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1751:2004/12/21(火) 01:57
 〜三十話〜

 ―――とある研究所の音声記録より抜粋―――

「『D』シリーズ、突然暴走を始めました!」
「障壁を落とせ!
 連中を絶対に外に出すな!」
「分かりました!
 ……、ば、馬鹿な!
 障壁をぶち破って!!」
「已むを得ん!
 廃棄処分にしろ!」
「じゅ、銃が効かない!?」
「何だあれは!
 何なんだあれはぁ!?
 う、うわあああああああああああああああああああああああ!」
「駄目だ!
 抑え切れない!
 逃げろ!
 逃げろお!」
「来るな!
 来るな化物!
 ッ、ぎゃああああああああああああああああ!」
「ひああああああああああああああああああああああああああ!」
「助けてくれ!
 死にたくない!
 死にたく……」



          @        @        @



「いいか!?
 裸ワイシャツってーのはな、その服装もさる事ながら、
 『一夜を共にした』というシチュエーションを連想させるのが本質なんだよ!
 『一夜を共にした』、『夜明けのコーヒー』、この素晴らしさが分からねえのか!?」
 ギコが大きく身振り手振りをつけながら、顔を真っ赤にして力説する。
「はッ、そんなもの裸エプロンの神々しさの前にはカス同然だね。
 人類3大欲求の一つである性欲を象徴する『裸』、
 そして同じく3大欲求の一つである食欲を象徴する『エプロン』、
 これらが組み合わさった裸エプロンの前に、敵など存在しない」
 僕も負けじと言い返す。
 全国の裸エプロンフェチの為にも、ここでギコに敗北する訳にはいかない。
「てめー!
 よくぞ言いやがった!
 こうなりゃ力ずくでも裸ワイシャツの優位性を思い知らせてやる!」
「望む所だ!
 所詮裸ワイシャツなど賊軍に過ぎないという事を、その身に刻んでやる!」
「はじゃー」
「ふぎー」
 とうとう取っ組み合いになってしまった。
 僕、何でこんな事してんだろう?

1761:2004/12/21(火) 01:57

「…と、こんな事してる場合じゃねえな」
「だね」
 5分程経ってから、僕達はどちらともなくお互いから体を離した。
 そう、こんな事してる場合じゃない。
 試験会場らしき公民館についたのはいいが、
 いくらその中を探せど、ハンター試験会場らしき場所は見当たらないのだ。
 その間にも、刻々と試験開始時間は近づいている。
「おい、お前。
 本当にここで合ってるんだろうな!?」
「その筈なんだけど…」
 やっぱり狐さんは嘘を教えたのだろうか?
 狐だけに、化かされてしまったのかもしれない(しつこいようだけど、ここ笑い所!)。
「ん?」
 と、僕は狐さんから渡された試験会場の場所の載ったメモ用紙の端に、
 何か書かれているのに気がついた。
「え〜と、『試験会場に着いたら、受付の人に「関東裸会の催しはどこですか?」、と訊ねるように』、だって」
 これはうっかりしていた。
 メモにこんな事が書かれていたとは、すっかり見落としていた。
「おいおいお前、そんな大事な事見落としてんなよ!
 危うく試験に間に合わなくなる所だったじゃねえか!」
「ごめんごめん。
 ま、でもまだギリギリ間に合うよ」
 本当に際どい所だったが、時間に遅刻して脱落という不様な真似だけはせずに済んだようだ。
「ったく、本当にしょうがねえなあゴルァ。
 そんなんでこれからの試験大丈夫なのか?」
 はあ、とギコが溜息をつく。
「まあ何とかなるさ。
 それに、元々ハンターになろうと思ってた訳じゃないんだし」
「じゃあ何でハンター試験なんて受けようと思ったんだよ?」
「とある人との、口喧嘩のなれの果てみたいなもんさ」
 あわよくば、「合格したら何でも言う事聞いてやる」との約束を利用して、
 むふふな欲望を叶える為というのもあるけれど。
「訳分かんねー。
 何だ?
 その口喧嘩の相手が、お前に試験会場まで教えた年上ツルペタ和服美人俺女か?」
「そうだよ」
 そして名前は外法狐という。
「もしかして、そいつがお前の言ってた恋人ってやつか?」
「そう」
 正確には友達上恋人未満、なのだろうけれど。
「しっかし、そいつよくハンター試験会場なんて知ってるな。
 もしかして、そいつハンターか何かなのか?」
「うん」
 さっきから相槌しか打っていない僕。
「はん、年上ツルペタ和服美人俺女でハンターねえ…
 こいつあ益々、俺の知ってる姉御とそっくりだぜ」
「姉御?」
「ん、ああ。
 俺の所属する組織っつーか、集団っつーか、家族っつーかの先輩でな、
 お前の言う奴に似てるのが居るんだよ。
 まあ年上で貧乳って時点で、俺のストライクゾーン外なんだがな」
「あっそ」
 年上や貧乳の良さが分からないとは、つくづく度し難い野郎だ。
「ま、そいつの前で貧乳だのおばさんだのとは言えないし、言うつもりも無いがね」
「どうしてだ?」
「殺される」
 一瞬の間も開けず、ギコは即答した。
「悪いが、あれと斬った張ったやらかすのはこの俺でも御免被るね。
 あんなん相手にしたら、命がいくつあっても足りやしねえ」
 心底恐れる口調で、ギコは言う。
「その人はそんなに強いのか?」
「ああ、強い。
 いや、強いなんてもんじゃねえ。
 ありゃあもう存在自体が反則だぜ。
 怪物や怪獣なんて言葉も、あれの前では可愛らしい。
 あれは、正真正銘の化物だ。
 例えるなら、ファイアーボールを5発当てても死なないクッパだ」
「へえ」
 そりゃまるで、狐さんみたいな人だな。
 でも…
「まあ、それでも僕の知ってる人の方が強いだろうけどね」
 あの人なら、狐さんなら、
 ファイアーボールを5発当てても死なないクッパだろうが、
 ベホマの通用しないゾーマだろうが、
 鼻で笑いながら超克してみせるだろう。
「いや、いやいやいやいやいや!
 お前それはありえねーぞ!?
 お前はあいつに会った事がねえから、そんな事が言えるんだって!」
「そっちこそ、あの人の事を知らないからそう言えるんだ」
「ああ!?
 てめえ俺の言う事が信用出来ねえ、っつーのかゴルァ!?」
「君こそ人の話を聞くつもりが無いみたいだね」
 こうして僕達は、再び口論を始めるのだった。

1771:2004/12/21(火) 01:58



          @        @        @



「っくし!」
 郊外のあばら家の前で、外法狐は一つくしゃみをした。
「ったく、風邪引いちまったかな。
 それともどこぞの馬鹿が、ろくでもねえ噂してくれやがってるか…」
 悪態をつきながら、入り口のインターホンを押す。
 すぐに家の中からドタドタという音がし、勢い良くドアが開け放たれた。
「1さ〜〜〜ん!!
 ようやく僕と君との愛の巣に来てくれたのか〜〜〜い!?」
 家から出てきたのは、8頭身だった。
「1さんじゃねえ。
 てか1さんがお前の家なんぞに来るか馬鹿。
 俺俺俺だよ、俺俺」
 呆れたように首を振りつつ、外法狐は8頭身に答える。
「何だ、狐か…」
「何だとは何だ。
 せっかくこうして来てやったのに、それが客を迎える態度か」
 腕を組んだままふんぞり返る外法狐。
「はいはい、分かりましたよ…」
 渋々と言えに外法狐を迎え入れる8頭身。
 家の中は、パソコン他あらゆる電子機器とそのケーブル、
 そしてお手製の1さん人形で埋め尽くされていた。
 常人なら、2秒で退出を願いたくなるような内装である。
「で、何の用?」
 8頭身が外法狐に訊ねた。
「仕事が見つからなくてね。
 何かおいしそうな情報はあるかい、外法八(げほう はち)」
 8頭身の差し出した茶を受け取りつつ、外法狐は言った。
「無い事もないけど…」
 8頭身が口ごもる。
「?
 何だよ、その間は」
「いや、何と言うか、お勧め出来なくてね。
 それでもいい?」
「いいから教えろって。
 使える情報かそうでないかは、聞いてからこっちで決める」
 外法狐はお茶を飲み干し、床に湯飲みを置いた。
「んじゃ教えるけど…
 仕事にはならないと思うよ?」
「分かったから早く言え」
「んとね、フシアナコンツェルンって知ってるよね?」
「ああ、あの日本有数の大企業だろ」
「そう。
 そしてその研究チームが、地下魔街(アンダーグラウンド)で
 非合法な実験を行ってるっていうのも、言うまでも無いよね?」
「…ああ」
 知っているも何も、元々外法狐は地下の出身なのだ。
 そういう意味では、8頭身よりもその手の情報には造詣が深い。
「で、その手のプロジェクトの一環として、
 最強の生物兵器を創ろうっていう計画があったんだ。
 その生物兵器の名は『Dシリーズ』。
 でぃのでぃによるでぃの為の生物兵器さ」
「下らねえ。
 その上むかっ腹が立つ」
 外法狐は嫌悪感を隠そうともしなかった。
 生物兵器の開発。
 その名の下で、どれ程の非道がなされてきたというのだろうか。
「それで、そのプロジェクトなんだけどね、最近ようやく成果が挙がったらしいんだよ。
 いや、成果なんてものじゃない。
 成功、それも大成功さ。
 そして、それ故そのプロジェクトを行っていた研究所は壊滅した」
「?」
「実験途中、『D』達が暴走してね。
 研究員は、その性能を自分達の命を持って実感したって訳さ」
「はん、自業自得だな」
 外法狐は吐き捨てるように言った。
 その口調には、一切の同情も含まれていない。
「そして最近、その『D』達が地上に上がって来たのが確認されたらしい」
 8頭身が外法狐の顔を見据える。
「勿論、まだ公にはなっていないけどね。
 それでも事が露見するのは時間の問題だろう。
 そうなる前に事態を揉み消すべく、フシアナコンツェルンはおおわらわさ」
「ふん。
 つまり、その後始末にハンターが要るって事か」
 外法狐が得心したように頷いた。
「いや、さっきも言ったように、この情報は仕事にはならない。
 フシアナコンツェルンはもう既にハンターを雇っている」
「へえ。
 それでそのハンターは?」
 外法狐が8頭身に聞いた。
「『妖滅(あやめ)【彩女】』の、『兇人絶技団(サーカス)』」

1781:2004/12/21(火) 01:59

「……!」
 外法狐の表情が強張る。
 8頭身の表情もまた、外法狐と同じく固いものであった。
「…そいつあ大事だな。
 よりによって『妖滅』かよ」
 外法狐が呟くように言った。
「そう。
 だから仕事にならないって言ったんだよ。
 あんな奴らの仕事を横取りするなんて、割りに合わなさ過ぎる」
「だな」
 外法狐は軽く横に頭を振る。
「しゃあねえ、地道に他の仕事探すとするか」
 外法狐は残念そうに溜息をつきながら立ち上がった。
 用件が済んで、帰る事にしたらしい。

「あ、そうだ」
 外法狐が思い出したように言った。
「八、そういやお前、あの坊主今何やってるんだ?」
「ああ、あいつか。
 悪いけど分からないな。
 またいつものように、ふらっとどっか出て行ってそれっきりさ」
 8頭身が外法狐にそう返す。
「そうか。
 いや、久し振りに顔でも見てやろうと思ったんだけどな」
「向こうは迷惑だろうけどな。
 この前といい、もう少しあいつに優しくしてやったらどうなんだい?」
「だってあいつ、『ツルペタ年増女なんか眼中にねえ』とか言うんだぜ?
 そりゃ俺だって相応の態度を取らせてもらうさ」
「…君の場合、手加減したつもりでも洒落にならないんだよ。
 ま、見かけたらまた教えるさ」
「ああ、頼むよ」
 そういい残し、外法狐は8頭身の家を後にした。



          @        @        @



「へえっきし!」
 ギコがいきなりくしゃみをした。
 てかこっち向いてくしゃみなんかすんな。
 服にかかったじゃないか。
「うー…
 どっかで巨乳ロリ少女が俺の事噂してるな」
「それは無い」
 断言出来る。
 それは絶対に違う。
「夢の無い事いうなよ〜」
「それは夢だったのか!?」
 陳腐な夢だ。
 どうせなら年上貧乳お姉さんが噂してるとか、そういう大きな夢を持つべきだろう。
「ま、いいじゃん。 それより急ごうぜ。 もうあんまり時間が無い」
「だね」
 残り10分。
 急がねば、間に合わない。
「すみません、あの」
 僕は公民館の受付の人に声をかけた。
「はい、何でしょう」
 そばかす顔の受付嬢さんが、僕に訊ね返す。
「関東裸会の催しはどこですか?」
 狐さんのメモ通り、僕はそう言った。
「かしこまりました。
 こちらになります」
 受付嬢さんが立ち上がり、僕達を案内する。
 通路を進んで行き、僕達が辿り着いたのは…
「こちらでございます」
 受付嬢さんが一礼して僕達に手で指し示す。
 でも、そこにあるのは何の変哲も無いただの壁だった。
「あの、これってただの壁…」
 僕がそう言おうとした瞬間、重い音と共に壁の一部が動き出した。
 程無くして、壁のあった部分がエレベーターへの入り口へと姿を変える。
「隠し扉、か」
 ギコが嘆息する。
 まさか、公民館にこんな隠し機能がついていたとは。
 ひょっとしたら合体ロボとかも隠されてるんじゃねえだろうな?
「ご検討をお祈りしております」
 受付嬢さんが深く頭を下げる。
「あ、ども」
 釣られて、僕も会釈を返した。
「んじゃまあ、行こうぜ」
 ギコが急かすように僕にそう告げる。
「うん」
 僕とギコは、並んで隠しエレベーターの中へと入り込む。
「鬼が出るか邪が出るか…」
 エレベーターの入り口が閉まるのを見ながら、僕は小さくそう呟いた。


                      〜続く〜

1791:2004/12/22(水) 01:03
 〜三十一話〜

 静かに音を立てながら、エレベーターはゆっくりと下に移動していった。
 しかし移動を始めてからかれこれ5分が経とうというのに、
 エレベーターは止まる気配を見せない。
 まさか、このまま地球の裏側まで行くんじゃねえだろうな。
「……」
 ふとギコの横顔を見ると、何やら暗い顔をしていた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
 僕はギコにそう言った。
「…いや、何でもねえ。
 ただ、地下にはいい思い出が無くってな」
 地下にいい思い出が無いって、生き埋めにでもされた経験があるのか?
「そう。
 ならいいけど…」
 これ以上深く探るのも失礼なので、僕はそこでその質問を止めた。
 誰にだって一つや二つくらい、言いたくない過去はあるだろうから。
「そういえばさ」
 僕は質問を変える事にした。
「その竹刀袋の中って、何が入ってるんだ?」
 始めてギコにあった時から、気になっていた事だった。
 まさか、本当に竹刀が入っているだけな訳ではあるまい。
「ん、ああ。
 今見せてやるよ」
 ギコが竹刀袋の入れ口を開ける。
 その中から出てきたのは、一本の日本刀だった。
「これは物心つく前から常に、俺の傍らにあった刀だ。
 言ってみりゃあ俺の腕の延長みたいなものさ」
 自慢げに日本刀を見せびらかすギコ。
「…さいですか。
 で、君はそんな物騒なものを常に携帯してるのか?」
「おうよ」
 銃刀法違反で捕まれ、この通り魔。
「そんなもの持ち歩いて何するつもりなんだよ…」
「殺す」
 ギコは即座に返答した。
 刀を何に使うか。
 そんなの、決まっている。
 殺す為だ。
 一切合切、殺す為に他ならない。

1801:2004/12/22(水) 01:03

「…なあ」
 今度は、ギコから僕に訊ねてきた。
「お前、人を殺した事はあるか?」
 まっすぐに、ギコは僕にそう問うた。
 これ以上無いくらい純真に。
 これ以下無いくらい愚直に。
 ギコははっきりとそう聞いてきた。
 僕が、人殺しなのかどうかという事を。
「……」
 こいつに嘘をつく事など無意味だし、元より嘘をつくつもりも無かったが、
 それでも僕は答えを返すのを躊躇った。
 でも、僕ははっきりと言わなければならない。
 ギコの質問に、答えなければならない。
「…あるよ」
 それだけ、僕は答えた。
 殺した。
 みんな殺した。
 直接僕が手を下したのは一人だけど、
 大勢の周りの人を僕の所為で殺してしまった。
「ふうん。
 やっぱそうか」
 予め僕の答えを予測していたかのように、ギコは頷いた。
「で、殺した時お前はどんな気持ちだった?」
 ギコは更に容赦無く僕に訊ねる。
 まるで、自分自身に問うているかのように。
「…嫌だったよ。
 最低最悪の思いで一杯だった。
 自分を殺したくて、仕方がなかった」
 今も、そう思っている。
「そっか。
 それを聞いて安心した」
「どういう事だ?」
 安心したって、どういう意味なんだ?
「いやな、たまにいるんだよ。
 殺す事を一種のステータスのように思っているような奴が。
 人を大勢殺すのが、凄い誇らしい事のように錯覚してるクズ野郎が。
 どうやら、お前はそんな奴じゃなかったようだ。
 だから、安心した」
 ギコはそう言って、軽く微笑む。
 僕には絶対に真似出来ないような顔で、微笑む。
「そりゃどうも…」
 僕は苦笑するしかない。
 作り物の表情で、苦笑するしかない。

「…君は、人を殺した事があるのか?」
 僕は一体何を聞いているのか。
 よりによってこいつに、『人を殺した事があるのか』だって?
 馬鹿馬鹿しい冗句だ。
 果々(はかばか)しい冗長句だ。
「あるよ」
 そっけなく、ギコは答えた。
「殺した。
 何人も殺した。
 男も女も子供も老人も、更には人間以外だって何人も何匹も殺してきた。
 俺は、屍の山の上に立っている」
 ギコが僅かに、眉をひそめる。
 こいつの偽物の僕でない限り分からない程、本当に僅かに。
「…君はその時、どう思ったんだ?」
 無為と知りつつ、僕は質問を続ける。
「思わなかったね、何にも。
 誰を殺そうが何を殺そうが、殺す時には何も思わなかったね」
 殺す時に何も思わない。
 何も持たない。
 何も感じない。
 何も得ない。
 何も失わない。
 何も残さない。
 それ故何も、理由が無い。
 あれ?
 知ってるぞ。
 僕はこんな欠落者を、
 こんな逸脱者を、
 知っているぞ?

1811:2004/12/22(水) 01:04

「でもな、殺した後にはきっちり後悔するんだ。
 何で俺まだ生きてるんだろーなー、って。
 何で死なないのかなー、って。
 そう考えてしまうんだ。
 それでも俺はこれからも殺し続けるだろう。
 死ぬまでずっと、殺し続けるだろう。
 そして…」
 ギコが、僕の目を正面から見据えた。
「多分お前も、同じ道を歩む。
 お前が正しく、俺の複製品としての運命の元生まれてきたというならな。
 俺と同じで、偽物の運命を辿る筈だ」
 きっぱりと、ギコは言い切った。
 何の疑いも無く。
 何の迷いも無く。
「…まるで、自分の事のように言うんだな」
 僕は言った。
 何て、戯言。
「自分の事、だろ?」
 シニカルにギコは笑う。
 全くその通りだ。
 こいつの事は、一から十まで僕自身の事だった。
「俺はね、漠然とながら感じているんだよ。
 お前が俺の真似をするという運命を感じたように、俺自身の運命も。
 俺は、ある定められた誰かを殺す為に生まれてきた。
 それが誰なのかは、分からない。
 でも、確信できるんだ。
 世界は俺に、そいつを殺させる為に俺を創り出した、と。
 だから殺す。
 それが分かるまで、殺し続ける。
 そしてお前はそんな俺の代用品だ。
 だから殺す。
 お前は殺し続ける。
 それが自分で手を下すかどうかは別として、お前は殺し続ける。
 死ぬぞ。
 もっと死ぬぞ。
 俺やお前の周りでは、人がどんどん死んでいくぞ。
 俺もお前も、そういう運命の下に生まれて来たんだ。
 望むに望まぬに関わらず、死と殺しは常に俺達の傍に在る」
 何だ。
 何なんだこいつは。
 いや、こいつが、こいつこそが、そうだというのか。
 こんな歪な化物が、僕の原型だというのか。
 『誰か』を殺す為―――
 それは一体、誰だっていうんだよ。
「…僕以外で、君に良く似た人間を一人、知っている」
 僕の意思とは無関係に、僕の口が勝手にその言葉を紡いだ。
「へえ?
 お前以外にも、俺のそっくりさんはいたんだ」
「…似ている、と言っても、僕のとは性質が違うけどね。
 僕は君と魂の形が似ているとするならば、
 その人は、魂の向いている向きが似ている」
 ギコはまるで、
 そう、ギコはまるで―――

 ―――狐さんと、同じような。

「はん、どこのどいつかは知らねえが、そりゃけったいな奴とお知り合いだな。
 差し出がましいだろうが、そんな奴とは縁を切るのをお勧めするぜ。
 でなきゃ、そいつはいつかお前を殺しにくるだろうからよ」
 ギコは「くっく」と含み笑いを漏らした。
 ギコの言う通りだ。
 実際、僕は狐さんに殺されかかっている。
「ま、お前がそいつを、殺すかもしれねーけどな」
 ギコは付け加えた。
 だがしかし、その可能性は絶無と言って差し支えないだろう。
 あんな人を殺すなど、核ミサイルでも使わなければ不可能だ。

「……!」
 と、ようやくエレベーターが動きを止めた。
「いよいよって訳だな…」
 ギコが低い声で呟く。
 そして、エレベーターのドアがゆっくりと開いていき―――

1821:2004/12/22(水) 01:04

「――――――!」
 僕は目の前の光景を目にして呆然と立ち尽くした。
 人、人、人。
 見渡す限り人だらけ。
 ざっと見ただけで、1000人以上はいる。
 まさか、ここにいる全員がハンター試験の受験者なのか!?
「…こりゃまた、手厚いご歓迎で」
 ギコが嘆息する。
 僕とギコには、周囲からの視線が一斉に集まっていた。
 僕達を品定めするような眼。
 嘲るような眼。
 見下すような眼。
 およそ友好的な関係は築けそうにない。

「みっなさ〜〜〜〜〜ん!
 ようこそ第64回、ハンター資格試験in日本においで下さいました〜〜〜〜!!」
 突然、あまりにも場違い過ぎる陽気な声が、
 マイクのエコーつきで会場に響き渡った。
 驚いて声のした方を見てみると、そこにはツインテールの似合う若い女がマイクを持って立っていた。
 さっきのは、あいつか。
「え〜〜〜、テステス、テステステス、
 只今マイクのテスト中」
 マイクのテストは最初にやれよ。
「コホン…
 あ〜〜〜皆様初めまして。
 私、柊華折(ひいらぎ かおり)、かおりんと申します。
 かおりん祭りと呼んで下さ〜〜〜!
 新スレおめでとうございま〜す!」
 新スレって何ですか。
 新スレって。
「まあ、私なんかの自己紹介を聞く為にこんな辺鄙な場所に来た訳じゃないですよね。
 それでは早速、一次試験の内容を発表させていただきま〜〜〜す!
 オウイエ〜〜〜〜!」
 すげえ。
 天井知らずのハイテンション。
 あの人頭が100℃を超えて沸騰してんじゃねえのか。
「俺、いくら胸が大きくてもああいうタイプはパスだわ…」
 ギコが絶句する。
「奇遇だね。
 僕も同意見だよ…」
 珍しい事もあるものだ。
 まさかこいつと、女性の好みが一致するとは。
 奇跡はやっぱり起こるものだったんだ。
 奇跡は起こらないから奇跡とは誰の言葉だったか。
「第一次試験、その内容は〜〜〜!」
 デレデレデレデレデレデレと自分の口でドラムロールを演出するかおりん。
 どうでもいいからさっさと教えろ、この気違い(放送禁止用語)。
「ババン。
 何と、腕相撲で〜〜〜〜〜〜す!
 ルールは単純、誰とでもいいから腕相撲で勝負。
 勝ったら残り、負ければ退場。
 それだけで〜〜〜〜〜〜す!!」
 腕相撲?
 そんな簡単な試験でいいのか?
「…成る程ね」
 一人納得したように呟くギコ。
「つまりは、手っ取り早く人数を半分に減らそうって魂胆か。
 それとも、ここで落ちるような奴に端から用は無いって事かもな」
 そうか。
 この試験内容なら、少なくとも一気に人数が2分の1まで削られる。
「そんじゃ、俺は適当に相手を探してくるぜ。
 いきなりお前と対決するのもアレだからな」
 そう言って、ギコはさっさとどこかに行ってしまった。
 いや、僕をこんな所で一人にしないでくれ…

「おい、そこの兄ちゃん」
 いきなり、浅黒マッチョ男が僕に声をかけてきた。
 マッチョ。
 主食はプロテインです、って真顔で答えそうなくらいマッチョ。
 筋肉に話しかけてそうな程マッチョ。
 有り体に言えば黒い中山きんに君。
 キンニクマンゼブラ…って、今の若人には分からない人もいるかな。
「お前の相手はこの俺だ」
 …狐さん。
 どうやら僕、いきなり失格のピンチみたいです。


                      〜続く〜

1831:2004/12/26(日) 22:54
 〜三十二話〜

「それでは栄えある一組目の対戦者が決定しました〜〜!」
 僕とマッチョの腕を取りながら、不思議を通り越して不可思議系馬鹿女ことかおりんが腕相撲対戦台へと案内する。
 見た感じは、何の変哲も無い腕相撲台。
 僕とマッチョが昇ったって来たやつの他にもいっぱい同じような台が設立されているが、
 まあこれぐらいの数が無ければここにいる受験者全員を短時間で捌く事は出来まい。
「おいおい… あんなの勝負になるのか…?」
「ラッキーだな、あんな餓鬼と対戦できるなんて…」
 壇下からヒソヒソ話が聞こえてくる。
 どうやら、僕が勝つとは誰一人思っていないようだ。
 てか、僕でもそう思う。
「それではお二人様、台の上に肘をついて下さ〜〜〜い!」
 かおりんに言われるまま、僕は台に肘をついてマッチョと手の平を合わせた。
「一秒で決着つけてやるぜ」
 マッチョが三角筋をひくつかせながら自信気にほくそ笑む。
 にやけるマッチョ。
 すんごい、不気味だ。
「それでは準備はよろしいですか!?
 いきますよ〜〜。
 レディ〜〜〜〜〜〜〜…」
 半分諦めつつ、『劣化複製・不死身の肉体』を発動させる。
「GO!」
 その合図と共に、凄い力が僕の右腕に襲いかかった。
 一秒で決着をつけるとの宣言通り、マッチョは一気に決着をつけにきたみたいだ。

「!!!」
 しかし、腕を台の上にねじ伏せられたのはマッチョの方だった。
「!?」
 僕自身、自分が勝ったという現実に信じられない。
 そんな。
 これだけの体格差で、どうして?
 …まさか。
 いや、まさか。
 念能力というのは、これ程までに常人離れしたものだというのか!?
 『念を使えない奴にとってみりゃ、俺達は化け物も同然さ』
 いつかの狐さんの言葉が、頭の中で復唱される。
 そうか、あれは、つまりこういう事だったのか。
「勝負あり〜〜〜!
 こちらのお兄さんの勝ちです〜〜〜!
 パフパフ〜〜〜!」
 かおりんが僕の腕を取って頭上へと掲げた。
 場内では、明らかにどよめきが起こっている。
 万馬券が出てしまった時のように、降水確率0%で雨が降ったように、
 皆が僕の勝利に驚愕していた。
「ま、待て!
 これは何かの間違いだ!
 もう一回勝負させ…」
「ポチっとな」
 何とか食い下がろうとしたマッチョを尻目に、かおりんが何やら変なボタンを押した。
 直後、マッチョの足元の床が開き、「あああ〜〜〜」という悲鳴と共にマッチョは穴の中へと落っこちていった。
「言い忘れてましたが、敗者は問答無用で退場させていただきま〜す。
 あ、でも安心してくださいね。
 穴に落ちた後はちゃんとリサイク… じゃなくて、
 責任持って上の公民館まで戻してあげますから。
 どうか心配なさらないでくださ〜〜〜い」
 『リサイク』の後何を言おうとしたのか気になったが、それ以上は考えない事にした。
 でも、よかった。
 負けなくて、本当によかった…!
「それでは開幕式も終わったので、ちゃっちゃと済ませましょ〜」
 かおりんは、陽気な声で一次試験を進行させていくのであった。

1841:2004/12/26(日) 22:55





「ふい〜〜〜、ようやく全試合が終了しましたね。
 これで一次試験はお終いで〜〜〜す!」
 周りを見渡せば、受験者の数は明らかに入った時に比べて激減していた。
 およそ、半分くらい。
 というか正しく半分にまで減ったわけなのだが。
「よお、ええかっこしい。
 まさかとは思っていたが、やっぱ念を使えたんだな」
 後ろからギコが僕の肩を叩く。
「まあね。
 ところでさっきの君のは何なんだ?
 見たところ、念を使ったようには見えなかったけど」
 ギコの腕相撲の相手は、僕程とは言わないけれど、相当にガタイのいい奴だった。
 それをギコは、苦も無く倒してのけたのである。
 その光景は、まるで相手が自分から倒れるようでもあった。
「合気の一種みたいなもんさ。
 色々、そういう殺人術は習わされたんでね」
「合気は武道じゃないのか?」
「武道なんてーのは、突き詰めりゃあただの殺人技さ。
 まあ今みたいな世の中じゃ、殺す為に技を使えないから誤解するのも無理はないけどな」
 物騒な話だな、おい。
 しかしまあ現代において殺す為の技を習得する事に、
 あまり付加価値がないというのは同意である。
 事実空手だの柔道だのの初段より、英検1級の方が社会では役に立つだろう。
「しかし、あんな日と目につく所で念を軽々しく使うのは感心しねえな」
 ギコが咎めるような視線を僕に向けた。
「どうして?」
「阿呆かお前は。
 あれだけの体格差がある相手をお前みたいな平凡な兄ちゃんが軽々倒せば、
 誰でも警戒するだろうが。
 お前が大きな障害になるかもしれないっつー理由で、
 誰かが邪魔をしないなんて保証はどこにもねえんだぞ?」
「……あ」
 そういや、その通りだ。
 僕としては余程の事が無い限り、フェアプレイはするつもりではあるが、
 ここにいる全員が全員、そんなスポーツマンシップにのっとった連中ばかりではないだろう。
 出ている杭は打つ。
 垂れ下がる足は引っ張る。
 本気で『ハンター試験』に合格する気があるなら、それぐらい平気でやる奴は、間違いなく居る。
「中には、他人を蹴落とす事だけを目的に『ハンター試験』を受ける奴もいる。
 『新人潰し』って糞ったれな異名まで持つ馬鹿も、存在するらしいしな」
 『新人潰し』。
 そりゃまた随分と不名誉で下種な通り名だ。
「しまったね。
 迂闊にも程がる」
 僕は自分の余りの迂闊さに呆れ果てた。
 あーあ。
 やっちゃったよ。
 これからどーすっかなー。
「ま、そんなに心配するなよ。
 いざって時は、俺が助けてやっからさ」
 ギコがはにかみながら言う。
「そいつはどうも。
 でも、何だって僕にそんな事をしてくれるんだ?」
「友達だろ?」
 当然のように、ギコは答えた。
「…そっすか」
 僕はそう返すので精一杯だった。
 何で、どうして今日会ったばかりで、
 こいつはこんなにも屈託なく「友達だ」って言えるのだ。
 僕には、出来ない。
 僕には到底そんな事は出来ない。
 所詮、僕はこいつの劣化コピーにしか過ぎないという事か。
 本物であるこいつの前では、無意味な存在という事なのか。

1851:2004/12/26(日) 22:55

 ぞくり。
 体を駆け抜ける不安。
 もし、狐さんとこいつが出会ったら?
 狐さんは、こいつを選ぶのではないだろうか。
 いや、きっと選ぶ。
 だって、僕は、こいつの、代用品でしか、ないのだから。
 本物の、代わりにしか、過ぎないのだから。
 だから狐さんは、僕でなくギコを選ぶ。
 偽物は、どこまでいっても偽物――――――――


 ――――――――なら、本物(オリジナル)を殺せばいい。


 ――――――――!
 何だ。
 今、僕は何を考えた。
 違う。
 僕は、こいつを、ギコを殺したいなんて思っていない。

 ニセモノガホンモノニナリカワルニハ、
 ホンモノヲケスシカナインダゾ?

 違う。
 僕は、
 僕は―――

「おい、どうした?
 顔色悪いぞ?」
 ギコのその声に、僕は反射的に叫び声をあげそうになった。
「…何でもないよ」
 何て卑劣な奴なんだ、僕は。
 ギコは心から僕を友達と言ってくれたのに、
 僕は今、一瞬でもこいつを殺そうと考えてしまっていた。
「皆さ〜〜〜ん!
 ご静聴願いま〜〜〜す!」
 底抜けに明るい声が、会場に響く。
 今回ばかりは、あの脳足りんのハイテンションに救われた気分だ。
「それでは、只今より二次試験に移りたいと思います!
 ではまず、近い人どうしで30人ずつのグループを作って下さい」
 僅かにざわめきが起こったが、周りの人達がかおりんの言うままグループに分かれていく。
 僕達も、近くに居た人と一緒になって30人の組を作った。
「では今から係の者がとある物を渡すので、
 グループにつき一つずつ受け取って下さ〜〜い!」
 と、どこからともなく黒服連中が現れ、それぞれのグループにロープみたいな物を手渡していった。
 いや、あれはロープみたいなものじゃなくて、ロープそのものだ。
「受け取りましたか?
 受け取りましたね。
 では、今から二次試験のルールを説明しま〜〜〜す、ブイブイ!」
 ブイブイは余計だ。
「二次試験の内容は何と!
 長縄跳びで〜〜〜〜〜〜〜〜す!」
 その時、会場の空気が凍りつくのが手に取るように分かった。
 はあ!?
 長縄跳び!?
 どこぞの小学校のお遊戯会なんだ、それは!?
 そんなものが二次試験の内容なのか!?

1861:2004/12/26(日) 22:55

「ふざけんな!
 俺達は運動会しにここまで来たんじゃねえぞ!」
「そーだそーだー!」
 当然ながら会場のあちこちから野次があがる。
 僕も、国会よろしく暴言の一つでも飛ばしたい気分だ。
「文句がある方は、どうぞ遠慮無く帰って下さ〜〜〜い」
 その言葉に、その場の全員が黙りこくる。
 ハンター試験を棒に振ってまで、試験官に歯向かう馬鹿はいないらしい。
「んじゃ、静かになったところで説明を続けますね〜。
 ルールは簡単。
 二次試験の合格条件は、2時間以内に30人組で長縄跳びを連続で500回成功させる事で〜〜〜す!
 合格者に上限はありませんが、達成した組がなければそこで今年は全員不合格で〜〜〜す」
 何人でも合格する可能性もあるが、逆を言えば何人でも失格する可能性もあるという事。
 つまりは、オールオアナッシングというやつか。
 でも、ここに居る人は皆、運動神経の良さそうな人ばっかりだ。
 いくら何でも、長縄跳びというのは簡単過ぎるのではないだろうか?
「それでは、二次試験開始で〜〜〜す!」
 かおりんが開始の合図である笛を吹く。
 同時に、会場の上の方の電光掲示板に残り時間を表す数字が映し出された。
 残り、1時間59分52秒。
「ぐずぐずすんな、すぐに始めるぞ!」
「急げ!」
 受験者が全員、さっそく長縄跳びを開始する。
「おい、ぼさっとしてんなよ。
 俺達も始めるぞ!?」
 ギコが僕の袖を引っ張った。
「じゃあ、俺とこいつがロープを回す」
 僕のグループの男性二人が、縄を回す役を買って出た。
 特に反対する理由も無いので、皆がそれに従う。
「いくぞ、せーっの!」
 男がロープを回し始める。
 それに合わせて跳躍を始める僕達。
 大の大人が、皆で揃って長縄跳び。
 傍から見れば、とてもシュールな光景だろう。
「1!2!3!4!5!」
 数を数えながら跳躍を続ける。
 6回、7回、8回、9回…
「!!」
 10回目を跳ぼうとした時、ロープが誰かの足に引っかかった。
 これで、もう一度1からやりなおしである。
「ドンマイ!
 もう一度だ!」
 ロープを回していた人が声を掛け、めげずに再チャレンジを試みる。
「7!8!9… !!」
 またもや、10回目直前で失敗。
 嘘だろう?
 僕はともかく、これだけ身体能力の高そうな人達が集まって、
 どうしてこんなに早く失敗するんだ!?
「はッ、成る程ね」
 ギコが、納得したように呟いた。
「何とまあ意地の悪い試験を思いつくもんだ。
 下手すりゃ、ここで全員不合格になるかもな…」
 駆る口を叩くギコの目は、笑っていなかった。

1871:2004/12/26(日) 22:56



          @        @        @



 廃屋と化したビルの一室で、二人の男が向かい合っていた。
 一人は、フーンの顔をした8頭身の青年。
 もう一人は、人間と呼ぶには余りに獣じみた、余りに獰猛な外見。
 辛うじて、男、いや、雄というのが判別出来るくらいの…
 それくらい人間離れした様相だった。
「…GUUUUUUUU……」
 しかし、精神的に圧しているのは普通の人間にしか見えない青年の方だった。
 ジリジリと、ジリジリと、獣のような男が後退していく。
 まるで、本能的に危険を察知しているかの如く。
 今にも、逃げ出そうとしているかの如く。
「GUOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
 しかし、獣のような男の闘争本能は、逃走本能を凌駕していた。
 バネに弾かれたように、猛スピードで青年に跳びかかる。
「ほう、素晴らしい速さだ。
 だが…」
 青年が、クンッと指を動かして―――

「その速さが、仇になったな」
 それは一瞬の出来事だった。
 獣のような男の体が、頭から爪先にかけて次々と、
 次々と輪切りになっていく。
 まるで鋭利な刃物に切り裂かれたかのように、限りなく平面に近い傷口を晒しながら、
 獣のような男はバラバラになって血の海に沈む。
 恐るべきは、青年は指を動かす以外に何も行動を起こさなかった事。
 そう、青年はそれ以外何もしはしなかったのだ。
「OK、標的ゲット」
 青年が決め台詞を言う。
「流石だよな、俺ら」
 青年の後ろから、これまた青年にそっくりな男が現れる。
「おお、弟者。
 そっちは済んだのか」
 獣のような男を解体したばかりの青年が、自分とそっくりな男に話す。
「ばっちりだ、兄者」
 弟者と呼ばれた男がガッツポーズをする。
「ふむ。
 『D』というのがどれ程のものかと思ったが、存外に手応えが無かったな」
「いいや兄者。
 俺達が強過ぎるのさ」
「それもそうか。
 まあ、俺の『殺人技術』と、お前の『殺人奇術』に、敵などいる筈がなかったな」
「その通りだ」
 兄弟が声をあげて笑う。
「さて、早いとこ『掃除屋』に電話を入れるとするか…
 ……ん?」
 兄者と呼ばれた男が携帯電話を取り出したその時、電話が振動した。
「もしもし、俺だ」
 電話にそう告げる兄者。
『面倒な事になった』
 電話の主は、開口一番そう言った。
『Dの残党が包囲網を突破したらしい。
 急いで追撃に当たってくれ』
「…ほう、少しは、骨のある奴がいたという事か」
 兄者が感心したように呟く。
『そういう事だ。
 俺もすぐにそちらと合流する。
 零母那(レモナ)にも連絡を伝えておいてくれ』
「ああ…
 分かったよ、裏螺(うらら)。
 で、そいつらはどっちに逃げたんだ?」
 兄者が訊ねる。
『詳しくはまだ分からない。
 だが、西へ逃げたのは確かなようだ』
「西、か」
 兄者が復唱する。
「OK分かった。
 すぐにでもそちらに向かおう」
 それだけ言って、兄者は電話を切った。
「兄者」
 弟者が告げる。
「ああ、今すぐ出発だ。
 お前はレモナに電話を入れてくれ」
 兄者は弟者にそう言い、弟者が携帯電話を取り出すのを確認すると、
 弟者から視線を外してそっと呟いた。
「妖を滅する彩なる女、魔を断ち切る真なる琴月、鬼を祓いて木を払う、
 獣の死に十字をきって、人を吊るすは一つの理、それら法を外れし下なる方、
 我は『禍つ名』、字は『妖滅(あやめ)【彩女】』。
 殺す由を排除して、殺す故を駆逐して、今宵一つの刃と化さん。
 我に最早、己は無い」


                     〜続く〜

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1891:2004/12/30(木) 03:44
 〜三十三話〜

「!!」
 またもや、誰かの足にロープが引っかかって失敗した。
 これで、通算79回目の失敗。
 残り時間は既に30分を切っている。
 一回跳ぶのに1秒かかるとして、500回だから少なくとも500秒。
 つまり、8分20秒は時間が必要だという事だ。
 そろそろ、失敗は許されなくなってきているというのに、
 僕達は未だに半分の250回の跳躍すら成功していなかった。
 ちなみに今までの最高回数は、87回である。
「お前何ひっかかってんだよ!」
「お前がぶつかってきたからだろうが!」
 ついには、グループ内で喧嘩が起ころうとしていた。
 まずい。
 こうなっては、もう絶対に成功しない。
 実際にこうして長縄跳びをして分かった。
 長縄跳びに必要なのは、高度な個人身体能力ではない。
 確かに500回跳躍出来る程度の、最低限度の身体能力は必要だが、
 ここにいる人間にはそれくらい全員備わっている。
 長縄跳びに必要なのは、本当に必要なものはそんなのもではなく、
 連帯感と信頼感、これだけだ。
 逆を言えば、それがなければ長縄跳びは不可能である。
 個人がいくら強大な能力を持っていようと、関係無い。
 お互いに息を合わせる事が、長縄跳びの秘訣なのだ。
 少しでもタイミングが乱れれば、やがてそれは大きな差異となって、
 体と体がぶつかる、跳び越せると思った筈のロープに足が引っかかるといった形で、失敗に結びつく。
 20回や30回なら、そんな少しの乱れなど押し通せるのかもしれないが、
 500回という膨大な回数の前では、致命傷だ。
 ようやく理解出来た。
 この一件遊びのような試験で、何を試されているのか。
 始めて会ったばかりの見ず知らずの人間とチームを組んでも、
 一定の成果を挙げる能力があるかどうか。
 『ハンター』の仕事をしている上で、突然誰かと協力関係にならねばならない事なんて、
 当然のようにありうるだろう。
 その時、「こいつとは知り合いじゃないから実力が発揮し難い」なんてのは、
 言い訳にすらなりはしない。
 いつ、どこで、どんな奴とでもチームワークを発揮できる柔軟さ。
 それをこの試験では試されているのだ。
 しかしそれは言うほど簡単なものではない。
 少なくとも、今ここでそれを求めるのはかなり厳しい。
 何故なら、今ここで一緒に長縄跳びをしているのは、
 次の試験では敵になりうる連中なのである。
 昨日の敵は今日の友ならぬ、今日の友は明日の敵。
 自分の障害になるかもしれない人間と協力関係を結ぶなど、
 少しでも頭が回る奴なら躊躇うのが当然だ。
 だからこそ、だからこその―――『試験』か。
 ギコが言った『意地の悪い試験』というのは、こういう意味だったのか。
「お前の所為で不合格になるだろうが!」
「ああ!? 自分の無能を棚に上げるなよ!」
 今にも、取っ組み合いになってしまいそうだった。
 駄目だ。
 これでは、試験官の思う壺じゃないか。
 でも、どうすればいい。
 無理矢理喧嘩を止めたって、わだかまりが残っては根本的な解決にはならない。
 また失敗するのが落ちである。
 だけど、このままでは全員仲良く失格だ。
 そんなところだけ仲良く一緒になってもしょうがない。
 ああ、畜生。
 本当にどうすれば―――

1901:2004/12/30(木) 03:44

「やめないか君達!」
 と、よく通った声が殴り合いをしようとしていた連中の動きを止めた。
 僕達の視線が、その声の主に集まる。
 そこにいたのは、一人の青年だった。
「今はそんな事をしている場合じゃないでしょう。
 このままでは皆不合格になってしまいますよ?」
 青年が周囲を見回して言う。
「だけど、どっちみちこのままじゃ500回なんて…」
 グループの一員である男が口ごもる。
「ええ、確かにこのままでは無理です。
 しかし、勝算はあります」
 自信に満ちた表情で、青年は告げた。
「まず、ロープを回す人を交代しましょう。
 今回している人では、回す速度が微妙に違う為に、
 前と後ろでそれぞれジャンプのタイミングがずれてしまいます。
 そうですね…」
 青年が僕とギコの方を見やった。
「ロープを回すのは君達にお願いしましょうか。
 君達なら、息もぴったりでしょうから」
「はあ、分かりました」
 異論は挟まない。
 というか、短時間でそこまで見抜くこの人の眼力に敬服しさえした。
「で、次に私達跳ぶ側ですが…
 皆さん、隣どうしで手を繋いでください」
 青年の言われるまま、グループの人達が手を繋いで整列する。
「これで、他の人とジャンプのタイミングを合わせ易くなった筈です。
 いいですか、それでは始めますよ」
 青年が僕とギコに目で合図を送った。
 僕とギコはお互いに頷き合い、ロープを回す。
 鏡に向かい合わせの如き僕とギコに、タイミングや速度のすれがある筈も無い。
「1!2!3!4!5!…」
 掛け声と共に、全員が跳躍する。
 凄い。
 さっきまでとは大違いだ。
 たったあれだけの事で、ここまで一致団結出来るとは。
 僕とギコとのロープを回すタイミングが抜群というのもあるのだろうが、
 何より大きいのは、跳ぶ人どうしが手を繋ぐ、体の一部を接着させるという事だろう。
 文字通り人との触れ合いが、一時的にとはいえ、擬似的にとはいえ、
 安心感や信頼感、それから連帯感というものを作り出しているのか。
 手を繋ぐというのは、そういう心理的なものを狙ってのものだったのか。
 勿論ジャンプする時に繋いだ手は邪魔になるかもしれないが、
 そんなものを克服するくらいの身体能力は、
 この場所に残っている者なら有しているだろう。
 だからこそ出来るテクニック、そういう事か。
「!!」
 217回目の所で、誰かが足を引っ掛けて失敗してしまった。
「大丈夫、まだ時間は残っています!
 次こそ成功させましょう!」
 青年が皆を鼓舞する。
 残り時間は10分と少し。
 時間的に次が最後のチャンスである。
「1!2!3!4!…」
 僅かな可能性を信じて、再び跳び始める。
「187!188!189!190!191!…」
 ここまできたら、もうやり直す時間は無い。
 このまま失敗せずに飛び続けるしか、僕達には残されていないのだ。
「342!343!344!345!…」
 隣で歓声が上がる。
 どうやら、どこかのグループが成功したらしい。
 構うものか。
 いや、そんな事に構っている余裕は無い。
 集中力を切らすな。
 ふとした気の緩みがそのまま失敗に繋がってしまう。
「423!424!425!426!…」
 もう少し。
 もう少しだ。
 お願いだから、どうかこのまま―――

1911:2004/12/30(木) 03:44

「499!500…!」
 …やった。
 500回、達成出来たのだ。
 やったぞ!
「うおおおおおおおおおお!」
 最後の跳躍の直後、歓喜の声と共に全員が肩を組んで喜び合う。
 共に一つの事を成し遂げた友情すら、そこには生まれていたのかもしれない。
「やあ、お疲れ様。
 見事だったよ、君達」
 青年が、僕とギコの方に歩み寄って手を差し伸べてきた。
「いえ、そんな僕達は…」
 照れながら、僕は手を握り返す。
「でもあんた、俺とこいつと息がぴったりって、よく分かったな」
 ギコが青年に訊ねた。
「はは、そんなの一目見れば分かるよ。
 君達は、本当にそっくりだからね」
 青年が笑う。
 そっくり。
 鏡像。
 代用品。
 贋作。
 模造品。
 偽物。
 凡そ本物には到達し得ない虚偽。
「で、君達は兄弟か何かなのかな?」
 今度は青年僕達に訊ねた。
「いいえ、僕達は…」
「まるっきりの赤の他人だよ。
 出会ったのだって今日が初めてだ」
 僕の言葉を遮ってギコが答えた。
「ふうむ、それはまたなんとも…」
 考え込む青年。
 疑問に思うのも無理からぬ事だろうけど。
「…まあ、そういった偶然も世の中にはある、という事なのかもしれないね。
 ああそうだ、自己紹介が遅れていた。
 僕は山崎渉(やまざき わたる)という」
「僕は、宝擬古です」
「俺は擬古だ」
 やっぱり苗字を名乗らないギコ。
 そんなに格好悪い苗字か何かなのだろうか。
「二人とも擬古という名前なのか。
 これは益々奇妙な偶然だな。
 兎も角、次の試験もお互いに頑張ろう」
 もう一度手を差し出す山崎渉さん。
 僕と擬古は握手をし、軽く会釈した。

1921:2004/12/30(木) 03:45

「終〜〜〜〜〜了〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 大音量でかおりんのアナウンスが流れた。
 どうやら、今丁度2時間が経ったようだ。
「どうやら成功したのは2組だけみたいですね〜。
 それでは、残りの組には退場して貰いま〜〜〜す!」
「ちょっと待て!
 あんな遊びみたいな試験で失格なんて納得いく…」
 不合格になった連中が抗議しようとする前に、
 かおりんは腕相撲の時と同様変なスイッチで失格者を落とし穴の中へと叩き落した。
 彼等がどこへ行くのか、非常に不安だ。
「それじゃあ、早速次の試験内容を発表したいと思いま〜す。
 言っときますけど、今までのはほんの小手調べですよ?
 ハンター試験はここからが本番です」
 かおりんがパチンと指を鳴らすと、ロープを渡しに来た黒服たちが再び現れた。
 そして今度は、一枚の写真を僕達に手渡す。
 写真には、森の中みたいな風景が写っていた。
「3次試験は、この写真を写した場所を探して、そこに到着する事で〜す!
 合格定員は先着30名!
 早い者勝ちですよ〜〜〜!」
 この場所を探せって…
 このたった一枚の写真だけで、そうやって場所を特定しろってんだ!?
「それではよ〜〜〜い、スタート!」
 かおりんの掛け声と共に、周りの人が一斉にこの地下室まで来たエレベーターに殺到した。
 僕は巻き込まれるのが嫌だったので、落ち着くまで待つ事にする。
「ったく、また面倒な試験だな」
 ギコが僕の隣で舌打ちした。
 どうやら、ギコも一段落つくまで待っている事にしたようだ。
「どうよ?
 お前さんこの写真の場所に見覚えとかある?」
「ある訳無いだろ。 君は?」
「俺も分からん。
 凄く深い森のようではあるが…
 これだけじゃどうしようもねえな」
 肩を落とすギコ。
 本当に、どうやってこの場所を調べようか。
「ま、ここで考えてもしゃあねえ。
 上に戻ったら、どっか落ち着ける場所で考えようぜ」
 ギコが苦笑しつつ、写真の風景に目を向けるのだった。

1931:2004/12/30(木) 03:45



          @        @        @



『あんたが、俺が殺さなきゃならない相手なのか?』
 地下で、
 あまり嬉しくない生まれ故郷への久々の帰郷で出会った坊主は、
 開口一番外法狐に言ったのはこの言葉だった。
 まるで世界の全てを憎んでいるような―――
 諦めているような―――
 そんな目をしていた坊主。
 かつての自分と、同じ目をしていた坊主。
 外法狐はそんな坊主を『外法』に迎え入れた。
 それが興味だったのか、単なる気紛れだったのかは、
 今となっては外法狐自身にも分からない。
 ただ一つ言えるのは、その坊主は『外法』の中ですら変り種の異端児であったという事。
 『外法』殺意は、不特定の、それこそ人間に限らない全てに向けての、
 無差別で無区別で無軌道な殺意である。
 理由も無ければ必然性も無い、殺す為に殺す、殺す為の存在だから殺す者の集団である。
 だが、あの坊主は違った。
 あの坊主は誰でも殺せばいいというものではない。
 殺意に、指向性がある。
 誰かは分からないが、あの坊主は特定の誰かを殺すという目的がある。
 それはもう、そういう運命の下に生まれたと言っても差し支えの無いくらい、
 絶対的な目的であり、存在理由だった。
 何故か、外法狐はそう感じていた。
 では、あの坊主がそこまでして殺したいのは誰か?
 それは未だに分からない。
 それは自分かもしれないし、あの坊主自身かもしれない。
 もしかしたら、一生分からないままなのかもしれない。
 だが、もしそんな相手が存在するのだとしたら、ぞっとしない話である。
 あの坊主の念能力―――
 外法の中で、いいやこの世界で最も、『殺す』事に特化した能力。
 余りに『殺す』事に特化した所為で、他の何者にもなれない念能力。
 こと『殺す』という点においては、外法狐すら凌駕する念能力。
 そんな能力を持つあの坊主が、どうしても殺さなければいけない奴とは、
 一体どういった存在だというのか。
「…ま、考えてもしゃあないわな」
 外法狐は思考を中断し、PSPを起動させた。
 しかし、自分は何だって今頃あの坊主の事を。
 それに、この言いようの無い感覚は何だ。
 外法狐は自問する。
 歯車が噛み合わないような、螺子が締まらないような、漠然とした不安感と不快感。
 まるで、運命が軋みをあげて捩れていくような、嫌悪感。
 運命。
 そうだ、2ヶ月以上前に出会ったあの少年。
 これはあの少年と出会った時と同じような感覚だ。
 そして、その不安の通りに、あの少年の運命は崩壊した。
 他の運命すら巻き込んで、崩壊していった。
 いや、もしかしたら崩壊する事すら、運命の予定調和だったのかもしれない。
 それどころか、崩壊したのは周りの運命だけだったのかもしれない。
 だとすれば、あの少年は危険だ。
 自分の意思とは無関係に、運命レベルで他者を巻き込んで殺す。
 あの少年はそういった運命を持っているのかもしれない。
 ならば、今のこの得体の知れない感覚は、そうなのか?
 また、少年の周りで何かが起ころうとしているのか?
 そしてあの坊主も、それに関係しているというのか?
「…下らねえ」
 やめよう。
 論理的でないにも程がある。
 ただの空想、どころか妄想だ。
 それに、第一あの少年とあの坊主が、ばったり出会うなんて事が起こる訳が無い。
 それこそ天文学的な確率での偶然だ。
「あの少年、頑張ってんのかねー」
 それとも、もう失格してしまっているのだろうか。
 まあ常識的に考えて、ついこないだまで素人だったあの少年なんて、
 余程の幸運なり運命の後押しでもなければ1次試験すら突破出来まい。
 少なくとも、3次試験までにでもいけば失格確実である。
 だからこそ、合格したら何でも言う事を聞くと言ったのだ。
「ま、2次試験までいってたら、ご褒美にちゅーくらいはしてやるか」
 PSPのディスクを射出して遊びながら、外法狐は薄く微笑むのだった。


                     〜続く〜

1941:2004/12/31(金) 00:33
 〜三十四話〜

 図書館で、僕は試験会場で渡された写真を食い入るように見つめていた。
 うっそうと生い茂った木々が乱立する森のような場所。
 木の葉で光が遮られているからなのか、風景はやや暗めだ。
 写真の右端の方に、何やら看板のような物が立っているのが分かるが、
 一部しか写っていない為、何が書かれているのかまでは判別出来ないが、
 どうやら茶色い看板であるようだ。
 写真が撮られた日付は7月20日と出ているから、
 ごく最近に撮られた写真にようだ。
 まあ日付を偽装している可能性もあるが、
 こう情報が少な過ぎては日付が嘘だろうとそうでなかろうと、余り違いは無いっぽい。
「おら、持って来たぞ」
 ギコが僕の座っている机の前にどさりと分厚い本を置く。
 植物百科事典。
 僕が頼んで持ってきて貰ったのだ。
「で、こんなもんどーすんだよ?」
 ギコが訊ねる。
「写真に写っている樹がどんなものなのかを調べる。
 もしかしたら、場所を特定出来るかもしれない」
「な〜る」
「分かったら君も一緒に調べろ。
 早くしないと、誰かに先を越されてしまう」
 へいへい、と言ってギコは百科事典を開き、
 写真に写っている樹と事典に写っている樹とを見合わせ始めた。





 一時間程調べて分かったのは、写真の樹はどれも、
 本州広くに分布している陰葉樹であるという事だけだった。
 つまり、収穫は殆ど無し。
 分かったのは、この写真は本州のどこかで撮られたものであるという事だけ。
「がー、どうすんだよこんなの!
 全然分からんねーよ!」
 ギコが頭を掻きながら叫ぶ。
「図書館で大声出すな、恥ずかしいだろ」
 そうは言っても、本当にどうしたものか。
 先着30名が合格定員と言っていたが、このままでは一生かかっても場所を特定出来そうにない。
 狐さんに聞いてみようか、とも思ったが、やめた。
 確かに狐さんならこんな問題などあっという間に解決してしまうのだろうけど、
 合格したら何でも言う事聞くとの約束を下以上、何も教えてはくれまい。
「…なあ、君の知り合いに、こういう分野に強い奴は居ないのか?」
 駄目もとでギコに聞いてみる。
「身内にこういう情報系に強い奴はいるけど、ちょっとな…」
「何か問題があるのか?」
「いや、実は俺、身内に内緒でハンター試験受けに来たんだわ。
 後で驚かせようと思って、こっそりとな。
 だからそいつに俺が試験を受けてるのをバラしたくないんだよ」
「そうは言っても、落ちたら元も子もないだろう」
「そうなんだが、もう一つ問題があるんだ。
 そいつの情報料、むっちゃ高いんだわ。
 お前今すぐに100万円以上用意出来るか?」
 成る程。
 そいつは無理な相談だ。
「僕は無理だね…
 君は?」
「俺も無理。
 俺、今3000円くらいしか持ってねーもん」
 となると、矢張りその情報屋を頼るのはNGみたいだ。
「でもどうするんだよ。
 このままじゃ、僕達ここで失格だぞ?」
「そーだよなー…」
 何の打開策も出ないまま、時間だけが無為に過ぎていく。
 どうしよう。
 このままじゃ、埒が開かない。

1951:2004/12/31(金) 00:33

「そうだ!」
 ギコがポンと手を叩いた。
「どうしたんだ。
 何かいい案でも思いついたのか?」
「誰か他の人に聞いてみようぜ」
 あっけらかんと、ギコは言った。
「あのな…
 そんな都合よくこの写真の場所を知ってる人が居る訳無いだろう」
「だけど、どうせこのままじゃ手詰まりには変わりねえ。
 だったら、少しでも確率のある方法を試してみるしかねえだろ」
 そうは言っても、そんな確率100000分の1も無いと思うぞ。
「つー訳で…」
 ギコが僕の肩に手を置く。
「…何だよ」
「後は任せた」
「任せた、って、君が訊ねるんじゃないのか!?」
「いや、ほら、俺って人見知りだし」
「うるせえ」
 こいつ、言いだしっぺの癖に自分で何もしやがらないつもりか。
「そうむくれるなよ。
 こういうのはお前の方が得意そうだからさー。
 人助けと思っていっちょ頼むわ」
 次こいつがピンチになる事があっても、僕はものすごい勢いで無視しよう。
 で、見殺しにしよう。
 僕がするのは、死んだ後こいつを土に埋めるくらいだ。
「しょうがないなあ…」
 しかし、このまま何もしないという訳にもいかない。
 非常に癪ではあるが、僕はこの写真について誰かに訊ねる事にした。
 けど、誰がいいかな…
「あの、すみません」
 迷った末、僕は図書館の司書らしき男性に聞いてみる事にした。
「マンドクセ」
 司書の男性は露骨に迷惑そうな顔をしやがった。
 ネームプレートのは鬱山毒男(うつやま どくお)と書かれてある。
 何か、毎晩隣の部屋のギシギシアンアンという音に悩まされてそうな、そんな顔だ。
「この写真の風景について、何かご存知ないですか?」
 僕は男性の前に写真を差し出した。
「マンドクセ…」
 嫌々といった感じに、男性が写真を見る。
「……!」
 と、男性の表情が一変した。
 まるで、思い出したくないものを思い出してしまったような、そんな顔だ。
「何か、心当たりがあるんですか?」
 僕はおずおずと訊ねた。
「…知ってるも何も、この前ここに行って来たばっかだよ」
 男性は重苦しい声で答える。
「!?
 そうなんですか!?
 どこなんです、教えて下さい!」
 思わず、声を荒げてしまう。
「…富士山樹海の、入り口さ。
 見間違える筈も無い。
 この茶色の看板は、間違いなく樹海の入り口に立ててある自殺防止の看板だ」
 へえ、そうだったのか。
「そうなんですか。
 でも、どうしてあなたはそんな所に行ったんです…」
 そこで、僕は慌てて口を押さえた。
 富士山樹海。
 入ったら二度と出て来れない魔境。
 自殺の名所。
 そんな所へ行く理由といったら、もう二つしかない。
 単なる話のネタの為の旅行か、あるいは…
「…生きるの、マンドクセ」
 男性は僕まで底なし沼に沈んでしまいそうな程重い溜息をついた。
 やばい。
 こっから先は、聞かない方がいい。
「あ、ありがとうございました〜…」
 僕は逃げるように男性の前から立ち去った。
 危ねえ危ねえ。
 もう少しで、僕まで欝になりそうな身の上話を聞いてしまう所だった。
 でも、これではっきりした。
 この写真が写された場所は、富士山樹海の入り口。
 急いで、そこに行かなければ。
 もしかしたら、いいやきっと、他の人もとっくに場所を割り出しているだろう。
「ギコ!
 写真の場所が分かったぞ!」
 僕は早足でギコの所へと駆けるのであった。

1961:2004/12/31(金) 00:33





「遅いなあ…」
 東京駅のホームで、僕はギコが静岡行きの新幹線の切符を買ってくるのを待っていた。
 ギコが「俺が切符買ってくる」と言ったから、その好意に甘える事にしたのだ。
 しかし、何で僕があいつの切符代まで出さなきゃならないんだ。
 後で返すとギコは言ってたけど、本当に返してくれるんだろうな…
「はあ…」
 一つ息をついて、僕は携帯電話を取り出した。
 やる事も無いし、丁度いい時間つぶしにもなるので、
 狐さんに3次試験まで到達した事でも自慢しようと思ったのだ。
 電話帳を検索して、狐さんの番号に電話をかける。
「……」
 しかし、電話は留守電だった。
 ああ、そういやこの前新しいゲームを買ってたと言っていたな。
 となれば、そのゲームに熱中していたら電話に気づきはしないだろう。
 仕方が無いので、メールを打つ事にする。
「『ハンター試験で静岡に行く事になったんですが、お土産は何がいいですか?』」
 いきなり僕の打った文章を朗読する声が後ろから聞こえ、僕は咄嗟に振り返った。
「誰にメールしてるのかな〜?」
 やっぱりというか、声の正体はギコだった。
 こいつ、勝手にメールの文章覗きやがった…!
「誰でもいいだろ」
「恋人か?」
「うるせえ」
 何でお前にそんな事一々詮索されなくちゃならんのだ。
「大体、どこまで切符を買いに行ってたんだよ。
 遅いじゃないか」
 声に怒りを込めながら、僕はギコにそう言った。
「悪い悪い。
 買い物してたら時間かかっちゃってさー」
「買い物?」
「ああ。
 富士山の樹海に行くんだ。
 ある程度準備は必要だろうと思ってね」
 へえ。
 こいつもそこまで考えていたのか。
 これは僕が配慮が足らなかった。
 素直に反省しよう。
「そうか、そりゃすまなかった。
 で、なにを買って来たんだい?」
「おう、これだ」
 ギコが大きいビニール袋を僕の前に突き出す。
 その中に入っていたのは…
「……!」
 僕は袋の中身を見て絶句した。
 袋の中身。
 黄色の長方形の形をした、よく見慣れた紙の箱。
 それが、袋一杯に詰められている。
「…何、これ」
 僕は出来るだけ穏やかな声でギコに訊ねた。
「いやな、やっぱ樹海に入るなら非常食が必要だと思った訳よ。
 で、それに丁度いいものを買ったのさ。
 主にカロリーメイトとかカロリーメイトとかカロリーメイトとかカロリーメイト。
 あとカロリーメイトとカロリーメイトとカロリーメイトとカロリーメイト」
 眩暈を起こしそうな程、膨大な量のカロリーメイト。
 フルーツ味、チョコ味、チーズ味、ベジタブル味、
 それから飲料用カロリーメイトまで完全網羅。
「もしかして、このカロリーメイトに使ったお金って…」
「ああ。
 意外と切符代のお釣りが余ったんでな。
 全部注ぎ込ませて貰ったぜ」
 悪びれもせず、ギコは答えた。
 僕のお金が…
 僕の大切なお金が…
 全部カロリーメイトに…
「ギコ、君に一つ言いたい事がある」
「何だい。
 感謝や賞賛の言葉なら、24時間年中無休で受け付けてるぜ?」
「死ね。
 これ以上地球上の酸素を消費するな」
 生まれて始めての、心の底から本気での「死ね」という言葉だった。

1971:2004/12/31(金) 00:34



          @        @        @



 携帯電話が、兄者こと妖滅刺菅(あやめ さすが)の内ポケットの中で振動した。
「俺だ」
 携帯電話を取り出し、誰からの着信か確認してから兄者が電話に出る。
『ああ、兄者?
 さっきウララーから連絡が入ったわ』
「それで、その内容は? 零母那(れもな)」
『Dがどこに向かったのか掴めたらしいわ。
 至急、そこに集合するようにって』
「そうか。
 で、その場所は?」
『富士山樹海よ。
 連中、そこでゲリラ戦をするつもりみたいね。
 どうやら、こっちが思う程馬鹿じゃあないらしいわ』
「ふん。
 そんなに構える事も無かろうよ。
 俺の『殺人技術(ジェノサイダー)』と弟の『殺人奇術(マントラップ)』、
 それにお前の『小波(キリングパルス)』が居て、何の失敗要素がある。
 何より、『一騎当千(コープスダンス)』のウララーまでが出てくるんだぞ?」
 自信というより確信に満ちた表情で、兄者は電話越しのレモナに告げた。
「そうなんだけど…
 何か、嫌な予感がするのよね。
 女の勘ってやつ」
 お前はオカマだろう、と兄者は思ったが、
 うるさくなるだけなので言うのはやめておいた。
「兎に角、富士山樹海でいいんだな。
 すぐに向かうと、ウララーに伝えておいてくれ」
『分かったわ』
 それだけを伝えると、兄者は電話を切った。
「兄者」
 隣で電話のやりとりを聞いていた弟者こと妖滅狭州我(あやめ さすが)が、兄者に声をかける。
「聞いた通りだ、弟者。
 すぐに支度をしろ。
 富士山樹海に出発するぞ」
 背広に腕を通しながら、兄者は弟者にそう告げるのだった。


                〜続く〜

1981:2005/01/02(日) 00:08
 〜三十五話〜

「だーかーらー!
 ナース服の方が萌えるに決まってるだろうがゴルァ!」
「いいやこれだけは譲れないね。
 巫女服こそ至上の萌えコスチュームだ」
 静岡に向かう新幹線の中で、僕とギコは熱い討論を交わしていた。
 議題は『巫女服とナース服どっちが萌えるのか』。
 ミコミコナースの歌の話題に端を発したこの議論は、既に30分目を迎えようとしている。
「いいか!?
 ナース服の看護婦さんの別名は『白衣の天使』だ。
 そして天使と言ったら神様。
 つまり、ナース服は唯一神ヤハウェの恩恵を受けた究極の萌えコスなんだよ!」
「何が唯一神だ、この伴天連かぶれの売国奴め。
 日本男児でありながら、毛唐のランチキ衣装にうつつを抜かすなど恥ずかしくないのか。
 そっちが唯一神なら、こっちは八百万の神霊だ」
 お互いに一歩も譲らない僕とギコ。
「あの、お客様…
 申し訳ありませんが、他のご乗客の迷惑になりますので…」
 見かねた車掌さんが僕達の間に割り込んで来る。
「す、すみません…」
「悪かったな、ゴルァ…」
 第一回僕VSギコチキチキ討論バトル、水入りによって引き分け。



「しかし、本当に運が良かったな」
 袋からカロリーメイトを取り出して齧るギコ。
 この馬鹿が鬼のようにカロリーメイトばっか購入しやがったので、
 袋の中にはまだカロリーメイトがぎっしり詰められている。
 絶対後で金払わせてやる。
 絶対後で金払わせてやる。
「運?」
「すぐに目的地が見つかった事だよ。
 もしかしたら、今んとこ俺らが一位なんじゃねえの?」
 ギコが一箱目のカロリーメイトを食べ終え、次の箱に手を伸ばす。
「ふうん、運が良い、ねえ」
「何だよその奥歯に物が挟まったような物言いは」
 憮然とした表情で、ギコが僕に言う。
「いや、別に。
 ただ、あれを単なるラッキーと受け取る程、
 僕は楽観的な人生を送ってないんでね」
 たまたま僕が訊ねた人が、たまたま写真の風景を知っている。
 それは決して可能性が0な訳ではないけれど、
 決してあり得るような事ではない。
 それこそ何万分の、何億分の途方も無い確率の低さだ。
 にも関わらず、僕はあの男性から写真の場所を聞き出す事が出来た。
 これはもう、幸運を通り越して不自然だ。
 ではあの毒男という男性は、僕を陥れる為のスパイか何かだったのだろうか?
 いや、多分そうじゃない。
 僕は無造作に無作為にあの男性を選んだ。
 誰かに操作されたとは思えない。
 それに、僕達があの図書館に行ったのだってたまたまだ。
 だから、あの男性とは間違い無く偶然の産物として接触したのだ。
 偶然。
 単なる、偶然。
 つまりは偶然が、僕を後ろから押しているのだろうか?
 あの場所に僕が辿り着くように、運命が偶然という手段を介して仕向けているのだろうか?
 運命―――
 もしこれが運命だというのならば、
 きっととんでもない事が、起きるのかもしれない。
 何だ、このざわざわする、落ち着かない感じは。
 何かがおかしい。
 何かが噛み合っていない。
 何かがずれてしまっている。
 不安だ。
 不快だ。
 恐い。
 怖い。
 苛々する。
 そしてその原因が全く掴めない。
 全く理解出来ない。
 全く感知出来ない。
 待て。
 この感じ、どこかで覚えがある。
 そう、これは、狐さんと、始めて遭った時のような…

1991:2005/01/02(日) 00:10

「一人でお花畑に行くなっつーの」
 考え込む僕に、ギコが声を掛けて現実に引き戻す。
「ああ、すまない…
 でももしかしたら、ここで引き返した方がいいのかもしれない。
 何か、凄く嫌な予感がする」
 漠然とした、しかし必ず『何か』が起きる事だけは確実な、予感。
「ここまで来て何言ってんだよ。
 心配すんなって。
 ハンター試験で何が起こるんだとしても、
 死ぬ前にギブアップすりゃいい話だ。
 向こうだって、なるべく人死には出したくねえだろうからな」
 ギコが笑う。
 僕は、笑えなかった。
 まあでも、今更心配してた所でどうにかなる話でもないか。
 最悪の場合でも、ギコの言う通りギブアップをすればいいんだし。
 用心するには越した事は無いだろうが、
 無闇矢鱈に不安がってても物事は快方には向かわないだろう。
 なので、気にするのはここで終了する事にしておく。
「そーいやーさあ」
 ギコが話題を変えた。
「お前、彼女いるとか言ってたよな」
「うん。 それがどうした?」
「お前年上好きって言ってたろ。
 やっぱ彼女も年上なの?」
「そうだけど」
「そいつ幾つ?」
「25歳って言ってた」
「お前は?」
「16」
「お前それ、9も上じゃねえか!
 そんなババアのどこがいいんだ!?」
 狐さんが聞いてたら確実に殺されるであろう台詞を吐くギコ。
「でも来月の12日で僕の誕生日が来るから、
 そうなったら8歳差になる」
「それでも相当な年齢差だろ。
 俺には信じられねえな。
 お前も男なら女子中学生とかを好きになるべきだぞ?」
 余計なお世話だ。
 未成年強制猥褻罪で極刑になっとけ、この犯罪者予備軍め。
「で、どうなのよ」
 ギコが訊ねる。
「どうなの、ってどういう意味だよ?」
「そいつとはどこまで行った訳かって聞いてんだよ?
 A?B?C?」
 ギコが興味津々といった風に目を輝かせる。
「愚問もいい所だね
 もう夜になったら凄いよ。
 口に出しては言えないようなプレイをバンバンだよバンバン」
 嘘をついた。
 本当はろくに手すら握っていない。
「ちっくしょ〜!
 羨ましいなあ、おい!
 殺す! お前絶対近いうちに殺す!」
 ギコが悔しがる。
 ざまあみろ。
 でもギコが悔しがったところで、僕と狐さんの関係がより親密になる訳でもない。
 そんな虚しさが、僕の胸を去来した。
 あ、窓から富士山が見える。
 凄いなあ。
 大きいなあ。
 もうどうでもいいや

2001:2005/01/02(日) 00:10





「お〜、やっとついたか」
 静岡駅の改札口を通り、ギコが大きく背伸びをする。
 時刻は今現在午後5時過ぎ。
 夏とはいえ、そろそろ辺りは暗くなり始めていた。
「ところで、富士山の麓までどうやって行く?」
 僕はギコに聞いた。
「適当に人に道を訊ねながら、バスとか電車を使えばいいさ。
 タクシーだと金がかかるし、こんな時間から『富士山の樹海まで』なんて言ったら、
 自殺志願者と間違われるかもしれねえし」
 こいつにしては常識的な意見だ。
「それじゃ駅員さんに聞いてみるよ。
 もしかしたら、駅から富士山の近くまでの直通の電車かバスが出てるかもしないし」
 そう言い、駅のホームに戻ろうとする僕の腕を、ギコの手が掴んだ。
「待った。
 その前に、やるべき事がある」
 それだけ告げると、ギコは強引に僕の腕を引っ張って場所を移そうとする。
「おい、一体どこへ行く―――」
「しっ。 あんま大きな声を出すな。
 …尾行(つ)けられてる」
「――――――!」
 反射的に振り向こうとする僕を、ギコが制した。
「尾行されてたって…?
 いつから?」
 ひそひそ声で、僕はギコに訊ねる。
「静岡駅のホームに下りた時からずっとだ。
 あるいは、もっと早くからかもしれない」
 後ろを見ずに歩きながら、同じくギコが小声で話す。
「でも、どうして…」
「多分狙いはお前だ。
 これからの試験で、障害になりそうな念能力者を始末するつもりなんだろうよ」
「……!」
 くそ。
 やっぱりそうだったか。
 仕方無かったとはいえ、腕相撲の時に念を使ったりするんじゃなかった。
「…何人、ついて来てるんだ?」
「気配の感じからして、1人だな。
 ただの馬鹿か、それとも相当自信があるのか」
 僕が考えるに、恐らく後者。
 ギコも同じ意見だろう。
「…ギブアップすれば許してくれるかな?」
「そんなのが通用すると思うか?」
 質問に質問で返すな、と言いたかったが、僕は黙ったまま首を横に振った。
 これは試験ではないのだ。
 ギブアップなんて上品な手段、相手が認める訳が無い。

2011:2005/01/02(日) 00:10

「…君はここで僕と別れた方がいい、ギコ。
 あいつが僕を狙ってるっていうなら、僕一人で…」
「僕一人で引き受けるっていうのは無しだぜ。
 お前みたいな半分素人に、どうこう出来る手合いじゃねえよ。
 それに、お前とつるんでる時点で、俺も立派な標的の一人だろうしな」
 皮肉っぽい笑みを浮かべながら、ギコは静かに告げた。
「…すまない」
「謝るなって。
 まあ悲観するばかりでないさ。
 確かにお前一人じゃ無理かもしれねえが、今は俺もいるしな。
 2対1に持ち込めれば、大した事ねえだろ」
 ああ、そうか。
 どうしてギコが、今こうして僕を連れてあてどなく歩いているか、ようやく分かった。
 僕を餌に、尾行している相手を誘っているのだ。
 2対1は不利とみて逃げるならそれでよし。
 誘いに乗るならそれでよし。
 よくもまあ、そこまで度胸が座っているもんだ。
「ここら辺でいいか…」
 人気の無い路地裏に入った所で、ギコは足を止めて振り返った。
「出て来いよ。
 折角おあつらえ向きの舞台を整えてやったんだぜ。
 それとも、尻尾巻いて逃げ出すか?」
 竹刀袋入れから刀を取り出しながら、ギコが未だ姿を見せぬ相手に向かって挑発する。
 しかし、そこには人っ子一人居はしなかった。
「……」
 沈黙が続く中、時間だけが流れていく。
「…本当に、誰かが尾行してたのか?」
 僕はギコに言った。
 こいつ、格好いい台詞を言ってみたかっただけなんじゃないだろうか。
 そんな不安が、僕の頭をよぎる。
「いいや、誓ってそれは無い。
 間違い無く、『ここ』に誰かが『居る』」
 周囲を用心深く見回しながら、ギコが呟く。
「そうは言っても、誰も居ないじゃ―――」
「危ねえ!」
 いきなり、ギコが僕を突き飛ばした。
 直後、「ぐうッ」というギコのくぐもった声が聞こえてくる。
「…!
 何をすんだ―――」
 文句を言おうとした僕は、そこで言葉を止めた。
 ギコの右腕の服が、鋭利な刃物で切り裂かれたように破れ、
 そこから鮮血が滴っているのを見たからだ。
「―――ッ!」
 僕は息を飲む。
 これは!?
 攻撃されたのか!?
 いつ!?
 どこから!?
 どうやって!?
 相手は!?
「くッ…!」
 慌てて周りをぐるっと見回すも、そこには誰も居ない。
 馬鹿な。
 ギコは確かに、誰かが居ると言っていた筈だ。
 ならば何故そいつの姿が見えない。
 それとも、僕達は今まさに透明人間と相対しているとでもいうのか!?
「…はッ」
 ギコが不愉快そうに笑った。
「どうも面白くねえ展開になっちまったようだなあ」
 ゆっくりと、ギコが刀を鞘から引き抜く。
 その刀身は炎のように朱く、
 まるで血を吸ったかのように紅く―――
 吸い込まれそうな程赤い、
 刀だった。
「いいさ、どっからでもかかって来い。
 最初の一撃だけは、サービスで受けてやるよ。
 だがな―――」
 ギコが、どこにいるかも分からない敵に対して刀を構える。
「その一撃で俺を殺せなきゃ、屍(かばね)を晒すのはてめえの方だぜ…!」


                       〜続く〜

2021:2005/01/03(月) 02:34
 〜三十六話〜

 不可視の刺客が、どこからか僕達を狙っている。
 その緊張感が、僕の心臓を締め付けていた。
「…壁に背中を預けとけ」
 こちらには顔を向けずに、ギコが僕に告げる。
 言われた通り、僕は壁にもたれかかるように背中をつけた。
 これで、少なくとも背中から攻撃を受ける事は無いだろう。
 だがギコは、通路の真ん中に立ったまま動こうとしなかった。
「ギコ、君も壁に背を預けるんだ!」
 僕は叫ぶ。
 しかし、ギコはまるでそんな事聞こえていないかのように、つっ立ったままである。
「ギコ!」
 あいつは何をやってるんだ!?
 このままじゃ、格好の標的じゃないか。
「……!」
 まさか。
 ギコは敢えて、自分の身を危険に晒しているのか?
 自分が囮になって、敵の攻撃の矛先が僕に向かないように―――
 そういう事なのか!?
「ギコ!」
「動くんじゃねえ!」
 駆け寄ろうとした僕を、ギコが大声で怒鳴って押し止める。
「だけど、このまじゃ君が…」
「勘違いすんなよ。
 こうするのが、俺達が勝つのに一番合理的だと思っただけだ。
 別に、お前を庇おうとかそういう青臭えもんじゃねえ」
 苦笑するギコ。
 しかし、目は笑っていない。
「おら、どうしたよ。
 来るならさっさと来やがれ腰抜け。
 早くしねえとお前まで失格になっちまうぞ?」
 ギコが見えない敵に向かって罵声を浴びせる。
 そうだ。
 この試験の合格定員は30人なのだ。
 もたもたしていたら、枠があっという間に埋まってしまう。
「……」
 沈黙。
 静寂。
 不気味な。
 異様な。
 来る。
 どこから?
 上?
 横?
 下?
 後ろ?
 前?
 まだ、来ない。
 考えているのか。
 僕とギコ、どちらを狙うのか。
 どこから狙うのか。
 だけど、もう間も無く攻撃は来るだろう。
 僕であれ、ギコであれ。
 時間が無いのは向こうも同じなのだ。
 余り時間を掛けすぎれば、敵も30人の定員に入れなくなる恐れがあるからだ。
 来る。
 来る。
 来る。
 今にも敵は僕達に―――

2031:2005/01/03(月) 02:34

「がッ!!」
 ギコが悲鳴をあげる。
 その腹部からは、鮮血が滴っていた。
 狙われたのは、ギコだった。
「ギコ!!」
 僕はすぐさまギコに向かって走り出そうとした。
「!!!」
 が、
 突然、
 その足が、
 止まる。
 ギコの眼がまだ死んでいなかったから、
 近寄ればそれだけで殺されてしまいそうな、
 そんな眼をしていたからだ。
 そう思った時には、既にギコは動いていた。
 敵から攻撃を喰らった瞬間―――
 その直後というより、ほぼ同時に、
 攻撃を受けた方向から敵の居る位置を予測して、
 そこ目掛けて刀を振るったのである。
「!!!」
 何も無い空間から舞う血飛沫。
 どうやら、ギコの斬撃は見事にヒットしたみたいだった。
「くッ…!」
 僕のともギコのとも違うくぐもった声がし、
 誰かが走り去っていくような足音だけが聞こえた。
 しかし、それもすぐに聞こえなくなる。
 多分、これ以上の戦闘は無益と考えた敵が逃げて行ったのだろう。
「待て…!
 逃げんじゃねえ…!」
 口から泡のような血を吐きながら、ギコが敵を追おうとする。
「ギコ、やめろ!」
 僕はギコを止めた。
 とっさに急所は外したみたいではあるが、
 あの傷はどうみても命に関わる重唱である。
「ちッ…!」
 ギコもここで深追いする程冷静さを失ってはいなかったのか、大人しく敵を追うのを中断する。
「大丈夫か?」
 僕はギコに訊ねた。
「大丈夫じゃねーっつーの!
 腹刺されてんだぞ?
 すげえ痛えに決まってるだろ…!」
 脂汗を流しながらギコが呻くように呟く。
「悪いけど、救急車呼んでくんねえ?
 俺、このままだとすげえやべーわ。
 つーか死ぬ」
 成る程ギコの腹からは止めど無く血が流れ続けていた。
 このままだと、出血多量で危険な状態になってしまうだろう。
「それはいいが、ハンター試験はどうするんだ?」
「あ…」
 ギコが「しまった」という顔をする。
「ギコ、ありがとう。
 君の尊い犠牲は決して忘れないよ…」
「待てやおい!
 勝手に人をリタイヤさせんな!」
「そうは言ってもそんな怪我でどうするんだ。
 病院で然るべき処置を受けなきゃ、君死ぬかもしれないんだぞ?」
「だけど、ここまで来て諦められっか!
 ああ、畜生。
 こんな時治癒系の念が使えりゃあ…」
「あ」
 僕は思わず声を出した。
「何だよ、『あ』って」
「いや、そういや僕、治療の能力も使えるんだった」
 すっかり忘れていた。
 モラックジャック先生の念能力を、僕はコピー出来るんじゃないか。
 跡形も無く傷を消すのは無理かもしれないが、
 応急処置としては充分過ぎる位の効果は見込めるだろう。
「おお!
 そりゃ丁度いいや!
 すぐにでも頼む!」
「……」
「おい、どうしたんだよ。
 早くしろって」
「……」
「おい!」
「…君、そういや巨乳の方が好きって言ってたよね」
 その時の僕の顔は、きっと見た事が無い位邪悪なものだったであろう。
「…ま、まさかお前」
「ああ!
 急に僕の念能力が使えなくなってしまったぞ!
 これは大変だ!
 でも、もし今ここに貧乳好きな人が現れたら、
 能力が復活するかもしれない!」
「ざけんな!
 言っとくが、俺は巨乳マニアである自分を裏切るような真似はしないからな!
 俺は比喩でなく、巨乳に命を捧げれる男だ!
 巨乳信仰をやめさせられるくらいなら死んでやる!!」
「なら死ね!」
 僕とギコは、またもや下らない喧嘩を始めるのであった。

2041:2005/01/03(月) 02:36





「ご到着、おめでとうございま〜〜〜す!」
 自殺防止の看板の前で僕達をまず出迎えたのは、かおりんの陽気な声だった。
 僕の隣にはげんなりした顔のギコ。
 モラックジャック先生の念能力で傷は塞いだが、
 流れ出てしまった血まではどうしようもないので、
 軽い貧血になってしまっているのだ。
 僕としては巨乳信仰を改めないなら治療はしないと思っていたのだが、
 あのまま死なれても寝覚めが悪いので結局治療する事にした。
 先程からギコが「いつか殺す、いつか殺す」とブツブツ呟いているが、気にしない。
 気にしたら精神衛生上最悪そうなので、無理にでも気にしない。
「あなた達は29番目と30番目で〜す」
 何と。
 あれだけの幸運に恵まれてなお、最下位だというのか。
 それだけ、他の連中が半端じゃないという事なのか。
「そうだ。
 他の―――」
 僕は周りに居る他の受験者を見回した。
 さっき僕とギコを襲った奴は、この中に居るのだ。
 だとすれば、そいつはギコの刀に斬られた事による怪我を負っている筈だ。
 そいつを探せば…
「……!」
 しかし、そんな僕の目論見は不発に終わった。
 受験者の何人かが、刃物で切られたような傷を折っていたり、
 血の滲んだ包帯を巻いていたりしていたからだ。
 これでは、判別のしようが無い。
「くそ、やられたぜ…」
 ギコが舌打ちする。
「まさか、ここまでやるとはな。
 いや、やって当然か」
 一人で納得するギコ。
「どういう事なんだよ?」
「頭悪いなおめー。
 つまりだな、俺達が傷で犯人を判断するのを見越して、
 他の受験者を襲って同じような傷をつけたって事だよ。
 少し考えれば分かるだろうが」
 成る程。
 そういう事か。
 しかしこいつに納得のいく説明をされるのって、何か不愉快だ。
 ギコみたいなキャラは、熱血直情猪突猛進型って決まってるのに。
 お前みたいなのが頭使ってんなよ。
「…お前の言ってた、悪い予感ってのはさっきのか?」
 神妙な顔でギコが僕に質問する。
「いや、多分、違う」
 違う。
 僕悪い予感が正しいのだとすれば、“あんなもの”で済む訳がない。
 もっと、おぞましい事が起こるに決まってる。

2051:2005/01/03(月) 02:36

「そういや結局、君の能力って何なんだよ。
 あの赤い刀がそうなのか?」
「人に能力を訊ねるのはマナー違反だって教えられなかったのか?」
「おおっと〜、会話の通じないアホが一人登場〜。
 質問に対し質問で答えるとテストで0点なの知ってたか? マヌケ!」
 SBRを読んでから一度は言ってみたかった台詞を、ここぞとばかりに炸裂させた。
 でもこの台詞言ったキャラって、自分でも質問に対して質問で答えてたんだよなあ…
「死ね」
「うわあッ!」
 ついさっきまで僕の頭があった部分を、ギコの刀が横に薙ぎ払う。
 あとコンマ1秒でも頭を下げるのが遅かったら、間違い無く死んでいた。
「何をするだあーーーーーッ!」
 もうちょっとで彼岸島の雅様になるところだったじゃないか!」
「今のは単なる愛情表現だ、気にするな」
 ずいぶんとエキセントリックでハイブロウな愛情表現だな、おい。
「悪いけどいくらお前の頼みでも教えられねえな。
 どっから自分の能力がバレるか分かったもんじゃねえし。
 例えば、お前が拷問を受けて俺の能力をゲロさないという保証も無いしな」
 ギコの言う通りだ。
 知らない能力はどう足掻いてもバラすなんて出来ないが、
 知ってしまった以上そこから能力が漏れる可能性は0ではない。
 生き延びる為には、ギコの行為は当然正しいものだと言える。
「でもまあ心配すんなよ。
 お前の能力は、何があってもバラしゃしねえから」
 ギコは僕に笑いながら言うが、僕もまたギコに能力を明かした訳ではない。
 ギコは僕の能力を治癒系統だと思っているのかもしれないが、正確には違う。
 治癒はあくまで、あらゆるものを劣化コピーするという能力の応用に過ぎない。
 そもそも突き詰めて言えば、あれは僕の能力ではない。
「それでは、合格者はここで締め切らせてもらいま〜〜〜す!」
 マイクで増幅されたかおりんの声が周囲に響く。
「そして、いきなり4次試験内容の発表で〜す!
 4次試験はなんと、かくれんぼ!」
 かくれんぼ?
 うわ、何かすげえ嫌な予感がする。
「そう、皆さんにはこの富士山樹海でかくれんぼをしてもらいま〜〜〜す!
 ルールは単純。
 皆さんが樹海に逃げた2時間後に、鬼である私達試験官が捜索を開始します。
 で、皆さんを見つけ次第捕獲します。
 捕獲されたらそこで失格。
 見つからずに、鬼が捜索を開始してから24時間逃げ切れたら合格。
 それだけで〜〜〜す!」
 それだけって…
 もし樹海で迷子になったらどうするんだ。
 本気で洒落にならんぞ。
「あ、そうだ忘れてました」
 と、かおりんが何やら小ぶりな袋を取り出す。
「皆さんにはこの袋に入っているバッヂをつけてもらいま〜す!
 これは小型の発信機でして、万一迷子になった場合でも大丈夫で〜す。
 あ、鬼はこの発信機の信号を辿って皆さんを探すなんて卑怯な事はしないので安心して下さい」
 本当にそんな卑怯な事をしないのかどうかは定かでないが、
 樹海で遭難するのは流石に御免なので素直にバッヂをつける事にした。
 もし遭難でもしたら、年間自殺者の数を増加させる一助になりかねない。
 いざとなったら狐さんに電話して助けて貰うか…
 っておい、携帯電話の電池が切れてるじゃないか。
 しくじったな。
 まあ、いいさ。
 携帯電話が使えなくても、どうにかなるだろう。
「それではこれで説明は終了で〜す!
 皆さん質問はありませんか?
 ありませんね?
 それでは、スタート!」
 かおりんの合図と共に、僕達は樹海の中へと一斉に飛び込むのであった。

2061:2005/01/03(月) 02:37



          @        @        @



 とある高級ホテルの一室で、外法狐はゲームに勤しんでいた。
 周囲の床には、読み捨てた漫画が散乱している。
「…あ」
 ふと、少し前に携帯電話が鳴っていたのを思い出した。
 のそのそと、充電器に立てかけている携帯電話に手を伸ばす。
『ハンター試験で静岡に行く事になったんですが、お土産は何がいいですか?』
 タカラギコからの着信履歴で、そういった内容のメールが入っていた。
 という事は、メールの時点ではまだあの少年は脱落してないという事だ。
 存外に、健闘しているらしい。

『〜〜〜♪』
 と、その時外法狐の携帯電話が着信の合図である音楽を奏でた。
 この音楽、『デビルマン』は外法八こと8頭身からの着信だ。
「もしもし、八か?」
 外法狐が電話に出る。
『やあ、狐。
 例のDについての事なんだけど、新しい情報が入ってね。
 一応、報告しようと思ったんだ』
「そうか。
 まあ聞いておくよ。
 それで?」
『うん。
 どうやら『兇人絶技団(サーカス)』はかなりDを追い込んでるみたいだね。
 それで、Dの生き残りはとある場所に逃げ込んだらしい』
「へえ。
 それでその場所はどこなのよ?」
『富士山樹海』
 ―――!
 外法狐が一瞬、硬直する。
 富士山。
 静岡県。
 少年。
 いや、まさか。
 そんな偶然が―――
 いいや。
 あの少年なら、充分にあり得る。
 あんな運命を持つ少年が、そんなのを巻き込まない筈が無い…!
「八…」
 動揺を抑え、外法狐は8頭身に言った。
『何だい?』
「…今年のハンター試験って、今どこでやってる」
『?
 どうしたんだよ、藪から棒にそんな質問―――』
「どこでやってるかって聞いたんだ! 答えろ!!」
 外法狐は受話器に向かって叫んだ。
 受話器の向こうでは、8頭身が突然の大音量による耳鳴りに悶える。
『わ、分かったよ…
 ちょっと待ってて、すぐに調べるから』
「悪いな」
 そこで一旦電話を切ると、外法狐は急いで外に出る身支度を整え始めた。
 そうか。
 あの不安は、これだったのか。
 しかし、よりによって『妖滅』―――
 しかも、『兇人絶技団』とは。
 出来るだけ、奴らとは関わり合いにはなりたくなかったのだが―――
 しかしこうなってしまっては已むを得まい。
 あの少年の運命が、あんな物騒な奴らを引き寄せない筈が無い。
 確実に、奴らとあの少年は鉢合わせする。
 そうなった場合、穏便に事が進みはしないというのは、想像に難くない。
 最悪―――
 いいや、5割以上の確率で戦闘になる。
 どころか、戦闘と呼べるものにすらなりはしないだろう。
 一方的な虐殺。
 そうなれば、あの少年の命など『妖滅』の前では風前の灯も同然だ…!
「…ったく、俺も損な性分だあねぇ」
 自嘲しながら、外法狐は特注しておいた着物に袖を通すのだった。


                   〜続く〜

2071:2005/01/04(火) 22:13
 〜三十七話〜

 草木を掻き分けながら、僕達は樹海の中を進んでいた。
 とはいえもう日はほとんど沈みかけている為かなり視界は悪く、
 ゆっくりとしたペースでしか進めない。
「なあ、ギコ。
 懐中電灯か何か無いのか?」
「あるけど」
「なら、どうして使わないんだよ」
「馬鹿かお前は。
 そんなもん使ったら、光で位置を掴まれるかもしれないだろうが」
 やれやれといった風にギコが言う。
「大丈夫だよ。
 2時間経たなきゃ鬼は追ってこないんだろ?」
「このアホ。
 お前本当に、敵が鬼である試験官だけだと思ってんのか?」
「?」
「受験者が、他人を蹴落とす為に妨害してこないなんて保証がない事くらい、
 さっきので分かってるだろうが」
 あ、そうか。
 考えれば当たり前の事だった。
 この状況、ゲリラ戦にはうってつけの舞台である。
 ここまでお膳立てが整えてあって、何もしないような善人ばかりである筈がない。
「ごめん」
「ったく、お前本当に抜けてんなー」
 悪かったなこのロリコン。
「しかしギコ、どこまで行くんだ?」
「出来るだけ遠く、樹海の奥にまで、だ。
 可能な限り鬼から離れておくのに越した事はねえからな」
 だけど、随分奥の方まで歩いて来たぞ。
 まさかとは思うが、このまま本当に遭難するんじゃねえだろうな。
 それにしても、さっきから何か変な臭いがするんだが…
 もしかして、ギコがすかしっ屁をしたのだろうか。
「……?」
 と、僕の足元に落ち葉や雑草とは違う感触があった。
 眼を凝らして見てみると… どうやら、かなり古ぼけたバッグみたいだ。
「どうした?」
 ギコが足を止めた僕の方に向く。
「いや、これ…」
 僕は足元のバッグを指差した。
「…あー。 多分お前の思ってるので正解だな」
 そう。
 多分僕とギコが思っているので正解。
 これはやっぱり、遺留品っていうやつか。
「…本当に、ここに自殺しにくる人って居たんだね」
 僕は呟いた。
 帰りたい。
 もう家に帰りたいです。
 ここ、何か恐い。
 絶対怨霊とか出てくるよ、きっと。
「だろうな」
 そっけなく、ギコは返事をした。
 やれやれ。
 しかし夜という事もあるし、本当に気味が悪いな。
 自殺した死体とか見つけちゃったりしないだろうな…

 ドン

 余所見をしていた所為で、僕は不意に何かにぶつかってしまった。
 木かと思ったが、感触が違う。
 何だろうと思って前を見てみると―――



 ―――ぶつかったのは、首吊り死体だった。

2081:2005/01/04(火) 22:14



「う、うわああああああああああああああああああ!」
 僕は思わず大声で叫んだ。
 さっきからの悪臭の原因は、これだったのか。
 勘弁して下さい。
 本当に勘弁して下さい。
 もうお腹一杯です。
「大きな声出すんじゃねえよ、馬鹿」
 ギコが僕の頭をはたく。
「し、し、し、死体!
 そこに首吊り死体が…!」
 震える指で、僕はロープにぶら下がった亡骸を指差した。
 スーツ姿の、中年男性らしき死体。
 死んでから結構時間が経っているらしく、あちこちが腐り始めている。
 その上烏についばまれた所為か、かなり無残な状態で木からぶら下がっていた。
「……」
 ギコはそちらに眼を向けると、何ら気後れする事なくつかつかと死体の前まで歩み寄った。
 こいつ、何で死体を目の前にしてそんなに平然としていられるんだ?
「!!」
 と、ギコは刀の抜き打ちで死体のぶら下がっていたロープを断ち切った。
 ドサリと音を立てて、死体が地面に転がる。
「ギ、ギコ、何を…」
「仏さんを埋めてやる」
 言いながら、ギコは刀で地面を掘り返しだした。
 まさか、本当にこの死体を弔ってやるつもりなのか?
「何でそんな事を。
 知り合いでも何でもない死体なんか、どうして…」
「理由なんかあるかよ。
 ただ、このままじゃあこのおっさんが可哀想だと思っただけだ。
 言うなら、俺の自己満足かな」
 当然のようにギコは言い放った。
 可哀想。
 死んだ人間に哀れみをかけて、一体何になるというのか。
 それでもギコはただ、死体を埋める為の穴を掘り続けた。
 彼は自分のやっている事が無意味だと思っているのだろうか。
 思っていないのだろうか。
 思っていながら、敢えてこんな行動を取っているのか。
「…僕も手伝うよ」
 ギコだけに穴を掘らせるのも悪い気がしたので、一応僕も手伝う事にした。
 そこら辺にあった木の枝を使って、ギコと一緒に地面を掘り起こす。
 念能力の助けもあった為か、二十分かそこらで人一人を埋めるだけの穴を掘り終える事が出来た。
「よっと」
 何の躊躇も無く、半分腐乱死体となった男性の死体をギコが担いで穴に横たえた。
 流石にこれまでは手伝う気にはなれない。
「……」
「……」
 無言のまま死体を入れた穴に土を被せていく。
 程無くして、男性の死体は完全に土の中へと埋没した。
「……」
 ギコが両手を胸の前に合わせて黙祷を捧げた。
 僕もそれに合わせて、名前すら知らない男性に対して黙祷する。
 しかしこいつ、こんなに律儀な奴だったのか?

2091:2005/01/04(火) 22:15

「…なあ」
 沈黙を破り、ギコが僕に訊ねた。
「何だ」
 返す僕。
「…このおっさん、どうして自殺なんかしたんだろうな」
「そんなの、他人である僕達に分かる訳無いだろ…」
 自分の事ですら、本当に分かっているかどうかすら怪しいのに。
「…何で、自殺なんかするんだろうな」
 独り言にように、ギコは呟いた。
「死んだ方がマシだと思ったからじゃないのか?」
 そうでなければ、自殺なんて出来やしない。
 自殺とはそんな簡単な事じゃない。
「それが、分からねえんだよ。
 何なんだよ。
 死ぬ方がマシな苦しみって何なんだよ…」
「ギコ…」
「このおっさんは、まだ生きていたくなかったのかよ…」
「……」
 僕は何も答えられなかった。
 いいや、答えられる筈なんてなかった。
 この男性以外に、自殺に至った理由が説明できる人物など居はしないからだ。
「…君は」
 僕は、言った。
「君は、自殺が嫌いなのか?」
 始めて、まっすぐとギコの顔を見て言った。
「…分からねえ」
 それだけ、ギコは答えた。
「…そうか」
 それだけ僕は答えた。

「…悪いな。
 変な事に付き合わせちまって」
 土のついた袖を払いながら、ギコは僕に告げた。
「別にいいよ。
 それより急いだ方がいい。
 今ので、鬼が来るまでの時間がかなり近づいた」
「あと何分ある?」
「30分」
 残り30分。
 そろそろ尻に火がついてくる時間だ。
「そっか。
 それじゃあそろそろ、動き回るのは控えとくか」
「控えとくかって…
 ここで待機するつもりなのか!?」
 こんな、さっきまで死体がぶら下がっていたような場所で。
「そうだよ。
 何だよ、今更死体が恐いのか?
 俺にしてみりゃ、生きてる人間の方がよっぽど恐いけどな」
 それはそうかもしれないが、それでも精神的に結構クるものはある。
「それに、罠も作っとかなきゃなんねえし」
「罠?」
 こいつ、そんな物作れるのか?
「ま、大したもんじゃねえがな。
 それでも、作っておくに越した事はねえ。
 前に俺達を襲って来やがった野郎が、また来ないとも限らねえしな」
 言いながら、ギコはその辺に落ちている手ごろな木の枝などを集め始めるのであった。



          @        @        @



『現在のハンター試験実施場所が分かったよ』
 30分程して、外法狐の携帯電話に外法八からの折り返しの電話が掛かって来た。
「そうかい。
 で、その場所は?」
『富士山樹海だ。
 よりによって、『妖滅』の狩場にドンピシャなんて…
 不幸中の不幸と言わざるを得ないね。
 恐らく、そこに居る奴全員、口封じに殺されて皆殺しになるよきっと』
 やっぱりそうか。
 外法狐の予感が、ここに来て確信へと変わった。
 だとすれば、すぐにでも出発しなければ。

2101:2005/01/04(火) 22:15

『でも、いきなりどうしてこんな情報聞いたんだい?』
 8頭身が訊ねる。
「別に。
 ただの野暮用さ」
 そっけなく、外法狐は答えた。
『…まさか、富士山樹海に行くつもりなのか!?』
 8頭身が信じられない、といった声でがなり立てる。
「……」
 外法狐は答えないが、その沈黙が肯定である事を雄弁に物語っていた。
『馬鹿!
 何を考えているのか知らないが、やめるんだ!
 相手は『妖滅』、しかも『兇人絶技団』なんだぞ!?
 いくら君とはいえ、ただでは済まない!』
「かもな」
 低い声で、外法狐は答えた。
『だったらどうして!?
 みすみす死にに行くつもりなのか!?』
 8頭身の叫び声が受話器越しに届いてくる。
「友達が、そこに行ってる。
 そいつを助けなきゃならない」
 まるでさも当然の事のように、外法狐は告げた。
 「ちょっとその辺に散歩に行ってくるよ」とでも伝えるかのように、平然と。
『友達って…
 前から変な奴だとは思っていたが、
 どうしてそれだけでそこまで出来るんだ!?
 そいつは、そんなに大切なのか!?』
「あいつは」
 外法狐は一つ息を飲み込んで、言葉を続けた。
「あいつは、命を懸けると言ってくれた。
 俺なんかの為に、命を懸けると言ってくれた。
 だから俺も、あいつの為に命を懸ける。
 理由としちゃそれで十分だ」
 外法狐の瞳に迷いは無い。
 既に、どんなものとでも戦う覚悟は出来ている。
 故に後は、それを行動に移すだけ。
『…二重の意味で驚いているよ。
 そんな理由で『妖滅』なんかと張り合う気になれるのと、
 そこまで思えるような奴を君がどうして殺していないのか、
 という事についてね』
「さあね。
 俺にも詳しい事は分からんよ。
 まあ、そんなのはそいつを助けてから考えるさ」
 外法狐が苦笑する。
『…分かったよ。
 仕方が無い。
 君だけ居れば大丈夫だろうが、念の為僕も同行させて貰おう。
 君にそこまで言わせる奴が、どんな人物なのかも興味あるしね』
「八、お前…」
『勘違いしないでくれよ。
 これはあくまで取引、ギブ&テイクだ。
 終わったら、1さんとのデートに協力して貰うからな』
「そうかい、了解したぜ。
 無事に終わったら、ディズニーランドだろうがラブホテルだろうが、
 どこでもセッティングしてやるさ」
『頼んだよ』
「ああ。
 それじゃ、静岡駅で落ち合おうぜ」
 それだけ会話を交わすと、どちらともなく電話を切った。
「さあて…」
 外法狐が大きく背伸びをする。
「そんじゃいっちょ、久し振りに本気になるとしますかねえ。
 ああ面倒臭え。
 あの少年め、後でそれなりの埋め合わせをして貰うからな」


                   〜続く〜

2111:2005/01/05(水) 22:59
 〜三十八話〜

 ギコが横で罠を作っている横で、僕は微かな匂いを感じ取っていた。
 死体の匂いかと思ったが、そうじゃない。
 もっと直接的な…
 もっと、漠然とした、
 言うならば、『死』そのものの匂いを。
 嫌な予感がする。
 それもどんどん、強くなってきている。
 嫌だ。
 何かよく分からないけど、兎に角嫌だ。
 一刻も早く、ここから帰りたい。
 どうして、僕はこんな所に居るのだろうか?
 図書館で毒男さんに出会わなければ、僕がここに来るなんて有り得なかった筈だ。
 永遠に、この第4次試験会場までは到達出来なかった筈だ。
 だが、僕は現実にここに存在している。
 とてつもない、それこそ奇跡のような偶然の積み重ねで、ここに存在している。
 ただの幸運。
 そんな事では決して無いだろう。
 何かもっと大きな、
 そう言わば神の見えざる手のような―――
 大いなる、悪意を感じる。
 それとも。
 それともまさか。
 この状況を引き起こしたのは、他でもない僕自身なのだろうか?
 この僕が、逆にここに居るという運命を引き寄せたのか?
 それならば、何の為に。
 僕はどうして、こんな所に―――
「おい」
 ギコが僕に告げる。
「ぼーっとしてんなよ。
 いつ、誰に襲われてもおかしくねえんだぞ?」
「…分かってる」
 余計な思考をかき消す為に頭を横に振りながら、僕はギコに返事を返した。



          @        @        @



 D−1(Dナンバー1)は、独り空を見上げていた。
 空にはぽっかりと、まるで穴のような紅い満月が浮かんでいる。
 月―――
 思えばついこの間までそんなものなど見た事は無かったと、D−1は感慨に耽る。
 自分が今まで頭上に見てきたのは、黒く冷たい人口の天井だけだったからだ。
 あの奈落の底…『地下魔街(アンダーグラウンド)』で彼が見てきたのは、
 紛れも無い地獄そのものでしかなかった。
 人権などまるで無視された(そもそも人権などという言葉はD−1は知りもしなかったが)、
 狂気の沙汰としか言いようの無い生体改造の数々。
 彼の仲間の殆どは、その副作用に耐え切れずに死んでしまった。
 憎かった。
 仲間を殺し、自分をこんな体にした人間が。
 憎かった。
 そんな痛みも知らず、のうのうと生きている他の人間が。
 憎かった。
 この世の、全てが。
 だから彼らは復讐を実行し、この地上へと逃げて来た。

2121:2005/01/05(水) 22:59

 だが、ここで予想外の事態が起こる。
 彼らを始末する為の追っ手が差し向けられた事だ。
 しかし予想外だったのは追っ手が差し向けられた事自体ではない。
 それぐらいは、D−1達も覚悟していた。
 本当に予想外だったのは、
 その追っ手が、自分達すら凌駕するような化物だった事である。
 信じられない現実だった。
 凡そ考えられる限りの強化改造を受けた自分たち『Dシリーズ』が、
 生身の人間に圧倒されたのである。
 命からがら、この樹海まで逃げては来たが―――
 それでも、ここに到着するまでに多くの仲間が失われた。
 残るのは自分を含め、D−3、D−12の三人。
 しかし現在は、その仲間達ともはぐれてしまっている。
 彼らは、まだ生きているだろうか。
 D−1の胸が不安で埋め尽くされる。
 いくら彼らとはいえ、あんな化物と正面から戦っては一たまりも無い。
 何とか、無事逃げ延びていて欲しいものだ。
 …だが、今は人の心配をしている場合ではない。
 自分もまた、あの化物の標的だからだ。
 幸いここは隠れる場所には事欠かない。
 どうにかして、あいつらを撒く事が出来れば…
 そんな事を考えながら、D−1がただ独り月を見上げているのだった。



          @        @        @



 火瓦谷尾四里須(ひがや おしりす)、通称オシリスにとって、
 このハンター試験は3度目の受験であった。
 前回、前々回は1次試験すら突破出来なかったが、
 今回こそは試験に大きな手応えを感じていた。
 いける。
 今日まで、死ぬ気で鍛錬を続けてきた甲斐があったというものだ。
 思えばハンター試験の為に、様々なものを犠牲にしてきたと思う。
 恋人にも色々と苦労をかけさせてしまった。
 しかし、それも今回までだ。
 今年こそ、ハンター試験に合格する。
 そうしたら―――
 あいつに、「結婚しよう」ってプロポーズしよう。

 オシリスはポケットから小さな指輪を取り出し、見つめる。
 ささやかながら、今までコツコツと貯めてきたお金で買った婚約指輪だ。
 ハンターの仕事が入ったらもっと大きなダイヤの指輪を買ってやるつもりだが、
 今はこれが精一杯だ。
 それでも、あいつは喜んでくれるだろうか…
 いいや、きっと喜んでくれる。
 だから、俺は精一杯あいつを幸せにしてやる。
「…よし」
 決意を固め、オシリスは指輪を再びポケットの中へとしまった。
 まずは、この4次試験を合格しなくては。
 既に自分が逃げてから2時間が経過したから、そろそろ鬼が探しに来ている筈だ。
 これから24時間、何としても逃げ延びて―――
「……?」
 不意に、オシリスは背後に生き物の気配を感じた。
 しまった、もうここまで鬼役の試験官が―――!
 オシリスは慌てて振り返る。
 しかし、彼がそこで目にしたのは試験官などではなく、
 いいや、そもそも人間ですらなく…
「あ、あ、あああああああああああああああああああ!?」
 そこに居たのは、怪物だった。
 2メートルを軽く超える身長で、体の表面が固い鱗のようなもので覆われている。
 どこからどう見ても、4次試験の試験官とは思えない。
「うわあああああああああ!」
 真っ先にオシリスの取った行動は、怪物からの逃亡だった。
 そして、それは恐らく最も有効な手段だったであろう。
 だが…
「!!」
 怪物はその剛堅な体躯に似合わぬ速さで、がっしりとオシリスの腕を掴んだ。
 そしてそのままオシリスを持ち上げ、勢い良く地面に叩きつける。
「!!
 ぐあ!
 がああああああああああッ!!」
 倒れたまま苦悶の叫びを上げるオシリス。
 しかし怪物はそんなオシリスに構わず、足で彼の頭を踏み締めた。
 グチャリ。
 嫌な音を立てて、オシリスの頭が圧壊する。
 それきり、オシリスは二度と動かない。
「グ、グルウウウウウウウウウウウウウ…」
 怪物が、オシリスを足蹴にしたまま天を見上げて唸り声を漏らした。
「ニクイ… ニンゲン、ニクイ…!
 ニクイ、ニクイイイイイイイイイイイイイイイイイIIIIIEEEEEEE!!!」
 怪物の咆哮が大気を揺らす。
 オシリスは知らなかったろうし、また知っていても意味の無い事だったであろうが…
 この怪物こそ、『Dシリーズ』でありD−1の仲間、D−12であった。

2131:2005/01/05(水) 23:00



          @        @        @



 かおりんは、同じ試験官である青年と共に富士山樹海を捜索していた。
 それは勿論、どこかに隠れている受験生を見つける為である。
「どうなんだ、かおりん。
 今年の受験生の出来栄えは」
 青年がかおりんに訊ねる。
「そうですね〜。
 例年とあんま変わりません。
 あ、でも気になる子はいるんですよ?」
「ほう、それは?」
「えっとお、二人組みの男の子なんですけど〜、
 名前は忘れちゃいました〜〜〜」
 てへ、っとかおりんが舌を出す。
 呆れたように溜息をつく青年。
「でも、結構掘り出し物かもしれませんよ〜?
 一人は念も使えるみたいですし〜」
 のほほんとした口調を崩さぬまま、かおりんは喋る。
「ふん。
 ハンターになれば、念なんぞ珍しくもなんとも…」
 青年がかおりんにそう言おうとした瞬間―――
「!!!」
 かおりんと青年が同時に足を止めた。
 前方に、一人の男が居るのを目撃したからだ。
 あれは、誰だ?
 隠れもしないなんて無用心な…
 待て、あんな奴、受験生の中に居たか?
 いや、居ない。
 1次試験のように何千人も居るならともかく、
 この4次試験には30人しか居ない為、見間違いはあり得ない。
 何より鬼役をするにあたって、4次試験受験生の顔はしっかり頭に叩き込んでいる。
 だからこそ、はっきりと断言出来る。
 あの男は、間違い無く部外者だ。
「…あなた誰ですか〜。
 自殺なら他所でやって下さ〜〜〜い」
 呑気な口調のまま、かおりんが男に訊ねる。
 フーン顔の8頭身であるその男は、つまらなさそうにかおりん達に視線を向ける。
「……!」
 ぞわり。
 かおりんと青年の体中から鳥肌が立つ。
 何だ。
 何だこいつは。
 受験生どころか、人間にすら思えない。
 何で、こんな奴がこんな所に―――
「…お前ら、変な怪物を見なかったか?」
 フーン顔の八頭身は、仏頂面のままかおりん達に質問した。
「……?」
 いまいち質問の意図が掴めず、二人は要領を得ない顔をする。
「ああ、知らないのか。
 ならいい。
 うん、まあ、どっちにしたって―――」
 フーン顔の八頭身の男が、かおりんと青年を見据える。
 昏い昏い―――
 まるで、闇の底のような眼で。
「“ここであった”時点で、殺すつもりだからな」
 ―――殺される。
 かおりんと青年は、瞬時にしてそう直感した。
 そして直感した時には、二人はもう動いていた。
 青年は懐から銃を抜き、かおりんは念の槍を創り出す。
 そして青年は目の前の魔人に銃を向けて…
「『殺人奇術(マントラップ)』」
 フーン顔の8頭身の指が、僅かに動いた。

2141:2005/01/05(水) 23:00

「…え?」
 気がついた時には、青年は自分の頭に銃の照準を合わせていた。
 そのまま青年の意思とは無関係に銃を持つ手の人差し指が動き、連続で銃を発砲する。
 頭を爆散させながら絶命する青年。
 傍から見れば、自殺に見えた事だろう。
「―――な!?」
 驚愕するかおりん。
 その直後、彼女の首が驚いた顔のまま360°回転する。
 ベキゴキメキ。
 頚骨の破壊される音と共に、かおりんの首は一気に捻れていく。
 捻れる、捻れる、捻れる。
 捻れは骨を破壊するだけではまだ収まらず、ついには肉すら捻じりきられていき、
 かおりんの頭部が胴体から捻じりきられる事でようやく捻れは止まった。
「悪いな。
 これも仕事なんでね。
 しかし、流石だよな俺」
 何ら感慨のこもらぬ言葉をできたてほやほやの死体に投げかけて、
 フーン顔の8頭身、妖滅狭州我(あやめ さすが)は静かにその場を去るのだった。



          @        @        @



 『新人潰し』は、標的を探して樹海の中を彷徨っていた。
「……」
 それにしても計算外だった。
 あの少年が、あそこまでやるとは。
 まさか姿を消した自分に、一太刀浴びせてくるとは…
「……」
 少年の刀に斬られた腕の傷口をさする。
 あの少年、只者ではない。
 技こそ雑ではあるが―――
 あの殺気、闇の世界の住人のそれである。
 全く、とんだ新人が紛れ込んだものだ。
 これ以上付け狙うのは危険かもしれないが…
 しかし、逆を言えば久し振りの強敵でもある。
 弱い新人を狩り殺すのにも飽きてきたし、たまには少し無理をするのも悪くはないか。
 それに素質の面ならともかく、今ならまだ経験の差で自分の方が上だ。
 将来、奴らが自分の障害にならないとも限らないし、
 矢張りここで始末しておくのが正解だろう。
 なあに、案ずる事は無い。
 あらゆる色彩を表現する事が出来るこの能力、
 『虹色の顔料(カラフルクレヨン)』で周りの風景と同化したこの明細を、見破れる訳が無い。
 せいぜい、気配で近くに居るというのを感知するのが関の山だ。
 故に、自分が敗北する可能性は決して無いと思っていただこう。
「くくく…」
 思わず、含み笑いが漏れる。
 さあて、奴らはどこだ?
 どこだ?
 どこだ?
 …居た!
「―――――」
 絶を展開し、念の気配を消す。
 『新人潰し』の前方200メートル先の視界には、
 はっきりとギコとタカラギコの姿が捉えられていた。


                〜続く〜

2151:2005/01/07(金) 18:42
 〜三十九話〜

「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
「うわあああああああああああああああああ!!」
 遠くから、悲鳴のような声が聞こえてくる。
 いや、これはもう悲鳴なんてものじゃない。
 断末魔の叫び、と形容すべきだ。
 どこかで、誰かが戦っているようだが―――しかし、
 いくら何でも今の絶叫は凄まじ過ぎる。
 まさか、本当に殺し合いが起こっているとでもいうのか?
 ハンター試験とは、それ程のものだったのか!?
「ギコ―――」
 僕は隣のギコに顔を向けた。
 ギコは相変わらず、仏頂面のまま木にもたれて座っている。
「……!」
 と、ギコが何かを察知したのかすくっと立ち上がる。
「…おいでなすったようだぜ」
 抜刀しながら呟くギコ。
「おいでなすったって、誰が…?」
「夕方、俺らを襲った奴だ」
 確信を込めた口調でギコが断言する。
 どうしてそんな事まで分かるのだろう。
 狐さんといいこいつといい、強い人というのは一種の変体性を内包しているようにも思える。
「逃げなくていいのか?」
「逃げ切れるような相手じゃねえよ。
 それに、まあ、こっちにはアドバンテージがある」
 言って、ギコは先程せっせと拵えた罠に視線を移した。
 罠と言っても、虎ばさみとか地雷とかそんな大層なものではなく、
 そこら辺に落ちていた紐や草木の幹や茎で即興で設えた、
 ごくごく初歩的な鳴子や足引っ掛けである。
 これでは、ウサギすら殺す事は出来まい。
 それも、素人である僕でも少し注意すればどこに罠があるのか判別出来る。
 周囲一帯に数こそ多く仕掛けているものの、こんなのに引っかかる奴がいるとは思えない。
「…君は、本気でこんな罠が通用すると思っているのか?」
「ああ」
 言い切りやがった。
 まずい、こいつ馬鹿だ。
「まあ、大人しく横で見物してろって。
 細工は流々、後は仕上げを御覧じろってな」
 ギコは刀を構えながら、肉食獣の笑みを浮かべた。

2161:2005/01/07(金) 18:43



          @        @        @



 『新人潰し』は音も立てずにタカラギコ達に忍び寄っていく。
 目測では凡そあと100メートルといったところか。
 さて、刀を持った少年とその横の少年、先にどちらを狙うかだが…
 それはまあ考えるまでも無いだろう。
 横の少年を狙えば確実に殺せるだろうが、それだと居場所を刀を持った少年に気づかれる事になる。
 矢張り、ここは手強い方を先に始末しておくべきか。
 隣の木偶の棒など、後でどうとでもなる。
 しかし―――
 随分とまあ稚拙な罠を張り巡らしたものだ。
 稚拙も稚拙、不様にも程がある。
 こんな罠でどうにか出来ると思われるとは、自分も甘く見られたものだ。
 こんな幼稚な罠、子供ですら引っかからない。
「……」
 罠を掻い潜りながら、『新人潰し』は更に距離を詰める。
 あと50メートルと少し。
 刀を持った少年が立ち上がり、構えを取った。
 どうやら、気取られたようである。
 気配は消している筈なのに、流石なものだ。
 だが、明確な位置までは把握していまい。
 もしこちらの居場所が分かるなら、とっくに攻撃を仕掛けて来ている。
 それが無いという事は、向こうが分かっているのは近くまで来ているという事だけ。
 ならば、何の問題も無い。
「……」
 『新人潰し』はナイフを逆手に構えた。
 あと20メートル。
 もう少しだ。
 このまま喉を掻き切って―――
「―――!?」
 そこで、『新人潰し』は違和感を感じた。
 待て。
 あそこまでの手練が、無為にこんな稚拙な罠を仕掛けるだろうか。
 こんな、簡単に避けれそうな罠を…
 ……!
 違う。
 まさか、奴の本当の狙いは―――!
「そこだあああああああああああああ!!」
 刀を持った少年が、一直線にこちらに向かって駆け出して来た。

2171:2005/01/07(金) 18:44



          @        @        @



「そこだあああああああああああああ!!」
 ギコが誰も居ない空間に向かって突進する。
 何を!?
 どうして、そこに敵がいるなんて保証がどこにある!?
「ギ―――!」
 僕が呼び止める間も無く、ギコは闇しか存在しない空間を狙って一閃する。
「!!!」
 血飛沫。
 しかしそれはギコのものではなかった。
 何も無い筈の空間から、勢い良く血が噴き出す。
 馬鹿な。
 どうして、ギコはあそこに敵が居ると分かったんだ!?
 夕方襲われた時には、見つける事など出来はしなかったのに。
「―――!」
 一つの仮説が頭に浮かんだ。
 まさか。
 まさかギコは、この為に罠を仕掛けたのか!?
 敵を罠に引っ掛けるのがそもそもの狙いなどではなかったのか。
 露骨に容易く発見されるように罠を仕掛け、敵の進行ルートを制限したんだ。
 わざと罠の無いルートを予め作っておいて、敵がそのルートを進むように。
 どこから来るのかさえ分かっていれば、
 気配で近くにいるという事だけ事前に察知するだけでも問題無い。
 寧ろ必要十分だ。
 後はそこを狙えばいい。
 敵は罠を避けているつもりで実は、それこそが本当の罠とは知らずにいたという事か。
 そこまで、ギコは考えていたのか。
「多分、お前の考えてるので当たりさ」
 僕の考えを見透かしたように、ギコが言った。
 こいつは―――何て奴なんだ。
 こと戦闘における嗅覚とセンスにおいては、あの狐さんにも引けを取らない。
 こんな奴が、僕の隣にいるなんて。

「くッ…!」
 と、何も見えない場所から呻き声が漏れた。
 いや、徐々にだが人影のようなものがうっすらと見え始めている。
 ギコの斬撃による傷で、カモフォラージュが解かれたのか。
「…!?」
 姿を完全に現した敵の姿に、僕は絶句した。
 こいつは、この人は―――
「山崎渉、さん…?」
 どうして!?
 2次試験では、僕達に協力してくれたのに。
「…はッ、あんただったのかよ。
 まあ、最初見た時から何か胡散臭えとは思ってたがね」
 山崎渉さんを見下ろし、ギコが吐き捨てる。
「大方、あんたが有名な『新人潰し』か何かだろ?
 ま、そんなのどうでもいいけどな」
 刀を突きつけたまま、ギコは山崎渉さんに言った。
「…君の言う通りさ。
 まさか、こんな子供に敗れるとは…」
「勝利を確信した時、そいつは既に敗北している。
 それがお前の敗因だ」
 お前それ、スピードワゴン財団の石油王の台詞じゃねえか。
「…降参だよ、降参。
 すまないが、手当てを―――」
「死ね」
 両手を挙げて降参のポーズを取ろうとした山崎渉さんの首を、一瞬にしてギコは斬り落とした。

2181:2005/01/07(金) 18:44

 ゴロンと、山崎渉さんの首が地面に転がる。
「―――なッ!?」
 僕は思わずギコの襟首を掴んだ。
「お前、何で殺した!?」
 ギコの顔を引き寄せ、怒号をぶつける。
「はあ?
 あいつは俺達を殺しに来たんだ。
 殺し返して何が悪い」
「それはそうかもしれない!
 でも、あの人はもう降参してたじゃないかッ!?」
「降参が嘘だったら、どうする気だったんだ?」
 何ら悪びれる素振りも無く、ギコは答えた。
 こいつは、今人を殺したばかりというのに、何も感じはしないのか。
「いいか。
 あいつが夕方、俺達を狙った時既に、あいつの死は決定していたんだ。
 人を殺すってのは、逆に殺されても文句は言えねえって事なんだぜ?
 それ位の覚悟、向こうだってしてた筈だ」
「だからって… だからって本当に殺さなくてもいいだろう!
 手足を縛るなり、他にいくらでも方法があった筈だ!
 こんな殺しに何の意味があるってんだ!?」
「意味なんか、ねえよ」
 短く、ギコは告げた。
「殺しに意味なんかねえ。
 俺はただ、他の方法が思いつかなかったからこいつを殺しただけだ。
 それだけのこった。
 こいつを殺した事実なんて、俺の人生には何の影響も与えない。
 俺が殺した結果、こいつは死んだ。
 あるのはその過程と結果だけさ」
「……!」
 僕は何も言い返せなかった。
 言い返す気にもなれなかった。
 こんな奴に、
 こんな化物に、
 僕なんかの言葉が一体何の役に立つというのだ。
「…そろそろ放せよ。
 首、痛えんだけど」
 ギコが冷めた目つきのまま僕に言う。
 僕は何も言えず、黙ってギコの襟を掴む手を放した。
「…お前は、お前は―――」
 僕はその時、何を訊ねようとしていたのだろうか。
 お前はどうしてそんな考えが出来るんだ?
 お前はどうしてそんな考えをするようになったんだ?
 お前はどうしてそんな考えを肯定出来るんだ?
 あるいはそれら全部か。
 それともそれ以外の事か。
「……」
 ギコは、何も喋らなかった。
 僕も、何も喋らなかった。
 何か言っても、無駄だと思っているから。
 言う必要なんて無い位、僕達はどこかで通じ合っていたから。
「―――!」
 その時、ギコが咄嗟に後ろを振り返った。
 今度は僕にも分かる。
 何かが、僕達の所に近づいて来ている。
 僕がそれを分かったのは気配とかそういうのではない。
 草を掻き分ける、というより、
 障害となる木々を全て破壊していく、と言ったほうが正しいような音が、
 どんどん僕達の方に向かって来ていたからだ。
 何だ。
 一体、何が来ているというんだ!?

「!!!!!」
 木っ端を撒き散らしながら、一体の怪物が僕達の前に躍り出た。
 2メートルはゆうに越しているであろう巨躯。
 堅牢な鱗に覆われた表皮。
 血塗られた手足。
 どこをどう見ても、人間とは思えない。
「……!」
 さしもののギコも驚愕を隠せず、用心深くその怪物を見据えながら中段に刀を構える。
 何だこいつは。
 こんな奴、受験生の中に居たか!?
 それとも、こいつが試験官の言っていた『鬼役』なのか!?
「GUUUU…」
 怪物が、僕達を睨む。
 憎しみしか込められていない、濁った目で。
「ニクイ…」
 怪物が呟いた。
「ニンゲン、ニクイ…」
 憎い?
 僕が?
 いや、多分違う。
 これは、特定個人というよりは―――
 この世の全てに向けられた憎悪だ。
 何故か、そう確信出来る。
「ニクイ ニクイ ニクイ ニクイ…」
 怪物が体を震わせながら、呻く。
 こいつは、こいつは一体何なんだ!?
 どうしてこんな奴が、僕の目の前に居る!?
「ニクイイイイイイイイイイイイイIIIIIEEEEEEEEEEEE!!!」
 体を突き抜けるような咆哮。
 思えばこれが、悪夢のような殺戮の始まりを告げる合図だったのかもしれなかった。


                       〜続く〜

2191:2005/01/10(月) 02:39
 〜四十話〜

「オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
 怪物が叫びながら僕達に突進する。
 まるでそれは、さながら肉の弾丸といった風に。
「うわあッ!!」
 こんなものを喰らっては一たまりも無い。
 横っ飛びの要領で突撃をかわす。
 怪物は僕の後ろにあった木に激突し、直撃を受けた木は真っ二つにへし折られた。
 冗談じゃ、ねえぞ。
 もしこれが人間だったら、間違い無くズタズタの挽肉だ。
「質問」
 怪物を見たまま、ギコが言葉を投げかけてくる。
「あれが鬼役の試験官なのか?」
「んな訳あるか」
 そう、そんな訳、無い。
 鬼でもなく障害でもなくライバルでもなく―――
 あれは、単なる敵だ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
 ギコに向かって、怪物が力任せに腕を振るう。
 体を半身ずらし、最小限の動きでギコがそれを回避。
 カウンターに、怪物の胴体を左から薙ぎ斬ろうとする。
「!!」
 キンッ、という乾いた音。
 ギコの刀は、怪物の頑丈そうな鱗によってあっけなく阻まれた。
 ギコが、一瞬驚愕の表情を浮かべる。
「がッ!」
 直後、ギコの体が大きく吹き飛んだ。
 攻撃の失敗による僅かな硬直を逃さず、怪物が左腕でギコを張り飛ばしたのだ。
 勢い良く木に叩きつけられ、ずるずると木に背もたれながら崩れ落ちるギコ。
「……グウウウウウウ」
 怪物がこちらを向いた。
 どうやら、次の標的はこの僕のようだ。
 ―――勝てるのか?
 どうすれば、この絶望的危機的状況から抜け出せる?

 3択−一つだけ選びなさい
 答え1…ハンサムのタカラギコは突如反撃のアイデアが閃く
 答え2…仲間が来て助けてくれる
 答え3…どうにもならない。現実は非情である

 僕がマルをつけたいのは答え2だが期待は出来ない…
 東京に居るであろう狐さんが、あと数秒の間に現れてジャンプ・コミックのようにジャジャーンと登場して
 「まってました!」と間一髪助けてくれるってわけにはいかない。
 というか、常識的に考えてあり得ない。
 今頃は、宿泊先のホテルでドラクエ8かメタルギアソリッド3をやってる筈だ。
 となれば…
 やっぱりここは1しかないか…!

2201:2005/01/10(月) 02:39

「…静けき夜 巷は眠る」
 ―――『無貌の仮面(ドッペルゲンガー)』、発動
 ―――複製対象、記憶内検索開始
「汝 我が分身よ 青ざめし男よ…」
 ―――複製対象構成要素、抽出完了
 ―――複製開始
「…我が悩み まねびかえすや」
 ―――再生率、27%
 ―――発動、『劣化複製・穴あきの満月(デグラデーションコピー・フライングドーナッツ)』

「―――!」
 僕の両手に特大のチャクラムが握られる。
 しぇりーちゃんが使っていた、念。
 心を締め付け、抉られるような、記憶。
 犯した、僕の罪の象徴。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 作戦もクソも無い。
 チャクラムを両手に構え、怪物に向かって特攻する。
 これが通用しなければ、そこでこいつを倒す手立ては終了だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 両腕を大きく振りかぶり、そのままチャクラムの刃を怪物に―――
「!!!」
 音を立て、チャクラムは無残に砕け散った。
 怪物の鱗には傷一つついていない。
 畜生。
 矢張り、偽物では駄目だったか。
 本物のしぇりーちゃんの能力ならば、あるいはどうにかなったのかもしれないが―――
 だけどしぇりーちゃんはここには居ない。
 しぇりーちゃんは、もう、居ない。
「グフウウウウウウ…」
 怪物が僕を睨む。
 そして次に怪物はどうするか?
 そんなのはもう考えるまでもない。
 僕を、殺す。
 至極簡単な回答。
 思わず目を閉じ、これから襲い来るであろう苦痛を覚悟する。
 答え3。
 答え3。
 答え3―――

2211:2005/01/10(月) 02:39

「―――!」
 しかし、怪物の攻撃はいつまでまっても来なかった。
 恐る恐る目を開けてみる。
 目を開けてみると、怪物は僕などそっちのけで後ろを向いていた。
 しかし、それも無理からぬ事だった。
 僕にもはっきりと感じ取れる、明確な、激烈な殺意。
 それが余す所無く、怪物に叩き込まれていたからだ。
 そして、その殺意の発信源は―――
「ギコ―――」
 さっきまで倒れていたギコが、刀を構えて怪物を見据えていた。
 馬鹿な。
 これ以上何をいしようっていうんだ!?
 君の攻撃は、この怪物には通用しなかったっていうのに。

「…この疲れたる旅人の つひの憩ひの宿いづこ」
 ギコが小さく呟く。
 同時に、ギコは音も無く怪物に駆け出していた。
「南の椰子の蔭なるや ラインの菩提樹の下なるや」
 と、ギコを包む気配がガラリと変わったような気がした。
 いや、気がした、じゃあない。
 はっきりと、変わった。
 これは…
 死の気配!?
「さもあらばあれいづことて 神の御空はここのごと」
 怪物の放ったパンチを潜り抜け、ギコはもう一度さっきと同じ場所に剣撃を入れる。
 全く同じ角度。
 全く同じスピード。
 唯一つ違うのは、今度は怪物の鱗ごと、怪物の肉体をまるでバターのように切り裂いた事だった。
「身のあたりをば囲むらむ 黄泉路の燈火とばかりに」
 ヒュンヒュンと、さながら舞いのようにギコが刀を振るう。
 赤い刀身が朱い軌跡をなびかせ、紅い血潮が闇夜に散る。
「夜はわが上に星あらむ」
 文字通り微塵切りとなって、怪物の肉体が崩れていく。
 それはとても綺麗で、
 どうしようもないくらいに綺麗で―――
 僕は、思わず見惚れてしまっていた。
 ギコのやったのは、紛れも無い殺傷行為と自覚していながら、である。

2221:2005/01/10(月) 02:40

「…済んだぜ」
 刀を鞘に納め、ギコが静かに告げた。
 今のは、何だ!?
 あれが、ギコの能力なのか!?
「ギコ、あんな硬い鱗をどうやって…?」
 マナー違反と知りつつも、僕は思わずギコに訊ねた。
「確かに硬い鱗だった。
 あれをそのまま斬る腕は、まだ俺には無い。
 だが…」
 ギコが勿体つけたようにそこで一旦言葉を止める。
「…分子結合を直接消滅させれば、簡単さ。
 物質は分子の繋がりで構成されてるって、理科で習ったろ?」
「じゃあ君は、物質を分子レベルで分解出来る能力なのか!?」
「いいや違うね。
 それも可能だが、そんなのは一端に過ぎねえ。
 あとは自分で考えな」
 それ以上は教えぬとばかりに、ギコが会話を打ち切る。
 本当に―――どういう能力なんだ?
 あれが、僕の真似するべき能力なのだとして…
 しかしそれを理解しない事には始まらない。
 僕の念能力はあらゆるものをコピーする事だが、
 理解不能なものをコピーするのは流石に無理だ。

「…しかし、他には何も言わないんだな」
 見下げ果てたというように、ギコが僕に言った。
「?」
 何の事だか分からず、僕は首をかしげる。
「さっきの男を殺した時には、殺すなだの何だの言ってた癖に、
 この怪物を殺した事に対しては何も言わないんだな、つってんだよ」
「―――!」
 僕は言葉を失った。
 ギコの言う事は尤もだったからである。
「さっきのも、今のも、同じ殺しだぜ?
 なのに何で俺を責めない?
 それとも…」
 言うな。
 それ以上は、言わないでくれ。
「人間じゃなければ、いくらでも殺していいってのか?」
 真っ直ぐと、ギコは僕の顔を見てそう告げた。
 僕はギコの顔を正面から見る事が出来ない。
 何て、偽善者なんだ、僕は。
 山崎渉さんもこの怪物も、同じ命である事に変わりは無い。
 そんな事を、僕は見落として…
 いや、知りつつも敢えて目を逸らしていた。
 しかしギコは恐らく、山崎渉さんと怪物との命を差別はしなかっただろう。
 あくまで同じ命と見なした上で、殺した筈だ。
 人でなしなのは、僕の方だった。

2231:2005/01/10(月) 02:40

 パチ、パチ、パチ

 突然、拍手の音がどこからか聞こえてきた。
「……!」
 ギコが急いで周囲を警戒する。
 僕も辺りを見回すが、近くに人の姿は確認出来ない。
 何だ?
 誰だ?
 どこから―――
「いや、素晴らしい演説ね。
 アタシ、感動しちゃったわ」
 闇の中から溶け出すかのように―――一人の女性が僕達の前に現れた。
 カチューシャの似合う、20代前半と思しき妙齢の女性。
 胸はかなり大きくて、僕好みではないのだが… ここではそんな事はどうでもいい。
 異様なのは、こうして目の前に姿があるというのに、
 この女性からは恐ろしい程気配が感じられないという事だ。
 まるで、最初からそこには存在していないのではないかと錯覚する程、
 完璧に気配が消えてしまっているのだ。

 この人、危険だ―――

 体の全細胞が、目の前の女性に対して全力で危機を告げる。
 何だこいつは。
 この化物に比べたら、さっきの怪物なんて赤ん坊も同然だ。
 そう思わせるだけの凄みが、この女性にはあった。
「……!」
 ギコも僕と同じように、頗る付きの危険を感知したらしい。
 冷や汗を浮かべながら、中段に刀を構える。
「あら。
 あらあらあらあらあら。
 よく見たら二人とも結構可愛いじゃない。
 特にそっちの坊や、アタシのタイプよ」
 女性が僕に対して目を向ける。
 そりゃどうもありがとう。
 ちっとも嬉しくない。
「でも…
 でもでも…
 ああでも本当に…
 本当に残念ねぇ」
 女性がわざとらしく頭を横に振りながら、これまた大袈裟に溜息をつく。
「こうして“ここ”で遭ってしまった以上、殺さなくちゃならないんだからねぇ」
 恐ろしく怖ろしく悩ましく艶やかしく怪しく妖しく、
 妖しく―――
 女性がルージュを塗った唇を、犯(可笑)しそうに吊り上げた。


                    〜続く〜

2241:2005/01/11(火) 00:58
 〜四十一話〜

 人の姿をした化物―――
 このカチューシャの女性を見た瞬間から、僕はそう感じていた。
 隣のギコも相当な異端ではあるが、この人はそんなのとは違う。
 比べ物にすらならない。
 それ程、女性の醸し出す雰囲気は常軌を逸するものであった。
「本当、殺すのが惜しい位の坊や達ねえ。
 でも、仕事を放り出す訳にもいかないの。
 悪く思わないでね」
 何が悪く思わないでね、だ。
 お前みたいな人外が、人を殺すのに一々何か考えているとでもいうのか。
「随分とまあ余裕こいてんな、おい」
 ずい、とギコが刀を構えて一歩前に進み出る。
 しかし、女性のそれは単なる余裕なんかではなく、
 確かな実力に裏打ちされた自信である事をギコは感知している筈だ。
 はったりじゃない。
 この人の、実力は。
「あら、先ずはあなたからかしら?」
 女性が微笑む。
「そうだよ」
 ギコが僕を女性から覆い隠すように、僕の前に立つ。
「…おい」
 僕にだけ聞こえる小声で、ギコが僕に話しかけた。
「俺が時間を稼いでる間に逃げろ。
 …多分あいつには、俺達がどう逆立ちしたって勝てねえ」
 そんな。
 それじゃあ、ギコ、お前はどうするんだ?
「時間稼ぎが出来るとでも思っているのかしら?」
 どうやら、女性にもギコの会話が聞こえてしまっていたようだ。
 かなり五感が鋭いらしい。
「親切心で言っておくけど、何やっても無駄よ。
 どうせ―――」
 女性が僕に視線を向ける。
「アタシから逃げられる訳なんて、ないんだから」
 ――――――!
 一瞬、僕の心臓が、停止した。
「……!
 かはッ…!」
 息が出来ない。
 目の奥が痛い。
 足がガクガクする。
 体に力が入らない。
 今のは、殺気!?
 いや、殺気なんてもんじゃない。
 あの女性がそのつもりなら、確実に僕は死んでいた。
 蛇に睨まれた蛙、なんてもんじゃない。
 ヤマタノオロチに睨まれたアマガエルだ。
 動けない。
 ピクリとも、体が動かない。
 動いても、逃げても無駄だと、僕の肉体が判断してしまっているのだ。

2251:2005/01/11(火) 00:59

「逃げろ!
 タカラギコ!」
 叫んで、ギコは女性に向かって突進した。
 しかし、動けない。
 僕の足は、金縛りにでもあったかのように、
 地面に縫い付けられているかのように、
 1ミリたりとも動かなかった。
「う、おおおおお!」
 ギコが一気に間合いを詰め、女性の首目掛けて刀を横薙ぎ。
 しかし女性はバックステップで軽々とその一閃を回避する。
 続けざまの、ギコの返しの刃。
 だがそれすら、まるで最初から分かっていたかのように、
 女性は体を僅かに右にずらしただけであっさりと攻撃を無効とする。
「ちィッ!」
 ならば、とばかりにギコは心臓に向けて突きを放つ。
 雷光の如き、高速の突き。
 しかし女性にしてみれば、それすら止まったように見えていたのであろう。
 素手の手の平で、刀身の横の平たい部分を払い、
 突きの軌道を強制的に別の方向へとずらす。
 それにより、ギコの突きはあらぬ方向へと空振りした。
「……!」
 絶句するギコと僕。
 これは、何だ?
 あのギコが、まるで子供扱いだ。
 戦いにすら、なっていない。
「いい太刀筋ね。
 荒削りながら、基本はちゃんと押さえてある。
 剣術の腕前は既に一流といった所かしら」
 ギコの斬りを苦も無くかわし続けながら、女性が告げる。
 ギコにしてみれば、厭味にしか取れないだろうけど。
「でも、超一流を相手にするには、まだまだ修行が足りないわね」
 女性がそういった時には、既に女性の右の手の平がギコの胸部に接触していた。
 スピードもパワーも無い。
 ただ、手の平をポンと置いただけ。
 それだけなのに、僕はとてつもない危険をその行動の中に感じ取った。
「ギコ!
 逃げ―――」
「『小波(キリングパルス)』」
 その女性の呟きと同時に、ギコの体が一度大きく震えて、
 そのままピタリと動きを止めた。
 何だ。
 今、何が起こ…
「!!!」
 直後、ギコの目から、花から、口から、赤い血が溢れ出した。
 そのまま、ギコはその場に倒れ伏す。
「…勘のいい子ね。
 インパクトの寸前に体の芯をずらして、致命傷の直撃を回避するなんて。
 即死させるつもりだったんだけどね」
 女性が驚いた封に倒れたギコを見下ろす。
 ギコは倒れたまま、ビクンビクンと体を痙攣させていた。
 どうやら、まだ生きてはいるらしい。
 しかし、生きているだけと言った方が正しかった。
「でも、しばらくは起き上がれないでしょ。
 それだけの時間があれば、充分過ぎるわ」
 女性が僕の方に向き直った。
 ヤバい。
 物凄く、ヤバい。
 逃げなくちゃ。
 逃げなくちゃいけないのは分かっているのに…
 体が、動かない。
 まるで、死に魅入られてしまったかのように。

2261:2005/01/11(火) 00:59

「お・待・た・せ」
 ルンルンと、女性が動けない僕に近寄ってくる。
 来るな、化物。
 こっちに来るな…!
「ああ、いいわぁ、その顔、その目。
 一目見た時から気になってたのよ」
 女性の両手が僕の顔に触れる。
 さっき、ギコを倒した手が。
「可愛い顔してるくせに、
 こんな死と狂気と混乱と混沌と災厄と最悪がごちゃまぜになった、
 どうしようも無い程救いようの無い目をしてるなんて、
 アタシじゃなくても放っておかないわよ。
 どうしたら、あなたみたいなのが生まれるのかしら?」
 女性が僕の顔を撫で回す。
「た、た、た、助け―――」
 恐い。
 恐い恐い恐い恐い。
 恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い。
 僕の思考が恐怖のみで埋め尽くされていく。
「…そういやあなた、そこに倒れてる坊やにそっくりねえ。
 兄弟か何かかしら…?
 …まあ、今はそんな事どうでもいいわね。
 ゆっくりと、熱い一時を共有しましょう」
 そんな僕にはお構い無しに、女性が強引に僕の唇に自分の唇を重ねる。
 僕の口内で、女性の舌がまるで別の生き物のように蠢く。
「……!」
 1分程、ディープキスを交わしたところで―――
 ゆっくりと、女性は唇を離した。
「…うふふ。
 こんなにドキドキするのは、久し振りだわ。
 いいえ、もしかしたら初めてかもしれない。
 よかったわねぇ、坊や。
 これから、じっくりとゆっくりと時間を掛けて、
 殺しながら冒してあげる…」
 女性が背筋の髄から髄まで凍りつきそうな、冷たく情熱的な笑みを浮かべた。
 助けて。
 誰か、助けてくれ。
 嫌だ。
 こんなのは、もう嫌だ。
 僕を助けてくれ。
 ああ、だけど、そんなのが都合良く来る訳がないじゃないか。
 このまま、
 このまま僕は殺されるのか?
 何も出来ず、ギコも助けられず、あっけなく。
 この樹海の中で、誰の目にも触れず。
 嫌だ。
 助けてくれ。
 誰か―――

 ―――狐さん…!

2271:2005/01/11(火) 01:00

「!!!!!」
 いきなり、女性が僕と密着させていた体を離した。
 その直後、さっきまで女性のいた場所を物凄い勢いで人影が横切る。
 女性に対して何かしらの攻撃が行われたのだろうが、
 速過ぎてどんな攻撃だったのかは分からない。
 いや、問題は“それ”じゃない。
 一体、誰が―――
「き―――」
 僕は目を疑った。
 どうして。
 どうしてこの人がここに居る!?
 どうして!?
「お、お前は…!」
 女性が驚愕に目を見開いた。
 どうやら、女性にとっても“この人物”の登場は想定外だったらしい。
「お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はぁッ!」
 長い髪を後ろで括ったヘアスタイル。
 並みの男より遥かに高い身長。
 引き締まった体。
 控えめな胸囲。
 和服姿。
 綿雪の様に白く、透き通った肌と髪。
 見間違える筈も無い。
 これは、この人は―――
「狐さん!!」
「外法狐!!」
 女性と僕の発生は同時だった。
「あいよぉ」
 飄々と、飄々と―――
 まるで軽い挨拶でもするかのように、狐さんは片手を上げて答えた。
 それだけで、僕は安心した。
 これ以上無いくらい、目の前の化物みたいな女性などどうでもよくなる位に…
 心から、安心していた。
「狐さん…!」
 僕は思わず狐さんに駆け寄る。
「よっす。
 よく頑張ったな、少年」
 僕を庇うように、狐さんが女性の前に立ちはだかる。
 よく見ると、今日の狐さんの着物は迷彩服のような柄をしていた。
 こんな着物、持ってたんだ。
「しっかしよお…
 慌てて駆けつけてみりゃあ、濡れ場に遭遇するんだからな。
 流石に俺もここまでは予想してなかったぜ」
 げげ。
 あれ、見られてたのか。
 誤解です、狐さん。
 あれは一種の逆レイプというやつで…
「まあでも、横恋慕は感心しねえな、そこの女。
 こいつは、俺が殺すんだ」
 不敵な面持ちのまま、狐さんが女性を見据えた。
「あ、あんたがどうしてこんな所に―――」
 女性が狐さんに訊ねる。
「ああ、心配すんな。
 別にそっちの仕事を邪魔するつもりは無い。
 偶然ここに俺の友達が居る事を知ったから、助けに来たまでだ。
 お前さんみたいなこわーい連中がうようよしてると知ってて、見殺しにゃあ出来まいよ。
 で、ここから相談だ。
 見逃せ。
 そうすりゃ、俺はお前らとは戦わない」
 まさかそれだけで、本当にそれだけでこの人は僕を助けに来てくれたのか?
 どうして、僕なんかの為にそこまで―――
「そんな理屈が通用すると思ってるの!?
 アタシ達が誰だか、知っているんでしょう?
 いいかしら、アタシの名前は…」
「そこまでだ」
 狐さんが女性の言葉を遮った。
「それ以上は言わない方がいい。
 名乗れば、俺はお前を殺さなければいけなくなるし、
 お前も俺を殺さなきゃいけなくなる。
 俺達にとって、名前を名乗るってのはそういう事ってのは言うまでもねえだろ?
 いいか、もう一度言う。
 俺にお前さん方の仕事を邪魔するつもりはない。
 俺は正義の味方じゃねえからな。
 お前さん方がどこで何人殺そうが知ったこっちゃないし、知るつもりも無い。
 勿論、ここで何があったかを吹聴して回りやしない。
 だから、見逃せ」
「ははッ。
 アタシ達『兇人絶技団(サーカス)』に、任務放棄の四文字があると思っているのかしら?
 悪いけど答えはNOね。
 名乗った上で、あなたを殺すわ」
 女性が嘲笑うかのように狐さんに告げる。
「そうかい。
 ならしょうがねえわな…」
 狐さんの体を気が纏う。
 『不死身の肉体(ナインライヴス)』。
 最強の、強化系念能力。
「上等だ、女。
 姓(かばね)を曝して、屍(かばね)を晒しやがれ…!」


                       〜続く〜

2281:2005/01/11(火) 23:07
 〜四十二話〜

 狐さんと女性との間の空間が歪んで見える。
 視線と視線、死線と死線、殺意と殺意、圧力と圧力のせめぎ合い。
 臨界寸前、爆発直前の緊張感。
「!!!」
 均衡を破ったのは女性の方だった。
 恐るべき速度で、狐さんに突っかける。
「教えてあげるわ!
 アタシの名前は…!」
 女性の右フック。
 半歩下がってかわす狐さん。
「あ」
 続けざまの左アッパー。
 狐さんはそれを右の手の平で受け止める。
「や」
 そこから女性は右ストレートに連携。
 狐さんは首を横に傾け紙一重でそれを避けた。
「め」
 今度は右でのローキックが来た。
 しかし狐さんはお見通しとばかりに、足を折り曲げてしっかりとガードする。
「零母那(れもな)よ!!」
 レモナと名乗った女性は、受け止められた足を戻すことなく、
 そのまま右のハイキックへと移行させる。
 普通ならそんな無理な体勢で蹴りを放ってもダメージにはならない筈なのだが、
 レモナさんの繰り出したそれは充分に人間を昏倒させしめる威力を持ったものだった。
「そう…」
 狐さんが左腕でそのハイキックを防御。
 頭部への直撃を回避する。
「かよォッ!」
 今度はこちらの番だと、狐さんがレモナさんの胴体に左のミドルキックを放つ。
 巨木さえ易々と薙ぎ倒しそうな程の、必殺の破壊力を秘めた蹴り。
「!!!」
 レモナさんは胸のあたりで腕を十字に交差させ、狐さんのミドルキックをガードした。
 蹴りの威力は完全に相殺出来なかったのか、
 蹴りの勢いそのままにレモナさんが後ろに飛ぶ。
 しかしレモナさんは大したダメージではないとばかりに、
 10メートル程後方に飛んだ所で、悠々と両足で着地した。
「らあああ!!」
 狐さんが逃さずレモナさんに踊りかかる。
 さながら、獣のような勢いで。
「らあッ!」
 技術も糞もない、右腕での豪快な一薙ぎ。
 腕の軌道上の全てを破壊し尽くす、一撃必殺の一撃。
「ふッ…!」
 短く息を吐き出し、レモナさんが身を屈めてその一撃をかわす。
 同時に、レモナさんの右手は狐さんの胸に置かれていた。
 まずい。
 あれは、ギコが倒された時の―――
「狐さ…!」
「『小波(キリングパル―――」
 駄目だ。
 よく分からないが、あの手は危険―――
「!!!」
 直後、レモナさんの体が再び後方に吹き飛んだ。
 狐さんが、レモナさんの手が体に触れるとほぼ同時に前蹴りを放ったからだ。
「くぁッ…!」
 今度はガード出来なかった為、レモナさんは受身も取れずに地面に叩きつけられる。
 鳩尾への足先による蹴り込み。
 息が出来ない程の苦痛の筈だ。
「くッ…!」
 と、狐さんの体も僅かにぐらつく。
 見ると、口の端からは一筋の血が流れていた。
 どうやら、狐さんの方も無傷とはいかなかったらしい。
「……!」
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 こんな、馬鹿な。
 狐さんと、接近戦でここまで戦える人が居たなんて…!

2291:2005/01/11(火) 23:08

「ははッ…!」
 先に体勢を立て直したのは狐さんの方だった。
 口から流れる血を拭き取りもせずに、修羅の如き笑みを浮かべる。
「流石は流石。
 『禍つ名』の一位を張るだけの事はあるぜ、妖滅零母那(あやめ れもな)。
 正直、ここまでとは思わなかったよ」
 どこか楽しそうに、狐さんはそう言った。
「…あなたこそ噂通りね、外法狐(げほう きつね)。
 あなたとだけは敵対するなというのが、
 裏社会での暗黙のルールとなっている理由がよく分かったわ」
 間を置かず、レモナさんが立ち上がって臨戦態勢を整える。
 狐さんの蹴りを喰らって、まだ戦えるとは。
 一体どういう肉体構造をしているんだ?
「んで、どうするよ、妖滅零母那。
 悪いが、今のでお前さんの能力は大体把握した。
 二度目は喰らわないぜ」
 口の中の血を吐き捨てて、狐さんは告げる。
「最後の警告だ。
 見逃せ。
 そうすりゃ、こんな一文にもならねえ殺し合いなんかしなくて済む。
 このまま続ければ、どっちがくたばるにしろ、
 どちらも只では済まないって事ぐらいは分かるよな?」
 ペキペキと拳を鳴らす狐さん。
 仕掛けるつもりならば、こちらも応ずるという気で満々のようだ。
「随分甘く見られたものね。
 アタシの念が、あれだけしか能が無いとでも?
 悪いけど、そう思っているなら1分後に倒れているのはあなたの方よ」
 はったりでも何でもなく、確かな自信に基づいた表情で、
 レモナさんは狐さんを見据えた。
 隠し札はまだまだ残っているという事か。
「…あるいはそうかもな。
 だが、状況をちゃんと把握してるか?
 こっちは2人掛かりだぜ」
「はッ。
 そこの坊やが、戦力になるとでも?」
「いいや、違うさ。
 戦うのは…」
 狐さんがレモナさんの後ろに視線を投げかける。
「そこの坊主だ」
「―――!!」
 レモナさんが驚愕に表情を歪める。
 無理も無い。
 何故ならそこには、さっき倒したばかりの筈のギコが立ち上がっていたのだから。
「あ――― ぐゥ―――、がはッ…!」
 体をガクガクと揺らし、穴という穴から血を流しながらも、
 ギコは確たる戦う意思を持ってその場に立っていた。
 馬鹿な。
 どうみても、致命傷級のダメージを受けていたというのに…!
「どうするよ、『小波(キリングパルス)』。
 『外法』二人を向こうに回して、心ゆくまで殺しあってみるかい?」
 狐さんがレモナさんににじり寄る。
「くッ…!」
 レモナさんの決断と実行は迅速だった。
 悔しげな顔をして、すぐさまその場から離脱する。
 その余りに見事な引き際に、追いかけようという気すら起こらない。
 尤も、重症人であるギコをほったらかしてレモナさんを追うなど出来ないのだが。
 それまで見越した上での、逃亡だったのだろう。

2301:2005/01/11(火) 23:08

「や〜れやれ、ケツ捲くって逃げやがったか」
 逃げ行くレモナさんを遠めに見ながら、狐さんは呟いた。
「あ、あの、狐さん…」
「おう、どうした少年」
「どうして、こんな所に?」
「ああ、それな。
 さっきも言ったように、偶然さ」
「…そっすか」
 んなわきゃねえだろ、とも思ったが、
 今はそんな事を聞いている場合では無いのでそれ以上の追求は止めておく。
「…てか、その着物なんなんですか?」
 質問を変える事にした。
 最初見た時から気になっていたのだが、その迷彩柄の着物は何なのだ。
「んあ、これか?
 いや、最近メタルギアソリッド3にはまっててね。
 迷彩服みたいなのが欲しいなー、って思った訳よ。
 で、贔屓にしてる呉服屋に特注して作って貰ったのさ。
 いいだろ〜?」
「はあ、まあ」
「ちなみに一着55万円」
「馬鹿かあんたは!」
 無駄使いここに極まれり、だ。
 つか、そんな金あるなら僕にも少し寄越せ。
「ま、今はそんな事はどうでもいいだろうよ。
 そっちの坊主も、かなりヤバいみたいだし―――」
 狐さんがギコに視線を移した時には、既にギコは白目を剥いて倒れていた。
 やっぱり、立っているだけで限界寸前だったらしい。
「…あ〜らら、寝てやんの」
 ギコを見下ろす狐さん。
 しかしどうしよう…
 モラックジャック先生の念で、治せるのかな?
「しっかしまあ、まさか君とこいつが同行してるなんてなあ…
 こうまで来ると、運命の実在を信じたくなっちまうぜ」
 …?
 狐さん、もしかしてギコの事を知っているのか?
「おお〜〜〜〜〜〜い!」
 と、どこからか僕達を呼ぶ声が聞こえてきた。
 敵か!?
 反射的に僕は身構える。
「心配すんな、あれは味方だ」
 狐さんが僕の肩に手を置いてなだめる。
 程無くして、僕達の前に一人の八頭身の男が現れた。
 キモッ。
「はぁ、はぁ…
 ひどいよ狐。
 僕を置いて先にどんどん行っちゃうんだもん…」
「悪い悪い。
 まあ水に流してくれよ、八」
 狐さんが笑う。
 どうやら、狐さんとこの八頭身とは知り合いのようだ。
「…って、何でギコがこんな所に居るんだ!?」
 八頭身が驚く。
 こいつも、狐さん同様ギコと面識があるらしい。
「あの、狐さん。
 ギコの事知ってるんですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「知ってるも何も…
 何だ。
 もしかして、こいつの名字聞いてないのか?」
「ええ、まあ」
 何度か聞きはしたのだが、教えてはくれなかったのだ。
「こいつの本名は外法擬古(げほう ぎこ)。
 れっきとした『外法』の一員さ」
 ……!
 そうだったのか。
 いや、思い返せばそうとしか考えられない。
 道理で、狐さんとどこか似ていると思った。
 しかし、よりにもよって、こいつが『外法』だったなんて―――

2311:2005/01/11(火) 23:08

「…そういえば、君は?」
 八頭身が僕の存在に気づいたのか、こちらに目を向ける。
「あ、始めまして。
 僕は宝擬古(タカラギコ)っていいます」
 本当の名前は、忘れてしまった。
「そういや紹介が遅れたな、少年。
 この八頭身は外法八(げほう はち)。
 俺の身内で、情報屋もやってる」
 この人も外法なのか。
 しかし思ったのだが、外法とは変態の巣窟なのか?
「へえ、てことは君が狐の言ってた友達ってやつか。
 ふうん、君みたいなどこにでも居そうな少年が、ねえ…」
 八頭身がしげしげと僕を観察するような目で見回す。
 何だよもう。
 感じ悪いなあ。
「さて、のんびりしてる時間はあんまりねえぞ。
 今のうちにゆっくり休んどけ。
 ギコの坊主が目を覚ましたら、すぐに出発するからな」
 狐さんがドッカと腰を下ろす。
「出発するって、どこにですか?」
 僕は狐さんにそう質問した。
「この樹海の外だ。
 一刻も早く、ここから逃げる」
 狐さんが短く告げる。
 その厳しい顔つきが、事態の危険さを雄弁に物語っていた。



          @        @        @



「会長!!」
 ハンター協会日本支部会長室に、若い女性の秘書が飛び込んで来る。
「何じゃ、騒々しい」
 ゆっくりと秘書に顔を向ける初代茂名(はつしろ もな)こと、初代モナー会長。
 柔和な皺が刻まれたその顔とは裏腹、
 体から発せられている威圧感はまだまだ現役そのものといった感じである。
「ハンター試験4次試験会場に、『妖滅』の一員の乱入を確認しました!
 現地の試験官からも連絡が途絶えています!」
「知っておる」
 渋い顔で、初代モナー会長は答えた。
「でしたら、何故そんなにのんびりとしておられるのですか!?
 すぐに救助隊を送って下さい!
 でないと、このままでは全員皆殺しに―――」
 秘書は会長に詰め寄ろうとして、足を止めた。
 初代モナー会長が、静かな、しかし獅子ですら足が竦みそうな眼光で秘書を見据えたからだ。
「救助を送れば『妖滅』をどうこう出来ると、本気でそう思うておるのか?」
 秘書は返す言葉が無かった。
 会長の視線に怖気づいたというのもあるが、
 『妖滅』相手に援軍を送った所で、無駄に犠牲者を増やすだけだと悟ったからである。
「…今回のハンター試験は合格者無し。
 そのように情報を操作しておけ。
 栄誉あるハンター試験を、裏の者の名で汚す訳にはいかん」
「…はッ」
 一礼し、秘書はそそくさと会長室から退出していった。
 初代モナー会長だけが、ただっ広い部屋の中に残される。
「…『禍つ名』め。
 どこまで協会をコケにすれば気が済む…!」
 初代モナー会長の瞳には、黒々とした憤怒の炎が宿っていた。


               〜続く〜

2321:2005/01/14(金) 00:48
 〜四十三話〜

 僕達は取り敢えずギコが目を覚ますまで一時の休息を取っていた。
 本来ならばすぐにでもこの場を離れた方がいいのは僕にも分かるが、
 気絶しているギコを無理に動かすのは危険だ。
 最悪、命を落としかねない。
 天を仰ぎ失神しているギコ。
 その隣に座る僕。
 更に隣に狐さん。
 向かいに八頭身。
「んあ?
 何だこのカロリーメイトは」
 狐さんが大量のカロリーメイトの詰まった袋に気がついたみたいだ。
 その山のような量に呆れたように嘆息し、一つ取り出して食べ始める。
「君も食っとけ」
 狐さんがフルーツ味のカロリーメイトを僕に投げ渡した。
「…無理です」
 こんな異常な状況で、マトモに食事が取れる訳が無い。
「食え」
 厳しい声で狐さんが言った。
「肝心な時に力が出ない、って事になったらどうする気だ?
 食わないなら、無理矢理にでも口にねじ込むぞ」
 そう言われたので、僕は気が進まないながらもカロリーメイトを食する事にした。
 しかし…ここに来てから口に入れたのは、
 水分も含めて全てカロリーメイトだ。
 いい加減、嫌気がさしてきた。
「恐いか」
 狐さんが僕に訊ねた。
「…そりゃ、まあ。 てかこんな状況で恐くない方が異常ですよ」
「それでいい。
 これで、君はまた一つ強くなった」
 狐さんが薄く微笑む。
「…狐さんは、恐くないんですか?」
 カロリーメイトを齧りながら、僕は狐さんに聞いた。
「…恐いさ。
 いつだって、恐かった。
 戦ったり殺し合ったりして、一度だって恐くなかった時なんて無い」
 返ってきたのは意外過ぎる返答だった。
 いや、当然か。
 狐さんだって、僕と同じ人間なのだ。

2331:2005/01/14(金) 00:48

「…あの」
 何とかカロリーメイトを一袋腹に収め、僕は改めて狐さんに問いかけた。
「何だい、少年?」
「さっきの人、一体何なんですか?
 それにそこの怪物は…」
 僕はギコが微塵切りにした怪物の残骸に目を向ける。
「君は知らない方がいい… って言いたい所だが、
 こうなった以上そうもいかねえか。
 ま、理由も分からないまま狙われるのも気味が悪いだろうし、教えてやるよ」
 狐さんが5つ目のカロリーメイトを平らげて、僕に向き直る。
「あの怪物は恐らく『D』だ。
 『フシアナコンツェルン』って結社が地下(アンダーグラウンド)で開発した、
 人間とあらゆる生物の長所とを融合させた生物兵器さ」
「…どこぞのキメラアントですか、そいつらは」
 ハンター×ハンターじゃあるまいし、そんな生物が実在したのか。
「で、さっきの恐ーいお兄さんが、その退治を依頼された『禍つ名』の一位である『妖滅』。
 『禍つ名』については前に教えたよな?」
「はい…
 って、お兄さんってどういう事ですか?
 あの人、どっからどう見ても女性じゃなかったですか」
 それも、とびきりの美人だった。
 まあ、狐さんには及ばないけど。
「気づかなかったのか?
 あいつはれっきとした男だったぜ。
 所謂オカマってやつだな」
 !?
 マジか!?
 てことは。
 ていうことは。
 僕のファーストキスの相手は男!?
 僕の…
 僕の大切なファーストキスの相手が…
 男…

     / ̄⌒⌒ヽ
      | / ̄ ̄ ̄ヽ
      | |   /  \|
    .| |    ´ ` |
     (6    つ /   ちくしょう・・・
    .|   / /⌒⌒ヽ
      |    \  ̄ ノ
     |     / ̄

  __,冖__ ,、  __冖__   / //      ,. - ―- 、
 `,-. -、'ヽ' └ァ --'、 〔/ /   _/        ヽ
 ヽ_'_ノ)_ノ    `r=_ノ    / /      ,.フ^''''ー- j
  __,冖__ ,、   ,へ    /  ,ィ     /      \
 `,-. -、'ヽ'   く <´   7_//     /     _/^  、`、
 ヽ_'_ノ)_ノ    \>     /       /   /  _ 、,.;j ヽ|
   n     「 |      /.      |     -'''" =-{_ヽ{
   ll     || .,ヘ   /   ,-、  |   ,r' / ̄''''‐-..,フ!
   ll     ヽ二ノ__  {  / ハ `l/   i' i    _   `ヽ
   l|         _| ゙っ  ̄フ.rソ     i' l  r' ,..二''ァ ,ノ
   |l        (,・_,゙>  / { ' ノ     l  /''"´ 〈/ /
   ll     __,冖__ ,、  >  >-'     ;: |  !    i {
   l|     `,-. -、'ヽ'  \ l   l     ;. l |     | !
   |l     ヽ_'_ノ)_ノ   トー-.   !.    ; |. | ,. -、,...、| :l
   ll     __,冖__ ,、 |\/    l    ; l i   i  | l
   ll     `,-. -、'ヽ' iヾ  l     l   ;: l |  { j {
   |l     ヽ_'_ノ)_ノ  {   |.      ゝ  ;:i' `''''ー‐-' }
. n. n. n        l  |   ::.   \ ヽ、__     ノ
  |!  |!  |!         l  |    ::.     `ー-`ニ''ブ
  o  o  o      ,へ l      :.         

「大声出すな馬鹿」
 狐さんが僕の頭をはたいた。
 そうだ。
 ここは発想を切り替えよう。
 そもそもキスとは普通異性どうしでやるものだから、
 男とのはノーカンだノーカン。
 そう決めた。

2341:2005/01/14(金) 00:49

「で、でも、その『妖滅』は『D』っていうのが狙いなんでしょう?
 なのにどうして僕達なんか…」
「簡単さ。
 『妖滅』は『D』の退治と同時に、情報の隠匿も依頼されてんだろ。
 だから目撃者の君達を殺そうとした。
 ここに来るまでにも、いくつか死体が転がってたからな。
 多分『妖滅』か、それかそいつらを追っ手と勘違いした『D』の仕業だろ」
 …!
 冷や汗が流れる。
 既に、犠牲者が出てしまっていたのか。
 だとすれば、もう何人死んでしまっているのだろうか?
「いいか少年。
 もうここは試験会場なんかじゃない。
 戦場だ。
 ここには倫理や道徳や正義なんてのは存在しない。
 狩る者と狩られる者、殺す者と殺される者、奪う者と奪われる者、
 生きる者と死ぬ者だけだ。
 覚悟を決めろ。
 でないと、死ぬぜ?」
 戦場―――
 まさか、成り行きで参加したハンター試験が、こんな事になるなんて。
「…!
 そ、そうだ!
 誰かに助けを…」
 僕は携帯電話を取り出して、そこで電池が切れている事を思い出した。
 糞。
 こんな時にタイミングの悪い…!
「電話なんか無駄だぜ。
 さっき俺も試してみたが、どうやら妨害電波を撒かれてる」
 妨害電波。
 まあ考えてみれば当然だよな。
 それぐらい、当然の準備としてしているだろう。
「…ハンター協会の人が、助けに来てくれますかね?」
「当てにはならないだろうな。
 連中事なかれ主義だから、異常を察知しても黙殺してる筈だ。
 よしんば救助が来たとして、『妖滅』相手じゃどうしようもねえ。
 死体が増えるのが落ちさ」
 首を横に振り、狐さんが答える。
「…その、『妖滅』ってのはそんなに強いんですか?」
 何て愚問なのだろうか。
 その答えは、先程の狐さんとレモナさんとの戦いで、
 これ以上無い位に証明されているというのに。
「強いね。
 伊達に『禍つ名』の一位に君臨し続けちゃいねえよ。
 そうだな…
 例えば二位の『魔断』がオリンピックの銀メダルなら、『妖滅』は金メダルだ」
 銀メダルと金メダル。
 その差は文字通りコンマ数秒程度の紙一重。
 しかし、そこに存在する差は、とてつもなく絶対的だ。
 そのコンマ数秒が、歴然とした断絶として優劣を分けているのだ。

2351:2005/01/14(金) 00:49

「そしてあいつ… いや、あいつらは、
 その『妖滅』の中でも選りすぐりを集めた、
 『兇人絶技団(サーカス)』っつー際物揃いさ。
 正直、この俺でも確実に勝てるとは断言出来ない」
 狐さんをして、常勝出来ないと言わせしめるとは、どんな化物だというのだ。
 いや、それよりも。
 あいつらという事は、他にもレモナさん級の化物が何人かここに来ているのか!?
「『小波(キリングパルス)』、『殺人技術(ジェノサイダー)』、
 『殺人奇術(マントラップ)』、『一騎当千(コープスダンス)』…
 こいつら4人が『兇人絶技団』の構成要因さ。
 たった4人だが、その力は一個大隊にも匹敵する。
 上手くすれば、そいつらだけで戦争だって出来るだろうぜ」
 4人…
 そのたった4人が、まるで4000人のような重さを持って僕の耳に響いた。
「で、でも、狐さんはさっきのレモナさんと互角以上に戦えてましたよね!?」
「まあね。
 あのまま肉弾戦を続ければ、俺が勝っただろうよ。
 他の奴らにも、接近戦で引けを取る気は無い。
 けどな少年、それはあくまで正面からの肉弾戦に限って言えばの話だ」
 そうだ。
 これはルールのある試合じゃないのだ。
 不意打ち、闇討ち、飛び道具、人質、爆発物、罠、多人数での袋叩き、
 それらを相手が使わないなんて保証は無い。
 と言うより、間違い無く使ってくるだろう。
 少なくとも、僕なら使う。
「な、ならどうして、そんなに危険なのが分かってたのに、
 こんな所に来たんですか!?」
 僕は最も気にかかっていた疑問を狐さんに訊ねた。
「言うまでも無いだろ。
 君を助ける為だ。
 君は、俺の友達だろ?」
 当然のように、狐さんは言い切った。
「しかし君もすげえ運がいいな。
 半年も経たない間に、『禍つ名』全部の使い手と遭遇するなんて」
 狐さんは笑うが、どっちかっていうと運が悪いんじゃないか、それ?
「…それに、君がここに来る事になった原因は俺だしな。
 ごめんな、少年。
 この前といい、俺は、君に迷惑をかけてばっかりで…」
「そんな。
 それは狐さんの所為なんかじゃ―――」
 本当の原因は、僕にあるというのに。

2361:2005/01/14(金) 00:50

「ストロベリートークの途中で悪いが、ちょっといいかな?」
 今まで単なる背景と化していた八頭身が、会話に割り込んできた。
 つーか、やっぱキモッ。
「君は―――
 タカラギコ君でよかったかな」
「ええ…」
 八頭身が僕を品定めするような目で見まわす。
 おいおい、こいつホモか何か?
「…やっぱり、似ている」
 見比べるように、僕とギコを交互に見やる八頭身。
「これはもう、他人の空似とかそういうレベルじゃないぞ。
 いや、君とギコが似ているんじゃない。
 君がギコに似ているんだ。
 どういう事だ?
 君は一体、ギコの何なんだい?」
 そうなのだ。
 僕はギコの模造品で、代用品。
 ギコは僕の原型であり、雛型。
 だから僕は、本物であるギコの前では存在意義を無くす。
 だから、きっと、狐さんも、僕を、ギコの―――
「似てないだろ」
 ―――!
 狐さんのその言葉に、僕は息を詰まらせた。
「いや、狐。
 どっからどう見たって…」
「そうか?
 俺の目には、別人どうしにしか映らないけどな。
 だってこいつもギコも、違う人間じゃないか。
 決して代えの利かない、たった一人の人間じゃないか」
 いとも簡単そうに、狐さんはそう言った。
 どうして。
 どうしてこの人は、僕とギコを前にして、そんな事が言えるんだ。
 僕に気を遣っての嘘かとも思ったけど、違う。
 この人はそんな嘘をつくような人ではない。
 本気でそう言っているのだ。
 だけど、どうして―――

2371:2005/01/14(金) 00:50

「う、うーん…」
 と、話題の当事者の一人であるギコがようやく目を覚ました。
「おはよっす、坊主」
 狐さんが目覚めたギコに声を掛ける。
「!!
 あの男は…!」
 ギコが勢い良く立ち上がり、刀を構えた。
 てか、ギコもオカマって気づいてたのか。
「あの兄ちゃんなら俺が追い払っといたぜ」
 狐さんがギコに告げる。
「そうか…
 …って、どうして姉御がここに居るんだよ!?
 しかも八頭身まで!」
 ギコが驚く。
 まあそりゃそうか。
 本来ここに居る筈のない人達が、ここに来ているのだから。
「色々あって、そこの少年を助けに来たんだよ。
 お前はおまけだ」
「そこの少年って… こいつか?」
 ギコが僕を指差す。
「そう」
 狐さんが答える。
 ギコはしばらくの間何やら考え込み、そしておずおずと僕に訊ねてきた。
「…ひょっとして、お前の恋人っつー貧乳和服俺女って姉御の事?」
「あー… まあ、そう」
 何という偶然だったのだ。
 まさか、ギコの言ってた姉御と、僕の言っていた貧柔和服俺女が同一人物だったとは。
 まあ、ギコが『外法』の一員だと聞いた時から予想はついていたけど。
「え?
 おいおい、マジかよ?
 えええ!?」
「何をそんなに驚いてんだよ」
 僕はギコに言った。
「いや、おい、だってよ、
 お前、だったらどうしてまだ生きてんの?」
 はあ?
 名に言ってんだこいつは。
「姉御と恋人どうしなら、お前はとっくに死んでなきゃおかしいだろうが」
 …ああ、そうか。
 こいつも狐さんも『外法』だったのだ。
 殺す事しか考えられない、そういう人種だったんだ。
「あ、そういや思い出した」
 ギコがポンと手を叩く。
 どうせろくな事ではあるまい。
「姉御、口には出して言えないようなプレイって、どういう事やってんの?」
 ―――!
 この馬鹿、よりによって何て事聞きやがる!
「わーーー! わーーー!
 違う!
 違います、狐さん!
 これはただの言葉のあやというやつで…!」
 慌てて否定するも、時既に遅し。
 ギコの言葉はばっちり狐さんには聞こえてしまった筈だ。
「ふーん…
 少年の中では、俺ってそういうふうになってんだ。
 ふーーん……」
 極低温の眼差しを僕に向ける狐さん。
 好感度10減少。
 バッドエンドルートへのフラグが立ったかもしれない。
 殺してやる…
 ギコの野郎、いつか殺してやる…!

2381:2005/01/14(金) 00:51
「ま、いいけどね。
 さて、坊主、動けるか?」
 狐さんがギコに訊ねる。
「…まあ、何とか」
 やや力の無い声で答えるギコ。
 まだ本調子には戻ってはいないらしい。
「5分やる。
 その間に呼吸を整えろ。
 それでも動けないようなら、引きずってでも連れて行く」
「…了解」
 5分というのは決して厳しい仕打ちなどではなく、
 寧ろ慈愛に満ちた時間設定なのだろう。
 本当は、狐さんはすぐにでも出発したい筈だ。
「でも、どこに行くってんだ?」
 ギコは僕と同じ質問をした。
「樹海を抜ける。
 すぐにここから逃げるぞ。
 『妖滅』がすぐ近くまで来てる」
「『妖滅』…!」
 ギコが顔を強張らせる。
 先程手も足も出なかっただけあって、ギコも『妖滅』の危険さは実感しているようだ。
「いいか。
 戦おうなんて考えるな。
 勿論いざって時には応戦しなきゃならないが…
 可能なら状況の許す限り逃げろ。
 俺も、今回ばかりは確実にお前らを守れるとは保証出来ない。
 『D』も含めて、遭遇したら逃亡が第一優先だ」
 念を押すように狐さんが告げる。
 頷くギコと僕。
 黙ったままの八頭身。
「そういや少年、何か武器持ってるか?」
 狐さんが僕に視線を移す。
「いえ、何も…」
 家には以前狐さんに買って貰った拳銃があるのだが、
 いかんせんそれを取りに戻る暇など無いだろう。
「そうか。
 ならこれ使え」
 狐さんが僕に手の平台の長方形の機械を差し出す。
 見たところ、携帯ゲーム機のようではあるが…
「…狐さん、何すかこれ?」
「PSP」
「いや、そうでなくてですね。
 こんなのをどうやって武器にしろっていうんですか」
「これにはディスク射出機能が備え付けられている。
 敵が来たらディスクを飛ばして攻撃するんだ、こんな風に」

                   _,,---――-,,,
半自動UMD射出機能搭載  /' _,.-―--,,  ゙i
                 / r'′     ゙〉 ,i'
                i' i'  (l W∩ / /    ポン!
                ヽヽ,,___,,-' ,;'
      _,,,,,--―――   `―--―''''′,,
    ./゛   .|::::::::::::::::::::/ / / / / / / /  ヽ,
  ,i' ̄ ̄ ̄ ̄|:::::::::::::/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/ ̄ ̄ヽ
  l゙        |:::::::::::/   ,r――--,,    /     ゙|
 |       |:::::::::/  // ̄ ̄ヽヽ  /       |
 ゙l         |::::::/  / / P S P / /  /      ,,i'
  ヽ____|:::/   ヽヽ__//. /____,-'
    ゙ヽ,,,---|/     `―-―'''  /--_,,-'´ 
        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 

「なに風刺ネタ使ってんすか!」
 こんな話題出したら、荒れるかもしれないじゃないか。

2391:2005/01/14(金) 00:52

「…てか、ここ何か寒いな」
 僕の怒りなど一切無視して、狐さんが腕を擦り合わせた。
 確かに、もう7月の終盤だというのに、ここは少し肌寒い。
 上着の一枚でも持ってくればよかった。
「まあ、ここは自殺の名所だからな。
 死者の霊気が漂ってんじゃねえの?
 お化けが出たっておかしくなさそうだし」
 ギコが口を開く。
「何言ってんだか。
 幽霊なんて非現実的なものがいる訳無いだろ?
 ね、狐さん」
 僕は笑止とばかりにギコの発言を否定しつつ、狐さんに話を振った。
 というか、幽霊なんかより人間の方が恐いっつーの。
「…あ、ああ!
 当ったり前だろ!
 幽霊なんて居るわきゃねーって!!」
 何故かわざとらしい大声で答える狐さん。
 あの、まさか、ひょっとして…
「…姉御、まさかお化けが恐いのか?」
 信じられないといった顔つきで、ギコが狐さんに訊ねる。
 僕も、多分ギコと同じような顔をしていた事だろう。
「ん、んな訳ねえだろうが!
 俺を誰だと思ってやがる!
 お化けだの幽霊だのなんざ、俺の念で地ょちょいのちょいっと…」
「あ!
 後ろにお化けが!!」
 ギコが狐さんの後ろを指差して叫んだ。
「きゃあああああああああああああああ!!」
 絶叫しながら、近くに居た僕に抱きついてくる狐さん。
 おい。
 今、何つった。
 きゃあ?
 あの狐さんが、「きゃあ」っつったのか!?
「おいおいおい、マジかよ…」
 ギコが呟く。
 驚愕する僕を含む一同。
 信じられない。
 あの狐さんにも、弱点があったなんて…!
「う、嘘ついたな!?
 ギコ、てめえどうなるか分かって…」
「あ!
 今度こそ本当にお化けがいる!」
「きゃあああ!!」
 狐さんが更に強く僕にしがみついた。
 狐さんの僅かばかりの胸の膨らみが、僕の体に押し付けられる。
 ギコ、グッジョブ。
 さっきの失言はこれでチャラにしてや―――

「!!!!!」
 いきなり、狐さんがもんどりうって倒れた。
 遅れて、遠くから銃声が聞こえてくる。
 銃弾が音速を超えている証拠だ。
 狙撃!?
 しまった、長居し過ぎたのか!

2401:2005/01/14(金) 00:52

「狐さん!」
 急いで狐さんを抱え起こそうとする。
 狐さん、どうか無事で―――
「心配すんな」
 むくりと、何事も無かったかのように狐さんが起き上がった。
 その手には、馬鹿でかい銃弾のようなものが握られている。
「20ミリ徹甲弾…
 はん、対物ライフルかよ。
 こんなもので俺を殺せると思ってるなんてね」
 狐さんが銃弾を握り潰して地面に捨てる。
 あの、対物ライフルって、確か戦車とかを撃ち抜く為の銃ですよね。
 そんなものを素手で受け止めたというのか!?
「しっかし、くっそ、こりゃ結構痛えな。
 まだ受け止めた腕がジンジンするぜ」
 対物ライフルを喰らって、結構痛いという感想を述べる狐さん。
 そこまでの力がありながらお化けが恐いなんて、本気で理解に苦しむ。
「狐!
 大丈夫か!?」
 八頭身が駆け寄る。
「ああ、何とかね」
 けろりとした顔で答える狐さん。
「ならすぐに身を隠すぞ!
 すぐにまた次の攻撃が―――」
「いや、その必要はねえ」
 狐さんが八頭身の言葉を遮る。
「後ろを見せて逃げれば、それこそ奴らの思う壺さ。
 ここから、反撃を仕掛ける…!」
 そう言いながら、狐さんが足元の石ころを拾い上げた。
「さっきの銃撃の角度と、銃声との時間差で大体の位置は掴んだ。
 今度はこっちの番だぜ…!」



          @        @        @



「…どうだ、やったか?」
 兄者が対物ライフルを構えたレモナに訊ねる。
「…失敗よ。
 信じられないわ。
 あの化物、対物ライフルの銃弾を素手で受け止めるなんて…」
 笑うしかないといった表情で、レモナが返す。
「お化けか何かか、あいつは…」
 弟者が呆れたように呟く。
「核ミサイルでも持ってくるべきだったわね」
 レモナは冗談のつもりで言ったが、しかしそれは凡そ冗談には取れなかっただろう。
 少なくとも、ここにいる4人にとっては。
「仕方無いな。
 標的を変えるとしよう」
 ウララーがレモナに告げた。
「ええ、分かってるわ。
 外法狐は無理でも、他の奴らなら―――」
 次の瞬間、レモナのすぐ横の地面が爆ぜた。
「え―――?」
 驚愕に目を見開くレモナ。
 その直後には、今度は隣の木の幹が弾け飛ぶ。
「!?」
 何だ、これは!?
 狙撃!?
 四人の間を混乱が駆け巡る。
 馬鹿な。
 奴らは銃火器など持っていなかった筈だ。
 なのにどうやって―――
「!!
 これは…!」
 兄者が抉れた地面の中から一つの塊のような物を発見した。
 これは、石!?
 まさかこんなもので攻撃してきたというのか!?
 念能力で肉体を強化して、石を放り投げて!?
 理屈はそれで説明がつくが、そんな事が実際にあり得るのか!?
 ここは、奴らからはゆうに1・5キロは離れているんだぞ!?
「逃げろおおおおおおお!!」
 ウララーが叫ぶ。
 その間にも、4人の周囲にある地面や木が次々と石の銃弾で粉砕されていく。
 旗色が悪いと察知し、すぐにその場から逃げる『兇人絶技団』。
 対物ライフルは、構えて狙って撃つという3つの動作が必要だが、
 向こうは意思を狙った場所に投げるだけという一挙動。
 しかも弾丸代わりとなる石はそこら中に落ちている。
 だが、普通はそんなハンデは無いも同然なのだ。
 それはそうだろう?
 対物ライフルが石ころに劣るなどと誰が考える?
「……!」
 兄者は息を飲んだ。
 これが、これが外法狐か。
 その圧倒的な戦力を持ってして、
 あらゆる戦術や戦略と対抗し得る、絶対的最強者。
 そいつが戦う事自体が、既に戦術行為であり戦略行為である戦いの女神。
 そんな化物が、今現実に自分達の前に存在している…!
「藪を突いて大蛇が出たか…!」
 兄者は、遥か前方に位置する羅刹に戦慄するのだった。


                    〜続く〜

2411:2005/01/16(日) 03:13
 〜番外〜
 【この話は『冥界の支配者編』と『ハンター試験編』の間の時間設定です】

 現代社会で人が生きていくには何が必要か?
 と問われたところで明確な答えは返ってこないだろう。
 例えば力。
 例えば健康。
 例えば安全。
 例えば食料。
 例えば水。
 例えば娯楽。
 例えば目標。
 どれも正解で、そしてそれだけでは回答にはならない。
 全てがバランスよく合わさって始めて、模範的な回答となるのだろう。
 そして、お金というのはその中でもかなり重要な要素と言える。
 お金こそ人間の生み出した賢者の石と言っても過言では無いかもしれない。
 何しろ唯の金属や紙が、ありあらゆる物品と交換されるのだから。
 …などと、今は柄にも無い哲学に耽っている場合じゃないか。
「あの、外法狐様、よろしいでしょうか?」
「え、ええ」
 高級ホテルの内部にあるレストランの個室の中、
 俺はテーブルの向かいに座る目の前の黒服男に言葉に生返事で返した。
「用は、この私に護衛を依頼したいと」
 『私』という一人称はむずがゆいが、
 公の交渉の場で『俺』などと名乗る程常識が無い訳でもない。
 で、ここで何をやっているかというのだが、
 仕事の口があると八頭身から連絡があったので、
 生活資金もそろそろ底を突きかけてきた事もあって話に乗る事にしたのだ。
 実際問題、お金が無ければ少なくともこの東京においては生活出来ない。
 先程の似非哲学も、それつながりの戯言だ。
 やれやれ、やっぱ馬鹿力だけじゃあおまんまは食っていけないか。
「そうです。
 今日から1週間後に、とある場所でさる高名な方々の会合兼親睦会があるのです。
 秘密保持ゆえ今はまだ具体的な場所は明かせませんが…
 貴女には、そこの護衛をして頂きたいのです」
 丁寧な口調で黒服が喋る。
「それは構いませんが…
 パーティー警備員程度なら相応の使い手がその高名な方々とやらの私兵隊にもいるでしょう。
 わざわざ私にまで声を掛ける程の仕事とも思えませんが」
 事実目の前の黒服だって、『禍つ名』程ではないだろうが、
 そこらの筋者など及びもつかない程の使い手だろう。
 いくら要人の集まるパーティーとはいえ、
 さんざん曰く付きな上に金までかかる『禍つ名』のハンターである俺に依頼する程とは思えない。
「…実はここ最近、我々の雇い主である方々が何度か襲撃されています。
 しかも的確に警備が薄くなるタイミングなどを狙って」
「ああ… 成る程」
 つまりは情報が漏れているという事か。
 身中の蟲か、凄腕の情報屋を使ったかは分からないが、
 重要なのはそこではなくて、情報が筒抜けになっているという点だ。
 そしてその情報を駆使して、敵対行動を取る奴が存在している。
 ならばそのパーティー会場とやらは要人を一網打尽にする絶好の機会であり、
 当然敵も万全の準備をして何らかの行動に出てくる可能性が高い。
 もしかしたら、『禍つ名』あたりまでが出てくるかもしれない。
 だからこそ、こうして俺にまで声が掛かったという事か。
「事情は大体分かりました。
 この仕事、お受けしましょう」
「本当ですか!
 それはありがとうございます!」
 黒服が感無量といった表情を見せる。
 それがお世辞かどうかまでは、俺には分からない。

2421:2005/01/16(日) 03:13

「それで報酬の方は?」
 俺はここで本題を切り出した。
 そもそも金を得る為に仕事をするのだから、この問題は重要だ。
「これぐらいで如何でしょう…」
 黒服が電卓を叩いて、表示された数字を俺に見せてきたが、
 俺は無言でその数字を3倍にしてやった。
「!!
 流石にそこまでは…!」
 黒服が表情を曇らせる。
「残念ですが、この話は無かった事に」
 俺はそう言って席を立った。
「ま、待って下さい!
 ですがいくら何でもこの値段は…」
「それだけの値段で絶対の安全が保証されるのなら、安いものだと思いますが?
 それがお気に召さないなら、どうぞ他の方を雇って下さい」
 伊達に体を張って仕事をする訳ではないのだ。
 命の安売りは、したくない。
「…2倍、それが限界です」
 黒服が指を二本立てて俺に見せる。
「…まあ、仕方ありませんね」
 少し不満はあるが、この辺りが妥当な所だろう。
 余り欲を出し過ぎて本当に他の人を雇っても困る。
 ああ、しかし。
 やっぱり丁寧語ってのは肩がこるな。
 後でゲーセンかどっかで息抜きでもしよう。
 そんな事を考えながら、俺は契約書にサインをした。





 1週間後、俺は豪邸の中のパーティー会場の隅で突っ立っていた。
 街から程遠い、閑静とした豪邸の立ち並ぶ住宅街。
 しかし何だ、金というのはある所には集中してあるらしい。
 そこに集うは見るからに悪そうな顔をしたおっさんどもと、
 けばけばしい衣装に身を包んだおばさん方。
 こうして実際にどんな奴を警護するのか来てみれば、
 成る程いかにもあちこちに敵が多そうだ。
 これなら誰かから刺客が送られるのも納得出来るというものである。
 こいつらも心当たりが多過ぎて、誰が自分達を狙っているのか分かりはしまい。
 こいつらがどんな仕事をしているのかは聞いていないし興味も無いが、
 どうせろくな事ではあるまい。
 まあ、その点については俺も人の事は言えないのだが。
 しかし襲われるかもしれないと思いながらも、こうしてパーティーを開催する神経にはある種尊敬する。
 脅しに屈したと思われるのが嫌なのかもしれないが、
 それにしたって無用心に過ぎるというものだろう。
 まあこの会場を囲む警備員の数を見れば、恐怖感の無い狂人という訳でも無さそうではあるが。
「…おい、あの女見てみろよ」
「あれが外法狐か…」
「ベッドの上の仕事の方が儲かってるんじゃないのか…?」
 遠くから、俺と同じように用心棒として雇われたらしきハンターの下卑た視線が向けられてくる。
 あいつら、聞こえていないとでも思っているのか?
 まあいい。
 今の所は、見逃しておいてやる。

2431:2005/01/16(日) 03:14

「ふえええええええええええええん!」
 と、近くから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 何事かと声のした方向に向いてみると、まだ若い女性が必死に赤ん坊をあやしている。
「どうされましたか?」
 する事も無かったので、気紛れにその女性に話しかけた。
 職務怠慢と言われそうだが、それでもそこらのハンターよりかは働く自信があるので気にしない事にする。
「あ、いえ…
 この子が急に泣き出してしまって…」
 泣いている赤ん坊は、まだ10ヶ月かそこらといった所か。
 男の子か女の子かまでは、俺の目では判別出来ないが。
「少しよろしいですか?」
 身を少し屈め、赤ん坊の顔の位置に俺の顔の高さを合わせる。
「いないいないいない… ばぁ〜〜〜」
 赤ん坊に精一杯のおどけた顔をしてみせた。
 こんな顔をギコや八頭身にでも見られたら、いい笑い種になってしまう事だろう。
 しかし、赤ん坊はまだ泣くのをやめない。
「いないいないいない… ばぁ〜〜〜」
 ならばもう一度。
「ふえええええええええええええええええええん!!」
 しかし赤ん坊は余計に泣き喚くばかりで、俺のあやしは効果が無いどころか逆効果みたいだった。
「いないいないいない… ばぁ〜〜〜」
「ふえええええええええええええええええええええん!!」
 三度目の駄目出し。
「お前いい加減こっちが泣くぞ!?」
 人間性を否定された気分になって、思わず涙目で叫ぶ。
 いかん。
 25歳にもなって何やってんだ俺。
「きゃはは、きゃっきゃ」
 途端に、赤ん坊は泣くのをやめて笑い出した。
 もしかして俺に対する嫌がらせか何かか?とも思ったが、
 その無垢な笑顔の前ではどうでもよくなってしまう。
「あの…
 ありがとうございました」
 女性が俺にペコリと頭を下げてくる。
「いえ、別に大した事じゃありませんよ」
 俺もお辞儀を返す。
 一応依頼主の妻か何かだろうから、失礼があってはいけない。
「かわいいお子様ですね。
 男の子ですか、女の子ですか?」
 俺は訊ねた。
「…女の子です」
 しかし返事をする女性の表情は、とても暗いものだった。
 何だ?
 何か俺気に障る事でも言ったか?
「…子供、お好きなのですか?」
 今度は女性から訊ねてきた。
「ええ、まあ」
 個人的な意見かもしれないが、
 やっぱり自分の子供を産んで育てるというのは、
 女にとっての憧れの一つではないかと思うのだ。
 そんな感じの事を以前ギコに話した所、
 事もあろうに「お前が言うか」と大爆笑しやがったので半殺しにしておいた。

2441:2005/01/16(日) 03:14

「何をやっている!」
 後ろから、叱責の声が俺にかけられた。
 声をかけてきたのは、いかにも偏屈っぽい壮年の男だ。
「お前のような薄汚いハンター風情が、軽々しく私の子供に近寄るな!
 その下品な匂いが移ったらどうする!?」
 ああ、この赤ん坊はこの男の子供か。
 しかし若い奥さんだな。
 大方、金に物を言わせての結婚か何かなのだろうけど。
 それにしても、お子さんの顔があなたに似なくて良かったですね。
「わざわざ高い金を払って雇っているんだ!
 喋っている暇があるなら見張りにつかんか!」
「申し訳ありません」
 これについては全面的に俺が悪いので素直に謝る。
 しかし、もし刺客か何かが襲ってきたらお前だけわざと見殺しにしてやろうか。
 流石にそれはプロのプライドが許さないから、しないけど。

「!!!」
 次の瞬間、窓ガラスをぶち破って何者かが侵入して来る。
 敵襲!?
 外にも警備は居た筈だが、どうやら突破されてしまったらしい。
「きゃあああああああああああ!」
「うわあああああああああああ!」
 悲鳴。
 混乱。
 すぐさま回りに視線を巡らせ、襲撃者の数と位置を探る。
 1、2、3、4、5、6…
 今この室内にいるのはざっと12人か。
 凝を使って襲撃者を見ると、体を覆うオーラが見える。
 という事は、全員が念能力者。
 ふん、どこの誰かは知らないが、大金はたいてご苦労な事だ。
「させるかよ!!」
 要人の一人に襲いかかろうとしていた襲撃者を、右腕のラリアットで止める。
 首が完全に真後ろに折れ曲がって、そいつはそれきり動かない。
 同情はしない。
 人を殺す任務を受けた時点で、自分も死かもしれない事ぐらいは覚悟していた筈だ。
 もしそんな覚悟が無いのだとするならば、そいつはあまりに愚か過ぎる。
「おらああッ!」
 続けざまに、俺の隣を掻い潜ろうとした襲撃者に蹴りを叩き込む。
 胸骨が粉砕し、内臓が破裂する感触。
 そいつはそのまま吹き飛んで、口から泡のような血を吐いて絶命した。
「……!!」
 襲撃者達の視線が俺に集まる。
 どうやら、まずは俺を倒さない事には暗殺も糞も無いと判断したみたいだ。
 それでいい。
 要人達を逃がすくらいなら、他のボンクラ警備員でも何とかなるだろう。
「…おーおー、物々しいこって。
 で、それでお前らは本気で俺に勝つつもりでいるのかい?」
 俺は襲撃者達全員を見据えてゆっくりと告げた。
「10秒やる。
 回れ右して帰りな。
 俺の依頼はあくまで警護で、お前らを殺す為じゃない。
 逃げるんなら、追わないぜ?」
 恐らくこの問いかけは無駄だろう。
 任務を果たさず帰れば、こいつらには厳しい制裁が待ち受けている。
 往くも死。
 退くも死。
 どこにも、逃げ場などありはしない。
「……!」
 10秒後襲撃者達が取った行動は、矢張り逃走などではなく闘争だった。
 各人がナイフや剣などそれぞれの得物を構え、一直線に俺に向かって突っ駆ける。
 音が外に漏れるのを嫌ったのか、必要無いと思ったのか、銃火器は所持していないようだ。
 それは好都合。
 少なくとも、流れ弾が当たって死人が出るといった事態は起こり得ない。
 ならば、こちらも何の気兼ねも無く全力が出せるというものだ…!
「!!!」
 最初に俺に向かって来た3人が、腕の一振りでまとめて肉塊に変わる。
 一切手加減はしない。
 殺す意思を持って俺に立ち向かう以上、こちらも最速最大の力を持って迎え討つ。
 それが、俺が殺す者に対するせめてもの敬意だ。

2451:2005/01/16(日) 03:14

「おおおおおおおお!!」
 殴る。
 蹴る。
 千切る。
 引き裂く。
 他には何も考えられない。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 殺す。
 何もかも死んでしまえ。
 何もかも壊れてしまえ。
 そうすれば、何も壊したり殺したりしなくて済むようになるから―――

「―――」
 1分後、俺の周りには12個の死体が転がっていた。
 やり過ぎたか。
 一人生け捕りにすれば、こいつらを雇った奴について尋問出来たかもしれないのに。
 まあ、向こうもそんな事でバレるようなヘマはしないだろうし、
 こいつらも本当の依頼主の顔など知ってはいないだろうけれど。
「…ああ、これはお見苦しいところをお見せいたしました。
 折角の会場を血で汚してしまい、誠に申し訳ありません」
 床下に散らばる無残な死体と、血塗れになった俺の姿に戦慄する連中に俺は一礼する。
 しかし、また着物が一着お釈迦にしてしまった。
 報酬が入ったら新しいのを買わないと。
「やれやれ…
 どうやら一安心のようだな…」
 先程俺にいちゃもんをつけてきた男がほっと胸を撫で下ろ―――

2461:2005/01/16(日) 03:15

「!?」
 その時、銃声と共に男の胸に真っ赤な血の花が咲いた。
 驚愕に包まれる会場。
 馬鹿な!?
 襲撃者は全て排除した筈なのに!
「―――――!」
 その場の全員が目を見開いた。
 男を撃ったのは、さっき俺が話していた男の妻である女性だったのだ。
「!!!」
 続けて、女性は自分の胸に抱える我が子の頭を拳銃で撃ち抜いた。
 西瓜のように飛び散る頭部。
 その余りの凄惨さに、その場の誰もが目の前の現実に思考が追いつかない。
「な―――」
 俺でさえ、女性の行動に絶句してしまっていた。
 何故だ!?
 どうして、母親が自分の子供を殺す!?
「あんた、何やってるんだ!!」
 やっと俺の口から出せたのは、そんな陳腐な台詞だった。
「ふ… うふ…」
 女性が俺の言葉などお構い無しに、わなわなと肩を震わせる。
「うふふふふ。
 あはははは。
 あはははははははははははははははははははははははははは!!」
 女性は笑った。
 狂ったように。
 否、既に狂っていた。
 でなければ、自分の子供など殺せるものか。
「やっと… やっと復讐が果たせたわ!
 いい気分だわ。
 とてもとてもいい気分だわ!
 あはははははははは!」
 女性は笑い続ける。
 狂いながら、笑い続ける。
「復讐だと…?」
 俺は呟くように訊ねた。
「ええ、そうよぉ。
 ずうっと前から考えていた復讐。
 知ってた?
 この男はねえ、私を自分のものにする為に、私の両親の会社を破産に追い込んだのよ?」
 くすくすと笑いながらも、女性は俺の質問に答える。
「両親に莫大な借金を負わせて、その肩代わりを条件に私との結婚を迫る。
 当然、拒否権なんて無い。
 あはははは、凄い下種野郎でしょう?
 私のお母さんなんて、心労で自殺までしたんだから!」
 男を殺したばかりの女性の目には、まだ怒りの炎が渦巻いている。
 復讐を成し終えても未だ冷めやらぬ怒り。
 それだけが女性を支えているようでもあった。
「…だったら、どうして今殺した。
 今じゃなくても、いくらでも殺す機会はあった筈だ」
「普通に殺すだけで、私の気が治まると思う?
 そんな訳ないわよね。
 もっと、もおっと絶望を味わってから死んでもらわなくちゃ、割に合わないわ。
 だから、わざとこの人の敵に身内の情報を漏らして、
 殺し屋とかが送ってくるように仕向けたんだから」
 …そうか。
 情報の漏洩の元は、この女だったのか。

2471:2005/01/16(日) 03:16

「いつ殺し屋が襲ってくるか分からない時のこの人の怯えようといったら無かったわ。
 『死にたくない、死にたくない』って泣きながら私にすりついてきた事だってあるのよ?
 その時の痛快さっていったら!
 馬鹿よねぇ。
 私はこの人だけは殺さないって条件で、情報をリークしてたってのに?」
「何で、そんな条件を!?」
「決まってるでしょう?
 私が直接この人を殺す為よ。
 他の誰かに殺させるなんてたまったもんじゃないわ」
 憎いからこそ、自分の手で。
 それはある意味、『外法』の考えに通じるものかもしれなかった。
「それで最大のピンチから助かったと思った瞬間に、こうやって私が殺す。
 希望から一転して絶望のどん底。
 これが私の復讐。
 ま、あなたがあっさりと殺し屋を片付けたのは予想外だったけど。
 いいわ、それでも少しは演出の効果があっただろうから」
 まるで掃除を終わらせたかのようなすっきりとした顔で、女性は言った。
 何ら後悔する事など無いといったふうに。
「…だったら、だったらどうしてその赤ん坊まで殺す必要があった!
 その子は、お前の復讐には何の関係も無いだろうが!?」
 俺は叫んだ。
 どうして殺す。
 俺とは違って、殺さなくても生きていける人間の筈なのに、どうして殺す必要があるんだ。
「何をそんな簡単な事を。
 あの子には、あの男の血が半分流れていた。
 これ以上の理由があるかしら?」
「ふざけるな!!
 もう半分は、お前の血が流れているんだろうが!
 お前は、自分の子供がかわいくなかったのか!?」
「もう半分が私の血、だからこそよ。
 私の血にあんな男の血が混じっているなんて、
 考えただけでも怖気が走るわ…!」
 あの時の、「かわいいお子さんですね」と言った時の表情の原因はそれか。
 そんな事で、
 そんな理由であんなまだ小さい赤ん坊を…!
「質問は以上かしら?
 じゃあ、そろそろ疲れたんで終わりにするわね」
 女性が自分のこめかみに銃口を当てる。
「待―――!」
 一発の銃声が、辺りに響いた。





 俺は何をするでもなく、ただお湯の入ったホテルの湯船の中に浸かっていた。
 ハニーミルクの入浴剤の甘い香り。
 仕事が終わった後は大抵長風呂になるのだが、
 今日はもう1時間以上も風呂に入ってしまっている。
「……」
 タオルで軽く、自分の体を擦る。
 何をやっているんだか。
 こんな事をしたって、血で汚れきったこの体が綺麗になるなんて事は無いのに。
 俺が、殺人鬼でなくなる訳なんかじゃないのに。
「…畜生」
 誰に言うでもなく、独り呟く。
 何も出来なかった。
 俺も襲撃者も、あの女の復讐の片棒を担がされただけだった。
 銃弾を弾き、鉄すら砕く俺の『不死身の肉体(ナインライヴス)』も、
 たった一人の弱い人間の執念と憤怒と邪悪さの前には何の意味すら為さなかった。
 あの時、俺に何が出来たというのか。
 あの女の自殺を止めた所で、後に情報をリークした罪として処刑されるのは明白だ。
 だからといってあの女だけを責める訳にもいかない。
 あの女が言っていた事が真実ならば、女がああなった原因はあの男にあるのだから。
 だけど、これだけは断言出来る。
 あの赤ん坊には、何の罪も無かった。
 しかしそんな事が一体何になるのだろう。
 あの赤ん坊の潔白さを証明したとして、赤ん坊が生き返りはしないのに。

2481:2005/01/16(日) 03:16

「―――――!」
 唇を強く噛む。
 口の中に広がる鉄の味。
 ここまで気分が悪くなる仕事は久し振りだった。
 苛々する。
 むかむかする。
 やり場の無い怒りが込み上げる。
 だけど、それでも俺にはもう何も出来る事は残されていない。
 残ったのは、報酬の札束だけ。
 そんな物の為に、そんな物の為に俺は―――



「こんにちわー、狐さん」
 次の日、少年が俺の泊まっている部屋を訪ねて来た。
 先日の事件で知り合った、タカラギコというこの少年。
 さっき、俺が電話で呼んだのだ。
「何か用ですか?
 急に呼び出したりして」
 少年は何か嬉しそうに俺に訪ねた。
「いや、仕事が終わってまとまった金が入ったからさ。
 一緒に遊ぶのもいいかと思ってね。
 今日は何でも好きな物買ってやるぜ?」
「いや、そんな。
 悪いですよ」
「いいっていいって、遠慮すんなって」
 こんな薄汚れた金で、少年に何かしてやろうというのか。
 いいや、違う。
 金を少年と共有して使う事で、少年まで共犯者にしようとしているんだ。
 はは。
 笑える位、
 笑ってしまう位―――
 最低だな、俺は。
 本当に、最低だな。

2491:2005/01/16(日) 03:16

「…あの」
 少年がおずおずと俺に訊ねてくる。
「何だい、少年」
 出来るだけ普段通りに答える。
「狐さん、何か嫌な事あったんですか?」

 ―――――!

「どうして、そんな事…」
「狐さん、さっきから僕の目を見て話してません」
 …全てお見通し、か。
 この少年が鋭いのか、俺が隠し事をするのが下手なのか。
 どっちかは分からないけれど。
「…あれだな、少年」
「?」
「鈍い男よりは察しのいい男の方がマシだけど、
 一々口に出して言っているようじゃあ減点だな」
「??」
「本当にいい男ってのは、
 気づいたらそれとなく優しく接するものさ」
「…よく分かりませんが、難しそうですね」
「だな。
 俺が男だったとしても、そんな芸当は出来ねえ」
「そっすか」
「…まあでも、君にしては上出来な方かな。 褒美を遣わす」
「え―――?」
 戸惑う少年を他所に、俺は少年の体をそっと抱きしめた。
「あ、あの、狐さ―――」
「…ごめん」
 多分俺は、とてつもなく卑劣な奴なのだろう。
 少年の気持ちを知りつつ、それに答える覚悟も無いのに都合のいい時にだけ少年を求める。
 そして、俺はいつかこの少年を殺すのだろう。
「……」
 自己嫌悪に吐き気を催しそうになる。
 何が『九尾』だ。
 何が『最強の体現者』だ。
 本当の俺は、こんなにも脆弱で矮小な存在だというのに。
 それなのに、俺は、何かを殺す事しか考えられない。
 このままほんの少し力を込めれば、少年の背骨を折って殺す事が出来る。
 でも、そんな事はしない。
 殺したくはないから。
 まだ、殺すには早過ぎるから。
 もっと、もっともっと、もっともっともっと、
 少年の存在が俺の心の中で大きくなってからでないと、殺すのは勿体無い。
 違う。
 そんなんじゃない。
 俺は、そんな事など望んでなんかいない…!
「…少年」
「…はい?」
 その時俺は、本当は何が言いたかったのか。
 多分一生かけても、その答えは出てきはしないだろう。
「…死ぬなよ」
 だからこれが、今俺に言える精一杯の言葉だった。


                  〜番外編・了〜

2501:2005/01/18(火) 01:16
 〜四十四話〜

 ウララー、レモナ、兄者、弟者達『兇人絶技団(サーカス)』の面々が夜の樹海を疾走する。
 後ろからはもう弾丸の如き石飛礫は飛んでこない。
 どうやら、射程外までは逃げ切れたようだ。
「…くッ。 まさかこれ程とはね、外法狐…!」
 レモナが忌々しそうに舌打ちする。
「…正面からまともに戦っては勝ち目は薄いかもしれんな」
 兄者が呟く。
「なあに、恐れる事は無いさ。
 相手が奴一人なら、俺の『一騎当千(コープスダンス)』で1どうとでもなるからね。
 それに、弟者の『殺人奇術(マントラップ)』にだって勝機は充分にあるだろ」
「そうかもしれんが、用心に越した事は無い。
 『殺戮機械』の直弟子、伊達ではないぞ」
 事も無げに言うウララーを、兄者がたしなめる。
 その顔には、一切の油断も見つけられない。
「心配性だねえ、兄者は。
 数では、“こっちが圧倒的に上回っている”んだぜ?」
 ウララーはつまらなそうに口を開いた。
「…そういえば兄者。
 『殺人技術(ジェノサイダー)』の結界には何か引っかかったか?」
 弟者が思い出したように兄者に訊ねる。
「いや。 雑魚が引っかかった感触はあるが、本命はまだのようだ」
「そうか。
 まあ、そのうち網にはかかるだろう。
 期待してるよ、兄者」
 弟者が軽く兄者の肩を叩く。
「はん、美しい兄弟愛だね。
 うらやましい事で」
「やめなさい、ウララー」
 茶化すウララーにレモナが小言を入れた。
「これも一種の親しみの現れってやつさ。
 …さて、そこのお前。
 いつまで隠れているつもりだい?」
 ウララーが横に目を向ける。
 返事は、返って来ない。
「おいおい。
 隠れたり逃げたりしても無駄だってのは、分かってるんだろう?」
 ウララーがおどけた風に言うと、ようやく茂みの中から一つの人影が現れた。
 出てきたのは全身を包帯で巻いた男。
 包帯の巻かれていない右腕前腕部には『12』との青い刺青が入れられている。
「『D』の生き残りだね?
 今まで独りぼっちで逃げ隠れを続けて寂しかったろう。
 もうすぐ、仲間の所に送ってやるよ」
 ウララーがにやけた顔をD−12に向ける。
「キサマラナンゾニ、カンタンニヤラレルトデモ…!」
 血走った目でウララー達を睨みつけるD−12。
 次の瞬間、その体から無数の針が包帯を突き破って姿を見せる。
「やれやれ。
 まだ僕達に勝てるつもりでいるなんて、頭悪いねえ…」
 ウララーがうんざりとしたように肩を竦める。
 まるで、D−12の事など歯牙にもかけていないように。
「ウララー、『殺人技術』の結界に反応があった。
 感触からして、外法狐だ」
 兄者が低い声でウララーに告げる。
「そうか、分かった。
 君達は先にそっちに行ってろ。
 こいつは、僕が受け持っておく」
「了解した」
 ウララーの言を受けて、即座に兄者達がその場を後にする。
 二人っきりで取り残されるは、D−12とウララー。

2511:2005/01/18(火) 01:17

「ナメラレタモノダ。
 ヒトリデコノオレノアイテヲスルダト…!?」
「一人?
 何を言ってるんだい?」
 ウララーが微笑む。
 とびっきりの、邪悪な顔で。
「こっちは1000人がかりだぜ?」
 ウララーの体から念が発せられ―――
「―――ナ!?」
 D―12の顔が驚愕に歪んだ。
 目の前に広がる、“信じ難い光景”に。
「『一騎当千(コープスダンス)』…!」
「ウ、ウ、ウ、ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 D−12が断末魔の悲鳴をあげた。



          @        @        @



 走る。
 走る。
 走る。
 樹海の出口に向かって、僕達は走り続ける。
 先頭は狐さん。
 殿は八頭身さん。
 僕のは2番目でその後ろにギコ。
「…もう狙撃は来ないみたいだな」
 ギコが呟く。
 まだダメージが残っているのか、走るだけでも大分辛そうだ。
「下手に射撃しても俺から反撃を受けるだけだって分かったろうからな。
 もう向こうも同じ手は使わないだろうよ。
 寧ろ本番はこっからだ。
 銃なんてちゃちい手段を使ってこなくなるって事だからな」
 走りながら狐さんが答える。
「……!」
 と、狐さんが急に立ち止まった。
 僕らもつられて一斉に足を止める。
「どうした、狐?」
 八頭身さんが狐さんに聞いた。
「…見ろよ、あれ」
 狐さんが地面を指差す。
 そこには、胸の辺りで胴体を両断された男の死体。
「…すげえ切り口だな。
 こんなに鋭い切断面、滅多にお目にはかかれねえぜ。
 しっかし一体どうやって…」
 狐さんが注意深く死体を観察する。
「…気をつけろ。
 死体があるって事は、敵が近くにいるかもしれねえってこったからな」
 ギコが僕に警戒をを促す。
 頷いて答える僕。
「…ま、ここで立ち止まっててもしょうがねえやな。
 さっさと先に進むぞ」
 狐さんが前に進み出ようとして―――

2521:2005/01/18(火) 01:18

「!!!」
 突然、狐さんが後ろに飛んだ。
 見ると、狐さんの着物の肩口の部分に鋭い切れ込みが走っている。
 いや、それだけじゃない。
 そこからは、うっすらと血が滲んでいた。
 馬鹿な。
 銃弾すら弾く狐さんの皮膚が、切り裂かれた?
「狐さん!」
 僕は慌てて駆け寄ろうとする。
「来るな!!」
 それを大声で制する狐さん。
「迂闊にそこらを動き回るな。
 でないと、そこの死体みたいにばっさりとやられるぜ…!」
 真剣な顔で狐さんが告げる。
「どうした。
 何があったんだ、狐」
 八頭身さんが狐さんに訊ねる。
「…これさ」
 狐さんが何も無い空間を指差す。
 …?
 何も見えないじゃないか。
 …!
 いや、あれは…
「糸…?」
 僕は思わず口を開いた。
 目を凝らすと、月明かりに反射する極細の線が見える。
 まさか、こんなもので狐さんの肌を裂いたというのか!?
「…糸にかなり強力な念が流されている。
 成る程、そこの死体の有様はこれが原因か」
 狐さんが感心したように呟いた。
 傷口は、既に修復を終えようとしている。
 何度も見るが物凄い自己再生力だ。
「こいつは困ったね。
 こんな罠があったんじゃ、無闇に走り回れねえや」
 狐さんが舌打ちする。
 確かに恐るべきトラップだ。
 目視し難い上に、殺傷力も抜群。
 僕達は徐々に追い込まれているという事か。
「よっと」
 そんな凶悪な糸を手刀で断ち切る狐さん。
 愚地独歩か、お前は。
「しゃあねえ。
 不本意だが、注意して進みつつこうして罠を無力化させながら進むしかねえな。
 お前ら、絶対に俺が通った道以外を歩くなよ?」
 言われなくとも、命が惜しいのであなたの後ろは離れませんよ。
「しかし、ふん。
 まさかこんな糸で俺に傷をつけるなんて芸当が出来るなんてね。
 『妖滅』… 流石に一筋縄じゃいかねえや」
 ゆっくりと進みながら、手探りで糸を探る狐さん。
 時間はかかるが、まあこれが現在において一番安全な進み方だろう。
 それにしても、こんな強力な念を使うなんて一体どんな化物…

2531:2005/01/18(火) 01:18

「!!!」
 狐さんが、いきなり右上の方を見上げた。
 つられて、僕達も同じ方向に視線を向ける。
 そこにあるは、高い崖の上の淵に立つ3人の人間。
 フーン顔の八頭身の男二人と―――
 もう一人は、見間違える筈も無かった。
 あれは、さっき僕とギコを襲った…
「レモナ…!」
 ギコが身構える。
 レモナさん達は、はっきりと僕達を見下ろしていた。
 待ち構えていたかのように。
 !?
 待ち構えていた!?
 どうやって僕達の位置を察知したんだ!?
「まさか…!」
 狐さんが「しまった」という顔をする。
「あの念の流れていた糸に触れた時に、
 居場所を悟られたか…!」
 吐き捨てるように言う狐さん。
 そうか。
 あの糸は攻撃としてのトラップだけでなく、
 索敵の意味も含まれていたのか。
 何という念能力。
 何という神業。
 これが、『妖滅』の実力なのか…!
「『小波(キリングパルス)』…」
 レモナさんが崖の肌に触れる。
「!!!」
 直後、鳴り響く地響き。
 地震!?
 いや、地震じゃあない。
 崖崩れ。
 レモナさんの触った崖が、こちらに向かって崩落してきているのだ!
「うわああああああああああああああ!!」
 崖崩れは凄い勢いで僕達を飲み込むかのように襲い掛かって来る。
 逃げる暇なんて無い。
 膨大な量の土砂は、今まさに僕の目の前まで迫っていた。


                     〜続く〜

2541:2005/01/19(水) 00:36
 〜四十五話〜

 僕は夢を見ていた。
 夢の中では僕はギコで、ギコは僕だった。
 僕とギコはお互い背中合わせの方向に歩き、道すがらにあらゆるものを殺して回った。
 ギコの僕は自分の手で全てを殺し、
 僕のギコは勝手に周りの奴らが殺し合った。
 そして地球を一周して、僕とギコは再び出会った。
 そして後ろに積み重ねられた死体を見て、僕達は声を揃えて言った。
「何だ。 結局どっちでも一緒だったんだ」





「起きろ」
 僕を夢の世界から引き戻したのは、狐さんの声だった。
「…お早うございます」
 目を開き、黙ったまま思考する僕。
 ええっと、何があったんだっけ。
 てか、何で体がこんなに土だらけになっているんだ。
 ああ、そうだ。
 思い出してきた。
 僕は崖崩れから逃げ切れずに、土砂の中に生き埋めになったんだ。
 いやあ、あの時は本当に死ぬかと思った。
 で、僕は今どうして生きているんだ?
 それともここは天国か地獄か?
「ったく、心配させやがって。
 君を発掘した所為で、折角の特注着物が台無しじゃないか」
 土まみれの迷彩柄の着物を手ではたく狐さん。
 て事は、わざわざ生き埋めになった僕を掘り起こしてくれたのか。
 発掘という表現は多少あれだが。
 僕は化石や土器じゃねえぞ。
「…!
 そういえば、他の皆は!?」
 僕は辺りを見回した。
 ギコや八頭身さんの姿は、どこにも無い。
「どうやら崖崩れから逃げる時にはぐれちまったみたいだな。
 …ま、こんなので死ぬような奴らじゃねえよ。
 問題は、こうして戦力が分断されちまったって事だ」
 狐さんが低い口調で言う。
 確かに、ここに着ての人員の分散は大きな痛手だ。
 糞。
 最初からこれが狙いだったのか。
「てか、どうやってあんな崖崩れなんか…
 どんな能力か知りませんが、反則過ぎですよ」
 あのオカマ、何て無茶をしやがるんだ。
 危うく死んでしまう所だったじゃないか。
「理論的には可能さ。
 あいつの『小波(キリングパルス)』ならな」
「そういやレモナさんの能力が分かったって言ってましたけど、あれ結局何なんですか?
 崖崩れと何か関係あるんですか?」
 僕は狐さんに訊ねた。
「一発喰らって確信したよ。
 あいつの念『小波』は、念を超高速振動波に変える変化形能力だ」
「超高速振動波…」
 成る程。
 触れただけでギコがノックアウトされたのはその所為か。
 手を相手に当てて『小波』を発動。
 振動で直接体内から破壊する。
 分かってしまえば単純極まりないトリック。
「でも、それとさっきの崖崩れとどういう関係が?」
「簡単さ。
 ああいう崖とかには全てを支えている点というものが存在する。
 その点を微弱な振動で探って、探知したらそこに向けて今度は強力な振動で一気に破壊。
 そうする事で、いとも容易くあそこまでの規模で崖を崩落させたんだ」
「そんな事が可能なんですか!?」
 理屈はそれで正しいのかもしれない。
 だけど、そんなの並大抵の技術じゃ不可能だ。
 神業、というより魔技の領域だ。
「だが現実には“それ”が起こった。
 それが全てさ。
 いいかい少年。 君が相手にしているのは、そういう奴らなんだぜ?」
 狐さんが諭すように言う。
 どいつもこいつも―――
 全くもってどいつもこいつも、
 頗る付きの人外揃いだ。

2551:2005/01/19(水) 00:36

「―――!」
 突然、狐さんの体が硬直した。
「狐さん!?」
 驚いて声をかける。
「!!!」
 その直後、狐さんの右腕が僕の胸部目掛けて突き出される。
 ―――!?
 何で!?
 まずい、避けられ―――
「……!!」
 しかし、当たる寸前で狐さんの右腕はその動きを止めた。
 狐さんが左手の方で右腕の動きを止めたからだ。
 いや、そんな事よりも。
 今、何が起こったというのだ?
「…!
 逃げろ、少年!!」
 必死な顔で狐さんが叫ぶ。
 左腕で、右腕を無理矢理押さえ込みながら。
 まさか、体を勝手に動かされているのか!?
 だとすれば、誰が、どうやって―――
「―――!!」
 背後から視線を感じ、僕は咄嗟に振り返った。
 そこには一人のフーン顔の男が一人、こちらの様子を窺っている。
 間違い無い。
 あいつは、さっき崖から僕達を見下ろしていた奴だ。
「…流石は外法狐。
 俺の『殺人奇術(マントラップ)』にそこまで逆らうか」
 平坦な声で、フーン顔の八頭身は言った。
 あいつが、狐さんの異変の原因なのか!?
「てめえは…!」
 今にも暴走しそうな体を押さえ込みながら、狐さんが男を睨みつける。
「俺の名は妖滅狭州我(あやめ さすが)。
 仲間からは弟者と呼ばれているがね。
 ま、これから死ぬお前らには意味の無い事ではあるがね」
 冷ややかな目でこちらを見据えたまま、そいつは弟者と名乗った。
 弟という事は、兄も居るという事か!?
 そういえば、崖の上の4人の中にはこいつにそっくりな奴が居た。
 恐らく、そいつが兄なのだろう。
「てめえ、くそ、こんな手品で…!」
 狐さんが苦しそうに呻く。
 狐さんをここまで追い込むなんて、こいつ、一体どういう能力なんだ!?
「ああ、無理はしない方がいい。
 余計な苦しみを味わうだけだぞ?
 いかに貴様といえど、この『殺人奇術』には対抗出来ん」
 余裕の表情を浮かべたまま弟者が告げる。
 と、その手元が一瞬キラリと光った。
 何だ?
 あれは、糸!?
 まさかさっきの罠はこいつが…
 いや、違う。
 あれより、もっと細い糸だ。

2561:2005/01/19(水) 00:37

「がッ、くぅ…!
 そうか、てめえまさか…!
 俺の体組織に、直接電流を流してやがるな!?」
「そう、お察しの通りだよ。
 直径数ミクロンにも及ばぬ極細の金属糸。
 無論こんなものではちっともダメージなんか与えられやしないが、狙いはそれじゃない。
 こいつを生物の体内に侵入させ、電気を流した事による筋反応で自在に操る。
 これこそが『殺人奇術』。
 しかし流石は『不死身の肉体(ナインライヴス)』の超肉体だ。
 蜘蛛の巣程も無い金属糸の感触を察知して、そこまで見抜いたか」
 レガート・ブルーサマーズか何かか、お前は。
「俺の念はとても弱い。
 とてもとてもとても弱い。
 スタンガンにも及ばない電気しか生み出せない。
 だけど、人を殺すにはそれで充分過ぎる」
「があッ!!」
 今度は狐さんの左腕があらぬ方向に捻れる。
 間接や骨格すら無視して、筋肉の力で無理矢理体を捻じ曲げているのだ。
 そのまま腕に引っ張られる形で転倒する狐さん。
「諦めろ外法狐。
 お前がいくら強かろうと、いくら優れた肉体を持っていようと、
 体の構造が人間と同じである以上、俺の『殺人奇術』の前には無力だ」
「へッ…
 ふざけた事言ってんじゃ… ぐあぁッ!!」
 ゴキリ、と狐さんの腕から鈍い音が響いた。
 腕の関節が破壊されたのだ。
 馬鹿な。
 あの狐さんが、赤子のようにあしらわれているだと!?
「…しかし確かに大した肉体強度ではあるな。
 普通なら、もう既に腕を捻り切っているというのに。
 正直、ここまで俺の『殺人奇術』に抵抗したのはお前が始めてだ」
 弟者が感心したように狐さんを見据える。
 その間にも、狐さんの腕は更に捻じ曲げられていった。
「やめろぉ!!」
 僕は弟者に向かって突進した。
 もう、動けるのは僕しか居ない。
 少しでも、狐さんが反撃する為の時間を稼がなければ…!
「五月蝿い」
 弟者は僕に目も向けずにそう言い放った。
「!!!」
 刹那、僕の右足が僕の意思とは無関係に逆方向に折れ曲がる。
 迸る激痛。
 しまった。
 既に奴の奇術に取り込まれていたのか…!
「少年!!」
 狐さんが叫ぶ。
 駄目だ、狐さん。
 僕なんかに構わずに―――
「他人に気を回している暇があるのか?」
 弟者がその一瞬の隙を逃す筈は無かった。
 虚をつかれ、狐さんの左腕がそこだけ別の生き物のように跳ね上がる。
 そしてその手の指がそのまま、狐さんの胸、丁度心臓のある位置に突き立てられた。
「ぐあああぁッ!!」
 苦悶の叫びをあげる狐さん。
 やめろ。
 それだけはやめてくれ。
 狐さんを、殺さないでくれ…!
「チェックメイトだ。
 このまま自分の心臓を自分の手で抉り出して死ぬがいい」
 弟者が冷淡な表情のまま、死刑執行の合図を告げた。


                  〜続く〜

2571:2005/01/20(木) 00:44
 〜四十六話〜

 タカラギコと外方狐が弟者と接触したのと同時刻、
 八頭身はそこから200メートル程離れた場所をさまよっていた。
 当然だが弟者と交戦中の外方狐とタカラギコはその場に居る訳が無いし(これは八頭身には知り得ぬ事だが)、
 ギコも同様に崖崩れが起きた際にはぐれてしまったようだ。
 かといって、大声を出して探し回るわけにもいかない。
 そんな事をすれば、『妖滅』にわざわざこちらから居場所を教えるようなものだ。
 しかし… どうしてこんな悪夢のような場所に巻き込まれてしまったのか。
 八頭身は考える。
 自分から狐についていくと志願した手前あまり愚痴は言えないのだが、
 それでもある程度こういったのっぴきならない事態になるとは予想出来た筈だし、していた。
 にもかかわらず自分は今こうしてここに居るのはどういう事か。
 いや、どういう事かも何も、自分でここに来たからここに居るという以外の答えは無いのだが、
 それでも何か異様だ。
 何か、見えざる手によって導かれたような、見えざる糸に手繰り寄せられたような…
 そういう不可解で不快な違和感。
 糸―――
 そういえばあの糸の罠には気をつけなければ。
 いや、糸の罠だけじゃなくて、それを設置した奴にも、だが。
 あの狐の皮膚すら切り裂く程の鋭さを秘めた糸。
 恐らくは糸の強度を強化する、強化系の念能力者といった所か。
 あんなものを喰らっては一溜まりも無い。
 包丁人味平の白糸釣鐘崩しのように、細切れに解体されてしまうのが落ちだ。

 それにしても、狐の助けたがっていたあの少年は一体何なのだ?
 不自然なくらいギコに似ているあの少年…
 まるでギコの真似をする為に生まれてきたような、どこか逸脱した人型。
 そもそもギコのような奴がこの世に居るというだけで仰天なのに、
 それの鏡像がいるなどとはどういった性質の悪い冗談なのだ。
 いやそれよりも、何よりも一番驚くべき事実は、
 “あの”狐とあそこまで深く関わっておきながら、どうしてまだ狐に殺されていないのだ?
 ありえない話だ。
 狐が、『妖滅』を敵に回してまで守りたいような奴を自分の手で殺していないなんて。
 あの少年は、本当に一体全体どういう存在なのだ?
 もしや。
 もしやの話ではあるが。
 こうして自分や『妖滅』、そして『D』が今この場所に集結しているのは、
 あの少年が関係して―――
「……」
 八頭身は頭を振る。
 止そう。
 今はそんな事を考えている場合ではない。
 それにあのどこにでも居そうな少年が、この殺戮の元凶だと?
 笑えない冗句にも程があるというものだ。
 まさか。
 そんなまさかな。
 それは余りにも突飛な考えだ。

2581:2005/01/20(木) 00:45

 しかし思い返してみれば、外法狐もまた理解し難い人間ではあった。
 あいつは、外法にしてはあまりに正常に憧れ過ぎる。
 自分やギコ、そして他の『外法』の構成員は大なり小なり、
 普通であるという事を諦めているというのに。
 どう足掻いても殺してしまう、自分の呪われた性質に絶望して―――
 人間である事を、止めてしまうのが当然なのに。
 それでも狐はどこまでも一般の人間である事を求めた。
 いつかの酒の席で、狐が「将来の夢はお嫁さん」と真顔で言った時など、
 鳥肌すら立った覚えがある。
 無駄だという事は明白なのに。
 異常な人間が正常であろうとするなど、異常以外の何者でもない。
 狐にしても、それは分かっているのだろう。
 『外法』の中で最も『外法』らしいのに、
 誰よりも『外法』である事から逃れようとする二律背反。
 だからこそ。
 だからこそのあそこまでの『強さ』か。
 もしかしたら狐があの少年を殺さない理由は、そこらへんにあるのかもしれない。

「……と」
 そこまで考えた所で八頭身は立ち止まる。
 目の前に先程狐が発見したのと同じ糸のトラップを見つけたからだ。
 糸に触れないように、慎重に潜り抜ける。
 糸に触れたらその感触で居場所を察知されるのは、数分前に実証済みだ。
 しかし糸とは、中々に厄介である。
 ただでさえ細くて見え難いというのに、こうして夜に合わせて黒い糸など使われてはお手上げだ。
 その上ご丁寧に念を流した上に『隠』で覆っている。
 かなり注意して進まなければ、あっという間に糸の餌食になってしまうだろう。
「……」
 無言のまま、八頭身は狐達の安否を気遣った。
 あいつらは大丈夫だろうか?
 狐はまあ心配はいらないだろうが、問題はギコとタカラギコである。
 彼らは、まだまだ『妖滅』と戦うには時期尚早もいいところ。
 特にタカラギコに至っては素人同然である。
 『妖滅』を前にしては、10秒と持つまい。

2591:2005/01/20(木) 00:45

 しかし…
 それにしても厳重なトラップだ。
 辟易した顔で糸を掻い潜り続ける八頭身。
 ここまで執拗に張り巡らされては、10メートル進むだけでも一苦労だ。
 こんな場所で敵に襲われてはたまったものではない。
 ちょっと攻撃を避けようとしただけで、糸でズタズタに―――
「……!?」
 そこで、八頭身は一つの疑問を感じた。
 そう、こんなに糸を張り巡らしてはまともに戦う事など不可能だ。
 しかしそれは敵にしたって同じ事だろう。
 ここまで緻密に張り巡らした糸の場所を性格に全て把握するなど、
 例えその罠を仕掛けた奴が仲間にいたとしても無理である。
 だから恐らく、狐が傷をおった罠は殺傷よりも寧ろ、
 こちらの居場所を探るためのものだった筈だ。
 では、今はどうか。
 崖崩れでバラバラになってしまった自分達を探す為のものだろうか。
 いや、それは違う。
 先程わざわざ発見しておきながら、崖崩れで再び見失ってしまうなど、
 馬鹿馬鹿しい話である。
 ではこれは。
 これはまさか―――
「戦闘舞台を作っているのか!」
 そこまで推理した時には、もう遅かった。
 辺りには縦横無尽に糸が張り巡らされている。
 敵は自分を探してなんかいない。
 正確な時間は分からないが、とっくの昔に発見されていたのだ。
 だからこうして、罠に見せかけて自分に有利な戦場を整えていたのだ。
 これだけそこらに木々が生い茂っていれば、糸を引っ掛ける為の凹凸など幾らでもある。
 つまりは、ここは糸使いにとっての独壇場という事か。
 そしてこの一見敵味方双方にとって危険な糸の結界を張ってまで、
 戦いを挑んでくる可能性があるのはただ一人。
 それは他ならぬ、糸使い自身…!

 キュアッ

 風を切るような音が闇の中から響いてくる。
 死―――
 直感的に危険を察知し、八頭身が体を屈める。
「!!」
 しかし、それは攻撃を完全に回避するには至らなかった。
 音から一拍の間を置き、八頭身の右耳が切断されて地面に落ちる。
「がッ…!」
 狼狽する八頭身。
 見えなかった。
 どこからどう攻撃が来たのか、全然見えなかった…!
「流石『外法』。
 今のをよくかわしたものだ」
 パチ パチという乾いた拍手の音と共に、暗がりの中から男の声が発せられる。
 目を凝らす八頭身。
 すると闇の中からは、徐々にその声の主の輪郭が明らかになっていった。
 フーン顔の、八頭身と同じくらいの慎重の男。
「俺の名前は妖滅刺菅(あやめ さすが)。
 兄者とでも呼んで貰おうか」
 そっけない笑みを浮かべたまま、兄者は名乗った。
「お前がこの糸使いか…!」
 身構える八頭身。
 アドレナリンが大量に分泌されている所為で、右耳を切断された事による痛みは無い。
 あったとしても、それを意に介していられるような状況ではないが。
「Exactry(その通り)。
 最早ここら一体の空間は俺の『殺人技術(ジェノサイダー)』の支配下。
 言うなればお前は、標本にされる前の虫かごの中の虫も同然だ」
 兄者がツイと指を動かす。
 それに合わせて八頭身の頬がざっくりと裂けた。
 その様子を薄ら笑いで見つめ、
 兄者が勝利を確信した顔つきで兄者に告げる。
「予告してやろう。
 俺はこの場から一歩も動かないまま、指一本でお前を殺すとな…!」


                 〜続く〜

2601:2005/04/12(火) 00:26:14
ぎゃー!
貼り間違い!
気を取り直して…

 〜四十六話〜

 全身のあちこちを切り裂かれ、外法八の体中は血の赤色に染まっていた。
「よくやる。ここまで俺の殺人技術から生き延びたのは、お前が始めてだよ」
「…………」
 兄者の言葉に、八頭身、外法八は何も返さない。
 と言うより、何か言うだけの気力が残っていなかった。
 しかし――兄者は心の隅に何か引っかかるものを感じていた。
 果たして、こんなに上手くいっているのは自然なのだろう?
 いくら用意周到に舞台を整えておいたとはいえ――いくら自分の殺人技術(ジェノサイダー)が無敵とはいえ――
 ここまで、一方的だとは。
 しかも奴は特有の能力すら使う素振りを見せない。
 外法といえど、所詮この程度――にしても、余りにも歯応えが無さ過ぎる。
「……ふん、まあ、どっちにしろ殺すだけだ」
 兄者はそう呟いて思考を止めた。
 これ以上考えたところで、それは、無意味なことだろう。
 危険だと思うのならば、それこそすぐにこいつを殺すべきだ。
「死ね……!」
 兄者がクンッと右手を動かす。
 ヒウンヒウンと空を切るような音が聞こえて――直後、八頭身の右腕は切り落とされた。
「…………!」
 八頭身が落とされた腕の切断面を押さえて屈みこむ。
 勘のいい奴。
 兄者は舌打ちすると同時に感心する。
 頭を真っ二つにしてやるつもりだったが――咄嗟に反応して即死を逃れたか。
 だが、それでも致命傷ということには変わりは無い。
 ならば次で頭を両断してやればいいだけの話だ。

「いや、実際お前はよく頑張った方だよ」
 兄者が賞賛の言葉を口にしながら、今度こそ八頭身の頭へと糸の狙いを定める。
「だけど、しつこい男は嫌われるぞ? 分かったら、さっさと死にな」
 もう一度、兄者が右手をクンッと動かす。
 ヒウンヒウンヒウン。
 極細の糸が八頭身の頭に巻きつく。
 そして兄者は八頭身の頭を輪切りにすべく糸を引っ張って――

2611:2005/04/12(火) 00:26:38

「――――!?」
 八頭身に巻きついていた糸が、粉々に砕け散った。
 馬鹿な。
 声にこそ出さなかったが、兄者は驚愕した。
 糸はかなりの強度を有している筈だし、何より兄者の念を流すことで強化している。
 それが、あっさりと砕け散ったのだ。
 !!
 まさか、八頭身の能力――

「……痛い」
 八頭身が小さく呟いた。
「痛い、痛い、痛い……」
 傷口を押さえ、体中を震わせ、八頭身が繰り返す。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「な――?」
 尋常ならざる八頭身の様子に、兄者が狼狽する。
 見ると、八頭身の体からは、何か白い靄(もや)のようなものが立ち上っている。
「1さん、痛い…… 1さん痛いよおぉ……!
 どうして、どうしてこんな酷いことするんだよ1さぁん!!」
「1、さん?」
「酷い、酷い、酷い酷い酷いいィ!
 僕はこんなに1さんのことが大好きなのに、こんなことするなんてぇ!
 いくら1さんでも酷すぎるぅ!」
「お前は、何を――」
 しかし兄者の言葉は、既に八頭身の耳には入っていなかった。
 血を流し、涙を流しながら――八頭身はひたすらに1さんの名を連呼する。

2621:2005/04/12(火) 00:27:11
「は――あはは! そうか! そうだったのか!
 分かったよ1さん! 本当は僕のことを好きだけど、つい素直になれずにこんなことしてしまうんだね!
 ごめんよ1さん。 でも、僕にはちゃあんと分かってるからね!」
「おま――」
「なあんだ! そんなことだったなら、もっと早く言ってくれればよかったのに!
 だったら僕も受け入れる心の準備が出来たってものさ!
 ああ、1さんの与えてくれた痛み、何て気持ちいいんだぁ……!
 見て、僕もう三回も射精しちゃたよ!!」
 八頭身が兄者の方へと向き直る。
 股間を大きく膨らませ兄者を見詰めるが――しかし、八頭身の目には、
 最早兄者は1さんにしか写っていなかった。
「な、何なんだお前は!?」
 嫌悪感を我慢できなくなった兄者が、八頭身を抹殺すべく糸を放つ。
 無数の糸が一斉に兄者へと襲い掛かり――
「!!!!!」
 糸が、残らず粉々に砕け散った。
「ば――これは――?」
 そこで、兄者ははっと気が付いた。
 八頭身の周囲が――否、八頭身から立ち上る靄に覆われた部分が、白く凍りついている。
 まさか、これが八頭身の――
「『絶対零度の炎(コールドブラッド)』」
 超低温の、白き霧。
 八頭身の精神が理性のリミッターを振り切るまでに暴走(オーバーヒート)した時のみに顕現する、
 彼の切り札であり奥の手の、念能力。
 いくら念を流して強化しているとはいえ、兄者の使うそれは元を正せばただの糸。
 凍った薔薇が地面に落ちて粉みじんになるように――
 糸が例えどれほど強靭で鋭くとも、一度凍りついてしまえば脆くなる。

2631:2005/04/12(火) 00:28:10
「――――! なあ!?」
 そしてそれは、兄者にとって八頭身が何よりの天敵であることを示していた。
 兄者の糸は全く意味を為さない以上、兄者にはいかなる攻撃の手段も残されてはいなかった。
「くそ、こんなことが……!」
 兄者は即座に退却を選択した。
 自分や弟では、こいつに勝てない。
 他のレモナやウララーならば、こいつに勝てる可能性は十分にある。
 何より、こいつは手負いだ。
 ならばここは一旦退いて、他の奴に任せるのが得策だ。
「逃さないよ、1さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
 しかし――八頭身は体の怪我を一切感じさせないような速度で、兄者目掛けて突進してきた。
 周囲に張り巡らされた糸も、凍ってしまって全く罠の役目を果たさず、
 八頭身は一直線に兄者に向かってくる。
「こ、この――化物がぁ!!」
 兄者が必死に糸を放つも――それが完全に無意味であることは彼自身が一番よく分かっていた。
 糸は正確に八頭身の急所に巻きつくが、巻きついた端からはかなく砕け散る。
 何も、八頭身を止めることは出来なかった。
「来るな! 来るな!
 来るなぁ!!」
 兄者と八頭身との距離がみるみる縮まっていく。
 そして八頭身が残った方の腕を兄者に伸ばして――

「捕まえた」

 八頭身の腕が、がっちりと兄者の頭を掴んだ。
「な……!
 うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 兄者の顔がみるみる凍っていく。
 渾身の力を込めて八頭身の手を振り払おうとするも、
 八頭身の手は万力の如く兄者の頭を掴んで放さなかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 兄者の叫びが夜の森に響く。
 しかし、助けは誰一人として駆けつけることは無かった。
「…………!」
 兄者の頭部が完全に凍り――そして全身が連動して氷結する。
 まるで氷細工のように、兄者の体は死ぬ直前と同じままの姿で固まっていた。
「ああ〜〜〜〜〜1さん1さん。 何て可愛いんだ〜〜〜〜〜」
 八頭身が兄者を抱きしめようとするが、しかし、兄者の体はその圧力に耐え切れずに四散した。
 凍った兄者の体の破片が、そこらじゅうにまき散らされる。
「あれ? 1さん……1さん?
 ああ〜〜〜〜〜〜〜!
 またやっちゃったよお!
 今度こそは、優しくしようと思ったのにいいいいいいいいいい!」
 八頭身の後悔の叫びは既に兄者には聞こえていなかった。
「ごめんね1さん、ごめんねごめんねごめんね。
 僕もこんなことは嫌なのに、ついやってしまうんだ。
 でも、君なら許してくれるよね?
 ごめんね1さんごめんね……」
 誰も聞く者のいない八頭身の懺悔が繰り返される。
 余談だが――彼が言うところの1さんは、もうこの世には存在していない。
 彼が、1さんに拒絶された時に、思い余って殺してしまっているのだ。
 1さんは、もう八頭身の心の中にしか存在していない。
 しかし――八頭身はそのことを、本当に理解しているのだろうか?
「ごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さん
 ごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さん
 ごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さんごめんね1さん……」
 八頭身のその言葉だけが、闇の中でこだまし続けるのだった。


                        〜続く〜

264グッドーケーン:2005/10/07(金) 06:57:10
さてと、原作設定では無いが書かせてもらおう

265グッドーケーン:2005/10/07(金) 06:57:23
さてと、原作設定では無いが書かせてもらおう

266グッドーケーン:2005/10/07(金) 07:02:39
ポタ・・・ポタ・・・
血が落ちる音が今は誰も居ない古い工場に響く・・・
「いい加減でてきたらどうだい?君の仲間も皆死んじゃったんだしさ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・出てくる気は無いみたいだね・・・・まぁ、それならそれで
 いいさ、君程度の奴を見つけるなんて簡単だからね」

         <念能力・索敵殲滅(サーチ&デストロイ)!>
        
「さて・・・・ゲームの始まりだ・・・・・」

267:2005/10/07(金) 07:17:39
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
物が壊れる、または吹き飛ぶ音

奴・・・・・・・・『モララー・バイカル』が辺りを破壊しつくす・・・・・・・
奴の念能力・・・・索敵殲滅・・・強力な索敵能力と、自分を中心とした
衝撃破を放つ念能力―――だが俺の念は攻撃用では無い、どちらかと言えば
味方を補助する能力だ、それに自分自身この能力がどんな力を持つか
少ししか分かっていない、この能力は『自分で考えた物』では無いのだ
そもそも俺には素質が無かったのだ、だが、ある女の念能力によって
無理矢理この力を引き出されたのだ、俺が分かっているこの念能力
<時空制御(タイムセイバー)>の能力は

1:味方のスピードを上げる
2:敵のスピードを下げる
3:空間を拡大→収縮して爆発させ相手を吹き飛ばす(爆発した空間は30秒ほどで元に戻る尚、爆発の規模は小さく直接的攻撃力は無い)
この3つだけだ、3には直接的攻撃力は無いし
自分のスピードを上げて逃げたところですぐに追いつかれる
相手のスピードを下げたところで衝撃破のスピードは下がらない・・・
「はぁ・・・・・」

静かに、ため息をつく

「・・・・・・まさに八方塞がりだな・・・」

バリーン!
何かが落ちる音・・・・まさか・・・気づかれた!?

慌てて物音がした方向を見る、だがそこには誰も居ない・・・・・

「なんだ、こんなとこにいたのかぃ・・・?」

・・・・・!

ズガァン!!!

衝撃破のエネルギーが収束されて紫色の剣になっている・・・・・
その剣からはとてつもない禍々しさが感じられる・・・

268:2005/12/04(日) 21:56:09
四十八話

 そしてその手の指がそのまま、狐さんの胸、丁度心臓のある位置に突き立てられた。
「ぐあああぁッ!!」
 苦悶の叫びをあげる狐さん。
 やめろ。
 それだけはやめてくれ。
 狐さんを、殺さないでくれ…!
「チェックメイトだ。
 このまま自分の心臓を自分の手で抉り出して死ぬがいい」
 弟者が冷淡な表情のまま、死刑執行の合図を告げた。
「所がそうは問屋がおろさない」
淡々とした口調で誰かが言う、誰だ?擬古?八頭身?
「!?」
それに動揺したのか弟者の指が止まる、同時に狐さんの腕も
「シッ!」
突如銀色の閃光が周りを走ったと思ったら『プチ』と糸か何かが切れる音がする
そして狐さんの体が動きだす
「糸が・・・・切れた?」
僕が力無くそういう
「馬鹿な・・・この糸は鋼鉄製だぞ!?普通の人間に切れるはずが・・・」
弟者がかなり動揺しながら喋る、そう、この糸は狐さんでも切る事ができなかった糸、
普通の人間に壊せる者じゃない
「残念だが、俺は普通の人間じゃないんでな、俺みたいなのに理屈うんぬんを言っても無駄無駄だ」
どこかで聞いたようなジョークを言いながらそいつは喋る、
「まさか・・・嫌、そんなはずが・・・・!?」
慌てている―――――僕から見てもわかる程に  ゲホウウサギ
「貴様は外法狸と共に死んだのでは無かったのか!?外法兎!」
外法?狐さんと同じ――外法?
「あいにくだが、それくらいでくたばる程ヤワじゃないんでな、今までは諜報活動に専念していただけだ
誰にもその存在を悟られずに・・・・な」
冷淡に・・・・ゆっくりとその人物・・・外法兎は喋る
「くっ、だが俺の殺人奇術なら――――」
「ほぅ?俺に勝つ気でいるのか?・・・・面白い、唯一方的に殺しても面白く無いしな・・・・・
 少しは俺を楽しませろよ」
「っ―――!ほざくな!」
まだ糸を持っていたのか、糸の先に槍の用な物を付け外法兎に向かって投げる
「見よ!これが俺の殺人奇術の集大成!奇臨愚導縷!!!」
投げられた糸が寸分違わず外法兎に向かって飛んでいく、さながら流星のように――
だがその流星は外法兎にささる事は無かった、消えた、いや、最初から糸など存在しなかった用に
『消滅』したのだ、『物質を消滅させる能力』それがあの人の念?なら狐さんを操っていた糸も
『消滅』させたのか?答えはNO、確かにあの糸は切断されていた、鋭利な刃物によって
「こんな物が貴様の最終奥義とはな、笑わせてくれる、ワロスw」
兎が笑う

269:2005/12/04(日) 21:56:39
「くっ――ならばもう一度!」
弟者が構える――
「もう一度?その腕でか?」
兎が言う、
「何を言って――――」
「ぐがぁaAlaあぁAalaあぁaAllaあa!?」
そう、腕が無いのだ、斬られたそう判断するのが正しいだろう、
だが何時?どうやって?見た感じだけでも兎の弟者の距離は10m.以上ある、10m.の刀などない、だがナイフを投げただけで
あそこまで綺麗に切断できる訳がない
「うるさいぞ、小僧、黙っていないと次は痛がる暇もあたえんぞ」
兎が冷淡な口調で言う
「ぐがぁっ・・・・・ここは、一旦兄者達と合流して――」
そういって弟者が走ろうとする
「いかせんさ」
だがそこに兎が立ちふさがる
「お前に一つ質問をしよう」
「質問・・・だと?」
兎がふざけた事を言い出す
そんなことしてる暇あったら早くそいつ殺して僕の糸も切れよ
「苦痛をともなわない『死』と、苦痛をともわう『氏』どっちがいい?」
「そんな質問に答える義理は無い!」
弟者は兎に背を向けて走り出す
「そうか、苦痛をともわない、一瞬の死がお望みか」
外法兎がそういった瞬間―――――
弟者の右足、左足、首、体がバラバラになった
「残念だ、もっと楽しみたかったのに――――――」
弟者の死体が地面に落ちるこれで一応の危機は脱出した
「さて・・・・・・・・・・・」
だが、安心は出来ない、そう今この場所では
『敵の敵は味方』なんて理屈は役にたたない
『敵の敵は敵』なんて事もありえるのだ
「少年・・・逃げろ・・・・・・!」
狐さんが言う、どうやら動ける用になったらしい
「お前じゃ・・・無理だ・・・・!」
狐さんが言う、でも僕は――
「断ります・・・・好きな人を置いて逃げられる訳ないじゃないですか」
そう、僕は逃げない、僕は偽者、偽者の痛み、偽者の名前、偽者の体
でも、狐さんに感じるこの感情だけは偽者じゃない――――――――
だから僕は逃げない、例え殺されても――――

              〜続く〜

270:2005/12/04(日) 21:57:41
失敗しました、四十七話に脳内変換しといてください

271能力不明の念能力者:2006/04/18(火) 14:51:06
age

272能力不明の念能力者:2006/08/29(火) 12:08:18
age


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