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根本・珪水なんでもコーナー

1珪水:2005/01/09(日) 23:04
山田さんのひな祭りの位置の質問・気が付きませんでした。調べてみます

2根本敦史:2005/01/10(月) 03:07
珪水様、ありがとうございます。何とも恐れ入るばかりのスレッドです。
又、山田様、ありがとうございます。正に山田様のご指摘のあったとおり、閲覧のみの時間が長かったせいか、投稿をしながらトピックが纏まらずご迷惑をお掛けしているのではと心配しておりました。こと温故知新という観点からすると自分の投稿がスレッドの趣旨から逸脱してきていないか、そう思っておりました。
かたや思うのは、今日のような膨大な情報が渦巻く中にあって、どのような「情報」に目を向け、探し出し、そして抽出し、「インテリ(頭)」に教えていくかという作業が、ひとつの重要な「センス」だと思っております。そうした意味でも、お気に入りの良質な情報がやり取りされる「場」を見つけられたことに感謝せずにいられません。特に、こうした作業で重要となるのが、きっと「人」を観る、読む「センス」ではないでしょうか。衣食住もさることながら、私達が日々接する「人」から受ける影響の大きさは多大なものです。こと、私が「人」を観る際の一つの物差しが「正義」であります。これは桜沢氏がいう「健康」の為の必須条件でもありますし、私も同意し、また、実感します。こうして今があるのも、正月に誓った「正義」がまずあるのであり、そして、この機縁と健康と幸せがあります。
なお、「引用」が多いのは自信のなさの表れです。実生活での経験も浅く、知ってはいながらも自分で実証できずにいる事柄が多いのです。そんな中で、只、「もっと知りたい」「こう感じたが、それは正しいのか」という気持ちが先走るのです。

3近藤:2005/01/10(月) 03:11
確か関東と関西では右左が逆転するのですよね。
関西は京都を中心とした貴族社会、関東は江戸を中心とした武家社会を
反映しているのでしょうか。関西は右がお姫様、関東は右が男雛だったと
思います。この「右と左」についてはいろいろなものについて疑問がつきまといます。
先日どこかの新聞に日本人の研究者がローマ近郊でディオニュソス像を発掘・修復したとか
写真も載っていましたが、ローマ時代の彫像にはめずらしく重心が左にあるとかで
写真を見てもちょっとおかしいというか変な感じがいたしました。
理性や明朗さを象徴するアポロンと対極にあるのが秘儀などで神秘的な世界を象徴する
ディオニュソスと理解しておりますが、面白い話だと思います。
またなぜご飯とお味噌汁をお膳に置くときにごはんが左でお汁物は右でしょうか。
これも地域によって違いがあるのでしょうか。

4根本敦史:2005/01/10(月) 13:46
近藤様、はじめまして。よろしくお願いします。
さて、ご飯とお味噌汁の右左のお話し、とても興味深いです。珪水様が以前、懐石料理のお話しをされていますが、併せて考えていくととても面白いと思います。
とても幼稚なことを書きます。私達の多くが右利きでございまして、箸を右手で、お茶碗を左手で持ち、食事をします。そんな時、ご飯が右にあると、ご飯に左手をもって手をやる時に、とても食べにくいのです。お米を中心とした食生活を送る私達にとって、ご飯が左にあり、汁物が右にあるのはとても合理的であり、かつ、そのお米に対する最大限の敬意の表れなのかとさえ思われてきます。また、そうすることで、お米をはじめとした穀物中心の食事を自然とさせてくれる貴重な習慣なのかもしれません。目の前に大きな油こってりのステーキがあり、それをそえるようにパンやライスがある食文化と何とも大きな違いです。
また、食事の話にそれますが、このご飯とおかずのバランスも重要な要素かと思います。特に、経験の浅い私の場合、おかずを多くとることは、そのバランスの維持の難しさから、若干のリスクを背負うことを意味します。お米、特に、玄米や五穀米などは、それだけで中庸を保つに容易であるということです。しかし、数々のおかずを中心に構成される経験に裏打ちされた優れた懐石料理というものの芸術性に驚かされます。一度、味わってみたいものです。

5珪水:2005/01/10(月) 14:10
近藤さんの書かれた重心のお話ですが人間の重心はどこにあるのでしょう。これは右遷左遷となり重要な問題であるでしょう。キリスト教の十字のきり方も左右があります。日本語の文章は右から左に流れ墨を使い書いていたとしたら左利きのほうが書きやすいでしょう。また英語は左から右に流れ右利きでしょう。右脳と左脳に関係があるのかもしれません。だとすれば日本食は右脳を活性させ潜在意識に左脳があるのでしょうか?これを調べると面白いのでは?私は今の人間のルーツは北半球がルーツと思っています。重心の位置から見て。

6根本敦史:2005/01/10(月) 14:12
また、私達の体の右左についてもとても興味深く考えさせられます。
藤原様と塩谷様の共著書「想念力の驚異」には、正心調息法の手の組み方として「鈴の印」なるものが紹介されており、利き手(右)を垂直に、反対の手(左)は水平になるよう、とあります。塩谷様のお考えでは、「利き手に頂いた分をす対者に頒ち、反対の手にいただいた分を己が頂く。内修外慈の相。」とあります。こうして考えてみると、お茶碗を持つ左手は比較的水平であり、箸を持つ右手は垂直になります。また、お米という貴重な生命、光を、右手に持つ「箸」が、私達の体に「はし」渡しをしてくれているようで、有難いものです。
そして、大仏様、菩薩様の手の配置も、右が垂直、左が水平というのが多いみたいですが。また、心臓も左に寄っています。
何だかお腹がすいてきました。戴きます。そして、ご馳走様。

7珪水:2005/01/10(月) 14:42
自分の重心、本当は自分は右利きなのか左利きなのかによってガラット人生変わります。しめ縄を正月に飾りますが本当に〆めているのか?チェックする方法があります。考えましょう、正解の場合何らかの方法であなただけに教えます

8根本敦史:2005/01/10(月) 14:57
上記「6」は先の「5」を確認せず、同時に投稿してしまいました。
右遷左遷のお話し、大変、興味深いです。ありがとうございます。どうも反時計回り(これは右回り?、左回り?)に自転を行うこの地球の北半球に位置する私達は、なんとなく北極星の方向に目をやりつつ、東から昇る太陽様のエネルギーを丑寅の方向に口を開けてエネルギーを得ているのかと。その場合、右で受けて左に戴くというのが何となく納得させられます。
ついでに言うと、回転運動について、何となくその重要性を感じつつも、未だよく理解していない自分があります。よく観察してみます。
また、先日、京都に住むある先生から「人は立ってバリバリ働くべきだから、それを表す名刺は縦書きが良い」といった旨のご指摘を受けました。もって、最近、手紙を書くことを習慣づけており、それも、墨とまではいきませんが、縦書きで書いておりました。日本語の文章が右から左に流れ、それが左利きの方が書きやすいであろうこ感じておりました。併せて、左利き・左脳文化のことについて思いを馳せたこともありました。私達の大半が右利きとなったのは何時頃からなのでしょうか。ずっとそうだったのでしょうか。それとも何らかの形で封印されたのでしょうか。

9根本敦史:2005/01/10(月) 15:07
またまた重なってしまいました。しかし、本当にありがとうございます。
しめ縄の件、考えてみます。只、しめ縄の云われや意味するところを、持ちうる手段をもって、まず確認させていただきます。それはよろしいでしょうか。そして、「本当に〆ているか」については、自分の頭で考えて見ます。

10根本敦史:2005/01/10(月) 15:47
藤原様、はじめまして。よろしくお願いします。「『学問は光なり』と『賢者のネジ』の表紙にあるロゴの持つ秘力の意味」の投稿、心より楽しみにしておりました。
このスレッドで先に掲げた京都のある先生は、昨年、仕事の関係で知り合ったお方で、初対面にも関わらず大変なご好意を戴きました。同氏は、京都のある社家の家のお方で、また、設計会社を運営する建築家でもあります。初めてお会いしたその翌日、本当に偶然時間が空いていたことから、わざわざホテルにまでお出向かいに来ていただき、「晴明神社」と「上賀茂神社」をご案内戴いたものです。そう言えば、同氏とのこの機縁の始りも、鞄の中に入れていた「賢者の螺旋」の表紙のロゴによりもたらされたものであったこと、今になって有難く思い返されます。
玉井様のお話しがでましたので、少し此処に書かせていただきます。以前、ご紹介いただいた「Zファイル」を私も読みました。大変興味深い世界です。特に私の関心をそそってならないのが、玉井様のたまいらぼ出版のHPに掲載されている氏の写真の後ろに「八尺烏」なる書が掲げられていること、また、同スレッドで「金烏玉兎集」が出てくることなどです。「金烏」は太陽を象徴し「八尺烏」もまた太陽を象徴します。その「八尺烏」の書が玉井さんの後ろに燦然と輝いているのです。また、蛇足かもしれませんが、ここでご紹介いただいた首藤尚丈様の講演会に出席し、同氏とお話しさせていただき機縁もこの場で得ました。とても楽しかったです。
では、益々冴え渡るセンスをもって、多くのシンクロにシティが貴殿の益々のご活躍をご支援するよう、心よりお祈りしています。投稿、楽しみにしています。

11近藤:2005/01/10(月) 17:13
正心調息法にある鈴の印は利き手の親指が上になります。
これとは別に無意識に手を組む(それぞれの指を重ね合わせる)と
私の場合左親指が上にきます。また無意識に足を組むと右足が上にきます。
古代ローマでは右足は正義、左足は邪悪といわれ家に入るときは必ず
右足から入ったそうです。また西洋では左利きのものは忌み嫌われ虐げられた
歴史があるようです。珪水先生の仰る様に西洋では左から右へ書く、右利き向き
ですね。中東諸国は右から左、日本も縦書きではあるが右から左。
しめ縄も人によっては閉めていることになりまた人によっては逆にゆるめていることに
なるのでしょうか。そういえば帯の巻き方向も関西と関東とでは左右違いますね。

12東 治:2005/01/10(月) 19:16
重心、自分に重心があるなんて全く意識していませんでした。
利きの話が出ておりますが、大概の方は利き手側の側頭部が発達
しています。右利きとすると左脳の支配関係になりますので、左
側の脳が発達する考えられますが、側頭部は右側が膨らみます。
また、利き手と利き目は必ずしも一致しませんが、顔の向きも正中
に向いていません。

身体の方は専門でないので、書けませんが、考えてみます。

13近藤:2005/01/10(月) 21:54
布(タオルや雑巾)を水に濡らして絞る時、どちら側にねじって絞るかを
チェックしてみたら人によって違いそうですね。

14ナニワのダルマ:2005/01/11(火) 01:08
私は字を書くのが右で箸を持つのが左、目が左で耳が右利きです、目と耳は検査で調べてもらいました。こういう人間を支離滅裂型のチグハグ人間と言えばいいのかどうかは別として以前、藤原博士と対談されている真言宗神道派住職の佐藤任氏との記事に男性の急所の部分についての興味深い話がありましたので参考までに。
 http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/article/gaia02.html
(地球(ガイヤ)の恵みと生命力の根源)

15根本敦史:2005/01/11(火) 02:23
皆様のご投稿、大変参考になります。ありがとうございます。そしてナニワのダルマ様、記事の紹介ありがとうございます。大変面白く、ついつい入浴後、裸のまま読みきりました。「男性の急所の部分」、裸のまま椅子の上に立って確認している自分がおり、何とも不思議な一日を終えようとしています。
一方、珪水様から「ご先祖様の御加護」というお言葉を頂戴し、本日は正月に行けなかった父方の祖父母の家を訪ね、恥ずかしながらこれまで知らずにいた自分の先祖のことを知り、驚きと感動で半ば思考停止状態にあります。
しかしながら、私達がこうして珪水様から頂いた宿題も、何だか自ずと解けてしまいそうな、そんな気がしてきました。こうした皆様の御叡智の結集プロセスに、アカシックレコード、虚空蔵菩薩すら連想させられます。そう言えば、昨年は伊豆大島の行者窟に訪れ、大変感銘を覚えたものです。そして私昨年は、晴明神社にも参っているんですね。
そしてまた、本日は最後に不思議な中年の男性とも出会いました。

16根本敦史:2005/01/11(火) 09:33
日本語の文字の流れ方(右左)について、少し考えさせられます。右から左に流れる日本語は、左手の方が書きやすいであろうとは思うのですが、実際、左手で文字を書くと、一文字一文字を左から右へ「押す」ように書くこととなります。一文字一文字は右に「押す」ように書き、全体的には左に「引く」ように流れます。
右遷左遷、螺旋、重心、利き手、とても難しく、若干、混乱気味です。因みに、上記「急所」ですが、私は明らかに「右」が下で、左巻きのようです。

17珪水:2005/01/11(火) 13:31
東さんの投稿はためになりました。脳みそのことはかなり勉強したつもりになっておりましたがやはり死ぬまで学ばなければいけませんね。また藤原博士がわたしの話を紹介をされてますが若気の至りで借りてきた言葉も多々あります。眉につばをつけて見過ごしてください。私が紹介した文章ではありませんので責任はもてません

18根本敦史:2005/01/11(火) 13:36
先の投稿でたまいらぼ出版の玉井様のことを書かせていただきましたが、個人的に大変関心があり、いつかお会いしたいと考えていたのですが、氏の光寺が神奈川県大和市にあることに下の亀山様のご投稿で気付き、驚きました。実は、家で色々あり、昨年末に某所から同じく神奈川県大和市に家族が引越すことになりました。つい先日も、手伝いに行ってきたところで、今週中には引越しを済ませます。何でもコーナーということで、かなり個人的なことを書いてしまっていますが、こと「引越し」となると、そのタイミングや場所選びにもう少し注意を払いたかったのですが、諸事情があり、昨年末に決断しました。私は今と変わらず都内で一人暮らしを続けるのですが、我が家では昨年色々とあったこともあり、今年一年間を災い無く、心地よく過ごせればと思う次第です。こればかりは、前知識が無く、どう解釈してよいものかと僅かながら不安な気持ちを抱いており、もし皆様が「引越し」などに纏わる知識をお持ちでしたらご教授頂けると幸いです。因みに、南南西(より若干南より)の方向に移ることになります。

19根本敦史:2005/01/11(火) 14:26
話しがあちらこちらに飛ぶようで恐縮ですが、日本語の文字の書き方について、ナニワのダルマ様にご紹介頂いた記事と併せてもう少し考えてみますと、左手で日本語(特に平仮名で顕著)を縦書きに書いてみると、佐藤様がお話しになるように、指を使って渦を描いているような手の動きとなります。「気」持ちを込めて文章や手紙を書くとは正にこのことかと気付かされます。また、その際、言霊のことが気になります。言葉の文字の構成自体が、この「気」の込め方、渦の形成の仕方に繋がっているとなると、それは本当に凄いことだと思うのです。

20東 治:2005/01/11(火) 15:39
身体の物理的な重心位置は、臍下の体中、丹田と呼ばれる辺りではなかろうか
と思いますが、身体はシンメトリーでは無いことから、利き手側に多少ずれて
ると云う事になります。体に全く力が入っていない状態とちがって、立ったり、
歩行をしている時は重心は移動していますので、物理的な重心は動的に考える
ことになります。

形而上では頚椎の五番目辺り、喉の奥のような気のしますね〜。

21根本敦史:2005/01/11(火) 15:55
重心がどこにあるか、参考になります。そして、三次元の体の「利き」と四次元の体(意識、精神、魂??)の「利き」が『鏡像関係』にあるとすると、右手が合理思考(?)の左脳、左手が精神・潜在意識を司る右脳というのが、何となく頷けてきます。

22根本敦史:2005/01/12(水) 08:30
玉井様の「陰陽二相一対の曼陀羅本尊」のご利益について考えながら、朝食をとっていると、先に書いたお茶碗とお箸を左手右手それぞれ水平方向垂直方向に持つ有難いスタイルに只驚かされるばかりである。これも正に陰陽調和の形なのかもしれない。
一方、本来備わる右左、重心については、いっこうに考えが纏まらない。食事の際にお箸を持つのはどうも右が良いようだし、日本語の文字を書く際は左が良い。そうすると、これも陰陽の中庸の法なのかもしれないと思う。考えてみると、食事は体に作用させる行為、文字を書くのは頭(精神)に作用させる行為。だとすると、それぞれの利き手がばらばらなのは、正にこのためなのかとも思う。
しかし、月曜日、ご先祖様の話し聞いて以来の半ば思考停止状態は止まず、また、2日連続で嫌な夢で目が覚め、気持ちが悪い。その気持ち悪さから、引越しのこと、家族のことが心配になってきた。今朝は猫と鼠と母親の夢を見た。

23根本敦史:2005/01/12(水) 12:05
皆様の投稿、大変参考になります。
さて、「しめ縄、本当に〆ているのか」です。しめ縄には、「左綯い」「右綯い」があるようで、一般的には「左綯い」が本来とされているようです。また、「左末右本」、「左本右末」の本末があり、一般的には「左末右本」とされています。
そこでです、「本当に〆ているのか」ということです。私、神々様の知識が乏しいせいか、事例を元に予測、観察するのに時間がかかりそうです。今は何となく、「本末の流れ」と「ファラデーの法則」をもって「力」がどちらに働いているかを考えると分かりそうな気がします。方角も関係してくるのかもしれません。それがしっかり神様をお守りしているか、外からの進入を防いでいるかです。
こう考えていくと、敢えて結界を外すよう仕向けている人達がいるのかもしれないなどと思ったり、明治神宮の神社本庁からの離脱のことに思いを巡らせたり、昔どこかで聞いた「今の出雲は出雲にない」といった旨のお言葉(出雲大社は本末転倒の左綯い)などを思い出したりします。

24根本敦史:2005/01/12(水) 14:03
上記「ファラデーの法則」、頭の中にあったのは、「フレミングの右手の法則」でした。そんな簡単なものじゃないですかね・・・。

25ナニワのダルマ:2005/01/12(水) 17:06
根元さん、早速の返信どうも有難う御座います。
さて14の投稿・紹介記事ですが随分以前に出た文章で、私はその時読んだ記憶で左右の巻き方についての興味深い話が紹介されていたのを知っていたからでリンクして後、再度読み返してみると大雪山さんの事が書かれてあって物事の関連性に少々驚いた次第です。17
で大雪山さんが仰っているように眉唾で見過ごした方がいいと書かれていたことからひょっとすると「賢者のネジ」に「地球の恵みと生命力の根源の(下)が編集されなかった理由と関係するのではと思いが巡りました。気の流れをご専門にされ昨年の投稿記事も一瞬、一瞬の変化が出会いであるとの事から削除されたものと拝察します。ただ例の記事は大雪山さんの話以外の貴重な情報も盛り込まれていることから最近このサイトに訪れた方々には視座を拡大する意味で良かったと思っています。全体の流れを考慮して14の記事を削除して頂いても結構ですよ。今後は記事のコーナーで閲覧可能と言う事で。

26珪水:2005/01/12(水) 18:12
「人生いたるところ青山ありと」この青山とは墓地のことをさしています。東京の青山は墓地です。今でも青山墓地があります。ですから土地を触るときは神主を呼んでお払いをするのです。鉱物を触る時は気をつけましょう。頭がまったくの無神論になっているならば、かなり高度の科学、化学、生化学知識を持ち合わせセンスがあれば触れるでしょう。でない限り興味は持たないほうが良いでしょう。よく水晶の数珠のようなものを見かけます。先日デパートに行くと店員が手首にはめて私と応対しましたが、その店員にあなたは何か悩みでもあるのか?と、また不幸せなのか?と訊ねたら『どうして解るのですか』と言い、実は深い悩みをもっていて、ある神様のところへいったらこれを持つように言われた。と言ってます。私はその店員にそれをはめて何かいいことでもあったのか?と言うと何も変わらずよく肩が凝るようになりましたと。私はこのデパートの正社員であればすぐ外しなさいと、こんなものをつけて不幸をアピールしている店員からものは買いたくないし、また幸せな人はこのようなものに気が向かないものだと・・・・

27根本敦史:2005/01/12(水) 21:25
珪水様。ご指導、誠にありがとうございます。お話を伺い、まずは引越しのことが頭を過ぎります。しっかりお払いをしてもらうよう、検討します。
また、鉱物についてです。「思考停止」は少し大袈裟であったかと思います。只、頂いた宿題に頭を悩ませていたのと、やはり、ご先祖様の話を聞き、その有難さで胸がいっぱいだったことによるものなのかと思っています。一方、ご指摘を受けて気が付かされるのは、その鉱石の原石を持っていた先述の京都の先生はそれをちゃんと専用のケースに入れて大切に持っていたことと、そして、そのケースには「S」の字に似た印象的なマークのシールが張ってあったことです。またこの鉱石については、こんなことを考えてはいました。単にそれを戴いたという有難さと、その石によってもたらされた有難い縁というものに感謝の念が溢れる一方、今、私が戴いたこの鉱石の量(大きさ)は、きっと同じだけ全国民に配れるようなものでなく、良い悪いは別として、言ってみると「独占」なのだと。桜沢氏の本の中でこんなことが書いてあったと記憶しています。例えば、1億人の人口のこの国で年間1億個のりんごが採れるなら、年間1つ以上のりんごは食べるべきでないと。なぜならそれは搾取であるからと。少し大袈裟な感じはしますが、桜沢氏が言わんとすることは概ね理解できます。また、それが健康にとってもよいのでしょう。
珪水様が始めの頃に私に言って下さった「科学として学んでいかれることを希望します」というお言葉を常に頭に入れておきます。自分でも認識はしているのですが、時として冷静さに欠ける点があるのと、科学的なアプローチを端折り、それを発する「人」を観て過信してしまうところがあります。危うい限りです。
しかし今は幸せな気持ちでいっぱいです。そして、この思いをもってして、より多くの人とこの幸せを共感し、また響き合いたいと思う次第です。

28天海 暁:2005/01/12(水) 22:37
以前珪水先生のスレッドでどなたかが関東と関西の人の持つテンポが違うというような
投稿をされていたと記憶しております。今回もこのスレッドで雛人形の置き方
しめ縄・帯などの右巻き左巻きが話題に上っておりとても興味深く拝見させております。
私は専門家ではありませんが、これは電気と磁気の関係によるものと考えます。
何故東と西で違うのかまだ理解できません。例えば東西を分ける大きな断層があるとか
また関東関西に限らず地質地形によって磁場が変わってくるということではないでしょうか。
地球の地磁気は長い歴史の中で常に変動していると以前どこかで読んだ記憶があります。
珪水先生がおっしゃっている「今の文明は北半球がルーツ」という言葉も
このことと関係しているのかどうか。1万年前も北極と南極がそれぞれ今と同様
S極N極を指していたかといえばそうでなかったということでしょうか。

29天海 暁:2005/01/12(水) 22:44
訂正いたします。「今の人間は北半球がルーツ」の誤りでした。

30根本敦史:2005/01/12(水) 23:17
すみません、上記26でご投稿下さいました珪水様の「無神論」の意味がよく分かりませんでした。そして、少しばかり気になります。もし、私の23「神々様の知識が乏しい」という言葉を受けてのことであれば、言葉足らずであったと反省致します。
23での私の「神々様の知識が乏しい」というのは、次にあげた「『本末の流れ』と『ファラデーの法則→(フレミングの法則の誤り)』をもって『力』がどちらに働いているかを考えると分かりそうな気がします」という仮説を、数々の神社が祭る神様とそのしめ縄の組み合わせを観察し、併せて、その神様の謂れや性質を研究することで、ある種の神様は場合によっては本当は「〆め」ていないのでは等々の分析をするには至らない、ということでした。(この仮説が見当違いであるか否かは別として)
私は、先に投稿したとおり、しめ縄に「本末」があり、「左綯い・右綯い」があるのであれば、社殿の向いている方向に合わせて、それぞれ各神社にあった「本」と「末」の右左があり、また、流れに併せた「綯い」の右左があって然るべきと思ったのです。しかし、ざっとネットで調べてみると、「一般的な左末右本」などの表現があり、また、「右綯いは2割ほど」などの表現が観られ、ちょっとおかしいのかなと思ったのです。きっと何かの法則に法っているべきなのだと。
また、天海様のご投稿も大変興味深いです。私もしめ縄の巻き方や方向、そして、電気や磁気から「フレミングの法則」なんかを連想したりしてしまったものです。
一方、「神」なるものに思いを馳せると、それはそれでとても興味深いところです。と言いますか、よく分かりませんが、何か有難い気持ちにしてくれます。しかしながら、この掲示板の性質から、今は言及を避けた方がよいのかと判断する次第です。

31珪水:2005/01/13(木) 09:41
18番の返答ではなく一般論として私たちの歩いている大地は至る所青山ですよ、と言うことです。また無心論者に関しては私自身が目に見えない磁気、電気、力、引力、重力、などなどに対し,子供のころより躾の中で冠婚葬祭の儀式を受けていくうちにひょっとしたら見えないものは存在するのか?と頭によぎる事がある。また正月も注連縄を飾り皆様と同じようにお参りしている。私はこういう頭の構造に刷り込まれていますので気を付けなくてはいけないのです。私は自分の頭を極力、物理(物の理)で物事を捉えるよう訓練しています。西洋は日照時間が短く厳しい大地で生活しております、当然太陽神(光)でしょう。太陽に恋焦がれるでしょう

32珪水:2005/01/13(木) 10:10
また亀山さんが目に優しい清涼飲料水を手がけようとしております。これは五行力学から(先人の叡智)目を保護するために現代風にアレンジ(温故知新)したものを亀山さんに提供した。この提供した(情報)ものを亀山さん本人が確認し世に出そうとしている。素晴らしいことと思います(先人の知恵が生きてくる、このことこそ先祖の供養と思います)、私たちの時間は有限です、時は金なりです。良いと思ったらどんどん挑戦すべきこととおもいます。主義主張は違っても今日は資本主義で流れております、良し悪しはあるでしょうが儲けなければだめです

33東 治:2005/01/13(木) 12:35
珪水先生、いつも深遠なるご教授有難う御座います。
ご挨拶もせず書き込んでおり大変失礼いたしました、九州の田舎に居住する東治
といいます、専門職で零細企業を経営しております。

知人がプライドの高い御影石を玄関の敷石にしてしまい、案の定、裁判に負け、
破産してしまいました。特に黒御影で、普通は墓石にすると聞いておりました。
私も、紫水晶を店内に置いておりますが、どうしたものかと悩みます。

これからも宜しくお願い申し上げます。

34根本敦史:2005/01/13(木) 12:58
珪水様。ご丁寧にありがとうございます。「自分の頭を極力、物理(物の理)で物事を捉えるよう訓練」ということ、とても良く分かります。かたや、急ぐ余りについつい人から聞いたことや書かれたことをよく考えずに過信してしまう自分がいることを、知っています。最近こうして投稿するようになり、初めて自分の危うさに気付く次第です。どうしても人から聞いたり本を読んだりすることが多く、自分で発信することがなかったためか、何となく吸収したものを理解した気になり、本当に自分の頭で考え、吸収し、理解できていなかったことに気付かされます。こうして発信を始めるにあたり、はじめて少しは考えるようになれたのか。「急いてはことをし損じる」です。
また、左右の「利き」のことや「重心」のことを考察するにあたっても、如何に「自分の頭(や体)に刷り込まれて」いる癖といいますか、そういったものが多いことに気付かされます。こうした中で、「西洋は日照時間が短く厳しい大地で生活しております、当然太陽神(光)でしょう。太陽に恋焦がれるでしょう」というお言葉の中の「西洋は」という言葉が気になり、「光」というものの「理」とはと思いを馳せます。こうして日本で生活する私が思うに、「(大)和」というものの有難さと、「光」なるものの本質についてです。「光」についても、きっと陰陽、「闇」があってのものなのだと思いを巡らせることができ、それについて考えさせられる次第です。

35珪水:2005/01/13(木) 13:28
差し障りがありそうなので詳しくはかけませんが御影石は酸に強く大理石は酸に弱い、墓石に使うのは酸に強いためと思われます、水晶は酸に強いですね、先祖の墓が大気に侵されボロボロになると気分の良いものとは言えませんね。水晶は電気を起こします(電気過剰になればバランスを崩し肩も凝るでしょう)、コンピュータ、時計などに使われてます、また記憶もします。ですから科学でアプローチをするのか、それともセンスを鍛え、整理整頓をし今の自分にとって必要なのか?必要でないのか?の取捨選択をしなければなりません(人間にはこの五感が備わっているのです)。人それぞれ環境が違えば違うものです、世間の情報に流されることなく、また思い込みをせず、柔軟に生活したいものです。今すべてにおいて順調であればその生活パターンを変える必要はありませんが、そうでなければ先ず身の回りの整理をして変える必要があるかと思われます。

36珪水:2005/01/13(木) 14:19
昨年の新撰組のドラマの中で土方歳三が時代の変化を読み取り刀の時代の終わりを悟ります。いくら剣術を鍛えても鉄砲の弾はまっすぐ飛んできます。現在はその場にいなくとも空から正確に弾が飛んできます。そんな時代です。センスを磨き頭を資本主義の時代に合わせ効率よくこの厳しい生存競争に耐えて行くかというものでしょう。異論はあると思いますが、私はあえて言います、勝ち残って家族を守れと、それが男と言うもの生き方と心得ています。北海道にクラーク博士が当時開拓に来られボーイズビーアンビシャツと言っております少年よ大志を抱けです。これは男はいつまでもヘコタレズ家族を守れと言うことと思います。亀山さん?いいじゃありませんか。ちょっとしたヒントでそれを何とか物にしようとする気合、当たればデカイでしょう、この気合(大志)が大切なのです。私の大志とは先ず家族を何が何でも守る。要するにひもじい思いをさせるな、と言うことです。こういう大志(家族の幸せ)の集合体が国家の大志になるのではと考えております

37珪水:2005/01/13(木) 14:32
温故知新  アレンジすれば役に立つヒントがたくさんあります。健康になり、バリバリ働き儲けて家族を養え、と言うことです。私の旧時代のソフトでもアレンジすれば間に合います、人間はそんなに変化はしておりませんので

38珪水:2005/01/13(木) 14:55
私は宗教家でも風水師でも易、陰陽師でもありません(生業としておりません)ので、光=太陽です(電球とか、火)。それ以上の深い意味はわかりません。(情緒がなくて嫌われますね)理科の知識以上のものは持ち合わせておりません

39東 治:2005/01/13(木) 15:04
珪水先生、有難う御座います。

昨年より、店の前を掃き、手で水を撒き、昨日は部屋の掃除、整理と配置換え
、また、アイロンも掛け、塩でうがいもしております。

自分のセンスというと仕事に関しても思い当たることがあります、そうすると、
今までしてきた事、学校、セミナー等で勉強してきた事が、本当に皆様の為に
なっていたかと思うと、赤面の至りで御座います。

40根本敦史:2005/01/13(木) 15:20
光と色と形について

珪水様の投稿で「光」という単語がでてきましたので、少し投稿させていただきます。
昼休みリフレッシュルームでビルの8階から外を見回していると、無機質な色空間にある職場とはうって変わり、何とも空の青さに心を打たれます。そんな空の青さに、珪水様がご投稿くださいました「人生いたるところ青山あり」の「青」という色に思いを馳せながら、そもそも「色」とは何かということを考えるわけです。
私たちがこうして世の中を見回すとき、空間にあると見える例えばある特定の対象は、光源(太陽など)からの光をもって、その対象とそれに隣接する他の対象の其々に反射する「光の色」の違いを、この眼をもって認識します(場合によっては「眼」だけではないのかも知れませんが)。こうした「光の色」の違いは、「光」の「波」という性質によるその「波長」や「周波数」の違いと解されます。
こうした中で、私たちが生活する環境は、様々な「波長」「周波数」の「光」の中にあると解され、こうした「光」の整理整頓にさえ、心配りをできると、きっと益々よいのかと思う次第です。珪水様のお言葉にあるように、そこで温故知新、例えば上記「青」は何を意味しているのか、諺などにも「色」に纏わるものも少ないように思います。更には、同じ考えから、形はその形の配置などにより、私たちの体に届く「光」の「波長」「周波数」は大きく変わります。それが、きっと何らかの形で私たちの生活に影響を与えるため、古代古の時代からそうした知識を経験則的に蓄えてできたものが、所謂、風水などというものなのでしょうか。
現代の生活に慣らされた私たちはとても鈍感になっているようです。「右左」や「重心」を考えただけでも現代の生活により作られた妙な「癖」も多いように気付かされます。改めて「温故知新」が有難いものと思えてきます。

41根本敦史:2005/01/14(金) 01:48
先週末は引越しの手伝いで実家に帰っており、普段は見ることの少ないテレビをつけると、NHK大河ドラマでは、「義経」が始ったようです。そして、心に残ったのが、その色使いです。紫や黄色や黄緑の着物を重ねて着ていたり、清盛は何といっても白が印象的でした。住環境も基調となる木や土の色の温もりが暖かい。その着物に入った紋や袖口に縫われた幾何学模様はその美しさとともに、そこには何らかの意味があるように思えてならないのです。
考えさせられるのは、普段、私達が生活する色環境と何とそのトーンが違うのかということです。昼休みに見上げる空の青さには心は打たれましたが、かたや目線を下けると、そこにあるのは白や灰色や黒やくすんだ水色等を基調としたビル群にオフィス機器、そして、その中を物凄いスピードで無秩序な色を纏い駆け抜ける無秩序な車です。今日の食環境について、どうも体を冷やす陰性の質を見ましたが、今日のこの色環境についても私達の体を冷やす同じ陰性を感じずにいられません。また、駆け抜ける無秩序な車の色は、少々、私達の神経を疲れさせるのかもしれません。
元来、私達の体はどのような色環境に長いことあったのでしょうか。四季の織り成す様々な自然の色が如何にこの都会に少ないか。季節には季節の食品があってそれに法ることが得策であるのと同様に、季節には季節の色があってそれに法るのがやはり得策のように思えてなりません。また、この一日だけを考えてみましても、朝には朝の色があり、昼には昼の色があり、夕方には夕方の色があり、夜には夜の色があります。
今日のこの社会にあって、きっとこの色使いの一工夫が、より健康で喜びに溢れた生活を可能にしてくれるのでは思います。そして、こうして生きていることの喜びを、色をもって、もっと自由に生きる喜びを表現できるよう、なりたいものです。

42珪水:2005/01/14(金) 10:24
東さん 御影石の話しですがこれはビックビジネスにつながります、頭を墓石とか裁判に負けたとか?と言う頭を働かせず(一理あるのですが、使用方法を間違うとそう言う事もあり得ますが)あくまでも科学、酸、アルカリでぼって行くと皆が悩んでいることを解消でき、膨大な市場があります。今の人間は温故知新がないからビジネスに結びつかないのです。ホテル・オオクラは大理石、御影石を絶妙なバランスすで使用しております。昔の建築屋はルールをわきまえているのが居たのです。私の記憶ではこのホテルのみでしょう。老舗であって外資の入っていないホテルは?一度利用をし泊まるべきです。日本の香りがするでしょう。最後の日本の顔のホテルでしょう。日本人なら守ってあげるべきです、つくづく日本が薄れていっています。

43藤村尚:2005/01/14(金) 18:54
鉱物の話から、塩についての疑問が頭に浮かびました。
どうしてお清めには塩を使うのでしょうか?
お葬式のあとや、地鎮祭などの御祓いでも塩をまきますね。
温故知新ということで、皆さんのお宅ではこの他に塩を使った躾
が存在しているでしょうか。

44他門:2005/01/15(土) 07:41
今は、葬式の後では、塩を使用しないようです。
ここには、穢れ という考えが下地にありそうです。
仏教には穢れという概念が内容に思え、神教では
穢れを重要視しているのではないでしょうか


45珪水:2005/01/15(土) 18:21
今皆さんがセンスを磨、洗濯の仕方を覚えることにより今の能力の三倍いけます。体調が悪さは、三分の一になります。商売、収入は三倍になります。断言します。誰かが投稿していましたが頭の知識は十分に皆さんは鍛えております、鍛えなければいけないのは感受性・カン(センス)なのです。いくら一流大学を出て頭を鍛えてもなかなか幸せを実感できておりません。このことに早く気が付いた人が幸せを実感するのです

46珪水:2005/01/15(土) 18:54
温故知新のコーナーを作りましたがなかなかその家のルールは出てきません。当然でしょう、その家が存続するため、また日本人が存続するためのソフトウエアーですから。そんな簡単には公開できないでしょう。生活するためには大した役に立ちようでもないパソコンのソフトですら何万もしますから、近所の頭のしっかりしている老人、また親、祖父母は優しい言葉をかけるだけで無償で教えてくれます、利用すべきです。日本もアメリカに追随しており情報を得るためには必ず対価がいる時代です、教えてもらうためにはすべてお金が必要な時代なのです、今のうちに80歳以上の老人とコネクションを持ち知恵をもらえと言うことでしょう

47根本敦史:2005/01/16(日) 00:40
珪水様。毎日貴重なご指導、誠にありがとうございます。
昨年末から「躾」、そして、「温故知新」という一つ重要なテーマをご提示いただき、日々、思いを馳せます。しかし、正にご指摘のとおり、只待っていても訪れず、なさねばならないのだと今更思います。こうした目的を腹に抱きつつも「親、祖父母に優しい言葉をかける」ということ、素晴らしいです。きっと喜んで教えてくれようし、それはとても楽しく、嬉しいことです。何とも有難いお言葉です。
さて、こうして昨年末からご提示戴いた「躾」というテーマですが、いやはや不躾な自分、何かよい本でもないかとネットで検索し、大和古流当主・友常基仁氏なるお方の「大和古流の『躾』と『為来』」という本を買い求め、たった今読み終えたところです。この本ですが、「躾」や「為来」をテーマに本当にサラサラと書かれるのですが、これがなかなか一つ一つが重いのです。例えば一つ、「背筋を伸ばし姿勢を正す」という簡単な言葉をとっても、考えてみると、そががもたらす呼吸や脳への活性化への影響は絶大だと気付かされます。何とも幼稚なことですが、こうしてサラッと言われてきたことも、しっかりと一つ一つ大切にしていきたいと思う次第です。

48根本敦史:2005/01/16(日) 00:54
右左の問題。お箸をもつ手が縦の「陰」で、お茶碗をもつ手が横で「陽」。弥勒菩薩もこれと同じ。右が「陰」で左が「陽」。「陰」は膨張、「陽」は求心。よって、ものごと右から左へと流れる。日本語の文章も左に流す。
不思議なことが多い。地図の「北」はなぜ上にあったか。この場合、太陽は右から左に流れる。また、ミギは2文字の「陰」、ヒダリは3文字の「陽」。「ミ」とは「ギ」とは。「ヒ」とは「ダ」とは「リ」とは何を意味するのか。

49相良武身:2005/01/17(月) 10:44
これが、ルールがどうか、分かりませんが、ひとつ。
私の実家の話です。
嫁に行った娘(86歳)が、久しぶりに実家に帰ってきました。
そのとき、実家のお嫁さん(42歳)(お嫁さんから見れば義理のおばですが)、
「いらっしゃい」と声を掛けたところ、
返ってきた言葉は「いらっしゃいではなく、お帰りなさいでしょう。
私は、確かに嫁に行って62年だけど、ここで生まれて22年育ったのよ。
そう教わってないの」だったそうで
そのまま、仏壇に行き、手を合わせてから用件を話し出した。

そして、これを聞いて感じたことは、珪水さんが書き込まれているように、
80以上でないと、無理ということです。70歳では無理です。

そう思うと、いろいろ残念と感じるこのごろです。

50前田寛:2005/01/17(月) 17:50
香港人の友人がおり最近久しぶりに会う機会がありゆっくり話した際
何気なく風水の話になりました。彼は実に普通に
「いやあ、僕はあまりよくは知らないけど親が非常に”良い目”を持っていてね、
いろいろアドバイスしてくれるんだ。でもこれは”科学”なんだよ。迷信とかじゃないんだ、
もう僕の親父も80歳を過ぎてるけど健在でね。」などと言って、彼が経験した様々な事象
について話してくれた。結果ものすごくためになったことがありました。
またさすがに大陸の人だけあって、常に”敵”に狙われないようにするための仕掛けが
きちんとあるようです。これは日本ではあまり意識されない(一般の人には)ことでは
ないかと思った次第です。
また広東語を聴いていて思ったのは、ものすごくいろんな音があるということ
使っている脳の範囲が広いのでは?とも感じました。頭の回転がものすごく速いです。

51ナニワのダルマ:2005/01/17(月) 18:13
前田さん、はじめまして。香港人の友人が経験したといわれる様々な事象の中で貴殿が興味を持った話のさわりでも聞かせてもらえませんか。貴重なお話をタダで教えてもらうつもりはないので何かそのヒントというか島国・日本列島での日常にも使えるような事を拝聴したく存じます。また常に敵に狙われないようにする仕掛けですが我々が無意識に見過ごしているようなものがあればそのことにも興味があります。中国語が堪能な私の友
人によると広東語は北京語に比べて全体的に柔らかく感じるようです。北京の方の言葉は怒っているみたいでストレスを受けやすいとも言っていました。

52前田寛:2005/01/17(月) 18:51
人生いろんな時期がありますね。私の友人は今では世の中でいう成功者の一人でしょう。
多くの人は豊かになるために”科学”を使いますが、ある程度成功した人にとって今度は
身を守ることも重要な項目になりますよね。
彼が教えてくれたのは、商売繁盛している場は常に脅しや乗っ取りの危険ありますね。
それを防ぐための住居ないしは店舗の形状を創ることとか、建物自体も重要だが特に
商売する場合、玄関の位置と扉の形や材質性質などが重要だとかいうことです。
多くの人が集まる場所というのはそれだけ事故などの危険もあるわけですから
そうしたことが起こらない様にするための仕掛けでしょうか。
彼と話していて思ったのは要するに”人間を知り尽くしている”また”人間の性を客観的に
冷徹に直視している”ということです。
ところで広東語で使われる周波数ってどのくらいの範囲かどなたかご存知ありませんか。
私が感じたのは、日本語に比べて早口であること、トーンが高いということです。

53ナニワのダルマ:2005/01/17(月) 23:42
前田さん、返信有難う御座います。ハードウェアとしての建物の設計や材質を構成している素材に気を配るだけでなくおそらくそれをとりまく全体としての場の調和が自然体で快活な気が流れているのでしょうね。そういえば藤原博士と塩谷博士の共著「想念力の驚異」の中に建築設計思想の紹介として宇宙意識と共振する高尚な幾何学が掲載されていました。

広東語の周波数ですが以下のHPを参考にされてみては如何でしょう。

 
http://www.tomatisjp.com/papers/paper_01.html

 
http://www.tomatisjp.com/method/about.html

 3年程前に私もA.トマティスの訓練を受けたことがあります。

54前田寛:2005/01/18(火) 02:04
ナニワのだるまさん、トマティスの訓練はどの言語で受けられたのでしょうか?
受けられる前と受けた後とご自身の耳がどのように変わられたか、ご自身の認識として
なにか感じていらっしゃいますか?
またダルマさんが仰るように、”全体の場の調和が自然体で快活な気が流れる”
状態を創るということでしょうね。現実を直視する、ということでもあると思います。
何故だかいつも彼のところに人が集まり実に愉しそうです。類は友を呼ぶの世界です。

55ナニワのダルマ:2005/01/18(火) 23:34
シェークスピアのどこかの箇所に「真理は目で見るのではなく耳でみる」という言い回しがあったように記憶しています。耳は単に聞くという作業だけでなく何かこの世の森羅万象を通じてあらゆる意識の次元と関わる神秘的でシンボリックな器官に思えます。別のスレッドで光(生命力)についても幾つか議論がありましたが光学的な世界を司る視覚との関連性を知りたいものです。

 私は米語で訓練を受けました。受ける前と受けた後の変化や認識といえば受け始めた頃は実に多忙で睡眠時間も毎日4時間くらいで疲労のためにかなりストレス状態にあったことは間違いなく耳が少し聞こえにくくなったりしていました。藤井尚治博士の著書「医者とコンピューター」に<目のノイローゼ>として目の疲れについて述べられていて視覚は間脳に直接影響をうける器官であるために心身のストレスを受けやすいともあり私は体験から聴覚も同様であると察します。目はチカチカするは耳は調子が悪くて歩いててもフラフラするような状態で始めたトレーニングにおいて高周波の音を聞きつづけたことが良かったかどうかは結果論に基づくこじつけかもしれませんが大分楽になった感じがしました。実際スタート時の録音した自分の声と終わってからの録音した声が自分で聴いても音声の質が少し変わっているのは確かに実感した次第です。高周波の音はもともと脳を快活にするようであり、ある一定のヘルツを超えた高周波はヒトが胎児の時に母体の中で聞いていた音に近いとの事。

56根本敦史:2005/01/19(水) 12:57
未だ整理つかぬが、左右の問題。
舞台は客席に向かって左側が上手、右側が下手。よって、客席に向かい左から右に流れる。また、舞台の上手は舞台に上る役者が南に面するようで、上手は東で下手は西。ひな祭りの位置や左大臣右大臣についても、高いところに高貴な人を南に面するよう置き、そして、陽の昇る東(左)に位の高いものを置いた慣わしか。これら太陽神崇拝の慣わし。珪水様が「西洋」について日照時間から太陽(光)神崇拝を指摘したが、それと同じである。
一方、その場合の「東洋」は何を見ていたか。これは、どこまで遡り「東洋」とするかにかかるが、老子の世界観は太陽(光)を越えた、それを包む闇、無、空の存在があることに言及し、それが道であった。「本来」という「本」をどこにとるか。近年著しく私たちの生活を変えた西洋文明流入以前というのも一つの考えだが、「カタカムナ」も然り、記紀編算以前の封印された大和に「本」を見出したとき、さらに興味深い考察ができそう。
先にも投稿があったと記憶するが、西洋では力が正義と右手に象徴した。この場合の正義とは何かを考えさせられます。その際、老子の言葉が面白い。
(老子道徳経より引用開始)
偃武第三十一
夫佳兵者不祥之器、物或惡之。故有道者不處。
君子居則貴左、用兵則貴右。
兵者不祥之器、非君子之器、不得已而用之、恬惔爲上。
勝而不美。而美之者、是樂殺人。
夫樂殺人者、則不可以得志於天下矣。
吉事尚左、凶事尚右。偏將軍居左、上將軍居右。
言以喪禮處之。殺人之衆、以悲哀泣之、戰勝以喪禮處之。
(引用終わり)

57根本敦史:2005/01/19(水) 14:01
陰陽、左右の件、先の私の投稿に誤りがあったようなので訂正します。
「陽」は、右、有限、偶数、男性、動的、直線、光、低、求心性。
「陰」は、左、無限、奇数、女性、静的、曲線、闇、高、遠心性。
西洋の太陽神(光)崇拝や「右尊」の概念と違い、東洋の「左尊」の概念には、「右」である有限の「陽」の世界が、「左」である無限の「陰」の世界へと帰依するという思想があるようです。合掌とは陰陽和合、無への帰依でありましょうか。
すると、なるほど珪水様がおっしゃった「右遷左遷」「人間の重心」という言葉が大変面白く考察できるのかもしれません。左重心の左遷とは「右(陽、有限)」から「左(陰、無限)」に流れる帰依者であり、右重心の右遷とは「左(陰、無限)」から「右(陽、有限)」に流す創造者であるのかもしれません。
するとまた、ナニワのダルマさんが先にご紹介くださった対談の中での藤原氏の「イエス・キリストの心臓の位置」の話しが妙に気になります。

58根本敦史:2005/01/19(水) 14:41
そして、菩薩様や大仏様の手の形(右を立て左を横にさせる形)ですが、目に見えないの空間(陰)における「左の陰」と「右の陽」に具現した、目に見える空間(陽)における陰(右)陽(左)の形であるとも見えてきます。これは「陰極まりて陽となり、陽極まりて陰となる」の太陰大極図を連想させられます。

59珪水:2005/01/19(水) 15:30
57  勉強になります。一般には偶数が陰で奇数が陽になっておりますが57では違います。非常に興味があります、なぜなのですか?一般に本に書いてあることはほぼ通用しませんので。(特にこういう世界の本)オリジナルの人は何千年も前に亡くなられており、今の人でこの世界の本を出されている人が本当に理解をされているのか疑問であります。

60根本敦史:2005/01/19(水) 16:03
珪水様。すみません、私も混乱しております。一般的には偶数は陰数で奇数が陽数とします。今の神道の世界でもそのように聞いたことがあります。
57の陰陽対象表は、桜沢如一氏によるものです。ピタゴラスはここを逆に理解したそうです。これも桜沢氏のコメントです。
私ももう少し勉強してみます。

61根本敦史:2005/01/19(水) 16:42
桜沢氏の上記数の解釈を私はこのように解釈しています。
① 陰陽、善悪、正誤の「2」で割り切れる数が「偶数」です。
② 陰陽、善悪、正誤の「2」で割り切れず「1」余す数が「奇数」です。
この場合、①の「偶数」を「陽(有限界)」と表し、②の「奇数」を「陰(無限界)」と表すのも理解できるような気もします。

62珪水:2005/01/19(水) 16:58
57の陰陽は正しいのかもしれません。決め付けないほうがよろしいかと思います。なぜならば今日では陰陽の類は誰も当たらない

63珪水:2005/01/19(水) 17:18
陰陽は私は相対のものと考えております。たとえば女は陰ですが卵子は陽です。男のオチンチンは固くなると陰です、ムズカシイデスネ

64根本敦史:2005/01/19(水) 17:26
珪水様、ご指摘、ありがとうございます。しかし、右左、陰陽、一つとっても大変難しいものです。しかし分かるのは、絶対なるものなどこの世にない。修行・稽古あるのみでしょうか。これからもよろしくお願いします。
(老子道徳経より)
道の道とすべきは常の道に非ず。
名の名とすべくは常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名有るは万有の母。
故に常無を以ってその妙を見んと欲し、常有を以ってその徼(きょう)を観んと欲す。
此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。
同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。

65田村剛:2005/01/19(水) 20:13
<オチンチンは固くなると陰です
そうですかねぇ、硬くなろうと、そうでなかろうと、陽でしょう、
女陰、陽物というんですから。
<ムズカシイデスネ
原則をわきまえていればちっともムズカシクありませんよ。

66根本敦史:2005/01/19(水) 22:17
田村様、始めまして。
確かに固くなった男性の例のものはフニャフニャのそれに比べその固さから見ると「陽」の気がしますね。しかし、その膨張性や上昇性は「陰」の相を見ることもできます。
要は陰陽なるもの、常にそれが相対するものがあってのものであり、何か一つのものをもって絶対の「陽」なり「陰」はないとのことでしょうか。
多種多様な要因が複雑に絡むこの現実社会を分析すること、しっかりとその原則をさえ弁えてさえいれば優しいのかもしれません。そしてまた、とても有益なツールとも思います。しかし、その原則さえ未だ把握しきれない私にとって、やはり、決して容易でありません。
これからもよろしくお願いします。

67田村剛:2005/01/20(木) 00:14
<要は陰陽なるもの、常にそれが相対するものがあってのものであり、
何か一つのものをもって絶対の「陽」なり「陰」はないとのことでしょうか<
 そういうことはありません。自然界を見るのに、二分するのが陰陽、八分類する
のが八卦です。もっとも著しい特質を見定めて、陰陽のいずれか、、八卦のどれか
に特定、分類するのがまず、手始めです。易学ではこれを象を取るといい、普通の
言葉、文章を陰陽、八卦、六十四卦に取るー直して見るのは初歩的な訓練です。
この場合ですと、特徴特質、異同を見極めれば、オチンチンを陽(女性にはない)、
固くなるーを五行では金、八卦では乾(けん、いぬいー純陽の卦)とするのは常識
です、あなたの言われるようなどっちでもない、というようなことはありません。
そういう態度では怪我をするだけですよ。
固くなって膨張した陽物から、小水、精液が出ればそれが陰水、
固くなったオチンチンを陰に取るなどというのは、陰陽の原則を知らない珍説です。
今のうちに、基本テキストを選んで、しっかり基礎固めしないと、変な常識に凝り固まり、にっちも
さっちもいかなくなりますよ。今のうちに基本をまなぶべきでしょうね。

68根本敦史:2005/01/20(木) 00:55
田村様。ご指導の程、誠にありがとうございます。
ここ数日、自分の陰陽の基本のなさを自覚し、もって、数年前に読んだ桜沢氏の本を読み返していたとことです。
正にご指摘のとおり、未だ基本がなっていないのです。危うい限りでした。
これまでの私の投稿、恥ずかしい限りです。しかし、これは私の今年の大きなテーマであります。よちよち歩きにも満たないようですが、何とか勉強していきます。今後とも、是非、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申しあげます。

69山本元:2005/01/20(木) 17:57
田村様。私は陰陽に関しては良くわかりませんが自然界を二分ということになると酸とアルカリに分けても良いのでしょうか?酸で固まる物質と融ける物質がありますが酸は陰なのでしょうか、それとも陽なのでしょうか?もしよろしければ教えていただけないでしょうか

70斉藤:2005/01/20(木) 19:09
酸とアルカリでしたらちょっと理解できますのでお聞きしたいのですが、石鹸を作るときにはアルカリ剤の苛性ソーダーを使い油を固め石鹸にしますがこれから考えますとアルカリは陽なのですか、また植物は融けてしまいますがどのように理解をすればよいのでしょうか?

71斉藤:2005/01/21(金) 11:34
私は実験室に居る時間が長いため色々な物質の反応を見れます、例えば水を例に取りますと易の世界では陰というと拡大膨張となっておりますが実験室では陽の収縮凝固の反応が出ます。また陰の反応も出ます。水を陰と定義しますと実験ができません。水は燃えますので。珪水先生がおっしゃる様に相対するものにより変化します。

72斉藤:2005/01/22(土) 10:52
田村先生は易の世界に精通されているようなのでお伺いしたいのですが、水は気体、液体、固体と変化しますが実体は?易の世界の定義はどのようになされているのでしょうか?よろしくお願いいたします。

73珪水:2005/01/22(土) 11:54
私は占術は変化の科学であり、ある断片をとらまえて議論をするのはナンセンスであろうかと思います。どんな意見が出てきても正しいのです(その人の問題)それを「こうである」と決め付けると必ずこういう流れになり止ります。易を発案されたオリジナルの人が居ればこのような質問にも的確に納得できるように答えてくれるかもしれませんが何千年も前に死んで今は居ないのです。私は毎日肉食です、米は秋以来ほぼ食べておりませんし葉物も食べておりません。米のでんぷん質の代わりにジャガイモのでんぷん質をとっております。一般的に日本人は日本食、また自然食という概念が根強く頭にこびりついておりますが私の住居で日本食を食しておりますと寒さに耐えられません、病気になります。頭は常に柔軟にしたいものです

74珪水:2005/01/22(土) 12:43
根本さんお元気ですか?あなたが投稿を休むと気をもみます、私の知る限りこの占術の世界に精通されている方は知りません。斉藤さんの質問は至極当たり前の疑問でありますが、この疑問に納得の行くように、斉藤さんを満足させれるだけの答えを持っている方は私は知りません、せいぜい宗教界の人が誰かの言葉を借りて答えるのは「万物は実体がないのだよ」という答えでしょう。これでは納得できません、私もそうです。陰とか陽はあくまでも符丁であってその人にとって男を陰と分けても、またプラスでもマイナスでも良いのです。一向に差し使い無いのです、自分の基準(物差し)を作ればよいのです。上記に書いたように毎日身体に悪にといわれている肉食です、世間は私に日本食をすすめます。すすめている本人は顔色が悪い、シバレて居るのです、助けてあげようと肉食を進めますが険悪な空気になります、ですから早く自分の心棒を作ればよいと思います、心棒を作れば世間には惑いません、この心棒は私は物理・理科を当てております

75根本敦史:2005/01/23(日) 13:02
珪水様、優しいお声掛けに感謝の念でいっぱいです。すみません、少しサボっておりました。しかし、脱藩道場開催に向けた皆様の活発なご意見をはじめ、毎日、楽しく拝見させてもらっています。そして何よりとても元気です。
改めて整理して書き込もうと思いますが、私も「自分の基準」づくりがまず肝要かと思っています。書物を始め皆様なご意見等々、多く見聞きしますが、やはり最終的にはそれをしかと自分のものにしたいものです。そして何よりも、その物差しが生きる喜びや美しさや楽しさを測るものであると、なお良いと思います。
脱藩道場に向け、特に「人材育成」「教育」が取り上げられていますが、とても素晴らしいことだと思います。できればそこに、下のスレッドの「社会への恩返し」という観点からのアプローチ、そして何よりも、「健康である」ことの重要性、正に「宇宙観・生命観・歴史観・人間観」も併せて考えていければと思っています。これを失って私達は一体どこに向かっているのかと。進む方向も判らず、只、全速力で足踏みしているようなものです。
今日があって、こうして世界を見渡すと社会は一変しましたが、私達人間の本質はそう変わらないのかもしれません。「動態均衡」という言葉をもって表現する方がいますが、こんな中で、バランスよく、日々、この瞬間を感謝の念と喜びをもって創造していきたいものです。そんな時にきっと陰陽の物差し、道教的な思想が役立つのかもしれません。温故知新ですね。

76根本敦史:2005/01/23(日) 20:41
珪水様の「助けてあげようと肉食を進めますが険悪な空気になります」に目から鱗です。そのような光景、目に浮かびます。それは本当に、食に限ったことではありません。
今日の私達の生きるこの時空は、近年の急速な技術の進展で、これまで数千年来、体験してきたそれと大きく変容しました。インターネットでチケットを買い求め、空港まで車で駆けつければ、今度は飛行機が私達を地球の裏側にまで運んでくれます。時間が縮み、空間は膨張しました。生きる世界が私達の身体・精神を急速に陰性化したとも言えるでしょうか。
こうした今日の社会にあって、改めて、私達が今本当に必要としているものは何かと考えさせられます。古きものを只かたちばかり持ち寄ってもダメなのでしょう。物事の道理をみた先人達の知恵の本質を見極め、もって、今日の諸技術・知恵による現代版動態均衡維持哲学が必要なのかも知れません。
善悪でもなく心情的なものでもなく、只、人として「健康」に生を全うする。そんな健全なる肉体に、やはり健全な精神が宿るのでしょう。そして、そんな健全な精神による着想を、この宇宙という時空の中で日々嬉々として具現化していくことが、きっと、この世に在って生きる私達に課せられたお努めなのかも知れません。

77蓮谷章二:2005/01/24(月) 21:35
珪水先生は肉食をしていらっしゃるとのことでありますが、
先生は一日何回お食事を取られますか?3回でしょうか?それとも2回?
ところで、最近私はすごくよい男性用衣類の店を見つけました。
店員にもよりますが、今回は初老の紳士がサービスしてくれました。
いろいろアドバイスしてくれるのですが、実に的確なのです。
この人が「ワイシャツは買ったら一回洗わなければいけませんよ、肩が
こりますからね。」などというので、お!と思った次第です。
他にも色について、いろいろ言うわけです。プロの店員が減っている中
こういう人もいるところには居るんだなと少し安心いたしました。

78根本敦史:2005/01/24(月) 21:38
酸とアルカリについて。
桜沢氏の師にあたる方は、ナトリウムとカリウムのバランスで食養を解きました。
桜沢氏を師の理論をより広く捉えられるよう広く発展させ、食養を陰陽をもって解きました。

79根本敦史:2005/01/24(月) 22:45
時を制する者は・・・、とよく言われるが、本当にそのとおりだと思います。
珪水様がご指摘なさいましたが、暫らく投稿が減ったのも、仕事やプライベートで忙しくなり、まとめて時間がとれなかったことによります。
ここ数日、仕事の絶対量が増えたと言え、明らかに時間に追われている自分に気付かされます。
健康で、なおかつ、時にのり、正に「3倍」はいきたいのです。
そんなことを思った時、生活にかかるあらゆるものの整理整頓の重要性に改めて気付かされます。
そしてまた、珪水様が時におっしゃる「気学」なるものに大変引かれています。

80根本敦史:2005/01/24(月) 23:55
蓮谷様、衣類店のお話し、とても面白いです。
蓮谷様のご投稿で、私も個人的にお付き合いのある先生が昔話してくれた床屋のことを思い出しました。
その床屋の主は、昭和天皇のご担当の方だったとも聞きました。私の先生は、そんな床屋の主との会話を楽しみつつ、その主を通じて、昭和天皇にパワーを送っていたなどと興味深いお話しをされていました。
世の中には面白い方が沢山います。こんなお店を集めて本なりHPなりを作ると面白いかもしれませんね。

81田村剛:2005/01/25(火) 00:27
<私は占術は変化の科学であり、ある断片をとらまえて議論をするのはナンセンスで
あろうかと思います。どんな意見が出てきても正しいのです(その人の問題)それを
「こうである」と決め付けると必ずこういう流れになり止ります。
易を発案されたオリジナルの人が居ればこのような質問にも的確に納得できるよう
に答えてくれるかもしれませんが何千年も前に死んで今は居ないのです。<
 貴殿は拝察すると易学の演習をおやりになったことがないようですね。
象を取るの意味がおわかりでないようです。
筮竹を取って卦を立てるように、ある命題を卦になおして見る単なる手法なんです。
ある文言を八卦、六十四卦のいずれかに下卦、上卦とおきなおして、そこから
あちらからこちらから見てゆく易を学ぶ上でのトレーニングなのです。
固くなったおちんちんという文言を、和文英訳のごとく、陰陽、五行、八卦等に
置き換えるだけなんです。こんなのは初歩的な訓練で、2千年前がどうしたとか、
占術界がどうとかのたいそうなことではないです。
おちんちんにちなんで、陽物、陰水と言ったら、水の性質がどうとか言う方が
出てきましたが、そういう話ではないし、誰も答えられないなどと言う性質の
ものでもありません。単なる和文易訳のことです。

82根本敦史:2005/01/25(火) 01:52
田村様、貴重なご投稿をありがとうございます。先にご投稿いただいた「基本テキストを選んでしっかりと基礎固め」、正に私の今の課題であります。
恥ずかしながら、日々の忙しさを理由に「易経」すら数年前に買い求めまま殆ど頁を開かずに放置している自分に半ば呆れます。もし差支えがなければ、その「基本テキスト」の選び方で一つご教授いただけると幸いです。陰陽の2つ分類にして此れですから、未だ敢えて五行、八卦、六十四卦に手を出さずにいる状態です。

83田村剛:2005/01/25(火) 19:57:31
<「易経」すら数年前に買い求めまま殆ど頁を開かずに放置している自分に
半ば呆れます。<
あきれることはありません。目下は、易を必要としていないからほうっている
だけでしょう。何か切実なことができたら、易に聞いてみてみたくなるものです。
 易も囲碁将棋、短歌俳句等と同じくきまりがあります。きまりは文句なく覚える
こと、妙な理屈をこね出すと、易に入るチャンスを逸します。
本はなんぼでもありますが、まず基本を頭に叩き込むこと、回路を自分の中に
作らないことにはいつまでたっても反応しだしませんから。
休日、半日もかければ覚えられるでしょう。
まず基本の理を覚えることです。

84ナニワのダルマ:2005/01/25(火) 20:37:34
横レスで申し訳御座いませんが、#57で根本様が紹介された「陰が奇数、陽が偶数、あるいはその反対」の件ですが私の愚見を申し上げると「陰が奇数、陽が偶数」と感じます。理由は実に単純な事しか言えないのですが一というのは全体を指し、1+1=2といのは実数の世界で位相幾何学の世界では1+1=1だとか。1が2を生み3を生むなら仮定として1は陰数で偶数である陽は陰の特殊なバリエーションの一部と考えたら如何。この世の仕組みが陰陽で成り立っているのなら次の発想はどうでしょう。

 裏と表二人で一人であっても奇数人間と奇数人間を和合しても偶数人間である。偶数人間と偶数人間を和合しても偶数人間であることを知れば奇数地上人と偶数人間と和合して新しき奇数の地上人が生まれる。

上の発想は陰陽に関する書物から思い付いたのですが、私は陰陽の法則というのは対立する2項図式をまず概念として取り上げ次に次元のステップを踏んで平面から立体への相移転が伴う生命論的アプローチだと確信しています。生命論的アプローチといえば「間脳幻想」ですが上記に繋がる箇所を少し引用し、考えてみたいと思います。

 藤井 錬金術では、男は黄金に照り輝く太陽であり、女は銀色に照り映える月ということで、この太陽と月の合一によって、新しい価値を持った生命が誕生するわけです。左脳を太陽脳、右脳を月脳という具合に考えて、その補完関係と共同に基づいた全体性で脳を考えることが、最も大切な視点になると思いますね。

 藤原 陽は陰の特殊な在り方という易の基本概念は、群論的に言えば、一の中には二が含まれているし、処女生殖としての聖母マリアのモデルとして、生物学的にも検証できると思う。

85ナニワのダルマ:2005/01/25(火) 20:41:34
陰陽に関する書物から思い付いたのではなく思い出しの訂正です。

86田村剛:2005/01/26(水) 00:01:27
<私の愚見を申し上げると「陰が奇数、陽が偶数」と感じます。<
楷書があって行書草書が書けるんですから、初学の人に基本テキストを
ひっくり返すような牽制をするのはいかがなものでしょうか。
ちと大人気ないのではないでしょうか。
易に限ったことでもないでしょうが、習うより慣れることが
いちばんなのです。

87根本敦史:2005/02/14(月) 21:20:49
ご無沙汰しました。スマトラ沖の地震の後、自転の速度が速まったなどと云々するのも聞きますが、日々、忙しくてならず、考えさせられます。
さて、少し前の話題になりますが、注連縄について。注連縄を作る際、一本一本の縄を稲から綯った場合、それを右利きの人が綯うのと、左利きの人が綯うのとでは、最終的に注連縄となる際の回転方向が変わってくると聞きました。
また、フーチーなどで顕著ですが、時計回りは、エネルギーを求心させる創造性(陽)を示し、反時計回りはエネルギーを遠心させる破壊性(陰)を示すと考えられます。
こうしてみると、単純に回転方向で、本当に〆ているか否かは分かるのかもしれません。如何なものでしょうか。

88根本敦史:2005/02/15(火) 22:40:25
掃除について。
女優、沢口靖子さん。とてもお綺麗な方ですよね。
彼女が奈良の出身のようで、よく小さい頃からトイレ掃除をさせられていたそうです。
はじめは嫌で仕方なかったそうなのですが、次第に、それをしないと気がすまないように思うようになったそうです。
女性は(いや、女性に限らず)、とにかく一番汚いところを毎日しっかりと掃除をする、これだけでドンドン綺麗になっていくそうです。
お寺に修行に行くとまず掃除から始まります。特に始めは便所掃除。これも柄の付いた束子などでなく雑巾で掃除するそうです。毎朝、雑巾でピカピカに磨き、それを兄弟子に報告に行きます。兄弟子はそれを受け、こうするそうです。汚れたバケツを足で蹴り、綺麗に掃除した便所に倒します。お弟子さんはムッとする訳です。そんな毎日が続きます。あくる日、同じように兄弟子がバケツを蹴ります。お弟子さんはそこで、ニコッと笑みを浮かべます。それでこの便所掃除の卒業です。
面白いものです。

89根本敦史:2005/03/07(月) 15:29:48
情けなくも、年始の誓いは何処其れ、ちょっと忙しくとなると此れです。漸く仕事が落ち着き、仕切り直しです。
さて、センスの磨き方で面白いお話しを頂きました。第六感を鍛える為には、まずは備わる五感を磨くことだそうです。そして、この五感の磨き方ですが、例えば、触覚。手を抓ると痛いですね。その痛み、抓った手を離しても暫くその残像が残ります。しかし、時と共に徐々に薄れる。これを如何に長く持続できるようにするか、それをやります。抓られた手の痛みに集中し、記憶し、持続させる。何時間でも何日でも持続させます。触覚、味覚、聴覚、嗅覚、視覚全て同じです。
そうしてみると、茶道、弓道、柔道、華道、書道、香道なるものの「道」とは何かということを思い知らされます。きっと、茶や弓や柔や華や書や香などを媒介に、今に集中し、五感を鍛え、もって、第六感による「道」なるものを垣間見たのかも知れません。

90ヒロイエ:2005/03/07(月) 23:20:46
茶々を入れるようになりますが、
弓、柔について道とつくのは明治以降ではないでしょうか。
それまでは、  術  だったと思います。
また、茶、香については、 闘 がつきます。
書、花については勉強不足ですが、
一概に言い切れないのではないでしょうか。
ただ、茶、香、書、鼻については  言われるとおり
覚  という言葉が大きなポイントと思います。
訓練を通じた第六感、インテリジェンスの重要性は
必要です。

年をとると、悪くなる一方です。

91根本敦史:2005/03/08(火) 13:03:16
ご指摘、ありがとうございます。茶道、弓道、柔道、華道、書道、香道、これらの本質、由来を知らず、ただ思いつきで書いたものです。ただ、これらの「行」や「遊び」を通じて、意図せずとも、今への集中力を高め、そして、五感を磨いていたことは確かなんでしょうか。道を行き、極めたところに目に見えない何かがある。それが第六感を持ってのみ感じられるのかも知れません。この意味で言うと、「術」でもきっとそうなのでしょう。弓術、柔術を極め、その奥義に達する、そこにある「何か」です。全ての道、行は「何か」に通じる。オイゲンヘリゲル「日本の弓道」で登場する師のことを思い出しました。また、合気道の植芝盛平氏も何か面白い世界を見ていたようです。また、「術」とは何でしょう。「行」の中に、「ジュツ(ホに点)」がある。キク科の多年草である「おけら」を意味し、それは厄除け草とされ、白いヒゲのような頭花の姿は仙人の髭を髣髴させます。

92中津沢重利:2005/03/08(火) 22:57:59
根本さんは何か、修行(五感ー六感)をしておられるのですか。
差し支えなければ
ご披露されてはいかがでしょう。

93根本敦史:2005/03/09(水) 12:51:49
中津沢様、こんにちは。私は、皆様にご披露できるような特別な修行はしておりません。ですので、上記の私の投稿が少し恥ずかしいです。しっかりとした根拠もなく只そう想うという思いつきを書いたものですので。しかし、近く機会があれば、触れてみたいと思っている世界ではあります。一方、数年お付き合いのある方から腹を鍛えることをしばしば言われます。腹式呼吸です。そしてまた、今への集中力です。食事をしていても入浴していても通勤していても、気が付くと頭では仕事のことを考え、そこにある味や薫りや空気を浸りながらも無視している、そんなことがないように、けじめをつけて、仕事のときは仕事、食事のときは食事、通勤の時には街の風景や風、空の色に気を配ります。ありきたりのことですが・・・。しかし大切なことですね。幸せは今この瞬間からの吸収力を高めることでドンドン増していくような気がします。またその有り難さをもって始めて社会への恩返しです。そして少し時間があるときは、瞑想に似たことをします。気持ちがいいです。部屋の中、特に入浴中が多いですが、呼吸を整え、回りの景色(家具の配置や細かいところのあらゆる形状、色等)を記憶し、眼を閉じ、その景色に感謝の念を込めて浸りきります。私の体もあらゆる物体もきっと究極にミクロの世界(量子物理学?)では同じ光子だったり光の波であるかもしれません。それを意識しつつ、あらゆる物体のその波に自分の想念の波を併せてみます。時にはちょっとした遊び心でその波を弄ってみたり。また、少し位であれば頂いてもいいだろうと、一つ二つ光子(もし、そんなものがあるのであれば)を頂いてみたりなど。元気球です。変ですね。しかし面白いのが、そんなことをする時に周辺に埃や汚れがあると物凄く気になります。埃や汚れの波が嫌なのです。今、私たちはこの時間と空間にあり、3次元の世界に生きますが、五感では感じ得ない別の次元が同時に存在しているのならば、例えば、こうした思いは明らかにしっかりとした形状をなしているのかもしれません。その意味で、一念三千、因果応報等いいますが、その通りかもしれませんと。しかし、なかなか上手くいきません。仕事が忙しいとできなかったり、少しゆとりが出ると仕事への集中力が欠けてきたりと。すみません、くだらないこと長くなりました。

94根本敦史:2005/03/31(木) 22:45:42
花粉症と昆布茶のあたりから、自分の体をもって色々と実験、観察を試みています。昆布茶、アルカリ。電解質というヒントから、少し考えさせられます。症状は今はだいぶ良いのです。コントロールの術を知った気がします。どうもダメなのは、外から室内に入った時の温度差(場合によっては気圧差も?)にあるよう感じます。頭を坊主にしましたので、頭から首の辺りを摩りながら確かめるのです。また、歯磨きが大切な気がします。磨くとすっきりします。これも口内の酸・アルカリでしょうか。実際のところ、色々といっぺんに進めすぎてわかりません。杉茶も飲みました。結局は松の皮と毎朝のお茶が良かった気がしていますが。コーヒーに甘いものを食すとダメですね、一時的に。松竹梅、なぜ松で竹で梅かです。中でも松が一番。これ、ひとつの生活の知恵かも知れません。松の実を食していると仙人になるのでしょうか。そういわれると、種は究極の全体食です。こちらも大変乱文で申し訳ございません。

95珪水:2005/04/01(金) 22:08:35
根本さんの元気そうで何よりです、私も坊主に近い頭です。髪の毛によい整髪料がないためです。私の師匠たちは「五行力学」「占術」を学ぶためには「量子力学」が先と、学ばされた為に占術の話になると微妙にかみ合わなくなるように思います。量子力学と五行力学、占術交えての話は面白いのでは?と思います

96根本敦史:2005/04/02(土) 16:49:54
色即是空 空即是色 ですね。量子力学、面白いです。日々勉強です。ずっと先行く人がいっぱいいます。なかなか追いつきません。現実、社会生活もあります。欲もあります。もっともっといい仕事をしたいです。天地自然のお力を借り、もっともっと元気、勢いが欲しいですね。日々、感謝です。珪水様、お久しぶりでございます。最近思います。何事も整理整頓が大切ですね。これができないと何事も難しいもの気付かされます。

97真木為明:2005/04/28(木) 20:42:41
最近知人に方角にうるさい人がおりまして
仕事柄旅の多い私にいろいろ「助言」してくれるのですが
今までは半信半疑でした。ただ思い返すと今までに一度だけ、
旅行の前後で身心共に明らかに調子が悪くなったことがありました。
気分や体調が悪くなると、結果仕事にも影響を与えるので
全ての調子が狂うことになり、そこから元に戻るまでに相当の
エネルギーと時間を要します。
確かに地球の磁場の関係で起こりうるであろうとは想像しています。
この世の偉い方々は、しばし保養に行ったり他国を訪問しますが、
体調を整え長寿を全うし高邁な人生(国家?)の目的を達成するために
行う帝王学の一片ならば、大衆にはおよそ目に付かない秘術のひとつかも
しれません。

98根本敦史:2005/05/02(月) 15:41:08
以前珪水様の投稿で掃除の仕方、雑巾がけのお話しがありました。空気と水です。最近、実家の引越しに伴い、空き家になっていた家がありました。1月以降、不動産屋にお願いし、借り手を捜していたのですが、4月に入っても決まりません。正直、4月までが勝負だと思っていたので大変心配してました。4月中頃、荷物を取りに空き家となっている家に寄ったのですが、その際、色々考えた末、玄関、そして、バルコニーをきれいに掃き、また、素手で水を打ちました。30分以上、念入りにやりました。するとどうでしょう。その後、1週間もせず、近くの歯医者をしている一家が借りたいとのこと、借り手が見つかったのです。不思議なものです。思いを通す術でしょうか。その威力に只驚かされます。

99珪水:2005/05/04(水) 11:28:57
昨年から掃除(整理整頓)の話をしてきました 実践された方はいろんなことに気が付かれたことと思います、また少なくとも整理整頓をされた後は気持ちがよいと感じたことと思います、継続してください。一般に言われている風水が整うのです、開運の早道でしょう(急がば回れです)空間の整理整頓ができましたなら自分の頭の整理整頓をしましょう(極力占術の類は科学で考えましょうと何度も書いてきました(異論の方も居りますが?)術では昼は陽で夜は陰ということになっておりますが陰陽で考えますと私の頭は整理できないために昼は紫外線夜は赤外線(国立天文台より)と整理をします。料理の話ですが紫外線は肉を焦がし赤外線は中まで火がとうり野菜はこの逆になります。ですから自分の生活が昼型なのかそれとも夜型なのか?によって当然食べるものは違います。地の気の強いところは赤外線の強いところであり天の気紫外線を求めるようになります

100珪水:2005/05/04(水) 12:07:00
よく質問されることがあります、一年の四季は分かりますが自分の人生の四季についてです。「これを教えてくれ」とよく言われますが私には方程式が分からないため出せませんが自分で分かる方法があります、整理整頓を継続しているうちに観察力が鋭くなります、そうして今まで気にもかけなかったことに疑問が出ます、この疑問の中に自分の人生の四季折々がありこれを読み解くことができるようになります。冬であればじっとし新規ごとに手をつけず春であればいくらどん底にあっても行動すれば必ず花が咲き実をつけます。私の体験では大きな四季は三度あるように思われます。三回勝負できるのです

101根本敦史:2005/05/04(水) 13:52:57
珪水様。ありがとうございます。大変参考になります。さて、空間の整理整頓ですが、気を配って色々やっていると、家具の置き方というか、部屋のインテリアに気を使うようになります。できる限り、掃除のしやすいものがよいです。また、できる限り多くの消耗品を減らし、少なくとも大切な道具でシンプルにしたいものです。また、その道具はできれば箱にしまいたいです。世の中、不要な消耗品が多すぎます。品がなく、愛着もわかず、整理整頓ができてくると、きっと不要なものと分かってきます。世の中の多くの人がしっかりと整理整頓ができると、必然的に不要な消耗品はこの世から姿を消すでしょう。そうした文化を、もう一度、ちゃんと創っていきたいものです。そして、一年の四季、その「タマシビ」を宿す文化、それもこの国からなくなりつつありますね。温故知新、このあたりに大変貴重な情報が埋もれています。面白いです。

102珪水:2005/05/04(水) 15:35:08
方位についての私の考え方。方位をとるという事は季節をとると考えます、自分にとって今が冬とすればいくら種を植えても芽が出ず枯れてしまうため芽の出る春の方位に移ると考えます、この方位をとる(移動をする)ことによって自由に季節を変えることができると考えますが的確に移動をすることにより私が期待をした結果を指示してくれた専門家は皆無でありました。それで自分でそれを体感できる(感受性)訓練をするために躾をされ学問を学ばされていく中で感受性(動物的本能)が鋭くなり自然と判るようになります、頭では理解できないでしょう、ですから本を読んで移動をしても体感できない限りその本なり、専門家の意見が正しいのか正しくないのかは判別できないと考えます。この道の専門家の意見を参考にされるのであれば無理なく天地自然に生活されている方(帝王学を学ばれている方)の意見を尊重されるとよいでしょう。

103珪水:2005/05/04(水) 16:10:17
春になりましたが天気が悪く気分もすっきりしません、また太陽(光触媒)の光が弱いため地所の周りに異臭が立ちこみます、この異臭を消すのに先日線香を束にしてなんとなく淀んでそうな場所で朝焚き込みました、異臭は消えすがすがしい空間になります。決して余計なことは考えずに、光触媒です。ただそれだけです。線香ですので光触媒以上のことを考えられるとしたら決して真似はなさらぬように。参考までに

104根本敦史:2005/05/04(水) 16:21:23
紫外線と赤外線の話しが面白いです。波長、短波と長波。太陽からの直接的な光の一部が紫外線。太陽光線が月に反射することで波長が長くなり、赤外線でしょうか。太陽の光も時間により様々です。朝日、夕日。この光を、波を、声を体に宿すといいのかもしれません。その為の法(ルール)もあったかもしれません。月、これは太陽よりもずっとずっと大きな影響を与えるとご指摘下さいました。引力もさることながら、赤い月、白い月、青い月。黄色い月。月の赤外線、長波。月読(ツクヨミ)。真言密教でしたでしょうか、月光を照射した水に関する祭り(?)がありましたでしょうか。中秋の名月。若水とり。この生理学的根拠は何でしょう。
万人によろしくこうしろ、というのは到底無理なのでしょう。まずは人の診断でしょうか。方位にしろ、光の照射にしろ、食事にしろ、その後のことなんですね。正確に診断できる頼りがいのある名医がいなければ、やはり自分のセンスに頼るしかないのですね。

105珪水:2005/05/04(水) 16:39:18
時々月が赤く見えるのは地球の陰になっているときであり地球が放出している赤外線の色です。私事ですが、私の興味を引く人間(運の強い人)は世間の評価を受けず放蕩の限りを尽くし他人の意見を聞かず自分は悩みぬきながら何とかこの現状から脱却すべく占術の類に興味を持ち虚勢を張って生き抜いているような人間に非常に興味があります

106根本敦史:2005/05/04(水) 17:14:25
私は家で香を焚きます。掃除の後、仕上げに焚くと気持ちが良いのです。色々試しましたが、自分に合う香をようやく見つけた気がしていました。きっと、もっと試すことで、より良いものが見つかるとは思っています。若者(自分を含め)に流行の所謂お香(インセンス)などは駄目でした。匂いが強すぎます。そして、本当は香木について勉強したいと思っていました。香道です。しかし、光触媒なのですね。マイナスイオンでしょうか。そう言えば、居心地の良さを求め、部屋の間接照明をあちこちに置き直したりしている自分に気づきます。部屋の隅っこが妙に暗かったりすると、その空間に何か不快なものを感じます。また、夜は料理中のキッチン以外では白い蛍光灯を使いません。何かその振動に不快さを感じます。五感で感じ得ないものが多いということ。五感で感じ得ない何かを感じる動物的センスですね。

107根本敦史:2005/05/04(水) 17:29:33
そう言えば、何かの本で見てはいけない月の類があることが書かれていたことを思い出しました。月が赤いのが地球が陰になっていることによるとなると、その際の赤い月の光は、陰の地球に住んでいる人間の体にどう作用するでしょうか。なるほど、月には地球に生きる生命のバランスを整える作用があるのでしょうか。より良く生きるための貴重なサインですね。月について多くを学んだ古代の人々の知恵を借りるといいのかもしれません。そしてまた、それを風流に楽しんだ心意気が好きです。

108根本敦史:2005/05/07(土) 14:06:57
人とは比べようがありませんが、皆、同じように悩み、それでも生き抜いていく他ないのかと。ただ、それが「虚勢」なのか言われると確かにそうで、振り返って色々と考えさせられます。そして、考えれば考えるほど滞ってしまいます。今はそれが「虚」でも、「勢い」が必要です。頭の整理ができていないのでしょう。迷い、滞ることも多々あります。「占術の類」は、如何にそれを科学的に捉えるかですね。目に見えないものは多く、しかもその影響は多大です。そして、それはとてもありがたいものであり、可能であれば味方につけたいです。それが心地よいです。勢い。気であり、機でありましょうか。一日の勢い、一年の勢い、一生の勢い、その季節の取り方です。春に為せば実る、冬に為しても実らない相似象ですね。例えば、一日の勢いに乗り損ねると、その日の仕事は散々です。安眠に心地よい朝起き、これが年初以来の課題です。月と太陽と地球と私の睡眠の科学です。

109ナニワのダルマ:2005/05/07(土) 23:29:31
「最近読んで印象的だった本」のスレッドに書き込むのが適当でしょうが、この連休休み、日帰り旅行をし、昨日はあっち、今日はこっちと分散しながらよく歩きましたが、帰宅してからは夜になって本を読んで時間を過ごしました。本は大分前に入手して以来書棚に置いてままになっていたマリー・コレリー著の「二つの世界のロマンス」東明社という本です。大英帝国の全盛期ヴィクトリア女王時代に生きたイタリア系英国人の即興音楽家の神秘体験を描いたアストラル小説ですが、読み終わって得た感想は私個人の意見としては実に面白かったです。人間電気の存在を紹介し、広大無限な宇宙の意識とコンタクトするとき、我々の世界でいう超能力の世界とその発生メカニズムが展開されます。私は超能力というのは本来人間の潜在意識下に眠っている常態能力を現代文明に生きる我々の認識を持って規定しているだけだと思っています。実際、人間電気か何かは存じないが確かに体調がよくカンが冴えている時は俗な次元のレベルとは言えお日様から大気中の風に至るまで何だか自然に愛でられている感覚を覚えることはありますしまた人間関係に関してもこれは自身の心の投影なのかもしれませんが相手の言葉が何であれハラの内が何となく見え、予感が的中したり、いい意味で共有可能な潜在意識下で建設的なコミュニケーションを取れたりすることは皆さんにもおありでしょう。そういった日常の不思議さを著者は永遠電気熱光輪の自然科学的成果に過ぎないと認める日がくるのを確信していると述べています。興味深かったのは著者が神知体験をしているさなか、相手の言葉のなかに月は存在していないといったくだりでした。

110根本敦史:2005/05/09(月) 09:12:26
ナニワのダルマ様、本のご紹介、ありがとうございます。私たちの体に宿る電気と磁気と力の関係、そして、大地と太陽と月の作用。はっきりと分からなくとも、きっとそこにあるもの、今日、それが科学的に証明され得ずともです。「自身の心の投影」は、量子物理学の世界では。多次元に跨り存在する私たちの存在、魂魄、心の作用はどこかしらの次元を通じ、この次元世界の対象物に干渉させ得るものでしょうか。今日、未だ科学的に証明され得ない諸作用、現象、これらを非科学的と遠ざけるより、その幽玄さを愛でて大切にしたいものです。今日、我々が知りうるものはこの宇宙の作用のほんの一部です。そんなちっぽけな人間が作り出した観念同士が争うこと、何と惨めなことでしょう。花鳥風月、宇宙の幽玄さ、そうしたものへの只当たり前の知、そして敬意が、この世界を明るく照らすかもしれません。とても朝の文章ではないですね・・・。

111根本敦史:2005/05/18(水) 18:20:14
ウエサク祭がもう直ぐです。5月の満月にどのような意味があるのでしょうか。今、月が満ちていきます。この期間、月は私たちの体に吸収性を高めるように作用するそうです。陰陽でいうところの陽、吸収、蓄えの時期です。そして、満月の夜をもって、次第に月は欠けて行きます。今度は私たちの体を陰性の発散性に向かわせます。月の波動、陽極まりて陰となる、でしょうか(その逆?)。ものごとを為すので「時」があるようです。タイミングが合う、月の満ち欠けの力の作用と合う、それが「ツキ」でしょうか。ウエサク祭、この満月の光を照射させた水は、私たちの体にどのように作用するのでしょうか。

112根本敦史:2005/05/20(金) 00:35:53
風邪を引きました。一昨日の夜、飲みに行ったところでもらったものです。喉が痛いと多くの女性が言っており、きっともらうような気がしていました。月に関する投稿をしましたが、正に満月になろうとする五月の夜。私の体が蓄え、急進性が高まっており、気を赦すと貰ってしまうのは道理かも知れません。只、今のこの体をもって多くを学ぶことができます。満月の夜までじっくり観察です。一つ、本当に魔が差したというか、気を緩めました。何か悶々としてたのでしょうか。邪を引きました。思うところによるものが、体に流れる電気なのか磁力なのか、何か感じます。一部が猛烈に熱くなり、かたや手足の先端が冷えることがあります。しかし、思うところがあって試した、肘から下の手を水のシャワーで流すと、正に放電、気持ちがいいです。ところどころ、滞ります。腰が痛みます。腰には爆弾を持っていると言われたことがあります。経絡の流れがわるいのでしょうか。経絡に何が流れているのでしょう。入浴中、ふと思ったこと。陰極まりて陽となる。夜、しっかり寝れないと、朝、目覚めが悪い。それは、陰が極まらないから。睡眠中の体の陰性化を妨げるのはなにでしょう。プラスイオンでしょうか、だから、水のシャワーが気持ちいい。放電です。マイナスイオンです。この時期の月は、体を陽性化させます。だから、満月にむけ、人は何となく悶々とするのでしょう。上手くいかないと、満月の夜、きっとおかしな事件となりましょう。体にプラスイオンが溜まるのですね。夜、しっかりと放電しないとだめですね。また、なるべくプラスイオンを溜め込まないことでしょうか。PCの前は、この時期は非常に疲れます。月の形、月の星座に併せて、その時期にかなった香を焚いたかもしれません。調和のためのひとつのツール。そして何よりも素敵な遊び。朝起きの陰極まりて陽となる、というと、着想のメカニズムと一緒かもしれません。朝の発送の効力の程は、きっと計り知れないでしょう。以前に書いたでしょうか、私は体の右半分が滞ることが多いようです。腰も右が痛いです。以前、右の奥歯が痛みました。と同時に、数日前から鼻の右に吹き出物がでました。右の耳の上の辺りの血管に違和感を感じ、熱を持ちました。数日して、行きたくないが、歯医者に行くしかないかと諦めかけた頃、ずっと付き合いのあった手当てをやる先生に喫茶店で3分ほど、右の手の手首、肘の下あたり、そして、肩の下の辺りの滞りを取り除いてもらいました。見事に、翌日の朝には歯の痛みが消えました。本当に顕著でした。東明社でしたでしょうか、「手の妙用」を読みました。そこにも、イオンの話しがありました。それを手当てにより流してやるのです。だれにでもできるそうです。僕も数年前からやります。ありがたいものです。5月病という言葉があります。5月の満月に向け、きっと何か大きなエネルギーが働くのでしょう。ウエサク祭も興味があります。先日の東京の空、妙に赤かったのを思い出しました。きっと地球の発する赤外線でしょうか。その空間にいる私達の体は、益々、陽、熱を吸収します。夜は熱を持つと眠りにくいかも知れません。暖かくなりながら、熱を発散し、体を冷やし、ちゃんと陰にしてあげないと。5月病。皐月。サツキ。ついでに、犬を飼い始めて1ヵ月半。夫婦喧嘩は犬も食わぬ、犬は陽気を好むようです。一方、猫はその逆、陰気を好む。猫いらず、これは猫もいらないくらい、陽気、仲が良い、でしょうか。猫は頭をくっつけてきます。陰気を取り除いてくれるのかも知れません。風邪を引きましたが、色々勉強になり、ありがたいものです。

113亀山信夫:2005/05/24(火) 07:54:13
大正末期に発生した関東大震災から大分経ちますが、過去周期的に関東圏を大地震が襲っていることから、そろそろ次の〝関東大震災〟が発生するのではないかと思っています。先週の土曜日、用事があって久しぶりに車で首都高を通りましたが、運転士ながら過去、幾度か本掲示板に登場している串田嘉氏(『地震予報に挑む』PHP新書)の地震の予測を思い出したものです。前回、掲示板で串田氏の地震予測が話題になった時も串田氏の予想が当たり地震が発生していますので、今回も地震が発生する可能性は高いかもしれません。特に、串田先生の場合は波動の一種とも云える電磁波で地震を予測するだけに、注目しています。
http://epio.jpinfo.ne.jp/05news/


No1375前兆「南関東推定前兆」について

 No1375前兆は3月末から出現し、4月17〜18日に極大
と認識される前兆変動のことで、過去観測例を参考に解析し
ますと、掲載観測情報の通り、南関東圏での規模の大きな地
震活動の可能性が否定できない結果となりました。但し、私
たちの観測もわずか10年たらずの過去例しかなく、また観
測データの認識間違いも有り得ます。従いまして、掲載観測
情報内容が絶対などと云うことはなく、可能性として否定で
きない程度にご理解戴けたら幸いです。今回いくつか気にな
る点もあり、内容についても疑問点もあることも事実であり
ますので、掲載情報の推定発生時期内に対応活動と認識され
る活動が生じない場合は、あらためて変動を見直し、過去例
を参考に考え直したいと思いますし、今回がはじめての例と
なるケースも有り得ますので、この点をご理解賜れたら幸い
に存じます。
                       串田嘉男
http://epio.jpinfo.ne.jp/05news/kantou1.html


ホームページ【宇宙巡礼】管理人・亀山信夫

114西條:2005/05/24(火) 22:18:00
 そうですか、串田嘉男さんが「南関東推定前兆」を出していましたか。
実は、行徳高校自然科学部 [地震前兆電波観測]のページでも21日から
22日にかけて強い電磁波が度々観測されています。
http://www.asahi-net.or.jp/~xr2t-fksm/sizen/zisin/zisin_main.html
過去のパターンを見ると、高いレベルのスパイク状の波形が観測されてか
ら、だいたい96時間以内に大きな地震がおきています。
【過去の的中例がサイトに出ています】
おりしも24日は5月の満月。
よく自然を観察し、五感をはたらかせたいと思います。

115亀山信夫:2005/05/27(金) 05:56:55
串田先生が、5月23日〜6月1日の間に南関東圏で大きな地震が発生しそうだと御自身のHPに書いてあることを知ったのは、数日前に「本山よろず屋本舗」というHPを訪問したときです。このホームページは、副島隆彦について色々と書いていますが、ニューサイエンスについての記述も多いので、時々訪問しています。
http://homepage2.nifty.com/motoyama/index.htm

今朝、再訪してみたところ、前回の臨時脱藩道場に参加された皆さんにお知らせした、玉井禮一郎社長が〝今年一番の本〟と推薦していた山田鷹夫氏の『人は食べなくても生きられる』(三五館)を、同HPが取り上げていたのには驚きました。また、珪水さんにもプレゼントした『フォトンベルト』の著者である渡邊延朗氏のことも同時に取り上げているのを目にしましたが、玉井社長は渡邊氏とも知己の間柄であり、目に見えぬ糸が人と人とを結んでいるような気がしたものです。

6月1日まではあと一週間弱です。


ホームページ【宇宙巡礼】管理人・亀山信夫

116鈴木登:2005/05/27(金) 23:49:15
人は食べなくても生きられる、というのは嘘というべきで、
何も食べなくても生きられる人が時たま出てくることもあるという
べきでしょうね。
日本でも明治時代に14年間不食で、大小便の生理作用もなく、
そんな身ながら、医者にも見離された不治の病の
人たちを多数治したという、長南年恵(山形県鶴岡)という女性が
おりました。あんまり病人が殺到するので、獄に拘留されたことも
ありましたが、獄中でも数々の奇跡を見せ裁判官も
納得させたとか。
大正時代に実弟からの聞書き他諸記録をもとに心霊学者の浅野和三郎が
「長南年恵物語」を書いていますし、昭和58年にはあの霊界案内人の
丹波哲郎が現地を取材して「霊人の証明」なる本を出しています。
ちなみに長南さんの係累の一族では現在ホームページも作っておられて、
そこに丹波さんとの座談会なども出ています。
映画化の話も進行しているようです。
本山さんのを拝見したら、出ていませんでしたので、ご紹介しました。

117根本敦史:2005/05/28(土) 02:07:16
一日中、オフィスにいて、PCに向かって作業をしていると、夜、本当に疲れます。疲れるというか、だるいというか、すっきりしません。数年ぶりに水のシャワーを浴びましたが、数年来なかったほど、とてもすっきり気持ちがいいです。電磁波等、相当な量の何かを毎日体に溜め込んでいるものと思われます。水のシャワーがそれを払うように感じます。滝にでも打たれたいものです。

118珪水:2005/05/28(土) 11:02:29
私の風水の絶対条件は第一に空間の整理整頓、第二に頭の整理整頓(科学)、第三に観察です。最近こういう方が見えられました、長い間心臓が重く不整脈を患っておられた方が居りましたが(当然長い間治療を受けられておりますし新興宗教、占術に非常な関心を持っておられました)まず第一をしていただき部屋の観察をさせますと電話が妙に気になるといいます、そこで電話の電源を切り不通にし一晩寝かしました、何年かぶりによく寝れたと朝連絡が入り不整脈も出ず爽快であったと。そこでその電話を子機のない(電波を飛ばさない)昔風の電話に取り返させました。以後不整脈は出ておりませんし健常人として生活をされております。電話の電波は携帯電話と違い四六時中強い電波が出ております、当たり所が悪ければペースメーカーをつけることになり一生棒に振ることになります。現代の占術、風水を学ぶべきです。参考までに

119根本敦史:2005/05/28(土) 13:35:00
珪水様、お久し振りです。先週、風邪を引き、考えさせられますが、定期的に毒素というか、溜まったもの、排泄物を外に排出する時期があるようです。今は月が欠けていく期間であり、それに準じているのかも知れません。痰が異常に出ます。喉、それから気管支を中心に不調和があるのかも知れません。また、私にとって、水のシャワーは本当に気持ちのいいものでした。相当に気合を入れないとできませんが、ゆっくり時間をかけて少しずつ慣らしながら全身に浴びます。体の全身の筋肉、細胞が活性化します。そして力みます。心臓が弱いとダメかも知れません。只、そのシャワーにより、どこからくるとも知れぬエネルギーが体の内から漲ってくるのが判ります。ある意味、全身で発電しているような感じです。体をひとつの電池とみると良いのかもしれません。放電に逐電、酸性にアルカリ性、活動と休息、昼と夜。であれば、ある方位への移動は磁界を一定方向に移動するのであるし、朝の剣道の稽古、竹刀の縦方向の素振り(発電?)、ある種の水の摂取、電磁波の影響等、すべてがおぼろげながらも整理できるかも知れません。また、時には体をよく観察してあげることも大切だと思いました。半裸状態で体中をさすりながら、不具合を探します。滞りがあれば、入念に手を当て、さすり、流してやるのがいいかもしれません。気付かず、数週間、数ヶ月、自分の体を観察しないでいます。手のひら(たなごころ)、足の裏は経絡の流れの最終地点、入り口であり出口であると聞きます。炭を握り締めて寝ると夜、溜まったものが流れると言います。蓄積した陽イオンの放射でしょうか。風邪などを引いたときに寝るときに足のしたに炭をおくと、邪気がそこに流れていく、などということも耳にします。

120根本敦史:2005/05/28(土) 13:54:29
頭の整理整頓について考えさせられます。知識、物事の考え方、捉え方を学ぶ、知るということは、そこにある現象の捉え方であり、脳内、もしくは体内、人間と言う小宇宙の回路の形であり、その形そのものが私達小宇宙を形づくります。美しきエレガントな小宇宙を形づくりたいものであり、できることならば、それは多くの人と共有したいものです。それがきっと人類の進化へと繋がっていくことと思います。個人個人の小宇宙のかたち、思考回路が社会を作り出します。今日の社会の何と醜いことか、教育の重要性を改めて考えさせられます。

121根本敦史:2005/06/12(日) 21:48:24
家に帰ると手を洗うということが、稚拙なことですが、とても気持ちが良く、大切なことだと思います。肘まで洗うとなお更気持ちいいです。また、裸足に草履等で生活していた頃は、帰ると足も洗ったそうです。家に上がる前に水で絞った雑巾で。これがまたとても気持ちがいいです。朝は顔を洗いますが、その際は、耳の後ろまで洗うのがいいそうです。石鹸はいらないでしょう。水が気持ちがいいです。手足の先は経絡の流れ上、大切なところです。これら気持ちいいが本当に大切に思います。また、雑巾がけが病みつきになりましたが、素足で歩いてみると、水拭きしたばかりの床は、断然、気持ちがいいのです。汚れが目立ち始める頃には、足の裏に疲労感が妙に溜まります。

122根本敦史:2005/06/27(月) 23:59:06
「ガイア(地球)の恵みと生命力の根源」から引用させていただきます。
(引用開始)
キリストがゴルゴダの丘で磔刑になり、ローマの兵士にロンジヌスの槍で刺殺されて、脇腹から血が噴き出しているのだが、昔からどの画家の描いた礫の絵も、全て身体の右側の心臓から血が噴出しています。どうしてキリストの心臓の位置に関して、ピラトが知っていたのかは分からないが、全ての絵が右の心臓に傷口があります。
(引用終わり)
これら画像の絵は、キリストの右に心臓があったことを意味するのでしょうか。ある本を読んでいて、キリストは此処では殺されなかったという事実を伝えているように思えてきました。如何なものでしょうか。軽傷を負ったキリストはその後回復し、日本に来た、などといった文章もよく見かけます。嘆きの壁、岩のドーム、ゴルゴダの丘、これらの地の地質はどのような性質を持ちますか。ある特定の地質が、宇宙からの何らかの信号を受信しやすい環境にすることはありませんでしょうか。キリストは、今でいうチャネラーのような人だったのでしょうか。空間の情報を受信するパラボラアンテナの機能を大地が持ったのかもしれません。人生井たる所に青山あり、とはその情報を封印したようにも思えてきます。

123根本敦史:2005/07/22(金) 20:32:58
手当て治療、気功についてです。手当てを行い、体の不調和を調整することができるようです。経絡を流れる「気」というものは何だかわかりませんが、電気的な性質をもっていたり、ひいては磁気的な性質をもっていたりします。マイナスイオン、滝に打たれることが気持ちがいいのは、イオン交換のなせる業でしょう。一方、遠隔治療をどう理解するかです。想念力がこの世にどのようなメカニズムで働くのかです。量子物理学、パラレルワールドの世界、トポロジーの世界でしょうか。明らかに未来も同時に存在する領域があり、敏感はものはそれをも感知します。振り子のメカニズムも面白いものです。何を感知していますか。人はそれをも感知すべく感覚を磨くべきでしょうか。見えないものの力、存在を、無視せず大切にしてきた経験知、それらをもう一度見直すと大変面白いです。

124珪水:2005/07/25(月) 08:12:28
陰陽の基本は昨年からの衣、食、住の整理整頓(掃除)ができて初めて易占の類の知識を得られます、またその知識が自分にとって正しいのか正しくないのか?の識別ができるようになります。先日あるお宅を訪問しましたがそこの居間では正座をして背筋を伸ばしてお話をするのが苦痛であり、姿勢を崩して(ダラシナイ姿勢)お話をしなければいけない空間であり非常に疲れました、整理整頓が不十分の空間でありました。私たちは空間からの影響に相似をします。私は陰陽の類の話をされる方の意見を聞くか聞かないかはその方の置かれている空間で判断しております。

125相良武美:2005/07/25(月) 12:17:00
珪水さんへ 一つ教えてください。部屋を整理整頓する重要性は分かります。
私自身は、余りうまくいきませんが、なんとか意識をしながら対応しています。
しかし、年をとると、体が動かなくなります。そうなると、整理整頓が難しくなります。
そう考えると、年をとった際にもそれを続ける必要があるのでしょうか?

126珪水:2005/07/25(月) 15:29:08
参考になるのかは分かりませんが?私の考え方は、常に環境(空間)からの影響を心身ともに受けており、その環境に一番合った適切なバランスを体はとりますので問題はありませんが(例えば臭いのキツイ環境に身をおくとその臭いを感じなくするように体は鼻の(嗅覚)神経を切りその場にいても差しさわりのないようにしますが、お客が来ましたので後ほど

127珪水:2005/07/25(月) 16:25:23
鼻が詰まり嗅覚が麻痺しても気にならない人はそれで一向に差し支えありませんが(体は確実に酸化いたしますが)そうでない人はその臭いの原因を取り除かなければなりません。そのために自分のいる空間を整理整頓をし異物が入ってもすぐ分かるためにです。私はお年を召されているのであれば自分のできる範囲で整理を少しずつおやりになり、それに比例をし体も軽くなると思います

128相良武美:2005/07/25(月) 17:26:36
ありがとうございます。
結局は一つ一つ、小さいことから立て直していくしか
ありませんね。
個人、家、社会、国家、世界、心掛けます。

129珪水:2005/07/25(月) 18:12:31
先日財界にっぽん8月号を読まさせて頂きました、博士の特集記事は私の最も好きな博士の思考回路でつずられて居りました。一読する価値があり今後のビジネス等々必ずやお役に立つと信じております

130珪水:2005/07/25(月) 18:22:11
もっと根掘り葉掘り相良さんの問いかけに具体例を挙げてお答えしたいのですがパソコンが苦手のため悪しからず

131根本敦史:2005/07/25(月) 23:20:27
珪水様、お久し振りです。
空間からの影響との相似、本当にそのとおりだと日々実感します。より良い自分でありたいと考えた場合、まずは身の回りの整理整頓、祓い清めが大切です。数多くある物や情報の選別も、まずはその選別が必要であり、そこにセンスが求められます。
空間の整理整頓も、しばらくすると、肌で感じられるようになります。手当ても一緒ですが、極めて電気的だったり磁気的な感じのサインを直接肌で感じることができます。風水とはよく言ったもので、まさに空気と水をもって空間、人間を操る術です。
昨日、祖父母の家を訪ね、顔を見せてきましたが、彼らの質素ながら無駄の無い生活に感心しました。空間が整っている、そう思いました。祖父母とも昔と違い派手な動きはできないまでも、身の回りのことを中心に、せっせと片付けをします。ゆっくりとやりますので、一日が簡単な食事と身の回りの整理整頓(掃除や洗濯等)で終わるようです。しかし、そこに美しさを感じました。
より静かで整った環境の中、冴えてきますと色々と感じるものがあります。植物を育てていますが、ちょっとした道具を使うと、その植物との会話もできます。それぐらいに意識を使ってあげると、植物も喜ぶのが判りますし、植物が感じる何かを、植物をつうじて教わります。部屋が汚れると、植物も元気を失いますし、自分が周りの状況に意識が行かなくなっていることに気付きます。やはり空間が整っていないとダメです。変な環境で妙なことをやると、きっと魔がさすのでしょう。そのための祓い清めであり、空間の浄化であり、結界をはったのでしょう。しかし使い方さえ誤らず、また慢心にならぬよう注意すれば、見えない何かのお力を借りることができることは、これほど力強いものはありません。
すべての存在が、私たちに影響を及ぼします。これはあらゆる存在の物質の波動、光の輪の振動だか何かわかりませんが、それらが私達の細胞の波動と共振します。あらゆる環境を味方につけるか敵にするか、です。物を大切に、そういった単純な教えに多大な生きる知恵が隠されているのだと、ただ感心させられるばかりです。今この瞬間のあらゆる身の回りの存在への思いやり、感謝の念、畏敬の念が、私達個人のそれぞれの人生をどれだけ幸せにしてくれるかです。幸せも見出すものです。空間に無限に存在しています。裏を見るか表を見るか。このお茶碗ひとつとっても、そこに幸せもあり、不幸もあります。陰陽、裏表、すべてがそうした相をなしています。

132相良武美:2005/07/26(火) 09:28:06
珪水さん、根本さんご教授感謝します。
もともと片づけをしない私ですので、違和感を感じないことが多いのですが、
さすがに、家内は気づいたようです。
ことの始まりは、私の実家に関し、父親が会社を退職以来、実家が汚くなったと
申しておりました。母親が、いろいろ言うのでまあ、そんなものかと思っていましたが、
家内は、掃除しないとだめだと言っていました。
しかし、考えてみれば、それから父親が元気が無くなり、昨年病気になり、寝込みはしませんでしたが
結局半年後になくなってしまいました。
そして、いま家の掃除はほとんど、母親はしていません。理由は、悲しみが深いからそんな気にならない。
だそうで、私が、ちゃんとしなさいと申しても聞き入れてもらえない状況ですが
少しでもしないと、大変なことになるのではないかと心配しておりました。
何とか、家内と協力しなおしていこうと思います。

133珪水:2005/07/26(火) 10:41:05
私の持論は衣食住の整理整頓であり、その衣食住にかかる金額の大小ではなく粗末な衣食住であっても整理(人生の土台)さえされていれば、そこから運命とか、人生の芽が出 花が咲き 実をつけ 収穫ができる。と信じております どんなに頭がよくても また人に負けないほどに知識があってもこの土台がシッカリしていないと必ず崩壊をします。私は他の人との議論はほぼしません。また意見も聞きません。ただ素直に聞くのは土台のシッカリできている人(子供であろうが老人であろうが学歴があろうがなかろうが全く関係なく)の話しだけはよく聞き、いろんな教えを受けております。私は辛くなるといつも空を見上げ鳥を探します、鳥を見てどうして鳥は落ちないのか?と、鳥は空を飛ぶことに不安がないのです、飛ぶという自分を信じきっているのです、自分を疑わないのです。私も時々土台(整理)の手抜きをします、不安が襲い自分を否定したがります、そういうときはいつも空を見、鳥を探し気を取り直し基本に戻ります

134根本敦史:2005/07/26(火) 11:13:54
鳥はいいですね。都心に暮らしていても鳥の囀りは心のオアシスです。土台がしっかりし、小さな自分の頭だけであれこれ悩まず大きな自分でいれる時、そんな時にはよく鳥の声が耳に入ってきますね。また上を見上げることで気持ちが晴れやかになりますし。
和歌の心得のある方はいらっしゃいますでしょうか。鳥にどんな思いを込めましたか。鳥は何を見ていますか。また、神社に入る際は鳥居を潜り行きます。鳥居はなぜ「鳥」居ですか。鳥、とり、十理、トウ(十)のコトワリでしょうか。鳥の声は次元を超えますか。

135相良武美:2005/07/26(火) 11:53:38
そう言われて、はた と感じるわけで、われわれは、効率と称するものに
とらわれすぎているのではないでしょうか。
鳥の囀り、風の音、せせらぎの音、その一つ一つが地球からの惠であり
すべての人に平等に与えられたものでした。
夏になれば、打ち水をし、風鈴の音に涼を求めたものです。
これはクーラーの効いた部屋には閉じこもっていたは、感じることは
できないでしょう。

136根本敦史:2005/07/26(火) 22:53:33
都心での暮らしにおける掃除、なかなか昔どおりのやり方とも行きません。窓を開け放すとうるさいときもありますし、エアコンの空気が気持ちのいい時もあります。湿気が多いですが、そんな時でも水を持って上手く掃除をします。水が腐敗するとよくないので、最近では試してみた木酢液の香りが好きで、雑巾がけの際は少しばかり水に混ぜて絞ります。また、霧吹きでその希釈水を噴いてやると頗る気持ちがいいものです。特に臭いが気になるところには良いかも知れません。その後、香など焚くと一掃気持ちがいいです。また水掃除の後は必ず指先の皮が剥けます。体も代謝をしているのかなと思います。また、鉄でできたバーベキューセットの下など、埃が溜まりやすい箇所があるのに気付きます。明らかに電界、磁界の関係です。そうした環境の中に日頃いることの恐さを知らされます。プラスイオンの集積、そんなところにいると体は日々酸化していくのでしょう。よくいる場所の電磁場の調整ができるようになると更にいいですね。カタカムナについて訪ねた方がいらっしゃいましたが、楢崎氏が残したイヤシロチ、ケガレチの研究成果は大変参考になります。大きな電気を使う際、アースをしますが、人間もたまにはアースし、溜まったイオンを流してあげることもいいかもしれません。まだ試してませんが、体に銅線を巻きつけて一方の先端を地面に指してやるそうです。家にも言えるそうで、家中に銅線を巻きつけ、アースするとのこと。気をつけてやるべきでしょうが、神社が注連縄で結界を張ったのと同じかもしれません。兎も角、私達は「気のする」文化です。「不潔な気がする」、「よい気がする」等、「気」がすることを大切にしたいと思います。

137根本敦史:2005/07/26(火) 23:37:16
目覚めの際、朝起きて一番鳥の鳴き声が聞けるといいですが、この都心暮らしではそうは行きません。丹念に掃除をした後、何故か手を叩きたくなります。神社に参拝する時のように手を叩くのです。どうか判りませんが、そうして手を叩く音が、場合によってはその空間の祓い清めになるかもしれません。と言うか、自己暗示の世界でしょうか。自分がその音の波動で目を覚まします。神社という空間、またそこでの参拝の作法も、神経を研ぎ澄まし、見えない何かを感じるように導くツールかもしれません。頭を下げて礼をすると、背筋が伸びて気持ちがいいですし、すっきりします。よい神社は空間が整っていますし、手を清めた後は気持ちいいですから。

138藤原肇:2005/07/27(水) 12:00:08
珪水さんの129の記事に関連して書き込みをしておきますが、珪水さんが感じ取っているようにルルドの水の特集記事で、デズニーランドについての記事は私がペンネームで書いたものです。もちろん、意識して判る人には見抜けるように仕掛けをして、経済誌用にあのような形でまとめたのですが、すでに何人かの人からなぜ実名で書かなかったのかと、疑問を呈するメールが届いたのは興味深いことでした。
このようにあぞびがないと面白くないと思うが、今回の場合は謎が簡単に解けるようにしたので、あっさりと見破られてしまいました。閉塞感に包まれた真夏の日本に向けて、こんな遊びは暑気払いになったでしょうか。

139根本敦史:2005/07/27(水) 12:20:29
藤原様、こんにちは。「閉塞感に包まれた真夏の日本に向けて、こんな遊び」、嬉しい限りです。今日、心の友としている70歳になる友人が詐欺事件にあったことが発覚し、相談を受けました。氏には私からもなけなしの小金を貸しておりました。世も末だと思いましたが、すぎさったこと、くよくよしてはいられません。歪んだことをしようとしているわけでなく、この際、裸一貫、頑張ろうと互いを励ましあい、そして笑いました。また、使えるものは全て使う。神のご加護だろうが、何だろうがです。ドンドン遊びましょう。高みの見物もいいですが、「為せばなる為さねばならぬ何ごとも」こんな心境です。しかし、こんな励ましを70歳にもなる大先輩にしなくてはならぬ自分が悲しい。

140根本敦史:2005/07/27(水) 12:41:38
教育の問題云々も大切ですが、基本的に気合がないのだと思います。気合を入れねばなりません。気合があれば自ら学ぶものです。知っているものは自ら伝えるものです。(自省の念を込めて)

141相良武美:2005/07/27(水) 13:58:23
藤原さんの遊びは、ペンネームを見た瞬間に、「ん。。。」と言う感じだったので
ひねりが無かったような気がするのですが。
先日の東京の地震の際、ディズニーランドから人が帰れなくなり、どうしょうも
なかったと聞いております。あそこは私に言わせれば人足寄場としか思えません。
私は、ここしばらくいっておりませんが、行く度に感じるのが、戦後のカツギヤです。
帰りの電車や車はみやげ物で一杯で、買う時にはちゃんと数量分の袋をくれるもので。。
それが、家に戻り、みんなに分けられると言う姿は、かぶさると考える私が
考えすぎかどうか。


話が脱線しましたが、ここ数年気力が、なくなってきているのを感じています。
かろうじてつま先だけは残そうしていますが、ほとんどなくなってきていました。
余裕が無くなり、日々に追われていたようです。その憂さをサッカーの応援で
はらしていたのが、今年は行っておりませんので、見つめなおすとひどいありさまです。
青空を見つめながら、気力を充実させたいものです。

142根本敦史:2005/07/27(水) 16:02:00
今日の東京の青空は本当に綺麗です。不気味なくらいです。自分のいる空間に対して感謝の念をもって意識してあげること、それでその空間は変質します。空を見つめると光の粒子が見えます。小さな蛍のような感じです。気の漲った方の周りでは、特に顕著であり、たくさんの光の粒子が活発に動きます。言葉をもって空間の気に作用させることもできましょう。真の人同士、励ましあいましょう。自省の意味ですが、憂さ晴らしも良いですが、負のエネルギーをも正のエネルギーに転換させるべく、身に修めたいものです。

143相良武美:2005/07/27(水) 16:29:47
憂さといっていること自体を反省します。
最初はそのようなつもりではなかったはずですが、
いつのまにかそうした自分を反省します。
ありがとうございます。

144国際ビジネスマン:2005/07/28(木) 09:27:44
歴史に参加する。それが一番楽しい事です。山根氏の冷静な分析に触発されました。
藤原肇氏の書き込みを見ました。
http://consul.club.or.jp/item/342

145珪水:2005/07/28(木) 10:34:28
144 見させていただきました。博士は我々のこの空間をタイムスペースと言われた記憶があります。私の世界では時、所と学びます。そこで昨年の10月より整理整頓(当たり前のこと 易占 陰陽に関係あるのか?と思われる方も居られたかもしれません)を長々と言ってきました。これは 所 の整理であります。この整理をしない限りもうひとつの 時 の整理(コントロール)に移れない。(144の数字の理解は夢のまた夢であり「魔女の九九」ゲーテは読めないと心得ます)このとき、所の整理整頓を曲がりなりにも行い継続(習慣)されれば、初めはは自分の小さな物差し(黄金率)ができ政治、経済、人間関係あらゆる物に応用でき勝利(成功)を収められます「君子は元を務」です(字が間違っているかも知れませんが読めるでしょう)私はこの小さな物差しを持っています、これではかりながら(ひらがなをあえて使う意味をご理解ください)生活をしております。この9ヶ月 博士 亀山様また皆様とご縁ができ同じ土俵でお話できたこと心よりお礼をいたします。御機嫌ようサヨウナラ。

146珪水:2005/07/28(木) 10:57:11
追記 当たり前もことですが生きている限り(体を持っている)時間と空間から離れて生活をすることはできません、時間空間は一位のものであります。数字はこの時空(人生をよりよく生きるために)を切り取るためにあると思っております

147根本敦史:2005/07/29(金) 15:39:04
珪水様、約8ヶ月間でしたでしょうか、大変お世話になりました。色々ご指導いただき、大変勉強になりました。まだまだ若輩者ですが、空間の整理整頓、基盤づくりを常に心がけ、より良く生きれるよう、何とか頑張ります。いつか何処かでお会いできることを楽しみにしております。また、気が向いた時にはいつでもこの掲示板に戻ってきていただけると幸いです。それでは。

148相良武美:2005/08/01(月) 09:39:14
珪水さんへ  PC自体を見られるかわかりませんが、
いろいろとご教授ありがとうございました。
ただ、本当に実感したのは、昨年の12月以降になってからで、
やはり、人間は意識することが重要と感じさせられました。
がんばってみます。

149根本敦史:2005/08/21(日) 10:42:02
山田鷹夫氏の本「不食」を紹介されていましたが、大変、おもしろく拝読しました。我々の潜在意識に働きかけ、人間の可能性を大いに引き伸ばし得る大変な言霊、宣言だと思いました。第2弾の「断眠」も同様に素晴らしいです。以前、珪水様が気学について言及されておりましたが、少しばかりでも断食、断眠をしてみると、山田氏の言うテレーゼ・ゾーンなるところにアクセスができ、そこに人間の大きな可能性が秘められている気がします。ナニワのダルマ様ご紹介のひふみ神事でしょうか、「故に地上人は霊人によって総ての行為の本を為し、霊人は神により、神は大歓喜によりて総ての行為の本とする。」の「本」への具体的なアクセス方法です。自分の体で少し実験観察してみると直感的に分かる気がします。今が伸びます。時間が延びます。麻、マリファナ薬理成分の効用に近いでしょうか。永遠の中今であり、歓喜を感じうる体づくりです。自己暗示の世界、我々が如何に無知であるかということです。知れば変る世界、為せば為る宇宙の原理とでもいいましょうか。社会の創造・破壊のあらゆる局面にしても、只それを表面的に見ても、只そうあるのみでしょう。いずれにしろ私たち各パートを動かすのは全て一つの宇宙であるし、いかにも共創的でエレガントな劇であります。それが歓喜でしょうか。歓喜でなくとも、とにかく、自由でありましょう。何とも素晴らしい宇宙でしょうか。自由、平等、博愛、これが宇宙の理かもしれません。

150根本敦史:2005/10/11(火) 09:58:00
古いスレッドで迷いましたが、仕切りなおしということで。言霊の発動、小泉さんが自らを織田信長と称しましたが、知ってか知らずか、彼は自らの運命を自分で決定しました。言葉にはそれだけの力があるとのこと。案ずるなかれ、近く同じ運命をたどるのではないでしょうか。

151根本敦史:2005/10/11(火) 10:03:49
言霊に因み。食事も体づくりの基本です。「いただきます」は勿論のこと、肉食も多い世の中、動物(植物)を成仏させる呪文とのこと。「如是畜生発菩提心」万物に魂が宿ります。輪廻は転生します。ちなみに、ピタゴラスも輪廻転生に言及していたとのこと。

152数生:2005/10/12(水) 16:30:18
ディズニーランドの裏側を描いた気鋭の本です。
是非、ご一読を!

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4902805014/qid=1129101953/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-3054042-9460344

153サムライ:2005/10/12(水) 20:00:52
数生さん、『東京ディズニーリゾート暗黒の軌跡』についての貴重な情報有り難うございました。

最初にクロネコヤマトのブックサービスで『東京ディズニーリゾート暗黒の軌跡』を取り寄せようとしたところ、「取り寄せ不可」となっていましたので仕方なくアマゾン・ドットコムに訪問して申し込みました。アマゾンドットコムでは24時間以内取り寄せ可能とありました。また、知人が今夕私信で知らせてくれた『泥棒国家日本と闇の権力構造』(中丸薫、ベンジャミン・フルフォード共著)という対談本も一緒に申し込みました。中丸薫と云えば、例のフルベッキ写真に明治天皇が写っていると真面目に主張している、どうしようもない明治天皇のお孫さんですが、それに対して「日本の自衛隊を国連の指揮下に置け」などと、馬鹿なことを言っているベンジャミン・フルフォードとの間でどのような対話になっているのか今から楽しみです。内容によっては、ブログで徹底的に叩くつもりでいます。

サムライ拝

154根本敦史:2005/10/12(水) 20:14:21
最近こう思います。人間は一種の「場」です。人間各人の個性として現れる様々な表現や症状、性癖等は、その人が感じている(感じさせられている)「場」により、拘束されます。では、各人間が感じている「場」とは如何なる情報から構成されているか。また、その範囲は。縁を考える際、珪水様が福沢諭吉の「学問のすすめ」を読めとおっしゃいましたが、自分という「場」に福沢諭吉の哲学、情報を刷り込む。自分という「場」への栄養補給であり、「場」の拡大です。意識をすると、自分が感じ得る「場」も拡大するでしょう。あらゆる空間、ものに意識を向け、それを自分という「場」に織り込んでしまう。その時、私はあらゆる空間にもなり得るのでしょう。私は常にこの自分という「場」の一種のブレと戦っています。要らぬ情報、ノイズが入り、本来、あるべき「場」に影が差し、不安になります。例えば、読む本が自分という「場」を拡大・変質させることもあり、時にはノイズとして自分という「場」を汚すこともあります。珪水様のご指摘により、常に気付かされることは、大地とのコンタクトであり、自分という「場」が大地とともにありたいということです。四つん這いになること、なるほど、手で大地に触れる。また、「四」ということ。円の天に対する四角の大地。アナログの世界ですか。昔、元極気功の張先生がテレビで紹介された際、それを解説する帯津先生が、人間という「場」に何らかの作用をもたしている、との解説をされていました。張先生の手が人間という「場」に作用させるのです。手足の四で大地に触れる。ふと、地面に横になり、大地に触れたくなりました。「体が資本」、「資本家になれ」という珪水様のお言葉が身に浸みます。

155根本敦史:2005/10/12(水) 20:19:59
そして何よりも、整理整頓、衣食住を整えることですね。最近、どうもノイズに対して敏感なようです。

156根本敦史:2005/10/12(水) 21:15:17
夜は地の気が上昇すると言いますが、改めて夜寝ることの重要性を考えさせられます。現代人が疲れるのも、夜しっかり寝ないからで、地の気・アナログの吸収が足りないのでしょう。心身ともに磨り減ります。果報は寝て待て、なのですね。言われてみると、疲れた時に皇居外苑の芝の上によく横になりに行ったものです。であると、地の気の吸収はどこがベターか。修験者が山にこもりますが、山は正に地の気の満つることころでしょうか。この国のありがたいのは、海に隆起したこの国土、岩山です。京都で会ってきた先生が昔言っていた国土大神への感謝が基本という言葉を思い出します。私たちには大地とともにあります。ありがとうございます。

157数生:2005/10/12(水) 23:17:07
>153 サムライ様
叩かれることで喜ぶ人間、ステータスに摩り替える人種、そういう人を詐欺師の一群と私は見ていますが、
どうでしょうか。中丸薫氏がロスチャイルドと写真に写っているというのと、フルベッキの写真の辿った、様々な改竄と憶測の付加の歴史については時系列で検証しても一般読者には価値がなく、私たちは警察でもない。
結局、詐欺罪は金銭を詐取して裁判をへて立証される犯罪と、あくまで犯罪的な自己喧伝の道具=化粧や装飾品の類で終息させているものと二別されるように思えます。
自衛隊を国連の指揮下にということ自体、国連がどのような組織かをNHK特集では、スーダンの内戦の報道の形をとりながら国連が大国アメリカの意思で押しつぶされていく様を、最近、レポートしています。
コトバそれ自体だけでは現実にはいか様にも機能していない現実があります。言葉の詐術以前に、国連は6万人の虐殺を前に、「ジェノサイド条約」を発効しなかった。
6万人の虐殺は、「緊急にとどめるべき大量虐殺(ジェノサイド)ではない、しかし、これはジェノサイド以下ではない」というまるで子供でも口にしないコトバの遊びに過ぎない妙な言い訳で済ませて、現実にジェノサイド阻止に動いているのはUAの軍ですが、
たった3000人で日本本州ほどの面積をカヴァーするという、めちゃくちゃなものでした。こんな国連に指揮もクソもないでしょう。
二人が出会えばコトバの遊びに過ぎんダベりに終わる。相手にする価値ありますか?

158横浜塚之進:2005/10/13(木) 00:03:39
>サムライさん。
小生も一昨日『泥棒国家日本と闇の権力構造』を入手し、通勤途中の時間を使って2日で一読しましたが、
まず対談本の体を全く成していないことや、(ひょっとしたら出版社の編集方針上の都合から、敢えてその
ような手法にしたのかもしれないと好意的に解釈しようと思いつつも)編集の稚拙さによる読み辛さ、また
内容につきましても小生含めこちらへ訪れる方々にとっては既知のことばかりと思われ、おかげで難解な
良書を何とか読み終えた後のある種の疲れとは全く逆の疲れ(言いようの無い虚脱感)が襲ってきました。
ちなみに、HAARPに関して述べられていたところは全くの触りのみでしたし、日本の自衛隊の件つきましても
ご指摘通りの一文がございました。
詳しくは一通り目を通して頂くにしても、おそらくブログで叩くまでの価値も無いのではと思います。
尚、小生はこの件で頭に入り込んでしまったゴミやノイズを取り除くべく、久しぶりに『学問のすすめ』を
引っ張り出して就寝前の楽しみとしつつ、明日からは(別の本に熱中していたため)暫く中断していた
『第二次世界大戦の起源』(A・J・P・テイラー著)を片手に車中の貴重な時間を過ごそうと思います。

159サムライ:2005/10/13(木) 04:52:01
数生さんと横浜塚之進さんのコメントで、読む前から『泥棒国家日本と闇の権力構造』(中丸薫、ベンジャミン・フルフォード共著)の大枠が分かってしまったような気分です。過日、拙ブログに深田巧の『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』について書きましたが、この本も結局は極右的な酷い本でした。それでも小室直樹と交流のある人物の本だけに、落穂拾い程度の価値はあったと思います。それは、副島隆彦が著した『属国・日本論』に、落穂拾い程度の価値があるのと同様です。尤も、最近の副島と船井幸雄と『日本壊死―新しき人目覚めよ』などという酷い本を出していますが、『泥棒国家日本と闇の権力構造』も同レベルの本なのではと推察します。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/08/post_8b8d.html

今気づいたのですが、このスレッドは「根本・珪水なんでもコーナー」でした。桂水さん、根本さん、失礼しました。以降、本題については別スレッドで続けましょう。→数生さん、横浜塚之進さん

160西條謙太郎:2005/10/13(木) 07:09:14
根本さんがふれた「国土大神への感謝が基本」で、シンガポールの華僑系の
人々の家にいくと、よく玄関脇等に小さな祠を設けて『土地財神』を祭って
お灯明を絶やさないようにしてあるのに出くわすことを思い出しました。
韓国でも天下大将軍・地下女将軍をおまつりしますね。
槌田敦さんの著書でも「地下は科学技術の能力を超えている。宇宙よりも
理解困難である。」の一言に出会いました。

161根本敦史:2005/10/13(木) 11:03:17
皆様はよく知ってのことでしょうが、近代が犯した大きな過ちの一つに、科学に対する間違った認識があると思っています。藤原さんが「向こう側の世界」と言った世界を、多くの人が無視するに到ってしまった現実、そのツケが回ってきているのではないでしょうか。私が陰陽道の類に興味があるのは、科学が宇宙の一側面しか説明しないからであり、それを補い得るものが昔から伝わる生きる知恵でした。宇宙、人間は科学が説明でき得る範囲を大きく超えており、昔は経験からそれを学び取りました。特に今日の政治経済を見ていると、こうした宇宙や人間に対する無理解が、歪んだ制度や仕組み、規範という形で現れており、呆れます。敢えて封印したようにも見られるメタサイエンスの領域への理解が、今日の諸課題を解決しうる一つの鍵となるようで、生きる本能故か、ただそれを学びたいのです。だからこそ、これから作る社会の諸制度は、メタサイエンスの領域の理解に基づき、新たな社会を構築することが必要でしょう。そこで思うのは、例えば、サムライさんがブログで指摘したフリーメーソンです。この最後のイニシエーションもある劇を通じた一種のヨーガ的な世界の理解に到るものといいます。宇宙との融合と言いましょうか。所謂、密教や秘教ですが、敢えて封印されている世界でしょうか。ここに達した人たちが世界の諸制度を作っているのではと思われてきます。と言いますが、作り得ます。では、彼らは何を考えているのでしょうか。私たちの無智を戒めているのでしょうか。門は開かれている。私たちは、こうした世界への気付きのプロセスにいるのでしょうか。気付いたものから上げって行けばよいのでしょうか。

162珪水:2005/10/24(月) 09:24:36
先日、楽天さんのことにチョッと触れましたが「虎の尻尾・・・・・」どうなるか、学習することです。

163根本敦史:2005/10/24(月) 11:18:00
ありがとうございます。出張で全国津々浦々飛び回っています。秋も深まりつつある折、土生金、春夏の活動の実りをしかと大地より頂きたいものですが、何とも。
「虎の尻尾」、四神でいうところの白虎、西、秋。楽天にとって大切な時期と言えましょう。諸行無常、移ろい行くもの。楽天、ここで大地に帰すべき。大地より実りを収穫し、そして身を引かねば、組織は疲弊し、消え失せる。自ら西の世界に踏み込んでしまったということ、お疲れのことでしょう。温泉にでも入ってゆっくり次の春の到来を待てばよいのに。彼の人生は、それでまた再生することでしょう。人生と言う春夏秋冬のリズム、そして大地を味方に付けるとは、そういうことでしょうか。
しかし阪神タイガース監督が中日ドラゴンズ(青龍)より来る星野仙一とは。仙人に試されてますな。そして、今年は阪神がセリーグを制しましたね。陰極まりか。相似象の世界ですね。

164根本敦史:2005/10/24(月) 13:19:12
土生金。秋の収穫。ソフトはハードに変えてこそです。動産は不動産に。大地への回帰。土地でしょうか。ことの詳細をしりませんが、楽天の三木谷さん、風格前に村上さんにしてやられてしまったのでしょうか。高値を掴まされた。狐に抓まれた感でしょう。稲荷様のお怒りをかったとでも言えましょうか。

165珪水:2005/10/27(木) 17:38:35
最近の投稿は興味を削がれる。皆さんよく睡眠をとられておりますか?

166根本敦史:2005/10/27(木) 19:04:27
珪水様、ご指摘ありがとうございます。最近、仕事が忙しい上、仕事上で嫌なトラブルが発生したため、体(特に背中から首、頭部にかけてと胸のあたり)が緊張しっ放しです。特に職場に来ると酷いです。そして体が冷える感じもあります。一度、体調も崩し、またそれがなかなか完治しません。睡眠時間は極端に少なくないですが、安眠できていないと言えます。夢にも仕事が出てきます。仕事のトラブルを引きずっているのでしょう。そんなこんなで昨日の夜はつまらない投稿をしたものだと後悔もしています。頭も整理できず、後1ヶ月ほどはと半ば諦めモードでした。部屋の整理整頓もままならず荒れ放題。こんな時に限って洗濯機が壊れる。そんなものですね。明日は北海道に出張ですが、日帰りです。今日は早めに帰り、部屋の生理整頓を頑張ります。秋にこんなことをしていては駄目ですね。。。

167根本敦史:2005/10/27(木) 19:12:42
藤原先生の新著をざっと読み終えましたが、正直、疲れました。珪水様が福沢諭吉著「学問のすすめ」との「えにし」の話しをされていましたが、自分に与える情報をうまくコントロールしないと上手くないかもしれません。東京で仕事をしておりますが、あたりを見回すと正直疲れている方が多くギスギスします。そんな彼ら(自分を含む)が必要としている情報はどんな情報かと、改めて考えさせられます。大地への回帰。温泉にでも浸かり、体を温めたいです。

168根本敦史:2005/10/27(木) 19:53:36
別のところで「公共善」、そして「真善美」について書きましたが、これに関しても、ある意味での大地への回帰の重要性を感じずにはいられません。天地人のバランスです。真も善も美も大地との調和、大地の情報を切りとる技術が必要で、今、我々に求められているのは、正にこれだと感じる次第です。新著で靖国に触れ、ちらっと「産土神社」という言葉があったかと思いますが、やはり大地なのでしょう。ここからは決して離れて生きることができない、文明にしろ国家にしろ社会にしろ一個人にしろです。

169神田正巳:2005/10/27(木) 20:59:03
周囲で非常に人を疲れさす人間が数人おります。この人達は常に不平不満を漏らしにやってきます。話を聞いて欲しいのでしょう、そして励まして認めて欲しいのでしょう、しかし如何せんこちらも身の人間、このような人々の話に付き合っていますと、その後でものすごく疲れます。(具体的にはんでもなく肩が凝ります)次第に会わない様になっていきます。まともな人はまともな人といたいものですし、不平不満を言い合って慰めあいたい人はやはりそのような
人々同士固まっているように見受けられます。類は友を呼ぶです。不平不満を言いたいときには、まず整理整頓、掃除をし、とにかく身辺をさっぱりさせてから
名医の指示を仰ぐとか、その道のプロに聞くとか、自然の中で精気を養うなどして健康状態のレベルを
なんとか上げる方向に持っていきたいものです。そうでないとますますネガティブなスパイラルに入っていく気がしませんか?
この掲示板もできるだけ良い状態の時に書き込むのがベストかと思います。ある程度のレベルを保つためにも。それこそ公共善のひとつとも
呼べるかもしれません。

170根本敦史:2005/10/28(金) 00:07:49
神田様、ご指摘ありがとうございます。今、ようやく部屋の掃除、整理整頓、洗濯が終わり、少し落ち着いたところであります。痴態を晒したようで恥かしいです。仕事も整理整頓が基本ですし、これができずに創造的な仕事など着手でき得ません。珪水様をはじめ、年初からご指摘いただいたことが、改めて身に沁みます。

171根本敦史:2005/10/29(土) 23:21:22
つまらない書込みですが、笑って読み過ごしてください。
笑う門に福来ると言います。類は友を呼ぶではございませんが、やはり笑っていなくてはダメですね。場を和ますと言いますか、間の邪を祓う気がします。数字もそうですが、空間も含め、この「間」が大切な気がします。ハンドルやブレーキも遊びがないと神経が疲れます。人生も「遊び」を通じた「笑い」という祓い清めでより豊かなものとしたい。昔見たアニメ「黄金バット」は太陽の象徴である主人公(?)がカッカと笑います。天狗の描写もカッカと笑う姿とともにあります。お天道様がニコニコ笑う絵もよく目にします。笑いは太陽を象徴するようにも思います。内から湧き出る本当の笑いを体で体感すると、太陽的な何かを直感により感じます。
我々の肉体を含め、地球上のあらゆるモノは、全て地球という大地の副産物です。肉体を含め、コップやテーブルや家や高層ビルも全てです。だから大地への感謝が基本なのかもしれません。
そしてまた、大地の副産物、地球の化身であるあらゆるモノには、天の気が宿り得ます。天地人。地球の化身である人間が笑うこと、それが妙に素晴らしいことに思えてきます。

172根本敦史:2005/10/29(土) 23:40:39
続けて乱文、失礼します。
「公共善」「真善美」について書きましたが、所謂、二元性の超克という観点から、どうも排斥できえない餓鬼畜生道の扱いについて考えさせられます。闇があっての光ですし、悪があっての善でございます。闇や悪の排斥ではないのですね。それらを包み込む懐の深さであり、調和の世界です。改めて、宇宙について、そして、人間について学ばなくてはと気付かされます。地球の化身であるこの肉体に宿る天の気。既に完成されているようにさえ思います。天地人、有り難くこの瞬間を全うしたいものです。

173根本敦史:2005/10/30(日) 23:21:27
近代科学に裏打ちされた一つの時代の終焉が世界規模で半ば総仕上げに入る中、来るべき新たな時代のコアコンテンツになり得るものはと考えた際、やはり宇宙、人間に関するメタサイエンスの領域の発露による新たなルネッサンスの時代の到来を感じます。私達が常に渇望して止まないのは、この人生を豊かに楽しく美しく生き抜くことです。世界の一面しか捉えない所謂、物質至上主義から、精神面・幽界を加えた新たな次元の環境づくりが始るかもしれません。そうした時に必要なのは、真摯にこの宇宙や人間について学ぶこと、そしてそれをこの世界に形にしていくこと、人々に喜んでもらうものを創り出していくことだと思うのです。小泉政権の背後に電通があり、その背景には戦い続けることでの生きるアメリカの危うい状況があるのです。一方、良識をもった巨額な国際的なマネーは、今やこのアメリカを切り捨て、新たな時代を創出し得る領域に移行しつつあるのではないでしょうか。我々は常に来るべき未来をしかと見据えた上で、来るべき未来への移行に必要な知的武装を一身独立の気概をもって進めていくべきなのだと常に考えさせられます。私達の生活は、迎えつつある新たな時代にいても恥じないような健やかさや美しさとともにありますでしょうか。こうした健やかさや美しさに関する新しい科学を学び、体得し、体系化し、それを世界に広めていく。そんなところでしょうか。

174根本敦史:2005/10/30(日) 23:32:56
小泉政権や日本の現状への批判は、須佐之男命を批判しているようで何とも徒労に終わるようでなりません。今はもう、日本の国づくりを行った須佐之男の子孫、大国主命の存在に目を向けてもいいかなと思います。改めて、宇宙、人間の科学に回帰したいものです。

175根本敦史:2005/10/30(日) 23:39:13
小泉政権や日本の現状への批判は、神話でいうところの須佐之男命を批判しているようで何とも徒労に終わるようでなりません。今はもう、日本の国づくりを行った須佐之男の子孫、大国主命の存在に目を向けてもいいかなと思います。改めて、大地、国土大神を味方に付け、そして、宇宙や人間の科学に回帰したいものです。

176薔薇の名前:2005/11/04(金) 04:34:19
珪水先生

一昨日 出かける際にあるところで一輪の薔薇の花をもらいまして職場に持っていって
早速机の上に花瓶を置いて活けました。数日しまして薔薇が枯れてしまったので
花瓶から抜いたのですが捨てる際に思わず薔薇を見ながら“ご苦労様、ありがとう。”
と言っていました。
つぶやいた後にハッと気が付き、ビックリしましたが、なんだかうれしくなりました。
全く自然に口をついて出てきた言葉でした。はたから見ていれば気持ち悪いのでしょうが
自分としてはうれしくてなりません。美しい色をしていた深紅の薔薇が萎れた様は、まるで
私のまわりの悪い 気 を自ら吸い込んでくれたような感じです。

177珪水:2005/11/04(金) 09:48:52
心身ともに健康に(衣、食、住が整いつつある)成りつつあるのでしょう、ゆとりが出来てきました。(開運の前兆でしょう、寒さにめげず自信を持って前に進めます)有機体(アナログ)は自身のゆとりが出来ると通じます、きっと薔薇がバックアップ(守る)してくれます。

178根本敦史:2005/11/04(金) 13:28:53
「今日すべきことは今日のうちにやる、明日に持ち越さない」とよく言いますが、単純なようでこれにつきます。整理整頓を含め、やはりこれが基本なのだと改めて気付かされます。職場に妙な緊張が生まれるのは、そこに溜め込んだ仕事があるからだと反省します。水も流れぬと腐りますが(厳密に言うと水が腐っているわけではないですが)、仕事の滞りは、その空間の質を低下させます。それを邪気を引くといってもいいかもしれません。また体は周囲の環境に敏感ですので、その仕事空間の滞りと相似するように体の一部に滞りを生み出し、つまり体調を崩します。するといっぺんにマイナスの方向へのスパイラルに巻き込まれます。だから整理整頓、できるかぎり今日やるべきことは今日のうちにやる、これが原則ですね。あれこれ考えて滞るのは人間の持つ固有な性質です。滞れば腐るのは理で、よくよく気をつけねばと反省します。また国政を見るに、諸課題を先送りにしてきた付けが、広く国民の心にある閉塞感というかたちで現れています。あるいはその逆かもしれません。まずは一個人として何事にも滞りのない爽やかで軽やかな生活を送りたいものです。宇宙の理、これは正直なものだと気付きます。(「考えさせられる」というより「気付かされる」のが軽いですね。)最近気になっていたのですが、部屋の植物が一斉に枯れ始めています。特に、まっすぐに伸びず渦巻くように、また葉が下を向きだしたことが気になっていました。

179キム:2005/11/07(月) 14:00:54
皆さんご無沙汰しています。
このスレッドにフリーメイソンが出てきましたが、サムライ様のブログも楽しみにしています。
googleでフリーメイソンを検索していたことろ、会員らしき人物のブログを発見しました。
「あるフリーメイソンの呟き」
http://blog.livedoor.jp/freemason3/

とり急ぎご報告まで。

180根本敦史:2005/11/13(日) 14:53:07
珪水様が以前おっしゃっていたとおり、門はいつでも開いており、それに気付くか否かなんでしょう。奴隷のごとく仕事に追われていては気付かない、宇宙の深遠なる理、これを知るか否かでしょうか。フリーメーソンを追っても仕方が無いと思っており、ただ、そこには宇宙の理を知るものが居るということです。私はまだまだダメです。しかし、この宇宙に生きている限り、体は知っているのであり、頭が如何にそれに追いつくかです。これまで何を学んできたのかと情けなくなりますが、知るべきことを知る、そのためのガイドは必要かも知れません。まあ、ゆっくり行きたいと思います。

181メイソン:2005/11/16(水) 23:03:35
根元さんの仰るとおり、フリーメイソンの儀式、儀礼には「理」を理解する重要なエッセンスが含まれていると思います。
私自身メイソンになって間もないですが、ロッジの中で語られる言葉、偉大なる建築者としての神を尊び、自分を一素石として見つめる時間は私にとって非常に重要な時間となっています。
また古代の石工組合を起源とするメイソンにはさまざまな象徴を通じて意味を読み取るという、大いなる謎解きが大きな魅力です。

182根本敦史:2005/11/17(木) 01:04:37
ありがとうございます。「大いなる謎解き」、何とも魅力的ですね。生きる喜びです。ひとつ、貴殿が自分を「一素石」と捉え、また、古代の石工組合と、ここでも「石」が出てくること、おもしろいですね。一人間の一種の錬金作業のようにも捉え得ます。古代遺跡の多くの石の建造物に驚かされます。石と共に生きた時代、彼らは石に何をみたのでしょうか。石、大地に宿る天の気。大地の化身、人間に宿る天の気、太陽、神性。星ぼしと鉱石、金と太陽。。。さまざまな象徴。そうですね、自然界は啓示で溢れています。空を見上げても風を感じても鳥の囀りを聞いても木々の香りを嗅いでも花の彩りに感じ入ってもです。今後とも宜しくご指導下さい。

183根本敦史:2005/11/28(月) 22:50:41
早いもので、もう直ぐ師走です。ここのところ忙しくしておりましたが、こうして一年の終わりが見える時期になって、改めて、終わり、そして始ることの有難さを感じています。何はともあれ、一年の仕事を終え、新たな一年を迎えることができること、何とも有難いです。考えると、毎日毎日が新しい夜明けに違いなく、本来、毎日をこのような清々しさと共に迎えることができると良いのですが。。。さて、今日、例のごとく髪を切りました。といっても自分でバリカンで坊主にしてしまうのですが。。。しかし、何ともすっきりするものです。なぜ寺の坊さんが坊主にしていたのかと考えます。髪の毛に溜まった何らかの気(邪気?)が払われたような、そんな清々しさがあります。人間の体を大地に例えると、髪の毛や爪は大地に生える植物とでも言えましょうか。その植物が自分にまつわる様々な気を蓄えたり、逆に発したり。。。そう考えてみると、様々な文化で髪を大切にしてきました。こうしてバリカンで刈ってしまうこと、考えさせられます。頭を丸める坊主、長く蓄える巫女さん、髪がどのような役割を果たしてきたでしょうか。

184阪部幸男:2005/11/30(水) 05:57:55
今日、なんとなく気が向いて、いきつけの料理屋に足を運んで夕飯を食べていたら、
突然その店に、ある世界的にその実力を認められているある日本の有名人が独りで
入ってきた。びっくりしたが、すごくラッキーなことだとも思って、たまたま席が
近かったこともあり、少し観察してみた。
とにかく、明るい!のである。そして、言動や動作のテンポが小気味よく、リズミカルだった。
そしてその場の雰囲気ががらりと変わることを肌で感じた。ものすごく大きな気を感じた。
偶然ではあったが、百聞は一見にしかずで、良い勉強になったと思う。

185根本敦史:2005/12/01(木) 18:24:25
思わず唸りました。その通りなんですよね。何とか真理を掴もうと必死になったところでダメですね。整理整頓をし気持ちよく清々しくテンポ良く明るくですね。理など、そうすれば自然に入ってくるものかもしれませんね。動植物はいつだって極めて自然体、迷いがないですからね。

186阪部幸男:2005/12/01(木) 20:23:36
ええ、わたしも最近そう感じています。
成功している人、うまく事が運んでいる人、健康そうないつも明るい人、
そういう人にはいくつかの共通点があると思っています。
多くの人の上にたつ人や、多くの人を感動させられる人、というのは、いつでもどこでも
マイペースで事を運んでいると思います。人に合わせない、といいますか、例え暗い人と
会話することになっても、自分は常に明るいのです。相手に好かれようと思っていないともいえると思います。
そしてその人と会話するとものすごく元気になれてしまう。ので、益々人が集まってくる。ただその人の周りに
いるだけで愉しいし、人生観が大きく変わってしまう。センスの良い人はそういう人を見抜いて
近づいていける人ではないでしょうか。

187根本敦史:2005/12/01(木) 23:00:39
その通りですね。結局、知に頼りすぎると見失うものがある気がしています。明るく楽しくが一番ですし、そして、その基本が家庭にあるような気がしています。今、親孝行がしたい、そんな思いがしています。そうした基本を見失わずにいたいものです。ありがとうございます。何だかとても幸せな気持ちになってきますね。

188根本敦史:2005/12/09(金) 02:27:42
明治の開国以前は、日本は幸運にも四方を海に囲まれ温暖な気候を有する国土に守られ何とか調和が保たれてきましたが、ここ百数十年の技術の発展により世界は大きく変わり、これまでの国土への甘えの構造から抜け出せず、世界の潮流に飲み込まれ、抜け出せずにいます。しかし、それも神の大いなる計らいと言えましょうか。情報は世界に瞬時にいきわたり、各国が持つ軍事力はこの地球をいとも簡単に破壊し得ることでしょう。そうした時に、この地球は如何にして調和を保つのか。それには、ひとえに理解が必要でしょう。自由・平等・博愛、これをしっかりと考え、頭で理解する必要があるのかもしれません。神の大いなる計らいは、こうした考えを一地球人として、しかと理解せよと言っているようにも思います。理解に基づく理想に向けた歩み、それを神の大いなる計らいと言いましょう。その歩みには、決定的な無理解にともなう抵抗や摩擦もあります。諸行無常を知りつつも人は既得権での安住をつい求めてしまうものです。しかし、その歩みは止まることを知りません。ITの発展に伴い、社会は猛スピードで進展しています。抵抗や摩擦に対する急速な破壊を伴いつつ、つねに創造されていく世界です。日本が金の亡者となり、利己的なミーイズムに囚われているということ、この大いなる無理解、それがこの歩みの大きな抵抗になっています。小泉政権は、こうした日本の状況自らが生み出した疫病神であり、神の計らいの現れと見えます。天は人の上に人を作らずですが、学ばなくてはならない。秘教へのアプローチが、ひとつの解決策になるかもしれません。ようやく神智学を学んでいますが、多くのヒントがここにあるような気がしています。

189根本敦史:2005/12/16(金) 16:39:01
先程、歴史のスレッドで9.11のツインタワーのこと(二黒土星)を書きましたが、天のシナリオで行くと、次に七赤金星に関する大きな事件が起きると、時代はいっきに動くかと思われてきます。

それに因んで少し面白いことがありましたので書きます。昨日、ある方のご紹介で、アントニオ猪木さんのお兄さん、猪木快守さんという方に会いました。初老の紳士といったとても感じの良い元気な方です。この方のお話しに大変興味深い話しがありました。今年の末から来年1月7日まで、若い人に訪れてもらい、元気を与えたいという趣旨のもと、浅草は花やしきに闘魂神社を建立するんだそうです。また、そこでアントニオ猪木氏が名誉会長を務めるINP技術研究所が開発した高効率エンジン発電機「闘魂パワー」をお披露目し、それを100台バングラディッシュに寄付するそうです。この「闘魂パワー」は、韓国の大手バイク・メーカー暁星(ヒョスン)機械工業が来年6月から量産態勢に入るそうです。

で、何が面白いかというと、この韓国の会社名「暁星」です。これから思わず「金星」を想像してしましました。七赤金星です。そして、場所が浅草。皇居からみた丑寅の方角ですね。変わり目を表すとでも言いましょうか。そして、この浅草に雷門があるのも面白いですね。水生木の変化、土気の上昇を促す雷(音)の作用です。なんともくだらない五行遊びですが、覚えると面白いです。。。

ところでこの方、神道などへの造詣も深く、こんな話しをしました。宇宙の理、難しく説明するものでもないかもしれない、枯葉一枚落ちるのをもって知ることもあるでしょうと。葉に表と裏があるということは、その表裏の繋ぎ目があるということ、それは何ですかと。深いですね。。。皆さんはどのように思われますか。そこは無でしょうか。空でしょうか。そして、陰陽、表裏を「むすぶ」はたらき、結び目でしょうか。それをカミ(火水/陰陽)と言ったのかもしれませんね。えにしの話しが大変興味深いですが、縁結び、表裏含めた「むすび」の世界を考察すると面白いかもしれません。天海に触れましたが、珪水様の「珪水」の名も、天地ですね。珪水様、お元気でしょうか。

190根本敦史:2005/12/30(金) 01:10:13
今年も残すところ後僅かとなりました。お陰様で大変充実した良い一年になったものと感謝の念で一杯です。ここでは、つまらないことを散々書きましたが、そんな投稿にも皆様からのご指導のお陰で色々と気付かされることがあり、大変勉強になりました。ありがとうございます。

以前に書きましたが、こうして年が明け、新たな一年を迎えることができるということが、とても有難く思えてきます。どうやらこの地球が太陽の周りを一回りしたわけですね。変わらず回り続け、同じように次の一年がやってくる。私たちの体を構成する細胞、原子も然り、弛まぬ電子の陽子核を回る運動、有難いものです。

宇宙のこの回転運動、消滅するものもあれば生み出されるものもあり、表もあれば裏もある。陰なるものと陽なるものの結び、働きです。正月に独楽遊びをしますが、これが一つの真理ですね。軸を保ち、回転すること。世界がいつか平和になるときは、きっと在り難き御柱が世界の中心に通ることでしょう。今日、それがありません。

「学ぶ」ということ、「真似る」ということ、「真」に「似」せるです。宇宙の理を知り、それに似せてゆく。人間には意志により世界を創造する力がある。この宇宙プログラムの中で、楽しく大いに創造ゲームをすれば良いのでしょう。であるから尚更この宇宙プログラムを知るべきなのですね。

まだまだ無学な私ですが、来年もご指導の程、よろしくお願い申し上げます。

191珪水:2006/01/02(月) 00:23:54
新年明けましておめでとうございます。ゆっくりしておりますので夜中ですが投稿してみます。私たちは想像している以上に汚染されているということを自覚(認識)をして頂きたいと思います。していただかないと大変に辛い時間を生きなければならないでしょう、衣、食、住、全てにおいて汚染されておりその影響をもろに被っております。このことを肝に銘じ自分の周囲を観察し取捨選択をすべきです。例えば食品ですが、食することにより本来は元気(健康)になるのですが逆に不健康になります、汚染(化学薬品・肥料)が進んでいるためこれらの汚染物質を消化するために食品から得られるエネルギーより以上の多大なエネルギーを体は使用しております。食して老化(低体温)をしているのです、このことを元旦に肝に銘じ生活を今一度見直しいただけたら幸いと思います。皆様に良きことが多かれとお祈りいたします。中旬ごろ上京の予定です、時間が許されるならば食事でもと思っております。

192阪部幸男:2006/01/03(火) 20:06:36
皆様、あけましておめでとうございます。
新年早々、珪水先生より貴重な投稿をいただきましてありがとうございます。
実は昨年より食事を摂取することが面倒になる自分がいまして、なにより、
調味料を沢山使用したいわゆる凝った料理には全然目がいかなくなりました。
以前から自分でも調理いたしますが、最近、簡単でなるべく調味料を使用しない
料理(塩だけとか)のレパートリーを考えております。体がそれを猛烈に欲している気がいたします。
疲れたときなどは確かに何も食べたくありません。食べるとかえって疲れます。
しかし、食品、衣料、建材などなど周囲を取り巻く全てにそこまで汚染が進んでいるとは。
そのことをしっかり自覚したいと思いますし、認識を深めるための勉強も必要です。
どうすれば、すこしはましな食品にありつけるのか?有機栽培の野菜を時々購入して
食べますが、確かに味が良いことは多いですし、またはっきりいえることは、普通のスーパーで
購入する野菜などに比べますと買ってきてからの鮮度が長持ちするようです。
皆様はどのように食品を選ばれていますでしょうか?なにより自分のセンスをますます研ぎ澄まさねば
なりません。

193剣持 健三:2006/01/03(火) 21:38:20
最近 犬を飼い始めましたが ブリーダーさんによれば 餌の肉にホルモンが一杯蓄積されているので オス犬の性欲が従来に比べて低下しており繁殖が難しくなってきた、とのことでした。

194珪水:2006/01/03(火) 23:46:54
  化石燃料から作り出される多様な物質が(食品添加物、薬品、建築資材、化粧品、排気ガス、衣類、衣食住にまつわる物、等など重金属は限がありませんが)体内に取り込まれますとこれを消化(完全燃焼)する為には体圧(気力、体温)を上げ(圧力鍋の原理)大量の水(体液)を使用しますから得られる気力よりも失う気力のほうが多いため疲れ、老化が早まり活性が失われます。ですからこれは陰陽とか易占とか運命とかを論ずるする以前の問題でありナンセンスであります。「先にこっちをクリヤーにしてから・・・・」というのが私の気持ちであります。ですから私は外されるのでしょうが衣食住に気をつけている為か、気が乗っておりどのような環境に行っても気後れしません。気後れさえしなければ何をしても成功します、不安がありませんから。今年は整理整頓が終わりましたので気後れしない生活の仕方を皆さんと一緒に学習していきたいと思います。

195:2006/01/04(水) 00:36:03
193について
私も先日鍼灸師のところで、「最近は、肉のホルモン剤のせいで、男性の機能が低下しており
子供の出生に繋がらないのでは?」という話を聞きました。いちがいに決め付けることはできませんが
食品の影響を長いスパンで考えますと末恐ろしい気持ちになります。
何を食べたら良いのか、またどのようにして体内に溜まった有害物質を取り除いたらよいのか
なんとか学びたいと思います。

196近藤:2006/01/04(水) 01:01:26
珪水先生、ありがとうございます。
体内に入って溜まった有害物質、身体は体温を上げ、水に戻し尿や汗として体外に放出
するんでしょうか。だとしますと、腎臓や肝臓はものすごい働きをしなければなりませんね。
今巷で流行の岩盤浴や遠赤外線サウナというのも体温を上げ汗として体外に毒を出すのが
謳い文句ですが、まだ実践したことはありません。
私の場合、毎日自分の尿を必ず観察(色・臭い)しております。外食した際、翌日、鼻につく臭いが
よくあります。添加物入っていたんだな、その時に気付きます。(遅いです)
たいていは食べる際に舌で気付きますが、巧妙になってきており気付けない場合もあります。
毛髪を切って検査してもらった人の話を伺ったことがあります。水銀や鉛、アルミなどの重金属が
溜まっていたそうで恐ろしいことです。

197珪水:2006/01/04(水) 10:09:35
阿部さん 体が酸性に傾いているのでしょう、また静電気もおきているのでは?日本食にシフトし良質の米、海苔、梅干、味噌汁、と行きたい物ですが主食の米の汚染は相当進んでおります(末世思想を説かなくとも私たちはこのままだと病気になって死に絶えます)。良いお米を探してください。また良い空気をたくさん呼吸することです。また近藤さん肝腎はダメージを受けてます。岩盤浴 シリカブラックを使用しているのでは?と思われますがこの石というか堆積物は北海道上ノ国町で産出されており成分はsio4で酸素が2個不安定です、また常温で遠赤外線が強力に出ています。この石を取り扱っている人の中に地質学、量子学、化学の専門家が付いていれば、何か変わったことがあれば説明を受けれます(素人が触れる石ではない)。専門家がいるのか確認してから使用すると良いでしょう。ちなみに北海道では「神の石」と宣伝され万病に効くとのことです。宇宙巡礼に立ち寄る方には無縁のものと考えます。

198根本敦史:2006/01/04(水) 12:51:31
あけましておめでとうございます。そして、珪水様、今年も宜しくお願い申し上げます。

衣食住の汚染のお話し、ありがとうございます。昨年は、珪水様のご指導のお陰で、衣食住にあれこれと気を使うようになり、日々実験、色々と気付かされたものです。知らなかったでは済まされない世界で、やってみると少しずつ色々な発見があります。

ご指摘のとおり、食わねば疲れません。食べるのであれば、綺麗なものを頂かなくてはいけませんね。また、私も長年の不摂生のためか、体が冷えます。なので、じっくりと体内の汚染物質を排出するよう、食事、衣類、寝具等に気を使うようになりました。しばらくは物理的に体の冷え(排出のために体温を消費している為?)を防ぐよう、恥ずかしながら、腹巻やズボン下、手袋、マフラーなどを着用するようにしています。それも、オーガニックコットンで作られたもので、綺麗に洗濯し、使っています。(洗濯の仕方の色々勉強しなくてはいけませんね。)以来、体がシャンとするものです。

また、珪水様のご指摘で面白いのが、「よって気後れしない」ということです。ちょうど一昨日、京都で会っていた某先生と話していたのですが、喧嘩は怯んだら負けなんです。命を賭けて戦いさえすれば、負けることなどない。何がともあれ、気力の世界です。今日、この気力が萎えているわけですね。そして、その原因が衣食住に纏わる汚染にあると。

ほかでも書きましたが、日本を守っていたこの国土が汚染されているということ、とても重大なことです。でるから、どんなに足掻こうが、これまでどおりには行きません。社会への恩返しは必要ですが、これまで私たちの生活を守ってきてくれたこの国土への感謝、恩返しが、まずは必要ですね。ここ数十年の付けは非常に大きなものです。

いずれにしろ、今年も、日々の生活、衣食住に気を配り、しっかりと気力を養っていきたいと思います。何より、それは、日々発見の連続でとても楽しいものです。

199阪部幸男:2006/01/04(水) 13:45:26
珪水先生、早速の御投稿誠にありがとうございます。自分は食品の酸アルカリと体調・味覚の関係を勉強する必要が
ありそうです。ご指摘のこと試してみたいと思います。ありがとうございます。
珪水先生のご指摘アドヴァイスを自分なりにまとめますと、身体は尿や汗として体外に老廃物や有害物質を排出するならば
体温を上げて大量の体液を使って、ということは何によって体温を上げるか、そして良質な水分補給がたえず必要ということ
でしょうか。そうなりますと、皮膚に接するもの、すなわち衣類は重要ですね。相当に汚いものを吸っていますね、きっと。
そして睡眠中も大量の汗をかくのでは?わたしは最近地下鉄やバスなどの公共機関は大変に臭くて乗っていられません。
都会では空気も人間も皆一様に汚染されていると感じます。衣食住を強いては国土の清浄化を行わない限り、政治云々を
問えないのでは(正常で無いから)ともつい思ってしまいます。
また近藤さんご指摘の肝臓・腎臓、そういえば、「肝腎かなめ」ということばを思い起こしました。
肝腎を強化することも対策のひとつと言えそうですね。

200阪部幸男:2006/01/04(水) 13:58:18
体温が低いといくら良質な水分を摂取してもかえってよくなさそうですね。
有酸素運動で汗をじわりとかくこと、もまた大切そうですね。
しかし、有害物質や老廃物を体外に放出するために身体はかえって気力を使い果たして
疲れるのであれば、その失ったエネルギーをどのように補給するか。
ですから今年は珪水先生のご指摘のように、昨年からの整理整頓をベースに
良質なものを見極める力を養わねばと肝に銘じております。

201珪水:2006/01/04(水) 15:18:06
自分の事は自分が一番知っております。いまの自分はどうも本当の自分じゃない、本来ならもっといろいろな方面で力が発揮できるんであろうが何でこんな風になって気乗りがしないのであろうか?なぜか本屋に行くと風水開運とか占術、健康の文字が目に入る。こういう方がいらっしゃれば「これは体から発したサインを感受した」と読み取ってください。そしてその類いの情報をとりあえずストップ(読むな)してください、混乱するばかりでしょう。まず何をするかといいますと毎日何気にしている習慣を変えるのです、風呂を控える(頭と、股間は日々洗う、石鹸は使わずお湯で揉みあらい、洗面所で頭を洗うときは首にたをるをまき水に触れさせない、体は絞ったタオルで拭く)一週間から10日にいっぺん位熱いいシャワーで体を洗う、当然石鹸不要。これである程度酸化がとまる、また体臭は出ないまた何日かすると股間に顕著な変化が見られるでしょう。化石燃料(重金属)を取り込まない。試してみてください。この話の詳細は今度お会いしたときにでも詳しく説明しますが・・・・

202坂田 光利:2006/01/04(水) 18:33:00
自分の裏庭に工場を建てる奴はいない。ということで、戦後日本は世界の工場を引き受けさせられ、日本人は一億総工員化。女工哀史の再来。電車に乗って、車に乗って、東京やそのほか大都市を巡ってみる。まるで、工場と、その工員が住むバラックが立ち並ぶ敷地に足を踏み入れたようだ。やたら目に付くのは、工員の慰安施設としてのパチンコ屋と、ただでさえ少ない給料を更に吐き出させるためのしかけと、性の処理施設(慰安所か?)と、米国製安い炊き出し一膳飯屋チェーン店ばかり。表面は見渡す限りコンクリートで覆われ、自然は消え、イタイイタイ病、水俣病、四日市喘息、光化学スモッグ、カドミウム汚染、アスベスト、心の病、など等。工員とは言っても、ストする気力すらない。ただひたすら、蟻のように しこしこ しこしこ 働くだけ。これじゃ、この国に未来はない。早く工員メンタリティから脱出せねば!

203坂田 光利:2006/01/04(水) 18:39:55
東京で電車に乗ると、損毘工員たちが臭いのなんの。大半が無気力無体力(?)不勉強無感情脳機能生理機能本能低下した顔して存在している感じ。工場でロボットに花子ちゃん百恵ちゃん明美ちゃんと名前付けて喜んでいるうちに自分がロボットになっちゃった。(笑)

204坂田 光利:2006/01/04(水) 19:24:08
ここで一句:

コンビニに
群がる
ゾンビが 
ああ
便利!

205相良武雄:2006/01/04(水) 21:30:43
202.203.204
の書き込みで、思い出したのが、小西運送の小西さんが言っていた。
日本を悪くしたのは、」7-11と宅急便だでした。
私はこれに、携帯電話を加えれば、満点ではと話したことを思い出しました。

206根本敦史:2006/01/04(水) 22:04:02
坂田様のご指摘、ご尤もで大変面白いです。惨憺たるものですね、日本の状況は。「賢者の螺旋」で藤原さんもこの国の状況を「カネありて山河なし」と言っていますが、そのとおりです。さて、社会系のネタですが、京都の某先生とお正月に話していた内容を少し書きます。

昔、子供の世界では弱い者苛めをするものを特に嫌いました。しかし、学校でも体格の良い番長的な存在の者は時として傲慢になり、弱い者苛めも始めます。そんな時にどうしたでしょうか。例えば、周りが結託し、彼を無視します。所謂、仲間から村八分です。そして時には、こんなことも。足を拭くために教室の入り口に置いてある大きな布袋がありました。その袋を背後からおっ被せ、頭に乗った彼を袋の中に閉じ込めます。下で紐を縛られ、袋の中で身動きのとれなくなった彼を、袋のまま階段の上から突き落とし、さらにその彼を袋の上からボコボコに蹴り飛ばしたそうです。授業が始り、鐘が鳴ってもそのまま。しばらくして、外で大きな袋がもぞもぞと動いているのに他のクラスの教師が気付き、はじめて開放され、彼は戻ってくるそうです。メソメソなきながら、ごめんなさいと。

権力者という者の習性です。頭に乗って傲慢になり、弱い者苛めも始めます。そんな時は、周囲が結託し、成敗してやらねばなりません。放っておいてはダメ、時として絶対に必要なんです。坂田様の「ストもできない」というご指摘、致命的ですね。

207根本敦史:2006/01/04(水) 22:22:13
続きです。

時の首相をはじめ、時の権力者、政治家や財界のトップ、マスコミをはじめ、尽く傲慢です。であるから我々は常に自分の身を自分で守らなければならない。それが我々の生きる知恵です。命をかけて何とかひっくり返してやる、そういう気概でやれば直ぐだよ、そう仰ります。そして、社会には、そういう緊張がないとダメだと。

まず、ダメな権力機構も、それはそれで、道具として使うだけの知恵がないとダメとのこと。彼らも人間、何を欲し、何により動くか、よくよく考えれば簡単です。「馬鹿も鋏も使いよう」と言いますが、そんな権力機構の使いようを知らないから、その権力機構に好きなように使われるのであり、外野で批判したところでダメなんです。ジャーナリズムが腐敗するのも、マスコミ自体が持っているカルマのようなもの。百も承知で、そんな道具は如何に使うかということを考えなくてはいけません。

実はいつでも市民が結託して何とか守ってきたこの国。権力者の言うことなど、何ともいい加減なものです。その先生に色々やりましょう、などと励まされましたが、情けなくなりました。70歳過ぎの先生にこんなことを言わせてはと。怯まねば負けない、豚箱に入ってもいい、そんなことを言われてはダメですね。

208根本敦史:2006/01/04(水) 22:34:14
ついでにもう一つ、社会の多様性、そしてその棲み分けについてです。他でこの国には国津系と天津系ということを書きましたが、原住部族と渡来部族とでも言いましょうか。それが如何に纏まってきたか。そこに昔の人々の生きる知恵、棲み分けの妙があったわけです。例えばそれが大払い祝詞の大宣言にも表れています。人は生きているだけで殺傷を繰り返すもの、いいじゃないか、みんなで仲良く今生を楽しもうと。

明治以降、西洋の影響で失った多様性、その棲み分けの妙をもう一度創らねば、表では生きていけぬ人々の鬱憤と常に戦いつづけねばなりません。陰陽を言うまでもありませんが、裏も表もあってのこの社会、宇宙です。陰陽、共に生きる世界、棲み分けの妙です。

209阪部幸男:2006/01/08(日) 21:47:12
メールで人と連絡を取り合ったり、インターネットで簡単に情報が得られることにすっかり慣れてしまった生活の中で
何かをするときに「身を入れる」「気合を入れる」ということがものすごく少なくなっている自分に今更ながらあらためて
気付かされます。また物事に対するとき、自分の背骨がまっすぐ向き合っていないことにも気付かされます。
掃除ひとつとっても、また食事を頂く際にも、背骨をまっすぐに正して、身体の中心部(丹田)に意識を集めて
まっすぐに向き合い動作を行うだけでも、良い意味で身が引き締まり、快適かつスマートに(頭が)思考・動作を
行えると実感しております。「身を入れる」ことを生活の細かな部分に取り入れ習慣にしていきたいとおもっています。

210村山貴子:2006/01/11(水) 15:22:02
私も一色さんの提案に賛成です。この「根本・珪水なんでもコーナー」には色んなものが詰まりすぎているので、三か四のテーマに分けてスレッドを作ったら、議論がしやすくなると思います。根本さんか珪水さんの手で区分けして、スレッドを作っていただければと思います。自分で名乗りを上げることも大切かも知れませんね。

211珪水:2006/01/11(水) 18:11:21
村山・一色さんの意見に同感です。私の場合、主義主張・イデオロギー・宗教等に関しては良く解りませんので触れることは出来ませんが、どの様な世の中になろうが健康で明るく何の不自由ない生活(人生)を送る為の話であれば少し触れることが出来ます。自然の動植物はどの様な世の中でも自然から逸脱しない限り動物は動物で元気で花を咲かし子孫を残し一生を元気で続けられます。人間も人間としてのルールさえ守れば(逸脱しなければ)どんな世の中(環境)で合っても適応し第一線で活躍できるのです、動植物が出来るのに人間が出来ないわけはありませんが衣食住のルールが希薄(麻痺)になっているために模索(トラブルとして心身に現れる、また占い・健康・宗教ブーム等)しているものと理解をしております

212根本敦史:2006/01/11(水) 20:57:39
スレッドタイトルに甘え、何でもかんでもここに書き込みましたが、良くないですね。何となく他を荒らさないようにと遠慮したところもあります。が、こうした遠慮も、批判精神の欠如の表れですね。投稿に値しない、議論に値しない等、どんどん批判して下さい。そして、僭越ですが、いくつか関心のあるテーマでスレッドを立てたいと思います。皆様も議論すべきテーマについて是非スレッドを立ててください。時として不要となったスレッドが下に沈むよう、うまく循環していくと良いですね。よろしくお願いします。

213野田隼人:2006/01/16(月) 05:00:04
野田です。#198で根本さんが腹巻をしているという下りを読み、思い出したことがあるので一筆書きます。

あれは、私が十代の頃に海外放浪の旅をしている時でした。イギリスに入国する際、入管が所得金を見せろというので、仕方なく大勢の人の前でシャツのボタンを外し、チェックのついた腹巻から、貴重な虎の子である旅行資金や航空チケットなどを出して入管に呈示したのですが、その時入管が目を丸くしていたのを、今でも覚えています。

現在、以下のサイトに「世界放浪の旅」と題した旅行記を毎月書いていますが、たまたま今月はガラパゴス諸島について取り上げています。ガラパゴスの旅では当地で知り合った日本人の旅行者3人と一緒でしたが、彼らからは「寅さん」と呼ばれていました。
http://www.ibd-net.co.jp/official/kaientai/index.html#11

ともあれ、西原先生の一連の著書を読んでいると、身体を冷やさないということの大切さが身にしみて分かります。

214根本敦史:2006/01/16(月) 18:16:16
改めて他のスレッドでも立てて勉強していきたいと思いますが、体が冷えると体内の原資転換が上手くいかないものと考えます。その逆もしかりで、体内原資転換が上手くいかないから体が冷えます。ナトリウム・カリウムの転換、つまり、陰陽、酸・アルカリ。そこに関係する酸素と燐。また、植物のクロロフィルにおけるマグネシウムのカリウムと珪素を通じた鉄(動物の血)への転換。更には、マグネシウムから酸素、硫黄を通じたカルシウムへの転換等、興味深いです。地球という大地そのものが熱と電磁気をもった原子転換の場であり、それは人体についても然りです。

215珪水:2006/01/25(水) 19:30:12
先日久方ぶりに本屋に行きました、相変わらず占術関係・除霊関係のコーナーが位置を占めており、人気があるんだなーと・・・・夜テレビでも前世がどうとかと言う番組を放送しておりました。根強い人気があるのでしょう。私は「霊」に関しては専門家でないのでコメントできませんがマスコミからの情報によると、どうも「霊が憑く」と健康にも、運命にも良くないと・・・・そこで「霊」についてテレビを見ながら一寸考えて見ました。霊が憑いて調子が狂うのであれば、その気体は体を酸化させるものであり酸化をとめればよい(これを除霊と思う)そのためには自分の皮膚表面を先に酸化(例えば良い匂いの「香水ー酸性」を憑けておくとか?)をさせておけば酸化されない(憑依されないのでは?)酸化鉄の原理では?、また体を弱アルカリにバランスさせておくことで皮膚表面は弱酸性になり「私のように?」歳よりも若く見える・酸化が遅いのでは?私は「霊」を見たことがないのでテレビを見ながらアホな事を考えました、バチあたりですね。

216根本敦史:2006/01/25(水) 20:31:42
これもバチあたりですが、神道や仏教をはじめ、あらゆる宗教の伝えようとしているものは、神や仏というかたちでカモフラージュされ判りにくくなってはいるものの、本質は、人としてこの世界でより良く生きよ、ということにつきると思います。その為の具体的な生きる知恵で、それはきっと全て科学的に説明でき得るものと思います。易経などにしても、当時の権力者にとって庶民に知らせては都合の悪い「良く生きるための具体的な知恵」を、上手くカモフラージュさせて残しているようであります。

珪水様のおっしゃるとおり、例えば、神道では清めに水と塩を使い、仏教などでは香を使いますが、これは正に体や空間の酸化をはらうものと解されます。祝詞やお経も、実際に唱えてみることに意味があるだろうし、それは腹式呼吸と呼気を中心とした体のアルカリ化と見ることができます。また、唱えるお経や奏上する祝詞の音程は、きっと数学的に解くと、その波動の高低の動きが体の酸化・アルカリ化に科学的に作用するものと思われます。もちろん、自己暗示の効果もありましょう。また、どの宗教にも見られる両手のひらを合わせる形は、人体の左右の違いをよく理解した上でのもので、電気でいうところのプラスとマイナスを接続している形で、体内電気の循環(円環)を意味するように思えますし、よく体の反応を観察してみると、合掌すると体内の気の流れのようなものに変化を感じとれます。

温故知新と言いますが、こうした昔から伝わる叡智を、如何に現代的に(科学的に)考察し、今の生活に活きるようにアレンジするか、改めて、ここが肝要だと思う次第です。ところで、酸・アルカリ、電気とは一体なんなのでしょうか。

217珪水:2006/01/26(木) 19:45:51
阪部さんがアナログに触れられたので私なりの思いを徒然に投稿します。まず社員とか労働者とか働く人達を会社側はどの様に見ている(考えている)のかによって、私(アナログ)の場合はその会社の価値基準を決めています。(株式に投資するときは必ず使います)それは人(社員)を「資産」としてみるのか?それとも「コスト」としてみるのか?によって扱い方がまったく違ってきます。コストと見なすならば簡単にカッターできますが、資産と見なすならば価値を上げる為に長い時間コストをかけ教育(躾)しなければなりません、この分野がアナログの分野です。社員の質はまったく違います。次回

218相良武雄:2006/01/26(木) 23:30:39
そう考えると、イノベーションは、アナログからしか生まれないのではないでしょうか。
最近、仕事で、手順書を作れといわれるのですが、結局、そこで終わることが多く、おまけに
それを逸脱することが許させなくなります。
アナログとは、のりしろを持っていることにつながり、そこから新しいものが
生まれてくるのではないでしょうか。
そうなると、PCの発展は確かに多くの貢献をしたかもしれませんが、
結果的には、ハード上の改善しかもたらしていないと思う次第です。

最近の流れは、勝ち負け、損得が第一にきており、ビジネスでも
驚くことに、仕事をよそにふることが常態化して、やったものがちというものが
当たり前となっています。

根本には、目先のことしか絵がかけない経営者が増加し本当の長期的に考える
思考が出来なくなっているのではないでしょうか。

また、会社の多くが、数字が人格という風潮を強めているようです。

219珪水:2006/01/27(金) 13:13:05
私がシツコク躾(教育)−これがアナログ(時間ーコスト)を繰り返すのは基本(土台)を作らない限り悩みの多い人生になるからです。危うい土台の上に家を建てるとどうなるのかは皆さん承知をしているはずです。この基礎を作るためのマニュアルが衣食住の取り扱い(教えとして・易経・道教・宗教・陰陽・風水など等)作法であり、綿々と親から子えと伝承されてきておるのですが、今日ではほぼ一般大衆には伝承されていないために・・・族のような人が出てくるのですが、能力のある人に限ってあだ花に終わるのは躾がないからなのです。可哀想としか言いようがありません、誰か大人が少しでも躾をされていたならば素晴らしい人間になり日本のリーダーになりうる人でしょう、何が良くて何が悪いのか?事の善悪の識別ができない(希薄)のですがキチット教育(躾)されていないため、事の重大さが解らないのです。これからは身をもって事の善悪を解らされて行くのですが遅いのです。私はいつも思います、事件を起こす人間よりも人間を資産とみなし(子は宝)磨きをかけ(手間をかけ)躾を省いた大人こそ猛反省をしなければと思います。「自分が何をしているのか?解っていないのです、テレビを見るにつけ涙が出ます」次回

220阪部幸男:2006/01/27(金) 17:41:16
藤原さんがかつてタンジブル・インタンジブルという言葉を使って説明してくださったことを思い出しました。
珪水先生が仰るデジタル・アナログと重なるのではないでしょうか。
本当はまずインタンジブルなものの価値を認めてそれに時間を費やし育てたものでタンジブルなものをも収穫
するということが理想ですね。現在は、まずコストカットすなわち人件費のカットから始まり、人材育成には
十分な時間とお金を費やしません。珪水先生の仰るとおりとおもいます。大人は子供の教育にしてもタンジブルな成果を
まず持って追いかけてきたけれど、そこからあぶれた子供達に社会の中で存在価値を認められる機会が非常に少なく
様々な事件は、そうした子供達の人間性の悲鳴のように聞こえることが多々あります。

221珪水:2006/01/27(金) 22:10:49
現象として出てきたものに一寸触れましたが(現象として現れたものは誰でもわかります)問題は、まだ潜っていて現象として現れていない「モノ」をどう見ていくかでしょう。物差しを持てばよいのです、(基本中の基本はある程度整理整頓をし、ちゃんとした食品を適時に口に入れ(一般に言う自然食を食べれと言うことではない、なぜならば本当にそういう食事をしている人間が健康的なのか?)健康体をつくり、よく寝ることなのです。)初歩です。ここからが本当の開運になります。因みに私の希望は若さを保ち120歳迄現役にと、やっと挑戦できる躾を(切符)頭は理解をしました。が頭をコントロールできるのかが課題です。

222珪水:2006/01/28(土) 13:50:43
ちなみに120歳という数字は黄金率と魔女の九九から引っ張り出しました。話は飛びますが骨盤は夜開き昼締まりますまた女性は排卵が始まると開き終わると締まる、だから月経というのでしょうか?これは易経と理解をしています(理科年表)こういうことを物理としてとらまえて行くと色々な事に応用が利きますが今流行っている霊、占いの世界でアプローチし始めると応用は難しいのではと、また私の力の及ばない世界なのでそういう人達との接点はほぼありません。お釈迦様も言っている様に悟りを開けばよいのでしょう、悟りは星の数ほどあります、正しい服の着方、食べ方、すみ方、寝方、おき方・・・・・昼間からの話にはそぐわないけれども一番解りやすい例を挙げれば女性との交際は骨盤の緩んでいる時期のほうが確率的的に上がるでしょう、また当然病気でない限り体温は上昇しているのでこういう時期にあんみつとか?チョコレート、アルコールなど皆さんの得意?の陰の食品は良く売れるでしょう、こういうことが今流行のビジネスモデルであり在庫、商品管理となりますが日本人はずーっと前から最高の世界に負けないビジネスモデルを作り上げているのです、ポットでたての躾のされていないアンちゃんがパソコンをいじれるからといって横文字でビジネスモデルをさもさも新しいものとして取り上げても皆コピーなのです、ですから読まれるのです、

223珪水:2006/01/28(土) 14:05:10
ビジネスモデルがいっぱいあるように見うけられますが、これは一つしかないのです、誠意を持って商売をするーこれ以外のビジネスモデルは必ず崩れます

224珪水:2006/01/29(日) 15:41:13
モーツアルトについて推理をしますと(この方についての知識はありませんので笑ってください)どうもこの方の旋律は水に多大な影響をするようです、人間の場合 腎に影響しますので大きく分けて左半身に良い影響があるのでは?またこの方は腎系に強い影響ー右脳(腎疾患)があったのかも知れない、その為に(生きるため)必要に迫られて膨大な曲を作り出したのかも?生地をテレビでの紹介で見ますと太陽の少ない酷寒の地のように見受けられます 感受性が並外れてよいために子供のときに聞いた高周波(天)の旋律がものすごく心持が良かったのでは?私が音楽家ならこの方の曲を弾くときには悲しみ。苦悩。恐れ(体調不全のため)をベースにして旋律を奏でているときだけが至福(体液のバランス。心身のバランス)の時・という気持ちで引いたらよいのでは?相当心身のバランスを保つために苦悩をしていたのではと推測します。私の偏見ですので笑ってください

225根本敦史:2006/01/29(日) 19:01:18
「221」は、正に「お陰様」の世界ですね。形骸化した言葉だけが伝わりますが、健康であった昔の人は実際に「お陰様」を感じたのかもしれませんね。また、現在、仕事で組織マネジメントの研修を運営しているのですが、「223」には思わず唸りました。来月、これを受講生の皆様に伝えます。

226根本敦史:2006/01/29(日) 19:42:06
お陰様に関して、最近、このように思うのです。気後れせずに為すべきことができるということ、その「為すべきこと」の指令が、この地球、大地、国土から来ているということです。その大地の指令を如何に受信し、気後れせずに(機遅れせずに)為すことができるか否か、の世界。よって、大地の指令を受け取る為に受信機である体を綺麗にし、大地・地球のリズムと合わせていく必要がある。また、その受信情報を受け取ったら、直ぐに行動にしていけるよう気力を養う、あれこれ考えない、健康でいるということです。お陰様で、今自分が為すべきことを感じつつあり、そんな指令(使命)を与えてくれたこの大地に感謝し、それが実は目の前にあったことだと気付き、心から有難く思う次第です。心身ともに、私達は、正に大地の化身なのですね。

227根本敦史:2006/01/31(火) 07:26:42
おはようございます。今日の東京は雨になりそうです。一週間ほど、規則的な生活を心がけ、毎朝早く起きておりますが、天候の影響か、今朝だけは妙に体がすっきりしません。また、この天候のため気温はさほど低くはないものの、若干、体が冷える感じがし、その原因をじっくり観察したく思う次第。一方、こんな具合ですが、下丹田に意識的に気を送りチャージを試みますと、一時的には気力が増します。元気そうな鳥の鳴き声が外で聞こえますが、天気にめげず、いつも元気な体を創りたいものです。

228根本敦史:2006/02/08(水) 06:56:37
先週末、珪水様のお宅にお邪魔してきました。百聞は一見にしかず、体で体感することが一番だと思いました。特に感慨深いのは、空間が心地よかったこと、そして何よりも頂きました食事が大変美味しかったことです。如何に日ごろ変なものを食べているかということに、こうしてやっと気づきます。忙しいスケジュールではありましたが、元気になって帰ってくることができ、まずはありがとうごじました。

229根本敦史:2006/02/09(木) 22:14:14
他のスレッドで国土大神から始まり大地と共に生きる知恵について考えていましたが、これもひとつの縁でしょうか、仕事の関係で島根県は松江市にお邪魔する機会に恵まれ、仕事の合間をぬって、ある方に松江市の八重垣神社、そして、出雲市の出雲大社にご案内いただき、参拝、ご挨拶をしてきました。以下、特に印象に残ったこと等を書きますが、妄想です、ご笑覧下さい。

八重垣神社の「八」という数は、左に背き右に傾くで、男女、陰陽のかたちを表すそうで、出雲の「雲」は「蜘蛛」とも解され、蜘蛛は8つの足を持ち、エイト(EIGHT)・フット(FOOT)で、エジプトだそうです。大国主大神とはエジプト起源であることを示し、脈々と連なるその系譜は、失われたある部族、それに連なる技術者集団とでも言えましょうか。そしてそれは、ある時代を契機に国譲りにて幽世に隠れた(封印された?)、とでも解せましょうか。この系譜の人々は、エジプトより、日本はもとより、世界中に広まっているのかもしれません。また、それが世界各地のすべての秘教の起源でありましょうか。

230根本敦史:2006/02/09(木) 22:59:01
下らぬ妄想を書きましたが、改めて、美味しいものを頂き、整理整頓をしながら、規則正しい生活をし、目の前の現実を少しずつ改善していくことに限ります。

231珪水:2006/02/10(金) 14:29:36
大事なお客・将来のある方が来ますと必ず私の常食を食して頂いております(粗食です)。根本さんが食した献立ーご飯・塩鮭の焼き物・焼き海苔・梅干・生卵・ごま塩・味噌汁・沢庵2切れ・以上です。今の日本ではこの食事の味は出せないでしょう、昔の日本人が食していた味です、当然DNAが根本さんも少し甦り、身体が美味しく感じ少し元気になられたのでしょう、躾・手間のかけ方が違うのです。誠実に食品を扱うのです

232根本敦史:2006/02/10(金) 20:58:32
珪水様、その節は大変お世話になりました。粗食とありましたが、いくらお金を出しても東京ではなかなか頂けないご馳走でした。何のために食すのか、という基本的なことを考えさせられます。フレンチ・イタリアン・中華・和食等、東京では色々ありますが、しっかりと消化できるもの、体が喜ぶものを頂くことが何よりだと、改めて気付かされます。高いお金を出しても、食べたかどうか判らないような食事ではダメですね。美味しいお米が恋しくて、仕事帰りの足どりが驚くほど軽く、足早な自分に唖然とします。夕暮れ時、遊び疲れて帰る子供時代を思い出したものです。元気とは、こういうことですね。

233根本敦史:2006/02/15(水) 18:05:50
年度末に差し掛かり、事業報告に向けた出張や収支決算等で忙しくしておりましたが、何とかリズムを保ちつつ、日々を送っています。例年のことで慣れもあるのでしょうが、今年度末は特に、この生活のリズムを大切にしてこれたお陰で、体調も良く、前倒しで仕事が進捗します。例年だと、今の時期はクタクタになっていたものです。また、こうして余裕がありますので、人と会いますと、これまでも同じ様に付き合ってきた人にも関わらず、別の側面(特に今の自分にとって良い側面)を引き出せるようになったと感じています。これも正に気がのっており、気後れ(機遅れ)がないからで、それにより楽しく清々しい対話ができると感じています。そして、仕事の基礎基本も整理整頓にあると思え、やっと仕事の場にも整理整頓が行き届き始めたと感じている次第です。

234根本敦史:2006/02/21(火) 22:38:32
ご縁があり、出雲大社に参拝をしてきたわけですが、出雲の国譲り神話について、色々と考えてみると面白いです。以下、妄想ですが。国譲りにより大物主命(国常立大神、国土大神)が幽世に隠れたということは、どうも人間に対し、大地や地球の恵み・感謝の念を忘れて傲慢になるな、ということを教えているように思えます。正にお陰様が大切な世界です。以降、常に権力者たちが現れては消えていきますが、これは常にお陰様を忘れて傲慢になるからです。この国はお陰様で今のかたちがあります。何よりもそれに感謝です。正にそれが国土大神への感謝であり、出雲の国譲りの神話の教えるところだと思う次第です。あらゆる世界中の文明も必ず滅びています。それはきっと、このように傲慢な人間の創り出す文明の性と言えましょうし、世界のあらゆる神話が同じようなことを未来に教訓として残しているのかもしれません。

235相良武雄:2006/02/21(火) 23:23:56
書き込みが遅れました。出雲の国に行かれたとのこと。
藤原さんのご両親のお墓も在り、宍道湖等は俗世に使った人間には
安らぎを与えてくれるものだったと思います。
しかし、一度歩けば、まったく感謝の気持ちもないことを
目の当たりにもします。

藤原さんが言われて、藤井先生ぐらいしか評価しなかった、文明は地球における
カビみたいなものが実感できます。

われわれはもっと謙虚にならないといけません。

そういえば、堀江の一件で有名になった山根治さんも松江で
ご活躍されています。

久しぶりにたずねようかと思います。

236根本敦史:2006/04/07(金) 17:44:59
ご無沙汰しております。この掲示板を通じ、色々と勉強させていただき、特に、珪水さんとのご縁から開かれた世界があり、感謝の念でいっぱいです。久し振りですが、少し書き込みます。ご笑覧下さい。

ある時、珪水さんとのお話しの中で、珪水さんが、より良く生きるために先ずは「因縁をたち切る」ということを口にされました。個人的な見解ですが、それを次のように解釈しました。

「因縁」とは今の生活の仕方そのものに現れるものであります。つまり、過去の行いの「原因」が、今のこの瞬間の行いとなって「結果」として現れるということです。そして、その「因縁を断ち切る」とは、その過去の「原因」に代わる新たな「原因」を、「今」につくり、これからの「今」の行いを正すことです。

そう考えてみると、如何にこれまでの自分の生活の仕方が、過去の習性に囚われ、かつ誤っていたかが分かります。この「今」の行いを正すことで、同時に、「今」を未来にとっての「善因」となすことができるのです。だからこそ、如何に「今を正しく生きる」かということがとても重要になってくるのです。そして致命的なことに、実はその「今を正しく生きる」術を良くわかっていなかったのです。

このように考えますと、「今」という瞬間は、過去と未来を同時に含む瞬間であり、その臨界点とも捕らえ得ます。また、過去は未来の原因であり未来であり、未来は過去の結果であり過去であるとでも言いましょうか。まあ、「今」しかないということです。と同時に、「今」という瞬間は、現時点でこうして目に見える表の世界(陽)と、過去や未来という現時点で目にすることができない裏の世界(陰)との臨界点でもあるようです。

日々の食事、掃除、洗濯、寝起きに発見があります。より良い未来を呼び込むためには、如何により良い「今」を積み重ね、この「今」を未来にとっての「善因」としていくことしかありません。逆に、「今」を未来のとっての「悪因」としては、それは当然、未来に悪い結果がきます。

そして思うのは、「今」の生き方の選択は、全て自分次第であります。しかし、何とも「今」というものの「正しい生き方」、つまり、食事の仕方、掃除の仕方、洗濯の仕方、寝起きの仕方、更には、人との接し方等々を全く知らないので呆れます。これこそが、より良く生きるための究極のソフトウェアですね。

237新納:2006/04/09(日) 09:01:37
初めてこの掲示板に書き込みをさせて頂く、新納と申します。よくこの掲示板の方拝見させて頂きましたが、皆さんの力量が高いので、今まで書き込むのを躊躇していました。ですが、自分を発奮、成長させるという意味でこれからお世話になると思います。若輩者ですが、よろしくお願い致します。

先刻の根本さんのスレッドを見て、私は禅の数息観を連想しました。禅では、この数息観の中に雑念を入れずに、「ただ」息を数える事に徹するだそうです。これは先ほど根本さんが言われた「因縁を断ち切る」ということに通じる事だなと思いました。「今」ということだけに集中し、過去の悪しき習慣や、名利に執着しない。余談ですが、勝海舟も4年間禅の稽古を集中して行ったようです。ですが、この現代物質世界で、良いものだけを選び、常に「正しい」事だけを追い詰めていく。私は、まだまだ名利に執着しているせいかとても勝海舟や大西郷の、この境地にはとてもいけなさそうです。

238根本敦史:2006/04/10(月) 12:02:38
こちらこそ宜しくお願いします。私も若輩者です。さて、禅の数息観、基本的にはそのとおりかもしれませんね。私も呼吸については、最近、特に大切だと思うようになりました。東京は今日は曇りですが、天気の良い晴れの日に比べ、気圧が低く、低気圧となっているわけです。すると、どう考えても空気の密度が薄いわけですから、同じ呼吸をしていても酸素の吸収量は晴れの日に比べ少なくなるでしょう。であるから体が重かったり、気分が冴えないような気がします。ですから、こんな日は敢えて腹式呼吸で酸素を多めに供給してあげることが大切かもしれません。鏡の前で5分でも10分でもやると、全然、顔つきが変ってきます。

また、食事などもそうですね。先日、曹洞宗か禅宗での食事で音を立てずに食べる修行のようなものがあると聞きまして、実際に試してみると、まあ、神経を使い、食べることに集中するのです。普段、気にすることなく何気に食べていますが、ことの他、あれこれ考えていることが多く、食べていながら、実は今、何を食べているかすら本当は分かっていないのではないかと思ったりしました。消化のためには、今、何を食べているか、ちゃんと感じておくべきかも知れません。食べ方の知恵のひとつですね。

執着については、また今度、思うところを書いてみます。

239珪水:2006/04/12(水) 12:24:10
北海道では旭川・札幌と都会では雀の大量変死がニュースになっておりますが私の住んでいる田舎でもめっきり雀の姿が減っております。私が思うに雀は人里に多く生息されており餌が人間の食と共通している(米・餌付けしている家の周囲の雀が大量に死んでいる・雀は許容が小さいために殺られるのでは?)又専門機関では死因を解明すべく研究しておりますが、いまだ原因が解明できてません。私は、多分に私たちが日常食している汚染された餌が一因になっているのでは?と考えます。又ゴミ捨て場の餌を食べに来るカラスが狐に襲われております、ありえない事が起きております。以前から申しているように正しい生活パターンで感受性を鍛え毒を食さないように、又、身に憑けない様にしたいものです。独り言で終わればよいのですが?

240根本敦史:2006/04/12(水) 13:34:34
「執着」について、少し思うところ書きます。

最近、人間は自分で物事を考えているというよりも、どうも自分がいる環境/場により考えさせられているといった方が正確だなと思っています。自分にどのような情報が与えられ、どのような環境/場にあるかということで、思ったり考えたりすることが違うということです。

そこで「執着」なのですが、これも一種の人間の思考であると言え、よって、これも人間の体及び周辺の環境(与えられる情報や人間関係など)という「場」の状態により発生させられているものだと考えられます。であるから、「執着」について、これがどうだ、あれがどうだ、とあれこれ考えるよりも、まずは自分という「場」をどのように作るかということが得策だと思っています。つまり、あれこれ現状のダメな「場」で考えてみても、そのダメな現状の「場」により束縛されているので仕方がなく、その「場」により発生する「執着」は恐らく拭いきれないということです。

しかしながら、今どのような「場」に生きるかということは、その方法さえ正しく「知る」ことができれば(実はこれが一番わかっていない。。。)、少しずつ改善していくことができ得るのです。東田さんが「咸宜園」について投稿されましたが、教育の原点も、然るべき人(教育者)が、学ぶ人の色々な意味での「場」を整えてやることだと思っています。だからこそ、全寮制というか、寝起きや衣食を共にしなくてはならないのだと思います。

蛇足かもしれませんが、人間が完全な健康体になった暁には、五臓六腑の調和がとれ、外に求めるものがなくなる(外から何も引付けなくても足りている)ことから、「執着」は消えると思います。しかし、常に完全な健康体であることなどなかなかありえません。振り子のように右に振れたり左に振れたりします。右に振れれば左を求め、左に振れれば右を求め、「執着」とはそんなものかもしれません。中庸を求める人間の性であり、宇宙の理とでも言いましょうか。

241ナニワのダルマ:2006/04/12(水) 17:20:08
根本さん、お久しぶりですね。過日京都では貴兄の興味深い話を拝聴させて頂き有難う御座いました。

人間は快な出来事より不快なものに立ち会った時の方があとあと心の隅に残る事が多く場合によってはそのような曇った心のメガネでその他の世界まで捉えてしまうきらいがあると思います。要は執着しているわけですが以前、珪水さんがご紹介されていましたが何か日常に小さな変化を取り入れそれを習慣化してリズムを作るなどして氣を再び上昇させていくきっかけを実践してみる事の方が頭で考えるより有益かと存じます。囚われの無い純化された心というのは自身のあるがままの感情を写し出す心の状態を指すのではと愚考致しております。そういった状態をより正確に認識しようと思ったら自分の中にある他の視座を働かせ意気力を高めなければ見えるもの見えてこないそんな気がします。



最近、繁華街にある大型書店の店頭コーナーに山積みされていると「食品の裏側」安部司著 いう本がよく売れているそうです。20代、30代の女性を中心に購入しているのを見かける事があります。新聞でも紹介されていたと記憶しています。読み手に化学の素養がないと何と比較していいのか混乱する部分もありますがそれはともかく一般データとして家庭に一冊置いておくと役に立つ本だと思います。

 これからますます進行する経済グローバリゼーションの影響下のおかけで人々の食品に対する意識がかえって強く持たれる傾向も随所に見られ、今後生活の質的要素を追求するといった観点からこの方面のビジネスや研究も盛んになってくると思われますがそもそも大量生産すると言う事はそれだけ質を下げざるを得ないという点からいっても本物を享受できるのは結局の所限られた人間になるという構図は変わりそうにないというのが現実かと思います。

 免疫を専門にしている先生の話によるとガンの発生原因は後天的にはストレスと食べ物によるものだと言い切る方もいます。より良い物(情報)を得るか否かで極端に云えばその人の運命まで左右されるのだとしたら感受性を鋭敏にしながら意識の質を高めていく生き方は確かにその人の責任次第でもあります。何故なら感応し合う波長がそのまま自分が得られる情報の限界に帰結すると思いますし、広い意味では「情報は信頼の関数」という表現に集約されるとしたらそのまま藤原博士の「経世済民の時代」や「超経済学」の領域にも繋がります。

以下 http://www.videonews.com/ 第262回 ゲスト安部司
参考までに
プレビューで見れます。

242根本敦史:2006/04/12(水) 19:00:02
お久し振りです。こちらこそお世話になりました。

さて、貴殿がおっしゃる「自分の中にある他の視座」は、正にそのとおりだと思います。珪水さんも以前、「もう一人の別の人格」といったような表現をされたと記憶していますし、実際、私もそれを感じます。体、また、その体に入る映像、音、思想などの情報、そして、それを受けて湧いてくる感情など、これら全てを含め、自分と言う「場」です。その自分という「場」を、どこか他のところから客観視しているもう一人の自分を感じるのです。ここが働かないと、なかなか脱却できない世界があるな、と思いますし、逆に、この自分という「場」さえコントロールすれば、地球物理の法則に則り、必ず生きると思うのです。

食や医療にまつわる現状は惨憺たるものだと思っています。全ては守銭奴と化した我々国民のなせる業といえばそれまでですが、酷いものです。例えば、癌などは42度以上で簡単に死ぬものだそうで、例えば背中に灸をすえ、自己免疫力を上手く働かせることで簡単に治ると言います。一方、医者は、恐怖をあおり病気を増幅させ、まったく根拠も意味もない診断をして点数を稼ぎ、また、高額な利かない薬を売って、国をも騙し、金儲けをします。つまり、今の医者は治せないということです。食についても、まあ、大変ですね。要は、知らねばいいようにやられてしまうということで、我々は本当のことを知らなければならないということだと思います。

一方、以前にも書いたと記憶していますが、こんな世の中だからこそ、ボロボロと本当のことが表に出てきつつあると思っています。それだけ皆、切羽詰まっているのかもしれません。陰極まりて陽となるとでも言いましょうか。これからは逆に楽しみな時代になると思います。(楽観は最大の防御です)

243珪水:2006/05/15(月) 09:07:04
朝のテレビで洗濯の仕方を紹介しておりました、重曹をカップ一杯洗濯層に入れて洗うとシャツの「黄ばみ」が落ち綺麗になるとのこと。これはアルカリで中和して「黄ばみ」を落とすのですが、皮膚に与える影響に関しては説明がありません、気をつけて下さい。「子供の衣類には絶対に使用しないこと」老婆心です

244珪水:2006/06/29(木) 21:50:48
「神の数学」守護者さまがこのサイトにご訪問なされましたことに心より感謝とお礼を申し上げます。弟子Eに6−8=7の設問を解いてもらいました、この弟子はまだ若く感受性も豊かであり10分程で解きました。正しいかどうかは解りませんが、自分も「魔女の九九」をいじったことがありますので、この弟子Eの解答には理解できます。思考パターンのヒントは「古事記」の始めに出てくる「ヒル子」の物語(なぜヒル子ができたのか?)が参考になるのでは?と思います。的外れでありましたらお許しください

245根本敦史:2006/07/02(日) 21:51:40
ご無沙汰しております。つまらぬことを書きますが、以下、ご笑覧下さい。
本日、珪水先生からのご指導を受け、朝から一日中、洗濯をしておりました。正直、驚きました。これまで当然のように洗ったつもりになっていた洗濯でしたが、実は全くと言っていいほど「洗えていなかった」ということに気付かされました。何しろ、黄色くゴワゴワだったシャツは、珪水先生の手解きを受け、見事に白くサラサラに仕上がり、ついつい、その爽快さに心が躍り、まだ着てもいない下着やバスタオル、そして、シーツや枕カバー等々、次から次へと洗濯機行きになる次第です。気が付くと、もうこんな時間です。一日中、洗濯三昧でした。
実際、綺麗に仕上がったシャツを着てみますと、男独り、何とも言えない、至福の一時を感じているわけです。しかしながら、これまで洗濯ひとつも真ともにできていなかった自分に、ほとほと呆れる次第です。

246『神の数学』守護者:2006/07/03(月) 00:02:53
珪水様、お初にお目にかかります、『神の数学』の守護者です。私は世情に甚だ疎いので珪水様がこのコ−ナで呼びかけていることを「百人一首‥」の松本様よりお知らせを受けるまで気がつきませんでした。申し訳ないしだいです。お弟子のE様が今生無比な「神算法」の設問をお解きなったそうで大変嬉しく思っています。
これは現代数学が苦し紛れに作り上げたマイナス数の存在を否定するもので、数の運行を甚だスム−スにするものです。それは十数年前、私が古神道の数を弄んでいる時に見出したもので、折図らずもUFO関係の書の中に記されていた「UFOの中から見つかった「数の理」、すなわち「システム オブ ナインズ」と言う
数手法にまったく瓜二つで、はからずも古神道の数理と宇宙最先端の数理が見事に一致している事を知って感無量にひたったのを昨日の事のように覚えています。是非E様にお伝え下さい、HP 神の数学 を穴の開くほど見据え、真実をどんどん取り出し、身につけてくださいと。そうすることにより、悪しき波動をもつもの、
すなわち病魔、邪神、禍々しい物の怪などは決して近づくことは叶わず、幸せな一生を送る事ができます。最先端性の論を傾けているものが、余りにも非科学的な言葉を発するとお叱りを戴きそうですが、これは事実です。要するに巷間に言う「神の懐に入る」とか「神の袖に抱かれる」などの格言を地で行くものと思います。
恐らく知らず知らずに心の波動が神の波動(宇宙波動)と一致し、それと共に歩み行くことを意味するのでしょう。人はあざ笑うでしょう、何とたわけたことを平気で言うと。でも事実は事実なのです。珪水様、可愛いお弟子のE様にお伝え下さい、不明、難解な時には何時でもメ−ル下さいと、何時でも慶んで答を差し上げますと。
メ−ルアドは「百人一首‥」の中にあります。でもなるべく悩んで悩んだ末に来訪されることを望みます、悩んで頭を絞る、それも一つの有用な勉強であり、何時の日にか必ず役に立つものです。ではまた。

247珪水:2006/07/05(水) 15:10:34
「神の数学」守護者様 失礼がありましたらお許しください。フリーズしているのではありません、私も含めて懸命に「神の数学」を読み解くまでにはいたりませんが・・・眺めております。唯 ハッキリ認識しましたのはフラクタル構造は(相似形・相事象の立方体)は波(光・電磁波・運・等等)を保存することが可能である、と。私の趣味は占術の内の「気」ですので風水を整え(注連縄も然り)呼び込んだ運気を保存(逃がさない)できると・・・・・又「守護者」様(私共にとって運気・波)をこのブログに保存することが(留め置く)ことができるか?幸運の気(波)は、よほど「気を憑けて」接しませんと「留め置けません」(気まぐれですので)が「ひ・ふ・み・・・」魔方陣・フラクタルを身を入れて勉強なされば留め置くことは可能でしょう。

248弟子E:2006/07/05(水) 18:32:12
『神の数学』守護者様、はじめまして。珪水先生の投稿にありました弟子Eでございます。『神の数学』守護者様が、こうしてこの掲示板に訪れていただき、『神の数学』守護者様がまとめられたホームページを見ることができ、とても感謝しております。そして、そのホームページに示されている内容の奥深さに心が躍りました。私なりに考えて、『神の数学』守護者様が言う「神算法」について、私なりの考えを出してみました。しかし、そのことが一体何を示しているのか、以降、色々と考える次第ですが、よく分からずにいます。ただ思うのは、この宇宙と言いましょうか、この世界が大変にエレガントに構成されているのだろうということと、私たち人間も同時にそのエレガントな宇宙そのものだということです。『神の数学』守護者様がおっしゃる「神の懐に入る」ということは、とても興味深く、また、何となく言わんとされていることも分かる気がします。また、バカな私は、実際にそうなりたいと、ここ数年、常に思っていたものです。まだまだ若輩者ではございますが、よろしくお願いします。

249珪水:2006/07/06(木) 10:46:10
「守護者」様がこのホームに立ち寄られた。サインでしょう。私の思うことを書いてみたいと思います(思いつくままに書きますので脈絡のないものと成ります)ご笑納ください。日本(大和)のリーダーの仕事は唯一つ治山治水です(風水・環境)私たちは良い水がなければ生きてゆくことが非常に難しい、又水の汚染度に比例して大気温度は上昇します、汚染が極限まで進むと地球は火の玉になります。陰陽の世界です。現在の占術の類は気休めであり、大衆のものでありリーダーの学問ではありません。以前から申します様にこのホームに立ち寄られる方だけはシッカリと目を覚まし科学(守護者)を収めどうしたら自分は治山治水ができるのかを今一度深く思いを巡らして頂きたいと思います。その為に(躾・リーダーの絶対条件)風水師だとか陰陽師だとか易者だとかの名称にも甘んじて受け流し、唯一人でも「気の憑く人」が現れこの国のリーダー足らん人物が現れることを、又 想いを共有できる人が現れることを恋焦がれておりました。私は以前から申し上げておりますように「イデオロギー」に関しては興味はありません、どのような主義主張を持っていようが、どのような境遇に置かれていようが(甘んじていようが)「ただ一つ治山治水」で共鳴できれば来る者でさえあれば拒めないのです。自分の自己管理(躾)からはじめてください。必ずリーダーに成れ五体満足で光(量子)に還元されます。現在は陰陽流で言いますと異常に火の力(天罰が下る)が強くなっており、対抗するには水の力を増強することが肝要であります。(下世話な話ですが大多数は腎・泌尿器が弱まり頭熱足寒となり少子化に拍車がかかる)このような時代背景でありますから、私が興味を抱く人は大欲を持っている人がどうしても必要になります、メチャクチャ何でもいいから一番になり最高の生活がしたい(目的は今わからなくてもーどういう道に進むかがわからなくとも今はいいのです。世のリーダーはリーダーになる為にリーダーに成った訳ではないのですから、気が付いたらリーダーになっていたぐらいの事ですが、ただ一つ皆と違ったのは欲が深かったのです、この欲の気を済ますためにあらゆる躾に耐え抜くことができ、チョッと振り返ったときに後ろに大勢の人々が連なっていた。)私は、こういう人が正しく躾を受ければ最高のリーダーになれると確信をしております。今の現状に憾みつらみがあり、絶対に世に出て漠然と一番になり、今までいい加減踏みつけられた人生を絶対に取り返す、こういう人です。「守護者様もご訪問されました」私も「来る者は拒まない」主義で参りたいと思います。徹底的に躾をいたします、珪水で皆様とお会いをするときは罵倒されると思って近寄ってきてください。お会いすることを楽しみにしております。

250珪水:2006/07/06(木) 10:52:59
追記 「神の数学」を読みぬく近道は(絶対条件)は先祖が残してくれた躾を学ぶことです

251『神の数学』守護者:2006/07/06(木) 23:59:26
珪水様、E様、私も少々申し上げたい儀が御座います、諺に曰く「神の懐に入る、神の袖に抱かれる」とは自然体で生き、自然の摂理に従って生活する事により「神の波動」、「自然の波動」に同調共鳴して平穏無事に生涯を全うすることが出来ることを意味するものです。ところが今の世の中は乱れに乱れていて、何が自然体で、何が自然の摂理なのか全く分かりません。そのあたりを教え、回復すべしと言うのが珪水様の持論である『自己の躾』の意味でしょう。まず何にもまして大切なのは体と心の躾であり、思い切って長年の心の癖を取り除かなければならない時のようです。今の世の中は余りにも科学便利主義、医学万能主義に走り、すぐそちらを頼りにします。自分の体の躾、心の躾には誰も目をむけようとはしません、まず食事です、日本人全体が腹一杯食することに汲汲し、それによる体、ストマックなどの疲れなどは誰も考えてはいません。しかも昔と違って高カロリ−(昭和30年代頃の3倍〜5倍)の付加栄養値を持ったものです、それに反比例しているのが運動量です、乗り物等の利用により恐らく昔の人の1/5〜1/10くらいでしょう。そこに生まれるのは当然の結末であり、三歳の幼児にでも分かる理屈です。肥満体、糖尿病、大腸がん、脳梗塞、動脈硬化等が国民全体を覆い、為す術もないのは何ゆえか、高等理論、高等数学が分かっていながらその原因を知らないのは何故か?。これは当たり前の理であり、何ら不思議の無いものであるが誰も知らない、はて、面妖な。恐らく医者達はこれらの原因を知って笑っているはずです、でもそれを声高に叫んで是正すると自分達の生活が成り立たず、危ないのです、だから誰も言わず放っておくのです。その限りでは誰も非難しません、お医者様として皆から頼りにされます、万々歳です。だから医者は言うのです「食事は三度三度きちっと取りましょう」、これでまた皆から尊敬されるのです。何か不思議はありますか、ハイ、ありませんね、昔から食事は三度ときまっているのが常識ですよ、常識は守ってくださいよ、流石はお医者様です、有難う御座いました。これが皆さん大多数の常識であり、お医者さんを見る心の癖です。 私はまことに健康体です、その理由はもう二十五年くらい二食(茶碗に半分)しか取っていないからです。今から十年くらい前、安藤さんという86歳の方にお会いしました、氏は終戦近くには陸軍の参謀長を務めていて大勢の部下達を飢え死にさせたそうで、申し訳ないと終戦時から二食、または一食しか取らず現在まで来たそうです。見るところまだ身体は若者です、背はピンシャンと伸びて、首の毛の生え際は黒々とまるで高校生並みの身体です。それがリックを背負って早足で東京の街を闊歩しているのです、知能も私がたじたじとなるくらい覚えもよく、雄弁でした。そう言えば船井幸雄氏も言っておられます、氏の友人の高木善之さんも一日一食、それで一日中仕事で走り回っていて全然疲れを見せないと、そしてその容姿は五十代でありながら30代にしか見えないと、そしてそのような方々が今は大勢いると。今や私達は自ら判断し、自ら決めなければならないようです、如何すべきかを、若し命、健康を大切にするなら。意見をご投稿下さい。

252『神の数学』守護者:2006/07/07(金) 00:09:25
珪水様、E様、コメントまことに有難う御座いました、私一人が浮き上がっていたとの疑念は跡形もなくなり、お仲間に入れていただいたようで安心しました。私のHP『神の数学』を眺めてご思案のほどとは露知らず、大変失礼な事を申し上げました、お詫び申し上げます。ここで仲間に入れていただいた御礼にとして、一つ『神の数学』を攻略し、その秘密を暴く思法(考え方)を申しあげて見たいと思います、珪水様、E様、その他大勢の皆々様、是非この思法をもってHP『神の数学』に示してある、聖なる法図『九九算表』攻略し、神の秘儀(自然の秘密)を見出して戴きたいと思います。まず次の計算を確めて下さい。 ● <123−321=−198>、<321−123=198>、以上「現代数学」(計算機にて)。○<123−321=702>、<321−123=207>(神算法にて)。●と○の二つの概念の相違をしっかり考えて戴きたい、●は直線上の0を挟む正の一点とその対称位置にあるマイナスの一点を示すものである、いわゆる線上の点を指すだけのもの、ユ−クリット数学と言われるものである。ところが、○の式の示すものは「連続した線上の位置」、あるいは「連続状態にある空間の流れ」と言う巾のある状態を示すものです。●と○を比較して見て下さい、●は+、−をもって正反対の状態、すなわち陰と陽を表しています、ところが○は同じ計算のはずであるが、結果は数の向きが逆になると言う状態で正反の状態、すなわち陰と陽の性質を示しておるのです。すなわち「流れの向き」により正反、陰陽の真実とその所在を明らかにしているのです。この答の数列は『九九算』(2の段)の中にあります、すなわち、0246813570246‥‥の中の702です。「右に流れる陽の702(→)」と「左に流れる陰の207(←)」で、その流れの方向により正、反を示すものです。すなわち、「現代数学」の(+)(−)の自然版です。さあ、こんどはHP内のミドリの色で示されている『九九算表』(宇宙次元原理表)を見て下さい、よく目を凝らしてじっくり見て下さい、何が見えますか、そこには驚くべき「宇宙の正法」が現れ、何事かを告げようとしています。ここで述べた事をヒントにそれを探し出して下さい、真剣勝負と思って誰でも結構です、遠慮しないで何でも感じた事を答えて戴きたいと思います。猶予は7日間〜10日です、その間に是非貴方の答下さい。それにより正解をお答えします。もし不能ならば小学生の4,5年生に聞いてください、彼等なら簡単に答えてくれるでしょう。
“I hope you will have Good luck  !! ”

253佐藤五十二:2006/07/07(金) 00:44:11
命、健康に関する私の体験:
厳冬の富士山で滑落しても、無傷で生きていた私と、自宅の階段で、足を踏み
外して死んだ歌手の松尾和子。生きる人は、何をやっても生き、死ぬ人は、簡
単なことでも死ぬのではないでしょうか。ここ3-4年、一日一食または二食で
すが、体重は三十代に戻り、体調はすこぶるよいのです。10年前に胃潰瘍で
吐血し、救急病院に入院後、数時間胃からの出血が止まらず、医者が胃を切除
しないと死ぬと言われました。しかし、体の一部を切除するなどとんでもない
と、拒否した経験ありますが、自然治癒力で、6ヵ月後に完治しました。
何を言いたいかと申しますと、医者もいなかった原始時代を考え、動物の自然
治癒力を信じ、それを最大限に使いましょう。食事も、4つ足動物は極力避け
ましょう。

254弟子E:2006/07/07(金) 10:09:41
『神の数学』守護者様、ご指導の程ありがとうございます。自然の摂理に従って生活をする事、私も本当にこれが大切なのだと、ようやく気がつき始めました。そして、その自然の摂理というものを、徐々に学び始め、何とか生活に取り入れようと四苦八苦(=3?)している次第です。さて、『九九算表』を言われましたとおり眺めております。つまらぬ事ですが気がついたことを書きます。まずは、見事に美しく配列されているものと驚きます。4次元から5次元にかけて、左右・上下の数の流れが反転しています。そして、これが「神の数学」守護者様が言う、0から4が「陰の性」、5から9が「陽の性」なのかとも思えます。また、ある配置で数を並べ展開すると、1次元と8次元はメビウスの輪のように交差するように展開し、4次元と5次元に関しては、見事に円を描くように展開します。また、2次元と6次元は鋭角に星を描くように、3次元と6次元は三角形を形作りながら展開します。勿論、1・8、4・5、2・7、3・6は、それぞれ流れが反転しています。見当違いなことを書いていましたらすみません。

255弟子E:2006/07/07(金) 12:12:29
追記します。『九九算表』を見ておりますと、正しく生きれば(正しく形作れば/正しく組み合わせれば)、全てが「0」に還元されることが分かります。逆に、正しく生きないが故に、余る(残る)のだと思います。物質は常に(瞬間、瞬間)量子(光)、「0」に還元し再生するのが正しく、間違えるが故に、量子(光)、「0」に還元されず、この世に余り(残り)、腐敗するものとも思えます。妄想のレベルです。

256珪水:2006/07/07(金) 12:14:44
九九算表に色を載せ、(例えば5=黄色 9=紫)眺めています。9つの正四角形がが重なり合っております?非常に美しい。

257珪水:2006/07/07(金) 12:24:36
収縮拡大の連続・フィボナッチに近似した正方形が重なりの中から浮かび上がる・運気の(エネルギー)の保存は可能だ・等など

258珪水:2006/07/07(金) 12:33:43
8角形になる?

259東 治:2006/07/07(金) 14:51:58
「神の数学」守護者様、始めまして、東 治(ハルジ)と申します。

123-321=702ですが、10進法では解けませんので、九進法で考えますすと、0123546780123・・・ですので、3-1は3から一つ戻ると2、2-2は同
じく0、1-3は、1から三つ戻り7となるので、702となり、321-123=207は、同じく1-3は7、2-2は0、3-1は2となる。

まともに計算機なしではお釣りの計算さえ出来ないようになってしまっておりますが、大変興味を深く、子供なったつもりで考えてみました。

260読者:2006/07/07(金) 22:10:40
佐藤様のホームページには、数学を伝承するものとして
古神道の祝詞、『ひふみ・・・天地の歌』と
ありますが、どんな本にのっているのでしょうか。
テキストは何をお使いなのでしょうか。
よろしければ、祝詞の全文をご紹介くださいませんか。

261『神の数学』守護者:2006/07/08(土) 15:55:46
259>東 治 様に申し上げます、素晴らしいことを見いだされました、まさにその通りです。神様ってこのあたりまで気を配って真実を創られているのですね。私にもこの方法を少し勉強させて下さい、この方法は貴方様が考えたものとして『神の数学』に永久登録させて戴きます。お返しに私の見出した正統法をお知らせいたします、まず、『ひふみ算』を記します、≪1234‥‥8912345‥‥≫、次は「十進法」です、<1234‥‥7、8、9、10、11、12、13、14‥‥>この違いを「数」で表してみましょう。「十進法」は次のように書きかえられます、7、8、9、(9+1)、(9+2)、(9+3)、(9+4)‥‥と。これを9=0とすればまさに『ひふみ算』そのものに変態します。この違いは直線法と循環法の形態の違いによるものです。直線法は直線の上に数を置く、一方循環式は円上に数をおくものです。時計の12時の所に9=0を置き、9等分して数を置けば出来上がります。是非、表を作って色々な数関係を調べて見て下さい、驚くべき事実が発見出来て面白いと思います。普通、西洋の数秘術は二桁の数を足して一桁化する方法を用いています、我々も同じです、手っ取りばやいからです。しかし、彼等西洋人にどうしてそうするのかと尋ねられた場合、今まで誰も返答出来ず祖先代々からの伝承と答えるだけです。この『ひふみ‥』式による答なら数学者達も納得するはずです。後は9=0に変化をつけて、1+8=0、2+7=0,3+6=0、4+5=0から8=−1、7=−2、6=−3、5=−4を導き出せばいいのです。今後とも宜しく、考えている限り、時間は無いと同様です、加齢も無いように思われます。

262珪水:2006/07/08(土) 17:47:02
アホな質問をいたしますが例えば時計の12時を0にして2−3=11と計算しましたが、なぜ「神の数学・ひふみ算」は9等分であり10等分・12等分ではいけないのでしょうか?又9等分以外は循環式の計算方法はなじみがないのでしょうか?よろしくお願い致します。

263珪水:2006/07/08(土) 17:55:20
追記 魔女の九九も「九は一なり、十は無なりと」ここでも九で括られとぉります。

264『神の数学』守護者:2006/07/08(土) 18:06:41
260>読者様に申し上げます、残念ながら、この祝詞『ひふみ‥』の真実を明かしたものは古今東西を通じて如何なるものにもありません、このHPが本邦初公開であり、皆様も初めてこのような真実が古神道の中に隠されていたことを知ったはずです。私も古神道から現れた『神の数学』を究めるためにおよそ二十年を費やし、なおかつ求道の途中です。その代わり、「古神道の秘密」、「歴史の秘密」、「物理の秘密」、「神の秘密」、を全部知ってしまいました。七十歳近くになりパソコンを手習いし始め、それから今までの諸資料をまとめ上げる等の一苦労があり、ようやく皆さんと会話を楽しめるようになったのです、すなわちメ−ルを覚え始めたのは今から半年くらい前で、それもある事情により必要に迫られた結果です。その証拠に「百人一首の魔方陣」に初陣した6月20日前後のレスを見て下さい、文列をまとめるために四苦八苦しているのがわかるでしょう。今はいい方法を考えてまともになり、列に余り空きがなく、読みやすいと思います。一言言わせて下さい、七十歳を過ぎた壮年の皆さん、余生を「知的向上」を計るために過ごそうではありませんか、まだまだ知ることは山のようにあります。今の若い人達に負けてたまるものですか、私はこのスレッドの「素敵な知的若者達」に宣戦布告しました、今その真っ最中です。今大変楽しくうきうきしています、必ずや何か「人類の知」に役立つものを見つけてくれるでしょう。それは必ずや日本の評判を高め、世界の未来に貢献してくれるものの筈です。読者様どうしても、HPにあ「る古神道の資料」が必要な場合は古神道関係の、「ひふみ‥」やもう一つの祝詞「アイウエオ」、または「失われた『カムナガラの道』を見出す」、または「キリスト教は神道の分神である」、「本当の魔方陣である日本の『神の方陣「カバラ』の数秘を『ひふみ‥』で解く」などは当方に「数学幻視考」シリ−ズとして少し有ります。但し残念ながら無料と言うわけには参りません。なんせ私は上に述べた次第により食うや食わずの赤貧の生活を楽しんでいるからです。家族だけがぶうぶう不満をもらし、私も居ずらいもので。そのあたりをご考慮下さい。

265『神の数学』守護者:2006/07/08(土) 23:25:40
262>珪水様、申し上げます時計の12時を0にして9等分する、何故9等分でなければいけないのか?」のご質問ですが、それは神様のお決めになった「宇宙の波動」に大いに関係あると思います。地球の波動、すなわち◎シュ−マン共振波は約9ヘルツの振動であり、◎それと同調共鳴していると言われる我々の脳のアルファ波は7〜12ヘルツ(山の中心の値は9です)です。◎人間の身体から出る遠赤外線の数値は7〜12ヘルツ、◎動植物の欲しがる遠赤外線の波動は7〜12ヘルツ、◎光の振動周期は一秒の9192631770分の1である、加算すなわちΣは45→9→0、◎「光」のエネルギ−は9umの時に最大の0,004ワッになり、人間をはじめ生物などの有機物質の生理活性化、生長促進にとって最も顕著になるので「育成光線」と呼ばれ、。科学デ−タ−‥‥☆銀河系宇宙の一回転は25,920年 Σ=18→9、☆銀河系宇宙は72年に一回位置を変える、☆太陽が出発点に戻る周期25,92年 Σ=18→9、☆地球の歳差運動945万日、または25776年 Σ=27→9、☆地軸の傾き 23,4度、Σ=9、☆NASAのアポロ計画に参加した科学者のモ−リス・シャトランは「太陽系に属する惑星、衛星、または主要彗星の公転周期や会合周期のすべては9の倍数である」と述べている。 これらすべてを鑑みると9はまさに神の創った「宇宙のリズム」であり、我々が関知し、どうこう言えるものでは無いものなのでしょう。 考えて見れば我々の「身体のリズム」も同一的なもののようです。①人間の基本生命波動は9ヘルツ。②人間の正常な呼吸数は一分間に18回。③人間の感覚器官は27ヶ、(手指、足指各10ヶ、目、鼻穴、耳、口で7ヶ)。④人間の体温は36度。⑤脈拍は一分間に72回。⑥正常な血圧は下限72、上限144。すべては自然波動の現れであり、すべては本質0を持つものです。面白いのはそのあたりの事情は日本最古の文献にある事です、それは今から約2千年前の日本最古の文献「ホツマツタエ」にはその事がはっきりと記されているのです。それは「宇宙の中心であるアモトから九つの波が起き、それが 地球に及び、人の呼吸や水面のさざ波に現れている」と。何故そのようなものがあるのでしょうか、まことに面妖な。

266弟子E:2006/07/09(日) 08:51:59
『神の数学』守護者様、ありがとうございます。大変、参考になります。私も珪水先生と同じことを考えていました、なぜ「9」なのかと。自然界がその「9」に大きく法っているのですね。さて、以降、自分でも良くわからぬことを書きますが、ご笑覧下さい。近年、このシューマン共振数が大幅に上昇していて、確か、18ヘルツ程に上昇していると聞きます。もちろん、私たち人間を含め、生命活動に大きく影響しているようで、この状況下にいると、カルシウムイオンが溶け出すのだそうです。珪水先生が言う「火」のバランスが強くなっているというのも関係しているかもしれません。また、「育成光線」については、例えば、その原理を利用した活水装置の『ハイエット』というものがあり、それも正に9角形の幾何学模様が大いに関係しています。可視光線が約0.4から0.7UMの波長で、「育成光線」は6から14UMの波長ですね。この領域の波長は、「水」の水素結合の鎖をバラバラにする波長だそうで、この原理により、活水させます。珪水先生が言う「水」を強めなければならぬのは、このことかとも思います。因みに、自然界は基本的にはこの領域からは決して出ないのであり、無知な我々人間が、妙な波長の物質を造り続けてしまいます。故に自ずと崩壊するのですね、物質は全て振動しており、その振動は、我々が生きるこの地球上(銀河?)では「9」で安定する。なるほどと思いました。

267『神の数学』守護者:2006/07/11(火) 22:43:14
266>弟子E様に申し上げます、相変わらず空言のような話で、皆さんにはピントが合わないとお叱りをうけそうですが、暫時目を背けていて下さい。水の話が出てきましたが、水は空気と共に生命を司る大切なものです。私はいい水を求めて放浪し、やっと納得の水を手にしました。それは水が話題になり、売り買いの商品となる約十年くらい前と記憶しています。いらい二十数年、その水を片時も離してはいません、その水は電磁波を与えて活性化させるのですが、面白い事に私が調べて見ると、その電磁波の波形をオシログラフで見ると九つの段を持っているものです。その水は匂いとか傷の痛みを瞬時に取り去ります。岐阜県地方では一時ビニ−ルハウス内の農薬散布で中毒にかかり、一家の大黒柱の主がバタバタと亡くなったそうです。数年後、ニユ−スで久米さんが放送していましたが、農薬中毒による死亡者は全国で年間、5000人とも6000人ともいっていました、そのすべては一家の大黒柱である主人です。ある折、さる農家の主が苦し紛れにその水をお風呂に使い入った所、顔、腕がパンパン張っていたのが一晩で正常に戻ったそうです。それ以降岐阜地方では農家が大いに利用を始め、家族の健康に役立てています。私も時々皮膚や血管の色を見てガスが溜まっていると判断した場合、風呂をたてて入ります、すると、皮膚の皮はたるみ、お腹が一気に萎んでしまいます。皆さんはご存知無いかもしれませんが、体内ガス、(+)イオンを持った有害ガス、それは人体に過大な影響を与え、自然治癒力を奪い去るものです。体内の有毒ガス、これほど人体に影響与をえるものはないでしょう。

268弟子E:2006/07/12(水) 10:12:09
『神の数学』守護者様、コメントをありがとうございます。ピント外れは私も十八番です。共にお叱りを受けそうですが、ご笑覧下さい。私も最近、珪水先生のご指導により、衣食住環境における水を整えつつあり、その抜群の効果に驚いております。今日の世界を廻る水の汚染といったら、これほど酷いものはありません。世の中が乱れるのも至極もっともなことだと思う次第です。水が汚れ、万物が不健康になると、万物は大きくストレスを持つようです。そして、そのストレスにより常にイライラし、ひいては、他者に対して攻撃的になります。正に地獄絵図です。珪水先生が治山治水について触れましたが、それが何よりも大切なことなのだと改めて思うのです。そのために、私たち人間が動かなければなりませんし、動くためには正しい知恵と活力が必要です。ですので、『神の数学』守護者様が見出した「真理」も是非とも学びたいと思う次第であり、それをもって、この現実を生き抜かなければならないと思うのです。今後とも、ご指導の程、宜しくお願い申し上げます。

269『神の数学』守護者:2006/07/12(水) 14:25:38
まあ、何と向こう見ずな、柄にもない長話になってしまったのでしよう、私はただ「百人一首‥」の中に神道の奥義には「数学的知識」があるか?、とのレスに少々意見を挟み、私見を述べた積りですが大変なデスカス、思っても見なかった展開になってしまいました。あのブログには高校生あたりも顔を覗かせていたようですが、とんと消息はありませんね。 君よ、勇気を振り絞って発言して下さい。本来はあなた方叡智溢れる未来の方々が担当すべき問題であり、あなた方が興味を持ってデスカス(discuss)すべき問題、しかもこれからの二十一世紀に開くべき問題なのですよ。恐らく貴方方は脳が柔軟、かつフレキシブルなので理解力も、解読力も我々から比べると数段旺盛で、応用がきくはずですし、洞察力も勝れているはずです。 この『ひふみ‥九九算』にしても解き放つには大変易しいものでありながら、大きな真理を突いている天地開闢以来の「天来の大きな意味を持つ『神の知』」そのものなのですよ、ただ大人は積み重なった今までの常識が邪魔をして前が見えない、理解が出来ないのであり、一つのネック、心の持つ癖となり自分自身を暗示にかけて難しいと思い込んでいるだけなのです。 考えて見てください、面白いものですよ、ここには現代科学が頭を絞って大捜索中の未解決の時空物理の問題が雁首を揃えて鎮座し、誰かが話しかけ、開いてくれるのを待っているのです。さあ、残る時間が無いですよ、一刻も早く扉を開き、対面して下さい。  “ Be more ambitious, Younng one !! ”

270『神の数学』守護者:2006/07/13(木) 13:39:23
268>E様、もう少し水の事についてお話いたしましょう。水の最小の粒子構造体は正四面体になっているそうです。これを見出したのがフアントホッフとリベルです、面白いことに我々の身体を作り上げているものは炭素であり、大変水素原子と結合しやすいことが知られています。我々のような生命体のことを英語ではカ−ボンユニットと呼び、日本語では有機体と言っています。確かに我々の身体は70%の水、それに炭素化合物と僅かなミネラルから成り立っているのは御承知の通りです。忘れてはならないのは脳の成分です、およそ90%は水で占められています。水分子の集合した形は氷では正六角形の六員環ですが、液体の場合は五角形である五員環です。これから次は私の長年の盟友である理学博士の実藤遠さんの受け売りです。彼はその著書の中で述べています、「この五角形こそが宇宙エネルギ−と同調共鳴できる幾何学的形態である、水は生命エネルギ−と共に宇宙エネルギ−の生命情報の取り入れ口である、しかも情報を水分子という物質としてではなく波動として蓄え記憶できることがフランスの学者により証明されている。また生きるということは生体水のプラスとマイナスが秩序正しく整列していることであり、死とはその方向が無秩序になることである、しかも宇宙の生命エネルギと完全に同調している限り秩序は保たれつづける」。「水を調和の取れたきれいな状態にするとき、そこには宇宙情報との回線回路ができ、宇宙エネルギ−はその回線を通って流入してくる。水こそが宇宙エネルギ−や宇宙情報とのコンタクト出来る最高の触媒なのです「。忘れていました、「ミネラルも水と同じ正四面構造体で水に溶かした場合その触媒機能は僅かな差で大変な違いを示すほど強力です。これは宇宙エネルギ−を含んだ鉱物なので人体にとっては健康の面で大変重要なものです」とも述べています。このあたりを考えるといい水の重要性がよく分かります。我々が欲を出したり、死ぬほど悩んだり、身体が不健康、あるいは老化し機能が十分活動しなくなる、あるいは心に苦しみ、悩みを持ち始めたら宇宙エネルギ−との同調から少しずつ外れてくるのです。死にだんだん近づき始めているのです。いい水をとり、宇宙エネルギ−との同調化を図りましょう。

271『神の数学』守護者:2006/07/13(木) 13:52:44
270>への訂正。フアントホッフとリベルは炭素が四面体を持つことを見いだしたのです。要するに水と炭素とミネラるは同じ四面体構造で、共同して人間の身体を作り上げているのです。まさに自然の造化作用は驚嘆すべきものですね。

272珪水:2006/07/13(木) 15:03:53
「間脳幻想」か「身体と宇宙」だったかと思いますが水の立方体が出ております、どちらがどうだとは言えませんが以前博士の説の水の立方体の模型を作ったことがあり、その立方体を組み合わせをしましたところ今まで見たことのない組み合わせの正八角形の図形ができ(平面)その平面の図形に水道水を置きましたところ瞬時に塩素の反応が消え不思議に思い何度もテストをしましたが塩素の反応はありませんでした。余談になりますが当時博士となぜ川は畝って流れているのか?また人間はなぜ真っ直ぐ歩けないのか?蛇はどうしてうねりながら進むのか?等など質問しましたところ三角錐の水の塊が動くとどうなるのか考えたらわかるだろうと言いましたが考えても解らないので博士の言っている水の角度の模型を作って転がしたところ左右にふれながら転がした方角に転がっていきました。理屈は解りませんが妙に納得し八角形の図形を水に応用しております。私の場合性癖なのか理屈よりも先ず作って試す、そして役に立てば使うと言う癖なのでしょう、なんとなく危なそうな実験は私自ら実験しますので何度も失敗し身体で身体で思い知らされ行き着いたところは始めに「そうじありき」でありました、私の癖はなんでも体験しなければ理解できないので「試して解る」。本当のこと、本当じゃないことの繰り返しを身をもって解らされますと命を守るため五感は何時の間にか研ぎ澄まされるようになっておりました、動物の本能が少し甦りました。

273珪水:2006/07/13(木) 16:34:55
当時、博士と水の話の中で、何で水が三角錐でなければいけないのか?に関しては納得する答えは頂けませんでしたが(これが解れば天下が取れると答えを期待しておりましたが)「急がば回れ」の意味がこの時初めて博士から教わりました、当時は(今もそうですが)取りあえず無性に安眠をしたかった、安眠さえできれば絶対にハッピーになると漠然と思いがあり占術の世界に飛び込んだのですが(それまでに安眠するために病院という病院はすべて回ったが全部外れた)病院がだめなら神仏、占術の世界しかないと思い有名どころは全部回ったが安眠させてくれる術、アドバイスは全部はずれ、科学でアプローチするしかないと思い地質にかけては博士が一番と思い土地の見方を教わり、ついでに幾何とフィボナッチ数列の手ほどきを受けフラクタルがエネルギーを保存できることを知り(運気もそう)黄金率、白銀率の応用を今度は自分で家の間取り設計をしエネルギーの濃縮を家にさせてみた、(それまで一流の風水師の言うとうりにマンション・戸建を作り寝てみましたがこれも全部はずれ、関係者を集めあなた達が言ったとうり建てたがどう言う事なのだ?返ってくる最後の答えは「信心が足りない」でありました。ここまで馬鹿をやり尽くすと人に相談することはなくなります。又占術の世界でも私が「なぜ?」と聞いたときに中国五千年の歴史が出てくる術者とは話をすることはなくなりました。それはオリジナルでないからです、私が耳を傾けるのは体験から来る話です、ですから長老と仲がよいのです。何を書いているのか解らなくなりました、悪しからず

274弟子E:2006/07/13(木) 18:24:20
『神の数学』守護者さま、「水」の件は改めて、此処でひとつ質問を宜しいでしょうか。実は、珪水先生からも設問を頂き、ずっと考えていたことです。それは、『神の数学』守護者さまが言う神算法における9=0ということについてです。ご提示の0→1→2→3→4→5→6→7→8→0→1→2・・・と循環させて計算していることは分かりました。ですが、まだ腑に落ちないのです。つまり、ここで言う「1」とは何ですか?「1」があり、「2」があり、「3」があり、「4」があり、「5」があり、「6」があり、「7」があり、「8」がある場合、普通、その次は「9」であり、「10」であると理解します。「2」は、「1」がふたつではないのですか?「0」と「1」しかないのであれば理解はできそうです。つまり、複数、例えば「2」や「3」や「4」は「1」の集合でしかないということです。しかし、「8」まではあるのですよね。「9」は無く、「8」まではある理由は何ですか?ここでいう数は、何をカウントしていますか?また、約30日を「1」ヶ月とする場合もありますし、12個を「1」ダースとすることもありますし、60秒を「1」分とすることもあります。良く分かりません。「1」をどのように定義されていますか?変な質問ですみません。

275珪水:2006/07/13(木) 19:22:46
守護者様がおっしゃる五角形を立方体に自分なりに作ってみたことがあります、それの模型を作り家を作る寸法に応用してみたところ非常に気分がよくなり曲がりなりにも人並みに睡眠をできるようになった、五角形の立方体は箱と思いました(間脳幻想より)風水は全てここからきていると確信している、風水師は必ずフィボナッチ数列を収めていると思います。機会があり皆さんが博士と会うことがあればここを訪ねると良いのでは?私の師匠は多々居りますが肩書きはごく普通の肩書きですが博士は当代一流の術者の一人と心得ております

276珪水:2006/07/13(木) 20:03:28
今の家の前に建てた家は五角形の家だと思い込んで建てたところ六角形の家になってしまい泣くに泣けなく、必ず模型を作って確認してから建てる と肝に銘じた。このとき気が付いたのは六角形の家は酸素の量が異常に多いのでは?臭いがデマクル、不自然なものは家において置けない、特に有機溶剤を使用したものは抜けるまでだめです人間も汚染されている人(体調不良)は自分のにおいで中毒を起こすぐらい抜けるということが解った。ヒョウタンから駒でした。

277『神の数学』守護者:2006/07/13(木) 23:37:30
珪水様、そういえば、貴方様の名前にも水が入っていますね、珪水と言うとどのような形をした水のことを言うのでしょうか。若し機会があったら教えて下さい。貴方様が教えてくれた正八面体の話、あれは本当なら凄い事です、塩素反応がまったく無くなる、すなわち残留塩素が0になる、これは初耳です、若し本当ならアトピ−、喘息には塩素は大敵であり、何となく健康を害している人にとってはまさに福音です。正八面体とはピラミットの形を底同士をくっつけた形であり、それだけで上下による「完全な陰陽の世界」をつくっています。この効用はまことに恐ろしいものです、ある人はこの正八面体に特別な塩を入れて密閉し、それを南と北の方向に置きます。するとその間には柔らかい精妙な波動が流れ、大変気持ちよく感じ、疲れもすぐにとれるそうです。その設置場所に行くと昼休みを利用して大勢のサラリ−マンが寝転がっているのをよく見かけました。今でもそこでは正八面体を利用して製塩しています、1キロ200円くらいの塩はそこでは1800円から3600円の値段で売られています。それでも引く手数多で商売繁盛です。じつは私もこの十五年くらい愛用しているのです。私も貴方様と同じく、ひらめいた事はすぐに実行に移すタイプの人間です、今日も12ミリのステンレスの棒を半径30〜40センチの輪を作り、家庭菜園のトマトと茄子の根が中心に来るように、一本ずつに置いてきました、本来は銅線その状態で土の中に埋めればいいのでしょうが、今年は地上において実験です。恐らく誰も試みた者はいないでしょう。それはひらめきともしかしたらという興味本位の所為です。

278『神の数学』守護者:2006/07/14(金) 10:29:13
274>のE様に申し上げます、最も難しいところを突いて来ましたね。「数」というのは我々に関しては数の多い,少ない、または量の大小を表す一つの指標としてのみ使われています。我々はもっと色々なことを示す事ができる「数」を単に量を見るためにだけと言う限定的な使い方に決め手しまったのです。本来は(宇宙普遍的には)「数」は「空間的平面位置関係」、すなわち現在高校で教わる「デカルト座標」や「3次元(立体的)的位置関係」、及び「変態的変化の指数」、その他、を表すことに用います。易しく言えば「空間的位置関係」とはパイロットが使う「1時の方向」とか「9時の方向」とか言う空間的方向を表すものであり、「変態的変化の指数」とは例えば学校の通信簿の数字、歯医者が歯の状態の良し悪しに使うグレイド2、グレイド5などの状態指数です。辞書を引くと「事の成り行き」、「運命、情勢」ともあります。一つ提案があります、円を描いて最上部に9=0を置き、9等分して123‥ の数を附って下さい。そこで 259>東 治様の提案された計算法を試みて下さい、2−3なら2から3ケもどる、すると8の位置になる、当然2+3は3ケ進むことになるのです。すると1−8=2、3+7=1などが十分判るはずです。この場合はお分かりのように空間的転位を表すと考えて下さい。

279弟子E:2006/07/14(金) 11:11:30
『神の数学』守護者さま、ありがとうございます。円を描いて9等分する方法は、はじめにHPを見た際、直ぐにそれをやりました。よって、計算方法については、分かるのです。この場合、円の中に、その円に接する正九角形ができます。その辺上を一つずつ回すと140度で反射しながら一回転で元に戻るわけです。また、面白いのは、円を九等分した各点を、一つ置き回していくと、表裏が交差するメビウスの輪のような星形の図形が現れます。これで数字を振り直すと、数字の陰陽について何となく分かります。そして、陰陽の二回転で元に戻ります。この場合の反射角は100度になります。(ついでに言うと、この図形の上に水を置くと、それでも水の質が変わると思います。) しかし、なぜ9等分なのか、ということを考えていたのです。ひとつ思うのは、対象(円)を如何に等分するか、その角度とテンポかなと思っていました。4等分でなく、5等分でなく、6等分でなく、7等分でなく、8等分でない理由は。同時に、10等分ではなく、11等分でなく、12等分でない理由は。9等分とな何のリズムでしょうか。変な質問ですみません。

280珪水:2006/07/14(金) 13:24:11
守護者様の言う九つの意味はこのように考えてもよろしいのでしょうか?この空間に九つの種類の波がある(色)この波が常に空間をリズムを刻んで変化をしている、この九つの波を上手にとらまえるためには神の数学を紐解かないと上手く波に乗れない?又この九つの波がそれぞれ例えば色で九つを識別できるとか?匂いで・肌で出来たとすれば?又、仮に理屈で神の数学を解けたとしてもその波を感受できなければ上手くサーフイン出来ないのでは?と思いますが。どうなのでしょうか?

281『神の数学』守護者:2006/07/14(金) 17:14:48
280>について、珪水様、だんだん核心を突いてきますね。「この空間に九つの種類の波がある、この波が常に空間をリズムを刻んで変化をしている」、まさに仰せのとおりです。『ひふみ‥九九算表』を良く見て下さい、そこには0000000000をはじめとする9つの数の波がありますね。この「九つの波」こそ貴方様が言う「宇宙次元を制している『九つのエネルギ−波』」なのです。それらがお互いに合一(二つが一つになる)したり、分かれたり(一つが二つになる)などの集合離散を繰り返し、常に動の状態にあり、永遠を紡ぎ出しているのです。 嘘と思うなら、それら「九つの数の波」を足したり、引いたりの計算をして見てください、そこに現れるのは必ずその九つのエネルギ−波のいずれかです。やって見ましょうか、ランダムに選びます。 0246813570−0483726150=0753186420、 0360360360−0123456780=0246813570、 如何ですか、貴方様も心の不動のために色々計算をして見て確かめて下さい。現代数学では考えられない不思議が実際に起きていることなのです。とても現代科学では考えられない理解不能の「神の世界」の現象理です。これが貴方様のレスにある「『神の数学』を紐解かない限り、うまく波に乗れない」と言うことです。

282『神の数学』守護者:2006/07/14(金) 17:28:13
279>の弟子E様、貴方様のご質問「9等分とな何のリズムでしょうか」については281>の答の中に含まれていると思いますが如何でしょうか、何故「九つの宇宙エネルギ−なのか?」については「神の心」の中にあるので我々分際の取るにとらぬ人間共では分かりかねます。

283弟子E:2006/07/14(金) 20:07:24
『神の数学』守護者さま。いつも私の変な質問に対してご回答をありがとうございます。もう少し宜しいでしょうか。何故『九つのエネルギー波』なのかは「神の心」とのことでさておき、その『九つのエネルギー波』は、この自然界において、観察することはできますか。例えば、今は「1」の波で、次のこの時点から「2」の波が来るなど。これが分かると先読みができ、準備ができると思うのですが、それはどのようにして感知できますでしょうか。

284『神の数学』守護者:2006/07/14(金) 23:08:56
283>弟子E様、それは甚だ無理な質問です、それが出来れば私もこんな赤貧に甘んじてははいません。しかし、赤貧もまた楽しからずやの心境です。ハハハ―。

285珪水:2006/07/15(土) 07:10:02
守護者様おはようございます、いろいろ計算をして見ました 表現は不遜ですが感動しました「これは使える」が私の率直な感想です。カタカムナの解読も容易でしょう、又私が感じたのは「神の数学」を読み解き現代に応用するためにはゲーテのファスト・占術の中の魔術からアプローチしたほうが早道ではと率直に思いました。守護者様のIQ(不適切な表現で申し訳ありませんが)の高さは計り知れません、このコーナーでお話や、やり取りをさせていただいたこと感謝をいたします。

286珪水:2006/07/15(土) 11:01:17
私も商売人の端くれで学者じゃないのであまり突き詰めて考えたくないのですが・・・・・・神の数の数え方で立体にして平面に置き換え八画形の平面にして数字を図形に落として見ました。全部三角形を結びその角度は正確ではありませんが、どれも66.6度と23.4度の三角形になるようです、私のIQはここらあたりでしょう

287『神の数学』守護者:2006/07/15(土) 14:56:55
285>珪水様、IQが高いなどとお褒め頂き、汗顔の至りです(入る穴が見当たりません)。皆々様方が『神の数学』を絵符、絵図の方から攻められているようですが、有難う御座います、私にとってはその方面は全くの白紙状態で、その方面にかけては貴方様がたが私の先達を務めて戴くことになります。来週にでもHP「神の数学」・佐藤の中にある『ひふみ‥九九算』の真実を明かすことになると思います、このHPの本文では「超数論的考察」を①〜⑧までの項目で掲げ、皆さんの考察の指針としてありますが、この度はそれを「超々物理学」的な方面からの考察①〜⑧に変えてご報告いたしたいと思います。今までは世界に類の無い超物理学的な発見も、それを審察する学者の頭のレベルが低いために見逃され、先陣を後代の西洋学者達に奪われております。大変残念な事です。要するに日本人は歴史的にも知的レベルにおいても彼等西洋人より劣っている、そのようなコンプレックスが常に学者の頭の中にはあったのであり、今もあるのです。何故ならば、今でも彼等はすべてを西洋の学者に託し、そのおこぼれを貰っている有様だからです。そのあたりを語り継ぐ意味においても私は引き下がることは出来ません。そこで今回は現代西洋物理学者の雄達が頭をひねっても解決できない超時空物理学的な命題を中学生でも解き放てるような形で説明申し上げ、西洋の学者達をアツと言わせる所存でおります。その後は余りにも長い間ブログをお騒がせし、皆々様の口を封じてしまいましたので、少々休ませて戴きます。若しHP本文中に何か不都合、不明がありましたら、その節は呪文を唱えて呼び出して下さい、何時でも飛び出しご説明申し上げます。宜しく。

288『神の数学』守護者:2006/07/16(日) 15:14:50
286>の件です、貴方様がお作りになった8角形に存在する23,4度と66,6度の内角ですが、それが3角形を形成しているなら三角形の内角の和は180度の定理から残る一つの角度は90度になり、すべての内角は次の通りになり、一つの「神の図」を示すことになります。 23,4(Σ)=9、 66,6(Σ)=18→9、 90→9であり、そのすべては0に還り、「神の力を秘める図」を意味する事になるのです。だから正八面体は「神秘の形」いわれているのですね、今初めて理解できました。同じ要領で正六面体はいかがでしょうか、正六面体は「自然の持つ不思議な形」と言われているものです。 ところで話題を変えますが、277>で私が紹介した私の気まぐれのひらめきによる植物生育法、これは前代未聞の話題を醸し出すかも知れないもののようです、設置してからまだ三日目ですが相対的には他の者達(トマト)より20%から30%大きく枝葉を広げ始まっています、これは一週間〜十日位経てば完全な結論が出るはずです。今年ははっきりしませんが、恐らく病虫害にも強力な力を発揮できるような気がします。それで今日、今3時に新しく病気とか虫にやられて絶命寸前の茄子に4ヶ設置してみました。 若し効き目があればこれを人間界に応用出来ないかと思っています、なぜなら病気、事故の95%はあの世に関係するものであると感応者達はいっているからです。それを断ち切る事が出来れば!、2,3日留守にするので帰ってきた時が楽しみです。果たして効果はいかに?。この件について易占者である貴方様は如何思いでしょうか。

289珪水:2006/07/16(日) 16:45:22
一昨年の秋、上京の折博士とお会いしたときに首藤さんのお話になり144面体のダイヤのカットの話になり私はこの666のカットの計算を首藤さんにアドバイスをしたらいかがですか?とお話しましたが次の日の朝どうも気になりこの666の話はなかったことにしましょうと電話を入れた記憶があります。ですから守護者様の頭の回転(頭の切れ)?と思い286の投稿になったのです。トマトの話ですがたぶんEM菌と同じ作用が菌を使わないでリングもしくはミネラルの作用でしょう、カリウムがリングの作用で土壌の中に増えたのでしょう、環境浄化に役に立つのではと思いますが(易占ふうに言いますと青龍を手に入れ緩めたとでも言いましょうか?又白虎をうまく使うことで収穫を早める 時間のコントロールが可能になるでしょう)多数者は易占の類の話をしますと今までも申したように西に黄色・北に黒・手相、人相、生年月日等々で金運だとか恋愛運を期待される易占は私は解りません。私の易占のグッツは理科年表・地球儀・三角定規とコンパスです。

290珪水:2006/07/16(日) 18:14:52
ついでに理科年表的の占術をいたしますと霊能者?がオーラについて話され霊がどうとかコメントしてますが私が思うにその固体の空間の作用によるミネラル(元素)が燃えているのか又は溜めているのか?して九つの色のが見える(一般的には七色・虹でしょう)その色によりその固体(人間)のトーンを判別する、調子が良いのか悪いのか(悪ければミネラルの増減ないし衣食住の整え方・一般的には躾)バランスをとる。又年月日により惑星の動きが(九つ)がこの地球又私たちのミネラル・ビタミン・ホルモンの増減をしている。ですから私は地球は石油だとかアルミニウムだとか鉄だとかの資源はこの宇宙惑星がある限り枯渇はしないのだから資源の奪い合いで争うのはナンセンスである。といつも思っている、この宇宙太陽系がある限り地球は最高の錬金術師です。なんと言ったって最高の私たちを作ったのだから。又 江本勝さまの本に土星が地球に近ずくと鉛に影響し(人体の鉛が増える)イライラする、ということです(水は答えを知っているより)

297珪水:2006/07/19(水) 21:45:37
「珪水」 師匠の中の一人が下さいました「圭水」でしたが、もう一人の師匠が「圭では、一寸座りが悪かろう」と言って「珪」に成りました。意味は聞きませんでした、私にとって名前は識別するための符丁のようなものですから他者と区別ができれば「一」でも「二」でも良いと思っております、又 師匠に「珪水」の意味を聞いても「天国か地獄から聞こえた」ぐらいの話になりますので「珪水で行け」と言われれば「ハイ」です。守護者様に意味は?と言われて改めて其れなりに尤もらしく答えるように考えて見ました、批判をして下さい。「珪水」とはケイ素Siと水H2Оの化合したものSiO2水晶の水=硬水とでも言いましょうか?師匠たちは旨い事名前を憑けたものだなーと今更ながらに感服いたしました。軟水では抄われなかったのです。

298相良武雄:2006/07/20(木) 00:20:30
ご無沙汰しております。
今、実家から戻ってきたのですが、6時間の自動車移動は疲れます。
実家にいながら、やっていたことは、掃除でして、小さい家ですが、
掃除をしたらすごいほこり、驚くべきものでした。
ただ、思ったことは、これが正しい方法なのか、もっとしっかりした
やり方をしなければならないのではと感じた次第。
今からでは、遅いと思いますが、珪水さんに弟子入りし,
やり直したいと感じた次第です。もしよろしければ
弟子Eさんにも弟子入りしたいと考えます。
だいぶ脱線しました。

299弟子E:2006/07/20(木) 10:35:31
相良様。私はまだまだ人に教えられるような段階ではございません。正直に申しますと、今は(当面は)、自分のことで精一杯でありますし、少し良くなっては油断して(調子に乗って)元に戻ってしまったりと、なかなか大変なのです。私も、正に「脱線」の連続です。なお、私も、珪水先生のところへは、半ば強引に押しかけました。「何としてでも」(←これが大切)助かりたい(生きたい)という意気込みがあれば、多少(?)罵倒されることを覚悟の上で、積極的にアプローチしてみると良いかもしれません。そうすれば、相良様にとって、それが良い結果となると思われます。また、今からでも遅くなく、むしろ、「今」こそが常に絶好のタイミングであるという気もいたします。そして、基本的には、珪水先生は「来るもの拒まず」の姿勢を採られているものと思っています。但し、「気」がかわる可能性はあります。

300『神の数学』守護者:2006/07/21(金) 00:16:54
珪水様、E様、その他の皆様、お変わりありませんか、私はよんどころないことで福島の方に行って来ました。その途中で古本屋に立ち寄り、一冊の本を求めました、題名は「こうして未来は形成される」‥<食代栄一著>です。内容を端的に申し上げれば過去に起きた出来事はその事自体が「形の場」をつくって一種の記憶のようにこの時空に保存され、そして未来において同じような因が現れればそれに共鳴するような形で果としてその保存されていたものが出現する、それが歴史である。要するに歴史はあざなえる縄のように繰り返されるという内容です。それはイギリスの天才科学者ロバ−ト・シエルドレイクの言う「形成的因果作用」を細かく説明しているものであり、それは私が常々日本の超古代に起こったことが今の日本で再現されていると『神の数学』の中で述べていることとまったく同じものである。それは私が数から教わったものであり、今まで私も半信半疑でいたものです。まことに不思議な一致であり、神からの授かりものと大変喜んでおります。さて、皆さんHP『神の数学』の「ひふみ‥九九算」の秘密はいくらかは解けたでしょうか、是非どなたか何でもいいですからRes(レスポンス)お願いしたいと思います。たとえ、一つでもここに挙げて戴ければ私はお約束通り全てを(超物理学的解釈)を余す所なくここに掲げましょう、すべては世界中の科学者達が血眼になって捜し求めているものばかりであり、驚くべき自然図証の存在を明かすものです。ただし、レスが全くないと言うことは皆さんの関心が全く無いと見なし、すべてのアンサ−を取り止めにしたいと思います。出来れば持てる力を振り絞って少しでも考えて戴きたい、人間の脳は僅か3%しか使われず、残りの97%は未来のために残されていると言われます、せめてあと2%をこの際お使いくださるようにお願いしたいと思います。

301555:2006/07/21(金) 05:28:37
今日は、3:33に目が覚め、パソコンに向かいました。
私は、普段は4:44に目覚ましをかけております。
5:55には、「世界が平和でありますように」と仏壇に手をあわせます。
私は、若い頃(今は55歳)易学に凝ったことがあります。
それ以来、偶然に「ぞろ目」の数字を見たとき、何てラッキーなんだろうと思うようになりました。
そうすると、本当にラッキーな1日になります。
今日は、3:33に目が覚め「神の数学」守護者様のレスへの誘いを知りました。
これに応じることは、きっとラッキーなことに違いありません。
「ひふみ九九算」の秘密については、18次までやってみました。
9次までと同じ数字の配列になります。
きっと27次までやっても同じ配列になるだろうと予想されます。
その9種類の数の配列が何を意味するのか。
そこまでは、わかりません。

302『神の数学』守護者:2006/07/21(金) 13:44:44
301>555様、レスを拝見しました、思いも寄らぬ大勢の方がスレッドを読んでいられることに大変気を強くしました。貴方様は大変な真実の場まで行かれた方です、1次元〜9次元〜9次元〜18次元と進んだところ、そこに1次元〜9次元までと同じ数配置を見出し驚かれたようですが、その通りです、それが正しい答です。真相は私が常に言っているように宇宙自然の姿は循環態であり、1〜9までの姿で常に変遷を繰り返しているものであり、それが私が 300>で申し上げたあざなえる縄であり、それが古神道の『ひふみ‥』で表されている自然の正しい姿、すなわち自然態なのです。 『ひふみ‥』とは単なる数の順列ではなく、自然本質を余すことなく謳っている世界最高の『叡智のほとばしり』を表しているものなのです。もう少しよく考えて10次元から18次元までの「数の表」を比較検討して見て下さい、そこには驚くべきものが見えるはずです、それは18次元から9次元に向かって進んでくる1次元〜9次元の姿があるでしょう、全く同じ姿をもって逆な形、逆向きの進行方向を持った1次元〜9次元までの姿が現れているのです。私は10年前にその事実をある本のなかで発表し誰か説明して欲しいと叫んだのですが当時は誰も答えられる者はいませんでした。その後よくよく考えて、検証を繰り返してわかりました、それは9次元という『鏡の場』で反射され映り写った自らの姿、1次元〜9次元までの有るべき姿であり、現代物理学で言う「対称鏡像の姿」であったのです。なるほど神がその次第を絵として表すのはこの方法が最もベタ−であり、これ以外にはそれを表す手法がないと言うことをそこで初めて私は悟りました。これらが数を通して『神』と会話している状態であり、『神』が数を用いて我々に真実を指し示してくれる現実の姿なのです。どんどん進めていって下さい、ますます面白い佳境に入っていきますよ。

303『神の数学』守護者:2006/07/21(金) 19:50:00
301>555様に申し上げます、貴方様は同じ数字の並び(ぞろ目と言うのですね、知りませんでした)をもってラッキ−ナンバ−と心得ているようですが、それはドンピシャリ、大当たりです。ぞろ目の数は常に『神』に守られている数列です。これは単なる占いとか数秘遊びの類ではなくハッキリした根拠をもつものです、それを示しましょう。 ぞろ目の数列における隣り合った数の差を見て下さい、すべては000000‥であり、何処までも0が並ぶだけです。要するにすべては『神』に守られていると言えるものです。 ⋘ 0 ⋙は『神の数学』、及び「自然数学」では自然を創り上げている根元神を表すものとして大切に取り扱われているものです。『ひふみ‥』九九算表にもあるでしょう、最上と最下、そして最右、最左、常に現象界を取り囲み、万象世界(九九算の数)を温かく見守り、外界からの侵入を阻み、それらをガ−ドしているのです。   ( 0=宇宙鋳型、宇宙母体、宇宙を創り上げている神、∃(存在するもの)を表す)  とにかく数は「神の言葉」であり、それゆえ人間の言葉のようには嘘はつきません、常に真実を吐露しています。「数」を信じましょう。

304555:2006/07/22(土) 05:44:44
神の数学守護者様の《これらが数を通して『神』と会話している状態であり、『神』が数を用いて我々に真実を指し示してくれる現実の姿なのです。どんどん進めていって下さい、ますます面白い佳境に入っていきますよ。》という言葉に刺激されました。もう少し脳を働かせてみようかと思います。

ショーペンハウエルは、「外的世界は我々の心的表象である」と定義しているようです。
私たちは、数学で外的世界と内的知覚の間の関係を見出す可能性をもつことができるのでしょうか。
内的知覚と外的世界は、鏡像関係になっているのですか?
外的世界の表象は幾何学的には、0次元的なものは点であり、1次元的なものは線であり、2次元的なものは面、3次元的なものは立体であると言います。それに時間概念を加えると4次元的な世界ができあがります。4次元は時間概念が線のような状態、5次元は時間概念が面のような状態、6次元は時間概念が立体のような状態としてイメージできます。私たちが知覚している4次元世界は、時間の方向はプラス方向だけです。5次元世界は、、時間が循環している世界をイメージできます。死後の世界も含めて考えると、「魂の輪廻」ということでイメージできます。6次元世界は、どのようにイメージすればよいのか、まったくイメージできません。

305『神の数学』守護者:2006/07/22(土) 14:45:49
555>様に申し上げます、ショ−ペンハウエルは、「外的世界は我々の心的表象である」と定義しているとの事ですが、最近の数理物理学者は「物理理論により基礎づけられる物質世界ともう一つの数学的な真理の世界であるプラトン的な絶対世界の存在を位置づけているようです。その絶対世界は時間を超越した数学的法則によってきちっと支配されている構造を持っていると考えている。なぜならば、自然法則を深く探求すればするほど、物質世界は消え去り、結局、数学しか残らず、物理法則を深く理解すればするほど、ますます私達は数学と数学概念の世界に追いやられてしまうからである」‥‥ロジャ−・ペンロ−ズ(数理物理学者)と述べています。また、「数学で外的世界と内的知覚の間の関係を見出す可能性は」と言われますが、現代数学手法における位相数学、いわゆる「トポロジ−」という分野が今懸命に図形の示す空間的位置や図形の形の中に何らかの意味、真理があるのではないか、また図という象徴を通じて見えない精神世界を問おうと懸命に努力しているようです。 しかし、これらを突き詰めて見れば、結局彼等西洋学者は何も分からず詮索を続けるだけ、ただただ天を仰ぎ、地に伏して悶え苦しんで嘆息し、何一つ分からない、そして己の心と葛藤を繰り返し、それでも何らかの論拠を見つけるためにあの手この手を尽くしている現在です。それは彼等の手には結論づける自然の規範が何も持たない、確たるものと結論づける証拠は何も無いと言うことであり、問題の結論は永久にでないのではないでしょうか。 ショ−ペンハウエルにしろ、その弟子ニ−チエにしろ、あるいは論敵ヘ−ゲルにしろ100年以上も前の人で、この100年間議論は重ね、し尽くされ、それでも答を見ないのである。最早我々の出る幕はないも同然であり、私としても結論の出ない堂堂巡りは天命のロスと考えます(老い先の短いもので)。

306『神の数学』守護者:2006/07/22(土) 15:02:11
555様より現代科学の考える「次元」に関する論評が出ましたので、私なりに見出した次元の概要を申し上げたいと思います。これは私の資料から転載するもので尊称も丁寧な言葉遣いもありませんので前もってお断りしておきます。  ‥‥‥ ≪「ひとつだけ告げておきたい儀がある、それは何ら考えることも無い簡単で、形が美しいもの、それが自然が持っている本当の姿である。いや元へ、自然の持っている「当然の理」を示すものである。学者と言う者は自分達の持っている知識をそこに無理にでも当てはめ、なるべくその知識にそぐわうように解釈を進めようとしているので、事態はますますこんがらかって終始のつかない状態に陥っているのであり、、挙句の果てには複雑系だとか、カオス(渾沌)とか言い出し、自らを納得させているのである。アインシタインも言っているように「自然は単純を好み、そして美しいものである」と、自然とは膨大な無限の時を経て結果として今ここに存在しているものである。なぜそのようなものがますます複雑へと形を変え、カオスへと向かうと学者達は考えるのであろうか。本当は逆である、複雑、渾沌から少しづつ形を整え、明瞭な形、まとまった形へ、そしてより単純な形えと姿を変え、だんだんシンプルな美しいものに向かって歩を進めているのである。例えば、夜空の星々の一生、長い長いその生涯を見てみよう。ばらばらに大きな空間に散逸した無限量とも言える星間物質が回転しながらだんだん秩序を持ち始め、螺旋状に尾を引きながら纏まりをみせ、最後にはキレイな環となり中心を本体に円を描き始めるのであり、それから一点へ集まり最期の至高へと行き着くのである。すなわち、複雑、カオスから始まり、だんだん形を整えてシンプルにと向かっていくのが自然の本当の自然の姿である。私の言いたいのは人間の科学は間違っているものが多くある、例えの一つとして次元の問題がある。 科学は最高の命題として「四次元の世界」であるとか、「五次元の世界」を持ち出し、高次元と称し『神』の世界になぞらえ探索しているようであるが、それは大きな間違いである。最高の『神』の次元とは0次元であり、一次元、二次元と下るにつれて低次元となるものである。『神』を求めるなら四次元、五次元の世界ではなく、0次元、一次元方向の世界にそれを求めなければならないのである。その証拠に『神の数学』にあっては数列はみんな0次元へと靡き、0次元の方向へ向かおうとしている事実が見られるからである。まさに数は生きているのであり、まさに意志を持って何事かを示そうとしているものである≫‥‥‥。

307『神の数学』守護者:2006/07/25(火) 10:25:41

E様、どうですか。考えはまとまったでしょうか、最近は余りブログに顔を見せませんが如何お過ごしでしょうか。余り深く考えずに有りのままを見るのが宜しいと思います。いいではないですか、ありのまま、見たまま、考えたままの素直な考えを披露して戴ければそれで結構と思います。我々が小さい時から馴染んでいる「九九算表」です、誰も今迄に不審がるものもいなかったもの、それを突然考えて欲しいと言う方が無理というものかも知れません。 時間をとってゆっくり考えて頂きたいとおもいます。大いに考え、大いに頭を悩ます等は今の我々日本人にはとても必要なことです。小学校からただ教えられたことのみを丸暗記し、それを試験で試され、覚えていれば合格点を取り、優秀とのレッテルを貼られその後の人生が決まる現代、本当に必要であるべき知、自分で物事を考え、そして自ら結論を出すなどの本当の必要知は不必要とされている今の学校教育は、まさに糜爛の真っ只中です。これではどうしてこれから世界の国々と伍してやっていくことが出来るでしょうか、今後すべてに対し遅れをとることは目に見えています、どうあっても生と死をかける生存競争には勝てないでしょう。本当に必要な事は考える事です、そして自分の頭で新しいものを見出し、それを何処までも追求することです。そして自分自身がわくわくし、常に心をリフレッシュしていくことです。それにより、肉体はある程度の老化はしますが心は何時も若々しさをとどめておくことが出来ます。いろんな分野におけるそのような方々を見てみて下さい、なるほどと思うはずです。さて、本題です、私のほうは何時でも『九九算表』の示す物理的リアリテイをこのブログ上に載せることは出来ます、これは貴方様との会話から始まったアフェアです、貴方様がゴ−と言えば直ぐにでも出します、また今考えている最中と貴方様、もしくはどなた様かが名乗りを上げるなら、もう少し待ちましょう。 まあ、人生は長いのです、皆さんにも十分考えて戴き、そして楽しんでいけるブログ、大変興味をもてるブログにもって行こうではありませんか。

308弟子E:2006/07/25(火) 12:38:34
『神の数学』守護者さま。私なりに眺めていて気付いた点を書きます。

まず、0次元から9次元(0次元)まで、九つの数列がありますが、基本的には0次元から4次元までの五つの種類の数列しかないことが分かります。8次元は1次元の左右逆の流れの数列ですし、7次元は2次元の逆、6次元は3次元の逆、5次元は4次元の逆になっています。また、どこでも縦横3×3の升をとり、数を合計すると、全て0になることが分かります。0次元から9次元までの縦横9×9の升をとって、合計しても0です。また、0次元から9次元の升を、0を基点に9つに別けると、「3・6・0(9)」に囲まれた4×4の升が九つでき、各升の合計は全て0になります。また、0に囲まれた9×9の升を1ユニットとした際(人間でいうと一つの細胞と例えると)、ユニットを構成するあらゆる場所の数は、そのユニットの外側に、縦横(加え前後?)に別のユニットを構成すべく、0の壁を基点に合計が0になるような数を作り出すように見えます。1ユニットが生まれると、同時に立て横4つ(前後を含め6つ?)のユニットが生まれ、すると、またその4つ(6つ?)のユニットが新しいユニットを生むといった具合に。1ができれば外に8ができ、2ができれば外に7ができ、3ができれば外に6ができ、4ができれば外に5ができといった具合です。

しかしながら、良く分からないのです。結局、全てが0とも言えますし、全てが陰陽のバランス、その代謝にあるといっても良いかもしれません。一歩進んだと思っても、どこか別に一歩戻っている世界があるとも言えます。右に進んだと思っても、もう一方の何かは左に進んでいるとも言えますでしょうか。また、相手が8で来ればこっちは1で対応する、相手が7で来ればこっちは2で対応する、相手が6で来ればこっちは3で対応する、相手が5で来ればこっちは4で対応する、というのも何となく極意のような気もしてきます。また、「勝つ」とはどういうことか、結局、「生き残ること」ではないか、であれば、常に残さず、0に戻すのが極意のような感じもし、これまた、4と来たら5と為し、3と来たら6と為すなど。長生きの秘訣かもしれませんね。また、次元の問題も、点の0?を基に、我々が生きる世界では、線(1次元)→平面(2次元)→立体(3次元)→時間(4次元)の4次元宇宙が全てかな、とも思えます。例えば、5次元とは4次元(時間)の逆であり、6次元は3次元(立体)の逆であり、7次元とは2次元(平面)の逆であり、8次元とは1次元(線)の逆であり、そして、9次元とは0次元のこと、といった具合に。因みに、A3用紙に99×99までの表を作ってみました。すると、なるほど、こうやって空間は構成されているのかな、と何となく思わせるものでした。

まとまりませんが、思うところを書きました。そんな中、「さて私は如何に生きよう」と改めて考えさせられます。最後に一つ質問、なぜ「九九(くく)」と言うのですか?「一一(インイチ)」でなく。

309『神の数学』守護者:2006/07/25(火) 20:50:41
E様、レス有難う御座いました、なかなか鋭いエリアまで入っていますね。なかんずく99×99の方陣まで作ってしまったとは驚きです、私なんぞは18×18まで作って、あ、あとは同じと終わって知らん顔しています。その「99方陣」は大切にとっておいて下さい、これから必ず必要になる時がきますから。どうですか、その中を見て下さい、例えば「11次方陣」まで作るとそれは「2次方陣」の秩序を持った集合体、「12次方陣」は「3次方陣」の規律集合体から成っていることが分かり、その不思議さにわくわくしてくるでしょう。そこにある秩序正しい次元整列の姿、規律ある全体的な姿、まさに涙がこぼれるほど嬉しいものです。それらの事実は今の人類の誰も知らない事実であり、驚くべき真実を告げているものなのです。貴方様は正しい図形の姿で、正しい中心点をもつものを計算すれば、すべて答は0になると嘆き、0こそ極意ではないかと言いましたがまさにその通りです。量子物理学が論じているのは「宇宙定数は0である」、「自然の基本構造は0である」であり、しかし彼等は悩んでいる、何故0でなければならないのかと。この形、0とは「易」で言う『太極』であり、『宇宙の心』とも称されているものです。それはそのうちにお分かりになると思います。見るところ、貴方様は今の所「数」に翻弄され、弄ばれているようですがそのうち何かを見つければ数も貴方を信頼することになり、それも納まるでしょう。まあ、日中は額に汗して働き、自分の口銭はしっかり稼ぎ、夜を勉強に当てるべきですね。そして親、先祖に感謝の意を捧げるべきです、それが我々人間の本分であり、真正な者としての道です。すべてはお天道様が見ております、恐らく数にもそのあたりは分かっていると思います。なお、お尋ねの件、何故「九九の名」を日本だけが持っているのか?、についてはこれからの『九九算』の物理的解釈の答案本文中のNo⑧にありますのでお読み戴ければ事の次第は明らかになるはずと思います。

310『神の数学』守護者:2006/07/26(水) 22:26:23
大分議論も白熱し、皆さんも興味を持ってHP 『神の数学』・佐藤に注目されていようなので、このあたりでそこに記載されている『九九算表』の秘密、天の秘密を出来るだけ明らかにしたいと思います。ただ、これを完全に理解するにはその前の段階の『数』の仕組み、その本質を十分に学ばなければ「何故?」の疑問は何時までもついて回り、疲れ果ててしまうはずです。でも「何故」と言う疑問詞を発する、それは我々にとって常に必要であり、物事の発展には欠かせないものです。それが無けりゃ、日常は無味乾燥であり、恐らく人生も半端な状態で終わるものになるでしょう。『神の数学』を攻略する手は一つだけあります、このブログで疑問、不明、経過などをどしどし発表し、それを皆さんの直観力、洞察力で裸に剥き上げ、その理路を尋ねて正しい答を見出す、それが最もベ−タ−な方法であり、最短距離でもあると思います。恐らく、それは私にも大変参考になり、考えなければならない新たな問題提起の場にもなるはずですし、大変有り難い修練の本舞台にもなると思います。 さて、申し上げます、HP本文内では『九九算表』の秘密として「数理的な数の並び」の面からその内容の概要を出してあります、しかし今回は同じものを「物理的な表象の面」から考察し、答を出して見たいと思います。果たして鬼が出るか、蛇が出るか、開けてビックリの玉手箱になるのか、それとも単なる打ち上げ花火的に終わり、消えてしまうのか、それは私にも分かりません。どうか、皆さんで十分に楽しみながらご検証のほどを、!!。

311『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 16:58:29
≪ひふみ‥九九算≫の秘密(その一) さて、方々、HP『神の数学』・佐藤の冒頭から1/3くらいの所にある緑の数表、すなわち「ひふみ‥九九算表」(宇宙次元原理表)を覗いて戴きたい、これが今回の解明しょうとしている問題の『数図』である。日本中の誰もが知っている易しいものでありながら、誰も知らない難しい、そして不思議な「秘密の図」、それがこの数図に示す『九九算表』である。それは遥か遠く奈良時代前期あたりから我々の前に姿を見せ始め、ご存知のように「万葉集」の中でも八面六臂の姿をもって盛んに活躍していたのである。 私は『数』に教わりその真実を知っている、これは現代文明の始まる遥か以前に存在していた前代文明期の遺物知(カタカムナ文明期あたりか?)であることを、その後の未曾有の長い混乱期を経て再度現れたものである。それが超古代のある時期に日本から中国に移され『易』の始原となったのであり、それらの事情は「竹内古文書にしっかりと記されている通りである。しかし、その始原としての「形の場」はその後の日本民族の血の中にひそかに引き継がれて歴史の裏表に当然のように現れ、我々を引っ張ってきているのである。 見るがいい、世界の中で諳んじて日常に用いているのは日本だけである、アメリカあたりでは高校生、大学生だって知らない者が多い事を。 すべての国は以下同文である。 なお HP本文中では①〜⑧にかけて数理的な面からみたものを掲げてあるが、ここでは物理的な面からの解釈に変えて真実を究明しあなた方に伝えることにしよう。 この「九九算表」、それは確かに「10×10の方陣」の形を持っているものである。それを上下真半分のところで線を引いて戴く、すると上5段、下5段の二つのブロッが出来ることになる。まず上のブロックの数列を見て戴きたい、そこにある五つの数列は皆左から右へと整然とした流れ(小から大へ)を持っていることに気がつくであろう。次は下のブロックの五つの数列に目をやって戴きたい、それらすべては上のブロックと反対に右から左へと数列は流れ、しっかりとした秩序を保っていることが分かるはずである(これは上下の線で右と左のブロックに分けてもいい、どちらでも成り立つのがこの図の不思議である)。この図はまさにアインシタインが述べている「共変ベクトル(→)」と「反変ベクトル(←)の格好の図であり、彼は「すべての時空にはこの共変性と反変性が重なり、打ち消し合って不動の「絶対」と「無」を創り上げ、永劫の世界を保っている」と述べ、または現代宇宙物理学が論拠している「宇宙係数は0である」と述べているものである。試みにどのような方法でもいいからこの数図の中のすべての数を加算して見るがよい、必ず0の答が現れるのである。この図はまさにその「宇宙の本質は0である」との理論証を表すものであり、はからずもそれらの論証をそのまま裏書している唯一の「自然の描いた図象」と言えるものである。まことに『自然の知』の仕組みは偉大であり、とても「人知」は及びもつかないものである。その実相を知っている我々にはただただ驚嘆あるのみであり、もって畏敬をただただ感ずるのみである。

312『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:11:59
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その二)
今度は上記(その一)で引かれた『ひふみ‥九九算』の中心線を挟んで対峙している相対位置にある数を見て欲しい、なんとそこにある二つの数字は0(顕象)を創り上げるためのペア−である例の数字ども、(0と0)、(1と8)、(2と7)、(3と6),(4と5)、ではないか、すなわち、対極に位置することにより相対的な「0の世界」を構成する素因、要素数であり、それを構成しているあの数字どもの姿である。さて、二つの対となるべき数列が対極位置に位置することにより、果たしてすべてにわたり「0の世界」、すなわち『無仮(むげ)の世界(顕象)』が生じるものであろうか、それとも否なのであろうか、そのあたりを数に語らせよう。一番上と一番下の対極数列を加算する、0000000000+0000000000=0、上から2番目と下から2番目の対極数列∴0123456780+0876543210=0999999990→0、同様に、0246813570+0753186420=0999999990→0、∴ 0360360360+0630630630=0999999990→0、∴ 0483726150+0516273840=0999999990→0、何たること、いささかの差異すらも無くすべては「0 世界への道」をつくっているものであると「数」は語っている。何という簡単な「自然図」による真実の示しであり、「宇宙本質」の開示であろうか。日頃我々は数字を顎でこき使っている積りであったが、何のことは無い、真の数字の使い方そのものを知らなかったのであり、よって「数」は何も真実を語ろうとはしなかったのである。何たる事。昔の賢人の誰かが口にしていた「数字は神の言葉である」とは本当の事だったのであるな!。 しかし今は誰一人としてそれを知る者もなく、空ろな影を追い求めているだけである。ただただ世界中が現代科学文明の基礎フレ−ムである「十進法計算」手法に対して余りにも忠実であり、それに比例するように文明の混迷の度が増していくのには誰も気がつかず、ただ歩みを速めるだけである。

313『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:22:54
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その三)、
何とかもう少し「数」に語らせてみたいものである、そのあたりを少し交渉してみょう。エッ、何、中心線を中心に折り曲げて重ねて見るべし、なるほど、それにより表と裏にある数字は重なり、「表」+「裏」=0の関係になり、すべてにわたり「本性0」の存在になり、隠されていたすべての真実が明らかにされるのである。それが「本性の世界」、古神道で言う「表裏一体の世界」であり、現実を物語る「次元本質世界」の確かな姿なのであるか。なるほど、「表」「裏」の関係により同一体でありながら別々な世界を構成し、別々な二つの世界を合わせ持っていると言うわけになるのか。確かにスウェ−デンの生んだ大科学者スウェデンボルクは述べている、「あの世」と「この世」は別々の離れた世界ではなく、この世にピッタリ寄り添うもので、金貨の表と裏のようなものであると。なに、そうではない、そんな簡単なものではないと言うのか、ではそれを説明願おうか、我々は是非それを知りたいのである。何、それらは別々の世界ではなく、同じ世界として渾然一体となった同時的存在であると。されば、「裏の世界(あの世)」と「表の世界(この世界)」は同じ時空、同じ空場の中にしっかり同化同居していると言うのか、ただ「エネルギ−」の走りが相対的に逆になっているので目には見えない、耳には聞こず、全くの無仮無碍の世界を創り上げていると言うわけか。それは我々のこの空間においても無数のシグナルを持った電波、電磁波が同じ空間を共有し、「それぞれの世界」を作ってやりとりしているのと同じ構図をもつていると言うべきものぞな、なるほど、これは現代科学では語られていない大変面白く、かつ有益な『自然象図』の一つであるとな、大いに学ぶ必要があるような気がする、なるほど納得。

314『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:28:17
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その四)
もう少し「数」の言うことに耳を傾けてみよう。 何、「エネルギ−」とは陰と陽があって初めて実体化し、効力を発すると、「エネルギ−」はとはまるで電気や磁性と同じ性質、すなわち(+)(−)が同居し初めて『力』となり、感じられる実体、対としての力学体になると言う訳か。そして片方が無くなれば、もう片方も必然的に消滅してしまうと、なるほど。そう言えば確かに現代物理の最先端をいく「超ひも理論」でも自然世界は「実の世界」と「影の世界」の両輪ともいえる相対世界から成り立ち、一方が無くなれば残された片方も存在不能になり、消滅してしまうと物理の書に書いてあるが、あれも別々な世界が存在するのではなく同じ空間に別々に同居しているので、たとえ重なり合っても見えぬ感じぬと言う訳なのか。例えば『ひふみ‥』九九算表の冒頭の数列 0123456780 と対極関係にある最後の数列 0876543210 は加算すれば0になる陰陽の関係であり、それぞれ「実」、「影」の状態で存在しているのであり、それは丁度片方は鏡に映った虚像?とも言えるものなのか。それで本体の実数 0123456780 を消せば鏡の中の0876543210 も瞬時に無くなる関係にあるのか。それは単なる鏡の映像ではなく、鏡の中の影となるためには次元転換として180度(2直角)ひねって入り込む事が必要不可欠なのであると言うのか。またその場合、中心が大きな役割を果たすと、その実例は『ひふみ‥九九算表』の中に別な形でしっかり示されているはずであるから見つけるがよいと数は告げているのである、果たしてそれが分かるかな。いずれ説明することになるであろう。『中心』の概念、それは現代科学には全く欠けているものであり、それを見極め法則、定義を構築しない限り更なる進歩はないであろう。「中心の真髄知」、それは古神道から現れた『神の数学』のみが知るものであろう。また我々がそれを学び知ることにより未知の新たな領域をかいま見、それにより高いレベルからのフィ−ドバック・ル−プを知り、新たな「知世界」、斬新な手法をもつ「宇宙知世界」に入って行くことが出来るであろう。

315『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:33:32
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その五)
明治時代の神道界の大御所、今泉定助氏の説く、宇宙生成神である『天之御中主神』の姿そのものをこの図は表していると言ったら貴方がたは吃驚するであろう。彼はどう言う経路でその真実を見出し、それを口にしたのか誰も知らない、彼はそれを誰にも明らかにすることなく飄々としてあの世に旅立ってしまったからである。ところが驚くべし、その真実が今この古神道の極み『ひふみ‥九九算表』の中から現れ、我々に真実を語りかけようとしているのである。彼、今泉氏はそれを次のように述べている「結局、『天之御中主神』を分析すれば、一番外側を覆っている霊がある。その霊の中にまた二番目の次の『天之御中主神』があり、そうして三番目の『天之御中主神』、この中に本当の実体たる全一霊がある。一番奥の霊が全体を支配しているのである」。まさしくその真実はこの『ひふみ‥九九算表』の中にあるのであり、すべてにわたり数≪0≫をもって答えているものであり、流石は『ひふみ‥』神算である。お疑いの方はこの『ひふみ‥九九算表』の外側の四角枠、次の枠、その次の枠と、その枠内の数をすべて加算して見るがよい、すべては0になり、大団円を見るはずである。これこそ日本人が百年前に世界に先立ち見出した最初の「フラクタル」の原理であり、「フラクタル」の本質をあらわすものである。また、それを2番手としてそれを提唱したのが同じ日本人であるカタカムナの楢崎皐月氏であり、その「相似象」理論である。しかしどちらも顧みられることはなく、今は細々と民間に伝承されているだけである、何たる事、何たる国家的損失であろうか。すると私はその3番手であり同じピエロに成り果て、打ち捨てられる運命になるのであろうか、ハハハ― 。 まあ、それはいいとしてこの表は彼、今泉定助氏さえ見抜けなかったもっと奥深い自然の象の存在を我々に教えているものである。それは「この世」の外側には中心と同じ根元神である『神』が存在し、我々の「この世」を常に見守ってくれている、すなわち何層か重なった状態で丁度玉ねぎの皮のようにである。それをしっかり「数」達が示しているのである。また、その事実は彼の大哲科学者スウェデンボルクの著書にも示されているのには驚きである。かれは述べている「この世は広大無辺な空間の中に浮かんでいる球のようなもので、この球である自然界の周囲はすべて見えない霊界に取り囲まれている、そしてこの球の中にも霊界は浸み込んでいる」と。ではそのあたりの事を現代物理学はどう捉えているのか、それを量子力学で覗いてみよう。すなわち「量子力学では「あの世」と「この世」の存在は確認され、しかもその境界あたりでは「あの世」が漏れ出てきている現象がある、それが量子干渉であり、シンクロニシテイであると指摘しているのである」、「このように現代量子力学の目覚しい進歩は「死後の世界」の存在までも突き止めようとしているのである」。‥‥『ユングは知っていた』(コンノ ケンイチ著より、)

316『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:39:19
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その六)
現在の量子物理学では「我々の世界は10次元的構成になっていて、そのうちの六つの次元は折り畳まれコンパクト化され我々の目には見えぬ存在となっている、しかしその影響はあらゆるレベルでこの我々の世界に浸透している、それが自然界の力であり、素粒子の世代の出現である」、と述べている。『超ひも理論入門』(FD・ピ−ト著より)  驚いた事にそのあたりの事実が真実を突いている事をこの『九九算表」(宇宙次元原理表)』は開示しているのである。もう既にこの表を熟察し、すべての仔細を心得、知ってしまった方々もいるであろうが、念の為そのあたりを少し解き明かしてみょう。現代物理量子学と言う最先端の武器を手にして次元解明に取り組み四苦八苦している学者達に対して甚だ申し訳ないが、簡単なものである、よく見て戴きたい、「十次元」と「六次元」、そして「四次元」これがキイ−ワ−ドであり、そして「この表」が主人公である。まず、この『九九算表』の四つの左から右へと流れる数列、すなわち右へと走っている四つの数列、これが今の我々の住む四次元世界を表すものであり、我々が「現世界」と呼んでいるものである。 では物理学者が折り畳まれコンパクト化されたとしている「見えない世界」の六次元を探してみよう。何も難しい事ではない、そこにある最上端の数列 0000000000と最下端の数列 0000000000の二つ(見えない)、それに反対の流れを持つ中心線から下の四つの数列、合わせて6ヶの数列(見えない)、これが折り畳まれて見えなくなったとされている問題の六次元の姿である。何も別に難しい道理ではなく、図の示す如く至極簡単明瞭なものであろう、物理学者達はその真実を見つけようと懸命であるが、一向に手だては見つからないで難渋しているのである。この『神の数学』の凄さ、お分かりであろうかな。若し学者がこれを否定するなら、それは『九九算』の内容を否定し、その理由を明らかにしなければならないのである、ゆえに反論、否定をするものはなく、ただただ、無視するだけであろう。

317『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:47:08
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その七)
さあ、この秘密を打ち明けて最後にしたいと「数」は申している。その内容を私が噛み砕いて説明しよう、果たしてこれを理解できる御仁がいるかどうかが問題である。若しこれを理解し、納得出来れば、貴方は宇宙には大いなる意思が存在し、我らこの宇宙の住人に対して何事かを囁き、何事かを教えようとしていることが分かるであろう。大きく息を吸って呼吸を整えてから次の説明に耳を傾けて欲しい。それは現代の物理学者でさえ呆気にとられる途方もない「神のメッセ−ジ」と言えるものである。この『ひふみ‥九九算表』こそ大いなる大宇宙の設計図そのものであると言いたい、いや、別に気は確かであり、狂ってはいないからご安心のほどを。まず、説明を申し上げるので聞いて欲しい。 この図の上下にある0000000000の数列を重ねて欲しい、要するにこれは糊代であり、重ねて円筒形の筒を作るのである。次はその円筒形の筒をぐるりと円状に曲げ、右と左の両端にある0000000000の数列をやはり重ね同一化するのである。この見事に出来上がった超円筒体、すなわちド−ナツ形のもの、それが宇宙の形である。 それは現代物理学では「ト−ラス体」と呼ばれるもので、直角に交わり走る二つのエネルギ−(ト−ラス運動)により創られる、顕象としての構造体の姿である。 要するに両端に同じものを配置し、糊代として重ね同一化する、これ以上の素晴らしいアイデア、方法は無いであろう。これはまさに「神の智恵」であり、「神のメッセ−ジ」である。その詳細図、及び数による、そのエネルギ−の構成理論、それは『神の数学』の資料の中につぶさに数で記してある。何時でも提供するつもりである、宜しくご照覧下され。

318『神の数学』守護者:2006/07/27(木) 17:54:33
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その八)
そもそも「九九算」の『九九』の意味そのものが学者には判らず戸惑っているのである。『神の数学』を修めた者には分かるはずであるが、『九』とは『0』と同義語でそもそも『神』を示すものである、だから、九九算とは「神々の算法」と言うことである。今では1×1、1×2、で始まるが、その昔は9×9、9×8、九×7、‥‥で始まっていたのである。それを是非紙に書き出し、調べて戴きたい、そこに大きな数の理の秘密を見出す筈だからである、そこにこそ「数の秘密」は要約され詰まっていると言えるものである。 また形としては9×9、すなわち九九を最初に置くことにより、神を最上のものとして崇め奉る形をとったのであろう。明治の頃、「九九算」は日本と、中国のどちらにその始原を持つのかについて論争になったのであるが、結局は中国で出土したものが日本より古かったので中国が軍配は上がったのである。しかしかれこれの風土性をないがしろにしたもので、真実とは言えるものではない、彼の地は砂漠的乾燥地、それに対して日本は多湿多雨であり、千年も経てば埋まった木材は地に還るのである。最もいいのはそれはどれだけ歴史上の『形の場』として心に残され伝承文化として活用されているかを見るべきである。日本で生まれ育ったものは決して他の国では伝播しても、栄えることは無いものである。見るがいい、時代の初め、奈良時代の万葉集にある数多の素晴らしい使い方を、そしてそれ以降から江戸時代にかけての寺子屋に見る隆盛の有様を、更にそれから現代に至る世界一への道のりを、すべては日本にその始原由緒が存在したことを物語るものである。今ではアジヤを初め世界中が日本を見習い九九の習得を急いでいるではないか、アメリカ等では高校生、大学生でも九九算をあまり知らないのをご存知であろうか。『九九算』こそ遥か古代の祖(先史文明次代12000年〜20000年前)である日本民族の持っていた「宇宙叡智」の宝庫であり、『神々の悟り』を語る最大の『神の宇宙叙事数図』でもある。そして日本民族の見えない陰の血脈として古代以来常に我々を陰に日向に何時も見守り、そして導いて来たのである。貴方が日本人の血脈を僅かでも持っているなら、それを決して忘れないで欲しい。

319珪水:2006/07/28(金) 10:20:01
私は「神の意思」のような見えない世界からの強い働きかけがあって私(我々)の人生が左右されるということはありえないと思っております。私・自分の問題だと思っております、見えない世界にある膨大な情報のどれを引くかは自分の問題であり「神の意思」ではないと思います、又「神の意思」と表現されていますが「相似」でも「地球の型」と表現されても良いのでしょうか?うまく「相似」ができたとき、「型」にはまったときに自分にとって良いこと悪いことがおきるのでは?すべては自分の生き様であり「神の意思」によって人生が決まると言う訳ではないと思います、自分の生活が(人間という動物)地球の型(神の意思)から逸脱したときに悩みが深くなると思っております。

320『神の数学』守護者:2006/07/31(月) 22:50:30
≪ひふみ‥九九算≫の秘密(その四) 追加説明
≪ひふみ‥九九算≫の秘密 (その四)の内容につき、少々説明不足があり、諸氏を頭脳的に混乱させたことをお詫び致します。それは「鏡の中の影となるためには次元転換として180度(2直角)ひねって入り込む事が必要不可欠なのであると言うのか。」の箇所であり、もう少し詳細説明、補填説明をしなければならないものですが、本当の答そのものの真実は私も知らないのです。この事実は現代物理学でも説明不能であり、いわゆる「中心律、焦点」の問題です。そしてその理論的解明はまだなされていないものと心得ています。現実は簡単に表せます、すなわちレンズを通して遠くのものを見る、結ばれた焦点の先にあるものはすべて倒立状態にあると言う事実です。この『九九算表』の中心軸というものは、実際には焦点的な作用を司っているもので、中心軸を対称にこちらと反対側にある世界はすべて「相対的に180度逆転している世界」と考えてよいと思います。それはレンズを通して見た世界と同じで、現実に存在する世界でありながら、虚像的な不思議な姿を見せているものです。さあ、レンズを手に取って回りの景色を見て下さい、本当の景色でありながらレンズの中の世界はすべて180度逆転した世界です。何故焦点から向こうの世界は逆転世界なのでしょう?。なぜ焦点という中心を経ると倒立現象という不思議な世界に入るのでしょうか。?この「ひふみ‥九九算表」でも中心軸を焦点として同じ現象が起こっているものであり、その論理をこれから見出さなければならないのです。それと同じ現象が人間の体にも存在する事を貴方はご存知であろうか、すなわち右半身と左半身の神経はどこかで交差(焦点を結んで)して逆な状態で右脳と左脳に達します。すなわち右半分の経路は左脳につながり、左半分の経路の分は右脳で処理される不思議さを持っているのです。すると中心(焦点)の向こうにある我々の脳とは現実的な存在ではなく「虚的ともいえる不思議な存在」であり、我々の体の「ありふれた現実の存在」に対する「虚像状態にある神的な存在」といえるものです。だから不思議一杯に満ち、すぐれた考察、判断が瞬にして出来、あまつさえ『宇宙意識』とさえ交信出来るという超次元性を秘めた不可思議な存在なのです。私も一つ次元的なプロセス案を持っていますがそれは更に恐るべき非現実性のものであり、そのうちにいずれ諸氏に伝えたいと思います。さて「中心(焦点)」とは如何なる「神の作用」が働く場なのであろうか、誰か物理的解析学に堪能な方、優しい言葉で我々にも分かるように説明して戴きたい、これが私の悲痛な叫びです。

322『神の数学』守護者:2006/08/03(木) 23:41:51
319>珪水様、お久しぶりです。
貴方様のご意見 「私は『神の意思』のような見えない世界からの強い働きかけがあって私(我々)の人生が左右されるということはありえないと思っております」 確かに頷けることです。私も壮年までは同じ意見を持っていました、すべては自分次第である、運命なんて信じないと。恐らく混じりっけのない強い意志であったのは間違い御座いません、それが崩れ出したのは60歳あたりからで、ひときわ遺伝子DNAの研究が脚光を浴び始めた頃からです。そこにはこう書かれていました、人間一生の出来事はすべてDNAの中に克明に記されている、すなわち心臓病、癌、呼吸器疾患などの難病は何時発病するか、何歳で寿命は尽きるのかなどです。 それをいち早く察知したアメリカの医師団はまだ患者が子供時代に難病の遺伝子を操作し、その病因を取り除き始めたのであり、それが遺伝子治療といわれるものです。 なんせ、DNA に書き込まれている内容本文は優に百科事典1000冊を越える量と言われている、しかもその中の94〜95%は未だその内容自体皆目不明、何のために存在するのかさえも分からないものと言われているのです。 それはくすしくも、我々人間の脳は未だ3%しか稼動していないのと見事に一致しているものです。 ひょっとしてそこには我々個人の一生の出来事すべて、あらゆる個人情報が事細かく書き込まれている、いや、それどころか人類発生の歴史全体もそこにはあるかも知れないとさえ言う人もいます。わが国の遺伝子研究の第一人者 村上和雄氏は次のように述べている「そこに書き込まれているということは、誰かがそこに書き込んだものがいると言うことであり、するとそれは『神』以外には考えられない」と。やはり我々は『神』に牛耳られていて、『神』の掌からは逃れられないと言うのでしょうか、私は最近そのように思われて仕方がないのです。

323『神の数学』守護者:2006/08/13(日) 11:44:18
さてさて、如何したことであろうか、このブログから突然反応が消え、すべてはシ−ンと静まり返って何の気配も無くなってしまった、まるで打ち捨てられた世界のようである。恐らく鋭意「ひふみ‥九九算表」の検証に走り息をつく暇もないのであろうと善意に解釈しているのであるが、ひょっとして呆れ果ててて物が言えない状態にあるのかも知れない。 まあ、息抜きと面白半分で一つ「数の基本」の遊びを行ってみませんか、これは私の資料の中から引っ張り出したものです。よって尊称も丁寧な言葉遣いもありませんので前もってお断りしておきます。

≪我々の用いている数字とは人間がそれぞれ勝手に作り上げ、数を表す記号として重宝しているものである。 しかし本来は『神』が用いている真実の数字がある事に気がつかなければならない、それは象形文字の形であり、数を直感的に一目で分かる数記号である。 その正しい答とはサイコロに用いられている黒丸であり、それを並べて数を表すものである。原始的と感じるかもしれない、しかし最も神の目に叶っている数の表し方である、それを実証してみよう。易しいと感じるか、それとも奥の深い難しいものと感じるかはあなた方の感性次第であろう。 それには一つの規則がある、それは顕象法則として厳守されなければならない。 その規則とはその数の並びそのものは上下、そして左右の両方において鏡面対称性を持っていなければならないものである、すなわち上下関係で対称、なおかつ左右関係においても対称性(双鏡面対称性)を持たなければならないのである。 そもそも「神の数字」とは最も原始的な形を持ち、数の起源を示すもの、すなわち黒丸であり、数の「象形文字」と呼んでもいいものである。その基準性をかなえる1〜9までのサイコロ面を作ってみるがよい、果たして出来るかな?。 断っておく、現在のサイコロの面は恐らく西洋から伝わったものであり、見掛けだけのいかさまなものであり、対称性を持たず神の心に叶うものではない、恐らく古代日本のサイコロの面はその基準を満たしていたと思われるが、今となってはそれも定かではない。≫ さあ、考えて戴きたい。<ヒント> ◎ (それは1+8=9、2+7=9、3+6=9、4+5=9などの陰+陽がきっちり噛み合うものである)、◎ (3×3の黒丸である完成体 「9のサイコロ面」からどのようにして双鏡面対称性をもつ各数が飛び出してくるか?)、◎(それは「現代物理学理論」であるデイラックの「陽電子理論」、ボア−の「相補性の基本」、または最近取りざたされている「正孔理論」などを解き明かすものかも知れないものと考えられる) サイコロ面を使って考えて下さい、例えば1とは真ん中に凸が一つであり、他の部は凹が8ヶある、それと相棒の8は真ん中に一つ凹があり、他の8ヶは凸であり、合わさるとすべてが綺麗に嵌め込められ、何にも無い状態 0になると考えます。1〜9までのすべての数につき考えて正しい答を出して下さい。

326管理人:2006/08/13(日) 23:11:29
ホーム・ページ「宇宙巡礼」の掲示板は、藤原さんの読者や世界に散らばる知識
人が、時空を越えて集うバーチャルなサロンです。多くの人が藤原さんの「ヒン
ト」に触れるチャンスの場として、また各人の知性を共鳴させる場所として発展
させていきます。当掲示版は、藤原さんの著書に直接関係なくとも、藤原さんの
思想を縁に集う人々の知的サロンとして、質の高い内容の投稿やそれに基づいた
紳士的な議論は大いに歓迎されています。
掲示版はその匿名性からともすれば、荒れることが多いですが、その兆候のある
発言については、多くの人の目に触れる価値のある発言とは明確に区別した取り
扱いをしますので為念。

327『神の数学』守護者:2006/08/14(月) 10:15:21
326>管理人様
まことに相済まぬ事を書き込み、騒がしたことをお許し下さい。 私も別にそんな積りではなく軽い気持ちで図に乗って書き込んでしまいました、改めてお詫び申し上げます。出来ましたらこの「根本、珪水何でもコ−ナ−」の私のレスをすべて消し去り、お返しもうしあげたいのですが、寄る年波のせいで余り深い操作方法を学ばず、技術がウスッペラと言うことで消去出来ないのが悲しい現実です。まことに勝手なお願いでまことに申し訳ありませんがそちら様で操作できるでしょうか、出来ましたら早急に消去をお願いしたいと思います。もし、書き手の方でしか操作できないのならば、その方法をお教え下されば何とかやってみたいと思います、よろしくご指導をお願いしたいと思います。

328珪水:2006/08/14(月) 12:08:32
私は「…なんでもコーナー」ですので守護者様が気をお使いになられる事はない、が私の意見であります。又「神の数学」を学ぶことによりいろいろな事が解ってまいりましたが(例えばカタカムナ図象文字の解読のヒント・間脳幻想の中のフラクタル・黄金率のヒント等々)掲示板に(誰でも見れる)投稿する内容ではない様な気がしております、膝を交えてお話しするのが適当と思われます。

329管理人:2006/08/14(月) 13:44:00
『神の数学』守護者 様
 『神の数学』守護者 様の書き込みは、後世に残す必要のある貴重な内容であ
り、その書き込みを見て、発言にまではいたらないが真摯に考察を重ねている
諸氏が数多くおりますので、どうかご安心いただき、引き続き、後学の士に向け、
書き込みをお続けくださいますようお願い致します。
場の管理は、当方でしっかり行いますので何卒お気遣いなきようよろしくお願い
します。
なお、本来、秘伝の部類に属する領域の内容については、珪水さんのおっしゃる
ように、覚者どうしが膝を交えてお話されることが必要となる場合もあるかと思
いますのでこちらについてもご一考いただけたら幸甚に存じます。

330『神の数学』守護者:2006/08/14(月) 16:59:18
管理人様、珪水様、
寛大なお心有難う御座いました。お言葉に甘えてこのまま残させていただきます。さて、これからは質問、説明等は私の個人メ−ルを介して行うようにいたしたいと思います、考えて見れば内容も一言、二言では済まぬ重大なものであったのでつい長文になってしまい、まことに申し訳ないことをしました。 今後私を使い真実を求めたいと思われる方はここに私のメ−ル・アドレスを残して置きますので何時でもお尋ね下さり、談笑されることをお願い申し上げておきます。また必要な時はプログ上に呼び出してください、私も喜んで言葉をさしはさみ、歓談させて戴きたいと思います。

331珪水:2006/09/12(火) 12:21:30
最近 皆さんの便りを見る(聞く)につけ私にとって嬉しい便りになってきました、それは少しずつ現実を直視できるようになって来たからです。身の回りの整理整頓の賜物と思います、整理をすることにより自分の内、又身の回りの中の大切なものが意外と見つかるものです、少しずつ夢から覚め(覚醒)正覚(目ざめる、起きる)できますように期待をしております。夢(頭、カムカヘル)を形(現実)にする為には動く(労働)ことです、人生は「今」しかありません。恐れをバネにしてください、当っても砕けません、門は必ず開きます。

332根本敦史:2006/10/13(金) 13:33:53
ご無沙汰しております。つまらないことですが、少しだけ投稿させて頂きます。この掲示板をきっかけに珪水先生とのご縁を頂き、特に今年になって、色々とご指導を頂くわけですが、そうした中で、最近よく自覚してきたことについて、ここでは特に「癒し」について書いてみます。私にとって、最高の「癒し」は、勝つこと、つまり、思うところをこの現実でしっかりとかたちにしていくことだと、つくづく気付かされます。珪水先生のご指導のもと、整理整頓から始まり、掃除、洗濯、寝起きの仕方、食事のとり方など、衣食住にまつわる事細かな躾を受けるわけですが、これらは自分が癒されるため、つまり、勝利するための絶対的な手段であったのだと気付くのです。一昔の前の自分を振り返ると、この現実でしっかりと勝利を収めることができないが故、いわゆる宗教や哲学、音楽や文化、自然食や高尚そうな理論など、これらを悶々と研究し、すがり、そしてこの現実で勝てない自分を慰め、かつ、それをもって吠えまくっていたわけです。ここに来て、改めて目の前にはリアルな現実があり、その現実に積極的に働きかけ、何とか自分が思うとおりにかたちにしていく。そこにこそ自分にとっての絶大な「癒し」があることに気付き、何だか夢から覚めた気がするわけです。

333根本敦史:2006/12/14(木) 19:48:57
ご無沙汰しております。早いもので、もう年末でございます。この掲示板を通じた様々なご縁により、本年は大いに実りのある一年となり、感謝の気持ちでいっぱいでございます。仕事も一段落し、これから、一年間お世話になった方々への挨拶をしなくてはと思っています。最近は、藤原先生の著書にもありますように、やはり「賢く生きる」知恵をつけ、日々、気張らずに、淡々と確実に思いを形にしていきたく思う次第です。この掲示板上におきましても、振り返ると恥かしいことばかりでしたが、温かく見守って頂きましたこと、心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

334珪水:2008/01/03(木) 12:02:16
新年明けましておめでとうございます。皆様にとって子年が健康で良い年でありますようお祈りいたします。この「場」に集っている数人の方は私の与太話に乗せられ曲がりなりにも場の整理(風水)が出来、効能が現れて来ている様に見受けられます、次のステージはイレギュラーな生活からの脱皮でしょう。イレギュラーな生き方をしている人の口癖は「偶々運が良かった・悪かった」という言葉を好く使いますが、そうでない人は「運」というアヤフヤナ言葉とは無縁の「場」で生きております。どうか皆様も「運」に翻弄されない生き方を選択されることを望みます。

335管理人:2008/01/04(金) 09:07:38
珪水さん、明けましておめでとうございます。

昨日1日かけて漸く仕事部屋の大掃除が終わりました。掃除などについて珪水さんに色々と教えていただいたお陰様で、仕事運が相変わらず順調です。尤も、最近は海外からの翻訳会社が三分の一以上を占めるまでになり、大晦日は台湾の翻訳会社から当提出の仕事の依頼が来たり、2日と3日にはヨーロッパの翻訳会社数社から仕事の依頼が舞い込み、現在四苦八苦しております。それにしても、ほんの3年前は大晦日や三が日に仕事関連のメールや電話が来ることは皆無だっただけに、昨今のインターネットの普及振りを肌で感じると同時に、翻訳の世界もグローバル化していることが実感として分かります。

ところで、珪水さんとは1年近くお会いしていませんので、今年上京されましたらお声をかけてください。

では、今年も珪水さんの掲示板でのお話を楽しみにしております。今年も宜しくお願い申し上げます。

336珪水:2008/01/04(金) 13:31:51
管理人様 今年もますます良い年でありますようお祈りいたします。今月20日前後に上京したいと思います。私も今年還暦になります、このぐらい生きますとなんとなく世の中の仕組みがぼんやりですが見えてきます、正月からドギツイとは思いますが外国の古い格言で「豚に歌を教えようとするな。時間の無駄だし、豚も不愉快だ。」という格言です、やっと意味が解る歳になりました。振返って思いを巡らすに私のために相当数不快な思いをされた方々がいらっしゃったなーと、「不遜」な自分に気が憑く歳であります。

337尾崎清之輔:2008/01/04(金) 15:01:22
珪水さん、新年あけましておめでとうございます。
久しぶりに書き込みを頂きまして、誠に有難うございます。

珪水さんのNo.334の書き込みを拝読させて頂いて、実は次(今年)に小生が実行しようと考えていたこと、つまりイレギュラーな生活からの脱皮、を読み抜かれてしまったようで、少々恥ずかしく思いました。

それなりにとは申せ、昨年暮に少し「場」の整理が付いた段階で一年間を振り返りましたところ、このイレギュラーな生活についても思い直し、それと呼応するが如く、小生の旧友で、つい数年前まで、小生とは比較にならないほど相当イレギュラーな生活を行っていた一人(旧友自身その後いろいろとあって現在は漸く地に足が付いた)から、はじめて窘められる大変有り難い一言を頂きました。
小生が立ち上げさせて頂きました別のスレッドで申し上げましたように、昨年暮れから更に必要なもの(存在)と不必要なもの(存在)も明確となってきており、今年は季節の節目に呼応するように、まずは早々にそれらの清算と、自らの内および身の回りの本当に大切なもの(存在)の発見、そして次のステージに向けた展開、と段階を追って実行していく所存でございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

338根本敦史:2008/01/05(土) 12:12:44
あけましておめでとうございます。どうぞ本年もよろしくお願いします。珪水様の格言、厳しいですね。何とか「ヒト」として生きたいものです。併せて、今朝、テレビで奈良の長谷寺の十一面観音像を見ましたが、なるほど、相手によって様々な面をもって接する必要があったのかな、などと思いました。豚には豚との接し方(面)がある、でしょうか。

さて、イレギュラーのない生き方、心がけます。しかし、なかなか難しいですね。何がレギュラーで何がイレギュラーなのか。皆が彼ら自身ではレギュラーだと思っている生き方をしていると思います。でも、その生き方が本当にレギュラーか否か。そして、それは何に対してレギュラーなのか。その判断には確かなる目的と「モノサシ」が必要ですね。宇宙、地球、生命がいかに生まれ、そして、如何に進化(?)、若しくは、代謝してきたのかを知ることで、初めて、たった100年ではありますが、この私自身の人生を恙無く、存分に楽しむことができるのかなと思ったりしています。するとやはり、物理、生化学、量子などを学ばなくてはなりません。この人生のルールを学ぶことで、はじめて自由になれる気がします。こうしたルールに独り気が憑けば、独り元気になる、でしょうか。すると独り勝ちですね。

339珪水:2008/01/05(土) 16:03:27
昨年8月ぐらいから我が家の水道水がニッチモサッチモ行かないほどに使い物にならなくなり(私の地域の水道水は全て劣化した)洗濯物は塩素でガバガバニなり良質の睡眠が取れなくなりました、久しぶりに先に向かって不安な気持ちが湧き上がり途方に暮れた。(因みに私の家の水道水は根本さんもご存知ですが今まで人間が作り出した浄水器は全て使用し試しそれでも駄目で自分で浄水器の部品を集め自家製の浄水器を作り何とか洗濯出来る水を作っておりました、水に関しては異常な執着を持っております、この水が使い物にならなくなったのですから不安を通り越し移住を真剣に考えました、この地域に住んでいる人々は何の疑問も持たず生活をし、日々格差に怯えながら底辺に喘いでおり社会・政治・世の中の流れが悪いといって妥協をして生きている、私は何時も言いつずけて居りました「水が悪い」この水を使いつずける限り安眠が出来ないから明日に向かっての活力は皆無であると、本当のことを教えれば教えるほどに嫌われ互いに不愉快な思いになりました)移住をするにせよ今すぐという訳には成らないので毎洗濯ごとにミネラル水2ℓ×100を購入し洗濯し凌いでおりましたが(常軌を逸しておりますね、自分で洗濯しながら「これから日本はどこに行くのだろう」と、情けない気持ちになりました)一月ほどたったある日水道水で顔みねらるすいをあらって見たところ劇的に水が変わっておりミネラル水以上良質の水道水になっておりました、この家に移り10年になりますが初めてお風呂に入ることが出来ました、私の人生の中で最大の見えないものからの贈り物と思っております。私の家だけ水が変化しております、私も師匠から「水は各家庭みな違うのだよ」と聞かされておりましたが、同じ水道水が各家々で変わるわけは無いと、水源水質は同じで変わるとすれば配管の新旧であり「質」は変化しないと思っておりましたが私の目の前の水が現実になるとは・・・今までトレーニングをしてきた大半の知識は間違いであった、占術の世界では質(男・女・宿命・等等)変わらず、格(上下・運命等など)は変化する、との教えでありましたが根本から違ったのです。このひと月ほど死に物狂いで洗濯をしておりましたがこの過程の中で今、考えるとレギュラーな生き方をしていたのだと認識をいたします。何がレギュラーで何がイレギュラーなのかはあなたの家・マンションの水道水が清い水に変化し継続したときの生き様がレギュラーな生き方であります、浄水器・ミネラル水に頼らなくとも又洗濯する時に洗剤を使わなくとも綺麗に軟らかく仕上がる水になったときです、そのときがレギュラーです。理屈じゃない・理屈で水の質は変わらない・人間が理屈で作った浄水器は60万円ほどの器械で3から4日でもとの水の質に戻ります。

340珪水:2008/01/05(土) 16:08:59
「水道水で顔を洗ってみた」です。

341尾崎清之輔:2008/01/05(土) 18:59:20
小生の修辞学や論理学などを含めた教養の欠如が顕わになるかもしれないことを覚悟の上で、申し上げさせて頂きたいと思います。
珪水さん仰せの『水』へのこだわりにつきましては、小生も若干認識しておりまして、単独では非常に不安定な『水分子(H2O)』が、クラスターとしての集合体になったとき、またはそのクラスターの大きさの違いに従い、独特な特異性を持つと言われております。
もちろん、熱量、圧力、磁場などによる水の『相転移』も見逃せませんが、それ以上に、目には見えない(または認識されることの無い)何かが働く、いや何かのエネルギーなどという一言で言い表せるようなものではない、そんなとき本当に言葉の無力を思い知らされますが、No.331、No.334、No.339あたりで珪水さんが仰っておられるところの通底に存在している重要性が小生なりに少し分かった気が致しました。

342尾崎清之輔:2008/01/05(土) 21:06:12
申し上げるまでも無くと思いましたが、No.341において小生の言葉が不足しておりましたので1点補足させて頂けますと、この『水』が人体の6割から7割程度を占めていることを考えるならば、そこに共鳴場や共鳴力などが働くのは十分有り得ることと思います。

343根本敦史:2008/01/06(日) 09:12:23
イレギュラーのない生き方をすることで、水の質がそこまで変わるのですね。そう言われてみると、年末、軽い二日酔いであまり気分の良くない状態のまま洗濯をしたら、洗濯物がどうしようもなく硬くガサガサに仕上がってしまったことを思い出しました。イレギュラーのない生き方ができるよう、イレギュラーをもたらす原因の排除が大切ですね。それには、躾とケジメ、加えて相当な感受性が必要かもしれません。イチローではないですが、生活の仕方一つ一つにこだわって、自分なりのゲン(縁起)かつぎも手かもしれません。蛇足ですが、珪水さんも良くご存知のことと思いますが、京都の鴨川上流で、その水源を守っているというある寺に行ったことを思い出しましたが、水を守るとはどういうことか、何となくイメージができます。何とも尊いことですね。

344珪水:2008/01/06(日) 09:59:10
さすがこの「場」に集う仲間ですね、眼の付け所が良い。教養・・・№、116いいですねー 大好きですwin  私の勝利の方程式(ストレスに打ち勝つ) 目標を決めたら決して「妥協をしない」勝つまで何年かかろうと(自分とも妥協をしない)妥協をして生きている限りストレスが溜まり「うつ」に成り決して勝利は訪れない。例えば私が「対 人」に妥協をします、妥協をしますから私はストレスとなり「対 人」とは妥協をしませんから勝利者となりストレスとは無縁の生き方になります、私はストレスとは無縁のテッペンの生き方を目指しておりますので(妥協のしない生き方)常にストレスの塊であります。

345珪水:2008/01/06(日) 10:30:29
この場に集う人の大半の本質は妥協をする生き方とは無縁の方々と思っており私と近似しており群れることが苦手の人人と推察されます、ここで話題になった「小泉純一郎」も本質は同じ仲間であり郷愁が湧きます、妥協をしなければストレスの固まりとなりこのストレスが活力の源泉となり勝利者に導いてくれるのです。ストレスが蘇生の遺伝子を「On」にするスイッチであり妥協が崩壊の遺伝子を「On」にすると確信しております。

346管理人:2008/01/06(日) 10:44:47
別スレッドでイチローが話題になりましたが、普段はテレビを見ない小生が2日にテレビをつけてみたら、偶然ですがNHKが「イチロー・スペシャル」を放送していました。そして、画面の中に一人の求道者を見た思いをしたものです。以下のURLにも書いてありますが、昨年(2007年)のシーズンは、イチローにとって大きく変わる第一歩を踏み出したシーズンでした。つまり、重圧(ストレス)に向き合う姿勢、が2006年以前とはガラリと変わったということです。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/080102/index.html

なお、うろ覚えですが、同番組の中で続編の形で今月の22日か23日の夜10時頃にイチローを取り上げるとのことです。ともあれ、藤井先生のイチローに注目しようという発言があったこともあり、「ストレス」をキーワードに間もなく放送される続編を見たいと思います。

ところで、珪水さんは1月下旬に上京とのこと。残念乍ら、桜が咲く頃までは仕事部屋に缶詰状態になっていますので上京は叶いそうもありません。また、春先にでも本掲示板に集う仲間と一緒に語り合いたいですね。今から楽しみにしております。

347珪水:2008/01/07(月) 20:41:57
ずーっと以前ですが私の師匠の一人が、お前の良いところは一つだけだ、日本人の最も苦手とする「 待つ 」事にかけては抜きん出ている、時間(間取り)の捕り方が巧い。と言われたことが有りますが、今になって解ります。ウサギと亀の物語です、ズーット師匠達のパシリでしたが(今もそうですが)大方の師匠はリタイア(御隠れに)され私に背を見せて居る師匠は一人だけとなりました、自己管理をし長生きさえすれば、それぞれの世界で黙っていてもトップランナーになるのです。

348珪水:2008/01/07(月) 20:59:48
347の 背を見せている師匠は今年98歳です、全くボケておりません。私が見る限り60代後半です、彼女に会いに東北からバスで九州までゆき逢引きしております。私の計算では108歳までこの調子だろうと思います、適いません。還暦の私に向かって「やっと小僧の修行が終わり、これから経済に進め」と・・・・

349尾崎清之輔:2008/01/08(火) 00:24:51
最初は『教養と場創り』のスレッドへ投稿しようと思いましたが、珪水さんのNo.347とNo.348の内容が、小生が先に『教養と場創り』で申し上げたかったところの行間や、書いていなかったことは勿論のこと、何と暗黙知レベルのことまでズバリと言い当てられたような気が致しましたので、敬意を表する意味で、こちらへ書き込みをさせて頂きます。

珪水さんは、ご自身の師匠の一人から、『日本人の最も苦手とする「待つ」事にかけては抜きん出ている、時間(間取り)の捕り方が巧い。』と言われたことが有るとのことですが、これぞまさしく『自由人』の生き方であり、時間を支配できる(自由にできる)者が『自由人』であるならば、時間に支配される者が『奴隷』であるという意味では、残念ながら多くの人間は後者に分類され、いくら高給取りであろうとも、例え誰でも知っているような大企業のトップであろうとも、その『後者』たる本質に全く変わりは無く、小生の少ない経験や体験からしても事実その通りであると思いました。
従いまして、珪水さんの師匠の一人の生き方や生き様は、個人レベルでまさしく敬服に値すると考えます。

(以降につきましては『教養と場創り』で行わせて頂きます)

350珪水:2008/01/17(木) 16:58:21
上京するにあたり何人かの人とお会いすることになろうかと思いますが以前「条件」について触れたと思います、絶対・必要条件を質問しますので調べておいてください、宗教・占術・風水等々基本です。今皆さんがどの様な境遇(成功・不成功・幸せ・不幸せ・健康・不健康・お金持ち・貧乏等々)に居られましても、そういう条件の下に居る、又自らそういう条件を満たしている。お会いすることを楽しみにしております。

351根本敦史:2011/11/04(金) 13:04:21
皆様、ご無沙汰しております。過去のスレッドを観ておりましたら、私が初めてこちらに投稿したのが2005年1月6日、早いもので、あれから7年近くになります。読み返してみると、「烏」というハンドル名から始まって出鼻をくじかれ(笑)、その後も何とも恥じ入るばかりの内容でしたが。

さて、先日、香川県直島に行ってきました。ここのところ、出張が続いていて、東北も含め、各地を転々としているのですが、ここ直島に一晩泊まり、改めて、自分のゆとりの無さに気づかされました。時間がゆっくり流れるのです。

書くまでもないですが、3月の地震以来、押し寄せる津波や余震、そして、全国に飛散した放射能のことで、生きるので精一杯、本当にゆとりがなかったなと思うのです。有難くも、藤原先生、そして、この掲示板での珪水さんとのご縁のお陰で、衣食住の整理整頓で、何とかバランスをとっているものと思っておりましたが、まだまだ正常には程遠いのです。

352根本敦史:2011/11/04(金) 13:06:21
こうした環境ですので、やはり従前にまして、心身を健全に保つのが非常に難しいです。だからこそ、先ずは、自分自身の健康を修めないと、ただでさえ愚鈍の身、社会になど貢献できないなと、心底思う次第です。

振り返れば、2005年当時よりも、仕事の面では、お陰様でだいぶ落ち着いた状況(ポスト、収入)にはありますが、これまで何を頑張って来かたと言われれば、珪水さんから言われた衣食住の整理整頓だけ、別に仕事など何一つ頑張ってなかった訳です。それでも自分が変わると周囲が動くのですね。

そんなことで、ここ5〜6年の(ちっぽけな)私の経験上、前人未到の放射能さえ降り注ぐ今だからこそ、衣食住の整理整頓で心身を健全に保つことが重要だなと思うのです。珪水さん曰く、健全な肉体に健全な精神が宿る、でございます。

飯山さんの乳酸菌も一つかも(鴨?)しれませんが、日々の生活の中で、皆さん、どのように対処されておりますか?

353珪水:2011/11/04(金) 18:53:37
久しぶりにこのコーナーが出てきたのでおさらいの意味で投稿します。根本さんの言うように「こうした環境です」乳酸菌の情報も皆さんに届いていると思いますが乳酸菌を活性させるためにはある一定の温度が必要でありその温度が保っていないと腐敗菌に変質します、人間の腹の中は外側で実験しているようには上手く行かないと思っています。飯山さんのような(お会いしたことは在りませんがインターネットの情報から推測するに精神が前向きで明るく、よく体を動かし、大気を腹いっぱい取り入れよく寝ているように推測されます。)心の持ち方、乳酸菌を信じる思い、体の使い方をシテイナケレバ乳酸菌がどっちを向いていくかわからないと私は思っております。また飯山さんはそういう人だから当然腹ができている(温かく菌が活発に動いている)だからあのように元気であるし体に余裕があるから優しさも出てくる。と私は思っています。そこで腹のつくり方を(温め方)これから皆さんと一緒に考えいていきたいと思っています。腹が冷えていると(できてない)余裕がないため優しい気持には決して成らない。これ、本当です。後で詳しく書きますが祈り(神に対する)は、感情です、感情は腹から湧いてきます、腹をつくれば当然よい祈りが淀みなく湧き出てきます、冷えてればこの逆です、神は祈りを必ずかなえさします。人生の成功は腹しだいです、すべて自己責任です。神様(宇宙)は公平です、わけ隔てなく私たちの腹を具現化してくれています。さあ皆さんと一緒に腹作りをしましょう。

354根本敦史:2011/11/04(金) 22:30:30
珪水さま、ありがとうございます。

実は乳酸菌は我が家でも自作しました。確かに、この乳酸菌、すぐに味や匂いが変わります。特に、私が作ったものと、かみさんが作ったもので、同じ方法で作ったのにも関わらず、全く味や匂いが違うのには驚きました。微妙なものなのですね。

と、なるほど、腹については、気を付けなくてはいけませんね。確か亀山さんの投稿で、藤原さんが「ビールは庶民の飲み物だから飲まない」と発言されていたと書かれていたと記憶しますが、正にそのとおりですね。ビールじゃ腹が冷えて堪りません。とは言え、そんな有難いサインが出ながらも、ついさっき、囲碁の後に、ぐびっと一杯やってしまった自分に呆れます。頭が上がりません。

しかし、珪水さんの文章を読むと、何故かほっとします。何故かではないですね。腹が温かく、故に優しさがにじみ出るのですね。

355根本敦史:2011/11/05(土) 09:08:38
おはようございます。

腹をつくる、これがなかなか難しいですね。どうしても冷えている自分では、なかなか自分が冷えているということに気が付けません。きっと、自分の言動を客観的に視るモノサシ、基準が必要ですね。ふと不安になるときなど、「あ、腹が冷えているんだな」といった感じで。

思い返せば5年以上前ですが、珪水さんに言われ、訳もわからないまま整理整頓を始めた訳ですが、今から思うと、あれが腹づくりの基本だったなと思うのです。

自分とは何かを考えさせられますが、思っていり以上に、自分の肌の外側のあらゆる世界と繋がっており、その影響を受けているんだなと驚きます。

自分の身の回りが雑然としていると、それに直に引きずられ、本当に必要なサインに気が付けないのです。

そんなことで、冷えた腹も冷えっぱなし。これでは放射能時代は息抜き難いかもしれませんね。

357ヒロイエ:2011/11/05(土) 15:24:44
もともと短気なもので、書き込みができす失礼しております。
根本さんご無沙汰しておりますが、ご活躍の程拝見しております。
この度申し出ですが、厚かましいかもしれませんが
よろしくお願いします。
本来、私の実家には相当のスペースがあり、頻繁に戻れるのでしたら
対応も考えましたが、1年に2土程度しかmどれない状況では
対応ができません。

今秋の申し出は、よろしく甘えさせていただければとおもいます。

あすは、部屋のまた整理です。

359珪水:2011/11/06(日) 07:43:29
五行の木は肝・胆に配当されており怒り・魂が弱る・現象として体に現れるのは・爪・眼の疲労・また怒りを現す。五行の世界ではこの現象を見てこの現象の対処をするのではなく,潜象に対処します。私であれば、例えばパソコンを見て目が疲れるのであれば先ず短時間冷やします、次に電子機器を身の回りからとうざけます、次に当然「イライラ」していますから気をそらします、それから腹に手を当て「カシラ」の暴走(好みに耽る)の許しを請います、それから腹の落ちつく(この場合酸っぱいものや鶏とか韮とか木に良いもの)消化のよい食事をとり、「怒りを鎮め」よく睡眠をとり「生気」を蓄え腹を温め腹を収めます、このような思考パターンが日本の躾であり、宇野多美恵さんが言っていた「感受性について」です。

360珪水:2011/11/06(日) 08:48:38
今、日本は「こんな環境です」極陰の大気です、腹は必ず冷えます、この状態が「常態化」すると「感受性が希薄になります」怒りを表すこともできなくなります、ようするに無感動の状態になります「ゾンビ」です、自分の頭で判断できなくなるのです、誰かのコントロール下に入らないと生活ができなくなるのです、まだ怒ったり・頭の来たリ・泣いたり・笑ったりしているうちは自分で自分を救えますが、、、、、、博士にしても「まだ目の痛みがあるうち」は心配ありませんが、、、、私と宇野多美恵さんの縁は博士がご存じと思いますが「感受性に関しては」私は突出しています、体が精密なセンサーに成り過ぎています、そのことを宇野さんは天才と「相似象」に記しましたが、私はあまりにも感じすぎて普通の生活が大変なので「私の場合天才でなく天災のほうです」とよく話したものです。ですが「こんな時代になると」この天災が役に立ち始めています、いつ・どこで・何を(洗剤・食品・衣類・寝る向き等々)如何するかが生命のエネルギーにとって非常に大切であるか?がすべての人間にとって「必要である」時代に突入したということです、根本さんは私の東京でのショウウインドウです、躾を真面目に学ぶことにより皆さんが知っている根本さんは此処には居ません、躾というのは感受性を鍛えることなのです、聖人君子に成れというものではないのです、感じる事が出来る「カシラ」を持つことなのです。

361珪水様の足軽:2011/11/06(日) 11:40:09
胃に優しく消化の良いものを食するように心がけています。
ミルミル元気を取りしました。夫婦仲も改善され先が見えるようになりました。
まだまだ、「かしら」の中身が軽く実りが浅い為「かしら」を下げれません。
まずは、整理、整頓、風通し、異臭を出さず健康第一、充電睡眠を心がけて行きたいと
思います。先ずは軽くジャブ程度。初陣ご挨拶 宜しく。

362珪水:2011/11/06(日) 11:55:49
今年八月末福島市から友人が北海道旅行のついで?に私を訪ねてきました、私が友人を見て驚いたのは「顔の表情がない」喜怒哀楽が希薄になっていることでした。かなり自律神経が参っていました、色々な心労と体温の(腹)低下により食べ物の消化に要するエネルギーが大きすぎ「食べる度に疲れる」という悪循環に成っています。食事はすべて火を通し消化を良くし、陽のものを食べていただきましたところ夫婦そろって笑って「家内と一緒に食べて笑ったことはここ最近記憶にないと」

363珪水:2011/11/06(日) 12:08:43
いつも出入りをしている金融関係の人ですが、口の口角が切れており病院に何年もかかっつているが良くなったりの繰り返しことと、そこでアドバイス「飯を食う時、正座をして必ず戴きます、ご馳走さまをと」一週間で薬と縁が切れました、この方は上の前歯の神経が治療をして切れています。

364珪水:2011/11/06(日) 12:41:28
錬金術・また原子転換という言葉がありますが、私の解釈はエネルギー(気)は正も負もない「その気を使う人しだい」と云うことです、そこで私はここ一番のときは(体に負荷はかかりますが)怒り・嫉妬など妄念盲憎を心の中でつくります(私はこっちのエネルギーを集めるのに慣れている)そしてそのエネルギーはすぐ集まり気がいきり立ちます、そのいきり立った気を素早く(本当に素早く)私の目的に合った気に変換します。

365根本敦史:2011/11/06(日) 14:05:03
ヒロイエさん、お久しぶりです。そして、珪水さんには足軽さんもいらっしゃったのですね。私は珪水さんの東京のパシリをやっています(笑)。

先日、都内の某名門ホテルで数人で食事をしました。ですが、どうも店に入った時からいつもと雰囲気が違うのです。何か雑然としたザワザワした印象を受け、案内されるまま席に着きました。ぱらぱらとメニューをめくりながら、あまり気が進まないままオーダーしたのですが、案の定、これまで自宅で会話していた時のような笑顔で和気藹々の雰囲気が一変し、どうも会話がちぐはぐで、終いには友人の眉間には皺が寄る次第。そして、ほぼ無言のまま出された料理を頂いたわけですが、高いお金を出して頂く代物ではなく、とても寂しい気持ちになったものです。このホテルでこんな状況です。東京の他のお店も推して知るべしで、本当に気を付けなくてはいけないなと思いました。涙が出ます。大概、無言になりますね。気を付けないと、そんな些細なことが不仲の原因になったりします。ただ食事が合わなかっただけなのですが。

366根本敦史:2011/11/06(日) 14:22:52
珪水さんのお陰で、幸か不幸か、私も大分敏感な体になってしまいました。仕事柄、どうしても出張が多く、やむ得ず自分で選べずに安価なビジネスホテルに泊まったりすると、どうしても寝つきが悪く、次第に、喉は荒れてくるし、鼻水が止まらなくなります。大概は1泊か2泊ですので、それでも何とか拗らせずに東京の我が家に戻る訳ですが、ガラガラと戸を開け家に入り手を洗った瞬間に、これまで詰まっていた鼻が一瞬で通りはじめ、一晩もすると喉の痛みも回復するのです。これが私にとって本当に幸せなのかどうか時に分からなくなりますが、やはり安心して眠れる「家」があるということに感謝せざるを得ません。あらゆるホテルの致命的なのは、床が絨毯であるので水拭きができず、どうも対処のしようがないことと、下手をすると、部屋の片隅にご丁寧に消臭スプレー(○セッシュ?)などが置いてあり、その科学的な香料の匂いが充満していたりします。悪臭に対してよりきつい香で上塗りして収めようという魂胆なのでしょうが、その強烈な香料で分厚くコーティングされたあらゆるベタベタしたシーツ、棚、カーテン等の空間に閉じ込められ、困ったことに窓さえ開けられず、よく茫然自失するものです。雑巾にバケツを持って、昔当たり前にやっていた本当の掃除の仕方をすれば、それこそ経済的ですし、体も楽なのですが。これには本当に参ります。

367根本敦史:2011/11/06(日) 14:44:39
珪水さんが「別人」と書かれましたが、それこそ6年前の自分と今の自分は何が変わったのだろうと少し考えてみました。何度も書いているとおり、本当に衣食住の整理整頓しかしていないわけですが、私を取り巻く環境、特に、仕事(収入)や対人関係が、その結果として大きく一変しました。一つ言えることは、その衣食住の整理整頓のプロセスにより、(勿論、教えてもらっているという意味では珪水さんに大きく依存しているのですが、)他者や社会に依存しなったということです。つまり、自分の衣食住環境(原因である自分の腹)が変われば、私の周囲で起きることが変わってくるということを、経験を通じて学んでいるので、あらゆる周囲のネガティブな干渉も、他者を変えることでなく、自分自身を変えることで対処できるようになったということです。これは、ある意味とても生きやすい生き方だと思っています。いくら社会が悪い、相手が悪いと外から吠えてみたところで、直接私の方から他者である外部にアプローチをすることはできませんので、であれば、自分自身を整えることの方が、数倍もエネルギーが節約できるのです。実際、自分自身を変えてみると、確実に相手方も変わってくるから不思議です。私としては、はやく自律できるようにならなくてはとも思うのですが、そこはやはり先生に敵う訳はありません。有難いお陰様に感謝しながら、自分のできる範囲のソウジをしていこうと思っている次第です。

368根本敦史:2011/11/06(日) 15:04:11
上記、脱字がありました。「他者や社会に依存しなくなった」です。私の何が変わったか、それは、他者に依存せずにあらゆる問題を、他者が変わるのを待つのでなく、自分自身の身の回りや腹の調整で対処するようになったので、他者が変わるのを待つストレスが軽減し、その分、楽になったということです。他者や社会が変わるのを外から吠えて待つのはやはりシンドイです。とは言え、この自分がなかなか修まらないのですが。。。

369珪水:2011/11/06(日) 16:26:32
今日は朝からゴロゴロしています、私が投稿したこのコーナーを読み直して感じ入ってしまった、これ以上書くことが無いほどに書いていた。勉強になった、ある出版社の社長が見えられて当時私が言っていた整理整頓の本を出せばひと儲けできたと(ダンシャリという本が当たったらしい)、そこで私は「自分で体験しなかったから整理整頓の威力を信じられなかったんだろう」と、信じる者は救われる。こんな会話を今年した記憶が甦るほどにこのコーナーを読んでみた。そこで宇野多美恵さんの思い出を一寸書いてみよう、宇野さんは「なぜ?」というのが口癖で例えば「玄米を食すより白米を食したほうが私は体に良い」と私がアドバイスをすると必ず「何故あなたはそう思うの?」宇野さんが納得する理屈を言わない限りアウトです、どうしてもとか、本に書いてあったとか、皆がそう言っているとか、体にいいからとか、等々アヤフヤナ返答は全く受け付けない人でした。またそういうことを言うと「サヌキ」を鍛えなさいと初めは「サヌキ」の意味すら分からず「さぬきうどん」でも食べれと言うことなのか?ぐらいしか意味が理解できなかった。どっちにしてもこの「なぜ」のお蔭でサヌキの急激な鍛え方ができました。ここで問題「サヌキ」とは何を指すのでしょうか?


370根本敦史:2011/11/06(日) 17:42:28
珪水さま、「サヌキ」とは何を指すかですが、直観に対する「なぜ?」に答えるために「サヌキを鍛えなさい」ということであれば、「サヌキ」は所謂一般的に言われている「左脳」のことですね。論理的に説明する力。とすると、「アワ」は所謂「右脳」で直観力、感受性ですね。日本人の多くが右脳型だと言われますね。だからどうしても感情的になってしまい、論理性に欠ける。時に国際舞台になど出ると失敗するのが、やはり西側諸国の方々は左脳の鍛え方が違いますからね。ハカラレテやられてしまう。右脳型も情緒的で良い部分もあるとは思うのですが、TPO、共に使えて一人前ですね。勝海舟か誰かが海外から戻り、「諸外国は上に行けば行くほど立派な人がいるのに対し、わが国は上に行けば行くほど馬○が多い」と幕府に報告したら怒鳴られた云々のことが書いてあったと記憶しますが、右脳型の日本における政治は昔からそういうケースが多かったのでしょうね。

371ヒロイエ:2011/11/06(日) 17:43:17
そう思うと、まだ片付けできないままです。
少しは減るのですが、コンpンが変わらないようで、
それでも、ストレスだけは、かろうじて自分でコントロールするようにしています。
しかし、厳しいとこにか分かりなく、腹を最後はくくるしかないかと思っています。
首はくくりませんが
あすは、会社の机の上ですか。

そういえば、クビになりましたが、オリンパスの前社長は机の上に私物を二つまでしか置かせなかったそうな

サニキ  は さ ぬき  さぬ き さ ぬ き  この内どれか何ですいが

さ ぬき と思って 差はなんぞやと今考えてます。


そろそr PCに向かうのもやめるかと考えています。

372千々松 健:2011/11/06(日) 23:47:53
3.11直後にヨーグルト関連製品が入手しずらい時期があり、我家では「カスピ海ヨーグルト」の種を購入して、その昔流行した「紅茶きのこ」のように、新たに出来た種を継続しつつ牛乳から新鮮な乳酸菌製品を作り、毎朝食時に食べています。この7ヶ月間ほぼ3日毎に500CCのビンで安定的に美味しく出来ています。ビンは煮沸滅菌し、8時間から12時間で発酵したら冷蔵庫に保管しています。昨年は胃腸の調子が悪くて医者通いでしたが、今は胃腸の調子は大変よく整えられています。それで調子がよいのは腸子(ちょうし=腸内の細菌達)が良いからだと思っています。ミミズと同じく人間様も腸的動物なのですね。

ところでカスピ海と言えば、TVの「世界不思議発見」の番組でトルクメニスタンを扱っていました。古代4大文明に匹敵する「マルギアナ文明」がその地に栄えていたことが近年になりゴヌール遺跡の発掘で解ったそうです。シルクロードの要に位置した所で、現在は天然ガスの産出量も多くて豊かで美しい国に見受けられました。特に印象的であったのは天然ガスに自然発火した火山口様の有り様は、古代拝火教(ゾロアスター教)の誕生に通ずるのではないかとの解説がなされていたことです。

373根本敦史:2011/11/07(月) 06:20:02
おはようございます。仕事の関係で、今朝は久しぶりに夜明け前に起床し、朝早くから出社しています。夏の名残で最近は明るい色の割とカジュアルな服装が多かったのですが、気分を変えようと、久方ぶりに落ち着いたグレーのダークスーツに身を包み出社しました。五行で言うところの腎が参っていたようで、グレーのスーツが妙に心地よく、シャッキとします。そして、背筋を伸ばし、背中から腎臓のあたりに手当てをすると、疲れていた腎臓が甦ってくる感じが分かり、同時に目がすっきりとしはじめました。震災の影響でだいぶ気持ちが恐れ慄いていたのだろうことと、体内に入った異物を処理するので、泌尿器系も疲労していたのかと想像しています。最近、腰痛を訴える人が多い気がしていて、それもこのためかもしれないと思いました。

374根本敦史:2011/11/07(月) 06:37:29
上記に追記で、用を足す際に妙にあれがプリンとして若々しくなっていたのに驚いた。千々松さん、おはようございます。ヨーグルトですか。私は昨晩ヤクルトが妙に美味しかったです。今朝も一つ飲んできましたが、ヤクルトをこんなに美味しいと思ったのは始めってだと思います。と、千々松さんが某スレッドで私の過去の投稿を持ち出された際はびっくりしました。あんな文章を自分で書いたとはとても思えなくて。怖いものですね。

375珪水:2011/11/07(月) 07:48:01
千々松さんが「カスピ海・・・」を書いてくれました。色々な腹に良い善玉菌がおります、その土地々に合った有用菌がおります、米由来の菌以外の善玉菌にも関心をむけてください、必ず自分が生活している(衣食住)環境に合う菌を早く見つけることが大事でしょう。千々松さんは間が良く自分の腹に必要な善玉菌が手に入ったのでしょう、感受性を鍛えているのでしょう

376珪水:2011/11/07(月) 09:17:14
カスピ海…の菌、米由来の菌、一般的なヨーグルトの菌、これらは発酵温度が違います。菌も身土不二なのです。

377珪水:2011/11/07(月) 10:33:30
何か「投稿依存症になってきた、自然界を観察するに生き物(動殖鉱物)は目で見て小から大までいろいろな生き物がいるように当然人間にもそれがあるが人間の場合「気」がそれにあたるが残念ながら目で見えない、見えないが確実に大小があるが大きいから小さいから良いとか悪いとかという問題ではなく大きい人は大きいなりの、小さい人は小さいなりの環境(風水・衣食住)が必要であり、役割があります。が今の世の中はそうなっていないため必ず乱れます。私の私見ですが日本のリーダー(官僚の方たち)の公宅が昔と違って金魚鉢のような公宅に成っている(無駄をを省くとか、訳のわからない理由を付けて)世界という大海を泳ぎ日本を導く人を金魚鉢のような住居に入れて「気」が伸びるわけがない、大海を泳ぎ抜くことはあり得ない、日本は世界を泳げないのです。今日本は官僚を目の敵のように見ているが私たちが泳げないようにしたのです、充分な収入と特に十二分な住居を提供することにより日本は劇的に変化をすると思います。リーダーにはリーダーにふさわしい住環境が必要なのです。異論はあるかと思いますがこのように考えています。

378珪水様の足軽改め珪水様の連れ:2011/11/07(月) 19:10:16
明日から再三指導を受けていた事務所の投げかたずけを挙行します。条件をクリアーする為頑張ります。連れ!

381珪水様の連れ:2011/11/09(水) 10:18:24
お早う御座います。

382珪水様の連れ:2011/11/09(水) 10:25:21
お早う御座います。
機種変更したばかりの、スマホから投稿したのですが、指の太いのと
機種の感度が早く操作不慣れで2度も余分に送信となりすみません。
お手数を掛けますが379〜380の削除をお願いいたします。
昨日からの幣事務所の整理整頓少しずつ進んでいます。
なにやら、気分も上々です。北海道の本日の気温は10度です。

383ヒロイエ:2011/11/20(日) 22:18:44
さて、2週間ほど相手しましましたが、
いまだサヌキの解決が付きません。
考えても、わからないので、妄想となるかこじつけか
サは差 ヌは否定 キは気力 などと言うことになるんでしょうか
要は、差を感じ取り、否定を乗り越え、その努力といったところでしょうか

自信はないと書くと サヌキが鍛えたりないとなりますが。

384千々松 健:2011/11/21(月) 11:29:53
「サヌキ・アワ」についての私見です。
「サヌキ」のサ(ヨコ糸)とキ(タテ糸)を使って、布を縫(ヌ)うと言うイメージです。サヌキ性は男性原理を示しているので金剛界曼荼羅に通じます。理性の象徴と考えられ左脳の働きを指していると考えられます。■のカタチになります。
「アワ」は始め(ア)と終わり(ワ≒ン)を重ねるというイメージです。アワ性は女性原理を示しているので胎蔵界曼荼羅に通じます。感性の象徴と考えられ右脳の働きを指していると考えられます。●のカタチになります。

385千々松 健:2011/11/21(月) 15:07:57
「サヌキ・アワ」にて■と●を登場させたので、ついでに▲のカタチは何かを考えてみました。
左脳■と右脳●を繋ぐものは? 間脳でしょう。従って間脳は▲のイメージになりそうです。
「マノスベシ」(本・末の原理)のマは間脳の間(マ)に当たるのかも知れませんね。・・・『間脳幻想』

また「フトマニ」についての私見ですが、それは「隣り合う二つの関係を勘案して、次の空間に置くようにする操作」のことを意味していると考えています。
それは、ある時には、隣り合わせを足し算した結果を次に出すというフィボナッチ数列を産むことになり、
又ある時には、二つ繋がる文字ともう一つの離れた文字の3つを使って和歌を作る(最初の5文字に含める)ということになるのです。
古代ヲシテ文字で書かれた「フトマニ」の128首の和歌は48文字を配置したフトマニ図を使用してまさにそのようにして作られていることも理解できます。

386千々松 健:2011/11/25(金) 23:20:42
<48づくし>
今年もまた「仮名手本忠臣蔵」の季節が到来する。47士が討つ入りに参加したが本来の予定では48人だったらしい。いろは歌は「ん」を含めて48文字。古代縄文の「ヲシテ文字」も全部で48文字。和歌31文字と俳句17文字を足すと48文字。人気グループの「AKB48」も何故か48を使用しています。
実は他にも48個の数字が基本となっているものが存在します。「21世紀マンダラ」の胎蔵界曼荼羅に相当するラセンモデルを構成する数において(12+12)×2=48項目がワンセットになっているのです。そして48を3倍した144はフィボナッチ数となり 144≡0(mod 9)で、48≡3(mod 9)となっています。

387ヒロイエ:2020/07/03(金) 21:33:04
珪水先生

このような時代、どのように生活すればよいか。御教授いただけませんか。
完全に窒息状態に陥った日本ですが、換気だけはするようになったようでこの辺が
生き延びる道になるでしょうか


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