して黒ばむ。やはりこの女は相当に鋭いようだ。普段の奔放とする姿も偽りではなかろうが、腹に一物二物抱えた曲者である事を再認識出来た。
 部下としては正の部分も負の部分も持ち合わせる、組織を掻き混ぜるタイプのイレギュラーだ。そこがまた、彼女独自の素晴らしさだとも思うが。
 なので青娥の命令違反に関しては咎などあろう筈もない。そんな事よりも遥かに重要な計画がある。

 メリーと八雲紫を会わせる。
 それこそが私の目的の一つであり、眠りについたメリーを一旦は手元から離した理由だ。
 ディエゴの支配から解き放たれた八雲紫は、きっとメリーの奪還に戻ってくる。思ったより随分早い帰還ではあったものの、私の予想はズバリ的中したようだ。
 奪還の際、私が傍に居たのでは向こうも警戒を敷いてくるであろう事も踏まえ、敢えて部屋に置いてきた。青娥を護衛に命じたのは一応の体裁であり、興奮した彼女がすぐさま護衛対象を放置して来ることも計算済みだ。
 まあ、私のその予想すらも邪仙が読んでいたことはやや慮外ではあったが。

「……理想としては、二人を会わせるのはメリーを支配下に置いた“後”の方が都合が良かったがな」
「紫ちゃんが館に戻ってくるタイミングが、想像より早すぎたという事ですね」

 既に肉の芽内部で二人が出会った以上、恐らくメリーの陥落自体は難しくなった。傍にいる八雲紫がそれをさせないだろう。
 が、それならそれで構わない。優先順位はあくまで、メリーの『真の能力』……その羽化にある。
 きっかけは恐らく、メリーと八雲紫の邂逅。二人が『一巡後』の関係という予想が正解ならば、この引力にはきっと意味がある。

425黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:11:01 ID:mCm9debw0


「───DIO様」


 後ろを歩く蓮子が、少々困惑気味といった様子で私に声を掛けた。言わんとする内容には予想も付くが。

「肉の芽の事だろう? 蓮子」
「はい。芽に侵入してきた相手は、八雲紫のようです。……申し上げにくいのですが、これでは今すぐメリーを堕とす事が困難になりました」

 蓮子の肉の芽の内部という事は、私の中という事でもある。初めにメリーと竹林で会話した記憶が私にもあるように、現在蓮子の肉の芽で何が起こったかは朧気ながら把握出来ている。
 と言っても、それは紫が現れた時点までだ。意識のみとはいえ彼女が見張る今、メリーとの間で何が起こっているかは私とて知る手段が無い。
 尤も、芽の中の『私の意識』を退かせたのは敢えてだ。全てはメリーの能力を円滑に引き出す為の舞台作り。彼女らにとって、私という観客すら邪魔者以外の何者でもなかろう。

「肉の芽の中で起こっている事柄については、流れに任せよう。定められた方向に反発するエネルギーというのは、気難しい運命からは排除されてしまいがちだからね」

 八雲紫は、メリーの覚醒に必要不可欠な要因であるのは間違いない。
 逆を言えば、紫の価値とはそれ以外に無い。長く生かしておけば、必ず大きな障害となる筈。


 早めの始末も、考えておかなければ。



「ところで〜。さっきDIO様が撃った『目ビーム』……隠れて見ていた私に危うく直撃しそうだったんですけど!」

 光線によって千切れたであろう羽衣の端を見せつけながら、青娥が不満げに頬を膨らませた。どうせ安物だろうに。
 もう10センチほど右を狙っていれば、そのお喋りな口ごと削ぎ落とせたろうか……と、私は冗談半分真剣半分に思いふけながら、プッチが待つ上への階段を登って行った。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『聖白蓮』
【夕方 16:07】C-3 紅魔館 食堂


 神父服を纏った男が、無様に転がっていた。
 横転した椅子の背もたれ部に何とか肩を掛け、息も絶え絶えといった様子で睥睨する男の姿は、相対する白蓮から見れば滑稽には映らなかった。

 荒い呼吸が示す通り、彼は重傷を負っている。たった今、白蓮が痛め付けた傷だ。
 足を折られ、腕を折られ、アバラを折られ、とうとう立つこともままならない症状で口を動かす男の表情に浮かぶは、どういう訳だか不敵の色。
 白蓮の嗜虐心が今の満身創痍な神父を作った訳では決してない。免れなかった戦いの中、彼の殺意を伴った抵抗の結果として、男はこうして虫の息となっているに過ぎないのだから。

 容易に、とまでは言わないが、こうもあっさりと男が追い込まれたのは、プッチと白蓮の力量差を考えれば至極当たり前と言えた。
 邸内に身を潜ませながらの攻撃とはいえ、壁という壁を破壊しながら猛烈な勢いで本体を索敵する白蓮を止めるには、ホワイトスネイクでは過ぎた強敵である。
 猛追する白蛇をいなし、奥に長く伸びた食堂ホールに身を隠した神父を発見するのに、大した時間は掛からなかった。
 そうなってしまえば、均衡していたように見えた戦況など器から溢れ出した水の様に儚く、止め処無いものである。元々負傷も多かったプッチでは、結果として成す術もない。

 病院送りは確実である負傷と引き替えに神父が得た僅かな戦果と言えば、白蓮の体力と、取り分け厄介な得物『魔人経巻』の強奪くらいだ。
 割に合わない結果。

「……どうした。早く、やれ、よ……白蓮」

 だと言うに、男の苦し紛れに放った間際の台詞は、諦観や虚勢とは程遠い場所からの───挑発するような一言である。

「……その台詞は、私を試している……おつもりですか?」

 サーベル状に尖った独鈷を右手にぶら下げ、白蓮はプッチを見下ろしながらくたびれたように言う。
 魔人経巻を奪われた今、以前までの常識外れな速攻は発揮出来ない。攻撃の合間に詠唱を挟む必要があるからだ。
 が、それもこの戦況なら些事でしかない。右手の武器をプッチの胸へと、ケーキにナイフでも入れるようにストンと差し込めば、それだけで決着する。

「試す……? それは、違う。
 急かしている、だけさ。勝負は君の勝ち……だ」

 プッチは戦いの前に、こう言った。
 聖白蓮では私を殺すことは出来ない、と。

 確かに、白蓮は甘かった。
 それは彼女が戒律上、決して殺生を行わない人物である事をプッチが理解していた事も含まれるのだし、現にこうして彼女は未だにトドメを刺そうとしない。
 白蓮が本気でプッチを無力化させるつもりであれば、戒律など捨てて殺すべきである事も自分で理解出来ているだろうに。

 単に、決心の時間を要しているだけだろうか。
 又は、彼女に人殺しなどやはり荷が重いのか。
 どちらにせよ、と男は思う。
 こうなる未来も、初めから『覚悟』していた。
 だからこそ、プッチの顔には恐怖の片鱗すら浮かばない。

426黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:11:46 ID:mCm9debw0

「……ジョルノが、さっきから見当たらないな。
 息の根を止めるトドメだけは彼に任せようという魂胆ならば、聖女が聞いて呆れるが」

 気にはなっていた。一緒だったジョルノ・ジョバァーナの姿が無かったことに。
 隠れた陰から不意打ちの可能性も考えたが結局音沙汰は無いし、そもそもプッチにはジョルノの位置が『感知』出来る。すぐ近くには居ない事が分かっていた。
 今更彼の行方を尋ねたって無益な行為だ。女に叩きのめされ、録に動けぬ体たらくとなった今では。

「最初に申した筈です。私は……聖女でも何でもない、と」
「その、ようだ。……君はやはり、人を導くに足る覚悟を有していない」

 人が敗北する原因は……『恥』の為だ。
 人は恥の為に死ぬ。
 あの時ああすれば良かったとか、なぜ自分はあんな事をしてしまったのかと……後悔する。
 恥の為に人は弱り果て、敗北していく。

 つまり。

「つまり……人は未来に起こる不幸や困難への『覚悟』を得る力を持たないから絶望し……死ぬのだ」

 荒い息を整えながら、白蓮がプッチの前に立った。
 手には独鈷。弱々しい魔力ながら、殺しには充分な威力を保った形状を漲らせる。
 見上げる神父の顔は……覚悟を決めていた。

「それは……貴方自身の体験談ですか? プッチ神父」

 後悔が人間を弱らせ、死なせる。
 ある町で神父に起こった悲劇は。
 確かな後悔を、青年へと齎した。

「そうでもある。しかし私のそれは、既に過去の話だ」

 一人の吸血鬼との出会いが、青年を後悔の呪縛から解き放った。
 天国。親友となった吸血鬼が呟いた其の場所に、いつからか神父は夢を見た。
 其処は、この世の全ての人間が『未来』を一度経験し、覚悟を得られる理想郷。

 加速する時の中……宇宙のループを経て元の場所へと帰り着く。
 予め予定されている未来。目指した場所とは、其処のこと。

 故に、今のプッチに後悔は無い。そう呼べる感情など、過去に置いてきた。
 妹を失った残酷な運命すら、神父を上へと押し上げる糧へと移り変わった。

「君には無いモノだ。過去を乗り越えられないままに迷う、未熟な君には……ね」

 まるで『勝利者』は、手も足も出せず立つ事すら出来ずにいる神父の方なのだと。
 まるで『敗北者』は、武器を振り上げ男の心臓を狙っている聖白蓮の方なのだと。

 悟ったように嘲る男の貌が、裏側に隠された真意を如実に表していた。

 恥、の為。
 後悔。
 聖白蓮には、振り払えるわけのない邪念がある。
 寅丸星への後悔が、未だ腹の底で疼く。
 神父が指しているのは、その事に違いなかった。
 曇ってしまった心眼が、白蓮の最後のラインを割らせる。

 命を、奪う。
 邪気も萎縮も漂わない、彼女の最後の覚悟。
 それは───
 『神父らを生かしては、きっとまた後悔する事になる』
 『無関係である穢れなき生命達が、消えてしまう』
 そんな未来を危惧し、自らの手を穢すことも厭わない覚悟。
 地獄にも堕ちてやらんとする覚悟が、泥のように重たらしい彼女の腕を動かした。

 この覚悟を固めた時点で、私は清らかではなくなってしまう。
 もう誰かを導く資格など、失ってしまう。
 それでも、と。
 邪心を持つ神父を止めるには、その生命の脈動をも止めるしかないと彼女は判断する。


 独鈷の切っ先が、神父の臓腑を穿つ寸前。
 男の額から、見覚えのある───煌めく『円盤』が半身を覗かせたのが、

 白蓮に、見えた。


 攻撃が、ほんの一瞬……緩む。



「やはり最後には、『ジョースター』が私に味方した」



 神父が邪悪にほくそ笑んだ。
 額から飛び出た『ジョナサンのDISC』を見せ付けながら。
 致命的な動揺を抑えきれなかった白蓮の額に、白蛇の牙が噛み付いた。


 戦いは終了した。
 女の両眼から、生命の灯火が尽きて。


            ◆

427黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:12:31 ID:mCm9debw0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「三つのUですか?」
「層ね。層。───『三つの層』よ」


 雨上がりに掛かる虹景色をバックに、紫さんはそう言った。聞き慣れない単語を耳にしたからか、私もつい変な返しをしてしまったけれど、紫さんは冷静に訂正を入れながら『この世の理』について語り始める。

「この世には──いえ、あの世にもだけど。『異界』と呼ばれる数多くの世界が存在しているの」

 異界。普通の人間ならばそんな言葉を聞いた所で、変な顔となるか、一笑にふせるのかもしれない。
 勿論、我が秘封倶楽部はその限りではない。
 私にとっては、特に。

「冥界、地獄、天界……といった具合にね。そして異界には何らかの特殊な条件か力が無いと行き来出来ない。
 さて。貴方にも身に覚えがあるんじゃないかしら?」

 それは、日常の中に隠れる非日常。
 別の言葉では『結界』とも。

「貴方は過去に幻想郷を訪れている。それも何度か。幻想郷は、貴方にとっての『異界』となるわけね」

 紫さんの言う通り、私は自分の能力によって幻想郷に赴いたことがある。
 いえ、あの時は其処が幻想郷だなんて知る由もなかったかもしれない。ただ元の世界とはちょっぴりだけ違う場所の不思議な土地、程度の認識だったと思う。
 そんな体験があるからか、紫さんの話は特に引っ掛かる事なくスムーズに受け入れられている。
 少なくとも、ここまでは。


「ここからの内容は……マエリベリー。
 ───物凄く『重要』な話になる。心して聞きなさい」


 そう前置きする紫さんの顔つきが、僅かにシリアスなものへと澄まされる。
 思わずゴクリと唾を飲んでしまった。この人はユーモアも備えた多様な女性であったから、そのギャップに余計に空気が強ばる。


「この世界は三つの層から成り立つ。
 まず、生き物や道具などがある物理法則に則って動く『物理の層』よ」


 曰く、物体が地面に向かって落下したり、河の水が流れたりするのがこの層だと。
 万物が万物たる所以。私たち人類は永い時間を掛けて、この物理法則と呼ばれる真理を解明してきた。そしてそれらの探究は、これからもずっと続くのだろう。


「二つ目は『心理の層』。心の動きや、魔法や妖術などがこの層に位置付けされる」


 曰く、嫌な相手に会って気分を害したり、宴会を開いてわだかまりを解いたりするのがこの層だと。
 先程の物理の層とは真逆で、こっちは精神的な働きで構成される世界らしい。未解明の領域という意味では、物理の層と然して変わらない。私からすれば目に映らない分、心理の層の方がミステリアスな域の様に思える。

「大抵の妖怪はこの『物理の層』と『心理の層』の理だけで世界を捉えているから、歴史が繰り返したり、未来が予定されているといった戯れ言を言うものよ」
「歴史が……繰り返す?」

 何気なく述べられた“歴史が繰り返す”という言葉に、私は多少引っ掛かりを覚えた。その疑問を解消するべく、紫さんは自らの説明に補佐を加えながらフォローしていく。

 曰く、ご存知の通り(それほどご存知でもないのだけど)妖怪とは長命な生き物。永き寿命を生きる彼らからしてみれば、人間の百年にも満たない活動は、生まれてから死ぬまで同じ事を延々繰り返している様に見えるのだと。
 付け加えるなら、人間の人生がある一点の時期にまで辿り着くと、そこを起点にして再び過去と似たような行動を繰り返し始める。
 生まれて十年、三十年、六十年目といった一定の周期を迎え、記憶の糸は一旦途絶える。彼らの歴史は巻き戻り、再び同じ様な行動を始めてしまう──様に見えてしまうらしいのだった。妖怪達からの視点では。
 よく『歴史は繰り返す』といった言葉を聞く。私の中のイメージだと、その手の言葉を使うのは頭髪もすっかり薄れ立派な白髭をたくわえた、村の長老といった肩書きがよく似合うヨボヨボのお爺さんだ。
 永い時を生きた者からすれば、確かに人間の歴史なんて繰り返しループされている様に見えるのかもしれない。
 紫さんが語る話は、つまりはそういう人と妖の視点の違いから覗いた世界の片側を指していた。

「勿論それは真理ではない。あくまで妖怪側から覗いた、人類の歴史の一側面というだけ。
 実際は違うわ。未来が予定されていて、人々がループを繰り返しているなんて事象は“有り得ない”のよ」

 ハッキリとした否定。そんなワケがあるものかといった具合に、紫さんは凛として紡いだ。
 その理由というのが───

428黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:13:55 ID:mCm9debw0


「三つ目の世界の層。それが『記憶の層』。
 この層の働きこそが、世界のループを拒んでいるの」


 曰く、万物が出来事を覚えるのがこの層だと。
 これは今まで出てきた二つの層と違い、ピンとは来ない。『物理』と『心理』は人間のごく身近な環境に確固として漂う理だけども、三つ目の『記憶』とは果たしてどういう事なのか?
 流石の私も首を捻りながらクエスチョンマークを頭上に浮かべると、紫さんは何処からともなく(本当に何処から?)正四角形の物体を一個、取り出して見せた。

「何ですか、それ?」
「見ての通り、賽子よ。極々普通で、種も仕掛けもございません」

 どちらかと言えば賽子本体より、何処にあった物なのかが気になるのだけど、ここは『夢』の世界のようなもの。ただ念じれば具現化出来るのだとすれば、種も仕掛けもないのは本当だろう。気にしたら負けなんだ、きっと。

「例えば、この賽子を一回振って『一』が出たとします」

 紫さんは袖を抑えながら屈み、手に持つ賽子を石段の上へと軽く落としてみせた。
 出た目は……『一』。偶然か必然か、宣言された目の数とピタリ一致。

「それではマエリベリー。質問よ。
 もう一度この賽子を全く『同じ条件』で振ると、賽の目はどうなると思う?」

 付加された条件とは『賽子の初期条件を前回と完全に一致させたなら』という内容。
 つまり位置、角度、力の入れ具合も全く一緒にするという条件で再び振ると、賽子はどうなるという問い掛けだ。
 私は凡そ直感で問題に答えることにした。

「前回と同じ目になる、ですか?」

 別段、おかしな解答にはなっていないと思う。合理的に考えれば、そうなったって何の不思議もない。

「なるほど。じゃあ、試してみましょう。これからさっきと全く同じ条件で、この賽子を振ります」

 ふわりと紫さんの腕が舞った。
 舞ったというのは無論比喩であり、地に落ちた賽子を拾い上げ、もう一度袖を抑えながらそれを構える彼女の姿が、残像を残しながら緩慢に動いたように錯覚したからだった。


 果たして、賽子の目は私の出した答えとは異なり───『六』の目をひけらかしていた。


「残念。結果は前回とは違ったわね」


 ……いやなんか、納得いかない。
 というのも当たり前の話で、普通に考えれば「そりゃそうでしょう」と不貞腐れたくもなる当然の結果だ。
 まず『賽子の初期条件を前回と完全に一致させる』という条件が極めて困難だと思うし、確かに今の紫さんの挙動は最初に投擲した動きをトレースさせている様には見えた。
 だからといって、実際どうかなんて分かりっこない。というか、そんな神技が人為的に可能なのだろうか。なにか、専用の装置のような物があればまだしも。

「貴方の不満顔は尤もでしょうけど……実際に今、私は確かに一回目の投擲を完璧にトレースしたわよ?」

 自己申告なんかで「したわよ?」とか自信満々に言われてもなあ。

「いえいえ。この程度の単純計算なら、我が未熟な式神ならともかく、私に掛かれば充分可能よ。
 位置、角度、力の入れ具合も完璧に計算した結果として、この賽子は『六』の目を弾き出したのですわ」

 正直、半信半疑だけど……そんな技巧が可能か不可能かなんて話題はどうでもいい。
 重要なのは『全く同じ条件で振ったに拘らず、前回と異なる目が出た』という結果。紫さんが言いたいのは、その事だろう。

「前回で『一』が出たという事実を、“この賽子が覚えている”以上、同じ確率になるとは限らない。
 何故なら『記憶の層』がループを拒む性質を持っているから。万物に蓄積された記憶が、過去のある一点と完全に一致する事はないの」

 曰く、物理の層が物理法則で、心理の層が結果の解釈で、記憶の層が確率の操作を行う感じで、相互に作用して『未来』を作るのだと。
 この世の物質、心理は全て確率で出来ていて、それを決定するのが記憶が持つ『運』だと紫さんは付け加えた。

 この事実は、『未来が予め予定される事は有り得ない』という結論へと結ばれる。
 理由は、万物に宿る記憶の層の性質上、世界は決してループすることがない、という理論。
 これこそが、紫さんの持論だという。

429黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:16:08 ID:mCm9debw0

「じゃあ……紫さんは一体どっち側なんですか?」
「……と、言いますと?」

 実にして要領を得ない質問が口から飛び出してしまったものだと、言い終わって後悔してしまう。
 この話を一通り聞いて、私は少し混乱している。当たり前だ、いきなりこんなスケールの理論をさも当然の表情で聞かされたならば、普通は受け入れたりしない。
 でも私はどういう訳だか、紫さんの話を疑おうなんて思いもしなかった。そして一方で、彼女の立場に確かな疑問が生じ、今みたいに曖昧な質問を投げ掛けてしまう。

「最初に貴方は『妖怪側から見た人間の歴史はループを繰り返している』と仰いました。
 でも……言うまでもなく貴方自身がその『妖怪側』の視点の筈であり、でも一方においては歴史のループを否定しています。
 じゃあ紫さんの立場は、果たして『何処から』覗いたモノの視点なのかなって……」

 八雲紫という女性は、賢者とはいえ妖怪だと聞かされた。
 長命な妖怪であるなら彼女自身が例に出したように、人間達の歴史は滑稽な反復行動に見えているんじゃないだろうか?
 それこそが私の抱いたちょっとした疑問だった。でも彼女は「何だそんなこと」とでも言いたげな面貌に変わり、こう答えた。

「賢者として幻想郷を囲うにあたり、様々な人脈・妖脈が必須となる懸念や課題も多々出てきます。
 一例として、八雲の者はとある“頭の良い人間の家系”と代々、良好に及ぶ関係を結んできました。あまり世間には公言せず、秘密裏に……という形ですが」

 それが───稗田の一族。
 その名前を聞いて、私の脳裏に阿求の健気な姿が自然と浮かんだ。
 この世界で出来た私の友達、稗田阿求。今思い返してみると、あの子はスマホに写った紫さんの写真に対し『八雲紫様』と敬称を付けていたように思う。

「その頭の良い人間は、体験した記憶を全て本に書き留めて代々受け継いできた家系なの。
 だから永く生きてきた妖怪にも、記憶の少ない人間にも判らない世界が見えてくるんでしょうね」
「じゃあ紫さんが今語った論は元々、阿求──彼女から伝え聞いた話で……?」
「というより、遥か昔に彼女の一族の者とそういった議題を交わした記憶があるわね。
 表沙汰にはされていないけど、稗田は独自のパイプを用いて時折、妖の者と接触する。幻想郷のバランスを取るって名目だけど、腹の内では人間側を優位に立たせる為に。
 結果として稗田家は様々な視点から歴史を俯瞰する術を得て、現在までの人里の特異な位置付けに立場を構えているのよ」

 ……何だか、私が想像していた以上に阿求という人間は大物だったみたい。
 力は私と大して変わらないどころか、人並みに悩み、躓き、それでも懸命に歩もうとする格好はどこまでも一般的な『人間』を体現しているというのに。

 人間側でありながら、裏では妖怪達とのコネクションを密かに繋げる稗田家。
 妖怪側でありながら、特異な人間達へと協力関係を築き世界の理を見る八雲。

 同じ妖怪でも、八雲紫という存在は格別に異端らしかった。
 異端ゆえに、通常では見えない世界の裏側が見えてくる。
 理の陰で蹲る深淵の幕を、まるでスキマを覗くかの様に。

「だから私は少々特殊。無論、立ち位置としては妖怪側なのだけど。
 幻想郷のバランスを保つ為には、人間との架け橋を担う役割がどうしたって必要なのよ。良くも悪くも、ね」

 そう言って彼女は西方の彼方に沈み往く陽光と、尚も途切れることの無い七色の架け橋、そしてその奥に煌めく七星の連なりを順に眺めた。


「……と、まあそんなこんなで、この世には今話した『三つの層』があり、宇宙を成り立たせているのよ。ここまでは理解できたかしら?」
「あ、はい。……何となくは」


 一呼吸を置いて、紫さんがこちらへと振り返る。
 未だ空に残る優雅な黄昏色が、その流麗な金色の髪に溶け込むように絡む様は、まるでキラキラと光る海辺の砂粒を思わせた。
 どこを取っても美女たる要素が有り余る程に存在感を醸す紫さんに見惚れる一方で、私の頭の冷静な部分では、今の話がほんの前置きに過ぎないことを理解している。

「でも、紫さん。今の『三つの層』の話は、一体何処に繋がるんですか? 元々、私と紫さんの住まう『世界』の違いについて説明されていた筈ですけど」
「うん。貴方、思った以上にずっと賢くって柔軟な頭をしてるみたいね。流石は私」

 どうやら彼女は一々茶化さなければ話を前に進められない性格をしてるらしい。やっぱりこの人、回りくどいわ……。

430黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:17:34 ID:mCm9debw0

「今の話の、特に『記憶の層』のくだりを下敷きにしておいて欲しいのだけれど。
 DIOの言う『一巡後』……つまり私から見た貴方達の世界は、別の宇宙である可能性が非常に高い」

 別の宇宙。それはつまり、銀河の果て同士にある別々の地球……という意味ではなく。

「SF的に言うなら……平行宇宙という言葉がしっくり来るわね。
 それもただの平行宇宙ではなく、私の知る世界に存する事象線上が一旦は終焉を迎え、宇宙が行き着く所の特異点に辿り着いた──その『先』に生まれた『新世界』……それが貴方達の世界」

 一巡後とは宇宙が究極の終わりにまでとうとう辿り着き、夜明けと共にまた新たな宇宙が誕生した先の世界を云う。
 実に……実に巨大なスケールで展開された話を、私が持つ知識を総動員させて頭の中で組み込んでいく。

 紫さんが話したような内容に、昔見た本だったか……とにかく私は覚えがある。
 確かアレは、そう。

「それって例えば……『サイクリック宇宙論』、とかですか?」
「あら、よく知ってるわね。そうね……人間達の理屈だと、それに近いかもね」

 サイクリック宇宙論。
 宇宙は無限の自律的な循環に従うとする宇宙論。
 例えばかのアインシュタインが簡潔に考えを示した振動宇宙論では、ビッグバン(誕生)によって始まりビッグクランチ(終焉)によって終わる振動が永遠に連続する宇宙を理論化した、とか云々かんぬん。
 こういう専門的な知識はまたもや蓮子のお家芸だから、私では上手く言語化出来ないけど。
 要するに『この宇宙は既に誕生と終焉のサイクルを幾度となく繰り返して生まれた後の宇宙である』みたいな理論だったと思う。

「私の住む地球が……そうね。例えば『50回目に創造された宇宙』と仮定しましょう。
 一方でマエリベリー。貴方達の住む地球は『51回目の宇宙』の次元、という論が私やDIOの仮説なのです。
 尤もそれは52回目かもしれないし100回目なのかもしれないけど、そこは重要じゃない」

 私の口は、情けなくも半開きになっていたかもしれない。
 こんな壮大な、都市伝説の域を遥かに超える奇説をさも当然のように聞かされているのだから無理からぬ事だ。
 さっき引き合いに出したナンタラ宇宙論だって、別に学者間で決定的な根拠などある訳もなく、世間的にはトンデモ論に位置付けられる突飛説に過ぎないのに。

 でも───だからこそ面白いし、胸が高まる。
 何故って? そんなの私がこの世の謎を暴く『秘封倶楽部』の一員だからに決まってるじゃない!

「でも紫さん。幾ら別々の宇宙の世界だからといって、新宇宙が生まれる度に『地球』そっくりな惑星までもが新たに生まれるものですか?」

 私達の地球だけが知的生命体の住む星なのだとは別に思わない。
 でも紫さん達の話を聞く限りでは、彼女達の住む地球と私の住む地球は酷似している。例のレースの存在など、要所では微妙に食い違っているみたいだけども。

「あら。私と貴方の存在自体が、貴方の疑問に完璧に答えているのではなくて?」

 と、紫さんはこれ以上ないくらい美麗な笑顔を私へと向けてきた。首を傾けながら微笑む美女の絵は、同性の私すらをも虜にさせかねない程の破壊力を秘めていて、思わず返答に窮してしまう。

「ま、理屈じゃあないみたいよ。原初の成り立ちっていう構造なんて。
 宇宙の果てを知らないように、たかだか幻想郷の一賢者である私如きではそんな謎、知らないものね」

 開き直ったような素振りで、紫さんはぷいと視線を外した。知らないものねと言いつつ、実はこの人は何もかもをも知っている上で、敢えて含んだ言い方をしてるんじゃないかしら、とたまに訝しげずにはいられない。
 それに『理屈じゃあない』というのも真実で、私と紫さんがただの他人じゃないという奇妙な確信が私の中にあるのだって、きっと理屈じゃあないのだから。

431黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:19:13 ID:mCm9debw0


「あ、もしかして」


 ここまでを考えた時、私にはある考えが閃いた。
 先程にも出た『記憶の層』とやら。この層が、私と紫さんの間で繋がる『奇妙な確信』に一役買ってるのではないか、という考えだった。
 物が過去の出来事──それも宇宙が一巡してしまうくらいに途方もない過去すら──を覚えているのが『記憶の層』だとすると、私と紫さんが出会ったことによってその層がある種の『シグナル』を発している、とは考えられないかしら。

 厳密には違うのだろうけど、分かりやすいようにここでは敢えて『前世』という言葉を充てさせてもらう。
 紫さんが私の前世である事は、この世界の記憶の層に刻まれる『マエリベリー・ハーン』が無意識下で覚えている。
 だからこそ私は彼女に並々ならぬ親しみを感じていて、逆に紫さんも私からのシグナルを受け取っている。私が立て続けに祈っていた『SOS信号』とやらも一種のシグナルで、紫さんはそれをキャッチしてここまで来た。
 私は前世の記憶を無意識の内に覚えている。記憶の層が物だけでなく人の意識にも適用されるというなら、充分に信憑性のある仮説じゃないかしら、これって。

 素人なりだけど、当事者なりでもある拙い意見。私がこの考えを紫さんに話すと、彼女はそれはそれは嬉しそうに頷き、愛用の扇子をパタンと閉じた。

「私が言いたかった事はまさにそこよ、マエリベリー」
「宇宙は終わりを迎え、また新たな宇宙が新生される。そして新たな地球が生まれる。でも……」
「ええ。記憶の層の話は、ここに繋がるの。新宇宙が創造されたとして、その事象が必ずしも歴史のループとはならない。一見これらは繰り返された宇宙規模の歴史の様に見えるけども、それは大きく違う」
「何故なら、私と紫さんの様に『似ているけども別人』といった事例や、前の地球には無かった『SBRレース』の存在が、歴史の繰り返しを否定している他ならぬ証左……ですね」
「そういうこと。では何故、似た地球が生まれながらこのような露骨な差異が現れるか……?
 それが『記憶の層』の働き。たとえ宇宙が終わろうとも、層に刻まれた幾多の記憶がループを拒もうと反発作用を起こす」
「そして記憶の深層に眠る無意識下での化学反応が、私と紫さんの魂に『共感』の信号を齎した」
「記憶の層とはつまり、物事ひとつひとつが歩んできた夢想の歴史。そしてこの宇宙全体が記憶する壮大な書物そのもの。
 原始からの全ての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶概念──アカシックレコードの様なモノなの」


 紡がれる言葉の数々が私の瞳に真実となって映り、まるで踊りを舞うように煌めいた。


「私とマエリベリーが出逢った。その事実に大宇宙の意思が関し、引力となって互いを引き合わせたのなら。
 これこそが『運命』でしょう。そして、この運命には必ず『意味』があると私は考えます」


 それらはとても美しい言葉が羅列する唄のように聴こえ、同時に儚さをも纏っていたように……私は感じた。


「私がマエリベリーと出逢えた事に『意味』があると言うのなら。
 その意味を、私達は考えなければならない」


 ここまでは、単なる余興。
 最後の本題とも言うべき言葉が次に続いて、私は己の存在意義へと疑を投げる事となる。

432黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:20:17 ID:mCm9debw0

「ここで一つ、過去を振り返ってみましょう。
 貴方は……如何にして結界を越える事が出来るのかしら?」


 賢者の問い掛けは、とても単純な内容で。
 私の原点へと立ち返る疑問を孕んでいた。


「それは『時』だったり、『場所』だったり。
 貴方の能力が発動し異界へ足を運ぶには、そんな条件が必要だった筈よ」


 私の能力。境目が見える程度の力について、根底的な謎。
 紫さんが言うように、私が『境界』を越えるには幾らかの条件が必要だった。
 私と彼女が出逢えた事が運命だとするのなら。
 その運命に意味があったとするのなら。
 引き合わせた『引力』とは、物理的にはそもそもどういった力か?


「貴方自身も、薄々感じてたんじゃなくって?」


 薄々、とは思っていた。
 今までの紫さんの話を聞いていて……ひとつ、筋が通らない事がある。
 というよりも、この筋が通ってしまえば……到底信じられないような、とんでもない事実が生まれてしまう。
 心のどこかで見ないようにしていた、私自身の謎。


 単純だ。
 それは私の『真の能力』について。


「今まで不思議に思わなかったかしら?
 『私と貴方が過去に出会った事がある』。それ自体の不整合性──矛盾について」


 そう。矛盾なのよ。
 言うなら、私と紫さんは表裏一体の存在。
 自分の前世の存在と会話している今現在そのものが、既に道理に沿ってないのだ。
 しかし事実として、私は過去にも幻想郷へと赴いた事がある。子供の頃には、紫さんらしき女性にも会っている。紫さん本人も、私と会った事があるとまで漏れなく発言している。食い違いは、無い。

 違う宇宙に生きる自分自身へと、私は遭遇しているのだ。
 現在の、この特異過ぎる状況の話ではない。
 過去の、日常生活の中で、だ。
 そこに疑問を挟むことさえ出来たのなら、真実など思いの外、単純で、簡単で。


 ───途方もない、現実だった。



「結果から述べると……マエリベリー。
 貴方の真の力は、言い換えたなら……


 ───『宇宙の境界を越える能力』、って事になるわね」



 そういう事に、なってしまう。
 だって紫さんが住む幻想郷が、私とは違う宇宙の場所ならば。
 過去に其処へと到達した経験のある私は、宇宙を越えたことになってしまうのだから。
 意図しない所ではあったけど、私は自らの能力を使って『禁断の結界』を乗り越え……また別の平行宇宙に存在する地球へと辿り着ける。
 一巡前だろうと、一巡後だろうと、無関係に。



 それが、私。
 マエリベリー・ハーンの、本当の能力。



            ◆


 この時点でのメリーではまだ知り得ない事実が『二つ』ある。
 無力でしかなかった少女の力はまさに。
 DIOとエンリコ・プッチの二人が焦がれ、求めてやまない境地であったこと。
 今在る宇宙を終わらせてまで欲した、全く新しい新世界──『天国』へと、その少女は扉を開いて行くことが出来る、神の如き力の片鱗を有していた。

 そしてもう一つ。
 まだまだ不安定なその力は、もう一人の自分──八雲紫との邂逅を経て、深層下で目覚めつつあるという事。


 冷たいままであった蛹は今、誰も見たことのない羽を彩った蝶へと羽化しようとしていた。

 邪悪の化身が握ろうと企む操縦桿は、まさに───


            ◆

433黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:21:24 ID:mCm9debw0

『エンリコ・プッチ』
【夕方 16:10】C-3 紅魔館 食堂


 天国への階段──ステアウェイ・トゥ・ヘブン──


 かつてDIOが目指し、別の未来においては“後継者”エンリコ・プッチが到達した新世界。
 時の加速を経て、神父は其処への螺旋階段を駆け巡り……『天国』を実現させた。

 そして、今。
 其処へ到れる唯一つの螺旋階段。
 望み、焦がれた『天国』への階段を。
 気の遠くなる程に長い階段を経る必要すらない、秘宝の如く隠された近道が存在するのなら。

 其の『扉』とは、何処にあるのか。
 其の『鍵』とは、誰が握っているのか。


 天国への扉──ヘブンズ・ドアー──


 とある吸血鬼は。遥か東方の小さな島国にて──その少女と運命的に出逢った。
 天国への扉。その『境界』の向こう側に、男の望む楽園は広がっているのだろうか。

 扉の『鍵』は、二つ。
 鍵となる女は、鏡写しの様に似通った形をしていた。


 天国より創られし楽園──メイド・イン・ヘブン──


 理想郷は、すぐそこに在る。


(DIOは理解していたのだ。『あの少女』が天国への鍵となる、大いなる可能性だと)


 神父は心の中で、ゆっくりと唱える。
 神へと祈るように、友を讃える想いを。


(我々の勝利だ、DIO。今日という素晴らしき日を、私は生涯忘れないだろう)


 その少女と巡り逢えた幸運を。
 その少女と巡り逢えた引力を。
 その少女と巡り逢えた運命を。

 この素晴らしき世界──The World──を、DIOと共に祝福しよう。

 What a Wonderful World...


「私達の望んだ天国。それが今日、叶う」


 もしも……未来に起こる不幸が確実な予知となって、人々の脳裏を過ぎったとしても。
 運命の襲来に対し『覚悟』出来るのならば、それは絶望とはならない。
 覚悟は絶望を吹き飛ばすからだ。


「私が創り上げる宇宙とは、そういった真の幸福が待ち受ける世界なのだ」


 そんな世界が、もしも存在するのならば。
 人々が『前回の宇宙』で体験した出来事を、そのまま『次の宇宙』にまで“記憶を保持したまま”持ち越す事が可能ならば。
 言うなら『記憶の層』と呼べるような事象があり得、人類全てに根付いた記憶が無意識的に未来を予知出来る世界を生み出せたなら。
 
 例えば──あくまで例えであるが。
 産まれてくる息子の死という運命を、母親は覚悟して迎えることが出来るのなら。
 そうであるなら、きっと。
 息を引き取った息子を、他人の健やかな赤子とこっそり取り替える愚行など……決して行わない。
 エンリコ・プッチとウェス・ブルーマリンのような、呪われた運命に取り憑かれる非業者も……次第にいなくなり、完全に枯渇するだろう。

 神父には、そんな奇跡が可能だった。
 いや、可能だと疑ってもいなかった。

 親友DIOの遺した意志と、骨と、日記を読み取り。
 プッチは、そう解釈した。

 そしてそれこそが、親友DIOが夢見た天国だとも。
 プッチは、そう解釈した。

 未来は予定されている。
 歴史は繰り返される。
 プッチは、そんな奇跡を望んだ。

434黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:23:50 ID:mCm9debw0


「まことに儚く、諸行無常……です」


 鮮やかであった瞳の色を無に薄めながら、女は虚空へと力無げに呟いた。
 穏やかながら隆々としていた生気は、消滅へと限りなく近付いている。
 彼女の生存がもはや絶望的だという確たる証明が、その覇気の無さに現れていた。

 それも止むなし。
 ホワイトスネイクから円盤を抜かれた者であるなら、如何な超人であろうと賢者であろうと、魂を強奪される事と同義。すなわち死だ。
 白蓮が覗かせてしまった僅かな隙の起因は、神父が予め額に潜ませておいた『ジョナサンのDISC』。トドメの刹那、彼女はその光景を目撃し陥ってはならない思考に囚われた。

 ───もしこのまま神父を貫いたなら、彼と一体化しているジョナサンの円盤はどうなる?

 分かりはしない。しかし最悪……神父の死に釣られて円盤も“死ぬ”のではないか?
 生まれた躊躇はそのまま硬直と化し、神父が貪欲に窺っていた反撃の隙を生んだ。

「今の台詞は……君が求めた理想への皮肉か?
 それとも……永久不変の幻想を憂う、胸の内に抱えた本音か?」

 叩き折られた右足を庇いながら、プッチは荒い呼吸で何とか立ち上がる。
 白蓮を下に見る為に。
 否。彼女よりも更に『上』へと昇る為に。

「貴方達の……『夢』の、話です」

 女の視線だけが、プッチを捉えていた。
 小さく掠れた声が、しんと冴え澄んだ食堂ホールの全域に反射したようであった。

 白蓮の生命線であるDISCが奪われたにもかかわらず、仰向きのままに倒れた彼女の声帯から萎んだ声が捻出された理由。それは、魂の痕跡が際の所で器を動かしているだけに過ぎない。
 かつて空条承太郎が娘を庇い、白蛇から額の円盤を奪われた時も同じだった。直ぐに昏倒する様など見せず、ゆっくりと眠りにつくように、次第に意識を失う事例もある。

 ただのそれだけ。
 聖白蓮は抜け殻だ。じきに意識は絶える。
 失われた円盤を在るべき場所に戻せば蘇生はするだろう。
 それを、目の前の男は決して許さない。
 神父が最後の力を振り絞り、スタンドの右腕を相手の心臓に狙い付けている構えが、殺意の証明。
 今やプッチに、瀕死の女なぞと禅問答を交わすつもりは無い。

「君の危惧した通り、さ。
 私のDISCは、体内に入れたままその者が死ねばDISCも消滅する」

 プッチの命と共に、ジョナサンの命をも喪う。
 男が白蓮に用意した天秤とは、そういった謀略を含んでいた。

「だが全ては無駄だ。君の判断で無事に済んだジョナサンのDISCはこれより、皮肉にも君の体内に仕込まれる。実の所……処分に困っていたのだよ、コイツは」

 フラフラとした様子で、男は宿敵の意志が篭った円盤を眼下へと見せ付ける。
 物理的な破壊が困難なDISCを効率よく消し去る術。神父は、白蓮の肉体を利用する手段を考案した。
 実に簡単な事だ。壊せないならば、目の前の死に掛けに“連れて行って”もらえば良い。

 不意に男が膝をついた。
 女に差し込もうと手に持っていた円盤が、コロコロと床を転がる。
 両者とも体力はとうに限界だった。格好を付けようと立ち上がる姿勢すら保つことが難しい。全く情けない醜態だと、男は自嘲せずにはいられない。
 しかし既に制した女ほどではない。歩行もままならない状態だが、スタンドの腕を練り上げる体力程度は残っていた。
 女を超人たらしめる肉体強化の魔法は、とっくに途絶えていた。すなわち、彼女の肉体的強度は常人にまで戻っている。魔人経巻も無いのでは完全に打つ手はないだろう。
 だが、やはりプッチの肉体も同様に悲鳴を上げている。このまま時を待ったとしても男の勝利は揺るがないが、別行動中のジョルノの警戒も忘れてはならない。尤も、首のアザの反応はここより近辺には無いが。


 その事に僅かなりの安堵を抱いてしまったからだろうか。
 プッチにとっては完全なる慮外者の接近に、気付くのが遅れた。



「ヘイ、お二人さん。立てないならば、肩でも貸すかい?」



 軽薄な声の主は、神父の属する一味の仲間であり。
 白蓮にとって見れば、顔も知らない赤の他人。それどころか新手のスタンド使いという認識でしかない。
 突如として姿を現したカウボーイがこの場に立つ、そもそもの因果を辿ったなら。


 かの住職の無邪気な身内が叫んだ最期の山彦が、全ての始まりだったのかもしれない。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

435黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:25:45 ID:mCm9debw0
『ホル・ホース』
【夕方 16:05】C-3 紅魔館 二階客室

 どれだけの時間を無為に浪費したのか。ホル・ホースには計りかねた。
 時計を見やると、あれから30分の時間が経過していた。これを多いと取るか少ないと取るかは判断に困るところだ。

 あれから──突如スキマから現れた謎の美女がよく分からない理屈で寝床に入ってから──護衛を任された男は何をするでもなく、ただ部屋の中で待機するだけの時間を過ごした。
 無防備な姿でベッドに横たわる女は、曲がりなりにも美女と形容するに有り余る美しさを誇っている。男の欲を刺激する美貌と肉体をふんだんに手にした女が、息一つたてずに目の前で眠っているというのだ。
 オプションとして隣には、娘か妹かと見紛いかねない程に似た容姿の少女が同様に眠っていたが、こちらはホル・ホースの守備範囲からは外れていた。
 女とはやはり、相応に経験を蓄えた齢が放つ独特の魅力。大人の女性であることが、ホル・ホースのストライクゾーンである。
 従って八雲紫は彼から見ると、是非ともモノにしたい条件をクリアした、およそ完璧な美女である。

「見た目はモンク無しだし、中身だって許容範囲なんだがねぇ」

 手持ち無沙汰に『皇帝』を弄りながら、彼女への評価を冷静に口から零す。
 「おイタは駄目よ」と媚び声で釘を刺された以上、目の前に置かれた妖しい果実を齧ろうという悪戯心などホル・ホースには湧かない。
 毒があるかも、とかそんな理由は無きにしも非ずだが、それ以前に彼は女の扱いに関しては意外と紳士な事を自称している。
 寝込みを襲うといった野蛮な手口よりも、正当な手順を踏んでの行為を望む男である。この世の多くの女性がムードや雰囲気を重視するものだとも理解しており、そうであるなら女性側の気持ちを尊重してあげたいというのが、誰に問われた訳でもないが彼のモットーだった。

 以上の至極尤もな理由で、彼が八雲紫に手を出すことは無い。当人が望まない限りは。
 第一にして、女癖のある彼であろうと、今の状況で色に溺れるほど現実が見えてない訳でもない。下手をすれば返り討ちにあって死ぬ、なんて事も普通に起こり得る。

 よって、この男は暇を持て余していた。

(……さっきから建物全体が響いてやがる。DIOのヤローが戻ってきたら、オレァなんて説明すりゃいいんだ?)

 予想以上に長く、紫の意識が戻らない。
 待機中に気付いたことだが、よく考えればこの部屋にはDIO達がいずれ戻ってくるに違いない。
 その時、ベッドに眠る彼女達を訝しんだDIOは、きっと現場責任者のホル・ホースに説明を要求するだろう。その場は誤魔化しきる自信はあるし、そもそもホル・ホースに現段階で過失は見当たらないので、誤魔化す必要すら無いかもしれない。
 が、面倒だ。少なくとも紫から(一方的に)任された護衛の任務は、あえなく失敗する未来が見える。

 とっとと目を覚ませ。さっきから浮かぶ言葉はそればかり。
 いよいよとなれば彼女を見捨てる決断も視野に入れてきた頃、外野の『騒音』が間近に迫ってくるのを、男の耳が捉えた。
 敢えて考えないようにしていたが、これは戦闘音だ。それも、この部屋からそう遠くない場所で。
 では、何者との戦闘か? それを考えずにはいられない。

「まさか、だよな」

 その『まさか』であった場合、ホル・ホースには選択が迫られる。
 捜し求めていた人物がこの館に侵入しているのは分かっている。だが『彼女』は既にDIOと交戦している可能性が高く、そこにホル・ホースが割って入れば──最悪、DIOに粛清されかねない。
 馬鹿げた選択だ。『彼女』と自分には、直接的な関係は皆無だというのに。
 それでも、あのサイボーグ野郎から自分を救った恩人の少女の影が、頭から離れようとしない。


 戦闘音が、止んだ。


(……終わったな。様子を見に行くくらいなら……バチは当たらねーか?)


 チラとベッドの女二人を一瞥する。
 起き上がる気配すらない。部屋を出れば、紫の頼みごとに反する。


 (様子を……見るだけだぜ)


 男は壁に掛けていた相棒のカウボーイハットを手に取り、音も無く部屋から退出した。
 約束を破るという行為が女をどれほど不機嫌にさせる起爆剤となるかを、深く理解しつつも。

            ◆

436黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:27:29 ID:mCm9debw0

『命蓮寺か、たしかお前が住んでるとこだったな。で、その聖様とか言う奴はそんなに強いのか?』

『もちろん! 聖様は阿修羅みたいに強くって、お釈迦様みたいに優しいんだから! それにね、それにね!───』


 確かあの声のデカいガキンチョは、聖白蓮の事をそう評価していたか。
 オレの知る住職サマのイメージは、そこに転がっている女の着こなす恰好とは大きくかけ離れていた。詳しくねーが、寺の住職っつーのはバイクスーツみてーなスタイリッシュなのが普段着なのか?
 いや、偏見は良くねー。住職でもバイクくらい乗るだろーし、だったらこんなボディラインの強調されたスーツだろうが着るだろう。
 つか、想像以上にべっぴんの姉ちゃんというか……エロいな。本当にこのチチで住職か? こりゃさっきのスキマ女並みに上玉じゃねーの? いやいや、ンなこたーどうでもいい。
 ……それより、生きてんのか? お陀仏ってんじゃねえだろうな。


「お前は……ホル・ホース、か」


 長テーブルに腰掛け肩で息をする神父服の男が、背後に立つホル・ホースを振り返って言った。
 脈絡なく現れたホル・ホースには、今目の前で苦しそうにしている神父の顔に見覚えがある。さっきエントランスでDIOと共に居たプッチとかいう男。
 となればDIOもどこか近くに居るのかも知れない。迂闊な行動は自らの首を絞めるだろう。


「素晴らしいタイミングで現れてくれた。そこに落ちている円盤を彼女の額に嵌め込み……ホル・ホース。

 ───聖白蓮を……撃て」


 肉体の負傷が激しいのか。プッチは呼吸するのも一苦労といった様子で、ホル・ホースに指示を飛ばす。
 足元には神父の言うように一枚の円盤が光っていた。先程聞こえた会話から察するに、件の『ジョナサンのDISC』だろう。
 腰を屈めて手に取ったそれは通常の円盤と違い、グニャグニャした手触りがなんとも奇抜だ。ホル・ホースはこれが、白蓮が追っていた重要な物品だという事を心得ている。
 これを相手の額に挿したまま命を奪えば、円盤ごと消えるという事も聞いた。

 合点がいった。プッチは、白蓮とジョナサンの二名を同時に殺害するつもりか。

「どうした、ホル・ホース。DIOからは君が極めて優秀な銃士だと聞かされている。
 見ての通り、私は多大なダメージがある。“君”にやって欲しいのだ」
「……ああ、なるほど。そういう事ですかい」

 状況は、極めて厄介。
 ここで白蓮を撃つのは容易い。見たところ彼女は反撃する様子など微塵も無いし、言われた事を行動に移せば神父やDIOからは小遣い程度の信頼くらいは貰える。
 しかし、その前に彼女とは一言二言交わすべき言葉がある筈だ。何よりもその事を最優先として、今の今まで会場中を彷徨っていたのだから。
 その努力が、全部パァとなる。それだけならまだしも、響子の気持ちを最悪な形で裏切る結果となる。


 何よりも、女は撃ちたくない。美人であるなら、尚更。


「神父様。DIOのヤロ……DIOサマは今、どちらですかい?」
「彼は地下に現れた下賎な敵と交戦中だ。尤も、時間の掛かる仕事にはならないだろう」
「そうですか」

 神父の目の前で、白蓮と言葉を交わすことは可能だろうか。
 危険はある。ホル・ホースとプッチは現状、仲間の括りに纏められており、そうなると白蓮は建前上──敵だ。リスクの芽がある以上、考え無しに水を撒くと後の開花が怖い。
 それにプッチとて、ホル・ホースがNoと断れば自ら動くだろう。少し疲れたから仕事を代わってくれないか、程度の代役なのだ、これは。


 本当に、極めて厄介なタイミングで顔を出してしまったものだ。オレとしたことが。
 周囲を確認する。白蓮が破壊した痕であろう壁の大穴以外、密封されたホールであり人目は無い。

437黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:29:07 ID:mCm9debw0

「人は誰しもがカンダタとなりうる。そんな世の中で白蓮……君がやろうとした行い。そしてやろうとしなかった行いは、誰にも責められるべきでない。
 地獄に堕ちてでも私を殺害しようとした決意は称賛しよう。だが、やはり『覚悟』が足りなかった。
 ジョースターを道連れにしてでもとは考えず、垂れ下がった一本の蜘蛛の糸を彼に分け与えようとした。皮肉な話だが……君の敗因はそれだ」


 銃を構えて白蓮に狙いを付けるホル・ホースの背後。
 プッチは最後に語った。

 人は恥の為に死ぬ。
 聖白蓮はこれより、己が抱いた『迷い』という名の恥によって殺される。
 このような悲劇を生まない為にも、プッチは夢を創りあげようと手を染めているのだ。
 理解を求めようとは思っていない。彼の理解者は、唯一の友人だけで事足りた。
 未来が予定されてさえいれば。
 自らに訪れる困難を全人類が予め覚悟出来れば。
 聖白蓮は、こんな末路を辿ることも無かったろうに。


「感謝しよう聖白蓮。
 君の迷いが私に勝利をもたらし人類を幸福に導く礎となる、『天国』の為の運命に……感謝しよう」


 その言葉が、エンリコ・プッチが世に遺した最期の言葉であった。



「じゃあオレが“こうする”未来は……覚悟出来ていたかい? 崇高なる神の代弁者さんにはよォ」



 倒れた白蓮を貫く未来はいつまで経っても到来せず、唐突に背後を振り返ったホル・ホースがプッチの心臓に銃口を向けた。


「そんなに天国へ行きてぇなら、オレが連れてってやるぜ」


 パンと、不気味な程に静かな破裂音が一発だけ轟く。


 〝善〟も〝悪〟も無い。
 崇高な目的など芥程も考えていない。
 今撃つべきクソッタレの邪魔野郎はこの神父だという、単なる直感。
 神も運命もどうだっていい。
 信じるは己の経験とカン。それに従って、引き金を引いただけ。
 迷いなんか、あるか。
 人を撃つ覚悟など、どれだけ昔に済ませたかも覚えていない。


 僅かな震えも起こさず、〝白〟にも〝黒〟にも属さない、只々無機質な〝灰〟の弾丸が───神父の臓腑を、正確無比に穿った。


 赤黒い血飛沫が神父の空いた胸から散った。
 弾丸が背へと貫通することは無かった。銃士の卓越した技術が、心臓を通過した一瞬のタイミングを狙って弾丸を解除するという神業を成功させたからだ。
 これで死因となる弾丸痕は胸の一つのみ。なるべく死体には目立つ傷を付けたくなかった。
 血の溜まり場に沈んだプッチの遺体をホル・ホースは慎重にうつ伏せの形へと覆した。焦げ付いた風穴が神父の胸と床との間に隠れる。一目では『銃殺』とは気付かないだろう。無論、少し遺体を検分すれば即座に見抜かれるだろうが、やらないよりかは随分とマシだ。
 『犯人』がこの自分だと気付かれるのは、勘弁願いたい所だった。こんな雑な工作にどれほどの意味があるかなど分かったものでは無いが、後から本格的に死体遺棄へ移せばどうとでもなる。

「返り血は……よし、掛かってねえな。
 オイ! 聖の姉ちゃん、まだ意識はあるよな?」

 ホル・ホースはそれきりプッチの殺害など忘れた過去のように、ピクリとも動かない白蓮の元へ駆け寄った。
 真っ先に呼吸を確認する。今にも途絶えそうな程に弱々しい。


「あ、なた…………どうし、て…………?」


 虚ろだった女の視線が、僅かに彷徨った。小さいが、声もしっかり届いた。
 この瞬間、ホル・ホースが胃の奥に今までずっと溜めていたドロドロとした気持ちがとうとう溶け始め、解消された。
 長かった。アレは今日の朝方……いや、まだ日も出てない時間帯だから、ちょうど半日くらいか。
 山彦が吼えた瞬間を、まだよく憶えている。必死に耳を閉じようとした気もするが、隙間からヌルりと侵入してきた少女の最期の雄叫びは、ホル・ホースをひどく動揺させた。
 本当の所は、寅丸星が逝く前に辿り着くべきだった。それに間に合わなかったのは誰のせいでもなく、運が無かっただけ。そう思おうと努力した。

438黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:32:34 ID:mCm9debw0


「オレの名はホル・ホース。聖白蓮だな? アンタをずっと捜してここまで来た」


 最悪の事態には間に合ったらしい。正直、聖白蓮の生存も半ば諦めかけていた所だ。余計な死体が一つ生まれてしまったが、彼女さえ無事ならば後は共にトンズラこくなりすればいい。
 教誨師を撃つという非道の罪にも、さほど心は痛まない。この神父に怨みは無いが、まあ『運』が無かったんだろうと切り捨て、女との会話を優先した。

「わたし、を……?」
「そうとも。響子の嬢ちゃんに頼まれ……たわけじゃあねぇんだが、オレなりのケジメだ」

 響子。その名前を出した時、白蓮の瞳に色が灯った。
 懐かしい響きに寄り掛かるように、灯った瞳をそっと閉じ……涙を流した。

 優しい涙だな、とホル・ホースは思う。
 この綺麗な一雫を間近で見れただけでも、今までの苦労が全て救われたとすら感じた。

「そ、ぅ、ですか……。あの娘は、貴方と……」
「オレもあのガキに救われたクチさ。響子ちゃんは本当にアンタと、その……寅丸星の事を最期まで想っていたぜ」

 一瞬、口ごもった。その響子を殺害した張本人の名前を出す事に。
 幼い少女へあまりに惨い運命を用意してくれたもんだと、ホル・ホースは今更ながらに歯痒くなる。

「星から、事の顛末は聞いております。彼女も、その罪を償おうと改心してくれましたが……」

 今度は白蓮が口ごもる。
 改心した矢先の……悲劇を思い出してしまったから。

 沈黙が場を支配した。
 遣りきれない思いがあって当然。
 幽谷響子も、寅丸星も、聖白蓮も、ホル・ホースも。
 誰一人として救われない結末を経験したのだから。


 逸早く沈黙を破ったのはどちらだろうか。殆ど同時だったように思う。
 ホル・ホースは彼女らほどの悲惨を迎えてはいないし、本来のひょうきん者の性格が一助になったからか。
 聖白蓮は当事者であり少女らの家族のような位置付けであったが、同時に命蓮寺の長たる立場だからか。
 この沈黙に意味は無い。黙祷するならば、然るべき時と場所を用意すればいい。
 やがて、どちらからともなく口を開け……先んじてホル・ホースが、うっかりしていたとばかりに立ち上がった。

「……とと。いや、話は後回しだ。アンタ、例の円盤を抜かれたんだろ?」

 今、額に戻してやるからな。
 男はそう言って慌てて神父の遺体をまさぐり、程なくして白蓮の物らしき円盤を発見した。


「見っけたぜ。これだろ? お前さんの───」


 嬉々の表情で、ホル・ホースは白蓮に確認を取るために振り返った。





「───そこに居るのはホル・ホースか。聖白蓮も居るのか?」





 五臓へ沈む重い声差しに、全身が硬直する。
 金縛りとは今の状態を指すのかもしれない。
 あまりに理不尽なタイミングに、唾を吐きたくなった。
 白蓮との再会を遂げた気の緩みが、ここに更なる絶望を呼び込んでしまったのだ。


「倒れている人物は白蓮と───我が友人、プッチのものか」


 最悪は、黄昏を喰らう宵闇を顕現したように、音も無く忍び寄っていた。
 扉の開閉音があれば、このだだっ広い食堂ホールだ。直ぐに気付く。
 侵入経路は、白蓮の破壊した壁の大穴。

 そこから一人、二人……三人。


「それで? ホル・ホース。お前は一人、ここで何をやっている? 死体のすぐ傍で」
「ディ……DIO、様……っ」


 DIO。
 霍青娥。
 宇佐見蓮子。

 突如に現れた三人を前にし、然しものホル・ホースとはいえ絶望の暗幕が心を覆った。
 背中からどっと嫌な汗が噴き出す。心臓が鎖にでも縛り付けられたように、きゅうと苦しい。

439黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:36:12 ID:mCm9debw0

(み、見られたか……!? 神父を撃った所を……!)

 焦燥が体内の血の巡りを加速させる。浮かび上がった最悪の予想は、取り敢えず頭の冷静な部分で否定させた。
 銃殺のシーンを見られたにしては、登場のタイミングがやけに遅い。ホル・ホースとて目撃者には最大限気を配っていたのだから、ひとまずは見られていないと判断した。
 つまり、まだ弁明の余地は充分にある。問題はこの男がきちんと誤魔化されてくれる迂闊者か、だ。

 カツカツと優雅ったらしく靴音を立てながら歩み寄るDIOの表情に警戒色は皆無だ。ただ、当然ながら訝しんでいる。
 クソ。せめて白蓮のDISCを戻した後に現れてくれれば、まだ逃走の余地はあったろうに。
 それならば、この状況を大いに利用して誤魔化す。白蓮には悪いと思いつつも。

「オレがこの部屋へ辿り着いた時には、既にこの状況が仕上がってたんでさァ。どうやら……『相打ち』のようですぜ、こりゃ」

 自身の用心深さがここで活きた。念の為プッチの遺体に工作しておいて助かった。
 パッと見では神父の死因が銃殺とは分からない。都合の良い事に、白蓮の付近にはサーベル状の武装が一本転がっているのだから、相打ちと言われても信じてしまえる。
 何と言っても、ホル・ホースには動機がない。聖白蓮を捜してこの館まで辿り、彼女を救う為にはそこの男が邪魔だったなどとDIOに分かるわけがない。

(……だなんて都合良く考えるオレはオメデタ頭か〜!?)

 DIOという男はホル・ホース以上に用心深い男だ。世界中から部下や用心棒を集め、エジプトなどという果てに身を隠し、アジトも定期的に移動する。
 そんな周到な奴が、こんなお粗末な工作で納得してくれるだろうか?

「先程、銃声の様な音が一発聴こえた。アレは何だ?」

 ホラなクソッタレ!

「す、少なくともオレじゃあありません。二人の戦いの音が、発砲音のように聴こえたのでは?」

 苦しい! 苦しいぞこの野郎!
 どーすんだこの後始末! チクショウ、やるんじゃなかったぜこんな事なら!

「フム。……で、お前が手に持つ『それ』は?」

 膨れ上がる威圧を伴いながらいよいよホル・ホースの目の前まで来たDIOは、男が左手に持つ円盤を目敏く指摘する。
 言われて気付いた。白蓮のDISCを持ったままである事に。

「こ……コイツは」

 駄目だこれ以上は誤魔化しきれない。
 覚悟を決めなければ。DIOはきっと、うつ伏せに倒れる神父の遺体を詳しく検分する為に座り込むはずだ。遺体との位置関係からして、それはオレに背後を見せながら屈む事となる。
 そいつはこれ以上無くデケェ隙となる筈だぜ……!

「ああ神父様、なんと痛々しいお姿に……おいたわしや、よよよ……」
「DIO様……心中お察しします。私が身代わりになれたならどれほど良かったか……」

(だが……後ろのオンナ共が邪魔くせえ! チックショー、妙にヒラヒラした青い女は知らねーが、アヌビス神持ってる奴が最高に厄介だ……!)

 DIOとは少し離れた後方に、部下の女が二人いる。青い髪をかんざしで留めた女は肩に掛けた羽衣みてーな布で口元を押さえ、大袈裟なくらいに悲壮感を表現していた。(どう見ても嘘泣きだが)
 黒い帽子の女の方は、青い女と比べればホンモノっぽい悲壮感を漂わせながら神父を見つめていた。反応自体は二人共似た様なモンだが、どこか対照的でもある。
 隙丸出しのDIOを奇跡的に一発で仕留められたとして、残りの……特にアヌビス神の方はオレの『皇帝』じゃあどうにもならねえ。

 ……待てよ? この円盤を聖の姉ちゃんに嵌めれば、復活してくれんじゃねえか?
 そうに違いねえ。だったら彼女にも協力して貰って、この場を力技で何とか……!


「ディ……オ……」


 あまり芳しいとは言えない策をホル・ホースが脳内でこねくり回していた時だった。
 唐突に、倒れていた白蓮の口が開いた。

「ほう。DISCを抜かれた状態で、まだ喋る元気があるか。大した生命力だ、聖白蓮」
「プッチ、神父を……刺した、のは…………殺めたのは…………この、わたし、です」

 もはや力を揮うことすら出来ずにいる白蓮が最後に示してみせた行為は、偽ることであった。
 それも、殺生という最悪の罪への偽り。
 死に掛けていながら、罪を被る事への迷いはその瞳に映らない。

「真に罪深きは、この聖白蓮……です。
 尼で、ありながら、明確な殺意……伴って、人様を……殺め、まし……」

 この期に及んで、このお優しい住職サマは……生き意地汚いオレなんぞを庇っているのか、と。
 ハットの下で、ホル・ホースは唇を強く噛んだ。男として、なんて情けない野郎なんだと。

440黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:41:43 ID:mCm9debw0

「寺に勤める尼が神父を殺す、か。確かに大罪だな」

 ひ弱な告白をDIOが素直に信じ込んだかは不明である。
 しかし窮地のホル・ホースにとって、この上ない救いの手が垂れ下がった。
 この糸にぶら下がらないという選択は、無い。
 逃せば、死ぬのだから。

「犯した罪に、偽りなど……申しません。
 全ては……『覚悟』の、うえ…………です」

 女の眼に震えは無い。
 違えた真実で他者を欺く。
 よりにもよって、殺生の戒で。
 その行為は、嘘をついてはならないという領域の不妄語戒を破る行いでもある。
 
 白蓮は決してホル・ホースとは視線を合わさない。
 ホル・ホースの方は、白蓮のその行為から目を背けまいと、逆に視線を外そうとしない。
 そこに不自然さは無く、極めて細々とした偽りの告白が場に流れるだけであった。
 この嘘により、ホル・ホースの命は助かるのかもしれない。しかし、白蓮の命は粛清という形で確実に奪われる。
 またしても、自分は女に庇われて一命を取り留めるのだ。


「プッチは私の友であった」


 寂しげもなく、そこにある事実を告げるだけのようにして、DIOはただ伝えた。
 今度はDIOの告白だった。白蓮はどうあれ、男の告白を聞く義務がある。身内の喪失を嘆く彼女にとって、友を亡くしたという感情は分からなくもなかった。
 しかしDIOのそれは、名状し難い表情と共に無味の声色で広がった。

 男は、エンリコ・プッチの事をどう思っていたのか。
 本当に、誰もが持つような唯の友だと思っていたのだろうか。
 プッチ本人と深く言葉を交わした白蓮は、薄れゆく心中でそれを疑に感じた。失礼な事だと思いながらも。


「ホル・ホース。聖白蓮を撃て」


 DIOのただ一言だけの告白は終わり、非情な命令が飛んだ。命じられた男は、深いハットの下で僅かに目を見開く。
 わざわざホル・ホースに命じた理由を察せないほど、彼は鈍感な男ではない。
 ホル・ホースは大した逡巡もなく皇帝を右手に顕現させ、倒れる白蓮の額に銃口を狙い済ました。


 震えは、なかった。
 ならば、迷いは。


「どうしたホル・ホース。君の腕前ならば、なんの難しいことも無い筈だ。
 君と彼女は全くの『無関係』なのだからね」


 ああ、その通りだ。
 無関係。無関係なんだ、元々。
 女は撃たないっつーポリシーはあるが、テメェの命が掛かっているとなっちゃあ話は別だろうが。
 彼女だって、こうなる事を分かってあんな嘘を吐いた。
 だったら、その良心にあやかろうじゃねえか。
 これにて全部元通り。丸く収まる話だろう。

441黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:51:36 ID:mCm9debw0


「早く撃てよホル・ホース。君が撃たずとも、どの道彼女はここで死ぬのだぞ?」


 うるせえな。分かってんだよ、ンなこたァ。
 だからこうして素直に銃を構えてんだろーが。
 どの道、死ぬ。そうだ、死ぬんだよどの道コイツは。
 誰が手を下すかの違いだこんなモンは。笑わせるぜ。
 もしDIOを裏切り聖を助けたところで、オレはどうなる?
 莫大な恩赦金でも出るのか? 寺から。
 出ねーだろ。なんの金にもならねー話だろ。
 たとえ出たとして、オレはそっからどうすりゃいい?
 撃たねーっつー事は、DIO一派を敵に回すっつー事だろ。
 撃つっつー事は、何だ? オレを庇った女が一人死ぬだけっつーこったろ。
 だから言ったじゃねーか。この女はどの道、死ぬ運命なんだ。不憫だとは思うがよ。
 ああもう、クソ。これじゃオレが殺すみてーだろ、彼女を。
 いや、オレが殺すっつー話だがよ。違うだろ、これは。


「ホル・ホース。これが最後の警告だ。
 聖白蓮を、撃ち殺せ」


 何でこんな事になっちまってんだ? マジで何でだ?
 オレが何した? 何も悪い事やってねぇよな? 人生の話じゃねえ、今日の事を言ってんだ。
 寧ろ、滅茶苦茶人助けみてーな事やってきてんだろ、今まで。
 それか? だからなのか?
 人なんざこれまで散々ブッ殺してきたオレが急に人助けやり始めたもんだから、ツケが回ってきたとか、そんなんか?
 神父なんか殺すもんじゃねえぜ、やっぱり。因果応報っつー力はあンだろーな、この世にゃ。
 あー、何か初めて人を殺した時も確かこんな感じだったよな。
 あん時ァ、腕がクソ震えてたのを覚えて……いや、どうだったかな。
 どうでもいいか、昔の事はよォ。それより今だ。
 早く撃てよオレ。DIOのクソ野郎が背後で睨んでやがるぞ。
 わざわざオレなんぞに撃たせやがって。忠心でも試してやがんのか? 性格悪すぎだろコイツ。
 撃ちたくねェなあ。女には世界一優しいんだぜ、オレはよォ。
 腕震えてねえよな? 汗も掻いてねえよな? ……大丈夫みてーだ、流石に。


 情けねえ。
 マジで情けねえぞ、男ホル・ホース。

 …………。

 ……覚悟、決めたぜ。
 撃てばいいんだろ、撃てば。

 こうなりゃ、ヤケだ。
 オレの皇帝ならやれるさ。
 一発で楽にしてやるぜ。
 降下中の鷹だって目をひん剥く早業だ。
 見てやがれ。潰れたその片目で見えるならな。






 今度こそ脳みそ床にブチ撒いてやる。
 死ね、DIO。

442 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 04:54:39 ID:mCm9debw0
投下終了です。
ラストパートの方も近日投下予定です。

443名無しさん:2018/11/23(金) 16:43:35 ID:Py3ngOfs0
投下乙
ホルホースの心情が読み手にも伝わってくる臨場感、素晴らしいです…
やっと聖に会えたのに、絶体絶命大ピンチ
漢ホルホース、せめてDIOに一発でけえのブチ込んだれ!

444名無しさん:2018/11/23(金) 17:31:13 ID:IO7bzWuw0
投下乙です。
最後の状況が、あっ…(察し)だが、さてどうなることやら

445名無しさん:2018/11/23(金) 21:59:28 ID:tXPtE.xU0
ホルホース…せめて一発だけでも叩き込んで意地を見せてくれ

446 ◆qSXL3X4ics:2018/11/26(月) 00:41:31 ID:dCSol15U0
お待たせしました。投下します

447黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:43:28 ID:dCSol15U0






 今度こそ脳みそ床にブチ撒けてやる。
 死ね、DIO。






 室内に揺蕩う圧迫の大気。
 それらを凝縮させ放たれた弾丸が、一抹の慈悲もなく心臓を抉った。
 予想したより遥かに重厚な炸裂音が空気を裂き、鼓膜を揺さぶり、そして。

 即死。
 こうして、
 誰よりも優しく、誰よりも強く、
 慈愛で人々を導いてきた聖白蓮という聖女は、
 無慈悲な一発の弾丸によって、その永い一生を閉ざされた。


 〝悪〟を受容した、堕ちた紅葉神の手で。




「───なに?」




 短く漏れた声の主は、誰よりも動揺を与えられたホル・ホースのもの。
 虚を衝かれた。然もあらん。
 今まで幾度となく聴いてきた我が皇帝の吐く咆哮は、こんな重い響きを持たない。
 何より自分はまだトリガーを引き絞っていない。どころか、背後から睨む標的に対し視線を向けてすらいない。

 影のように現れた、謎の金髪の少女。
 彼女が手に持つ『植物』が銃声の出処だ。
 聖白蓮の命を横から唐突に奪ったのは、この少女だ。


「お前……」


 ホル・ホースは唖然として固まる。脳裏に浮かぶのは、満月に照らされた鉄塔での出来事だ。
 間違いないし、忘れようもない。この女は『あの時』、寅丸星の隣に居た赤い服の女。


「───静葉か」


 其の者の名を、DIOは静かに呟いた。
 男の呟きを起因として、ホル・ホースはハッと我に返る。
 瞬間、一筋も滲んでなどいなかった手の汗が、思い出したように溢れ出てきた。


 今、オレは誰を撃とうとしていた?


 己に非情な命令を飛ばした、生意気な吸血鬼の脳漿をブチ撒けてやろうと企てていなかったか? それでDIOが大人しく死んでくれれば御の字だが、今なら確実に言える。
 もしもさっき、振り返ってDIOを撃っていれば……死んでいたのはオレの方だろう、と。
 酔っていた。不意打ちでならDIOをも殺せると、完全に正常な判断が出来ていなかった。身震いがする。九死に一生を得たのだから無理もない。

 そして、ホル・ホースの生還と引き換えに……救おうとしていた女は死んだ。
 秋静葉。彼女が、聖女を殺害したという。
 結果を見れば、ホル・ホースの命を寸での所で繋ぎ止めたのはこの少女の殺意であった。彼女が居なければ間違いなく自分も殺されていた。

 ……殺意?

 自分で唱えた言葉に違和感を覚えたのはホル・ホース自身だ。
 彼女は確かに殺意をもって白蓮を殺害した。それが真実だ。

 じゃあ、静葉のこの『表情』は何だ?


「……はっ……はっ……はっ……、うぅ……っ!」


 ひどく怯えていた。
 恐怖、とも言い換えられる。
 元々はそれなりに整っていたであろう顔の半分ほどは火傷で燻っており、顔が蒼白に塗れていた。目は虚ろで、玉粒の様な涙すら流れている。両肩はカタカタと小刻みに震え、今にも膝から崩れ落ちそうな様はとても見ていられない程に弱々しいものだ。

 異常、と言えるだろうか。
 違う。彼女は正常だ。呆れ返るほどに。
 まるで『初めて人を殺した少女』のように怯えている。
 それが現在の秋静葉を表現した、最も適切で正しい形容だ。

 あまりに不可解な様相。
 抵抗の末に意図しない殺人を犯してしまったと言われたなら理解も出来る。
 しかしそうでない事はこの場に立っていたホル・ホースがよく知るところだ。自ら身を乗り出し、男の横から掻っ攫うようにしてわざわざ殺害したのだ。しかも相手は、放っておいてもあの世行きだった瀕死の坊主ただ一人。
 怨みを持っていたのか? ならば寧ろ逆だ。因縁があるなら、弟子を奪われた白蓮の方から静葉に対してだろう。

 こんな苦悩する思いを背負ってまで女を殺したその理由が、ホル・ホースには不明であった。

448黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:03 ID:dCSol15U0


「なるほど。つまりそれが、君の『答え』という訳だね。秋静葉」
「…………は、……い……、」


 誰にも理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、この儀式には絶対的な意味があるのだから。

 少女の腕の中で、白蓮を殺した『武器』がにゃあと鳴いた。
 この奇妙な生物に、『奪う』という行為の意味は理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、殺しを遂げた事実が渦巻いていれば良いのだから。

 理解出来なくていい。理解出来なくていい。理解出来なくていい。
 誰も私を理解出来なくていいし、する必要なんかない。
 私は『必要』だから殺した。誰だって良かった。
 他者の骸を足元に積み上げる、それ自体に意味があるのだから。
 私は今、泣いているのだろうか?
 どうしてなのかな。もう、『四人目』だというのに。
 前の三人は平気だった……いや、一人目の時は、同じように泣いていたと思う。
 あの時と同じだ。初めて明確な意思で、誰かを殺したあの時と。
 忘れてなんかいない。その時の『恐怖』は。
 ……いや、それも違う。
 『忘れよう』としていた。その時の恐怖を。
 感情を忘れて、ひたすらに目的だけを見据えていた。
 DIOに会って、その行為が『逃げ』だと気付かされた。
 そして、諭された。強引に思い出された。


 私は『弱い』のだと。
 そして、その自覚を忘れるなと。


「頭の中の『声』は、どうなったかね?」
「…………消えません。どころか、一つ増えました」


 だろうな、と。予想していた静葉の返答に、DIOは感慨無さげな反応で終えた。
 裏腹に、彼の心中では少女の『戦い』へと万雷の拍手を送っていた。単なる殺人鬼ならば嫌という程に見飽きた。今までの機械的な静葉であれば、その道へと進み抜け……半ばにして倒れていたろう。
 無論、今の『本来』の秋静葉であれば、更なる苦境が待ち構えている事はもはや確定事項だ。それを受け入れ、弱き己を認め、その上で逃げずして、再びこのDIOの前へと姿を見せた。

 己を誤魔化さずに、正面から受け止めた。
 何よりその勇気ある行動を称賛すべきだと、DIOは本当に嬉しく思う。

「君は神の身でありながら『聖女』を殺した。この先もっと辛い運命が、君を様々に悪辣な方法で試すだろう」
「…………理解、して、います」

 未だ息荒くするか弱き少女は、私の望むがままの答えを示してくれた。
 彼女には伸び代がある。ここに来てようやくスタートラインに立てたと言えた。
 これより先の荒野を駆けるのは、彼女の足だ。私はそのきっかけを与えたに過ぎん。

「鳥は飛び立つ時、向かい風に向かって飛ぶのだという。追い風を待っていてはチャンスなど掴めん。君は君自身が握る操縦桿で、空を翔ぶのだ」
「わたし、自身の…………」

 死ぬかもしれないという恐怖。
 害されるのは嫌だという拒絶。
 手を血で染める行為への忌避。
 今の秋静葉には、負の三拍子が揃っている。
 弱者には当然備わるべき気持ちを、誤魔化さず、捻じ曲げず。
 本来の秋静葉が持つ弱さ/強さだからこそ、私は傍に置きたいと真に思う。


「改めて───友達になろう。秋静葉」
「私なんかで……良ければ、是非とも……」


 優しく差し出された腕に、静葉は縋るようにして応えた。
 少女が男の前で涙を流すのと、腕を取るのは、共に二度目となる。一度目とは大きく異なる意味を擁したアーチは、『声』にうなされ続ける静葉の頭の中を熱く蕩けさせた。まるで麻薬だ。
 先程までとは別の意味で焦点が合わさらない少女の瞳目掛けて、腕を解いた男は新たに投げ掛ける。

「実はね、静葉。君に会わせてみたい人物が館の地下図書館に居る。彼は、君の境遇と少し似ているかもしれない男だ。興味があるならば……話してみても良いかもしれない」

 危険な生物、とは敢えて警告せずに伝えた。折角手駒に加えた良質な『仲間』が、早くも壊される可能性を危惧しつつも。
 しかし奴──サンタナは、静葉など問題にならない程に強力な人材。故になるべく懐に迎えたいが、手網を握るのは困難な暴れ馬に違いない。
 そこで、まずは静葉を遣わせ様子見だ。奴はどうやらこの自分に対し、ある種の嫌悪を抱いている様子なのは明らかだからだ。静葉が喰われた所でさほどのダメージとはならないが、奴を本格的に敵へと回すデメリットは静葉のロスを優に超える勘定と判断する。

「君とは……多少の『縁』もある筈だ。きっと有意義な時間を過ごせると思う」

 騙すような物言いとなったのは少々気が引けるが、物は言いようといった言葉もある。
 果たして静葉は、DIOの言葉を疑いもせずに歩み出した。その後ろ姿をしばらく眺めていると、途端に男はホル・ホースへ向き直り、先とは打って変わった禍々しさを添えた笑みを浮かべて喋くる。

449黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:58 ID:dCSol15U0
 仮面が、剥がされた。
 対峙するホル・ホースには眼前の吸血鬼がそう映り、慄く以外の全ての行動を丸め込むように封鎖された。
 警戒しているのか、DIOはプッチの遺体をこれ以上検分しようとしない。そんな必要など無いと言わんばかりに、男は次の台詞を吐き出した。


「さてホル・ホースよ。お前がとっとと撃たないから、獲物を横取りされてしまったようだな?」


 今やDIOは床の死体を一瞥もしない。代わりに見据えるのは、恐怖心を押し殺して打開を探るカウボーイの伏せた双眸だ。
 皇帝を具現させる暇すら与えてくれない。DIOはもう、決して隙など見せてくれない。


「お前が聖を撃たなかったのは……『迷い』が生じたゆえだ。だがそれは、お前の未熟には繋がらない。
 寧ろ、だ。───素晴らしい。最後の最後、お前の双眸は完全に恐怖を支配していた。殺意に塗れた、躊躇なく人を殺せる者の眼を完成させていた。背後に立つ私からでもよく分かる程に、ね」


 爪の垢を煎じて静葉に飲ませたいくらいだ。男はそう続かせ、ジョークでも零すみたいにクク……と肩を震わせ笑った。ゆらりと揺れた黄金の髪が、ホル・ホースには不吉な兆しにも見えた。
 ホル・ホースは浅はかな勘違いをしていた事に、ようやっと気付かされた。先の場面で静葉が横から割って入らなければ、蛮勇を振り翳したホル・ホースはきっと背後のDIOを攻撃し、あえなく返り討ちにされていたろう。静葉の行動が、結果的にホル・ホースを救ったのだと。

 ───そんな甘い夢みたいな、勘違いに。


「お前の実力に素晴らしい才能があるだけに───とても残念だ」


 静葉の横槍など、この男の前では関係無かった。
 あのとき死ぬか。これから死ぬか。違いなどそれだけで、自身の寿命がほんの僅かに延びたに過ぎない。
 ただ、それだけだ。結果は何も変わりはしなかった。


「残念だよホル・ホース。お前が最後に披露した本物の殺意を向ける相手が……『私』でなければ、きっと信頼出来る部下になれたろうに」


 変わりはしない。
 ホル・ホースが迎える死の結果は、変わりはしなかった。


「私の友を撃った愚挙は水に流してやろうと考えていたのに。君はその『信頼』を裏切った。



 本当に残念だが───お前はここで死ぬべきだ、ホル・ホース」



 長々と時間を掛けながら全身徐々に氷漬けにされていく悪寒がホル・ホースに取り憑く。指先をピクリとも動かせない一方で、歯だけはカチカチと警鐘のように喧しい音を鳴らし続けていた。皇帝で反撃しなければという、なけなしの戦意すら湧いてくれなかった。
 殺し殺されが蔓延る暗夜の世界で生きている以上、いつの日か無惨にくたばる未来が訪れることは承知しているつもりであった。死ぬなど絶対にお断りだと思ってはいるが、もし『その時』が訪れれば、それはそれで結構あっさりした気持ちを迎えながら死ぬのかもなあ……という漠然たる気持ちも何処かにあった。


 それでも。あぁ、そうだとしても。

 DIOのとある部下が、いつだか彼に語っていたあの言葉が……最後になって理解出来た。




  ───この人にだけは、殺されたくない───

450黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:47:58 ID:dCSol15U0










「見付けましたわ。レディを二人も部屋に置き残して消えた、薄情なスケコマシさん?」










 迫り来る絶対的な『死』に心を折られ、視界を暗黒に閉ざしたホル・ホースが闇の底で拾った声。それはこの場にそぐわぬ女性の佳音。
 ハッと意識が呼び戻された。地獄に堕ちる最中のホル・ホースが無我の中から掴んだ蜘蛛糸の先に、その女は立っていた。男との逢瀬を約束した時と場に降り立つと、相手が見知らぬ女性と手を交わしている。そんな場面を目撃してしまった女性が浮かべるような、お冠な面立ちで。

 〝彼女〟は、ホル・ホースに冷ややかな笑みを差し出していた。


「貴様……八雲紫ッ!」


 ホル・ホースが闖入者の女に意識をやるより早く。
 前方で自分へと睨みを利かしていたDIOが、一際大きな声を張り上げる。
 瞬間、ホル・ホースの真横に影が走った。その正体は人影ではなく、床に亀裂を入れる黒い線。亀裂はまるで意思を得た弾幕の如く縦横無尽に床を駆け抜け、一人の少女を終点にして口開いた。


「〜〜〜っ!?」


 宇佐見蓮子。
 黒い線は待機していた彼女の足元にまで辿り着き、人間一人を呑み込める程度の『スキマ』にまで成長して、その少女を闇の下へと突き落とし、また消えた。


「古来より人間共を恐怖させてきた謎の消失現象──『神隠し』の犯人が、この大妖怪・八雲紫だと。……DIO。貴方は御存知だったかしら?」
「チッ……!」


 蓮子が『攫われた』。不意の事態がもたらすこの結果に、DIOは苦い顔で舌を打った。
 彼女はDIOにとっての人質であり、それを懐から引き剥がされたとあっては敵の狙いは瞭然だ。


「───〝マエリベリー〟! ……後は、お願いします」

「───ええ。……任せて、〝紫さん〟」


 旧来の相棒であるかの様に、現れた二人の女性は互いに目配せする。
 八雲紫と、マエリベリー・ハーン。
 いつの間にか『夢』から帰還していた彼女らは、再びDIOの前に姿を見せた。
 別れを惜しむ間もなく、二人はすぐに別離する事となる。

 一人は、邪悪の化身を足止めする為に。
 一人は、変貌した親友を取り戻す為に。

 DIOの前に立ちはだかった八雲紫が右手を上げると、後ろに控えていたメリーの足元には再びスキマが現れた。


「させんッ! 『世界』! 時よ、止ま───!?」


 世界が停止する。
 DIOがそれを行為に移した時点で既に八雲紫が放っていたのか、無限の弾幕が男の周囲にバラ撒かれていた。
 たとえ時間が固められていても、これだけの密度を備えた弾幕を回避するのは容易ではない。ならば回避を捨て、『世界』の腕によって全て防げば良いだけの話。
 そしてこの罠に嵌められた時点で、用意された制限時間内にメリーの離脱を止める術は奪われたも同然。彼女らの立ち回りの良さを見れば、入念なプランを練って来ているのは明白だ。


 ───DIOは後手に回らざるを得ず、時は再始動する。

451黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:50:36 ID:dCSol15U0

「……流石に、今のでは仕留められないわね。それなりに丹精込めて配置した弾幕なのだけれど」
「フン。皮肉の達者な妖怪だ」

 それなりに、と紫は言ったが、今のはメリーを安全に『地下』へと送り届ける為の妨害策。よってDIOへの攻撃能力にはさほどの重きを置いていないコケ脅し弾幕だ。
 横目でチラと後方を窺う。無事メリーは宇佐見蓮子を追って行ったようだ。
 後は彼女に全て任せよう。DIOを受け持つこっち側は大した問題でもない。適当な頃合いを見て離脱すれば、作戦は半分ほど成功なのだから。

 始動した時間の末に見たDIOの身体には、今放った弾幕の掠り痕は一片すら見当たらない。元々激しい戦闘の直後だったのか、所々に負傷が見られるが、それは紫の知る所ではない。
 予想した通り、今ここで戦ってもこの男には勝てやしないだろう。彼に弾幕ごっこをやらせれば、初心者なりに随分といい所まで行くのではなかろうか。

 フゥ、と息をひとつ吐いた紫は、床に倒れた一人の女性を発見する。〝こんな身体〟においても、心はしっかりと痛みを伝えてくれるようだ。
 思わず唇を、強く噛む。

「……聖白蓮は、間に合わなかったか」

 極めて感情を抑えて発した言葉のつもりだったが、思いの外それには気怠い無力感が混ぜられてしまった。
 決してそこのホル・ホースへ向けた非難の言葉などではない。だが負い目を感じているのか、彼は伏し目がちに紫へと返す。

「……すまねえ」

 ただその一言だけを、男は零し。
 直後に踵を返した。

 遁走の行く先は当然、紅魔館の出口。紫がメリーを伴ってここへ現れたのは蓮子とDIOの分断目的であって、白蓮はともかくホル・ホースについては言うならついでだ。
 彼とてそんな事は理解出来ている。そして紫が寄越してくれた小さな目配せに「今すぐ逃げろ」の意が含まれていた事にもすぐさま察し、従った。
 逃げるという行為、それ自体は大いに受け入れるのがホル・ホースなる男の信条であったが、女を盾にして逃走するという無様は苦痛以外の何物でもない。それで女の方が無事に済むというのであればなんら問題無い。しかし、盾にした女が無事に済まなかった体験が既にして一度身に染みている。

 複雑な心境のまま、孤高のカウボーイは再び戦場から去った。彼の気配が室内から消えたことを完全に確認すると、紫は残された白蓮の亡骸に思いを馳せる。
 聖白蓮とは幻想郷にとって、そして八雲紫にとってどんな存在であったか。彼女の、人と妖の共存を謳う理想論はこの土地にとっては皮肉なことに、根本的に噛み合わない。
 それでも白蓮は善く尽力してくれた。新参勢力ではあったが、過去の異変にも駆け付けてくれた。その純粋な正義を紫個人が心中で好ましく思っていたのは、嘘偽りのない事実だ。
 せめて彼女の遺体は寺へと持ち帰ってあげたい。そんな憐れみも今この時において、邪悪の目の前では霞んでしまう。

「……青娥」
「はいはい」

 DIOは対峙する紫からは目を離さず、控えの青娥に声を掛けた。この期に及んで彼女は大して狼狽えることなく、“指示待ち態勢”から姿勢を直してDIOへ返答する。

「すぐに二人を確保して来い」
「優先度は如何が致しましょう?」
「出来れば両方だが、優先するなら蓮子の方が好ましい。今はな」
「了解です。この青娥娘々にお任せあれ〜♪」

 晴れやかな笑顔と、慎ましい会釈を残して。
 邪仙はステップを踏むかのように、優雅な足取りで部屋から去った。

 紫は歯痒くもそれを見送るしか出来ない。断固阻止するべきだったが、DIOの横を通り抜けて一瞬の内に、という条件付きでは難関すぎる。
 兎にも角にも、紫の目的はあくまでDIOの足止めだ。賢者はスっと目を細め、のんびり過ぎるくらいに穏やかな口調で男との再会を喜ぶ。

「さて、と。……ちょっと久しぶりかしら? DIO」
「そうなるな。何しろ私が最後に見たお前の本来の姿が、ディエゴの支配を受ける直前の無様に這い蹲る敗北の姿だったかな」

 紫からしてみれば耳の痛くなる過去話。ディエゴの恐竜化を受けたあれから、様々な事があった。預けてきた霊夢に関しては心配不要だ。傍に付いた人間──霧雨魔理沙なら何とか霊夢をフォローしてくれるだろう。
 悪い事も多かったが、良い事もあった。特にジョルノ・ジョバァーナとマエリベリー・ハーンの二人との出会いは、紫にとって大きな収穫であった。

452黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:52:05 ID:dCSol15U0

 マエリベリー。彼女はまだ、あらゆる意味で若い。
 どんなに桁外れな異能力を秘めていようと、たかだか二十程度の短い人生を生きただけの少女なのだ。

 ───『宇宙の境界を越える能力』

 彼女の翼は誰も見た事のない程に大きく、制御の困難な羽根だと判明した。あるいは、そこのDIOによって判明させられたのかも知れない。巨大な操縦桿を握るには相応の資質が不可欠であり、今のメリーには過ぎた代物だ。
 だからこそ、傍でずっと支えてくれる人間が必要。


(それは恐らく……私では、ない)


 寂しげに認識した自身の言葉を、紫は強く確信する。少なくともメリーに必要な人間は八雲紫ではないのだ。同じ自分を必要とするなんて、それこそおかしな話であるから。

 では、誰か。
 聞くまでない。少女にはもとより、大切な『友達』がいたのだから。
 これはあの娘にとって、邪悪に魅入られた友達を救う為の戦い。
 きっと……最初で最後の、運命そのものを決する戦い。
 ならば私は、私に出来ることをやろう。


「あの娘──マエリベリーの『力』を、貴方はずっと欲していた」


 メリーの友達を奪ったDIO。
 私自身の心も、この男の所業を決して許さないと喚いているのが分かる。

「お前のその様子だと、メリーの『力』は目覚め始めたようだな。礼を言うぞ。大妖怪・八雲紫」

 DIOは何食わぬ顔でそう宣う。この男も気付いていたのだろう。夢の世界──竹林の中で出会ったメリーとの話に潜む、根本的な矛盾について。

「DIO。貴方は『夢』の中であの娘と話をしたそうね。そして奇妙な矛盾に気付いた」
「気付いたのは会話を終え、夢の中からメリーが去ってしばらく……そう。この紅魔館で“もう一人の私”ディエゴ・ブランドーに出会った後からだ」

 つまりDIOとディエゴも、私とメリーと同じ。
 『一巡前』と『一巡後』の同一存在。

「基点は『スティール・ボール・ラン』の存在だった。ディエゴはそのレースに深く関わる人間だが、私はそんな催しなど聞いた事もなかったからな。
 お前はどうだ? かのレースの存在を今まで知りもしなかったのではないか? 何故ならお前も私と同じく『こっち側』の宇宙に生きる存在だからだ」
「ご名答。そして貴方はきっとメリーにもこう訊いた事でしょう。『スティール・ボール・ランを知っているか?』とね。結果は……言わずもがな、かしら」

 メリーはディエゴと同じく『あっち側』の宇宙から来た参加者だった。通常では考えられない理をDIOは更に突き詰めた。そうであれば、どう考えても辻褄が合わない事柄が浮き出てくる。

「では……メリーは過去『如何にして』幻想郷に渡ったというのか? メリーの住む世界線に幻想郷は無い。在るのかもしれないが、そこに八雲紫という名の妖怪は居ないだろう」
「矛盾というのはその部分ね。マエリベリーが幻想郷に来れたこと、それ自体が既に奇妙だった。
 しかしあの娘の話を聞く限り、与太話とも白昼夢とも到底思えない。つまり何かしらの特異な『手段』を以て、彼女は無意識にも秘めたる扉を開いた」

 『手段』というのは、単純にして強大な『力』。
 その力を、メリーは自分なりの見解で『結界の境目が見える程度の能力』だと自覚し、称していた。

 実際はそれどころではない。人間が許容できる範疇を過度に踏み越えた、禁断の力を有していた。
 異なる平行宇宙に住む彼女が幻想郷に足を踏み入れたという事実は、誰が想像出来るよりも遥かに強大で、唯一無二なる能力。
 言ってみれば───


 ───「「宇宙の境界を越える能力」」


 憎らしいことに、紫とDIOの言葉は完全に重なった。
 二人の知将は少女の体験談を元に、同じ結論に至った。
 宇宙をも揺るがしかねない、あまりに壮大な答えへと。


「……彼女は。マエリベリーは、それでも……何処にでも居るような、普通の女の子よ」


 夢で会話し、それを実感した。
 普通に人の子として生まれ、
 普通に両親の愛を授かり、
 普通に学び舎へと通い、
 普通に道徳を修得し、
 普通に友達を作り、
 普通に恋愛をし、
 普通に生きて、
 普通に死ぬ。

 これまでもそうであったし、
 これからもそうあるべきだ。

 この世に生を受け、真っ当な生き方を貫き、そして最期には綺麗な体のままで墓に入れられる。
 そんな誰しもが持って守られるべき、少女の普通の人生を。

 DIOは、奪おうとしているのか。

453黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:53:33 ID:dCSol15U0

「貴様は『妖怪』なのではなかったか? 随分とまあ、たかが人間の少女一人を徹底して擁護する口ぶりだ。それとも、やはり自分の顔を持つ者には人間といえど甘いのか?」

 たかが人間、と男は言う。
 それは真実であると同時に、決定的な矛盾を孕んでいた。

 何しろ───メリーは既に、たかが人間とは言えなくなっている。

「……ええ。本当に、貴方の仰る通りですわ。どこまで行っても私は『妖怪』で、あの娘は……『人間』ですから」

 表向きに吐いた紫の言葉は、あくまで人間と妖怪を強調させるように。
 それが言葉通りの意味から逸していると知る者は……八雲紫とメリーの二人、だけであった。
 この時点では。


「───DIO。貴方はマエリベリーの能力を利用し、擬似的に『一巡後』を目指そうと企んでいるのね」


 メリーには恐らくそれが出来る。今はまだ未成熟の力だが、能力が完成形へと昇華されたならば不可能ではない。だが問題は、DIOが其処──男の言う所の『天国』──へ行って、どうするかという事だ。
 一巡先の宇宙へ到達する。メリーの能力の性質上、それはDIO個人だけでも到達出来れば構わないという企てだ。

 コイツの真の目的が、未だ不明だ。

「擬似的に、ではない。メリーの力とはまさに……『この宇宙を越えられる』という稀代の能力だ。君ですらそんな魔法は実現出来ないだろう」
「その為に貴方は随分と回りくどい下ごしらえをしてきたものね。『夢』の中で私とあの娘を会わせたのも、彼女の力を滞りなく羽化させる為かしら」
「蛹というモノは、羽化する前に強引に開くとドロドロした不完全な奇形となって現れるのを知ってるかね?
 故に慎重にならざるを得なかった。何しろ蛹にとっての『羽化』とは、人生で一度きりの大イベントなのだから失敗は許されない」

 誇らしげに紳士ぶる、そのすまし顔が紫にして見れば不快でしかない。
 道理で夢の中に潜んでいたDIOの影は、やけにあっさりと掻き消えたわけだ。全てはこの男の計算ずく、か。

「メリーは自らの才能の『真の使い方』をまだ知らない。まだ、ほんの蛹なのだよ。
 このまま羽化せず一生を終えたのであれば、これほど愚かなこともない」

 何様を気取っているのだと、もう一人の己に対するDIOの扱いを耳に入れながら紫は腹立たしく感じた。思わず爪を皮膚にめり込ませる。
 これではまるで道具扱いだ。DIOはメリーに執着している様に見えてその実、彼女の本質を全く目に入れてなどいない。

「見たところ、彼女はまだ未覚醒。自在に『扉』を行き来できるとは、まだとても言えないような半人前だった。
 ならばどうする? 私は考えた。同一存在である八雲紫と引き合わせれば、何かしらの化学反応が発生するのではないか? 奇しくも『スタンド』にもそういう性質があったりする。
 ───人と人との間にある『引力』とは、起こるべくして起こるモノだからだ。私には確信があったよ」

 見ているのは。語っているのは。
 全部、メリー自身が望んで手に入れた訳でも無いであろう、彼女に内在する『力』そのものだ。

「私が彼女に本当の“空の翔び方”を教えてやろう。教養とは、その者の埋もれた才能に気付き、開花させる手ほどきを授ける事を云うのだから」

 なにが教養。なにが手ほどき。
 男がメリーを肯定する理由など、蛹の中身が自分にとって都合の良い道具だと分かったからに過ぎない。

「人間社会には自らの才能すら見い出せずに、羽化出来ぬまま朽ちゆく哀れな蛹たちがまだまだ蔓延している。私からすれば狂気の沙汰だ」

 社会の堕落を憂う気持ちなど、DIOには欠片たりともありはしない。
 世に蔓延る有象と無象が、自分にとって吉かどうか?
 それが彼の『世界』の、全てだ。

454黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:54:37 ID:dCSol15U0
「メリー……あの少女は、そんな彼らに比べたらとても幸福だ。私という存在と引き合えたのだから。これを『引力』と言わずしてなんと言う?」

 あるいは、DIOはこのようなタチの悪い演説を心から、本気で宣っているのかもしれなかった。無類の前向き思考。自分にとっての吉の因子を無作為に取り込み、都合良く解釈する。
 いや、言ってしまえばDIOのそれは、未来に巡り会うべき運命にある事象を彼自身の力で実際に引き寄せているのかも知れない。本当の意味での『引力』が彼に働き掛けているのではないかと、こうして相対する紫は思わずにいられない。
 ふざけた話だが、つまるところ彼は強運の男なのだ。だからこそあらゆる物事が彼を中心に回り始めていると言っても過言ではなかった。
 その辺りは、どこか霊夢にも相似している。彼女とDIOの持つ『運のメカニズム』は、共通点も多い。
 しかし霊夢と違い、DIOはやはり邪悪だ。自己中心的過ぎる道程を踏破した末の結果にて、望む物が手に入れば良い。過程などどうでも良く、無数の骸が積まれようが男は躊躇せずして歩みを止めないだろう。


「私はメリーと共に『天国』へ辿り着く。……もう、お前は要らないな。八雲紫」


 外界の人間や社会が腐ろうが、DIOの礎になろうが、紫にとって然したる暗礁とはならない。どうでもいいとまでは言わないが、外は外。中は中で完全差別化出来ているのだから。
 紫の危惧する問題とは、男の目指す道の過程に幻想郷への著しい悪影響が発生しかねない可能性だ。

 そこに横たわる聖白蓮の亡骸が既に、幻想郷の被害者なのだから。

 DIOは次に、メリーをも毒牙に掛けるのだと宣言している。
 あれは幻想郷どころか我々の住む宇宙側にも一切関係無い、境界が見えるだけのただの少女。

 ───けれども、もう一人の私だ。


「貴様にマエリベリーは渡さない。必ず護ってみせます」


 八雲紫の宣誓した、その瞬間には。
 DIOの口の端は不気味に釣り上がり、そして。


「貴様程度では、このオレには勝てん。今までに誰一人として仲間を護れなかった、貴様ではな」




 『世界』が、八雲紫の心臓部を貫いていた。









「───あの娘を護るのは、私ではない」


 口の端を釣り上げていたのは、DIOだけではなかった。
 胸を穿たれた女が喉奥から吐き出したモノは血ではなく、敵の煽りを否定する希望の言葉。
 身体の中心を『世界』にて抉ったDIOは、その感触に圧倒的な違和感を覚え、間を挟むことなく答えに辿り着く。
 肉を潜り進む陰惨な触覚が、拳の先から伝わらない。かと言って、十八番のスキマにより肉体に穴を開いて躱したのでもない。

 これは。
 “この”八雲紫の体は。


「……人形かッ!」


 拳大の穴をほじられた紫の体が見る見るうちに変貌し、変色し、物質を変えていった。

 木。

 不敵に微笑んでいた彼女の表情すらも、無面の木材質へ変わっていく。バキバキに砕かれた木人形は食堂の壁に叩き付けられ、糸が切れたようにへたり込んだ。
 それは所謂デッサン人形として使われるような、人のシルエットを形作り簡単な関節を宛てがわれた等身大の木偶人形。
 八雲紫に変身能力があったのか? 恐らく否、だ。
 DIOは今の今まで、八雲紫の姿と声と性格を与えられたお人形と会話していたという事になる。恐ろしい事に、本人の服装すらも完璧な模倣を可にするコピー人形。

 木偶人形をまるで『スタンド』が如く遠隔から操る。
 そんな真似が出来る木偶が『あの場』には居た筈だ。

(確かディエゴの報告にあった。『奴』は変身能力を持つ人形を傍に立たせていたという……!)


 間違いない。“この”八雲紫の正体は……!

455黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:56:45 ID:dCSol15U0




「鈴仙・優曇華院・イナバ! きさま! 見ているなッ!」




 DIOの右眼の『空裂眼刺驚』の光線と、窓の外で響き渡った少女の「わ゛ひゃあ!?」という情けない悲鳴は同時に発射されたものであった。
 洋燈も窓枠もカーテンも鋭い光線により、纏めて斜め一直線に切れ目が入れられ、一部崩壊した壁の亀裂から陽光が差し込まれる。

「……ちっ」

 壁の向こうの足音が一気に遠のく。逃げられたようだ。
 吸血鬼の身体では外部へ追走する事も叶わない。してやられた、という事。
 怪我を負った筈の兎が動いていたという事は、ジョルノが一枚噛んでいたという事だろうか。いや、それよりもジョルノ本体の姿がここに来て見えないまま。
 奴は今現在、何処で何をしている……!?


 答えは直後、一帯に轟く崩壊音によって明かされた。


「しまった! ヤツめ、まさか『館』を!?」


 見ていたかのようなタイミングで壁が、床が、天井がグラグラと震え上がる。これが地震でなく建物の崩れる前兆であるなら、実行犯はジョルノ以外にない。
 支給品にダイナマイトなどが紛れ込んでない限り、奴のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』による生命化──大方、紅魔館そのものを植物にでも変えながらの破壊活動に勤しんでいるのだろう。
 やることのスケールが徹底的だ。時間は掛かるだろうが、ことDIOにおいては有効な対策であるには違いない。日中であれば外部に飛び出すなど論外。瓦礫の下敷きとなりたくなければ、DIOの逃走経路は『地下』に限定された。
 恐らくジョルノは建物上部から植物化させ、次第に館の支えを無力化させている、といった所だろう。ここが一階である以上、射し込む日光を避ける為の時間的余裕は多少マシか。

 地下の闇へと紛れ込む前に確認すべき事がある。期待薄だろうが、DIOはすかさずプッチの亡骸を改めた。
 ……『アレ』は無かった。覆した胸部に一発の弾痕なら発見したが、今となってはどうだっていい。
 念の為、白蓮の方の亡骸も調べたがやはり見当たらない。考えられるなら、持ち去った相手はホル・ホースだろうか。……奴にその動機があるとも思えないが。

「くっ! 日光を避けるのが先決か……! ジョルノめ、やってくれたものだ」

 青娥やディエゴがこの程度の崩落に巻き込まれるとも思えない。DIOが最優先で確保したいのは、奴らの一計によってスキマに消えたメリー……でなく、寧ろ蓮子の方だ。
 メリーの能力はまだ機が熟していないのは明らか。ゆえに後回しで構わないが、それは蓮子という人質カードが手元にある場合だ。
 それが奪われた今、メリーが自発的にDIO陣営へと戻ってくる保証はゼロ。こうなればこちらとしても強引な手段でメリーの拉致──最悪、予測不能のリスクを孕む『肉の芽』の使用を検討しなければ。

 蓮子は今、地下空間の何処かに運ばれている。先程の『神隠し』の現場を目撃した限り、蓮子と対している相手はメリー本人だ。
 いや、紫だと思っていた相手が影武者だと判明した以上、本物の紫だって何処に居るのか分かったものでは無い。
 メリーは規格外の能力を秘めているとはいえ、基本は無力な少女。彼女に蓮子の肉の芽がどうこう出来るとも思えないし、寧ろ最初の竹林の時のように逆に取り込まれる可能性すらある。しかし現状、奴らの次なる行動は蓮子に埋められた肉の芽の『解除』しかない。
 だからこそ奴らは真っ先にDIOと蓮子を分断させた。つまり肉の芽の解除方法にアテがあるという公算が高く、それをまさかDIOの真横で行う訳にもいかない故の処置といった所か。


(フン。……『無駄』だぞメリー。お前に親友は、決して救えない)


 マントを翻し、男の足はもう一度地下に向かう。
 いや、地下図書館にはまだ『奴』が居座っているだろうから決して安全なシェルターとは呼べないが、とにかくあの生物には静葉を当てておく。
 メリーと蓮子の捜索は一先ず(大いに不安があるが)青娥に任せよう。オアシスの能力を操る彼女が最も軽いフットワークを備えているだろう。
 館より『外』の連中……特にホル・ホースが持ち逃げしたであろう『アレ』の行方は把握しておく必要がある。ここはディエゴの翼竜を使おう。

 一癖も二癖もある我が陣。急造ゆえ、長い目で見るならいずれは内部から亀裂が入る事など理解している。今回のような短期のゲームであればどうとでも操れるだろうが。
 エンヤ婆といった参謀がどれほど貴重で有能な人材だったか。彼女の始末を命じたのは他の誰でもないDIO自身だったが、今にして思えばその有り難みが身に染みる。

456黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:58:36 ID:dCSol15U0



 ……有能な、参謀か。



 男は思い詰めたように、部屋の出入口で足を止めた。
 最後にもう一度振り返ろうとし……やはり、止めた。

 崩れ始める室内に冷たく残された、二名の聖職者の亡骸。
 その片方の神父へ男が寄せる『想い』の真意を知る者は。


 ───全ての宇宙においてDIO、唯一人。


 これまでの過去も。
 そして……きっと、これからの未来も。


【エンリコ・プッチ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【聖白蓮@東方Project星蓮船】死亡
【残り 49/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 食堂/夕方】

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:肉体疲労(大)、左目裂傷、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
0:日没までひとまず地下へと身を隠す。
1:メリーの力の覚醒を待ち、天国への扉を開かせる。
2:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
3:サンタナを手駒に加えたい。
4:ジョナサンのDISCの行方を調べる。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。
※マエリベリー・ハーンの真の能力を『宇宙を越える能力』=『宇宙一巡後へ向かえる能力』だと確信しています。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

457黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:06 ID:dCSol15U0
『ホル・ホース』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 周辺


 こうした経緯でホル・ホースは長きに渡り関わってきた命蓮寺の交錯に、一つのピリオドを打った事となる。それも、望ましくない方向への形として。
 命からがら逃げ出してきた悪魔の館。湖に囲まれたその土地から脱する為の一本道の中途で、男はハットに付着した雪を払いながら恐る恐るといった様子で後方を振り返る。
 あわやDIOの拠点たる紅魔館は、半身の上部を巨大な木の群生に変えられ見るも無残な様相を呈していた。それだけならオシャレなデザインアートとの融合を果たした巨大施設に見えなくもなかったが、無茶な重心を四方八方に伸ばされた壁や屋根の一部からは既に崩壊が始まってきている。
 じきに完全崩壊へ移行するのは明らかだ。DIOが共に潰れてくれれば御の字だが、期待は出来そうにない。

「さて、どうするかね」

 後ろ髪を引かれる思いは解消されない。けれども響子の山彦を始めとし、当人である寅丸や白蓮亡き今、彼は目指すべき標を失いかけていた。
 思い返すにこの殺し合いについては然程の情念など無く、また優勝を狙うといった野心も、他の化け物共が翳す強大なパワーを目の当たりにしてくれば薄まるというもの。
 ジョースターみたいな正義の輩が一丸となって主催打倒の企みを講じている最中かもしれないが、ハッキリ言って勝率はあまり見込めない。せめて脳に取り憑いた爆弾とやらを一刻も早く捨てるか押し付けるかしたいのだが、それが可能な専門家がどの程度居るのか、そもそも現状生存しているのかも不明。


「ジョースター…………か」


 思考の過程で自然に浮かべた一族の名に、ふと引っ掛かりを覚えた。
 懐をまさぐると、一枚の『円盤』が男の空しい瞳へと銀光を主張している。先のいざこざでポケットに仕舞ったままなのを忘れていたらしい。

 このDISCは何だ。神父が抜き取った、件のジョナサンの重要な何かか?
 違う。これは『意志』だ。
 あの山彦──幽谷響子が最期まで想っていた『家族』への愛が、形を変えながら巡り巡って到達した一つの『結果』だ。
 因果の因は、響子の山彦だった。少女の声がホル・ホースの足を動かし、寅丸星へと辿り着いた。
 何もかも手遅れではあったが、そこから聖白蓮を巡り、ここ紅魔館へと到着し。またしても女に庇われ、今この手の中にジョースターのDISCが収まっている。これが因果の果だ。

 あらゆる偶然が重なっただけの遠因に過ぎない事は自覚している。それでもホル・ホースには、この円盤に反射する像が自分のくたびれた顔でなく、無垢な笑顔の犬耳少女の像に見えてならない。


「あーー…………ま、死に損なっちまったモンは仕方ねえよなァ」


 大事な値打ち物を仕舞うような手つきで、男は円盤を再度懐に戻した。
 使命などと大仰な事を言うつもりもない。託された訳でもない。
 自分が持ってしまっているから。偶然この手の中にあるから。
 ただのその程度。男が南の方角へ再び足を向けたのは、それだけの簡単な理由であった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 周辺/夕方】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折
[装備]:射命丸文の葉団扇、独鈷(10/12)
[道具]:基本支給品(幽谷響子、エンリコ・プッチ)、不明支給品(0〜2プッチと聖の物)、幻想少女のお着替えセット、要石(1/3)、ジョナサンの精神DISC、フェムトファイバーの組紐(1/2)、オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:果樹園の小屋に戻り、ジョナサンのDISCを届ける。
2:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※どさくさに紛れて聖とプッチの荷物を拾って行きました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

458黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:46 ID:dCSol15U0
『サンタナ』
【夕方 16:36】C-3 紅魔館 地下大図書館


 サンタナは、非常に不似合いながらも頭を抱えていた。
 格好だけを述べるなら、腕を組んで床に胡座を掻き、深く物思いに耽るポーズであるも、項垂れた頭部から下がる長髪によって男の表情は幕の向こう側に隠れている。
 悩む、という思考の過熱はこれまたサンタナに不似合いの現象だが、近頃はそれにも慣れて適応しつつある。それは彼が一個の『人格』を確立させた何よりの証明に他ならない。齢上では万を越えた生物であるにかかわらず、人間で言うところの幼児期や思春期にあたるパーソナリティ形成時期が、彼にとってようやく訪れたと言える。

 これまでに自分は悩んだ事が無い。
 超生物が抱えるにはあまりに世俗的なその事実に、サンタナは今まさに灯りの見当たらない不安を抱えていた。
 彼は自分の道を既に歩み出している。始めの一歩を踏み出すまでに途方もない年月を掛けてしまったものの、そこを歩む自己に対して後悔は無い。
 狭き道であり、唯一の道。しかし唯一だと思っていた道に、ここに来て『分岐点』が発生した。


 主達に仕えながら個を貫くか。
 離反し、新風を受けてみるか。


 仮にこのまま主の元に戻るルートを取るとする。
 言うまでもなく主は呆れ返るだろう。間違っても、傷付き帰還したサンタナへと労りの言葉など掛けやしない。最悪、怒りを買って首を撥ねられかねない。

 では、DIOの下に付くルートではどうなるか。いや、吸血鬼の家来にまで成り下がるのは幾ら何でも有り得ない。しかしDIO自身が口にしていたように、奴はあくまで『仲間』としてサンタナを欲していた。無論それだってサンタナの矜恃をある程度保たせる為の奴なりの方便であり、そこに大差は無いのかもしれない。
 どうあれ、DIOが未知数の相手である事に変わりはない。従ってDIO側に付くルートを辿った場合、そこからの道程は更なる未知が待ち受けているだろう。
 主達から離反するその行為自体には、然程の抵抗は無い。ワムウほどのお堅い忠義心は、サンタナの中ではとうに形骸化しつつあるゆえに。
 しかしそうなった場合、主の怒りを買うどころではない。彼らは飼い犬に手を噛まれるという侮辱行為を塗りたくられたと憤怒し、本格的にサンタナを狩猟対象に捩じ込むのが目に見えている。

 つまり、所詮は馬鹿な思い上がりなのだ。DIOの側に付くという愚行は。
 じゃあ何故、こうにも悩む自分が居る?


「オレは……一体どうしてしまったのだ?」


 孤独が故にサンタナには今の状況を合理的に判断出来る経験がまだまだ足りていない。合理的とは言ったものの、誰が考えたって主達の元に戻るルートが最も無難な行動なのは彼自身理解している。
 最高の結果を求めるなら、やはりDIO討伐を成すべきだった。そうでなくともスタンド能力の秘を掴むくらいには届かせるべきだった。こうなってはもう後の祭りでしかないが。


「……スタンド能力、か」


 天啓が降りてきた、という程の閃きでもないが。別にわざわざ戦いの中で奴の秘密を探る必要など、全く無いのではないか?
 確かにサンタナ個人の目的を考慮すれば、主の命令以上に重要な到達点とはDIOとの戦いの延長線上にあったものだ。とはいえ命令の完遂をしくじる事は、サンタナの道の終点を意味する。少なくとも『ザ・ワールド』の秘密くらいは、どのような過程であれ探り取るべきだ。

「首とまではいかなくとも、土産のひとつぐらいは絶対条件か……」

 このまま帰還すべきでない。拙い悩みの末にサンタナは、この地での滞在へと方針を切り替えようとする。

 どうにか……どうにかして奴の部下からでも何でもいい。
 『ザ・ワールド』の秘密を探る。現状のオレにおける最善はそれしかない。短時間で、という条件付きでな。



 サンタナは保身に近い理由を強引に編み出し、DIOに近付こうと目論んだが。
 その『真意』は実際の所やや異なる。都合の良い建前で自らの本音をも濁し、許し難い感情からは一先ず目を背けた。


 なんのことは無い。
 サンタナはDIOへと、興味が湧いているのだ。


 愚かな感情など、視界に映らない端へと置き。
 長時間、思考の渦に飲まれていた事実をやっとの事で認識して。
 手元の時計に目をやろうとした、その時。

459黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:00:15 ID:dCSol15U0



「──────貴方……」



 入口から影のように現れた、不安定な足取りの少女ひとり。
 顔面の半分が焼け爛れ、紅葉のように真っ赤な服を来た金髪の女。DIOが言っていた少女とはコイツの事か。

 どんな奴かと思えば肩透かしだ。その女は弱者たるオレの目から見ても、酷く弱々しく映ったのだから。これはDIOなりの、オレへの当てつけか何かか? 期待をしていた訳ではなかったが、ハズレくじを引かされた気分だ。


 オレはおもむろに立ち上がって、蒼白なツラで固まるそいつへと威圧的に歩み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 地下大図書館/夕方】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
0:秋静葉を……どうするか?
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:DIOの『世界』の秘密を探る?
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
・鬼の妖力を取得。この流法時のみ弾幕攻撃が放てる。
・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。
・伊吹萃香の様に、肉体を霧状レベルにまで分散が可能。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
0:この『大男』は……!
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

460黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:02:14 ID:dCSol15U0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【十数分前:夕方 16:14】C-3 紅魔館 屋上


 穏やかな性格で周囲からの人望も厚い聖白蓮という者は、途端の融通を利かせてくれる臨機応変な女性に違いないと。彼女との付き合いはごく短いものであったが、僅かな会話を交わしただけのジョルノにもそう思わせる空気が白蓮にはあった。
 実際、その評価は決して間違っていない。戒律を守るべき立場の彼女には信者への厳しさこそあったものの、規律から脱す範疇でなければ大抵の要望や嘆願は献身的なまでに応じてくれた。

 そういった女性であったし、だからこそ彼女は人妖問わず慕われたのだろう。
 しかしその一方で、白蓮にはある種の頑固さが同居していた。


「プッチ神父とは……私一人で決着を付けさせてください」


 真っ直ぐな視線で放たれたその言葉には、白蓮の決意の全てが含まれていたようにジョルノは思う。

 地下図書館からバイクにて飛び出したジョルノは直ぐに、紅魔館の破壊策を彼女へと伝えた。地下を脱出した理由にはこの破壊活動が含まれるからだ。館の屋根や壁面さえ取り除いてしまえば、少なくとも吸血鬼のDIOだけは無力化出来るかしれない。今後を考えると、アジトの破壊もやれる時にやっておくべきだ。
 その旨を伝えて尚、白蓮はジョルノの作戦への参加を拒んだのだった。作戦自体には了承したものの、彼女はあくまでプッチとの決着を望んでいたようで、館の破壊はジョルノに任せると残してそのまま中庭にて神父を待ち構えた。
 愚かだ、とはジョルノは思わない。彼女と神父の間に何かしらの確執があったのは目に見えていたし、強い決起を宿したその覚悟をジョルノが止める道理も無い。

 何より……白蓮の瞳を見てジョルノは感じ取った。彼女はきっと、気付いていたのだろう。あのまま彼女と戦線を共にして神父を迎え撃っていたならば───

(僕は多分、プッチを躊躇なく『始末』していた。あの女性は僕を見てそんな未来を漠然ながら予感し……避けようとしたんだと思う)

 あるいは逆に『始末されていた』かも知れないが……どちらにしろ白蓮は、その結果を嫌った。だからジョルノと共同戦線を張る案を良しとせず、一人でプッチを迎え撃とうとした。
 白蓮は、敵である神父が万が一死ぬ未来すらも回避しようとしていたのだろうか……? そこまで来れば『甘い性格』で済ませられる話ではない。
 しかしジョルノには、それも間違いだという確信があった。確信と断ずるには拙い、心の占の様な予感だが。


(あの人はきっと……他の誰でもなく『自らの手』でプッチを───)


 怨恨はあったのかも知れない。白蓮とて……人の子なのだから。
 責任も感じていたのだろうか。良心の塊みたいな人なのだから。
 だがそんな自己的な理由で、彼女はその綺麗な手を自ら穢そうとしないだろう。
 分かりはしない。白蓮が何思い、何感じてプッチと相対するに至ったのかなど。
 ジョルノにそれを知る術など、無いのだ。
 他人の心を読む術でも無い限り。


 現在ジョルノは、紅魔館の屋上によじ登り『破壊活動』に精を出していた。破壊といっても屋根や壁を植物の『蔦』などに変え、囲いとしての役割を奪っているに過ぎないのだが。
 白蓮とは結局、別れた。事が終われば館の外で待ち合う約束まではしているが、もしも彼女がプッチから返り討ちにあっていれば、ジョルノは白蓮を見殺しにしたという見方も出来る。
 ジョルノ・ジョバァーナという少年は正義感の強い人間ではある。しかし彼はイタリアの裏世界を牛耳る巨大ギャング組織のボス。庇護する対象が力の無い弱者であるならまだしも、白蓮は強大な力を正当なる方向へと扱うことの出来る一端の大人なのだ。その様な彼女にあれだけの覚悟を示されれば、否定などとても出来ない。少年はそんな立場ですら無いのだから。
 更に言えばジョルノは、ギャング同士の抗争に一般人を直接巻き込む事を毛嫌いしている。その信念を逆さに見るなら、「関わるな」と遠回しに願い出た白蓮らの因縁に、進んで割って入る気にもなれなかった。彼女には彼女なりの『落とし前』の付け方もあったのだろう。
 ジョルノの持つそういった素っ気ない部分は、他人から見れば『冷酷』に映るのかも知れない。

461黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:14 ID:dCSol15U0


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 よって彼は自身に課せられた役目を完璧にこなすべく、こうして『黄金体験』を広い範囲にて使用し、次々に館の囲いを取り除いていた。
 どちらかと言えば破壊と言うよりは変換だ。瓦礫を拡散させつつも、拳を打ち込んだ傍からスルスルと植物化していくその光景に、見た目ほど派手な爆音は響いていない。尤も、支柱が失われ本格的に崩壊が始まれば辺り一帯に大きく轟く崩壊音にはなるだろうが、それには少々時間が掛かる。


「───ジョルノくぅ〜ん! も、もうそのくらいで充分じゃないかしらー!?」


 館の下、玄関部に当たる場所から聞き慣れた声が控えめな音量で叫ばれた。
 手を止めて下を覗くと、お馴染みとなりつつある長い兎耳。それがしおしおと垂れ掛かる丸い頭が、こちらを見上げていた。一時期は危険な状態だっただけに、回復具合が極めて良好な経過を見ると少なからず安堵する。

「鈴仙か。という事は、これで館を一周出来たかな」

 蔦に変容していく壁に掴まりながら、ジョルノは声を飛ばした少女の元へ降り立った。さくりと、土に被った新雪を踏む心地好い音が伝わる。

「鈴仙。君はついさっき意識が戻ったばかりなんだから、無理せず横になっていて下さい」
「こんな悪魔の館の玄関口に寝かしておいてよく言うわよ……」

 鈴仙がやや呆れ顔で苦情を申し立てる。DIOから受けた心臓への傷は浅いものでは無かったが、ジョルノの迅速な処置が功を奏して身体を動かせるまでに回復した。素でディアボロの一撃に耐える程度には鍛えられている鈴仙の身体。先刻、博麗霊夢の絶望的な負傷を何とか塞ぎ止めたジョルノだが、人間の霊夢と比較すれば妖獣の鈴仙はその強度が高い印象を受けた。
 治療する際、当然ながらその衣服を脱がした経緯があるとは鈴仙には伝えていない。地霊殿内にて彼女の一糸纏わぬ裸身をわりとじっくり目撃した状況を思い起こせば、伝えてもロクな事になりはしないと心得ていたからだ。

「それで……これからどうするの? 紫さん、まだ中に居るんでしょ?」
「そこなんですが───ん? これは……」

 こちらから積極的に紫と落ち合うというのはなるべく避けたい。プッチは白蓮に任せっきりでいるが、囮を任されたジョルノ達に引き付けられた他の敵が紫の周囲に集まるという状況は彼女の望む所でもない。
 考えあぐねていたジョルノは、暫くの間不動だにしなかった紫の『位置』がすぐ近くまで迫っている事を感知した。彼女に預けていたブローチの効力である。

 八雲紫がいつの間にか動いている。
 目的を達成したのか、その動きは迷いなく真っ直ぐな軌跡であった。


「───あ、居た居た。ジョルノ君」


 館の玄関からやや離れた位置に目立たぬよう立つジョルノらへと二つの影が近寄る。少し見ない間であったが随分と久しぶりの様に錯覚してしまうのは、館内にて演じられた一幕が想像以上に色濃い軋轢であった反発か。

「紫さん! ……心配しましたよ、あまりに動きが無いものですから」

 八雲紫。見た目には以前と何ら変わらない姿が、一人の少女を横に伴って現れた。

「怪我は無いですか? それに隣の女の子は……?」
「わ……紫さんに、なんか凄く似てる……」

 ジョルノも鈴仙も、紫の連れてきた少女の容姿に驚きを隠せずにいる。彼女が紫へと『SOS』を求めてきた誰かなのだろうが、それにしても八雲紫の外見とあまりに酷似しているのだから。
 少女はジョルノ達の前に立ち、そつのない所作で頭を下げた。

462黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:56 ID:dCSol15U0


「〝マエリベリー・ハーン〟です。こちらの〝八雲紫〟さんから助けて頂きました」


 初対面の相手になんの緊張もない自己紹介の姿を見て、清純で要領の良い女の子だとジョルノは見受けた。しかし大人しそうな性格は、横にいる紫とは似つかないだろうか。

 頭を上げた少女の瞳の中が視界に入る。星宙を模したように美しく煌めく瞳に、ジョルノは既視感を覚えた。
 並び立つ紫のそれと見比べて、すぐに得心する。二人は所々に違いこそ見られるが、本当によく似ていたのだから。マエリベリーがすっかり大人の女性へと成長を遂げれば、そのまま八雲紫になるのではないのだろうか。

「ジョルノ君に……鈴仙、さんですね。お二人の事も紫さんから聞いております」
「そうでしたか。マエリベリー、君が紫さんへ懸命に助けを求めていたことは知っている。とにかく、無事で安心しました。僕はジョルノ・ジョバァーナ。よろしく」
「あ、私は鈴仙よ。えっと、よろしくねマエリベリー」

 自然に交わされる握手。繋がり触れた少女の温かな手のひらに、ジョルノは心做しかの引っ掛かりを覚えるも、紫の急かすような言葉がその違和感を描き消した。

「挨拶はそこまでにして、少しお仕事をお願いしていいかしら? ジョルノ君」
「え……私まだ握手してない……」

 サラリと自分の番を飛ばされた鈴仙が悲しげな瞳を浮かべる光景を、紫はせっせと無視する。言うまでもなく、ここはまだ敵陣の只中である。事務的な挨拶などは後回しにし、火急の事態を優先するべく紫は手を叩きながら注目を集めた。

「家に帰るまでが遠足と言いますが、我々が家に帰る時間にはまだ早い、という事です」
「え!? か、帰りましょうよ! こんなおどろおどろしい館からとっとと……!」
「そうもいかないのよ鈴仙。これはマエリベリーたっての希望なのだから」

 マエリベリーの希望。危険を承知で助けに来てくれた三人に更なる我儘を押し付けるような身勝手に、願い出た本人も心を痛めた。
 しかし今回ばかりはどうしても妥協する訳にいかない。この頼み事が却下されたなら、せめて自分だけでも引き返す事になる。それでも構わないと、マエリベリーは強い決心で頭をもう一度、先ほどよりも深く下げた。


「お願いします! 私、絶対に蓮子を……友達を、DIOから救い出したいんです!」


 マエリベリーが駆け足で説明した話によると、紅魔館の中──DIOの隣にはまだ、彼女の親友である宇佐見蓮子が拉致されているらしい。心を支配された状態という、極めて厄介な有様で。
 彼女を救い出すまではマエリベリーもここを離れる訳にはいかない。紫もそんな彼女を不憫に思い、ジョルノと鈴仙の力を借りたく思ってこの場に現れた。
 紅魔館全域が崩壊を始めるまではまだ時間が掛かる。それまでにDIOと接触し、肌身離さず連れているであろう蓮子をまずはスキマの能力で分断させる。肝心なのは話に聞く肉の芽の解除だが、それも境界を操る力で何とかなるらしい。

「鈴仙。確か貴方は『サーフィス』っていうスタンドを持っているのだったかしら?」
「え……あ、いや、持ってますけど……アレは媒体となる『人形』が要るみたいで……」

 気のせいか声に覇気がない鈴仙。紫から突然話を振られれば、良い予感など全くしなかった。

「人形が大雑把で良ければ僕のスタンドで作れますよ。生み出した木を削ってそれらしい形に整えれば、鈴仙のスタンドにも適応してくれると思います」
「ジョルノ君は空気読んでよ〜っ!」

 鈴仙の身からすれば、ジョルノのナイスフォローが今だけは有難くない。この流れなら紫は鈴仙のスタンドを起用し、何かしらの“危険”を彼女に背負わせる役柄を与えてくるだろう。
 只でさえ病み上がりなのだが困った事に八雲紫という人でなし、もとい妖怪でなしは、猫の手だろうが赤子の手だろうがお構い無しにこき使ってくる女なのだという事を鈴仙も学んできた。

「オーケーよジョルノ君。早速だけども鈴仙。すぐにサーフィスを発動して、私のコピー人形を作って」
「紫さんの……?」

 紫が立案した蓮子奪還作戦。作戦と呼ぶにも浅薄なものだと彼女は前置きし、説明を進めた。
 作戦の要はマエリベリーだ。まずは鈴仙が紫をコピーし、マエリベリーと共にDIOの元へ向かわせる。中の様子がどうなっていようとも蓮子の確保を最優先とし、彼女をマエリベリーと共にスキマの中へ落とす。残った紫(サーフィス)は、そのままDIOの足止め。

463黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:05:56 ID:dCSol15U0

「ままま待って!」

 紫の説明に慌てて割って入った鈴仙は、すぐに異を唱えた。サーフィスが足止めの役を担うという事は、本体である鈴仙も必然近くに控えてなければ通らない道理だ。
 幸いにも鈴仙本体には隠密能力があるものの、つい数十分前に自分を瀕死に追い込んだあのDIOの近くに潜むというポジションを強要されるのは流石に御免被りたい。

「私のサーフィスの『射程距離』はそんなに長くないですよ!?」
「だから?」
「……私、いちおー瀕死から復活したばかりの病み上がりなんですけど」
「退院おめでとう。無事で良かったわね」

 といった決死の抗議を、当の紫は「頑張ってね」と一言のみを添え、何事もなく話は続けられる。この世の絶望をいよいよ体現させた鈴仙の生気無き兎耳をしかとシカトし、紫は残ったジョルノに目を向ける。

「ジョルノ君は私とここで少し待機ね」
「アザの反応によりDIOから勘付かれるから、ですか」
「そう。マエリベリーと蓮子を分断させDIOを足止めした後、戻ってきた鈴仙を拾って紅魔館から一旦離れるわよ」

 マエリベリーと、正気に返った蓮子がすぐに追い付くから。紫はそう言い終えて、何か質問はあるかとジョルノへ聞く。勿論ある。

「大前提として……見た所マエリベリーは普通の少女の様ですが、本当に彼女に肉の芽をどうにか出来るのですか?」

 話を聞く最中にもひしひしと感じていた大きな疑問だ。この作戦の要はマエリベリーであると言うが、果たして本当にそうだろうか。
 そもそも紫のコピーを作るまでもなく、本人がマエリベリーの傍に付いてフォローしてやった方がよほど安泰な気がする。紫のことだ、考えあっての策なのだろうが。

「質問に答えるわね。マエリベリーに肉の芽が解除出来るかどうか……?
 それに必要な『手段』と『力』は、私からマエリベリーへと既に貸し付けてあります」
「貸し……?」
「そう。幸運なことに、彼女の『器』は私のモノと非常に良く似ていますので。大妖怪〝八雲紫〟の力をこの子に多少貸す程度なら、充分可能な程に」

 偶然なのか運命なのか、二人の器は相似しているという。
 かつてディアボロは『魂』の形が良く似た自分の娘トリッシュの肉体に潜り、強引にスタンドを動かしたりもした。それと同じに紫とマエリベリーも、自身の力を互いに貸し与えたり出来るという理屈だろうか。
 だとしても、危険なことに変わりない。やはり見直した方がよいのでは……と、ジョルノが口を開こうとした時、マエリベリーがそれを遮るように前へ出た。

「あの! ジョルノ君!」
「……マエリベリー?」
「紫さんには私から頼み込んだの! 蓮子を元に戻す役目は私に任せて欲しいって!
 そうですよね、紫さん?」
「……そうよ。部外者の私なんかより、親密な間柄であるマエリベリーの方がまだ可能性がある。だから私は力をこの子に貸した。少しくらいの弾幕やスキマ能力くらいは使えるようになってる筈よ」

 険しい顔を作りながらも紫は振り返ってきた少女に同調した。肉の芽の仕様は分からないが、親友のマエリベリー自ら蓮子へと本気で訴えれば、抑え込まれていた蓮子本来の感情を呼び起こすというのは医学的な領域でもあり得る話だ。
 とはいえ、ここはジョルノの推測も及ばない方面。恐らくDIOと蓮子の分断まではそう難しいことではないだろうが、件の『肉の芽』については何とも言えない。
 そんな不安が顔に出ていたのだろう。ジョルノの難色に紫はもう一つ、判断材料となる事実を落とし混ぜた。

「肉の芽についての危惧ならマエリベリーは寧ろ、うってつけの人選よ。そうよね?」
「……はい。以前も同じ様に、DIOから支配された男の人の芽を取り除いた経験はあります。だから大丈夫、とは言い切れませんが……いえ、きっと何とかしてみせます。
 蓮子は───大切な、親友ですから」

 大切な、親友。
 その言葉を発する瞬間、マエリベリーと紫の視線が交差した。
 狭間にあったのは、意味深なアイコンタクトのみ。顔色を窺うといった懐疑的な視線でなく、確信めいた何かだ。彼女達の間でしか通じ得ない、独自の絆の様な空気は確かにあるのだろう。

464黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:06:23 ID:dCSol15U0

 ジョルノは紫を信頼している。彼にとって『信頼』とは軽々しい気持ちなどではない。ひとつのミスが死に直結するギャングの世界に属する以上、そこを何よりも重要と考えるのは当然の事だ。
 紫とマエリベリーの間にも奇妙な信頼関係があるようだった。ならばジョルノとしても、二人の信頼を疑うような気持ちなど持つべきでない。
 それは彼の嫌悪する、他人を『侮辱』する行いと同義である。

「ベネ。解りました。僕に出来ることは少ないのかも知れませんが、尽力します」
「ありがとうございます、ジョルノ君……!」

 マエリベリーはここ一番の朗らかな笑顔を浮かべ、もう一度ジョルノの手を、今度は両手で包むようにして取った。
 またしても、何か引っ掛かる。さっきも似た違和感を感じ取ったが……。
 頭の片隅に残ったモヤモヤの正体を掴み取るより早く、またもや紫が前に出てその思考を霧散させた。

「私からも、グラッツェ。ジョルノ君。
 じゃあ……そろそろ動きましょうか。タイミングを逃す前に……」

 館が崩れ始める前にDIO達へと接触しなければ意味が無い。ジョルノは鈴仙のサーフィスを発動するのに必要な『人形』を作る為、身近な物から紫の身長サイズの小木を生み出す。

 と、今更ながらに気付いた。
 紫へ事前に渡しておいたブローチが、彼女の衣服から消えている。

「ん? ああ、貴方のブローチなら……マエリベリー」
「あ、コレですか? ゴメンなさい、勝手に借りちゃって……」

 紫を彩った衣装に似合うブローチは、マエリベリーの胸へと新たに飾り付けられていた。
 成程。発信機ならばジョルノと共にする紫よりかは、孤立させるマエリベリーに付けていた方が都合が良い。

 胸元の赤いリボンの上から飾り付けられたブローチに、少女マエリベリーの頬は緩む。そこから連想されるのは、記念日に男性からアクセサリーを贈られた女性のような、上品さと純粋さを混ぜた笑み。


「でも……素敵ですよね。“ナナホシテントウ”型のブローチなんて」


 囁いて少女は、雪の降る空を仰ぎ見た。
 天上に煌めく雨上がりの虹を、探し求めるように。
 ジョルノが釣られて見上げたそこには、薄べったく広がる暗灰色の雪雲しか見当たらない。


 八雲紫を形取ったサーフィスを引っ提げた鈴仙と、マエリベリー・ハーン。
 彼女達がDIOの前に再び現れる、僅か数分前の空色は───寒々とした雲の隙間に射し込む黄金の筋が、とても印象的であった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

465黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:07:28 ID:dCSol15U0
『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:24】C-3 紅魔館 地下道


 永い……永い、永い、気の遠くなる程に永い暗闇のトンネル。
 メリーにとっては本当に……永過ぎる闇だったのだろう。
 仲間の力を借り、DIOを嵌めて。上も下も周囲全てが真っ暗闇の『スキマ』の中を通り抜けると、そこもまた闇だった。
 それでも、今までの暗闇とは比較にならない程に明るい。
 地下道に備え付けられた電灯程度の灯りでも、今の彼女にとっては希望の光だ。
 光は、手を伸ばせば届くほど近くにまで迫っている。
 そう思えて、仕方が無い。

 普通である少女にとってはあまりにも絶望的な殺し合いの鐘が鳴って、16時間が経つ。彼女にとっての暗闇は一日にも満たないが、この十数時間の間……これまでの人生で体験したことの無いくらい、深い深淵であったのだ。
 ついさっきまでの『夢』の中でメリーは、とうとう自分すらも見失い掛けた。邪悪の化身が植え付けようとした闇とは、それ程までに底の見えない奈落の闇だった。
 闇から引っ張り上げたのは、メリーを鏡写しに描いた様な女性。
 名を、八雲紫という。

 奈落から、大空へ。
 メリーは空を翔ぶ術を手に入れた。
 しかし少女は、奈落に堕ち続ける『親友』の姿を放ってはおけなかった。

(蓮子は……必ず私が元に戻してみせる。闇の中から引き上げてみせる。そう約束したんだから)

 こんな薄暗い地下道でも、メリーが溺れていた闇に比べれば『天国』みたいなものだ。
 だって、宇佐見蓮子はもう───すぐ目の前にいる。
 これが希望の光でなくて、なんなのか。
 今までとは違う。ここには、蓮子を引き上げる術がある。
 あの夢の中で、八雲紫とマエリベリー・ハーンが〝交叉〟した。
 この奇跡がきっと、闇に閉ざされた蓮子を救い出してくれると信じ。

 少女はとうとう。


「───ここまで、来たわよ。蓮子」


 メリーと蓮子は、真の意味においては未だ再会を果たせていない。目の前に立つ蓮子は、メリーの知る宇佐見蓮子ではないのだから。
 ジョルノ・ジョバァーナと鈴仙の力を借りて、ここまで来ることが出来た。
 DIOに一泡吹かせ、蓮子を分断させる所まで来れた。
 ただの少女であったこの腕には〝八雲〟の力が僅かなりに秘められている。

 ───後はもう、私の力で。


「……メリーもしつこいなあ。せっかくDIO様から目に掛けられてるってのに、馬鹿の一つ覚えみたいに『蓮子蓮子』ってさ。私、いつからメリーの彼女になったワケ?」


 スキマの力で地下道まで叩き落とされた蓮子。その身には怪我一つない。そうなるよう、気を遣って落としたのだから。
 無論、メリーの体にだってかすり傷一つない。お互い万全な状態で、空を堕ちる様に落ちてきた。

「あら。その言葉、そのまま返せるわよ? どこかの誰かさんだって、二言目には『ねえメリー、ねえメリー』って。耳にタコが出来るかと思っちゃった」

 二人っきりのアンダーグラウンド。
 白い帽子の少女は笑い、
 黒い帽子の少女は嗤っていた。

「そりゃあそうよ。私、メリーのこと大好きだもん」
「ありがとう。私も、蓮子のことが好きよ」

 いつもの大学のカフェの、いつものテーブルで冗談を掛け合う、いつもの日常。
 笑い/嗤いながら交わされる二人の言葉のみを捕まえれば、殺劇の舞台には相応しくない会話。

「ふーん? 嬉しいけど女同士でそういう台詞、ちょっとアブなくない?」
「人様の『初めて』を奪っておきながら、今更そんなこと言うの?」
「あはは。アレはさあ、空気っていうか、流れじゃん? もしかしてメリーは嫌だった?」
「嫌に決まってるでしょう。ノーカンよ、あんなの」

 少女達の距離は縮まらない。
 とても近い者同士の会話に見えてその実、二人の距離は星と星の間のように遠い距離。

 それも、これまでの話だ。
 この遠い遠い距離は、これから埋める。
 蓮子から歩み寄ることは決してないだろう。
 然らば、こちら側から一方的に歩み寄ればいいだけの話。

「でもね、蓮子」
「うん」
「───〝マエリベリー・ハーン〟が好きなのは、嘘に塗れた『貴方』じゃない。……秘封倶楽部の頼れるムードメーカー『宇佐見蓮子』なのよ」


 手を取るとは、そういう事なのだから。
 ああ。何だか、今までとは逆だ。今までは蓮子がメリーの腕を掴んでいたのに。

466黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:28 ID:dCSol15U0


「……メリー。私、前に言ったよね。『秘封倶楽部、もう解散しようか』……って」


 メリーからの拒絶を意味する言葉を聞き入れ、蓮子の言葉に含まれる温度が一変した。急激に冷えていく蓮子の言葉は、対峙する少女の余裕を幾分か削ぎ落とした。
 妖しく輝くのは、黒帽子の下に隠れた深淵の瞳と……右手に持つ妖刀の刀身。

「もしかして……“まだ”未練でもあるの? あんな子供じみたお遊びサークルに」

 ズキ……と、メリーの胸の奥が針に刺されたみたいに痛んだ。
 これは蓮子の本心が言わせた台詞などではない。そう分かってはいても、言葉に仕込まれた毒はこの身体に強く染み込み、動悸を誘う。

「はぁ……。いいわ、分かった。メリーがあのサークルをそうまで大事に思うんなら、取り消すわ。解散しようって台詞、撤回しましょう」

 やれやれ、といった如何にも仕方無しな態度で、蓮子は軽く首を振った。
 そしてメリーの瞳に向き直し、断言する。


「───私、宇佐見蓮子は今日限りで『秘封倶楽部』から籍を抜くわ。ごっこ遊びを続けたいのなら、メリー独りでやってれば?」


 堪らなくなって。
 或いは、堰を切ったように。
 メリーはその顔を悲痛に歪ませながら、駆けた。
 自然と、この身体が動いた。


「あの場所は! 私と蓮子! 二人揃って、初めて『秘封倶楽部』なんじゃないッ!」


 妖刀を携えて迎え撃つ蓮子を前に、メリーは徒手空拳だ。かつてポルナレフに巣食った肉の芽を解呪した時だって、彼女には多くの仲間達が力を貸し、白楼剣の能力を以て偉業を達成できたというのに。

「私と蓮子のあの場所は! 二人で『夢』を掴む為に在るんでしょう! もう忘れたの!?」
「夢ですって!? バッカみたい! いつまでも子供みたいに夢なんか見ちゃってさぁ! そーいうのが『ごっこ遊び』っつってんのよ!」

 蓮子の元へと真正直に突っ込んでくるメリー。その脳天へと振り翳す妖刀に込められた殺気には、微塵も躊躇が無い。
 『殺す』──今や蓮子の頭にある感情は、その凄然たる二文字だった。敬愛するDIOが何よりもメリーを重用している事実すら忘却し、その命を奪おうとする行為など愚かの極地と言える。
 或いは、DIOを敬愛しているからこそ。主への歪なる愛情にも似た感情が蓮子の中に存在するからこそ、その彼がいたく気に入っている親友が許せないからだろうか。
 嫉妬心、と偏に言い切ることなど出来ない。もとより、蓮子の中のDIOへの感情など、芽によって歪められた紛い物でしかない。

「夢見ることすら出来ないなら、最初から秘封倶楽部なんて作ってんじゃないわよ!!」
「はぁ!? 別に私が作った訳じゃないっての! そんな事も知らなかったクセに、なに気取ったこと言ってんのよッ!」

 紛い物。所詮は、紛い物なのだ。今の蓮子が吐き出す、全ての言葉など。
 ゆえに、そこに感情が宿る道理など無い。嘘っぱちの言霊に、想いなど宿りはしない。
 ではどうして、こうも猛るような大声でいがみ合うのだろう。……お互いに。

「気取ってるのはどっちよ! 一人で勝手に大人ぶっちゃって、バカみたいなのはどっちよ!! 『ごっこ遊び』なんかやってるのは、どっちなのよ!!!」
「メリーの方でしょそれは!! 私はもう夢なんか見るのは疲れたのよ! DIO様に気に入られてるからってチョーシ乗んなッ!」

 数多の血を吸い、達人の術を学んできた絶命必至の妖刀がメリーの脇を掠った。素人に過ぎない蓮子を熟練戦士の域にまで押し上げるのは、アヌビス神の特性があってこそ。
 残像を置いてくるレベルにまで成長した刀速を、本当の意味での素人であるメリーが躱すなど理屈に沿わない。
 当然、この芸当をただのメリーが演じるのは不可能である。しかし、今の彼女には八雲の力が多少なりと備わっていた。
 大妖怪・八雲紫の力とはそれ即ち、幻想郷全ての規律の骨となる『弾幕ごっこ』の力と同義。つまりは敵の技を見切り、優雅に回避する為の基本技術を指す。

 相手の得物は何処ぞの庭師と同じに、刀だ。
 ならばこれだって、形だけを見れば立派な弾幕遊戯。『ごっこ遊び』なのだ。

「疲れたですって!? そんな台詞は、しっかり頑張った人間だけに許される辞世の句よ!」
「……っ! だったらメリー! アンタの言う『夢』って何!? 独りぼっちになったアンタのしょっぱい秘封(笑)が暴く、最期の夢とやらを教えてよッ! 私に教えて……その後に死んで!」

467黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:59 ID:dCSol15U0

 そう。これはごっこ遊び。
 弾幕を撃てる力を得たにもかかわらず、メリーは弾幕を撃とうとはしない。
 蓮子も狂喜乱舞するかの如く、命を刈り取る目的だけの為に妖刀を振るう。
 救う為。
 殺す為。
 致命的に背反する互いの意思が、延々にすれ違い続けたとしても。

 これは、何処まで行っても……ごっこ(模倣)遊び。
 邪悪に支配され、もはや〝宇佐見蓮子〟を模倣しただけの……堕ちた肉人形。
 人形と交叉し合うこの少女も、〝マエリベリー・ハーン〟を模倣しただけの。
 今や孤独な───普通の女の子。
 模倣と模倣の、滑稽な織り交ぜ。
 ただ、白の少女は。
 宇佐見蓮子に『真実』を取り戻す為に、こうして舞を踊りながら、演じている。
 その気持ちだけは、きっと本物だ。


 そして、とうとう。
 幾度も伸ばした、マエリベリーを模倣した身体の……ボロボロの、右腕が。



「───蓮子だって、知ってるでしょ」



 触れた。
 届いた。

 左肩から先を囮に──犠牲にして、ようやく。



「秘封倶楽部の理念たる『夢』は……『世界』によって隠蔽された『謎』を追い、そして」



 親友の額に巣食う、肉の芽へと。
 伸ばした人差し指が、繋がった。



「そして───『境目』の奥に潜む『真実』を……暴く!」



 触れた途端、蓮子の動きが停止する。
 指先から芽の中へと流されたのは、大妖怪・八雲紫の本領とされる異能。


 ───境界を操る程度の能力。


「それが私たち“二人”の秘封倶楽部でしょう!! 思い出してよ……っ 蓮子!!」


 メリーの途切れた左腕から、赤い飛沫がシャワーの様に噴き出す。
 遅れて、斬り飛ばされた先端が空を舞いながら冷たい地へ落ちた。
 痛みは、無かった。
 腕なんかよりも、目の前の親友を喪うことの方が何倍も耐えられない。
 〝マエリベリー〟の抱く喪失の感情が、この身にひしひしと伝わってくる。
 それが恐ろしくて、少女は目の前で固まる親友の体を思わず抱き締める。
 片腕になろうとも、血がべっとりと付着しようとも、構わずに。
 少女は、大好きな親友を力強く抱き締めた。


「──────………………、 …………、」


 ガクリと、蓮子の膝だけが折れた。抱き締めていたメリーの膝も釣られて折れる。
 反応は、それだけだった。
 額の芽が消え去る訳でもなく、蓮子はただ項垂れ、微動だにしない。
 黒帽子に隠れて、額も見えなくなる。どんな瞳を宿しているかも、隠れてしまう。

 メリーが芽へと流した『境界を操る力』は、微弱なものだった。元々それほど大きな力など残っていない。それでも芽を除去するに至る力には足りていた筈だ。気功を突くように、ほんの僅かな力でだって、エネルギーの流動を精密に流し込めばこの悪魔の芽は堪らず浄化される。
 妖力が足りる足りないというのは問題ではない。『宇佐見蓮子』と『悪の気』の中継点となる肉の芽の境界を中和し、遮断する。
 その『場所』へと物理的に辿り着けるか、着けないかという話。


 メリーの腕は、今。
 確かに『その場所』へと辿り着けたのだ。

 だったら。

468黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:09:23 ID:dCSol15U0












「…………………………蓮子?」






 呆然としていた蓮子の唇が、小さく動いた気がして。

 メリーはもう一度親友の名を呟き、真っ直ぐに見据えた。













「──────────メ、リー」









 少女の額に巣食っていた『肉の芽』は。

 疑う余地もなく、綺麗に消滅していた。

 この瞬間、蓮子を蝕んでいた邪悪の芽はこの世から滅んだ。







            ◆

469黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:11:34 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「そろそろ、この『夢』から醒めましょうか。あまり時間も残されてないわ」


 長い石段の下に広がる街の景色を眺めながら、八雲紫はそう言って立ち上がった。
 雨上がりの黄昏に光る夕景は鳴りを潜めつつあり、幻想的な夜景に移り変わらんとする時刻だ。
 空に架かった『虹』は暗くなるに従い、益々輝きの光子を振り撒いていた。
 まるで七色のオーロラだ。更にオーロラの隣には、一つ一つの閃光を鮮明に主張し続ける『七つの星』が瞬いている。
 紫は星々を名残惜しむように目を細め、それら光景を自身の瞼に焼き付けた。

「……さあマエリベリー。私と一緒に、この鳥居を潜るのです」

 後ろには荒廃した神社。そこへと続く道の途上には古ぼけた鳥居が立っている。その鳥居の口の奥に広がる空間が、ぐにゃりと歪んでぼやけていた。まるで蜃気楼のように光が屈折して集まり、異界への入口を思わせる扉。
 紫は扉の前に立ち、未だ石段の上に立ち尽くすメリーを振り返る。

 メリーは動こうとしない。鳥居を見ることすらせず、日暮れの空を呆然と眺めていた。

「マエリベリー。突然伝えられた、貴方自身の『真の能力』に困惑するのは分かります。しかし今はこの『夢』の中から脱出し、DIOから離れる事が先決。
 外には私の仲間も二人居ます。彼らは今、囮となってDIOの注意を引いてくれている。時間が無いと言ったのは、そういう事なの」

 駄々をこねる幼子を優しくあやす母のように、紫はなるべく立ち竦むメリーを刺激しない言い回しで現状を伝えた。
 自分の秘めた力の真髄が『宇宙を越える能力』だと言い渡されたメリーの心情は、推して知るべしである。まして少女は、基本的には『日常』の側に生きる普通の女の子。
 動揺するのは当たり前だ。それでも紫には、その少女が逆境に立ち向かえる強さを持つ少女だと言う事を理解している。
 理屈ではない。魂の奥底に刻まれた記憶が、マエリベリーという少女を知っているのだから。


「…………紫さん」


 だから少女が何か思い詰めた表情で振り向いたのを見て、彼女のそれが困惑とはかけ離れた色だという事に紫はすぐに気付いた。

「私、まだ逃げる訳には行かないんです」

 覚悟。手のひらに収まるくらいの、小さな覚悟の火だったが。
 メリーの顔に浮かぶ色は、敢えて言うならそのようなモノだった。

「友達がいるの。宇佐見蓮子って言って、その子は凄く頼りがいのある人で、いつもいつも私の手を引いてくれた。助けてくれた」

 ええ。勿論、知っているわ。
 私もあの子と話した。あの子は、貴方と同じ気持ちを持っていた。
 メリーという友達を探し出して助けたい……という純粋な心配だ。

「蓮子の肉の芽の事、紫さんは知ってるんですよね?」
「知ってるも何も、此処がその肉の芽の『中』の世界よ」
「此処からじゃあ、あの芽は取り除けない。さっき、そう言ってましたよね」
「言いましたとも。私と貴方の『本体』……つまり肉体は、あくまで宇佐見蓮子とは離れた場所で睡眠状態に入っているのだから」

 部屋に残したホル・ホースが変な真似をしていなければ、紫もメリーもあの部屋のベッドの上で眠っている筈だ。
 だからこそ悠長にしてはいられない。夢の世界であろうと、決して『時』は止まってなどくれない。針は刻一刻と、歩み続けている。

「私……館からは逃げません。蓮子を元に戻すまでは、絶対に」

 DIOは本当に用意周到で、用心深い知能犯だったらしい。
 たとえ外部からメリーを奪われても、しっかりと彼女の心に『おまじない』を掛けておいたのだ。籠から逃げ出した小鳥が戻ってくるように、歪な首輪を嵌め込んでいた。
 それが宇佐見蓮子という名の鎖。DIOとメリーを繋ぐ、冷たい鉄の糸。

「蓮子は貴方を都合良く操る為の、言うなら人質。そう簡単に殺したりはしないでしょう」

 そう言いつつも紫の心の中では、自分の吐いた言葉とは真逆の考えを唱えていた。
 奴はそんな甘い男ではない。メリーが本格的に自分の元から離れたりすれば、蓮子はいよいよ始末されるだろう。あるいはそれよりも非道い、惨たらしい罰が蓮子を襲うかもしれない。
 それを分かっていながら紫は、尚もメリーの命を優先する。今DIOの元に戻る行いは、あまりにリスクの高い悪手だ。

470黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:12:27 ID:dCSol15U0

 八雲紫は正義の味方などではない。人間を食い物にし、利用する妖怪だ。
 慈善事業で人助けなど、気まぐれが起こらない限りやりはしない。ましてや件の少女はメリーの親友とはいえ、幻想郷とは無関係な外の世界の人間だ。
 とはいえ紫も、鬼や悪魔ではない。鬼は紫の友人にもいたし、悪魔は館を不在にして好き勝手に暴れているだろうが。余裕があるのなら、メリーの親友というのだ、助けに奔走するくらい請け負ってやる。
 問題は、その余裕が無いことにある。
 こちらの戦力はメリーを省いても三人。対するDIO一派の全勢力は不明。先の予測が出来ない危険な賭け。それにメリーを巻き込むのだけは、したくなかった。

「紫さん……! お願い、します。私がここから逃げたら、DIOはきっと蓮子を……」

 深々と頭を下げるメリーの姿に、紫の罪悪感がはち切れそうな程に膨らむ。
 こんな冷酷で心が軋むような宣告、やりたくてやってる訳ではない。

 紫は平常心を偽る裏で、かつてない『選択』に迫られていた。

「どうかお願いします! 私一人じゃあ、蓮子を救えない! 誰かの助けが必要なんです!」

 垂れ下げ続けるメリーの顎先から、雫が落ちた。
 その懸命な姿を無視してでもメリーを連れ出す権利が、自分如きに有るのだろうか。
 誰にだって有りはしない。少女の操縦桿を好き勝手に握り強制する権利など、この世の誰にも。


「……それほどまでに、蓮子の事が大事?」


 やがて、紫が言い放った。
 眼差しはあくまで冷たいままで、出来るだけ低い声色を作り上げて。


「大好きな、友達です」


 返ってきた言葉は、紫の『選択』を決定付けるに充分な答えだ。
 この決定は、幻想的の未来すらも左右しかねない重大な分岐点。
 もし『しくじれば』……八雲紫はそこで死ぬ公算が高いのだから。
 そして、そうなってしまえば。目の前で頭を垂れる少女にとっても……その人生を大きく変えてしまいかねない、選択。


(……やっぱり、こうなってしまうのね)


 誰にも聴こえない声量で呟かれた、彼女の言葉。
 その中身が示す通り、紫は心中の何処かで『こうなる事』を予想していたのかも知れない。
 予想、というよりは、予感。
 それはともすれば、夢の中でメリーと出逢うよりも前から感じていた漠然な予感。
 いつからだろう。
 ジョルノへと夢を語った、あの時から?
 メリーからのSOSを朧気ながらキャッチした、あの時から?
 それとも。この会場に運ばれ、目を醒まして初めに見た……あの鮮明な星空に浮かぶ七つの星。
 ───彼らを見上げた時から?


 予感とは曖昧だ。
 それがたとえ、自分の中に確固として渦巻くモノであっても。


「───負けたわ。貴方のその、純粋な気持ちに」


 かくして八雲紫は、『選択』の末に舵を切った。
 メリーの涙を見なかった事にして前へ進めるほど、紫は強い女性ではない。

「……え」
「なんて顔をしているの。『蓮子を助けてあげる』って言ったのよ」

 涙と鼻水でグシャグシャに汚れる寸前の顔を、メリーはグンと勢いよく上げた。
 可愛げのある少女を見て、紫は対照的に笑ってみせた。誰もが心を射止められるような、美しく朗らかな笑顔で。

「ほ、ホントですか!?」
「あら。嘘であって欲しいの?」
「い、いえそんなっ! あの! あ、ありが……」
「お礼はいいの。私は貴方で、貴方は私なんだから。
 私は私の為に、貴方を助けるようなものよ。だからお礼はナシ。いい?」
「わ、分かりました……?」

 人を惑わすような理屈でまた丸め込められ、メリーは袖で顔を拭いながら了承する。

471黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:13:11 ID:dCSol15U0

「じゃ、じゃあ早速この『夢』から目覚めて蓮子の所に……!」

 そうと決まれば、と言わんばかりにメリーは浮き足立つ。くしゃくしゃだった表情には希望が灯り、鳥居の向こうまでいざ往かんと駆け出そうとする。しかし紫はそんな彼女を制し、空を仰いで冷静に状況を見つめ直す。

「こらこら待ちなさいな。そうとなれば作戦と事前準備は必要よ」
「作戦、ですか? でもあまり時間が無いんじゃあ……」
「降らぬ先の傘、って用心の言葉があるでしょう? 相手はあのDIOなんだから尚更」

 未だ濡れそぼる紫色の傘をクルクルと弄びながら、辺りに水滴を撒き散らす。思案しているというよりは、単にどう切り出すかを狙っている様な振る舞いだった。
 プランならば既に頭の中にある。こうなる事は初めの内から予感していたが故にプロット自体は完成していたが、それを実行する選択を取るつもりなど紫には無かっただけ。
 罪な女だと。紫は自分をほとほと卑下する。
 だが今はもう決めてしまった。ならば最後まで抗って抗って、メリーの為に動き出そう。

 宇佐見蓮子は、責任を以て自分が救い出す。
 もう決めた事だ。メリーの無垢な笑顔を見ていると、悩んでいた自分が愚かだとすら思えてくる。

 これから話す内容は、メリーにとっては些細な話。
 しかし同時に、心に刻み付けて欲しい戯言でもある。


「───ねえ、マエリベリー。貴方には『夢』はあるかしら?」


 唐突に紫は、傍の少女へと語りかける。
 その質問と同じ内容を、かつてはあの黄金の少年にも問い掛けた。

「夢……?」

 首を傾げる自分と同じ顔の少女に、紫は苦笑しつつ。
 すっかり日も暮れた夜空の向こう。疎らに点灯していく人工の光たちの、もっと上。
 夜景に咲く満開の虹を扇子で指し。御伽噺を朗読するように穏やかな口調で語る。


「貴女は、虹を見るとどんな気持ちになるかしら?
 夢。希望。幸運。
 虹は『転機』の象徴であると同時に、光そのもの。七色には、それぞれ意味があるの」


 紫はあの虹の向こうに希望を見た。
 ここにいるメリーは今、巨悪に立ち向かおうとしている。
 肉の芽などというモノは欠片に過ぎないが、これを浄化し友人を救うという行動は、DIOに立ち向かうという無二の勇気に他ならない。

 だからこそ紫は、少女に敬意を表した。
 だからこそ紫は、少女を手伝いたいと思った。
 そしてきっと。
 そんな健気な少女の『味方』となってくれる者は、自分以外にいる筈だ。
 この少女には、もっと出会うべき正義──喩えるなら、『黄金の精神』を持つ者達が存在する筈だ。

 マエリベリー・ハーンに真に相応しい味方は、私なんかじゃない。
 そんな予感が、紫の奥底で胎動していた。


 スゥ……と、紫は瞳を閉じた。空を指した腕は、そのままに。
 七色の演者達を誘う指揮者のシルエットが、無音の旋律を導き出す紫の指先から重なっていく。
 虚空のステージで煌びやかに舞踏を舞うは、気まぐれな指揮者の愛用する小綺麗な扇子。
 タクトと呼ぶには装飾の過ぎるそれが、始めに示した先の演者は──〝赤〟のトランペット。

「あの美しい虹を御覧なさい」

 夜空に聳える幻想的な七色を、大舞台の楽団に見立てて。
 壇上に佇む紫は、その最も強い光を放つ色から一つ一つを指し示してゆく。
 指揮棒の役割を賜った扇子は、独特のリズムで紫の指先を舞い続ける。
 観客席には、彼女もよく知る少女ただ一人。

472黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:09 ID:dCSol15U0


「〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴」


 序曲は、“哭き幻想の為の七重奏【セプテット】”
 宇宙の原初は赤き炎の爆発より胎動し、亡霊じみた血脈の業を産み出した。


「〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴」


 業を受け継いだ異質なる血は流転し。
 渦を象る戦いの潮流に、素幡を掲げながら橙の波紋を躍らせる。


「〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴」


 無限に広がる波紋の粒は、やがて銀河の星々を形成せしめる。
 絆げられた青き綺想の宇宙に、星屑の十字軍が超然と巡る。


「〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴」


 銀河の星屑は、まるで暗夜に咲く金剛石【ダイヤモンド】。
 決して砕けることのない黄の耀きを望み、有頂天より眩い夜が降り注ぐ。


「〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴」


 金剛の光は燐光を放ち、古代の人々はそれを標に据える。
 鮮やかな黄金の風に導かれ、紫に煌めく夜が降りてくる光景を、彼らは夢へ喩えた。


「〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴」


 心地良い黄金の風は循環し、星の器へと還る。
 箒星を仰ぐ少女は母なる藍海を求め、石の海から宇宙の外へと飛び出した。


「〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴」


 宇宙の輪廻は、石の海の向こうに新天地を創った。
 マイナスであった意志は鋼に変わり、壮大たる緑の大陸を自由に翔ける姿はまさに風神の如く。


「宇宙は一巡を経験し、また『新たな零』の地点へと還ってくる。虹色もまた、同じ。
 全ては輪廻し、巡る様に構成されている」


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


「それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。
 虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも」


 情熱と静寂。
 指揮者は二つの属性を、音の波に浮かべながら詩を唄う。


「私の役目は。私の夢は。
 その変化の行く末───〝虹の先〟に何があるかを見届けること。
 星羅往かんと翔ける旅の中道で、私と貴方は出逢った。それって凄く素敵じゃないかしら?」


 雨が上がれば虹が架かる。
 今見ているこの夢は、私と貴方を繋ぐ『七色』のような夢であれ。


「大切な事はね、マエリベリー。
 幾ら宇宙が一巡しても。何度世界が創造されても。
 決して世界は“ループなんかしていない” 。未来は“予定されてなどいない”。
 一秒後、自らに起こる運命など人は知る術など無いし、知るべきでは無い、という事。
 覚えておきなさい。貴方の未来は、貴方自身にしか作れない」


 こうして指揮者は、全ての演目を終えた。
 たった一人の観客に掛けた言葉は、その少女の進むべき未来を暗示しているようで。

473黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:36 ID:dCSol15U0


「記憶の層というのは人々に『未知』を授ける。『未知』であるからこそ、人は逆境に立ち向かえる。
 これから先、貴方には予想も付かない困難の未来がきっと待ち受けるでしょう」


 虹に誘う指揮者から、ただの八雲紫へと戻った彼女は。
 胸に付けられた『ナナホシ』のブローチを取り外し、少女の手のひらへそっと収めた。


「貴方はもう、蛹じゃない。私という紫鏡から解き放たれた、一羽の蝶。
 自分の操縦桿は、他の誰でもない貴方自身が握るの。貴方の周囲には、それを手伝ってくれる者達がきっと居ます」


 いつの間にか空の虹は消えて見えなくなっていた。
 隣に輝いていた『七星』も同様に。


「その『七星天道』のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ」
「紫さん……貴方は」


 何かを言いかけたメリーの唇に紫の人差し指がそっと宛てがわれ、言葉は止んだ。


「その先は言わなくてもいい。貴方は自分の事だけを考えなさい。
 そして貴方自身の『夢』……それは、秘封倶楽部に関係するのでしょう?」


 メリーの夢、と呼べるほど大袈裟なものでもない。
 それでもそのささやかな夢に、秘封倶楽部は無くてはならない存在。
 つまり親友である宇佐見蓮子の存在も、メリーの夢には無くてはならない存在。

 紫の指が離れていく。言葉を紡ぐことを許されたのだ。


「……私の『夢』。それは蓮子と一緒に、秘封倶楽部を──────。」


 誰にでもあるような、本当にささやかな夢が。
 少女の口から語られた。
 妖怪の賢者はそれを聞き遂げると、満足したように笑った。


「じゃあ、友達は絶対に助けなきゃね」


 そして改めて、意を表明した。
 上を見渡すと、虹も、星も、空そのものも、時間と共に消失していくのが見えた。
 そろそろ夢の終わりだ。現実へと目覚める時間が差し迫ってきたのだ。


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


            ◆

474黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:16:13 ID:dCSol15U0

『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:28】C-3 紅魔館 地下道


 八雲紫とメリーが見ていた『夢』。二人はそこから目覚め、すぐに行動を始めた。
 目覚めたその部屋には、待機させていた筈のホル・ホースの姿は無かった。薄情な男とは思ったが、微睡みの最中に何かされた形跡も見当たらず、結果的には支障はない。
 二人は足早に館を出た。まずはジョルノと鈴仙への合流が先決。程なくして、館を揺らしていた犯人のジョルノらと再会出来た。
 彼らに作戦を伝え、宇佐見蓮子の救出を最優先事項とさせ。快い協力のもと、蓮子とメリーの二人は無事に地下へと落とされ───


 そして今。
 少女は、邪悪の根源となっていた親友の『芽』を、とうとう摘んだ。
 宇佐見蓮子は、親友の腕の中で支配から解放されたのだ。



 ───『肉の芽』と云う名の、支配から“は”。










「……………………れ、ん……こ…………、?」









 妖刀が、メリーの心臓を真っ直ぐに貫いていた。


「……………………ぁ、」


 メリーの腕の中で、〝宇佐見蓮子〟は再び嗤っていた。
 刀を握り、口角を大きく釣り上げながら。
 “嗤い”は次の瞬間、“笑い”となって、ひっそりと寝入っていた地下に木霊する。



「クク…………ギャーーーーーハッハッハッハ!!! バァーーーカッ!! まんまとしてやったりのつもりだったのかァーーー!?」



 声は蓮子そのもの。しかし『意思』は蓮子とは別人。勿論たった今消し去ってやった肉の芽が生んだ意思でも無い。
 串刺しにされたメリーは胸を襲う痛覚よりも、自分の失態に絶望する後悔の気持ちが全ての感情を凌駕する。

 この蓮子の正体を、自分は知っている。
 どうしてそこに考え至らなかったのか、何もかもを後悔する。


「そーーーだよオレは蓮子じゃあねーぜッ! 喋ってんのは蓮子嬢ちゃんが握ってる『刀』の方だよボケ! 『アヌビス神』のスタンドさァ!!」


 癪に障る声など、耳に入らない。少女にとっては、全くそれどころではない。
 DIOの肉の芽を解除出来たのは確かだ。手に残った感覚が、邪悪の消滅を完全に証明している。
 じゃあ目の前で高らかに笑う『コイツ』はなんだ?

(違う……私はコイツを知っていた。何故、今までその事を失念していた……!?)

 蓮子の腕の中で不気味に光る妖刀がどれだけに厄介な得物かは、身を以て理解していた。
 だが肉の芽への対策に気を取られ過ぎていた。芽さえ取り除けば、蓮子を蝕む全ての『魔』はすっかり祓い清められるのだと。

 支配は『二重』に掛けられていた。今になって気付かされた真実。
 肉の芽の呪いが強烈過ぎたが為に、触れただけで意識を乗っ取られるアヌビス神の支配力すらも上書きされていた。アヌビスの呪いを上から更に抑え付け、蓮子の全意識を支配していた悪魔の芽。
 それが今、消滅した。するとどうなる?

「すると『こうなる』って事だよォ〜〜ン! お前には礼を言っとくゼェ〜メリーちゃんよォー!」

 DIOからセーブされていたアヌビス神を結果的に蘇らせたのは、皮肉にもメリー。

 しかし、それの比ではない過酷な運命がこの時……二人を包んだ。

 メリーは、高笑いする妖刀に胸を貫かれたから動けないのではない。

 メリーは、自らの失態に唇を噛んでいたから痛みが無いのではない。

 メリーは、自身に訪れる死を悟ったから顔を歪めているのではない。

 逆だった。

475黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:17:02 ID:dCSol15U0





「─────────あ?」





 妖刀は馬鹿笑いから一転、停止する。
 ツツーと、赤黒い血が唇から漏れた。

 敵を抉った側である筈の、蓮子から。


「…………ブ、ふっ……ぅ、あ」


 醜く歪められていた蓮子の顔色は、一瞬にして青ざめていく。
 直後、絶望的な量の血飛沫が、蓮子の口から勢いよく吐かれた。
 蓮子を上から繰っていた邪悪の糸は最後の最後、その全てをぷつりと途切らせて。
 今度こそ少女はメリーの腕の中へと倒れ込んだ。


「───ぁ、……蓮、子?」


 メリーの命を穿つ軌跡であった妖刀の切っ先は。

 彼女の胸のリボンに飾り付けられた『ブローチ』ごと、相手を串刺しとした。

 ジョルノが『ゴールド・エクスペリエンス』の力を込めて紫に渡しておいたそれは、『御守り』の加護を受けたままメリーの衣装に紡がれた。

 皮肉にもその『加護』は、メリーの肉体を凶刃から確かに護り抜き、


 ───全ての攻撃を蓮子自身に『反射』させた。



「蓮子ォォーーーーーーーーーー!!!」



 絶叫が、少女達の身体を揺さぶる。
 飛び散る血痕と共に抜き取られたアヌビス神が、カランカランと金属音を立てて転げ落ちた。

『れ、蓮子嬢ちゃん!? どうしたってんだよ突然!? オイ!!』

 突如として血を吐き倒れた宿主の異常。その真実に、アヌビス神は辿り着けない。
 DIOの支配から解放されるやいなや、人斬り衝動にただ身を任せて斬りつけただけ。それが何を意味するかも知らずに。

 メリーは悲劇の根源である妖刀の喚き声に目もくれず、朽ち果てる友の身体をぎゅうと抱きしめ続ける。
 どくんどくんと高まる動悸は、果たしてどちらの肉体が伝えているのか。

 走馬灯のように思い出されるのは、あの時のこと。


───『その〝ナナホシテントウ〟のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ』


 虫の知らせでも働いたのか。ブローチは八雲紫からメリーへと受け継がれた。
 御守りとして身に付けられた装飾は、与えられた機能を十全に発揮してくれた。それは間違いない。

 もしもこのブローチが無ければ……間違いなくここに倒れていたのは宇佐見蓮子ではなく、もう片方の少女だったのだから。

『オイ! ちょっと待ってくれよ今のはオレのせいじゃねーぜ!? てかなんでお前刺されたのに生きてんだよオイ!!』

 慌てふためく妖刀。そこから浮かぶジャッカルを模したスタンド像が、事の無実を証明しようと言い訳がましく捲し立てる。そのあまりに愚昧な姿を視界の端に入れていたメリーは、絶望の脇で『別の感情』を沸かせていた。

 倒れ込んだ蓮子を無い腕で胸に抱いたままに、一本となった腕を地面の刀へと向ける。

 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 元を辿れば西行寺幽々子の従者、魂魄妖夢を悪鬼に陥れたのもアレの仕業だったのだろう。そして彼奴は今また、蓮子の身体を使って悲劇を繰り返した。


「お前は……私の〝大切な人〟が〝大切にしている人〟を『二度』も奪った」


 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 メリー本来の姿と意思から著しく乖離した少女の姿が、底の無い怒りを伴って殺気を沸かし始める。

『ちょちょちょ!! オイ待て落ち着けって! だからオレじゃねーだろ今のは! お前も見てたろ!? 突然血ィ吐いてブッ倒れたのは嬢ちゃんで、オレが殺そうとしたのはお前の方……あ、いやいやいや違う違うッ! 違うからまずは話を聞けっての!!』

 柄を握り、力を奮ってくれる宿主はもう居ない。そこに転がる刀は、今や魑魅魍魎にも劣る無力な雑物に等しい。
 本体の手から離れたアヌビス神に出来る精一杯の抵抗は、唯一動かせる仮初の口でみっともない弁明を説き、目の前の凶悪な人間の怒りを何とか鎮めるだけだ。
 相手は、友人の命を奪った仇敵を破壊せんとする怒りに身を任せており。
 刀に向けて翳された右手には、彼女の肉体に残った全ての妖力が集約しつつあった。

476黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:18:25 ID:dCSol15U0

『だから待て! 頼むオレの話を聞いてくれよッ! そ、そもそもアンタら二人が戦う羽目になったのは……そ、そう! DIOのせいだ! だろ!? 諸悪の根源はあのバカみてーに真っ黄色な変態服着て王様気取ってやがるアイツだ!! オレは悪くねーってだからその右手下ろせって! なっ!? なっ!? あ、そうだ良ーこと考えた! 妙案を閃いたぜッ! お前……い、いや、お嬢ちゃん! オレと一緒に仇を討とうじゃねーかあのDIOのクソッタレによォ! オレは役に立つぜェーーマジで! う、嘘だと思うならよ! ちょっとだけ! ちょっとだけお試しで握ってみなよオレの柄を! ホント信じてくれ! 絶対にお買い得品だからよオレは! い、今ならこのアヌビス神を買ってくれたお客様にはもう一本同じアヌビス神が付いてきま───』


「去ね」





 『彼』は──アヌビス神の名を賜ったそのスタンドは、世に蔓延るスタンドの中においても特別に異色である。
 本体の意識を越えてスタンドそのものに意思が宿り、自己と知性を手に入れる事例は珍しいものでもない。
 しかしこの妖刀が産んだ意思は、『自己の消滅』を過剰な程に恐れた。元来のスタンドの使い手であった刀鍛冶が遥か500年前に死して尚、スタンドの意思のみが現代にまで生き続けている程に。
 自己の消滅───即ち『死』という現象をこうまで恐れるスタンドは本当に稀だ。あるいは、DIOが彼に興味を抱いた一番の点はその自己心なのかもしれない。

 彼は最後の最後まで妖刀としてこの世に生を受けた本懐を遂げたかっただけ。
 人斬りというアイデンティティが失われる事あれば、妖刀としては死と同義。
 まるで妖怪。アヌビス神は、自己の消滅に恐怖する妖怪となんら変わらない。
 〝彼女〟が生きた妖刀を手に掛ける理由に、同族意識もあったかもしれない。
 憐憫。同情。そういった気持ちが、ゼロとは言わない。言わないが、しかし。

 この妖刀は遊びが過ぎた。
 故に、弾幕ごっこという名の『遊び』の境界を逸脱した、この本気の弾幕で“消す”に相応しい。



「───『深弾幕結界-夢幻泡影-』」



 夢、幻、泡、影とはそれぞれ淡く壊れやすく儚いもの。
 人の世も人の生も、またそれと同じくとても儚いもの。
 スタンドとて、然り。

 自慢の太刀で肉を喰う快感は、まるで夢みたいに。
 思うがままに刃を振う興奮は、まるで幻みたいに。
 純潔な少女の血を吸う至福は、まるで泡みたいに。
 自由奔放なる道を味う人生は、まるで影みたいに。
 アヌビス神の死を厭う最期は、まるで夢幻泡影を謳うみたいに。



 淡く、儚く、呆気なく、壊れた。
 


【アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】破壊

            ◆

477黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:21:40 ID:dCSol15U0

 これまでの何もかもが、あたかも儚き『夢』だったかのように。
 別れは、突然に降ってきた。

 蓮子の傷は致命傷。即死では無かったが、救う術は皆無。弱体化を受けた『境界を操る程度の能力』では、心臓を穿いた傷は塞げなかった。
 地上には傷を治せるジョルノがいる。もしかしたら合流の為、すぐ近くにまで来ているのかもしれない。

(……駄目。間に合わない)

 自分でも恐ろしいくらい冷静に蓮子の現状を認識し、悲劇の回避は叶わないと悟っていた。死に堕ちゆく少女の瞼は閉ざされ、止めどなく流れ続ける赤い水溜まりの中心が、二人の世界であった。

 なんて、無力。
 メリーはここに至って、自らの力の無さをこれ迄になく痛感する。
 聡明な彼女であるからこそ、蓮子の死はどう足掻いたって避けられないと理解した。
 そして、だからこそ。
 自分の心の内には、こんなにも冷静でいられる自分が存在するのかと自虐する。
 その冷静さが、彼女にある行動を促した。

 メリーの一番の友達である宇佐見蓮子は、これから死ぬ。
 残された時間は一分と無いだろう。夥しい血の量が、全てを物語っている。
 少女の視覚が、聴覚が、意識が、ギリギリの所で肉体にしがみ付いているよう胸の中で願いつつ。

 〝彼女〟は、今自分が最も優先して行うべき行動を、迷いなく選択した。


「蓮子!! お願い、目を覚まして!! 私よ蓮子! メリーよ!!」


 傷を塞ぐ為に殆ど力の残っていない境界の能力を、悪足掻きだと理解しながらも使うか。
 傷付いた蓮子の肉体を強引に背負い、地上への昇降口でも探してジョルノに引き渡すか。
 どれも違う。メリーの選ぶべき行動は、成就の見込みが極めて薄っぺらい神頼みではない。


「肉の芽は消えたのよ! アヌビス神も壊したわ!
 貴方(蓮子)はここに居て、私(メリー)もここに居る!!」


 最後になってもいい。たった一言でもいい。
 証明が、欲しかった。


「秘封倶楽部(私たち)……やっと『再会』できたのよ! だから……死なないでよぉ……っ!」


 “私たちの愛した秘封倶楽部は、ここにいる”
 その証明には、二人の言葉が不可欠。
 〝メリー〟と〝蓮子〟……この二人が揃って言葉を交わし合う。
 死を免れない親友への、せめてものレクイエム。
 たった一言でも、それ以上は望まない。望んではいけない。

 それが秘封倶楽部にとっては───これ以上にない最高のように思えたからだ。


「起きてよ、蓮子……もう一回、秘封倶楽部……一緒に、やり直そうよぉ……」


 〝彼女〟は、そう考えた。

 そして、その相方である少女も───同じことを思ったのかもしれない。


「………………ぁ、…り、が…………ううん……、」


 小さな言葉は、今まさに交わされようとしていた。
 あまりにもか細い声だったが、メリーの耳には確かに届いたのだ。

 本当に、ただ一言の為。
 蓮子は薄らと瞼を開け、自分を抱きながら涙を流す親友の姿を仰ぎ……もう一度だけ、口を開かせた。



「秘封倶楽部(私たち)は、ずっと一緒だよ。───〝メリー〟」



 最期の言葉は、ハッキリと聴こえた。
 そして、蓮子はメリーの片腕の中で。
 嬉しそうな表情で───眠りについた。
 夢見る少女のままで。親友の腕の中で。

478黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:13 ID:dCSol15U0

















「……………………ごめんなさい。本当に……ごめんなさい……蓮子」



 私は、独りになっていた。
 何故、こんなにも涙を流しているのだろう。
 何故、こんなにも謝っているのだろう。
 蓮子を救えなかったから?
 違う。そんなわけがない。
 私の心は、何も失われていない。
 宇佐見蓮子など、所詮は人間の少女。死んだところで心は大して痛まない。

 じゃあ、止めどなく頬を流れるコレは、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟の涙なんかじゃない。
 これはマエリベリーの涙に過ぎない。
 友達を喪った哀しみが、あの子の心を通して〝私〟へと流れて来ている。


 ただ、それだけ。
 そうに、違いなかった。


「ごめん、……なさぃ…………蓮子…………っ」


 じゃあ、絶え間なく喉から転がる謝罪は、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟自身の言葉だ。
 これは宇佐見蓮子を最期まで偽った負い目から溢れる言葉だ。
 死にゆく少女に〝メリー〟だと偽って嘘を吐いた……〝私〟自身の罪だ。


(私は……一体何故、〝あの娘〟に成りきろうとしていた……?)


 秘封倶楽部の活動は世界の『真実』を解き明かし、『謎』を暴くこと。
 では、蓮子は今際の際にどうしただろう?
 腕の中で眠るこの少女は何を想い、最期の一言を発したのだろうか?
 蓮子は。本当は……気付いていたのかもしれない。


 死にゆく自分へと懸命に声を掛け続ける親友の正体が。
 マエリベリー・ハーンの姿を借りた〝八雲紫〟という偽者。その『真実』に。


 少なくとも蓮子は。目の前の友の姿がメリーではないという事には気付いていたに違いない。
 いつからだろうか? それすら、もう分からなくなってしまった。
 真実に気付いていながら、彼女はその『謎』を無理に暴こうとしなかった。暴くべきでない謎も、この世には在ると理解していたのだろう。
 蓮子は「ありがとう」と、最期にそう言い掛けて……止めた。
 すぐに言い直して、メリーの名をしっかりと呼んで、死んだのだ。

 何が「ありがとう」なのか。
 自分を騙したつもりでいる相手に掛ける言葉ではないというのに。
 その言葉は、何故最後まで紡がれなかったのか。

 八雲紫はずっとメリーに扮してきた。メリーの殻を着たままに、親友である宇佐見蓮子を偽ってきた。
 それは蓮子の視点から見れば、悪趣味な演技以外の何物でもない筈なのに。
 どうして彼女は、気付いてない『フリ』をしたままに、笑いながら逝ったのか。

 ああ。それは凄く簡単な事だ。
 蓮子は、紫の『優しい嘘』がとても嬉しかった。
 紫の演技が悪意や打算などではなく、もう助からないと悟った蓮子へ魅せる、秘封倶楽部という名の『最期の夢』なんだと分かり、心から嬉しく思ったのだ。心優しい嘘に、咄嗟に「ありがとう」と言い掛けてしまい、気付かないフリで誤魔化した。

 何もかも、蓮子の為。紫の嘘は、蓮子を想うが為にあった。
 蓮子もそれを分かっていたから、何も言わず、〝メリー〟の名を呟いて……逝った。

 要は、紫は気遣われたのだ。
 それは蓮子が紫の嘘に対して嬉しく思ったからこそだった。
 優しい嘘を優しい嘘で返すような、意趣返し。
 本当に、とても単純な話。


 出来ることなら……彼女を『本当』のメリーに会わせてあげたかった。
 今はもう、叶わぬ夢だと分かってはいても。


「私はただ……『必要』だからあの娘と入れ替わった。それだけなのにね?
 …………蓮子」


            ◆

479黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:51 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


 七色と七星の見守る、一筋の夢の狭間。
 この素晴らしき夢幻が醒める前に、紫はメリーへと策を伝えた。
 メリーの大切な友達、宇佐見蓮子を救い出す最善の策を。


「───以上。外にはジョルノ君と鈴仙が居ると思うから、二人への合流がまず先ね。まあ、彼らが無事だったらの話だけど」


 凡そ完璧な作戦とは言えない、リスクという名の穴も幾らか見え隠れする凡策。それでも今、この場で蓮子をどうしても助け出すというのなら、これが最善だと紫には思えた。

「……作戦は理解しました。でも、あの……紫さん」
「分かってるわよ、貴方の言いたい事は」

 メリーは、紫の話した作戦の『ある一部分』においてだけ引っ掛かっていた。
 その内容というものは……


「『私と紫さんが入れ替わる』……っていうのは?」
「そのまんまよ。私が貴方に。貴方が私に『成りすます』って意味よ」


 入れ替わる。
 確かにメリーと紫の容姿は酷似しているが、衣装など交換したところで髪の長さや雰囲気など諸々の点では異なっている。
 成りすましなど可能かどうか分からないし、そもそもその行為に何の意味があるのかがメリーには理解に及ばなかった。

「まず『入れ替わり』の可否だけども、一言で言えば『可能』です」
「どうやって入れ替わるんですか? 身長とか、その……体つき、とかもちょっと違うように見えるんですけど。……主に私の体が足を引っ張る方向で」
「別に変装しようって意味じゃあないわよ。見た目に関しては私の境界を操る能力で何とかします。幸いにも容姿の方は殆ど同じだから、『夢』から醒める過程でスムーズに肉体を交換出来るでしょう」

 紫はあたかも服のサイズが合うかどうか程度のように軽く言ってみせたが、果たしてそう簡単にいくものだろうか。
 肉体を他人の物と交換するという、ただの少女が経験するには些か常識外れのイベント。それはそれでちょっと面白そうかもと、不謹慎ながらメリーは少々胸を高まらせた。なにせ目の前の大人かつ妖艶な美女の姿に変身できる様な話なのだから。

「少し難しいのは『中身』の方ね。私の方はともかく、貴方の演技力で〝八雲紫〟を完璧にトレース出来るとは……まあ、ちょっと思えないわねえ」

 何ですかそれ……と抗議しようとしたが、止めた。
 全くその通りであり、ハッキリ言ってメリーには紫のような独特の艷らしい空気を出せる自信などない。悲しいことに。

「そこでマエリベリー。貴方には、私の『記憶』や『能力』を分け与えます。“ちょっとだけ”ね」
「記憶と能力、ですか……?」
「ええ。私の持つ記憶や意思、スキマの力の使い方とか……『八雲紫』の持つ全てを一時的に貸すという意味よ。同時に、貴方の記憶も私と同調──つまり『共有』させて貰う。ひとえに演技するといっても限界があるからね。
 貴方自身は難しい事なんて考えずに、貸与された『私の意志』へ自然に肩を寄せてればいい。記憶と意思さえ共有すれば、貴方もありのままの〝八雲紫〟を振る舞える筈ですわ」
「えっと……よく分からないんですけど、そんな事まで出来るんですか?」
「普通は無理ね。ただ、貴方はやっぱり『特別』みたいだから」

 メリーと紫の間には、通常存在する『個の境界』が特別に薄いのだと言う。それは人格だとか、人間性だとか、人や妖怪の全てを形成する無二のアイデンティティ。それらを潜り抜け、メリーが紫に、紫がメリーの器に潜り込み、あたかも本人そのものの様に振る舞うことは難儀ではないと。
 鏡に映った互い同士を、鏡界を超えて交換するようなものだという。なにぶん初めての体験であるので、メリーにはいまいちピンと来ない。しかし賢者が可能だと断言する以上、それはやっぱり夢物語なんかじゃなくて。

 メリーは紫の提唱した肉体トレード策に、力強く頷いた。これも蓮子を救う方法ならば、何だってやってやると。

480黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:25 ID:dCSol15U0

「全部DIOを『騙す』為よ。あの男は貴方の能力に相当固執している。作戦の過程で何らかのアクシデント……つまりは『失敗』して、貴方が再び囚われないとも限らない」

 DIOを騙す。つまりはそれこそが入れ替わる目的だと紫は説明する。
 あの男の執念は末恐ろしく、相当なものだというのはメリーとて存分に味わっている。それへの対策として、予めこの方法を取るのだと。

「……つまり、それって」

 恐る恐る、メリーは不安を口に出すようにして問う。

「そう。もしもの時は、私が『身代わり』になる」
「そんなっ!」

 籠から逃げ出した小鳥が戻ってくる。そうなればDIOは大喜びでメリーを籠に閉じ込め、本格的な支配に身を乗り出すだろう。
 その時、捕らえた小鳥の中身が全く別の物──レプリカであったなら、男は怒りに顔を歪ませ、計画はおじゃんとなる。一泡食わせてやれるのだ。

「だ、駄目ですよそんな……!」
「駄目? それはどうしてかしら?」
「だってそれって、もしも入れ替わってる事がDIOにバレたら……」
「始末されるって? 貴方ねえ、私のこと見くびってるでしょう?」

 賢者の見せる余裕は、メリーの不安を払拭させ切るには至らない。紫の妖力が絶大なモノである事は理解し始めてきているが、DIOの恐怖を骨の髄まで伝えさせられたメリーにとっては、紫よりもDIOの悪意が更に強大なそれだと認識している。そして『悪意』に関してなら、その認識は決して的外れではなかった。

「それに私の力を貸すといっても、最低限の範囲よ。たとえ器を違えても、大妖怪の力は充分に残す。もし囚われても、尻尾を巻くぐらいの力はある」
「でも! 私の身代わりにさせるなんて、そんな事が……!」
「聞き分けなさいマエリベリー。何の為にこんな『夢』の中まで貴方を救出しに来たと思ってるの。それにこれは起こり得る最悪のアクシデントが発生した場合の予防線。そうならない為にも、貴方は館の外で祈ってなさい」

 紫の話した作戦の内容。それはメリーに扮した紫と、紫に扮した『サーフィス』の人形が二人でDIOに接近し、蓮子を分断させるというものだ。
 所詮はコピー人形のサーフィスが弾幕やスキマの力を発揮出来るかは怪しいものなので、傍に付いたメリー(紫)が“あたかも紫(サーフィス)がスキマを使った”かのように見せればこの問題はクリアでき、DIOすら騙し通せるだろう。
 そしてその頃には当然、本物のメリーはDIOから離れた安全な館外へジョルノと共に身を隠している……というのが、紫の作戦の全貌である。

「私と貴方の『入れ替わり』についてはジョルノ君達にも秘密よ。少なくとも完璧な安全を確保出来るまでは、ね」

 地下道には見当たらなかったが、外にはまだディエゴの翼竜が目を光らせている。余計な漏洩を防ぐ為の処置でもあった。特に鈴仙辺りが事前に知ってしまえば、うっかり口漏らすくらいやってもおかしくはない。


「そしてこれは作戦の性質上、蓮子の芽を解除する役目は私が就くことになる」


 力を貸しておくとはいえ、メリーでは荷が重い。敵組織の正確な数も分からないし、あの厄介なディエゴだってまだいるのだから。それにメリーの姿形に応えて蓮子の意識が元に戻る、というのも考えられない話ではない。であるならば、半ば蓮子をも騙す形とはなるが試す価値はあるというもの。


 以上が、二人の肉体を交換する理由。
 紫がメリーを想うが故に、リスクは全て紫が請け負う。
 これは『必要』な事なのだ。


「さあ、そろそろ本当に『夢』から目醒めましょう。
 さっき渡した『ブローチ』も身に付けておいてね。ただの装飾品じゃないんだから」


 紫の指差した鳥居の奥では、現実世界の『部屋』が歪んだ形で渦巻いている。
 ここを潜れば、メリーと紫の意思は互いの肉体へと交換される。
 そして。
 すぐにも宇佐見蓮子はメリーの元へと帰ってくるだろう。
 親友同士とは、そういうものだ。
 だから。


「だから……蓮子は、私が必ず元に戻します」
「紫さん……」
「そして───『秘封倶楽部』をやり直す。……でしょ?」
「……はい! 蓮子のこと……お願いします!」


 メリーの為に、蓮子を救うと。
 そう決心し始めていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

481黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:52 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:25】C-3 紅魔館 玄関前


「……マエリベリーに付けていた『ブローチ』の反応が地下に移動しました。どうやら作戦は成功したようです、紫さん」
「それは良かった。後は〝マエリベリー〟が蓮子ちゃんを元に戻して私たちと合流すれば撤退。
 さ、鈴仙が帰ってきたら、こんな目に悪い赤赤しい館からはさっさと退散しましょう」


 紫さんと私の肉体はどうやら本当に入れ替わる事が出来ているらしい。今や私の体は『八雲紫』そのもので、不思議な事にあの人の持つ『記憶』すらも私の中にある。それが私の口調や所作を八雲紫の振る舞いとして映るよう、ごく自然に動かしていた。

 その事が、私にとっては少し怖い。

 私と紫さんが肉体を交換した理由──その『表向き』の理由は、DIOを騙す目的。あの人は困惑する私へと、笑みすら交えながら説明した。
 嘘ではない。でも……『本当の理由』が、言葉の裏側には隠されていた。あの人と記憶を共有した私には、それが分かってしまった。

 分かっていながらあの人を行かせたのは、きっと。
 紫さんの抱えた『覚悟』や『想い』が、彼女と同調を遂げた私にも理解出来てしまったから。

 何故あの人が、わざわざ〝マエリベリー〟へ代わったのかも。
 何故あの人が、『夢』の中で『七色の虹』の話を語ったのかも。

 〝八雲紫〟の意思と記憶、力を受け継いだ私には……全部、理解出来る。

 だから私は……今がとても怖い。
 紫さんは先にこの場を離れろと指示した。後から二人で追い付くから、と。
 それは私の安全を思っての事なんでしょう。ここはまだ、敵の陣地内なんだから。

 早く……早く二人に逢いたい。逢って、安心したい。
 未来なんてものは結局、誰にも分からないから。
 もしひどい未来を知ってしまったなら、人はそれを回避しようと躍起になる。
 そうなれば……もっと悲しい結末になるかもしれないのに。
 だから『覚悟』なんて出来ないし、するべきでないと思う。


 そして───だからこそ人は『今』を精一杯に生きようとするに違いないもの。




「……鈴仙が慌てふためきながら帰ってきたわ。DIOの足止めにも成功したようだし、すぐにここを離れるわよ、ジョルノ君」

 見れば、鈴仙さんが涙目でこっちに走ってくる光景を確認できた。
 良かった。私は囮役を引き受け(させられ)た鈴仙さんの無事に心から安堵する。
 ジョルノ君も私と同じように彼女の無事を認め、安心して。
 私へ確認するように、唐突に言った。


「……紫さんは、それでいいのですか?」
「……え?」


 彼が私をじっと見つめる。空気が少し、重くなった。

「いえ……杞憂かもしれませんが、僕はやはり〝マエリベリー〟が心配です。さっき初めて彼女と会話を交わした僕ですらそう思うのですから、貴方はもっと心配なのではないですか? 彼女の事が」
「……マエリベリーの事なら、私は信頼してますので」

 気丈に振る舞う言葉とは裏腹に、心中ではジョルノ君の言葉に大きく揺さぶられていた。
 心配。そんなの、当たり前だ。紫さんは今、たった一人で蓮子と向き合っている。
 あの人は私の『身代わり』になってまで、戦っているのだから。

「信頼というのは……とても重要です。僕自身も貴方のことは信頼してます。しかし、今回ばかりは……貴方の判断に首を傾げています。
 ハッキリ言いますよ。僕は今からでも、地下のマエリベリーの元に向かうつもりです」
「ジョルノ、君……」

 強い意思を持った人だと感じた。とても年下の男の子とは思えないくらい『気高い覚悟』を持つ人だなと。

 彼の言葉を聞いて、私も決心できた。
 ごめんなさい、紫さん。
 私もジョルノ君と一緒。貴方を残して行けません。

「……ふう。分かったわ。共に地下へ降りましょう。私だって二人が心配だもの」
「ありがとうございます。……それとは別件なのですが」

 軽く礼をしたジョルノ君は、すぐに私を訝しむような顔つきへと変わった。


「───紫さん。もしかして〝貴方〟は…………いえ、何でもありません」


 思い詰めた表情を切り替えるようにして、彼は私から視線を逸らした。
 私も何となく、彼が『私の正体に気付いているのかも』とは感じていたけども。
 でもジョルノ君はそれ以上何を言うこともなく、駆け寄ってくる鈴仙さんに労いの言葉を掛けて気付かない『フリ』をしてくれた。


 今は、私もそれでいいと思って。
 紫さんの『フリ』を続けて、クタクタの鈴仙さんを労わってあげた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

482黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:08 ID:dCSol15U0
『八雲紫』
【夕方 16:30】C-3 紅魔館 地下道


 もしも。
 未来に起こるひどい出来事を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 人は、どうするだろう。

 抗うか。
 受け入れるか。
 更に絶望するか。

 柄にもなく、そんな無意味を考えてしまう。
 記憶の層が在る限り、未来が予定されているという事象は有り得ないのだから。
 明日何が起こるのか判らない。それこそが、私たちの暮らす当たり前の世界なのだから。




 どうしてこんな事になってしまったのか。
 大妖怪・八雲紫ともあろう賢人が、呆けから立ち直るまでに手間取っている。
 だから、だろうか。こんな無意味を考えてしまうのは。

 もしも。
 眼前で起こった悲劇の未来を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 私は、どうしただろう。

 …………。

 …………きっと、私は。

 ────…………いえ。


「本当に、無意味……ね。……〝私〟らしくもない」


 〝私〟か。
 今の〝私〟は、一体〝どっち〟なのかしら。

 〝八雲紫〟?
 それとも、〝マエリベリー・ハーン〟?

 宇佐見蓮子と向き合った時の私は、きっと〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 それは純粋に、蓮子の……ひいてはマエリベリーの為になると信じていたから。

 死にゆく蓮子の前でさえ、私は〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 だって、秘封倶楽部の二人は最後まで『再会』する事が叶いませんでした、なんて。


「───そんなの…………哀しすぎるじゃない」


 血で穢れた蓮子の口元を綺麗に拭い、冷たくなった身体をそっと横にした。
 蓮子の亡骸は、幸せそうな顔だった。
 まるで『夢』を見ているような。
 夢の中で秘封倶楽部の活動を再開し、いつもの日常に戻っているような。

 ……この娘の身体を、このまま暗い地下の底に置いて行く訳にはいかない。こんな血の滲み渡った仮初の箱庭などではなく、この娘の故郷へと還してあげたい。
 今の状況では難しいだろう。せめて、地上へ運んで土に埋めてあげるくらいはしなくては、マエリベリーに会わせる顔がない。彼女の顔を借りている身だけに、余計に心苦しい。
 
 本当に、私の心を占める人格が判らなくなってきた。
 マエリベリーには「八雲紫の力と記憶を少し分ける」と言ったが……実の所、元ある殆ど全ての力も、意思も、記憶も、彼女に与えていたのだから。
 最低限残していたのは、蓮子を肉の芽から救い出せる程度の力だけ。
 それすら叶わなかった今の私は、本当に───『普通の女の子』のようなもの。

 入れ替わりを著明にする為にマエリベリーから借り受けた記憶や意思が、現在の私を大きく構成する要素になりつつある。
 蓮子の前で披露した『演技』は……もはや演技とは言えなかった。私の中に渦巻く〝マエリベリー〟の意思が表に露出し、リアルな感情となって蓮子に吐き出されたのだ。
 そうであるなら、今となっては寧ろ〝八雲紫〟の意思の方が演技なのかもしれない。


 白状しましょう。
 マエリベリーに〝八雲〟の力を全て託す……これこそが、私たちの肉体を入れ替えた『本当の理由』、だった。
 罪深いことなのは承知している。これであの娘は、本当の意味でただの『人間』では無くなってしまった。
 けれどもそれは、きっと必要なこと。これからの未来で、必要になること。
 幻想郷の為? 私の為? マエリベリーの為?
 いずれにしろ私は近い将来に訪れる、自らの『滅亡』を予感していたのかもしれない。
 ずっと前から、こうなる事が分かっていたのかもしれない。
 罪無き少女に妖怪の力を託すことは、苦渋の選択であった。

483黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:33 ID:dCSol15U0


「あ。……蝶」


 私の胸に添えていた、ナナホシのブローチが。
 蓮子の命を、結果的には奪ってしまって───違う。
 私の命を/マエリベリーの身体を、護ってくれたブローチが。

 この世のものとは思えない程に色鮮やかな『虹』を、その翼に彩って。
 まるで蛹から羽化したみたいに……『蝶』へと変わって、空を翔んだ。


「ジョルノ……」


 彼が発動させたのだろうか。
 それとも、これは私が見ている幻想か。
 蝶にはあの世とこの世を行き交う力があるとされ、輪廻転生の象徴とも呼ばれている。
 虹の翼を羽ばたかせる蝶は、蓮子を弔うかのように彼女の周りを飛び続け。


 幻想的な七色の鱗粉を舞わせ……やがて闇の奥へと姿を消した。


「まるで……幽々子の蝶みたい」


 力無く笑った紫は、自身の“傷付いた胸”を押さえながら、ゆったりと立ち上がった。
 右腕だけとなったその手には、べっとりと血がこびり付いている。
 蓮子の血ではない。斬り飛ばされた自分の左腕から流れ出るモノでもない。
 ゴールド・Eの反射は……アヌビス神の刀を全て防ぎ切った訳ではなかったらしい。

 物体透過能力。
 妖刀はブローチの盾を僅かだが『貫通』し、紫の心臓にそのまま損傷を与えていた。

 この反射が100%作用していたならば蓮子は〝メリー〟と再会出来ず、最期の言葉を交わす暇なく即死していただろう。
 この反射が全く作用していなければ紫は死に絶え、蓮子は妖刀に支配されたままに哀しき人斬りを繰り返していただろう。

 偶然にしては出来すぎだ。
 仮初の姿を通してではあったが。一瞬限りではあったが。
 秘封倶楽部の二人が『再会』出来たのは、この偶然が成した結果であった。


(この傷は……私が受容すべき戒めの傷。甘んじて、受け入れましょう)


 受け入れるべきは肉体への傷でなく、紫の心への傷。
 今の身体はマエリベリーの物。何に代えてでも癒すべきなのは当然だった。
 決して浅いものではないし、左手の欠損も重傷。ここでもジョルノの力を借りなければならない無様に、本当に嫌気がさす。


 悔やまれるが、少しの間だけ蓮子の亡骸は置いて行くことになる。
 あの蝶の先にジョルノは居る。マエリベリーも一緒だ。先に脱出しろとは指示しておいたが、こんな自分を心配してそこまで来ているのかもしれない。

 心から情けない事ではあるが。
 まず許される失態ではないことも承知しているが。
 マエリベリーに、謝ろう。
 目を背けたりせず、共に蓮子を弔おう。


「すぐに、戻ってくるから。だから……少しだけ、待ってて───蓮子」


 血で穢れた唇から漏れ出た、その言葉は。
 果たして〝八雲紫〟の言葉か。
 それとも〝マエリベリー〟の言葉か。
 それを考えることなど、やはり無意味だ。
 世界でただ一つの秘封倶楽部に、穢れた自分などが入り込む事は……許されないのだから。

484黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:26:04 ID:dCSol15U0

















 ひた。


 ひた。




 蝶を追おうとした彼女の…………その背後から。
 つまりは、横たわった蓮子の身体を挟んだ、その向こう側の闇から。
 “それ”は響いてきた。
 
 暗闇に木霊する、雫の落ちる音とでも形容しようか。
 どうしようもない終焉の足音。自らの破滅を予感させる楔(くさび)が、床を嘗めずるように近付いてくる。


 コツ。


 コツ。


 足音は、靴の音色へと変わっていた。
 裸足で闇を踏むようなさっきの音は、錯覚だったらしい。
 この不吉な錯覚を認識した紫は、全てを観念したように……背後へと振り返った。



「女の勘……とでも言いましょうか」



 聴く者によってその声は『聖女』とも『悪女』とも呼べる、しんしんとした柔らかな奏で。
 真っ暗闇の会場でただ一人の観客となってしまった紫にとって、その声がもたらす調律は後者を予期させた。


「何となく……分かってしまうものですの。同じ女である貴方様にも、ご理解頂けるかと。


 ────ねえ。〝八雲紫〟サマ?」


 霍青娥。
 邪仙の忌み名を冠する彼女が、当たり前のようにそこへ立っていた。
 浮かべる笑みは、驚くほど静かに波打っており。
 涼やかな感情の内に渦巻くほんの僅かに混ぜられた『怨恨』に、対面する紫は気付く事が出来ずそのまま会話を続ける。

「……よく、分かったわね。蓮子ですら、“私”だと気付けなかったのに」

 この言葉は戯言だ。
 蓮子は、目の前の親友の姿が嘘っぱちだと気付いていた。

「だから女の勘ですよ。それに……蓮子ちゃんだって、まだまだ子供とはいえ立派な女。本当に貴方が“メリーではない”って気付く事なく逝ってしまわれたのかしらね?」

 “メリー”に扮した八雲紫は、青娥の知った風な疑念に言葉を詰まらせる。
 そんな言葉を、よりによってこの女から聞きたくはない。不快だ。

 宇佐見蓮子は“どうして”最期に笑ってくれたのか。
 それは彼女の優しさだったのだろうという都合の良い解釈が、自分の中にあるのは事実。
 かもしれない。そうに違いない。そんなあやふやな解釈で宇佐見蓮子を“知った気でいる”紫には、彼女を真に測る資格など無いというのに。
 少女の胸に抱えられたまま眠りについた真実は、結局……彼女にしか分からない。
 永久に、分からないのだ。
 それはもう、終わったこと。

 ここにいる紫は、事実はどうあれ結果的に蓮子を騙した事になる。
 たとえそれが、秘封倶楽部を慮った行動だとしても。
 思い遣りから生まれた行動が、巡り回って真実を遠ざけてしまったとしても。

 紫の心からは罪悪感は拭えない。
 そして。
 だからこそ紫には、蓮子を偽り、彼女を看取った責任がある……と、そう感じている。
 本来の“八雲紫”の姿を与え、別行動を促したメリーに対し、すぐにでも伝えるべき言葉は多くある。
 あの子にとって、きっと……とても辛いことになるが、全ての責は紫にある。その事も含め、話さなければならない。
 こうなってしまった以上、メリーが大きく傷付く未来は避けようもない。
 そんな彼女の手を取り、導く者が必要となる。
 当事者である紫自身では、きっとない。恐らくは───


 紫は首を振り、目の前の事象に目を向けた。

485黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:27:07 ID:dCSol15U0


「……いつから、見ていたの?」
「初めから、ですわ。それはそれは、第三者が踏み入れる雰囲気でないことは瞭然だった故に。少し空気を読んで、敢えてお声は掛けませんでした」


 あれを見られていたという知りたくもなかった事実が、紫の心に更なる不快感を植え付けた。
 邪仙はこう言うが、その実態など、人間が生む最期の欲を観察したいが為、などといった利己的な理由に決まっている。闇の片隅で、心底純真な眼でそれを眺めている青娥の姿を想像すると、途方もない怒りすら湧き出てくる。

 しかし……今の紫には、この性悪な女を潰す力など一切残っていない。
 改めて、思う。
 ここに来たのが〝マエリベリー〟でなく〝私〟で、本当に良かったと。



「───時に紫サマ? 貴方の式神が何処でどうやって死んじゃったか……ご存知ですか?」



 紫の内が抱え始めた不安と、青娥の切り出しは同時だった。
 動揺は決して表に出さず、急な話題の中心に現れた我が式神の姿を紫は追想する。

「藍かしら? それとも橙を言ってるの?」
「んー。ま、ここでは優秀な方の式神ちゃんの事ね。どうせ知らないんでしょ?」

 何故、ここでその名前が邪仙の口から出てくるのか。
 突如として安易に触れられた八雲紫の地雷。その爆弾が爆発するより先に、紫はどうしようもなく嫌な予感が脳裏を掠めた。


 きっとこの先。青娥の口から聞かされる言葉は。
 私にとって、凶兆となる。


「青娥。今、貴方と遊んでる暇は無いの。3数える内に、視界から消えなさい」

 これが虚勢であると、目の前の邪仙は気付いているのだろうか。
 どちらにしろ、コイツは『目的』を果たすまで消えようとしないだろう。

「あーでも。別に貴方の式神がどこで野垂れ死んだのかは、この際どうだってよくってよ」

「3」

「重要なのは……『貴方の式神』である『八雲藍ちゃん』が、とうに舞台から御退場してしまったっていう事実なのよね〜」

「2」

「私としては『ザマーミロおほほ』って感じではあるんですが、それはそれでちょっと消化不良といいますか……煮え切らない気持ちもあるっていうか。死ぬくらいじゃ生温いと思ってるんですよ」


 もう、我慢ならない。

 紫はとうに枯渇している妖力の残りカスを井戸から何とか引き揚げ、目前の道化へと翳した。



「───だから、私の大事な大事な『芳香ちゃん』をバラバラにしてくれちゃったあの女狐への『仕返し』は、主人である貴方が代わりに受けて頂きます」



 零に等しくも、あらん限りの力を放出する瞬間……その言葉が耳に入り。

 愛する従者への侮蔑に怒りを抱いているのは自分ではなく、青娥の方であったと。

 不出来な式神がしでかした行為の因果が星回って、今。己を喰い尽くす禍へと変貌したのだと。

 八雲紫が、それを理解したのは。



 ───青娥の右腕が胸から潜り込み、心臓を引き裂きながら背中まで穿いた、一瞬の後であった。

486黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:00 ID:dCSol15U0


「ディエゴ君から予め伺っておいたのです。『芳香ちゃんを殺した輩は誰?』って。
 ……まさか、貴方の式神の仕業だなんて思いもよりませんでしたよ」


 近いようで、遠い場所。
 すぐ傍なのに、ガラスで遮られた境界の向こう側。
 隔壁の先から響き渡る青娥の、一字一句を刻み付けるかのようにじわじわとした呪言が耳元から這いずって駆け下り、裂かれた心臓をきゅうと締め付けた。

 邪仙の吐き出した、如何にも取って付けたような戯言。信用に値しないのは今までの行いからも明白。
 藍への侮蔑を「ふざけるな」と斬って捨て、愚かな虚言の報いを与える。そうあるべきだと、沸騰を迎えた感情が胸倉を掴んでいるというのに。

 何故だか紫の心は、青娥の言葉に偽りは無しと、あっさり受け入れられている。
 藍が、同郷の仲間達を傷付け回っていると。
 そしてその行為は、全て私を想ってのこと。
 汚れ仕事を、率先して行使しているのだと。

 今ではもう、叱りつけたくても出来ない。
 抱擁で諭したくても、この腕は届かない。


(馬鹿……ね。あの子も……私も……、みんなみんな、空回り)


 青娥の毒牙は、正当なる報復でしかない。
 こんな時、どんな表情をすれば良いのか。
 紫にはもう、分からなかった。
 ただ、靄のかかる意識の中。

 家族のように愛した、もう既にいない式神たちの事とか。

 最後の最後に生まれた、目の前の女に対しての贖罪のような馬鹿げた気持ちとか。

 同じく従者の命を奪う結果となってしまった、今はまだ何処かにいる亡霊の友達の安否とか。

 何もかもを押し付ける形でバトンを渡してしまった、我が写し鏡であるメリーへの罪悪感とか。

 そういった負の一切を帳消しなどには出来ない、してはいけない、どこまでも落ちぶれた『大妖怪・八雲紫』の、惨めったらしい絶望の只中であるべき貌(かお)は。


 不思議と、大いなる希望を灯すように安らかなモノへと移り変わっていた。


 それは、朧気に成りゆく光景に映り込んだ、一匹の蝶々。
 ジョルノが紫の為に与え、宇佐見蓮子を滅ぼした一因となってしまった筈の、虹色の蝶々。
 闇の奥に輝く蝶が、消え入る紫にとって……まるで『夢』へと導く希望の象徴に見えたからであった。


 赤黒い飛沫が、喉をせり上がって噴かれた。
 貸してもらっていたメリーの身体と、容赦なくその肉体を抉った青娥の肩が血で穢れる。
 心のどこかでは、このような悲劇的な末路が訪れる事も予感していた。
 自己嫌悪の混ざった血の海で溺れながら、八雲紫は自らの元に帰って来た虹色の蝶へと腕を伸ばした。

 震える腕には、もう力の一片だって籠らない。
 そんな非力な大妖怪の手を取るかのように、フワフワと漂うばかりであった蝶が降りてきて。

 紫の伸ばした人差し指の先へ、止まり木に絡むように……そっと留まった。

 蝶は全てのしがらみから解き放たれたようにして、元のブローチの形……


 ───『ナナホシテントウ』の姿へと時間を逆行させて、静止する。


 それは、この醜悪なる催しの演者として降り立った紫が初めに見た光景。
 夜空に浮かんだ『七つの星』と、同じ模様を背に描いたアクセサリー。
 ナナホシのブローチを血塗れの胸に引き入れて抱くと、あの満天の星空を仰いだ夜に感じた『希望』と同じ気持ちが、紫の中で生まれた。


 気掛かりは、数え切れないくらい沢山ある。
 夢半ばで朽ちる事への恐怖が、無いと言えば嘘になるだろう。
 けれども。
 世に生まれ出で、今まで多くの躓きと挫折を反復し。
 永い夢でも見るような、悠久の刻を積み重ね。
 やっと、幻想郷はこの形を得た。
 ここまでは、私の成すべき仕事。
 そして、ここからは若者たちの作り上げる『夢』。
 
 名残惜しくもあるけれど、私の見てきた永い永い『夢』はここで終い。
 黄昏を超えた境界。その向こう側に、真のフロンティアが在る。


 (……あぁ、瞼が重くなってきたわね。また、少しだけ……眠ろうかしら)


 私の見る夢は終わっても、幻想の見る夢は終わらない。
 受け継ぐ者たち。語り継ぐ者たちがいるなら。
 少年少女は空を辿り、光り輝く虹の先へと到達できる筈だもの。

487黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:46 ID:dCSol15U0



 ───……リー。

 ……マエリベリー。

 ごめんね、マエリベリー。

 蓮子のこと、救ってあげられなかった。

 その上、まだ子供の貴方にまで、色んな重荷を背負わせてしまった。

 大人の自分勝手なエゴで、貴方から色んなものを奪ってしまった。

 本当に、ごめんなさい。

 でも、マエリベリー。貴方はとても、強い子。

 冷たい殻の中でうずくまる蛹なんかじゃあない。

 殻を破り、自分の意志で空を翔び、七色の虹の先へと辿れたなら。

 そこにはきっと、貴方にとっての黄金郷が見付かるわ。

 仲間を見付けて。

 貴方の手を取ってくれる仲間たちが、此処には居るはず。

 マエリベリー・ハーン。

 貴方が宇宙を輪生し、一枚の境界を超えて『八雲紫』へと成った。

 紫鏡のあっち側で育った、私の半身。

 せめて私は……貴方が辿る旅の、幸福を祈っております。












「何か、最期に残したい台詞でもおありですか?」


「…………そう、ね」


「仙人とは慈悲深いもの。たとえ怨敵であろうと、かの大妖怪・八雲紫様の今際のお言葉とあれば……耳を傾けてさしあげましょう」


「………………あなたの、欲の……興味本位って、だけでしょ」


「うふふ」


 最期の言葉、か。
 邪仙にとっては、さぞ興味あるのでしょうね。大妖怪が世に遺す、辞世の句は。
 でも……この闇に遺すべき言葉など、私には無い。
 全ての『意志』は既に、夢と共に託してきた。
 なので御期待のところ、申し訳ないのだけれど。


 八雲紫の遺す“最期”は、やはり戯言こそが相応しい。

488黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:32:17 ID:dCSol15U0



「───夢」


「……なんと?」


「貴方、『夢』って……ある?」


「……そう、ですね。敢えて言うなら、貴方のような方の欲を見届ける事こそが、私の『夢』……って所かしら」


「…………そ。良かった、じゃない。夢、叶って」


「叶うのはこれから、ですわ。私、貴方様の『夢』とやら……興味ございます」


「………………わたしの、夢……か」






「───うん。わたし、『普通の女の子』になりたかったの」






「……それはそれは、素敵ですわ。おめでとうございます。お互い、夢が叶って何よりですね」


 今の貴方は、かよわい普通の女の子も同然の体たらくですから。



 ───失望の念を、心より禁じ得ません。八雲紫。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

489黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:02 ID:dCSol15U0
『ディエゴ・ブランドー』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 一階廊下


(フーン……。あの女の能力が『宇宙を超える』、ねぇ)


 まるで『大統領』のヤツが得意な能力みたいだな、とディエゴは口漏らす。
 かのD4Cは物と物との間に挟まる事で『隣の世界』へ行ける。そしてそれは、周囲の人物も巻き込む事で同様の現象を与えられる。
 ヤツの場合はあくまで『少しだけ違う世界』というものだ。それですらブッ飛んだ能力には違いないし、ディエゴ自身も隣の世界へ飛ばされて死に掛ける、といった体験は記憶に新しい。
 片やメリーの能力とは、複合的な条件こそ必要であるらしいものの、宇宙の輪廻をも飛び越えて扉を開くというもの。謂わば、完全なる別世界へ入門出来るようなものだ。
 宇宙を越える、という新仮説をDIOも紫も同意見として導いていた。それはつまり、何十億、何百億年単位で『時空』を飛び越える事になる。

 DIOのように『時間操作』タイプの能力者、という見解も出来るのだ。


「面白くなってきやがったな。あの女、是非ともモノにしたいところだ」


 大袈裟に裂けた唇が三日月型に歪み、恐竜の牙が覗いた。ディエゴの肩には通常索敵に使用する翼竜型ではなく、屋内潜伏に適したトカゲ型の小型恐竜が乗っており、DIOと紫の会話内容を盗み聞いたのは彼の功労だった。
 翼竜よりは目立たないが、それでも屋内だと不便はある。が、館内の諜報役としてはこれくらいで充分。お陰で貴重な話が聞けた。

「それにしたって翼竜共の集まりが悪いな。低温気候のせい……というより、あの『フード男』の仕業か」

 外の雪のせいで、斥候の招集率が悪化してきた。そしてこの『雪』が、自然現象による気候ではないという事もディエゴは既に勘付いている。

 ウェザー・リポート。いや、ウェス・ブルーなんたら、だったか? とにかく、その男がスタンドによって雪を降らしている。
 意図的だろうがなんだろうが、ヤツの行為によってこっち側の『足』がどんどん潰されているのだ。

「ウザったいな……早めに始末しておくべきか」

 戦うとなれば苦戦は必須。現状を見ても分かるように、ディエゴの『スケアリーモンスターズ』とあの天気男は相性がすこぶる悪い。湖の前でゴミ屑にしてやった『傘』も雨を操り固めていたが、相性はというと同様に悪かった。
 出来れば他の人間……相性で決めるなら、文句なくヴァレンタイン大統領に向かわせるべきか。


「……っと。この場所も流石に崩れてきそうだ。オレも地下に潜るか」


 さっきから建物を伝わる振動がディエゴを小刻みに揺らしている。ジョルノの一計でこの紅魔館もオシマイの運命という訳だ。アジトの移動は余儀なくされるだろう。
 取り敢えずウェスの始末と、ホル・ホースの持ち去った『DISC』が目下の優先事項か。

 そういえば、メリーと蓮子を追跡させた恐竜がまだ戻らない。
 あそこには青娥も向かった筈だ。つい先程、そこの廊下で出くわしたのだから知っている。
 あの女に渡しておいたDISC──翼竜が会場のどこかから一枚だけ拾ってきた奴だ──は、果たして有効活用されてるだろうか。

「まあ、あの悪女が素直にオレの言うことなど………………聞くかもなあ」

 特別、反抗心がある女ではない。ただ、あの頭花畑女は如何せん自分に正直すぎる。
 己が認めた人間は無礼が付くほど持ち上げ、自分は全く別の次元から眼下の光景を俯瞰して楽しむような女だ。
 つまり結局、奴は周囲の人間全てを見下しているのだ。DIOだろうが、オレだろうが、誰だろうが。

 だからオレは、あの女が本当に嫌いなんだ。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

490黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:34 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 一階廊下/夕方】

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:右目に切り傷、霊撃による外傷、全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起、通信機能付き陰陽玉、ミツバチの巣箱(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
0:地下に避難する。
1:ウェスとホル・ホースの動向を注視。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『16時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※DIOと紫の話した、メリーの能力の秘密を知りました。
※現時点ではメリーと紫の入れ替わりに気付いておりません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

491黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:59 ID:dCSol15U0
『霍青娥』
【夕方 16:35】C-3 紅魔館 地下道


 柄にもなく、霍青娥は苛立っていた。
 いや、苛立つという表現は些か大袈裟かもしれない。
 面に出るほど気を立てているという自覚は少なくとも彼女に無いし、へそを曲げるといった可愛げのある表現ですらまだ言い過ぎだ。

 精々、なんか面白くないですわ程度の、蚊に刺された様な不機嫌。
 どうしてだろうか。

 愛しのキョンシー・宮古芳香をあんな酷い目に遭わせた式神風情の清算として、その保護者には死を以て償わせた。八雲紫はこうして無様な屍体へと成れ果て、報復は無事に終えることが出来たのだ。


 めでたしめでたし。


「……ち〜っとも、めでたくないですわね」


 孤独となった場所で、ため息と共に独りごちる。めでたくない理由など、とうに分かっている。
 それはひとえに、想像していた以上に紫がつまらない女だったからだ。


 青娥は別に、戦うことが大好きな戦闘狂ではない。力のある者は好きだが、その相手と競り合いを演じる事に至上の幸福を得るタイプではない。全然ない。太古より地上で猛威を奮っていた鬼たちを筆頭に、幻想郷にはその手の自信家や熱血漢は案外多いが、そいつらと同類にされても困る。
 青娥とて厳しい修行、秘術の研究を積み重ねて体得した仙術の数々を相手に見せ付けるのが趣味であるが、それもあくまで自慢が目的である。
 寧ろ、戦うのはキライだ。慣習的に襲撃を続けて来る死神連中を適度にあしらうだけで充分だと内心ウンザリしているくらいだし、他人のファイトを観戦するくらいが一番性に合っている。


(それなりに、期待してたんですけどねえ)


 冷たい床の上には、仲良く手を握り合う様にして倒れた二つの死体。
 形だけを見るのなら、メリーと蓮子の息絶えた姿。
 青娥はもう一度、ため息混じりに二人の亡骸を眺めた。


 “他人の欲を覗く”
 このバトルロワイヤルで邪仙の狙う目的らしい目的はと問えば、つまるところそれに終始する。DIOに仕えるのも、彼女の目的を叶える上で最も近道足り得る手段だから。
 何故なら彼は、人の心に澱む欲を引き出すのが非常に達者なのだ。秋静葉が強引に振舞っていた、本来には備わっていない貪欲さを彼はそっと抑え込み、心にすっかり沈澱させていた安息への欲求を逆に掬い上げた。
 彼女は秋の神だが、敢えてこう表現しよう。

 DIOは秋静葉を、人間へと戻した。
 戻した上で、更なる深みの〝悪〟の道へ誘った。

 また一見怪物の様に見えたあのサンタナの、内に燻る渇欲や名誉欲といった血生臭い欲求を手玉に取り、コントロールするといった老獪なやり口を披露したのには舌を巻いた。
 蚊帳の外から見ていた限りではこの上なく凶悪なあの鬼人を口八丁手八丁で丸め込み、何だかんだ懐刀に迎え入れようと画策したのだ。奴を本気で潰すつもりなら出来ていたろうに、感心を通り越して寒気を覚えるくらいの口巧者なのがよく分かる。

 一方で、あの『肉の芽』は青娥的には頂けない。あれは人の持つ欲を完全に上から抑え付け、似非忠義を強制させる様な代物だ。忠実なる下僕を作るには最適だろうが、傍から観察する分には勿体ないとさえ思う。だから蓮子の芽が解除された時は、彼女本来が最期に見せた欲を静かに見守る事を我が使命としたのだが。
 河童のスーツにより透明化を図り、わざわざ暗がりから観戦していたのが先の二人の交錯。DIOから彼女たちの確保を命じられはしたが、勿体ないと感じ取り敢えず傍観に徹していた。お陰様で優先して確保する対象の蓮子は死んでしまったが、それでもいいと青娥は満足する。

 実に人間らしい、お涙頂戴の物語。
 人と人の紡ぎ出す『絆』は、かくも美しいものか。
 弱者には弱者なりの、生きた証が見られた。
 『欲』を言うなら、彼処には〝八雲紫〟などという紛い物なのでなく、本物の〝マエリベリー・ハーン〟を用意して欲しかったという希望はあったが。


 だから青娥は、二人の邪魔をしようとは最初から最後まで考えなかった。

492黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:36:42 ID:dCSol15U0
 深い欲も、浅い欲も。
 高尚な欲も、凡庸な欲も。
 個々人によって大小の差はあれ、その差別こそを楽しむのもまた一興。それが青娥の、普遍的な価値観。
 勿論、欲にも彼女なりの嗜好が出る。傾向としては、強者であるほど欲に深みが現れ、観察する楽しみも格段に増す。
 強い相手を好むという彼女の性質は、身を焦がすほどの欲を愛し、耽溺し、自分を満足させてくれる割合が破格だからという本意的な部分を基点としている。

 故に、八雲紫ほどの大妖怪ともなれば、最期に醸し出す欲の度量──肝に当たる部分は、さぞや美味なる品質に違いないと期待していた。
 他者から見れば『嘘っぱち』の秘封倶楽部を最後まで見届け。ようやくメインディッシュの八雲紫を、報復と共に突き崩すチャンスが訪れた。彼女の欲はそんじょそこらの凡夫とは一味違う筈だから。
 舌舐めずりを抑えながら開いてみたディッシュカバーの中身は……期待に反し、青娥の興味欲を一層削いでしまった。

 蓋の中から飛び出した紫の欲は、深いようであり、浅いようでもあり。
 高尚なようであり、凡庸なようでもあり。
 早い話が、欲ソムリエである青娥をして“よく分からない”であった。

 何故なら彼女の最後の抵抗は、想像以上に『普通』だったのだから。
 いや、抵抗と呼べる行動すら起こさなかった。本当に、普通の女の子そのものの力だった。

 ガッカリ。
 面白くない。
 つまんない。
 ビミョー。

 さっきから青娥の頭をグルグル回るのは、それらの単語ばかり。口先をアヒルみたいに尖らせながら、何をするでもなく、こうして二つの亡骸をトボトボと見比べてはションボリと項垂れる。

 こちらが勝手に、一方的に期待していただけ。紫を愚痴るのはお門違いというものだ。
 その実態を理解しているだけに、何とも遣りようのない萎縮が肩透かしの形となって、青娥の口から「はぁ〜」と吐き出されていく。


「ねえ、紫さま〜……。貴方は最期に何を思い、何を見ていたのかしら」


 紫が天を仰ぎながら零した、最期の言葉。
 あの大妖怪が遺す最期の言葉というのだから、青娥も内心胸を高鳴らせていたのに。
 その末路は、どうにも解せない。


『───うん。わたし、“普通の女の子”になりたかったの』


 言葉の意味はこの際、重要とはならない。表面のみを捉えれば紫の遊び心とも言える。
 戯言も同然の台詞。それは裏を返せば、遊べるだけの余裕があの瞬間の紫に発生した。
 その余裕の根源が青娥にはよく分からない。わざわざ直前に、式神の暴走行為まで示唆してやったというのに。
 いや、少なくともあの瞬間までの紫は相応の──青娥の期待通りの反応を見せてくれたのは確かだ。

 その直後。
 『夢』を語る最中の彼女に、理解し難い変貌が訪れたのだ。


「満足……? ちょっと、違うわね」


 感覚としては近いが、紫は決して全てに満足を覚えながら逝ったようには見えなかった。
 賢者を冠する彼女にも、幾つもの心残りを憂うような顔の相は垣間見えた。
 満足というよりは、妥協と呼んだ方が更に近い。


「恐怖……? それこそ似合わない」


 自身の消滅を怯えない妖怪などいない。大妖であろうと、例外は無く。
 少なからず彼女に恐怖はあったろうが、存在を脅かす敵へと震え上がるような弱音ではなく、この世に憂いを残すことによる無念さが際立っているようだった。


「諦観……? だとしたら、一番不愉快なパターンだけど」


 何もかもの敵対事象に対し、両手を上げながら諦める。それは言うなら、青娥の最も毛嫌いする、マイナス方面での無欲だ。紫に限ってそれは無いと断じたいものだが、少なくともあの時の彼女は、ある種の諦めも見えた。
 仏教において『諦め』とは、物事への執着を捨てて悟りを開く事とも云う。自分などより数倍胡散臭いあのスキマ妖怪に悟りが開けるなどとは全く思わないが、『執着を捨てる』という線はかなり近いように思える。
 その線で考えたなら、執着を捨てたというのはつまり、『執着を持つ必要がなくなった』とは言い換えられないだろうか?

493黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:10 ID:dCSol15U0


(執着…………『何』への?)


 ───夢。


 確かにその賢者は、『夢』などというお子様じみた言動を繰り返していた。
 夢が叶ったから、執着を持つ必要はなくなった?
 または……夢が叶う展望が開けたから、胸に残った未練を捨て切れた?

 そうとでも考えなければ……あの時。
 夢を語る瞬間、あの女が『微笑んだ』理由が分からない。

 あの八雲紫が、夢? ……馬鹿馬鹿しい。
 そもそも彼女の願う『真の夢』とはなんだったのだろう。
 まさか本当に『普通の女の子』になりたかったとでも言うのか。今際の際に発した渾身のジョークとしか思えないが。

 だが、とはいえ。
 そのジョーク通りに、この紫は正しく普通の女の子に極めて近い。
 含めた意図は不明だが、見た目には完全にマエリベリー・ハーンの容姿へと偽装出来ているし、妖力の方も通常の八雲紫と比べればあまりに微小。話にならない力だった。


 ───何故?


 容姿の入れ替わりについては、周囲を欺くという一応の建前は推察できる。いわば隠れ蓑として機能させる事も可能な、小賢しい一芝居だ。
 が、その中身……大妖としての力までが極めて縮小されていたのはどういう訳だ? 戦闘による衰弱には見えなかった。
 事前に何事かあったのか。その“何事”という要素が、紫の欲の謎に迫るイレギュラーなのか。

 泥水の中に埋もれた失せ物を、目隠しでまさぐって探すような不快感すら覚えてくる。


「……はあ。ま、終わった事はもういいか」


 お手上げだった。
 青娥も元々、尽くすタイプであると同時に飽きやすいタイプでもある。
 八雲紫が期待を裏切る『大ハズレ』であった事実は大いにモチベーションを削る結果となって終わったが、それに見合う『収穫』だってちゃっかりゲットした。
 それで良しとしよう。この『土産』は、DIOを満足させるに足る代物であるはずだ。


「ディエゴ君の予想、ドンピシャだったわねん。
 ───八雲紫の『精神DISC』、入手完了っと」


 先程から事も無げに、青娥の手の中で弄られていた円盤の正体。
 八雲紫の精神DISCとの呼称を与えられたその円盤は、正確には『ジャンクスタンドDISC』という名で配られた支給品。

 メリーに扮装した八雲紫を追う過程で、青娥はディエゴとすれ違っていた。その際に受け取った物が、この一見使い道の見えないジャンクDISC。
 無能力のカス円盤であることから、あのノトーリアス・B・I・Gの円盤以上に価値観が薄い物品。

 故に青娥のお眼鏡にかなう事は無いと思ったが。


 ──
 ─────
 ─────────


『DISCとは元々、魂やスタンドを封じ込めておく器の役割があるようだ。こいつはオレの翼竜が一枚だけ拾ってきた物だが……お前にくれてやる』

『あら珍しい。でもディエゴ君? 私が欲している円盤っていうのは、素晴らしいオモチャが詰まっている枕元の靴下に限りますわ。こんなゴミDISC一枚押し付けられたってねえ』

『確かに、この円盤は“空っぽ”のようだ。支給品としては最下層に位置するハズレ中のハズレ、だな』

『えぇ〜…………かえす』

『まあ聞けよ。第二回放送終了後、オレ達があの神父との接触を優先させたのは何故だ?』

『神父様のスタンド能力による、大妖や神に並ぶ強大な魂の収集ですね』

『そうだな。そしてその手段はエンリコ・プッチの生存が大前提となる。そして今、オレたちが連れて来たプッチは早くもくたばっちまったってワケだ。さあ、困った事になったぜ』

『……もしかして、ディエゴ君』

『別の方面から考えようって話だよ。ジャンクDISCとはいえ、これもホワイトスネイクから生み出された能力の残滓だ』

『ふ〜〜ん。……読めましたわ。ま、そうであるというなら一先ず、コレは預かっておきましょうか』

『その円盤は会場内に多く振り分けられているらしいが、オレたちの手元には現状、それ一枚きりだ。無くすなよ』

『はいはい。ディエゴ君はどうするの?』

『どうもしない。今回は情報整理ついでに身体を休めておくさ。これでもスポーツ選手なんでね。……お前は?』

『逃げた小鳥が戻ってきたようですので。少し、お迎えと……“仕置き”を』

『そうかい。あまり好き放題にやるなよ』

『お互い様、ですわ』


 ─────────
 ─────
 ──

494黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:35 ID:dCSol15U0

 結論から述べれば、『実験』は大成功に収めた。
 青娥は紫を殺害する間際、彼女の頭にこの『空のDISC』を差し込んでいた。挿入した上で、そのまま殺した。
 通常ならDISCを埋め込んだまま本体が死に至ると、DISCは『死』に引っ張られて消滅するらしい。その性質ゆえ、この実験は一種の賭けではあったが、失敗しても失うのはゴミ円盤一枚。ローリスクハイリターンの実験だったと言える。

 死亡し肉体から剥がれ落ちた紫の魂は天国へと昇らず、このDISCの中へと吸い込まれていった。
 これはホワイトスネイクの行使する能力を、そのまま擬似的に応用した形である。かつ、本来なら作用するDISCの消滅は免れたまま、こうして青娥の手の中で無事形を保っている。

 この謎の解答を持つプッチが死亡してしまった為、青娥なりに仮説を立ててみた。
 本体が死ぬとDISCもそれに引き摺られて消える、というのはDISCの中身が入っている場合の話だ。GDS刑務所にて青娥自身ヨーヨーマッから聞き出した情報だし、裏付けとしてプッチ本人からも聞いておいたので真実味のある内容だった。
 秋静葉が殺害した寅丸星にもスタンドDISCが挿入されていたらしいが、寅丸死亡後にDISCの生存は確認されなかったと聞いている。まあ、これは寅丸の肉体自体が消滅したからDISCも一緒に、という考えも出来るが。

 対して青娥の使用したジャンクDISCは、ディエゴが話した通りに『空っぽ』の物だ。念の為、事前に自分の額に差し込んでみたが、一度目は失敗した。既に『オアシス』のDISCが入っていた為か、バチンと弾かれて放出されたのだ。
 それならと、一度オアシスDISCを外しジャンクの方を差し込むと、“このDISCでスタンド能力は得られません”といった旨の音声が、ご丁寧に脳内で流れてくる始末。
 正真正銘の空っぽDISC。通常のDISCとの違いはその点であるという事は明白。本当にただの『器』である故に、DISCの崩壊は起こらなかった。代わりに、死にゆく紫の魂を空のDISCに取り込んだ。

 DISCについてはまだまだ未知数な所がある為に手探りだが、ステップとしては

 『空DISCを挿入する』
→『本体の殺害』(魂を剥がす)
→『DISCを取り出す』(魂の取り込み完了)

 この一連の流れで、恐らく魂は収穫可能だ。
 ホワイトスネイクとは違い、ジャンクDISCの消費と、相手本体の直接的殺害というステップが加わるが、この発見によりプッチ以外の人物による魂回収作業がグンとやり易くなった。


「ともあれ、これでやっと『一つ目』ですわ。八雲紫ほどの大妖怪サマであれば、魂の質量というハードルは余裕綽々の棒高跳びでしょう」


 集めるべき『三つ』の魂には、大妖怪・神に相当する強大なモノであるというハードルがある。
 言うまでもなく、八雲紫とは幻想郷を代表する大妖怪だ。これ程の魂であれば、もはや青娥の勲章は大金星。


「DIO様、きっと喜んでくれますわよね〜♪」


 先程までの不満顔は、手にした戦果によって一気に吹き飛んだ。
 勢いよく立ち上がり、鼻歌すら歌いながら青娥はこの場を上機嫌で後にする。

 いまや彼女の頭には、八雲紫への失望や、愛するキョンシーを奪われた怒りなど消え失せていた。報復の達成によって不満や憎悪が消化された──ワケではない。
 魂の確保という収穫により、渦巻いていた怨恨が、戦果を挙げた高揚へと上書きされたに過ぎなかった。元々大した怒りなど無かったような気がしてならない。
 芳香を喪った事については本当に、ホンット〜〜に悲しく辛い経験だったが、キョンシーなら“また”どこかで良さげな死体でも見繕い、産み出せば済む話なのだから。

 長年、愛用していた大好きな玩具が壊れた。
 邪仙にとって宮古芳香の死とは、その程度の喪失。
 “替えのきく”、大切な大切な家族だったのだ。

495黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:00 ID:dCSol15U0

 その時、視界の端の闇に、俊敏な動きで這う生物の影を邪仙の視力が拾った。
 光量の微少な地下道であるゆえ見過ごしかけたが、そいつは確かに青娥の荷物から飛び出したように見えた。正体には凡そ予想がつく。

「……トカゲ? ディエゴ君ね、どうせ」

 仕込まれたのはさっきだろうか。中々のスピードで走る輩であったが、青娥はそれを難無くとっ捕まえた。ディエゴの下僕は例の翼竜だけかと思っていたが、トカゲタイプも居たのか。

「どこまでも食わせ者ねえ、あの子も」

 邪仙・霍青娥は、マエリベリー・ハーン(紫)と宇佐見蓮子の乳繰り合いを蚊帳の外からニヤついて観ているだけでした。そんな報告がDIOに渡っても面倒臭い。
 青娥はほとほと苦笑しながら、尻尾を掴まれオロオロするトカゲを空いた手でグチャと握り潰し、泥団子の様に丸めて隅っこへと棄てた。





「あ、そういえば『良さげな死体』なら、此処にも二つあるじゃない」


 双輪に結った頭に一際明るい豆電球が点灯した。今更な閃きではあるが、蓮子とメリーの死体を使ってキョンシーを作り上げるというのも悪くない。

「……いや、流石に悪いわね。そこまでしちゃあ」

 妙案はすぐさま取り下げられる。常識的な倫理観など持たない彼女が“可哀想”とまで同情し、結局二人の死体は置いて行く事にしたというのだ。
 青娥にとってそれは、本当に、単純に、ただ『カワイソウ』だっただけ。
 形だけでもせっかく『再会』出来た秘封倶楽部のか弱い二人を、キョンシーにしてまで好き放題するなんて……


「───私の『良心』が痛みますわ。せめて安らかに眠ってね、秘封倶楽部のお二人さん♪」

 
 ああ……なんて不憫な子達なのかしら、と。
 少女の片側へは、自ら手に掛けたという事実も棚に上げて。

 邪仙は、心の底から薄っぺらな同情を掛けやり───少女達の死体には、もう見向きもせずに去り行く。


「〜〜〜♪ 〜〜♪」


 軽快な足音と耳に障る鼻歌の余韻のみが、誰も居なくなったこの場所に生きる最後の音。
 結局、邪仙には最後まで分からない。
 八雲紫の弱体化の裏側。最期に見せた笑み。


 その根源は、彼女が託した者達へと繋がっているという事に。


            ◆

496黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:30 ID:dCSol15U0







 後に残ったのは、〖白〗と【黒】の衣装が対を成した、二つの屍。

 マエリベリー・ハーンに成りきろうと慟哭した骸と、宇佐見蓮子の物言わぬ骸のみ。

 〖モノクロ】に交わった彼女達を彩るかのように、赤いドレスが血溜まりを形成し、二人を中心に沈めた。



 〖白い少女〗の右手と
 【黒い少女】の左手は
 この宇宙から崩壊した〖秘封倶楽部】を
 いつまでも……いつまでも此処へ繋ぎ止めるように
 合わさったその手に『境界』なんか在りはしないと示すように



 ───固く結ばれ、絆いだ証をこの世に遺していた。



【八雲紫@東方妖々夢】死亡
【宇佐見蓮子@東方Project】死亡
【残り 47/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

497黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:39:01 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー30%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

498黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:41:32 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:41】C-3 紅魔館 地下道










「………………『メリー』って、ね。呼んでくれたの───蓮子が」


 寄り添い合うように眠る、〖秘封倶楽部】の番(つがい)を。
 〝八雲紫〟の姿で、しゃがみ込んだままじっと見つめる少女。

 気遣うように距離を置いたジョルノと鈴仙は、彼女の背後に無言で立ち尽くしている。
 掛ける言葉も見当たらない、という言葉がよく似合っていた。

 ただただ目の前の現実を歯噛み、自分の力の無さを実感する。


「最初に『メリー』ってあだ名で呼んでくれたのは、蓮子だったわ。『マエリベリーじゃあ呼びにくいから』って……」


 蓮子。宇佐見蓮子。
 マエリベリー・ハーンの、大切な友達で。
 秘封倶楽部の、たった一人の相棒。

 それだけ。
 それだけ、だった。
 メリーにとっては、それだけで充分だった。
 ただそれだけの……何処にでもいるような、元気一杯の少女だった。


「『どうしてメリーなの?』って、その時の私は困惑しながら訊いたわ。そしたら『“マエリベリー”って発音しにくいし、語感の良い感じに縮めた』って。
 縮めたんならメリーじゃなくて“マリー”じゃない。ほんと……可笑しいわよね」


 本当に可笑しそうな様子で、メリーは背を向けたままに連ねる。
 震えを我慢する声に染み込んだ悲壮が、ジョルノにも鈴仙にも、沈痛に伝わる。


 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 先程ジョルノは彼女へそう尋ねようとした。交わされた握手を通して、ゴールド・Eが彼女の生命力に『違和感』を感じたからだった。それでも紫とマエリベリーの意を汲んで……やはり尋ねなかった。
 姿形は八雲紫そのものだが、この少女の本質は間違いなく〝マエリベリー〟というジョルノもまだ知らぬ人間だ。
 彼女の独白と今の光景を見れば、それは嫌でも理解してしまう。

 
「……私、此処に飛ばされてから。この世界に来てから。まだ、あの子と『再会』出来てない。
 〝宇佐見蓮子〟とは、何一つ、会話も……会話、すらも……してない」


 邪悪に支配された蓮子に蹂躙されたメリーは、彼女を『宇佐見蓮子』とは見れなかった。
 芽の呪いから蓮子を解き放ち、初めて二人が『再会』を果たせると。
 そう、信じて頑張ってきた。


 メリーは、とうとう『宇佐見蓮子』に逢えず───今生の別れを突きつけられたのだ。


 こんな辛い不幸は誰のせいだ、と怒りを燃やすことも。
 あの時こうしていれば、と我が身を責め立てることも。
 愕然として夢から覚める様な現実を、見つめることも。
 頭が麻痺して光景を受け入れられず、逃げ出すことも。
 拒絶したいほどの悲哀に屈し、大粒の涙を流すことも。

 そのどれもこれもの感情が、自分の中で上手く湧き上がらない。



「なんで、かな」



 一言、呟いた。


 少女の手の中には、いつの間にか。
 七つの星をその背に彩った、てんとう虫型のブローチが握られている。

499黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:07 ID:dCSol15U0

「それは、僕の……」

 ジョルノがハッとして、思わず口に出す。
 それは繋ぎ合った〖秘封倶楽部】の握り合う手の中に守られていた物だ。
 それは蓮子を救出する前、紫の衣装からメリーへと継がれたブローチだ。


 そして、それは。
 妖刀に支配された蓮子から、八雲紫を守る為。
 ゴールド・エクスペリエンスの反射が働き、結果的に蓮子の命を奪い取ってしまったブローチ。


 ブローチの中心には刀で突き刺したような小さな痕跡。
 血溜まりの中に倒れる蓮子の胸にも、同じような刺傷。
 辺りには、刀だったモノの、最早欠片とも呼べぬ残骸。
 それが一体、何を意味するか。


 ほんの断片的な情報が顕とされ、ここで起こった『真実』をジョルノは可能な限り推測した。


 真実とは、時に残酷だ。
 かつて真実を求め、苦難の道を歩んできたジョルノにとって。
 未だかつて無いダメージが、彼の心を蝕もうとしていた。

 
「───貴方のせいじゃないわ。ジョルノ君」


 脳へと響くグラりとした衝撃に、よろめきかけるジョルノを救う声がメリーの口から漏れた。
 罪の自覚に動揺するジョルノを支えるような、その言葉は。
 ここで起こった悲劇が、彼女にも凡そ理解出来たということを証明していた。

 メリーはアヌビス神が持ち主を操る妖刀だという事も、ゴールド・Eが攻撃を反射するという事も知らない筈だ。
 だが“今のメリー”には、八雲紫の記憶・意志が受け継がれ、以前とは比較にならない情報量を得ている。
 現状を見れば、少なくとも宇佐見蓮子の死因がジョルノのブローチによる反射だ、という真実に辿り着くことは、メリーにとってもそう難儀な推理ではない。

 その真実を知ってなお。
 メリーは、ジョルノの胸中を労る言葉を掛けた。
 彼女の『聖女』のような優しさに、「なんて強い子なのだろう」とジョルノは思う。
 真に傷付いているのは、間違いなくメリーの方だというのに。

 彼女の優しさは、その未来に暗雲をもたらすかもしれない。
 ジョルノのよく知る、今はもうこの世にいない……あの勇敢なるギャングリーダーのように。


「……貴方の友人は、僕が死なせてしまったようなものです。本当に、なんと言えば……」


 だからジョルノは、メリーの優しさを軽率に受け取らない。
 簡単に受け入れては、誰の為にもならないと思った。

「ジョルノ君……」

 そんな悲痛な面持ちのジョルノは見たことがない。すぐ横で二人の顔を窺う鈴仙も、掛けるべき言葉を見い出せずに胸へと手を当てた。


「少なくとも、ここで眠っている蓮子の表情は……とても人間らしい顔をしているわ。
 DIOに支配されていた時よりも、遥かに穏やかな顔。……少し、哀しそうだけれども」


 メリーは膝を下ろし、蓮子と……片割れの紫の頬をそっと擦る。
 動かない蓮子の額に、肉の芽は無かった。きっと紫が約束を果たしてくれたのだろう。
 宇佐見蓮子を必ず元に戻す。そう交わして、邪悪の魅せる悪夢の中から蓮子を引き上げてくれたに違いなかった。


「ジョルノ君のブローチが、蓮子と……紫さんを『救って』くれた。
 私は、そう信じています」

500黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:42 ID:dCSol15U0

 初めて、メリーが笑った。
 その微笑みはとても脆い形ではあったが、ジョルノの心を大きく清めてくれた。

 実際の所、ジョルノのブローチが八雲紫を守ったのは事実だ。
 結果としてそれは、蓮子の命を散らせた直接の出来事を生んでしまったが。
 もしもブローチが無ければ紫は殺され、蓮子は妖刀の呪いから解き放たれることも無かったろう。
 それでは、意味が無かった。
 それでは、『宇佐見蓮子』は永遠に戻ってこれなかったかもしれない。

 だからこれで良かった──だなんて、言えるわけが無いけども。

 七星のてんとう虫が、宇佐見蓮子を最後に『人間』へと戻し。
 彼女に『秘封倶楽部』を思い出させ。
 そして八雲紫も、『夢』を仰ぎながら眠った。
 自分は最後まで蓮子と再会出来なかったが。
 蓮子はきっと、最後に〝メリー〟と再会出来た。
 メリーには、そう思えてならない。


 状況証拠のみを検分し、都合の良い妄想に逃げ込もうとしているだけかもしれない。
 それこそ、夢見心地に浸りたくて。
 だとしても八雲紫の意志は、今やメリーに在る。一心同体なのだ。
 あの人を信じるという事は、自分を信じるという事に繋がる。

 蓮子を『救った』ジョルノには、感謝こそあれ。
 自分を責めることなど、しないで欲しかった。


「だから、ジョルノ君にはそんな表情をして欲しくないんです。
 私なら、大丈夫。……大丈夫、ですから」


 大丈夫なわけがなかった。
 大事な人を、一度に二人も喪ってしまったのだから。

 だからこそジョルノは固く決心する。自分には責任を果たす必要がある、と。
 彼女と───マエリベリーと共に『真実』に向かおう。
 色々な事が起こり、多くを喪い、傷付いた少女を『導ける』のは、ここに居る自分なのだ。
 自惚れかも知れなかったが、紫から受け継いだ物は正しい方向へと導かなければならない。


「───僕には、部下がいます」


 ジョルノは、マエリベリーと手を取り合える距離まで足を踏み出した。
 彼女は『護る対象』ではない。共に歩く相手として、正当なる関係をこれから築かなければいけないと思い、互いを知ろうと思った。


「組織のトップとして、多くの部下は居ますが……真に僕を慕う者は多くない。組織の構成上、仕方ないことではありますが。
 それでも命懸けで僕を慕ってくれている彼らに対し、僕は心から嬉しく思う。そして、掛け替えのない信頼を築いていこうと尽力もしている」


 ボスの娘を護る護衛チーム。ブチャラティを筆頭としたかつての少数チームが、ジョルノにとっては『始まり』であった。
 その始まりは、今となっては一人だけ──此処には居ないパンナコッタ・フーゴしか残っていない。だからこそ彼との間には、深い『絆』がある。


「その絆の証明……の様なものかも知れません。彼らの中には、僕を『ジョジョ』と呼ぶ者も居ます。そう呼ぶよう、僕の方から願ったのですが」
「ジョジョ……?」
「はい。ギャングのコードネーム……とかでは全然ないんですが。
 なんと言うか、そう呼ばれると安心するんです。ただそれだけ、ですけどね」


 ジョジョ。そのあだ名は不思議なことに、メリーにとっても奇妙な親しみがあった。


「マエリベリー。君が良ければだけど……どうかこれからは僕を『ジョジョ』と呼んで欲しい。組織とか部下とか関係なく……それでも。
 君の中に紫さんの意志が生きているとしても、僕と君との関係は『新たな信頼』からでなくてはならない。そう思うんです」


 『夢』から始まった物語。
 黄金のように気高い夢と、虹を見るようなささやかな夢。
 少年は少女の前へと、腕を差し出した。


「私の名前はマエリベリー・ハーン。“マエリベリー”の綴りを崩して、蓮子からは『メリー』と呼ばれていました。
 ジョルノ君───いえ、『ジョジョ』。そして鈴仙さんも、私の事は『メリー』と呼んで欲しいの」


 少女は、決起の瞳でそれを取る。
 そこに加わるのは、もう一人の少女の腕。


「もう! ジョルノ君、私のこと忘れてない!?」
「忘れてませんよ、鈴仙。……改めて、よろしく」
「……うん! よろしくね、ジョジョ!」


 その笑顔は、かつての鈴仙の『負』を微塵も感じさせないくらい快活だった。
 ジョルノと、メリーと、鈴仙。
 三人の輪が、様々な隘路を経て繋がった。



「これからよろしくお願いします。ジョジョ。鈴仙」

501黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:43:10 ID:dCSol15U0

 子供の頃に見た『夢』が、大人の階段を上るにつれ。
 社会に歪められた価値観の底へ、ずるずると埋もれていく。
 人はそうやって大人へとなる。

 いつからだろう。
 それが嫌で私は、秘封倶楽部という名の永遠の殻に閉じ篭ろうとしていた……のかもしれない。
 だから、あの日常は楽しかった。
 子供のままでいることは、大人達の……一種の『夢』なのかもしれない。
 私も同じだ。
 いつまでも……いつまでも、今のままの秘封倶楽部で。
 私が永遠に……空を堕ちるように見ていたかった、平凡な夢。


 子供だった夢は、今日。
 唐突に、壊された。


 何も無い私。
 拙い蛹でしかなかった私。
 そんな私が、今日、この日。
 本当に叶えたい……叶えなければならない『夢』が、出来てしまった。

 気付かされた事もあります。
 虹色の翼を貰い、羽化し、蝶となって翔べたのは。
 蓮子。
 紫さん。
 いつもいつも、貴方たちが傍にいてくれたからだった。
 今までも。
 そして……これからも。

 私の掛け替えのない人たち。
 さようならなんて言わないけれど。
 私は、私なりの『操縦桿』を掴むことができました。
 私なりの『夢』も、見つけることができました。

 
 DIOが望み、手に入れようとする私の『力』。
この力が“何処から来た”力か。それは、もはや重要な事ではない。
この力が“何処に向かうべき”力か。本当に大切なのは、それなんだと思う。
 私自身が抱える『謎』。私はそれを、これから暴いていかなければならない。
 それはきっと、一人では難しい。
 ジョジョと鈴仙が手伝ってくれるというのなら、本当に嬉しい事だけども。

この世の謎を暴く道に、七色の『虹』が架かっているとしたなら。
 その先にある『真実』を見つけ出したい。


 私なりの、黄金の夢。
 真実に向かって歩き出す、新たな夢。



「だってそれが……この世の不思議を暴く〝私たち〟の秘封倶楽部、でしょう?
 ───蓮子」





 最後に落とした、ガラス玉みたいに綺麗な涙が、虹色の蝶に溶け。
 キラキラ光る鱗粉を落としながら、いつか夢見た虹の先へと、翔んで消えた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

502黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:43:35 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(中)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:紫と蓮子を弔う。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:紫と蓮子を弔う。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。

「宇宙の境界を越える程度の能力」
マエリベリー・ハーンがもう一人の自分、八雲紫と遭遇した事により羽化したと思われる能力。スタンドなのか、全く別の次元の力なのかも不明。
彼女はこの力を幼少の頃より潜在的に発揮していた節もあり、八雲紫との関連性は謎。
要検証。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:紫と蓮子を弔う。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

※紅魔館が崩壊しつつあります。

503 ◆qSXL3X4ics:2018/11/26(月) 01:47:57 ID:dCSol15U0
投下終了です。
予定していた分量を大幅にオーバーしてしまい、遅刻どころではない結果となりました。次回からはコンスタントな投下を心に刻みます。

504名無しさん:2018/11/26(月) 09:42:12 ID:RwVSG9v.0
投下乙
なんだか色々と、意識の外から攻撃されたって感じだ…
各シーンごとに没頭しちゃうから、まさかの展開には驚かされてしまう

ゆかりんの最後の台詞は涙腺ゆるんじゃった
大作お疲れ様でした

505名無しさん:2018/11/26(月) 13:50:06 ID:bqwc5tdI0
投下乙です

金髪の娘可哀想

506名無しさん:2018/11/26(月) 14:39:35 ID:wNcXIqdc0
投下乙です
『夢』を主軸にして描かれた大作、本当に素晴らしかったです

507名無しさん:2018/11/26(月) 18:38:06 ID:1u2C34XM0
生き残りも良い感じに減ってきたな

508 ◆e9TEVgec3U:2018/11/26(月) 23:15:30 ID:QiwIn7zU0
投下お疲れ様です。
紅魔館を舞台にした手に汗握るスペクタクルでした。
脱落者4人それぞれのラストは晏起してしまう程に読み耽ってしまい、ただただ打ちのめされるばかりです。
彼女達が死に際に漿を請いて酒を得れたと切に願います。

居ても立っても居られず、稚拙ながらもこの話の支援絵を書かせて戴きました。
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1952524-1543240849.jpg
これからの創作の助けになれば幸いです。

長くなりましたが、エシディシ、ディアボロの2名を予約させて戴きます。

509 ◆e9TEVgec3U:2018/12/05(水) 20:13:38 ID:n/2IcN/20
すいません、予約を破棄させて戴きます…

510名無しさん:2018/12/31(月) 17:33:01 ID:rXl0AkCw0
今年の反省点は予約の破棄が多かったところかな。来年も皆さん頑張りましょう!

511名無しさん:2018/12/31(月) 22:14:11 ID:dBIi37g60
くっっっっっっっっっっっっだらねえ便所のネズミのクソ以下のレスでageる害悪タンカス野郎は永久にこのスレから消えて、どうぞ

512名無しさん:2018/12/31(月) 22:35:12 ID:WkC0ACp20
>>510
何様なんですかね……

513名無しさん:2019/02/03(日) 11:39:53 ID:CAfQrzx.0
保守

514名無しさん:2019/03/01(金) 20:04:44 ID:CjyCotOI0
保守

515 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:08:22 ID:ZcI0NUco0
投下します

516 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:09:29 ID:ZcI0NUco0
「此処が永遠亭ですか。」

 趣があるであろう、竹林に潜む広い屋敷
 雪すら降り始めた寒空の中、二人はやっと永遠亭へと到着した。
 ジャイロ達と別れてからも、放送を聞いてからも長い時間が過ぎている。
 時間の経過から、彼らが残っているとは思えないが、現在地が把握できただけでも大きい。
 散々迷いに迷っていたあの頃と比べれば、ずっと前に進めただろう。

「東風谷さん、少し休憩していきましょう。
 この天候では休まないと体力を奪われます。」

 先ほど休憩したものの、雪が降り始めていて気温は低い。
 この先だって体力を奪われてしまうのに、余計なもので消費したくはない。
 幸い、カセットコンロもあるため、暖を取るのは多少は楽な状態だ。 

「早くジャイロさん達に合流したいですけど・・・・・・この寒さですからね。」

 玄関を開けながら早苗は雪が降り注ぐ竹林を見て、白いため息を吐く。
 この数時間、二人はただ竹林を彷徨い続けた結果、誰とも出会っていない。
 それはつまり、現在のバトルロワイヤルの進行状況が把握できていないに等しい。
 彼らが誰とも出会わなかった時間で、多くの参加者の邂逅、或いは死亡があったはず。
 あってほしくはないが、花京院でいえば承太郎達、早苗でいえば神奈子や諏訪子たちだって、
 いかに強くとも無事でいられるかどうかは、正直なところ怪しいと思っていた。
 特に、この中だと一番の問題は神奈子だ。神奈子の暴走を早く止めなければならない。
 ───もし。もしもの話で、神奈子が既に諏訪子と出会っていて、手にかけていた場合。
 彼女とちゃんと向き合える自信は、あるとは言い切れなかった。

「しまった。」

「え!?」

 玄関を進むと、突然花京院が小さく呟く。
 敵襲かと思い強く早苗は咄嗟にスタンドを出して、身構える。
 どこに何かあるかわからず、辺りをせわしなく見ていくが、
 特に不審な点は見受けられない。

「あ、いえ。土足であがるのが基本で忘れていたんですよ。」

 そういいながら、花京院は自分の足元へと指さす。
 玄関で脱ぐはずの靴はそこにあり、文字通り土足で踏み込んで廊下に足跡を残す。
 日本で生活してるなら基本的にはないが、二カ月近く日本を離れていた彼には、
 他の文化に慣れすぎた故のミスともいえるだろう。

「とは言え、何があるかわからないこの状況なら、
 家主は申し訳ないですが、土足であがるしかないですね。」

 家主の本来の永遠亭は、これとは別のでしょうけど。
 なんて言いながら、花京院はそのまま永遠亭の中を歩きだす。
 裸足で雪が降った大地を走ることなどできたものではない。
 予期せぬ事態を想定する必要がある以上、靴を脱ぐわけもいかない。
 遠慮なく行動できるのも、スタンド使いと戦ったが故の適応力の高さか。

「ですよね。」

 思ってたよりも一般的な問題であり、肩の力が軽く抜ける。
 律儀に脱いでいた早苗は、すぐに履き直して花京院に続く。
 入り口はたいして損壊はしていなかったが、奥へ進めば進むほど戦いの跡が見受けられる。
 僅かながら焦げた臭いや跡から、炎を操る能力を用いる参加者がいることも推察できた。

(余り、あってほしくはないな。)

 炎を操ると言えば、真っ先に思いつくのはアヴドゥルのスタンド、マジシャンズ・レッド。
 ポルナレフを正面から打ち負かし、発現したばかりだが承太郎とも五分だったとも聞く。
 単純にして強い、あんなスタンドがこのバトルロワイヤルで支給されていたならば。
 かなりの強豪になるのは間違いなく、厄介極まりない存在になるだろう。
 たとえ、マジシャンズ・レッドのスタンド能力でなかったとしても。
 炎を使役できる能力。単純明快な、殺傷能力の高い能力になるのは必定。
 彼のスタンドの性質も合わせ、真正面からの戦闘は避けたいところだ。



 ある程度奥へ進むと、花京院は立ち止まってスタンドひも状にばらしてを張り巡らせる。
 星屑の十字軍で唯一の遠距離スタンドである彼にしかできない、スタンドによる索敵。
 常に移動しての旅だったのもあってか、あまり使う機会はなかったが、
 最初の時といい、こういう人探しの場面であれば、十分に役に立つ。

「やはり、いませんね。」

「ですよねー。」

517 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:11:06 ID:ZcI0NUco0
 概ね探索を終えた花京院の一言に、苦笑を浮かべる早苗。
 一か所にとどまり続ける程、彼らは何もできないわけではない。
 いないことなど分かり切っていたことではあるので、大した問題ではなかった。

「東風谷さんは永遠亭で何かを探してもらえますか。
 僕はスタンドで地下通路を発見したので、そこを見てきますので。」

 最初は永遠亭で一時的に休憩した後から移動しよう、
 そう思って休むというプランを考えたが、探索して気づいたことがある。
 張り巡らせた中に見つけた地下通路。寒さもしのげて迷路でないならば。
 外にいればいるほど体力を奪われる現状よりかは体力の消費も抑えられると。
 一方で、地下通路というワードに不穏に感じていた花京院は、念のため確認しに行く。

「あ、わかりました。」

 敵がこの永遠亭内にいないことは確か。
 単独行動の危険は今までよりかは少ないことが分かっており、
 早苗は言われてすぐに行動に出る。



(此処か?)

 人が一人は入れそうな穴が空いた、戦いの痕跡がある縁側に面した部屋。
 多数の血痕があるが、死体らしいものはない。埋葬されたのだろうか。
 思うところはあるが、今するべきことはミステリー漫画のように、
 殺人現場の状況や犯人が残した痕跡を理解することではない。
 特に気に留めることはなく、穴を避けて目的の場所へ向かう。

 近くの畳をひっくり返すと、屋敷にえらく不釣り合いな、重厚な鉄の扉がそこにある。
 畳で塞がれている扉だったが、スライド式らしく、地下からでも開けられるようにはなっている。
 スライドさせれば暗闇へと続く階段があり、ゆっくりと、踏み外さないように花京院は進む。
 静かに響く足音は、暗闇に合わせて恐怖を演出させるのに買って出てくれるが、
 今の彼はDIOに屈した時の花京院ではなく、恐怖を乗り越えた。大して不安になることはない。
 不安はないが、それでもDIOのような危険な連中がいる可能性が高い場所を前に、警戒は続ける。

 階段が終われば、僅かな明かりとともに、果てが見えないトンネルが続く。
 陽の光は射し込む部分はなく、最初の放送が又聞きである花京院にとって、
 今になって吸血鬼たちが昼間に移動できる手段があることを理解する。
 嫌な予感は、彼にとっては当たって欲しくなかった状況が的中してしまう。

(禁止エリアがある以上、公平さを取っているわけか。)

 逃げの一手があることに、花京院は先が思いやられる。
 DIOはエジプトから動きたがらなかったのはプライドの高さだろうが、
 禁止エリアという概念もある以上、此処では移動手段として使う可能性は高い。
 日中も逃げる、或いは追われることになるこの状況は、当然よくないものだ。
 日光というまともな弱点が、この地下でならもはや克服しているに等しい。
 そこそこ深いことから、天井に穴を開けて陽に当てるのも、そう簡単にはいかないだろう。
 特に、彼のスタンドはエメラルド・スプラッシュでも穴をあける芸当はできなくはないが、
 スター・プラチナのようなすぐにぶち破れるような破壊力とはいいがたい。

 一方で、この通路は悪くないのではとも花京院は思った。
 確かに吸血鬼たちにとっては有効ではあるし、暗闇ゆえ隙も疲れやすい。
 しかし先も考えたとおり、外の環境は雪も降りだして体力を奪われることも多いし、
 何より道に迷うこともないというメリットは、仲間との合流を急ぐ彼には吉報ともいえる。
 危険は伴うが、いい加減時間を食うわけにもいかず、誰かと合流するのを優先するべき、
 そう判断して、早苗を呼びに戻る。

(!)

 階段へ足をかけた瞬間、遠くから聞こえる足音。
 誰かが走っている足音であるのは間違いない。
 問題は、それが一体何処の誰かなのかだろう。
 この状況下だ。寒さを凌ごうという同じ思考はありえる。

「ハイエロファント・グリーン!!」

 だが、即座に花京院はスタンドで結界を張って、ダッシュで階段を駆け上がる。
 暗くて姿はまだ見えない、足音も遠い。だが───急激に、速度が上がってきた。
 獲物を見つけ、狂喜しながら接近する獣のように、足音が近づいてきたのだ。
 相手の姿を確認してから行動をしたかったが、彼のスタンドのスピードは人並みでしかない。
 もしも相手の速度が上回っていたら、短い時間とは言えスタンドなしで戦う羽目になる。
 スタンド使いはDIOのような例外を除けば、スタンドなしでは人と全く変わらないのだ。
 頭を撃たれれば死ぬ、心臓が止まれば死ぬ、出血多量でも死ぬ。相手はスタンド使いか、
 或いは人ならざる者の可能性が跳ね上がってる現状、無防備でいるわけにはいかなかった。
 脱兎のごとく階段を駆け上がり、地上へと戻って、申し訳程度の時間稼ぎに扉を閉めて、畳を戻す。

518 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:12:57 ID:ZcI0NUco0
 付け焼刃なのは分かっている。けれど、少しでも時間が稼げればと思って丁寧に戻す。

「花京院君、散策してたらミルクがあったのでホットに───」

「東風谷さん!! 敵が来ています!!」

「ええ!?」

 見事な温度差を気に掛ける暇もなく、
 両手にカップを持っていた早苗の腕を引っ張って、縁側へと駆け出す。
 急に引っ張られたことでカップは落ちて、畳の上を転がると同時に───





 跳ねた。
 轟音と共に畳が爆発したかのように鉄の扉と共に吹っ飛び、その衝撃でカップも天井へと吹き飛ぶ
 カップはそんな勢いで吹き飛べば天井に激突した時点で砕けて、破片の雨を軽く降らせる。
 その衝撃から逃げるように花京院と早苗は縁側へと飛び出し、積もった雪がクッションとなって、被害はない。
 そのまま受け身を取りながら、流れるようにスタンドを出して(戻して)、共に臨戦態勢に入る。
 こんな暴の力を振るった相手が誰なのか、それを今知るべきだ。
 吸血鬼を想定して外へ出たことで、多少の優位性はあると願うが、
 神奈子のような吸血鬼でなくてもとてつもない力を持った相手ならば。
 動ける身体とは言え、難敵であることは想像するに難くはない。

「スタンドをばらして壁にして時間を稼ぐ。
 咄嗟の判断としては上出来・・・・・・だが、残念だったなぁ?
 綾取りのようなお遊びな結界では、このカーズを阻むことなどできん。」

 もっとも、相対したのはDIO以上に危険な邪人なのだが。





 早苗もこの男が危険な相手だと認識いているが、花京院はそれ以上だ。
 階段を駆け上がる最中に、彼はスタンドを通じて目撃している。カーズの身体の動きを
 触れればエメラルドスプラッシュが発射される結界をすりぬけた方法は、余りにも常識外れである。
 全身を人の身体では土台無理な形に変形させ、異様な姿で結界を一切触れることなく掻い潜ったのだ。
 こんな方法で結界を抜けるなど、たとえDIOであっても至難な行為であるのは間違いないだろう。
 もっとも、DIOの場合は時間を止めた上での対処をしてくると思うが。

「貴様、我らを知っているのか?」

 外へと出ている二人へ、カーズは問う。
 二人は外へと身を投げ、受け身を取ったばかりの状態だ。
 普通ならばそのまま逃げるのが定石、よくても顔を向ける程度。
 雪が積もってると言っても、ほんの少し。足を奪われることはないし、
 細いとはいえ竹林の遮蔽物で、奥へ逃げられたら銃弾を持つカーズでも厳しい。
 にもかかわらず、二人は顔だけではなく、全身がカーズの方角へと向いている。
 おまけにスタンドも出し、無謀にも挑もうとしているのかもしれないと思うも、
 地下で相手は逃げを選んだ。判断力がある相手が無策で挑むなどとは、とても思えない。
 『自分が太陽に弱い種族だと、知っているのではないか?』そんな推測が脳内をよぎる。
 闇の一族は強い。第二回放送を過ぎても、四柱は未だ顕在しているのがその証左。
 ならば真っ先に警戒するべき強者と思われていても、おかしくはないだろう。

「さあて、どうだろうな。」

 今できる精一杯の虚勢を張って、花京院は答える。
 余裕そうな表情だが、実際のところ余り余裕はない。
 スタンドを使わずして、生身での規格外のパワーや異常な体質。
 あのDIOのような、正面からまともに相手してはいけないタイプの敵だ。

(だが、奴も恐らくは此処には近づけないはずだ。)

 一方で、弱点も何となくだが見抜けている。
 殺し合いを進める相手ならば、今すぐ攻めてくるはずだ。
 あれだけのパワーを持つ以上、今更臆することもないだろう。
 にも拘らず相手は近づいてこない。となれば思い当たることがある。
 昼間は外へと出られない吸血鬼か、或いはそれに類する理由を持った存在。
 それが何なのかは分からないが、とにかく立場的にはまだ此方が優位。
 心理戦において大事なのは、相手に自分の状況を気取られないことだ。
 承太郎彼が戦っていたダービー兄弟との戦いの勝利は、
 いずれもハッタリやイカサマを気取られなかったからでもある。
 花京院も相応のポーカーフェイスは持ち合わせてはいるのだが、相手が相手だ。
 それを見抜く慧眼を持っている可能性は、完全には否定できない。

「ふん、まあいい。このカーズの攻撃を凌いだその強かさ。人間にしては修羅場を潜っているようだな。」

 称賛しつつ、圧倒的なまでに上から目線な物言い。
 DIOのような、他者を見下してるのがすぐに伺える。
 同時に、人を傷つけることに躊躇いを持たないタイプと伺える。

「人間にしては、か。人間だからかもしれないぞ。」

519 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:15:58 ID:ZcI0NUco0
「怪物と戦う者は、そのとき自らも怪物にならぬように気をつけなくてはならない。
 ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの言葉の中にはそんな言葉があったようだが、
 伝承や逸話には、化け物を倒すのは化け物と同等の力ではなく、知恵や策略と言ったものを見た影響か。
 確かに我らも、本来ならば全員・・・・・・否、このカーズも破れたのかもしれないな。吸血鬼にも劣る人間によって。」

 名簿からジョジョと呼べる、或いは呼べそうな人物が散見していた。
 となれば、あのジョセフ・ジョースターの血筋は途絶えてない可能性は高い。
 兄弟がいるならというのもありうるが、カーズ自身も敗北してジョセフが生きながらえた。
 この可能性も、DIOに不意をつかれたとは言え撤退を余儀なくされた今となっては、
 完全に否定できるものではないだろう。

「ならば、我らがそのジンクスを覆す存在となればいいだけの話だ。」

 無論、そんなことで及び腰になるようであれば、
 自分達以外の同胞を皆殺しにするような真似などしない。
 同胞を想う気持ちがないわけではないが、唯我独尊が形を成して歩いている、
 言ってしまえば、カーズはそんな存在であると言っても、過言ではないだろう。

 加えて、確かに化け物を倒してきた人の逸話は多いが、犠牲がなかったわけではない。
 多くの屍を築いた先の勝利だ。何も対価を払わず勝利してハッピーエンドなど、稀な話だろう。
 何も成せずに死ぬのが普通であり、カーズが戦ったタルカスやシーザー、そして反抗したこいしも、
 カーズからすれば弱者の意地でもなんでもない。ゾウが蟻を踏んでも気づかないのと同じことでしかない。

「さて、適当な会話などこの場では必要はない。
 貴様らが取る選択肢次第で、此方も対応しようではないか。」

 相手に選択肢を委ねる。カーズにしてはえらく気前がいいがそんなことはない。
 どの選択肢を取ろうとも、自分たちの為に利用しようとする腹積もりなのだから。

「・・・・・・東風谷さん、君の意見を聞こう!」

「ええ!? 私ですか!?」

 突然、蚊帳の外にいたと思われた早苗へと話を振られ、驚く。
 花京院がどのような考えをしてるか理解するので精一杯だったので、
 反応は普段以上に大きいものとなっている。

「当然じゃあないですか。僕だけの一任で、できるものでもないでしょう。
 それに、先ほどみたいに僕のせいにされないように確認を入れてるんです。」

 竹林へ迷ったとき、互いに責任の擦り付けをした数時間前。
 別の会話に移行してどっちが原因かは決まらなかったが、
 まだ花京院は根に持っているかのように先ほどの喧嘩を引き出す。
 あれについては彼が動き出したからついていかざるを得なかったと、
 今でもそれを主張するつもりではあるが、漫才をやっている場合ではない。
 目の前には少なくとも相当危険な存在がいる以上、私情は置いて一先ず答える。

「うーん・・・・・・これ以上ロスしたくないですから、話はしてもいいかと。」

 少なくとも三時間近く竹林で往生しており、どう考えてもロスしすぎなのだ。
 リスクを吟味しても、情報を手に入れなければこの先どんどん置いてかれてしまう。
 信用できるかどうかは・・・・・・別として。

「賢明な判断だな。」

 口角が吊り上がるカーズの顔は、なんと邪悪か。
 白か黒で言えば紛れもない黒にいる存在であることは明白で、
 情報交換の際には、漆黒ともいえる黒の領域にいると十分理解させられる。
 カーズも今更取り繕う理由はなく、遠慮なく自分のこれまでの経緯を話す。
 四人の参加者を手にかけ、パチュリーには指輪など、傍若無人を往く半日を語っていく。
 相手はDIOと同等かそれ以上に危険な存在で、中には早苗が知る名前もあった。
 この先も放っておけば多くの、DIOなどの倒すべき敵以外も手にかけるはず。
 止めなければならないが、そもそもDIOのスタンドの攻撃を受けても生きているのだ。
 承太郎の記憶には腹をぶち抜かれた自分の姿があった以上、それだけの一撃ということ。
 それを耐えてる肉体の時点で、正攻法で戦って勝てる相手ではないことに花京院は気づいている。
 何かしらの弱点、対抗しうる力を用意するまでは、戦いを避けることが先決と今は耐え凌ぐ。
 屈しはしない。冷静に物事を考えて、好機をものにする。ジョセフのように勝機を見つけるための、戦略的撤退。
 現状、DIOに対抗できる勢力であることは間違いないのだから、うまく利用できればありがたいことだ。
 同胞となる刺客をDIOのいる紅魔館へ送り込んではいるようで、結果次第ではころが大きく動くだろう。

520 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:19:44 ID:ZcI0NUco0
 一方でカーズが花京院達から得た情報は、大したものではなかった。
 花京院のスタンド能力や、DIOのスタンド能力も伏せられたことで、
 まともに得たのは神奈子がこいしから得た人物像とは少々違う、言ってしまえばその程度。
 はっきり言って得になるものは殆どないが、一つだけ興味があるものはあった。

(八坂神奈子を説得すれば、打倒荒木の手段がある、か。)

 先に自分の本性を現したのは少し、早計だった気がするとカーズが唯一思った情報。
 もう少し友好的にしていれば 恐らく内容を知ることができたであろうものだ。

 なお、その荒木達への秘策が、色仕掛けと知っていたのなら。
 まずこんな考えには至らない。カーズなら『貴様らバカか?』でと嘲笑しつつ一蹴して終わりだ。
 朝から夜にかけての情報収集が、どうしても疎かになりがちな柱の男故であり、
 散々道に迷ったお陰で他人の耳に入らなかった二人の不幸中の幸い、と言うべきか。

「さて、話は終わりだが・・・・・・」

 来た、と花京院は身構える。
 情報交換の間は、特に滞ることはない。
 ある意味当たり前ではある。問題は終わった瞬間だから。
 必要なものを手にすればお前たちは用済み、悪党の典型例だ。

「そう身構えるな。パチュリーと違ってこのカーズから逃げおおせた。
 貴様には命令や脅迫といったことは一切せず、真摯に一つ頼もうではないか。」

「頼み?」

 カーズの口から、真摯なんて言葉が来るとは。
 短い間でこの男が危険だとは十分理解させられた。
 友好的に接するとは思えない彼を前に、花京院は訝る。

「大したことではない。スペースシャトルの模型が西にあるだろう。
 それを見て、何かしらがあったのであれば、此処に戻って報告するだけだ。
 対価として、このDISCをやる。記憶DISCだが、情報源としては有益だろう。
 往復に1キロもない。その程度でDISCをくれてやる。安いとは思わないか?」

 カーズからすれば、しょうもない口約束だ。
 相手は守る義理もなければ、ましてや自分の素性を知っている現在、
 何故悪党の願いをかなえなければならないのか、と考えるのが普通だ。
 もし引き受けたとしても、有益なものを渡すとも思えない。
 つまるところ、カーズにとって得らしいものは一切なかった。
 それでもスペースシャトルが、いかようなものかは知っておきたい。
 ある意味、研究者としての性なのかもしれない。未知への探求心というものは。

「・・・・・・東風谷さん。確認しますが、引き受けますか?」

「いやこれ断ったら死ぬじゃあないですか!?
 どんなことしたって選択肢一択なのに聞きますかそれ!?」

 再び確認を取る花京院。
 だが、今度は確認を取る必要がなく、
 どこか怒声交じりの突っ込みが返される。

「先ほども言ったじゃあないですか。
 勝手に僕へ責任を押し付けられても困るので。」

「だからあれは花京院君が・・・・・・!
 あー、今はそんな話してる場合じゃないですね。
 わかりました、わたしもどういけんですから、どうぞお好きに。」

 勝手に折らせに来てるような、どこか嫌がらせを感じるが、
 今は言うべきではないなと思い、胸に秘めたまま項垂れながら賛成する。

「とりあえず引き受けるが、余り期待はしないでもらうぞ。」

「当然だ、最初から期待などしていない。」

 本性を隠すつもりが全くないとはいえ、
 頼んでおきながら、期待などしないという容赦ない言葉は、
 どんな頭の構造をしていればそんな風に言えるのだろうか。
 二人は顔をしかめつつ、カーズから背を向けて歩き出す。

「そういえばもう一つだけ、聞きたいことがある。」

 歩み出した二人を止めるように、カーズが問いかける。

「まだ何かあるのか?」

 顔だけを振り向かせ、花京院が対応する。
 正直会話もしたくない、というのが本音であり、
 顔にそう言いたげで心底嫌そうな表情をしていた。
 気分を害する相手はスティーリー・ダンを筆頭に、
 あのエジプトの旅で見慣れたものではあるが、
 これ程邪悪な存在は、DIO以外では初めてだ。

「単純な質問だ。貴様───どのジョジョを知っている?」

 何とも奇妙な質問だ。
 ジョジョ、ということはジョースターのことなのだろう。
 しかし、この質問に何の意味があるのか分からない。

「それを聞いて、お前に何の意味がある?」

521 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:20:34 ID:ZcI0NUco0
「質問を質問で返すんじゃあない。
 貴様、テストでもそんな風に返すつもりか?
 まあいい。名簿にはジョジョという名前が多く存在する。
 この中で、貴様が知っているジョジョがどれかを聞いてるだけだ
 言っておくが、このバトルロワイヤルに来る前の話だ。どのジョジョと関わっていたかだけでいい。」

「・・・・・・僕が知るジョジョは、ジョセフ・ジョースターと彼の孫の空条承太郎だが、それが何かあるのか?」

「大した意味はない。後は目的を果たすなり放って逃げるなり好きにしておけ。
 ついでに、此処にこのカーズがいなければ、DISCは地下に置いといてやろう。」

 えらく気前がいいことに疑念を抱きながら、今度こそ二人は永遠亭を離れる。
 その道中、竹に何かしていたようだが、カーズの気にするところではなかった。





 ───迷いの竹林。

「花京院君、本当に行くんですか?」

 永遠亭からそこそこ離れた場所にて。
 雪原に足跡を残しつつ、二人は竹林を歩いていた。
 今度は道に迷わないように、先に竹へと数字を刻んでいく。
 最初から目印をつけておけば、勢いで突っ込むよりかはましだろう。
 迷子にならない、という自信はないが。

「僕たちはジャイロやポルナレフのいる場所を把握していません。
 スペースシャトルにいる可能性と、カーズが気になったのが気がかりです。
 DIOに匹敵するか、それ以上の奴が、下にいる僕達に頼んででも欲したもの。
 色仕掛けよりも、荒木達に対抗できる手段があるかもしれない、僕はそう思っただけです。」

 カーズが気づかなかったように、花京院も気づいていない。
 ただ気になってるだけで、大層なものがあるとは思っていないが、
 それを花京院は何かあると思い込んでしまい、こうして向かっているのだ。
 絶妙な噛み合わせの悪さは、こちらとて同じことだった。

(しかし、カーズの最後の質問、あれは何だったのか?)

 別れる前にカーズから言われた一言は、奇妙の一言に尽きる。
 カーズにとって荒木を倒すためにに必要なことかもしれないが、
 質問の意図がいまいち分からない。アレに何の意味があるのか。

(とりあえず今は、スペースシャトルを目指してみるか。)

 コロッセオなどの建物の中、妙に存在感のある模型。
 竹林の中にあることは、この奇妙な地図の時点で考える意味はないが、
 建物や道の名前の中で、どちらにも該当しないものが存在していることには、
 少しばかり奇妙には思っていたので、ある意味今寄れるのはいいことなのかもしれない。

(む・・・・・・やはり、失敗か。)

 永遠亭で今しがた起きたことに、
 少し落胆しながら、花京院は竹にスタンドで数字を刻む。
 あの程度のことでどうにかなるとは思っていなかったので、
 大して落ち込むこともなかったが。

「あ、花京院君。六番目の竹がありますから戻ってきてますよ。」

「・・・・・・」

 先ほどよりは迷わないだろうが、
 果たしてスペースシャトルにたどり着けるのか。
 一抹の不安を抱えながら、花京院は一度状況を見直していく。
 永遠亭から戻してきた、スタンドの足の部位を利用しながら。

【C-6〜D-6 迷いの竹林/午後】

【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(小)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、キャンプセット@現実、基本支給品×2(本人の物とプロシュートの物)
[思考・状況]
基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:竹林の脱出の前に、スペースシャトルへ向かう。
2:八雲紫の捜索。 ポルナレフたちとの合流。
3:東風谷さんに協力し、八坂神奈子を止める。
4:承太郎、ジョセフたちと合流したい。
5:このDISCの記憶は真実? 嘘だとは思えないが・・・・・・
6:5に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
7:青娥、蓮子らを警戒。
8:カーズを、カーズが言う同胞を警戒

522 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:22:19 ID:ZcI0NUco0
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
 これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。
 が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持っていません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
※荒木と太田は女に弱く、女性に対して支給品を優遇していると推測しています。またそれ故、色仕掛けが有効と考えています。
※八坂神奈子の支給品の充実振りから、荒木と太田は彼女に傾倒していると考えています。
※カーズと情報交換しました。少なくともロワ内でのカーズの動向は聞いてますが、
 ワムウ達の得ていた情報など、どの程度まで話したかは後続の書き手にお任せします。
※カーズが陽に弱いことは、確信には至ってはいません。
 何かしらで昼間に外へ出られない可能性は懸念してます
【東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(小)、精神疲労(小)、過剰失血による貧血、重度の心的外傷
[装備]:スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして花京院君と一緒に神奈子様を止める。
 1:竹林の脱出の前に、スペースシャトルへ向かう。
 2:仲間と合流する。八雲紫の捜索。
 3:出来たら、ここが幻想郷とは関係ない場所だと証明する。それが叶わないのならば・・・・・・
 4:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。・・・・・・私がやらなければ、殺してでも。
 5:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
 6:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
 7:異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
 8:自分の弱さを乗り越える・・・・・・こんな私に、出来るだろうか。
 9:青娥、蓮子らを警戒。
10:カーズを、カーズが言う同胞を警戒
 [備考]
 ※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
 ※ポルナレフらと軽く情報交換をしました。
 ※痛覚に対してのトラウマを植え付けられました。フラッシュバックを起こす可能性があります。
 ※ここがスタンド「死神」の夢の世界ではないか、と何となく疑っています。
 ※カーズと情報交換しました。少なくともロワ内でのカーズの動向は聞いてますが、
  ワムウ達の得ていた情報など、どの程度まで話したかは後続の書き手にお任せします。





 一人になったあと、カーズは雪景色を眺めていた。
 動かない。二人を見送った今も、ぼーっと立ち往生して。
 さらに時が流れると、カーズは後ろへと向いて───



 突然走りだした。
 地下で見せたような人間の限界レベルの速度を持って。
 トップアスリートも真っ青なスタートダッシュと速度であっという間に、
 自分がぶち破った地下通路の階段へと走っていた。
 走る最中、背後で様々な音はしたが、全く気にも留めず。
 パチンコ玉が台の中心のヘソへと入りこむように、暗闇へとカーズは突っ込んだ。

 まるで滑り台のような感覚で、地下通路へと舞い戻ったカーズ。
 謎の挙動、謎の音と色々謎が多いが、しっかりとした理由はある。
 まず、カーズはあの場で二人を始末、或いは脅すことは難しい話ではなかった。
 指から文字通り内蔵した弾丸を発射してしまえば、負傷させることは簡単だ。
 けれど、カーズはしなかった。いや、できなかったというべきか。

(このカーズを無言の脅しをかけてくるとは、本当に強かな奴よ。)

523 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:24:18 ID:ZcI0NUco0
 先ほど、花京院が出していたスタンドの足が、どこにもなかったのだ。
 地下通路で分解できるスタンドだと言う前情報があったおかげで、
 足がないのはスタンドの像がそういうビジュアルだというわけではなく、
 何らかの場所に足は分解して待機させている状態なのがと推測できた。
 どこに足は置いたのか? 例えば、天井を崩せる柱を狙うようにばらしたか。
 その可能性を懸念し、手出しをすることなく、穏便に二人を見送った後、
 ばらした足はまだ残っていると思い、全力でダッシュを始めた。
 先ほどと違って時間が残されておらず、視認してから骨格を弄るのは無理があり、
 ストレートなごり押しである、罠を踏んでそのまま走り抜けるを選んだ。
 予想通りだ。糸のようなものを踏んだか千切った瞬間、視界の隅で何かが飛んでいた。
 先ほどの結界も、触れればそういうものが発動していたことを理解しながら、
 罠を全て踏み抜いて、しかし弾丸はカーズの身体を掠めることもなく飛んでいく。
 余裕の全弾回避。そのような芸当ができるならば、別に地下へ戻らなくてもよかったのではないか。
 そう思われても不思議ではないが、あの結界の真意も、カーズは先読みしていた。

(毛嫌いしながら会話に乗ったのも、正確に狙いを定めるための時間稼ぎとはな。)

 狙ったのはカーズだけではなく、その射線の先には、屋根を支える柱があった。
 カーズは一発も受けなかった、即ち全弾があのあたりの柱に直撃したということ。
 だからか、地下へ行ってもなお、地上から建物の悲鳴のような音が絶え間なく続く。
 崩れたか、まだ悲鳴をあげている程度か。わからないが、少なくとも悲惨なのは間違いない。

「浅知恵だが、パチュリーよりはマシだったな。」

 出会って間もない時間で、こっちを倒そうと目論んだ、花京院とパチュリーの行動。
 パチュリーの場合は運のなさもあっただろうが、花京院の方がずっと善戦できたほうだ。
 ほんのちょっぴりではあるが、妖怪以上の善戦には敬意すら感じる程度には。

 ことが落ち着いたのであれば、先ほどの問いの答えを思い返す。
 花京院はジョセフと、その孫である承太郎と関係があると言った。
 ジョジョという名前の多さから、既にどこかで思ってはいたのだ。
 思ってはいたが、思いたくはない。自分は天才で、負けるはずがない。
 しかし、花京院が言った承太郎がジョセフの孫だという、あの質問の答え。
 あの闘技場に居合わせていながら孫がいて、かつ花京院はジョセフとも関わってる。
 答えは一つしかない。カーズは───否、柱の男は、敗北したということだ。
 たった一人の、波紋戦士の手によって、自分を含めて絶滅したいう事実。
 相討ちという結果にすら至っていない、完全なる敗北を。

 そんな敗北の事実を知って、カーズはどうしたか。
 エシディシのように泣きわめくなどは絶対にしない。
 先ほど勧められて、それはしないと言った以上、することはない。
 取った行動は、一つ。一度目を閉じて───





「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 眼を見開き、笑った。盛大に笑っていた。
 類は友を呼ぶと言うべきか、エシディシが泣き喚いてすっきりするように、
 盛大に笑った後、一気に落ち着くようにカーズは静まり返る。

「ジョジョ、あのロッジの時にも思ったが、大したタマだ。
 どんな策を講じたかは分からんが、とにかく! このカーズは負けたと言うことだ。」

 敗北を知った。何千、何万と生き続けた自分が、自分たちが。
 たった一人の波紋戦士に全員敗北してしまった事実を、彼は受け止めた。

「良いだろう。一度とは言えこのカーズを超えて見せた。
 ならば、既に策は閃いたか、用意したとみたぞ、荒木と太田を倒す手段を。」

 石仮面を作り、エイジャの赤石があれば究極の生物になれる。
 そんな異次元とも言えるような偉業を成し遂げた天才を一時でも超えたペテン師。
 半日以上経過している現状で、何も思いついてないとは全く思わない。
 今、カーズにとってジョセフは見下すべき相手とみるには無理があり
 ワムウとエシディシも生きてる以上、怨恨が薄いので、怨敵とも思わない。
 (サンタナもいるけど。)

「そしてジョジョならば、このカーズに共闘を持ち掛ける可能性も十分にある。」

524 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:26:22 ID:ZcI0NUco0
 頭の爆弾についてまともに考察できる奴は、そうそういないだろう。
 天才であるカーズですら悩ませる代物を、そこいらの下等生物に分かるはずがない。
 だが、尖った考えや突拍子もないものは、時に天才を凌駕する。カーズとジョセフがいい例だ。
 天才には見えないものを、奴には見えてる可能性は高く、共闘するのは十分に値する。
 ・・・・・・だが!

「貴様の策、このカーズが利用してやろう。」

 協力する、なんてことはしない。
 この男は、カーズとは、そういう存在だ。
 ジョセフの策を横取りし、荒木と太田を先に倒す。
 そうすることで、自分が敗北した汚名を雪ぐ。
 卑劣かもしれないが、彼ならば高らかにこういうだろう。
 最終的に、勝てばよかろうなのだと。

 敗北を知った天才は、DISCは持ったまま、地下通路を走り出す。
 あれだけのことをした以上、もう戻ってくるつもりもないことは分かった。
 倒壊するかどうかも分からない永遠亭で戻るつもりのない相手を
 今後の交換材料にはなるだろうと思い、懐にしまいながら地下通路を駆ける。

 邪悪なものは地下通路を駆け巡っていく。
 探すは相容れぬ存在であった、波紋戦士。
 そして、全ての柱を打倒した男を。 

【D-6 永遠亭 地下通路/午後】
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版) 、幻想郷に関する本
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:一先ず永遠亭にいる理由はない。他の場所へ向かう。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
5:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
6:ジョセフを探し、共闘を持ち掛ける。実際は、奴を出し抜いた上で荒木と太田を倒し、この汚名を雪ぐ。
 [備考]
 ※参戦時期はワムウが風になった直後です。
 ※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
 ※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
 ※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
  またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
 ※シーザーの死体を補食しました。
 ※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
 ※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
 ※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
 ※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
 ※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。
 ※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。
 ※花京院と早苗と情報交換をしました。
  他にも話したのかは後続にお任せします。

※永遠亭の柱が数本エメラルド・スプラッシュによって折られました。
 屋敷全体とは限りませんが、一部分は崩れたか、崩れかねない状態です。
 崩れた場合、地下通路へ行くための階段は埋まってしまうかもしれません、

525 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:27:02 ID:ZcI0NUco0
以上で寒地GUYDanceの投下を終了します

526名無しさん:2019/03/18(月) 20:02:14 ID:PDqy2xqI0
乙!

527名無しさん:2019/03/22(金) 01:09:39 ID:jEdIy/7I0
投下乙です
カーズの魅力がよく出ていて、猶且つここからどう展開するのか気になるお話でした。
ただ、細かいことですが「・・・」は「…」に改めたほうが読みやすいのではとは思いました。

528名無しさん:2019/03/22(金) 16:30:27 ID:8NzYGExs0
投下乙です。

ウホッ!まさかのカーズ様の仲間フラグ!?

529名無しさん:2019/03/24(日) 10:12:09 ID:yzfm2Joo0

貴重なカーズ様のデレである

530名無しさん:2019/03/24(日) 13:15:14 ID:RYi7d/Uc0
ヒャッハー久々の投下だー!
一応利用する気マンマンとは言え、しっかりジョセフの事評価してるのはすごいらしいなって…

531 ◆753g193UYk:2019/03/26(火) 01:28:05 ID:mq7dM7Kg0
投下乙です
花京院は流石の冷静さ。DIOの能力を見抜いた冷静さが上手く生きていて好きです。
素直に協力する、とまではいかないまでもあのカーズがジョジョと肩を並べて戦う可能性があるというのも胸が熱くなるものがある。
久々の素敵な投下に自分も創作意欲を刺激されたので、

パチュリー・ノーレッジ、岡崎夢見、吉良吉影、封獣ぬえ、エシディシ

以上五名で予約します!

532 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:21:32 ID:1qUWgLbM0
投下します

533 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:25:51 ID:1qUWgLbM0
 テーブルの上に広げられたアルミニウム製のシートの上に、広瀬康一の頭部が横たえられている。髪の毛を剃り落とされた頭蓋骨は、真ん中で縦半分に切断され、外された頭蓋の内部は空洞になっていた。すぐそばに、四等分された脳が置かれている。
 密室内で執り行われるパチュリー・ノーレッジの主導による解剖実験は、滞りなく進んでいた。

「どう、パチェ。なにか分かったことはある?」

 夢美の能力で精製された顕微鏡を覗き込み、脳の断片をしげしげと観察していたパチュリーは、溜息混じりに吐息を零しながら顔を上げた。

「分かったこともある、といったところかしらね」
「爆弾の解除方法は?」
「残念ながら」
「そっかぁ」

 夢美はうなだれ、落胆を分かりやすく仕草で現した。顕微鏡が元のスタンド像へと変化し、そのまま夢美の懐へと向かって消えていく。パチュリーは四つに切り分けられた脳を再び康一の頭部の空洞へと戻しながら、淡々と語った。
 
「今回の実験結果を報告するわ。広瀬康一の頭を解剖しても、魔力・霊力の類はいっさい感知されなかった。顕微鏡で拡大して観ても、魔法・霊的な観点から見て不自然と思しき箇所は見受けられなかったわ。広瀬康一の脳は、ごく一般的な、いたって健康体と呼ぶにふさわしい人間の脳だった……これが結論よ」

 はじめパチュリーは、頭蓋骨を開いて脳を露出させた時点で、脳に魔力や霊力による呪いや封印の類が課せられていないかを確認したが、その時点でなにも得られたものはなかった。魔力による爆弾であれば、パチュリーによって固形化し、吉良吉影の能力で爆破消滅させることも考えられたが、少なくとも康一の頭脳から得られた情報を鑑みるに、それは不可能であることだけは結論付けられた。
 
「うーん、なるほど。少なくとも、康一くんの脳内には爆弾はなかったと……でも、これは興味深い結果よね、パチェ」
「そうね。少なくとも、物理的な爆弾が埋め込まれている可能性はゼロになった。かといって、魔力も感知されたというわけではない……ということは、また新たな仮説がいくつかたてられるわ。ふりだしに戻ったわけじゃあない」

 脳をすべて元あった頭蓋の中に戻したパチュリーは、取り外した頭蓋をそっと康一の頭に被せた。外見上元通りになったところで、短い詠唱ののち、康一の頭部の表面を凍らせた。これ以上の状態の悪化を防ぐためだ。
 夢美がパチュリーの言葉を引き継ぎ、語り出す。

「仮説その一は、簡単ね。そもそも脳内爆弾なんてものは存在しない説。外部からの干渉を受けて、それぞれの参加者を起爆させる……でもこれはあまり現実的じゃないわよね」
「そうね、ここには蓬莱人や吸血鬼もいる。それを外的要因だけで殺し切るのは、無理があるわ。だとすれば、考えられるのはやっぱり、呪いや封印の類よね」
「だけど、解剖をしても肝心の魔力は感知されなかったのよね。ということは、考えられる可能性はかなり絞られる……」

 パチュリーは外面は無表情ながらも、感心した様子で聞き入っていた。おそらく、レミリアが相手であれば、こうもスムーズに話は進まない。

「って、どうしたのパチェ。そんなにまじまじと私の顔を見つめて……まさか!?」
「ああ、いや、あんた、こういう話となると案外まともなのね。安心したわ、ただの気の触れた女じゃなくて」
「ひっどーい! 私、これでも物理学者だって言ってなかったっけ」
「いえ、聞いていたわ。話の腰を折ってごめん、続けて」

 あからさまに眉根を寄せながらも、夢美は咳払いをして、再び語り出した。

「以上の観点から、考えられる可能性としては、生きている間は作用しているけれど、死ぬと無効化される魔力爆弾、という可能性が考えられる。どう、パチェ」
「おみそれしたわ。その通りよ、話が早くて助かる」

 安堵したようにふっと笑みを零すと、夢美は胸を張って威張った。あまり調子に乗せると面倒なので、褒めるのはこの辺りにしておいた方がいいとパチュリーは思った。

534夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:26:59 ID:1qUWgLbM0
 
「それが、さっき言った呪いや封印の可能性ね。例えば、宿主の生命力をリソースにして呪術が成り立っていた場合、その生命力が途切れた時点で術も解呪されるわ。だから、広瀬康一の脳内からはなにも検出されなかった。これが一番可能性としては高いように思えるわね」
「その術は……例えば、吸血鬼や幽霊のような種族に対しても、その生命力や能力を制限するかたちで作用しているのかしら」
「むしろ、幻想郷由来の参加者全般にそう作用しているんじゃないかしら。そもそも妖怪なんて、頭や心臓を潰されたって関係ないようなやつらがほとんど。現に私だって、外傷だけで死ぬことは逆に難しいってくらいだしね……この場でさえなければ、の話だけど」

 魔法使いだって生命力に関しては吸血鬼に負けていないとパチュリーは自負している。例え体に深い傷を負おうとも、欠損箇所を魔法で錬成するか、或いは、丸ごと新しい体を作って、そちらに魂を移し替えればいいだけだ。百年単位で遡れば、パチュリーは過去に幾度となくそういった修羅場を潜り抜けている。
 幻想郷に来てからは久しくそういった危機的状況に陥っていないため、パチュリーの体はすっかり埃とカビを含んだ図書館の空気に慣れ、弱体化の一途を辿ってはいるものの、本来であれば、例えあのカーズが相手であろうとも、ああも一方的に無様を晒すような真似はしなかった筈だ。その事実に思い至り、拳に自然と力が入ったところで、パチュリーは再度嘆息し、己を落ち着かせる。

「――話が逸れたわね。ともかく、おそらくこの会場で生きている限り、脳内爆弾から逃れることはできない。でも、この発見は大きな進歩でもあるわ」

 パチュリーは、アルミニウム製のシートを丸めて捨てると、デイバッグから取り出した考察メモの用紙をテーブルに起き、次いで鉛筆に短い呪文をかけた。続くパチュリーの言葉に従って、鉛筆が自動筆記で文字を記してゆく。

「仮に、この呪術が、参加者の一挙手一投足を見張って爆破するものではなく。
 ひとつ、参加者ごとの『強すぎる生命力を制限』すること……
 ふたつ、禁止エリアに入るなどといった『一定条件下で起爆』すること……
 みっつ、参加者が死亡し、その『生命力が途絶えたら解呪される』こと……
 こういった単純命令だけで機能している術式だとしたら、どうかしら」

 眼下のメモ帳には、パチュリーの思惑通り、余計な口語は記録せず、脳内爆弾の仕組みだけが三つ、箇条書きで記されている。夢美はその筆記魔法そのものに瞳を輝かせながらも、活き活きとした様子で手を上げた。

「だから康一くんは既にその呪いが解けていたのね。逆に言うと、この呪術を解呪するような……例えば、死を偽装するようなことができれば、爆弾は解除されるかもしれない!?」
「ええ。可能性としては、それが最も爆弾解除に近い方法じゃないかしら。尤も、蓬莱人や吸血鬼ですら一度で確実に死ぬように設定されているこの場所で、どうやってそんな真似をするのか……というのは大きな問題になってしまうのだけれど……」

 言いかけたところで、パチュリーは思い出したように呟いた。

「そういえば、私はここに来る途中、火焔猫燐と射命丸文の死亡をこの目で確認したわ。だけど、さっきの放送では呼ばれてなかったわよね」
「うん、その名前は聞き覚えないけど……っていうかそれ、パチェの見間違いってだけじゃなくて?」
「馬鹿にしないで。見間違えないわよ、あれは確実に死んでいた」

 茶化すような夢美の視線に対して、パチュリーは双眸を尖らせて断言した。
 柱の男が潜む館に乗り込み、無残にも命を奪われた参加者の死体を、パチュリーはこの目で見せ付けられている。
 柱の男たちがパチュリーを怯えさせる為になんらかの幻を演出したのか、或いは射命丸たちが柱の男たちに対し死んだように偽装したのか、そういう可能性も考えられるが、この件についてはどこまで考えても推測の域を出ない。現時点でのこれ以上の考察は無意味であるように思われた。

「まあ、いいわ。射命丸文と火焔猫燐にもし出会ったら、その真相についても尋ねてみましょう」
「そうね、それがいいわ。けどまあ、なんにせよ、爆弾の仕組みをここまで絞り込めたのは大きいわね、パチェ!」

 考察で表情を固くしていたパチュリーとは真逆、いつも通りの知性を感じぬ薄ら笑みを浮かべた夢美は、すかさずパチュリーに飛び付いた。両腕を首に回し、まるで爆弾が既に解除されたかのようなしゃぎようで飛び跳ねている。パチュリーは夢美を適当にあしらいつつも、今度はその体を引き剥がすことに労力を割くこととなった。

535夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:28:22 ID:1qUWgLbM0
 


 ジョースター邸の食堂の窓から、見知らぬ参加者を引き連れて戻ってきた仗助を眺めていた吉影は、ふとした物音に振り返った。どこか顔色悪そうにテーブルに両肘をついていたぬえも、物音の方向に目線を向ける。
 テーブルの上で眠るように縮こまっていた亀の甲羅から、夢美とパチュリーが続けて飛び出してきた。夢美は、自分がテーブルの上に着地してしまったことに気付くと、勢いよく飛び降り、着地する。パチュリーもそれに続いて、テーブルの縁に座るようにしてゆっくりと地面に足を降ろした。

「おまたせ。なにか変わったことはなかったかしら」
「ついさっき仗助たちが帰ってきたところさ。外ではなにか揉め事が起こっているようだがね」
「またなの」

 パチュリーはあからさまに嫌な顔をした。しかし、それも一瞬だ。すぐになにかを思い出したように嘆息した。

「いえ、私が言える立場じゃないわね。さっきはごめん、露伴先生に対する振る舞いに関して、言い訳をするつもりはないわ……少し、冷静さを欠いていたみたい」
「パチェ、さっきは焦ってたのよね。これから康一くんの遺体を解剖しなくちゃいけないってプレッシャーかかってる時に、康一くんの親友だなんて言われたから」

 夢美が、とんとん、と優しくパチュリーの背中を叩いた。パチュリーはなにも答えようとはせず、夢美から顔を背けた。吉影の角度から見えるパチュリーの表情は、それ程夢美を拒絶しているようには見えなかった。

「そうか……それはパチュリーさん、無理もない話だと思うよ。これから心を痛めて仲間の遺体を解剖しようって時に、得体の知れない男に『自分はそいつの親友だ』なんて言われたら……わたしなら胃が痛くなる思いになるだろうからね。苛立ったり焦ったりする気持ちもわかる」
「だから、言い訳をするつもりはないってば。その話は、もういいの」
「で、爆弾のことはなにかわかったの」

 ぬえはパチュリーを刺すように見た。パチュリーの心情など心底どうでもいいと思っているのであろうことは、その表情から容易く読み取れる。というよりも、人の感情の機微にまで意識を回している余裕すらなさそうだった。額には脂汗が浮かんでいる。

「ぬえちゃん、体調大丈夫? この人になにか変なことされたの?」
「わたしはなにもしていない。物議を醸すぞ……そういう物言いは」
「あはは、ごめんなさーい」

 あまり悪びれる様子もなく夢美は笑って謝罪する。夢美がそういう人間であることは分かっていたし、そんなくだらない軽口にいちいち反応していては本当に胃がもたなくなるので、夢美の冗談は無表情のまま聞き流すことにした。
 当のぬえ本人もいたってどうでもいいという風に夢美の言を流した。

「で、解剖結果はどうだったの。爆弾の解除方法は分かったの?」
「ンン〜〜、それはおれも気になるなあ〜〜」

 部屋の入口から、聞き慣れない男の声が聞こえた。
 瞬間、食堂内にいた全員の顔色が変わる。警戒を強く顔色に出しながら、全員が部屋の入口を見た。
 古代ローマの彫刻もかくやというほどに鍛え上げられた、筋骨隆々とした肉体美を惜しげもなく晒す褐色肌の男が、入口に肩をもたれさせて、腕を組んでいる。男は口角を不敵に吊り上げて、その場の全員を睥睨した。

536夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:29:51 ID:1qUWgLbM0
 
「おっと、おれは荒々しいことをするつもりでここに来たわけじゃあない。勘違いしておれに挑むのはやめておけよ……無駄に寿命を縮めたくないならなァ」
「あなたは……エシディシ、といったかしら。なにをしに来たの」

 今度はパチュリーの額に脂汗が浮かび上がっている。少なくともパチュリーにとって味方と呼べる相手でないことだけは、その顔色から吉影にも理解できた。
 エシディシと呼ばれた男は、フンと鼻を鳴らし、笑った。

「本当なら地下通路を通って一気に紅魔館に行くつもりだったんだがなァ……おれの進行方向上にこの館があったんで、ちょいと顔を出しに来たのさ。どうやら外ではスデに別の揉め事が起こっているようだが、おれはまったくの無関係だぜ……爆弾解除の術を探ってくれているパチュリーのチームを襲うのは、賢い判断じゃあないからな」
「待て……おまえは、パチュリーさんとはどういう関係なんだ」
「ンン? なんだパチュリー、おまえ……おれたちのこと、お仲間には話しちゃいなかったのか」

 極めてわざとらしく、エシディシは目を丸くして見せた。同時にこの場の全員の視線が、今度はパチュリーへと注がれる。対するパチュリーは、物言わず目線を伏せるだけだった。けれども、その視線の中には、エシディシに対する明らかな敵意が見て取れる。
 物言わず憎々しげにエシディシを睨め付けるだけしかできないパチュリーの視線に気付いたエシディシは、これは傑作とばかりに失笑した。

「ハッ、なるほどなあ。おまえ、そのプライドの高さゆえに、お仲間には知られたくなかったというワケか……自分の『敗北』と『隷属』を」
「隷属、って……パチェ、どういうこと」

 エシディシは磊落に笑いながら口を開いた。

「そこの小娘が答えぬならば、おれが代わりに説明してやろう。そこにいるパチュリーはなァ、廃洋館で我ら一族に完膚なきまでに叩きのめされ、体内に毒入りのリングを埋め込まれちまったのさ」
「ど、毒入りの、リング……だと」
「リングは第四回放送後に溶け出し、パチュリーの命を奪うッ! 外科手術でリングを取り出そうとしたり、スタンドで触れようとした場合も同様! 解除方法はただひとつだ……第四回放送までに爆弾を解除する方法を見付け出し、それをカーズに伝えることッ!」

 エシディシが言葉を言い終える頃には、既にパチュリーは完全にうなだれていた。屈辱からか、握り締められた拳が震えている。
 夢美は静かに、パチュリーの肩を抱き寄せた。平時のパチュリーならば夢美に抵抗しそうなものだが、この瞬間ばかりは、ただ静かに体を預けるパチュリーが、吉影には嫌に痛ましく感じられた。
 自分の居場所をつくるために行動してくれていた女性が、吉影の居場所を脅かそうとする外的に傷付けられる様を見せ付けられることに、吉影は理屈ではない憤りを覚えた。

「さてパチュリーよ、ここで有益な情報をおれたちに寄越すっていうのなら、おれからカーズにとりなしてやろう。脳内爆弾の構造について、なにかわかったことがあるのだろう?」
「ば、爆弾の……解除方法、は……」
「答える必要はないよ、パチュリーさん」

 軽く片手を掲げ、吉影はパチュリーの言葉を遮った。
 パチュリーの足元に置かれていたデイバッグを、エシディシの足元へと投げて寄越す。元々河城にとりが持っていたものだ。軽く視線だけを下方に送り、足元にどさりと落ちたデイバッグを見たエシディシは、再び不敵に口角を吊り上げて笑った。

「うーむ、これはどういうつもりなのだろうなァ。まさか、このおれに貢ぎ物をする代わりに、この場は見逃してくれという懇願のサインか、なァ?」
「自由にとってくれて構わない……今ここできみに与える情報は……なにもないということだよ」
「ちょ、ちょっと吉影……なに勝手に」
「いいから、ここはわたしに任せて欲しい」

 吉影はパチュリーを庇うように一歩前に踏み出した。

537夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:31:22 ID:1qUWgLbM0
 
「ほほう、なるほどお……するってェと、おまえはおれがここでアイテム欲しさに身を引くと、そう考えているワケだな。うーむ、実に浅はかな考えだ……放っておいたところでパチュリーは死ぬのになァ」
「浅はかかどうかは、そのデイバッグを確認してから判断してはどうかね」
「ふむ」

 指で顎先をしごいていたエシディシが、左腕をデイバッグへと伸ばし、掴んだ。刹那、キラークイーンの親指が、点火のボタンを押し込んだ。
 同時に、表情ひとつ変えずに吉影が仕組んだ爆弾が軌道した。強烈な爆破音に次いで、食堂内の窓ガラスがびりびりと振動し、爆破の衝撃が風となって一同に吹き付ける。全員が耳を塞ぐ中、吉影だけがスーツのポケットに手を入れたまま、標的となった男が爆煙に包まれる様を見つめていた。

「よ、吉影……あなたッ」
「あの敵は、ここで『排除』する……パチュリーさんの体内にくだらない『爆弾』を埋め込んだ輩もだ。要は『解毒剤』を奪えばいいのだろう? 素直に従う必要はどこにもない。そしてわたしのキラークイーンは……戦おうと思えば、いつでも敵を『始末』することができる」
「なっ……な……っ」

 決然と宣言した吉影を、パチュリーが絶句して見上げている。夢美も、ぬえも、信じ難いものを見るような目で吉影を見つめていた。こういう目で見られることを避けるため、吉影は人前で能力を使うことを避けて来た。
 けれども、今回は例外だ。吉影の居場所をつくろうと働いてくれる『仲間』の命を脅かす者、それはつまるところ、吉影の居場所をも脅かす明確な『敵』であるということだ。排除することに理由は必要ない。

「で、でもあなた……戦うのは嫌いだって」
「ああ、嫌いだとも。しかしこちらが避けて通ろうとしても、向こうは既にパチュリーさんを『標的』としていて……このままでは、およそ十二時間後にきみは殺されてしまうんだろう? ならば……わたしはこれを乗り越えるべき『トラブル』と判断する。違うかね、パチュリーさん」

 こと集団を守ることに関して、吉影は必死だった。
 ともに過ごした隣人さえも信用できないこの殺し合いの場において、打算ありきとはいえ、吉影の素顔を知った上で、なお吉影の居場所を守るために行動してくれる人間のいる集団など、このチーム以外には想像できない。そういう人間がいるだけで、吉影の心の平穏は守られるのだ。それをみすみす利用されて殺されることなど、絶対にあってはならない。
 必ず守り抜いてやる、そういう決意が吉影にはあった。

「安心したまえ……このわたしが乗り越えられなかった『トラブル』なんて一度だってないんだ。きみの命を脅かす『外敵』は必ず『始末』し……夜も眠れないといったような『トラブル』は必ず解決する」

 もうもうと立ち込める爆煙の中で、人影が揺らめいた。特にもがき苦しむ様子でもなく、黒々とした爆煙を掻き分けて、エシディシが一歩を踏み出す。デイバッグを持ち上げたエシディシの左腕の肘から先は、既になくなっていた。
 全員が瞠目する中、吉影だけが、その黒曜石のような瞳に殺意の炎を滾らせて、真正面からエシディシを睨め付けていた。

「うぬぬう……き、きさまあ〜〜……」
「なんだ……ブッ飛んだのは腕だけか。デイバッグに触れたものを、その細胞の隅々まで火薬に変えて爆破してやったつもりだったんだが……運がいいな。もっとも……その運も長くは続かんだろうがね」
「う……うう……」

 唸るように、エシディシが表情を顰めた。

「なんだ、怒るのか? 自慢の腕をブッ飛ばされて……見下していた相手に一矢報いられたことがそんなに気に食わないかね」
「う〜〜……ううう……」
「怒るなら怒るといい……こう見えて、わたしも怒っているんだよ……大切な仲間が利用されたことに……下手をすれば使い捨てられるかも知れないという事実に。わたしは、わたしの『居場所』を奪おうとする者には……いっさい『容赦』できないタチでね」

538夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:35:51 ID:1qUWgLbM0
 
 エシディシの表情は、歯を食いしばるように歪められていた。
 やがてその瞳から、ぽろりと、ひとしずくの涙が零れ落ちた。

「あんまりだ……」
「なに?」
「HEEEEEEEEEEEEEEYYYYYYYYYYYYYYY――ッ」

 またたく間に涙腺は決壊し、エシディシの頬を滝のような涙が滂沱と流れはじめた。エシディシは、なくなった腕を庇うようにして身をくねらせ、うずくまり、まるで駄々をこねる子供のように叫んだ。

「あァァァんまりだァァァッ!!」
「な、なんだ……いったい……、泣いているのか? 血管を浮かび上がらせて怒ってくるのかと思いきや……このエシディシという男……ダダッ子のように泣きわめいている!」
「AHYYYYYYY! AHYYYYYッ、AHYWHOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッ!!」
「ね、ねえ、泣いている今のうちにトドメ刺しちゃった方がいいんじゃないの……なんか不気味だよ、アイツ!」

 ぬえが、吉影の裾を指先で引っ張って進言する。一理ある。激怒し襲い掛かってくるのであれば、キラークイーンで始末するつもりでいたが、こうも無防備に泣きわめくのでは、吉影としても気味の悪さを感じずにはいられない。今度は吉影の額を緊迫から生じた嫌な汗が伝っていく。

「おおおおおおれェェェェェのォォォォォうでェェェェェがァァァァァ〜〜〜〜〜!!」

 吉影がもう一度キラークイーンを具現化させたとき、ふいに、エシディシの泣き声がピタリと止んだ。同様に、吉影をはじめとする全員の動きも止まる。エシディシの次の行動に、否応なしに視線は集中する。
 当のエシディシは、なんでもないように立ち上がった。既にその瞳から流れる涙も止まっている。怒りも悲しみも感じさせない瞳で、エシディシは肺に溜まった息を吐き出した。

「フーーー、スッとしたぜ。おれはカーズやワムウと比べるとチと荒っぽい性格でな〜〜〜……激昂してトチ狂いそうになると、泣きわめいて頭を冷静にすることにしているのだ」

 左腕が欠損しているというのに、痛みもなにもないかのように、エシディシは歩を進める。今はもう、左腕の切断面からは、一滴の血も流れてはいない。
 吉影の前面に出たキラークイーンは、拳を握り締め、身構えた。エシディシはその構えをどこまでも冷淡な視線を見下ろすと、淡々と語りはじめた。

「で、おまえ……おれの体を爆弾に変えてブッ飛ばしたといったな……それならおれも気付いたよ。これがただの爆弾だったらちっとも怖くはなかったんだがなァ……デイバッグを掴んだ瞬間、おれの体細胞が別のものに変わっていくんで、流石のおれもゾッとしたよ……やばいと思ったんで、即座に腕を切り離したことは正解だったらしいなあ。残念ながらおれの左腕は跡形もなく爆破消滅しちまったが」
「……バケモノめ」
「ククク、体細胞の組み換えはおれたちの十八番でなァ……腕がなくなっちまったのはちィと惜しいが、まあいい……おまえを殺して代わりの腕をいただくとしよう」
「ッ、キラークイーン!!」

 吉影の叫びに応えて、キラークイーンが拳を突き出し前進する。同時にキラークイーンの懐に飛び込んできたエシディシの、残った右の拳と打ち合った。互いの拳の衝突ののち、弾かれたのはエシディシの方だった。そこにすかさず、キラークイーンの拳のラッシュが直撃する。エシディシはかわすことも応戦することもせず、拳をすべて体で受け止めた。
 後方へと吹っ飛び、並べられた椅子を弾き飛ばして床に突っ伏したエシディシは、やはりなにごともなかったかのように立ち上がると、キラークイーンに殴られてひしゃげた箇所をべこぼこと音を立てて自己矯正し、元通りの体躯を形成した。

539夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:37:23 ID:1qUWgLbM0
 
「ンン〜〜〜、試しに食らってみたが、なるほどお。カーズたちの情報は事実らしいなあ……スタンドはスタンドでなければ攻撃することはできず、また、捕食することもできない……だったか」
「なに……試しに食らってみた……だとッ」
「そういうワケだ、勘違いするなよ人間……今のはあえて『殴られた』んだ。決して『おまえがおれに攻撃した』んじゃあない」

 吉影は、両の拳にヒリついた熱を感じた。拳を見ると、エシディシの体をラッシュで殴りつけた拳頭の部分が、擦り切れたように皮が剥けていた。赤く腫れて、じわりと熱も感じる。ちょうど、拳が軽い火傷を起こしたような状態になっていた。

「なんだ……まるで炎そのものを殴りつけたように……拳が熱いぞ」
「フン、ようやく気付いたか……おれは体内の熱を五百度まで上昇させ、相手に送り込むことができるッ! おまえは攻撃しているように見えて、五百度の高熱を殴りつけていたということよ」

 突き出されたエシディシの右の五指の爪が剥がれ、そこから血管が這い出てきた。血管のひとつひとつがまるで意思をもっているかのように鎌首をもたげ、その異様な攻撃の穂先を吉影に向けている。エシディシの言葉が事実なら、あの血管すべてが五百度の熱をもった武器ということになる。それを安易にスタンドで迎撃するのは、まずい。
 脂汗を浮かべる吉影の思考を読んだのか、エシディシが不敵な笑みとともに床を蹴り、駆け出した。思考の暇はない。

「やむを得んッ、キラークイーン、迎撃しろッ!」
「くらってくたばれッ『怪焔王』の流法!!」

 五指から飛び出た五本の血管針が、射るように吉影へと殺到する。命令通りに突出したキラークイーンの拳が高速で打ち出され、血管の方向をそれぞれ逸らすが、同時に血管の先から煮えたぎった血液が噴出した。咄嗟に両腕で頭部はかばったが、それでも吉影のスーツに触れた血液は発火する。

「吉影ッ!」

 頭上から多量の水が降り注いだ。パチュリーの水の魔法だ。火はすぐに消えたが、吉影のスーツの両腕部は既に焼けて擦り切れている。吉影は思わず舌を打った。
 パチュリーに礼を言う間もなく、エシディシが飛び込んでくる。本体に触れてもダメージを与えることはできず、下手に近付けば火傷を負わされる。吉影がとれる選択肢はそう多くないが、それでもここで後退するわけにはいかない。もう一度キラークイーンを前に出し、戦闘態勢をとらせる。
 その時、エシディシが瞠目し、大きく飛び退いた。

「私の正体不明の種を使ったのよ。アイツは今、キラークイーンに対して、なにか『恐怖』する幻影を見てるはず……なに見てあんなに警戒してるのかは知らないけどね」

 ぬえは不敵に笑った。当のエシディシは、恐怖するとまでは行かないまでも、その表情に驚愕と警戒の色を強め、キラークイーンを凝視していた。

540夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:41:45 ID:1qUWgLbM0
 
「けど、あいつはもう『キラークイーン』の姿を知ってる。かろうじて、まだ完全にはこっちを『知らない』って点を突いたつもりだけど……多分、あいつならすぐにカラクリに気付いて突破してくるよ。今のうちにどうするのか決めるんだね、吉良」
「ありがとう、ぬえ……感謝する。だが……どうするのか決める、というのは……どういうことかな」
「戦うのか、逃げるのか……ってことだよ。やれないなら、とっとと逃げた方が賢いと私は思うけど」
「ごもっともだ……だが、やつはここで『始末』する。これは『絶対』だ」

 ぬえが僅かに目を見開いた。それも、すぐに真剣な眼差しへと変わる。

「あんた、やれるの?」
「やつは我が『キラークイーン』の能力を知った。逃げれば今はいいかもしれないが、その次、またその次と狙われる羽目になる。いつ来るか分からない攻撃に怯えて過ごすことは……やはり、わたしの望む『平穏』からは程遠い行為だ」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「仕留めるなら、片腕を失った今をおいて他にはない。ここで見逃せば……次は万全の状態で、我々の情報を握った状態のやつが挑んでくる」

 ふいに、パチュリーが顔を上げた。

「待って……ある、かもしれないわ。あのバケモノを仕留める方法」

 全員の瞠目の視線がパチュリーへと集中する。

「私の魔法、なら……あいつを、仕留められるかも」

 言葉の通り、パチュリーの中には、既にエシディシを攻略できる可能性が構築されていた。けれども、それを実行に移すことには、確かなためらいがあった。
 そもそも、勝手にエシディシに啖呵を切って戦闘行為をはじめたのは、吉良吉影個人だ。吉良吉影を切り捨てて上手く立ち回れば、パチュリーをはじめとする他の人員は見逃して貰えるのではないか、パチュリーの中にそういう思考が共存しているのもまた確かだった。
 解剖の結果、爆弾解除の方法に必ずしも吉良吉影が必要でないと分かった以上、この場でどうしても吉良吉影を優先しなければならない理由もないのだから。
 けれども、そういった選択肢を考えるたび、パチュリーは自ずと拳に力が入るのを抑えられなかった。
 また、自分は逃げるのか。
 理不尽な暴力に恐怖して、己の尊厳を踏みにじる選択をするのか。
 屈辱に擦り合わされた奥歯が、軋みを上げるのを自覚せずにはいられない。
 思い悩むパチュリーの肩に、細く白い指が置かれた。赤い髪の少女が、いつもと変わらぬ、なんのてらいもない微笑みを浮かべて、パチュリーを見つめていた。

「流石ね、パチェ。なにか考えがあるんでしょう。だったら、それ、私にも一枚噛ませてよ」
「……夢美、あんたわかってるの。あいつらはバケモノよ……私ひとりならともかく、あんたまであいつらを敵に回す必要は、どこにもない」
「パチェは、自分ひとりの問題だから、自分が犠牲になったって私たちには関係ないって……もしかして、そう思ってるの?」

 夢美の表情から、あの不敵な微笑みが消えた。なんの感情も感じさせない、失望したような目で、パチュリーを見る。
 意外だった。他ならぬ夢美に、そんな目で見られることは、パチュリー自身も堪えるものがあった。無意識のうちに、パチュリーは夢美から視線を逸らす。
 努めて冷たい口調で、パチュリーは吐き捨てるように言った。

541夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:51:58 ID:1qUWgLbM0
 
「ええ、そうよ。実際、私はあんたが窮地に陥っていたとしても見捨てるでしょうしね。だから、ここで私があいつに挑んだとしても、あんたは無関係を装うべきよ。まあ、あいつらが相手じゃどこまで意味があるかは分からないけど……不要な巻き添え食ってやっかいな相手を敵に回すことはないんじゃないの」

 夢美はふるふると首を横に振った。それから、どこか嬉しそうに笑った。

「もう、パチェったらまたそんな風に悪びれちゃって〜」
「あのね夢美、悪びれるとかそういうのじゃなくて」

 夢美は、人差し指の腹でパチュリーの唇を押さえ、続く言葉を遮った。

「パチェが本当はそんなひとじゃないって、私もう知ってるわ。悪ぶってるように見えるけど、ほんとうは面倒見がよくて、優しい魔法使いだってことも」
「なっ」
「だから、私は、パチェを利用して殺すかもしれない敵がいるっていうのなら……うん、やっぱり許せない」
「はあ、あのね。許せるとか許せないとかそういう話じゃなくて――」
「あのねパチェ……大切な親友を、見捨てられるわけ、ないでしょう。そんなの絶対、認められない! パチェがひとりで背負い込むことを、私はこれ以上、許可しない!」

 パチュリーの言葉を遮った夢美は、一言一言を区切るように、強い口調で宣言した。
 咄嗟に返す言葉を失った。目を見開くパチュリーに対し、夢美はなおも不敵に微笑んでみせる。

「きっと、ここにいる吉良さんも同じ。みんな怒ってるのよ、パチェをこんな風に利用されたことも……それを、パチェがひとりで抱え込んで、誰にも言おうとしなかったことも」
「馬鹿、じゃないの……そういう感情的な判断で動いてどうするの。あなた物理学者なんでしょ、だったらもうちょっと合理的に物事を考えなさいよ」

 半ば諦念混じりの吐息を零し、パチュリーは伏し目がちに言った。
 夢美はふう、と深く息を吐いたかと思うと、次の瞬間、声を張り上げた。

「この、わからず屋! パチェの方こそ、魔法使いなら、もっと夢を見なさいよ!」

 夢美はパチュリーの両肩を掴み、叫んだ。興奮のあまり、声が節々で裏返っている。

「仲間を信じなさいよ! 私を……、信じてよ、パチェ!」

 顔を赤くして怒鳴る夢美に気圧されて、パチュリーは押し黙った。
 まったくもって不条理な言葉ではあるが、それに対して、返す言葉を失ってしまったのだ。パチュリーの中の、合理的な部分ではなく、感情的な部分が、これ以上の押し問答を拒否していることを、認めなければならない。
 パチュリーは何度目になるか分からない嘆息を零したのち、顔を上げて、くすりと微笑んだ。夢美の肩からすっと力が抜けるのが、肩に置かれた手の感触から伝わった。

「ああ、もう……負けたわ、夢美。あんたって本気で怒鳴ると、けっこう迫力あるのね」

 夢美の手に自分の掌をそっと重ねたパチュリーは、そのまま手を降ろさせるように立ち上がった。
 一方のエシディシも、既に幻影を振り払ったらしく、真正面からこちらを睨みつけている。己の胆力ひとつで大妖怪の幻術を打ち破ったあたりは、敵ながら流石と言わざるを得ない。

542夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:55:33 ID:1qUWgLbM0
 
「さあ、行くわよ夢美」
「えっ、行くって、なにするつもりなの、パチェ!」
「私がこれからあいつの懐に飛び込むわ。あなたは、それを全力でサポートしてちょうだい」

 ここへ来てはじめて、夢美を頼りにした戦略を脳内で組み立てる。
 立ち上がったパチュリーを追い立てるように、後方から風が吹き始めた。木属性の魔法による追い風だ。この場で飛ぶことができないなら、せめて擬似的にでも飛行に近い速度が出せればそれでいい。やがて、風の中に雪が混じりはじめた。水属性の魔法だ。風が吹雪へと変わって、室内を吹き荒れるのに、さほど時間はかからなかった。

「ぬうう、小癪な手品を使ってまた目くらましをしやがるか」
「悪いわね、それが私の魔法なの」
「ふうむ、おまえにはさんざっぱら力の差を見せ付けたハズだが」
「ああ、それね、私もどうかしてたみたい。この紅魔の魔女が、あんなことで戦意を折られるなんて」

 自嘲気味にパチュリーは笑った。
 思えば、あの廃洋館でやつらと出会ってからというもの、自分自身どうかしていたように思う。西洋魔術から、東洋は陰陽術まであますことなく網羅した天下の大魔女であるこのパチュリー・ノーレッジが、一方的に脅迫され、為す術もなく逃げるなど、プライドが許せない。
 あの廃洋館での邂逅は、あまりにも状況が悪かった。ただの、それだけだ。
 このパチュリー・ノーレッジにたったひとりで喧嘩を売りにくることがなにを意味するのか、あの野蛮民族の男に徹底的に刻み付けてやる必要がある。
 これは、失われたものを取り戻すための戦いだ。

  水符「プリンセスウンディネ」

 吹雪に押し出される形で駆け出したパチュリーの足元に、水色の魔法陣が描かれる。走りながら手をかざすと、大気中の水分を固めた泡が無数に散らばった。パチュリーは水属性のレーザーを放ちながら、長年の引きこもり生活によって衰えた体に鞭打ち、ひた走る。

「こんなもんでおれの炎の流法を打ち消せるとちィとでも思ったかッ!」

 エシディシは殺到する水弾幕を回避し、時には血管針で叩き落として蒸発させながら、パチュリーとの距離を詰める。腕だけでなく、両足からも血管針が飛び出てきた。左腕の切断面からもだ。その数、合計二十に及ぶ。触れるだけで容易く水泡を蒸発させる超高熱の鞭が、灼熱の血液を噴き上げながら暴れ狂う。

  水符「ジェリーフィッシュプリンセス」

 エシディシの血液が命中する瞬間、パチュリーは己の体を巨大な水の珠で覆った。浮遊しはじめる前に、パチュリーは己の魔法を解除し、ずぶ濡れの体で再び駆け出す。
 血管針が多少体を掠めても、吹雪を身に纏って、熱を打ち消して進む。

「ハッ、なるほどなあ。火に対して水というのが安直な考えよなァーッ、パチュリィーッ!」
「うっさいわね、これが私の魔法だっつってんでしょ、黙ってなさい」

 刻一刻とエシディシとの距離は狭まる。対峙するエシディシも、逃げも隠れもしないとばかりにその場から動こうとはしなかった。
 その代わりに、大量の血管針が、エシディシを中心に扇を開くように展開された。灼熱の血液が弾幕のようにパチュリーへと降り掛かる。パチュリーも負けじとプリンセスウンディネの弾幕を展開するが、絶え間なく射出される血液を前に、水泡はまたたく間に蒸発させられた。

543夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:58:12 ID:1qUWgLbM0
 
  夢符「苺クロス」

 エシディシの血管針の周囲に、薄紅色に光り輝く十字架が展開された。敵の攻撃を食い止めるような配置で展開された十字架が、血管針の角度を制限し、射出された血液を受け止めて、燃え落ちてゆく。
 パチュリーとの出会いから着想を得て、スペルカード風にアレンジしたのだろう。夢美が展開した科学力による弾幕に、パチュリーは内心で感謝の言葉を送った。
 後方から吹き付ける吹雪の助力を得て、パチュリーはいよいよエシディシの目前へと迫った。

「ンン? それでなにをするというのだ? おれはいつまで子供だましの水遊びに付き合えばいいのだパチュリーッ!」
「何度もしッつこいわね……これが私のやり方なのッ、いいから黙ってろ!」

 頭上から血液が降り注ぐ。夢美の十字架が、それを受け止めた。それでも防ぎきれず落ちてくる血液もあったが、その程度ならば火がつく前にパチュリーの吹雪が熱を冷ますことは難しいことではなかった。

  火符「サマーレッド」

 かざした手から打ち出された炎弾が、エシディシに直撃した。パチュリーの火の魔力は、エシディシの体表面で弾けたが、それだけではダメージを与えるには及ばない。エシディシが笑った。

「近付いてなにをするのかと思ったらパチュリー、それがお前の攻撃か?」
「ええ、準備は出来たわ……さあ、一緒に物理の実験をはじめましょうか」
「ほおう、面白い。それは是非とも結果をご教示願いたいものだ、なァーーッ!」

 エシディシがぶんと音を立ててその豪腕を振り上げるが、同時にそれを食い止めるように懐の内側に夢美の十字架が展開された。十字架を掻い潜って展開された血管針も、頭上に展開された十字架と、パチュリーの吹雪が無力化する。
 この膠着状態が保てるのは、もってあと十数秒だ。速攻で決着をつける必要があるが、ここから先は賭けだ。パチュリーは両手をかざし、エシディシへと火の魔力を注ぎ込んだ。
 残りの全魔力を注ぎ込むくらいの気持ちで、いっさいの加減なしに、高熱の魔力をエシディシに注入する。またたく間にエシディシの体温は上昇し、目前にいるパチュリーも肌でその高熱を感じ取れるほどになった。

「貴様……いったいなんのつもりだ」
「あなた、さっき自分の能力をべらべらと得意げに語っていたけれど。たしか……五百度まで、熱を操れるんだったかしら」

 頭上から降り掛かる十字架だったものの断片の火の粉の中で、パチュリーはエシディシに魔力を注ぎながら応えた。
 元々五百度に設定されていたエシディシの体内温度が、ぐんぐんと上昇してゆく。膨大なパチュリーの魔力が、今この瞬間、すべて火属性へと変換され、エシディシの体内へと注ぎ込まれているのだ。体感だけでも六百、七百はすぐに越えたことがわかった。

「ま、まさか……おまえッ!」
「五百度……それは木や紙が燃える温度ね。じゃあ、それ以上はどうかしら。例えば、千度。あなたの自慢の体は、いったいどこまで原型を保っていられるのかしら?」
「き、貴様ッ……この『炎のエシディシ』を……よりにもよって『炎』で倒そうというのかッ! ナ……ナメた真似をしやがるッ!!」
「おあいにくさま、ナメられっぱなしが性に合わないのは、私の方なのよ」
「RRRRRRRRRRRRUUUUUUOOOOOHHHHHHHHHHHHH!!」

544夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:00:21 ID:1qUWgLbM0
 
 エシディシは裂帛の絶叫を響かせた。呼応するように、室内の温度が上昇してゆく。もはや吹雪にリソースを割く余裕はなかった。守りは完全に夢美の十字架に任せきって、パチュリーは至近距離でエシディシに火の魔力を注ぎ続ける。
 慣れない運動で息が上がったパチュリーの体表から、汗が吹き出ては流れ落ちてゆく。最前、自らの魔法で纏った水分は、とうにエシディシから発せられる熱で暖められ、体感としては汗と変わらない。
 左腕の切断面から、更に倍の数の血管針が飛び出した。

「貴様のなまっちょろい火がおれを溶かすより先に、おれの血管針をブチ込んでくれるわ!」

 叫びとは裏腹に、血管針がパチュリーへと降り掛かることはなかった。切断面から飛び出した血管針は、もはやまともな指向性は持たず、四方八方でたらめな方向に血液を噴出するだけだ。パチュリーの身に降りかかりそうなものだけ、夢美の十字架が受け止める。
 床板へと落ちた血液が火を吹き上げるさなか、パチュリーはようやく笑った。

「あなた、もう自分の能力を制御できないんじゃない? 言ってたものね、『五百度まで』って」
「ば、馬鹿なッ……こんな! こんな馬鹿なことがぁああーーーッ!!」

 血管針が、崩壊をはじめた。同様に、筋骨隆々としていたエシディシの体が、徐々に輪郭を失いはじめているのをパチュリーは目視した。肩が不定形に崩れ、腕が垂れ下がった。関節が溶け始めて、エシディシの膝が折れた。肩や膝といった各部が落ち窪んでいる。
 エシディシの体温はとうに千度を越えている。その体が、あまりの高熱に耐えきれず溶け始めているのだ。

545夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:02:09 ID:1qUWgLbM0
 
「おおおおれが! おれが! おれがこんな小娘にィィ!!」
「はぁ、……はぁっ……ハァ……ッ」

 眼前の敵にのみ集中するパチュリーの視界の隅で、ちかちかと光が散りはじめた。疲労の証だ。エシディシすら焼き溶かす程の高熱を間近で受けて、明らかにパチュリーの体力が底を突き始めている。このまま高温に晒され続ければ、じきにパチュリーは意識を失い、一命をとりとめたエシディシに命を刈り取られるだろう。それだけは、許されない。ここまでやって負けることなど、絶対に許されない。此処から先は、どちらが先に力尽きるかの根比べだ。

「RRRRRRRRRUUUUUUUUUUUOOOOOHHHHHHHH――ッ」

 やがて、エシディシの体表面が溶け落ち、溶岩のようなどろどろの液状と化して床へ滴りはじめた。物質が形を保てる臨界点を越えたのだ。
 マグマと化して溶け始めたエシディシの体内で、ぼん、となにかが弾けるような音が鳴った。あまりにも高温に達しすぎた熱が、体内でなんらかのエネルギーに誘爆したのだ。パチュリーの体はその衝撃に吹き飛ばされた。

「パチェ!」
「パチュリーさん!」

 既に燃え始めている床を転がって、衣服に火を纏いながら戻ってきたパチュリーに、夢美と吉影が駆け寄る。パチュリーは残った魔力で水を纏い、衣服に火が広がるのを防いだが、既にところどころが焼けて、腕や脚など、白く細い肌が露出している。腰まで届く髪の毛はあちこちが焼けて、縮れてしまっていた。それでも、自分の姿など今はどうでもいいとばかりに、パチュリーはエシディシに視線を集中させる。

「おれは! おれは! おれは偉大な生き物だ……や、やられるなんて!」

 既にエシディシは人の体を保っているとは言い難く、炎を吹き上げるマグマと化していると表現した方が的確だった。
 かろうじて原型を保っていた頭部から、巨大な一本角が競り上がった。獣のように牙を剥いて、エシディシが跳び上がる。

「よくもッ! おおおおのれェェェェッ、よくもォォォォォこんなァァアアアーーーッ!!」

 全身から炎を振り撒いて、獅子奮迅たる勢いで急迫したエシディシの体を、キラークイーンの拳が打った。火が吉影の手へと燃え移るよりも早く、次の拳を放つ。凄絶な拳のラッシュが、エシディシの体を打ち返した。
 パチュリーの背中を抱き起こしながら、吉影はどこまでも冷徹な瞳で転がってゆくエシディシの姿を眺めていた。

「エシディシ……とかいったか。余裕ある態度だったのは最初だけで……どうやら、ずいぶんと……生き汚い生物だったようだな」

 倒れ伏したエシディシの全身から、黄金に光り輝くエネルギーが放出されはじめた。何万年もの長い時を生き抜いてきた生命力が、光の奔流となって、崩壊をはじめたエシディシの体から溢れ出ているのだ。神々しいばかりに溢れ出る生命力の輝きは、見る者の心を奪った。
 断末魔の絶叫をあげながら、エシディシの体が熱とエネルギーの奔流に呑まれ完全消滅する様を見届けたパチュリーは、力尽きたようにどさりと背を床に預けた。
 室内に、冷気を帯びた吹雪が吹き荒れる。エシディシによって焼かれた室内は、すぐに雪によって消化された。あとに残されたのは、一面焼け焦げた床板と、脚が焼けて燃え落ちたテーブルと椅子の数々だった。

546夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:07:01 ID:1qUWgLbM0
 
「むきゅー」
「なんだ、なにか言ったか、パチュリーさん」
「……無休、で、働きすぎたわ。ちょっと休ませて」

 あの偉大なる生物の一柱を撃破せしめたという事実による達成感と疲労感の中で、パチュリーは既に指一本動かすことすらも億劫なほどに消耗していた。
 これから、残りの柱も処理する為に、パチュリーは策を練って戦わなければならない。理解はしているが、今この瞬間だけはそれについて思考する余裕はなかった。ここまで働いたのだから、少しくらい休ませて欲しいというのは心からの本音だった。

「ああ……でも」

 ぽつりと独りごちる。続きを言おうかとも思ったが、やめた。
 夢美に感謝の言葉を贈ろうかとも思ったが、それはそれで、精神的な労力と準備が必要だった。別に今でなくとも、起きてからでも遅くはないはずだ。
 認めたくはないことだが、夢美の言葉が、パチュリーの肩にかかる重圧をやわらげてくれたのだ。あの瞬間、エシディシに挑むかどうかという不安からはじまった“蛮勇”は、エシディシに必ず勝利してみせるという“勇気”へと変わった。だからパチュリーは立ち上がることができた。戦うことができた。
 今やパチュリーの中での岡崎夢美という存在は、ほんの少しは役に立つと認めてやる必要があるのではないか、そう思える程度には大きくなりはじめていた。
 だから、起きたら、夢美と一緒にこれからのことを考えよう。夢美がいれば、爆弾解除の方法に辿り着くことも、そう難しいことではないとすら思える。それ自体、パチュリーにとっては本来悔しいことである筈だが、不思議と不快ではなかった。
 今はあまりにもまぶたが重い。体力、魔力、ともに底を突きかけている。起きて、回復したら、色々なことを考えよう。そう思い、間もなく、パチュリーは深い眠りの沼に落ちた。



 パチュリーがエシディシを撃破してからほどなくして、異変は起こった。
 それが起こった瞬間を、ぬえは目視することができなかった。気配を感じ取ることもできなかった。どす、という鈍い音が響いたと思ったその瞬間には、犯行が行われた後だったのだから。

「な……、えっ」

 無意識のうちに、ぬえは間抜けな声を上げていた。
 夢美の心臓に、なにかが突き刺さっている。見覚えのある、なにかだ。けれども、どこで見たものだったか、ぬえはすぐには思い出せなかった。

「えっ……なんで、私……」

 恐怖でも悲しみでもなく、なにが起こったのか理解が及んでいない様子で、夢美はぽつりと言葉を漏らした。
 吉影とぬえの目の前で、夢美の胸に突き刺さっていた“なにか”が、ごとりと音を立てて落ちる。次いで、夢美の体は後方へと引っ張られるように倒れ込んだ。背中からどさりと仰臥する。
 穴が空いた箇所から溢れ出した赤黒い血液が、夢美の衣服をなお赤く染め上げてゆく。食堂の一角に、またたく間に赤の水たまりが出来上がった。

547夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:12:08 ID:1qUWgLbM0
 
「なんだ……なにが起こったんだ」

 顔中に冷や汗を浮かべて周囲を見渡す吉影に対し、ぬえは気の利いた返事も思い浮かばず、ただ首を横に振ることしかできなかった。この場にいる誰もが状況を飲み込めていない。
 勝利したのは、自分たちの筈だ。それなのに、いったいなぜ、どうして夢美が殺されるという『結果』に至ったのか、この場の誰も理解できなかった。

「この館の……女神像だ」
「えっ」
「岡崎夢美の心臓に突き刺さっていたアレは……女神像が持っていた、水差しだ……! 今、我々は『攻撃』を受けているッ! エシディシではない、新手の攻撃を……!」

 夢美の心臓に突き刺さっていたのは、吉影の言葉の通り、ジョースター家の慈愛の女神像が手にしていた水差しだった。その先端は鋭利に尖っており、それを、恐らく遠距離から投げつけられたのだろう。
 この場の誰にも気取れられることなく、正体を隠したまま。

「クソッ!」

 ぬえはすぐさまこの場の全員に正体不明の種を振り撒いた。
 正体不明の影に恐怖させるのは、必ずこちらでなくてはならない。他ならぬ大妖怪のぬえが、正体不明の敵に脅かされるなど、絶対にあってはならないことだ。
 仮に敵が自分たちの情報を知らない相手だとすれば、今振り撒いた正体不明の種である程度は認識を撹乱させられるはずだ。その正体不明に対する恐怖を糧にして力を取り戻し、迎撃する必要がある。
 ぬえはひとまず、夢美のそばに駆け寄った。

「おい、夢美、夢美、大丈夫か」

 大丈夫でないことは明白だった。質問のていを取ってはいるが、それは最早質問ですらないことをぬえ自身自覚している。
 心臓から夥しい量の血液を流しながら、夢美は光を失いつつある瞳で、ぬえを見た。瞳から、つう、と涙が零れ落ちてゆく。
 敵は何処から攻撃してきたか、とか、なんで狙われたのか、とか、そういうことを尋ねようかとも思ったが、今にも死にゆこうとしている夢美の顔を見た時、その質問は無意味であることをぬえは悟った。今の夢美から情報を引き出すことは、きっと難しい。
 ぬえは罰が悪そうに目線を伏せた。

「……なにか、言い残したこととかあったら、きくよ」

 夢美の瞳が、徐々に薄く閉じられてゆく。
 それでも、唇は動いた。

「パチェ……、あり……が、とう……って」

 震える唇が紡いだのは、今までともに過ごしてきた仲間に対する感謝の言葉だった。けれども、それがなにに対する礼なのか、その礼に付随する言葉があるのか、夢美が最期になにを思ったのかは、ぬえにはわからない。
 わからないが、死にゆく人間に最期に伝える言葉として、なにがふさわしいかくらいはわかった。

「わかった、伝えとくよ。もう休みな」

 ぬえには、夢美の頬が、僅かに緩んだような気がした。
 それきり夢美は、一言も喋らなくなった。

548夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:19:30 ID:1qUWgLbM0
 


「フン……、まずはひとりか」

 ジョースター邸の食堂の隣室に設えられたベッドに少女としての体で浅く腰かけながら、ディアボロはぽつりと呟いた。
 迷宮のような地下通路を彷徨い歩くうちに、ディアボロはちょうどエシディシが梯子を登って地上に出ていく瞬間を見かけた。それはディアボロにとって、新たな標的だった。
 エシディシに追随するかたちで地下からジョースター邸へと乗り込んだディアボロは、魔法使いとエシディシによる凄絶な戦いの顛末を、この部屋から壁抜けののみで見届けた。尤も、ずっと覗いているとこちらの存在に気取られる可能性があったので、部分的に覗き見ただけに過ぎない。
 わかったのは、エシディシが魔法使いの女に仕留められたこと。それから、仲間にはなんらかのスタンドを使う男がひとりと、十字架の弾幕を展開する女がひとり、それから能力不明の女がひとり。魔法使い含めて、計四人ということだ。
 ひとまず、気絶している魔法使いの女は後回しにして、ディアボロは殺せるやつから殺すことにした。
 エシディシに勝利し気が緩みきっている瞬間を狙って、壁抜けののみで壁に穴を開けたディアボロは、ホールにあった女神像から拝借した水差しをキングクリムゾンに構えさせ、そして、――時を吹き飛ばした。

 あまりにも容易い殺人だった。
 標的となったのは、一番無防備に心臓部をこちらに向けていた十字架の女だ。
 如何な弾幕を繰り出せる女とはいえ、時の飛んでいる間に急迫した凶器を食い止める術はない。キングクリムゾンの能力が解除され、水差しが女の胸に突き刺さるのを見届けると同時、壁に空いた穴は渦を描きながら閉じられていった。

「残りふたりも確実に『始末』したいところだが……、やつらはいったいどんな能力を使うのだ」

 それ次第では、挑み方を変える必要がある。
 もう一度、ディアボロは壁抜けののみで部屋の壁をつついた。小さく穿たれた穴は、そこから螺旋を描きながら巨大化してゆく。ディアボロの視界を確保するに足る大きさまで拡大したところで、ディアボロの意思に従い、穴の拡大は止まった。
 そっとのぞき穴に視線をやる。

「――なッ……なにィィ!?」

 思わずディアボロは声を上げ、壁抜けののみを取り落とした。空いていた穴も、開いた時とは逆方向に渦を巻きながら閉じられてゆく。
 見間違いでなければ、ディアボロが穴の向こうに見咎めたのは、特徴的な黄金の頭髪の男と、ディアボロに恐怖を刻み込んだ黄金のスタンドだった。

「ジョ……ジョルノ・ジョバァーナと……『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』……だとォォ!?」

 見間違いでなければ、魔法使いを抱き抱える男のそばに、ジョルノ・ジョバァーナと、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの姿が確認できた。思えば最後にジョルノの姿を見てからそれなりに時間も経過しているが、やつはこのジョースター邸に移動していたのだろうか。
 もしもジョルノがレクイエムを使用できる状態で隣室にいるとするなら、ディアボロにとってこれは非常にまずい事態といえる。

「いや……違うッ! あれがオレの『恐怖』というのならば……乗り越える必要がある! これは『試練』だ……!」

 そこで思いとどまったディアボロは、眦を決し、独りごちた。
 ここで再びレクイエムに背を向け逃げ出すことは、帝王としてのプライドに反することだ。許されない。絶対にあってはならない。今度出くわすことがあったとしたなら、それは確実に息の根を止める時だ。逃げる時ではない。
 殺意に満ちた瞳に決意の炎を再燃させて、ディアボロは再度闘志を燃やす。

「そうだ……どうせ全員殺すことには変わらないのだ」

 己自身に言い聞かせる。
 隣室にいるのがジョルノであろうとそうでなかろうと、ここで絶対に始末する。おそらく、不意打ちで仕留められるのはひとりが限度だろう。残りのふたりは、不意打ちが難しいなら正面から叩き潰す必要がある。
 キングクリムゾンならば、勝てる。そういう確信があった。

「だが……勝負は外のやつらがこの館に入館するまでだ。流石に多勢に無勢では分が悪いからな……それまでに必ず『始末』してやるぞ」

 肌にじわりと汗がにじむ。熱い思いが、胸の中で滾っている。
 この思いと願いを実現させるための力は、この手の中にある。
 壁抜けののみを拾い上げたディアボロは、殺意の衝動に突き動かされるまま、決然と立ち上がった。

549夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:20:04 ID:1qUWgLbM0
 

【C-3 ジョースター邸 食堂の隣室/午後】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:爆弾解除成功、トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神消費(中)、腹部貫通(治療済み)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:隣室にいるのが誰であろうと関係ない。全員殺す。
2:爆弾解除成功。新たな『自分』として、ゲーム優勝を狙う。
3:ドッピオを除く、全ての参加者を殺す。
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
 また、未来を視る『エピタフ』の能力はドッピオに渡されました。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。
※要所要所でエシディシとパチュリーの戦いを見て状況の確認だけしていましたが、エシディシの腕が吹き飛ばされる瞬間は見逃したため、吉良吉影のスタンド能力については確認していません。
※一度壁を閉じて視界から外した状態から隣室を確認したため、ぬえの能力によってジョルノ・ジョバァーナとゴールド・エクスペリエンス・レクイエムに誤認しています。近寄ったり直接戦ったりすると、すぐに正体不明の種は効果を失うものと思われます。
 

【C-3 ジョースター邸 食堂/午後】

【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:環境によって妖力低下中、精神疲労(小)、喉に裂傷、濡れている
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:正体不明の敵を見付け出して叩く。正体不明でビビらせるのはこっちだ!
2:そもそも吉良は本当に殺す必要があるのか疑問。集団を守るためなら戦ってくれるし、当面放置でいいのでは……
3:むしろ今最優先で始末すべきは『岸辺露伴』。記憶を読まれるわけにはいかない。
4:皆を裏切って自分だけ生き残る?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※妖怪という存在の特性上、この殺し合い自体がそもそも妖怪にとって不利な条件下である可能性に思い至りました。
※現状、妖怪『鵺』としての特性を潰されたも同然であるという事実に気付き、己の妖力の低下に気付きました。しかし、エシディシとディアボロに対する能力行使により、低下はいったん止まっています。

550夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:20:41 ID:1qUWgLbM0
 
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:喉に裂傷、鉄分不足、濡れている
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:我々は攻撃を受けているッ! いったいどこからだ!?
2:パチュリーは守る。絶対にだ。死なれると後々困るからな……
3:自分の『居場所』を守るため、エシディシの仲間は『始末』する必要がある。
4:封獣ぬえは『味方』たりえるのか? 今は保留。
5:この吉良吉影が思うに「鍵」は一つあれば十分ではないだろうか。
6:東方仗助とはとりあえず休戦? だが岸辺露伴はムカっぱらが立つ。始末したい。
7:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが……
8:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
 ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。むしろ、パチュリーを傷付けられることに『嫌悪感』を覚えている自分がいることに気付きました。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。

【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:睡眠中、疲労(大)、魔力消費(大)、カーズの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の深夜後に毒で死ぬ)、服の胸部分に穴、服があちこち焼けている
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品、考察メモ、広瀬康一の生首(冷凍処理済み)
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
0:エシディシを撃破したことによる達成感。
1:起きたら夢美に礼を言う。それからカーズ打倒について話し合う。
2:レミィの為に温かい紅茶を淹れる。
3:射命丸文と火焔猫燐に出会ったら、あの死の真相を確かめる。
4:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
5:ぬえに対しちょっとした不信感。
6:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
7:妹紅への警戒。彼女については報告する。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けますが、ぬえに対しては効きません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
 ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。
※考察メモに爆弾に関する以下の考察が追加されました。
 死亡後の参加者の脳内からは、一切の爆発物・魔力の類は検出されなかった。
 よって、爆弾は参加者の生命力が途切れた時点で解呪される術式である可能性が高い。
 単純な術式で管理されたものであるなら、死を偽装できれば爆弾解除できる可能性アリ。

551夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:21:27 ID:1qUWgLbM0
 



 パチュリー・ノーレッジの意識は混濁していた。
 自分が今どこにいるのか、今までなにをしていたのか、頭が上手く回らず思い出せない。けれども、無理をして考える必要もない気がしたので、パチュリーはそれ以上考えることはしなかった。ただ、ひどく疲れていることだけは、確かだった。
 淡い光が降り注ぐ中、あたたかいぬるま湯の中を漂っているような感覚の中、パチュリーはぼんやりと空を見上げていた。

 ――ごきげんよう、ひょっとして起こしてしまったかしら?

 よく聞き慣れた女の声が聞こえたような気がした。それがひどく煩わしく思えたので、パチュリーはあからさまに眉根を寄せて不快感を現しつつ、応えた。

「見てわからない。寝てるのよ、起こさないでくれる、夢美」

 パチュリーは今、エシディシとの戦いを終えて、ひどく疲れているのだ。もうしばらくそっとしておいて欲しい。くだらない理由で起こされたくはなかった。
 意識が、混濁している。ここまで起こった事実を断片的に思い出したり、遥か昔の出来事を昨日のことのように思い出したり、記憶が安定しない。

 ――ごめんね、ありがとう、パチェ。私、もう行かなきゃ。

 この場所で既に嫌というほど聞き慣れた女の声が、空から降り注ぐ。あの女にしては、優しく、どこか儚さを感じさせる音色だった。
 薄目のまま空を見上げていたパチュリーは、なんとなく、声の聞こえた方向へ向かって手を伸ばした。けれども、その手がなにかを掴むことはない。再び脱力し、腕をおろす。今は難しいことは考えなくても構わないと、そう思えた。
 起きたら、どうせ忘れている。
 だから、目が覚めたら、また夢美と色々な話をしよう。
 パチュリーは穏やかな感情のまま、今と昔が混濁する記憶の海の中へと、その意識を深く沈めていった。
 

 
【エシディシ@第2部 戦闘潮流】死亡
【岡崎夢美@東方夢時空】死亡
【残り 45/90】

552 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:28:41 ID:1qUWgLbM0
投下終了です。

553名無しさん:2019/03/29(金) 19:41:01 ID:tobLTWxw0
遂に柱が一つ折れたか
まあアルティメットシィングもマグマに落ちたら死にそうだったし多少はね

554名無しさん:2019/03/30(土) 16:39:25 ID:oXEp3pcA0
投下乙
夢美が最後までパチュリーのことを想って逝ったのが涙腺に来る

555名無しさん:2019/03/30(土) 16:49:18 ID:JZ82XAMM0
あれ?解毒剤どこいった?

556名無しさん:2019/04/30(火) 23:59:19 ID:yQjJy0W.0
令和になってもみんな頑張りましょう!お疲れさまでした!

557名無しさん:2019/05/01(水) 01:03:59 ID:9NXN9u6c0
そんな下らない事でageるとか俺を舐めてんのかこのド低脳がァーーっ!

558<削除>:<削除>
<削除>

559<削除>:<削除>
<削除>

560<削除>:<削除>
<削除>

561名無しさん:2019/07/23(火) 11:48:11 ID:jqxUjP520
更新マダァー?

562名無しさん:2019/07/23(火) 17:01:22 ID:IMnbVT160
自分で書け

563名無しさん:2019/07/23(火) 19:58:28 ID:jqxUjP520
>>562
テクニックをおせーて!

564名無しさん:2019/07/23(火) 23:25:27 ID:OHWVO3ew0
予約来たと思ったら違うのか

565名無しさん:2019/07/24(水) 14:23:13 ID:18m3xVGo0
前々から変なレスでageてるのが居るけど同じ人?

566名無しさん:2019/07/24(水) 14:56:55 ID:kx5EWPdE0
企画主がサボってるからこんなのしか残らなくなったんだろ

567名無しさん:2019/08/03(土) 14:05:51 ID:4whQH8mk0
人が全然残ってないからageているのが
分からんのかここの連中は
ていうかいっそのこと打ちきり宣言
出した方がいいんじゃあないか?
このペースでは20年かかっても完結せぬわ

568名無しさん:2019/08/03(土) 16:09:19 ID:Wv2hjJp20
そういう余計な事する暇人の荒らし君は帰って、どうぞ

569名無しさん:2019/09/22(日) 02:53:04 ID:TSceRPlw0
待機

570名無しさん:2019/09/23(月) 23:22:53 ID:2N2hmfgQ0
こういうパロロワってみんなその作品全て知ってることが前提なの?
いくつか知らないのがあるんだけど…

571名無しさん:2019/09/23(月) 23:47:54 ID:AEdtiTlk0
暇人の荒らしは消えて、どうぞ

572名無しさん:2019/09/29(日) 15:22:12 ID:NxB7oA7A0
最後の投下から半年……か
ホモガキの荒らしはこれにどう答えるの?

573名無しさん:2019/09/29(日) 16:49:04 ID:CGJNbHGA0
予約来たと思ったらまたおかしいのが騒いでるだけかよ

574名無しさん:2019/10/27(日) 11:30:30 ID:UK2ouP9U0
age

575名無しさん:2019/11/04(月) 15:58:50 ID:qHHufXaI0
こうなったら……

576名無しさん:2019/11/04(月) 19:37:33 ID:0BDn5fsE0
>>575
なにが始まるんです?

577名無しさん:2019/11/24(日) 15:43:24 ID:/btArFh60
age

578名無しさん:2019/12/31(火) 23:59:00 ID:uCM0DZNw0
今年は大して進みませんでしたね…来年は頑張りましょう!

579 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:22:41 ID:fqyYqXkU0
投下します

580 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:24:20 ID:fqyYqXkU0
 四人が到着すれば、一番槍はその槍ともいえるヘアースタイルからか、仗助が動く。
 向かう仗助へと、傘を投げ捨てると同時に羽を羽ばたかせ、レミリアも肉薄する。

「ドラァ!」

 降り注ぐ雨粒を弾き飛ばしながら、クレイジー・ダイヤモンドの高速のジャブ。
 弾丸のような素早い一撃だが、対するレミリアは、スタンドを観察するかのような余裕の態度で躱す。
 続けて掛け声とともに、雨粒を吹き飛ばす勢いの拳を続けるが、すんでのところで避けられる。

「ブチャラティと同じタイプのスタンドね。
 当たれば致命傷、速度も十分。だけど───」

 無数に飛び交う拳を、舞台のプリマのように踊りながら回避。
 スペルカードルールの闘いにおいても、彼女はそういう技を使い慣れており、
 拳の当たるギリギリの距離を、さながらグレイズするように躱す。
 これが点数で競う戦いならば、さぞ高評価になっているだろう。

「万全ならまだしも、負傷したせいで鈍いわよ。
 スピードがない弾幕は、代わりに密度で補ったら?」

 仗助は生身の人間の上に、負傷も決して無視できるものではない。
 どうあっても全力からは程遠い状態、雨による体温低下も少なからずあるはずだ。
 では対するレミリアはどうか。負傷はあれど、エシディシの指を喰ったことで回復し、
 現時点の負傷はこの舞台においても、上から数えられるぐらいの軽傷に留まっている。
 覆しようのない、人間と吸血鬼の回復速度の差だ。

「へぇ〜〜〜じゃあ一つ、この仗助君なりの弾幕を見せてやりますよ!」

「! 貴方、今仗助って───」

「ドララララララララララァ!!!」

 敵から教えられるのは癪ではあるものの、
 試しに一発一発の速度ではなく、密度を優先する。
 爆弾を解体する爆弾処理班のように、繊細な動きで避けていたレミリアだが、

(負傷してる割に、精密で無駄がない。)

 スタンドの情報を得たり、見学できるほどの余裕は余りなかった。
 だから、細かい動きをするスタンドには少々、度肝を抜かれる。
 実際、精密動作性はブチャラティのスティッキー・フィンガーズよりも上だ。
 襲い掛かる拳の弾幕に隙間などない。グレイズ不可能の、拳と言う名の壁。
 ひらひらと避けることはできず、素早く空を舞いながら後退し、
 スタンドの射程距離から離れる。

「おっと。」

 着地する寸前、肌で感じ取れる程の熱気と、水が蒸発する音。
 いつの間にか背後へ回り込んでいた、燐の炎をまとった火炎車。
 タイミングをずらすかのように軽く羽ばたいて滞空し、難なく回避。

「やっぱ、雨だとばれるよね……!」

 あれだけ水蒸気をまき散らしていては、
 奇襲なんてものは決まるはずがない。
 誰にだってわかる、無意味な行為だ。

「そりゃ、ね。と言う事は───」

 相手は分かった上で攻撃している。
 態々外れる攻撃に力を入れるとも思えない。
 仗助はまだ距離が取れた状態。ヴァレンタインに至っては、
 慧音と露伴の前に立って此方を見ているだけで、戦意すら感じない。
 答えは一つしかない。

「本命はお前だろうな『元』天人!」

 仗助の拳の弾幕を壁と同時に彼女を隠すためのカモフラージュ。
 空からLACKとPLACKの剣を構えた天子が、勢いよく振り下ろす。

「元を強調するんじゃあないッ!!」

 避けるのは間に合わないのもあり、一先ず防ぐ。
 剣を使い慣れた天子の大剣と言う組み合わせの威力は十分。
 しかし……

「ほー。ならその力で早くこの手を押し切るといい。」

 レミリアは剣を、片手で受け止めている。
 刃に触れて多少血が滲んでいるが、この程度怪我ですらない。
 いくら遺体のお陰で、腕はなんとかなってると言えども、
 人に堕ちてしまった天子では、仗助同様差を覆すには役者不足だ。

「グヌヌヌ……!」

 剣を気合で押し込むが、全く刃が進まない。
 空中に浮いたまま、全体重をかけても進展はしない。

「ほらどうした! 私とタメ張れる我儘のように押し通せ!」

581 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:26:47 ID:fqyYqXkU0
 完全に莫迦にされている。
 空いた手は自由でありながら煽るために手を動かすだけ。
 いつだって攻撃できるのにしないのは、舐められてると言う事だ。

「こん、のぉ!!」

 このままいても埒が明かない。
 剣を手放し、自由になった両手で弾幕を眼球を狙うように飛ばす。
 余り予期してない攻撃もあってか、受け止めた剣も捨てながら下がる。
 勝つために手段を択ばない目潰し。えらく合理的で、人間臭い手段だ。

「本当に堕ちたな『元』天人。
 一体いくつの堕落をしたらそうなる?
 一つか? 二つか? それとも、五つか?」

 それを見てレミリアは、嗤う。
 憤慨も失望もない。あるのは面白いものが見れてると言う高揚。
 天人と言う高潔な存在が、此処まで変わらせたのはいったい何か。
 すごく興味がある。クリスマスプレゼントの箱の中身が気になって仕方がない、
 見た目相応の子供のような反応ではあるが、

「ジョジョ! こいつ一発本気で殴りたいから本気で手伝いなさい!!」

 当人はキレる。ある意味普通の反応だ。
 見世物として、人間に堕ちたわけではない。
 天人ではない以上、先のような無理はしない方がいいと思い、
 なんとか今まで堪えていたが、散々煽られて我慢の限界を迎える。
 度量の大きさなんてものは、天人時代に一緒に彼方に投げ捨てた。
 剣を回収しながら仗助へ一緒に共闘するよう指示するが、

「そろそろ良いだろう、レミリア・スカーレット君。
 やる気がないのであれば、我々と話し合いに応じてもらいたいのだが。」

 黙っていた最後の乱入者が、漸く口を開く。
 威厳ある声は雨にはかき消されず、全員に届いた。
 最後の乱入者、ヴァレンタイン大統領の声が。

「なんだ、気づいていたのか。」

 先程まで悪魔らしい笑みを浮かべていたが、
 きょとんとした可愛らしい少女の顔に変わる。
 出会ってからずっと黙ったまま戦いを見ていて、
 一番何を考えてるか分からなかっただけに、
 最も話の分かる発言をするとは、余り思っていなかった。

「は? え?」

 急に止めにかかるヴァレンタインに、天子だけが困惑する。
 この状況下で話し合い。どうしたらそんな発想が来るのか。
 頭に血が上ってるのもあってか、正常な思考があまりできない。

「人間の里を瞬きの間に横切れる速度を持つ彼女が、
 三人を置いて私達の方へ向かうのは容易なはずだ。
 特にお燐君以外は負傷者。速度を制限されたとしても、
 飼い主と子犬がじゃれ合うような遊びをする理由はないだろう。」

「まあ、なんか変とは思ってたんすけど。」

 態々アドバイスするのは余裕の表れとは思ったのだが、
 スタンドにも、仗助自身にも何も仕掛けてはこなかった。
 あの拳のラッシュを避けられるなら、背後に回り込むのも難しくはないはず。
 それと、仗助には聞こえていた。ラッシュの合間に、彼女が反応したことを。
 もし、敵であれば『ああ、お前が仗助か』なんて言い方をしてくるものだが、
 先の発言は、自分が仗助であることに驚いていた。敵がそんな反応をする理由が気になる。
 いくつかの疑念も合わせ、ラッシュをよけられた時点で、戦意は殆どなくなっていた。

「お姉さんの攻撃を片手で止めたりするのに、
 あたいに一撃浴びせたり弾幕飛ばせたのにしなかったり。
 なんとなくやる気がないって感じだったよね。」

 レミリアの実力も、噂で十分聞いたことある燐も同様だ。
 攻撃を仕掛けられる場面はいくらでもあったのに、まるで相手にしてない。
 力の消費を抑えると言うよりは、手加減しているかのような。
 侮った意味での手加減と言うよりは、気遣っての手加減の印象が強い。
 身内での弾幕ごっこをやるときも、そういうことも少なくはないので、
 加減していると言う事は、すぐに理解していた。

「え? へ?」

 当然ながら、露伴と慧音も理解している。
 つまり、頭に血が上って思考を放棄してる、天子だけだ。気づいてないのは。
 頭が雨で冷えたのもあってか、だんだん違和感に気づいていく。

「……地子さん、気づいてなかったんすか?」

 この人が気づかないはずがないだろう。
 秀才な面を見せた彼女だから分かっててやってたのかと思うが、
 一人だけ置いていかれてる様子を見て、なんとなく察してしまう。

582 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:27:43 ID:fqyYqXkU0
「……プッ。堕ちたな、本当に。」

 指摘されて返せない天子に、
 レミリアから哀れみを込めた下卑た笑みが飛ぶ。
 これもまた人を莫迦にしている態度なのは間違いなく、
 額に青筋が浮かぶ。

「やっぱぶん殴らせなさい!!」

「地子さんストーップストーップ!」

 暴れだす地子を一先ず、仗助と燐が抑える。
 負傷して人に堕ちた故に、抑えることは難しくないが、

「いやジョジョ! アンタはそっち!」

 それ以上に切羽詰まった表情の天子の視線を追う。
 余りの忙しさで肝心なことに気づいていなかった。
 顔を見た瞬間、雨に紛れて滝のような汗が流れ出す。
 ……この時が来ることを、彼は覚悟していた。
 あの件があった時点で。

「何嫌そうな顔をしているんだ?
 少なくとも君とは、同じ仲間のはずだろ……東方仗助。」

 ───岸辺露伴。
 前から嫌われてるのは明言もされたのもあって理解はしている。
 けれど、今回はそんなものなど、二の次であるのは間違いない。
 お互いにある一番の共通点。

「ほら、射程距離内に入っているぞ?
 出さないのか、クレイジー・ダイヤモンド。
 それとも『今の』お前と出会って、僕が冷静でいると思っているのか?
 頭を貶されたお前よりかはマシだろうが、感情なんてものを物差しで測れると思うなよ。」

 この反応、間違いなく慧音達から聞いている。
 そりゃそうだ。露伴はこんな殺し合いに乗る性格ではない。
 命令されれば噛みつく。反抗と言う言葉が人の形を成したようなものだ。
 だったら仲間であるのは当然であり、話を聞くのも当然の権利になる。
 康一の死……納得なんて、絶対にしないであろうことも。
 自分だって納得はしない。不幸な事故で片付けていいものではない。
 納得できてない状態なのに、どう返せと言うのか。
 言葉なんて、出てくるはずがなかった。

「見れば分かる傷……戦ってきたってことだろう。
 敵と戦った形跡から、今回だけは大サービスだ。忠告はしたぞ。」

 言いたいことを言い終えると、一瞬の静寂の後に同時に飛び出す拳。
 漫画家と言えども、子供を吹っ飛ばすぐらいの威力の拳は非常に鋭い。
 なんの障害もないまま仗助の頬に直撃し、水たまりへと吹き飛ばされる。

「ちょ、ジョジョ!」

 倒れた仗助へ、燐に抑えられていた天子は抜け出して駆け寄るが、
 彼女のことなど眼中がないまま、露伴は胸ぐらをつかみ上げる。

「仗助、貴様は一体何をしていたッ!?
 スタンドに治せない制限でもかけられていたのか!?
 何が『世界一優しいスタンド』だ? ふざけるなッ!!! 
 親友を治せずして、どこが世界一優しいスタンドだと言うんだッ!!!!」

 次々と飛び交う怒号に、仗助は何も返せない。
 何をしていたのか。吉良だけに警戒し続け、他のことに気づけず悲劇を起こす。
 制限も特にない。もしかしたらあるのかもしれないが、少なくともあの場で関係はない。
 優しいスタンド、承太郎に言われたことだが、とても露伴の前では言い切れる物ではなかった。
 何一つ返すことができず、ただ静かに、歯を食いしばりながら無言を貫く。

「待ちなさい!」

 そんな二人を止めたのは、天子だ。
 露伴から強引に仗助の首根っこを掴んで、強引に引き離す。
 昔なら難なくだろうが、今の身では少しきついと思いながらも、
 表情に出すことはなく引き離すことに成功する。

「アンタがジョジョと康一の知り合いなのは分かったわ。
 言いたいことは分かるけど、仗助だって同じ気持ちよ。
 『治した』仗助が、最も認めたくなかったわ。即死だって。」

 誰が言おうとも、言い訳にしか聞こえない。
 けれども、露伴は黙って天子へと視線を向けて手は出さない。
 先ほどまで怒号を飛ばし続けた表情はそのままに、静かに。

「何よりも、仗助は私の舎弟よ。
 舎弟の不始末は、私にも責任があるわ。
 これ以上仗助を殴るって言うなら、私に半分よこしなさい!」

 腰に手を当て、仁王立ちで天子が構える。
 発言内容から遠慮なく殴れ、とでも言いたいのだろう。
 『いや、なんでそうなるんすか』と、仗助は少し唖然とした表情だ。

「……言っとくが、僕は初対面の人間をいきなり殴る性格じゃあない。
 慧音さん達の失態を、お前に対する怒りは、今はこれだけで済ませてやるよ。」

 怒りは収まったわけではない。
 露伴にとって康一は最高の親友だ。あの程度で収まれば、
 それこそ本当に親友なのかと疑われるだろう。
 かといって、天子のお陰でやめたわけでもない。
 怒りはどんなに仗助にぶつけても、彼女にぶつけても。
 決して収まるわけではないからだ。
 問題なのは、そう。

583 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:29:06 ID:fqyYqXkU0
「それよりも……慧音さん。僕の記憶、食べてますよね。」

 康一の件で叱責するとき、おかしかった。
 クソッタレの仗助がいて、その仗助がいながら親友が死んだ。
 確かに怒る要素はあるし、怒り足りないのもおかしくはない。
 しかし、足りない。もう一つ、仗助に許せないことがあった筈。
 忘れるわけがないものを忘れている。自分にとって、もっとも必要なピース。
 そのピースはどこへ行ったのか? 失くせるやつは、今の露伴が知る限りたった一人。
 ヴァレンタイン以上に、今までずっと黙っていた存在へ、視線が集まる。

「さっきから、クソ河童のにとりを思い出そうとすると、
 何故か奴が死んだ結果だけが出て、過程が出てこないんですよ。
 このパズルのピースを意図的に隠されたような能力は、僕のスタンドと同じだ。
 どこまで僕の記憶が本物か、忘れさせた理由、口か本か……どちらか選んでもらいますよ。」

 似たような能力を持ってるにしても、察しがいい。
 自力で記憶の改竄に気づける辺りは、流石露伴と言うべきか。
 そのまま気づいてほしくなかったが、それも先延ばしに過ぎない。

「……分かった、これ以上はどうしようもないか。」

 露伴の離別は免れないことになるが、
 これ以上余計なことをしたところで、
 深まるのは疑惑と溝と墓穴だけになる。
 今のうちに話す方が、まだましな結果だ。

「だが、能力の解除は待ってもらいたい。
 でなければ、君は話し合いすら応じてくれないのだから。」

「……そういわれるなら、少しぐらいは待ってあげますよ。」

 けれど、能力の解除は少し待つように先延ばしにする。
 あんな状態では、話し合いにすら応じてくれないのと、
 それまでの間に、何かしら露伴を留める手段を探すためだ。
 姑息な手でしかないが、最悪露伴が離別するとしても、
 せめて仗助達が持っている情報だけでも共有させる。
 ヘブンズ・ドアーが効かない相手が出てきてる以上、
 『記憶を見ればすぐに分かる』も通用しない可能性があるのだから。

「吉良の記憶とパチュリーとの不和、か。
 なるほど、それて改竄がばれても解除しないわけか。
 具体的な内容を知らない今の僕だから、会話が通じている……と。」

 具体的な内容は避けたが、
 消した記憶がどういうものかを軽く、
 カッチカチに凍らせたアイスクリームで、
 溶けかけた表面を軽くなぞる程度の説明をする。

「離反するか、吉良を追い出すか。
 どちらかの選択肢を迫られたが、
 今は必要以上の争いをしている場合ではない。」

「フン。この状況が既に思惑通りってわけか……全く、
 人の自由を奪っておいて、よく澄まし顔でいられたもんだ。」

 いや、お前にだけは言われたくない。
 仗助と慧音の思考が完全に一致した瞬間だ。

「んじゃあ、あの吸血鬼マジで味方なの? 敵にならないの?」

 まだ冷めぬ怒りが残っているのか。
 喧嘩を止められた小学生のように、
 レミリアを指して天子が尋ねる。

「諦めろ。ジョナサン・ジョースターと共闘もしていたし、
 殺し合いに乗ってるなら余りに回りくどすぎるし、手間も多い。」

「? ジョナサン?」

「ん? どうしたんすか、お燐さん。」

「ああいや、ブラフォードのお兄さんって、
 あたいが最初に出会った人がいたんだけど、
 その人を倒すようにと、ディオに言われたとかなんとかって。」

「え、何それ初耳なんだけど。」

「んー、承太郎って人に注意されてたし、
 出会ったときって、あたいアレだったでしょ?」

 思い返せば、情報の共有は後回しにして話してはいなかった。
 集合してから情報を共有すればいい、なんて考えをしていたのもあるが。
 そのせいと言うわけでもないが、吉良のことも二人には話せていない。

「ちょ、ちょっと待った! お燐さん承太郎さんに会ってたんすか!?」

「情報の整理がいるか……露伴先生、
 記憶は少しだけ後にしてもらえるだろうか?」

 流れはいいわけではないが、悪くもない状態だ。
 新しい情報次第で、彼をこの場に留まらせることができるかもしれない。
 正直無理な気はするが、なるべく引き伸ばして、打開策を探さないよりはましだ。
 確認を取ろうとするも、露伴はレミリアとヴァレンタインの方に視線を向けている。
 向こうの話の方に興味があるのか、今は気にしてはいないらしい。

(向こうの話に食いついてくれてるか。
 私としても都合がいいが、うやむやにはできない。
 何かないだろうか……彼が離反するのをうやむやにできる案件は。)

584 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:30:20 ID:fqyYqXkU0

 先延ばしにしたところで、結局は訪れてしまう。
 それ以前に、記憶を一度奪ったという事実の時点で、
 露伴が自分に対する印象は、とてもいいとは言えない。
 同時に、吉良を抜きにしてもパチュリーとの相性も良くはなさそうだ。
 仗助を嫌いながらもそれなりに接している様子から察するに、
 絶望的ではないが、その中途半端さが慧音の胃を削っていく。
 露伴の離別を諦めるしかないのか、吉良を倒すべきなのか。
 どちらに転んでも、ろくな結果にはならないことだけは分かった。

「……何か話があるんじゃあないの?」

 相対したレミリアを前に、
 ヴァレンタインは仗助達の方へ視線を向けている。
 淑女を前に、随分と失礼なものだと軽口をたたく。

「いや、向こうが騒がしくて、少し気になっただけだ。
 私はファニー・ヴァレンタイン。アメリカの大統領を務めているものだ。」

「不要だろうけど、礼儀として自己紹介するわ。レミリア・スカーレットよ。
 しかしまあ、幻想郷縁起の情報を鵜呑みにしてる人間も、珍しいものね。」

「どういうことだ?」

「あれ、誇張表現多いわよ。」

 妖怪とは危険なものである。
 それを知らせるためのものの本であり、
 人にとって妖怪の恐ろしさを人に伝えることで、
 関わろうとしないようにする、自己防衛の一種。
 一方で、妖怪が自己紹介や誇張をしたかったり、
 著者の阿求のさじ加減で、実際の内容とは異なるものも多い。

「ま、参考になるのは事実だし、
 元々情報がないよりはいいんじゃないの?」

 異なると言っても、あくまで誇張した表現であって、
 ある程度の基本や骨組みに関しては、事実なことも多い。
 何より、彼は幻想郷の住人ではないのだから、それが頼りでもある。
 天子と違って、小ばかにできるものではないだろう。

「情報源のなさから頼りきりだったからな。
 新たな見解を得られたのは、大きな前進だと私は思うよ。」

 古い考えだけではいられない。
 人の上に立つものであれば、その考えは至極当然である。
 そういうものを取り込まねば、先のことなど見えはしないのだから。
 いくら遺体さえあればどうとでもなると言えども、
 頼りきりでは見落とす可能性だってある。

(恐竜は……いなくなってるな。)

 ちらり、とヴァレンタインは空を見上げる。
 Dioの恐竜は、先程からいなくなっている。
 彼がやられたか、或いは少し前から突然雪へと切り替わった異常気象の影響か。
 前者はまだないだろうとは思いつつも、恐竜の姿が見えないのであれば、
 こちらとしては都合のいいことだ。

「本題に入ろう。単刀直入に尋ねるが、君は聖人の遺体を持っているな?」

 雑談を切り上げて、肝心のものを尋ねる。
 一つだけではないであろう、彼の探し求めるものを。

「遺体? ああ、もしかしてこれのこと?」

 聖人なんて大それたものを持ち運んだ覚えはないが、
 そういえばブチャラティの支給品に奇妙なのがあったことを思い出し、
 野放しにされていた眼球の方を取り出す。

「君は遺体を装備していないのか。」

「装備? これを使って攻撃ができるとは思えないが、まさか食えるの?
 悪いけど、発酵食品については納豆は好きな方だけど、乾き物はちょっとね。」

「……言わずして交渉は、今後の信用に関わる。遺体について簡単に説明しよう。」

 妖怪は人を喰らい、レミリアもまた吸血鬼であることは知ってはいたが
 流石に遺体を物理的に食うという発想をするとは、余り予想はしなかった。
 遺体を物理的に飲み込めばどうなるか分からないが、
 あるなしに関わらず、そんなことになれば後が大変だ。
 それを止める為にも、遺体の効果について軽く説明する。

「なるほど、とんでもアイテムってわけか。」

 こんな目玉がねぇ……と、二つの眼球を手のひらで軽く転がす。
 価値観を知らないと伝えてくるかのような行動で、事実その通りだ。
 疑ってるわけではないが、吸血鬼である自分が、聖人に対して喜ぶべきなのか。

「価値も理解せずに交渉すれば、それは紛れもない詐欺に当たる。
 今後の信用問題に関わる以上。その価値を知ってから、改めて交渉を願いたい。」

「随分と信用を勝ち取りたいようだが、一体何を考えている?
 『誠実』と言うよりは『不気味』だぞ。得体のしれない、妖怪らしさが出ている。」

585 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:31:32 ID:fqyYqXkU0
 妖怪、言い得て妙だと思えた。
 自分は、この殺し合いに置いても信用を大事としている。
 それは信用を失えば、取り戻すのは容易ではないし、敵対されるからだ。
 最たる例が射命丸文。ジョニィ・ジョースターと出会ったことで、交渉が決裂してしまった。
 妖怪も似たようなものだ。幻想郷縁起による情報源でしか得られてないものの、
 畏怖されることを目的としているのは、ある意味一つの『信用』と言うものになる。
 形は違えど、信用を欲するところは、妖怪と言われてもあながち間違いではないだろう。

「博麗霊夢との『約束』だよ。」

 幻想郷の重要人物との協定。
 彼にとっても大事なものであり、
 今後の幻想郷の住人との交渉で大事なものとなる。
 先ほど、天子に対しての過剰な行動も明かしておくことで、
 後で言わなかったことによる印象の悪さを、今のうちに抑えておく。

「参考までに、どんな内容のを受けて、どんな内容を断ったかは答えられる?」

「ブラフォードとは『お燐君の家族の保護』、
 博麗霊夢とは『幻想郷の住人を此方から攻撃しない』、
 承太郎、F・Fとも彼らの仲間に対して、同じ約束を執り行っている。
 射命丸文の『遺体を渡す代わりに一時的にこちら側の遺体を全て預ける』、
 これだけはどれだけ譲渡しようとも、私としては認められなかった。
 彼女を信用するだけの材料の少なさも、少なからずあったが。」

 文とのやり取りについては、細かく話す。
 現状、交渉が決裂した唯一のものであり、
 レミリアにとって交渉の基準となりうるものだ。

「……その割には、無事に見えるけど?」

 文に撃たれたと言う話ではあるが、
 どうみても五体満足、風穴一つ空いていない。
 似たような傷を持っていた仗助と比べると、明らかに健康的だ。
 D4Cの特性を知らない以上、この反応は至極当然である。

「それについては、スタンドの能力の一環だと思ってほしい。
 スタンド能力を明かすと言う事は、弱点を晒してしまうことになる。」

 こればかりは、おいそれと話すわけにはいかない。
 信用が得にくくなるが、手の内をさらすリスクを考えれば仕方のないことだ。
 レミリアもそのことは理解している。ジョナサンの波紋を受けたのがいい例である。
 手の内が分かっていれば、戦い方だって変えていく。戦闘の基本中の基本だ。

「なるほど……ん〜〜〜……では、そうだな。」

 ただ此方にとって有益な協定なだけでは物足りない。
 これ程までに大事なものならば、ハードルを上げてみようかと、
 子供のような、或いは悪魔のような考えに至る。





「露伴と慧音達の仲を取り持ってもらいたい。」

 この場で、現状誰がどうやっても解決できなさそうなものを選ぶ。
 知っている者からすれば『無理難題』とか『輝夜の難題の方がマシ』とか野次が飛ぶだろう。
 あくまで今の露伴は、吉良とパチュリーの記憶がないからこそ、かろうじて話が通じてるだけ。
 記憶があった状態では、慧音の言葉など一切届くことはない程に怒り心頭の状態だった。
 あの状態の彼と、慧音達の仲を取り持つなど、荒木と太田だって首を横に振りかねない。

「取り持つとは?」

「私が慧音を襲った原因だよ。まあ、
 威嚇程度だったけど、見事に天人が勘違いした奴。」

 無理難題と、レミリア自身も理解しており、
 自分が知っている限りの情報を提供する。
 ……流石に、康一の首を用いての実験の為に、
 露伴と距離を置こうとしていたことは黙っておいた。
 言えば、本当に露伴との完全な決裂になってしまう。

「受ければ前払いで私は中にある心臓を、
 和解させれば眼球も提供。ダメだったら別の方法で交渉……どうだ?」

「聖人の遺体の価値を知った割には、気前がよすぎるな。」

 その前の文の条件が、余りに無理があったのもあってか、
 相手が出してきた条件は、えらく二つ返事で受けられそうな、
 ごく普通のもの。しかも、ダメであれば別の手段での交渉。
 かなり譲渡された内容で、逆にヴァレンタインが訝る。
 いくらなんでも、気前がよすぎる。先とは逆転した状況だ。
 聖人の遺体の価値を知って、初対面の得体がそこまで分かってない男を、
 簡単に信じられるものだろうか? 彼でなくとも、疑問を持つだろう。

「悪魔とは気前がいい囁きをするものだよ。
 だけど、その裏にはとんでもない理不尽をかけてくる。
 事実、露伴は理屈で相手できる人物じゃあないのよ。そうでしょ?」

586 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:33:06 ID:fqyYqXkU0

 仗助達の会話よりも、此方の会話を聞き入ってる露伴に視線を向ける。
 大統領や、聖人の遺体。創作意欲が沸いてくるようなものばかりで、
 ただの情報交換よりも、彼にとってはそちらの方が有意義なことだ。
 漫画に生きている男だから、ある意味当然の帰結か。

「短い時間で、僕のことをよくわかってるじゃあないか。」

「ま、本にされた経験があるのと、貴方のファンだからね。
 それで、露伴は今記憶を慧音に食べられたから一応会話できてるだけで、
 記憶が戻れば、こんな殺人鬼と理解しないパチェといられるか、僕は出ていく!
 なんて、推理小説で単独行動して、真っ先に死ぬような奴の行動を取ろうとしてたわ。」

「性格に難あり、と言うわけか。」

「難あり? おいおいおいおい、こんな真っすぐな僕のどこに難ありなんだ?」

「悪びれることもなく言える自信があれば、
 真っすぐと言うよりは曲げられないタイプね。」

 此処までぶれない相手はそうはいないぞ。
 少し呆れながらも、これが露伴と言う男だとよくわかる。
 ヴァレンタインからしても、これは十分な難題なのはすぐに分かった。

「言っとくけど、何らかの手段で洗脳とか操るとか、
 そういう手段はなしよ。ペナルティとして心臓は返してもらうから。」

 約束を大事にする傾向があるが、
 言い換えれば約束の範囲外は守らないとも受け取れる。
 一応、そんなことにはならないように釘は刺しておく。

「ちゃんと記憶を取り戻した露伴を、皆……は吉良って人が難しそうか。
 とりあえず、パチェと慧音と露伴と私が納得できる結果で取り持ってもらう。」

 一人の男を納得させられなければ、大統領の名折れ。
 上に立つものの務めであり、同時に、試練は強敵であるほど良い。
 彼はそう思っていたのもあってか、その難題に立ち向かう。

「……分かった、君の提案を受けよう。」

「契約成立。悪魔と契約して、本当に良かったのかしら?」

 最初に出会ったときのような悪魔のような笑みを浮かべる。
 少女らしからぬ恐ろしさがどこかあり、常人なら鳥肌が立つほどだ。
 無論、その程度の事で彼が動揺するわけではないのだが。

「国の為ならば、悪魔とも契約をする覚悟は───」

 不意にジョースター低から響く爆音。
 窓ガラスがガタガタと揺れだし、今にも割れそうになる。
 実は、先ほども窓ガラスが揺れてはいたのだが、
 そのときは戦闘中もあってか、気づいたものは誰もいない。
 爆音を聞いて、会話など当然続けている余裕はない。
 特に、あの男がいるのであれば。

「まさか吉良の野郎ッ!!」

「あの殺人鬼!!」

「パチェ───!」

 真っ先に動き出したのは仗助、天子、レミリアの三名。
 仗助と天子の二人は近くの窓から突入しようと走り出し、
 その同じ窓から入ろうと、レミリアは羽を羽ばたかせ───





 何を思ったか、窓を突き破る寸前。
 壁を蹴って、その反動で自分がいた場所へと戻る。

「え? ど、どうしたんだレミリア!?」

 自分から率先して動く。
 パチュリーが関わってる可能性が高いのだから、当然だ。
 しかし、それならば今の、向かいながら戻るとは挙動がおかしい。
 なぞの挙動に仗助達も止まり、二人に遅れて動き出そうとした慧音がその行動に疑問を持つ。

「───今、私飛んだよね?」

 余りに奇妙な疑問が出てくる。
 何を言っているのか、分からない。

「何を、言ってるんだ? 飛ばなければ空を舞うはずが───」

「いや、違う。私は彼女が飛ぶ瞬間を見ていない。」

 すぐ横にいたヴァレンタインも、今の状況には、僅かながら困惑している。
 確かにレミリアは飛ぼうとしていたのは分かる。だが、あくまでしていただけで、
 レミリアがどのような経路を使って窓へ向かったのかは、一切見えなかった。

「気づけば既に彼女は窓の前にいた。露伴君、だったか。
 君もレミリアの近くにいたが、彼女の動きに気づけたか?」

「いや、気づけなかった……間近にいた僕でさえ気づけなかった、」

587 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:34:16 ID:fqyYqXkU0
 正直、スピードには自信がある露伴でさえ、
 今の彼女が何をしていたのかを見ることができない。
 彼が連載している、週刊少年ジャンプの先輩となる漫画には、
 余りに速すぎて、目に映らない速度で攻撃を仕掛ける登場人物がいたが、
 レミリアがそこまで出せるなんて話は、聞いていない。

「何か異常なことが起きてるってことよ!
 吉良が何かしてたら、ぶちのめしてやるんだから!」

 そんなことはどうでもいい。
 最終的に吉良をぶちのめせばそれでいいと言う、
 脳筋を地で行くかのように、天子は窓を開けてすぐにジョースター艇に乗り込む。
 天人時代だったらぶち破っていたかもしれないが、今の状態ではあまり無茶はできず、
 (窓から入ることはともかくとして)丁寧に入らざるを得ない。

「いや待ちなさい。一つだけ説明しなきゃいけないことがあるわ。」

 招く前に、レミリアが引き止められる。
 いい加減突入したいんだけどと訝る天子だったが、
 彼女の表情は、先程までの笑みを浮かべてはいない。
 余り余裕のない表情をしており、流石の天子も黙って話を聞く。

「この能力、私は覚えがあるわ。時間が飛ぶこの能力を。」

 キング・クリムゾン。時間を飛ばす能力。
 数時間前に出会った、ブチャラティの因縁の敵。
 その能力を、把握している範囲で話してみるも、

「あんまりわからないんだけど。」

 はっきり言って時間を飛ばすとは、分かりにくい。
 現代人ならビデオテープで例えられれば分かるのだろうが、
 あいにくと幻想郷にはまだビデオテープはない以上、どうも例えが難しい。

「ざっくばらんに言えば、不意打ちも回避もし放題って思えばいいわ。
 ……ただ、疑問なのは放送であいつ……放送で呼ばれてたはずよ。」

 何より疑問なのは、なぜあの男が生きているのか。
 あの場で倒しきれなかったが、後の放送で亡くなっていた。
 荒木達の誤認か? それとも、別人が似た能力を持っているのか?
 いや、あんな凄まじい能力、そう何人も持っているとは思えない。
 それとも、あれからディアボロは何かとんでもないものを手にしたのか。
 死を偽装できるほどの、とてつもない何かを。

「あいつかどうかは別として、『元』天人。
 あんたも頑丈じゃあなくなっているんだから、
 無茶すると本当に死ぬから気をつけなさいよ。」

 先ほどまで煽りに煽っていたレミリアからの忠告。
 ふざけた態度でいる余裕が全くない相手と言う事なのだろう。
 先のヴァニラ・アイスや八坂神奈子と同じ、紛れもない強敵だと。

「『元』をつけるなってーの。
 その点は仗助のスタンドで治してもらうから任せたわよ!」

 忠告を受けて、気を引き締めて天子は今度こそ乗り込む。

「ちょ、地子さん一人で行ってどうするんすか!」

 今までのような戦いができるわけではない以上、
 天子一人で行かせるのは色々不安である。
 それに、吉良の事を知ってる以上仗助が動くのも当然だ。
 続けてレミリアも一緒に乗り込むと同時。

「仗助、これ持っておきなさい。」

 仗助のスピードに合わせながら、
 レミリアが投げ渡したのは、ウォークマン。

「えっと、これ……ウォークマン、っすか?」

 仗助は1999年の人間だ。
 彼の知るウォークマンと言うのは、
 大体カセットテープやディスクを用いた物。
 それより先の未来にある、それらさえ不要なものは未知に近い。

「何でこれ?」

 この状況下で渡すと言う事は、
 今この場で必要と言う事になる。
 一体これで、何をしろと言うのか。

「あいつがお前の力で治せるとか言っていたからね。
 なら、この場で致命傷を受けてはならないのは貴方よ。」

 ブチャラティが対策した時飛ばしへの対策。
 音楽がいきなり飛んだ瞬間こそが時が飛んだ瞬間。
 その時こそ、ディアボロは攻撃を仕掛けてくる。

588 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:35:18 ID:fqyYqXkU0
「何か好きな音楽でも聴きなさいな。」

「こんな時に音楽、しかもぶっつけ本番っすか。」

 ハンティングのときのプレッシャーを思いだす。
 あの時は見事にプレッシャーを跳ね返すことはできたが、
 ネズミの時の自分は、首の肉を削られた程度の軽傷だったのもある。
 今回は既に銃弾は受けるわ、肉体を削られるわの、立派な負傷者だ。
 果たして、今回もプレッシャーを跳ね返せるのか不安になってくる。

「それと、億泰って名前に覚えはある?」

「!」

 反応から、億泰の言っていた仗助とは、彼なのはすぐに分かる。
 同時に、彼女が誰から自分の事を聞いていたのかも理解できた。

「彼からの伝言よ。『すまねえ』って。」

 遺言とは言わない。
 彼の魂は、自分やジョナサンに受け継がれた。
 物理的には死んでいるが、その魂は終わりはしない。
 誰かが受け継ぐか、誰かへと託す。そうして人は生きていく。

「……億泰のヤロー……」

 状況が状況だからか、
 余り表情には出てこない。
 何を思ってるかは、彼のみぞ知ることだ。

 状況が状況なのもあって、少し駆け足気味ではあるが、一先ず彼の伝言は叶った。
 空の件はもう叶わない以上、できることはさとりの保護だが、彼女の行方は依然分からない。
 もしかしたら、ジョジョの方でちゃんと見つけていて、保護しているのかもしれない。
 となれば自分のすべきことは、ディアボロと思しき相手。生きているのか、はたまた別人なのか。
 ある意味、どちらも正解ではあるが、それを知るまで、あと少し。

【C-3 ジョースター邸エントランス/真昼〜午後】

【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:人間、ショートヘアー、霊力消費(大)、疲労困憊、空元気、濡れている、汗でベトベト、煩悩まみれ、レミリアに対する苛立ち
[装備]:木刀、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、聖人の遺体・左腕、右腕@ジョジョ第7部(天子と同化してます)
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:時飛ばしの奴を倒す。吉良? 調子こいた時点で即ぶちのめす。レミリアは……一発だけ殴りたい
2:眠い、お腹減った、喉が渇いた、身体を洗いたい、服を着替えたい、横になって休みたい。
3:人の心は花にぞありける。そんな簡単に散りいくものに価値はあったのだろうか。よく分かんなくなってきたわ。
4:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
5:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
6:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※デイパックの中身もびしょびしょです。
※人間へと戻り、天人としての身体的スペック・強度が失われました。弾幕やスペルカード自体は使用できます。

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、 鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、 聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、 香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1 :この能力、まさか……
2 :さて、慧音はどんな運命をみせてくれるのかしら。
3 :慧音と露伴をパチュリーの所に引っ張っていく。ま、出来たらでいいや。
4 :温かい紅茶を飲みながら、パチェと話をする。
5 :咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
6 :ジョナサンと再会の約束。
7 :サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
8 :ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
9 :自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
10:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
11:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
12:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
13:後で大統領に前払いの心臓を渡しておかないと。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼と東方輝針城の間です。
※時間軸のズレについて気付きました。
※大統領と契約を結びました。
 レミリア、露伴、パチュリー、慧音が納得する形で、
 露伴、パチュリー達の仲を取り持つことで、聖人の遺体を譲渡するものです。

589 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:35:51 ID:fqyYqXkU0

【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:黄金の精神、右腕外側に削られ痕、腹部に銃弾貫通(処置済み)、頬に打撲
[装備]:ウォークマン@現実
[道具]:基本支給品×2、龍魚の羽衣@東方緋想天、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:吉良に時飛ばし!? っていうか本当に俺にできるんすかこの対策!? 
2:地子さんと一緒に戦う。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
5:あっさりと決まったけど…この男と同行して大丈夫なのか? 吉良のヤローについても言えなかったし……
6:億泰のヤロー……
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。





「……いかないのか?」

 慧音もそのまま突入しようとするが、
 残りの三人が行動を起こさず、そこを確認する。

「入れ違いで敵が逃げる可能性もある。
 それを考えれば、ある程度此方に人員を割く必要があるだろう。
 総力をつぎ込んで戦いに勝てるのであれば、誰もがそうしている。」

 ジョースター艇は中も見たが、かなり広い。
 どこからでも逃げることができるかもしれない上に、
 一人で此処から逃げる相手を補足するのは、容易ではない。
 彼の言う事はごもっともなことである。

 特に、雨から切り替わったとはいえ雪を用いれば、
 D4Cの能力の条件を容易く満たせる今の野外では実質無敵だ。
 そういう意味でも、彼が外に残るのは適任でもあった。

「あたいの場合、室内とかだと能力のせいで邪魔になるのもあるし……」

 燐は大統領が止まってるから、と言うのもわずかながらにあるが、
 自分の能力が、お世辞にも室内で協力して使うにはあまり向いていない。
 地霊殿のような広々とした場所ならともかく、此処では燃え移る可能性があるし、
 何より、全員で入ったら全員死にました、なんてことを数時間前、別の自分で体験している。
 れっきとした、彼女なりの考えを持っての待機を選んでいた。

「確かに……何かあったら頼む。露伴先生は?」

「当然、行くに決まってるじゃあないか。」

 記憶こそなくとも、何かしらの因縁があった相手だ。
 ならば我が物顔で暴れてるやつのことを、放っておくわけがない。
 他の二人が止まる理由を聞いておきたくて止まっていただけなので、
 仗助達に遅れる形で、二人も突入する。





「時間を飛ばす、しかしそれを認識ができないか。」

 なんとも形容しがたい能力だ。
 例えるならば、推理小説を読んでいたら、
 いきなりクライマックスを迎えてしまったようなものか。
 そのクライマックスに至るまでの数ページの内容は見たが把握はしていない。
 倒されれば好都合だが、逃げて相対したとき、どのような対策をするべきか。
 口伝と一回程度の時飛ばしだけでは、やはり理解をするのは難しい。
 二度目の時飛ばしの時に、対策を改めて講じるほかない。

 吉良と言う爆弾に向かっている仗助達は、果たして味方か。
 それとも爆弾を起動させる導火線か。
 カウントダウンはもうすぐ終わりを告げる。

590 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:36:51 ID:fqyYqXkU0

【C-3 ジョースター邸の横/真昼〜午後】

【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。『幻想郷の全ての知識』を以て可能な限り争いを未然に防ぐ。
1:時を飛ばすだと……?
2:私はどうすればいいんだ?
3:他のメンバーとの合流。
4:殺し合いに乗っている人物は止める。
5:出来れば早く妹紅と合流したい。
6:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
7:露伴先生をどうにかしなければ……!
[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク10日目以降です。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
※時間軸のズレについて気付きました。

【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり、プライドに傷
[装備]:マジックポーション×1、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話原稿)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:時を飛ばす能力……厄介だが、面白そうな能力だ。
2:『東方幻想賛歌』第2話のネームはどうしようか。
3:仗助は一発殴ってやった。収まらないが、今はこれだけで勘弁しておく。
4:主催者(特に荒木)に警戒。
5:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
6:射命丸に奇妙な共感。
7:ウェス・ブルーマリンを警戒。
8:後で記憶を返してもらいますよ、慧音さん。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。
※時間軸のズレについて気付きました。
※歴史を食べられたため、156話と162話の記憶がありません。
※歴史を食べられたため、吉良吉影に関する記憶がありません。
※パチュリーが大嫌いなことは記憶がありませんが、
 慧音の説明、レミリアと大統領の会話で、ある程度は把握してます。
 今は緊急事態なのと記憶がないため一応会話が通じますが、記憶が戻れば元に戻ります。

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・両耳、胴体、脊椎、両脚@ジョジョ第7部(同化中)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、拳銃(0/6)
[道具]:文の不明支給品(0〜1)、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×5、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:遺体が集まるまでは天子らと同行。
3:今後はお燐も一緒に行動する。
4:形見のハンカチを探し出す。
5:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
6:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
7:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
8:時を飛ばす能力、対策をしておかなければ。
9:岸辺露伴……試練は強敵であるほど良い。
[備考]
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。
※レミリアと契約を結びました。
 レミリア、露伴、パチュリー、慧音が納得する形で、
 露伴、パチュリー達の仲を取り持つことで、聖人の遺体を譲渡するものです

591 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:37:12 ID:fqyYqXkU0
【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、こいし・お空を失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとりと合流する。
1:大統領と一緒に行動する。守ってもらえる安心感。
2:射命丸は自業自得だが、少し可哀想。罪悪感。でもまた会うのは怖い。
3:結局嘘をつきっぱなしで別れてしまったホル・ホースにも若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……お空……
8:外で待機。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。
 とはいえ彼によって無関係の命が失われる事は我慢なりません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。

※大統領、レミリア、露伴を除いた四名が情報を共有しました
 どこまで話したかは、後続にお任せします

※キング・クリムゾンの能力を観測しました。
 レミリアによるキング・クリムゾンの能力説明がありましたが、
 各々が理解しきれてるかは別です。
 仗助だけウォークマンによる対策を教えられてます。

592 ◆EPyDv9DKJs:2020/01/08(水) 18:37:34 ID:fqyYqXkU0
以上で『COUNT DOWN “ONE”』の投下を終了します

593名無しさん:2020/01/09(木) 00:25:06 ID:W4fNV2T.0
ageましておめでとう!

594名無しさん:2020/01/09(木) 01:42:32 ID:3XVdaDqo0
投下乙です
仗助を殴る露伴先生が悲しい、やっぱり康一君は親友だったんだなぁ…
徐々に知れ渡るボスの情報に、吉良の元へ突撃する一行と今後の展開に更に期待してしまう
最近は頭のおかしい荒らしが湧いてるだけだったから、久々の投下は本当に嬉しい

595名無しさん:2020/01/10(金) 06:33:18 ID:kKJOuYwE0
ヒャッハー!マジで久々の投下だー!!
妙手とも言える音楽での時飛ばし対策…果たして上手く行くのか

596名無しさん:2020/01/20(月) 20:55:13 ID:11vuo8zU0
何度か体感してるジョルノですらも血を垂らしてなお反応出来なかったからな…
かなり不安は残るのぉ

597名無しさん:2020/02/09(日) 20:34:56 ID:eQDzavZg0
投下来てた!! 乙です!
藁の砦と化したジョースター邸についにグツグツシチューマンが……!
だがそれさえも前哨戦に過ぎなかった…・・・!

598名無しさん:2020/06/21(日) 16:18:47 ID:CGQOQoGQ0
コロナに敗けずに頑張りましょう!

599 ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:18:30 ID:Cv8akD0g0
お久しぶりです。投下します。

600雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:20:51 ID:Cv8akD0g0
『因幡てゐ』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


 「この世で最も強い力」とは何か?
 訊かれれば千差万別の回答が返ってくるであろうこの問いに、例えば因幡てゐならばこう即答する。

 『幸運』に決まっている、と。

 強い力、の定義を「どのような過程であろうと最終的に生存できる能力」に限定するならば、てゐの自説に違いなかった。何故を問われれば、提唱者である彼女本人がまさにその説を実証する体現者だからだ。
 因幡てゐとは、ここ幻想郷に居を構えたあらゆる人妖の中でも、頭抜けて長命の個体種である。無論、身近には蓬莱人などというインチキ生物も何人かは居て、こと『長命』といった土俵においては彼女らに敵うべくもない。
 しかしながら、てゐはやはり幸運だった。その人生には苦境も少なくなかったが、『不死の呪い』を受けずして順風満帆な生活を送れたのだから。
 ひとえに『幸運』の力が働いているとしか思えない。これ程までに健康で、長生きな人生を満喫出来ている理由など。

 強さに『腕力』や『妖力』も必要ない。極論、『知識』も不要なのだ。
 真に幸運な者であるならば、そもそも「争いに巻き込まれたりはしない」。つまりはそれが、生存能力に直結する力。

 災を避ける能力。これがてゐの言う所の「この世で最も強い力」なのである。

 この言説を借りれば、此度のゲームに巻き込まれている時点で、彼女の自慢の品である幸運など最早あってないようなもの。てゐはこの頃、自虐的にそう思うようになってきてはいたが。


 少なくとも。
 「今」、「この状況」においては。

 因幡てゐは、間違いなく『幸運』だった。

601雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:23:22 ID:Cv8akD0g0

「なんだ……?」

 始まりは、停車するバギーカーの助手席にて短い足を伸ばす、てゐの一言であった。
 予兆は、無かった。少なくとも、てゐの認識している範囲においては。
 あるとすれば、相棒であるジョセフが寝たきりのジョナサンなる男を気遣い、車を降りて行ったこと。そして、空条徐倫なる女もそれに続いて車を降りたこと。
 車内に取り残されたのは、意外に心地好かった助手席のシートにて寛ぐてゐ。そして、まだダメージの抜けきらない身体の安静の為という名目で後部座席を占領する博麗霊夢の二人のみ。
 ジョセフ、徐倫、魔理沙の三人。そしてこの地で出会ったさとり、こころ達は「全員漏れなく車外に出ている」。

 なにやら徐倫の怒号らしきものが聞こえ、フロントガラスから宙空を仰いでいたてゐも流石に視線を外にやった。この期に及んで彼女が車から降りようとしないのは、単純に「寒い」からだ。彼女は基本的に裸足族であり、靴を履くことを習慣付けていない。
 見ての通りに、屋外には新雪が積もりつつある。こんな場で裸足のままに長時間動き回ろうものなら、慣れたものとはいえ凍傷の危険性もある。

 〝雪〟を回避する為。
 それだけが、少女が外に降りたがらない理由であり。
 それこそが、少女が幸運だという根拠に他ならない。


「ちょ……っ!? な、何やってんのアンタら!」


 すぐ後方で慌てふためくその声の主は、我らが霊夢のもの。少女は車の窓からガバリと身を乗り出し、らしくもなく目を大きく見開いていた。

「……は?」

 それとは対照的に、続くてゐの声は極めて淡白なもの。彼女も霊夢と〝同様の景色〟を目撃し、理解不能といった反応を示した。
 全く、惚けたツラをしている事だ。もしここに鏡があったなら、鏡界の向こうに潜む自身の顔へとてゐは意地悪く呆れたろう。

 然もありなん。
 車の外には、音もなく忍び寄った〝異変〟が起こりつつあったのだから。

 空条徐倫が、我が相棒ジョセフの顔面を目一杯に殴り抜く異常な光景。
 てゐの目と鼻の先。外界との隔たりへと、不快な異音と共に、波紋状の亀裂が突如として広がった。


 健康的な真っ白い歯が一本、ドアガラスに突き刺さっていた。


            ◆

602雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:26:15 ID:Cv8akD0g0

 まるで垂らされた糸に釣られるように、男はゆっくりと立ち上がった。
 ジョナサン・ジョースター。ついぞ今まで、仮死状態とまで宣言された男が、だ。

「お、おじいちゃん! ……だよ、な?」

 尻すぼみに覇気を失っていく声の主はジョセフ。絶望的な状態にあったジョナサンの快復を図るべく、藁をも掴む気持ちで手持ちのスタンドDISCを取り出した張本人だ。
 徐倫の妨げにより一度は手から零れ落ちた円盤だったが、それは半ば事故のような形でジョナサンの額に吸い込まれ、結果───。

「立ち、上がった……」

 傍で始終を見ていた霧雨魔理沙が、豆鉄砲を食った鳩のような表情で呟いた。古明地さとりの話によれば、精神DISCなる円盤を抜かれた者は、魂を抜かれたみたいに仮死状態へと落ちる。復帰の手段はと言えば、抜かれたDISCを元ある場所に戻すしか無いのだと。
 この場においては誰よりもDISCに精通する徐倫も、さとりの話を後押す形でそれを肯定したのだから、確かな事実だと信頼していいだろう。
 ジョセフが懐から取り出したDISCがジョナサンの盗られた精神DISCなわけがない。つまり彼は、偶然所持していた有り合わせのDISCを使用して、ジョナサンの肉体の差し当っての復旧を目論んだ事になる。
  完全復活とはいかないにしても、効果は半分程期待できた。肉体の老朽化を防止する措置である仮初の円盤は、強引にでもジョナサンの身体を一時的に動かせる〝かもしれない〟という、ジョセフの一心な家族愛も不発には終わらずに済んだ。

 これが『不発』であったなら、どれほど良かったろう。
 問題なのは、偶然所持していたジョセフのDISCが、『暴発』を誘起する大地雷だという悪運だった。

「おいッ! 今コイツの額に入っていったDISCをとっとと戻せッ!」

 一体全体何事かと、徐倫が食って掛かる勢いのままにジョセフの胸倉を掴み上げた。その鬼気迫る表情たるや、今この現状が非常に由々しき事態なのだと、周囲の者に否応なく悟らせる類の相貌。
 だとしても、ジョセフが事の重大さの理解に至るにはあまりに材料が不足している。それよりもまず、彼は目の前の女の粗暴に対して気に障った。

「痛ッ……! な、なんだテメー! 苦しいだろーが! 放しやが────ッッ!!?」

 抗議の途中で、突然の振動がジョセフを襲い、視界がぐわっと回転した。
 脳が揺さぶられ、意識が飛びかける程の衝撃だった。彼の首は堪らず直角横90°まで曲げられ、下手をすればプラス90°の回転がその太ましい首を捩じ切ってしまいかねない程の、突発的な暴力。

(──────ぁ? ……な、んだ?)

 薄れゆく意識の中、この脳震盪の因果にかろうじて辿り着く。
 ブン殴られたのだ。
 今、自分へと掴みかかる少女の華奢な腕によって、全力で。

「徐倫っ!?」

 叫ばれる魔理沙の言葉。その声に呼応するかのように、殴り抜いた徐倫本人の意識が今一度冷静さを取り戻した。

「…………え?」

 驚愕しているのは目撃者だけでなく、暴力を行使した本人とて例外ではなかったらしく。徐倫は、今自分が何をやっているのか誠に理解できないといった反応で、殴り飛ばしたジョセフと己の拳とを交互に見つめた。
 拳には飛沫状に血痕が付着している。無論、ジョセフのものと……あまりに躊躇のない熾烈さで打ち抜いた我が拳から捲れた、自傷の血である。
 痛みはない。その原因が、自分の中に渦巻く一種の興奮状態……アドレナリンの放出による作用である事にも、大きな動揺を隠せなかった。

 興奮している。間違いなく、自分は今。
 何故? 殴るつもりなど、微塵も無かった。
 ましてこちらの拳が傷付く程までに、全力で。
 その理由に、心当たりがある。

 ジョセフがDISCを取り出したのを見て、徐倫が嫌な予感を覚えたのは間違いない。
 だがそれは、あくまで予感。彼が所持するDISCの正体が『サバイバー』だと徐倫が知る機会など無かったし、かつて体験した刑務所懲罰房での地獄絵図を齎したスタンドの名称がそれだと、徐倫はそもそも認識まで至ってない。
 故に『予感』の範疇を出なかった徐倫は、それでも正体不明のDISCを意識の無い他人に使用するというのは、あまりにリスクの多い行動だという危機的意識はあったのだ。

 今はもう、その予感が最悪の実体験として彼女を蝕んでいる。
 ことが起こってしまった現状、頭の冷静になった部分で徐倫は思い描いていた。

 今、我々を襲っている〝この現象〟は十中八九、あの時の────。


            ◆

603雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:26:45 ID:Cv8akD0g0

 とある『悪の帝王』は、そのスタンドについて友人へ語る際、こう述べている。
 『最も弱く』、そして『手に余る』とも。

 発動の条件はといえば、地面が雨などで濡れている必要がある。その程度だった。
 神経細胞を伝わる電圧はほんの百分の七ボルト。脳の中で生まれたごく僅かな電気信号は、濡れた地表を伝わり周囲へ流れる。
 後はもう、終わりのようなものだ。対象の脳の大脳辺縁系、そこに潜む闘争的な本能をほんの一押し。

 どうしようもなく、手が付けられない能力。世にはそういった、使い手を悩ませる暴走スタンドも幾多存在する。
 この『サバイバー』も、その例には漏れず。制御が効かないという意味でも、なんの有効活用も見い出せない特級のハズレ品だった。

 そして、悪夢そのものでもある。
 周囲の人間にとっても。
 使い手本人にとっても。


 主催の二人が戯れに支給品へ混ぜ入れた『大地雷』は、ゲーム開始から十六時間が過ぎた今───深い眠りから目覚めるように、静かに爆発した。


            ◆

604雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:27:54 ID:Cv8akD0g0


(このおぞましい感覚は……あの時の!)


 意識がフワフワしている。
 思考が落ち着かない。
 心臓が熱い。
 理由もなく、ムカついてくる。
 ああ、言わんこっちゃない。
 だからアタシは言ったんだ。そのDISCはやめろって。
 よりによって。よりによってだ。
 あの懲罰房でアタシを襲った、あんな傍迷惑なモンを。
 よりによって、コイツが持ってたなんて。
 だから。
 だから、言ったんだろーが。


「だからやめろっつったろォオーがァァーーーッ!!」


 なんの理由も無い暴力によって、ジョセフを地面へと転がした徐倫は。
 現在、彼女らを襲う現象の正体に見当を付けつつも。

 溢れんばかりの『闘争心』に抗うことなど、叶わずにいた。

 鼻っ面を叩き折り、血反吐と共に地を這わせた男へ向けて徐倫は、間髪入れず追撃を行使しようと右脚を上げる。
 このまま足を振り下ろせば、そこにあるジョセフの顔面は潰れるだろう。どのような理由があろうと、仲間に対して行っていい仕打ちなわけがない。

「お、おいやめろ徐倫ッ!!」

 この絶望的な一日を最も長く共に過ごした魔理沙の精一杯な仲裁も、効果は無い。


 だから〝仕方なく〟魔理沙は、自分に背を向け隙だらけの徐倫の後頭部を、思い切りブン殴った。


「〜〜〜〜ッ!!?」

 嫌な音が響いた。
 音の出処は頭部を抑えながら悶える徐倫からでなく、手を出した魔理沙の拳からだ。
 人の骨という部位は想像の通りに硬いものだが、骨同士が接触した場合、当然ながら強い骨が打ち勝ち、弱い骨は破壊される。
 後頭部とは、前頭部や側頭部に比べると脆い。とはいえ、まだ少女である魔理沙の華奢な拳では打ち勝つには至らなかった。ボクシングで言う所の反則技ラビットパンチの格好だが、仕掛けた魔理沙側の拳に重大な負傷が発生するのは自明の理であった。

(〜〜〜って、問題なのはそこじゃないだろ!?)

 私は一体、何やってんだ!?
 喧嘩を止めようと行動を起こした魔理沙は、自分で自分の行為の意味が分からずに困惑した。
 見れば、箒よりも重い物など持った試しのない我が手からは、剥き出しの骨すら見えていた。殴り抜けた衝撃が返り、先端が皮膚を破って骨折したのだ。
 更に恐ろしい事に、痛みが無い。痛覚の代わりに興奮ばかりが脳の中を支配しているようで、自分が自分じゃないようだった。

 ぬっとりと背筋を這うような、不気味な気色悪さ。
 まるで折れた鉛筆が手の甲に突き刺さった様な光景。皮膚を食い破った基節骨を呆然と見下ろしながら魔理沙は、この独特な悪寒に対し、冷静な解答がひとつ浮かんだ。

「まさか.......スタンド攻───」
「そうだよ馬鹿野郎ッ!!」

 言い終わらない内に、徐倫のプロ顔負けの回し蹴りが、反撃の牙となって魔理沙の頬を真横から穿った。死角から飛んできた予期せぬ衝撃に、魔理沙の小柄な体は堪らず吹き飛ばされる。
 通常であればそれでK.O.だ。だというのに魔理沙は、よくもやったなと言わんばかりの勢いで起き上がり、額に青筋を立てながら尚も徐倫に向き直す。

 流血沙汰では収まらない、大喧嘩だった。
 この喧嘩に、理由など存在しない。サバイバーの性質によって増加を経た筋力の刃は、たちまちにしてそこに立つ者達を内部から崩壊させる。
 唯一、この悪夢を経験済みであった徐倫をしてこのザマなのだ。なんの事情も原因も露知らぬ他の者にとってみれば、この突然の災害に対処する備えなどあるわけが無い。

605雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:28:40 ID:Cv8akD0g0

「やめなさい魔理沙っ!! どうしたってのよ突然!?」
「ジョジョ!? な、なになに急にどうしたのよ皆して!」

 リングの観客席と化したバギーカーの車中から身を乗り出すのは、霊夢とてゐの二名。彼女らはやにわに争い始めた仲間達の姿を、我が目を疑いながら傍観する。するしか出来ない。
 ただの敵だとか邪魔者であれば、てゐはともかく霊夢の場合、怪我の上でも直ちに袖を捲りながらとっちめるくらいはやる。
 今、目の前で行われている異変は、そういったいざこざとは訳が違った。いつもの様に、懲らしめてハイお仕舞いではないのだ。
 博麗の巫女の頭の中にあるマニュアルには、こんな訳の分からない暴動を丸く収める術など項目に無い。ましてや旧来の友人の、今までに見たことのない激しい様相を目の前にしたとあっては、仲裁に向かう足も固まりつくのは当然だ。

「この.......馬鹿魔理沙! 徐倫も、今は喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょう!?」

 眼前で行われている乱闘がただの喧嘩ではない事など霊夢にも承知である。それでも直接的な敵の姿や攻撃すら見えない以上、これは喧嘩の延長線にある馬鹿げた内輪揉めだ、という認識の下で動かざるを得なかった。

 どのような状況下にあろうとも。
 どこかの誰かの言葉ひとつで、自身の心が揺れ動こうとも。
 博麗の巫女とは、異変を解決する役職の人間である。
 長き立場の上で刷り込まれた博麗への意識は、たとえ怪我人であろうとも少女の足を立ち上がらせるには十分な異変が、目の前で繰り広げられている。

「アンタは中に居なさい!」
「え……って、霊夢!? その怪我で行くの!? なんかアイツら、普通じゃないよ……っ」

 愛用のお祓い棒を掴み取り、車のドアを取っ払う様に開けながら、霊夢は銀世界へ変貌しつつある外へ降りた。
 その荒立つ様は、とてもダメージを刻まれた少女には見えない程に勇敢な後ろ姿だ。そんな霊夢をてゐは、頼もしいと感じる以上に今回ばかりは不安が上回っている。

 幻想郷において、異変解決のエキスパートとして真っ先に名が挙がる博麗霊夢と霧雨魔理沙に加えて、あの強大な妖狐を共に撃破したジョセフ・ジョースターが揃ったパーティメンバー。てゐの心境からすれば、鬼が金棒に飽き足らずスペルカードまで修得したような心持ちでいた。
 何だかんだで、今やちょっとやそっとの襲撃者が現れたところで、仲間達が返り討ちにしてくれるだろうという驕りの心地もあった。
 その矢先の出来事である。牙を剥いてきた敵対者は、外敵ではなく仲間内だというのだから、弱者側であるてゐの心情は尚更に不安ばかりが肥大する。

「こんな怪我、ツバ付けときゃ治るわよ! ていうか、もう治ってる!」

 霊夢の言葉が虚勢なのは、てゐにだって理解出来る。彼女が後部座席で辛そうに横になっていたのは、事が起こり出す今の今までだったのだから。
 やっぱり止めた方がいいんじゃあ……とてゐが逡巡する間にも霊夢は、いきり立ったその足を現場へと走らせた。


 土と一緒に蹴られた雪が、てゐの鼻先を掠める。
 その〝雪〟こそが、まさに災を流し伝播させるコンベアを担っていた事に、誰一人として気付くことは出来ない。


            ◆

606雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:30:29 ID:Cv8akD0g0

 ただでさえ、どうしようもなく苛立っていた。
 完膚なきまでに叩きのめされ、死の淵を彷徨って。
 靈夢の中で、ジョジョからは『博麗』を否定され。
 けれども何処か、生まれ変われたようにも感じた。

 矢先、夢から蘇生出来たのは私だけで。
 ジョジョは、約束ほっぽり出して勝手に死んで。
 代わりに、アイツの娘を名乗る女が居て。

 もう、訳わかんなくなっちゃって。

 表にはいつも通りの『博麗霊夢』を演じられていたけど。
 心の中では、どうしようもない苛立ちが収まらなかった。


 いい加減、白状するわ。
 私は……、博麗霊夢は。



 滅茶苦茶、ムカついていた。



「ジョジョの…………バカヤローーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」



 巫女の洗礼を受けたお祓い棒とは、本来ならば神聖なる道具だ。罪や穢れ、厄災など不浄なものを排除する神事にて使用するこの棒は、言うまでもなく人を殴る用途には間違っても使ってはならない。
 博麗の力を存分に込められたお祓い棒は、悪を討伐するでもなく、妖魔を捩じ伏せるでもなく、〝ただムカついた〟から殴る為だけに振り翳された。
 そこに立つ誰へでもなく、今はもうこの世に居ない男への罵倒と共に、暴力の化身として霊夢の手先となったお祓い棒。
 不条理な暴力の矛先となったのは、友人の霧雨魔理沙。その冠にのさばる魔女帽の天頂目掛け、場外ホームランを狙うかの如く万力込めて。
 細長い見た目のわりに、この棒は強固だ。数え切れない妖怪や神、時には人間をもシバキ倒してきた経歴をその細身に宿す神具は、何者をも砕きかねんという勢いのままに、魔理沙の背後から振り抜かれた。

「が…………ッ!? ぁ、ぐ…………痛っ、て……〜〜〜ぇッ」

 観客席からリング上へと飛び乗ってきた活きのいい野次馬───巫女の不意打ちに、魔理沙は悶える。堪らず膝を折り、その無様を見下ろす霊夢の視線へと目が合った。
 その上から見下す様な視線に対しても、魔理沙の心中ではフツフツと怒りが湧き上がる。不意打ちされた事にも腹が立ったが、その相手が霊夢である事にも腹が立った。上からこちらを見下す視線にも腹が立った。

 だが、何より魔理沙を腹立たせるのは──

「だ……れが、ジョジョだよ……! この野郎、馬鹿巫女のクセして……ッ」

 崩れた魔女帽を被り直し、ゆっくりと乱入者の顔を睨み付けながら魔理沙が立ち上がる。
 双眸に宿った視線は、殺意とも取れるような壮絶な怒りの眼差しだ。

「なあ、オイ……お前に言ってるんだよ霊夢。私には『霧雨魔理沙』っつー、立派な名前があるんだぜ?」
「……」

 これが何らかのスタンド攻撃による現象なのは、かろうじて理解出来る。だが今の魔理沙にとって、最早それは遥かにどうでもいい些事の一つへと変化した。

 博麗霊夢。この期に及んでこの女は、とうに死んだ男の幻影など見ているというのだから。

「おーい、聞いてるかー? れ・い・む・ちゃーん?」
「うるさい」
「聞こえてるじゃんか。耳はマトモなのに目は盲目ってワケか? 何処にそのジョジョとやらが居るんだ? 私の帽子の中にはマジックアイテムしか入れてないぜ」

 後頭部と拳から流血を晒す姿も相まって、くつくつと口の端を引き攣りあげる魔理沙の姿は不気味の一言である。
 変わり果てた友の様子を霊夢は、静かに見つめた。
 あくまで、表面上は静かに。

「ジョジョですって? 私が、いつ、ジョジョを呼んだのよ」
「さっき叫んでたろ。高らかに」
「? 耳がオカシくなってんのはアンタの方じゃないの、魔理沙?」

 首を傾げる霊夢の顔面を、魔理沙のストレートが走った。骨が飛び出した方の右腕で、躊躇なく、だ。
 凶器の様に鋭く皮膚から飛び出た基節骨の先端は、棒立ちでいた霊夢の左目──その三センチ下を抉り、端麗であった顔を傷物に仕立てあげた。
 故意の、禁じ手である。

607雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:31:00 ID:Cv8akD0g0

「目も使い物にならなくしてやるぜ」

 そこにはいつもの魔理沙の面影など無い。膨張する闘争心に操られるがまま、目の前の生物を打ち倒し、勝利する事だけが彼女の思考を支配し始める。
 倫理観を排除し、血で渇きを潤さんと暴を振る舞う姿は邪悪とも言えた。何事でもなく、ただ気に入らないから。それだけの原動力で、友人であろうが殺しかねない勢いのままに暴れ散らすのだから。

 否。殺しかねない、ではない。
 掛け値なしに。正真正銘に。
 魔理沙の感情の器は、霊夢を殺してやりたい気持ちで溢れ返っている。

「私を見ろよ、霊夢。そんなぽっと出の男なんかより、ずっと傍にいた私だろ」

 ただ〝気に入らないから〟。
 魔理沙の何がそんなに、博麗霊夢を気に入らないのか。
 魔理沙は本当に、博麗霊夢を友達として見ていたのか。
 ただの友達ではないという自覚など、魔理沙の中で嫌という程に渦巻いていた。

 魔理沙にとって、博麗霊夢はただの友達などではない。
 特別な、相手だった。
 良くも、悪くも。

 なのに。それなのに。

 霊夢からしてみれば、魔理沙はただの友達なのだ。
 特別なのではない。霧雨魔理沙は博麗霊夢の特別ではない。
 霊夢に『特別』な相手なんか、いやしない。
 だから、長年心の奥底に隠し持っていたこの感情は、決して表に出すことなどしなかった。

 なのに。それなのに。

「私を見てくれない目なんか、もう必要ねーだろッ!」

 どうやら霊夢には、『特別』な相手が出来た。
 だから。

「あああ気に入らん! お前が!! 気に入らんッ!!!」

 今度はまだ無傷を保った左腕での目潰し。
 その指には本気の殺意が迸っていた。
 誇張でなく、脅しでなく、本気で潰す。
 刺激された闘争本能が、激昴を促す。


「あっそ」


 激情に動かされ、命を狩らんと迫り来る魔理沙。
 そんな友人の顔を、霊夢は容易く顎下から蹴り上げた。
 魔理沙とは対照的に、そこには如何なる感情も灯さない。
 先程大きく吠えた表情とは打って変わって、血に塗れた無表情。

 魔理沙の内に眠る事情など心底どうでもよさげに、霊夢はただただ友人の身体をひた殴りにした。

            ◆

608雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:31:26 ID:Cv8akD0g0

 てゐにはもう、訳が分からなかった。
 怪我をおしてまで乱闘を止めようと外に出た霊夢までもが、気付けば魔理沙を背後から殴り飛ばし、そのまま血生臭いファイトに没入し始めたのだから。
 この現象に陥るには、スイッチを押すように何かの『切っ掛け』が必要だ。車中に取り残されたてゐが今のところ無事で、外に降りた途端に豹変した霊夢がああなっているのだから、それはてゐであろうと予想は出来る。
 そして、その『切っ掛け』の具体性はいまいち掴めない所ではあるが、少なくとも外に降りるのは絶対にマズい。車から降りるというのは、即ち『登る』という事と同義である。
 阿鼻叫喚のリング。そこに登る命知らずなファイターが一人増えるだけだ。アレを見た後では、とてもここから外の世界に足を降ろそうなどと考えられるわけもない。

「分かんない分かんない意味分かんない! わ、私は関係ないからねーっ!」

 せめて自分にだけは火の粉が降り掛からないよう、てゐは臆面もなく助手席の下に丸まり小さくなっていた。
 敵の攻撃、その影の片鱗でも見えればまだ対処だとか抵抗の余地はあるかもしれない。
 今回の場合、それがまるで目に見えていない。あまりに唐突な形で、ウイルスの様に一斉に周囲を覆ったのだ。てゐでなくとも竦むのは当然と言えた。


 ゴン


 すぐ頭上で争いの余波が、車のドアガラスを叩く音がした。つい先程、衝撃で吹き飛んできた一本の歯がガラスに突き刺さってくる光景を、てゐは脳裏に思い描く。
 ここも最早安全地帯とは言えない。車の運転などした事ないが、ジョセフの横で操縦を眺めていたので、動かそうと思えば見よう見まねで可能かもしれない。幸運にも、エンジンは掛けられたままだ。


 ゴン!  ゴンゴン!


 ガラスを叩く音が増えた。石か何かが飛んで来ているのだろう。
 そろそろ限界だ。てゐは抑えていた頭から手を退かし、なんとか体を起こしあげようと意を決する。つまり今から華麗に逃げるのだが、これは苦渋の撤退であり、決して相棒を見殺しにする臆病風に吹かれたのではない。

 自分で自分に言い訳を終え、慄える心を鼓舞し、少女はここでようやく頭を上げ───


「テメェーーてゐッ! 居るんならとっとと返事しやがれッ!!」
「わっひゃああぁぁーーーーっ!?!?」


 これから見殺しにする予定であった相棒の憤怒の形相が、亀裂の入ったドアガラスの向こう側に貼り付き、こちらを見下ろしていた。
 南無三である。この尻の軽い筋肉チャラ男の毒牙に掛かれば、自分のようなか弱き美少女などあっという間にひん剥かれ、あえなくその純潔を奪われるに違いない。

「なにアホ面で怯えてやがるこのドチビ! 遊んでる場合じゃねーんだぞタコ!」
「え……あ、あれ? ジョジョ、だよね?」
「ああ、ジョジョだぜ!」

 誰よりも頼りになるそのスーパーヒーローの頼もしき名乗りを聞き遂げ、てゐの表情へとみるみるうちに生色が戻る。
 勝利も同然であった。やはり最後には我が相棒が全ての悪を捩じ伏せ、自分を幸福に導いてくれる。確信めいたその希望の未来を胸に期待し、颯爽とドアを開かんとする手には思わず力が漲る。

「いや、開けなくていい。あんま時間ねーからよく聞けよ相棒……!」
「……ゑ?」

 希望のドアを開放せんとする手が、ピタリと止まった。
 ガラス越しに睨み付けるジョセフの顔は傷だらけではあったが、至って真面目で、いつもの余裕は欠片も見えない。


 二人の詐欺師の目線が、互いに交差する。
 方や、額からダラダラに血潮を流し。
 方や、額からダラダラに汗を垂らし。

 果てしなく嫌な予感しか、しない。


            ◆

609雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:33:14 ID:Cv8akD0g0
『古明地さとり』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


 初めは、何かタチの悪い冗談かと思った。

 目の前で起こった事象が受け入れられずに困惑した古明地さとりは、次に夢でも見ているのだと思った。ベタだけども、本当に〝これ〟は夢かなにかなんだと、思う他なかった。
 だって、さっきまで普通に会話していた相手がなんの前触れもなく、互いに殺し合いを始めたのだから。
 不穏はすぐに混乱を呼び、訳が分からなくなって彼女は瞼を閉じた。それでも、生々しい闘争と渇望のノイズだけは耳の中にまで侵入してきた。
 結局、眼前で始まった殺し合いが夢でないことを悟ったさとりは、過呼吸気味に陥りながらも次なる結論を出した。


 ああ、そう。
 この人たちはつまり、ゲームに『乗った者たち』だったのね。


 それ以外に考えられない。だって現に、目の前で殺し合っているのだから。
 不可解なのは『三点』あって、まずよく知らない人間二人の方はともかく、博麗の巫女と黒白魔法使いの二人は郷では有名な者たちだ。特に巫女の方がゲームに乗っていたなんて、俄には信じられない。
 二点目の不可解な事柄。彼女らと居合わせた時、さとりは当然ながらサードアイでキッチリ『視ている』。全てを、とはいかないけど、心の裏側でコイツを嵌めよう、騙し殺そう、なんて嘘は片鱗も見せていない。これがおかしい。
 サトリ妖怪に『嘘』を吐ける存在なんて何処にもいない。だというのに、彼女らはさとりを騙し、善人ぶった上で自ら化けの皮を剥ぎ、殺し合っている事になる。
 それが『三点目』。折角見事に騙し通し、虚を衝く絶好の好機を得た筈だったのに。

 どうしてこの巫女たちは、私たちを無視して勝手に殴り合っているのだろう。

「う……っ」

 浮かび上がった不可解な問題を解決するべく、再びサードアイを起動するも……すぐに後悔した。
 彼女たちの心の『声』があまりに凄惨で、貪欲すぎた。圧の大きい心を覗いてしまった反動は、今のさとりの肉体からすれば負荷が過ぎる。

「さとり……大丈夫か?」

 喉奥から迫り上がる吐き気に根負けし、両膝を突くさとりへと心配の声を掛けたのは隣のこころだ。
 心配してくれるのは本当にありがたいのだが、一層青い顔を浮かべているのは彼女の方だった。無表情を貫いているだけに、より分かりやすい。

「私は大丈夫。それよりも……貴方の方こそ、今にも倒れそうですよ」

 負の声を拒絶する為に、さとりはサードアイを閉じながらこころの肩を借りる。66の面を操る彼女の様相は、フラフラとはいかない迄も、いつものポーカーフェイスが台無しの落ち着きのなさが見て取れた。

「……怖いの」
「怖い?」

 俯きがちに発せられたこころの言葉は、泣きごとのように酷く弱々しい。まるであの怪物・藤原妹紅と対した時みたいに。

「こいつらの『感情』が、私には分かる。でも、分からない。だから、怖い」

 震えながら吐かれるその説明には不足が多く、さとりが全てを察せるまでには至らない。言葉足らずであるこころの次の台詞を、さとりは急かさずに待った。

「感情は平等でなくては、ダメ。誰かに不平に齎された、贋物の感情なんかじゃあ絶望しか訪れない」

 希望がない。
 感情を失うとは、そういう意味だ。
 奪うまでもなく、現状ここには希望が見えない。
 操るまでもなく、どうしようもなく絶望的である。
 こころがこの会場に飛ばされて、初めに感じた事だった。

「膨れ上がった『怒り』の感情。あの人たちを動かしているのは、たったのそれだけ。感情を過剰に暴走させるっていうのは、死ぬ事と何も違わない」

 秦こころがかつて『希望の面』を失い、能力を暴走させた過去。本人にとって耐え難い過失であったその時の名状し難い感情は、二度とは忘れない。
 現在、霊夢らを襲っている現象は、指向性は違えどあの時と同じだ。幻想郷の人々から希望の感情が失われ、刹那的な快楽を求めるようになった、あの異変と。

610雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:33:40 ID:Cv8akD0g0

「何とか……何とかしなければ……! 皆に、元あるままの感情を取り戻さなければ、きっと取り返しのつかない事が起こる……っ」

 使命感からか。はたまた贖罪の気持ちか。
 此度のアクシデントはこころ本人に何ら非は無いが、ここで呑気に見ている訳にはとてもいかない。
 周囲を覆う『怒』の感情に当てられながらも、面霊気は竦む足へと強引に気合を入れた。その右足はつい先程、妹紅戦にて背後から切断されたばかり。河童の薬が驚異的な速度で治癒を施してはいるが、痛みは依然収まる気配がない。

 健気だった。
 涙をも誘うその勇姿にさとりは、一縷の希望を見出した気がした。

「……詰まる所、こころさん。あの人間たちは、自ら殺し合いに投じてるのではなく、他の外的要因によって無理矢理に『感情』を狂わされている、というのが貴方の意見でしょうか?」

 こくり、と首肯。
 そういう事であれば、あまりに不可解なこの現状にも筋が通る。
 そして、筋が通らない事柄もあった。

 では何故、自分は無事なのか?

 こころの話をそのまま信用すれば、元よりこの地で白蓮の帰還を待っていた自分たち両二名に、怒の感情が襲って来ない事には違和感が残る。

 秦こころに関しては、何となく予想が出来る。
 曰く彼女は感情のエキスパートであり、66の感情の面を操る究極の面霊気。以前までの不安定であった時期ならともかく、現在のこころに対して感情を操作するような攻撃など、無効化されて然るべきといった考えも出来るからだ。
 即ち『相性』であるのだが、じゃあさとりに対し効果が見えない理由が見当たらない。この謎さえ解ければ、もしかすれば事件解決への足掛かりになり得るかも知れないのに。

 考えても答えは出ない。前提すら間違っているのかもしれない。
 不毛な謎解きにお手上げ寸前でいたさとりの耳へと、管楽器を吹き鳴らした様な聞き慣れない音が二回、鳴り響いた。

「おい、アンタらこっち! 急いで乗って!」

 獰猛な暴れ牛を従える──バギーカーを操縦する因幡てゐが、クラクションを鳴らしながらさとり達を懸命に手招きしていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

611雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:34:34 ID:Cv8akD0g0
『因幡てゐ』
【夕方】C-5 魔法の森 南の小道


 「この世で最も強い力は何か」という議題における解答は『幸運』であると。
 心からそう信じていたし、理論上でも間違いはない。
 しかしながら最近は、『幸運』であることが即ち『幸福』に繋がるかと問われれば、答えに窮するというのもまた事実だった。

 どうも幸運=幸福と考えるのは間違いらしい。納得出来ないし、歯痒い気持ちもあるけど、そう考えざるを得ない出来事が最近、連続して多すぎる。
 幸運者には幸運者にしか理解出来ない悩みというものはある。まさに今、少女が幸運者であったからこそ、こうして慣れない車の運転に勤しみつつ、奔走しているのだから。

 幸運の白い兎、因幡てゐ。
 現段階の彼女には素知らぬ事実だが、あの場の全員の中で彼女だけが唯一、スタンド『サバイバー』の能力に接触していない。
 雨や雪などで濡れた地表を介し、対象者の闘争本能を刺激するその地雷スタンドは、最後までバギーカーを降りずに篭ったてゐにだけは届くことがなかった。

 そして今、助手席と後部座席に座る古明地さとりと秦こころ。
 二人はサバイバーへとモロに触れてしまった。その上で影響が垣間見られない原因の一つに、こころの『面霊気』という特性が齎す耐性がある。これは先程さとりが予想した推理がピタリ当たっていた。

 もう一方のさとり。彼女にとっても『幸運』な事に、少女の体内には『聖なるモノ』が宿っていた。
 聖人の遺体。この世の絶大なパワーの一部を宿す遺体が、少女を悪い気配から護ったのだった。

 この幸運な結果が、果たして幸福に繋がるのか。己の腹に宿る『正体』に検討もつかないさとりでは、答えを先延ばしにする事しか出来ずにいる。




「───ジョナサン・ジョースターがいつの間にか消えてる事に、気付いてた?」

 かなりの低身長ゆえ、相当苦しそうに足を伸ばしながらの運転。故に速度は控えめながら、小道を走るその車に乗り込んでいるのはてゐ、さとり、こころの三名だ。
 すぐ左手には魔法の森の木々が並んでおり、それなりに体積の広いバギーカーを走らせるにはギリギリ、といった程度の小道をてゐは探り探りに徐行運転を続けている。

「そういえば……あの乱闘に泡を食うばかりで、気付きませんでした。……あ、そこ右に曲がってます」

 体格上、仕方ない事であるが、何とかアクセルを踏み込めている体勢のてゐの視線では、運転席から前方下半部は殆ど目視できてない。従ってナビゲーターを助手席のさとりに委任し、自分は辿々しい運転に全神経を集中させていた。

「右……右ね、了解。って、この先竹林だぞオイオイ。夢遊病にしたって散歩コースは選んで欲しかったなあ」
「……では、あの乱闘はジョースターさんのDISCが原因と考えても?」
「ジョジョ曰くね。更に言えば、そのDISCを暴走させた張本人もジョジョが原因らしいんだけど」

 結局の所、今こうしててゐが無免許運転を渋々強制させられているのも、全ては我が相棒の尻拭いという事になる。まだあの場でファイトクラブに勤しみ、奴めの顔面をボコスカ殴っていた方が幸福だったのではないかと、てゐは己の幸運力に疑問を挟まずにはいられない。

 しかし、頼まれてしまった。
 あの時、ジョセフは託したのだ。
 この地獄を終わらせる。そしてこれ以上の波紋を拡げない為。
 唯一の相棒へと、事態の収束……その手段を伝えて。

(あームカつく! 考えてみれば妖狐の時だって助けてやったのは私の方からじゃんよ! 何であんな奴を『相棒』に選んじゃったんだ私は!?)

 白兎の心中に湧き上がる怒りは、決してサバイバーの影響ではない。ここで少女が無責任なる相棒へ苛立つのは、当然の権利と言えた。
 図らずも理不尽な試練に立たされたてゐ。運転する盗難車でこのまま何もかも放棄し逃亡するというのも、ひとつの選択ではあった。少なくとも以前のてゐであれば、そうする。
 それをやらない理由など、考えるまでもない。
 我が身可愛さの選択が、自分の中で既に有り得ない事柄となっている自覚。

 何にも増して最も苛立つ相手とは、己の危うく、不合理な指針。それだけの事だ。

612雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:34:56 ID:Cv8akD0g0

「兎に角! 今はあのジョナサンをとっ捕まえるよ! サトリ妖怪、次どっち!」
「あ、ハイ。彼の足跡はそのままで……」

 理不尽な苛立ちをぶつけられるのは、さとりも同じである。
 消失したジョナサンを追うのに、この白銀の環境は不幸中の幸いと言うべきか。あの身長195cmの体躯から生み出される雪上の足跡は、うっかり雪山で目撃すればビッグフットか何かだと勘違いすること請け合いである。
 追う側である我々にとっては都合が良い。四苦八苦しながらハンドルを操るてゐを横目に、さとりは膨れたお腹を無意識にさすった。

(私やこころさんがあの能力の影響から逃れたのは……何か、意味があるのかしら)

 万物の起こりには必ず意味が存在する。
 家族を喪ったばかりのさとりにとって、今や自分の保身だけでも精一杯というのが現状であり、正直言って「あの巫女達を救わなければ」という気持ちはそれ程大きくない。

 だが、ジョナサン・ジョースターは例外だ。
 彼には大きな借りがあり、知らず命を救われていたさとりは、まだ彼に対し感謝の言葉も掛けられていない。
 錆に塗れ、血に濡れたこの世界において『優しさ』を忘れることは即ち、敵を増やすことに他ならない。旧地獄に逃げ、地底の溜まり場で最低限の処世術を学んださとりは、それを体験している。
 見返りを期待してでもいい。『敵』を増やすよりは『味方』を増やす事の方が遥かに建設的で、自分が傷付かない方法なのだから。

(何より……白蓮さんと約束しましたから)

 聖白蓮は決死の覚悟で紅魔館に向かった。
 ジョナサンのDISCを取り返し、傷だらけで帰還を遂げた其の場所に肝心のジョナサン本人が居なかったとあれば、留守を任された自分らは何をやっていたんだという話になる。
 無論、あの慈悲深い尼はそんな事でさとりを批難したりはしないだろう。どころか自責に苦しむさとりを至極丁寧に慰め、負傷体のまま即座にジョナサン捜索へ飛び出すくらいはやるかもしれない。

 それが、さとりには堪らなく嫌で。
 因幡てゐに協力する、自分なりの理由だった。


 前方に竹林が見えてきた。
 足跡は、林内に伸びている。このまま何事もなく事を成し遂げるという期待は、果たして楽観的であろうか。

 言い知れぬ不安が、さとりの胸中を過っていった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

613雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:35:32 ID:Cv8akD0g0
【C-5 魔法の森 南/夕方】

【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:何で私がアイツの尻拭いを!
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、体力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)
[道具]:基本支給品(ポルナレフの物)、御柱、十六夜咲夜のナイフセット、止血剤
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:ジョナサンを保護。
2:ジョースター邸にお燐が居る……?
3:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
※落ちていたポルナレフの荷を拾いました。
※遺体の力によりサバイバーの影響はありません。


【秦こころ@東方心綺楼】
[状態]:体力消耗(小)、霊力消費(小)、右足切断(治療中)
[装備]:様々な仮面
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:ジョナサンを保護。
2:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
3:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
4:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。
※面霊気の性質によりサバイバーの影響はありません。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:???、背と足への火傷
[装備]:スタンドDISC「サバイバー」、シーザーの手袋(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:???
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。

614雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:36:01 ID:Cv8akD0g0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『ジョセフ・ジョースター』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


「───これで、良いんだろ。徐倫ちゃんよ」
「ええ。上出来よ、ジョセフ」


 さとりとこころを拾ったバギーカーの姿はジョセフの視界からどんどん小さくなり、やがて消えた。
 満身創痍の状態でそれを見送ったジョセフは、ゆっくりと徐倫へと向き直し、再びファイティングポーズを構える。

「じゃあもういいだろ。オレに女を殴る趣味はねーし、この辺でお開きにしとこーぜ」
「……同意見、よッ!」

 言葉とは裏腹に、雪を滑走路にして徐倫は踏み込んだ。鋭い前蹴りがジョセフの鼻先1cmを掠め、思わずスリップしそうになる。
 縺れる足を組み直し、ジョセフは闘志に燃える徐倫からすぐに距離をとる。彼女の瞳からは、未だに戦意の炎は途絶えていなかった。

 頭でもおかしくなりそうなこの状況、その原因。
 ジョナサンの額に吸い込まれたDISCの回収が、異変を収める手段。
 突発的な闘気に支配されながらも、徐倫はそれらの説明をジョセフへと伝えた。無論、拳を飛ばしながらだ。
 因幡てゐに全てを託すジョセフの行動は、徐倫を端としていた。どうやらサバイバーの影響下であっても、完全に正気を失うわけではないらしい。
 つまり徐倫は、残ったなけなしの理性でサバイバー攻略に打って出たのだ。後はてゐ達次第。自分に出来ることはこれ以上ない。

「じゃあもういいだろうがッ! こっち来んじゃねーよ、アブねー女だな!?」
「アタシもずっとイラついてたのよね。悪いけど、ストレス発散に付き合ってくれる?」

 徐倫の言う『ストレス』が、父・承太郎の死亡と博麗霊夢の存在にある事は、ジョセフの知るところでは無い。
 暴れ回るナイフの刃と化した徐倫を鎮める手段は、ジョセフにもある。

 波紋だ。
 マトモな生物がこれを喰らえば、大抵一発で幕引きとなる。ジョセフは格闘の合間合間に、相手へこれを流す好機を窺っていた。


 これも当然、ジョセフの知るところでは無い事実だが。
 人を強制的に闘争状態へ落とし込むサバイバー。ジョセフにその影響が比較的薄いのは、その『波紋』がプラスに作用していたからである。
 柱の男との決戦の為、師から尻を叩かれながら完遂した波紋の修行は、常時波紋の呼吸を習慣付ける癖を修得させた。
 全く偶然の産物である。雪を通じて体内に流れんとするサバイバーの電気信号は、修練を積んだ波紋使いの『無意識の波紋呼吸』によって阻害されていた。
 微弱に流れる波紋が、ジョセフに忍び寄る信号を僅かにだがカットさせている。この効能によって、ジョセフの正気は完全ではないにしろ、それなりに保てていた。

 本来ならてゐに付いて行く役割は自分なのだろう。しかしこのサバイバーの魔力は相当に厄介で、ひとたび体内へ侵入を許したなら、時間経過以外による方法での自力復帰は不可能に思える。
 少量とはいえ影響を受けてしまったジョセフが、てゐ達の傍に居座る状況はあまり適切な判断とも言えなかった。

(もどかしいぜチクショー! DISC回収して早く帰って来てくれよ……てゐちん!)


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

615雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:36:32 ID:Cv8akD0g0
【B-5 果樹園小屋 跡地/夕方】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:半闘争状態、顔面流血、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:取り敢えずは徐倫らの沈静化。
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった……俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:闘争状態、顔面流血、体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:アタシが最強だァァーーーッ!!
2:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
3:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

616雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:36:57 ID:Cv8akD0g0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『博麗霊夢』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


(てゐ達は……行ったわね。後は私自身、だけども)

 静かに。
 流れる水のように自然体で立つ霊夢。
 冷静でいられる自分と、衝動に身を任せたい自分。
 相反する二人の己の境界で、彼女は自分に起こる異変へと冷静な分析を終えていた。
 そして、あくまで心の内のみで冷静であった部分も。

「どうしたのよ、魔理沙。私が気に入らないのでしょう?」

 次の瞬間には、激情を拳に乗せて目前の友人へと打ち込んだ。魔理沙は頬を打ち抜かれ、そのまま紙屑のように雪の上を転がる。
 かなりの力を込めなければ、今の魔理沙の様に吹き飛んだりしない。負傷状態であるにもかかわらず、霊夢は少女の身で人間一人を思い切りに殴り飛ばしたのだ。
 痛みはない。疲労も、この状態ではまるで感じない。羽が生えたみたいだと、皮肉気味に霊夢は笑った。

 喧嘩なんかしている場合ではない。先程、霊夢自身が魔理沙へ放った台詞だ。

「ク、ソ……っ! 畜生、やりやがった、な……!」

 それでも、仕方ないではないか。
 魔理沙の方から立ち上がり、しつこく向かって来るのだから。

 だから〝仕方ない〟。
 霊夢が友へと手を出すのは、それだけの理由であり。
 それだけで十分だとも、思えた。

「アンタ、勘違いも甚だしいわよ。私は別に、死んだジョジョを今更どうこう思ったりしてない」
「ハァ……ハァ……。私には、そうは思えんけど、な……っ」
「しつこいわね。それって、嫉妬?」
「うる、さいッ!」
「見苦しいわね」


 尚も土を蹴り、駆け出してくる魔理沙へと。

 霊夢はあくまで、静かに。

 精神の内では、激情に身を任せて。

 理由の無い暴力に縋り、浸り。

 傷付いた心を、ひたすらに慰めていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

617雪華に犇めくバーリトゥード ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:37:32 ID:Cv8akD0g0
【B-5 果樹園小屋 跡地/夕方】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:闘争状態、体力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、左目下に裂傷
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
0:
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
5:出来ればレミリアに会いたい。
6:徐倫がジョジョの意志を本当に受け継いだというなら、私は……
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:闘争状態、右手骨折、体力消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:博麗霊夢が気に食わない。
2:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

618 ◆qSXL3X4ics:2020/07/21(火) 15:38:08 ID:Cv8akD0g0
投下終了です。

619名無しさん:2020/07/21(火) 17:57:55 ID:GMOym/zs0
お久しぶり&投下乙です
やっぱサバイバーってクソだわ(確信)。とはいえ東方主人公'sの感情剥き出しの大喧嘩の行く末は気になるな
このままだと被害が拡大するからジョナサン一旦止まってくれー!

620名無しさん:2020/07/22(水) 15:54:04 ID:2uHeQI6E0
投下乙です
霊夢と魔理沙がサバイバーという状況でいつかはやるかもしれないことを思っていた以上に激しくやってる…
このメンバーにサバイバーへの特攻持ちが揃っている状態だったのに加えて黄金の精神でそれなりに対抗できてるギリギリさはジョジョらしく、ここからロワらしく無慈悲な現実が突き付けられるようなことにはならなさそうでちょっと安心してしまった

621 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:08:33 ID:xCgiZT7s0
ゲリラ投下致します。

622 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:09:30 ID:xCgiZT7s0



雪という物を見て、人は何を想像するだろう?


人肌に重ねただけで滲み、崩れ、黄金を満たさぬ水の一欠片でしか無くなる儚さ。
一面の白い景色から感じる冬の厳しさ。古くから芸術的な価値を以て意匠となってきた叡智。
物というのは不思議な事に、見る側面や人物によって様々に姿を変える。
しかし情景を重ね、趣を撫でる――自然現象の一つであるという事実は易易と改変出来る物ではない。

しかしながら、これが自然現象と呼んで片付けるには異常な空模様だという事はとうに分かりきっていた。
異質な空気の震え。急速な雲の変化。先刻までは雨が降っていた事を示すかの様に木々は雨露をその葉から静かに垂れ流す。
驟雨であったならばすぐ太陽が照らしても良いものを、逆に曇天の空は暗くなるばかり。
"ウェザー・リポート"による人工的な降雪だろうという結論を導き出すのに、そこまで時間を要するものではない。
直接見なくとも、確信出来る程には彼の行動はそれとなく読めるのだ。


降雪模様に包まれた会場の中、蒼白と憂いと苦笑いを帯びた感情のまま空を眺めるその男。
足取りは重いようで軽いようで、見る者によって様々な印象を受け取らせるだろう。
雪に足跡を残しても、すぐには積もって消えてしまいそうな泡沫の存在。
但し一参加者がその光景を見れば、驚く以外の何事も出来ないに違いないだろう程の異端さを纏っている。


その人物はある物語を紡ぎ、とある物語を夢想し、この会場を作り上げた主催者の一端。



即ち、荒木飛呂彦その人であった。



彼の表情に余裕は微塵も無い。
「目の前に雪にタイヤを取られた車が立ち往生しているから上着を汚してでも助けよう」だとか、
「こんな時に雪が降り積もるのはどう見ても異変だから元凶をとっちめてやろう」だとか、
そんな思考が介在出来る程落ち着いていない、ただただ逼迫した状況に追われている様な危うさ。
差し迫った驚異からの逃亡を図って、行く宛もなくただただ彷徨うだけの放浪のその現場。
導きの灯火は存在せず、ただただ当惑と悲嘆と狼狽と恐怖とその他諸々のマイナスな感情がごちゃまぜになっている。
笑っているのか泣いているのかは本人ですら分からない。グチャグチャなままその一歩その一歩を刻んでいく。
出来る事は歩く事だけ。歩けば舗装された道が目の前に現れるかもしれない、という淡い期待。
云わば遭難者である。

623 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:10:34 ID:xCgiZT7s0

ここまで至らしめた原因、こうなるまでに至った経緯。
それらを想起し自制しようとする度に、あの忌々しい張り詰めたような笑顔が脳を埋め尽くす。
裸体。赤面。先程目にしたあの光景が浮かぶ度に、どうとも言い表せない感情の潮流が巻き起こってしまう。
フェードアウトさせて一刻も早く消し去りたいのに脳の一領域にこびり付いて削れない。
どうして、なんて言葉すらも喉に辿り着けない程澱んだ思考が彼をますます苦しめている。
冷静になりさえすればこの疑念を取り払える展開もあったかもしれないが、そうする事も出来ない嗟傷の中で呻くのが精一杯だった。

そもそも全裸の男を相手に冷静になれというのも無理があるのだ。
露天風呂という場所もルールがあるからこそ見ず知らずの他人とも一緒の湯に浸かれるものの、公共の場ではそうはならない。
ギリシャ彫刻における美と博物館に突如現れた露出狂が違うのは誰だって分かるはずだ。

太田君がもし仮に吹けば倒れそうなあの痩せこけた体ではなく、ルネサンス期の彫刻の様な均衡の取れた美術的な筋肉質の……


……いや、よそう。


想像するも悍ましい気持ち悪さを堪えて歩みを進める。
太田君にも見付からずに――もっと言えば誰にも見付からずに居たかった。どこに向かっているかもなるべく考えないようにしていた。
それでも当初思っていた通り、足を向けてしまえばこのゲームを根底から覆しかねない場所に歩を進めている自分が居る。
ダメだと思う感情と、太田君と事を交えるよりはマシだという感情。どちらが天使でどちらが悪魔かなんて分かる訳もない。
そもそも人の大勢居る場所に竄入して何になるのだ。逃げるならとっとと逃げてしまえば良いのにそれすらも出来ない。
それに仮に参加者が逆上して殺しに掛かってきた場合も戦闘に入ってこちらの手の内を明かした時点でゲームの進行に支障が出る。

ならば太田君の殺害と引き換えに上手いこと参加者に融通を利かせるか?
答えは否だろう。こと交渉においてこちらが不利になるのが見え見えだ。
わざわざ身を隠しているはずの主催者の一人が動揺しながら姿を現している時点で主催者間で何かあった事に気付かれる。
あそこにはゲームに乗っている参加者は誰一人として居ないのだから、そんな条件を出したところでどうにもならないのだ。

何故考えながら歩いているのだろう。
止まって考えればまだ打開のアイデアに閃けるタイムリミットを稼げるだろうのに。
何故あそこに行けば事態が解決すると信じ込んでいるのだろう。
誰かにこんな話を聞いて欲しくて雪の中を歩いている訳ではないのに。

あと少しで辿り着くという恐怖に己の心を塗りたくられそうになる。
何歩か歩くだけでエリアの境目に立つというのに、その何歩かが出ないという事実がそれを顕著に示している。
恐怖を支配するメソッドなんて作中で書いた身でも、一丁前に恐怖はするものだ。
太田君の男色への恐怖も大概だが、ここまでくるとどちらが上か分かったものではない。
時間経過で恐怖が和らぐかもしれないという希望すらも感じられない。
もしあそこから誰かが出てきたら、と思うと気が気で無くなるだろうという確信を持っている。



そうして立ち竦んで。
やはり一歩が踏み出せなくて。
ブツブツああでもないこうでもないと呟いて。
心臓が跳ねる音を一分間にどれだけ聞いたかも分からくて辟易して。

そして草を掻き分け雪を踏み締める音がして。


「うげぇ、全然違うじゃん。ダレよおっさん」


自分以外の存在が近付いていた事に否応が無しに気が付かされるのだ。

624Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:12:21 ID:xCgiZT7s0


─────────────────────────────



【午後】C-4 魔法の森 南東部




心身共に疲弊した荒木の前に参加者が現れてしまったという事実。
少女の声。人の集まる場所の近く。太田君の顔。色々な要素が脳裏で鬩ぎ合っては弾け飛ぶ。
危険信号の点滅音はけたたましく耳の奥を揺らして離さず、この事態の緊急性を嫌程かというレベルで訴えていた。
いつもの調子なら接近してくる誰かの存在に気付くのは簡単だろうが、それすらも出来ない程に切羽詰まっていたのだから無理はない。
余程の訓練を積んでいたとしても極限状態に置かれた者が普段通りに振る舞える保証などどこにも無いのだから。

参加者に気付かれたというこの事態この状況は、それ程までに緊張を加速させるに値する。
彼の首の皮一枚で繋がっていた精神性の最後の牙城をいとも容易く壊してしまえる物を秘めていたこの接近劇。
思い付く防衛策は一つしか無かった。



「逃げるんだよォォォ─────ッ!!!!!」


自身の能力を使おうとは全く考えていない、イイ年した男の全力ダッシュ。
鍛え上げられた筋肉と、それを活かせる彼のトレーニング生活はこういう時に功を奏すのだ。

こと逃亡という観念に対して、年甲斐といったプライドは関係無い。
命あっての物種であるし、相手を振り切って追跡を断念させれば事実上の勝利と言っても過言では無い。
逃げるが勝ちというのも走為上という兵法三十六計に記された由緒ある戦法に由来している。
戦って玉砕する心配は皆無でも、相手の姿も確認せずに逃亡に走らせる程の余裕の無さが今の荒木には存在していた。

これからどうするかという展望は存在しないのに。
逃げれば事態が解決する訳でもないというのは嫌でも分かっている。
それでもまずは目の前の参加者から一刻も早く身を隠す事が先決だという考えを脳が思い付く前に実践していた。
姿は見られているだろうけれども、相手が一人の様子ならどうにかこうにかなるに違いないという淡い期待もある。
立場上は主催者なのだから毅然として振る舞うのが最適解だったかもしれないが、そんな心の余裕が無い事はとうに分かりきっている。


だが、結局は幸か不幸かという問題なのだ。
追跡者が逃がしてくれるかどうかはその時になってみないと分からないもので。



荒木の走っていたすぐ後ろの木が何の前触れも無く爆ぜたのはそれから数秒も経っていない事だった。

625Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:14:22 ID:xCgiZT7s0


走りながらも振り返ると眼下に入るは黒い火柱。
火柱と形容するのがやっとな程、ソレはドス黒い揺らぎを風に靡かせながら天に迸らせていた。
バチバチと轟く木の焼け焦げる音が辛うじてそれが炎である事をこれでもかと認識させてくる。
弾け飛ぶ火の粉も怨念の宿ったかのような黒色。焼け焦げる木の姿も火柱と見分けの付かない程の黒炭一色。
視界の数割かが黒色で埋め尽くされて他の色を侵食してゆく、悪夢の様な何か。

こんな能力の使い手は居ないと思考が喧しく叫んでいる。
"マジシャンズ・レッド"の様な万能チートスタンドを配布したスタンドDISCに加えた事実も存在しない。
太田君の揃えた幻想少女達にもこんな炎を扱える該当者は居なかったはずだと記憶が訴える。


「あれェ生きてるのかぁ〜。まぁイイや。殺しちゃえば皆同じでしょ?」


炎の数々によって遮蔽物が取り払われ、焼け焦げた木の後ろから人影が姿を現す。
しかし後方に現れたその姿はどこからどう見ても語られ見せられた藤原妹紅のそれで。
本来であれば白かったはずなのに今や黒く長く暗黒を湛えたその髪と、切り刻まれた痕の残る服装だけが記憶との相違点。
ただ、外斜視を思わせるようなその目の焦点の合っていない様子と口ぶりの危うさが、想定の一参加者と違う事を否応が無しに語っている。
DIOの肉の芽といった精神干渉手段とは別の意味で、何かがおかしいと判断するには充分過ぎる姿。

それどころか、違和感といえば遭遇時の発言。相手の姿を捉えながら誰だと聞いている。
主催者である自分の姿なんか最初のオープニングセレモニーの時点で見ているだろうから分かるはずだという仮定。
そうでなかったとすれば無謀なただの可哀想な少女だが、それはそうとしてもやはりその姿自体が違和感満載だ。


「■■■■───!」


最中、思案をぶった斬るかのような咆哮。
迷いも吹っ切れてくれれば良いのに、あくまで止まるのは頭の回転だけ。
憎悪や怨念を埋め込んで無理矢理発音に押し留めたとも言えるような、そんな惨憺たる声が耳を劈く。

何かがおかしい、何かがマズイ。
違和感や懸念など全て取り去ってしまえるレベルで目の前の少女は壊れているという確信。
ただやはり、主催として参加者を殺しにかかるのはゲーム的に宜しくない。
けれども太田君が目の前に現れる前に早くなんとかしなければならない。
そもそも主催者という立場を投げ捨てるなら後方の相手を一瞬で片付ければ良い話なのに、未だにそれに拘泥している自身もある。

626Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:15:33 ID:xCgiZT7s0

逸る気持ち、焦る気持ち。全てを邪魔だてするかのように目の前の少女は黒く染まった炎を翳して放ってくる。
それでも走る。走る。撒けば事態の根本がが解決する訳では無いと頭の片隅で分かっていても、足が止まらない。
直線的で美的センスを微塵も感じられない弾幕を逃げながら避けるのは弾幕ごっこに精通していなくても余裕らしいが、それでも猶予が無い。
手を出せぬままの膠着状態。しかもこの場所は非常に宜しくない。

そもそも先程向かおうとしていた大人数集まっている場所自体がレストラン・トラサルディー。
逃亡している真っ只中ではあるが、ここから少し歩けば余裕で視界に入ってくる程度には大した距離も無く行けてしまう場所である。
この焦げた匂いや音から誰かが訝しんで様子を見に近付いてくる可能性も否定は出来ない。
もし参加者に見付かった場合、自分の余裕の無さを看過されたらそれはそれでマズイのはさっきも考えた通りなのだ。
しかもよりによってこの藤原妹紅と因縁のある面子もレストランに居る面々には混じっている。

心臓が跳ねる。息のペースが乱れゆく。足が縺れそうになる。思考が纏まらない。
死への恐怖は全く無かった。存在しているのはただただ己の行く末への不安という一点。
この先太田君に転んでも他の参加者に転んでも眼前の参加者に転んでも、残っているのは行先不透明な未来だけ。
どれが一番マシかなんて優劣付けれない。そもそも全てが一番ダメな選択肢のタイ。
このゲームを壊す事だけは絶対に避けたいという、ある意味子供じみたワガママが全てを邪魔しているのだという事に気付けず。


せめて突如反撃のアイデアが閃いてくれさえすれば。
もしくは何事も無かったかのように主催者として振舞う道筋が開かれさえすれば。


されども狂炎は止まない。
雪が降り積もっては溶かされていく。



―――息を飲む。


選択が、出来ない。




眼前が真っ白になる。
それでも諦めずに足は動かしている。
自身の能力で切り抜けられる方法を漸くその可能性に気付いて模索しようと出来たのは運が良かったのか。


両の眼を見開いた瞬間。



そこには草木の燃え跡が広大に広がるのみで。


藤原妹紅のその姿は、忽然と姿を消していたのだ。

627Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:16:56 ID:xCgiZT7s0
─────────────────────────────





暴風雨の様に驚異が去ってまだ幾秒しか経っていないのに、体感では分単位で時が進んでいるように思える。
肩で息をしなければならない程に、遅れて吹き出した緊張の糸の縺れという名の楔は深く打ち込まれていた。
突然の転移という目の前に発生した僥倖の原因はいざ知らず、まだ根本的な問題の解決には一切至ってはいないのだ。
藤原妹紅という壊れた参加者が居なくなったからとて他の問題点となる太田君の存在や他の参加者の動向も安全な訳ではない。
どこに逃げれば安全か、確証のある行動は出来ない。―――少なくとも、会場内では。
主催者はパネルから参加者の位置を確認出来るが、それが主催者の位置もパネルに表示されない保証とはならない。
少なくとも大一番を決めるために入念な仕掛けをしているであろう太田君なのだから、そんなミスが無いはずがない。
地下空間のマッピングもされているのだから、そちらに逃げて座標だけ誤魔化すのも不可能である。

だが焦る思考に早く解を出せと責め立てる傍ら、視界にノイズが走った事実もしっかりと視神経から脳に行き届いていた。


瞬間、空間の一部が歪んで何かを形作ってそれは人型で見覚えのある帽子を被っていて―――




「荒木先生、大丈夫ですか!!」


その声と同時に思考が全て停止し、髪も全神経までもが震え上がる程の悶え。
背筋が凍った。それ以上に最適な表現はこの世に存在しないと言っても過言ではない。
運動後にかく気持ちの良い汗ではなく、雪やこの森自体の湿気に後押しされた、ゾッとするような気持ち悪さ。
振り返るまでもない。眼前に彼が居る。何も無かったはずの空間に突然転移して現れたのをこの目がはっきり捉えてしまっている。
一難去ってまた一難とも言うべきか。しかも先程の藤原妹紅以上の災難否、災害。
肌色を見せているのは腕と顔だけで、一糸纏わぬ裸体は存在しない。着衣の乱れや着崩しも見受けられない。
それにあの張り付けたような笑みを浮かべていない、ただただ心配している様に思えるその顔。
その数点に安堵して、それよりも大きな問題がある事に身が竦む。


「お、太田君!!??どど、どうしてこここに!!それにふ、服……!!??」


太田が目の前に居る現実が到底受け入れられずに、吐き出した言葉はギリギリで体を為しているだけのしどろもどろ。
体が驚愕したままわななき、足を滑らせてそのまま尻餅を付く醜態まで晒してしまう。
後方には焼け焦げた木の痕。立っていれば飛び越えられるだけの障害物も、今となれば追い詰めるのに都合の良い袋小路。
精神的にも肉体的にも逃げ場の無い、袋の鼠を追い詰める為の単純な行き止まりの完成である。

雪に足を掬われたのだ。立ち上がるまでのコンマ数秒。この状況で目の前の狂人が事を起こす可能性は否定できない。
いや、近くにレストランがあって参加者が来るかもしれない状態でそんな危険な事をするだろうか?
首を縦に振るのはこんな危機的状況では無理だ。


この男には、やると言ったらやる………『スゴ味』があるッ!

628Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:17:47 ID:xCgiZT7s0



「服、あぁ……先程は人を出迎えるのに失礼な格好ですみません。一際礼節を欠いておりました」


弔意を示すかのような凛とした真剣な声。ハンチング帽を腕に携え、そのまま腰を軽く曲げた姿勢。
目の前の男のそれがアレやソレとは断じて関係が無いのは最早明白で、逆に白色の靄が掛かったのは荒木の思考の方だった。
汗も拭えない緊迫した状況に水を指すかのような謎の行為。この隙に逃げようとは出来ない気迫も揃って何がなんだか分からず。
やっとの事で足の筋肉を呼び起こし、雪の上に静かに靴先を下ろす。立てば事態が動くかと思ったが、そうでもないらしい。
謎が謎を呼び、頭は混迷に至る。真っ白で意味も定まらぬ言葉をちぐはぐに繋ぎ合わせて、事態の解決を図ろうとする。
そして漸く、その意味しているものが誠心誠意の謝罪の姿勢である事に遅れて気付くのだ。
それでも疑念は拭えない。


「し、しかし……僕が来ると分かっていながらあんな……つい裸になったと……」


「そこについては……その、パソコンの中身をつい見られるのではないかと恐れて慌ててしまって……」


「パソコンがな、なんだって言うんだ」


「……すみません、正直に申し上げます。ある事に使う為に参加者の座標を移動させられるツールを作成してました」


「それを、見られたくなかったのかい、太田君は……」


「ええ、荒木先生には無断でやっておりましたので……」


数秒の沈黙。雪のしんしんと降る音すら聞こえてきそうな程の静けさが辺り一面に広がった。
その無音のひと時がが二人の間では相当に気まずいものであったのは言うまでもない。

確かに俄かに信じ難い言い分でもある。妻帯者という立場をカモフラージュに事を及ぼうとした可能性のある人間の弁明だ。
向こうの初期作品でこちらのネタを流用したのが家庭を持つ前だという事実を踏まえると信憑性があるようにも思えてくる。
しかしながら、確かに考えてみればそんな与太話とも思えるトンチキ新説のシリーズよりは明らかに信用に足りるのも事実で。
精神的な拠り所を喪いかけた思索を再び元の状態に立て直せるのならそうした方が良い、という瓦解を恐れる心もそれを受け入れるのに一役買っていた。

一人は冷静さを欠いた結果あられもない痴態を晒し、もう一人はそれを見て冷静さを更に欠いた結果絶句して焦燥感に囚われ。
傍から見れば変な確執という短い語彙で締め括られるこの有様でも、太田や荒木にとって紛れもない大問題。
それを冷静になって飲み込んでみれば、後々酒のタネになるだけの笑い種。傍目八目とはよく言ったものである。
古今東西、諍いというのはどうやって解決するかは結局当人達に委ねられるのだ。
それがたまたまこんな逃走劇までしでかすとは先刻までの自身に聞いても要領を得ないだろう。


「まさかこんな所で一人歩いていらっしゃったのも、もしかして頭を冷やすため、だったり……?」


「……無粋だよ太田君」


無論、先程までの醜態を悟られるのは荒木にとっては御免被る事態である。

629Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:19:06 ID:xCgiZT7s0



乱れた息を整える為に軽く深呼吸をすると、ひらひらと舞う雪の粉が息に掻き乱されるのがなんとも風流に思えてくる。
しかし冷静になると次第に呼気の冷たさが身に染みてくるようになり、ついさっきまでの自分自身をどこか他人事のように荒木は感じていた。
それと同時に余裕の出てきた心のスペースに羞恥心といった感情も戻ってきているのもまた同じく。
取り乱してあらぬ事に思い至った自分自身。浅ましくも悍ましい妄想など、思い出すも憚られるに決まっていよう。
逆に一刻も早く忘れてしまいたい。穴があれば入ってそのまま顔を隠したい、そんな心の疚しさは止まらない。
そんな先程の自分の焦りを追いやるかのように、今更になって気付いた疑問点が口を衝いて出ていた。


「しかし太田君こそだ。何故わざわざこんなところまで来たんだい?」


「その……ただのお節介です。先程の行為への謝罪というのもありましたけども」


「ふむ」


太田の言葉から一拍して、そうかと気付く。
どうやら頭の回転軸も次第に元に戻ってきているようだ。



「ははーん、なんとなく話が読めてきたぞ。まず君は僕と藤原妹紅の座標が一定間隔を取って移動していたのを見た。
 そして万が一を危惧して、開発していたツールで藤原妹紅の座標だけをどこかに移動させた。
 事の次第はこうなんじゃないかな?」


「荒木先生、お見事です。いやはや、短い会話からここまで類推されてしまうとは……」


「けれども第二回放送前に単独で移動していたであろう藤原妹紅を移動させているのは戴けないな。
 あれも君の仕業だろう?」


「……面目の無い事です」


顔を軽く俯かせた太田の方をふと見ると、手にちょっとした箱が抱えられているのが目に入った。
最初は謝罪のつもりもあったのだろうから、こういう時に菓子折りを持っていても不思議では無いのかもしれない。
箱自体は菓子折りにしてはやや厚みを帯びた形状をしているが、大きさとしては熨斗紙を付けても見栄えするくらいには大きい。
確かに通例的に菓子折りは挨拶と一緒に渡すのが礼儀という文章を目にする機会はあるだろうが、こんな雪の下では少々不格好である。
そのような大きさの箱を片手で軽々しく持っているにも関わらず、この細く折れそうな身体をした太田という男は若干のミステリーだとも荒木は思った。

そんな考えは露知らず。
荒木の目の動きを察したのかどうかは分からないが、太田は喜々とした表情で箱に手を掛けた。
蓋にまで指が至れば、いよいよ後は御開帳を待つだけである。

630Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:20:35 ID:xCgiZT7s0


「これは太田君らしい立派な"菓子折り"じゃぁないか」


箱が開封されれば中には衝撃吸収材に包まれた、謹製だろう目を引く手作りラベルが目を引く赤ワインが一本鎮座していた。
まず目を引くのはロゼワインの様な透き通る綺麗さではなく、これぞ赤ワインと表現したいかの如く外果皮の赤紫の表現の強い色艶。
雪下の薄暗さで行うテイスティングだからとは言え、手に取ってまじまじと見ても透明さも兼ね備えたワインレッドは変わらず。
これ程の色合いならば渋さもたけなわ、フルボディの格をふんだんに味わえるだろうと胸が躍るのを感じずにはいられない。
ビンの下に目線を動かすと、当然と言わんばかりに沈殿した澱がワインとの境界線を見事に引いていて、素人目でも上質な物だと認識出来る。
それも当然か、太田が選んだ酒なのだ。ビール党であろうとも、酒には手を抜かない男だろうという期待が大きい。


「ふむ……やっぱり露天風呂で言っていたように、他者の行動に倣って感情を募らせようというわけかな。
 太田君のようなチャレンジ精神も中々に含蓄がある、そういう姿勢は取り入れていきたいものだね」


「ンフフフ、そう言って戴ければ用意した甲斐があるってもんです」


そう言って太田はハンチング帽に手を掛ける。
いつもの帽子の下にはまたいつものハンチング帽が顔を覗かせ―――その上にはお誂え向きなワイングラスが二つ。
まるで買ってきたばかりと言わんばかりに、クシャクシャになった紙がグラスの中に押し込まれている。
初めからこんな時の為だけに用意したとしか思えない周到さに荒木は口元を手で隠して苦笑い。


「いやいや荒木先生、幾ら僕でも機会が来るまでずっと待つなんてそんな事出来ませんよ。
 これは姫海棠はたてにさっき"ウェザー・リポート"の制限の若干の解除を頼まれてふと思い立ったんです。
 湯に浸かりながらの酒ときたら、次は荒木先生と雪見酒でもご一緒したいなと」


「確かに彼女は彼と同行していたね。ルールに抵触しない限りの主催者としての譲歩、か。全く太田君らしいな。
 しかしわざわざ僕と酒を飲みたいが為だけにそんな提案を了承したのかい?」


「かもしれませんね、彼女に丸め込まれてしまったというのも大きいのですが……
 ま、彼女の記事の次号次々号への期待の前払いでもありますから」


全てに思いを馳せるかの様な表情を浮かべながら、煌々とした声色で語る太田。
その瞳は少年時代の憧憬を見るかのように爛々と輝いているものの、独特の妖光をも放っている。
筋骨とは全くの無縁の様な体をしながらも、その実力や妖しさは荒木に引けを取らない雰囲気を醸し出している。
少なくとも、このゲームに掛ける情熱と酒への情熱という一見して別物の二つを奇妙なレベルで共存させている様は荒木以上のものであった。
楽しむ事を第一条件に多少の円滑な進行を取り払う姿は、さながら彼の目を通して見たジョセフ・ジョースターに近い。
これはあのジョセフも念入りに好かれるわけである。隠しきれない遊び心にもたまには与るべきだろう。


「そこまで言うなら君からの酒の招待、受けないわけにはいかないな。
 太田君のさっきの失態は……水に、いや酒に流そうじゃないか」


「ありがとうございます、荒木先生」

631Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:21:26 ID:xCgiZT7s0



荒木の持つグラスにとぽとぽ、とワインが注がれていく。
濁りを排した丁寧な色が無色透明なガラスの器に注がれ染まり、清く澄みわたる空の様に広がる。
ふむ、とグラスを静かに回すと中のワインもつられてゆっくりとその回転に追随していった。
ワインについて聞き齧った知識だけでも、重ね重ね良質なものだと分かっていく様には感嘆さえ覚えようか。
だが早く一口含みたい気持ちはそっと堪える必要がある。まだ空のグラスがもう一つあるのに、先に飲んでしまうのは失礼だ。
荒木は一旦グラスを雪の上に置いて、ワインの注ぎ手と受け手を交代した。


「あのシーンのジョニィとジャイロは聖なる遺体を全て失った後でしたが……
 そういえば僕らは何も失ってませんでしたね」


「このゲームだとそりゃあ失う物も差し出す物も中々無いからね」


「ンフフ、それもそうです」


雪の中に乾いた音が一つ、丁重に響いた。
それはさほど大きくもなく、会場のどの参加者の耳に入る事も無く。
男二人の乾杯の音頭は人知れず幕を開けたに過ぎない。



「それじゃあ、『ネットにひっかかってはじかれたボールに』乾杯しようか」


「ええ」



クイッ、とグラスが傾けられて中のワインが下へ下へ。
喉を軽く鳴らし、その爽やかのようで重い味わいに舌鼓を打つ。


他の参加者が近くを通り過ぎるかもしれない、という懸念材料も今だけはどうでもよく。
先程の確執も恥も一旦脇道に逸らして。

ただ、持って来たワインに感銘を寄せていた。

632Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:23:48 ID:xCgiZT7s0

─────────────────────────────



【午後】D-3 旧地獄街道




光の対義語は、と聞かれたら闇と答えるのが通例だろう。例えそれが作麼生と説破の様な場でも変わらないはずだ。
神がそう宣えば追聯したその二つの概念が生まれ、そこに交えぬ境界線が発生する。
そして互いが互いを嫌悪し合って元の黙阿弥に戻れなくなる。
世間の常識がそれを身に着けていない者を迫害する様に。
世間体を維持出来ない者がそこを離れざるを得ない様に。
異常者が健常者の様に振舞うのを忌避する様に。

この一面に広がる建物群の空間もその境界線の一つ。
幻想郷にて越えてはならぬラインを跨ぎかねない者達の収容房にして楽園。
旧地獄という、幻想郷に馴染めない妖怪にとっての不可侵の砦。


「何よあのオッサン、凶悪なツラして逃げやがって……しかもドコよここ」


太田に位置座標を飛ばされた藤原妹紅も、そのど真ん中に居た。


彼女もまた闇であり、異常の側の存在。本来であれば厭われるべき忌まれる者の側。
しかし不思議なもので、異常というのはあくまで観測者の倫理観に全てを委ねられる尺度の一つ。
彼女自身にとっては自分自身こそが唯一無二の正常性を担保出来る存在で、他の全てが異常なのだ。
暗闇に目が慣れて、その内光が何かを忘れてしまったら、もう二度と戻れない深淵の世界。
彼女の瞳に映る光は、一周回って闇になってしまった。
眼前に現れた主催者の顔ももう覚えていない。
あるのは醜い生への渇望だけ。


誰も自分に害しそうな敵が周囲に居ない事を確認してから、妹紅はその大通りを注意深く歩き始めた。
建物の雰囲気は、普通にどこにでもありそうな木造家屋ばかり。時折家っぽくない建物もあるが、基本的には住宅地。
しかしこの空間の天井は不気味で、天蓋は高く衝いた厚い岩盤に覆われ、隙間一つ無く太陽光の一筋すら届かない。
にも関わらず家々の軒先に吊るされた赤提灯の一個一個が周囲を照らしており、黄昏時の様な明るさを常に演出している。
しかし本来あるべき妖達の姿はどこにも無く、従ってそれらの纏う酒乱のアルコール臭ささえも漂っていない。
あるのはお祭り気分に取り残された建物の数々と、藤原妹紅の一人だけ。
孤独な旅路に輩は必要ない。

633Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:25:25 ID:xCgiZT7s0

そう、輩なんて居ないのだ。

なのに。



『貴方しか居ない世界で果たして誰がアナタをマトモだって証明してくれるの?』


「うるさいうるさい、マトモじゃないお前が口を挟まないでよ」


また誰かが後ろから口を挟む。自分以外ここには居ないのだから、これはきっとマボロシなんだ。そうに決まっている。
けれども手を変え品を変え、時折こうやって当たり前のような質問をされる。
同じ声で同じ語調で私に付き纏ってちっとも離れてくれやしない。私にずっと付いてくるお前の方がよっぽどマトモじゃないっての。
頭は痛むし全てが散々だし、進んでも進んでも同じような建物しかない。
少し遠くに行けば立派な色とりどりの建物があるのは見えるけど、あそこに蓬莱の薬は無い気がする。
輝夜にはあんな豪華絢爛なのは似合わない。もっとドブ臭い場所の中で蠢いていた方がアイツらしい。


「例えばこんなボロ納屋の中に居たりは〜?」


なんかそれっぽい建物の扉を開けてみる。ハズレ。ただの小屋。
ヒトの跡すら感じられない程に冷え切っていて、扉を開け放った瞬間に冷たい空気が外に流れ込んできた。
おかしいな。こんな所こそ輝夜にお似合いだし、ここに輝夜が居れば自ずと蓬莱の薬を取り戻せるはずなのに。
いや、でもたまにはこういう場所で休まないとまたさっきの誰かみたいに逃げられる様な気がする。
誰かが来て殺されるのは嫌だからあまり眠りたくはない。蓬莱の薬を取る前に死ぬのは勘弁だ。
畳に腰を下ろしたまま壁にもたれ掛かって、片膝を立てる。こうすると眠りが浅くなって何かあればすぐに起きれる。


「……?」


前もこんな体勢をした事があった気がする。よく覚えていない。
よく覚えていないのは頭痛のせいだ。私に悪いところなんてない。
生きようとしているだけなのにそれが悪いことなわけがない。


『■紅。アン……もうマ■■じゃ■……。い……■■実を見■■……』


私を糾弾するな。



…。


何も聞こえない。

何も聞きたくない。



意識を闇に溶かす。目を瞑れば光は入らない。


何も間違ってないのに。

634Run,Araki,Run! ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:26:18 ID:xCgiZT7s0
─────────────────────────────


【午後】D-3 旧地獄街道

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、霊力消費(小)、黒髪黒焔、全身の服表面に切り傷、浅い睡眠中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※普通の人間だった時代と幻想郷に居た時代の記憶が、ほんの僅かに混雑しております。
※再生能力が格段に飛躍しています。
※第二回放送の内容は全く頭に入ってません。


※C-4境界線の鉄塔とレストラン・トラサルディーの真ん中ぐらいの位置で主催者二人が酒盛りをしています。

635 ◆e9TEVgec3U:2020/07/28(火) 01:27:14 ID:xCgiZT7s0
以上で投下を終了致します。

636名無しさん:2020/07/28(火) 10:57:33 ID:vSGXn63g0
投下乙です
主催のおっさん二人が面白過ぎる

637名無しさん:2020/07/28(火) 15:50:11 ID:ln5Px7EM0
やった投下だ!
運営すっぽかして謎の友情を育むおっさん二人…なんとも言えない趣がある(あるか?)
黒妹紅はもうせめて輝夜と再会出来ればワンチャン…なさそうだなあ

638 ◆qSXL3X4ics:2020/07/31(金) 17:23:43 ID:LM0DDSIo0
投下します。

639紅の土竜:2020/07/31(金) 17:29:52 ID:LM0DDSIo0
『サンタナ』
【夕方】C-3 紅魔館 地下大図書館


 蝿が目障りだったので、払い除けた。

 目の前の女を出し抜けに吹き飛ばした行動の真意など、サンタナからすればほんのその程度の反射に収まる。
 実際には、蝿は飛んですらいない。血溜めの桶でも頭から被ったかの様な色合いの衣服を纏ったその少女は、自分に対して困惑や動揺の様子こそ見せてはいたものの、敵意は無く、サンタナがこれに先制攻撃を入れる意味など全くなかった。
 それでも試す必要はあった。サンタナには、DIOから語られた『君と会わせたい人物』とやらが、本当に会う価値のある人材なのかを見定める必要があったのだ。
 偏に『見定める』と言っても、品物の値打ちを判ずる考査には諸々の嗜好が出る。サンタナがまず採った選択が、『暴力』による小手調べだったというだけの話。彼という人種を考えれば、当然の手段である。


「…………? どういう事だ、これは」


 考査結果のみを見て、サンタナの頭には疑問符が押し寄せる。
 ただ、払っただけ。
 超生物たる男からしてみれば腕をほんのひと薙ぎの、何という事も無い行為である。本当に殺すつもりの威力など、少なくとも今の一撃には込めていない。

 しかし、その少女───秋静葉にとって、柱の男とのフィジカル差はあまりに瞭然。サンタナがDIO戦にて大きく疲弊している状態を差し引いても、このあまりに埒外な先攻を食らったのでは、堪らず紙切れのように吹き飛ばされる醜態を見せたのは致し方ないと言えた。


 何だ、この虫けらは。
 この、脆弱な生物は。
 これがDIOのぬかした、オレと『縁』がある女?


 ───本当に、舐められたもんだ。


「どうやら時間を無駄にしたらしい。……不愉快、だ」

 元々、どうしようもなく腹立たしげに感じてはいた。
 DIOに立ち向かったはいいが、事実上の敗北を喫し。
 むざむざ撤退する訳にもいかず、あろう事か奴の口から仲間へと誘われ。
 刻むべき道を『二択』に迫られた結果として、奴から宛てがわれた女の正体が〝これ〟では。

「う……ぅ、あ……っ」

 反吐を吐き、地べたに四つん這いの格好を取る女を見下ろすサンタナは、また嫌悪し、蔑んだ。
 いよいよ我慢ならなかった。DIOは何を以て、オレと〝これ〟の縁がどうだのという話を持ち掛けたのだ?

「……女。お前は、何だ?」
「かっ……は、ァ……ッ!?」

 体重の数値は三桁を優に超すサンタナ。その大木のように太ましい脚が、悶え蹲う静葉の背へと、遠慮の欠片もなく真っ直ぐ落とされた。

 DIOは先程、別れ際にこう言い残している。

『───好きにすればいい。気に入らないようなら喰っていいし、力は全く以て脆弱な少女だ』

 奴なりの冗句か何かだと、その場は流したものだったが。どうやら言葉の通りとなりそうだ。それぐらいに、サンタナにとっての秋静葉という存在の第一印象は、言葉を交わすまでもなく最低ラインから始まった。
 このまま杭打ちした足の先から『喰って』も問題は無かろうが、言葉を交わす事でこの『交流』が意味を形成する。そんな邂逅に成り得る可能性も否定出来ない。初めこそ暴力での会話を試みたものだが、それだけでは〝人の底〟を測れやしない。少なくとも、今のサンタナにはそういった意義ある体験が、回数こそ少ないものの経験として活きている。

 甲羅を経る。
 良く言えば、そういう目的を兼ねた腹案──下心のような気持ちで、サンタナは自らより下に見ている少女へと、漠然ながらも尋ねたのだった。
 「お前はオレにとって、有益をもたらす存在なのか?」と、値踏みするかの様に。全ては、己の糧に通ずるか?という思惑の上であった。
 命を握られた側の少女にとってみれば、ここで答えを誤るわけにはいかない。突然にして陥った窮地であると同時に、重大な質問だった。

640紅の土竜:2020/07/31(金) 17:31:12 ID:LM0DDSIo0


「あ……う、……ぐ、そォ……っ! わだ、し……は……〝また〟こう、しで……」


 虚勢でもいい。
 負け犬の遠吠えでもまだ許容出来る。
 命乞いでさえなければ、少しは耳を貸す気持ちになれるかもしれないと。
 サンタナの心の片隅。ほんの僅かには残っていた『同情心』の様な薄っぺらい気持ちも。
 この、意味すら伴っていない様な言葉の羅列を半分ほど耳に入れた所で。

 サンタナが気まぐれで掛けたふるいに、この雑魚は尾ヒレを引っ掛けることなく奈落の海へと堕ちる。
 ───その運命が決定した。


「エ゛シディシの時と……私はな゛にも、がわらない゛……っ!!」


 ピクリ、と。
 稚魚を喰らわんと顎を開く大鮫───サンタナの足による『食事』が、何の答えにもなっていない女の醜い回答によって中断された。
 今……コイツの口から吐き出された名前。サンタナはここでようやく『共通点』を見出した。

 共通点。DIOの言う所の『縁』であった。

「…………誰だと?」
「エシ、ディシよ! あなた、あの大男の仲間、なんでしょう……!?」

 仲間。……『仲間』ときた。
 同族ではある。生態上のカテゴリで表せば同胞なのは違いない。
 しかし、その質問に対する答えには胸を張ってYESとは言えない。言えないが……やはり名目の上では仲間だと、肯定すべきなのだろう。
 従ってサンタナは、口には出さずとも否定の意を示さない態度によって、真下の少女との『会話』を続行する事とした。口下手である彼なりの、自己顕示の手段であった。

「エシディシ様を知っているのか」

 その単語───『エシディシ』とは、少女にとって最早呪いの類である。


 秋静葉。
 此度の遊戯において、少女の『始まり』は血に濁った泥底からであった。
 ただでさえ指折り弱者の彼女が選び取った道は、あろう事かゲーム優勝。己以外の全ての生命へと宣戦布告を遂げたというのだ。
 まず、間接的にではあるが弾丸使いのミスタを仕留められた。あの孤高の男リンゴォとの決闘の最中という、用意された舞台上でなければ成し得ない、破格の戦果であったと言えた。

 次に、というより、次こそが問題だった。
 意気揚々ではないが、強者を仕留められた結果に静葉の心はどこか浮いていた。
 「この調子で行けば……」といった焦燥の気持ちが無かったといえば嘘になる。こういった波乱の地において、強者弱者関係なく絶対に浮かべてはならない思考だ。
 その油断を突くようにして、あの大男エシディシは試練として立ち塞がったのだ。今更、語るべき内容でもない。大敗を喫し、心臓には『結婚指輪』を仕掛けられる。傍迷惑な、再戦の契りであった。

 弱者が、強者から一方的な蹂躙を受けた。
 事実とは、ただのそれだけである。
 この指輪が存在する限り、エシディシとの再戦は避けて通れぬ試練。
 だからこそ静葉の中でエシディシの存在は大きく、そして歪みきった死神の様な因縁を結んだ相手。

 DIOと出会い、言われるがまま待ち人の潜む地下へと足を運んだ。彼は、その場所に居る人物を『縁』ある相手だと言っていた。静葉の通った境遇と、少し似ているかもしれない相手だとも。


 相手の正体は、闇の一族。
 憎きエシディシと風貌を似通わせた、鬼人だ。
 一目見て、奴の仲間だと理解した。


 出会い頭に、吹き飛ばされた。
 会話を挟むことなく、まるで突風が過ぎるかの様に。
 そして今また、静葉は鬼人の脚に踏みつけられている。
 嫌でも想起するのは、エシディシの蹂躙を受け、心臓に手を掛けられたあの瞬間の悪夢だ。


「エシディシを知ってるか、ですって……?」


 かくして、少女は出会った。
 この鬼人───サンタナと、地の底にて。

641紅の土竜:2020/07/31(金) 17:33:28 ID:LM0DDSIo0

「私は……アイツと戦わなきゃ……勝たなきゃ、駄目なの……ッ」
「……キサマ、名前は」
「……ぅ、……し、静葉。秋、静葉……っ」

 ひとまず男の質問に答えることで、静葉はその場しのぎの延命を図った。首だけを回し周囲を確認するが、猫草の鉢は遥か遠くに転がっている。反撃の材料は現時点で無い。
 目に見えて動転、困惑するのは静葉の心境からすれば致し方なかった。なにせ図書館にて待つ者はDIOの口ぶりからして『味方』か、それに準ずる相手。少なくとも危険な相手だという認識は、全く予想の外であったからだ。
 そこに居た者があのエシディシと似た容貌の男であるだけでなく、唐突に攻撃を仕掛けてきたというのだから、誰であってもパニックに陥るのは当然。DIOを信頼しての結果、という事実も大きな作用を生んでいた。

 DIO。静葉は、彼と出会って『変わった』。
 正確には『戻された』。この殺し合いが始まる以前の、或いは始まった当初の頃の、秋静葉というか弱い少女神へと。
 その瞳からは、寅丸星と共に行動していた頃ほどの我武者羅さは消滅している。無論、今でも勝利への貪欲さは失われてはいないが、その『勝利』への意識が以前に比べて方向性が違っていた。

 何処がどう変化しているか。
 その具体性は静葉自身にも分かっていない。
 かつては迷いを捨て、修羅にも成ろうという思い上がりを決意したものだったが。

 今の秋静葉は。
 迷妄しつつも泥濘駆けんと努力する───〝極上の弱者〟を貫いていた。

(サア ソロソロ ダゼ)
(ウフフ フ フ シヌワ。モウスグ シヌネ)
(アナタ ハ ヨワイオンナ デスモノ)
(シ ヲ イトウ ノデアレバ タタカイナサイ)

 静葉を苦しめる『頭の中の声』が止むことはない。この声を拒絶する方法を知ってはいるが、彼女がこれを拒むことは、もうやらない。
 あるとしたら、それは死ぬとき。
 秋の終焉。即ち、晩秋。
 何故ならば、彼女は受け入れたのだから。

 この『弱さ』を。
 この『痛み』を。
 この『地獄』を。

 しかし。
 甘んじ、受け入れる事と。
 それらを乗り越える事は。
 同じではない。
 二つは全く別次元のステージ上にとぐろを巻いている。

 弱きを受け入れるという事は。
 弱きに押し負け、潰される恐怖がすぐ身近に感じるという事だ。


(タタカウ シカ ナイ)(タタカエヨ)(シヌノガ コワイノデショウ?)(タタカエ)(サモナケレバ)(シヌ ゾ)(シヌ)(イモウト ハ スクエナイ)(ハヤク)(ハヤク タタカエ)(サモナクバ)(コッチガワ ニ コイ)(ハヤク)(ハヤク シネ!)(シネ シネ)(コロセ……!)(テキ ヲ コロセ!)(アルイ ハ)(アルイハ)



「や……やめてぇぇええッ!!!」



 無数の『何か』から逃れるように。
 それは己の背後にポッカリ口を開けた絶壁の崖。深淵の中より、呪言と共に腕を伸ばさんとする亡霊共のような幻影であったが。
 静葉はたちまちにして喚き散らし、懸命に懇願した。

「嫌! こ……来ないでッ! わた、私に近付か、……ないで! 化け物ッ!!」

 気付けば、背を杭打っていた化け物の脚は離れていた。枷から逃れた静葉は、腰を抜かしながらも尻餅姿勢のままに後退る。猫に追い詰められた鼠だって、こうまで取り乱さないだろう。
 当然、そんな体勢では化け物から距離を取ることなど不可能。サンタナが間合いを詰めるまでもなく、背後の本棚へまんまと頭をぶつけ、叶わぬ逃避行となった。

642紅の土竜:2020/07/31(金) 17:35:13 ID:LM0DDSIo0

「……少し、黙れ。別に今すぐ取って食おうというわけじゃない」
「来ないでって言ってるでしょう! わた、わたし……まだそっち側に行くつもりなんて、ない!!」

 浅慮、というよりも気が動転しすぎて周囲に目がいってない。弱肉強食のサバンナに兎が一匹放り込まれたのでは、こうも吠えるのは無理ないかもしれない。しかし兎は、草葉の陰より現れた獅子に臆するというよりかは、別の『何か』に怯えている様にサンタナには見えた。
 どちらにせよ筋金入りの弱者である事に変わりない。こんな底辺者がよくぞまあ今まで生きてこられたなという感想よりもまず、少女の吐いた名前にサンタナは思い至る節がある。

 間違いなく、以前に主エシディシが森で出会ったとかいう女がこの『秋静葉』だ。
 廃洋館での三柱会議の場。あそこに顔を出していたサンタナは当然ながら聞き及んでいる。その事を語る主の模様はと言えば、至極どうでも良さげに流してはいたが、掻い摘んで言うと「秋静葉という女に結婚指輪を仕掛けた」との内容だった。

 結婚指輪……サンタナの『番犬』時代であった遥か以前にも覚えはある。
 確か、主らが戯れのように対象者へと交わす再戦の契り。その強制の証が『結婚指輪』という名の猛毒リングだ。
 幼心に「何が面白いのだろうか」といった乾いた印象を抱いた記憶もある。故にではないが、自分はそんな大層なアクセサリーなど常備していなかった。主から賜る機会すらとんと無かった。

 昔日の思い出に顔を歪ませるのは今すべき事ではない。
 なんとも面白いというのが、つまりはこの静葉は遅かれ早かれ、主エシディシと一戦を交える未来が確定しているという事実だった。
 それがどういう意味であるのか。考えることすら馬鹿馬鹿しくなる。

「……フフ」
「な、何よ……! なにか、可笑しなことでもあるの……!?」
「可笑しなことだらけだ。主のいつもの戯れながら、オレには理解できん。よりによってこんな負け犬を相手に選んだというのは」

 エシディシ。サンタナが二人持つ主の、片方の柱。
 自分などが改めて口に出すまでもない事だが。エシディシは、人智を遥かに超えた戦闘力を振り回す強者の一角である。無論、サンタナよりも数倍上手だ。
 そのサンタナを前にしてこうまで酷く狼狽する一介の雑魚が、何をどう闘えばあの狂人に勝ち星を上げる偉業など成し遂げられるのだろうか。

 主も主で、という話にもなる。貴重な指輪を引っ掛ける相手がよりによってコイツでは、暇を持て余した戯れにすらならないだろうに。どんな大物が釣れるか分からないところに魚釣りという余興の楽しみもあろうが、獲物が雑魚だと知っている釣り堀に垂らす貴重な餌と時間など、無駄以外の何物でもない。
 或いは、釣り糸を垂らす行為そのものに興を見出している可能性も無きにしも非ず。カーズやワムウと違ってエシディシは、専ら人を食った様な態度で相手を弄る悪戯好きの側面も目立つ。
 ともすれば、当人にとって意義のある再戦など実の所どうでも良く、旗色の見込めない対戦者が絶望に塗れ四苦八苦する様をただ観察して楽しむため、とすら邪推してしまう。

 だとするなら。
 だとしなくても。
 少女を不憫だなんて、とても思えない。
 滑稽な話だ。当然な末路だとすら考える。
 人間を脅かす存在。
 それこそが柱の一族の本懐。
 その相手が、神であろうが関係ない。
 ましてこの少女は、清々しい程に弱かった。

 弱い。ただそれだけならまだしも。

「───ふんッ」
「がァ……っ!? ぁ、ぐ……」

 この期に及んで立ち上がろうともしない静葉へ距離を詰め、横っ面に一撃の蹴り。これにも万力の一片たりとて込めていなかったが、結果は先程の焼き増し。

「逆に驚いた。同じ『弱者』でも、目に映る姿がこれ程に違うとは」

 暴力に蹴散らされ、無力を訴えかける静葉の姿を見下ろすサンタナの瞼には……また別の『弱者』が映っていた。

 その妖怪……古明地こいし。
 彼女との触れ合いはサンタナにとって短い──いや、皆無に等しかった。
 こいしは弱く、矮小で、苦しんでいた。その点では静葉と何ら変わらない。

 サンタナは知らない。
 古明地こいしが『強さ』について大いに迷い悩める、一匹の仔羊であった事を。
 ワムウと僅かな時間を共に過ごし、最期には彼女なりの『強さ』を見出して永い眠りについた事を。

 サンタナは知っている。
 古明地こいしの『勇気』は絶対的な暴力に捻じ伏せられ、最期の灯火も消し飛ばされた事を。
 カーズの凶悪性を前にして、胸に抱いた『誇り』も、何もかも蹂躙され尽くされた事を。

643紅の土竜:2020/07/31(金) 17:36:24 ID:LM0DDSIo0
 『勇気』も『誇り』も、物理的な力が伴っていない限りは、より大きな『強さ』に踏み躙られる。世の条理だった。
 ではこいしの生き様は、果たして無意味だと断じられるのか?

 サンタナには……そうは思えなかった。
 ワムウの膝元に抱えられながら両の瞳を閉じゆく少女へ対し、サンタナの心には確かに『称賛』が芽生えたのだから。

 そして今。
 古明地こいしと同じように『強さ』を求め、悩んでいた『弱者』が目の前にて悶えていた。
 カーズの暴力に侵略され、命を摘み取られるこいし。図式の上では、今のこの状況はそれと同じだ。
 さながらカーズと同じ類の暴を、サンタナは眼前の静葉に振るっている。既視感の宿るこの光景をしてサンタナは、先の台詞を吐いたのだった。


 同じ弱者でも、こいしと静葉ではこうまでに違うのか、と。


「か……は……っ ぅ、うう……あ、ぐぅ……!」

 反撃を試みるでもなく、少女は蓄積するばかりのダメージにただただ悶えるだけ。

 これでは、とても『称賛』など出来ない。
 こんな虫けらに、『勇気』も『誇り』もありはしない。
 例えあったとしても……それはこいしとは種からして異なる、真の弱者がほざく低級な生き様だ。

 これでは、とても『糧』にはならない。
 こんな虫けらを、一匹潰したところで。
 サンタナの『生き様』を……刻み付けることなど出来ない。『証』を残すことなど、出来ない。


「お前は……殺す価値もない様なゴミだった。心底、呆れたぞ。お前にも……お前の様な虫けらを配下に持つ、DIOにも」


 この邂逅は、元を正せばDIOの橋渡しあっての『縁』だ。それはサンタナにとっても、静葉にとっても同じであった。
 彼女がDIOからどういった紹介文を受けてこの地へ降りて来たのかは知らないが、凡そサンタナと似たような文言であろうことは予想出来る。
 共通点は『エシディシ』だ。恐らくDIOは事前に静葉の口から聞き知っていたのだろう。彼女の境遇と、敵を。そこにエシディシと風貌似通わす自分が現れたとあれば、我々の関係性にも自ずと察せる。

 そこで、二人を出逢わせてみよう。果たして、どうなるか?
 大方こんなところだ。あの底意地悪い吸血鬼が晴れ晴れに考えそうな理屈としては。

「つまらん。とっとと消えろ……この負け犬めが」

 結局、静葉は見逃すことにした。これでは殺すよりも、まだ生かした方がマシだと判断しての事だ。
 サンタナの目的は虐殺ではない。かと言って主達にただ付き従うでもない。
 自らの名を知らしめ、『恐怖』を伝搬させる事にある。であるのならば、こんな他愛もない雑魚一人喰ったところで腹などふくれようもないし、このまま逃がし、精々怯えながら残りの生に齧り付いていればいい。

「オレは『サンタナ』だ。この名を出して、精々DIO辺りの強者にでも泣きつけ。……どうでもいいがな」

 名乗るという行為にサンタナが見出した意味はとても大きい。しかし今に限っては、辟易と共に反射的に出した、名ばかりの表看板だった。

「………………く、ぅ」

 呻き声を小さくあげる静葉は、未だに逃げようとしない。これ程までサンタナ相手に暴の威圧を散らつかされながら、こちらを見上げて生傷を撫でるばかりであった。
 とうとう腰まで抜かし、逃走すら行えないか。グズグズする少女の歯切れの悪さには、苛立つばかりであった。

644紅の土竜:2020/07/31(金) 17:37:03 ID:LM0DDSIo0

「どうした。何故逃げん」
「……貴方と、お話がしたいから」


 お話。

 ……それは、何だ?

 今、『会話』をしたいと。

 そういう意味で言ったのか?


「キサマ……状況が分かっていないのか? それとも、それすら理解出来ない本物の馬鹿か」
「最初、貴方の姿を見て思ったわ。『あのエシディシが仲間を遣って、私を殺しに来たんだ』って。どうにかして戦おうって思ったし、けどやっぱり逃げたいとも思った」

 ポツポツと口を開き始める静葉の瞳には、依然としてサンタナへの恐怖が滞在していた。瞳を覗くまでもなく、その肩や腕には震えが見て取れた。

「そんなわけ、ないのにね。アイツにとって、私はそんな価値すら無い弱者……。こんな指輪を引っ掛けておきながら、私は奴の眼中にも無い」
「そうとも。そしてそれはオレにとっても同じだ。キサマと会話して、オレになんのメリットがある」

 会話。
 メリット。
 それらの言葉を口に出しながらサンタナは、既視感を覚えた。
 DIOだった。そういえばあの男も、続行すべき死合を止めて急に会話を始めようとしたのだった。自らの命を狩らんとする襲撃者相手に、言葉を以て探りを入れようと。
 静葉がやろうとしている事は、立場こそ圧倒的に異なるものの、DIOと同じだった。


「キサマ……オレが怖くないのか?」


 この質問に意味は無かった。
 答えなど、静葉の様子を見れば誰の目から見ても明らかなのだから。


「怖い。とても、怖いわ」

「でも」



「私はもう……『恐怖』からは逃げない」



 凛とした、などとはとても形容出来ない、少女の倒錯しながらも真っ直ぐに射抜こうと仰ぐ眼。
 まるで『恐怖』そのものに成らんとするサンタナへの反旗の如く。絶対に屈してやるものかという強い想いの込められた瞳が、サンタナには気に食わなかったのかも知れない。

645紅の土竜:2020/07/31(金) 17:37:48 ID:LM0DDSIo0

 腹の下から蹴り上げ、虚空を回った静葉の首を壁に打ち付けたサンタナは、少女の眼前に見せ付けるようにして大槍───鋭く構えた右腕を突き付ける。

「立派なことだ。負け犬ごっこなら、あの世でやれ」

 時として地上には、このように無意味な蛮勇を振り翳す馬鹿な人間が現れる。震えるほどの恐怖をその身に刻み付けられておきながら、勝ち目の無い戦に投じる愚か者。

 何故、弱い癖して戦おうとするのか。
 何故、怖い癖して立ち向かおうとするのか。
 何故、逃げないのか。
 何故。何故。何故。

 この女は神らしいが、身に宿す非力さも、心の脆弱さも、人間共と何一つ変わりはしない。
 まして目の前の脅威と戦おうともせず、話がしたいなどとぬかして茶を濁す。つい先程は「来ないで!」と拒絶までしておきながら。言う事やる事がグチャグチャだ。

 興醒めもここまで来ると、いっそ芸術。
 殺してしまおう。サンタナは、殺意以外の全てを放り投げて腕に力を込めた。



「負け犬ならアナタだって同じじゃないっ!!」



 カラン。
 壁に打ち付けられた静葉の足元へ、何かが落ちた音がした。



「………………オレを、負け犬だと?」



 それは、どういう。



「どういう、意味だ?」



 不思議と、怒りは湧き上がらなかった。
 平時であれば負け惜しみの戯言だと一笑に付すか、そうでなくともこの罵倒に気分を害し、どちらにせよ捻り潰すか。

 ただ何故、この取るに足らない女はオレを指してその言葉に至ったのか。それが疑問だった。
 
「どういう意味だと、聞いている」
「ぅあ……っ」

 首を絞める腕には思わず力が入る。怒りは湧かずとも、焦燥の気持ちが煮え始めていることは自覚出来た。
 と、ここまで来て、こうも首を絞められたのでは言葉など発せられないだろうと。サンタナはゴミでも投げ棄てるようにして、静葉をその場から放った。

「あ……げほっ げほっ……っ!」
「なんとも脆い女だ。そのザマでよくぞ人を負け犬呼ばわり出来たもんだ」
「はぁ……はぁ……。その、げほっ 様子だと、当たりみたい、ね」

 〝当たり〟……つまり、謀られたという事、か。

「小娘……カマをかけたのか」
「何となく、思っただけよ。……貴方の目、少しだけ私に似てた気が、して。それに『エシディシ』の名前を出した時の貴方の……何ていうか、態度とか、感情……それが、卑屈っぽく見えた。残りは……勘、だけど」

 似てた、と静葉は言う。
 サンタナと秋静葉の瞳が、似ている。
 それはつまり、静葉がサンタナへ対し『同族意識』だのといった抽象的な感傷を抱き、負け犬などと吐いたのだろうか。
 許されざる毒。闇の一族たる名誉を攻撃するような愚挙だ。これ程に屈辱的な中傷を受けて尚、何故だかそれに怒りを抱く気持ちになれない理由がサンタナには分かってしまった。

646紅の土竜:2020/07/31(金) 17:38:15 ID:LM0DDSIo0

 負け犬、負け犬、と。しきりにその言葉を口に出していたサンタナ自身、脳裏に追想されるのは『主』と『自分』の関係。
 他の同胞達はこの自分に対し、かつてどのような目を向けていたか。回顧するのも憚られるほど屈辱的な視線だったはずだ。そしてそれは、かつてと言うほど過去の話ではないし、いつの日からか彼らの見下しを〝屈辱〟だと感じることすらなくなっていった。

 面と向かわれ、口に出された事は実際あっただろうか。
 同胞達から『負け犬』だと。蔑みの目で。
 覚えてなどいない。いないが、少なくとも『番犬』といった散々な扱いは受けていた。

 そして今。
 サンタナはあの時のカーズらと同じ目線で、眼下の『負け犬』を蔑んでいた。

 もう、分かっている。
 秋静葉は、かつての弱かったサンタナだ。
 しかし致命的に異なる箇所がひとつ、ある。
 昨日までの自分は、寄る辺のない『虚無』でしかなかった。
 対して、この負け犬はどうだ。
 抗おうという気概こそ見せぬものの、恐怖(サンタナ)から逃げようとせず。
 それこそが我が信念と言わんばかりに、こちらを見上げるのだ。

 少女の瞳に燻るモノの根源───〝底辺を経た弱者〟だからこそ通ずる、同族意識。

 それは裏を返せば、同族嫌悪ともなる。

 成程、コイツはただ弱いだけの『弱者』とは違うらしい。しかし当人も問題とするのは、その『弱さ』が肝心だった。
 サンタナと静葉では、致命的に異なる点がもうひとつあった。
 サンタナが自虐する〝弱さ〟とは、あくまで同胞間での立ち位置による意識。精神的な問題でもある。
 静葉に足りないのは、どちらかと言えばもっと根本の……生物学上での高み。生存競争における強さを求めていた。この点のみを見比べれば、サンタナという生物がその総体において遥か上……尋常でない強みを蓄えている事は流石に自覚している。

 静葉に、サンタナのような強みは無い。
 自分と接点を同じくして、肝心な部分では違っていた。
 その半端さが、少女への『同族嫌悪』という感情に導いている。

 どこか、似ていて。
 だから、気に食わない。

647紅の土竜:2020/07/31(金) 17:38:55 ID:LM0DDSIo0


「───力が欲しいのか?」
「え?」


 断じて感傷的になった訳では無い。
 だが……これもあの吸血鬼の言う『縁』なのだろう。
 或いは、皮肉な巡り合わせとでも。


「そこに落ちている『石仮面』を使えばいい。使い方を知らないか?」


 縁とは、本当に皮肉なものだ。
 座り込んだ静葉のすぐ傍には、サンタナにも覚えがある仮面が転がっていた。恐らく、先程コイツを壁に打ち付けた時にディバッグから落ちたのだろう。

 石仮面。カーズの開発した、闇の一族を『究極』へと昇華させる道具の一つであると同時に、人間を吸血鬼へと変貌させる道具でもある。
 サンタナはそれを知っていた。まさかコレが支給品に紛れていたとは驚いたが、知っているからこそ、そこの無力に薦めるのだ。

「石、仮面……」
「そうだ。手っ取り早く力を身に付けたいならば、被らぬ手はないだろう」

 尤も、リスクはある。そもそも神とやらが吸血鬼に変化出来るのかは置いても、鬼一口のリスク程度を冒す覚悟も無い輩ではないだろう。


「これを被れば私も、DIOさんのように……───」


 虚ろとなった目で、少女が仮面に触れた。

 その目が何処を目指しているのか。

 目指すは高みか。DIOか。虚構か。

 如何な『同族』であるサンタナにも、そればかりは測れない。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

648紅の土竜:2020/07/31(金) 17:39:51 ID:LM0DDSIo0
『秋静葉』
【午後:数時間前】C-3 紅魔館 大食堂


「そういえば……静葉」


 一通り、DIOさんとの会話を終えて。彼は私へと休息を促してくれた。今、一人になることは怖かったけど、疲労が溜まっていたのも事実だったから。
 フラリと翻した私の背へと、DIOさんの声が掛かる。

「さっきの話では軽く流したが……君はあの『石仮面』を持っているとか」

 ああ。そのこと。
 私は抱えた猫草を卓に一旦置き、ディバッグから件の仮面を取り出そうとした。

「いや、そのままでいいよ。ただ、それを持つことの『意味』……君は考えているのかと、ちょっぴり気になった次第でね」
「……意味、ですか?」
「そうさ。君は先程その石仮面を仲間の寅丸星に被せ、殺害したそうじゃあないか」

 ビクリと。どうしてかは分からないけど、私の体は少しだけ跳ねた。
 頭の中に響く『ある女性の声』が、一層と強くなった……気がして、反射的に頭を抑える。

「ああ、すまない。他意は無いよ」
「え、ええ……勿論、分かってます」
「それで、だ。私自身、石仮面には『縁』があってね。
 ───というより、私は百年前、その石仮面によって吸血鬼となった」

 思わず、抱え直した猫草の鉢を落としそうになった。そんな情報は初耳だったからだ。

「プッチから聞いてなかったかい?」
「……プッチさんからは、この仮面の用途くらいしか」

 チラリと、椅子に座ったプッチさんを横目で見る。聖白蓮にやられた傷がまだ痛むのか、やや辛そうな面持ちで彼は私の視線を受け、肩を軽くすくめるジェスチャーで返した。

「まあ、そういう事だ。詳細は省かせてもらうが、私は色々あって石仮面の力を借りさせて貰った。つまり君たちのよく知る幻想郷の純粋な吸血鬼とは異なるルーツを持つ『吸血鬼』なのだ」
「DIOさんのルーツが……この、石仮面……」

 寝耳に水とでも言うべき偶然か。
 DIOの『特異性』とも呼べる独特な空気……その全容とまではいかなくとも、片鱗たるルーツがこの石仮面だったなんて。

 ぞわぞわと、身震いが起こった。
 なんとも言えない寒気が冷や汗になって、私の毛穴という毛穴から噴き出し始める。


「───話を戻すが、大丈夫かね?」


 DIOさんの声が、すぐ傍で響いた。
 手に待つ仮面へと、まるで魅入られるように没頭していた私の意識を引き上げてくれるように。

「は、はい!」
「ふむ。君はそれを使って寅丸星を消し去ったようだが、言うまでもなくそれは石仮面本来の使い方ではない」
「人を……吸血鬼へと変貌(か)える、道具」
「その通り。大きな大きなリスクはあるが、それに見合った絶大なパワーを得られることは確かだ」

 説得力も絶大だった。
 DIOさんの強さを、私はよく知らない。知らないながらも、目の前に彼が座っているというだけで感じる圧倒的な存在感が、その〝パワー〟とやらを如実に伝えてくるのだから。


 私は弱い。嫌というほど臓腑に染みている。
 でも。きっと。
 これを……被れば。

649紅の土竜:2020/07/31(金) 17:40:21 ID:LM0DDSIo0


「だが」


 一呼吸置いて、彼は真っ赤な中身のワイングラスを手に取った。それを弄ぶようにしてクルクル回転させ、中の液体に波紋を生ませる。

 コク、と。
 ほんの一口、グラスの中身が彼の喉を流れていく。所作ひとつ取っても、優雅の一言では終わらない……詩的な見映えだと感じた。

 体感ではとても長い時間が私の中で流れた……錯覚を感じ、意味もなく心臓を畝らせる。
 彼が何かを語ろうとする場面、毎度こうなっている気がしてならない。


「───だが。道具は所詮〝道具〟だという事を忘れるな」


 トン…と、真っ赤なテーブルシーツの上にグラスが置かれた。
 そのグラスからは、先程までの清純な赤みは失われている。DIOさんが喉に通したワインは一口だけだったように見えたけど、どういう訳だかグラスの中身は虚空だった。


「〝スタンド〟と同じさ。全ては使い手次第……という意味だ。このワインの様に、一口に飲み干すも、濃厚に酔うも、決めるのは全部本人の『意思』……その裁量がものを言う」


 扱いを誤れば……『呑まれる』。
 道具というのは、そういう物だ。
 特にこの……石仮面なんていう、因果な代物はね。

 DIOさんはそう続けて席を立ち、私を扉まで見送ってくれた。
 何処まで行っても妖しく耀き、目撃した者が息を呑む緊張感。そんな魔の魅力を携えた微笑みに私は、半ば虜とされながら手を引かれて行く。





「おやすみ、静葉。〝さっきの答え〟……楽しみにしているよ」





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

650紅の土竜:2020/07/31(金) 17:43:19 ID:LM0DDSIo0



「この石仮面は───使わないわ。少なくとも、まだ」



 サンタナなりに、さり気なく示してやったつもりであった。
 手を引いてあげた、などという女々しい優しさではなくとも、不器用なりに道を指してやったのだ。

 石仮面、という近道を。
 純粋な強さを得る、確実な手段を。

「……使わない?」

 少女の答えは、拒否。
 やや意外であった。これからの生命に関わる重要な方針を、現状においてとはいえこの弱者は放棄したのだから。

「それは何故だ」

 強くなる。それはサンタナにとって、ある日突然求められた絶対的な選択。であると同時に、狭き道だ。
 弱ければ求める物も手に入らない。己程度が欲すには高望みが過ぎる『目標』を、彼は求め続けるしか無かった。

 武人ワムウと拳を交わしたのは、何故だ。
 必要であった儀式だからだ。
 試合の末にサンタナは、強さを手に出来た。
 求めたから、手にしたのだ。
 勝ちたかったから、得られたのだ。

 それがこの───。



「───『鬼』の流法」



 短めな呟きと、火走のような明瞭が男の周囲を纏った。
 何事かと静葉が身を竦める次の瞬間には、既に『変化』は終わっていた。

「え……」
「これがオレの手にした『強さ』だ。尤も、まだ未完ではある形態だが」

 赤黒い双角を新たに宿し、巨人の子孫かと見紛う体躯は二回りほど縮ませている。しかれども、その体積を反比例させるように放出される肉体の熱は、間近にいる静葉の肌をちりちりと灼いた。
 素人目に見ても、この『変化』が生物としての強度を格段に底上げする技術だという事は明らかだった。

「そ、それが……貴方の『強さ』なの?」
「そのようなモノ、だ。オレはある時、どうしようもない『壁』にぶつかった。その壁に手を掛ける為……這いつくばりながら必死こいて求めた強さが、この鬼の流法だ。
 小娘。お前は何故、そうしない?」

 鬼の流法と、石仮面による吸血鬼化。昇華の次元こそ違えど、また到達への敷居の高さこそ違えど。
 この二つは、『力』を求める我々同士、同じ目標に至れる手法だ。少なくとも、サンタナはそう思っている。
 だから理解出来なかった。静葉が目の前に転がる力へと腕を伸ばそうとしない、その理由が。

651紅の土竜:2020/07/31(金) 17:44:04 ID:LM0DDSIo0

「もう一度、訊く。何故お前はその石仮面を使わない?」
「……理由は『二つ』、かしら」
「言え」
「貴方、少し私のことを勘違いしてると思う。貴方の求める『強さ』と私の求める『強さ』って多分、ちょっと違うもの」

 切れた唇から垂れる血を袖口で拭き取り、少女はようやく立ち上がる。
 ようやく、ようやくであった。
 ここに来てようやく、静葉はサンタナの前でその両足を立ててみせた。体躯を縮ませた今のサンタナと彼女とでは、互いを捉える目線もそれほどの差は無かった。

「オレとお前の求める強さが違う? ……続けろ」
「えっと……貴方が求める強さっていうのは、砕いて言うなら〝上へ登り詰める強さ〟だと思うの。私も、ちょっと前までは同じだった」

 強さとは、個々人で様々にある。
 まだ何も知らなかったサンタナは、この創られし幻想郷でそれを学ぶことが出来た。その上で〝かつての自分〟をこの静葉に投影し始めていたサンタナは、彼女と自分の求める強さは同じ類のモノだと漠然に感じていたものだが。

「でも今は違う気がする。私だって、強くならなければ全部終わり。そんなこと分かってるけど……それよりまず、自分の『弱さ』を乗り越えなきゃダメって、思ったの」
「お前の……弱さ?」
「私は貴方から見るまでもなく、弱い。もの凄く弱い。その弱さを受け入れて、強くならなきゃダメなの。
 どうも弱さを棄てる事が、そのまま強くなれるって意味ではないみたい。だから今ここで石仮面なんか被っても、きっと私は変われない」
「……お前の言ってる意味が、オレには半分も理解出来んが」
「貴方、強いもの。理解なんて出来るわけ……ないわ」

 そう、だろうか。
 確かにサンタナと静葉では圧倒的な差はある。だがその『強さ』以外の所では、二人は共通している部分だってある。そうであれば、相互理解を深めることも出来るのではないだろうか。
 と、ここまでを考えサンタナは呆れるように首を振る。ついさっきまでこの小娘に心底下卑た視線を送っていたのが、今となっては相互理解だのと。
 悪い気分には、ならないが。

「じゃあ訊くが、お前が乗り越えるべき『弱さ』とやらは具体的に何だ?」
「……私が今までに殺して来た人達。糧、そのものよ」
「糧そのもの?」
「そう。未だ、頭の中に響き続けるの。分不相応の身で浴びた血が、無数の亡者となって背中を引っ張り続ける悪寒……『声』が」

 俯きがちに語る静葉。草臥れた声色に宿る感情は、死んではいないが何処か軋んでいる。
 蹴落とし。打ち倒し。殺してきた奴ら。
 踏みつけて来た筈の背後の骸が重荷となって、本人を苦悩に陥らせる。この気持ちはサンタナには本当に理解出来なかった。散々人を喰い、栄養とし、けれども糧には出来ずに生きてきたサンタナには。


 だが、今ならばどうだろう。

652紅の土竜:2020/07/31(金) 17:45:01 ID:LM0DDSIo0
 サンタナは伊吹萃香という『糧』を受け、この形態───鬼の流法を手にした。小鬼だけでなく、あのレミリアやドッピオとの戦いすらそうだ。
 一口に糧とは言うものの、ここに至った経緯は決して易きに流れた道程ではない。
 確かにあの小鬼の一押しが決定打になった事は認めよう。然れど、隘路を潜った源の力……即ち、意志の顕現たる出処は、サンタナ自身の変化が齎した『信念』である。

 何を糧とするか。何を負とするか。
 決めるのは結局、己自身が心に宿す針だ。
 この秋静葉が今まで一体どれだけの糧を得てきたのかは知らないが。
 そしてその糧が、どれ程の修羅場の盤上に成り立つ戦果なのかは知らないが。

 他者であるサンタナの目から見ても、この静葉は得てきた糧に〝身を食い潰されている〟ように見える。

 本来の己が持つキャパシティに釣り合っていないのだ。容量をオーバーした分の糧の〝重み〟が、彼女の自我を乗っ取ろうと囁き続ける。そこまで行くと、もはや糧とは言えない。糧から反転した『負』が、静葉の肩へと溶かした鉛のようにのしかかるのは自明だ。
 いずれ……いや、決して遠くない未来に、静葉は自重に圧し潰されてくたばる。少女を殺すのは、眼前に立ち塞がる敵対者の数々ではなく、自らが糧にしてきた〝と思っている〟亡霊の呪言……怨嗟の声そのものに違いない。

「別の手段があったのではないか? ……何故、わざわざ苦しい思いまでして糧を取り込もうと藻掻く」

 サンタナには分からない。

 ここで言うところの『糧』というのはつまり、他者の命を指す。サンタナにとっては少し違うが、少女にとってはそうなのだろう。それらを奪えば奪うだけ、自らの歩みを鈍重にする。静葉の様相を見れば、あからさまな事情であった。
 糧が、負に化け、寿命を縮める。静葉がそれを明確に自覚しているならば、どう考えても彼女の目的にはそぐわない手段。アレルギー症状が出ると分かっていながら、それらを強引に胃袋へ押し込んでいる様なものだ。
 ゲーム優勝コースを往くには、誤ったルートであるというのは火を見るより明らかなのに。

 サンタナには、分からない。


「……分からない。分からないから、よ」
「……何?」
「私には、何も分からない。どうすれば妹を救えるか。どうすれば弱さを乗り越えられるか。
 ……いえ。正確には、分からなくなってしまった。DIOさんと会って、色々な事を話して。それまで私がやってきた行為は、自分にとって本当に正解だったのかなって」


 またしても、DIO。
 彼奴がこの華奢な小娘に何を吹き込んだかは知る由もないが……成程。中々にエグい事をする男だ。


「悟らされたの。私が『本当に闘うべき相手』を。おかしな言い方になるけど……私が闘う相手とは、目の前の敵じゃあない。闘って、下して、殺してきた相手。真の敵は目の前ではなく、『背後』にいた」


 そうなれば、ある意味ではサンタナよりも困難な道となる。薙ぎ払うべき敵が目の前に立ち塞がるなら力で除外すればいい。それこそが純粋な生存競争なのだから。
 しかし静葉の場合。
 敵は背後の、見えるけども見えない敵だという。そのような概念的な相手にどう対処すればいいのか、こればかりはサンタナにも皆目見当がつかない。強者ゆえの未知とも言えた。

───『貴方、強いもの。理解なんて出来るわけ……ないわ』

 先程、静葉が突き付けたばかりの言葉が唐突に浮かぶ。彼女の言わんとした意味だけなら理解出来た。しかし理解のその先が、やはりサンタナには不明だ。

653紅の土竜:2020/07/31(金) 17:45:48 ID:LM0DDSIo0

「『糧』と『負』は表裏一体だって、DIOさんは気付かせてくれたの。だったら私は自分の内面に溜まり募った負を受け止め、乗り越えるわ。
 全部を精算出来たその時、堆積した『負』は初めて『糧』へと反転するって、信じて」


 サンタナには分からない。
 これから〝先〟……秋静葉という負け犬が、その過去とどう折り合いをつけながら足掻いていくのか。


「私は弱い。でも、この『弱さ』は棄てるべきではない。『弱さ』を受け入れないままに我武者羅に闘っていたなら……きっと何処かのタイミングでどうしようもない『壁』にぶつかって、死んでたと思う」


 サンタナには分からない。
 分からない───からこそ。


「いえ。きっとその〝何処かのタイミング〟ってのは……今。
 DIOさんが諭してくれなかったら。
 私が以前のままだったら。
 多分、今頃……貴方っていう『壁』に殺されてたと思う」




 だからこそ───面白い。




「…………二つ目は?」
「え?」
「さっきお前が言っていただろう。仮面を被らなかった理由は『二つ』ある、と」
「え……あ、そう、でしたか?」
「……仮面を今被ったところでお前自身は変わり得ぬ。だから〝まだ〟その時ではない。
 それが理由の一つという事だな。では、もう一つは何だと訊いている」

 気付けばサンタナは鬼の流法から解放され、通常の形態へと戻っていた。これが時間経過によるものか、サンタナ自身の弛緩によるものかは本人にも分からない。
 どちらにせよ、サンタナにはもう眼下の『弱者』を喰おうだの痛めつけようだのとは思わない。

「理由のもう一つ……えーっと、それは単純に……」
「単純に?」
「………………怖かった、から。その、紅葉神である自分が別の『何か』に成るって事実が」

 はぁ……と。
 男は少女よりも遥か高みの目線から、思わずため息を飛ばした。

「ただの躊躇か」
「……し、仕方ないじゃない」

 だがまあ、それも各々の色か。
 コイツは古明地こいしとは全く別色の弱者だ。
 しかしこうして交わす言葉もあれば色々と───分かることもあった。


 それだけを見ても、サンタナにとっては一つの『糧』……なのかも知れない。


「持ってろ。……その内、使うことになるだろうからな」


 結局、何者にも使われず、床に転がったままの石仮面。
 サンタナは大きく屈んでそれを拾うと、何処か懐かしむように凝視し……静葉へ投げ返した。

 その内、使う。
 当然、静葉にとって。

 そして、よもやすれば……この、自分にも。


「───オレの名は『サンタナ』だ。秋、静葉と言ったな。お前に少し興味が湧いた。……少しは、な」


 その名乗りは、既に一度交している。
 けれどもこれが一度目とは全く異なる意味を込めた名乗りである事に……サンタナはまだ見ぬ期待を抱かせた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

654紅の土竜:2020/07/31(金) 17:47:05 ID:LM0DDSIo0
【C-3 紅魔館 地下大図書館/夕方】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:DIOの『世界』の秘密を探る?
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:最終的には石仮面を……。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
・鬼の妖力を取得。この流法時のみ弾幕攻撃が放てる。
・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。
・伊吹萃香の様に、肉体を霧状レベルにまで分散が可能。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
4:石仮面は来るべき時に使いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

655 ◆qSXL3X4ics:2020/07/31(金) 17:47:48 ID:LM0DDSIo0
投下終了です。

656 ◆qSXL3X4ics:2020/08/06(木) 17:11:14 ID:n3Q3fHho0
投下します。

657星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:15:57 ID:n3Q3fHho0
『F・F』
【午後】E-4 地下通路


 いやに肌寒いと感じてはいた。地下トンネルゆえ、元より低温環境である事に加えて外は陰鬱な雨模様だった筈だ。
 外殻の役目として纏う〝十六夜咲夜〟の衣装といえば、一般にメイド服と呼ばれる装いを正装としている。肉体の持ち主であった咲夜は、清掃を含む奉仕業に従事する者であるにかかわらず、膝丈程のミニスカートを好んで着こなしていた。恐らく弾幕ごっこへの対応を見越した動きやすさを重視したのだろうが、これでは突然に襲う寒気には適していなかった。

 果たして、ヒトの衣を借りた新生物F・Fが永き地下から抜け出た先の光景とは、純白の雪であった。
 幻想郷に雪とあれば、嫌でもいつぞやの異変を頭に思い浮かべる。あの時もこの〝咲夜〟が館を飛び出し、遠路はるばる冥界にまで赴いたのである。「寒いから暖房の燃料が切れるまでにお願いね」というお気楽な時間制限を主から掛けられ、ろくな準備も無いまま雪の中を飛んだのだ。
 地下を出たF・Fは休むことなく一直線に命蓮寺へ走った。春雪異変とは違い、今回は地を駆け目標を目指す形だ。無論、踏み締める雪の塊はその一歩一歩が肉体から温度を奪っていく。
 肉体的負傷こそ癒したものの、ディアボロから刻まれた楔の切っ先は決して浅くない。孤立無援にして、F・Fの心的疲労は募る一途を辿っていた。

 博麗霊夢。空条承太郎。
 二人の存命こそが、今のF・Fの全てだ。
 地下で出会った八雲紫らの進言により、二人が運び込まれた施設が命蓮寺だと知った。
 となれば最早F・Fの足を止める存在など、この銀世界が猛吹雪に変異したとて枷にはなり得ない。

 途中、川を一本渡った。
 けたたましく踏み鳴らす木造建築の橋の音は、この心臓の拍子と重なる。鼓動を抑えるようにして、彼女は自分の胸を叩いた。

 里近くに点在する棚田を横目に駆け抜けた。
 傾斜地にある稲作地は平時であれば自然との調合を果たした日本の絶景ともなるが、今となってはどこも雪を被っており、その魅力も蓋を閉ざされている。

 終点間近という所で、西の空に異変が見えた。
 あの地は魔法の森だ。木々の天頂より、黒い火柱らしきモノが立った。その正体は不明だが、見るからに不吉な現象はF・Fの胸中に良くない暗示を生んだ。


 そうしてF・Fは、単身にしてこの命蓮寺の門に辿り着いた。

658星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:17:17 ID:n3Q3fHho0
「霊夢! 承太郎! 居るんでしょう!?」

 居るのか、ではなく、願望の形として口をついて出たその言葉に、惟るべき一切の警戒心は含まれなかった。敵の潜む可能性は考慮にまで至っているが、それよりも二人の安否を一刻も早く確認したい気持ちが勝った。
 大きな門を潜り抜け、周囲の隅々にまで忙しなく視線を動かす。人の気配は無かったが、程なくして違和感を感じた。

 視覚ではない。
 初めに異変を覚えたのは、嗅覚への刺激だった。
 境内を捜索しようとしたF・Fの足は、鼻腔にふんわりと漂って来たその『匂い』によって方向転換を余儀なくされた。

「この『匂い』は……」

 F・Fが嗅いだことのない類いの代物。
 同時に、全く知らない匂いでもなかった。
 体験には無くとも肉体の記憶にはしっかりと刻まれている。
 F・Fではなく、咲夜が知る香気。瞬間、様々な記憶が脳裏にフラッシュバックした。

 プルースト効果というものがある。
 ある特定の香りを嗅ぐことで、それに結びつく過去の記憶や感情を一気に呼び起こす現象。道端に漂う金木犀の香りによって、子供時代によく訪れた祖父の家の思い出が急に想起された……等といった事例は別段珍しいものでは無い。
 F・Fの見知る医学知識にもそういった人体の現象は登録されている。五感の中で嗅覚だけは記憶神経を刺激する唯一の組織であり、匂いによって昔の記憶へと瞬時に繋がる体験はままある事だという。

 〝この匂い〟が鼻をついた時、F・Fの脳裏には咲夜の記憶が一瞬にして思い起こされた。
 それは十六夜咲夜という人間がまだ『生前』の頃、日常生活を送る上でごく稀に体験した匂い。
 土地柄、宗教によっては『それ』が日常の中にある者とない者で二分されるだろう。咲夜にとって『それ』は決して日常の中には無かったが、買い出しなどで人里に赴く中では時折〝そういった匂い〟も鼻をつくことがあった。

(関係ない……! 〝こんな匂い〟は、あの二人とは何一つ関係ない!)

 そして咲夜は。またF・Fは。
 〝そういった匂い〟がどのような場で設置されるのか。
 知識として、知っていた。

(ここは『寺』。焚かれてたって、全く不思議ではない場所)

 今……F・Fを焦燥に導いているこの匂いが、命蓮寺という施設においてこの上なくマッチしている事実を、彼女は常識として知っている。
 だから、おかしくなんてないのだ。

 その『違和感の無さ』こそが……彼女を余計に絶望の渦中へと背押ししていた。


(だから……お願い。杞憂で、いて)


 匂いの出処は、本堂。
 雪や泥土で汚れた靴でも構わず階段を二段飛ばしで駆け登り、目の前の大きな扉を勢いよく開く。


 誰も、居なかった。
 内部もしんとしており、孤独感は一層と増幅する。
 コツコツと靴の音を響かせ、F・Fは一直線にして部屋の奥へと歩を進めた。

659星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:18:07 ID:n3Q3fHho0
 『匂い』の正体が、目視できた。
 線香であった。仏壇があるわけでもないのに、独特な香りがだだっ広い畳の空間を埋め尽くすようにして漂っている。

 F・Fはこの香りがどのような場で使われるか、知識として知っている。
 線香とは、故人を弔う場で焚かれるものだ。
 死者を想い、悼み、供養する場所で灯される、神聖なものだ。
 線香の煙から昇る煙は、天上と現世を繋ぐものだという考えもある。決して生者が乱雑に扱っていい代物ではない。
 その聖なる煙をF・Fは、打ち払うようにして鉢ごと薙ぎ払った。
 畳の上には音を立てて転がる灰と、三本の線香。F・Fはそれらに見向きもせず、震える両膝を床につけて座り込んだ。


 長方形の白くて大きな『箱』がひとつ、鎮座していた。
 無論のこと、佇むようにあげられた線香の火はその箱───棺に向けて、であった。
 棺と線香。こんなセットが会場に予め設置されていたとは考えづらい。

 考えるまでもない。
 弔ったのだ。
 『誰か』が、『誰か』に向けて。

 F・Fがこの地に足を運んだ理由は一つだ。
 瀕死の霊夢、承太郎を霧雨魔理沙、空条徐倫の二人に預け、この場所へ向かうよう八雲紫が指示していたからだ。
 事が順調であれば───あくまで彼女達にアクシデントの類いが発生していなければ。
 この寺院には彼女ら二人と、霊夢・承太郎が居なければおかしい。または、既にここを出立しているか。であるならば、F・Fは急いで此処を出て四人を追うべきだ。

(四人は既にここを出ている。それが最も可能性の高い、結論)

 こんな、寺に置かれても不思議なんて無いような棺ひとつ。
 気にするまでもない。ゆえに、開けて中身を確認するなど不合理な行いだ。
 それがたとえ線香をあげられ、弔いの形跡があろうとも。
 自分には、関係ない。
 蓋を開ける必要など、ない。

(〝覗く〟だけ……。ただ、中身を見るだけ。十秒と掛からない、なんてことの無い確認)

 棺の蓋に、手をかける。
 中身なんて見なくていい。
 見てはいけない気がする。
 見れば、絶対に後悔する。

 心中を迸る懇願とは裏腹に、その手は止まってくれない。
 F・Fの目はいよいよ固く閉じられた。迫り来る現実に耐えきれずに。
 自分にとっては生命線である筈の体中の水分という水分が、冷や汗となって体外へと一斉に放出されていく。下手をすれば骸がひとつ、此処に増えかねないほどに。
 呼吸も荒かった。これほどに苦しい感情を経験したのは、初めての事であった。
 呼吸に続き、鼓動もうるさい。閑静とすべき空間であるはずなのに、こんなにも雑音で溢れ返っている。
 こんなにも狼狽える自分など、あってはならない事だ。
 だが、もっと『あってはならない事』の予感が、F・Fの手をそこから先へと進めさせなかった。
 情けないと思う。腹を立てるべきだとも思う。
 たかだか人間如きに。
 しかもその人間は、ついさっき知り合ったような相手だというのに。

 それでも。だとしても。

 F・Fは、博麗霊夢を失いたくない。
 空条承太郎を死なせたくない。
 二人でないならば、もはや誰だっていい。
 なんなら魔理沙や徐倫が代わりに入っていればとすら思う。

 恐怖。それは今日まで『フー・ファイターズ』が理解し得なかった感情だ。
 生物として、命を失うことへの忌避感が無かった訳ではない。
 だが己の本質に執着を持たなかった彼は、真の意味で恐怖する事は今までなかった。

660星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:18:37 ID:n3Q3fHho0
(中に『誰か』が収まっている。
 ───死んでいる。
 赤の他人なら誰でもいい。二人じゃなきゃ、誰だって)

 死んでいる。死んでいる。死んでいる。
 中にいる『者』は、確実に死んでいる。
 その事実が、今は何よりも恐怖だった。
 自分の生にすら無頓着であったクセに。
 今は他人の死が、こんなにも恐ろしい。
 頭がどうにかなってしまいそうだった。
 死神の足音は、すぐ隣にまで来ていた。
 これ以上、ここに留まりたくなかった。
 鼻をつく線香の匂いが、鬱陶しかった。
 蓋に掛けた手を、すぐに引っ込めたい。
 けれども、それすら出来ずに動かない。
 たくさんの『もしも』が、頭を駆けた。
 もしも中身が二人のどちらかだったら。
 もしも二人の内どちらでもなかったら。
 もしも線香の匂いに気付かなかったら。
 もしも地下で八雲紫と会えなかったら。
 もしもディアボロから殺されていたら。
 もしも館の時点で二人が死んでいたら。
 もしも霊夢と承太郎に会わなかったら。
 私は私でなくなっていたかもしれない。
 今の私があるのは二人のおかげだった。
 二人がいたからこうして今の私がある。
 
 二人を失えば、私が私じゃなくなる。

 私じゃない私なんて、意味が無い。

 フー・ファイターズは、消える。

 霊夢と承太郎あっての、私だ。

 私に命を与えてくれたのは。

 DISCなどではなく、彼ら。

 守らなければならない。

 二人の命を私自身が。

 己自身に課した命。

 だから、お願い。

 誰でも、いい。

 他人ならば。

 誰だって。

 だから。

 霊夢。

 承───













▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

661星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:22:04 ID:n3Q3fHho0
『ワムウ』
【午後】E-4 命蓮寺 廊下


 万を生きる男にとって、人間の歩んだ歴史など矮小に等しく。
 どれ程に営み、繁栄を遂げていたとしても、ワムウからすればそれは三日天下の様な感慨でしかなかった。
 いずれは……いや、もはや近くにも主達は赤石を手に入れ、本格的に地上へ乗り出す。
 そうなれば人間共の抵抗など、どれだけ数を寄せたところで鎧袖一触に過ぎない。滄海の一粟とはこの事を謂うに違いないと、ワムウは板敷の廊下を踏みしめながら一人嗤った。
 立派に建築されたこの寺院も同じだ。人の由緒があろうがあるまいが、彼にとってはさほど興味を惹かれる対象とはならなかった。
 基本的には無力である人間が何かを謳うのであれば、過去を誇示する他人の歴史ではなく、せめて未来へ繋ぐ抵抗の牙であって欲しいと。
 生粋の武闘派であるワムウは、人の在り方に悲観する。

「無論、ただ縋るだけの人間(クズ)ではない者だっている。おれの本懐は、そういう血の通った人間と相見えることのみで満たされる」

 瞼の裏に焼き付くは、かつて再戦を誓わせた波紋使いの人間。名をジョセフ・ジョースターと言った。
 それでなくともこの会場には、ワムウの血を滾らせる猛者がまだまだ蠢いている。彼らと拳交わすことを思えば……自然と四肢にも力が入るというものだ。

「───フン」

 一息に、我が路を塞ぐ一枚の扉を押し破った。この寺の数多の扉は引き戸が殆どで、ワムウにとってはあまり馴染みがない建築式であった。いちいち上品に横へ開く扉など洒落臭い。男は大して力など込めず、毎回こうして扉をフワリと砕きながら散策している。
 何枚目かの扉を破って辿り着いたそこは、いわゆる本堂と呼ばれる部屋だろうか。さっきから気になっていた妙な香りは、その部屋から漂っていたものだ。

 そして、妙な気配も。




 カチ コチ カチ コチ




 部屋の中は薄暗かった。
 ワムウから見れば奥にある、屋外へ繋がる大きな扉は開かれており、外の僅かな日光と白雪の塊が内部に漏れていた。
 大きな柱に掛けられた時計の音のみが、この静寂な空間の中で唯一『生きた』響きを保っていた。
 しかし、その音色も何処か弱々しい。近い内に寿命を迎えるのだろうなと、漠然な予感が過ぎる。




 カチ コチ カチ コチ




 侵入者ワムウは軽く内部を観察し、間取りを確認する。太陽光を苦手とする彼が日中帯にて動く場合、当然周囲の環境には逐一意識しなければならない。そして、この部屋には男の動きを阻害する日光の差し込みが極めて薄い。

 暴れるのであれば、条件十分であると言えた。

662星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:23:11 ID:n3Q3fHho0

「女か」

 勿論ワムウは真っ先に気付いている。
 この部屋に動く物体は壁掛け時計の秒針と振り子のみであり、注意していないと〝そこ〟に女がひとり突っ伏している光景には中々気付けない。
 それぐらいに女の存在感は酷く希薄であった。まるで彼女を取り巻く『時間』が停止しているみたいに。

 女は足を崩し、何やら大きな箱の中身に上半身を重ねていた。
 それが『棺』なのだと理解したワムウは、こちらに背を向けて動く気配のない少女のすぐ背後へと回る。

 寝ているのではない。
 かといって、死んでるでもない。

「呆けか。余程その骸が大事と見える。こうまで接近しても微動だにせんとは」




 カチ コチ カチ コチ




 来訪者の言葉にも耳を貸さない様子。返事を返したのは、女でなくやはり時計の刻みだった。
 棺の中身は予想した通り一人の人間───体格の良い男の亡骸だった。グズグズに焼け焦げた制服らしき衣装とは相反し、その遺体には殆ど外傷や火傷の痕も見えない。
 西洋の給仕服───所謂メイド服を着た女は、傷一つ見当たらないその亡骸の胸を抱くようにして顔を埋めている。
 家族か、恋人か。それはワムウの知る所ではないし、どうでもいい。

 〝どうでもいい〟。
 しかしその感情は、ワムウが女へ向けたものだけでなく。
 女の方こそがワムウへと向けている感情に違いなかった。

 そこで呆けている女に、辛うじてと呼べるほどの意識が残留している事には気付いていた。そして自分はこうして声まで掛けている。
 女の反応は、それでも皆無。
 間違いなく、このメイドはワムウへ対して「どうでもいい」といった無関心を貫いている。
 あるいは、それすらも貫くほどの余裕を失っているか。

 どちらにせよ、その態度はワムウの視点から見れば不服であった。
 怒りを買うほどではなくとも、小さく見ていた人間の女如きに無視されるという非礼。ここまでされて彼女を見逃せるほど、ワムウの尊厳は安くない。

「背中から闇討ちのような真似はおれもしたくない。せめてこちらを向けィ」




 カチ コチ カチ コチ




 依然、反応無し。
 無力な女子供ならば主の目がない今、看過もやむ無しとは考えていたが……この女には生きようとする『意思』が感じられない。武に生きる男の目には、それが腹立たしく映った。
 腑抜けをなぶりものにする趣味などワムウには無かったが、この会場において生かす意味も無い。

 面を見せようともしない女へと、ワムウは排除の意思を固める。
 ミチミチと、振り上げた腕の血管がはち切れんほどの膨張を開始する。幾人もの人間を掃滅してきた、暴風の如き薙ぎ払い。その予兆の産声である。

663星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:23:49 ID:n3Q3fHho0

「戦闘、逃走の意思……無しと捉える。悪く思うなよ」

 圧力を込めたワムウの右腕に吸い寄せられるように、室内中の大気と線香の煙が集中した。柱と空気の軋む音が、これから生み出される破壊の暴力性を物語っている。
 小娘ひとりに放つ威力としては充分以上。確実に一発で沈めるには腕一本で事足りる。


 女は、この期に及んでこちらを一瞥もしない。


 殺気を込めた腕とは裏腹に、ワムウの表情からは一気に脱力感が溢れた。僅か程度には〝期待〟していたが、女が自失から復活する事はとうとう無かったからだ。


 自らの性(さが)である、闘争本能。
 それが発汗と同時に終息したワケは。
 事が無事〝成された〟からではない。
 まるで予想外の光景があったからだ。




 ボーーーーーーーーーン……




 壁掛け時計の長針が、真下を知らせた。

 『時』が動き出したのである。








「…………………………………………?」




 何が起こったのか。
 止まったかと思われた少女の『時』が、動いていた。
 ワムウはこの光景をそう比喩するが。
 それが比喩でも何でもない事を知るのは、少女のみであった。


「キサマ…………今、何をした?」
「………………………………………。」


 メイドがいつの間にか───そう、本当に『いつの間にか』……動いていた。

 蹲っていただけの女は、風を切断する程のワムウの攻撃地点からいつの間にか消失し、瞬時にして5m程の間合いを取って立ち竦んでいた。
 置き土産と言わんばかりに、振り抜いたワムウの腕には銀色のナイフが一本、直角に突き刺さっていた。
 歴戦の猛者として腕を慣らすワムウの死線を掻い潜った上でやってのけた、唯ならぬ精巧な技芸。

 今までの女の状態とは一線を画す、目を見張る『別人』。
 噴き上がる警戒心を身に纏いながら、腕に立てられたナイフを抜き捨てる。
 ワムウは終息したはずの闘争心を再び滾らせ始め、女に対する認識の甘さを瞬時に切り替えた。

664星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:25:14 ID:n3Q3fHho0
「ただの女では無かったようだな。キサマ……何者だ?」
「……わたし? 私は、わたぁし、は……十六夜、咲夜……なのか。それとも───」

 ……十六夜咲夜?
 聞いた名だった。記憶通りならば、確か放送にて初期の方に呼ばれた名前。つまり、亡者の名だ。
 あからさまな虚偽だと、普通なら考えるかもしれない。しかしワムウは前回の放送で挙げられた死者の名と、廃洋館にて自ら始末した射命丸文の矛盾……名前の不一致問題を抱えたままである。
 現状未解決の謎。それと同様の矛盾を新たに背負い込んだ所で、今はどうしようもない。頭の片隅には入れておくが、まずは女への対処が目下の仕事だった。

 咲夜と名乗ったメイドは、うわ言のようにボソボソと囁いている。心ここに在らずなのか、未だにワムウへ対して関心は薄い。
 少なくとも一撃で沈めるつもりで打ったワムウの攻撃を避けておきながらこの不遜な態度。彼女の業前に見事だと称賛を入れたい反面、やはり悪印象は変わらない。

「言葉は通じるか? 会話もままならんのでは、路上喧嘩と武闘の狭間に境界など無くなる」
「……喧嘩? アナタは私をどうするつもり?」
「おれの目的は強者と相見えること……つまり喧嘩などではなく、武闘の方だ。咲夜とか言ったか。お前は少し、普通の人間とは違うな」

 初めて意思の疎通が噛み合った。女はその銀髪を掻きあげ、ようやっとワムウへ対面する。
 双眸に宿る意思は鋭く研ぎ澄まされてはいた。相応の修羅場を潜ってきた者特有の眼差しだと看取できるが、それ以上に『違和感』がある。
 同じ人外である柱の一族がゆえの観察眼。肌で感じる僅かな違和感が、メイドの正体を朧気ながらも悟った。

「なるほど。そもそも、『人間』ではないらしいな。お前は」
「アナタの言う〝武闘〟は、人間とそうでない者の狭間に境界を設けて、区別するのかしら」
「その台詞は、果たし状を受けると解釈してもいいのか?」
「……冗談。決闘ごっこなら、相手は選んだ方がいい」

 白痴状態から一転。覚醒した女が囀る会話の節々からは、ワムウへの明確な敵意と……揺るぎない自信がひしひしと見て取れる。

 しかし歴戦の強者であるワムウの眼から見た〝それ〟は、揺るぎないどころか、か細くブレるロウソクの灯火にすら見えた。
 敵意はあるが、戦意は無い。試合前の荒口上……煽り合いの形を取ったこの会話という殻に、中身など然して存在しない。
 そして、ヒトの皮を被った目の前の殻にも……中身など感じ取れない。

 ───少なくとも、武人であるワムウが求めるような、大層な中身は。


「───5秒」
「…………? それは何の数字だ」
「さっきの『5秒』で、私はアナタを『5回』は殺せていた」
「……下らんハッタリだ。ならば何故、それをやらなかった?」
「アナタに構っている余裕は、なくなった。私は、護らなければ、いけない」



 言葉を終えた、その間際には。

 先と同じく、女の姿は風のように消えていた。

 風使いであるワムウをして、察しようがない動きだった。


「…………ふん」


 消失した女の足取りをワムウが追う術は無い。
 本堂の外にまで出て行ったのだろうが、陽が落ちるにはしばし早い時間帯だからだ。

 それよりも幾つか気になる事柄ができた。


 ───奴の離脱は……風使いであるワムウをして、察せなかったのだ。


(それがまず不可解だ。初めの時もそうだったが、理屈に合わん動きだった)

665星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:27:11 ID:n3Q3fHho0

(それがまず不可解だ。初めの時もそうだったが、理屈に合わん動きだった)

 今。そして攻撃を躱された最初の時点でも。
 肉眼で捉えきれないスピードであったにもかかわらず、ワムウの鋭敏な肌には〝風ひとつ〟感じられなかった。自分の専門分野での異常だ。明らかに納得がいかない。
 単純なスピードでの行動であればどれだけ速くとも───寧ろ速ければ速いほど、大気中に発生する風の振動とは幅が高まるというものだ。肌の肉体反応がその速度に追い付けるかどうかはまた別問題としても、吹き起こった風そのものを認識出来ないというのは筋が通らない。

 全くおかしな理屈となってしまうが、あのメイドは〝その場を動かずにして動いた〟……そんな不思議な体験だった。

 気になる事柄はそれだけに終わらない。
 奴は去り際、「さっきの5秒で5回は殺せていた」などとほざいていた。
 まず間違いなく虚仮威しの台詞だが、ワムウにはその『5秒』という言葉の意味合いが掴めずにいた。
 〝さっきの〟という部分は、もちろん女を背中越しに仕留めようとした時だろう。だがワムウが腕を振り下ろす所を始点とし、気付けばナイフが刺し込まれていた場面を終点とした間隔は、5秒どころか秒にも満たなかった筈だ。

 何を以て『5秒』などとほざいたのか。
 ただのハッタリであり、数字に深い意味は無い……とも考えれるが。


(この『現象』……カーズ様が仰っていた、吸血鬼DIOとのやり取りと状況が似ている)


 話には聞いていたDIO。我が主が紅魔館にて交じった男の齎した、謎の現象。
 瞬間移動のようであったと主は話していたが……ワムウは十六夜咲夜を介し、間接的にDIOと〝酷似した異能〟を体験出来た。
 無論、DIOの謎に関しては『主の体験談』という、所詮は人伝。ワムウが体感した印象との齟齬もあるだろう。
 曖昧な主観で断定するには少なすぎる材料。『解答』を直接尋問しようにも、女は既にワムウの行動範囲外。
 何よりその謎の解明は、現在サンタナに委任されているのだ。今ここでワムウが無理に出しゃばる領域でもない。

 従ってワムウには、この場においては撤退以外の選択は残されていなかった。
 彼にとって不服なのは、この選択肢の少なさがあのメイドによって〝狭められた結果〟という点も少なからずあった。


「おれもまだまだ浅かったということだな。お前はどう思う? ……名も知らぬ戦士よ」


 己が意識の浅さに対する自戒であり、決して女への称賛ではない。
 どちらにせよ、奴の心境は焦りに焦っていた。形はどうあれ、こうして尻尾を巻いたのだから内心を推し量るまでもないと。

 ワムウは行き場のなくなった闘争心のやり場を決めかねるようにして。

 ふと。
 燻っていた眼光を、棺に眠る仏───名も知れぬ戦士へと手向けたのだった。
 何処かで見たような顔だという既視感は、そのまま虚空へと霧散した。



 事の最中に。
 偶然的、あるいは運命的にその寿命を全うし終え。
 二度とは時の刻みを再開すること叶わぬ柱時計の存在に気付けた者など、居なかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

666星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:27:43 ID:n3Q3fHho0
【E-4 命蓮寺 本堂/午後】

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(中)、身体の前面に大きな打撃痕、右腕に刺傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
0:収穫が無いようならば一旦帰還。
1:空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
2:ジョセフに会って再戦を果たす。
3:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※射命丸文の死体を補食しました。
※柱の男三人共通事項
・F・Fの記憶DISCで六部の登場人物、スタンドをある程度把握しました。
・『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒してます。
 ただし、仮説の域を出ていないため現時点ではさほど気にしません。
・大統領が並行世界の射命丸文の片翼を回収したことには気づいていません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

667星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:28:27 ID:n3Q3fHho0



 空条承太郎が、死んだ。



 F・Fの脳へ取り憑いた事実は、自分で思う以上に少女を昏迷へと導いてしまった。
 もはや一刻の猶予もないと痛覚した。
 あの場に置かれた棺の数が……もしも『二つ』であったなら。
 もしも……『博麗霊夢』の亡骸まで添えられていたのならば。

 今、自分はどのような行動を取っていたろう。
 少なくとも、これまでに得てきた全ての価値観は音を立てて崩壊していただろう。

 ホワイトスネイクにより一方的に与えられた『DISCの守護』という、使命感のような何か。
 今思えば訳のわからぬ命令を、我が唯一の使命なのだと機械的にこなす仕事ぶりは、客観的に見れば滑稽の極みだったろう。産まれて初めて見た物を親だと思い込む、鳥の刷り込みとさして変わらない。
 生涯翻弄されたままであったろう自分。霊夢と承太郎は、あの泥沼の中から掬い上げてくれた。

 いつしか二人は、F・Fにとって護るべき対象へと昇華した。
 彼女らの隣は、不思議なことに心地好い場所にも思えてきた。幸福感ではなかったが、満足があった。生き甲斐だと言っても良かった。
 虚無感の中で。無個性のままに。DISCをただ守るだけの空っぽだったかつてとは、世界が違って見えた。

 初めて、自己が芽生えた。
 本当の意味での、自分。
 産まれたばかりの自己を、失いたくないと願った。
 F・Fにとっての『死ぬことへの恐怖』は、即ち自己を失うことへの恐怖と同義。

 それが、霊夢と承太郎。
 かけがえのない、宝物。
 その片割れが、バラバラに砕け散った。



 空条承太郎が、死んだ。



 事実を形として初めて知覚した、その瞬間。
 自分の中で刻まれ続けてきた『針』が、停止した。
 失うということは、これ程に恐ろしく。
 そして冷たい、孤独な痛みなのだと。

 なりふり構っていられないと、痛感した。
 F・Fに残ったものは、今や博麗霊夢しかなかった。
 彼女に仇なす者は、どんな手段を使ってでも抹殺しなければと誓った。

 それがたとえ、この『十六夜咲夜』にとって近しい……あるいは大切な相手であっても。

668星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:28:53 ID:n3Q3fHho0


「霊夢…………霊夢…………霊夢…………ッ!」


 白雪の上を駆け抜ける足取りは、ここへ至る時とは同じ速度ではありながらも真逆だと言えた。
 一直線に向かう目的地は不明瞭である。しかし彼女の意思は、霊夢という、もはや唯一となってしまった拠り所に引かれるようにして鼓動を打つだけだ。

 霊夢は、ホワイトスネイクに縛られていたF・Fへと『自由』を与えた者の名だ。
 博麗霊夢という究極の自由が、誰かに脅かされる事などあってはならない。
 承太郎の亡骸があの寺院で丁寧に弔われていたという事は、逆説的に考えれば霊夢は存命なのだ。

 駆けつけて護るには、まだ間に合う。
 手の届く場所に、きっと彼女はいる。
 護らなければ。今度こそ、護らなければ。


「霊夢…………霊夢は…………霊夢、が……ッ!」


 言葉のていすら紡がれていない文脈が、息と同時に喉から溢れ出す。もはや留まることを知らなかった。
 先程の大男。危険な空気こそあったものの、優先すべきは霊夢の護衛だと、あの場では捨て置いた。
 5秒で始末できる、などと大言を吐いてはみたものの、当然ながらハッタリもいい所だった。幾ら時を止めたとしても、恐らく苦戦は必至だったに違いない。
 それぐらい、奴と自分との『生物』としての格に壁を感じた。アレは人間の皮を被った、怪物だ。

 ただ……自分の。
 いや、正確には十六夜咲夜の肉体が持つ『時を止める力』の覚醒を感じた。
 以前までの1秒か2秒という短時間から、一気に5秒は止めていられるという確信があった。この確信が、ハッタリのような形で思わず口をついてしまったのは余計な行為だったと、今になって後悔する。
 覚醒の切っ掛けが何かは考えたくなかったし、必要性も感じない。

 この『5秒』という時間は、空条承太郎が全盛期中に止められた停止時間だと、彼女は知らない。
 そこに因果関係などない。何より彼は、もうこの世には居ないのだから。

 5秒間、時間を止められる。
 今はその事実だけで充分。
 この力さえあれば……『敵』を排除するには事足りる。


「だから、無事でいて。───霊夢」


 女は出鱈目に時を止めながら、走り続けた。
 呼吸をおいて、5秒。
 またおいて、更に5秒。
 強引に。
 残った寿命を出力するように。
 絶えず進みゆく時間の針から置いていかれることを、恐れるように。


 着々と、焦がれる人物との距離を縮めて行った。
 そこに敵が居るのならば……彼女の中に、もはや躊躇出来るほどの心の余裕なんか、ありはしなかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

669星屑になる貴方を抱きしめて:2020/08/06(木) 17:29:24 ID:n3Q3fHho0
【E-4 命蓮寺への道/午後】

【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、余裕ゼロ、体力消費(中)、精神疲労(大)、手足と首根っこに切断痕
[装備]:DIOのナイフ×10、本体のスタンドDISCと記憶DISC、洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:基本支給品(地図、懐中電灯、時計)、ジャンクスタンドDISCセット2、八雲紫からの手紙
[思考・状況]
基本行動方針:何をおいても霊夢を護る。
1:霊夢の捜索。
2:霊夢を害する者の抹殺。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5〜10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※第二回放送の内容を知りました。
※八雲紫らと情報交換をしました。
※「八雲紫からの手紙」の内容はお任せします。
※時間停止範囲は現在『5秒』です。

670 ◆qSXL3X4ics:2020/08/06(木) 17:29:52 ID:n3Q3fHho0
投下終了です。

671名無しさん:2020/08/06(木) 17:58:47 ID:K2Dptq.w0
投下乙です
FFが霊夢ガチ勢になってる…このまま霊夢の元に来たら霊夢以外殺しそうだな

672 ◆qSXL3X4ics:2020/08/14(金) 19:17:54 ID:nr6s2DUA0
投下します。

673Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:20:15 ID:nr6s2DUA0
 ちょっとぉー。ニワトリみたいに意味もなくバタバタ飛んでんじゃないわよ。見ての通り、私いま境内の掃除中なんだけど?

 ───。

 アンタの羽根がそこら中に抜け落ちてたまったもんじゃないからよ。これだから鴉天狗って連中は嫌いなのよね。
 ハイハイどいたどいた。とっとと帰らないと、この竹箒が明日には黒い羽根帚に変わることになるわよ。

 ───。

 魔理沙ならとっくにここを出たわよ。茶と煎餅だけ貰ってってね。
 あー? アンタには無いわよ。客でも何でもないんだし。(アイツも客じゃないんだけど)

 ───。

 別に特別扱いなんかしてないって。魔理沙は……まあ付き合い長いしね。

 ……友達?
 そうね。友達よ、魔理沙は。腐れ縁とも言うかしら。アンタは違うけど。

 ───。

 いや、別に親友ってわけでも……。
 んー……その辺の線引きって分かんないわねえ私には。

 え? 弾幕ごっこ?
 あー。たまにやってるわね、確かに。
 ていうか、さっき〝やらされた〟ばかりよ。
 毎度毎度、後片付けするこっちの身にもなって欲しいわ。何でわざわざウチの神社でやるのか。

 ───。

 そーよー。大抵、仕掛けてくるのは向こうから。
 私の都合なんて二の次みたいよ。
 まあ、もう慣れたけど。

 ───?

 そんなこと訊いてどうするのよ。

 ───!

 わかった、わかったってば。
 ていうか……もしかしてこれ、取材されてんの? 私。

 ───。

 はぁ〜……。ホントでしょうね?

 いや、私がというより、魔理沙が怒るわよ。
 あの子、ガサツなようでいて結構繊細だから。
 悪いこと言わないから新聞には載せない方がいいわよ〜。絶対面倒臭いから。

 ───。

 勝ったわよ。
 ……ったくもー。負けたんなら負けたで掃除ぐらいして帰って欲しいもんだわ。こういうのは普通、敗者の役目よね。敗者の。

 戦績? いや、覚えてないわよそんなん。何回やらされてると思ってるのよ。
 魔理沙なら記録してんじゃない? 訊いた所で門前払いでしょうけど。

 ……負けること? なくもないけど。

 ───。

 油断とかじゃなくって。
 魔理沙は〝普通〟に強いわよ。アンタも知ってんでしょ?
 そりゃこんだけやってれば、負けること位あるわ。

 こだわり、ねー。
 特に無いわね。少なくとも私の方は。
 そもそも『スペルカード・ルール』をスポーツみたいに考えてる輩が多すぎる。

674Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:22:14 ID:nr6s2DUA0

 ───。

 知ってんならわざわざ私が説明する意味ある?

 そーよ。アンタみたいなわからず屋の妖怪と、力の弱い人間とかを対等に近づける為の均衡が『スペルカード・ルール』。
 人間同士で楽しむ娯楽とか思ってる時点で頓珍漢ってワケ。新聞にするならこっちの方を広めて欲しいものだけど。

 ───。

 魔理沙、ね。
 アイツも実は努力家で負けず嫌いだからなー。
 多分、この先ずっと私に挑んでくるでしょう事よ。勝つまで。

 ───?

 ん? まあ、何度か負けてるけど。
 でもきっと、アイツは〝勝った〟なんて思ってないんじゃない?
 私に心の底から〝負け〟を認めさせるのが当面の目標っぽいわ。

 ───。

 そういう訳じゃないけど。
 こればかりは当人の気持ちって奴でしょ。私もアイツのそういう所には好感持てるし。

 ───!

 ライバル?
 無い無い。だから魔理沙とはただの〝友達〟なんだってば。そんな気恥ずかしい間柄じゃないって。


 でも……ちょっと理解できない所はあるかしら。
 〝負けて悔しい〟なんて気持ち。

 私には、よく分からないわ。


 ───。

 弾幕ごっこの勝敗自体には大した意味なんて無いのよ。そりゃそうでしょって話だけど。
 人と妖との間のバランスを擦り合わせる。そういうルールを設け、拡散させること自体に大きな意味があるの。
 勝ちとか負けとか、どうでもいいわ。アンタら力のある妖怪にとっちゃ不満もあるんだろうけど。

 ───。

 ま。そういう事よ。
 ……ちょっと。そろそろ離して欲しいんだけど。掃除が終わらないわ。

 さあ。香霖堂にでも居るんじゃない?
 そこのやる気ない店主に今日の愚痴でも聞いてもらってるんでしょ。霖之助さんには同情するわ。

 はあ? お賽銭?
 要らん。さっさと帰れ。
 参拝客でもない妖怪から賽銭なんか貰っても気味悪いだけだわ。信仰減っちゃうかもしれないし。

 ───!

 あ! ちょっと文ーーー!!
 今の話、魔理沙には言うんじゃないわよーー!
 オフレコだからねーーー!!

 違う!! 賽銭の話じゃなくって!!


 ………………速。


 ……はあ。
 どいつもこいつも、ウチの神社を休憩所くらいにしか思ってないのかしら。


 あーあ。
 今日も参拝客はゼロかあ……。


            ◆

675Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:23:00 ID:nr6s2DUA0
『博麗霊夢』
【夕方】B-5 果樹園林


「霊夢」
「何よ」
「お前はさ。私のなんなんだよ」
「は? 知らないわよ、何それ」
「知らないってんなら教えてやる。お前は私の友達で。ライバルで。憧れで。嫌いな奴だったぜ」
「そうだったの? 最後のは初耳ね」
「今初めて言ったし、今初めて自覚したからな」
「あっそ。それで?」
「じゃあ、私はお前の……何なんだ?」
「私にとっての魔理沙?」
「この際だ。是非、博麗霊夢の本音って奴を聞きたいもんだな」
「普通に友達だけど」


 そしてまたひとつ、重たい響きが辺りに伝わった。
 抉られるような痛みと共に刻まれる生傷は、霊夢の身体を呪印の様にして重ねられる。
 〝友達〟である筈の霧雨魔理沙の小さな拳が、躊躇なく霊夢の頬に入れられる。喧嘩という範疇には到底収まらない、過激な殺し合いであった。
 木々の間をすり抜け、地面へと転がされる霊夢。雪がクッションに、などという安易な気休めでは収拾がつかない数の転倒を味わわされている。

 その数だけ、少女はゆったりという動きで立ち上がり続ける。まるで屁の河童、と言わんばかりに涼しい顔をしていた。
 その態度が気に食わず、魔理沙はまた拳を握る。走り、握り締め、顔面目掛けて振り抜く。愚直なセットプレイを、今度は霊夢が捌いてカウンター。堪らず魔理沙も後方に吹き飛ばされ、また立ち上がる。
 先程から何度も何度も繰り返される光景であった。

「スマン、よく聞こえなかったぜ。もっかい聞いていいか?」
「友達よ。それ以上でも以下でもない……アンタは私の友達。どこに殴られる理由があったのよ?」
「……あぁ、そうかよ。知ってたけどな」

 もはや顔面の三割を流血塗れにさせ、魔理沙は俯きながら次第に笑い顔を作った。
 肩を揺らし、腹を抱え、最後には大笑いにまで発展する友人の狂気を、霊夢もまた血に塗れながら眺めていた。

「私、そんなに可笑しいこと言った?」
「ハハ、ハ……ッ! は、いやぁ……悪ぃ悪ぃ。私の勝手な思い込みみたいなもんだ。ちょっぴりだけ期待してたような答えが、やっぱり返ってこなかったもんで……ちとイラってなっただけさ」
「その度に殴られちゃあ、やってらんないわよ」

「でも殴り足りんッ! お前のその態度が一番ムカつくんだよッ!!」

 同じ事の繰り返しが、またも始点へとループする。殴り掛かるのは、決まって魔理沙の方からであった。
 いい加減、腕が使い物にならなくなる段階にまで差し迫った負傷だ。素手で人体を猛烈に殴ればダメージがあるのは受け側だけではない。
 それらの負傷をものともせず強引に筋肉を動かしているのは、本人の意思だとか感情だけではない。他人の闘争本能を限界以上に膨れ上がらせる『サバイバー』の齎しが無ければ、両者共々とうに行き倒れている。
 この負の恩恵を魔理沙が好機と捉えたかどうかは定かでない。サバイバーとは身内争いを強引に誘発させる地雷ではあるが、打ち付ける拳に本人の意思が介在しないと言い切れる者は誰も居ない。

 誰しもが心に押し込んで隠す本音を無理やりに引き摺り、炙り出す。人と人の醜悪な関係性を暴露させる。肉体的だけでなく、精神的にも互いを傷付ける。
 両者共に、よしんば生還したとして。
 本音の刃で抉られた心の修復は、困難だろう。
 まして互いは、まだ少女だった。
 心身共に周囲からの影響を大きく受け易い、精細な心を育む多感な時期である筈なのだ。
 これが赤の他人との闘争であったならどれだけ気が楽だったろうか。


 この〝大喧嘩〟を終えた時……二人の心に残った傷痕が、どれ程に少女を苦しめる要因となるか。
 そんな事を危惧する余裕さえ与えない。
 サバイバーというスタンドが齎す───何よりも恐ろしく、残酷な本質であった。

676Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:24:54 ID:nr6s2DUA0

「さっきから聞いてれば、随分と自分勝手な理屈じゃない」

 数を数えるのも馬鹿げた殴打を喰らい、尚も霊夢は立ち上がる。
 その見て呉れは健常者のそれ。受けた拳の数とはどう考えても釣り合わないコンディションが、逆に魔理沙を追い詰める。
 怪我人であった筈だ。幾ら限界以上に肉体を酷使させるサバイバーでも限度というものがある。送り込まれる石炭燃料を蒸かし、心臓というボイラー室で蒸気エネルギーを生む。結果、肉体を暴走させる蒸気機関車を無秩序に作り出すのが、サバイバーの性質である。
 この暴走機関のそもそもの燃料である石炭は無限ではない。人が身体を動かすには、生命活動に必要な運動能力を消費する。つまり体力なのだが、ここにはサバイバーではどうしても賄えない部分が出てくる。
 大きく体力を失っていた筈の霊夢が、こうして魔理沙と互角以上に渡り合っている。この事実は、二人の間に亀裂を生んでいた〝差〟を更に引き離す因となった。


「アンタは、さぁ」


 鼻血を袖口で拭き取りながら、霊夢が立ち塞がる。
 激しい高揚感の裏で魔理沙は、自分を友達だと言ってくれた目の前の少女へと畏怖すら感じ始めた。


「結局、私をどうしたいのよ」


 決まっている。
 初めてコイツと出会った時から……だったろうか。もう、覚えちゃいなかった。
 でも、それくらい昔から必死だったように思う。


 霧雨魔理沙は、博麗霊夢を。

 殺───

 こ、


「───っ ……こっ、こ……ッ!

 こ、んな……ふざけた話があるかよ……っ!」


 頭にかかった黒いモヤを、力ずくで吹き飛ばすように。
 言葉を捲し立て、取り繕う。
 嘘でも本音でも、なんだって良かった。
 霊夢の冷たい視線を受け流せるならば、自己から目を背けて壁を作れば良かった。
 どうせ目の前の女の眼には、自分の存在なんて微塵も映っていない。
 魔理沙の姿の、もっと遠く。
 もはや手の届かない場所に行ってしまった存在を、焦がれるように見つめている。

 そんな霊夢を見たくないが為に、魔理沙は躍起になる。なるしかなかった。
 お誂え向きに、今では〝暴力〟を盾にして訴えかけられる理由を得たのだから。

 言葉は留まることを知らずに、止めどなく溢れ始める。

「こんなふざけた話があるかッ! お前、私、わたしが……今までどんな気持ちでお前の背中に追い付こうと努力してきたか……ッ」
「知ってるわ」
「死ぬほど頑張った!! 憧れていた『魔法使い』にもなれた!! 代わりに『家族』を捨ててまでだッ!!」
「それも知ってる」
「後悔なんかしてないッ! ずっとお前に並びたかったんだッ!! それなのに……それ、なのによ……!」
「それなのに、私はアンタを眼中にも入れてない。だから怒ってる……って?」
「それだけならまだマシだ! 結局、それは私の力不足って事でまだ納得できる……ッ!」
「……ジョジョの事を言ってるなら」
「そうだよ!! なんだよ、それ!! そんなぽっと出の男が、私の目標を全部かっ攫いやがって!! 納得できるわけ、ないだろ!! ふざけんな!!」
「でも死んだわよ。アイツなら」
「だから怒ってんだよ!! 徐倫と三人で弔いまでしてやったろ! お前だって割り切ってたんじゃないのかよ! 死んだジョジョの意志を継いで、さあ今から反撃開始だって、足並み揃えようとしてたんじゃねえのかよ!?
 私はあん時、結構感動してたんだ! 〝あの〟霊夢が、仲間作って異変に立ち向かおうって姿勢見せるなんて! お前、異変の時は大体いつも独りで飛んでっちゃうからさあ! ああ、コイツにもこんな面があったんだなって、お前をいつもより近くに感じられて、私は少し嬉しかったよ正直!
 それが何だよ!? 全然受け入れられてないじゃんかよ!? 何がジョジョだっ!! 現実見ろ!! お前はそのジョジョに負けて! ずっとそこで立ち止まって! 前にすら踏み出せない弱虫だろ!! そんなの、ちっとも霊夢らしくねぇ!! どうしちまったんだよお前!!」

677Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:25:39 ID:nr6s2DUA0
 拳の代わりに投げつけたのは、言葉だった。
 霊夢の全てが憎いと、負の感情を全開に顕にした。
 後半は殆ど息が持たず、叫び通した後には動悸が止まなくなっていた。
 醜い、ドロドロとした一過性の感情に過ぎないという自覚は、興奮状態における魔理沙の〝ライン〟を一歩、割らせた。今までおくびにも出さなかった本心が、タガが外れたように心の蓋から溢れ出て。

 己が空条承太郎に嫉妬しているのだと、大声で知らしめた。

 どれだけ腕を伸ばしても届かなかった〝そこ〟に、いつの間にか知らない男が我が物顔で居座っている。それを思うと、湧き上がるドス黒い感情は殺気にすら昇華し。今では言葉のナイフで相手を滅多刺しにしている。

 違う。当人の霊夢はこれ程までの感情をぶつけられて尚。
 取り澄ました顔で、魔理沙の主張をただ耳に入れている。
 刃物である筈の言葉は、霊夢の心に傷一つ入れられない。
 やっぱり自分では、霊夢の心を揺さぶることも出来ない。

 今まで幾度も味わってきた敗北感の様な何かが、此処でもまた魔理沙の心を苦しめる。
 震え上がるような戦慄がついに闘争心を上回り、未熟な少女の足を一歩だけ退かせた。


 全てを聞き遂げた霊夢は、依然として冷めた顔のまま言い放つ。
 気圧された魔理沙へと、追い討ちを掛けるように。


「まあ、色々言いたい事はあるんだけど……とりあえずさぁ」


 クシャクシャと頭を掻きながら、一度の溜息と共に霊夢は。
 恐るべき速度の足取りで魔理沙の間合いに詰め寄り、隙だらけだったその頬をブン殴った。



「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」



 血染めの雪上に、更なる鮮血が重ねられた。


            ◆

678Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:26:28 ID:nr6s2DUA0

 ……で、今度は遥々この『香霖堂』にまでお邪魔して暇潰しってわけか。

 ───っ!

 私からすれば天狗の新聞なんてのは暇人集団の道楽にしか見えんがな。長命ってのも一長一短で考えものだぜ。

 あーウソウソ冗談だぜ冗談。だからペンを刺してくるな、それめっちゃ痛いんだからな。
 それで、ウチの怠けた店主に何の用だ? 残念ながら香霖は今出掛けてるぜ。

 え、私? ヤダよ、面倒臭い。
 霊夢に言われたって? あのヤロ、適当に面倒押し付けやがって……。

 ───?

 霊夢の弱点〜? そんなモン、私が知りたいくらいだぜ。今度あそこの賽銭箱を破壊してみたらどうだ? きっと鬼のように怒り狂って、その羽全部毟られるだろうよ。

 弾幕ごっこだぁ? ンなもん訊いてどうすんだよ?
 あー負けたよボロ負け。本日もコテンパンだった。腹いせに棚の奥に仕舞ってた煎餅、全部食ってやったぜ。

 ───。

 だから知らねーよ、霊夢の強さの秘密なんて。
 特に修行なんかしてる様子無いっぽいし、本当に人間なんかね。実は大妖の血を継いでるとかじゃねーのか?
 お前、鬼と仲良いんだっけ? 今度知り合いの鬼たちに聞き回ってみろよ。その昔、幼い娘を橋の下とかに捨てませんでしたか、ってさ。

 ───!

 そもそもお前だって随分強いはずだろ? 頑張りゃ勝てるんじゃねーの? アイツに。

 ───。

 あー、スペルカード・ルールなあ。
 まっ。お前さんら妖怪様にとっちゃあ不服も多いかもしれん体裁だわな。

 ん? そうなんか?
 天狗ってプライド高い奴らばっかだからそんな印象あんま無いけどな。
 何にせよ、スペカルールなら霊夢は最強クラスだろ。今んとこ勝てる気しねー。

 ───。

 ……霊夢から聞いたのか?
 あん時はまあ、勝ちは勝ちかもしれんが。
 どうにもルールに助けられたって感じが強かったしなあ。勝ったとはとても言えないぜ。いつかは絶対勝つけどな。

 ───?

 一番厄介なの? んー、夢想天生とか色々あるがなあ。アレは相当インチキ技だが。
 なんだろうな。それ抜きにしても、マジで当たらないんだよ、こっちの弾幕が。お前も体感しただろ?
 見てから避けてる訳じゃないね。天性の勘とやらが、避けるべき方向をアイツの頭ン中で囁いてるんじゃないかと思うね。それくらい当たらん。
 私は結構理屈で弾幕張ったり避けたりする方だと思ってるんだが霊夢は逆だ。完全に感性で弾を避けてる。
 踊るみたいにスイスイと弾避けして、自分の弾だけはサラッと当ててきやがる。そんで気が付けば毎回こっちだけがボロボロになってるんだな。

 要はアイツの強さってのは、経験に裏付けされた『勘』って事になるのかね。釈然としないけど。
 その半分でもいいから私にくれないかなー。賽銭でも放れば喜んで差し出してくれそうなもんだが。

679Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:27:39 ID:nr6s2DUA0

 ───。

 ライバル……そうだな、色んな意味でライバルだ。
 私にとっちゃあアイツは『特別』なんだよ。
 『普通』の魔法使いが『特別』に勝つ。まるで王道ストーリーの主人公だな。

 ───。

 異変解決で? いや、あんま記憶には無いな。少なくとも霊夢の方から声を掛けられた試しはない。
 霊夢は基本、異変解決には一人で向かう。で、大概の場合、私も独自に解決に出掛ける。その途中でアイツと鉢会うってのはよくあるな。
 その度に私は一緒に行こうぜって誘ったりもしてんだぜ。

 ───?

 誘えば断らないんだよな、アイツは。まあどっちかっていうと、私が勝手について行ってる形ではあるが。
 でもって、途中には邪魔してくる奴らや黒幕なんかが立ち塞がるわけだ。妖怪とか神とか。お前もそうだったろ?
 スペカのルールってのは基本一対一だ。当然、私か霊夢のどっちが闘うって話になるよな。ジャンケンの時も多いけど。
 で、霊夢が出陣の時は私も後ろで観戦してる。客観側へ回った時にしか気付けないポイントってあるだろ?
 まずはアイツの異様な被弾数の少なさだ。さっきも言ったが、弾が全然当たってない。死角から撃とうが、四角に撃とうが三角に撃とうが、全部読み切って回避してる。それも最小限の動きでな。

 ───。

 そういうのは天狗とかの方が詳しいんじゃないのか? 目が良いだろお前ら。知らんけど。

 他には……表情かな。
 霊夢ってさ、結構喜怒哀楽激しい奴だろ? 特に怒の比重が偏ってるような気もするが……日常のアイツは怒ったり、笑ったり、哀しんだり、泣いたり……は無いか。まあ色々忙しない顔面だ。
 でも異変解決モードになってる時のアイツは、そりゃもう容赦も慈悲も無いんだぜ。
 なんだろ、私は毎回ウキウキしながら異変解決やってる節はあるんだが、アイツは真逆でな。作業だよ作業。弾幕ごっこ中のアイツの顔は平坦としてて無変無感動無表情の三拍子さ。
 普通、見たこともないような大量の弾幕とか避け切れない密度の弾幕を目の当たりにしたら、緊張したりするだろ?
 アイツはしないんだよ、緊張。アイツが緊張する時なんて、月終わりに賽銭箱の中身を確認する時ぐらいだぜ。息切れしてるとこすらとんと見た事が無い。

 ───。

 プレッシャー知らずなのは能力というよりも性質っつった方が近いかもな。淡々と弾幕張ってるアイツの顔見て、逆にこっちが緊張するぐらいだ。
 肩の力を抜き過ぎてるというか、勝負ってのはもっとこう……ぶつけ合いだろ? 技とか力とかもそうだが、気持ちというかさ。勝ちたい!って感情が勝利を呼ぶと思うんだ。

 ───。

 うるせーよ。
 ま、色んな意味でアイツは『普通』じゃないな。だからこそ私としても燃えるんだが。

 ───。

 あ〜。そんな風に言われるとアレなんだが。照れちゃうぜ。

 でも、結局の所……よく分からんってのが本音だ。霊夢とは腐れ縁だが、未だに理解不能な所が多すぎる。
 こんくらいの方が丁度いいのかもしれんな、友達なんて関係は。もっとも、私にとっちゃあただの友達ってモンでもないが。

 ───。

 アイツが私のことどう思ってるか、ねえ。
 そういうのはホラ、口に出すもんじゃないと思うぜ。特にパパラッチ天狗のお前相手には。

 ───!

 ああ。いつかはな。
 いつか、絶対に勝ってみせるぜ。

 おーそうだ。そん時はお前もカメラ持って観戦しに来いよ。
 博麗霊夢を弾幕ごっこで初めて悔しがらせた美少女魔法使い・霧雨魔理沙の特集記事だな。

 あ、今の霊夢には言うなよ。
 オフレコで頼むぜ、文。


            ◆

680Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:28:54 ID:nr6s2DUA0
 長きに渡って良好な関係を続けてきた友人の、慟哭のような本音を受け入れた博麗霊夢がまず初めに思ったことは。


(ああ。やっぱりコイツ、私のことを全然理解してないのね)


 で、あった。

 魔理沙にとってはひどく残酷な懐抱を浮かべた霊夢は、目の前の友人に落胆と───それ以上の怒りを覚えた。
 魔理沙の言う霊夢への認識とは、何から何まで的外れだ。すれ違いだと一言に済ませるには、二人が付き合ってきた年月はほんの少し……長かった。

 魔理沙は、霊夢という人間をまるで分かっていない。
 具体的に何処をどう誤認しているのかを一々指摘し、正そうとするのも癪だ。そういった事柄は口に出して言うものではなく、本人同士の更なる関係の発展上において自然と悟っていくものが〝本来〟だと思ったからだ。

 時間が解決する問題。
 〝本来〟ならばそうである。
 しかし今という状況において、その本来を霊夢は望もうと思わない。
 口を噤むばかりでは、この関係性は永遠に不変のままでしかない。
 だから、暴力に頼った。
 友人関係に不和をもたらす筈であるその行為に、不思議と抵抗は覚えなかった。


「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」


 これまでで最も無慈悲と化した暴力が、魔理沙を抉った。
 凍り付くような視線と共に振り抜かれた巫女の拳が、幾度目かも分からない殴打を受けてきた魔理沙の頬をまた穿つ。
 実際の所、いま霊夢が語った言葉に深い意味は込められていない。魔理沙が承太郎をジョジョと呼ぶことについては、癪には感じるが怒りを覚える内容でもないのだ。

 理由など、必要ないと思った。
 ただ、心にぽっかり空いたスキマを埋められるのなら。
 そしてそれが、目の前で勝手に憤る無理解な友人を陥れることで慰められるのなら。
 殴ればいい。身を任せればいい。
 元より霊夢は、自然体に身を任せることを恒常とする者なのだから。

 しかし、理由と呼べるような気持ちはやっぱりあって。
 口に出す必要こそ無いけども、ただ激情に身を任せるのであれば魔理沙を狙い撃ちにする必要だってない。

 結局、魔理沙にとって霊夢は『特別』な人間らしい。
 魔理沙だけでなく、他の皆にとっても。
 それこそ、この幻想郷にとっても霊夢は何より特別を意味している。
 そしてそれは、きっと事実だ。
 誰が決めたのかは知らないが、博麗霊夢とはそういう運命を背負って生まれたのだろう。

「……ふざけやがって」

 思いの外、汚い言葉となって吐露された霊夢の台詞を、ボロボロで立ち上がった魔理沙は聞き入れた。
 短く、力無く呟かれたその罵倒には、霊夢の数少ない本音が漏れたものだと悟った。

「……は。ちょっと見ない間に……随分と、ご執心だな。その〝ジョジョ〟に」

 霊夢の呟きは、本人の意図しない形で魔理沙に伝わる。
 アンタに言ったんじゃないわよ、と。そう弁解する気さえ起きない。魔理沙のあからさまな挑発にも、軽々乗ってやったりはしない。


 代わりに、別の口実を与えてやることにした。
 お互い、自分を正当化させる為の口実。
 お互い、相手を否定してやる為の口実。

681Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:30:04 ID:nr6s2DUA0

「アンタは博麗霊夢を『特別』に思ってる。だから、私に並びたい。そういう事よね」
「前半は否定しないぜ。だが欲を言うなら、後半はちょっと違う。どうせなら霊夢の前まで抜き去りたいもんだな。こりゃ流石に自惚れか?」
「どっちだっていいわ。じゃあ丁度いい機会じゃない。
 ───今、ここで。私に追い付いてみなさい」
「あ?」
「私に勝てば、アンタは私を『特別』には思わなくなる。普通の魔法使いを自称するアンタが『特別』に勝っちゃえば……私はもう『特別』とは言えない。〝楽園の普通な巫女〟爆誕ね」
「それはお前を、殴り倒して進め……って意味か?」

 不敵に笑う魔理沙を、否定するようにして。
 霊夢は〝いつもみたいに〟構えた。
 友人の血痕に塗れた両の手で、二枚ずつの札を取り出す。


「当然───」


 たかだか〝喧嘩〟にこの決闘法を宛てがうのは、創案者でもある霊夢からすれば不本意ではある。
 しかし、ここが幻想郷の形を取った箱庭であるならば。
 二人の『決着』には、やはりこのルールが相応しい。


「弾幕ごっこよ」


 初めから、これで無ければ意味が無かったのだ。
 美しくもなんともない、ただの粗末な暴力でコイツを平伏させても……意味が無い。


「待ってたぜ───その言葉」


 トレードマークを被り直す友人の顔が、少しだけ。
 いつものあの、燃えるような表情に戻っている気がした。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

682Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:31:16 ID:nr6s2DUA0
『ジョセフ・ジョースター』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


「…………で、アンタはあたしになんか言うことないわけ?」
「痛ッ〜〜……! さ、先に殴ってきたのはオメーの方だよなァ……!?」
「あんなドえらいDISCを取り出したのはアンタでしょ」
「あーそうかいそうだともよ。全部オレが悪ぅござんしたよ……! スイマセンデシター」


 ひと組の男女が雪の上に大の字となっていた。顔面という顔面をアザに覆われた、見るも無惨なジョセフと徐倫の姿だ。
 二人の仲は良好などとはとても言えないが、少なくとも先程までのような一触即発な雰囲気は既に霧散している。
 ジョセフの波紋が徐倫を正気に戻したのだ。その犠牲にジョセフは顔面と、徐倫は身体の麻痺を引き換えとした。サバイバーが巻き起こす終末を考えれば、随分と安い買い物だ。
 節々の痛みを耐え忍びながらジョセフは何とか体を起こす。次いで行うのは波紋による治療だ。当然のように彼はそこに転がる女性ではなく、まずは自身の回復を優先した。

「ちょっと……こういうのって普通、女であるアタシをまず労わらない?」
「回復したお前さんが唐突に立ち上がって『さあ第2ラウンドだ!』なんて叫ばない保証があるんなら、先に治療してやるぜ」
「アタシはもう正気だっつーの!」

 首のみを回し、勝手で無軌道な男へと自身の怒りを露わにする徐倫。彼女の言う通り、サバイバーによって伝播された狂気の電気信号は、既に二人の体内には残っていない。
 徐倫は波紋のカットによって。そしてジョセフは元々影響が少なかった。この傍迷惑な能力は、基本的には時間経過による自然消滅でやり過ごすしかないというのが徐倫の語った体験談。ジョセフが波紋使いでなければ、事態はもっと深刻だったろう。

「つまりはオレが功労者ってワケよ。感謝されこそすれ、オレが謝る道理なんて」
「あるでしょ」
「……あるがよ。まあ、終わったオレ達についてはもういいさ。問題は───」

 痛みに暮れるジョセフが、果樹園林の方向を振り向く。霊夢と魔理沙は戦いの最中、あの林へとフィールドを変えた。
 サバイバーの影響が少なかったジョセフでさえ、たった今まで闘争を続行していたのだ。ならばあの二人は、今なおあの中で殺し合っている可能性が高かった。
 それに肝心要のジョナサンを確保に向かわせたてゐ達も心配だ。被害の深刻・拡大化を防げる人材が彼女らしか残っていなかった為、止むを得ず向かわせたが……。

(クソ……! どっちも切実だぜ、オレのせいで!)

 心中でジョセフは、事態の鎮静が毛ほども進んでいない現状を悔やむ。急を要するのはどちらかと言えば霊夢たちの方角だ。

「徐倫……まだ動けねーのか? 早いとこアイツら何とかしてやらねーとヤバいぜ」
「マダ ウゴケネーノカ?じゃないだろ……。この、ハモン?っての、もうちょっと手加減出来なかったの? 全然動かねーぞ」
「うるせーな仕方ねーだろ。オメー、本気で殴り掛かってくんだからよ」

 迎え撃つ側のジョセフが、鬼気迫る徐倫の暴走に臆したのは仕方ないことだと言える。
 何にせよ、彼女の波紋が抜け切るのはもう少し掛かりそうだ。自分の怪我だって決して軽いもの ではない。

 もどかしい気分だった。焦慮がジョセフの心を覆い始める。
 虫の知らせ、という感覚かもしれない。
 嫌な予感がした。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

683Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:31:51 ID:nr6s2DUA0
『F・F』
【夕方】C-5 魔法の森


 空条承太郎が死んだ。
 博麗霊夢だけは、絶対に護らなければ。

 脳裏を反芻するのは、さっきからこの二つだけ。

 時間を……5秒。

 6秒…………。

 7秒……………………。



 『9秒』もの時間を、止めていられた。



 F・Fを襲う焦燥が、時間操作の枷を圧倒的な速度で外しに掛かっていた。
 その事実は〝F・F〟と〝十六夜咲夜〟の肉体が、段々と合致に近付いてゆく証明であった。
 肉体に燻っていた〝十六夜咲夜〟の意識が、少しずつF・Fの意思に重なっていくのを感じる。

 だが、まだまだ。
 こんなものでは、まだ足りない。
 〝十六夜咲夜〟はもっと、凄まじい時間の中を動けていた筈だ。

 こんな、少ない時間では、まだ。
 霊夢を……護れやしない。
 霊夢の敵を……排除など出来ない。



   ピシ

        ピシ…



 時空間の壁に、亀裂が入る音がした。
 暴走の如き時間停止の乱用。原因は、それだった。
 時を止めては、動かし。
 また止めては、すぐに始動。
 さっきからF・Fは、全力疾走しながらこんな無茶を続けている。
 停止時間の増加という、破格の性能を得た犠牲とは……予測不能の現象だった。

 時間が壊れ始めている。
 あるいは、壊れ始めているのは自身の胸の内にある時間か。

 関係ない。
 霊夢はきっと、すぐ近くにいる。
 護らなければ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

684Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:34:54 ID:nr6s2DUA0


『───ジョジョは私に勝ったのよ』



 なんの感慨もなさげに。
 ただつらつらと、事実を述べるようにして。
 あの時、霊夢は憤る徐倫へと語った。
 それは確かに、傍から聞いていた魔理沙へ驚愕をもたらす内容だった。

 博麗霊夢が敗北した。その一報を初めに見聞きしたのは確か、人里での花果子念報の記事だったか。
 紅魔館から運ばれた霊夢と承太郎の重体が視界に入り、魔理沙の心には大きな動揺と困惑が芽生えた。
 しかしそれ以上に、〝ジョジョは私に勝った〟と語る友人の表情に、魔理沙はこれまでにない違和感を覚えた。敗北した事実そのものよりも、その事を宣言する霊夢自体に違和感を。

(あの時……霊夢は一体、どんな気持ちで娘の徐倫にそれを伝えたんだろうな)

 驚く程に冴え切った頭の中で、魔理沙は一人生き残ってしまった友人へと思いを馳せる。
 その狭間である今、こんなにも冷静でいられるなんてのは、心中の不満をブチ撒けてやった後遺症に過ぎないからだ。オーガズムの直後に陥る虚ろな期間が、魔理沙を淀みなく〝闘いの準備〟へと移行させていた。
 今ならば、待ったをかけるには遅くない。眼前にて構える霊夢へとこの不毛なぶつかり合いの無意味さを説けば、彼女ならばあっさり承認の後にこれまでの失言失態を忘れてくれる確信がある。何だかんだで霊夢が魔理沙を袖にする事は無いのかもしれない。
 だがそれは魔理沙のプライドが許すものでは無い。闘う前から降伏宣言に等しい理屈を言い聞かせるなんて御免だし、そもそもこれから始まる決闘が無意味なものだとは魔理沙には思えなかった。無駄を美徳とする決闘法だというのに、ちゃんちゃらおかしい矛盾である。
 内に仕込まれた〝闘争本能への刺激〟は、完全に収縮した訳では無い。一時的に隅へ置いているだけであり、ひとたびゴングが鳴れば爆発的に暴走を再開する予感すらあった。


 スッキリさせよう。良い機会だ。
 互いへと溜まった鬱憤は、清めればいい。
 頭から被る清水が無いのなら、血で構わない。

685Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:35:35 ID:nr6s2DUA0
「決闘前のこの緊張感って良いよな。否が応でも血が騒ぐ……って奴だ」

「緊張ねえ。アンタはそれで弾が見えたりするの?」

「おっと。お前には縁のないステータス異常だったな。緊張とボルテージは比例するパラメータだぜ」

「そもそも魔理沙は〝スペルカード・ルール〟を誤解してる。これはアンタの思うような娯楽スポーツなんかじゃない」

「まるでお前がルールを考えたような物言いだな」

「私が考えたんだけど」

「あれ、そうだっけ? まあどうでもいいぜ。でも弾幕ごっこが〝遊び〟なのは同じだろ?」

「遊びも度を越すと、遊びではなくなる。この決闘法はあくまで、幻想郷に不和をもたらす脅威を平坦に落とし込む為の施策なのよ」

「私が霊夢と弾幕ごっこで遊ぶのに、そんな建前は関係ないじゃないか」

「アンタの場合、そろそろ度を越しているって話よ。弾幕ごっこに勝ち負けはさして重要ではない。魔理沙ってば、昔から結果にこだわり過ぎだわ」

「まるで自分はそうじゃないとでも言いたげな物言いだな」

「…………どういう意味よ」

「『勝負』にこだわってんのは、お前の方じゃないのか? そう言ったんだぜ」

「私が? アンタとの勝負に? 馬鹿も休み休み……」

「違うだろ。お前が『勝負』したがってんのは、私じゃないだろ」

「…………っ!」

「お前言ってたよな。『約束』をしてたって。あの主催二人を倒した後に、また戦うって『約束』を」

「……さい」

「でも死んじまった。これじゃあ『約束』は果たせない。仕方ないから主催をとっちめることで、勝負に勝った事としよう。これがお前の───」

「うるさい……っ」

「───お前の求めていた、ジョジョとの『勝負』だ。お前自身が言っていた事だぜ。
 さて。『勝負』にこだわってんのは、一体どっちなんだろうな?」

「うるさいッ!!! それとこれとは関係ない!!」

「お。やっと私の言葉に揺れ動いてくれたみたいだな。頑張った甲斐があるってもんだ」

「アンタなんかに!! アンタに……私の何が理解出来るってのよ!!?」

「それをこれから理解するところさ。そして、お前が私を理解するのもこれからになる」

「ワケ、分かんないこと、言ってんじゃ……」

「ワケ分かんないってのは、やっぱり私を理解出来てないって意味と同義だぜ。これで互いに条件は同じだな」

「もう、いいわ。口で言って分かんないなら、力ずくで分からせる。今までもずっと、私はそうやってあらゆる異変を鎮めてきた。
 言っとくけど……当たり所が悪くて死んだなら、ルール上では死んだ奴の負けよ」

「分かりやすくて好きだぜ。……ああ、そうだともよ。『勝負』にこだわるってのは、そういう事なんだ。
 ───霊夢」

「耳障りだから、文句言うんなら〝死んだ後〟にお願いするわ。
 ───魔理沙」


 弾幕ごっこ開催のゴングは、いつだって会話の終点からだった。
 無意味な言葉遊び。世界一美しい決闘を飾るのは、こんなにも洒落の効いた世界観の下だからこそ。

 この決闘が、美しい終わりで幕を引くとは限らなくとも。
 もはや二人に後は退けなかった。ここで退いたら、大切なモノを喪う予感が胸中に渦巻いていた。

686Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:36:44 ID:nr6s2DUA0


「今日こそ私の持論を証明してやるよ」


 揚々と懐から『それ』を取り出した魔理沙のその腕が震えているのは、緊張や負傷のせいだけではないだろう。


「弾幕ってのは、やっぱ──────」


 いつもの弾幕ごっこであり。
 いつもの弾幕ごっこではない。
 取り出されるミニ八卦炉に込められた魔力の膨大さは、いつもの〝遊び〟の比では無かった。


「パワーーーーーーだぜェェえええ!!!!」


 少女の最も得意とするこのスペルに、躊躇の様子が微塵も感じられないのは。
 外部から促された殺意や狂気……その増幅が、本来のスペルカード・ルールに引かれた予防線を容易く割らせたからであった。

「……! いきなり大技じゃない。相変わらずスマートに欠けるわね」

 先手を許した霊夢の目前一杯に広がるは、飽きるほど見てきた友人の代名詞マスタースパークの光条だ。この規模の弾幕を見るのは、この土地だと『二度目』だろうか。

 一度目は、そう───。

(ジョジョの奴に、撃たれたんだっけ……)

 少女にとっては苦い敗北の記憶。アヌビス神を携え斬り掛かる博麗霊夢へと、あの容赦ない男は支給されたミニ八卦炉でもって擬似マスタースパークを放ってきたのだ。
 その折は『夢想天生』で(霊夢だけは)事なきを得たが、今回の『本家マスタースパーク』は流石に威力が目に見えて違った。
 いや、承太郎の放ったソレも本家との見劣りは無かったように霊夢には思えた。だが〝今回〟はどうも勝手が違ったらしい。

「死っねぇぇえええーーーーーー霊夢ゥゥううううーーーーーーーーーッ!!!!」
「ちっ……! あの馬鹿、完全に殺す気ね!」

 見慣れた筈の青白い極太光線。コレに対し霊夢が二の足を踏んだ理由は、見慣れていたが故である。
 完全に範囲と間合いを掌握していたと思い込んでいた巨大ビームは、いつもより一回り〝デカかった〟。想定とズレた超レンジから察せられる魔理沙の意図など、殺傷目的以外には無い。

 スペルカード・ルールとはそもそも、基本的に意図的な殺傷は禁止されている。弾幕の威力や量を調整し、可能な限りは〝ごっこ遊び〟の範囲に収めるのが目的である。
 主に力の強い大妖や神クラスに重く強いられるルールであり、その恩恵を受けるのは弱き側……すなわち人間である魔理沙のような者達だった。
 とはいえ、である。霧雨魔理沙の弾幕は火力に比重を置いている為、こと『殺傷力』という点では〝ルール〟 に触れない程度の調整は普段から成されていた。
 今回は、それに気を遣う必要など無かった。弾幕ごっこという名目ではあったが、殺生禁止ルールなどあってないようなものだ。加えて、サバイバーの性質が弾幕の威力向上に一役買っている。

 ブレーキを取っ払われた暴走トラックを前にして、霊夢は一の手である正面回避の択を直ちに棄てた。
 マトモに避けようとしたのではギリギリ被弾する。その崖際を狙って魔理沙はミニ八卦炉に魔力という名の薪を焚べ、範囲を広げたのだ。
 表択を棄てた霊夢は、即座に裏択───二の手を選び切った。空も飛べやしない現状では、いつもは空にて舞う弾幕ごっこも、地上での純粋な身体能力に依存せねばならない。

 その命綱である身体能力を、ここは敢えて棄てる。
 霊夢の二の手は『亜空穴』。空間の結界に忍び込み、零時間移動を可能にする技……いわゆるワープだ。果樹園にそびえ立つ木々をまとめて焼き尽くしていくマスタースパークの照準から姿を消し、彼女は容易に魔理沙の頭上を取った。
 魔理沙は元々勇み足の者だ。それが弾幕ごっこにしろ日常の中にしろ、我先にと一等を目指す真っ直ぐな性格は、美点ではあったが闘いの中では減点である。
 敢えて先攻を取らせてやったに過ぎない。マイペースな性格の霊夢という事でもあるが、両者のスタイルの差は〝後の先を取る〟という形で、霊夢が第一ターンを制した。

687Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:38:00 ID:nr6s2DUA0

「誰に向かって『死ね』だなんて言えたわけ?」
「げっ……!?」

 大技を放ち、隙だらけのまま硬直していた魔理沙の頭上に結界を繋げた霊夢は、そこからお祓い棒を振り抜く。
 本日二度目の爆撃。魔理沙の魔女帽と、その〝下〟諸共吹き飛ばしかねないスイングだ。これは弾幕ごっこだが、得物を使用しての打撃はなんら反則とはならない。

「ん!? この手応え……!」

 強靭なお祓い棒から伝わる感触に、違和感。
 昏倒させる勢いで殴ったつもりだが、この攻撃は『防御』されたのだと分かる感触と音が、霊夢の更なる追撃を急遽中断させた。
 こちらに背を向けたままの魔理沙が、ニヤリと笑った気がした。彼女の冠に乗せた魔女帽……その〝下〟から、数多の蠢く生物が顔を出していた。お祓い棒のスイングをミットも無しに止めたのは、コイツらだった。

「掛かったな……『ハーヴェスト』!」
「……気持ち悪! 何、コイツら!」

 ハーヴェストと宣誓を受けて飛び出したこれらの生物は、DISCを経て獲得した魔理沙のスタンドである。彼女が帽子やスカートの下にマジックアイテムを収納する癖がある事は霊夢とて知ってはいたが、ペットの飼育も行っていた事実は初耳だった。

「悪ィな霊夢! 新手のスタンド使い、霧雨魔理沙だぜッ」
「『スタンド』……! 話に聞いたDISCって奴か」

 魔理沙がDISC経由でスタンド使いとなっていた背景など霊夢は聞いていない。つまり意図して隠されていたわけだ。彼女らしい秘中の秘であった。

「次からルールに『スタンドの使用は禁ずる』って記しとこうかしら」
「悪いが、コイツらも立派な弾幕なんだぜ。そして残念だが、お前に『次』は無い!!」

 帽子の中から、スキマ妖怪よろしく恐るべき数の小型スタンドが、ワラワラと増殖しては霊夢へと突進を開始する。三桁には達する数だろうか。
 一匹一匹の被弾は大したことも無さそうだ。しかしスタンドが生み得る能力の可能性を考えた時、迂闊な接触は回避すべきだという結論が百戦錬磨の脳裏を過ぎる。
 幸いなのは、コイツらには速度と弾幕のような対空性能が不足している点だ。物量で被せてこようが、全て躱すのに難儀な技術は要らない。

「呆れたわね魔理沙! こんなモンがアンタの『努力の結晶』ってワケ!? この調子じゃあ100年経っても私には追い付けないわよ!」
「うるせえ! いつまでも上から見下ろしてんじゃないぜ!!」
「あら? 負けて落っこちたヤツを上から見下ろす口実を得るのが『弾幕ごっこ』だって、知らなかったかしら!?」
「今日は随分と御託が多いじゃないか! イラついてるせいか!?」
「アンタのおかげでイラついてるのよねえ!?」
「そりゃホントに私のせいか!? 無関係な人様のせいにするのはお前の得意分野だからな!」
「……っ 減らず口をッ!」
「私の口は増える一方だぜ! スペルカードは黙らされたヤツが負けのルールだッ!」

 高々と張り叫んだ魔理沙は、次に高々と飛翔した。
 弾幕ごっこを嗜む少女らの多くが飛行能力を有しており、霊夢と魔理沙も例外では無い。魔理沙は魔法使いらしく箒での飛行を好み、霊夢は持ち前の能力で飛翔していたが、このゲームにおいては飛行制限が掛けられている。
 だがどうやら、魔理沙の支給品には当たりが紛れていたらしい。箒にまたがり空を飛ぶ彼女は、制空圏というアドバンテージを得た。

「誰の前で、飛んでんのよ……っ」

 地をうねるハーヴェストの軍勢を身軽なステップで避けながら上を仰ぎ、霊夢は毒づくように舌を打った。
 博麗霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』は、現在使用不可能とされている。勿論、制限という名目で主催から奪われた結果だった。

 自分は、空を飛べない。
 この能力は単純に空に浮く、というだけでなく。
 この世のあらゆる重力や圧からも無重力とされる、自身の『自由』を意味する性質であった。

 『十六夜咲夜』の命を奪ってしまったという罪の意識は、彼女の精神から『自由』を奪った。もう、以前のように自由そのものとはいかないかもしれない。
 単なる主催からの制限だけでなく、霊夢は自身の犯した罪により枷を嵌められた。この上なく惨めな意識が、生涯自分にまとわりつくのだと覚悟した。

 魔理沙(アイツ)は違う。
 彼女は、自分自身の力で空を翔ぶ資格を所持していた。箒を使っているのも、道具の力に頼るのではなく単なる嗜好の問題だ。
 だってアイツはきっと、自信家だから。
 自分の力を信じ、研磨し、これからの未来も己の努力を変に誇示することなく、強くなっていくに違いない。

 だから、魔理沙は空を翔べる。

 私は翔べない。
 アイツは翔べる。

 私だけが翔べない。
 アイツだけが翔べる。

 魔理沙には、私の気持ちなんて理解出来ない。
 私も、アイツの気持ちを理解する必要は無い。

688Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:38:35 ID:nr6s2DUA0



(だったら───殺せばいい)



 此処がピークだった。
 不慮の事故により侵入を許してしまった、殺意と憎悪を煮え滾らせる罠。
 これによる波長の最大点が、今この瞬間。
 霊夢の脳髄を、無尽蔵に占領した。

 生存者(Survivor)は、一人で事足りると。
 だったら、殺せばいいと。
 重力に敗北した少女の耳元で、囁いた。


 霊夢は、その囁きを───した。


「私の上を…………」


 地上からはハーヴェスト軍の自動追尾弾。
 空中からは魔法使いの自機狙い星弾空爆。

 幾度も避けてきた、見た目ばかりの流星群だ。
 霊夢がこれを攻略するのに、時間は要らない。


「───翔んでんじゃないわよ!!」


 刮目し、自らの血痕で作り上げた札を地に設置。
 常置陣の札である。この地雷を踏むことで、対象者は大きく跳ね上がるという性質の罠だ。
 かつて十六夜咲夜に対抗する術の一つとして、霊夢が放ったものでもあった。

「おいおいマジか」

 冷や汗を垂らす魔理沙の頭に、影が被る。
 霊夢の跳躍ではまず届かないであろう高所からの攻撃だった筈だ。敵は悠々と、空地から挟み込む弾幕を器用に抜けて飛んで来たと言うのだから、魔理沙の反応は一瞬遅れをきたす事となる。

 常置陣で跳躍すると言っても、その軌道は直線とならざるを得ない。馬鹿一直線に空中へ飛んだのでは、魔理沙の星弾の餌食なのは目に見えていた。
 常置陣を〝空中〟にて二重、三重に使用。札を次々と靴裏に差し込み、霊夢は軌道を続けざまに変更させる。魔理沙の目から見た霊夢は、もはや天狗のそれと大差ないスピードだった。
 空気を炸裂させるような発破音だけが、魔理沙の鼓膜を打つ。星弾の数は大量に仕込んでおいたが、霊夢はその全てを無傷で潜り抜けている。神懸かりとしか言えなかった。

 直線と、曲線を、天才的な判断力で使い分け。
 時に緩やかに、時に激しく飛び交う巫女の姿。
 彼女自身が正確無比の追尾弾だと見紛いかねない、変化自在の卓越した身のこなし。

 ストレートな自分にはとても真似出来ない動作。
 魔理沙が、霊夢を一番に羨む技能の一つであった。

「〝上下〟には興味無いけど……今日ばかりは、アンタが『下』よ! 魔理沙!!」
「……ッ! く……っそ!」

 いつの間にかだった。
 気付けば、魔理沙が霊夢を見上げる形になっている。
 思わぬ方法で自分の上を行った相手の影が重なり、魔理沙は『詰み』の一歩手前に追い込まれたのだと悟る。

「繋縛陣、か!」

 魔理沙を中心とした上下左右の計4ヶ所に、結界が浮き出ていた。博麗霊夢の『繋縛陣』が、見事に魔理沙を挟み込んだのだ。

(いや違う! 私をこの場所へ追い込んだんだ! コイツ、初めから此処にこの陣を設置してやがったッ!)

 上下左右から迫る陣形には、抜け道が存在した。前と、後ろである。
 後ろ───つまり魔理沙の背後には、ご丁寧に一本の巨木が立っていた。幹に激突する痛手を嫌うならば、残るルートは前方───霊夢の方向しか無い。
 誘っていたのだ。霊夢は地面を飛び立つ直前に、既にこの場所へ『詰み』の土台を形成していた。縦横無尽に飛び交う霊夢に圧され、此処に後込んだのは魔理沙の失態だった。

689Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:41:17 ID:nr6s2DUA0


「アンタの──────ッ」


 空すら翔べない巫女が、空を跳びながら差し迫る。
 逃げ場は無い。
 残されたルートは、前方。
 博麗霊夢の、方向のみ。


「──────敗けよッ!!」


 霊夢の腕から、一発の弾が射出される。
 たった一発。魔理沙を地へ堕とし、敗北させるには充分な一発。
 いや。敗北するだけならばまだマシだろう。
 通常の弾幕ごっことは異質なのだ。まともに直撃して死なないという保証はなかった。


 死にたくないなら、後ろに下がりなさい。


 眼前の友人の視線がそう語っているように、魔理沙には見えた。
 背後の回避ルートを取れば、少なくとも死にはしない。巨木の幹に激突し、地面へと墜落するのみに留まるかもしれない。



「駄──────」



 不意に聞こえた気がした。



 〝敗けてしまえばいい〟

 〝いつもみたいに、敗けてしまえば〟

 〝死ぬことはない〟

 〝また、挑戦できる〟

 〝死ぬことさえなければ、また〟

 〝博麗霊夢に、リベンジマッチを宣誓できる〟

 〝だから〟

 〝退け〟

 〝後ろへ飛べよ〟

 〝敗ければ、いいんだ〟

 〝飛べないのなら……〟





 〝死ぬしかないよな。魔理沙〟





 死神の声か、あるいは───





「──────駄目だぁぁあああ!!!!」






 霊夢の腕から一発の弾が放たれたのと。
 魔理沙の最後の一撃が充填され始めたのは。
 殆ど、同時であった。


(あ…………駄目だ。死ぬ──────)

690Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:41:53 ID:nr6s2DUA0
 最後の一撃には魔力充電が必要だ。その間にも霊夢から繰り出された一発の被弾は免れないだろう。
 後退を嫌い、前方へ飛出た魔理沙。少女は端から詰みだった。霊夢の完璧なゲームメイクに、またしても勝てなかったのだ。
 魔理沙のラストスペルは間に合わない。この近距離で、威力の調整を排置した霊夢の本気を喰らえば死ぬ事になる。

 意図した殺傷力の弾幕による、決闘相手の殺害。
 事故でないならばルール上は認められない?
 これは霊夢の反則負け?
 そんな些細な判定は、魔理沙の頭には無い。

 被弾すれば、敗北。
 あるいは……戦意を失った者は、敗北。
 結局の所、それが弾幕ごっこである。
 
 後者で敗けるよりも。
 前者で死んだ方が、まだマシだ。
 被弾と引き換えに魔理沙が前へ飛び、最後のスペルを唱えた瞬間には。


 全てが、遅かった。


(霊夢は──────)


 ミニ八卦炉を前に構えた魔理沙の、すぐ目の前。
 霊夢の放った……〝最初で最後の〟弾幕を据えて。

 魔理沙の時間は〝止まった〟───。


(霊夢は何故……攻撃しなかった?)


 スローモーションに変換されゆく周囲の光景の中、魔理沙の思考はゆっくりに研ぎ澄まされる。

 そう言えば、そうだ。
 この霊夢は。
 あの時も。
 あの時も。
 また、あの時も。
 まともには弾幕を放っちゃいなかった。


 魔理沙の先手───マスタースパーク。
 霊夢は敢えて、魔理沙に先攻を譲った。
 後の先を取るため。

 本当にそうだったのか?

 亜空穴で躱され、楽に頭上を取られた。
 お祓い棒で殴られたが、防御は出来た。
 霊夢の虚を衝けた。

 本当にそうだったのか?

 制空圏を支配し、地の利をモノにした。
 空から攻めれば、霊夢に反撃は不可能。
 弾幕など届かない。

 本当にそうだったのか?

 四方の繋縛陣に囲まれ、退路が消えた。
 あの繋縛陣自体には、攻撃能力は無い。
 だが触れれば終了。

 本当にそうだったのか?



 霊夢は本当に、本気を出していたのか?

 私を、殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 少なくとも……


(私は、本気で霊夢を殺すつもりで───)

691Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:42:21 ID:nr6s2DUA0



 ベチャッ



「!?」


 スペルカードを放つと同時。
 魔理沙の顔に、なにか冷たくて気色の悪い感触が伝った。


 プラムの実。
 この果樹園に生る、果物だった。
 花言葉は『甘い生活』。
 意味通りに、魔理沙の舌に甘い食感が巡った。
 これは当てつけか何かだと、思考が止まる。

 霊夢が右手で投擲しただけの。
 最初で最後の一発は。
 弾幕ですら無かった。



 ───霊夢は本当に、私を殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 ───少なくとも、私は本気で霊夢を殺すつもりで………………これを〝撃った〟んだぞ。

 ───なあ。霊夢、

 ───やっぱお前の言う通り……私は、





 全然、お前の事を理解してなかったみたいだ。




 魔砲『ファイナルマスタースパーク』



 霊夢の視界いっぱいに、それは注がれた。
 何を以てしても、回避は絶望的だと悟る間合い。



 魔理沙を襲った、狂気と殺意の電気信号は。
 今ここをピークにして、爆発した。
 後はもう、時間だけが少女を正常へと戻していく。
 下り坂に転がり、角が削られ丸みを帯びてゆく魔理沙の殺意は。
 次第に、事の重大さを自覚させていくだろう。


 生存者(Survivor)は、独りで事足りると。
 最後に囁いて消えた己の狂気が、魔理沙を正気へと一気に引き戻した。


 霧雨魔理沙は、まだ少女であるというのに。
 それは何よりも、残酷な仕打ちだった。


            ◆

692Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:44:10 ID:nr6s2DUA0




「また、私の勝ちね。魔理沙」




 満点の星空の下。
 神社の縁側に座る博麗霊夢が、淡々と結果を述べながらプラムの実にかぶりついた。


「弾幕じゃなくて果物だったろ。まだ敗けちゃいないぜ」
「被弾は被弾よ。アンタの敗け。それとも〝果物を投げつけるのは反則負け〟って、ルールに書いてるとでも?」
「何でルールに書いてないと思う? そんな舐めた真似する馬鹿はどこにも居ないからだぜ」
「私がさっき決めたもん。スペルカード・ルールを決めるのは私なのよ」
「こりゃ参ったな。それこそ反則負けだぜ」


 互いに背中合わせで、勝負の行き先をああだこうだと揉め合う。
 この光景もまた、一度や二度ではなかった。


「そんな事よりお前、本気でやってなかっただろ」
「あら。博麗の巫女はいつだって本気よ」
「ふざけろ。お前が本気だったら私は5回は死んでたぜ」


 魔理沙の見立てでは、そういう予測だった。
 終わった後だからこそ、実感できた。
 後の祭り、である。


「本気よ。……私は、本気で闘ったわ」


 慰めの言葉、なのだろうか。
 背中越しに聞き取った霊夢の声は、いつもよりほんのちょっぴり……弱々しく聞こえた。


「〝あの時〟だってそう。弾幕ごっこじゃなかったとはいえ、〝博麗の巫女〟は立場上……戦わなければならなかった。それしか許されなかった。そんなわけ、ないのに」
「あの時?」


 魔理沙が疑問に思い、振り返ろうとする。
 途中で、やめた。
 言葉に紛れた僅かな感情が、よく知る友人のそれとはかけ離れた別種のモノに聴こえたからだった。

 霊夢はきっと、顔を見られたくない。
 魔理沙はそう思った。
 だからお互い、背中合わせのままに言葉を交わす。


「ジョジョよ。言ったでしょ。私、ジョジョと戦って、負けたの」
「……徐倫の親父さん、か」
「うん。……悔しかった。負けて悔しいなんて思ったのは、初めてよ」
「私はしょっちゅう思ってるけどな。誰かさんのおかげで」


 茶化すように、魔理沙は自嘲する。
 魔理沙が霊夢に勝てなくて悔しがるように。
 霊夢も、承太郎に負けて悔しかったんだな、と。

 そこまでを考え、ひとつ思い至った。


「なあ」
「何よ」
「私もそうだったんだ。負けて悔しかったし、ずっと勝ちたいって思ってた。お前にだ、霊夢」
「……だから、知ってるって」
「じゃあ……これで『一緒』だな」
「は?」
「お前は承太郎に負けて悔しかった。だからまた勝負して、勝ちたかった。
 私もお前に勝ちたかった。勝ってギャフンと言わせたかった。出逢った時からだ」
「…………。」
「なんだ。お前も私と『同じ』じゃないか」
「魔理沙……」
「〝普通の魔法使い〟と同じ、〝普通の巫女〟だぜ。お前もな」


 やっと、自分の心が幾分か救われた気がして。
 今までずっと努力してきた事は、無駄にはならなかったのだと安堵して。
 結局、霊夢にはまた勝てなかったけど。

 魔理沙は初めてこの友人を……少しだけ、理解出来た気がして。
 綺麗に、綻んだ。

693Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:44:57 ID:nr6s2DUA0


「……同じじゃ、ないわよ」


 霊夢のトーンが一層と落ちた。
 普段の強気な彼女とは似ても似つかぬ、幼子のような声色だった。


「アンタには、まだ次の『機会』がある。でも私には…………ジョジョは、もう」


 これも一種の地雷だろうか。
 魔理沙にとっての霊夢とは、腕を伸ばせば届く範囲に居る友達だ。何度でも挑戦して、何度でも負け惜しみを言えばいい。
 だが霊夢にとって空条承太郎は、もはや二度とは届かぬ雲の上の存在となってしまっている。
 軽々とジョジョの名を出すのは、霊夢を傷付けるだけではないのか。


「……それでも私は、お前に追い付きたかったんだ。あわよくば、お前にとっての〝ジョジョ〟になりたかった」


 拒絶される事を恐れず、魔理沙は本心を吐いてみせた。
 いつの間にか自分まで、会ったこともない空条承太郎に強く焦がれるような羨望を滲ませていたらしい。
 霊夢にとっての〝ジョジョ〟こそが、かつて魔理沙が求めた空想の居場所だったのだから。


「でも、今のお前を見てやっぱり違うって思ったよ。お前が私の後ろ姿を眺めるのは、やっぱり違う。
 高望みはしないぜ。私は、お前の隣がいい」
「……当たり前、よ。アンタは、ジョジョじゃない」
「そうだな。承太郎は承太郎で、魔理沙は魔理沙だぜ。私には私の、理想の居場所がある」


 互いに背中合わせ。
 どちらが後ろで、どちらが前もない。
 そして、隣同士でもなかった。

 魔理沙にはまだ、霊夢の隣に立つ資格は無い。
 それでも。
 今はこんなにも、霊夢を近くに感じている。


「少しはお前のこと、理解できたかねぇ」


 背中に感じる友人の体温は、暖かみと呼ぶにはやや冷たい。
 霊夢にはまだ、払拭し切れない〝汚点〟があるのだから。


「……〝まだ〟よ。まだまだ。アンタは私のことを全然理解出来てないし、理解する必要なんて無い」


 霊夢は、空を翔べなくなっていた。
 とある重力に負けて、突如として地に堕ちた。


「……そりゃあ〝咲夜〟の事を、言ってるのか」
「魔理沙。アンタは私を、理解する必要無いのよ」


 背中に感じていた重みが、唐突に消えた。
 床板の軋む音。霊夢は立ち上がり、何処かへと行くようだ。

694Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:45:36 ID:nr6s2DUA0

「お、おい……」
「アンタは……『普通』なんだから。いつもみたいに、アンタはアンタの信じる道を進めばいい」


 とうとう魔理沙は振り返る。
 そこには、いつも眺めていた友の背中なんか、ありはしなかった。

 代わりに、一瞬だけ見えた霊夢の横顔が。
 魔理沙を凍り付かせる。


 〝博麗霊夢を理解する〟
 この時の魔理沙はまだ、この言葉の意味を理解していなかった。

 ただ。
 彼女の横顔を目撃した魔理沙は、理屈も抜きに感じた。
 霊夢がこの闘いで本気を出さなかった理由。
 それは彼女が、心の何処かで魔理沙に敗けることを望んでいたからではないのか。
 敗けて、魔理沙を自分の隣へ立たせたかった。
 立たせて───本当は、理解して欲しかったのではないのか。
 『同じ気持ち』を共有させて、自分の痛みを魔理沙にも伝えたかった。

 考えすぎかもしれない。
 しかし、魔理沙は思わずにはいられない。

 霊夢は、この闘いで死ぬつもりだったのではないのか。
 魔理沙に殺され、自分の痛みを共有させたかった。
 それがどれだけ愚かな行為なのかを、知りつつも。
 どれだけ友を傷付ける〝逃げ〟になるかを、理解しつつも。


 『大切な友人』の命を、自ら奪う。

 霊夢は、十六夜咲夜を殺したというのだから。

 そして魔理沙自身……霊夢を殺すつもりでこの闘いに臨んだのだから。

 もしも……この闘いで魔理沙が霊夢を殺してしまったのならば。

 きっと、魔理沙は霊夢と同じように。
 二度とは空を翔べなくなる。
 空を堕ちるように、落ちてしまうのだ。





「───だから、私の後に付いて来ないで。お願いよ…………魔理沙」





 〝付いて来ないで〟と、霊夢は今……拒絶した。

 同じ道を辿るなと、魔理沙へと宣告した。

 霊夢の本心が、魔理沙にはやはり掴めなかった。

 〝今〟となっては、やっぱり……後の祭り、なのだから。




(それでも……私は、お前を理解したかった───霊夢)




 止まっていた時間が、急激に鼓動を始めて。

 魔理沙の全てを、変え始めた。

 夢の中の博麗霊夢は、泣いていた。


            ◆

695Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:46:16 ID:nr6s2DUA0


 〝時間〟が、動き出した。


(なん、だ……今の……)


 気付けば魔理沙は、箒と共に地面へと座り込んでいた。
 走馬灯を見るには、まだ早すぎる。第一、自分はまだ生きているのだ。
 夢にしたって、いやに……?
 まるで、止まった時間の中で会話でもしていたような。

「痛……っ!?」

 激痛が身体中を迸る。節々が思うように動かない。骨折しているようだった。
 当然だ。あれだけ殴って、殴られて。痛みが無いわけがなかった。
 自分は今までどれだけ恐ろしい行為を、友人へと刻んでいたのだろう。あの悪夢のような記憶は、残念ながら気味が悪いくらいに憶えていた。
 原因は不明。スタンド攻撃かも知れなかったが、どうやら正気には戻れたらしい。

 色々と、犠牲は多かったが───

「……って、そうだ霊夢! アイツ、大丈夫なのか!?」

 下手人であるのは自分だ。
 だが、不本意な形だった。
 最後の記憶では、確かラストスペルの『ファイナルマスタースパーク』を撃って……そこから…………


 そこ、から…………






「……霊夢か?」







 離れた地面の上で、しゃがみ込んでいる霊夢を見付けた。

 後ろ姿で、彼女の様子はよく見えなかった。

 代わりに、別の姿も見えた。






「──────咲夜?」






            ◆

696Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:49:00 ID:nr6s2DUA0


 私は、何が欲しかったんだろう。
 私は、何を期待してたんだろう。

 私をよく理解しようと足掻いた、私の友達───魔理沙へと。

 私は、本当に狂気へと呑まれていたの?
 私は、本当に魔理沙と闘いたかったの?

 私自身のことだった。今なら言える。
 私は、ずっと正気だった。
 魔理沙を憎もうとする間も。
 魔理沙と弾幕を交わす間も。

 魔理沙は違ったろうけども。
 私は、誰にも支配されちゃいなかった。

 それが、私だけが知る真実。

 もしかしたら、ただ。
 理由が欲しかったのかもしれない。
 慰めを期待してたのかもしれない。

 何だっていい。
 誰だっていい。
 ただ、我儘な暴力に心を浸らせて。
 ただ、感情を振るう相手を探して。

 だから魔理沙はちょうど良かった。
 私を理解してない人間だったから。
 私と違って、〝綺麗〟だったから。

 妬み、なのかな。
 友達、だったのに。

 〝自分と同じ苦しみ〟を味わえばいいって。
 そう思ってしまって……アイツを挑発した。
 戦う理由なんて、いくらでも作れたから。

 だから魔理沙が本気で私を殺そうとしていた事に気付いた時───楽になれると思った。

 そうやって博麗霊夢は、全部から逃げようとした。



(最低ね…………わたし)



 魔理沙の最後の攻撃が、霊夢の命を燃やし尽くす瞬間。
 全てが終わろうとした瞬間。
 時間が、止まったのだと。
 理由も自覚もなく、霊夢はそう直感した。







 気付けば、霊夢は地面に座り込んでいた。
 生きている。魔理沙の攻撃をあんな間近で受けながら。
 地面に横たわる『彼女』を見て、それは誤りだと気付いた。
 霊夢は攻撃なんて受けていなかった。
 時間を止めて、魔理沙の攻撃から身を護ってくれた者がいる。



「ごめんなさい。私、貴方を自由にさせてあげられなかった──────F・F」



 黒焦げとなったメイド服の少女を膝に寝かせ、霊夢は虚ろな瞳で謝った。
 十六夜咲夜の形を借りた、そのF・Fと呼ばれた少女の中身は〝フー・ファイターズ〟。
 元はプランクトンの群生である〝彼ら〟は、熱や電気に滅法弱い特性を備えていた。
 魔理沙のファイナルマスタースパークは皮肉にも、彼らの弱点を局所的に刺す属性魔法の類だった。その肉体に寄生した全てのフー・ファイターズは、残らず死滅する。魔理沙のスペルが周囲の雪や水分を余さず蒸発させた事も、絶望的な状況である要因だった。

 F・Fが近距離でまともに喰らえば、ひとたまりもある筈がない。
 ましてやその攻撃は、霊夢を殺害する目的で放った技だったのだから。

 今……霊夢の命が無事、此処に在る。
 それだけでも奇跡だ。時間でも止められなければ最悪、二人諸共死んでいたろう。

697Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:49:51 ID:nr6s2DUA0

「おい、霊夢! 無事か!?」
「魔理沙は!? 何があった!?」


 一足遅く、狂気から戻った二人のジョースターが到着した。
 内一方。空条徐倫の目線が、霊夢の膝に眠る存在を捉えた。


「………………ゎ、たし……は、……〝じ、ゆう〟……だ………た………………」


 最後の気力という言葉が、これほど相応しい様相もない。
 動いているのが不思議なくらいに、F・Fは震える腕を霊夢の頬へと添えた。
 触れた指の温度はまだ熱く、しかし急速に熱が消滅していくのを感じる。



「ぁなた、も………そ、……して…………ま、り、さ……も…………きっ、と………──────」



 こうして、霊夢の膝の上でフー・ファイターズは息を引き取った。
 最期は、驚く程にあっさりした終わりだった。
 霊夢はそれを悟ると、優しげな手つきで少女の瞼をそっと落とし、一言だけ呟いた。



「ありがとう。…………F・F」



 この言葉は、届くのだろうか。
 分かりはしない。
 それでも、彼女の生きた『時間』は。
 証となって、霊夢の記憶へと確かに刻まれた。


 ふと、黒焦げた亡骸の左手に何か握っているのが見えた。
 手紙だ。あの巨大光線の中で尚、その封書は形を保ってF・Fの手に収まっている。
 理屈に合わないが、恐らくなんらかの封印術で守られているのだろうと、霊夢は察することが出来た。

 封書の裏には見覚えのある字で「ゆかり♡」などと主張しているのだから、この得体の知れない結界術の主が脳裏に浮かぶのは自然な事だった。









「───さて」


 怪しげな手紙を懐に忍ばせ、霊夢は今もっとも懸念すべき相手を探した。
 F・Fの死は霊夢に何を齎したか。重要な課題だが、今考えるべきは自分の事ではない。
 霊夢はかつての体験から、それを知っていた。


 F・Fの死…………いや、正確には〝十六夜咲夜〟という肉体の死によって、何かを齎された者が此処にはもうひとりいる筈だ。





「──────魔理沙」





 そこからこちらを眺める少女の顔は、酷く蒼白だった。
 呼吸を乱し、焦点の合わない目で、F・Fの遺体を見つめている。

 霧雨魔理沙。
 たった今……〝十六夜咲夜〟を殺してしまった少女だ。

698Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:50:42 ID:nr6s2DUA0

 F・Fの最期の言葉には、霊夢の他に〝魔理沙〟の名があった。焼け爛れた声帯で聞き取りづらくはあったが、確かに魔理沙を呼んだのだ。
 〝F・F〟がこの時、霧雨魔理沙の名を呼ぶ道理は考えづらい。
 それならば、ここで魔理沙の名を出したのは肉体である〝咲夜〟の方の記憶が介入しているのだろう。
 もしも〝F・F〟の意思が〝咲夜〟の意思を大きく凌駕していたならば、死んでいたのはきっと……霊夢を害する敵として映った魔理沙の方だったろう。
 〝咲夜〟にはきっと、この後に起こり得る魔理沙の心情が予測出来てしまった。だから〝彼女〟は、最期に魔理沙の名前を呟いた。


 〝十六夜咲夜〟を殺した霊夢の苦痛を、魔理沙にも味わって欲しくない。
 〝F・F〟の記憶をも併せ持った、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢の苦しみを知ってしまった、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢と同じ苦しみが魔理沙にも訪れるであろう未来を危惧した。

 彼女の最期の言葉は、霊夢にとっては勿論。
 魔理沙にとっても、清き救いの言葉になる。
 霊夢はそれを、すぐに理解出来た。


 しかし……それを魔理沙が理解するには、彼女にとって多くの災厄が一度に降り過ぎた。


「ぁ……………咲夜……わたしが、ころした……のか……?」


 少女の口から漏れ出るように発されたその言葉は、少しの語弊を除いて───真実である。
 問題なのは、その〝語弊〟……すなわち、たった今、命を奪った相手が、正確には十六夜咲夜ではなく、F・Fだったのだと。
 今の魔理沙に、その差を理解する心の余裕など……微塵も残っていなかった。


 咲夜の命を奪ったのは、自分。
 正気に戻った魔理沙には、この事実しか残っていない。



「ぁ……うそ、だ………………ぁぁあ、ああ……」



「「魔理沙っ!!」」


 重なった二つの声は、霊夢と徐倫。
 二人が止める間もなく、魔理沙はその場を逃げるようにして駆け出した。
 無理からぬ悲劇だ。どうしてこんな最悪の場面で、我々を襲った狂気の罠は抜け出ていったのだろうか。
 少女を正気へと戻すには、あまりにも残酷なタイミングだった。まるで意地の悪い悪魔が、ここを覗いていたかのように。


 そろそろ、日が暮れる。
 夕闇に消えた魔女服の背中を、霊夢は重く伏せた眼で見送った。
 自分には、彼女を追う資格なんか無いとでも自嘲するような表情で。


「───徐倫」


 代わりに、傍の女の名を呼んだ。
 女は名を呼ばれると、視線を霊夢に向ける。
 霊夢と同じく、重く伏した……どこか力無い眼であった。

「……なんだ」
「徐倫は、魔理沙をお願い。……アイツ、怪我してるから」

 F・Fをこんな冷たい雪の上に置いて行くことは出来ない。
 しかしそれ以上に、霊夢には魔理沙に会わす顔がなかった。
 今は、魔理沙を追いたくない。しばらく顔を見るのですら、拒絶感が浮き出た。


 このまま、魔理沙とは会えなくなるのかもしれない。
 そんな漠然とした予感すら、霊夢の中に生まれた。


「私が、怪我させちゃったから。勝手な言い分だけど……だから、アイツを……支えてやって」
「本当に、勝手だな。じゃあその前に、ひとつだけ聞かせてくれ」

 伏し目の徐倫は、意を決したように顔を上げる。
 彼女の視線の先には、今はもう息のない亡骸が寝ていた。


「そいつは……〝F・F〟なのか?」
「…………………ええ」
「………………そっか」


 気を、回すべきだったのだろう。
 大切な者を喪ったのは、何も霊夢と魔理沙の二人だけではないという事に。

 徐倫に魔理沙を追わせる行為は、もしやすれば悪手なのかもしれないと。
 今更ながらに、霊夢は後悔した。

699Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:51:28 ID:nr6s2DUA0


「F・Fは……」


 孤独な空気の中、徐倫はもう一度だけ口を開いた。
 何かを諦めたように。
 彼女にとって大切な何かが、手を伸ばしても届かない、深い闇の中に落ちてしまったように。


「F・Fは、あたしの事を何か、言ってたか?」


 少しだけ考えて……結局、霊夢は本当の事を話すことにした。
 嘘をついても、誰の為にもならない。


「……空条徐倫は、ジョジョの娘で…………敵対していた、とだけ」
「そう、か」


 一際肌寒い寒風が、二人の間を過ぎ去る。
 徐倫は空を仰ぎ、やっぱり何かを諦めた表情で……悲しげに笑った。


「そういう事なら、そういう事でいいんだ」


 徐倫とF・F。
 本来の二人の関係性は、霊夢には分からなかった。
 ただ、何か大事なものを失った人間の脆さという共通点が、徐倫の瞳に見えた気がした。


「……ジョセフ。あたしは魔理沙を追う」
「……大丈夫なのか」
「分からない。でも〝あの災い〟は、こんな事を何度でも起こす。すぐにでもジョナサンを確保しないと、また誰か死ぬぞ」
「……すまねえ。今回のはオレのせいでもある」
「謝らないで。アンタは何も悪くないわ。ただ……ジョナサンを追って行った彼女たちが心配だわ」
「ああ。……こっちは任せて、おめェは早く行ってやれ。見失っちまうぞ」
「分かってる……ありがとう」


 徐倫は折れない。
 気高い瞳をギリギリの所で保ちながら、この場をジョセフに任せて走って行った。


「ホントに……クソッタレなゲームだよ」


 徐倫はああ言ってくれたが、事の発端はジョセフの軽率な思いつきだ。痛いほどに突き刺さるこの事実は、如何な脳天気な彼をして無力感に囚われた。
 しかし更なる発端を言うなら、あんな性格の悪いDISCを支給品に忍ばせていた主催サイドが〝真の邪悪〟に決まっている。
 まんまと奴らの掌で転がされたのだ。ジョセフでなくとも業腹にもなるし、打ちひしがれる思いで煮え切らないだろう。

 我が相棒、因幡てゐは大丈夫だろうか。
 彼女の幸運があれば、何のことなく乗り切りそうだという妙な確信もあるにはある。

 時刻を確認すると、もうすぐ第三回放送の時間帯だった。辺りは夕暮れを通り越して、闇夜が袖を伸ばしている。


 そんな中。ひたすらに祈る霊夢の姿が映った。
 身を呈して自らを護ってくれた少女。彼女への冥福を、じっと座り込んだままに。


 博麗霊夢。
 少女は、何に祈るのか。
 そして、何を祈るのか。

 自らの犯した罪。
 親しき人間が犯した過ち。
 その中心にいたのは、時を止めた少女の躯。

 道を分かち、別途を辿り始める霊夢と魔理沙。
 少女らを巡る時の流れは、二人に立ち止まることさえ許さぬように……カチカチと針を刻み続けていた。


 針は間もなく、魑魅魍魎の蔓延る逢魔時を指す。
 二度目の永き宵闇が、この地に訪れようとしていた。


【フー・ファイターズ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【残り 44/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

700Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:52:37 ID:nr6s2DUA0
【B-5 果樹園林/夕方】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:意気消沈、体力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、左目下に裂傷、身体に殴打痕
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」
[道具]:基本支給品、八雲紫からの手紙 、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
0:…………。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
4:出来ればレミリアに会いたい。
5:今は魔理沙に会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:パニック、右手骨折、体力消耗(大)、全身に裂傷と軽度の火傷、身体に殴打痕
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:わたしが、咲夜を殺した……。
2:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

701Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:53:02 ID:nr6s2DUA0

【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(大)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙を追って……どうする?
2:F・F……。
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:体力消費(中)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:てゐ達の帰還を待つか……?
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった……俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

※B-5果樹園林にF・Fの支給品一部が落ちています。

702 ◆qSXL3X4ics:2020/08/14(金) 19:53:26 ID:nr6s2DUA0
投下終了です。

703 ◆at2S1Rtf4A:2020/09/29(火) 00:13:17 ID:mdXdZ3W20
投下します

704貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:14:40 ID:mdXdZ3W20

少女が目を覚ました。
そこは幻想郷のどこにでもあるような日本家屋。彼女は勢い良く布団から半身を起き上がらせる。
周囲を見渡すも納得のいかない様子。意識を落とす直前と今いる空間が繋がらなかった。
だが徐々に浮かび上がる記憶の中で決定的な決別があったことを思い出す。
我知らず両腕で自分を抱きしめていた。冷えた自分の体温が伝わる。そして、それとは別の熱があったのを微かに感じた。
もうとっくに少女は玄関を突き抜け、外へと走り出している。
意識を落としている間に外は随分と冷え切っていたが少女は物ともしない。
そこにあるはずのもっと温かなモノを目指して、小さな身体をなりふり構わず使った。

ほどなくして池に辿り着いた。
本来なら猫の隠れ里の入り口に位置する場所だが、今はそこに遠慮なく大きな水溜りが占拠している。
他の誰でもない、この少女の仕業だった。その身一つで地下水脈を呼び起こしそこに池を創り出す。その所業は正に神の御業に等しかった。
彼女の走っている様は、一対の目玉が付いた滑稽な帽子を被ったせいで、活力が漲る童のように見えたかもしれない。
しかし実際は老婆のように酷く憔悴している。目の前にある事実にただ立ち尽くしている。帽子は深く被り直しその表情は見えない。
自分の身体が濡れていることを今になって思い出し、雪が舞い降りるほどの寒さで震えが止まらない。
老婆のような童が行き付いた先には結局誰もいなかった。
そこに誰かいてほしい、という願いも叶うことなく、ここには生きた者と死んだ者が一人ずついるだけだった。

705貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:15:46 ID:mdXdZ3W20
「ごめんなさい、リサリサ」

震える身体で声までは震わせぬように。
良く通る声でそう口にした後、亡骸に頭を下げて謝った。
少女の傾いた頭の先にリサリサと呼ばれた遺体が血だまりで横たわっていた。
リサリサの名の通り、遺体は女性のものだった。脚線美と呼ぶに相応しいスラッと伸びた脚は、彼女が美しさに磨きをかけた女性であることを教えてくれる。
そして、本来ならばそのボディラインに見合ったクールなマスクをしていた。
今はもう、見る影もない。
その血だまりの全てが、彼女の頭部から流れ出ている。
ただひたすら徹底的に、鈍器のようなモノで打ち付けに打ち付けられている。
命と共にリサリサの美貌も奪う悪辣非道な所業であった。

「仇は取るよ。必ず」

そう言ってあげたかった。
ただ、その仇の事を考えた途端、言葉が出て来なかった。
決して敵の存在に臆したワケではない。しかし今は、敵と呼ばざるを得なくなった味方がいる。その存在が言葉を遮る。

「神奈子……」

八坂神奈子。
風雨の神であり山の神でもあり、闘えば天下無双の大和の神。そして折を見てはその神性を柔軟に変えてしまう大らかな気風。
敵に始まり、利用される間柄になり、いつしか友になり、きっと家族だった仲。
そして今、彼女は忌むべき敵である。

「私はどうしたら良いんだろうね」

尋ねても誰も答えてはくれない。仮に目の前に神奈子がいても答えてはくれない。それでも口に出さずにはいられない。

「同じモノを私たちは見てるって、私はそう思ってたけどなぁ」

ここにいる少女もまた八坂神奈子と同じく神の一柱。
生誕から軍事果ては耕作まで司り、背けば祟りに祟られる恐怖の象徴。命の始まりから終わりまで、その信仰を決して絶やすことはできない。
かつての栄あるその肩書きも、今は似つかわしい、弱い少女。
その神の名前を―――洩矢諏訪子と言った。

706貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:16:27 ID:mdXdZ3W20
パチパチと弾ける音がする。
ゆらゆらと炎が揺れては薪が燃えていく。
その炎はリサリサの死体を天へと還すには余りにも弱々しく、今の諏訪子には相応しかった。
彼女はぼうっとしていた。小さな火を眺めながら、ただ暖を取っている。
諏訪子は囲炉裏の前にいる。ついさっき目覚めた日本家屋に戻ってきたのだ。
彼女には強い目的があり、一刻も早くここを発つべきだった。しかし、諏訪子の状態はとても良好とは言い難い。
片腕片脚を一度切り離されるは、あわや心臓を引きずり出される手前だった死闘の連続。
そんな状態で戦いを繰り返し、雨に濡れた状態で意識を失ってしまった。
いざという時にロクに動けず、足を引っ張ったりでもしたら後悔してもし切れない。
加えて、諏訪子は誰かと落ち合う予定を立てておらず、今まで会った参加者の動向に対してかなり疎い。
さらに第二回放送の禁止エリアを聞き損じており、エリアを超えた移動に理由がほしかった。

「全部言い訳だ」

己を呪うよう言葉を吐く。自身に嫌気が差す。敗北は死を意味するこの場所で彼女は既に二度死んでいる。
故に護る者のためなら自分を犠牲にする腹積もりでさえいる。四の五の言っている場合ではない。
諏訪子は今猫の隠れ里にいる。ここで既に大規模な戦闘があったのは見て取れた。加えてつい先ほど二柱の神が激突したのだ。
戦いの爪痕深いこの場所に、好んで誰かが訪れる可能性は限りなく低い。危険を承知で移動しなければ参加者には会えない、彼女はそう踏んでいた。
ただ、それでも今は足を止めていたかった。
どうして、とそれだけが頭を埋め尽くしていて止まらなかった。

707貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:17:11 ID:mdXdZ3W20
愛を以て早苗の苦痛を祓うために殺す。それが言い分。殺すにしても筋は通したい、そういう義理はアンタらしい、のか。
でも、そこだけだ。何のために殺すのかさっぱり分からない。分かるワケないだろう。私と早苗を殺してまで成そうとする決意なんて分かりたくもない、そう思うのは高慢なのかな。
神は、しきたりに生かされる者。郷に入っては郷に従え。あの時そう言ったけど、じゃあなんで私を殺さなかった。先に会った早苗も殺してないらしいじゃないか。
殺さなくて正解だ。でもそのおかげでアンタがどこへ向かおうとしているのか、ますます分からない。
私はアンタが怖いよ、神奈子。

「郷に入っては郷に従え、か」

私は、ずっとアンタに感謝していたんだ。
ここじゃない私たちにとっての最後の故郷、幻想郷に連れて来てくれたことに。
もし仮に今も外の世界にいたのなら、アンタはまだしも私は確実に消えていた。
あの時もう誰も私のことを視えてなかったし、逆にアンタは早苗っていう巫女がいたから。
早苗は便宜上で言えば神奈子の巫女だし、早苗でさえ時には私のことが視えなくなっていた時もあったっけ。
そして夏には良く三人で行った海水浴。いつの頃だったかな。その帰りに早苗は視えなくなるばかりか私との記憶も失った。
あの時が一番絶望した。流石にそれはないだろ、って油断してた。私はひどく腹を立てて、神奈子に言ったんだ。
早苗が自分で思い出すまで決して私の話をするなって。

708貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:18:25 ID:mdXdZ3W20

結局、早苗が私のことを完全に思い出すのは幻想郷へと発つほんの数日前。
自分で私のことを思い出してくれたのかな早苗は。
まあ、私も結局あの後早苗にはちょくちょく会ってたけどね。記憶は失ったままだったけど、視えている時もあったから。
足長おじさん宜しく影で見守りながら、またある時は謎の神様として姿を現し修行の手ほどきをしてたんだ。
気になるだろう。血の繋がった『家族』なんだから。
早苗は私に会うと時折難しい顔をして、ひょっとして思い出そうとしていたのかもしれない。
だけど、早苗が思い出さないままその日を迎えてしまっていたら、絶対に幻想郷には行かせなかった。
譲れない一線だった。私が『家族』として見ていた相手から『家族』として見られてなかったのは。
だから早苗には何度会っても自分から名前と正体を明かすことはしたくなかった。
いや、あの子にはもう私が必要とされていない。正体を告げても思い出せない。そっちの方が怖かった。
この子に流れているのは私の血。
たとえそう信じていても、信仰という正に信じる力をじわじわと失い続けて来た私には、早苗との血の繋がりさえも引き裂かれたように思えてならなかった。
情けないけどさ。神奈子が早苗に私の事を教えてあげたって構わなかった。どうせ私が何で悩んでいるかなんて見抜いてしまうだろうしさ。
結局、早苗は自分で幻想郷に行くことを選んでくれたし、私は心置きなく最後の遊びとして幻想郷に渡ることが出来た。
だから神奈子ずっとアンタには感謝していたんだ。私の血を守ってくれてありがとうって。
そして今。私は貴方の血を奪わなければいけないのかな。私の血を守った貴方を、この手で。
血が繋がってないからもう二度と戻れないってそんなのはないよね…

「か、なこ……」

もう無理だって分かってる。届かないことも知っているさ。
何なのかは毛筋一本分も理解できないけど、神奈子の覚悟は本物なんだ。
そのくせ私を殺さないだけでなく、わざわざこんな場所にまで運んだ中途半端な覚悟だけどな。
ああ、嫌だ。アンタが迷えば、私も迷う。覚悟が鈍るし、やっぱり私たちは一蓮托生だって思いたい。
だけど次は無いよ。アンタだけ迷っててよ。その間に殺してやる。死して尚恐ろしい祟り神をよりにもよって生かしたんだ。
もう許さないって決めたんだから。

709貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:19:02 ID:mdXdZ3W20

諏訪子は深い溜息を付いた。依然として囲炉裏の前に張り付いている。冷えた身体を、何より心に少しでも、熱が宿る様に。
彼女の手には小さな紙が握れていた。四つ折りにされたそれは支給品が納めてあるエニグマの紙。
現在一切の支給品を持ち合わせていない諏訪子だったがこのエニグマの紙は都合良く、リサリサの死体の近くに落ちていた。
誰かが落としたのだろう。あの修羅場にこんな失態をするヒトがいたとは考えにくく、そうなると消去法でディアボロと呼ばれた少年ぐらいしかいない。
彼は深く昏倒していた。目を覚ましたはいいがダメージが深く意識が定まらず、何かの拍子に落としたか。
リサリサの支給品一式も紛失していた。さらに彼女の持っていたクラッカーヴォレイと死因が直結することから彼は怪しい。
当然、気絶していた諏訪子に確証はなく、ウェスが殺した可能性もある。非合理的ではあるが、残忍な印象のあの男が激昂し撲殺に及んでも何ら不思議ではない。
さて、そんな開けば収納閉じれば密封のスタンドアイテムを拾った諏訪子だが、今それを棺桶としている。
リサリサの死体を諏訪子はそこに眠らせている。
死んだ者は物も当然。物体を納められるならば、死体がそこに納まることも道理。近くに落ちていたことも幸いして、ふと閃き実行に移した。
倫理的な問題など諏訪子の眼中にない。家族としての問題を優先しての行動だった。
リサリサはついぞ口を割らなかったが、彼女の家族がここにいて、それが誰なのかを諏訪子はそれとなしに掴んでいた。

『……偶然とはいえ、同じ家族を捜す者同士』

神奈子と戦う直前のこと、諏訪子には直接言ってくれなかったがリサリサはそう言ってあの場に残ってくれた。

『かつては捨てたこの名を、再び名乗らせてもらうわッ! 我が名はエリザベス・ジョースター!』

DIOと対峙する時、諏訪子はリサリサの胸の内を初めて知ったのを思い出す。彼女の家族の姓はジョースター。

『そうか、知らないか……なら教えておこう、彼は……いや奴は危険人物だ。
街中で突如襲われて戦いになったが、卑怯な搦手ばかり使ってきて、私も間一髪だった。
なんとか動きを止めたところで戦闘不能にしようとしたのだが、奴の支給品によってグォバッッ!!』

そしてプッチ神父。奴がタコ殴りにされる直前に空飛ぶ不思議な神父は一人の名前を挙げていた。

『君達は、ジョセフ・ジョースターという男を知っているかい?』

710貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:19:58 ID:mdXdZ3W20

ジョセフ・ジョースター。
諏訪子がアタリを付けている、リサリサの、いやエリザベス・ジョースターの家族の名前だった。
あの時プッチを放っておけば殺してしまう程手酷く殴り続けていたのも、家族の繋がりを考えれば納得がいかなくもない。
せめて彼に無念のまま命を落としたリサリサの訃報を届けるつもりだった。
本当ならここで埋葬して彼を連れて来るのが筋だが、生憎こんな殺し合いの中で互いに時間の余裕などないと考えるべきだろう。
尤も諏訪子はジョセフの動向はおろか容姿さえ知らない。まずは他の参加者に会って情報を集めるところからスタートしなければならない。
そこまで考えるといよいよもって時間が足りない事実を突き付けられ、ぼうっとしているのもバツが悪くなった。

「行くか」

特別名残惜しそうにもせず、囲炉裏の火をさっさと消す。
どれだけ温めても冴えた心には何も届かない。そんなことぐらい分かっていたから。
そのまま歩き出す諏訪子だったが、何の気まぐれかフラっと囲炉裏の前まで戻ってしまう。
燻る囲炉裏の元に屈むと腕を伸ばして、ほんの少しの間待つ。目的が達成したのを確認すると、立ち上がりいよいよ玄関へ向かって歩き出す。

711貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:20:39 ID:mdXdZ3W20


「ゲェーッ!!うっッぇゴホッゴホ!うぇーげえぇ」


突如、悲鳴と咳込みが仲良く手を取りあい聞くに堪えないハーモニーを奏でる。
その指揮者たる諏訪子は廊下で突っ伏し力尽きていた。
指から細い煙がゆらゆら踊る。彼女が通り過ぎていった空間にはごく薄い紫煙が棚引いていた。
ニコチンとタールの独特の香り、その小さな指にはタバコが挟まれている。
いまいち喫煙の要領を忘れてしまった諏訪子は、あろうことか最初の煙を一気に吸い込んでしまった。
火を付けてすぐの煙は味わうのは多少の慣れが必要で、一般的に吐き出すのが正解である。
さらに付け足すと彼女は臆面もなく使っているが、そのタバコはリサリサの立派な遺品である。

「うーあーマズいー」

諏訪子は必死に口や鼻から煙を逃がすもヒーヒー苦しんでいる。
遺品を失敬する彼女の行いに無事天罰が下り、いよいよやっと歩き出す。かと思ったら今度は床に張り付いたまま動かなくなった。
背信者にはミシャグジの祟りを一族の末代はおろか飼い犬鳥にまで振るう。そんな権能を持つ彼女がタバコの毒で沈むとは何とも情けない話だ。
本人も動かないなら仕方ないなと、いやに諦めも良い。もう少しだけもう少しだけ。そうして逃げようとしている自分をかつて送った言葉で遮った。


「生きてて生き損、死んで死に損。誓いも、後悔も、愛も、前を向くために」

712貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:22:39 ID:mdXdZ3W20

ヒトが死に悔しくても悲しくても、誓いや後悔そんな『想い』があれば前に進める。前を向こう。そんな風にリサリサに言った。
だが、無念の死。前を向いた者は己の願いに殉じることなく散った。だからせめて、彼女の生に意味を持たせたい。そう願ってしまう。
しかし、愛する家族に会うこともなく、惨たらしくその命は断たれた。その殺した張本人も因縁のある吸血鬼ですらない。
いや、たとえリサリサが憂う全ての怨敵を打ちのめすことが出来ても、その魂が安らぐことはない。
ならば如何にして、彼女の魂は、想いは鎮まるだろう。諏訪子は考える。
家族と会うことじゃあないのか、と。
それこそがリサリサの無念を雪ぐことができるはず。
だから、死体を持っていく。
今吹かしているタバコを遺品として届けるだけでも十分なはずだった。それでも惨たらしい遺体を諏訪子は持って行く。
少なくとも今。今の諏訪子は死んでも一度は家族に会いたい。そう思ったから。
リサリサがどういった感情を抱いて家族を探しているのかは分からない。
ただDIOと対峙した時、彼女は自身の血統に強い敬意を見せていた。ならば自分の家族への愛情もまた深いのではないかと推し量れる。
そこまで考えると自分に呆れて笑った。
リサリサに何もしてやれなかった自分が何を勝手なことを、と。
彼女とは最初から一緒にいるのに何もしてやれてない、大して話せてもいないし、彼女の最期すらロクに知らないと来た。
おこがましいのだ。そんな自分が彼女の家族に何を今更。だから笑えた。
しかしそれでも構わない。余計なお世話でも差し出がましくても、今はただ目的が欲しい。
神奈子を殺す。早苗に会う。それだけじゃ寂し過ぎるから。

「そうじゃないとここで止まってしまいそう」

諏訪子は今すぐ自分の家族と向き合える自信がなかった。今の自分のあり様では、早苗に掛ける言葉の全てが偽りになる。それだけは嫌だ。
だがここでこれ以上無為に時間を過ごすなど、無念のまま死んだリサリサに殺されたって文句は言えない。
それに比べれば、自分の行動が独りよがりかどうかなんて余りにもちっぽけだ。
そして何よりも、自分の身内が家族の仲を引き裂いたのだ。たとえそれが間接的だとしても。
それなのに。親と子はもう会えないのに。家族に起きたことは家族で片付けろなんて、家族間の問題だなんて、そんなモノ絶対にバカげてる。
家族という神聖な領域を土足で踏み荒らすのなら赤の他である私こそが相応しい。
ならば、ああ、もう。本当にいい加減動き出そう。

713貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:23:13 ID:mdXdZ3W20

両腕に力を込めて突っ伏した身体をさっさと起こす。続いてうんっと伸びをする。打って変わって、少しだけ身体が軽い。
しぶとく焚かれ続ける煙を吸って吐けば、ほんの少しだけ気持ちも軽い。一歩一歩踏み締める。大丈夫、燻らせるのはこのタバコだけで十分。そう言いたげに足取りは軽やかだ。
玄関の戸を開ければ、身を切り付けるような冷えた空気がひゅるりと滑り込む。タバコの火を消してしまおうと舞い落ちる雪は悪さをするだろう。
それでも止まらず、むしろ走る。その傍には雪を除けるために蓮の葉が寄り添っている。
長い茎をしならせ地面を滑り必死に付いて来る。甲斐甲斐しいと言うより異様な光景だがそれもまたご愛嬌。
風を切りながら、睨む空は曇天。雪雲の向こう側にはきっと夕陽が傾いている。
何故だろう。どうしてあの厚い雲を裂いてまで日暮れを望むのだろう。夕焼けなどいくらでも見て来たのに。黄昏の思い出なんかいくらでもあるのに。
そこにある答えのようなナニカが記憶を揺さぶる。幻想郷に渡る前のあの日が私に語り掛ける。


『“あっち”に行っても同じ空の下で、私たちはこうやって同じ酒を呑むんだろうねぇ』


「ああ。“あっち”でもお酒は呑めたよ。でもアンタは今“どっち”にいるんだ」


同じ空の下にいるのに、杯はもう交わされることはない。そう思うと酒を飲んでもないのに胸が焼ける。
どうしてとか、分からないとか。そんな言葉で止まらないで、その先を知りたい。ここにいれば夕陽が見えるかもしれない。
でも考えれば考えるほど、過去が私を縛り付ける。かつて共に歩んだ情景に目を奪われてしまう。今この瞬間の私のように。
ああ、ヒトの考えなんて真に理解できない。私がそうだ。神奈子が何を考えているのか分かってやれない。
まして死に逝く瞬間リサリサが何を考えたかなんて分かるワケもない。ヒトが生きた意味なんて、考えるだけ詮無きこと。残った者が勝手に考えて勝手に行動すればいい。


「だからリサリサ。私と貴方の家族に会いに行きましょう」


せめてそれが手向けになることを切に願う。
止まりたがる私の身体を、貴方の遺志が動かしてくれる。たとえ私に貴方の血が流れずとも。
私は赤の他人。血の繋がりなんて無い。でも通い合うモノがあれば、きっと『家族』足り得る。その事を千年の付き合いの中で誰よりも分かっているつもりだから。
さあ、行きましょう。互いの無念を晴らすために。

714貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:23:56 ID:mdXdZ3W20


【夕方】D-2 猫の隠れ里 
【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:霊力消費(中)、右腕・右脚を糸で縫合(神力で完全に回復するかもしれません。現状含め後続の書き手さんにお任せします)
    体力消費(小)、内蔵を少し破損
[装備]:タバコ
[道具]:エニグマの紙(リサリサの死体)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:ジョセフを探す。
2:神奈子を殺す。早苗の生存を確認する。
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:プッチ、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。

715 ◆at2S1Rtf4A:2020/09/29(火) 00:24:44 ID:mdXdZ3W20
投下終了です

716 ◆qSXL3X4ics:2020/10/25(日) 02:15:16 ID:KeTKQLrA0
投下します。

717きっと。:2020/10/25(日) 02:24:35 ID:KeTKQLrA0
『稗田阿求』
【夕方】D-4 レストラン・トラサルディー 


 そういえば、と誠に今更めいてではあったが。


「……私、人前で筆をふるうってあまり無かったなあ」


 よく磨かれた洋風の食卓を借りて、白い紙へと一心に文字を並べ立てていく少女・稗田阿求はふと思い、筆を止めた。自分では声に出したつもりなどなかったが、虚空に打ち出された独白は、店内のもう一人の人物の鼓膜にはしっかりと届いていたようで。

「あら。私としたことが、先生の気を散らせてしまったかしら?」

 阿求とは別の、お店にもう一つだけ備えられた食卓に座る西行寺幽々子は、暖房器具の熱に手をかざしながら首だけこちらに向けて言った。この暖房器具(ストーブ)は、いよいよ肌寒くなってきたからと、八意永琳が店奥からわざわざ用意してくれた有難いものだった。それきり彼女は店を出た。もう戻って来ないかもと、漠然とした予感が阿求の頭を過ぎる。
 一抹の寂しさを覚えるのは、永琳がここを去った事とは関係ない。いや、起因にはなっているのだろうか。なにせ、今やこのレストランに居る人物は阿求と幽々子の二人のみ。ジャイロと文は迷子の捜索に出掛け、輝夜とリンゴォも先程ここを発った。

 ふたりぼっち。加えて彼女らの間で会話はあまり無い。紙の上を走る鉛筆の僅かな音と、暖房器具の上に乗せられたやかんが、シュウシュウと小さな湯気を噴き出しているだけ。
 この会場が血飛沫飛び交う戦場である事など忘れかねないほどの静寂。今のみを切り抜けば、午後のティータイムをまったり寛ぐ冬の休日と称して問題なかった。
 そのしじまな空気に耐えかねてか、阿求は無意識に声を零してしまったのかもしれない。

「あ……私、声出てました?」
「ふふ。お邪魔なら少し席を外そうかしら?」

 気品を隠せない所作の一つ一つは、すっかり成熟した大人の女性。けれどもその表情は、まるで子供のように悪戯っぽい笑顔を浮かべて。
 腰を浮かしかけた幽々子を慌てて宥めるように、阿求は身振り手振りでその行為を取り下げた。

「いえいえ! お邪魔なんてそんな! これは私が勝手にやってることですし、幽々子さんが気を利かせる必要なんて……」
「ジョーダンよ。外、雪降ってるし」

 左様で。呆れる阿求を横目に、幽々子もくすりと微笑んで再び椅子に腰掛けた。こんな時にもマイペースなお嬢様だと、どこか安堵の気持ちも自覚しながら阿求も再び仕事に戻る。
 仕事、とは言うが、この手記に日記のような項目を書き連ねていく恒例事は、どちらかと言えば半分は自己満足に近いような行為だった。これも稗田の血というべきか、やはりペンを握っていると心が落ち着くのだ。
 仕事は今までのように一枚のメモ用紙をただ重ねていく簡素なスタイルから脱出した。お店からメモ帳を拝借して、見た目だけは完全な『手記』へとグレードアップしている。この手記に未だ名前が付けられていない怠惰に目を瞑れば、およそ満足の行く体には近付いた。

「律儀なのね」

 テーブルに肘をつき、やや姿勢を楽にした幽々子がまた口を開く。流石にこの風景にも飽きてきたという彼女の心情が、弛緩した雰囲気から阿求にも伝播した。

「この手記のことですか?」
「ええ。わざわざ今の状況で書くまでもなく、『貴方』なら全てが終わった後にでもゆっくり書き留められるでしょうから」
「確かに、私の記憶力なら全く問題ありません。何時、どこで、誰とどんな会話を交わしたか。一字一句間違わずに思い出せますから」

 では何故、こんな非常時にも筆を執るか? 次に浮かんだ疑問を考えた途端、阿求の腕はピタリと止まった。

718きっと。:2020/10/25(日) 02:25:59 ID:KeTKQLrA0

 〝全てが終わった後〟と、幽々子は今述べた。

 それは果たして、いつ?
 時間にして半日か。一日掛かるだろうか。少なくとも数時間の内に終了するヤワな行程ではないだろう。
 そして自分は、この終わりの見えないトンネルの出口に辿り着けるのか? 真っ暗で薄ら寒く、砂利を踏み締める音のみが木霊するような、この訳の分からぬ細道を踏破できる力の持ち主なのか? 出口の光は未だ見えず、来た道を戻る術すら皆無だと言うのに。
 志半ば。中途にて倒れる可能性を予感した時、阿求の身に染みるルーティンが自然に選んだ行動が、この『手記』なのだった。
 人は自身の絶命を予期すると、途端の生殖本能に囚われるという話を聞いた事がある。科学的な証明はともかく、あながち与太話とも言い切れなかった。後世に何か己の証明を遺すという欲求が、阿求にとっては今やってる様な行為なのだろうから。

 いつ死んだっていいように。
 少女がこの状況で文を綴る根源たる所以は、そんな悲観が心のどこかに巣食っているからかもしれない。

「……気の回せない、短慮な失言だったわ。ごめんなさい」

 陰りを帯びた逡巡を覗かせる阿求。そんなひ弱な少女を気遣うように、幽々子はすぐさま謝罪の姿勢を見せてくれた。弱者の心象にも寄り添えられる、立場と実力を兼ねた亡霊嬢。
 本当に、よく出来た女性だ。こんな御方がもうずっと傍に居続けてくれていることを思い返せば、それだけで誇らしくもなる。

「幽々子さんが謝る必要なんて、ありません。寧ろ私は、貴方へと本当に感謝しているのですよ」
「……ありがとう。私も阿求には感謝しているわ」

 カタカタと、やかんの蓋が湯気を漏らしながら揺れる。一抹に訪れた静寂が、なんだか気恥しい空気へと変えた。
 どうにも話題を変えたい衝動に駆られ、阿求は今この場に居ない身内たちへと思いを馳せる。

「ジャイロさん……それに文さんは大丈夫でしょうか」
「強い男性よ、彼は。貴方だってそれを見てきたでしょう? 新聞屋さんだって付いてるし」

 思い出されるはあの───男たちの決闘。
 正直な話、あの決闘が何処に着地したのか、まだまだ未熟な阿求では完全には悟れない。阿求よりも幾分以上に〝女〟に磨きをかけているであろう幽々子にだって、彼ら三雄の本意を察せているかどうか。結局それは、いわゆる〝女には分からない〟という領域なのだろう。
 それでもジャイロ・ツェペリという男が逞しい人間だという事ぐらいは阿求にも感じ取れる。そんな頼れる男が、強力な烏天狗という仲間を引き連れているというのだ。そこに何の憂慮があるというのか。
 気掛かりなのは寧ろ、山の巫女とスタンド使いの少年。それに別行動中のポルナレフの方だ。こうまで音沙汰がないのでは、嫌でも最悪の想像を浮かべてしまう。
 ジャイロ達がこの店を出る前、阿求は手持ちにあった『生命探知機』を彼に貸していた。元々はポルナレフへと支給されたそれだが、迷子の子猫を捜すならとお節介を焼いたのだ。当然ながらその結果、今の阿求の手元には外敵の接近を容易に察知してくれるアイテムは無い。

 ジャイロはいない。
 射命丸文もいない。
 永遠亭の薬師も早々に出て行った。
 戦力として密かに期待していた月の姫とお付きのガンマンも、彼女らなりにやるべき事があったのか、ここを離れて行った。

 考えてみれば、このレストランのガードは現在かなり手薄だ。死を操る亡霊姫が居座る以上、そこらの賊程度であれば大した問題にもならないが。
 しかし幽々子がこの場に居なければ、阿求には泥棒ひとりだって撃退出来ないだろう。強大な生命線を常時視界に入れていなければ、こうして書のひとつも嗜めやしない。情けなくも、此処でのやり過ごし方をこれ以外に持ち得ていないのも事実。

 頼みの綱だと形容できる相手は、幽々子以外にもう一つあった。
 持ち主の不安を読み取る機能でも備わっているのか。阿求が〝それ〟へ対し思考を移らせた間際を狙ったかの如く、懐に忍ばせた道具は甲高い音を店内中に響かせた。
 それは阿求らが待ち望んでいた一報を知らせる合図に間違いなかったが、思いのほか軽快かつ大音量で知らしめる電子音ゆえ、阿求も幽々子も堪らず驚きの声を上げた。

719きっと。:2020/10/25(日) 02:28:44 ID:KeTKQLrA0

「きゃっ!? な、何何!?」
「わわ! え、え!? ……あぁ! もしかして、この『すまほ』が鳴ったんですか!?」

 あわや椅子から転げ落ちる寸前で、阿求は突如として鳴り響いた『コール音』の正体に辿り着く。
 両名が大袈裟に驚くのも無理からぬことである。阿求が懐に持っていた『スマートフォン』───広義でいう『電話』は、幻想郷では普及していない。淡とした説明用紙によって僅かな知見を得た情報によれば、携帯型の連絡端末なのだと前知識にあるにはあったが、実際の起動を目の当たりにすれば予想以上にやかましい代物である。
 兎にも角にも、この突然の連絡には心当たりがある。後に連絡するから大人しく待っていろ、と面と向かって言い放ったのは永琳その人だ。

「あ、阿求? それ、多分永琳からの連絡じゃない? 早く応対しないと……」
「わ、分かっていますが……これ、操作が難しくって」

 わたわたと基盤をあれやこれやと弄る阿求。一応永琳からも基本的な初期動作を教わってはいたが、いざとなると手元がおぼつかない。記憶力が優れている事とそつの無さとは、どうやらイコールでは結ばれないらしい。
 そもそもスマートフォンとは、現代人が触っても備わる機能を万全まで引き出すのは難儀とされる。技術革新に疎い世界で育まれた阿求では荷が重いのも当たり前と言えた。あれこれ苦戦している間も、端末から鳴り響くコールは絶えず流れ続けている。
 格闘が始まって実に十数秒たっぷりは経った頃。ようやく阿求の指が画面の通話パネルに触った。本人の目には涙が浮かび始める頃合である。

「わ! 音……止んじゃった……」
「壊した?」
「いえ、向こう側へ繋がったのではないかと……たぶん。きっと」

 我が希望的観測が誤りでないものと信じて、阿求は恐る恐る端末を耳に近付けた。いまいちピンとは来ないが、成功していれば遠く離れた永琳ともこれで会話出来るらしい。
 こんな場合、誰もが口上を立てる定型文が存在すると聞く。阿求の幅広い知識としては一応頭にはあった為、例に漏れず、また失礼のないように電話口の向こうへと語り始めた。何故か、緊張を伴った声色で。


「も……申します、申します」


 なにせ電話など初めての体験である。一際に声が上擦っていた気がするのは、多分に浮き立つ心持ちから来たものだろう。
 通話の向こうからは予想通りの人物が、波長フィルターの上から阿求の名を読み上げた。

『……阿求ね。なにか変わりはないかしら?』

 冒頭の「……」という僅かな間には、いかにも「とっとと出ろよ機械音痴め」といった無言の批判が包含されていた、と感じるのは阿求の邪推だろうか。
 どこか肌触りが冷たい永琳の声色に内心恐れを抱きつつも、阿求は努めて平静に受け答えを続行させた。

「あっ、永琳さんもご無事のようで。こっちは……変わりないと言えば変わりはありません」
『含んだ言い方ね』
「いえ、まあ。率直に申しますと、輝夜さんとリンゴォさんが此処を発ちました」

 彼女の主である蓬莱山輝夜は既にレストランを出ている。ジャイロや文はいずれ戻るとして、輝夜らの独立は阿求にとって多少予定外であったのだから、少なからず困惑の色を隠せない。リンゴォはともかく輝夜の方は自分らに味方する側だと、特に根拠もなく思い込んでいたのだから尚更である。
 店を出る直前に彼女が残した言葉は「友達(ばか)を迎えに行くわ」だった。なるほど、一刻も早く発つに足る立派な理由に違いない。当然、これを無下に出来ない阿求も、深くは語らぬ彼女の離脱を承諾するしかない。
 一方で、同じく単独行動の永琳が主の動向を聞いた反応はと言えば、極めて短い台詞で終わった。


『そう、でしょうね』


 と、だけ。

 まるで主がそう行動することを予期していたように。
 そして次に主が何処へ向かうのかも。
 更には向かったその場所で『何』が起こるのかすら、月の天才は見据えていたのかもしれない。
 間違いなく、永琳は輝夜の行動を快く思っていない。その上で、ある種の諦観すら覚えているようにも感じた。

 主従間の問題だ。
 或いは、これはそんなに単純な問題でもないのかもしれなかった。
 いずれにせよ、部外者が立ち入るべきではない。ここは早くに本題へ移ろうと、阿求は話を急かした。

720きっと。:2020/10/25(日) 02:29:24 ID:KeTKQLrA0

「それで……あの、永琳さん」
『分かってるわ。メリーと八雲紫の居場所ね』
「は、はい! あ、あと、早苗さんと花京院さん、ポルナレフさんの安否も出来れば……」
『そっちは知らないわ。残念ながらね』

 軽やかに一蹴された三名の気持ちを思えば憂鬱にもなるが、それはさておき今の発言は阿求らにとって吉報と言えた。

「で、では……!」
『ええ。メリーというのはマエリベリー・ハーンの愛称だったわね? それならば彼女と八雲紫の二名。その数時間前時点での位置なら割り出せた』

 流石の賢者と誉めるべきか。予想より遥かに早く、かの天才は二人の位置を突き止めたという。〝数時間前〟というのが気に掛かる但し書きではあるが、阿求と幽々子にとって最も欲していた人物の情報が今から開示される。必然、鼓動は高まろうものだ。

 唾を飲む音が聞こえた。
 それは阿求のものか。傍で耳を立てる幽々子のものか。


『地図で言う所の〝C-3〟に二人は居る。念を押すけど、あくまでこれは数時間前での話。正確には、今日の午後2時前時点よ』


 阿求と幽々子は同時に顔合わせる。このレストランはD-4……広大な魔法の森を挟むものの、直線距離にすればかなり近い。
 まさしく値千金の情報であった。

「え…永琳さん! メリーと紫さんの二人共が同じ場所に居るのですか!? それにC-3といえば『ジョースター邸』と『紅魔館』の二つの施設があるみたいですが……」
『阿求。私が入手した、貴方たちにとって有益な情報とは今述べた通りの内容よ。〝午後2時頃、メリーと八雲紫はC-3に居た〟……それ以上でもそれ以下でもありません』

 予想以上に『目標』が伸ばせば届く近い距離にあった事実を伝えられ、否が応にも阿求の焦りは加速する。それと反比例するように、永琳のトーンは冷淡で落ち着いたものだった。
 逆に、何故そうまで落ち着いてられるんだと抗議の声を上げたいくらいだ。それすらも相手は許してくれなさそうな程に、両者の狭間には深い温度差が混在していた。

「感謝してますが……一体そんな情報何処で……?」
『ちょっとした〝縁〟を結んでね。姫海棠はたてとの友好の証、とでも言っておくわ。それより、貴方たちは貴方たちのやるべき事を優先させなさい。ウチのお姫様がそうした様に、ね』
「姫海棠……? あの烏天狗と接触したのですか? 永琳さん、今どちらにおられ───」
『最後に、隣で聞き耳を立てている幽々子さん。八雲紫と会えたなら、彼女の〝魂〟に以前迄との変容が無いかの確認……お願いするわね。重要な事ですので』


 それでは。
 永琳は短くそう言い残し、通話は途切れた。
 最後まで一方的で、どこか拒絶的な感情すら感じ取れるやり取りに終始していた。

721きっと。:2020/10/25(日) 02:30:10 ID:KeTKQLrA0
 何かを隠している。
 彼女には元々そのような空気が纏われていたが、今回の秘匿は殊更に顕著であった。
 渡された情報の真贋を吟味するには手段と時間が足りないが、この点に限れば永琳の言葉に虚言は無かった様にも思える。
 本人が述べた通り、それ以上でも以下でもない手堅い情報は、今後の目処にすべき指針に据えるには十分以上。阿求の中にある八意永琳の人物像には、それくらいの人徳はあった。

「……メリー」

 やがて行き着くは、友人となってくれた少女の安否。訳の分からぬ内に邪仙から拉致された、外の世界の少女。

「……阿求。言わずもがなだけど、メリーの居場所が分かったとて、簡単には近寄れないわ」

 念を押すように幽々子が警告する。全くもって言わずもがな。メリーを取り戻そうとする行為はそのまま邪仙一派との戦闘を意味すると考えてよい。
 無論、いずれはぶつかり合う。それを想定してジャイロと文は今、戦力増強の為にこの場を離れているのだから。

 だがここで予期しない新情報が寄越されている。どちらかと問われれば、朗報になるのだろう。

「幽々子さん。貴方の御友人も、すぐ近くに居られます」

 警告を警告で返すようにして、阿求と幽々子の視線は交差した。両者の距離は近い。
 あのメリーと容姿を酷似させた八雲紫も近場に居るという。この複雑化した情報を正確に精査するには、些か判断材料が欠けすぎている。欠けすぎているが、幾つかの予想は組み立てられる。

「紫の安否を言ってるのなら、彼女は大丈夫」
「果たしてそうでしょうか」
「比類なき、大妖怪よ。人間の童に心配される謂れはないと、彼女がここに居たらそう一蹴するでしょうね」
「疑問を挟む余地はありません。しかし、天狗の新聞記事を忘れたわけではないでしょう」

 阿求の言葉からは、どこか勢いを感じた。逆に幽々子の方が、彼女の言葉に押されそうになる。

 思い出したくもない。
 けれども記憶から消すにはあまりにショッキングな悲劇が、天狗の新聞には悠然と載っていた。

 幽々子にとっても。
 紫にとっても、だ。

「幽々子さん。貴方は一刻も早く、八雲紫と接触しなければならない。違いますか」

 違うものか。記事の真偽がどちらであれ、我が唯一の友人が魂魄妖夢の死に如何なる形かで関わっている。
 この大事件を野放しに出来るほど、妖夢という人物は軽々しい存在ではなかった筈だ。

 幽々子にとっても。
 紫にとっても、だ。

「メリーが連れ去られてから、もう相当の時間が経過してます。そんな中で、やっと光明が降りてきたんです」

 端的に言って、これ以上の時間は掛けられない。鋭く細められた阿求の視線は、それを如実に語っていた。
 授かった情報とはただでさえ最新のものでなく、数時間前のデータだという。尚のこと火急の事態という状況下において、今まで態度には出さずにあろうとした阿求も、流石に痺れを切らす限界だった。

722きっと。:2020/10/25(日) 02:32:30 ID:KeTKQLrA0

「幽々子、さん。私……もう、待てません。無理です。そうこうしてる内に、メリーが殺されないという保証なんか、無いじゃないですか……っ」
「あの薬師の言う通り、もしメリーの隣に紫が居るのならば。ただの人間ならともかく、あの子を紫は放っておかないわ。迫り来る邪から、きっとメリーを護ろうとする筈」
「物事が万事如意に進む保証が、無いと言ってるのです。実際にメリーと紫さんが互いに手の届く範囲に居ることも、紫さんがメリーを護ろうと動くことも、紫さん自身が危機に陥っていないことも、何処にもそんな保証はありません」

 ぐうの音も出ない、至極真っ当な反論だ。阿求の言は感情に寄ってはいるが、事態の視点を正しい高さで見据えられている。
 一方の幽々子の意見は、不動であるべき態度を貫かんとするものだった。事実としてメリーが敵の牙城に囚われている現実。門を攻め立てるには、あまりに不確定要素が多すぎる。
 ましてや目の前の少女は、戦力に換算するにも至らぬ一般人側の人間だ。幽々子の立場としては言うまでもなく迂闊な行動は控えるべきであり、少なくとも今は堪え忍ぶ時間だった。

 そんなことは、分かっている。



「そんなこと…………分かってるわよッ!!」



 間近で受けた、幽々子の怒鳴り。
 普段の温厚な彼女を知るなら、似つかわしくない振る舞いだった。

「……誰に諭されずとも、紫のことは私が一番よく知ってるわ。彼女の今が、抜き差しならない状況に陥っている事ぐらい」

 空気が萎むように、幽々子の調子は急落していく。無理やりに抑え込んでいた焦燥が、永琳からの一報でついには限界を迎えた。
 何よりも紫の身を案じ、憂慮していた彼女だ。妖夢との一件……その真相はさておき、支えるべき友人という認識は未だ捨てられる訳もなく。凡その居場所が知れた今、即座に飛び出て接したい衝動は募るばかり。
 それでも彼女は自身の立場を弁えた、ひとりの大人。全てを顧みず自分勝手な暴走を始めた結果は、目の前の阿求に刻まれた負傷が全て物語っている。

 もうこれ以上、誰かを失うのは御免で。
 そう判断した結果、今度は紫とメリーの命が危ぶまれている。

 可能性に過ぎない話。そして、終わってしまえば「ああすれば良かった」と後悔する堂々巡り。
 結局、何が正しいかなど誰にも分かりはしない。
 分からないからこうして不安に襲われ、揺蕩し、己を見失う。
 我が従者も同じように志半ばに斃れたのかもしれない。あの子は精神的にはまだまだ未熟なのだから。
 そしてひょっとすれば、紫も同様なのかもしれなかった。彼女のイメージにはそぐわないが、誰であれ『落ち目』という時期は唐突にやって来るものだ。

 率直に言って、幽々子は迷っている。
 阿求を護るべきという立場を踏まえながら、これからの身の振る舞いを。
 時間が許してくれるかすらも、正答は出ない。辺りはもうすぐ闇の支配する時間帯へ突入する。


「幽々子さん」


 阿求の手が、いつの間にかテーブルに突っ伏しかけていた幽々子の両肩に添えられる。

「私は貴方の判断に従います。この期に及んで私一人だけでも向かう、なんて馬鹿な選択は選べません」

 それを選べるほど、阿求は子供ではない。
 けれどもジャイロらの帰還を待ってられるほど、冷静な大人でもない。
 どこまでも半端な自分を押し留めるように、最終的に阿求は幽々子の意志に委ねた。

 ズルい、と思う。
 子供だから、とか。大人だから、とか。
 強いから、とか。弱いから、とか。
 こんな血生臭い戦場では何の言い訳にもならない、逃げ道とも取れる屁理屈を抱く自分。

 それでも。阿求の掛けた言葉の中に詭弁や保身の類は欠片もない。
 自分と同じように苦心する幽々子を案じた、真摯な信頼が含まれていた。そしてそれは、阿求という人間が根差すひとつの優しさだと幽々子は受け取った。


 小さな溜息と同時に、幽々子の表情が柔らかく灯った。

723きっと。:2020/10/25(日) 02:33:12 ID:KeTKQLrA0
「……深入りはしないわ。あくまで様子見。危険を感じたら、すぐさま此処に戻ってくる。私から譲れるラインはここまで。それで良ければ」

 結局の所、ここが妥協点だろう。自らが提示したこの絶対条件を幽々子自身、守れるかも怪しい。その地に足を運んだ結果、紫やメリーの状況如何によっては素直に引き下がれるとは断言出来ないからだ。

「……! あ、ありがとうございます!!」

 律儀に礼を述べる阿求は破顔する。ここまで偉そうな説を垂れたものの、所詮は負ぶわれる弱者の我儘に過ぎない。そう自覚していたからこそ、幽々子へと強くは出れなかった。
 結果的に阿求も、幽々子のウィークポイント───紫の存在へとつけ込む様な形をとった。そこに至る過程がどういう形であれ、この『選択』を最善のものにまで持っていくのは阿求と幽々子、これからの二人の行動次第でしかない。
 もしもこの選択を上から覗き見る無礼者たちが居たならば、野次を投げて呆れ返るかもしれない。危険度の高いエリアに、この矮小な戦力で自ら臨もうとしているのだから。
 気持ちは分かるが落ち着け、と。せめて仲間の帰還を待って、それから向かうべきだろう、と。当事者の溜め込む不安などお構い無しに。
 全くの正論だ。小説家の側面も隠し持つアガサクリスQもとい阿求には、そんな無責任な野次を上から投げ掛けてくる読み手の声が投げ石の如く聞こえてくるようだった。

「ジャイロ達には書き置きを残しましょう。多分怒るだろうけど、その時は二人で……いえ、四人で絞られましょう」
「はい! すぐに支度します!」


 分かりはしない。
 これから起こる未来のことなど、誰にも。

 分からないからこそ足掻くのだと、人はよく言う。
 阿求はしかし、それとは少し異なる考えを持っていた。
 たとえこれから起こる未来が酷いものだと知っていれば。
 そしてそれが、どうあっても避けられない不可避の未来だと認識していれば。
 人は、その未来を容易に受け入れられる生物なのだろうか。足掻こうとはしないのだろうか。

 そして。
 幻想郷の人妖たちは、この課題にどう向き合うものなのだろうか。
 終末を畏怖し。囲いに閉じ篭り。規律に生かされ。そうして自ら創り上げたサイクルに殉じる。
 幻想郷にいずれは訪れる〝本当の終末〟を我々が知った時。此処に住む者たちは果たして、結束し足掻こうとするだろうか。

 或いは。今がその〝本当の終末〟なのかもしれない。
 阿求個人が答えを出すには、まだまだ重い。
 重たすぎる、課題であった。

 けれども。
 阿求に言えることが一つだけ、ある。
 刻一刻と迫る酷い未来が、決して回避できない災厄なのだと知ったとしても。
 少なくとも阿求であれば、やっぱり足掻こうとするだろう。

 御阿礼の子『九代目のサヴァン』───稗田阿求。
 極端に短命である宿命を受け継ぎ、此度の『第九代目』も後十年も生きられるかというところ。今更自身の境遇に不満など、さほど抱いてはいない。
 しかし先代、先々代といった、かつての〝自分〟はどうだったろう。この理不尽な環境を変えてやろうと、足掻こうとはしなかったのだろうか。
 短命という、確定された未来。人生。
 そこに疑問を覚えぬほど、阿求は強い人間ではなかった。

 そしてその環境に対する疑問と使命は、まるで水と砂糖が融け合うように混じり。
 いつしか甘ったるい同情心へと姿を変えて、同じ囲いに住まう数多の同類たちへと向けるようになっていた。


 自分はきっと。
 幻想郷のことが大嫌いなのかもしれない。


 口には出さず。
 或いは深層下に湧いた感情も表には拾わず。
 阿求は書きかけだった手記を閉じて、早々と支度し始めた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

724きっと。:2020/10/25(日) 02:34:11 ID:KeTKQLrA0
【D-4 レストラン・トラサルディー/夕方】

【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:顔がパンパン(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、エイジャの残りカス、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:C-3を探る。
2:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
3:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※八意永琳の『電話番号』を知りました。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:健康
[装備]:白楼剣
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:C-3を探る。
2:紫に会う。その際、彼女の『魂』に変容がないかも調べる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

725きっと。:2020/10/25(日) 02:34:47 ID:KeTKQLrA0
『蓬莱山輝夜』
【夕方】E-3 川の畔


 奇跡、などという安易な単語を扱うのは個人的に不満はあったが、恐らくこれは奇跡に近い確率なのだろう。
 世には奇跡を操る巫女なども居るらしいし、身内には幸運の白兎も居る。どちらかと言えば後者が持つ天運とやらが、共に住まう内に自分の握り拳に移っていたのかもしれない。


「───なんてね。こんな物拾ったからと言って、どうこうするものでもないからねぇ」


 紙片に纏わり付いた雪をパタパタと削ぎ落とし、だいぶ細苦しくなってきた陽光に照らし合わせる。
 地上の撮影機による『写真』だった。本来のサイズより半分程に縮小……というより破かれている。つまりは『半分だけの写真』を輝夜は偶然にも発見出来たのだ。

 少し前から悪天候は加速の一途を辿っており、視界は悪いわ、行進が滞るわ、何より寒いわで三拍子の災難が輝夜を襲っていた。
 このような非道い環境を愛車マジックミラー号で何とかゴリ押すという状況。屋根にも当然雪が降り積もり、自慢の隠密性も形無しであった。
 そんな折、車のガラスに異物が突如張り付いた。なんぞやと車を降りて確かめた所、この半分だけの写真だったというわけだ。周囲の悪環境を顧みれば、この写真が輝夜の元に降って湧いたのは奇跡と称しても違和感なく、普通であれば気付くことなくスルーしていたろう。

「ねえ、リンゴォ? この写真に写ってる不細工に笑う女……『誰』に見える?」

 すっかり冷たくなった着物の袖をしゃらんと翻し、雪の冠を頭に乗せながら輝夜は後方から付いてくる男へと声を掛けた。
 視界の雪が邪魔なのか、はたまた輝夜本人の存在が邪魔なのか。とにかく鬱陶しそうに目を細めて、男は翳された写真を覗く。輝夜と違って薄着である自身の恰好を意にも介さず、リンゴォと呼ばれた男はひたすら平坦な口調で以て答えた。

「件の『藤原妹紅』に見えるな」
「私にもそう見えるわね。アナタが殺した、藤原妹紅の姿に」

 随分と皮肉たっぷりに言い放った様に見える輝夜の台詞は、事実リンゴォへの皮肉だった。偶然拾った半分だけの写真に収まる女は、いつ撮ったかは定かではないが確かに藤原妹紅本人の姿である。
 そして、このぎこちない笑顔を垂らした妹紅を〝妹紅でなくした〟原因とも言える男こそ、輝夜が長くお供に連れるリンゴォその人である。それが発覚した当初こそ輝夜も怒りを顕にしていたが、こうして後腐れない程まで同行するに至れた経緯とは、当人の間のみで理解出来ていれば良い話であった。(リンゴォはそう思っていない可能性が高いが)
 というわけで輝夜のリンゴォに対する恨み辛みという類の感情は、遥か彼方の過去に置いてきた今更な毒気でしかない。にもかかわらず妹紅の名を出して皮肉を綴るというのは、輝夜がねちっこいとかではなく、単に彼女元来の持つ悪戯心であった。

「……オレを非難しているつもりであれば」
「あ、あ〜〜もういいわ。アナタがジョークも通じない人間だって事を忘れてた」

 その独風な人間性ゆえに、からかい甲斐など微塵もない。男への評価を今一度改めた輝夜は、ここには居ない鈴仙の姿を夢想し焦がれた。誰よりもからかい甲斐のあるペットなのだ。

「その女の所に向かうのだろう。……居場所は分かるのか?」
「アテはある。無ければこうして雪の中、意味もなく彷徨わないわよ」

 リンゴォの問いかけに輝夜は、いかにも当然といった風に即答で返す。ここで「アテなんかない」などとぬかせば、この気難しい男は今度こそ呆れ果てて躊躇せず去り行くだろう。
 そんな事態を防ぐため、輝夜は根拠の無い台詞をどの風吹かしながら言い放ったのである。ここでリンゴォに抜けてもらっては、この後来るであろう『ひと仕事』を任せられる適任が居なくなってしまうから気を遣うものだ。

726きっと。:2020/10/25(日) 02:35:17 ID:KeTKQLrA0
「繰り返すが、オレが動くのは『一度きり』だ。恩はないが借りのあるお前だから、こうしていつ訪れるかも分からん『ひと仕事』の為だけに同行している」
「借りも恩も一緒でしょう? その辺りは私も感謝しているわ」
「感謝なぞしている暇があれば、せめて何処に向かっているかぐらいは示すべきだと思うがな」

 男からの催促に、輝夜は一応は答えの用意をしている。「アテはある」という先程の台詞は、根拠こそ無いものの全くの出鱈目でもなかった。
 含むような微笑とともに、輝夜は首のみを回して視線を促した。その射線の終着点……輝夜の『目的地』となる景色は、この悪天候の中でもシルエットだけは映し出されている。

 北。地図で言うところの北を目指し、輝夜はレストランを出てから一心に進んで来た。
 二人が向けた目線の先。ぼんやりと、しかし悠然と聳え立つそのシルエットは───巨大な自然物。

「……山?」
「妖怪の山。この会場だと唯一の山林地帯。最北東地点に根を張るあの大きな山こそが、私たちの目的地」

 E-1、或いはF-1。いずれにしろ地図上ではかなり遠くに位置する。
 距離は勿論のこと、広大な山となればそこからたった一人の猛獣を捜索するというのはかなりの骨だ。到着して「やっぱり居ませんでした」では済まされない。

「何故そこを目指す?」

 飛んで来て当然の疑問がリンゴォの口から吐き出される。

「〝あの〟妹紅が目指すとしたら、そこ以外に無いからよ。というより、そこじゃなければもうお手上げ。ヒント0から地図をしらみ潰し作戦に出るしかなくなる」
「あの女は記憶が決壊していると聞いた。そんな有耶無耶な状態で、尚も行き先が『山』だと断定できるのか?」
「断定は出来ないけどね。でも例えば、私が妹紅だったら多分『標高』を求めるわ。即ち、地図にひとつしかない妖怪の山よ」

 求めるは『標高』。何とかと煙は高い所を目指すではないが、輝夜が自分に出来得る限りの創造性で己の思考を〝藤原妹紅〟のそれへと近付けた時、浮かんだ場所のイメージが『高所』であった。

 山。その土地が持つ魔性こそ、妹紅という人間の始まりの地とも言えた。
 彼女の来歴、その全てを輝夜は把握している訳では無い。だが少なからず輝夜は妹紅の理解者である自覚もあった。
 考えた。考えるという行為はおよそ自分には似つかわしくなく、それ故に容易な行いではない。それでも必死に考えたのは、やはり妹紅の事であった。

 記憶を失った妹紅。
 愚かにも蓬莱の薬を求めて彷徨うという妹紅。
 そんな彼女がもしも『目的地』を定めるとしたなら……。

(候補は、幾つも挙がらないわね)

 輝夜の考える妹紅という人間。己の要素を限りなく排他し、究極にまで妹紅に成りきれるよう考えた。
 輝夜と妹紅。二人の思考を限りなく限りなく擦り合わせ、一つへと重ね合わせた瞬間に。
 瞼の裏に浮上した光景は、壮大な高さを持つ標高。

 と来れば、行き着く先など一つだ。

(確信ではない。単なる直感とも言える。しかし少なくとも、妹紅は『山』という地に縁がある事を私は知っている)

 それも今や記憶が無いとなれば、無意味な予想でしかないかもしれない。だが輝夜は、説明のできない胸の昂りを感じていた。

 あの山に妹紅が居るのなら、登ろう。
 居ないなら、来るまで待っていよう。
 邪魔はさせない。例え誰であっても。

727きっと。:2020/10/25(日) 02:38:33 ID:KeTKQLrA0

「戦うのだな? あの妹紅と」

 いつまでも大きな影を仰ぐ少女の姿に何かを感じたのか。
 リンゴォは結論を急かすように、輝夜の真意を確かめた。

「そうなるでしょうね。もう慣れたもんよ」

 そうならない事を出来れば願いたいが、その祈りはきっと届かない。それ程に今の妹紅は、遠い所にまで行ってしまっている。

「それはお前自身のステージを高める為の戦いなのか?」

 見当違いな内容を問う男へと、輝夜は心の中でくすりと笑った。彼といえば彼らしい、寧ろ微笑ましい台詞にも聞こえる。

「アナタにはきっと、理解の出来ない戦いになる。『決闘』でも『殺し合い』でもない……誰が為の戦い、ってやつよ」

 手の中に収まる半切れの写真。中に独り写る少女のぎこちない笑顔を、もう一度取り戻してやる戦いだ。

「いいだろう。お前〝達〟には興味が出てきた。許されるならば立ち会わせて貰おうか」

 頼もしいことだ。苦労を掛けてしまうが、輝夜にとってリンゴォはいずれ必要となる。
 役者は揃った、というわけだ。


「───妖怪の山に、アイツは来る。……きっと。」


 もしアイツと逢えたら……掛ける第一声は何にしようか。
 懐に忍ばせた蓬莱の薬を握り締め、輝夜はそんな事を考えながら再び動き始めた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

728きっと。:2020/10/25(日) 02:38:56 ID:KeTKQLrA0
【E-3 川の畔/夕方】

【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号、蓬莱の薬、妹紅の写真、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妖怪の山へ向かう。
2:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
3:全てが終わったら、家へと帰る。
[備考]
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
※生きることとは、足掻くことだという考えに到達しました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。

729 ◆qSXL3X4ics:2020/10/25(日) 02:39:23 ID:KeTKQLrA0
投下終了です。

730 ◆qSXL3X4ics:2020/11/04(水) 17:53:47 ID:UVCbRvCA0
投下します

731ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:55:50 ID:UVCbRvCA0
『ヴィネガー・ドッピオ』
【午後】E-3 名居守の祠


 また、だった。
 気付けば自分は、また探している。

 かつてはすぐ傍に置いてあり、手を伸ばせばいつでも触れることが出来た物。たとえ外出していようが、少し周囲を見渡せば『それ』は自分を待ち構えるようにして鎮座している。それくらいに、街中でもありふれた物。
 言うならばそれは『眼鏡』みたいな存在だ。視力の弱い人間にとっては無くてはならぬ必需品。ふとした時にその姿を見失いもするが、部屋の中をものの五分程探し回った辺りで唐突に気付き、苦笑ののち安堵する。探し物は初めから耳に掛かったままで、自分は無意味な労力を払っていたのだと。思った以上に、探し物は身近な所にある様な。
 常日頃、傍に置いてあることが当たり前で。肉体的な、或いは精神的な拠り所として大きく依存していたが故に、『それ』がいざ目の前から消えると途端に不安となる。

 個々人にとって、そういった拠り所は各々違ってくる。
 家族だとか。恋人だとか。想い出だとか。
 仕事だとか。趣味だとか。居場所だとか。
 いつだって身近に在るべきだ。人間が人間として満足に生きるには、より近い場所に拠り所を置くべきなのだ。
 裏社会に生きる側である自分もそれは変わらない。拠り所に安寧を求めざるを得ない性質は、光の外の人々よりも寧ろ顕著と言える。


 少年ヴィネガー・ドッピオにとって『それ』は何処にでもある様な、普遍的な『電話』だった。


「……まただ。ボクとした事が、また『電話』を探してる。もう掛けないと、誓ったばかりなのに」

 名も知らぬ一人の女性を事も無げに殺害したドッピオは、疲労と寒気から逃れる為に腰を下ろしていた。
 雫の落ちた音すら響いてきそうな、静寂と神秘の同居する小さな池。畔には何を祀ってるかは知らないが、これまた小さな祠。それらを一堂に視界に入れられる場所に開けた、またもや小さな洞穴。
 雨宿りならぬ雪宿り。ドッピオは一呼吸の意味も込めて、この空間でじっと心身共の回復を図っていた。膝を抱えるように腰落とし、洞穴の外に広がる斑な白模様を睨み付けるようにして居座っている。真っ白に吐かれる息をも忌々しげに見つめ、ふとその視線は何分かおきにキョロキョロと虚空を泳ぐ。
 視線の先に『電話』など無いことは、もう理解しきっているというのに。身に染み付いた習慣とは中々にして削ぎ落としにくいものだと痛感する。それが己にとって唯一の拠り所であったなら、尚更。

 いや。電話が無いというのは、やや語弊がある。
 手に取ろうと思えば手に取れる。少年のデイパックの中には受話器の体をなした立派な『電話』が、主人を待ちくたびれるようにして今か今かと出番を待っているのだから。
 だが、これを取るわけにはいかなかった。孤独による不安に押し負け、よしんば取ったとして。この電話が『ボス』へと繋がることなど、二度とないだろう。
 少年もそれを良しとしている。なにより彼が心の拠り所にしていたボスの為であった。
 それを自覚してなお、気付けば電話を求めている辺り……まだまだ自分は親離れも出来ない青二才。未だ尻に殻を付けたままの雛鳥でしかないのだろう。今後の前途を思えば、忌むべき悪癖であった。

732ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:56:51 ID:UVCbRvCA0


「───親離れ、かぁ」


 はァ……と、白く濁った溜息が視界いっぱいに霧散してゆく。ピリピリとした眼差しも長くは続かず、ドッピオの思考は間もなく泥に沈む。
 いまさら深く懐かしむ事でもないし、それ故に普段は考えないようにしてきているが───ドッピオとて『親』はいた。
 当然だ。生物として生まれた以上、そこには古来から血の繋がりが必ずある。この図式に例外などあろうものか。
 自分を産んだ親がどのような人物であったか。ドッピオにその記憶は殆ど残ってはいなかったが、それとは別に育ての親がいたことは憶えている。心優しかったあの人は、血の繋がりのないドッピオを本当の息子のように可愛がってくれていた。

 それ、くらいだった。
 あの人に纏わるドッピオの記憶とは、その域にまで欠如した酷く曖昧な記憶でしかなかった。
 これ以上にない恩を感じていたはずの、大切な親。その存在の顔すら今はもう憶えていない。白黒のフィルターでも掛けられているかのように、昔の記憶を塗り潰しているのだ。
 今でもたまにあの人のことを考えようとすると、決まって頭痛が起こる。生まれつきの障害か何かだと決めつけ、大して深くは考えなかったが。虫に食われたセーターの、どの穴から頭や腕を通しているのかを知覚できない。そのような致命的なちぐはぐさが、頭の肝心な部分で不具合を起こし続けているかのような。

 そんなこんなで──などという言葉で片付けられる過去ではないが──ドッピオは現在、イタリアの巨大麻薬組織『パッショーネ』に身を落としている。
 この境遇に、いまさら不遇だと嘆いたりしていない。彼は新たな『拠り所』を見付けることが出来たのだから。

 親という存在は、必ずしも唯一ではない。
 真に大切なのは、血の繋がりではなかった。これを人生の教訓にもしている。
 ドッピオにとって家族(ファミッリァ)とは。
 こんなにも凡俗な自分へと才を見出し、仕事を与え、居場所を作ってくれた組織──すなわちボスその人であった。
 まるで生まれたその瞬間から自分を見守り続けてきたかのような。それは少年にとって、自分を産んだ『母』でもなく、自分を育てた『父』でもなく、代わりなど何処にもいない唯一無二の存在であった。
 生涯をかけて尽くすには十分すぎるほどの恩を受けている。この大恩を、失望という形で返すわけにはいかない。

 ゆえに、ドッピオは『拠り所』を失った今も、変わらずボスの為を想って動く。その信念の象徴が、返り血という形で少年の身体を穢していた。
 まだ十代も半ばという身なりの少年がこの穢れを受け入れるには、充分過ぎるほどの環境が彼の人生の大半を占めていた。彼は元来臆病な性格ではあったが、血生臭さに目を背けるほどヤワな世界で生きてもいない。



「──────来る」



 垢が抜けきっていない、とはいえ。
 裏社会を生きる者として最低限の警戒心。
 緩め切らない緊張感が、まだ姿を見せてもいない外敵の襲来を逸早く気取れた理由の一端を担えた。
 熟練の暗殺者でもないドッピオが、かの存在を察知できたもう一つの理由。言うまでもなくそれは、我が身に残された『帝王の遺産』による恩恵の他ない。

「女だ。真っ直ぐこっちに向かってくるぞ……!」

 すかさず迎撃態勢を整えたドッピオは、数十秒先の未来を視る『エピタフ』の予知に神経を集中させた。ひらひらと舞い落ちる雪桜の中を淀みなく進行する女の姿には見覚えがあった。
 確かあの毒ガエルの暴風域。ジョルノやトリッシュら含むゴチャついた中心地に、あの女も立っていた気がする。武装や雰囲気からして只者でないことは見て取れた。
 ドッピオはすぐに足元のアメリカンクラッカーを手に取り、再び予知をじっと凝視する。そして予知の中のドッピオが武器を構えたまま不動でいる姿に、疑問を覚えた。敵の襲撃を事前に察知した者の態勢にしては、あまりに受け身すぎるからだ。
 だがエピタフの予知は絶対だということを彼は熟知してもいる。予知の中の自分がそうであるならば、ひとまず自分もそれに倣ってみる事にした。
 やがてキュッキュッと、でんぷんを袋ごと押すような乾いた音が響いてくる。徐々に姿を現す外敵が踏み締める鳴き雪は、身構えるドッピオにとっては臓腑に響く重苦しさを含んでいた。

733ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:59:12 ID:UVCbRvCA0
 女は一寸の誇張もなく、壮大な艷麗を蓄えた日本美人だった。それだけに残念でならないのが、背に掛けた巨大な輪状の注連縄──ではなく、右肩に掛けた物騒なガトリング銃の存在である。砲口こそ向けられていないものの、そのトリガーには指が添えられている。怪しい真似をすれば即蜂の巣にする、という意思表示なのだろう。
 不思議なことに気付く。この雪模様の中、女は傘の類を所持していないにもかかわらず、頭や肩に雪を全く被らせていない。目を凝らしてよく見れば、女の周囲を雪が自ら避けるようにして落ちているではないか。何らかのスタンド能力なのだろうとアタリをつける。
 対応が分からずに満面の冷や汗を垂らすドッピオとは対照的に、女が見せる表情は不敵な笑みだった。一目見て『乗った側』だということが察せる女の風体を前にして、さしものドッピオも蛇に睨まれた蛙と化している。
 とうとう女が目と鼻の先にまで来た。彼女ほどの美貌であれば、そこらを歩くだけでしゃなりしゃなりといった優雅な擬音が鳴りそうなものだが、この重武装であれば白の絨毯に残る足跡だってどっしりとした力強い証にもなるだろう。美貌よりも、その重厚な存在感に目が行く第一印象だ。


「捜したよ」


 女の第一声は、向き合うドッピオの鼓膜によく馴染むような深い心地良さがあった。貫禄のある立ち姿の第一印象とは正反対のイメージを醸す、彼女本来の生まれ持つ美的なトーン。
 彼女が舞台に立ち、愛をのせたバラードを歌ったならば……きっと多くの人々の記憶に末永く残るような。そんな力強い包容感。
 嫌な気持ちには、ならなかった。

「……何だって?」

 けれどもすぐに現状の危うさを再認識したドッピオは、女の発した内容を引き気味に咀嚼する。
 捜した、とはどういう意味か。このゲームの参加者は敬愛するボス以外、全て敵だという認識を抱くドッピオ。そんな自分にわざわざ会いに来るというのは、悪い意味以外では考えにくい。先程殺した女の関係者であるなら、真っ先に思い浮かぶ理由は『報復』か。
 しんしんと降り積もる雪景色の中、己の唾を飲む音が嫌にハッキリ聞こえた。こちらから先制攻撃を仕掛ける好機くらいはあった筈だが、予知の内容を優先したばかりに、今や完全に気圧されている。


「私は八坂神奈子。通りすがりの神様さ」


 一拍の間が通り抜けて、ドッピオはこのやり取りが普遍的な挨拶なのだとようやく悟る。
 しかし、挨拶の後半には明らかに普遍的でない部分があった。

「ぁ……は、はぁ? 通りすがりの……何サマだって?」

 不意打ちだったので思わず変な声を漏らした。発言者本人の顔を窺っても、マジなのかギャグなのか読み取りづらい。

「山坂と湖の権化、八坂神奈子こそが私の名だと言っているのよ」
「い、いや……そこじゃなくて」
「なんだい? 別に神様なんて珍しくもなんともないだろうに。いや、実は珍しいのか? 幻想郷じゃあ」

 顎に手を当て、ふむむと考え込むイカれた女。ドッピオが判断する限り、その仕草に敵意はあまり感じられない。余程の天然でなければ、巧みな擬態か、はたまた特大な自信家のどちらかだろう。
 予想の斜め上からの接触に困惑するが、ドッピオは取り敢えず食ってかかる勢いで強引に対応した。

「て、テメーふざけてんじゃねえぞ! ブッ殺されたくなけりゃあ……」
「〝テメー〟じゃなくって、八坂神奈子よ。アンタの名前も聞きたいところだね。それとも幻想郷じゃあ挨拶の文化すら廃れちまってるのかい?」
「やかましいッ! ワケの分からねェことぬかしてオレを惑わせんなッ! 頭ブッ飛んでんのかテメェ!」
「おっとと……。随分とまたキレやすい若者ねえ。ブッ飛んでるのはアンタの方に見えるよ。私はただ話がしたいだけさ。この幻想郷の事とか、アンタ自身の事とか……目的は言うなら、異文化交流だね」
「だから、その『幻想郷』ってのも何だ! お前もスタンド使いかァー!?」

 互いの温度差はあれど、これは口論に等しい。先程から理解不能の売り言葉を仕掛けられるドッピオだっだが、ヒートアップの末につい失言を洩らしてしまった事に気付き、はっと口を噤む。
 お前もスタンド使いか、などという言葉は、彼自身もそうであると自らバラしたようなものだった。仮にもギャングの端くれとして情けない。この場に電話があれば、間違いなくボスから大目玉を食らう所だった。

734ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:01:09 ID:UVCbRvCA0
 ところが目の前の不躾な女と来たら、ドッピオの予想した反応とは少し異なる面持ちをこびり付かせていた。
 鳩が豆鉄砲を食らう。端的に表すなら、そういう滑稽なリアクションだ。

「…………あ? アンタまさか……幻想郷を知らないわけじゃないだろうね」

 幻想郷。聞きなれぬ単語だ。
 だが思い起こしてみれば、確か最初にこの会場まで連れてこられたあの時……主催のどっちだかがそんな単語をポロリと口にしていたような気もする。
 しかしそれだけだ。そんな曖昧な〝気がする〟程度の、ほぼほぼ初聞きの単語には間違いない。

「し、知らねーぞ。そんな、ゲンソーキョーだなんて言葉は」

 よってドッピオは、正直な答えを示した。反射的に返した台詞だったが、何故だか相手にはよく効いたらしいことが分かる。


「幻想郷の人間じゃ、ないの? ………………マジ?」


 先までの威風堂々とした登場は既に過去となっていた。
 思いがけない成り行きに、図らずもポカンと口を半開きにする女。騙し討ちを仕掛けるなら今だろうかという邪念がドッピオの心に過ぎったが、エピタフの予知に新展開が現れない様子を見届けると、もう暫くこの微妙な空気を堪能しなければならないらしいと観念した。



「…………ワケがわからん」



 首を振りながら女は、細く呟くように零した。

 どう考えても、こっちの台詞だった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 普段から自責や悔恨といった後暗い感情に縛られることも少ない八坂神奈子。時には奸計を巡らし、大胆不敵な施策を打ち出す頭脳派な一面もあるにせよ、後を引かないサバサバした快活な性格は、周囲にとって好ましく映っていた。
 そしてそれこそが自分にとっても無二なる性質であり、持ち味でもあると神奈子は自覚している。近頃ではフランクさを売りに転換し、少しでもと信仰を掻き集めたい商売根性を考え始めているくらいだった。

 そんな神奈子が、今日。
 この地上に顕現して恐らく初めて、本気で『後悔』している。
 豪胆な気質ゆえ、これまで面に出すことは控えてはいたが……本来は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 ───早苗は幻想郷(ここ)に連れてくるべきじゃなかった。

 邪念を振り払うようにして、頭をブンと回す。最終的に幻想郷まで添う道を決意したのは早苗自身ではあったが、やはり強引にでも押し留めるべきだったんじゃないかと。
 不毛に過ぎない思惟をどこまで掘り進めたところで、自らの歩みを鈍重にするだけだ。後悔を重ねてあの子を外へ帰せるというのなら、幾らでも後悔してやる。
 現実はそうもいかない。幻想郷が我々の想像していた『理想郷』とは、遥かに異質で血生臭い土地である事を知ってしまった。ひとたび潜れば二度とは戻れぬ、地獄の釜である事も。
 神奈子にとって此処の『異常性』は既に十分な理解として呑み込んでいたが、どうやら幻想郷という閉鎖的な世界にとってはこれが『平常』であるらしいのだ。個の身勝手な感情でこの調和を乱せば、強制的に排されるであろうことは明白。
 座せる椅子は一つだという。九十という大人数を考えれば、随分と狭量な二柱だ。ただでさえこの土地には住処を追われた、或いは行き場を失った神や妖が、希望を求めて辿り着く最後の楽園と聞くのに。
 どう誂えて膳立てした儀かは神奈子の知らぬ所であったが、九十という夥しい生贄の数にも、一席という遥か狭窄な椅子の数にも、恐らくに意味は用意してあるのだろう。不平不満が無いとは言わないが、所詮新参者の神奈子が口を挟める道理もなかった。

735ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:02:02 ID:UVCbRvCA0
 だがそれは、神奈子含む守矢家の三名に限った事情でしかない。
 「こんな土地(せかい)、来るんじゃなかった」などと泣き言を喚ける事情を抱えるのは、新入りである我々だからこそに許された痛恨の念であると。

 だから早苗は苦悩し、嘆き、絶望したというのに。
 だから諏訪子は困惑し、踠き、激昴したというのに。
 だから神奈子は理解し、動き、恭順したというのに。

 泣くも。怒るも。悟るも。私たち三人の家庭事情あっての迷妄だと、神奈子は割り切っていたのに。
 この土地の住人ではなかった我々新参者が、この土地の古い習わしに混乱や義憤を覚えることは、本来ならば当たり前で。
 逆説的には、我々家族以外の参加者(いけにえ)がこの儀式へ反旗を翻そうと動くのは、普通に考えて、普通ではない。
 保身に動きながらも、儀式を成功させんと各々躍起に立つのが、『此処』での普通なのではないのか。元よりこの幻想郷とは、そういう規律を敷いて大結界の成立を保つ特殊環境ではないのか。
 つまり守矢以外の参加者は、基本的には大抵が儀式に『乗る』ものだという前提で、神奈子はこれまで動いてきた。
 無論、彼ら一人一人にも神奈子の計り知れぬ事情ぐらいはあるのだろう。『例外』という存在はどこにでもいるものだ。

 たとえば最初に出会った少年・花京院典明。
 刑務所で〝天人〟を捨てた少女・比那名居天子。
 その隣で彼女を支えていた、活きのいい学ランの少年もだ。
 神奈子の客観では、彼ら彼女らが『例外』といえるのだろう。儀式へ対しあまり積極的な姿勢には見えず、徒党を組んで動いていた。
 この矛盾に対し神奈子は〝あの子らはまだ若いから〟程度のありがちな疑問しか挟まず、深く考えて来なかった。早苗と同じ人種だろう、と。


 ここに来て、心の隅に横たわっていた違和感が膨らみ始めた。それも、急速な勢いを伴って。


 ───儀式に消極的な生贄が、少し多すぎる。


(……どういう事だ? まさか私たち以外にも『新参者』がいるとでも?)


 生贄とは。どのような過程を経ようとも、最終的には一名を除いて全て死ぬ。こういう前提で此度の儀式は始まった。
 当然ながら、生者であれば誰しもが死を厭うだろう。退場を免れる為にあの手この手で儀式を生き抜こうと、武力に自信ある者は武器を取り、知力に長けた者は権謀術数を張り巡らせる筈だ。
 中には儀式そのものを台無しにしようと目論む『例外』も居るかもしれないという僅かな可能性も、神奈子の頭を過ぎったりしたが。そんな人種がいるのなら、きっと早苗と同じくらいに芽が若く、片手で数えられる程度に極少数の者だろう。

 故に、結局。
 最終的にはこの儀式も『成功』で終わる。
 これが予定調和。在るべき所に収まる、自然の律。
 だからこそ神奈子も、郷に入っては郷に従えを体現してきたというのに。




「幻想郷の人間じゃ、ないの? ………………マジ?」




 盲点というか、灯台下暗しというべきだろうか。
 よくよく考えてみれば、考えたことがなかった。


 ───まさか私たち守矢以外にも、『新参者』が居たなんて。


 いや、新参者どころか。
 この少年は確かに発言した。
 幻想郷なんて知らない、と。
 爆弾発言だ。



「………………ちょ、っと……、話を、整理させて」



 何かが、おかしい。
 不穏な予感が眩暈を引き連れて、脳を揺らす。
 目の前で憤る少年へと縋るように、神奈子は次第に違和感の尻尾を探り始めた。

            ◆

736ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:03:30 ID:UVCbRvCA0
 ひとひら、ふたひらと、斑であった白雪も。刻を重ねるにつれて、力強く勢いを増してゆく。
 まるで彼ら一片一片に何者かの強固な意思が混在し、この地に脈動する魍魎を纏めて祓うかの如き指向性を感じる。
 寒い。薄めのセーター1枚という装いであるドッピオには、この環境が暫く続きそうだという空模様には憂いしかなかった。

「……この雪は、アンタの仕業ですか」

 地べたに胡座をかきながら、じっと思いに耽ける神奈子と名乗った女。先程は彼女へ対しひどく攻撃的な態度で迎えたドッピオだが、今では幾分か落ち着き、やや萎縮しつつも警戒心混じりに会話出来ている。
 この小さな洞穴に正体不明の女を招き入れた理由があるのなら、それは彼女が望んだからだ。
 対話を望み。着座を望み。即ち一時的な停戦を彼女が望んでいるから、ドッピオは今このような場を設けている。
 実質的に抗う余地は無い。神奈子という女は、己の望みや我儘といった〝我〟を叶えさせる力を擁している。対峙してすぐ、ドッピオが気付かされた彼女の圧倒的〝格〟であった。
 そうでなければドッピオはとうに攻撃している。彼女の肩に担がれた無骨な銃器が牽制に一役買っていたのは偽りなき事実だが、それ以上に神奈子の纏う空気が尋常でない域のそれだと、ドッピオへ如実に伝えていた。
 早い話、ドッピオは臆した。無言の圧力に屈し、一時の自陣である洞穴へと彼女を迎えた。迎えざるを得なかった。孤軍奮闘という立場上、これはある種の敗北ともいえる。
 とはいえ、このコミュニケーションにもメリットは確かにある。女が何を企んで接触してきたのかは知ったことではないが……

 ───少なくともドッピオは第二回放送の内容を耳にチラとも入れてない。

 あらゆる局面においてこの穴は、大きな躓きを誘発する深い窪みになる。とても二の次に回していい問題ではなかった。

「……チッ。こっちからの質問は歯牙にもかけないってわけか」
「聞こえてるよ。雪(これ)は別に私の力じゃない。さっきのくたびれた里で空から落ちてきた、フードの男の能力だろうさ」
「だがボクには、アンタの周囲を雪が〝避けて〟落ちていくように見えた」
「そりゃ気のせいだ」

 気のせいの一言で一蹴。あくまで爪隠す鷹で通すつもりだろう。当然ではあるが。
 従ってドッピオも、秘中の秘であるエピタフの隠蔽は怠らない。互いに妥協のラインを探りながら、差し出せる札は差し出し、貰える札は根こそぎ奪ってやりたい。相手も同じ思考のはずだ。
 では〝自分が殺し合いに積極的かどうか?〟 これが隠蔽出来ると出来ないとでは今後に大きく響きそうだが、少なくとも今回は現時点で互いに悟っている。ドッピオの方は服の返り血を隠し切れていないし、神奈子の装いや空気も明らかに戦闘者としてのそれだ。

 お互い『乗った側』の姿勢を隠そうともしない。勘繰るまでもなく、まず前提にこれを承知している。
 偽りなき信条が記された名刺。このテーブルは、双方がこれを提示させた段階から合意の卓となっていた。

 ドッピオも当初は、差し当たり放送内容だけでも入手出来れば儲けもの、程度に考えていた。どこかのタイミングで隙を突き、仕留めにいける戦果を得たなら上々の出来。
 だがこのイマイチ浅略の域を出ないプランも、神奈子の口から『幻想郷』という単語が出た辺りで早くも霞みがかっている。

「確認するが、アンタは……いや、アンタもつまり『幻想郷』の人間じゃなく、『外の世界』の人間なのかい?」

 深い思案から放たれた神奈子が、今一度の念押しを試みた。何度問われようと、それに対するドッピオの答えに変化はない。

737ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:04:59 ID:UVCbRvCA0
「その『外の世界』って言葉も、そもそも理解不能なんですけどね。アンタが『界隈』の人間だってんなら、まぁ分からなくもないですけど」

 神奈子が裏社会に生きる人間であれば、外の世界というのはつまり表社会の人間を指す。しかし目の前で真剣に物問う相手のニュアンスを噛み砕けば砕くほど、この解釈は明らかに誤りだと気付く。
 何かちぐはぐだ。会話間に筋がなく、互いが互いの常識観を疑っている。冬が終結すれば春が訪れる──そんな常識以前の根底を、いい歳した男女が真顔で問題としているのだ。
 この違和感を排除するには、問題を一段階先に進める必要がある。

「神奈子さん、でしたね。そろそろ説明してくれてもいいでしょう。……何なんですか、その『幻想郷』というのは」

 ドッピオにとって急を要する情報とは、先程流れたであろう放送の内容。禁止エリア含め生命線にもなり得るこの情報が、先ずはの最優先事項だった。
 しかし考えてみれば自分には、この殺し合いに纏わるあらゆるデータがインプットされていなかった。放送や参加者名簿で齎される情報源を元にして探ろうにも、単騎の身では限度がある。
 ただでさえこの会場にはコウモリのメスガキや兎耳の女、果てにはあのサンタナとかいう怪物が我が物顔で跋扈している。明らかに普通でない世界というのは流石に察していた。

 もしやすれば。
 自分は情報面において、周囲から遅れているのではないか。それも、とんでもなく。
 殺し合い開始から15時間は経つ頃合いにして、あまりに今更な気付きがドッピオを焦りに走らせた。
 焦燥心が事態の急速な把握をせき立て、逆に彼の掲げる狂気を抑え、落ち着きを与えた。表面上では、という話だが。


「…………私も詳しくはないよ」


 そう前置きし。
 神奈子はどこか心ここに在らずというか、散漫な面持ちで『幻想郷』を語り始めた。


            ◆

 我々守矢の三名以外にも『外』の者が居る。
 この新事実が神奈子にとって如何なる意味を齎すか?

 唐突過ぎて、未だ整理出来ずにいる。しかしよくよく思い返してみれば、あの花京院や不良風の少年の装いなどは、現代の男子学生のそれであった。(後者の髪型が果たして現代風と言えるかは判然としないが)
 また老化を操るスーツの男や刑務所のヴァニラ・アイス、諏訪子と共に居た黒髪の女や天候を操るフード男……あまりにも『異邦人』が多い。目の前の少年だってそうだ。国籍すらバラけていると来た。
 神奈子が幻想郷に越して刻は浅い。住民の豊潤なバラエティさに目を通す暇などなかった故に、今までは「こういう場所なのか」くらいにしか思わなかったが。

 九十の生贄は、幻想郷の内外問わずに強制召集されている。

 この可能性に気付いた瞬間。神奈子ら守矢の三名だけが特殊な事情を持つ──という全ての前提が一度に崩れ去るのだ。

738ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:06:03 ID:UVCbRvCA0
 だから何だ。他人の事情など関係ない。
 そう割り切れるほど神奈子は単純ではなかったし、愚昧な神でもなかった。
 少なくとも神奈子がこれまでに下した二人の男は、見て呉れからして『外』の人間だったろう。つまりは、部外者だ。
 自分は新参者とはいえ、こうして幻想郷に籍を置く身だ。土地目線で一纏めに考えるなら、九十の生贄とは言うなら全員『身内』。
 その身内という前提が、実はそうでは無かった。内外問わずというのは、それこそ幻想郷とは完全無関係の参加者も幾多居ると考えていいだろう。

 この『無関係』の内二人の生命を、神奈子は奪った。
 〝内情を何一つ理解しないまま〟に、殺したのだ。
 更にはその真実を、今の今まで知らずにいた。
 独立不撓の神である、この八坂神奈子とあろう者が。

(私は、誰を殺した? 私は、誰を殺そうとしている?)

 心に灯った自問自答を、冷たく思議する。
 静電気に見舞われたような小さな痺れが、我が頬を引き攣らせた。それが苦悶を表す表情だと、神奈子には自覚出来ない。

 彼らは幻想郷に住まう者だから生贄として選ばれた──この常識は、跡形もなく決壊する。
 幻想郷のげの字も知らない人間がこうして現在する以上、九十の生贄それぞれは、恐らく無作為に選ばれた形に近いと予想する。特に外の人間からすれば、あまりに不本意な拉致だ。神隠しでは済まされない。

 これは『生贄』の範疇を逸しているのではないか。

 神奈子とて殺す相手を選り好みしている訳では無い。内の者だろうが外の者だろうが──それがはたまた家族の者だろうが。
 区別せず、自分含め全員が生贄だ。殺す手段に哀憐の差はあれど、そこは変わらない。
 そうでなければ、今までやって来た自分の行いに意味が生まれない。
 意味の無い殺生を行ったその瞬間。八坂神奈子と云う名の神は、真の意味で『死ぬ』のだから。

 しかし。
 だというのに。
 その『生贄』という、そもそもの大前提。
 ここに疑惑が生じた時。


(───私は、今まで通りで在るべきなのか?)


(───私は、今まで通りで在れるのか?)


 不条理といえば不条理。
 だが考えようによっては、条理ともいえる。
 幻想郷維持の為にこの儀式を行う必要があるのなら、内同士で争わせて数を減らしたのでは本末転倒だ。
 だから外の人間も連れてくる。理にかなうし、そもそも『生贄』とは元来、不条理な習わしである。

 筋は、通る。
 しかし、何一つ知らされず命を喰った側の神奈子にとっては。


(───何なんだ? この、幻想郷という地は)


(───そして、あの二柱の神も)


(───分からない)


 あろうことか神奈子は。
 外の世界の神という立場でありながら、幻想郷の最高神であろう二柱に疑心の目を向けた。

 八坂の神として、あってはならない事。
 是正すべき、心理状態だ。


 さもなくば…………本格的に、ブレてしまう。

739ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:09:06 ID:UVCbRvCA0





「───……奈子さん?」



 暗い海に転覆していた視界が、光の下へ急激に引き揚げられる。


 神奈子の沈黙を不審に感じた少年が、目元を窺うようにして覗き込んできていた。神奈子は自身が思う以上に動揺していたらしく、こうして声を掛けられ、ようやっと意識を浮上させた。

「あ、あぁ。悪いね、私としたことが」

 その一言を以て、神奈子の強張りが抜けた。堅と柔を自由に応変させるその気質が、浮き足立つ気持ちに早急な挽回を促す。メンタルリセットという点で、こういった長丁場では重要なスキルと言えた。
 どうやら精神が一服を求めていることを自覚する。神奈子は息を吐き出し、小休止の意味も込めて支給品から一枚の紙を取り出した。
 手近な地面に落ちていた大きめの樹葉を数枚、手元に引き寄せて一箇所にまとめる。エニグマの紙を広げてひっくり返し、中からなだれ込んで来た菓子類を荒く落とした。樹葉は受け皿代わりだった。

「客側である私が言う台詞じゃあないが、まあ食べなよ。お茶請け代わりさ。茶は無いけどね」
「……菓子?」

 少年がいかにも怪訝そうに、神奈子の用意した菓子の数々を睨み付けた。
 当然の反応だ。あちらからすれば、神奈子は唐突に姿を見せた得体の知れない敵のようなもの。罠のひとつも勘繰らない方がおかしい。
 だが正真正銘、このお菓子はおかしくない。元々はヴァニラの所持していた支給品の一つであり、和菓子・洋菓子入り乱れる至って普通の菓子類だ。安物だが。
 戦場において糖分の類は貴重であり、重要な栄養ソースであるのは言うまでもない。言ってみればこの支給品はハズレの部類ではあるが、殺し合いが後半に進むにつれ、こういった『遊』の要素も精神的な支えになるのは自明だった。
 更に言えば、幻想郷に越したからには二度と御目にかかれないであろうと踏んでいたこの手の現代嗜好品に巡り会えたという点においても、神奈子の気休めになる程度には好感触だった。

「毒なんか入ってないよ。単なるおやつさ」

 自らの発言を証明するように、神奈子は色とりどりの菓子から一つ、適当に見繕って手に取った。日本ではどこにでも売られているような、ごく一般的なバタークッキーだ。
 手際良く包装を剥がし、心地よい音を刻みながらクッキーの半分に齧り付く。馴染んだ味わいの通りに甘ったるい感触が舌を通り抜け、胃の中が洗われるような小さな幸福感が口の中を支配した。
 やはり甘い物というのは良い。こうした甘味は戦前と現代とを比べれば遥かに流通も増大し、今日では気楽に手に入る嗜好品として広く親しまれている。神の視点から見た人間の歩み……その一つとして数えてもいい、慈しむべき美点に違いなかった。
 このスイーツという発明、ひいては食の発展そのものが、人の歴史に生まれた壮大なユーモアを体現しているみたいに感じられ、テイストも含めて神奈子は好きだった。
 残った半分のクッキーも放り込むように口へ入れ、神奈子は間食を終える。神が人間の目の前でポイ捨てを行うというのは流石にバツが悪く、残ったゴミも几帳面に紙の中へと戻しながら。

「どうしたの? 遠慮しなくていいわ。単に情報提供感謝の意味だから」

 撒かれた菓子をじっと訝しむ少年へ、今一度誘いをかけてみる。あくまで兜の緒を緩めようという趣向を含んだおやつタイムであり、実際神奈子にもそれ以外の他意などない。
 あるとすれば……儀式には既に前向きであろうこの少年の出方を見てみたい、というのが心底に隠された狙いといえば狙いだった。

740ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:10:41 ID:UVCbRvCA0

「……では、遠慮なく」

 唐突に少年が菓子へと手を伸ばす。掴み取った一つの菓子は、これまた日本では有名な老舗菓子。どこの店の棚にも並ぶような、ありふれたミニロールケーキの洋菓子だ。
 それを意外にも丁寧な手つきで、包装を取り除いてゆく。少年の顔立ちからして、彼は欧州出の人間らしかった。出身国はきっとスイーツに熱のある方面なのだろうと、神奈子は無根拠な想像をたてる。
 「毒など入ってない」とは念押したし、実際入ってないのだが、あからさまな敵から渡された不審物を警戒するのは世の条理だ。定石に倣うべきであるこの少年は、今まで随分とこちらを警戒していたにもかかわらず、次の瞬間あっさりと菓子を口に入れた。
 まるである時点から『毒などない』と把握したみたいに、次へ移す行動に戸惑いがない。なよなよしとした見た目に反し度胸があるのか。神奈子からすれば好ましい対応なのは確かだが。
 少年が頬張った一口サイズの菓子が、咀嚼と共にゴクリと胃に潜り込んだのを見届ける。残った空の包装紙を彼は、神奈子へ反目するようにその辺へと粗末に投げ捨てた。この悪質な行為に目敏く喝を入れるほど、神奈子も頓珍漢ではないが。


 さて。かなり話が逸れてしまった。
 尤もそれは、神奈子の抱える事情が自発的に陥没へと向かったような自爆。イレギュラーな交通事故でしかない。
 本来この少年に会いに来た理由は、とある参加者に興味が出たからであった。今は自分自身の都合など、考えるに詮無きことだ。

「で、そろそろ話を進めようかしら。ドッピオ君」
「〝君〟はやめろ……ッ!」
「失礼。じゃあ、そうだね……」

 一体何から話すべきかと、神奈子は顎に指を当てて逡巡する。確認しておきたい事柄が、思ったより多かったからだった。
 神奈子とこの少年──ドッピオは、既に最低限の情報は交わされている。名前は勿論ながら、ここ『幻想郷』という土地の大まかな概要と、神奈子が外の世界から来た『神』であること、先に行われた第二回放送内容、等々。
 これらを聞いたドッピオも流石に目を丸くし、暫く俯きながら何事かを思案している様子を見せた。時折小さく震え、頭を抱える素振りも見せていた。
 言葉が出ないのは、先の理由により神奈子も同様である。二人して一様に頬を打たれたような気分を味わったのだ。しかも神奈子に至っては、自身の存在意義にも影響しかねない新情報が明らかとなったのだから。

 だが……『存在意義』という話で語るなら。
 どうやらそれは、神奈子のみの特殊事情という訳でもなさそうだ。


「色々と話したい事もあるけど、まずは───アンタの名前についてだね。〝ヴィネガー・ドッピオ〟」


 初めにこの少年から名を尋ねた時より疑問だったのだ。まずはこの矛盾を紐解いていきたい。
 神奈子は荷から一枚の名簿を取り出し、ドッピオの眼前で軽くぱしんと指で叩いて見せた。

「どうしてアンタの名前がこの名簿上に記述されてないか。コイツは大きな謎だ」
「知るかッ! あのクソ主催共に聞け主催共に!」

 数度に渡って名を問い質してみたが、少年の返答は頑なに一本調子の内容で返される。嘘を吐いている様子にも見えなかったので、彼の名は実際にヴィネガー・ドッピオと考えていいのだろう。
 しかし幾ら名簿の上から下まで目を往復させようと、ドッピオの名は存在していなかった。参加者の一名を取り零すなどと、こんな初歩的な大ポカが有り得るだろうか?

「有り得ねえだろッ! 別に無くて困るようなモンでもねーが、奴ら絶対オレをナメてやがるぜッ!」
「キレるな、ドッピオ……」

 前触れもなくいきり立つドッピオへ対し、神奈子は早くも慣れたように「どうどう」と抑える。
 どうやら彼はかなりの癇癪持ちというか、ともすれば二重人格の様な変貌を時折に見せてくれる。基本的には自己主張の少ない、比較的穏やかな少年なのだろうが……ギャップもあって、どうにも扱いづらかった。
 従って神奈子は、これ以上彼自身の癇に障るような真似を避けるべく、現段階で考えても解けそうにない名簿の謎は切り上げることとした。

 本題に入りたい。
 考えようによっては、ドッピオにとっての『爆弾』は寧ろこっちの話題だろう。

741ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:12:01 ID:UVCbRvCA0

「分かった分かった、ドッピオ。ひとまずこの話は隅に置いておこう。私がアンタを訪ねてここに足を運んだのは、まだ理由があるんだ」

 これまでと違い、ここから先は向こうの『領域』だ。
 それも他人には不可侵である筈の、神聖なエリア。土足で迂闊に上がり込むこの行為を何よりも嫌っていたのは、他ならぬ自分自身であった。

 それを今。
 神奈子は敢えて侵す。



「〝ディアボロ〟……ってのァ、誰のことだい」



 音が鳴った。外からだ。
 着雪の重さに耐えかねて、先端をポッキリと折らせた樹枝の───冬山の音だった。
 湯呑みにヒビが入るような……不吉な予兆を含む音色。


「───口には気を付けろ、テメェ」


 先程の。
 喚き散らすような幼稚な怒気とは、また別種の。
 捉えどころなく。薄気味悪い悪魔のような『殺意』が……神奈子の襟首を掴んでいた。

「離しなよ」

 神色自若の態度で、神奈子は厳かに警告を伝える。不遜の過ぎるドッピオの振る舞いに対し、微動だにせず坐を保っていた。
 神の襟首を掴むという大無礼を遂行せしめたドッピオの眼光は、殺意を振り撒く機械同然の様に冷たい。道徳などとうに捨てた者が作る貌だ。
 右手には鉄製の丸い鈍器が握られていた。夥しい量の返り血がこびり付いた、人の血を吸った武器だ。

 それが今、神奈子に向けられようとしている。
 人間の童が、神に武器を向けようとしている。


「もう一度だけ、言う。───離せ」


 言葉による重圧。神奈子が発した言霊には、人の力では不可抗力の重力が漲っていた。
 未知数。ただの一言で気圧されたドッピオは、冷汗垂らす心中にて八坂神奈子を端的にそう表現した。
 思わず眉根を歪めるドッピオ。握ったと思われたイニシアチブは、いつの間にか不動のままに握り返されていた。

「…………〜〜〜ッ!」
「血気盛んなのはお互い様、だけどね。とはいえ、しかし。無遠慮だったのは、寧ろこちらの方……」

 悪かった。
 素直に。誠心のままに。
 神奈子はそう言って、謝罪した。
 先程の威圧が、嘘のように霧散していた。

 有無を言わさぬ負荷を押し付けられたかと思えば、次の瞬間に自ら頭を下げる。変遷の激しい神の姿を前に、ドッピオは出す言葉を失った。

「デリケートな話題だってのは承知の上さ。アンタと〝ディアボロ〟の間に垂らされた糸が、ただならぬ関係にある事くらい。それは例えば──家族の様な。誰しもが持つ、他人には踏み越えられたくない、生まれながらの垣根って奴だ」
「…………家、族」
「ああそうさ。私も『あの場』に居た。ディアボロという人間が、自分の娘を手に掛けたあの地獄にね」

742ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:13:02 ID:UVCbRvCA0

 家族とは何か? この命題に明確な解は出ない。
 地上に星の数ほどある家族という環。彼らそれぞれがそれぞれに苦悩し、喘ぎ、人外から見れば短い生を踏破する過程で、自ずと悟るイデア。そも、他人の助言によって解釈を得るのでは的外れなのだ。
 だからこそ重要視するべくは家族間でのみ紡がれる『絆』であり、神奈子もこれを絶対的な聖域だと捉えている。
 トリッシュと呼ばれたあの少女とディアボロとは、父娘の関係なのだろう。そこには家族という特殊な繋がりがあった筈だ。
 是非はさておき、ディアボロはこの唯一なる『絆』を自ら断ち切った。現状の神奈子ではとうとう達成に至り切れなかった行為だ。

 理由を、知りたかった。
 ディアボロがこれに至った心情……経緯……覚悟……その片鱗でも、と。

 それはまさしく神奈子が嫌っていた、他人の家庭事情に土足で立ち入ろうとする行い。不道徳だという自覚あるがゆえ、先程神奈子は誠意をもってドッピオへと謝罪したに過ぎない。
 本来なら頭を下げる対象は、ディアボロが望ましい。彼の行為の真意を知りたいならドッピオでなく、ディアボロ本人へと問い質せばいい。


 そうしたいのは、山々だ。
 そう出来ない事情が、出来上がってしまった。
 悔やまれること、と言っていいのだろうか。


「───ディアボロ本人がもう死んじまってる以上、当事者と言えるのはアンタぐらいかと思ってね」
「…………。」


 ドッピオには既に伝えていた事実だ。
 先の放送において『ディアボロ』は、名前を呼ばれている。娘を殺害したディアボロはあの後、何処かですぐに死亡したという訃報だった。
 この事実を聞いたドッピオは何を語るでもなく、静かに目を伏せた。深く思慮するように、死者へと想いを馳せていたのだろう。

「知ったふうな口を……と思われるかもしれないけどね。アンタにとってディアボロは凄く大切だったんだろう?」

 ストレートな切り口。配慮がないと、自分でも思った。相手は只者でないとはいえ年端も行かぬ少年で、大切な人物を喪った事実をつい今しがた知らされた所なのだ。

「……アンタは要するに、何を知りたいってんですか」
「ディアボロがどうして、娘トリッシュを手に掛けたのか。アンタなら知ってるかと思ってね」
「何故です。アンタは完全に部外者のはずだ。何故、それを知りたがる?」
「私個人の私情であり、エゴみたいなもんさ。血の通った家族を殺そうとしているのは、何もディアボロだけではない。先達に倣うってわけじゃあないけど、いつまで経ってもうじうじしている自分に何か切欠が欲しいのも事実よ」

 神奈子は手札の一部を早々に明かした。自らに陥った事情を潔く語るというのは、相手に弱味を握らせる愚行と同義だ。しかもそれが神聖であるはずの己が領域──家族に関する事情だというのだから、これはもう突けば角を出す急所を曝け出すようなものだった。
 だがこれも利害得失の代償と考えれば、当然の精算であるとも思う。神奈子は今、それだけ業の深い双手を伸ばして相手の泣き所を間探ろうとしているのだから。その上ドッピオにとってみれば神奈子の一身上の都合など、本当につまらない話だろう。何もかも打ち明けるつもりは毛頭ないが、少なくとも彼の心に響く対話にはなるまい。
 聞こえは良くないが、神奈子の身の上話を駄賃にして『ディアボロ』についての話を聞きたかった。自分で言ったように、これはエゴ以外の何物でもない。

「境遇こそ異なる。でも結局のところ、向かう到達点はディアボロと大差ないんだろうさ。私もいずれ『娘』を殺す。理から外れたこの大罪を円滑に、穏便に済ますには……少し遠回りが必要かと思ってね」

 如何にも唐突で、正当性は見当たらない神奈子の理屈。ドッピオもこれに不条理を感じたか、冷静に反論する。

「我が家の事情をお涙頂戴のように愚痴り、相手にもそれを強要する。……酒の席じゃないんだ。流石に通らないでしょう、それは。神奈子さん、貴方の理屈は烏滸がましく、そして破綻している」
「正論だ。アンタがそれを話したくないってんなら、私は黙ってここを立ち去るさ。話す話さないってのは、当人が決定する当然の選択肢だからね」
「…………話す、話さない。それもちょっと間違いだ。ボクにはその二択を決定する権利なんか、ないですよ。あの人について第三者に語る権利は、ボクには与えられていないんです。『話せない』、が正しい」

 滑らかな拒否を示すドッピオ。その態度はどこか断定的で、機械的。まるで兵士だ。
 話したくない、ではなく、話せない。この言い回しから予想出来るドッピオとディアボロの関係性は、神奈子の思っていた以上に序列を含みそうだ。封建的、とも言えるかもしれない。

743ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:14:01 ID:UVCbRvCA0
 神奈子は目の前のドッピオにも悟られないくらいに小さく、ふぅと息を吐いた。
 本人が話せないと言い切っている個人事情を、無理やりにこじ開けるつもりは神奈子にも無い。半分ほど予想していた答えでもあり、さして落胆は無かった。

 ディアボロについては、諦めよう。
 元より『死人』なのだ、彼は。
 今も何処かで生きている早苗や諏訪子よりも優先して探る程の寄り道ではない。


(……私はこの期に及んで、何を惚けている)


 この足踏みがドッピオの指摘した通り、烏滸がましく、破綻した、それでいて無意味な時間だと。ふと気付く。

 他人に話して、楽になりたかった?
 それとも、引き留めて欲しかった?
 馬鹿な。そうなった所で、結局最後に苦しむのは自分や家族なのだ。分かりきった事じゃないか。
 寄り道だなんだと都合の良く聞こえる言葉は、逃げ道でしかない。こんなのは問題の先延ばしに過ぎないじゃないか。

 ディアボロは、もういい。
 死んだ者より、生きた者だ。
 私の〝これから〟は、此処に居るドッピオに向けるべきだ。

 神奈子は半ば自棄のように手を伸ばし、目の前に積んだ菓子の山へと突っ込んだ。
 甘ったるい砂糖菓子。外の世界の駄菓子の一種であり、早苗の小さい頃はよくこれを与えて喜ばせていた。
 やや乱暴に包装を剥ぎ、一口サイズのそれを口に放る。多量に振り掛けられた砂糖と果汁本来の酸味。この塩梅が、今の神奈子にとっては丁度良い刺激となった。

「相分かった。すまんね、変な話を持ち掛けて。忘れてくれ」
「いえ……。ボクの方も色々と教えて貰った事ですし」

 体面だけではあろうが、ドッピオも温柔な物腰で応じる。爆発的に感情を露わにするかと思えば、この様に低姿勢で物事を慎重に進めたりする。
 彼という二面性は、ディアボロ抜きにしても神奈子の興味を惹かずにはいられない。此処が殺し殺されの場でなければ、もう少しからかってみたりもしたかったが。


 それだけに……惜しい。


「アンタは……いや、アンタも優勝狙いなんだろう? ディアボロも死んだ今、孤軍奮闘を余儀なくされていると見える」
「……そう、見えますかね」

 わざわざ確認する程でもない。
 少年は現在、間違いなく単騎の身。今なら、どうとでも扱える。
 正直、神奈子の中でこの儀式そのものに向ける疑念は膨れつつあった。今まで通り、とは行かないかもしれない。
 それでも今更路線を切り替えるなど、愚かもいい所。ましてやこのドッピオは紛うことなき危険人物であり、放置すれば早苗たちにも危害があるだろう。そうなれば何の意味もない。

 家族間での決着は、あくまで家族間で。
 そうでなければ甲斐もなく。
 そうだからこそ、震盪する。



(───殺すか。今、この場で)



 決心までには一歩至らぬ、その邪念。
 底意がふつと沸き上がり、他者を害さんとする明確な形貌へ変異を遂げる───刹那だった。



「ボクと手を組みませんか」



 その言葉は、神奈子が今まさに手を下さんとする相手の喉奥から、ゆらりと這い出た先制の申出だった。

744ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:14:36 ID:UVCbRvCA0


「………………何だって?」


 恐ろしく間が抜けた反応を示したもんだと、自分でも呆れた。ドッピオが放った言葉の意味が、一瞬なんのことだか理解出来なかったのだ。

「シンプルな提案ですよ。ボクも貴方も殺し合いに乗っている。しかし互いに単独の、謂わばアウトサイダーの身だ。支援の期待できない戦場に長く身を置くってのは精神的にも折れる。だから仲間のひとりも作っておきたい……ってのが、常人の心情でしょう。『神サマ』にとってどうかは知らないけどね」

 青天の霹靂に近い体感というべきか。圧倒的強者としての視点を持つ神奈子からすれば、それは不意を食らったような提案だった。
 人を殺しておきながら常人の心情を語るとは見上げた根性だが、そもそも神奈子には今まで〝仲間を作る〟という発想がまるで無かったのだ。
 儀式が始まって今に至るまで、記憶を掘り返すまでもなく、徒党を組んで動いている者たちを見てきた。あの不良コンビといった彼らのように、懸命に生きようとする姿に感銘は覚えても、その仲間意識に疑問を挟むことは今までなかった。
 それは結局の所、彼ら人間達に対して、神奈子はどこか『格下』を見下ろす気持ちで対してきたからだろう。神の生まれである以上、これは種族意識に近い自然現象の様なものだ。

 弱者ゆえ。人間ゆえに徒党を組む。
 自然界では当たり前の事象だ。
 神である自分が、その『集』という枠組みに収まろうとする。これにより発生するメリットや不具合などの掌握・処理の必要性、といった戦略以前に……まず考えにも及ばなかった着想だ。

「私が……よりにもよって『人間』と組む、か…………」

 無為にぼそりと零した言葉は、人間であるドッピオを見下すような意味にも捉われかねない。彼女にその意図は無かったろうが、日常的に人間を下に見ている節はありありと見て取れる台詞だった。
 これを耳に入れたドッピオは、少し目線を細めるだけで特に反応しない。単純な戦闘力で言えば明らかに神奈子以下である彼からすれば、この場で彼女の機嫌を悪くする訳にもいかなかった。

 形としては、ドッピオの交渉といえた。しかも話を切り出すタイミングと言えば、まさしく完璧だと言わざるを得なかった。
 さっき、神奈子の心証は間違いなくドッピオの始末という選択肢に傾いていた。今まさに手を出そうとする意識を遮るように、彼はこの『共闘』を持ち掛けたのだ。
 そして実際に神奈子は、その思わぬ提案を悪くない選択だと考え、首を縦に振ろうかと思い始めている。

 結果のみを見れば、ドッピオは寸での所で救われたのかもしれない。
 この事実が単なる幸運として片付けられるのか、はたまた彼の持つ『得体の知れない何か』が、未来を視るようにして凶兆を回避させたのか。分からなかったが、神奈子はこれをドッピオ自身の手腕として認識した。
 時折に彼の底から感じ取れる、得体の知れなさ。不気味な両面のある性格や、いざという時に人を殺せる程の冷徹さだけでなく、ドッピオの奥底に秘められた『切り札』のような何か。それを感じる。
 味方に付けるには底が見えないが、漠然とした頼もしさもあるにはある。まだまだ敵は多く、神奈子を脅かしかねない現存勢力も不明瞭。徒党はやはり、今後必要になるのかもしれない。

 自分の方針は変えるつもりもないが、今までが少し堅すぎたという自覚が出てきた。
 もう少し、柔軟に行ってみるか。

745ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:15:14 ID:UVCbRvCA0



「……ああ。それも、良いのかもしれないね」











 ───本当に、良いのか?


 長い思惟を終えた神奈子が、納得尽くである筈の答えを再確認するように自問を掛ける。
 再び陥る長考の迷路。既に口放ってしまった答えに、ドッピオが何やら確認を投げつけている気がしたが、今の神奈子の耳には大して聞こえていなかった。

 人間と組む。それ自体は神奈子の矜恃を崩すことは無い。そもそもこれは、神としてのプライドがどうのという話ではなかった。
 たとえドッピオが今、心中で神奈子に向けて舌を出していようが。この提案が神奈子の牙を避ける為に仕掛けた、一時的な苦肉の策であろうが。
 問題はそこじゃない。自分自身の心根に問い掛ける、信念への疑問を呈しているという発覚が、神奈子の足を今また沼へと引き摺りこもうとしていた。

 神奈子は今。ドッピオを殺す、生かすの二択を迫られていた。
 そして一見、耳障りの良い言葉・理屈で丸め込まれ、生かす──『手を組む』という選択肢を取ろうとしている。
 間違いではないだろう。囁かれた旨味は確かに存在し、互いにとって望む方向へ進むのであればwin-winだ。口八丁で言いくるめられた、などという浅慮は浮かばない。褒めるべくは相手の先見の明だと。

 彼女が足を搦める理由は、ドッピオを生かす選択を取ったこと、ではなく。
 彼を此処で『殺す』という選択を取れなかったことに起因する。
 ドッピオの提案を聞いた時、あまりにも自然に『生かす』方向へと意識が寄った。そして自分なりに納得のいく理由付けを、見る見るうちに積み重ねて行った。挙句には、彼の秘める先見性のような才を持ち上げる始末。


 甘いんじゃあないのか。
 都合の良い誤魔化しに、また逃げてやしないか。

 ───殺せよ。

 何が神。何が家族。
 これでよくもまあ、娘を殺すなどと大言を吐けたもんだ。
 目の前の童ひとりに、いいように抑えられて。

 ───殺せばいい。

 ディアボロも死んだ。
 ドッピオから引き出せる情報はもう無い。
 現実を見ろ。幻想は棄てろ。
 我々の理想する幻想郷は、此処には無かった。
 なればもう、見据えるべき終点は一つだろう。

 ───殺すべきだ。

 次は諏訪子だぞ。早苗だって残ってるんだ。
 あの子らに再会した時、お前はどう向き合うつもりなんだ?
 お前があの子らを殺せなければ、別の悪意に殺されるだけだ。

 家族だろ。
 家族なら、───よ。



 ──────────────。



 ───────。



 ──。

746ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:16:09 ID:UVCbRvCA0






 頭の中に色々な声が混ざって。

 それは幻想郷の事だとか。

 家族の事だとか。

 様々な、声とか、色とか、景色とか、他にも、



 ……………………、……って。


 …………。


 あぁ。














「──────……では、ボクは先に行きますね」
「ああ。健闘を祈るよ、ドッピオ」




 いつの間にか、話は先に進んでいた。


 とうとう神奈子は、ドッピオをここでは『生かす』……手を組んでみようという結論に落ち着いていた。
 何もかも真っ白だったわけじゃない。寧ろ様々に物を考え、先々を見据え、現状を認識した上で出した結論、だったように思う。
 話を進行させていく上で神奈子は、東風谷早苗、洩矢諏訪子の二人には絶対に手を出すな、だとか。
 手は組むが、行動は別々にしよう、だとか。
 次に何時、どこどこで落ち合おう、だとか。
 そんな当たり障りもない内容を、交わしていた……ように思う。

 当たり障りもない、内容。
 可も不可もない、適当な落ちどころ。
 無難すぎて、笑けてしまいそうだった。

 薄白色の思惑が飛び交う中、幻想郷についての疑念も当然、頭を掠めたりもしていた。
 その中で、ふと……本当に、ふと。
 新たな疑問が湧いた。今まで疑問に思わなかったのが不思議なくらいだった。

 八雲紫が『生贄』に混ざっているのは、明らかに不自然だ、という疑問。


「あぁ、ちょい待ち」
「はい……?」


 八雲紫という女にも、取り敢えず手は出さないで欲しい。ディアボロが娘を手に掛けた現場にいた、紫色の装飾を纏った金髪の妖しげな女。アンタも見たはずさ。
 そのような内容を念押しした……ように思う。虚ろな思考の最中であったので、きちんと伝わったか自信がなかった。

 八雲紫。幻想郷においては本当に数少ない、少しは人となりを知る人物。少しは、だ。
 彼女は幻想郷の重鎮中の重鎮。郷の最古参であり、現行の幻想郷を創った賢者の一人と聞いている。
 そんな者が何故、他の生贄と同様に首を並べ、この儀式へさも当然のように参戦しているのか? 名簿上だけでなく、先刻諏訪子と行動を共にしていた場面だって漏れなく目撃している。百歩譲って何やら事情があるにせよ、八雲は儀式に『乗る側』なのが幻想郷にとっては好ましいと思うのだが、先の様子を見る限りそんな風でもなかった。
 本来であれば彼女の座すべき椅子は、あの最高神の隣であるべきではなかろうか? 目的は依然不明だが普通に考えて、此度の儀式を開催し、取り仕切る側の役職が彼女なのではないか? あの二柱と八雲紫の関係は?

 またしても、分からない謎が増えてしまった。だがこの謎は、本人をとっ捕まえる事で造作もなく解決する。
 八雲紫さえ抑えれば、幻想郷についてや今回の儀式への作為、果てはそれを切欠にして、家族への最後の踏ん切りも……と、芋づる式に憂色が晴れる事も期待できる。なんなら彼女自身に拘る必要はなく、お郷の顔役がもし他に居るならばそっちでも構わない。

 とにかく、優先事項と呼べる指標が増えた。
 心に多少は余裕が生まれた事への、弊害だろうか。


 次第に黄昏色へ染まる雪景色。
 下界へ急ぐように、ほとほとと降る雪粉の軒下へ出ようとするドッピオを、神奈子はくだらない疑問によって引き留めた。

747ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:16:53 ID:UVCbRvCA0


「───アンタはどうして、誰かを殺すんだい?」


 言い終えて気付く。この疑問は何の脈絡もない、不意で無意味な質問でしかないことに。
 しまった、と後悔した。凡そ彼女の性格には相応しくない、無駄という名の追求。
 はっとした時点では遅かった。ドッピオはそれを背で受け、ゆっくりとこちらを振り返る。その瞳には、さっき神奈子へと見せたような冷たさがあった。
 今、神奈子が最も欲しているかもしれない冷酷さ。もしかして自分は、彼のその瞳に惹かれたから殺す気が失せたのかもしれない。そう思った。

 揺蕩う自分と少年とを見比べて、彼の秘める『原動力』がふと、気になっただけ。
 あるいは、どこかで彼を羨ましく思ったのかもしれない。

 だから、尋ねた。
 我慢できず、尋ねてしまった。
 大した意味もなく。

 冷徹を携えた眼光のままに、少年は唇を開く。


「……それは、何故ボクが優勝を狙うって意味ですか」


 愚問だ、とでも言いたげな視線。神奈子が後悔した理由が、その視線の中にあった。
 悪かった。訊くまでもなかったね、と。
 くだらぬ質問なんて取り下げ、ドッピオには早くここから去って欲しい気持ちが我が身に充満した。
 だが、訊いてしまった。馬鹿げた問いと分かりきっていながら、降って湧いた興趣を抑える気が起きなかった。
 彼の持つ不思議な原動力が、神奈子の〝これから〟にとって少しでもの『糧』になればいい。
 僅かながらの、そんな期待も込められた問い掛けだった。

「あぁ、そうとも。どうしてアンタは、この殺し合いを最後まで生き抜こうとする?」

 だが、ひとたび口走った疑問はもう、自らの意思で留めることは出来なかった。

 「命じられたから」と言って欲しかった。あの二柱の最高神から「生贄同士で争え」と。
 または「死にたくないから」とか、そういう尤もな理由。同情を引ける理由。
 神奈子が求めている答えは、そういう無難で、人として当然で、些些たる理由。

 それで良かった。それで納得できる。
 殺されたくないから、殺す。
 生物学的。原始的。そんな理由で、十分。


「命じられたから、ってのも大きいですがね」


 神奈子の求める答えが、少年の口から形違わず現れた。
 ほんの一瞬、安堵の笑みを覗かせる神奈子。
 そうでなければならない。元より我々は、巻き込まれた側の者なのだから。
 どれだけ人道に反しようと、誰しもが己が身を。または身内を重んじる。神奈子にその行為を否定する権利はない。

 しかし彼の答え……その意味する所は、神奈子の望みからは正反対の位置にあった。


「でも、あのクソ主催共に命令されたからじゃない。ボクに命令を下せる方は、この世で唯一人です。
 『ボス』に命令されたから、殺す。そしてボク自身も、あの方を優勝させる為に誰かを殺す。全部、あの方の為です。その為ならボクは、命だって捧げられる」


 少年の瞳は、黒く輝き放っていた。


「──────?」

 閉口する神奈子。その瞳に射竦められるように、全身が硬直する。
 言っている意味が、わからない。

748ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:17:46 ID:UVCbRvCA0

「アンタは勘違いしている。ボクは優勝なんか狙ってない。最後の『二人』になるまで参加者ブッ殺して、後は胸にナイフを自ら立てれば終わり。勝つのはボスだ。これがボスの望んだ───永遠の『絶頂』だからだ」
「アン、タ……何を言って───」


「ボスは生きている。死んでなんかいない。ボクにはそれが分かる。だからこれからも、ボクはあの方の為だけに動く。それだけだ」


 自分の胸中に忍ばせていた価値観が、否定された気がした。


「それまでボクはアンタを利用するし、アンタもボクを利用するといい」


 ボス──つまり放送で確かに名を呼ばれた、死人となった筈の『ディアボロ』の生存を、少年は自ずから信じていた。
 絶望に打ちひしがれての。
 幻想に逃げ、縋りつこうと盲目する類の。
 なりふり構わなくなった者が最後に浮かべる脆弱な、虚飾の瞳ではなかった。
 少年の瞳は黒く濁りつつも、その中心には純粋なひたむきさを感じた。誰かを心から信じる者特有の、ある意味では純粋無垢な瞳だった。

 その彼が、大切な者の為に誰かを殺し。
 そして自らも、死ぬという。


「東風谷早苗と、洩矢諏訪子……あとは八雲紫、だったっけ。この三人には手を出しませんよ。取り敢えずはね」


 次に落ち合う場所と時間……忘れないでくださいね。
 じゃあ───アンタも精々、頑張って。

 最後にそう言い残し、今度こそドッピオは神奈子の視界から消えた。



「…………ボスの為に、自分も死ぬ、か」


 すっかり孤独となった洞穴の中で、神奈子の独り言だけが虚しく木霊した。
 無意識に手元の菓子へと手を伸ばしていた。手持ち無沙汰のように、包まれた紙をくる、くる、と弄る。その度にぱりぱりとした感触が、皮膚を伝って神奈子の意識へと語りかける。

 ドッピオの最後の言葉は、神奈子の心に大きく傷痕を残していった。
 ディアボロが生きている。それを今すぐに確かめる術は現状無いし、仮にそうであっても大した問題ではない。冷静に見るなら、ドッピオの希望的観測と捉えるのが現実的だ。

 だが、重要なのはそこではなかった。

 ドッピオが自分に無いモノを掲げていたからだ。それが神奈子の視点では誇らしく見え、まるで正道を歩む者のように感じた。

 神奈子は───家族を殺そうとする者である。
 それはこの儀式が既に自分の力でどうこう出来る範疇の規模にないと悟り、またこの儀式が幻想郷の維持には必要不可欠の類であるものだと認識しているから。それが一つの理由。
 そしてもう一つは、中断不可能であるこの儀式に放られた我が家族に訪れる『最期』とは、必ず惨たらしく醜悪な末路となる未来を予期したからだった。まだ力の弱い早苗は、特にその不安が大きい。

 せめてもの。せめてもの救いと呼べる『抗い』こそが、家族による『最期』を宛てがう行為。
 これしか無かった。幻想郷へと来てしまった時点で既に決定事項となった我々家族の末路は、最後の一人となる以外には〝死〟……つまり、供物となる他ない。

 だったら、せめて。
 せめて血の繋がった家族の最期だけは、唯一無二の『家族愛』こそが救いの気持ちとなる。たとえ気休めであろうと、神奈子はそれを信じていた。
 否。信じる以外の道が、初めから用意されていなかった。

 八坂神奈子には、自らの命を供物にしてまで家族を生き残らせるという選択肢が無かった。つまりそれは、早苗を最後の椅子に座らせるというシナリオを指す。
 この発想が無かった。仮にそれをやったとして、家族を失い独りとなった早苗が、その後の人生を幸福に過ごせるなどとも思わない。


「…………でも、あの少年は違った」


 ドッピオは、神奈子が取ろうとも思わなかった選択肢を持っていた。彼にとっての『家族』がディアボロというのなら、神奈子とドッピオはよく似ていた。

749ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:18:43 ID:UVCbRvCA0
 家族を生かすために他を殺すドッピオ。
 家族を生かすために自ら死を選べるドッピオ。

 家族を殺すために他も殺す自分。
 自分には、家族を生かす選択が無かった。
 それどころか一刻も早く殺してやらなければ、と焦ってさえいた。
 早苗を最後まで生き残らせて、そして自ら命を絶つ、などという選択も……思いもよらなかった。

 あの少年は幾つだろう? 十五? 十六?
 どちらにせよ、子供だ。
 果てしない長命である神奈子と違い、奴はまだ子供。
 そんな年端も行かない子供が、心臓を捧げようとしている。
 大事な者の為に。

 神奈子には選べなかった、尊い決意。
 神奈子では為せない、艱難辛苦の道。
 今更、道徳を問題にはしない。
 だが、確かに。
 不本意な形ではあろうが、あの少年は。
 神奈子の価値観、その全てを否定した。
 粉々にされたとまで断言してよかった。
 まるで矮小な自分を嘲笑うように、見下された惨めな気分さえ浮かんだ。


 手の中にあった正方形型ミニチョコレートの包装を、カサカサと破いて捨てた。口に入れたビターチョコレートの味はとても苦く、吐いて捨てたい衝動に駆られて……自重する。


 腕が震えていた。
 怒りか、悔しさか。空しさか。
 それは誰への感情なのか。
 分からないままに、どうでも良くなった。


「私は、早苗を…………殺さなければならない」


 心からの本音でない言葉なのは、当たり前であるはずなのに。
 家族としての義務か。義務感から、娘を殺そうとしているのか。
 はたまた、その権利が与えられたからか。家族を殺す権利などという、犬も食わない屑物を与えた秩序の仕組みになんの憤慨も抱かないというのか。


「私は…………あの子、を」


 殺す、殺す、と。
 私はここに来てから、頻りにこの言葉を多用している気がする。

 早苗を殺す。
 諏訪子を殺す。
 早苗を殺す。
 諏訪子を殺す、と。

 好きでもない単語を、わざわざ口に出して。まるで田舎のチンピラ共みたいに。滑稽で、薄っぺらで、子供っぽくて、中身の無い言葉だ。『殺す』なんて馬鹿げた台詞は。
 真に相手を斃す腹積もりであるなら、そんな単語を口にする必要など無いのではないだろうか。決心を固め、それを全うさせる技量の持ち主であれば、わざわざ殺すなどと口にする迄もなく、心の中で思ったなら、既にその凶行を終えているものだろう。
 少なくとも私にはそう思える。その上で私と来たら、相も変わらず早苗を殺す、諏訪子を殺す、などと。しかもその『殺す』とやらの絶好の機会に他ならない猶予が、早苗・諏訪子両方共に一度あったというのに。

 むざと見過ごしている。
 見過ごした上でまた、私はあの子らを殺すなどと口に出している。性懲りもなく、だ。

 何故……? ───考えるまでもない。


「…………結局、目を背けていたのは私の方、か」


 落としていた視線を、不明瞭な独言と共に持ち上げる。
 やがて意を決したように立ち上がり、ますます勢いが増しつつある雪模様を忌々しげに睨みつけた。
 先走りを始める感情に歯止めが効かない危うさを自覚しつつも……今度ばかりは、制御する気さえ起きなかった。

 胃袋に染みたチョコレートの味が、この世のどんな苦渋よりも苦々しく感じた。


            ◆

750ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:19:21 ID:UVCbRvCA0

「クソ! 何、だよあの女は……! 何処そこの神だとかぬかしていたが、ンな事ァどっちでもいい……!」

 荒ぶらんとする武神を寸での間際で鎮めきったドッピオ。その功労者となったエピタフの予知が無ければ、きっと奴はその美貌の裏に隠した牙(ガトリング)をもって破壊の限りを尽くしたに違いない。
 浮き現れた予知の通りに神奈子の意識を遮り、体のよく聞こえる共闘案を持ち出したドッピオの腹は、実のところ焦る気持ちでいっぱいだった。
 矢も盾もたまらない神奈子の攻勢を懸念したドッピオだったが、それは杞憂に終わった。結果的にはこの提案が実を結び、そこから先は拍子抜けするほどトントン拍子で事が進んだのだ。

 かくして迫る災害を見事逸らしたドッピオは、悪態を吐きながら今に至る。小心者な性格など何処吹く風ぞ、と言わんばかりに、彼の悪い面の顔がおもむろに出ていた。
 あの場から脱することさえ出来たなら最早何だって良かったが、終わってみれば神奈子を味方につけるような成果さえ得られたのは、僥倖だと言えるだろうか。
 単騎でマトモにぶつかったなら、とてもではないが勝てる相手には見えない。そんな強者と(ひとまずではあるが)共同戦線を結べたのだから、上出来だろう。欲を言えば何とか仕留めたかったものだが。

「にしても……ボスが放送で呼ばれたらしいってのは、どういう事だ? 普通に考えれば運営側のミスか、何か意図があっての虚報か……」

 既にドッピオの意識は、神奈子から敬愛するボスへと移っている。一度はジョルノ・ジョバァーナに敗北を喫したとはいえ、彼の中での『頂点』は未だ揺るぎない帝王の椅子に座するボスだけだ。
 従ってドッピオは、ボスの訃報など毛の先ほども信じていなかった。この自分すらがこうして生きているのだ。なれば帝王が自分を差し置いて退くなど、この世で一番ありえない出来事だ。
 ボスは『トリッシュ・ウナ』の肉体を乗っ取り、そのまま闇へ消えた。放送で名が呼ばれた理由こそ不明だが、そこのカラクリにどういう形かで関わっている可能性も考えられる。

 とにかく、ボスは生きている。生きているならば、それで十分。
 これ以上を考える必要もなかった。考えるまでもなく、既にドッピオのやるべき事は決まっていたのだから。

 どうでもいい事だが。
 あの女は、自分の娘を殺すだとか言っていた。
 誰を指しているのか。多分、話に出ていた『東風谷早苗』か『洩矢諏訪子』のどちらか、或いは両方か。
 彼女らには手を出すなと釘を刺されている。一介の神がギャングに忠告とは、業の深い話だ。手を出すなというのはつまり、率先して殺して下さいと言ってる事と同じだろう。


「早苗か諏訪子……コイツらを優先的に狙うべきか」


 神奈子とその家族に如何なる確執があるのかは知らないし、どうだっていい。しかしあの様子だと、どちらにせよ娘は神奈子のアキレス腱になる筈だ。
 ギャングに忠告するとはいい度胸。娘を人質に取るのは職業柄お手の物だ。あの愚かな暗殺チーム共がボスに対抗して取った行動と同じく、家族を人質に取るってのは、交渉ごとをこれ以上なく有利に進められる有効手段なのだ。
 正面からぶつかるには厳しい神奈子を手玉に取れる糸口。娘の指でも数本切断して写真でも送り付けてやれば、泣きつくぐらいはしてくるかもな。

 近い将来に必ず立ち塞がる驚異へ対し、極めて悪どい算段で対抗策を立てるドッピオ。
 周囲への注意力が散漫となるのも、必然といえた。

 だが彼の持つ『強み』とは、周囲への危機管理に依存する必要がなかった。
 だからこそ強みと言える。依存するは周囲でなく、視界いっぱいに映される『予知』にのみ終始すればよい。

 大抵の場合、この力で事なきを得る。
 今回も、そうに違いなかった。

751ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:20:25 ID:UVCbRvCA0


「──────ッ!?」


 普段のドッピオの身体能力では決して避けきれない攻撃が、背後から音もなく飛んできた。
 一直線の糸──『釣り針』だった。射線上に棒立ちのままであれば、間違いなく直撃していた。
 身体を飛び込ませるようにして、これを大袈裟に避ける。一見して殺傷力の低そうなこの投擲を、ドッピオは一瞥する事もなく逆向きの姿勢で回避を選んだ。
 この行動が正解だったと、直後に悟る。あらぬ方向に飛んだ釣り針の先端は、前方の木の幹に深々と突き刺さり──否。水面に潜るようにして、針が幹の中へ潜行していた。明らかにスタンドだ。

「驚いた。アンタ、背中に目でも付いてるのかい?」
「てめぇ……っ!」

 地面に這い蹲ったまま、ドッピオは自分が歩いてきた方向へ振り返った。


「また会ったね。ドッピオ君」


 地面を踏み抜くような酷く重々しい威圧感。その一歩一歩が、まるで人の形をとった岩石の如き重量を伴っているようだった。
 初めに邂逅した時よりも彼女のそれは、明白な違いが見て取れた。

 ───殺気である。

「〝君〟はやめろと言った筈だよなァ……!」

 立ち上がり、構えるドッピオの瞳には焦燥と怒り、そして覚悟が混ざり合っていた。これから命のやり取りを行使する者特有の目だ。
 現れた神奈子の腕には『釣竿』が構えられている。あれが奴のスタンドなのだろう。初撃の不意打ちを避けられたのは100%予知のお陰であり、心構えさえあれば追撃の回避も難しくないと推測する。

 だが、彼女の最も厄介な武装は他にあった。
 アレを全て回避する術が、現時点で見付からない。
 こうして向き合ってしまった瞬間から、詰みだった。

「フザけんなッ! いきなり裏切るつもりかてめぇ!」
「八つ当たり、と言われたらそうかもしれない。妬み、やっかみ、羨望……どっちにしろ、ロクでもない理由なのは確かさ。協定を違えたことだけは、謝っとくよ」

 理不尽な怒りを込めた猛りは、柳のように受け流す神奈子の全身を呆気なく通り過ぎる。
 心変わりしたのか、初めからこうするつもりでドッピオへ接触してきたのか。ともかく掌を返すような彼女の行動は、かつてないほどドッピオの命を脅かしている。

「アンタは私が成れなかった、理想のままの姿を体現している。その歳でよくやるよ。嘘偽りなく、私はアンタを尊敬しよう」

 神奈子が釣竿を手放した。しかしそれは正確ではなく、ただスタンドを解除したに過ぎない。
 両手を使用可能としたのだ。彼女に配られた『第二の矛』の威力と散弾範囲は、先のちっぽけな釣り針とは桁が違う。
 その穂先が今、ドッピオの胸を捉えていた。幾ら未来が視えても、防御の手段も無い状態であの掃射を回避するというには、この場所はあまりに開けすぎている。

「お、おい待て……!」

 武器であるアメリカンクラッカーを手に取り、すかさず構えるドッピオ。その視線の先には、数十秒後に訪れるであろう予知の光景がぼんやり浮かび始める。

 エピタフの予知は絶対だ。

 訪れる未来が希望に満ちた光景であれば、心晴れやかに足を踏み出すことが出来る。

 訪れる未来が絶望に染まる光景であれば───彼は、絶望を希望に変える為に足掻こうとする。

 ドッピオという少年は、それが出来る人間だった。

752ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:21:12 ID:UVCbRvCA0

「だから、せめて最後は敬意を表す。暴れてくれるな、無駄に苦しませたくないんでね」


 ただ、そんな時。彼の隣にはいつも。

 自分にとって何より大切な、親のような存在───家族(ファミッリァ)が支えてくれていた。


「エピタフ(墓碑銘)───!!」


 エピタフの予知が、先の未来を伝えた。

 彼は、思わず──そう、いつもの手癖で──荷物から〝それ〟を探そうとしていた。



「ボ、ス──────」



 もう二度と〝それ〟が繋がることなど無いと……分かりきっていながら。

 予知の中の自分が、孤独の中で〝それ〟を握り締め、朽ち果てていた事も知りながら。

 ただ、ひどい未来を変えたい一心で。

 子が、親へと救いを求めるように。

 ただ、縋るように。

 懸命に。

 握り、


            ◆

 雪の花畑に、紅の池が生まれた。
 池の中心に咲く、少年だったものを神奈子は立ち尽くすようにして見下ろしていた。
 どうしようもない喪失感が、この胸に渦巻いている。何故こんなに悪い気分になっているかが、神奈子には分からずにいた。
 彼を至らしめるのも、いずれ訪れる当然の未来だと分かっていたはずなのに。こんなのは、いつ死ぬか、いつ殺すかという時機の問題でしかないというのに。


「ドッピオ。……アンタは凄いね。大切な奴ひとりの為に、自分を犠牲にしてまで守ろうとする」


 お話の中の世界では、そんなキャラクターは当たり前。王道で、純粋で、誰からも好かれるような……そんな尊ぶべき精神。童話の世界だ。


「でも、私にゃあそれが出来なかった。それどころか、思いもしなかったんだ。なあ。それって、そんなに悪いことなのかい? 私は、愚か者か?」


 末路のわりには、少年の身体は驚くほど原型を保っていた。
 だがそれがもう、口を語ることなどない。
 少年の左手に握られた『受話器』の意味を、神奈子は悟れずにいた。

 それでも、分かる。
 少年にとっての〝それ〟が、他者には理解できないほどに大きな意味を持つ物だと。


「白状するよ。私はアンタが本当に羨ましい。そしてそれと同じくらいに、アンタが憎く見えた」


 だから殺した、と。
 そこまでを口に出すことは、憚られた。

753ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:22:00 ID:UVCbRvCA0
 神奈子はここに来て……否。この現世に受肉して初めて、自らの意思──個の感情で、他者を屠った。
 神としての使命、だとか。
 贄としての意義、だとか。
 それらの様に与えられた大義、表面的な建前など……一切関係なく。
 初めて、自分本位の感情で死をもたらした。
 〝彼は危険だから〟という、まだ体裁の保てる正当的な理由を捨て去って……〝憎しみ〟から、殺した。
 恥も外聞もない、八坂の神らしからぬ醜態だ。
 まるで、愚かな人間そのもの。


「私はこれからもきっと、アンタにやったように人を殺す。私は私なりのやり方で、家族への決着を付けさせて貰うさ」


 家族を守る為に戦い続け、そして自ら死のうとしたドッピオ。
 八坂神奈子の心が彼を倣おうとするには、未だ迷いがある。自分は彼のように、純粋ではなかった。
 幻想郷……八雲紫……疑問点は新たに出てきた。自分が今後どうすべきかは、これへの接触によって大きく変わる可能性がある。

 本当に、今更な話。
 神奈子は心で悔やんだ。そして、憎んだ。
 我々家族を取り巻く、こんな悲劇に対し。
 これもまた、あまりに今更。

 行き場のない感情を発露させるとしたら、今では八雲紫しかなかった。目下の所、神奈子の所持する情報では彼女が最も『幻想郷』に近しい人物だからだ。


「行く、か」


 気怠い気持ちを払うように、ガトリング銃を肩に掛け直す。


「──────。」


 その時、声が聞こえた気がした。
 振り返ってみても、ひとつの死体だけが冷たい雪を被ろうとするのみ。
 間違いなく、死体だ。
 そして考えられるなら、死体の持つ受話器。電話機本体にも繋がっていない、玩具同然のそれだ。

 その少年にとって唯一の肉親──『家族』を求める声は、神奈子に届かない。
 聞こえないふりをして。女はそこに背を向け、去った。


 ヴィネガー・ドッピオ。
 少年の名が何故、名簿に記されていなかったか。
 女はもう、そんな些細な疑問は忘れていた。
 彼という存在が神奈子にとって『三人目』の障害であった事実は、神奈子の中のみに証として在るだけでいい。

 そして、証とはそれだけだった。

 ヴィネガー・ドッピオなどという名の人間は、初めからこの儀式には存在していない。
 そして、この世にすらも産まれていなかった具象なのかもしれない。
 ディアボロという男の『影』か『光』か。その表裏すらも曖昧なままに、少年は此処で朽ちた。
 いつしかディアボロから分離し、己のルーツすら不明であった人間。そんな人間がひとり消えたところで、儀式には何の影響も与えないに違いなかった。
 きっと、今後来るだろう放送の記録にだって残ったりしない。

 誰も彼もドッピオの真実など分からぬままに、これからも儀式は何事なく、変わらず続く。

 何事もなく、続いてゆく。


【ヴィネガー・ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】死亡
【残り生存者数───影響なし】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

754ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:22:27 ID:UVCbRvCA0
【午後】E-3 名居守の祠

【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(中)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾65%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:儀式そのものへの疑惑はあるが、優勝は目指す。
1:『家族』を手に掛けることが守ることに繋がるのか。……分からない。
2:八雲紫を尋問し、幻想郷についての正しい知識を知りたい。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)

※ E-3名居守の祠近辺に「お菓子の山」が散らばっています。

〇支給品説明
「お菓子の山@現実」
ヴァニラ・アイスに支給。
色とりどりに包装された和菓子・洋菓子がゴージャスパックで纏められている。昔懐かしい駄菓子から誰もが知るあの菓子この菓子など、老若男女問わず人気のある商品が多い。杜王銘菓ごま蜜団子は無い。

755 ◆qSXL3X4ics:2020/11/04(水) 18:23:14 ID:UVCbRvCA0
投下終了です。

756名無しさん:2020/11/04(水) 23:40:48 ID:N1VAaz320
投下乙
久々に見たがまだやってたんか、がんばれ
ドッピオ図らずも逆鱗に触れたのは運が無かったな
神奈子はやっと自分の現状に疑問を持てたけどこっから後戻りができるのか楽しみだ

757名無しさん:2020/11/05(木) 00:23:28 ID:RgHjOR8k0
まだやってたんかとか書く気もない役立たずの読み手様がふざけたこと抜かすなよ

758 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:18:43 ID:7dG6hTvE0
投下致します。

759一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:19:53 ID:7dG6hTvE0


【夕方】C-3 地下水道





日の射さぬ地下の寒さに、重ね掛けされた灯りの乏しさ。
更には会場内の降雪の影響もやはり色濃く、服一枚では活動にも一苦労するであろう冷えた空気が全面に入り込んでいる。
近代要素を少しずつ内包し変わり果てた幻想郷、もといこの会場内でも地下道は一際夜の暗さを強調してくる場所と言っても過言ではない。
常人には暗夜の礫を恐れずにはいられない、そんな暗澹たる回廊にタップダンスを踊るかのような足取りで闊歩する女が一人。
屈託無き純粋な笑顔にその歩調、半袖を意に介さず、しかもボロボロになったその被服。そして赤に塗れ煌々と輝く右腕。
一挙一動が紛れもなく、夜を恐れぬ人外である事の証左である事を悠々と物語っている。


女の名は、霍青娥。
自らの欲に溺れ、陶酔し、殉じる事を善しとする邪性の仙人。
そして、八雲紫をその手で弑した幻想郷に仇なすモノ。

否。彼女自身に幻想郷に敵対した等という自覚は微塵も存在し得ない。
ただ結果的にそうなったというだけの話。邪仙の目線から語ればそれはただの済んだ禍根で、欲を満たす方法で、他に尽くす道標だったに過ぎない。
愉悦を一網打尽にする最短距離を選んだらたまたまあのにっくき賢者サマが死んでしまいました、という一文で調書は終了である。
食欲を満たすという目的の為、懐石料理みたいな味気なさの連続なんかより中華料理の大皿ばかりのフルコースを選んだ、それと同列に語れるだけの事項。
満漢全席を鱈腹、とまでは行かなかったにしろ珠玉の一皿を貪り尽くせば上機嫌になるのも至極当然であろう。


吾不足止、未不知足也。
しかしながら、探究心も好奇心も彼女の生涯では留まる事など有り得ない。
停滞こそが不浄であり、欲を満たそうとしなくなってしまえば精神的な死が明白となる。

それでも尚、この高揚に酔いしれるのは得た物の大きさ故か。


「〜〜♪」


どこに誰が潜んでいるのか分からないにも関わらず、彼女は存在を誇示するかのように自らの音色を奏で続ける。
古き元神の鼻歌は、澄み切った音とは裏腹にどこか高らかで混じり気の無い歪さで遠く遠くの客席へとその存在感を顕にし。
ポツポツと点在する灯りをスポットライトかの様にその全身で浴びながら、この世界は自分の独壇場だと謳うように。
誰か敵が来るかもしれないという懸念も置き去りにしたかの様に光学迷彩すら紙の中、青と白で構成されたお気に入りの服装で舞い踊る。
放たれた音色を耳にしてくれる聴衆なんかどこにも存在しないにも関わらず、邪仙自らの為だけに爛々と響き続けるのだ。


その姿は舞台装置の上に据えられた偶像にどこか似ていて。

まさしく、帳に遮られたアンダーグラウンドの世界に相応しい。

760一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:21:15 ID:7dG6hTvE0


ふと、自らの腕で掴んだままであった『戦利品』に目を遣ってみる。
ディエゴに渡されたジャンクスタンドDISCに八雲紫の魂を内包して完成した、娘々3分間クッキングも唸るお手製の『精神DISC』。
即ち八雲紫という大妖怪の歩んだ軌跡の一端であり、幻想郷と共に歩き見守り歴史を紡いだ巻物の別側面。
そんな大それたシロモノがまさか部外者で一介の矮小な仙人の手に収まっているだなんて失笑を禁じ得ない。
天国の大妖怪もこれにはニッコリしているに違いないだろう。彼女の場合は地獄行きに決まっているだろうけれども。

しかし、かの賢者サマの生の大トリを飾ってしまったのは他ならぬ青娥自身でこそあって、別にその中身を有難く頂戴する事に面白味は全くの皆無である。
寧ろそれをDIO様に渡す事こそが歓びであり、そうであって初めて真価を発揮する物。
かの天国を覗き見、並びに飽くなき探究心を満たす為に必要な歯車の一つでこそあるが、事実として彼女には使い道の無い──文字通りの無用の長物。
齎す物に意義はあれど、物品自体は全体的な最終目的に比べれば伽藍の堂。

しかし、それはあくまで傍から見た事実の羅列でしかない。
天国への道筋へと繋がるパズルのピースに、また一つ噛み合う事の出来た高揚感。
嘘と嘘で塗り固められた友人ごっこを最期の刻まで堪能した大妖怪を自らの手で奈落の底まで突き崩した光悦感。
自らから湧き出たそんな欲望を身に纏い堪能し次なるフルコースへと身を躍らせるその姿こそが、彼女が何を思っているのかを口以上に雄弁と語っている。
天へと昇らんとする仙女に似つかわしくないその激情、その欲望こそが青娥を邪仙足らしめているのだ。
羽衣のように舞い、羽衣のように掴み所が無く。感情もすぐ移ろう様はまるで方向性を欲のみに定めているかのよう。
その忠実さは、ある意味では人間以上に人間臭いとまで評せよう。


その人外でありながらヒトであるが故に、高尚な種族でありながらも低俗なままで身を窶す。
当人もそれは理解していたが、それでもなお現状の新しい欲で塗り潰してもすぐボウフラかのように浮き上がるたった一つの感情が許せなかった。

理解などとうに諦めている。そうやって考える事で払拭しようにも無尽に楯突くその疑念。
憤怒が過ぎ、悦楽に身体を委ねても、喉元にチリチリと残って離れない小骨のようなしつこさで脳髄を追い回す。
こんな時にまで底から這い出て来なくて良いのに、そうは許されないのかと顰め面。

脳裏に想起されるはかの最期。血塗られた右腕に残る感触の波濤。
ズブズブと肉を掻き分けて掻き分けて、臓腑を物ともせずに突き破ってさあ御開帳と対面して。
その幕引きといえばマエリベリー・ハーン──否、八雲紫が遺した欲の欠片も感じ取れない妄言。
妄言と掃いて捨てるには失笑も笑顔も上っ面。そもそも唾棄出来る程に価値が無い物かすらも分からない。

ただそこにあった物として明言出来るのは、陳腐で安っぽい夢物語を描いていたかのようなその安らかな死に化粧。
『少女になりたかった』等と宣った、何事にも取れて何事にも取れない上っ面だけの少女の遺言だけが脳裏で鬩ぎ。
さながらは見た目年相応の、将来を信じて止まぬその純粋さの延長線上。
自身の執着心とは対角線を描くように、全てに安堵したのか夢を追いかけた事を悔やもうともしなかったあの姿勢。



(不愉快ですわね、まるであの凡夫〈わたし〉のようではありませんか)


それだけは、看過出来ない。

761一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:22:59 ID:7dG6hTvE0


中華、清代始めの短編小説集に『聊齋志異』という書物がある。
著者は蒲松齢、ジャンルは怪奇譚の文言小説、全十二巻。同じく清代に書かれた紅楼夢と比べるとイマイチ知名度が低い。
されどもこんな世まで脈々と保管され続けているのだから、少なくとも駄文の羅列などではないのだろう。
さて、その七巻に『青娥』というタイトルのごくごく短い物語が瀝々と紡がれている。

曰く。秀才な男と結婚して、それでも幼き頃の憧憬を手放せずに俗世を捨てた女。
そして、その幸せを捨てきれずに妻を追い掛け仙人へと羽化するまでに至った男。
傍から見れば、畢竟には仙人の躰でも人の幸せを描く事が出来た夫婦の話。

しかし、それはあくまでも時代の遷移で磐石劫の如く擦り切れる口伝の民間伝承のパッチワーク。
何せ執筆時期と元々の出来事には二桁世紀もの隔たりが存在している。到底正しく伝わっている訳が無い。
斑鳩の聖人が厩で生まれたという伝承が後世に取って付けられて未来の説話で浸透していくように、事実は往々に異なる物である。
当事者から見ればこんな物語等、男が救われない物語を著者か伝承者のお気持ちかそこらで無理矢理改変させられたようなもの。
現実は向こう見ず、理想郷の腕の中に抱かれながら安らかに救いを得ようとするその姿勢。
ハラワタを指という指で掻き回されたかのような、痛みを伴う嫌悪感が己の臓腑を満たす。


確かに文中の少女と同じく、父に憧れ何仙姑に焦がれ道を目指した幼少期を送った事は変わらない。
霍桓という男と簪を通じて結ばれ、それでも道術に恋してやがては形骸だけの家族を捨てたのも全くの同じ。
だが、説話は物語。喩え夢見た幻想がそこに存在していても、空想の域を抜けれぬモノであって現実では無い。
埋葬と同時に霍桓の持っていた簪はすり替えて今は手元にあるし、そもそも事実としてあれ以来霍桓と会う事すら無かった。
きっと本来のアレは失意の内に病床に伏せたに違いない。
それなのに、とりわけ愉快な話でもないハズなのに、その経緯だけは何故か忘れられずにこの頭に明晰な映像を流し出して。




ああ、それでも。

こんなに雨垂れが石を穿てる程の時間が過ぎ去っても。


あの光景は、間違いなく仙人としての原点で――――。

762一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:24:45 ID:7dG6hTvE0



「あら」


肌をくすぐる地下の冷気の奔流の中に、撫でるかの様に仄かに吹き掛ける暖かい風。
受容器の一点の齎したその情報によって、思い返されたさそうに後ろで控えていた昔の記憶が雲散霧消してゆく。
別に感傷までは必要無かったのに何故ムキになったのかなんて軽く思えども、そんな考えすら瞬く間にどこかへ追いやられ。
数秒前までは煮え滾ったお湯の様であった釜も、今や残った感情はと言えば精々どうでもいいという微細な倦厭のみとなっている。
それでも温風はそんな青娥の思考の漂白とは関係無く、ひっきりなしに白磁めいた素肌をなぞり続けている。その暖かさはまるで人肌の温もりのよう。

この風が地上かもしくは地下施設のどこから流れてくるのか、状況証拠だけでは青娥には判別出来なかったけれども、微かに感じたソレは少なくとも今後の進路を決めるのには充分だった。
風吹くままどこへやら、羽衣の流れるままにユラユラと。深海で光を放ちながら漂うクラゲの様に、その身がどこへ向かうのかは青娥自身も分かっちゃいない。
一刻も早く八雲紫の愛くるしい遺品を届けようなんて考えも今や露と消えて跡形も無く、さほど高尚な動機付けも無いまま前進していく様。
未来へ繋ぐ訳でもなく、されども過去に一生苛まれ続けて先に進めない訳でもない。受け継いだ者でも飢えた者でもない。
邪仙は今を生きる生物である。愉しければそれで良し、美しさ見たさに直情的。

だから人を逸脱した。だから天に昇れなかった。
それだけだ。



次第に眼前から吹いてくる風が強まっているのを全身で感じながら、青娥は自分が間違っていないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
となれば手に持ったままであった記憶DISCを『オアシス』の能力で背中に隠し持ち、フリーになった両腕をブンブンと振り回しながら歩くのみ。
この先に何が待ち受けているのかを考えているだけで昂ぶりを抑えずにはいられない、そんなウキウキさがそこかしもから漏れ出ているのを咎める相手などどこにも居ないのだ。
向かい風を一身に受けてもその歩みを留めようとする気配なんて微塵もなく、意気揚々と余裕綽々と。
それは立ち止まる事が勿体無いというだけなのか、それとも過去を振り返る必要すら無いという意思表示なのか。
もしかすれば後方遥かに掌を重ねる二つの死骸が存在していた事なんて、もうとっくのとうに忘却の彼方に吹き飛ばしてしまったのかもしれない。
或いは、自らがその結末まで鑑賞したそのドラマの中身がただの陳腐なお涙頂戴物だったという事実に心底どうでも良くなったのか。それを舞台袖から覗く事は叶わない。
長々と続く一本道が段々と光に晒されて色彩を取り戻していく様は、青娥の歩調も加味すればまるで花道を上る歌舞伎役者のそれのよう。
煌々と地面に滴る朱色を除けばモノクロの世界に停留し続けているそれらを闇の中に捨て置いて、青娥は光の方向へと着実に進んでいく。


「――この風、いつになったら止むのかしら」


少しだけ、後悔の音がした。

763一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:25:52 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────



光に呑まれて行き着く先。ボヤけた視界が鮮明さを取り戻すと共に、青娥は眼前に広がった光景に息を呑んだ。
最初に目に入ってきたのはその空間に存在する住居、岩肌、人工物、その全てにスクリーンを掛けたかの様に広がる橙色の氾濫。
そして柔らかく一帯を包む橙色の中、天蓋に関してのみが黒茶色を凛として主張し、そこに連なる桜色が一層輝きを増していく。
さて地上を注視してやれば地面に等間隔に並べられては灯されたまま鎮座している行灯、あらゆる軒という軒を囲んでは建物一つ一つを照らし上げる赤提灯の数々。
それらに照らされて見える範囲全ての暖簾は上がっており、そこが店であり殆んどが呑み処である事が漠然と窺い知れる。
しかも住居や店舗の建物が均等にかつ大通りの奥深くまで際限なく続いていて、まるで道が無限に続くかとさえ知覚させてくるのだ。
だが、その通りの先の先に小さいながらも他の建築物とは一線を画した色調の豪邸らしき物が見られるのも薄らと分かった。
これが噂に聞き及んだ旧地獄そのもの、それならばあれは地霊殿とやらであろう。

浮き足立つ足並みを抑える様にして足を踏み出していくと、趣を感じさせてくる物々に興味を惹かれずにはいられない。
酒屋、暖簾無し、暖簾無し、内装が暗くて分からない、呑み屋、通りを挟んで食事処、酒屋、暖簾無し、呑み屋、暖簾無し、また小路を挟む。
大通りを中心にしては他の通りを碁盤の目の様に規則正しく配列させて構想されたであろうその町並みの様相は、青娥に唐代の都を朧げに思い出させるには充分過ぎる物。
だが悲しいかな、あの地にはあの活気と意地と生気と怪異が満ちていたのに、こちらには人の営みがまるで存在していない。
それはある日突然全ての妖怪が有無を言わせず忽然と消失した痕跡かの様にも思われた。
遥か高くで天を満たしている岩肌の荒涼さが、何故か奇妙な程に一帯の雰囲気と合致している。

ここでも本来なら地底の妖怪が喧騒を繰り広げ、空気そのものが酒気に塗れ、昼夜の境も関係無い叫喚が響き渡っていたのだろう。
青娥は旧地獄に足を運んだ事は無かったが、それでも人伝の情報と縁起の記載からすればその想像には難くない。
特に酒乱に満ちた澱みは警戒する所であったものの、いざこの光景を目にすれば些か拍子抜けだったという物。
澄み切った空気では寧ろ恍惚に酔う隙すら与えてこない、そんな色模様さえも感じてしまう程。
今は青娥ただ一人、閑散たる様だけが無音という形で伝播してきている。
こんな様子では閑古鳥も泣けやしない。

ふと、提灯や行灯の光の乱雑具合がいつかの夢殿を思い起こさせる。
低俗な小神霊共が広大な空間の中で右往左往に揺れ動く様がそれと重なったのだろうが、あくまでそんなこともありましたわね程度の事柄。
確かに懐かしい事ではあったけれども、そんな過去に一々心を揺さぶられる訳でも無く。


「さて、家探しでも始めましょうか」


それは今から泥棒活動に勤しみますよ、という邪仙なりの意思表示。
穿ユという単語は間違いなく、今の青娥のやろうとしている行動の為だけに作られたのだと誰もが認めてしまう程の白々しさすらあろう。
適当に見繕った建物の前に立つ。暖簾の掛かっていない家々に混じって、一軒だけ窓も扉も付いていない事実が目に付いたのだ。
壁抜けの邪仙には密室や鍵など効力のこの字も存在せず、衝撃を加えてやれば簡単に砕け落ちるガラス容器と同義である。
こんにちは、と家主に挨拶するかの様なノリで宣言するや否や、身に纏った『オアシス』のスーツと共に飛び込むかの様に華麗に侵入。
屋内に入ってすぐさまスタンドを解除し、足音立てずに着地。かくも鮮やかな工程は10点満点のレビューが付いても許されるだろう。
この出来には青娥もニッコリ。場所が場所なら効果音でも鳴りそうなガッツポーズを自信満々に繰り出した。

764一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:28:08 ID:7dG6hTvE0


「これは……酒蔵ですわね、一発目からツイてますわあ」


さて、その中はギッシリという擬音がこの場所の為だけに作られたと言っても許される程に充満した酒瓶、酒樽。
幻想郷で見られる全ての酒という酒が一つの酒蔵に歴史と共に詰まっているという実感が湧いてくる程の酒の量に、ただ圧巻されるのみ。
実際は古今東西ありとあらゆるなんて言葉で言い表すには、過去から今に掛けて製造された酒の銘の数が多過ぎる気がしないでもない。
中華三千年の歴史と共に歩んできた青娥にとってすれば、まぁ皇帝の宮殿における百年分ぐらいかしらね程度にも捉えられないことはない。
それはともかくとして、普遍的な人里の酒造とは比べ物にならない、そもそも規模に歴然とした差すら存在しかねない程に酒がある事だけは確かである。
さぞかしここに安置された酒の数々も青娥に見付けて貰って喜んでいる事だろう。


「地底妖怪用に醸造されたお酒なら意趣返しにも出来ますわね、私ったらあったま良い〜」


それはさる先刻の戦いの怨恨か反省か。過ぎ去った事だが、どちらにせよ邪仙には単なる嫌がらせに過ぎない。
そもそも意趣返しという言葉をわざわざ選んで使っている時点で、そんな怨恨だか復讐だかの心なんてたかが知れているのだ。
実際仙人の肝も胆も一筋縄ではいかない強さだったからこそ良かったし、その結果は青娥自身も十二分に理解している。
そんなシロモノに比類する物をただの人の身に投与すれば劇毒でしかないのだが、それを気にする素振りは一切見受けられそうに無い。
陰湿、悪趣味。どう罵られても気にする事でも無い。ケチを付けられる謂れも無い。
酒瓶を二本程度選りすぐって紙に投入する。


「折角ですしコレも入れてみましょうか」


青娥の目線の先には大きいとしか形容の出来ぬ酒樽の数々。青娥の身長はより若干高い程のそれらは、一つ取っても一石はゆうに超えているだろう。
木々を上手く継ぎ合わせ注連縄で形を整えたその見た目は、素人目に見ても鬼の様な巨躯でも無いと作れそうにない。
そんな精魂込めて醸造したであろう酒樽であったとしても、持ち主も通りすがりも誰も居ない場所では泥棒してくださいと言っている様なものだ。
どちらかと言えばこれは単純に呑んでみたいとかそういった興味本位に過ぎない行動ではあったし、少なくとも実利目的の行動ではない。
それを先程の一升瓶たちと同等に語っているのはまさしく青娥らしさの塊なのだろう。
その中の一つに足を向けて、エニグマの紙をそっと押し当てれば、途端に酒樽が一個丸々紙の中へ吸い込まれて消えていく。
残ったのは酒樽の羅列の中で際立つ大きな空白のみで、まさか泥棒が盗んだ痕跡だとは誰も思うまい。

それにしても、この質量や形態を全部無視して収納可能なこの紙のなんとも万能な事かと青娥は一人驚いていた。
紙面を仙界に繋げて仕舞い込むにしても、その紙の大きさよりも遥かに大きな物まで入るとなれば大掛かりな術式を組まざるを得ない。
手段を明晰に思案してかつそれを実行に移せる仙人が居るか、もしくは例を挙げてみるならばスキマ妖怪の術式が使えれば再現出来る事だろう。
出来そうな人妖を二人記憶の淵から思い当たっては、つい青娥は苦笑を漏らしてしてしまった。
豊聡耳神子も、八雲紫も、等しく青娥自身が弑した相手である。この手段は無かった事になるだろう。


「まぁ豊聡耳様は刀剣でしたから……竹風情とは比べ物にならなかったのでしょうね」


どこか懐かしさや寂しさ、羨ましさといった感情を複雑に表面化させた顔を浮かべて、青娥は遠くへ視線を投げ打った。
その根底にあるのは仙人としての純然たる思いだというのを理解しているからこそ、余計に何かが口惜しく思えてくるのか。
直視するに耐えない己の内面がふと覗いて来た気がして、その情を引っ込めるのに数秒を要してしまうのが、青娥には口苦くてならない。


「……。次の建物でも探しましょうか」


気分転換の方向を探る様に、言葉を投げやった。
口調は軽く繕っても、数歩の間の足取りは先程までとはいかないのに気付かぬまま。

765一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:30:25 ID:7dG6hTvE0


そしてお眼鏡に適う次の建物は、予想していた以上に早く見付かった。
さっきまで居た酒蔵から、通り一本分先にあった何の変哲も無い一軒家と思しきその建物。
暖簾が掛かっていないという事実から妖怪かそこらの住居である事は容易に想像出来るが、それにつけても見た目のボロさに拍車が掛かっていた。
あばら家とまでは言わないにしろ、その無骨な装いをした外観は寧ろ青娥のセンサーに得体の知れない何かがありそうと確信にまで至らせている。
呑み屋と食事処の間で居竦まる様に縮こまったその姿は可愛らしいものだが、そんな雰囲気に惑わされる青娥ではない。
木を隠すなら森の中、一見だけでは価値が分からないけど実は高価な物は安価なガラクタの中に混じっていると相場は決まっているのだ。
考えただけでも胸が躍ろう。重火器近接武器嗜好品なんでもござれである。


「ん〜〜〜〜ん?」


いざ『オアシス』のスーツを起動しようとして建物に近付いて、そこでふと感じてしまった違和感。
扉に鍵が掛かっていない無防備さどころか、扉がやや半開きになって壁と間隙を生み出しているのが見て取れる。
人が現在進行形で中に居るのか、それとももう家探しを終えてもぬけの殻なのかまでは分からないにしろ、少なくとも誰かが存在していた形跡は今目の前にあるのだ。
眉を顰めてみるものの、こういう時に限って光学迷彩スーツのバッテリーは再充電の真っ只中。こればっかりはどうしようもない。
しかし姿を隠せないからというだけで、中に何があるのかをその目で確かめずにむざむざ手ぶらで帰るだなんてそうは問屋が卸さない。


逡巡している時間なんて物は必要無かった。
ええいままよ、と言わんばかりにスライド式の扉に手を掛ける間も無くドアに突っ込む――そのの勢いで、『オアシス』のスーツを使って扉を透過。
体が触れた部分から扉は液状化していき、体が離れた部分から次第に元に戻っていくのは、扉を液面に見立てた飛び込み競技かの様。
それにこの動作と侵入が一体となった手法は、青娥には簪を使っている時と同じくらいに気分が良かった。
そもそも疚しい事なんてこれっぽっちもしていないのに何を恐れる必要があるのだろうかと思ってしまえば、行動に移るのは簡単だったのだから。



そしてやっぱりと言うべきか、部屋の隅に先客は居た。

一部屋で構成された屋内の一番奥手の柱にもたれかかって、片膝立ててスヤスヤと眠る一人の少女。
ボロさの残る室内と同じくその体には軽い傷の跡が見え隠れしているが、その艶と輝く黒髪はそれらと比べると場違いな雰囲気さえ放っているかのよう。
普段の青娥であれば芝居掛かった雰囲気であらあらあらあら、とニンマリ笑うところであったが、そうは至れない神妙さがそこにはある。

外見さえ見てくれは服が違うとは言え縁起に聞こゆ藤原妹紅のその姿なのに、挿絵の白髪とはうってかわって目の前のその髪は黒色。
直接会った事は無けれども、その白と黒という正反対の色への変貌は流石に見紛う事は出来ないのだ。
髪の艶やかなのは別に構わない。これでもヘッドセットには気を遣う邪仙なのだから、適当にトリートメントの材料を聞き出せば良いだけのこと。
しかしその黒色、見れば見る程に漆黒を湛えてどこまでも深くて異質で禍々しく。
逆に何をもってすればその様な変化をその身にありありと表現しようか。
ここまでの変容が起こったその経緯とは如何程な物か皆目検討も付かない。

だが、青娥をその黒髪以上に惹き付けるモノがあるのもまた確かで。


「あらあらあらあらあらあら〜〜〜〜〜〜!!」


失敬とでも言わんがばかりの満面の笑み。口からその歓喜を余す所無く高らかに優雅に溢れさせていく。
口角も目尻も、ヒトのそれとは思えぬ程にその感情を満遍なく表現していた。

766一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:31:35 ID:7dG6hTvE0


かつて、青娥は豊聡耳神子に尋ねた事があった。

『完璧な不老不死について、如何お考えですか?』と。

完璧な不老不死。尸解仙の様な死神との縁の切れぬ形骸的な不老不死ではなく、神仙を目指す者の究極の憧れの一つ。
神霊として縁起に記録され、生前を遥かに凌ぐ力を付けて尚、それに向かって進み続ける一番弟子に対しての究極な問い掛けであった。
彼女とて青娥とて浅学とはとても言い表せない求道者で、少なくとも死神を追い返す事など造作も無い取るに足らぬ力を持っている。
それでもなお、その一点は譲れないと他の術以上に熱心に勉む彼女に、当時何を思ったかなどもう定かではない。

ただ驚いた事に、その少し意地悪な質問に対して、神子は最初っから決まっていますとでも言うかの様に口を開いたのだ。


『安寧、ですかね。青娥や私が最終的に目指している道のその先とは別物でしょうけれど』


『例えば屠自古なんかは霊体ですから死神による終焉は齎されません。ですが、他所からの畏れを失えば消えてしまうのもまた妖です。
 その理すら及ばない完全性、自己完結。それこそが完璧で純然たる不老不死だと思いますが、一方で魂の在り方を変えなければ辿り着けぬ境地かと』


『ですからね、青娥。私は死という存在が単純に怖いのですよ。何人にもそれは平等に降りかかって、跡形も無く全てを消し去っていく。
 私という存在が死によって掻き消されてしまうのがたまらなく恐ろしくて、不安でたまらないだなんて聖人が聞いて呆れるでしょう?』


『仏教だって心の安寧を保証していますけれども、仏像のその瞳は虎視眈々と死を見据えている。現世での救いをあれらは何一つとして成し得ない。
 私は救いを求めているのかもしれませんね。――この話は屠自古や布都には内緒ですよ?』


その時の俗っぽい笑顔と、知らしめられた欲の強大さは今でも忘れられない。
生前の豊聡耳様への印象は、視野に広がる全てに対する冷徹さと非情さと求心力。その一方で道への並々ならぬ熱意と縋り付きが多くを占めていた。
俗人の全てを見透かすその耳と、師弟関係すら曖昧になる程に叡智を持った生まれながらの聖人でありながら、その実そればかりを強く希い続けていたのだ。
もしかすれば、邪仙の心に火が灯されたのはこの時だったのかもしれないし、そうでは無かったかもしれない。
けれどもこの人の死に際はさぞ強烈なのでしょうね、とその時心の底から思ってしまったのは否定のし様が無いだろう。
但し一つ言える事があるとするならば、豊聡耳神子という人物はそれを成し遂げてしまえる程の力量があったのだ。
力量だけでなく、その才知までも。その仙骨さえも、全てが凡庸とは一線を画した一級品。
だからこそ『力を持つといつかは欲望に身を滅ぼされる』という事実をそっくりそのまま体現して潰えたのかもしれない。

767一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:32:39 ID:7dG6hTvE0


では、目の前のこの少女はどうだろうか?
藤原妹紅。縁起に堂々と書かれた『死なない程度の能力』。毛髪一本さえ残っていれば再生が可能とも書かれた不老不死。
天人ではない、さりとて同じ道を歩む者でも無さそうな文面。あの時は幻想郷においてはそんな人間腐る程おります故、なあんて一読して記憶の片隅に留めただけで終わりだった。
同じ腐る存在であれば芳香ちゃんの方が何倍も価値があるに違いないし、芳香ちゃんの世話よりも優先度が低いのは実際当たり前であったのだ。
豊聡耳様は藤原氏という苗字に何か思う所があったらしいけれども、歴史の当事者の回顧なんて知った話では無い。


だが、昔交わした会話の中身を照らし合わせ、いざ目の前で寝入っている実物とご対面となればどうしても分かってしまえる物がある。

眼下の少女は紛れもなく、真の不老不死を体現せしめている存在なのだと。

豊聡耳様ですら辿り着けなかった境地に至った存在であるのだと。

この様な状況に置かれさえしなければ、死という物が永遠に訪れる事が無かっただろうにと。


不思議な話かもしれない。
溢れんばかりの聖人オーラを撒き散らす事憚られなかった彼女には成し得ず、こんなどこの馬の骨とも知らぬ平凡そうな雰囲気の生娘がそれを会得しているのだ。
尸解の術を斑鳩の地で掛けて以来長らく各地を放蕩していたと言うのに、その噂話を今まで小耳に挟む事すらなかったというのも余計に謎めいている。

その不老不死の原理を幻想郷に居る内に知っておきたかったという感情も無くは無いが、正直な所今この場においてその事実はさしたる重要性を持たない。
精々不思議でどうしようもなく機会に恵まれなかっただけの話であって、どうせまた次の機会はいつか来る。

問題はそこではない。


完璧な不老不死には魂の在り方から変えなければ辿り着けないのだと、あの時豊聡耳様は口にしていたのだ。
自身がそんな在り方を目指すつもりなど毛頭無かったが、彼女程の聡明なヒトが仰られるのであればそれはきっと真理なのだろう。
一介の人間の魂魄では死を迎えれば気が散り散りになって二度とは戻らないのだから、その魂から変えてやらなければならないのは確かに理に適っている。
それも少なくとも尸解仙の様な魄の再定義とは訳が違う、無から魄を復活させる程の大掛かりな術式や修行が必要不可欠に違いない。
死神によるお迎えすら存在しない、文字通りの完璧な魂魄の兼ね備え。

であるならば当然。


「私ってばほんとツイてますわね、妖怪の賢者に次ぐ程の魂の持ち主とこんな場所で出会えるだなんて〜〜!!」


それこそは、天国行きの往復切符と成るであろう材料への値踏み。
旧地獄などという天界からしてみれば真反対の概念の場所でありながら、そこへの近道がこんなボロ小屋に転がっていただなんて誰も普通は考えやしない。
それでも彼女はやってのけてしまった。本来であれば虱潰しに探しでもしなければ見付からない代物に、僅か二回の探索で到達してしまったのだ。
短時間でアタリを引き続けるその豪運とまたしても噛み合う歯車を一つ得た高揚感が、今の青娥の感情を占める大半である。

768一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:34:27 ID:7dG6hTvE0


その場でルンルンウキウキと羽衣を舞わせながら踊っても許されるだろう、なんて言わんばかりの優雅な動作も、それを顕著に表している。
被服のボロボロさすら意に介してないと示し付けるかの様に、その場の空気をふわふわと巻き込んでは微細な気流を作り出して。
すぐ傍に寝ている最中の少女が居るというのに、そんな事知ったこっちゃないとお構い無しに足を動かす、手を揺らす。
もしかしたら、青娥は最初から藤原妹紅という存在を少女として見ていないのだろうか。
もしかすれば彼女の視界における眼下の少女は、目的へ一直線に邁進する為だけの道具としてしか存在していないのかもしれない。


「いやはや本当に良い体じゃない、終わったらこの子の体でキョンシーを作るのも悪くなかったりねえ?」


そう言って青娥は覗き込むかの様に、顔をグイと妹紅の顔の方に近付ける。
それは本当に些細な動作。立っていたままの姿勢から若干腰を屈めて、目線を合わせようとしただけの行動。
寝たままの少女がどんな顔をしているのかちょっと拝謁してみようか、ぐらいの軽い気持ちで行われたに過ぎない。

けれども、妹紅にとって青娥のその行動は全く別の意味。
体を休めて寝息を立てていたとしても、本人がそれを望んでいなくとも、眠りは浅いままの状態で維持されていた。
それによって誰かが近くに居るという気配を寝ながらも捕捉されてしまったのは幸か不幸か。
妹紅が意図していなかったと言えど、その体に染み付いた慣行は決して忘れられる事は無いのだ。


寝ていたはずの妹紅の足の筋肉がやや強ばったかと思えば、室内で掃除されずに薄く積もった土埃が舞き上げられ。
次の瞬間には眼前の少女が跳躍していたという事実を、青娥の脳が遅れて警鐘を鳴らしていたとしても時既に遅く。
瞬きをする間も無く、地べたと平行線を描いていたその片足は気付けば軽い炎を纏って中空に丁寧な弧を描いていた。

それはここが私の制空権だと言わんばかりに、反射的に繰り出されたサマーソルトキック。
頭から垂れ下がる黒髪がその動きに同期して艶かしく広がり、その脚は残像を持ってして風を断つに至る。
ただ妹紅の領空に入ってしまったというその一点の事実のみで放たれてしまった自動攻撃。
使い手の記憶が混濁していたとしても、寝込みを襲う賊に対して編み出した過去の成果の腕は鈍らずに、ただ無警戒に近付いた相手を刈り取るのみ。
纏った火の粉さえも揺れ動く髪と似て黒々しく、されど薄暗い部屋の中では煌々とした輝きを見せ付けて。
間一髪でその首を横に寄せた青娥の頬に、軽々しい見た目からは想像出来ない程に鈍重な蹴り上げがチリリと掠る。
だが悲しいかな、その挙動はグレイズには数フレームで間に合っておらず。
その白磁かの様な皮膚をコンマ以下の浅さで幅数センチ抉っていた事に青娥が気付くのと、遅れて舞った黒炎の一端が頬に軽い火傷痕を作るのはほぼ同時であった。

769一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:36:28 ID:7dG6hTvE0


「うううぅぅううう……お前は誰だあああぁぁぁぁぁア?」


優雅な一回転の蹴りを終えた藤原妹紅が床に着地して青娥の側を睥睨する。
酔拳にも及ばぬ程、そもそもそう言い表す事が酔拳に失礼な程にグチャグチャの体幹で上半身を、その黒い長髪をユラユラと揺らして。
瞳に光は宿らずに髪と等しく黒一色、更には藪睨みどころか両眼球がそれぞれ別方向を捉えている。彼女の視界が正しい物を映しているのかも怪しい。
体勢も語調も彼女を表す全てがしどろもどろ。常人とは掛け離れた物以外を感じさせない蓬莱の人の形がそこに居る。

その様相から、青娥は瞬時に理解してしまった。
眼前の彼女が狂いに狂って元の鞘に戻れなくなってしまったのだろうという事を。
藤原妹紅の個はバラバラに砕けてしまったのだという事を。


全てに倦厭して気を狂えてしまったのか、さてはてこの会場にて何か心を壊される様な何かがあったのか。
今まで死を恐れてもいなかった身に急に襲いかかるようになってしまったその恐怖に身も心も支配されてしまったのか。
色々と彼女の身に何が起きたのかの選択肢はあるだろうが、その考えが沸いたとしてもそんな些事を気に留める程の青娥ではない。
だが魂魄を操る事に秀でた道士としての己が、少なくともその内の魂から来る気の淀みを肌で感じ取っていた。
張り巡らされた神経系の一部が断線していると形容するのが正しいのだろうか、妹紅の心を支える回線が数箇所破損しているかの様な感覚。
目で見ずともそれを理解させてしまう程に、藤原妹紅の精神は異常を来たしている。


「誰でもイいかぁ、わたし以外の誰だってぇ」


その言葉を皮切りに、まるで妹紅自身が薪であるかの如く、妹紅の周囲に炎が揺らめき立つ。
そもそもこれは炎と呼称されるべき物なのか、湧く揺らぎ湧く揺らぎその全てが黒。黒。黒。
辛うじて形だけが炎らしさを保っているからこそ炎と認識出来るだけで、本来の炎の醸し出す紅蓮とは到底似つかず。
可視光線のスペクトルを無視した炎色反応。奇術としては悪趣味な、光を全て吸収してしまいそうな底の無い黒一色であった。

それ即ち、攻撃の予感。黄色点滅の余暇すらも許さない赤信号の氾濫を感じずにはいられない程の殺意の数々。
藤原妹紅という個人の魂魄では収まりきらぬ程の怨嗟と憎悪で身を焦がされるのだろうという空気で今居る屋内が満たされる。
今まで会場で味わってきた生ぬるい敵意も、そもそも邪仙になって以来襲来してきた死神の手練手管も、今のそれには劣るだろう。

ちょっと失礼、と言ったか言わなかったか定かで無くなる程のスピードで、青娥は『オアシス』のスーツと共に地面に飛び込む。
水にまつわる擬音で表せそうな波模様を地面に描き、そのスタンド能力で完全に退避したのも束の間。


爆音けたたましく、爆炎の勢いは激しく。

藤原妹紅が爆心地となって、寺や田圃で行われるどんど焼きすらも凌ぐかの如く迸る火柱が周囲を埋め尽くす。
天蓋にまで届きそうな高さまで及んでひたすらに黒色が泳ぐ様は、まるで鯉が点額を描きそうな程の大瀑布。
ベクトルを一歩別に向ければ建物を等しく見境無く軒並み巻き込みそうな程の火力を以て、元来あった荒びた家屋を中心に半径数メートルが業火に包まれた。

770一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:38:29 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────



黒炎が止む。雷が落ちて去ったかの様に、周辺家屋の整列の中に一点だけ空白を残して。
炭化し黒ずみ骨組みの一部だけが辛うじて残存し立っているだけのその姿が、未だ燻り続ける煙と併せてそこに元々木造家屋があったのだという事を主張している。

だからこそ、その痕跡の中で惨状を何事も無かったかの様に佇んでいる藤原妹紅の存在は異質でしかない。


「うーん、居なくなっちゃった。幻覚だったのかな、消し飛ばしちゃったかなあ」


周囲を見渡しても、妹紅の周りには誰も居ない。輝夜も永琳も、今までに出会い頭に攻撃してきたロクデナシ共も。
最初っから何も起こっていないとでも言いたげに、剥き出しの建物だった残骸を静けさだけが埋め尽くす。
ただ少なくともこれだけは言えた。己に近付いてくるヒトの皮を被ったバケモノ共は、間違いなく殺しても良い相手なのだと。


「全身青女とか見てくれとしてどうなのよ、赤青半々のアイツとどっこいどっこいじゃない」


『貴方は正しいわ妹紅。立ち塞がる物は全部殺して、殺して、殺し尽くす。そうでしょう?』


誰も居ないハズなのに耳介を通して響き渡る誰かさんの声。鬱陶しいったらありゃしないけど、聞こえないフリ。
幻聴が聞こえるだなんてそれこそ私が『異常者』みたいで癪に障る。異常なのは私以外全員だっての。正常じゃないヤツが正常性を語らないで欲しい。
無論、蓬莱の薬を私が未だに持っていると勘違いして攻撃を仕掛けているのであれば話は別だけれども、等しく殺してやれば関係無いのは正しい。
そもそも蓬莱の薬を誰に盗まれたんだろうか。盗んだならちゃんと盗んだって言って欲しい。
アレさえ飲めば私が糾弾される事もあんな幻聴が聞こえるだなんて事も無くなるだろうってのに。

でも、今からまた蓬莱の薬を新たに手に入れるってのもアリかもしれない。
岩笠だったかそんな名前の人間の一団と、蓬莱の薬を富士山の頂上で燃やす旅に同行した時に火口で変な女が言っていた気がする。
八ヶ岳?に行ってイワナかヤマメかそういう感じの女と蓬莱の薬について話をしろ、だっけか。よく覚えていない。
そこで薬を燃やす算段だったけど、手ぶらで行けばもしかしたら蓬莱の薬を恵んでくれるかもしれない。

だけれど結局私はそこから逃げて逃げてこんな変な場所に居る。
あの後男の部下が怪物に襲われたのか全滅して、残った男と一緒に行こうって話になった気がするけど私はアイツを蹴落とした。
勿論物理的に。富士山を下る時に後ろからドンと一突き。悪い事をしたかもしれない。でも生きる為の行動に犠牲は付き物だから。
だからと言ってなんで私が攻撃されなきゃいけないんだろう。
八ヶ岳に行かない私をあの女は怒っているのか?それとも蓬莱の薬を奪ったから帝が追っ手を差し向けているのか?それとも岩笠が実は生きててその差金?
どれでも理由としてありそうだが、少なくともそんな事で私がこんな目に遭わなきゃならないなんておかしいじゃないか。
ただただ生きようとしているだけなのに横槍入れてくるだなんて失礼にも程がある。


『自分が生きる為に他の攻撃してくる相手を皆殺しにするのは何も間違っちゃいない、妹紅にはそれが分かっているでしょう?』


ほら、この幻聴だって私の考えている事を無視してずっと同じ様な事ばっか。
私は今から蓬莱の薬を新しく手に入れる算段を思い付いたってのにそんな事で水を差さないで欲しい。
取り敢えず、今から私は八ヶ岳に行ってヤマメと話して不老不死を得なくっちゃならないのは確かだ。
だから、ええっと……?


「ハロー、また会いましたわね」


「……は?」


突然。しかも地面から生えてきたとしか言い表せない方法で再出現したさっきの全身青女を前に、素っ頓狂な声が出し抜けに出てしまった。
そもそもさっき消し飛ばしたハズなのになんでピンピンしてるのか、地面から生えてきたかの様なこのコイツは一体全体なんだって言うのか。
だから、それらの事実に気を取られた。目の前のコイツが何をしようと現れたのか、考える事が出来なかった。

左足に重石を付けられたかの様な違和感。
何かそこから新しい部位でも生えてきたとでも言いたげに、左足だけが重力に強く引っ張られている様な感触がある。
目の前のコイツがやったのか?私に攻撃してくるならもっと別の事をしてくるだろうに、何の為に?
恐る恐る目線を地面の方から私の真下の方へと向けると。


一本の酒瓶が、私の左足にまるで吸い付くかの様に”くっ付いて”いた。

771一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:40:24 ID:7dG6hTvE0


「こん、のっ!!!!山に行かせろよ青女!!」


「あぁらこわいこぉわい」


全身青女の顔面目掛けて放った渾身の蹴り上げが僅か数寸で届かない。コイツは余裕綽々に首先を軽く動かしただけなのに、いとも容易く避けられた。
お前の攻撃は見切ってるだなんて煽ってくるみたいでムカついてしょうがないな。
それに左足で力強く振り上げたハズなのに、引っ付いた瓶はぴくりとも動かないまま。
どんな幻術が魔法か、ソレは私の左足に癒着して一体化したかの様で、足から離れるという挙動を知らないとでも言いたげに振舞っている。

それにしても一体なんなんだよコイツは。私の蹴りを避ける時に明らかに笑ってやがった。満面の笑みってヤツ。
私みたいなのを甚振って何がそんなに楽しそうなんだ。弱い人間を虐めるのがそんなに愉快だってのか?
クソッ、私は八ヶ岳に行きたいんだよ、それなのに……。


……?
頭が、ズキズキする。


「あんなに激しく動いたら早く回るのも当然でしょうに、本当にお可哀想なお人。
 にしても不老不死の肝でもちゃあんと酒精ってキッチリ回るんですのね。興味深いわ」


不老不死……?
何を言って。まだ、私は……。
目の前の、青が、滲んで、霞む。


「こんなに速いのは予想外でしたわ、あの魔女の子ったら随分と焦らしてくれたのですねえ?
 ま、私の躰が強靭であってこそなのかもしれませんけれども」


立っていられない。
立たな、きゃ……。
私は、山に行って、それで……。

それで……?


「それでは次は天国でお会いしましょう、再見♪」



……。




掠れながら埋没していく妹紅の五感の中で嗅覚に届いたソレがうっすらと輪郭を残して、捷急に脳へと情報を伝える。
鼻に付く様な強い妖香。白檀とはまた違ったむせ返りそうになる匂い。それでも何故だかそれ程までに嫌気を感じないのは何故だっただろうか。
至近距離で感じたソレは、手で撫でられるかの様な誰かの温かさ。


「よ、しか……?」


無意識に不意に出た単語。自らの発したその意味する所がなんであったかも分からず。
知らない単語を他でも無い自分が呟いているという事実に困惑を催せる暇も無く。

半分以上も閉じた蕩けつつある視界に明晰に映ったのは、頬がドロリと溶ける女の顔。


――――顔が溶けて溶けて、ドロリと液状化して輝夜が溶けてあれはあれは泥で私の目の前で輝夜で泥で顔が私の下に落ちて輝夜の顔であれは喋って私は私は、私は?



狂乱した思考回路は果たして夢と現実のどちらを視界に捉えていたのだろうか。胡蝶の夢も甚だしく、自問自答には至れない。
僅かに残っている物全てを最後の最後で掌の上から零れ落として手放して狂いに狂え。
そのまま妹紅の意識は闇の更に深くへと沈む、沈む。


一世の紅焔の夢よ、さようなら。

772一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:42:38 ID:7dG6hTvE0

            ◆



「地面に落ちた私の肌ってどうなるのかしら」


崩れ落ちた妹紅を尻目に、青娥はその様をどうでも良いと裏に含ませるかの様に独り言つ。
『オアシス』の能力を応用させて頬の火傷を修繕しているその姿も、もう動かないであろう妹紅の体への興味の無さを浮き彫りにしていた。
皮膚が焼けてその下の桃色が見えている箇所にスタンドを纏った手を当てて、洗顔液を染み込ませるのと同じ手付きで念入りに。
一滴だけ雫が顔を伝って自由落下していったものの、それ以外は万全とでも言うのだろう。火傷の痕跡は一切が無くなり、地面に作られたシミはすぐに消えて跡形も無い。

そしてスタンドを発動させたまま青娥の手は妹紅の足へとその矛先を向け。
ぬるり、と。湿った擬音の聞こえてきそうな動作と共に、目の前の少女の左足で異質さを放ち続けているその酒瓶を抜き取った。
日本酒が半分以下しか残っていないその瓶を揺らしてやれば跳ねるような水音が幾重にも響き、青娥はそれを見て口角をニンマリと。
その気味の悪い笑顔は、妹紅の意識が急に途絶えた原因がこの日本酒であるという事を雄弁と語っている。

やった事と言えば、精々第二回放送前に徐倫と魔理沙の流星コンビにしてやられた無力化の手段をなぞっただけに過ぎない。
あくまでもあの時に注入された酒は選りすぐりの"酔わせる為の"酒で、地底妖怪の箔が付いただけのただの日本酒とは訳が違うという事を青娥は知らない。
けれども、『オアシス』の能力で酒瓶の口と妹紅の表皮を溶かして癒着させ、そのまま中の酒を相手の血管に直で流し込むなんて手段はあの流星コンビには到底真似出来ないだろう。
青娥がここに立っているのは仙人としての躰の強靭さに悪運の強さを持ち合わせ、かつお相手さんの甘さに救われたという事実があってこそだ。
それら全てのハードルが取り払われてしまえば。性格面の上限突破に、相手の体もただのヒト相応であれば。こうも悪辣で奸邪な手法になり得るのである。

それに、あの時の徐倫と魔理沙には冗長にやっていられない焦りもあった。だからこその直接戦闘を介さなくても無力化出来る手段。余力を残していられる容易な策。
その策がこんな場所で、こんな事の為だけに流用されるとは誰が思えようか。たまたま『生かしたまま無力化する』という目的が合致してしまうとは想像し得る訳が無い。
この時ばかりは青娥はあの甘ちゃん二人に感謝の言葉が沸いていた。なお、気持ちは殆んど篭っていない。


「にしても芳香、ねぇ……。一体なんでその名前が?」


妹紅の最後の最期の一絞りの単語。掠れそうな弱々しい声で放たれたそれも、やはり青娥には気に掛かる事柄ではあった。
確かに過ぎ去った確かめ様の無い事ではある。愛しい芳香ちゃんはどこぞやの駄狐のせいでバラバラにされてしまったし、そのパーツも右腕や肚の中。死人に口なしとは良く言った言葉だ。
幻想郷で話を聞いていた限りではこの不老不死人間と交友関係があったとかどうとかは全くその話題に上らなかった。
ならば、何故見ず知らずの他人である藤原妹紅が芳香の名前を知っていよう。


「この会場で初めて会った、となればどうして今際の言葉がそれ?」


この催しでお互いに意気投合したというのが一番自然かもしれない。
しかし、先程の彼女の様子は狂乱そのもの。こんな不審者に近寄る人間もキョンシーも居やしない。
妹紅が狂乱に至った原因が芳香と別れた後と言うのならばまだ分からなくも無いが、だからとして最後にその言葉を遺すだろうか。


「ま、欲の欠片も無い言葉にはなっから期待しておりませぬが」


どうでも良い、というのが短い推論の末に出した結論であった。
先程の賢者サマの時もそうであったが、類推できないイレギュラーの存在など考えは到底追いつけやしない。
事実は小説よりも奇なり。どうせ正気の沙汰を喪った異常者の欲など読み取ろうとも読み取れる訳が無いのだ。時間の無駄になるような事をわざわざ考えている暇も無い。
邪仙の様な、色鮮やかな欲で全てを埋め尽くした世間一般の異常者とは方向性が全く違う。本物の深淵を垣間見るには、自らもその域に至る以外不可能なのだから。
それにメインディッシュはあくまでも魂の方である。魄の方には正直役割などあってほぼほぼ無いような物。
後はこの用済みの体ごとどこかに持って行って、空のDISCを探して埋め込んで殺して終わりである。

773一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:44:26 ID:7dG6hTvE0


刹那、無風の広大な空間に砂を蹴るに近い音が響いた。大きくはないけれども、確かに耳に入る音。
自分と死にかけ一人しか居ない空間なら、当然自身の呼吸音や足音以外は無くて然るべきなのだ。それなのに至近距離で音が鳴っているのだ。
音の主は何なのか。独演の地底世界に来客か。歓迎出来る物は無く、歓迎出来る者は居ない。青娥は瞬間的に身構えた。

が。音の発生源は思ったよりも拍子抜けで。


「抽搐、かしら。ちょっと驚きすぎちゃった」


ジャーキング。うたた寝している時にふとビクッとなるアレである。
意識障害に陥った妹紅の腕の筋肉が不随意に痙攣して砂を掻いていたという、ただそれだけの種明かし。
なんてことのないただの人体に備わった機能だったという事実は安堵と若干の落胆を青娥の瞳に滲ませる。
ディエゴ君が空のDISCを持って来てくれていたならそれはもう大大手柄だったのに、とこの場に居ない人間にケチを付けて、そのまま青娥は妹紅の音を意識の外に捨て置いた。
今最優先で考えるべき事は、目の前でだらんと倒れているこの藤原妹紅の体を運ぶ手段である。


「この先の地霊殿に火車が居るんでしたっけ、死体を運ぶにはうってつけの道具でも置いてないかしら」


もしくは土蜘蛛や鬼が建築道具として使っている手押し車か台車も良いかもね、と舌舐めずり。
ただ、ここに死に損ないの体を置いたままにして一人旧地獄の探索に出るのは、青娥にはなんだか癪な話でもあった。
出払っている最中に誰かがやって来て起こすもしくは殺してしまう可能性、もしくは妹紅が自力で起床してどこかへ行ってしまう可能性。どれらも無い話だとは言えないのだ。
もしこれらを対策するならば、妹紅を引き摺って運んだまま探索という骨の折れる行為をするか、目の届く僅かな範囲のみで探索するしかない。

少なくとも今の妹紅の体は時折痙攣するぐらいで起きる素振りすらも見えないが、用心には越した話でもある。
酩酊しながらも持ち前のボディで酒精を分解し、ものの十数分足らずで快眠を終えた生き証人がまさに青娥自身。
だから、結局この半死人を視界に収めながら運搬用具を探さねばならないという焦燥感が起きるのも致し方無し。
最悪天国に必要な魂に換えは利く、とは言っても時間が経つにつれて次第に減っていく参加者の中からあと二人分。機会損失は余りにも惜しいのだ。
さっくり見付けてさっくり運んでさっくり殺す最短経路を選び取らなければならない。



だから。

それは全く脈絡の無い話で、一瞬一瞬を切り取っても理解が及ばない光景だった。


痙攣が始まってから、青娥は半死人から全く目を逸らしていなかった。己の瞳に常にその変わらぬ姿勢を焼き付けていた。
予兆は何一つとして感じられなかった。人体組成に慣れ親しんだその長年の知識にすら、そんな実例があったなんて事は無い。
妹紅は崩れ落ちた時の体勢のまま、今の今までそこに居たのだと言うのに。


目の前の満身創痍であったハズの少女の体躯が、須臾にも満たぬ間に膨張したかの様な錯覚。
錯覚では無かったのかもしれない。本当にそれは一瞬で、瞼を一回開閉する間に動作は既に終わっていたのだ。



そこには。

昏睡から一瞬で覚醒して立ち上がった藤原妹紅の姿があった。

774一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:46:21 ID:7dG6hTvE0


その佇まいは先程と変わっていない様に見受けられる。黒髪もその衣も変貌を遂げたという事すら無く。
だと言うのに、その立ち上がった体からはこれ以上無いとでも言いたげなぐらいの違和感を放ち続けているのを青娥はしっかりと感じずには居られない。
そもそもあの状況、昏睡した状態からまるで何も無かったかの様に急に起き上がったという事実そのものにも特異的な感触を抱いているというのに。
藤原妹紅の体には、屋内で対峙した時以上に黒炎が漏れ出してその体に纏わり付いていて、最早狂気を隠そうとすらしていない。
いや、黒炎が蛇のように蜷局を巻いて妹紅の体を締め上げているのかもしれないとも思わせる程の苛烈さ。
それは最初から彼女から正気と狂気の境界線すら取り払われていたのかとすら。

何も感じ取れた相違点は外見だけに留まらず。妹紅から来る気の淀みも、先刻感じた物とは似ても似つかない。
精々乱れている程度にしか思わなかったのと対比すればその差は歴然。肌を刺し穿つかの様な痛みや圧迫感となって、その圧は気迫の領域に達している。
それも何も欲を感じ取れそうに無い混沌すら携えて、青娥の仙人としての感覚にこれ以上無い程の警邏を巡回させるのだ。



「■■■■■■、■■、■■■■■■■■、■■■■■■!!!!!!!!!」


突如青娥の耳に雷鳴の様に押し寄せたのは、悲鳴のようなナニカ。
発生源が目の前の少女だと考えるには培ってきた知識や状況からすれば想像に難くないが、それを青娥は理解してしまいたくなかった。
藤原妹紅の口から放たれたソレが、ヒトの発する言葉であるとはお世辞にも言い難い物であったが故に。
放つと表現してしまう事すらも悍ましい、嗟傷と激情と悲嘆と憤怒と全ての負の感情を詰め合わせて一つの釜に詰め込んだかの様な金切り声。
自身の感覚と相手への評価が正しい物であったと、それだけの事によって否応なしに気付かされてしまったのだから。

その精神性の更なる変容のきっかけを青娥は決して知る由も無い。一度は会話は成立しかけた相手がものの数分でこんな事になるとは誰が想像できようか。
そもそも何故こんな短時間で急に覚醒してしまったのかすら定かでは無いと言うのに、そのきっかけの類推など不可能に等しいだろう。
深淵の現に舞い戻った目の前の少女には舌先三寸も通用しないに違いないという確信めいた物すらも青娥に抱かせてしまえるこの状況。
今この場に存在しているのは、相手が何をしてくるのか分からないというブラックボックス要素でもある。


であるならば、先手必勝という言葉は、今の青娥に使うのが最も相応しい。
その思考回路とリソースの全てを相手の無力化に使うのだという強固な意志を体現したかの如く、踏み締めた大地を瞬間的に沈みゆく。
数メートル、青娥の体が三個縦に並んでいれば届いてしまえるぐらいの距離に全速力を賭けて。
酒瓶が残り一本しか無いという事実など知った事では無く。さっき使ったばかりの戦法をもう一度行わんとして。
自らのスタンドを纏い、地表面を水面と捉えて妹紅の立っているその足元を目標地点に一直線に泳ぎ抜く。

775一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:49:01 ID:7dG6hTvE0


だが、恐るべきは藤原妹紅のその反応速度か。
泳ぐ為に地面に半分だけ体を出した青娥のその半身を双眸でガッチリと掴んで、その情報を脳が処理して指令を送る一連の流れが果たして今の妹紅に存在していたのだろうか。
青娥の腕が妹紅の足へ届くその前に。『オアシス』が妹紅の立っている地面を溶解させ身動きを取れなくさせるその前に。
大地を脈動させる程に破裂を伴った勢いで、迫り来る貫手を飛び退き躱したのだ。

目的の為に勢いを殺して妹紅の元居た場所で停止せざるを得なかった青娥の体。攻撃を避けられて伸びきった青娥の腕。
その事実の列挙を妹紅の頭は果たして認識していたのだろうか。
だが、相手の隙が眼下に転がっているのははっきりと理解出来ていたに違いない。

バックジャンプの勢い冷めやらぬまま、空中で退いている最中の妹紅の全身がまた一瞬膨張した。
もう比喩と表現出来る領域を凌駕し終えていた。今度は目の錯覚では無かったのだと青娥は嫌でも思い知らされる。
向こう側へと飛んでいたはずの妹紅が、その腕に黒炎を色濃く横溢させて、追撃しようとしていた青娥の間近まで迫り来ていたのだ。

常識では考えられない肉体の挙動だった。
幻想郷の住人が霊力を用いたとしても、その身に掛かる運動エネルギーを押し殺して逆方向に、ましてや空中で方向転換など出来るものではない。
良くて急ブレーキが限度である。それも、術者の身体に掛かる負担や外傷という余り余る要素を抜きにしての話だ。常人が行えば出血骨折のオンパレード、到底真似できる話でもない。
だが、妹紅はその本来掛かるべき負担全てを蓬莱の薬で得た再生能力に肩代わりさせていた。血管が切れ、腱が断裂してもたちどころに修復してしまえるその能力。
深淵から蘇った今の彼女は、皮肉にもその精神的なストレスによって咎を外し、幻想郷に居た頃よりも再生速度を向上させてしまっていたのだ。
その深淵故に、彼女がその事実を認識する事は永劫に無い。


ところで、急性ストレス反応という物が世の中には存在している。
恐怖といった刺激に反応して脳のリミッターが外れ、神経伝達物質が普段より格段に多く分泌されるという動物の生存本能の一つ。
この話のキモは普段は筋肉の運動単位をセーブしている中枢神経のリミッターさえもが外れてしまう点にある。
生存を脅かされる窮地に直面した際に自らの生命を守る為に命懸けの力を出せる様にする為、その時まで力を温存しておく為の機構。一般的に言うところの『火事場の馬鹿力』である。
その温存分を解き放つのは今だと言わんばかりに、妹紅は自身の抱いた恐怖や狂気によってそのセーブを取り払ってしまったのだ。
今の彼女を押し留める要素は何も無い。筋肉を限界まで酷使して破裂させても、その再生能力によって何度でも蘇る。
傷を負った時に生じる痛覚も、閾値を超えた際限の無い狂乱によって打ち消され続け、それを妹紅が感じる事は無い。


故の暴挙。物理法則を無視したかの様なその挙動すら、妹紅にとっては朝飯前以前の行為と化していた。
向かう速度も爪を振り下ろす勢いも、限界を越えたその筋肉を以てすれば神速果敢の域に到達していて。

恐怖と黒炎に支配された怪獣の爪が、避け損ねた青娥の肩口に鮮明な傷跡を残す。


「いっっっったああああああああ!!??」


悲鳴も斯くや、青娥の目の前で妹紅は更なる追撃を仕掛けようとしていた。
着地した方の脚を軸に横薙ぎ一直線の蹴りだろうか、浮いている脚の先にまたもや黒炎を滾らせて。
地面から上半身を覗かせたままの自身の首筋を刈らんとする軌道をも青娥に予感させたその予備動作を相手に、出来る事は一つしかない。

チャポン、というこの場に似付かわしくない音と共に。
妹紅の蹴りが到達するよりも早く、霍青娥の全身は再度地面の下に沈んだ。

776一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:52:44 ID:7dG6hTvE0


「今のはヤバいとしか言えませんわね……」


地表面のその下で青娥は一人愚痴を溢す。その口調とは裏腹に、その顔は笑っていない。
痛みは傷が浅かったが故に『オアシス』で形を整えてやれば快調と言えなくもないが、それ以上に顔を歪ませていた原因はその黒炎。
掠り傷であったからまだ直に食らわずに済んだものの、至近距離で感じたのは紛れもない大量の怨嗟のソレであった。
呪詛も水子もなんでもござれで扱っている青娥でも、あれ程の物を扱えば自らの身を滅ぼすとはっきりと分かってしまえる程の出力。
まるで、死そのものを体現しているとでも言っているかのように。

藤原妹紅の更なる変貌はまだ御せるだろうと青娥は思っていたし、また無力化してふりだしに戻れば良いとさえも考えていた。
だが現実はこのザマだ。青娥の持ち合わせた純粋なスピードと搦手ですら、相手にとっては反応できる範疇の内ですらない。
貫手してからその傷口に瓶の先端を突っ込む二段階の動きでは到底間に合わず、無力化なんて夢のまた夢。夢として描くには少し夢想らしさが欠けてはいるが。
そして何より青娥が畏れを抱いたのは、一瞬目が合ってしまった時のその双眸。
瞳に光が宿っていないのも、ゆらゆらと両眼を動かしているその様子も、見掛け上は先程となんら変化していないハズなのに。
理性というヒトなら総じて持ち合わせているだろうソレを、全く感じさせない。欲の片鱗すらも覗けないと言うのに、視線だけはやけに直線的で。
そこには人間を構成する要素が、何も残っていなかったのだ。


「諦めたくはありませんが……今は退き時、なのかしら」


戦闘を経らねば決して無力化には至れないだろう、という事実は青娥のやる気を削ぐには充分だった。
術への相手の反応も楽しみたいと言うのに、目の前の相手ときたら何ら感情を抱いてくれないのが目に見えているという見識も拍車を掛けている。
人間らしい凡俗な欲すらも既に持ち合わせていないケダモノの、一体どこに楽しませてくれる要因があろうか。

それに正直、無力化しようとしても非常に骨が折れる。自分一人で相手しようと思えばどうにかなるという仙人としての自負はあっても、そもそも面倒事はキライなのだ。
魂をDISCにする必要性に駆られているのは十全に理解していたし、この絶好の機会を逃したくないとすらも思ってはいる。
ただ余り余るリターンを前にしても、食指を動かすには非常に手間が掛かるのだ。紅魔館でのあの大活劇で体力を消耗していない現状をしても動きたくはない。
色も含めて上海蟹みたいなヤツ。それが現状の妹紅への評価であった。


「あ〜あ、ディエゴ君みたいに一発で無力化と運搬の出来る能力があれば良いのに〜!」


わざと小悪党の捨て台詞のような言い回しで感情を少し吐露して、そのまま青娥は地中を泳ぎ始めた。
逃亡ではなく、戦略的撤退。あくまでも再度戻ってくるという意思を込めてひたすらに前へ進もうとする。

777一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:55:24 ID:7dG6hTvE0


しかし。
その先の光景を見て、青娥は止まらざるを得なかった。


炎が上から下へと逆流でもしたかのように青娥の進路を塞いだのだ。
龍が急直下するかの如く、地表面からその下方へと突き進んでいるとしか表現できないその軌道。そもそも炎は地表面から先は侵食できないハズだと言うのに。
熱を以て周囲の空気の密度を小さくしているからこそ、炎という化学現象は上へ上へと迸り燃え盛るのだと言うのに。
奇術の域ではあったが、同時にそれは直線的で美に欠け弾幕ごっこに反する代物。当然青娥には面白くない。

ただ、それは厳密に言えば流動体のように地面を侵食していた。重力に沿って下降し、我が物顔で地下の領域を食い破らんとするそれを炎と言う事は出来ない。
粘着質な火で成る岩。地を走り全てを飲み込み黒化させていく自然の猛威。古代ギリシャで糊の意を持ち崇められ、ポンペイを埋め尽くした火砕流の原動力。
人はそれを、畏敬の念を込めてマグマと呼ぶのだ。

だがその事実に気付くと共に、その単純明快なカラクリは酷く恐ろしい物であるとも察知させられてしまうのは何の因果か。
近接する灼熱地獄跡にも確かにマグマは存在していると聞き及ぶが、そこを由来にするよりも遥かに効率的な手段。

『藤原妹紅は地面を炎の熱で溶かしている』、ただそれだけ。スタンド能力のパワーで液状化させるのではなく、単なる物理法則に沿って液状化させている。
これはその身を焦がさんとする黒炎の熱量が膨大であるという、一点の曇りなき現実を明瞭に示し続けていた。
齧ったのみの知識で詳細は知らなかったものの、マグマの温度は時として四桁まで及ぶという事を青娥は辛うじて知っている。
触れるだけなら良い。ではもし、頭部を狙われれば。気管に炎を吸い込まされる事があれば。
たちどころに青娥の体は荼毘に付してしまうに違いない。

あとこれは青娥が知る訳も無く関係の無い話だったが、妹紅が最初に相対し打ち克てなかったエシディシの怪焔王の流法は五百度止まり。
全てを捨てて得た火力で漸くそれに勝てたと言うのに、当の相手の躰がそれよりも高い温度によって果ててしまったのは何の因果か。


「……うわめんどくさっ」


最初の一本を契機に、青娥の周囲では地面越しにですら届く程の激しい音を立てて、更に二本三本と溶解した土砂がマグマとなって地下へ降り注いでいる。
あわや火傷という程の距離でもなく、その熱量も液体の性質によって辛うじて遮断され、仙人の頑強な体によってその残りの熱も然程苦には感じる事は無い。
だが、撤退の策は無残に潰えた。

ランダム要素が多すぎる、その一点。

元々青娥は自身の悪運を有効活用し相手を嘲笑うのが肌に合うタイプだったが、その持ち得た悪運を信用する程では無い。
確かにその時々の運によって何を得るのかに期待を寄せるのは好きだ。人の欲という物は得てしてそういう物でもあるから、まさに今を楽しむのにうってつけである。
勿論籤引きで何を引こうがその後の対処でどうにもこうにも立ち回ってしまう技量こそが最大の武器だと思っているし、そもそも最大の武器が複数個存在している青娥ではあるものの。
不明な一定確率で自分自身の『死』を引く選択肢を取らざるを得ないというのは、死神どもの勝手に仕掛けてくるお遊びの時とは根本から違っている。
死神という存在は相手が如何に頑張ろうとも必ず最後には御せるようになっているのだ。そこに死は決して付き纏わない。何故なら青娥自身が強いので。

だが、今この場では違う。このまま行けば無作為に放たれたマグマの雨のどれかに引っ掛かる可能性を否定できない。
悪運によって炎が肌に掠る程度で終わるのであれば喜んでそこに突っ込もう、なんて博打精神は他人が抱いているのを見るに限るのだ。
それで自分自身がお釈迦になるのは全くの別問題。命をベットする事にさしたる忌避感は無いけれども、リターンの少なさは命よりも重い。
いつもの簪さえあれば炎もマグマも壁と断じて穴を開けるマジックショーが出来るが、そんな事は別に大した話ではないのだ。


再浮上。
今取れる最善手として、青娥はそれを選び取る。

778一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:56:50 ID:7dG6hTvE0

            ◆


もう何度目かの旧地獄の街並みに降り立ち前方を軽く一瞥しても、妹紅の立ち位置は殆んど変わっていない。
けれども前回から分単位で経った訳でも無いのに、その立ち姿を異質と断ずるかのように、取り巻く環境は激化し荒廃していた。

先程から更に範囲を広げて地面の上で走り続ける黒く滾る炎。
燃焼域も増えたのか、周囲の家屋がまた何棟か焼け滓となってその骨組を痛々しく曝け出している。
焦げ付く匂いも炎から漏れ出る呪詛の感覚も先程よりなお色濃く、若干の嫌悪の感情さえも顔に滲まされてしまったのを青娥は自覚する。

前方に幾つも広がる小さなマグマ溜まりの池。
土気色さながらの砂の上に、赤と黒を掻き混ぜた泥のような見た目で鎮座したそれは先程までの攻撃の余波か。
青娥の今立っている場所の後方にも幾らか点在しているものの、明らかに妹紅と対峙しているその間ばかりに穴は集中していた。
そして今もまだ対峙は終わらない。



「■■■、■■■■■■■■!!!!!」


目の前でまたそれが低く呻る。警戒心も顕に、光を飲み込む墨染の眼で殺意だけを輝かせて。
燐火がその顔に陰を作っては消えても、その瞳だけはひん剥いて視界の中から離れやしない。
どこまでもソレは人の形をして二足歩行で動くのに、その敵の胡乱な姿を目にした途端に何故か妙なまでに合点が行ってしまった。


「……まるでケダモノね」


ソレには聞こえていないだろうに。もしくは聴覚がよしんば神経までその放たれた言葉が伝わっても、相手は決して理解し得ないだろうに。
それでも、そう唾棄せざるを得なかった。そうしなければ煮立ちそうな感情がマグマの様に堰を切って湧き出てしまいそうだったから。

直線的でただただ暴力に身を任せた動き、次の一手を考えずに繰り出される攻撃、相手を見る目付きに視線、しどろもどろにすらも及ばない唸り声。
一つ一つのピースはただの気を違え狂わせてしまった人間にしか見えないが、点と点を繋げてしまえば後から幾らでもこじつけに至れてしまう要素ばかり。
搦手も連携攻撃も行わない、ただただ激情丸出しの攻撃手段もなんてことは無く、ただただ理性の欠片も見当たらないというだけで。
先程のマグマを生み出す攻撃も、結局は出鱈目に地中を進む敵を殺そうとしただけなのは地表面の痕跡を見れば大体把握できる。
その眼光も要するに相手を敵として見ているだけ。何も感じ取れなかったのも当然だ。だってそれが正しいのだから。

779一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:58:54 ID:7dG6hTvE0


ただ、青娥の情動の釜を沸かせているのはそこではない。
目の前の相手が、理性ゼロの猛獣が仮に藤原妹紅ではなく、他の一般的な人妖であればこんな事を思いもせずに済んでいただろう。
なのに運命の廻りは時として残酷だ。神仙を一度は望んだ身の前に現れたそれが、ただの錯乱者のままで居てくれれば御し易いヒトとして扱えたに違いない。
仙人になったからには神仙を目指すのは道理だし、事実青娥も何仙姑に憧れてかくあるべしと不老不死を目指そうと一時期あったのもまた道理であった。
本質的な不老不死をこんな俗っぽい雰囲気の少女が身にしたのかという思いはあれど、それが憎いと思う青娥でも無かった。


それでも、こんなのは全てに反している。悲哀なんてチャチな感情で片付けられる一過的な物よりもタチが悪い。
憤り。何故。そんな言葉だけが積み重なった疑問。その二つが交互に浮かび上がっては地獄の蓋を開けようと心を揺らして止まないのだ。
元から無かったやる気というスペースに、らしくも無い感情を埋め合わせている現状は不本意と断ずる事は出来たが、かと言って眼前のそれは決して許せまい。
戦闘をする事に意味は無いしするだけ無駄である。しかし邪仙としてではなく、仙人としての自分自身がそうは問屋が卸さないと言っているのだ。

豊聡耳様ですら。死へのカーペットを青娥自身が無理矢理渡らせた彼女だって、その最期の欲は美しかった。あの方ならきっとそう遠くない内に真の不老不死になれただろう。
その道があの向日葵の丘で潰えたのも、互いに仕方の無い事でもあったし、それを後悔する様な陳腐な脳は生憎持ち合わせていない。



だからと言って。

不老不死の末路がこんな野生丸出しの獣だと思いたくもなかった。


完璧な不老不死を得た者が、自らの死に直面したばかりに。

こんな巫山戯た、凡庸な欲すら無い醜い塊になるだなんて想像したくも無かった。




「■■■、■、■!!!」



「邪仙として引導を渡して差し上げます」



羽衣の様に美しく繊細な声には、凛とした力強い芯が篭っていた。

780一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:05:06 ID:7dG6hTvE0


幕が切って落とされるまでは一瞬だった。
先に飛び跳ねたのは妹紅の方。助走も無いのに、その地面の一踏み一蹴りだけで二人の間を瞬間的に詰めるその脚力は並大抵ではない。
それでも青娥は冷静沈着を保ったまま。今までとは打って変わって精悍とした顔付きで眼前の光景を見据えているのみ。
業火のバチバチという弾けるそれも、空中から自らを弑そうとしている紅黒の獣の叫ぶそれも、この場において必要無いとでも言わんとしているのか。
水の雫が一滴水面に落ちて波紋を作るまでの、その全ての音すらも耳に捉えて脳に染み入らせてしまいそうな集中力。
全てはこの相手を殺す為。自嘲すらも遠くに置き去りにして、ただ機会を待ち続ける。


何故コイツを殺すのか。DISCにするなら殺してならないと言っていたばかりではないか。
豊聡耳神子は千載一遇の逸材で最愛の弟子であると共に、あのまま放置しておけば天国行の艱難の壁となり得る人物だった。
八雲紫は芳香ちゃんの仇討ちで魂の確保の試金石で、あの時は戦闘行為をしなくても簡単にそれらが実行可能な状況だった。
二人して幻想郷に居た時のその身には必要であったけれども、今この場において一番優先されるのは幻想郷の諸々ではない。だからその命を奪い何かを遺させた。
だが、眼前のコレは彼女達とは訳が違う。故が無い状況で、ただただ個人的な感情でDIO様の命に半ば悖る行為を取ろうとしている。
死に際の欲を聞き出して死に水を取れさえもしない相手を、わざわざ嫌いな戦闘を経てまでも殺そうとしている。
そうまでして、そこまでの思いをしてまで果たしてやる事ではあるのか。
青娥らしくもない、そう一蹴されて然るべき心の激情。


藤原妹紅の体が刻一刻と近付いてくる。
それが光を遮る壁となって、青娥の体に影を作る。時間が引き伸ばされていく感触。


でも、霍青娥という個においてはそうする必要があると思わされてしまったのだ。自らがその欲の強大さで自滅してしまっても、それだけは譲れない。
欲望を漏らすとは即ち、気としての精を練り仙丹とする仙人の命題とは逆行する概念である。他者の欲は仙丹に加工出来ても、自らの欲は俗の象徴。神仙から一歩遠ざかる行為だった。
けれども、霍青娥は仙人である以上に邪仙である。邪仙になってしまったからには、もう神仙への道を辿る事など許されない。
世間一般では悪事と称されるらしい行為を働き地仙への道を追われた身にとって、その程度の欲ならば千も味わってきたしこれからも味わう予定の事だ。
今を生きている邪仙の身で過去への後悔や懐古をしたとしても、それは魅力的な何かも得られぬ『無駄』な行い。

781一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:07:19 ID:7dG6hTvE0


ただ、昔々憧れを胸にして完璧な不老不死を求めた青娥という少女には、この事を決して看過する事は出来ないのだ。
あの説話集のそれと過去が重なり出したのがいつだったか定かではないが、気付いた頃には青娥は既に邪仙であった。
豊聡耳様の生前のその豪快さと巧緻さ、そして全てを凌ぐ天才さに心を射られてもそれは変わらず。もしくは変わる余地が無かったのか。
燻り錆び付いた想いを如何に手放そうにもそれが原点であったという事実は決して消えてくれない。

もう戻れぬ道であろうと、あの頃に抱いた八仙への憧憬は本物なのだという自覚と共に。


だからせめてこの一時だけは、純然たる仙人であろうと。




「酔八仙拳の一つ、何仙姑の構え」


その口上はスペルカード宣言の物ではない。決別の意すらも込められて、はっきりと口にされたそれは体術の構えの姿勢の名。
酔拳の極意、酔っているかの様に相手を翻弄するという真理を忠実に守っても、思考回路が断絶した相手には効きやしない事は百も承知であった。
それでも青娥は軽快な足捌きと共に、宙を舞って猛スピードで近付いてくる妹紅のその皮衣を右腕で掴む。
元々宮古芳香のモノであったそれの怪力に不足無し。全速力で放たれた飛び掛かりの猛攻を物ともせず、最小限の動作で受け流す。
その動作の鮮やかさ故に妹紅が抵抗する余地も無く、遠心力だけを頼りに円運動へと移行するその優雅さはこの世から隔絶された物すらあって。
右腕が確固たる弧を描き、藤原妹紅の体が本人の意思とは関係無く宙を舞う。

青娥の左手もまた、迅速に。右腕と同期せず、手癖の悪さを体現したかの如き素早さでエニグマの紙が取り出される。
手を入れるまでもない。最初からそれを出すという一心で行われた開閉は、そのままの流れと勢いで目的の物を吐くものだ。
完全な御開帳に至るよりも早く、紙の大きさすらも無視して物体が飛び出る。青娥より何倍も大きく数石もの体積をしていると言うのに、それを物ともせず一弾指に。
先程蒐集したばかりの酒樽がエネルギー保存則を無視して大地に勇み立つ。


右手で掴まれた妹紅の全身。左手から出現した酒樽。
互いの軌道上にそれらが交差して配置されたのは、因果も偶然も介さない出来事で。
投げられた妹紅の体が酒樽に衝突する事無く沈んだのも、『オアシス』の能力を考えれば最早必然ですらあったのだ。

782一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:09:45 ID:7dG6hTvE0


「■■、■■■■、■■■、■■、■■■、■■■■、■■!!!!!!!!!」


藻掻いて液体を掌で攀じらせようとする音、肺の中の空気をガボガボと吐き出す音。
怨念で全てが構成された咆哮と共にくぐもって聞こえるそれらは、紛れもなく妹紅が酒で満たされた樽の中で身悶えしている証拠であった。
その生への執着のみで構成された思考回路の下に精一杯足掻こうとする様は実に哀れで哀れで悲しくて。
水中でどう動こうが樽を破壊して外に出ようと努力しようが、当然そんな行為は徒労に終わるしかないと言うのに。

地底妖怪、特に鬼のような怪力乱神を持ち合わせた物達の為だけに特別に作られた大きさの樽が頑強でないはずがなく。
豪快さがウリの妖怪達が、わざわざ鏡開きのようなチャチな行事をする為なんかに酒を樽に詰めるなんて事をする訳もなく。
日本酒で満ちに満たされたその巨大な樽に、破壊出来る程のヤワさも僅かな空気すらも初めからどこにも存在しないのだ。

だから、藤原妹紅の末路として青娥が現在考えうる物は二つ。
このまま溺れ死ぬか、樽を破壊しようと燃やしてそのままアルコールと共に爆死するか。
酒樽に詰めた時点で既に、妹紅の敗北を決定付けていた。


ふぅ、と後方のソレには一切の脇目も振らずに、青娥は感情の乗っていない軽い溜息を溢す。
体術の行使と片手間に行われた『オアシス』の行使。それ自体は別に大した動作でもない。
あくまでも今ある技量と物資を使って最短で事に及べる方法を取っただけ。戦闘と呼ぶには些か呆気ない幕引きか。
そこに満足も疲労もありはせず、残ったのは終わったのだという実感。

仙人であればもう少し憐憫に満ちた慈愛のある方法であの怪物を御せたかもしれないけれど、と思いはしていた。
溺死。数時間前に感じた命の危険と同じ物ではあるが、パニックとチアノーゼと弛緩のどれにも至らずにそれを脱した身には想像し難い。
爆死。自らの炎に焼べられて命を落とすのは悪趣味で微笑ましい限りの光景だが、今それを見るのは吝か不本意で。
どちらかと言えば、不老不死の存在が死ぬ様をその目で見たくは無かったというのが本心であった。

命を刈り取るのは初めから決まっていた事だったものの、その体現者が生にしがみつこうと必死になる姿を見てしまうのはなんだか遣る瀬無くて。
野生の獣のように生の字だけで埋め尽くされた欲なんて、幾らソムリエとして振舞ったとしても視界に入れたくも無いのだ。
求道者達の夢の末路があの紅黒に満ちたただの名前を亡くしたバケモノであるならば、せめて殺す時は誰の目にも付かない場所で。

良心の呵責なんて物は随分と昔に捨て去ったのにも関わらず、個人としての感情はどうしようにも見過ごせない。
良くも悪くも邪仙であるからこそ、それが青娥にはどうしても我慢が出来なかったのだ。

783一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:11:07 ID:7dG6hTvE0


過去の出来事はしつこくその身を追い回してくる。
捨て去ろうと努力してもそれらは何十年何百年と付き纏い、心を焦がし続ける。それが自分に直結する事柄なら尚更だ。

少しばかし青娥は、先刻の怯える小動物のような秋静葉の姿に重なりを見出した気がしてしまった。
あの強引さの皮を剥かれた様子は、過去に一瞥してしまって心に痼を作らされている自分自身とやや似通っている所があったのだから。
過去に捨てた物。誰だってそれは持ち合わせている。アクセルを踏み込んで大小様々なそれらを亡霊と称しても、決して責任転嫁は出来やしない。
彼女で言えば自らの手で蹴落とした者の声。自らに準えて言えば昔の自分が抱いていた夢物語だろうか。
それらが何かの要因と共に掬い上げられ、もう一度対面させられてしまった時に、その時点で備え持った欲を維持できるかどうかは怪しいと身を持って痛感させられる。

秋の神であれば現在進行形の事情だったし、青娥であれば過去形で一度は踏ん切りの付いた事であったという違いはある。
だが誰も彼もが心の凪を脅かされるのがこの会場でありこのゲーム。欲を見て楽しむ側にその凶刃が降りかかろうとは思いもしなかったし、らしくもない行いもした。
過去を掃いて捨てる事など出来やしない。それが出来るのは全てを未来へ繋ごうとする強靭な精神性。豊聡耳様であり、DIO様であり。つまるところのカリスマなのだろう。
邪仙に出来るのは向き直って今を楽しむ事だ。あの脆弱で高尚な欲を鞭撻に走らせる秋の神とは違う。青娥にはそれが出来る。


八雲紫の最期も、果たしてそうだったのだろうか。

どちらでも、良い。
どちらでも、楽しめる。


重要なのは今この段階に置いて気持ちの区切りが付いたという事実。
これで藤原妹紅という不老不死の人間もその成れ果ての怪物もめでたく死を迎えた。
対峙している最中に自らの内に沸き出した過去への懐古も、無事にエピローグと共に千秋楽と相成った。
ならばこの地に残す物は何も無く、誰にも見られぬ地の底の天蓋の輝きの下で後は立ち去るのみ。
魂についての奸計は、機会損失はしょうがなかったという事でディエゴが一つはやってくれるだろうと決して揺るがず。



「■■――――!!!!」



耳を裂く爆音。

後方からのエネルギーの波には最早興味が無く。
その全てについて今更想う所も消え失せたのだから、と青娥は決して振り返らない。
前を向いて、いつもの表情で、ただ歩む。

784一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:12:44 ID:7dG6hTvE0





「■■■■■■■■、■、■■■■■■、■■■■!!!!!!」



長い叫喚だった。
その声の大きさと持続時間が、後方の壮絶な光景を簡潔に物語っているのだ。
生命力の高さ故に死ねずに居るのか、それとも力一杯の最後の恨み言か。
けれどももう過ぎた事。今その声が聞こえる事に意味は無い。




「■■、■■■■■、■■■■■!!!!」



まだ続いている。しぶといという概念を生まれ持ったかの様に、未だにその勢いは衰えない。
チリチリと身を焦がす音を満遍なく纏いながら未だに生きているのだろう。
じきに終わるのだから関係無い事だと、青娥は踵を返す事すらしない。



「■■■■■■■■!!!!!!」



いい加減飽きそうな頃合になっても、まだそれは続いている。
だが、最初のそれとは何かが違う。それを上手く言語化出来ないのは癪だけれども、そういう時もあると一人。


「■■■■!!!!」


ドップラー効果。
青娥がそれに気付いて振り返らざるを得なくなった時点で。

藤原妹紅の体は炎に飲まれながら、既にすぐそこまで接敵していた。

785一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:14:58 ID:7dG6hTvE0



猛烈な速度の蹴りを湛えた怪物のその見てくれに、見るも無残な姿だな、と青娥は勝手ながら思う。
皮膚のそこら中が熱傷に覆われて爛れ尽くし、黒々と壊死したであろう顔面の中で双眸だけは生を漲らせて自分を一心に見ている。
恐らくは酷い爆風だったのだろうか。左脇付近に至っては衣ごと丸々と肉が吹き飛んで、砕けた肋骨や上腕骨が憎たらしく顔を覗かせている始末。
それでも愚直に、瞳の通り見敵必殺を体現せんばかりに。炎によって自滅しかけたばかりだろうに、黒炎をはっきりと燃え上がらせて。
右脚で空を斬りながら、ただただ前方に存在している元凶を殺してやろうという本能のみで渾身の蹴りを放っているのだろう。


そしてその体の傷跡は、距離が縮まるまでのコンマ一秒単位毎に次第に回復している様に見受けられる。
グズグズと黒色に染まったその顔の皮膚の色が段々と明るさを取り戻し。左脇から弾け飛んだだろう肉も、時間が経る毎に新しく生えるようにして再生していた。
身に着けた衣の内、爆発で持って行かれたであろう部分は流石に元通りなろうとはしていないものの、人としての形は適度に保っている。
この再生速度こそが藤原妹紅の隠し持っていた手の内で、爆発から生還せしめた奥の手で、青娥にとっての誤算。
不老不死の持ち得るであろう再生能力について考慮するべきだったけれども、そもそもここまで耐えられる事自体が想定外である。

最初から一撃で仕留められる手法を使うべきだったのだ。それこそ首への貫手で抵抗の芽を摘まなければならなかった。
けれどもそれは為さず。視認という確実性を考えておらず、情に流された自身の負けである。


炎で体の表面を燃やされるのも、爪で裂傷を作られるのも、仙人の躰と『オアシス』の能力を考えればどうにか補填出来る。
呪詛に満ちた黒炎を受けるのは身に毒かもしれないが、軽く当たる程度なら解呪の範疇に収まっただろう。
だが、徒手空拳や蹴脚はどうにもならない。骨を断ってでも身を穿とうとするその一撃の威力は外傷に留まらないからだ。
幾ら青娥の体が強いと言ってもそこには限度があって、内臓系へのダメージまで防げる程の頑丈さを求めるにおいて相手の攻撃力は些か高すぎた。
脚を動かすには遅すぎるし、今から貫手で首を跳ねても蹴りの威力までは殺せずにそのままの勢いで喰らってしまう。
『オアシス』で蹴りの着弾点を液状化させて避けるにも、やはり残された時間が足りなくて護身にすらなりやしない。
もし眼前のソレが上半身と下半身が二分される程の威力の蹴りであればまだその跡を繋ぎ合わせて生存出来たかもな、という謎の諦観。
なんて事の無い力任せの蹴りだろうに、青娥にはそこから及ぼされる明確な死のビジョンを抱かずにはいられない。
それ程までに視界に収まった情報量は多く、どうしてかそれらの事実を全ていっぺんに脳で処理してしまえる程に青娥は落ち着いている。


明確な死のビジョンは時に人を冷静にさせる、とは誰の言葉だったか。



――ああこれ、死にましたわね。


やっと出た言葉は、それであった。

786一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:17:00 ID:7dG6hTvE0



時間の経過が更にローラーで薄く引き伸ばされて、藤原妹紅の接近速度が更に遅くなったように見受けられる。
ただ明瞭で捷急な意識とは打って変わって、脚を動かして蹴りを回避するには体の動くスピードはあまりにも緩慢で、まるで水が体中を纏わり付いているかのよう。
それは避けるという選択肢を初めから除いた状態でセーブとロードを行ってしまった詰みの状態を青娥自身に簡単に想起させて。
青娥自身の思考速度だけが急上昇して他全てを置き去りにしているのは火を見るより明らかだった。

気付けば眼中のコマ送りの光景とは別に、脳裏に色々な映像が上映され始めているのを青娥はなんとなしに自覚させられている。
最初に現れたのは映像では無く、タキュスピスューキアと読める古典希臘語の文字がただただ画面いっぱいに表示されていただけだったけれども。
その文字はきっとアルバムのタイトルか何かなのだと思えてしまえる程に、それ以降の支離滅裂な映像群は青娥に馴染みが深い懐かしさの塊で。
これが走馬灯なのでしょう、と青娥には即断で理解出来てしまった。他に観客が誰も居ない上映会の、たった一人のお客様になったかのように。
過去の些細な出来事ばかりが映画館のスクリーンばりに大画面で浮かんでは通り過ぎ、その連続が留まることを知らず。



――木の重厚さを感じずにはいられない古風な建築物と、その奥で威光を放つヒト。
昔々あるところにおはしましたは、かの高名な聖徳王。道術の弟子にして天に祝福された才知の持ち主。
周囲にて立つ緑髪や白髪にも見覚えがあるけれども、やはりその中でも彼女はズバ抜けていた。



――暗く澱んだ薄明かりの一本道で、眼前で弱々しく威勢を放つ紫色の少女。
かの妖怪の賢者の最期をその手前から再生しているのだろう、心臓を突き刺す手前から流れてくれるとは実に気が利いている。
彼女もまた、今のこの光景のように走馬灯を見てから逝ったのか。



――石窟の中、小神霊揺蕩う中を一目散に付いてくる紅白の少女。
これは確か幻想郷での一幕だったか。あの時の豊聡耳様の復活から、聖大僧正や山の仙人様といった浅からぬ縁を繋いだのだったか。
博麗の巫女もジョースターの系譜と同じく、今生きているなら決してその手を止めぬ強さを再燃させて立ちはだかるに違いない。



――紅々と整えられた煌びやかな内装の建物の中、こちらを見下ろす全身金色のカリスマ性。
それはきっと一目惚れの初邂逅のシーン。その金の髪も服飾も、後光を一面に浴びたかのような神々しささえ放っていた。
だからこそ、その目指した先の天国という概念も含めて少女のように恋をしたのかもしれない。




――青々とした、なんて事のない空。

透明さが売りの水の色とは違い、他の色に滲んで馴染む事に長けたような一面の群青世界。




その光景が脳内の銀幕に表示されるや否や、青娥の体を包むかのように。
どこかで見た懐かしさのある空色に対し、感傷に浸る猶予さえも許さないと言わんばかりに。

ガクッ、と。体幹全てが崩れる程の衝撃が襲った。

787一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:19:55 ID:7dG6hTvE0


─────────────────────────────




緊張の根が解けて青娥がまず最初に感じたのは、想定していた腹部の生暖かな感触を全く感じないという事だった。
それどころか腹部への痛みはほぼ僅かで、体が後方に倒れて地面に倒れ込んだ時の物以外の痛みは殆んど感じずに至って健康体のまま。
あれ程までに青娥自身の五感や第六感へと訴え掛けていた死へのビジョンは今や完全に消え失せていたのだ。
自身の体が五体満足であるというのはこの上ない上出来だというのを改めて実感しながら、恐る恐る目を開け立ち上がって周囲の状況を睥睨する。

藤原妹紅の体は、すぐ目の前に。地面の上で横たえて瞼を閉じているが、体を再生させながら肩を微動させているからにはやはり生きている。
だが、その状況だけでは両者共に生きている理由を青娥自身が説明し切れない。こちら側に飛んでくる威力を完全に相殺した上で互いに五体満足であるという事実。
何がどのようにして、もしくは体が動いたのならどのようにして、この運命的な場面が作り出されているのかは分からない。
思考回路は至って冷静だった。あのようなモノを目前としながらもそれだけは軽快で、されど体は鈍重で。意識的に行った動作は思い当たらず、無意識下で行える動作も限られていた。
けれどもそんな最中でこのような状況が作り出されてしまえば、過程を省かれて結果だけを見せられたようにしか思えない。

だが、それよりも驚かされたのはその藤原妹紅の体の近くに転がっていたソレの存在で。


「あの円盤は……記憶DISC……?」


空っぽだったゴミの格を宝物まで引き上げた張本人だからこそ、それを見紛うはずが無い。
他の記憶DISCがどのような色形をしているのかは分からなくとも、少し離れた場所に落ちているそれは、間違いなく先程まで青娥が所持していたハズの八雲紫の記憶DISCであると言えた。
であれば当然湧き上がる疑問。何故というその二文字に尽きる。旧地獄に入る前に確かに背面に隠したハズなのに、どういう訳かあんな場所にあるのだ。
藤原妹紅の倒れている姿と、転がっている記憶DISC。現状存在している二つの点を線で結ぶ事は出来ず、類推もままならない。
走馬灯に意識を集中させていた間、自分が何をしていたのかが分からない。偶然の出来事か、それとも必然の出来事だったのか。


けれども、その思考に専念するよりも先に。青娥には青娥なりのケリを付けなければならないという意志がどうしても色濃く。
指先を天に掲げ気を練る。精神的にも肉体的にも疲労が来ている青娥だったが、決して満身創痍には至っていない。
曲線を描く数条のレーザー弾を、その天を埋め尽くす岩盤に向けて発射する。
今は青空の見えぬ地の下だけれども、レーザーは天へ吸い込まれるように前へと。

ただ、それらは着弾すらしない。
岩肌にフジツボの如くびっしりと張り付いて離れそうにも無い桜色の結晶群が、それらの軌跡を吸収して。

しかし、その光景がまるで想定の内であるかのように、青娥はなお表情を崩さない。


「邪符『グーフンイエグイ』」


そう邪仙が言葉を奏でるや否や、天蓋の上で結晶達がガサガサと揺れ動き。
次の瞬間には、その眼前は桜色の雨で埋め尽くされていた。

788一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:20:53 ID:7dG6hTvE0


この会場でわざわざ幻想郷流のスペルカードルールに則るのは、殺意の無い甘ちゃんか踏ん切りの付かない哀れなヒト達だけだと青娥は考えている。
それか例外的に幻想郷に愛着のあってわざわざそれを行使する物好きな人妖ぐらいしか挙げられないのだとも。
だが、そもそもにして殺傷性が中程度の技を使う事自体が利点となり得る時。そういう場なら寧ろ躊躇無く使える精神性も青娥は持ち合わせている。
その場がまさに今この場この状況。藤原妹紅を傷付ける一番良い方法としてそれが思い浮かんだのはまさしく皮肉か天啓か。

グーフンイエグイ。中国語で「孤魂野鬼」と表記されるそれは、異郷の地で没して供養されなかった者の悲嘆と怨言の魂。
異郷の地という概念がこのゲーム会場に当てはまるかどうかは青娥自身も考えていなかったものの、狙いはそもそもそこではない。
弾幕ごっことしての技として言えば、青いレーザーを媒介に周辺を彷徨う霊に対し青娥の気と指向性を込めて相手を追尾させる形式を取る。
レーザーを介して相手の逃げ道を断つと共に、霊魂を弾幕の一部に組み込ませる青娥お気に入りの奇術であった。
しかしこの会場では残念ながら周辺を彷徨い漂う魂も小神霊も居やしない。代わりに養子鬼を使うのも手だが、それでは余りに殺傷性が高すぎたのだ。

けれども地底空間、それも旧地獄という地の利が青娥に最上の恩恵を齎した。
幻想郷に流れ着いてから一切合切地底へ行く事の無かった身であったが、山に住まう同業者から聞いた話の中にあったのを思い出したのだ。
石桜という旧地獄固有の自然現象。桜色をして殺風景な天盤に花を咲かせる邪悪な色彩。
そして、その鉱物が本を正せば純化された魂の結晶であるという事実も。


即ち、孤魂野鬼を使っていた部分を石桜に置き換える事によって擬似的にスペルカードを発動する。
二つ共に魂である事に変わりは無いのだから、レーザーを介して石桜を攻撃に転じさせる事が可能なのではないかという半ば確信めいた宣言。
それが今回の青娥の目的にして行動であったのだ。


それともう一点青娥がこの手法を取った理由として、藤原妹紅の再生能力への対策もまたそこに組み込まれていた。
霊力が無尽蔵でないかと錯覚させられる程に際限の無いその能力。あの規模の酒精の熱量を以てしても命を奪えない強靭さは全ての上での懸念であった。
先程の再覚醒が何に起因しているのか青娥は全く身に覚えが無かったし、過去のトラウマを刺激されてスイッチが更に深く押し込まれたという事実を永劫知る事は無い。
だが再度酒精による昏睡で無力化しようとするには余りにも未確定要素が多く、出血多量による意識障害も血そのものが再生してしまえば復活される恐れがある。
脳震盪や脊髄損傷によって脳機能から遮断させ、体そのものを行動不能にさせる手も無くはないが、結局の所は再生能力が強ければ回復されてもなんらおかしくはないのだ。

だがもし仮にの話。体の至る場所にナイフが刺さっていたら再生能力はどのようにして発動するだろうか。
医療的には血流を促進してしまわないようにする為、そういう大型の異物が刺さった傷の場合は凶器を抜かずに診療所まで搬送する事で延命を図る。
けれども異常な程に再生能力の高いヒトだったら。凶器を抜いたそばからたちどころにその傷口が塞がるような相手であれば。
寧ろ抜かなければ再生に至らないのではと。抜かずに放置したままならその傷は再生出来ないのではないかと。
であれば、石桜という鉱石の破片はまさに刺し穿つのにうってつけだった。



青娥の気によって方向を定められた石桜の数々が、凶器となって藤原妹紅の体を襲い行く。
その様子はかねてから聞いていた壮観さのある舞い散り方とは少々勝手が違っていたが、それでも美観である事になお変わらず。
大小にかなりのばらつきはあるものの、その雨槍のように降り注ぐ様はなんとも悪趣味。乱反射しては輝きをそこかしこに放つ姿もまた心地良いものである。
あの時の雨粒を固めた純粋な水滴もまた鏡面を思わせる良さがあったが、これもまた別の見てくれの面白さがあると青娥は感じつつ。
『ずっと見ていたら心まで乗っ取られてしまう』という山の仙人様の弁もなんとなく分かったような気がした。
彼女は恐らく青娥とは別の意味で言ったのだろうが、青娥は魂の一端一端が命を刈り取るその鮮烈な様に目を奪われていたのだから。

789一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:22:50 ID:7dG6hTvE0


後に残されたのは横たえる藤原妹紅の体に突き刺さった石桜の数々と、刺さらずに破片として地面に落ちた桜色の散乱。
爛れたままの皮膚から覗く肋骨にも、眼や口といった重要器官にも、容赦なく血の赤色を滲ませるそれらはまるで針山地獄めいた様相すらもあった。

けれども青娥はその姿を一旦尻目に置き、淡麗な歩調で別の方向へと静かに歩を向けて。そして屈んで手を伸ばし、地面に落ちたままのそれを拾う。
八雲紫の記憶DISC。石桜の猛攻に遭っても傷一つ付かないのは、流石スタンド由来の物品と言ったところで。
掴んで拾い上げるとやけに青娥の手に馴染むそれに、図らずとも先程何が起きたのかが思い出されてくる。



「そうでしたわね、確かに……」


あの時、生存に無我夢中になれなかったにも関わらず。
半ば諦観すら抱いて脳内を流れる映像に身を浸していたと言うのに。

無意識的に記憶DISCを背中から取り出して、妹紅の頭に投げ差したのだ。



本当に、無意識の行動だった。視界すら朧げで、蹴られるのだという確信に支配され、走馬灯に完全に意識が向いていたのにも関わらず。
しかも相手の頭に記憶DISCを差し込んだところで、相手が吹き飛ぶとは想定し得ず。現状でも微塵にも思っていないと言うのに。
体が『偶然』にもその行動を選択して、運良く助かったというのが真相だった。

スタンドDISCが差し込まれた人間を拒絶するという例はあるにはある。
農場トラクターの格納庫において、『スタープラチナ』のDISCに弾き飛ばされた空条徐倫がまさしくそれだ。
『スタープラチナ』という強力無二なスタンドのDISCを、スタンドを最初から持っている体に差し込もうとしたから、彼女は得てしてそうなった。
それと同じような事例が記憶DISCにおいてでも発生したのだ。千年以上、下手したら数千年以上もの濃い記憶を束ねた大妖怪のDISC。
そんな代物を千年以上生きているだけの一介の小娘の身に差し込もうとしたからこそ、この状況になったのだと。
血液が自らの物と同じ型以外の血液の流入を拒絶し凝集溶血を起こすかのように。植物が子孫を残す上で自家不和合性を身に付けたように。
そうなる事が紛れもない自然の摂理であったのだ。

だが、それはあくまでも原理を知ってこその話に過ぎない。
原理を知らずして運良く命を拾った青娥のその行動は、果たして『偶然』だったのか。


青娥は考えざるを得ない。
あの時持っていた物が基本支給品や装備品を除けば、酒瓶と針糸とこの記憶DISCであったからこそ、この効果的な行動を体が取れたのなら。
走馬灯の流れるままに身を委ねていたからこそ、論理的な思考を排して効果覿面な行動にいち早く動けたのだとしたら。
酒瓶と酒樽以外を見付ける前に藤原妹紅を発見できたのは。霧雨魔理沙に所持品を軒並み奪取されたのは。
旧地獄という土地。『オアシス』というスタンドを得たからこその記憶DISCの生成。

どこまでが『偶然』でどこまでが『必然』か。

790一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:25:10 ID:7dG6hTvE0


『ジョジョ』というアダ名がジョニィ・ジョースターと一致していた東方仗助という少年が、ジョースターの系譜に連なるのではないかという憶測。
ディエゴとプッチと静葉と四人で足並みを揃えて歩いていた時にも『偶然』『必然』論が既に出ていた。
結局ジョースターの系譜との並々ならぬ因縁は聞けなかったものの、このような状況下に陥った今ならば色々な事を考える余地がある。
ディエゴとDIO様やメリーと紫のような奇妙な一致。それに多方向から何度も出てきた『引力』という単語。

『偶然』を運命にし"引"き寄せる"力"。


推論にしても仮定の多すぎる話であったが、少なくとも理に適っているのを青娥は感じずにはいられない。
盤面の情報を全て読み取って譜面を作り、如何に計算した所で試合を最後に決めるのは努力ではなく『偶然』の成果だ。
五割で吹き荒ぶ暴風か。二割で齎される混乱か。それとも三割で何も起こらない可能性に一縷の望みを掛けるのか。
死力を出し尽くした上で最後に微笑む為の最強の力こそが『偶然』であり、その運命力の強い方が勝者となる。


であるならば。『引力』論を仮にここで唱えるのであれば。
DIO様の求めている天国という概念には、浅からずその『引力』が関わってくるのではないだろうか。
少なくとも天国へと至る間に垣間見る多種多様な欲が重要なこの身であるものの、三つの魂を集める過程と同等にその『偶然』を力とするのもまたお眼鏡に適うのであれば。
記憶DISCを持って生き延びたこの身は、まさしくその力を持っているのだろうと強く実感せざるを得ない。

で、あるならば『ジョースター』というのは何なのか。



「そっちは全然情報がありませんものね、お手上げですわ」


先んじて対峙した空条徐倫や眼下で親子喧嘩をしていたジョルノ・ジョバーナが等しくそれらしいが、そこに何があるのかは分からなかった。
俗に言う白旗。幾らかばかしは思い付く事はあるものの、しっくりと来る推論は全く出てこない。精々水掛け論が精一杯。
但し少なくとも、その過程において絶対的に立ちはだかる壁というのは確かのように思えてならない。
それはプッチの言った『ジョースターを決して侮るな』という短い箴言からも明らかだった。

791一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:28:46 ID:7dG6hTvE0


青娥がああでもないこうでもない、と考え込もうとしたその時だった。



「……そこに、いるのは……?」


青娥一人で立っているこの地底空間で聞こえるはずがない、誰かの掠れた声。否、それを誰かと断ずる事は出来ない。
元より青娥はその耳にしっかりとその声を刻んでいたのだから。けれども声の主が彼女であったからこそ、聞こえるはずがないと言い表したのに。
眼前で石桜が全身に刺さったままの藤原妹紅が、瞼を微かに開いて言葉を放っている。

精神の方面の気の淀みを肌で感じる事も、明確な死を連想させる形相も、先程までそこに居たケダモノもそこには無い。
あるのは肉体方面の気の淀みと、寧ろ向こうの死さえも危ぶまれる程の雰囲気。そしてその表情は痛覚が戻っていないのか、とても穏やかな物で。
ただただ、一人の死に体の普通の少女が真っ当に仰向けになって血を全身に滲ませているのだ。

これを奇跡と呼ぶべきなのかもしれない。この出来事は『偶然』と『必然』のどちらなのか、二択はメトロノームの様に揺れ動く。
不老不死の成れの果てがあんな物ならばと義憤に駆られたにも関わらず、最終的に元通りになっている様は果たして青娥にとって、彼女にとって必然であったのだろうか。
けれども、それを考えるのは可笑しい話だとも青娥は思う。何が原因で発生したかも分からずに事を論じるのは余りにも滑稽なように感じたからだ。


「輝夜……殺しちゃって、ごめんね……」


幻想郷縁起に記載されていた蓬莱山輝夜の名前が青娥の中で想起される。だが、そもそも彼女は放送で呼ばれていないだろうに。
第二回放送後に殺したのかもしれないが、それにしては夢幻を見ているのだろうか、その焦点は虚ろに光を失いつつある。
このままだと横たえたままの少女は死んでしまうのは火を見るよりも明らか。二度も捨てた記憶DISCを再度得るチャンスをまた捨てようとしているのも同義。
それでも、欲の健啖家としての青娥自身がこの状況をこの上なく望んでいたというのはまた確かで。
彼女から見える欲の形はどこまでも人間で、凡庸ではありつつも美食として確固たる物を形成していたのだ。


「芳香、そこに、そこで……生きて、たんだ……」


芳香。宮古芳香。忠実な従者にして家族の名前を他ならぬ青娥が聞き間違えるはずが無い。
この場に居ない者の名前を呼んでいるという時点で、もう相手が長くないという感触がより一層濃くなってしまったのに、その懸念はもう蚊帳の外にしか思えない。
寧ろこの場でわざわざ名前を出されるだなんてという軽い驚きも込みで、やはりこの会場内で邂逅を遂げていたのだという説が確信へと変わる。
だが一方で、その言い方からして芳香の死を見てしまったのだろうという嫌な想像さえも青娥に抱かせて。
そこまで想ってくれるのならとても良好な友人関係だったのだろう、と今は居ない従者へと向けて思いを捧げるしかない。



「よしか……いきてて、よかっ、た……」


そしてその言葉を最期に。
蓬莱の人の形は文字を紡ぐのを、止めた。

792一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:30:44 ID:7dG6hTvE0


「よし、よし……」


青娥が藤原妹紅に取った行動は、横たえたその頭を優しく撫でる事であった。
黒く染まった髪も今となってはただの艶美な毛の集まりとしか思えず、手櫛で梳いても彼女が発していた怨嗟の炎は鳴りを潜めたまま。
先程まで獣のように理性を失って野生的な瞳を剥き出しにしていたとは到底思えないその表情も、果たしてあれらと眼下の少女が同一だったのかと勘繰らせる程であった。

あの紅黒のケダモノを殺すつもりでその命を手に掛けたのに、ヒトとして不老不死としての全てを取り戻し逝ったその最期。
若干釈然としない物を抱えたままなのは、最初は記憶DISCを捕る為にちょっかいを掛けたのに、その目的をいつの間にかすり替えてしまったからなのだろうか。
それでもその最期はどうしても美しさを感じずには居られず。他者を想って、幻覚とは言えその生存を喜ぶその欲心は並大抵のものではない。
『生きたい』ではなく『生きていて良かった』と言える気持ち。しかもわざわざ自らの愛らしい家族の事を想ってくれていたのだ。
邪仙として久しく忘れていた物を掘り出されたのも、結果を言えばその見えた最期の味を増幅させてくれたのだから感謝をするべきなのだろう。

並外れた不老不死の存在が自分の死を受け入れて死んでいく様は、やはり豊聡耳様程の天性の精神だからこそだったのだろうとも回顧すれども。
普通の人の身から不老不死となっただろう存在が他者への優しさを見せて死んでいく様も、きっとその時だけは高名な仙人のように気高くあったのかもしれない。


戦利品の無い現状に虚しさを覚える事も無く。ただただ覗き見れた欲に恍惚に浸りながら。

青娥はその掌で優しく妹紅の瞼を下ろす。


その姿は疑いようもなく慈母のそれを伺わせるものであった。



「あら?」


地上に降り注いでいた雪の結晶が、今になって漸く忘れられた地の更に底に位置する旧地獄の街並みへと到達し降り注ぎ始めた。
白く丸っこい淡い雪の数々は石桜と違って、輝きも綺麗な色も何も有していなかったけれども。
青娥にとってはそれは不道徳や醜い物といった全てをその下に隠してくれるような気がして。
激情に駆られらしくもない事を思ってしまった自分自身をクールダウンさせてくれるとさえも思えたのだ。

振り続ける火山灰〈エクステンドアッシュ〉のように、白色が全てを埋め尽くそうとしている。


霍青娥の気分は、とても晴れやかであった。





【藤原妹紅@東方永夜抄】死亡

793一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:31:16 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────


【夕方】D-3 旧地獄街道

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:霊力消費(小)、爽快感、衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、日本酒(五合瓶)×1、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。

※旧地獄へと雪が降り注ぎ始めました。

794 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 02:31:35 ID:7dG6hTvE0
投下を終了致します。

795名無しさん:2020/11/10(火) 20:42:27 ID:YPZO09WE0
投下乙です。ドッピオがボスと分かれた直後にやられたり、もこたんが輝夜と再開することなくやられたり、と志半ばで途切れてしまいショックでしたが、とても読み応えありました。今後の彼女らの因縁含め続きが楽しみです。これからも投稿頑張って下さい。

796 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:09:36 ID:WSuwR3hw0
お久しぶりになりましたが、投下します。

797宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:12:26 ID:WSuwR3hw0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【夕方】C-4 魔法の森


 昨日まで全く元気にしていた人の命が突然に奪われてしまう。そんな事例を、ここ最近は何度も目にすることになっていた。ついぞこの間まではギャングスターに憧れるだけの、そこらの学生と何ら変わらない生活を送っていたというのに。
 『生』というのは、一見何気なく享受しているようで、実は想像以上に脆く、儚い。「今日を生き延びた」という事実はきっと、人々が思うより遥かに尊いことなのだろう。普通に生きていたのでは中々気付けないものだ。
 イタリアンギャング、ジョルノ・ジョバァーナは弱冠十五の齢にして、この世の些細な真理の一つを理解できていた。

 レオーネ・アバッキオ。
 ナランチャ・ギルガ。
 ブローノ・ブチャラティ。

 三人はジョルノにとって大きな存在だ。何者にも代え難い、生涯の仲間だと胸を張って言い切れる。だからこそ熾烈な戦いの中で散っていった彼らの遺体は、ディアボロを討ち倒した後に故郷に届けてあげた。乗っ取った組織や部下など使わず、ジョルノ自ら足を赴かせて。
 三人共に家族はいなかった。いたとしても彼らに遺体を届けるような不要な親切を、きっと本人らは望みやしない。『組織』こそが我々の家族(ファミッリァ)であり、元々こういう陽の当たらない生き方でしか希望のなかったアウトローの人間だ。
 それでも、それぞれに立派な墓を作ってあげた。組織の一員としてではなく、無二の仲間として。故郷の土へ埋め、限りない敬意を表すため。墓標を作るという行為それ自体にジョルノは大した意味など無い、無駄だとすら感じる価値観の持ち主だったが、一方で形あるものの証として残すことも重要であるとも思っていたし、だからこそ先程はミスタの墓標も簡素ながら作ったのだから。

 そして、宇佐見蓮子。八雲紫。

 二人の遺体は現在、メリーの持つ『紙』の中に収まっている。正確には〝八雲紫〟の遺体は存在しない。彼女が仮初の肉体として動かしていた〝マエリベリー・ハーン〟の遺体が蓮子の物と同居していた。
 言わずもがなメリーは紅魔の戦乱を生き延び、こうしてジョルノらと共にいる。メリーと紫の肉体が交換されたまま片方が死亡した結果、このような複雑怪奇な状況となっているが、死者である八雲紫本来の肉体をメリーが器としている以上、この世の何処にも紫の遺体は存在しない、といった理屈だ。
 ややおかしな物言いではあるが、つまりこの場に〝死者の遺体〟は蓮子の物だけだった。自分自身の遺体を目にするという奇妙な体験をメリーが如何程に感じたかは他人の目では計り知れないが、彼女にとって重要なのは親友の遺体の方なのだろう。

「蓮子の遺体は、必ず故郷の土に届けます」

 親友の亡骸を見たメリーは、どこか決意を訴える瞳のままにジョルノ達へこう言い放った。勿論ジョルノにその考えを否定するつもりなど一切無いし、手伝ってあげたいと心から思う。現状の余裕の無さを顧みるに、一先ずはこの会場の土に埋めてあげるのはどうかという提言は、心中へ浮かべるだけに留めた。
 こんな小手先の技術で捏造されたような、見て呉れだけは立派な殺伐の世界に埋葬したところで意味はない。蓮子の尊厳を想うなら、彼女の生まれ故郷の土でなければ無意味だ、というメリーの無言の念がジョルノを納得させた。
 到底異議を挟むことなど出来ない。無駄な気遣いだと否定する行為こそが侮辱以外の何物でもない。それくらいにメリーと蓮子の信頼関係は、他人から見ても窺い知れる結束があった。

798宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:16:32 ID:WSuwR3hw0
 今。三人は地下道から抜け、魔法の森と思しき地域を進んでいる。時刻は夜と言うには早いが、深林特有の鬱蒼とした薄暗さは、まるで闇を結晶に閉じ込めたような光明なき針路だった。
 数歩先の草陰からいつ奇襲を受けてもおかしくないほどの暗路を、メリーを先頭にジョルノ、鈴仙と列ねている。本来なら最も対応力のあるジョルノを陣頭に位置すべきだったが、メリーが率先して船頭役に躍り出たのはジョルノ達も意表を突かれた。

 何か、思う所があるのだろうか。
 ふと漏れた、あまりに脳天気な想察をジョルノは恥じてあしらう。
 思う所だらけに決まっている。一人になりたいとか、顔を見られたくないとか、理由は幾らでも考えつく。状況が状況だけに好きにはさせてあげられないが、背中から眺めた彼女の様子や歩幅には、悲壮感といった類の感情は予想に反して見受けられない。
 奇襲に関しては最後尾の鈴仙が波長レーダーを光らせているので問題はクリアしているが、堂々と光源を作動させながら宵闇を裂き歩くメリーの勇ましさに、さしものジョルノといえど心強さすら感じる。そしてその『心強さ』といった印象は、メリーという一般人の少女には如何にも似つかわしくない評価でもあった。

 程なくしてジョルノは、前方の背に語り掛けた。質問の内容自体は、どうでもよい事柄だったのかも知れない。
 ただ〝彼女〟を知るという工程に、言葉と言葉のやり取りを用いただけの話。

「メリー。少し、訊きづらいのですが」
「何かしら? ジョジョ」
「貴方自身の遺体、と言うべきでしょうか。つまり〝マエリベリー・ハーン〟の遺体はどうするのですか?」

 誰が聞いても奇妙としか言えない内容でしかないが、現実にメリーは自分自身の遺体を紙に入れて持ち歩いている状態。本人としては、言ってはなんだが処遇に困るような所持品ではなかろうか。

「そうねえ。このまま蓮子と一緒のお墓にでも入れちゃおうかしら。蓮子は嫌がりそうだけど」

 冗談交じりにメリーはくすりと微笑む。秘めた感情も読み取れない、妖艶さすら連想させる反応だった。そして何事も無かったかのようにすぐまた背を向け歩を進め出す様も、少女の掴み所の無さをより助長していた。
 サンタクロースを信じる純粋無垢な幼子のような。覗く者の目をとろりと蕩けさせる艶美な魔女のような。相反する属性を宿しながらも、一個に閉じ込め調和を成立させる矛盾。そんな不思議な雰囲気を纏う女性を、ジョルノは知っている。

(……似ている。あの人に)

 メリーの意外ともいえる姿を、ジョルノは八雲紫のそれへと重ねる。不自然なほどに酷似した姿の二人はまるで鏡合わせに映る、生き写しの存在。もっとも、今のメリーはまさにその八雲紫そのものの姿形なのだが。
 彼女は元々、こういう笑い方をする少女なのだろうか。こういう、不謹慎とも取れる反応を返せる少女なのだろうか。
 出会ったばかりのメリーの人となりを、ジョルノはまだ掴みきれていない。それ故に、真実は分からない。

 そうでない、とするなら。

 〝これ〟は誰かの影響で顕在化された、彼女本来とは少し───そして決定的にズレてしまったメリーの姿とでもいうのだろうか。

799宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:18:30 ID:WSuwR3hw0

 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 ジョルノがメリーへとこれまで幾度か浮かべた疑問が、再び思考を上塗りする。無論、彼女は疑いようもなくマエリベリー・ハーンその人である筈で、八雲紫は確かに死亡した筈である。
 だが容姿そのものは八雲紫の肉体を動かしている。この摩訶不思議なからくりについてジョルノは敢えて問い質すことを自重していたが、肉体の『交換現象』については他人事ではない体験が彼自身にも深く根付いていた。

 肉体の交換。
 魂。そして記憶の在り処。


「……ディアボロ」


 湧いて出てきた数あるピースの一つ。モヤモヤとした幾つかの不定形を解明する、僅かばかりの光明。
 それにまつわる重要なヒントを口走ったのは意外にも、後ろを付いて来る鈴仙からだった。

「鈴仙。どうして今、その名前を……?」

 足を止めて振り返るジョルノ。その視線には生徒へと解答を促す教師ばりの期待感と、かつての宿敵を同じくした異邦の友との同調、それへの僅かな意外性が混合した色合いを含んでいる。

「あ、いやーえっと、なんていうか」

 指摘を受けた鈴仙は不意をうたれ、両手を胸の前でばたばたと振った。思わずジョルノの気を引いた言葉は、どうやら深い意図があったわけでもないらしい。

「ディアボロって、娘のトリッシュの肉体を乗っ取って自由に動かしてるんでしょ? それって今のメリーと少し状況が似てるなって、唐突に思ったの」

 ジョルノの宿した期待感はハードルの上でも下でもなく、平均値ど真ん中に突っ込んで露へ消えた。彼女らしいといえば彼女らしい。
 とはいえ鈴仙と自分の中に蓄えた情報量には当然それぞれに差がある。ディアボロの名を出せただけでも、鈴仙としては及第点と言えた。
 そして偶然にしろ何にしろ、このタイミングでディアボロを連想した鈴仙とのシンクロは、きっと無意味ではない。万事には繋がりという因果がある。

「確かに……ディアボロはどういう手段かで、トリッシュの肉体へと乗り移っています。一方でメリーも、過程に大きな違いはあれど紫さんの肉体と『交換』しています。さらりとやってのけている行為のようですが、僕は少し気に掛かります」

 ジョルノにとって渦中の人間としたいのは、メリーその人である。
 そして、その様な離れ業を可能とした八雲紫の秘めた真意である。

「メリー。何故あの人は、人間である貴方の肉体とわざわざ交換したのでしょうか。僕にはどうしても、そこに深い意図が隠されているような気がしてならないのです」

 彼女にとってはやり切れない喪失の直後ゆえ、詮索は時間を置くつもりであった。当事者間では既に理解を得た措置なのかも知れなかったが、ジョルノらはまだこの肉体交換の理由については何一つ知らされていない。

 〝肉体を交換する〟───今回のような現象は実の所、彼にとっても初めての事ではなかった。それこそ自らの『ルーツ』にも無関係とは言えない体験が、ジョルノの好奇心以上の何かを押し出し、メリーへの詮索へと乗り切らせた。
 過去を一つ一つ紐解くかの如く、ジョルノはゆっくりと想起しながらも語る。他人へ軽率に語っていい出来事では決してない。それでも今という地点から一歩歩み出すには、遅かれ早かれ整理すべき山積みの記憶だという意識もあった。

800宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:20:51 ID:WSuwR3hw0


 頭にまず浮かぶのは、巨大なる円形の石造建築───ローマ・コロッセオの街並み。


「僕にも以前、他人と肉体を交換した体験があります。その際は不本意な形で交換され、そして……不本意な形で元の肉体へ戻りましたが」
「……それは、初耳ね」

 粛々と紡がれる不可解極まる体験談にも、メリーの眉根からはさほどの驚愕は見て取れない。興味欲がそれに勝った故か、度重なる事変にも慣れを経た故か。
 何より今、メリーは〝初耳〟とあからさまな単語を口零した。ジョルノはこの少女との結託から間もないが、その単語から読み取れるニュアンスはあたかも、それなりの対話を交わしてきた間柄特有の語感に他ならない。

 脳が朧気に錯覚する。
 メリーという少女と話していながら、まるで〝もう一人〟の相手と会話しているようだと。

「ジョジョも誰かに肉体を乗っ取られた経験があるって事?」
「いえ、鈴仙。結論から述べると、それは『レクイエム』というスタンドの未知なる力が暴走した結果でした。その規模は恐らく世界中にも拡がり、僕たちは寸での所で暴走を食い止めましたが」

 思い出に浸るように、と美化するにはあまりに狂瀾怒濤の禍事へと肥大化した一件。打倒ディアボロという名目があったとはいえ、あの事件は図らずも背負う物が重すぎた。それらを語る口も比例して重々しくなっていくのは自然な流れだった。

 メリーが手短な場所に生えていた切り株へと腰掛けた。進軍の片手間でやり取りするには、少々長くなりそうな話だと察したのだろう。そして、じっくり腰を据えて耳に入れるべき意義深い内容だとも判断したのだ。
 彼女へ倣うようにジョルノと鈴仙もその場へ腰を落とした。都合の良い切り株も三席は無かったので地面に直接ではあったが、並び立つ森の巨木が傘の役目を果たしていたので冷たい雪の上に直で、とはならずに済んだ。


 粛然とした魔法の森の遠くから、轟音のような何かが響いていた。森の向こうの紅魔館がいよいよ崩落したか、別の何かが今も命を燃やそうとしているのか。
 どちらにせよ、不穏なBGMは今に始まったことではない。足早に駆けつけるには、この森はあまりに底が深く、木霊する物も多すぎる。

 誰もそれを口にしようとはしない。
 暗黙の認識が、ここにいる三人にはあった。


「───世界規模で起こった『大異変』……それがレクイエムというスタンドにより引き起こされた超常現象、か。なんだか、蓮子が飛び付きそうなネタだわ」
「正確に言うと『シルバーチャリオッツ・レクイエム』という、スタンドの〝その先〟の力が暴走した未知の領域、との事でした。ディアボロから『矢』を奪われない為の、苦肉の策として発動したやむを得ない事情ではあったのですが」
「矢、か。確か秘められたスタンドの力を開花させるっていう、ルーツ不明の道具のことね」
「……ええ。その通りです、メリー」

 何度目だろう。また、だった。
 またも視界に座るメリーが、八雲紫の姿にブレて映る。

 ジョルノは前の地霊殿にて、紫との会話で矢の力について軽く触れてはいたが、メリーにその話はしていない。彼女がそれ以前から矢の知識を得ていたならば別だが……。

 ───メリーは今、自身が八雲紫であるかの様にも振舞っている。そしてその前提を、隠そうともしていない。

(前々からその節はあった。この『肉体交換』を通じ、もしもメリーの中に紫さんの記憶と意識が介入したとして……メリー自身が彼女の生前の言動や様式をなぞらえていたとしたら)


 少し、酷な話だとも思う。
 何故ならそれは、

801宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:22:47 ID:WSuwR3hw0


「───貴方は〝マエリベリー〟なのですか。それとも〝八雲紫〟なのですか」


 気付けばジョルノは立ち上がっていた。

 自分で驚く。無意識に立ったことにも。今は問うべきでない疑問を質した、らしくもない焦りにも。
 かつてサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会以降のブチャラティの肉体に抱いた疑問……胸に秘めたままか、問うべきかを迷っていたあの時。今のメリーに抱く疑惑は、あの時とよく似ていた。
 そして今回は、問い質してしまった。かつてと今で、何が違うのか。その差を考えることを、ジョルノは放棄した。口に出してしまった以上、今はただ彼女の返答を聞きたかった。

 隣で目を丸くさせる鈴仙に構わず、ジョルノはメリーと視線を交えた。どこか後悔するようなジョルノとは対照的に、メリーの含む視線はあくまで穏やかであった。一切の波紋すら立たない、広大な海の朝凪のように。


「タブーにでも触れたような顔、しちゃってるわよ。貴方らしくもない」


 脈絡なく会話の流れを断ち切ったジョルノの問い掛けへ対し、メリーは微笑みを浮かべて受け入れる。

「……いえ。貴方らしくもない、って返しもおかしいわよね。私と貴方たちはついさっき知り合ったんだから。うん」

 否定をしないことの意味は、即ちひとつしかない。穏やかではあったが、微笑みの中にある種の物憂げさがぽつんと混ざっていることにジョルノは悟る。

 次に彼女は、ハッキリと答えた。
 持って生まれた力と格を備える、人智及ばぬ賢者の顔ではない。
 先刻の、あの、友を救えなかった無念にも潰されることなく立ち上がってみせた一人の少女の顔だ。
 人間の、顔だった。

「私はこの世で唯一無二のマエリベリー・ハーン。それだけは確かです。ただ、この肉体に紫さんの意志の残滓が介入しているのもまた、ひとつの事実です」

 少女の浮かべる朝凪の海に、一際の波紋が立った。

「物事とは必ずしも一つの側面から覗くものではないわ。安泰の裏では厄災が生じたりもする。逆もまた然り。この世の全ての物事は、そういう相即不離のバランスの下に成り立っている」

 木々の隙間からほんの僅か差し込まれる最後の黄昏が、少年と少女の黄金に輝く髪に迎えられた。
 見下ろす少年の視線に呼応するかのように、少女もゆっくりと立ち上がる。大妖怪の衣を借り受けた、ちっぽけな少女の瞳の奥はどこまでも勇ましく、儚げで、捉えどころのない───ひらひらと蒼空を翔ぶ蝶を思わせる存在感が渦巻いていた。

802宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:23:48 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの守ろうとした幻想郷も、そういう光と陰が混在する処。ふとしたキッカケで拙いバランスが崩壊しかねない幽玄の円。そして多分……マエリベリー・ハーンと八雲紫という二元の存在も、表裏が混ざり合った合わせ鏡。本来は決して出逢うことの無かった存在、なのでしょう」

 少女の語る真相を受け、ジョルノの内部にほんの小さな……知覚も困難なほど僅かな頭痛が脳へと訴えた。
 この頭痛の発生源。ルーツたるあの『男』の存在感は、時を経るごとに自分の中で肥大化している気がしてならない。
 或いは、それは漠然とした〝嫌な予感〟と言い替えてもよかった。現在メリーの精神に起こっている変化が、少女にとって必ずしも吉とは言えない兆しだとジョルノは危惧しているのだ。

「月並みだけど、私は私なんだと思ってます。今はまだ、ちょっと困惑したりもしてますけど。紫さんの意志を受け取った、本来とは少しだけズレてしまったマエリベリー・ハーン。今の私に出せる精一杯の返答は、これくらいかしら」

 ジョジョの納得出来る答えかは分からないけども。最後にそう続けて、全部言い切れたとばかりに一呼吸置いた。

 新たな間が生まれる。
 バトンを渡された格好となったジョルノを、横から少し心配そうに見上げるのは鈴仙だ。本人にすら知覚出来ているのか不明な頭痛を彼女が目敏く察していたのならば、それはジョルノの精神に発生した波長のノイズを受け取ったのだろう。

 間は、続いた。
 メリーの答えを受けたジョルノが、納得までに至らず言いあぐねていることの証明だった。
 あの、ジョルノ・ジョバァーナが。


「───ジョジョ。もしかして、DIOのこと考えてる?」


 沈黙に音を上げたのは、二人のどちらかではなく、鈴仙からだった。


「……よく、分かりましたね。鈴仙」
「まあ、全然確信なんか無かったけど。でもジョジョが〝らしくない姿〟見せる時って、私が知る限りDIOの前だけだったから、かな」

 頬を掻く鈴仙の脳裏に思い起こされるのは、紅魔館での一件。
 あの冷静冷徹なジョルノが、静かな激情を携えながら父・DIOへと突撃していく姿を見てもいられず、鈴仙は両者の境に飛び出たのだ。その代償として腹を貫かれたのだから、この先どれだけ頭を打たれようにも到底忘れられない。

「その通り、です。あの男の呪いのような言葉が、さっきから僕の中をずっと反芻している。紅魔館でDIOから投げ掛けられた、あの言葉が」

 ジョルノがその場に腰を落とした。くたり、という擬音が似合いそうなくらい、力無さげに。こうべを伏せ、何か思い悩むように。参っているわけではないが、心を囚われている様子であった。
 紅魔館にてジョルノと共にDIOへ立ち向かった鈴仙には、奴の言動一つ一つが全て呪いじみた風情にも聞こえてくる。頭皮の裏に直接へばり付くような後味と気味の悪さが、生温い空気感を纏って鼓膜から侵入してくるような歪さ。

 あの言葉。
 不思議と鈴仙には、ジョルノがDIOの何を指し示して『呪い』などと称したのかすぐに読み取れた。奴のしちくどい語り口は疑いようもない邪気で塗り固められてはいたが、一方で有無を言わせぬ説得力も確かに含有していたのだから。

 鈴仙は想起する。
 あの男の囁いた一語一句が、すぐ背後から流れてくるほど近くに感じた。
 誰も居ないと分かっていながら、後ろを振り返る。
 そこには闇しかない。木々の狭間の冷ややかな薄暗闇が、煙みたいに質量を纏って男の型へと変貌していく。
 恐怖心が生む馬鹿げた錯覚を払うように鈴仙は、子供じみた仕草で頭を振った。いくら振ったところで、記憶の中の声は止む素振りを見せてくれない。

803宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:26:43 ID:WSuwR3hw0

───人間を丁度半分。左右全く同じ形貌・面積となるよう切断したとする。もしその者に『意思』がまだ残っていたとして……。

───元々の本人の意思は、果たして身体の『どっち側』に残るのだろう? 視界は『右』のみが見えるのか? それとも『左』か? 魂は一つなのだから、必ず左右どちらかを基準に選ぶ筈だ。

───首から『下』はジョナサン。『上』は私だ。そこでこのDIOは考える。私の意思は果たして『どっち側』に存在するのか?とね。

───ジョナサンは百年前に間違いなく死んだ。だがもしも……奴の意思や片鱗が何らかの形でこの『肉体』に宿っているとすれば。
 私は『どっち』だ? この肉体は『DIO』なのか、それとも『ジョナサン』なのか。そういう話をしているのだよ。

───ジョルノ。君は果たして『どっち』なのか? 私の息子か? それともジョナサンの息子か?
 血縁や戸籍の話ではない。もっと物理的あるいは精神的な……『魂』の話と言い換えてもいい。

───君のDNAに刻まれた因子は誰のものだ? 君という人格を形成する魂の構成物質には、誰の記憶が宿っている?







「───そう。DIOがそんな事を……」


 日記へと書き起すように。出来るだけ正確に思い出しながら、ジョルノはかの〝親子対談〟を語り終えた。
 メリーにしろ八雲紫にしろ、紅魔地下図書館にて色濃く勃発したあらゆる軋轢については認識外である筈だ。
 であるならば共有しなければならない。〝DIO〟という男をよく知らなければ、局面の果てに見出せる奴への勝ち筋は限りなく細長い糸以下に等しい。

 少々長話となった。話題に現れた登場人物はDIOのみならず、サンタナや聖白蓮といった大物も雁首を揃えており、それらを余すことなく伝えたのだから然もありなん。合間のメリーも口を挟むことをせず、じっと興味深げに聞き入っていた。その真剣さと言えば、友人を失ったばかりというのに見上げた姿だと感服を覚える。
 やがてメリーも、肩の力を抜きながら言った。どこかリラックスしたようにも見て取れ、ジョルノは戦慄に近い何かすら覚える。

「魂の構成物質、とは上手いことを言ったものね。敵ながら中々興味深い話だわ。色々と合点もいったし」
「合点、ですか?」
「ええ。例えば、さっきから貴方は一体何をそんなに不安がっていたのかって事よ。
 なぁんだ。ようは、ジョジョは私を心配してくれていたのね。嬉しいなぁ」

 すっかり茶化しながらクスりと綻ぶメリーの態度に、作り上げた嘘っぽさは皆無だ。八雲紫の面影を取り入れながらも、等身大のマエリベリー・ハーンが脈動している矛盾。逆に心を見透かされているのはこちらの方だと、ジョルノはつくづくに観念しそうになってしまう。

「……僕は『ブランドー』なのか。『ジョースター』なのか。あの男からそれを問われて以来、不毛だと理解していながらも考えずにはいられません」
「そんな! ジョジョはDIOとは違うわよ! アイツだって言ってたじゃない! 貴方はジョースターの色濃い息子だったって!」

 本当に珍しい、ジョルノの弱気な姿。それを見たくないが為、鈴仙も思わず声を荒らげた。
 前に立ち塞がる試練というのであれば、彼はいつだって持ち前の冷静な判断力と胆力で乗り越えて行く。
 今回は前でなく、過去に立ち塞がるという試練。宿敵ディアボロは己の過去を何よりも恐怖の根源、そして乗り越えるべき試練と考えていたが、ジョルノの場合はどうか。
 過去そのものは消せない。消せないが故に、ディアボロはせめて己が居た痕跡だけでも消そうと手を汚してきた。その為には実の娘をも平然と手に掛けようとする外道であった。

 ジョルノはそれを、やらない。
 苦慮し、受け止めた上で、彼なりの納得を探す。

804宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:28:43 ID:WSuwR3hw0

「ありがとう。しかし鈴仙、これはたとえ他人から……それこそ『親』から突き付けられる言葉や事実の類では答えにならないクエスチョンです。僕自身が納得し、辿り着くしかない『運命』だと考えています。
 僕はブランドーか? ジョースターか? 究極的には、この謎に答えを出す必要すら無いかもしれない。どちらでも構わないと、そう励ましてくれる存在が身近で支えてくれる環境には感謝しかありませんが、この曖昧な感情を心に仕舞ったままでは、きっとDIOには勝てない。そう思うんです」

 そうだ。ジョルノはアウトローの人間だが、その環境に不満など無い。幼少期にこそ骨身に堪える苦慮を強いられていたものの、またその因果の起こりがDIOの常軌を逸した悪意から端を発したものの。
 〝汐華初流乃〟は救われていたのだ。幼き頃、名も知らぬギャングと出逢ったあの瞬間から。裏側の人間の発言としては妙だが、自分は恵まれた環境に居るのだと誇ってよかった。
 自らの選択によって、今の自分はこの環境に立てている。なればこそ、この『先』を作っていくのも此処からの自己選択なのだ。

 自分の運命については、それで納得できる。
 過去とは人を雁字搦めにしてしまう厄介なもの。DIOやディアボロが苦心したように、決して逃げることの出来ない『影』のような存在。
 過去からは逃げられないが、逆を言えばそれは、過去も決して逃げない。だからこそ過去というのは呉越同舟の、つまりは影と言えた。
 どれだけ時間を掛け、悩もうとも。自分の『選択』を待ってくれている無二の存在が、過去というしがらみに違いなかった。ジョルノはそう思っている。


「ですから、僕が心配しているのはメリー……貴方です」


 肝心なのは、少女の方。
 自分とは違い、恐らく。限りなく陽の当たる世界で、およそ一般的な幸福を受けてきた少女。
 歳下の、しかも何とまあ中学生の男子に心配される立場を、この少女は笑って受け入れられている。

「貴方は先程、自分自身をマエリベリー・ハーンだと言っていましたが……既に〝以前〟までのマエリベリーと大きくかけ離れつつある兆しも自覚しているのでしょう」

 言うまでもなく、それは八雲紫の記憶と意志がその肉体に混在している故の現象だ。今でこそ二面性で済ませられる段階であるものの、これが最終的に一面性へと変わり果てないという保証はどこにもない。
 そうなってしまった時、本来の彼女はどこへ行ってしまうのか?

「元ある私───つまりマエリベリーの個性が、紫さんの残存意識に〝殺されかねない〟と、ジョジョは心配してるわけね」

 それは言い換えれば、マエリベリー・ハーンという人間の『死』。肉体はおろか、残った精神性までもが変えられてしまったのであれば、彼女の何処に〝マエリベリー・ハーン〟というかつての痕跡が遺るのだろう。

「記憶転移、みたいな話ですね」

 横から挟んだ鈴仙が神妙な面持ちで告げた。極めて優秀な師のいる医療現場に携わる彼女だからこそ、引き出せた名称かもしれない。

「記憶転移……ですか。確か、何かで読んだことがあります」
「私もその事例なら聞いたことがあるわ。眉唾物ではあるけど、心臓移植したらドナーの記憶が残っていた、みたいな話ね」

 記憶転移。臓器移植の結果、ドナーの趣味嗜好や習慣、性癖、性格の一部、さらにはドナーの経験の断片が自分に移ったという報告が、稀少ながらも存在している。メリーの言う通りに医学的には眉唾物である現象だが、実際にそういった報告があるのもまた事実だった。
 DIOが高々と語っていた『プラナリア』や『魂』……ついては『ジョースターの意志』といった精神論もこれに通ずるものがある。鈴仙の出した事例は的を射ていた。

「DIOが僕に語った言葉は、奇しくも貴方にもそっくり当て嵌ってしまう。メリー自身、それを自覚した。先程の『合点がいった』とは、そういう意味も込めていたのでしょう?」
「……私という人格を形成する魂の構成物質には、〝誰〟の記憶が宿っている、か。本当に、憎たらしいほど皮肉が上手い悪党だわ」

 意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。これを疑う者は、もはや今この場には居なかった。
 ジョルノの中のジョースター。
 メリーの中の八雲紫。
 その意志が各々の肉体の内に生きているという非常識を謳うならば、彼らこそが記憶転移の体現者そのものという存在なのだから。

805宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:31:14 ID:WSuwR3hw0

「……紫さんの判断は、果たして正しかったのでしょうか」

 大切な誰かを守る為、やむを得ない事情があったにせよ。
 ひとりの人間を妖の者へと変貌させるような行いを、彼女が心から望んだとも思えなかった。
 幻想郷という独自の掟を背負った土地において、それは特に重罪でもあるから。
 八雲紫には郷での比肩なき立場がある。その重役ゆえに、天秤に掛けた秤は傾いた。
 幻想郷の賢者としての肩書き。能力。知恵。どれを手放すにしても、郷の維持に甚大な影響が出ることは火を見るより明らかだった。
 彼女が死の間際……何を思って死んだのか。何を託して死んだのか。

 彼女がもしも───端からただ力を持っただけの〝普通の女の子〟であったならば。
 結果はまた違ったのかも、しれない。

「過去の選択が正しかったのか、過ちであったのか。未来を知る術のない私たちにとってその判断は、きっと……すごく難しい問題なのでしょうね。私に『力』を継がせる判断を決意したあの人も、最期までそこに苦悩していたわ」

 遠い何処かを見つめるように、メリーは虚空を仰いで淡々と言う。
 未来を知る術。そんな手段があるのであれば、まさに『天国』のような場所なのかもしれない。何処かの誰かが執拗に憧れた、そんな夢みたいな到達地点。

 メリーはしかし、夢は夢であるとかぶりを振った。元より其処は、紫が焦がれた虹の先とは違う。
 未来など、やはり知るべきではない。それが成せずに苦心し、手に取ったあの人の選択を否定するような考えはしたくなかった。

「ジョルノ・ジョバァーナはブランドーか、ジョースターか。この命題と同じに、現在の貴方はマエリベリーか、八雲紫か、という致命的な自己矛盾に陥っているのではないですか?
 同情心、なのかも知れません。僕がメリーを酷だと感じているのは、そこです」

 ひとひらの白雪が、ふわりとジョルノの肩へ舞い降りた。小さな妖精が音もなく溶け、少年の体温をちびちびと奪っていく。
 ただ時間が経過する。これだけの出来事に、掻き毟りたくなるほどのむず痒さを覚える。考えなくてよいことを考えてしまう。大切にしてきた色々な何かが色褪せ、どんどんと体から抜け落ちていく感覚だった。

 DIOは百年前、ジョナサンを殺害しその肉体を奪った。意思はDIO。依り代はジョナサン。人の意識や記憶が必ずしも脳に残るのではないとすれば、己の存在とは『どっち』なのか? これが自身に立ち塞がった命題なのだと、DIOは豪語していた。
 そして今また、その息子であるジョルノも同じ命題にぶち当たっている。DIOは既に命題に自ら答えを見出していた節があるが、ジョルノはこれからなのだ。皮肉な因果としか言えなかった。

 もしかしたら。
 娘を殺し、その肉体を奪ったディアボロにも同じ事が言えるのかもしれない。そう思ったからこそ、始めにディアボロの話題を膨らませたのだ。

「───話を戻します。かつて『レクイエム』によって強制的に肉体を交換させられた者……彼らが『最終的』にどうなっていくか、僕は目撃しました」
「それは私も気になっていたの。世界規模で拡がった異変が、どのような形で『終結』を迎えるのか? ジョジョやブチャラティ達は『何』を阻止したのか、是非聞きたいわ」

 レクイエムの齎した肉体交換現象の末路。あの能力の真髄とは、入れ替わった者が最終的にこの世のものでは無い〝別のナニカ〟へと変貌させられるという、げに恐ろしき力である。それも世界規模で範囲が拡がっていくというのだから、ともすれば幻想郷とて被害を受けかねない大異変。水際でこれを阻止したジョルノ一行の功労は計り知れない偉業であった。
 己自身やDIO、ディアボロといった前例だけでなく、このような大規模での実体験もジョルノは通過している。そんな彼が目の前の少女の行く末を危惧するのは、至って自然な思考だ。

806宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:32:40 ID:WSuwR3hw0
 ジョルノはレクイエムが起こした一連の結末を事細かに伝えると、流石に肝を冷やしたのか。メリーも鈴仙も、暫く閉口していた。ただのギャング組織の内輪揉めから始まったよく聞くような事件は、思いの外に巨大な異変に繋がって外界を揺るがしかけたのだから。

「レクイエムはあくまで極端な一例に過ぎませんが、肉体を交換した者が最終的に〝どうなる〟のか? 本質的な所で、それは非常に危ういという意味では変わらないと僕は思っています」

 レクイエムの時は人が化け物のような姿へと変貌した。無論、それと今回の話ではわけが違うが、己の存在意義を問うジョルノの精神的な葛藤とは違い、メリーの場合は実際に物理的な齟齬が現れ始めている。
 人間は、元ある己とは全く異質の外的要因を内に取り込むとどうなっていくのだろう。そしてそれは、何処までのラインを過ぎてしまえば『終わり』が見えるのだろう。
 メリーがメリーでなくなってしまう線引きを割った時、他人の目からは彼女がどう見えてしまうのか。不明瞭な未来を抱える少女を、ジョルノは不憫だと感じずにはいられない。

「……テセウスの船、と言ったところかしらね。今の話のように、これから数年後、数十年後の私が、肉体的・精神的にも全く〝別のナニカ〟に変わってなどないと断言するのは、ちょっと難しいわ」

 あるいは、そんなに未来の話ではないかも知れなかった。紫の力を授かった今のメリーが具体的にどう変わってしまったのか。生物学的な寿命や肉体構造の違いも不明なままだ。
 だが少なくとも、判明している課題もあった。

 人間として生きるか、妖怪として生きるか。

 こんな根本的な二択ですら、メリーに迫られた苦渋の運命なのだ。
 これが酷でなくて、何なのだろう。
 人が人に何かを託す。素晴らしいことだと思う。
 しかし時にはそれが、途方もなく無責任な残酷の刃と化して、背負わされた者の背中を知らずの内に切り裂いてしまいかねない。

 ただの少女だったメリーはこの日、唐突に、あまりにも重すぎる宿命を受け継いでしまった。
 ジョルノの危惧は、それを深く理解している。かつての父が人を捨て、人外へと成り果てた愚かさを知っているからだった。

「このままでは〝マエリベリー・ハーン〟と言う名の個人は死ぬかも知れない。それを免れるには、貴方自身が『真実』へ辿り着くしかないのではありませんか?」

 敢えてジョルノも重い言葉を選んだ。自分と同じ苦悩、と比較すれば彼女に失礼かもしれないが、ここから暫くは運命共同体に等しいのだ。
 知己朋友といった豊かな存在が、少女の命題を綺麗に解決できると考えるのは浅薄だ。しかし共に歩み、悩めることで、彼女の苦悩は支えられるかもしれない。

「ジョジョ……ううん。───ありがとう」

 メリーにも胸に浮かべた色々な言葉はあったけども、まずは少年の根元にある優しさに感謝を告げた。
 真実へ辿り着く。ジョルノが示した言葉には様々な意味があり、個人によってきっと答えは違ってくる。
 秘封倶楽部的には、『謎』あっての『真実』だ。ジョルノにはジョルノにとっての謎があり、メリーも然り。彼女にとっての差し当っての謎とは目下のところ、自分に宿る八雲紫の意識と力との付き合い方。力に溺れた悪役のストーリーは映画などでもよく見かけるが、あのDIOの生き様はあながち他人事だと笑えなかった。

(もっとも、見る限りDIOは決して力に溺れてはいないわ。求めた力を使いこなし、己の手足として完全に支配できているみたい)

 だからあの男は厄介なのだ。力の使い方に迷いがない。己の運命にどこまでも前向きだ。その一点のみを捉えれば、羨ましいとすら思える。
 ジョルノらの前では余裕そうに振る舞うメリーであったが、実際のところ内奥では不安の方が勝っている。世には暴かないままの方が良い謎も多数あり、自分に眠る謎を暴いた結果、パンドラの箱である可能性も否めない。
 ただでさえ自分の中には、DIOが求めてやまない『宇宙の境界を越える力』とやらが眠っているらしい。こんな謎だらけの身体ならば、いっそ全てに蓋をして楽になりたい。

 一応、この問題の具体的な解決法にあてはあった。その答えは到ってシンプルで、メリーが力を返還すれば事足りる。
 身の内に残った大妖の力を使い、再び双方の肉体を交換すればいい。幸いにも遺体は手元にあるのだから、行きが可能で帰りは無理なんて不条理もない筈なのだ。
 身に余る力は元の鞘に収まり、メリーも真の意味で人間へと戻れるだろう。日帰り旅行を試みるなら、今を置いてない。


 メリーはしかし、それを選ばない。

807宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:33:59 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの判断は果たして正しかったのか。ジョジョはさっき、そう言ったわね」

 この力はメリーを不幸にするのかも知れない。
 この力はメリーを殺してしまうかも知れない。
 それでも、八雲紫が何を想い、何を信じてメリーに託したのか。

 幻想郷へのたゆまぬ愛情。
 メリーへのたゆまぬ信頼。
 その何もかもが、彼女の意識を通してこのカラダに流れ込んでくる。
 秤に掛けた物もあった。諦めた物もあった。
 正直、今はまだ分からない所も沢山あるけど。
 こんなにも他愛のない小娘を信じてくれた、もう一人のジブン。

 その選択を、メリーは信じたい。

「紫さんは私に、全て託して死んでいった。それがたとえ、本人も心からは望まない不可抗力の結果だとしても……私はあの人の選択を信じるわ」

 弱者が強者に依存するだけの。ただ無条件で無責任な、形だけの信頼ではなく。
 肉体的な繋がりを経て。精神的な理解を得て。
 その末に自分自身がきちんと考え、改めて信じる事こそがメリーの答えであり。
 そして。その答えに応えるのもまた、メリー自身だ。

「選択が正しいか誤りかを重要とするのではなく、選んだ道を〝最後まで信じ抜いて生きる〟のが、今の私に出来る償い……だと思ってます」

 償い。そう言った。
 人に過ぎないメリーに記憶や力を与えてしまった紫の選択を、本人も罪悪を感じていた事と同じに。
 メリーだって、紫に対し途方もない罪悪感を抱いている。
 邪心に魅入られし親友を救わんと我儘を訴えたのは他ならぬ自分だ。小娘の愚かな我儘を律儀にも聞いてくれ、蓮子を救いたてる身代わり役を買って出たのは紫の慈愛だった。

 その結果として、あの人が死んでしまった。
 本来なら、死ぬべくは私の方で。
 此処に立ち、ジョルノと共に異変を解決するこの上ない適役なのは、あの人であった筈なのに。

(……ううん。誰のせいだとか、そういう非建設的な思考はもう止めよう。蓮子と紫さんに叱られちゃうもの)

 胸中に抱いた罪悪感は、とても拭えない。
 だとしても。この感情を鉛だと吐き捨て、唾棄するべきではない。肩と足に重くのしかかるような不快な気持ちとは、きっと違う。
 我が肉体に残ったマエリベリーの部分が、意地っぱりにそう叫んでいた。
 そしてマエリベリー〝ではない部分〟も、陰から自分を応援してくれているような気が、して。


「───私の操縦桿を握れるのは、私だけなのですから」


 大きな大きな勇気が、無限に湧いてくるのだ。


「君は近い未来、道を踏み外すかも知れない。同じく人間をやめたDIOの様な善悪の括りから、という意味でなく、……───」

 その先を、ジョルノは口に出来なかった。
 少女が背負わされた艱難辛苦の運命。それを悲観したことによる心の躊躇い、ではなく。
 予感される前途にも向き合い、先知れぬ暗雲を照らさんばかりの〝黄金〟のような高尚さ。彼女の眩い瞳に、それを見付けたから。

 この顔を前にすれば、全ての助言も忠告も安っぽい虚飾の様に思える。無粋もいいところだ。

 参ったよ。降参だ。
 諸手と白旗の代わりに、ジョルノは賛美の言葉を以て彼女への意を示した。

「いえ…………君は本当に強い人だ。それは誰かから与えられた賜物ではなく、メリー自身が本来持つ純粋無垢な力だと、僕は尊敬します」

 初めてかも知れない。〝マエリベリー・ハーン〟の顔を、正面から覗いたのは。
 少女はこんなにも純朴で、澄み切って、一所懸命なのだ。決して何者と比較するようなものではない。

 勇気を心に宿したメリーの笑顔は、驚くほどに朗らかだ。あの嘘臭い妖怪の賢者が浮かべるそれとは、似ても似つかなかった。素材を同じくして、こうまで似て非なるものがあるのかと、ジョルノは初めに浮かべた少女への印象とは真逆の感想を浮かべる自分に苦笑する。

808宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:35:30 ID:WSuwR3hw0

「……なーんか、二人して雰囲気良いわね。私、おじゃま虫なのかなぁ」

 傍から見れば笑い合う男女という光景。その輪に、どうも自分は馴染めていないらしいと鈴仙は頬をふくらませた。

「あら、そう見える?」
「見えますよ〜。面白くないなぁ」
「じゃあ、鈴仙にはもっと頑張ってもらわなきゃね。これから忙しくなるだろうし」
「ん……?」

 悪態をついてはみせたものの、微妙に蚊帳の外であった空気が悲しくなっただけだ。鈴仙からすれば、ちょっと輪の中に入ってみたいぐらいの幼稚なアピールだった。メリーの言う『もっと頑張ってもらわなきゃ』や『忙しくなる』の意味を理解できない。
 メリーの表情は変わらず笑顔。だというのに、その笑顔には本能的に忌避したくなる程の嫌な予感がふんだんに込められている。
 それは紫が鈴仙を恐怖のどん底に陥れようとする時の笑顔と、何一つ変わらなかった。ガワは同じなのだから、当然といえば当然だが。

 やっぱりこの人、紫さんだ。
 私をからかう時の、あの人の顔だ。
 間違いない。〝メリー〟はやはり演技で、化けの皮はこうもあっさりと剥がれ落ちる。
 いやそもそも。肉体を交換したなんてのはあの人の壮大な嘘八百。つまりドッキリで、普通に最初から八雲紫だったのでは?

 魂の底から叫びたい気持ちを胸に秘め、鈴仙は額に冷や汗を流しながら少女の台詞を待った。

「DIOは遅かれ早かれ、また私とジョジョを狙ってくるわ。今度は本気でね」
「………………………………?」
「その折には是非とも、鈴仙の大活躍を期待しております」

 はて。……はて?
 なんだか前にもこんな感じのことを言われた気がする。前っていうか、めちゃくちゃ最近に。

「も…………もーう! 紫さんったら、相変わらず冗談キツすぎですってば〜!」
「私はマエリベリーだし、大マジな話ですけど」
「アハハ………………誰が、いつ、何を狙ってくるって言いました?」
「DIOが、近い内に、私とジョジョを、です」

 心労で禿げそうだと怯えるのはもう何度目だろう。紅魔館からメリーを救出しますと紫から宣言されたのは、そう昔ではない筈だ。腹を貫かれ、やっとの思いで地下図書館から脱した直後にまたDIOの元へ戻れと命令されたのも、ついさっきだ。
 三度目は無いだろうと……いや、湖越しに単身DIOの邪気にあてられた時をカウントすると、もはや四度目だ。世界中の自殺志願者を掻き集めたって、あのDIOと好き好んで四度もの逢瀬を重ねたいと思うマゾヒストはいないだろう。
 紫(メリー)に抗議をあげる行為が逆効果だと、鈴仙は理解している。せめて欲しかったのは理由───Becauseであるが、胸中に渦巻く憤慨と諦観と絶望を喉元で言語化する術は、今の彼女には残っていなかった。

「どういう意味でしょうか、メリー」

 口をパクパク上下させるだけの鯉に成り果てた鈴仙を余所目に、代わりに疑問の声を上げたのはジョルノである。

「言ってなかったけど、DIOは私の中に眠る『蛹』の能力を狙っているの。紅魔館に幽閉されていたのも、その為」
「さなぎ……? 貴方へと受け継がれた紫さんの能力ではなく、元々の貴方が持っていた力、という事ですか?」
「そう、みたい。蛹と表現したのはつまり、まだ完全に『羽化』したわけではないから。あの男はこの力に相当固執しているみたいだし、絶対に奪いに来るわ」

 それきりメリーも思い耽るようにして押し黙る。人間から妖怪へとすげ替わりつつある実態は、周囲の人間から見れば目下の問題ではあろう。それ以上にメリーを悩ませているのは、寧ろこっちだった。
 曰く、宇宙の境界を越えるらしいこの力を秘めるばかりにDIOから的にされる羽目となった。傍迷惑な力だと自棄にもなるが、この力をDIOに明け渡すわけには絶対に行かない。


 参加者全ての力に『枷』が嵌められた状態で、この催しが始められたというのであれば。
 この世の誰にも知られていなかった、まだ見ぬ私の蛹。
 この力の『真実』を完全に暴き、羽化させることで───あの主催への『切り札』にも成り得る。

 この異変の黒幕は、あくまで主催なのだから。

809宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:38:45 ID:WSuwR3hw0
 数瞬の沈黙の狭間に、両者様々な思惑が交錯していき、気まずい空気が流れた。
 やがて糸を切ったのは、ジョルノの方からだ。

「…………どうやらその『力』についての詳細は、黙秘のようですね」
「というより、今はまだ分からないことが多すぎて話せる段階にない、というのが正確ね。一番混乱しているのも、他ならぬ私自身だし」

 メリーも一瞬、躊躇った。信頼出来る仲間に対しては、隠した虎の子を開示するべきだろうか、と。
 考えて、不確定要素が多すぎると却下した。切り札は最後まで隠すことが効果的であるし、例えばディエゴの翼竜などから情報が外に漏れ出た場合、最悪主催にまで伝わる可能性もある。十中八九、ディエゴは既に気付いているだろうが。メリーからすれば、ディエゴだってDIO並にきな臭い部分を持っている。

 最終的には、主催二人が敵。
 とはいえ、やはり元凶へ辿り着くまでの最大の壁はDIO一派だ。
 奴らを倒す手段……メリーには既に見通しがついていた。

「えっ? えっ!? んっとじゃあ、DIOがジョジョを狙って来る、というのは!?」

 ワンテンポ遅れて、鈴仙が話題を出してくれた。寧ろ良いタイミングで。

「それについては鈴仙も直に聞いていたでしょう。あの男は息子である僕を……もっと言えば、ジョースターの血を恐れていました。ただならぬ執念とも言える、強烈な敵意で」

 ジョルノが語ってくれた、DIOとジョースターの因縁。ヒントはそこにあった。

 始まりは百年前。
 ジョースター家の男───ジョナサン・ジョースター。
 かつてDIOを倒したらしい人間。
 そして、ジョルノの父親……かも知れない人間。
 詳細は、未だ不明。放送ではまだ呼ばれていない。

「〝DIOはジョースターを恐れている〟……それもジョルノという子供を産ませ、ジョースターの因子を再確認した上で殺害を目論むほどに」

 先程ジョルノから語られた話を、メリーは確認の意味も込めて噛み砕く。改めて、人間性の欠片もない話だ。ここまで来れば異常を通り越して臆病とまで言えた。更に言えば、肉の芽で支配したポルナレフを使ってジョースター狩りまで行っていた経緯も判明している。筋金入りだ。
 慎重の上に慎重を重ねるような。叩いて通った石橋を余さず破壊して痕跡を消すぐらいの徹底さと用意周到さを兼ね揃えた男だ。慎重なのか大胆なのか、もはや分からない。

 全てはジョースターから始まった。
 ならば全てを完結させるのも、ジョースターで然るべき。DIOの異様な執念が、それを物語っている。

「ジョースター根絶を狙うDIO。奴を滅ぼすには、同じくジョースターである貴方……『ジョジョ』しかいないと、私は思ってます」

 ジョルノの表情にほんの一瞬、陰が曇った。自分に奴が倒せるだろうか、という不安か。まさか今更、父への情が湧いたわけでもあるまい。
 陰りはすぐに掻き消え、ジョルノの顔はいつもの色味を取り戻した。淡々とした、けれども堂々たる自信を内に構えた顔だ。本人には口が裂けても言えないが、こういう所はDIOとよく似ている。

「つまり、僕らが今後取るべき行動は……」
「……ジョースター、達との接触?」

 メリーがあらぬ思考を浮かべる間、ジョルノと鈴仙が同時に解答を出した。対DIO作戦を重点とするなら、誰であれここに辿り着く最もベターな対抗手段だろう。

「ぴんぽーん」

 出題者としては嬉しい限りの、満足いく解答が無事得られた。何故だかほくそ笑むようなメリーを見て、ジョルノも鈴仙もふうと息を吐いた。またしても八雲紫の悪い癖が垣間見えた、と。
 あるいはそれも、メリー本来の顔なのかもしれない。その判断は付かないが、そうだとすれば喜ばしい限りなのだろう。

810宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:39:42 ID:WSuwR3hw0
「接触というか、出来れば友好条約を結びたいわね。……ジョースターの皆が皆、マトモな人望を持っている前提の話だけども」
「僕の首のアザ……『シグナル』には、会場内に4つか5つ程度の反応を感じてます。正確な位置は……例によって、ですが」
「相変わらずあやふやだなあ。4つか5つって」

 波長を拾う業前に関してはプロをも自称する鈴仙ならではの無意識なる皮肉。彼女の余計な一言を無視し、ジョルノはアザに気を集中させた。ジョースターと接触するという明確な目的を持った上で気配を探れば、もう少し上等な結果が出ないものかと試したが、無駄なものは無駄である。
 それに面倒なことに、DIOやウェスといった厄介者の反応まで拾ってしまうのがこのシグナルの欠点だ。DIOは別にしても、あの天候を操る男の正体もジョースターというのであれば、この方針にはそもそもの穴がある事になる。味方どころか敵を増やしかねない。

「まあ、近くにジョースターの気配があるかどうかが判るだけでも十分よ。先んじるにしても様子見にしても、心構えが出来るという余裕はこちら側のアドだしね」
「特に『ジョナサン・ジョースター』は率先して捜し出したい所ですね。かつてDIOを倒したジョースター……個人的にも思う所がありますし」
「ジョナサン・ジョースター、か……」

 ふと、メリーの脳裏に一人の老紳士が現れる。
 ウィル・A・ツェペリ。この会場に連れられて、初めて出会った参加者だった。共に過ごした時間こそ短かったものの、ツェペリはメリーの恩人だ。孤独の恐怖にオロオロするばかりだったメリーを導き、多大な影響を与えた人生の師と言っていい。
 彼はかつてジョナサン、スピードワゴンと共に、石仮面によって吸血鬼となったDIOを討つ旅の中途だと語っていた。館でのDIOの話しぶりから、その旅の目的は果たされた……とは言えないだろう。
 ジョナサンはDIOを海底に百年間、封印した。代償として、自身の命と肉体を奪われた。これまでの話を整理すると、こうだ。

(あのツェペリさんが全幅の信頼を置いていたというジョナサン……個人的にも会っておきたい人物の一人ね)

 DIOを倒すという目的にあたり、真っ先に協力を願いたい人材であることに間違いない。ただでさえ『ジョニィ・ジョースター』なる明らかなジョースター族が一人、放送で呼ばれているのだ。時すでに遅し、という事態は避けなければ。
 会場内の参加者には、あと何人のジョースターが居るのだろう。それを考えた時、メリーは唐突に気になってジョルノへと訊ねた。

「───ねえ、ジョジョ」
「はい?」
「貴方はどうして〝ジョジョ〟なんだっけ」
「……質問の意図がイマイチ伝わりませんが、あだ名の由来を訊いているのでしょうか?」
「そうそう。まあ、大体分かるから別に答えなくても良いのだけれど」
「はあ」

 じゃあ何故訊いたんだ、と言わんばかりのジョルノの不審顔を尻目に、メリーは再びあの老紳士との会話を回顧する。
 ツェペリはジョナサン・ジョースターを〝ジョジョ〟と呼称していたのを覚えている。だからジョルノからも同じあだ名で呼んで欲しいと言われた時には、内心不思議な共鳴を感じたものだが。
 しかしその〝不思議な共鳴〟は、配られた参加者名簿に目を凝らせば多数存在していた。

811宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:40:33 ID:WSuwR3hw0
 〝ジョ〟ナサン・〝ジョ〟ースター。
(因縁の出発点。あらゆる点でも最重要人物ね)

 〝ジョ〟セフ・〝ジョ〟ースター。
(聞けば、リサリサという女性が捜す家族の名。そのリサリサさんの本名も〝エリザベス・ジョースター〟か……)

 空〝条承〟太郎。
(彼は紅魔館でDIOに一度敗北している。容態が無事であれば、今頃は霊夢さんと一緒のはず)

 東方〝仗助〟。
(……これをジョジョと訳すにはかなり強引かしら? 彼だけまるで情報無し。一旦保留)

 〝ジョ〟ルノ・〝ジョ〟バァーナ。
(歳下には見えないぐらい、すごく気高く、頼り甲斐のある男の子。髪型のセンスだけは合わないかな)

 空〝条徐〟倫。
(承太郎さんを〝父さん〟と呼んでいた、魔理沙と共にいた女性。意思の固そうな瞳をした、姉御肌という感じかしら)

 〝ジョ〟ニィ・〝ジョ〟ースター。
(知る限りでは、ジョースター唯一の死亡者。そしてジャイロさんの相棒、でもある)


 名簿と照らし合わせて、ざっと七名程の〝ジョジョ候補〟を算出できた。一部微妙なのもいるが、ここまで一致すれば偶然とも思えない。
 メリーと八雲紫、双方の持つ記憶。そしてジョルノらの情報を合算すると、大まかではあるがこれがジョースターの候補である。中にはウェスやエリザベスといった、判断の難しい存在もいるが。

 それにしても……この〝七〟という数字にも、運命的な奇縁があるものだ。
 満天の星空であの人が語ってくれた『夢』の内容は、まるでこの事を予知していたかのように───。


 〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴。


 〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴。


 〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴。


 〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴。


 〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴。


 〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴。


 〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴。


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


───それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。

───虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも。



(紫さんが求めた虹のその先。今、私たちに出来ること。必要な〝何か〟を、集めなくちゃ……)


 必要なものは〝巡〟である。
 必要なものは〝人〟である。
 必要なものは〝絆〟である。

 それら全てを総称して、〝変化〟と呼ぶ。
 齎しを得るなら、対価は己が脚だ。
 早い話、行動しなければ始まらないという戒めである。
 幻想郷も、同じだった。
 あの人も歴史の変遷を経る度に、そうして動いてきたのだ。

812宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:41:53 ID:WSuwR3hw0


「───差し当って、七人」


 メリーが立った。唐突に呟かれた数字は、夢で語られた紫の先見と、情勢を見据えた上での必要最低戦力。
 理屈に非ず。第六感が語る〝七〟という数字への強烈な引力。確信があった。

「いえ、ジョジョ……ジョルノを除けば、あと〝六人〟くらいは欲しいところかしら」
「その数字は、僕のようなジョースター家が後六人、何処かに散っているという意味ですか?」
「まあ……全く根拠のない憶測だし、そもそも貴方のシグナルは後4つないし5つなんでしょう? 後手後手になる前に、最悪でもジョースターと〝近しい立場〟にいる者ぐらいは接触したい所ね」

 メリーの返答は答えになっているような、いないような、曖昧な解答ではあったが。事実としてジョニィなるジョースター族は既にこの世にいない。シグナルの数も合わない現状を考えると、全てのジョースターを回収して回るというクエストの完全遂行は現時点で無理難題なのだ。

「鍵は貴方たちジョースター。捜しましょう、本当に手遅れとなる前に」
「あてはあるんですか? ジョースターさんの居所に」

 荷を整理しながら鈴仙が至極当然の疑問を尋ねる。全く無い、わけでもなかった。ジョースター(候補)の空条承太郎、空条徐倫の二名は幸いなことに霊夢と魔理沙が一緒だ。
 上手く事が運べば、ジョースター(候補)の二人に加え、幻想郷が誇る最高の何でも屋さん二人も合わさり、強力な人材が一気に四人増える。優先する価値の高い目標だ……が。

(魔理沙さんはともかく、霊夢さんは異様な異変解決力を持ち合わせた逸材。F・Fさんが上手くやっていれば、紫さんの遺した手紙が渡っているはず)

 博麗霊夢の驚異的な勘を頼りにするのであれば、わざわざ我々が霊夢らと合流しなくとも、彼女は彼女で自律的に行動へ乗り出しているのは想像に難くない。
 霊夢の性格上、衆を築いて戦力を増強するやり方は〝らしくない〟が、彼女は別に好きで一匹狼を気取っているわけではない。必要が無いから、異変の際はいつも単独で出掛けると言うだけの話である。
 そして何故だか、そんな霊夢の周りにはいつも誰か(主に魔理沙)が居る。霊夢はそれを無下にはしなかったし、人妖問わずに誰をも惹き付ける魅力が彼女にはあった。
 今回の異変もそうだ。本人が頼んだわけでもなかろうに、自ずと霊夢の周りには惹き付けられた者たちが見られた。ならばもう、八雲紫の殻を被っただけの小娘(わたし)の助言など、必要ない。

「ジョースターの居所にあてはないけど、霊夢さんはあてにはなると思うわ。彼女に任せられる部分は、任せちゃいましょう」
「それって、霊夢の勘頼り? それとも霊夢は霊夢で、私たちは私たちでそれぞれジョースターを確保するって事です?」
「どっちもね」
「ですがメリー。まずは合流なりしなければ、我々の新たな目的がジョースターである事すら彼女は知りようがない。僕は霊夢さんの人柄などは詳しくありませんが、そもそも彼女は重体でもあった筈です。任せられる、という根拠は一体?」
「女の勘よ」

 いとも潔く返したメリーの答えに、さしものジョルノもあっけらかん。これを言われたら男としてはこれ以上何も言えやしない。第一メリーも実際、霊夢とは会話したことだってない。心に飼った八雲紫の意識が、そう答えろと言っている気がしてならなかった。
 理想は、単純ではあるが霊夢らと二手に分かれての捜索だ。これからの暗中を占うように、メリーは空を仰ぎ見る。飛び翔る者を遮るように張られた木々の傘、それらの隙間から覗くのはすっかり覇気を無くした夕陽の、最後の煌めきだ。
 夜の帳が下り、妖怪達がざわめき出す時間が来る。それはDIOといった、外の世界の妖も例外ではない。もはや奴らが屋根に引き篭る必要も掻き消え、ここからは鬱陶しい縛りを払い除けての大暴れも予想される。

813宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:42:48 ID:WSuwR3hw0
 ふと、ではないが。
 かねてよりずっと気にかけていた事柄もあった。

(阿求たちは……今どこでどうしているんだろう)

 この場所で友達となった稗田阿求を始め、メリーを支えてくれた様々な人物を放ったままである現状を苦痛にも感じていた。
 優先すべくはジョースター、と偉そうに言ったものの。そもそも自分は霍青娥といったDIOの配下に急襲を受け、紅魔館に攫われたのだ。
 阿求。ジャイロ。ポルナレフ。皆、無事なのだろうか。放送では豊聡耳神子の名があった。つまりは〝そういうこと〟になる。
 ジョースターの居所にあてはないと言ったが、阿求達とはここより南東の『太陽の畑』で離れ離れとなった。流石に今はもう居ないだろうが、戻ってみる価値はある。戻って、再会して、そして。


(……そして、幽々子にも)


 胸中で呟かれたその言葉。
 それはメリーのものではなく、紫の声色で再現されていた。

 唯一無二の従者の訃報を聞かされ、更にその下手人が唯一無二の親友だと知り、半狂乱となった姿。最後に見た彼女の光景は、そんな醜態染みたものだ。
 原因は、紛うことなき自分/紫。魂魄妖夢を撃った時の生々しい痛覚が、今でも腕に染み込んでいる。

(あの子にも、会わなければ。会って、話さなければならない事がある)

 会って「すみませんでした」で終わる話ではない。正当防衛が働いたとはいえ、大事な人の、大事な存在を奪ったというのだ。
 ただでさえ放送時の幽々子の取り乱しようは尋常ではなかった。その後の彼女の容態を知る由はないが、あのコンディションにケアが無いまま会うなどすれば、最悪の事態も考えられる。

 その〝最悪な事態〟が起こってしまった時。
 八雲紫/メリーは、どうすべきなのか。
 良くも悪くも〝託された者〟でしかないメリーにとって。
 そして〝奪われた者〟の幽々子にとって。
 これもまた……あまりに残酷で、皮肉な運命であった。


 間もなく、夜が降りてくる。
 星芒を失った宇宙のように黒々と広がる暗幕に、北斗七星の灯火を添えられるかどうか。
 まるで宇宙を一巡するような。そんな目的の旅。
 永く、壮大に輪廻する───とある少女の、銀河鉄道の夜。
 運命の車輪は、既に道なき宇宙の線路を走っていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

814宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:43:30 ID:WSuwR3hw0
【C-4 魔法の森/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:ジョースターを捜す。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、宇佐見蓮子の遺体、マエリベリー・ハーンの遺体、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:ジョースターを捜す。
3:南東へ下り、阿求達と再会したい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。
※『宇宙の境界を越える程度の能力』を自覚しました。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:ジョースターを捜す。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

815 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:44:00 ID:WSuwR3hw0
投下を終了します。

816名無しさん:2021/08/23(月) 13:20:02 ID:oycyC9zI0
応援してます!執筆大変かと思いますが、頑張ってください!

817名無しさん:2021/09/19(日) 01:38:59 ID:p.UvvZ7w0
最新話まで追いつきました。自分も執筆してみたいなあと思うのですが、なかなか難しいです。
書き手の皆さんは構図や心理描写や戦闘シーンを緻密に計算して執筆していらっしゃるのでしょうか?

818名無しさん:2022/01/23(日) 00:17:27 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

819名無しさん:2022/01/23(日) 00:18:01 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

820名無しさん:2022/01/24(月) 16:39:56 ID:xAaNr6e.0
また前みたいに投下くださいよぉボス

821名無しさん:2022/03/01(火) 18:04:07 ID:A2Q4mu.w0
うむ。

822名無しさん:2022/12/31(土) 23:59:57 ID:1ts0gaqk0
来年はもっとがんばりましょう!

823名無しさん:2023/12/31(日) 23:59:23 ID:xEIMmFO.0
今年は書き込みすらありませんでしたね…
来年こそは頑張りましょう!


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板