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これを魔女の九九というようです
20
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 11:19:53 ID:yv9dV3a60
乙、なにこれおもしろい
21
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 11:46:16 ID:JGTR3MQw0
この文体好き
22
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 12:13:39 ID:Dh96t07.0
乙、カキフライ食べたくなってきた
23
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 18:01:22 ID:H.1twdY20
これは期待
乙乙
24
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 19:51:13 ID:jNiUVDNE0
乙カキフライ
25
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 23:13:11 ID:6tkjfzTs0
乙
26
:
名も無きAAのようです
:2015/04/29(水) 05:33:15 ID:gqgV7.Q.0
いいんでないの?
27
:
名も無きAAのようです
:2015/04/29(水) 10:43:48 ID:KVKQJUaE0
乙乙、この気だるげな雰囲気がええなぁ!
ひんやりした熱って表現にセンス感じた。
次回も楽しみにしてる
28
:
名も無きAAのようです
:2015/04/29(水) 11:22:15 ID:BM7x6hGY0
福神漬け入りのマヨネーズが気になるカキフライ食いたい乙
29
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:06:34 ID:q9TyRmLg0
二を去るにまかせよ
.
30
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:08:29 ID:q9TyRmLg0
案外人というものは何処でも眠れるものだな、と僕は初めて知った。
何度か立ち止まり、道を聞くたびにペニサスは億劫そうにその目を開けた。
そうしてむにゃむにゃと寝言まじりに次の到達点を告げ、僕は放り出されたそのパズルを解くのに必死になっていた。
要するに、ずいぶん時間が掛かったということだ。
着いた頃には小一時間どころかその倍の時間は経ってしまっていた。
彼女の家、もとい正しくは師匠の家は高級ベッドタウンの一角にあった。
日当たり良好、二階建ての一軒家。
ただし外観はさっぱりわからなかった。
家を取り囲むように藤の木がぐるりと天然物の塀を作り出していて、要塞のような威圧感を放っていた。
枝垂れた紫は、どこか毒々しいものに見えて心穏やかになることを許してくれなかった。
そして、その壁の向こうに見える家もなんだかよくわからない植物に覆われていた。
家ではなく怪物の住処に来た気分だった。
(´・_ゝ・`)「ペニサス君」
勝手に入るのもまずいだろうと僕は彼女をたたき起こした。
('、`*川「ん……」
とろんとした眼は何回かの瞬きを経て、はっきりとした光を得た。
('、`*川「ついたのね」
ありがとう、と言いながらペニサスは慣れた手つきで門扉を開けた。
(´・_ゝ・`)「自転車は?」
('、`*川「そのまま持ち上げて庭に持って来ちゃって」
31
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:09:53 ID:q9TyRmLg0
短い階段をとんとんと駆け上りながら、ペニサスは言う。
そんなに重いものではなかったが、わざわざこの階段を上り下りするのは不便だったに違いない。
何度かペダルに脛を蹴られながら、僕はそう思った。
中に入ると、ますます家の異様さが際立った。
家に絡みついていたのは、木香薔薇と羽衣素馨であった。
柔らかいクリーム色の花と、強い芳香を放つ薄桃色の花が押し合いへし合い咲く様は浮世離れしていた。
ところどころ庭に落ちた影は、侵略痕のように感ぜられた。
彼らは家だけでは飽き足らず、庭にまで手を伸ばしているのだ。
('、`*川「なにしてるの?」
ペニサスはきょとんとした様子で、僕を見ていた。
(´・_ゝ・`)「あ、いや……。見事な花だなと思って」
当たり障りのないようにそう返すと、ペニサスは嬉しそうに笑った。
('、`*川「師匠が全部植えたのよ」
(´・_ゝ・`)「お師匠さんの趣味か」
('、`*川「たくさんお花を植えると、そのエネルギーを分けてもらえるんですって」
にこにこと笑いつつ、ペニサスは足元に咲き誇る花を踏み潰しながら、僕のそばによってきた。
パンジーだのポピーだの、色とりどりのそれはくちゃくちゃに丸められた紙屑のようになってしまった。
少し気の毒になった。
32
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:11:08 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「自転車はこっち」
右手側の隅っこに、これまた花に覆われたガレージがあった。
('、`*川「今度からはデミタスが運転してね」
(´・_ゝ・`)「はいはい」
ふと思い立ったように、彼女は上着のポケットを漁った。
('、`*川「飴食べる?」
(´・_ゝ・`)「いや要らない」
ペニサスは、そう、と返してまた例の飴を頬張った。
見ているだけであの味が舌に蘇ってきて、僕は少し眉間に皺をよせた。
あれだけの植物に覆われていたのだから、中は閉塞感がすごいだろうと僕は身構えていた。
しかしどういうわけか、不思議と清々しい空気に満ちていた。
僕は一足踏み入れただけで、この家をすっかり気に入ってしまった。
('、`*川「靴は棚の空いてるところならどこでも入れていいから」
靴を箱に収めながら、ペニサスはそう言った。
(´・_ゝ・`)「ちょっといいかな」
('、`*川「なに?」
(´・_ゝ・`)「君の靴、変じゃないか?」
今更気づいたが、彼女の靴はちぐはぐであった。
片方は金色、もう片方は銀色のラメが輝くバレエシューズ。
なにか意味はあるんだろうか?
33
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:12:34 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「魔女は境界線に立つことを意識しなきゃいけないの」
(´・_ゝ・`)「境界線?」
('、`*川「そ、境界線。魔女はそれを跨ぐ存在なの」
死と生、朝と夜、赤と青、日常と非日常……。
世の中にはたくさんの境界線が張り巡らされているが、人々はそれを意識することなく暮らしている。
それを意識し、越えようとしたり跨いだり見つめたりすることが修行の一環なのだという。
把握する境界線が多ければ多いほど、魔女の自分と人間の自分を分断する要素が増えていく。
人格の乖離こそが、魔力の要なのだそうだ。
('、`*川「だからこれも一つのおまじない」
魔法を使う時と使わない時とで身につける物を変えることで、細かく境界線を増やしているのだ、とペニサスは教えてくれた。
('、`*川「とは言っても、それで増える魔力なんてたかが知れてるけど」
大事そうに箱を閉じ、ペニサスは棚の中にそれを仕舞った。
魔女というものを、僕はまだまだ理解しきれていない。
しかしその断片は、とても魅力的でどこか危うさを感じさせるものだった。
もしも人間であった時の自分があまりにも遠くに行ってしまったら。
忘れてしまったら、その魔女はどうなってしまうのだろうか。
34
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:13:28 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「まずお風呂に入らなきゃね」
(´・_ゝ・`)「え?ああ、うん」
生返事をしながら、僕はペニサスの後をついていく。
('、`*川「スーツ、捨てちゃってもいいよね」
(´・_ゝ・`)「お願いするよ」
それなりの値段はしたが、どう見てももう着れそうになかった。
というかよくこんな格好で自転車を漕いでて職質されなかったなと僕は唸った。
早朝で人通りが少なかったとはいえ、血みどろのスーツを着た男が少女を連れ回していたら怪しいにもほどがあっただろうに。
('、`*川「そこがお風呂、石鹸とかは好きに使っていいから。お湯も溜めていいわ。これタオルね」
手際よくカゴから引っ張り出されたタオルは、次々僕の手に渡された。
('、`*川「スーツはこの袋に入れてね。着替えは今探してくるから」
(´・_ゝ・`)「……すまないね」
これではどっちが従者なのやら。
と思っているのが伝わったのかはわからないが、ペニサスは少し拗ねたように言った。
('、`*川「今日だけよ、お客さん扱いするのは」
明日からはわたしがパシるんだからー!などと言いながら、彼女は脱衣所のカーテンを勢いよく閉めていった。
僕は若干途方に暮れながら、ようやく服を脱ぐことにした。
35
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:14:42 ID:q9TyRmLg0
風呂場は思ったよりも大きく、立派であった。
(´・_ゝ・`)「猫足のバスタブなんか初めて見たな」
思わず口に出しながら、僕は蛇口をひねって湯を溜めた。
その間に体を洗うことにした。
しかしやたらボトルが多く、どれを使えばいいのか僕はさっぱり見当がつかなかった。
好きに使っていいと言われたが、こうも選択肢が多いと選び辛かった。
(´・_ゝ・`)「おお」
と、ここで僕は見慣れたものを発見した。
牛乳石鹸。
これさえあればとりあえず頭でも体でも洗ってもいいだろうという謎の安心感がある石鹸。
子供の頃にかじってあまりの苦さに涙目で吐き出した覚えもあった。
牛乳で出来てるならきっとおいしいだろうと僕は思ったのである。
そんなはずはないのに。
適当にしゃかしゃかと泡立てて、頭に乗せる。
ところどころじんわりと痛む箇所やかさかさに乾いた血がべろりと剥がれるような感触がした。
さっきまで死んでいたという証拠が、少しずつ消え失せていく。
思ったより、死ぬというのはなんともないものだったな、と僕は考える。
ほぼ即死だったせいか、痛みに苦しむ間もなかった。
ただあのままどうすることも出来ずに、寝転がっていたのはどうにも落ち着かない気分であった。
一本の映画が終わり、エンドロールも流れ切ってしまったのに、照明がつかない映画館に一人取り残されたらああいう気分になるのかもしれなかった。
どうするんだ、僕はどうしたらいいんだ。
このまま待てばいいのか、それとも動くべきなのか。
しかし真っ暗な映画館で立ち上がるのは、なんとなく気が引けてずっと座らざるを得ない。
結果そのまま一人でゆらゆらと揺れる「Fin」の文字を見つめ続ける羽目になるのだ。
36
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:16:00 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「あちっ」
どうやら設定温度を間違えたらしい。
少しお湯が温かったからといって、適当にいじりすぎたのだろう。
しかし火傷するほどの温度でもなかった。
僕は手探りでかちかちとダイヤルをまわした。
(´・_ゝ・`)「え」
丁度いい、と感じたその水温は、五十三度。
結構熱いはずなのに、僕はそれを心地いいとすら感じていた。
(´・_ゝ・`)「……火傷もしてない」
普通だったらヒリヒリしてたまらないだろうに、それもなく、僕はやはり死んでいるのだなと実感した。
きっと死んでいるから、生身とは勝手が違うのだろう。
呆然としながらも、僕はタオルを手に取りまた泡立て始めた。
今ならこの石鹸を齧っても、苦くないかもしれなかった。
37
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:17:02 ID:q9TyRmLg0
風呂から上がると、着替えと思しき服が置いてあった。
が、しかし。
(´・_ゝ・`)「貴族のコスプレかな……? これは……」
まず一番最初に目に付いたのは、胸元にフリルがついたシャツと朱色のネクタイ。
その次に置かれていたのはダークチョコレート色のベスト。
唯一平常心で履けそうなのは真っ黒なスラックスくらいであった。
フリル付きのシャツが一番着るのに抵抗があったが、仕方ない。
出されたものに文句を言うのは少し図々しい気がしたのだ。
僕は諦めて袖を通すことにした。
いったいどんなセンスをしているんだか……。
僕はペニサスが少し恐ろしくなった。
しかし案外着てみると、不思議なことにそれはしっくりと僕の体に馴染んでしまった。
まるでそれが当たり前だったように。
(´・_ゝ・`)「ペニサス君」
少し心細くなり、僕は彼女を探した。
彼女は、居間と思しき部屋にいた。
(´・_ゝ・`)「寝ちゃってるよ……」
ソファーで横たわる彼女はどこからどう見ても熟睡していた。
ロココ調の白家具とリラックマの着ぐるみを着た魔女。
なんともいえない組み合わせである。
(´・_ゝ・`)「風邪ひくよ」
揺さぶるものの、ペニサスは起きない。
僕は途方にくれながら、せめて毛布でも探そうと家の中を探すことにした。
38
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:21:10 ID:q9TyRmLg0
居間のすぐ隣はキッチンであった。
綺麗に整頓されていて、生活感はあまり感じられなかった。
間違ってショールームにでも来てしまったかのような気分になった。
ペニサスは、ちゃんと食事をとっているのだろうか。
料理出来ない四十路手前の男は考える。
もし料理を作ってくれと言われたらどうしようか。
インスタント食品と惣菜が主食の僕は、目玉焼き一個作るのがやっとなのだ。
(´・_ゝ・`)「ん……?」
と、僕は奇妙なものを発見した。
洗いカゴの中に放置されているそれは、実験室で見たことがあるものだった。
ビーカー、乳鉢、乳棒。
料理するのに使うものとは到底思えなかった。
一体何をしているんだろうか、ペニサスは。
後で聞いてみようと思いつつ、僕はキッチンを後にした。
廊下をうろうろしていると、二階へ続く階段のスペースを利用した物置を見つけた。
もしかするとその中に毛布があるかもしれない。
そう思い扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
見られたくないものが入っているのかもしれない。
仕方なくそのまま二階へ上がることにした。
39
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:22:15 ID:q9TyRmLg0
階段は狭く、かなり急勾配であった。
手すりに掴まっていないと上がるのは難しく、壁か何かを登っている気分になった。
(´・_ゝ・`)「つ、疲れるなこの家は……」
上りきった頃には息が切れ、運動不足を実感することとなった。
さて二階には三つ部屋があった。
一つは書斎だったが、本棚に収まりきらなかった本が床に雪崩れているのを見て僕は中に入るのを止めてしまった。
もう一つは鍵がかかっていたので、中の様子は分からなかった。
書斎のすぐ隣にあったので、もしかするとペニサスの師匠の部屋なのかもしれないと僕は考えた。
最後の部屋は、ペニサスの部屋であった。
天蓋付きのベッドに、小振りなシャンデリア。
メープル色の机には、鬼灯を模したランプ。
チェストの上には小振りの釜と黒曜石の鏡が僕の顔を映していた。
白を基調とした壁には、青紫色のテッセンの絵が直接描かれていた。
小さな部屋なのに様々な情報が凝縮されている気がして、思わず目眩がした。
(´・_ゝ・`)「毛布を……」
無意識に一言漏らし、ベッドに近付く。
薄い掛け布団を手に取り、僕は逃げるようにしてその部屋から去った。
そしてソファーで眠るペニサスにそれを被せた後、僕の意識はぷっつりと途切れてしまった。
40
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:23:01 ID:q9TyRmLg0
起きた頃にはとっぷりと日が暮れていて、僕の体はあちこち軋んで悲鳴をあげていた。
('、`*川「床でなんか寝るからよ」
先ほどまでうたた寝していたソファーに腰掛けるペニサスは、憎たらしくそう言った。
僕は少しカチンとしながら、その隣に座った。
(´・_ゝ・`)「起こしたら君が怒るかと思って」
('、`*川「うぐ」
言葉に詰まったペニサスは、やおらその傍に置いてあった紙袋を差し出した。
('、`*川「ドーナツ食べる?」
(´・_ゝ・`)「もらおうか」
紙袋を覗くと、ピンクのチョコレートやしゃりしゃりしたグレーズのかかったドーナツが見えた。
それよりも僕はオーソドックスなオールドファッションが好きなのだが、残念なことにそれは今ペニサスの口に収まってしまった。
仕方ないのでもちもちした食感が売りのドーナツを食べることにした。
('、`*川「一個でいいの?」
(´・_ゝ・`)「食べたら考える」
('、`*川「じゃあイチゴのはもらっちゃうから」
細い指がピンク色のそれをつまみ上げる。
人工的な色合いをした食べ物が苦手な僕には、ありがたい選択であった。
41
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:24:24 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「これ食べたら、轢き逃げ犯を探すわ」
(´・_ゝ・`)「あ、ああうん」
急に聞こえてきた物騒な単語に、僕は少し面食らった。
(´・_ゝ・`)「どうやって探すんだい?」
('、`*川「スクライングするの」
(´・_ゝ・`)「スク……なんだって?」
ごくんと最後のひとかけらを飲み込み、ペニサスはどこか誇らしげに説明し始めた。
とはいえ例の寝間着のままなので格好はつかないのだが。
('、`*川「占いとかでよく水晶玉とか覗いて予言したりするでしょう?あれやるのよ!」
(´・_ゝ・`)「あー……」
紫色のベールで顔を隠した怪しげな老婆が巨大な水晶玉相手に手で覆う様を思い浮かべ、僕は頷いた。
('、`*川「わたしの部屋から黒い鏡持ってきて」
入ったから分かるでしょ、とペニサスは畳んだ掛け布団を僕に託した。
(´・_ゝ・`)「ついでにこれも戻して来いと」
('、`*川「話が早くて助かるわ」
早速僕はペニサスの部屋へ向かった。
いよいよ犯人が分かる。
自然と気分が高揚し、僕は滑るように階段を駆け上がった。
そしてあの真っ黒い鏡を手にして、慎重に階段を降りた。
黒曜石は言ってみれば天然のガラスである。
落としたらきっと粉々に砕けてしまうだろう。
42
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:25:35 ID:q9TyRmLg0
しかし本当にこんなもので分かるのだろうか?
正直半信半疑であった。
(´・_ゝ・`)「おっと」
部屋に戻ると、ペニサスは真っ黒なコルセットスカートと格闘していた。
いつ用意したのだろうか。
('、`*川「あ、ちょうどよかった」
これつけてくれない?とペニサスはペンダントを差し出した。
血のように赤い石がついていて、その中には細い針のような黒がいくつか入っていた。
(´・_ゝ・`)「はい」
('、`*川「ありがと」
そう言うペニサスは、すっかりさっきとは違う面持ちであった。
(´・_ゝ・`)「着替えるのも境界線を増やすためかい?」
('、`*川「そうよ。さっきの着ぐるみもほんとは着たくないんだけど、メリハリをつけたほうがいいって友達が言うから……」
(´・_ゝ・`)「君、友達いたの?」
思わずそう言うとペニサスはあからさまに機嫌が悪くなった。
('、`*川「いるわよ」
(´・_ゝ・`)「てっきり学校に行ってなさそうだからいないのかと」
慌てて弁解するも、彼女の唇はとがりっぱなしだった。
43
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:26:15 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「魔女には魔女なりのネットワークがあるんですぅー」
そう言って、彼女はテーブルに置かれた鏡と対峙した。
('、`*川「…… 、 、…………。 」
微かな声が僅かに部屋に響く。
相変わらず僕には何を言っているのか理解できなかった。
歌うようなその呪文は延々と長く続き、麻痺した時間が淀むように部屋を支配していった。
しかし終わりは唐突にやってきた。
('、`*川「……見えない」
焦ったようにペニサスは言った。
(´・_ゝ・`)「見えない?出来ないじゃなくて?」
('、`*川「今まではちゃんと出来たもん!」
むすっとした表情でペニサスは食ってかかった。
('、`*川「ちょっとした探し物とか占いとか……。それこそデミタスが死んだこともスクライングしなかったらわたし知らなかったもの!」
(´・_ゝ・`)「それは、その……。すまなかった」
少し傷付いたような表情は、僕の良心をちくりと抉っていった。
しかしできなかったのは事実なのだ。
僕は少しペニサスの能力を疑い始めていた。
('、`*川「もう一回やってみる」
そう言って鏡と向き合ったが、結局それを三回繰り返して彼女は諦めた。
44
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:27:22 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「たまたま調子が悪かったのかもしれないよ」
('、`*川「そんなのなんの慰めにもならないわよ……。基礎中の基礎なのに」
聞けばこんなことが起きたのは初めてなのだという。
ペニサス自身も戸惑っているのだろう。
僕はどう励ませばいいのかすっかり困っていた。
(´・_ゝ・`)「とりあえず……」
うーん、と考えて、僕は思い出す。
(´・_ゝ・`)「お菓子でも食べようよ」
('、`*川「今からコンビニ行くの?」
キョトンとした顔でペニサスは問う。
(´・_ゝ・`)「会社に私物のお菓子が随分残ってるのを思い出したんだよ」
('、`*川「え、会社に行くの?デミタスの?」
(´・_ゝ・`)「うん」
('、`*川「……これから?」
(´・_ゝ・`)「これから」
45
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:28:19 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「大丈夫なの?」
(´・_ゝ・`)「今日はノー残業デーだから誰もいないと思う。それにある程度私物の整理もしたいしね」
('、`*川「警備の人は……」
(´・_ゝ・`)「忘れ物したから取りに来ました、この子は姪っ子です、でごり押しする」
('、`*川「…………デミタスってさ」
(´・_ゝ・`)「うん?」
('、`*川「結構ぶっ飛んでるよね」
そう言いながらも、ペニサスは玄関へと向かっていった。
僕はそのうち自分の家にも行かなきゃなぁなどと考えていた。
どうせ僕が死んだことに誰も気付いていないだろう。
なんせ死体がこうして歩き回ってしまっているのだから。
46
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:29:28 ID:q9TyRmLg0
そもそも会社に行こうと思ったのは、朝ペニサスの家へ向かう時にその近くを通ったからであった。
三十分あれば会社へ着く距離に、まさか魔女がいるなんて。
まさに日常と非日常の境界線に立っているような気分になった。
別に魔女だの魔法だのに嫌悪感があるわけでもない。
ただ、僕はまだ自分の死を受け入れきれていなかった。
本当はすべて夢で、気付いたら会社と家の往復をするいつもの暮らしに戻れてしまうのではと思っていたりもする。
けれども僕は確かに死んでいるのだ。
痛覚は以前より鈍く、耳を澄ませても鼓動は聞こえない。
飲食はするし、汗や涙などは出てもやはりどこか違うのだという感覚は拭えなかった。
少しずつ、生前の僕を回収しなければ。
誰にも迷惑をかけないように、後腐れのないように。
(´・_ゝ・`)「ここだよ」
自転車をビルの隅に寄せ、僕は裏口へと案内した。
('、`*川「鍵はあるの?」
(´・_ゝ・`)「一応ね」
鍵穴に差し込み、回そうとする。
が、手応えはなかった。
(´・_ゝ・`)「……開いてる?」
('、`*川「ノー残業デーとかいう日じゃなかったの?」
(´・_ゝ・`)「そのはずなんだけどなぁ」
少し待つようにペニサスに言って、僕は先に中へ入った。
47
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:31:16 ID:q9TyRmLg0
緑色の非常灯に照らされた廊下には人の気配はない。
そろりそろりと静かに僕は歩みを進める。
二階の隅にある部屋が僕の職場であった。
が、その部屋は煌々と電気がついていた。
誰がいるんだろうか。
胃のあたりが少しきゅっと締まる感じがした。
ゆっくりと近付きながら、僕は落ち着くように何度も念じた。
部屋には、僕の部下であるギコがいた。
彼は机に突っ伏して眠ってしまっていた。
起こそうかどうしようか迷った末、僕は結局起こす事にした。
(´・_ゝ・`)「ギコくん、ギコくん」
うーん、と寝ぼけたような声が聞こえる。
(´・_ゝ・`)「風邪ひくよ」
ジリッジリッ、と蛍光灯が明滅する。
僕はもう少し強く彼の体を揺すった。
(,,゚Д゚)「んー……」
ギコは緩やかに目を覚ました。
そして僕の顔を見て、飛び上がった。
(,,゚Д゚)「ぶっ、ぶちょっ、ぶちょー!?」
(´・_ゝ・`)「おはようギコくん。こんなところで何してるんだい?」
(,,゚Д゚)「そんなの俺が聞きたいっすよ!というか部長どうしてここにっ……。今日、会社来なかったじゃないですか!なんで!」
48
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:32:39 ID:q9TyRmLg0
混乱しているのかめちゃくちゃになった日本語を叫びつつ、彼は頰に伝っていたよだれを拭った。
(´・_ゝ・`)「いやまあ、色々あってね」
言葉を濁しつつ、僕は自分のデスクへと移動した。
引き出しを開けるとお気に入りの万年筆や様々な形をしたゼムクリップが入っていた。
それをスラックスのポケットに突っ込み、また違う引き出しを開けた。
その中にはお菓子が山ほど入っているのだ。
小腹が空いた時にはもちろん、仕事がうまく進まなくてイライラしている子やうまく書類を作った子にあげるためのものだった。
それを折りたたみ式のバッグに片っ端から入れていった。
あとはもう別に欲しいものはなかった。
長居をしてもしょうがないので、僕はすぐ帰ることにした。
(,,゚Д゚)「部長、何を…………」
まさかお菓子だけ取りに来たんじゃないんだろうな?と彼の目は訴えていた。
本当にそれだけであった。
しかしそれでは格好がつかないので、僕は咳払いをして大仰にこう言った。
(´・_ゝ・`)「ギコくん」
(,,゚Д゚)「は、はい」
(´・_ゝ・`)「こんな時間になるまで残業するほど仕事熱心なのは感心するが、きちんと家に帰って休むんだよ」
(,,゚Д゚)「え、あ、はい」
キョトンとする彼は、どうして僕がこんなことを言うのか分かっていないようだった。
まあ分かるわけもないだろう。
僕にだって分からないのだから。
49
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:34:17 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「それにしても君は残業するのが嫌いじゃなかったのかね?」
僕の記憶では、皆が会社に残っていても真っ先に定時で帰っていたはずだった。
その彼がこんな風に一人で会社に残っているのを見るのは、初めてであった。
(,,゚Д゚)「いやぁ、ちょっと昨日眠れなくて……」
零点のテストを母親に見つけ出された子供のような顔をして、彼は言った。
(,,゚Д゚)「それで寝不足で仕事してたら全然進まなくて、少し残ろうと思ったらいつの間にか寝ちゃって……」
(´・_ゝ・`)「なにか心配事でもあるのかい?」
(,,゚Д゚)「ええ、まあ……」
(´・_ゝ・`)「そうか……」
もし僕が生きていたら、飲みに誘って話でも聞いてあげられたのに。
そんなことを思いながら、僕はギコを見つめた。
(,,゚Д゚)「部長、まだこの時間って電車ありますよね」
午後十一時半過ぎ。
かなり本数は少ないが、まだまだ終電には程遠い。
(´・_ゝ・`)「あるけど、君車通勤だったろう」
(,,゚Д゚)「いやぁ、その……車が調子悪かったもんで」
(´・_ゝ・`)「そうなのか。車は維持費がかかって仕方がないよな」
(,,゚Д゚)「ええ、そうっすね……」
彼の目は忙しなく、天井の蛍光灯と僕を行き来してきた。
いつもの彼はやる気がなく常にかったるそうにしているのに、どうも今日は様子が変だった。
50
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:36:41 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「切れかけの蛍光灯ってどうにも落ち着かないよね、不気味でさ」
(,,゚Д゚)「そ、そうっすよね」
(´・_ゝ・`)「僕の近所にもこれよりもっとひどい状態の街灯があってさー」
(,,゚Д゚)「あー、あのトンネルは雰囲気ありますよね」
ははは、と僕らは笑い合い、固まった。
僕は気付いてはいけないことに気付いてしまった。
ギコは言ってはいけないことを言ってしまった。
(´・_ゝ・`)「ギコくん、」
(,,゚Д゚)「…………」
沈黙ののち、ギコは僕に向かってハサミを投げつけた。
(´・_ゝ・`)「あぶなっ」
い、という言葉と同時にドスンという衝撃。
ふー、ふー、という荒い息が目前で聞こえる。
(,,゚Д゚)「なんでだ」
僕の腹に突き立てられたカッターナイフが抉るように震えた。
(,,゚Д゚)「なんっっっで死なねえんだよおおおおおお!!!!!???」
蹴り飛ばされ、僕は床に転がった。
全然痛くないものだから、僕は悠長に殴られ続けた。
(,,゚Д゚)「昨日!!!確かに殺しただろおおおがよぉぉぉぉぉ!!!!!」
(´・_ゝ・`)「ギコくんだったのか」
改めて、僕は犯人と対峙する。
夜叉のような顔つきになったギコくんは、憎々しげに叫ぶ。
(,,゚Д゚)「死ね!死ね!!死ねェェェェェ!!!!!!」
ごめん、もう死んでるんだ。死んでるけどうごいちゃってるんだよ。
なんて言ったら、彼はますます取り乱すだろう。
僕は代わりに問う。
(´・_ゝ・`)「僕、君に何かしたっけ」
51
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:39:12 ID:q9TyRmLg0
(,,゚Д゚)「しまくりだよこのクソ上司が!!!!!!!!!!いつもいつも女ばっかり贔屓して仕事回さないせいで俺んところに仕事がくるんすよ!!!!?????女には残業させないで男には会社残れってどんな女尊男卑ですか最低っすよ!!!!!!これで同じ賃金だから笑っちゃいますよねえええええ!!!!!女どもは仕事しねえから忙しくなってもクソの役にも立たねえしその分また仕事がこっちに流れてくるしでほんとあたまおかしい!!!いかれてるわ!!!!!!それで残業するのが嫌だから早く帰ればあからさまにイラっとするし、イラっとしたいのはこっちの方だってんだよクソッタレが!!!!!!!贔屓したケツ持ちはてめえ一人でやれや!!!!!!!あ、あとなんでマイカー通勤してるか知ってますぅ!!!!???せっかく定時に上がってもてめえが飲みに誘って来るからだよ!!!!!!!!俺が酒飲めないって言いましたよね?さっさと職場から離れて家帰って好きなことして一人で充実したいんですよ!!!!それなのにあんたは!!!飲みニケーションとかふざけたことを言いやがる!!!知らねえよ!!!俺の酒が飲めねえのかって飲めねえよ!!!!!!!!飲みたくもねえよ!!!!!!!!なにか悩み事でもあるのかい?一杯引っ掛けながら話を聞いてやろう?お心遣いありがとうございます今からとっとと舌噛んで死んでくれってずーーーーーーーーーーーっと思ってましたよ、俺!!!!!!!!!悩みの種は今目の前で面倒見のいい上司を演じてるクソ野郎だってことをクソ野郎は理解できないんだからほんと困っちゃいますよね!!!!死ね!!!!死ねェ〜〜〜〜!!!!死んじま」
ごいん、と物騒な音が響いた。
同時に馬乗りになって叫び続けていたギコは、バッタリと倒れてしまった。
52
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:40:53 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「うるさいんだけど」
消火器を抱えたペニサスは、冷たく言い放った。
('、`*川「あんまり遅いから様子見に来ちゃった。犯人、見つかったのね」
(´・_ゝ・`)「そのようだね」
僕は納得していなかった。
そんな風に僕は見られていたのだろうか。
女子社員を優遇しているつもりはなかった。
最近は物騒な世の中になったから、女子社員に残業させるのは危ないと思っていた。
男は力があるし、体力もある。
何も危ないことはないし、僕もよく昔は会社に泊まっていた。
お菓子を上げるのはたしかに女子社員ばっかりだったが、女性は甘いものが好きで男は酒の方が好きだろうと思っていたからであった。
それに僕が若い時なんかは、上司から飲みに誘われたら断るのはもってのほかであったし、お金は全部払ってもらえるのだからかえって有り難かった。
僕は、自分のことを善良な人間だと思っていた。
そうだと信じ込んでいた。
('、`*川「とにかく、気付かれないうちに帰りましょ」
ゴトンと床に消火器を転がして、ペニサスは催促した。
(´・_ゝ・`)「ああ、うん」
('、`*川「もー、せっかくの服が台無しね……」
(´・_ゝ・`)「すまなかった」
と言いつつも、僕はこのフリル付きのシャツから解放されるのが嬉しかった。
53
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:42:58 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「いいわよ、まだ同じ服がたくさんあるから」
(´・_ゝ・`)「…………」
どうやら喜ぶのにはまだ早かったらしい。
僕は頭を抱えたくなった。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
('、`*川「ん?傷口なら塞がってるみたいだから大丈夫よ」
(´・_ゝ・`)「そうじゃなくて」
と答えながら僕は腹の刺し傷を探った。
あれだけ刺されたというのに、いつの間にかそれは跡形もなく消え去っていた。
(´・_ゝ・`)「僕は、殺されるほど悪い人間だったんだろうか」
('、`*川「知らないわよ」
ペニサスは振り返らずに進む。
('、`*川「だって会って一日しか経ってないもの」
緑色の明かりが彼女の背を照らす。
それはやけに印象的に映り、僕の脳裏に焼き付いた。
('、`*川「そんなことより、早く家に帰ってお菓子食べましょ」
(´・_ゝ・`)「……はいはい」
もう二度と、ここには来ないだろう。
背後で閉まる扉の音は、やけに重々しかった。
54
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:43:42 ID:q9TyRmLg0
二を去るにまかせよ 了
.
55
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:44:57 ID:q9TyRmLg0
登場人物紹介
(´・_ゝ・`) 盛岡 デミタス
善意が裏目に出るタイプ。ドーナツにはブラックコーヒー派
('、`*川 ペニサス
憧れと同化したいタイプ。ドーナツには冷たい牛乳派
(,,゚Д゚) ギコ
本音を溜め込むタイプ。ドーナツにはラムネ派
ドーナツ
何故か掃除屋さんが経営しているドーナツショップで買える
ペニサスは百円セールの時にしか買わない
56
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 17:47:51 ID:jLErJS8M0
乙! 案外早く犯人見つかったね。サクサク進んでいい感じ
やっぱりあのドーナツはミス(ここでコメントは途切れている)
57
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 19:17:33 ID:1P3sibrY0
乙
俺がデミタスだったら多分泣いてる
58
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 19:54:00 ID:3WPqng8g0
乙ー デミ気の毒やな
59
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 20:16:52 ID:O7U1osKk0
おつおつ!ギコ怖すぎ
60
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 20:48:50 ID:TQG1Etms0
乙 ドーナツはあんまり食べないなぁ…
61
:
名も無きAAのようです
:2015/04/30(木) 23:35:29 ID:BpyhuTcE0
乙
こういう例ってたくさんあるんだろうな……殺すまで行かなくても
62
:
名も無きAAのようです
:2015/05/01(金) 23:01:32 ID:Etf3RU7U0
乙乙
次からはどう話すすめてくのか気になる
63
:
名も無きAAのようです
:2015/05/02(土) 02:52:14 ID:eMiqRTtU0
どっちの気持ちもわかる
でも、殺すまではいかねえわ
64
:
名も無きAAのようです
:2015/05/03(日) 23:02:20 ID:Wm/G2n7U0
続き期待
支援
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1695.jpg
65
:
名も無きAAのようです
:2015/05/03(日) 23:05:10 ID:R8XDixlI0
かわいいなぁ
66
:
名も無きAAのようです
:2015/05/03(日) 23:32:19 ID:lJMP/z4A0
ペニサスがもろ俺のイメージ通りだ
乙
67
:
名も無きAAのようです
:2015/05/06(水) 00:56:50 ID:GDzZS9p60
乙乙
ギコは実力行使せずに、思っていたことを正直に話してればこのデミタスなら分かってくれただろうにと思うと悲しい
でもデミタスも独りよがりっぽいとこあるみたいだから人間関係って難しいね
文章から情景が想像しやすくて面白いなあ
ペニサスと同じく牛乳派です
>>64
かわいい
68
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:01:28 ID:v1Qmnnm20
三をただちに作れ、しからば汝は富まん
.
69
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:02:41 ID:v1Qmnnm20
僕が使い魔になって一週間が経とうとしていた。
魔女の使いっ走りらしい仕事は意外な程少なかった。
せいぜいそれらしいことといえば庭から花を摘み取ってペニサスに渡すくらい。
普段は料理以外の家事ばかりを任されていた。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
('、`*川「なによ」
バウムクーヘンから目を離さず彼女は返事をした。
今は一枚ずつ生地を剥がす作業に夢中になっているらしかった。
ちなみに棒に巻きついている側からちまちまと剥がして食べていた。
(´・_ゝ・`)「行儀悪いよ」
('、`*川「え、バウムクーヘンってこうやって食べないの?」
(´・_ゝ・`)「食べないよ」
フォークで一口サイズに切って食べる様を見て、ペニサスはつまらなさそうな顔をした。
('、`*川「人生の半分は損してると思う」
(´・_ゝ・`)「そんなことで損するなんて君の人生どうなってるんだい」
('、`*川「これが楽しいんじゃないのー」
とうとう薄っぺらになったそれは、ぱたんと倒れてしまった。
ぶすりとフォークが突き刺さり、それは一口でペニサスの口へと吸い込まれていった。
ああ、本当に行儀が悪い。
僕は溜め息を吐いた。
70
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:03:31 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「おかわりは?」
('、`*川「もういいわ。これ以上食べると夕飯食べれなくなっちゃう」
(´・_ゝ・`)「そうか」
切り分けたまま放ってあったバウムクーヘンに、僕はラップをかける。
そしてほとんど中身の入っていない冷蔵庫の中に仕舞った。
('、`*川「夕飯は内藤屋のメンチカツがいいなー」
紅茶を飲みながら言われた言葉に、僕は眉を顰めた。
内藤屋は恰幅の良い男がやっている総菜屋だ。
少し味付けは濃いが、大抵のものはうまい。
僕もあそこで作られた人参のきんぴらは絶賛したいくらい好きだった。
問題はメンチカツである。
あそこで取り扱っているメンチカツは二種類あるのだ。
一つはオーソドックスなメンチカツ。
細かく刻まれたキャベツと甘辛くにつけたひじきが入っていて、ソース無しでも食べられる自慢の逸品だ。
もう一つはチョコレート入りのメンチカツだ。
語るに恐ろしい一品だ。
一口だけ食べたことがあるが、あの甘ったるさとジューシーな肉汁が混ざったあの味はお世辞にも美味いと言えるものではなかった。
もちろん自ら食べたわけではない。
ペニサスの好物だから、無理矢理勧められて食べる羽目になったのだ。
はっきり言って、ペニサスは味オンチであった。
('、`*川「どうしたの?」
不思議そうな顔でペニサスは問う。
71
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:04:11 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「いいや別に」
('、`*川「うそつき。主人に歯向かうのね」
(´・_ゝ・`)「それよりご飯はいくつ炊けばいいのかな」
('、`*川「二合」
(´・_ゝ・`)「わかった」
('、`*川「あっ」
待ちなさいこらー!などという言葉を背に浴びながら、僕はキッチンへと逃げ込んだ。
違う話を振るとすぐそれに乗せられてしまうから、彼女のあしらい方はかなり雑であった。
楽でいいのだが。
('、`*川「ちょっと!」
(´・_ゝ・`)「あれ?」
楽じゃなかったようである。
('、`*川「最近わたしの扱い雑じゃない?」
(´・_ゝ・`)「気の所為だよ」
('、`*川「気の所為じゃない」
真っ直ぐな視線が僕を射抜く。
ああ、このままでは負ける。
なぜかとっさにそう思い、僕も見つめ返した。
72
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:04:57 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「やっぱり年下にこき使われるのが嫌なの?」
(´・_ゝ・`)「その言葉を使われるほど忙しかったためしはないね」
仕事をしていた時の方がよっぽど忙しかった、と僕は振り返る。
最初こそ慣れない家事に翻弄され、ペニサスに怒られたこともある。
しかし効率よくこなすコツさえ見つけてしまえば、のんびりする時間はいくらでも出来た。
つまり、暇を持て余していた。
('、`*川「むー……」
我に返ると、なにやらペニサスは唸っていた。
どうやらずっと考え事をしていたらしかった。
そしてくるりと背を向け、キッチンを出て行ってしまった。
いまいち何を考えているのか掴めない子である。
とりあえず米を研いでしまおうと、僕が炊飯釜を取り出した時だった。
とたとたと走る音とともに彼女は戻ってきたのだ。
('、`*川「決めた!」
(´・_ゝ・`)「何をだい?」
('、`*川「明日サバトに行く!」
(´・_ゝ・`)「鯖都?」
思わず新鮮な鯖が歩き回る街を思い浮かべる僕に、ペニサスは呆れたような顔をした。
('、`*川「サバトよサバト!魔女の集まり!夜会!」
(´・_ゝ・`)「井戸端会議みたいなものかね」
('、`*川「もっと高尚なものよ!」
73
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:05:49 ID:v1Qmnnm20
ふん、と鼻を鳴らし、それからこう付け加えた。
('、`*川「たぶん」
(´・_ゝ・`)「行ったことないのか」
('、`*川「師匠がダメっていうから……」
(´・_ゝ・`)「怒られるんじゃないのかそれ」
しばしペニサスは考え、真面目な顔をしてこう言った。
('、`*川「バレなきゃ平気よ」
(´・_ゝ・`)「不良だ」
('、`*川「好きに言ってなさい」
ふん、とペニサスは拗ねたように鼻を鳴らした。
(´・_ゝ・`)「君のお師匠さんはさ」
('、`*川「ん?」
(´・_ゝ・`)「どうして君が魔女になることに反対しているんだろうね」
ずっと疑問に思っていたことを僕は口に出した。
ペニサスは一瞬狼狽えたような顔をして、それからこう答えた。
('、`*川「知らないわ」
(´・_ゝ・`)「教えてくれないのか」
('、`*川「うん」
74
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:07:45 ID:v1Qmnnm20
でもね、と言葉は続く。
('、`*川「わたしはあの人の助けになりたいの」
(´・_ゝ・`)「助けか」
('、`*川「……って言ったって、師匠からは絶対魔法のことなんか教えてくれないし。教えてくれる友達もいるけど、その人もたまにしか帰ってこないし」
はあ、とため息が一つ漏れる。
それでも彼女の瞳は力強く光を宿していた。
('、`*川「でもわたしはあきらめない」
(´・_ゝ・`)「…………」
魔女のなにが彼女をそこまで魅了するのだろう。
そこまでの影響を与えた師匠はどんな人物なのだろう。
僕の興味はますます掻き立てられていった。
('、`*川「あー、そうだ」
ふと思い出したようにペニサスは言う。
('、`*川「あとで薬作らなきゃ」
(´・_ゝ・`)「薬?何の?」
('、`*川「いつも持ち歩いてる飴あるでしょ」
ああ、あの不味い飴ね、という言葉は飲み込む。
その代わりに頷いてみせた。
('、`*川「あれ眠気覚ましの薬なの」
(´・_ゝ・`)「へえ」
75
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:08:44 ID:v1Qmnnm20
あれを食べてもなお眠そうに目をこするペニサスの姿を僕は思い出す。
オーバードーズしそうな勢いで貪っても結局うたた寝してしまうのだから、効いているとは到底思えなかった。
('、`*川「あれがないと夜更かしできないのよ。そうしたら、サバトに行けなくなっちゃうでしょう?」
(´・_ゝ・`)「……ペニサスくん」
('、`*川「なあに?」
(´・_ゝ・`)「君はつくづく魔女に向いていないよね」
('、`*川「お黙りっ」
つかつかと詰め寄り、背伸びした彼女は僕の鼻を思いっきりつまんだ。
案外痛くて、僕は思わず声を漏らしてしまった。
(´・_ゝ・`)「悪かったよ」
('、`*川「デミタスなんか嫌い。嫌いったら嫌いよ」
ぶつぶつと呟きながら、彼女は出て行った。
(´・_ゝ・`)「まったく……」
すると再び足音が聞こえてきた。
('、`*川「これ、材料だからあとで棚から出して測っといて」
今度こそ、ペニサスはキッチンから去っていった。
走り書きのメモには、乾燥した馬酔木の花やヒヨスの根など植物の部位が記されていた。
そして僕は気付く。
(´・_ゝ・`)「ごめんペニサスくん、お米いくつ炊くんだっけ」
76
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:09:34 ID:v1Qmnnm20
ペニサスにどやされながら頼まれた用事を終えた僕は、薬作りを見学させてもらうこととなった。
真っ黒な服に身を包んだ彼女の表情は、真剣そのものであった。
('、`*川「わたしがいいって言うまで喋らないで」
分かったという代わりに、僕は頷いた。
手始めにペニサスはちりちりと小さなベルを鳴らした。
それを鳴らし終えると、次は乳鉢にいくつかの種を入れた。
ごりごりと種がすり潰される音がキッチンに響く。
手際よく作業は進み、次に小さな釜の中に潰した種や葉っぱや黒い塊などを入れ始めた。
なにやら小さなボトルをポケットから取り出し、それも加えてしまった。
ボトルの中に入っていたのはとろりとした液体であったが、正体はまったく分からなかった。
ボトルと入れ替わりに、今度は鞘に収まったナイフが出てきた。
凝った装飾が施されたそれで空を切りながら、ペニサスは言葉を紡ぎ出した。
なにを詠っているのか僕にはやはりわからない。
でも鼓膜を心地よく揺らすそれは、非常に穏やかで嫌いではなかった。
ペニサスはナイフをしまい、小さな釜を持ち上げた。
釜が向かった先はコンロだった。
歌は緩やかに、蛇行する川のように遅くなる。
と同時に火がつけられた。
('、`*川「 、 、 ……。 …………」
ちりん、ちりん。
ぐつり、ぐつり。
呪文は止み、ベルの音と釜が煮えかける音がキッチンを支配する。
僕は夢から醒めたような、不思議な気分になった。
('、`*川「もう喋ってもいいわ」
(´・_ゝ・`)「お疲れ様」
77
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:10:18 ID:v1Qmnnm20
労いの言葉に、ペニサスは一瞬驚いたような顔をした。
そして照れ臭そうに、短く礼を言った。
(´・_ゝ・`)「ところでさ」
('、`*川「うん?」
(´・_ゝ・`)「どうして魔女の言葉というのは、聞き取りにくいのかね」
僕の質問にペニサスは、しばし考え込んだ。
どうやって説明しようかを悩んでいるようだった。
('、`*川「呪文って実は祈りの言葉なの」
(´・_ゝ・`)「祈りか。誰に向けて願うんだい?」
('、`*川「力を貸してもらえそうなありとあらゆるものによ」
祈りというのは髪の毛よりも細い糸のようなものだと彼女は言う。
人一人が紡ぐそれは非常に脆い。
しかしあらゆる万物や現象に語りかけることで、その祈りの数を増やしていくのだという。
('、`*川「あらゆる境界線を知れば、その分わたしたちが認識できる他物は増えていく。知らなければそれに語りかけることはできないの」
(´・_ゝ・`)「知らなければいないのと一緒というわけか」
('、`*川「そういうこと」
(´・_ゝ・`)「じゃあ僕の時はなんて祈ってたんだい?」
するとペニサスは苦笑した。
78
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:11:04 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「教えられないわ」
(´・_ゝ・`)「どうして?」
('、`*川「相手に知られてしまうとどんなに強い魔女でもその魔法を解くことは出来なくなるの」
(´・_ゝ・`)「まるで呪いだな」
('、`*川「まじないものろいも本質は同じよ」
多数の祈りが少数を飲み込むのなんてわけのない事だという。
その間に魔女が入ることで祈りを淘汰し、効きすぎないようにセーブするのだそうだ。
(´・_ゝ・`)「なるほど」
('、`*川「わかった?」
(´・_ゝ・`)「大体はね」
それよりも僕は気になることがあった。
(´・_ゝ・`)「ところでペニサスくん」
('、`*川「なに?」
(´・_ゝ・`)「これ本当に大丈夫なのかい」
79
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:11:44 ID:v1Qmnnm20
思わず釜を指差してしまった。
ありえない色合いの泡を噴き出しながら煮えるそれは、まさしく毒物であった。
('、`*川「大丈夫よ」
なんだそんなことかと言わんばかりのペニサスに、
(´・_ゝ・`)「あ、そう」
としか返せなかった。
一度はこの液体が凝り固まった物体を食べてしまったんだよな、と僕は暗い気持ちになった。
('、`*川「どうしたの?」
(´・_ゝ・`)「どうもしないよ」
もう二度とペニサスの勧めるものは食べるまいと僕は心に決めたのだった。
80
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:13:01 ID:v1Qmnnm20
薬が完成した後、慌ただしく食事と入浴を済ませてペニサスは床に就いた。
明日のサバトに備えてなるべく多く寝ようという魂胆であった。
一方僕はまったく眠れず、こまめに寝返りをうっていた。
生きていた頃は睡眠時間が全くとれず、四時間寝れば十分といった暮らしぶりだった。
しかし今は日付が変わる前に寝る体制が整ってしまう。
くわえてそれほど忙しくもないので、全く疲れなかった。
眠くなるわけがなかった。
(´・_ゝ・`)「はあ」
時刻は九時半過ぎ。
いつもならペニサスと一緒に風呂上がりのアイスをつつく頃合いだ。
特に会話もしないが、誰かがそばに居るだけでなんとなく安心感があった。
こういう時に限って、どうしてか人恋しく思っていた。
今まで一人で暮らしていたというのに、なぜ。
ごろんと再び寝返りを打つ。
衣擦れの音がやけに響く。
カチカチと時計の針が進む。
時間を無為にしているような気がした。
体が空虚に感じられる。
急き立てられるような気配によって胸の奥が焦土と化す。
僕はまた寝返りを打った。
私物が入った段ボール箱が目に入る。
住んでいた部屋から持ってきたものだ。
しかしこれといって、持っていきたいと思うものは少なかった。
まさか一箱で済んでしまうとは僕も思っていなかったのだが。
(´・_ゝ・`)「ああ」
81
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:13:56 ID:v1Qmnnm20
思わず声が漏れる。
カーテンを引いているのに、蔓に覆われているのに、窓から月光が射してくる。
白く、柔らかく、全てを暴くような月光。
こんなにも月は明るいものだっただろうか。
昔からそうだったのだろうか。
僕は全く、知らなかった。
ちなみに僕の寝床は居間である。
ペニサスが簡易ベッドを空いているスペースに設置してくれたのだ。
白家具で統一された部屋に、黒い鉄パイプベッド。
せっかく綺麗に誂えてあったのに、台無しであった。
かといってまさかペニサスの部屋に泊まりに行くわけにも行かないのだが。
(´・_ゝ・`)「…………」
軽く目を瞑る。
全てを遮断しようと試みた。
真っ暗だ。
何も見えない。
かつかつと靴音が聞こえる。
反射し、響いて、何人も歩いているような錯覚。
でも錯覚なのだ。
僕はこの音をよく知っている。
あのトンネルの中を歩いているとこんな風な音がするのだ。
僕は一人だ。
一人で歩いている。
エンジン音が遠くからやってくる。
加速してやってくる。
僕を殺しに、やってくる。
82
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:14:44 ID:v1Qmnnm20
あっという間にその時は訪れた。
僕の体は宙に舞い、壁へと激突した。
骨が折れる。
血が垂れる。
息を吐き切ったきり、吸うことができない。
息苦しい。
僕はまた死んだのか?
「おい」
と声がする。
無様に転がる体が持ち上げられる。
(,,゚Д゚)「てめぇなんか死んじまえばよかったんだ」
ギコくん、と呼びかけようとした。
しかし喋ることはできない。
僕は死んでいるからだ。
(,,゚Д゚)「くたばれ」
くたばっているよ。
(,,゚Д゚)「死に損ないが」
そうだね。
(,,゚Д゚)「二度と俺を苦しませるな」
そんなつもりはなかったんだ。
83
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:15:37 ID:v1Qmnnm20
(,,゚Д゚)「死ね」
うん。
(,,゚Д゚)「偽善者が」
本当に、すまなかったよ。
(,,゚Д゚)「みんなてめぇを見下してんだよ、クソ野郎が」
そうかもしれないね。
僕は、どうしようもない人間だったんだ。
体にナイフが埋もれていく。
何本も何本も。
それが誰の手によるものなのかはわからない。
わからなくてもよかった。
ただ奇妙なことに、責められると楽だった。
善人であろうとするには相当な労力がいるのに、こうしているととても心地よく感じられた。
もうクズでもバカでもいいのかもしれない。
僕はもう––––。
……?
「…………、デミタス!」
と、その時声がした。
84
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:16:21 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「……うん?」
浅い眠りから覚めると、ペニサスがそばにいた。
('、`*川「寝てた、よね……?」
(´・_ゝ・`)「いや、うとうとしてた」
あまり眠れなくて、と欠伸しながら答えるとペニサスは少しホッとしたような顔をした。
('、`*川「わたしも眠れないの」
(´・_ゝ・`)「夜更かしが苦手な君が?」
茶化すように言うと、
('、`*川「そうね」
と素っ気なく返事が返ってきた。
どうやら真面目に悩んでいるようだった。
(´・_ゝ・`)「それで、何をしに来たんだい」
('、`*川「眠くなるまで話をしていたいの」
(´・_ゝ・`)「ああそう」
僕は体を隅に寄せた。
あまり広くないベッドだが、まぁなんとか寝れなくはないだろう。
などと考えていたのだが、ペニサスはキョトンとした顔でそれを眺めていた。
85
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:18:23 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「え、一緒に寝るの?」
(´・_ゝ・`)「今はまだ暖かいけど段々これから冷えるから風邪ひくよ」
('、`*川「いいわよ、そんな……」
(´・_ゝ・`)「風邪引いたらサバトに行けなくなるかもしれないよ」
実際今日の彼女は薄手のTシャツであった。
ここ最近陽気が良かったので、あの着ぐるみは仕舞ってしまったのだろう。
ペニサスはしばし考え、体を動かした。
('、`*川「狭くない?」
(´・_ゝ・`)「僕は平気だけど、嫌なら床で寝るよ」
('、`*川「寝なくていい」
風邪引くといけないから。
背を向けて、小さく言葉が返ってきた。
僕もそれに習って背を向けることにした。
あまり他人の背中をじろじろ見るのも失礼だろう。
('、`*川「デミタス」
(´・_ゝ・`)「なんだい」
('、`*川「デミタスにも怖いものはあるの?」
86
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:19:13 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「あるよ」
('、`*川「あるの?」
(´・_ゝ・`)「僕だって人間だよ。もう死んでるけどさ」
('、`*川「ふうん」
一瞬の沈黙。
ペニサスの呼吸だけが聞こえる。
浅く息を吸って吐く音だけが。
('、`*川「実は」
(´・_ゝ・`)「実は?」
('、`*川「……サバトに行くのが怖いの」
師匠と友達以外の魔女に会ったことがないのだとペニサスは言う。
彼女の知識は書庫にある本と師匠から聞いた一握の話だけ。
どんな魔女がいるのか、果たして師匠に認められなかった自分を彼らは受け入れてくれるのか。
('、`*川「今までは師匠に追いつこうとするのに必死で、そんなの考えたこともなかった」
ゆっくりと、息が吐き出される。
憂いを含んだそれは部屋に淀み、僕らを取り囲む。
僕はなんとなく片手を振り回した。
散り散りになって消えてしまえばいいと思った。
('、`*川「デミタス?」
(´・_ゝ・`)「いや、少し暑くなったような気がして」
87
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:21:56 ID:v1Qmnnm20
適当なことを言って誤魔化す。
納得したかどうかはわからない。
彼女はなにも言わないからだ。
('、`*川「…………デミタスが怖いと思うものって、なに?」
(´・_ゝ・`)「今度は僕か」
('、`*川「いつも飄々としてるし、なに考えてるかわからないもの」
(´・_ゝ・`)「…………」
そんな風に思われていたのか。
少しショックだったが、思い返すとそうだったかもしれない。
彼女の前で笑ったことも怒ったこともない。
ただペニサスに言いつけられた通りに仕事をして、決まった時間に食事を摂っていただけだった。
そこに会話はない。
僕もまたペニサスがなにを考えているのかわからなくて、なにもしなかった。
……いや違う。
怖かったのだ。
ちょっとした立ち振る舞いが、他人にどう受け止められるのかが。
優しくしたつもりが、相手にとって不服だったら?
または傷付けてしまったら?
他人が僕の挙動をどう見ているのか、考えているのか。
その恐怖はだんだんと僕の手足を拘束し、脳に染み込んでいった。
('、`*川「デミタス?」
魔女の声が聞こえる。
88
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:24:05 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「僕は他人が怖いよ」
('、`*川「怖いの?」
(´・_ゝ・`)「僕の行動の一つ一つが他人にどう思われているのか、すごく怖いよ」
告白と共に、毒を吐瀉したような気分になった。
自覚すればするほどその毒は溢れ、僕の体はますます重くなった。
('、`*川「そんなこと考えてたの?」
そんなこと、と一蹴されてしまった。
君にとっては些細なのかもしれないけど、僕にとっては深手なんだよ。
と口から出掛けて飲み込んだ。
怒るかもしれないと思ったからだ。
('、`*川「あ、今なんか言いかけてやめたでしょ」
バレている。
(´・_ゝ・`)「何故、そう思ったんだい」
('、`*川「そういう時って臆病になるから」
がさごそともがく音。
寝返りを打ったのかもしれない。
僕は振り向けずにいた。
('、`*川「わたしが魔女になりたいと師匠に言った日、」
(´・_ゝ・`)「…………」
('、`*川「すごく怒られたわ」
89
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:25:30 ID:v1Qmnnm20
『どうしてそんなことを言うんだい。君は、ただ生きているだけでいいのに』
そう言われた瞬間、ペニサスは憧憬や願望を持つことが悪い事なのかと悩んだ。
どうして魔女になってはいけないかを問うても、師匠は口を噤むばかり。
けれどもどうしても助けたかった。
師匠は世界中の不幸を摘み取ろうとしているのだそうだ。
無数に散らばる全ての不幸を。
('、`*川「みんなに幸せでいてほしいって、師匠は言うけど。でも、帰ってくるとすごく疲れた顔をしてる時があるの」
(´・_ゝ・`)「つまり君はお師匠さんの幸せを願っているんだね」
('、`*川「うん」
(´・_ゝ・`)「いい子だね、ペニサスくんは」
('、`*川「でも魔女になることで師匠を不幸にするのかなとも思うの」
(´・_ゝ・`)「だけど君は師匠のためになにかしたいんだろう?」
('、`*川「そうね」
(´・_ゝ・`)「生きているだけでいいなんて、ずっとそのままそこで留まるのは無理だよ。ペニサスくんは若いんだし先があるんだから、やりたい事なんて幾らでも思いつくだろう」
そういえば、と僕は聞きそびれていたことを思い出した。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくんは一体いくつなんだい?」
('、`*川「…………」
ペニサスは黙してしまった。
もしかして聞いてはいけないことだったんだろうか。
背中をつぅっと冷や汗が流れた。
90
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:26:20 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「実は、わからないの」
(´・_ゝ・`)「え?」
予想外の返答に僕は戸惑う。
('、`*川「記憶喪失なの。師匠に拾われる前のことはさっぱり覚えてなくて」
(´・_ゝ・`)「ああ……。てっきり長生きしすぎて年がわからないとかそういうのかと」
('、`*川「勝手におばさんにしないでよ」
(´・_ゝ・`)「ぐぇっ」
背中を勢いよく蹴飛ばされ、思わず噎せる。
('、`*川「というか、他人が怖いって言う割には遠慮がないよね!」
(´・_ゝ・`)「いだだだ、痛いよペニサスくん」
先ほどよりは軽い蹴りが僕を襲う。
掛け布団がもみくちゃになり、ずれて、床へ吸い込まれていった。
かわりに凛と冷えた空気が落ちてきた。
(´・_ゝ・`)「ああもう、埃だらけになっちゃうよ」
('、`*川「じゃあ明日掃除してよ」
(´・_ゝ・`)「君が散らかしたのに」
('、`*川「でもあなたが使い魔なのよ?」
(´・_ゝ・`)「職権乱用だ」
91
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:27:09 ID:v1Qmnnm20
ふざけた会話をしていくうちに、僕は一つ気付いたことがあった。
ペニサスはとても素直だ。
建前もなにもなく、いつだって本音で僕にぶつかってくる。
だからどうしても、からかいたくなってしまうのかもしれない。
それがとても楽しくて仕方がなかったのだ。
(´・_ゝ・`)「やれやれ」
僕は落ちた布団を拾いに起き上がった。
気付けば月光はさらに青白さを増していた。
(´・_ゝ・`)「今日の満月はずいぶん大きいね」
思わず口に出すと、ペニサスが答える。
('、`*川「満月は明日よ。今日は小望月」
(´・_ゝ・`)「そうなの?」
('、`*川「サバトは満月の夜に開かれるんだって」
ベッドから降りて、ペニサスは窓へと近付いた。
鍵が外され、カラカラと窓が開かれる。
甘ったるい花の匂いが部屋に雪崩れ込んだ。
ペニサスはほんの少し蔦をどけて、手招いた。
('、`*川「ほら、見て。ほんの少しだけ欠けてるでしょ」
(´・_ゝ・`)「……わかんないな」
92
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:28:19 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「えー、わかんないの?」
(´・_ゝ・`)「うん」
('、`*川「老眼?」
(´・_ゝ・`)「老眼は近くが見えなくなるんだよ」
('、`*川「そうなの?」
(´・_ゝ・`)「きっと僕のは仕事でパソコンとにらめっこしてたから、目が悪くなったんだよ」
('、`*川「ふーん」
そのまま僕たちは、ずっと話をしていた。
真っ黒な空が瑠璃色に変わっても、月が薄ぼけても、ペニサスに眠気は訪れなかった。
結局、彼女が眠くなり始めたのはすっかり夜が明けてしまった頃だった。
('、`*川「夜の九時までには起こしてね……」
そう言い残して、ふらついた足取りでペニサスは部屋へと戻っていった。
僕もまた眠気に襲われ、ベッドに突っ伏した。
そして起きた頃には、夜の十時を少し過ぎていた。
93
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:30:17 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「デミタスのバカ」
(´・_ゝ・`)「すまなかった」
('、`*川「アホ」
(´・_ゝ・`)「まさか寝過ごすとは思わなくて」
('、`*川「オタンコナス」
(´・_ゝ・`)「だからごめんって」
('、`*川「ドテカボチャ」
(´・_ゝ・`)「ずいぶん懐かしい罵り言葉だねそれ」
('、`*川「うどんで首吊って死んじゃえ」
(´・_ゝ・`)「うどんが勿体無いよ」
ふざけているように見えるが、必死であった。
僕はきいきいと音を立てながら自転車を漕いでいるし、ペニサスは振り落とされまいと必死にしがみついていた。
そろそろ太ももが限界であった。
しかし漕ぐのを止めるわけにはいけなかった。
昨日の話を聞いてしまったら、彼女の決断をふいにするわけにもいかなかった。
('、`*川「次の角を右!」
吹き荒れる春風に、彼女の声が巻き上げられる。
僕はそれに従ったが、もはやどこをどう走っているのかわからなかった。
今まで何回も細かく角を曲がり続けていたからだ。
ただ何故か、人にも車にも出会うことはなかった。
路地にも大きな通りにも、だ。
一人くらい見かけても不思議ではないはずなのだが。
94
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:31:31 ID:v1Qmnnm20
('、`*川「そのままずっとずっと真っ直ぐ走って!」
(´・_ゝ・`)「はいはい」
それなら楽である。
二人乗りしている自転車を倒さずスピードを落とさずに曲がるのは難しいのだ。
暗闇を煮詰めたような色のアスファルトは街灯に照らされていた。
ずっとずっとそれは続いていて、こんなに長い道があるんだろうか、と思い始めていた。
そういえば分岐も十字路もなにもない。
ふと顔を上げて、周りの家を見まわそうとした。
しかしそこには、灰色の塀が立ちはだかっていた。
天まで届きそうな高さのそれによって、空が切り取られている。
見たこともない大きさの月が、僕たちを見下ろしていた。
薄ら寒さを感じ、僕は真正面を見据えることにした。
(´・_ゝ・`)「うわ、」
強烈な風が駆け抜け、自転車が揺れる。
なんとか体勢を整える。
再び風が吹く。
今度は無数の紙を孕んだ紙だ。
極彩色の服に身を包んだマネキンのチラシ。
小さな硝子に根を生やす植物の絵。
こちらに笑いかける少女と「探しています」の文字。
箱に納められた箱の中から更に箱が納められている箱の写真。
様々な情報が僕の網膜を焼いていく。
(´・_ゝ・`)「っ!」
('、`*川「ひゃっ!」
ガタンと自転車が揺れる。
95
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:33:58 ID:v1Qmnnm20
いつの間にかアスファルトは消え去り、砂利道と化していた。
思わずパンクの心配をしてしまうほどの悪路は思ったより短く終わった。
でもまだその方がマシだったかもしれないと僕は思った。
いかにも滑りそうな、赤茶けた地面の下り坂が待ち受けていたのだ。
(´・_ゝ・`)「待て待て待て」
僕は、ジェットコースターが大っ嫌いである。
幼少期に親父に乗せられて以来、もう二度と乗るものかと誓ったのだ。
それがどうして、自転車で再現されなければいけないのか!
(´・_ゝ・`)「……………………」
僕は悲鳴の一つも出せないまま、坂を下った。
なされるがままである。
後ろでペニサスがなにか叫んでいるような気がしたが、聞き取る余裕などなかった。
がっ、ごんっ!!!
勢いよく自転車が着地する。
君も大変だね、こんな目に遭うと思わなかっただろう。
なんてことを考えながら、無意識に自転車を漕ぐ。
気付けば道は消え失せていた。
その代わりに両側から現れた躑躅の木にはさまれていた。
鮮やかな桃色の花は、僕たちを押し潰さんばかりの勢いで咲き誇り、ギリギリまで迫る。
「……ヒータ パッサチーマ フィーラ フィーラ !」
「ヤッアヒータ パッサチーマ フィーラ フィーラ!!」
(´・_ゝ・`)「フィーラ、フィーラ?」
96
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:35:32 ID:v1Qmnnm20
終わりは唐突にやってきた。
躑躅の花が竜巻のように集まり、僕たちの前に立ちはだかった。
从 ∀从「上出来!上出来!!」
それはあっという間に人の形を成した。
緑がかった闇色の別珍で出来たドレスを纏ったその女は、にっこりと微笑んで見せた。
从 ゚∀从「ようこそ、サバトへ!」
躑躅と同じ色の瞳が僕を貫く。
目が合ったのはほんの一瞬だ。
しかしその僅かな時間で、人定めをしているのがわかった。
从 ゚∀从「随分デカい猫だね」
('、`*川「猫じゃないわ、死体なの」
自転車から降りたペニサスに、躑躅の魔女は桃色の髪を揺らした。
从 ゚∀从「ハッハー! ちょっとした言葉遊びだよお嬢ちゃん!」
彼女はペニサスの手を取ると、さっさと歩き始めた。
从 ゚∀从「よくここまで来たね。あんなの無鉄砲か馬鹿しか乗らないぜ」
97
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:36:16 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「彼女は箒に乗れないんだよ」
从 ゚∀从「だろうな。アタシも乗れねえもん」
('、`*川「乗れないの?」
从 ゚∀从「向き不向きがあるんさね。アタシは盥が一番安定して遠くまで飛べるよ」
体育座りで盥の中に収まる様を想像して、僕は笑いそうになった。
まさか初対面の相手にそんな失礼なことをするわけにはいかないので、頰を噛んで凌いだが。
从 ゚∀从「ま、チャリはおよしよ。せっかく魔女になるんだったら人間の移動道具なんか使っちゃいけないよ」
('、`*川「知らなかったのよ、箒以外にも空を飛べる道具があるなんて」
从 ゚∀从「誰か教えてくれる奴はいないのか?」
('、`*川「いるけど、でも……」
さあ着いた、と躑躅の魔女はペニサスの手を離す。
そこはどうやら、教会のようだった。
すっかり朽ち果てているが、屋根の天辺についた十字架で僕はそう判断した。
潰れた教会が魔女の集まりになっているとは、なんとも皮肉であった。
〈::゚-゚〉「それが例の魔女かい?」
角ばった顔の魔女が、くぐもった声でしゃべった。
よく見ると顔は石で出来ていた。
いや、顔ばかりではなく体も石であった。
真っ黒なローブから見えた手はキラキラと輝きを放っていた。
どうも水晶かなにかで出来ているようだった。
从 ゚∀从「そうそ、さぁ自己紹介をどうぞ。お嬢さん」
98
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:38:21 ID:v1Qmnnm20
恭しく、滑稽な言い回しで躑躅の魔女は頭を下げた。
ペニサスは戸惑ったように一歩前へと出た。
('、`*川「ペニサス、です。彼はわたしの使い魔のデミタス」
軽く会釈をすると、石の魔女はじっと僕は見つめた。
〈::゚-゚〉「死体か」
(´・_ゝ・`)「轢き逃げされたところをペニサスくんに見つけてもらいましてね」
〈::゚-゚〉「そりゃおもしれえ」
石の魔女は目を細めてそう言った。
('、`*川「えっと、ほとんど独学で勉強してるのであんまり魔法は使えないです」
〈::゚-゚〉「師匠抜きで勉強してサバトに来れるなんて大した奴だね」
('、`*川「そんな、わたしなんて……」
从 ゚∀从「こいつなんて途中の道でビビって帰っちまったんだぜ」
〈::゚-゚〉「それを言うならお前だって行き方を間違えて三ヶ月は出そびれたじゃねえか」
('、`*川「あ、あの……」
从 ゚∀从「要するに一発で来れたペニサスはスゲーってことだよ」
躑躅の魔女の褒め言葉に、ペニサスは複雑そうな顔をした。
('、`*川「わたしはすごくないです。運転したのはデミタスだし……」
(´・_ゝ・`)「でも地図は君が持ってたじゃないか」
〈::゚-゚〉「地図?」
从 ゚∀从「んー? 独学だったんじゃねえの?
('、`*川「独学といっても、師匠の書庫から本を読んでて……」
99
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:39:49 ID:v1Qmnnm20
〈::゚-゚〉「その人に教えて貰えばいいのに」
('、`*川「師匠からは魔女にならなくていいって言われてて……」
从 ゚∀从「へえ、じゃあアタシから一発ガツンと言ってやるよ!」
その言葉にペニサスは慌てたように首を振った。
('、`*川「そんな、いいです!」
从 ゚∀从「よくねーよ」
〈::゚-゚〉「もしかしたらその才能に嫉妬してるのかもね」
('、`*川「で、でも」
〈::゚-゚〉「いいかいお嬢ちゃん」
石の魔女は優しく語りかける。
〈::゚-゚〉「実は今日、ここでのサバトはないんだ」
('、`*川「え」
从 ゚∀从「今日は何日?」
('、`*川「四月の、三十日」
〈::゚-゚〉「その日から明日にかけて、ドイツで大規模な祭があるのさ」
从 ゚∀从「ヴァルプルギスの夜ってやつだね」
('、`*川「ヴァルプルギスの夜……!」
100
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:41:24 ID:v1Qmnnm20
しまった、というような表情でペニサスは言った。
(´・_ゝ・`)「悪いんだけどもそのナントカの夜ってなんだい?」
('、`*川「春の訪れを祝うお祭よ……」
気の抜けたような声で、ペニサスは答える。
('、`*川「魔女にとっては大事なお祭だから、日本にいる魔女もみんなそこへ行くんだわ……」
从 ゚∀从「そーゆーコト」
(´・_ゝ・`)「でもなんで貴女がたはここに?」
〈::゚-゚〉「体そのものはドイツにいるんだけどもね、魔法でこちらに魂を投影させているのさ」
从 ゚∀从「こいつが占いで『偉大なる才能現る』って出したからな。抜け駆けしてこっちにきたってわけよ」
つまり大事な祭よりもペニサスのほうがよっぽど物珍しいということだ。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん、僕にはさっぱりわからないけど凄かったんだね君は」
('、`*川「そうなのかなぁ」
自信なさげにペニサスは返す。
いつもより元気がない。
師匠のことを考えているのだろうか。
从 ゚∀从「卑下すんなよ。普通一人じゃ猫一匹だって使い魔にできる魔女なんざいねえんだぜ?」
〈::゚-゚〉「だから教えておくれ。頑固な師匠を説得したくなるほどの力が君には秘められているんだよ」
('、`*川「…………」
101
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:42:19 ID:v1Qmnnm20
しばし考え、ペニサスは口を開いた。
('、`*川「ショボンさん」
从 ゚∀从「…………」
〈::゚-゚〉「…………」
サァッ、と風が吹いた。
先ほどまでの涼やかな風ではない。
生暖かく、ゆっくりとすべるような風だ。
〈::゚-゚〉「…………あいつか」
石の魔女がようやくそう呟いた。
その声はとても暗く、どこか敵意が込められていた。
从 ゚∀从「……なぁ、ペニサス。アタシんとこに来ないか? アタシだったら意地悪しないでいくらでも教えてやるよ!」
('、`*川「でも、」
从 ゚∀从「はっきり言うけど、あいつはお前が思ってるような奴じゃねえよ」
('、`*川「!!」
その瞬間、ペニサスは躑躅の魔女へと詰め寄った。
('、`*川「あの人のこと、そんな風に言わないで!!」
从 ゚∀从「で、でも」
102
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:43:25 ID:v1Qmnnm20
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん!」
僕は振り上げた手を掴み、躑躅の魔女からペニサスを引き剥がした。
ひんやりとした熱が僕の手に伝わる。
('、`*川「離して!」
(´・_ゝ・`)「駄目だ」
('、`*川「でも!」
(´・_ゝ・`)「少し落ち着きなさい。君はお師匠さんのことをどれだけ知っているのかな?」
('、`*川「会ったこともないくせにデミタスも師匠のことを悪く言うの?」
(´・_ゝ・`)「そういうわけじゃないさ」
('、`*川「だったら……」
(´・_ゝ・`)「魔女になるなという理由も知らずに、君はお師匠さんの擁護をするのかい?」
('、`*川「っ…………」
反論できず、ペニサスは僕から視線を逸らした。
硬く握り締められていた拳が緩められ、僕は手放した。
从 ゚∀从「悪かったよ……」
('、`*川「…………」
うつむいたままのペニサスは返事をしなかった。
完全にふてくされていた。
103
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:44:18 ID:v1Qmnnm20
〈::゚-゚〉「誤解しないでくれ、僕たちは君のためを思って……」
「そう思ってるならほっといてくれない?」
その声は、聞いたことのないものだった。
ペニサスは顔を上げた。
二人の魔女はハッとした表情で、口を噤んだ。
見る見る間に人型が崩れていく。
がらがらと、はらはらと。
躑躅の花と石の山を残し、二人は消え去ってしまった。
(´・_ゝ・`)「今のは……」
誰の声、と言う前にその声は再び聞こえた。
「久しぶり、ペニサスちゃん」
石と躑躅を踏みつけ、その女性は現れた。
ζ(゚ー゚*ζ「いい子にしてた?」
三日月のように細められる目と釣り上がる口。
二つに分けられた長い黒髪が風に揺れている。
赤、白、黄色のシフォンが幾重にも重ねられたスカートもそれにつられ、ふんわりと空気を含んだ。
('、`*川「デレさん……」
そう言うペニサスの口調は、どこか陶酔めいていて。
僕はこの子をしっかり見ていなければ、という気持ちになった。
104
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:45:24 ID:v1Qmnnm20
三をただちに作れ、しからば汝は富まん 了
.
105
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:48:13 ID:v1Qmnnm20
登場人物紹介
(´・_ゝ・`) 盛岡 デミタス
絶叫マシンなんかクソ食らえ。好きな乗り物はデパートの屋上にある謎のパンダ
('、`*川 ペニサス
遊園地に行った記憶がない。憧れの乗り物は観覧車
从 ゚∀从 躑躅の魔女
遊園地よりも植物園に行きたい。石の魔女との付き合いは長い
〈::゚-゚〉 石の魔女
遊園地よりも家にいたい引きこもり。こう見えても男である
ζ(゚ー゚*ζ デレ
好きな人と一緒ならどこでも楽しい。たとえそこが地獄だとしても
106
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 17:49:01 ID:v1Qmnnm20
>>64
素敵な支援絵ありがとうございます!
ペニサスがめちゃくちゃかわいいです
本当にありがとうございます
107
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 18:23:34 ID:l2SBRgNw0
乙
面白い
108
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 19:50:54 ID:4s6L21DM0
乙
どんどん面白くなるな
109
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 20:17:27 ID:f3fz0nrk0
いいなあ 乙
110
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 20:21:16 ID:WKqBLBzs0
いいねいいね!
デレの自己紹介がサラリと怖い
次も楽しみにしとる!
111
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 22:22:56 ID:TbZwQz/YO
乙!今回も面白かったよ。
師匠ってショボンだったのか…
続きが気になるな
112
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 22:37:31 ID:UHZACrIM0
ぃしみたいな男性の魔女がいるってことはこの作品では魔女の定義に性別は含まれないのか
113
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 22:51:44 ID:LdM7iu/I0
いや女だろ
114
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 22:52:36 ID:LdM7iu/I0
男だった訴訟
115
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 23:03:04 ID:ZAUSBv0Q0
乙乙、今回も面白い
こんな時間にメンチカツが食べたくなった
116
:
名も無きAAのようです
:2015/05/08(金) 23:53:32 ID:aYhS1wFQ0
乙
良い雰囲気だ
117
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 04:08:12 ID:dxVzL4bA0
初めて読んだけど面白い!
乙です
118
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:29:53 ID:iiVptxPU0
四は捨てよ
.
119
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:30:52 ID:iiVptxPU0
ζ(゚ー゚*ζ「こんな所で何してたの?」
緩やかに微笑みながら、デレと呼ばれた魔女はペニサスに問うた。
深海のような淀んだ青い瞳が僕らを射抜く。
ペニサスは一歩後退り、少し俯いた。
('、`*川「え、えっと……」
ζ(゚ー゚*ζ「サバトは楽しかった?」
言い淀むペニサスに、デレは言葉を突き刺す。
石と躑躅の山から飛び降り、彼女は近付いてくる。
ワンピースの裾がゆわゆわと揺蕩う。
赤、白、黄色。
目眩がするほどの派手な服。
まるで歩くチューリップ畑のようだと僕は思った。
ζ(゚ー゚*ζ「悪い子ね、魔女になってはいけないとあんなにも言われているのに。もしかしたらショボンは怒っちゃうかもね」
('、`*川「…………」
ζ(゚ー゚*ζ「いいなぁ、ショボンに怒られるなんて。わたし怒られたことないのよ」
饒舌な魔女は、唐突に首の向きを変えた。
細い針のような視線は一転して、拡大鏡のように変わった。
ζ(゚ー゚*ζ「この人はだぁれ?」
('、`*川「……デミタス、さん」
遠慮がちに名前を呼ばれ、僕はデレに向かって会釈をした。
120
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:32:06 ID:iiVptxPU0
(´・_ゝ・`)「はじめましてデレさん」
ζ(゚ー゚*ζ「呼び捨てでもいいわよ、見た目ではあなたの方が年上だもの」
なにやら意味深なことを呟き、うふふとデレは笑みを漏らした。
ζ(゚ー゚*ζ「出来立てほやほやの使い魔さんなのね。ドクオと一緒だわ」
('、`*川「ドクオ?」
ζ(゚ー゚*ζ「新しく使い魔を作ったの。半年前にね」
おいでと呼ばれ、それはデレの背後から顔を出した。
浅黒い肌に闇色の大きな目。
この世の不幸を煮詰めたようなひどい顔つき。
子供ほどしかない背丈。
折れ曲がった腰の男は、ゆっくりと口を開いた。
('A`)「ア、ぁ」
絞り出すような、しゃがれた声。
僕は思わず眉間にシワが寄った。
デレはそれに気付かず、ドクオに語りかける。
ζ(゚ー゚*ζ「見て、ドクオ。こっちがペニサスちゃんで、あっちはデミタス」
('A`)「ぁ、ギィ、ぺにさス、デミたす?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうよ」
121
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:33:35 ID:iiVptxPU0
ドクオがじろじろと僕を見る。
それこそ頭の天辺から、爪の先まで。
そして飛び出てきた言葉は、
('A`)「ウまソウ」
であった。
(´・_ゝ・`)「えっ」
('、`*川「た、食べちゃダメよ!」
すると今度は慌てて言うペニサスに視線が移った。
('A`)「…………」
('、`*川「な、なによ」
('A`)「オマえも、う、ゥマ、うまそ」
それを聞いてデレはケタケタと笑い声を上げた。
ζ(゚ー゚*ζ「この子、もとはオオグソクムシなの」
('、`*川「おおぐそくむし?」
(´・_ゝ・`)「日本の深海に棲むダンゴムシやフナムシの仲間だよ。極めて雑食で海の掃除屋と言われているとか」
('、`*川「フナムシ……」
ペニサスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
彼女に見つめられたドクオは、引きつったような笑顔を浮かべた。
あまり好意的に受け止められる表情ではなかった。
122
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:35:02 ID:iiVptxPU0
ζ(゚ー゚*ζ「頭がいいのね、ちゃんとあなたのこと死体だって認識してるもの」
('A`)「うァ」
デレに頭を撫でられ、ドクオは呻いた。
嬉しいのか不愉快なのか判断のつかない、人を不安にさせる声だった。
('、`*川「わたしは死体じゃないですー」
困ったようなペニサスの声に、デレは答える。
ζ(゚ー゚*ζ「そうだったわね、きっと柔らかそうなお肉だからじゃないかしら?」
デレの笑いはなかなか止まらない。
ペニサスのふくれっ面がかなり酷くなったところで、それはようやく収まった。
(´・_ゝ・`)「オオグソクムシかぁ……」
二人のやりとりを横目で見つつ、僕はドクオを眺めていた。
たしかに言われてみれば似ている。
ζ(゚ー゚*ζ「カフカみたいでしょ?」
(´・_ゝ・`)「グレゴール・ザムザか」
ζ(゚ー゚*ζ「どくむしから人に変わったから逆だけどね」
(´・_ゝ・`)「あなたの魔法でこの姿に?」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、でもここでお話するには長くなるわ。一度お家に帰りましょう?」
123
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:35:50 ID:iiVptxPU0
その言葉を聞き、ドクオはのそりと動き出した。
片足を引きずり、彼は歩く。
('、`*川「…………」
('A`)「ジャま」
じっとその作業を見ていたペニサスに、ドクオは短く言った。
('、`*川「ご、ごめんなさい」
('A`)「…………」
ざりざり、ざりざり。
誰も口をきかないので、土が退けられる音だけが響いた。
どうやらデレを中心に円を描いているらしい、と僕は気付いた。
ζ(゚ー゚*ζ「お家に帰ったらすぐ寝るのよ?」
('、`*川「大丈夫です、眠くないです。久々に帰ってきたんですから、デレさんのお話が聞きたいです」
ζ(゚ー゚*ζ「夜更かしたらショボンに言いつけちゃうわよ? もう少ししたらこっちに帰ってくるんだし」
('、`*川「!」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、知らなかったの?」
無邪気なデレの言葉に、ペニサスは首を横に振った。
デレの表情がどことなく嬉しそうなのは、気のせいだろうか。
124
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:37:54 ID:iiVptxPU0
('A`)「できタ」
ζ(゚ー゚*ζ「ご苦労様」
デレは僕らを円の中に入るよう指示した。
四人で入ると案外その円は狭く、僕はペニサスの手をつかんだ。
('、`*川「な、なによ」
(´・_ゝ・`)「君がうっかり倒れたりして円から出たら困るからね」
('、`*川「わざわざありがとうございます、気がきくわねっ」
緩やかな熱が、僕の手のひらに爪を立てた。
(´・_ゝ・`)「いてて」
わざと聞こえるように言っても、ペニサスはそっぽを向いたままだった。
ζ(゚ー゚*ζ「みんな、動いちゃダメよ」
デレはそう言って、優雅にワンピースの裾を持ち上げた。
真っ白で枝のように細い足。
その爪先に納められていたのは、青銅色の靴であった。
カン、カン、カン。
三度踵同士が打ち付けられ、鉄の音が響いた。
すると円から外にある雑草が軒並泡へと変化していった。
ぱちりぱちりと泡が弾けるたびに、空の月が遠のいていった。
僕たちは水中へ沈むように、暗闇の中に吸い込まれていった。
いつの間にか足元の草花たちも消え去り、どこを見渡しても無限の暗闇が広がっていた。
デレは目を閉じたまま、細々と呪文を唱えていた。
125
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:38:41 ID:iiVptxPU0
やがて暗闇は滲み、白んでいった。
その白に、無数の色が襲いかかる。
ぶちまけられた極彩色の絵の具。
混ざり、食んで、犯し、溶けていく。
その光景に僕は思わず酔いそうになった。
やがて無造作に散らばっていた色はひとつの色に収束した。
モノクロ。
灰色がかった一昔前の映画色。
白い家具。
黒い鉄パイプのベッド。
気付けばそこは居間であった。
('、`*川「もう着いちゃったの……?」
呆気にとられるペニサスに、デレは自慢気に微笑んだ。
ζ(゚ー゚*ζ「初心者なら大仰な儀式を形作るだろうけど、わたしくらいになれば必要なものを必要なだけ揃えればあれくらい簡単に出来るわよ」
('、`*川「わたしもデレさんみたいな魔女になりたいです……」
カチリ、と部屋の灯りがついた。
ドクオが気を回して、スイッチを探したのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「……あなたはわたしじゃなくて、ショボンになりたいんでしょ?」
すぅっと目を細め、デレはそう言った。
('、`*川「師匠みたいになりたいけど、でも師匠は魔法教えてくれないですし……」
ζ(゚ー゚*ζ「だってショボンはあなたに魔女になって欲しくないんだもの」
126
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:39:36 ID:iiVptxPU0
('、`*川「どうしてなんです?」
ζ(゚ー゚*ζ「さあ?」
('、`*川「デレさんも知らないんですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「知ってるわ。でも喋っちゃいけないって口止めされているから喋らないの」
('、`*川「……でも、デレさんは、わたしに魔法を」
ζ(゚ー゚*ζ「あれはほんの断片よ。それで満足するかと思って教えたけど、あなたは全然諦めてくれなかった」
それどころかますます傾倒するなんて、困った子。
その一言に、ペニサスは一瞬傷付いたような顔をした。
('、`*川「デレさんも、わたしが魔女になるのは反対なんですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「それがショボンの望みだからね」
('、`*川「…………」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしから魔法を教わりたいならいくらでも教えてあげるけど、その前にショボンを説得してね。あの人のこと、裏切りたくないから」
終始やわやわと笑うデレは、なにかが欠けていた。
何が起きたとしてもその笑みが崩れないような気がして、僕は薄ら寒さを感じた。
127
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:40:44 ID:iiVptxPU0
('、`*川「説得、すればいいんですよね」
俯いていた顔をあげ、ペニサスはゆっくり呟いた。
決意するように、自分の原点を振り返るように。
ζ(゚ー゚*ζ「……諦めの悪い子」
(´・_ゝ・`)「根性があるって言ってあげてください」
驚いたような顔で、二人は僕を見る。
デレは不愉快そうに、ペニサスは意外そうに。
僕はそのまま黙ってデレを見つめ返した。
そのしじまを破るように、
リン、ゴォン、
と重い鐘の音が響いた。
('、`*川「!」
ζ(゚ー゚*ζ「噂をすれば来たみたいね」
ペニサスは早足で玄関へと向かった。
一瞬考えて、それから彼女の後を追った。
脈打つことのない心臓が、再び鼓動しているような気分になった。
きっと血が巡っていたら、僕の顔は緊張で赤らんでいたに違いない。
いよいよペニサスの師匠と対面する機会が来てしまったのだから。
128
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:41:48 ID:iiVptxPU0
ペニサスは靴も履かずに玄関の鍵を開けていた。
('、`*川「師匠!」
ガチャリと開いた瞬間、ペニサスは嬉しそうに叫んだ。
どれほどこの瞬間を待ち遠しく思っていたのだろう。
複雑な気持ちでそれを眺め、僕は深呼吸をした。
('、`*川「お帰りなさい!師匠!」
(´・ω・`)「ただいま、ペニサス」
僕と同じくらいの背丈の男は、ペニサスの頭を撫でてそう言った。
('、`*川「師匠、鍵はどうしたんですか?」
(´・ω・`)「それがまた失くしちゃってね」
('、`*川「またですか」
(´・ω・`)「あちこち飛び回っていると次第に何がなんだかわからなくなってしまうんだよ。それでもこうして君が留守でいるから帰ってこれるんだけどね」
冗談まじりにそう言って、男はペニサスから僕へと視線を移した
(´・ω・`)「ところで彼はあれかな、デレの使い魔かい? 噂だとせむし男だって聞いていたんだけども」
129
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:42:46 ID:iiVptxPU0
ペニサスは一瞬僕を見て、意を決して告白した。
('、`*川「わたしの、使い魔です」
(´・ω・`)「…………」
(´・_ゝ・`)「…………」
男と視線がかち合う。
見た目上の年は、デレと同じくらいだろうか。
若そうに見えるが、どこか老いた雰囲気があった。
人の良さそうな顔だ。
垂れ気味の目は人を安心させる雰囲気がある。
でも服のセンスは最悪だった。
墨と緑を混ぜたようなスーツから覗くシャツには恐ろしい量のフリルがついていた。
真っ赤な紐細工のループタイがその中に埋もれていて、僕は残念な気持ちになった。
きっと宝塚の衣装からセンスを抜いたらこんな格好になるだろうな、などと考えていた。
(´・ω・`)「ペニサス」
('、`*川「は、はい」
(´・ω・`)「僕の若い時の服なんて出して来ちゃダメだよ」
('、`*川「すみま……え?」
予想外の指摘に、ペニサスは固まった。
彼は気に留めず、靴を脱いで僕に歩み寄る。
130
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:43:53 ID:iiVptxPU0
(´・ω・`)「これ、書斎に置いてあったやつだろう? よく虫食いにあわなかったな」
(´・_ゝ・`)「あ、あの」
勝手に袖口やらベストやらを触られ、僕は戸惑っていた。
なんだこの人は、馴れ馴れしい。
(´・ω・`)「いやー若い時の服って見ちゃうといたたまれないなぁ。センス悪くて無理だ」
いや、今のあなたの方がかなり酷いですよ。
と喉元まで出掛かって僕は理性で止めた。
(´・ω・`)「というか使い魔ってなに、また勝手に魔法勉強してたの?」
('、`*川「一人だと何もすることがないですから……」
(´・ω・`)「もー、ダメだよ。君は魔法なんて使わなくていいんだよ。孤閨を守ってくれるだけで十分なのに」
特に怒鳴るわけでもなく緩く注意をして、彼は僕の手を取った。
じんわりとした熱が伝わり、僕は握り返した。
(´・ω・`)「初めまして、ペニサスの使い魔くん。ショボンだ」
(´・_ゝ・`)「初めまして。お話は伺っていましたが、まさか男性だとは思わず……」
(´・ω・`)「和訳の弊害だね。witchであれば性別関係なく魔法を使う者を指すのに、魔女と訳してしまったから女性しかなれないものだと勘違いされてしまったのだよ」
131
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:45:39 ID:iiVptxPU0
ショボンはしっかりと結ばれている手を持ち上げた。
(´・ω・`)「それにしても君の手は冷たいな、死んでいるのかね」
(´・_ゝ・`)「ええ、はい」
(´・ω・`)「なるほど」
ぱっと手を離された。
なにがなるほどだったのか僕はわからなかったが、とりあえず頷くことにした。
(´・ω・`)「ところでペニサス」
ショボンは懐から金色の懐中時計を出して、こう言った。
(´・ω・`)「もうすぐ十二時だよ。日付が変わる前に寝なくちゃ」
('、`*川「寝なきゃダメですか?」
(´・ω・`)「ダメだよ、ほら早くお風呂に入って寝る支度して」
('、`*川「お話したかったのに」
(´・ω・`)「今回はしばらくここにいるから、明日でも話はできるよ」
('、`*川「……わかりました」
宥められ、ペニサスはしぶしぶ風呂場へと向かった。
132
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:47:09 ID:iiVptxPU0
それを見送ったショボンは、再び僕と向き合った。
(´・ω・`)「さて、ええっと君は……」
(´・_ゝ・`)「デミタスです、名乗り遅れて申し訳ないです」
(´・ω・`)「堅苦しくしなくていいよ、デミタス。そういうのは苦手なんだ」
夜更かしは得意なほうかね?とショボンの問いに僕は頷く。
(´・ω・`)「ならよかった。あとで君と話がしたくてね」
ペニサスが眠ったらまたあとで、と言い残して彼は廊下を歩いて行った。
向かった先は、階段の下にある物置部屋だった。
ショボンはループタイを取り、その赤い飾りでサッと鍵穴を撫ぜた。
すると固く結ばれていた紐細工は、開花するように形を変えた。
まるで彼岸花のようだと僕はそれに見惚れていた。
(´・ω・`)「あー、僕の部屋はここだから用事があったらノックしてくれ。黙って開けても僕の部屋には通じないからね」
じゃあ後で、と彼は中へ入って行った。
その僅かな隙間から見えたのは、柔らかな日差しに照らされた庭園であった。
噴水の水しぶきが、美しい虹を描いていた。
(´・_ゝ・`)「…………」
恐ろしいものを見てしまった気分になり、僕は胃が冷えた。
試しにノックをせずに開けるとそこはやはり、ただの物置であった。
133
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:48:18 ID:iiVptxPU0
居間に戻るとデレとドクオがソファーに座ってくつろいでいた。
僕がやってきたことに気付くと、彼女は可愛らしいマグカップを差し出してきた。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたも飲む?」
中身はどうやらカプチーノらしかった。
しかしふんわりとメロンの香りがするのは、何故なんだろうか。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしいわよ」
(´・_ゝ・`)「じゃあ、いただきます」
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ、デミタスにコーヒーを」
デレの声とともに、ずずっと液体を啜る音が止んだ。
('A`)「あィ」
テーブルにマグカップを置き、ドクオはよたよたとキッチンへ向かった。
ζ(゚ー゚*ζ「隣に座らない?」
(´・_ゝ・`)「お気遣いなく」
と、僕は断ってベッドに腰掛けた。
詰めれば座れるとはいえ、出会ったばかりの人と並ぶのは気が休まらなかったのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「ショボンには会えた?」
(´・_ゝ・`)「ええ、階下の部屋にいますよ」
134
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:50:03 ID:iiVptxPU0
ζ(゚ー゚*ζ「あの人、考え事したい時にはいつも彼処に篭ってしまうの。あの部屋は彼の好きなものがたくさん詰まっているのよ」
僕はあの綺麗な庭を思い浮かべていた。
この世のものではない美しさ。
白昼夢のような曖昧さとそこにあるという現実感。
まるで彼岸のようでもあった。
なるほど、あそこは彼の理想卿であったのか。
ζ(゚ー゚*ζ「きっとペニサスちゃんのことで悩んでいるんでしょうね」
色のない声で、デレは呟いた。
(´・_ゝ・`)「デレさんは会いに行かないんですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしはここで待つわ。ショボンが会いたくなるまでね」
ことりとマグカップがテーブルに置かれる。
かわりに彼女の右手は、自身の黒髪を弄り始めていた。
ζ(゚ー゚*ζ「本音を言えば今すぐにでも会いに行きたいわ。でも彼がそれを望まないなら、わたしも望まないの。彼には幸せでいて欲しいから」
とろりと溶け出しそうなその笑みと声は、毒薬のように感ぜられた。
行き場のない手がそわそわと動き出そうとする。
だから僕はきゅっとしっかり握りしめることにした。
(´・_ゝ・`)「よく、慕っていらっしゃるんですね」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしのすべてを受け止めて救ってくれた人だから。俗っぽい恋とは違うのよ、わたしは報われなくてもいいの」
135
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:51:42 ID:iiVptxPU0
でもね、と彼女は区切る。
陶酔から覚醒するための間を彼女は準備していた。
ζ(゚ー゚*ζ「あの人はお人好しだから、きっとずっと満たされないのでしょうね」
一瞬、毒薬が揺らいだような錯覚。
笑み自体は崩れていないのに、どうしてか僕はそう思った。
と、そこへようやくドクオが戻ってきた。
('A`)「こ、こーヒぃー」
震える手でマグカップが差し出される。
中身が今にも飛び出そうで、僕は慌てて受け取った。
(´・_ゝ・`)「ありがとう、ドクオくん」
('A`)「いヒっ、ヒッ」
奇形じみた笑いとともに、彼は席へともどっていった。
ζ(゚ー゚*ζ「デミタスは赤と白と黄色と緑、どれがいい?」
(´・_ゝ・`)「え? うーん、赤かな」
ζ(゚ー゚*ζ「赤ね」
そう言ってデレはガサゴソと袋を取り出した。
それはマシュマロの袋だった。
苺やメロン、バナナの絵が印刷されたそれは、子供の頃おやつとして食べていた記憶がある。
136
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:53:09 ID:iiVptxPU0
袋を縛っていた輪ゴムを外し、デレは薄ピンク色のマシュマロをいくつか取り出した。
そして、それを容赦なく僕のコーヒーへと投入した。
(´・_ゝ・`)「えっ、あっ!?」
ζ(゚ー゚*ζ「意外とおいしいのよ、マシュマロ入りのコーヒーって」
コーヒーがどんどんコーヒーでなくなっていく光景を、僕はただただ見つめるより他なかった。
結局マシュマロは十個ほど投入され、僕は何が何だかわからない飲み物を飲むこととなった。
味は普通に美味しかったし、意外とコーヒーと苺の組み合わせはありだとわかった。
が、僕は普通にコーヒーを飲みたかっただけに釈然としない気持ちでとろとろのマシュマロを飲み込んだ。
('、`*川「あ、いいなー」
気付けば、ペニサスが僕の背後から覗き込んでいた。
黒と赤の混じった髪が首筋をそっと撫でるもんだから、僕はくすぐったくなった。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん、髪の毛退けてくれないかな」
('、`*川「あ、ごめん」
それでもなお、ペニサスの視線は、コーヒーへと注がれていた。
甘党な彼女にはきっとたまらなく魅力的に映っているのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「ダメよ、ペニサスちゃん。もう歯磨きしたんでしょ?」
デレの言葉に、ペニサスは不満そうな顔をした。
137
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:54:51 ID:iiVptxPU0
('、`*川「ずるいですデレさん! わたしも夜更かししたいですー」
ζ(゚ー゚*ζ「ダメったらダーメ。ショボンに嫌われたくないもの」
('、`*川「そんな事言わずに……」
と、ペニサスは大きな欠伸をひとつ生み出した。
よく見ると、目がとろんとしている。
やはり眠いのだろう。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん、ちゃんと眠ったほうがいいよ」
('、`*川「でも……」
(´・_ゝ・`)「今日は色んなことがあったから、きっと疲れているんだよ。たくさん休んだほうがいい」
('、`*川「…………」
ペニサスは返事をしなかった。
その代わりにデレがドクオにこう告げた。
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ、ペニサスちゃんが眠るまで話し相手になってあげて」
('、`*川「えっ」
('A`)「ハ、はいィ」
やおらペニサスの腕を掴むと、ドクオはぐいぐいと歩き出した。
('、`*川「そ、そんなことしなくてもちゃんと寝ますー!」
ζ(゚ー゚*ζ「そう言って前回も夜更かししてたの知ってるんだからねー」
138
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:56:33 ID:iiVptxPU0
まったくもう、という言葉は果たしてペニサスに届いたかどうかは定かではなかった。
そして彼らと入れ替わりになるように、ショボンがやって来た。
(´・ω・`)「やっと寝た?」
ζ(゚ー゚*ζ「寝かしつけるようにドクオに言ったところよ」
(´・ω・`)「いい手配だねそれは」
デレは顔を綻ばせた。
ショボンはデレの頭をひとしきり撫で、彼女の隣に座った。
ζ(゚ー゚*ζ「コーヒー、飲む?」
(´・ω・`)「じゃあお願いするよ」
デレは頷き、キッチンへと旅立っていった。
その足取りは軽く、よほど褒められたのが嬉しいのだろうと想像するに容易かった。
(´・ω・`)「デミタスもマシュマロを入れられたのか」
僕のマグカップを覗き、ショボンは苦笑した。
(´・_ゝ・`)「断る間も無く入れられましてね」
(´・ω・`)「僕はどうにも好きになれないんだよなぁ、マシュマロ」
ふう、とショボンの溜息で会話は締めくくられた。
139
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:57:52 ID:iiVptxPU0
ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ。ショボンは白いマシュマロがいいんだよね」
嬉々としてデレはマシュマロの袋を取り出した。
ショボンは頷き、ちらりとまだ何も入っていないコーヒーを眺めた。
(´・ω・`)「ありがとうね」
ζ(゚ー゚*ζ「どういたしまして」
(´・_ゝ・`)「…………」
先ほどの会話を思い起こし、もやもやとした気分になった。
どうして彼は、嫌いなものを嫌いと言わないのだろうか。
どうにかマシュマロを溶かそうと、ぐるぐるかき混ぜるショボンを見てそう思っていた。
(´・ω・`)「さてと」
ショボンはコーヒーに口をつけ、テーブルにマグカップを置いた。
やはりマシュマロ入りのそれは、口に合わなかったのだろうか。
(´・ω・`)「君はいつどこで、ペニサスと知り合ったのかな?」
じぃっとショボンは僕を見つめる。
視線は鎖となって僕にしっかりと纏わり付いた。
僕はここ一週間での出来事を洗いざらい話した。
ショボンは時折頷くだけで、一言も喋らなかった。
傍に寄り添うデレもまた同様であった。
(´・ω・`)「使い魔になってなにか困ってることとかはないのかね?」
140
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 12:59:07 ID:iiVptxPU0
開口一番に、彼はそう問うた。
(´・_ゝ・`)「ないです」
(´・ω・`)「本当に?」
(´・_ゝ・`)「ええ」
(´・ω・`)「こんな暮らしうんざりだとか生前の環境に戻りたいとか」
(´・_ゝ・`)「特にないですね」
(´・ω・`)「…………」
ショボンは少し思案して、口を開く。
(´・ω・`)「今まで君はこんな世界があるとは知らずに生きてきたわけだろう」
(´・_ゝ・`)「はい」
(´・ω・`)「それがいきなり殺されて死んで魔女だの魔法だの、小説か漫画の中でしか聞かないような世界に連れてこられてしまった」
(´・_ゝ・`)「…………」
(´・ω・`)「ここでは今まで経験と常識は通じず、戸惑うことも多いだろう。僕やデレのように若いうちから知っていれば、順応するのも容易いのだけどね」
(´・_ゝ・`)「つまり使い魔をやめろと?」
歯切れの悪い話に、僕はイライラしていた。
とにかく回りくどかったのだ。
141
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:00:47 ID:iiVptxPU0
(´・ω・`)「ここにいるよりも君は部長として働いていた方が幸せなんじゃないかって僕は思うんだよ」
(´・_ゝ・`)「なにが幸せかなんて僕の勝手じゃないですかね」
(´・ω・`)「君と、君に関わった人達の記憶を操作したら元の生活に戻れる。なんなら鼓動も血液も付け加えて、死んでいることも忘れさせることだって出来るよ」
(´・_ゝ・`)「そこまでして戻りたいと思う生活でもなかったですよ」
実際そうであった。
たとえ魔法を使ったとしても僕が死んでいることに変わりはない。
それに僕は、ペニサスと緩やかに生活することに慣れてしまった。
洗濯や掃除をして、庭に水を撒き、何が食べたいのかを話し合って買い物をする。
そして時折ペニサスの魔法を見れたのなら、もうそれだけで十分楽しいと僕は思えたのだ。
(´・ω・`)「……畑違いの場所に来たって馴染めやしないよ」
(´・_ゝ・`)「ご心配しなくとも、ペニサスくんは僕に肥料を与えてくれていますよ」
(´・ω・`)「彼女の知識じゃ、君は枯れる」
(´・_ゝ・`)「あなたが魔法を教えれば済むのでは?」
(´・ω・`)「…………」
すう、と息を吸う音が響く。
短く吸ったそれを、ショボンはゆっくりと吐き出した。
まるで頭に上った血の温度を冷ますかのように。
142
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:01:41 ID:iiVptxPU0
(´・ω・`)「あの子は、だめだ」
(´・_ゝ・`)「なぜ?」
(´・ω・`)「あの子は幼いからね。未熟すぎる」
(´・_ゝ・`)「今はそうかもしれませんが、いずれ変わっていきますよ」
(´・ω・`)「そんなことない」
(´・_ゝ・`)「慕う人がいるなら尚更努力しようとするもんじゃないですか。実際彼女はよく頑張っています」
(´・ω・`)「……あの子は僕を買い被りすぎなんだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、あなたは素晴らしい人よ」
突如として割り込んできたデレに、ショボンは力無く笑った。
(´・ω・`)「そんな、素晴らしいなんて大層な言葉……」
ζ(゚ー゚*ζ「実際わたしは救われたもの。絶望して生きる気力を失ったわたしを、あなたは見つけてくれた」
(´・ω・`)「放っておけなかったからさ」
ζ(゚ー゚*ζ「ほら、優しいじゃない」
(´・ω・`)「君に優しくしようと思ったからね。でも僕は自分のしたいように振る舞っただけだよ。君はそれにあてられて、勝手に救われていったんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、」
(´・ω・`)「君だけじゃない。救われたい人は何でもいいからそれに縋って、勝手に救われていくもんなんだよ。僕は何もしていない……」
143
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:03:17 ID:iiVptxPU0
苦しげに吐き出されたそれに、デレは少し驚いたようだった。
しかしそれでも彼女は言葉を紡ぐ。
ζ(゚ー゚*ζ「……でも、感謝してるわ。あなたがいなかったら、わたしは変われなかった」
(´・ω・`)「…………」
一瞬困ったような顔をして、ショボンは押し黙った。
僕はその姿を見て、なにか矛盾めいたものを感じていた。
ペニサスは彼を、この世の不幸を根絶やしにしようと駆け回る人だと称した。
他人の幸せを誰よりも願っている人だとも。
けれども本当にそうなのだろうか?
彼の考える幸せとは、一体何なのだろうか。
僕はちらりと壁に掛けられた時計を見た。
もうすぐ深夜の二時になろうとしている。
時間を確認した途端、僕の口から欠伸が逃げ出していった。
(´・ω・`)「……今日はお開きにしようか」
(´・_ゝ・`)「そうしてもらえると助かります」
なんせ風呂もまだなのだ。
これから寝る支度をしなければならないと思うと、少し気が滅入った。
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ、まだ二階にいるのかしら」
ふと思い出したように、デレは呟く。
144
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:05:02 ID:iiVptxPU0
そういえばペニサスが寝付くまでドクオがそばにいるはずなのだ。
彼が帰ってこないということは、つまりペニサスが起きているということになる。
もしかすると、僕たちの会話が気になってこっそり盗み聞きしていたのかもしれない。
そう思うと僕は落ち着かない気分になった。
(´・_ゝ・`)「少し様子を見に行ってきましょうか?」
(´・ω・`)「そうしてもらえるとありがたいね。きっと僕やデレが行けばますます寝なくなるだろうから」
ショボンの言葉に後押しされ、僕は階段へと向かった。
階下から様子を伺うと、二階の廊下の電気は消されていた。
部屋に入ったのは確かなのだろう。
真っ暗闇の中では、この急な階段を使うのは無理だからだ。
どこかほっとした気持ちで、僕は二階の電気をつける。
そしてゆっくりと、足音を立てないように上っていった。
二階は、しぃんと静まり返っていた。
僕は静かに、ゆっくりとペニサスの部屋へ向かう。
扉の前で佇み、僕は耳をすました。
話し声は、聞こえない。
しかしなにやら奇妙な音が聞こえた。
かり、かり。
ぷちん。
…………。
かり、かり。
ぷちん。
…………。
145
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:06:15 ID:iiVptxPU0
謎の音と静寂は延々と繰り返され、僕は恐ろしくなった。
中で何が行われているのか、想像できなかった。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん?」
恐る恐る僕は呼びかけてみる。
かり、かり。
ぷちん。
…………。
かり、かり。
ぷちん。
…………。
単純な反復は、止まらない。
(´・_ゝ・`)「入るからね」
返事を期待せず、僕は扉に手をかける。
冷えたドアノブの感触は、ペニサスの手を思い起こさせた。
ゆっくりと、ドアノブを回す。
いつもは軽いはずの扉が、開かない。
重いわけではないのだが、粘つくような違和感であった。
きっと僕の勘違いであろう。
僕の手はひどく震えていて、力を入れているんだか入れてないんだか定かではなかったのだ。
146
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:07:29 ID:iiVptxPU0
(´・_ゝ・`)「っ!」
開けた瞬間、部屋は温かくも冷たい匂いが充満していた。
僕はその匂いを知っていた。
血だ。
車に撥ね飛ばされた時に、嫌という程嗅いだ、死の匂い。
部屋は暗く、唯一の光源は青白い月だけであった。
だから僕はこの景色が現実ではないと思ってしまった。
認めることができなかった。
組み敷かれたペニサスが絶命している様を。
馬乗りになったドクオが、彼女を食べている光景を。
かり、かり、
歯が、骨についた肉をこそげ取る。
ぷちん、
肉が引っ張られ、千切れていった。
ねちゃ、むちゃ、
半開きの口が、肉を咀嚼している。
ごくん、
ペニサスが、飲み込まれていく。
147
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:08:11 ID:iiVptxPU0
(´・_ゝ・`)「お、まえは……!!」
言葉が漏れ、僕はドクオに飛びかかった。
ドクオは僕に気付かなかったようで、素っ頓狂な声をあげた。
('A`)「ゥ、がェッ……!?」
壁に押さえつけ、首を絞めると彼は口から肉を吐き出した。
激情の任せる儘、僕は手の力を加える。
(´・_ゝ・`)「出せ! 吐き出せ!! お前っ、なんてことを……っ!」
('A`)「ぐルぃィ、グるィい!!」
何が何だかわからないまま、僕は彼を殴った。
殴っても殴っても、僕の胸はどんどん苦しくなっていった。
思考はめちゃくちゃになり、こんがらがった糸玉のようななにかが感情を支配した。
(´ _ゝ `)「出せ! 早く、早く……!!」
('A`)「ヴぁ、あ、がぁ……」
ドクオはろくに口も利けなくなった。
顔がぱんぱんに腫れているからだ。
口から流れている体液は、一体誰のものなのだろうか。
しかしそんなことは、今の僕にとって些末なことであった。
148
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:08:55 ID:ewSUN.Gk0
えぇ…
149
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:09:06 ID:iiVptxPU0
どうにもならないという絶望感が僕を沈めにかかる。
死んだ。
死んでしまった。
ペニサスが、死んだ。
現実がじんわりと僕の脳髄を焼いていく。
全てが急激に色褪せていく。
僕はドクオをチェストに叩きつけ、座り込んだ。
ペニサスの名前だけが、頭の中にぐるぐると廻る。
何度も何度も呼び起こすようなその思考は、僕の理性をしつこく痛めつけた。
もう彼女は話しかけてくれない。
からかってもなんの反応を見せてくれない。
憧れと理想に追いつこうとする素晴らしい気力も、それを諦めない強さも、なにもかもが失われた。
僕は、耐え難い孤独と虚無感に襲われていた。
(´ _ゝ `)「ペニサス」
吐き出すように、名前を呼んだ時だった。
150
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:09:54 ID:iiVptxPU0
ひた、ひた、
水に濡れた布が震えるような音がした。
ずずり、
と肉の引き摺られる音。
めきっ、ぱきっ、
梢が芽吹くような音の軽さ。
ぱちり、
僕は何の音か分からず、振り向いた。
無惨に切り裂かれた腹に、ゆわゆわとうねる影。
あり得ない方向に捻じ曲げられていた肩が、バネ入りのおもちゃのように撓り飛んだ。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……?」
全身から聞いたことのない音を響かせ、彼女は元に戻ろうとしていた。
いや、戻りつつあった。
弓なりに背骨を反らせ、ペニサスは自分の体を完成させた。
151
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:11:51 ID:iiVptxPU0
(´・_ゝ・`)「ペニサス、くん」
恐る恐る僕は近付く。
音を立て、彼女はベッドに倒れた。
何事もなかったような顔で眠っている。
ボロボロの寝間着に身を包み、血塗れのベッドで、すやすやと。
(´・_ゝ・`)「君は……」
一体、なんなんだ、と言えなかった。
言ってしまうと、彼女が人間ではなくなる気がした。
「まったく、ひどい有様だな」
背後から、男の声がした。
ζ( ー *ζ「あぁ、ドクオ……!」
振り返るとデレがドクオに寄り添っていた。ショボンは僕とデレを交互に眺めていた。
(´・ω・`)「まさかこんな事になるとはね」
いかにも面倒くさそうに、ショボンは呟いた。
(´・_ゝ・`)「どういうことですか、これは」
僕の声は震えていた。
怒りからか、動揺からか。
それとも両方なのかもしれない。
152
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:14:31 ID:iiVptxPU0
(´・ω・`)「君と同じなんだよ」
ショボンが手を挙げる。
その途端に部屋に飛び散った血は、するんと布の隙間に吸い込まれて消えてしまったた。
寝間着の布も互いに繊維を出し合い、結びつき、新品同様に直ってしまった。
(´・ω・`)「ペニサスも、君と同じなんだ」
念押しするように、ショボンは告げた。
その言葉の意味を推し量るのに時間は掛からなかった。
だがその事実を受け入れられず、僕は呆然としていた。
ねえ、ペニサスくん。
呑気な顔で寝てる場合じゃないよ。
君も僕と同じように、死体だったんだってさ。
153
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:15:16 ID:iiVptxPU0
四は捨てよ 了
.
154
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:15:58 ID:iiVptxPU0
登場人物紹介
(´・_ゝ・`) 盛岡 デミタス
優しさとはその人の為を思うこと
('、`*川 ペニサス
優しさとはその人の助けになること
ζ(゚ー゚*ζ デレ
優しさとはその人の望みに沿うこと
('A`) ドクオ
優しさとは抑圧された望みを叶えること
(´・ω・`) ショボン
優しさとは×××××××××××
マシュマロ入りコーヒー
コーヒー特有の苦味と酸味が薄れ、飲みやすくなる
デレの好きな飲み物で、ショボンの嫌いな飲み物
155
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:19:46 ID:ewSUN.Gk0
乙!ペニは自覚なかったのかな
死体でも魔女になれるのか…?
156
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 13:30:55 ID:pdUYOLzk0
おつ
157
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 14:16:29 ID:uEw5d7jg0
なんとなく話の内容が九九の文に沿ってる気がする
158
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 17:19:02 ID:H96D3Djs0
乙!
ドクオが美味しそうといったの伏線かなと思ったら今回で綺麗に回収されてた
続き気になる……!
159
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 17:21:42 ID:uWZyXjyA0
乙乙
マシュマロコーヒー……味が気になるが試す勇気は出ない
160
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 17:38:47 ID:Aewz7L/g0
おつんつん
161
:
名も無きAAのようです
:2015/05/15(金) 18:35:23 ID:nXBv4B720
乙
死体は成長できないのだろうか
162
:
名も無きAAのようです
:2015/06/04(木) 19:58:51 ID:Gi1vABZ.0
なるほどなるほど
乙
163
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:28:57 ID:HOaUlsmE0
五と六より、七と八を生め
.
164
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:29:50 ID:HOaUlsmE0
翌朝、ペニサスは何事もなかったかのように僕に挨拶をした。
生返事をし、僕は彼女の体を眺めた。
生きている。
昨日の出来事が、まるで嘘のようだった。
('、`*川「どうしたの?」
(´・_ゝ・`)「……え?」
('、`*川「険しい、っていうか怖い顔してるから」
(´・_ゝ・`)「いや、なんでもないよ」
('、`*川「師匠に何か言われた?」
(´・_ゝ・`)「…………」
こういう時、咄嗟に嘘がつけないというのは困ったものだった。
その代わり、僕は一部分だけを伏せて話した。
(´・_ゝ・`)「君が魔女になるのには反対だって言ってただけだよ、彼はね」
ペニサスはそれで納得したらしく、その後は何も追求してこなかった。
キッチンにいたデレに呼ばれて、朝食を取りに行ったのもあるのだろう。
僕はハチミツの塗られたトーストを齧る。
ハチミツなんて久々に食べた気がした。
砂糖とも果物とも違う独特な甘みは、気分を穏やかにしてくれた。
甘ったるい口の中に、コーヒーを流し込む。
ああ、甘い。
欲を言えば、朝のコーヒーだけにはマシュマロを入れて欲しくなった。
165
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:31:08 ID:HOaUlsmE0
しかしデレの善意を断れず、僕はマシュマロが徐々に溶けていく様を眺めることしかできなかった。
もう一口すすってみた。
甘みがさらに上書きされ、舌が痺れるような感じがする。
やはり普通のコーヒーがよかったな。
甘みよりも塩気が欲しくなり、卵の黄身が絡まったハムを口の中に放り込む。
うん、うまい。
ハムエッグなんて定番の料理だが、僕は半熟の目玉焼きが作れない。
あとでデレに作り方を聞いてみようか。
ついでにドクオの件についても。
('、`*川「デレさんったらケチなのよ」
キッチンから居間に帰ってきたペニサスは、僕の隣に座るなりそう言った。
('、`*川「もっとコーヒーにマシュマロ入れたいって言ったら、怒られたの」
(´・_ゝ・`)「……まぁ、そうだろうね」
マグカップから溢れ出そうになっているマシュマロを見て、僕はそう返した。
(´・_ゝ・`)「これいくつ入れたんだい、ペニサスくん」
('、`*川「十五個」
(´・_ゝ・`)「どう考えてもそれは入れすぎだよ」
('、`*川「甘ーいほうがおいしいに決まってるじゃない」
(´・_ゝ・`)「僕のは五個入れてもらったけど、十分甘いよ」
('、`*川「そうかしら」
166
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:32:27 ID:sPLbBWxE0
一気に八まで進んだ……だと……?
167
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:32:30 ID:HOaUlsmE0
ペニサスはおもむろに僕のマグカップに手を伸ばし、口に含んだ。
その途端彼女の眉間に皺が寄り、僕の方を見た。
嘘つき、と視線が物語っている。
抗議されても勝手に飲んだほうが悪いのだと僕は思うのだが。
('、`*川「わたしやっぱりこっちのほうがいい」
毒でも飲み干したような顔をして、ペニサスは自分のマグカップを手にした。
その代わり僕のマグカップは、乱雑に突き返された。
('、`*川「甘くておいしー」
(´・_ゝ・`)「ペニサスくんねえ……」
甘いものばかり食べてたら病気になるよ、と言いかけて僕は止めた。
('、`*川「なに?」
(´・_ゝ・`)「なんでもないよ」
僕はペニサスの皿に乗っていたプチトマトを口に入れた。
彼女は大げさに叫んで、僕の脇腹を小突いた。
ペニサスが単純でよかった。
僕は心底そう思いながら、昨日の出来事を思い出した。
168
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:33:38 ID:HOaUlsmE0
(´・ω・`)「デレ、見損なったよ」
ζ(゚ー゚;*ζ「違うの」
(´・ω・`)「何が違うんだい? 言い訳なら聞いてあげるよ」
何を考えているのかわからない眼差しで、ショボンはデレを見つめる。
デレは腕に爪を立て、ガリガリと引っかいていた。
無意識なのかもしれない。
赤い線が重なっていく様を見て、そう思った。
ζ(゚ー゚;*ζ「ほんとに、ちがうの、ドクオが、かってに、やったの……」
幼く、掠れた声だった。
かわいそうなほどに言葉は震え、彼女は今にも泣きそうだった。
(´・ω・`)「ふむ」
ショボンはデレから視線を外し、床へと向けた。
('A`)「…………」
ドクオはどこか遠くを見つめていたが、やがてそれに気付いた。
('A`)「な、ナ、なンデフくぁ」
ますます舌ったらずな喋り方になってしまったのは、僕のせいであった。
おそらく投げ飛ばした際に口の中を切ってしまったのだろう。
それでも悪いことをしたという気持ちは全く起きなかったのだが。
169
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:34:18 ID:HOaUlsmE0
(´・ω・`)「君が勝手にペニサスを殺したのかい? それともデレに頼まれていたのかな?」
('A`)「……ぁっ、ぁ、しデなぃ」
(´・ω・`)「何をしてないんだって?」
無色不透明な声はドクオを貫く。
べぇ、とドクオは血を吐き出し、こう答えた。
('A`)「デレ、はかん、けぃなイ」
(´・ω・`)「君の独断か」
ため息と共に、ショボンの声はいつもの調子を取り戻した。
(´・ω・`)「変だとは思っていたんだよね」
(´・_ゝ・`)「変?」
(´・ω・`)「ペニサスはこれ以上老いもしないし病気もしない。危害を加えられても彼女が生きることを望む限り、死ぬことはない」
寝息を立てているペニサスをショボンは見遣る。
月光に照らされた彼女の顔は蒼白く、血が通っていないように見えた。
(´・ω・`)「デレもそれを知っているから、殺すならこんな中途半端な真似をしないと思ってね」
視線が移ろい、デレに向けられた。
まるで釘を刺すように、あるいは信頼するように。
ζ(゚ー゚*ζ「……わたしがそんなことするはずないって、知ってるくせに」
170
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:35:37 ID:HOaUlsmE0
デレは、笑った。
安堵と諦観を混ぜたような笑みだ。
笑っているはずなのに、泣いているようにも見えた。
それがとても寂しいものに見えて、僕は息苦しくなった。
添えられたサラダを口にして、僕は回想を打ち止めた。
変わる事のない肉体。
死んでいるのに生き続けているという矛盾。
彼女は気付かないのだろうか。
それとも、気付いたらなにか処置をされてきたのか。
ζ(゚ー゚*ζ「お味はどうかしら」
家事を終えたらしいデレが、部屋に入ってきた。
今日も彼女の格好は派手である。
薄黄色のブラウスに、真っ赤なスカート。
裾や袖には白いフリルやレースがふんだんに使われていた。
よくそんな格好で料理ができるなと僕はある種の尊敬を抱いていた。
('、`*川「すっごくおいしいです」
ペニサスの言葉に、僕も頷いた。
ζ(゚ー゚*ζ「ならよかったわ」
柔らかな弧を描く目は、とても優しい眼差しをしていた。
今まで見た中で一番自然な笑みだ。
少しの毒っ気も含んでいない。
しかしそれも長くは続かなかった。
171
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:36:20 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうそう」
口の緩みを正すように、彼女は言う。
ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃん、今日はわたしと一緒にお出かけしましょう?」
('、`*川「お出かけですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ショッピングモールに行きたいの。新しいお洋服買ってあげるわよ」
('、`*川「行きます!」
ペニサスは残っていたハチミツトーストを一口で頬張った。
咀嚼もままならぬ様子で、それをコーヒーで押し流した。
ζ(゚ー゚*ζ「そんなに焦らなくてもいいのよ?」
('、`*川「でも、デレさんとお出かけするのは久々ですから……」
ζ(゚ー゚*ζ「ゆっくりでいいわよ、ゆっくりで」
そう言ってデレはちらりと僕を見た。
ζ(゚ー゚*ζ「洗い物しなくっちゃね」
空っぽになった皿を一枚持ち、彼女はキッチンへと戻った。
僕はコーヒーを飲み干し、その後に続いた。
(´・_ゝ・`)「手伝いますよ」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、いいのに」
172
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:38:35 ID:HOaUlsmE0
一瞥もくれずにデレは言う。
ζ(゚ー゚*ζ「それよりも気になることがあるんじゃないかしら?」
見透かされている。
どうにも食えない人だ。
少し反発心が湧いた。
(´・_ゝ・`)「……ドクオくんは、大丈夫なんですか?」
僕の言葉に、デレは一瞬皿を洗う手を止めた。
ζ(゚ー゚*ζ「……気にしているの? あなたのせいじゃないのに」
(´・_ゝ・`)「殴ったのは事実ですから」
ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃんのことが好きなのね」
(´・_ゝ・`)「好きというか、なんでしょうね」
有耶無耶な返事をしつつ、考える。
好きか嫌いかで言えば、好きである。
かと言って特別かどうかを問われると答えに窮する。
僕にとってのペニサスとは……?
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオは大人しく部屋で寝てるわ。魔法を使ったから、怪我も全部治ってる」
もうペニサスちゃんと二人きりにはさせないけどね、とデレは食器をカゴの中に仕舞った。
かちゃりと陶器のぶつかり合う音が響く。
ζ(゚ー゚*ζ「それより、ショボンがあなたに話があるって言ってたわよ」
(´・_ゝ・`)「話ですか」
173
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:39:17 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「そうよ、ペニサスちゃんのいないうちならゆっくりお話しできるでしょう?」
(´・_ゝ・`)「そう頼まれたんですか」
僕の質問にデレは答えなかった。
ほんの一瞬にまりと笑って、それからこう言った。
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ペニサスちゃん。食器持ってきてくれたのね」
振り向くと、そこには空になった皿を積み上げたペニサスが立っていた。
('、`*川「どういたしまして」
ζ(゚ー゚*ζ「洗うのは任せておいて。あなたは着替えてきなさいな」
('、`*川「はーい」
ペニサスはちらりと僕を見た。
('、`*川「なんの話してたの?」
(´・_ゝ・`)「ちょっとした世間話だよ」
('、`*川「なにそれ」
ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃんー、早くお出かけしましょ?」
催促するように、デレは会話を遮った。
ペニサスは少し戸惑う様子を見せたが、何も言わずにキッチンを後にした。
ζ(゚ー゚*ζ「嘘をつくのが下手な人ね」
(´・_ゝ・`)「隠し事をしないで生きてきたものでね」
ζ(゚ー゚*ζ「羨ましいわ」
174
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:40:40 ID:HOaUlsmE0
あんまり羨ましくなさそうな声で、デレは言った。
ζ(゚ー゚*ζ「冷蔵庫のなかにお皿があるから、あとであの人に持って行ってね」
そう託けて、デレもキッチンを後にした。
(´・_ゝ・`)「ふう……」
久々に一人になった気がして、僕は溜息を吐いた。
ずっと緊張し通しで、生きた心地がしなかった。
実際そうなのだが。
…………生きてはいないが、しかし意思はある。
僕は胸の内を整理すべく、コーヒーを入れることにした。
もちろん今度は、マシュマロ抜きで。
175
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:42:31 ID:HOaUlsmE0
ペニサスとデレが出掛けたのを確認して、僕はショボンの部屋へ向かった。
ノックをすると、一人でに扉が開いた。
それに招かれるようにして僕は白い地面の世界へと降り立った。
緩やかな木立は不気味なほどに静かであった。
さぁ、と風が吹いてもざわめきは聞こえない。
鳥の囀りも聞こえず、僕の足音も響かない。
果たして本当に歩いているのだろうか。
きちんと前に、進めているのだろうか。
まったく変わらない景色に対抗して、僕は歩みを進めた。
やがて地面に緑の染みがにじみ出た。
歩く度にそれは形を成していき、しばらくしてからそれが芝生のなり損ないであると気付いた。
緑の侵食はどんどん広がっていく。
僕は幼い頃に遊んだ原っぱを思い出した。
よくバッタやカマキリなんかを捕まえていたが、今となっては見かける事もなくなってしまった。
触るのももう無理かもしれない。
子供の頃には何でもなかった事でも、大人になるとなんだかんだ理由をつけて出来なくなるのが常であるからだ。
帆布で出来たパラソルが視界に入る。
その下にはシートが広がっていて、ショボンが気持ちよさそうに眠っていた。
しゃくしゃくと芝生を踏みつけながら、僕は近付く。
(´・ω・`)「……ああ、来たんだね」
やおら起き上がり、彼はそう言った。
(´・ω・`)「おはようデミタス。ゆっくり休めたかね?」
(´・_ゝ・`)「あまり寝付けませんでしたよ」
(´・ω・`)「だろうね。僕もだよ」
176
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:43:39 ID:HOaUlsmE0
ぐわぁとショボンの口が大きく開かれ、間延びした声が吐き出された。
(´・ω・`)「あーあ、いつまでも寝転がるのはよくないね」
彼が立ち上がると同時に、パラソルが霞消えた。
世界は目まぐるしく変わっていく。
鉄で出来た優雅な椅子が二脚、滲み出た。
次に瞬きをすると、木製のテーブルが出来上がっていた。
(´・ω・`)「それ、デレが作ってくれたのかい?」
(´・_ゝ・`)「あ、ああ……。はい」
ゆめうつつといった感じの声が出る。
今までにも魔法に触れてきた。
しかしこんなふうに飲み込まれるような、どこか恐ろしいものは初めてであった。
(´・ω・`)「ふむ」
椅子に座った彼の指は、テーブルをとんとんと叩いた。
恐る恐る僕は、フルーツサンドの入った皿をそこに置いた。
(´・ω・`)「フルーツサンドか」
ほんの少し微笑んで、ショボンはぽつりと呟いた。
考えあぐねるように空間を飛び回っていた色彩たちは、その一言で整理がついたらしい。
雲ひとつない青空。
その青と相対するかのような赤煉瓦の街並み。
燦々と降り注ぐ陽光は、不思議と爽やかであった。
(´・ω・`)「コーヒーも欲しいねえ」
177
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:44:37 ID:HOaUlsmE0
指が二度、テーブルを叩く。
真っ白な陶器が形を成す。
とぷんと液体の揺れる音、苦く香ばしい匂い。
正真正銘のコーヒーだった。
(´・ω・`)「デミタス、君は砂糖とかミルクはいるかい?」
(´・_ゝ・`)「……いえ」
(´・ω・`)「ああそう。ところでいつまでそこに立っているのかな」
ショボンは心底不思議そうにそう問うた。
僕はそれに答えず、黙って椅子を引いた。
ひんやりとした鉄の感触は、魔法で引き出されたものとは到底思えなかった。
しかし、やはりこれは魔法なのだ。
これだけの日が差し込んでも全く汗をかかないし、街には僕たち以外に人はいなかった。
あまりにも完成されすぎた空間だ。
居心地の悪さを誤魔化すため、僕はコーヒーをすすった。
それに気付かず、ショボンはサンドイッチを手に取った。
イチゴやキウイ、オレンジなどの果物がたっぷり入っていて、生クリームがはみ出ている。
見るからに食べにくそうだったが、彼は欠伸した時よりも大きく口を開けた。
ばくりと食らいつくその様は、童話に出てくる狼を連想させた。
幸せそうに頰が緩みながらも、さらにもう一口。
そんな調子だったので、皿はあっという間に空になってしまった。
(´・ω・`)「さてと」
指についた生クリームを舐めとり、ショボンは手をあげた。
(´・ω・`)「デミタス、十年前の秋頃に君は何をしていたか覚えているかね」
(´・_ゝ・`)「十年前?」
178
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:45:19 ID:HOaUlsmE0
唐突にあげられた数字に、僕は戸惑った。
十年前というと、他県の部署の人員が足りなくなったのでその穴を埋めていた頃だ。
初めは三ヶ月のつもりだったがやがてそれは半年になり、結局ずるずると一年半も出張していた。
それをショボンに伝えると、彼は少し考える素振りを見せた。
(´・ω・`)「……見てもらった方が早いな」
ショボンが宙を掴む動作をすると、その手には紙が一枚握られていた。
(´・ω・`)「これを見て欲しい」
(´・_ゝ・`)「……っ!?」
その紙には、セーラー服を着たペニサスが印刷されていた。
その隣にいる人間の顔はモザイク加工されていたが、同じ制服を身につけている。
友達と撮った写真なのだろうか?
幼く無邪気な笑みを浮かべる彼女は、まるで別人のようだった。
しかし、彼女はペニサスに間違いなかった。
その写真の下には、「伊藤ペニサスさんを探しています!」と大きく書かれていた。
伊藤。
伊藤ペニサス。
(´・_ゝ・`)「……ああ」
そこでようやく思い出す。
彼女を一度全国ニュースで見かけていたことを。
179
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:47:12 ID:HOaUlsmE0
その十七歳の少女は、とても面倒見がよかった。
リーダーシップもあり、いつもクラスの中心にいた。
クラスメイトからは慕われ、先生からも一目置かれていた。
十年前の秋。
彼女は下校時間ギリギリまでクラスメイトと学校に居残っていた。
文化祭が間際に迫っていたので、その準備に追われていたのだ。
秋の日はつるべ落としとはよく言ったもので、帰る頃には日がとっぷりと暮れていた。
いつもと同じようにクラスメイトに別れを告げ、少女は一人で帰ったらしい。
学校から家まで三十分の道程。
その途中、肉まんを買ったのをコンビニ店員に目撃されたのを最後に、少女は姿を消した。
連日メディアではその詳細を繰り返し放映し、警察も無垢で真面目な少女を見つける事に躍起になっていた。
しかし事態は進展しなかった。
メディアも膠着状態のそれよりも、より刺激的なニュースを茶の間に届ける事になった。
失踪した少女の安否は知れず、やがて記憶の片隅にも残らず忘れ去られていった。
その少女が、微笑んでいる。
僕の手は震え、思わず左手でその手首を掴んだ。
ペニサス。
君は、…………。
(´・ω・`)「およそ九年前の夏。僕は日本に帰ってきた」
ショボンの声によって、僕は現実に呼び戻された。
紙から目を離そうとして、しかし頭は動かなかった。
(´・ω・`)「久々の故郷に懐かしむ暇もなく、一つの祈りが耳に入った。とある山から聞こえるそれは、哀れになるほどか細く痩せていた」
僕は睨みつけるようにショボンを見た。
彼は気にせず、話を続ける。
180
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:48:26 ID:HOaUlsmE0
(´・ω・`)「『助けて、わたしを見つけて』。その祈りに居たたまれなくなり、僕はその山に向かった」
これ以上、話を聞きたくなかった。
(´・ω・`)「山奥に埋められていたそれは、目も当てられないような姿になっていてね」
呼吸が浅くなる。
悪い夢を見ているようだった。
(´・ω・`)「散々嬲られた挙句、最期は生きたまま焼かれたらしく、骨がひどく痛んでいた」
思わず紙をくしゃくしゃに丸めた。
僕はひどく怒っていた。
(´・ω・`)「燃え残っていた制服の裾に、たまたま彼女の名前が残っていたんだ」
心臓が抉られたように痛い。
ひどくひどく、痛かった。
(´・ω・`)「僕は、彼女の事を随分調べたよ。もう一度生きたいと願うあの子を無視する事が出来なかったんだ」
心の中に地獄が広がっていくようだった。
僕はそのままショボンの言葉に耳を傾けた。
(´・ω・`)「蘇生という魔法は、生きたいという死者の意思とその存在を認める情報が必要だ」
(´・_ゝ・`)「情報?」
(´・ω・`)「外見、生い立ち、為人などだね。承認、認知、発見などは魔法を使う上では重要な要素だからさ。何も知らなければそれはただの骨としか認識出来ない、ペニサスだという認識は得られない」
(´・_ゝ・`)「ああ……」
181
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:51:16 ID:HOaUlsmE0
ペニサスの話を思い出して、僕は息を漏らした。
魔女は境界線を跨ぐ者。
その境界線はありとあらゆるところに存在し、魔女でない者はその境界線を意識しない。
知らなければそれらはいないも同然だ。
彼らは祈りを現実へ引き出すために、万物の存在を認める。
自らの祈りを彼らにも認めてもらうために。
(´・ω・`)「事件当時の資料を漁ればおおよそのことはわかった。あの子を見つけて一週間も経たないうちに、僕は蘇生に着手できた」
蘇生は、無事成功した。
多少の混乱が見られたものの、二日もすればペニサスは以前と同じように活動するようになったらしい。
その更に三日後には、ショボンが魔法を使わずともペニサスの生きたいという意思のみで動けるようになったそうだ。
(´・_ゝ・`)「でも、生き返ったらペニサスは記憶喪失になっていたと」
僕の言葉に、ショボンは首を横に振った。
(´・ω・`)「痛覚や味覚が鈍くなった以外は全て上手くいっていた、はずだった」
彼はそこで言葉を区切った。
するすると言葉を紡いでいた口は鑰でも付いているかのように閉ざされていた。
(´・ω・`)「今際の記憶がフラッシュバックしてしまったんだ」
(´・_ゝ・`)「…………」
瞼がじんわりと熱を持ったような気がして、目元に手をやった。
もしかしたら涙が出るような気がしたけども、気のせいであったらしかった。
(´・ω・`)「目も当てられないような状態だった。彼女は懸命に生きようとしたけど日に日に窶れていった」
182
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:52:58 ID:HOaUlsmE0
冷めたコーヒーを口にしたショボンはとても苦い顔をしていた。
(´・ω・`)「忌まわしい記憶は彼女から生きる意思を確実に奪っていった。このままでは死んでしまうと思ったんだ」
(´・_ゝ・`)「……まさか、」
(´・ω・`)「ペニサスの記憶を消したのは僕だよ」
一陣の風が吹いた。
居心地の悪くなったショボンが無意識に引き起こした魔法なのかもしれない、と僕は今の話とは全く関係ないことを考えていた。
(´・_ゝ・`)「それも、彼女が望んだことなんですか」
絞り出すような声に、僕は戸惑った。
他人のことでこんな風に動揺したのは初めてだった。
(´・ω・`)「僕の独断だ」
(´・_ゝ・`)「……なぜ」
(´・ω・`)「あの子は全てを受け入れようとしたけど、それができるほど成熟していなかったからさ」
だけど、死の記憶だけ消してしまえば、それでよかったんじゃないのか。
どうして全部、忘れさせてしまったんだ。
きっと彼女には、大切な思い出もあっただろうに。
人差し指の腹に、親指の爪が食い込んだ。
生きていたら血が滲んでいただろう、と他人事のように考えて思い出したことがある。
ペニサスは、血を流していた。
死んでしまえば血の巡りは止まってしまうし、もちろん心臓も動かなくなる。
だけど彼女は全てを忘れてしまっている。
死んでいるとは夢にも思っていない。
気付いていないから彼女の体もまた、生きている人間に近い動きをしているのかもしれない。
183
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:54:31 ID:HOaUlsmE0
ショボンは再び口を開いた。
(´・ω・`)「このままだとペニサスは死ぬよ」
(´・_ゝ・`)「……!」
絶句する僕に、ショボンはさも当然といった表情で、こう言った。
(´・ω・`)「死ぬよ、君が殺すんだ」
魔女と使い魔の間にできる精神的な繋がりは、僕やペニサスが思っている以上にとても強力なものだという。
魔女は無条件で使い魔に対して魔法を使えるし、使い魔の祈りを魔女が肩代わりすることでそれを魔法に昇華することができる。
……僕たちは二つ過ちを犯した。
一つ目はペニサスが中途半端に魔法の知識を得ていたこと。
二つ目は、僕が大して生きたいという意思を持っていなかったこと。
(´・ω・`)「君の蘇生は非常に中途半端だ。今こうして活動できていることが奇跡といっても過言ではない」
前述の通り、死者の祈りと魔女の認識が蘇生を成立させる要となる。
死んで間も無くペニサスに見つかったことで、僕はその存在を認めてもらえた。
これが腐っていたり白骨化していたら、僕は蘇生出来なかっただろう。
その後会話をするために一時的に蘇生した僕は、その後使い魔になることを誓った。
ここがそもそもの間違いだったのだ。
僕は、僕の意思で生きたいと望んだわけではなかった。
その時も、今までも、ずっとペニサスの祈りにしがみついて生きてきた。
彼女が僕に生きて欲しいと祈っていたから、僕は生きてこれたのだ。
(´・ω・`)「生きる気力のない君を生かし続けるには膨大な労力が必要になる」
184
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:56:09 ID:HOaUlsmE0
僕は電池切れ寸前の携帯電話と一緒なのだという。
外部バッテリーで充電しながら無理矢理動かしている状態で、バッテリーの電力がなくなれば携帯電話の電源は落ちてしまう。
そしてバッテリーが充電されれば電力が供給され、携帯電話を使う事ができるが、バッテリーの消耗は著しくなる。
やがて徐々に溜め込む電量が少なくなり、いずれバッテリーは壊れてしまうだろう。
(´・ω・`)「現にペニサスが起きていられる時間は減っていっている。今は夜更かしできなくなる程度だけど、そのうちあの子は眠り続けるようになって最終的には二人とも死んでしまうだろうね」
(´・_ゝ・`)「どうすれば、いいんですか」
するとショボンは口元に笑みをたたえた。
(´・ω・`)「君の記憶を消そう。使い魔であったことも、魔法の事も、全部忘れるんだ」
(´・_ゝ・`)「全部……?」
(´・ω・`)「そう、全部。そうすれば君も自分が死者である事に気付かない」
(´・_ゝ・`)「…………」
(´・ω・`)「そんなに心配しなくたって大丈夫さ、前の暮らしに戻るだけだよ。その暮らしを何十年もこなしてきたんだから、今更どうという事もないさ」
僕は、迷った。
たしかにショボンの言う通り、僕が忘れてしまえば全て丸く収まるのだろう。
忘れてしまえば、きっと楽なのだ。
ペニサスの生きたいという祈りだって守る事ができる。
僕がいなければそれを食い物にする輩もいなくなるからだ。
僕は、魔女になりたいというあの子の力になれていなかったんだ。
使い魔であったのに、ペニサスをサポートするどころか足を引っ張ってしまっていたんだ。
どうしようもない人だな、僕は。
185
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:57:24 ID:HOaUlsmE0
僕は電池切れ寸前の携帯電話と一緒なのだという。
外部バッテリーで充電しながら無理矢理動かしている状態で、バッテリーの電力がなくなれば携帯電話の電源は落ちてしまう。
そしてバッテリーが充電されれば電力が供給され、携帯電話を使う事ができるが、バッテリーの消耗は著しくなる。
やがて徐々に溜め込む電量が少なくなり、いずれバッテリーは壊れてしまうだろう。
(´・ω・`)「現にペニサスが起きていられる時間は減っていっている。今は夜更かしできなくなる程度だけど、そのうちあの子は眠り続けるようになって最終的には二人とも死んでしまうだろうね」
(´・_ゝ・`)「どうすれば、いいんですか」
するとショボンは口元に笑みをたたえた。
(´・ω・`)「君の記憶を消そう。使い魔であったことも、魔法の事も、全部忘れるんだ」
(´・_ゝ・`)「全部……?」
(´・ω・`)「そう、全部。そうすれば君も自分が死者である事に気付かない」
(´・_ゝ・`)「…………」
(´・ω・`)「そんなに心配しなくたって大丈夫さ、前の暮らしに戻るだけだよ。その暮らしを何十年もこなしてきたんだから、今更どうという事もないさ」
僕は、迷った。
たしかにショボンの言う通り、僕が忘れてしまえば全て丸く収まるのだろう。
忘れてしまえば、きっと楽なのだ。
ペニサスの生きたいという祈りだって守る事ができる。
僕がいなければそれを食い物にする輩もいなくなるからだ。
僕は、魔女になりたいというあの子の力になれていなかったんだ。
使い魔であったのに、ペニサスをサポートするどころか足を引っ張ってしまっていたんだ。
どうしようもない人だな、僕は。
186
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:58:53 ID:HOaUlsmE0
ショボンの部屋を後にした僕は、居間へ向かった。
ベッドのそばに置いてあった段ボールを漁り、小型の鞄を取り出した。
幾許かのお金をその中に入れ、僕は居間を出た。
それからキッチンに立ち寄り、僕は二階へと上がった。
書斎とペニサスの間にある部屋が、デレの部屋であった。
扉をノックする。
返事はない。
しかし彼はいるだろう。
扉を開ける。
中は薄暗かった。
窓は鎧戸によって閉ざされているからだ。
四隅に設置されたフットランプが唯一の光源らしかった。
(´・_ゝ・`)「ドクオくん」
僕は薄暗がりに向かってそう呼びかけた。
ずずる、と動く気配がする。
どこにいるのかはわからない。
部屋の中に入ろうという気が起きなかったので、彼がこちらに来るのを待っていた。
やがて彼は姿を現した。
('A`)「ぁ、ア? でみタす?」
不思議そうな顔をして、彼は僕に問うた。
(´・_ゝ・`)「もう君に会うことがないだろうから、謝りに来たんだ」
('A`)「あャまる……?」
(´・_ゝ・`)「咄嗟のこととはいえ、殴ってしまってすまなかった。だけどもうペニサスくんにあんな事をしてはいけないよ」
('A`)「う、ゔぅ?」
187
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 16:59:51 ID:HOaUlsmE0
いまいち飲み込めないような顔をして、ドクオはこう言った。
('A`)「でみタス、どうシたの?」
(´・_ゝ・`)「今夜、僕はペニサスと離れ離れになるってことさ」
無事に夜が来たらの話だけどね、と僕は付け加える。
(´・_ゝ・`)「でも、どうしてあんなことをしたんだい」
ドクオは口を閉ざしたが、一言こう呟いた。
('A`)「スキだから、デレが」
(´・_ゝ・`)「好きだからか」
('A`)「で、デも、デレは、かんけィない」
(´・_ゝ・`)「そうか」
僕はドクオに向かって手を差し出した。
ドクオはそれを、不思議そうに見つめた。
('A`)「なニコれ」
(´・_ゝ・`)「握手だよ。相手の手を握るんだ」
その行為にどんな意味が含まれているのか、ドクオはわからなかったかもしれない。
だけどドクオは、僕の手を握り返した。
188
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:00:43 ID:HOaUlsmE0
いまいち飲み込めないような顔をして、ドクオはこう言った。
('A`)「でみタス、どうシたの?」
(´・_ゝ・`)「今夜、僕はペニサスと離れ離れになるってことさ」
無事に夜が来たらの話だけどね、と僕は付け加える。
(´・_ゝ・`)「でも、どうしてあんなことをしたんだい」
ドクオは口を閉ざしたが、一言こう呟いた。
('A`)「スキだから、デレが」
(´・_ゝ・`)「好きだからか」
('A`)「で、デも、デレは、かんけィない」
(´・_ゝ・`)「そうか」
僕はドクオに向かって手を差し出した。
ドクオはそれを、不思議そうに見つめた。
('A`)「なニコれ」
(´・_ゝ・`)「握手だよ。相手の手を握るんだ」
その行為にどんな意味が含まれているのか、ドクオはわからなかったかもしれない。
だけどドクオは、僕の手を握り返した。
189
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:01:35 ID:HOaUlsmE0
(´・_ゝ・`)「ありがとう、ドクオ」
('A`)「あ、ァリがとウ? デミたす」
(´・_ゝ・`)「きっとこれでお別れだ。短い間だったけどありがとう」
細く骨ばった手が、僕の手から抜けていった。
彼はまた薄暗がりの中に消えていき、僕はそれを見送った。
扉を閉めて、僕は目を閉じる。
デレは、やはりペニサスが嫌いだったのだろう。
だけど、その死までは望んでいなかったはずだ。
デレは自分の全てをショボンに委ねている。
ショボンの欲望は彼女の欲望でもあるし、ショボンの幸福は彼女の幸福でもある。
そしてショボンの望みはペニサスの幸せで、その幸せはペニサスの生存によって成り立っていると考えている。
どんなに不愉快でも、それがショボンの望みであるならデレは邪魔しない。
とすると、やはりペニサスを殺したのはドクオの独断なのだろう。
ドクオはデレが好きだから、ペニサスを……。
(´・_ゝ・`)「……帰ってきた」
階下で、扉の開く音が聞こえてきた。
僕は階段を降りて二人を出迎えようとした。
しかし玄関にいたのはデレ一人だけであった。
(´・_ゝ・`)「お帰りなさい」
ζ(゚ー゚*ζ「ただいま。出迎えてくれるなんてよっぽど帰りが待ち遠しかったのね」
首を横に振るが、デレはくすくすと笑った。
190
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:04:58 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「あの子なら廃教会まで自転車を取りに行ったわよ。サバトの時に置いてきたのがよっぽど気にかかってたみたいなの」
(´・_ゝ・`)「そうですか」
平静を装おうとしたが、デレにはお見通しのようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「ショボンから、話聞いたんでしょ」
(´・_ゝ・`)「はい」
ζ(゚ー゚*ζ「どうするの?」
(´・_ゝ・`)「……今夜ペニサスくんが眠ったら、全てを忘れるという約束をしました」
ζ(゚ー゚*ζ「そう」
興味なさげに、デレは短く言葉を返した。
(´・_ゝ・`)「デレさん」
ζ(゚ー゚*ζ「なあに?」
(´・_ゝ・`)「その靴は、人を移動させられるんですよね」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ」
(´・_ゝ・`)「例えばですけど」
と、僕は青銅色の靴を見つめて問う。
(´・_ゝ・`)「靴を履いたデレさんと手を繋いで、僕一人だけをどこかに飛ばすことも出来ますかね」
191
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:06:31 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「出来るけど、どこに行きたいの? カンザス? それともエメラルドの都かしら?」
茶化すような言葉に、僕は真面目に返す。
(´・_ゝ・`)「廃教会です」
ζ(゚ー゚*ζ「……ペニサスちゃんと離れるのが惜しいから、少しでもそばにいたいの?」
(´・_ゝ・`)「まぁ、そんなことです」
僕はそっと鞄に力を込めた。
ζ(゚ー゚*ζ「意外ね、あなたってドライな人だと思ってた」
(´・_ゝ・`)「少し長くそばに居すぎたのかもしれないですね」
ζ(゚ー゚*ζ「……夕飯までには帰ってくるのよ」
デレが手を差し出してきた。
僕は礼を言い、彼女の手を取った。
カン、踵がひとたび打ち付けられる。
(´・_ゝ・`)「魔法陣は」
カン、ふたたび音が響く。
ζ(゚ー゚*ζ「要らないわ、あれは大人数だったから」
カン、みたび靴が鳴いた。
192
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:08:58 ID:HOaUlsmE0
途端、周囲の色がめちゃくちゃに混ぜ合わされた。
ぶくぶくと泡が僕の足元を溶かし、繋いでいたはずの手はどこかへ消え失せていた。
少し心細くなりながらも僕は祈る。
ペニサスの元へ、廃教会へ行きたいと。
深海に投げ込まれたかと思うと景色は明るくなり、あるいは樹海に放り込まれて空をいきなり飛んだりした。
目紛しく変わる風景は、果たして正しいものなのか僕は判断できなかった。
やがて、暴力的な色彩の竜巻は去っていった。
見覚えのあるその建物は、やはり廃教会であった。
辺りを見回す。
ペニサスは見当たらない。
しかし草むらの中に自転車が倒れているのを見つけた。
そしてそのそばに、ショッキングピンク色をした袋が置かれていた。
ペニサスが買った服が入った袋なのかもしれない、と僕は考えた。
僕はなんとなしに廃教会に向かって歩いた。
壁に蔦が絡まっているのがみえる。
長いものは屋根にまで届こうとしていた。
なんて力強いのだろう。
植物の生命力に、僕は少し打ちのめされそうになった。
石でできた階段を上る。
入り口らしきものはすぐ見つかったが、扉がとっくの昔に朽ちてしまったらしい。
ぽっかりと開いているそこは、化け物の口のように見えた。
躊躇する僕の足元にはガラスの破片やら小さな鉄の部品やらが散乱していた。
あながち間違いでもないのかもしれない。
人を食べて、装備品を適当に吐き出したような跡にも見えたからだ。
(´・_ゝ・`)「何を考えているんだか」
193
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:11:03 ID:HOaUlsmE0
はたと我に帰り、叱咤するように呟く。
僕はそっと中を覗き込んだ。
教会内は思ったよりも明るかった。
天井の一部が崩れているせいだろう。
床は所々木が腐っている。
気をつけないと踏み外して怪我をしてしまう。
僕は慎重に歩みを進めた。
床板の隙間からは植物が競って背を伸ばしている。
内壁も、外壁同様に蔦が侵食していた。
ただやはり、日光が当たらないせいか蔦の一部は真っ黒に枯れていた。
それでも勇ましく、蔦は進軍をやめていなかった。
(´・_ゝ・`)「おっと」
踏み出した部分がみしりと音を立てた。
僕は慌てて足を引っ込めた。
「誰かいるの?」
警戒するような声は、聞き覚えのあるものだった。
(´・_ゝ・`)「僕だよ、ペニサスくん」
ペニサスは、ひょっこりとパイプオルガンの陰から顔を覗かせた。
(´・_ゝ・`)「そんなところにいたのか、気付かなかったよ」
('、`*川「ちょっと面白い仕掛けがあったのよ。というかデミタスはそこで何してるのよ」
(´・_ゝ・`)「君に用件があって、ここまで来たんだよ」
194
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:12:45 ID:HOaUlsmE0
僕はパイプオルガンのある右側に向かってゆっくりと進んだ。
ペニサスはその成り行きを見守りつつ、僕に話しかけてきた。
('、`*川「どうしてここがわかったの?」
(´・_ゝ・`)「デレさんがちょうど帰ってきた時に、君がいなかったから聞いてみたんだよ」
('、`*川「それでデレさんにここまで連れてきてもらったの?」
(´・_ゝ・`)「そういうことになるね」
遅々と、しかし着実に僕はペニサスに近付いていった。
鞄を掴む手に、力が入る。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
あともう少しだ。
(´・_ゝ・`)「君は、自分の記憶がどんなものなのか気になるかね」
('、`*川「……気になるわ、でも師匠は無理して思い出さなくていいって」
もう少しで、辿り着く。
(´・_ゝ・`)「師匠の考えは抜きにして考えてほしいんだ。君は思い出したいのかな、それとも忘れていたいのかな」
('、`*川「思い出したいわ」
意外なことに彼女は即答した。
195
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:13:52 ID:HOaUlsmE0
('、`*川「大事なことを忘れている気がするの」
(´・_ゝ・`)「戻ってきた記憶は、とても辛くて悲しいものかもしれないよ」
ようやく、パイプオルガンの前まで来れた。
('、`*川「それでも、わたしは取り戻したい」
(´・_ゝ・`)「その方法が、苦痛を伴うとしたら?」
僕はパイプオルガンの裏手へと回る。
数歩歩けばペニサスに触れられる距離まで、僕は詰める。
('、`*川「そうしたら、デミタスが助けてよ」
(´・_ゝ・`)「僕が?」
向かい合う僕たちの視線はぶつかり、絡み合う。
('、`*川「わたし、あなたが来るまでずっと一人だったのよ」
ショボンもデレも、ペニサスを可愛がってくれた。
しかしあの家に帰ってくるのは稀で、彼らがいない間はずっと孤独であった。
街へ出ても知り合いは居ないし、誰にも話しかけられない。
まるで透明な存在のようであったと彼女は話す。
('、`*川「あなたと会った時、わたしは自分の居場所を見つけたような気がしたの」
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……」
196
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:14:47 ID:HOaUlsmE0
僕はため息まじりに名前を呼んだ。
やはり、少し怖かった。
(´・_ゝ・`)「約束しよう。僕は、君のそばにいるよ。だけど記憶が必ず戻るとは限らない方法なんだ」
('、`*川「それでも試す価値があるなら、わたしはやってみたい」
(´・_ゝ・`)「…………」
僕は背後に追いやっていた鞄の口を開けた。
中を弄り、探し当てる。
紙を取っ払い、握りしめた。
手が震えてしまう。
だけど、やらなくては。
ペニサスは僕の様子に気付かずに話す。
('、`*川「ね、その方法ってどんなものなの? どうやってデミタスは師匠に交渉し」
ペニサスが固まる。
僕の手に何が握られているのかを視認したのだろう。
彼女が行動を起こすよりも先に鞄を投げ捨て僕は一気に距離を縮めた。
(´・_ゝ・`)「ごめん、ペニサスくん」
これがどんな結果を引き起こしたとしても、僕は君を見捨てないから。
その言葉が届いたのかは定かではない。
ただ行動の成果に、生暖かい液体がぬるりと僕の手に絡みついたのは確かであった。
( 、 *川「ど、して……っ、」
腹を穿たれたペニサスは、やっとの事でそう言った。
僕は謝りながら、もう一度刃を突き立てた。
197
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:16:44 ID:HOaUlsmE0
五と六より、七と八を生め 了
.
198
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 17:17:58 ID:HOaUlsmE0
登場人物紹介
(´・_ゝ・`) 盛岡 デミタス
人を刺すのは初めて
('、`*川 伊藤 ペニサス
何回も刺されていた
ζ(゚ー゚*ζ デレ
言葉で刺した回数いざ知らず
('A`) ドクオ
牙を剥いたのは一度だけ
(´・ω・`) ショボン
無意識に刃を立てている
フルーツサンド
地味に手間がかかる一品。デレは四枚切りの食パンを二枚使って作っている
199
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 18:48:22 ID:sPLbBWxE0
乙乙
ペニサス……
200
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 18:58:52 ID:HjdrOnWQ0
ペニスちゃんには立ち直って欲しい
201
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 19:37:57 ID:FXy1uV2I0
始めて読んだけど面白い
他になんか作品書いてた?
202
:
名も無きAAのようです
:2015/06/05(金) 22:59:53 ID:hj8axwf20
乙
203
:
名も無きAAのようです
:2015/06/06(土) 00:40:31 ID:sxoF/qR.0
ありがたいことに(´・ω・`)GatherさんとブンツンドーさんにまとめられていたのですがなぜかURLが貼れない…
ごめんなさい
>>221
大したものは書いてないです
最近だと+になったようですとか魂のスナッフフィルムとか短いものばかり
204
:
名も無きAAのようです
:2015/06/06(土) 01:09:35 ID:sxoF/qR.0
二重投下してる上に
>>185
と
>>186
の間に抜けてる文がありますね
各自以下の文を脳内補填お願いします
ぼんやりと考えるうちに、僕は日陰が出来ていることに気付いた。
僕たちの周りを、灰色の人影がぐるりと取り囲んでいたのだ。
それはまるで檻のようでもあり、僕を弾劾する正義が形を成したようでもあった。
(´・ω・`)「どうするんだい?」
決まりきっている答えを引き出すように、ショボンは急かす。
(´・_ゝ・`)「僕は……」
乾いて、掠れてしまった声があたりに響く。
灰色の人影たちは、僕の顔を覗き込むように距離をぐっと縮めにきた。
僕は、あの子に生きてほしかった。
205
:
名も無きAAのようです
:2015/06/06(土) 09:34:13 ID:2b3uqZcM0
乙
情景描写がすごい素敵
206
:
名も無きAAのようです
:2015/06/06(土) 12:44:30 ID:0bqu4coo0
おつ
気になる
207
:
名も無きAAのようです
:2015/06/06(土) 22:12:06 ID:j.QkwfFQ0
嗚呼、ケツ祭りのスナッフフィルムか……!
続きが気になる。そして相変わらず自己紹介が読んでて面白い。乙!
208
:
名も無きAAのようです
:2015/06/07(日) 12:25:57 ID:gfls9Zqc0
次回がとてもとても楽しみ
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1715.jpg
209
:
名も無きAAのようです
:2015/06/07(日) 13:34:50 ID:EokZzrhc0
マシュマロコーヒードロッドロやな
210
:
名も無きAAのようです
:2015/06/07(日) 16:15:20 ID:DVYZH8aA0
いいねいいね
乙乙
211
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:39:25 ID:vdSRrPRY0
かく魔女は説く、かくて成さん
.
212
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:41:30 ID:vdSRrPRY0
西日が濡れた床を照らし、透けた橙色とくすんだ紅が重なり合っていた。
複雑なその色合いは、僕の心を不安にさせた。
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「…………」
沈黙が教会内を支配していた。
その空気がここに澱む限り、僕たちは呼吸すらも危うくなる。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
それを振り払うように、僕は名前を呼んだ。
( 、 *川「…………」
光のない瞳がゆっくりと閉じられる。
まだ、生きている。
まだ、かろうじて……。
(´・_ゝ・`)「ごめん、ペニサスくん」
何度目になるかわからない謝罪を口にする。
謝ってもどうにもならないのは重々承知している。
それでも僕は、黙っていられなかった。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
もう一度名前を呼ぶ。
反応は、ない。
ああ、死んでしまうかもしれない。
そう考えながら、僕は先ほどの出来事を反芻した。
213
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:43:08 ID:vdSRrPRY0
僕は彼女を傷付けた。
驚きと絶望に染まった表情は、やがて恐怖に満ちていった。
( 、 *川「ぁあああぁぁああああァあああぁぁぁあぁぁあアアあぁぁぁあぁぁああぁあああぁぁあアあああ!!!!!!!!!!!!!」
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……っ!」
耳を劈く悲鳴に対抗して、僕は叫んだ。
同時にペニサスの手が僕の手を掴んだ。
(´・_ゝ・`)「いっ……!」
爪を立てられ、僕は思わず包丁を手放した。
そのまま蹴り飛ばされ、無様に床を転がった。
痛みに噎せながらも手を見れば、甲の肉が抉れている。
露出した生白い肉がずるずると寄り集まる様を見て、正直気分が悪くなったが今はそれどころではない。
( 、 *川「いィィった、い゛……」
深くまでめり込んでしまった刃を、ペニサスは躊躇いなく掴む。
そのまま包丁は床に投げられた。
( 、 *川「はーー、はーー、はーー……」
袋から空気が漏れ出すような呼吸。
そこへ、ばつりばつりと肉ののたうつ音が混ざり始めた。
( 、 *川「……………………え、」
うそ、と口だけが動いた。
見てしまったのだろう。
僕と同じように、自分の体が再生していくところを。
214
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:46:46 ID:vdSRrPRY0
('、`*川「ど、うゆー、こと?」
にへ、とペニサスは笑顔を取り繕った。
('、`*川「あれ、なんで、わたし、傷、治ってるんだろ、えへへ」
その笑みは引きつっていて、とても正視できるものではなかった。
('、`*川「な、なんで、ねえ。もしかしてわたし、すごい魔法つかえるようになっちゃったかな?」
それでも僕はペニサスを見つめた。
('、`*川「ねぇ、ねえ。なんか言ってよ」
ペニサスくん。
(´・_ゝ・`)「本当はもう、気付いているんだろう?」
('、`*川「し、しらない。しらないよ、こんなの」
彼女の笑顔は、どんどん狂っていく。
('、`*川「わたし、山で倒れてて、それを師匠に拾ってもらって。でも、」
埋 め ら れ て な ん か な い も ん ! ! !
.
215
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:48:39 ID:vdSRrPRY0
遡行していく記憶に対抗するように、ペニサスは叫んだ。
それでも記憶の奔流は止まらない。
うねりをあげてそれらはペニサスを飲み込んでいく。
堆積した感情は一気になだれ込み、彼女の精神を滅茶苦茶に、そして好き放題に殴っていった。
( 、 *川「アアぁあああァあアアアあぁあああ!!!!!!!」
彼女は泣いた。
同時に怒った。
わけも分からず楽しんだ。
かと思えば涙を流した。
笑い声を上げて、焦燥した。
頭を床に叩きつけ、要領を得ない思い出話に花を咲かせた。
誰かを呼びながら、舌を噛み切ろうとした。
僕が止めに入ると、ペニサスは刃を向けた。
( 、 *川「来ないで! 来ないでよ!!」
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
( 、 *川「今度はなに! なにを、するの……」
掠れた息と共に吐き出された言葉は、凄惨な最期を予感させた。
(´・_ゝ・`)「なにもしないよ、僕はなにもしない」
( 、 *川「うそつき!!!!」
自らの首に刃を添え、ペニサスは叫ぶ。
('、`*川「死んでやる、あんたの思い通りになんかなるもんか」
216
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:49:27 ID:vdSRrPRY0
(;´・_ゝ・`)「ペニサスくん!」
僕は咄嗟にペニサスの手首と刃を掴んだ。
がりがりと骨と鉄がぶつかり、思わず呻いた。
(;´・_ゝ・`)「ペニサス、くん……!」
手首を掴んでいる手に思い切り力を込める。
怯んだ彼女の隙をついて、僕はそのまま包丁をステンドグラスに向かって投げ捨てた。
極彩色のガラスが千々に割れる。
( 、 *川「やだ! やだぁぁー!! いやぁぁああああー!!!!」
金切声が鼓膜にビリビリと響く。
(´・_ゝ・`)「ペニサス、くんっ……」
僕は彼女を抱き締めた。
ずっとずっと抱き締めた。
必死に逃れようとペニサスは暴れたが、僕はそれに耐えた。
僕は、彼女から逃げたくなかった。
やがてペニサスは力なく僕の腕を叩いた。
抱き締めている体はすっかり冷たくなっていた。
( 、 *川「…………………………………………………………………………………………やだよ………………こわいよ、こわい……。おかーぁさん、おとおさん」
か細く鳴いて、それきりペニサスは黙った。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……」
217
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:50:29 ID:vdSRrPRY0
軽く体を揺すると、その体がひどく重くなっていた。
すっかり脱力しきっていて、まるで死んでいるように見えて……。
(´・_ゝ・`)「…………」
彼女を床に寝かせ、そして今に至るというわけだ。
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「…………」
体が怠くなってきた。
頭がぼんやりとしてきて、意識していないと呼吸するのを忘れてしまいそうだった。
流石に辛くなり、僕も床に横たわった。
燃えるような春の夕焼けが、西へと去っていこうとしていた。
代わりにもうじき夜がやってくる。
その前に僕は意識を保っていられるだろうか。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」
僕はなんとなしに話しかけた。
(´・_ゝ・`)「君に出会って幾日も経っていないけど僕は幸せだったよ」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「君は自分が透明な存在だと言っていたけど、僕も同じだったんだよ」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「子供の頃、僕はずっと特別な何かになりたいと、そうなれると何故か妄信していた。そうではないと高校生の頃に気付いたけど、大人になれば誰かが必要としてくれると信じて生きてきた」
218
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:51:44 ID:vdSRrPRY0
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「僕はなるべく人に好かれる努力をしてきた。誰のことも傷つけない良い人であろうとした」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「その結果を、君はよく知っているよね。可愛がっていたつもりの部下に殺された。皮肉なものだね」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「あんなの優しいとはいえなかったんだ。僕は自分の気にいるように相手に優しく接してきただけだったんだ」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「その事に気付けたのは、君と出会えたからなんだ」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「君は、傷つける勇気を持てずに透明であろうとした僕を見つけてくれた。それでも僕は透明で在り続けたけど、君は色んなものを僕に見せてくれた」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「僕は君が羨ましかったんだ。透明にされてもそれに抗って、自分の目標を貫き通そうとした」
( 、 *川「…………、」
(´・_ゝ・`)「君は、誰よりも特別な存在だよ」
( 、 *川「…………」
219
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:52:25 ID:vdSRrPRY0
(´・_ゝ・`)「僕は君に生きていて欲しい。それも本当のことを全部背負って、ね」
( 、 *川「…………」
(´・_ゝ・`)「酷い我儘を言っているのはわかっているんだ。だけどお師匠さんの思想に共感できなかった」
( 、 *川「……、……」
(´・_ゝ・`)「ごめんよ、僕はどうも君のお師匠さんとは相性が悪いみたいで」
( 、 *川「……、 」
(´・_ゝ・`)「……え?」
微かに、唇が動いた。
すぅっと頭の中の霧が晴れて、僕は彼女の頬に手を伸ばした。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……?」
( 、 *川「…………わたしが、」
(´・_ゝ・`)「うん、」
( 、 *川「…………わたしが、しんだら、あなたもしんじゃうんだよ?」
なのにどうして、こんなことを?
そんな意味を含んでいるような気がした。
僕は少し考えて、こう答えた。
(´・_ゝ・`)「うまく言えないけど、君が僕を求めてくれたから僕も君を求めているんだと思う」
220
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 12:58:45 ID:vdSRrPRY0
( 、 *川「じゃあ、わたし、もうデミタスのこと、みはなすわ」
(´・_ゝ・`)「見放してもいいよ。それで僕が死んでしまっても、君が生きてくれるならそれでいいし、君が死ぬなら僕も死ぬよ」
( 、 *川「…………そんなの、だめよ」
涙交じりの声でそう言った。
( 、 *川「わたしは、死んでもいいけど。でもデミタスは生きなくちゃ」
(´・_ゝ・`)「死んでもいい奴なんているもんか。それに僕には君が必要なんだよ」
( 、 *川「…………、」
(´・_ゝ・`)「もっと色々なものを君と見たい。なにより君の夢が叶うところが見たいんだ」
沈黙が再びあたりを包み込む。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
結構長いことお互い黙っていたような気もするし、そうでもないような気もした。
とにかく、彼女はこう言った。
( 、 *川「……じゃあ、今度からは、使い魔らしくなってくれる?」
(´・_ゝ・`)「たとえば?」
('、`*川「わたしに敬意を払って、様付けにするとか」
緩く瞼が開く。
その目には光が宿っていて。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……!」
221
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:00:01 ID:vdSRrPRY0
とても嬉しくて、だけどそれを素直に出すのがなんとなく嫌で。
(´・_ゝ・`)「……君に、様付けは似合わないよ」
僕は、唇が緩まないように我慢をした。
('、`*川「使い魔のくせに、わたしに歯向かうの?」
僕の手の甲に、彼女の手が重なる。
ペニサスは笑いながら爪を立てた。
(´・_ゝ・`)「痛いよ、ペニサスくん」
('、`*川「痛くしてるのよ」
そのうち手は振り払われて、ペニサスは仰向けになった。
僕もそれにならって、空を見上げた。
('、`*川「すっごく痛かった」
(´・_ゝ・`)「ごめん」
('、`*川「それに怖かった」
(´・_ゝ・`)「うん」
('、`*川「自分がバラバラになりそうだった」
(´・_ゝ・`)「…………」
222
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:00:53 ID:vdSRrPRY0
('、`*川「それでもずっと名前を呼んでてくれた、そばにいてくれた」
(´・_ゝ・`)「……うん」
('、`*川「一人じゃないって思ったら、心強かった」
日はすっかり暮れていて、空の端に藍色の菫が微かに咲いていた。
('、`*川「そばにいてくれてありがとう」
(´・_ゝ・`)「……僕は何もしてないよ、君が頑張ったんだ」
('、`*川「それでもわたし一人じゃここまで出来なかったもん」
ずいぶん手荒な手段だったけどね、とペニサスは恨めしそうに言った。
('、`*川「……死んでたんだね、わたし」
(´・_ゝ・`)「……そうだね」
('、`*川「自分の体を動かすので精一杯だったのにデミタスも生かそうとしたからスクライングする余裕もなくなっちゃったのね、きっと」
僕の犯人探しが不発に終わったことを思い出したのだろう。
ペニサスはとても悔しそうな顔をした。
僕は少し気まずく思い、話を反らすことにした。
(´・_ゝ・`)「昔、ニュースで見かけたことがあったよ」
('、`*川「ニュース?」
(´・_ゝ・`)「君の事を熱心に探していたんだよ」
223
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:01:50 ID:vdSRrPRY0
誰も君のことを見つけられなかったんだけど、という言葉は飲み込む事にした。
('、`*川「……生きてたら二十七歳かぁ」
しみじみと噛みしめるようにペニサスは呟いた。
('、`*川「ね、二十七歳の女の子ってどんな感じなの?」
(´・_ゝ・`)「どんな感じって言われてもなぁ……」
少し考えて、あまり変わらないよ、と僕は返した。
気の合うもの同士グループを作り、派閥も出来る。
昼休みになると食堂の一角に集まってきゃあきゃあと騒ぐし、大体恋やファッションの流行や嫌いな人の話題で盛り上がる。
そう教えると、
('、`*川「そっか」
と満足そうに呟いた。
('、`*川「師匠、怒ってるかなぁ」
(´・_ゝ・`)「心配はしているかもしれない」
('、`*川「家に帰りたくないね」
(´・_ゝ・`)「今日は帰らなくてもいいだろうよ」
身を起こして僕は鞄を取りに行った。
そしてその中から使い捨てのおしぼりとチョコチップクッキーを取り出した。
224
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:10:40 ID:vdSRrPRY0
(´・_ゝ・`)「食べるかい?」
ビニール袋に入ったそれを見せると、ペニサスは体を起こした。
('、`*川「買ったの?」
差し出したおしぼりで手を拭きながら、ペニサスは問う。
僕は目を合わせずにこう言った。
(´・_ゝ・`)「いや、キッチンに置いてあった瓶からくすねてきた」
('、`*川「酷い人ね、きっとこれデレさんが師匠のために焼いたのよ?」
とは言いながらも、ペニサスはクッキーに手を伸ばした。
ざくざくとした食感、ココアの苦い風味。
荒く刻まれたチョコレートが舌に当たると、緩やかに溶けていった。
それがまた食欲を刺激し、僕たちは黙々とそれらを消費していった。
もう一枚、あと一枚だけ。
なんて思っていたらあっという間に袋は軽くなってしまった。
('、`*川「あ」
(´・_ゝ・`)「あ」
とうとう最後の一枚になり、二人とも思わず声を上げてしまった。
(´・_ゝ・`)「どうぞ」
('、`*川「いいわよ、いっぱい食べたから」
225
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:12:36 ID:vdSRrPRY0
(´・_ゝ・`)「僕だって食べたよ」
('、`*川「でも」
(´・_ゝ・`)「今日一番頑張ったのは君なんだから、君が食べなよ」
ペニサスは少し考えて、それから遠慮がちに袋の中へと手を伸ばした。
そしてクッキーを半分に割り、僕に差し出した。
('、`*川「はい」
(´・_ゝ・`)「……いいのに」
なるべくつっけんどんに言ったつもりだったが、頬が少し緩んでしまった。
それがなんだか情けなくて、僕は慌ててクッキーを口の中に放り込んだ。
(´・_ゝ・`)「こうしてまた、君とお菓子が食べられてよかったよ」
('、`*川「……あっそ」
ペニサスはそっぽを向いてそう言った。
僕はそれを見て、なんとなく微笑ましい気持ちになった。
が、代わりに気になることがあった。
(´・_ゝ・`)「……ペニサスくん」
('、`*川「んー?」
(´・_ゝ・`)「どうして僕たちは死んでも意識を保っていたんだろうね」
ペニサスはちらりと僕を見て、それから向き合った。
226
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:14:54 ID:vdSRrPRY0
('、`*川「人も魔女も、死ぬと『透明な澱』に呑み込まれるの」
(´・_ゝ・`)「とうめいな、よどみ」
透明な澱とは、人間であった頃の姿を忘れた者だけが行く場所なのだという。
人間が老いや病気などで自己と他者の境界線を見失うとそこに行き、何もかもを忘れて透明になるのだという。
そのかわり自己を忘れなければ、つまり未練を残している場合にはその澱に取りこまれることもないのだという。
しかし肉体が滅んで自意識だけが残っても、誰にも見つけてもらえなければいずれ透明な澱へ導かれるのだという。
蘇生されず、そのまま現世に留まり続けた自意識。
これが所謂幽霊なのだと魔女たちの間に伝わっているのだそうだ。
さて、ペニサス曰く魔女には三通りの死があるという。
一つ目は人としての死。
魔女よりも普通の人間として過ごす時間が長い者が迎える死だそうだ。
二つ目は魔女としての死。
これは一つ目の逆パターンだ。
好きなことを追求し続けている魔女は老いることも病気になることもない。
怪我をしても魔法で治せてしまうし、悦楽と刺激を受けている限り彼らに寿命は訪れない。
しかし何事にも終わりはある。
何をしても退屈で仕方がなくなった時、彼らは人生をこう締めくくるのだという。
('、`*川「『時よ止まれ、君は何よりも美しい』、ってね。でもこの呪文って、この世のありとあらゆるものの存在を感じ取っていないと発動しないのよ」
(´・_ゝ・`)「つまり今の君じゃ無理だと」
('、`*川「そうそう。それにこの死を迎えられた魔女なんて、五人にも満たないらしいし」
(´・_ゝ・`)「ふむ……」
('、`*川「ほとんどの魔女が人として生を終えてるんですって」
227
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:16:30 ID:vdSRrPRY0
ペニサスは欠伸を一つして、黙った。
僕はそのまま話の続きを待った。
('、`*川「……三つ目の死は、透明な死」
魔女としての死は、至上の死として語られているらしい。
それを目指して魔法を極め、世界を旅している魔女がいるくらいだという。
しかし自分が何のために魔女になったのか、何故こんな困難に身を置いているのかが分からなくなる者がほとんどなのだという。
人間の自分と魔女の自分。
その境界線を見失い、突如として掻き消えてしまう。
何もこの世に結果を残せず、誰の心にも残らなかった情けない敗者。
('、`*川「それが、透明な死」
(´・_ゝ・`)「……誰もその死を関知しないんだね」
('、`*川「一応魔女の死を目指す者同士で協会を組んで、連絡が取れなくなったら死んでしまったものとして記録するらしいけど」
(´・_ゝ・`)「遠くで誰かが死んでも何とも思わないしなぁ。しかもいつ居なくなったとわかるわけでもないし」
('、`*川「透明になるって、そういうことなんだと思う」
そう考えると、なんて寂しい死なのだろうと僕は悲しくなった。
(´・_ゝ・`)「どうして僕たちは透明にならなかったのだろうね」
('、`*川「わからないわ、でも」
誰かに見つけて欲しかったから、透明にならなかったのかも。
睡魔によってとろけた声で、彼女はそう言った。
228
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:18:23 ID:vdSRrPRY0
(´・_ゝ・`)「……そうかもしれないね」
僕の呟きに、返事は返ってこなかった。
かわりにすうすうと寝息だけが聞こえてきた。
明日はどうなるのだろう。
もしかしたらペニサスがいなくなってるかもしれない。
目覚めたら自分の部屋にいて、全てを忘れて会社に行っているのかもしれない。
そもそも目覚めることもないのかもしれない。
そう考えると心配は尽きなかったが、やがて僕も眠りへと落ちていった。
「…………ヤッアヒータ パッサチーマ フィーラ フィーラ」
何処かで聞いた歌を耳にしながら。
229
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:19:23 ID:vdSRrPRY0
目が覚め他頃にはすっかり日は高くなっていた。
今日は風が強かった。
ぼーっと空を眺めていると、灰色の雲が猛スピードで動いているのがわかった。
今は晴れているが、もしかすると雨が降るのかもしれない。
起き上がり、僕は辺りを見回した。
教会内にペニサスの姿はない。
(´・_ゝ・`)「……ペニサスくん?」
ゆっくりと出入り口へと向かう。
みし、ぎし、と呻く床が僕の不安を煽る。
もしかしたら、僕が寝ている間に連れ去られたのでは。
(´・_ゝ・`)「うわっ」
顔に蜘蛛の巣が引っかかり、僕は手を振るった。
その拍子に、床から伸びていた植物と手がぶつかった。
はて、昨日はこんなにこの草は伸びていただろうか?
少し気にかかったものの、それより先にペニサスがどこにいるのかを知るのが先だった。
ようやく出入り口に辿り着いた。
すると、見覚えのある後ろ姿が自転車のそばに立っていた。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん!」
呼ぶと、彼女は振り向いた。
('、`*川「デミタス」
少し驚いたような表情を浮かべる彼女の右腕は、ショッキングピンクの袋が抱えられていた。
230
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:20:39 ID:vdSRrPRY0
('、`*川「ごめん、着替えようと思ってこれを取りに来たの」
(´・_ゝ・`)「ああ……」
少し脱力しながら僕は答える。
そうだった。
昨日僕がめちゃくちゃに刺したせいで服がとんでもないことになっていたんだった。
(´・_ゝ・`)「悪かったね、そこまで気が回ってなかったよ」
('、`*川「気にしないで」
そう言ってペニサスは中へと戻っていった。
('、`*川「覗かないでよね」
(´・_ゝ・`)「覗くわけないじゃないか」
目の前に広がる光景を見つめながら、僕はそう答えた。
ペニサスは気付いているのだろうか。
今まで草の生い茂っていた場所に、ぼこぼこと穴が開いていることを。
その茶褐色の斑をよく見ると、深海色の泡が微かに残っていた。
その泡によってそこに生えていた草が跡形もなく消失してしまったらしい。
剥き出しになった土を見てそう考えた。
とりあえずあの泡には触れないほうがいいだろう。
「お待たせ」
背後から声をかけられ、僕は振り向いた。
231
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:23:59 ID:vdSRrPRY0
レース付きの白いブラウスに闇色のワンピース。
ふんわりと広がる裾は膝下まで覆っていたが、不思議と軽やかな印象を与えた。
('、`*川「変じゃないかな?」
胸元を編み上げているリボンをいじりながら、ペニサスは問う。
(´・_ゝ・`)「全然」
('、`*川「なら良かった」
ほっとしたようにそう言って、しかしその表情はすぐ真剣なものへと変わった。
('、`*川「連れてってほしいところがあるの」
(´・_ゝ・`)「どこに行きたいんだい?」
('、`*川「わたしの、家」
もしかしたら引っ越してしまっているかもしれない。
違う人が住んでいるのかもしれない。
もし以前と同じように住んでいたとしても、会いに行くことはできない。
しかしそれでも、一目見ることができたなら。
(´・_ゝ・`)「……案内はしっかり頼むよ」
そう言って、僕は自転車を起こしに行った。
232
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:25:06 ID:vdSRrPRY0
ペニサスの家までの道程は非常に順調であった。
返り血の付いた服を着た中年の男が少女を連れていたら職務質問も待った無しだとびくびくしていたのだが、誰にも会わなかったのだ。
それどころか生活音もせず、街はしんと静まり返っていた。
まるで誰かに加護を受けているようだと思う一方で、不気味にもなった。
('、`*川「止まって」
軋む鉄の音を響かせ、自転車を止めた。
('、`*川「この奥なの」
塀と塀の隙間にある道を見つめ、ペニサスはそう言った。
(´・_ゝ・`)「ずいぶん細いな」
人一人がやっと通れる道幅だ。
自転車に乗りながらでも入れなくはないが、いかんせん砂利道である。
転んでしまったらひとたまりもないだろうと踏んで、僕は自転車を降りた。
('、`*川「秘密基地みたいってよく友達に言われたわ。車は近くの駐車場を借りてたわね、そういえば」
思い出話を紡ぎながら、ペニサスは先陣を切って歩く。
相槌をうちながら僕はその後に続いた。
生まれる前は男の子だと思われていたこと。
だから服やベビーバスを水色に揃えられてしまったこと。
生まれてみたら女の子で、お父さんが少し残念がっていたこと。
夜泣きをしないであんまりお母さんの手を煩わせなかったこと。
だけど他の子よりも乳離れや寝返りを打つのが遅くてお母さんがノイローゼになったこと。
歩いて勝手にドアをいじって指を大怪我したこと。
初めて公園に行った時に鯉を捕まえようとして池に落ちたこと。
233
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:26:05 ID:vdSRrPRY0
僕の知らないペニサスが、次々と現れては記憶の片隅へと引き込まれていく。
それがなんだか楽しくて、僕は夢中になって聞いていた。
('、`*川「……着いた」
四方を塀に囲まれながらも開けた場所に出た。
しかし一目見てそこに誰もいないことは明白であった。
かつては白かった壁のペンキは剥がれ落ちていて、雨樋が外れてしまっていた。
サンデッキのガラスは割れ、巨大な蜘蛛の巣が出来上がっている。
窓は厳雨戸が閉められているが、すっかり錆び付いて涙跡のようにも見えた。
とにかく、荒みに荒んでいた。
ペニサスはなにも言わずに、玄関へと向かった。
庇の下には水色のベビーバスが置かれていた。
('、`*川「なつかしー……」
(´・_ゝ・`)「これがさっきの?」
('、`*川「そうそう。わたしが幼稚園の時にメダカ飼いたいってねだって、お父さんが買ってくれたの。そうしたらこのベビーバスを水槽にするって言ってて。それからずーっと育ててね……」
(´・_ゝ・`)「へえ……」
ベビーバスの中には、雨水が溜まり緑藻が覆い尽くしていた。
僕には想像できないが、彼女の目には当時の光景が写っているのだろう。
('、`*川「……引っ越す時に、メダカも捨てちゃったのかな」
寂しげなその声に、僕はなんとも返せなかった。
('、`*川「……中、まだ入れるかな」
234
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:29:48 ID:vdSRrPRY0
ペニサスの視線がベビーバスから玄関へと移ったその時だった。
('、`*川「……あれ?」
いつの間にか扉が開いていたのだ。
中は真っ暗で、いくら覗き込んでもその先を見通すことはできなかった。
冷たいペニサスの手が僕にぶつかった。
探るようなその手つきを捕まえて、僕はしっかりと握りしめた。
怖いのだろう、不安なのだろう。
ペニサスほどではないが、僕もそう感じていた。
だけど僕たちは一人ではなかった。
僕とペニサスは言葉を交わさずに、中へと引き込まれていった。
……歩いてどれくらい経ったのかは定かではないが、やがて飴色の灯が見えてきた。
灯の真下には小さなテーブルがあり、その奥に男が一人佇んでいた。
(//‰ ゚)「…………」
右目以外を包帯で覆い、顔の一部からは虹色の光が溢れて出していた。
(//‰ ゚)「いらっしゃい」
穏やかなその声に、僕は聞き覚えがあった。
姿形は違えども、彼はあのサバトで会った魔女であった。
('、`*川「あなたは……」
(//‰ ゚)「しぃっ。それよりお嬢ちゃん、僕は君に改めて問うことがある」
包帯の隙間から漏れる玻璃の輝きが一層強くなった。
石の魔女は、優しくペニサスに問いかける。
235
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:30:40 ID:vdSRrPRY0
(//‰ ゚)「君は、魔女になりたいかね」
('、`*川「はい」
(//‰ ゚)「険しい道だ。それに自分を見失えば」
('、`*川「透明な澱に囚われる」
(//‰ ゚)「それでも君は、魔女になる道を選ぶのかね」
('、`*川「なりたいです。魔女になって、わたしは師匠と話がしたいんです」
石の魔女は、その言葉を噛みしめるように目を細めた。
そして何処からともなく小さなマッチ箱を二つ取り出した。
(//‰ ゚)「持ってお行き。この先で彼女が待っている」
(´・_ゝ・`)「彼女?」
(//‰ ゚)「行けばわかるさ。そいつが入場券の代わりになる」
「幻影追想劇団 柘榴座」
金の縁取りのついた深紅色で、箱にそう印刷されていた。
('、`*川「デミタス」
(´・_ゝ・`)「ああ、すまないね」
思わず箱に見惚れていた僕を、ペニサスは呆れたように見ていた。
236
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:32:20 ID:vdSRrPRY0
('、`*川「彼女って誰なんでしょうね」
(´・_ゝ・`)「さあ、だけど進めばわかるんだろうよ」
ほんの少し振り返って、僕はそう言った。
じぃじく、じぃじくとノイズがかった飴色の灯。
その下にいたあの魔女は、もう何処かへと去ってしまったようだった。
そのまま暗がりを進んでいくと、赤と緑の混ざりあった絵画が見えてきた。
瑞々しい葉と、赤い彼岸花。
あり得ない光景だ。
(´・_ゝ・`)「……これ、何かおかしくないか?」
('、`*川「そうね。これ、絵じゃなくて緞帳なんだわ」
(´・_ゝ・`)「え?」
ペニサスの指摘で、僕はようやく気が付いた。
ということはこの先にあるのは舞台だ。
いったい何が始まるのだろう。
「いらっしゃい、二人とも」
明るい女の声が、背後から聞こえた。
从 ゚∀从「さあさ、席に座っておくれ。時間は限られているんだ」
躑躅の魔女が二脚の椅子に手を掛けながらそう言った。
237
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:33:12 ID:vdSRrPRY0
さっきまでそんなものはなかったはずだった。
目紛しく変わっていく状況に、僕は車酔いした気分になった。
ペニサスは夢遊病者のような足取りで、椅子に向かった。
僕はその背を追いかけた。
青い布が張られた椅子に座ると同時に、緞帳は静かに開いていった。
舞台の上手には青々とした葉が茂り、その下には真鍮色の四角い石が置かれていた。
('、`*川「あれ、何かしら?」
(´・_ゝ・`)「黄鉄鉱だね。火打石として使われていたと聞いたことがある」
('、`*川「ふーん」
かたり、と石が動く。
それは舞台の始まりを告げるものだった。
かた、かたり、かた、かたり。
立方体は軽い音を立てながら人型へと姿を変えていった。
238
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:34:15 ID:vdSRrPRY0
从 ∀从「むかしむかし、ある所に彼岸花の葉から生まれた王子様がおりました」
(//‰ )「王子様は困っている人がいると放っておけないたちでありました」
(*;∀;)『えーん、えーん』
/ ゚、。 /『どうしたんだい、お嬢さん』
(*;∀;)『ころんでけがをしたの、とってもいたいの』
/ ゚、。 /『それなら僕がその怪我の手当てをしてあげよう。さあ傷を見せてごらん、』
(*;∀;)『えーん、えーん、いたいよう』
/ ゚、。 /『大丈夫、僕がいるよ。さあ血が止まったよ』
(*゚∀゚)『本当だ! ありがとう、王子様!』
从 ∀从「王子様はとっても優しくて、いい人でありました。しかし……」
ミセ*;ー;)リ『えーん、えーん! さみしいよう!」
/ ゚、。 /『……』
(*゚∀゚)『王子様?』
ミセ*;ー;)リ『うえーん、どうして誰もそばにいてくれないの! えーん、えーん!』
/ ゚、。 /『さよなら、僕行かなくちゃ』
(*゚∀゚)『えっ?』
239
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:35:33 ID:vdSRrPRY0
/ ゚、。 /『どうしたんだい、お嬢さん』
ミセ*;ー;)リ『誰もわたしのことを愛してくれないの』
/ ゚、。 /『それはつらかったね。だけど僕が君のことを愛してあげるよ』
(//‰ )「王子様は、あまりにも優しすぎたのです」
(*゚∀゚)『あ、ぁあ……』
ミセ*゚ー゚)リ『ありがとう、王子様! わたしとってもあなたのことが好きよ』
/ ゚、。 /『僕も君のことが大好きだよ』
ミセ*゚ー゚)リ『ずっとそばにいてくれる?』
/ ゚、。 /『そばにいてあげるよ』
(-_-)『ああ、どうして僕の心は満たされないのだろう。こんなに飢えているならいっそ死んでしまいたいよ』
/ ゚、。 /『……』
ミセ*゚ー゚)リ『王子様?』
/ ゚、。 /『さよなら、僕行かなくちゃ』
ミセ*゚ー゚)リ『えっ……?』
从 ∀从「優しい王子様の心は純金ではなく、黄鉄鉱で出来ておりました」
240
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:36:16 ID:vdSRrPRY0
/ ゚、。 /『どうしたんだい、お兄さん』
(-_-)『理由はわからないけど僕はとっても不幸なんです。僕一人いなくなったところでみんな誰も困りはしないし、死んでもいいかなって』
/ ゚、。 /『そんなのダメだよ、僕が君を幸せにしてあげるよ』
(-_-) 『本当に?』
/ ゚、。 /『本当さ、僕には君が必要なんだ』
(//‰ )「彼はどこまでもどこまでも他人に心を許すものですから、彼に優しくされた者はみんなその火花に触れて跡形もなく燃えてしまいました」
(* ∀ )『熱いよう、痛いよう。どうして優しくしてくれたのに、すぐにどこかへ行ってしまうの」
ミセ* ー )リ『身も心も焼き尽くされてしまう、あの人の心はとても危険だわ』
( _ )『こんな事になるなら優しくされなかった方がよかった、最初から裏切られるくらいなら、いっそ……』
从 ∀从「数多の人の心を焼き尽くしながら、王子様は世界中を旅していました」
(//‰ )「彼はこの世からすべての不幸を摘み取ろうとしていたのです」
从 ∀从「ある日、王子様は海底で大きな水槽を見つけました」
(//‰ )「その中はチューリップの花が咲き乱れておりました」
/ ゚、。 /『! 人がいる!』
ξ゚⊿゚)ξ『……あなたはだあれ? お母様以外の人に会うなんて初めてだわ』
241
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:37:10 ID:vdSRrPRY0
从 ∀从「水槽は檻のようでもあり、棺のようでもありました」
/ ゚、。 /『君はここで何をしているんだい?』
ξ゚⊿゚)ξ『お母様から外に出ては行けないと言われているの。外に出たらわたしはわたしでなくなってしまうから』
/ ゚、。 /『そんなことないよ、ここから出ても君は君のままだよ』
ξ゚⊿゚)ξ『いいえ、わたしが水槽から出てしまったら、わたしはお母様でなくなるし、お母様はわたしでなくなるわ』
/ ゚、。 /『君は君のお母さんではないよ。君は他の誰でもない人間なんだ、自由になっていいんだよ』
ξ゚⊿゚)ξ『水槽から出たら、きっとお母様は怒るわ』
/ ゚、。 /『そうしたら僕が君のお母さんを怒るよ。こんな暗くて寂しい場所に、女の子を置いておくだなんてどうかしてるよ。君は外に出たくないのかい?』
ξ゚⊿゚)ξ『……出たいわ、だけど外に行くのは怖いの』
/ ゚、。 /『じゃあ僕が守ってあげるよ』
(//‰ )「そう言って、王子様は水槽を壊しました」
/ ゚、。 /『さあ行こう、君はもう何処にでも行けるんだ』
ξ゚⊿゚)ξ『ありがとう、王子様。お礼にわたしはあなたに付いていきますわ』
从 ∀从「チューリップの娘は、どこまでも王子様について行きました」
(//‰ )「王子様が誰を愛そうとも、好こうとも、時間を重ねようとも、チューリップの娘は尽くし続けました」
从 ∀从「王子様の心に踏み込み火花を浴びようとも、彼女の心が焼け焦げることはありませんでした」
242
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:38:13 ID:vdSRrPRY0
(//‰ )「なぜなら彼女の心は今まで深い海に囚われ続けていたせいで、すっかり凍ってしまっていたのでした」
ξ゚⊿゚)ξ『大好きよ、王子様』
/ ゚、。 /『僕も君のことは好きだけども、ずっと僕なんかのそばに居なくたっていいんだよ』
ξ゚⊿゚)ξ『報われなくてもいいの、ただわたしはあなたに幸せでいてほしいの』
/ ゚、。 /『……』
ξ゚⊿゚)ξ『だからわたしは、あなたがわたしの元から去っても浅ましく求めたりしないわ。わたしはあなたが焼き尽くしてしまった人たちとは違うんだもの』
/ ゚、。 /『僕も君に幸せでいてほしいけど、君はどうやったら幸せになるんだい?』
ξ゚⊿゚)ξ『あなたの幸せがわたしの幸せよ。だからわたしもあなたのように少しずつ、この世から不幸を摘み取ろうと思います』
/ ゚、。 /『……』
ξ゚⊿゚)ξ『そうすれば、王子様は幸せになれるのでしょう?』
/ ゚、。 /『……そうだよ。君は、優しいんだね』
ξ゚⊿゚)ξ『王子様が優しくしてくれたから、わたしも優しくなれたんです』
从 ∀从「こうしてチューリップの娘は、王子様の幸せを願って自らも世界を飛び回ることになりました」
243
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:39:05 ID:vdSRrPRY0
(//‰ )「さてそれから数十年の月日が流れました」
从 ∀从「王子様は、とある山へと向かっていました」
/ ゚、。 /『声が聞こえたのはこの辺りだな』
(//‰ )「狂ったように猛り咲く彼岸花を眺めて言いました」
/ ゚、。 /『僕を呼んだのは、君かな?』
lw´ _ ノv『はい。わたしはここで嬲られ生きたまま焼かれて死にました。とても苦しくて怖くて寂しくて、だけど誰にも見つけてもらえなくて』
/ ゚、。 /『つらかったね、かわいそうに……』
lw´ _ ノv『もっとずっと生きていたかった……、ここから出たいんです……』
/ ゚、。 /『今助けてあげるよ。さあ、手を伸ばして』
从 ∀从「王子様は彼岸花の少女の手を取りました」
/ ゚、。 /『さあおいで、君を幸せにしてあげよう』
(//‰ )「山を下り、王子様は自分のお城へと連れて帰りました」
/ ゚、。 /『ご両親を探して、君を家に帰さなきゃね。でもその前にお茶を淹れてあげよう』
从 ∀从「そう言って王子様はコンロの火をつけました」
(//‰ )「ヂヂヂ、と青い炎が灯りました」
244
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:40:46 ID:vdSRrPRY0
lw´‐ _‐ノv『……いや』
/ ゚、。 /『え?』
lw´‐ _‐ノv『やめて、ひどいことしないで』
/ ゚、。 /『お嬢さん?』
lw´ _ ノv『もう痛いのはいや! いやー!!!!!』
从 ∀从「彼岸花の娘には、この世に存在する全てのものが凶器に見えてしまいました」
(//‰ )「何もかもが恐ろしい悪意を孕み、自分を殺そうとしているように思えたのです」
/ ゚、。 /『大丈夫、大丈夫だよ。僕はお茶を沸かそうとしただけなんだ』
lw´ _ ノv『あ、ぁ……。ご、ごめんなさい……』
/ ゚、。 /『謝らなくていいんだよ。それよりとっても辛そうだね』
lw´‐ _‐ノv『辛いけど、大丈夫です……』
/ ゚、。 /『大丈夫なんかじゃないよ、辛いなら今までのことを忘れてしまった方がいいと思うんだ』
lw´‐ _‐ノv『忘れる……?』
/ ゚、。 /『そう、忘れるんだ。そしてまた新しく生きればいい』
lw´‐ _‐ノv『……たしかに辛いです、何もかも怖いです。だけどわたしは両親や友達の事も、辛かった事も忘れたくないです』
/ ゚、。 /『どうして?』
lw´‐ _‐ノv『忘れてしまったら、今までの自分の全てを捨ててしまうことになるじゃないですか』
/ ゚、。 /『……』
245
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:41:58 ID:vdSRrPRY0
lw´‐ _‐ノv『だから、ご迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、わたしは全てを受け入れて生きたいんです』
/ ゚、。 /『……そうか』
从 ∀从「けれども優しい王子様は、彼岸花の娘の記憶を全部封じてしまいました」
(//‰ )「王子様には、そのほうが彼女のためになるのだと思ったからでした」
从 ∀从「自分が死んだことも忘れた彼岸花の娘は、ただ毎日王子様の帰りを待つこととなりました」
(//‰ )「王子様のいない間、お城の手入れをするのが彼女の役目となったのです」
从 ∀从「しかし日に日に自分の役割に疑問を持つようになりました」
lw´‐ _‐ノv『ただ待っているだけではなく、王子様のためにもっと役に立つようなことは出来ないのだろうか』
(//‰ )「心の底から王子様を信用していたからこそ、そういった欲が出てきたのです」
从 ∀从「しかし王子様はそれを認めてくれませんでした」
/ ゚、。 /『君はここにいてくれるだけでいいんだよ』
lw´‐ _‐ノv『だけどわたし、王子様に恩返しをしたいんです』
/ ゚、。 /『そんなこと、しなくていいんだ!』
lw´ _ ノv『っ……!』
/ ゚、。 /『どうしてそんなことを言うんだい。君は、ただ生きているだけでいいのに』
lw´ _ ノv『……ご迷惑、なんでしょうか。わたしがいること自体』
246
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:43:30 ID:vdSRrPRY0
/ ゚、。 /『違う。ここにいていいんだよ』
lw´ _ ノv『…………』
/ ゚、。 /『すまない、大きな声なんか出して……。だけど、僕はここに君がいるだけでいいんだ。いてほしいんだ』
(//‰ )「それが僕の望みなんだ」
从 ∀从「王子様はそう言って、彼岸花の娘をお城に捕え続けようとしました」
(//‰ )「しかし彼岸花の娘は、お城からこっそりと抜け出すことがしばしばありました」
从 ∀从「いつまでも王子様に守られてばかりなんて、そんなのは嫌だったのです」
(//‰ )「そして彼女は樅の木棺に囚われた男を見つけ、」
––––その時、泡の爆ぜる音がした。
.
247
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:45:33 ID:vdSRrPRY0
「楽しそうな劇ね」
「ちょいとばかし脚色が強すぎるけどな」
一気に意識が現実へ引き戻された。
舞台上の役者たちは動きを止め、間もなく石や花束に変わってしまった。
舞台袖から二人の魔女が飛び出した。
从; ゚∀从「クソッタレが……!」
押し寄せる泡の波に向かって、躑躅の魔女は無数の蔓を伸ばした。
しかしその波に触れた途端、その蔓は跡形もなくどろりと溶け去った。
(//‰ ゚)「駄目だ、あいつらの力が強すぎる」
泡に飲み込まれながらも放たれたその言葉に、躑躅の魔女は歯がゆそうな顔をした。
从; ゚∀从「ほんとロクなことしねえなあの魔女どもは!」
その声を最後に、彼女も泡へと溶けていった。
('、`*川「デミタス」
僕の腕を掴み、ペニサスはこう言った。
('、`*川「師匠と話す時が来たのね、きっと」
泡が、僕らを溶かしていく。
(´・_ゝ・`)「なんと言われようが、僕は君の味方をするよ」
248
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:46:34 ID:vdSRrPRY0
足の感覚が失せていく。
立つことがままならなくなり、僕は崩れ落ちた。
('、`*川「当たり前でしょう、だってあなたはわたしの」
使い魔なんだから。
同時に呟いたその言葉に、僕とペニサスは笑った。
腕が、千切れて
意識が、霧散し
僕たちは、千々になった。
.
249
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:47:50 ID:vdSRrPRY0
かく魔女は説く、かくて成さん 了
.
250
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:48:55 ID:vdSRrPRY0
幻影追想劇団「柘榴座」キャスト
彼岸花の葉から生まれた王子様役
/ ゚、。 / 黄鉄鉱
水槽に囚われた娘役
ξ゚⊿゚)ξ 色とりどりのチューリップ
生き返った娘役
lw´‐ _‐ノv 真っ赤な彼岸花
焼かれた人々
(*゚∀゚) タンポボ
ミセ*゚ー゚)リ 蛍石
(-_-) ホトケノザ
樅の木棺に囚われた男
??? 樅の木の枝
資料提供、美術、語り、演出、脚本、監督
躑躅の魔女と石の魔女
251
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:50:22 ID:vdSRrPRY0
登場人物紹介
(´・_ゝ・`) 盛岡デミタス
棺を出た人
('、`*川 伊藤ペニサス
花は葉を惟ひ
从 ゚∀从 躑躅の魔女
努力家
(//‰ ゚) 石の魔女
金剛石
ζ(゚ー゚*ζ デレ
赤、白、黄色
(´・ω・`) ショボン
葉は花を惟ふ
チョコチップクッキー
ショボン見捨てられないかどうかが気になって眠れなくなったデレが手慰みに作ったもの。買い物から帰ってきたらこれをショボンにあげてもう一度謝ろうとしていた
252
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 13:55:08 ID:vdSRrPRY0
>>208
支援絵ありがとうございます!
とっても素敵でうれしい限りです
あとマシュマロコーヒーの再現度にびっくりです
ちなみに次回で最終話となります
253
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 14:07:13 ID:0TC/EBzk0
とうとう最終回か…楽しみだなぁ
乙乙!
254
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 15:03:25 ID:8KkXbXXQ0
乙乙!
255
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 15:39:48 ID:MaDgrEuk0
乙!次回最終回か…
寂しくなるけど楽しみだ
256
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 16:25:28 ID:WtwDyqIo0
乙!!
最終回がとても楽しみ
257
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 16:27:22 ID:17Un0xh.0
おつ
次回で終わりかー
楽しみだ!!
258
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 16:39:51 ID:xxWDtkzQ0
おつおつ
楽しみにしてるよ
259
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 20:41:39 ID:hruGl9GI0
乙
文章がきれい
260
:
名も無きAAのようです
:2015/06/20(土) 20:54:40 ID:5L/nIEkQ0
次で最終回か…
こんぐらいコンパクトなのもいいなぁ…
乙
261
:
名も無きAAのようです
:2015/06/21(日) 17:57:56 ID:cH6EMdY60
乙乙!
毎話出てくる食べ物に胃袋刺激されまくりだ
最終話楽しみにしてます
262
:
名も無きAAのようです
:2015/06/21(日) 21:57:18 ID:juiasaS20
ディエスイレと彼岸花(或いはみとり曲)を扱うそのセンス、グッドだね
「幻影追想劇団」って名前もすごい好きだわ
話の着地点が見えないけどどうやって決着つけるか楽しみ
263
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:12:49 ID:Um.BtjGM0
すなわち九は一にして、十は無なり
.
264
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:13:26 ID:0rEC8Y0I0
ktkr
265
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:14:26 ID:Um.BtjGM0
ピッ……、ピッ……、ピッ……、ピッ……。
と、電子音が、聞こえる。
一定の、間隔だ。
早くもなく、遅くもなく、狂うこともない。
非常に落ち着く音。
心地よくて、眠ってしまいそうだ。
だけどどこか、懐かしい、この音は……。
「デミタス」
……?
「デミタス、デミタス」
名前だ。
僕の名前だ。
たくさんの人が、僕を呼んでいた。
「デミタス、起きて」
「いつまで寝ているんだ、デミタス」
「起きてくださいよ、デミタス先輩!」
「デミタス!」
「デミタスくん」
「はやく、おきて、デミタスさん」
はいはい、起きますよ、と僕は言おうとした。
(´・_ゝ・`)「…………ぅ、」
266
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:16:03 ID:J.4lYJko0
来た! 支援
267
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:29:51 ID:Um.BtjGM0
しかし掠れた呻き声が飛び出すだけで、一向に喋ることは出来なかった。
仕方がないので、重い瞼を開くことにした。
こちらもなかなかに難航した。
いくら開けようとしても細かく痙攣するだけで、なかなか動かなかったのだ。
それでも続けていると、ようやくそれは動いた。
目がしばしばと痛む。
泣きすぎたり、プールの中で目を開けてしまった時のような痛みだ。
自然と涙が溢れて、僕は目を瞬かせた。
|゚ノ ^∀^)「! あなた! デミタスが……!」
( ´ー`)「! デミタス!」
(´・_ゝ・`)「……かあさん、とうさん?」
驚いたような表情で覗き込む二人を見て、僕はようやく言葉を発した。
( ´ー`)「先生を呼んでくる!」
父は嬉しそうにそう言って、部屋から飛び出していった。
|゚ノ ^∀^)「ああ、神様……。息子を助けていただいて本当にありがとうございます……!」
ベッドに倒れ伏した母は、涙声でそう言った。
僕は状況が飲み込めず、あたりを見渡した。
緑色の人工呼吸器。
青色の患者衣。
一定の間隔で鳴り続ける心電図。
てんてんと雫を落とす点滴。
体のあちこちから伸びるコード。
人情味のない真っ白な部屋。
268
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:31:07 ID:Um.BtjGM0
(´・_ゝ・`)「……病院?」
思わず漏らした言葉に、母が顔を上げた。
|゚ノ ^∀^)「あなた、車に轢かれたのよ。それで一ヶ月もずっと意識がなくて……」
(´・_ゝ・`)「一ヶ月……」
ばたばたと廊下から騒がしい音が聞こえてきた。
( ´ー`)「先生、こっちです」
父親に連れて来られた小柄な医師が、僕の顔を覗き込む。
(-@∀@)「ご気分はどうですか?」
(´・_ゝ・`)「悪くはないです、ただ少しぼーっとしていて」
(-@∀@)「今までずっと眠られていましたからね」
(´・_ゝ・`)「……なにかを忘れている気がするんです」
(-@∀@)「……なにかですか」
(´・_ゝ・`)「ずっと夢を見ていた気がして」
と、口に出して気付く。
269
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:32:05 ID:Um.BtjGM0
僕は、とある少女といたはずだった。
非日常的で受け入れがたい出来事が次々に起きていた。
だけどそれは確かにあった出来事なのだと僕は確信していた。
病院にいるというこの状況こそが夢であるような気がしてならなかった。
|゚ノ ^∀^)「デミタスは、大丈夫なんでしょうか……」
(-@∀@)「少々混乱しているのかもしれませんね。昏睡されていても夢を見ることはありますから」
夢。
夢、だったんだろうか。
(,,゚Д゚)「!! せ、先輩!!!」
廊下からひょこっと顔をのぞかせた男が素っ頓狂な声をあげた。
(,,゚Д゚)「先輩! 意識が戻ったんすね!!」
(-@∀@)「君、病院のなかでは静かに」
(,,゚Д゚)「す、すいません……」
(´・_ゝ・`)「ギコくん……?」
(,,゚Д゚)「なんでちょっと疑問系なんすか」
(´・_ゝ・`)「いや……、ちょっと意外な気がして」
270
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:35:19 ID:Um.BtjGM0
|゚ノ ^∀^)「ギコさんは仕事の合間を縫ってよくお見舞いに来てくれたのよ」
(´・_ゝ・`)「……そうなのか?」
(,,゚Д゚)「そうっすよ。心配で仕方なかったんすよ……」
(´・_ゝ・`)「そうか……。それは、ありがとう」
照れくさくなり、僕は頰に手を当てたくなった。
が、繋がっている管やらコードやらが邪魔で実現しなかった。
まるで拘束具のようだ。
ぼんやりとそんなことを思った。
(,,゚Д゚)「いやぁーよかったっす。先輩がいなくてみんな寂しがってるんですよ、早く元気になってくださいよ」
(´・_ゝ・`)「ははは……」
思わず視線を下に逸らす。
僕は、そんなに皆から必要とされている人間だったのか。
……本当に、そうだったのだろうか?
僕は忘れている。
|゚ノ ^∀^)「デミタス?」
なにを忘れている?
( ´ー`)「デミタス」
271
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:36:04 ID:Um.BtjGM0
僕は、僕は……。
(-@∀@)「盛岡さん」
(´・_ゝ・`)「僕は……!」
(,,゚Д゚)「先輩?」
ギコの言葉で僕は確信した。
(´・_ゝ・`)「違う、君はギコくんじゃない」
(,,゚Д゚)「……なーに言ってんすか、先輩!」
( ´ー`)「失礼なこと言うんじゃないよ、デミタス」
(-@∀@)「まあまあ皆さん、落ち着いてください。きっと彼は疲れて……」
(´・_ゝ・`)「君が入社した時、僕は部長に昇進したばかりだった」
病室に沈黙が訪れる。
父も母も医者もギコも皆僕を見つめた。
無機質な、黒い穴のような瞳で。
(´・_ゝ・`)「ギコくんは最初から、僕を先輩とは呼ばなかった」
それきり、誰一人として動くことはなかった。
僕は人工呼吸器を外した。
その次に点滴の針を取ると、もぞりと肉が動いてその穴がふさがった。
272
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:37:20 ID:Um.BtjGM0
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
コードを体から毟っても、心電図は狂ったように一定のリズムを奏でた。
何もかもが嘘で出来ていた。
そのまま騙されていた方が幸せだったのかもしれない。
だけどあまりにも都合が良すぎるし、何よりあの子を探さなくてはいけなかった。
いつの間にか手の中に収まっていたマッチ箱を握りしめ、僕は病室を飛び出した。
一歩、また一歩と進むうちに殺伐とした白が色褪せていった。
患者衣はいつの間にか返り血のついたシャツへ変わっていた。
それでいい。
(´・_ゝ・`)「僕は特別なんかじゃない」
万人から好かれるような大した人間じゃない。
そんなものは望んでいない。
僕は、僕が愛するものに愛されていればそれで満足なのだ。
(´・_ゝ・`)「!」
足ががくりと抜ける。
ゆっくりと左足を伸ばす。
形はないが、階段があるらしい。
僕は少しずつその階段を下りていった。
どこへ行き着くのだろう。
全く想像ができない。
上るのであれば処刑台や屋上といったイメージが出てくるのだが。
下りるというのは、よくわからない。
ただとにかく僕は進むこととあの子の事だけを考える事にした。
名前が思い出せない、魔女の事を。
273
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:38:14 ID:Um.BtjGM0
無限回廊ならぬ無限階段の終わりはなかなか見えない。
息が切れる。
座り込みそうになったが流石にそれはやめた。
少しだけだ、少しだけ休もう。
膝に手をあてて息を整える。
あとどれ程歩けばあの子に会えるのだろう。
会えばあの子の名前を思い出せるのだろうか。
そもそもあの子は僕のことを覚えているのだろうか。
僕のように、忘れてしまっているとしたら。
「デミタス」
声が、後ろから聞こえる。
振り向くと一段上に両親とギコが立っていた。
( ´ー`)「どこに行こうとしているんだい」
(´・_ゝ・`)「会わなきゃいけない人がいるんです」
(,,゚Д゚)「会ってどうするんすか?」
(´・_ゝ・`)「会ってあの子の夢を叶えるんだ」
|゚ノ ^∀^)「その子なら大丈夫、デミタスがほっといても夢を叶えるわよ」
(´・_ゝ・`)「叶うところを見届けなきゃ意味がないんだ!」
叫んだその瞬間、一陣の風が吹いた。
思わず体勢が崩れる。
その拍子に、手からマッチ箱が落ちた。
274
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:39:24 ID:Um.BtjGM0
(´・_ゝ・`)「あっ……!」
小さな箱はこてんと弾み、階段の横へ落ちていった。
みるみるうちにそれは下へと消えていく。
僕はそのあとを追って階段から飛び降りた。
「デミタス!!」
遥か遠くから、悲鳴が聞こえた。
後先考えずにこんな事をしたが、死にはしないだろう。
こんなにも死にたくないと願っているのだから。
(´・_ゝ・`)「くっ……!」
手を伸ばす。
マッチ箱の端に指先が届く。
ほんの少し中の箱がずれ、中身がこぼれた。
その中に入っていたのは、黄鉄鉱の細石であった。
立方体、八面体、十二面体。
大小様々な形のそれが互いにぶつかり合い、火花を散らした。
瞬間、世界が焼け焦げた。
ぢりぢりと空間が焼けていく。
焼け跡の向こうには暗闇が広がっていた。
例えるなら、あれだ。
きれいな包装紙を破いても、まだ中身に到達しなかった時の暗黒だ。
炎は勢いを増していく。
落下している僕よりも早く空間を焼き進める彼らは、ある一点でその動きを止めた。
ちらちらと揺らめく輪の中を通って、僕は地面へ着地した。
275
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:40:46 ID:Um.BtjGM0
そこは、公園だった。
上を見上げれば、あの炎の輪はいつのまにか橙色の光を放つ太陽となっていた。
あの光がなかったらここは真っ暗闇だったのかもしれない。
箱を拾い、僕は百合が咲き誇る遊歩道を走った。
甘い匂いが僕を開けた場所へと導いてくれた。
そこには陶器で出来た噴水がぽつりと存在していた。
かなりの年代物だ。
かつて白かったであろうそれは黒い黴や気色悪い垢に侵されている。
それでも噴水は役目を果たしていた。
(´・_ゝ・`)「!」
揺れる水面に、あの子がいた。
ショボンとデレもいる。
あの子は二人に責め立てられているようだった。
どんな会話をしているのだろう。
その内容は分からないが、あの二人の事だ。
あまりよくない言葉を吹きかけているのだろう。
それでも彼女は、強い意志の宿った瞳で二人を見返していた。
(´・_ゝ・`)「あぁ、」
脳がくすぐったい。
口がもどかしい。
喉奥で単語が暴れていた。
覚えているのに、覚えていない。
今すぐあの子のそばに行きたいのに!
(´・_ゝ・`)「名前を……」
276
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:44:03 ID:Um.BtjGM0
脳裏に、一枚のポスターがちらつく。
サバトに行く道すがら、あるいはショボンに見せられたものだ。
制服を着て、幼い笑みを浮かべるあの子の姿。
(´・_ゝ・`)「君は、」
噴き上げる水がことさら強くなる。
水面が掻き乱され、ペニサスの姿が失せかける。
君の、名前は。
––––伊藤ペニサスさんを探しています!!
.
277
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:45:59 ID:Um.BtjGM0
(´・_ゝ・`)「ペニサス!」
その瞬間、噴水の水は凍ってしまった。
いや、凍ったのではない。
鏡に変化したのだ。
噴水の皹が鏡にも伝染していく。
細かく黒い線が張り巡らされ、やがて鏡はバラバラと割れた。
同時に僕のいた公園の空も音を立てて割れ出した。
(´・_ゝ・`)「ペニサス」
思い出したその名前を、僕はもう一度唱えた。
もう忘れることのないように、見失うことのないように。
そして。
(´・ω・`)「……君のしつこさには舌を巻くね」
全てが崩れ去った時、僕は広間に立っていた。
('、`*川「デミタス!」
ペニサスは檻の中に囚われていた。
ζ(゚ー゚*ζ「…………」
デレはショボンと共に高台にある席から僕たちを見下ろしていた。
ぐるりと広間を囲う席には灰色の人影たちが押し寄せている。
ヒソヒソと聞こえる声の内容は分からないが、不愉快な内容に違いなかった。
どうやらここは法廷らしいと僕は感じ取った。
278
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:47:04 ID:Um.BtjGM0
しかしここには弁護人も検事もいない。
あるのは責める人と責められる人、そして侮辱する人だけだ。
(´・_ゝ・`)「なんの話をしていたのですか」
ペニサスが閉じ込められている檻に近付いた。
ショボンは静かにそれを見送る。
感情の読み取れない瞳が、僕を貫く。
ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃんの今後についての話し合いよ」
(´・_ゝ・`)「話し合いだって?」
(´・ω・`)「そう、どういう選択をとればペニサスにとって一番幸せになれるのかを教えていたんだよ」
(´・_ゝ・`)「そんなもの、ペニサスの勝手じゃないか。他人が決める事でもない」
(´・ω・`)「ペニサスは庇護されるべき存在だよ。僕がいなければ生きていけない、定期的に支えてあげなくちゃ」
(´・_ゝ・`)「別にあなたがいなくたって彼女は生きていけますよ」
(´・ω・`)「無理だね、彼女は弱いんだから」
('、`*川「……わたし、弱くなんかないわ」
ようやく口を開いたペニサスに、二人の目は見開かれた。
外野の声は一層大きくなり、僕は怒鳴った。
(´・_ゝ・`)「うるさい! 君らには関係ないだろう!!!」
しかしざわめきが止むことはなかった。
279
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:54:12 ID:Um.BtjGM0
(´・ω・`)「……ペニサス、君の夢は僕のようになることなんだろう?」
('、`*川「前まではそうでした。でも」
ペニサスは言い淀む。
うまく言葉に出来ないのだろう。
ショボンは、その言葉が放たれる瞬間を恐れているようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃん、思い出すのは怖かったでしょう」
唐突にデレが声をかける。
穏やかな、しかし後ろ手に刃物を持っているような油断のならない声。
('、`*川「怖かったしすごく苦痛でしたよ」
ζ(゚ー゚*ζ「だったら、」
('、`*川「でもそこから逃げても、わたしが殺された事実はなくならないし」
ζ(゚ー゚*ζ「…………」
('、`*川「いつかは嫌でも向き合わなきゃいけなかったんだと思います」
ζ(゚ー゚*ζ「…………」
('、`*川「それが、わたしの望みでもありました」
(´・ω・`)「……ペニサス」
('、`*川「師匠、わたしはたしかに師匠のことが好きでした。尊敬していました、慕っていました」
280
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:55:16 ID:Um.BtjGM0
青白い唇を噛み締めながらショボンはペニサスを見つめた。
浅く息をしながらペニサスは言葉を紡ぐ。
('、`*川「だけど、気付いたんです。わたしは師匠のような人になりたかったんじゃないって」
(´・ω・`)「ペニサス」
('、`*川「わたしは、あなたと対等に話がしたかったんです」
ζ(゚ー゚*ζ「何言ってるの、ペニサスちゃん」
苛立ちと甘く爛れた優しさが混ざり合ったような語気で、デレは畳み掛ける。
ζ(゚ー゚*ζ「いつだってショボンはあなたのことを、大事にしてくれていたじゃない。彼はあなたの幸せを誰よりも考えているし願っているのよ? そんなこともわからないなんてあなたおかしいわ」
('、`*川「本当にそうなんでしょうか」
ショボンと視線を合わせ、ペニサスは問う。
('、`*川「わたしの幸せを願っているわりには、師匠とあなたはその邪魔をするばかりな気がして」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなわけないでしょう」
('、`*川「だってわたしのしたいことを何一つとして叶えてくれなかったじゃないですか、生き返りたいという願い以外は」
ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃん」
('、`*川「記憶を保持することも魔女になるという夢も、全部取り上げようとしたのは師匠たちのほうですよ」
ζ(゚ー゚*ζ「黙りなさい」
281
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 12:59:07 ID:Um.BtjGM0
('、`*川「っ……」
(´・_ゝ・`)「理屈じゃなく威圧をぶつけてくるとは、随分痛いところを突かれたようですね」
ζ(゚ー゚*ζ「外野は黙ってなさい」
(´・_ゝ・`)「僕は当事者ですよ。それよか外野っていうのはああいう灰色の陰惨な連中を指すんじゃないんですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「お前は……っ!」
(´・ω・`)「やめなさい、デレ」
ショボンに諌められ、デレは不服そうに口を閉じた。
(´・ω・`)「……ペニサス、君は僕が間違ったことをしたと思っているのかい?」
('、`*川「……それは、」
(´・ω・`)「僕の選択は、間違っていたのかな?」
ずるい男だ。
論点をすり替えられるとペニサスはすぐそちらの話題に流される。
今まで話した事が全部無駄になる事を、こいつは知り尽くしているのだ。
('、`*川「間違って、なかったんだと思います」
まずいと思った。
満足そうに笑うショボンの顔が疎ましくて仕方がなかった。
('、`*川「わたしは、師匠の選択を否定する事はできません」
282
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:00:17 ID:Um.BtjGM0
(´・ω・`)「だったら、」
('、`*川「でも、どうしてこんな事をとか、なんでこんな目にとか色々今でも思います」
(´・ω・`)「ペニサス、」
('、`*川「だけどそれがなかったら今のわたしがなかったというのも事実なんです。何もかも忘れて、魔女を目指していなかったら、わたしはデミタスに出会えなかった」
(´・ω・`)「…………」
('、`*川「彼に会わなかったらわたしはずっと記憶を取り戻さなかったかもしれないし、師匠を盲目的に慕ったままだったかもしれない」
(´・_ゝ・`)「ペニサス……」
('、`*川「わたしは、わたしのために、全てを受け入れます。その道を作ったのは、師匠やデレさん、デミタスのお陰なんです。だから、わたしは師匠の選択を否定しません」
しぃん、と広間に静寂が訪れた。
灰色の人影たちは掻き消えてしまった。
それどころか広間の陰影や境界があやふやに滲んできた。
檻が激しく軋み、急激に錆びた。
高さが崩壊していく。
世界には緩やかに皹が入り、そして。
(´ ω `)「……僕は、」
('、`*川「師匠?」
(´・ω・`)「僕は、そんな風に君を救いたかったわけじゃない!!!」
283
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:01:04 ID:Um.BtjGM0
慟哭にも似たその叫びは、エゴ以外の何物でもなかった。
与えられた玩具が気に入らなくて壁に投げつけている三歳児となんら変わりのない、幼稚な発言。
デレの瞳は黒に近い青色に染まっていた。
驚いたからだろうか、それとも幻滅したからなのか。
僕には分からなかったが、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
(´・ω・`)「あ…………」
ショボンは、軽く笑みを浮かべた。
(´・ω・`)「ごめんよ、ペニサス。急に怒鳴ったりして」
/ ゚、。 /『すまない、大きな声なんか出して……』
あの台詞が脳裏によぎる。
その後に続いた言葉は……。
(´・ω・`)「……違う」
('、`*川「……師匠?」
ペニサスが歩み寄る。
ショボンはよろめきながら、退歩する。
(´・ω・`)「ちがう、僕がしたかったのは人助けだ」
ζ(゚ー゚;*ζ「そうよ、あなたは世界中の不幸を摘み取ろうとしているのよ」
がくがくと震えるその体を、デレが支える。
ショボンは縋るようにデレを見つめた。
284
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:02:53 ID:Um.BtjGM0
(´・ω・`)「それもちがう」
ζ(゚ー゚;*ζ「え……」
(´・ω・`)「僕は、僕は何をしようとしていたんだ……?」
(´・_ゝ・`)「!」
なにかがやってくる。
人も魔女も太刀打ちの出来ない、巨大な理の一部を持ったなにかだ。
その予感を肌で感じ、僕はペニサスの手を取った。
('、`*川「師匠!」
ペニサスは叫ぶ。
('、`*川「師匠は、自分の居場所が欲しかったんでしょう!?」
(´ ω `)「…………」
ショボンは、答えない。
('、`*川「師匠! 認めて! 認めないと透明な澱が……!」
(´ ω `)「認める……」
ショボンの左手が、上がりかけた。
ζ(゚ー゚;*ζ「ああだめ、ショボン。早くペニサスちゃんの言う事を聞いて……!」
ざわざわと、ぞわぞわと確実に透明な澱は近付いてきていた。
時間がない。
285
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:03:54 ID:Um.BtjGM0
(´・_ゝ・`)「僕もあなたと同じだった! 僕も特別な存在になりたくて、なろうとして、なれなかった! だけど、それでもあなたは一人じゃない!」
('、`*川「そうよ、師匠! わたしもデレさんもいるわ! 師匠は一人じゃない、だから認めて!!」
ζ(゚ー゚;*ζ「ショボン……!!」
(´・ω・`)「……ペニサス、デレ、デミタス」
ショボンは、伸ばしかけていた手を下ろした。
(´・ω・`)「無理だよ、変われない」
目を細め、
(´・_ゝ・`)「……!」
(´・ω・`)「救済は、強者の特権なんだ、」
口角を攣り上げて、
('、`*川「師匠……?」
(´・ω・`)「強い人が弱い人に手を差し伸べるから、それが成り立つんだよ」
それが笑顔だとわかるまで、時間がかかった。
ζ(゚ー゚;*ζ「だめ、ショボン……!」
(´・ω・`)「僕は、どうしても強くありたいんだ」
286
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:06:28 ID:Um.BtjGM0
(´・_ゝ・`)「ショボン……っ!」
それは、急にやってきた。
('、`*川「師匠っ!」
猛烈な風が吹いている。
ショボンの表情は伺えない。
('、`*川「師匠! だめ!」
(´ ω `)「 」
('、`;*川「消えちゃだめ!!!!」
知覚できないそれは瞬きをするよりも早く、ショボンを呑み込んだ。
ζ(゚ー゚*ζ「…………………………………………ぁ?」
支えを失い倒れ伏せたデレは小さく声を上げた。
('、`*川「……師匠」
(´・_ゝ・`)「…………」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ぁ……。あぁ……!!」
小さな豆電球が灯る物置部屋に、悲鳴じみた嗚咽が響き渡った。
287
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:12:13 ID:Um.BtjGM0
透明な澱が過ぎ去ってから一ヶ月。
梅雨に入り、青い空を見る機会が随分減った。
それを考慮してもこの家に流れる空気はあまりにも沈みきっていた。
仕方のない事だ、と僕はため息まじりに納得しようとした。
それでも胸に滞る靄をなくす事は出来なかった。
ペニサスは書庫に籠るようになった。
毎日遅くまで魔法について勉強をし、一人で考え込む事が多くなった。
僕は彼女の散らかした本を整理したり、下手ながらも料理に精を出したりしていた。
今はやっと半熟の目玉焼きが作れるようになった。
毎日失敗作を食べさせられてうんざりするペニサスを見ることはないだろう。
目玉焼きに関しては、だが。
デレはあれ以降憔悴しきってしまい、部屋から出てこなくなった。
食事を運んでも全く手をつけないこともある。
が、時折すすり泣く声が聞こえるので生きてはいるのだろう。
部屋に立ち入ることができないので、なんとも言えないのだが。
ドクオはその世話に勤しんだ。
彼は僕たちに何も事情を聞いてこなかった。
興味がないのかもしれないし、そもそもそういう思考がないのかもしれない。
分からないが、とにかく彼はごくごく普通に僕たちに接した。
288
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:13:31 ID:Um.BtjGM0
('A`)「どゥすルノ」
ある日、ドクオはそう問うた。
('、`*川「どうって?」
ペニサスは戸惑いながら読んでいた本をテーブルに置いた。
('A`)「コのあトノこと」
つまり僕たちがこの家に留まるのかどうかを聞いているのだろう。
ペニサスが僕を見る。
その瞳には躊躇いが見えた。
(´・_ゝ・`)「君のすきなようにしなよ」
コーヒーを啜りながら僕は返す。
マシュマロ抜きのただのコーヒーだ。
やはり苦い方が好みである。
('、`*川「……旅に出ようと思ってるの」
('A`)「どコヘ?」
('、`*川「どこかは決まってないけど、師匠を助けられる方法を探そうって」
(´・_ゝ・`)「助けられるのかい?」
('、`*川「もしかしたら、だけど」
289
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:14:41 ID:Um.BtjGM0
あまり自信がない口調で彼女はこう言った。
('、`*川「今までわたしって記憶がなかったでしょう」
(´・_ゝ・`)「そうだね」
('、`*川「それってつまり人間としての自分をかなり失っていた状態で、魔女としての力がすごく不安定だったの」
認識しなければ、いないも一緒。
それは自分の記憶にも適応されるのだろう。
('、`*川「だけど記憶を取り戻したことでその境界線がはっきりしたことでわたしは本来の力を手に入れることができた」
ペニサスがコーヒーに手を伸ばす。
口に含むと、彼女の眉間に皺が寄った。
そういえば僕が淹れたから、彼女の分も砂糖が入っていないんだった。
しかしペニサスはもう一口飲み進めた。
('、`*川「……師匠が消える前に、わたしは無意識に祈っていたの」
('、`;*川『消えちゃだめ!!!!』
透明な澱に抗うように叫ぶその声が、脳裏によぎる。
ああ、もしかして。
('、`*川「わたしが祈りをそのまま口に出したことで、師匠は呪いにかかってしまったんだと思う」
(´・_ゝ・`)「だから透明な死を迎えたのに僕たちの記憶に残っているのか」
僕の質問に彼女は頷いた。
290
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:15:24 ID:Um.BtjGM0
('、`*川「師匠との日々をなかったことにすればこの呪いは解けるんだろうけど、したくないの」
わたしは諦めない。
いつぞやかの決意が、新しい意味を含んだ。
きっとそれは、彼女を至上の死へ導くだろう。
ふとそんなことを思っていた。
('、`*川「デミタス、一緒に来てくれる?」
(´・_ゝ・`)「聞くまでもないよね、それ」
妙に格好つけた言い方になり、少し恥ずかしくなった。
素直に行くって言った方がまだマシだったのかもしれない。
けれどペニサスは気付かずに、一瞬微笑んだ。
その表情はすぐに曇ってしまったが。
('、`*川「……ただ、デレさんのことが心配なんだよね」
(´・_ゝ・`)「ああ……」
('A`)「だいじょぅぶ」
軽やかにそう返したドクオは、こう続けた。
('A`)「ぉれ、が、ずっとソバにイル」
291
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:17:02 ID:Um.BtjGM0
朝から降っていた雨はいつのまにか止んでいた。
幸先は良さそうだ。
なんとなくそう思いながら僕は折り畳み傘を鞄にしまった。
湿気を含んだ空気の中、僕たちは歩く。
その弾みで、足元の雑草が抱き抱えていた雫が解放されていった。
(´・_ゝ・`)「旅に出るとは言ったけどさ、まずどこに行くんだい」
門扉を開けながら問いかける。
('、`*川「とりあえずサバトで会った魔女に弟子入りしようかなぁって……」
(´・_ゝ・`)「で、君はその魔女の居場所を知ってるわけ?」
階段を降りる。
('、`*川「もらったマッチ箱に住所らしきものが書いてあったの」
路上には大きな水溜りが出来ていた。
旅に出て早々服を汚したくないので僕は思い切って飛び越えた。
振り返るとペニサスは、家に視線を送っていた。
(´・_ゝ・`)「ペニサスくん?」
('、`*川「……ううん、またそのうち帰ってこれるかなって」
(´・_ゝ・`)「帰れるさ、帰りたいと思えばいつだって」
('、`*川「……そっか」
292
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:20:25 ID:Um.BtjGM0
ふわりと彼女も空を飛ぶ。
金色と銀色の靴がきらりと光る。
その動作がとても美しく、僕は見惚れていた。
('、`*川「行きましょ」
(´・_ゝ・`)「ああ、うん。ところで場所わかってるの?」
ペニサスはぴたりと動きを止め、僕を見た。
('、`*川「……西比利亜市ってこっちよね?」
(´・_ゝ・`)「そっちじゃないよ。というか僕が住所見た方が早いんじゃないかな」
差し出した手にマッチ箱が乗せられる。
やたら重みがある箱を開けてみる。
(´・_ゝ・`)「!」
('、`*川「どうしたの?」
何も言わず、僕はペニサスにその中身を見せた。
('、`*川「あれ、こんなの入ってなかったのに」
つまみ上げられたそれは、氷砂糖であった。
白い塊はそのままペニサスの口の中へと消えていった。
からころと音が鳴り、僕もそれに倣うことにした。
氷砂糖なんて、子供の時に食べたきりじゃなかろうか。
293
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:21:40 ID:Um.BtjGM0
(´・_ゝ・`)「んー……西比利亜市、都所、か」
頭の中に地図を描きながら、僕は歩き始めた。
その後ろを、ペニサスがついてくる。
('、`*川「どれくらいかかりそう?」
(´・_ゝ・`)「半日くらいかな」
('、`*川「遠いのね」
(´・_ゝ・`)「少しだけね」
そんな他愛のない会話をしながら、僕は考える。
いつかは、彼女が僕を導くようになるだろう。
彼女が僕の先を歩くのだろう。
それを寂しく思うけれども、透き通った真っ直ぐな甘味が僕の背中を後押しする。
ペニサスが自分の夢を叶えられますように、それをずっと見守っていられますように、と。
ささやかな祈りが、口の中で溶けていった。
294
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:23:34 ID:Um.BtjGM0
すなわち九は一にして、十は無なり 了
.
295
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:25:15 ID:Um.BtjGM0
登場人物紹介
(´・_ゝ・`) 盛岡デミタス
('、`*川 伊藤ペニサス
ζ(゚ー゚*ζ デレ
('A`) ドクオ
(´・ω・`) ショボン
|゚ノ ^∀^)/( ´ー`)/(-@∀@) ショボンの生み出した幻影たち
从 ゚∀从 躑躅の魔女
(*゚∀゚)/(-_-)/ξ゚⊿゚)ξ/lw´‐ _‐ノv 躑躅の魔女の財産たち
(//‰ ゚)/〈::゚-゚〉 石の魔女
/ ゚、。 //ミセ*゚ー゚)リ 石の魔女の財産たち
(,,゚Д゚) ギコ
氷砂糖
なんの変哲もないショ糖の塊だが幸せの結晶である
296
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:27:05 ID:Um.BtjGM0
汝、会得せよ
一を十と成せ
二を去るにまかせよ
三をただちに作れ、しからば汝は富まん
四を捨てよ
五と六より、七と八を生め
かく魔女は説く、かくて成さん
すなわち九は一にして、十は無なり
これを魔女の九九という
297
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:28:11 ID:Um.BtjGM0
………………
………………
……………………
…………………………………………
…………
………………………………
……………………………………
…………………………………………
…………………………
298
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:29:13 ID:Um.BtjGM0
……………………………………
………………………………
…………………………
……………………
………………
…………
……
.
299
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:30:40 ID:Um.BtjGM0
「見つけた!」
.
300
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:31:48 ID:Um.BtjGM0
これを魔女の九九というようです 了
.
301
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:32:28 ID:Um.BtjGM0
参考にした作品
ファウスト
幾原作品
参考にした楽曲
輪舞-revolution
TERRITORY
葉は華を惟ひ、華は葉を惟ふ
愛妻家の朝食
時が暴走する
消化したお題
不思議な飴
オーバードーズ
ギリギリ
猫
銀と金
教会
ポワレ
肥料
ハッピーバースデー
畑違い
リラックマ
雲
糞
蜘蛛
未消化のお題
ハッピーバースデー
ポワレ
本編はここで終わりですが補完的なお話があと一つだけあります
もう少しだけお付き合いお願いいたします
質問がありましたらお答えします
302
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 13:52:19 ID:0rEC8Y0I0
なんとも不思議な作品だった
お疲れ様でした
303
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 14:06:08 ID:2xs6OFmc0
おつ面白かった
304
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 14:20:09 ID:0TEy97Js0
盛大な乙を!!素晴らしい作品だった!!
305
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 14:20:34 ID:mvhIudbg0
不思議な気分だ
おつ
306
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 14:27:23 ID:wmzgNwq20
おつ
面白かった
しかもお題消化とは…素晴らしいのう
307
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 16:12:49 ID:J.4lYJko0
乙乙!! お題あったのか
とても面白かった。補完も楽しみ
308
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 22:50:15 ID:T3Mz440.0
おつ!
すげえおもしろかった!
ショボンってデミタスと似てたんだね。
ショボンは力があったからエゴな人助けができたけど、デミタスはない分身近なものにしか手を伸ばさなかったんだろうなー
補完も楽しみにしてる
309
:
名も無きAAのようです
:2015/06/27(土) 23:35:14 ID:tYq1/n2E0
「見つけた!」の真意がわからん……
それとも補完で明確になるのか
310
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 00:11:58 ID:07sRsRZA0
ショボンの事だろ
311
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 00:13:35 ID:SYRS99i20
>>309
しょぼんを見つけたのかそれとも方法を見つけたのか
312
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 02:02:07 ID:2lvHYm/I0
乙。面白かった
ただ、読んでて
>>276
の八行目(空白抜きで六行目)でペニサスの名前が出てきちゃってるのに違和感がちょっとあったなぁ
ここデミタスの一人称で、この直後に思い出すまでペニサスの名前忘れてた状態だし
なんか盛り上がる部分で肩透かしを食らわされた感があったかな
そこまてまの盛り上げ方がよかった分、個人的にはそれが目についた感じ
なんか重箱のスミをつつくような不粋な感想すまぬ
313
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 04:10:33 ID:BdrafelI0
それは俺も感じたわ
名前は出さないほうがな
314
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 05:19:24 ID:uu7pNauw0
>>312
>>313
うわ本当ですね
これはうっかりやってしまったなー悔しい
以下に一応差し替え置いときますもう遅いけど
315
:
>>276訂正版
:2015/06/28(日) 05:21:39 ID:uu7pNauw0
脳裏に、一枚のポスターがちらつく。
サバトに行く道すがら、あるいはショボンに見せられたものだ。
制服を着て、幼い笑みを浮かべるあの子の姿。
(´・_ゝ・`)「君は、」
噴き上げる水がことさら強くなる。
水面が掻き乱され、その姿が失せかける。
君の、名前は。
––––伊藤ペニサスさんを探しています!!
.
316
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 08:00:33 ID:07sRsRZA0
やっと思い出せた名前がペニスって悲しくなるな
317
:
名も無きAAのようです
:2015/06/28(日) 23:24:12 ID:Z8MAIW.Y0
乙乙
お題消化てこんな作品を書けるのか…
318
:
名も無きAAのようです
:2015/06/29(月) 03:23:52 ID:X6iyzmo60
乙乙!
この作品の雰囲気本当すき。
出会えてよかった。
補完の話しも楽しみにしてます。
319
:
名も無きAAのようです
:2015/06/30(火) 12:06:39 ID:qAKy9/Zc0
乙!めちゃくちゃ面白かった!
不思議な雰囲気が何かよかったよ
輪舞好きなんだけど、確かにこの話に合う気がする
補完的な話も楽しみだ
質問なんだけど、ペニサスが言ってた友達って誰?
あとデレの過去とかペニサスを嫌ってた理由とか、出来れば知りたいな
320
:
名も無きAAのようです
:2015/06/30(火) 12:18:14 ID:P80HFWfA0
そりゃあおめぇ、チューリップの娘は王子様に『ここにいるだけでいい』とまで言われた彼岸花を嫌うだろうよ。
321
:
名も無きAAのようです
:2015/06/30(火) 14:51:14 ID:qAKy9/Zc0
>>320
なるほど確かに!ありがとう
322
:
名も無きAAのようです
:2015/09/19(土) 08:13:34 ID:BBw54KTM0
面白かった。乙
323
:
名も無きAAのようです
:2015/12/09(水) 23:22:13 ID:liUN2d9g0
たった今読み終わりました。
ハラハラドキドキして、どんな風に進んでいくのか分からないストーリー展開が最高でした。
ラストは質のいい演劇の締めを見ているようで気持ち良かった!
作者さんありがとう!この作品を読めて良かったです!
324
:
名も無きAAのようです
:2016/01/06(水) 14:49:41 ID:7ochckmE0
待ってるよー
325
:
名も無きAAのようです
:2016/02/17(水) 21:01:23 ID:KBVdQSbM0
たった今ブンツン堂で読み終えてきた
雰囲気もよかったし、最初から最後まですっげー面白かった!
いい物語をありがとう、続き待ってます!
326
:
名も無きAAのようです
:2016/04/05(火) 00:01:30 ID:CJK58DcY0
教育的指導
327
:
名も無きAAのようです
:2016/04/07(木) 13:32:30 ID:0NHWARFs0
http://ow.ly/3zsUCx
328
:
名も無きAAのようです
:2016/05/04(水) 13:31:33 ID:ZhNHmJtI0
面白かったなぁ
なになにやつだも面白かったししゅごいよ
329
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:16:22 ID:Fqa66Dmo0
さざめく波の音が耳をつく。
その騒々しさに心を奪われ、はたと辺りを見渡した。
薄暗がり、グリルから漂う肉の焼ける音、それを邪魔しない程度に匂うカサブランカ。
手元にはワイングラス、行儀のいいウェイターが、うす桃色のワインを注ぎ入れた。
その下にはシルクで出来たクロス、艶やかな布の上にはボーンチャイナが一皿。
バターで風味付けされた鯛が、そっくり返っている。
食べてとねだっているのか、逃げようとして跳ねたところなのか。
オブジェのように固まったそれを、蝋燭の淡い光が暴く。
「食べないのかい?」
テーブルの向こうから、声が聞こえた。
視線を向けると、
(´・ω・`)「食べないと、ポアレが冷めてしまうよ」
彼は、鯛の身にナイフを当てた。
逆立った鱗が、刃にしがみつく。
330
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:17:04 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「どうしたんだい、デレ」
魚は嫌いだったか、と問う彼に、首を横に振る。
ζ( ー *ζ「なんでもないの」
そう、なんでもないの。
今日は四月一日。
わたしの誕生日。
忙しいなか、彼はわたしのために来てくれたのだ。
わたしが会いたいと手紙を出したから、彼は食事に誘ってくれたのだ。
震える手でカトラリーを持つ。
そっとフォークを身に突き立てて、ナイフで切り取り、口へと運ぶ。
仄かな塩気、胡椒の辛さ、バターの風味。
添えられたトマトのソースが、ほどよい酸味と甘さを含んでいてよく合っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしいわ」
(´・ω・`)「それはよかった」
窓へと視線を向け、彼は微笑んだ。
(´・ω・`)「いい景色だろう」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ」
延々と続く砂浜、青い海。
その果てはまっすぐ、まっすぐ突き抜けるように。
空と海の境が混ざるようにして、続いている。
331
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:18:02 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「僕も夜景が好きでね」
ζ(゚ー゚*ζ「…………」
ロゼのワインを、口に含む。
酔いが足りないようだった。
頭の片隅で、ざざん、ざざんと波が押し寄せる。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの好きなものをわたしも見せてもらえるなんて」
幸せだ。
砂浜と海は欠落してゆく。
人工的な突起が次々とそれを八つ裂きにしていくからだ。
ちっか、ちっかと赤い明滅。
ヘリコプターや飛行機に高度を知らせる明かりだ。
南国を思わせる海は、あっという間に摩天楼の下へ埋もれていった。
(´・ω・`)「ここでどれほどの人が不幸で苦しんでいるのだろうね」
色もなく、彼は呟いた。
わたしは、何も答えずにもう一度ワインを飲んだ。
その頃には、すっかりとあの潮騒は遠ざかっていた。
頭の中に押し寄せた海が、干からびてしまったかのように。
332
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:18:50 ID:Fqa66Dmo0
愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし
.
333
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:19:34 ID:Fqa66Dmo0
わたしと彼の出会いを遡るには些か時間が掛かった。
まず、わたしはカンザスの田舎に住んでいた。
ママと二人で。
パパはいない。
いないことに疑問は持っていなかった。
ママはわたしのことをめいっぱいに愛していると伝えてきた。
一人でわたしを産んで、一人でわたしのために部屋を改装し、一人でわたしを育てるために、休みなく働きに出ていた。
ママが働きに出ると、わたしは本当に家の中で一人きりであった。
そういう時はどうするのかというと、ひたすらに窓の外を眺めていた。
ママが家から出ると、その背はラベンダーをかき分けて消えていく。
家の周りに生えているラベンダーは、元から生えていたらしい。
森のように鬱蒼と生い茂るそれで、時々ママはリネン水を作ってくれた。
足が痛くて眠れない時なんかは、枕とシーツにたっぷりつけてくれるとよく眠れたものだった。
見送ってしばらくは、そのラベンダーを観察した。
風にそよぐと、紫の花々はわたしに手を振った。
それだけで、あの芳香が鼻に蘇るのだ。
334
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:20:18 ID:Fqa66Dmo0
ラベンダーの花に見飽きてくると、今度は空を眺めた。
天気が良すぎる日はつまらなかった。
空に浮かぶ雲の形で、わたしは遊ぶことが多かった。
ζ(゚、 ゚*ζ(あれは馬)
その背に跨って、わたしはラベンダーの森を駆け抜ける。
ζ(゚、 ゚*ζ(あれはドーナツ)
ママはよくドーナツを作ってくれた。
今日のお昼も、きっとドーナツが置いてあるだろう。
ζ(゚、 ゚*ζ(あれはヒトデ)
本でしか読んだことがないけど、海の生き物だ。
あんまり動かなくて、何を食べているのかもわからない。
ただお星様の形をした生き物だというから、素敵なものに違いなかった。
ζ(゚、 ゚*ζ(海に行きたいな)
海は広い。
お風呂よりもたくさん水があって、冷たくて、魚やヒトデが住んでいる。
夏になると人がたくさん来て、泳ぐのだという。
裸で泳ぐのはダメで、水着というかわいい服を着るのだとか。
ζ(゚、 ゚*ζ(そんなにいいところじゃないって聞いたけど)
335
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:21:01 ID:Fqa66Dmo0
トイレよりも狭い部屋で、服を脱いで、水着を着て。
人混みに紛れて、ようやく海にたどり着いても、やっぱり人がいて。
大して遊べないうちに時間ばかりが過ぎていき、また狭い部屋で着替えて、疲れて家に帰る。
しかも、海の水はしょっぱくて、塩が肌にかぶれるのだという。
海にもシャワーが付けてあるけど、たくさん人が待っているから待つだけでもうんざりする。
おまけに水はちょっぴりしか出てこない。
それだったら浴びても浴びなくてもおんなじなのだと、ママは海の良くないところをたくさん説明してくれた。
(*゚ー゚)「それにね、ろくでもない連中がいるのよ」
それっきり、ママは機嫌悪そうにたばこを吸うから、わたしは海の話をあんまりしなかった。
ζ(゚、 ゚*ζ(それでも海に行ってみたい)
人があんまりいない時期ってないのかな。
夏になったら人が来るっていうんだから、春とか秋とかはそういうのはいいんじゃないかな。
冬はすっごく冷たいだろうから、わたしも行きたくない。
冬のお風呂はなかなかお湯が出なくって、あんまり好きじゃないからだ。
ζ(゚、 ゚*ζ(いつかママが連れてってくれますように)
336
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:21:44 ID:Fqa66Dmo0
空を見るのにも飽きてしまったら、今度は壁の絵を眺めてみる。
ママは、わたしが女の子だと知って喜んだそうだ。
男の子じゃなくって、絶対ぜったいぜーったい女の子がいいと思っていたそうだ。
どうして?と聞いたことがある。
(*゚ー゚)「だってママが赤ちゃんだった時の服が着れるのよ?」
そう言ってママは、ママとわたしが赤ちゃんだった時の服を見せてくれた。
小さくて、綿製のフリルがたくさんついたかわいいベビードレスだった。
首元にはピンクのリボンがついて、うさぎの刺繍だってしてあった。
(*゚ー゚)「ママとおんなじ服が着れてうれしいでしょ?」
ママは嬉しそうに言うから、わたしも嬉しくて頷いた。
じゃあもしわたしが男の子だったらどうしたのだろう。
そう聞いたら、ママはにこっと笑って、
(*゚ー゚)「よく切れる包丁があるから大丈夫」
と言った。
ママはその手間が省けてよかった、と言った。
337
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:22:40 ID:fUPr0iSM0
支援
338
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:23:15 ID:Fqa66Dmo0
(*゚ー゚)「生まれてきてくれてありがとう、女の子でありがとう。デレ、大好きよ、愛してるわ」
ちゅ、ちゅ、とキスの雨が降って来る。
ママのキスは、長い。
一度始まるとなかなか逃げられない。
ずーっと一日中、仕事しないでキスできると言っていた。
ママがわたしを一人にしないでくれるなら、こんなに嬉しいことはないと思った。
一人にしておくのは、ママも負い目があるようだった。
ピンクに塗られた部屋の壁にはユニコーンや虹や人魚の絵が描いてあった。
(*゚ー゚)「これはデレだけが読めるフェアリーテイル」
小人に、お姫様に、鹿や熊。
薔薇に、五弁のライラック。
バスケットにはリンゴとブドウ、オレンジ。
そんな絵が、寝室にも、トイレにも、キッチンにも、リビングにもあった。
足を引きずりながら、わたしは部屋を移動する。
ζ(゚、 ゚*ζ(今日は、小人と熊がピクニックに行く話)
昨日はお姫様と人魚の冒険譚。
一昨日はライラックのおまじないとユニコーンの恋。
組み合わせは無限大で、飽きればいくらでもママが壁に描いてくれた。
一日のほとんどが、この絵で遊ぶことに費やされていた。
そのうちお腹が減って、用意されたご飯を食べて、また絵を眺めたり、眠ったり。
ママが帰ってくるまで、ずっとそうしていた。
339
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:24:09 ID:Fqa66Dmo0
夕暮れもとっくに過ぎて、星が天高く輝く頃。
ママは疲れた顔をして帰ってくる。
怖い夢を見て泣きそうになったような顔をして、ママはわたしにキスをしてくる。
ぎゅぅっと強く、苦しくなるほど抱きついてくるから、わたしはママの気がすむまで頭を撫でてあげた。
怖い夢を見たときにママがそうしてくれるからだ。
そうすると少しは気が休まって、ママのことを好きになれるのだ。
ママも、怖い目にあって頭を撫でられたら、わたしのことを好きになってくれるに違いなかった。
(* ー )「デレ、足を出して」
不意にママがそう言う時がある。
わたしは大人しく、ママに向かって足を差し出した。
ママはたばことマッチ取り出した。
しゅ、しゅ、とマッチを擦る音。
とく、とく、と心臓の跳ねる音。
ママはわたしを愛してくれている。
ママはわたしが好きだった。
ママはわたしの支えであり、わたしはママの支えであった。
わたしはママの子供だけど、ママは時々わたしの子供になった。
子供だからほんとはたばこを吸ってはいけないんだけど、でも体は大人だから吸ってもよかった。
340
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:25:11 ID:Fqa66Dmo0
マッチに火がついた。
すぅ、と息を吸うとたばこに火がついた。
マッチが、わたしの足をジュッと焼く。
やけどのうえに作るやけどはとても痛い。
治りきらないうちに、また皮膚がぐちゃぐちゃになるからだ。
夏になると膿が出ることもあったし、そうなると体に毒が回って熱を出すこともあった。
それでもそう言う時はママがつきっきりで看病してくれるから、嬉しかった。
ママはわたしを愛してくれていた。
ふすふすとたばこの煙が顔にあたる。
けむくて、わたしはむせた。
ママは無表情で、たばこに取り憑かれていた。
そのうち吸い終わると、またわたしの足にたばこをこすりつけた。
そんなことを、今日は五回繰り返した。
吸い終わると、ママはとても優しくなる。
冷たい水で灰を洗い流し、軟膏を塗ってくれた。
包帯も巻いてくれて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
そうして寝付くまでわたしのそばにいてくれた。
毎日毎日飽きもせず、わたしはママの灰皿で居続けた。
341
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:26:18 ID:Fqa66Dmo0
ある日、ママはいつものように仕事に出た。
ちょっと違ったのは、ママがたばこを忘れていったことだった。
ママはわたしの次にたばこが好きだった。
たばこがなくてママは困るだろうと思った。
わたしは、初めて外に出た。
ママの忘れ物を届けに、裸足で外を出た。
ちょうどその前の日は雨で、地面はぬかるんで居た。
ちょうどその前の日のママは、たばこをよく吸っていた。
包帯にじくじくと泥が染みて、わたしは立っていられないくらい足が痛くなった。
ゆっくり、ゆっくりと歩いているうちにわたしは転んだ。
転んだことのないわたしは、水たまりに倒れ伏した。
服も顔もどろどろで、そのまま這いずってママの後を追った。
たばこの箱だけは濡れないように、気をつけて。
そうしてどれほどの時間が経ったのか。
ぬかるんだ道はいつのまにか舗装された道路になり、わたしはなんとか歩けるようになった。
といってもひどい格好であった。
ママお手製のワンピースは、すっかり泥にまみれていたからだ。
それでもわたしは歩いた。
道行く人が奇異の目で見つめても、こそこそと噂してようと、わたしには関係なかった。
わたしには、ママしかいなかった。
342
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:27:33 ID:Fqa66Dmo0
ママがどんな仕事をしているのかはあまり知らなかった。
でもバスに乗るということだけは知っていた。
ママは、たしかにバス停にいた。
新しく買ったばかりのたばこを開けて、ぷかぷかとふかしていた。
ζ(゚、 ゚*ζ(……なんだ、買えばいいんだ、)
そうだ、たばこなんてお店にたくさん売っているのだ。
わたしが届けなくたって、ママはいくらでもたばこを買えるのだ。
こんな格好でわざわざ届けた方が、ママだって恥ずかしいかもしれない。
だってわたしはこんなにも笑われている。
視線だって浴びている。
わたしが今近付いたらママは笑い者になるだけだ。
ζ( 、 *ζ(でも、ほめてほしかった)
343
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:28:17 ID:Fqa66Dmo0
誰か、誰か。
わたしのことを笑わないでください。
わたしは、大好きなママに褒めて欲しかっただけなのです。
わたしのために働いてくれるママのために、役立ちたかっただけなのです。
日に晒されて、惨めな泥が、服から剥がれ落ちました。
そうしているうちに、ママはバスに乗り込んで、仕事に行きました。
わたしは、また足を引きずって、元来た道を戻りました。
こんなに恥ずかしくて嫌な思いをしたのは初めてでした。
そのうちなんだか悲しくなって、わたしは大声をあげて泣きました。
誰も聞いちゃいないと思っていたのです。
ラベンダーがそよそよと、風に揺れる音しか耳に入らなかったのですから。
344
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:29:21 ID:Fqa66Dmo0
でも。
「どうしたんだい、お嬢さん」
ママよりも柔らかく、優しい声が、聞こえたのです。
その人はすらりと背が高い人でした。
その人は優しい灰色の目をしていました。
その人はママが好きそうなフリルのついた服を着ていました。
その人は昔、絵本で読んだ王子様のような人でした。
その人は、
(´・ω・`)「よかったら話を聞かせてくれませんか?」
とても優しい、魔女でした。
345
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:30:07 ID:Fqa66Dmo0
わたしは、その人の服を汚すことも厭わずに泣きつきました。
その人もまた、怒ることなくわたしを抱きしめてくれました。
大好きなママのためにママの役に立てなくて笑い者になった悔しさと、ママが愛してくれたという証のせいでこんなにも汚れてしまった怒りと、それに対する裏切りを、全て全てぶちまけました。
それはまるで呪詛のように、己の身の内に響き渡り、ママを嫌いになりそうなわたしをまたさらに憎悪させました。
(´・ω・`)「よし、よし、お嬢さん。まずはお茶でも飲みませんか?」
そう言って、その人はラベンダーを踏みつけました。
346
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:31:28 ID:Fqa66Dmo0
するとそこら一帯は、たちまち灰色の影に飲み込まれて。
わたしの服を汚した泥は、ぐつぐつと煮え渡り、チョコレート色のテーブルを作り上げました。
風に揺れていたラベンダーは、水けを失って互いに縫い合いました。
そうしてたちまち、暗紫色のテーブルクロスが出来上がったのです。
道端の石ころは、かたかたと揺れてぽこりと膨れ上がりました。
ポットやカップの形をしたそれは、こつんとテーブルを叩くと……。
ζ(゚ー゚*ζ「わあ……」
ほかほかのレモンティーがたっぷり入っていました。
(´・ω・`)「おっと忘れてた、椅子を作らないとね」
魔女の一声で、灰色の影はすぐさま椅子を形づくりました。
材料は、わたしと魔女の影でした。
細い鉄線を編み込んだような椅子は、とっても座り心地がよくて、すぐに気に入りました。
(´・ω・`)「さあ、まずはお茶を飲んで。砂糖が欲しかったらいくらでもあげるよ。おなかが空いていたらお菓子もたくさんあげる」
347
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:32:42 ID:Fqa66Dmo0
テーブルをコツコツと叩けば、見たことのないお菓子が飛び出しました。
カゴに入ったクッキーにビスコッティ、チョコレート漬けのさくらんぼ。
ババロア、メレンゲのケーキ、いちごのたっぷり挟まったサンドイッチ。
気付けばわたしの顔も服も綺麗さっぱり、泥が消えていました。
わたしは遠慮なく、この見たことのないお菓子に手をつけました。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしい!」
ふかふかのクッションのようなお菓子は、ギモーヴというものでした。
甘くって舌がとろけそうになるほどおいしくて、わたしは夢中になって食べました。
(´・ω・`)「君はお母さんと二人暮らしだったのかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうよ! ママとずーっと二人きり」
喉に張り付いた甘味を、レモンティーで押し流します。
口の中はさっぱり爽やか、ほろ酸っぱい香りが鼻に抜けていきました。
348
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:33:27 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「パパはどこに行ったのかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「ママは一人でわたしを産んだって言ってた」
(´・ω・`)「でも必ずパパになる人がいるはずだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「んー……。よくわかんない」
(´・ω・`)「まあそれで君が幸せならいいけども」
ζ(゚ー゚*ζ「幸せだよ、ママは毎日わたしのこと好きって言ってくれるもの」
(´・ω・`)「その足の火傷はどうしたのかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「ママがわたしのことを好きな証だって」
(´・ω・`)「ふうん。君は痛くないのかな?」
ζ(゚、 ゚*ζ「……痛いけど」
(´・ω・`)「けど?」
ζ(゚ー゚*ζ「ママはわたしのこと好きだからそうするの」
(´・ω・`)「本当に君のことが好きなのかな」
どこからともなく取り出した角砂糖を、魔女はティーカップに入れました。
一粒、二粒、からころと。
銀のスプーンが持ち上がって、一人でにかき混ぜています。
349
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:34:07 ID:Fqa66Dmo0
ζ(゚ー゚*ζ「好きだもん」
それを眺めながら、マフィンに手を伸ばしました。
かぼちゃの甘さとチーズのしょっぱさが引き立ちあって、あっというまにお腹の中に消えました。
(´・ω・`)「君が男の子でも?」
ζ(゚ー゚*ζ「……きっと好きだもん」
歯切れ悪く、幼いわたしは紅茶を飲みます。
ぴとりと鼻にレモンのスライスがくっついて、バツの悪い気分になりました。
(´・ω・`)「僕の両親は、性別なんか関係なく子供が生まれたら愛しいと言っていたよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「だから?」
(´・ω・`)「君は男の子に生まれていたらお母さんに好かれていたのかなあと、僕は気になっているんだよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「……好きだもん」
絶対に、と心の中で言い返します。
だけど何故でしょう、今までのような自信はありませんでした。
350
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:35:12 ID:fUPr0iSM0
しえしえ
351
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:35:28 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「君はお母さんと出かけたことはあるのかな?」
ζ(゚、 ゚*ζ「ママはお仕事で忙しいもん」
(´・ω・`)「じゃあ君が風邪を引いてもほったらかしにして仕事に行くんだね」
ζ(゚、 ゚*ζ「そんなことないもん!」
(´・ω・`)「じゃあどうしてお母さんは君とお出かけしてくれないのかな」
ζ(゚、 ゚*ζ「……だって、海は人がたくさんいて、大変だし」
(´・ω・`)「海以外にも出かける場所はたくさんあるよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「仕事、いそがしい、し…………」
(´・ω・`)「……ねえ、お嬢さん」
魔女は、とても悲しそうにわたしを見つめます。
(´・ω・`)「君は虐待されているんだよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「ぎゃくたい……?」
(´・ω・`)「お母さんは君に遠くへ行って欲しくないんだよ、君が物事を知ることを恐れているんだ」
ζ(゚、 ゚*ζ「どうして?」
(´・ω・`)「色んなことを知ってしまえば君のお母さんがおかしいことがわかってしまうからさ。おかしいことをしてまで、お母さんは君をそばにおきたかったんだ」
ζ(゚、 ゚*ζ「……そばにおいとくことはすきってことじゃないの? あいしてるってことじゃないの?」
わたしは混乱していました。
魔女は、黙って首を横に振りました。
352
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:36:29 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「本当に愛していたら君を痛い目には合わせない」
ζ( 、 *ζ「…………」
(´・ω・`)「本当に愛していたら、君を海に、いや、どこにだって連れて行くよ」
ζ( 、 *ζ「…………」
(´・ω・`)「君は本当の愛を知らないんだ」
可哀想だね、と魔女は言いました。
(´・ω・`)「僕がどうしてここに来たかわかる?」
ζ( 、 *ζ「……わかんない」
わたしは、俯いて涙をこらえるのに必死でした。
ママはわたしを愛していなかった、わたしはママを愛していたのに。
わたしは、ママを愛していたのに。
(´・ω・`)「君の声が聞こえたんだ。海に行きたいって」
だから連れて行こうと思ったんだけど、と魔女は区切りました。
ζ(゚、 ゚*ζ「……だから?」
(´・ω・`)「……君とお母さんを一緒にさせておいたら、いつか殺されちゃいそうでもっと可哀想だ」
だから、と魔女は手を差し伸べました。
(´・ω・`)「僕と一緒に旅をしよう。どこか、君が住みたいと思う場所があればそこにずっといたっていいから」
ζ(゚、 ゚*ζ「……ママに怒られちゃうよ」
(´・ω・`)「その時は僕が怒るよ。お嬢さんをあんな家に閉じ込めておくなんてあんたは酷い人だって」
ζ(゚、 ゚*ζ「……どこにでも連れてってくれる?」
心の奥底で、重く蓋をしていた欲望があふれ出そうとしていました。
353
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:37:27 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「ああ」
どこにでも連れてってあげるよ。
(´・ω・`)「君のことを助けたいんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「……デレ」
(´・ω・`)「僕は、 」
温かな手を取り、彼は言いました。
(´・ω・`)「この世から不幸を取り除くことが望みの、灰色の魔女さ」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、人を幸せにするのがあなたの使命?」
(´・ω・`)「そういうこと」
ζ(゚ー゚*ζ「……すてきね」
悲しいことも辛いこともない世の中なんて、素敵に違いありませんでした。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしにもできることがあったらいいな」
(´・ω・`)「きっと君がやりたいことはすぐ見つかるよ」
ζ(゚ー゚*ζ「もう見つけたわ」
もっと彼のことを知りたい。
あの素敵な魔法の仕組みを知りたい。
わたしの心は、すぐ満たされていきました。
354
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:38:22 ID:Fqa66Dmo0
愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし 了
.
355
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:42:11 ID:fUPr0iSM0
乙でしたー
久々の投下嬉しい!
356
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 21:32:36 ID:mDQVV/QQ0
乙!
デレのお母さん怖いわ…
357
:
<^ω^;削除>
:<^ω^;削除>
<^ω^;削除>
358
:
<^ω^;削除>
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<^ω^;削除>
359
:
名も無きAAのようです
:2017/05/23(火) 18:15:22 ID:NXwRScpA0
乙乙
母親怖いけど救われる話でよかった
360
:
名も無きAAのようです
:2017/05/24(水) 14:06:44 ID:w6M4Mt6o0
乙です!
デレがどんな家庭環境で育ったのかちょっと気になってた
これはデレがショボンに依存するのも分かるな
361
:
名も無きAAのようです
:2017/05/26(金) 17:28:22 ID:FyO5tNSM0
きて嬉しい!!おつ
362
:
名も無きAAのようです
:2017/10/08(日) 08:57:07 ID:J62lfJug0
十月中に番外の続きを投下できると思います
結構な長さになりそうなのでもうしばらくお付き合い願います
363
:
名も無きAAのようです
:2017/10/09(月) 22:32:05 ID:eiPKTzpA0
たまたま見に来たら書き込みが!
楽しみにしているよ
364
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:31:51 ID:PogJdj520
真理よ、おのれを呪うものを救えよかし
.
365
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:32:32 ID:PogJdj520
透明なガラスで出来たティーポットの中で、茶葉が踊る。
ゆらゆら、ひらひら。
ζ(゚ー゚*ζ(マリンスノーみたい)
でも、中に入っているのは紅茶の葉っぱ。
もう少しで、二分が経つ。
ストレートの紅茶なら、もう少しだけ蒸らすけれども、
ζ(゚ー゚*ζ(今作っているのはレモンティー)
美味しいレモンティーを入れるコツは、普通の紅茶よりも
浅く蒸らすことが大事だと、あの人は言っていた。
だからすぐ、温めておいたカップへと注いでしまった。
用意したカップは、二人分。
一つはわたしで、もう一つは の。
ζ(゚、゚*ζ(……だったら良かったんだけどなぁ)
残念ながら、彼は出掛けてしまっている。
そんな時に限って、招かれざる客がやって来るのだ。
今日もそう。
が居なくなってすぐに、彼女はやってきた。
ζ(゚、゚*ζ(ついてないの)
今日はわたしの誕生日なのに、とごちながら、
レモンのスライスをカップへ滑らせた。
366
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:33:29 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(ま、しょうがないよね)
来てしまったものについては、嘆いていても仕方がない。
ため息を一つ吐き、キッチンを後にした。
ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ」
極力明るく友好的な声を出して、相手の様子を見る。
o川* へ )o「…………」
だけど相変わらず、相手は黙りこくっている。
ζ(゚ー゚*ζ「お砂糖が欲しかったら、そこのポットに入っているからね」
親切を装って、牽制を一つ。
するとようやく、相手の目がちろりと動き出す。
赤く、赤く、泣き腫らした目だ。
ここへ来た時から、名も知らぬ客人は涙を流している。
腫れ腫れと浮腫んだその目元からして、ずっと涙を流していたに違いない。
ζ(゚、゚*ζ(泣きすぎると美人も台無しね)
手元に寄せたカップから、レモンを取り除きながらふと思う。
ζ(゚、゚*ζ(学生、かな)
二十代前半か、それよりも若く見える。
床にへたりこんでいるショルダーバッグからは、新品の教科書が覗いていた。
367
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:34:17 ID:PogJdj520
とすると大学に入ったばかりなのかもしれない。
そういえばこの間、 の元にはたくさんの書類が届いていた。
差出人はとある大学で、奨学金の保証人となる手続きを行うためのものだった。
ζ(゚、゚*ζ(ああ、わかった)
きっと は、貧しい女の子に富を分け与えたのだ。
それだけでは心許ないから、と彼は親身に相談に乗ってあげた。
それをこの子は、勘違いしてしまったのだ。
ζ(゚、゚*ζ(うんうん、あの人なら大体そういうことをしそうよね)
の目的は不幸の目を摘み取るためで、この子のことが好きでやったわけではない。
だけど大変可哀想なことに、 がいくら身を粉にして人に尽くしたとしても、
それが恋愛感情に則った行動だと勘違いする人は後を絶たない。
ζ(゚、゚*ζ(バカみたい)
お茶の一杯にも手をつけず、遠回しに睨んで来る女性を、
わたしは軽蔑しそうになる。
だけど、そうしてはいけない。
彼女はちょっと愚かなだけで、それは憐れむべきことなのだ。
同時に、その性質を慈しんでやらなくてはならない。
わたしは分別のある魔女となる人で、相手はそんな事もわからない、ただの人。
だからわたしは、彼女を許す。
の心を射止めたと思い込んで、子犬のように纏わり付き、自分が望んだ以上の幸せを欲する。
傲慢を体現したかのような彼女を、わたしは許す。
368
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:35:06 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(……あ、)
背後から扉の開く気配。
そっとそちらに首を向けると、
(´・ω・`)「誰か来てるの?」
やはり彼だった。
ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」
あなたのね、と付け加えると、彼は不可解そうな顔をして、こちらへとやって来る。
(´・ω・`)「おや、どうしたんだい?」
買ってきた額縁を床へと降ろし、彼は床へと跪く。
この部屋にある椅子は、二つきりしかないからだ。
o川* へ )o「どういう、ことなの」
洟をすすりながら、女性は彼を睨む。
(´・ω・`)「ああ」
納得したように、そして一瞬、悲しげな顔をして、彼は宥める。
369
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:36:29 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「彼女は恋人でもなんでもない人だよ」
彼女、とは無論わたしのことである。
事実、わたしと彼は恋人などという浅い付き合いはない。
もっと深く、濃い繋がりを持っているのだが、
果たして彼女に理解出来るだろうか。
ζ(゚、゚*ζ(出来ないだろうな)
目ばかりではなく、顔全体を赤く染めて罵る女性を冷めた目で見る。
o川* へ )o「なんなの、それ」
意味わかんない、と呟く声。
それに対して、やっぱりねと思うわたし。
o川* へ )o「……あたしは、あんたと付き合ってるんだよね?」
(´・ω・`)「大事に思っているよ」
o川* へ )o「そうだよね?」
縋りつつも、責め立てるような声。
彼は、動じない。
o川* へ )o「じゃあなんで、この女と一緒に住んでんの?」
(´・ω・`)「……まあ、家族のようなものだよ」
慎重に言葉を選ぶ彼の頬に、平手が飛んだ。
370
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:37:11 ID:PogJdj520
o川* へ )o「見たよ。ベッド。一つしかないじゃん」
(´・ω・`)「このアパートは狭いからね」
o川*゚Д゚)o「いい年した男女が一緒のベッドに寝て、
何も起きないわけないじゃん」
(´・ω・`)「君が考えているようなことは何も起きていない」
o川*゚Д゚)o「起きてようがなかろうが、関係ないの!」
(´・ω・`)「君の言う通り、きちんと貞操は守っているよ」
o川*゚Д゚)o「っ……。そういう、問題じゃない、よ……っ」
再び嗚咽を漏らす彼女は、月並みな恨みを吐露する。
o川*;Д;)o「……わたしのこと、あいしてるって言ってたじゃない」
ζ(゚、゚*ζ(やっぱりバカだ、この人)
彼が抱いている愛は、すべての人に向けられている。
いわばそれは神から人に対する愛、アガペーであり、
女性から彼へと向けられるエロスとは、全く性質の違う愛なのだ。
自分が のことをそういう目で見ていたからって、
相手もそういう気持ちを抱いているだろうと確信を持って、
肉体だけの関係を結ぶなんてやっぱりバカとしか言えなかった。
371
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:38:47 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「もちろん、愛しているよ」
o川*;Д;)o「うそつき」
(´・ω・`)「うそじゃない」
o川*;Д;)o「うそつき!!」
(´・ω・`)「……君と僕の愛に対する認識が、ちょっと違っているだけだよ」
諦めたように、 は溜め息を吐く。
こうした事態は一度や二度ではないけれども、やっぱり心が痛むに違いない。
ζ(゚、゚*ζ(どうしてみんなは、彼の気持ちを理解してあげないのかしら)
彼から分け与えられる愛を拡大解釈して、そうではないと
気付いた瞬間から、手のひらを返す。
なんて恩知らずな人達なのだろう!
o川*;Д;)o「ねぇ、わたしの気持ちも、わかってよぉ……」
再三再四に渡る要求に、
ζ(゚、゚*ζ「あなたこそ、彼のことを何も理解していないくせに」
とうとう堪忍袋の緒が切れた。
372
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:39:32 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「デレ」
思わず飛び出した言葉を、 はたしなめる。
だけどわたしの気は治らない。
ζ(゚、゚*ζ「あなた、どうせ貧民街の出身なんでしょ?」
その言葉に、女性は怯んだ。
間違いない。
やはりわたしの見立ては正しかったのだと分かり、それが潤滑剤となって口を動かした。
ζ(゚、゚*ζ「そこでどんな地獄を見たのか、わたしは知らないわ。
けれど、そこから救われたいと何度も願ったことくらい、わたしにはわかる」
昔のわたしも、そうだった。
虐待されていることにも気付かずに、あんな母親を愛し、
不幸だとも思わずに過ごしていた歪な日々。
確かに、わたしは幸せだった。
けれども所詮、贋作の幸福。
ささやかな罅から全てが壊れ、わたしは絶望した。
彼はやって来たのは、ちょうどその時だった。
些細にして拙い祈りの声を、彼は拾ってくれたのだ。
彼がやって来なければ、今頃わたしはどうなっていたのかも分からない。
けれどそのままでいたのなら、変わらぬ日々を送り続けたことだろう。
母親のしたことは、許されることではない。
しかし幼いわたしを縛り付けなければならないほどに、あの人は壊れていた。
373
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:40:43 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(可哀想な人だった)
やはりあの人も、憐れむべき弱者であった。
あの人だけを置き去りにして、わたしはカンザスを飛び出した。
今頃どうなっていることか、確認する勇気をわたしは持ち合わせていない。
でも出来ることなら、幸せでいてほしい。
ζ(゚、゚*ζ「……不幸が嫌いなのは、みんな同じでしょう?」
優しく問いかけるように、視線を向ける。
女性は、そっと目を伏した。
ζ(゚、゚*ζ「不幸を無くそうとするのは、そんなにいけないことかしら?」
o川* へ )o「それ、は……」
ζ(゚、゚*ζ「みんな幸せになろうとすることは、悪なのかしら」
それは、到底叶うはずのない夢だと笑われることに違いなかった。
実際に笑われたこともある。
だけど、わたしは知っている。
彼の夢を馬鹿にする人間は、己が理想にうち破れた人間だ。
がむしゃらにそれを叶えようとして、けれども叶えることが出来なくて、
それを恥じて、馬鹿にすることで精神を保っている人間だ。
厄介なことに、その恥じらいは自他の境なく発生する。
つまり恥ずかしいと思う対象は過去の自分であり、目の前にいる人間でもあるのだ。
374
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:41:54 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「……でもね、」
どんなに馬鹿にされたとしても、わたしは諦めない。
愚直な彼の行いによって、わたしは確かに救われたのだから。
そして、全人種の幸せが彼の幸せであるのなら、
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、彼の味方でありたいの」
わたしも彼のようになりたいと願った。
わたしも、不幸な環境にいる人たちを救いたいと思った。
それが、わたしを救ってくれた彼の願いでもあるから。
ζ(゚、゚*ζ「なのにどうして、あなたにはそれがわからないの……」
全てを吐き出したわたしに、女性は絶句している。
同じような身の上にあったであろうわたしと彼女の違いを
まざまざと感じ取り、格の違いを目にしてしまったからだろう。
だって、彼女は我儘だから。
浅ましい愛を強請らずに、必死に恩を還元しようと
動いているわたしとは、絶対的に差があるから。
それなのに、どうして女性は害意の篭った視線を向けているのだろう。
375
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:42:59 ID:PogJdj520
o川*;Д;)o「あんたも、おかしい。……おかしいよ」
ζ(゚ー゚*ζ(二度も同じことを言わないでほしい)
半分、分かってはいる。
全く違う世界を生きているから、わたしや彼のことを異物としてしか見れないのだろう。
見識の狭い、貧しい心だ。
けれど残念なことに、大半の人間はそう思って生きている
ζ( 、 *ζ「やっぱり、あなたもそうなのね」
そんなことを言う人に限って、弱者に手を差し伸べることはない。
ζ(゚ー゚*ζ「非常に、不愉快だわ」
それは、彼に対する最大の侮蔑。
同時に、女性自身に齎された救済を踏み躙る発言。
誰のおかげで大学へ行けるようになったのか。
彼女はすっかりと忘れてしまったらしい。
なんて、愚かな発言だろう。
それを分からせるために、口を開いた時だった。
376
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:43:51 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「もういいよ、デレ」
くすんだ金色の瞳が、わたしを制す。
(´・ω・`)「君も、もう家に帰りなさい」
柔らかな言葉に、女性は、
o川*゚Д゚)o「はぁ!?」
(´・ω・`)「不愉快な気分にさせて、申し訳なかったね」
o川*゚Д゚)o「まだ話が、っ」
終わっていない、という言葉は飛び出さなかった。
の口付けによって封じられたからだ。
抵抗しようにも、今の彼女は指の一本も動かすことが出来ない。
もうずっと前から、彼女は魔法に掛けられていたから。
377
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:45:38 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……今日のことはもう忘れて、帰りなさい」
床に置かれていたバッグを差し出すと、女性は大人しく受け取った。
(´・ω・`)「僕たちのことは、忘れなさい」
玄関へと送り出す口調は、子守唄のように懐かしい。
女性は、振り返ろうと首を動かしていた。
(´・ω・`)「忘れるんだ」
ひとりでに開く扉。
寂れたアパートの廊下は、灰色の明かりに照らされている。
(´・ω・`)「気を付けてお帰り」
o川* へ )o「っ 、」
女性が、彼の名前を呼ぶ。
彼は、首を横に振る。
(´-ω-`)「さようなら、幸せな人」
戸惑った表情の女性を、一人廊下に取り残して、扉はゆっくりと締まった。
378
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:46:48 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……怒ってる?」
ζ(゚、゚*ζ「怒ってません」
(´・ω・`)「いや、怒ってるでしょう」
わしわしと頭を撫でられるも、わたしの視線は腫れた頬にしか向いていない。
ζ(゚、゚*ζ「痛そう」
(´・ω・`)「あんまり痛くないよ」
ζ(゚、゚*ζ「だって、すごく赤いもの」
(´・ω・`)「どれくらい?」
ζ(゚、゚*ζ「よく熟れたトマトにそっくり」
(´・ω・`)「……うん、実は結構な威力があった」
ζ(゚、゚*ζ「ほら、やっぱり!」
くるっと背を向けて、わたしは救急箱を取り出そうとした。
けれども彼は、それを優しく抱き止めた。
379
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:47:29 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「ありがとう」
ζ(゚、゚*ζ「……湿布、貼らないと」
(´・ω・`)「気持ちだけで十分さ」
またもや頭を撫でられて、わたしの髪はすっかり逆立っていた。
ζ(゚、゚*ζ(上手に結べてたのにー)
鏡を相手に、口を尖らせる。
こんがらがった毛糸束のような、黒い髪。
ブラシを手にして、よくよく梳くことにした。
鏡の中で、 はティーカップを手にしている。
あの女が一口も飲まなかった、可哀想なレモンティーだ。
見えざる手によって、スライスされたレモンが
浮き上がっているのが見えたから、きっとそうに違いなかった。
(´・ω・`)「苦いな」
ζ(゚、゚*ζ「渋かったかしら?」
(´・ω・`)「いいや、レモンのせいさ」
シュガーポットの蓋が、可愛らしい音を立ててずり落ちて、
シュガーキューブが一つ、二つ、羽の形になって飛び出した。
は、結構な甘党だ。
一日に二回はおやつの時間を設けている。
380
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:48:34 ID:PogJdj520
彼に出会った頃のわたしはガリガリで、棒みたいな体型をしていたけれど、
釣られて甘いものを食べていたら、あっという間に丸く肥えてしまった。
以来おやつの時間は、二日に一回までと決めるようにした。
彼は構わず、いつでも甘いものを食べているけれど。
ζ(゚、゚*ζ(耐えているこっちの身にもなって欲しいわ)
ようやく髪を整えて、振り向くと彼は銀の砂糖を溶かしている最中らしい。
銀のスプーンがゆっくり、一人でワルツを踊っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「無理して飲まなくていいのに」
すっかりと冷めた水底には、砂糖の粒がゴロゴロに転がっているに違いない。
(´・ω・`)「作ってくれた人に申し訳ないからね」
ζ(゚ー゚*ζ(それはわたしに向かって言っているのかしら)
定かではないが、気付いたことがひとつある。
スプーンで攪拌するごとに、頬の腫れがみるみる引いていくのだ。
(´・ω・`)「やっぱり、珍しいかい?」
思わず振り向いたわたしに、にやと得意げに笑う彼。
魔法は、やっぱり不思議だ。
目に見えるものも、目に見えないものも、魔女は全てを拾い上げる。
存在を承認されたものは、魔女の祈りを掬い上げ、そうなるべしと助力する。
381
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:49:50 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(それは、世の中に対する画素を増やすようなもの)
ぼやけたままに過ごしていたそれに気付くと、世界は途端に鮮やかさを増す。
その瞬間が、どうしようもなく好きだった。
ζ(゚ー゚*ζ(早くわたしも みたいな魔女になりたいな)
ショボンに従事してから随分と時間が経ったけれど、
未だに弟子という身分で、使える魔法も数少ない。
ζ(゚、゚*ζ(早くエフェクト持ちになりたいな)
エフェクト。
それは、自分だけの魔法を獲得したという証。
実力を認められ、通過儀礼を果たした本物の魔女だけが得られる、特別な印。
のエフェクトは、灰色だ。
ζ(゚ー゚*ζ(初めて見た時には曇天の空みたいって思ったな)
穏やかな人柄からは想像もできないほどに冷たい色をしているけれど、
そこから飛び出す魔法はどんな魔女にも負けないくらい、鮮やかで楽しいものだった。
(´・ω・`)「うーん、苦い」
レモンティーを飲み干した頬は、すっかりと綺麗になっていた。
ζ(゚ー゚*ζ「もう痛くない?」
(´・ω・`)「うん。ありがとう」
382
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:52:36 ID:PogJdj520
彼に出会った頃のわたしはガリガリで、棒みたいな体型をしていたけれど、
釣られて甘いものを食べていたら、あっという間に丸く肥えてしまった。
以来おやつの時間は、二日に一回までと決めるようにした。
彼は構わず、いつでも甘いものを食べているけれど。
ζ(゚、゚*ζ(耐えているこっちの身にもなって欲しいわ)
ようやく髪を整えて、振り向くと彼は銀の砂糖を溶かしている最中らしい。
銀のスプーンがゆっくり、一人でワルツを踊っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「無理して飲まなくていいのに」
すっかりと冷めた水底には、砂糖の粒がゴロゴロに転がっているに違いない。
(´・ω・`)「作ってくれた人に申し訳ないからね」
ζ(゚ー゚*ζ(それはわたしに向かって言っているのかしら)
定かではないが、気付いたことがひとつある。
スプーンで攪拌するごとに、頬の腫れがみるみる引いていくのだ。
(´・ω・`)「やっぱり、珍しいかい?」
思わず振り向いたわたしに、にやと得意げに笑う彼。
魔法は、やっぱり不思議だ。
目に見えるものも、目に見えないものも、魔女は全てを拾い上げる。
存在を承認されたものは、魔女の祈りを掬い上げ、そうなるべしと助力する。
383
:
>>382連投ミスです
:2017/10/11(水) 20:53:54 ID:PogJdj520
再び頭を撫でようと腕が伸びてくる。
せっかく整えたばかりなので、
台無しにされては困るとわたしは口を開いた。
ζ(゚ー゚*ζ「ところで、あの額縁は何に使うの?」
ずっと気になっていたことを口にすると、
(´・ω・`)「君への誕生日プレゼントさ」
ζ(゚、゚*ζ「絵でも買ってくれるの?」
(´・ω・`)「まさか」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、彼は窓へと立てかけた。
(´・ω・`)「お手を拝借」
恭しく差し出された手を、わたしは握り返す。
額縁の向こうには、相変わらず霧がかった街が見えている。はずだった。
ζ(゚ー゚*ζ「あ……!」
公園の遊具、ヘルタースケルター。
飲みかけのレモンティーも、籠に盛られた果物も、ティーカップも、
ピカピカの鉄のフライパンも、玄関先に活けたカサブランカも、
ひとつきりしかないベッドも、皆吸い込まれていく。
当然、わたしたちも。
恐怖は、ない。
はてしなく続く螺旋状の滑り台に、身を委ねるだけ。
384
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:55:26 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「何処へ行くの!」
隣にはいない に向けて、わたしは叫ぶ。
(´・ω・`)「君の好きなところへ!」
張り上げた声は、すぐ後方から聞こえてきた。
いつの間にか抱き上げられていたらしい。
わたしのお腹をぎゅっと抱きしめるように、背中から腕が伸びていた。
(´・ω・`)「だって今日は君の誕生日だもの!」
去年は、樹上の果実の中で一晩を過ごした。
一昨年は、氷河を歩いて、永の眠りに付いた太古の花を見に行った。
その前の年は、四日かけて世界中の夜を観測しに行った。
さらに前の年には月の裏側でクレーターを使ったワッフル作り、
ドラキュラの杭を求めてルーマニアに行ったこともある。
ヴェネチアの水を集めてエジプトに雨を降らしたり、
ダイアモンドと瑠璃を燃やして蒼ざめたマフィンを作ったこともある。
初雪となるはずだった雲を全部アイスクリームに変えたこともあるし、
ジェリービーンズからカラフルなうさぎを作り出してもらったこともある。
世界中を転々としているから、行ったことのない場所はない。
そう、彼と一緒にいればどこまででも行くことが出来た。
わたしは、万能の力に守られていた。
385
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:56:52 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ( と一緒に行きたいところ)
行ったことのないところ。
考えては浮かんだ案を却下し、また考えてを繰り返した末に、
ζ(゚、゚*ζ「あ、」
あった。
ひとつ、未だに行ったことのない場所。
海。
どこまでも青く、空と海の境すらもあやふやな海。
その中でもうんと暗い、
ζ(゚ー゚*ζ「深海へ!」
叫んだ途端、空があることに気付いた。
黒い、黒い、吸い込まれるような黒い空。
しっとりと纏わりつく海水は、しんと冷えている。
ζ(゚ー゚*ζ「わぁ……」
下を見れば、海底はすぐそこへと近付いていた。
そぞろと黒い影が蠢き、よく見るとそれは巨大なダンゴムシに似ていた。
(´・ω・`)「オオグソクムシ、海底の掃除人さ」
優雅に着地した の足元から、堆積した白い雪は、ふわりと舞い上がる。
(´・ω・`)「おいで」
ふふりと笑う彼は、未だに彷徨うわたしを捉えてくれた。
386
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:57:51 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「はぐれたらどうしようかと思った」
(´・ω・`)「そんな目に遭わせるわけないだろう」
ζ(゚ー゚*ζ(馬鹿なことを言ってしまった気がする)
急に恥ずかしくなり、わたしは辺りを見渡した。
深海には、際限なく闇が広がっていた。
それなのに、頭上からラベンダー色の明かりが灯されていた。
見ると、彼は頭上に向かって何かをばら撒いていた。
金粉、それも粉砂糖のように細かいものに見えた。
ζ(゚ー゚*ζ「なあに、それ」
(´・ω・`)「リンさ」
ζ(゚ー゚*ζ「リン?」
(´・ω・`)「この辺りの深海にはリンや硫黄を食用とする生き物が多い」
指差した先には、月面のようなクレーター。
よくよく目を凝らしてみると、そこから水が噴き出しているらしかった。
387
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:58:56 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「あれは硫黄泉。温度が六百度もある」
ζ(゚ー゚*ζ「熱いのね!」
(´・ω・`)「地下深くから噴き上がる時に膨大な摩擦が掛かる。
だから熱泉となって湧きだすんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、噴き出してるところにはフジツボみたいなのがいるけど」
(´・ω・`)「あれにとってはあそこが過ごしやすい場所なんだ。
科学では未だにあれを地上に連れ出すことは出来ない」
ζ(゚ー゚*ζ「魔法では?」
(´・ω・`)「まぁ、やろうと思えば出来るだろうね」
自信たっぷりに言う は、なんだか子供のようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「それで、リンを撒いたらどうなるの?」
(´・ω・`)「そのうち分かるよ」
そう言って、ショボンは地底を蹴り出した。
沈みつつあったマリンスノーは、再び舞い上がる様を見て、
いつかに貰ったクリスマスプレゼントを思い出した。
雪だるまの入った、スノーグローブだ。
背景にはサンタクロースが煙突へと入る場面が描かれていて、
毎年冬になると飾るのが習慣となっていた。
388
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:59:57 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「あ、」
粉雪は、みるみるうちにテーブルを作り出した。
マジパンで作ったウェディングケーキみたいな、真っ白なテーブルだ。
整った円形に変じたその端からは、サラサラと滝がこぼれていく。
ただしよく見ると、それは細かなレースの柄を編んでいた。
スミレ、勿忘草、バラに、チューリップ、それからポピー。
どれも素敵な花ばかり。
(´・ω・`)「座りなさいな」
柔らかな声が指す方向には、いつの間にやらソファーが出来上がっていた。
深海色のベルベットが張られたクッションは、優しく体を受け止めてくれた。
ζ(゚ー゚*ζ「宇宙にいるみたい」
まるっきり体重が消え去ったような気分で、思わず肘置きへとしがみつく。
(´・ω・`)「水中だからね」
至極当然な答えに、やはり気恥ずかしくなった。
ζ(゚ー゚*ζ(そうだ、水の中に入ると体が軽いんだ)
(´・ω・`)「心配しなくても、君が思い切りジャンプでも
しない限りは何処にも行かないよ」
見透かしたように、 は微笑んだ。
389
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:01:37 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあもし、何処か遠くで、たしが
迷ってしまっても迎えに来てくれる?」
意地悪く返すと、 は頷いた。
(´・ω・`)「何処にいても、迎えに行くよ」
答える指は、とんとんとテーブルを叩く。
その魔法は、
ζ(゚ー゚*ζ「お茶会!」
(´・ω・`)「正解」
柔く微笑む彼を遮るように、あちらこちらからお菓子が降ってくる。
牡蠣殻の形をしたマドレーヌ。
青いジェリーの海。
その中で泳ぐクジラのエクレア。
薄い玻璃のような飴細工を纏ったヤドカリのタルト。
ヒトデそっくりの巨大なクッキー。
かわいいウツボのロールケーキ。
巻き貝の形をしたティーセット。
ζ(゚ヮ゚*ζ「すごい、すごい、すごーい!」
声をあげてはしゃぐわたしに、彼は目を細めた。
390
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:02:21 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「喜んでくれて何よりだよ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「だって、素敵だもの!」
薄地のティーカップの中では、レモンのスライスがぷかぷかと浮かんでいる。
口にすると、爽やかな甘みと紅茶の香りがふんわり広がった。
わたしの入れたものとは大違いだった。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしーい」
ついでにマドレーヌへと手を伸ばす。
しっとりふあふあとしたそれは、薄く塩がきかせてあった。
ζ(゚ー゚*ζ「全部おいしいよう……」
(´・ω・`)「まだまだたくさんあるから、ゆっくり食べなさい」
そう言う だって、タルトとロールケーキを交互に頬張っていた。
ζ(゚ー゚*ζ(幸せだなあ)
しんと静まり返った深海の底、わたしと の声だけが響く。
二人きりの世界。
それを見守るように、淡い光が降り注ぐ。
391
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:04:00 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(そういえば、この光源は何かしら)
見上げると、小さな瓜型のクラゲが漂っていた。
ζ(゚ヮ゚*ζ「光ってる!」
ランタンのような光がちろちろと、右往左往している。
(´・ω・`)「さっき撒いたリンに寄って来ているんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「それを餌にしているの?」
問いかけに、 は頷いた。
(´・ω・`)「正確にいうと、リンを餌とする微生物があの中に住んでいる」
ζ(゚ー゚*ζ「クラゲが餌にしているわけではないの?」
(´・ω・`)「クラゲにとっては毒だね」
ζ(゚ー゚*ζ「でも死なないの?」
(´・ω・`)「クラゲはプランクトンを食べて、糞として酸素を作り出す」
ζ(゚ー゚*ζ「酸素が糞なの?」
(´・ω・`)「ほんの少しは生きるために必要だけど、
殆どの酸素はクラゲにとって毒なんだ」
392
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:05:36 ID:PogJdj520
ご覧、と彼は燃える炎を指し示す。
(´・ω・`)「リンを取り込んだ微生物は、クラゲの
毒となる酸素と反応を起こして炎を生み出す。
すると酸素はリンと結合して、リン酸へと生まれ変わる」
ζ(゚ー゚*ζ「……むつかしいよ」
(´・ω・`)「はは、ちょっと難しいか」
ζ(゚ー゚*ζ「だいぶむつかしい」
(´・ω・`)「要するに、クラゲには微生物も酸素もリンも必要なのさ」
そう言われて、やっとわたしは理解する。
ζ(゚ヮ゚*ζ「わたしにとっての みたいなものなんだね!」
(´・ω・`)「……まぁ、そういうものかな」
緩い微笑みと共に、彼はエクレアを摘んだ。
突然の出来事に驚いたクジラは、背中からクリームを吹き出した。
(´・ω・`)「……君のやりたい事は、見つかったかね」
その問い掛けに、わたしは頷いた。
393
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:07:29 ID:PogJdj520
ζ(゚ヮ゚*ζ「やっぱり、魔女になりたいの」
(´・ω・`)「やっぱり、か」
嬉しそうな、困ったような彼の笑みを見るたびに、わたしの胸は苦しくなる。
わたしは、 の役に立ちたかった。
助けてもらった恩もあるし、憧れもある。
魔法で人々の幸福を作り出す彼は、やっぱりかっこいい。
そう思うと同時に、心配もしていた。
だって彼はずっとひとりきりで、いつか擦り切れてしまうんじゃないかと感じていたから。
ζ(゚ー゚*ζ(だから、わたしはあなたの味方でありたいの)
わたしだけでも、彼を分かってあげなくちゃいけない。
助けてもらうばかりでは、いられない。
ζ(゚ー゚*ζ(もうお姫様は卒業するんだ)
わたしは、王子様を求めない。
もう十分に救われたはずだから。
わたしは、肉欲を求めない。
そんなものは、永遠から程遠いから。
わたしは、万人を愛したい。
それが彼の幸せに繋がるから。
わたしは、永遠を手に入れたい。
彼を支えるのは、わたしでありたい。
394
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:08:32 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ( )
密かに、名前を呼んで、
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、あなたの幸せを、願わずにいられないの」
たった一言、しかし込められた想いは他の追随を許さない。
じくじくと沁みるこの想いは、きっと誰にも真似しようがない。
わたしだけの愛。
(´・ω・`)「……僕のことを考えなくても、いいんだよ」
呪いを解くように、彼は呟いた。
わたしは首を振る。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの幸せが、わたしの幸せだから」
(´・ω・`)「デレ……」
ζ(゚ー゚*ζ「勉強だって、たくさんするから」
だから、
ζ(゚ー゚*ζ「どうかわたしを、魔女にして」
今度はわたしが、あなたを救うんだ。
395
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:09:14 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……今月の終わりに、」
長い長い、永遠にも続く沈黙を破ったのは、 からだった。
(´・ω・`)「ブロッケン山へ行こう」
その言葉を耳にしたわたしは、鳥肌が立つ。
ζ(゚ー゚*ζ「それって……!」
わたしの想像を肯定するように、 は頷いた。
(´・ω・`)「ヴァルプルギスの夜だ」
灰を被ったような瞳が、きらと光った。
(´・ω・`)「それで君の幸せになるのなら、力を貸そ、おっと!」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ありがとう!」
力いっぱい、 を抱き締める。
ζ(゚ヮ゚*ζ(嬉しい、嬉しい、嬉しい!)
これはあくまでも、スタートラインに立っただけ。
そうだと分かっていても、やはり嬉しいことに変わりない。
396
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:09:56 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……まさか、ここまで喜んでくれるとは」
ζ(゚ヮ゚*ζ「だって今、人生で一番嬉しいんだもの!」
(´・ω・`)「分かった、分かった」
嬉しそうに、彼はわたしの頭を撫でた。
そのせいで、きっとまた髪の毛はふちゃむちゃになってしまったことだろう。
だけどそんなことは些細だ。
ζ(゚ヮ゚*ζ(やっと、あなたの役に立てる……!)
使命を胸に秘め、わたしはいつまでも彼に抱きついていた。
397
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:10:43 ID:PogJdj520
ヴァルプルギスの夜までの約一ヶ月間は、飛ぶように過ぎていった。
なんたって覚えなきゃいけないことは沢山ある。
先輩魔女やそれに仕えている使い魔に対する挨拶とマナー。
通過儀礼の予習と復習。
それから、
ζ(゚、゚*ζ「ふっ……おお……!」
(´・ω・`)「ああ、そんなに力んじゃうと」
ζ(>、<*ζ「あいたっ!」
(´・ω・`)「ひっくり返るよ……って、遅かったな」
箒を使って空を飛ぶ練習。
いかにも魔女です、という魔法だけれども、これが一番難しかった。
ζ(゚、゚*ζ「よい、しょっ!」
穂先へとしがみつき、地面を蹴り上げる。
よろよろと心許ない浮遊力で、わたしを持ち上げる箒。
ちなみに絵画やフィクションでは、穂を後ろにして
魔女は空を飛ぶが、現実では逆だ。
ホビーホースよろしく穂先を頭に見立てて空を飛ぶのが、正式なやり方で、
ζ(>、<*ζ「あふぇっ!」
……飛べるはずだった。
398
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:11:27 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「だからね、あんまり穂先を上げるとひっくり返っちゃうんだよ」
ζ(゚、゚;ζ「ううう……」
(´・ω・`)「うーん……。
ブロッケン山の近くまで転移して飛んでも、夜が明けてしまいそうだな」
ζ(゚、゚;ζ「間に合わないじゃない!」
(´・ω・`)「そう、間に合わない」
したたかに打ち付けた頭を撫でながら、彼はため息を吐いた。
(´・ω・`)「……来年にする?」
ζ(゚、゚*ζ「が、頑張ります……!」
もう一度立ち上がったわたしを見て、
(´・ω・`)「うんうん、僕は見守ってるからね」
彼は優しく微笑んだ。
それからは毎日のように練習して、なんとか長距離移動が可能になった。
……と言っても の魔法で、ブロッケン山の麓まで
転移したらやっと辿り着けるという程度だ。
おまけに箒の方も、ちっとも言うことを聞いてくれないから、
から灰色のリボンを付けてもらう羽目になった。
399
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:12:19 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(補助輪付きの自転車に乗ってるみたい)
轡の役割を果たしているそれをしっかと握りつつ、わたしは苦い思いに浸っていた。
(´・c_・`)「そんな顔しないの」
微笑ましく笑っているチビの男は、 その人である。
まん丸のお月様にちいちゃなトリュフみたいな黒い鼻が付いていて、
甘やかに透った声も、今日だけは信じられないくらいのダミ声になっている。
つまり、ちっとも には見えない見た目をしていた。
どうしてこんな変装をするのかというと、彼は困ったようにこう言った。
(´・c_・`)「他の魔女には好かれていないからさ」
せっかくの祭に水を差すのも悪いだろう、と彼なりに気を使ってのことらしい。
ζ(゚、゚*ζ(いつものかっこいい がよかったのに!)
きっと彼の実力をやっかんでいる連中がいるのだろう。
そんな矮小な連中に、優しい彼は気を使っているのだ。
ζ(゚、゚*ζ(なんて嫌な奴ら)
密かに憤るわたしを乗せ、少しずつ箒は山頂へと近付いていく。
400
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:13:38 ID:PogJdj520
ブロッケン山。
ドイツ中部に位置する、魔女の総本山。
一年のほとんどは雪と霧で覆われている、不可視の山。
四月最後の晩から五月の明け方に掛けて、ヴァルプルギスの夜は行われる。
今では観光用に人間が出入りしているらしいが、本物の魔女と出会う事は出来ない。
全世界より集った魔女は、霧によって神秘を守る。
修行中の魔女も、その場へ辿り着くことは出来ない。
師匠に認められた者だけが、招かれることで初めて立ち入ることが出来る。
ζ(゚ー゚*ζ(ワクワクしないわけがないよね……!)
そう思う一方で、わたしは必死に の後を追う。
凍てつくような霧の中、見失ってしまったが最後、
来年まで機を逃すことになる。
いわばこれが、見習い魔女にとって最後の試練であった。
ζ(゚ー゚*ζ「!」
霧の中に、人影が見えた気がした。
じろと不躾に、
ζ(゚ー゚*ζ(いや、品定めをされているのはこっち……)
たら、と冷や汗が背中を伝う。
401
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:14:20 ID:PogJdj520
生命が終わりを迎える眠りの季節、冬。
太陽を取り戻し、芽吹きの到来を告げる季節、春。
死と生の境が最も薄くなるのが今宵、ヴァルプルギスの夜。
魔を呼び、霊を呼び、人にすり替わろうと画策する夜。
こちらへと近付いて来るのは、死者の魂だけではない。
志半ばで倒れ臥し、己が存在価値を見失った魔女は、透明な死へと誘われる。
生きながらにして透明にされてしまった魔女の行く末は、記録されていない。
いや、記録が消されてしまう。
深く愛されようが、信仰を集めていようが、
透明にされた魔女の痕跡は、跡形もなく消えてしまう。
知識をばら撒き、他人の見識を深めるきっかけを与える。
それが魔女にとって生涯を掛けた大仕事となる。
つまり、その仕事の成果を台無しにしてしまうのが透明な死である。
ζ(゚ー゚*ζ(冷え冷えとした視線を感じるわ)
透明になった魔女が、再度形を得ようともがく今。
灰色のリボンを抱くように、わたしは を追いかける。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女になる)
ただ一つの願いを、
ζ(゚ー゚*ζ「魔女に、なる」
口にして、
ζ(゚ー゚*ζ「 を救う、魔女になる!」
402
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:16:12 ID:PogJdj520
まろび出ては消え行く何者か達。
彼らの間を潜り抜けた途端、視界に広がったのは
虹色のフレアを描く巨大な篝火だった。
追っていた背中が急降下して行くのが見えた。
ζ(゚、゚*ζ「おっとっと」
慌てて後を追うと、禿山のように見えていたそれが、魔女の集団である事に気が付いた。
ζ(゚ヮ゚*ζ「わぁ……」
山羊そっくりの魔女に、鸚鵡のような鼻を持つ魔女、
梯子のように背の高い魔女に、和装姿の魔女。
見ているだけで飲み込まれてしまいそうな、魔力の渦。
(´・c_・`)「ああ、よかった」
箒を片手に、彼が歩いてくるのが見えた。
(´・c_・`)「振り向いたらいないから、置いてきてしまったのかと」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、大丈夫!」
(´・c_・`)「最初に比べたら随分上達したね」
ぽすぽす、と背中を叩かれるわたしは、
ζ(゚、゚*ζ(まるで馬のように扱われてるわ)
と思っていた。
403
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:17:16 ID:PogJdj520
(´・c_・`)「休んでいる暇はないよ」
と指差す方向には、櫓が建っている。
ζ(゚ー゚*ζ「通過儀礼ね?」
確認するように目を走らせると、彼は頷いた。
(´・c_・`)「僕はあそこへ行くことが出来ないから、ここで待っているよ」
ζ(゚ー゚*ζ「行ってきます」
手を振りながら、わたしは再び空へと舞い上がる。
もう、最初の頃のようにずり落ちることはなかった。
404
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:18:53 ID:PogJdj520
毎年ブナの木を切り出して建てられる櫓、メイポール。
そこに立ち入ることができるのは、篝火を管理する魔女と、
これから通過儀礼を受ける見習いの魔女のみ。
ζ(゚ー゚*ζ(一生に一度しか見ることの出来ない風景)
順番を待ちながら、篝火を見下ろした。
ζ(゚ー゚*ζ( も、わたしみたいにドキドキしたのかな)
ふと、疑問が湧き立った。
こう見えても長生きしていて、若く見せているのは努力によるものだと
常々彼は語っているけれど、一体果たして実年齢は何歳なのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ(わたしが子供の頃からずっと容姿が変わっていないもの)
そんなわたしも、年を正確に数えてはいない。
お酒を飲める年齢には達した、とは思う。
ζ(゚、゚*ζ(ま、いっか)
名前を呼ばれたわたしは、思考を中断する。
とうとう、順番が回ってきた。
405
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:19:33 ID:PogJdj520
*(‘‘)*「さ、どうぞです」
年端もいかない魔女が差し出すのは、サンザシの枝。
白い花は瑞々しく咲いている傍で、銀の針のごとく伸びている棘。
そこへと指を伸ばし、ぷつ、と肉を喰ませる。
ζ(゚、゚*ζ「いたた」
指先に浮かぶ赤い血は、艶めくサンザシの実のようだ。
*(‘‘)*「次は、この札に判を押すのです」
差し出された紙は、二センチ四方の小さなもので、
三行三列のマスに区切られている。
左上から順に、それぞれ一から九までの数字が描かれていた。
ひょう、ひょう、
と吹く寒風に攫われないよう、指先に貼り付ける。
じわ、と滲む血を吸い上げて、紙は数式を成長させていく。
一は十へと置き替わり、四は零へと数が減った。
五と六はそれぞれ七と八に入れ替わり、右下のマスには四を得た。
出鱈目な魔方陣。
しかし、それは人間の道理から見た場合での無意味。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女に、なる)
強く念じ、わたしは紙を飲み込んだ。
味は、何もしない。
血の味すらも感じない。
紙を飲み込むのだから、喉に違和感があるのかと思えば、それすらも虚無だった。
ほんの一瞬、世界が止まったような気がした。
聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚。
全てを失い、忽ちに引き戻される感覚。
鋭敏に研ぎ澄まされた本能。
*(‘‘)*「さあ」
さあ、さあ、さあ、さあ、
見守っている魔女の声が、何重にも重なる。
耳の奥に洞が出来て、うわんと畝るような気持ち。
ふら、と一歩を踏み出した。
406
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:20:20 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「汝、会得せよ」
唱和。
ζ(゚ー゚*ζ「一を十と成せ」
誰の声と特定することのできない、
絶対的な魔女の声。
ζ(゚ー゚*ζ「二を去るに任せよ」
聞き覚えがあった。
ζ(゚ー゚*ζ「三をただちに作れ」
聞き覚えがなかった。
.
407
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:22:15 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「しからば汝は富まん」
ただひたすらに、わたしを包み込む。
ζ(゚ー゚*ζ「四は捨てよ」
わたしを取り込まんとするその声を、
ζ(゚ー゚*ζ「五と六より、」
わたしは唱う。
ζ(゚ー゚*ζ「七と八を生め」
櫓から篝火が見える。
.
408
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:23:48 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「かく魔女は説く」
そこには透明な澱が存在していた。
ζ(゚ー゚*ζ「かくて成さん」
不可視の彼岸が見えていた。
ζ(゚ー゚*ζ「すなわち九は一にして、」
溢れんばかりに満ちている、悪魔の気配。
ζ(゚ー゚*ζ「十は無なり」
生者と死者の境界は限りなく薄くなる。
.
409
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:24:34 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「これを」
わたしは、
ζ(゚ー゚*ζ「魔女の」
落ちる。
ζ( ー *ζ「九九と」
炎へ。
ζ( ー *ζ「いう」
.
410
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:25:39 ID:PogJdj520
.
生と、
.
411
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:26:21 ID:PogJdj520
.
死の、
.
412
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:27:05 ID:PogJdj520
.
境界を、
.
413
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:27:47 ID:PogJdj520
.
超えて。
.
414
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:29:13 ID:PogJdj520
わたしに体と呼べるものは存在しなかった。
そこはひたすらにあたたかく、
死者の行くすえとは思えないほどにさいわいでした。
げん未にも、これほどの救いがあれば、あのひとは決して飢えることがないのでしょう。
撹はんされゆく意しきを集め、わたしはふり向く。
ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、私」
ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、わたし」
ζ(゚ー゚*ζ「初めまして、私」
ζ(゚ー゚*ζ「初めましてでもないわ、わたし」
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、どうしようもないくらいに初めましてなの」
ころころと、わたしは笑う。
ζ(゚ー゚*ζ「私がそう言うのなら、わたしはそうなのかもしれないわ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、そう、わたしは私と初めて出会ったの」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしが誰だか分かる?」
ζ(゚ー゚*ζ「私が誰だか分かる?」
うなずきながらも、むねは不あんでいっぱいでした。
415
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:29:58 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「私は魔女のわたしよ」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは人間の私よ」
ζ(゚ー゚*ζ「なあんだ」
安しんしたような、えがお。
ζ(゚ー゚*ζ「こんなにもかん単な境かいだったのね」
たぐり寄せるように、のびる私の手をわたしはにぎる。
ζ(゚ー゚*ζ「どうか、私のことを忘れないでね」
ζ(゚ー゚*ζ「どうか、わたしのことを忘れないでね」
きゅ、と握る手は、ぱちんと弾けた。
ζ(゚、゚*ζ「あ、」
不安なわたしを、私はそっと見つめ返す。
416
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:30:50 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら、わたし」
ζ(゚、゚*ζ「さようなら、私」
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら、泡の魔女」
ζ(゚、゚*ζ「さようなら」
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら」
さようなら、さようなら、
惜しむことなく別れの言葉を口にして、私はぱちりぱちりと消えていく。
それはシャボン玉であり、
泡沫の夢であり、
清潔さを保った聖域にして、
いつか夢見た青い海、
永遠に得られることのない、ひと時の安寧。
417
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:31:32 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、そんなもので出来ている」
それが、わたしのエフェクト。
わたしだけの、魔法。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女に、なれた)
じんわりと胸に広がる感慨に水を差したのは、
ζ(゚ー゚*ζ「ひぇ?」
豪速球よろしく打ち上げられたからだ。
ζ(゚、゚;*ζ「びぇえええええええああいいいいああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
まるで篝火がくしゃみをしたかのような勢いで、わたしは空へと吹っ飛んだ。
間延びする悲鳴は、はたして に届いたのか。
ζ(;、;*ζ「ひぃーん……」
多分、届いていなかった。
天高く打ち上げられた後は、ただ慣性に従うのみ。
幸か不幸か、わたしは木に引っかかった。
ζ(゚、゚;*ζ「こんなの、あんまりだよぉ……」
恐怖で竦んだ身をよじろうにも、迂闊に動けば真っ逆さまに落ちてしまう気がした。
はてどうしたものかと考えていた時だった。
418
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:32:45 ID:PogJdj520
「おーい、大丈夫かー?」
快活そうな声が、下から響いた。
ζ(゚、゚;*ζ「た、助けてくださぁい……」
目一杯に叫ぶと、
「ちょーっと待ってなー」
間延びした声の後、鮮やかな赤が炸裂した。
ぐんぐんと距離を縮めてくるもの。
それは、巨大な躑躅の花弁だった。
从 ゚∀从「無事かー?」
燃えるような赤の中心に座す魔女は、ぺたぺたとわたしに触れてきた。
从 ゚∀从「ん、怪我はなさそうだな」
に、と笑う顔は、見ているこっちも元気になれるようなエネルギーがあった。
ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさい……」
从 ゚∀从「ヘーキヘーキ、年に一人か二人はすっ飛ぶ奴が出るんだよ」
どうにも出来ずにいるわたしを、しっかと抱きかかえてくれる彼女は、
背中をよしよしと撫でてくる。
なんだか自分の未熟さを突きつけられたような気になって、居心地が悪くなった。
419
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:33:45 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「でも、すげーんだぜ」
ζ(゚、゚*ζ「な、なにが?」
躑躅の花弁は、柔らかくわたしを受け入れてくれた。
漏斗状のそれは、ゆるくゆるく、散るように地上へと近付いていく。
从 ゚∀从「ぶっ飛ばされた距離が高ければ高いほど、
イイ魔女になるって師匠が言ってた」
ζ(゚、゚*ζ「へー……」
予め教えられた知識と照らし合わせるも、記憶にはない。
つまりは初耳であった。
从 ゚∀从「知らなかった?」
気遣うような声音に、わたしは頷く。
地上はもうすぐそこまで迫っていた。
从 ゚∀从「んじゃ、篝火の中にたくさん悪魔いるってことは?」
それは、知っている。
死後の世界、透明な澱をこちらへと惹き付けるのがあの篝火で、
見習いの魔女はそこへ飛び込むことで擬似的な死を体験する。
エフェクトを手にした後、魔女は復活を遂げ、
生と死の境を越えた存在となる。
420
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:36:08 ID:PogJdj520
だから、魔女に寿命はない。
探究心が続く限り、あるいは人間に戻ったり、害されない限り、死ぬ事はない。
に教わった知識を話すと、先輩の魔女はうんうんと頷いた。
从 ゚∀从「あんた、名前は何て言うのさ?」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、」
ただ名前を言おうとして、
ζ(゚ー゚*ζ「泡の魔女」
するりと差し込まれた言葉に、わたしは驚いた。
从 ゚∀从「泡の魔女、かあ」
頷きながら、思わず唇を触る。
ひとりでに動いたそこは、普段通りふっくらと澄ましていた。
ζ(゚ー゚*ζ「……泡の魔女の、デレ」
誤魔化すように呟くと、微笑ましい視線が降ってきた。
从 ゚∀从「アタシは躑躅の魔女、ハイン」
よろしく、と差し出された手を、わたしは控えめに握り返す。
こんな寒空の下だというのに、ハインの手はとても温かかった。
421
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:37:14 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「アタシも二年前に魔女になったばっかりの新米なんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ!?」
从 ゚∀从「新米同士、仲良くやろうじゃん」
ねーっ、と彼女はわたしの両手を包む。
それにどう答えれば良かったのか、わたしは分からなかった。
从 ゚∀从「もーちょいで着くから、待ってろよ」
気付くと、あんなにも近くに見えた星々は遥か頭上の高みにある。
下を見れば、一人の男が手を振っていた。
从 ゚∀从「到着っ!」
飛び降りるハインの後に続くと、
ミセ*゚ー゚)リ「無事?」
と、ハインに問い掛ける彼も魔女らしい。
石の礫を二、三個、ランタンがわりに光らせていて、それがとても美しかった。
頷くハインは、わたしを抱き寄せた。
422
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:38:29 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「さっき引っかかってたの、この子だった!」
ミセ*゚ー゚)リ「へえ、見たことのない顔だね」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、泡の魔女、デレです……」
じろじろと遠慮なしに見る彼の瞳は榛色で、凛とした知性を感じさせ、
上質なビロードを思わせるブロンドの髪は、神経質かつ
執拗なまでにかっちりと撫で付けてあった。
ミセ*゚ー゚)リ「いいエフェクトだね」
角を無理やり削いだような声に、すっと切れ込みを入れたような目付き。
それが笑顔だと気付くのには、少し時間がかかった。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたは?」
差し出された手を掴むと、悴んだ手でもわかるほどに、芯まで冷えていた。
ハインとは色々な意味で真逆の属性を持つ、不思議な魔女。
それが、彼に対する第一印象だった。
ミセ*゚ー゚)リ「石の魔女、ミセリだ」
从 ゚∀从「アタシの弟弟子なんだよ!」
ミセ*゚ー゚)リ「三ヶ月しか違わないだろ」
从 ゚∀从「先ったら先だよ」
423
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:39:31 ID:PogJdj520
やいのやいのと繰り広げられるやり取りに、わたしはすっかり置き去りにされていた。
ポカンとそのまま観察していたら、ミセリは申し訳なさそうな顔をした。
ミセ*゚ー゚)リ「悪い、いつもの癖なんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「仲がいいんですねえ」
ミセ*゚ー゚)リ「そんなには」
从 ゚∀从「おい」
ミセ*゚ー゚)リ「普通だよ、普通」
謙遜したような物言いは、少しの道化を含んでいて、
ζ(゚ー゚*ζ(何故かしら)
それが無性に、羨ましく思えた。
ζ(゚ー゚*ζ「二人は同じお師匠さんの元で習っているの?」
湧き上がる疑問符を振り落とし、月並みな質問を投げかける。
揃って肯定を示した二人は、口々に話し出す。
424
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:40:48 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「こう見えて、生まれも育ちも日本なんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「僕もハインも、ね」
从 ゚∀从「家の近所にアトリエがあって、そこで初めて魔法に触れたんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「うっかり盗み見たようなものだから、こっぴどく叱られたけれど」
从 ゚∀从「でもそれがすごく綺麗だったから、
魔女になりたいってつい言っちゃってさ」
ミセ*゚ー゚)リ「あの時は肝を冷やしたよ」
从 ゚∀从「薄情なことに、こいつだけ先に逃げちゃったんだぜ!」
ミセ*゚ー゚)リ「あーあ、もう。そんなこと蒸し返さなくていいじゃないか」
从 ゚∀从「ちょっとした与太話だよ」
ミセ*゚ー゚)リ「恥ずかしいじゃないか」
从 ゚∀从「悪かったってば」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふ」
コミカルなやり取りに、思わず笑いが漏れた。
425
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:41:57 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり仲良しじゃない」
ミセ*゚ー゚)リ「よく言われるけど、腐れ縁なだけさ」
从 ゚∀从「ほんとそれ」
ケタケタと笑うハインに釣られて、わたしも笑った。
一方で、
ζ(゚ー゚*ζ( を探しに行かなくちゃ)
とも考えていた。
けれども、去るには少し惜しいとも思っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「二人はまだ、師匠さんのところにいるの?」
从 ゚∀从「うん、普段は師匠のお店の手伝いをしてるんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「修行時代も込みで考えると……十年は住み込みでいるのかな」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ八年も修行したの!?」
思わず大きな声で叫ぶと、ミセリは不思議そうな顔をした。
426
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:43:29 ID:PogJdj520
ミセ*゚ー゚)リ「普通、下積みっていうとそれくらいの時間は掛かるけど」
从 ゚∀从「デレはどのくらい修行したんだ?」
ζ(゚ー゚*ζ「ええっと……」
しまった、という思いが強く苛んでいた。
とは数えきれないほど多くの年月を過ごしては来たけれど、
みっちりと魔法を教わったのは、ここ一ヶ月での話だ。
それも基礎中の基礎だよ、と彼は言っていた。
八年の修行期間が平均的ともなれば、わたしはさっぱり勉強していないことになる。
そんな状態で魔女になったと知れた日には、一体どうなってしまうのか。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女にも法律はあるのかしら……)
そんな初歩的なことも、この時のわたしは知らなかった。
从 ゚∀从「アンタの師匠ってどんな人なの?」
一向に答えないわたしに気を利かせてか、それとも追い詰めるためか。
ハインは核心へと触れてきた。
ζ(゚ー゚*ζ「全然、大した人じゃないよ……」
ミセ*゚ー゚)リ「それなら、僕たちの師匠だって無名に近い魔女だよ」
思いのほか小さく出た言葉を、ミセリは逃がさない。
少しずつ、少しずつ退路は埋められつつあった。
427
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:44:35 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「ねえ、教えてよ」
ぽとり、ハインの手から躑躅の花が落ちた。
真っ赤な、舌の色をした躑躅。
視認した瞬間、わたしの舌は無意識に動いた。
ζ( ー *ζ「灰色、」
从 ゚∀从「……えっ?」
ζ( ー *ζ「灰色の、魔女」
とうとう吐き出した瞬間、わたしは妙に気持ちがよかった。
ミセ*;゚ー゚)リ「灰色の……!?」
呆然と呟くミセリに、わたしはすっかり気を良くしていた。
ζ( ー *ζ「そう、灰色の魔女。 よ」
あれほど口にしてはならないと厳重に含めていたのに、
どうして話してしまったのだろう。
目の前の二人は、凍ったように動かないのに、
それを驚きによるものだとわたしは勘違いしていた。
けれども暖かな人柄を滲ませていたその瞳は、
徐々に疑惑の色へと変じていった。
从; ゚∀从「……本当に?」
信じられない、という音の滲んだ声だった。
428
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:46:06 ID:PogJdj520
ミセ*;゚ー゚)リ「あの魔女が弟子を取ったという話は聞いたことがない」
ζ(゚ー゚*ζ「他の魔女と交流していないから、仕方ないよね」
冗談めいたわたしの言葉に、ミセリは口を開く。
ミセ*゚ー゚)リ「……じゃあ、自分の師匠がどう言われてるのかも分かってないんだな?」
威圧を含んだ言葉に、思わず首を傾げる。
知っている。
本当は、知っている。
どうせあの人が救った人間のような言葉を向けるって。
だけど、相手の言い分も聞いてみようじゃない、って。
ζ(゚ー゚*ζ「なぁんにも知らないわ」
それは、確認を込めての挑発だった。
从 ゚∀从「……デレ、アタシの師匠に会ってみない?」
すり替えるように、ハインは口を開く。
从 ゚∀从「きっと今からでも遅くないから、」
ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、今は の話をしているのよ?」
429
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:47:07 ID:PogJdj520
苛立った声で話の先を促すと、
ミセ*゚ー゚)リ「狂気の灰被り」
侮蔑を含んだ声が、鼓膜を揺らす。
ζ(゚ー゚*ζ「……なんて言ったの、今?」
从 -∀从「……救済と称して弱っている人間の心に漬け込み、跡形もなく食い尽くす。
自分の手腕を見せつけるために奇跡をばら撒く詐欺師」
ミセ*゚ー゚)リ「甘い言葉に耳を貸したが最後、待っているのは身の破滅。
万人を愛する自分を愛する為に万人から愛されたいと
願う魔女の片隅にも置けない男」
ζ( ヮ *ζ「……なに、それ」
ミセ*゚ー゚)リ「全部君のお師匠さんの話さ」
冷徹な笑みを浮かべ、ミセリは吐き捨てる。
ミセ*゚ー゚)リ「不名誉な話には事欠かない、狂気の灰被りのお弟子さん」
その蔑称が、優しくて暖かい魔法の数々を生み出すエフェクトから
由来しているのだと、気付いたわたしは怒りでどうにかなりそうだった。
ζ( ヮ *ζ「……嘘よ」
薄ら笑いを浮かべながら、弁護を紡ぐ。
430
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:48:07 ID:PogJdj520
ζ( ヮ *ζ「嘘、嘘、全部嘘。そんなのデタラメ」
从 ゚∀从「デレ、」
ζ( Д #*ζ「気安く呼ばないで!」
こちらへと伸ばされる手をはたき落とし、わたしは叫ぶ。
ζ( Д #*ζ「だって、わたしは彼に救われた!
誰も助けてくれなかったけど、彼だけがわたしを助けに来てくれた!」
ミセ*゚ー゚)リ「……君の過去は知らないから、君がそう言うのならきっとそうなのだろうね」
从; ゚∀从「けどさ、結局あいつは誰にも出来ないような手柄欲しさに魔女になったんだ」
ζ( Д #*ζ「そんなの、あんたたちから見た の姿でしょう!」
ずっと一緒に居たわけじゃないのに、どうして彼が悪だと言い切れるのか。
それは、一部分しか見ていないから。
彼がどれほどに献身を注いでいるのか。
無垢な祈りを拾わんとして耳を傾けているのか。
彼の愛を理解出来ずに立ち去った人間を、なおも許す姿を見ていないから。
ζ( Д #*ζ「あんた達は、見たいものしか見ていないんだ!!」
从 ゚∀从「……話は通じない、か」
諦観を含んだ嘆息に混じり、躑躅の嵐が吹き荒れる。
視界を塞ぐ色取り取りの躑躅。
腹が立つほどに匂い立つ甘露。
431
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:49:10 ID:PogJdj520
それに混じる、
ぱき、
という軽快な音。
ζ(゚ー゚*ζ「……え?」
寒々とした感触に、足元を見る。
石だった。
石の礫が、わたしの足を覆うように隊列を作っていた。
ζ(゚ー゚;*ζ「なっ、」
慌てて引き抜こうにも、足はびくとも動いてくれない。
神経がそこで遮断されてしまったような感覚に、わたしは戸惑うばかりだった。
ミセ*゚ー゚)リ「動いても無駄だ」
顔を上げると、そこに躑躅の魔女はいない。
石の魔女だけが、じっとわたしを見つめていた。
ζ(゚ー゚;*ζ「離してっ!」
ミセ*゚ー゚)リ「残念ながら、そういうわけにもいかなくなった」
気の毒そうな言葉とは裏腹に、石はぞろぞろとわたしの足を固めていく。
432
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:50:08 ID:PogJdj520
ζ( 、 ;*ζ「なんで、なんでこんなことするのっ?」
責めるような言葉に、魔女はただ一言、
ミセ*゚ー゚)リ「きっと君も、危険な魔女になる」
呟いた。
ミセ*゚ー゚)リ「魔女の仕事は知識の探求。際限のない好奇心は、時をも止める」
それはいつの日か、耳にしたような話。
知識は魔女にとっての金で、目には見えない財産だ。
多くの知恵を貯蓄した魔女には、加護が与えられる。
有益な情報を守らんとする、透明な掟だ。
知る事を止めない限り、その加護はどこまでも続いていく。
けれど、もしそれを悪用してしまったのなら。
ミセ*゚ー゚)リ「不老不死を手にしたも同然だよね」
悪事を働く不老不死の魔女なんて、誰の手にも負えない。
だからこそ魔女は正しくあるべきだとあの人は説いていた。
ミセ*゚ー゚)リ「富を独占することは許されていない。
富を分配し、さらに人生を豊かなものへと導くのが魔女の役目」
しかし、と魔女はわたしを睨む。
ミセ*゚ー゚)リ「中には毒で満たされた富を持つ者がいる。
それを貰い受けた者も、また毒を広めることになる」
433
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:51:08 ID:PogJdj520
言いたいことは分かるな、と言いたげな目に、
ζ( 、 ;*ζ「なに、それ」
と、掠れた声。
ζ( 、 ;*ζ(毒に塗れた富って、何)
あの人のしている事はいけない事なの?
世の中から不幸を摘み取ろうとすることは、罪になるの?
じゃあいい事って何?
悪い事って何?
ζ( 、 *ζ「間違ってない……」
ミセ*゚ー゚)リ「間違ってるよ」
己が正しさを信じる声が、その場に響く。
ミセ*゚ー゚)リ「全ての人間を救うなんて、そんなのできっこないんだよ。
何を不幸と見なすのか、絶対的な基準が存在しないのだから。
灰色の魔女のやっていることは、ただの独善さ」
ζ( 、 *ζ「……そう、かもね」
ミセ*゚ー゚)リ「ほら、君もそれに感化されている」
確信を得た魔女は、勝ち誇ったように声を張る。
434
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:51:53 ID:PogJdj520
ζ( 、 *ζ「だけど」
と、わたしは自らの足を見つめる。
魔力によって波打つ石像は、今や太ももへと達しようとしている。
ζ( ヮ ;*ζ「わたしは、その独善で救われたんだ!」
破裂音。
太ももから、ぶくぶくと血の泡が噴き上がる。
ちかちかとする視界を掻き集め、わたしは絶叫した。
凍てついた土の上へと、体が崩れ落ちる。
太ももから先のパーツは、見当たらない。
石だけを破壊しようとしたのだが、やはり覆われた部分は手に負えなかったらしい。
ミセ*;゚ー゚)リ「なっ……!」
絶句する魔女は、慌てて手を伸ばす。
その顔に目掛けて、わたしは泡を展開する。
大きな泡を、一つの泡を、風船のように無限に広がりゆく泡を。
ミセ*° ゚"。)リ「っ、っ! っ!?」
泡は、皮膚をも巻き込み、膨らんでいく。
435
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:52:51 ID:PogJdj520
ζ( ヮ *ζ「ぁ、は、」
不意に込めていた魔力を、緩める。
支えを失った泡は、弛みを描き、自重に耐えきれず、
ヨセ*;"コぽ)リ「っっっア ゙ア ゙ア ゙ア ゙ア ゙ぁああああ!!!!!!」
弾けた。
のたうち回る相手に、美青年の面影はない。
从; ∀从「ミセリ!!」
遠くで、叫び声が聞こえた気がした。
それに続く、悲鳴の数々。
押し寄せる魔女の気配。
そこでようやく、躑躅の魔女がいなかった理由を察した。
ζ( ヮ *ζ(詰み、かな)
一人魔女を殺してしまったようだし、何よりわたしは危険な魔女の弟子らしい。
捕まれば、殺されてしまうだろう。
ζ( ヮ *ζ(それもいいかな)
とにかくもう、わたしは眠くて仕方がなくて、
「やっと見つけた」
意識を失う直前に、そんな声が聞こえた気がした。
436
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:54:07 ID:PogJdj520
瞼を開けようとして、二、三度瞬いた。
景色が目に馴染むまで、そんなに時間はかからなかったと思う。
それでも妙に孤独を感じ、
ζ(-、-*ζ「 ……?」
名前を呼んだ。
(´・ω・`)「ここだよ」
存外に早く、声は返ってきた。
手繰るように腕を伸ばすと、暖かな感触。
じん、と広がる温もりを噛み締めて、手を握られているんだと理解した。
(´・ω・`)「気が付いたんだね」
覗き込む彼に、ようやく焦点が合う。
(´・ω・`)「まったく、無茶をするんだから」
ζ(゚、゚*ζ「……ごめんなさい」
窘めるような言葉には、反射的に謝ってしまう。
実のところ何に対して注意を向けられているのか、
わたしはちっとも分かっていなかった。
437
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:55:46 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「名前を出すと、厄介なことになるって言ったよね」
ζ(゚、゚*ζ「はい」
ぐうの音も出ないほどの正論。
だけどやっぱり、あいつらの方が悪いんだという気持ちが湧き出てしまう。
(´・ω・`)「……痛いところはないかい?」
強張った声を途端に柔らかくして、わたしをじっと見つめる 。
少しも痛いところはない。
苦しいとも思わない。
なんの不自由を感じないから、とりあえず起き上がろうとして、
ζ(゚、゚*ζ「?」
力が、入らない。
戸惑うわたしの背に、ショボンの腕が差し込まれる。
(´・ω・`)「あの晩から、十日も意識を失っていたんだよ」
軽々と持ち上げて、枕の位置を調節する気配。
その間に、わたしは真新しくなった部屋を見回していた。
白い壁に、ロココ調のシャンデリア。
猫足の家具には、薔薇の意匠があしらわれている。
窓の外には、摘みたてのオレンジみたいな太陽が熱烈に降り注いでいた。
438
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:56:28 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「また引っ越したの?」
(´・ω・`)「家がバレると面倒だからね」
ブロッケン山から立ち去ってすぐ、どこか遠い所へと逃げて来たのだろう。
自分の起こした事態が、どれほどの迷惑と労力をかけて解決したのか。
推し量るわたしの心中は、申し訳なさでいっぱいだった。
ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさい……」
(´・ω・`)「大丈夫だよ」
ぎゅっと抱き締められると、幼い時分に戻ったような気になった。
このままずっとこうしていられたら、と思うわたしを
置き去りにして、ショボンは離れていく。
ふかふかの枕背もたれにしてわたしは座った。
そしてようやく、
ζ(゚、゚*ζ「あ」
太ももの先から、両足が消え失せている事に気が付いた。
ζ(゚ー゚*ζ(起き上がろうとしても、これじゃ力が入らないよね)
道理で、と冷静に納得するわたしに、後悔や怒りは芽生えない。
(´・ω・`)「魔法で治した方がいいよ」
ショックで言葉を失ったと思ったのか、 は優しく声を掛ける。
439
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:57:11 ID:PogJdj520
その言葉にわたしは意地悪く、
ζ(゚ー゚*ζ「 の魔法で?」
と、聞いてみたら、
ζ(>、<*ζ「あいたっ」
軽く小突かれて、思わず額を撫でる。
ζ(゚ー゚*ζ「なんでぇ……」
(´・ω・`)「君はもう一人前の魔女となった。
独自のエフェクトと魔力を手にしていながら、
それとは違う魔力を沢山注いだら、体が混乱するだろう」
ζ(゚ー゚*ζ「でもわたし、 の魔法がいい」
(´・ω・`)「どうして」
ζ(゚ー゚*ζ「だって独り立ちしたら、そう簡単に会いにいけないでしょう?」
言わんとしていることが、彼にはわかったらしい。
呆れたような目を向けて、それからしばらく目を閉じて思案しているのが分かった。
440
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:02:19 ID:PogJdj520
(´-ω-`)「……リハビリも大変だし、魔力が馴染むまで、
随分と苦しむことになるよ」
ζ(゚ー゚*ζ「それでも の魔法で、わたしは立ち上がりたいの」
(´・ω・`)「わがままなお姫様だね」
鋭利に割れたガラスのような言葉が、胸へと突き刺さる。
ζ(゚ヮ゚*ζ「……ごめんなさい」
謝罪を抉り出すも、彼の目には灰色の影がちらついていた。
わたしの体から、毛布が這いずり逃げていく。
淡いアイボリーのネグリジェからは、やはり太ももの一部しか見えない。
石化した両足は、今でもブロッケン山の頂上で立ち続けているのだろうか。
それとも粉々に壊されてしまったのだろうか。
ζ( ー *ζ(もしそのまま放置されているとしたら、すごく滑稽だ)
笑いそうになる口元を、慌てて制する。
わたしのために は、大いなる力を割いてくれている。
真剣な彼の祈りを、笑って受け止めるだなんて許されない。
(´・ω・`)「 、 」
透明な祈りを唱える の手から、無尽蔵に白い銀貨があふれ出す。
ざらざらとシーツの上へ落ちるそれらは、涼やかな音を奏でた。
その反響は枚数が増えるに従って、荘厳な響きを生み出していく。
441
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:03:30 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「 、 ……、 」
山になった銀貨を、 は左右に分ける。
さらに小高く積み上がったそれらを、今度は一直線に塗り広げていく。
カジノのディーラーを彷彿とさせる動きだった。
不在の足を描く銀貨は、隅々まで分配されていく。
(´・ω・`)「…… 、 」
口遊む祈りも、それに合わせて変化していく。
繊細にして熱のこもった呟きに、白銀貨は小刻みに震え出す。
熱い鉄板の上で、耐えきれずに踊り狂う様を幻視した。
一歩、二歩、と跳ねる一方で、少しずつ硬貨たちは溶ろけていく。
同時にピカピカと輝いていた白さは損なわれて、緑藻のような錆に苛まれていった。
どろどろに溶けた緑青は、失われた足を補完していく。
それは脛であり、膝であり、踝であり、
踵にして、
削げた肉を増し、仮初めの骨に、ぎゅうと接着せしめた。
鎧のような足を得たわたしは、未だ神経の通る気配を感じていなかった。
見ると、 の祈りはまだ終わっていない。
両手で挟むようにして、彼は太ももを軽く持ち上げた。
こそばゆいような感触のあと、掌は徐々に鉄へと滑らせていく。
じゅ、と肉の焼ける気配。
煙一つ上がっていないのに、ツンと鼻の奥で涙の流れる匂いがした。
ゆっくり、ゆっくりと足を撫でる彼。
その表情を思い出すことは出来ない。
ただ、わたしは泣いていた。
彼に触れてもらえたことが嬉しくて。
やはりわたしは彼に救われたのだと自覚して。
442
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:04:12 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……出来たよ」
気付けば、両足が鎮座していた。
一点の狂いもない、完璧な作りをした精巧な足。
その先には、
ζ(゚ー゚*ζ「靴……?」
(´・ω・`)「まあ、おまけのようなものだよ」
足をさする彼の温かさを、足は感じない。
夢のような心地で、 と青銅色の靴とを見比べた。
ζ(゚ー゚*ζ「……ありがとう」
両腕を広げれば、察したように が飛び込んでくる。
ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり、あなたは最高の魔女よ」
(´-ω-`)「……そう言ってくれるのは、君だけさ」
突き放すように、 は腕から抜け出した。
443
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:05:42 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「明日からはみっちりリハビリと魔法について
勉強してもらうから、覚悟しなさい」
ζ(゚、゚*ζ「えー!」
(´・ω・`)「せっかく僕と一緒にいるんだ、少しも時間を無駄にしないよ」
そうしてまた、乱暴にくちゃくちゃと頭を撫でられた。
でも、悪い気はしなかった。
彼との別れを先送りにしただけなのに、やっぱりわたしは嬉しかったのだ。
ζ(゚ー゚*ζ(それからは大変だったけどね)
とにかく休む暇なく、わたしは知識と訓練を詰め込まれた。
それでも楽しく過ごすことが出来たのは、 の采配のおかげだろうか。
ζ(゚ー゚*ζ(それとも、わたしが に甘いのかしら)
真偽は定かではない。
確かなのは、彼と過ごした四年間は飛ぶように過ぎていったということだけだ。
巣立ちは存外にあっさりとしたもので、わたしも二、三言葉を交わして彼の元を去った。
いつか来ると覚悟していた別れの日がたまたま
その日だったというだけで、当然といえばそれまでだった。
444
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:06:23 ID:PogJdj520
また思いがけないことに、 の魔力を込めて
作られた足と靴は、彼の居場所を知らせてくれるのだ。
近くにいればほんのりと赤く足は染まり、離れていても
会いたいと願い、靴を打ち付ければ、いつでも会いに行くことができた。
ζ(゚ー゚*ζ(まるでドロシーのよう!)
さしづめ彼はオズの魔法使いといったところか。
ζ(゚、゚*ζ(ああでも、それじゃあ彼はただのインチキ男になってしまうわ)
彼は間違いなく天才で、慈愛に満ちた魔女だ。
あんな臆病者のペテン師みたいなおじさんではない。
ζ(゚ー゚*ζ(そう、素敵な魔女よ)
だからわたしは、彼の幸福を望む。
わたしの幸福を望み、叶えてくれた彼だから。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしも、他人を救うの」
445
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:07:16 ID:PogJdj520
真理よ、おのれを呪うものを救えよかし 了
.
446
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:08:40 ID:PogJdj520
デレについての短編は次作にて完結します
が、書いていてどんどん設定が膨らんで来たのでまた視点の異なる番外を書くかもしれません
気長にお待ちください
447
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:10:54 ID:i4pT7IZI0
お疲れ様です。デレが魔女になるとこで魔女の九九が出てきたのにグッと来た
448
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 22:49:46 ID:bZeSi77c0
お疲れ様です。すごく面白かった。
前回と会わせて読むと、デレがショボンに執着している理由がよく分かる。
続き楽しみに待ってます。
449
:
名も無きAAのようです
:2017/10/12(木) 21:49:56 ID:bCL0o9Fs0
乙す
450
:
<^ω^;削除>
:<^ω^;削除>
<^ω^;削除>
451
:
名も無きAAのようです
:2017/10/14(土) 10:04:51 ID:SczlMVA20
乙、次も楽しみ
>>381
に一ヶ所名前が出てしまってるのは敢えて?
452
:
名も無きAAのようです
:2017/10/14(土) 10:28:32 ID:Z.Y1S9j60
>>451
わざとじゃないです…
気をつけてたんですけどすり抜けてましたね
修正版をあとで置いておきます
453
:
名も無きAAのようです
:2017/10/14(土) 15:59:05 ID:LaaPfrso0
つまんね
454
:
名も無きAAのようです
:2018/07/08(日) 00:00:21 ID:TbZH47Zc0
ミセリ→ヨセコポリ→横堀かぁ
今まで見てきた中で一番強引で一番面白いミセリAA改変でした
455
:
名も無きAAのようです
:2020/01/12(日) 04:40:38 ID:IbpjG6AQ0
好き
456
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:03:31 ID:wfKNAKAs0
かくてめでたく悪より逃れて
.
457
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:04:14 ID:wfKNAKAs0
果たして救済に勤しんだ期間はどれくらい続いたものか。
気が付けば冷戦は終わり、ベルリンの壁が壊れ、ソ連は崩壊。
世界は激しく変わることを望み、
その狭間に取り残される人々も多く存在した。
魔女がいくら長命とて、救える命に限りはあった。
ζ( ー *ζ(この世界には、不幸が多すぎる)
わたしと だけでは、到底間に合わない。
そもそも不幸に終わりなどないのではないか。
疑念が、つねに付きまとう。
またわたしたちの行為を、快く思わない人間の多さにも驚いた。
ζ( ー *ζ(どうしてみんな、親切心を恋慕と勘違いするのだろう)
わたしから見ればどの人間も救うべき対象だ。
そこに順位や区別などは含まない。
ζ( ー *ζ(わたしは誰の所有物でもない)
だから誰に支配される謂れもなかった。
理解を得るために、説明した事は何度でもある。
けれど、
ζ( ー *ζ(ダメだった)
怒り、恨み、悲嘆、嗚咽、それらが邪魔をした。
感情的になった相手と、対話なんて出来るはずもなかった。
やがてわたしの陰に、虚無が染み付き始めた。
最初こそ救われただの助かっただのと持ち上げてはくるものの、
いつの日かわたしに対する失望へと変化する。
初めこそ動揺し、傷付いてしまうこともあったが、
やがてはその落差に備えるようになった。
458
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:04:57 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(きっと、あの人もこんな気持ちだったのね)
いつぞやかに怒鳴り込んできた女性を思い出して、わたしは微笑む。
食って掛かったわたしを止める彼は、きっとこんな風に笑っていた。
ζ( ー *ζ(もう、こんなこと止めてしまおうか)
鈍化した心でも、すり切れれば摩擦で火がついた。
じりじりと、燻るような苦痛の炎が灯る。
でも。
ζ(゚ー゚*ζ(わたしには足がある)
二度の癒しを得た足。
の手を取り、立ち上がった足だ。
どれほど離れていても、わたしと彼を結び付ける絆の具現。
失意の中でも足を撫でていれば、
彼と過ごした日々を思い出せた。
それでも心が癒えない時には、手紙を出した。
わざわざ書くほどのことでもないような、他愛ない手紙だ。
私生活については一切触れていない。
感情は全て隠しきった。
ここで寄りかかってしまったら、また彼の負担が増えてしまう。
だったら道化を演じている方が、彼も楽しんでくれるに違いない。
459
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:05:40 ID:wfKNAKAs0
……けれども結局、わたしは弱かった。
最初こそ返事は要らないと文末に記していた。
その通りに彼は返事を寄越さなかった。
段々と腹を立てている自分に気が付いたのは、果たしていつだろう。
ζ( 、 *ζ(本当に大丈夫だったら、手紙なんか書かないのに)
言葉にせずとも分かって欲しかった。
ましてや、 の方が長く活動を行なっている。
どんな気持ちでわたしが過ごしているのか。
ちょっと考えれば分かりそうなことだろう。
ζ( 、 *ζ(こっちは気を使ってるのに)
そう思えば思うほど、ペンを握る回数が増えていった。
三ヶ月に一度のつもりが、二ヶ月、一ヶ月、二週間、一週間。
徐々に間隔は狭まっていき、添えた遠慮もいつしか消えていた。
気付けば彼も、同じような返事を寄越してきた。
現在地、気候、食事、季節の挨拶。
互いの傷に触れないよう、細心の注意を払っているような内容の手紙。
それでもやはり、便りが来るのは嬉しかった。
ζ(゚ー゚*ζ(わたしは一人じゃない)
心強く思った一方で、言外に圧力を掛けたことを後悔していた。
今までは彼一人で戦ってきたのだ。
わたしにはその孤独が分からない。
いざとなれば に頼るという選択肢が、最初から用意されていた。
わたしは、甘ったれだった。
ζ(゚ー゚*ζ「……頑張らなくちゃ」
わたしは、戦わなくてはならなかった。
逃げるなんてもってのほかだ。
確かに終わりは見えない。
けれども、彼を一人になんて出来るはずがなかった。
460
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:06:20 ID:wfKNAKAs0
――いつの秋口だったか。
休む間も無く全世界を動き回っていると、
どの時間に自分が生きていたのかを忘れてしまう。
けれども、確かに秋だった。
湿気を取り払うような心地よい風に吹かれて、
わたしは彼の家へと向かっていた。
全世界の至る所に、彼の隠れ家は点在している。
その中で一番古くから存在しているのが、日府の家であった。
ζ(゚ー゚*ζ(随分と長い付き合いになるけれど、
あの家に行くのは何度目かしら)
試しに数えてみれば、片手に収まる程度にしか行ったことがない。
それだけでも十分に珍しい。
だというのに、つい昨日届いた手紙には、こんな言葉が書かれていた。
ζ(゚、゚*ζ(君の力を借りたい、か)
ベテランの ですら手を焼く事態なんて、
わたしの手にも負えないような気もする。
でもわたしは、なかば喜びで満ちていた。
ζ(゚ー゚*ζ(せっかくわたしを頼りにしてくれたんだもの)
彼の苦しみを癒すことができるのは、わたしだけ。
他の誰にも、彼を苦しみから救うことは出来ない。
わたしは、必ず彼を幸せにする。
――決意に満ちた陶酔に浸っていたのに、
('、`*川「はじめまして、デレさん」
全てをぶち壊しにしたのは間抜け面の女だった。
461
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:07:16 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ「……誰なの?」
おずおずと頭を下げる女に、意識が飛びかける。
拡散する理性を縫い合わせつつ、視線を這わす。
の頭一つ下の背丈。
幼さの残る顔と、大人びた感情の表出。
ζ(゚ヮ゚*ζ(まるで杜撰なパッチワークのよう)
さらに視線は、呪詛のように絡みつく。
赤茶混じりの痛んだ長髪に、かろうじて矜持がせせら笑う。
ζ(゚ヮ゚*ζ(みすぼらしい)
(´・ω・`)「すまないね、急に呼び出して」
平身平頭を貫く は、彼女の肩に触れた。
(´・ω・`)「お茶にしよう」
それはまるで、二人の睦事を暗示するかのような動作で、
('、`*川「どうぞ、上がってください」
立ち尽くすわたしに、少女は目で廊下を指し示し、
ζ(゚ヮ゚*ζ(なん、なの……)
泡沫の記憶が、パチンと弾ける。
462
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:07:57 ID:wfKNAKAs0
o
。.゚ 。 ゚o 。.゚ 。 。o゚ 。 . 。°。o
。o 。.゚。 。o゚ 。 . 。°。 . 。 。°
° 。o 。.゚不快。疑問。註釈を求む。゚ 。 . o
。゚ ゚ o . .゚.。. ゚ 。 ゚o 。.゚ 。°。,
。。゚ ゚゚ 。 . 。° .。. 。 。° ,
..゜
463
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:08:43 ID:wfKNAKAs0
o . .゚.。. ゚ 。 ° .。. 。 。°、 .o
。°。。。゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。°
° .。. 。されど場面転換は、乱雑に行われる。 。°。
。゚ ゚ o . ゚o 。.゚ 。 。°o゚ 。 . 。o°
゚ ゚゚ 。 . 。° o .°.゚.。 . o。°。,"
.° 。
o゚ 。 .°、 .o。° o .°.゚.。 .
o゚ 。 . 。o°
゚ ゚゚ 。 . 。°。,"
。° o .°.゚.。 .
464
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:09:50 ID:wfKNAKAs0
――キッチンだ。
最新の家具が揃えられていて、かすかにレモンの香りがする。
彼は紅茶を入れていた。
わたしは手伝うふりをして、あの女をリビングに置き捨てていた。
ζ(゚、゚*ζ「どういう事?」
意思に反し、言葉尻は怒りを噴き出していた。
は困ったような顔をして、ナイフを洗った。
(´-ω-`)「山の中で死体を見つけたんだ」
ζ(゚、゚*ζ「死っ……」
(´-ω-`)「生き返りたいと強く願っていたから、蘇生させたんだ」
淡々と語る口調とは裏腹に、彼は苛立っていた。
ζ(゚、゚*ζ(わたしの言葉遣いが悪かったんだ)
背骨が氷柱へと変じ、悪寒を感じた。
洗い終えた包丁を彼から奪い、布巾で丁寧に拭う。
ζ(゚ー゚*ζ「……助けてあげたのね?」
(´・ω・`)「それで済めば良かったんだけどね」
ふう、とため息を一つ吐き、彼は呟く。
465
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:10:53 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「彼女、無意識に魔法を使うんだ」
ζ(゚ヮ゚;ζ「……魔法を?」
(´・ω・`)「よく考えれば当然だった。
通過儀礼で擬似的に僕らは死を迎えて蘇生をする。
彼女はまさに死んで蘇った存在だから、魔法だって自然に使えるんだ」
苦々しく吐き出した言葉に、わたしはなんと声を掛ければ良かったのだろう。
ζ( ヮ ;ζ(「それは失敗だったわね」?
それとも、「大変じゃない」?)
どれも不適切だ。
いや、どんな答えを望んでいるのか、わたしは理解できなかった。
しゅうしゅうと噴き出すケトルの音だけが、キッチンに響く。
(´・ω・`)「……書斎の封印を解いたのも彼女なんだ」
ζ(゚ヮ゚;ζ「あの結界を……!?」
日府の家には、あらゆる資料が保存されている。
全世界を転々とするには、身軽である方がいい。
ましてや他の魔女から姿を隠している彼だ。
当然、他の魔女に狙われる可能性はある。
だからわたしたちは、結界魔法を掛けていた。
とわたしの魔力が入り組んだ、複雑な魔法だ。
易々と突破できるはずもない。
466
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:11:42 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ ;ζ(だけど、でも、)
が、嘘をつくはずもない。
いつだって彼は誠実で、親身にわたしを導いてくれた。
魔女としての経験だって、優に積んでいる。
所詮わたしは、彼の弟子にすぎない。
ζ( ヮ ζ(そう、猿真似ばかり――)
胸裏にひとつ、泡が浮上する。
すかさずわたしは、泡を握りつぶした。
表立って割れるよりも先に、何者にも気づかれないうちに。
(´・ω・`)「あそこには何があるの、と聞かれたから
入ってはいけないよとだけ言い聞かせておいたんだ」
は悠然とした所作で、コンロの火を消した。
琴線の上で綱渡りをする心地で、わたしは次の句を待つ。
(´・ω・`)「すると彼女は、「開けばいいのに』と口に出した」
ζ(゚ヮ゚;ζ「…………」
絶句。
望みを直接口に出すことは、魔女にとっての禁句だ。
わたしたち魔女は、人の目には見えぬ境界から祈りを分けてもらう。
人の目に見えるものには、祈りを捧げない。
本来魔法というものは、この世の理を曲げて成す奇跡である。
虚構を現実へ持ち出す行為は、一般的に広く知られていいものではない。
だから祈りの言葉は暗号化され、静々と狭く広がるべきなのだ。
大々的に口にしてしまったら、それはもう祈りとは呼べない。
467
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:13:28 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚;ζ「呪い……」
そう呼ばれて然るべきものだった。
長い歳月をかけ、わたしたちが蒐集した知識の海。
二人の入江を、あいつは暴いたのだ。
煮え繰り返るように、感情がさざめく。
泡沫の闇が、理性の砂岩を少しずつ削いでいく。
ζ( ヮ ζ(ゆるせない)
ただ一言、強く強く思った。
(´・ω・`)「お察しの通り、二度と書斎に封印魔法は掛けられない」
ζ(゚ヮ゚;ζ「最悪ね」
(´-ω-`)「まあ、まだなんとかなるよ。
書物には暗号化する魔法があるし、
家自体も、秘匿の魔法を掛けている」
だがこのままでは、あの女が呪いを一方的に振り撒いてしまうだろう。
そうなれば、知識と重要な拠点は失われることとなる。
ようやくわたしは、彼の意図を汲む。
ζ(゚ー゚*ζ「……魔女の心得を、教えればいいの?」
(´・ω・`)「話が早くて助かるよ」
ほっとしたような笑みとともに、ティーポットへと注がれるお湯。
対流によって茶葉はされるがままに踊り狂い、
そっと押し込むように陶器の蓋がなされた。
468
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:15:19 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「正確にいうと、魔女未満に育成してほしい」
蘇生の魔法には、膨大なコストがかかる。
偉大な魔女であろうと、遠隔から死体に干渉するのは難しい。
であれば死体自身が、いくつかの境界を認識させる必要があった。
そして大事なことが、もう一つ。
ζ(゚ー゚*ζ「不用意に祈りを口に出さないよう、教育するわけね」
彼が頷くのと同時に、目の前にケーキスタンドが現れた。
マカロン、マドレーヌ、フィナンシェ、クッキー。
わたしにとって馴染み深いお菓子。
ζ(゚ー゚*ζ(あいつも食べたことがあるのかしら)
思い出を穢されたような気分になる。
それでもわたしは、 の話に耳を傾ける。
(´・ω・`)「町全体にも魔法が掛けてある。
もしあの子を目撃しても、行方不明者のビラに
載っている人物と結びつかないようにする魔法をね」
ζ(゚ー゚*ζ「それも解けたら大騒ぎになる、ってわけね」
物分かりのいいふりをしながらも、腑に落ちない。
直近の手紙で目撃した、日本という地名。
ちっぽけな島国にも、救いを求める者は多い。
それを加味しても、珍しく長居していると思えば……。
469
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:17:04 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ *ζ(随分なお話ね)
何か彼に得があるから、守ろうとするのだろう。
だが思案せども、答えにたどり着くことは出来ない。
わたしでは与えられないようなものを、あの女は持っているのか。
ζ( 、 *ζ(わたしじゃダメなの?)
口にさえ出してくれたなら、わたしはその通りに変化してみせる。
の望むものは、何だって叶えたかった。
ζ(゚、゚*ζ(だけど、聞く事は出来ない)
触れるのが怖かった。
わたしには出来ない事だよ、と言われてしまったらとても辛いから。
ζ( 、 *ζ(ううん、違う)
君じゃなくて、あの女がいい。
そうはっきりと口に出されたら……。
(´・ω・`)「頼めるかな?」
試すような物言いに、ハッと気付く。
ような、じゃない。
明らかに、試されている。
470
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:18:24 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ「もちろん」
器量よく頷くと、 は初めて表情を緩めた。
(´・ω・`)「有難う」
ζ(゚ヮ゚*ζ「まだ何にもしていないわ」
首を振るわたしに、彼はそっと肩を抱いた。
(´・ω・`)「これでまた一つ、僕は君に救われたんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「っ――!」
凪いだ鏡面のような胸の裡に、一雫のワインが落ちる。
紅茶色のそれは、ラベンダーの薫陶を受けている。
ζ( ー *ζ(ああ、)
ようやく思い出した。
彼は、救世主になろうとしている。
あまねくすべてを内包し、理解し、否定や拒絶さえも抱きしめる。
愛情深く、他の追随を許さない、唯一無二の魔女に。
ζ( ー *ζ(どうして忘れていたのだろう)
視野狭窄に陥っていた不甲斐のなさに、涙ぐむ。
471
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:19:52 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「もう一つ、頼みたいことがある」
囁かれた言葉に、寸分の隙もなく肯首する。
(´・ω・`)「彼女と友達になってくれないか」
忙しければ無理にとは言わないけれど、と言いかける彼。
即座にわたしは、肯定で押し戻す。
役に立たなくちゃいけない。
わたしにとっては何の得もない。
けれど、 にとっては大事なものだから、
彼の幸福に結び付くのなら、
わたしはいくらでも耐えられる。
(´・ω・`)「君がいてよかった」
安堵する に、笑みを滲ませるわたし。
後に続く言葉がどんな修飾を得て、わたしを賛美するものだったのか。
もう思い出す事はできない。
ただ、
(´・ω・`)「ずっと一人でいる事は心細いからね。
君にはそれが良く分かるはずだから」
その言葉だけが、わたしの胸に残っている。
472
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:20:45 ID:wfKNAKAs0
死体との親睦を深める席は、素晴らしい出来だった。
やはり の淹れる紅茶は、香りが良い。
ストレートはもちろん、ミルクを入れても、
レモンのスライスを入れても、その風味を邪魔しない。
ζ(゚ー゚*ζ(完璧な紅茶に、完成されたお茶菓子)
けれどもよく見れば、その端々に魔力の断片を感じ取ることが出来た。
ζ(゚ー゚*ζ( の理想が込められた世界)
その箱庭に招かれるだけでも恐れ多い。
だというのに、彼女は住まうことも許された。
('、`*川「……デレさん?」
わざとらしく小首を傾げる女に、包むような笑みを返す。
ζ(゚ー゚*ζ「きっとわたしたち、いいお友達になれるわ」
('、`*川「友達……」
噛みしめるように、女はわたしを見つめる。
媚びるような熱を持った瞳だ。
473
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:22:09 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ(いやな女)
けれども、わたしは許す。
ζ(゚ー゚*ζ「困ったことがあれば、なんでも相談して頂戴?」
それはきっと、 の力になれるから。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしに出来る事なら、何でもするから」
だから。
ζ( ヮ *ζ( )
わたしには、 が必要だった。
474
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:22:52 ID:wfKNAKAs0
……言い付け通り、わたしは役を果たした。
気まぐれに家へと現れてお茶を共にし、
質問には優しく答えるものの、核心には触れない。
『迂闊に祈りや望みを口にするな。』
強く、強くわたしは言い聞かせ続けてきた。
女は予想に反して従順で、逆らう事はなかった。
もちろん厳しいばかりでなく、飴も用意した。
ζ(゚ー゚*ζ「たまには出かけしましょう」
片手を差し出し、わたしは微笑む。
最大限に友愛を込めて、内心では反吐を散らして。
('、`*川「はいっ!」
あいつは、微塵も気付かない。
ζ( ー *ζ(ほんとお笑い種ね)
わたしとあいつは、ショッピングモールへ向かった。
475
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:24:16 ID:wfKNAKAs0
この街に、資本主義以外の娯楽は存在しない。
代わり映えしないテナント。
どこにでもあるファストファッションの店。
甲高い声で告げられる宣伝文句。
疲弊を隠す店員と、シフトをこねるカリスマ店長。
床を這いずる子供を、カートで引きずる母親。
レストランの待ち時間で喧嘩するカップル。
フードコートでたむろする老人と学生ら。
世相をかたどる、芸能人を真似たゴムマスク。
一度も使ったことがない、虹色のカツラ。
ちゃちな雑貨を売り飛ばす、ディスカウントショップ。
店頭で埃をかぶった、リラックマの寝巻き。
ピンクを基調とした、ファンシーショップ。
ファッショナブルに飾られ、用途を見失った楽器屋。
過食嘔吐を促進する、惣菜の数々。
値引きシールを待ち望む、年金生活者。
ガチャガチャとうるさい空間で、死体女がはしゃぐ。
わたしは愛想笑いをして、受け流す。
まともに取り合っていたら、気力が保てない。
ただでさえ、動的エネルギーが満ちている。
見えざる境界の数々が、押しつぶさんばかりに溢れ出ていた。
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、休憩しない?」
立ちくらみを隠しつつ、わたしはベンチを指差した。
死体女は、子犬のようにうなずいた。
癪にさわる動きだった。
476
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:25:32 ID:wfKNAKAs0
('、`*川「もう、足パンパンで……」
我先に座ったあいつが、ふくらはぎを揉んでいる。
ζ(゚ー゚*ζ「あーそうね」
げんなりしつつ、適当に同調する。
死体の友達になる。
それが、 の望みだから。
眉間をほぐすふりをして、視界の端からあいつを消す。
だけど、境界が押し寄せる。
天地平面立体の境もなく、有象無象がわたしに手を伸ばす。
ζ( 、 *ζ(参ったな)
いつもなら、上手いこと調節ができるのに。
ζ( 、 *ζ(まあ、こいつのせいだろうな)
ショッピングバッグを漁る音を聞きながら、恨めしく思う。
継続して死体を動かすには、膨大な魔力がかかる。
また本人に悟られぬよう、ディテールを作りこんでいる。
だからあらゆる境界が、彼女に反応を示してしまう。
は、素晴らしい手腕を持っている。
わたしでは、とうてい成し得ない魔法だ。
愛しい彼に、わたしは拍手を送り続けてしまう。
だけど。
477
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:26:17 ID:wfKNAKAs0
ζ( 、 *ζ(だけど)
……言ってはならない言葉が浮かびかける。
澱んだ泡を吹き消して、歪んだ瞳を笑顔で隠す。
ζ(^ヮ^*ζ「疲れたけど、楽しいね」
('、`*川「ええ。すっごく」
絞り出した一言に、死体がたやすく返す。
('、`*川「……デレさん?」
二の句なんて考えていない。
ζ(^ヮ^*ζ「――さっき見た寝巻き、あなたなら似合うんじゃないかな」
('、`*川「リラックマの着ぐるみ、ですか?」
適切に返答しろ。
ζ(^ヮ^*ζ「そうそう。 かわいいものって癒されるし」
('、`*川「たしかに……」
間違えるな。
478
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:28:56 ID:wfKNAKAs0
ζ(^ヮ^*ζ「欲しかったら買ってあげるわよ」
('、`*川「え、でも……」
ζ(^ヮ^*ζ「いつも寂しい思いをさせてごめんね。
なかなか会えないから、そのお詫びとして、ね?」
('、`*川「そんな、悪いです。
デレさんはいつも忙しいのに……」
ζ(^ヮ^*ζ「いいのいいの」
無理やり手を取って、雑貨屋になだれ込む。
かわいい、素敵、似合ってる。
うわべの言葉に、死体が笑う。
('、`*川「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
ζ(^ヮ^*ζ「オンオフの切り替えも、大事な境界だからね」
笑え、わたしも。
ζ(^ヮ^*ζ「大事にしてね」
.
。°。。。゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。° .o
°。 .。. ° .そんなこと、ひとつも思ってない。°。。。゚ ゚゚
° . 。° ..゜°なのに、死体は笑うんだ。 .o° .。. 。
。.゚ 。 . ゚ . 、o° .。. 。 。.゚ 。 .
。°。。。゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。° .o
°。o° .
.。. 。
..゚
゚ 。.
479
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:30:15 ID:wfKNAKAs0
献身もむなしく、彼女の好奇心を折ることはできなかった。
('、`*川「あの、今回は眠気覚ましの薬を作ってみたんですけど……」
差し出される丸薬に、嘆息が過ぎる。
ζ(゚ヮ゚*ζ「……また、書斎に入ったの?」
萎縮する手の内から、素早く薬を取り上げる。
その刹那、出来の良さが伝わった。
薬の調合は基礎中の基礎で、人間の手でも作る事は出来る。
しかしあくまでも魔女の真似事だ。
効果には歴然とした差が出る、はずだった。
ζ( ヮ *ζ(本当に独学なの……?)
四年――わたしがリハビリと修行を両立していた期間だ。
血反吐を吐きながら、あらゆる知識をあの人から賜った。
それでも最初の数年は、失敗続きだった。
ζ(゚ヮ゚*ζ(それなのにこの女は……)
('、`*川「ごめんなさい……」
強張る表情を見た相手は、逃れるように俯く。
ζ(゚ヮ゚*ζ「わたしたちのお手伝いなんか、しなくていいのよ?」
逃げかけた猫を飼い殺し、友好的な物言いをする。
480
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:30:59 ID:wfKNAKAs0
('、`*川「でも……」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ペニサスちゃんは、何にもしなくていいのよ」
口籠る相手の肩を、わたしはそっと抱く。
無能であるから、お前は に必要とされている。
お前がなにかを成してしまったら、わたしの立場がない。
しっかり監督しろって言われているのだ。
ζ(゚ヮ゚*ζ「お願いだから、何もしないで」
何も問題を起こすな。
わたしの手を煩わせるな。
わたしはきちんと言い付けを守っている。
ζ(゚ヮ゚*ζ(約束を守れ)
わたしの言うことを聞け。
お前が言い付けを守らなければ、わたしまで責められる。
ζ( ヮ *ζ(それだけは、嫌)
とにかく、やることなすこと全てが気に食わなかった。
知識は分け与えられるものであって、奪うものではない。
暗号化されたレシピを暴くなんて、遺跡荒らし同然だ。
魔女に対する冒涜と言っていいだろう。
481
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:32:28 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ *ζ(お前は魔女にふさわしくない)
あいつに与える知識などない。
純粋でいい。
無垢であることを、 は望んでいるのだから。
でも。
ζ( ヮ *ζ(どうして彼は、それを許しているの?)
どうして、わたしの苦痛を認めてないのだろう。
どうして、何も気遣ってくれないのだろう。
どうして、あいつは守られるだけで済むのだろう。
ζ( ヮ *ζ(好き、なのかな)
愛して、いるのだろうか。
無力な人間を。
ζ( ヮ *ζ(わたし、強くなりすぎたのかしら)
強さの何がいけないのだろう。
そもそもわたしが強くなる事だって、あなたが望んだことでしょう。
強くなって、一人でも多くの人を救う。
不幸を摘み取るのがあなたの幸せだから。
だから、だから……。
ζ( 、 *ζ(あなたを幸せにするのはわたしだけ。そうでしょう?)
長らく顔を見ないうちに、彼は忘れてしまったのだろうか。
482
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:33:14 ID:wfKNAKAs0
ζ( 、 ζ(それとも最初から、わたしのことなんか……)
絶望的な結論が、突沸する。
鈍色の泡が、理性の蓋を押し上げる。
ζ( 、 *ζ(痛い、痛い、痛い)
数々の辛酸を舐め、謂れなき中傷を投げられてきた。
それを耐えきれたのは、彼という支えがあってこそだ。
ζ( 、 *ζ(煩わしい)
溢れ出る悪露の泡を、愚直にすり潰す。
手を思い描き、抱き込んで、ぎゅっとして。
ぱちんぱちんと割れる音。
小さな泡がぬるり、逃れてほかの泡とくっついた。
肥大した界面に、たくさんの目玉模様。
じろじろとねぶるように、わたしを見る目玉。
嫌い、きらい、きらい。
わたし一人では、持て余すに決まっていた。
ζ( 、 *ζ(この苦しみを、どうにかして分かち合いたい)
他でもない、 だけに理解してほしかった。
褒めてほしかった。
認めてほしかった。
謝ってほしかった。
厄介事の種を作って申し訳なかった、って
一言貰えたのなら、たちまち許してしまいそうだった。
483
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:34:19 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(傷付けたい)
張り裂けるような悲痛の後には、無尽蔵に怒りが込み上げて、
後悔してもしきれないくらいに加害性が増していく。
ただでは済まない致命傷を、魂に刻み付けたい。
ζ( ー *ζ(あなたにも、わたしにも)
何者にも敵わないくらい、オリジナルの傷を与えたい。
けれども同時に、膨大な羞恥心にも苛まれる。
彼との絆をひっくり返すなんて、災禍にも程がある。
たった今から一秒先まで支配する激情によって事を成したなら、
二秒先のわたしは烈しく悔いるのではないのか。
ζ( ー *ζ(やっている事が、彼の頬を叩いた女と変わらないし)
それが唯一の堤防として、吹き荒れる波濤を受け止めていた。
ζ( ー ;ζ(おかしくなりそう)
切除したい。
棄てて、焚べて、生まれた灰が、
無知蒙昧な人間を害したとしても、助かりたい。
悩みたくない。
どうして苦しい思いをしなくてはならないのだろう。
ζ( ー ;ζ(『好き』って、もっと貴い感情でしょう?)
ただれた感情の噴出は止まることを知らず、
害意のみが膨れ上がり、とうとう我慢が出来なくなったその時。
484
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:35:09 ID:wfKNAKAs0
青銅の靴が、ひとりでに踊り出した。
かつ、
かつ、
かつ、
と、三たび靴が哭く。
瞬間わたしの体は泡となり、光差す海面へと投じた。
無数の泡は浮力に抗い、沈み行く。
ζ( 、 *ζ(深海へ)
いつぞやか、わたしの誕生を言祝いだ深海へ。
485
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:36:01 ID:wfKNAKAs0
o° .。. 。 。.゚ 。 .
o 。.゚ 万能の魔女たる でも、 ゚。o
゚o,°行使できない魔法が唯一ある。o 。.゚ °
, .o° .。. 。 。.゚ 。 . ゚ . 、
。°。。。
それは、使い魔との契約だ。
使い魔には、重要な仕事が存在する。
見えざる境界の一つとして、人間である自分と魔女である自分とが存在する。
魔女は知恵者であり、孤立と探究心を象徴する。
知識を欲する限り、病老から逃れて長命を保つことが出来る。
一方知恵を享受する側が人間であり、還元と有限を象徴する。
終わりなき生命はメリットしか存在しないように思える。
けれどもちろん、デメリットだってある。
親交を深めていた魔女も人も、やがては死へと向かう。
一人残らず知人に先立たれることも珍しくない。
その後に人脈を広げたとて、彼らがいつ居なくなるのかは分からない。
元より人間というものは属することで、自己を安定させる生き物だ。
拠り所があるからこそ、人間は冒険できる。
探究心を殺すのは、やはり孤立だ。
その孤立から離れる方法が還元。
――つまり魔女であることを辞めて、人間に戻ってしまうことだ。
社会の心地良さを語る元魔女も、少なくはない。
ゆえに孤独と探求の境で、身動きの取れなくなる魔女はいる。
生涯付きまとう、厄介な問題だった。
――それを解決するのが、使い魔だ。
人間としての自分を使い魔に託し、距離を置いてしまうのだ。
少なくとも使い魔が存在する間、この問題で頭を悩ませることはない。
ζ(゚ー゚*ζ(けれども大仕事を受ける生き物も、なかなか見つからない)
だからこそ、使い魔を伴った魔女は尊敬と羨望を浴びることになる。
では何故、 には使い魔が存在しないのか。
486
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:37:14 ID:wfKNAKAs0
使い魔には、いくつか制約が存在する。
一、魔女一人につき一体までの契約とす。
二、双方の同意あっての対等な関係であり、強要や脅迫は通用しない。
三、使い魔は魔女の第二の生を担う者、軽んじて扱うことなかれ。
いわゆる使い魔の三原則と呼ばれる制約だ。
響きから誤解されやすいのだが、使い魔は奴隷や召使ではない。
人間である自分も、魔女である自分も、どちらも結局は自分だ。
優劣をつける事は出来ない。
並行して存在する事実を、下等とする他人に預けることはできない。
しかし、彼は違う。
ζ(゚ー゚*ζ(彼にとって、この世全てに存在するものは救済の対象)
救いの手を差し伸べることが出来るのは、強者のみ。
救済を受ける側は、絶対的に弱者である。
一見すると真理のように思える彼の信念は、一つの弱点を生む。
誰を相手取っても、平等な関係を築けないことだ。
魔女と使い魔は絶対的に平等な関係を結ばなくてはならない。
仮にその関係性が揺らいだ時には、使い魔は魔女の元を去るだろう。
するとどうなるか。
人間としての自分を見失い、境界の均衡は崩れ、
魔女は透明な澱へと閉じ込められる。
だから は、使い魔を作れない。
本当に、一人ぼっちなのだ。
487
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:38:23 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ(わたしが抜け駆けしたら、余計に孤独が沁む事でしょう)
これは、 に対する裏切りだ。
長らく憧憬していた恩人に、ひどい仕打ちだと良心は責めたてる。
ζ( ー *ζ(でも、仕方ないよね)
先に裏切ったのは、彼なのだから。
……思案の結びと共に、海の底が見えてきた。
追い返すように噴きあげる硫黄の熱泉。
行方をくらますマリンスノー。
炎を宿すクラゲは、吹き遊ぶそれに紛れて消えてしまった。
着地。
足下にいたオオグソクムシや名も知らぬ甲虫、
眠っていたと思しき魚は慌てて姿を消した。
ζ(゚、゚*ζ(一人だ)
突然の訪問者を出迎える生物は、一つとして存在していないらしい。
ζ(゚、゚*ζ(なんだか馬鹿みたい)
胸を締め付けていた熱も、今やすっかりと冷めてしまった。
ぽっかりと、胸に穴が空いてしまった気分だ。
488
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:39:10 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚、゚*ζ(自分が子供っぽくて、イヤになる)
用もなく歩き回るわたしは、自問自答を繰り返す。
何を夢中になっていたのか。
何故こんな所へ来てしまったのか。
どうして彼の側から離れる事が出来ないのか。
手放したくないとさえ感じてしまうのか。
ζ(゚、゚*ζ(なんだったんだろう、わたしの人生って)
鉛のように重い足を引きずっていた時だった。
こつん、
ζ(゚ー゚*ζ「こつん?」
バルーン状に広がった裾を引いてみれば、
一匹のオオグソクムシを、蹴り飛ばしていた。
ζ(゚ヮ゚;ζ「やだ、ごめんなさい!」
よろめきながらもオオグソクムシは、わたしの目線まで遊泳する。
ζ(゚ヮ゚;ζ「大丈夫かしら?」
思わず呟くが、当然返事などない。
あいかわらず、相手はふよふよと遊泳し続けている。
489
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:40:11 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ「……何か言いたい事があるの?」
問いかければ、体は丸まった。
まるでイエスと言っているかのようだ。
唖然とするわたしを前に、未だ体を丸めているそれ。
泳いでいないのだから、当然沈んでいく。
我に返り、慌ててそれを受け止める。
同時に、言語の魔法を注ぎ込んだ。
(;'A`)「うびゃびゃびゃ」
口から泡を吹きながら、触覚をじたばたとするオオグソクムシ。
ζ(゚ヮ゚;ζ「ごめんなさい。痛め付けるつもりはなかったの」
発声器を持たない彼らにとって、言語魔法は負荷が大きいのだろう。
けれども、
(;'A`)「おじょうさん、鉄の殻を着なくてもよろしいんか」
彼は自分の身よりも、わたしの心配をしてくれたのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「ご親切にありがとう。でも、わたしは魔女だから大丈夫」
('A`)「マじょ?」
訛り混じりの疑問符が、わたしの胸へと伝わった。
490
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:41:29 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「魔法を使って、様々な事を成すの」
('A`)「おじょうさんとおしゃべりが出来るのも、魔法ってやつか」
ζ(゚ー゚*ζ「そう、そうなの。あなたってとても賢いのね」
褒めるついでに撫でてあげたら、彼はこそばゆい声をあげた。
('A`)「さわるのはよしてよ。あんまり、慣れていないんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ああ、ごめんなさいね」
謝ると、彼の触覚が揺れた。
気にするなと言外に伝えてくるような動きだった。
おおらかと言えば、 だって似たようなものだけれども、
彼の動きや言葉遣いからは愛嬌が感じられた。
要するに、一目で気に入ってしまったのだ。
わたしは、彼に使い魔のことを説明した。
運がいいことに、彼もわたしに興味を持ってくれた。
いつぞやかに行われた深海でのお茶会を、彼は目撃していたのだ。
('A`)「びっくりしたぁね。
あんな風に飲みくいしている様を見たのは、はじめてさ」
朗らかに言われるも、もう随分と前の話。
恥ずかしさと懐かしさが入りまじる気持ちになった。
491
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:42:36 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「使い魔になると、四六時中丘にいることになるけど……」
('A`)「水にいるのもあきた頃だ。たまには冒けんしてもよかろ」
ζ(゚ー゚*ζ「……じゃあ、着いてきてくれるの?」
('A`)「もちろん」
まあるい目はかすかに笑って、わたしを受け入れてくれた。
そうと決まれば、話は早い。
しっかと彼を胸に抱き、わたしは問う。
ζ(゚ー゚*ζ「人間になった自分を想像して」
('A`)「にんげん……」
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの祈りは、わたしが叶える」
目を閉じて、
ζ(-ヮ-*ζ「 、 、 」
わたしは歌う。
492
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:43:53 ID:wfKNAKAs0
細かな泡が地底より噴き上げて、瞬く間に取り囲む。
泡の勢いはますます盛んになり、螺旋状の渦を取り巻く。
同時に、流星さながらに海面めがけて浮上する。
その過程で、彼は足を得た。
次には腕を、その次には知識を蓄える脳を。
そのまた次には、三日月のような背を形作った。
目はぎょろりとしたままに、口、喉、鼻、耳が立体化する。
童話の挿絵に出てくる悪魔そっくりの容貌だった。
けれども、不思議と嫌悪はない。
いよいよ近付く海面を前に、彼はわたしの腰を抱いた。
('A`)「っあ、あ ゙ぁっ」
言葉にならぬ声は、わたしに何かを伝えようとした。
('A`)「名前」
耳を傾けると、意味がするりと胸への飛び込んできた。
名前。
彼に相応しい名前。
ζ(゚ー゚*ζ(わたしの孤独を埋めてくれる人)
('A`)「名前」
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ」
('A`)「……ドクオさん?」
復唱ついでに敬称が付いてきた。
そこで初めて、わたしの名前を聞いているのだと分かった。
493
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:46:06 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、わたしはデレ」
夕日差す海岸へと飛び移り、わたしは倒れこむ。
少ししか潜水していないのに、全身はひどくくたびれていた。
それでも、わたしは伝えなければならなかった。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたがドクオ」
初めてとなる贈り物を渡して、わたしは気絶した。
深海への転移に環境適応、使い魔の契約に人身変化などなど……。
大掛かりな魔法を連続で行使したから疲労困憊もいいところだった。
結果、どうなったのかというと、
ζ(>ー<*ζ「ぺくちっ!」
風邪をひいていた。
一晩中、浜辺で気絶していたからだ。
('A`)「だ、だぃじょおーぶ?」
たどたどしく発されるドクオの声は、熱っぽい頭にずきずきと響く。
ζ(´ー`;ζ「大丈夫だから、静かにね……」
私室のベッドに、ようやくわたしは行き倒れる。
幾度となく涙を吸った枕が、とても愛しい。
砂だらけの靴を脱ぎ散らかして、布団の繭にこもった。
494
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:47:17 ID:wfKNAKAs0
('A`)「し、しずぅ、かに、」
呟くドクオが、すり足で去ろうとする。
が、すり足が見事に水桶をひっくり返した。
慌てるドクオに、頭痛が響くわたし。
すっとんきょうなドクオの声が、脳裏にキンキン反射する。
思わずわたしは、耳を塞いだ。
悪気がないのは分かっている。
深海の奥底で体を丸め、遊泳していた身だ。
しかも何十年と暮らしていたわけで、
はい慣れて下さいと言われても上手くいかないのは分かっている。
でも、
ζ(´ー`;ζ(具合が悪いと、きついわ……)
食事の用意や介抱の仕方も、魔法で逐一指示しなくてはならない。
我々の常識を持たない、異種の生き物だからだ。
ζ(´ー`;ζ(超しんどい)
きわめつけは、 からの手紙だ。
私室に戻って最初にしたことといえば、
彼への手紙をしたためることだった。
薬でも飲んで大人しく寝ればよかったものを、どうしても優先したかった。
内容は簡潔かつ「いつも通り」を装って、
最後に使い魔と契約したことを含めて書いた。
取り返しのつかないことを、とうとうやってしまった。
病身にとって、罪悪感はひどく沁みるものがあった。
封をして、窓を開けて、風に任せれば、
半日と経たずに、彼の元へと届くだろう。
495
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:49:30 ID:wfKNAKAs0
手紙を手にした彼は、怒るのか。
それとも悲しむのか。
マウントを取ったわたしに対して、どんな感情をぶつけてくれるのか。
さもしい欲に負けたわたしは、へとへとになりながらも書いてしまった。
なのに。
ζ( ー *ζ(おめでとうって、なに)
精一杯の仕返しだった。
超えてはならない一線を超えたつもりだった。
それなのに、それなのに、
ζ( ー *ζ(虚しい)
おまけにどこから知ったのか、ご丁寧に風邪薬まで届けられた。
気遣うような文章ととともに。
ζ( ー *ζ(ふざけんな)
あいつの存在を許せないわたしが、馬鹿みたいだ。
自分の器が小さいって、言外に言ってるようなものだし。
ζ( ー *ζ(わたしが、すごい欲張りみたいじゃない)
実際、 の一番になりたかった。
496
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:50:14 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(みじめだ)
読み終わったわたしは、衝動的に手紙を破り捨てた。
こんな事は、初めてだった。
がくれるものはなんだって嬉しく思えたし、大事に保存した。
そんなわたしが、唯一破り捨てた手紙。
だけども風邪薬は、ありがたく頂戴した。
口が瓶に触れただけで、熱が干されていく。
味も、薬とは思えないくらいおいしい。
薄荷がスゥッと喉を下って、
舌の上では生姜と八角の風味が踊っている。
刺激が強い風味を、甘草が優しくまとめてくれている。
潮の満ち引きのように、健やかさがたぎるのがわかった。
だけども、やっぱり空虚に思う。
('A`)「デれ?」
雑巾を手にしたドクオが、わたしの顔を覗き込む。
床を拭く手を止めてまで、わたしの様子が気にかかるようだ。
ζ(゚、゚*ζ「なぁに?」
幾分か落ち着いたわたしは、優しく問いかける。
('A`)「い、たィ?」
具合が悪いのかと問われている、らしい。
おかげさまで、熱は下がりつつある。
嫌味なくらい、彼の薬は良く効いた。
497
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:51:30 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫」
('A`)「へェキ?」
ζ(゚ー゚*ζ「平気」
('A`)「へィき」
ζ(゚ー゚*ζ「いつだって平気だよ」
('A`)「……ィらなぃ?」
屑箱を指すドクオに、わたしは頷いて、
ζ(゚ー゚*ζ「……やっぱり、要る」
('A`)「いる?」
ζ(゚ー゚*ζ「千切った手紙」
('A`)「テ紙」
躊躇なくゴミを漁るドクオは、やがて紙片を探し当てた。
('A`)「ハぃ」
ζ( ー *ζ「うん」
千々に分かれた紙を、丁重に拝受する。
ζ( ー *ζ(やっぱり、捨てられない)
そう簡単に、できることじゃなかった。
498
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:52:10 ID:wfKNAKAs0
o゚ 。 ドクオは、世話の焼ける使い魔だった。o 。.゚
。 。o゚ 。 . 。°。o 、o゚ 。 . 。o 。
。o 。.゚。 。o゚ 。 . 。° 。 。o゚ 。
o 。 。 。o゚ 。
°o 。.゚
お使いを頼むとだいたい間違うし、すぐ迷子になる。
歩くのも遅いし、言葉だって聞き取り辛い時がある。
要領を得ない時には、手を取って想いを読み取った。
こんな事をしているから上達しないのだろう。
自覚していたけれども、一番的確に伝わった。
だからだろうか。
大掛かりな魔法を行う時は、最高の助手役を務めてくれた。
複雑な文語を使うよりも、身振り手振りから
意図を察する方が、彼の性に合っていたのかもしれない。
けれどもわたしには、とても新鮮な事のように思えた。
だって今までは、粛々と一人で準備するのが常だったから。
ζ(゚ー゚*ζ(二人で一つなんだ)
はたとそう気付いたのは、随分と経ってからだ。
魔女にとって使い魔は、最上の鏡として機能する。
しかし使い魔自身にも、数多の境界が眠っている。
それらを尊重し、互いに引き出す事でより多くの力を手にすることが出来る。
499
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:54:13 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ(素晴らしい力ね)
朴訥の過ぎる彼だが、かえって良かったのかもしれない。
次第にわたしは、穏やかさを手に入れていった。
死体女としばらく顔を合わせなかったせいもあるだろう。
仕事の忙しさにかこつけて、ずいぶんと放ったらかしにしていた。
ζ(゚ー゚*ζ(でも、いい加減様子を見に行かなくちゃいけないかしら)
思うも面倒だからついつい後回しにしていた折だった。
から、招待状が届いたのだ。
来たる四月三十日。
『ちょっと遅れたお誕生日のディナーでもいかが?』と。
甘い蜜には、つねに苦い毒が隠されているものだ。
わかっている。
だけどもわたしは、久々の再会に喜びを禁じ得なかった。
500
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:56:11 ID:wfKNAKAs0
゚ . ホテルのエントランスで一人待っていると、
。°。タキシード姿の彼がやって来た。°。 . °
゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。° .o
°。o 。° . 。° ..゜
。.゚ 。 ゚o 。.。o゚ 。
。o 。.゚
.゚ 。
。o゚。
(´・ω・`)「今日も一段と美しいね」
普段から想像も出来ないような美辞麗句を彼が吐く。
思わず、わたしは吹き出した。
ζ(゚ー゚*ζ「今更になってお祝いなんて、どうしたの」
(´・ω・`)「どうもしないよ、お祝いがしたかっただけさ」
彼の猫は逃げ出さない。
そのままわたしの手を取って、揚々と最上階へと連れ去った。
逃げる気にもならず、わたしはされるがままだった。
ζ(゚ー゚*ζ「魔法以外で、こんな景色を眺めるなんて初めてね」
(´・ω・`)「まったくだ」
煌びやかに輝くビル郡に感心するふりをしながら、
わたしはドクオのことを考える。
程近い距離にある裏路で、ドクオは待つと言っていた。
いかにも格式高い場所へと連れられたら、
ガチガチに緊張してしまうと本人が渋ったからだ。
ζ(゚ー゚*ζ(いい機会だから、挨拶させようと思っていたのに)
半分はそう思いながら、
もう半分は夜景を見せてあげたいと考えていた。
501
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:58:17 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「デレ」
声を掛けられて、ようやく気付く。
ワイングラスを片手に、彼は乾杯を待っていた。
慌ててわたしも後を追い、笑顔を繕った。
(´・ω・`)「素敵な魔女の誕生に、乾杯」
ζ(゚ー゚*ζ「……なんかそれ、恥ずかしくない?」
(´・ω・`)「素敵だろう?」
ζ(゚ー゚*ζ「褒めたってその手には乗らないわよ」
わざと声を低く作ると、 は困ったような顔をした。
(´・ω・`)「乗らないかぁ」
苦笑する様を見て、ようやく彼の目的が分かった。
502
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:59:22 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「……ペニサスちゃんのことでしょ」
嫌悪に塗れた言葉は、喉を通る時に糖衣をまぶせてから飛び出した。
(´・ω・`)「……よく分かったね」
ζ(゚ー゚*ζ「あなたを夢中にさせるものは、あの子しかいないもの」
自嘲を交えながら、前菜をつつく。
野菜とツナのテリーヌ。
その周りを取り囲む、炎の色をしたソース。
あっさりとした、上品なコンソメの味がした。
(´・ω・`)「……どうもね、使い魔を作ったらしいんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「……冗談でしょ?」
ゼラチンで凝固したパプリカを噛み、わたしは問う。
ζ(゚ー゚*ζ「ありえない、独学でそんな真似――」
音を立てないように、目一杯の力を込めて、フォークを突き立てる。
味はいい。とてもいい。
しかし徐々に削られていくテリーヌに、同情を禁じ得なかった。
(´・ω・`)「僕が嘘をつくと思う?」
ζ(゚ー゚*ζ「……なんで、そんなことになったの」
思わず言葉が飛び出すが、原因は分かっている。
503
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:00:05 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「気付くのがあまりにも遅すぎた」
ζ(゚ー゚*ζ「二人ともね」
多忙にかこつけ、監視を怠ったツケだ。
沈黙と同時に、次の料理がやってくる。
ζ(゚ー゚*ζ「……よくやるわね」
よく磨かれたスプーンを、ためらいなくスープへと突き落とす。
飾りとして浮いていた菜の花は、あっと言う間に底へ沈んでいった。
(´・ω・`)「蔵書の中には、たしかに使い魔の記述もあるけどね……」
頭が痛いのか、彼はトニックウォーターを口にする。
スープは、未だに手付かずだ。
わたしも、 も。
(´・ω・`)「あれほどの資質があると見抜けなかった、僕が悪い」
せせら笑いを浮かべて、彼は言葉を繋げる。
(´・ω・`)「どうしても魔女になりたいんだってさ」
ζ(゚ー゚*ζ「やだぁ、わたしの真似っこ?」
笑みを誂えず、スープを口にする。
柔く舌に伸びる苦味は、今の胸中にぴったりだった。
504
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:01:38 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「……魔女にさせたらダメなの?」
ふとした思い付きで、言葉を放つ。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの救済が彼女に届いて、
変化をもたらしたってことでしょう?」
はたして悪いことなのか、という言葉は出なかった。
(´-ω-`)「…………」
スプーンを手にしたまま、 は動かない。
目をつむり、思案しているように見える状態が何を訴えているのか。
長年の付き合いによって培われた経験は、一つの答えを弾き出す。
ζ(゚ヮ゚*ζ「……ごめんなさい」
へら、と笑いを纏う。
声は極力、情を掻き立てるものに。
手が、震えそうになる。
物音を立てないよう、わたしはスプーンを見放した。
ミルフィーユじみたシフォンのドレスに、握りしめた手を埋める。
ζ(゚ヮ゚*ζ「ペニサスちゃんは、そのままでいいんだものね」
(´・ω・`)「……うん、そのままでいいんだよ」
505
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:03:31 ID:wfKNAKAs0
たった数秒の沈黙が、わたしには永遠のように感じられた。
それなのに、 は何事もなかったかのように振る舞う。
(´・ω・`)「おいしいスープだね。君も食べてみなよ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ええ、頂くわ」
(´・ω・`)「次にはきっと、鯛のポアレがくるよ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「まぁ、素敵ね」
(´・ω・`)「とても美味しいから、君にも食べてもらいたかったんだ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ありがとう、嬉しいわ」
ディナーは、静々と進む。
当たり障りのない会話を繰り返し、
豪勢かつ美味と感じられる食事に舌鼓を打つ。
酒も健全な範囲で嗜んだし、デザートには薔薇を閉じ込めたジュレを楽しんだ。
どこにも不備はない。
楽しかった。
美味しかった。
お祝いをしてくれて嬉しかった。
何もかもがきっと完璧だった。
506
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:04:14 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚、゚*ζ(でも、話のセンスはイマイチだったわね)
エントランスで見送る彼は、深夜になったら日本へ行くと言っていた。
それに先駆けて、わたしは死体女を確保することにした。
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ」
小さく呼べば、闇を鋳型に男が現れた。
('A`)「カ、かぇル?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうもいかなくなったの」
手を差し出せば、それに習ってドクオも手を取った。
そのまま言葉にすることもなく、わたし達は踊った。
音楽は要らない。
この踊りが、なんて呼ばれているものなのかもわからない。
ただ体を揺らし、足を踏まないように気をつけて。
相手に、体を捧げるように。
507
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:06:14 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「死体に会いに行くの」
('A`)「……エさ?」
一瞬ぽかんとして、その後に小さく笑いが漏れた。
ついでに踵を打ち鳴らし、泡を呼び出した。
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、海の掃除屋さんには馴染み深いものよね」
間違いではなかった。
わたしにとってペニサスは、必要性を感じない。
ただのゴミクズだ。
ゴミは、しかるべき場所に投棄すべきである。
紙は燃えるゴミに。
ペットボトルはリサイクルに。
死体は、墓場に。
ζ(゚ヮ゚*ζ(それが出来たら、どんなに素敵でしょう)
そう思ったのが、運の尽きだったのだろうか。
……少し考えてみれば分かる事だった。
ドクオは自己表現に乏しいけれど、思慮深く、わたしの意をよく汲む。
あの時も例外ではない。
露骨なわたしの言葉に、尋常ならざる害意を汲み取ってしまった。
ζ( 、 *ζ(思い出したくないわ)
直接わたしが手を下したわけではない。
しかし が大事にしているものを壊した事実は、覆せない。
508
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:07:00 ID:wfKNAKAs0
(´-ω・`)「――君には荷が重すぎたのかな」
夜明けも間近に迫った頃、 はそう言った。
カウチソファーに身を預ける彼。
その頭上では、月を模した光が照っている。
柔らかな偽灯は、深い緋色をしたベルベット地の艶を引き出している。せっかくの暖色を、青銅色の鋲が寒々しい印象を制す。
対照的な色の組み合わせは、まるで混沌そのものだった。
ζ( Д ;ζ「ごめんなさい」
何度目になるかわからない謝罪に、 は片手を挙げる。
彼は、酷く疲れていた。
無理もないだろう。
デミタスには悟られないように平静を装っていたが、
『元に戻す』魔法は繊細で、易々と行える芸当ではないのだ。
ζ( ー ;ζ「本当にごめんなさい」
頭を下げるわたしに、今度は彼の首が揺らめく。
(´-ω-`)「もう、いいよ」
もう、要らないよ。
もう、何も言わなくていいよ。
もう、鬱陶しいよ。
もう、許すよ。
似たり寄ったりの推測が脳裏に浮かぶ。
わたしは、途方に暮れていた。
509
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:08:41 ID:wfKNAKAs0
(´-ω・`)「そろそろ朝食を作ってあげないと」
独白のような言葉に頷き、視線で密かに問いかける。
ζ( ー *ζ(あなたは、どうするの?)
幽けき問いが、ふうわりと彼にしがみつく。
(´-ω-`)「僕は、少し休むよ」
ヒュ、と細く喉が鳴る。
わたしの献身を反故にするなんて、今までにないことだった。
取り繕ってはいるものの、ひどく怒っているんだ。
理解してしまい、一瞬歩みが止まる。
ζ( 、 *ζ(わたしの一撃には、何にも反応してくれなかったのにね)
それだけ、 は彼女に入れ込んでいるのだ。
(´-ω-`)「頼むよ」
ζ( ー *ζ「――何を?」
そこで初めて、わたしは陳謝以外の言葉を口にした。
背中の向こうで、口籠る気配がする。
怖い。沈黙が。彼が。
何を頼もうとしてるかなんて、聞きたくなかった。
止めていた歩みを、一歩、二歩。
三歩進めたところで、彼が言う。
(´-ω-`)「――朝食の後、デミタスをここに連れてきてくれ」
510
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:09:46 ID:wfKNAKAs0
瞬間、わたしは理解する。
彼に、魔法をかけるのだ。
使い魔を、ペニサスから取り上げようとしている。
あるいはわたしに、永遠を与えようとしている。
ペニサスの監視という大役を。
ζ( ー *ζ(そんなに、)
そんなに、あの子のことが、大事なのね。
゚ 。 。o゚ 。 ..゜. 。°゚ o .゚.。. . 。°。゚、.。. ゚o
。°。,"嘆息とともに、泡がいくつか出でた。.。. 。゚ .
゚o 。.゚ 。 。o゚ 。 . 。° 。゚ °o, ゚
. °。 ゚
°。o 。° .もうすぐ、終着点だ。 。° ..゜o
。.゚ 。 ゚o 。.゚ 。 。o゚ 。 . 。°。o 、
。o 。.゚。 。o゚ 。 . 。°。 . 。 。° °
511
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:10:31 ID:wfKNAKAs0
透明な風が吹き荒ぶ中、わたしは手を伸ばす。
ζ( ー ;ζ「だめ、だめ、だめ……」
初めてだった。
こんな風に、彼に触れたのは。
いつだってわたしに触れて来るのは、彼からだ。
あからさまに求めたことはなかった。
彼に向かって欲をぶつけた人は、皆立ち去っていった。
だからわたしは彼を求めなかった。
それが永遠に近付ける方法だと信じていた。
ζ( ー ;ζ「わたし、あなたがいないとだめなの」
抵抗もなく、包まれるようにして彼は静かに抱かれた。
実感さえもが既にあやふやと化している。
決して離すまい、と力を込めた。
ζ( Д ;ζ「行かないで」
わたしが遠くへ行ってしまっても、迎えに来てくれると約束したのに。
ζ( Д ;ζ「ひとりにしないでよ」
あなたが遠くに行ってしまったら、わたしは永遠に追い付くことが出来ない。
だって王子様は助ける為の存在で、助けられる側ではない。
わたしは魔女。
王子様にはなれない。
誰も、王子様を救うことは出来ない。
512
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:12:26 ID:wfKNAKAs0
ζ( Д ;ζ「行っちゃやだ!」
答えはない。
本当に今対面している人物は、 なのだろうか。
分からない。
しかし手放すわけにはいかなかった。
ζ( Д ;ζ「くっ……」
ことさら強く風が吹いた。
瞬間、彼はわたしの頭を撫でた。
ζ( Д ;ζ(違う)
わたしが欲しかったのは、これじゃない。
こんな子供みたいな扱い、いつまでも喜んでいられなかった。
ζ( Д ;ζ「わたし、」
だけど、言えない。
この期に及んで、彼の機嫌を伺っていた。
ζ( Д ;ζ「あっ……」
抱きとめていた腕の中から、質量が抜ける。
前のめりになっていたわたしは、ゆっくりと倒れ伏す。
513
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:14:33 ID:wfKNAKAs0
ζ( Д ;ζ(足、)
付け根からふわりと失われていく感覚。
それなのに、つま先は折れそうなくらいに力を込めていた。
駆ける。
わたしは駆けようとする。
駆け抜けて透明な澱から彼を取り戻そうと、太ももを痙攣らせて、
ζ( ー ;ζ「まって、」
遠ざかる。
一瞬にして追い付けないと脳が判断する。
諦めてしまう。
諦めたくない。
失いたくない。
失う。
二度と戻らない。
戻って欲しい。
嫌だ。
無理。
ζ(゚ー゚*ζ「…………………………………………ぁ?」
目の前にあるのは床で、見渡すとそこは物置部屋だった。
小さな、小さな、ありふれた雑品の山。
居た堪れないような表情の男に、やっぱり間抜けなツラをした死体女。
いない。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ぁ……。あぁ……!!」
あの人は、いない。
認識した瞬間に、涙が溢れた。
514
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:16:38 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(つらい瞬間だった)
彼のいない人生に、わたしは価値を見出すことが出来なかった。
全部夢で、今に目が覚めて。
ζ( ー *ζ(――思い込んでいられるのも、最初だけだった)
現実は、変わらない。
彼の不在は、永遠に続いた。
悲嘆は枯れ、わたしは何もしなくなった。
呼吸さえも諦めて、彼に迎えてほしかった。
ζ(゚ー゚*ζ(でも)
絶対に諦めたくなかった。
だからわたしは、再会できた。
は、いる。
目の前にいる。
たしかに彼は、存在している。
515
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:17:28 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「食べないのかい?」
彼は、食事をしている。
レストランで、わたしとディナーを楽しんでいる。
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、頂くわ」
(´・ω・`)「食べないと、鯛のポアレが冷めてしまうよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい」
(´・ω・`)「だって今日は、君のために一日を使っているんだからね」
ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、素敵ね」
言いながらも、思い出す。
今日はわたしの誕生日。
だから は、わたしのためにお祝いをしてくれる。
忙しいのに、わたしのために来てくれた。
数多ある不幸を押し退けて、わたしの幸福のために来てくれた。
(´・ω・`)「とても美味しいから、君にも食べてもらいたかったんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、嬉しいわ」
今日は、難しい話をしない。
あの女の話もなし。
不愉快なお願いもしてこない。
ζ(゚ー゚*ζ(幸せ)
516
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:18:16 ID:wfKNAKAs0
でもどうしてか、窓の外に広がるのは無機質なビルの群れだ。
わたしの見たい景色に、捻じ曲げることができない。
わたしは、海を見たかった。
夕日に暮れる美しい海を眺めて、好きな人と幸せな時間を送って、
わたしのためだけに一日を消費させて、手を取り合って愛を囁く。
ζ(゚ー゚*ζ(海がいい)
祈るわたしは、彼に微笑んだ。
がナイフとフォークを持っている。
なめらかにナイフを動かし、ポアレを切る。
背景は、糸杉の森。気に入らない。
表情を綻ばせた彼が、再びポアレへと向かう。
切られたばかりの魚は、失せた身を補完している。
同じように、フォークを動かす彼。
背景は、古びた図書館。辛気くさくて嫌。
口へと運ばれるポアレ。
溢れる笑み。
復元するポアレ。
優雅に揺れるナイフ。
上昇するフォーク。
背景は街の雑踏。二人きりがいい。
控えめに咀嚼。
元に戻るポアレ。
背景は、満天の星空。寒々しい。
それを捉えるナイフ。
切片をのせたフォーク。
背景は大理石の神殿。だから違うの。
517
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:19:16 ID:wfKNAKAs0
身を収めた彼の口。
蘇るポアレ。
きらめくナイフ。
背景は摩天楼。ふりだしに戻る。
身を穿つフォーク。
薄く開いた唇。
背景は青空。墜落事故のよう。
伸長するポアレ。
添えられたナイフ。
典雅なフォーク。
背景は、黒い海。少し惜しい。
品の良い歯並び。
始まりへと至るポアレ。
延々と繰り返される食事。
背景は。背景は。背景は。
ζ(゚ヮ゚*ζ(何度だってやり直す)
と海に行けるまで。
わたしは、諦めない。
518
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:20:00 ID:wfKNAKAs0
かくてめでたく悪より逃れて 了
.。. 。 。 ゚o 。.゚
。 。o゚
。 . 。°
。゚ ゚ o .
.゚.。.
。。゚ ゚
..゜
°
。 。°゜° .。. .o 。° .o
゜° .。. .oくてめで ゚°く"悪より逃れて。'゜° .。. 。
, .o° .。. 。 。.゚ 。 . ゚ . 、。°。。。゚ ゚゚ 。
° . 。° .. ゚
° 。.o
.。. 。 。 ゚o 。.゚
。 。o゚
。 . 。° 。゚ ゚ o .
ゆめと .゚.。.
。。゚ ゚
..゜うつつの
あ .。. 。
。 わ
゚o 。.゚
い 。 。o゚
。 . へ。°
。゚ ゚ o .
.゚.。.
。。゚ ゚
..゜
519
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:21:01 ID:wfKNAKAs0
.
520
:
作者より
:2021/12/25(土) 19:22:23 ID:wfKNAKAs0
今回の投下は以上となります
なかなか投下できずすみませんでした
最終回まで多分もうちょっとかかります
では皆さんよいクリスマスを
521
:
名も無きAAのようです
:2021/12/26(日) 08:08:55 ID:S9gN3szk0
まだ、まだ終わらないのか
胸熱
522
:
名も無きAAのようです
:2021/12/26(日) 18:57:44 ID:aoslLyv60
乙!!
523
:
名も無きAAのようです
:2021/12/26(日) 21:20:16 ID:mJDbJHPE0
相変わらず最高だな…
最高のクリスマスプレゼントをありがとう
続きも期待
524
:
名も無きAAのようです
:2021/12/27(月) 03:17:38 ID:Kj78yNS.0
乙
全員好きだけど、デレとドクオの関係、すごく好きだなぁ
続きも期待
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