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根本・珪水なんでもコーナー

323『神の数学』守護者:2006/08/13(日) 11:44:18
さてさて、如何したことであろうか、このブログから突然反応が消え、すべてはシ−ンと静まり返って何の気配も無くなってしまった、まるで打ち捨てられた世界のようである。恐らく鋭意「ひふみ‥九九算表」の検証に走り息をつく暇もないのであろうと善意に解釈しているのであるが、ひょっとして呆れ果ててて物が言えない状態にあるのかも知れない。 まあ、息抜きと面白半分で一つ「数の基本」の遊びを行ってみませんか、これは私の資料の中から引っ張り出したものです。よって尊称も丁寧な言葉遣いもありませんので前もってお断りしておきます。

≪我々の用いている数字とは人間がそれぞれ勝手に作り上げ、数を表す記号として重宝しているものである。 しかし本来は『神』が用いている真実の数字がある事に気がつかなければならない、それは象形文字の形であり、数を直感的に一目で分かる数記号である。 その正しい答とはサイコロに用いられている黒丸であり、それを並べて数を表すものである。原始的と感じるかもしれない、しかし最も神の目に叶っている数の表し方である、それを実証してみよう。易しいと感じるか、それとも奥の深い難しいものと感じるかはあなた方の感性次第であろう。 それには一つの規則がある、それは顕象法則として厳守されなければならない。 その規則とはその数の並びそのものは上下、そして左右の両方において鏡面対称性を持っていなければならないものである、すなわち上下関係で対称、なおかつ左右関係においても対称性(双鏡面対称性)を持たなければならないのである。 そもそも「神の数字」とは最も原始的な形を持ち、数の起源を示すもの、すなわち黒丸であり、数の「象形文字」と呼んでもいいものである。その基準性をかなえる1〜9までのサイコロ面を作ってみるがよい、果たして出来るかな?。 断っておく、現在のサイコロの面は恐らく西洋から伝わったものであり、見掛けだけのいかさまなものであり、対称性を持たず神の心に叶うものではない、恐らく古代日本のサイコロの面はその基準を満たしていたと思われるが、今となってはそれも定かではない。≫ さあ、考えて戴きたい。<ヒント> ◎ (それは1+8=9、2+7=9、3+6=9、4+5=9などの陰+陽がきっちり噛み合うものである)、◎ (3×3の黒丸である完成体 「9のサイコロ面」からどのようにして双鏡面対称性をもつ各数が飛び出してくるか?)、◎(それは「現代物理学理論」であるデイラックの「陽電子理論」、ボア−の「相補性の基本」、または最近取りざたされている「正孔理論」などを解き明かすものかも知れないものと考えられる) サイコロ面を使って考えて下さい、例えば1とは真ん中に凸が一つであり、他の部は凹が8ヶある、それと相棒の8は真ん中に一つ凹があり、他の8ヶは凸であり、合わさるとすべてが綺麗に嵌め込められ、何にも無い状態 0になると考えます。1〜9までのすべての数につき考えて正しい答を出して下さい。


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