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これを魔女の九九というようです
1
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 09:59:57 ID:SOhsxYKs0
汝、会得せよ。
.
475
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:24:16 ID:wfKNAKAs0
この街に、資本主義以外の娯楽は存在しない。
代わり映えしないテナント。
どこにでもあるファストファッションの店。
甲高い声で告げられる宣伝文句。
疲弊を隠す店員と、シフトをこねるカリスマ店長。
床を這いずる子供を、カートで引きずる母親。
レストランの待ち時間で喧嘩するカップル。
フードコートでたむろする老人と学生ら。
世相をかたどる、芸能人を真似たゴムマスク。
一度も使ったことがない、虹色のカツラ。
ちゃちな雑貨を売り飛ばす、ディスカウントショップ。
店頭で埃をかぶった、リラックマの寝巻き。
ピンクを基調とした、ファンシーショップ。
ファッショナブルに飾られ、用途を見失った楽器屋。
過食嘔吐を促進する、惣菜の数々。
値引きシールを待ち望む、年金生活者。
ガチャガチャとうるさい空間で、死体女がはしゃぐ。
わたしは愛想笑いをして、受け流す。
まともに取り合っていたら、気力が保てない。
ただでさえ、動的エネルギーが満ちている。
見えざる境界の数々が、押しつぶさんばかりに溢れ出ていた。
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、休憩しない?」
立ちくらみを隠しつつ、わたしはベンチを指差した。
死体女は、子犬のようにうなずいた。
癪にさわる動きだった。
476
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:25:32 ID:wfKNAKAs0
('、`*川「もう、足パンパンで……」
我先に座ったあいつが、ふくらはぎを揉んでいる。
ζ(゚ー゚*ζ「あーそうね」
げんなりしつつ、適当に同調する。
死体の友達になる。
それが、 の望みだから。
眉間をほぐすふりをして、視界の端からあいつを消す。
だけど、境界が押し寄せる。
天地平面立体の境もなく、有象無象がわたしに手を伸ばす。
ζ( 、 *ζ(参ったな)
いつもなら、上手いこと調節ができるのに。
ζ( 、 *ζ(まあ、こいつのせいだろうな)
ショッピングバッグを漁る音を聞きながら、恨めしく思う。
継続して死体を動かすには、膨大な魔力がかかる。
また本人に悟られぬよう、ディテールを作りこんでいる。
だからあらゆる境界が、彼女に反応を示してしまう。
は、素晴らしい手腕を持っている。
わたしでは、とうてい成し得ない魔法だ。
愛しい彼に、わたしは拍手を送り続けてしまう。
だけど。
477
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:26:17 ID:wfKNAKAs0
ζ( 、 *ζ(だけど)
……言ってはならない言葉が浮かびかける。
澱んだ泡を吹き消して、歪んだ瞳を笑顔で隠す。
ζ(^ヮ^*ζ「疲れたけど、楽しいね」
('、`*川「ええ。すっごく」
絞り出した一言に、死体がたやすく返す。
('、`*川「……デレさん?」
二の句なんて考えていない。
ζ(^ヮ^*ζ「――さっき見た寝巻き、あなたなら似合うんじゃないかな」
('、`*川「リラックマの着ぐるみ、ですか?」
適切に返答しろ。
ζ(^ヮ^*ζ「そうそう。 かわいいものって癒されるし」
('、`*川「たしかに……」
間違えるな。
478
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:28:56 ID:wfKNAKAs0
ζ(^ヮ^*ζ「欲しかったら買ってあげるわよ」
('、`*川「え、でも……」
ζ(^ヮ^*ζ「いつも寂しい思いをさせてごめんね。
なかなか会えないから、そのお詫びとして、ね?」
('、`*川「そんな、悪いです。
デレさんはいつも忙しいのに……」
ζ(^ヮ^*ζ「いいのいいの」
無理やり手を取って、雑貨屋になだれ込む。
かわいい、素敵、似合ってる。
うわべの言葉に、死体が笑う。
('、`*川「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
ζ(^ヮ^*ζ「オンオフの切り替えも、大事な境界だからね」
笑え、わたしも。
ζ(^ヮ^*ζ「大事にしてね」
.
。°。。。゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。° .o
°。 .。. ° .そんなこと、ひとつも思ってない。°。。。゚ ゚゚
° . 。° ..゜°なのに、死体は笑うんだ。 .o° .。. 。
。.゚ 。 . ゚ . 、o° .。. 。 。.゚ 。 .
。°。。。゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。° .o
°。o° .
.。. 。
..゚
゚ 。.
479
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:30:15 ID:wfKNAKAs0
献身もむなしく、彼女の好奇心を折ることはできなかった。
('、`*川「あの、今回は眠気覚ましの薬を作ってみたんですけど……」
差し出される丸薬に、嘆息が過ぎる。
ζ(゚ヮ゚*ζ「……また、書斎に入ったの?」
萎縮する手の内から、素早く薬を取り上げる。
その刹那、出来の良さが伝わった。
薬の調合は基礎中の基礎で、人間の手でも作る事は出来る。
しかしあくまでも魔女の真似事だ。
効果には歴然とした差が出る、はずだった。
ζ( ヮ *ζ(本当に独学なの……?)
四年――わたしがリハビリと修行を両立していた期間だ。
血反吐を吐きながら、あらゆる知識をあの人から賜った。
それでも最初の数年は、失敗続きだった。
ζ(゚ヮ゚*ζ(それなのにこの女は……)
('、`*川「ごめんなさい……」
強張る表情を見た相手は、逃れるように俯く。
ζ(゚ヮ゚*ζ「わたしたちのお手伝いなんか、しなくていいのよ?」
逃げかけた猫を飼い殺し、友好的な物言いをする。
480
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:30:59 ID:wfKNAKAs0
('、`*川「でも……」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ペニサスちゃんは、何にもしなくていいのよ」
口籠る相手の肩を、わたしはそっと抱く。
無能であるから、お前は に必要とされている。
お前がなにかを成してしまったら、わたしの立場がない。
しっかり監督しろって言われているのだ。
ζ(゚ヮ゚*ζ「お願いだから、何もしないで」
何も問題を起こすな。
わたしの手を煩わせるな。
わたしはきちんと言い付けを守っている。
ζ(゚ヮ゚*ζ(約束を守れ)
わたしの言うことを聞け。
お前が言い付けを守らなければ、わたしまで責められる。
ζ( ヮ *ζ(それだけは、嫌)
とにかく、やることなすこと全てが気に食わなかった。
知識は分け与えられるものであって、奪うものではない。
暗号化されたレシピを暴くなんて、遺跡荒らし同然だ。
魔女に対する冒涜と言っていいだろう。
481
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:32:28 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ *ζ(お前は魔女にふさわしくない)
あいつに与える知識などない。
純粋でいい。
無垢であることを、 は望んでいるのだから。
でも。
ζ( ヮ *ζ(どうして彼は、それを許しているの?)
どうして、わたしの苦痛を認めてないのだろう。
どうして、何も気遣ってくれないのだろう。
どうして、あいつは守られるだけで済むのだろう。
ζ( ヮ *ζ(好き、なのかな)
愛して、いるのだろうか。
無力な人間を。
ζ( ヮ *ζ(わたし、強くなりすぎたのかしら)
強さの何がいけないのだろう。
そもそもわたしが強くなる事だって、あなたが望んだことでしょう。
強くなって、一人でも多くの人を救う。
不幸を摘み取るのがあなたの幸せだから。
だから、だから……。
ζ( 、 *ζ(あなたを幸せにするのはわたしだけ。そうでしょう?)
長らく顔を見ないうちに、彼は忘れてしまったのだろうか。
482
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:33:14 ID:wfKNAKAs0
ζ( 、 ζ(それとも最初から、わたしのことなんか……)
絶望的な結論が、突沸する。
鈍色の泡が、理性の蓋を押し上げる。
ζ( 、 *ζ(痛い、痛い、痛い)
数々の辛酸を舐め、謂れなき中傷を投げられてきた。
それを耐えきれたのは、彼という支えがあってこそだ。
ζ( 、 *ζ(煩わしい)
溢れ出る悪露の泡を、愚直にすり潰す。
手を思い描き、抱き込んで、ぎゅっとして。
ぱちんぱちんと割れる音。
小さな泡がぬるり、逃れてほかの泡とくっついた。
肥大した界面に、たくさんの目玉模様。
じろじろとねぶるように、わたしを見る目玉。
嫌い、きらい、きらい。
わたし一人では、持て余すに決まっていた。
ζ( 、 *ζ(この苦しみを、どうにかして分かち合いたい)
他でもない、 だけに理解してほしかった。
褒めてほしかった。
認めてほしかった。
謝ってほしかった。
厄介事の種を作って申し訳なかった、って
一言貰えたのなら、たちまち許してしまいそうだった。
483
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:34:19 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(傷付けたい)
張り裂けるような悲痛の後には、無尽蔵に怒りが込み上げて、
後悔してもしきれないくらいに加害性が増していく。
ただでは済まない致命傷を、魂に刻み付けたい。
ζ( ー *ζ(あなたにも、わたしにも)
何者にも敵わないくらい、オリジナルの傷を与えたい。
けれども同時に、膨大な羞恥心にも苛まれる。
彼との絆をひっくり返すなんて、災禍にも程がある。
たった今から一秒先まで支配する激情によって事を成したなら、
二秒先のわたしは烈しく悔いるのではないのか。
ζ( ー *ζ(やっている事が、彼の頬を叩いた女と変わらないし)
それが唯一の堤防として、吹き荒れる波濤を受け止めていた。
ζ( ー ;ζ(おかしくなりそう)
切除したい。
棄てて、焚べて、生まれた灰が、
無知蒙昧な人間を害したとしても、助かりたい。
悩みたくない。
どうして苦しい思いをしなくてはならないのだろう。
ζ( ー ;ζ(『好き』って、もっと貴い感情でしょう?)
ただれた感情の噴出は止まることを知らず、
害意のみが膨れ上がり、とうとう我慢が出来なくなったその時。
484
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:35:09 ID:wfKNAKAs0
青銅の靴が、ひとりでに踊り出した。
かつ、
かつ、
かつ、
と、三たび靴が哭く。
瞬間わたしの体は泡となり、光差す海面へと投じた。
無数の泡は浮力に抗い、沈み行く。
ζ( 、 *ζ(深海へ)
いつぞやか、わたしの誕生を言祝いだ深海へ。
485
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:36:01 ID:wfKNAKAs0
o° .。. 。 。.゚ 。 .
o 。.゚ 万能の魔女たる でも、 ゚。o
゚o,°行使できない魔法が唯一ある。o 。.゚ °
, .o° .。. 。 。.゚ 。 . ゚ . 、
。°。。。
それは、使い魔との契約だ。
使い魔には、重要な仕事が存在する。
見えざる境界の一つとして、人間である自分と魔女である自分とが存在する。
魔女は知恵者であり、孤立と探究心を象徴する。
知識を欲する限り、病老から逃れて長命を保つことが出来る。
一方知恵を享受する側が人間であり、還元と有限を象徴する。
終わりなき生命はメリットしか存在しないように思える。
けれどもちろん、デメリットだってある。
親交を深めていた魔女も人も、やがては死へと向かう。
一人残らず知人に先立たれることも珍しくない。
その後に人脈を広げたとて、彼らがいつ居なくなるのかは分からない。
元より人間というものは属することで、自己を安定させる生き物だ。
拠り所があるからこそ、人間は冒険できる。
探究心を殺すのは、やはり孤立だ。
その孤立から離れる方法が還元。
――つまり魔女であることを辞めて、人間に戻ってしまうことだ。
社会の心地良さを語る元魔女も、少なくはない。
ゆえに孤独と探求の境で、身動きの取れなくなる魔女はいる。
生涯付きまとう、厄介な問題だった。
――それを解決するのが、使い魔だ。
人間としての自分を使い魔に託し、距離を置いてしまうのだ。
少なくとも使い魔が存在する間、この問題で頭を悩ませることはない。
ζ(゚ー゚*ζ(けれども大仕事を受ける生き物も、なかなか見つからない)
だからこそ、使い魔を伴った魔女は尊敬と羨望を浴びることになる。
では何故、 には使い魔が存在しないのか。
486
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:37:14 ID:wfKNAKAs0
使い魔には、いくつか制約が存在する。
一、魔女一人につき一体までの契約とす。
二、双方の同意あっての対等な関係であり、強要や脅迫は通用しない。
三、使い魔は魔女の第二の生を担う者、軽んじて扱うことなかれ。
いわゆる使い魔の三原則と呼ばれる制約だ。
響きから誤解されやすいのだが、使い魔は奴隷や召使ではない。
人間である自分も、魔女である自分も、どちらも結局は自分だ。
優劣をつける事は出来ない。
並行して存在する事実を、下等とする他人に預けることはできない。
しかし、彼は違う。
ζ(゚ー゚*ζ(彼にとって、この世全てに存在するものは救済の対象)
救いの手を差し伸べることが出来るのは、強者のみ。
救済を受ける側は、絶対的に弱者である。
一見すると真理のように思える彼の信念は、一つの弱点を生む。
誰を相手取っても、平等な関係を築けないことだ。
魔女と使い魔は絶対的に平等な関係を結ばなくてはならない。
仮にその関係性が揺らいだ時には、使い魔は魔女の元を去るだろう。
するとどうなるか。
人間としての自分を見失い、境界の均衡は崩れ、
魔女は透明な澱へと閉じ込められる。
だから は、使い魔を作れない。
本当に、一人ぼっちなのだ。
487
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:38:23 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ(わたしが抜け駆けしたら、余計に孤独が沁む事でしょう)
これは、 に対する裏切りだ。
長らく憧憬していた恩人に、ひどい仕打ちだと良心は責めたてる。
ζ( ー *ζ(でも、仕方ないよね)
先に裏切ったのは、彼なのだから。
……思案の結びと共に、海の底が見えてきた。
追い返すように噴きあげる硫黄の熱泉。
行方をくらますマリンスノー。
炎を宿すクラゲは、吹き遊ぶそれに紛れて消えてしまった。
着地。
足下にいたオオグソクムシや名も知らぬ甲虫、
眠っていたと思しき魚は慌てて姿を消した。
ζ(゚、゚*ζ(一人だ)
突然の訪問者を出迎える生物は、一つとして存在していないらしい。
ζ(゚、゚*ζ(なんだか馬鹿みたい)
胸を締め付けていた熱も、今やすっかりと冷めてしまった。
ぽっかりと、胸に穴が空いてしまった気分だ。
488
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:39:10 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚、゚*ζ(自分が子供っぽくて、イヤになる)
用もなく歩き回るわたしは、自問自答を繰り返す。
何を夢中になっていたのか。
何故こんな所へ来てしまったのか。
どうして彼の側から離れる事が出来ないのか。
手放したくないとさえ感じてしまうのか。
ζ(゚、゚*ζ(なんだったんだろう、わたしの人生って)
鉛のように重い足を引きずっていた時だった。
こつん、
ζ(゚ー゚*ζ「こつん?」
バルーン状に広がった裾を引いてみれば、
一匹のオオグソクムシを、蹴り飛ばしていた。
ζ(゚ヮ゚;ζ「やだ、ごめんなさい!」
よろめきながらもオオグソクムシは、わたしの目線まで遊泳する。
ζ(゚ヮ゚;ζ「大丈夫かしら?」
思わず呟くが、当然返事などない。
あいかわらず、相手はふよふよと遊泳し続けている。
489
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:40:11 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ「……何か言いたい事があるの?」
問いかければ、体は丸まった。
まるでイエスと言っているかのようだ。
唖然とするわたしを前に、未だ体を丸めているそれ。
泳いでいないのだから、当然沈んでいく。
我に返り、慌ててそれを受け止める。
同時に、言語の魔法を注ぎ込んだ。
(;'A`)「うびゃびゃびゃ」
口から泡を吹きながら、触覚をじたばたとするオオグソクムシ。
ζ(゚ヮ゚;ζ「ごめんなさい。痛め付けるつもりはなかったの」
発声器を持たない彼らにとって、言語魔法は負荷が大きいのだろう。
けれども、
(;'A`)「おじょうさん、鉄の殻を着なくてもよろしいんか」
彼は自分の身よりも、わたしの心配をしてくれたのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「ご親切にありがとう。でも、わたしは魔女だから大丈夫」
('A`)「マじょ?」
訛り混じりの疑問符が、わたしの胸へと伝わった。
490
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:41:29 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「魔法を使って、様々な事を成すの」
('A`)「おじょうさんとおしゃべりが出来るのも、魔法ってやつか」
ζ(゚ー゚*ζ「そう、そうなの。あなたってとても賢いのね」
褒めるついでに撫でてあげたら、彼はこそばゆい声をあげた。
('A`)「さわるのはよしてよ。あんまり、慣れていないんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ああ、ごめんなさいね」
謝ると、彼の触覚が揺れた。
気にするなと言外に伝えてくるような動きだった。
おおらかと言えば、 だって似たようなものだけれども、
彼の動きや言葉遣いからは愛嬌が感じられた。
要するに、一目で気に入ってしまったのだ。
わたしは、彼に使い魔のことを説明した。
運がいいことに、彼もわたしに興味を持ってくれた。
いつぞやかに行われた深海でのお茶会を、彼は目撃していたのだ。
('A`)「びっくりしたぁね。
あんな風に飲みくいしている様を見たのは、はじめてさ」
朗らかに言われるも、もう随分と前の話。
恥ずかしさと懐かしさが入りまじる気持ちになった。
491
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:42:36 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「使い魔になると、四六時中丘にいることになるけど……」
('A`)「水にいるのもあきた頃だ。たまには冒けんしてもよかろ」
ζ(゚ー゚*ζ「……じゃあ、着いてきてくれるの?」
('A`)「もちろん」
まあるい目はかすかに笑って、わたしを受け入れてくれた。
そうと決まれば、話は早い。
しっかと彼を胸に抱き、わたしは問う。
ζ(゚ー゚*ζ「人間になった自分を想像して」
('A`)「にんげん……」
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの祈りは、わたしが叶える」
目を閉じて、
ζ(-ヮ-*ζ「 、 、 」
わたしは歌う。
492
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:43:53 ID:wfKNAKAs0
細かな泡が地底より噴き上げて、瞬く間に取り囲む。
泡の勢いはますます盛んになり、螺旋状の渦を取り巻く。
同時に、流星さながらに海面めがけて浮上する。
その過程で、彼は足を得た。
次には腕を、その次には知識を蓄える脳を。
そのまた次には、三日月のような背を形作った。
目はぎょろりとしたままに、口、喉、鼻、耳が立体化する。
童話の挿絵に出てくる悪魔そっくりの容貌だった。
けれども、不思議と嫌悪はない。
いよいよ近付く海面を前に、彼はわたしの腰を抱いた。
('A`)「っあ、あ ゙ぁっ」
言葉にならぬ声は、わたしに何かを伝えようとした。
('A`)「名前」
耳を傾けると、意味がするりと胸への飛び込んできた。
名前。
彼に相応しい名前。
ζ(゚ー゚*ζ(わたしの孤独を埋めてくれる人)
('A`)「名前」
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ」
('A`)「……ドクオさん?」
復唱ついでに敬称が付いてきた。
そこで初めて、わたしの名前を聞いているのだと分かった。
493
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:46:06 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、わたしはデレ」
夕日差す海岸へと飛び移り、わたしは倒れこむ。
少ししか潜水していないのに、全身はひどくくたびれていた。
それでも、わたしは伝えなければならなかった。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたがドクオ」
初めてとなる贈り物を渡して、わたしは気絶した。
深海への転移に環境適応、使い魔の契約に人身変化などなど……。
大掛かりな魔法を連続で行使したから疲労困憊もいいところだった。
結果、どうなったのかというと、
ζ(>ー<*ζ「ぺくちっ!」
風邪をひいていた。
一晩中、浜辺で気絶していたからだ。
('A`)「だ、だぃじょおーぶ?」
たどたどしく発されるドクオの声は、熱っぽい頭にずきずきと響く。
ζ(´ー`;ζ「大丈夫だから、静かにね……」
私室のベッドに、ようやくわたしは行き倒れる。
幾度となく涙を吸った枕が、とても愛しい。
砂だらけの靴を脱ぎ散らかして、布団の繭にこもった。
494
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:47:17 ID:wfKNAKAs0
('A`)「し、しずぅ、かに、」
呟くドクオが、すり足で去ろうとする。
が、すり足が見事に水桶をひっくり返した。
慌てるドクオに、頭痛が響くわたし。
すっとんきょうなドクオの声が、脳裏にキンキン反射する。
思わずわたしは、耳を塞いだ。
悪気がないのは分かっている。
深海の奥底で体を丸め、遊泳していた身だ。
しかも何十年と暮らしていたわけで、
はい慣れて下さいと言われても上手くいかないのは分かっている。
でも、
ζ(´ー`;ζ(具合が悪いと、きついわ……)
食事の用意や介抱の仕方も、魔法で逐一指示しなくてはならない。
我々の常識を持たない、異種の生き物だからだ。
ζ(´ー`;ζ(超しんどい)
きわめつけは、 からの手紙だ。
私室に戻って最初にしたことといえば、
彼への手紙をしたためることだった。
薬でも飲んで大人しく寝ればよかったものを、どうしても優先したかった。
内容は簡潔かつ「いつも通り」を装って、
最後に使い魔と契約したことを含めて書いた。
取り返しのつかないことを、とうとうやってしまった。
病身にとって、罪悪感はひどく沁みるものがあった。
封をして、窓を開けて、風に任せれば、
半日と経たずに、彼の元へと届くだろう。
495
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:49:30 ID:wfKNAKAs0
手紙を手にした彼は、怒るのか。
それとも悲しむのか。
マウントを取ったわたしに対して、どんな感情をぶつけてくれるのか。
さもしい欲に負けたわたしは、へとへとになりながらも書いてしまった。
なのに。
ζ( ー *ζ(おめでとうって、なに)
精一杯の仕返しだった。
超えてはならない一線を超えたつもりだった。
それなのに、それなのに、
ζ( ー *ζ(虚しい)
おまけにどこから知ったのか、ご丁寧に風邪薬まで届けられた。
気遣うような文章ととともに。
ζ( ー *ζ(ふざけんな)
あいつの存在を許せないわたしが、馬鹿みたいだ。
自分の器が小さいって、言外に言ってるようなものだし。
ζ( ー *ζ(わたしが、すごい欲張りみたいじゃない)
実際、 の一番になりたかった。
496
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:50:14 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(みじめだ)
読み終わったわたしは、衝動的に手紙を破り捨てた。
こんな事は、初めてだった。
がくれるものはなんだって嬉しく思えたし、大事に保存した。
そんなわたしが、唯一破り捨てた手紙。
だけども風邪薬は、ありがたく頂戴した。
口が瓶に触れただけで、熱が干されていく。
味も、薬とは思えないくらいおいしい。
薄荷がスゥッと喉を下って、
舌の上では生姜と八角の風味が踊っている。
刺激が強い風味を、甘草が優しくまとめてくれている。
潮の満ち引きのように、健やかさがたぎるのがわかった。
だけども、やっぱり空虚に思う。
('A`)「デれ?」
雑巾を手にしたドクオが、わたしの顔を覗き込む。
床を拭く手を止めてまで、わたしの様子が気にかかるようだ。
ζ(゚、゚*ζ「なぁに?」
幾分か落ち着いたわたしは、優しく問いかける。
('A`)「い、たィ?」
具合が悪いのかと問われている、らしい。
おかげさまで、熱は下がりつつある。
嫌味なくらい、彼の薬は良く効いた。
497
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:51:30 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫」
('A`)「へェキ?」
ζ(゚ー゚*ζ「平気」
('A`)「へィき」
ζ(゚ー゚*ζ「いつだって平気だよ」
('A`)「……ィらなぃ?」
屑箱を指すドクオに、わたしは頷いて、
ζ(゚ー゚*ζ「……やっぱり、要る」
('A`)「いる?」
ζ(゚ー゚*ζ「千切った手紙」
('A`)「テ紙」
躊躇なくゴミを漁るドクオは、やがて紙片を探し当てた。
('A`)「ハぃ」
ζ( ー *ζ「うん」
千々に分かれた紙を、丁重に拝受する。
ζ( ー *ζ(やっぱり、捨てられない)
そう簡単に、できることじゃなかった。
498
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:52:10 ID:wfKNAKAs0
o゚ 。 ドクオは、世話の焼ける使い魔だった。o 。.゚
。 。o゚ 。 . 。°。o 、o゚ 。 . 。o 。
。o 。.゚。 。o゚ 。 . 。° 。 。o゚ 。
o 。 。 。o゚ 。
°o 。.゚
お使いを頼むとだいたい間違うし、すぐ迷子になる。
歩くのも遅いし、言葉だって聞き取り辛い時がある。
要領を得ない時には、手を取って想いを読み取った。
こんな事をしているから上達しないのだろう。
自覚していたけれども、一番的確に伝わった。
だからだろうか。
大掛かりな魔法を行う時は、最高の助手役を務めてくれた。
複雑な文語を使うよりも、身振り手振りから
意図を察する方が、彼の性に合っていたのかもしれない。
けれどもわたしには、とても新鮮な事のように思えた。
だって今までは、粛々と一人で準備するのが常だったから。
ζ(゚ー゚*ζ(二人で一つなんだ)
はたとそう気付いたのは、随分と経ってからだ。
魔女にとって使い魔は、最上の鏡として機能する。
しかし使い魔自身にも、数多の境界が眠っている。
それらを尊重し、互いに引き出す事でより多くの力を手にすることが出来る。
499
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:54:13 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ(素晴らしい力ね)
朴訥の過ぎる彼だが、かえって良かったのかもしれない。
次第にわたしは、穏やかさを手に入れていった。
死体女としばらく顔を合わせなかったせいもあるだろう。
仕事の忙しさにかこつけて、ずいぶんと放ったらかしにしていた。
ζ(゚ー゚*ζ(でも、いい加減様子を見に行かなくちゃいけないかしら)
思うも面倒だからついつい後回しにしていた折だった。
から、招待状が届いたのだ。
来たる四月三十日。
『ちょっと遅れたお誕生日のディナーでもいかが?』と。
甘い蜜には、つねに苦い毒が隠されているものだ。
わかっている。
だけどもわたしは、久々の再会に喜びを禁じ得なかった。
500
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:56:11 ID:wfKNAKAs0
゚ . ホテルのエントランスで一人待っていると、
。°。タキシード姿の彼がやって来た。°。 . °
゚ ゚゚ 。 ° . 。° ..゜° .。. 。 。° .o
°。o 。° . 。° ..゜
。.゚ 。 ゚o 。.。o゚ 。
。o 。.゚
.゚ 。
。o゚。
(´・ω・`)「今日も一段と美しいね」
普段から想像も出来ないような美辞麗句を彼が吐く。
思わず、わたしは吹き出した。
ζ(゚ー゚*ζ「今更になってお祝いなんて、どうしたの」
(´・ω・`)「どうもしないよ、お祝いがしたかっただけさ」
彼の猫は逃げ出さない。
そのままわたしの手を取って、揚々と最上階へと連れ去った。
逃げる気にもならず、わたしはされるがままだった。
ζ(゚ー゚*ζ「魔法以外で、こんな景色を眺めるなんて初めてね」
(´・ω・`)「まったくだ」
煌びやかに輝くビル郡に感心するふりをしながら、
わたしはドクオのことを考える。
程近い距離にある裏路で、ドクオは待つと言っていた。
いかにも格式高い場所へと連れられたら、
ガチガチに緊張してしまうと本人が渋ったからだ。
ζ(゚ー゚*ζ(いい機会だから、挨拶させようと思っていたのに)
半分はそう思いながら、
もう半分は夜景を見せてあげたいと考えていた。
501
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:58:17 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「デレ」
声を掛けられて、ようやく気付く。
ワイングラスを片手に、彼は乾杯を待っていた。
慌ててわたしも後を追い、笑顔を繕った。
(´・ω・`)「素敵な魔女の誕生に、乾杯」
ζ(゚ー゚*ζ「……なんかそれ、恥ずかしくない?」
(´・ω・`)「素敵だろう?」
ζ(゚ー゚*ζ「褒めたってその手には乗らないわよ」
わざと声を低く作ると、 は困ったような顔をした。
(´・ω・`)「乗らないかぁ」
苦笑する様を見て、ようやく彼の目的が分かった。
502
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 18:59:22 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「……ペニサスちゃんのことでしょ」
嫌悪に塗れた言葉は、喉を通る時に糖衣をまぶせてから飛び出した。
(´・ω・`)「……よく分かったね」
ζ(゚ー゚*ζ「あなたを夢中にさせるものは、あの子しかいないもの」
自嘲を交えながら、前菜をつつく。
野菜とツナのテリーヌ。
その周りを取り囲む、炎の色をしたソース。
あっさりとした、上品なコンソメの味がした。
(´・ω・`)「……どうもね、使い魔を作ったらしいんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「……冗談でしょ?」
ゼラチンで凝固したパプリカを噛み、わたしは問う。
ζ(゚ー゚*ζ「ありえない、独学でそんな真似――」
音を立てないように、目一杯の力を込めて、フォークを突き立てる。
味はいい。とてもいい。
しかし徐々に削られていくテリーヌに、同情を禁じ得なかった。
(´・ω・`)「僕が嘘をつくと思う?」
ζ(゚ー゚*ζ「……なんで、そんなことになったの」
思わず言葉が飛び出すが、原因は分かっている。
503
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:00:05 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「気付くのがあまりにも遅すぎた」
ζ(゚ー゚*ζ「二人ともね」
多忙にかこつけ、監視を怠ったツケだ。
沈黙と同時に、次の料理がやってくる。
ζ(゚ー゚*ζ「……よくやるわね」
よく磨かれたスプーンを、ためらいなくスープへと突き落とす。
飾りとして浮いていた菜の花は、あっと言う間に底へ沈んでいった。
(´・ω・`)「蔵書の中には、たしかに使い魔の記述もあるけどね……」
頭が痛いのか、彼はトニックウォーターを口にする。
スープは、未だに手付かずだ。
わたしも、 も。
(´・ω・`)「あれほどの資質があると見抜けなかった、僕が悪い」
せせら笑いを浮かべて、彼は言葉を繋げる。
(´・ω・`)「どうしても魔女になりたいんだってさ」
ζ(゚ー゚*ζ「やだぁ、わたしの真似っこ?」
笑みを誂えず、スープを口にする。
柔く舌に伸びる苦味は、今の胸中にぴったりだった。
504
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:01:38 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「……魔女にさせたらダメなの?」
ふとした思い付きで、言葉を放つ。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの救済が彼女に届いて、
変化をもたらしたってことでしょう?」
はたして悪いことなのか、という言葉は出なかった。
(´-ω-`)「…………」
スプーンを手にしたまま、 は動かない。
目をつむり、思案しているように見える状態が何を訴えているのか。
長年の付き合いによって培われた経験は、一つの答えを弾き出す。
ζ(゚ヮ゚*ζ「……ごめんなさい」
へら、と笑いを纏う。
声は極力、情を掻き立てるものに。
手が、震えそうになる。
物音を立てないよう、わたしはスプーンを見放した。
ミルフィーユじみたシフォンのドレスに、握りしめた手を埋める。
ζ(゚ヮ゚*ζ「ペニサスちゃんは、そのままでいいんだものね」
(´・ω・`)「……うん、そのままでいいんだよ」
505
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:03:31 ID:wfKNAKAs0
たった数秒の沈黙が、わたしには永遠のように感じられた。
それなのに、 は何事もなかったかのように振る舞う。
(´・ω・`)「おいしいスープだね。君も食べてみなよ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ええ、頂くわ」
(´・ω・`)「次にはきっと、鯛のポアレがくるよ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「まぁ、素敵ね」
(´・ω・`)「とても美味しいから、君にも食べてもらいたかったんだ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ありがとう、嬉しいわ」
ディナーは、静々と進む。
当たり障りのない会話を繰り返し、
豪勢かつ美味と感じられる食事に舌鼓を打つ。
酒も健全な範囲で嗜んだし、デザートには薔薇を閉じ込めたジュレを楽しんだ。
どこにも不備はない。
楽しかった。
美味しかった。
お祝いをしてくれて嬉しかった。
何もかもがきっと完璧だった。
506
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:04:14 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚、゚*ζ(でも、話のセンスはイマイチだったわね)
エントランスで見送る彼は、深夜になったら日本へ行くと言っていた。
それに先駆けて、わたしは死体女を確保することにした。
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ」
小さく呼べば、闇を鋳型に男が現れた。
('A`)「カ、かぇル?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうもいかなくなったの」
手を差し出せば、それに習ってドクオも手を取った。
そのまま言葉にすることもなく、わたし達は踊った。
音楽は要らない。
この踊りが、なんて呼ばれているものなのかもわからない。
ただ体を揺らし、足を踏まないように気をつけて。
相手に、体を捧げるように。
507
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:06:14 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ー゚*ζ「死体に会いに行くの」
('A`)「……エさ?」
一瞬ぽかんとして、その後に小さく笑いが漏れた。
ついでに踵を打ち鳴らし、泡を呼び出した。
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、海の掃除屋さんには馴染み深いものよね」
間違いではなかった。
わたしにとってペニサスは、必要性を感じない。
ただのゴミクズだ。
ゴミは、しかるべき場所に投棄すべきである。
紙は燃えるゴミに。
ペットボトルはリサイクルに。
死体は、墓場に。
ζ(゚ヮ゚*ζ(それが出来たら、どんなに素敵でしょう)
そう思ったのが、運の尽きだったのだろうか。
……少し考えてみれば分かる事だった。
ドクオは自己表現に乏しいけれど、思慮深く、わたしの意をよく汲む。
あの時も例外ではない。
露骨なわたしの言葉に、尋常ならざる害意を汲み取ってしまった。
ζ( 、 *ζ(思い出したくないわ)
直接わたしが手を下したわけではない。
しかし が大事にしているものを壊した事実は、覆せない。
508
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:07:00 ID:wfKNAKAs0
(´-ω・`)「――君には荷が重すぎたのかな」
夜明けも間近に迫った頃、 はそう言った。
カウチソファーに身を預ける彼。
その頭上では、月を模した光が照っている。
柔らかな偽灯は、深い緋色をしたベルベット地の艶を引き出している。せっかくの暖色を、青銅色の鋲が寒々しい印象を制す。
対照的な色の組み合わせは、まるで混沌そのものだった。
ζ( Д ;ζ「ごめんなさい」
何度目になるかわからない謝罪に、 は片手を挙げる。
彼は、酷く疲れていた。
無理もないだろう。
デミタスには悟られないように平静を装っていたが、
『元に戻す』魔法は繊細で、易々と行える芸当ではないのだ。
ζ( ー ;ζ「本当にごめんなさい」
頭を下げるわたしに、今度は彼の首が揺らめく。
(´-ω-`)「もう、いいよ」
もう、要らないよ。
もう、何も言わなくていいよ。
もう、鬱陶しいよ。
もう、許すよ。
似たり寄ったりの推測が脳裏に浮かぶ。
わたしは、途方に暮れていた。
509
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:08:41 ID:wfKNAKAs0
(´-ω・`)「そろそろ朝食を作ってあげないと」
独白のような言葉に頷き、視線で密かに問いかける。
ζ( ー *ζ(あなたは、どうするの?)
幽けき問いが、ふうわりと彼にしがみつく。
(´-ω-`)「僕は、少し休むよ」
ヒュ、と細く喉が鳴る。
わたしの献身を反故にするなんて、今までにないことだった。
取り繕ってはいるものの、ひどく怒っているんだ。
理解してしまい、一瞬歩みが止まる。
ζ( 、 *ζ(わたしの一撃には、何にも反応してくれなかったのにね)
それだけ、 は彼女に入れ込んでいるのだ。
(´-ω-`)「頼むよ」
ζ( ー *ζ「――何を?」
そこで初めて、わたしは陳謝以外の言葉を口にした。
背中の向こうで、口籠る気配がする。
怖い。沈黙が。彼が。
何を頼もうとしてるかなんて、聞きたくなかった。
止めていた歩みを、一歩、二歩。
三歩進めたところで、彼が言う。
(´-ω-`)「――朝食の後、デミタスをここに連れてきてくれ」
510
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:09:46 ID:wfKNAKAs0
瞬間、わたしは理解する。
彼に、魔法をかけるのだ。
使い魔を、ペニサスから取り上げようとしている。
あるいはわたしに、永遠を与えようとしている。
ペニサスの監視という大役を。
ζ( ー *ζ(そんなに、)
そんなに、あの子のことが、大事なのね。
゚ 。 。o゚ 。 ..゜. 。°゚ o .゚.。. . 。°。゚、.。. ゚o
。°。,"嘆息とともに、泡がいくつか出でた。.。. 。゚ .
゚o 。.゚ 。 。o゚ 。 . 。° 。゚ °o, ゚
. °。 ゚
°。o 。° .もうすぐ、終着点だ。 。° ..゜o
。.゚ 。 ゚o 。.゚ 。 。o゚ 。 . 。°。o 、
。o 。.゚。 。o゚ 。 . 。°。 . 。 。° °
511
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:10:31 ID:wfKNAKAs0
透明な風が吹き荒ぶ中、わたしは手を伸ばす。
ζ( ー ;ζ「だめ、だめ、だめ……」
初めてだった。
こんな風に、彼に触れたのは。
いつだってわたしに触れて来るのは、彼からだ。
あからさまに求めたことはなかった。
彼に向かって欲をぶつけた人は、皆立ち去っていった。
だからわたしは彼を求めなかった。
それが永遠に近付ける方法だと信じていた。
ζ( ー ;ζ「わたし、あなたがいないとだめなの」
抵抗もなく、包まれるようにして彼は静かに抱かれた。
実感さえもが既にあやふやと化している。
決して離すまい、と力を込めた。
ζ( Д ;ζ「行かないで」
わたしが遠くへ行ってしまっても、迎えに来てくれると約束したのに。
ζ( Д ;ζ「ひとりにしないでよ」
あなたが遠くに行ってしまったら、わたしは永遠に追い付くことが出来ない。
だって王子様は助ける為の存在で、助けられる側ではない。
わたしは魔女。
王子様にはなれない。
誰も、王子様を救うことは出来ない。
512
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:12:26 ID:wfKNAKAs0
ζ( Д ;ζ「行っちゃやだ!」
答えはない。
本当に今対面している人物は、 なのだろうか。
分からない。
しかし手放すわけにはいかなかった。
ζ( Д ;ζ「くっ……」
ことさら強く風が吹いた。
瞬間、彼はわたしの頭を撫でた。
ζ( Д ;ζ(違う)
わたしが欲しかったのは、これじゃない。
こんな子供みたいな扱い、いつまでも喜んでいられなかった。
ζ( Д ;ζ「わたし、」
だけど、言えない。
この期に及んで、彼の機嫌を伺っていた。
ζ( Д ;ζ「あっ……」
抱きとめていた腕の中から、質量が抜ける。
前のめりになっていたわたしは、ゆっくりと倒れ伏す。
513
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:14:33 ID:wfKNAKAs0
ζ( Д ;ζ(足、)
付け根からふわりと失われていく感覚。
それなのに、つま先は折れそうなくらいに力を込めていた。
駆ける。
わたしは駆けようとする。
駆け抜けて透明な澱から彼を取り戻そうと、太ももを痙攣らせて、
ζ( ー ;ζ「まって、」
遠ざかる。
一瞬にして追い付けないと脳が判断する。
諦めてしまう。
諦めたくない。
失いたくない。
失う。
二度と戻らない。
戻って欲しい。
嫌だ。
無理。
ζ(゚ー゚*ζ「…………………………………………ぁ?」
目の前にあるのは床で、見渡すとそこは物置部屋だった。
小さな、小さな、ありふれた雑品の山。
居た堪れないような表情の男に、やっぱり間抜けなツラをした死体女。
いない。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ぁ……。あぁ……!!」
あの人は、いない。
認識した瞬間に、涙が溢れた。
514
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:16:38 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(つらい瞬間だった)
彼のいない人生に、わたしは価値を見出すことが出来なかった。
全部夢で、今に目が覚めて。
ζ( ー *ζ(――思い込んでいられるのも、最初だけだった)
現実は、変わらない。
彼の不在は、永遠に続いた。
悲嘆は枯れ、わたしは何もしなくなった。
呼吸さえも諦めて、彼に迎えてほしかった。
ζ(゚ー゚*ζ(でも)
絶対に諦めたくなかった。
だからわたしは、再会できた。
は、いる。
目の前にいる。
たしかに彼は、存在している。
515
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:17:28 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「食べないのかい?」
彼は、食事をしている。
レストランで、わたしとディナーを楽しんでいる。
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、頂くわ」
(´・ω・`)「食べないと、鯛のポアレが冷めてしまうよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい」
(´・ω・`)「だって今日は、君のために一日を使っているんだからね」
ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、素敵ね」
言いながらも、思い出す。
今日はわたしの誕生日。
だから は、わたしのためにお祝いをしてくれる。
忙しいのに、わたしのために来てくれた。
数多ある不幸を押し退けて、わたしの幸福のために来てくれた。
(´・ω・`)「とても美味しいから、君にも食べてもらいたかったんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、嬉しいわ」
今日は、難しい話をしない。
あの女の話もなし。
不愉快なお願いもしてこない。
ζ(゚ー゚*ζ(幸せ)
516
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:18:16 ID:wfKNAKAs0
でもどうしてか、窓の外に広がるのは無機質なビルの群れだ。
わたしの見たい景色に、捻じ曲げることができない。
わたしは、海を見たかった。
夕日に暮れる美しい海を眺めて、好きな人と幸せな時間を送って、
わたしのためだけに一日を消費させて、手を取り合って愛を囁く。
ζ(゚ー゚*ζ(海がいい)
祈るわたしは、彼に微笑んだ。
がナイフとフォークを持っている。
なめらかにナイフを動かし、ポアレを切る。
背景は、糸杉の森。気に入らない。
表情を綻ばせた彼が、再びポアレへと向かう。
切られたばかりの魚は、失せた身を補完している。
同じように、フォークを動かす彼。
背景は、古びた図書館。辛気くさくて嫌。
口へと運ばれるポアレ。
溢れる笑み。
復元するポアレ。
優雅に揺れるナイフ。
上昇するフォーク。
背景は街の雑踏。二人きりがいい。
控えめに咀嚼。
元に戻るポアレ。
背景は、満天の星空。寒々しい。
それを捉えるナイフ。
切片をのせたフォーク。
背景は大理石の神殿。だから違うの。
517
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:19:16 ID:wfKNAKAs0
身を収めた彼の口。
蘇るポアレ。
きらめくナイフ。
背景は摩天楼。ふりだしに戻る。
身を穿つフォーク。
薄く開いた唇。
背景は青空。墜落事故のよう。
伸長するポアレ。
添えられたナイフ。
典雅なフォーク。
背景は、黒い海。少し惜しい。
品の良い歯並び。
始まりへと至るポアレ。
延々と繰り返される食事。
背景は。背景は。背景は。
ζ(゚ヮ゚*ζ(何度だってやり直す)
と海に行けるまで。
わたしは、諦めない。
518
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:20:00 ID:wfKNAKAs0
かくてめでたく悪より逃れて 了
.。. 。 。 ゚o 。.゚
。 。o゚
。 . 。°
。゚ ゚ o .
.゚.。.
。。゚ ゚
..゜
°
。 。°゜° .。. .o 。° .o
゜° .。. .oくてめで ゚°く"悪より逃れて。'゜° .。. 。
, .o° .。. 。 。.゚ 。 . ゚ . 、。°。。。゚ ゚゚ 。
° . 。° .. ゚
° 。.o
.。. 。 。 ゚o 。.゚
。 。o゚
。 . 。° 。゚ ゚ o .
ゆめと .゚.。.
。。゚ ゚
..゜うつつの
あ .。. 。
。 わ
゚o 。.゚
い 。 。o゚
。 . へ。°
。゚ ゚ o .
.゚.。.
。。゚ ゚
..゜
519
:
名も無きAAのようです
:2021/12/25(土) 19:21:01 ID:wfKNAKAs0
.
520
:
作者より
:2021/12/25(土) 19:22:23 ID:wfKNAKAs0
今回の投下は以上となります
なかなか投下できずすみませんでした
最終回まで多分もうちょっとかかります
では皆さんよいクリスマスを
521
:
名も無きAAのようです
:2021/12/26(日) 08:08:55 ID:S9gN3szk0
まだ、まだ終わらないのか
胸熱
522
:
名も無きAAのようです
:2021/12/26(日) 18:57:44 ID:aoslLyv60
乙!!
523
:
名も無きAAのようです
:2021/12/26(日) 21:20:16 ID:mJDbJHPE0
相変わらず最高だな…
最高のクリスマスプレゼントをありがとう
続きも期待
524
:
名も無きAAのようです
:2021/12/27(月) 03:17:38 ID:Kj78yNS.0
乙
全員好きだけど、デレとドクオの関係、すごく好きだなぁ
続きも期待
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