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念を使わせてみよう小説スレッド

1名無しさん:2004/11/07(日) 00:20
ストーリーは思いついたんだけど、AAが苦手。
ここはそんな人たちでも作品を発表するためのスレッドです。
もちろんAAが出来て小説も書けるという人でも可。
素人玄人問わずに気楽にどうぞ

831:2004/11/23(火) 15:59

「いらっしゃいませ」
 店の中に入るやいなや、いかにもジェントルメェンといった感じの老紳士の店員が僕達を出迎えた。
 店の中はいかにも整然としていて、壁にはよくわからんがとにかく凄そうな絵がずらずらとかかっている。
 あの、僕達、思いっきり場違いといった感じなんですけど…

「岸部露伴の最新作を見たいんだけど」
 狐さんは店員にそう告げ、何やら一枚のカードを見せた。
 何だ、あのカード?
 ハンター…ライセンス……って書かれているのか?
 てか岸部露伴って誰だよ。
「かしこまりました。 それではこちらに…」
 店員が僕達を店の奥へと案内する。
 僕は訳も分からないまま、黙って店員と狐さんについて行った。
「こちらでございます」
 連れて来られたのは、押入れのような部屋だった。
 高そうな壷やら何やらがごちゃごちゃと置かれているが、
 悲しいかな僕にはその価値は全く分からない。
 所詮は小市民に過ぎないという事か。

「……!」
 と、いきなり部屋がガクンと揺れた。
 地震か!?
 いや、部屋がエレベーターのように、下に動いている!?

「お待たせいたしました」
 ある程度下に移動した所で部屋の動きは止まり、店員がゆっくりと入ってきたドアを開けた。
 一体、ここになにがあるって―――

「……!」
 僕は目の前の光景に息を飲んだ。
 先程のちっぽけな美術展の様相とは打って変わって、
 そこには今まで映画の中でしか見た事が無いような類の物品が陳列されていたからだ。
 具体的に言えば、武器や兵器。
 拳銃からアサルトライフル、果てにはバズーカや刀剣類に至るまで、
 ありあらゆる武器がずらっと並べられている。
「ご来店ありがとうございます、外法狐様。
 あなたの程の高名な方にお越し下さって頂き、光栄の至りです」
 丁寧に会釈をする店員。
 狐さんって、結構有名人だったんだ。
「お世辞はいいよ。 礼なら商品を買った後で言ってくれ」
 苦笑する狐さん。
「左様ですか。
 それでは本日はどのような得物が御入用で?
 どのようなリクエストであろうと、満足できる品を提供できると自負しておりますが」
「ああ、得物が入るのは俺じゃない。
 俺は素手で戦う主義だからな。
 今日ここに用があるのはこいつさ」
 狐さんが僕の方に顔を向ける。
 え?
 僕ですか?
「…?
 しかし、この方はどうみても素人のようにしか…」
 明らかに狐さんやこの店員さんとは住む世界が違うであろう僕を見て、店員さんが訝しむ。
 僕も、何でこんな所に居るのか理解に苦労する。
「お前さんの店は、客を選り好みするのか?
 それとも、俺の友達ってだけじゃ信用出来ないと?」
「め、滅相もございません!
 失礼いたしました、どうぞごゆるりと得物をお選び下さい」
 半ば狐さんに脅される形で、店員さんがすごすごと後ろずさっていった。
 どんな系統の店であっても、お客様は神様という事らしい。

841:2004/11/23(火) 15:59



「…狐さん、何で僕をこんな所に?」
 拳銃を手に取りながら、僕は狐さんに訊ねた。
「護身用の武器の調達だよ。
 君は今狙われてるんだし、念能力もまだまだ未熟だ。
 だったら、銃(チャカ)の一つでも持っておいた方がいい。
 こんなんでも、一応の脅しにはなる」
 刀を物色したまま、狐さんが答える。
「でもまあ、ついこないだまで堅気だった君が持ってても、
 無いよりマシといった程度だろうけどな。
 しぇりー位の手練に襲われたなら、銃を撃ってる暇があるなら逃げる事をお勧めする」
 確かに、僕が銃を撃った所でしぇりーちゃんに命中するとは思えない。
 狐さんに至っては、豆鉄砲みたいに跳ね返されて終了だろう。

「今度はこっちが聞いていいか、少年」
「ええ、どうぞ」
 珍しく、狐さんから質問してきた。
「君は、『禍つ名』の事をどこで聞いたんだ?」
 そうだ。
 そういえばしぇりーちゃんに襲われた後で、
 フーンさん達に助けて貰った事はまだ狐さんに説明していなかった。
「えっと、この前しぇりーちゃんに襲われて、何とか追い払う事は出来たんですけど、
 その後気絶してしまいまして。
 その時、連続猟奇殺人事件を調べてるハンターの二人組みに助けて貰ったんですよ」
「はあん、そうだったのか。
 で、どんな奴なんだ?」
 狐さんが僕の顔を見る。
「え〜と、名前は確かアヒャさんとフーンさんといって、
 顔はですね…」
 僕がどう説明しようか迷っている所に、突然入り口の扉が開いた。
 どうやら、新しい客が入って来たらしい。
「そうだ、丁度この人達にそっくりなんですよ」
 僕は、店に入って来たばかりの二人組みを指差して言った。
 うん、間違い無い。
 そっくりくりそつだ。
 しかし本当に良く似てるな、この人達…

851:2004/11/23(火) 15:59

「あ…」
「あ…」
 僕達はお互いに顔を見合わせて言葉を失った。
 今気づいた。
 そっくりなのではない、本人その人なのだ。
「アッヒャーーーーーーーーー!」
 いきなり、アヒャさんが二本の剣を狐さんに向けて構えた。
「外法狐…!」
 フーンさんも、即座に懐から拳銃を抜いて狐さんに照準を合わせる。
 忘れてた。
 狐さんもまた、ハンターの禁忌である『禍つ名』の一員だったのだ。

「物騒な物はしまえよ。
 サインが欲しいんなら、出すのは得物じゃなくて色紙だぜ?」
 二人の闘気を正面から受けながらもなお、狐さんは平然と言い放った。
 蚊帳の外にいる僕ですら押し潰されそうなこのプレッシャーも、
 狐さんにとっては涼風も同然といった感じである。
「貴様が、どうしてここに…!」
 交通事故にでも遭ったかのような顔つきで、フーンさんがジリジリと後退する。
 アヒャさんも退がってこそいないものの、その表情は微かに引きつっていた。
「どうしたもこうしたも、俺はこの少年と逢引(デート)の最中でね。
 ちょっとショッピングに立ち寄ったのさ。
 それが、お前さん方に何の問題がある?」
 あれってデートのつもりだったのか…
 それにしては、武器屋でショッピングなんてあまりにもムードに欠けるのではないだろうか。

「あ、あの、お客様、店内での抜刀行為は遠慮して頂きたいのですが…」
 物陰から、店員さんが恐る恐る声をかけた。
「ほら、店主も迷惑してるじゃねえか。
 得物をしまえ。
 いいか、三度目の忠告は無いと思った方がいいぞ?」
 狐さんが低い声で告げると、アヒャさんとフーンさんは静かに武器を下ろした。
 意地を張って狐さんと一戦交えるのがどれ程愚かな事かなんて、考えるまでも無い。

「理解が早くて助かるよ」
 さっきまでの緊張をほぐすように、狐さんはにっこりと微笑んだ。
「それと、どうやらこの前この少年を助けてくれたみたいだな。
 礼を言っておくよ。
 俺の友達が世話になったな、ありがとう」
 そう言ってフーンさん達に頭を下げる狐さん。
「あ、あの、本当にありがとうございました」
 狐さんだけに頭を下げさせる訳にはいかないので、僕からも頭を下げてお礼を言う。
「いや、別に構わないが…
 しかし驚いたな。 まさか君が、外法狐と知り合いだったとは」
 心底意外そうにフーンさんが呟いた。
「はあ、まあ、色々ありまして…」
 色々、そう、本当に色々な事があった。
 あり過ぎて、とても一言では説明出来ない。

「そういや、お前らも連続猟奇殺人事件の犯人を追ってるんだって?」
 狐さんが訊ねた。
「ああ、そうだが…」
「なら、丁度いい。
 ここで会ったのも何かの縁だ。
 率直に言おう、手を組まないか?」
「手を、組む?」
 狐さんの申し出に、フーンさん達は返す言葉が無かった。
「そう、共同戦線を張るって事だ。
 実は、俺達もその犯人を追っててね。
 人手が欲しいと思っていた所なんだ。
 そっちにとっても悪い話じゃないと思うんだがな」
「いや、しかし…」
 フーンさんが口ごもる。
「アヒャ、イイジャネエカ!
 ソッチノホウガオモシロソウダ!」
 了承の言葉を口に出したのはアヒャさんだった。
「…分かったよ」
 何を言っても無駄という事が付き合いの上で分かっているのか、
 フーンさんもあっさりアヒャさんの意見に承諾する。
「決まりだな。
 もうすぐヤサに俺の相棒が来る頃だ。
 詳しい話はそこでするとしようぜ」
 狐さんとフーンさん達が、同盟結成の証である握手をがっちりと交わした。


                〜続く〜

861:2004/11/23(火) 23:14
 徒然とキャラ紹介とか


『宝擬古(たから ぎこ)』
通称タカラギコ。
この作品の主人公。幼少時兄が死んだ事で、兄の死を認めようとしなかった家族から兄の代理品として育てられた。
その事が原因で『自分は所詮偽物である』という強烈なトラウマが生じ、
それにより唯一物である事を諦めて、偽物としての人生を受け入れてしまう。
彼は自分自身の特徴など何も無いと蔑むが、実はツッコミにおいて非凡な才能を持つ事に気づいていない。
もっとも、周りの人物がツッコまずにはいられないような狂人ばかりというのが大きな原因でもあるのだが。
他人と話す時には丁寧な口調だが、考えている事は結構過激な事がある。

念能力・『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』
特質系。
一度でも見た事のある物を、念に限らず何でもコピーする。
誰かの動きを、自分の体を使って再現する事も可能。
ただし劣化コピーなので本物の性能には決して及ばず、
また自分の気(オーラ)のキャパシティを超えるような念を真似する事も出来ない。
制限として、気は誰かの真似をする事にしか使えず、
自分の意思で錬や纏や円などを行う事は出来ない。


『外法狐(げほう きつね)』
通称狐さん。
一応この物語のヒロイン。というか実質的な主役かも。
『外法』という裏ハンターギルド(詳しくは設定編で解説)に所属しており、
その中でも最強に近い実力を有している。
『歩く厄災』、『白紙返し』、『純粋なる暴力』、『絶対最強者』、『九尾』など、様々な通り名がある。
長髪の白髪を後ろでくくり、着物を好んで着用している為、ぱっと見イタい人。
趣味は漫画読書、ゲームとかなりオタクっぽく、またそういった系統への造詣も深い。

念能力・『不死身の肉体(ナインライヴス)』
強化系。
自己の肉体の強化のみに特化した念であり、
ただの肉体強化にもかかわらずそれ自体を一つの特殊能力と呼ばれる程の力がある。
その体には生半可な攻撃など通用せず、単なるパンチがミサイル並みの破壊力を持つ。
その悪魔すら凌駕する圧倒的な暴力を行使する様は、まさに不死身。


『人吊詩絵莉(ひとつり しえり)』
通称しぇりー。
『禍つ名』の5位である『人吊』に所属する駆け出しの暗殺者。
仕事でタカラギコを狙っていたが、外法狐の仲裁により今は暗殺の目標から外している。
語学力に乏しく、難しい言葉を言おうとして間違ってはタカラギコに突っ込みを入れられている。
眼鏡っ娘女子中学生。

念能力・『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』
具現化系。
フラフープ程もある特大のチャクラムを生み出す能力。
その切れ味は抜群で、コンクリート塀くらいなら容易く切り裂く。
隠し技として、チャクラムの穴を縮める事で相手を捕縛する、
『満月の呪縛(バッドムーン)』というものがある。

871:2004/11/23(火) 23:15


『扶雲一郎(ふうん いちろう)』
通称フーン。
後述のアヒャとコンビを組んでいるハンター。
どこにも所属していないフリーランスのハンターで、気絶したタカラギコを助けた人物。
猪突猛進型のアヒャとは対照的に、落ち着いた雰囲気の男。
念能力は今の所明らかになっていない。


『亜火屋寒河(あひや そうご)』
通称アヒャ。
フーンの相棒で、幼い頃念能力犯罪者に家族を殺された過去を持つ。
序章に出てきたアヒャと同一人物。
『剣の舞(ダンスマカブル)』という念能力を使うが、詳細は不明。


『鬼祓根依乃(きばらい ねえの)』
通称ネーノ。
『禍つ名』の三位である『鬼祓』に所属するハンターであり、
ヂャンとコンビを組んでいた。
名を上げようと外法狐と戦闘を行い敗北。
無残に殺された。
グッバイネーノ。

念能力・『刺突寸鉄(シャドウニードル)』
具現化系。
細長い黒い針を創造する能力で、それに影を刺された者は体が動かなくなる…筈なのだが、
外法狐は莫大な身体能力と気で強引にそれを打ち破った。
しかしそれは別にネーノの念が弱かったのではなく、ただ外法狐が規格外の強さだっただけである。


『鬼祓智按(きばらい ぢあん)』
通称ヂャン。
ネーノの相棒で、ネーノ同様語尾に特徴のある男。
外法狐と戦い、ロードローラーでぺっちゃんこに押し潰されて死亡。
グッバイヂャン。

念能力・『果てしなき暴走(キャノンボール)』
操作系。
車輪がついている物なら何であろうと自在に操作出来る。
ただし、勿論操作の対象が重ければそれだけ気の消費が増し、
操作スピードや精密性も落ちる。


『冥界の支配者(ネクロマンサー)』
『禍つ名』の『魔断』に所属する人物らしいが詳細不明。
その異常性から、『魔断』からも破門同然になっている。
死体を操るという能力を使って連続猟奇殺人事件を起こし、
タカラギコの家族まで手にかける。
一連の事件の黒幕。


『山吹萌奈香(やまぶきもなか)』
通称モナカ。
タカラギコのクラスメイト。
タカラギコに告白するも、こっぴどく振られて傷心中。
死亡フラグがビンビンに立っている気がするけど気にしないで下さい。


『二丁目冬夫(にちょうめふゆお)』
通称おとうふ。
タカラギコの通う高校の生物教師。
勤続17年目。

881:2004/11/23(火) 23:16



          @        @        @



『禍つ名(まがつな)』
ハンター社会の暗黒面を支配するギルドの総称で、
上位から順に『妖滅(あやめ)【彩女】』、『魔断(まこと)【真琴】』、
『鬼祓(きばらい)【木払】』、『獣死(じゅうじ)【十字】』、『人吊(ひとつり)【一理】』、
そして序列外に位置する、『外法(げほう)【下方】』を合わせて六つの組織から構成されている。
金次第でどんな非合法的な活動も行い、人を殺す事など日常茶飯事である。
ハンターの間では、『禍つ名』に関わる事は死を意味すると恐れられており、
畏怖の対象として忌避されている。


『外法(げほう)【下方】』
残虐と暴虐と醜悪と劣悪の象徴である『禍つ名』からすら忌み嫌われる、
裏社会の倫理道徳からすら逸脱した異形の化物たちが群れを為す最凶最悪の集団。
順位こそ序列外とされているが、その構成員の実力は
『禍つ名』の最上位である『妖滅(あやめ)【彩女】』にすら勝るとも劣らないとされている。
組織といっても明確な規則原則がある訳ではなく、
外法狐をはじめとして普段はそれぞれが好き勝手に行動している。
では『外法』に属するものの共通点は何かと問われれば、
それは自分自身すら殺しの標的にする程の強烈な殺傷本能である。
彼らは殺すしかない故に孤立し、殺すしかない故に『外法』に集う、
殺す為だけの存在なのである。
もちろんそれは外法狐とて例外ではなく、
彼女もまた自分の呪いともいうべき性に苦しんでいる。

891:2004/11/24(水) 19:57
 〜十四話〜

「…と、まあこんな事があったわけだ」
 部屋に戻り、狐さんはフーンさんとアヒャさんに今までの事のあらましを説明した。
「ふむ、成る程な…」
 フーンさんが煙草をふかしながら考え込む素振りを見せる。
 どうやらこの人はかなりのヘビースモーカーらしく、
 30分くらいの説明の間に、もう煙草のケースを二箱も空にしてしまっていた。
「アヒャ、ヨウスルニマダナニモワカッテナイモドウゼンナワケダ!」
「悔しいがその通りだよ。
 だから、お前達の手を借りる事にした」
 やや表情を暗くする狐さん。
「『冥界の支配者(ネクロマンサー)』が『魔断(まこと)』とまだ繋がってれば、
 こんな苦労も無かったんだがな」
 狐さんがやれやれと溜息をつく。
「? それはどういう事ですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「『魔断』が『冥界の支配者』とまだ接点があって、その居場所を掴んでれば、
 俺が『魔断』から直接その場所を教えて貰えば解決するって事さ」
「で、でも、その『魔断』だって、簡単に身内を売るような真似はしないでしょう?」
 いくらなんでも狐さんのその案は無茶苦茶だ。
「いいえ、狐さんならそれが出来るのです」
 横からしぇりーちゃん話に割り込んでくる。
「構成員一人の命くらいで、狐さんと『外法』を敵に回すような愚を冒す人は、
 私達の世界には存在しないのです」
 断言するしぇりーちゃん。
 そこまでの実力者か、外法狐。
「まあ、それもあくまで最終手段のつもりだったがな。
 流石に俺も、他の『禍つ名』との関係がこれ以上悪化するのは避けたいし」
 狐さんがソファの背もたれに体重を預けて苦笑した。
「ま、今はこれ以上考えてても仕方がないか。
 あちらさんの性格上、これからもちょっかいを出してくるだろうし、
 そこから何らかの手がかりを探すとしようぜ」
 何を呑気な事を、とも思ったが、実際それ以上の良策は存在しないので、
 取り敢えずはその案に従う方向で調査を進める事が決定した。



「アヒャ、ソウイヤコレハナンダ?」
 アヒャさんがテレビの前に散らばるゲームの山に気がついた。
「ああ、それは俺の私物さ」
 狐さんが答える。
「ファミコンにディスクシステムにメガドライブにPCエンジンに
 プレステ2にドリームキャストにセガサターンにPCFXにニンテンドー64に
 X−BOXにゲームキューブにアドバンスにゲームギアにバーチャルボーイに…
 うわ、3DOまであるぞ!?」
 フーンさんがそのラインナップに仰天した。
 僕も、初めてここに連れられて来た時には驚いたものだ。
「狐さん駄目人間の引きこもりです〜」
「うるせえ」
 しぇりーちゃんの暴言に言い返す狐さん。
 というか『うるせえ』は僕の決め台詞なんですけど。
 真似すんな。

901:2004/11/24(水) 19:58

「ん? これは…」
 と、フーンさんがゲーム機の山の中から四角いボードを発掘した。
 あれは…雀卓?
「あ、そんな所にあったんだ。
 一人じゃ麻雀をやる機会なんて無かったから、いつの間にか見失ってたんだよ」
 使わないなら、何でそんな物持ってるんだよ。
「丁度いいや。
 面子も揃ってる事だし、親睦会代わりに麻雀でもするか」
 雀卓を机にセットしながら、狐さんがそう提案する。
「ふむ、悪くはないな」
「アヒャ、オレモサンセイダゼ!」
「私もやりたいです〜」
 フーンさん達も全員賛成する。
 真昼間から麻雀かよ。
 このプータローどもが。
「じゃあ、僕は横で見てますね」
 僕も麻雀のルールくらいは一応知っているのだが、
 何故か嫌な予感がしたので参加しない事にした。
 …そして、この時感じた嫌な予感は見事的中するのだが。

「…ドウセヤルナラ、ダツイマージャンテノハドウダ?」
 牌を手でかき混ぜながら、アヒャさんが恐ろしい言葉を口にした。
 脱衣麻雀!?
 あの、既に伝説の競技となりつつあり、
 ゲームセンターには必ずそれ用のゲーム機体が置かれているあれか!?
 あの禁断の遊戯を、今ここで繰り広げようというのか!?
「うむ、それはいいな」
 即座に賛同するフーンさん。
「ふ、ふざけんな!
 何で俺がそんな事を…」
 当然狐さんは猛烈に反対する。
 僕としては狐さんの服が一枚一枚脱がされていくのを心の底から見たいのだが、
 勿論そんな事を言ったら殺されるぐらいでは済まなそうなので言わない。
「…負けるのが恐いんですか?」
 狐さんを挑発したのはしぇりーちゃんだった。
 いやしぇりーちゃん、君もしかして脱衣麻雀をするつもりなのか!?
 お兄さんとしてはすんげえ嬉しいけど、
 今の児ポ法強化の風潮が強いこの現代社会では下手すればこの小説が終了するぞ!?
「な…!」
 狐さんが言葉を詰まらせた。
「やれやれ、しょうがない。
 タカラギコ君と言ったな、君が代わりに入れ。
 どうやら、外法狐は敵前逃亡するらしいからな」
「アヒャ、トンダコシヌケダゼ!」
 アヒャさんとフーンさんがぼろくそに罵る。
「上等だ!
 お前ら丸裸にして恥ずかしいポーズ写真に撮ってやるから覚悟しとけよ!!」
 狐さんが激昂した。
 どうやらかなり負けず嫌いらしい。
「ちょっと待ってろ!」
 いきなり、狐さんが立ち上がった。
「どこへ行くつもりだ?」
 フーンさんが訊ねる。
「服を着替えさせて貰う。
 お前らのように服の下に下着をつけてないんだから、
 これくらい認められたっていい筈だ」
 和服を着る時には下着はつけないって、本当だったんだ。
 てことは今まで狐さんはノーパン…
 いかん、鼻血が。
「構わんよ。 何なら、逃げたって構わないんだぞ?」
 フーンさんが隣の部屋に向かう狐さんの背に嘲りの言葉をかけた。
「…手前ら、後悔するなよ」
 物凄く恐い眼光を投げかけて、狐さんは着替える為に隣の部屋へと消えた。

「…あの、しぇりーちゃん、本当に大丈夫なの?」
 狐さんが隣の部屋に行ったのを見計らい、僕は恐る恐る訊ねた。
 狐さんのあの様子だと、勝敗によってはここにいる全員を皆殺しにしかねない。
 巻き添えだけは、御免だ。
「大丈夫なのです。
 狐さんは、暴力で勝負を反故にするような卑怯者ではありません。
 あの人ほどルールを遵守し正々堂々と戦う人もいないのです」
 そうは言うけど本当かなあ…
 だってああいうパワータイプのキャラって、
 頭を使わず筋肉を使う力馬鹿ってのが馬鹿一じゃん。

「お待たせ」
 と、隣の部屋へと通じるドアが開いた。
 どうやら、狐さんが着替え終わったみたい―――

911:2004/11/24(水) 19:58

「!?」

 僕達は全員愕然とした。
 狐さんが着替えたその服は、なんと…
「じゅ、十二単(じゅうにひとえ)…」
 フーンさんが思わず呟く。
 十二単。
 その名前通り十二枚の着物を羽織るというわけではないが、
 合計で十枚もの着物を着用するという日本古来の伝統的な衣装である。
 その重量は、何と20kg近くにも及ぶらしい。
 まさか、よりにもよってこんな服を着てくるなんて…!
「さ、始めようぜ」
 どかっと卓席に座る狐さん。
 いやあんた、着替えてもいいとは言ったけどさあ、
 確かに着替えていいとは言ってたけどさあ、
 それって反則スレスレじゃね?
「き、狐さん…」
「あ?」
 何か言いたげなしぇりーちゃんを、狐さんが睨みつけて黙らせる。
 フーンさんもアヒャさんも、その迫力に気圧されて何も言えない。
 しぇりーちゃん、この人暴力使ってるじゃねえかよ。

「で、ではルールを決めておきます。
 持ち点は関係無しに、5000点マイナスになる毎に一枚服を脱いでいく、
 これでよろしいですね?」
 狐さんの服装には触れないままに、しぇりーちゃんがルールを取り決めた。
 全員が、黙ってそれに頷く。
「それでは開始です」
 サイコロを振り、最初の親がフーンさんに決まる。
 そして、それぞれが山から牌を取っていく。

921:2004/11/24(水) 19:59

「リーチ!」
 11順後、しぇりーちゃんが先制リーチをかけた。
 捨て牌にマンズが無いから、恐らくはマンズのホンイツかチンイツ。
 ドラがマンズの4だから、少なくともハネ満は超えると見ていいだろう。
「はッ、そんなリーチにビビるかよ!」
 何をトチ狂ったか、一発目からマンズの9を手に取る狐さん。
「ちょ、ちょっと、狐さん!!」
 不公平とは思ったが、僕は思わず狐さんに声をかけた。
「何かね、少年」
「何かね、じゃないですよ!
 あなた分かってるんですか!?
 しぇりーちゃんは間違い無くマンズで染めてるのに、
 大物手をテンパってもいないのに一発目からマンズを放る人がありますか!」
 狐さんが脱ぐのは嬉しいんだが、流石にこれは止めるべきだろう。
 素人だってこんな牌切らねえよ。
「…例え99%失敗するのだとしても、
 俺は残りの1%に全てを賭ける!!」
「格好いい台詞で誤魔化さないで下さい!
 無理ですから!
 絶対放銃しますから!!」
「うるせえ、俺はこの牌を切る!
 うりゃー!」
「ロン、九蓮宝燈。 32000」
 しぇりーちゃんが無慈悲に手牌を倒した。
 すげえ、始めて見た、九蓮宝燈。
「ぎゃーーーーーーーー!!」
 狐さんがひっくり返る。
 5000点を割る毎に一枚脱ぐ計算だから、
 これで狐さんは六枚も服を脱がねばならない。
 まさか東一局目から、いきなり十二単を半分以上脱ぐ破目になるなんて…

「ロン、満貫」
「アヒャ、ロン。 16000ダ!」
 次々と放銃する狐さん。
 あの、ひょっとして狐さんってすっごく麻雀弱い?

931:2004/11/24(水) 19:59

「くっくっく。 ついに残り一枚ですね、狐さん」
 しぇりーちゃんが邪悪な笑みを浮かべる。
 狐さんが残すのは、もう肌襦袢一枚のみ。
 次服を脱ぐような事があれば、全裸決定である。
「ケケケ…」
「ふっふっふ」
 アヒャさんとフーンさんも嫌らしい笑みで狐さんを見据えている。
 僕も内心は、狐さんのヌードを今か今かと待ち望んでいた。
「くっ、お前らの好きにさせるかよ!
 おりゃー!」
「ロン、5200」
 フーンさんが手牌を倒した。
「ヤッダーバアーーー!」
 悲鳴を上げて転倒する狐さん。
 やったー!これで全て終わりだ!勝った!第三部完!!

「さて…それでは最後の一枚を脱いで貰いましょうか」
 しぇりーちゃんが狐さんに詰め寄る。
「くッ…」
 後ろずさる狐さん。
 ここでしぇりーちゃん達を殺せば狐さんはこのピンチを脱出出来るし、
 事実それを簡単に実行出来る程の実力があるのだが、狐さんはそれをしなかった。
 ここで暴力に訴えれば、狐さんは己の誇りを失う事になるからだ。
 誇りを失えば、二度と狐さんはしぇりーちゃん達に勝つ事は出来なくなる。
 それは、敗北よりも辛い事だった。

「…少年」
 おもむろに、狐さんは僕に顔を向けた。
「はい、何でしょうか?」
 いいからさっさと脱げよ、あんた。
「俺の代わりに君が脱げ」
 …。
 ……。
 ………。
 今、何と言いましたかこの人は?
「はあ!?
 何で僕がそんな事しなくちゃいけないんです!
 ついに脳味噌の温度が臨界点を超えましたか!?」
 目茶苦茶だ。
 こんな理不尽、許されていい筈が無い。
 正義だ。
 僕は今完全完璧に正義の側にいると宣言出来る。
「俺と君とは一心同体の筈だろ?
 だったら俺の苦難は君の苦難。
 俺が服を脱ぐなら君も脱ぐのが順当だろう」
「何ですかその意味不明な理屈は!?
 大体いつ僕があなたと一心同体になったんです!」
 何を言ってるんだ。
 何を言っているのだこの人は。
 頭がクラクラする。
 誰か僕にバファリンを下さい。
 半分が優しさのあの薬を下さい。
「…あーあ、俺の裸を最初に見せるのは、君って決めていたのに」
 …!?
 今、何とおっしゃりました?
「少年となら、文字通り一心同体になってもいいって思ってたのに」
 一心同体。
 文字通りの。
 つまり、それって…

941:2004/11/24(水) 19:59

「オーケイ分かりました狐さん。
 このタカラギコ、あなたの為に死にましょう」
 僕は勢いよく上着を脱ぎ捨てた。
 断じてこれはやましい気持ちからの行動ではない。
 義を見て動かざるは勇なきなり。
 目の前で人が困っているのを見捨てられるだろうか、いや出来まい。
「ひ、卑怯ですよ、狐さん!!」
「貴様それは駄目だろう!!」
「アッヒャー、キタネエヤロウダ!!」
 しぇりーちゃんが怒鳴った。
「うるせえ僕と狐さんとの一心同体の邪魔すんな」
 消えろ人吊詩絵莉。
 消えろ扶雲一郎。
 消えろ亜火屋寒河。
 ここはお前らの出番じゃない。
「そういう事。
 悔しかったらお前らも捨て駒を連れて来いよ」
 今さりげなく捨て駒とか言われた気がする。
 はは、いやそんな、空耳ですよね狐さん。
「じゃあ少年、後は任せたぞ」
 僕を狐さんの席に座らせ、狐さんは部屋から出て行った。
 ええ?
 任せたって、何を?
「……」
「……」
「……」
「……」
 顔を見合わせる僕達。
 ちょっと待った。
 もしかして、これって…
「僕用事を思い出したんで帰ります」
 僕はすぐに席を立とうとした。
「まあ待ちたまえ」
 フーンさんががっしりと僕の腕を掴む。
「お兄さん言いましたよね、狐さんの為に死ぬって」
「カクゴハデキテルンダロウナ…」
 小動物を前にした肉食獣の笑みを浮かべるしぇりーちゃんとアヒャさん。
 しまった、狐さんに完全に化かされた!
 狐だけに(ここ笑い所)!
「全裸になった人は肛門にネギを刺して裸踊りをするって追加ルールはどうだ?」
「アヒャ、ソリャイイヤ!」
「賛成ですぅ」
 僕の意思を無視して恐ろしい取り決めをする三人。
 この後僕がどうなったのか、それは最早語るまでも無いだろう。

951:2004/11/24(水) 20:00



          @        @        @



 夜の街角の外れを、一人の男が歩いていた。
 羽織に袴、それから腰に下げてある大小の刀といったその出で立ちからは、
 まさしく現代に蘇った侍といった印象を与え、
 どうしてこんな格好をして警察に捕まらないのか不思議なくらいである。
 兎も角、そんな時代錯誤も甚だしい容貌の男がそこにいる。
 それだけは確かな事であった。
「……」
 突然、侍が足を止めた。
 その後方には明らかに正気を失っている様子の男が一人、
 攻撃意思を隠そうともせず侍の後ろに佇んでいる。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 男が、背中を向けたままの侍に襲い掛かった。
 その速度は、常人のそれではない。
 それでも侍は、何ら動揺する素振りすら見せなかった。
「…未熟」

 瞬閃。

 振り向きもしないままに、侍が後ろから飛び掛かって来た男を両断した。
 刀を抜いた瞬間も見えなければ、納める瞬間すら視認出来ない程の早業。
 その姿は一種の芸術のようですらある。

「サスガハ『獣死』ノ『ギコ侍』、『獣死三羅腑(じゅうじ さぶらふ)』。
 ミゴトナオテマエデス」
 ギコ侍が真っ二つにしたばかりの男の死体から、
 変声機で元の声を判別出来なくした声が聞こえてきた。
 どうやらポケットに無線を入れておいてあったようである。
「誰だ、貴様は」
 日本刀のように鋭い声で、ギコ侍が言い放つ。
「シツレイ、モウシオクレマシタ。
 ワタクシ、『冥界の支配者(ネクロマンサー)』トモウスモノデス」
「…連続猟奇殺人事件を起こしている輩か。
 こんな悪趣味な使いまで寄越して、拙者に何の用だ?」
 刀に手をかけながら、ギコ侍が注意深く尋ねる。
「デハサッソクホンダイニウツリマショウ。
 アナタニハトアルジンブツヲコロシテイタダキタイ」
 変声機で変えられた声が、不気味に夜の暗がりに響く。
「断る。
 我が剣は、暗殺の為に磨いている訳ではない」
 二つ返事で断るギコ侍。
「…ソノトアルジンブツヲ、アノ『外法狐』ガゴエイシテイルトイッテモ?」
「……!」
 『外法狐』という単語に、ギコ侍の表情が一変した。
「…面白い。
 あの最強の体現者と死合う事が出来るというならば、
 その話、乗ってやる」
 ギコ侍が戦いの悦びに打ち震える戦鬼の笑みを見せる。
「ドウヤラ、コウショウセイリツノヨウデスネ」
 無線から聞こえる声は、変声機を通していながらも愉快そうに聞こえるのであった。


              〜続く〜

961:2004/11/25(木) 18:31
 〜十五話〜

 僕はしぇりーちゃんと二人、ホテルの部屋の中に取り残されていた。
 ホテルに女子中学生と二人。
 こんな事が他の人にバレたら、僕の経歴に大きな傷がつくのは間違い無い。
 で、今何でこんな状況に陥っているのかというと…

『今日はちょっと出かけてくるから』
『どこに行くんですか、狐さん?』
『仕事だよ、仕事。
 そろそろ資金が心許なくなってきたんでな。
 この部屋を追い出されないうちに稼いで来なくちゃならねえ』
『…すみません』
『馬鹿、気にするなって。
 …元はといえば、少年がこんな所に来る事になったのは、俺の責任でもあるんだからな』
『…! それは、違―――』
『ま、君は漫画でも読んでくつろいでてくれよ。
 護衛にしぇりーを置いておくからさ。
 あいつが一緒なら、何があっても大丈夫だろ』
『はあ、それはそうですが、しかし…』
『心配すんなって。 もうお前の命を狙ったりはしねえよ』
『そっすか』
『万が一の場合、避妊だけはちゃんとやっとけよ』
『うるせえ黙れ』

 …と、こういう経緯な訳である。
 まあまるっきり当然な事なのだが、
 こんな豪勢な部屋に泊まってれば、相応の金もかかるというものである。
「……」
 チラリ、と横目でしぇりーちゃんを見てみる。
 しぇりーちゃんは僕などそ知らぬ顔で、『スーパーマリオブラザーズ2』に興じている。
 しかし先日まで命を狙われていた殺し屋に今度は命を守られてるなんて、
 よくよく考えてみれば凄い経験だよなあ。

「……」
「……」
 か、会話がねえ…
 何でか僕しぇりーちゃんに嫌われてるみたいだし、
 だとすればあまりこちらから話しかけるのも迷惑なのではと思ったが、
 流石にこのままでは空気が重過ぎる。
「…やっぱ、バイトでも探したほうがいいのかなあ」
 沈黙に耐え切れず、僕は呟いた。
「いきなり何を言い出すのですか、お兄さん?」
 聞き返すしぇりーちゃん。
「だってさ、ほら、僕のこの今現在の立場って、まんまヒモ同然じゃん」
「ようやくそんな事に気づきましたか、この登校拒否」
「うるせえ死ね」
 登校拒否とは失礼な。
 いや、実際それと同然ではあるけどさあ。
「ですけどバイトなんて無理でしょう。
 命を狙われてるのに、呑気に仕事するなんてどこの白痴ですか」
 お前こそ前まで僕を殺そうとしてたじゃねえかよ。
「いや、だけどさあ、このまま狐さんにおんぶに抱っこってのはちょっと。
 一応、僕にも男としてのプライドっていうか何と言うか…」
「本当にプライドがあるなら、
 黙ってここから出て行ってる筈なのです」
 ぐはあ、クリティカルヒット!
 急所に当たった!
 効果は抜群だ!
「いっすよいっすよ、どーせ僕は、どーせ僕は…」
 床に指で文字を書く僕。
 事実その通りだけどさあ。
 もっとオブラートに包んだ言い方ってもんがあるんじゃない、しぇりーちゃん?

971:2004/11/25(木) 18:32

「というか私には理解不能です。
 狐さんにこれほど良くして貰って、何が不満なんですか?」
 不思議そうにしぇりーちゃんが訊ねる。
「不満は無いけど…
 その、えーっと、僕としては、あの人とは対等な立場でだね…」
 見下されたくない。
 哀れまれたくない。
 情けをかけられたくない。
 僕を、一人前の一人の人間として見て欲しい。
 そんな事は、ただの我侭というのは分かっているけど。
「…狐さんの事、好きなんですか?」
 …………。
 ……………………。
「わはははははは!
 おもれーこというなーおめー!!」
 動揺のあまり口調がかなり変わってしまった。
 ストレートだ。
 160kmストレートど真ん中の直球だよ、しぇりーちゃん。
 その剛速球に僕はもうノックアウト寸前だ。
「ま、薄々感づいてはいましたけどね。
 ですがそれなら…」
 すっと、僕を指差すしぇりーちゃん。
「やっぱり、お兄さんは私の敵です」
 敵?
 何でさ?
 こいつまさかまだ僕を殺すのを諦めてなかったのか?

「そういえば、しぇりーちゃんと狐さんはどこで知り合ったの?」
 かなり気まずくなったので、僕は話題を変える事にした。
「仕事です」
 仕事。
 それってやっぱり、一般の中学生としての仕事ではなくて―――
「…しぇりーちゃんは、その、いつから仕事を……」
 そこまで言って僕は後悔した。
 僕は何て事を聞いてるんだ。
 こんなの、僕が訊ねるべき質問じゃ無い。
「二年前です」
 二年前って、今でもまだ十分子供なのに、そんな小さい時からあんな事を!?
 していたのか、
 させられていたのか、
 したかったのか、
 したくなかったのか、
 どっちでもなかったのか、
 どうでもよかったのか。
「…?
 ああ、余計な同情なら結構ですよ。
 別に、私は私の仕事にさして何たる感慨はありませんから」
 事も無げに、しぇりーちゃんは言った。
 何の感慨も無い?
 嘘だ、そんなの。
 そりゃあ、今はそう思えるのかもしれない。
 だけど、君にも最初の頃はあった筈だ。
 その時にも、君は本当に何も感じなかったのか?
 感じないように、育てられていたのか?
「お兄さんには理解出来ないでしょうけど、
 『禍つ名』ってのは、そういう領域なのです。
 そういう世界なのです」
 殺す。
 理由さえ有れば、理由さえ無くとも、人を、人でなくとも。
 それが『禍つ名』。
 それが『人吊詩絵莉』。
 そして多分狐さんも。
 地獄。
 正にこの世の地獄だ。
 血で血を洗い、死で死を贖う、血と死で血に塗れた死に塗れな、
 魑魅魍魎が右往左往に東奔西走へ跳梁跋扈な掃き溜めの世界。
 命など、そこには微塵の価値も無い。

981:2004/11/25(木) 18:32

「…それは、だけど……」
 だけど、そんな事で納得していい訳が無い。
 そんなのって、あまりにも―――
「…やっぱり、狐さんの言う通りですね」
「?」
「お兄さん本人に、家族の敵討ちとして『冥界の支配者』を殺させては駄目、という事です」
 狐さんが、そんな事を言っていたのか?
「待ってくれ! 僕はあいつを許さない!
 あいつは、僕がこの手で―――」
 この手で、殺す。
 殺す。
「駄目です。
 お兄さんは、後悔してしまう人です。
 いいですか、人を殺すというのは、動物を殺すのとは訳が違います。
 種族保存の本能か、他者との共感力なのかは知りませんが、
 人を殺すという事には、少なくない覚悟と犠牲がつきまといます。
 そして、お兄さんはその覚悟と犠牲に耐えられるのだとしても、
 きっと後悔してしまいます。
 殺しを、割り切れない人です。
 そんな人は―――どんな理由であれ、人を殺すべきではありません」
「――――――」
 明らかに僕より年下の少女に、人殺しとは何なのか説教をされる。
 そしてそれは恐らく正しい。
 僕の想像など遥かに及ばない程の修羅場を、しぇりーちゃんは潜ってきたのだろう。
 そんなしぇりーちゃんに、今までぬくぬくと日々を暮らしてきた僕が、
 何かを言う事なんて出来る筈が無い。
「……」
 僕は、自分の不甲斐無さが口惜しかった。
 いいのか?
 本当にいいのか、これで?
 このまま狐さん達に、全てを任せたままでいいのか?
 それで、僕は本当にいいのか?

「…お兄さんは不思議な人なのです」
 しぇりーちゃんがふと呟いた。
「お兄さんと話していると、何故か鏡に向かって話している気になるのです」
 鏡、か。
 それはそうなのだろう。
 僕には、あまりにも自分が欠け過ぎている所為で、誰にでもなれる。
 だから、しぇりーちゃんは僕の中に自分自身を投影してしまったのだろう。
 何て、愉快。
 何て、奇怪…

991:2004/11/25(木) 18:33

「!!!」
 突然、しぇりーちゃんがガバッと入り口のドアへと振り向いた。
「!?」
 僕も釣られてそちらへと目を向ける。


 キンッ


 乾いた音と共に、ドアに鋭い切れ目が走る。
 程無くしてドアはそのまま真っ二つになって倒れた。
 おいおい、どこの不法侵入だ?
「…外法狐は、おられるか?」
 ドアが無くなった入り口から、一人の男が侵入して来る。
 何だあいつは。
 どっからどう見ても侍だ。
 あんな格好でここまで来たのか!?
 警察は何をやっているんだ!?
「あ、あなた誰ですか…?」
 僕は恐る恐る訊ねた。
 和服の女性は好みだが、和服の男性は守備範囲外だ。
 こんな変態さんには、とっととご退場願いたい。
「拙者は、獣死三羅腑(じゅうじ さぶらふ)と申す者。
 …ギコ侍とでも呼ぶがいい」
 『獣死』?
 こいつ、『禍つ名』か!
「四位の『獣死』が、一体何の用なのです!」
 特大チャクラム『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』を構えて、
 しぇりーちゃんが侍に叫ぶ。
「先程も申した通り。
 外法狐と、お会いしたい」
 狐さんに、この時代錯誤の侍が何の用だってんだ?
 和服友の会の会合か?
「…会って、どうするんです」
 僕は思わず後ろに下がりそうになるのを堪えて、言った。
「死合って頂く」
 きっぱりと侍は答えた。
 死合うだって?
 あの狐さんと戦うなんて、この人正気なのか?

「…しかし、どうやら今はここに居ないようだな。
 仕方が無い。 先に契約を済ませて、ゆっくりと帰るのを待つとしようか」
 侍がゆっくりと僕に顔を向けた。
「そこの男、お主が宝擬古で相違無いな?」
 一瞬にして体から冷や汗が噴き出し、口の中がからからになる。
 これは、殺気!?
 いや、それより、何でこんな奴が僕の名前を知っている!?
「相違無いようだな。 ならば―――」
 沈黙を肯定と受け取り、侍が腰に差した刀に手をかける。
「死んで貰おう」
 気がついた瞬間には、既に間合いを詰められていた。
 侍の刀が鞘から目にも止まらぬ速度で滑り出し、
 僕の脳天目掛けて銀のきらめきを瞬かせる。
 しまっ―――殺され――――――

1001:2004/11/25(木) 18:34

「させません!!」
 激しい金属音が、目の前で鳴り響いた。
 しぇりーちゃんが、侍の一撃が僕に到達する前に受け止めてくれたのだ。
「あ…しぇ、しぇりーちゃ……」
「何をしているのです!
 早く逃げて下さい!!」
 こちらには目を向けず、大声で怒鳴るしぇりーちゃん。
「そ、そんな!
 君を置いて―――」
「一般人のお兄さんに、『禍つ名』の相手が出来るとでも思っているのですか!
 そんな役立たずが、ここに居ても邪魔なだけです!
 分かったら早く逃げて下さい!
 私に、狐さんとの約束を破らせるつもりですか!?」
 そうだ。
 この子は、狐さんから僕を守るように言われていたんだった。
 だから、僕を守ってくれたんだ。

「ごめんっ、しぇりーちゃん!」
 僕は出口に向かって駆け出した。
 しぇりーちゃんの言う通り、ここに僕が居ても足手まといになるだけだ。
 ならば僕に出来る事はただ一つ。
 狐さんやアヒャさん達に連絡を入れて、一分でも早くしぇりーちゃんを助けて貰う事。
「逃がさん!」
 侍が逃げようとする僕を引きとめようとする。
「させません、と言いました!」
 再び起こる、金属と金属とがぶつかる音。
 僕は逃げた。
 逃げ続けた。
 戦う事から、
 守る事から、
 殺す事から、
 決断する事から、
 ただ、ひたすらに、逃げ続けた。


               〜100getしつつ続く〜

1011:2004/11/26(金) 18:00
 〜十六話〜

「……!!」
 下に降りるエレベーターの中で、僕は狼狽していた。
 何で、何でこんな時に限って電話が通じないんだ。
 狐さんもアヒャさんもフーンさんも、誰も電話に出てくれない。
 誰も助けに来てくれない。
 いや、これでも構わないか。
 いずれ僕からの着信に気がついて、向こうから電話を掛けなおしてくれる筈。
 それまで、僕は逃げ回っていればいいだけだ。
 このホテルの中ならともかく、人ごみの中に紛れれば、
 いくらあの侍でも僕を見つける事など不可能だ。
 逃げるだけなら、僕にも十分アドバンテージがある。
 だけど、それじゃしぇりーちゃんはどうなる?
 いや、考えるな。
 しぇりーちゃんはあれが仕事なんだ。
 それに、僕が今更戻った所で何が出来る?
 偽物の僕に何が出来るというんだ?
 そうだ、僕は偽物だ。
 だから…



          @        @        @



 人吊詩絵莉(ひとつり しえり)にとって、外法狐は初めての友達であった。
 『人吊』の一員として育てられていた頃には、
 友情だの愛情だのといったものは何一つ教えられなかったし、
 また自分もそれでいいと思っていた。
 それに、疑問すら覚えていなかった。
 ただ生けとし生きるものの命を刈り取る為の刃と化す。
 それだけが人吊詩絵莉の全てだった。
 それは、二年前仕事を任されるようになってからも変わらなかった。
 殺し殺され死に死なす為に生きて死ぬ。
 そんな生き方に納得していたのだ。
 諦めていたのだ。
 しかし、それが僅かながらに変わった。
 外法狐に出会ってから、変わったのだ。
 殺しの宿命に囚われながらも、
 なお気高く生きようとするその生き様を見せつけられた。
 その時から既に、自分は外法狐という人間から逃げられなくなっていた。
 あの人は、自分の事を友達にしてくれた。
 その気になれば、花の茎を手折るかの如く殺せるであろう自分を、
 それでも対等の存在として、友達として見てくれた。
 今日出かける前に、あの人は言った。
 『タカラギコを守ってやってくれ』、と。
 それは、まさかこんなに早く居所が見つかるとは思わなかった故の、
 簡単なお願いのつもりだったのだろう。
 まさか『禍つ名』の四位である『獣死』が出張ってくるとまでは予想していなかったのだろう。
 だが、現実にはここに獣死三羅腑(じゅうじ さぶらふ)が来ている。
 思ったより、敵の情報網は広かったらしい。
 だけど、逃げる訳にはいかない。
 あの人は自分に『任せる』と言った。
 自分を『任せる』と言えるだけの存在として認めてくれたから、『任せる』と言ったのだ。
 だから、自分はその信頼を裏切る訳にはいかない。
 任された以上、やりとげなければならない。
 死ぬのは恐くない。
 でもあの人に、外法狐に嫌われるのだけは嫌だ。
 それが、それだけが、人吊詩絵莉を突き動かしていた。

1021:2004/11/26(金) 18:01



「…!!」
 鍔迫り合いの状態から、どちらともなく後方に跳躍して間合いを離す。
 この侍、強い。
 しぇりーは冷や汗を流した。
 二撃刃を打ち合わせただけだというのに、もう両手が痺れ始めている。
 恐らく、この侍の先天的念特性は強化系。
 だとすれば、純粋な身体能力だけでの白兵戦はこちらに不利…!
「…中々の使い手とお見受けする。
 名を、聞かせてはくれまいか?」
 侍が左手で脇差を抜いた。
 二刀流。
 しぇりーが両手に『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』を持っているのに合わせたのであろう。
「…人吊詩絵莉」
 構えは崩さぬまま答える。
 この剣鬼を前にしては、一瞬の隙を見せる事すら致命傷だ。
「成る程、『禍つ名』か。
 …通りで、手強い」
 刀を十字に交差させて、ギコ侍が呟く。
 タカラギコはもう逃げただろうか?
 一旦このホテルから出さえすれば、取り敢えずの危険は去る。
 このホテルの広さから計算して、外に出て人通りの多い所まで辿り着くのに凡そ5分。
 それだけの時間を、稼げればいい。
 この侍を倒す必要は無いのだ。
 ある程度戦いを引き延ばしたら、逃げる事に専念すればいい。
「…あの男を逃がす為の時間稼ぎだけすればいいと考えているようでは、死ぬぞ」
 読まれている。
 だが、構うものか。
 こうやって話している間にも、刻々と時間は経過していっている。
 それこそ、こちらの望む所だ。

「参る!」
 ギコ侍が刀を振り上げて突進した。
 速い―――!
 来る、と思った時にはもう既に間合いの内まで詰め寄られている。
「くッ!」
 左手の『穴開きの満月』で、斬撃を受け止める。
 しかしただでさえ小柄で体重の軽いしぇりーは、
 その衝撃に耐えられず大きく横に吹っ飛ばされた。
「…!」
 急いで立ち上がろうとするも、ギコ侍の姿はしぇりーの目の前から消えていた。
 右!?
 しぇりーは右を向く。
 居ない。
 左!?
 しぇりーは左を向く。
 居ない。
 どこに!?
 ……!
 上―――――!

1031:2004/11/26(金) 18:01

「覚悟!!」
 しぇりーの真上から、ギコ侍はしぇりーを串刺しにするべく刀を突き出してきた。
「うッ――あああああ!!」
 反射的に横に転がり、寸前でその攻撃を回避する。
 あとコンマ一秒でも反応が遅れたら、間違いなく床に刀で磔になっていたであろう。
 そして―――
 相手が攻撃を失敗したこの瞬間こそ、最大にして最高のチャンスだった。
「ああああああああ!!」
 叫びながら、右腕の『穴開きの満月』でギコ侍のいる空間を薙ぐ。
「……!」
 ドサリ、と何かが床に落ちる音。
 赤い液体を撒き散らせながら、ギコ侍の左腕が床に転がった。
 攻撃を避けながらという不安定な体勢だった為、
 首や胴体を両断する事は出来なかったが、それでも大きなダメージには間違い無い。

「ッ!」
 回転の勢いを利用し、しぇりーが華麗に立ち上がる。
 ギコ侍は、切り落とされた自分の左腕の傷口を黙ったまま押さえていた。
「…これで、こっちがかなり有利、ですね」
 『穴開きの満月』についた赤い液体を振り払いながら、しぇりーが言った。
 片腕を失う。
 これが戦闘においてどれ程不利な影響を与えるか、それは今更言うまでも無いだろう。
「見事…」
 獰猛な笑みを見せながら、ギコ侍が口を開いた。
 まるで、片腕が落とされた事など微塵も気にしていないかのように。
「…?
 随分な余裕ですね。
 言っておきますが、片腕だからといって油断も容赦もしませ―――」
 そこでしぇりーは、自身の背後より迫る気配に気がついた。
「!!!」
 咄嗟に振り返った時には、遅かった。
 ついさっき、確かに切り落とした筈の左腕が、今、しぇりーに襲い掛かってきたのだ。
「なッ!?」
 何とかかわそうとするも、間に合わない。
 白銀の閃光がしぇりーを捉え、その華奢な左腕へと踊りかかった。
「―――! うああああああああああああああああああああああ!!」
 甲高い悲鳴。
 今度は、逆にしぇりーの左腕が切り落とされた。
 鮮血が迸り、カーペットに真っ赤な染みを残す。
「…!」
 しかし、痛がっている暇はしぇりーには無い。
 虚をつかれた隙をギコ侍が見逃す筈もなく、
 左腕を落としたばかりのしぇりーに何の躊躇も無く斬り掛かる。
「ッ!!」
 しぇりーがそれに気づき、斬撃を避ける為に後ろに跳ぶ。
 だが、ギコ侍の刃はしぇりーを逃さなかった。
 着地するしぇりー。
 それから一拍の間を置いて、右足が太ももの部分から分断された。
「ッ、ああああああああああああああああああああ!!」
 片脚を失った事でバランスを失い、しぇりーが床に転がって絶叫する。
 誰がどう見ても、最早勝負は決していた。

1041:2004/11/26(金) 18:01

「…何故、切り落とした筈の拙者の腕が動いたか」
 ギコ侍が、倒れたしぇりーに話しかけた。
「簡単な事。 離れた腕を操作したまで」
 そんな馬鹿な。
 しぇりーは驚愕した。
 さっき切り落とされたばかりの腕をあそこまで精密に操作するなんて、操作系でも難しい。
 ましてやギコ侍の先天能力は強化系。
 単なる思い付きで、可能なレベルではない。
 長い間の鍛錬が無ければ、とてもあんな芸当など出来る訳が無いのだ。
「一つ勘違いをしているようだな。
 誰が、この腕が拙者自信のものだと言った?」
 侍が切り離された左腕を手に取り、その切断面をしぇりーに見せた。
 …!
 あれは―――
「そう、義手だ。
 拙者は常日頃から義手を操作し、本物の腕のように見せかけていたのだ。
 血糊を中に仕込んでおけば、斬られた時にそれが噴き出し、本物の腕と錯覚する。
 お前のようにな」
 聞いてみれば単純極まりないトリックだった。
 しかし、まだ半分の謎が解き明かされていない。
 強化系が、何故そこまでの精度で相性の悪い操作系の能力を行使出来る?
「拙者は、この能力の為に自分の手足を自分で切り落とした。
 それが、この能力『傀儡の糸(マッドネスマリオネット)』の誓約だ」
 自分で自分の手足を切り落とす!?
 何て覚悟だ。
 いいや、覚悟なんてものじゃない。
 狂っている。
 そして、狂っているからこそ、相性の悪い操作系の能力をここまで引き出せたのか。
「…今拙者の能力を貴公に教えたのは、貴公の強さへの敬意だ。
 ここまで血沸き肉躍る死合いは、久し振りだった。
 尊敬しよう、貴公は強い。
 そして、能力を教えた以上、ここで死んで頂く」
 ギコ侍が刃をしぇりーに向けて振りかぶる。
 しぇりーは、死を覚悟した。
 ごめん、狐さん。
 私、どうやらここまでみたいです―――



「!!!!!!!」



 銃声が鳴り響き、それとほぼ同時にギコ侍が刀で何かを弾き飛ばした。
 それにより、しぇりーへの止めの一撃は中断される。

 銃声?
 銃声だって!?
 しぇりーはその音がした方向に急いで顔を向けた。
「貴様は…!」
 ギコ侍が驚いた様子でそこに立っている男を睨む。
 そこにいたのは、間一髪でしぇりーを助けたのは…
「ごめん、しぇりーちゃん。 遅くなった」
 タカラギコだった。
 両手で拳銃を構え、その銃口をギコ侍狙って定めている。
「お、お兄さん!?
 どうして――――――!」
 馬鹿だとしか言いようが無い。
 あのまま逃げれば、確実に助かった筈なのに。
 それなのに、どうしてこの人はここに戻って来た!?
「主人公が逃げっぱなしじゃ、格好つかないだろ?
 汎用人型決戦兵器の初号機パイロットだって、逃げちゃ駄目だって言ってたじゃないか」
 苦笑いを浮かべながら、タカラギコは飄々とそう答えた。
「…仲間を見捨てて逃げなかった度胸は認めるが、
 些か短慮であると言わざるを得んな。
 勇気と蛮勇は、似て非なるものぞ?」
 刀をタカラギコに向け、ギコ侍が告げる。
「…蛮勇なんかじゃないよ。
 僕ならお前に勝てる、そう思ったからここまで来た」
「何?」
 ギコ侍が聞き返す。
「聞こえなかったのか?
 ならもう一度言ってやる」
 タカラギコが、ギコ侍を睨み返し言い放つ。
「狐さんが戦うまでも無い。
 お前なんか、僕一人で十分だ…!」


                 〜続く〜

1051:2004/11/28(日) 00:42
 〜十七話〜

     静けき夜 巷は眠る
 此の家に 我が恋人は嘗て住み居たり
  彼の人は 此の家既に去りませど
   其が家は 今も此処に残りたり

 ―――『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』、作動開始
 ―――複製対象、記憶内検索開始
 ―――検索完了、複製対象発見
 ―――複製対象、『不死身の肉体(ナインライヴス)』、『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』

 一人の男其処に立ち 高きを見やり
  手は大いなる苦悩と闘うと見ゆ

 ―――解析開始
 ―――筋力強化、敏捷性強化、感覚強化、治癒力強化、念骨子、形状、念硬度…解析完了
 ―――構成要素抽出開始
 ―――複製対象構成要素、抽出完了

  其の姿を見て 我が心戦きたり
   月影照らすは 我が己の姿
  汝 我が分身よ 青ざめし男よ
   などて 汝の去りし日の
   幾夜を此処に悩み過ごせし
   我が悩み まねびかえすや

 ―――複製開始
 ―――複製処理正常
 ―――複製完了
 ―――完全再生率9%、21%
 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・不死身の肉体(デグラデーションコピー・ナインライヴス)』
 ―――二重発動、『劣化複製・穴開きの満月(デグラデーションコピー・フライングドーナッツ)

1061:2004/11/28(日) 00:42



「…しゃきーん」
 僕の両手に、しぇりーちゃんとそっくりのチャクラムが握られる。
 僕の念は何かになれない。
 だから故に何にでもなれる。
 これが、これこそが僕の力。
「……」
 チラリとしぇりーちゃんを見る。
 急激に血を失っているせいか、その目は胡乱としていた。
 どうやら、早めに決着をつけなければヤバいみたいだ。
「…お主は、そこの娘と同じ能力を使うのか?」
「聞かれて答えるとでも思っているのかい?
 自分の念能力を吹聴するなんて、三流のやる事だぜ。
 そういう意味じゃあ、戦った相手への敬意だのなんだの理由をつけて、
 自分の能力をペラペラ喋るお前も三流、それ以下だ。
 さっき僕一人で十分と言った理由も、それさ。
 三流如き、狐さんの相手になる筈が無いからね」
 僕のその言葉に、侍の周囲の温度が見る見る上昇していくのが分かった。
 そうだ、もっと怒れ。
 まともに僕がこの侍と戦ったって、勝てる見込みは少ない、というより全く無い。
 それはさっき狐さんに買って貰った拳銃でこの侍を狙撃した際に、痛い程分かっている。
 不意打ちで、背後から射撃したにもかかわらず、この侍は刀で銃弾を弾いた。
 決定的だった。
 この侍に、銃は通用しない。
 銃なんかで倒せるような、生っちょろい相手なんかじゃない。
 だからこそ、ここで可能な限り侍を逆上させておく必要があった。
 勝機は、無い訳じゃない。
 その為にも、ここで怒らせて冷静な判断力を奪うという事が、僕が勝つ為の絶対必要条件だ。
「…冗談にしては、笑えぬな」
 口調こそ静かだが、侍の声は明らかに震えていた。
 噴火まであと少しといった所か。
「冗談かどうかは、実際に試してみればいい。
 何なら、ハンデとして指一本しか使わずに戦ってやろうか?」
 ―――!
 その言葉が引き金となった。
 怒髪天つく程の怒りを余す所無く顔に表した侍が、
 僕を一刀両断にするべく大上段から斬り掛かる。
「う、おおお!」
 右手のチャクラムで、その斬り下ろしをガード。
 開いた胴に侍が左手の脇差で横薙ぎを払うが、こちらも逆の手のチャクラムでそれを防ぐ。
 やっぱりだ。
 怒って冷静さを欠いている分、攻撃が荒い。
 攻撃速度そのものは速いが、それに移るまでの予備動作が大きい分、
 どこにどういう攻撃が来るのか、僕の不完全な『不死身の肉体』でも何とか察知出来る。
 これなら―――
「!!!」
 そう思った瞬間、物凄い力で吹き飛ばされた。
 鍔迫り合いの体勢から、侍が僕を力任せに突き飛ばしたのだ。
 いくら攻撃の軌道が辛うじてではあるが見えるとはいえ、
 純粋な膂力の差は予測や予想ではどうにもならない。
 バランスを崩され、不様に尻餅をつく。
「!!!」
 侍が倒れた僕に追撃を仕掛ける。
 まずい、何とかしてかわさなくては。
 すぐに横に跳び―――

1071:2004/11/28(日) 00:43

 ゴトリ

 左腕が、僕の胴体からおさらばした。
 かわしきれなかったが、頭が真っ二つになるよりかは100億万倍マシだ。
 痛くなんかない。
 痛みを感じる暇はない。
 偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。
 偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。偽物の心だから何も感じない。
 だから、痛くなんかない。
 元より、無傷で勝てるとなんて思っちゃいない。
「止め!」
 片腕を失い尻餅をついたままの僕に、侍が最後の一撃を加えんと振りかぶった。
 勝利を疑わない表情。
 そこに生まれる、一瞬にして絶対の油断。
 こいつは、まだ僕が生きているにもかかわらず、自分の勝利を確信した。
 さっきしぇりーちゃんに自分の能力を喋っていたのも、その慢心ゆえだろう。
 教えてやる、獣死三羅腑。
 それこそが、お前の最大の弱点だ…!

 ―――完全再生率17%
 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・傀儡の糸(デグラデーションコピー・マッドネスマリオネット)』

「!!!!!」
 ついさっきまで僕を刺し殺そうとしていた侍の右腕が、
 まるで別の生き物のようにその向きを変え、
 侍の心臓目掛けてその手に持つ刀を突き出した。
 奴は言っていた。
 奴の能力は、自分の義手義足を操作する能力だ、と。
 ならばそれをコピーすれば、僕からでも奴の手足を操作する事が可能。
「ぐああああ!」
 侍が、自分の刀で自分の体を突き刺す。
 よし、勝っ―――

「……!!」
 僕は奥歯を噛み締めた。
 甘かった。
 心臓を貫く直前、侍はギリギリのタイミングで急所だけは外したのだ。
「…紙一重、だったな」
 口から血を吐きつつ、侍がこちらを見据える。
「くッ…!」
 僕はもう一度侍の手足を操ろうとする。
「させぬ!」
 侍が、自分の念で僕の念によるジャミングを強引に捻じ伏せる。
 やっぱり、無駄だったか。
 所詮僕の劣化コピーでは、どうしても本家本元の念能力には劣ってしまう。
 その為、ほんの少しでも注意されたら僕からの義手義足の操作など破られてしまうのだ。
 そうさせない為にも侍を怒らせたのだが、どうやらそれは失敗に終わってしまったみたいだ。
「…分かったぞ。
 お主、人の真似をする念能力だな」
 そこまでバレたか。
 くそ、どうやってこのピンチを乗り越えようか。
「!!」
 考える隙間も与えまいと、侍が僕に斬りつけてくる。
 即座に後ろに跳躍して回避。
「だが、所詮は猿真似。
 本物には到底及ばぬわ!」
 どうやら、向こうは冷静さを取り戻してしまったらしい。
 これは冗談抜きに絶対絶命のようだ。
 どうする?
 何とかしぇりーちゃんを抱えて逃げ―――

「あ―――?」
 腰のあたりがじわりと湿るのを感じた。
 …?
 不思議に思って、僕は自分の腹を見てみると…
「あ、あ、あああああああ!?」
 腹の部分にパックリと裂け目が開き、そこから腸がこぼれ出した。
 さっきの斬撃は、避けれてなどいなかったのだ。
「…今度こそ、終わりのようだな」
 何とか腸がこれ以上はみ出さないように腹を押さえる僕に、侍がゆっくりと近づいて来た。
 畜生、ここまでか。
 しぇりーちゃん、ごめん。
 僕、君を助けられなかった。
 狐さん、ごめんなさい。
 僕の所為で、僕だけでなくしぇりーちゃんまで巻き添えにしてしまいました。
 僕の巻き添えで、僕の家族もしぇりーちゃんも殺してしまいました。
「今度は油断はせぬ。
 全身全霊を持ってして、いまここでお主を屠り去る」
 侍が、頭上に刀を振り上げて…

1081:2004/11/28(日) 00:43



「子供をいたぶるのは、そこまでにしておいたらどうだ?」
 突然、僕の後ろから男の声がした。
 いや、僕はこの声を知っている。
 この声は、この人は、
「フーンさん…」
 掠れた声で、僕は何とかその言葉を絞り出した。
 痛みなんかどうでもいいが、失血によって意識が朦朧とするのだけはどうしようもない。
 気を抜いたら今にも気絶してしまいそうだ。
「君の着信があったから嫌な予感がして来てみれば、
 ふん、かなり面倒な事になっているみたいだな」
 拳銃を持った両腕をダラリと下げたまま、フーンさんが涼しい顔で侍を見据える。
「…今日は客人の多い日だ。
 一応聞いておこう、貴殿の名は?」
 戦闘不能になった僕としぇりーちゃんには目もくれず、侍がフーンさんに訊ねた。
「扶雲一郎(ふうん いちろう)。
 しがないフリーのハンターさ」
 肩をすくめ、フーンさんが答える。
「承知した。 拙者は…」
「そっちは別に名乗らなくていい。
 どうせそこで倒れている坊やとお嬢ちゃんに既に名乗っているだろうし、何より―――」
 フーンさんが口に煙草を咥え、ライターで火を点けた。
「この煙草を吸い終える頃には死んでいる男の名前なぞ、
 聞くだけ無駄というものだ」


               〜続く〜

1091:2004/11/29(月) 02:13
 〜十八話〜

「残念だが、その煙草を吸い終える事は叶わぬよ」
 侍が刀を十字に交差させ、フーンさんを睨む。
「その前に、貴様は死ぬのだからな!」
 斬りかかる侍。
 さっき僕がつけた腹の傷の影響か、その動作は以前と比べて多少劣るが、
 それでもなお目で追うのがやっとの速さだった。
「ふーん」
 フーンさんが銃を侍に向けて待ち構える。
 駄目だ、フーンさん。
 その侍は、拳銃なんかじゃ倒せない!
「そのような鉛玉で、拙者が仕留められるか!」
 侍が刀を振り上げる。
「お生憎様。 こいつはただの銃じゃない」
 フーンさんが落ち着いた表情のまま引き金を絞り―――

「!!!」
 侍が驚愕に顔を歪ませた。
 フーンさんが、今まさに自身の頭に振り下ろされんとしていた刀を、
 その刀身を狙撃する事で弾き返したからだ。
「なッ!?」
 信じられない、といった顔つきのまま、侍が続けざまの剣撃を放つ。
 しかしその全ては同様にフーンさんの銃撃によって阻まれた。
「くッ!」
 銃撃を受けた時の衝撃に耐え切れず、侍の左手の脇差が弾き飛ばされる。
 脇差は回転しながら宙を舞い、僕の目の前の床に突き刺さった。
「…!
 この威力、念の銃弾か…!」
「言っただろう? ただの銃じゃない」
 侍は落とした刀を拾おうとはしない。
 そんな事をすれば、その隙に撃ち殺されるのは明白だからだ。
「しかし、ならば受けずにかわせばいいまでの事!」
 侍が再びフーンさんに突進する。
 フーンさんはそこ目掛けて銃弾を放つが、侍は身を屈めてそれをかわす。
 それと同時に、身を屈めた体勢から斬り上げる形でフーンさんに斬りつける。
「ちッ!」
 銃弾で弾く間は無い為、フーンさんはその一撃を拳銃の銃身で受け止めた。
 しかし筋力では侍の方に分があったようで、フーンさんは衝撃を受け止めきれず大きく仰け反る。
「はあッ!」
 侍がそこにすかさず刀を突き出す。
 体をよじる事で、フーンさんは何とかその突きを回避。
 刀がフーンさんの横顔を掠め、そこに赤い線が走った。
「喰らえ!」
 身を反らしつつも、フーンさんが左手の拳銃で侍に銃弾を撃ち込む。
 しかし既にその場所には侍の姿は無く、
 神業のような身のこなしでフーンさんの背後に回った侍が、
 後ろから横一文字に刀を振り抜いた。
 しかし後ろを向かないままの姿勢で、フーンさんが拳銃でその斬撃を防御する。
 そのまま馬のように後ろ蹴りを叩き込み、強引に侍との距離を離した。

1101:2004/11/29(月) 02:13

「…成る程、大きな口を叩くだけはある」
 感心したように口を開く侍。
「しかし、そこまでだ。
 後二度か三度打ち合えば、必ず貴様に一太刀入れる事は出来る」
 確信に満ちた声で、侍は言った。
 確かに僕から見ても、フーンさんの方が押されている事は否定出来ない。
 このままでは、近いうちにフーンさんは殺されてしまう。
「だろうな」
 しかし当事者であるフーンさんは、まるで他人事のようにそっけなく呟いた。
 煙草は未だ、口に咥えたままである。
「だから、こっちも奥の手を使わせて貰う」
 フーンさんがにやりと笑い―――

「『二重殺(ダブルファング)』」

 次の瞬間、何も無い筈の空間から突然銃弾が飛び出した。
「がッ!!」
 予期せぬ不意打ちに、侍が背中にマトモにその銃撃を喰らってしまう。
 何だ、今のは!?
 フーンさんは一体、何をやったんだ!?
「終わりだ、侍(ソードマスター)」
 銃弾を受けて体をぐらつかせた侍に、フーンさんが止めの銃弾を次々に撃ち込みまくる。
 頭が西瓜のように爆ぜて脳漿を撒き散らし、
 体に大穴を開けて肉と血で床に赤黒いアートを描きながら、侍は力無く床に倒れ伏した。
 その体は、もうピクリとも動かない。

「…ギリギリ、間に合ったか」
 フーンさんが僕達の方に向いて言った。
 それは僕達の身を按じての事なのか、
 根元に来る直前まで灰になった煙草の事を言っているのかは定かでないが、
 どっちにしろそんな事はもうあまり僕にとって意味を持たない。
 当然だがフーンさんが戦っている間にも僕は血を流し続けていたので、
 もう意識を保つのも限界に近かったのだ。
「お、おい、寝たら死ぬぞ!?」
 フーンさんが叫ぶが、もう僕の耳には入って来なかった。
 視界が大きく傾き、頬に何かがぶち当たる。
 そしてようやくそれが床であると気づいた時には既に、
 僕の思考回路は真っ暗な闇の中へと落ちていくのだった。

1111:2004/11/29(月) 02:14





 目が覚めると、僕はベッドの上に横たわっていた。
 天井の模様からして、狐さんの所のホテルではない事は分かったが、
 だとすればここは一体どこなのだろうか?
 天井はシミやススだらけでお世辞にも天国だとは言い難い。
 とすれば、ここは地獄か?
「起きたか、少年」
 誰かが僕の顔を上から覗き込む。
 狐さんだ。
「おおゆうしゃよ しんでしまうとはなにごとじゃ」
 狐さんはおどけた調子で話しかけてきた。
「…そりゃすいませんでしたね。
 ここはどこですか?
 ラダトーム城にしては貧相ですけど」
 僕はゆっくりと周囲を見渡した。
 薬や包帯の入った棚。
 立てかけられている点滴台。
 もしかして、ここは病院か?
「金さえ払えば信用の出来る裏医者だよ」
 ふむ。
 病院というよりは診療所といった方が正しいのか。
 どうやら、僕は命だけは助かったみたいだ。
「…!?」
 ベッドから身を起こした所で、僕は異常に気がついた。
 左腕が、くっついてる。
 いや、左腕があるのは普通に考えて正常なのだが、僕の場合においてはおかしい。
 なぜなら、僕の左腕はあの侍に切り落とされたからだ。
 不審に思って小指から親指にかけて折り曲げ、そして開くという運動を繰り返してみるが、
 これといった障害も無く普通に動く。
 馬鹿な。
 腹の傷は兎も角、複雑に神経などが通っている腕が、
 一旦切り離されたのをくっつけてここまで回復するのか!?
「驚くのも無理は無い。
 私の腕は、そんじょそこらのヤブ医者とは違うからな」
 部屋の中に一人の男が入って来た。
 その男は髪が半分白くなっていて、その顔には大きなツギハギの跡が残っている。
 これって、ひょっとして…
「私の名前はモラックジャック。
 無免許のモグリ医者さ」
 モグリだけじゃなくてパクリだ。
 手塚虫先生、ごめんなさい。
「君の左腕は、私が元通りにしておいた。
 もう日常生活を行う分には支障は無いだろうが、
 しばらくの間は急激な運動は避けておきたまえ」
 左腕を元通りにした、って、そんな簡単に出来る事なのか!?
「『生物の肉体を治療する』、そういった念能力だよ」
 モラックジャックが簡単に自分の能力をバラす。
 いや、この場合は能力を隠す必要は無いのか。
 寧ろ、能力が知れ渡っていた方が、その噂を聞きつけてこの診療所に来る患者も増えるというものだ。
「しっかしおどろいたぜ、本当。
 二日前にホテルに帰ってみれば、君としぇりーがボロ雑巾になって倒れてるんだから。
 おまけに訳の分からない侍は死んでるしよ。
 あれから、君としぇりーをここまで運んできたり、
 ホテルの件の隠蔽工作に駆けずり回ったり、
 このボッタクリ医者の治療費を融通したりで大変だったんだからな」
 二日間。
 僕は二日間も眠り続けていたのか。
 どうやらその間にかなり多くの問題が発生していたらしい。
 まあ、ホテルの一室であんなにドンパチやらかしたら問題になって当然か。

1121:2004/11/29(月) 02:14

「…!
 そういえば、しぇりーちゃんは!?」
 思考が現実に追いついた所で、僕はハッとその事を思い出して叫んだ。
 そうだ、しぇりーちゃん。
 彼女は、無事なのか!?
「心配するな。
 あいつも五体満足に回復してる。
 今は、隣の部屋でぐっすり寝てるさ」
 そうか。
 無事なのか。
 よかった。
 …本当に、良かった。
「ネーノとしぇりーから大体の話は聞いた。
 災難だったな、少年」
「?
 しぇりーちゃんは寝てるんじゃなかったんですか?」
「阿呆。
 しぇりーは今夜中の2時だから寝てるだけだ。
 あいつなら、昨日の時点でとっくに意識を取り戻してるよ」
「そっすか」
 流石『禍つ名』。
 ついこないだまで小市民だった僕とは耐久力が違う。
「しかししぇりーを助けに駆けつけるとはやるねー。
 喜べ少年。
 エロゲーなら、しぇりールートにフラグが立ってるぞ?」
「うるせえ」
 フラグって何だフラグって。
 ついでにしぇりールートって何だ。

「…ごめんなさい、狐さん。
 心配かけてしまって」
 僕は素直に謝った。
「かかったのは心配だけじゃなくて、金もだがな。
 君の左腕と腹の裂傷、そしてしぇりーの左腕と右足、加えてホテルでの戦闘の隠蔽。
 せっかく仕事で稼いだ金がすっからかんだ」
 怒っているのかそうでないのか判別しかねる声で、狐さんは告げた。
「…狐さんと初めて会った時、ゲーセン代を渡しましたよね。
 お詫びにあれちゃらにしてあげますよ」
「桁が全然違うぞ」
「僕の銀行は、利子が一日10割なんですよ」
 冗談を交し合い、僕と狐さんは苦笑する。

「…本当にごめんなさい。
 格好つけるだけで、僕は何も出来ませんでした」
 そう、僕は何も出来なかった。
 勇ましくしぇりーちゃんを助けに駆けつけたが、結果は見事に惨敗。
 僕が勝てなかったしぇりーちゃんですら勝てないような相手に、僕が敵う訳など無い。
 フーンさんが来るのがあと少し遅ければ、僕はしぇりーちゃん諸共殺されていただろう。
 しぇりーちゃんは命がけで僕を逃がしてくれたのに、
 僕はそれを台無しにしてしまう所だった。
 この罪は、いくら謝っても償えるものではない。
「ああ、そうだ。
 フーンが来てくれなければ、お前はしぇりーを無駄死にさせる所だったんだ」
 責めるような冷たい声で、狐さんが僕を叱る。
 僕は何も言い返せない。
 言い返せる筈が無い。
「…だけどな」
 狐さんが、ポンと僕の肩に手をのせた。
「しぇりーが今生きてるのは、他でもない君のお陰だ。
 君が命を賭して、傷つきながらも戦ってくれたから、しぇりーは死なずに済んだんだ。
 君があのまま逃げたら、フーンが着く頃にはしぇりーは死んでいた筈だ」
「そんなの、結果論です。 僕は…」
「結果論でも何でもいい。
 しぇりーが今生きている。
 それが、俺にとって何より重要なんだ。
 君の行動は大局的に見れば浅はかな愚行だったのかもしれないが、
 俺はしぇりーの友達として、しぇりーを助けてくれた君に感謝し、尊敬する。
 …ありがとう」
 そう言って、
 狐さんは、
 そっと、
 僕の右頬に、
 その薄紅色の唇で、
 触れた。
 …?
 唇で、
 触れた?
「頑張った君への、お礼とご褒美さ。
 光栄に思え。 誰にでもする事じゃないぞ?」
 ほんのり顔を赤らめて、狐さんが照れ臭そうに頭を掻く。
 えっと、今、確か―――
「!!
 うわッ!
 おい、少年、大丈夫か!?」
 体中の血液が沸騰するような感覚に、僕は卒倒した。
 鼻からは止めど無く鼻血が流れ、塞がりかけていた腹の傷が開く。
 こうして、ついさっき起きたばかりだというのに、
 僕はもう一度気絶する事になるのであった。

1131:2004/11/29(月) 02:15



          @        @        @



 モラックジャック診療所の待合室の長椅子に、外法狐が座っていた。
「…坊やの様子はどうだ?」
 と、缶コーヒーを持ったフーンが外法狐の後ろから現れる。
 どうやら、外にジュースを買いに行っていたらしい。
「ああ、またおねんねだよ。
 最近の若いのは純情だあねえ」
 フーンからコーヒーを受け取りつつ、外法狐が笑う。
「…悪ふざけが過ぎたのではないか」
 半ば呆れ顔で、フーンは呟いた。
「そうさな。
 いやでもあれ位で倒れるなんて普通思うか?」
 缶コーヒーのプルタブを開け、外法狐は飲み口に口をつける。

「…そういえば、坊やにご褒美をあげるというのなら、
 その坊やとお嬢ちゃんを助けた俺にもご褒美を渡すのがスジではないのか?」
「ん、ああ、忘れる所だった。
 少年としぇりーを助けてくれてありがとう。
 お前さんが来てくれなきゃ、二人ともお陀仏だった。
 こいつはその礼だ」
 思い出したように、外法狐が分厚い封筒をフーンに手渡す。
「…ほっぺにちゅーじゃないのか?」
「殺すぞ」
「冗談だ」
 封筒の中身の札束を確認しながら、フーンが苦笑する。
「お前さんも金の方が嬉しいだろ?
 それに少年にも言ったように、あんなの誰にでもしやしないよ」
 コーヒーを飲み終え、外法狐は空き缶をゴミ箱へと投げ捨てた。
「あの坊やなら、してもいいと?」
「うるせえぞ」
「失礼。 余計な詮索だったな」
 フーンも缶コーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ入れる。

1141:2004/11/29(月) 02:16

「…あの坊や、あんたに惚れているぞ。
 それも、かなり重症なくらいに」
 少しの静寂の後、フーンの方から口を開いた。
「うわ、やっぱり? 俺も罪な女ねー」
「それを知っていて、なおかつ弄ぶような気持ちで、
 さっきあの坊やにあんな事をしたというのなら、俺はあんたを軽蔑する」
 きっぱりと、フーンは言い放った。
「……」
 外法狐は何も答えない。
「差し出がましい事かもしれんが、
 そっちにその気が無いのなら、さっさとその事を坊やに教えてやれ。
 中途半端な希望を残したままにするのは、絶望を突きつけるより下劣な行為だぞ。
 それに、気の無い相手に好かれても迷惑なだけだろう」
 窓から診療所の外を不審者が来ていないか見張りながら、フーンが淡々と告げる。
「…迷惑じゃあ、ないさ。
 あそこまで真っ直ぐに想いを寄せられて、悪い気のする奴は居ないよ」
 視線を落としたまま、外法狐は呟いた。
「だったら―――」
「だけど、俺はあの少年の想いには答えられない」
 外法狐は静かに告げた。
「それは、あの坊やを愛してはいないという事か?」
「…まあ、そんなもんかな。
 正確に言えば『愛してはいない』というより『愛してはいけない』だけど」
「?」
 フーンが首を傾げる。
「あの少年の事を本気で好きになったら、俺は間違い無く少年を殺す」
 ―――!
 フーンは絶句した。
 外法狐は、何の躊躇いも無くはっきりとそう答えたからだ。
「これは予想なんかじゃないぜ?
 それよりもっと確かな、言うならば予言の域さ。
 それくらい確信して、俺は少年を殺すと断言出来る」
「それは、どういう…」
「誰かを愛するというのは、そいつを自分のものにしたいという感情と表裏一体だろ?
 つまりはそういう事さ。
 俺が少年を好きになれば、俺は少年が誰かのものになるのが我慢出来なくなる。
 少年が俺以外の誰かと話せば、俺はその話してた奴を殺す。
 少年が誰かと手を繋げば、俺はその手を繋いでた奴を殺す。
 そして最終的には、俺以外の存在とあの少年が接するのが耐えられなくなり、
 永遠に自分のものにする為に少年を殺す。
 これはコーラを飲んだらゲップが出るってくらい、
 当然で確実で必然な事実であり理論であり概念であり理屈であり戒律だ。
 もう一度言うぞ?
 俺が心から少年を愛せば、俺は絶対に少年を殺す」
 フーンはそれを聞いて、この目の前の殺人鬼を理解するのを諦めた。
 同時に目の前の殺人鬼をこれ以上無いくらいに理解した。
 ああ、だから、こいつは外法なのか。
 こいつには、殺すという選択肢以外は存在しないのだ。
 殺す為に殺し殺さない為に殺し殺す故に殺し殺さない故に殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す殺す殺す。
 そこには最早『殺す』という以外の何の概念も存在しない。
 『殺す』存在だから殺す。
 そうとしか言葉で表せれない。

1151:2004/11/29(月) 02:16

「…あんたは、そうなんだな。
 『今日の天気が雨だから』とか、
 『今日の朝食がご飯ではなくトーストだったから』とか、
 そういう理由で人が殺せるのだな」
 フーンは遠い目で呟くように訊ねた。
「そんなのは理由ですらないよ。
 せいぜい、きっかけとかその程度さ。
 いいや、そもそも俺は、『外法』は、殺すのには理由すら必要無いんだ。
 理由があれば、なおさらさ。
 …そういうロクデナシの集まりなのさ」
 自分は何という化物と今までこんな至近距離で会話していたのか。
 今更にしてフーンは戦慄した。
 こいつにとって、殺す事とは空気を吸うのと同じ次元だ。
 老いも若いも男も女も人間も非人間も関係無く、こいつは殺す事が出来るのだ。
 仲間だとか友達だとか恋人だとか利害が一致してるかなんて、
 その殺傷本能の前ではまるで意味を成さない。
 この化物は、自分以外の存在は、いや、自分すら殺す為の対象でしかないのだ。
 『外法』が『禍つ名』の中ですら孤立しているという事実も、これなら納得出来る。
 こんな歪な化物、『禍つ名』の中ですら存在を許される訳が無い。
「…そう恐がるなよ。
 ついこないだ仕事のついでに何人か殺してきたばかりだ。
 今ここで、お前さんを殺すとかそういうつもりは無い」
 外法狐は笑みを浮かべるが、それでもフーンは信用ならない。
 何故なら、ちょっとした気紛れでこの化物が自分を殺さないという保証など、どこにも存在しないのだ。
「…金の為の殺しはしない人だと、あの坊やからは聞いたのだがな」
 かといって逃げ出す訳しもいかず、フーンは外法狐と会話を続ける。
 下手な事をして外法狐を刺激するなど、ニトログリセリンをもってダンスをするようなものだ。
「ああ。 仕事っつうのは要人の護衛で、暗殺じゃあない。
 だけど、向こうから喧嘩を売ってくるなら話は別だ」
「…それが狙いだったんじゃないのか?」
「俺はちゃんと事前に通告したぜ?
 戦えば、俺はお前らを殺す、と。
 それでも向かってくる奴らに好き勝手させる程、俺は善人じゃない」
「そういうのは、詭弁というのではないか?」
「そうかもしれないな。
 …いや、その通りだ。
 だけどな、多分、この詭弁さえ言わななったら、
 自分を正当化する事すら必要無いと感じてしまったら、
 誰をいつどこで殺したって構わないじゃないかと思ってしまったら、俺はもうお終いだ。
 そうなったらもう俺は人間や生物ですらない。
 死と破壊のみを振りまく害虫さ。
 そうなるのだけは、俺は嫌だ」
 憂いを湛えた瞳で、外法狐は口ごもる。
「…あの坊やも、とんだ相手に惚れたものだ」
「ああ、本当にそうだ。
 人を見る目ってもんがなってないな」
 フーンが「お前が言うか」と外法狐に突っ込みを入れる。

1161:2004/11/29(月) 02:17

「…本当はさ」
 外法狐が呟くように言った。
「うん?」
「本当は、未練なのかもしれないな。
 まだ、俺にも普通の生活が出来るんじゃないか。
 漫画を読んで、ゲームして、友達と遊んで、下らない事で大騒ぎして、
 …誰かを、好きになって。
 そういうありふれた、ごく普通の生活をする余地が、俺にも残されているんじゃないか、
 そんな未練が、まだ残ってるんじゃないかって事さ。
 だから、しぇりーと友達でいたい。
 あの少年との、ぬるま湯のような距離感に浸っていたい。
 だから、あの少年の問題は可能な限り先延ばしにしたい。
 でも、俺が普通の生活をするなんて、とっくの昔に手遅れになってるってのにな。
 とんでもない笑い話だ」
 外法狐は自嘲気味に笑った。
 フーンは思う。
 この化物は、誰よりも人間らしくない。
 だからこそ、誰よりも人間らしくあろうとするのだ、と。
 それは何と愚かしく、何と憐れな存在であるのか。
 神は何を思って、このような存在を生み出したのか。

「…はは、ガラにもなく喋り過ぎたな。
 今の話は聞かなかった事にしといてくれ。
 特に、あの少年には教えるなよ?」
 外法狐が欠伸をしながら立ち上がった。
「それは分かったが、あんたもそろそろ休んだらどうだ。
 あの少年が起きるまで、碌に睡眠を取っていないのだろう?
 見張りは俺とアヒャでやっておく」
「お気遣いありがとうさん。
 それじゃ、お言葉に甘えて寝させて貰うよ」
 もう一度大きく欠伸をして、外法狐は待合室から立ち去るのであった。


                〜続く〜

1171:2004/11/30(火) 00:15
 〜十九話〜

「ん……」
 僕は小さく声をあげながら目を覚ました。
 え〜と、僕はどうしてまた気絶したんだっけ。
 気を失ったというのは覚えているんだが、その理由がうまく思い出せない。
 まさか、記憶が消し飛ぶくらいとんでもない目に遭ったのだろうか?
 例えば狐さんでも敵わないような強い敵が襲ってきたとか。
 いやそれはないか。
 そんな奴がこの世に存在するとは思えないし、
 何よりもしそんな敵と戦ったのなら、今僕がこうして生きているなんてありえない。
 まあいいや。
 あとで誰かに聞けば分かるだろう。
 そうと決まれば頭をすっきりさせる為に顔でも洗って…
「!?」
 洗面所の鏡を覗き込んだ所で、僕の右頬のあたりがうっすらと赤くなっているのに気がついた。
 何だこりゃ。
 血か?
 いや、血にしては色がおかしい。
 もしかして、口紅か?
 でも何でこんな所に口紅なんかがついてるんだ?
 僕は女装の趣味なんかないし、
 僕が眠っている間に別の人格が現れて女装をしたという可能性も無いと考えていいだろう?
 とすればこれはどういう事だ?
 いや、待て、思い出してきた。
 確か気絶する前に、僕は狐さんと話してて、それでその時狐さんは僕に―――
「……!」
 そして僕は気絶した理由を完全に思い出すと同時に、
 またもや高揚のあまり気を失ってしまうのであった。



「…ったく、洗面所の前で気絶する奴がいるか」
 呆れ顔で、狐さんは僕にそう告げた。
「すみません…」
 僕は謝りながら、うどんの上に乗っかっていた蒲鉾を口に入れる。
 ここは商店街近くの、やや大きめなうどん屋。
 あまり長居しても迷惑だと思ったので、僕達はモラックジャック先生の診療所を出て、
 昼食がてらに立ち寄ったこの店で作戦会議を開いていた。
 僕の右隣の席には狐さん。
 向かい側にはフーンさんとアヒャさん。
 しぇりーちゃんは学校に行っているので今は居ない。
「しかしあそこまで早く居場所を突き止められるとはな。
 正直計算外だったぜ」
 狐さんがうどんをすすりながら忌々しげに言った。
「それで、あんたと坊やはどうするのだ?」
 フーンさんが訊ねる。
「ビジネスホテルやカプセルホテルとかを転々としながら身を隠すさ。
 俺一人ならこそこそする必要も無いが、
 この少年を戦いに巻き込むのはまずいからな」
 うわ、僕って完全にお荷物じゃん。
 実際その通りだけど。
「お前らはどうするんだ?」
 今度は狐さんからフーンさん達に訊ねた。
「アヒャ、オレラハオレラノヤサガアル。 ソコラヘンハシンパイスルナ」
 アヒャさんが得意気に胸をはって答えた。
 ヤサってのはつまり秘密基地みたいなものか。
 秘密基地…
 何と甘美な響きだろう。
 僕も小さい頃、自分だけの秘密基地が欲しかったんだよなあ。

1181:2004/11/30(火) 00:15

「んじゃ、寝場所はそれでいいか。
 次はこれからどうするか、だが…」
 狐さんが本日10杯目のうどんを平らげ、山積みになったどんぶりを更に重ねた。
 いつも思うのだがが、この人のスリムな体のどこに、
 これほどの食べ物を収納するスペースが隠されているのだろう。
 もしかして、僕にも秘密の念能力を使っているのか?
「…あの、狐さん」
 僕は少し迷った後で、言った。
「僕は、殺された僕の家族を調べてみようと思います。
 もしかしたら、何か手がかりが見つかるかもしれませんし。
 …それに、あの時、何か違和感を感じたんです」
 僕のその言葉に、狐さん達が沈黙する。
 狐さん達も、僕と同じ事を考えてはいたのだろう。
 だけど、僕に気を使って言わないでいてくれた。
 ありがとうございます、フーンさん、アヒャさん、狐さん。
 でも、これは、僕がやらなくちゃいけない事だ。
「…覚悟した上で、言ってるんだな」
 狐さんが、僕の目を見つめた。
「はい」
「辛くなるぞ」
「はい」
 僕は逃げない。
 目を背けない。
 家族は、僕の巻き添えで死んだ。
 だから、僕はせめてその家族を殺した犯人を、突き止めなければならない。
「分かった、そうしよう。
 というか、それしか無い。
 警察の方には、俺が手を回しておいてやるよ」
 狐さんが一つ息をつく。
「…すみません。
 迷惑ばかり、かけてしまって」
「気にするなよ。 友達だろ?」
 狐さんが当然のように告げる。
 そう、僕と狐さんとはただの友達だ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 嫌われてはいないけど、特別好かれている訳でもない。
 それは当たり前の事なのだけれど。
 この人に、僕の想いが伝わる事など、決して無いのだろうけど。
「悲しくなったらいつでもおねーさんの胸に飛び込んできたまえ」
「うるせえペチャパイ」
 ペチャパイという言葉に、狐さんが視線だけで殺せるんじゃないかという程の目つきで僕を睨む。
 どうやら、胸囲の事はかなり気にしているらしい。

1191:2004/11/30(火) 00:16

「それで、どうする?
 遺留品を調べたり、坊やの家を直接調べたりと、
 やるべき事は大まかに分けて二つあるが」
 フーンさんが指でVの字を作る。
「あまり時間をかけてると、『冥界の支配者(ネクロマンサー)』に気づかれるかもしれないしな…
 しょうがない、二手に分かれるか」
「じゃあ、僕は狐さんと…」
「マチナボウズ」
 僕の言葉を、アヒャさんが遮った。
「タダデサエオマエトゲホウキツネハメヲツケラレテルンダ。
 ソンナノガフタリイッショニアルイテタラ、イヤガオウニモメダツダロウ。
 ウカツニフタリイッショニデアルクノハトクサクジャナイゼ」
 アヒャさんが低い声で告げる。
 この人、まともに考える脳味噌があったんだ…
 いや、人を見かけで判断するのはよくないってのは分かってたんだけどさ。
「ふむ、それもそうだな。
 では、どのように組を分ける?」
 フーンさんが全員に向けて訊ねる。
「オレガコノボウズノオモリヲスルゼ!
 ドッカノダレカサンタチハ、キノウノヨルナカヨククッチャベッテタミタイダカラナ!」
 !?
 まさか、僕の眠っている間に、フーンさんと狐さんとが仲良くお喋りしていたってのか!?
 …いいや、分かってたさ。
 狐さんだって、僕みたいな餓鬼よりは、
 フーンさんみたいな大人の男の方がいいってのは分かってたさ…
「…別に坊やが心配するような色気のある話はしていない」
 フーンさんが静かに否定する。
 なあんだ、よかった。
 しかし、フーンさんが嘘をついている可能性もあるからな…
 ここに来て、新たなライバルの登場か。
「まあ組み分けはそれでいいとして、どっちがどっちに行くのだ?」
 フーンさんが僕達を見渡して言った。
「俺としては、俺とフーンが少年の家に行く方がいいと思う。
 …少年には、あんな事が起こった場所に行くのはまだ少しキツいだろうからな」
 狐さんが僕の方を見た。
「…お願いします」
 僕は深く頭を下げた。
 僕も、正直あの家に帰るのはなるべく避けたかった。
 帰ったら、あの夜の事を色々と思い出してしまうから…
「それじゃあ、それでいくか。
 そうと決まれば腹ごしらえだ」
 追加でうどんを注文する狐さん。
 あんたまだ食うのかよ。

1201:2004/11/30(火) 00:16

「…あの」
 丁度いい機会なので、僕は一つ質問する事にした。
「何かね、少年」
 狐さんが返事をする。
「多分、前襲って来た侍って『冥界の支配者』の刺客ですよね。
 でも何であの人ってたった一人で来たんでしょう?
 本気で僕を殺すつもりなら、もっと集団で連続で襲って来てもいいと思うんですが…」
 僕は小さな声で訊ねた。
 どう考えてもあの襲撃はおかしい。
 あの時はたまたま狐さんが居なかったものの、
 もし狐さんとあの侍が戦えば、返り討ちに遭うのは必至だ。
 『冥界の支配者』は僕を狙っているというのに、これは少し異様だ。
「…どうやら、少しは頭が回るらしいな」
 フーンさんが感心したように呟く。
「教えてやるよ、少年」
 狐さんが僕を見据えて口を開いた。
「『冥界の支配者』は、あの下種は、お前をネチネチいたぶるのを楽しんでいるのさ。
 自分は絶対に安全な場所に居て、標的であるお前を生かさず殺さず痛めつけようとほくそ笑んでる。
 『冥界の支配者』ってのはそういう奴だ」
 そんな理由で…
 そんな理由で、僕の家族や、しぇりーちゃんを…!
「許せねえよなあ…」
 その狐さんの呟きに、ゾクリと背筋に悪寒が走る。
 まるで、狐さんの周囲の温度だけが、絶対零度まで下がったかのようだ。
「殺す必要なんてないのに、
 殺さなくっても生きていける筈なのに、
 快楽の為に殺す、ってか。
 許せねえ、許せねえよ…
 『外法』である俺には、それがどうしても許せない。
 殺す以外の選択肢を選べるのに、敢えて殺す方を選ぶその存在が許せない…!」
 狐さんの手の中のコップが、音を立てて砕け散った。
 心の底からの憎悪。
 狐さんが、怒っている。
 吹き荒れる負の感情。
 フーンさんとアヒャさんは、その様相に恐怖を隠せない。
「……」
 だけど、僕は狐さんを恐いとは感じなかった。
 少しも、恐いとは思わなかった。
 だって、横から見る狐さんの怒った顔は、とても哀しそうだったから。
「……」
 狐さんは、怒っていた。
 だがそれは、誰に対する、何の為の怒りだったのか。
 でも僕にそれを知る事なんて、出来る筈もなかった。


                  〜続く〜

1211:2004/12/01(水) 19:18
 〜二十話〜

 連続猟奇殺人事件を管轄している警察署に到着すると、僕達はすんなりと資料室まで案内された。
 狐さんの言ってた『警察に話はつけておく』というのは、
 どうやら僕が思っていた以上の効力があったらしい。
 机の上には、事件現場にあった遺留品、僕の家族の死体を写した写真、
 その他諸々の証拠になりそうな物品が並べられている。
 果たして、ここから『冥界の支配者』の手がかりを掴む事は出来るのだろうか、
 という不安は拭えなかったが、それでも今僕に出来る事はこれしかない。
 ごく僅かな可能性を信じて、進むだけだ。
「さて、と…」
 僕は覚悟を決め、家族の死体の写真に目を移した。
 ……!
 腹の中から、先程食べたばかりのうどんが逆流しそうになるのを、無理矢理押さえ込む。
 引き裂かれ、押し潰され、叩き潰され、文字通り肉塊となった家族の無残な姿。
 まるでぼろ雑巾のように、まるで挽肉のように、
 …人の命を、何だと思っていやがる。
「―――!」
 嘔吐感を我慢するのも、ここまでが限界だった。
 慌てて資料室から飛び出し、洗面所で胃の中のものを残らず吐き出す。
 情けない。
 お前はその程度か、宝擬古?
 そんなんで、家族の仇を討てるのか?
「…オイ、ダイジョウブカ」
 アヒャさんが、僕の背中をさすりながら声をかける。
「…はい」
 お腹がすっからかんになったおかげで、何とか吐き気は収まった。
 ああ、くそ。
 本当に、僕は何だってこんなにも無力なんだ…!
「ドウスル? モウヤメトクカ?」
「冗談はよして下さい。 大丈夫、続けれますよ」
 ふらふらとした足取りで、再び資料室に戻る。
 こんな所で諦められるか。
 僕はまだ、何も掴んじゃいないというのに。
 もう一度、家族の死体の写真を見てみる。
 見れば見るほど、およそ人間の仕業とは思えない。
 まるで獣のような力で、人体を悉く破壊されたみたいだ。
 狐さんが言うには、「『冥界の支配者』の能力は死体を操る事だが、
 その死体は本来人間が無意識に制御している筋肉を100%使用するから、
 常人を遥かに超える身体能力をその死体は有する」のだそうだ。
 成る程、この家族の死体の惨状を見れば、その説明も納得である。
「……」
 今度は、遺留品の方へと目を移す。
 砕かれた椅子、画面に大穴が開いたテレビ、陥没した電子レンジ、きれいに真っ二つになった腕時計、
 しかしどれもこれもそこから『冥界の支配者』の情報が得られるとは到底考えられない…
「!?」
 いや、待て。
 おかしい。
 これはおかしいぞ!?
 よく考えれば、いいや、よく考えなくとも、どうしてこんな遺留品が存在するのだ!?
 家族の死体はあんな状態になっているというのに、これは絶対におかしい。
 そうか、あの時のあの違和感はこれだったのか。
 だけど、分からない。
 こんなものが存在している理屈が分からない。
 …!
 待てよ。
 もしかして、僕はとんでもない勘違いをしていたんじゃないのか?
 それならば、あの遺留品の矛盾にも説明がつく。
 だが、そこまでだ。
 それでも、『冥界の支配者』がどこの誰なのかは依然として掴めない。
 寧ろ、より謎は深まったと言える。
 状況は何も変わってなどいやしない。
「ドウシタ、ボウズ」
 ぼーっと突っ立ったままの僕に、アヒャさんが訊ねた。
「…いえ、何でもありません」
 僕はさっき生じた疑問を伝えようかとも思ったが、やめた。
 疑問を解決するには、あまりにも情報が足りなさ過ぎる。
 それに、もしこの疑問から導かれる『ある仮説』が正しいのだとしたら、
 不用意にこの疑問を口外するべきではない。
「…今日はこれくらいにしておきましょう」
 そう言って、僕は警察の資料室を後にするのだった。

1221:2004/12/01(水) 19:19





「…ケッキョクナニモワカラナカッタナ」
 アヒャさんが僕の横で溜息をついた。
 まあさんざん意気込んで出張ってきたわりに収穫は0とくれば、落ち込むのも無理は無い。
「…狐さん達は、何か手がかりを見つけてますかねえ」
 まあ、恐らくは向こうも大した発見は無いだろうが。
 だがしかし、本当にあの遺留品はどういう事だろうか。
 アヒャさんには話さなかったが、狐さんには話しておくべきかもしれない。
 あの人なら、信用が出来るだろうから。
 信頼、したいから。
 ああもう、僕がもう少し賢ければ、こんなに悩む必要だって無いのに…

「タカラギコ君!?」
 突然、後ろから声をかけられた。
 振り向いてみると、そこには見知った顔の壮年男性が立っている。
「冬夫先生…」
 二丁目冬夫。
 通称、おとうふ先生。
 僕の高校の、生物学教師。
 まさかこんな所でばったり会うとは偶然である。
「よかった、心配していたのですよ。
 あの事件から、ぱったりと学校に来なくなってしまって…」
 心からほっとしたような顔をするおとうふ先生。
 流石に二週間近くも学校に行っていなければ大事にもなるか。
「…すみません」
 僕はおとうふ先生に頭を下げた。
「いえ、構いませんよ。
 …その、君の家族については、本当にお気の毒としか……」
 気の毒なのは僕ではない。
 僕の家族だ。
 僕の所為で、あの人達は、死んだ。
「…ところでタカラギコ君、今までどこにいたんですか?
 親戚の方々に連絡しても、行方知れずになっているとの事でしたので…」
 あ、そっか。
 狐さんにご厄介になってるって事、親戚や学校には伝えてないんだった。
 こりゃうっかりしてた。
「あー…、えっと、今は何と言うか、この人の所でお世話になってます」
 僕はアヒャさんに視線を向けた。
「そうでしたか。 それでこちらの方は…」
「アヒャダ」
 短くアヒャさんが告げる。
「そうですか…
 タカラギコ君、辛いかもしれませんが、また元気に学校に来て下さい。
 クラスの皆も、心配していますよ?」
「はい」
 学校か…
 行ったところで、もう二度と前と同じような退屈な学園生活を送る、
 というのは不可能に近いだろう。
 あの事件で僕もかなりの有名人になっているだろうし、
 そんな僕に分け隔てなく接するような善人ばかりがあの学校にいるとも思えない。
 どうしようか。
 転校するか、いっそ高校を中退してしまうか。
 いずれにせよ、もうあの学校には戻れない。
「ああ、そういえば」
 おとうふ先生が思い出したように呟いた。
「山吹萌奈香さんが行方不明になっているのですが、何か心当たりはありませんか?」
 モナカさん―――?
 行方不明になった、だって?
 そうだ、僕は彼女に謝らなければならないんだった。
 でも、何だって彼女が行方不明なんかに。
 いいや、考えられる可能性はただ一つ。
 『冥界の支配者』―――
「どうしました、タカラギコ君?」
 顔面蒼白になった僕に、おとうふ先生が訊ねる。
「いえ、何でも、ないです」
 モナカさんまでが、『冥界の支配者』の毒牙に?
 こうしちゃいられない。
 すぐにでも、探し出さなければ。
 だって、僕は、まだ彼女に謝っていない。
「アヒャさん」
「アア」
 僕の考えを察したのか、アヒャさんが頷く。
「すみません、先生。
 僕、もう行かなければ」
「?
 そうですか。 また学校で、元気な顔を見せて下さいね…」
 そのおとうふ先生の微笑を背に、僕達はモナカさんを探しに街中へと駆け出すのであった。

1231:2004/12/01(水) 19:19



          @        @        @



「…なーんもありゃしねー」
 辟易の声を漏らしながら、外法狐ががっくりと肩を落とした。
「まあ、予想はしていたがな」
 やれやれといった顔でフーンが呟く。
「しかし、どうするよ。
 何も収穫ありませんでしたー、って帰るのはかなり格好悪いぞ?」
「仕方あるまい。
 愚痴ったところで、情報が降ってくる訳でもない」
 フーンがポケットから煙草を取り出して一服する。
 ちなみにこのタカラギコの家に到着してから、これで15本目だ。
「あっちは何か見つけてるかねー…」
「まあ、期待は出来んだろうな」
 ぷかぷかと煙でわっかを作りながら、フーンは外法狐に答える。
「ちっ、しゃあねえ。
 もっぺん最初から出直しか…」
 外法狐が玄関に向かおうとしたその瞬間、彼女の細胞は身に迫る危険を察知した。
「!!」
 即座にその場を跳びのき、臨戦態勢を整える。
「…!
 敵か! どこから―――」
 フーンが周囲を見回したその瞬間―――

「!?
 ッ、ぐあああああああああああああああ!!!」
 突如として、フーンの体が瞬く間に炎に包まれた。
 火達磨になりながらも、フーンは床を転がってなんとか火を消し止める。
 が、それでもダメージはかなり大きいらしく、フーンは倒れたまま起き上がれない。
 敵襲!?
 しかし、一体どうやって!?
「……!」
 外法狐は、窓の外からこちらを覗き込む男を発見した。
 頭が亀頭の形をした、歩く猥褻物陳列罪といった風貌の男。
 その男と、目が合う。
 そして、男は確かに、こちらを見てにやりと笑った。
「テメ、上等だ!!」
 ガラスをぶち破り、外法狐は亀頭男目掛けて突進した。
 ものの1、2秒で、50m程離れていた筈の男の目の前まで駆けつける。
「…あ〜もう、遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅いおっそ〜〜〜〜〜〜い!
 何日この家を張り込んでたと思ってんだよ!
 もっと早く来てくれないかなぁ、ホント」
 亀頭男がわざとらしい程大きな身振り手振りをつけて喋り出す。
「お前、誰だよ」
「いやしっかし、それでも待ってた甲斐があったってもんですよ。
 こうして、あの外法狐が目の前に来てくれたんだから。
 うん、素敵無敵で幸福に至福だ」
「誰だ、と聞いた」
 自分の話を無視された事に腹を立てた外法狐が、ドスを利かせた声で再度告げる。
「ん?ン?んん〜?
 いやはやこれは紹介が遅れましたね。
 人の名前を訊ねる前に、まずは自分から名乗れ!って言いたい場面ですが、
 あいにくぼかぁ既にあなたの名前を知っっちゃってますからね。
 ではお教えしましょう、外法狐さん。
 僕の名前は魔断真裸々(まこと まらら)、マララーって呼んで下さいね。
 キャハッ☆」
「そうかい、お前が『魔断』の『自然発火能力者(パイロキネシス)』か。
 さっきのも、お前の仕業か」
 外法狐がマララーを見据えて言う。
「そ・う・で〜〜〜〜〜〜〜〜〜す!
 僕の趣味は人間の丸焼き!
 さっきの彼にはその為の憐れな犠牲者となっていただきましたァ!」
 誇るようにマララーは告げた。

1241:2004/12/01(水) 19:20

「…豚が人間の言葉を喋るな。
 大方『冥界の支配者』に頼まれたんだろうが、そんな事は関係無い。
 俺の身内に手を出した瞬間、お前の死は決定している」
 外法狐が嫌悪感を露にして吐き捨てる。
 こいつは、根っからのクズだ。
 今回だけでなく、ずっと前からこいつは人を焼き殺してきたのだろう。
 そう思わせるだけの腐臭が、この男からは漂っている。
「あれあれ〜?
 そんな生意気な口利いちゃっていいのかな〜?
 僕の能力、知ってるんでしょ?」
 次の瞬間、外法狐の後ろで不法投棄のゴミ袋が突然炎上した。
 そしてその先には―――
「!!」
 外法狐が、はっと息を飲む。
 そこには、下校途中の学生や、買い物に出かける主婦など、
 様々な人々が行き交っていたからだ。
「はい、もう分かりましたね〜。
 ご存知の通り、僕の能力は見たものを自然発火させる事。
 さあて、今この能力を使えば、果たして何人の人間を殺せるのかな〜?」
 『自然発火能力』のマララー。
 それはマララーの所属する『魔断』だけでなく、
 その外においても有名な事実であった。
 しまった、と外法狐は舌打ちする。
 こいつは人の多い場所に自分を誘い込む為に、わざとさっき見つかったのだ。
「この、外道が…!」
 外法狐がマララーに襲いかかろうとした直後、
 今度は空を飛んでいた鳥が燃え上がり、ローストチキンになって地面に墜落する。
「はいは〜い、動いちゃ駄目ですよ〜?
 確かに僕は直接戦闘だとあなたには敵いませんが、
 それでもそっちが僕を殺す前に、何人かは確実に道連れに出来ますからね〜。
 『外法』は自分の所為で他人が巻き添えになるのが、何より嫌いなんでしょう?」
 マララーはおどけるようにせせら笑った。
「実を言うと、ここ最近の僕の夢は、あなたを火葬する事だったんですよ〜。
 精一杯愛情を込めて焼き殺してあげますから、
 頑張って立派な消し炭になって下さいね〜」


                 〜続く〜

1251:2004/12/03(金) 01:18
 〜二十一話〜

 マララーを前に、外法狐は動かなかった。
 いや、動けなかった。
 動けば、何の関係も無い人々を、自分の所為で犠牲にしてしまう。
 それは『外法』にとって、自分にとって、何よりも許せない事だからだ。
「うんうん、物分りがよくって助かりますね〜。
 それじゃあ…」
 マララーが嫌らしく口の端を吊り上げ、
「まずは右腕から」
 直後、外法狐の右腕の部分から勢いよく炎が燃え上がった。
 着ていた服が焼け、同時に皮膚までが灼けていくが、外法狐は顔色一つ変えない。
 ただ、マララーを侮蔑と怒りの感情を込めて睨むだけである。
「すっご〜〜〜い!
 火に焼かれる痛みって、生物にとって最も耐えがたい痛みの一つであるのに、
 悲鳴や命乞いの一つも口にしないんだ!
 やっぱり最高だよ!
 今日まで生きてて本当によかった!!」
 マララーが心の底から感動して声をあげる。
「それじゃあ今度は左腕だ!」
 続けて、外法狐の左腕までもが炎に包まれた。
 それでも、外法狐は何も動じない。
 ひたすらに、マララーを睨み続けている。
「ああ〜〜〜!
 もう、たまんない!
 ほら見て見て!
 僕の息子も今までに無いくらいに絶好調だよ!
 ここまで興奮出来たのは初めてだ!!」
 マララーの股間は、ズボンが破れそうな程パンパンに膨らんでいた。
 厚手の生地であろう筈なのに、その盛り上がりからマララーの逸物の形がはっきりと見
て取れる。
「ええいもう我慢出来ないや!
 次は右足と左足をいっぺんにイクよ!?」
 マララーの叫びと共に、外法狐の両足が炎上した。
 四肢を今にも焼き尽くされようとしているのに、なおも外法狐の表情は微動だにしない。
 口を真一文字に結んだまま、黙ってマララーを見据えているままである。
「いい!
 いいよ!
 自分とは無関係な誰かを守る為に、そこまで命を張るなんて最高だ!
 ああなんて素敵なんだ!
 自分より強い人を、卑怯な手を使って丸焼きにするなんて!
 もう三回も射精しちゃったよおおおおおおお!!」
 マララーのズボンの股間部分には、濡れたようなシミが浮かんでいた。
 三回射精したというのは、どうやら法螺ではないらしい。

1261:2004/12/03(金) 01:18

「おい、変態」
 体を炎上させながら、外法狐は短く告げた。
「んん?
 何ですか〜?
 質問は年中無休24時間体制で受け付けてますよお?」
 マララーが耳に手を当てて聞き返す。
「勘違いしてるようだから教えておいてやる。
 お前は、周りの奴らの命を握っているつもりなんだろうが、逆だ。
 お前が生殺与奪を自在に出来ると思っているそいつらに、お前は生かされているんだよ。
 お前がもし俺以外の奴を攻撃したその瞬間、俺はお前を殺す。
 いいか忘れるな。
 命を握られているのはお前の方だ」
 きっぱりと、外法狐は言い切った。
 お前など、優位に立っている訳でも何でも無い、と。
 お前など、いつでも殺す事が出来る、と。
「…どうやらあ、自分の立場ってもんがいまいち理解出来てないみたいですねえ〜?」
 マララーが憎らしげに外法狐を睨むと、ついに外法狐の体全体が炎に包まれる。
 さながら業火を身に纏うその姿は、一種の美すら有していた。
「あはははは!
 いくら口では強がりを言おうとも、現にお前は手も足も出ないじゃないか!
 はは、全く『外法』ってのはとんだ愚か者の集まりだよ。
 殺人鬼のくせに、他人を巻き込むのを嫌うなんて、馬鹿としか言いようが無い!
 『殺戮機会(バッドタイミング)』や『殺戮機械(レッドラム)』の二つ名を有していた
外法狸だって、
 どこぞの馬の骨を庇った所為でおっ死んだって―――」
「貴様がその名前を口にするな…!」
 と、それまで炎に焼かれようと顔色一つ変えなかった外法狐の表情が一変した。
 氷のように鋭い視線をマララーに向けつつも、
 その顔には自身を包む炎すら凌駕する程の、烈火の如き憤怒の表情を浮かべている。
「貴様なんぞが、お師匠様を侮辱するんじゃねえ。
 もういっぺんその汚い面で俺の師匠の名前を呼んでみろ。
 殺すぞ…!」
 外法狐は、これ以上ないくらいに怒っていた。
 その様相に、マララーは思わず後ずさりする。
「な、何をそんなにムキになっているのやら。
 はッ、ならばお望み通りもう一度お師匠様とやらの名前を呼んであげましょう。
 外法狸は、どうしようもないくらいの大馬鹿野郎―――」
「なら、死ね」

1271:2004/12/03(金) 01:19


 !!!!!!!


 外法狐を中心として、辺りに突風が巻き起こった。
 いや、突風という表現は少し正しくない。
 正確に言えば、外法狐の気が、猛烈な勢いで周囲に迸ったのである。
「!?」
 その圧力に圧され、マララーが情けなく尻餅をつく。
 近くにいた通行人に至っては、その気に当てられて残らず失神した。
「てめえは、許さねえ…
 お師匠様を愚弄した罪、その命で償わせてやる…」
 外法狐を包んでいた炎は、先程の現象で残らず吹き飛んでいた。
 しかも、着ていた和服こそ黒焦げになっているものの、
 外法狐本人の素肌には、殆ど火傷の跡は見受けられない。
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』によって炎の熱など大幅に遮断され、
 更には治癒力の強化によって火傷が治療されたからである。
 まさしくそれは、不死身そのものの所業であった。
「ま、待て!
 動けば、他の奴等を道連れに…」
「やってみろ。
 出来るもんならな」
 マララーの制止に構わず、外法狐はゆっくりとマララーに歩み寄り始めた。
「まあ、出来る筈も無いけどな。
 もうお前の『自然発火能力(パイロキネシス)』とやらは、使えないんだから」
 外法狐が自信たっぷりに呟く。
 事実、外法狐が目前まで迫ろうとしているのに、マララーは炎を起こしていない。
「手品の種はこうだ。
 多分お前の先天能力は変化系。
 だが気(オーラ)を直接炎に変えるんじゃない。
 着火、炎上能力の高い性質を持つ気に変えているんだ。
 その気を周囲広域に撒布、そして都合のいい時に気で火種をつけて炎上。
 以上が、お前の『自然発火能力』の正体。
 そう、お前の能力は、見たものを燃やすなんて高尚なもんじゃねえ。
 三流手品師のペテン技さ」
 マララーの驚愕の表情が、その外法狐の推理が正しい事を物語っていた。
「この俺が、ただ黙ってお前にいいようにやられてたとでも思っていたのか?
 俺は考えていたんだよ。
 お前みたいな下種野郎を、確実に始末出来る方法をな…!」
 外法狐は、もうすぐそこまでの位置にまでマララーに近づいていた。
「う、うおおおおおおおおおおお!」
 マララーが振り向き、背中を見せて脱兎の如く逃走を図る。
「逃がすかよ」
 それを外法狐は許さない。
 一足飛びでマララーに追いつき、体を沈めて回し蹴りでマララーの足を払う。
 足払い。
 だがその威力は最早技の域など超えており、
 マララーの脚部が足払いを受けた部分から残らず爆散するように吹き飛ぶ。
 外法狐の蹴りが、マララーの足の肉と骨を完膚なきまでに粉砕しつくしたのだ。
 その破壊力の前には、防御など意味を成さない。
 どこであろうと、その攻撃が当たった部分を確実に破壊する。
 そこまでの力を、外法狐は有していた。
「ひ、ひいああああああああああああああああああああああああ!!!」
 足を失った為マララーは逃げる事が出来なくなり、
 最後っ屁とばかりに懐から抜き出した拳銃で外法狐を撃つ。
 しかし弾丸は外法狐に着弾すると同時に、まるで銀玉鉄砲のように全て弾き返された。
「まさか、そんな玩具でこの俺を殺せるなんて思ってたんじゃないだろうな」
 弾丸を避けようともしないまま、外法狐が笑った。
 頭に当たっても、腹に当たっても、胸に当たっても、腕に当たっても、足に当たっても、
 弾丸は外法狐に傷一つつける事すら出来ない。
「ひいい!ひい!ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
 やがて拳銃の弾丸は尽きた。
 が、それでもマララーは空になった拳銃を外法狐に向け、引き金を引き続ける。
 それが、マララーに出来る最後で唯一の抵抗だった。

1281:2004/12/03(金) 01:19

「こ、こ、殺すのか、僕を!
 は、ははッ、そうだろうなあ!
 だからこその『外法』なんだもんなあ!
 他人を巻き添えにするのは嫌いなんて、いい子ぶりやがって!
 所詮貴様らは薄汚い人殺し…」
 最後まで言わせず、外法狐は無造作にマララーの拳銃を持つ手を蹴った。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
 ただ蹴っただけ。
 それだけでマララーの腕が挽肉同然となって胴体から千切れ落ちた。
 マララーの体は、念でガードされていたのに、である。
「…冥土の土産に教えてやる。
 俺達『外法』が、どうして他人を巻き添えにするのを禁忌とするのか…」
 外法狐が、マララーを見下ろしたまま言った。
「俺達『外法』は、殺せるんだよ。
 理由も何も無くてもな。
 だけど、俺達は殺しに理由を求めなければならない。
 確固たる自分の信念を持って、殺さなければならない。
 そうでなきゃ、俺達はただの化物だ」
 外法狐は侮蔑の眼差しをマララーに向けたまま、話を続ける。
「殺す時は、己の理屈に基づき、己の理由で、己の為に、己の手で殺す。
 これが『外法』唯一の戒律だ。
 だからこそ、俺達は人を巻き添えにしてはならない。
 己の理屈も理由も関連しないのに、己の所為で人が死ぬのは耐えられない。
 だから、人を自分の巻き添えにしない事には命を賭ける」
 それは詭弁だった。
 どっちみち、殺す事には変わりは無いのだ。
 そしてそれは矛盾だった。
 殺すのに理由や理屈が要らないからこそ『外法』である筈なのに、
 『外法』は理由や理屈で己を正当化しようとしている。
 それは愉快で奇怪な戯言であった。
「…そして、俺は巻き添えにしてしまった。
 何の罪も無い少年を、傷つけてしまった。
 少年の家族を、殺してしまった。
 帰る場所を、奪ってしまった…」
 外法狐が、悲し気な表情を一瞬見せる。
 が、すぐにそれは能面のような無表情に変わり、
 怖気の立つような殺意のこもった目でマララーを見据えた。
「…喋り過ぎたな。
 そろそろ、殺すとするか」
 ぽつりと、まるで挨拶でもするかのような平坦な声で、さも当然の如く外法狐は呟いた。
 殺す。
 それがどういう事か、どういう結果をもたらすのか理解した上で、外法狐は殺すと言った。
「ま、待て!
 嫌だ! 僕はまだ死にたくな―――」
「俺が俺である為に、死ね」
 外法狐の拳が、マララーの亀頭のような頭を打ち砕いた。





「おーい、生きてるかー」
 マララーを殺した外法狐はタカラギコの家に戻り、倒れたままのフーンに声をかけた。
「…何とかな」
 全身ススだらけになったフーンがよろよろと身を起こす。
「そりゃ重畳。
 で、悪いんだけどすぐにここから逃げるぞ。
 ついそこで一人殺しちまってね、お巡りさんが来るかもしれない」
 悪びれもせず、外法狐は告げた。
「…お前は、もっと事を穏便に済ますという事が出来ないのか?」
 フーンが煙草を咥えて火を点け、大きく息を吸い込んでから煙を吐いた。
「悪かったな。
 それより、とっととずらかるぞ。
 肩を貸した方がいいか?」
「頼む」
 外法狐はフーンの肩を担ぎ、外に出るべく玄関に向かう。
 外法狐の方がマララーの攻撃を多く喰らった筈なのに、
 受けたダメージはフーンより外法狐の方が少ない。
 その事に、フーンは心からの畏怖を覚えると共に、
 こんな化物に想いを寄せるタカラギコの正気を疑うのであった。


                 〜続く〜

1291:2004/12/03(金) 01:34
失礼コピペミスりました

>「この俺が、ただ黙ってお前にいいようにやられてたとでも思っていたのか?
>俺は考えていたんだよ。
>お前みたいな下種野郎を、確実に始末出来る方法をな…!」
>外法狐は、もうすぐそこまでの位置にまでマララーに近づいていた。

この部分の後ろに、
「今、俺の気を周囲に放出して、お前の撒布していた気を周囲100mに渡って吹き飛ばした。
 俺の先天系統は強化系だが、相性のいい放出系ならそれ位は出来る。
 気絶した奴は気の毒だが、火達磨になるよりはマシだろ?」

と付け足して下さい。

1301:2004/12/04(土) 01:39
 〜二十二話〜

 僕とアヒャさんは、モナカさんを探しに街中を奔走した。
 しかし、こんな大都会でそう都合よく一人の人間を見つけれる道理などあるわけなく、
 ただひたすらに時間を無駄にするだけだった。
 日は既に沈みかけ、夜の帳が街に黒いベールをかけていく。
 それでも、僕はモナカさんを探さずにはいられなかった。
 僕はまだ、彼女に謝っていない。
 彼女に、「ごめん」の一言を伝えねばならない。
「…くそッ」
 全く成果をあげられない事に舌打ちしつつ、僕は立ち止まり大きく肩で息をついた。
 ずっと走り回っていたせいで、心臓は張り裂けんばかりに早鐘を打ち、喉はカラカラだ。
 それでも、僕はモナカさんを探すのを止める訳にはいかない。
 これは僕の責任でもある。
「オイ、イッタンムコウノヤツラトゴウリュウスルゾ。 コノママジャラチガアカネエ」
「出来ません! 今この時もモナカさんは危険に晒されてるかもしれないんですよ!?」
 これ以上時間がかかっては危険だというのは明らかだった。
 いいや、ひょっとしたら既に手遅れなのかも―――
 馬鹿な。
 僕は何て事を考えてるんだ。
 今はとにかく、一刻も早くモナカさんを見つけ出さなければ。
「イイカラオレノイウコトヲキケ! ソレニオレタチダケデコレイジョウデアルクノハキケンダ」
「だったらあなただけ勝手に狐さん達の方へ行ってて下さい。
 僕は一人でだって―――」
 そう言おうとした瞬間、アヒャさんは僕の顔を思い切り殴りつけた。
 痛い。
 目がチカチカし、頭がクラクラする。
「チマヨウノモイイカゲンニシロ…! ネラワレテルオマエガ、ソンナンデドウスル!」
 アヒャさんが厳しい声で僕を怒鳴りつけた。
 分かっている。
 そんなのは分かっているんだ。
 だけど…
「…すみません」
 僕は俯いたままアヒャさんに謝った。
 本当に、情けない。
 僕には、人一人助けられないなんて…!
「…オマエノキモチハワカル。 デモナ、マッスグナキモチダケデハウマクイカナイトキダッテアルンダ。
 ツライダロウガ、イマハタエロ。 トニカクイマハアイツラトゴウリュウシテカラツギノテヲカンガエルンダ」
 アヒャさんが殴られた衝撃で倒れた僕に手を差し出した。
 僕は歯を喰いしばったまま、黙ってその手を取るのであった。

1311:2004/12/04(土) 01:39





「何だって!? あのお嬢ちゃんが行方不明になった!?」
 僕の説明に、狐さんが驚いた。
 ここは僕と狐さんが滞在しているビジネスホテルの一室。
 結局僕とアヒャさんは、狐さん達と合流する為に一旦ここまで戻って来ていた。
「…はい」
 僕は小さく告げた。
「…ただの家出、と考えるのは些か楽観的だろうな」
 フーンさんが煙草の煙を吐きながら呟く。
 そう、これは絶対に単なる家出だとか誘拐事件ではない。
 間違い無く、あいつが絡んでいる。
「『冥界の支配者(ネクロマンサー)』… ですね」
 しぇりーちゃんが確信した風な顔で言った。
 どうやら、もう学校は終わったらしい。
「だろうな」
 忌々しげな顔で吐き捨てる狐さん。
「ドウスルンダ?
 ヤミクモニサガシタッテ、ソイツヲミツケルノハチトヤッカイダゾ」
 アヒャさんが腕を組む。
「…知り合いの情報屋に当たってはみるが、期待は出来ないだろうな。
 『冥界の支配者』が、そう簡単に尻尾を見せるとは思えない」
 フーンさんが暗い顔で低く告げた。
「…そうだな。
 だがあの『冥界の支配者』のことだ。
 連れ去るだけ連れ去って、はいお終いなんて真似はしねえだろ。
 ちッ、仕方ねえが、棒に当たるのを期待して地道に探し回るしかなさそうだな」
 狐さんが舌打ちをして、座っていた椅子から立ち上がった。
 フーンさんやしぇりーちゃん達も、それに合わせて腰を上げる。
「フーン、アヒャ、しぇりー、悪いがもう一度モナカって嬢ちゃんを探してみてくれ。
 俺と少年は、ここで待機してる」
「!? そんな、僕も一緒に探します!」
「…駄目だ。 少年はここでお留守番だ」
「どうして!?」
「警察で、吐いたんだって?
 それに今日は一日中街を駆けずり回ってたんだろ。
 そんな精神的にも肉体的にもヘトヘトの奴が外に出たって、足手まといなだけだ。
 それに、もしかしたらお前さんから俺達を引き剥がす罠なのかもしれない。
 そうだった場合、俺はここで君を護衛しているのが一番都合がいい」
「でも…!」
 でも、僕はモナカさんを探さなければ。
 もしかしたら、モナカさんも僕の家族と同じように、
 僕の知り合いってだけで狙われたのかもしれないのに。
「もうちょっと仲間を信用しろって。
 大丈夫。 こいつらなら、きっと嬢ちゃんを無事見つけてくれる」
 狐さんが優しく微笑んだ。
 フーンさん達も、それを受けて僕を励ますように頷く。
「…分かりました。
 どうか、よろしくお願いします」
 僕は無力だった。
 どうしようも無いくらい、無力だった。
 力が無い事が、弱い事が、こんなにも歯がゆく、罪深い事だったなんて。
 僕はそんな事すら知らずに生きていた自分が、情けなく、許せなかった。

1321:2004/12/04(土) 01:40



 しぇりーちゃん達が部屋を出てから、もう二時間が経過しようとしていた。
 まだ、モナカさんを見つけたという連絡は入っていない。
 畜生。
 僕は、ここでじっとしてるしか出来ないっていうのか!?
「そう恐い顔すんな。
 今はあいつらを信じて待とうぜ」
 狐さんはそう言うが、落ち着いてなどいられる訳が無い。
 もしかしたら、しなくとも、モナカさんは殺されるかもしれないというのに。
 それなのに、落ち着いてなどいられるものか。
「はやる気持ちは分かるが、動かないのも勇気だ。
 結局、警察じゃあ手がかりの一つも見つからなかったんだろ?
 そういう日の悪い時にあくせく動いたって、裏目に出るのが大概さ。
 お前に今出来るのは、動くべき時に備えてゆっくり休む。 それだけだ」
 それだけしかないのか。
 だが、現実として僕に出来る事は今狐さんが言った事で全てだ。
 警察では、結局『冥界の支配者』に関する情報は何一つ見つからなかった。
 …いや、違う。
 何も無かった訳じゃない。
 僕はある違和感をそこで感じたんだ。
「……!
 忘れてました、狐さん。
 あなたに、伝える事があったんです」
「うん?」
 そうだ。
 何をうっかりしていたのだろう。
 これだけは、狐さんに教えなければいけない事だったんじゃないか。
「実は―――」


 メキリ


 入り口のドアから、軋むような音が聞こえた。
 同時に、狐さんが僕を庇うように戦闘の構えを取る。
 ノックも無しに強引に部屋に入ろうとする奴なんて、この状況では敵以外に考えられない。
 ギイ、という音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
 そこから姿を現したのは―――

「!!!!!」
 僕と狐さんが、顔を引きつらせる。
 そんな、まさか。
 まさか、本当にこんな事になってしまってしたなんて。
 考え得る限り最悪の予想が、的中してしまった。
 何で、どうしてこんな事に。
 何で、今、僕の目の前で、『彼女』が『こんな姿』になってるんだ…!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 しゃがれた精気の無い声が、『それ』の口から漏れる。
 体のあちこちが腐り、変色しているが、崩れかかっているが、
 それでも見間違える筈なんてない。
 見覚えのある制服。
 見覚えのある体型。
 見覚えのある顔。
 見間違える訳が無い。
 彼女は、彼女は…
「山吹萌奈香(やまぶき もなか)…!」
 僕は彼女の名前を呼んだ。
 そこに居たのは、確かに『かつてモナカさんだった筈』の存在だった。

1331:2004/12/04(土) 01:40



          @        @        @



 タカラギコと外法狐がどんな状況に陥っているかなど露も知らないまま、
 しぇりーは夜の街で山吹萌奈香を探し回っていた。
 とはいえ今現在タカラギコ達の目の前にいる山吹萌奈香を見つけるなど出来る筈も無く、
 一向に手がかりすら掴めないまましぇりーは聞き込みを続ける。
「…ふう」
 正に骨折り損のくたびれもうけと言うのが相応しい作業に疲れたのか、
 しぇりーはビルの壁にもたれかかって大きく息をつく。
 そしてかわいい柄の財布から小銭を取り出すと、近くの自動販売機でオレンジジュースを買い、
 蓋を開けて喉に流し込んだ。
 ジュースの糖分がしぇりーの疲労を和らげ、水分が喉の渇きを潤す。
 ほう、と一息ついた所で、しぇりーは再び人探しに戻ろうともたれていた壁から背を離した。

「ぎゃあああああああああああ!」
 その時、しぇりーのもたれていた壁の後ろの方から、断末魔らしき叫び声が聞こえてきた。
 悲鳴!?
 しぇりーが声のした方向に振り向く。
 声の大きさからして、そう離れてはいない。
 位置的には路地裏の奥の方か。
「…どうしましょうかね〜」
 しぇりーは少し考え込んだ。
 ただの喧嘩にしては、あの叫び声は異常過ぎる。
 もしかしたら、『冥界の支配者』の死体人形による殺人かもしれない。
 ならば、どうする。
 狐さんに連絡を入れて、彼女がここに来るのを待つべきか。
 いや、そんな悠長な事をしていては、この絶好の機会を逃してしまう。
 一人というのは心細い気がしないでもないが、
 自分とて伊達に『禍つ名』である『人吊』の一員ではない。
 死体人形の一体二体など、物の数では無い筈だ。
 ならば、取るべき行動は一つ…!
「…しぇりー、行っきま〜す」
 掛け声で自分を鼓舞し、しぇりーは俊敏な動きで路地裏の中へと潜り込んで行った。
 漂ってくる血の匂い。
 どうやら、ついさっき誰かが殺されたのは間違い無いようだ。
 進むにつれ、血の匂いはどんどん濃くなっていく。
 やれやれ、人を探してみれば、思わぬ事態に遭遇したものだ。
 でも、もしかしたらこれで何かの手がかりが見つかるかもしれない。
 そんな風に考えながら、しぇりーは『穴開きの満月(フライングドーナッツ)』を両手に握って突き進んだ。

「……!」
 角を曲がった所で、しぇりーは殺人現場を目撃した。
 輪切りにされた、二十台前半と思しき男性の死体。
 そこに佇む、恐らく犯人であろう人影。
 暗くて、その顔をはっきり見る事は出来ない。
 !?
 コンマ一秒にも満たない時間の中、しぇりーの脳裏を一つの疑問がよぎる。
 輪切り?
 輪切りだって!?
 ありえない。
 どうしてこの男性は、輪切りになって死んでいるのだ!?
「!!」
 犯人が、しぇりーに気が付き勢いよくそちらに顔を向けた。
 それに呼応するかのように雲間から月が顔を出し、犯人の顔を露にする。
「―――――!」
 しぇりーはその顔を見て驚愕した。
「―――」
 しぇりーが犯人に何か言おうとしたが、それが命取りとなった。
 既に殺し合いは始まってしまっているというのに、
 その目の前の事態による思考の混乱は死神のキスも同然だった。
「―――」
 しぇりーが我に返った時には、もう遅かった。
 鋭利な刃物がしぇりーの両腕を切り落とし、
 続けざまに彼女の小柄な胸に深々と突き刺さる。
「―――あ」
 犯人がしぇりーの胸から刃物を引き抜くと、しぇりーはそのまま地面に崩れ落ちるのであった。


                 〜続く〜

1341:2004/12/05(日) 02:07
 〜二十三話〜

「あ、あ、あ―――」
 しぇりーは地面に倒れていた。
 血が傷口から流れると共に、体温が急激に下がっていく。
 死ぬのか、私は。
 しぇりーは思った。
 それはいい。
 油断した自分が悪いのだし、今まで散々人を殺してきたのだから、
 自分が死ぬ覚悟だって出来ている。
 だけど、このままでは駄目だ。
 このまま犬死にするのだけは駄目だ。
 何とかして、この目の前の犯人の事を狐さん達に伝えないと。
 それだけは、やり遂げないと。
 でなければ、自分と友達でいてくれた狐さんに、申し訳が立たない―――
「……!」
 しぇりーは最後の力を振り絞り、『あるもの』をその口に咥えた。



          @        @        @ 



「―――」
 犯人は狼狽していた。
 しまった。
 よりによって、こいつを殺してしまうとは。
 こんな事なら、さっきの男を殺すんじゃなかった。
 肩がぶつかったと因縁をつけられたくらいで、殺すんじゃなかった。
 だが起こってしまったものは仕方が無い。
 ここは、いつも通りに偽装工作を施して…

「お、お巡りさん!
 こっちです!!」
 甲高い声が、通りの向こうから響いた。
 くそ、何という事だ。
 さっきの悲鳴を聞きつけられたか。
 警察を殺すのなど訳は無いが、自分の顔を見られるのはまずい。
「……!」
 犯人は、不本意に思いながらも急いでその場を立ち去るのであった。

1351:2004/12/05(日) 02:08



          @        @        @



 何をどう頑張ろうと、何をどう足掻こうと、何をどう立ち向かおうと、
 既にどうしようもない状況というのは時として存在する。
 最悪しか選択肢の無い、そんな絶望的な状況というのは、時として存在する。
 そんな状況に、僕は今まさに直面していた。
「ギ…ギギイイイイイイイ…」
 モナカさんが僕達に半分以上崩れかかった顔を向ける。
 まさかとは、思っていた。
 だけど、そのまさかと考える事自体が、間違っていたのだ。
 『冥界の支配者』に誘拐されたかもしれないという時点で、
 モナカさんがどうなってしまうかなど、一つしか考えられないではないか。
 だがそれでも、僕は愚かにももしかしたら無事助け出せるのではないか、などと考えてしまっていたのだ。
 そして、その僅かな望みも、この目の前の現実によって無残に砕かれた。
「モナカさん…」
 僕はほとんど無意識に、モナカさんに歩み寄ろうとした。
 ごめん。
 謝っても許してはくれないだろうけど、本当にごめんなさい。
 僕は君を傷つけたばかりか、巻き込んだ上に殺してしまった。
 どれほど君に償おうと、僕は決して許されなどしない。
 僕が、許せない。
「…行くな、少年」
 狐さんが僕の腕を掴んで引き止める。
「でも…!」
「あいつはもう、お前の知ってるモナカ嬢ちゃんじゃない」
 重い声で、狐さんはそう告げた。
 違う。
 そんな訳ない。
 彼女は、紛れも無くモナカさんだ。
 どうしようも無いくらいに、正真正銘モナカさんだ…!
「……」
 狐さんが、無言のまま拳に気を宿した。
「!!
 何をするつもりなんですか!?」
 何をするのか。
 そんなのは本当は僕にも分かっている。
 それでも、僕は問わずにはいられなかった。
「…殺す」
 当然の事のように、狐さんは断言した。
「…!
 駄目です! お願いだからやめてください! モナカさんは…」
「それじゃあ、このまま生ける屍として放置しておくのが、本当に嬢ちゃんの為なのか?
 そうじゃないだろう。
 …もう、『冥界の支配者』の呪縛から解放してやるしか、
 この嬢ちゃんに救いは残されてないんだ」
 視線をモナカさんから外さないまま、狐さんが静かに言う。
 殺すしかない。
 それはもう誰の目から見ても明らかなのだろう。
 それでも、僕は往生際悪く、他の道に縋ろうとしていた。
 縋りたかったのだ。
 何故だ。
 どうして、こうなった。
 原因は誰だ?
 きっかけは誰だ?
 本当に悪いのは誰だったのだ?
 それは、恐らく、僕なのだろう。
 ならば、せめて―――
「…分かりました。 だったら、それは僕がやります」
 僕は狐さんを押しのけ、モナカさんの前に立ちはだかった。
 一つだけ残された、僕に出来る事。
 それは、他ならぬ僕がモナカさんを殺す事だ。
 殺す事の罪を、殺す事の罰を、他ならぬ僕が背負う事だ。
 最早それだけしか、僕の償いの術は残されていない。
「…そうか」
 狐さんが、悲しそうな顔を僕に見せて―――

「それだけで、十分だ」

1361:2004/12/05(日) 02:08

 そこからは、僕の目では追いつけなかった。
 一瞬にして狐さんが僕の視界から消え、気づいた時にはモナカさんの胸に深々と腕を突き刺した。
 心臓を貫かれたモナカさんの体は二・三度大きく痙攣すると、
 程無くしてぐったりとしたまま動かなくなった。
「…!!」
 僕は狐さんに駆け寄り、その胸倉を掴んだ。
「…!
 どうして!!」
 僕は叫んだ。
 あらん限りの声で叫んだ。
 どうして、あなたが殺した。
 どうして、僕に殺させてくれなかったのだ。
 これは、本来僕がするべき、僕が被るべき事だったのに…!
「…君は、殺しちゃ駄目だ」
 呟くように、狐さんは告げた。
「殺さなければ、何でもいいと言うんですか!?
 殺さない事が、正しい事なんですか!?
 そうじゃないでしょう!
 殺すというのは、そんな簡単な事じゃあないでしょう!
 モナカさんは、僕の所為でこうなってしまったんです!
 だから、だから僕は―――!」
 モナカさんは、これで二度死んだ。
 一度目は僕の所為で。
 二度目も僕の所為で。
 それなのに、僕は自分で手を下す事さえしなかった。
 どこまでも安全圏の中に居ながら、彼女を殺してしまったのだ。
「そうだ。 君はそれが分かっている。
 だから、余計に殺しちゃならない。
 君はこっち側に来ちゃならない。
 殺せば、いつかその事実に耐えられなくなる日が、きっと来る」
 耐えられなくなる日がくるのが、どうした。
 どうせ僕は偽物でしかないんだ。
 いつか破綻する事の決定していた人生なんだ。
 罪に耐えられなくなるならそれでいい。
 罪から目を背け、逃げ続けるよりは、ずっとマシじゃないか。
「…僕は、まだ謝ってないんです」
「そうか」
「僕は、モナカさんに謝ってないんです」
「…そうか」
「もう、僕はモナカさんには、謝れないんです…!」
 僕はもう、許しを請う事すら出来やしなかった。
 死んだ人間に謝るなど、神様ですらそこに意味を付随出来ない。
 僕は永久に、モナカさんに謝る機会を失してしまったのだ。
「…謝れないのは、辛いな」
 狐さんは言った。
「…はい」
 僕は答えた。
「苦しいな」
「…はい」
 二度と、僕はモナカさんには謝れない。
 その事実が、僕を責め苛んでいた。
「ならそれが、お前の背負う罪であり、罰だ。
 お前はその痛みをいつまでも忘れず生き続けろ。
 後悔に妥協するな。
 懺悔に溺れるな。
 死に逃げるな。
 自分を否定する自分を肯定しろ。
 その矛盾の苦しみを心に刻め。
 それだけで、十分だ。
 それだけの罪と罰を受ければ、それで十分だ。
 敢えて、殺すという罪まで背負う必要なんて、無い」
 狐さんは、僕の顔を見据えてそう言ってくれた。
 …それでも、僕の心は軽くはならない。
 軽く感じては、いけない。
 この地獄にまで引きずりこまれそうな重さだけは、きっと、忘れてはいけない事だ。
 忘却は罪悪だ。
 逃避は最悪だ。
 『死に逃げるな』。
 狐さんはそう言うが、死を以って償う時は、必ず訪れるのだろう。
 もし僕がモナカさんの家族なら、きっと僕は僕を殺す。
 だから、多分僕にはもう生きる価値なんて残されてやしないのだろう。
 だから僕がこれから生きるのは、僕の為ではない。
 僕を殺そうとする人に殺される為に、これから僕は生きるのだ。
 それが、僕の十字架だ。

1371:2004/12/05(日) 02:09

「…兎に角、すぐにここを出るぞ。
 居場所がバレた以上、長居するのはよくない」
 モナカさんの瞳を指で閉じながら、狐さんがそう口を開く。
「…はい」
 モナカさんの死体をここに放置するのは気が引けたが、僕は狐さんの指示に従う事にした。
 そして、冷静さを取り戻してきた僕の頭に一つの回答が導き出される。
 これはおかしい。
 あまりにも、都合が良過ぎる。
 あまりにも、お膳立てが整い過ぎている。
 それは自信というより、確信に近かった。
 確証は無い。
 だけど、もうこんな事をする奴は、あいつしか考えられない。
 これから何をする?
 決まってる。
 決着をつける。
 この、最低で最悪なゲームに。
 ゲームマスターを気取っているあいつに、深々と牙を突き立てる。
 そしてそれは、それだけは、狐さんに任せてはいけない。
 これだけは、僕がやらなければいけない。
 結果的に人を殺す事になろうと、いくら狐さんに人を殺すなと言われようと、
 これだけは僕が終止符を打たねばならない事だ。
 それは、他の誰かにやって貰ってはいけない…!

「…!」
 その時、携帯の着信音が響いてきた。
 この音楽(ルパン三世)は狐さんの携帯か。
「っと、誰だ?」
 狐さんが携帯電話をいそいそと取り出し、電話に出る。
「ああ、フーンか。
 何か見つかったのか?」
 どうやら電話の主はフーンさんだったらしい。
 何か、有力な手がかりでも見つけたのだろうか?
「…え?」
 さあっと、狐さんの顔から血の気が引く。
 どうしたのだろう?
 何か悪い事でも起こったのか?
「しぇりーが、死んだ…?」
 その言葉に、僕も、その言葉を実際に口に出した狐さんも、己が耳を疑わずにはいられなかった。

1381:2004/12/05(日) 02:09





 パトカーのサイレンが、けたたましく鳴り響いている。
 事件現場である路地裏への道はテープで遮られ、野次馬がその周辺にごった返している。
「…来たか」
 フーンさんが駆けつけて来た僕達に気づき、沈痛な面持ちで顔を向ける。
「アヒャももうすぐここに来るそうだ。 それで…」
 と、狐さんはフーンさんの言葉などまるで耳に入っていない様子で、
 『KEEPOUT』と書かれたテープを引き千切りながら路地裏へと入って行った。
「!?
 何だ君は!
 ここは立ち入り禁止…」
 狐さんを制止しようとした警察官が、壁に叩きつけられて失神する。
「き、狐さん!?」
 僕は慌てて狐さんを後を追った。
 あの様子では、下手をしなくても回りの人間全員皆殺しにしかねない。
「君! 止まりたま―――」
「何のつもり―――」
 普通の人間である警察官などに、狐さんを止められる訳など無く、
 邪魔する者は残らず例外なく気絶させられて倒れ伏す。
 まるでモーゼのように、狐さんは己の前を阻むもの全てを薙ぎ倒しながら進んで行った。
「……」
 狐さんが、足を止める。
 その前には、輪切りにされた若い男の死体と―――
 両腕を落とされ、胸を貫かれたしぇりーちゃんの死体が、横たわっていた。
 ダイイングメッセージなのか、しぇりーちゃんは口に捨てられていたらしいこうもり傘を咥えて絶命している。
「……」
 狐さんは胸の前で両手を合わせ、黙祷を捧げた。
 死んでいた。
 しぇりーちゃんが、死んでいた。
 どこからどうみても、天地をひっくり返そうとも、絶対的に死んでしまっていた。
 しぇりーちゃんは僕を殺そうとした。
 しぇりーちゃんは僕を守ってくれた。
 だから、死んだ。
 また、僕の所為で人が死んだ。
 まだやりたい事だってあった筈だろうに。
 友達と遊びたかっただろうに。
 好きな人だって、いただろうに。
 それが全部お終いになってしまった。
 全部、僕が台無しにしてしまったのだ。

『しぇりーちゃんは…
 今の仕事をやめようとか、思ったりした事無いの?』
『無いです。
 というより、そんなの考えた事すらありません』
『そう…』
『…でも、本当は、少しだけ羨ましかったりするのです。
 学校の、クラスメイトが…』
『……』
『でも、もう無理なんですよね。
 もう私は殺すには十分過ぎる力を持っちゃってますし、実際何人も殺してきました。
 今更普通の生活を送ろうなんて、おこがましいにも程があるのです』
『そんな、だけど、君は…』
『あ、心配なんて無用ですよ?
 私、今が不幸だなんて思ってませんから。
 学校では上手くやってますし、狐さんも可愛がってくれるのです。
 寂しくなんて、ないのです』
『でも、それでもさ…』
『…そこから先は、考えちゃいけないのです。
 そうでないと、自分を騙せなくなるから…』
『……』
『ごめんなさい、しんみりしちゃって。
 この事は、狐さんには内緒にしてて下さいね?』
『…うん』
『それに、諦めなければ道は必ず開けるのです。
 今はまだ、力もお金も有りませんけど、大きくなったらどこか遠くで第二の人生を歩むのです。
 今流行りの自分探しの旅ですよ』
『自分探しの旅とは違うと思うぞ』
『えへへ、そうなのですか』

 ごめんね。
 しぇりーちゃん、本当にごめんね。
 あんなに楽しそうに、君は自分の未来を語っていたというのに、僕がぶち壊しにしてしまった。
 何で、僕はまだ生きている?
 家族を殺して、モナカさんを殺して、しぇりーちゃんを殺して。
 最初から、僕が死ねばよかったんじゃないか…!

1391:2004/12/05(日) 02:10

「…悪いな、しぇりー。
 俺なんかの我侭に無理に付き合わせた挙句、死なせちまって」
 何で狐さんが謝るんですか。
 悪いのは、全部僕なのに。
「俺はお前を忘れない。
 お前という友達がいた事を、忘れない。
 …今まで、ありがとう」
 狐さんが、ゆっくりとしぇりーちゃんの亡骸を抱え上げた。
「き、貴様!
 死体をどうするつもりだ!?」
 無事だった警官の一人が、拳銃を抜いて狐さんに銃口を向ける。
「持って帰る。
 こいつを、お前らなんかに好きにいじくり回させやしない」
 しぇりーちゃんを抱えたまま、狐さんは言い放った。
「行くぞ、少年」
 拳銃を向けられているのにも構わず、狐さんはその場を立ち去ろうとした。
「止まれ!
 止まらねば撃つぞ!!」
 警官が銃を構えたまま叫ぶ。
「好きにしろ」
 狐さんは我関せずと進み続けた。
「本当に、撃―――」
 そこで、警官は体を硬直させた。
 狐さんの顔を、直視してしまったからだ。
 今にも泣き出しそうな顔で、しかし触れただけで殺されそうな怒りを瞳に湛えたまま、
 狐さんは自分の唇を血が滲む程にまで強く噛み締めていた。
 撃てば、殺される。
 警官はそう本能的に悟ったのだろう。
 そして、それは多分正しい。
 もう、狐さんを止めれる存在など、この地球上にいはしない。
「…狐さん」
 僕は狐さんの背中に声をかけた。
 これで、はっきりした。
 これで全ての点は線に繋がった。
 真っ二つに切り裂かれた時計。
 輪切りになった男の死体。
 腕を斬られ、胸を貫かれて殺されたしぇりーちゃん。
 僕達の部屋まで襲ってきたモナカさん。
 こうもり傘を咥えていた、しぇりーちゃんのダイイングメッセージ。
 それらが、一つの解を如実に現していた。
「分かってる。
 俺も、そこまで馬鹿じゃない」
 背中を向けたまま、狐さんは言った。
「この落とし前は、兆倍にして返してやる…!」
 狐さんは、怒っていた。
 狐さんは、泣いていた。


                    〜続く〜

1401:2004/12/06(月) 00:49
 〜二十四話〜

 嘘には、良い嘘と悪い嘘があると言われている。
 だとすれば、僕が狐さんについた嘘は、きっと悪い嘘なのだろう。
 今から30分程前に、僕がついた嘘。
 それは狐さんの想いを裏切るものなのだろう。
 それでも、僕は後悔していない。
 後悔してはならない。
 皆死んだ。
 お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんもモナカさんもしぇりーちゃんも、
 皆みんなミンナ死んでしまった。
 だから、これは僕がきっちりと幕を下ろさねばならない。
 僕の手で、決着をつけなければならない。
 これは、僕の罪であり、罰だ…!

「……」
 しぇりーちゃんが死んでから二時間足らず。
 僕は、とある家の前に立っていた。
 回りに人がいないかどうか確認し、『目的地』である家のインターホンを押す。
 幸い郊外に一戸建てという立地条件なので、多少騒ぎが起こっても問題は無さそうだ。
「おや、タカラギコ君ではないですか」
 そいつはそ知らぬ顔で僕に声をかけた。
「こんな夜遅くにどうしました?
 まあ、とにかく上がりなさい」
 そいつは僕を家の中に迎え入れる。
 分かっている。
 これは罠だ。
 それでも、僕は敢えてその誘いに乗った。
 それくらいの事は、覚悟していた。
 そいつに導かれるまま、僕は応接間へと足を運ぶ。
「待っていて下さい。
 今、お茶を淹れてき…」
「お遊戯会はもう終わりにしませんか」
 応接間から出ようとするそいつに、僕は言った。
「…?
 言っている意味が、よく分かりませんが…」
「全部、あなたの仕業という事は予測がついています。
 いや、あなたとしか考えられない」
 そいつを睨んだまま、僕は糾弾を続ける。
 向こうだって、僕がこの為にここに来た事くらいは予想していた筈だ。
 言ってみれば、この告発など儀式みたいなものである。
 そう、これから始まる殺し合いの場を整える為の、儀式。
「僕の家族が殺された時、
 『僕の事をよく知ってる人間』と犯人は電話で言っていました。
 つまり、僕と少なからず関わりを持っている人物だと、誰でも思います。
 勿論、その時はただ混乱を招かせる為だけの冗談とも考えていました。
 だけど、モナカさんが誘拐されて、生ける死人にされた時、それは確信に変わりました。
 『冥界の支配者』は、僕の近くにいる人物だ、と。
 だからこそ、僕がより自己嫌悪に浸れるような手口で、僕をいたぶる事が出来た」
 僕をネチネチといたぶる。
 そんな為だけに、家族もモナカさんもしぇりーちゃんも、殺されたのだ。
「何より、モナカさんがあんなにタイミングよく襲ってくるなんて、どう考えてもおかしい。
 モナカさんが誘拐された→その日のうちにモナカさんが生ける死人となって発見される、なんてのは、
 三文小説でもない限り、現実にはありえない。
 お膳立てが整い過ぎている。
 そして―――」
 僕はすっと指を上げ、そいつを指差した。
「僕にモナカさんが行方不明になったと教えたのは、あなたでしたよね。 おとうふ先生」
 二丁目冬夫。
 僕の学校の生物教師。
 こいつこそが、一連の事件の黒幕だった。

1411:2004/12/06(月) 00:49

「…おやおや。
 何を言い出すかと思えば、家族を亡くされて錯乱しているようだ」
「…まだ証拠はあります。
 僕が死体人形に襲われて狐さんに助けて貰った次の日、あなたは自動車でなく自転車で学校に来た。
 それは何故か?
 答えは一つ、あのとき狐さんが投げた石で、車を壊されたから。
 街中の修理工場に電話しまっくて調べたんですが、
 あなた自動車を同じくらいの時期に修理に出してますよね?
 修理場の人は、まるで隕石にでも穴を開けられたみたいだ、とも言っていました。
 そして、そんな事が出来るのは、狐さんくらいしかいない」
 狐さん。
 最強の、念使い。
「はは、随分と強引なこじつけだ」
 おとうふ先生は、いや、『冥界の支配者』が笑った。
 しかし、その顔に人のいい生物教師だった頃の面影は無い。
「しらばっくれるのはそこまでにして下さい。
 あなたには、今日、僕がここに一人で来る事まで、
 全部お見通しだったのでしょう?
 だからこそ、僕が狐さんを連れて来ないと分かっていたからこそ、
 あなたは逃げずにここにいる」
 狐さんが来れば、全ては何の問題も無く解決するのだろう。
 だけど、僕はそれでも狐さんに頼る訳にはいかなかった。
 何故なら、これは僕のケジメだから。
 僕がやらなくちゃ、いけない事だから。

1421:2004/12/06(月) 00:50

「…ははッ」
 もう一度、『冥界の支配者』は笑った。
「そこまでお見通しでしたか。
 いや、テストならば80点を与えたいくらいですね」
 やっぱりこいつの筋書き通りだったか。
 薄々感づいてはいたが、こうまでこいつの予想と違わず動かされていたかと思うと正直腹が立つ。
「…あなたに『共犯者』さんがいるのも分かっていますよ。
 今頃、狐さんがそいつを殺している所でしょう」
「何と。 そこまで解を導いていたとは。
 さっきの発言は訂正ですね。
 80点なんてものじゃない、100点満点です」
 『冥界の支配者』はパチパチと手を叩きながら言った。
「…何で、こんな事をしたんですか」
「何で? 人を殺すのに、そんなに大層な理由が必要ですか?
 ちょっと人が殺したくなったから、『共犯者』と共に私の能力で人を殺した。
 で、そんな時に偶々君が事件に巻き込まれたから、
 面白そうだと思って君や君の回りの人間を殺してみようと思った。
 強いて言えば、退屈だったから、これが理由の全てですね」
 そんな理由で。
 そんな理由でお前は人を殺したのか。
 そんな理由であの人達は殺されたのか。
 こいつは、こいつだけは―――
「…僕は、あなたを許しません」
 僕はありったけの憎しみを込めて、言った。
「許さなければ、どうすると?」
 『冥界の支配者』は嘲るように訊ねる。
 それに対する答えなど、たった一つ。
「―――殺す」
 殺す。
 己の為に、殺す。
 己の怒りの為に、殺す。
 こいつだけは許せない。
 こいつが一秒だって長生きするのが許せない。
 こいつだけは、僕が、この手で、殺す…!
「あはははは! それは勇ましい事で!
 で、あなたは私を殺してどうすると?
 それで、死んだ人間が生き返るとでもいうのですか?
 私がヒロイン役なら、『殺すなんていけない!』とか、
 『憎しみは何も生まないわ!』とでも言いたいですね!」
「そうだ。
 お前を殺したって、誰も生き返らない。
 僕の家族も、モナカさんも、しぇりーちゃんも、誰も生き返らないんだ。
 もう、あの人達は戻って来ないんだ…!」
 殺す事が悪だというならば、罪を許す事が善ならば、
 これから僕のする事は、紛れも無い悪なのだろう。
 だけど。
 だけどそれでも。
 僕はあいつが許せない。
 憎くて恨めしくて、殺してやりたい。
 だから僕は悪人でいい。
 こんな外道にまで生きる価値があるとするのが正義なら、
 僕はそんな正義などこちらから願い下げだ…!
「大体、君が一方的に被害者ぶるのは筋違いなんじゃないのかい?
 君の周りの人間が死んだ原因の一端は、君にもあるのだよ、タカラギコ君」
 『共犯者』を見るような目で、『冥界の支配者』は僕に言った。
「…その通りですよ。
 皆が死んだのは、他でもない僕の責任だ。
 だから、僕は一人でここに来た。
 あなたの読み通り、『留守番をしておく』と狐さんに嘘をついて、ここに来た」
 『冥界の支配者』を見据え、僕は一歩前に出る。
「僕の所為で人が死んだのに、僕は自分の手すら汚していない。
 あなたも、自分の手を汚していない。
 だからここに来た。
 同じ卑怯者どうし、最後ぐらいは自分自身で戦おうじゃないですか」
 皮肉なものだ。
 立場は違えど、僕と『冥界の支配者』にはそんな共通点があったのだから。
 僕達は自分で直接手を下さないまま、人を殺してきたのだ。

1431:2004/12/06(月) 00:50

「くっく… 君は本当に興味深い人材だ。 期待以上だ」
 愉快そうに、『冥界の支配者』は声を立てて笑った。
「君にはどうやら、一種の才能があるらしい。
 いや、きっとある。 私が保障しよう。
 君は、自分の周囲に混沌を引き寄せる天才だ。
 まさに君は、運命における台風の目だ」
 成る程。
 それは実に的を射た表現だ。
 台風は周りを巻き込んで傷つけるが、中心である台風の目だけは全く風が無い。
 災害の中心である自分だけは、傷つかない。
 まるで、今回の事件における僕のように。
 最悪の卑怯者で偽物な、僕のように。
「どうです、私と手を組みませんか?
 色々と行き違いもありましたが、どうやら私と君とは仲良くするべき人間のようだ。
 君なら、うまくすれば『妖滅』はおろか『外法狐』にすら匹敵出来るようになる。
 君の才能を、こんな所で失うのは惜しい」
 『冥界の支配者』がその手を僕に差し出した。
 だけど、僕はこの手を握りなどしない。
 そんな事をすれば、僕は一生僕を許せなくなるから。
 僕が、僕を殺してしまうから。
 僕を殺していいのは、僕が傷つけてしまった人だけだ。
 だから、僕はこんな所で僕で僕を殺す訳にはいかない!
「寝言は寝てから言え」
 吐き捨てるように、僕は告げた。
「そうですか…」
 『冥界の支配者』は残念そうに肩を竦め…

「!!!」
 気がついたら、僕は勢いよく壁に叩きつけられていた。
 『冥界の支配者』の前蹴りが、僕の鳩尾に深くヒットしたのだ。
 遅れて腹部にとてつもない痛みが走る。
 用心に『劣化複製・不死身の肉体』を発動させていなければ、お腹に大穴が開いていた事だろう。
「アテが外れたみたいですね。
 操作系の能力者なら、肉弾戦に弱いとでも?
 『禍つ名』の二位、『魔断』であるこの私に、念を覚えたての君が勝てるとでも?」
 倒れた僕を『冥界の支配者』が見下ろす。
 強い。
 『禍つ名』という事で、ある程度の戦闘能力は覚悟していたが、予想以上だ。
 だけど、逃げる訳にはいかない。
 こいつは、今ここで、僕が殺す。
「どうします?
 今ならまだ前言の撤回が有効ですよ?
 私の仲間になるというなら、殺しはしません」
 ふざけるな。
 何度聞かれようと、答えは一緒だ。
 口の中に鉄の味が広がる。
 血だ。
 さっきの前蹴りで、内臓にもダメージがいったらしい。
 でも、僕はまだ生きている。
 僕はまだ戦える。
「遺言のつもりなら、もっと気の利いた台詞を考えるんだな…!」
 口に溜まった血と共にその言葉を吐き出し、僕は立ち上がった。
 上等だ。
 やってやる。
 今まで安全圏にばっかりいたんだ。
 この程度の痛み、その代償には丁度いい。
「やれやれ…
 どうやら、死ななければ分からないらしい」
 『冥界の支配者』がわざとらしく溜息をつく。
 それに構わず、僕は奴目掛けて突っ込んでいった。


                    〜続く〜

1441:2004/12/07(火) 02:37
 〜二十五話〜

 ―――強い。
 外法狐という人物の特徴を挙げろといわれれば、まず間違い無くこの二文字が出てくる。
 では、強さとは何なのか。
 怪力や強力の事を指すのか。
 目にも止まらぬ素早さであるのか。
 卓越した技か。
 想像を絶する特殊能力か。
 何事にも動じぬ精神力か。
 あらゆる困難から逃れられる幸運か。
 全てを見通す頭脳か。
 座したままに指先一つで世界を動かせる権力か。
 どんなものでも手中に収められる財力か。
 掴み取った栄光や名声か。
 あるいはそれら全てか。
 それともそれらなど必要ですらない、超越的な何かなのか。
 だが外法狐は、苦笑しつつこう言うだろう。
 「俺は強くなんてない」と。
 「俺は殺す為の力に長けているだけだ」と。
 「『強い』という事と、『力がある』という事は、似ているようで全然違う」。
 それが外法狐が敬愛する師匠外法狸から教えられた道であり、そして彼女の矜持であった。
 だから外法狐は、自分は強くはないと考える。
 強さとは、己の我侭を通す事が出来るという事。
 己の生き様を貫くという事。
 ならば矢張り自分は強くなどないのだろう。
 自分には、出来なかった。
 人吊詩絵莉を守る事が、出来なかった。
 ずっと友達でいたいと思っていた。
 ずっと一緒に居たかった。
 だけど、守れなかった。
 ならばそんな力などに何の意味がある。
 人一人守れない脆弱な力など、どうして『強い』と呼ぶ事が出来る。
 殺す為の、殺す為にしか使えない力。
 そんなのが、そんなものが、『強さ』などである訳がない。



 街外れの波止場。
 外法狐は、変わり果てたしぇりーの亡骸をただ見つめていた。
 連絡を入れたので、もう暫くすれば『人吊』の構成員がしぇりーの遺体を引き取りに来る筈だ。
 『禍つ名』とはいえ、自分の身内くらいは丁重に葬ってくれるだろう。
 少なくとも、警察で司法解剖されるよりかは何倍もマシだ。
「……」
 外法狐は一言も発さないまましぇりーの見つめ続けた。
 もうしぇりーは動かない。
 もうしぇりーは喋らない。
 もうしぇりーは笑わない。
 それは分かりきった事。
 外法狐にとって、死などごくありふれた日常でしかなかった筈だった。
 それでも、しぇりーの死は外法狐の心に大きな空洞を作っていた。
「……」
 フーンはそんな外法狐に声をかける事が出来なかった。
 近寄っただけで殺されてしまうと思ったからだ。

1451:2004/12/07(火) 02:38

「アヒャ、スマネエナ。 チョットオクレチマッタ」
 と、遅れてアヒャがその場に駆けつけて来た。
「…やあ、待ってたよ」
 外法狐が寒気がする程の無表情な顔で、アヒャに告げる。
「オイオイ、ドウシタンダヨ。 ナンカコエーゾ?」
 アヒャが場の雰囲気を和ませようと笑う。
 しかし外法狐はピクリとも表情を変えないまま、アヒャを見据えていた。
「…ナンダヨキモチワリイナ」
 アヒャが訝しげに呟く。
「一応、聞いておくぜ」
 外法狐がすっくと立ち上がる。
「…しぇりーを殺したの、お前だろ?」
 外法狐がアヒャに向かって確認するように言う。
「!?
 お前、いきなり何を!?」
 外法狐の言葉に驚いたのは、アヒャ自身ではなくフーンだった。
 アヒャは何も言わないまま、ただ外法狐と顔を向き合わせている。
「…お前だって、本当は気づいてるんだろ?」
 悲しげな声で、外法狐はフーンにそう言った。
「おかしいとは、思ってたんだ。
 ねぐらを転々としてたのに、『冥界の支配者』はあっという間に俺達の居場所を突き止める。
 そりゃあ『冥界の支配者』が俺達が考えている以上の情報網を持っているのかもしれない。
 だが、普通ならこう考えるよな。
 『内通者が俺達の中に紛れている』と」
 外法狐は淡々と口を開いた。
「もう一つ。
 しぇりーは両腕を切り落とされ、胸を貫かれて死んでいた。
 そしてその横に転がってた可哀想な兄ちゃんは、輪切りになっていた。
 『冥界の支配者』の能力で死体を操って殺したと考えると、それはおかしい。
 動く死体なんぞに、ナイフだの刀だのを使う知性があるとは思えないし、
 事実連続猟奇殺人事件の被害者は、例外無く引き千切られたり、叩き潰されて殺されていた。
 ありえないんだよ。
 鋭利な刃物で殺されてるなんてのは。
 だが、ここが盲点だった」
 外法狐がキッとアヒャを睨む。
「ぐちゃぐちゃになって殺されているから、俺達は『冥界の支配者』一人の犯行だと勘違いしてしまっていたんだ。
 だけどそれこそが大きな落とし穴だった。
 逆を言えば、『刃物で殺した』のだとしても、
 『その後死体を無残に叩き潰して刃物で斬った跡を潰してしまえば』、
 『冥界の支配者』の動く死体の仕業と見せかける事が出来る」
 アヒャの顔が強張った。
 外法狐はそれを容疑の肯定と受け取り、更にアヒャが身中の蟲であるとの確信を高める。
「多分しぇりーの時は人が来ちまって、偽装工作が出来なかったんだろうな。
 だから死体をぐちゃぐちゃに潰さないまま立ち去らざるを得なかった。
 そしてそれがしぇりーに決定的なダイイングメッセージを残させる結果となった」
 外法狐がアヒャを指差す。
「しぇりーは口にこうもり傘を咥えて死んでいた。
 これはどういう事か?
 答えはたった一つ。
 こうもり傘→こうもり→裏切り者、だ。
 あいつは最後に、裏切り者が俺達の中に居ると教えてくれたんだ…!」
 自分は何て愚かだったのだろうか。
 外法狐は後悔する。
 もっと早くこの事に気づいていれば、しぇりーは死なずに済んだかもしれないのだ。
 しぇりーを守れたかもしれないのだ。

1461:2004/12/07(火) 02:39

「待て!
 いくらなんでも、そんなの強引過ぎる!
 こいつが、そんな事するわけ―――」
 外法狐に詰め寄ろうとしたフーンが、突然ガックリと膝をついた。
「え―――?」
 フーンの腹部に、鋭い刃物が突き刺さっていた。
 フーンはその刃物の形状に、よく見覚えがある。
 『剣の舞(ダンスマカブル)』。
 アヒャの、念能力。
「ワルイナ、フーン」
 アヒャがフーンの腹から刃物を抜き、刀身についていた血を払った。
「…やっぱり、そういう事かよ」
 慌てるでもなく、怒るでもなく、外法狐は腕を組んで呟いた。
 否。
 外法狐は、とっくの昔からどうしようも無いくらいに怒っていた。
「アヒャ…どうし、て……
 お前は、誰より念能力犯罪者を… 憎んでいた筈、だ…」
 途切れ途切れに、フーンがアヒャに訊ねる。
 即死ではないようだが、急所を抉られているのは間違い無さそうだった。
 急いで治療をせねば、長くは持たないだろう。
「アア、ソウダ。
 オレノカゾクハネンノウリョクハンザイシャニコロサレタ。
 ソレハウソジャネエ」
 忌々しそうな顔で、アヒャが呟く。
「デモナ… キヅイチマッタンダヨ。
 オレノカゾクノカタキヲコロシタトキ、アノカンカクニ。
 ジブンノノウリョクヲツカッテ、ジャクシャヲイタブリコロスッテイウカイカンニ。
 ナニヨリ…」
 アヒャが邪悪な笑みを浮かべる。
「ジブンダケガフコウヲアジワウナンテ、ガマンデキネエ」
 フーンが愕然とした表情のまま、地面に突っ伏した。
 意識を保つ事すら、困難になったらしい。
 それとも、相棒に裏切られていたというショックが、フーンに考える事を放棄させたのか。
「…同情はしねえし、共感もしねえ。
 お前は、しぇりーを殺した。
 だから、俺はお前を殺す」
 結局、自分には、外法狐には、殺すしか出来ない。
 殺したところで、しぇりーが生き返る訳でもないのに。
 それでも、外法狐には殺すという選択肢しか選べなかった。
「…いつから、『冥界の支配者』と絡んでた?」
「レンゾクリョウキサツジンジケンガオキルマエカラダ。
 チョウドヒトヲコロシテミタクナッテタトキニ『冥界の支配者』ガオレニコエヲカケタ。
 カモフォラージュニチョウドイイトオモッタカラ、オレハワタリニフネトバカリニソノモウシデヲウケタ。
 リガイノイッチッテヤツダナ」
 連続猟奇殺人事件の起きる前から。
 ならばこの事件の計35人の被害者のうち、アヒャが殺したのは何人なのか。
 いや、そんな事など考えるだけ無駄だ。
 直接手を下したかどうかなんて関係無い。
 35人は、『冥界の支配者』とアヒャの手によって殺されたのだ。
「その前からも、人を殺してたのか?」
「アア」
「フーンには内緒で?」
「アア」
「いつかバレると、思わなかったのか?」
「…サアテナ。
 マアコンカイハヤバイトオモッタヨ。 フーンノヤツ、コノジケンヲシラベヨウッテイッテキタカラナ。
 ロコツニイヤガレバ、オレガカンケイシテルノガバレルカモシレナイカラアセッタゼ。
 ホントウハアルテイドシラベタトコロデ、ケッキョクハンニンハミツカラズメイキュウイリニナリマシタ、ッテオチダッタンダガナ。
 ソレガアノボウズトデアッタオカゲデゴハサンサ」
「…あの少年には、今回の事件について何の関係も無い」
「ホントウニソウオモッテルノカ?
 アノコムスメヲオレガコロシタノダッテ、イッテミリャアアノボウズニモセキニンノイッタンガアル。
 オマエダッテ、アノボウズヲニクンデイルンダロウ。
 コロシタイトオモッテルンダロウ」
「…かも、しれないな。
 でも、今はそんな事はどうだっていい。
 最後に質問だ。
 『冥界の支配者』の居場所を教えろ。
 そうすりゃ、少しは痛みを感じないように殺してやる」
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』を発動させ、外法狐は言った。
「ソレハアノボウズニキイタホウガハヤインジャナイカ?」
「何…?」
「アノボウズニハトックニ『冥界の支配者』ガダレダカワカッテルハズダゼ。
 ナンダ。 キヅイテナカッタノカ?」
 あの馬鹿野郎は…!
 外法狐は舌打ちした。
 「アヒャから『冥界の支配者』について聞き出すまで留守番している」と言っていた時に、
 妙に余所余所しい態度だったのはその所為か。
 何で、自分に助けを求めなかったのだ。
 何で、一人で決着をつけようなんて早まったのだ。

1471:2004/12/07(火) 02:39

「…『冥界の支配者』はどこに居る」
 外法狐は訊ねた。
 そうと分かった以上、こんな所でぐずぐずしてはいられない。
 早くあの少年を助けにいかねば、殺されてしまう。
「ココダヨ」
 アヒャは『冥界の支配者』の居る住所を書いた紙切れを外法狐に投げて寄越した。
「…用意がいいんだな」
 もしかしたら、アヒャは自分が裏切り者であるとバレている事など、分かっていたのかもしれない。
 だとすれば、何故こんな所にノコノコとやって来た。
 来れば、自分に殺される事は明白なのに。
 そこで、外法狐は考えるのをやめた。
 多分、これは自分がいくら考えたところで、アヒャ本人以外に分かる問題ではない。
 自分に出来る事はただ一つ。
 目の前の、人間を、殺す事。
 殺すという概念に生き、殺すという概念で死ぬ。
 殺すという概念で活かし、殺すという概念で殺す。
 己を殺せ。
 他人を殺せ。
 有象を殺せ。
 無象を殺せ。
 殺す為のみ存在し、それ故他に意味は無し。
 殺す以外の意味は無く、それ故存在に意義は無し。
 存在に何らの意義は無く、それ故殺しに意味は無い。
 だから『外法』。
 だからこその『外法』。
 自分には、殺す事しか考えられない。
 殺す事でしか世界に関われない。
 きっと、自分は人吊詩絵莉を殺したかったのだろう。
 いつか殺してしまうかもしれなかったのだろう。
 それでも、自分は、あいつの事が好きだった。
 あいつといつまでも一緒でいたいと、願っていたんだ…!

「…んじゃ、そろそろ始めるか」
 外法狐は腕をダラリと下げ、アヒャを見据えた。
 アヒャは両手に『剣の舞』を構え、外法狐に相対する。
「…ヒトツ、オネガイガアル」
「…何だ?」
「アイツハ… フーンハミノガシテヤッテクレ。
 アイツハオレノコロシトハ、ナンノカンケイモナイ」
 倒れたフーンを悲しそうに見つめながら、アヒャは静かにそう告げた。
「…分かった」
 それ以上、外法狐は何も言わなかった。
 アヒャも、何も言わなかった。
 互いの視線が、月夜の下交錯し―――



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ―――外法狐の腕が、アヒャの心臓を貫いた。


                 〜続く〜

1481:2004/12/08(水) 02:40
 〜二十六話〜

 僕は仰向けになって倒れていた。
 鼻血が出ているのか、鼻から息が出来なくて苦しい。
 頭がガンガンする。
 吐き気が止まらない。
 手足が無くなったように動かない。
 僕、どうしてこうなってるんだっけ?
 そうだ、確か一人で『冥界の支配者』の所までやってきて、戦って、それで…

「せーー、のお」
 『冥界の支配者』が、笑みを浮かべながら大きくハンマーを振りかぶる。
「!!!」
 左足の太ももに、太い杭をハンマーで打ち込まれた。
 ああ、そうだ。
 思い出してきた。
 結局『冥界の支配者』には手も足も出なくって、それで無様にも負けちゃったんだ。
 それで、今拷問を受けている所だったんだ。
「もういっちょお」
「!!!」
 もう一度杭にハンマーが叩きつけられ、杭が足に更に深々と突き刺さる。
 悲鳴は上げない。
 悲鳴を上げたところで『冥界の支配者』を喜ばせるだけだし、
 偽物の心と体だから本物の痛みなど感じはしない。
「…いや、本当に我慢強い人だ。
 私が言うのもなんですが、尊敬すらしてしまいますよ」
 言いながら、『冥界の支配者』はさらに深く杭を打ち込んだ。
 痛くはない。
 こんな痛み、家族やしぇりーちゃんのものに比べたら、屁みたいなものだ。
「さて、いつまでも同じ事を繰り返すのも芸がありませんしね…」
 『冥界の支配者』が何やら戸棚をゴソゴソと探す。
 あれは…トンカチに釘、か?
「これで何をする、か。 正解はこれです」
 僕の指先の爪の間に、釘の先端が当てられた。
 次の瞬間、トンカチでその釘を爪の間の奥へと突き刺される。
「…!!」
 流石にこれはかなり嫌な気分がした。
 でも、問題無い。
 偽物の体だから、何も感じない。
 偽物の心だから、何も感じない。
 程無くして左右の手と足の爪全てに、計20本の釘が突き立てられた。
「おやおやおや。
 おやおやおやおやおやおや。
 命乞いの一つや二つくらい、して下さいよ。
 これじゃあ、全然面白くないじゃないですか」
 呆れたふうに、『冥界の支配者』は肩を竦める。
 命乞いなどするものか。
 死を覚悟したりするものか。
 僕が考えるのはただ一つ。
 お前を、確実に、殺す事だ。
「どうしましたどうしましたどうしました。
 私を殺す為にここまで来たのでしょう?
 ならばもっと頑張ってみてはいかがですか?」
 『冥界の支配者』は笑う。
「………な」
「?
 何です?
 はっきり言ってくれないと聞こえませんよ?」
「もうそれ以上口を開けて喋るな。 息が臭いんだよ」
「…ほう、まだまだ元気なようだ」
 『冥界の支配者』が顔を歪め、僕の太ももに刺さった杭をその足で踏みつけた。
 そして足の裏でグリグリと、抉るように杭を刺しこむ。
「しかし残念でしたね。
 折角勇気を振り絞って、私と一騎打ちを仕掛けに来たのに。
 これでは全くの無駄死にだ。
 君は、君の家族や『人吊』の少女の仇を討つ事が出来なかった。
 ははははは。
 いつの世も正義が勝つとは限らないのですよ」
 正義が常に勝つとは限らない。
 全く持ってその通りだ。
 この世で最後まで生き残るのは、正義の味方の勇者なんかじゃない。
 自分が生きる為ならいくらでも邪悪になれる、ただの悪党だ。

1491:2004/12/08(水) 02:40

「悔しいでしょう?
 許せないでしょう?
 しかし残念。
 あなたの無念は決して晴らせない。
 あなたはただの脇役として、舞台の上から退場するのです。
 あなたの死体を外法狐に見せれば、彼女は一体どんな顔をするのでしょうねえ?
 全く傑作もいいところだ、あの女は。
 自分は最凶の殺人鬼だというのに、真人間のふりをしているのだから。
 そういう意味では、あなたも彼女も似たようなものですよ。
 普通の人間の真似をすれば、普通の人間になれると思っているのですからねえ」
「狐さんを侮辱するな…!」
 違う。
 あの人は僕とは違う。
 本物だった。
 しぇりーちゃんが死んだ時にあの人が見せた涙は、確かに本物だった。
 偽物なんかじゃない、本当の涙だ。
 本当の怒りと悲しみだ。
 あの人としぇりーちゃんとの絆は、確かに本物だったんだ。
「それで?
 そこから君はどうすると?
 怒りの力でパワーアップでもしてみますか?」
 僕の目の前までその反吐が出そうな顔を近づけ、『冥界の支配者』は訊ねた。
「…しませんよ。
 あいにく僕は少年漫画の主人公じゃありませんからね。
 怒りだの愛だの友情だので超サイヤ人なんかにはなれない」
 僕は『冥界の支配者』の顔を睨んでそう告げた。
「そう、僕はただの人間の偽物だ。
 弱くてちっぽけで矮小で邪悪な、ただの人間の模造品だ。
 だから…」
 だから。
 僕は正義の味方の勇者なんかじゃないから。
 その偽物ですらないから。
「だから、いくらでも卑怯な事が出来る…!」
 その言葉と共に、僕は『用意していたもの』に『合図』を送った。
「!?」
 次の瞬間、窓のガラスをぶち破って何匹もの野犬が家の中に飛び込んで来る。
「な!?」
 狼狽する『冥界の支配者』。
 それに構わず、野犬の群は一斉に『冥界の支配者』に襲い掛かった。
 これが、僕の用意した秘策だった。
 ここに来る前に手ごろな野犬を何人か殺し、
 『冥界の支配者』の念能力を真似して僕の支配下においておいたのだ。
 『冥界の支配者』の能力は、僕が狐さんに助けてもらった時既に見ている。
 ならば、僕の『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』でコピー出来る。
 僕は内通者のアヒャさんには、僕の能力を教えていない。
 だから『冥界の支配者』は僕の能力を知らない筈であり、
 それこそが僕にとって唯一の勝算だった。
「ちィッ!」
 『冥界の支配者』が腕を横に振って犬を薙ぎ払う。
 しかし、野犬の群はそれだけで全滅するような数ではない。
 物量に物を言わせ、次々と犬達が『冥界の支配者』に牙を剥いて跳びかかる。
「なめるなァ!
 こんな、こんなのもので…!」
「ええ。
 こんなものではあなたは倒せない」
 杭によって地面に縫い付けられていた左足を強引に引き剥がし、
 僕は『冥界の支配者』に突進した。
 もとより犬なんかでこいつを倒せるとは思っていない。
 僕が狙っていたのは、この瞬間。
 犬に気を取られた『冥界の支配者』が見せる、一瞬の隙。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 ―――発動、『劣化複製・不死身の肉体』
 思い出せ。
 あの強さを。
 狐さんが見せた、あの最強の一撃を。
 そのほんの一部でも、忠実に僕の体で再現しろ。
 不完全でいい。
 こいつさえ、『冥界の支配者』さえ殺せるなら、僕は偽物のままでいい…!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 僕の突き出した右拳が、深々と『冥界の支配者』の胸に突き刺さった。
 拳を通して伝わる、胸骨の砕ける感覚。
 殴り飛ばされた『冥界の支配者』はその勢いのままに壁に激突し、ずるずると床に崩れ落ちた。

1501:2004/12/08(水) 02:40

「…くくッ、やってくれましたねえ」
 苦笑しつつ、『冥界の支配者』が口から塊のような血の泡を吐く。
 今ので、肺が破裂するか折れた骨が突き刺さるかしたらしい。
 もう戦う事はおろか、十分も生きている事すら出来まい。
「…どうしてですか」
 僕は虫の息の『冥界の支配者』に訊ねた。
「今のは、あなたなら避けれた筈だ。
 なのに、どうしてわざと攻撃を受けたんですか」
 思えば、こいつの行動はさっきから異様だった。
 念能力者の戦いは、ちょっとしたきっかけで優勢劣勢が逆転する。
 なのに、こいつは僕に止めを刺す事なくいたぶり続けた。
 加虐趣味のただの馬鹿かとも思ったが、それは違う。
 あんなに用心深く、狡知に長けた『冥界の支配者』が、そんなミスを犯す筈がない。
 何せ、もたもたしていたらあの狐さんがここに来るかもしれないのだ。
 そうなれば最早万に一つの勝機も無い事なんて、火を見るより明らかなのだ。
「くくッ…」
 『冥界の支配者』がほくそ笑む。
「どうするも何も、こうなるのがそもそもの狙いだったとすれば、どうします?」
「何…?」
「あなたは私を殺す為に、何匹もの罪の無い犬を殺した。
 言ってみれば、私と同類になったのです。
 自分の目的の為に、他の命を奪う。
 あなたはただ人間を殺さなかったというだけで、やった事は私と同じだ」
 ……。
 その通りだ。
 僕は、何の関係も無いあの犬達を巻き込んで、殺した。
 人間を殺さなかったのは、正義感なんかじゃない。
 人を殺すと面倒な事になるかもしれないという保身の為だ。
 野良犬なら、自分の為に殺したって構わない。
 僕は、心の奥底でそう考えてしまったのだ。
「そして、私ももうじき死ぬ。
 これで、あなたもめでたく人殺しの仲間入りだ。
 くくくッ。
 どうですか、人殺しになる感想は?
 よかったですねえ。
 これで、あなたの愛しの外法狐と同類ですよ」
 僕は何も言わなかった。
 何も、言えなかった。
「…あなたが私を殺す事すら、私の計画通りだったのですよ。
 あなたは最初から最後まで、私の手の平の上で操られていたに過ぎない。
 そろそろ、生きるのにも飽いていた所だ。
 ここで死ぬのも、丁度良い…」
 ふざけるな。
 さんざん人を殺しておいて、飽きたからもうどうでもいいや、だと?
 そんな事で、お前は人を殺したのか。
 しぇりーちゃんを、モナカさんを、僕の家族を、殺したのか。
「満足だ。
 とても満足だ。
 死ぬ前に、ここまでの悦楽を得る事が出来たのですからね。
 私こそが勝者。
 私こそが達成者だ。
 君はせいぜい、私に負け、全てを失ったという事実を背負いながら、
 ひっそりと生きていくがいい。
 くッ、くッく、あーっはっははははははははははは―――」
「……!」
 僕は『冥界の支配者』の頭を叩き潰し、奴の高笑いを止めた。
 これ以上、一秒たりとも奴の声を聞いていたくなかった。
 奴のいう事は、全部本当だったから。
 僕にはもう、何も残っていない事は、本当だったから。
「あーあ、殺しちゃったなあ…」
 殺した。
 『冥界の支配者』を。
 人間を。
 自分の手で、殺してしまった。
 誰も戻って来やしなかった。
 僕の家族は戻って来やしなかった。
 モナカさんも戻って来やしなかった。
 しぇりーちゃんも戻って来やしなかった。
 誰も、誰ももう戻っては来なかった。
 ただ、僕一人だけが、そこには取り残されていた。

1511:2004/12/08(水) 02:41





 『冥界の支配者』の家を出た僕は、とぼとぼとあてども無く彷徨い歩いていた。
 どこに行けばいいのだろう。
 もう、どこにも、僕の帰る場所は無い。
 どこにも、何も残ってはいない。
 これから僕はどうなるのだろうか。
 『冥界の支配者』を殺した犯人として、指名手配されるだろうか。
 それならそれでいいかもしれない。
 逮捕されれば、どこかの少年院にぶちこまれるだろう。
 そこが僕の居場所になるというなら、それはそれで構わない―――

「…狐さん」
 気がつくと、道の向こうに狐さんが立っていた。
「よう、少年」
 片手を上げ、僕を出迎えるように声を掛けてくる。
 恐らく、一足先に『冥界の支配者』の居場所に向かっていた僕を追いかけてきたのだろう。
 だけど、全てはもう遅かった。
 僕はもう、狐さん抜きで、自分独りで決着をつけてしまっていた。
 僕の敗北という形で。
「『冥界の支配者』はどうした?」
 狐さんは僕に訊ねた。
「…殺しました」
 僕は答えた。
「…そうか」
 狐さんは少し俯いて、そう言った。
「…足、怪我してるな」
 狐さんが血まみれになった僕の左足の太ももに気がつく。
「すぐに医者に行かなきゃ大変だ。
 乗れよ。 モラックジャックのとこまでおぶってやる」
「いえ、いいですよ」
「いいから四の五の言わずに黙って言うことを聞け」
 狐さんは半ば強引に僕を背中に背負った。
 おんぶされるなんて、何年ぶりだろう。
 子供の頃、膝をすりむいて泣いてた僕を、お母さんはおんぶしてくれたっけ。
 …そのお母さんも、もういない。
 僕が、殺してしまったから。
「…何も聞かないんですか?」
 おぶられたままで、僕は狐さんに問うた。
 狐さんは、僕が人を殺した事について何も言わなかったからだ。
「俺が一々口を出す事じゃない。
 罪も、罰も、君自身の問題だ」
 狐さんは、責めも赦しもしなかった。
 顔を後ろに向けたまま、ただそう答えるだけだった。
「…アヒャさんは、どうなったんですか?」
「殺したよ」
 短く、狐さんは言った。
「フーンさんは…」
「アヒャに腹を刺されてな。
 かなり危険だったが、もう大丈夫だ。
 今は、モラックジャックの所で寝てる」
 狐さんがフーンさんを殺さなかったという事は、
 フーンさんはアヒャさんとは何の関係も無かったのか。
 となると、フーンさんは相棒だったアヒャさんに裏切られた事になる。
 フーンさんは今、何を思っているのだろう。
「……」
「……」
 それから、僕と狐さんはお互い何も言わなかった。
 黙ったまま、狐さんは僕をおんぶして歩いていた。

1521:2004/12/08(水) 02:42

「…狐さん」
「うん?」
「…狐さんが、人を殺しちゃ駄目だって言ってた理由が、よく分かりました」
「そうか」
 人を殺すという事。
 命を一方的に奪うという事。
 それがどういう事なのか、僕は身をもって痛感していた。
「僕は、殺しました」
「そうか」
「『冥界の支配者』だけじゃない。
 何の関係も無い、犬まで沢山殺しました」
「そうか」
「家族も、モナカさんも、しぇりーちゃんも、僕が殺したようなものです。
 ただ僕自身が手を下していないというだけで、
 あの人達は僕が殺したようなものです」
「そうか」
「あの人達は、もう戻って来ない」
「そうか」
「凄く、嫌な気分です」
「そうか」
「嫌で嫌で嫌で嫌で、自分を許せないんです」
「そうか」
「僕が本当に殺したいのは、自分だったんです…!」
「…そうか」
 殺した。
 皆殺してしまった。
 僕が、何もかも奪って、失くしてしまったんだ。

1531:2004/12/08(水) 02:42

「…君は」
 狐さんが小さく呟くように言った。
「君は、もう二度と戻れなくなった。
 君が生きている限り、殺したという罪悪感は、君を責め続けるだろう。
 君は一生、君を許す事など出来はしないだろう」
 死ぬまで、いいや多分死んでからも、永遠に圧し掛かり続ける罪。
 逃れられぬ罰。
 僕の心に刻まれた十字架。
「君は人殺しだ。
 それは、どんな理由があったところで、その事実だけは決して消えはしない。
 君はこれからずっと、人殺しとして生きていかねばならない。
 人に軽蔑され、忌避されながら生きていかねばならない」
 人殺し。
 大罪を犯した者。
 最低最悪の外道。
 分かっている。
 そんな事は分かりきっていた筈なのに。
 誰も救えなかった。
 誰も守れなかった。
 誰も助けられなかった。
 皆を傷つけ、殺してしまった。
 僕には、何一つ出来なかった。
 何にも、何にも出来なかったんだ…!

「でも」
 狐さんが振り向いて、僕に顔を向けた。
「でも、俺は許してやる。
 俺だけは、君を許してやる。
 俺は知っているから。
 君の心の中には、そこには確かに君だけの殺す理由があった事を、知っているから。
 それがこの世界のどんな正義よりも尊いものだったという事を、俺は知っているから。
 俺だけは、それを知っているから」
 狐さんが微笑む。
 優しそうに。
 悲しそうに。
 そんなふうに、微笑んだ。
「それだけを以ってして、俺は君を肯定する。
 例え世界が君を敵と見なそうと、俺は君の味方でいる。
 もし君が人を殺した事で君を罵る奴がいるならば、俺はそいつをぶっ殺す」

 ―――――――!

 多分、その時僕は泣いていたのだろう。
 嬉しかったから。
 悲しかったから。
 だから、泣いていたのだろう。
「だから、自分を殺したいなんて言うな。
 どれだけ人から蔑まれても、どれだけ自分を許せなくても、君は生きろ。
 …もう、これ以上友達が死ぬなんて、俺は嫌だ」
 ああ、だから。
 だから、僕は、この人が。
 僕は、この人を―――
「…狐さん」
「何だい?」
 多分これが、最初で最後の僕の言葉。
 誰かの真似なんかじゃない、何かの偽物なんかじゃない、
 僕自身の心からの言葉。
「僕は、あなたが好きです」


                      〜続く〜

1541:2004/12/08(水) 23:44
 〜二十七話〜

 ハッピーエンドであれ、バッドエンドであれ、
 漫画やゲームの物語ならば、ストーリーが終わればそこで舞台は終了となる。
 この後主人公達がどうなるかはあなた方の心の中で決まるのですめでたしめでたし、
 とかそんな感じで、きれいさっぱり喜劇にも悲劇にも幕が下ろされるのだろう。
 だけど、現実はそんなふうにはいかない。
 一定の目標が成功であれ失敗であれ達成されたところで、それは“続き”でしかない。
 そこには須らく後始末が必要となる。
 ゲームは続く。
 死ぬ以外にゲームを放棄する手段は無い。
 いや、ひょっとしたら死んでもゲームは続くのかもしれない。
 兎に角僕は、『冥界の支配者』を殺した後もこの現実で生きていかねばならなかった。
 日常と、折り合いをつけていかねばならなかった。

 色々考えた末、僕は実家を引き払って一人暮らしをする事にした。
 一応親戚からうちに来ないかとも言われたが、
 一人食い扶持が増えるのは迷惑だろうし、
 家族が皆殺しになって一人だけ生き残った僕を引き取るのも、
 あまりいい気はしないだろうと思ったので丁重に断った。
 遺産相続の権利だの何だので親戚の間では一悶着あったそうだが、それは僕には関係無い事だ。
 暫くの間生活するには困らない程度の分け前には預かれたので、それ以上を望むべくもない。
 あとは弁護士さんとかが上手くやってくれるだろう。
 『冥界の支配者』を僕が殺した件については、狐さんが隠蔽工作をお願いしておいたらしい。
 狐さん曰く、「現行犯逮捕でない限りあらゆる犯罪を揉み消せる専門機関」だそうだ。
 僕としては警察のご厄介になる覚悟だったし、それも吝かではなかったのだが、
 折角なので狐さんの好意に甘える事にしておいた。
 通っていた学校には何となく行きづらかったので、転校届けをお願いしておいた。
 家も変わり、学校も変わり、気分一新という訳にはいかないが、
 このままあの家や学校に留まるよりは、ひっそりと去るのが賢い選択だろう。
 同情や哀れみの目で見られ続けるのは、好きじゃない。

「うひゃー、すごい所に住むんだなあ、君は」
 新しく僕が住む事になったボロアパートを見て、狐さんが嘆息する。
 引越し業者を頼むのは金がかかるので、力仕事が得意分野の狐さんにお手伝いして貰おうとここに呼んだのだった。
 …実は、もう一つの目的というか、聞きたい事もあるのだが、それは後でいいだろう。

1551:2004/12/08(水) 23:44

 ものの20分足らずで、あっという間に荷物は全て僕の部屋に片付けられた。
 部屋が六畳一間なのであまり多くの荷物は入らなかったのと、
 必要最低限の物を残して実家にあった家具は全て処分してしまったので、
 運んで来た荷物はごく僅かだったのだ。
 まあ、狐さんがダンボールとかを5段重ねでひょいひょい運んだのが、
 早く引越しを完了出来た最大の理由だろうけど。
「これで最後、っと」
 狐さんが丸めておいた布団をどさりと床に置いた。
 僕の記憶に障害が無ければ、これで全ての荷物は新しい部屋に運び込まれた事になる。
「どうもありがとうございました。
 ちょっと待ってて下さい、お茶でも入れますから」
「おう、悪いな」
 運んで来た布団を座布団代わりにして、狐さんが腰を下ろす。
 いやあんた、人の布団に勝手に座るなよ。
「えーっと…」
 ダンボールの封を開けて、やかんと急須、それからお茶葉と湯飲みを取り出す。
 洗面台兼流し台の蛇口を捻ってやかんに水を入れ、ガスコンロで火にかけた。
 ガスコンロは手入れが行き届いていないのか、ところどころ錆びていた。
 というかボロいのはガスコンロだけではない。
 床の畳には、所々煙草の灰が落ちて焼けた跡やほつれがあるし、
 壁には大小の罅やポスターを貼り付けていたであろうシールの残骸で満載だ。
 天井など、猫でも上を通ったら板に穴が開くんじゃないかってくらい老朽化している。
 不動産屋さんに初めてここに連れられて来た時は、我が目を疑ったものだ。
 それでも、都心に近いという立地条件を考慮に入れなくても破格過ぎる家賃の魅力には勝てず、
 僕はこのオンボロアパートに住むのを決めたのだった。
「粗茶ですが」
 急須で湯飲みに茶を注ぎ、狐さんに差し出した。
「茶菓子もねえのかよ。
 例えば金つばとか葛餅」
「うるせえ」
 今、久々に『うるせえ』と言った気がする。
「仮面タカダーのケチー」
「もはや仇名ですらないじゃねえかよ」
 仮面ノリダーよりも強引だぞ、それ。

「…あの」
「うん?」
 茶を啜りながら、狐さんが聞き返した。
「フーンさんは…」
「あー…
 あいつも今日来るように誘いはしたんだけどな、やっぱり来れないってよ。
 …やっぱ、お前とは顔を合わせ辛いんだろうよ」
「そんな!
 アヒャさんが僕の家族を殺したのは、フーンさんには関係なんて…」
 寧ろ関係があるのは、僕の方だというのに。
「そんな簡単に割り切れるもんでもないだろ。
 大人ってーのは、まあ、色々と複雑なんだよ、少年」
 それは詭弁だ。
 子供だからとか、大人だからとか、そういう問題じゃあないだろう。
「…そう悲観すんなって。
 生きてりゃあ、そのうちまた逢う事だってあるさ。
 それまでの一先ずのお別れとでも考えとけ」
 出会いがあるから別れがある。
 別れがあるから出会いがある。
 そういう事なのだろうけど、それでも僕は胸に何かがつかえたかのようにすっきりしなかった。

1561:2004/12/08(水) 23:45

「んじゃあ、そろそろ帰るよ。
 じゃあな少年。
 多分これで、最後のお別れだ」
 お茶を飲み干し、狐さんは立ち上がった。
「!?
 最後って、どういう事ですか!?」
 僕は慌てて訊ねる。
「言った通りの意味さ。
 俺と君とは、もう会わない方がいい」
「だから、どうしてですか!
 理由を説明して下さい!」
「どういう事も何も、そういう事。
 俺は君とは会わない方がいいし、会いたくない。
 そう思っただけの事さ」
 あっさりと、狐さんはそう告げた。
「…僕が告白したから、ですか」
「……」
 狐さんは何も答えない。
 あの時、狐さんにおんぶしてもらってた時も、狐さんは何も答えてはくれなかった。
 僕が狐さんを今日呼んだもう一つの理由というのは、その答えを聞かせてもらう為だった。
「…迷惑、だったですか」
「ああ、そうだ」
 そうか。
 それなら仕方が無い。
 好意を持ってない相手から告白されても、気持ち悪いだけだろう。
 ましてや僕は偽物。
 そんな僕が受け入れられる筈なんて、なかったのだ。
「…ごめんなさい」
 僕は謝った。
 ここで未練がましく引き下がるなど、醜悪にも程がある。
 振られた以上、潔く引き下がるべきだろう。
「君が謝る必要なんて無いよ。
 本当は俺が謝るべきだ。
 一方的に、もう会わないって我侭言ってるんだからな」
「でも…」
「話はここまでだ。 ここでお別れだ。
 後の事は心配しなくていい。
 面倒事は、こっちで全部後始末しておくからさ。
 じゃあな、少年。
 君と友達でいて、楽しかったよ」
 狐さんが背中を向け、部屋を出ようとする。
 これで、終わりか。
 これでもう、この人とは会えなくなってしまうのか。
 でも多分その方がいいのかもしれない。
 決して想いが伝わる事など無いのなら、いっそ二度と合えなくなる方が諦めがつく。
 だけど、それでも僕は―――

1571:2004/12/08(水) 23:45

「狐さん!
 僕は―――」
 今更、僕に何が言えるというのか。
 だけど僕は、何かを言おうとせずにはいられなかった。
「言うな」
 背を向けたまま、狐さんが短く告げる。
「それ以上言えば、俺は君を殺す」
 本気だった。
 声を聞けば分かる。
 本気で、狐さんは僕を殺すつもりだった。
「いいえ、言わせて頂きます。
 僕は、やっぱりあなたの事が、好…」
「言うな、と言っている!!」
 言い終わる前に、狐さんは乱暴に僕を押し倒した。
 といっても決してやらしい意味では無く、
 純粋に僕を殺すのに丁度いい馬乗りの体勢になったに過ぎない。
 そのまま狐さんは、僕の首にその手をかけた。
「君だって分かっているだろう!
 俺が君を好きになれば、俺は必ず君を殺す!
 絶対、絶対にだ!
 それなのにどうして君は俺なんかを好きになる!
 迷惑なんだよ!
 誰かに好きなんて言われるのは、迷惑なんだよ!!」
 軽く、狐さんの手に力が加えられる。
 首を絞められる事で気管が圧迫され、息苦しい。
 だけど、狐さんはまだ本気じゃない。
 もし本気なら、既に首をへし折られている所だ。
「ああ、そうだよ!
 俺も君の事が好きなのかもしれない!
 だから殺したくない!
 だから殺したいんだ!」
 今にも泣き出しそうな顔で、狐さんは叫ぶ。
 好きだから、殺したい。
 好きだから、殺したくない。
 一見矛盾を孕んだその感情は、しかし狐さんにとってはごく当たり前の事なのだろう。
 この人にしてみれば、この世の全ては殺す事とイコールなのだから。
「俺だって、普通の生活がしたかった!
 下らない事で笑って、他愛も無い事で泣きたかった!
 友達とお喋りして、遊んで、楽しい時間を共に過ごしたかった!
 誰かを好きになったり、好かれたりしたかった!
 でも、でも駄目なんだよ!」
 狐さんは普通の人間じゃない。
 でも、普通の人間じゃない事と、普通の人間でありたいと願う事とは、違う。
 だが狐さんは、自身の持つ大き過ぎる力が、普通である事を許さなかった。
「俺は殺してしまう…
 何もかも、殺してしまう。
 手に入れたいものも、そうでないものも、全部殺してしまうんだ…!」
 欲しいから殺す。
 殺してしまえば、二度と手に入らなくなると分かっているのに、殺す。
 いや、だからこそか。
 殺す事で、永遠に自分のものにしておきたいのか。
 だから、殺すのか。
「…好きだよ、少年。
 だから…俺の為に殺されてくれ」
 狐さんの両手に、ぐっと力が込められ―――

1581:2004/12/08(水) 23:45

「……」
 そして、狐さんはそっと僕の首から手を放した。
 まだ、僕は生きている。
 殺されては、いない。
「…これで、分かっただろう?
 俺なんか好きになったって、ろくな事なんてない。
 若気のいたりと思って、さっさと忘れちまいな」
 狐さんが馬乗りの体勢からゆっくりと体を離し、微笑む。
 …この微笑みは偽物だ。
 本当は泣きたい筈なのに、無理矢理笑顔を作ってる。
 僕にはそれがよく分かる。
 僕も、同じ偽物だから。
「…お断り、ですね」
 僕のその言葉に、狐さんは目を大きく見開いた。
 こんな脅しなんかで、僕の気持ちがどうこう出来ると思っていたのか。
 僕はもう、笑ってしまうくらいに狐さんの事が好きになっているというのに。
「馬鹿を言うな!
 俺は、君を殺すと言っているんだぞ!」
「それがどうかしましたか?
 その程度の恫喝で、僕が引き下がるとでも?
 見損なわないで下さい。
 僕は、あなたの為なら命を懸けれる」
 本心からの、言葉だった。
「君は、死にたいのか!?」
「いいえ、死ぬつもりなんてこれっぽっちもありません。
 あなたは何か勘違いをしているようだ。
 『命を懸ける』という事は、死を覚悟する事じゃない。
 生きる事を恐れず、死と正面きって戦う事だ。
 僕は好きな子には嫌がらせをして気を引くタイプですからね。
 あなたが僕を殺したいというなら、僕は絶対に殺されてなんかやらない」
 本当は、僕が生きるなどおこがましい事なのかもしれない。
 色んな人を巻き込んで殺してしまった僕には、生きる資格など無いのかもしれない。
 だが、これだけは、どうしても狐さんに伝えたかった。
「僕は死なない。
 だから、あなたに僕は殺せない…!」
 その時、すっと狐さんの体が動いた。
 何をするのか、と考えていると―――

1591:2004/12/08(水) 23:45

「……!」
 狐さんの右腕が、僕の腹を貫いた。
 目が霞み、口から血が流れる。
「!!
 お、俺は―――」
 狐さんがたじろいだ声を上げる。
 どうやら、狐さんの意思とは無関係に、反射的に手が出てしまったらしい。
 成る程、確かに僕を殺すというのは、はったりでも何でも無かったようだ。
 だけど。
 それでも、僕は、まだ生きている。
「…どうしました?
 僕はまだ、死んでなんかいませんよ?」
 出来るだけいつもと同じような声で、僕は狐さんに言った。
 痛みは感じない。
 偽物の心と体だから、本物の痛みなんて感じない。
「馬鹿か君は!!
 死ぬぞ!! 本当に死ぬんだぞ!!」
 狐さんが叫ぶ。
 もう、泣くのを堪えようともしない。
 僕の腹部に腕を突き刺したまま、狐さんは子供のように泣きじゃくっていた。
「だったら、早く殺したらどうですか?
 僕はまだ生きてるんですよ?
 それともあなたの言う殺すってのは、
 こんなちっぽけな怪我をさせる事を言うんですか?」
「――――――!」
 実際には全然ちぽっけな怪我なんかじゃないのだけれど。
 僕はそれでも得意げにそう言った。
 僕だって男だ。
 やせ我慢の一つや二つぐらい、やってみせる。
「僕は、あなたに殺されたりなんかしない」
 言いながら、僕は狐さんを抱きしめた。
 腕を腹に突き刺している為、狐さんには逃れる術は無い。
 これぞまさしく怪我の功名というやつだろう。
「やめろ!
 放せ! 放せえ!!」
 狐さんが僕の腕を振り解こうともがく。
 放すものか。
 絶対に、放したりするものか。
「放して欲しいなら、僕を殺せばいい。
 あなたにとっては、簡単な事なんでしょう?」
「……!」
 腕に鈍い痛みが走る。
 それと同時に、両肩から先の感覚が全く無くなった。
 狐さんに、両腕をもぎ取られたからだ。
 だけど、僕はまだ、生きている。
「…それで終わりですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
 こんなもの、モナカさんやしぇりーちゃん、それから僕の家族が受けた苦しみに比べれば、大した事なんてない。
「―――!」
 狐さんがよろよろと後ずさる。
 多分、狐さんを後ろに下がらせた人間は、僕が史上初だろう。
「ほら、どうしました?
 僕を殺すんじゃあ、なかったんですか?
 だったら早く…」
 そこで、僕は勢いよく地面に倒れた。
 ああ、そうか。
 痛みには耐えれても、出血多量による意識喪失だけは防げない。
 その事を、すっかりと忘れていた。
「●●●●! ●●●●●●●!」
 狐さんが何か言っているみたいだが、上手く聞き取れない。
 最悪だ。
 あれだけ格好つけて、結局死ぬのかよ。
「     、     。          」
 もう、何も聞こえない。
 死ぬのか、ここで。
 ああ、畜生。
 死にたくないなあ。
 死にたくないなあ。
「          。         」
 僕が死んだら、狐さんはしぇりーちゃんが死んだ時みたいに悲しんでくれるのだろうか。
 いいや、出来れば、忘れて欲しいな。
 僕なんかと事で、この人に悲しい思いなんてして欲しくないから。
 僕は狐さんの事を好き。
 それだけで、僕は―――

1601:2004/12/08(水) 23:46





 殺す、というのはどういう事か。
 それを簡単に説明するなら、矢張り『奪う』という言葉に集約されるのだろう。
 だがそれは、殺す相手の命を奪うという事だけではない。
 その殺した人の家族、友達、恋人。
 その人達からも、その殺した人を永久に奪ってしまうのだ。
 そこからは何も生まれない。
 ただ、空虚な喪失感だけが残される。
 殺す事からは憎しみや悲しみが生まれる、という人もいるかもしれないが、厳密には違う。
 憎しみや悲しみは喪失感から生まれるのであって、殺す事自体から直接生まれるのではない。
 殺す事からは何も生まれない。
 それでも殺さずにはいられない人は、きっと何も手に入れられないのだろう。
 だから、僕は、あの人に何かを分けてあげようと思ったんだと思う。
 だから、好きになったんだと思う。
 自分は、何一つ本物など持ってやしないというのに。
 偽物しか、持ってやしないというのに。
 何も持ってやしないというのに。
 それでも僕は、あの人に何かを遺してあげたかった。
 …夢の中で、僕はそんな風に考えていた。



「―――――」
 僕は目を開けた。
 えっと…ここはどこだ?
 天国か?
 地獄か?
 いや、この天井には見覚えがある。
 ここは…
「目が覚めたか」
 白黒頭にツギハギの顔。
 モラックジャック先生だ。
 やっぱり、ここはモラックジャック診療所だったか。
「…全く。
 この短期間にここまで担ぎ込まれて来た患者は、君が初めてだ。
 経営者の立場からすれば、儲かるから別にいいのだが、
 医者としての立場から言わせて貰えば、もっと体を大事にしたまえ」
 そうか。
 そういやこの2週間かそこらで、計3回もここに来たんだったな。
 で、僕をここに連れて来たのはやっぱり…
「起きたのか、少年」
 ドアを開けて、狐さんが入って来た。
 良かった。
 僕をここまで運んで、書置きを残してさようならなんて展開ではなかったらしい。
「…先生。 こいつと二人で話がしたいんだけど、いいかな」
 狐さんがモラックジャック先生に聞いた。
「…仕方が無い。 手短にしておけよ」
 話が分かる人なのか、空気が読める人なのか、モラックジャック先生はあっさり部屋から出て行った。
 そういえば前から気になっていたのだけれど、
 ここには『アッチョンブリケ』が口癖の少女はいないのだろうか?

1611:2004/12/08(水) 23:46

「…こんちわ」
 僕は片手を上げて狐さんに挨拶した。
 流石モラックジャック先生。
 完璧に腕をくっつけてくれている。
「ああ」
 そっけなく、きつねさんは返事をした。
「…悪かったな。
 その、酷い事してしまって…」
「別にいいです。
 原因は僕にあるんですし。
 それに―――」
 それに。
「僕は、今こうして、生きている」
 僕はそう言って苦笑した。
 もし狐さんが僕をここに連れて来てくれなければ、僕は死んでいたのだろうけれど、
 そんな事を議論するのに意味など無い。
 僕は今生きている。
 それが全てだ。
「減らず口だな」
「ええ」
 減らず口で、負けず嫌いの屁理屈なのは百も承知だ。
 それでも、僕はそれでよかった。
「狐さん、僕は…」
 そこで、僕は言葉を詰まらせた。
 ここから、僕は何を言えばいいのだろう?
 考えても考えても、次の言葉が見つからない。
「自惚れるなよ、少年」
 ピシャリと、狐さんが僕に告げた。
「俺が君を殺さなかったのは、君がつまりはその程度の人間だったからに過ぎない。
 本当に君が好きなら、俺はとっくに君を殺している。 そこの所を忘れるな」
 …やっぱり、そうですか。
 いやまあ、予想はついてたけどさあ。
「…だったら、これからあなたをその気にさせてみますよ。
 そして、その時にはあなたに殺されないくらい、強くなってみせる」
 負けじと、僕は言い返した。
 だけど、狐さんに勝てるようになるなんて、不可能に近いどころか不可能そのものではないのだろうか。
 いや、考えるのはよそう。
 目標は、高いに越した事はない。
 しかし達成不可能な程高い目標を据えるのもいかがなものか。
「ふふ、それは楽しみだ。
 ならばそれを証明してみせろ。
 君の言葉は嘘ではなかったと、俺に見せてみろ。
 言っておくが、俺はその時が来れば、微塵の躊躇も無く君を殺すぞ?」
 それは半分は嘘で、半分は本当だったのだろう。
 曖昧であやふやな言葉。
 本物で偽物な言葉。
「…だからそれまでは、君と一緒に居てやる」
 多分、それは、保留なのだろう。
 殺すか活かすか、どちらか決まるまでの時間稼ぎでしかないのだろう。
 それでいいと思った。
 それじゃあいけないと思った。
 だから僕は、一言だけこう告げる。
「ありがとう」


                      〜『冥界の支配者編』・完〜

1621:2004/12/08(水) 23:54
〜予告〜

『冥界の支配者』の打倒。
それはタカラギコにとって、数奇な運命の序曲でしかなかった。
ひょんなきっかけでハンター試験を受ける事になったタカラギコ。
そこで彼は、『擬古(ギコ)』と名乗る少年に出会う。
開始されるハンター試験。
巻き起こる血と殺戮のハプニング。
そしてついに、『禍つ名(まがつな)』の一位、
『妖滅(あやめ)【彩女】』がそのベールを脱ぐ…!

『ハンター試験編』、番外編の後に多分開始。

1631:2004/12/09(木) 00:43
主要キャラデータ

〜タカラギコ〜
本名:宝擬古(たから ぎこ)【ただし本名ではない。本名は不明】
年齢:16歳
生年月日:8月12日
身長:174cm
体重:62kg
特技:物真似 ツッコミ(ボケもある程度はこなす)
趣味:無し
嫌いなもの:物真似 巨乳(Cカップ以上はストライクゾーン外)
好きな本:年上貧乳倶楽部


〜狐娘〜
本名:外法狐(げほう きつね)
年齢:25歳
生年月日:1月1日
身長:179cm
体重:65kg
B/W/H:80/64/82
特技:格ゲー(百人抜きの経験有り) 大食い 殺傷行為
趣味:漫画読書(主に少年漫画系) テレビゲーム
嫌いなもの:暴力 殺傷行為 寄せて上げるブラジャー
好きな言葉:お前はもう死んでいる


〜しぇりー〜
本名:人吊詩絵莉(ひとつり しえり)
年齢:14歳
生年月日:5月27日
身長:147cm
体重:32kg
B/W/H:75/53/76
特技:図画工作(学校の成績は5) 輪投げ
趣味:漫画執筆(主に少女漫画系)
嫌いなもの:虫類全般 理解出来ない人間
好きな可愛がられ方:頭を撫で撫でされる事


〜フーン〜
本名:扶雲一郎(ふうん いちろう)
年齢:28歳
生年月日:10月4日
身長:180cm
体重:72kg
特技:射撃 煙を嗅ぐだけで煙草の銘柄を当てる事
趣味:インターネット(主にアダルトサイト巡り) 喫煙
嫌いなもの:喫煙マナーを守らない奴(フーンは携帯灰皿持参)
好きな煙草の銘柄:ピース(両切り)


〜アヒャ〜
本名:亜火屋寒河(あひや そうご)
年齢:28歳
生年月日:7月18日
身長:169cm
体重:57kg
特技:料理(というより包丁が使いたいだけ)
趣味:ナイフコレクション 人間の解体
嫌いなもの:自分より幸せな奴
好きな2chの板:ガイドライン板


〜モナカ〜
本名:山吹萌奈香(やまぶきもなか)
年齢:17歳
生年月日:4月7日
身長:160cm
体重:49kg
B/W/H:84/57/83
特技:百人一首
趣味:ファッション雑誌を読む事 ウインドウショッピング
嫌いなもの:鼠 雷
好きな硬貨:500円玉(あの大きさが何とも嬉しい)

1641:2004/12/10(金) 00:40
 〜番外編〜

 時は12月。
 師走の名前の通りに人々は慌しく行きかっており、
 街角からはどこからともなくクリスマスソングが流れてくる。
 そんな寒空の下、僕は狐さんと商店街を一緒に歩いていた。
 …って、あれ?
「狐さん。
 これって少しおかしくないですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「別におかしい事なんて何も無いだろう。
 俺と君とは恋人どうしなんだから、一緒に商店街へ買い物に出かけるぐらいはするさ」
「いえ、そうではなくてですね。
 確か、本編では時期設定は5月だった筈ですよ?
 それなのに、何でもう12月になってるんですか」
「ああ、そういう事か。
 それはだな、俺の隠された念能力『時間ふっ飛ばし(キングクリムゾン)』の影響だ」
 事も無げに狐さんは答えた。
「なあんだ。
 時間を7ヶ月も消し飛ばしただけだったんですね。
 それなら納得が出来ますね……
 って、出来る訳ねえだろ!」
 思わずノリツッコミをしてしまった。
 番外編とはいえ、そんなのでたらめだ。
「20点」
 狐さんの採点は辛口だった。
「まあそんなのはどうでもいいじゃん」
「よくねえ」
 断じてよくねえ。
 例え神が許そうともよくねえ。

「お、福引やってるじゃん」
 狐さんが前方を指差す。
 見ると、人だかりの中心に福引のテナントが出ていた。
「そうですね」
 そっけなく僕は相槌を打つ。
「せっかくだから福引でもやってみようぜ」
「せっかくだからも何も、福引券なんて持ってないでしょう」
 まあ仮に福引をやったとして、ティッシュぐらいしか貰えないだろうが。
「おーーっと!
 何故か俺の足元に福引券が落ちている!」
「うわあ、そりゃすげえ!
 こんな偶然あったんだ!」
 やっぱりこういう展開になったか。
 作者はしかし、こんなありきたりな展開を書いてて楽しいのだろうか?
「それじゃあさっそく福引開始だ!」
 狐さんが福引券を係りの人に手渡し、滑車の取っ手を回す。
 程無くして、金色の玉が滑車から転がり出てきた。
「おめでと〜〜〜〜ございま〜〜〜〜〜す!!」
 係員がカランカランと鐘を鳴らしながら叫ぶ。
「金色の玉ですので、
 特賞『湯煙殺人温泉ツアー』3泊4日の旅をペアでご招待です!!」
 うわあ。
 聞いただけで何か起こりそうな名前だ。

1651:2004/12/10(金) 00:40

「やったーーー!
 よかったな、少年!
 温泉旅行だぞ!」
「いや、ちったあ頭冷やして下さい!
 『湯煙殺人』て、殺人事件に巻き込まれる確率100%じゃないですか!」
 ただでさえ本編で人殺しはお腹一杯なのに、これ以上周りで人が死んでたまるか。
「君はノリが悪いなあ。
 見た目だけで物事を判断するなんて、悪い癖だぞ?」
「その理屈はおかしいし見た目で判断してねえ!」
 正しくは見た目でなくて名前だ。
「固いこと言うなよ」
「固くねえ!」
 これが固い事だというなら、世の中は豆腐か何かで構成されている事になってしまう。
 世界の存続の為にも、この一線は死守せねば。
「タケちゃんマンのケチー」
「『タ』しかタカラギコと合ってねえ!」
 タケちゃんマンて、あんた一体いくつだよ!?
 リアルタイムで見てた世代は、少なくとも30歳超えてるぞ?
「君は疑り深い奴だなあ。
 これはきっと、日頃の行いのいい俺達に対する、神様からのプレゼントさ」
「んな訳ないでしょう!」
 僕が神様なら、きっと僕や狐さんにはプレゼントじゃなくて天罰を下すと思う。
「お願いですから行くのはやめましょう!
 何と言うか、予定調和を通り越したご都合主義という名前の、
 神の見えざる手を露骨に感じます!
 これはもう陰謀レベルで罠ですから!」
「駄目だね。
 行かなきゃ話が進まないじゃないか」
「あんたそれ言ったらお終いだろ!」
 かくして、僕は狐さんと二人で、『湯煙殺人温泉ツアー』へと旅立つ事になるのであった。





 電車やバスを何時間も乗り継ぎ、僕達はようやく福引券で当てた旅館まで到着した。
 旅館はいかにも老舗の温泉宿といった感じで、外見だけでもマトモなのは正直以外だ。
 てっきり、幽霊屋敷みたいなのが出てくるかと思ってたのに。
「…何にも無い所ですね」
 僕は嘆息した。
 周りは見渡す限り森、森、森。
 陸地だというのに、僕はまるで絶海の孤島にいるかのような感覚を禁じえない。
「ん〜〜、いい気持ち」
「この空模様で、よくそんな事が言えますね…」
 空は今にも夕立が降りそうなくらいに、どんよりと雲っていた。
 嫌な予感がするなあ…
 絶対豪雨の所為でがけ崩れとか起こって、麓の町と連絡取れなくなったりするよきっと。
「ようこそいらっしゃいました…」
 と、宿の入り口から一人の老婆が現れた。
 背は小さく顔は皺だらけ。
 いかにもいわくつきな妖怪ババアという風体に、益々嫌な予感が強くなる。
「私がこの旅館の女将を勤めている、春側乃畝(はるかわ のうね)【以下、ノーネ】でございます。
 この度はこちらにお越し頂き、まことにありがとうございます…」
 丁重に頭を下げるノーネ女将さん。
「いえ、こちらこそお世話になります」
 狐さんもお返しに頭を下げた。
 この人、こういう所で常識はあるんだよなあ…
「お世話になります」
 僕も合わせて一礼する。
 これからしばらくご厄介になるのだから、良好な関係を維持するのに越したことはあるまい。

1661:2004/12/10(金) 00:41

「それでは早速、お部屋の方にご案内させて頂きます…」
 ノーネ女将さんは僕達を引き連れて旅館の中を案内した。
 内装は…意外と普通だ。
 何だ、これなら案外普通に温泉旅行を楽しめるかもしれな…
「……!」
 しかし、僕のその考えは目の前の存在によって無残にも打ち砕かれた。
 スペシウム光線でも跳ね返しそうな金属製の扉。
 それが、廊下にずらりと並んでいる。
「あの、女将さん…」
 僕は卒倒しそうになるのを堪えつつ、訊ねた。
「まさか、このとてつもなく無意味に頑丈そうな扉の奥に、客室があると?」
「左様でございます。
 ちなみにこの扉は特殊な鍵を使わねば決して開けられず、
 いかなる方法を持ってしても壊す事は出来ません。
 また壁の内側にもこの扉と同じ金属を仕込んでいる為、壁を壊して侵入するのも不可能です」
 そうですか。
 つまり密室殺人がここで起こるという訳ですね。
 気の滅入る解説ご苦労様。
「ふむ、凄いなこれは。
 多分俺でもこの扉は壊せない」
 狐さんでも壊せないって…
 超合金か何かで出来てるのかよ、この扉は。
「こちらがお客様の部屋の鍵になります。
 では、どうぞごゆっくり…」
 僕に鍵を渡して、ノーネ女将さんはその場を去って行った。
「よし、それじゃあ部屋の中に入ってくつろごうぜ」
 くつろげねえよ、こんな物騒な扉で守られた部屋。

「…中は普通なんですね」
 意外にも、部屋の内装は普通の旅館と変わらなかった。
 テレビにテーブル、それから冷蔵庫にポット。
 普通過ぎて、逆に恐い。
「お、すげえ。
 PAYビデオがついてる」
 狐さんがテレビの横の硬貨入れを見て言った。
 PAYビデオ。
 そんな物までついているのか。
 説明するまでも無いだろうが、
 PAYビデオとはお金を入れればエロビデオが見れるというあれである。
 まさかこんな所でそういった前時代の遺物にお目にかかるとは。
「少年。
 見たいなら俺に遠慮しなくていいぞ?」
「うるせえ黙れ」
 いや、僕だって男だから興味が無いと言えば嘘になるが、
 流石に女性がいるのにAVを見る程神経は図太くない。
「それじゃ、取り敢えず温泉に浸かりに行こうか。
 折角温泉旅館に来たんだから、温泉に入らない馬鹿は居ないだろ」
 狐さんが洗面具を風呂敷から取り出し、温泉に行く準備をする。
 温泉。
 いよいよお待ちかねという事か。
 そう、僕だって何の考えも無く、こんな胡散臭いツアーに参加した訳じゃない。
 温泉。
 温泉と言えば混浴。
 混浴と言えば裸!
 そう、僕がここまで来た最大の目的は、狐さんの裸体を拝む為と言っても過言では無い!
「…何だよ、さっきからニヤニヤと笑って。 気持ち悪いなあ」
 狐さんが怪訝な視線を向けるが気にしない。
 こうして僕は、邪な欲望と共に温泉へと向かうのであった。


               〜続く〜

1671:2004/12/15(水) 00:40
 〜二十八話〜

 自分は何の為に生まれてきたか。
 誰しも一度はこんな事を考えた経験があるだろう。
 しかし大抵の場合、この問いに対する答えは無い。
 何故なら、生きる事に意味を見出すのは他ならぬ自分自身であり、
 誰か他の要因によってもたらされるものではないからだ。
 しかし、物事には必ず例外が存在する。
 「運命により自分の生きる意味が決定されている」という事象が、
 この世には確かに存在したのだ。
 今なら、そう確信できる。
 それは、まさにこの僕が、運命により自分の存在意義を与えられた者だからだ。
 これは自信でも、ましてや自慢でもない。
 紛れも無い事実だ。
 皮肉な事に、自分自身の生きる意味を見出せなかったこの僕に、
 運命は生まれた意味というのを付加していたのだった。
 だけど、だからといって別にどうこうなりはしない。
 僕は、何も出来やしなかった。
 僕には、何も出来なかった。
 『ハンター試験』。
 成り行き上僕が参加したこの試験で、様々なものが行き交った。
 生と死が。
 正と負が。
 聖と邪が。
 是と非が。
 血と肉が。
 命と魂が。
 行き交い衝突し合いせめぎ合い殺し合った。
 それでも僕は、何一つ出来やしなかった。

 『D』。
 常軌を逸した研究の副産物。
 狂気的に猟奇的な生物兵器。

 『妖滅(あやめ)【彩女】』。
 殺す為の理由を自ら放棄した人外。
 『外法(げほう)【下方】』の対極。
 『外法(げほう)【下方】』に唯一対抗し得る集団。
 『外法(げほう)【下方】』が唯一対抗出来る集団。

 『兇人絶技団(サーカス)』。
 『妖滅(あやめ)【彩女】』の一員であり、選りすぐりの滅殺師達。
 『小波(キリングパルス)』、妖滅零母那(あやめ れもな)。
 『殺人技術(ジェノサイダー)』、妖滅刺菅(あやめ さすが)。
 『殺人奇術(マントラップ)』、妖滅狭州我(あやめ さすが)。
 『一騎当千(コープスダンス)』、妖滅裏螺(あやめ うらら)。

 外法八(げほう はち)。
 『絶対零度の炎(コールドブラッド)』。
 情報屋。
 八頭身。

 外法狐(げほう きつね)。
 和服の俺女。
 最強の体現者。
 殺す為のみ存在する異形。
 僕の好きな人。

 …そして、擬古(ギコ)と名乗った、あいつ。
 僕の原型(オリジナル)。
 僕に全く似ていない故に、僕がそっくりである少年。

 いずれもが、己が己である為に、戦い屠り殺し合った。
 誰もが正しく、誰もが間違っていた。
 ただ僕は、それを見ているしか出来なかった。

 ならば僕は、せめてあそこであった事を心に刻み続けよう。
 一字一句逃さず、記憶しよう。
 一分の漏れも無く言い伝える語り部となろう。
 これは僕の贖罪であり、罪そのもの。
 だからここに、僕は記す。
 僕があそこで何を見て、何を感じ、何を想ったのか。
 それを今ここに、明かそうと思う。

1681:2004/12/15(水) 00:41





『ハンター試験編』





 夕暮れ時の空き地で、僕と狐さんは距離を離して向かい合っていた。
「どうした、かかってこいよ」
 狐さんが右手の中指と人差し指で僕を手招きする。
 僕は『劣化複製・不死身の肉体(デグラデーションコピー・ナインライヴス)』を発動させたまま、ジリジリと後ろに下がる。
 隙が、全く見つからない。
 一見無防備に立っているだけなのに、360度どの方向から向かっても返り討ちを喰らいそうだ。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
 そう言った時には、既に狐さんは僕の間近にまで迫っていた。
 速過ぎる。
 10メートル以上は離れていた筈なのに、全く近付いて来るのが見えなかった!
「せい!」
 掛け声と共に、狐さんが右足でローキックを放った。
「!!」
 骨の折れる乾いた音。
 今の一撃で、僕の左脚の太もも部分の骨は、完全に粉砕されてしまった。
「がはッ…!」
 それだけでは狐さんの攻撃は止まらない。
 今度はローキックを放った足を軸にして、中段の前蹴り。
 爪先が鳩尾にめり込み、僕は胃液を吐きながらくの字に体を折ってうずくまる。
「痛がる暇があったら反撃しろ!」
 狐さんが、倒れた僕の右腕を足で踏みつける。
 左足に続き、右腕の骨まであっけなく折られてしまった。
 痛い。
 無茶苦茶、痛い。
 けど、どうって事はない。
 偽物の心と体だから、本当の痛みは感じな―――
「!!」
 同じように、左腕の骨も踏みつけによってへし折られる。
 これでもう、無事なのは右足しか残っていない。
「どうした、逃げないのか?
 逃げなきゃ死ぬぞ!?」
 踏みしめていた腕から足を離し、狐さんが僕の頭に向かって蹴りを出す。
「うああ!?」
 反射的に頭部を仰け反らせ、ギリギリの所でそれをかわした。
 ヤバイ。
 この人、止めを刺す気だ!
「う、うああああああああああああああああああああああああ!!」
 咄嗟に振り返り、何とか逃げようとする。
 しかし片脚が折れた状態でマトモに走れる筈もなく、
 不様に足を引きずりながら遁走するしか方法が無かった。
 勿論、そんなので狐さんから逃げ切れよう訳などない。
「敵が目の前にいるのに、背中を見せて逃げる奴があるか!
 闇雲に逃げ出せばいいってもんじゃない!」
 あっという間に狐さんに追いつかれる。
 後ろから何かが高速で飛来する気配。
 恐らく、狐さんがハイキックを繰り出したのだろう。
「―――!」
 頭部に叩きつけられる重い衝撃。
 そこで、僕の意識は残らず刈り取られるのであった。

1691:2004/12/15(水) 00:42





「……」
 僕はゆっくりと意識を取り戻した。
 ここは…僕の部屋か。
 どうやら気絶してる間に、狐さんがここまで運んで来てくれたようだ。
「お、起きたか少年」
 狐さんが枕元から僕の顔を覗き込む。
「…おはようございます」
 僕はのそのそと起き上がろうとしたが、体中から襲い掛かる激しい痛みに断念せざるを得なかった。
 頭がガンガンする。
 右腕と左腕、それから左足が骨が折れたみたいに痛い。
 いや、実際骨が折れているんだけどね。
「…やれやれ」
 僕は溜息をつきながら、『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』を発動させた。

 ―――全工程終了
 ―――発動、『劣化複製・間黒男(ブラックジャック)』

 ツギハギ顔の医師が、僕の負傷部分を高速でオペし治療する。
 この前モラックジャック先生の念能力で治療した時に覚えた念だ。
 一度この目でみれば、どんな能力でも僕はコピー出来る。
 まあ本家本元モラックジャック先生のように、
 千切れた腕まで完璧に修復するのは無理だけど、
 骨折程度の怪我なら僕の劣化コピーでも2、3日で完全に治癒が可能だ。
「いつみても便利な能力だな」
 狐さんが感心したように呟く。
「…所詮猿真似ですよ」
 そう。
 こんなの、全く意味なんて無い。
 本物の前では、僕の存在価値など皆無に等しい。
「で、今日の手応えはどうでしたか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「全然駄目。 弱いにも程がある。
 これじゃあ君が俺に殺されないぐらい強くなるってのは、夢のような話だね」
「…そっすか」
 ぐはあ。
 そんなにはっきり言わなくても。
 いや、確かに手も足も出なかったけどさあ。
「てか狐さん。
 僕としては、そろそろ映画館とか遊園地とか、普通のデートがしたいのですが」
 狐さんに文字通り命懸けの告白をしてから早2ヶ月。
 しかし、僕と狐さんとの関係には全くと言っていい程進展は無かった。
 狐さんにはハンターの仕事があるから、毎日逢うわけにはいかないし、
 たまにこうして一緒になれても、やる事といったら今日みたいな組み手や地獄のようなトレーニング。
 「狐さんに殺されないぐらい強くなる」と宣言した手前断るわけにもいかないのだが、
 いかんせんそろそろ手を繋ぐとかそういうステップを踏んでもよいのではなかろうか。
「だから前から言ってるだろ。
 俺に一発でもマトモに攻撃を当てる事が出来たら、ちゅーでも何でもしてやるって」
 それは事実上不可能だ。
 例えるならペンギンが空を飛ぶって事くらいに。
「…やっぱ、僕には才能無いんですかね」
「そういう台詞を口にする資格があるのは、血反吐吐くまで努力した奴だけだ。
 今度そういう事を言ったら、俺は怒るぞ」
 真剣な眼差しで、狐さんが僕を叱る。
 そうだ。
 僕はまだたった2ヶ月かそこらしか狐さんに稽古をつけてもらってないのに、
 何を早まった事を言ってしまったのだろう。
「…ごめんなさい」
 僕は狐さんに謝った。
「分かればよろしい」
 狐さんが微笑む。
「まあ、だけど見込みが無いってわけでもないよ。
 むしろ戦闘センスにしては上等な方さ。
 ただ、君には一つ、致命的な欠点がある」
 致命的な欠点?
 何だ、それは。
「分からないか。 なら教えてやるよ。
 君には、死に対する恐怖が欠けている」
 狐さんが僕を見据えて、言った。
「君は心のどこかで、自分なんて死んでも構わないやって思ってしまっている。
 これはかなり危険だ。
 死神は、そういう奴から真っ先に首を掻き切りに来る」
 死んでもいいや。
 確かに、そう思っているのかもしれない。
 僕の所為で、何人もの人が死んだ。
 だから僕に、生きている価値など微塵も無い。
「…いいか、少年。
 自分の命を軽んじるな。
 自分の命を軽視するってのは、つまりは他者の命まで軽視するって事だ。
 君には、そうなって欲しくない」
 狐さんが諭すように僕に告げる。
「命を軽視するってのは、簡単に殺すって事だ。
 だけど、そんなのは強さじゃない。
 躊躇無く人を殺す事は、簡単に自分の命を投げ出す事は、力ではあっても強さじゃない。
 『強い』という事と、『力がある』という事は、似ているようで全然違う。
 君は絶対に強くなる。 俺が保証する。
 だから、負けるな」
 負けないという事。
 それはある意味勝つより難しい。
 それでも僕は負けてはならないのだろう。
 僕が殺してしまった、人達の為にも。

1701:2004/12/15(水) 00:42

「…じゃあ、『強い』ってのはどういう事なんですか?」
 僕は狐さんに聞いた。
「『強い』か…
 それは多分、己の生き様を貫くという事なんだろうな。
 ま、全部師匠の受け売りだけどね」
「師匠?」
 始めて聞いた。
 狐さんにも師匠がいたんだ。
「ん、ああ。
 外法狸(げほう たぬき)っていう名前でね。
 …十年くらい前に、死んじまったけどな」
 狐さんが悲しそうな顔を見せる。
 どうやら、聞いてはいけない過去だったようだ。
「ご、ごめんなさい」
 僕はいたたまれなくなって頭を下げた。
「いいよ。 君の気にする事じゃない。
 もう、ずっと昔の話だ」
 狐さんが苦笑する。
 そういえば、僕は狐さんの事について何も知らない。
 今はハンターで生計を立てているって事や、凄く強いって事は知ってるが、
 それ以前の事については何も知らないのだ。
「そういえば、狐さんってどこの出身なんですか?」
 ふと、僕は狐さんについてもっと知りたくなった。
 勿論、さっきの師匠のように、聞いてはいけない過去もあるのだろうけれど。
 まあ出身地を聞くくらいなら大丈夫だろう。
「……」
 狐さんがあからさまに顔を曇らせる。
 げげ、またしても地雷を踏んでしまったのか!?
「…東京、って事になるのかな、一応」
 狐さんが呟くように言う。
「あ、あの。
 狐さんが答えたくないのなら別に…」
「いや、いいよ。
 そういや、君には俺の事何も教えてなかったからさ。
 少し話しておくのも、悪くない」
 狐さんが大きく息をつく。
 そして、まるで遠くを見つめるかのようにその視線を泳がせた。
「…東京の地下に、非公式の都市が存在するって言ったら信じるか?」
「?
 それはどこぞの少年ガンガンで連載中の漫画ですか?」
「ま、普通はそういう反応をするわな。
 だけど、これは嘘じゃない。
 今俺達のいるこの都市の真下には、確かに存在するんだよ。
 地獄の釜の底、この世の最底辺(ボトム)、『地下魔街(アンダーグラウンド)』がな」
 地下都市だって?
 余りにも突拍子が無さ過ぎて、俄かには信じ難い。
 でも、狐さんの目は嘘を言っているふうには見えなかった。
「そこではありあらゆる悪徳が横行している。
 人身売買、麻薬取引、生体実験、改造手術、暴行殺人、それらが日常茶飯事さ。
 文字通り、表の世界の塵が押し込められる掃き溜めだ。
 俺は、そんな場所で生まれた」
「じ、じゃあ、どうやってそんな所から地上に出てこれたんですか!?」
 地下都市など、こうやって狐さんから聞くまでは全然知らなかった。
 そんな公になっていないような場所、入るのはともかく出るのはそう簡単にいくとは思えない。
 まあ狐さんの実力なら、強引に暴力で突破出来るかもしれないが。
「…俺の師匠のお陰さ。
 師匠が、俺を地下から出してくれただけでなく、
 生き方や戦い方まで教えてくれた。
 俺がハンターになったのも、師匠の影響かな」
 狐さんの師匠。
 外法狸といったか。
 それは、狐さんにとってとても大切な人だったのだろう。

1711:2004/12/15(水) 00:43

「…ごめん。
 つまらない話聞かせちまったな」
 狐さんが悲しそうに笑う。
「そんな事、ないです」
 きっと今話した事なんか、狐さんの過去のほんの一部に過ぎないのだろう。
 僕の想像など及びもつかないような苦労を、狐さんはしてきたのだろう。
 僕には何も出来なかった。
 ただ話を聞くしか、狐さんにしてあげられなかった。
 僕は、少しでも狐さんの力になってあげたかった。
 エゴなのかもしれない。
 独り善がりなのかもしれない。
 でも僕は、狐さんの力になりたかったんだ。
「…ごめんな」
 もう一度、狐さんは僕に謝った。
「君がこんなに俺の事を想ってくれているのに、俺は君に何もしてやれない。
 …抱かれてやる事すら、出来ないんだ」
 抱かれれば、殺してしまうから。
 絶対に、殺してしまうから。
「…僕は」
 僕は、言った。
「僕は、あなたを抱きたいから、あなたを好きになったんじゃないです」
 好きだから抱きたいという式は成り立っても、その逆は成立しない。
 不可逆。

「……」
「……」
 いかん、会話が止まった。
 何とかして、再び流れを取り戻さなくては。
「そ、そういえば狐さん。
 ハンターの仕事って儲かるんですか?」
「ん、えーと…
 まあ、個人の腕次第だな。
 俺みたいな高給取りもいれば、初任給を貰う前にくたばる奴もいる」
 つまりは、完全出来高制という事か。
「ハンターになるのって、難しいんですか?」
「まあ、そうだな。
 ハンター試験ってのを受けて、それに合格すれば免許が発行されるんだが、
 倍率は軽く100倍を超える。
 場合によっちゃあ、四桁に上る事もザラじゃねえ」
 おいおい。
 国家Ⅰ種でも、そこまでいかねえぞ。
「ま、そんな試験を俺は一発で合格したんだけどな。
 流石俺。
 かわいくて強くて、しかも心まで美しい」
「うるせえ四捨五入したら30歳」
 禁句である年齢を使ってツッコミを入れてみた。
「君、最近ツッコミに容赦が無くなってきてるぞ…
 そうだ。
 折角だから腕試しにハンター試験受けてみるか?」
「はい?」
 いや、僕はそんなつもりで話を振ったんじゃないんですけど。
「別に嫌ならいいさ。
 最悪死人が出るような試験だしな。
 素人が手を出した所で、怪我するのがオチだし」
 死人が出るような試験を受けさせるつもりだったのかよ、この人。
「…ただ、少年って臆病者だったんだなあ、って思うだけさ」
 カチーン。
「いいでしょう、ハンター試験とやらを受けてあげますよ。
 ただし、もし合格したら何でも僕の言う事を聞いて貰いますからね!」
「いいよ〜別に。
 どうせ君が受かる訳ないし〜」
 鼻で笑う狐さん。
「望む所だ!
 後でギャフンと言わせてやる!」
 こうしていわゆる売り言葉に買い言葉というやつによって、
 僕はハンター試験を受ける事になるのだった。


                   〜続く〜

1721:2004/12/15(水) 18:41
 〜二十九話〜

「…大体ここらへんだな」
 ハンター試験を受けると豪語してしまってから4日後、
 狐さんから渡されたハンター試験会場の住所が書かれた紙切れを頼りに、
 僕は都内某所に足を運んでいた。
 本当は試験会場を探すのも試験のうちなのだそうだが、
 そんなのはスーパーマリオでいう1−1に過ぎないからという事で、
 特別に狐さんが会場を教えてくれた。
 狐さんが言うには、「コネも実力のうち、君が俺と知り合いなのも、才能の一つさ」、との事らしいが、
 逆を言えば、この程度の手助をした所で受かるような楽な試験ではないとも取れる。
 てかここ、思いっきり街中なんですけど、
 こんな人通りの多い場所でハンター試験とかしちゃっていいんだろうか。
「まあ、どうでもいいけどね」
 試験をどこでやろうが、それは僕が口出しする事ではない。
 チラリと時計を見る。
 午後2時から開始との事だが、今は午前10時を少し回ったくらい。
 どうやら、少し早く来過ぎてしまったらしい。
 しょうがない。
 取り敢えず試験会場を見つけたら、適当にどこかで時間を潰すとするか。
「よう、そこのお前」
 いきなり、後ろから声を掛けられた。
 声からして、僕と同じくらいの年齢の男だろうか。
 僕は声のした方向に振り返り―――

「―――――」

 僕は言葉を失った。
 そして、全てを理解してしまった。
 僕の目の前には、一人の少年が立っている。
 所々ほつれた薄手のシャツに、よれよれのGパンというラフな格好。
 背中には、剣道で使う竹刀袋を担いでいる。
 身長も体重も、僕と同じくらいか。
 でも、顔立ちは全然似ていないし、性格だって全く僕とは違うだろう。
 それにも関わらず、いや、だからこそ、僕はこう直感した。
 僕は、こいつに似ている。
 いいや、僕はこいつの真似をする為に生まれてきたのだ、と。
 僕の兄さんでも狐さんでもない、他ならぬこいつの偽物になる為に、僕という存在は生み出されたのだ。
 僕が誰かの真似しか出来ないのも、全てはその副産物に過ぎない。
 そう思えるだけの確信が、僕の体を貫いた。
「ちょっと道を教えちゃくんねえかな」
 そいつは飄々とした表情のままでそう言った。
 こいつがどこに行きたいか。
 それはきっと、いいか必ず、僕と同じ場所。
「ハンター試験会場って、どこだ?
 知ってるんだろ、お前」
「どうして、僕が…」
 そこで僕は訊ね返すのを止めた。
 どうして、僕が試験会場の場所を知っているのか、だって?
 愚問にも程がある。
 そんなの、鏡に向かって「あなたはどうして僕の事を知っているんですか?」と訊ねるようなものだ。
「知ってるよ」
 だから僕はこう答えた。
 答えないのも、嘘をつくのも、この場では無意味だ。
「そうかい。
 まあそうだろうと思ったぜ」
 そいつはおかしそうに笑った。
 何がそんなにおかしのか。
 君がそこに居る事か。
 それとも僕がここに居る事か。
 あるいは、そのどっちもか。
「んじゃ悪いけど、道案内頼めっかな。
 この辺りっつーのは突き止めたんだけど、詳しい場所まではさっぱりでね」
「分かった」
 僕は二つ返事で了解した。
 そうするのが、僕の役目だと思ったから。
「サンキュー、助かるぜ。
 ああ、そうだ。 一応聞いとくよ。
 お前、名前は?」
 名前。
 僕とこいつとの間に、そんなもの何の意味があるというのか。
「…宝擬古(たから ぎこ)」
「そうかい、いい名だ。
 俺は―――」
 そいつは一瞬だけ逡巡して、
「擬古(ぎこ)っていうんだ。
 苗字は訳あって言えねえが、まあ気にすんなゴルァ」
 これが、僕とギコとの、最初の出会いだった。

1731:2004/12/15(水) 18:41





「いらっしゃいませー」
 アルバイトの店員さんが無料のスマイルで僕とギコを出迎える。
 試験会場の下見を済ませた僕達は、まだ時間もあるので近くのファーストフードで昼食を取る事にした。
「俺はテリヤキバーガーセット」
「僕はチーズバーガーセットで」
 それぞれ注文し、バーガーとポテトとドリンクの載ったトレイを受け取って席に着く。
 道案内のお礼と、ギコは僕の分の代金まで払ってくれた。
「いやしかし、びっくりしたぜ。
 目の前にいきなり鏡が出てきたのかと思ったぞゴルァ」
 ギコがハンバーガーの包みを開きながら言う。
「ふうん、そう」
「そう、って気の無い返事だな。
 お前は驚かなかったのかよ」
「いや、驚いたよ。
 だけど別に、そこまで引きずる程の事でもないからね」
 僕が誰かに似ているなど、僕にとっては日常茶飯事だ。
 それでも、ここまで正反対に対照的に対称的に一致していたのは、
 僕にとっても始めてだったけど。
「僕としては、試験会場の方が驚いたね。
 あれ、どっからどうみてもただの公民館だろ」
「んー?
 まあそれもそうだな。
 てかお前、本当にあの場所で合ってんのか?」
「僕に住所を教えてくれた人が嘘をついてなければ、あそこで間違い無いよ」
 狐さんが僕に嘘をつく理由はさして見当たらないから、あの場所で合っているのだろう。
 まあ仮に嘘だったとしても、元々試験を受けるのに初めから乗り気だった訳じゃないし、
 それはそれで丁度いい。
「そのお前に住所を教えたのって、どこの誰よ?」
「年上ツルペタ和服美人俺女」
 外法狐という名前は、ここでは出す必要は無いだろう。
 あの人結構有名人らしいし、あの人の関係者というのがバレて面倒事に巻き込まれないとも限らない。
「なんだよそのおもしろおかしい設定のキャラは…
 つーか、俺の身内以外にもそんな奴居たのか」
「身内?」
「ん、ああ、失言だったかな。
 まあ深くは気にするな。
 俺の家族…っつーか、まあ親しい知り合いに、それと似たような奴が居るって事。
 ま、お前さんは多分知らないよ」
 どこの誰かは知らないが、狐さんと同じような人がこの世に存在したのか。
 そりゃ何とも恐ろしい怪談だ。

「そういやーさー」
 ふいに、ギコが話題を変えようとした。
「お前、どうしてハンター試験なんて受けようと思った訳よ」
 どうして僕がハンター試験を受けるのか。
 さっきまでは狐さんとの口論が発展して成り行き上、と思っていたけれど、
 今ならその本当の理由がはっきりと分かる。
 僕がハンター試験を受ける理由、それは…
「…君がハンター試験を受けに来たから、だと思う」
 僕は君の、ギコの偽物として生まれてきたから。
 だから僕は、影が実像に追いすがるように、ここにやって来たのだろう。
「何だそりゃ。
 理由としちゃあありなんだろうが、主体性の無い野郎だな」
 つまらなそうにギコがハンバーガーを頬張る。
「そういう君はどうなんだ」
「俺はまあ、あれだよあれ。
 何となくとか、風の向くまま気の向くままとか、適当にとか…
「君だって人の事言えないじゃないか。
 君には主体性はあるのかもしれないが、 理由が根本的に欠けている」
「はん。 試験を受ける理由なんざ、俺にとってはどうでもいい事さ」
 理由無き行動。
 理由無き殺し。
 外法狐。

1741:2004/12/15(水) 18:42

「お。
 おい、あれ見てみろよ」
 と、ギコが小声で僕に話しかけながら、遠くの方の席を指差した。
「あの人がどうかしたのか?」
 そこには、女子高生らしい女の子が座っていた。
 向こうは、僕達の視線には気づいていないらしい。
「お前の目は節穴か。
 あの胸を見て、お前は何も感じないのか?」
 成る程、確かにあの女子高生の胸は大きい。
 だがしかし、それがどうしたというのだろう。
「別に、何も。
 僕はCカップ以上のバストには、何ら興味が湧かないんでね」
「お前は馬鹿か!?
 おっきい胸の中にはな、夢とか希望とか愛が、一杯詰まってるんだよゴルァ!」
 こいつ、巨乳マニアだったのか。
 ならばとてつもなくどうしようもなく、こいつは真っ向から僕の敵だ。
「ただ大きければいいなんて滑稽だね。
 重要なのは形さ。
 何より、あの子は僕達と同じ年齢かそれ以下だ。
 僕としては、年上のお姉さんでなきゃホームランは打てない」
「はあ!?
 お前男なら年下だろうが!
 日本人はロリコンって統計も出てるんだぞ!?」
 激昂するギコ。
 どうやら、向こうにも譲るつもりは無いらしい。
「そんなにブルセラがしたいかこの変態め。
 未成年強制猥褻罪で逮捕されとけ」
 そしてそのまま獄死しろ。
 年上貧乳の素晴らしさが分からない奴に、生きている価値など無い。
「…どうやら、俺とお前とは本質的に相容れないようだな」
「全くだ。
 僕は君の偽物として生まれてきたのだ、
 なんて一瞬でも考えてしまった僕の愚かさが悔やまれてならない」
 こんなロリコン巨乳オタが、僕のオリジナルなんかである筈がない。
 というか、そうであってくれ。
「はッ、負け惜しみを。
 せいぜい今のうちに虚勢を張っておくんだなゴルァ」
「そっちこそ。
 僕の恋人を見たら、きっと腰抜かすぞ」
「!?
 お前、彼女いたのか!?」
 ギコが眼を見開いて仰天した。
「? そんなに驚くような事か?」
 正確には、恋人未満な訳だが。
 まあ、狐さんが居ない時くらい少しホラを吹いてもバチは当たらないだろう。
「いや、当然だろうが。
 何で、俺みたいな人間であるお前に、彼女なんて居るんだ?
 そんなのは、決してありえない事だぞ?」
「どうしてだよ」
「俺みたいな奴が誰かを本当に好きになったら、必ずそいつを殺すからさ」
 まるでさも当たり前の事のように、ギコは平然と言い放った。
「無茶を言うな、君は。
 好きになったらその人を殺すなんて、まるで―――」
 まるで、狐さんみたいじゃないか。
「言っとくが、これは大げさな冗談でも何でもねえぞ?
 俺には分かるし、お前も分かってるんだろうが。
 お前が深く関わろうとした奴は例外無く死ぬし、それが無理なら、お前自身が死ぬ。
 なのに何で、お前にゃ彼女なんてのがいるんだ?」
「……」
 そんな、馬鹿な。
 確かに僕は周りにいた人を大勢殺してしまったが、別に殺したかった訳じゃあない。

 …本当に、そうなのか?
 僕が気づいてないだけで、心の底ではそんな感情が無かったと言えるのか?
 いや、もしかしたら、そんな感情すら無くても、僕は殺せてしまうというのか?
 さながら、狐さんのように―――

「ま、もしかしたら俺の思い過ごしかもしれないがな。
 人の心なんてえのは、そう簡単に解明出来るもんでもないし、
 何より俺とお前とが、完全完璧に同じな訳でもねえ。
 鏡ってーのは、対象とそのまま同じ像を写すものじゃないからな」
 左右対称。
 あべこべな鏡合わせ。
 鏡像はあくまで実像とそっくりなだけであって、実像そのものではない。
「…と、そろそろ時間だな。
 そんじゃま、話の続きは試験会場についてからにしようぜ」
 ギコが最後のポテトを口に放り込んで立ち上がった。
 時計の針は12時20分を刺している。
 ここから歩けば、時間的には丁度いい位か。
「ああ、そうだ。
 最後に質問がある」
 おもむろに、ギコは僕に向き直って訊ねた。
「裸エプロンと裸ワイシャツ、どっちが好みだ?」
「裸エプロン」
 僕は即答した。
「…やっぱり、お前とは永遠に分かり合えそうにねえな、ゴルァ」
 どうやらギコは裸ワイシャツがお好きなようだった。
 この変態め。


                      〜続く〜

1751:2004/12/21(火) 01:57
 〜三十話〜

 ―――とある研究所の音声記録より抜粋―――

「『D』シリーズ、突然暴走を始めました!」
「障壁を落とせ!
 連中を絶対に外に出すな!」
「分かりました!
 ……、ば、馬鹿な!
 障壁をぶち破って!!」
「已むを得ん!
 廃棄処分にしろ!」
「じゅ、銃が効かない!?」
「何だあれは!
 何なんだあれはぁ!?
 う、うわあああああああああああああああああああああああ!」
「駄目だ!
 抑え切れない!
 逃げろ!
 逃げろお!」
「来るな!
 来るな化物!
 ッ、ぎゃああああああああああああああああ!」
「ひああああああああああああああああああああああああああ!」
「助けてくれ!
 死にたくない!
 死にたく……」



          @        @        @



「いいか!?
 裸ワイシャツってーのはな、その服装もさる事ながら、
 『一夜を共にした』というシチュエーションを連想させるのが本質なんだよ!
 『一夜を共にした』、『夜明けのコーヒー』、この素晴らしさが分からねえのか!?」
 ギコが大きく身振り手振りをつけながら、顔を真っ赤にして力説する。
「はッ、そんなもの裸エプロンの神々しさの前にはカス同然だね。
 人類3大欲求の一つである性欲を象徴する『裸』、
 そして同じく3大欲求の一つである食欲を象徴する『エプロン』、
 これらが組み合わさった裸エプロンの前に、敵など存在しない」
 僕も負けじと言い返す。
 全国の裸エプロンフェチの為にも、ここでギコに敗北する訳にはいかない。
「てめー!
 よくぞ言いやがった!
 こうなりゃ力ずくでも裸ワイシャツの優位性を思い知らせてやる!」
「望む所だ!
 所詮裸ワイシャツなど賊軍に過ぎないという事を、その身に刻んでやる!」
「はじゃー」
「ふぎー」
 とうとう取っ組み合いになってしまった。
 僕、何でこんな事してんだろう?

1761:2004/12/21(火) 01:57

「…と、こんな事してる場合じゃねえな」
「だね」
 5分程経ってから、僕達はどちらともなくお互いから体を離した。
 そう、こんな事してる場合じゃない。
 試験会場らしき公民館についたのはいいが、
 いくらその中を探せど、ハンター試験会場らしき場所は見当たらないのだ。
 その間にも、刻々と試験開始時間は近づいている。
「おい、お前。
 本当にここで合ってるんだろうな!?」
「その筈なんだけど…」
 やっぱり狐さんは嘘を教えたのだろうか?
 狐だけに、化かされてしまったのかもしれない(しつこいようだけど、ここ笑い所!)。
「ん?」
 と、僕は狐さんから渡された試験会場の場所の載ったメモ用紙の端に、
 何か書かれているのに気がついた。
「え〜と、『試験会場に着いたら、受付の人に「関東裸会の催しはどこですか?」、と訊ねるように』、だって」
 これはうっかりしていた。
 メモにこんな事が書かれていたとは、すっかり見落としていた。
「おいおいお前、そんな大事な事見落としてんなよ!
 危うく試験に間に合わなくなる所だったじゃねえか!」
「ごめんごめん。
 ま、でもまだギリギリ間に合うよ」
 本当に際どい所だったが、時間に遅刻して脱落という不様な真似だけはせずに済んだようだ。
「ったく、本当にしょうがねえなあゴルァ。
 そんなんでこれからの試験大丈夫なのか?」
 はあ、とギコが溜息をつく。
「まあ何とかなるさ。
 それに、元々ハンターになろうと思ってた訳じゃないんだし」
「じゃあ何でハンター試験なんて受けようと思ったんだよ?」
「とある人との、口喧嘩のなれの果てみたいなもんさ」
 あわよくば、「合格したら何でも言う事聞いてやる」との約束を利用して、
 むふふな欲望を叶える為というのもあるけれど。
「訳分かんねー。
 何だ?
 その口喧嘩の相手が、お前に試験会場まで教えた年上ツルペタ和服美人俺女か?」
「そうだよ」
 そして名前は外法狐という。
「もしかして、そいつがお前の言ってた恋人ってやつか?」
「そう」
 正確には友達上恋人未満、なのだろうけれど。
「しっかし、そいつよくハンター試験会場なんて知ってるな。
 もしかして、そいつハンターか何かなのか?」
「うん」
 さっきから相槌しか打っていない僕。
「はん、年上ツルペタ和服美人俺女でハンターねえ…
 こいつあ益々、俺の知ってる姉御とそっくりだぜ」
「姉御?」
「ん、ああ。
 俺の所属する組織っつーか、集団っつーか、家族っつーかの先輩でな、
 お前の言う奴に似てるのが居るんだよ。
 まあ年上で貧乳って時点で、俺のストライクゾーン外なんだがな」
「あっそ」
 年上や貧乳の良さが分からないとは、つくづく度し難い野郎だ。
「ま、そいつの前で貧乳だのおばさんだのとは言えないし、言うつもりも無いがね」
「どうしてだ?」
「殺される」
 一瞬の間も開けず、ギコは即答した。
「悪いが、あれと斬った張ったやらかすのはこの俺でも御免被るね。
 あんなん相手にしたら、命がいくつあっても足りやしねえ」
 心底恐れる口調で、ギコは言う。
「その人はそんなに強いのか?」
「ああ、強い。
 いや、強いなんてもんじゃねえ。
 ありゃあもう存在自体が反則だぜ。
 怪物や怪獣なんて言葉も、あれの前では可愛らしい。
 あれは、正真正銘の化物だ。
 例えるなら、ファイアーボールを5発当てても死なないクッパだ」
「へえ」
 そりゃまるで、狐さんみたいな人だな。
 でも…
「まあ、それでも僕の知ってる人の方が強いだろうけどね」
 あの人なら、狐さんなら、
 ファイアーボールを5発当てても死なないクッパだろうが、
 ベホマの通用しないゾーマだろうが、
 鼻で笑いながら超克してみせるだろう。
「いや、いやいやいやいやいや!
 お前それはありえねーぞ!?
 お前はあいつに会った事がねえから、そんな事が言えるんだって!」
「そっちこそ、あの人の事を知らないからそう言えるんだ」
「ああ!?
 てめえ俺の言う事が信用出来ねえ、っつーのかゴルァ!?」
「君こそ人の話を聞くつもりが無いみたいだね」
 こうして僕達は、再び口論を始めるのだった。

1771:2004/12/21(火) 01:58



          @        @        @



「っくし!」
 郊外のあばら家の前で、外法狐は一つくしゃみをした。
「ったく、風邪引いちまったかな。
 それともどこぞの馬鹿が、ろくでもねえ噂してくれやがってるか…」
 悪態をつきながら、入り口のインターホンを押す。
 すぐに家の中からドタドタという音がし、勢い良くドアが開け放たれた。
「1さ〜〜〜ん!!
 ようやく僕と君との愛の巣に来てくれたのか〜〜〜い!?」
 家から出てきたのは、8頭身だった。
「1さんじゃねえ。
 てか1さんがお前の家なんぞに来るか馬鹿。
 俺俺俺だよ、俺俺」
 呆れたように首を振りつつ、外法狐は8頭身に答える。
「何だ、狐か…」
「何だとは何だ。
 せっかくこうして来てやったのに、それが客を迎える態度か」
 腕を組んだままふんぞり返る外法狐。
「はいはい、分かりましたよ…」
 渋々と言えに外法狐を迎え入れる8頭身。
 家の中は、パソコン他あらゆる電子機器とそのケーブル、
 そしてお手製の1さん人形で埋め尽くされていた。
 常人なら、2秒で退出を願いたくなるような内装である。
「で、何の用?」
 8頭身が外法狐に訊ねた。
「仕事が見つからなくてね。
 何かおいしそうな情報はあるかい、外法八(げほう はち)」
 8頭身の差し出した茶を受け取りつつ、外法狐は言った。
「無い事もないけど…」
 8頭身が口ごもる。
「?
 何だよ、その間は」
「いや、何と言うか、お勧め出来なくてね。
 それでもいい?」
「いいから教えろって。
 使える情報かそうでないかは、聞いてからこっちで決める」
 外法狐はお茶を飲み干し、床に湯飲みを置いた。
「んじゃ教えるけど…
 仕事にはならないと思うよ?」
「分かったから早く言え」
「んとね、フシアナコンツェルンって知ってるよね?」
「ああ、あの日本有数の大企業だろ」
「そう。
 そしてその研究チームが、地下魔街(アンダーグラウンド)で
 非合法な実験を行ってるっていうのも、言うまでも無いよね?」
「…ああ」
 知っているも何も、元々外法狐は地下の出身なのだ。
 そういう意味では、8頭身よりもその手の情報には造詣が深い。
「で、その手のプロジェクトの一環として、
 最強の生物兵器を創ろうっていう計画があったんだ。
 その生物兵器の名は『Dシリーズ』。
 でぃのでぃによるでぃの為の生物兵器さ」
「下らねえ。
 その上むかっ腹が立つ」
 外法狐は嫌悪感を隠そうともしなかった。
 生物兵器の開発。
 その名の下で、どれ程の非道がなされてきたというのだろうか。
「それで、そのプロジェクトなんだけどね、最近ようやく成果が挙がったらしいんだよ。
 いや、成果なんてものじゃない。
 成功、それも大成功さ。
 そして、それ故そのプロジェクトを行っていた研究所は壊滅した」
「?」
「実験途中、『D』達が暴走してね。
 研究員は、その性能を自分達の命を持って実感したって訳さ」
「はん、自業自得だな」
 外法狐は吐き捨てるように言った。
 その口調には、一切の同情も含まれていない。
「そして最近、その『D』達が地上に上がって来たのが確認されたらしい」
 8頭身が外法狐の顔を見据える。
「勿論、まだ公にはなっていないけどね。
 それでも事が露見するのは時間の問題だろう。
 そうなる前に事態を揉み消すべく、フシアナコンツェルンはおおわらわさ」
「ふん。
 つまり、その後始末にハンターが要るって事か」
 外法狐が得心したように頷いた。
「いや、さっきも言ったように、この情報は仕事にはならない。
 フシアナコンツェルンはもう既にハンターを雇っている」
「へえ。
 それでそのハンターは?」
 外法狐が8頭身に聞いた。
「『妖滅(あやめ)【彩女】』の、『兇人絶技団(サーカス)』」

1781:2004/12/21(火) 01:59

「……!」
 外法狐の表情が強張る。
 8頭身の表情もまた、外法狐と同じく固いものであった。
「…そいつあ大事だな。
 よりによって『妖滅』かよ」
 外法狐が呟くように言った。
「そう。
 だから仕事にならないって言ったんだよ。
 あんな奴らの仕事を横取りするなんて、割りに合わなさ過ぎる」
「だな」
 外法狐は軽く横に頭を振る。
「しゃあねえ、地道に他の仕事探すとするか」
 外法狐は残念そうに溜息をつきながら立ち上がった。
 用件が済んで、帰る事にしたらしい。

「あ、そうだ」
 外法狐が思い出したように言った。
「八、そういやお前、あの坊主今何やってるんだ?」
「ああ、あいつか。
 悪いけど分からないな。
 またいつものように、ふらっとどっか出て行ってそれっきりさ」
 8頭身が外法狐にそう返す。
「そうか。
 いや、久し振りに顔でも見てやろうと思ったんだけどな」
「向こうは迷惑だろうけどな。
 この前といい、もう少しあいつに優しくしてやったらどうなんだい?」
「だってあいつ、『ツルペタ年増女なんか眼中にねえ』とか言うんだぜ?
 そりゃ俺だって相応の態度を取らせてもらうさ」
「…君の場合、手加減したつもりでも洒落にならないんだよ。
 ま、見かけたらまた教えるさ」
「ああ、頼むよ」
 そういい残し、外法狐は8頭身の家を後にした。



          @        @        @



「へえっきし!」
 ギコがいきなりくしゃみをした。
 てかこっち向いてくしゃみなんかすんな。
 服にかかったじゃないか。
「うー…
 どっかで巨乳ロリ少女が俺の事噂してるな」
「それは無い」
 断言出来る。
 それは絶対に違う。
「夢の無い事いうなよ〜」
「それは夢だったのか!?」
 陳腐な夢だ。
 どうせなら年上貧乳お姉さんが噂してるとか、そういう大きな夢を持つべきだろう。
「ま、いいじゃん。 それより急ごうぜ。 もうあんまり時間が無い」
「だね」
 残り10分。
 急がねば、間に合わない。
「すみません、あの」
 僕は公民館の受付の人に声をかけた。
「はい、何でしょう」
 そばかす顔の受付嬢さんが、僕に訊ね返す。
「関東裸会の催しはどこですか?」
 狐さんのメモ通り、僕はそう言った。
「かしこまりました。
 こちらになります」
 受付嬢さんが立ち上がり、僕達を案内する。
 通路を進んで行き、僕達が辿り着いたのは…
「こちらでございます」
 受付嬢さんが一礼して僕達に手で指し示す。
 でも、そこにあるのは何の変哲も無いただの壁だった。
「あの、これってただの壁…」
 僕がそう言おうとした瞬間、重い音と共に壁の一部が動き出した。
 程無くして、壁のあった部分がエレベーターへの入り口へと姿を変える。
「隠し扉、か」
 ギコが嘆息する。
 まさか、公民館にこんな隠し機能がついていたとは。
 ひょっとしたら合体ロボとかも隠されてるんじゃねえだろうな?
「ご検討をお祈りしております」
 受付嬢さんが深く頭を下げる。
「あ、ども」
 釣られて、僕も会釈を返した。
「んじゃまあ、行こうぜ」
 ギコが急かすように僕にそう告げる。
「うん」
 僕とギコは、並んで隠しエレベーターの中へと入り込む。
「鬼が出るか邪が出るか…」
 エレベーターの入り口が閉まるのを見ながら、僕は小さくそう呟いた。


                      〜続く〜

1791:2004/12/22(水) 01:03
 〜三十一話〜

 静かに音を立てながら、エレベーターはゆっくりと下に移動していった。
 しかし移動を始めてからかれこれ5分が経とうというのに、
 エレベーターは止まる気配を見せない。
 まさか、このまま地球の裏側まで行くんじゃねえだろうな。
「……」
 ふとギコの横顔を見ると、何やら暗い顔をしていた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
 僕はギコにそう言った。
「…いや、何でもねえ。
 ただ、地下にはいい思い出が無くってな」
 地下にいい思い出が無いって、生き埋めにでもされた経験があるのか?
「そう。
 ならいいけど…」
 これ以上深く探るのも失礼なので、僕はそこでその質問を止めた。
 誰にだって一つや二つくらい、言いたくない過去はあるだろうから。
「そういえばさ」
 僕は質問を変える事にした。
「その竹刀袋の中って、何が入ってるんだ?」
 始めてギコにあった時から、気になっていた事だった。
 まさか、本当に竹刀が入っているだけな訳ではあるまい。
「ん、ああ。
 今見せてやるよ」
 ギコが竹刀袋の入れ口を開ける。
 その中から出てきたのは、一本の日本刀だった。
「これは物心つく前から常に、俺の傍らにあった刀だ。
 言ってみりゃあ俺の腕の延長みたいなものさ」
 自慢げに日本刀を見せびらかすギコ。
「…さいですか。
 で、君はそんな物騒なものを常に携帯してるのか?」
「おうよ」
 銃刀法違反で捕まれ、この通り魔。
「そんなもの持ち歩いて何するつもりなんだよ…」
「殺す」
 ギコは即座に返答した。
 刀を何に使うか。
 そんなの、決まっている。
 殺す為だ。
 一切合切、殺す為に他ならない。

1801:2004/12/22(水) 01:03

「…なあ」
 今度は、ギコから僕に訊ねてきた。
「お前、人を殺した事はあるか?」
 まっすぐに、ギコは僕にそう問うた。
 これ以上無いくらい純真に。
 これ以下無いくらい愚直に。
 ギコははっきりとそう聞いてきた。
 僕が、人殺しなのかどうかという事を。
「……」
 こいつに嘘をつく事など無意味だし、元より嘘をつくつもりも無かったが、
 それでも僕は答えを返すのを躊躇った。
 でも、僕ははっきりと言わなければならない。
 ギコの質問に、答えなければならない。
「…あるよ」
 それだけ、僕は答えた。
 殺した。
 みんな殺した。
 直接僕が手を下したのは一人だけど、
 大勢の周りの人を僕の所為で殺してしまった。
「ふうん。
 やっぱそうか」
 予め僕の答えを予測していたかのように、ギコは頷いた。
「で、殺した時お前はどんな気持ちだった?」
 ギコは更に容赦無く僕に訊ねる。
 まるで、自分自身に問うているかのように。
「…嫌だったよ。
 最低最悪の思いで一杯だった。
 自分を殺したくて、仕方がなかった」
 今も、そう思っている。
「そっか。
 それを聞いて安心した」
「どういう事だ?」
 安心したって、どういう意味なんだ?
「いやな、たまにいるんだよ。
 殺す事を一種のステータスのように思っているような奴が。
 人を大勢殺すのが、凄い誇らしい事のように錯覚してるクズ野郎が。
 どうやら、お前はそんな奴じゃなかったようだ。
 だから、安心した」
 ギコはそう言って、軽く微笑む。
 僕には絶対に真似出来ないような顔で、微笑む。
「そりゃどうも…」
 僕は苦笑するしかない。
 作り物の表情で、苦笑するしかない。

「…君は、人を殺した事があるのか?」
 僕は一体何を聞いているのか。
 よりによってこいつに、『人を殺した事があるのか』だって?
 馬鹿馬鹿しい冗句だ。
 果々(はかばか)しい冗長句だ。
「あるよ」
 そっけなく、ギコは答えた。
「殺した。
 何人も殺した。
 男も女も子供も老人も、更には人間以外だって何人も何匹も殺してきた。
 俺は、屍の山の上に立っている」
 ギコが僅かに、眉をひそめる。
 こいつの偽物の僕でない限り分からない程、本当に僅かに。
「…君はその時、どう思ったんだ?」
 無為と知りつつ、僕は質問を続ける。
「思わなかったね、何にも。
 誰を殺そうが何を殺そうが、殺す時には何も思わなかったね」
 殺す時に何も思わない。
 何も持たない。
 何も感じない。
 何も得ない。
 何も失わない。
 何も残さない。
 それ故何も、理由が無い。
 あれ?
 知ってるぞ。
 僕はこんな欠落者を、
 こんな逸脱者を、
 知っているぞ?

1811:2004/12/22(水) 01:04

「でもな、殺した後にはきっちり後悔するんだ。
 何で俺まだ生きてるんだろーなー、って。
 何で死なないのかなー、って。
 そう考えてしまうんだ。
 それでも俺はこれからも殺し続けるだろう。
 死ぬまでずっと、殺し続けるだろう。
 そして…」
 ギコが、僕の目を正面から見据えた。
「多分お前も、同じ道を歩む。
 お前が正しく、俺の複製品としての運命の元生まれてきたというならな。
 俺と同じで、偽物の運命を辿る筈だ」
 きっぱりと、ギコは言い切った。
 何の疑いも無く。
 何の迷いも無く。
「…まるで、自分の事のように言うんだな」
 僕は言った。
 何て、戯言。
「自分の事、だろ?」
 シニカルにギコは笑う。
 全くその通りだ。
 こいつの事は、一から十まで僕自身の事だった。
「俺はね、漠然とながら感じているんだよ。
 お前が俺の真似をするという運命を感じたように、俺自身の運命も。
 俺は、ある定められた誰かを殺す為に生まれてきた。
 それが誰なのかは、分からない。
 でも、確信できるんだ。
 世界は俺に、そいつを殺させる為に俺を創り出した、と。
 だから殺す。
 それが分かるまで、殺し続ける。
 そしてお前はそんな俺の代用品だ。
 だから殺す。
 お前は殺し続ける。
 それが自分で手を下すかどうかは別として、お前は殺し続ける。
 死ぬぞ。
 もっと死ぬぞ。
 俺やお前の周りでは、人がどんどん死んでいくぞ。
 俺もお前も、そういう運命の下に生まれて来たんだ。
 望むに望まぬに関わらず、死と殺しは常に俺達の傍に在る」
 何だ。
 何なんだこいつは。
 いや、こいつが、こいつこそが、そうだというのか。
 こんな歪な化物が、僕の原型だというのか。
 『誰か』を殺す為―――
 それは一体、誰だっていうんだよ。
「…僕以外で、君に良く似た人間を一人、知っている」
 僕の意思とは無関係に、僕の口が勝手にその言葉を紡いだ。
「へえ?
 お前以外にも、俺のそっくりさんはいたんだ」
「…似ている、と言っても、僕のとは性質が違うけどね。
 僕は君と魂の形が似ているとするならば、
 その人は、魂の向いている向きが似ている」
 ギコはまるで、
 そう、ギコはまるで―――

 ―――狐さんと、同じような。

「はん、どこのどいつかは知らねえが、そりゃけったいな奴とお知り合いだな。
 差し出がましいだろうが、そんな奴とは縁を切るのをお勧めするぜ。
 でなきゃ、そいつはいつかお前を殺しにくるだろうからよ」
 ギコは「くっく」と含み笑いを漏らした。
 ギコの言う通りだ。
 実際、僕は狐さんに殺されかかっている。
「ま、お前がそいつを、殺すかもしれねーけどな」
 ギコは付け加えた。
 だがしかし、その可能性は絶無と言って差し支えないだろう。
 あんな人を殺すなど、核ミサイルでも使わなければ不可能だ。

「……!」
 と、ようやくエレベーターが動きを止めた。
「いよいよって訳だな…」
 ギコが低い声で呟く。
 そして、エレベーターのドアがゆっくりと開いていき―――

1821:2004/12/22(水) 01:04

「――――――!」
 僕は目の前の光景を目にして呆然と立ち尽くした。
 人、人、人。
 見渡す限り人だらけ。
 ざっと見ただけで、1000人以上はいる。
 まさか、ここにいる全員がハンター試験の受験者なのか!?
「…こりゃまた、手厚いご歓迎で」
 ギコが嘆息する。
 僕とギコには、周囲からの視線が一斉に集まっていた。
 僕達を品定めするような眼。
 嘲るような眼。
 見下すような眼。
 およそ友好的な関係は築けそうにない。

「みっなさ〜〜〜〜〜ん!
 ようこそ第64回、ハンター資格試験in日本においで下さいました〜〜〜〜!!」
 突然、あまりにも場違い過ぎる陽気な声が、
 マイクのエコーつきで会場に響き渡った。
 驚いて声のした方を見てみると、そこにはツインテールの似合う若い女がマイクを持って立っていた。
 さっきのは、あいつか。
「え〜〜〜、テステス、テステステス、
 只今マイクのテスト中」
 マイクのテストは最初にやれよ。
「コホン…
 あ〜〜〜皆様初めまして。
 私、柊華折(ひいらぎ かおり)、かおりんと申します。
 かおりん祭りと呼んで下さ〜〜〜!
 新スレおめでとうございま〜す!」
 新スレって何ですか。
 新スレって。
「まあ、私なんかの自己紹介を聞く為にこんな辺鄙な場所に来た訳じゃないですよね。
 それでは早速、一次試験の内容を発表させていただきま〜〜〜す!
 オウイエ〜〜〜〜!」
 すげえ。
 天井知らずのハイテンション。
 あの人頭が100℃を超えて沸騰してんじゃねえのか。
「俺、いくら胸が大きくてもああいうタイプはパスだわ…」
 ギコが絶句する。
「奇遇だね。
 僕も同意見だよ…」
 珍しい事もあるものだ。
 まさかこいつと、女性の好みが一致するとは。
 奇跡はやっぱり起こるものだったんだ。
 奇跡は起こらないから奇跡とは誰の言葉だったか。
「第一次試験、その内容は〜〜〜!」
 デレデレデレデレデレデレと自分の口でドラムロールを演出するかおりん。
 どうでもいいからさっさと教えろ、この気違い(放送禁止用語)。
「ババン。
 何と、腕相撲で〜〜〜〜〜〜す!
 ルールは単純、誰とでもいいから腕相撲で勝負。
 勝ったら残り、負ければ退場。
 それだけで〜〜〜〜〜〜す!!」
 腕相撲?
 そんな簡単な試験でいいのか?
「…成る程ね」
 一人納得したように呟くギコ。
「つまりは、手っ取り早く人数を半分に減らそうって魂胆か。
 それとも、ここで落ちるような奴に端から用は無いって事かもな」
 そうか。
 この試験内容なら、少なくとも一気に人数が2分の1まで削られる。
「そんじゃ、俺は適当に相手を探してくるぜ。
 いきなりお前と対決するのもアレだからな」
 そう言って、ギコはさっさとどこかに行ってしまった。
 いや、僕をこんな所で一人にしないでくれ…

「おい、そこの兄ちゃん」
 いきなり、浅黒マッチョ男が僕に声をかけてきた。
 マッチョ。
 主食はプロテインです、って真顔で答えそうなくらいマッチョ。
 筋肉に話しかけてそうな程マッチョ。
 有り体に言えば黒い中山きんに君。
 キンニクマンゼブラ…って、今の若人には分からない人もいるかな。
「お前の相手はこの俺だ」
 …狐さん。
 どうやら僕、いきなり失格のピンチみたいです。


                      〜続く〜


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