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高経大がわかるプログ・サイトPart2

100凡人:2017/10/03(火) 03:27:44 ID:R.OzoZ.k0
プレゼンと審査会でPR
全国の学生が提案する渥美半島観光ビジネスコン
2017/09/19 TONICHI NEWS.

 渥美半島の観光資源を生かしたビジネスアイデアを全国の学生が提案する「渥美半島観光ビジネスコンテスト」(渥美商工会観光部会主催)のプレゼンテーションと審査会が18日、田原市古田町の渥美商工会館で開かれた。
観光などの発展につなげる

 高崎経済大学生で、栃木県小山市出身の荒井仁奈さん(20)と、岐阜市出身の塚本朱音さん(20)は、地域が一帯となってつくる「商店街」を核として「渥美の産業発展のための3つの提案」を発表した。

 示されたアイデアは、海の側にある空き家の有効活用や、貝や野菜などの直売所がある商店街の創出、海や山など「インスタ映え」する「自然資源と調和した統一感のある景観づくり」▽来年設置される予定の福江高校観光ビジネスコースの生徒が商店街などにインターンシップで訪れることができるような「福江高校の教育改革」▽商店街に温泉施設を併設する「温泉の有効活用」―など。国内外で観光地として成功したまちの写真などを示しながら説明した。

 2人は8月から、市内の旅館で行われている3週間のインターンシップや視察会に参加。「海のないところで育ったので、海があるだけで感動する。大アサリやメロンがおいしい。海と山、温泉があり、インスタ映えするような統一感のある外観の商店街があれば」と話した。

 応募総数は56点。9月末にはこの中から最優秀賞を選ぶ。同会では今後、寄せられた意見を精査しながら、10月をめどに検討委員会を立ち上げ、福江や伊良湖における観光ビジネスの実現につなげたい考えだ。

101凡人:2017/10/11(水) 04:56:59 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

私立大学と公立大学の混同甚だしい!明らかに公立大学の公共性を無視している。税金を払う市民は色々な思想や考えを持つことにより、税金の使用には公共性がいつも問われるものである。それが著しく損なわれている点や、政治思想を抱えた応援団を大学が、学生自治会さえない学生からの徴収金や同窓会費で活動費を賄うこと自体、大きな問題がある。直属応援団が平和憲法や教育基本法の平和性に大きく抵触するのは言うまでも無い。

応援団でもその形態は様々ですが、当団は名誉顧問に大学設置者である高崎市長、最高顧問に学長、特別顧問に(財)高崎経済大学後援会理事長、更に教授・助教授に顧問団を形成して戴く、全国でも珍しい大学公認の直属応援団です。全学応援団の中にも形態等に違いがある場合がある為、一概に申し上げる事は出来ませんが、東京農業大学全学応援団の場合、入学時に全学生が応援団の一員になり(入学式後に正式な入団式がある)、入団金・団費を授業料と共に全学生が納めます。その中で全学応援団幹事(リーダー部・チアリーダー部・吹奏楽部)がトップに立ち、活動しています。
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/ri-da-koukaisai.htm

102凡人:2017/10/11(水) 05:54:30 ID:R.OzoZ.k0
凡人が持つ高崎のビジョン▶政治/思想/教育の民主化/一流化(東京と対抗/並存/独立志向)▶国際化/ファッション化/都市高度化▶教育/経済/産業集積化▶雇用増▶交流人口増▶好感度イメージ定着▶未来有望確信▶都会人本格移住開始▶定住人口増加速▶大手民間資本参入▶発展軌道確立▶高崎ブランド定着▶群馬イメージ向上

103凡人:2017/10/11(水) 05:57:21 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

ココにも高校生の姿がある。

「定例リーダー公開祭」なる高崎経済大学直属の学ラン応援団の恒例の行事が行なわれた。日本には頭のいい人間がこれほど求められてしかるべき時はない。不透明な未来に国民を繁栄に導く真のリーダーが求められている。手や足となって動く盲目の愛国心や愛校心を振りかざす人間ではない。特に大学レベルとあっては強く確信する。真摯に考えて欲しい。応援団に頭の優秀な者がいるなんていう答えは、暴力団やヤクザに頭がいい人間がいるというのと同じだろう。またもしあなたが良識を持っていると仮定した場合に問いたい。この手の人間が日本国民をリードする世になったら、日本の世の中が終ったも同然だと思わないかと。この大学直属というのはとんでもない誤りであり、そこから平和憲法やその他のもろもろの法律を無視しているということを読者の頭に喚起したい。また高崎市民にお願いしたいことがある。高崎市長が現在の高崎経済大学直属応援団の名誉顧問ということなので、市民のお力を借りたいものである。富岡賢一・現高崎市長は過去に在任した歴代の右翼に傾倒した市長とは違い、民主的で理解力があり、頭の切れる稀にみる市長と尊敬している。それに取り巻く時代や環境もかなり変化している。高崎市のような全国から注目されている自治体であればあるほど、こうした民主主義を蔑ろにする事態は避けなければならない。市は都市部からの移住を目指して人口問題に取り組んでいる。その自治体のイメージに大きく関わる重要な問題である。凡人は今が高崎市の民主化の大きなチャンスであると見ている。そのためにも、長い間くさいものは蓋をする態度を改めて、問題を直視するように、高崎市民の側からどしどし抗議のメールを市長あてに出すのが、高崎市や高崎経済大学を愛し、市や大学の健全な発展を願う者としての義務だろうと思う。
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「盛大に行いました」とあるが、写真には観客が見えないので、観客すうが知りたいものだ。笑
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オーウェンくん(本郷学園応援委員会)‏ @owensanden Oct 7 2017
昨日は高崎経済大学定例リーダー公開祭 高校応援コンクールだったよ!
コンクールは残念な結果になってしまったけど、國學院大學全學應援團との国大音頭共演などいい経験ができたよ
関係者の皆様、ありがとうございました
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國學院大學全學應援團‏ @Kokudaiouendan Oct 7 2017
【高崎経済大学直属応援団定例リーダー公開祭】
本日、高崎経済大学直属応援団定例リーダー公開祭が行われました。当團は実に5年ぶりとなる友情出演としてリーダー公開を盛大に行いました!
学校の垣根を超えた合同演舞など、当團としての新しい試みを披露することができ充実したものとなりました!
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アンケートに御寄せ戴いた御質問とその答え
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/ri-da-koukaisai.htm

Q.応援団の方はいつもジャージや学蘭を着ていますが私服を着てはいけないのですか?
A.野球部やサッカー部が私服で練習する事が無い様に、当団では練習に限らず団業務の全てを修行の場として捉えている為、練習中および応援団室にいる場合は原則として学蘭(正装)かジャージ(略装)を着ています。それ以外であれば私服でも構いません。

Q.応援団と全学応援団との違いは何ですか?
A.応援団でもその形態は様々ですが、当団は名誉顧問に大学設置者である高崎市長、最高顧問に学長、特別顧問に(財)高崎経済大学後援会理事長、更に教授・助教授に顧問団を形成して戴く、全国でも珍しい大学公認の直属応援団です。全学応援団の中にも形態等に違いがある場合がある為、一概に申し上げる事は出来ませんが、東京農業大学全学応援団の場合、入学時に全学生が応援団の一員になり(入学式後に正式な入団式がある)、入団金・団費を授業料と共に全学生が納めます。その中で全学応援団幹事(リーダー部・チアリーダー部・吹奏楽部)がトップに立ち、活動しています。
1-2

104凡人:2017/10/11(水) 05:58:50 ID:R.OzoZ.k0
Q.応援団でいうリーダーとはどの様な意味合いで使用されているのですか?
A.リーダーとは指揮者と応援形式の2つの意味があり、応援団では後者を指します。

Q.全日本学生応援団連盟はどの様な活動を行なっているのですか?
A.全日本学生応援団連盟は、加盟校の間の親睦と団結、学生スポーツの正常なる発展を図る為、加盟校の懇親会、記念祭(リーダー公開)、応援団セミナー等を行なっています。

Q.昔は応援団というと横暴で暴力的なイメージがありましたが今はどうなっていますか?
A.応援団というとまず第1に硬派なイメージがあると言われます。応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・思考力等を学ぶ組織でもあり、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐い・暴力的というイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要かと思って居ります。

Q.和装を着ている幹部と学蘭を着ている幹部がいたようですがなぜですか?
A.着用は4年幹部に限るという以外は特に定めはありません。4年幹部個人の判断に任されています。当団では、歌唱リーダー(学歌・第一応援歌・第二応援歌・カレッジソング…)、名物リーダー(高崎歩兵第十五連隊・三扇節…)の際は和装を着ますが、拍手リーダー(勝利三扇の拍手…)の際はリーダーの動き等の関係から学蘭を着ています。

Q.高崎経済大学応援団は実学を基に活動されている様ですが就職状況は良いですか?またOBの方は社会でどの様な御活躍 をなされていますか?           
A.応援団員の就職率は非常に高く、現代社会において応援団の様なきちんとした行動を身につける組織が必要とされている1つの証しであると考えて居ります。当団のOB先輩諸兄は、各県庁・市役所、各県警察、金融関係、通信・ソフトウェア関係等幅広い業界で御活躍されています。

Q.大学祭の模擬店は毎年おでんを売っていますが伝統なのですか?
A.おでんを売り始めたのは昭和43年からです。売り始めた理由としては調理に詳しくない学生でも熱を通す事によって安全性を確保し調理出来る事と、大学祭が11月に行なわれる為、気象条件(寒さ)と適合している等の点から続けています。団員数の多い時代には、喫茶店・靴磨き・バンド演奏等、「おでん」以外の出し物も同時に行なっていたと聞いております。

Q.チアリーダーは無いのですか?また今後作る予定はありますか?
A.当団にはチアリーダーは存在しません。又、今後チアリーダーをつくる予定は御座居ません。基本的に男子学生のみの構成を続けるつもりで居ります。時代の流れや現代感覚を論う方もおられますが、男性のみの価値も又、ある(女性の側に立っても同様です)と考えて居ります。国技の相撲に女性がいない様に、物事の全てに男・女が混在する必要も無いと考えて居ります。
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105凡人:2017/10/11(水) 06:03:05 ID:R.OzoZ.k0
その一方でこんな催し物が群馬音楽センターで開かれている。
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平和の誓いを次の世代に
(2017年10月10日高崎新聞)

第65回高崎市戦没者追悼式が7日に群馬音楽センターで行われ、大戦で尊い命を失った方々を追悼し、平和への誓いを新たにした。

富岡市長は式辞で「戦後、我が国は混乱から立ち上がり、めざましい発展を遂げ、平和な社会を築いてきた。私たちが平和で穏やかな毎日を送れるのも戦争で命を落とされた尊い犠牲の上に培われたもので、ご遺族の努力の賜物だ。恒久平和の実現のため戦争の悲惨さ、平和の尊さを次の世代に語り継いでいかなければならない」と述べた。

遺族会の川村会長は「戦後72年の歳月がたち、遺族も高齢化し、戦争を知らない世代が増えている。後継者の育成に力を尽くしたい。遺族の一人ひとりが心を新たに一致団結し、世界の恒久平和に尽くしたい」と追悼の言葉を述べた。

次の世代を担う若者代表として高松中学の高杉君と吉田さんは、自分たちが戦時中の通学生だったらどんな思いであったかを考え「人々が作り上げてきた平和を私たちも守り、核兵器のない世界を実現していきたい。戦争の恐ろしさ、悲しさを伝え、命の尊さをいつくしみ行動していきたい」などと決意を述べた。

参会者により献花が行われ、哀悼を捧げた。

106凡人:2017/10/11(水) 07:56:10 ID:R.OzoZ.k0
訂正=富岡賢一・現高崎市→富岡賢治・現高崎市長

107凡人:2017/10/11(水) 09:20:39 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

意識の高い優秀な大学受験生は高崎経済大学のようなブラック大学は確実に敬遠する。群馬県内のトップ受験生の層は始めっから相手にしていないことも分かる。その空洞をかろうじて埋めるのが北海道やその他の県出身。だが野望ある彼らの多くは東京に出ることを目当てにしていることは明白だ。教職員の質についてもまったく同じことがいえる。去る教職員の穴埋めもままならない。経済学部もそうだが、日本初として注目されながら生まれた地域政策学部を持つ大学である。地域政策分野でリード的役割をしなければならない筈の高崎経済大学だがブラック大学故に、他の大学が黙っていない。以前のようにもうニュースにもならないことから、既に影がとても薄いと言える。そしてその存在価値が年々低下しているように見受けられるのは凡人の錯覚か?今のブラック大学のままでは不祥事が起らないことを祈ることが先で、現状維持ができればやっと。易化入試で偏差値操作や入学志願者を増やす私立大型入試戦略を採用するも、所詮は滑り止め。そうした数値はそれほど意味はない。今のままでは発展どころか、他の後発の公立大学の絶え間ざる誕生の波に飲まれることは確実。創立60周年を迎えた今になっても、いまだ他の後発の公立大学との差別化がままならない。また試験の簡単さを大学受験生に揶揄されたり、色々な意味で軽蔑されるだけの地方公立大学でしかない。自治体としての高崎市は注目に値する勢いがあるが、その母体から生まれた筈の大学は大学教育界の異端であり、ブラック大学であるゆえに、もう先が見えているといえよう。
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JR東、埼玉大生が埼京線沿線の活性化案
2017/10/11 2:00 日本経済新聞 電子版

 JR東日本大宮支社は埼玉大学の学生を対象に、埼京線の沿線活性化をテーマとしたインターンシップを始めた。全15回の計画で、グループでの討論やフィールドワークなどを実施。学生が課題解決に向けた提案をまとめ、2018年2月に大宮支社で発表する。まちづくりに関する実践的な提案能力を養い、社会で活躍できる人材の育成に貢献する狙いがある。

 インターンシップは埼玉大基盤教育研究センター(石阪督規教授)と協力し…

108凡人:2017/10/13(金) 07:55:41 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

民主主義を教えない大学

学生に民主主義を教えない大学、教えることができない大学が高崎経済大学。当然だろう。そんなことをしたら、学生が現行の大学経営に大きな疑問を持つようになるからである。それだから、できるだけ学生の目を真理から反らせ、追究が出来ないように講義が組まれていると推測するのが道理だ。そうでなかったら学生たちは教職員と同様、とんでもない痴呆の集まりであるという結論になる。大学生になって教えられてから解るようでは、盲目に等しいのだが、日本教育では平和の影に隠れ、その盲目でも生活には不自由しない。だが日本国憲法がまったく理解できず、あるいは誤解して高崎経済大学(高経大)を卒業してしまう卒業生たちをみる毎に、日本の将来にとってこれほど不幸なことはないと憂う。日本の民主主義を守る勢力になりえないからだ。

暴力団右翼側に立つ高崎経済大学

日教組がどんな組織だか、その内部にいないので詳しいことはわからない。だがその全国集会を開催するごとに、その会場には暴力団右翼の日の丸を飾った特別仕様の異様な車が集会妨害や抗議やらの目的で、全国から集まってくるのを知っている。だが日教組と暴力団右翼との二者択一だったら、凡人は日教組の側に立つ。暴力団右翼は暴力で言論の自由を許さない集団であり、明らかに民主主義の敵であるからである。その物々しさをニュースのビデオでみるたびに、日本の戦前や暗黒をみる思いだ。逆に暴力団右翼を其処まで駆り立てるのだから、何か日教組は正しいことをしているのではないかというイメージを凡人は強く持つのは凡人だけか。日教組がいなかったら、その暴力集団は気に食わない意見を持つ個人の住居に押し寄せ脅威を振るうだろう。そう考えると蕁麻疹が走る。なんと高崎経済大学はその暴力団右翼の側にある。なぜならば古くは、もと高経大学長故三潴信吾氏の言動が証明している。彼は圧殺の森の立役者。高経大の憲法学の教授として教壇に立ち、紀元節を唱え、学生に大日本帝国憲法は今も存在している意を表明し、また現直属応援団の元を作った人物。「天照大神の天孫降臨の神勅」や「教育勅語」をこよなく愛した彼の思想や信条は、まったく暴力団右翼のそれと似ている。むしろ暴力団右翼は彼の教えを受けたと言ったほうがよいのであろう。その学長と高崎の暴力団松葉会の幹部との関係は新聞によって暴かれた。その幹部は高経大の学長室に何度も訪問したり、お酒を酌み交す仲であることは国会の法務委員会で問題になっている事実。まるで極道映画をみる思いである。また最近の例では数年前まで直属応援団の顧問であり、高経大の教壇にたち学生に憲法論(学)を教えていた、右翼プロパガンダの八木秀次・麗澤大学教授。「憲法学者としての知名度は低く、憲法学者というよりも政治イデオロギーを前面に押し出したタカ派論客、たんなる戦前回帰&ヘイト容認のネトウヨと同レベル」で、保守派の憲法学者さえ相手にしない人物である。高崎経済大学の大学経営側や全学生の代表である直属応援団の言葉を再掲載するので、言葉を吟味して欲しい。その高経大の60年の歴史や、また応援団の吐き出す言葉の行間に潜む意味。政府や自治体が推し進める暴力団追放運動や男女参画運動にみうけられる民主主義運動の対極に高崎経済大学が存在することがとてもはっきりするのである。

凡人がブラック大学と呼ぶ理由

この事実からして、凡人は現行の日本国憲法が高崎経済大学の学生たちに正しく教えられていないと危惧する。また「圧殺の森」で応援団がとった、学生を中心とする大学民主化運動への弾圧や脅威、その直後の応援団の格上げの大学直属化、またその事件後学生自治会が作れない学内の環境変更、民主化に同調する勇気ある教員たち8人の辞職等、その60年の暗い歴史の中にあって、学校側が歴史を正そうとする気配がいっこうに見えないこと等、圧殺の森が今も延々と続いている証拠である。公立大学でありながら、高経大を私物化する大学経営陣や教授だち。それゆえ凡人はこの大学をブラック大学と呼ぶのである。
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109凡人:2017/10/13(金) 07:57:30 ID:R.OzoZ.k0
日本国憲法は豚に真珠。

日本国憲法にはアメリカ憲法の影響が随所に見られる。アメリカの憲法の直訳ともとれる言葉回しや字句が処各所に登場する。憲法草案に関わった人物がアメリカ人なら、そうなるのは当然のことだろう。だがアメリカの憲法は深みのある読み物ではっきり言って馬鹿には解らない。その憲法はフランス憲法の条文にも多大の影響を与えた。つまりアメリカ憲法は世界に通じる内容や価値を保有する書物であり、いまもアメリカの日常生活に生きている長い歴史を有する最高法規である。時代が変り、国民の意思にあわせるために、アメンドメントという形で実質改憲しているがオリジナルには筆を加えていない。その偉大な書き物。その草案を書いた人物ではないが、それを認める形で署名している人物の一人にベンジャミンフランクリンの名がある。かれはその当時長老であるが、彼の才能は言葉では到底表せない超人間的人物である。よく日本では夏目漱石が優秀と言っているのを聞く。では彼と比べてどのくらいなのか。夏目漱石が優秀であれば、フランクリンは神であろうと凡人は答える。その卓越して才能には驚かされる。レオナルドダビンチとかピタゴラスとか、歴史上の偉大な人物を超えるモノがある。彼の業績は啓蒙や教育によく表れている。それはアメリカ国内だけではなく、世界に通じる啓蒙である。その啓蒙は民主主義を推進し、守る上ですこぶる必要なことは特筆されよう。彼は夏目漱石のような立派な学歴はない。いやまったく正規の学歴はない。一人田舎にこもって好き三昧に小説を書く「孤高」な人間ではない。人類や世界を良くし、啓蒙する人物である。彼の業績の例を上げればこうである。大学制度自体不確かなアメリカ植民地時代に生まれ育ち、後に彼はアイビーリーグに属するペンシルベニア大学の元を作った人物である。ベストセラーで国民の啓蒙に役立つアルマナックを執筆、出版し、だるまストーブ、バイフォーカスメガネ、いまの図書館制度や郵便システムを創った人物。また雷が電気であることを証明した人した科学者である。独立戦争当時、フランスに赴き外交を展開して、味方につけ独立軍の財政に大いに貢献した有能な外交官でもある。凡人の知るところはおおむねそんなぐらい。でも一人の人間がココまでできるのかと思うぐらいのスーパーマンである。凡人の言葉を信じなくてもいい。たくさんの本が出ているので、確認して欲しいもの。話を元に戻すが、アメリカ憲法は大日本帝国憲法やその他の憲法と違って、御用学者が当時の権力者・実力者の都合のように作った便宜上の法律書ではないということ。民主主義を考えるうえで重要な政治哲学の教典として読み応えがあるということである。

日本の将来のため

日本国憲法を正しく教えられる教員が高崎経済大学の教壇に立つ日はいつになるのだろうか。凡人は高崎経済大学に一刻も早く、民主主義の光りを取り戻して欲しいと念願するのである。それによってはじめて独裁やファシズムが理解でき、投票の重要性が理解できる。軍国化や独裁やファシズムやポリスステイトから、日本を守り、民主主義を継続させ、国際社会の平和へ寄与できる人物の養成。卒業後就職することのみが大学の存在の目的ではない。一人一人が民主主義の担い手になる資格をもって卒業をすることが、日本の将来のために必要だとつくづく思うのである。

お断り:読み返す時間がない。急いで書いている。誤字脱字、事実の誤認があるかもしれないがそこのところはご勘弁のほどを。そのことは各自のホームワークとして頂きたい。
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110凡人:2017/10/13(金) 08:01:46 ID:R.OzoZ.k0
アンケートに御寄せ戴いた御質問とその答え
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/ri-da-koukaisai.htm

Q.応援団の方はいつもジャージや学蘭を着ていますが私服を着てはいけないのですか?
A.野球部やサッカー部が私服で練習する事が無い様に、当団では練習に限らず団業務の全てを修行の場として捉えている為、練習中および応援団室にいる場合は原則として学蘭(正装)かジャージ(略装)を着ています。それ以外であれば私服でも構いません。

Q.応援団と全学応援団との違いは何ですか?
A.応援団でもその形態は様々ですが、当団は名誉顧問に大学設置者である高崎市長、最高顧問に学長、特別顧問に(財)高崎経済大学後援会理事長、更に教授・助教授に顧問団を形成して戴く、全国でも珍しい大学公認の直属応援団です。全学応援団の中にも形態等に違いがある場合がある為、一概に申し上げる事は出来ませんが、東京農業大学全学応援団の場合、入学時に全学生が応援団の一員になり(入学式後に正式な入団式がある)、入団金・団費を授業料と共に全学生が納めます。その中で全学応援団幹事(リーダー部・チアリーダー部・吹奏楽部)がトップに立ち、活動しています。

Q.応援団でいうリーダーとはどの様な意味合いで使用されているのですか?
A.リーダーとは指揮者と応援形式の2つの意味があり、応援団では後者を指します。

Q.全日本学生応援団連盟はどの様な活動を行なっているのですか?
A.全日本学生応援団連盟は、加盟校の間の親睦と団結、学生スポーツの正常なる発展を図る為、加盟校の懇親会、記念祭(リーダー公開)、応援団セミナー等を行なっています。

Q.昔は応援団というと横暴で暴力的なイメージがありましたが今はどうなっていますか?
A.応援団というとまず第1に硬派なイメージがあると言われます。応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・思考力等を学ぶ組織でもあり、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐い・暴力的というイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要かと思って居ります。

Q.和装を着ている幹部と学蘭を着ている幹部がいたようですがなぜですか?
A.着用は4年幹部に限るという以外は特に定めはありません。4年幹部個人の判断に任されています。当団では、歌唱リーダー(学歌・第一応援歌・第二応援歌・カレッジソング…)、名物リーダー(高崎歩兵第十五連隊・三扇節…)の際は和装を着ますが、拍手リーダー(勝利三扇の拍手…)の際はリーダーの動き等の関係から学蘭を着ています。

Q.高崎経済大学応援団は実学を基に活動されている様ですが就職状況は良いですか?またOBの方は社会でどの様な御活躍 をなされていますか?           
A.応援団員の就職率は非常に高く、現代社会において応援団の様なきちんとした行動を身につける組織が必要とされている1つの証しであると考えて居ります。当団のOB先輩諸兄は、各県庁・市役所、各県警察、金融関係、通信・ソフトウェア関係等幅広い業界で御活躍されています。

Q.大学祭の模擬店は毎年おでんを売っていますが伝統なのですか?
A.おでんを売り始めたのは昭和43年からです。売り始めた理由としては調理に詳しくない学生でも熱を通す事によって安全性を確保し調理出来る事と、大学祭が11月に行なわれる為、気象条件(寒さ)と適合している等の点から続けています。団員数の多い時代には、喫茶店・靴磨き・バンド演奏等、「おでん」以外の出し物も同時に行なっていたと聞いております。

Q.チアリーダーは無いのですか?また今後作る予定はありますか?
A.当団にはチアリーダーは存在しません。又、今後チアリーダーをつくる予定は御座居ません。基本的に男子学生のみの構成を続けるつもりで居ります。時代の流れや現代感覚を論う方もおられますが、男性のみの価値も又、ある(女性の側に立っても同様です)と考えて居ります。国技の相撲に女性がいない様に、物事の全てに男・女が混在する必要も無いと考えて居ります。
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111凡人:2017/10/13(金) 09:54:02 ID:R.OzoZ.k0
誤字脱字の類を数箇所見つけたが意味がわかってもらえるので、ここでは大きなものに限って訂正する。

ベンジャミンフランクリンの紹介文の中に:
訂正=アメリカ植民地時代に生まれ育ち→イギリス植民地であるアメリカ、しかもその激動の時代に生まれ育ち

112凡人:2017/10/14(土) 05:40:53 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

高校でさえ生徒の考えや意見が言える新聞部があるが、高崎経済大学(高経大)には存在しない。問題意識も意見もまったくないボケた学生らが院生も含めて毎年900人近く、高経大に新入生として入学するのか?それとも大学側の処置なのか?高経大生の在学生や卒業生の記述したもので印刷された物が見受けられるが、それはすべて大学側を褒めちぎるものばかりで、読んでいて気持が悪くなる。中核派の「前進」に目を通した時に似た感じを覚える。なにかすべて思考のパターン化が垣間見られる。大学側ですべて検閲されているとみるのが妥当であろう。大学を批判したり、不利になるものは一切印刷されないのであろう。大学側の不利になるものは学生の意見にあらずなのか。でも待てよ。2ちゃんねるを検索すれば、在校生や卒業生とみられる意見はいくらでも見つかるではないか。なにか北朝鮮に似てやしないか。でもなー、その投稿はみな匿名なので大学関係者なのか断定は出来ない。まあ高経大の真の学生新聞部は当分2ちゃんねる発信なのだろう。笑

他にも言いたいことがある。ここに書かれている高女の新聞部員は「問題意識」があり、誰もが認める優秀な生徒であろう。進学校である故に皆大学進学を目指しているに違いない。だがそうした優れた生徒の中に、仮に経済学や経営や地域政策に興味があるとしても高経大を進学先とは考えないであろう。高経大では学生自治会も新聞部もない。学生の自由な意見は圧殺されるからだ。みんな東京かその他の普通に「民主的」な有力大学に進学するだろう。そのことが意味するものは高経大にあっては、創立60周年を迎える今となっても大学が抱えている慢性的問題である優秀な学生の確保の難点。それは長い目で見ても高経大の停滞に表れている。みよ、高崎市や群馬県においての大学出身者別にみた様々なランキングを。東京都内の大学が首位をほとんど独占しているではないか。また優秀な大学受験生が市外や県外に出てしまうという、高崎市が直面している慢性的な人口問題にも、高経大は充分に助けていないと言えよう。
*****
県高校新聞コンクール 高崎女子が最高賞
2017年10月13日(金) AM 11:00 上毛新聞

 第31回県高校新聞コンクールの審査会が12日、前橋市古市町の上毛新聞社で開かれた。

 群馬県内19校の新聞部などが作った新聞が審査され、最高賞の知事賞に高崎女子が選ばれた。「問題意識を持って新しい話題を多く取り上げ、一つ一つ手が込んでいる」と高い評価を受けた。

写真=各校の新聞に目を通す審査委員

113凡人:2017/10/14(土) 18:35:20 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

高崎経済大学(高経大)直属応援団と暴力団右翼を凡人は一緒にするつもりは毛頭ない。思想や行動に多くの共通点はあるものの、一方は明らかに犯罪者集団である。だがそういうものの、民主主義を愛し、守る側からすれば両者はそれほど違わない。どちらも時と場が来れば民主主義に対して大きな牙をむき出す。

高経大直属の応援団をナチスのSSと凡人は何度も呼んでいる。それはまったく冗談事ではない。事実だからそう呼ぶのである。ナチスのSSは正規の軍隊ではない。親衛隊と呼ばれ、ドイツやその占領下の欧州諸国において「治安維持、反体制分子摘発、ユダヤ人狩り」を主な任務とした。一方の我直属応援団は平和時では献血やボランティアで非常に市民に受けが良い活動を行なっている。ちょっと待てよ。ヤクザ・暴力団だって、時折であるが善行を見せる。例えば東北大地震による被災地での物資の配給などに活躍したニュースがこれにあたるだろう。しかし両者とも有事の際には本来の姿をむき出しにする。応援団にあっては、何度も話すが「圧殺の森」でみるように、学生を中心に盛り上がった大学民主化運動に対して、それを阻止するために大学側の手と足となって働いた例などが上げられる。それがどんなに腐った大学側の体制であっても、右翼勢力を守る番犬役である。その点がとてもナチスのSSに似ていると凡人の目には映るのである。そうした右翼に傾く学生団体が高経大の直属として、他のすべての学生団体の上に立ち、高経大の象徴として扱われ、また外国人留学生や院生を含めた全学生の代表となっている現状はとても憂えべき事態である。今や戦後ではない。民主主義の時代にあって、こんな反民主的な事態が存在して良いものだろうか。それを黙って見ている4000名を超える教職員や学生の姿に凡人はただただ唖然とするのである。

余談であるが凡人はアムステルダムのアンネ・フランクの隠れ家を昔訪れた一人である。
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前橋でホロコースト展 アンネや杉原千畝の貴重な資料【群馬】
2017年10月14日 東京中日

写真=(左)アンネ・フランク(右)杉原千畝=いずれも企画展実行委員会提供

 ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の歴史を振り返りながら、平和や人権について見つめ直す「勇気の証言-ホロコースト展 アンネ・フランクと杉原千畝の選択」前橋展が13日、JR前橋駅北口の前橋エキータ3階で始まった。22日まで。入場無料。

 展示は「ホロコーストの歴史」「アンネ・フランクと杉原千畝の選択」「私から始まる『人権』」の3部構成で、物品や写真などのパネル資料計約130点が展示される。

 30歳当時のヒトラーがユダヤ人への憎悪を記述した直筆サイン入り書簡(複製)、「アンネの日記」で知られるユダヤ人少女アンネ・フランクが友人に宛てた詩と直筆のサイン(同)、当時の日本政府の命令に背いてビザを発給し、多くのユダヤ人を救った外交官・杉原千畝がビザ発給を決断するまでの心情をつづった直筆手記(同)や日本通過ビザ(同)など貴重な資料もある。

 第2次世界大戦終結70年の2015年から、東京・池袋を皮切りに全国各地で開催され、地方会場としては前橋市が10カ所目。

 主催する実行委員会担当者は「ホロコーストについて、日本では細かいことを知る機会は少ないと思う。展示を通して命の大切さ、平和の尊さを考えるきっかけにしてほしい。特に若い人に見てもらい、さまざまなことを学んでもらいたい」と話した。

 問い合わせは、実行委事務局(創価大企画広報課内)=電042(691)9442=へ。 (石井宏昌)

114凡人:2017/10/15(日) 09:23:30 ID:R.OzoZ.k0
訂正=「今や戦後ではない」→「今や戦前や戦後直後の混乱期ではない」。

116凡人:2017/10/17(火) 10:02:54 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学という名の高校:

アカデミックな大学教育と自衛隊、軍隊養成を混同すれば、その結果が高崎経済大学(高経大)のよう中途半端な学校ができ上がる。見かけは大学組織でも、レベル的には高校教育の延長。東京や他の政令都市と違って、発展途上にある中核都市である高崎市の地域に根ざすことを目的にするのであれば、その大学のレベルからして扱える範囲であろう。

地元高校教諭らの間で少なからず、郷里における歴史や地理の個人的研究が活発である。その成果が本になるという地方版の記事を時折見かけることからの感想である。それらの研究と高崎経済大学の目指す地域研究とは互いに大きく重なるのはなんとも皮肉であろう。短大から4年制になる理由が研究というレベルにおいてまったくみつからない。高経大の教職員と高校教諭とのレベル差がなく、一方が給料泥棒と呼ばれても差し使えない情況である。

コミュニティ・カレッジは大学にあらず。すくなくともアメリカではそうである。すこしでも勉強好きな人間は日本のように大学卒で満足しないで、大学院にいく。マスターの学歴を持つ人間でなければ出世がままならない社会である。以前にも少し触れたが、コミュニティ・カレッジは周辺の地域を目線にしているから、短大と言えども車のメカニックや美容師といった資格試験に備える職業訓練校をかねている。2年制だから4年制に進学したい学生は進学用の単位を取得して4年制大学に編入する。なかにはUCLAをはじめとした有名大学に進学する学生もいるがそうは多くない。カリフォルニアにあるコミュニティカレッジは市立であり、4年制大学よりも授業料が安いので知られている。だから大学進学者がコミュニティ・カレッジを選ぶメイン理由は最初の大学2年間の授業料節約か、または地理的に家から近いという2点くらいだろう。仕事に必要な資格が取りたい者か、経済的に恵まれない家庭の大学進学者がいくというイメージである。だから最終学歴がコミュニティ・カレッジというのは自慢にまったくならない。むしろ4年制大学の間では笑い話の種になる。たとえば、「君たちはどこ出たの?」「私はUCLAです。」「僕はバークレー校。」「私はUSC。」「ペパーダインです。」「で君は?」そこで彼は胸を張って叫んだ。「サンタモニカ・コミュニティーカレッジです」。周りが一瞬にしてシンとなる。そして爆笑。そんな場面がテレビや映画のコメディーになる。

高崎市はかつて軍都であった。またこの地には高崎歩兵第十五連隊が創設された。国内では労働者のストライキ鎮圧等に、またはるか海外では侵略戦争に大活躍。高崎市は前橋市との競争心から、学問が成熟していた訳ではない土地柄に、短大を昇格させて大学を創設した。だがそれはまったく時期尚早であったことは、その不甲斐ない大学の歴史が証明している。いくらなんでもしてはならないこと。つまり経済学という学部を有するアカデミックな大学教育と戦前の軍国主義教育をごっちゃ混ぜにするということ。それは油と水を混ぜるのに似ていて、まことに困難である。それは無理でありばかりか、今の民主主義憲法やそれに基づいた教育法に大きく違反している。その右翼思想は高崎経済大学の発展はおろか、母体である高崎市の発展にも大きな悪影響を及ぼししている。
1-3

118凡人:2017/10/17(火) 10:13:51 ID:R.OzoZ.k0
では高経大のシンポルであり、また高経大生たちの代表である直属応援団に再度登場してもらいましょう。

Q.昔は応援団というと横暴で暴力的なイメージがありましたが今はどうなっていますか?
A.応援団というとまず第1に硬派なイメージがあると言われます。応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・思考力等を学ぶ組織でもあり、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐い・暴力的というイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要かと思って居ります。

Q.チアリーダーは無いのですか?また今後作る予定はありますか?
A.当団にはチアリーダーは存在しません。又、今後チアリーダーをつくる予定は御座居ません。基本的に男子学生のみの構成を続けるつもりで居ります。時代の流れや現代感覚を論う方もおられますが、男性のみの価値も又、ある(女性の側に立っても同様です)と考えて居ります。国技の相撲に女性がいない様に、物事の全てに男・女が混在する必要も無いと考えて居ります。

凡人のコメント
◆「規律・礼節・元気・勇気・思考力等を学ぶ組織」・・・・「思考力」は多分書いている本人さえその意味がつかめてないであろう。それを除けば自衛隊をはじめとした軍隊組織の内部でよく見受けられるルールである。また暴力団やヤクザ組織もそれに準じている。それらは従わなければならない「決まり」である。暴力団員同士による挨拶や仰々しい振る舞いから解る。上から下へとランクごとに命令が流れ、下位ランクの者が絶対服従を要求される。「組織」暴力団と呼ばれるいわれである。
◆「警察・消防・自衛隊がそうである様に」・・・・団員自ら認めているように、本来の学生として論理性や頭脳の良さを尊ぶ集団ではないことは確かである。ナチスドイツのSSこと、親衛隊も団体行動し、警察の役割を担い、自警団的組織であった。
◆「統制の美は男性的」・・・・統制の美?三島由紀夫の世界がみえる。それは肉体の美も包含するものであろう。壮大なナチスドイツ軍隊の行進等にみられる統制の美を指しているのであろう。男性的でカッコよいのか?凡人にとって、動物的本能によるカッコよさは否めないが、知的には恐怖心の方が大きい。
◆「いざという時に大切な学友を守る」・・・・守る学友とは思想的同志を指す。ごく一部の者であることは明白。なぜならば数からすれば民主主義を愛する者が大多数とみるほうが常識だからである。
◆「毅然とした態度も時には必要」・・・・暴力団右翼等が見せる恐喝、暴力の必要性を肯定しているのに他ならない。人道的要素や法律的な責任はどうか気になる。
2-3

119凡人:2017/10/17(火) 10:18:16 ID:R.OzoZ.k0
◆「男性のみの価値」「女性のみの価値」・・・・それがいったい何なのか聞き出したいものだ。暴力団活動には女性の姿があまり見受けられないのはそのためなのだろうか。
◆「国技の相撲に女性がいない」・・・・そうお偉方が決めてるのであって、相撲自体が男性に適性だからという訳ではない。スポーツとしての女子相撲はあって良い。むしろ女・子供でもいや万人がスポーツとして楽しめると凡人は考える。その国技の相撲だが最近スキャンダルが発覚した。その勝ち負けが暴力団等によりギャンブルとして利用され資金稼ぎなっていたのは多分歴史とともに古いお話と考えるほうが常識だろう。
◆「当団にはチアリーダーは存在しません」・・・・・日本でもそうだが、いまやチアリーダーは学ランの応援団人口を遥かに上まわっている。その参加者は幼年時から大学、社会人まで幅広く、多くの若者を集めている。演技の質をめぐって国際大会のコンテストも世界中で盛んに行なわれている。いわば主流であり、「歴史の遺産」としての学ラン応援団をまったく圧倒してる。またチアリーダーは女性だけの世界ではない。男性も少なからず含まれる。
◆「時代の流れや現代感覚を論う方もおられますが」・・・・・右翼思想の本質は変化を忌み嫌うということ。周りの社会や個人の趣向がどんなに変わっても、戦後民主主義に生まれかわっても、依然同じ考えを持ち続けること。だから高経大が創立60周年を迎えた今になっても、パッとしない大学であり続ける。そしてそれに対してなんら危機意識を持たずに平気でいられるのであろう。発展のためには常に時代の流れを意識していなければならない。だが、この大学に限ってはまったく鈍感である。「見ざる聞かざる言わざる」を決め込んで、内外の批判をかわすことがよく見受けられる。それは批判を論破するだけの論理もいい訳もないからに他ならない。
◆「物事の全てに男・女が混在する必要も無い」・・・・・これは男女平等を欲しない保守派の間でよく使われる言葉である。すべてに男女を混在せよと誰も要求していない。その漠然とした言葉の中に「女は黙ってろ」という隠された言葉が内在している。でなかったら曖昧な言葉で終らせるわけがない。たかが、いまやどこでも見受けられ、否定できないチアリーダーの存在を尋ねているのである。ところでどの分野に男女の「混在」が許され、どの分野に男女の「混在」が認められないか。また誰がそれを決めるのか?そうした問題が凡人にはとてもきになるところである。

凡人は女性のリーダーになんら違和感がない。男性と対等に渡りあえる、頭のスマートな女性が大勢存在することも承知している。だから政治家や民間会社の社長や自治体の幹部に女性がどしどし進出することを望んでいる。だが群馬県では統計でみる限り、まったくそれが反映されていないばかりか、都道府県別のランキングではイメージと同様、最下位争いをしている。それはなぜか?その原因は何処にあるのか。いろいろ凡人はそれについて別のところで言及してきた。ただここで一言いいたいのは高崎経済大学は女性の社会進出についても貢献しない、または出来ないということである。つまり、まったく時代錯誤的信条を前面に押し出し、言論の自由を認めない大学で有る故に、自治体がかかえる人口問題にしても、男女参画による女性の社会進出にも貢献できないのである。「物事の全てに男・女が混在する必要も無い」と言い切る高経大直属の応援団。男女参画による女性の社会進出はいまの政府や自治体がすすめている大目標であるが、それに貢献するどころか、その意気込みを削ぐような言葉を平気で吐いている。前にも言っているように、大学直属である故に、その言葉は大学の見解であり、また高経大の学生を代表する意見であるということは決して忘れてはならない。
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120凡人:2017/10/17(火) 10:25:03 ID:R.OzoZ.k0
訂正=「差し使えない」→「差し支えない」

121凡人:2017/10/17(火) 10:46:33 ID:R.OzoZ.k0
「シンポル」→「シンボル」

122凡人:2017/10/17(火) 22:31:37 ID:R.OzoZ.k0
訂正=「高崎市の地域に根ざすことを目的にするのであれば」→「高崎市の地域に根ざした研究を目的にするのであれば」

123凡人:2017/10/20(金) 03:39:25 ID:R.OzoZ.k0
高校には生徒会という学生に選ばれた組織があるのが普通。つまり高崎経済大学よりも主権者教育が教えられる条件が揃っている。高崎経済大学という名の高校には生徒会がない。「学生」と呼びたいところだが、生徒と呼んだほうがあっている。だから本来なら学生自治会というところだが、生徒会でいいのかもしれない。そこで主権者教育を一から徹底してやり直すべきだとおもうね。そうすれば、投票率向上を気にしている高崎経済大の学生団体「TCUE投票ファクトリー」であるが、問題なのは投票率ではないことが理解される。
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<衆院選>若者投票率、政策に影響? 沼田高3年に主権者教育【群馬】
2017年10月19日 東京中日

写真=新聞のコピーを手に各党の政策について語り合う生徒たち=沼田市の沼田高校で

 投票できる年齢が18歳以上に引き下げられてから初めての衆院選(22日投開票)では、若者の投票行動も注目される。昨年の参院選では18、19歳の投票率が低調だったこともあり、県内各地で高校生や大学生を対象にした主権者教育が行われている。 (原田晋也)

 「選挙に行かなければ若者向けの政策はなかなか出てこない」。十七日、沼田市の県立沼田高校の体育館。同校の峯川浩一教諭(35)が、有権者百七人を含む三年生百六十七人に語りかけた。

 この日はまず模擬投票を実施。年齢や生活状況が書かれたカードが配られ、生徒たちは書かれた人の気持ちになって投票した。“立候補”しているのは若者の就業支援や奨学金拡充を掲げる候補者Aと、年金支給額増加などを掲げる候補者Bの二人。当選したのは候補者Bだった。

 実はカードは二十代の大学生と六十代の退職した高齢者の二種類だけ。前回衆院選の二十代と六十代の投票数の比率に応じて配ったという。

 峯川教諭は「実社会の比率をここにあてはめるとこれが真実だ。政治家が当選しようと人数も多く投票率が高い層向けの政策を考えるのは当然。だが、十八、十九歳と二十代の投票率が仮に70%あれば高齢者の票に近づく」と強調。各党の公約や党首討論会の新聞記事のコピーも配り、生徒らに意見交換をさせた。

 三年の萩原大成さん(18)は「年齢と投票率が選挙に影響してしまうんだなと改めて感じ、面白かった。奨学金や北朝鮮問題についての公約を判断基準にしたい」と話していた。

 投開票日目前の開催だが当初、一年生向けに予定していたのを急な衆院解散を受け、三年生向けに変更したという。

 県選挙管理委員会によると、選挙年齢引き下げ後初の国政選挙だった昨年の参院選では、県内の十八歳の投票率は48・12%、十九歳が36・99%で、県全体の50・51%にいずれも及ばなかった。

 特に主権者教育が届きにくいとされる大学生向けに、二十日までに県内五大学での啓発活動を予定している。

 投票率向上を目指す高崎経済大の学生団体「TCUE投票ファクトリー」は十七日、大学の食堂でチラシやクリアファイルを配り投票を呼び掛けた。十九日も正午から行う。代表の近藤敦也さん(21)は「ただでさえ少子高齢化で高齢者の意見が反映されやすいのに、このままの投票率では本当に自分たちの政治は行われるんだろうかという危機感がある」と語った。

124凡人:2017/10/20(金) 12:59:59 ID:R.OzoZ.k0
東京都知事と「希望の党」の代表の「二足のわらじ」で小池百合子氏は都議会の野党から大きな批判を浴びせられていると聞く。元大阪府知事(前大阪市長)で旧「おおさか維新の会」前代表の橋下徹氏もかつて「二足のわらじ」を履いていたが、小池氏へのような大きな批判は聞かれなかった。また大阪府知事の松井一郎知事は「日本維新の会」代表として現在継続中。やはり女性が大きなことをやると男性社会では叩かれるのだろう。

ところで「二足のわらじ」ぐらいでこうも大きな問題になるのかと凡人はため息を漏らす。いったい何足履けば気がすむのかといいたくなるのが、現在高崎経済大学の理事長である高木賢氏である。凡人は高木氏が高経大史上初の理事長に就任の際に任期中の役職がたくさんあることに注目して、その一つでも仕事がまっとうできるのかと疑問を投げかけた一人である。ここの記事にある「碓氷製糸株式会社」社長にはつい最近就任した。大学理事長就任後すでに長い年月が過ぎているので、こういう質問をしても差し支えあるまい。「いったい高経大はよくなったのかと?」。凡人は思う。群馬の斜陽産業である絹産業の重鎮である高木氏だけあって、お蔭様で高崎経済大学は確実に「富岡製糸場化」していると。笑
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碓氷製糸が株式会社化 58年の歴史「絹産業の発展を」 群馬
2017.5.18 07:05 産経

 昭和34年に設立され、長く本県の製糸業発展に寄与してきた碓氷製糸工場を運営してきた碓氷製糸農業協同組合(安中市松井田町)が14日に「碓氷製糸株式会社」に移行した。蚕糸業などが衰退する厳しい状況の中、本県の製糸業や絹産業の復活に挑む。

 旧組合には最盛期に3千人近く組合員がいたが、養蚕農家の引退などで20人台に減少。高齢化で役員選任が困難になってきたことなどから株式会社化を決め、58年の歴史に幕を下ろした。

 16日には同社の高木賢社長らが、県庁に大沢正明知事を表敬訪問した。高木社長は会談後、「58年の伝統がある碓氷製糸をベースにして発展させたい」と意気込みを語った。その上で、今後の方針について、「生糸の生産販売は中核だが、絹製品まで含めて総合的な絹産業としてやっていきたい。碓氷でしかできない品質の良い製品を作って勝負したい」と話した。

 また大沢知事からは「(絹産業は)大事な資産だからしっかりやってほしい」との声をもらったといい、具体的な方針は取締役会などで練り上げていくという。

 同社は当初資本金約520万円でスタート。今後、県や安中市、富岡市が400万円ずつ出資するなどし、将来的には2500万円程度を見込んでいる。

 現在、国内で現役稼働している器械製糸工場は碓氷製糸工場を含め2社しかなく、同工場は日本で最大の生糸生産量を誇る。

125凡人:2017/10/22(日) 05:22:53 ID:R.OzoZ.k0
渥美半島の観光を考える
ビジネスコンで最優秀賞/「高崎経済大学チームたかけい」
2017/10/22 東日新聞

 全国の学生などから観光ビジネスのアイデアを募る「渥美半島観光ビジネスコンテスト」の審査会が田原市内で開催され、最優秀賞に「高崎経済大学チームたかけい」を決定した。

 チームたかけいは、地元商店街の復興を温泉開発に絡め、日本一を誇る農産物や貝類などの直売場と結び付けることで渥美半島の内外のコミュニティーの中心としていくと提案した。

 それに伴い、来年から始まる地元福江高校の観光ビジネスコースのインターンシップやカリキュラムのなかで実体験できる場を作り、将来そのコミュニティーを中心に観光事業の次の担い手を育て上げていくという案も提示した。

 渥美商工会観光部会部会長の上村純士さんは「菜の花まつりや飲食事業などで明るさを見せている中で、滞在型の顧客離れにより宿泊業の衰退などが懸案となっている」と問題点を話し、「コンテストでは、学生を中心とした若い人の目にどのように今の渥美半島の観光が映るか、どうすればよいかを提案してもらうことができた」と総評した。

 同コンテストには、高崎経済大学、立教大学、愛知大学、成章高校、渥美農業高校、福江高校など全56件の応募があった。

126凡人:2017/10/22(日) 06:09:54 ID:R.OzoZ.k0
高崎経済大学の生徒も、一緒に中等部の生徒と政治のプロセスを学ぶ必要があるだろう。そして、その政治プロセスは教育的機関である大学の学内でも適用されるのが民主主義国の原則であることも知るべきであろう。また憲法の及ぶ範囲は市立であるかとか国立であるかを超えるのである。まともに憲法が大学講義で教えられない大学では特に明記が必要である。笑
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政策考案から投票まで GKA総選挙 政治のプロセス学ぶ
2017年10月21日(土) AM 11:00

 衆院選を前に政治への関心を高めようと、生徒が立候補者役と有権者役を務める「GKA総選挙」が20日、太田市のぐんま国際アカデミー(GKA)中等部で開かれた。

 3年生79人が政策を考案、ポスターを制作してPR=写真=すると共に、有権者として一票を投じた。

127凡人:2017/11/14(火) 19:06:30 ID:8c5KuWC20
「知識や能力、才能も世の中のために、人類進歩のために使ってこそ生きて輝く」。民主主義や自由社会を標榜するアメリカではそれが実行されている。マイクロソフト創設者であり元社長ビル・ゲート夫妻は蓄積した大きな自己財産を投げ打って、世界のマラリア撲滅活動やその他の慈善活動に携わっていることで有名。それはホンの一例に過ぎない。アメリカ人がノーベル賞受賞者に圧倒的になる背景には、そうした知識や才能が研究で実を結んでいるためであり、行動がともなっていると取れる。だが先に上げた、そうした言葉は群馬県では空しく響く。高崎経済大学(高経大)の歴史は民主主義を守るどころか、憲法さえ理解できずに大学教育が行なわれているという稀にみる大学。そうした大学が存在すること事態奇妙である。よって人権問題や男女平等化や今の社会での女性の社会進出の重要性も人口問題も皆目見当も実質効果のある解決策も浮かばないであろう。いまだ戦前の教育思想を信奉する教職員の集団では多数の国民に支持されず、「人類の進歩に貢献」なんて簡単に言えても、現実にはとんでもなく逆行している。高経大の60年の歴史がそれを正確に教えてくれる。
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「強い志や使命感持って羽ばたいて」 青雲塾・中曽根賞 論文の表彰式【群馬】
2017年11月14日 東京中日

写真=受賞者と記念撮影する中曽根元首相=高崎市で

 中曽根康弘元首相が塾長を務める公益財団法人「青雲塾」の「第九回青雲塾・中曽根康弘賞論文募集」表彰式が十二日、高崎市内のホテルで開かれた。

 「私の政策提言」「若者が今なすべき事」など四テーマで募集。一般・大学生の部で二十六点、高校生の部に八十九点の応募があった。一般・大学生の部では東大公共政策大学院二年高尾珠樹さんが「私の政策提言-水素エネルギー普及に向けた国際施策の検討-『水素都市』の輸出」、高校生の部では県立勢多農林高二年中沢恵美香さんが「若者が今なすべき事-国の名勝及び天然記念物『冬桜』の保全活動を通して」でそれぞれ最優秀賞に輝いた。

 中曽根元首相は受賞者一人一人と握手を交わして祝福。「知識や能力、才能も世の中のために、人類進歩のために使ってこそ生きて輝く。皆さんが論文に記した思いが、強い志や使命感となって大きく羽ばたくことを心から期待する」と今後に期待した。 (大沢令)

128凡人:2017/11/14(火) 21:03:29 ID:8c5KuWC20
以前にも話したチアリーダー。民主主義のアメリカから発したチアリーディングとその勢い。そのスポーツ人口が急速に拡大し、横の広がりは国境超えて世界とのつながり(国際化)となっている。それを教えてくれるのがチアリーディング世界選手権大会。また人気を集めている恒例の高崎マーチングフェスティバルにしてもアメリカ育ちで国際化が著しい。その一方の戦前からある右翼思想を体現した高崎経済大学(高経大)の直属応援団はどうなっているのか?その所属している全日本学生応援団連盟の規模や活動はどうか?その現状や将来性などの比較を是非することを奨める。頭の中ではなくて視覚として理解できるので、とても面白い。ユーチューブにあるビデオも忘れず見て戦前から続く学ラン応援団に対する知識を増やして頂きたい。学ラン応援団が象徴するものは何か。独りよがり思想、縦型社会、カルト性、反国際性。高崎経済大学の60年の中味の悲惨さにすべてが語られ、反映されているとみる。また将来の高経大の姿も、意外と簡単に予想ができる。ふつう大学経営陣や教職員ともあろう者なら、自らの大学の将来を気にするものだが、「圧殺の森」当時、抗議した八人(くらい)の教授は大学を去ってしまったが故にまったくのブラック大学化してしまった高経大に限っては将来より今が精一杯。そこまで頭脳が追いついていないというのが現状だろう。つまり高経大の大学経営陣や教職員はここでいう民主主義のチアリーディングではなくて、まったく学ラン応援団そのものなのである。笑
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高度な演技に大歓声
(2017年11月12日高崎新聞)

第9回チアリーディング世界選手権大会

第9回チアリーディング世界選手権大会が11月11日(土)12日(日)に高崎アリーナで開催された。ヨーロッパ、南北アメリカ、アジアの世界28カ国・地域の代表チームが高崎に集まり、熱い戦いを繰り広げた。

 どのチームの演技にも、会場内から惜しみない声援と拍手がおくられ、チアリーディングを通した厚い友情が国際的に広がっていること強く感じさせた。

 「チアリーディング・シニア部門」では日本チームとタイチームの激戦となり、緊張感あふれる高度な演技の連続で、会場を沸かせた。

大会セレモニーで国際チアリーディング連盟会長・公益社団法人日本チアリーディング協会会長の中村節夫会長は「高崎市民の皆様、たくさんのご協力をありがとうございます。この大会が楽しい大会になりますよう心から願っています」とあいさつし、富岡賢治市長に感謝状が渡された。富岡市長は「日頃の練習の成果を発揮し、国を超えた交流をはかり、すばらしい大会になりますように」と歓迎の言葉を述べた。

129凡人:2017/11/15(水) 18:58:42 ID:8c5KuWC20
高崎経済大学という名の高校:

大学研究が糞の役にも立たないという批判が世間で聞かれて久しい日本だが、高経大はまさにいまだそれである。何十年も遠い前から日本の養蚕業・絹産業衰退は予想され、それに関する研究本もたくさん出版されている。高校の教諭でも充分に研究できる古い題材と研究範囲。とうにリタイヤ年齢を超えた者がリタイヤできないまま養蚕に従事する養蚕農家とニッチもサッチも行かない絹製糸業。そうなった責任はいまだ誰も取らない。その養蚕・絹製糸業に光りを当てようとする。新しい発見?いまさら誰の、何のためになるのか?凄まじくタイミングがずれているとは思わないのか。それが象牙の塔にいる化石化した高経大の教職員ならでは。まったく高経大しか、そんなことに時間とお金と人材を投入する大学は存在しないと凡人は思われる。民主主義という観念がなく、小数の個人に権力が集中し、私物化された大学所以の仕業だろう。笑
*****創立60周年記念・地域科学研究所シンポジウムⅡ「日本蚕糸業の縮小過程と蚕糸業文化の伝承」
2017年11月15日 高経大オフィシャルサイト

 地域科学研究所では、2016年3月に『富岡製糸場と群馬の蚕糸業』(日本経済評論社)を上梓しました。これは、2014年4月に群馬県の「富岡製糸場と群馬の絹産業遺産群」が世界遺産に登録されたことから、地域科学研究所の発足記念研究プロジェクトの研究成果としてまとめられたものでした。
 同書では、明治以降における日本蚕糸業の発展過程について、第二次世界大戦前を中心に分析されました。戦後の衰退過程についても触れられましたが、不十分であったことから、続編として輸出産業から国内産業へと変容を遂げ、やがて衰退の一途をたどった日本蚕糸業の衰退過程を研究することとしました。
 群馬県は、平坦地から山間部の隅々まで桑畑が広がり、農家の人々は「お蚕様」と生活を共にしたわが国有数の蚕糸地域でした。また、世界遺産を活用した地域振興のあり方が日本各地で問題となっています。
 シンポジウムでは、日本蚕糸業の衰退過程を政策面と需要面から捉えて農村地域にどのような変化を与えたかを明らかにして、世界の世界遺産登録物件所在地の踏査を踏まえての世界遺産と地域振興のあり方、日本各地における蚕糸資料館の歴史的展開とその意義についても考察を加えます。

 日 時:2017年12月9日(土)13時〜16時
 場 所:高崎経済大学図書館ホール
 参加費:無料
 プログラム
   「戦後の日本蚕糸業の縮小過程と要因について」
     髙木 賢 公立大学法人高崎経済大学理事長
   「ライフスタイルの変化と日本蚕糸業の対応」
     西野 寿章 地域科学研究所長(地域政策学部教授)
   「戦後における地域蚕糸業史の伝承と地域的意義」
     大島登志彦 地域科学研究所員(経済学部教授)
   「世界遺産の観光資源化と地域の対応の国際比較」
     佐滝 剛弘 地域科学研究所特命教授
   「近代日本の蚕糸業-戦前史と戦後史」
     石井 寛治 東京大学名誉教授

130凡人:2017/11/15(水) 19:16:28 ID:8c5KuWC20
小数→少数

131凡人:2017/11/15(水) 19:35:50 ID:8c5KuWC20
高崎経済大学の地域貢献度ランキングは? それを知りたいものだ。高崎経済大学の右翼思想と同様、地域貢献でもまったく「独りよがり」が強い。地域貢献を言葉でどんなに叫んでも、いざ全国の大学レベルで比べると高経大の評価は低いことが分かる。
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「大学の地域貢献度調査」で、本学が 全国第5位(公立大学第1位) を獲得!
北九州市立大学オフィシャルサイトより

日本経済新聞社が実施した「大学の地域貢献度調査」において、本学が総合ランキングで全国第5位(公立大学第1位) となりました。(本学は、本調査11回中10回が10位以内、うち5回は3位以内にランキングされています。)

この調査は、2016年度の地域貢献活動について全国の国公私立大学748校を対象に行われ、有効回答のあった514校についてランキングを行ったものです。

地域貢献度総合ランキング(日本経済新聞社2017年11月6日)順位     大学名
第1位    大阪大学
第2位    信州大学
第3位    鹿児島大学
第4位    立命館大学
第5位    北九州市立大学
第6位    金沢大学
第7位    群馬大学
第8位    大阪市立大学
第9位    大阪府立大学
第10位   神戸大学

※詳細は『日経グローカルNo.327』でご覧いただけます。

132凡人:2017/11/16(木) 14:49:46 ID:8c5KuWC20
高崎経済大学という名の高校:
-オリジナル日本酒、三扇が創立60周年の成果!ココは大学ですか?-

高崎経済大学の昔と今。
よく物事を知るにはその歴史を知らなければならない。それは言い古されている言葉であり、まったく最もな事と信じる。大学に関しても然り。その過去から現在までの歴史をしれば、その大学の価値や評価が自ずと分かるものである。また将来がどんなものかもかなり正確に推測ができるのである。

高崎経済大学の昔・・・昭和四十四年六月六日(金曜日)、当時の高崎経済大学学長・三潴信吾氏(現在の直属応援団を創立した人物)と地元暴力団幹部との密接な関係が地元新聞で暴露されたことにより、国会法務委員会での質疑応答になった。公の場、国会の法務委員会の席での東大卒委員の質疑の中で、高崎経済大学についての発言をリストしたモノが以下だ。凡人の言葉は一切含まれていない。ソースhttp://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html(議事録)。信じられないと疑問をお持ちの方がいるなら、ソースでキチンと確認して欲しい。

1.この高崎経済大学は、いままで問題が多かったように聞いております。
2.教育の府、研究の府としての大学に最もふさわしくないあり方をしてきた大学だという印象。
3.こういう環境では、十分な教育も研究もできないと思うのです。とうてい十分な教育はできないと思うのであります。
4.公立の学校としての本来のあるべき姿とえらい差があると思う。
5.このままで見過ごしたら、学生がかわいそうだと思う。
6.この大学では、教授会の自治そのものがあまりないようだ。と同時に、学生たちの自治活動というものが非常に圧殺をされておる。
7.教師等について思想選別等を非常にやっておるようであります。学長(当時の三潴信吾氏)自身がそういった思想の持ち主であるし、また市長(当時は住谷啓三氏)自身がそういった性格の人でもありまするので、やはりそのお気に入りの人でなければだめだというようなことで、いろいろ思想選別等もする。したがって、いい教師が、骨のある教師がだんだん去ってしまう、こういうような傾向だということで

現在の高崎経済大学は変わったのか?

建物やキャンパスが変り、見映えしたことは認めても、「表面ではいくら繕っても、中味はまったく変っていない」と断言する。創立60周年を迎えた高崎経済大学であるが、いまだ地方の滑り止め大学であり続けるし、教授や学生の質がよくなる気配がいっこうに見受けられない。高崎経済大学の名は優秀な大学受験生にとって、負のプランドになっている。滑り止めなのは変らないが、ある受験生にとっては、ココしか受かってなくても入学を辞退して、来年に他大学合格を目指す、そんなことも少なからず見受けられる。そんな首都圏に近い公立大学であることは珍しい。「群馬県」の名がもつ負のブランドと合い通じるものがある。

教職員や学生のよし悪しには色々議論はある。同じというよりは、質が悪くなったという見方もできる。過去に8人あまりの教授は抗議の意味で辞職しているし、ブラック大学の教壇に敢えて立とうとする教職員は生活の事情を無視すれば稀であろう。学生を見ても、「圧殺の森」で描かれる学生は愛校心に満ちていたと凡人は思う。現在、高経大を卒業して国会議員(衆議院議員)に成れた人物は先にも後にも、佐藤静雄氏一人である。佐藤氏はなんと高経大の学生自治会が存在していた時の卒業生である。学生自治会の活動に従事し、その産物であるということである。その後、学生自治会が10年を経たずして潰されてこの方、その後50年以上経つ高経大の歴史の中で、高経大卒業者のなかに国会議員に成った者や成れるものは誰一人としていない。そうした事実は何かを語っているとは思わないか?つまり、凡人はこう夢想する。もし高崎経済大学が憲法を理解・遵守し民主主義を守り、学生自治会が存在し優秀な教職員や学生たちが自由に政治その他の議論ができる環境で、全国から受験生を集める大学であったのなら、思想的に自由に活動できる、環境に恵まれた大学であったのなら、創立60周年の歴史の中味はかなり今と違っていたものになっていたことだろう。他大学に胸を張って自慢できる大学、それを夢見てため息をつく凡人がいる。凡人は今の大学経営陣や教職員にその責任を大きく問うものである。学生が悪いのではない。そういう環境を作った大学経営維持に関わる2流・三流の全理事・教職員のせいなのである。

133凡人:2017/11/26(日) 00:09:59 ID:8c5KuWC20
グンマーの将来は危うし。日本で初めての地域政策学部を持つ高崎経済大学。こうした重要な課題を高崎周辺の市町村が面している環境では、高崎経済大学の出番がそこら中にある。それにもかかわらず、ユネスコ登録した富岡製糸のことで精一杯。ピークのときと比べ入場者は減少の一途。それの解決策もみつからない。それもそのはず高崎経済大学自体すら発展させることができない無能な経営陣や教授陣に何を期待をすればいいというのか。太田市のスバルが大きく躓いた。高崎市の自治体の役割は大きく、また重要である。県内の人口減少の歯止めとなる魅力ある企業誘致とその雇用増加政策。駅前のマンションやホテル建設推進。東京の人口を引き付けるレベルの高いエンターテイメントセンター化。東京人の移住促進等をステップアップして急がねばならない。東京や南関東にある政令都市に対抗するだけの求心力はまだ不十分だと言える。見劣りがするのは教育の分野。その一流化により、東京から優秀な学生が高崎市に進んで進学するような教育機関を作ることは重要だ。最大手のヤマダ電機の維持と躍進を祈り、JR東日本や千葉イオンや高島屋による高崎ブランドの高級化。高崎駅前周辺への市財政投入に一段落がついたら、郊外の住宅地の造成や整備に注目し、高崎駅を中心とした高崎市街地と郊外との駅やバス停に電車とバスで構成する点と線の公共交通網に、それを舗道と自動車で高崎全域をカバーした人と物が最大限にスムーズに流れる交通網の整備。他の新たな民間大手の駅周辺の市街地への資本注入はいまだ必要であり誘致等で継続推進する。
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群馬県人口、遠のく200万人 13年連続減の195万人 際立つ少子高齢化
2017.11.25 07:06 Sankei

 10月1日現在の県人口が195万8409人と、平成17年から13年連続で減少していることが24日、昨年10月から今年9月までの県内移動人口をまとめた県の調査結果でわかった。県統計課によると、昨年の196万6381人から7972人減。この調査では24年に200万人を割って以降、減少する一方で、増加の兆しは見えない。

 出生数から死亡数を引いた「自然増減」はマイナス8980人(昨年比1609人増)で、13年連続のマイナス。マイナス幅も年々拡大している。一方、転入数から転出数を引いた「社会増減」は1008人で3年連続でプラスとなった。

 転入、転出の年代などは調査に含まれないため傾向は不明だが、同課は、社会増減がプラスになったことについて「外国人の転入が増えているのが一因では」と分析している。

 また、県が同日公表した年齢別人口調査結果によると、県内の平均年齢は47・5歳で過去最高だった。市町村別で最も高かったのは、65歳以上の高齢者率が約62%だった南牧村の67歳。以下、神流町64・3歳▽下仁田町59・5歳-で、最も低かったのは大泉町の43・7歳だった。

 県全体の75歳以上の人口割合も14・2%と過去最高で、逆に0〜14歳の人口割合は12・4%と過去最低を記録。人口減少とともに、少子高齢化の現状が浮き彫りになっている。

135あぼーん:あぼーん
あぼーん

136凡人:2017/11/28(火) 01:54:48 ID:HentH1ro0
中島みゆきのビデオはアップされても、すぐYouTubeから消えてしまう。
そこでカバーで中島みゆきに近いもののリンクを複数掲載。
将来一つでもリンクが残ってくれることを祈って。

でも中島みゆきの歌いっぷりを超えるものはない。

中島美雪 - 世情 (獻給在雨傘革命中曾並肩作戰的香港人) 日漢字幕
https://www.youtube.com/watch?v=jxYNSOrXAv4

『世情』 中島みゆきカバー 中島みゆきさんを彷彿させる歌唱
https://www.youtube.com/watch?v=NAfuwJWEm5Y

「世情」(中島みゆきカヴァー) フォーク・デュオ『ひで&たま』のライブ(会場:音楽食堂「夢弦」)
https://www.youtube.com/watch?v=cDGxxEEuMDU

137凡人:2017/11/28(火) 01:55:59 ID:HentH1ro0
中島みゆき「ファイト!」弾き語り Cover by BEBE
https://www.youtube.com/watch?v=ctSnSls4Ztg

子供達に向けた 「ファイト!」 中島みゆき Cover by BEBE
https://www.youtube.com/watch?v=piSa_aT_h3c

「ファイト!」 中島みゆき (吉田拓郎カバー) ライブ1983年
https://www.youtube.com/watch?v=m8fNJA6J3y4

冨田麗香「ファイト」(中島みゆき)2014.5.30@高円寺路上
https://www.youtube.com/watch?v=RM7xbXEbWf4

138凡人:2017/11/28(火) 02:09:27 ID:HentH1ro0
高崎経済大学という名の高校:

最高学府なのに真実が嘘の影に隠れる高崎経済大学。だから世界はおろか、日本の大学教育界から白い目でみられる感をぬぐい得ない。それでも存続する稀な「公共」大学である。

1978年4月10日に発表された中島みゆきのこのうたは、教職員の意のままに動き、沈黙するばかりの高崎経済大学の学生には理解しがたいであろう。ところがその歌詞は含まれている不確かな言葉をいくつか除けば、それほど難しいことは言っていない。シンプルな中に鋭い真理が含まれている。この名曲は時代が変っても真理を求める人々の心に残り続けるだろう。たとえば学者も口を揃えて「日本の原発は安全だ」と言ってきたのに起った福島原発事故。この堤防は充分高くて安全としてきたのに東日本大震災で発生した津波で多くの人命を失う事態が発生。学者の言うことは鵜呑みにしてはいけないという教訓だろう。

「包帯のような嘘を見破ることで、学者は世間を見たような気になる」 包帯のような嘘?嘘にもいろいろある。見逃してはならない嘘と見逃してもいいような嘘。多分「包帯のような嘘」とは「他愛のない嘘」。人生や歴史を変えるような、それほど重要ではない「間違い」「嘘」とすれば、凡人には素直に理解できる。また今の高崎経済大学の教職員に浴びせかけたい言葉でもある。
*****

「世情」
歌手 中島みゆき
作詞 中島みゆき
作曲 中島みゆき

世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが悲しい思いをする。

変わらないものを 何かにたとえて
その度 崩れちゃ そいつのせいにする

シュプレイヒコールの波、通り過ぎてゆく
  変わらない夢を、流れに求めて
  時の流れを止めて、変わらない夢を
  見たがる者たちと、戦うため

世の中はとても臆病な猫だから
他愛のない嘘をいつもついている。

包帯のような嘘を見破ることで
学者は世間を見たような気になる

※シュプレイヒコールの波、通り過ぎてゆく
  変わらない夢を、流れに求めて
  時の流れを止めて、変わらない夢を
  見たがる者たちと、戦うため※

※くりかえし 4回

****
「シュプレイヒコール」のよもやま
https://www.youtube.com/watch?v=9CLVfpRyRts

139凡人:2017/11/28(火) 02:28:49 ID:HentH1ro0
付録、
「中島みゆき」若い世代が共感するワケ
https://www.youtube.com/watch?v=lFoZZeuYpfA

「中島みゆき」若い世代が共感するワケ 途中で西川先生が泣いちゃいます。

140凡人:2017/12/02(土) 09:33:15 ID:fmijQ1.60
凡人は日本は立憲国家なのだから公務員だったら尚更、憲法の遵守は必須であると何度も書いている。公立大学法人の高崎経済大学でも当然である。ところがそうなっていない。前にアメリカでは共産主義者は犯罪者扱い。外交以外は共産主義者の米国入国は許されない。言論や表現の自由や個人の権利を最大限に保障している民主主義国家アメリカなのだから、矛盾しているではないかと思われるだろう。ところが個人や集団の自由にも限界があるということである。アメリカでは立憲国家であり、最高法規である憲法を脅かすいかなる思想は危険思想になる。その一つが共産主義。共産主義とはまったくドグマが違う。アメリカ憲法には個人の幸福追求の権利をみとめ、個人の自由や私的所有権が保証されている。また一党独裁とする共産主義とは一線を引いているからである。だから、まったく道理が合う。では日本ではどうか。現行の日本憲法が、アメリカ憲法の日本版と解釈すれば、日本国憲法は共産主義を認めていないはずである。憲法は日本共産党としての政治団体はおろか共産主義者も認めていないという事。ところが現実は日本共産党は野党としてまったく健在である。その事実はどう説明したら良いのだろうか。つまり日本憲法はアメリカ合衆国と違い、条文は厳格に言葉どうりに適用されていない。だから日本国憲法を取り巻く環境は厳しい。右翼からも、左翼からも限りなく無視され続けているのが現行の日本国憲法の現状である。日本は立憲国家としても、とても残念な存在であるといえよう。

東京大学学生自治会:安田講堂で学生自治会と機動隊が大きくぶつかった(1969年)。あれだけ派手なぶつかりあい。テレビ放映もされた。ユーチューブでみることができる。にもかかわらず、東京大学の学生自治会はいまも健在である。ところがである。東京大や北海道大学のマネかはしらないが銀杏並木がある高崎経済大学ではその学生自治会は今は存在しない。その当時の高崎経済大学の学生運動の破壊力は東大をめぐる学生紛争とは比べ物にならないくらい規模が小さい。そもそも闘いの原点が違う。高崎経済大学は大学側の不正入学反対といった誰でもが共感を呼び起こす運動からはじまっている。ところが高崎経済大学の学生自治会は大学当局によって潰された。高崎経済大学は銀杏並木はマネするがそれだけ。東大の知的な部分をマネして欲しいと凡人は願うものである。
全共闘 東大安田講堂事件 - 1969 https://www.youtube.com/watch?v=3itnXEr7kLM
東大全共闘 安田講堂 1/2 https://www.youtube.com/watch?v=Q5qq0jW1yTE
東大全共闘 安田講堂 2/2 https://www.youtube.com/watch?v=X7xcOi4fpro
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東大自治会が全学連脱退 元信奉者・中国人学生主導
2012年6月18日(月)08:08 産経新聞

 かつての東大学生運動の中心的存在だった教養学部学生自治会が全学連から脱退した。運動が下火になった後も40年以上続いた「共産党支配」に終止符を打ったのは、皮肉にも党に心酔して一時は党の“手先”となった中国人学生だった。

 「彼ら(共産党幹部)は学生自治会を自分たちの従属物としか思っていない。それが許せなかった」

 こう憤る教養学部3年で同自治会前委員長の何●(かろく)さん(20)は、全学連脱退を主導した仕掛け人だが、実は高校時代から共産党の機関紙を愛読していた共産党信奉者だった。

 何さんは山口県で育ったが、中国籍のため党員にはなれなかったものの、入学直後から党活動に加え、同自治会の活動にも積極的に参加し、平成22年12月に委員長に就任した。

 しかし、翌年の12月には党と決別。党の狡猾(こうかつ)な手口による学生自治会支配に嫌気がさしたからだった。

 何さんによると、手口の基本は、執行部内の党員に党の方針を指示し、ほかの執行部員の賛同が得られるよう主張させることだという。そのために行うのが、党員を正副委員長に就任させるという工作だ。

 党の支部会議で次期正副委員長候補を勝手に決定。現職委員長に指示して、この候補に活動方針の提案など、役割を多く与え、存在感を高めて自然と委員長に選ばれるように画策する。

 何さんの「転向」を契機に、ほかの執行部員らも相次いで賛同。党員2人までも反旗を翻した。教養学部2年で、現委員長の五十嵐真純さん(20)は「今は学生運動が盛んだった時代とは違い、共産党的な要求実現一辺倒では学生の支持は得られない」と話す。

 全学連にとって同自治会の脱退は存続に関わる打撃だ。同自治会の分担金は、全学連の収入のうち約4割を占めているほか、役員も多く出しているためだ。

●=おうへんに力
1-2

141凡人:2017/12/02(土) 09:43:41 ID:fmijQ1.60
訂正:学生自治会と機動隊が大きくぶつかった→全共闘(東大の学生を含む学生運動家)と機動隊が大きくぶつかった

142凡人:2017/12/02(土) 09:44:46 ID:fmijQ1.60
東大自治会が全学連脱退 「不当な共産党支配 許せなかった」
2012年6月18日(月)08:08産経新聞

  戦後の学生運動の象徴だった全学連(全日本学生自治会総連合)に所属する東京大学教養学部学生自治会が、全学連と都学連(東京都学生自治会連合) から脱退することを代議員大会で決定した。同自治会は理由について「日本共産党による全学連と都学連を通じた不当な支配から脱却するため」としている。同 自治会は全学連の中核的存在。関係者は「全学連にとって存続に関わる問題で共産党勢力の凋落(ちょうらく)を裏付ける動き」と指摘している。

  全学連は現在、5つの党派が独自に名乗っているが、同自治会が所属していたのは最大組織とされる共産党系の日本民主青年同盟系(民青系)全学連。 同自治会執行部によると、共産党は長年、学生党員を正副委員長に就任させることで、党の指示通りに自治会が動くよう画策。直接または全学連、都学連を通じ て署名活動を指示するなどしてきたという。

 昨秋、中国籍の委員長を中心に脱退へ向けた議論が高まり、執行部内の党員も党に反旗を翻して同調。14日に開かれた代議員大会で脱退が決議された。産経新聞の取材に対し共産党東京都委員会、全学連ともに「不当な介入は一切ない」としている。
                   ◇

【用語解説】全学連

  各大学にある学生自治会の全国組織。学費値上げ反対闘争を背景に、昭和23年に約150大学、20万人以上で結成されたが、徐々に対立を深め、共 産主義者同盟(ブント)などの各派に分裂。新左翼系は無党派学生らと全共闘を結成し安保闘争に参加するが、抗争などで弱体化。民青系全学連は現在、加盟数 を37としているが実際は10程度とされる。

143凡人:2017/12/02(土) 10:00:07 ID:fmijQ1.60
東大自治会が全学連脱退へ――“非民主的行為”に反旗
2012年6月8日6:16PM|週刊金曜日

 東京大学教養学部学生自治会が、所属する全学連(全日本学生自治会総連合)および都学連(東京都学生自治会連合)から脱退する方針を固め六月一四日に同大学自治会の最高議決機関である代議員大会に提出する。

 現在「全学連」を名乗る組織は五つ存在するが東京大学教養学部学生自治会が所属する「全学連」は、いわゆる共産党指導下の「民青系全学連」だ。実質、共産党の青年学生組織である「日本民主青年同盟」の同盟員を執行部におくり込むことで、組織を確保してきた「民青系全学連」だが、その活動は以前からじり貧状態だと噂されてきた。公式サイトにも加盟する自治会数は公表されていない。

 今回の脱退問題で注目すべきは、脱退を呼びかけている東大自治会執行部の学生が、いずれも元民青・共産党のメンバーだったということ。彼らは一様に自治会の活動を党が監視し、引き回してきたことを批判する。「民青の班会、共産党の地区委員会の席で自治会の意義、役割についての話し合い“アドバイス”を受けることが日常的でした。昨年、東大では成績開示制度の改善署名を行ないましたが、これも党の青年学生部からの指示で行なったもの」だと現自治会委員長の五十嵐真純氏は語る。さらに、前自治会委員長の何ろく氏は「実質、党の青年学生部長が執筆した論文を自分の名前で公表するように求められたこともある」と話す。日常的に下部組織の人間を点検・監視し、党の指導の下で動かす、そうした非民主的な行為に対して学生が「本当の学生自治」を求めて立ち上がったのが、今回の事件の本質だ。なお、党による介入実態について日本共産党中央委員会に回答を求めたが、明確な回答は得られなかった。

(昼間たかし・ルポライター)

144凡人:2017/12/02(土) 10:11:39 ID:fmijQ1.60
全学連:「東大教養学部自治会」が脱退決議
毎日新聞 2012年06月14日 21時33分(最終更新 06月14日 21時33分)

 東京大教養学部学生自治会は14日、代議員大会を開き、全学連(全日本学生自治会総連合)から脱退する議案を可決した。「全学連から活動方針を押しつけられるなど自由な議論が妨げられたため」としている。

 同自治会は1949年に発足。1、2年生で組織され、10人の常任委員と正副委員長で運営している。今回の脱退決議で、発足以来初めて上部団体に所属しない状態となる。同自治会の五十嵐真純委員長は「学生のために活動する原点に戻りたい」と説明している。

 同自治会は、68〜69年に安田講堂が占拠されるなどした「東大紛争」の際、他学部の学生自治会とともに「大学の自治」を巡って大学側と対立した。しかし、現在は同自治会で積極的に活動する学生は毎年数人程度で、「生徒会」化していた。脱退すれば年額125万円の負担金もなくなるといい、今後は学生が自主的に行うゼミの主催など学生へのサービスを活動の中心にして充実させる方針。

 一方、全学連は「(同自治会の)活動に介入した事実はない。学生の要求実現へ向けて今後も協力したい」と話している。【石丸整】

145凡人:2017/12/05(火) 15:25:36 ID:fmijQ1.60
こういうのを見てて、群馬には将来に向けて舵がとれる大学機関が存在しないということを思い知らされる。高崎経済大学(高経大)という名の高校には、将来を切り開く優秀な高校生は入学しない。だから問題にならないが、正直受け入れるだけの器がまったくない。高経大ではいまだ時代錯誤の富岡製糸場を取り扱うレベル。高経大の偏向した教職員には現代の技術革新の時代そのものにとうていついて行けないだろう。笑
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大賞に中央中等の奥谷さん 群馬イノベーションアワード
[2017/12/03] 上毛

画像=大賞を受賞し、笑顔の奥谷さん(右)と大沢知事=ヤマダグリーンドーム前橋=県内から多くの高校生が詰め掛けた=入賞者をたたえる岡崎さん(手前)と桜井さん

 起業家発掘プロジェクト「群馬イノベーションアワード(GIA)2017」(上毛新聞社主催、田中仁財団共催)のファイナルステージが2日、前橋市のヤマダグリーンドーム前橋で開かれた。最終審査に残った15組が独自の事業プランを発表し、食物アレルギー患者の飲食店探しを手助けするアプリの開発に取り組む中央中等教育学校5年の奥谷哲郎さん(17)が最高賞の大賞に輝いた。高校生の大賞受賞は初めて。

◎過去最多の応募185件
 5年目を迎えた今回は、過去最多となる185件の応募があった。1、2次審査を通過したファイナリストは社会の課題解決などにつながる新製品やサービスを訴え、慶応大の国領二郎教授ら6人が審査した。

 ビジネスプラン部門は高校生の部で利根実業高3年の大塚菜々実さんと原沢藍子さん、大学生・専門学校生の部で共愛学園前橋国際大3年の工藤龍広さん、一般の部でコピーライターの星野智昭さん(41)=桐生市、創業5年未満のスタートアップ部門はNPO法人ソンリッサ(甘楽町)の萩原涼平さん(23)、イノベーション部門は三田三昭堂(館林市)の三田英彦さん(53)が入賞した。

 表彰式後の交流会で、実行委員長を務める同財団代表理事の田中仁・ジンズ社長は「初めて大賞に高校生が選ばれ、未来の芽が育っていると実感した。群馬の活力を生み出す起業が今後も盛んに行われることを期待している」と述べた。

 会場では県内のクラフト作家らが出展する「群馬イノベーションマーケット」も同時開催され、計約3500人が来場した。

◎輝く同世代に刺激 来場の高校生「レベル高い」
 5年目を迎えた群馬イノベーションアワード(GIA)。前橋市のヤマダグリーンドーム前橋には2日、多くの若者が足を運び、ファイナリストの発表に刺激を受けた。県内各地からバスで応援に駆け付けた高校生はステージで堂々とアイデアを述べる同世代の姿を真剣なまなざしで見つめた。

 「レベルの高さに打ちのめされた感じ」。大賞に選ばれた奥谷さんと同じ中央中等教育学校の佐藤朱夏美さん(4年)は発表に聞き入った。自身も挑戦したが書類選考で落選。「ビジネスを押しつけるプランは駄目。受け手の気持ちを考えないといけないと分かった。来年も応募したい」と目を輝かせた。

 高崎高の金井理仁さん(2年)は「同じ高校生が自分で課題を設定し、サービスをつくっている。社会に対する見方、意識が違うなと思った」と刺激を受けていた。

 利根商業高からは生徒85人が訪れた。「みんな群馬についてよく考えているんだな」と驚いたのは高井明日香さん(2年)。林創大さん(同)は「いろいろな考え方に触れられた」、阿部力也さん(1年)も「未来に向けた話を聞き、自分も頑張ろうと思った」と視野が広がった様子だった。引率の北田昭夫教諭(44)は「勉強したことが社会でどのように生きるのか、生徒も感じてくれたと思う」と目を細めた。

 先輩の応援に駆け付けた利根実業高の本多里美さん(1年)は「発表内容や話し方を勉強したい」と興味を持った。同高の2人がビジネスプラン部門高校生の部で入賞すると、野沢次男教諭(59)は両手を挙げて喜び、「このステージを見た生徒の心の中には何かが芽生えると思う」と期待した。

 共愛学園前橋国際大の岩崎有未加さん(4年)は後輩の入賞に笑顔。「先輩として厳しく指摘することもあったが、ここまでよく練り上げたなと思う」とたたえた。
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146凡人:2017/12/05(火) 15:26:56 ID:fmijQ1.60
◎行政、経済の専門家も注目「群馬愛を感じた」
 群馬イノベーションアワード(GIA)には政財界の関係者も注目。起業家たちのビジネスプランや熱い思いに耳を傾けた。

 元総務事務次官の桜井俊さん(前橋市出身)は「高齢化や女性活躍など社会的な課題を解決する発表が多く素晴らしかった。サービスの提供側だけでなく、利用者側の視点を取り入れたものが複数あった点も感心した」と話し、GIAの継続に期待を寄せた。

 同じく元総務事務次官で、地方公務員共済組合連合会理事長の岡崎浩巳さん(伊勢崎市出身)は3年連続でプレゼンを見守った。「発表の仕方も堂々としており、年々向上している」と高く評価。高校生の大賞受賞に「食物アレルギーで苦しんでいる人はたくさんいる。アプリが実現し、身近になってほしい」とエールを送った。

 大沢正明知事は「いろいろな企画や面白いアイデアがあり、若い人の力に驚いている」。地域活性化につなげようとするビジネスプランが多数あったことに触れ、「群馬愛を感じた。背中を押された気がする」と感心した様子だった。

 県商工会議所連合会の曽我孝之会長はGIAを通じて時代の変わり目にいることを強く感じたとし、「企業も今までの延長線ではなく、新しい何かをやらなくてはならないと考えさせられた」と話した。

 山本龍前橋市長は「新しい切り口を発見していく大切さを感じた。GIAの内容は年々充実している。多くの若者が発表に挑戦したことは未来に向けた『めぶき』を感じさせてくれた」と希望を抱いた。

 群馬経済同友会代表幹事で、群馬銀行の斎藤一雄頭取も「群馬の若い人の今後の活躍に期待できる」と高校生の快挙を喜んだ。「ITを駆使するアイデアが多かったのも印象的」と振り返った。

◎英訳で世界発信支援 慶応大湘南藤沢キャンパス
 GIAは今回から慶応大湘南藤沢キャンパス(SFC)と連携している。ビジネスプラン部門・高校生の部の入賞者がプランを英訳し、GIAの米国・シリコンバレー研修で発表するのを支援する。

 大賞に輝いた奥谷郎さんと、入賞の大塚さん、原沢さんは表彰式後、GIA審査委員長を務めた国領教授らから激励を受けた。特任助教の小野塚亮さん(30)=中之条町出身=は「群馬から世界を考えるのはすごいこと。今回の生徒たちが一つのモデルとなり、世界が広がるよう、お手伝いしたい」と話した。

 入賞者は今月25日に自分たちで英訳したプランをSFCで示し、来年4月まで磨き上げを続けて本番に臨む。
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147凡人:2017/12/08(金) 16:14:49 ID:fmijQ1.60
おーい、高崎経済大学の新聞会はどこ?残念ながら、学生のための学生による新聞会は存在しない。以前はあったが、学生自治会とともに滅んだ。高崎経済大学という名の高校にはそんな能力をもつ学生はもう入学しないとみたほうが正しいのかもしれない。
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Jukushin.com
慶應塾生新聞会 三田オフィス
〒108-0023 東京都港区芝浦2-8-14 第2AKビル4階B

【列島再発見!⑧】「絶メシ」〈群馬県高崎市〉
2017年11月16日 管理者 連載, 列島再発見!

多くの地方都市は今、深刻な問題に直面している。少子化や過疎化、大規模なショッピングセンターの進出などにより、かつて活気に溢れていた商店街は、人通りの少ないシャッター通りと化しているのだ。

城下町、そして交通の要所として栄えた高崎市も例外ではない。かつては個人経営の店が多く存在していたが、後継者問題などにより閉店している。
高崎市長の富岡さん

「街を活性化するには、個々の店や街路が魅力的でなければならない」と市長の富岡賢治さんは語る。高崎市は、様々な問題を抱える個人経営の店を助成すべく様々な政策を行ってきた。「絶メシリスト」は、こうした政策の一環として、今年9月にウェブサイトとしてオープンした。

「絶メシ」とは、このままの状態が続くと「絶」えてしまうかもしれない「絶」品グルメを指す。
サイトでは「絶メシ」に認定された店の基本情報のほか、歴史や店主の人柄がわかるインタビュー記事を閲覧することができる。

そのほか、「門外不出をあっさり公開!」と題してレシピを公開したり、後継者を募集したりするなど、ユニークなコンテンツが数多く用意されている。
「絶メシ」のポスター

「絶メシ」は、市の予想を超える大きな反響を呼んでいる。このような斬新な企画はどのようにして生まれたのか。

企画の発端は、民間との意見交換だ。街を活性化させるため、市外から観光客を集める方法を協議した。高崎市の場合、有名な観光スポットが無く、仕掛けがより重要になってくる。その結果、流行しているものを紹介するのではなく、あえて地元の人しか知らない店を広く知らしめた方が良いという結論に至った。

しかし公的機関という性質上、市役所自体が飲食店を評価し、選定することは難しい。そこで、大手グルメ雑誌の編集者などで構成される「絶メシ調査隊」が結成され、市役所は調査隊に選定を一任するという形を取った。調査隊は、聞き込み調査などの結果に基づき、自らの足で店に赴き、選定しているという。
松島軒の厨房の様子

そういった地道な調査が功を奏し、「絶メシ」に認定された店は市民でも知らないマイナーな店も選ばれた。市長でさえも半数しか知らなかったという。一部の区域でしか知られていなかった絶品を見事、発見することに成功したのだ。
ミニカツ丼とラーメンのセット

絶メシに認定されている昭和12年創業の松島軒の店主は、「PRの効果を感じている。商売が繁盛して少しでも後継者問題が解決すれば嬉しい」と語る。

ミニカツ丼とラーメンのセットは6‌5‌0円。素朴な味わいゆえに、毎日食べたくなるような優しい味がした。高崎市でしか食べられない「絶メシ」。是非足を運んで、味わってみてはいかがだろうか。
(山本啓太)
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慶應塾生新聞紹介
http://www.jukushin.com/about

*歴史・モットー
慶應塾生新聞会は1969年に創立した慶應義塾内で最大規模のメディアサークルです。全共闘時代、学生運動に反発した塾生により、政治色を排した学生新聞団体として立ち上げられました。2005年6月に創刊400号を発行、2009年には創立40周年を迎え、2014年には創刊500号が発行されました。

現在も大学の公認団体として「不偏不党」をモットーに、大学内のイベントを始め、慶大の教授や著名人へのインタビュー、体育会の試合結果など、幅広い報道を塾生の手で行っています。

また「独立採算制」を採用し運営を行っています。大学から資金援助を一切受けず、会員による広告営業によって新聞を発行しています。

*発行・配布
弊紙は3月を除き毎月発行しており、発行部数は月約9000部。塾生・慶應卒業生以外にも、読者の方々からのご要望にお応えする形で、全国各地への定期購読発送も行っています。

発行した新聞は三田・日吉・矢上の各キャンパスで新聞立てを設置し無料配布を実施しています。また、2月の大学入学試験や4月の新入生オリエンテーション期間、例年11月に開催される三田祭などのイベントの際に会員による配布も行っています。

*主な掲載内容
慶應義塾の関連情報
大学内のイベント・講演会
体育会の試合結果
塾生・卒業生の活躍
学生生活のお役立ち情報
教授・著名人のインタビュー記事
就職活動情報

148凡人:2017/12/17(日) 09:59:09 ID:rYKOYpgo0
「満足した豚よりは、満足しない人間である方がよい。満足した馬鹿より、満足しないソクラテスである方がよい。」(19世紀イギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルの『功利主義論』)

149凡人:2017/12/17(日) 13:24:19 ID:rYKOYpgo0
*民主主義の世界・・・・国政府ではアメリカ合衆国やその他の自由主義国が代表。大学群ではオックスフォード大学やハーバード大学や東大や京大といった世界のトップ・有力・優秀なほとんどの大学が属する世界。

*反・非民主主義の世界・・・国政府では北朝鮮が代表的。大学では高崎経済大学、その他の孤立する大学群が属する。独りよがり理論、縦型社会、他人から相手にされない、将来の発展が望めない等々の形容に値する世界。故に高崎経済大学(高経大)は創立60周年の歴史の長さは自慢はするが、その中身が悲惨すぎて誰もそれを語らない。学生の言論の自由や代表権をまったく認めていないがために、「満足した豚」が大学・大学院入学者の大半。すべてではないとしても「満足しないソクラテス」は入学しないか、入学しても卒業までは在籍しない傾向。故にすべての高経大が作り出す歴史の数々は経営陣や教職員のみが大きな責任を負う。だが現実には責任を認識することも、取ることもしないし出来ない。中核都市・高崎市を母体とする公立大学法人である故に自治体を蓑にして、公共の大学でありながら国立大学法人とまったく違って、監督官庁である文部科学省も簡単には手が出せない現状。

民主主義が働いている大学では其処での大学教授の理論も学内外のプライベートやおおやけでの自由な討論を通じて、より研ぎ澄まされる。よって高いレベルが維持されるし、高い教育が期待できるのだが、ところが高崎経済大学の場合はそうでは無い。まるで「ガラパゴス島」なのである。具体的に何を言っているかというと高崎経済大学のとある名誉教授の、近代・現代史において世界が直面する諸問題は西洋思想のせいだと決め付け、東洋思想の優位性を強調した書きこみを新聞かなんかで昔みつけたことがある。それはまったくの過ちだということがわかる。国際政治を過去から現在まで顕微鏡でのぞいてみても、其処には東洋思想の活躍や影響する場面が一度でもあったのかと問いたい。国際の場では日本の存在自体がまったく目立たない。西洋思想は国際政治ばかりか、教育、文化、経済、科学・医療・社会や日常生活すべてにいまだ健在であり、東洋思想はその影に隠れている。東洋思想は日本が経済大国として世界から注目されはじめた頃、仏教を含めて世界の諸問題を解決する新しい思想として一時流行したが、それをよく知れば知るほど人類が直面する問題解決にはなりえないことが認識され、今ではその人気の勢いはない。プロ野球で言えば西洋思想がメイジャーリーグであり、東洋思想はファームである。また嘘も方便で、プロパガンダの論説をする八木秀次氏が長い間、高経大の顔として教壇に立っていた。
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150凡人:2017/12/17(日) 13:28:33 ID:rYKOYpgo0
最近では高経大のある教授がドナルド・トランプ大統領は反グローバルであるという嘘っぱちを、高校生相手に言ってのけているのを知る。アメリカ大統領が反グローバルな訳がない。アメリカ合衆国は有力なたくさんの多国籍企業を有し、グローバル経済で成立しているのだから。トランプはペンシルバニア大学のMBAを取得している筈。ながく実業家・経済人であり、大統領になる前は政治家はやってない。今までのアメリカ大統領は職業政治家たちが占めており、例えば海外との協定締結NAFTAを結んでも、そのフォローアップをしない。協定の結果、アメリカ合衆国の生産拠点が次々に海外に移ってしまい、製造工場の空洞化、失業者が増え、コミュニティーが破壊されるというパターンが国内の到るところに顕在化。その代表が自動車産業で昔繁栄したデトロイト市の破産に見られる。トランプ大統領はそういう事態をリバースさせようと、今までの歴代大統領が手に染めた協定や条約の内容の検討、アメリカ合衆国に不利にならないように改正してその再発行をしようとしている。「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」というのはそういうことであって、グローバル主義を否定するものではまったくない。アメリカ大統領は国費としてNATOや日米安全条約のために、多額の拠出金を出している。そうしたお金をいくらか、アメリカの失業者の再教育やコミュニティの再建等に使ったらどんなに良いことか。アメリカ合衆国の軍事予算を増強して、ロシアや中国や他のテロリスト国家に充分対抗できる軍事力を再建、世界への拠出金を節約して国内政策や対策に投資しようとしている、とても現実的な大統領である。今までの政治家がとった取引の中身ややり方を見直しているに過ぎない。TPPから撤退したからといって、反グローバルなんて言う言葉は到底当てはまらない。高経大の教授たちの間違いはそればかりではないが、凡人が指摘したいのは、そうした過ちは学内が民主主義に満ちていればいるほど、自由な討論ができればできるほど、発見がたやすく、正すことが容易にできるが、学内が自由がないと過ちが一人歩きする。「独りよがり」の理論を助長する。最高学府というプライドや面子を高崎経済大学に見出すことがないし、あっても一気に潰れるということだ。高経大は北朝鮮。「高崎経済大学という名の高校」と言い換えたら、そうした高経大の理事会や教授会、その他でやっていることがとても、頭を悩ませることなくすんなり理解ができるのである。

高経大同窓会に触れるが、元応援団たちがそれを仕切り民主主義が働いていないので、卒業生でありながら、そこに属していないという、とても他人事のように思えてしかたがない。何を言っても無駄な世界。その同窓会に属したいという気持すらまったく起らない。というのは凡人は民主主義をこよなく愛するからである。それが今だけではなく、将来も日本の平和や繁栄をもたらすと確信する。教育もそれによって発展すると堅く信じているからである。学ラン応援団を象徴する高崎経済大学という名の高校の卒業生であることはとんでもないが、他人に胸を張って言い辛い。同窓会のオフィシャルホームページの右端に「活躍する同窓生」というタイトルが目に入った。なのでリンクをクリックすると、東京マラソン2010初出場、初完走!!小板橋靖幸さん(7回卒)の写真が飛び込んでくる。ただ一人のエントリーである。記録6:38:58、順位22930。とても微笑ましいとは思う。だが60周年を迎えた高崎経済大学ではこういうのも「活躍」の一つになるのかな。笑いたくても笑えない話である。また同窓会の支部会が全国で開かれている様子。そこには出席者一堂の集合写真が載せてある。写真のなかに見るたくさんの卒業生たちの笑顔。ふと思う。60周年だから、いったい何人の卒業生が既に学舎から世に出たことか。その総数から比べたら、彼らはほんの一部の卒業生であろう。こんな卒業生の分断を許す高崎経済大学という名の高校が憎い。笑
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151凡人:2018/01/06(土) 20:00:11 ID:AaSPFmRQ0
反・非民主主義の高崎経済大学のタグ:ヤクザ社会、村社会、閉鎖的社会、ムラの論理、ムラの正義、高崎経済大学学長・三潴信吾と暴力団松葉会幹部の腐れ縁(学長室、酒席での会合)、圧殺の森、高崎歩兵第十五連隊、高崎経済大学の経営陣/教職員/三潴信吾によって作られた直属応援団/体育会、不正/不祥事、時代や日本国憲法・教育基本法が読めない大学、私物化された公立大学、応援団がよく口にする相撲(協会)などなど、創立60周年を迎えても今だブランドが確立せず、もしあるとすれば負のブランドであり、無名・滑り止め大学に甘んじている。しかも後から生まれた新設された日本の国公私立大学に後塵を拝しても恥としない大学である。こうした体質をもった大学は地域政策学部を有するとしても、国や自治体の進歩・発展に寄与・貢献することに大きな限界がある。それは歴史を経るごとに明らかになるであろう。

「日本人が子供を育てる方法は欧米の夫れと全く正反対である。日本人はその子供を本来の性質とまったく異なった方向に向けて了ふ。日本人の中心思想は従順と奉公である。我々のあらゆる感情や詩歌、数世紀に亙る伝統は忠誠――盲目的な没批判な忠誠、妻は夫に、下僕は主人に、そしてすべての臣民は君主に対して忠誠でなければならぬと教えるのである。此の忠誠は全く宗教的である」(朝日新聞1921年11月30日)

それに対比:
その他の世界や日本にある著名な有力の大学群(国公私立大学):民主主義、憲法遵守、自由思想、因って学問の発展の可能性大-大学の本来の姿であろう。

152凡人:2018/01/06(土) 20:13:52 ID:AaSPFmRQ0
追加:

反・非民主主義の高崎経済大学のタグ:身分制度時代に生まれ、天皇家の息がかかる富岡製糸場、高崎経済大学理事長/(財)大日本蚕糸会会頭・髙木賢氏。

153凡人:2018/02/12(月) 08:46:07 ID:AaSPFmRQ0
群馬県高崎市18年度予算案、過去最高の1688億円
2018/2/9 22:00 Nikkei

 群馬県高崎市が9日発表した2018年度予算案は、一般会計の総額が前年度比0.3%増の1688億7000万円と過去最高だった。市税収入は0.5%増の593億8700万円。うち法人市民税は景気回復基調を反映して6%増の59億9500万円を見込んでいる。

画像=2018年度予算案を発表する高崎市の富岡賢治市長(高崎市役所)

 歳出面では建設事業などの投資的経費は7%減の269億4300万円に抑制したが、扶助費などの義務的経費が3%増の684億4100万円に膨らんだ。

 主な新規事業は、英語を使った山村留学を行う4月開設の「くらぶち英語村」運営に1億6800万円。市が設立した高崎経済大学で、国際学科の学生全員を留学させる事業に5700万円を計上するなど、先端的な国際教育に力を入れる。

 経済やまちづくり関連では、7月に高崎駅前に開設予定の日本貿易振興機構(ジェトロ)群馬事務所の運営経費一部負担に9800万円。宴会場や高品質な客室を備えた都市型ホテルが市内に不足していることから、ホテル招致に向けた需要調査に1000万円を計上する。JR信越本線北高崎―群馬八幡間の豊岡新駅(仮称)設置に向けては、調査費300万円を充てる。

 高崎市の富岡賢治市長は同日の記者会見で「積極的なまちづくりを、抑制された予算内に収めるようにした」と話した。

154凡人:2018/02/12(月) 08:50:22 ID:AaSPFmRQ0
平成30年度(2018年度)高崎経済大学一般入試志願状況【確定】
2018年2月5日 Official Site

試験区分 募集人員 志願者数 昨年度志願者数(志願倍率)

前期日程
経済学部 140 829 645(4.6)
地域政策学部 200 1,532 1,461(7.3)

公立大学中期日程 240 3,474 3,309(13.8)

後期日程 100 1,313 1,429(14.3)
合計 680 7,148 6,844

155凡人:2018/02/12(月) 08:59:32 ID:AaSPFmRQ0
ミスユニバース群馬県代表の金井麻未さん 大沢正明知事を表敬 「地域とつながる女性になりたい」
2017.12.28 11:23 Sankei

Pic=ミス・ユニバース・ジャパン群馬代表の金井麻未さん

 「2018ミス・ユニバース・ジャパン群馬大会」で群馬県代表に選ばれた前橋市出身の高崎経済大学4年生、金井麻未さん(21)が27日、大沢正明知事を表敬訪問した。

 金井さんは来年開催される日本大会に出場する。大学卒業後は県内企業に就職が決まっているといい、将来の夢は「地域とつながる女性になること」で、「まずは社会人として、人間性を磨き、仕事を頑張りたい」などと抱負を述べた。

 大沢知事も「日本で頑張って、世界に羽ばたいてもらいたい」と激励した。

156凡人:2018/03/09(金) 06:34:48 ID:AaSPFmRQ0
群馬県高崎市の歴史は血塗られた歴史。ところが地元ではなかなか大きな話題にならない。高崎五万石騒動や高崎経済大学の「圧殺の森」事件といい、正義はいつも権力側の面子を立てることで終始し、沈黙で終る。その政治や思想の中味は歴史は繰り返しされても、権力側の反省もないから将来にあっても民主主義が広まるという楽観もない。大日本帝国陸軍の歩兵連隊のひとつである歩兵第十五聯隊が創られた高崎市。日清・日露戦争から、満洲・上海両事変、支那事変、太平洋戦争とほぼすべての戦役に参加したという。地元では炭鉱スト鎮圧にも出動。高崎経済大学の大学直属応援団がその「栄誉」を演舞で一般市民に公開披露もしている。戦後生まれた公立大学が何の疑問もなく歩兵第十五聯隊を賞賛するということが現在でも行なわれている現実。意識の高い人間だったら、右翼や暴力団以外どんな人間がこんな土地に移住したいと思うのか。高崎が移住計画思索に真剣になるほど、失敗するのが既に明らかなので呆れている。ただ映画や音楽に従事する人間たちは社会正義に対して意識の高いことはアメリカの実例でもよく分かっている。彼らが高崎の文化や思想に将来全体としてどれだけ影響する勢力になりえるのか。その勢力の層の厚さの多寡に、高崎市が注目される文化都市になる鍵も潜んでいるように凡人には思う。
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稼働1年足らず、特攻隊の拠点となった「陸軍前橋飛行場」とは ドキュメンタリー映画制作へ、クラウドファンディングで支援募る
群馬県前橋、高崎の両市境付近にかつて、特攻隊の訓練や飛行機の製造に使われた陸軍前橋飛行場があった。
2018年03月07日 11時36分 JST | 更新 2018年03月07日 11時36分 JST ブログ 
https://www.huffingtonpost.jp/aport/documentary-movie-project_a_23373957/ 

 群馬県前橋、高崎の両市境付近にかつて、特攻隊の訓練や飛行機の製造に使われた陸軍前橋飛行場があった。終戦までわずか1年足らずの稼働だったが、若者たちが飛び立ち命を失った。そんな飛行場や隊員らを知る人たちの証言をまとめたドキュメンタリー映画の制作が進んでいる。監督は「飛行場に焦点を当てて戦時中に群馬で何があったのか伝えたい」。制作費や上映活動費にあてるため、クラウドファンディングで支援を募っている。

Asahi
画像=陸軍前橋飛行場で地元の子どもと記念写真におさまる特攻隊員ら(高崎市の志村邦雄さん提供)

■造成に地域から動員
 高崎市棟高町の大型ショッピングセンターの南東。主に畑地となっているこの周辺に1944年、陸軍前橋飛行場は造られた。

 旧群馬町(現高崎市)が2002年に発行した町誌などによると、太平洋戦争で日本が劣勢になりつつあった42年春以降、巻き返しを図る旧日本軍が、飛行兵を養成する教育用飛行場を全国に相次いで建設した。前橋飛行場はその一つだったという。

 1943年春、陸軍航空本部の大尉が村役場を訪れ、飛行場建設のため、農家らに土地の提供を求めた。

Asahi
画像=陸軍前橋飛行場があった周辺=飯塚俊男監督・製作協力委員会提供

 飛行場の面積は約160ヘクタール。1年余の工事期間には、各町村の青年団や教員組合員、国民学校の生徒らが勤労奉仕として動員された。4〜5メートルの高低差があった敷地を地ならししたり、誘導路を造成したりと作業を担い、1日当たりの就労人員は最多で2111人だったとの記録もある。前橋刑務所で服役する受刑者らも動員された。

 その後、軍用機を生産した中島飛行機の分工場や特攻隊員の訓練場に転用され、敗戦まで使われた。

 同飛行場の研究を続けてきた旧群馬町の元教育長、鈴木越夫さん(73)=高崎市金古町=は、「短期間に造られたうえに特攻隊の訓練もあったためか、当時は飛行場の存在自体が知られていなかったようだ」と話す。
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157凡人:2018/03/09(金) 06:37:30 ID:AaSPFmRQ0
■「戦争の悲劇伝える」 飯塚監督に住民協力
 飛行場がこの地にあった事実や、戦場に散った若者と交わった地元住民の思いを伝えたいと、前橋市出身で映画監督の飯塚俊男さん(70)が、映画「陸軍前橋(堤ケ岡)飛行場」の制作を進めている。戦争がテーマの作品は初めてという。

Asahi
画像=飯塚俊男監督(左)と鈴木越夫さん

 原作は、鈴木さんが2014年に自費出版した「陸軍前橋(堤ケ岡)飛行場と戦時下に生きた青少年の体験記」。飯塚監督は昨春、同書を読んで初めて、飛行場の存在を知った。知人を介して鈴木さんに映画化を相談。鈴木さんや旧群馬町の地域住民らが昨年、映画の製作協力委員会(代表・野村洋四郎元町長)を立ち上げて、全面協力した。

 鈴木さんによると、飛行場に関する公的資料は乏しく、軍関係の文書は多くが敗戦直後に廃棄されたとみられる。そのため調査は、体験者の証言や当時のことを書き留めていた一般市民の記録を中心に行った。

 飛行場建設のため土地を収用されて工員になったり、飛行場を襲った機銃掃射で大けがを負ったたりした地元住民の体験談が、原作には収載されている。隊員と話した女学生らの体験談もある。映画は、このうち約30人へのインタビューを軸に、飛行場の戦中の状況や隊員たちの姿も紹介する。

 「飛行場を知ってもらうことで戦争の悲劇を伝えるだけでなく、歴史を伝えていく公文書のあり方についても映画で投げかけたい」と飯塚監督は話す。

 昨秋から各地で撮影が進む。3月には、首相当時に公文書管理法の制定に取り組んだ福田康夫元首相へのインタビューも予定している。7月に試写会をイオンモール高崎で開き、8月の上映を目指す。

 原作者の鈴木さんは、戦争が忘れ去られることのないよう、体験者の記憶を残そうと証言や記録を集めて執筆してきたが、「分厚い本はなかなか読まれない」と感じてきた。「映像なら興味を持つ若い人もいるはず」と期待を込める。

■出撃前の別れ、垣間見た悲しみ
 前橋市の関根春江さん(89)は1月中旬、カメラの前でインタビューに答えた。実家は、市中心部にあった旧白井屋旅館。当時、多くの軍や県の関係者に利用されていた。

Asahi
画像=カメラを前に飛行場や前橋空襲について語る関根春江さん(中央)=前橋市千代田町2丁目

 特攻隊員も宿泊した。訪ねてくる家族やいいなずけと話したり、食事したり。翌朝、旅館前で言葉も少なく別れていた。交通事情が悪かったためか、隊員が泊まっても、訪ねる家族がいないこともあったという。

 隊員が泊まるのは1泊で一度きり。45年夏が近づくにつれ、その姿が目立った。出撃する直前だったのだと思う。誰も任務を明言しなかったが「旅館に漂う悲しい雰囲気でわかった」と関根さんは振り返る。

 印象的な記憶がある。ある隊員が「白い絹のマフラーがほしい」と、旅館の女将だった関根さんの母にせがんだ。母は自らの着物の袖か裏地のきれいなところを切って、マフラーに仕立てて渡していた。隊員は死を覚悟し、真っ白なマフラーを身につけたかったのだろう。関根さんにはそう思えて、つらかった。

 別の隊員は「飛行場を飛び立つ時、県庁の上を3回旋回するからね」と話してくれた。関根さんは高等女学校を卒業後、県庁に勤めていた。約束の時間に上空を見ると、旋回する飛行機が翼を振っていた。

「群馬から戦場に向かう隊員たちはどんな思いだったのか考えるとつらい。家族らを残して、『お国のために』と出撃した隊員たちのことを伝えたい」と関根さんは話す。
     ◇

 製作協力委員会は、映画の製作費や上映活動費にあてるため、朝日新聞社が運営するクラウドファンディングサイト「A-port」で支援を募っている。金額に応じて、映画招待券などの返礼がある。目標額は100万円。4月25日まで受け付けている。詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/maebashi-hikojo/
(朝日新聞前橋総局・上田雅文)
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158凡人:2018/03/15(木) 06:09:41 ID:AaSPFmRQ0
ジェトロの国内拠点としては47番目と産経が伝えてい。日本の都道府県の数をしれば、グローバル化の波をやっと県として認識したかのようだ。群馬で60周年を迎えた高崎経済大学は、今頃になって富岡製糸場の研究だもんな。糞の役も建たない大学と名指しされてもおかしくない。まったく地元高崎でさえ地域をリードできているとは思えない。
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ジェトロ、群馬県高崎市に事務所設置 7月
2018/3/9 22:00 日経

 日本貿易振興機構(ジェトロ)は9日、群馬県に貿易情報センターを設置すると発表した。7月、JR高崎駅の駅ビル「高崎モントレー」の2階に設置する。商談会の開催や海外からのバイヤーの招請、県内への外国企業の誘致などに取り組む。県はセンターの設置を機に県産品の海外への輸出を加速する。

画像=ジェトロの赤星康副理事長(左)が決定通知書を大沢正明知事(右)に手渡した(9日、前橋市の群馬県庁)

 同日、ジェトロの赤星康副理事長が前橋市の群馬県庁を訪れ、大沢正明知事に決定通知書を手渡した。ジェトロは群馬県が多彩な農畜産物を供給していること、自動車産業のほか加工食品、繊維など全国シェアの高い産業が集積していること、東京都心からのアクセスの良さなどをセンター設置の理由に挙げた。

 県は2017年12月、ジェトロに県内事務所設置の要望書を提出していた。大沢知事は「県内企業の海外進出は中小企業を中心に増加傾向にある。(高崎市に建設中の)コンベンション施設とも連携し、相乗効果を高めたい」と話した。

159凡人:2018/03/15(木) 06:24:09 ID:AaSPFmRQ0
特に高経大の学生諸君に言いたい(included international students)!!!笑!!!!

(Twitter より転載)
হুতোম প্যাঁচা‏ @onnightduty

Only the idiot and the evil pretend to be apolitical. Rest take sides. Here is Stephen Hawking, one of the greatest minds the human race has ever produced, at the forefront of anti-Vietnam protests

হুতোম প্যাঁচা Retweeted Tyrantasorus
Tyrantasorus‏ @tyrantasorus
Stephen Hawking (with cane), Tariq Ali and Vanessa Redgrave at the front of an anti-Vietnam war demonstration, Grosvenor Square, London, 1968.

凡人:アーメン to that!!!

160凡人:2018/03/15(木) 07:04:06 ID:AaSPFmRQ0
上に付け加えるが、優秀な奴は政治的に活発なだけではすまされない。それが正しいかも問われる。正しく歴史をみる能力、人類の発展にどれだけ寄与できるか。歴史の正しい側にいることも大切だ。そのために大学生ともなれば高い教養が問われ、勉強するわけだ。思考が要求され、教科書を丸暗記したって解答はでてこない。ケースによっては正解は長い年を経てはっきりすることもある。

161凡人:2018/03/26(月) 08:36:20 ID:AaSPFmRQ0
民主主義の危機は既に始まって久しい自称、立憲民主主義国家・日本の現在。

己の権力拡大なら法律無視も何でもやったナチスドイツのヒットラーとまさに似ている。安倍政権にとって目的のためなら法律を遵守することは眼中に無い。次々と民主主義の牙城としての現憲法を無力にする法律を充分な審議を経ず制定。警察国家化、マスコミの弱体化。右翼勢力が実権を握るには憲法が目の上の大きなたんこぶなので、憲法改正・無効は安倍政権の究極のゴールであろう。

安倍政権が今後維持するか否か、憲法を遵守するか否か、日本の民主主義が大きく試されている。日本の民主主義勢力にとって戦後最大の危機といえよう。

高崎経済大学=安倍政権

高崎経済大学=元八木教授は安倍首相の実質応援団=元高経大の学長と右翼暴力団との関係=不正入学事件=地元有力者の子弟の裏口入学=学生活動家の大量処分=圧殺の森=学生自治会・新聞会廃止=三扇寮の廃止=基本的人権無視=学ラン応援団を大学直属=右翼の本性丸出し=憲法違反=ノンポリ学生=反民主主義

安倍政権=安部総理の右翼教育的「森友学園」(大阪市)や「加計学園」(岡山市)の便宜=公文書(決裁文書)改竄=憲法・法律違反=右翼の本性丸出し=官邸前民主的デモ排除=警察国家=反民主主義=憲法改正・無効が最大目標。

162凡人:2018/04/04(水) 05:41:40 ID:AaSPFmRQ0
最高学府となれば、どこでも世界と競争するのが大学の質であり、大学の誇りである。大学の予算も無視できないが、それを可能にするのは教職員の質にも大きく左右される。当然ながら強い民主主義を学内に布き、広く世界と競合できる優秀な教職員を招き入れる。日本国内からでも海外からでも。民主主義を無視してはその実現が難しい。国公立大学の端くれである高崎経済大学。その地域科学研究所の重要なプロジェクトをみると、操業が大昔に止まった旧富岡製糸場がある。生糸業の衰退の解明?オーマイグッドネス、一体いつの話だ。既に語られて久しい大昔の話。そういう議論が必要なときは養蚕業の岐路を占う操業前であり、その時は一体高崎経済大学は何をしていたのだろうかと疑う。また「高崎市の製造業の特性と振興」に関して言わせて貰うが、市内の中小企業から学ぶという主旨らしい。その中小企業の経営者は会社の生きのびや発展のため、今までどこからか知識を得て来ているはず。その知識の泉はどこか?そこで凡人が思うに、経営学科のある経済大学と名を冠するたるもの、高崎経済大学は教える側ではないのかと。日本の大企業を相手にしているわけではない。市内の中小企業の経営者を相手に、世界の視点にたってどうしたらグローバルの波をうまく舵とりできるかを教える側に何故立てないのかと。不思議なのは市内にはアメリカの有名な多国籍企業の工場が存在する。ケロッグやP&Gなど。そうした研究はやってないのかと。また「カフェあすなろ」は市の補助金で高経大生がやらせてもらっているが、全国発信や文化継承に成功しているとは思えない。利益を除けば市内の民間がやっているカフェとなんら変わらない。つまり芸がない。民主主義が分からない高崎経済大学の末路は如何に。教育の質は問うまでもない。所詮、支離滅裂な八木秀次氏が准教授のタイトルで教壇に立てる大学。高崎経済大学という名の高校なのである。
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「世界30傑」へ研究拠点整備 大野英男・東北大学長
2018/4/4 2:00 日本経済新聞 電子版

 東北大学の新学長に大野英男教授(63)が就任した。里見進前学長とともに「世界30傑大学」入りを目指してきた大野氏は「その路線を継承し、世界トップレベルの研究拠点整備を進める」という。東北の教育・研究をリードする東北大のかじ取りを担う新学長に、今後の方針を聞いた。

 ――新学長として取り組みたいことは何ですか。

 「これまでは学長を補佐する立場だった。東北大は昨年、世界レベルの大学を目指す『指定国立大…

163凡人:2018/04/10(火) 01:55:11 ID:AaSPFmRQ0
「真理」?大学の目的(高崎経済大学学則第1条)にも、学歌にも真理という言葉が使われている。この言葉を耳にするたびに、真理とは何を指しているのかが頭をよぎる。ところが過去の事件を紐解いてみると、真理よりもイデオロギーを強力に前面に押し出す大学。その根本まで辿り着くことなく、真相は闇に隠れてしまう。ひたすらに真実を隠し、捻じ曲げ、直視することはない。高崎経済大学はそういったイメージが強い大学。因ってなにが正しいかさえ、議論されることはない。真理はまったく問題とならない大学。真理という言葉を認識、理解しているかはまったく別問題であるということが、この大学の過去60年の歴史から読み取ることができる。
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新入生 大志を抱く…高崎経済大
2018年04月07日  Yomiuri

 高崎経済大学の入学式が6日、高崎市高松町の群馬音楽センターで開かれた。

 経済、地域政策の2学部と大学院に計1033人が入学した。出身地は高崎市が8%、高崎市以外の県内が18%で、7割以上を県外が占める。

 村山元展学長は式典で、「それぞれの故郷が持つ多様で個性的な魅力を知ることができる皆さんこそが、地方創生の担い手に最もふさわしい人材へと成長できる」と歓迎の言葉を贈った。新入生代表の生徒(18)(地域政策学部)は「先生方のご指導のもと、真理を探究し、人格形成に努めることを誓います」と力強く語った。

164凡人:2018/04/10(火) 09:29:08 ID:AaSPFmRQ0
「先進的な教育施設」。「日本で初めての教育形態」。自治体の行政が古いことに固執し、ブレインの集まりである地元大学が画期的なことをやるのが全国的に見受けられる日本の傾向なのだが、高崎市役所と地元にある高崎経済大学とのやっていることの対比が面白い。また高崎商工会議所の動きも含めて考えると面白い。地元のブレインである筈の大学の教職員たちはすでに「過去の人たち」であるということなのだろうか。「富岡製糸場」や「多胡碑」にしても、現役や元を含め高経大の教職員が深く係わっている。高崎経済大学に新しくできた、経済の授業を英語で教える国際学科の存在はどうなのか。こちらの簡単な検索では、その授業を受け持つ専任教員は11人。一人を除いて、みな日本人である。そのなかには留学経験が学歴に載ってない者も多い。そしてその外人教授の専攻はなんと英語学。経済の大学に何故、経済・経営学を修めた英語ネイティブの教職員がいないのか大きな疑問が起る。なぜこうも早稲田大学の息のかかる人物が高経大の教職員に多いのかもとても気になる。優秀なら問題はないのだが、ちなみに、かつての大学の教壇に立っていた八木秀次准教授や元学長の木暮至教授も早稲田大出身。この国際学科も例外ではない。話が逸れたが、だから英語での授業の内容そのものがどんなものか気になるところ。また生まれて数年しかたたないが、その学科から外部に向かっての発信がまったくないのも不可解。そこから国際学科そのものが目標どうりに上手く行っていないのではないかという憶測が生まれる。
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レッツ山村留学 くらぶち英語村1期生が開村式 高崎
[2018/04/10] 上毛

開村式で富岡市長(左)の話を聞く子どもたち

 群馬県の旧倉渕川浦小(高崎市倉渕町)の跡地を活用し、小中学生が英語漬けの生活を送る市の山村留学施設「くらぶち英語村」の開村式が8日、同所で開かれた。関係者や地域住民約100人が先進的な教育施設の開設を祝い、9都県から集まった「通年コース」の第1期留学生22人が新たな生活をスタートさせた。

◎通年コースで「留学生」22人が入村
 式で、留学生や外国人スタッフが紹介された後、富岡賢治市長が「日本で初めての教育形態。親元から離れた生活を送ると成長するので、子どもたちは歯を食いしばって頑張ってほしい」と激励。村長の高橋秀郎さんや運営を委託された公益財団法人育てる会の青木厚志代表もあいさつした。

 留学生や保護者からは期待の声が上がった。小学2年で、最年少の栗間光君(7)=前橋市=は「自然がたくさんあるので外で遊ぶのがとても楽しみ。英語も話せるようになりたい」とにっこり。将来、英語を使う職業に就きたいという中学1年の山崎友稀さん(12)=東京都=は「来る前は不安だったが、今は期待の方が大きい。1年後にはスムーズに外国の人とコミュニケーションできるようになりたい」と声を弾ませた。

 小学3年の長男が留学する久保田正芳さん(45)=神奈川県=は「英語村で多くの体験を積み、自信やたくましさを培ってほしい。人生の選択肢が広がればいい」と成長を願っていた。

 子どもは農作業や地域の行事を体験しながら、外国人スタッフと積極的にコミュニケーションを図ることで実践的な英語力を身に付ける。1年を通して共同生活を送る通年コースのほか、1泊2日の「週末コース」、夏休みや冬休みに行う「短期コース」がある。

 通年コースの募集には17都府県約80人から申し込みがあり、抽選で小学2年〜中学3年の男女11人ずつが選ばれた。22人は高崎倉渕中、高崎倉渕小に毎日通学する。

165凡人:2018/04/26(木) 08:50:13 ID:AaSPFmRQ0
地域政策学部がはじめて大学に生まれ、全国から大きく期待された時期があった高崎経済大学。だがその中味は、高校レベルでも充分できるような地域に限定した、はっきり言って、カルトにも似た訳のわからないことをやっている。自画自賛だけは負けていない。ブラック大学の行き着くところは大方察しがつくというもの。経営母体の高崎の発展すら、ビジョンをもった学問の領域でリードする力にまったくなれそうもない。他の大都市が、どんどん「進化を遂げ」ている。高崎経済大学の地域政策学部の存在価値は一体何なのだと問いたい。
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開業率首位・福岡市の野望、学生起業 天神に拠点
2018/4/26 6:30 日本経済新聞 電子版

 日本の大都市で開業率1位の福岡市が起業の街としてさらなる進化を遂げようとしている。市が「スタートアップ都市」を目指すと宣言して約5年半。起業志向の若者を引き寄せ、スタートアップ育成の基盤を整えてきた。官民が一体となり、日本のイノベーションハブのトップの地位を固めようとしている。

 1月、福岡市で「メドメイン」という会社が産声を上げた。顕微鏡の画像から人工知能(AI)を使って病気の有無の判断などを支…

166凡人:2018/04/29(日) 10:29:42 ID:AaSPFmRQ0
「元々は周囲の多くの農家と同様に養蚕を中心とした農家」。「養蚕・製糸業の衰退が進む中、本格的に養鶏場の経営に乗り出した」。「養鶏業は農業ですが装置産業」。「人工知能ロボット」。「AI技術等の導入」。農業でさえ最先端技術を駆使しトップを維持・発展している現在である。群馬県政や高崎経済大学のプロジェクト研究が50年前だったらまだしも、時代のニーズにまったく添わない。それが出版されても、読む気にもならない。「まちづくり」に知的に、学問的に貢献しているとは思えない。ほんとに高崎市の税金の無駄遣いであるとまでいいたい。ブラック大学の教職員の教養程度や文系学部の冗談がそこにある。本当に「実学」や「役に立つ大学」を目指すなら、地域産業をリードするコンピューターのエンジニアリングやその他の理系学部の必要性が際立つ。 
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高崎の鶏卵ブランド といえば『卵太郎』
(2018年04月28日高崎新聞)

高崎商工会議所『商工たかさき』2018年2月
■有限会社三喜鶏園
▼卵かけご飯を食べたくなる卵
玉子といえば鶏卵。家庭の食卓にもお弁当にも欠かせない存在だ。そんな卵と加工品のブランドとして、高崎産の『卵太郎』が浸透している。

4種類のブランド卵には、白い殻のオーソドックスな“もちはだ卵”。茶色の殻でビタミンEが通常の10倍の“ちゃめっけ卵”。昔ながらの味にこだわった“黄味の郷”。そして、ビタミンE30倍、ビタミンDが4.5倍、餌にパプリカを配合することでオレンジ色の濃い卵黄が特徴の“こだわり雅味”がある。プリン、シュークリーム、カステラ、バウムクーヘンなど、自社製スイーツは、新鮮な“こだわり雅味”だけをたっぷり使用しており、直営店や道の駅、高崎土産の販売店でも、卵屋のスイーツとして人気が高い。

何より卵の美味しさをダイレクトに味わえる卵かけご飯を食べたくなる卵だ。

▼鶏の快適環境を追求した鶏舎
榛名山西麓の標高600メートル、高崎市倉渕町水沼の人里離れた豊かな自然に囲まれた広大な敷地に、12棟の鶏舎が立ち並び、37万羽の鶏を飼育する㈲三喜鶏園の水沼養鶏場。

暑さに弱い鶏にとって、夏の暑さを自然の風だけでしのげるという理想的な場所。また、鶏の細胞を潤す水は、地下200mから汲み上げる地下水を使用。「鶏はとてもデリケートです。例えば餌の成分は同じでも、メーカーが変わっただけで食べなくなったり、鶏舎の温度が上がっても卵を産まなくなるなど、鶏にとって平穏でノンストレスな快適環境を確保することが最優先。特に鳥インフルエンザ対策には細心の注意を払っています」と話す富澤太郎社長。

鶏舎の中はコンピュータ管理され、採卵・給餌・除糞、そして温度や換気、日照管理など全て自動で行われている。一方、農場のスタッフは鶏舎を巡回し、常に鶏の状態に気を配る。孵化して130日から2年以内の若鳥たち。ご機嫌が上々なら、およそ25時間で1個の卵を産み落とし、37万羽から毎日約35万個の卵が採れる。

▼全自動化を実現したGPセンター
採卵された卵は、出荷に向けてGPセンターに運ばれる。スタッフは入室前にクリーンルームで埃を除去するなど、徹底した衛生管理の下で作業が進められる。

まず、60℃のお湯で殻を洗浄し、紫外線で殺菌。目視による検査と微細なひびまで検知できる最先端の自動ひび卵検査装置を通して、ひびの入った卵を取り除く。次に、分光分析技術を搭載した自動血玉検出装置で、血液が混じった卵を取り除く。最後に、人工知能ロボットにより、サイズ別に仕分け・包装され、商品ラベルが貼られる。

こうしてみると、富澤社長の「養鶏業は農業ですが装置産業」という言葉に納得。AI技術等の導入で、1時間に3万5千個の卵が迅速に処理されている。

出荷先は、高崎を中心としたスーパーや食品卸業者、食肉卸業者、築地市場など。製菓店や飲食店などへの直接納品もある。
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167凡人:2018/04/29(日) 10:31:06 ID:AaSPFmRQ0
▼6次化に着手 直営店出店で知名度UP
同社の設立は、昭和44年(1969)2月。飼養羽数2万羽からのスタートだった。元々は周囲の多くの農家と同様に養蚕を中心とした農家で、養蚕・製糸業の衰退が進む中、本格的に養鶏場の経営に乗り出したのが、富澤素行現会長だった。自然豊かな高原に土地を購入、昭和53年に水沼農場を開設し、飼養羽数を8万羽に。昭和57年にはGPセンターを開設するなど、着実に規模拡大の地固めを進めてきた。

そして、息子の太郎さんの入社を契機に、翌平成15年(2003)に、卵と加工品の直売所『たまご市場卵太郎』を本社内にオープンした。「オープンには3つの理由がありました。卵の価格は相場で決まるので、自分たちで値段が決められるものへのあこがれ。三喜鶏園の知名度アップ。そして、工場には工場長、農場には農場長がいるので、“店長”という自分の居場所づくりです」と笑う。

スイーツ開発には自ら先頭に立って取り組み、厨房機器メーカーのインストラクター等に指導を受けながら半年ほどかけた。その後、平成24年(2012)に『たまご市場卵太郎』は、自宅の養蚕農家の家屋を改装した新店舗でリニューアルオープン。スイーツの数は約20種になり、“おかあさんが作るホームメイドおやつ”をコンセプトに、あくまで新鮮でおいしい卵を宣伝するツールとして販売している。

また、規格外の“大玉”(特殊な二黄卵)や生後120日の若鳥が生む“初産み卵”、色・形・キズが残念でも中身は一級品と変わらない“ずっこけ卵”など、生産者直営店ならではのお買い得限定商品を目当てに、オープン前から並ぶ人たちもいる。週末は多くの来店客で賑わっている。

▼“三喜”の実践が成長の原動力
「全国的にみて鶏卵業界における当社の規模は“中の中”」と言う富澤社長。今後、直営店での卵料理の提供や、養鶏羽数の拡大を図るなど、業界の追い風に乗って、新たな挑戦に意欲をみせる。

また、三喜鶏園の“三喜”は、売り手(従業員)、買い手(お客様)、世間(地域社会)の三方よしを表しており、同社では、その精神の日常的な実践を大切にする。新鮮でおいしい卵を供給すること、お客様の笑顔に応えること。この一点に企業努力を惜しまない姿勢で、周囲に幸せな波動を広げていく。

代表取締役 富澤 太郎さん
高崎市下里見町1358
TEL:027-343-3829
http://www.sanki-rantaro.com/
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168凡人:2018/05/11(金) 05:42:02 ID:AaSPFmRQ0
群馬県の高崎に絲山さん、長野県の軽井沢に唯川さん。軽井沢は全国知名度は抜群で、軽井沢に住むというだけで高貴な雰囲気が漂う。何故高崎?東京生まれ・育ちの作家の移住がたった一人絲山さんだけ。有名人とあって、群馬ではラジオや講演や大学講師として引っ張りだこ。そこがたった一人の楽しさであり、つらさ・忙しさでもある。つまり、顔ぶれがいつも同じ。そうした知的有名人の層の薄さが全国イメージ最下層の群馬を象徴している。つまりそれは高崎市の良さを語っているというよりも、本人が物好きとしかとれない。時代に敏感であり、知的な職業、たとえば音楽家、映画監督、芸術家、評論家、俳優・女優・タレント、教育家、その他そういった有名人が複数高崎市を選んで移住していれば説得力があるというものである。高崎経済大学の教員でさえ、何人が高崎市内に住んでいるのかと首をかしげる。高崎市内は少ないと聞いたことがある。高崎市の経済力は統計でも示されているように、中核都市ではトップの座にくるが、文化の領域をみると、いろいろ派手に金を使って映画祭や音楽祭で有名人を呼び寄せるものの、移住したいと思うほどの魅力を醸し出す都市ブランド力も文化的高さも、中身で大きく見劣りがする。むしろ逆に歴史を見てもその右翼的保守性の政治的地盤が強いせいで、進取の精神が育ちにくい環境であり、新島襄をはじめとした群馬県にゆかりの有名人が県外脱出しているのが現状である。移住をしたいかどうかの動機の根本は突き詰めて「群馬は山に囲まれていて」どうのこうのと言う次元ではないであろう。笑
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2作家 地方移住の良さ 高崎でJTフォーラム 絲山さん、唯川さん講演
[2018/05/10] Jomo

画像=「群馬は山に囲まれて安心感がある」と話す絲山さん=「生活環境を変えることで作風や趣味が変化する」と話す唯川さん

 「ひとのときを、想う。」をテーマとしたJTフォーラム(上毛新聞社主催、JT協賛)が9日、群馬県高崎市内のホテルで開かれた。芥川賞作家の絲山秋子さんと、直木賞作家の唯川恵さんが講演、来場者400人が熱心に耳を傾けた。

 同市内に住む絲山さんは「居心地のいい場所」と題して講演。ユーモアを交えながら自らの経験を語り、会場を湧かせた。「群馬は山に囲まれていて安心感がある一方、開放感もある」とし、群馬、奈良両県の類似性について話を展開、来場者の関心を引いた。

 唯川さんは「自分を変える、自分に還る」をテーマに、銀行員から小説家に転身したきっかけや、東京から軽井沢に移住した話を紹介した。生活環境を変えることで作風や趣味が変化し、新しい趣味の登山に挑戦することで健康になったと話した。「心身とも鍛えて挑戦することで身体は変わっていく」と結んだ。

169凡人:2018/05/22(火) 02:11:08 ID:GftOXnlI0
学生の県内就職促進 高経大が企業バスツアー
[2018/05/18] 上毛

 学生の市内、群馬県内での就職を促進しようと、高崎経済大と高崎商工会議所は22日、市内企業を巡る学生向けバスツアーを初めて実施する。同大学生の約7割は県外出身でUターン就職する人が多い状況を踏まえ、学生時代を過ごした地での就職が選択肢になるよう、市内企業の魅力に触れる機会を提供する。

 設備工事のクシダ工業(貝沢町)、高崎信用金庫(飯塚町)、システム開発のクライム(栄町)を訪問し、各社の担当者から業務について説明を受けたり、社内の様子を見学したりする。46人の学生が参加する予定。

170凡人:2018/06/20(水) 11:16:02 ID:UebH2vgA0
どこが文化拠点なのか?コンサートを催す市内の数あるカフェとどこが違うのか?市からの補助金が下り、採算が取れなくても管理運営できる。それなのに大学という特性が出せず、全国に能動的、主体的に発信できず、―インタビューを受けるだけでは発信とは言いがたい―、専門学校や個人経営のカフェとまったく違いが出せないのでは失敗もいいとこではないのか。「多くの芸術家が集」まらないであろう今のあすなろと昔のあすなろを一緒にするのはどうかと思う。凡人は学生時代に通い、鞘町にあったあすなろをよく知っている一人である。
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名曲喫茶復活5年
2018年06月16日 Yomiuri

画像=学生たちが運営する「cafe あすなろ」(12日、高崎市鞘町で)

市民の文化拠点…高崎経済大生 工夫の運営

 高崎経済大学の学生が運営する「cafe あすなろ」(高崎市鞘町)が、開店から5年を迎えた。高崎市民の文化拠点だった名曲喫茶を復活させ、商品開発やイベント企画を学生たちが手掛けてきた。16、17日には5周年を記念し、店内での音楽会などを開く。

 カフェは、1982年に閉店した「あすなろ※」の店舗跡を改装し、2013年6月にオープンした。大学が土地と建物を取得し、大学関係者らで組織するNPO法人に管理・運営を委託している。

 実際に店を切り盛りするのは、NPO法人内にある「学生部会」という組織だ。100人近い学生が経営、企画、広報の3班に分かれ、商品管理、イベントの開催、広報紙「あすなろ報」の発行、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での情報発信をしている。店のスタッフとしても働き、学内で週1回、全体会議を開いている。

 経済、地域政策学部に所属する学生たちにとって、店の運営は社会体験の場になってきた。売り上げの入力や顧客データの分析を行い、季節のメニューは利用客にアンケートを取るなどして独自に考案する。経営班リーダーの今井希光也さん(経済学部3年)は「商品の売り上げが落ちれば危機感を感じ、解決法を探る。単なるアルバイトとは違う責任を感じる」と語る。

 読書会などを店内で開き、地元商店街のイベントにも参加して中心街の活性化に一役買ってきた。経済学部2年の三沢和輝さんは「地域の人と触れあい、大学の講義では得られない経験ができる」と話す。

 かつてのあすなろを懐かしむ人の声に応え、内装や照明は昔の雰囲気に近づけてきた。CDでクラシック音楽などを流しているが、今月からは月に2日、「レコードの日」を設けることにした。文化の薫りが漂う場を目指し、秋にはアマチュア音楽団体による生演奏会を月2回、開く計画だ。

 学生部会代表の磯部司さん(経済学部3年)は「昔のあすなろには及ばない部分もあるが、学生ならではのアイデアや工夫で、新しいあすなろの形を作っていきたい」と話している。

 営業は午前10時〜午後8時。月曜定休。問い合わせは、「cafe あすなろ」(027・384・2386)へ。(宮下裕二)

あすなろ※
 群馬交響楽団の草創期を描いた映画「ここに泉あり」に感銘を受けた詩人・崔華国(1915〜97年)が、1957年に高崎市本町に開いた喫茶店。65年に現在地に移り、82年まで営業した。多くの芸術家が集い、詩の朗読会や群響団員の演奏会など多彩な文化活動を展開した。

171凡人:2018/06/21(木) 02:35:34 ID:UebH2vgA0
新設大学が60年以上も歴史をもつ大学群よりも、トップに立つ点で日本の大学教育に大いに疑問がある。また順位は教育充実度といっても、何を基準にしているのかわからない。世界にとって、あまりにマイナー大学なのでデータ分析上で充分考慮が行き届いているとは思えない。より全国的知名度があり有力大学である大阪市大、大阪府立大、横浜市立大、名古屋市立大の名がリストにないのは不可解である。
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@大学 「中根」の目・データが語る 「教育充実」公立大1位 国際教養大
毎日新聞2018年6月12日 東京朝刊

教育充実度が高い公立大

 地方自治体による大学の設置や私立大が公立大化するなどして、公立大は現在、国立大より6校多い92校ある。意外に目立たない存在だが、学費も安いことから地方では人気が高い。では、教育が充実している公立大はどこか。グローバル人材の育成や大学入学後に能力を伸ばしているという観点から調査したのが英教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」の世界大学ランキング日本版だ。

 教育充実度でトップは国際教養大。同大は国際性も含め、2分野で国立大、私立大を抑え全国トップに立つ。公立大2位の会津大は先進的なコンピューター教育で有名だ。北九州市立大は市設置の公立大として規模が大きく、地域に貢献する人材育成に力を注ぐ。公立大は地域に根ざした個性的な大学が多く、もう少し注目してみたい。

【大学センター長・中根正義】
教育充実度が高い公立大
順位 大学     (所在地)

 1 国際教養大  (秋田)
 2 会津大    (福島)
 3 北九州市立大 (福岡)
 4 首都大学東京 (東京)
 5 都留文科大  (山梨)
 6 福岡女子大  (福岡)
 7 高知工科大  (高知)
 8 高崎経済大  (群馬)
 9 静岡県立大  (静岡)
10 神戸市外国語大(兵庫)

 THE世界大学ランキング日本版2018より公立大を抜粋

172凡人:2018/06/23(土) 15:39:48 ID:UebH2vgA0
学生自治がない高崎経済大の13人が高校に選挙の啓もうに出前講座だそうだ。凡人は何度も言っているが、選挙啓発には自治意識なしではたわごとでしかなく、すべて無駄骨に帰する。民主主義をきちんと学校で教えないか、教えられないので、投票率は下降の一途である。民主主義と自治意識はコインの表と裏。それがきちんとわかっていないと選挙/投票に参加する意味すら正しく理解できない。権力のやることに満足しているのであれば、わざわざ時間を潰して投票にいく必要があるのかとさえ思う。民主主義や自治意識を持つことが必要とされない高経大生が、生徒会をもつ高校にいって選挙の啓発だそうだ。こんな皮肉なことがあろうか。群馬という土地はなんという不思議な世界なのだろう。
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大学生が選挙啓発チーム 若者へ投票呼び掛け
[2018/06/19] 上毛

 若者の政治への関心を高めようと、群馬県選挙管理委員会の呼び掛けで「大学生参加型選挙啓発チーム」が18日発足した。県内4大学の27人が参加を予定している。選挙啓発の企画を考えて実行するほか、高校生向けなどの出前講座に協力する。

 参加を予定しているのは、高崎経済大の13人と新島学園短大の6人、群馬大、群馬医療福祉大の各4人。県選管が他大学にも打診しており、メンバーが増える可能性もある。

173凡人:2018/06/23(土) 15:56:48 ID:UebH2vgA0
伝説の喫茶店「あすなろ」復活5周年 期間限定「オセロケーキ」も
2018年06月15日 高崎前橋経済新聞

写真=写真映えも意識した「オセロケーキ」、ほろ苦と、あすなろコーヒーに合わせたやさしい甘さのロール。16日はコーヒーとセットで400円で提供する

 2013年、「cafeあすなろ」(高崎市鞘町、TEL 027-384-2386)として復活した伝説の喫茶店が6月16日から5周年記念イベントを開催する。

 「あすなろ」は1956(昭和31)年、高崎市本町で開業し1965(昭和40)年に鞘町に移転。高崎の音楽や文学の場として地域の文化を牽引。1982(昭和57)年3月、惜しまれつつ26年の歴史を閉じた。

 市民から「復活を」の声が高まる中、高崎経済大学の学生を中心にした「特定非営利活動法人高崎まちなか教育活動センターあすなろ」を運営主体に復活。昨年4月から今年3月までの来店者数は1万2000人に上った。

 5周年を記念し、マジシャンの若鳩さん、ShuNさんによるマジックショーを開催する。記念メニューは白と黒のロールケーキ「オセロケーキ」で、「見た目から楽しめるようにした。黒はブラックココアのほろ苦さ、白はあすなろのコーヒーに合うやさしい甘さに仕上げた」(同店担当者)という。価格はコーヒーとセットで500円(16日は400円)。

 営業時間は10時(16日はセレモニー開催のため15時)〜20時。月曜定休。マジックショーは16日、オセロケーキの提供は24日まで。

174凡人:2018/06/30(土) 11:26:03 ID:UebH2vgA0
大谷取材、斎藤記者に続き小田野記者派遣 
2018.04.28 岩手日報社

 岩手日報社は、米大リーグ・エンゼルスでプレーする大谷翔平(花巻東高)を取材する特派員として、東京支社編集部次長の斎藤孟記者に続き、陸前高田支局長の小田野純一記者を派遣した。投打の「二刀流」として注目を集める大谷の活躍を詳細に伝えるほか、現地の様子も紹介する。

 2人は本社運動部時代に大谷を密着取材。自らの野球経験を生かし、高校時代やプロ入り後の大谷の素顔に迫った。同社が大谷のメジャー入りを記念して出版した「大谷翔平 挑戦」の執筆も担当。ベースボールの本場でも進化を続ける大谷を追い続ける。

 斎藤 孟記者(さいとう・たけし=東京支社編集部次長)

 一関一高-高崎経済大卒。高校時代は2番遊撃手を務め、3年春の県大会はベスト4まで進出した。04年岩手日報社入社。運動部には04年4月からと15年4月からの通算4年半在籍した。大谷の取材はプロ3年目から。エンゼルス入団会見や春季キャンプを現地で密着取材。メジャー初勝利、初本塁打の興奮を間近で体感し、岩手時代の大谷を知る存在として同業の番記者からも「取材」が多い。36歳。一関市川崎町出身。

 小田野純一記者(おだの・じゅんいち=陸前高田支局長)

 福岡高-岩手大卒。小学2年から野球に取り組み、高校時代は外野手。大学時代は青森大の細川亨(楽天)らと対戦し、4年時には主将を務めた。03年岩手日報社入社。運動部には12年4月から3年間在籍し、大谷の取材は花巻東高3年から日本ハム3年目の開幕戦までを担当。運動部から陸前高田支局に転勤しても大谷との交流は続いており、公私ともに「大谷の応援団長」を自負する。37歳。二戸市出身。

175凡人:2018/07/07(土) 23:27:28 ID:UebH2vgA0
この交流シンポでなにか特に得られた具体的なことがあるのか?ポーランドと日本の2国間貿易を、ホーランドからわざわざ来高した経済大准教が基調報告しているのに、野崎謙二教授はなぜ東アジアの経済発展についての話なのか、まったくよく解らん。「貿易や投資の自由化が必要」と提案?ポーランド人准教が具体的な話をしているのに教科書的な話で返す高経大の教授のアンバランスがこの短い記事にある。果たして有意義なシンポになっているのか、つまり話が咬み合っているのかさえ、この記事からではまったく皆目解らない。大笑
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2国間貿易の現状説明 ポーランドの大学と高経大が交流シンポ
[2018/07/04] 上毛

画像=質疑応答で、活発に意見を述べるポーランドの出席者

 群馬県の高崎経済大とポーランドのヴロツワフ経済大の交流協定の締結を記念した国際交流シンポジウムが3日、高崎市の同大で開かれた。「アジアとヨーロッパの経済交流」をテーマに、両大学の教授らが講演し、学生や市民ら約60人が熱心に耳を傾けた。

 第1部は基調講演として、ヴロツワフ経済大のアンナ・ヤンコヴィアク准教授がポーランドで活躍する日本の会社や2国間貿易の現状を説明。日本に輸出されるポーランド製の陶器やピクルスなどを紹介した。高崎経済大の野崎謙二教授は東アジアの経済発展について「貿易や投資の自由化が必要」と提案し、「経済連携協定(EPA)がどうなるかが注目される」と締めくくった。

176凡人:2018/07/17(火) 15:02:48 ID:UebH2vgA0
民主主義がない国、北朝鮮のトップの仕事振りを報じた記事。どんなに激怒しようとも、民主主義がない国が自由主義国に経済的に追いつくことは不可能である。ソウルの南朝鮮との経済発展の差が大きいことが、一目瞭然でわかる国境付近で取られた写真を見たことがある。その北朝鮮と民主主義のないブラック大学、高崎経済大学をよく同類に置き換えている凡人。思想選抜する大学。ブラック企業がそうであるように、ブラック大学にあえて勤めたいとする教員はいろいろ問題を抱えているとみた方が良い。ある思想を受け入れれば他の大学では採用されなくても、この大学なら取ってくれる。それが高崎経済大学。民主主義がないから、碌な教員が集まらない。仮にいても長続きはしない。大学を良くしようとするよりも、身の保全を第一に考える。大学はあまりに凡庸だから、進学を考えている学生だって優秀な人材はそっぽを向く滑り止め大学であり続ける。第一、学生の意見なんて尊重されない。しているように嘯いて、実はコントロールしている。学生自治会もなければ、学生新聞もない。学生の意見は守られないか、無視される校風。それゆえ、ネットの2ちゃんねるが実質、学生のご意見場所。そのあまりの程度の低さはおぞましい。この教員にして、この学生。そうした悪の循環が60年も続く。そりゃ、卒業生の多さを考えれば、いくつかの例外もあろう。だが高経大の60年の歴史で、何か誇れるものがあるのか。民主主義を守る砦になったとか、大学レベルで社会から尊敬の念をもってみられるニュースが、この大学から生まれた事例が一体あるのか。むしろ暴力団関係での暴露ニュースや、応援団が大学の象徴で、時代錯誤的なことを公言してやまない大学というのが現実。応援団を大学の象徴とするからには、この教授らや経営陣やらも同じレベルで同じ思想の持ち主と考えて問題はない。民主主義とまったくかけ離れて、ただ60年が経過した大学である。高経大がこの浅はかな北朝鮮とよく似ていると思うのは凡人だけなのだろうか。笑
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「なぜこうなるまで…理解できない」 金正恩氏が激怒
ソウル=牧野愛博 2018年7月17日12時02分 Asahi

写真・図版=清津のカバン工場で現地指導する金正恩氏(中央)=「わが民族同士」ホームページから

 北朝鮮の労働新聞(電子版)は17日付で、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が北東部、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の経済部門8カ所を視察した様子を報道した。成果が上がっていないダムやカバン工場の実態に正恩氏が激怒し、責任を追及するよう指示したと報じた。

 北朝鮮メディアは2日の報道でも、正恩氏が平安北道の紡織工場などを視察した際に関係者を叱責(しっせき)したと伝えた。正恩氏は最近、経済を重視した新政策を強調しており、経済部門の担当者らの一層の奮起を促す狙いがあるとみられる。

 17日付の労働新聞は通常の6ページを12ページに増やし、9ページにわたって正恩氏の視察の模様を伝えた。正恩氏は漁郎川発電所の建設現場で、「30年以上経っても工事が完了していない」と指摘。「なぜこうなるまで内閣が対策を立てなかったのか理解できない、言葉が出ない」と激怒した。

 また清津のカバン工場の視察では、施設がみすぼらしいとして「革命的気風がなく、主人らしい仕事ぶりではない」と指摘。当該部門の責任を追及し、調査するよう指示した。

 正恩氏は、4月の党中央委員会総会や5月の党中央軍事委拡大会議で、経済建設に総力を挙げるという新戦略を強調した。2016年5月の党大会でも、「国家経済発展5カ年戦略」の方針を示し、遂行するよう指示している。(ソウル=牧野愛博)

177凡人:2018/07/17(火) 15:39:08 ID:UebH2vgA0
これが高崎経済大学の現実だ。凡人が呼ぶブラック大学、高崎経済大学の中味がよくわかる面白い記事。「いつの頃からか定着した国歌斉唱で開始(開学記念パーティと称していた時はなかったことです)」。この記事を書いているのはベテラン教授である。―この無頓着さは、あまりにも高経大らしいではないか。「学生主催」といっても、学生自治会はない。学生の代表は応援団か体育系の部員。―大笑。大学側の息の掛かった学生らが高崎経済大学の学生代表である。高校だって全生徒からえらばれた学生が生徒会を構成して、学生の代表だっていうのにね。この大学のなんという横暴さ。民主主義においてもアメリカはおろか、日本の高校レベルを超えられていない。大笑い。
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「やりゃいいんだろ」的な。
2018年 7月 3日(火)

 6月20日(水)、7号館1階生協食堂で行われた開学記念式典ならびに第45回鶴鷹祭壮行会に行ってきました。高経大で28年目のシーズンを送っている私は、赴任以来、よほどのことがない限り、この行事に参加してきましたが、今年は本当にがっかりさせられました。何だったんでしょうね、あの会合は。

 私は、学生主催でこうしたイベントが行われるのは素晴らしいことであり、本学にとって大変重要な行事だと思っていました。学長、理事長や学部長、学生部長、一般教員、職員、学生、同窓会役員が一堂に会し、立食パーティーの形で時間を共有する「本学唯一」と言ってよい機会だったからです。

 教員にとっては、日ごろ授業でしか顔を合わさない学生と話す場でした。学生にとっても、そう。学長と言葉を交わすこともありました。履修していても話したことのない教員、顔は知っていても事務的会話以外したことがない職員と話をする貴重な場でした。この行事をきっかけに、挨拶したり、別の場面で話しかけたりすることもあったでしょう。つまりは、私がよく言う「出会い」、「きっかけ」となりうるイベントなのです。「出会い」は次の「出会い」につながり、参加した人すべてにとって有意義な、新たな展開を生み出す「可能性」があります。そのような「流れ」を作るべきなのです。

 ところが最近では、「出会い」がどうのなどと口にするのも気恥ずかしい状況です。参加したいと心から思って、あるいは(そこまでいかなくても)行事の意義や目的を認識して、会場に足を運ぶ人がどれだけいるでしょうか。立場上、仕方なく、やむを得ず、とりあえず、わけも分からず、という人が少なくないような気がします。

 6月20日の午後6時、いつの頃からか定着した国歌斉唱で開始(開学記念パーティと称していた時はなかったことです)。重職たちの挨拶、乾杯が終わったのは6時15分ごろだったでしょうか。その後、応援団から「次第」について説明があり、午後7時から鶴鷹祭の壮行会開始、それまでご歓談を、とのこと。ところが、いざ歓談となっても、会場の動きが鈍い。一部の学生が動くものの「出会い」の雰囲気にならない。それぞれがバラバラな感じ。そして、参加者に比し、どう見ても少なかった料理がなくなると、主催者自身が事前に説明した時間より20分以上も早く壮行会突入。とにかく次第をどんどん進めようという感じ。しらけましたね。

 以前は、各部の代表がそれぞれ呼ばれて前にやってきて、抱負を述べ、ビールをあおって、気合を入れていました。「負けたら、丸坊主にします」とか、言ってましたもんね。なぜか私にまでマイクが回ってきて、「そんなくだらん罰ゲームやなくて、負けたら、毎週、矢野先生と筋トレしますという奴はおらんのか!」と叫んだことがあったのも、今となっては懐かしい限りです。もう20年ほど前のことです。

 今回は、時間節約なのか、何なのか、すべての部活の代表がいっぺんに前に出て、一言ずつ挨拶するだけ。そのあと、応援団が学歌斉唱、7時前には終了!あっさりしたもんです。午後8時までのはずが、午後7時過ぎには、学生たちによる食堂の「お片付け」が終了し、私と地域政策学部長、学生部長と地域政策学部の2人のベトナム人学生が会場にポツンと取り残されました。
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178凡人:2018/07/17(火) 15:40:52 ID:UebH2vgA0
 壮行会やろ?盛り上げるんやろ?最後はみんなで肩組んで、学歌斉唱するんちゃうんか。応援団の歌聴かせて終わりって、どういうつもりやねん。会の趣旨、理解してるか?そもそも、料理も時間も足りんやろ。あれじゃ、出会いも何もあったもんちゃうで。会場のみんなに対して、理事長や学長、同窓会長から「寸志」頂戴してるという報告、感謝の言葉すらなかったな。ええんか、それで!書き出したら、キリがありません。一事が万事、こんな調子。本人たちは一生懸命だったのかもしれませんが、随所に「やりゃいいんだろ」的要素が垣間見られたのは残念でした。

 「大学」を触媒とする現役学生間の交流、卒業生同士の交流、現役学生と卒業生の交流。今後の「大学経営」にとって非常に重要です(あちこちで繰り返し述べてきたとおりです)。しかしながら、本学の場合、上記に限らず、どの行事を取り上げても、功を奏しているとは言い切れません。あくまでも個人的な感想ですけどね。

 たとえば、同窓会やホームカミングデー。なかなか若い卒業生が集まらない、毎回同じ顔触れ、年配者ばかりなので何とか集めたいという声が上がります。本学事務担当でもそれが課題だと耳にします。でも、現役学生時代に、タテ・ヨコの関係を認識する機会がゼミや部活(そして鶴鷹祭壮行会!)など数多くあり、大学に対しても、お世話になったという気持ち、思い出があるからこそ、卒業後、同窓会やホームカミングデーに行ってみようかとなるんであって、そうした機会、意識、気持ちがなければ、それを醸成する「仕掛け」が大学側になければ、忙しい卒業生がわざわざ集まるわけがありません。-略。
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https://www.himekuri.net/d38/yanooffice/201807/03.html

179凡人:2018/07/20(金) 11:39:47 ID:UebH2vgA0
この記事から千葉大が最高学府の大学、しかもMITの大学院進学なんてまったく一流っていうイメージを醸し出す。これが大学進学を考えている今の日本の高校生に、入学したい大学として絶大の人気があるのも無理はない。一方の高経大はどうか。そこから発信されるニュースとは何ぞや。地元暴力団幹部と関係した前学長、その学長が作った応援団が大学直属―大学の象徴、つまり学内の他の学生団体とは違う扱い―、学生自治は皆無、天皇の息のかかった富岡製糸場を目玉プロジェクト、販売甲子園、高大連携、国際学科をつくるも中味に疑問、高崎市主催行事へ学生派遣、まるで「商業高校」に毛が生えた程度のイメージしか浮かばない。凡人がよく口にする「高崎経済大学という名の高校」である。大学と高校はレベルや次元が大きく違う。ところが、この大学は次元がまったく同じか、自治に関しては劣る。覚えているかな、以前にもココで言及したが、チアリーダーを作らない応援団の理由は国技の相撲を例に出して、男女別があってもいいと断言。その相撲協会は今でも、男性市長は土俵に上がれても、女性市長は土俵へは上がれない。また男性市長が土俵の上で疾患で倒れて、それを助けに土俵に上がろうとした女性を阻止したり、実際その制止を無視して市長の人命を救った資格のある女性看護婦?の土俵跡に塩を撒くとかの醜態。その行動は賞賛にあたいする女性たち。ところが凄まじい男女差別の影に隠れてしまう日本。暴力団の博打とか八百長は闇で横行して長い歴史がある「神聖な儀式」の日本の相撲でも、女だけはご法度である。何たるその不合理には目を見張るものがある。そんな相撲協会側に立つ高経大応援団。それが高経大の象徴であり、高経大全学生の模範であり、経営陣や教職員の考えである。反対意見が内部で起らない以上、そう外部で推測しても間違いではない。そんなブラック大学の地域政策学の下で日本の将来を担う地域が生まれ、育つか。凡人はまったく不可能と申し上げよう。笑。
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千葉大、日本初「飛び入学」から20年 物理・工学などで活躍【千葉】
2018年7月19日  (村上豊)東京中日

 千葉大が、高校二年修了時から学べる「飛び入学制度」を、全国で初めて導入してから二十年たった。これまでに計九十人が合格(入学は八十八人)し、卒業生が物理や工学などの分野で活躍しているという。二〇二〇年春からは、コンピューターのプログラミングが得意な高校生を受け入れる。 

 飛び入学は一九九八年、当時の丸山工作学長(故人)らが中心になり、科学技術の最先端を切り開く若手人材を育てようとスタート。物理の分野で優秀な才能を持つ三人を受け入れた。これまでに理、工、園芸、文の四学部で計三百七十五人が応募し、七十一人が卒業した。

 そのうち六十一人が千葉大ほか、東京大や京都大、マサチューセッツ工科大(MIT)など国内外の大学院に進学。言語学などの教員や研究者になったほか、医療支援ロボットを開発するベンチャー企業の社長や、グローバル企業のソフトエンジニアなど、幅広い分野で活躍している。

 飛び級の学生は、入学金や授業料が免除される奨学金制度がある。入学後は一年次から、第一線の教員によるマンツーマン指導を受け、大学の費用負担で海外短期留学などができる。学部の早期卒業や大学院への飛び級といった制度もあり、最短二十三歳で博士号の取得も可能だ。

 飛び入学制度を運営する先進科学センターの高橋徹センター長は「九割近くが大学院に進学し、研究マインドを持った学生を育てられた」と評価。一方で「志願者が増えてくれない。年五、六人ペースで入学してくれると、学内が活性化する」と課題を挙げ、制度の拡充を進める。

 飛び入学は他の大学にも広がり、現在は京大や東京芸術大、日本体育大など、七大学が導入しているという。

 千葉大では新たに、高校生以下がプログラミングの実技能力を競う「日本情報オリンピック」の予選成績を活用した入試を、工学部総合工学科の情報工学コースで始める。予選成績のほか課題論述、二次面接で選考。ビッグデータ処理や人工知能(AI)といった、最先端技術を身に付けた情報技術(IT)人材の育成を目指す。

180凡人:2018/07/28(土) 18:10:28 ID:UebH2vgA0
 どんなに志がよくても、どんなに熱心にたくさん集会に人を集めても、どんなに夜を徹して語り合っても、陸の孤島におけるお山の大将的な群馬県人のやることがいかに間違っているかの例を挙げたい。それらは日本の将来のために決してなっていないと言いたいのである。たとえば群馬県人の中曽根康弘氏がいる。現在でも時々彼の記事を見つけるが、日本の総理大臣をつとめた群馬県人の代表的な人物である。高崎の地から他に総理大臣になった人物は彼だけではない。その彼は現在日本中にある原発の強力な推進者の一人でもあったという記事を読んだことがある。つまり現在の日本の原発政策に大きくな影響を与えた人物である。原発の恐ろしさを教える記事はすでに福島原発事故のかなり以前にたくさん存在していた。その一部を福島原発事故がおこる数年前に、凡人は他の掲示板に転載し、今も読むことができる。そうした危険を無視あるいは知らないで、地理的に火山や地震活動が激しい日本列島に原発を増設することがいかに正気を逸しているか。当時の中曽根首相は果たしてすこしでも考えたことがあったのだろうかと疑う。また次の例は文化の高さを示すバロメーターとしての大学を上げたい。新島襄が創設した同志社大学。彼は群馬県人と謳っているが、実はその幼少期から長い間、東京に育ち暮らしたとある。郷里の群馬に帰るも、すぐさま家を売って京都に移って大学設立に奔走する。つまり彼は群馬県人と呼ばれるが群馬県人に非ず。その彼が創設した同志社大学は東の早稲田大・慶応大と並ぶ屈指の大学、日本を代表する大学となって現在に至っている。もし仮に群馬の地に同志社大学を作っていたら、今の同志社大学となったであろうか?そう考えるほうが野暮である。では地元群馬県人・高崎市民の一部が作った大学、高崎を代表する大学・高崎経済大学と比べれば何がわかるか。私学ではない、税金が使われている公立大学である。ところが私立大学の一部よりも、それ以上にブラックな大学である。はっきり言って日本の将来に大きな暗い影を落とす大学と凡人は位置ずけている。何が過去に起こったか、大学の歴史を見ればそのブラック度がよくわかる。改革なしで60周年を迎えた。まったく祝う気分にはなれない。だってその醜い歴史が否定されずに現在永遠に続いているお目出たい大学だからだ。そこに入学する学生たちが悪いというよりも、その経営陣・運営人・教職員たちにその大きな責任がある。学生にはまったく発言力がないからだ。大学当局は大学の本来の理想的価値を反故しているのである。その具体的な内容についてはすでに何度もここで言及しているので繰り返さない。大げさに言えば、この立憲民主主義国にあって私学ならわかるが、公立大学として高崎経済大学が存在すること自体おかしいのである。

 群馬県人の志はどんなに素晴らしくても、広い知識や高い教養や文化の代替にならず、決して及ばないということである。それなしではクーデターは起こせても、日本人の多くが男女格差を是正し、差別から解放され、安心して幸福に暮らせる繁栄した社会、そんな社会をもった日本へ将来を正しく導くことはまったく不可能であると言いたいのである。高崎市はそのイメージを高める努力はしているようであるが、その文化のバロメーターである大学がこうもブラックでは優秀な人材は集まらないし、日本国民の高崎に抱くイメージはまったくよくならない。そう考えると高崎の将来は人口問題も含めて、それほど明るいとは言い難い。群馬が全国イメージでビリ争いをするのはもっとも至極である。だれがよりによってそんな地域に住みたいと思うのか、統計の数値は嘘をつかない。
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青雲塾:昭和22年1月、中曽根は祖国復興の為立ち上がるべく、警視総監に辞表を提出して家族とともに高崎に帰り、地元青年に呼びかけ活動を開始した。自宅兼事務所のこの建物では、人が絶えることがなく、青雲塾の同士達が集い、夜を徹して語り合った。昭和30年隣接地に青雲塾会館が出来るまで、この建物は選挙活動や座談会の場となった。

181凡人:2018/08/09(木) 19:37:16 ID:UebH2vgA0
「近くて遠い東京」ー群馬をよく言いえて妙。安東氏藩主時代は、 「お江戸見たけりゃ高崎田町、紺の暖簾のれんがひらひらと」。 古謡に、江戸時代の繁栄ぶりが、こう謡われた高崎市中心街」。今ではその見る影もない。東京はどんどん未来に向けて発展し、いつの間にか高崎市中心街はシャッター街。繁栄していた昔から現在の昭和レトロに至るまで、何が高崎に起こったのか。まるで高崎市はヴェスヴィオ火山の灰で埋もれたポンペイである。高崎経済大学という低能なブラック大学の歴史を見ると面白い。「低能」という言葉は学生たちを指して呼んでいないと断っておく。その生まれてからこのかた、経済・経営学が専門でもあるにも関わらず、高崎市中心街の経済的・文化的停滞、後退と仲良く手を結んで歴史を共に歩んでいる観を否めない。ここまで群馬をだめにしたのは誰なのだ?だれも責任を追及しないし、責任を他に転嫁するだけで、反省しない県民性も随所にみられる。県外への頭脳流出はすさまじいものがあると言えよう。
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【映画深層】
予告編から生まれた「高崎グラフィティ。」近くて遠い東京と青春の焦燥
2018.8.4 02:00 産経

写真=映画「高崎グラフィティ。」の一場面 (C)2018オフィスクレッシェンド

 撮影に入る前は、「いいものを作らなきゃ」というプレッシャーを強く感じていた。8月18日に群馬県高崎市で先行公開の「高崎グラフィティ。」は、第1回未完成映画予告編大賞でグランプリを受賞し、制作費3000万円を獲得してできた作品だ。「自分でお金を集めて自由にやるのとは違いますからね。でもキャストの顔合わせで、自分が選んだメーンの5人と再会して、そうだよな、自分が楽しまなきゃなって気づいたんです」と、初の長編に挑んだ川島直人監督(27)は打ち明ける。

■5人の若者の空気感
 「高崎グラフィティ。」が醸し出す空気感からは、確かに監督自身が楽しんで撮っている雰囲気が伝わってくる。

 高崎市の高校を卒業後、上京して専門学校に進む予定だった美紀(佐藤玲(りょう))は、父親(渋川清彦)が入学金を持ったまま姿を消したことを知って呆然(ぼうぜん)とする。クラスメートの優斗(萩原利久(りく))、寛子(岡野真也(まや))、直樹(中島広稀(ひろき))、康太(三河悠冴(ゆうご))とともに父親の行方を捜すが、ほかの4人もさまざまな事情を抱えていた。

 卒業式からの2日間の群像劇だが、5人それぞれの悩みや思いが、東京に近いようでいてすぐには行けない高崎という街の微妙な距離感を伴って描かれる。

 「あの年頃ならではの空気感を出したかったが、いかにもの青春っぽさを見せるのは嫌だった。例えば、何も考えずにみんなでバーベキューをやる、なんてしたくない」

 そこで、まず5人に仲良くなってもらおうと、一緒に食事に出かけたり、卓球やビリヤードに興じたりした。「その成果が映画に出ているとはすごく感じますね」と川島監督は満足そうに語る。
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182凡人:2018/08/09(木) 19:39:19 ID:UebH2vgA0
■主演女優からの提案
 監督自身は、埼玉県八潮市に住んで東京の高校に通うという、やはりちょっと屈折した距離感で青春時代を過ごした。

 「(埼玉を離れて)東京に引っ越す必然性はなかったが、ここで一生暮らすんだと思ったら何だか怖くなった」と当時を振り返る。

 現役での大学受験には失敗。メディア関係に進みたかったが、1浪しても日本大学芸術学部の放送学科には合格できず、2浪を経て入ったのが同じ日大芸術学部でも映画学科だった。

 どちらかといえばテレビの方に憧れていたし、映画学科でも監督コースではなかった。勉強するよりも、早く実績を積みたかった。先輩に誘われて自主映画の助監督についたら、そのときの30歳くらいの監督がやりたいことがはっきりしていた。

 「初めて、かっこいいなと思う人に会った。こういうふうにモノを作る人になりたいな、と思いました」

 自分が面白いと思うものを作り続けた。卒業制作の短編「始まりの鐘をならせ」(平成27年)が映画専門チャンネルのFOXムービー短編映画祭で最優秀賞を受賞し、「自分のやっている方向性は間違いではなかった」と自信を持った。

 同じ頃、演劇学科の同期から「一緒に何か作らないか」と持ちかけられた。「高崎グラフィティ。」で主役を演じることになる佐藤だった。

 佐藤は、蜷川幸雄主宰の劇団「さいたまネクスト・シアター」で見いだされるなど、演劇学科にすごい女優がいると話題になっていた。

 「お互い気になる存在だったということもあり、じゃあ何かやろうかとなったんです」

■懐かしい景色が広がる
 地元の話を撮りたかった。地方から上京してきた友人たちと異なり、東京に夢があるわけでもない。かといって、あえて地元を出る必要もない。そういう高校生ってどんな思いなんだろう、といったところから企画は始まった。

 ただ、八潮市は再開発で風景が変わりすぎていたので高崎市に変更した。高崎は、卒業制作で撮影を担当した映画学科同期の武井俊幸の出身地で、訪ねたところかつて見ていたような景色が広がっていた。

 「山に囲まれて閉塞(へいそく)感があるし、道路も電車も東京につながっているのに、すごく遠くに感じる部分もある。ここで撮りたいなと思いましたね」

 ちょうど第1回未完成映画予告編大賞の作品を募集していて、佐藤の主演、武井のカメラで、まずは予告編を撮影した。この賞は、堤幸彦監督らが所属するオフィスクレッシェンドが創設。任意の地域を舞台にした3分以内の予告編を募り、グランプリ作品には賞金100万円のほか、制作費3000万円相当で本編映画化を支援するというコンテストで、「高崎グラフィティ。」は応募総数285作品の中から見事、グランプリを射止めた。

 本編でも佐藤、武井とのトリオを貫いたが、「僕の世界観を一番わかっているのは武井だし、玲は最初の一歩からずっと背中を押し続けてくれた。2人のために撮っていたという部分もあります」と感謝する。

 最後のカットは3人だけの撮影だった。「3人でスタートして3人で終わるのも、何か不思議だなと思いながら撮っていました。でもまだ続いている感じもしているんですよね」としみじみと振り返った。
(文化部 藤井克郎)

 川島直人(かわしま・なおと) 平成2年、千葉県生まれ。埼玉県に移り住む。日本大学芸術学部映画学科の卒業制作「始まりの鐘をならせ」でFOXムービー短編映画祭の最優秀賞を受賞。映画のかたわら、ミュージックビデオやテレビコマーシャルなどの仕事も手がける。

 高崎グラフィティ。 8月18日から群馬・シネマテークたかさき、イオンシネマ高崎で先行公開後、25日から東京・アップリンク渋谷、イオンシネマシアタス調布、9月8日から名古屋・センチュリーシネマ、15日から大阪・第七藝術劇場など全国順次公開。
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183凡人:2018/08/11(土) 22:18:55 ID:UebH2vgA0
What is Takasaki City University of Economics(TCUE)? TCUE kept the same ideology, gender discrimination, from the gecko. It means for 60 years, and it kept its tradition now. This university is a symbol of the anti-democracy and constitution movement in Japan. And you better think about it. This university is a public university, not a private in Japan. How could it be possible? In order to understand it, you should investigate and know its dark history, in which it had its rigged entrance exam and the scandal exposed by a local newspaper, about the close relationship of this school's far right-wing president and a local organized crime boss back as early as 1960's. And you must read the 1969.6.6 discussion of a special session of the Diet about this matter and I recommend you to read the manifest of "Ooendan", a cheering group whose members are mainly a student, formed by the same president back then, now fully and directly supported by each of the university president and top managing stuff members in college of the past and present.
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'Betrayed': victims of Tokyo medical school scandal speak out
Women whose results were deliberately marked down say it reflects a wider
Fri 10 Aug 2018 06.54 EDT Justin McCurry in Tokyo

Several years ago, Riko Miyauchi’s dream of becoming a doctor took her into the exam halls of one of Japan’s most prestigious medical schools.

As a young woman, she knew her prospects were slim. Tokyo Medical University’s entrance exam was notoriously tough, with women far less likely to pass than men.

Unknown to Miyauchi, the university’s authorities had put another barrier in her way. She is one of an unknown number of young women whose test scores the school deliberately marked down to prevent them entering a career in medicine and ensure more men became doctors.

The Yomiuri newspaper reported last week how the university systematically kept the ratio of female students at just below a third, due to concerns about their ability to continue working after having children.

The revelations have generated negative headlines around the world and prompted the education ministry to order an urgent investigation into suspected institutional sexism at dozens of medical schools.

“There were rumours that the school deliberately failed women so they could produce more male doctors,” Miyauchi, one of the first affected women to speak publicly, said in an interview with the Guardian. “But I was still shocked when I found out that those rumours were true.”

This week, the school admitted it had deliberately altered entrance exam scores for female candidates for more than a decade.

The rigging of exam results was uncovered during an investigation into the alleged backdoor entry of an education ministry bureaucrat’s son in exchange for favourable treatment towards the school in obtaining research funds.
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184凡人:2018/08/11(土) 22:24:44 ID:UebH2vgA0
The investigation found that in this year’s entrance exams the school reduced all applicants’ first-stage test scores by 20% and then added at least 20 points for male applicants, except those who had previously failed the test at least four times.

The scandal has received scathing media attention and prompted a public apology from the university, which acknowledged that the practice of altering candidates’ scores based on their gender started in 2006.

Suspicions are growing that other medical schools also discriminate against female candidates.

Sayumi Tanaka, who sat the Tokyo medical school’s exam a few years ago, said she felt betrayed when she learned she was among those whose test scores had been manipulated.

“Changing people’s test scores because of their gender is straightforward discrimination,” she told the Guardian. “There is a huge difference between changing an exam score and giving someone a poor evaluation in an interview, because in the latter the examiner has more of a free hand.”

Tanaka, who is planning a career in psychiatry, is one of several women who are considering a compensation claim. “I want them to return the money I spent on the entrance exam,” she said. “If I had known that the school discriminated against female candidates I would never have applied.”

The revelations have underlined the considerable obstacles facing Japanese women aspiring to become doctors. According to admissions records released by the school, the percentage of women who passed the entrance exam rose from 24% in 2009 to 38% in 2010, but the rate has fallen since then and stood at 18% this year.

A similar story has unfolded nationwide. Although the number of female students in medical schools rose sharply between in the decade up to 1997, it has remained stuck at just over 30% for the past 20 years.

The dearth of female doctors has left Japan trailing well behind other advanced economies. According to OECD data, in 2015 Japan had 67,493 female doctors, or just over 21% of the total - less than half the OECD average of almost 45%.

“I didn’t have any concrete evidence, but something felt off,” Kyoko Tanebe, an obstetrician and the director of the Japan Joint Association of Medical Professional Women, said of the rigged entrance exams.

The root of the problem lay in the belief that male doctors are better placed to put in the long hours necessary to keep Japan’s pressurised healthcare system afloat, she told the Mainichi newspaper. “Now that we have opened this Pandora’s box, there needs to be a national discussion about what should be done on the floors of hospitals and other medical facilities.”

The scandal is an embarrassment to the prime minister, Shinzo Abe, who has made increasing the number of women in the workforce a pillar of his growth strategy. While women now account for more than 40% of the workforce, they are underrepresented in politics, company boardrooms and professions such as medicine. In 2017, the World Economic Forum ranked Japan 114th out of 144 countries in terms of gender equality, down 23 places from a decade ago.
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185凡人:2018/08/11(土) 22:26:07 ID:UebH2vgA0
Tanaka and Miyauchi, who had both accepted offers from other medical schools before their Tokyo exam results were compiled, hope the anger evident in social media and during a protest in front of the school last week will turn into a movement to force university authorities to change their ways.

“The medical school said it manipulated exam scores to ensure a steady supply of [male] doctors for its affiliated hospitals,” said Tanaka. “Their policy was not to support female doctors but simply to give more jobs to men. That isn’t going to help solve the labour shortage in the medical profession.”

Miyauchi, who hopes to work in a hospital emergency room, said the test score scandal risked deterring girls from entering the medical and other professions.

“It reinforces the message that women don’t need to bother studying,” she said. “The old-fashioned idea that women should raise children while their husbands go out to work still resonates in Japanese society. This is just an example of a much bigger problem. And it’s brought shame on Japan.”

Miyauchi and Tanaka’s names have been changed at their request.
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186凡人:2019/03/31(日) 06:38:34 ID:aa/QkHo60
この私には母校である高崎経済大学を批判する資質も知識もないのでしょうか。学生時代には文サ協の役員をして、大学祭の委員長をし、体育会の役員や応援団の団長とか大学事務局の人とか一緒に酒を飲んだりもし、友のように当時話しをする機会がありました。過激派と呼ばれた中核派活動家とも、原理研とも、聖書研とも誘われれば、忙しい合間を縫って集会にオブザーバーとしてひとりで参加もしていました。心を開かなければ、真実がわからないと当時思ったし、今もそうだと信じています。個人的なレベルではまったく問題ありませんが、このプログで応援団を徹底的に批判している主旨は、中核派の思想と同様その思想はアカデミックな大学とはまったくかみ合わない、特に後者は現在の大学の柱になっており批判する対象です。大学とは高校とは違います。次元が一も二も上であって、そうすることは時代錯誤も甚だしい、大学にとって大きな間違いで、大学の発展や将来を無きものにしていることを指摘しているに過ぎないのです。高経大時代は社会思想のゼミにいました。年齢は経ても、生活する国が違っても、いまだに学生のように真摯に日本やアメリカの社会を心を開いて観察しています。現在、仕事柄いろいろな人と話す機会があります。年齢も様々、数年前は主に留置所から出てくる人たち。その数も半端ではありません。そこはカリフォルニア州で最大規模の留置所(刑務所と違う)だからです。どんな人たちなのかその内訳は麻薬、家庭内暴力、酒飲み運転、ギャングメンバー、拳銃所持、万引き、詐欺。たくさんの麻薬売人とも話をしたものです。殺人もたまにいますがギャングメンバーが目立ちました。ヒスパニック系が圧倒的に多く次に黒人、白人、アルメニア人。アジア系もいますが目立つほどではないし、そのなかでも日系は数人程度。アメリカの罪にたいしての罰則や更生制度とか、犯罪はどうして生まれるのとか、環境と遺伝の影響とか、人種問題とか考える材料をたくさんもらいました。おまけに要らぬパンチも数回もらいましたね。笑い。今は主にUCLAの学生たち。裕福な家庭育ちの優秀な学生たちがアメリカの東海岸の国内をはじめ、いろいろな国から集まってきます。サンタモニカやビバリーヒルズやベルエヤといった地に囲まれたウェストウッド。多くないとは思ったのですがベトナム系米人の女子学生はUCLAだけじゃなくてUSCの学生に逢いましたね。多い順に中国、韓国、オーストラリア、イギリス。ギリシャ、スペイン、モロッコ、トルコ、ブラジル、チェコ、タイからも。専攻学部も様々、そのなかで多いのが生物学や心理学をはじめとしたプリメドの学生たち。宇宙物理学、数学、経済学、政治学、コンピュータ学、メカニカルエンジニア学。文学や絵画や音楽や哲学や映画はまだ各数人。UCLA大学病院も西海岸では評判がなかなか良いようです。UCLAのアンダーソンMBAのPHDの学生で、ケンブリッジ大卒からUCLA経済学部は程度が高いと聞かされました。ノーベル賞を取った教授がいるとのこと。その彼は東大にも行ったことがあると言っていましたが詳細は時間がなく聞けませんでしたが、富士山に登った話をしてくれました。かなり印象的だったようです。アンダーソンMBAと言えば大学院生である日本人学生にも会いました。慶応出身で社会人を数年経験してから入学したそうです。日本人学生が他に9人ほどいるとのこと。経済学部の院生でハーバード卒の男子学生とちょっと話をしました。なぜUCLAを選んだのかと聞くと学びたい教授がいるとのこと。こうした生の声を聴けることを大切にしていますが、ながくなるので割愛しましょう。高経大は地域貢献を高らかに揚げています。そもそも大学が地域に貢献するとはいったい何なのか。街を清掃することも貢献ですが、大学の本来の仕事ではないことは承知のはず。高崎市は最近になって発展の動きがあるようですが、高経大は生まれてからすでに60年をゆうに過ぎでいるという事実から、高経大のおかげではないようです。今の経営陣や教員たちは憲法学び、法律を学び、公立大学法人にふさわしい大学経営を学び、その在り方に向かっての根本的改革が必要だろうと信じる。それによって初めてまともな大学との交流や日本や世界に大学発信ができるというもの。

187凡人:2019/04/01(月) 05:18:05 ID:aa/QkHo60
追加。何週間か前に逢った、フランスからのUCLA学生が落ちてました。また建築学部にはたくさん中国人学生が在籍していること。学部生や院生と話す機会がありました。また歯学部や看護学部の学生とは数人。法律学部の学部生とロースクールの学生とも。認知科学とか聞きなれないメージャーにしている学生がUCLAに意外に多いということ。UCLAだけではなくて、UC バークレー校も同じ学部があり、そこの院生である女子学生がUCLAにたまたま来ていて、彼女からその学部のことを詳しく教えられました。当然中にはアフォがいますが、やはりUCLAやバークレイは他の大学とは学生の質が違うと、うなりたくなるような学生に出くわすことが何度もあります。最近といっても数か月前ですが、カルテック(カリフォルニア工科大学)のカナダのフランス圏からきた院生とも話したことがありました。カルテックはアインシュタインが短期間滞在していましたが、職を与えることをしなかったということです。そこで彼はプリンストン大で行って教壇にたつことになったのだということ。カルテックはそのことを大いに悔やんでいるということを教えてくれました。いろんな面白い話がありますが、ここは場違いなのでそろそろ切り上げましょう。

188凡人:2019/04/01(月) 09:17:17 ID:aa/QkHo60
今の安倍総理大臣と彼に関係する一連のスキャンダルをみても、バカが総理になることがいかに危険かがわかる。目的遂行の為だったら、法律なんて守らないし、なんでもできると勘違いする。ヒットラーはその典型であり、その権力に上り詰めるためにやった悪事は凄まじいものがある。
大学の学長もまた同じだろう。

こんなのをネットで拾った。「法の下での平等」は日本では絵空事である。【暴力団組員にとって「法の下の平等」は絵空事と溝口敦氏分析】
当然と言えば当然だよな。だって法律やその法律の生まれた背景なんて理解できるような人間だったら、暴力団員ややくざに好んでならんやろ。当然法律はあってないも、彼らにとっては守るものではない。

これは高経大にも言えること。三潴信吾5代学長時代(1969ー?)、高経大の学長室にこういう人がよく出入りしてたなんて想像を絶する出来事があった。高経大だからあり得るのだろう。その学長が打ち立てた体制が今の高経大の基礎になっている。大学直属応援団の産みの親だ。そうした体制が過去や現在に至っても誰も改革をする気もないし、現代社会における問題になりえることすらも分かっていない。まあ反対の教授たちはこぞって辞表をだしてすでに大学にはいないのだからどうしようもない。すでに飛躍や発展すべきであったであろう高経大は60年を経てもいまだ同じことの繰り返し、冬の時代であると凡人は見ている。高崎市は最近都市間競争で注目を集めている。高崎市の発展には都市の一流化が不可欠。特に文化や教育や商業/経済の一流化が叫ばれる。目の肥えた東京人の移住を促すのならば尚更避けて通れない。教育の一流化に際し、高経大は高崎市の足を引っ張ることは確実に予想されるのである。

189凡人:2019/04/02(火) 07:53:57 ID:aa/QkHo60
安倍総理:Through his scandals, he proves to be a pathological liar & a dishonest person. He is not a Tokyo university graduate like many other former PMs. He uses his stupidity to change Japan's constitution without an adequate discussion from both sides. Because he is conservative/right wing idiot. That is the scary combination isn't it if you think about it. Japan's fate is hung by the idiot who is a poker-face liar. Do you know another big liar in history? Adolf Hitler;( 20 April 1889 – 30 April 1945) - a German politician & leader of the Nazi Party. He rose to power as Chancellor of Germany in 1933 & later Führer in 1934. Hitler were not smart academically but are very good at skillfully controlling his country's people's minds through propaganda & conspiracy ended up leading the total destruction of Germany as well as many countries in Europe. If you don't know the history & you don't do the right thing, the history repeats itself. The same fate is waiting to happen to any country. そうファイスブックにも書いときました。

190凡人:2019/04/03(水) 04:28:36 ID:nl0sUAhU0
>>186
追加 UCLA で、インドからの留学生が抜けていた。余談だがUSCのインド留学生とも会ったことがある。 中国人留学生の次辺りに多く出くわす。デリーかムンバイとその他から。男女問わず、プリメド、将来医者を目指すインド留学生によく出会う。中国人留学生の場合、プリメドはまだ会っていないが男女問わず数学、コンピューター、経済、建築など専攻している学生によく出会う。特に数学を専攻する女子留学生の多さに驚かされる。北京、上海、その他が多く、香港や台湾からの学生にも会った。UCLAは理系大学と勘違いするぐらい数学、物理やエンジニアや医学を専攻してる女子学生に出会う。それは地元とか、留学生とか関係ない。学生の組織であるsororityとか、frat のメンバーに会うが地元アメリカの、しかも白人が多い。パーティー帰りというネクタイと白Yシャツのアジア系のfrat 数人に会ったことがあるが、アジア系といえどもアメリカ生まれ育ちである。黒人学生にも出会うけど、やっぱサラダボールであってメルテイングポットではない。リベラルな大学であってもアメリカ社会を少なからず反映している。

191凡人:2019/04/03(水) 08:20:11 ID:aa/QkHo60
追加、インド人留学生のなかに、宇宙科学、プラネットを研究している男子院生にも数人遭遇している。トルコからの女子留学生の数人に、東海岸のアイビーリーグ大学とかいろいろあるなかで、なぜUCLAを選んだのかと聞いたら即座に、UCLAは気候がいいという答えが返ってきた。トルコでもUCLAは有名だと言っていたのが印象的だった。

192凡人:2019/04/03(水) 09:02:42 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学の大学紛争とは何か?高崎経済大学の秘密主義、隠ぺいの物凄さ。たとえばほんの一例「理事・評議員のなかに、大学出入りの業者が何人もいること。」それが継承されて現在に至っている。自己改善は無し。高崎経済大学の学園紛争の発端は、そうした疑問をもつ教員や学生たちの活動から発展していったのだろう。一言で高崎経済大学の民主化運動だったと予想する。当時の強い愛校心故、学生にとっては切実な問題だった。だからこそ他の大学にみない盛り上がりを見せたのだと容易に理解できる。愛校心ない奴だったらどうでもよいこと、そこまでできないだろうに。
*****
https://www.himekuri.net/d38/yanooffice/200509/9.html

2005年 9月 9日(金)
財団法人高崎経済大学後援会

 マクド問題の中心に位置する高崎経済大学後援会。これはいったいどのような組織なのでしょうか。
 高崎経済大学後援会には50年近い歴史があります。高崎市立短大が「廃止」され、4年制の高崎経済大学が「新設」された1957年の7月22日、後援会はできました(高崎経済大学は短大が4年制大学に「昇格」したのではありません。短大が「廃止」され、4年制大学が「新設」されたのです。誰がお書きになったのか知りませんが、この点、『たかけい学報』73号、2005年夏号、22頁の記述を訂正しておきます。実際、短大から新設大学に移れた教員は、ほんの数名です。何が起こったか、お分かりいただけるでしょう)。
 その後、1960年10月7日、民法第34条(公益法人の設立)「祭祀、宗教、慈善、学術、技芸其他公益に関する社団又は財団にして営利を目的とせさるものは主務官庁の許可を得て之を法人と為すことを得」に基づき、文部大臣から設立許可を得て「財団法人」となりました。財団法人としての歴史は45年におよび、歴史の長さでは、大正時代からある一橋大学の「如水会」には及ばないものの、「神戸大学六甲台後援会」にはひけをとりません。文部科学省認可の財団法人としては老舗なのです。何度も書いてきたように、財団法人である以上、その「寄附行為」に則って管理・運営されねばなりません。後援会にとって「寄附行為」は、いわば「憲法」なのです。これが守られているかどうか、非常に重要です。
 「大学の施設・設備及び教育研究活動を助成することによって大学教育の充実発展に寄与すること」を目的とする財団法人高崎経済大学後援会の最初の大事業は、現在の場所に大学を移転する際の用地確保、本館、体育館、教室棟建設工事を高崎市と共同で行なうことでした。市の一般会計予算中、教育費が2億4000万の時代、1億7000万にのぼる費用を高崎市が負担することはできません(高崎経済大学予算は現在に至るまで、高崎市の「一般会計」のなかでまかなわれています。高崎経済大学の「特別会計」が組まれているわけではありません。この基本的事実を知らないために、おかしな議論をする人が専任教員にもいて困ります)。後援会が融資を受け、市が後援会に補助を行なうという形で事業が進められたそうです。1億7000万は、財団法人としての初代理事長S氏が個人保証の形で借り入れなければなりませんでした。創成期というのは、いろいろと大変なことがあるものです。入学生から後援会費として寄付をとるようになったのも、借入金の返済財源に充てることが始まりのようです。
 その後、後援会は、新入生からの寄付金や市の補助を受けつつ、大学内の様々な施設、福利厚生施設等の建設を行なってきたほか、現在では、学生のクラブ・サークル活動の支援、ゼミをはじめとする教育活動、教員の研究活動の補助、出版助成なども行なうようになっています。
 さらっと書いてしまえば、後援会の歴史はこれだけだし、大学にとってきわめて有益な組織と思われるでしょう。実際に有益だったと思います。後援会があったがゆえに、ここまでの大学になったと言える面もあるでしょう。でも、そんなよい面ばかりではありません。
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193凡人:2019/04/03(水) 09:04:25 ID:aa/QkHo60
 前も書きましたが、高崎経済大学には小川プロのドキュメンタリー映画「圧殺の森」に描かれているように暗い歴史があります。不正入学阻止闘争(1965年4月)や私学化阻止闘争(1965年8月〜9月)、聴講生本科編入問題(1965年末〜1966年初)といった、高崎市・大学当局と学生との衝突、その紛糾の歴史です。その後は安保問題も絡み、全国のいろいろな大学同様に学生運動が激化していきました。そのなかでは、後援会も標的になりました。おそらくはその支出に疑問が持たれたのか、学生たちが入学時における後援会費一括徴収に反対しました。
 こうした歴史的経緯もあり、後援会費は、それまで7万円台だったものが、70年代末には、2万円になり、市が独自にいろいろなことをやるようになっていました。ところがその後、後援会費は再び上がりだします。81年度入学生は4万円、84年度入学生からは5万円、そして88年度からはグンと値上がりし7万5000円。これが現在まで続いています。この間、理事長は、初代S氏(1960年10月7日〜1973年3月31日)2代目T氏(1973年3月31日〜1978年7月24日)、3代目M氏(現高崎市長)(1978年7月24日〜1988年6月27日)、と続き、4代目が現理事長のY氏です(1988年6月27日〜現在)。現在の理事長は18年もの間、その職にあるのです。
 後援会の議事録の閲覧は認められませんでしたが、今年度の後援会支部総会の資料は何とか手にしました。そこには後援会の役員名簿のほか、興味深いいろいろな資料がありました。
 後援会の理事・評議員会は、現在、理事15名(理事長含む)、監事3名、評議員20名から構成されています。「寄附行為」15条にあるように、理事、監事は評議員会で評議員のなかから選ばれ、理事になった人たちの互選で理事長1名、常務理事1名を決めます。理事には、現理事長、本学学長の他、市長、市議会議長、助役、同窓会長が名を連ねます。この他に、後援会東北・関東甲信越・東海各支部長がいます。その他の6名は、肩書きは不明ですが、分かる範囲内でいうと、前県議や卒業生がいますね。監事3名にも同窓生が入っています。評議員には、市議会副議長や教育福祉常任委員長をはじめとする高崎市議が数名、本学学生部長、経済学部長、地域政策学部長がいます。この他、後援会北海道・北陸・近畿・山陰山陽・四国・九州各支部長がいます。この他の5名はこれも肩書きは不明ですが、卒業生がいますね。上記のとおり、後援会各支部長(つまりは父兄代表)も役員に名を連ねていますが、たとえば今回問題になっている6月27日のような月曜日に集まれる人はごくわずかでしょう。結局、委任状の提出ということになるのだと思います。
 非常に気になったのは、理事・評議員のなかに、大学出入りの業者が何人もいること。業者が役員になっているのか、役員になっているから業者として出入りしているのか。単なる偶然なのか。よく分かりませんが、出入りの業者が役員に名を連ねているのは事実です。
 もらってきた資料には、「概要」ではよく分からなかった今年度事業計画予算もより詳しく載っています。前にも書いたように、コーヒーハウス運営費も、レンジフード等清掃委託料29万2000円の他、1058万6000円がしっかりと計上されています。1年間やる気満々で予算が作られていたわけです(予算のなかにある「工事請負費1円」という数字が気になりました。毎年同額のようですし)。マクドナルドの出店が本当に熟慮の末の決断であるとするなら、なぜこんな事業計画になっているのでしょうか。
 「財政調整基金積立金」が7575万8991円もあるのに驚きましたが、よく考えれば、これは私が赴任した当初は、事業予算の中に書かれていたもの、つまり収入の欄では「前年度繰越金」として、支出の欄では「予備費」として計上されていた額とほぼ同じであるような気がします。今回のマクドナルド出店改築費用も、おそらくここから出すのではないでしょうか。年間事業予算約8800万円をいじくって2000万捻出するのは大変ですから。でも積立金から2000万出すのが「理事長一任」でいいんでしょうか。
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194凡人:2019/04/03(水) 09:05:28 ID:aa/QkHo60
 おもしろかったのは(実は、おもしろがっていてはいけないのですが)後援会が伊香保ゴルフクラブや草津クアパークの会員権をそれぞれ2口持っていると分かったこと。噂には聞いていましたけど、えっ!これ何?っていう感じです。教員が使えるわけではない施設。もちろん、一般学生の利用には供されず。事務局に質問したところ、こういった会員権は財産としての価値もあるとかと何とか言っていましたが、そんなのあり?財産目録には載っていませんよ。事業計画を見ると、「教育研究活動助成費」の費目、その「負担金」の科目に草津クアパーク倶楽部年会費(12万6000円)、伊香保ゴルフ倶楽部年会費等(3万円)とある。「ハア〜?」(久々にマジャ登場!)教育研究活動の助成?教員も学生も使ったことないのにかあ?どうやったら使えるのか、普通の教員・学生は誰も知らないと思います。誰が使っているんでしょうか?誰のための会員権(合計1380万円)、誰のための年会費なのでしょうか?
 これぐらいにしておきます。長々と書きすぎて疲れましたから。高崎経済大学後援会のことをあれこれ考えると、私のように、大きさだけはあるものの質に問題のある頭には相当こたえます。分からないことが多すぎです。そんなこんなで、こうおっしゃる先生方も学内には結構おられます。寄付金を募って施設を建てるという時代はもう終った、後援会などはもう要らない、解散だ、と。たしかに一理あります。今回のマクドナルド問題を含め、不透明と思わざるを得ないことがありすぎですから。
 でも私は、財団法人高崎経済大学後援会はこれからも存続させるべきだと思っています。高崎経済大学にとって、ある意味でこれまで以上に必要な存在です。本学も今は公立ですが、この先どういった設置形態となるかは分かりません。公立のままでも、独法化したらなおさら、財団法人としての後援会は重要になるでしょう。独法化後の国立大学は、寄付金や共同研究の受け皿として、地域連携の主体として、こうした財団法人づくりに奔走しています。ところが、現時点で財団法人を認可してもらうのは至難の業です。文部科学省に認めてもらえるだけの人・金・定款・書類を揃えるのは大変なのです。本学の場合、独法化した国立大学が作りたくてしようがないものがすでにあるのです。ケガの功名とはいえ、45年もの歴史を誇る財団法人があるのです。本学はこれをうまく活用せねばなりません。新たに作るとなると大変なものが、すでにこの手にある。なんて素晴らしいことでしょうか。
 しかしながら、だからこそ、現在の後援会には大改革が必要です。全員が全員とは言いません。でもほとんどの場合、自分たちの果たすべき使命、果たしうる役目が分かっているとは思えない人たちが役員になり、金を動かしていたのでは、非効率なだけではなく危なっかしくてしようがない。私などにはそう思えます。
 まずは役員の選出方法あたりから変えるべきでしょう。どうやれば変えられるでしょうかね、具体的に。難しい問題はいろいろとあるでしょうが、少なくても、後援会理事長の任期をきちんと区切ることは最低限必要だと思います。1人が長くやれば、誰がやっても組織はよどむ。18年なんてありえない。任期は4年か5年。それ以上の再任はなし。だらだらとやっているから新しい発想も生まれなくなるし、金の使い方も分からなくなるのではないでしょうか。財団法人高崎経済大学後援会は、これから先、文字どおり、高崎経済大学にとって非常に大きな助けとなりうる組織です。ここの組織改革を行なうだけで、高崎経済大学の今後はかなり明るくなるでしょう。後援会にできることは数多くありますから。
 もう一つ、任期をきちんと区切るべき職。それは言わずと知れた高崎経済大学の学長職。2年任期ですが、何回でも再任可。選挙に当選すれば、極端な話、死ぬまで学長ができます。これも任期を区切るべき。任期4年。再任された場合はあと2年。これでおしまい。最長6年。いろいろな意見はあるかもしれませんが、創立以後50年に満たない大学で、1人が14年も学長をやっているなんてそれだけでおかしいと私は思います。次期学長には、学長任期の改革を是非やっていただきたい。後援会理事長と学長の任期の改革。これやるだけで、高崎経済大学は大きく変わります。 
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195凡人:2019/04/03(水) 09:38:08 ID:aa/QkHo60
秘密主義ー現役の教授すら閲覧できないという上の文章。「後援会の議事録の閲覧は認められませんでした」。何を隠しているのかと大きく疑われる。『圧殺の森』は現在進行形である。さすが安倍政権とためを張っている。

196凡人:2019/04/03(水) 16:25:52 ID:aa/QkHo60
『高経大は土建屋が母体?』
高経大は高崎市を母体としているが、土建屋が母体であると言い直してもおかしくないのであろうか。その土建屋連中と暴力団との暗い繋がりは全国的にみても珍しくないし、高経大の元学長との交流関係構図もぴったり当てはまる。土建屋が高経大の闇将軍?それを象徴するおもしろい話を紹介する。すでに前に書いたことであるが、凡人が大学祭の長をしていた大分前の話。三扇祭のメインステージはこちらの委員会が頼まなくても、高崎のある土建屋(名前を伏せる)が毎年無料で請け負っていたと記憶している。大学祭の顔ともいえるメインステージ。委員会からはそのステージの費用は一切でていないので、当時予算が限られていることからも、大いに喜んでいたものであった。ところが何十年もたった後、現在の三扇祭を写真やビデオでみると、なんとまさに凡人時代そのままのステージが使われているではないか。あの無愛想な建築に使う足場の資材を利用してできるステージ。世の中は以前よりはずっと足早に激しく変わったろう時代。優秀な学生を集めることが大学の将来を決めるであろうことは昔も今も変わらないが、大学間競争が激しくなり、大学の魅力を演出する時代。また学祭でかなり立派なステージが他大学でつくられていることを知っているため、高経大の進化がまったく無しには大きな驚きでもあるし、失望を隠せない。地域政策学部ができて、もうすこし社会の変化に敏感になってもよさそうなものだろうに。それは高経大の停滞を実に鮮明なイメージで象徴しているように思えてならない。当時も気になっていたが、現在の卒業アルバムはどうか。誰が決めたのか知らないが、いまも同じ業者がやっているのだろうか。学問の面でも、その他でも納得できないようなことがよく新聞の記事になる。地方公立大学が全国に続々生まれている現在、同じ昔のレベルでは、今の世の中負け組に位置しているといえる。大学間競争をマラソン競争に例えれば、先頭グループにはいないし、その次のグループにもいないという形で、目に見えて徐々に順位を下げている状態であろう。

197凡人:2019/04/04(木) 16:39:39 ID:aa/QkHo60
法学部出身である安倍総理。日本のリーダーがこれではお先真っ暗。安倍氏をみるとき、高経大の歩んできた道や今後の歴史とダブって見えてしまう。右翼団体や暴力団に受けがいいことの理由は思考回路や知性のレベルが似かよっているためと思われる。
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安倍首相また国会で赤っ恥「法の支配」の対義語を知らず
2019/03/07 14:50 日刊ゲンダイ

 また、安倍首相が国会で“無知”と“無教養”をさらし、赤っ恥をかいた。

 6日の参院予算委員会。立憲会派の小西洋之参院議員から、「“法の支配”の対義語は何か」と問われ、まったく答えられなかったのだ。

 質問された安倍首相は、チンプンカンプンだったのだろう。答えられないから答弁に立てず、しばらく椅子に座ったまま。結局、「まさに、この反対語と言うよりも、法の支配、え、ということを申し上げているのはですね、いわば、あーこのー、この海、、、繁栄の海……」などと、シドロモドロになり、最後まで“法の支配”の対義語は答えられずじまいだった。

 作り笑いでごまかしていたが、心臓がバクバクしているのが、外からも明らかだった。

 呆れた小西議員が、「“法の支配”の対義語は、憲法を習う大学1年生が初日に習うことですよ。法の支配の対義語は“人の支配”です」と教えていた。

 無知をバラされたのがよほど悔しかったのか、小西議員に対し「人格的な批判だ。将来を思えばそういうことは控えられた方がいいのでは」と負け惜しみを口にしていた。

 しかし、“法の支配”や“人の支配”といった基礎的な概念さえ知らず、よくも改憲を口にできたものだ。

 さすがに、ネットでは、「笑ってごまかす総理大臣」「答えは“人による支配”すなわち、いまおまえがやっていることだよ」「ひでえなぁ。法学部出たのに、法の支配⇔人の支配も分からない。国会議員で首相だぞ」「なんで法の支配の“対義語”を問われて<海が〜>と迷走答弁すんだ、安倍首相は?」と、批判が殺到している。

 九大名誉教授の斎藤文男氏(憲法)がこう言う。

「法の支配の対義語を知らないということは、“法の支配”の正しい意味も知らないのでしょう。これは恐ろしいことですよ。英語でも“ルール・オブ・ロー”と“ルール・オブ・マン”という対義語があります。恐らく、安倍首相は立憲主義の意味も理解していないのでしょう。法は国民を支配する道具だと考えているのではないか」

 この男にだけは、改憲をさせてはいけない。

198凡人:2019/04/05(金) 05:42:37 ID:aa/QkHo60
石を投げればUCLAの学生や卒業生に当たる。これがここロサンジェルスである。プリンストン大のアンダーグラジュエイトの女性に出会ったのは例外中の例外だろう。そうは言うもののUCLAのキャンパスで、USCやUCバークレーの学生に予想外に出会う。USCは同じロスの大学だから分かるが、サンフランシスコのUCバークレーには驚く。同じUCシステムに属するバークレーと私立のUSCはセメスター制を取っている。UCLAはクウォーター制で、セメスターの切れ目にUCLAの友達に会いにきている場合とか、なにせUCLAの近辺に家があるのに、わざわざバークレーに行っている学生も数人出会う。家に学校の休みを利用して帰郷する場合だ。それとインターンシップでロスに来ていたバークレーの3人の女性組を今でも覚えている。UCLAの図書館を利用していたサンタモニカ・カレッジの学生のカップルに出会ったが、彼らはハングルを話す留学生であった。サンタモニカ・カレッジや英語の学校に通っているといういう日本人にも数人出会った。それでも他から比べれば日本人はまったく少ないといえよう。

数か月前、ラブレアとウィルシャーの近くのパシフィックリムに関する博物館のキューレーターをしているというインド系の女性にあった。東南アジアの石仏や文化物が主。インド生まれで幼いころにアメリカに渡ったというUCLAのアンソロポロジーのPHDを持つ人だ。。日本のことを表層でしか知らないらしく、良い点しか言わないので現実の日本について長く話した。

また、ある時UCLA のLaw schoolで明日アメリカ全国から集まった議論コンテストがあるらしく、そのジャッジの一人として呼ばれているという女性の名をもち女性服の人物にあった。大きな大会らしく、興味深々で観客で参加してみたいと言ったら、プライベートで一般人はダメという返事。記録に間違いがなければオハイオ州から。かなり遠いが、交通費は出てないと言っていた。最初裏声で話をしていたが、すぐに地声にかわった。UCLA時代、このフラットのメンバーだったといってその建物を指さして教えてくれた。学生を終えてから女性に転換したということがそれでわかる。今何をやっているのか聞いたところ地元の判事という答えだった。

UCLAの付属病院の脳外科の医師をしている若い男性に遭遇。まだストリップバーに行ったことがないが、今からいくと興奮気味で、千ドルばかり用意しての凱旋のようだ。声だけを聴けばアメリカ生まれ育ちの白人と勘違いするが、肌色は全くの黒色である。頭は切れるのは話し振りからわかるが、彼の声がいいのが印象的。聞きほれるほどスムーズな男性らしいよい声をしていた。出身はスタンフォード大と言っていた。

教員との出会いは少ないが数回ある。数日前の話だが、モレキュラーバイオロジーをUCLAで教えているというアジア系の顔をもつ女性にあった。多分UCLAの卒業生だと思って出身を聞いたら、ハーバード大卒と言われたのが印象的だった。

199凡人:2019/04/05(金) 07:42:20 ID:aa/QkHo60
高経大とは?

高経大の醜い歴史は「圧殺の森」で終焉したと思われている方がいればお角違い。いまだに続いているのである。学生自治会を廃止し、大学経営人のやり方に反対する教員たちは皆辞職してしまった。大学にすれば好都合な出来事である。つまり反対する骨のある教員がいない今では大学側に都合よくすべてが運び、強化されているのである。全学生(院生を含む)の代表は政治組織である応援団の団員のなかから、大学経営陣が勝手に決めて、大学の年中行事が(密やかに、つまり一部の学生参加で)行われている。これは大いに授業料や後援会費やその他を支払っている学生に対しての侮辱である。学生には実質代表権がないのである。また高経大のいまの教員の多くは思想選抜されていることからも思想的にバランスが欠けることは明らかである。ただそこに入学してくる学生はどうか?進学希望の高校生の大学選びには家庭や経済・地理の事情が大いに関わってくるから、高経大のなかにはかなり優秀な学生がいてもおかしくないし、現実に存在する。ただ愛校心に関しては大きな問題がある。自由に学問をすることが中心なはずの大学。ところが公立にあって公立に非ず。秘密やタブーで過去は問えず、応援団や体育系学生が跋扈する構内。そんな大学とはいったいなんぞや。愛校心が生まれる環境がないのである。卒業後だって、反民主的なそんな大学を他人に向かって胸を張って言えないし、好きになれるわけがない。特に元高経大学長が暴力団幹部と関係していたりする暴露記事や理由がはっきりしないが、他の元高経大学長がセスナでパイロットを巻き添えにして自殺している事実。大学そのものにカルト性があるのか知らないが、なんかすさまじいという一言。高経大の同窓会組織をみても、カルト的である。応援団や体育会出身が中心に動いていることは明らかであるが、その同窓会も極度に秘密主義、排他的存在。そのことは過去に経験している。彼らはまったくの頭脳集団ではない。いろいろな記述を見れば推測がつくというもの。頭脳のある卒業生はいったいどこに消えてしまうのだろうかといつも気になってしまう。

***法の支配と人の支配(政治の腐敗は今に始まったことではないが、安倍首相はその代表格)。
***民主主義と反/非民主主義。
***学生代表が学生によって選ばれる大学/高校と応援団団員が学生の代表になる大学(高経大)。
***チアガール(無政治組織)と高経大直属応援団(政治組織)。
***戦後教育と戦前教育(戦後生まれの平和憲法の下で生まれた公立の新制大学である高崎経済大学は、その直属応援団と称し、大日本帝国陸軍歩兵第15連隊(高崎で生まれた)を讃える歌を団員自らの手で作り、一般に公開演舞している)。
***学問のある大学と学問のない大学(学問のコアに民主主義がある。それがあって初めて学問が発展するのであるが、民主主義という言葉を高経大の学内で聞いたことがあるか?)。
***有力大学は有力大学と親密な関係を結び、結構学問的に排他的でプライドを保っているが、一方の高経大は私立の中堅以下(Fらんを含む)大学や高校とゼミ活動等で付き合いを強化しているようにしか見えない。高経大教員の関係かもしれんが、資質も問われる場合がある。笑い。

200凡人:2019/04/05(金) 08:38:11 ID:aa/QkHo60
バカな教員はバカな政権を支持するという構図は今も昔も変わらない。第2次大戦が勃発、拡大し、当時大学人も戦争遂行の日本政府を支持、そしてたくさんの日本人の女子供の罪なき血がながれ、若者が神風で死んでいった。なかには無理やりにである。原爆によって終わった歴史はいったい何だったのか。歴史から学ぶというだけで、実は大学人はまったく学んでいないのである。
*****
そりゃおかしいぜ第三章
北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う
https://blog.goo.ne.jp/okai1179/e/9603a879669e512a793b744bd7f4951f

安倍晋三は無教養であるばかりか無知であることを曝け出した、あほである
2018-02-04 | アベノミクス
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/80/9e938ff01aba81e1903a9849571cdce4.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/6f/f9ae88da241a7e34214c724eef4ac351.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/32/714c57a0bc422fcb55f1c973b037baee.jpg

本ブログで何度書いているが、エンゲル係数こそが大きな経済指標である。人々の生活をは食費から反映させる、エンゲル係数は株価などより現実的なな経済指標である。
一昨日予算委員会で、民進党の小川議員の「安倍政権でエンゲル係数が上昇している」と言う指摘に対して、安倍晋三は、
「食への消費が拡大し景気回復したということである」
といったのである。あほである。安倍晋三は無教養であるのは、天下の知る所である。箸の使いからも知らない。森友問題の主犯者の安倍昭惠がインスタアップした絵である。お箸を逆さまに持っている。あほである。
成長の成という字が書けない。自分の大学の字でもある。あほである。今年を一文字でい表せば二文字にする。あほである。杉原千畝の千畝が読めない。あほである。官僚が書いた「云々」(うんぬん)という字が読めない。前後の文脈がつながらない棒読みをしても気が付かない。あほである。
安倍晋三が無教養で知能が低いことは解っている。これはもうお笑いの世界である、

しかし、首相となると別である。エンゲル係数を知らないのは許されない。ましてアベノミクスの破たんを覆い隠そうとする、あほなりの本能は許されるものではない。政治評論家の田崎史郎やNHKの島田敏男などを夕食に招いて、一晩で200万円もの食事会をする安倍晋三には、1年を200万円で過ごさなければならない日本国民の30%の世帯のことなど解るはずがない。エンゲル係数が上がったのは、安倍晋三のようにとてもお高い食事をする人が増えたと思う、貧相で稚拙な分析は哀れとしか表現できない。
アベノミクスはこの貧困層を大量に生み出す結果となっている。ところがそれは、株価などの評価で貧困層がかき消されてしまっているのである。貧困層の増大や現状を表す経済指標は、クラッシクなエンゲル係数が最適である。これがどんどん伸びている。
食糧は誰もが毎日摂取しなければならない。貧しくなれば食料に比率が高くなるというのが、エンゲル係数が教えてくれる。それが高くなったのは、食への消費が高まったのだと安倍晋三は述べたのである。みんなが高いものを食べるようになったといたのである。これは、アベノミクスの破たんと、安倍晋三のあほを表現した言葉である。ある意味では名言ともいえる。

201凡人:2019/04/05(金) 08:52:54 ID:aa/QkHo60
在日米軍「敵対的でない」と首相
ロシア大統領に説明
2019/1/1 19:01 ©一般社団法人共同通信社

 安倍晋三首相は1日に放送されたテレビ朝日のインタビューで、ロシアとの平和条約締結交渉を巡り、プーチン大統領に在日米軍について「ロシアに敵対的なものではない」と説明したと明らかにした。プーチン氏は昨年末の記者会見で、北方領土の一部を日本に引き渡した場合の米軍展開に懸念を示している。

 首相はインタビューで「在日米軍は日本や極東の平和と安全を守るために存在し、決してロシアに敵対的なものではない」と強調。「今までもプーチン氏に説明してきた。必ず理解いただけると思う」と述べた。説明の時期には触れなかった。

202凡人:2019/04/08(月) 10:00:09 ID:aa/QkHo60
高崎経済大元学長夫婦の飛行機飛び降り自殺事件 1976年9月16日夕方、東京・調布飛行場から伊豆大島への周遊飛行に飛び立ったセスナスカイホーク JA3732機のなかで、セスナ機をチャーターした乗客、高崎経済大学元学長・田中精一(68歳)と妻・きみ(58歳) が、突然ナイフでパイロットと道場のカメラマンを刺して、海に飛び込み自殺した.

巻き添えで全員死んだと記憶してたが、この記事からパイロットとカメラマンは無事だったのだろう。だからこんな記事が書ける。

203凡人:2019/04/08(月) 10:56:02 ID:aa/QkHo60
すさまじい日本の裏側の真実
高崎経済大学(TCUE)と安倍晋三政権

暴力団と関係した三潴信吾高崎経済大学学長が築いた体制が今の高崎経済大学の基礎になっている事実。その後も改革や疑問の声が一切聞こえないということは大学経営陣も教授会その他の教員も十分承知している事実。満足しているということに他ならない。
’関係していた’とは学長室に出入りしていたこと、また酒の席にも同席していた事実は新聞記事になっているということだ。君ね、大学に関係ない人が学長室に簡単に出入りができるとお思いですか?しかもやーさんだよ。詳しくは国会議事録を見るべし。

応援団の公式サイトより
◎昭和42年、大学紛争の混乱により既に学生自治会は解体して居り、当団は新たな体育会の結成に加わり、一時的に体育会に所属する。しかし、当団は精神団体であり且つ、行動団体でもあるという文武両面を有する特殊な性格を持つ団体として、その独立性を訴え、当時の三年次生(第8期目=第7代)を中心に体育会文化会の各部に団独立の理解を求める為の説得を展開する。
◎昭和43年、体育会の支持を得て独立し、文化系・体育系に属さない第三の独立団体として大学直属の位置に昇格する。これに伴い、三潴信吾学長に名誉顧問(現在は最高顧問の名称)の御就任を戴く。

安倍晋三と暴力団
https://www.youtube.com/watch?v=tEu27Jha-6E
https://www.youtube.com/watch?v=BULfK-5Ug6U
https://galapgs.com/economics/politics/domestic/abeseiken-fushinshi/?fbclid=IwAR3u4VW24YggNSkzneSbYNpZATa3Dao1kRwIJdgVKl7sr19XaJAqiMwqzgQ

安倍政権に関わって不審な死を遂げた人物一覧
まさか政治家が自分の手を血で染めると思ったらお前はアファ。なんのために日本に反社会的な暴力団ややくざが存在し、懐古趣味の権力は左翼過激派を解体するのに必死だが、一方過激派よりたちが悪い右翼暴力団をのさばらせている、存続させているのか?

森友学園問題で近畿財務局の職員・赤木俊夫氏が自殺をしたことで、過去に安倍政権に関わって不審な死を遂げた人物がクローズアップされてきました。

204凡人:2019/04/08(月) 11:12:28 ID:aa/QkHo60
すさまじい日本の裏側の真実

Over 90% of Reported Suicides(of Politically Important Person) Were Murdered - Masahiko Ueno, Former Chief Officer of Tokyo Medical Examiner's Office, claimed.

https://galapgs.com/economics/politics/domestic/abeseiken-fushinshi/?fbclid=IwAR1rhoT4Ehi6QX0RxRP95kuMKN2Sa9c2x518DsHSIrkNPusL0Q7JmXUQ-lI
https://pbs.twimg.com/media/C5mlYywU4AEpg_N.jpg

I strongly believe that those are the famous case but Juzo Itami (伊丹 十三, 64), film maker & Yutaka Ozaki (尾崎 豊, 26) singer song writer, were murdered by the Japanese gangsters.
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The Tokyo Medical Examiner's Office( 東京都監察医務院) is responsible for conducting postmortem examination and for determining the cause of death for all cases of unnatural death within Tokyo's 23 wards. ....

In the year 2013, the Tokyo Medical Examiner's Office performed 13,593 medical examination and conducted 2,338 autopsies. The daily average number of medical examinations was 37.2 and that of autopsies was 6.4. <The number of medical examination accounts for roughly 18% of the total number of deaths in Tokyo's 23 wards.> That means that one out of 5.5 persons die of unknown causes or accidents that require inspection by medical examiners. (Excerpt from its official page) ---

205凡人:2019/04/08(月) 12:32:21 ID:aa/QkHo60
すさまじい日本の裏側の真実
現在日本は反動暴力革命が目の前で進行中。一国の総理が矛先になり、右翼暴力集団と癒着し、憲法や法律を無視し、あるいは改悪を企ている。無教養な大多数の国民や就職しか考えないノンポリ化した教員や大学生たちも含め、それが何を意味するかさえもわからない。ヒトラーのプロパガンダに簡単にのせられた、第一次大戦の敗戦を経験した直後のドイツに社会情勢によく似ていると前にも書いた。

206凡人:2019/04/17(水) 09:36:27 ID:aa/QkHo60
こんなことはちょっと資料を集めれば、地域政策を特に専攻していなくても常識でわかること。富岡製糸が世界遺産登録する前から、凡人は警告していた。そのことは過去の投稿をよめばわかる。ここに書かれてあることは、まったくもって正論。ところが、これは書いた著者は地域政策を専攻している人物ではない。一方地域政策や経済学部をもつ高崎経済大学の教員はいったいユネスコ世界遺産と地域振興をどう見ているのか。下にある内容の論文を書いた高経大教員がはたしていたのか?多分いないであろう。高崎経済大学こそが、富岡製糸の世界遺産登録を後押したお目出たい大学であるからだ。凡人は高崎経済大学の知的、学問レベルを疑うもののひとりである。
*****
世界遺産に「殺された」富岡製糸場の教訓
観光客殺到で「本来の姿」を失う
企業経営 2019.4.8
清野 由美
ジャーナリスト 清野 由美
PRESIDENT Online

世界遺産登録を「地方再生の妙薬」だと思ったら大間違いだ。富岡製糸場は世界遺産に登録された2014年には年間133万人以上の来場者がいたが、2017年にはその半数以下に落ち込んでいる。東洋文化研究者アレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏は「自分たちの町や地域の遺産をいかに観光のために整備するか、統括的に考える必要があった」と指摘する――。※本稿は、アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

2016年06月17日、観光客が訪れる旧富岡製糸場(群馬県富岡市 写真=時事通信フォト)

***観光業で汚染された場所「ユネスコサイド」
英語に「cide(サイド)」という接尾辞があります。「herbicide(ハービサイド=除草剤)」「genocide(ジェノサイド=集団殺戮)」など、概ね「殺す」ことを意味していますが、最近のヨーロッパや東南アジアでは、ユネスコの世界遺産登録を受けて、観光業で汚染された場所を「ユネスコサイド」という言い回しで表現するようになっています。

世界遺産に登録されて世界中から観光客が集まるようになった後に、的確なコントロールを怠れば、その途端に、町には観光客目当てのゲストハウス、ホテル、店が立ち並ぶようになります。

そうなると、昔からある景観や文化的環境が薄れてしまいますし、観光スポットだけでなく、住民が大切にしてきた場所までが、ネガティブに発信されてしまいかねません。

そのプロセスは、町に観光客が増えることで、昔からあった店がなくなり、金儲けをあてこんで遠くからやってきた土産物屋だらけになる観光名所と同じです。

たとえば中国雲南省の世界遺産の町、麗江では、かつては先住の少数民族、ナシ族が旧市街で昔ながらの生活を営んでいました。

しかし観光地としての知名度が上がるにつれ、旧市街に北京や上海の業者が進出し、大量生産された土産物を販売するようになりました。世界中から来る観光客で表面上は賑わってはいますが、もともと旧市街に住んでいたナシ族の人たちは減り、町は本来の姿を失って、空洞化しています。

バガン遺跡は「危険なほどの混雑」に見舞われた
ユネスコサイドは、世界遺産に登録された後、徐々に始まるのではありません。登録された段階、もしくはその前でも起こります。

ミャンマーにあるバガン遺跡は世界三大仏教遺跡の一つで、11世紀から13世紀に建てられた仏塔や仏教遺跡が3000以上も残る、実に神秘的な場所です。有名なカンボジアの世界遺産であるアンコールワットより、さらに規模が大きく、気球に乗って日の出を見るツアーが観光客から人気を博しています。

ミャンマー政府はかつてバガンの世界遺産登録を進めましたが、軍事政権下ということもあり、遺跡の管理体制が十分でなく、話は進展しませんでした。その後、民主化を機に世界遺産登録への機運が再び高まり、その盛り上がりと並行するように、観光客がワッと押し寄せるようになりました。

夕方になれば絶景スポットとされる高さ数十メートルほどの寺院に人々が大挙して集まり、その混み合うさまは古代寺院の神秘どころではなく、危険そのものです。中には夕暮れをBGM付きで楽しみたいということで、あたりかまわず音楽をかける人も出ているといいます。
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207凡人:2019/04/17(水) 09:40:31 ID:aa/QkHo60
***世界遺産登録は地方再生の「妙薬」ではない
ユネスコサイドの流れは、おおむね次の4段階を踏んで進みます。
1、世界遺産に登録される、あるいは登録運動が起こる
2、観光客が押し寄せて遺産をゆっくり味わえなくなる
3、周辺に店や宿泊施設が乱立して景観がダメになる
4、登録地の本来の価値が変質する

特に日本では、ユネスコによる世界遺産登録を、地方を甦らせるための「万能の妙薬」のごとく、ありがたがる風潮があります。しかし世界の実情では、ユネスコによる世界遺産登録がうわさされただけで、人々が押し寄せ、管理が行き届かなくなる事態が生まれており、さらにはそうした人たちが一気に増えたり減ったりすることで、地域がダメージを被る、という問題まで起きているのです。

観光振興をテーマにしたある集まりで、群馬県から来た人と話す機会がありました。

群馬にある世界遺産といえば、2014年に登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」が有名です。登録が決まったときに、観光客が大勢並んでいるニュースを私は見ていましたので、「世界遺産に登録されたらされたで、大変なことですね」と話しかけたところ、相手の方からは「いや、もう熱は冷めました」と意外な返事が返ってきました。


***富岡製糸場の来場者数は3年で半数以下に落ち込んだ
事実、『読売新聞』の記事(2018年6月25日朝刊)によると、富岡製糸場は世界遺産に登録された14年、年間133万7720人もの来場者がありましたが、2年後の16年度にはそこから4割減少し、17年にはついに半数以下に落ち込んでしまっています。

人口約5万人の富岡市にとって、富岡製糸場が持つ観光的な価値は財政面でも地域維持の面でも大変に重要です。一方で世界遺産登録を維持するため、その修復・管理にかかる費用はこの先10年で100億円にも上るとされています。それなのに、その原資となる入場者数が下降線を描いていることで、目算が大きく狂い始めているのです。

富岡製糸場の事例を踏まえて言いたいのは、自分たちの町、地域の遺産をいかに観光のために整備できるか、より総括的に考える必要があるということです。もしくは世界遺産への登録が、本当の意味で観光振興につながるのか、熟慮が必要です。

地元の人たちや関係者たちが、それらの問いを吟味した先に、世界遺産登録の本来の意味は生じます。そこを詰めないまま、「世界遺産登録=観光客誘致の切り札」と短絡させるだけでは、物見遊山的にやってきて、「失望した」と文句を拡散する人を増やすだけです。

観光客がいるからオペラやバレエを見ることができる
観光による文化へのダメージがあまりにも目立ち過ぎるため、「文化と観光は両立しない」という極論が、最近では聞かれるようになっています。それは「観光が増えれば文化は必ず凋落する」という意見です。しかしここでぜひとも強調しておきたいのは、観光が文化にもたらすプラスの側面も大いにある、ということです。

たとえば日本やアメリカからヨーロッパへ観光に行くと、多くの人がオペラやオーケストラを楽しむことでしょう。

私がウィーン国立歌劇場に行ったときは、自分と同じような観光客で客席の半分ぐらいが埋まっているように見受けられました。ウィーンに限らず、パリのオペラ座、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス、ミラノのスカラ座と、主だった都市の劇場は、どこも観光客の姿が目立ちます。

バッハやベートーベンの音楽が現代に継承されて、盛んに演奏されるということは、つまり音楽家たちに仕事のできる環境が、存在し続けてきたからということです。オーケストラやオペラ、バレエなどの大がかりな舞台芸術は、地元の観客だけを相手にしていては到底維持できません。よそからやってきて観劇料を払ってくれる観光客の存在があって、バイオリニスト、ピアニスト、歌手、バレエダンサーらが芸術の担い手として、今日も舞台に立つことができるのです。
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208凡人:2019/04/17(水) 09:43:09 ID:aa/QkHo60
***世界中の観光地が「観光公害」に悩んでいる
観光やインバウンドには、文化の継続だけでなく、文化を復活させる力もあります。

たとえばタイでは伝統舞踊のイベントに観光客がたくさん来ることによって、その舞台が守られました。また古式ゆかしい人気のタイシルクも、第二次世界大戦時にタイに赴任した軍人で、実業家であるアメリカ人のジム・トンプソンが事業化を行い、観光客に販売したことで世界的に知られるようになりました。

今現在、世界中の観光地が「観光公害」という問題を抱えています。

ただし京都、バルセロナ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ニューヨークといった都市、もしくは町は、過去数十年にわたって観光客が来訪し続ける価値を持ちえたからこそ、旧市街の町並みやそこでの暮らしが残ってきたともいえます。

人口減少が進む日本、とりわけ地方の町や村は、観光という起爆剤を持ち込まないと、やがて経済が回らなくなり、消滅への道をたどってしまいかねません。町の消滅は、同時に文化と歴史の消滅を意味します。

著書『観光亡国論』に繰り返し記しているように、そこには適切なマネージメントとコントロールが必要であることは、ここであらためて強調をしておきたいと思います。

さらに、日本人が大切にしてきた場所ならば、安易に「世界遺産登録」などの世界のブランドに頼る前に「日本が認めた」「地元の方々が守ってきた」といった視点を、今一度磨くべきなのではないでしょうか。

アレックス・カー東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「篪庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。

清野由美(きよの・ゆみ)ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書)など。
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209凡人:2019/04/18(木) 10:33:41 ID:aa/QkHo60
ここまできても、いまだイメージの問題にこだわっている県の行政者たちの頭は医者でも直せないだろう。桐生、富岡、前橋は日本のバングラデシュである。人口減少も市に共通しているが、特に桐生は県下一の減少振りである。バングラデシュをウィキで探ると「その輸出の80%は繊維製品によって占められている。大手繊維メーカーなどの進出が多く行われており、バングラデシュ経済を担う一大産業となっている。」そうした市はバングラデッシュに見習っているのであろう。さすがである。凡人が言わんとすること、その意味が理解できる教員/学者は存在するのか?高崎経済大学という経済や地域政策学部を持つ大学が60年も県内に存在するのに、そうした地方自治体の長きにわたる窮状を救うことすらできない、なんの糞の役にも立たない大学であることも同時に証明してくれているということも記しておく。
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絹産業で活躍の女性 動画サイトで紹介 県が公開
更新日時:2019年3月13日(水) AM 09:00 上毛

絹への思いを語る井上さん(左)と中野さん

 群馬県の絹産業・絹文化のイメージアップにつなげようと、県は12日、絹産業で活躍する女性を紹介する動画「わたしの絹物語」を動画投稿サイト「ユーチューブ」などで公開した。

 自身の工房「canoan」でオリジナル商品の販売やワークショップを開く座繰り染織家の中野紘子さん(高崎市)と、ジャカード織による帯や生活雑貨を扱うブランド「OLN(オルン)」を立ち上げた井清いのきよ織物の井上忍さん(桐生市)を紹介。それぞれが絹と織物への情熱を語る1分の動画と、15秒の短編がある。

210凡人:2019/04/21(日) 09:55:27 ID:aa/QkHo60
これが高崎経済大学の今だ。現在進行形だ。

たかけいい学報(大学側が作る広報誌ー広報室長(地域政策学部教授)櫻井常矢)が50周年100号を迎えたとして特別号。その第一ページをかざったのがなんと三潴信吾氏の学長就任にあたってと題した当時の記事。それが全文そのまま転載されている。凡人は仰天した。というのは三潴学長と言えば、当時暴力団幹部との交際が地元新聞記事等で暴露された学長である。国会の法務委員会でもその関係が取り上げられた経緯がある。高経大を一躍、日本全国津々浦々に悪名にした学長。その彼が100号という大学の記念すべき学報のトップを飾るとはすさまじい。これがこの高経大の教員のクオリティー。頭の中身である。この無神経さというか、バカというかこれが、60年をすでに過ぎた、経済学部や地域政策学部や大学院をもつ高経大大学のレベルである。さすが思想選別されているだけあると疑う余地がない。日本の暴力団団員は現在、強い風当たりを受けているのはご存知の通り。暴力団にたいしての日本国民の怒りの結果だととれるが、この大学の教員には暴力団と関係していたという事実があっても、それほど気にならないようである。

これが当時三潴学長と暴力団幹部との関係を取り上げた議事録である。第061回国会 法務委員会 第19号 http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

また、平成19年度から作られた同窓会の三扇賞. スポーツ、文化および学術等の振興に努め、大学の発展に寄与した者に対して、高崎経済大学同窓会よりその功績をたたえ表彰することを目的、だそうだ。大学直属の応援団が2回三扇賞受賞、奨励賞を4回(団付属の吹奏楽部とともに2回)。平成30年までの記録があるので、ざっとみると、過去の受賞者は何かしらの功績や賞を貰った学生である。応援団の受賞の理由は大学行事、同窓会支部総会、ボランティア等に参加し地域貢献ということだ。地域貢献という理由で賞を何度ももらっている応援団だが、ボランティア活動をしている他の学生サークルは複数あるが、受賞者の中には見つからなかった。まったく眼中にないのだろう。手前味噌もいいとこだろう。もと応援団員が高経大の同窓会を仕切っているのがわかる。クワバラクワバラ。

211凡人:2019/04/22(月) 12:00:11 ID:aa/QkHo60
凡人の尊敬する学者と高経大教員の違い
ー良心の呵責をなくしたら人間おしまいー

「心の燈台 内村鑑三(こころのとうだい うちむらかんぞう)」。と地元群馬で有名な上毛かるたにあるが、「心の燈台」は何も宗教家の独占語ではない。教育者としての学者にも十分当てはまる。暴力団・やくざ・暴走族は群馬県でも珍しくない。それに毅然とした態度で対峙しないと、暴力団や暴力を群馬のコミュニティから追放できない。そうして初めて商業や経済の健全な発展や魅力ある街ずくりが可能になり、子供の教育にも正の影響を及ぼすと確信する。

人間失格なんて有名な言葉があるが、良心の呵責をなくしたら人間おしまいだろう。しかも学問を司る大学の教員が暴力団の頭のレベルだったら、なおさらだ。学者というとガリレオやアルキメデスのような人物をイメージする。学問のために生涯をささげた歴史的な人たちだ。その中でも凡人が尊敬する物理学者の一人アインシュタイン。死後長いが、いまだにロックバンドのように若者たちにも人気を博している学者であって、そのことはとても稀なケースだ。その理由はなんなのだ。彼は頭がいいだけではない。ノーベル賞受賞者。ユークリッド幾何学を超えた、宇宙時代にふさわしい相対性理論を最初に世に出した人物。ドイツに生まれ、ドイツの屈指の学者としてドイツに戻るが、ナチスに迎合する学者仲間に反して戦争反対を唱え、ナチスから逃れ、アメリカへ渡り、米国籍を取得。彼のE=mc2の方程式は原爆を生み出したが、戦後一転して死ぬまで核兵器反対運動の矛先になる。ここで私はアインシュタインが人間的に完璧と言っているのではない。彼の人生の軌跡からいろいろ学ぶ点が多いといっているのである。彼が成した重要な人生の選択で、いつも正しい側を歩んだ学者だと信じている。彼こそが人類の心の灯台なのだ。

そうした尊敬すべき学者が歴史上に存在する。そうした学者の歩んだ道を考察した後に、高経大の教員に話を移そう。いろいろ例外はあるが、敢えて要約すると彼らは学者を装っているが、実は他の地方公務員と実質的になんら変わらない職業人。外面上は教育者、中身は暴力団のシンパ。生活の為なら喜んで権力と迎合し、憲法や法律は権力側が国民をコントロールする手段と勘違いし、人間の権利を解さない無教養さを隠し、高校レベルなのに大学教授の給料をもらっているというグループ。その高崎経済大学は母体である高崎市や地元の社会に貢献を目指していると広報はするが、凡人にしてみればいまだ知的な貢献はしていないとする。もし道路の掃除(比喩である)を大学の社会貢献とみるならばそうだろう。だが、地元行政のゴム印化に成り下がり、長い目で見た場合自治体の発展の足を引っ張っているとしか思えない。地元一般市民の生活を楽にしたり、所得を上げたり、町を発展させたり、新しい時代を呼び込む方策や知識には欠ける。高経大の教員はどうか。ピンからキリまでいる東大卒や早慶卒。高崎経済大学の教員の中には早大卒が目につく。それから比べれば、東大卒や慶大卒は少ない。fランやマーチや日大卒も少なからずいる。それらの大学院を出たというがピンキリのなかで、どの部分が高経大の教員になっているのか。例えば早大卒の元高崎経済大学教授の八木秀次氏。ひどいの一言。すさまじい無知さを披露して、高経大を笑いとしてマスコミで有名にした人。2014年から麗澤大学に移り教授をしている。麗澤大学といえば、いまの応援団の基礎を作った暴力団のシンパ、三潴信吾氏も高経大退職後同じ大学に移っている。まったく偶然ではないだろう。ほかにも早大卒の元学長で高経大を悪名にした教授がいるがここでは割愛する。
1-2

212凡人:2019/04/22(月) 12:03:40 ID:aa/QkHo60
では学生たちはどうなのか、入学する学生たちに目を移そう。大学受験生の高校生たちもピンキリといえる。高経大は全国型と言って派手に宣伝しているが、単に地方の主要都市に入学試験場があるからである。もし他の国公立大が同じことを遣ったら、まったく同じような結果になるだろう。特別なことではない。所詮は滑り止め大学。偏差値操作している有名私立大と同じようなことをやっている。たとえば中期試験をとっても、水増し合格者をたくさん出して入学者を定員に収めている。というのもおよそ半数近くが他所に行ってしまうからだ。国公立大学の中堅校があきれる。また地方の公立大学創設ラッシュが昨今。大学の反動的な体質に大きな問題があるため、経営陣や教員は時代がまったく読めない。公立大学だから出願者数が多く、入試の競争倍率が毎年高くなり、それでなんとか体裁がとれている大学である。最近できた国際学科?今なのとあきれる遅さ。専任教員リストをみても、ただの体裁をよくする飾りであることがうかがえる。大学の発展性や将来性にはちと無理な頭脳レベルである。まあ就職予備校、例外はあるがよくて中堅管理職養成機関としてこのまま存続するであろうと、教育的な見地から確信している。過去に国会議員が卒業生の中から一人生まれた。それは学生自治会が潰される前のこと。大学創立からわずかの10年にも満たない間にである。ところが応援団を直属してから現在に至るまで、ゆうに50年が経過し、卒業生は2万をゆうに数えるも、卒業生の中から新たな国会議員になった者はいない。この大学をよく象徴していると思うのである。またもう一つ言いたいのは、各地方の同窓会の出席者の数を見ていただきたい。総卒業生数の何人が大学の同窓会なるものに参加しているか。それは愛校心の一つのバロメーターになると思う。他大学の十分な資料がないのではっきりしたことは言えないが、数が少ないと感じた。それは凡人の偏見なのだろうか。
2-2

213凡人:2019/04/22(月) 22:25:51 ID:aa/QkHo60
湯沢平和の輪
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。
******
半歩前へ 2018/07/05
▼安倍晋三について後藤田正晴が言った言葉!
https://yuzawaheiwa.blogspot.com/2018/07/blog-post_6.html

安倍晋三だけは首相にしてはならない。
あいつには岸の血が流れている。
みんなは岸の恐ろしさをしらない。
岸の血って、血縁っていうだけじゃないんだよね。
人としての情がない。恥を知らない。
岸信介と安倍晋三に共通しているのは、その恐ろしさなんだ。
                          後藤田正晴
*********************
 こんな情報がネット上に氾濫している。
 岸信介は戦前の官僚。
 のちに甘粕正彦と組んで、帝国陸軍が中国東北部を植民地にし、そこに建設した傀儡国家「満州国」を牛耳った男だ。
 岸信介は、東条英機内閣の商工大臣を務めた軍国主義者。A級戦犯として逮捕されたが、米国の”操り人形”になることを条件に釈放された。その孫が安倍晋三である。
 甘粕正彦は陸軍憲兵大尉の時に、無政府主義者の大杉栄らを殺害したことで知られている。世に言う甘粕事件である。
 その後、甘粕は突然、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を陣頭指揮。その時、岸と知り合い意気投合。いわく因縁の「闇のつながり」である。
 後藤田正晴は内務官僚だが長年、岸信介を垣間見て来ただけに、本性を知り尽くしている。その人物が岸信介の「汚れ、ただれた血」を語ったと言うのだから、まんざらデマでもなかろう。私はさもありなん、と思う。

 安倍晋三の血も涙もない「国民に冷たい政治」は、6月の沖縄の慰霊の日や8月の広島、長崎での平和記念式典でのあいさつを聞けば一目瞭然だ。人々の琴線に触れる文言など、どこにも見当たらない。
 不戦の誓いを削除し、爺さんの岸信介が果たせなかった「改憲の実現」にまい進するのが安倍晋三だ。


安倍首相が頻繁に外遊する本当の目的!
半歩前へ 2018年7月6日
▼安倍首相が頻繁に外遊する本当の目的!
 安倍晋三は嫁の“闇の手配師”昭惠を伴って11日から18日までベルギー、フランス、サウジアラビアとエジプトを訪れる。中東には民間企業幹部も同行し、両国とインフラやエネルギー分野でビジネスの関係を強化する。
 安倍夫婦は4〜5月にもアラブ首長国連邦などを訪れており、中東訪問は今年2回目となる。
 多額の税金を浪費して、これほど頻繁に海外を訪ねる総理は過去に例がない。なぜ、なのか? 首相の外遊にはマスコミ各社が同行するので、新聞、テレビが一斉に報道するのでPR効果は抜群だ。

 しかし本当の目的は別にある、と指摘する向きがある。
 事情通によると、安倍政府の海外支援金の多くは受注する日本企業に還流する。そこから仮に、領収書不要のキックバックがあれば、あれだけ大量の政府資金を惜しげもなく投入する意味がわかると指摘した。なるほど、そういうことか。
 明確な証拠がないので断定はできないが、十分考えられる仕掛けではある。以前、田中角栄に頼みごとをすれば3%が“手数料”だと永田町で言われていた。
 100億円の仕事なら3億円、1000億円のプロジェクトなら30億円と言う計算だから莫大な金額だ。

 とにかく政治家が頻繁に外用するなど異常な行動をする時は、裏で何か動きがあると考えた方がいい。政界には謎が多い。その謎を解明するのがメディアの仕事だ。一層の奮起を期待したい。
 特にNHKにその役を期待したい。なぜなら国民から多額の受信料を徴収して潤沢な予算を確保しているからだ。公共放送だと言うなら権力の露払いをするのではなく、監視役に徹してもらいたい。

 同じ公共放送の英国BBCは強姦魔・山口敬之の伊藤詩織さん事件を「レイプ、日本の隠された恥」と題して特集番組を全世界に放映、各国の注目を集めた。
 他国が報道する前になぜ、日本でやらないのか? やれないのか? その訳は何か? NHKはなぜ、触れない?あれほどサッカーでは大報道するNHKが音なしの構えだ。そんな日本を、世界は奇異な目で見つめている。
 今回の安倍の外遊にNHKも多数の記者が同行する。彼らは、そこで何を報道するか? これまで通りの提灯報道を繰り返すのか? それともワサビが効いた生放送をするのか? 視聴者はじっと見つめている。(敬称略)

214凡人:2019/04/22(月) 22:29:29 ID:aa/QkHo60
2018年7月6日金曜日
安倍晋三について後藤田正晴が言った言葉

 ブログ「半歩前へ」が、ネット上に氾濫している情報として「後藤田正晴が『安倍晋三だけは首相にしてはならない』と語った」ことを紹介しました。
 
 後藤田氏は警察庁長官から政界に転身し、中曽根内閣時代には請われて内閣官房長官に就きました。それ以後「カミソリ後藤田」と周囲から畏怖されて、保守政党(現自民党)の重鎮としての地位を築きました。
 4年ほどの陸軍従軍と半年強の中国軍捕虜生活の体験を持ち、ハト派として知られました。1988年、イラン・イラク戦争終結に当たり米国から海上自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣するようにとの要求を受けたとき、「私は閣議でサインしない」と強硬に反対し、中曽根首相に派遣を断念させました。
 1990年(海部俊樹内閣)に湾岸戦争が勃発し、やはり米国から自衛隊派遣の要請があったときにも一貫して反対姿勢を貫きました。

 ブログ「半歩前へ」が、「岸信介は、軍国主義者でA級戦犯として逮捕されたが、米国の“操り人形”になることを条件に釈放された云々」と述べているのは、岸がCIAのエージェントを務めたことを指すもので、当時CIAから莫大な資金が、彼を通じて自民党の前身の保守政党に投入されたことが知られています。

 後藤田氏の『安倍晋三だけは首相にしてはならない』の言葉は5月初めにもネット上で話題になり、安倍応援団は出典の記載がないからデマだと応戦しましたが、書かれていることはあまりにもリアルで、後藤田氏がそう警告したであろうことは誰しもが納得できることです。
 その出どころですが、オーラル・ヒストリー(口述記録歴史)を専門分野に持つ
御厨 貴・東大名誉教授は生前の後藤田氏からの沢山の口述を聞いているので、多分そこであろうと思われます。
 6日付の、安倍首相に関するもう一つのブログも併せて紹介します。

追記) 岸とCIAの関係については、「CIA Name Files - 2nd Release ※」(CIA名簿 第2次公開)の「K」の項目に「KISHI NOBUSUKE 066 230/86/23/03」と記載されているのが確認できます。
https://www.archives.gov/iwg/declassified-records/rg-263-cia-records/second-release/name-files.html#k

215凡人:2019/04/25(木) 12:09:14 ID:aa/QkHo60
目を疑ったほど、悲しいニュース。ショックを隠せない。群馬の男女別学についての問題点を何度も記述しているが、前高という県トップ校の卒業生が恐るべき事件を起こした。女子生徒を狙って塩酸で怪我させた高高の卒業生の事件もよく覚えている。この事件が凡人の心を凍らせたのはその被害者の女性にある。名前を見てぎょっとした。金井貴美香さん(22)。顔は知らないが、その名前はよく知っている。彼女が高経大在学中、よく大学のニュースやTwitterで彼女の名前をよく見かけた。それをコピーして、この掲示板にもよく投稿したものだ。というのは国内大学レベルの英語スピーチコンテストでは上位成績の常連だったからだ。その名前は凡人にとってイコール高崎経済大学の稀にみる優秀な学生。稀に見るを強調したい。凡人の誇りでもあった。彼女にはどんな将来がまっているのか。まったく頼もしい限りであった。そんな彼女の名前を今日、ネットの週刊誌記事で読んだ。そのニュースはまったく凡人が予想だにしなかったもの。あってはならないものであった。最近はやりのストーカーの餌食になって、この世から去ったと告げるニュース。それも22歳の若さ。これからの彼女。その悲惨さは言葉にしてまったく表現することができない。大ショックも大ショック。とても悔しい。ご冥福と言いたいが、それではすまされない。どうぞ、どうぞ。凡人は彼女とお目にかかる日を楽しみにしている。それほど長くないとそう悟り始めている。人生は何が起こるかわからない。群馬県が生み出す醜い膿はこんな風に遠い国に住む凡人さえ巻き込み、個人的な事件として凡人を呪う。そして周りの人々にもいろいろな波紋を投げかける。彼女の死を決して無駄にしてはならない。
****
容疑者に「一生、牢屋に入ってろ!」 ストーカー殺人 被害女性父の慟哭
2019年02月09日 15時00分 週刊実話

 1月23日午後6時頃、さいたま市大宮区のオフィスビルのエレベーターホールで、突然、女性会社員が後ろから羽交い締めにされ、男に包丁で首元などを刺された。退社時間帯で多くの会社員がいたため、周りの人たちがすぐに男を取り押さえ、女性は救急車で病院に搬送されたが、約1時間後に死亡が確認された。

 殺人未遂の疑いで現行犯逮捕されたのは、群馬県前橋市の市役所職員・鳥山裕哉容疑者(25)。被害に遭った女性は、埼玉県春日部市に住むリクルート関連会社の広告代理店社員・金井貴美香さん(22)だった。

 「この日、鳥山は市役所を早退。自宅から刃渡り20㌢の包丁を持って大宮へ向かい、金井さんの退社時間を待っていたと供述しています」(全国紙記者)

 2人は、同じ群馬県出身ということでSNSを通じて知り合い、昨年春から付き合い始めたが、秋には別れ話が出て、鳥山容疑者がストーカーと化していた。

 「鳥山が昨年末頃から急に過激になり、金井さんに暴力を振るうようになったため、警察に何度も相談。事件当日の夜、春日部署に被害届を出す予定で、ご両親は娘さんのアパートに泊まり込んで警戒していた。金井さんのお父さんは、鳥山とも直接、話し合いをして納得させていたそうです。鳥山容疑者に対して、どういう気持ちか問われると『一生、牢屋に入ってろ!』と吐き捨てていました」(同)

 金井さんは群馬県高崎市の出身。社交的な性格で、高崎経済大学在学中には英語のスピーチコンテストで全国大会に出場したこともある才色兼備な女性だった。

 一方の鳥山容疑者は前橋市の生まれで、県内一の進学校・県立前橋高校を卒業後、浪人して筑波大学に入学。昨年4月に前橋市役所の採用試験に合格したため、大学を中退して入庁していた。

 「大学では都市防災を専攻。市役所で建設部道路管理課の技師として橋や道路の補修・管理などの業務に当たっていた。上司は『勤務態度も真面目で、悩みがあるようには見えなかった』と話している」(捜査関係者)

 「桶川ストーカー事件」で大失態を犯した埼玉県警の対応は十分だったのか。今後の検証が必要だ。

216凡人:2019/04/26(金) 13:14:15 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学の政治論議レベルや立場とは何か?

TCUE投票ファクトリーなんていうゼミ活動の一環でやっている学生組織がある。その目的は地元選挙での投票率の下降をくいとめ、上昇させること。その活動が地元新聞の記事になったり、県から表彰されたりもしている。ご存知のとおり投票率の下落は止まっていない。つまり肝心な目的や目標が全く達成されてないままズルズルやっている無駄な組織。そんなのがあるが、高崎経済大学では日本の今の政治状況をどう見ているのであろうか。高経大の歴史や経営陣や思想選考採用された教員のメンバーからして、右翼思想の安倍政権を支持することは明白であろう。高経大の経営陣がやっている年間行事や事件が教えることは、かなり安倍政権を彷彿するという事実だろう。すでに何度もこの掲示板に書いているので、ここでは割愛する。

217凡人:2019/04/27(土) 05:13:11 ID:aa/QkHo60
学生に視点をあてる。

高経大の学生・院生を遠方から評価するのは並大抵ではない。情報があまりにも少なく、また比べる他大学の情報も乏しい。中には優れた教育者や教員になる人物もいるが、それはほかの大学でも言えること。滑り止め大学や就職予備校を色濃くしているため、その数は有名大学とは比較にならないほど数は少ないとみる。

優秀な学生の多くは民主主義を標榜するだろう。それは完璧な制度ではないとしても、まったく合理的、論理的であるし、その持続性は歴史からもくみ取れる。その正しさはイデオロギーを超えて、より学問や正しい知識や良識をもてば持つほど認識してくるもの。つまり頭が必要である。よって優秀な学生ということになる。

高経大の元学長を持ち出して、東大卒でも右翼思想がいるではないかと反論するものがいるだろう。もし東大卒が優秀と仮定した場合、私のいうことは間違っているが、その仮定は果たして正しいだろうか。私は疑いたい。東大入学は難関である。だが優秀なものだけが、東大に入学しているのかという問い。ようは受験テクニックである。東大が受かる受験テクニックをマスターできる高い能力と良識を持つ能力を混同してはならない。それはまったくの別物であろう。大学受験そのものが公平ななかでは行われていない日本社会の現実。大学受験を専門に扱う塾に行けるほどの家庭と大多数のそうでない家庭の子弟子女や高学歴の家族や環境で育つ子弟子女と大多数のまったく無教養な家庭で育つ子弟子女が混在する中での大学受験戦争。その結果、例外はあるが統計的にも東大卒は裕福な家庭の子弟子女で大きく占められているという。当然と言えば当然。家柄や環境で東大卒を生み出すことは十分考えられる。だが、はたして東大卒がすべて頭脳明晰な人物しかいないかというとそうとは言い難い。ちょっと歴史を振り返ると、あの全学連が脳裏に浮かぶ。東大学生が先頭に立ってリードした全学連やその他の左翼過激派の運動をみても、必ずしも頭脳明晰とは言い難い。それらの活動は民主主義とは程遠いもの。グループ内の権力闘争の明け暮れ。エリート主義が見え隠れする、自己陶酔の世界。日本社会の本質である暴力団ややくざを彷彿させる左翼暴力団運動であった。三島由紀夫が憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけ、割腹自殺をした事件と考え合わせると鮮明になる。

高崎経済大学は表では公立大学であるが、中身は右翼イデオロギーを色濃く持つ群馬の有力者や土建屋や卒業生によって私物化された大学であるために、民主主義の片鱗さえない。そんなことはいろいろな記事になった事件を読めば容易に理解される。

そのために優秀な高校生であればあるほど、高崎経済大学を敬遠することは当然であろう。優秀な学生であればあるほど政治的にとても敏感である。だいいち彼らは将来のリーダーとなるべき資質を持つために、政治的に敏感にならざるをえない。学生自治会や学生の視点にたっての新聞部すらない大学に自分の活躍の場を見出すことは不可能であるから、入学することはまず考えられない。彼らの能力を制限しようとする低能な教員がいる大学で勉強したいなんて思うはずがない。凡人は多くのUCLAの学生と接して、そうした思いが強くなる。彼らは仲間同士では政治的意見をまったく隠さない。堂々としたものだ。ノンポリということばは、実際無教養なバカ学生に当てはまるという真実が浮かびあがる。

218凡人:2019/04/27(土) 05:20:58 ID:aa/QkHo60
タイムズ世界大学ランキング2019 - TOP100校
THE世界大学ランキングTOP100【2019】
https://hotnews8.net/society/THE-world-university-rankings2019

1 オックスフォード大学 UK
2 ケンブリッジ大学 UK
3 スタンフォード大学 USA
4 マサチューセッツ工科大学(MIT) USA
5 カリフォルニア工科大学 USA
6 ハーバード大学 USA
7 プリンストン大学 USA
8 イェール大学 USA
9 インペリアル・カレッジ・ロンドン UK
10 シカゴ大学 USA
11 スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ) スイス
=12 ジョンズ・ホプキンス大学 USA
=12 ペンシルベニア大学 USA
14 ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL) UK
15 カリフォルニア大学バークレー校 USA
16 コロンビア大学 USA
17 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) USA
18 デューク大学 USA
19 コーネル大学 USA
20 ミシガン大学 USA
21 トロント大学 カナダ
22 清華大学 中国
23 シンガポール国立大学(NUS) シンガポール
24 カーネギーメロン大学 USA
25 ノースウェスタン大学 USA
26 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE) UK
27 ニューヨーク大学(NYU) USA
28 ワシントン大学 USA
29 エディンバラ大学 UK
30 カリフォルニア大学サンディエゴ校 USA
31 北京大学 中国
=32 ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン ドイツ
=32 メルボルン大学 オーストラリア
34 ジョージア工科大学 USA
35 スイス連邦工科大学ローザンヌ校 スイス
36 香港大学 香港
37 ブリティッシュコロンビア大学 カナダ
38 キングス・カレッジ・ロンドン(KCL) UK
39 テキサス大学オースティン校 USA
40 カロリンスカ研究所 スウェーデン
41 PSL Research大学 フランス
42 東京大学 日本

219凡人:2019/05/12(日) 11:13:18 ID:aa/QkHo60
高経大の人相学的一考察。
―人相と職業、思想、知能、行動様式―

人相学や心理学やファッション感覚の理解がない人でも、やくざや暴力団は一目見ただけで一般人とは違うことに気付くだろう。髪型・行動・言葉使い・服装等がよいヒントになる。他の国のギャングやマフィアのメンバーも同じことがいえる。それは職業と人相とはごく例外はあるものの、大抵強い相関関係があるといって間違いない。音楽家やアーティストも同じ。アメリカでは暴力団・やくざと間違えるほど刺青を体中にたくさんしている人にある。それはギャングのメンバーだったりする場合が多い。体中どころか、顔に刺青をしたギャングメンバー風を見たのは一人や二人ではない。いや、その一人と話したことがある。留置場に殺人で9年間いて出所してきたと話してくれた。多分相手はギャングで、正当な理由があるから殺人罪でギャングでありながら短い期間で出所できたと言える。そうでなかったら相当長くいる羽目になる。彼は留置場内で片手を手錠で固定されていて、もう一方の手で喧嘩相手と戦ったと豪語していた。顔に刺青しているから、まともな就職は当然くけるはずはない。刺青を消すことも眼中にない。当分友達の手伝いしてなんとか生活すると言っていた。彼の方から俺に話しかけてきたのであって、その逆ではない。見た目に似ず、とても相手思いのよい人間であることにこっちが驚かされた。彼は日本の侍学にはまっているといっていた。出所した当日に、アジア系の人間と言えば俺だけだったから、彼はいろいろそんな話が俺としたかったのだと納得。そのあとにも南米系のギャングメンバーにたくさんお目にかかったが、彼のようなものはいなかった。彼は特別であると後になって知った。

刺青はギャングメンバーだけではない。芸術家であるタツーアーティストを含め、意外に若い音楽家の中によくみられる。アメリカでは日本のように刺青をやくざと同一視するネガティブの感覚はない。でも、それを例外中の例外だろう。

では教授や学者や知識人や文化人と呼ばれる人たちとその人相にちょっと触れてみたい。だが、それもまったく、今までの話と共通している。日本も他の国へいっても、学者と呼ばれる人は学者風をしている。

凡人はよく高経大の経営陣はやーさんのシンパであり、その歴史を継承していると断言してきた。それを思わせるもう一つの証拠に、この人相がある。在学生である高経大直属の応援団の団員を手始めに、それから裏や表で高経大の経営を操っている人物たちの人相をご覧になったことがあるだろうか。もし一度も見たことがなかったら、是非この際だからご覧になって欲しいものだ。高経大の同窓会や後援会の役員の人相。高経大理事長の人相。学者風というよりも、皆こわおもてである。凡人の目には皆、良くて土建屋や悪くてやーさんの風ていに見えてくる。いろいろな人生経験や世界中の、いろいろな階層の人間に出会って、あるいは会話して体に身についた凡人なりの理論がここにある。信じようが信じまいがどうでもいい。群馬の偏狭な地や狭い日本で生きてきた人間にわかってもらわなくて結構である。大笑

220凡人:2019/05/18(土) 08:30:01 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学経営陣ー安倍晋三内閣ーやくざ・暴力団組織の懐柔・温存ー表面上の秩序維持ー長期的視点での停滞や滅亡への道。

221凡人:2019/06/21(金) 13:14:53 ID:aa/QkHo60
暴力団の幹部が学長室にしばし訪れ面談、幹部の夜の酒宴に出席するまでの関係を持った高崎経済大学学長・三潴信吾とはどんな人?

高崎経済大学学長/三潴信吾(みつましんご)は筧克彦の娘婿である。

筧克彦とはどんな人かは下記の文献でわかる。

貞明皇后への御進講における筧克彦の神道論
http://www.mkc.gr.jp/seitoku/pdf/f50-26.pdf

天皇家、右翼暴力団、安倍晋三、天皇主義、高崎経済大学学長/三潴信吾、高崎経済大学直属応援団が大学名を出して明治神宮に参拝。

こうした思想や血族関係の繋がりがはっきりしているので面白い。

222凡人:2019/06/21(金) 13:57:20 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学学長・三潴信吾が学部長・学長時代に、現在の高崎経済大学の基盤・基礎を築いた人物である。高崎経済大学の応援団が体育会の一会員から、文さ協や体育会の上に立つ組織として独立分離し現在の姿となった。60年の歴史のなかで、大学の不正入学に端を発し、本来は民主的学生運動であった高崎経済大学の学生デモが圧殺の森という名で終焉。大学側は学生自治会や新聞会の解体、除籍や退学、停学処分等で民主的大学経営への学生たちの切望に腕力でねじ伏せる。応援団や体育会の学生がなした学生運動の鎮圧行動は、大日本帝国陸軍の歩兵連隊のひとつ、地元高崎の歩兵15連隊を思わせる(秩父事件(蜂起した農民は秩父だけでなく群馬、長野からも多数参加)の鎮圧出動が最初の実戦行動)。大学側の横暴に教員も8名が抗議のため辞職。そのあとは三潴信吾氏の独断場。大学経営陣は今に至っても反省の色は見せないで、反平和憲法や反民主主義の立場をことごとく貫き現在に至っている。三潴信吾氏はすでに亡くなられてはいるものの、高崎経済大学を知るうえで重要な人物であることには変わらないのである。

223凡人:2019/06/27(木) 19:56:00 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学学長・三潴信吾とはどんな人?その2

父親は東大教授?

理事 畑和君 三潴学長は、かって私たちも東大で教わりました三潴さんという教授がおりましたけれども、おそらくその御子息さんではなかろうかと思うのでありますが、非常に右翼的な考えの持ち主である。西暦という年号を使わずに、あえて紀元という年号を使う。あるいは日本帝国憲法はいまだに生きておるのだ、こういうようなことを学生たちに話をするといったような式の、まことにどうもおそれ入った学長であるようでありますが、これが結局市当局の意向を受けて、いろいろそうした方向での教育をしておるようであります。それが高じて、はしなくも新聞ですっぱ抜かれるようなことがあって、世間の注目を引いたということになっておるようであります。

ソース 第061回国会 法務委員会 第19号 昭和四十四年六月六日(金曜日)議事録
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

224凡人:2019/06/27(木) 20:02:23 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学学長・三潴信吾とはどんな人?その2

まあ、その通りですね。憲法学者では岸総理の下で憲法調査会を率いておられた三潴信吾先生が有名ですが、真の憲法学者は今では抹殺されております。
恐らく、安倍総理は故岸総理のお孫さんなので、三潴信吾と言う名はご存じではないでしょうか。

ソース 安倍支持のネット掲示板から。
https://blogs.yahoo.co.jp/shogituredure/37687546.html

225凡人:2019/06/27(木) 20:09:57 ID:aa/QkHo60
訂正 その2→その3の間違え 誤字・脱字等発見しても訂正していません。お許しください。

226凡人:2019/06/27(木) 20:20:07 ID:aa/QkHo60
その2の答え。三潴信吾先生(東大法卒、憲法、高崎経済大学元学長)の実父が三潴信三先生(民法、東京帝大教授)。

三潴 信三(ミズマ シンゾウ)
明治〜昭和期の法学者 東京帝大教授。
生年明治12(1879)年5月28日
没年昭和12(1937)年3月27日
出生地東京・本郷湯島町
学歴〔年〕東京帝大法科大学〔明治38年〕卒
学位〔年〕法学博士〔大正6年〕
主な受賞名〔年〕赤十字勲功十字章(ドイツ)〔昭和10年〕
経歴 独逸学協会中学、第一高等学校を経て、明治38年東京帝大法科大学を卒業。40年私費でドイツ、イタリアに留学、ベルリン大学、ローマ大学で法理学・民法を専攻し、欧州諸国を歴遊して、42年帰国。大正元年東京帝大法科大学助教授となり、5年教授に就任、ドイツ法と民法の講座を担当。また逓信官吏練習所、海軍大学校の教授を嘱託される。昭和5〜8年九州帝大教授を兼任。10年日本学術振興会学術部第一常置委員会委員となり、同年ドイツ政府より赤十字勲功十字章を授与した。日本の民法及びドイツ法の権威として知られ、大正12年から毎年高等試験の委員を務めた。日独文化協会理事。著書に「全訂民法総則提要」「全訂物権法提要」「全訂担保物権法」「債権法提要」「借家法及借地法」「近世法学通論」「独逸法律類語異同弁」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)

227凡人:2019/06/27(木) 21:07:16 ID:aa/QkHo60
第061回国会 法務委員会 第19号
昭和四十四年(1969年)六月六日(金曜日)・・高経大クオリティを示す面白い事実たかけい学報が創刊された年でもある。その創刊号には三潴信吾氏の学長就任した挨拶文の全文載っている。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

○畑委員 私は、本日は質問通告に出してありますとおり、高崎経済大学の学長の三潴さんという方が、高崎の暴力団松葉会の幹部と、たまたま少なくともことしの正月の新年会の席に招待されてその新年会に出席をしたということが、新聞に報道されております。これは、私にとりましてもまことに驚きだったのであります。いやしくも大学の学長ともあろう人が、いま非常に批判の焦点であります暴力団、しかもその松葉会の幹部が催した新年会に出席をすること自体がはなはだ不謹慎であるということで、まさか大学の学長がこうした会合に出るとは夢にも思ってなかった。新聞の報道でまさに知ったわけでありますけれども、われわれとしても、また一般の国民としても、非常に驚いたことだったろうと思う。そこで、若干その問題につきまして、その端緒となりました関係で、警察当局、それからさらにこの大学を指導、助言等をいたしております、また設置基準に従ってこれを許しております文部省関係のほうにお聞きをいたしたいと思う。
 新聞の報ずるところによりますと、この事件が明るみに出たのは、松葉会の幹部を検挙して調べてみたところが、その取り調べの中で、はしなくも、新年会の宴席に三潴学長が出席をしたということが、少なくとも明らかになった。それで一般に知られるようになったわけでありますけれども、まず最初に、警察のほうで松葉会の幹部を調べた結果、そういうことになったと報ぜられている点が事実かどうか、その点をひとつ警察庁の刑事局長ですか、お聞きいたしたい、かように思います。
○内海政府委員 お答えを申し上げます。実は三潴学長と高橋一郎という人との関係につきましては、特段の犯罪関係等があるわけではございませんで、警察のほうも、特にその二人がどういう関係にあるかということについて特別に調べたというふうなことはございませんが、御質問でございますので、一応この高橋一郎という、これは松友会、これはもと松葉会といっておりましたけれども、これの群馬県の支部長で、一応不動産業ということになっておりますが、この男を強制執行の免脱及び詐欺ということで、本年の三月群馬県の高崎警察署で逮捕して取り調べておるわけですが、その間、いまも御質問のございましたように、高橋一郎が、三潴学長との関係といいますか、知り合ったことについて若干しゃべっておるのですが、それによりますと、四十一年の春ごろに、彼が支部長をしております松友会の本部で三潴先生のことを聞いて、非常な理論家であると聞いたので、ぜひお会いしたいということで学校に会いに行った。特に先生に会いたいと思ったのは、自分の下におるやくざな人間たちを更生させるためにどういうふうな教育方法をとったらいいかというふうなことを聞きたいと思ったのだということ、それから先生の家に伺ったことはない、大学のほうへは何べんか伺ったというふうなことを言っております。そうして新年宴会には、そういうふうなことでいろいろ教えていただいたので、そういうことについての感謝の気持ちからお招きしたのだ、こういうふうなことを言っております。私ども、実はお二人、三潴学長と高橋一郎なる人物との関係というものは、その程度承知しておるわけでございます。

228凡人:2019/06/27(木) 21:10:36 ID:aa/QkHo60
○畑委員 いまの警察庁当局の御答弁によると、自分の子分の人たちの更生のために、どういうふうにして更生させるかというようなことで御高見を拝聴に行ったというような供述になっているようでありますが、暴力団の親分が、実際はいま警察庁の側で言われたような罪名で検挙をされ、起訴された、その御本人が、幾ら子分たちの更生のためといっても、ちょっとどうもロジックが合わないわけであります。これは別に警察庁を責めるわけではないけれども、新聞の報ずるところによると、新年会で、安保のときはよろしく頼む、こういうことをあいさつで言ったというのだけれども、こういうことまでは、警察庁の詐欺事件のお調べの際には調書に出ておらないかどうか。その点をひとつ聞きたい。
○内海政府委員 お答え申し上げます。私ども調書をよくは調べておりませんけれども、特に安保の問題にことさら触れていろいろ話があったというふうなことは、出てないようでございます。

229凡人:2019/06/27(木) 21:12:01 ID:aa/QkHo60
○畑委員 警察関係は忙しいようだから、ぼくに関する限りはこれでよろしい。
 そこで、あとはひとつ文部省当局にお聞きしたいのです。新聞のいろいろ報ずるところによると、またさらに私が新聞外でも二、三の人から聞いたところによりますと、高崎経済大学は、もちろん高崎市の市立の大学だ。市立の大学はそうあまりないようでありますけれども、なかなかいい成績をあげているところもあるが、この高崎経済大学は、いままで問題が多かったように聞いております。かつて新聞に二、三年前にも出ましたけれども、市立大学というような関係から、市長はじめ市のいろいろな有力者等からいろいろ頼まれて、裏口入学等の問題がたくさん出た。そして大学の設置基準にも非常に違反をしておる。定員は一学年二百人、四学年で八百人ぐらいが設置基準だそうでありますが、それが三倍にも四倍にもふくれて、たくさん入学を許しておる。いわゆる裏口入学というものが非常に多かったので、学生の純真な正義感を呼び起こして、これが当初の高崎経済大学の紛争のもとになったということは御承知のことと思うのでありますけれども、その当時の紛争は、結局学生の大量処分、あるいは刑事問題としての起訴、裁判というようなことで、退学になりあるいはそのほかの処分を受けた人が相当おったようであります。しかもまた、大学の教授会でもいろいろ問題になり、結局教授の人たちも、そのうち八人くらいはとうとう大学を去る、こういう結果になって、教育の府、研究の府としての大学に最もふさわしくないあり方をしてきた大学だという印象を私は持っておったのでありますが、それがそういう形で一応終息をした。いわゆる大学紛争としてはおそらくいまの大学紛争のはしりであり、しかもいまの一般的な大学紛争とちょっと変わった、市長をはじめ学長等の方針でむしろ逆にゆがめられたような学校経営であったというようなことから紛争が巻き起こって、それが弾圧をされて、それで一応解決したという形になったものだそうでありますが、今回の新聞の報道にも明らかなように、学生たちがまたこの問題を非常に重視して、第二の新しい大学紛争の目になりつつある。こういうふうに聞いておるわけであります。三潴学長は、かって私たちも東大で教わりました三潴さんという教授がおりましたけれども、おそらくその御子息さんではなかろうかと思うのでありますが、非常に右翼的な考えの持ち主である。西暦という年号を使わずに、あえて紀元という年号を使う。あるいは日本帝国憲法はいまだに生きておるのだ、こういうようなことを学生たちに話をするといったような式の、まことにどうもおそれ入った学長であるようでありますが、これが結局市当局の意向を受けて、いろいろそうした方向での教育をしておるようであります。それが高じて、はしなくも新聞ですっぱ抜かれるようなことがあって、世間の注目を引いたということになっておるようであります。
 ところで、文部省当局といたしましては、かつて紛争があったわけでありますけれども、その当時どういうことで指導、助言し、一応問題が解決するようになったか、この設置基準はどういうふうになっておるのか、こういう点について、まず最初にお聞きいたしたいと思います。
○村山(松)政府委員 高崎経済大学は、御指摘のように高崎市の設立にかかるいわゆる公立大学でございます。設置認可は昭和三十二年でございまして、その後三十九年に学科を増設いたしまして、現在経済学部経済学科、経営学科の二学科を有する入学定員二百名の大学でございます。御指摘の先年の紛争と申しますのは、一つは縁故者の入学をさせたという問題、二つには著しく入学定員をこえて入学を許可して、教育が十分行なわれないという不満、その二点を中心として起こったわけでありますが、種々話し合いの結果、いずれも自粛をする、学生はとにかく勉学にいそしむということで、一応の解決を見たわけでございます。
 現在の状況は、入学定員二百名に対しまして、かなり上回って入学許可をいたしております。現在入学定員二百名でございますので、四年間の定員は八百名になりますが、それに対する学生の現在員は二千五百六名、約三倍の在籍となっております。それから教員数は、教授十四名、助教授十三名、講師四名、計三十一名でございます。大学設置基準の適用関係は入学定員で行ないますので、入学定員二百名に対する設置基準といたしましては、教官三十二名ということになりますので、一名不足、こういう状況でございます。
 今回の問題もございまして、高崎経済大学に実情を問い合わしておりますが、ほぼ新聞に出たような事実があったようでございます。

230凡人:2019/06/27(木) 21:13:11 ID:aa/QkHo60
○畑委員 いまのお答えによっても明らかでありますけれども、そうした事件があって、文部省からの指導もあって、それでようやくにしていま言った設置基準を、しかも八百人のところが二千六百人もいまでもいる、こういう形で設置基準に非常に反している。定員二百名で計算した場合に、専任教師が合計で三十二名おるべきところが三十一名、こういうことで、その定員から計算した教師でも大体一ぱい一ぱいというところで、現在はその三倍も生徒がいるということだから、教師も三分の一しかいないということになると思うのです。こういう環境では、十分な教育も研究もできないと思うのです。設置基準というものがあるのでありますから、一番最初よりもだいぶ緩和――五倍も六倍もあったものがようやく三倍ぐらいになってきたということで、徐々に定員に比べての実際の入学許可の人数も一時よりは減ってはきているけれども、まだまだ三倍も採っている、こういうことになるわけです。こういうことでは、とうてい十分な教育はできないと思うのでありますが、しかもいろいろ新聞の報ずるところによりますると、むしろ私立大学よりも学費が高い、かかりが高い、こういうような話でございます。公立の学校としての本来のあるべき姿とえらい差があると思うのでありまして、これは市当局の方針等からも出ておると思うのです。話によりますと、市長も四選の市長であって、なかなかがんこおやじで、独裁者的な人だそうであります。二瀦学長やあるいは暴力団等もほめておるような、そんな市長だそうでありますけれども、これは非常に問題が多いと思うのです。このままで見過ごしたら、学生がかわいそうだと思うのです。そういう点で、文部省としては、今度の事件も起きたし、そこでいろいろ聞いてみると、大体新聞に報ずるとおりだというふうな御答弁がございましたが、先ほど警察側に聞いた結果は、結局はわからなかったが、新年会に出席をした学長に対して、安保のときはよろしくと言ったというようなことが、言ったか言わないかという点で、新聞でも食い違いが――本人は否定しておるようでありますが、どうもこういう学長では、そういうことでお互いに話をしないとは保証ができない。そういう点で、文部省のほうとして、今後この問題をどうするつもりでおるか、方針などを承りたい。著しく指導、助言をしても聞き入れないという場合には、当然それに対する処置があってしかるべきだと思うのでありますが、その点をひとつ文部省当局では今後どう処置するつもりかという点についてお尋ねをいたしたい。
○村山(松)政府委員 文部省といたしましては、公立大学に相対します関係は、所轄庁といたしまして、基準に適合した教育が行なわれるかどうかにつきまして、必要な指導、助言を行なうわけでございます。その意味におきまして、高崎経済大学の場合には、学生数につきましても一ころよりは減っておるとはいえ、現在でもなお入学定員よりふえておるのが実情でございます。そこで基準を比べますと、教員数につきましては定員一ぱい一ぱいでありますけれども、施設面から見ますると、あの学校は先年新築をいたしまして、基準に対しまして二倍以上の校舎面積を持っております。そこで、将来の問題としては、学生数とそれから学生の定員と校舎と教員数とバランスをとればよろしいわけでございまして、その方角で指導、助言をしてまいりたい、かように思います。
 それから学長の言動等につきましては、これは先ほど照会したところほぼ新聞に出ておったような事実と申し上げましたのは、おっしゃったことの中身まで確認したわけではございませんので、いわば正月にプライベートに会合に出たところ、暴力団関係の者もおった、そこに出ておったことは事実のようだ、こういうことを確かめ得たわけでございます。言動その他を含めまして学長の服務関係は、これは設置者でありますところの高崎市において処置すべき問題でございますので、学長としての逸脱があれば、市当局において善処せられることを期待しておるわけであります。

231凡人:2019/06/27(木) 21:14:45 ID:aa/QkHo60
○畑委員 いま大学も増築を急いでおって、それが完成すると、それだけ建物が倍にもなる。そこで今度は教師をふやすというようなことでやれば、大体設置基準に合うようになるであろう、そういうふうに指導しておる、こういうことであります。しかし、それをやはり急いでやらせなければならぬと思う。そのほかにやはり問題があるのは、教師等について思想選別等を非常にやっておるようであります。学長自身がそういった思想の持ち主であるし、また市長自身がそういった性格の人でもありまするので、やはりそのお気に入りの人でなければだめだというようなことで、いろいろ思想選別等もする。したがって、いい教師が、骨のある教師がだんだん去ってしまう、こういうような傾向だということで、私一部の人にも聞いたのでありますが、将来が非常に心配される、こういうようなことであります。教授会の自治そのものが、一般の大学ではいまいろいろ問題になっております。ところが、この大学では、教授会の自治そのものがあまりないようだ。と同時に、学生たちの自治活動というものが非常に圧殺をされておる。そして何かちょっとあると、すぐ処分の対象になる。一々すべてのことが届け出制でなくて、許可制だ。いろいろ事前検閲の規定があるようでありまして、大学そのものが非常に古い。いまどきちょっとないような形の大学のようでありまして、この点がひとつ大いに心配をされるところであります。そういう点につきましても、直接文部省としてはそういう点までは――いろいろ指導、助言ということになると、また支配介入阻止ということも出てくるでありましょうけれども、そういった問題も、こういう学長のもとにおいてはどうしてもそういうふうになりがちであります。そうすると、結局ゲバ棒にも発展しかねない、無理解な学長あるいは幹部だと、そういったことになるおそれがあるわけでありまして、この点、ひとつどういうふうに指導、助言をするのか、できるのか、その辺を最後にお聞きしたい。
○村山(松)政府委員 大学の教育内容面、あるいは教育内容に関する指導方針等に関しましても、これはまさに大学が自主的に判断して行なうべき中核的な事項であります。もっとも、外面的なワクといたしましては、やはり大学設置基準で大学で最小限度授業すべき科目、単位、それから卒業要件としてどれだけのものを履修すべきかという諸要領、こういうものは定めております。したがいまして、そういう外面的条件を満たすかどうかにつきましては、文部省といたしまして、もし違反しておれば是正すべく指導、助言をいたします。しかし、そのワク内における教育の指導方針等につきましては、大学が自主的に行なうたてまえでございまして、文部省としては明らかに外面的な基準に反しない限りは、これの是正を求めるような意味合いの指導、助言はむずかしゅうございます。ただ、学生の自治活動にいたしましても、あるいは教育の運営面につきましても、いろいろな会議あるいは研究集会、そういう機会もございますので、そういう一般的な機会を通じまして、国が逸脱のないように指導してまいりたい、かように思います。

232凡人:2019/06/27(木) 21:18:48 ID:aa/QkHo60
「高橋一郎という暴力団松葉会の支部長が自分の女に経営させておる「田舎」という料亭があるそうでありますが、その「田舎」という料亭も学長が私的の会合にときどき使っておる事実がある」

○畑委員 支配介入にならない範囲でひとつ指導、助言を強めていただきたいと思います。この学長は、実はいまの新年会での料亭での問題がありましたが、そのほかにも、どうも私の調査によりますると、高橋一郎という暴力団松葉会の支部長が自分の女に経営させておる「田舎」という料亭があるそうでありますが、その「田舎」という料亭も学長が私的の会合にときどき使っておる事実がある、こういうような話も聞いております。事実でなければよろしいのでありますけれども、そういうことを私どものほうで聞いておりますので、そうなると、どうもこの一回の新年会の出席だけではなさそうだ。相当腐れ縁がありそうだ。しかも大学の学長がそういうことでは、私はけしからぬことと思う。いま暴力団狩りを一生懸命法務当局あるいは警察当局等でやっておるさなかでありますが、私、この点非常にショックであったのであります。
 そこで、最後に法務大臣にお尋ねいたします。そういった暴力団関係等についての一般司法行政、司法関係をつかさどっておられる法務大臣は、この問題についてどういう感懐を持っておられるか、最後にお聞きして、私の質問を終わりたいと思います。
○西郷国務大臣 まことに遺憾しごくに存じます。

(終わり)

233凡人:2019/06/27(木) 21:40:40 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・たかけい学報にみる高崎経済大学のクオリティ?

たかけい学報とは大学側が作る情報誌である。その第100号 創刊50周年記念の最新号をみよ。
https://www.tcue.ac.jp/files/leafpage/leafpage-2-1-1.pdf

その記念号の第一ページには、その創刊号にあった三潴信吾氏の学長就任にあたってと題しての挨拶文、その全文をそのまま載せている。

234凡人:2019/06/27(木) 22:07:41 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学
以下の事実は何を語るのだろうか。

第061回国会 法務委員会 第19号
昭和四十四年(1969年)六月六日(金曜日)



『たかけい学報』は、創刊50周年、第100号を迎えることができました。1969年(昭和44年)に『高崎経済大学 学報』として創刊され、これまでの長きに渡り、本学の卒業生、保護者、教職員、地域の皆様、そして在校生など多くの方々にご支援いただきました。云々・・・・・広報室長(地域政策学部教授)櫻井常矢

235凡人:2019/06/27(木) 22:25:45 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは

八木秀次氏
高崎経済大学専任講師・同大学助教授・同大学教授(2006年)。2014年から麗澤大学教授。(Wiki)

学者とは名ばかりで、全く右翼プロパガンダにすぎない人物(事実を都合よく曲解して、右翼思想をプロモートしている人物)が
専任講師・助教授を経て教授になれてしまう大学である。

236凡人:2019/07/02(火) 09:35:43 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

>>89
89: 凡人 :2017/09/27(水) 07:22:21 ID:R.OzoZ.k0
高経大の学生部長時代に今の高経大応援団の元を築き、高崎経済大学学長となった時に、国会法務委員会で暴力団の幹部との交流が問題にされる。「非常に右翼的な考えの持ち主である。西暦という年号を使わずに、あえて紀元という年号を使う。あるいは日本帝国憲法はいまだに生きておるのだ」。そんな高崎経済大学学長の三潴信吾氏とはどんな人物か?面白い記事をネットで見つけたので紹介する。

三潴信吾「日本憲法論要論」(洋販社,1986年)。
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この本が旧字で書かれていること、何より本を開いて一番最初の序文を書いているのはなんと「岸信介」というあたりを紹介すれば、普通の人でもわかってもらえるだろうと思う。巻末には「天照大神の天孫降臨の神勅」だの「教育勅語」だのが資料として掲載されている(そのくせ日本国憲法は掲載せず)。Karu356(2015/6/5) https://plus.google.com/108678441385523871015/posts/Smic2KZAy7X
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三潴信吾氏は、『現行占領憲法』は「憲法」ではないとされ、「有効ならしむべき何等の筋合も無い」と断じているのである。そして、「一日も速やかにわが国家伝統に立脚した憲法を回復しなければならない」と論じてゐる。即ちこの文章は、『現行占領憲法』無効、『大日本帝国憲法』回復を論じているのである。四宮 正貴 2015年4月19日 http://shinomiya-m.txt-nifty.com/diary/2015/04/post-0254.html

237凡人:2019/07/02(火) 17:09:12 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

高崎経済大学元学長(7期14年間) 石井學 - 広島県出身、名誉教授(銀行論)(明大卒と記憶している-凡人)

言い換えれば、創立以後50年に満たない大学なのに、同一人物が14年間も学長をやっていた大学。

238凡人:2019/07/02(火) 17:31:21 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

この記事はつまり、教授会ですら自治がままならない大学と指摘している。優秀な教授たちは辞める一方、思想選考によって高崎経済大学の職につく教員たちは大学を機能させるには能力的に不適格な人材なのだろう。まるで内部抗争を繰り返して止まないやくざや右翼暴力団組織を彷彿させる。
*****
■ 高崎市長法人化を検討 ■
(2007年5月10日 読売新聞)

 高崎市の松浦幸雄市長は、9日の定例記者会見で、学生の自殺や学長の授業数不足などの問題が起きている市立高崎経済大(木暮至学長)について、「旧態依然とした教授会で運営している。そろそろ、法人化しなければならない」と述べ、地方独立行政法人法に基づく「公立大学法人」への移行を含めた改革を検討する考えを明らかにした。

 松浦市長は、問題の背景に、教授会の閉鎖的な体質や、学長選での内部対立があるとの見方を示した上で、「大学の自治を尊重し、口を挟んでこなかったが、あまりもめるようだと(設置者として)何か言わなければならない」と話した。

 国立大学は2004年に一斉に独立行政法人に移行したが、公立大学を法人化するか否かは設置者である地方公共団体の判断に委ねられている。法人化には、効率性や透明性の向上に効果があるとされる。

239凡人:2019/07/03(水) 11:58:04 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

元高崎経済大学学生・星野文昭さんが亡くなられたことを伝える記事を読んで。

チェゲバラの人生をご存知ですか。彼の手記をもとにして、ハリウッドの映画にもなっています。私はそれで名前は聴いてはいたものの、彼の生い立ちを知りました。それがきっかけとなっていろいら記事を読んでいます。凡人はマルキストではありません。芸術家として自由をこよなく愛するがゆえに、その自由を制限する共産主義は好みません。そもそも反共のアメリカにいるのも、そうしたことが無意識に働いているのでしょうか。余談ですが、論理を無視し、腕力や脅しを武器に日本の街を闊歩している暴力団ややくざはそれより大嫌いです、笑。だけれどもイケメンで医学生のチェゲバラがマルキストに傾倒していった前半の人生は心に響きます。当時、若い彼の心を痛める社会の不合理や貧困の存在、彼の理想、その正義観は人間としてとても共感できます。

星野文昭さんを知ったのは大学入学と同時です。当時彼はすでに獄中で、彼の冤罪要求活動が学内で活発でした。立て看板もありました。不思議にも応援団や体育会がまったく無視するなかで、同じ高崎経済大学学生だったとして無視するなんてできませんでした。同じ元同級生が冤罪で獄中生活を余儀なくされている可能性があるのに、それに関心がないなんておかしいではないでしょうか。

もし彼がこの醜い大学に入学さえしなければ、彼の人生は多分違った物になったであろうと推測します。彼は高校で生徒会長つとめていることから分かると思いますが、多分高経大の名を高める活躍を社会に出てもできる人物と解します。それに比べたら応援団や体育会の連中の出身高校での経歴はなにも特筆するものがないでしょう。なにも高経大の応援団や体育会に偏見があるわけではありません。その実、凡人は中体連の市大会で個人と団体で優勝経験があるほと部活に熱中した人間です。話を戻すが、そんな彼がこの高崎経済大学に入学して、そこで知った高崎経済大学側の横暴の数々。学問の最高学府とか戦後生まれた新制公立大学とは名ばかりです。もしあなたが大学入試を受けて合格証書を受け取り、入学金や授業料を払って入学し、将来に希望をもって、晴れて高崎経済大学の学生になったにも関わらず、当時不正入学が公然と目の前で行われていた事実を知らされたのなら、憤りを感じませんか?星野文昭さんはそんな学生の一人でした。彼はのちに学生自治会の委員長になり、高経大民主化の運動の矛先になって学生をリードするまでになったのです。ドキュメンタリー映画「圧殺の森」にも彼の姿が少ないですが出てきます。
1-4

240凡人:2019/07/03(水) 12:04:44 ID:aa/QkHo60
「高崎経済大学には小川プロのドキュメンタリー映画「圧殺の森」に描かれているように暗い歴史があります。不正入学阻止闘争(1965年4月)や私学化阻止闘争(1965年8月〜9月)、聴講生本科編入問題(1965年末〜1966年初)といった、高崎市・大学当局と学生との衝突、その紛糾の歴史です。その後は安保問題も絡み、全国のいろいろな大学同様に学生運動が激化していきました。そのなかでは、後援会も標的になりました。おそらくはその支出に疑問が持たれたのか、学生たちが入学時における後援会費一括徴収に反対しました。」(https://www.himekuri.net/d38/yanooffice/20059/9.html

そんな彼がいつマルキストの活動家を目指すようになったのかは知りません。ただわかることは、そうした高経大での大学側との闘争を通じて、彼のマルキストへの人生が強固されたのは疑う余地がありません。彼がマルキストの革命家かそうでないかよりも、国家の犯罪/警察・検察側のデッチ上げにより罪なき者が刑を受ける事件は無視できません。いつこの身に起こるかもわかりません。過去にたくさん起こった他の冤罪事件と同様に、冤罪の臭いが強くする刑事犯罪で、高崎経済大学元学生(大学側が除籍)が終身刑で獄中生活を余儀なくされていることには当時としても、とても悲しく思いました。真理や事実が最後に勝つ世の中であってほしいと信じたかったのです。ご冥福をお祈りいたします。
*****
星野文昭さんを追悼する
発行日: 2019年6月27日 第3047号 弾圧との闘い
週刊『前進』02頁(3047号02面02)(2019/06/27)

(写真 文昭さんの出棺を全国から集まった大勢の葬儀参列者が見送り、別れを惜しんだ【6月8日 東京都杉並区・光明院】)
(写真 星野文昭同志の絶筆 「アフガン、山の学校で学ぶ」【2019年5月】)

 星野文昭さんの逝去に際し、全国・全世界から続々と追悼のメッセージが寄せられています。一部を紹介します。(編集局)
2-4

241凡人:2019/07/03(水) 12:07:30 ID:aa/QkHo60
権力の悪暴く闘い進める
 元参議院副議長/弁護士 角田義一さん
 星野文昭氏の訃報(ふほう)に接し、深い悲しみと非道な国家権力に対し、強い憤りを覚えます。同君の信念を貫いて、闘い抜いた生きざまに、あらためて強い感動と心からなる敬意を表します。
 暁子夫人には、お慰めの言葉もございません。ともに闘った夫婦愛に、あらためて深い感銘を受けております。
 同君のご冥福を心からお祈り申しあげると同時に、星野君を支えていただいた同志と語らい、星野君の遺志を引き継ぐと同時に、国家権力の悪を暴く闘いをともに進めたいと思います。

団結して戦線を拡大する
 元参議院法務委員会筆頭理事 小森龍邦さん
 謹んで星野文昭さんの死を悼み、日本の平和と人権のことについてあらためて決意を固めました。
 安倍自民党政権の検察権力の横暴を糾弾しなければなりません。
 星野文昭さんの闘われた沖縄の問題は、「核抜き本土並み」と言った自民党政権の欺瞞(ぎまん)を暴露し、アジア、世界の平和のための動きでありました。文昭さんは、暁子さんの愛を胸に抱き、われわれが闘いを継続し、成功に導くことを信じて旅立ちました。
 文昭さんの思想は、生きてますます日本国民の間に広がることと思います。文昭さんの霊前に、われわれは団結して戦線を拡大し、必ず勝利の道を切りひらいていくことをお誓いします。
 どうぞ安らかにお眠りください。
 文昭さん、それではさよなら、敬意を込めて合掌します。
3-4

242凡人:2019/07/03(水) 12:10:21 ID:aa/QkHo60
戦って君の無罪かちとる
 高崎経済大学OB 秋葉秀雄さん
 5月30日の夜、ベランダにおり、「神がいるなら神に祈ろう、仏がいるなら仏に拝もう」と夜空をあおぎ星野文昭君の回復を願った。しかし23時13分に君が死んだとメールが入る。
 君とは大学時代は短い時間であったがスポーツをして楽しんだ。46年間、音信不通であったが3年前、仙台市の絵画展で「姿なき再会」となった。君は獄中に41年間いたんだね。
 君は学生運動家から獄中でマルキストとなり革命家となった。君はすごい人間だよ。獄中で暁子さんと恋をして夫婦となった。誰にも負けない素晴らしい夫婦だと思う。
 私は暁子さんや星野修三さんや星野誉夫さん、そして君を支援する多くの仲間と一緒になってこれからも戦うよ。
 君はそちらの彼岸で待っててくれ。私は君の無罪を勝ち取ってから行くから。

あなたの生き方引き継ぐ
 杉並区議会議員 洞口朋子さん
 星野文昭さんの容体が急変した日の夜、東京は雨だった。全国の仲間が文昭さんのことを想い、祈りながら過ごしていたと思う。
 文昭さんが亡くなった日の夜は、悲しみと悔しさとともに国家権力への怒りがこみあげて眠れなかった。
 翌日、杉並区議会の一般質問で星野さんの再審闘争について訴えた。星野さんが獄死したこと、44年間無実を訴え闘い続けたこと、法務省・徳島刑務所・四国地方更生保護委員会によるがん隠し、命を軽んじる非人間的な対応は断じて許せない、暁子さんとともに再審闘争を闘っていくと訴えた。とても緊張したけれど、「文昭さんに届くように」と思いながら発言した。その模様は杉並区議会のホームページで生中継され、傍聴に来れない多くの区民が見ていたそうだ。  6月1日、文昭さんのご遺体に会いに行った。文昭さんはとても穏やかで清らかな顔をしていた。暁子さんは「文昭よくがんばったよね。44年だよ」と微笑んでいた。棺(ひつぎ)越しだが、2人が並んだ姿を見て、涙が止まらなかった。
 文昭さんが貫いた生き方、生きられなかった未来を私たちが引き継ごう。暁子さんとともに、全国・全世界の仲間とともに、再審無罪をかちとろう。文昭さんが目指した「基地のない沖縄」「搾取や抑圧のない社会」「人間が人間らしく生きられる社会」を実現しよう。文昭さんはずっと私たちの中に生き続けます。
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星野文昭さんの命を奪った法務省・国家権力弾劾
7・5法務省包囲デモ
 7月5日(金)
 正午 日比谷公園霞門集合
 午後0時30分 デモ出発

7・6全国再審連絡会議総会
 7月6日(土) 午前10時〜午後4時
 すみだ生涯学習センター・ドーム(墨田区東向島2―38―7)

7・26星野文昭さん追悼、獄死・国家犯罪を許すな全国集会
 7月26日(金) 午後6時
 杉並公会堂(杉並区上荻1丁目23―15)
 ○主催/星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議

http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2019/06/f30470202.html
4-4

243凡人:2019/07/09(火) 09:59:31 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

分かりやすいように、他大学と比較していままでの話を中間的にまとめてみた。これを起稿したのはサンタモニカで、プリンストン大学の現役女子学生とたまたま出会い、話した数日後です。それに刺激を受けて両大学を比較してみた。高経大はよい大学と全く対照的なので面白い。

プリンストン大学/カリフォルニア工科大学(カルテック)VS 高経大との違い
世界ランクでトップ10大学 VS 良くて日本における限りなく底辺大学/悪くて短大・高校レベル・滑り止め大学。

アルバート・アインシュタイン崇拝 ノーベル賞受賞者、その他。頭脳の巨人  VS 三潴信吾崇拝。「天照大神の天孫降臨の神勅」「教育勅語」が日本国憲法より大切。

真理尊重(勉強好き、毎年多数が卒業後進学) VS 虚偽/カルト信仰(勉強嫌い、大学院に進学するのはたった数人)。
将来ビジョン VS 過去の遺物崇拝、将来見えず。
人権擁護 VS 人権の大切さが見えない。

立憲デモクラシー擁護 VS 廃棄された大日本帝国憲法崇拝/現行日本国憲法無視・改憲運動
世界の知識人/文化人が支持 VS 日本のやくざ・暴力団が支持
人類の進歩を目指す VS 天皇・血統・応援団崇拝・特権による私利私欲が根底(三潴信吾は天皇に進講した筧克彦の娘婿)に見え隠れする。

1-2

244凡人:2019/07/09(火) 10:18:26 ID:aa/QkHo60
数日前に仕事で、プリンストン大学の女子学生と話す機会があった。名前は忘れてしまったが、アメリカ生まれ育ち、生粋のアメリカ人。多分ユダヤ系ではないかと思う。UCLAの女子学生でもそうだが、ユダヤ系の学生は凡人の話にも気軽に耳を傾ける好奇心を持ち、勉強や学問への情熱や熱心さが凡人に伝わってくる。彼女もそんな面を見せたからだ。これはただの凡人の偏見であろう。物理学専攻である。彼女は大学の夏休みを利用してパサデナにあるカルテック大学の夏プログラムに参加して興味ある宇宙、特に火星への勉強を今しているとのこと。参加するため東海岸から来ていた。カルテックは、同じくパサデナにあるNASAの有名なJPL(ジェット・プロパルション・ラブ)に深くかかわっている。そことの連携プログラムであろう。いまカルテック大学寮に住んでいる。プリンストン大学はニュージャージー州ですねと念を押したら驚いた様子で、ほとんどの人は知らないらしい。夏休みを利用してのプログラムが終わったら、プリンストン大学に戻ると言っていた。このカルテック大学とプリンストン大学はアインシュタインと関係が深い。ドイツのナチスから逃れ、カルテックは夏を過ごした場所である。凡人が話をしたフレンチ・カナディアンのカルテックの院生から聞いたところによると、カルテックはアインシュタインに職を与えなたっかために、プリンストン大に移ったと話してくれた。そのことはカルテック大学にとっての最大の後悔らしい。このプリンストン大生にとってはそうした経緯は初耳らしい。彼女の話によると、プリンストン大学にはアインシュタインの手によるE = mc2の黒板書きがそのまま保存されているそうである。プリンストン大学にあるアインシュタイン専用の教員用事務室は病院に運ばれて以来そのまんまの状態で保存されているのは記事で、写真とともに知っている。

<<参考>>
https://jamesclear.com/albert-einstein-desk

タイムズ世界大学ランキング2019 - TOP10校
THE世界大学ランキングTOP100【2019】
https://hotnews8.net/society/THE-world-university-rankings2019
1 オックスフォード大学 UK
2 ケンブリッジ大学 UK
3 スタンフォード大学 USA
4 マサチューセッツ工科大学(MIT) USA
*5 カリフォルニア工科大学 USA
6 ハーバード大学 USA
*7 プリンストン大学 USA
8 イェール大学 USA
9 インペリアル・カレッジ・ロンドン UK
10 シカゴ大学 USA

245凡人:2019/07/11(木) 12:16:12 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

高崎経済大学の学生はまさしく、安倍晋三氏や三潴信吾氏が日本の若者たちに求める理想的日本人像の鏡である。大笑

「日本という国は、特権階級が楽しく幸せに暮らせるように凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立ってる。特権階級の人たちがあなたたちに何を望んでるか知ってる?
 https://twitter.com/LoudminorityJP/status/1148581535827681280

246凡人:2019/07/13(土) 12:48:38 ID:aa/QkHo60
生長の家と高崎経済大学の関係?

憲法学者・三潴信吾先生への追悼文を書かせて頂きました。
三潴信吾先生をお偲びして

四宮政治文化研究所代表 四宮正貴

三潴信吾先生のご高名は『生長の家』の機関誌などで高校時代から存じ上げてをりました。また、その後、色々な會合で先生のお姿を拝し、お話をうかがふ機會もございましたが、親しくご指導を頂けるやうになりましたのは、『薫風會』の會合に小生が出席させて頂くやうになってからでございます。そして『憲法懇話會』へのお誘ひを頂き、憲法論・國體論などについてご指導を頂き、ご講義を拝聴するやうになりました。
先生の國體論・憲法論には汲めども尽きぬ深いものがございました。先生が常に「本立ちて道生ず」と仰ってをられました通り、現代日本の混迷の根本原因を正す為には、日本國體の真の姿を回復する以外に道はありません。今こそ、正しき國體論・憲法論によって國家を救済しなければならない時なのであります。その意味で、三潴信吾先生のご逝去は文字通り國家的損失であります。
 最後にお目にかかったのは、昨年十一月二十九日に神田學士會館で行はれた『憲法懇話會』でございました。終了後、學士會館の玄関前でタクシーに乗られる先生をお見送りしたのが、先生のお姿を拝する最後となりました。
 三潴先生は、今年一月六日に逝去されたと承ってをります。昨年十二月の末かあるひは今年の一月になってからか、記憶が定かではないのですが、三潴先生よりお電話を頂きました。ご用件は、一月十七日に横浜で行はれる予定になってゐた『わが師 谷口雅春先生を語る講演シリーズ』といふ會合での小生の講演を聞きに行きたい、といふことでございました。まことに有難いお言葉でございました。このお電話が先生との永久のお別れとなりました。このお電話のことは、一生忘れることはできないでせう。
 三潴先生は、小生のやうな若輩者に対して『先生』といふ敬称を付けてお呼び下さり、また、小生が発表した文章などに対して常にお褒めの言葉を頂きました。それはまさに身に余る光栄でありました。三潴先生のご期待どれだけお応へすることが出来たかと思ふと申し訳ない気持で一杯です。
 三潴先生の御冥福を祈らせて頂きますと共に、今後とも天界から小生をお導き下さいますやう心からお願い申上げる次第でございます。

愛國の憲法論を説きつづけ命燃え尽きし大人の面影
上野山夕暮れ時にのぼり来てみはふりの庭に立つが悲しき

247凡人:2019/07/13(土) 13:11:02 ID:aa/QkHo60
日本会議の前身団体のひとつ
「日本を守る国民会議」と高崎経済大学の関係?

「日本を守る国民会議」の呼びかけ人、発起人一覧。
http://poligion.wpblog.jp/archives/3879

日本会議の前身団体のひとつ「日本を守る国民会議」の呼びかけ人・発起人の名簿。『「政治」の風景』(すずさわ書店)より。これによると取材・執筆を担当した朝日新聞東京本社社会部が、国民会議の昭和56年10月当時の(国民会議の発足は昭和56年10月27日)の資料から作成したとのこと。

発起人の欄に名を連ねている。
三潴信吾信吾(高崎経済大学教授)

248凡人:2019/07/13(土) 16:29:55 ID:aa/QkHo60
教育勅語とは?

高崎経済大学の現体制を作り、完成させた人物、生長の家や日本会議と深い関係があった故三潴信吾高崎経済大学元学長の愛して止まない教育勅語とは何かを探ってみました。

高橋源一郎氏による口語現代訳(かなり砕けた日本語表現になっているが、言葉の意を深く汲んで原文にかなり近い。他の訳文では国民を形容する「天皇家の臣下」という言葉が意図的に削除されている。)

「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね

きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです

その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと

そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません

もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください

というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです

いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです

そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇」

訳者後記
たとえば、「朕惟フ」と言うと、ふつう「私は思う」と訳す。もちろん間違っていない。でも、なんか違う。「朕」を使えるのは、天皇ただひとり。同時代で、「朕惟フ」を読んだ人は、「私は思う」とは受けとらなかったんじゃないかな。正確だけれど「正しくない」訳、そんな気がする。

以上ソースhttps://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/what-is-mizuhonokuni20
1-2

249凡人:2019/07/13(土) 16:33:02 ID:aa/QkHo60
「教育勅語は、正式には教育ニ関スル勅語といいます。明治天皇の命により、井上毅(いのうえこわし)と元田永孚(もとだながざね)が文章の起案に当りました。起案者の中心となった井上毅は、フランスに留学した経験から、教育勅語が思想や宗教の自由を侵さないようにすることを重視したと伝えられています。当時の大日本帝国憲法(明治憲法)では「凡(すべ)テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅(しょうちょく)ハ国務大臣ノ副署(ふくしょ)ヲ要ス」と定められていましたが、教育勅語は明治天皇ご自身が国民に親しく語られるお言葉であり、国務に関する詔勅に該当しないものとして、国務大臣の副署を付けない勅語として発布されました。

教育勅語は、明治23年(1890年)10月30日に発布されて以来、学校などで50年以上の間、四大節(しだいせつ)の式典に朗読されてきました。また、各学年の修身(しゅうしん)の教科書の最初のページに掲載されていました。

昭和20年(1945年)8月の敗戦後、日本を占領した連合国軍の最高司令官総司令部(GHQ)は、教育勅語の朗読と神聖的な取りあつかいを禁止しました。ついで占領下の日本の国会では、昭和23年(1948年)6月19日に衆議院が「教育勅語等排除に関する決議」を、参議院が「教育勅語等の失効確認に関する決議」を決議し、それに代わるものとして、教育基本法が制定されました。」

教育基本法の第二条には、次のように日本での教育の目標がうたわれています。
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 <ことば豆辞典> その二
【井上 毅】 1844〜1895。熊本藩士。明治政府の司法省に出仕。フランスに留学。国学にも通じ、伊藤博文と共に大日本帝国憲法や皇室典範、教育勅語の起草に参加し、のちに文部大臣となる。
【元田永孚】 1818〜1891。熊本藩士。儒学者。明治政府の宮内省に出仕。宮中顧問官となり、教育勅語の起草に参加。
【詔 勅】 天皇が意思を表示する文書。詔書(しょうしょ)と勅書(ちょくしょ)と勅語がある。

【副 署】 明治憲法下で、天皇の文書的行為の場合、それを助ける任にある者が天皇の名に添えて行う署名。
【四大節】 1945年まで行なわれた四つの祝日。四方拝(しほうはい・一月一日)・紀元節(きげんせつ・今の建国記念の日)・天長節(てんちょうせつ・今の天皇誕生日)・明治節(めいじせつ・明治天皇の誕生日、今の文化の日)。
【修 身】 道徳を実行し徳性をみがくことを目的にした旧制の学校の教科目。第2次大戦後廃止。

ソースhttp://chusan.info/kobore8/4132chokugo.htm
2-2

250凡人:2019/07/13(土) 16:57:15 ID:aa/QkHo60
日本人の鏡であり、しかも学生たちの代表である高崎経済大学直属応援団員のお言葉を拝聴しましょう。これはたかけい学報に載ってあるものをそのまま転載(もちろん無許可)。応援団になった理由は就職がいいからと書いています。正直でよろしい。今までに学ランを着た女子応援団員は皆無。先例がない上に、雇用や賃金で男女不平等の現状なんかは知らなくても、またそれに悩まなくて良いのです。教育勅語にとてもかなっていて、とてもよくできた文章になっています。高経大の先生から2重丸や花丸がもらえることでしょう。まあ冗談はさて置き、良いところに就職できることを祈ります。凡人は女子に甘いです。笑

平井 聖奈 さん 応援団
経営学科 2年生

応援団女子になった2つの理由
 理由は2つあります。1つ目は、今までに女性団員がいないという話を聞いて「パイオニアになりたい」と思ったからです。2つ目は、卒団された先輩方から「就活で役に立つ」と聞いたからです。入団時の私は、目立つことと就活に使えることだけを考えていたようです。応援団そのものに興味はなかったのです。

初めての夏合宿の想い出
 私は中学、高校で吹奏楽部に入っていて、夏はクーラーをつけながら、冬は暖房をつけながら練習をしていました。しかし、応援団の夏合宿は砂浜で朝から夕方まで練習します。汗が止まらない、日焼けをする、筋肉痛がひどすぎる。頭の中には「帰りたい」の4文字が居座っていました。ですが、同期や先輩が自分を励ましてくださったので何とか合宿を乗り切ることができました。ちょうどその頃、やればできるということを学びました。
 また、体が高校生の時と比べてムキムキになりました。久しぶりに私を見た母が「背中がデカい!!」と驚いたのを今でも覚えています。

メッセージ
 団員全員が最初から応援団に興味があったわけではありません。先述したように、自分は無関心の状態で入団した人間です。それでも活動を続けるうちに一生懸命になっていくのを感じています。辛い、辞めたいと感じることは何百回、何千回とあります。しかし、それを乗り越えるたびに自分が精神的、体力的に強くなっていくのがわかります。得るものは大きいです。応援団員としての大学生活もいいと思いますよ(注)。

251凡人:2019/07/13(土) 18:16:19 ID:aa/QkHo60
改憲の役者たち―古い新聞記事。歴史の記録として転載。
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自民党が改憲「集い」計画
「つくる会」会長がパネリスト
2005年7月5日(火)「しんぶん赤旗」

 自民党新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は、七日に改憲要綱を発表したあと全国十カ所で「新憲法――国民の声を聞く集い」を計画しています。

 その一回目のパネリストに、侵略戦争を美化する歴史教科書を作成した「新しい歴史教科書をつくる会」の八木秀次会長(高崎経済大学助教授)を招いていることが同党のホームページで明らかになりました。

 「集い」は、自民党が「新憲法制定に向けた立党50年記念事業」と位置付けているもの。第一回は十五日に札幌市で開催されますが、記念講演(中曽根康弘元首相)につづく、パネルディスカッションに、八木氏や与謝野馨政調会長、舛添要一参院議員、評論家の上坂冬子氏らを登場させる予定です。

 六月の日韓首脳会談では、韓国の盧武鉉大統領が歴史教科書問題で、「自民党の中心勢力が(つくる会が作成した)扶桑社教科書の採択を支援しているのではないかとの報道もあり、深い関心を持って見ている」と発言しました。

 「つくる会」会長を招いてのパネルディスカッションは、盧大統領の懸念を裏付けるとともに、改憲勢力と侵略戦争美化勢力が一体であることを改めて示すものです。

252凡人:2019/07/13(土) 20:16:09 ID:aa/QkHo60
改憲の役者たち
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中曽根康弘元総理大臣と高崎経済大学との関係は?

1.2017、2016年に中曽根康弘元首相が塾長を務める公益財団法人青雲塾の恒例の第8と9回(少なくとも確認が取れたものだけで2回)の青雲塾・中曽根康弘賞論文選考委員長に石川弘道・高崎経済大名誉教授がなっている。
2.2007年に高崎経済大学50周年記念式典に登山家の田部井淳子氏とともに講演。中曽根氏は、「若き君たちへ、日本と世界を語る」と題し、中国との友好、協力関係の必要性や外交の重要性を語り、田部井氏は、「世界の山々をめざして」と題し、自らが登った山々などの話を基に体験することの素晴らしさを語りました。
3.1998年に高崎経済大学で行った高崎経済大学地域政策学会主催の講演と質疑応答。当時の大学長(7期14年間)は石井學(銀行論)

 第3回 平成10年度学術文化講演会
  日 時 平成10年12月14日(月)午後 2時30分〜 4時
  場 所 高崎経済大学2号館221番教室
  講 師 (財)世界平和研究所会長・元内閣総理大臣 中曽根康弘氏
  演 題 20世紀の点検と21世紀への展望
http://www1.tcue.ac.jp/home1/c-gakkai/kikanshi/ronbun2-1/nakasone.pdf

学生
2点目は、先生は、常々改憲についてお話されていると思うのですけれども、現行憲法のどのような点が今の時代にそぐわないのか、改憲するとするならば、どのような点について改正していくのがベターなのかというところ、先生のお考えをお聞かせいただければ幸いだと存じますが、よろしくお願いいたします。

中曽根
憲法の問題については、日本国憲法はマッカーサーが英語で持ってきたものを、日本語訳したものであるため日本語としても無理があり、また憲法で主権在民と謳われているにもかかわらず、マッカーサーから与えられた憲法をそのまま頂いているというのは主権在民ではない。主権在民の国民であるならば、独立したらマッカーサーの憲法をもう1回再点検して、良いところは残し、悪いところは直す。これが民主主義であり、主権在民である。「そのスタートラインに立とうではないか」そういうことで次の春の議会で、国会に憲法問題の調査の常任委員会を多分つくることになると思います。そこでどういう議論が出るか、どこを改正したらいいか、どこを守ったらいいか、そういう議論を国民の前で公開して皆に聞いてもらい、そして国民の判断を求める。そういったことを10年ぐらいかけて行うべきだと思っています。私としては前から首相公選を唱えています。それは県市町村の長は直接投票で選ばれるのですから、総理大臣も間接投票でなく国民投票で選ぶように変えたら良いと考えています。

学生
教育改革はどこが中心ですか。

中曽根
教育基本法の改正について私は賛成であり、先程申し上げたように、先生や親に自信がない、その原因は教育基本法にあります。これは昭和22年、大東亜戦争が終わり日本がアメリカの支配下にあるときにつくられたので、あの教育基本法を見ると、日本をある程度弱くしようという意図はなかったにしても、書いてあることは、民主主義とか、自由主義とか、平和主義とかということであって、民族の伝統とか、家庭とか、歴史とか、そういうものはほとんどない。また国家というものをどう考えるかという、そういう定義もないのです。この基本法はマッカーサーがそういう時に作ったものだから、韓国に持っていっても適用できるし、ブラジルへ持っていっても適用でき
る、蒸留水みたいな基本法なのです。日本人の基本法は、日本の味がした、日本の水の味がするものでなければ駄目です。そういう基本法をこれからいよいよ直す時がきたと思っています。だいたい日教組は教育基本法に日本の伝統や歴史が書いてないから、「君が代」も歌わなかったし、国旗も揚げなかった。しかし日本に生まれた以上、また世界に日本が立っていく以上は、オリンピックでも見たように、日の丸が揚がれば、みんな手を叩くし、涙ぐむのです。そういう自然的共同体というものを大事にする憲法や基本法もなければいけないと思っています。教育基本法はその基本になるものであります。

253凡人:2019/07/13(土) 20:59:13 ID:aa/QkHo60
改憲の役者たち
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中曽根康弘氏と生長の家やその他の関係?
http://poligion.wpblog.jp/archives/5147

自主憲法制定国民会議(略称、自主憲、1969年結成)の設立には生長の家の他、統一教会(国際勝共連合)や佛所護念会会の宗教団体も加わり、初代会長は岸信介、現会長は中曽根康弘。(2017年現在)/現在2019年は清原淳平氏が会長。

(1975年)5月3日の集会で配られた資料の中に、自主憲法制定国民会議の参加団体の名前が列挙されております。78団体だそうです。この中には国際勝共連合とか全貌社などというような、だれが見ても右翼団体と見られるものがたくさんあります。右翼事典の中に名前を連ねている団体が約三分の一です。

衆議院会議録情報 第075回国会 法務委員会 第19号(昭和50年5月14日)1975年
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/075/0080/07505140080019a.html

岸信介と生長の家と自主憲法制定国民会議と日本会議との関係?

「改憲運動を、岸が提唱したような現行憲法に手を加えることを目指す流れと、谷口(雅春ー生長の家)が唱えた現行憲法(占領憲法)を破棄し、明治憲法復元を目指す流れに大別した場合、前者を推し進める最大の運動体が自主憲法制定国民会議で、後者は日本会議ということになるだろう。」

254凡人:2019/07/13(土) 21:07:08 ID:aa/QkHo60
中曽根康弘元首相と従軍慰安婦問題
2018年8月の記事。
http://rapt-neo.com/?p=28575

朝日新聞の慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。

「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。
 
大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。

何かというと左翼のでっちあげとわめきたてて自分たちを正当化しようとする保守派やネトウヨのみなさんには申し訳ないが、これは捏造でも推測でもない。

中曽根元首相は自分の”手記”の中で自らこの事実を書いており、しかも、防衛省にそれを裏付ける戦時資料が存在していたのだ。そこには、部隊の隊員によるこんな文言が書かれていた。

「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」

まず、”手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。

タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。

「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」

おそらく当時、中曽根は後に慰安婦が問題になるなんてまったく想像していなかったのだろう。その重大性に気づかず、自慢話として得々と「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書いていたのだ。

ところが、それから30年たって、この記述が問題になる。2007年3月23日、中曽根が日本外国特派員協会で会見をした際、アメリカの新聞社の特派員からこの記載を追及されたのだ。

このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。

だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の”手記”のほうがデタラメということになってしまう。

だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。

いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。 

国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。

資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。

第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。

同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
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255凡人:2019/07/13(土) 21:08:30 ID:aa/QkHo60
本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。

宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。

すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。

「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる

主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」

さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。

それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。

バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。

そして2つの地図を見比べてみると、”ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。

つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。 

もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。

しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。

実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。

そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。

つまり、中曽根首相がこうした”強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。

朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。

しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。

一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。

----------------(転載ここまで)

このように、「中曽根康弘」は戦時中に「慰安婦」を集めて「慰安所」を作り、それを自慢げに記録に残したりするような人物なのです。
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256凡人:2019/07/13(土) 22:29:11 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学の母体である高崎市出身の元総理たち・中曽根康弘氏と故福田赳夫氏と生長の家との関係は?
*****
<本澤二郎の「日本の風景」(2324)
日本会議と谷口雅春・生長の家教団
2016年4月14日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52135475.html

<神道を軸にした宗教政治イデオロギー>
 安倍内閣を背後で操る日本会議は、どうやら新興宗教・生長の家教団が神社本庁と深く連携・関与して立ち上げた政治組織であることが分かってきた。生長の家という新興宗教は、むろんのこと一般人はわからない。早大中退の谷口雅春が創始者。彼は皇室の宗教である神社神道を軸に宗教政治イデオロギーを打ち立てたとされる。そうして、右翼勢力に食い込んだ。一時は自民党右翼グループと連携して、政治の分野に深く食い込んだが、現在は、一歩距離を置いた、と報じられている。人脈をたどると、中曽根康弘と谷口、谷口門下の玉置和郎・村上正邦と中曽根の深い関係を見てとれる。

<反共・反憲法の岸信介人脈>
 戦後の右翼政治の系譜は、東條内閣の商工大臣で敗戦時、A級戦犯となった岸信介と、もう一つが海軍主計中尉の中曽根康弘である。両者の間に、戦後右翼暴力団のドンといわれた児玉誉士夫が君臨してきた。児玉と同様の笹川良一は、岸人脈に接触して、その後継者と安倍はゴルフ仲間ともなっている。中国にも羽を伸ばしている。
 日本右翼の共通点は、靖国信仰・国家神道復活・改憲軍拡に特段の関心を抱いていることだが、これは神社神道を正当化(国家神道復活)するための行き着く先でもある。日本国憲法が否定する天皇制国家主義である。
 ちなみに、岸人脈は福田赳夫・安倍晋太郎・石原慎太郎・森喜朗・小泉純一郎・平沼赳夫・安倍晋三らで、森の「日本は天皇中心の神の国」という時代錯誤の宗教イデオギー論者で知られる。
 現在は、日本会議の誕生によって、岸と中曽根の二つの右翼勢力が一体化したことになる。ここが深刻な日本政治を現出させている元凶である。その政治思想は、神道信仰と谷口信仰の合体で、カルト・神がかりに特徴がある。

<「人間は神の子」と谷口イデオロギー>
 キリスト教徒なら「人間は神の子」といっても不思議はないだろうが、多くの日本人にとって「日本人は神の子」といわれてもピンとこない。むしろ不気味に映るだろうが、これこそが谷口宗教なのだ。
 神は、天皇のことであろう。「天皇は神」、「国民は神の子」は、まさに戦前の天皇制国家主義の祭政一致の政治体制を意味する。生長の家の教義は、神道を礼賛することにあるらしい。

<皇国史観>
 「天皇中心の神の国」という明治の天皇主義の観念が、谷口の皇国史観を現出することになるのであろうか。神がかりの歴史認識は、近代合理主義を前提とした客観的な史実とかみ合うことはない。
 アジア諸国との歴史認識の大きすぎる落差は、この皇国史観に発する。靖国神社の歴史館は、これに従っているといって、リベラル派の加藤紘一(元自民党幹事長)らが強く反発、指摘している。
 皇国史観を受け入れる国は、目下存在しないだろう。谷口教は、国粋主義に立った主張なのだ。

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257凡人:2019/07/13(土) 22:30:50 ID:aa/QkHo60
<「日本国憲法は日本弱体化のため」と決めつける>
 すなわち、天皇中心の神の国を否定した日本国憲法を、谷口は「日本弱体化のため」と決めつける。自民党右翼議員の認識でもある。
 生長の家が自民党右翼と連携・一体化する理由なのだ。戦後体制の破壊が、谷口イデオロギーにほかならない。

<「戦前の大日本帝国憲法に復元せよ」と叫ぶ>
 「戦前の大日本帝国憲法に復元せよ」と叫ぶ谷口の訴えに共鳴する政治グループが、今の安倍・日本会議の本音に相違ない。平和憲法を敵視する日本会議の立場ということになろうか。
 さすがに、戦後体制を正当化しているワシントンなど欧米諸国や侵略された隣国の反発を想定して、日本会議の面々は言葉を濁しているが、その正体はこの谷口イデオロギー?で露呈している。

<玉置和郎の宗教政治研究会>
 この谷口の熱心な信者が玉置和郎だった。彼は右翼系の教団の票をちらつかせて、議員の取り込みに躍起となった。
 筆者の現役時代には、なんどか国会裏手の1億円マンション内の広い玉置事務所をのぞいたものだ。元秘書の話では、事務所内の金庫には、数十万円や数百万円の札束が、いくつも積んであった。「株にも手を出して資金を集めていた」という。
 右翼の宗教票と金を武器にして、彼はとうとう大臣ポストをつかんだ。中曽根内閣である。中曽根と谷口の仲を利用したと見られた。

<村上正邦が日本会議の黒幕?>
 玉置の秘書からのし上がった政治屋が、村上正邦である。彼も谷口と中曽根の関係を利用して、ついには「参院のドン」と言われるような実力をつけた。しかし、自身の腐敗の発覚で検察に逮捕、有罪判決を受けたが、出獄するや、最近の情報では彼が力づくで「日本会議」を発足させたようだ。
 村上の配下の者が安倍ブレーンとの声も聞く。村上事務所は、玉置が活躍した1億円マンションにある。事務所内に谷口の色紙を掛けている、との報道もあった。

<中曽根康弘の陰謀>
 平和憲法破壊に執念をたぎらせた岸と中曽根である。
 二つの右翼人脈を「日本会議」で、1本に束ねた中曽根と彼の広報官のような読売のナベツネの二人三脚の実績なのか。
 両者の強みは、1%・財閥を糾合した点にある。さらに言うと、集票マシーンで知られる創価学会をからめとったことだ。改憲3分の2議席確保へとまっしぐらだ。
 既にNHKも抑え込んだ。日本国内に敵なしの布陣に驚くばかりだ。まさに、それゆえに、日本共産党が清水の舞台を飛び降りたのだろう。民主と維新は、合体して民進党を誕生させた。小沢の生活・吉田の社民も、必死となって野党統一に政治生命をかけている。
 「戦争か平和か」の戦いを目前にして、安倍内閣は日本社会をハチャメチャにするTPP先送りを決める。それを読売が公表した。10%消費税も凍結するはずだ。
 改憲・戦争勢力と、リベラル・平和勢力の戦いの序盤戦が、北海道5区の衆院補欠選挙(24日)だ。結果いかんで、日本会議・中曽根の陰謀の行方が決まることになる。
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258凡人:2019/07/13(土) 23:41:00 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学の教壇に立ち憲法学を教え、専任講師・同大学助教授・同大学教授(2006年)と順調に昇進、2014年から麗澤大学教授になられた八木秀次氏に再登場して頂きましょう。大学直属の顧問も務めた御方です。テレビ等に出演され、高崎経済大学の名を笑いの渦で有名にされた方です。高崎経済大学には早稲田大出身の方が大勢おられますが、彼らを代表した超一流の学者様でございますので、謹んで御教授を承りたいと存じます。
*****
八木秀次氏の憲法観
http://www.moo-azumino.com/main/Diary/2013.1/yagi.html

第2次安倍内閣発足後につくられた「教育再生実行会議」の委員の一人に八木秀次という方がいらっしゃいます。この方をお迎えするなど、いかにも安部総理らしい。敬服の至りです。その立場はご自身でも「保守主義」と言っていらっしゃるのですが、私には、チョー右翼御用学者としかいいようのないお方に思えます。事実右翼的論壇ではしょっちゅうお顔をお見せになる「若手」学者さんです。

最近、PHP選書の一冊である「明治憲法の思想」というのを読ませていただきました。読みつつ、果たしてこのお方は大学(高崎経済大学)でどんな憲法論を講義なさっているのか心配になってきました。このお方は、「(現行憲法が)マルクス主義思想と社会契約論を基軸としているとして、日本国憲法のあり方を批判している」(Wikipedia)というのですから、まずタマゲてしまいます。え〜〜っ、GHQ民政局メンバーはマルクス主義者の集まりだったのかあぁぁ〜〜〜。また、「天皇は女系を排して男系にすべきだ」という強硬な主張を展開していることでも有名で、その根拠に「Y染色体の男系連続性」をあげていることでも知られ、Wikipediaでは「擬似科学あるいはトンデモとの批判がある」と書かれているお方です。そういえば、誰かが「おいおい、『物語』の世界で『科学』をふりまわすんじゃないぜ」と書いていましたっけ・・・。いやいや、このお方は何を隠そう、天下の早稲田大学のご出身ですぞ!まいったか!

さて、その「明治憲法の思想」です。少し彼の持論を聞いてみることにしましょう。

まず、第2章の「今なぜ明治憲法か」で八木教授は「(明治憲法が)ヨーロッパの物まねではなく、日本の歴史・伝統・文化をふまえて日本人によって起草されたはじめての憲法である」ことを強調します。ところが、やがてこの明治憲法も「西洋に留学した次代の学者たちによって西欧由来の精緻な中小理論にもとづいて解釈されて」起草時の精神がむしばまれていったと嘆くのです。そして「この時代にして既に明治憲法ではあらたなファッショの時代に対応できないという主張が強力に展開された」と書き、「明治憲法こそが超国家主義や軍国主義を導いたとする今日でも依然流布している認識とは大きく異なる」「明治憲法は外来思想たる『ファッショ』に幻惑された者によって排斥されようとしたのであり、また多くの憲法の理念に反する運用が行われた」と、明治憲法擁護の一大キャンペーンを張るのです。明治憲法は悪くな〜い。悪用した連中が悪いのだ〜〜。

そして、「なぜ(現行)憲法の見直しが必要なのか」と問い、今世界各国はグローバル化という「アメリカ化」に対応すべく「国家の存立をかけて従前にもまして国家意識・国民意識を明確にしようとしている」「国家としてのアイデンティティを明確にしていかないことには国家として生き残れない」というきわめて特異な現状認識を披瀝します。もちろん、明治憲法がそれにこたえる内実を持っていた、それなのに、GHQが真っ赤っかな憲法を押しつけたと言いたいわけです。それゆえ、彼はこれに続けて、「第3の開国ともいうべきこの時代に、現行の日本国憲法のもとで日本は果たして生き残れるのか」と問うのです。

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259凡人:2019/07/13(土) 23:45:16 ID:aa/QkHo60
彼によれば、現行の憲法は次のようにしてつくられたものと描かれます。

1.現行憲法は、敗戦後の米占領時代に「日本が再びアメリカの脅威となったり世界平和と安全の脅威とならない」ようにすることを究極目的として”占領政策の一環として”GHQによって原案がつくられた。
2.軍隊の解散、戦力の不保持という武装解除、神道を軍国主義・超国家主義のイデオロギーと見なして弾圧するといった精神的武装解除を通して、我が国のアイデンティティを解体した。
3.本来なら、このような憲法は占領が終了し、我が国が主権を回復して国際社会に復帰した時点ですでに見直されてしかるべきだった。

中でも、彼が最も重視しているのは「国家のアイデンティティ」という概念です。今日の憲法論議では、この視点を完全に欠落させていると憤慨するのです。明治憲法下で、朝鮮、中国など近隣諸国の国家・民族のアイデンティティを根こそぎ奪いさったことをコロッと忘れて、国家のアイデンティティを連発する八木教授。彼の頭の中ってどうなっているのかしら。そして、「国柄こそ議論すべき」であるとして、次のように述べます。

1.現行の憲法はGHQ民政局によって原案が作成され、日本政府は事実上それを拒否できない状況の中でつくられた。従って、この憲法に付着する”占領色”を一度は払拭して真に主権国家に相応しい憲法のあり方を求めるべきである。
2.前文や9条の見直しだけでは「第3の開国」には対応できない。国家としてのアイデンティティを明確にするためにこそ憲法論議はすべきである。そのためには「憲法」の本来の意味に立ち返ることである。
3.憲法論議はまず「国柄」に関するものでなければならず、国家のグランドデザイン、国家としての哲学をふまえるべきである。
4.憲法は、「自国の歴史と伝統の上に成り立つ」ものでなければならないとすれば、まさにそのようにして起草された明治憲法の再評価が必要となる。

まだ若いのに、何という「ノスタルジジイ」的懐古趣味でしょうか。ただし、あの戦争の時代を苦しんで生き抜いた高齢者の方々は、絶対主義的な天皇制のもとで「お国のために、天皇のために」死ぬことを強制されたことを忘れてはいません。そしてまた、戦後憲法制定時に、オーストラリア、ニュージーランドなどの天皇戦犯攻勢に対して、象徴としてであれ天皇制度を守ったのはマッカーサーでした。伝統輝く皇国日本のアイデンティティ、天皇制はマッカーサー将軍が守ってくれたのですぞ。八木さん、マッカーサーに感謝しないさいっ!

このノーテンキな学者先生の明治憲法に対する評価は、たとえば次のような「人権」問題で最も鮮明になります。

日本国憲法において保障されている自由や権利も決して無制限なものではなく、法律によってしばしば制限されているのであり、その意味では日本国憲法における人権保障と明治憲法におけるそれとの間には、さほどの距離はない。


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260凡人:2019/07/13(土) 23:47:26 ID:aa/QkHo60
げえぇ〜〜!初めて聞いた。驚いた。たまげた。びっくりした。
こうした認識のもとで、彼は「明治憲法から何を学ぶべきか」としてさらに驚くべき評価を書き連ねます。

1.明治憲法は、当時の欧米の最新の国家理論を取り入れながら起草されたもので、欧米社会以外で制定された事実上最初の近代憲法として、制定当時、国内外ともに高く評価されたものである。
2.昭和初期の動乱や戦争は明治憲法の精神がないがしろにされ、憲法を無視したところに発生したものである。予断を排してこの憲法を眺めてみれば、一般に誤解されているような悪法ではなかったことがわかる。
3.起草者たちが憲法を自国の歴史や伝統に基づかなければならないと考え、我が国の伝統的な政治理念と近代国家の統治理念とを何とか融合させようと苦慮した点などの制定の姿勢に学ぶことが必要である。

このあと、明治憲法の成立過程、そこに盛られた内容の検討に入るのですが、次の二つの点だけを確認しておけばじゅうぶんでしょう。

第1は、明治憲法は立憲君主制を原則としており、あくまで立憲主義がその本義であったこと。天皇は平時においては立憲君主であり、非常時においては「民の父母」という役割を担っていた。これは大東亜戦争の開戦と終戦の手続きに典型的に現れている。今日なお続く天皇の戦争責任問題はこの二つの天皇観の相違が理解できていないことに端を発する。
第2は、昭和天皇の"憲法の師"であった清水澄(とおる)の説を援用し、天皇が憲法上の大権行使についてはすべて必ず国務大臣の輔弼を必要とし、輔弼なくして天皇が独断で大権を行使することはできず、敢えてそれを行おうとすれば憲法違反となる。
「兵役の義務」「納税の義務についても、こうした義務があることを定めることに主眼があるのではなく、法律によらなければそれらを課すことができないところに条文の趣旨がある。いくつかの権利についても、自由・権利を制限する規定ではなく、逆に権利保障のプラス面に力点を置いている。これらを「天皇の権力は無制限である」と曲解・歪曲したのが美濃部天皇機関説後の歴史であった。これは明治憲法の起草者とは大きく異なる。そして明治憲法が特徴としていた「権力の割拠性」が攻撃され、この過剰な「割拠性」がわざわいして「国家機関の一部が独走しても押さえのきかないシステムになっていた」。そして戦時体制によって明治憲法体制は葬られたのである。

そして彼の結論はこうなります。

「戦争責任」は明治憲法そのものが負うべきものではない。問題とすべきは明治憲法の立憲主義の精神を歪曲した解釈や運用である。明治憲法起草の経緯や思想を忘れ、条文に書かれざる”不文の憲法”を顧みなかったことがこのような”昭和の悲劇”をもたらしたものである。明治憲法は負わなくてもよい”罪”を負っている。その汚名はすすがれなければならない。

まあ、言論は自由ですから、主張なさるのは自由ですが、いやはや「大日本帝国憲法」のどこからこのような「学術的」評価が生まれるのか、頭の悪い私にはさっぱりわからないのです。誰か教えてくださあぁぁ〜〜い。
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261凡人:2019/07/13(土) 23:52:12 ID:aa/QkHo60
大学直属の顧問も務めた御方です。→訂正:大学直属応援団の顧問も務められた御方です。
応援団が抜けておりました。悪しからずです。

262凡人:2019/07/15(月) 10:08:55 ID:aa/QkHo60
高崎経済経済大学の現体制を築いた高崎経済経済大学元学長・故三潴信吾氏は具体的にはどんな憲法論を学生に講義していたのか?
*****
四宮政治文化研究所
http://shinomiya-m.txt-nifty.com/diary/2017/04/post-1865.html

2017年4月 6日 (木)
故三潴信吾氏の國體論・憲法論

以前掲載した文章ですが、大事なことですので、再度掲載いたします。
            〇
平成十一年五月八日に開かれた『憲法懇話会』にて、故三潴信吾氏が「自主憲法制定の基本方針」と題して講義され、次のように語られた。

「吉田茂首相は自主憲法制定の意志があった。『二十八年の主権回復と共に、自由党として自主憲法制定をする』とはっきり言って、自主憲法制定の組織を作るように岸信介氏に命じた。吉田茂は憲法に手を付ける意図がなかったというのは真っ赤な嘘。高柳委員會以前に自由党の憲法調査會があった。

日本の祭政一致が外國人にはよく分からなかったので、祭祀は皇室の私的行事であり、國家公共機関がやってはならないとした。明治のはじめに立憲政体になった時、神祇官を太政官の下に置いたのが間違い。

『帝國憲法』には『万世一系の天皇が統治する』と書かれている。憲法は祖宗の皇統・國體に基づく政体規定。天皇条項は『祖宗の皇統としての天皇』を明確にすべし。美濃部達吉氏は『天皇は政体においては一つの機関だ』と言った。國體の天皇を機関だと言ったのではない。美濃部氏は戦後『帝國憲法の第一条・第二条は変えるべきはではない』と言った。憲法はステート(國家権力機関)の基礎法。ステート(権力機構としての国家)と成文憲法の拠って立つ基盤が國體。

西欧デモクラシーは数だけで考えるから衆愚政治になる。質をチェックする必要があるので上下両院が設けられた。衆議院は量、貴族院は質に重点を置いた。数を質で評価する機関が枢密院。宮中に内大臣府があり、天皇の大御心を基として質的柱が立っていた。

國會は内閣が招集し、最高裁に違憲立法審査権があるのだから、國會を國権の最高機関と言うのはおかしい。

皇祖皇宗へのお祭りは決して私事ではない。國家の行事としての祭祀である。

エンペラーの語源は最高権力者であるから天皇をエンペラーと訳してはならない。

英國・デンマーク・オランダという王制の國に行って『貴國は民主主義國家ではない』と言ったら笑われる。

現行憲法には、『帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる』とあるにもかかわらず、『日本國民は…主権が國民にあることを宣言し、この憲法を確定する』と書かれているように、天皇が公布せしめたのに國民が確定したという嘘が最初から書いてある」と語られた。  

千駄木庵主人曰く。「君主制國家が民主國家ではない。君主制はやがてなくなる」という議論は現実によって完膚なきまでに否定されている。民主主義・人民を國家の名称にまで用いている國(朝鮮民主主義人民共和國)が世界中で最も独裁的・侵略的な國であり人民が貧困と飢えに喘ぎ餓死している。ロシア・支那・ラオス・イラン・朝鮮などを見て明らかなように王制・君主制を打倒した國は民主國家になるどころか全く正反対の独裁専制國家になっている。三潴先生には本当に色々貴重なこと大切なこと教えて頂いた。心よりご冥福を祈らせていただきます。

263凡人:2019/07/16(火) 11:24:52 ID:aa/QkHo60
高経大・高木理事長ら再任
(2019年03月31日高崎新聞)

4月1日付役員・管理職
公立大学法人高崎経済大学は、任期満了に伴い、平成31年4月1日付の理事長、監事、役員、管理職をこれまでに内示した。

理事長:高木賢(75歳・再任)
監事:井上雅行(75歳・再任)
監事:高見澤隆(62歳・新任・税理士)
副理事長(学長):村山元展(61歳・再任)
理事(学外非常勤):児玉正蔵(75歳・新任・高崎商工会議所会頭)
理事(学外非常勤):絲山秋子(52歳・再任)
理事(副学長):唐澤達之(57歳・再任)
理事(副学長):水口剛(57歳・再任)
理事(事務局長):堀越秀之(55歳・新任)
経営審議会学外委員:中村六郎(82歳・再任)、古川雅子(71歳・再任)、富澤好隆(71歳・新任・会社会長)、仙波憲一(68歳・再任)
教育担当副学長:唐澤達之(再任)

管理職
研究担当副学長:水口剛(再任)
学生部長:佐藤公俊(地域政策学部長)
経済学部長:高松正毅(キャリア支援センター長)
地域政策学部長:友岡邦之(学生部長)
地域政策研究科長:増田正(再任)
経済・経営研究科長:阿部圭司(再任)

264凡人:2019/07/16(火) 11:31:35 ID:aa/QkHo60
公立大学法人高崎経済大学理事長(初代、2011年ー現在)の高木賢氏とは

高木 賢(たかぎ まさる、1943年(昭和18年)8月14日 - )は、日本の農林官僚。元食糧庁長官。弁護士。
略歴
1967年(昭和42年):東京大学法学部卒業
1967年(昭和42年)4月:農林省 採用
・・・
2005年(平成17年)7月:財団法人大日本蚕糸会会頭理事(現・一般財団法人大日本蚕糸会代表理事会頭)
2011年(平成23年)4月:公立大学法人高崎経済大学理事長  (ソース:ウィキより)
*2015年(平成27年)7月:一般財団法人大日本蚕糸会顧問(現在)
*2019年(平成31年/令和1年)4月:公立大学法人高崎経済大学理事長再任(75歳)
*凡人が追加

新会頭に小林芳雄氏 大日本蚕糸会 高木氏は顧問へ
2015年7月7日(火) AM 06:00 上毛
 一般財団法人の大日本蚕糸会(東京都)は6日までに、評議委員会と理事会を開き、新会頭に元農林中金総合研究所顧問の小林芳雄氏(65)が就任した。前会頭の高木賢(まさる)氏(71)=高崎市出身=は同会顧問となった…
****
一般財団法人大日本蚕糸会定款
(顧 問)
第39条 この法人に顧問を若干名置くことができる。
2 顧問は、学識経験者のうちから、理事会の決議を経て、会頭が任期を定めて委嘱する。
3 この法人は、法人の事業運営に関して必要な時に顧問に対して意見、助言を求めることができる。
4 顧問に報酬並びにその職務を行うために要する費用の支払いをすることができる。
5 前項の支払いに関し必要な事項は、理事会の決議により別に定める。

265凡人:2019/07/16(火) 11:34:38 ID:aa/QkHo60
一般財団法人大日本蚕糸会とは?
http://www.silk.or.jp/silk_history.html

財団の沿革
明治25年4月 大日本蚕糸会創設(任意法人)
目的 蚕糸業の改良発達
事業 調査、海外販路拡張、業界連絡、品評会、表彰、建議、図書刊行、講習会など
組織 会員制、各県に支会設置
明治38年8月 社団法人認可
初代総裁に、伏見宮貞愛親王殿下を奉戴
大正2年8月 総裁に、閑院宮載仁親王殿下を奉戴
昭和15年3月 財団法人蚕糸科学研究所設立許可
当時ナイロンの発明と戦争による生糸需要の変化に対応するため、生糸および絹に関する研究の推進が強く要請され、民間寄付金171万円(内基本金50万円)をもって、総合研究機関として設立
昭和17年5月 社団法人大日本蚕糸会は財団法人蚕糸科学研究所と合併のため解散し、新しい財団法人大日本蚕糸会に事業などを継承
昭和20年9月 総裁に、梨本宮守正親王殿下を奉戴
昭和22年8月 全国蚕種研究会(昭和31年協同組合全国蚕種研究会に改組)の受託事業(蚕品種の育成に関する研究、原々蚕種の製造、蚕種製造技術の指導など)を開始
昭和22年9月 総裁に、節子皇太后陛下(貞明皇后)を奉戴
昭和27年7月 文部、農林両省の共管に移行
総裁に、高松宮宣仁親王殿下を奉戴
昭和28年4月 貞明皇后蚕糸記念事業を開始
蚕糸科学研究所小平養蚕所を同小平支所に改称
昭和49年4月 蚕糸科学研究所小平支所を茨城県稲敷郡阿見町に移転し、名称を蚕品種研究所に改称
昭和56年4月 総裁に、常陸宮正仁親王殿下を奉戴
昭和58年4月 旧蚕糸会館を取り壊し、新蚕糸会館を建設
昭和62年7月 蚕糸科学研究所建物(新宿区百人町)を取り壊し、サンケンビルヂングを建設
平成3年5月 先進国型養蚕業推進協議会(現 先導的養蚕農家育成推進協議会)を設置
平成4年4月 創立100周年
平成11年12月 蚕品種研究所を蚕業技術研究所に改称し、研究領域を拡大
平成15年8月 JAS法に基づく、生糸についての登録認定機関として登録
平成17年6月 天皇皇后両陛下、蚕糸科学研究所へ行幸啓
平成20年2月 蚕糸・絹業提携支援センターを設置し、蚕糸・絹業提携支援緊急対策事業を実施
平成21年11月 天皇陛下御在位20年慶祝 蚕糸絹文化シンポジウムを開催
平成24年4月 創立120周年
平成24年12月 社団法人日本絹業協会解散に伴う事業継承
平成26年4月 公益法人制度改革に基づき「財団法人大日本蚕糸会」から「一般財団法人大日本蚕糸会」へ移行登記(行政庁は内閣府)

266凡人:2019/07/16(火) 11:37:32 ID:aa/QkHo60
皇室と養蚕
1859年(安政6年)、開国直後の日本にとって生糸、茶、蚕種は最大の輸出品目であった。1871年(明治4年)、それまで長らく途絶えていた宮中での養蚕(ご養蚕)を昭憲皇太后が吹上御苑内にて復活。その後火災や戦災などにより中断していたが、1879年(明治12年)には英照皇太后が青山御所に御養蚕所を新設し再開。同皇太后の崩御により中断の後、1908年(明治41年)に貞明皇后よって再開。1914年(大正4年)に当地を新設。1928年(昭和3年)に香淳皇后が引き継ぎ、1989年(平成元年)から1990年(平成2年)の間に上皇后美智子が引き継いだ。

歴代の皇后のほか、眞子内親王や華族の子女などが作業をされることもある。節子皇太后時代の貞明皇后や親王などが大日本蚕糸会の総裁を務めており、1981年(昭和56年)4月からは常陸宮正仁親王が務めている。

ソース:紅葉山御養蚕所 ウィキより

267凡人:2019/07/16(火) 12:04:42 ID:aa/QkHo60
前代未聞の高崎経済大学とは

皇立法人 高崎経済大学(直属応援団)

天皇家は金を出していない?が、やっている経営陣や教授会の頭の中はこんなかんじなのだろうか。

268凡人:2019/07/16(火) 12:41:17 ID:aa/QkHo60
前代未聞の高崎経済大学とは?

高崎経済大学の本当の歴史はたったの最初の10年間であった。全国の学生運動の気運のきっかけとなった圧殺の森の意味したものは、単なる高崎経済大学の学校側の不正入学にとどまらないことがわかる。それはデモクラシーを愛する日本人にとって、その骨髄を震撼させる深い意味が隠されていた。

これが大学案内書には絶対書かれない本当の高崎経済大学の中身。

高崎経済大学の過去50年間の経営陣の大学運営・経営目的は国や市からの補助金・学生の学費/授業料・同窓生の同窓会費・後援会費・寄付金は高崎経済大学理事会、教授会、同窓会、後援会、直属応援団の組織やあらゆる行事を通じ直接的、間接的に、天皇家に奉仕し、その秘密主義・民主主義と思われるものの否定/排除/排他(過去に体験している)を実践し、天皇主権とした明治憲法を復活/あるいは平和主義の日本国憲法の改憲や、また民主主義の転覆や基本的人権の否定に寄与するものであるということと言えないだろうか?。

269凡人:2019/07/16(火) 12:44:36 ID:aa/QkHo60
>>267 書き直し
前代未聞の高崎経済大学とは

皇立(生長の家)宗教法人 高崎経済大学(直属応援団)

天皇家や右翼団体は金を出していない?が、やっている経営陣や教授会の頭の中はこんなかんじなのだろうか。

270凡人:2019/07/16(火) 12:51:49 ID:aa/QkHo60
いくら凡人がここで民主主義をいままで大声で叫んでみても、
宗教法人としての高崎経済大学にはほんのひとかけらも
合理的に考えるブレインがないのだから恐れ入ります。笑

271凡人:2019/07/16(火) 14:35:26 ID:aa/QkHo60
>>262

故三潴信吾氏の國體論・憲法論は教授というよりも宗教家の話としたほうが正しい。少ない事例を持ち出して、自分の持論に都合よく当てはめ、あたかも普遍のように語る。無知な学生や社会人にとって「おお、そうだ、そうだ」となり、彼らを操るのならたやすいが、すこし物知りになってくると、とんでもない当てつけを言っているとなる。西欧デモクラシーの本家本元、「数だけで考える衆愚政治」のアメリカに、コテンパンにのされ、日本国滅亡にまで追い詰められ、ついに無条件降伏した優秀な政治の国・大日本帝国とは話に辻褄があうのか。明治憲法下、富国強兵で隣国侵攻していった日本。戦争を開始拡大し、その結果日本人の兵隊や市民が玉砕という形で記録的な大量死をとげた。アメリカは太平洋で日本とまたヨーロッパではナチスと2前線で戦っていたのに、アメリカ人の犠牲者は日本人よりもかなり少ない。日本人の大量死。そうした事実があっても、彼らを死にやったことへの反省は一切みせないで、ヌクヌクと大学教授として、無知蒙昧な学生や社会人や天皇崇拝者や旧皇族を相手に明治憲法の復活を唱えている。国民はただの天皇の使い捨て奉仕者だからだろう。いまだクラス社会を唱え、天皇を元首とする日本を叫んでいる教授。冷血そのものである。

272凡人:2019/09/11(水) 06:05:18 ID:aa/QkHo60
カルト性を前面に出す高崎経済大学。

今まで、このスレッドで凡人が取り上げてきた高崎経済大学の問題は、一連の大学のスキャンダルや反民主主義のスタンスをとる稀な大学経営側や同窓会や教員たちは、そのカルト信仰のアングルから説明される。

右翼国粋天皇主義の反対語は立憲民主主義。左翼暴力革命主義の反対語は立憲民主主義。

西欧の近代的民主主義を自分の言葉に置き換えて輸入した福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」「すべて国民は、法の下に平等」という言葉はとても近代的で道理や現実に鑑みてもすんなり理解できるのだが、どうだろうか。国や国境に関係なく普遍的な真実を表現しているとは思わないか。とても科学的と言ってもよいだろう。ところが、安倍晋三の右翼も共産主義左翼も目的の為という名目で、憲法や法律を無視。天皇家をトップとするクラス社会の天皇主義や暴力革命を信奉する左翼グルーブにとって、彼らは憲法や法律の上に存在すると自ら信じているだろう。安倍晋三の一連の憲法や法律違反やその対処の仕方がそれを物語っている。国民の人権や財産や生命の大切さは無視。オウム真理教と同様、一見まともに見えるがあらゆる面でカルト信仰集団、犯罪テロ組織である。安倍晋三首相から科学性を読み取れない。右翼も左翼も、この両者はまったく同じ穴のムジナなのである。天皇主権や暴力革命後の一党独裁。天皇の背後で操る闇将軍たち。暴力団が右翼実行部隊。満州で日本軍がとった統治政策からその本質が読み取れる。一部のグループによる支配体制の確立のため’伝統’を強調し、傀儡の皇帝を歴史から再来させ、国民に崇めさせる政策はその典型なのである。

273凡人:2019/09/11(水) 08:08:31 ID:aa/QkHo60
香港デモと「圧殺の森」。

かつて高崎経済大学の学生が決起した「圧殺の森」にみられる大学民主化の学生運動と相通じるものがある。三潴信吾学長体制前(60年~50年前)の高崎経済大学。約十年間の短い期間には、かつて政治的に世界に胸を張れる頭脳をもった優秀な学生がいたのだろうと推測される。世界大学ランキング100位にも入っている優秀な大学が5校集中する香港地域にあって、市民や学生を含んだ政治活動が激しいのもうなずける。当地の暴力団が体制側の手先になって、活動家とやりやっているビデオをみたが、国が違えども全く構図は同じである。学生運動がエスカレートしているようであるが、彼らの体を張っての勇気や行動力には敬意を払うが、中国警察の強硬逮捕等の暴力に対する活動家たちの安否が気がかりでならない。これ以上怪我人が出ないうちに平和のうちに収拾することを願いたい。

香港はその面積が東京23区の約2倍、沖縄本島や札幌市と同程度(1,104 km2)にありながら人口700万人を超える世界有数の人口密集地域。(sauceインターネット)その香港には世界大学ランキング100位に5校も入っている。日本も同じ5校である。それと比べても、その凄さがわかるというもの。今年2019年の4月あたりに、香港の大学、多分The Hong Kong University of Science of Technologyだと思うが、(凡人は香港大学と思っていたが、こんな大学があるとは思っていなかった)夏休みに勉強しに行くという、あるUCLAの理系の女子学生とそんな話をした。その時は香港デモのことは全く念頭にはなかった。今そのアメリカ人学生が香港デモに遭遇して何を考えているかと思うと面白い。UCLAと香港のその大学は提携しているようである。UCLAと中国の繋がりはそれだけではない。UCLAの建築学科の女子院生と出会い、面白いことを話してくれた。いま上海やその他、中国の諸都市でビルの建設ラッシュが続いているが、UCLAの建築学科の教授たちがたくさん関係しているという話である。

the QS World University Rankings 2020:英国のクアクアレリ・シモンズ(QS)社は2019年6月19日、世界の大学を6つの調査項目をもとに順位づけする「世界大学ランキング2020」を公表した。アジアの大学ランキングは以下の通り。
11 National University of Singapore (Singapore
11 Nanyang Technological University, Singapore(NTU) ( Singapore
16 Tsinghua University (Mainland, China
22 The University of Tokyo (Japan
22 Peking University (Mainland, China
25 The University of Hong Kong (Hong Kong
32 The Hong Kong University of Science of Technology (Hong Kong
33 Kyoto University (Japan
37 Seoul National University (South Korea
40 Fudan University (Mainland, China
41 Korea Advanced Institute of Science & Technology (South Korea
46 The Chinese University of Hong Kong(CUHK) (Hong Kong
52 City University of Hong Kong (Hong Kong
54 Zhejiang University (Mainland, China
58 Tokyo Institute of Technology
60 Shanghai Jiao Tong University (Mainland, China
69 National Taiwan University (NTU) (Taiwan
70 Universiti Malaya(UM) (Malaysia
71 Osaka University (Japan
82 Tohoku University (Japan
83 Korea University (South Korea
87 Pohang University of Science And Technology(POSTECH) (South Korea
89 University of Science and Technology of China (Mainland, China
91 The Hong Kong Polytechnic University (Hong Kong
95 Sungkyunkwan University (SKKU) (South Korea

274凡人:2019/09/17(火) 13:02:07 ID:X3mQg1qs0
「いい加減、目覚めなさい。」

「日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?

今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。」

https://buzzap.jp/news/20150620-2015-japan-class-of-empress/

https://twitter.com/LoudminorityJP/status/1148581535827681280

275凡人:2019/10/01(火) 06:56:40 ID:aa/QkHo60
安倍晋三と高崎経済大学

安倍晋三政権のスキャンダルやその他赤裸々な部分、憲法や法律破りを含め多くが、高崎経済大学の過去と現在の行き末とまったくと言っていいほどにオーバーラップしているということに凡人は気付いても、まったくおどろかない。天皇主義思想の持ち主たちの知的レベルや隠された私利私欲が根底にある行動はそうなるのがむしろ当然といえるだろう。安倍晋三と高崎経済大学の歴史の類似点についてはすでに至る所で触れているが、時間が見つかり次第後にまとめという形で言及してみたい。

276凡人:2019/10/06(日) 04:52:59 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学と反民主主義。

Takasaki City University of Economics (TCUE) Is The Public Enemy of True Democracy.

You don't have to take my words for it. This institute was and still is build on the ground of religious/imperial cult beliefs and practices. They hide and don't show you the true identity. So I have been here to reveal the truth, the whole truth and nothing but the truth of this school. All of the past history of scandals or whatnot of this institute give me this conclusion. If you have a working brain, you should search for what I have found so far by yourself.

277凡人:2019/10/06(日) 04:58:32 ID:aa/QkHo60
Must Read:

CAVEAT EMPEROR
The Religious Cult Secretly Running Japan
Nippon Kaigi, a small cult with some of the country’s most powerful people, aims to return Japan to pre-WWII imperial ‘glory.’ Sunday’s elections may further its goal.

Jake Adelstein/Mari Yamamoto
Updated 04.13.17 3:25PM ET / Published 07.10.16 12:15AM ET

Photo Illustration by Kelly Caminero/ The Daily Beast
TOKYO — In the Land of the Rising Sun, a conservative Shinto cult dating back to the 1970s, which includes Japanese Prime Minister Shinzo Abe and many of his cabinet among its adherents, finally has been dragged out of the shadows.

The group is called Nippon Kaigi (Japan Conference) and is ostensibly run by Tadae Takubo, a former journalist turned political scientist. It only has 38,000 members, but like many an exclusive club, or sect, it wields tremendous political influence.

Broadly speaking, Shinto is a polytheistic and animist religion native to Japan. The state-sponsored Shintoism promulgated here before and during World War II also elevated the Emperor to the status of a God and insisted that the Japanese were a divine race—the Yamato; with all other races considered inferior.

Nippon Kaigi originally began in the early 1970s from a liberal Shinto group known as Seicho No Ie. In 1974, a splinter section of the group joined forces with Nippon o Mamoru Kai, a State-Shinto revival organization that espoused patriotism and a return to imperial worship. The group in its current state was officially formed in May of 1997, when Nippon o Mamoru Kai and a group of right-leaning intellectuals joined forces.

The current cult’s goals: gut Japan’s post-war pacifist constitution, end sexual equality, get rid of foreigners, void pesky “human rights” laws, and return Japan to its Imperial Glory.

With Japan’s parliamentary elections to be held on July 10, the cult may now have its chance to dominate policity completely. If the ruling coalition wins enough seats, the door will open to amending Japan’s modern democratic constitution, something that has remained sacred and inviolate since 1947.

Indeed, for Japan, these elections may be a constitutional Brexit—deciding whether this country moves forward as a democracy or literally takes a step back to the Meiji era that ended more than a century ago. Then, the Emperor was supreme and freedom of expression was subservient to the interests of the state.

The influence of Nippon Kaigi may be hard for an American to understand on a gut level. But try this: Imagine if “future World President” Donald Trump belonged to a right-wing evangelical group, let’s call it “USA Conference,” that advocated a return to monarchy, the expulsion of immigrants, the revoking of equal rights for women, restrictions on freedom of speech—and most of his pre-selected political appointees were from the same group.
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278凡人:2019/10/06(日) 05:00:38 ID:aa/QkHo60
Sounds incredible… In any case, this would worry people.

That is the American equivalent of what has already taken place in Japan with Prime Minister Shinzo Abe and his cabinet.

Abe, a third-generation politician, is the grandson of Nobusuke Kishi, who was Japan's minister of munitions during WWII and arrested as a war criminal in 1945 before becoming prime minister in the 1950s.

Abe is a staunch nationalist and historical revisionist, who also served as prime minister, from 2006 until 2007, before resigning abruptly mid-term. His ties to the Nippon Kaigi organization go back to the ’90s.

In line with fellow members of his imperial and imperialist cult, Abe has said the revision of the constitution is his lifetime goal. In an interview in Nikkei Asian Review, published in February 2014, Abe stated, “My party, the Liberal Democratic Party (LDP), has been advocating amending our constitution since its founding almost 60 years ago.”

So, now, Abe and his party, at least the extremist factions, are at last coming very close to that goal.

Japan’s Parliament, also known as the Diet, is composed of an upper and lower house. Article 96 of the constitution stipulates that amendments can be made to the constitution if approved by super majority of two-thirds of both houses of the Diet, and by simple majority in a referendum.

At present, the LDP and its coalition partners only have a two-thirds majority in the Lower House and a simple majority in the Upper House. They hope to have the needed two-thirds majority in the Upper House after Sunday’s elections.

The Asahi Shimbun and the independent press in Japan have called this year’s campaign “The Hidden Agenda Elections.” Local media have reported that the LDP and partner political parties have made sure their candidates avoid mentioning constitutional revision in their stump speeches.

The ruling coalition is toeing the party line that: “It’s all about Abenomics.”

And those are?
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279凡人:2019/10/06(日) 05:02:25 ID:aa/QkHo60
Abenomics is the economic policy Prime Minister Abe promised to put into action in 2012. It is based upon "three arrows" of fiscal stimulus, monetary easing and structural reforms. It was supposed to revitalize Japan’s long stagnant economy. The third “arrow” has yet to be fired and on June 20, this year, the International Money Fund essentially declared it a failure and suggested Japan raise wages.

The ruling party wants to focus all talk on the economy and the hope that Abenomics eventually will work, while the opposition parties, united by The Democratic Party of Japan (DPJ), are cooperating to field single candidates in areas of Japan where they have a good chance of winning—all under the banner of blocking constitutional revision.

DPJ leader Katsuya Okada has warned, “Under the Abe administration basic human rights such as freedom of speech and the public’s right to free access to information (about their government) have been threatened… the pacifism of the constitution will be destroyed.”

The LDP’s internal crackdown on mention of constitutional revision is savvy, notes Koichi Nakano, a professor and expert on Japanese politics at Sophia University. “Abenomics was simply a way of repackaging Abe’s nationalism as something sexy so he could return to power,” says Nakano. He notes public opinion is opposed by a large margin to the revision of the constitution.

“Abe is using the same tactics he did in two previous elections since 2012 to emphasize that the vote is about the economy and then proceed to do what he intended to do once the election is over. He did this with the passing of the State Secrets Laws and then with the strongly opposed Security Laws last year after the December 2014 snap elections. Perhaps he is getting advice from his deputy prime minister, who once remarked that the LDP should learn from the Nazis about how to quietly change the constitution.”

The LDP’s proposed constitution, which has been strongly influenced by Nippon Kaigi alumni, according to reports by the Asahi Shimbun and other media, would scrap Article 9, which forbids Japan from engaging in warfare as a means of settling international disputes. It would also severely curtail freedom of speech, taking away the right to speak out on issues “if it is against the public interest.”

Presumably, the government would decide what is “the public interest.”

It eliminates the words “basic human rights” from key sections, as constitutional experts have noted.

The LDP argues that revision is necessary for a modern Japan to deal with the threat of China and break free “of the post-war regime.”

The ideology behind Prime Minister Abe and his cabinet had received only modest scrutiny from Japan’s mainstream media until this May. All that changed with the publication of the surprise best seller, Nippon Kaigi No Kenkyu (Research into Japan Conference) by former white-collar worker turned journalist, Tamotsu Sugano, on April 30.

Japan’s leading constitutional expert, Setsu Kobayashi, who is also a former member of Nippon Kaigi, says of the group, “They have trouble accepting the reality that Japan lost the war” and that they wish to restore the Meiji era constitution.
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280凡人:2019/10/06(日) 05:04:50 ID:aa/QkHo60
Some members are descendants of the people who started the war, he notes.

Kobayashi is so vexed with his former brethren, that in May he created a new political party to promote and protect constitutional rights called, somewhat amusingly, Kokumin Ikari-no Koe aka The Angry Voice of the People. For Nippon Kaigi, he is a traitor and a nightmare. For Prime Minister Abe, he is an angry loud-mouthed headache.

And Abe is having other headaches before the election. Seicho No Ie, the spiritual forebear of Nippon Kaigi, has turned its back on the LDP and the ruling coalition as well—its first overt political action in decades.

The organization told the Weekly Post last month, “The Abe government thinks lightly of the constitution and we are opposed to their attempts to change Article 9 (the peace clause). In addition, we feel distrust in their failure to uphold policy determined by law.”

Despite Nippon Kaigi’s small numbers overall, half of the Abe Cabinet belongs to the Nippon Kaigi National Lawmakers Friendship Association, the group’s political offshoot. Prime Minister Abe himself is the special advisor.

Former Defense Minister Yuriko Koike, who is running for Governor of Tokyo, is another prominent member.

Sankei Shimbun and others have reported that Nippon Kaigi even tried to pressure the publisher, Fusosha, into dropping the book on April 28. The protest letter sent to the publisher was surprisingly under the name of the group’s secretary general, Yuzo Kabushima, not the name of the Chairman Tadae Takubo.

Kabushima is a staunch Emperor worshipper and was a key member of Seicho No Ie’s student movement. Sugano argues in his book that Kabushima is the person really running the organization.

Despite the threatening tone of the letter, the publisher didn’t budge. Originally, only 8,000 copies of the book were printed. It’s now on it’s fourth printing with over 126,000 copies sold. Five other books have now been printed on the group; magazines are running front-page stories about them.

Suddenly, Nippon Kaigi is very visible.

Sugano is surprised and relieved to see Nippon Kaigi and its influence on national policy finally getting attention. He himself is a political conservative who graduated from the University of Texas with a degree in political science before returning to Japan over a decade ago.

While he was living in Texas, where he picked up a bit of an accent, he noticed how the Christian evangelical movement exerted political influence and sees some parallels in their methods and those of Nippon Kaigi.

Sugano was still a white collar worker aka “salary-man” when he first became aware of the existence of Nippon Kaigi. Back in 2008, Sugano recalls the shift he felt in the atmosphere on the streets. “Crazy people were starting to speak out,” he says. Protests lead by groups, such as the anti-foreigner hate speech group Zaitokukai were more noticeable. He saw an ugly escalation of their activities with each passing day.

He found these hate speech movements troubling and started to infiltrate their protests, documenting the events in photos and recordings. In order to understand the motives of members and supporters, he started to dig into the conservative publications often referenced in their online comments.

The contributors that wrote for these publications puzzled him. Many were established in their field, journalists and academics, all contributing on topics unrelated to their expertise. This peculiar pattern helped him connect the dots: they all seemed to be members of one group. That realization led him down the rabbit hole, where he found the revisionist wonderland that is Nippon Kaigi.
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281凡人:2019/10/06(日) 05:05:56 ID:aa/QkHo60
Nippon Kaigi, he found, used neto-uyo (cyber right wingers who troll anyone on the internet they feel writes negatively of Japan), intellectuals, politicians, and closet sympathizers in mainstream media to exert considerable influence on policy and public opinion.

That included getting the Japanese government to reinstitute the Imperial Calendar, which was banished by the U.S. occupation government. It’s 2016 in the West, but under the Imperial Calendar, based on the reign of the Emperor, it is year 28 of the Heisei era. The system is so confusing that many reporters in Japan carry a handy chart to translate the Imperial Calendar dates into Western time.

Sugano also credits Nippon Kaigi with politically resurrecting Prime Minister Abe, whose political career was considered dead after his abrupt resignation as prime minister in 2007.

He also believes their goal may be to alter radically the parts of the constitution which define marriage and the rights of wives, thus, “rolling back sexual equality and making Japan a country pleasant for cranky old men, like themselves.”

The Daily Beast contacted Nippon Kaigi via email, fax, and by telephone and asked for clarification of what has been written about the group and their objections to Sugano’s book but did not receive a reply

While several recently published books and articles paint a picture of a masterful Machiavellian organization that has skirted the law to avoid having to register as a political group, Sugano believes they are primarily reactionary with no clear idea what they want to do once their goals are achieved.

“They have worked steadily and stealthily with local politicians and political lobbies to oppose things like gender equality, recognition of war crimes and the comfort women [sex slaves during WWII], women using their maiden names after marriage etc. It’s anti-this and anti-that but has no vision of the future.”

Other researchers have taken notice of the group’s anti-gender equality stance, but point out that Prime Minister Abe appears to be sincere about promoting women in the workplace and that the group also has female lawmakers in its ranks.
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282凡人:2019/10/06(日) 05:07:12 ID:aa/QkHo60
Sugano isn’t surprised. “Prime Minister Abe talks a lot about womenomics (the empowerment of women in the business world) but it’s all talk. It’s like a Texas racist saying, ‘I have a black friend so I’m not racist.’ The fact that there are female politicians supported by the group is the same logic. There are always some minorities in a minority that consider discrimination to be acceptable. Or these women find the support of the group advantageous to themselves—if not for women in general.”

Professor Jeff Kingston, a historian of modern Japan, has pointed out that while Abe says all the right things, he has quietly reduced his original professed goal of promoting women in management from 30 percent to 15 percent, and in reality his meager actions are “a nod to patriarchal realities that exposes Abe’s version of womenomics as a sham”.

Sugano insists the “patriarchal realities” of Japan are one reason behind Japan’s media self-censorship under the Abe administration and why they long avoided touching upon Nippon Kaigi.

He argues the mainstream Japanese media are run by misogynistic old men whose world views align with Nippon Kaigi’s sexist ideals, and since they agree with their principles, they have seen no need to report on the organization.

“It is not self censorship. It’s more like silent collusion,” he said.

Nippon Kaigi’s dismissive attitude towards women and children also explains its evident opposition to The United Nations Convention on the Rights of the Child (UNCRC).

Hideaki Kase, a prominent member of Nippon Kaigi and prolific revisionist writer, is also listed as Chairman of Japan’s Corporal Punishment Association—which advocates judicious beating of children as a means of educating them and making them strong.

If you ask Sugano why these elections are important, he will tell you why in his Kansai-accented Texas drawl:

“The LDP, Abe, and Nippon Kaigi have essentially the same agenda. The frightening thing about this election is that they have never been closer to achieving their dreams—amending the constitution to return Japan to a militaristic feudal society where women, children, youngsters and foreigners, including the Japanese-Koreans, have no basic human rights. They will only have one right: the right to shut up.”
6/6

283凡人:2019/10/15(火) 06:21:00 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学と富岡製糸場のフィヤスコ(FIASCO)。

維持管理などに年10億円前後を投じる富岡市が採算の目安とする水準、約80万人に落ち込む(2016年ー830,719人)。出典https://www.sankeibiz.jp/business/news/170622/bsc1706220500006-n1.htm

2017―2019年はどうかを示すのが下の表である。ここに転記すると、2017ー666,227、2018ー523,572、2019(10月14日現在)ー370,663。確実に大きく右下がり。将来にはさらなる減少が予想される。

富岡製糸場見学者数(の動向)
http://www.silkmill.iihana.com/visitor/seisijninz19-9-12.pdf

高崎経済大学が大学上げて応援する富岡製糸の世界遺産登録と観光化の行く末。高木賢・現高経大理事長が長年財団法人大日本蚕糸会会頭理事として天皇家に仕えて得意とする分野である。凡人もゼミを中心にそこの学生たちも教員のもと、富岡製糸場の観光化の活動に参加している新聞記事を読んだものだ。ところが、それをあざ笑うかのように、年が経るごとに富岡製糸場を訪れる観光客が激減している。公式サイトにある富岡製糸場見学者数を示す表をみて欲しい。県政や高崎経済大学の肩書だけの教授がなんと言おうとも、統計は嘘をつかない。この大学がいかに低能、無能大学か、それがわかるといってもいいのではないのか。そうだろう。経済と地域政策を専門と自称する高崎経済大学だが、どんなに人材・金銭・学生をつぎ込んだとしても結果は知れたもの。どれだけ今までに学問を通じて地域の経済・生活を良くしたのか問うがいい。地域の将来を近視眼的にしか見れないグループのこの大学の教員が手につけると、地元群馬で高崎に近く、富岡といういたって小さな地域さえ、その経済やそこに住む人々の生活’すら’満足に改善することができないでいる。むしろ逆で、将来的に見ても悪くしていると言わざるを得ない。昔にとうに役割を終えた倉庫群にユネスコ世界登録の厳しい規定に沿うためを主目的に、維持管理費のために多額の市税を使い、日本政府や県からの補助金を目当てにし、その反面住民・市民を将来のない貧困に導くほど見返りはことさら少ない。そんな地域政策とは何ぞや。富岡市民の将来を台無しにしたとしか思えない。

284凡人:2019/10/30(水) 12:46:29 ID:aa/QkHo60
反民主主義の高崎経済大学というペテン大学。

創価大学という大学があるが、その名前からその大学がどういう大学かすぐわかるというもの。高崎経済大学がもし岸信介大学とか安倍晋三大学とか三潴信吾大学という名を冠していれば大学受験者もどんな大学か疑う余地がない。ところがそうなっていない。実際、高崎経済大学の大学案内書にはそこに触れていない。がこの大学は何を隠そう、その反民主主義の姿勢が特徴である。全国数ある国公立大学の中にあって特筆すべきなのに、そこになに一つ触れていない。つまり隠ぺいし、日本国内の大学進学者や帰国子女をだましていると言わざるを得ない。つまり俗にいうペテンである。歴史ある有力国公立大学とは違っている。私立大学のように易化受験をして、偏差値操作をし、勉強嫌いの受験生を全国から集めている大学である。スポーツと無知さ。教員の思想選考といい、それは意図的なものか、結果的なものかはわからないが、カルト大学に相応しく、カルトに染まるに十分な素地をもつ学生たちをが集まってくる。何を言われても従順に従う、’適当に’できる学生たちである。よい就職さえできれば、それに頭がいっぱいのノンポリ学生である。極右森友学園・加計学園のスキャンダルでの安倍晋三。彼が得意とする知人や支援者への違法な特別計らいと同じように、当時の右翼市長の支援者である地元有力者の子弟への裏口不正入学をした高崎経済大学。ーさすがに地域に密着した大学を標榜するだけある。笑いー 安倍晋三の選挙事務所と暴力団・やくざとの癒着が国会で暴露されたのと同じように、三潴信吾元高経大学長と地元暴力団幹部との癒着が当時地元新聞に暴露され国会の特別委員会で問題になる。安倍晋三のスキャンダルといい、高崎経済大学の悪魔的歴史を飾るスキャンダルは実質同じでものある。だから安倍晋三大学と名付けても満更間違いではない。今になって分かったのではもう遅いが、入学する前からはっきり他の国公立大学との違いが判っていたら、この凡人はこの大学は避けたと思う。福沢諭吉の法の下の平等は凡人の信念の一つであるからである。なんと民主主義の的を得た言葉なのだろう。身分制度の不合理や弊害を知り、ますます福沢諭吉の言葉の意味の重要さがます。民主主義の精神は素直に理解できるし、現実的である。たぶん獄中生活を余儀なくされ、獄中死した元高経大学生・星野文昭さんも私の意見に同調するであろう。もし彼が他の大学に入学していたら、彼の正義感は不滅でも、はたして中核派の活動家になっていただろうか。獄中死とはまったく違った人生を歩んでいたであろうことは想像に難くない。また彼の死でも冤罪の疑惑は消えない。

285凡人:2019/10/30(水) 14:11:32 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学を知るうえで、重要な単語、人物や言葉。(敬語略)

凡人は現行の日本国憲法の改憲に強く反対する。安倍晋三が目指す大日本帝国憲法復帰である。現行日本国憲法との違いが明確に示されている表がこれ。
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/shakai/seiji/01_3_5_teikoku_hikaku.htm

忘れてはならないのは、高崎経済大学にしても、決して過去の話はしていない。すべて現在進行形である。例えばマスコミを懐柔し、現在権力を我が物顔で掌握した安倍晋三首相の改憲へ取り組みは現実である。

安倍晋三と三潴信吾の高崎経済大学との接点。安倍晋三は岸信介の孫であり、岸総理下で奉仕する右翼改憲推進者で憲法学者・三潴信吾とは思想的にぴったりあてはまる。(三潴信吾の著書『日本憲法要論』(昭61)には岸信介、福田赳夫が序文を寄せている。)面識云々は知らないが、安倍晋三は大きな影響を受けていることには疑いの余地はない。

今までの記事をざっと復習するとこうなる。
映画「圧殺の森」(高経大学生の学内民主主義運動の敗退の記録、学生の大量処分と学生自治会や新聞会や活動の拠点となった三扇寮の廃止。当時高経大学生たちは裏口入学という事実に端を達し、不正入学の中止を大学に要求して立ち上がった。当時大学の母体である高崎市の右翼市長や岸信介の息の掛かった高経大教授の三潴信吾らを相手に学内の民主化運動が学生を中心にスタートを切った。果敢に戦いを繰り広げたのだが、なんとその背後には中曽根康弘、福田赳夫という地元高崎出身の有力右翼国会議員が控えていた。生長の家のカルト信仰は現実である。はじめは純粋な民主化運動だったが後にどう変貌していったか。大学の強力な右翼路線を前に、孤立無援の学生活動家たちがどこに助けを求めたか。凡人の単なる推測なのだが、運動の内容が変わり、過激派中核派の代理戦争化しても全く驚かない。凡人は当初のこれらの学生活動家や学生たち、純粋に民主主義を信じ、民主主義の社会の実現のために戦った学生たちを心から賛美したい。それがこの大学の唯一の金字塔なのだと信じている。教員8人の抗議辞職によって高崎経済大学の暗黒の歴史が始まる。)

高崎経済大学直属応援団(圧殺の森以後、三潴信吾が創設。体育系の所属から、文サ協(文化サークル協議会)や体育会を超えた単一組織に引き上げる。全学生による投票なしの高経大全学生の代表となる。南方ペリリュー島で天皇万歳で玉砕した大日本帝国陸軍歩兵第15連隊(本拠高崎市)を賛美した演舞や唄を市民公開演舞で創作披露。大学の名で明治神宮に参拝する、戦前の大学応援団を模範にした右翼政治組織に他ならない。)

故岸信介(岸信介は東条英機内閣の商工大臣を務めた軍国主義者、改憲推進者、日本会議、東大法科卒。「岸信介は戦前の官僚。のちに甘粕正彦と組んで、帝国陸軍が中国東北部を植民地にし、そこに建設した傀儡国家「満州国」を牛耳った男だ。A級戦犯として逮捕されたが、米国の”操り人形”になることを条件に釈放された。甘粕正彦は陸軍憲兵大尉の時に、無政府主義者の大杉栄らを殺害したことで知られている。世に言う甘粕事件である。その後、甘粕は突然、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を陣頭指揮。その時、岸と知り合い意気投合。いわく因縁の「闇のつながり」である。」ー(sauceインターネット、自己検証要))
1-2

286凡人:2019/10/30(水) 14:13:01 ID:aa/QkHo60
筧克彦(三潴信吾の岳父。1923 年に秩父宮、翌 1924 年に貞明皇后に進講。東大卒、東京帝大教授(憲法)。古神道にもとづく「神ながらの道」を説き、天皇中心の国家主義をとなえて軍部の主張に理論的に寄与した)

安倍晋三(成蹊大卒・学業不振で有名。現内閣総理大臣に上り詰める。岸信介の孫、スキャンダル暴露にも全く動じない。マスコミを懐柔。暴力団との関係国会で暴露、改憲推進者)、

故福田赳夫(元内閣総理大臣、群馬県高崎市選出衆議院議員、生長の家信奉、東大卒)

中曽根康弘(大戦下海軍主計中尉として、隣国で日本兵の士気高揚のため慰安婦調達翻弄、群馬県高崎市選出衆議院議員、元内閣総理大臣、生長の家メンバーとの深い関係、改憲推進者、東大卒)

故三潴信吾(前高崎経済大学学長、東大法科卒。岸信介総理下で改憲を目指す憲法調査会の有力メンバー、戦後も高経大に教壇に立つ一方、陰で暴力団幹部と癒着、憲法学を講義し、大日本帝国憲法・教育勅語を愛し、現行日本国憲法を認めない。日本会議、生長の家信奉者)

八木秀次(前高崎経済大学憲法学教授、第2次安倍内閣発足後につくられた「教育再生実行会議」の委員の一人。「新しい歴史教科書をつくる会」第3代会長として日本史美化改ざん教科書推進者、右翼プロパガンダ、改憲推進者、早大卒)

谷口雅春(生長の家創始者、早稲田大中退、靖国信仰・国家神道復活・軍拡・自主憲法推進者)

カルト信仰と高学歴(オウム真理教にも信徒に高学歴者が存在したので驚かない。日本では東大卒は高学歴であるが、世界の視点では東大は高学歴と呼んでいいのか疑問が残るが。オウム真理教の信者が現在、名前を変えて同じ教義の下、活動中である。「生長の家と密接な関係を持っている。元幹部の上祐も谷口雅宣と血縁で、鈴木邦男もオウム真理教と繋がっている。」(ウィキ))

ーーーー
これら人物に共通しているのは国民主権、男女平等、三権分立、政教分離を保障する日本国憲法を完全否定・廃止・改憲し、天皇主権にたった身分制の復活、天皇側近/利権/権力側に有利に働く憲法を確立。つまり戦前の憲法に戻すことに他ならない。近代的日本国憲法の下、高度経済成長を成し遂げ世界の経済大国にのし上がった日本の歴史を無視し、アメリカに押し付けられたといって、日本国憲法が日本の弱体化の原因と嘯く。戦前の明治憲法や大日本帝国憲法が民主主義の下で国民の意思を反映し制定されたのか問うがいい。国民の大部分は参加さえさせてもらえない身分制度下で国民の意見が反映されたとどうして言えようか。また野球というスポーツを考えてみよう。今や日本の人気国技と言っても誰も否定しないであろう。そのスポーツが純粋にアメリカ起源であるとはどれだけの人が知っているのだろうか。だれもアメリカから押し付けられと文句をいう日本人に合ったことがない。つまりそれは国民・庶民を相手にするスポーツだからである。今の日本国憲法もまったく同じで、横暴になりがちな権力側の力を極力抑制するために、庶民の目線で庶民の幸福を謳ったものである。誰が改憲を推進しているのか、望んでいるのか?元戦犯者の岸信介、孫の安倍晋三や天皇信仰派、右翼暴力団、創価学会等のカルト信仰、プロパガンダに乗りやすい無知蒙昧者、懐古主義者、皇族、天皇に可愛がれた故三島由紀夫等や高学歴の東大・早大卒等等、なかなか庶民の気持ちなどわかる人種ではないだろうと推測する。

<反共・反憲法の岸信介人脈>
 戦後の右翼政治の系譜は、東條内閣の商工大臣で敗戦時、A級戦犯となった岸信介と、もう一つが海軍主計中尉の中曽根康弘である。両者の間に、戦後右翼暴力団のドンといわれた児玉誉士夫が君臨してきた。児玉と同様の笹川良一は、岸人脈に接触して、その後継者と安倍はゴルフ仲間ともなっている。中国にも羽を伸ばしている。
 日本右翼の共通点は、靖国信仰・国家神道復活・改憲軍拡に特段の関心を抱いていることだが、これは神社神道を正当化(国家神道復活)するための行き着く先でもある。日本国憲法が否定する天皇制国家主義である。
 ちなみに、岸人脈は福田赳夫・安倍晋太郎・石原慎太郎・森喜朗・小泉純一郎・平沼赳夫・安倍晋三らで、森の「日本は天皇中心の神の国」という時代錯誤の宗教イデオギー論者で知られる。
 現在は、日本会議の誕生によって、岸と中曽根の二つの右翼勢力が一体化したことになる。ここが深刻な日本政治を現出させている元凶である。その政治思想は、神道信仰と谷口信仰の合体で、カルト・神がかりに特徴がある。

(ソース<本澤二郎の「日本の風景」(2324)日本会議と谷口雅春・生長の家教団
2016年4月14日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52135475.html
2-2

287凡人:2019/10/31(木) 11:00:30 ID:aa/QkHo60
上の知識を踏まえ、国会衆議院特別委員会で触れている高経大の問題を読み返すと、より事態の重大さや高崎経済の将来が容易に理解や読み取れるというものである。
―――
高経大の現体制を築いた故三潴信吾氏(高経大学生部長ー学長)の暴力団スキャンダルを取り上げた国会特別委員会の議事録が下記のリンク。

第061回国会法務委員会第19号昭和四十四年(1969年)六月六日(金曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

この1969年は三潴信吾氏が高崎経済大学学長に就任した年でもある。高経大PR誌、宣伝広報の目的で定期的に出版する「たかけい学報」なるものが生まれたのもこの年。学長就任の年に、その学長の暴力団との関係が国会で討論されているのは面白い。地元新聞記事の暴露から国会の議論にいたるまでには、すでに群馬・高崎市民をはじめ日本国中の中・高校生、大学生、知識人や文化人、マスコミ・予備校・大学関係者、暴力団にひどい目にあった人などなどに、この記事ニュースが届いていると解釈して間違いはなかろう。大きな社会問題や波紋を投げかけたであろうと当時を想像するが、高崎経済大学という前代未聞の大学では三潴信吾氏の学長の座は揺るぎもしない。しかもだ、今年の「たかけい学報」には50周年記念号ということで、三潴信吾氏の当時の学長就任の挨拶文が全文そのまま再掲載。高経大のドンを崇め祭っている大学側である。それが現在の高崎経済大学の姿なのだ。過去と現在はまったく途切れていない。一線上に繋がっているのである。恐れ入りました。笑い

この暴力団問題といい、今まで凡人が書いた高崎経済大学の内外で起こっていることは、凡人の創作や作り話でない。嘘みたいな本当の話が過去でも現在でも起こっている事実。この大学の卒業生である凡人にはこれがまったくの作り話であって欲しいと願うが、現実である。そのことに対してまったく目をつぶっていられない問題だからこそ繰り返して、記憶を新たにし過去の出来事から学び将来を占っているのである。

288凡人:2019/10/31(木) 11:04:10 ID:aa/QkHo60
ツイッターからの転載
Oct 29, 2019
立川談四楼
@Dgoutokuji

河野太郎防衛相の「私は雨男」は、訓練してない人のギャグが滑ったわけで「なに調子こいてんだよ」と突っ込みゃ充分だと思う。しかし萩生田文科相の「身の丈」は別次元で、憲法や教育基本法を踏みにじる重大発言である。「教育勅語」が好きだという一点において、教育の頂点にいてはいけない人なのだ。

289凡人:2019/11/14(木) 12:58:30 ID:aa/QkHo60
Takasaki Keizai Daigaku (TCUE) Student's Movement for Democracy in 1960's and early 1970's (crashed by the ultra-right wing city Mayer & officials And the university management) is now available to be able to see in DVD form.

Assatsu no mori : Takasaki Keizai Daigaku tōsō no kiroku = The oppressed students
圧殺の森 : 高崎経済大学闘争の記錄 = The oppressed students

Responsibility: kantoku Ogawa Shinsuke ; seisaku, Kiroku Eiga "Assatsu no mori" Seisaku Jikkō Iinkai, Jishu Jōei Soshiki no Kai. 圧殺の森 : 高崎経済大学闘争の記錄 = The oppressed students / 監督小川紳介 ; 製作記錄映画「圧殺の森」製作実行委員会, 自主上映組織の会.
Language: Japanese. In Japanese.
Sound: digital; optical; mono; Dolby Digital 2.0.
Video: NTSC.
Digital: video file; DVD video; region 2.
Publication: [Tōkyō] : Kabushiki Kaisha Dimenshon, 2016. [東京] : 株式会社ディメンション, 2016.
Physical description: 1 videodisc (103 min.) : sound, black and white ; 4 3/4 in.
At the library

Media & Microtext Center: Today's hours: 8a - 9p
Ask at Media Microtext desk
Items in Ask at Media Microtext deskCall number Status
ZDVD 40956 Available
More options: Find it at other libraries via WorldCat

Description:
Creators/Contributors: Ogawa, Shinsuke, 1936-1992, film director. Kiroku Eiga Assatsu no mori" Seisaku Jikkō Iinkai, production company. Jishu Jōei Soshiki no Kai, production company.

Contents/Summary
Summary: Documentary film of student movements which took place at the Takasaki Keizai Daigaku in 1967 after ongoing fraudulent admissions to the university were revealed causing much anger and resentment among the students.

Subject: Takasaki Keizai Daigaku > Students > Political activity. 高崎経済大学 > Students > Political activity. Student movements > Japan > Takasaki-shi. Violence > Political aspects > Japan.

Genre: Documentary films. Nonfiction films
Feature films: Feature films > Japan.
Foreign language films > Japanese. Local subject
Japanese DVD and Blu-ray Collection.

Bibliographic information:
Publication date: 2016
Copyright date: 1967
Title Variation: Oppressed students
English title also known as: Forest of oppression : a record of the struggle at Takasaki City University of Economics

At head of title on container: Dokyumentarī eiga no daiuchū : Ogawa Purodakushon
At head of title on container: ドキュメンタリー映画の大宇宙 : 小川プロダクション
Medium: 4 3/4 in.; stamping
Publisher Number: DIGS-1014 Dimention

290凡人:2019/11/14(木) 13:14:22 ID:aa/QkHo60
Correction/訂正: That DVD mentioned above is the documentary film of TCUE student movements taking place in 1967 and nothing more and else. Follow the summary which is right: "Documentary film of student movements which took place at the Takasaki Keizai Daigaku in 1967 after ongoing fraudulent admissions to the university were revealed causing much anger and resentment among the students."

291凡人:2019/11/14(木) 14:32:59 ID:aa/QkHo60
2チャンネルでは成蹊大と学生の偏差値/頭程度がよく比較・同類される高崎経済大学。成蹊大の方がより知名度、有名人輩出度や就職先でもすこぶるよく、まったくかなわないのにも関わらず。一方高崎経済大学は就職がよいことで応援団に入った女性団員に象徴される政治的無知さで彩られる。学生・院生は大学生として普通に考える能力が問われているのが高崎経済大学であろう。殊更学問の府として高崎経済大学の将来性・運命はすこぶる最悪である。
*****
AJAA 安倍晋三に反対する成蹊大学後輩による抗議声明 on strikingly
http://ajaa.mystrikingly.com/

PROTEST

1977年度成蹊大学法学部政治学科卒業生、安倍晋三さん

私たち成蹊大学後輩一同は、あなたの安全保障関連法案における、学問を愚弄し、民主主義を否定する態度に怒りを覚え、また政治学を学んだとはにわかに信じがたい無知さに同窓生として恥ずかしさを禁じえません。

日本国憲法に、集団的自衛権の行使を基礎づける条文が存在しないことを、私たちは成蹊大学で学んでいます。

憲法を、時の総理大臣が自らを責任者と称し解釈で改憲することは、法の支配に反する行為であると、私たちは成蹊大学で学んでいます。

日本国憲法は、アメリカによって押し付けられた恥ずかしいものなどではなく、日本国民が自ら選び取り70年間維持してきたものだと、私たちは成蹊大学で学んでいます。

そして、私たち成蹊大学生は、憲法学を机上の空論などと考え学者の意見を軽視することなどはせず、学問が蓄積してきた知識を大切にしています。

あなたは、本当に成蹊大学で学ばれたのでしょうか。

知っていますか。就職活動の際、自己紹介で母校の名前を答えると「ああ、安倍晋三のね」と冷笑されることを。その冷笑に含まれている意味を考えてみてください。

安倍晋三さん、あなたは成蹊大学の誇りなどではなく、ただその無知で不遜な振る舞いによって、私たちの大学の名誉と伝統に泥を塗っているのです。

私たち成蹊大学生は、先輩・安倍晋三さんの立憲主義を否定する態度に反対し、安全保障関連法案の廃案を求めます。


平成27年9月13日 発起人・成蹊大学法学部政治学科4年 秋山直斗

付記:成蹊大学の教授、職員の方々が「安全保障関連法案に反対する成蹊学園有志の会」を発足され、様々なご活動をされておりますが、現役学生は賛同者になることができないということなので新たにこちらを作りました。

UNITE!
賛同者募集

成蹊大学の現役生、卒業生の方で、声明にご賛同いただける方は、下のフォームから送信していただくか、
againstabe(実際にメールをするときには上下をつないで下さい)
@yahoo.co.jp
まで
(1) 氏名
(2) 所属(学部、学年または卒業年次)
(3) 氏名公開の可否(必ずお知らせください)
(4) 連絡先電子メールアドレス
をお知らせください。

MEMBERS
賛同者

●現役生
鈴木耕(文学部現代社会学科2年)藤沢(旧姓 西郷) 敦子(2015年文学部科目等履修生、文学部1982年卒) 、坂本優(大学院法学政治学研究科博士前期課程1年)、匿名希望:4人

●卒業生
日比和子(旧姓: 武智)(文化学科2000年中退)、鏑木睦子(文学部1979年卒)、早川行雄(法学部政治学科1976年卒)、佐藤千晴、加藤亜弥子(法学部法律学科1999年卒)、高山龍(理工学部2008年中退)、田中(文学部1971年卒)、泉祐輔(経済学部経営学科2004年卒)、和根崎いくえ(法学部政治学科1981年卒)、中川麻里(文学部日本文学科1992年卒、飯田良弘(1977年卒)、髙瀬祐子(文学部博士後期課程2012年卒)、清水康之(工学部1979年卒)、浅見清武(法学政治学研究科2003年卒)、重松久惠(文学部文化学科1978年卒)、圓城康彦(法学部1983年卒)、花上光治(政治経済学部1969年卒)、服部至道(法学部政治学科1999年卒)、矢幅美穂(文学部卒)、鈴木葉子 (文化学科1983年卒)、芳賀まき(旧姓・渡辺)(文学部文化学科1984年卒)、榎本雅文(経済学部経営学科1981年卒)、大村憲子(文学部日本文学科1975年卒)、髙橋優子(法学部1990年卒)、坂田峰人(法学部政治学科1978年)、匿名希望:27人

●学外
林嵜和彦(福岡教育大学)、神谷栄司(京都橘大学教授)、西田彩(京都精華大学ポピュラーカルチャー学部音楽コース非常勤講師)、与那覇大智 、福田良典、加藤悦子、佐藤有希、中山裕、井川雅子、匿名希望:15人

●罵詈雑言
23通

292凡人:2019/11/21(木) 23:24:19 ID:aa/QkHo60
日本が戦後民主主義でなかったら、故本田宗一郎は日本に生まれなかっただろう。このビデオは下の言葉で本田宗一郎の人柄を締めくくって終わっている。敗戦後軍国主義・天皇主義から突然、アメリカから輸入された民主主義。身分制度から解放された日本人。競争が社会に生まれ、新しく得た自由と平等が原動力となって、日本が製造業界を中心に世界の需要の供給元に躍り出る高度経済成長を達成可能にしたと言えないだろうか。
******
本田宗一郎 ー挑戦と成功ー
Sep 10, 2012 https://youtu.be/lhfYbzOh1yI

生1906年(明治39年)11月17日 - 没1991年(平成3年)8月5日)

「明治生まれの男は自由に生きることのできる民主主義が好きだった。学歴やも生まれも無関係に知恵と能力で生きていける環境が好きだった。本田宗一郎は偉大な経営者であることより、いちエンジニアであることになによりも喜びを感じた。引退後も工場へ足を運んでは若い技師たちの仕事をみて回っていたという。」

293凡人:2019/11/22(金) 00:13:57 ID:aa/QkHo60
本田宗一郎 講演 ノーカット『行政改革 』
Jan 25, 2014
https://youtu.be/8gXajczE5sw

この講演は、1982年6月19日(社団法人)本庄青年会議所、現(公益社団法人)こだま青年会議所主催にて本庄市民文化会館で開催された様子です。
第二次行政改革推進委員会委員長 土光敏夫氏のもと、副委員長であられた本田宗一郎氏が『蘇れ日本、生きがいのある故郷­を-行政と地域住民とのかかわりあい』をテーマに、60分間にわたる特別講演をなされ­ました。
〜昭和57年の国の借金は約98兆円に膨らみ、生まれたばかりの赤ちゃんから年寄りの方国民一人­が約83万円の借金になってしまった。〜
講演では『今、何とか行政改革して、国の借金を減らさないと日本は滅びてしまう』とお­話されています。
また、子供の教育についても問題視し、『人間尊重の教育が一番大事なのではないか』と­お話されております。
本田宗一郎氏の講演から37年が経ち、今日本の借金は1,000兆円を超えて約10倍­となり、また、子供の教育問題も大きな岐路にたたされております。
この講演の中に日本が蘇るヒントがあるのではないかと思います。そして、日本が蘇るの­には、今が最後のタイムリミットではないでしょうか?
是非とも、この映像を多くの方に見て頂き、行財政改革についてより一層の関心を持って頂くことが日本の蘇る手引きの一助になるのではという思いから、この講演映像を配信する­事に致しました。
ご覧頂きました皆さま方で、明るく、豊かな日本にしていきましょう。
金井福則

294凡人:2019/11/22(金) 14:35:41 ID:aa/QkHo60
高経大直属応援団とは
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/endantoha.htm

大学直属の応援団

高崎経済大学直属応援団は、名誉顧問に公立大学法人高崎経済大学理事長、特別顧問に同窓会会長と(財)高崎経済大学後援会代表理事、最高顧問に学長、更に教授7名に顧問団を形成して戴いており、大学公認の直属応援団です。入学式・卒業式・公式行事等に関与するのは、私たちが大学から高い信頼を得ているからであり、世間一般に悪いイメージでとらえられている旧態依然とした応援団とは違う、近代的な体質の応援団です。

高崎経済大学直属応援団の現状

高崎経済大学直属応援団は現在、附属吹奏楽部も含めて約80名に及ぶ人員を擁し、団の中にいくつもの部を有する総合団体として、且つ大学直属という高い信頼を戴いています。弊団は創団50年の歴史を有し、『人を応援するに足る自己の陶冶』を基本理念に掲げて活動をしています。これは他人を援助し、応援するには自分にそれだけの力量が必要である事を知り、それに近づこうとするところに成長の意義と価値を見出そうとする理論であり、他大学へも啓蒙しているところです。又、竹内健総監督の御指導のもと、基本理念に近づく為の具体的な行動規範として応援団活動を『実学』を学ぶ場として考え、諸活動に邁進しています。
現在弊団では、旧態依然とした応援団というイメージを払拭し、更に一層合理的なものを目指して、大学諸行事への公式参加、大学内の各部の応援・壮行式はもちろんの事、この様な活動を通して、全ての学友との連帯感を強め、親密な関係を構築しています。

尚、応援という意味を幅広くとらえ、更には公立大学である事の特色を生かし、日頃御世話になっている高崎市民の皆様に対するボランティア活動にも力を入れています。

『実学とは?』
礼法・決断力・勇気・相手側からの思考の分析・臨機応変の身の処し方等といった、大学の講義では学ぶ事の少ないものの、一般社会に出て実際に役に立つ能力を修得する事です。

『応援団は暴力的なのでは?』
当団では、暴力を否定しています。ところで、暴力とはどの様な事を指すと思いますか。例えば人を殴ったり、蹴ったりする事でしょうか。それを暴力とするならば、格闘技は暴力になってしまいます。座禅の際、警策で打たれる事は素手よりも物を使った暴力となってしまいます。或いは、相手に遭わなくても夜中のいたずら電話や不幸の手紙等はどうでしょう。私達は理不尽に人を傷付ける言動、行為の事を暴力と考えています。逆に、もし自分の恋人が暴漢に襲われようとしている時、あなたはどの様な行動をとりますか。拳を振り上げても自分の恋人を守るでしょう。この時の戦いに、殴る・蹴るがある場合、これも暴力でしょうか。私達は正当防衛を暴力とは思いません。

では暴力とは何でしょうか。当団ではこの様に考えています。暴力とは理不尽な行為の事であり、それは受けた側の人が判断するものと思います。例えば、前に述べた座禅の警策は、たるんだ自分の気持ちを瞬間的に立て直すものと考えれば、警策を打たれた人は、合掌し頭を下げ、感謝の意さえ表わします。つまり、その相手からの行為を自分の為と受け取った場合、それはその人によっては暴力と考えにくい事もあるでしょう。私達は、理不尽な行為を暴力と呼び、正義の為の正当防衛は、暴力には当らないと解釈しています。自らの命や、かけがえの無い家族・友人を守る為には
時に力も必要であるという事です。それらを踏まえた上で、本団では総合護身術の訓練も行なっています。
又、応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・相手側からの思考の分析…を学ぶ組織でもあり、従って、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐いというイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要と思って居ります。

295凡人:2019/11/22(金) 19:58:49 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学という名の高校。

この大学にしてこの応援団の頭の中身。全学生の代表として君臨する我が高崎経済大学直属応援団の団員の考え方がよくわかって面白い文章が上である。オフィシャルサイトから拝借したもので、誰もが読むことができる。どこの大学でも、出来の悪い学生はつきものだ。普段無視し、まったく問題にならない。ところが、なぜここで大きな問題として取り上げるか。それは高崎経済大学の場合、大学直属であり、応援団の団員が高崎経済大学の現役の全学生・学院生の学生代表として大学側で取り扱われるからである。またその応援団は同窓生/卒業生にとっても同窓会という形で、同じ役目を担っている。入学金やその他学費等や、あるいは同窓会費等の形で、現役学生・院生や同窓生から徴収している金額。払い込みしている学生・院生やその父兄等は、大学直属応援団の活動内容を知り、納得しているのであろうか。彼らのお金が直属応援団にどう使われているかの詳細を知る必要があろう。ところがそういう金額について何も問題にならないようだ。

凡人は本を読むのが好きだ。日本文・英文にかかわらずである。自己紹介を含め、あることを説明する文章にはまず論理性が必要だ。それがないと話になんの説得力がない。こうした書き物の命といってよい。ここにはそれがあるだろうか。凡人には大学生級の論理性が感じられないと言いたい。

インターネットやその他には、難しい言葉をたくさん羅列した意味のない文章があふれている。逆に小学生や中学生でもわかる言葉であるが、凡人をうならせる文章に出くわすことがある。豊富な知識や経験や優秀な人間ならだれもがもっている批判的考察。それらがなければ到達できない意見や感想やその論理性に感動する。そういった論理は中学・高校・大学で得た学習の成果だろう。またあるいはそれ以外、まったくの個人の努力で養成されたもの。正規の学校だけが学習の場ではないといいたい。

たくさんの書き物を読み込んでいると、当然だがその書いた人間のレベルが自然に読み取れる。だから凡人の応援団のこうした書き物を読んだ感想は、よくて中学・高校レベルという結論に達する。書き手は読書家ではない。多分勉強嫌いだろうということも容易に予想される。

どこが悪いのか。大学生が書いたものと言われたら驚く程度の問題だが、その結論に達するヒントは一つではない。時間がないので、すべてに触れることはできないが・・・・説明するとこうなる。

最初から物凄い。

高崎経済大学(高経大)の現体制の生い立ちに何度も触れているが、思想選抜された教員たち、理事長を含め、大学直属応援団の顧問団とはどんな集まりかを最初に知る必要がある。例えば初代で現理事長の高木賢氏や昔八木秀次氏も以前顧問であったというだけで、顧問団という集まりがどんな思想的集団かわかるはずだ。

そして言う「入学式・卒業式・公式行事等に関与するのは私たちが大学から高い信頼を得ているからであり」。こういう場合、信頼なんて言葉使うの不自然じゃない?例えば、今は知らないけど日本の株式会社には「総会屋」なるものが存在した。民主主義を具現化した会社組織で恒例の株式総会に「総会屋」なるものが現れる。同じ論理でいけば、この総会屋は会社側から高い信頼を得ていたということになる。さらに皮肉屋の凡人に言わせれば、この大学は公立大学でありながら、裏口入学をやってのける大学。暴力団幹部と学長のなれ合い大学。それが日本全土にニュースで暴露されても、学長として問題でない大学。スキャンダルが絶えない大学。そんな大学側に絶大な信頼をもらっている応援団とはすごすぎるだろ。
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296凡人:2019/11/22(金) 20:00:17 ID:aa/QkHo60
「旧態依然とした応援団とは違う、近代的な体質の応援団」何が旧態なのか、何が近代的なのか?何を定義に言っているのか、論理の飛躍と申しましょうか、不思議な文章が続く。

「大切な学友を守る」なんてカッコいいことを言うが、応援団の歴史は学友を守る歴史ではなかった。現実は大学・市長の権力側の犬となって、学友を裏切り、学生たちが起こした民主主義を真っ向から潰しにかかった団体である。ここでいう「大切な学友」とは高経大の学友のことではない。ただ応援団と行動を共にする仲間たちを指すのであろう。

また「暴力の否定」とか言っているあとで、正当防衛の話を持ち出している。誰も正当防衛が暴力だなんていう人は少ない。そんなのは現行の憲法下の法律だって、警察だって正当防衛は認めていること。正当防衛も暴力とする人はいないことはないが、無視してかまわない程度。また「座禅の警策」を暴力か否かを議論するのは愚の骨頂に思える。そこに行くか行かないかは個人の自由だからだ。暴力をいうならば、生徒に対する先生による体罰とか親が子にする体罰が社会問題になっているが、そうした暴力に対する重要な問題がいくらでもある。ただここに取り上げている事例は、みな自分の意見を正当化するために、都合のよいものだけを引き合いに出している感を否めない。

「暴力の否定」を取り出すならば、暴力や恐喝を売り物にする暴力団に対する見方はどうか。直属応援団の産みの親である高崎経済大学学長故三潴信吾氏はなんとその暴力団の幹部と一緒に盃を交わす仲であった。当時、その幹部は学長室にもしばし来てたというから、当時の応援団団員とも顔なじみであったと言われてもまったく驚かない。また、「暴力の否定」がもし本当とすれば、戦争とかに言及するのが普通であろう。ところが、ここでは一切触れていない。隣国中国その他の地で、なんの罪のない婦女子供を銃剣で刺し殺し、武力でその土地を奪い、満州国を建設したような日本の歴史。岸信介のような東大卒をたくさん含む日本人が率いる天皇軍が過去に犯した侵略戦争の数々。それこそ戦争は「正義」無き暴力そのもの。それに対してどう思うか。中国や東南アジアからの留学生が少なからず勉学している高崎経済大学である。その中にあって、高経大の直属応援団は大日本帝国陸軍で玉砕した高崎15連隊を賛美する歌や演舞を自ら創作し、自慢し、公式として市民の前で公開演舞している。その事実は何をいったい意味するのであろうか。

その外にも、意味不明、矛盾する箇所がところどころに目に付く。ここまで来て、この文章から右翼の共通点を教えられる。右翼/右翼思想傾倒者は高学歴の肩書を持つものから街のチンピラにいたるまで存在するが、その共通点は何であるか。それは喧嘩するとか、肉体的に暴力をふるうとかいうのではない。そこに共通する点は自己正当化のために、矛盾することを平気で言ってはばからないことである。矛盾していることさえわかっていないのではないかと疑う。あるビデオの中に、右翼暴力団の活動家が「日本の右翼は人種差別ではないんですよ」とインタビューで断言的に答えている場面があった。そのあとのまったく違う画面で、マスコミ関係者やインタビュー者は近くにはいないが、「中国語でも話そうもんならその場で殺しちゃえ。」恐ろしいことを叫んでいる右翼活動家の言葉が聞こえる。彼らには矛盾が存在しない。わからなければまったく問題にもならないのである。
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297凡人:2019/11/22(金) 20:01:26 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学直属応援団によりますと、「私達は、理不尽な行為を暴力と呼び、正義の為の正当防衛は、暴力には当らないと解釈しています。自らの命や、かけがえの無い家族・友人を守る為には時に力も必要であるという事です。それらを踏まえた上で、本団では総合護身術の訓練も行なっています。又、応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・相手側からの思考の分析…を学ぶ組織でもあり、従って、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐いというイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要と思って居ります。」

「正義のための正当防衛」ー日本が始めた隣国への侵略戦争が、右翼の手によると「正義のための正当防衛」になる事例を紹介しよう。アメリカ連合軍に無条件降伏した日本。その第2次世界大戦での日本とは何だったのか、戦後70年以上経つ今、彼らによるとこうなります。つまり、いわゆる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」などは中国や韓国のまったくのでっちあげで存在しない。大東亜戦争の真実は日本の正義の為の日本の正当防衛の行使であり、欧米列強による植民地支配からアジアの同胞を救い、人種差別を打ち砕く正義のための戦いであること。その戦争の結果、ようやくにして東南アジアの諸国は独立を果たすことができ、すべては万々歳となった。東南アジアの諸国は今でも日本に感謝しています、と。日本昭和史の美化。実に美しい日本である。 

最後に指定暴力団『山口組』の綱領を紹介して終わりにしたい。高崎経済大学直属応援団が違う違うといいながら、犯罪集団・暴力団の綱領と見比べると、なんらその違いがないことに気が付く。言葉は違っても意味するところはとても近い。そのことは、とても興味深い。書いたり言ったりすることはいくらでもできる。その真意を証明するのはその行いであり、またその歴史である。歴史を知ってのみ嘘を見破ることができる。右翼はそのことをよく知っている。じゃ、いっそのこと悪い歴史は消しちまえ。証明としての歴史を嘘や偽り、事実の隠ぺい、改ざんで、過去を抹殺。その試みは彼ら右翼の常套手段である。安倍首相を見るがよい。国会という重要な場ですらやってのけてしまう。子供に道徳教育の必要性を説く右翼。ところが道徳とは国民のみが守るものであって、特権階級の安倍ではないと言わんばかりである。事実があまりにも言っていることとかけ離れているために、歴史的事実を曲げてのみ自己正当化が可能。この逆立ち戦法が日本の権力たちのあいだで流行っている現象は今も昔も変わらない。成功するかは別として、自己正当化の究極だろう。右翼の極意である。

『山口組』綱領
山口組は侠道精神に則り国家社会の興隆に貢献せんことを期す。
一、内を固むるに和親合一を最も尊ぶ。
一、外は接するに愛念を持し、信義を重んず。
一、長幼の序を弁え礼に依って終始す。
一、世に処するに己の節を守り譏を招かず。
一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる。
この5か条の「綱領」は田岡三代目時代に制定されたもので、定例会などの行事の際に唱和される。加えて、年度ごとに定められる「組指針」がある。
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298凡人:2019/11/30(土) 04:57:30 ID:aa/QkHo60
欧米の歴史学者も認めている「従軍慰安婦」は中国や韓国のでっち上げか-----

「女の耐久度」チェックも! 産経新聞の総帥が語っていた軍の慰安所作り
2014.09.07 08:25
https://lite-ra.com/2014/09/post-440.html

『いま明かす戦後秘史 下』(サンケイ出版)

 朝日新聞の慰安婦報道の失態で勢いづいている右派・保守陣営だが、中でも、一番大はしゃぎしているのが産経新聞だろう。産経は慰安婦が政治問題化した1990年初頭から、慰安婦の強制連行はなかったと否定し、河野談話や村山談話を批判、慰安婦を記述した教科書を糾弾するキャンペーンを展開してきた。

 さらに同紙の社説にあたる「主張」や月刊オピニオン誌「正論」では、強制連行の否定だけでなく、慰安婦は「民間業者が行っていた商行為」で、「自ら志願した娼婦」。日本軍は従軍慰安婦に「性病予防対策などで関与していた」だけ、「公衆衛生面で関与していた」にすぎないという主張を繰り広げてきた。

 そして今回、朝日が「吉田証言」の間違いを認めた事で、こうした自分たちの主張がすべて正しかったと勝ちどきをあげているのだ。

 97年に結論が出ていた「吉田証言」の虚偽を朝日が今になって認めたというだけで、どうしてそういう結論になるのかさっぱりわからないが、とにかく産経は自信満々で、日本軍に慰安婦の責任はまったくないかのような論調を繰り広げている。

 だが、彼らは自分たちの会社で中興の祖とあおがれている人物が、その「軍は公衆衛生面で関与していただけ」という主張をくつがえすような衝撃的発言をしていたことを知っているのだろうか。

 その人物とは元産経新聞社長で、フジサンケイグループ会議議長だった故・鹿内信隆。鹿内は日経連専務理事からニッポン放送、フジテレビを開局して社長を歴任した後、産経新聞の経営権を握り社長に就任。現在、フジサンケイグループの原形を築き上げた人物だ。その権力と政治力は絶大なものがあり、1990年になくなるまで、事実上のオーナーとして同グループを独裁支配。経営方針だけでなく、現在の同グループのタカ派的な姿勢もすべて鹿内がつくりあげたものだ。

「鹿内さんは産経新聞社長に就任時するや同紙を反共タカ派の拠点にする方針を掲げ、自分にさからうリベラルなスタンスの社員のクビを片っ端から切っていった。800人に及ぶそのリストラの凄まじさは当時、マスコミ界でも“産経残酷物語”といわれたほどです。こういうことがあって、産経は今のゴリゴリの右派一色に染まった訳です。この鹿内さんのDNAはもちろん、現在の経営陣、編集幹部にも引き継がれています」(産経新聞OB)

 その鹿内は戦中、陸軍経理部に招集されていたのだが、産経新聞社長就任後に桜田武・元日経連会長との対談集『いま明かす戦後秘史』(サンケイ出版/絶版)を出版。陸軍時代の思い出話をこんなふうに語っている。

「鹿内 (前略)軍隊でなけりゃありえないことだろうけど、戦地に行きますとピー屋が……。
 桜田  そう、慰安所の開設。
 鹿内  そうなんです。そのときに調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった」

 鹿内は召集後、1939年4月から9月にかけて陸軍経理学校で軍の後方支援のノウハウを学んでいたのだが、そのときに、慰安所の作り方も叩き込まれたというのだ。しかも、その内容は今、右派メディアがしきりに喧伝している「公衆衛生の管理だけ」というようなレベルではない。鹿内の発言に「調弁する女」という表現が出てくるが、「調弁」というのは軍隊用語で兵馬の糧食などを現地で調達するという意味。つまり、これは陸軍が慰安婦の調達に関与していたということではないのか。

 さらに衝撃的なのが「女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか(中略)といったことまで決めなければならない」という発言だ。当時の日本軍が現地の女性を完全にモノ扱いし、どんな女がいいのかを品定めする作業までをも士官に命じていたことを証明するものだ。

 断っておくが、この鹿内発言は老人の妄想でも記憶違いでもない。靖国神社の一角に靖国偕行文庫という図書館があるのだが、そこにこの鹿内発言を裏付ける一冊の本が所蔵されている。

 300ページ以上はあろうかという分厚いその本のタイトルは『初級作戦給養百題』。昭和16年に陸軍主計団記事発行部が発行した、いわば経理将校のための教科書だ。
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299凡人:2019/11/30(土) 04:59:11 ID:aa/QkHo60
 表紙はハードカバーで、「日本将校ノ外閲覧ヲ禁ス」という文字。その9ページ目、第一章総説に、師団規模の部隊が作戦する際に経理将校が担当する15項目の「作戦給養業務」が解説されているのだが、その最後の項目「其他」の解説に以下の任務が列挙されていたのだ。

1 酒保ノ開設
2 慰安所ノ設置、慰問団ノ招致、演藝會ノ開催
3 恤兵品ノ補給及分配
4 商人ノ監視

 ようするに、陸軍の経理将校向け教科書に任務として「慰安所ノ設置」が掲載されていたのである。軍が関与したのは衛生面の管理だけという保守派の主張が、明らかな嘘だということがよくわかるだろう。

 もちろん、こうした事実を産経新聞をはじめとする右派、保守派が知らなかったわけはない。少し前に中曽根康弘元首相が「土人女を集め慰安所開設」していたという戦時記録を紹介したが、今回は自分たちが中興の祖とあおいでいる人物が自社の単行本で軍の組織的な関与を認めていたのだ。

 しかも、中曽根元首相の証言でも明らかになったように、軍は現地で娼婦でない女性たちも徴収している。これでほんとうに、従軍慰安婦のことを「自ら志願した高級娼婦」などと信じているとしたら、どこかおかしいとしか思えない。

 ようするに、保守系メディアはこうした事実を知っていながらそれをネグり、あらかじめ強制連行の定義を「軍が銃剣を慰安婦に直接突きつけて連行した」という非常に狭いものに限定し、それを否定することで、巧妙に情報を誘導してきたのである。朝日が歴史を捏造したというなら、産経をはじめとする保守メディアもまったく同罪なのだ。

 しかも、中曽根首相、今回の鹿内信隆フジサンケイグループ元議長の発言でもうひとつはっきりしたことがある。それは、彼らが従軍慰安婦に対していささかも自責の念を抱いていない事だ。それどころか、まるで笑い話のように、「慰安所をつくってやった」「女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとかまで決めなきゃならない」と語っている。

 狂気のるつぼだった戦中ならともかく、戦後20年以上たってもこんな発言を嬉々としてできるというのは、そのベースに「女性はセックスのための使い捨ての道具」という差別意識が横たわっているという事に他ならない。そして、このメンタリティは、従軍慰安婦像に紙袋をかぶせるような性差別ギャグを嬉々としてほめたたえる今の右派メディアや嫌韓本、百田尚樹などの右派言論人にもしっかりと引き継がれている。
 
 彼らの姿が今の日本人を代表するものだと思われているとしたら、それこそが「日本の恥」ではないか。
(エンジョウトオル)

最終更新:2015.01.19 06:01
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300凡人:2019/12/08(日) 01:01:28 ID:aa/QkHo60
偶然このサイトを見つけた。評判やうわさが本当であるか只の嘘であるか。その歩んだ「真実」の歴史を見れば一目瞭然であるが、不思議にもそこには一切触れていない。ヒトの履歴書にある経歴や学歴が雇入れる会社にとって最重要と同じに、大学の歩んだ歴史でその大学の価値がわかると言っても間違いではない。その歴史を知れば、大学の過去や現在がわかるばかりか、将来も推測できるというものである。以下は記事のコピペである。凡人がすでに高崎経済大学について書き並べたこととは意外にも、大きな違いが見つからない。この記事を読むだけでもある程度はわかる。例えば、意識の高い優秀な高校生(例外はあるものの、県内一位・二位を争う伝統ある進学高校生は敬遠する)は入ってこない。楽しく遊べて、難なく卒業でき、就職する大学。「商業高校」に毛が生えた程度の大学ということがわかる。そういうことを含めて、曖昧な言い方や気になる言葉を次のポストで凡人流に翻訳・解説してみたい。笑
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24 APR 2019
高崎経済大学の評判と偏差値【群馬県ではトップレベルに難しい】
by kpbiz0
https://life-hack-lab.com/gakureki/takasaki-keizai/

こんにちは!今回は高崎経済大学の評判について、卒業生の方にインタビューをしてきました。結論から言うと、高崎経済大学の経済学部は群馬県の中では最もレベルが高いです。群馬大学に経済学部がないということも大きいと思います。それでは、さっそく高崎経済大学の評判について見ていきましょう!今回インタビューをした方は高崎経済大学地域政策学部 です。

高崎経済大学の評判まとめ
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#高崎経済大学の偏差値
◇経済学部…偏差値57.5 ◇地域政策学部…偏差値55

#高崎経済大学の学生の学力レベル
Marchに受からなかったレベルの学生が多い

#高崎経済大学の学力レベルを他の大学と比較すると、
駒澤大学<高崎経済大学<法政大学 といった印象。

#高崎経済大学の世間からの評判
地元では一番の大学だとされている。とは言っても高崎経済大学のある群馬県は大学の数も少なく、厳密には群馬大学の医学部もあるため、一番とは言えないと思いますが、文系だけで言えば確かに一番だと思います。北関東にある他の国公立大学よりもキャンバスがキレイで、コンパクトな敷地で移動も楽だったので良かったのではないかと言われたことがあります。

地方の信用金庫などに就職すると、それなりに高学歴扱いされると友人に聞いたことがあります。 あとは当たり前の話ですが公立なので学費が安く、コスパの良い大学とも言われています。比較的合格しやすい大学ではありますが、社会に出ると国公立大学の卒業生として、それなりに優秀であると評価してもらえます。

スポーツは弱いと言われており、どこに行っても弱小扱いされています。高崎市内の飲食店には必ずどこかしらのサークルに所属してる学生が見られますが、バイトに力を入れすぎて学業が疎かになっている学生が一定数いることも有名です。

#高崎経済大学の学生の様子
平凡である程度真面目な学生が多いです。特別優秀な学生も少なければ、特別能力が低い学生も少ないため、平均的な知能という考え方を持つ学生も多く、実際就職先を見ても、多くの学生が地方銀行、信用金庫、公務員、中堅会社を志望し、就職しているところからもわかると思います。一流大学のように、非凡で型破りな学生も少ないので、ある意味刺激的な出会いは少ないかと思います。また、一流企業や官僚、弁護士など高給取りを目指さない傾向があるので、人脈が作りづらかったり、そういった価値観が生まれにくい側面もあるかと思います。

しかしながら、性格的に扱いにくい学生や、型破りなことをする学生も少なく比較的周りとの協調性がある学生が多いので、無難に楽しく過ごすには非常に良い環境かと思います。学業に関しては特に熱意があるという訳でもなく、単位を取れるように最低限の力を注いでる学生が多いです。

また、真面目に受講する学生もいれば、寝てしまってる学生もいます。教授によってかなり違うというのが正直なところで、とある先生はマナーや礼儀に非常に厳しいため、遅刻はおろか居眠りやスマホ操作する学生は一人もいない講義もあります。一方で、半分くらいの学生が眠ってしまうような講義もあります。学生からの発言やアウトプットを重視する教授の授業には、一部の熱心な学生が積極的な授業参加をしています。
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301凡人:2019/12/08(日) 01:04:15 ID:aa/QkHo60
#高崎経済大学の就職先について
学部問わず、中堅の地方銀行や、信用金庫、地方公務員に就職する学生が多いです。 一方でビックバンクや大手上場企業に就職できる学生は少なく苦戦していると思います。地域政策学部からは、大手旅行会社に就職していくケースも多いみたいですが、離職率も高いらしいです。

中小企業に就職する学生も非常に多く、就職活動前半でビックバンクや優良地方銀行、大手企業の営業や経理、事務を志望していきますが、実際就職することができず、中盤以降少しずつレベルを落として、中堅地方銀行や信用金庫、中小企業への内定を掴むというパターンがとても多いです。MarchのようにコネもなくOBも少なく、教授と大手企業とのパイプも強くないため、学生数の少なさが多少影響しているかもしれません。

#高崎経済大学の良かったところ、悪かったところ
*良かったところ
①キャンパスがキレイです。特に7号館という新しい棟は特にキレイです。食堂も2つあり、そのうちの1つがこの7号館にあります。他の棟も掃除がしっかりされてるので、ある程度キレイだと思います。
②学費が安いです。あくまで公立なので、私立よりも安く済みます。あと周辺の家賃も安いですから独り暮らしもしやすいです。
③性格が良い学生が多いところです

*悪かったところ
①ゼミの魅力が薄いです。参加率の悪いゼミが非常に多いです。
②部活が弱いです。強い部活でバリバリやりたい人には、おすすめできません。
③駅から遠いです。市外から通う学生は高崎駅か、北高崎駅からバスで20分くらいかけて通うことになると思います。

#高崎経済大学に4年間通ってみていかがでしたか?
良かったと思います。理由は、自由に過ごせることができましたし、良い仲間にも恵まれたからです。休みの日は色々なところへ友達と遊びに行ったり、朝まで喋ったりして毎日楽しかったですし、困った時に助けてくれたり支えてくれた人たち出会えたことが財産になりましたし、周囲の人の大切さもよくわかりました。

また、教授にも恵まれたので、地域政策の知識だけでなく、人との接し方やPCスキル、経済学、英語なども楽しく学ぶことができましたし、単位もご厚意でいただけたこともあり、無事に卒業することができました。そういった経験が今、社会人としてとても役に立っており、学生生活は今にいきてます。あとは出会いに本当に感謝しております。

#高崎経済大学の基本情報
#高崎経済大学の住所と最寄駅
◇住所 〒370-0801 群馬県高崎市上並榎町1300
◇最寄駅 JR「高崎駅」西口よりバス乗り場2番(群馬バス)乗車⇒「経大前」下車。

#高崎経済大学の学費(4年間)
高崎経済大学の学費は以下の通りです(入学金含む)
経済学部…学費248万円
地域政策学部…学費248万円
奨学金情報や学費免除制度をはじめとした詳しい学費情報は、高崎経済大学の学校パンフレットでご確認下さい。

#今回のまとめ
いかがでしたでしょうか。
高崎経済大学の経済学部は群馬県の中では最もレベルが高いです。群馬大学に経済学部がないということも大きいと思います。また、奨学金やサークル情報などといった詳しい事を知りたい方は、高崎経済大学の学校パンフレットをお取り寄せ下さい。
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302凡人:2019/12/08(日) 06:01:28 ID:aa/QkHo60
「麻雀技術全般に言えることですが、初心者ほど暗記が重要で、上級者ほど自分で考えることが大切になります。」
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「初心者ほど暗記が重要で、上級者ほど自分で考える」。ふむふむ。こんな言葉が麻雀を学んでいたら出てきた。麻雀ゲームだけに使うとしたら、まったくもったいない。

日本は大学生になっても小中高と同じに板書を中心とした学習。期末試験で正解答案が書け、単位が取れる。それで卒業ができ、就職ができる。まったく困らない。もし自分で考えることが出来なければ、例えば簡単にカルト信仰に慣らされたり、他人の言うことを鵜吞みにして人生を終わるならば、まったく人間として初心者で人生が終わるのと解しても間違いではないであろう。

最近になって麻雀を勉強している。現役学生時代にはよく学友が麻雀を楽しんでいるのを、こたつを囲んで横目で羨ましそうに見ていた。けれど大学時代は超忙しく、麻雀をやってる場合じゃなかった。ハリウッド映画を見ても、中国系の国々で、庶民レベルで人気があることがわかる。麻雀ゲームは昔は覚えるのが難しく感じていたが、学習するにつれ、そうではなさそうである。中国語の言葉を覚えるのに少し閉口はある。お金を賭けないで、友人とゲームを楽しむだけなら面白そうである。日本の麻雀ルールを学んでいるが、普段は日本人とまったく会わない。日本人よりシンガポールや台湾を含む中国系アメリカ人とよく会うので、将来は中国人との麻雀が楽しめるようになりたいと考えている。

303凡人:2019/12/09(月) 10:07:35 ID:RjleDHaQ0
日本の過去の歴史をきちんと知らないで、右翼の「美しい日本」を鵜呑みにできる大学生がいること自体稀であるし、しかもそれが最高学府の大学の顔になるなんてありえない。冗談の世界である。大学とは真理や正しい知識が何よりも優先、重んじられ、それらを学生たちに伝授する教育機関だと信じるからである。リーダー養成機関としての重要な役目を担う大学において、真理や正しい知識の伝授なしには学生は日本や世界をリードする人物には育たない。それが民主主義の世界である。その意味からすると、安倍晋三氏も日本のトップの総理にはなれないはず。故に、もし日本が民主主義の国だったら、高崎経済大学は大学にあらず。では何と他に呼ぶか?レベルから判断して便宜的に高校と呼んでいる。それも普通高校ではない。卒業後はほとんどが就職、それに就職先も似通っているので商業高校がよいであろう。日本の伝統ある商業高校を軽く見ないで欲しい。卒業生のなかには日本を代表する一流トップ企業に就職する者が若干名いる。
******
Twitter から転載
沖縄県民なら知っている「沖縄戦で日本軍が沖縄住民に何をしたか」

・自決強要
・スパイと疑い虐殺
・投降しようとした住民を殺害、虐待
・ガマから強制的に追い出し
・食糧強奪&脅迫

沖縄戦では県民の4人に1人が死亡。さらに日本軍は日本人ですら平気で殺した。
歴史の授業で時間かけて教えるべき

304凡人:2020/01/08(水) 13:33:21 ID:aa/QkHo60
中曽根康弘氏と高崎経済大学。

先に、故中曽根康弘氏と高崎経済大学との関係にはちょっと触れているが、深い付き合いであったことには間違いない。その中曽根康弘氏という人はどんな人なのか、表の顔はほかのいくらでも記事になっているが知らない面、彼の書いた歌を紹介したい。

「憲法改正の歌」 中曽根康弘・詞、明本京静・曲 youtu.be/x21PiXfWxSg
明本京静と言えば、高崎経済大学の学歌の作詞作曲もこの人の手による。

中曽根康弘氏が主役を演じた慰安婦強制連行はこちら youtu.be/vWyzRhCp77g

1 嗚呼戦に打ち破れ
  敵の軍隊進駐す
  平和民主の名の下に
  占領憲法強制し
  祖国の解体を計りたり
  時は終戦六ヶ月

2 占領軍は命令す
  もしこの憲法用いずば
  天皇の地位うけあはず
  涙を呑んで国民は
  国の前途を憂ひつつ
  マック憲法迎えたり

3 十年の時は永くして
  自由は今や還りたり
  我が憲法を打ち立てて
  国の礎築くべき
  歴史の責を果さんと
  決意は胸に満ち満てり

4 国を愛する真心と
  自ら立てて守るべき
  自由と民主平和をば
  我が憲法に刻むべし
  原子時代におくれざる
  国の理想を刻まばや
(この節は吹き込まれて居りません)

5 この憲法のある限り
  無条件権降伏続くなり
  マック憲法守れとは
  マ元帥の下僕なり
  祖国の運命拓く者
  興国の意気に挙らばや

ーーーーーー
Wikipediaよりー
「憲法改正の歌」(けんぽうかいせいのうた)は、1956年(昭和31年)に発表された日本の楽曲である。後に内閣総理大臣となる中曽根康弘の作詞で、明本京静が作曲した。

発表当時、衆議院議員在職5期目で「押し付け憲法論」の最右派として“青年将校”の異名を取っていた中曽根が「自主憲法制定」への思いを全5番の歌詞に込めたものである。1953年(昭和28年)にサンフランシスコ講和条約が発効し、進駐軍が撤退した後も日本国憲法は「マッカーサーによる押し付け憲法」として国民に無条件降伏の屈辱を強いているという否定的評価より“マック憲法”と呼び、4番では原子力開発の必要性を説いている。

1956年(昭和31年)4月13日に東京宝塚劇場で自主憲法制定期成同盟が主催する発表会が行われ、作曲を手掛けた明本京静と後に自民党公認で参議院議員となる安西愛子のデュエットにより初演奏が行われた。その後も散発的に憲法改正論議の中で紹介される場合があり、作詞者の中曽根自身も後年に著書『日本の総理学』で1番と4番を取り上げている。

2016年(平成28年)時点でも、中曽根は新年会や誕生会でこの曲を歌うという。

305凡人:2020/01/08(水) 15:24:45 ID:aa/QkHo60
中曽根康弘氏と高崎経済大学。

上の中曽根康弘氏作詞・明本京静作曲の軍歌調の歌は安倍晋三大学こと、高崎経済大学の学歌として唄われたとしてもなんら違和感がない。たいした成績を残せない体育系クラブにも関わらず、応援団だけ目立つ異様な右翼公立大学。日本国憲法がまずもって理解できない、民主主義や人類の進歩を反故にする勢力に加担する三流級の教員たちでかためた、正にこの大学の校風とぴったりはまっているではないか。

こんな歌作っておいて、”ロンヤス”をうたい文句に当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンと仲良くする中曽根康弘氏という詐欺師的人物像がうかがい知れて面白い。右翼や左翼には矛盾だらけの、矛盾していることに自らがわからない人物像がたくさん暗躍しているが、彼はその一人なのだろう。

306凡人:2020/01/08(水) 16:04:50 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学ー知の拠点が笑わせる。この大学にないもので、必要なのは正しい知であり、それを支える良心である。

俺この学歌は在学時代、すきだったんだよな。覚えやすいメロディーと詞が実によい。特に「高崎経大 われら若し 真理を求めて つねに若し」のところ。大学の存在価値である学問を通じて真理を求める、しかもその精神は決して年をとらない、意気揚々とした若さで。ところがである。だんだんこの大学の醜い反民主主義を貫く歴史と現在をみてきて、その実像がわかった今、詞の中の言葉がすべて虚構の世界であり、中身が一切ないことがわかる。馬鹿げていて、歌う気がまったく失せる。嘘でしかない歌・この学歌・校歌を声たからかに歌う人の気が知れない、笑。中曽根康弘氏の「憲法改正の歌」のほうが、この高崎経済大学の実像を浮き彫りにしており、学歌にすればよいと思う、笑。中曽根康弘氏の歌は真理から目を覆い、時代錯誤や時代遅れなところが、この大学にまさにふさわしい歌と言えるだろう。
*****
高崎経済大学学歌 明本京静作詞・作曲

1
高崎経大 われら若し
真理を求めて つねに若し
西に妙義 浅間 北には榛名
きびしき試練の 嵐に耐えて
雄々しく学ぶ われら 高崎経大

2
高崎経大 われら尊し
人たる道をば ゆきて尊し
時流は如何に 荒れ狂うとも
愛 慈悲 仁の観音山を
のぞみて学ぶ われら 高崎経大

3
高崎経大 われら強し
天に合して ひたに強し
世界歴史の 流れをみつめ
日本文化の その三ツ扇
かなめを学ぶ われら 高崎経大

307凡人:2020/02/12(水) 18:16:31 ID:uliNLMcY0
UCLAの日本人留学生たちの実態ー当たらずと雖も遠からず

日本人学生は中国からのインターナショナルスチューデントと比べるとあまりお目にかからない。貴重な存在と言える。笑い。中国人留学生たちはプリメド、コンピューター、経済、建築、アンダーグラジュエイトや院生、Ph. D.などなど幅広く存在する。つい最近、anthropology を専攻する韓国からのアンダーグラジュエイトの女子留学生と話した。彼女は中国人留学生がなんだか怖いと意味が不明なことを言っていた。察するに、UCLAでは中国人留学生がアジア人の中でも数の上で圧倒しているからだろうと思われる。過去にUCLAの日本人留学生とは数人に出会った。アンダーグラジュエイトでコグニティブ・サイエンスを専攻していて、日本語を不自由なく喋れるUCLAの男子学生に出会ったが、日本ではインターナショナルの高校に通っていたと言っていた。一年前にも話した慶大卒で社会にいったんでて、UCLAのアンダーソンMBA院大学に入学した男子学生。彼がいうには9人ぐらい日本人学生が在籍していると言っていた。そこのPh. D.を勉強しているケンブリッジ大学卒の日本びいきの英国人学生と話したことは前にも書いた。それも一年前の話かな。その慶大卒の学生がいうには、詳しくは聴けなかったが、ほとんどは東大卒程度の学費も国から支給されての留学である。それから後に、UCLAのロースクールと経済学部の院にいる日本人留学生各一人と半年前ぐらいに出会い話した。ロースクール学生は奥さんと思われる無口な女性同伴である。彼によると、ロースクールに在籍する日本人留学生はほとんどは東大卒ですでに弁護士試験を受かり、弁護士になっている人が主らしい。20人前後いるらしい。務めている事務所/会社から出張というかたちで学費を支給されている人たちだ。経済学部の院も、ロースクールと同じような日本人留学生の状況である。若い顔をしている彼は、イエール大学の法律学部にもいたとほのめかした。UCLAは州立と言えども、海外留学生の学費は半端なく高い。州立で安い学費の対象になる学生はカリフォルニアを地元にする学生のみ。

308凡人:2020/02/12(水) 18:19:34 ID:uliNLMcY0
民主主義の敵である高崎経済大学ー理事や教員や同窓生は民主主義の正当性、妥当性、高尚性、未来性が理解できない集団。民主主義を教えるどころか、民主主義を圧殺した大学。仮に優秀な教員が大学に就職しても、長くは居ない。過去の歴史から、大学コミュニティーでも、高経大の本性はよく知られている存在で、大学教員を目指す優秀な人材は避けると思われる。東大院卒がいるがほとんどはロンダリング。意識の高い学生は入学しないか、仮面入学。大学もどき学校。安倍晋三大学ー過去から言えることは、レベルが低い嘘八百大学。そんな大学が就職率99%を誇っても、まともに取れない。就職のために応援団に入ったと自己紹介した女子学生がいるように、それが何を意味するかは問答無用、就職のためなら何でもする学生たちなのであろう。大笑。就職率よりもどこの会社に就職できたかのほうがより重要とおもうのは凡人だけか?第一に経済学部は就職率が他の文科系の学部より高くなるのは必然である。経済学部を有する他大学の就職率と比べるのも一理ある。だがやはり、就職の量より質が大きく議論されるべきであろう。日本を代表する他の大学の就職先と比べるとより、高崎経済大学の就職に関しての真実が明確になる。逆に「OB・OGによる手厚い支援」があってこの程度。支援がなくても日本を代表する一流と目されている会社に就職している他大学、たとえば同じ公立でしかも歴史の浅い国際教養大学の存在はなにを意味するのか、考証する必要がある。やはり大学は教員と学生の質で就職のよし悪しも決まるといえるのではないだろうか。
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高崎経済大、就職率99% 学生の意識向上カギ
2020/2/5 17:31日本経済新聞 

高崎経済大学(群馬県高崎市)は経済学部と地域政策学部の2学部6学科からなり、4000人以上の学生が通う。就職率が99%と高い背景には、入学後まもない1年生から始める就職指導とOB・OGによる手厚い支援がある。キャリア支援センター長の関根雅則氏に活動内容を聞いた。

経済大学という特性もあり、学生の就職先は金融関連が圧倒的に多い。2018年度卒業生の就職先は金融・保険業が経済学部で20.4%、地域政…

309凡人:2020/02/12(水) 23:40:56 ID:uliNLMcY0
UCLAでの中国からの女子留学生の場合。

中国の女子留学生で、UCLAのバイオロジーのPh.D.キャンディデートとの会話を忘れていた。数日前のつい最近の話。彼女はPh.D.をとったら中国に帰って、高校の教員になりたいと話してくれた。Ph.D.を持って高校の教壇って?といぶかしがったら、北京とか上海とかの大都市の周辺では給料もよく、そこでの教員への就職希望者がかなり多く、競争率が高いため、アメリカの有名大学のPh.D.というタイトルがあることで、競争に有利に働くということも計算にいれてあるらしい。へえそうなんだと感心したものだ。

このことからも、今現在の状況や未来の中国がどうなるのか、期待と羨望を同時に感じる。

310凡人:2020/03/05(木) 09:29:39 ID:mldCjOSY0
警察官の死の責任を負って無期懲役。その捜査は杜撰なものであった。つまり犯人の特定が極めて難しいケースであり、彼の牢獄は冤罪の可能性が高い。また殺人を犯しても、すぐ出所する受刑者もいる日本の刑法にあってである。冤罪のほうが凡人には今なお無視できない問題である。
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「刑務所医療 問題で病死」 警官殺害の元高経大生 遺族が国提訴
[2020/02/22]
 
 1971年に東京・渋谷の沖縄返還協定反対闘争で警察官を殺害したとして殺人などの罪で無期懲役が確定し、服役中の昨年5月に病死した元高崎経済大生、星野文昭元受刑者=当時(73)=の遺族が21日、刑務所の治療に問題があったとして、国に5500万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

 妻の暁子さん(65)は都内で会見し「死の責任を追及し、二度と繰り返さぬよう刑務所の医療改善のために闘いたい」と話した。

311凡人:2020/03/09(月) 08:00:01 ID:gtfItWFI0
“Every man dies, not every man really lives.” — William Wallace

312凡人:2020/03/23(月) 09:39:31 ID:mldCjOSY0
高崎経済大学と中曽根康弘氏と鮫島伝次郎

この3つの名前に共通するモノはなにか。その口からでるものはどれも信じられない、信じてはいけないということ。その多くが、単なる無知(博学ではない)からだったり、現状をよく見せるだけのトリックだったり、単なる嘘だったりと内容は様々だが。これらをあてにすると罰が当たる。日本の常識は世界の非常識と同様な意味合いであり、またこうも世界とネットで結ばれても、真のグローバル化には程遠いという意味も含んでいる。

鮫島伝次郎(架空人物)を知らない人もあるだろう。それは漫画はだしのゲンに出てくる人物。戦前と戦後の日本の敗戦に生き、戦前権力に喜んで迎合し、戦争を鼓舞しそれに従わない者を悪徳の限りを尽くしいじめぬき、敗戦後は自分は戦争反対をだったと平然と真っ赤な嘘をつき、そして戦後の市議会議員に立候補する。世渡り人。戦前には彼のせいでどれほどの人、家族らが身体的に精神的に虐待、傷つけられた事実も、なかったかのように振る舞う。その反省一切なし。良心の呵責はこれっぽっちもない。

それに似た人物は日本の政界にはうようよ(No Pan Intended)していそうだが、その中の一人に中曽根康弘氏の名前が浮かぶ。前にも書いたように、「日本・大韓民国・アメリカ合衆国・国際連合などで1980年代ころから議論となっている」旧天皇軍の慰安婦の国際政治問題。日本側ではそれを全面否定し、朝日新聞の作り事と世論を誘導している。そんななかにあって、真実はいかに。それにこたえられる筈の中曽根康弘氏は口を閉ざしたままで昨年の暮れに他界してしまった。まったく無視を決め込んでいた中曽根康弘氏とはどんな人間なのか、想像するがよい。また地震大国の日本に原子力発電の建設を推し進めた人物として名高い。改憲と原子力発電の推進するための歌詞を作った中曽根氏。その歌詞をつい前に投稿したので参照してほしい。世界の科学者が原子力発電の危険性の報告書や警告を出して誰もが手に入る段階でも、それを無視して建設に邁進した人物。2011年3月に起きた東日本大震災。今の福島県の惨状をみてどう思うか。数世代に及ぼす深刻な放射性による地域汚染で家を追われた住民たち。原子力発電の怖さを目の当たりに思い知らされた日本。それをみれば、彼の先見性または頭脳には大きな穴があることに気付かざるを得ない。

世界からすればそうでないが、東京大学はやはり日本のトップ大学。その大学はいやはや経済・文化と活躍する優秀な人材を輩出するが、その一方とんでもないモンスターを作り出す。いやすでに入学する当初から良心の呵責や自己責任感はないのであろう。ただ東京大学に入学できる者は試験勉強がよくでき、入学試験の筆記でよい得点がとれればいいのである。
(1の2)

313凡人:2020/03/23(月) 09:58:00 ID:mldCjOSY0
そんな人物中曽根康弘氏を祭り上げる高崎経済大学とは何ぞや。この大学は民主主義の敵。日本国憲法やその基礎になったアメリカ憲法を正しく知ることは、政治に社会科学性を持たせることで誰もが国政に参加できる健全なる社会の構築を目指すものである。ところが、それができないで明治天皇の教育勅語を信じる教授を学長に選び、それを大学教育の理念に教鞭をとった過去とその学長をいまも大学の基礎を築いたと敬う教授たち。宗教学校ならともかく、科学性を求める大学には無縁のしろものである。それがわからない愚かな教授たちが集う高崎経済大学。砂上の楼閣がまさにそれで、そこから進歩発展はまったく見込めない。建物が国立大学より新しいかそうでないかなんていう次元の問題ではない。この大学は何に貢献したか。人類の進歩ではないこと間違いない。信じがたいが、大学創立60周年には「三扇」と名のついた高崎経済大学オリジナル「日本酒」ができたことが唯一の大学の誇りである、笑。それが高崎経済大学の現状であり、将来である。真理を必要としない天皇主義を信じ、反民主主義の大学ならではである。
ーーー
高崎経済大学には地域科学研究所。2015年4月1日に開設とある。これまで2つの研究機関、産業研究所(1957年の大学開設と同時に開設)と地域政策研究センター(1998年に開設)を一緒にしたものであるが、どうもその名前、「科学」という言葉がこの大学にはまったく結びつかない。また中曽根康弘氏のNPI-中曽根康弘平和研究所(東京都港区虎ノ門3丁目2番2号 虎ノ門30森ビル6階)の「世界平和」という言葉にもどうも違和感がある。

平和という文字は、単に名ばかりだろう。「IIPSも会長は当初から中曽根康弘である。内容としては「憲法改正案」の提示、各国の選挙制度の研究、中華民国との交流、対中華人民共和国戦略研究などがある。」(ウィキ)

世界平和研究所は、国際社会が直面する重要課題について、自由な立場から深く考察し、創造的かつ建設的な提言を内外に広く発信する、開かれた政策研究提言機関として、1988年6月28日、総理府、防衛庁、経済企画庁、外務省、大蔵省及び通商産業省の6省庁を主務官庁とする財団法人として発足いたしました。
本研究所は、安全保障を中心とする調査研究、国際交流等の目的に添って、政治、経済、外交、安全保障等の重要課題の調査研究の他、内外の有識者を招いた公開シンポジウム、研究フォーラムを行っています。
これらの調査・研究結果は、平和研レポートとして会員および関係機関に配布しています。また、英文論文集「アジア・パシフィック・レビュー」を年2回発行しています。また、わが国が直面する重要課題に関し、積極的に独自の政策提言を実施しています。

2018年1月1日より、公益財団法人 世界平和研究所(IIPS)から、公益財団法人 中曽根康弘世界平和研究所(NPI)に名称を変更いたしました。また、2018年10月10日より、「中曽根平和研究所」を通称名として使用することといたしました。今後とも皆様からの変わらぬ御鞭撻・御厚情を宜しくお願い申し上げます。(オフィシャルサイトより引用)
2の2、終わり

314凡人:2020/05/05(火) 11:37:16 ID:mldCjOSY0
安倍晋三と改憲とコロナ禍。

日本会議の連中が後ろで安倍政権を援護している。これほどの腐敗政治が明らかなのに誰も止められない。憲法の骨子である三権分立や政教分離が骨抜きにされ、政府が立法や司法を掌握して(権力の一極集中)してやりたい放題。これほど憲法違反を繰り返しながら、都合のよいときだけ憲法や野党のせいにする。隠ぺい、改ざんをする政府をいまだ信じるほどのカルト信仰は有権者に蔓延し、もう戦前化している。

安倍晋三大学こと、高崎経済大学。そう凡人は呼ぶ。その理由は次。三潴信吾高崎経済大学元学長が高崎経済学の現体制の創設者である。岸信介氏の孫、安倍氏と同様、改憲に尽くした人物。貞明皇后と信頼関係をもち、皇国運動を実践した筧克彦の娘婿。現行憲法は存在しないとまで大学内外で公言する三潴信吾氏。「國體は我国にあっては、如何なるものであるかといふと、約言すれば、(一)祭政一致 (二)萬世一系の天皇の統治 (三)君民一体 」の憲法論を出版。その人の支配は現行憲法の法の支配と真っ向から対立する。戦前は天皇は現人神。そうしたカルト信仰も根底にあるだろう。学生相手に教壇で説き、それを大学内外で実践した人物。暴力団の幹部とも親交があった人物。学生と教員が起こした民主主義運動を徹底弾圧し(圧殺の森)、現在の高崎経済学の校風の元を築いた。紀元節を唱え、教育勅語を信奉し、日本国憲法や教育基本法を無視。反発する教員はこぞって大学を総辞職し、それにより反民主主義体制の地盤が固まった。戦前に流行った学生応援団を昇進させ、大学のお金と権威を与え大学の象徴とし、学生自治会を潰して全学生の支配体制を築いた。だからそこの学生は大学では何が民主主義か教わらないし、わからない。知識のない高校生以下相手ならそれでも通用するだろうが、とてもじゃないが世界はおろか、民主主義を標榜するまたは愛する多くの日本の著名大学からまったく孤立していると見てよい。だから建学から60年もたってもいまだ評価されないのもうなずける。男女平等とか平和とか、経済学や地域政策学の根底に流れる重要な思考が欠如しているために、そこの学問が死んでいる。もしこの大学が人類に貢献しているものがあるのであれば指摘して欲しいものである。そこをとっても一般教養の面で世間では最低の教員が集まると見てよい。大学の採用教員は思想選別をしているという記事を読んだ。

現行憲法への攻撃は憲法制定の直後からすでに始まっていた。

三潴信吾元高崎経済大学学長は日本会議になる前組織のメンバーに名をつらねている。日本会議はいまの安倍晋三内閣を裏で操るカルト集団である。三潴信吾氏は生長の家とも深い関係を持つ。戦後直後から改憲(現行憲法の骨抜き)をめざしていたA級戦犯である総理大臣岸信介によく起用され、改憲についての憲法学からの学問的アドバイザー。これまた改憲を目指す群馬県選出の国会議員で後の総理大臣中曽根康弘氏は1959年岸信介内閣の科学技術庁長官。この三人はすでに他界したが、安倍晋三総理大臣と同様、改憲運動を語るとき無視できな人物たちである。それが群馬・高崎がもつ意味であり、高崎経済大学の存在である。成蹊大卒の安倍晋三氏を除くすべてが東大卒の右翼グループである。戦前、中国を侵略し、満州国建設で暗躍した岸信介と海軍の元主計大尉で日本軍慰安婦の実行者・中曽根康弘と日本会議と生長の家と圧殺の森の三潴信吾元高崎経済大学学長と錚々たるメンバーではないか。

そして現在安倍晋三政権で過去の一連の改憲運動が開花し、行政と立法と司法の三権を事実上掌握した今、改憲(改悪)まで実現一歩にたどり着いた。日本会議の功績は大きい。戦後一貫した自民党一党政治の支配下で、日本人が戦前から持つカルト信仰気質を呼び起こす巧妙なプロパガンダ。民主主義的思考や発想を根底から覆す、民主主義が日本を駄目にしたというプロパガンダキャンペーン。それに平行して利権を絡めてNHKや民放マスメディアや日本の各界の重要ポストを掌握。三権分立を骨子にするチェックアンドバランスの現行憲法は実質骨なし、無力状態。
1-2

315凡人:2020/05/05(火) 11:38:18 ID:mldCjOSY0
コロナウィルスと安倍晋三の野心

安倍晋三の皮算用。東京五輪2020の成功後、国民からの多大な支持のもと、総理大臣の任期を延長し、一気に改憲をしようとする一連の野心。それが成就する一歩手前でなんとコロナウィルスで頓挫させられた。

東京五輪2020は来年に延期。今や中止が囁かれている。

コロナウィルスは安倍政権とハネムーン気分でスヤスヤ眠っていた国民に氷水を浴びせたのであった。コロナウィルス禍で裸の王様安倍右翼の本当の姿・正体・嘘や出鱈目や無能さや改憲後に来る日本の将来を垣間見させたのである。こんな緊急時でも、メディア、大学教授、芸能人、知識人、作家、音楽家、医療機関や専門家集団は国民を守るという見地を捨て、共産党国家さえ羨むような権力の都合よく利用されるオカルト集団や機関となっているということだ。すべて利権やポスト昇進を通じて成り立った日本という国家。政府に御用化された専門家グループたち。

さすがコロナ禍を前にしていう安倍氏の言葉。「敬意・感謝・絆があれば打ち勝てる。」「絆の力があればウイルスの恐怖や不安に打ち勝てる」。先の戦争の「日本は神の国だから負けない。敵が来たら、神風が吹いて追っ払う」のと同じレベル。これがきちんとした、万全な撲滅やコントロールへのコロナウィルス対策をしているのだったら許される言葉でもである。ところがまったく勝ち目無しの戦い・日米開戦に国民を突入させた大日本帝国政府とまったく同じ状況を醸し出している。国民への十分な説明なし。自粛強制と不十分な経済的救済。検査さえ国民は受けさせてもらえない状況。現在の感染者数や死者でさえ、確実に把握していない現状。すでに医療崩壊している日本。何をとっても敗戦時の日本を思わせる。そんな経済的や精神的苦悩を強いられている国民を前にテレビでの記者会見が精神論。大政翼賛会の「欲しがりません勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「進め一億火の玉だ」。科学的根拠で政府の政策や対策や今後の展望を説明するのだったら、国民は少しは安心するだろう。ところが大戦中を思わせる精神論と前面に出したテレビ記者会見とはいやはやまいりました。他の独逸や韓国や台湾の民主主義国とはまったく違った道を行く日本。迷走する日本。戦前右翼日本の過去回帰志向型の日本政府・安倍政権を象徴している。

安倍政権とは何か。その権力の本当の姿が白日の下にさらけ出す形になったコロナウィルス禍。権力側に鎮座する橋下徹氏は自らは進んで検査を受けるが、医療崩壊を口実に国民には検査をうける資格も権利もないような口調でお茶の間テレビでプロパガンダ。強制的な自粛と経済的無給付等々、すべて教育勅語的な国民(臣民)への対応。非科学的で、精神論を前面にだしたコロナウィルス対策。驚愕するのは日本会議のカルト信仰が日本の社会を隈なく万遍なく浸透していることを教えてくれる。NHKや民放のマスメディア、検察警察はいうに及ばない。政府に従わない者への制裁。自警団や憲兵隊の過去を思わせる国民の動き。民主主義をこよなく愛する凡人にとって、安倍政権を象徴した将来無き高崎経済大学もそうだが、日本の現状がとても残念な気持ちで一杯である。
2-2

316凡人:2021/02/27(土) 12:11:37 ID:XHJUtMzk0
アメリカは理想的な民主主義社会か?アメリカの歴史をたどれば、それを疑わせる数々の事件が起きている。今回も昨年の11月に行われた大統領選挙戦とその後の混乱は目を見張るものがあった。この大統領選をツイッター等で追っていた者にはその選挙結果は大きなショックだ。選挙に不正があったか?それが疑われる納得ができない現実とその数値。問題になっているいくつかの州の最高裁は結局トランプ陣の有効投票の厳格な調査要求を退けた。つまり真実の追及はなされず、政治的に葬られた形だ。現在のトランプ前大統領や共和党の動向はどうか?トランプ大統領の共和党への影響力は今だ強く、失脚するどころか、2024年に出馬する説が浮上している。もしそれが実現すれば、共和党から再び大統領候補としてノミネートされるという見方が強い。今まで書かなかったのは、書くことが無いからではない。生活に毎日追われていて、ニュースの記事やツイッターなどを十分読んだり、書いたりできない現実がある。ガソリンが急に値上がりしだしたのはとても気になる。その謎は以下の記事で納得する。バイデン氏は就任直後に15の大統領令に署名し、政策路線の転換に着手。カナダから米中西部まで原油を運ぶ「キーストーンXLパイプライン」の建設認可を取り消したほか、トランプ政権が最近許可したアラスカ州北東部の北極圏国立野生生物保護区での石油・ガス開発に向けたリース活動に停止措置を講じた。

317凡人:2021/03/04(木) 15:09:09 ID:XHJUtMzk0
高崎経済大学。戦後生まれ、高度経済成長時代を経て、現在日本経済の下降期を目の当たりにするなか、経済学や地域政策学の看板を挙げているにもかかわらず、その持つ責任さえ見えない。ただの地方自治体の労働力の埋め合わせや地方就職予備校に成り下がっている。知の拠点とはまったくのお笑い草。世界と比較して、日本列島の経済力低下が叫ばれる、こんな記事が現われても見当もつかないであろう。

大学経営者や教員の資質が問われてもしかるべきであろう。たとえば国際化にあって、海外や日本にある大学との学生や教員との学問を通じての繋がりに力を入れるべきなのだが、なぜか日本の高校生との繋がりに意義を見出す大学。学問ではなく、都留文大学とは体育系で長い繋がりの歴史はある。国際学科を作ったのはいいが、こんな教員が国際学科の教員と思うものばかり。大笑。凡人は今UCLAやUSCの学生達(アメリカ人や留学生たち、学士生や院生)やたまに教員と話す機会があるが、学生時代にそんなことができれば若いうちに学問ばかりではなく、世界観や人生観や仕事観や幸福観が深く考察でき、また日本とういう国が良く(日本の良さが)見えていただろうに。
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2021年の論点100
平均賃金は韓国以下…「貧しい国」になった日本が生き残るための“新常識”
By 加谷 珪一 source : 文春ムック 文藝春秋オピニオン
https://bunshun.jp/articles/-/42697

「日本は世界でもトップクラスの豊かな先進国である」というのは、多くの日本人にとって当たり前の話だった。

 だがその常識は近年、音をたてて崩れ始めている。諸外国と比較して日本人の賃金は大幅に低くなっており、近い将来、中国や東南アジアに出稼ぎに行く人が増えるのはほぼ確実と言われている。

 多くの読者の方は「そんなバカな」と思われるかもしれないが、日本が急速に貧しくなっているのは紛れもない事実である。私たちはこの厳しい現実を受け入れ、従来の価値観から脱却する必要がある。

平均賃金ではすでに韓国以下
 OECD(経済協力開発機構)が行った賃金に関する調査は衝撃的だ。2019年における日本人の平均賃金(年収)は3万8617ドルだったが、米国は6万5836ドル、ドイツは5万3638ドルと大きな差を付けられている。

 それだけではない。かつては途上国というイメージの強かった韓国ですら、4万2285ドルとすでに日本を追い抜いている。日本人の賃金は米国の6割程度しかなく、韓国よりも低いというのが偽らざる現実である。

写真:平均賃金ではついに韓国を下回った(写真はソウル) ©iStock.com
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318凡人:2021/03/04(木) 15:10:15 ID:XHJUtMzk0
 こうした数字を出すと、為替の影響があるので単純には比較できないという意見が出てくるのだが、OECDの調査は購買力平価を用いたドル換算なので、為替や物価の影響をすべて考慮したものである。数字の差は、各国の本質的な豊かさの違いと考えてよい。

初任給「50万」の壁
 もう少し分かりやすい例をあげてみよう。日本における大卒初任給は約20万円だが、米国では50万円を超えることも珍しくない。

 筆者は以前、香港のホテルで一杯飲もうとビールを注文したところ1500円以上取られてビックリしたことがあったが、海外では価格が高めの店に行くとビール一杯1500円から2000円というのはごく普通である。

 国内にいるとピンと来ないかもしれないが、海外にしょっちゅう行く人の間では、日本の豊かさは先進諸外国の3分の2から半分程度というのがリアルな感覚といってよいだろう。

 仮に賃金が安くても、国内の物価が安ければ生活しやすいという見方もできるが現実はそうはいかない。

 私たちが日常的に購入するモノのほとんどは輸入で成り立っており、海外の経済状況から影響を受けてしまう。海外の方が豊かであれば、輸入品の価格が上昇するので、日本人が買えるモノの量が減ってしまうのだ。自動車はまさにその典型である。

日本人にとってクルマはもはや高嶺の花
 自動車はグローバル商品なので世界中どこで買っても価格は同じである。

 トヨタ自動車の1台あたり平均販売価格は世界経済に歩調を合わせ約20年で1.5倍になった。だが日本人の賃金は横ばいなので、日本人にとってクルマはもはや高嶺の花だ。

 多くの若者が愛用するiPhoneは機種によっては1台10万円くらいするが、初任給が20万円の日本人と50万円の米国人では負担感の違いは大きいだろう。

写真:15カ国が協定に署名したRCEP首脳会合での韓国・文在寅大統領 ©AFLO

 近年、食品などにおいて価格を据え置く代わりに内容量を減らすという隠れた値上げ(いわゆるステルス値上げ)が増えている。内外の賃金格差というのは、こうした形でジワジワと日本人の生活を苦しめていく。

 日本人の賃金が上がっていないのは、バブル崩壊以降、日本経済が成長を止めてしまったからである。

 同じ期間で、諸外国は経済規模を1・5倍から2倍に拡大させたので、相対的に日本は貧しくなった。日本だけが成長から取り残された原因は、ビジネスのIT化を軽視し、従来の産業モデルにしがみついたことだが、これについては本稿の主題ではないので割愛する。
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319凡人:2021/03/04(木) 15:11:38 ID:XHJUtMzk0
 原因はともかくバブル崩壊以後の「失われた30年」で、日本経済はかなり弱体化しており、私たちはこの現実を前提に今後のキャリアや資産形成について考えなければならない。

活路は「脱日本」
 海外の方が豊かになっているのが現実ならば、今後はその富を何らかの形で自身に取り込んでいく工夫が必要となる。

 これまで日本人の資産運用はほとんどが日本国内を対象としていたが、その考え方はあらためた方がよい。30年前であれば、日本における大企業は世界における大企業だったが、今となっては国内で大企業であっても、グローバルでは弱小企業に過ぎないというケースは多い。

 株式投資の王道は優良な大手企業に長期投資することだが、その基準に合致する日本企業は大幅に減っている。投資の初心者であればなおさらのこと海外企業に目を向けるべきだ。幸い今はネットが普及しているので、オンライン証券を使えば海外企業にも国内と同じ感覚で投資できる。

 仕事という点では、海外で稼ぐことも視野に入れる必要があるだろう。シニア層であれば、これまで得たノウハウや知見を海外で生かせる可能性は高い。かつて海外で仕事をするのは商社マンなどいわゆるエリート層ばかりだったが、状況は変わっている。

 東南アジアではすでに多数の日本人コミュニティが出来上がっており、日本人向けのサービスを提供する企業も多い。こうした企業は基本的に日本人相手なので、それほど英語ができなくても問題はない。

 若い人の中には、日本の大学を出て、日本人向けにサービスを提供するアジア企業にいきなり就職する人も出てきている。海外で稼ぎ、最終的には物価の安い日本で暮らすというライフスタイルは今後、当たり前のものとなるだろう。

現状を悲観するのではなく…
 国内から出る予定がない人でも、日本のモノを海外に売って稼ぐという手段がある。

 メルカリは海外の消費者向けに商品を購入代行するサービスを提供している。日本のグッズは海外では意外と高く売れるので、センスのある人はチャレンジしてみるとよい。

 現状を悲観するのではなく、外に機会が増えたと前向きに捉えることが重要だ。
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320凡人:2021/03/04(木) 20:59:48 ID:XHJUtMzk0
こんな嘘宣言が存在する高崎市。高崎経済大学は高崎市の傘の下にある最高学府。だがその大学運営は日本国憲法の基本的人権をまったく無視した三潴体制によっている。そもそも日本国憲法の存在すら認めない三潴信吾元高崎経済大学長。その上に立っている現体制の高崎経済大学。その経過はすでに何回となく書いているので、ここでは省略。アカデミアならその矛盾や乖離に疑問を持つのが至極あたりまえだろうが、それがない/できないのは恥ずかしい限り。

いくら海外の大学との提携協定をたくさん増やしても、果たして大学としてのレベルにあるかさえの疑問は消えない。よって他の大学、特に海外大学との学問的な深い付き合いなどできるはずはない。人権は大学にあってユニバーサルに議論されるテーマだと信じているからだ。学生の人権を認めない最高学府が他にあるのか知らない。笑
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高崎市
平成7年11月30日

人権尊重都市宣言
人はだれでも、一人ひとりかけがえのない存在として尊重され、豊かに、健康で幸せな生活を営む権利をもっています。この基本的人権は、いかなる理由があっても侵害されるものではありません。

わが国では、日本国憲法に明示されている基本的人権の確立のため、人権擁護のさまざまな努力が続けられてきました。いまや、地球規模の交流時代の中で、人権の尊重がいっそう強い社会的要請にまで高まっています。

私たちは、すべての市民の人権を等しく保障するために、平和及び人権尊重について、ともに学び行動し、明るい民主的社会の実現を図る必要があります。

ここに、私たち市民は、憲法のかかげる平和及び人権の確立とその擁護のための活動を推進し、人と人とのふれあいを大切にし、いたわりの心がゆきわたる市民生活の充実した高崎市を築くために「人権尊重都市」を宣言します。

321凡人:2021/03/06(土) 14:52:24 ID:XHJUtMzk0
アメリカ憲法にほぼ沿って作られた日本憲法の大きな意味はアメリカの「法の支配」を日本に定着させ国の民主化をはかることである。明治憲法など戦前は内閣や国会はあるが、それは天皇の賛助機関としての存在にすぎなかった。つまり「人の支配」が戦前の日本である。A級戦犯の故岸信介氏、故中曽根康弘氏、安倍晋三氏が真剣に取り組んでいた戦前回帰とは「法の支配」から「人の支配」に戻すことに過ぎない。

高崎経済大学に関連して「人の支配」を例にだすとすればこうである。日本国憲法をまったく認めない故三潴信吾元高崎経済大学長は天皇の復権を夢に見ていた人物。彼は高崎経済大学内で存分にその「人の支配」を確立実践していた。暴力団との付き合いがマスコミに暴露され、日本国中に報道され、国会でも討議された。そもそも暴力団はドンが決めたことがその組織の法律であり、「人の支配」を実現させている犯罪団体である。公立大学の学長が暴力団との付き合いを暴露されても、道徳も恥もなし、すでに思考選考で雇用された教員が集まる教授会を掌握、高崎経済大学の学長の職を追われることは決してなかった。彼は言わば高崎経済大学の天皇である。いまも彼の亡霊が高崎経済大学の「圧殺の森」を象徴する反民主化の砦に居座っている。同じようなことが安倍晋三氏の首相時代に言える。道徳や憲法・法律の無視や違反のし放題でも、内閣、国会、検察を掌握していることから、犯罪を問われることがない。これぞ「人の支配」がどんなものであるか教えてくれるというもの。もし天皇が戦前のように復権し、「人の支配」に完全に戻ったら、A級戦犯の故岸信介氏、故中曽根康弘氏、安倍晋三氏や日本会議の連中達の犯した数々の憲法や法律違反は一切揉み消され、日本の偉人として改ざんされた日本の教科書に載り、子供たちは暗記させられるのはほぼ間違いない。

322凡人:2021/03/06(土) 15:47:56 ID:XHJUtMzk0
「人の支配」は少数が大勢を統制、牛耳ることができることや命令が速やかに伝わるという特性がある。トップが決めたことが、上から下部層へ流れるシステム。その逆は稀。高崎経済大学の応援団や軍隊や広域暴力団を想像すればよい。海外でいえばマフィアである。

高崎経済大学には自由な意見が公に高らかに言えない。表現の自由がない。高校にすらある生徒会組織や学生のための学生による学生新聞が高崎経済大学には存在しない。大学側の出す定期的に発行する広報誌などに、頼まれた学生の投稿する記事は見ることができる。全て大学側が決めたことに全学部生や院生が従うに過ぎない。つまり、管理されやすい学生たちであるのであろう。そういう大学は世界の大学にも稀であろう。大学は社会に出る前の準備期間とみると、まことにお粗末である。つまりここでいう社会とは多様性を含んだ社会であって、決して就職人養成だけが大学の役割ではない。就職だけだったら専門学校や就職予備校で十分。大学は学問を深めることや、民主主義を学んだり、草の根の運動や組織を学んだりと知的な活動を含む。活動は運動部だけのものではない。

問題意識を持つ学生はすでに優秀であるが、残念ながらこの大学にはかつてのように全国で通用する優秀な学生は「圧殺の森」以降は稀にしか集まらない。集まったとしても退学して他大学に入学するケースも見られる。そうした悪の伝統を作っておいて、学生をバカにできるそんな阿呆な教職員が集まっている大学でもある。

323凡人:2021/03/26(金) 13:15:41 ID:GvDJucak0
反民主主義体制の公共教育機関である高崎経済大学。相反する要素の共存を許す不思議な公立大学法人。市税が投入されている。いまだ戦前を彷彿。笑。

「人の支配」の悪い側面は高崎経済大学の歴史が教えてくれる。憲法や法律が無視され、ごく一部の権力者による都合・独裁・独断でモノゴトが決められる。故に平等・公平は無視され、自由競争が消え、コネや血縁やその他が幅を利かせる。大学の停滞がそれに付随する。「ばか」でも長期政権が望める。適材適所の人材が望めない悪の循環システムが仕上がる。そのために大学の発展が大きく阻害・挫折する。そこでの卒業生の愛校心は存在するが、ごく限られた卒業生たちの間で、権力追随の盲目による支配である。創立から60年を経過しても、いまだ滑り止め大学。地元の優秀な高校生は相手にしない。政治に無関心で、ごく生真面目で、家庭の貧しい学生に人気があるが、全国から見ても大学の存在感が空気のように薄い。これを停滞と言わずして何であろうか。

学園闘争のドキュメンタリー映画のタイトルに「圧殺の森」というのがある。1967(昭和42)年に作られた映画の舞台となったのが高崎経済大学。圧殺の森の舞台背景を知れば知るほど、この大学が正常な大学で無いことに気付く。全国で学生を募っておきながら、市内の有力者の子弟を不正入学させていたのである。その不正に当時の右翼市長住谷啓三郎氏も介入していた。それを知った教員や学生たちの純粋な愛校心からの抗議から始まったと言えよう。大学の民主化、公正化を求めての学生達の抗議。それが圧殺の森に発展していった。昔の愛校心と今の愛校心はまったく違うように思う。昔の方が知的であった。

大昔の事を持ち出すと指摘するかもしれない。「圧殺の森」が終わったことなら、そう言えるが、実は過去のことではなく、高崎経済大学にあって現在進行形である問題だと言いたい。歴史を知らないものは過ちを何度も繰り返す。それが高崎経済大学である。「人の支配」や反民主主義態度はまったく変わっていない。どれだけの者がそれを認識しているか。権力追随型の就職予備校生と化した高崎経済大学の学部生や院生には無関心でいられるかも知れないが、「法の支配」の民主主義を愛する者にはこよなく面白い話題である。

高崎経済大学の現体制を作った当時の役者たち。
高崎市長住谷啓三郎(早稲田大卒、右翼暴力団員から絶大の支持)、三潴信吾高崎経済大学学部長/学長(岸信介内閣下憲法調査会、現行憲法を認めない、日本帝国憲法を信奉、日本会議の前身のメンバー)、中曽根康弘(第2次岸信介内閣/科学技術庁長官、総理大臣、憲法改正推進)
 
国会法務委員会昭和44年6月6日での高崎経済大学が取り上げられた。昭和44年6月6日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=106105206X01919690606

高崎経済大学直属応援団の団史ー昭和30年代後半から40年代にかけての歴史を参照。
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/danshi.htm

324凡人:2021/03/27(土) 18:01:07 ID:GvDJucak0
リンク訂正
昭和44年6月6日国会法務委員会の議事録:当時の三潴高経大学長と暴力団幹部との関係が追及される。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

325凡人:2021/03/28(日) 22:17:45 ID:GvDJucak0
「I 高崎経済大学事件」を読むべし。ここに高崎経済大学の創立時や現体制への経緯がよく書かれているので参照することを勧める。高崎経済大学を知るためには必読の記事だろう。コピペが出来ないのが残念である。
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広島大学 高等教育研究開発センター 大学論集
第35集(2004年度)2005年3月発行:311-332

1965年における高崎・都留・下関の3市立大学事件
ー公立大学に関する一考察ー

高橋寛人/Hiroto Takahashi(横浜市立大学准教授・国際文化研究)

https://rihe.hiroshima-u.ac.jp/search/attachfile/63723.pdf

326凡人:2021/03/28(日) 23:27:59 ID:GvDJucak0
凡人はすこぶる現実主義者であって、妄想は信じない。もしそれをイデオロギーと呼ぶのなら、それが凡人のイデオロギーだ。過去の歴史は重要な証言者であり、将来を占う上で重要なヒントをくれる。だから歴史は無視できない。かといって歴史にがんじがらめになることにも反対する。未来を担うのは若者たちが中心だからだ。それ自体がすでにユニークを醸し出す。

凡人は妄想イデオロギーに染まった人間を嫌悪する。よって高崎経済大学のような右翼反動大学は嫌いである。大学の本来の目的は教育を通じて民主主義を広め、学生や市民の啓蒙に尽くすこと。そんなことは毛頭ない、あるいは出来ない、残念な大学が高崎経済大学。それ故権威や天皇の目線でしか考えられず、庶民の歴史やその男女平等や人権などと言ったコミュニティーの発展に係る重要なテーマの議論が存在しない。それらは世界中の一流大学がこぞって良く討論するテーマであることは知るべきである。それが大学レベルでの学識である。就職がよいとか学費が安いなんてのは別の次元である。

凡人は民主主義になってはじめて正義や平等や公平が促され、あらゆる階層の市民による市町村の活動や地域活性化への積極参加が可能になると信じる。正しい歴史や知識の探究により無知やタブーから、コミュニティーの中の住民を解放させ、それによって初めて、市民が共感や愛する文化や科学や社会の進歩・発展が可能となる。「死んだ文化」を強要する今の地方自治体の教育に大きな疑問を持つ。’大戦後軍国主義と階級の旧社会が崩壊し、民主化の波で自由と競争が社会に生れた日本にあって、高度経済成長が他のどの国より早く実現したのは十分な理由があったといいたい。本田宗一郎はそんな民主化日本を愛した成功者の一人だ。

凡人はアメリカの民主党勢力の強い主要各都市での暴動を影で支えていた左翼系の民主党に深い不信感を持っている。ブラック・ライフ・マターなんていうのは只のマヤカシである。大統領再選挙時の共和党トランプ大統領の選挙演説を楽しく聞いていた。トランプはそこで至極もっともなことを言っていた。ところがアメリカのマスコミはトランプ前大統領を右翼とか白人至上主義者とかレイシストとかレッテルを張って、選挙以前から民主党に有利なニュースを流していた。一流紙と呼ばれるニューヨークタイムズを含む各紙もそれに同調していた。新聞記者がリベラルに染まっているのは伝統である。アメリカの一流大学と呼ばれるところもまた皆リベラルが伝統である。凡人はアメリカの現実を知っている(そこで生活している)から、やみくもにはリベラルを信じない。広く観たり、聞いたり、読んだりする。また時間をかけて、記事の正しさを検証することも忘れない。白人を人種差別している黒人間の人種差別は白人以上のモノがある。黒人文化のアメリカの基礎をなす白人文化キャンセル運動が流行っているアメリカ。アメリカの将来を本当に心配している一人である。

327凡人:2021/03/29(月) 13:03:47 ID:GvDJucak0
現在の群馬県高崎市長(3期)は富岡賢治氏である。国の教育行政に長く携わった富岡市長は今までの実績からして、高崎市に絶大な活力を与えていると信じる。すこぶる有能な人物・市長であると言いたい。市長になる前の群馬県立女子大学長時代に、凡人は彼の存在を知った。その女子大をグローバル化に対応すべく大胆な新留学制度導入したことに凡人の目を引いた。その時からすでに彼のファンである。政治信条はよく知らないが自民党王国の高崎にあって、市長選は自民党から出馬していない。つまり高崎市には幸いにも、彼は能力で選ばれたと言った方がよいであろう。

出身校: 東京大学法学部第2類
文部官僚。国立教育研究所所長、日本国際教育協会理事長、群馬 ...
所属政党: 無所属
前職: 国家公務員(文部省); 群馬県立女子大学長

328凡人:2021/03/29(月) 13:07:49 ID:GvDJucak0
広島大学 高等教育研究開発センター 大学論集第35集(2004年度)2005年3月発行:311-332

1965年における高崎・都留・下関の3市立大学事件
公立大学に関する一考察

高 橋 寛 人
広島大学高等教育研究開発センター客員研究員/横浜市立大学国際文化学部助教授

はじめに
地方自治体が大学を運営することに関して,戦後改革期,政府レベルで議論が行われた。1947年,CIEは国立の高等教育機関を,総合大学を除いて地方に委譲するプランを立て,その実現に向けて文部省に働きかけた。当時首相の諮問機関として設置されていた教育刷新委員会(教刷委)ではこの問題をきわめて重要視し,特別委員会を新設して審議を行う。特別委員会での検討をもとに同年12月26日の総会で「大学の地方委譲,自治尊重並びに中央教育行政の民主化について1)」と題する建議がまとめらた。この建議は,国立大学を地方に移譲することは不可能であると述べ,その理由を3点あげた。第一の理由は,地方行政当局が大学について十分な理解をもたず,地方の政治的利益に動かされやすいため,大学の自由・自治が保障されないことであった。第二は,日本の大学等高等教育機関が全国的な視野に立って計画的に配置されてきたこと,第三は,脆弱な地方財政によっては,大学の健全な運営は不可能であることであった。 教育刷新委員会の建議に示された危惧すなわち地方行政当局による大学自治の侵害,大学経費の過重負担という問題は,実際に様々の公立大学で発生した。なかでも,1965年に起こった高崎と都留の2つの市立大学の事件ついては,当時新聞の全国版や雑誌等でもさかんに報じられ,全国紙の社説でもとり上げられた。この年には,下関市立大学でも紛争が生じた。下関の場合は紛争が短期間に終結したためであろうか,高崎・都留ほどには報じられなかった。3大学の事件はいずれも公立大学特有の事情に起因するものであった。また,公立大学の中でも,都道府県・指定都市ではなく,一般市の設置した大学という点で,教刷委の懸念が深刻化しやすい大学であった。当時の人口を見ると,下関市が30万,高崎市は14万,都留市に至っては3万であった。1965年当時の公立大学は全部で31校あったが,ほとんどが都道府県,指定都市が設立した大学で,それ以外は一般市の設置したもので5校のみであった2)。5校のうちの3校が1965年に時を同じくして,公立大学であるがゆえの事件を起こしたのである。1965年に起こったこれら3つの市立大学の事件は,公立大学のはらむ問題性が端的にあらわれたものである。本稿は,3市立大学の事件を取り上げて,公立大学の特質の一側面を検討するものである3)。

I 高崎経済大学事件

1 高崎短期大学の誕生
高崎経済大学の前身は高崎短期大学である。1951年8月の市議会に短大の設置が提案され,満場一致で可決された。設置予算は当初わずか7万円であったが,その後61万円に修正され,さらに381万円に増額された。増えた予算は市営競馬の純益金からまわすというのであった。市議会では,市の財政では短大の経営は困難ではないか,義務教育に向けるべき予算にしわ寄せが来ないか,などの意見があったが,原案通り可決された4)。1952年4月,定員200名の商経科からなる市立高崎短期大学が,旧歩兵第15連隊兵舎を用いていた青年師範学校跡地に開校した。設置認可申請書は,短大設置の理由を2点あげている。第一に群馬県内における高等教育
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329凡人:2021/03/29(月) 13:09:21 ID:GvDJucak0
機関は群馬大学のみであり,しかもその学部は学芸学部と工学部と医学部の3学部に限られた。したがって,人文・社会科学を学ぼうとすると県外に出なければならない状況であること。第二に,青年が夜間高等教育を受ける機会がないことをあげ,「県内交通至便の位置に産業経営に関する昼夜間就学の便を有する大学の設置は県民ひとしく要望しているものである」と記している。市立高崎短期大学は,勤労青年にも門戸を開くため昼夜開講制をとったことが大きな特徴であった5)。短大の設置認可申請書に「可及的速に4年制大学の設置に総力を結集せんとする」と記されているように6),4年制大学への昇格は短大設立時からの計画であった。1955年5月,住谷啓三郎が新市長に就任した。新市長は就任直後,施政方針の談話の中で短大の廃止を表明した7)。 市立短期大学は早速廃止する。1300万円もの赤字を出しているとのことだが,短大は中途半端な教育だから意味がない。(中略)4年制大学に昇格することは財政上無理だから結局廃止する8)。 短大廃止の談話に驚いた教授会・学生自治会は,大学存続の陳情・署名運動を行った。市長はその後短大廃止の考えを改め,予算削減を行うけれども4年制への昇格を認める。12月の定例市議会で市長は,短大は商学・経済学専門の大学であるのに,教養部門の教員が多く,商学・経済学専門の学者は少ないことを問題にした。そして「現在の短期大学は最低500万円の市費の投入を減らさなくてはならん」とも答弁したのであった。ともあれ,翌1956年9月の市議会で高崎経済大学の設置案が可決された9)。

2 4年制への改組
昇格後の大学の学長には,田辺忠男が就任することになった。ところが,4年制への移行に際して,短大教授19人のうち経済大学に教員として残るのはわずか6名にすぎず,残る13人は排斥された。市当局は,短大と高崎経済大学は別の大学だから教授陣を引き継ぐ必要はない,また13名は東京から通勤していて出講率が悪いことを考慮したなどと述べた10)。解雇された大井正教授らは,「新大学は田辺忠男学長以下,渡辺銕蔵,北岡寿逸氏らを教授に迎え,われわれ13人を思想的に面白くないとして整理したのだ」と訴えた11)。『群馬県教育史』は,『高崎経済大学新聞』記事から引用して,次のように記している。排斥の対象は「短大の色に染った教授たちでありその他彼らを信奉する一部の学生を含む共産主義者であって,彼等に第一の矢が向けられた。田辺,細野両教授を先頭とする排斥運動は3ケ月間強力に推し進められ,次々と共産主義者たちは追放されて姿を消して行くか,羽をもぎ取られるかしていった12)」。後に,田辺学長は「建学の精神」を『入学案内書』に書いた。そこでは,高崎経済大学における経済学の立場を次のように記している13)。われわれの専門的研究は経済学であるが,マルクスの第19世紀的誤謬を指摘しケインズの大戦後のイギリス的諸条件に制約された抽象に失する点を批判し,現実的・社会的な学風を持って日本の再建に役立つ理論と政策を究明するとともにその応用の才能を展開することを期する。マルクスもケインズも批判する経済学であった。1956年10月,大学の設置認可申請書が文部省に提出された。短大の教授会は,短大施設を新設大学に譲渡することへの反対を表明した。これに対し,市議会では短大の廃止と4年制大学の設置を議決した。短大の昇格ではなく,大学の新設という形をとったのであった14)。こうして1957年4月に高崎経済大学が開学した。この事情を,高崎経済大学の『自治会新聞』は,後日次のように書いている。「短大当時は,革新系市長や進歩的教授陣に支えられて自治会活動は......積極的な運動を展開し,群馬大学と共に学生運動に於ける拠点校的存在でさえあったのである。しかしながら4年制大学への昇格と共に,市長は保守系の住谷氏へ変っており,それに伴って短大当時の一流教授陣もやめさせられていったのである。(中略)初代学長に,当時保守反動の大御所的存在であった田辺学長をすえた15)」。ここでは,短大から4年制への移行期に,市長の政治的なスタンスが大学の学長,教員人事に大きく影響を与えたことが指摘されているのである。 住谷啓三郎は1959年4月の市長選で再選を果たす。公約のひと
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330凡人:2021/03/29(月) 13:10:39 ID:GvDJucak0
つに高崎経済大学の校舎移転・新築を掲げていた。ただし,経費の全額を市が支出するのではなく,移転・新築のために後援会をつくって,その後援会が銀行から1億4千万円を借り入れ,市は6千万円を後援会に寄付し,移転・新築後に後援会は市へ大学施設を寄付するというものであった。市議会では,「経大は短大を国立に移管するために昇格したはずだ」との反対意見が出されたが,結局原案通り可決となった。1961年4月に新校舎が落成したものの,校舎の資金計画をめぐって田辺学長と市長とが対立し,学長は6月に辞任し,北原金司学長にかわった16)。

3 コネ入学問題と市長の私学移管発言
1964年4月,田中精一が第3代学長に就任した。1965年度の高崎経済大学の志願者は6,185人,定員は200名であったから名目上の倍率は30.9倍,508人の合格者を出したが,高崎市出身学生はわずか7名,群馬県出身者も20名だけであった。従来,補欠の繰り上げ入学では情実が働いて地元有利だという噂があった。だが,この年は,大学側が地元優先主義をやめて成績順で合格者および補欠入学者を決定した。市当局は補欠入学者を地元優先で決めるよう大学に要求したが,大学は応じなかった。だが,市の「有力者」の間では「経大の費用は年間1億2千万円で,うち7千万円は授業料その他の収入でまかなわれ,不足の5千万円は市民の税金を注ぎこんでいるのだから,地元優先は当然」だという声が強かった17)。 市当局は今度は,市議会議員などの有力者から依頼された82人について,とりあえず「委託生」として入学させ,後に本科生に編入させるよう大学に求め,大学側はしぶしぶこれにしたがった。同大学の学生自治会は学生大会を開いて,この措置に反対して授業放棄を行うことを決定した。田中学長は,「高崎市当局の大学に対する考え方があまりにひどすぎる。大学を市の一部局のように勝手気ままに扱ってきたことが,今度の事件の最大原因だ」と話した。住谷市長は「大学の創立にあたって地元の子弟教育と産業振興にあてるということが大きな目標だった。この方針にそって地元の子弟を入れるために市長の立場から努力した」と述べている18)。 田中学長は同大後援会幹部などと話し合い,問題の収拾の見通しがつくまで委託生の入学を延期するとともに,大学を休校にすることを決めた19)。さらに委託生は単位の取得ができないという文部省の見解にしたがって,委託生を聴講生に改めること,そして試験を行って成績のよい者を編入学させるという見解を示し,市長もこれに合意した20)。他方で,地元からの優先入学は今年度限りとすることも確認された21)。学生大会でも,編入試験を厳正に行うという条件付でこのプランが了承されたので,4月末に授業が再開された22)。ところが7月末,住谷市長は高崎経済大学の私立移管をほのめかした。教授会は移管反対を決め,田中学長は辞表を提出した。学生たちも文部省に市長の私学化計画を阻止してほしいと陳情した23)。8月下旬,住谷市長は,「地元の子弟教育,市の財政負担の軽減,大学の将来などを考えたうえで『私学移管』のほかはないという結論になった」として,翌年度からの私学移管を正式に表明した。地元関係者による学校法人を設立し,現在の大学を私立高崎経済大学として発足させるというものであった24)。 学生たちは,市議会における私学化案の審議を阻止するために,議場入り口へのすわりこみ・ハンストなどの行動に出た。翌年度から私学化するためには,9月末までに文部省に対して,教員の同意書を含む認可申請書を提出しなければならない。しかし,高崎経済大学の教授会は「私学化に絶対反対し,市当局から私学の教官就任に同意を求められても承諾書は出さない」との声明を発した25)。 事態の深刻化を憂慮した高崎市選出の自民党2名,社会党2名の計4名の県議たちが収拾に乗り出し,3箇条の調停案を打ち出した。①授業料を値上げして市財政への圧迫を減らす,②地元子弟を多く入学させるため,従来のような広範囲の地域からの学生を募集しない,③県立か,国立か,私学にするかは,広く市民の意見を聞いて決めるというものであった。市議会では各会派の役員会を開いて協議し,私学移管に反対する学生や保護者の要
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求にしたがって収拾案をまとめた。それは,①公立を維持すること,②大学経営は市財政を配慮して行うこと,③地方大学の建学精神の特殊性をいかすこと,④大学当局責任者の退陣であった。学生側は授業料値上げを含む調停案に反対して,9月から再び同盟休校に入った。文部省も非公式ながら調停に乗り出し,調停案を示した。しかし,市長は,大学の教授会が決定した新学長の発令を拒否し,別の教授を学長事務取扱として発令したため,教授会との対立がさらに深まった26)。


4  市議会各会派による私学化反対
市議会各会派はさらに協議を続け,私学化案が議会に提出されても共同して否決することを確認し,ここに私学化は不可能となった27)。9月下旬の議会では私学化の提案はなされず,かわりに学費と受験料の値上げが可決された。値上げは次年度からで,授業料は年間2万円から3万5千円,入学金は1万円から2万5千円,受験料は3千5百円が5千円へと,大幅な値上げであった。値上げに反対して市議会の議場前にすわりこんだ約500人の学生が警官隊に排除され,学生6名が逮捕された28)。 他方,大学当局は,9月はじめに聴講生の編入試験を行い,87人中47人を合格とした。その後12月,合格しなかった40人に対してもう一度編入試験を実施し,33名を本科生に編入することを決めた。学生側はこれに強く反対して後期試験をボイコットしたため,教授会は試験を延期せざるを得なかった。試験ボイコットをめぐって学生が3名逮捕された29)。なお,1967年度入試より合格者の数を大幅に増やした。既述のように,定員200名のところ,従来はその約2.5倍の500名前後の合格発表をしていた。この中から例年200〜300人が他大学に抜けるので,その分を補欠合格で穴埋めして,結局,500〜600人を入学させていたのである。しかし,補欠入学がコネ入学に絡んでいたことから,1967年3月の合格発表より,当初の合格発表時に従来の補欠合格分もあわせて合格者1351人としたのである。これは定員の6倍をこえる数であった。文部省は「常識をはずれるもの」とコメントし,定員より多く入学させるならば学生定員増が必要であると指摘した30)。この問題について翌1968年3月,大学の事務局長は,「定員を厳守していては収入が少なくてやっていけない。収入増によって教官や施設の充実策を図り将来は定員を増やしていきたい」と説明したのであった。その後1969年9月に市議会で定員増の議案が可決され,翌年4月,12名の新任教官を迎えて,入学定員が400名に増員されたのである31)。

注】1)文部省調査普及局『教育刷新審議会要覧』1952年,43ページ。2)これら3大学のほかは,後述するように,岐阜薬科大学(岐阜県岐阜市立,1949年開学),金沢美術工芸大学(石川県金沢市立,1955年)のみである。短期大学を見ても,政令都市を含めて10校,政令都市を除くと6校に過ぎなかった。すなわち名寄女子短期大学(北海道名寄市立,1960年設置)前橋市立工業短期大学(群馬県前橋市立,1952年)大月短期大学(山梨県大月市立,1955年)岐阜女子短期大学(岐阜県岐阜市立,1950年)三重短期大学(三重県津市立,1952年)尾道短期大学(広島県尾道市立,1950年)である。3)本論文は,地方自治体と大学との関係に関する研究の一環である。これまでの論稿に以下のものがある。拙稿「公立大学をめぐる政策に関する史的検討」『教育制度学研究』第7号,日本教育制度学会,2000年,公立大学協会編『地域とともにあゆむ公立大学』第1編第1・2章(拙著)公立大学協会,2000年,拙稿「大学大衆化以降18歳人口急増期までの間における公立大学の新増設」『横浜市立大学論叢人文科学系列』第52巻第3号,2001年,拙稿「18歳人口減少期における公立大学の急増」『経済と貿易』第184号,横浜市立大学経済研究所,2002年,拙編著『公設民営大学設立事情』東信堂,2004年,拙稿「大学と地域20世紀日本の公立大学のあゆみをふまえて」『20世紀教育学からの課題』日本
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教育学会関東地区研究会,2004年。4)戦後における群馬県教育史研究編さん委員会編『群馬県教育史戦後編』上巻,群馬県教育委員会,1966年,747〜748ページ,40周年記念誌編集委員会編『高崎経済大学40年のあゆみ』高崎経済大学,1997年,1ページ。5)昼夜開講制は当時全国に2校だけであったという(前掲『群馬県教育史戦後編』上巻,752ページ,高崎市教育史編さん委員会編『高崎市教育史』下巻,高崎市教育委員会,1981年,947ページ)。6)前掲『群馬県教育史戦後編』上巻,761ページ。7)前掲『高崎市教育史』下巻,952ページ。8)高崎市市史編さん委員会編『新編高崎市史』資料編11,高崎市,2000年,621ページ。9)前掲『群馬県教育史戦後編』下巻,1492〜1493ページ。10)『朝日新聞』(全国版。以下『朝日新聞』はすべて全国版を用いた)1957年2月23日付。11)同前。
3272004年度高 橋 寛 人12)戦後における群馬県教育史研究編さん委員会編『群馬県教育史戦後編』下巻群馬県教育委員会,1967年,1494ページ。13)前掲『群馬県教育史戦後編』下巻1495ページ。14)同前,1493ページ,前掲『高崎市教育史』953〜954ページ。15)三一書房編集部編『資料戦後学生運動』第7巻,三一書房,1970年,207ページ。16)前掲『群馬県教育史戦後編』下巻,1497〜1498ページ。17)前掲『高崎市教育史』下巻,957〜958ページ,『朝日新聞』1965年4月13日付。18)同前。19)『朝日新聞』1965年4月14,15日付。20)『朝日新聞』1965年4月20日付。もっとも,村松喬『教育の森』第8巻(毎日新聞社,1967年)によれば,市長は学長に対し,「聴講希望者全員を,直ちに入学させてほしい。これがいれられないなら,大学の本年度予算の執行を停止する」と迫り,大学当局がこの要求に屈服したとされている(112〜115ページ)。21)『朝日新聞』1965年4月30日付。22)『朝日新聞』1965年4月25,30日付。23)『朝日新聞』1965年8月21日付。24)『朝日新聞』1965年8月22,24日付。25)前掲『高崎市教育史』下巻,958ページ。『朝日新聞』1965年8月22,24,25,26,28日付。26)前掲『高崎市教育史』下巻,959ページ。『朝日新聞』1965年8月29,31日,9月8,9,10日付。27)『朝日新聞』1965年9月10日付。28)『朝日新聞』1965年9月21,22日付。29)『朝日新聞』1965年12月13,16,27日,1966年1月27,31日,2月3日,4月1日付。その後紛争は一時沈静化するが,翌年秋に再燃し,1969年まで断続的にくり返されるのである。ただし,それは地元子弟のコネ入学や私学化といった公立大学特有の問題をめぐるものではなかった。30)『朝日新聞』1967年3月6日付。31)『朝日新聞』1968年3月5日付,前掲『高崎経済大学40年のあゆみ』25ページ。以上が高崎経済大学における入試をめぐる紛争の経緯である。ただし,この頃,他の公立大学でも入試をめぐる問題がしばしば報道され,世間の批判を浴びていた。市立北九州大学では,1965年4月,有力市議が依頼した11名を補欠入学させた(『毎日新聞』1965年4月18日付)。横浜市立大学では,1967年2月,横浜市民の子弟や運動部員を優先入学させていることが報道された(『朝日新聞』1967年2月10日付)。奈良県立医科大学の場合,1959年以降県幹部,県会議員あるいは同大学の教授から紹介のあった受験生で合格点に満たなかった者を毎年10名程度入学させていたことが,1968年に明るみに出た(『朝日新聞』1968年5月12日付)
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333凡人:2021/04/02(金) 06:41:44 ID:GvDJucak0
高崎経済大学は大学もどき。良くて短大。知的教育機関というよりも、むしろ日本の会社組織に似ている。

現行憲法や教育基本法を無視しているゴマカシ公立教育機関である。以前にも書いているが、右翼教育を中心としたカルト教育機関である。「大学側に逆らえない風土」。学生の、学生のための、学生による学生自治会や学生新聞部が生れないように仕組んでいることからも分かる。大学側は大学直属の応援団を設立し全学生から学費と共に徴収するお金で運営している。特筆すべきはその応援団員が高経大の全学生の代表としている点。大学側が主催する大学行事があるが、応援団が学生代表として参加する。ブラック会社が御用組合を造ったり、総会屋もどきの団体を造り会社運営をする日本の伝統と同じく、高経大はその運営を都合のいいように決められる。そんな校風だから自由な思想が許されるはずはない。学生は大人として、または社会人として当然もつ個人の意見は尊重されない。入学者の大半は滑り止めで泣く泣く集まった学生たち。勉強よりもむしろ部活に精を出すタイプが多く、自分の意見を持つ学生はとても少ないのだろう。大学側もそんな学生の資質をうまく利用している。学生は校則が厳しい商業高校生や専門校生と同様に扱われても、大学卒業時に就職が出来れば御の字で、問題は何一つおこらないようである。高経大が実学重視と銘打っているのは偶然ではない。今の商業高校や専門学校がやっている商業活動を、大学の教育の特徴やメインにしていることからも、大学レベルが頷けるだろう。国内や海外の高いレベルの他大学との知的交換よりも、高大連携に高い関心を持つことも至極当然といえるのである。
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高崎経済大学は日本の会社組織に似ている。日本では大量の新設公立大学とその躍進の中で、古株の自由な思想が許されない高経大とその停滞が気になる。それが今の日本企業が他のアジアの企業と競争し、徐々に追い越されて行くイメージと重なる。今の日本企業ではいったい何がおこっているのか。読者からのコメントに興味を引いた。

「上司に逆らえない風土」「社内政治」…なぜ「東芝」不正会計事件は起こったか
2021/3/30(火) 11:00配信 デイリー新潮

不正会計事件が起きた「東芝」
 道を踏み外すのは個人に限らない。名だたる大企業、組織であってもちょっとした判断ミス、トップや関係者の保身、煩悩が連鎖すると大きな過ちを犯す。

 日本を代表する大企業、東芝とて例外ではない。2015年、同社は不正経理で世間を大いに賑わせる。しかもこの不正、ちょっとしたゴマカシのレベルをはるかに超えたスケールのものだった。

 彼らはどこで間違えたのか。そこには「上司に逆らえない風土」といういかにも日本的な組織の特徴も作用していた。この事件の背景を知ることは、ビジネスパーソンとしての必須教養と言えるだろう。

 ジャーナリスト、田中周紀氏によるレポートをお届けする(田中周紀著『会社はいつ道を踏み外すのか』の一部を抜粋)。
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334凡人:2021/04/02(金) 06:44:57 ID:GvDJucak0
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以下は上記デイリー新潮の記事の投稿者達のコメント抜粋
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日本人はすぐに「風土」だとか「文化」だとか曖昧な、醸成された空気が原因にあるという結論を出して納得してしまうが、古今東西、組織というもので上に逆らうと不利益を被るというのはどこでも同じ。

要は、上に能力があれば、下の言っている「まっとうな」話を聞いて軌道修正できる、もしくは、「まっとうな」話だけれども事業をすすめるにあたり周りをとりまく理不尽な人々を乗り越えるためにはそれでは成功できないから採用できない、などということになる。

だから上司が馬鹿だと、部下も能力も成果も出していないヒラメ社員が出世して優秀な社員がやる気を無くし、ヒラメだらけになり、会社が傾く、という負の拡大再生産が起こってしまう。

spi***** | 1日前
日本人はすぐに「風土」だとか「文化」だとか曖昧な、醸成された空気が原因にあるという結論を出して納得してしまうが、古今東西、組織というもので上に逆らうと不利益を被るというのはどこでも同じ。

要は、上に能力があれば、下の言っている「まっとうな」話を聞いて軌道修正できる、もしくは、「まっとうな」話だけれども事業をすすめるにあたり周りをとりまく理不尽な人々を乗り越えるためにはそれでは成功できないから採用できない、などということになる。

だから上司が馬鹿だと、部下も能力も成果も出していないヒラメ社員が出世して優秀な社員がやる気を無くし、ヒラメだらけになり、会社が傾く、という負の拡大再生産が起こってしまう。
逆も然りで上司が優秀であれば、正の拡大再生産が起こる。

だから、結局は上に立つ人の能力次第。
東芝で言えば、佐藤社長が間違った人間を選んだ(西室)以降はデタラメになった。

tai****** | 1日前
知人に半導体部門の人がいたが、常務レベル承認で出した社内会議のパワーポイントの資料のミスを、作った本人(主査級)3時間ぐらい社長室に呼ばれ説教されたその同僚を見て、気の毒というか本来責任を取るべき常務もそうだし、そもそも社長が一担当を呼び出して長時間ミスをあげつらう、というのも本当の話なのか、と耳を疑ったそう。

その当時の社長はかの「テヘランから来た男」で有名な方。

hon***** | 1日前
「上司に逆らえない風土」「社内政治」…まんまうちの会社。一度、経理仕事があまりにもずさんで、ヒラの私が上に意見したが最後、長年勤務した今でも係長にすら昇進させてくれません。昇進するか否かは完全に人事の好き嫌いで決まります。上は世を騒がせた元首相とすっかり同じ考えのようで。結果、何も言わず、波風立てずにおとなしくしているだけの腰掛女とその課にいても自己啓発すらしないが、上にへつらうのだけは一流の無能な男だけが昇進してます。東芝もうちも似たようなもんです。
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335凡人:2021/04/02(金) 06:45:58 ID:GvDJucak0
osh***** | 2日前
東芝にいました。電機メーカとは仕事で関係が深かったのですが、上に逆らえる風土の会社なんてほぼ見たことないですね。大きな会社なので部署による差は大きいわけですが、東芝はまだましという感じを受けるお客様も多かったです。私自身が思う凋落の理由は、まずは東日本震災という運の悪さ、そして社長の質の悪さですね。社長をやってみると分かりますが、会社内で社長に逆らうことはほぼ不可能です。これは西室社長が大きな影響を及ぼしています。西室、西田、佐々木、田中の4代の社長が自らの失敗を認める勇気を持たなかったというか、それをごまかすことで社長に成り上がった。優れた人材は多くいたのに、小人が社長となり虚偽を重ねた。残念でならない。

j******* | 1日前
高卒で中途採用されNECにいたけど、ほんと社内政治。自衛隊か軍隊か警察か…縦割り組織の弊害。トイレと食堂に行く以外、何でもかんでも上(主任)に相談、上が課長(マネージャー)に進言、さらに上位者に相談、進言。ドッと疲れる。回覧ひとつとっても、上から見ないと怒鳴りつける昭和生まれの古狸管理職が数人いた。

bxd***** | 2日前
一緒に仕事をした事あるけど何というか官僚的。
上下方向には固く横方向の風通しの悪さは一級品。
それと上意下達が激しい印象を受けた。
トップが強いのはどの大手企業も一緒かも知れないが、
下も薄々悪いことと思っていても長いものに巻かれてしまい
反骨がない。
普通に考えたら違法に気づいた時点で下が意見して止めに掛かるのであろうが
そういった事がない。今の官僚もそうだろうが、政治家がやれと
言うからその通り違法なことを平気でする。
結局そのような中で上に逆らってまで止めないしなんとなれば自己保身の為に悪事を手伝う。社内通報窓口もこのような場合は意味をなさないだろう。
社の方針に逆らってまで何とかすることをしないだろうから。
だから耐えかねた社員か監査法人がリークするまで発覚しなかったのだろう。
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336凡人:2021/04/04(日) 20:34:05 ID:GkhSRDuE0
山本五十六と民主主義と高崎経済大学

民主主義を理解できる人は高経大にはいないと推測する。大学直属応援団、大学理事や学長や教職員や学部生や院生たち。ミヤンマーで軍のクーデターが起こったのは昨今であるが、凡人が在学中からずっとこのかた、この大学側や教員から「民主主義」という言葉を聞いたことがない。凡人はそのころはまったく無知であったと認めざるを得ないが、いまから考えるとなるほどなと頷く。それがこの大学・高経大の特徴である。受験生や父兄にわかるように大学案内に明記すべきであると強く感じる。それが公立大学としての最低限の義務だろう。戦後の新憲法下で育った父兄や受験生には公立大学に対する、あるイメージが存在するが、高経大には他の国公立大学と違っている。大学運営にハッキリとした右寄りの思想的政策を取り入れている。平和憲法や教育基本法に、細かくいえば反している。海外派遣で天皇のためにかつて玉砕した大日本帝国陸軍の歩兵高崎第十五聯隊*を、独自創作した歌と踊りで賛美する応援団が大学直属で存在し、それが大学の象徴として位する。しかも学生の代表というのであるから凄まじい。学生自治会や学生新聞は以前はあったが、大学側の一連の「圧殺の森」*によって潰された。それはほんの一例だ。

*西南戦争後の軍備拡張によって、群馬県高崎市にて創設される。日清・日露戦争から、満洲・上海両事変、支那事変、太平洋戦争とほぼすべての戦役に参加。終戦時はパラオにあった。(ウィキ)
*「圧殺の森」は監督小川紳介のドキュメンタリー映画のタイトル。「森」とあるが、当時の高経大キャンパスはアスファルトとコンクリートに覆われ、木は殆どなく、高校を思わせる素朴なものであった。

故山本五十六は日米開戦の立役者だが、戦争の直前にアメリカのハーバード大学に留学していることも有名だ。アメリカに住み、彼は当時の日本より遥かに高い生活水準や科学技術の進歩に目を見張ったと容易に推測する。凡人が昔読んだ記憶が正しければ、(間違っていたら許してほしい。チェックする時間がない)アメリカの当時の軍事力は世界でたった7位。日本のように明治以降、富国強兵と徴兵制をとり入れ、学校には軍事教練を義務化した大日本帝国の日本とは違って軍事力には力をそれほどいれていなかった。アメリカ政府はモンロー主義を保持し、対外や国外問題には関心を最小限にとどめ、国内の生活の豊かさに、国民は満喫していた時代である。そのころ黒人差別が政治化し、黒人を含めた市民権運動が大きく動きだしていた。白人と黒人とその他の人種問題、土地をめぐる先住者インディアン問題。黒人差別反対のデモ隊と警察官との衝突。民主主義のアメリカで毎日のように起こっていた事件や市民運動やそうした喧噪。山本五十六はそうした「民主主義の喧噪」を目の当たりにみて、アメリカの弱点と取った。もし日米開戦でもしたら、黒人はアメリカ政府に反旗を翻すとまで夢にみていた。その混乱が日本の勝利に貢献すると見ていた。そこに山本五十六の大きな誤りがあった。それが彼の限界である。つまり民主主義の本質がまったく理解できていないのである。民主主義は大きな喧噪や社会のうねりを創り出すことには間違いない。だがその喧噪は社会改革や生活改善への産みの苦しみである。市民が草の根ベースで積極的に国政に参画している証である。決して国力を損なうものではない。事実、真珠湾攻撃がニュースになると、愛国心に燃えた若者が兵隊志願に殺到。いままでの人種間の軋轢はうせ、アメリカ人が国民として一致団結して、日本の帝国主義とドイツのナチズム打倒に乗り出した。当時の日本のように、天皇を頂点とした軍国主義下では市民は洗脳され、どんなに不平不満があっても、政府や権力に一切盾を付かない、またはつけないのが現実。非民主主義な日本社会では「民主主義の喧噪」などあ
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337凡人:2021/04/04(日) 20:35:14 ID:GkhSRDuE0
る筈はない。そして海軍による真珠湾奇襲攻撃によって日米開戦となった。そういう国ほどバカが権力を掌握する運命にある。反対者は影に隠れ、戦争がどんどん拡大し、泥沼化していった。当時日本での戦争反対者は憲兵により野良犬のように殺害された。アメリカの原爆投下をもって日本の無条件降伏。日本の国壊滅一歩までいった。主要都市が焼土と化し、日本兵や市民を含め日本史上かつてないほどの戦死者が出た。正しい情報があれば日本の負けは開戦前からすでに予想されていた。そんな戦争にようやく終止符がうたれたのであった。

戦後生れの高経大はいまだ民主主義を知らない山本五十六の過ちを繰り返している。「圧殺の森」の高経大生には民主主義の一縷の希望があった。当時学生自治会が中心となり、学生や教員たちが右翼市長とグルになっての大学の裏口入学に反対、その是正を訴えてデモに発展。その後、私学化や授業料値上げ反対へと続く。それはいわゆる「民主主義の喧噪」であり、必然であった。ところが不当にも大学側はそうした愛校心に燃える学生たちを大量に退学や除籍等で処分したのである。その過程で教員たち8人も辞表を提出、大学を去って行った。この高経大の民主化を拒否した右翼大学こと高経大の「圧殺の森」がそれである。当時、まったくの無名であった高経大が「圧殺の森」の映画で一挙に全国で名を馳せた。その後学園闘争が全国に飛び火する。もしここで高経大の経営側に先見性をもち有能な人物がいたら、そして高経大の民主化、正常化が生れていたなら、きっと今のような高経大にはなっていなかった筈である。教養や知識・知恵がタブーに打ち勝ち、正しいことが正しいとされ、民主主義に貢献できる大学、ほこりがもてる大学。学生間には愛校心が自然と生れる大学に成長したであろう。天皇万歳の大学長も頭の弱い応援団が直属として大学の象徴になることもないし、優秀な学生や教員が全国から集まり、学生自治会も存続し、学生新聞には大学内の問題はもちろんのこと、政治や社会や国際問題が記事になり、自由活発に学生間で討論される校風を創り出す。他大学との学生による自発的な学問的交換や交流も盛んになるだろう。そんな資質の学生が入学することにより、国会議員など全国レベルで活躍できる人物も卒業生のなかにぼちぼち現われることも予想できる。

ところが高経大の大学側や卒業生や同窓生はそんな大学の歴史を正常と認識できないバカ者たちである。当時不正入学した者が現在の高経大の役員や幹部になっているのではないかと邪推したくなる。またやっている事や記事を知って、時として知性や教養が大学レベルかと疑うことがある。一貫して反民主主義であることには変わらない。悪の連鎖は当時から現在にまで永遠に続いている。
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338凡人:2021/04/05(月) 23:35:01 ID:GkhSRDuE0
山本五十六のアメリカ留学と当時のアメリカと日本の人種問題。

彼の留学が何時頃なのか気になったのでチェックしてみた。そこでわかったことを訂正も含めての記事がこれである。アメリカの黒人差別の歴史は長い。広い意味では黒人の闘争はいつも市民権や人種間平等の獲得であると言えるが、アメリカ史では狭い意味での市民権運動は大戦後の1950年から1963年に架けてである。だからもう少し適切な言葉をつかうならば、山本五十六がみたアメリカはセグリゲーションの時代(1900年から1932年)である。つまり日常生活で、白人と黒人とは公共施設では別々に離されていた。黒人は学校のクラスでも、バスに乗るにも、水飲み場も指定された専用場所があった。それが当然とされた時代。公共施設以外でも、例えばバー・クラブでは白人と黒人は一緒にならない。もしそれを破ろうものなら黒人は警察に連行されたり、リンチにあった。政府統計による現在の黒人の犯罪率は他の人種に比べ顕著に高い。当時の犯罪率はどうだったのか知りたいものだが、多分今のようにキチンと比較したデータはないであろう。

山本五十六のアメリカ留学
1919年(大正8年)4月5日にアメリカに駐在を受命、ハーバード大学に留学した(〜1921年5月5日)。アメリカに駐在する前の1918年(大正7年)から「ナショナルジオグラフィック」を購読していた。長男の山本義正は、2度目のアメリカ滞在から日本に戻った1928年(昭和3年)以降のこととして「(山本がアメリカから帰国してから1930年(昭和5年)まで住んだ)鎌倉・材木座の自宅には、ナショナルジオグラフィックがアメリカから毎月届きました。当時小学生だった私は、父より先に封筒から取り出して良く見たものです」「(山本の)本棚の半分はアメリカの歴史に関する本で、他に黄色い背表紙のナショナルジオグラフィックがたくさん並んでいました。付録地図もケースの中に大切にとってありました。父はアメリカを知るためのあらゆる勉強をしていました」と語った。(出典ウィキ)

山本五十六が見た当時のアメリカ
As segregation tightened and racial oppression escalated across the United States, some leaders of the African American community, often called the talented tenth, began to reject Booker T. Washington’s conciliatory approach. W. E. B. Du Bois and other black leaders channeled their activism by founding the Niagara Movement in 1905. Later, they joined white reformers in 1909 to form the National Association for the Advancement of Colored People (NAACP). Early in its fight for equality, the NAACP used the federal courts to challenge disenfranchisement and residential segregation. Job opportunities were the primary focus of the National Urban League, which was established in 1910.

During the Great Migration (1910–1920), African Americans by the thousands poured into industrial cities to find work and later to fill labor shortages created by World War I. Though they continued to face exclusion and discrimination in employment, as well as some segregation in schools and public accommodations, Northern black men faced fewer barriers to voting. As their numbers increased, their vote emerged as a crucial factor in elections. The war and migration bolstered a heightened self-confidence in African Americans that manifested in the New Negro Movement of the 1920s. Evoking the “New Negro,” the NAACP lobbied aggressively for a federal anti-lynching law.

In 1933, President Franklin D. Roosevelt’s New Deal provided more federal support to African Americans than at any time since Reconstruction. Even so, New Deal legislation and policies continued to allow considerable discrimination. During the mid-thirties the NAACP launched a legal campaign against de jure (according to law) segregation, focusing on inequalities in public education. By 1936, the majority of black voters had abandoned their historic allegiance to the Republican Party and joined with labor unions, farmers, progressives, and ethnic minorities in assuring President Roosevelt’s landslide re-election. The election played a significant role in shifting the balance of power in the Democratic Party from its Southern bloc of white conservatives towards this new coalition.
資料 https://www.loc.gov/exhibits/civil-rights-act/segregation-era.html
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339凡人:2021/04/05(月) 23:39:15 ID:GkhSRDuE0
アメリカ国内の人種関係の出来事。1914ー1939
1914–1918 
World War I
1914 NAACP published an open letter to President Woodrow Wilson protesting segregation in federal agencies
1915 Carter G. Woodson founded the Association for the Study of Negro Life and History
1916 Representative Jeannette Rankin (R-MT) became the first woman elected to Congress
1917 Marcus Garvey established the American branch of the Universal Negro Improvement Association (UNIA) in Harlem
1917 Harlem Renaissance began
1917 NAACP led a “Silent March” of 10,000 black New Yorkers down Fifth Avenue to protest the East St. Louis race riot
1919 NAACP published Thirty Years of Lynching, 1889–1918, as part of an antilynching campaign
1919 Summer and early fall race riots erupted in twenty-five cities across the U.S.; later called “Red Summer”
1922 U.S. House of Representatives passed the NAACP-supported Dyer antilynching bill; defeated by Southern Democrats in the Senate
1925 A. Philip Randolph organized the Brotherhood of Sleeping Car Porters Union
1926 Carter G. Woodson inaugurated “Negro History Week,” later extended to Black History Month
1928 Octaviano Larrazolo (R-NM) became the first Latino U.S. Senator
1929 Oscar DePriest (R-IL) elected as the first black congressman since Reconstruction
1929 NAACP-supported “Don’t Buy Where You Can’t Work” economic boycott movement began with the goal of securing better jobs for African Americans
1931 A filibuster by Southern Democrats defeated the NAACP-supported Costigan-Wagner antilynching bill in the Senate
1931 Nine black men were wrongfully charged and convicted of the rape of two white women in Scottsboro, Alabama; the accused chose the Communist Party-supported International Labor Defense (ILD) rather than the NAACP to represent them
1932 Hattie Wyatt Caraway (D-AR) became the first woman elected to the U.S. Senate
1933 Joint Committee on National Recovery formed to represent African Americans during the first 100 days of President Franklin Roosevelt’s administration
1934 Southern Tenant Farmers’ Union, an interracial organization, formed to advocate for the fair treatment of sharecroppers and tenant farmers under the Agricultural Adjustment Administration (AAA)
1935 National Council of Negro Women founded
1935 National Negro Congress (NNC), led by A. Philip Randolph, called for the unionization of black workers, desegregation, and the protection of migrant workers
1935 Congress of Industrial Organizations (CIO) formed, espousing racial egalitarian rhetoric but allowing discriminatory practices
1936 Jesse Owens defied Nazi racist propaganda by winning four gold medals at the Olympic games in Berlin
1937 The Brotherhood of Sleeping Car Porters signed a collective bargaining agreement with the Pullman Company, the first such agreement between a black union and a major American company
1938 African American choreographer and dancer Katherine Dunham formed her own dance company
1939 African American contralto Marian Anderson sang in concert at the Lincoln Memorial before an integrated audience of 75,000
1939 NAACP Legal Defense and Educational Fund formed
資料 https://www.loc.gov/exhibits/civil-rights-act/segregation-timeline.html
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340凡人:2021/04/05(月) 23:47:10 ID:GkhSRDuE0
当時の日本国内の人種関係はどうか。

当時の日本を代表する事件。戦前の人権なき、民主主義なき国・日本。日本人は昔も今も、事実の追及は二の次で、プロパガンダに直ぐ反応すると言えないだろうか。笑。

関東大震災朝鮮人虐殺事件
大正12年(1923年)の関東大地震によって生じた関東大震災の混乱の中で、官憲や民間の自警団などにより多数の朝鮮人および朝鮮人と誤認された人々が殺害された事件である。正確な犠牲者数は不明であるが、論者の立場により、推定犠牲者数に数百名〜約6000名と、非常に幅広い差がある。

大正12年(1923年)、関東地方は地震によって壊滅的な被害を被り民心と社会秩序がひどい混乱に陥ったことを受けて内務省は戒厳令を宣告し、各地の警察署に治安維持に最善を尽くすことを指示した。しかし、そのときに内務省が各地の警察署に下達した内容の中で「混乱に乗じた朝鮮人が凶悪犯罪、暴動などを画策しているので注意すること」という内容があった。この内容は行政機関や新聞、民衆を通して広まり、朝鮮人や、間違われた中国人、内地人であるところの日本人(聾唖者など)が殺傷される被害が発生した。

東京日日新聞(一六八六七号)に「火をのがれて生存に苦しむ牛込」「雨と火と朝鮮人との三方攻め」といふ題下にて、次の如き記事が載せてあつた。 「火に見舞れなかつた唯一つの地として残された牛込の二日夜は、不逞鮮人の放火及び井戸に毒薬投下を警戒する為め、青年団及び学生の有志達は警察、軍隊と協力して、徹宵し、横丁毎に縄を張つて万人を附し、通行人を誰何する等緊張し、各自棍棒、短刀、脇差を携帯する等殺気立ち、小中学生なども棍棒を携へて家の周囲を警戒し、宛然在外居留地に於ける義勇兵出動の感を呈した。市ヶ谷町は麹町六丁目から、平河町は風下の関係から(此所新聞紙破れて不詳)又三日朝二人連の鮮人が井戸に猫イラズを投入せんとする現場を警戒員が発見して直ちに逮捕した。」  下野新聞(九月六日)に「東京府下大島附近」「鮮人と主義者が掠奪強姦をなす」と云ふ題下にて次の如き記事が記載されていた。 「東京府下大島附近は、多数の鮮人と支那人とが空家に入り込み、夜間旺に掠奪強姦をなし、又社会主義者は、市郡に居る大多数の鮮人や支那人を煽動して内地人と争闘をなさしめ、そして官憲と地方人との乱闘内乱を起させ様と努めて居る許りでなく、多数罹災民の泣き叫ぶのを聞いて、彼等は革命歌を高唱して居るので、市民の激昂はその局に達して居る。」(出典ウィキ)
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341凡人:2021/04/06(火) 23:46:36 ID:GkhSRDuE0
近代国家における大学の役割と民主主義。

民主主義は完璧とは言えないまでも国家や組織の運営上、権力のチェック&バランスが存在し、権力の暴走規制、法の下の構成員(市民)の平等、権利保護、公平性やサステイナビリティという点で優れており、その政治形態に優るものはいまだ見つかっていない。

民主主義は権力者にあっては、法律上規制を要求するため、大きな目の上のたん瘤である。よって無教養な有力者がいったん権力を掌握すると民主主義のシステムを潰そうと企てる。アフリカなど、民主主義の弱い国家ではクーデターがしばしば起こり、民主主義システムが転覆される事件が後をたたない。昨今に起きたミャンマーで軍のクーデターが良い例である。それほど民主主義はそれ自体は弱く、近代的な政治形態であって、存続のためには強固な地盤が必要である。日本でも戦前にいくつも起きている。だから凡人はよく、民主主義を水や養分がいつも必要とする一輪の花に例えている。民主主義はその支持者の構成員(市民)による絶対多数の支持があって初めて強固になるために、構成員への民主主義の教育は不可欠。大学等の教育機関がその重要な役割を担っている。

民主主義が脅威に晒されれば、大学が民主主義の擁護者になり、最後の砦になる。権力から独立することにより、尚更大学は色々な視点からの議論を通じ、また正しい知識や教養や歴史を通じ、民主主義の正しさを教えられる場所。最高学府としての知の拠点であるから当然だろう。

大学が民主主義を基本とした教育指針を造り、それにのっとり義務教育を含む初等教育から構成員(市民)の民主主義教育が始まる。構成員(市民)の民主主義の理解なしには、民主主義も枯渇する。年齢に応じた教育機関の民主主義教育で、構成員(市民)は民主主義への深い理解が可能となる。大学と民主主義は建設的な相互関係にある。大学はその民主主義によって大きな恩恵が与えられるからである。なぜなら、民主主義下によってのみ、個人の表現の自由や良心の自由が獲得され、教育・文化が花開くからである。それによってのみ、大学の発展が可能となろう。

342凡人:2021/04/07(水) 03:47:04 ID:GkhSRDuE0
高崎経済大学という刑務所。
ー自分の出世が一番の関心である学生たちー

高崎経済大学には民主主義は存在しない。戦前の大日本帝国軍陸軍を賞賛し、自信をもって公開演舞を披露する高経大応援団の存在。大学側はそうした団体を大学の直属としている。また大学側はそれをもって、その大学の全学生の代表とならしめている。いったいこの大学はどうなっているんだ。高経大の理事を始めとした経営者や学長を始めとした大学役員、教職員を含む人間はたぶん、大学経営の十分な資格や教養などあろうはずがない。むしろ刑務所とか、映画『カッコーの巣の上で』の舞台となった精神科病院の経営をしたほうがより向いているだろう。笑。

高い浪人率を誇る、文武両道をモットーにしている日本屈指の公立や私立の有名大学進学高校が全国にたくさん存在する。その校風は自由の精神が満ちている。大学である筈の高崎経済大学よりもっと自由な精神で包まれていると微笑ましく感じる。教諭の質も高いのだろう。進学先の妥協をしない生徒たちがかなりの割合で在学するとみて間違いない。一方、高崎経済大学の学生はむしろ商業高校のように学校側が一方的に決めた校則・規律で動く。生徒会に匹敵する学生自治会もないし、新聞部もない。あるのは大学の広報誌のみ。政治や大学への批判は大っぴらに言えない。言うだけの知識も関心もない学生が大半を占めると推測するが、多分政治に関心のある大学進学者は高崎経済大学を進学先とは考えないというのがもっともな原因だろう。発言の自由が許されないのだから、進学先に値しない。

高崎経済大学にあるのは名ばかりの「文武両道」。それを大学の特徴と嘘を付いて憚らない。体育系の部活動や業績は目立つものが無いに等しいが、応援団のほうが異様に目立つという不思議さ。応援団が主役であり、大学の象徴である。そんな応援団の団員の記事をたまたま読む機会があるが、その学生の学力がどの程度なのか読み取れる。そんな酷いものを平気で大学生として公表しているのが凄い。また学生の多くは「就活をよくするために」体育系や文化サークルの部活動に参加していると思われるふしがある。たくさんの部を兼部している学生が少なからずいて、その記事を読むたびに、それらの部活動の中身を疑う。スポーツやその他の業績が大学として僅かにマスコミで取り上げられる程度である。高校と違って、大学は自由時間にも恵まれる。ましてや学年に1000人以上在学しているが、全国大会等で勝負できる個人や団体のスポーツ選手はどれほどいるのか。男子ソフトボール部が全国大会によく名を連ねるのは知っているが、ソフトボール自体、大学スポーツではマイナースポーツの中のマイナーであろう。陸上部が箱根駅伝の予選に毎年恒例で出場していて、地元の新聞記事になるが、いつも結果はビリに近い。途中で棄権したこともある。これも毎年恒例のことで、なんの期待もできない。出場すること自体、とても大変で名誉なことと自慢するが、それは只の予選会である。そして、その競技結果はいつもビリに近い。そんなニュースならば、大学の学生の士気が上がらないのは当然だろうし、むしろ皮肉を言いたくなる。笑。

343凡人:2021/04/07(水) 05:08:10 ID:GkhSRDuE0
大学は民主主義を育む場所。

民主主義を支える市民がいなければ民主主義は死ぬ。大学の存在価値はそうした市民を養成することだと凡人はみている。民主主義を理解し、遵守し、広め、擁護できる市民の養成が民主主義社会ではなによりも必要である。それを大学教育が担っている。自動車整備士や美容師になりたければ職業訓練学校に行けばいい。仕事に関係ない、幅広い教養などいらない。そんなものを必修科目として学ぶ必要がないのである。それが大学の教育の特徴だ。

ところが高崎経済大学には民主主義はない。大学経営陣や教職員はそれが何なのか実際にはわからない。憲法は試験のための科目にすぎない。憲法を理解しなくても一向に生活に支障をきたさない日本人。それはすでに日本が民主主義を失っている証拠である。

アメリカでは幼稚園からすでに、やさしく憲法を教えている。初等教育の学校現場では憲法を守る誓約を唱和させる。それほど憲法は身近で、生活のなかに生きているのがアメリカである。憲法に民主主義の本質が書かれている。憲法に違反するいかなる思想は危険思想になる。危険思想から憲法を守るよう義務つけているのがアメリカ憲法である。憲法では思想の自由は認めているものの、憲法を真っ向から否定するマルクス主義は危険思想となる。一党独裁や私有権を認めないマルクス主義とアメリカ憲法は相容れないからである。だからアメリカは反共を全面に押し出している。共産主義思想は憲法が保障した思想の自由の枠外となる。当然と言えば当然である。

日本の保守主義や天皇主義の反対語は民主主義である。日本ではいつも共産主義が反対語となり、右翼と左翼と大別されるが、それは間違いであると確信する。だいいち天皇主義や共産主義は「人の支配」として共通点を持っている。一方の民主主義は「法の支配」を代表。それをとっても明らかであろう。

中国共産党(CCP)の中国と保守化した今の日本の政府の国政はよく似ている。中国の一党独裁は明らかだが、日本だって弱小野党があるものの、実質自由民主党の一党独裁が戦後から現在まで一貫している事実だ。民主党が短期間、政権を初めて奪取したのは異例の出来事で、その後政党として存続すらできないで解体してしまった。また中国同様、日本の「人の支配」の顕著な例として、安倍首相が違法しても、まったく罰を受けない有様。

凡人は特権階層だけが優遇される「人の支配」を信じない。社会を混乱に陥れる革命思想も信じない。それらは過去の日本と世界の近代史が教えてくれる。天皇主義も共産主義も両方、欠陥だらけで自浄効果がまったく期待できない。庶民を不幸にする両者。一方の民主主義は完璧ではないにしても、自由や競争を原理を建前として、法の下の平等を教えてくれる。故に民主主義社会を強く信じるものである。

344凡人:2021/04/07(水) 07:11:22 ID:GkhSRDuE0
圧殺の森(現在進行形)当時のふたりの人生模様。
ー故星野文昭氏と故奥深山幸男氏ー

高崎経済大学は民主主義がないどころか、右翼を表に全面に出した大学である。ただ大学案内書には書かれていない。笑。民主主義を学生に教えるどころか、大学側は当時の右翼市長の要求を受け入れ、密かに不正入試・裏口入学をやっていた。そんな大学である。そんなこととも知らず、夢を膨らませて入学してきたふたりの若者がいた。

自分の出世や就職のことしか考えないで、大学生活を楽しめばいいだけの現在の学生とは大違いであるが、入学する前には、まさか学生活動家や中核派の活動家になろうなどとは夢にも思ってもいなかったに違いない。

そんな彼等の人生の軌跡に思いを馳せてみたい。時系列で、当時の大学側の詳しい動きや応援団団史を参照にしながら、彼等の歴史を突き合わせて想像してみると面白い。この年表によると、いったん学生自治会が大学側によって潰された後に、学生側は不服とし、再建自治会なるものを作ったことがわかる。それが応援団や右翼体育系団体は除いても、全学生の同意であったのか知らない。

彼らが過激派である中核派とどう係わって、どう深まって行ったのかは知らない。でもそんな彼等を凡人は責めることも驚くこともしない。前にも言ったが、大学は民主主義を教える場所である。反民主主義的な高経大が彼等を中核派に追いやったのであると信じる。論理や正義よりも、力で押しつぶそうとする大学側やその犬であった応援団や体育会の学生たちと対峙しながら、孤立無援に陥った若者たち。現状をどう打開するか、大いに迷ったであろう。彼等の当時の状況を察すれば同情しかない。その選択肢が今から考えれば大きな間違いであってもだ。彼等はたった二十歳前後の若者である。目の前のことに一生懸命で、人生を大いに踏み外していったことには本人ですら気付かなかったに違いない。しかし不毛な暴力革命を目指すよりは、政権交代による平和革命を目指すべきだ。小さいけれども他人を助ける方法はいくらでも存在する。民主主義を学び、それを貫いて欲しかった。

自民党王国の高崎にあって、高崎経済大学は右翼を標榜する大学。それを民主化することは儘ならないが、しなければならないことである。それがあって初めて、国内外の他の著名・有力大学との本当の意味での連携・連帯ができる。高崎経済大学を一流大学に押し上げるには是非なさねばならぬことである。それが60年以上にも続く悪の歴史に終止符をつけることであろう。このことにより高崎経済大学を世界に発信が可能になり、大学をアカデミックの停滞から救うだけではなく、大学母体である高崎市の都市の格を一段引き上げる起爆剤になるだろう。文化や思想の自由化や活性化が生れる。それにより人口移民が現実的になり、文字通りの住みたい街になる。高崎市の人口が飛躍的に伸びると信じる。

345凡人:2021/04/07(水) 07:17:45 ID:GkhSRDuE0
星野文昭氏の歩み

高経大で学生運動
 星野さんは1966年4月、高崎経済大学に入学。大学では、不正入学を告発した学生運動が巻き起こっており、全学ストライキが闘われていた。大学当局は闘う学生を次々に退学か停学処分にしたが、処分された学生は自治会室に泊まり込んで徹底抗戦していた。
 大学2年になった星野さんは、大学当局の弾圧をものともせず、自ら自治会室に入り込んだ。当時の高崎経済大学闘争の記録映画『圧殺の森』(小川紳介監督、1967年)を撮影した大津幸四郎さんは、星野さんは「正義感の強い人、まじめでナイーブな学生だった」と語っている。
 星野さんは処分撤回闘争の中心を担って闘った。69年6月には全学自治会を再建し、副委員長に就任した。自治会では、毎夜議論しては、ビラを作った。星野さんは絵がうまいこともあり、立て看板の文字をいつも早朝から書いていた。群馬大学の学生から呼ばれて行き、立て看板を書いたこともある。
 大学の寮を回って寮生と熱烈な議論を繰り広げた。こうして、高崎経済大学を全学連の不抜の拠点に形成していった。
http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2019/06/f30450201.html

1946年4月27日 北海道札幌市に生まれる
1962 4 道立月寒高校入学、翌年、生徒会長をつとめる
66年4月   高崎経済大学入学、不正入試阻止闘争に参加
 (記録映画「圧殺の森」に登場)
69年6月   同大学再建自治会執行委員会副委員長就任
71年春    全学連三里塚現地闘争本部に常駐
       7月、9月強制代執行阻止決戦で指名手配
71年11月14日 沖縄返還協定批准阻止・渋谷闘争に決起
75年8月6日 不当逮捕
79年2月13日 検察が死刑求刑。死刑阻止署名12万筆
  8月21日 東京地裁で判決、懲役20年
83年7月13日 東京高裁が一審判決破棄・無期懲役判決
86年9月17日 暁子さんと獄中結婚
87年7月17日 最高裁が上告棄却、無期懲役が確定
88年     杉並と徳島で「救う会」発足(以降、全国で36の救援会が結成)
96年1月28日 「全国再審連絡会議」発足
  4月17日 再審請求書提出
2000年2月22日 再審請求棄却決定、24日に異議申立
04年1月19日 異議申立棄却、23日に最高裁に特別抗告
06年6月   友人面会実現(以降、94人が面会)
08年7月14日 最高裁、特別抗告棄却決定
09年11月27日 第2次再審請求書提出
12年2月5日 徳島刑務所包囲デモ(以後17年まで5回)
  3月30日 再審請求棄却決定、4月3日に異議申立
17年7月14日 家族、弁護団、共同代表が四国地方更生保護委員会へ第1回申し入れ(以後、13回)
18年5月20日 朝日新聞大阪本社版(関西、中国、 四国)と四国新聞の各朝刊に意見広告
  8月22日 星野さん、徳島刑務所で作業中に倒れる11月25日 朝日新聞東京本社版朝刊に意見広告
19年1月19日 韓国・大邱で星野詩画展、暁子さんら参加
  2月17日 琉球新報、沖縄タイムスの朝刊に意見広告
  3月4日 徳島刑務所でエコー検査。結果は告げず
  4月18日 東日本成人矯正医療センターへ移監
  5月28日 肝臓がん切除手術。翌朝、周術期出血に伴う急性肝不全で重篤状態に。暁子さん面会
    30日 午後9時44分、永眠

346凡人:2021/04/07(水) 07:19:25 ID:GkhSRDuE0
   奥深山幸男氏の足跡

1948年 6月14日 長野県佐久市で誕生
1967年 4月   高崎経済大学入学
1971年11・14  星野さんと共に闘う
1971年11月   学生自治会書記長に就任
1972年 2月 2日 事後弾圧で逮捕
1972年 3月13日 殺人罪等で起訴
1974年     この頃幻覚が始まる
1975年 6月26日 保釈決定
1979年10月23日 東京地裁懲役15年の判決
1981年 7月15日 公判手続停止の決定
1994年12月13日 公訴棄却・免訴を申立
2002年 3月15日 検察官審理再開を申立
2002年 9月17日 山上東医歯大教授が鑑定人
2006年 2月15日 免訴を実現する会請願書
2009年 5月 7日 山上鑑定不採用
2009年 6月23日 村松慶応大教授に鑑定依頼
2015年 4月15日 免訴を求める会意見書
2016年 5月17日 春日医師の意見書
2016年10月15日 転倒して健康悪化
2017年 2月 7日 太田記念病院で永眠

347凡人:2021/04/07(水) 07:32:14 ID:GkhSRDuE0
高崎経済大学直属応援団 団史
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/danshi.htm

◎昭和32年(1957年)3月高崎市議会の決議により、同短期大学を廃校とし、翌4月より4年制大学として高崎市立高崎経済大学が創立された。

◎応援団の創立については諸説がある。昭和35年頃には、運動部等を退部した学生、他部との掛持ちの学生達が集団化し、一時的に応援団(実際は愛好会)を名乗る動きもあったというのも、その一つである。しかし、個々に見解が分かれており、実体も定かでなく、否定的な風聞も多いところである。

◎昭和36年4月、高崎市上並榎町(現在地)に新校舎が完成し、高崎城跡(旧第十五連隊兵舎)より移転する。これに伴ない学生の間から、本学の高揚の為にも新たに正式な応援団活動団体を創設すべきとの声が起きた。これを受けて、時の学生自治会・佐藤静雄先輩(後の衆議院議員)を始め、運動部や諸団体の要望により、三潴信吾学生部長(後の第5代学長)の御理解を得て、応援団結成の機運が高まる。そして、発足の経緯から公立大学では例の無い「全学応援団」として創団される事になった。

◎同年6月、本学の正式な公認団体として高崎経済大学全学応援団が発足する。初代団長は自治会の指名を受けた川村輝治先輩(初代、第2代)であった。この時、前述の愛好会的集団からも流入的入団があった為、一部に同集団を初代、新全学応援団を2代と数える誤認が生まれた。これが是正されずに続いた為、創団者の錯誤、OB会構成や期代の混乱を招いた事は否めない。尚、当団はこの大学と全学の公認による創立を正式な創団とし、団活動開始の根拠としている。

◎昭和37年(1962年)、当全学応援団本部長(現顧問制度)に外山正夫教授が就任する。当時の新聞によると団の機構は、リーダー部・総務部・旗守(手)部の3部から構成され、これを本部とし全学生を会員として組織されていた事が記載されている。当時は団活動に従事する学生を団員、一般の学生を会員と定義していたと思われる。当時の小誌にも、全学生に団を支える会員として、一層の自覚を訴える記事が掲載されている。

◎昭和38年6月29日、当団は全日本学生応援団連盟に正式に加盟する。(時の本部校は駒沢大学応援団)

◎同年11月、新生応援団の確立を学内外に広くアピールする為に、全国で始めて「リーダー公開祭」の名称を用いた一般市民向けの、第1回リーダー公開祭を挙行する。このリーダー公開祭は、時の高崎市長・住谷啓三郎氏を大会顧問とし、大学当局、学生自治会、各体育・文化団体、一般学生、市民等の支持を受けた大々的なものであった。

◎高崎市民の間から、当団の側面的援助を目的とする後援会(第1次)が形づくられる。(その後自然消滅となる)

◎その後の大学の資料に、当団が一時的に文化系に属したという記述が見られるが、事情は定かではないものの、当時の団活動には行動の基盤をなす精神的な部分の占める割合が大きかった
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348凡人:2021/04/07(水) 07:33:49 ID:GkhSRDuE0
事が見て取れる。当団は団員に自衛力を養う事を奨励して居り、初代の頃より合気道、7代からは拳法、その後は空手道、現在は総合護身術の修練をしている事などから、当時も精神面だけではなく、文武両道の団風があった事が窺えるが、活動面の充実に比例して精神面の強化を図った事によるものと思われる。

◎昭和40年(1965年)各大学応援団は団員数も充実し、全日本学生応援団連盟祭も2日間に渡って開催されるなど最盛期を迎える。当団も大学紛争に見舞われる中、故・吉川敬三先輩(創団5期目=第4代)の強力な指導力により揺るぎない団運営を図り、逆風の中で定例リーダー公開祭を敢行する。この時、吉川先輩の友人であった専修大学応援団・菊地守男団長の御厚意により、同団の友情出演を戴く。

◎昭和42年(1967年)大学紛争の混乱により既に学生自治会は解体して居り、当団は新たな体育会の結成に加わり、一時的に体育会に所属する。しかし、当団は精神団体であり且つ、行動団体でもあるという文武両面を有する特殊な性格を持つ団体として、その独立性を訴え、当時の三年次生(第8期目=第7代)を中心に体育会文化会の各部に団独立の理解を求める為の説得を展開する。

◎昭和43年、体育会の支持を得て独立し、文化系・体育系に属さない第三の独立団体として大学直属の位置に昇格する。これに伴い、三潴信吾学長に名誉顧問(現在は最高顧問の名称)の御就任を戴く。

◎同年、新団則の制定・応援団理論の構築・リーダー技術の改訂・諸制度等の大改革を実施し、現在の基礎を固める。昭和43年創団8期目=第7代は当団の大きな転機となった年であり、現応援団の骨組みが築かれた年と言える。(この年のリーダー公開祭は「応援団改革・独立記念」と銘打ち、1500人余の市民を集めて盛大に開催されている)

◎昭和44年、地域の有力企業30社程が連係し、新たに当団の後援会(第2次)が組織される。後援会会長には山田富二氏(元・財団法人高崎経済大学後援会理事長、元・群馬県教育委員長)が就任する

◎昭和45年(1970年)、当団は創団年から数え10周年を迎える。(創団年の1年間を1期と数える)
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349凡人:2021/04/10(土) 01:07:07 ID:GkhSRDuE0
大学教育における使命と高崎経済大学。
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一大ニュース:2021年3月25日、Times Higher Education(THE:ティー・エイチ・イー)は昨年に引き続き、「THE世界大学ランキング日本版2021」をリリースしました。日本版ランキング2021の結果をご紹介します。ランキング対象は国立67校、公立44校、私立167校。群馬県立女子大や都留文科や下関市立大学は下のほうにランクインされているが、高経大は載っていない。笑。ソースhttps://japanuniversityrankings.jp/topics/00187/
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大学には崇高なる使命があることを前にも書いた。大学の本来取り組む問題は日本全国あるいは世界レベルの問題。その解決に取り組むことが大学レベルとして要求されると凡人は信じて疑わない。。研究の中心を地元研究、また地域主義を掲げる高崎経済大学はもはや中等高等教育機関。つまり地元の高校となんら変わらない。

郷里の研究は、地元高校に務めている教諭が趣味もかねて長年やっているケースがよくある。その研究が本となって出版されるというのをよく聞いたり、地元新聞記事でよく見かける。そんな高校教諭の地元への貢献はとても素晴らしいと思う。ところが、高経大はそれを大学の中心にすえて、それをもって地域に貢献する大学と命名している。それは見かけはいいとしても、その地域研究は高校の教諭でも十分通用する。大学がそこまで地元を中心課題とする理由が分からない。地元にたくさん存在する中学や高校の中等教育機関。地元に貢献する中学や高校の先生方にそれを任せても十分で余りあるのである。大学にはもっと違った大きな使命がある。最高学府の大学とは何をすべきか。それを問うことは重要である。その使命とはなにか。それはなにも一つではないにしろ、中学や高校よりも、それはもっと高尚であるべきことには間違いない。解決すべき問題が山ほどころがっている。だから問題を見つけるのはそれほど難しいとは思わない。それが十分検討されるべきである。

大学ともなると日本の全国はもとより世界から興味がもたれているような研究が盛んに行われている。地元貢献や地元研究とか、高経大はよく口にだすが、果たして高経大は地元にどれほど貢献しているかと問いたい。それは中学校や高等学校も含めた大きな意味である。研究とはよく言ったもので、高崎や群馬の都市発展の過去の歴史をみればわかるのだが、いままでに、どれほど高崎経済大学が重要な役目を担ってきたかと真顔で問いたい。自民王国をいいことに、それに胡坐をかいていたとしかみえない。地元にある短大や商業高校の貢献とどれほど大きな違いがあるのか問いたい。

地域に貢献するをうたい文句にした高経大。60年を超える歴史(凡人に言わせると悪の歴史)をもつ高経大。地域政策学部や経済学部をもつ高経大。たとえば群馬の女性の地位向上や富岡製糸をめぐる地域政策をふくむ富岡市の将来や少子化と同時に、いまだ毎年若者たちが県や市から転出している群馬県の人口減少。そうした長くから議論されている重要な問題に答えを出してきたのか?むしろ高経大は無力、無能、無策であったと言えないだろうか。過去数年の最近になって、新高崎市長に変わり、彼のビジョンと実行力をもってはじめて、高崎市が大きく動き出したと言えないだろうか。それでも未だに人口が大きく増えていない。いまだに人口の流れが群馬から都会になっている。その逆の流れにはいまだ成功していない現実をどう解釈したらいいのか。大都会の喧騒のなか、人口過密度や高い住居費や生活費があっても尚、働き盛りの若者にとって、大都会の魅力は群馬とは比較になっていない。凡人は高崎市の強い歴史的保守主義や思想に、若者が窒息する文化風土に、大都会から人口が流れてこない原因があると見ている。他人を寄せ付けない風土。高崎市出身が中心の異色の人気ロックバンドBOØWY(ボウイ)は1980年代に活躍したが、結成は東京。しかも解散後、氷室京介がアメリカのロス、布袋寅泰がイギリスのロンドンに活動拠点を移している。言葉ではなんとも言えるが行動は隠せない。とても象徴的な出来事である。「都市の空気は自由にする」が、群馬にある市町村はもとより、中核都市の高崎市ですらそれがない。凡人の目からして、高経大には群馬県の悪の縮図を見る。高経大は群馬県というパットしない場所でのお山の大将であり、井の中の蛙大海を知らずをまるで絵にしているような大学である。
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350凡人:2021/04/10(土) 01:11:22 ID:GkhSRDuE0
世界大学ランキングの上位に毎年掲げられるイギリスにあるオックスフォード大学。歴史的にも11世紀にその礎ができた古い大学で、英語圏では最古らしい。世界の他のトップ大学も同様であるが、大学とはどんなものかを探るうえで格好の教材を提供する。高崎経済大学はおなじ大学という名前が付いているから、世界大学ランキングにあってもおかしくない。UCLAはキャンパスに創立100年の旗がいたるところで目に入る。だから60年を超える高経大と比べてもそれほど古くはないのではあるが、その大学の世界の認識度やその他もろもろ、雲泥の差である。だから歴史よりも、大学経営陣のもつ大学設計に対する将来ビジョンの正しさが重要だと分かる。だれか高経大の世界ランキングの数値をしめして、商業高校レベルだと主張する凡人の嘘を証明して欲しいものだ。ついでに言うが、つい最近創立して比較的新しい同じ公立大学の国際教養大学(ICU)や会津大学はすでに、それぞれ高くランクインしていることを最近知った。笑

高崎経済大学は就職率96%を自慢し宣伝している。就職率よりも就職先のほうが重要だと凡人は思うのだが、そもそも、それが4年制大学の本来の大学の宣伝文句としては適切なのかも気になるところ。専門学校の就職率はなんと99%だぞとかいいたくないが、高経大をなんども商業高校に例えている凡人の言い分。それが果たして、根拠のない嘘かでまかせだろうか?

ここで有名な二人のオックスフォード大学の卒業生を紹介して、言いたいポイントを指摘したい。大学の使命を考えたり、議論する上でわかり易い事例だと思う。今上天皇、皇后雅子、秋篠宮文仁親王らの皇族の留学先でもあり、オックスフォード大学の学生たちがみな、同じ思考や思想をもっているとかいう気はもうとうない。またそこの学生たちだって、高経大の学生と同様、卒業後の就職や就職先は大きな関心事には違いない。楽しく大学生活を送りたいとも、どの学生たちも思っていることだろう。ただ学生の質がこんなにもかけ離れている、または違うと言いたいだけだ。全学生ではなくても、学生たちの多くが民主主義を考える能力がある人達なのだと言いたい。ある程度、何が民主主義か、それが議論できる人達なのだ。そうした学生たちを指導し、教える立場の大学の教職員は言うまでもない。民主主義の擁護者としての役割が期待されているので、疑う余地がない。そうでなかったら、これから紹介する二人は教員たちや大学の授業や学友たちに退屈して、さっさと中退することだろう。

その一人にあげるのはアウンサン・スー・チー女史。「1964年から1967年まで、イギリスのオックスフォード大学セント・ヒューズ・カレッジ (en:St Hugh's College, Oxford) 哲学政治経済学部 (PPE, en:Philosophy, Politics and Economics) で哲学・政治学・経済学を学ぶ。1967年に学士号を取得後、ビルマ政治史担当の助手に就任しヒュー・ティンカー (fr:Hugh Tinker) 教授に師事。1968年に同大学を卒業して政治学修士号を取得した。しかし、オックスフォード大学での成績は不振で、2度コースを変更しようとしたもののいずれも失敗し、結局可の評価で卒業したため研究を続けることが困難となった。しかし彼女はのちに、1990年にオックスフォード大学名誉フェローに選出されている。1993年にオックスフォード大学名誉博士の授与を打診されたものの出国できず断念。その後、2012年に名誉博士号を取得した。」(資料ウィキ)

2021年の現在、ミャンマーは軍部がクーデターがおこり、政権を掌握。各地でクーデター反対デモがおこり、軍部と市民との血なまぐさい衝突がおこっている。スー・チー女史はその国の民主化運動の象徴的存在である。1945年ミャンマー生まれ、「ビルマ建国の父」アウンサン将軍の娘として知られる。ビルマの独立運動を主導し、度重なる自宅軟禁を乗り越えて2016年新政権への入閣も果たした。1991年にはノーベル平和賞も受賞している。

ミャンマーのクーデターは、その起こる直前まで国家顧問になったスー・チー女史への献身的な多くの支持者はいるものの、数十年ぶりに誕生した文民政権下でもなお、少数民族に対する虐待はやまず、活動家のあいだで亀裂が拡大していた中での出来事。現在の若者世代ではスー・チー女史を「堕ちた偶像」と見ていると新聞記事は伝えている。。

スー・チー女史の記事を読んで、以前ちょっと調べた南アフリカ共和国のことが思い出される。ここでは余談になるがまったくのdéjà vuである。アパルトヘイトで悪名高い南アフリカ共和国で、人種差別がなくなることが期待されて、権力の掌握と同時に大統領になったネルソン・マンデラであったが、アパルトヘイトの撤廃後、逆に多数派の黒人による少数派の白人への虐殺が絶えず、人種差別の継続とともに、黒人間の異常に高い犯罪率が国の特色になった。
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351凡人:2021/04/10(土) 01:14:30 ID:GkhSRDuE0
これも余談になるが、クーデターがどうして起こったのかの興味深い記事を見つけたので紹介。朝日新聞 「日本人はスーチーさんを誤解」 ミャンマー取材27年の記者が読むクーデター2020年2月3日記事‥‥

「軍は民主化当初、実は最も得をした。中国以外にも、欧米諸国からの投資がどっと増え、軍の得る利権の規模が広がったからだ」。軍が民主化を支持した背景には、こうした現実的な計算があったという。

宇田さんは、軍の満足した気持ちが、民主化の進展とともに徐々に揺らぎ始めたのではないかとみる。「最近2年くらいの間、ほぼ毎日、政府系紙に麻薬取り締まりの記事が出るようになった。与党のNLD(国民民主連盟)は民主主義や人権を重視しており、実際に取り締まりを始めるという警告だったと思う」

宇田さんによれば、タイ、ミャンマー、ラオスの国境地帯に広がる「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」では最近、合成麻薬の生産が盛んになっている。ミャンマー軍部の腐敗した一部の幹部は、年間で数千億円規模の利権を手にしていると推測する。「3兆円規模のミャンマーの国家予算に比べても莫大な数字。この利権に手を突っ込まれると、こうした幹部らが考えたのではないか」

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スー・チーさん、再びの京都 京大から名誉博士号
2016年11月3日 22:23日経新聞

日本を訪問中のミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問は3日、京都を訪問した。京都大学から「自由と民主主義の発展に貢献した」として名誉博士号を受け、京大生たちと「自由・民主主義・リーダーシップ」をテーマに約1時間、意見を交わした。その後、京都府など主催の歓迎夕食会にも参加した。

スー・チー氏は1985〜86年、京大に客員研究員として所属。独立運動の英雄である父、アウン・サン将軍について研究した。今回の京都訪問はスー・チー氏の希望で実現。スー・チー氏は「30年前も温かく迎えてくれた京都に来て、忘れていた日本語も思い出した」と笑顔を見せた。

学生たちとの意見交換で、スー・チー氏は民主化運動が弾圧を受けた軍政時代をふり返り、「不可能と思われることでも、信念を持ち、実現に努力することが重要だ」と述べた。さらに「民主主義にまだ到達できておらず、その発展に向け、取り組みを続けなければならない」と強調した。

法学部4回生の播磨初弥子さん(21)は「とても強いメッセージをもらった。信念を持ち、自分のキャリアを決めていきたい」と感激した表情で語った。京大の山極寿一総長は「学生たちの質問に、真摯に、丁寧に答えてくれたスー・チー氏に感謝したい」と述べた。
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京都大学と高崎経済大学

そんな京都大学とは対照的なのが高崎経済大学。高崎経済大学がよく招待する講演者は元総理大臣の中曽根康弘氏。右傾化・歴史修正主義や憲法改正の立役者。戦時中、日本軍の従軍慰安婦を指揮し、メモワ―を残し、公文書にも記されるが、その責任を免れた人物。日本の戦後民主主義政治を大きく歪めた人物であることは否めない。また地震大国日本に原子力発電政策を強力に推し進めたことも有名。その安全性にまったく思慮が欠けた人物。東北大震災により福島原子力発電事故が起こり、多くのその住民が先祖の土地を失った。その責任も逃れた。なんとも幸運に恵まれた人物である。ー皮肉ー。従軍慰安婦の参照先https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_10174/
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352凡人:2021/04/10(土) 01:16:42 ID:GkhSRDuE0
二人目はマララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)女史だ。2020年6月19日(金)にオックスフォード大学を卒業したばかりである。3年間で哲学と政治学、経済学の学位を取得した。高校はイギリスにあるバーミンガムにあるエジバストン高校で4年間で終了(2013年-2017年)。17歳でノーベル平和賞を受賞した人権活動家。少女の頃からパキスタンにおける女子教育の必要性を訴え、武装勢力タリバンによる学校の破壊を批判してきたマララ。2012年にはタリバンから命を狙われ、頭に銃弾が撃ち込まれるという世界に衝撃を与える出来事が起きた。幸いにも彼女は医者団の手厚い治療の甲斐あって、奇跡的に回復した。

2017年にオックスフォード大学に入学。17歳でノーベル平和賞を受賞、世界的な有名人になったマララ。入学直後のインタビューでは大学生活が不安だったことも吐露していた。「友達をどう作ればいいのだろうと思っていた。みんな私のことをすでにマスコミを通して知っているから。でもキャンパスに来たらみんな私を友達として歓迎してくれた。オックスフォードの一員になれてとても嬉しい。」と語っていた。卒業後の具体的な活動や進路はまだ決まっていないという。これからどんな活躍をしていくのか、続報を楽しみにしたい。(エレ雑誌日本語版By Yoko Nagasaka)
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353凡人:2021/04/10(土) 01:22:56 ID:GkhSRDuE0
「人の支配」VS「法の支配」

「人の支配」するところ、たとえばミャンマーのクーデター後の軍国政権、金正日の息子、金正恩の北朝鮮の独裁政権、中国共産党(CCP)政権、戦前の日本の天皇主義政権等々、いずれの権力側の目からすれば、国内の市民で「民主主義を主張する者」はだれもが過激派とかテロリストとかに見えるだろう。権力者にはまったく危険思想に映り、その糾弾や迫害を怠らない。日本の一党独裁にある自由民主党の政治家・政治屋にとってはしばしば、共産党と民主主義勢力とを混同するきらいがある。両者の要求を同じ論理で批判しているテレビ新聞記事をよく見かける。右翼には双方が同じにみえるが、実際はまったく別ものである。

354凡人:2021/04/10(土) 01:48:16 ID:GkhSRDuE0
高崎経済大学の素顔
京都大学と高崎経済大学のちがい

スー・チーさん、再びの京都 京大から名誉博士号
2016年11月3日 22:23日経新聞

日本を訪問中のミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問は3日、京都を訪問した。京都大学から「自由と民主主義の発展に貢献した」として名誉博士号を受け、京大生たちと「自由・民主主義・リーダーシップ」をテーマに約1時間、意見を交わした。その後、京都府など主催の歓迎夕食会にも参加した。

スー・チー氏は1985〜86年、京大に客員研究員として所属。独立運動の英雄である父、アウン・サン将軍について研究した。今回の京都訪問はスー・チー氏の希望で実現。スー・チー氏は「30年前も温かく迎えてくれた京都に来て、忘れていた日本語も思い出した」と笑顔を見せた。

学生たちとの意見交換で、スー・チー氏は民主化運動が弾圧を受けた軍政時代をふり返り、「不可能と思われることでも、信念を持ち、実現に努力することが重要だ」と述べた。さらに「民主主義にまだ到達できておらず、その発展に向け、取り組みを続けなければならない」と強調した。

法学部4回生の播磨初弥子さん(21)は「とても強いメッセージをもらった。信念を持ち、自分のキャリアを決めていきたい」と感激した表情で語った。京大の山極寿一総長は「学生たちの質問に、真摯に、丁寧に答えてくれたスー・チー氏に感謝したい」と述べた。

そんな京都大学とは対照的なのが高崎経済大学。高崎経済大学がよく招待する講演者は元総理大臣の中曽根康弘氏。右傾化・歴史修正主義や憲法改正の立役者。戦時中、日本軍の従軍慰安婦を指揮し、メモワ―を残し、公文書にも記されるが、その責任を免れた人物。日本の戦後民主主義政治を大きく歪めた人物であることは否めない。また地震大国日本に原子力発電政策を強力に推し進めたことも有名。その安全性にまったく思慮が欠けた人物。東北大震災により福島原子力発電事故が起こり、多くのその住民が先祖の土地を失った。その責任も逃れた。なんとも幸運に恵まれた人物である。ー皮肉ー。従軍慰安婦の参照先https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_10174/

355凡人:2021/04/10(土) 01:54:32 ID:GkhSRDuE0
高崎経済大学の素顔
大学が愛して止まない高崎市出身の政治家元総理大臣中曽根康弘とはどんな人物か?

ー従軍慰安婦の調達に手を染めた男、我が中曽根康弘氏ー

中曽根康弘死去であらためて振り返る従軍慰安婦 中曽根の「慰安所つくった」証言と「土人女を集め慰安所開設」防衛省文書
リテラ2019年11月29日 21:59
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_10174

左・中曽根元首相の“手記”が収録されている『終りなき海軍』(文化放送開発センター)/右・中曽根元首相が慰安所を設置させたことを示す資料

 中曽根康弘元首相が、101歳で死去した。メディアでは、国鉄民営化や日米安保体制強化などを功績として振り返っているが、負の側面も非常に大きい政治家ある。

 たとえば、現在の日本社会にもつながる右傾化・歴史修正主義の台頭や新自由主義路線の端緒となり、日本の戦後民主主義政治を歪めた張本人だ。こうした功罪の罪の部分も検証されるべきだが、なかでも本人が一度は告白しながら途中からダンマリを貫いたこの問題はきっちり検証するべきだろう。

 そう、日本軍の従軍慰安婦問題だ。

 中曽根元首相が戦時中、海軍主計士官(将校)の地位にあったことは有名だが、その当時、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたことを、戦後に自分の“手記”の中で自ら書いているのだ。

 しかも、これは中曽根元首相の思い違いでも妄想でもない。防衛省にも中曽根元首相の“慰安所づくり”証言を裏付ける戦時資料が存在している。

 本サイトでは、2014年夏、朝日新聞の慰安婦記事バッシングが盛り上がり勢いづいた右派の、慰安婦の存在や日本軍の関与までなかったことにしようという歴史修正主義の動きに抵抗するため、この中曽根“慰安所づくり”証言とそれを裏付ける戦時資料について詳しく報じた。(ちなみに、フジ産経グループの総帥だった鹿内信隆にも中曽根元首相と同様に、慰安所づくりへの関与発言があり、やはり本サイトが記事にしている(https://lite-ra.com/2014/09/post-440.html)。

 中曽根元首相の証言は、従軍慰安婦に日本軍が組織的に関与していたことを物語る重大な証言だったが、手記出版から30年ほど経ってからこの記述がクローズアップされると、中曽根元首相は一転否定、その後ダンマリを通してきた。

 中曽根元首相には、従軍慰安婦問題とりわけ日本軍の関与について、自らの口で明らかにする歴史的責任があったはずだが、それはかなわなくなってしまった。
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356凡人:2021/04/10(土) 01:55:34 ID:GkhSRDuE0
 中曽根“慰安所づくり”証言とそれを裏付ける戦時資料から、従軍慰安婦の存在と日本軍関与が事実であることを報じた記事を再録する。「慰安婦は存在しなかった」というデマが大手を振って罷り通るいま、あらためてご一読いただきたい。
(編集部)************

●中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録が

 朝日新聞の慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
 だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。
  大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。

 何かというと左翼のでっちあげとわめきたてて自分たちを正当化しようとする保守派やネトウヨのみなさんには申し訳ないが、これは捏造でも推測でもない。中曽根元首相は自分の“手記”の中で自らこの事実を書いており、しかも、防衛省にそれを裏付ける戦時資料が存在していたのだ。そこには、部隊の隊員によるこんな文言が書かれていた。

「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」

 まず、“手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。

 タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。

「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」

 おそらく当時、中曽根は後に慰安婦が問題になるなんてまったく想像していなかったのだろう。その重大性に気づかず、自慢話として得々と「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書いていたのだ。
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357凡人:2021/04/10(土) 01:56:35 ID:GkhSRDuE0
 ところが、それから30年たって、この記述が問題になる。2007年3月23日、中曽根が日本外国特派員協会で会見をした際、アメリカの新聞社の特派員からこの記載を追及されたのだ。

 このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。

 だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の“手記”のほうがデタラメということになってしまう。だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。

 いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。 

 国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。

 資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
  本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。

 宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。

「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる 主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」

 さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。

 それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル
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358凡人:2021/04/10(土) 01:57:42 ID:GkhSRDuE0
河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。

 そして2つの地図を見比べてみると、“ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。

 つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。 

 もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。

 しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。

 実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。
  つまり、中曽根首相がこうした“強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。

 朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。

 しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。
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359凡人:2021/04/10(土) 08:57:11 ID:GkhSRDuE0
訂正:高経大の就職率は実は99%が正しく、先に書いた96%を訂正致します。暫定的に書いた数値を確認をするのを忘れ書き込みしてしまいました。お詫びとともに訂正致します。ただその数値を出すまでの計算方式は面倒くさいので確認していません。就職率は偏差値と同様に、数値を多少操作できると読んだ記憶があります。いずれにせよ、就職先とか数値に出せるなら、自分の望んだ就職先に入れたかどうかの満足度の方がより意味があると個人的に思っています。
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就職率99% 学生の意識向上がカギ
高崎経済大キャリア支援センター長・関根氏に聞く
2020年2月6日 1:49

高崎経済大学(群馬県高崎市)は経済学部と地域政策学部の2学部6学科からなり、4000人以上の学生が通う。就職率が99%と高い背景には、入学後まもない1年生から始める就職指導とOB・OGによる手厚い支援がある。キャリア支援センター長の関根雅則氏に活動内容を聞いた。

経済大学という特性もあり、学生の就職先は金融関連が圧倒的に多い。2018年度卒業生の就職先は金融・保険業が経済学部で20.4%、地域政策...

360凡人:2021/04/14(水) 06:20:01 ID:GkhSRDuE0
「圧殺の森」大学こと高崎経済大学
 ー大学のモットーは剣はペンよりも強しー

高崎市を母体として戦後設立した公立機関。自治体には高等教育の満足な歴史もなく、大学教育に深い造詣も、あるいはまったく理解しようとしない、できない高崎市の有力者たちの判断で、無理矢理につくられた大学である。前橋市との対抗心。そこに位置する群馬大学との対抗心が強く働いていたことは否定しようがない。期待されるべき高等教育における大学の教育内容は二の次である。

公立大学の実質の私物化をみる。それは正しい学問的教養を教え育てる本来の目的や義務はない。大学は知力・学力は低くとも応援団と称して権力におべっかを使い迎合する、権力に立てつかずエールを送り、その犬になるべき中堅幹部の勤労者を養成する事。教員や学生は権力の横暴に耐えている同じ階層の他の弱者に対しては仲間意識はなく、同情し助けることは夢にも思わない。ただただ権力のより繁栄と自らの出世を図ることをよしとしている究極のオポチュニストたちである。

361凡人:2021/04/14(水) 08:09:45 ID:GkhSRDuE0
高崎市の特色。
ー慢性化した人口減と頭脳流出ー

群馬県は後進県。女性の社会参画は全国でも最低である。中核都市・高崎市も例外に漏れない。自民党王国とよばれる保守の地域だけあって、選挙戦では理屈も論理もない。ただ自民党というだけで、候補者が在任中、どんなに違法しようが再選されてしまう場所柄。権力や血統や学閥には巻かれることが当然とされる地域。だから、まったく民主主義が付け入る隙を与えない。民主主義の理解が不可能に近い。民主主義は庶民を守るためにあるにも係わらず、その無知蒙昧がこの地を覆いかぶさっている。なぜそうなるのか。凡人が信じるには保守主義が地元地域に残り、あるいはいったん地元を離れても、Uターンして地元にかえってくる。アメリカをみてもまったく同様であるので特別なことは言っていない。西海岸のロス、シスコ、シアトル等、東海岸のニューヨーク、ボストン等の大都市は一流・有名大学や医療、高給職、文化、娯楽活動が集中し、リベラル思想が政治を牛耳っている。一方アメリカの中央部、僻地に行けば行くほど保守主義の政治が支配する。頭が良い人は田舎から、良い学校や仕事や医療や人生に楽しみを求めて大都市に住所を移す。比較的高学歴の社会推進派はリベラルに多く、小さな街に生まれ育っても、アメリカの大都会に移り住む。よって大都会はリベラルが多数派をしめる。そのため保守的地域では一層保守主義が進み、そこで生れ育つリベラルをより住み難くしている。その循環サークルによって、政治の特色がより濃厚となる。日本でも同じで、日本の全国各地で同じことが起こっている。だからなにも高崎市が特別なのではない。そこには頭脳流出が起こるべきして起こっているということだ。ただ高崎市の特色はまちの有力者や権力者はその身分の維持のために、戦後も身分制の武士階級を尊び、男尊女卑を頑なに守っていることだろう。議論や論理が通じない。特に反民主主義の態度が顕著であることは特筆されるべきである。


高崎藩5万石騒動
ー圧殺の森が予見できる、高崎市の権力者の悪の歴史ー

反民主主義を代表する事件の一つの例は高崎経済大学におきた民主主義の圧殺こと「圧殺の森」。それを知らずして、高経大がどんな大学かを正しく知ることは不可能である。この大学の教職員や応援団や体育系運動部をはじめ、多くの在学生は当時凡人が大学中、その事件を話題すらしなかった。大学に不正があったことすら知らない世代でもある。大学の落ち度をまったく疑わないことだ。「圧殺の森」は左翼過激派の起した事件で、学生運動した当時の学生たちが悪者として扱われている現実。学生間には大学生にありがちな知的好奇心がない。事実を知ろうとする努力も、正しく歴史を捉えたり、理解したいという学生の真摯さはない。能力も疑わしい。まったく驚きに値する。高崎経済大学がよく自慢して、「文武両道」の言葉を持ち出すが、それは嘘八百もいいとこである。(笑)イチローを例にあげなくても、一人の人間にあって、知力もスポーツ力も比例すると言いたい。また例外もあるが、正しいことを見分ける力も素養もある人間がスポーツの世界でトップに立てると凡人はみている。大学に進学するとかしないとかは関係ない。大卒でなくても頭のいい人間はザラにいる。私ごとであるが、凡人はある種目で中学校体育連盟主催の中学校体育大会で優勝し、市の代表として県大会に出た経験がある。もしスポーツ選手がある種目で競争してトップになろうとすると、日頃の練習はもとより、健康管理の食事とか睡眠とか、集中力とか、また当日の試合運びとかで筋力や耐久力だけではなく、いろいろ頭も使う。そうした自らの体験で確信をもって言えると言いたいだけだ。
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362凡人:2021/04/14(水) 10:31:09 ID:GkhSRDuE0
この「圧殺の森」よりもずっと前に起こった興味ある事件がある。それは「高崎藩5万石騒動」と呼ばれ、明治初めに高崎市が舞台だ。この事件の権力側の横暴さと傲慢と不公平さ・不条理に怒りを覚え、困っている大勢のために、正しいことをして命を失ったヒーロー達への深い同情を呼び起こす。民主主義を考える上で、高崎市の権力者や有力者の頭の中が当時どうだったか推し量れる事件でもある。この事件を知れば知るほど、圧殺の森が高崎市だから特別に起こるべきして起こったとしか考えられない。まるでそれを予見できるかの出来事が「高崎藩5万石騒動」なのである。「圧殺の森」の当時、権力側は高崎市や大学側である。それらがとった反対した学生たちへの仕打ちはまさに横暴、傲慢と不公平・不条理である。最高学府としての正知性や公正や正義が欠けているものである。

アメリカに無条件降伏、大戦が終了し日本は救われた。その後平和憲法が制定され、民主化された当時の日本。だが高崎の地には、その当時になっても依然として民主主義の波は届いていなかったようだ。ではそんな「高崎藩5万石騒動」事件をみてみよう。

高崎藩5万石騒動がここによく紹介されているのでコピペする。偉人とかいってよく武士階級の官僚の名を上がるが、そんなのは偉人と呼べるか。自分の役職でやるべき仕事をやった人間たち。ぬくぬく出世して安泰な老後をした人間だ。本当の偉人とはだれか。偉人とヒーローとは同じと考える。この高崎藩5万石騒動で斬首された3人は偉人である。たくさんの弱者を困窮から救うために運動を起して前線にたった3人。それにくらべ、たとえば日本の教科書に山本五十六が偉人として書かれているが、凡人はそうとは思わない。殆どのアメリカ人やその他の外国人も凡人のその理由に賛成するだろう。山本五十六が日米開戦を導いた罪は絶大である。米国に駐在し、留学までした人間。アメリカの力を自分の目で知っていたから尚更である。その結果、日本人の人命や財産が記録的に失われ、北方領土をはじめ日本の領土が大縮小した。もし彼の地位や命を張ってでも日米開戦に反対し、それを避ける努力をしていたら、その結果がどうであれ、凡人の目には山本五十六は偉人として映っただろうが、彼はそうしなかった。自分の損益を考えないで、他人の人命や財産を救うことが偉人の最低限の条件である。ところがそれをせず日米開戦をやってのけた。偉人やヒーローとは正しい判断が出来、歴史を見る目がある人でもある。人類の幸福・進歩からみて正しい側に立つ人である。
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363凡人:2021/04/14(水) 10:33:31 ID:GkhSRDuE0
ー高崎藩5万石騒動ー

https://geolog.mydns.jp/www.geocities.co.jp/gl_rekishi/Jiken/GLH-Takasaki-5-Mangoku-soudo.html

事の発端は、明治維新後に行われた東山道鎮撫総督が行った「農商工布告」にあった。 布告によれば、「苛政に苦しむものは申し出よ」とあった。当時、高崎藩の城付領地の5郷56村の農民達は、他藩の年貢より酷く高い年貢に苦しめまれていた。

1889年 9月 7日 明治2年(1889年)9月7日夜、下之城村(現:高崎市下之城町)の如意寺に、城付五万石領5郷56村の代表が集まった。 召集のふれは100ヵ村にも及び、今日のうちにも蓑笠(農民が町に出るときの服装)で城下に押し寄せんばかりの勢いだった、という。 会議は紛糾したが、要求事項、組織、財政、戦術が決定された。 

まず、大総代3名が選ばれ、村々の要求を書いた願証文、車笠連判状、誓約書などが大総代に渡され、大総代は「命懸けて引き受けます」とした受け証を各百姓代に返した。 小八木村(現在:高崎市小八木町)百姓代の清八と弥五郎が「小八木村要求」を大総代3人に託した証文には、畑の年貢は金銭で納税に変更、田の年貢は岩鼻県並み(籾1升に付き米5合納税=50%、高崎藩は73%であった)の税にするよう要求していた。

1889年10月17日 明治2年(1889年)10月17日夜明け、柴崎村(現在:高崎市柴崎町)天王森に前夜から終結した百姓4000人が、西へ向かい高崎城下の通町木戸まで連なったという。 全員、百姓の身分を著す蓑笠で身を固め、小八木村などは村旗を押し立てていた。 直訴は整然と行われ、城下は百姓で埋め尽くされ、願書が3人の大総代から高崎藩役人に渡された。 町の衆も感じるところがあり、炊き出しなどを行って百姓衆をねぎらったという。
 
1889年10月28日 高崎藩は明治新政府と連絡を取り合ったうえ、「田方新領並(田の税率は50%)、畑方永納(畑の納税は金銭で行う)とする、ただし当年かぎり」と回答した。百姓衆は、永年減税を直訴していたことから、この回答に納得をしなかった。

1890年2月4日 大総代3名、佐野村下中居佐藤三喜蔵、大類村柴崎高井喜三郎、六郷村上小塙小島文治郎が直訴の罪で斬首される。

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364凡人:2021/04/21(水) 08:33:40 ID:GkhSRDuE0
山本五十六の教訓と高崎経済大学

ミッドウェー海戦を知れば知るほど、日本の司令官上層部の傲慢さ、バカさ加減、間違いが暴露される。勝てるはずの戦闘に負けたミッドウェー海戦。指揮官たちの個人の能力欠如もさることながら、そういう人物が指揮官に昇進できる日本社会が内包する弱点もいっしょに見えてくるから面白い。

「この作戦後、山本連合艦隊長官やその幕僚の責任は問われず、一航艦も長官南雲忠一、参謀長草鹿龍之介は一航艦の後継である第三艦隊の指揮をそのまま受け継いだ。しかし、それ以外の一航艦の幕僚は全て降ろされ、また士官も転出させられた(一航艦航空参謀吉岡忠一はミッドウェー海戦の資料作成のためしばらく残留した)」

「開戦時山本長官は「日本は開戦から半年、もって1年は優勢を維持できるが、それ以降はアメリカ(と連合軍)の国力が日本を圧倒する」と述べ、短期決戦早期講和を目指していたが、当作戦の失敗、大敗北により発言力を失い、また実質短期決戦は不可能となったため、軍令部、大本営は長期戦を主軸とした戦略への転換せざるを得なくなった。

ミッドウェー海戦直後の参謀本部への説明の中でも、軍令部は「主力空母が2隻(翔鶴、瑞鶴)では守勢の外はない」と述べている。しかし国力で圧倒される以前に、戦略、戦術、用兵など全ての拙劣さにより喫した敗北だったにも拘らず、事後に作戦戦訓研究会は開かれず、国民にもこの敗北は伝えられなかった。唯一上記のように参謀本部(陸軍)に対してのみ迅速に伝えられ、ミッドウェー海戦の実態については海軍内はもとより陸軍内でも情報統制がなされた。これは前陸相の畑俊六にさえも真相は伝えられていなかったほどである」(ウィキ)

日本天皇軍はアメリカ軍の物量で負けたとよく耳にする。それが通説になっているが、ミッドウェー海戦をしれば知るほど、そうではないと思いたくなる。この戦闘では軍事力や物量で圧倒的な有利であったのはなん連合艦隊の大日本帝国海軍である。ところが蓋を開けると、アメリカ太平洋艦隊が連合艦隊に壊滅的損害を与えた。この事実は何を物語っているのか。

山本五十六はアメリカをよく研究していたという。彼の本棚を埋めつくすアメリカに関する本。アメリカに駐在し、ハーバード大学に留学もしている。日本軍部のためにスパイ活動をしていたと容易に想像できるが、それ以外彼がそこで見たモノや学んだモノはいったいなんなのか知りたいものだ。真珠湾奇襲攻撃を決行し、日米開戦を始めた。日米交渉をしている最中で、真珠湾攻撃前の時点ではいくらでも日米交戦を回避できたのである。

以下のニュースが教えるように当時のルーズベルト大統領は日本と交戦する意思はなかったことを伺わせる。
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【外交文書公開】
「ルーズベルト親電」伝達遅れ、GHQ徹底調査
2013.3.7 12:50産経

◇◇ルーズベルト親電 日米開戦直前に昭和天皇に宛てた親電で、日本に和平を呼びかける一方、日本軍の仏印からの全面撤退を要求する内容。日本時間12月7日正午、東京電報局に到着。グルー駐日米大使に配達されたのは10時間以上遅れの同日午後10時半だった。親電は8日午前0時半にグルー大使から東郷茂徳外相に手渡され、東條英機首相が同2時半に昭和天皇に親電全文を読み上げた。◇◇

 外務省は7日、昭和16年の真珠湾攻撃直前にルーズベルト大統領が昭和天皇に宛てた親電の伝達が遅れた経緯に関する連合国軍総司令部(GHQ)国際検察局による調査実態の記録を含む外交文書ファイル72冊を公開した。国際検察局が終戦後、外務省担当者らに事情聴取を行い、詳細な経緯を調査していたことなどが明らかになった。

 外務省が作成した昭和21年8月1日付の文書によると、国際検察局は親電が早期に届けられれば戦争回避が可能だったと認識しており、開戦当時の東郷茂徳外相が伝達を遅らせたとして開戦責任の証拠固めをしたと分析している。
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365凡人:2021/04/21(水) 08:39:58 ID:GkhSRDuE0
 ルーズベルト親電をめぐっては、平成16年に元ニュージーランド大使の井口武夫尚美学園大教授(当時)が、グルー駐日米大使に配達される前に東郷外相が解読していた可能性を指摘。親電の内容を受けて日米開戦の最後通告を修正したため、開戦通告は真珠湾攻撃の約1時間後になったとしている。国際検察局側の認識は井口氏の議論と重なっており、対米通告遅延の論争に一石を投じそうだ。

 国際検察局の職員2人は昭和21年8月1日、外務省の電信官2人を尋問した。国際検察局の2人は東郷外相の名前を出しながら、親電配達が遅れた経緯や、事前に外務省が解読した上で陸海軍に送付した事実の有無を質問した。電信官2人は「本件親電には何等関係がなかった」「斯かる事実ありたるを知らざる」と回答した。 

文書では聴取を受けた印象として、国際検察局側が「東郷外務大臣は親電を解読したものを事前に見ているに違いない。この電報が天皇陛下に渡されたならば戦争は避けることが出来た」と認識していると指摘。さらに「検事(ママ)局側の同大臣の開戦責任に関する証拠固めを目的とするものの如く観取せられた」と分析している。

 東郷外相は終戦後、極東軍事裁判でいわゆる「A級戦犯」として禁錮20年の刑を言い渡され、服役中の25年7月に死亡。53年10月、靖国神社に合祀(ごうし)された。
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山本五十六は「短期決戦早期講和を目指していた」とあるが、いざ始まった全面戦争で、アメリカ政府が日本との講和を了承する理由が見つからない。真珠湾の奇襲攻撃(1941年12月8日未明、ハワイ時間12月7日)はアメリカ太平洋艦隊に大損傷を与えた。死者は2000人を超えた。海兵の多くが戦艦でぐっすり眠っているところを闇討ち攻撃され、銃をもたずして真珠湾の海に沈んでいった。アメリカ国民には屈辱的な大事件である。

それとよく比較されるのが、なんと2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件。ニューヨークの世界貿易センターがイスラム教過激派アルカイダのテロリストグループによって破壊された事件はまだ記録に新しい。同時に乗っ取った旅客機の数機でそのビルディングやペンタゴンに体当たりしたのだ。ビン・ラーディンがそのテロ攻撃を指示。その戦術は彼は日本の神風から学んだらしい。2000人を超える大勢の民間人が人命を失った。ブッシュ大統領は報復を誓い、イラク戦争を始めサダンフセインをトップの座から下ろし絞首刑で幕を閉じた。その後政権を取ったオバマ大統領はアメリカ同時多発テロ事件の本当の主犯であるビン・ラーディンを潜伏先のパキスタンで発見、外交そっちのけで秘密裡に少数の先鋭部隊を送り殺害に成功。

山本五十六はまったくアメリカを知らないも同然だ。アメリカに駐在し、ハーバード大学で何を学んだというのか?アメリカを本当に甘く見すぎている。アメリカ大統領が日本天皇軍の軍事力をそれほど高く評価していないのと対照的である。

真珠湾攻撃で、これほどアメリカ大統領やその国民を侮辱しておいて、講和を期待している山本五十六の頭はまったくいかれていると言ってよいであろう。一度戦争が始まったら、負けを意味する講和なんてない。アメリカ軍は報復のためにあらゆる手段を尽くすことが想像できる。

彼の発言から、天皇主義を尊び、日本の暴力団的頭脳の持ち主であることが分かる。戦前の日本では政治・経済・教育で、その考えが支配していたが、それを体現した日本軍人である。そんな教育で凝り固まった頭脳、限界がある頭脳ではアメリカの豊かさを支える教育、科学、技術力の本当の力が理解できないであろう。アメリカのイノベーションを生み出す自由な思考を生み出す地盤、優秀な人材が世界から集まるアメリカ。その底を流れる民主主義が何なのかさえ、まったく分からないでだろう。

山本五十六により「日本の為」という名目で、日米との開戦を余儀なくされる。その結果、日本が国として崩壊・破壊の憂き目にあった。日本人の命が大量に失われた。それは天皇兵だけではない。罪なき女性子供たちを含む民間人も大量に戦争の犠牲者となった。間違った人間やバカな人間が国や組織のトップに立つと、その国や組織はとんでもない運命を辿り、滅ぶ。山本五十六の教訓は決して忘れてはいけないと強く思うのである。

山本五十六が戦死して大分時が経つ。高崎経済大学は戦後の新制大学である。ところが、この大学運営を知れば知るほど、残念なことに、その教訓がまったく生かされていないことに気付く。笑。
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366凡人:2021/05/09(日) 05:48:10 ID:GkhSRDuE0
高崎経済大学はただの就職訓練校、短大・商業高校レベル。

民主的な国家では世界的にみても、大学がよく扱う問題が人権問題であろう。それほど複雑で学際的要素をもち、高尚な大学レベルの思考が要求される。ところが高崎経済大学には人権問題を扱うキャパシティーがない。大学や教員の質が大学レベルに到達していないことの証明だろう。学生の質にも関係するが、大学とは無知な学生を教育・啓蒙することが使命の一つであるから、すべては大学の経営者や教員に最終的には責任が行く。この大学ではそれが問題にならないほど、大学が大学もどきなのである。

群馬の僻地では人権問題という複雑な問題を高い教育・教養の拠点である大学がやるべきなのに、カソリックのキリスト教団体が取り扱っていることが興味を引く。
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2019年度人権文化セミナー連続講座・第4回

関東水平社の創立と終焉
~その歴史的背景を歩く〜

関東水平社は1923年3月23日群馬県太田町の電気館で創立大会をひらいた。これは全国水平社結成の一年後、群馬県水平社の創立大会も兼ねたものでした。大会には群馬、長野、千葉、茨城、埼玉、東京などから数千の人が集まりました。しかし 日中戦争開始後の1938年3月には関東水平社は解散しました。今回のセミナーで関東水平社の創立と終焉〜その歴史的背景を歩く〜というテーマで実施します。関東水平社結成からちょうど100年が経とうとしている今日、私たちの暮らしと社会を直視しつつ部落差別をなくしていく道筋についてフィールドワークを通して考えます。

日時:2020年3月28日(土) 10時30分〜16時45分
集合場所:東武鉄道伊勢崎線太田駅北口
集合時間:10時30分、またはカトリック太田教会へ直接おいでください、
開催協力:カトリック太田教会/部落解放同盟群馬県連合会
参加費: 2000円(車代込)定員:20人
*お弁当は各自ご持参ください
申し込み:
NCC部落差別問題委員会へ名前、 所属、住所、電話、メールを明記してメールで
nccbdic@gmaicomへお申し込みください。また faxは03-6302-1920です。

10:45 講演: 「関東水平社の結成と終焉」~その歴史的背景を歩く〜
     安田耕一さん (日本キリスト教団・部落解放センター常任運営委員)
場所:カトリック太田教会フランシスコ館(太田市東本町46-20)
12:40 フィールドワーク

〈車窓から関東水平社結成地・電気館跡地〉
①大光院…関東水平社解散地、大方丈、太田空襲犠牲者追悼碑見学
②八王子山… 中島飛行機地下工場跡見学
③長岡寺… 中国人捕虜受難碑見学
④須永地蔵…農民運動指導者見学〈須永好の記念碑・車窓から永唱寺〉
⑤太田市足尾銅山鉱毒資料室見学 〈丸木位里 俊作足尾鉱毒の図〉見学
15:55 ふりかえり 分かち合い(太田市学習文化センター)
16:45  終了/太田駅前で解散

主催:日本キリスト教協議会(NCC) 部落差別問題委員会

367凡人:2021/05/09(日) 05:50:03 ID:GkhSRDuE0
学問の質が問われる高崎経済大学。

大学は知の拠点である。それは疑う余地はない。大学は人なり。知力や教養の高い者が集まり、学問をする場所である。「少年よ、大志を抱け」と言った北海道大学のクラーク博士は敬虔なキリスト教信者であるが、大学生の可能性は上に無限大であることを示唆している。

ところが高崎経済大学のある群馬県は文化的にも大きな後進県である。上毛カルタを自慢しているが、それは教育の立場からみれば知的後進の象徴であることに、地元では気が付かないほど教育者の程度が低い。群馬県人としてよく使われる新島襄だが、東京で過ごし、育ち、さっさと群馬の家屋敷を売り払って、関西に転居し、同志社大学を創設したことは有名。なぜ群馬を捨てたのかその理由を分からないが、群馬を知れば知るほど新島襄が特別ではないことに気が付く。

群馬は後進県ゆえに、頭脳流出が激しい。

その地で生まれた高崎経済大学。群馬を象徴するかのように教育的に優れた大学教育者はいない。群馬の頂点にある進学校である高崎高校や前橋高校や高崎女子高校や前橋女子高校からの優秀層の大学進学者は高崎経済大学に入学しない。そう地元進学予備校の経営者も念をおしているビデオをみた。入試科目数と偏差値から、マーチではなくて、日東駒専レベルの高校生の大学受験の併願先として、高崎経済大学を勧める大学受験評論家のビデオも見た。

地元の国立大学である群馬大学とよく比較されるが、群馬大学は入学受験合格者の高校別数でそれらの進学校がトップを独占しているのが印象的。国立大学だから、高い確率でその合格者が入学すると思われる。一方高崎経済大学の場合は地元の中堅進学高校の合格者がトップを独占する。他県出身の受験者が多いが、その理由は受験必須科目数が少なく中期受験ができることで他の国公立大学と私立大学との併願がやり易く、また地方のいくつかの主要都市に受験会場を設けていることも大きい。でも合格しても入学率は国立大学よりも大分劣る。高崎経済大学の偏差値は医学部を除いて群馬大学の他の学部より高く表示されているが、受験の必須科目の数に注目すれば、群馬大学には偏差値では勝てないとみる。高崎経済大学の偏差値は私立大学と同じで、国立大学と比較する場合自慢できるものではない。私立大学も同様だが受験併願者が多く、受かっても入学しない受験生が多ければ多いほど、偏差値はまがい物である。

国際学科など作ったのはいいが、大学がまったくグローバル思考ができないことにいつも驚かされる。その専任教員のほとんどが日本人、学歴からネイティブに通じる英語で果たして講義ができるのか疑いたくなる。ましてや学生が理解できるのか。

368凡人:2021/05/09(日) 21:45:40 ID:GkhSRDuE0
高崎経済大学は大学か?

簡単に言うと、いかれた歴史をもち、思想統制に忙しく、悪の伝統や古い悪魔に媚びている高崎経済大学には一部の例外を除いて、まともな教員や学生が集まらない。地域の活性化を目指した地域政策学部や人々の生活を豊かにする筈の経済学部があるにもかかわらず、群馬地元の市町村や群の財政悪化、過疎化、少子化、人口の流出の深刻化は止まらない。その流れを止める有効な対策を一切生み出せないで、ただ事後の状況のありきたりの分析に終始。西洋文化の批判はできるが、その充分な理解ができず、グローバル思考もままならない。ゆえに、日本の置かれている現実がますます悪化していることに気が付かない。

全国に先駆けて生まれた地域政策学部は生まれた当時は大きな期待が持たれたが、いまはまったく当時の輝きは存在しない。たとえば高崎市に隣接する富岡市の地域政策。深くかかわっているのはいいが、その自治体の将来を考えるはずなのに、過去の遺物である製糸工場のユネスコ遺産登録のただの応援団役ではあるが、肝心の学問的分析である、ユネスコ登録後のまちの将来やユネスコ登録の負の効果がまったく読めず、その地域政策学部の知的学問的レベルや無責任さを大いに全国に知らしめている高崎経済大学。この大学は大学の現体制を築いた前学長・三潴信吾と南方で玉砕した高崎歩兵15連隊、中曽根康弘や、それに含めて日本壊滅の瀬戸際までもっていった大平洋戦争で、その日米開戦を断行した山本五十六の幽霊に芯まで取りつかれている。笑い。

370凡人:2021/05/09(日) 23:51:52 ID:GkhSRDuE0
公立大学の戦国時代での高崎経済大学の将来。

大学は人なり。優秀な人材が集まる大学ほど、全国で高く評価されると同時に、将来にかけても高い評価が維持でき、大学の将来も明るい。逆にいうと、優秀な人材が入学しない大学は以前にどんなに高く評価されていても、それを長く維持することができない。将来は暗いといいたい。それは商業高校の歴史がよい例であろう。過去の商業高校は東大にも進学する非常に優秀な生徒が入学していたが、現在では普通高校、特に大学進学高校にその地位は固まり、大きな格差がつけられている。現在の商業高校は存続はするものの生徒の偏差値も低く、過去の栄光はまったく見られない。

優秀な人材が毎年継続して入学してくれば、その大学は学部と大学院を含め、栄え、安泰であるが、大学間競争が激しくなると、大学経営陣の手腕が大きく問われ、勝ち組と負け組が時間を経るごとに明確になってくる。

昔から国公立大学志向が強いし、将来も同じ傾向であると信じるが、高崎経済大学は市立の公立大学。現在の人材・資源また格の上でも国立大学には勝てない。ーそんな中にあって国立大学を超える公立大学がある。秋田県にある国際教養大学や福島県の会津大学であるー。なにせ公立大学そのものの数が著しく少なかった過去なら、高崎経済大学も優秀な人材が入学する可能性があったが、こうも全国の地方に同じような学部学科の公立大学が乱立してくると、高崎経済大学に遠距離から入学する価値が半減する。ましてやこうも大学が悪名高く、思想・言論統制をし、反民主的で、優秀な教員も意図的に来ない大学では尚更だ。大学経営者や教職員や同窓会や後援会の幹部が前安倍晋三内閣のように、同じ思考能力の頭脳の持ち主一色になり、案の定将来も見えず、危機感すら感じないであろう。

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2021年度新学部開設 | 島根県立大学 浜田キャンパスhttps://hamada.u-shimane.ac.jp › shin...·
Mar 22, 2021 — 地域政策学部 地域政策学科 地域経済経営コース. 募集人員:45名.
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島根)県立大学長が構想発表、21年から2学部に
2018年3月14日 3時00分礒部修作、朝日

 県立大の清原正義学長は13日の定例会見で、浜田キャンパス(浜田市)の1学部1学科を2021年4月から2学部5学科に改編する構想を明らかにした。

 浜田キャンパスには現在、総合政策学部の総合政策学科(定員は1学年220人)がある。構想では、これを地域政策学部(地域経済経営学科、地域公共学科、地域活性学科)と国際関係学部(国際関係学科、国際コミュニケーション学科)に改編する(名称はいずれも仮称)。定員は各学科とも45人で計225人。

 改編は地域貢献を強めるのが狙い。地域公共学科は地方公務員を養成し、地域活性学科はまちづくりや地域興しを研究する人材、国際コミュニケーション学科は地域の情報を英語など外国語で発信できる人材を育てる。

371凡人:2021/11/30(火) 17:27:29 ID:yUHee8IM0
アメリカ便り)毎日がまた世界が目まぐるしく動いている。日々が忙しいの一言。久しぶりに投稿する。昔はアジアといえば日本が真っ先にあがったが、今では経済や映画やその他芸能界のアメリカで中国や韓国が力を伸ばしていることがわかる。テレビやスマートフォンやコンピューターの部品を含め、安い物から高価な物までを含め、生産する技術力や生産力をつけている。世界が持つ車や精密機械への日本の高い評価は揺るぎないものに見えるが、その保証はない。昔の日本がそうであったように、今の中国は昔の日本を習っているかのようだ。今のままでは日本の将来は分かりきっている。将来が全く見えない高経大を出すまでもない。東京大を筆頭にする大学群も含まれるだろう。東京オリンピック2020の閉会式をテレビで見たが、アートも演出も何もかもアイデア不足でがっかり。いまの日本文化の低迷をそのまま象徴するかのよう。世界が愛する日本アニメが日本文化を代表すべきなのに、死んだ過去の文化を今だ過大評価する時代錯誤の、盲目の日本を見た。

コロナが勃発する以前はUCLAのキャンパスに徘徊していたが、今はUSCに出没して興味ある大学情報を、主に学生から聞いている。

学部生やそれと同じぐらい院生と出会っている。ときたまPHDを目指して勉強している学生もいる。アジア系の学生では中国、インドからの留学生男女に、アメリカ人学生に混じって会う機会が多くある。台湾出身の中国系だけでも100人を超えると台湾サークルのスタッフ学生の話だ。彼らのほとんどがコンピュータ専攻、次にエレクトリック・エンジニアリング専攻、その次ビジネス(ファイナンシャル・アカウント・マーケティング)、経済学そして、たまにコミュニケーション専攻。記憶に残るのが、ニューロサイエンスを学んでいるというインドからの女子留学生。すでにインドで医者をしていると言い、いまは医療の領域を広げるために大学院で学んでいるという。またコンピュータ専攻で、どこの大学院に行くかで悩んでいる中国留学生に会った。叔父がMIT卒で親父が北京大学卒なので顔が立たないらしい。カーネギーメロン大学がコンピューター領域ではトップと言い、そこに行きたいと将来を語った。また興味をそそったのはは一年間大阪大学で交換留学生だったという北京大学卒の中国女子留学生の院生だ。彼女はコミュニケーション専攻である。日本語は残念ながら忘れている。またこちらも中国からの女子留学生。ミュージック専攻。ニューヨークのジュリアード音楽院で4年間を過ごしたといっていた。彼女はバイオリンを大事そうに携帯していた。話を元にもどすが、次に多く会う学生は留学生、またはアメリカ生まれの韓国系。とにかく日本からの留学生がUCLA同様、少ないことに気が付く。USCの他国の留学生もそれを認めている。世界で、意外に多い日本人人口からすれば特筆に値する。ベトナム系やフィリピン系、インドネシア系のアメリカ育ちにも会ったが、それらのグループに入れたくなる頭数が日本人留学生だ。日本語が少し話せても、片親だけ日本人のアメリカ生まれや、日本以外の留学生もいた。記憶に残っているのは東京の目黒区に住み、聖心女子高校に通っていたという英語べらべらの女子学生。今は家族とアメリカ住まいだ。日本人の院生にはまだ会っていない。
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372凡人:2021/11/30(火) 17:32:35 ID:yUHee8IM0
USCはフィルムや音楽が特に有名。映画学部の良さはUCLAの学生さえ認めていた。音楽学部はグーグルでの大学のランキングでその質の高さを後で知った。コミュニケーションもいいと念を押す、それを専攻するUSCのアメリカ生まれの学生たちにも会った。ここのミュージック専攻の学生は話をしていても面白い。なにかUCLAの学生を思わせる態度が、ランキングを知る前から気付いていたが、あとで納得した。

歯科学部でコスメティックスを勉強している歯科医もいた。プリメドもいた。ロースクールを目指すアメリカ人や留学生の学部生にも何人も会った。

ヨーロッパや中東の海外留学生にも会う。スウェーデン、イギリス、スペイン、イタリア、ドイツ、トルコ、パキスタン、イラン。フィルムやビジネスやコンピューター専攻。アフリカではセネガル、モロッコからの留学生にも会った。

アメリカ人はどこから来るか?当然大学の近くに実家がある学生も数人に会った。サンフランシスコからも多い。ニューヨーク州クウィーン、コネチカット州、マサチューセッツ州、ペンシルベニア州ピッツバーグ市、フロリダ州、ワシントンDC、イリノイ州シカゴ市、ワシントン州シアトル市、テキサス州ダラス市・ヒューストン市・オースティン市、ジョージア州、テネシー州ナッシュビルなどなど。

中国の留学生は卒業後ほとんどが自国に戻り、職を得るという。インドの留学生はアメリカで職を得るのが主である。UCLAで見てきたように、学費を会社払いや国費で留学し、帰国後の日本での生活が十分に保証された東大卒の院生が結構いた事実も忘れてはならない。記事で読むような昔のような国作りを目指すハングリーな精神の日本人留学生には会っていない。

次世代を担うこれら学生たち。彼らが社会に出て、活躍する頃には日本は一体どうなっているのでしょうかとふと思う。
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373凡人:2021/12/01(水) 19:26:46 ID:yUHee8IM0
カルト大学の高経大を象徴する大学直轄の応援団。その応援団長が決まったそうな。よかったね。全学部生(ほんの少しの院生たち)の学生の代表になる高崎経済大学のシステムは他の大学に見ないものがある。ケントギルバートのモルモン教がなぜにカルト宗教と呼ばれているかその理由を知ってますか。高崎経済大学をカルト大学と読んでも一向に差し支えない理由があるのです。大学運営組織も、文殊の知恵で運営というよりも、偏向した少数の者がたやすくコントロールできる体制。民主主義を知らない教員にあって、教授会なんてあって無いような物であろう。笑い。
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新しい応援団長(オフィシャルサイトより)

高崎経済大学直属応援団の新幹部が決定しました
高崎経済大学直属応援団所属の小林哲士さん(経済学部3年)が新しく応援団長に任命されました。また副団長として、同所属の山口航輝さん(経済学部2年)が任命されました。
新幹部の任期は、令和3年12月1日から令和4年11月30日までの1年間です。

375凡人:2021/12/01(水) 21:02:12 ID:yUHee8IM0
これは高経大初のベンチャー企業ですか。大学発ベンチャー企業の言葉が流行って、もうかれこれ10年以上経るのかな。その言葉をよく聞いていた者だが、今の日本の大学では成功しているのか、どんな状況だかまったく知らない。昆虫の粉末ですか?群馬では養蚕の桑に因んで、葉の粉末を使った食べ物が製品化し売り出した話は前に読んだが、その後の売れ行きはどうなのか知らない。もし売れ行きが順調ならばこの凡人は驚くだろう。昆虫を食材とする話は日本でも今の学生が生まれる前によく話題になった時期があったが、いまさらという感がある。消費者やマーケティングに無知な、しかも頭でっかちの大学生が始めたアイデアと分かる。そのアイデアは過去に、すでに多くの者が試したであろうと推測できる。だが採算が取れるようなアイデアではないことは容易にわかる。そのベンチャーは数年もてばいいし、いずれ消滅するであろう。美辞麗句の言葉を体裁よくたくさん並べても無駄である。買い手があっての商売である。コンシューマリズムという民主主義の原理が背後に一貫していることに気が付くべきである。

アメリカでは小学生や中学生の低学年の生徒が考案した小物が流行になり大きな利益を得て成功し、その利益の一部が病院とかに寄付なんていう記事を読むことがある。実学とは本来そういうものであろう。大学教育なんてまったく必要とは思わない。いま成功率の高い起業家に求められる技術はコンピューター技術、プログラミング技術であろう。現在の社会は情報革命が進み、コンピュータなしでは動かないからだ。誰もがスマートフォンを携帯している。昔なら考えもできなかった。そのスマートフォンは何を隠そうポケットサイズのコンピュータに他ならない。USCでデータサイエンスの院生によく会う。聞きなれない専攻だが、コンピュータ革命でよりその必要性が現実である。ステイーブ・ジョブはビジョナリーであって、プログラマーではないが、彼の相棒で仕事仲間にその天才がいた。マイクロソフトのビルゲイツもそうだった。iPhone用のゲーム作りで、大きなお金を稼いでる若いプログラマーにも出会うことがある。今の時代を大きく反映していると言えないだろうか。
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高崎経済大学発ベンチャーFUTURENAUT株式会社が学内ラボを開設

〜持続可能な食の未来を創造する企業『FUTURENAUT株式会社』〜
 この度、高崎経済大学発ベンチャー第1号であるFUTURENAUT株式会社(代表取締役:地域政策研究科2年櫻井蓮さん)が、学内にラボを開設しました。
 高崎経済大学では、教員・学生が本学で得られた教育研究成果を活用して、起業した企業を“大学発ベンチャー"として認定しています。
 今後も、先端的な教育研究成果を社会に還元していくことを通じて、より良い未来の実現に貢献していきます。

376凡人:2021/12/01(水) 23:11:18 ID:yUHee8IM0
『実学』とは本来そういうものであろう。大学教育なんてまったく必要とは思わない。』
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次のように訂正:『実学』とは本来そういうものであろう。高崎経済大学のように『実学』を重視しているのならば大学レベルの教育なんてまったく必要とは思われない。
ーーー
高崎経済大学の特徴として『実学』という言葉を大学案内等によく使っているが、そのはっきりした定義を知りたいものだ。コミュニティーカレッジという言葉もよく使うが、アメリカでのコミュニティーカレッジは短大のことをさす。その短大では自動車修理工や美容師やその他、仕事に必要な資格が取れるクラスがたくさんある。また大学進学者も入学してくるが、それは4年制の大学が認めたクラスの必要単位数をとれば、成績に応じて4年制大学に編入することも普通に可能だからだ。多くの大学進学者は高校卒業と同時に4年制大学に入学するが、コミュニティーカレッジの授業料が割安のために、その短大で2年分の単位を取ってから、4年制の大学の3年次に編入する。そんな学生も結構いる。家庭の事情が大いに関係する。このことからも高崎経済大学は凡人が指摘するまでもなく、自ら短大レベルであることを認めているのである。笑い。

自らの地域主義を重んじ、コミュニティーカレッジと名乗る大学は高崎経済大学だけであろう。どこの著名な4年制大学が地域主義を掲げているのか知りたいものだ。反民主主義のこのカルト大学の運営者にあっては、大学の本来のあり方すら間違って解釈している。頭の中はいまだ4年制になる前の高崎市立短大時代のままである。4年制大学は最高学府であるため、建前はあくまでも、各界における将来の指導者養成機関。コミュニティー(こんなパッとしない小さな高崎市)の奉仕者ではないのである。百歩譲っても、現実に創立このかた高崎経済大学が頭脳で高崎市の発展に貢献したと言える確固とした証拠があるだろうか。大きな疑問である。笑い。

377凡人:2021/12/06(月) 16:45:32 ID:yUHee8IM0
高崎経済大学とは何か?
(高崎経済大学の別称ーーカルト大学・大学もどき大学・高崎市立4年制短期大学)

嘘とは言わないが、なんか言葉が踊っているまたは誇張して宙に浮いている文章に出くわす。実態と言葉がそぐわない記事のことだ。スポーツ新聞や中核派の新聞「前進」など実際手にしたことがあるが、スポーツ新聞なら娯楽として読み進めても、「前進」の記事なんかは大きな文字のタイトルは読むが、本文は読み続けることがとても困難である。一種独特の書き込みスタイルは鼻につんと来る。普通の人間が読んでも、肩がこらない程度に理解できるように、なぜ書けないのかいつも思っていた。まあカルト性のグループが書いた文章とはそんなものであろう。高崎経済大学をカルト大学と呼ぶ。いろいろな理由からだが、そこが書いたものは眉唾ものである。ハッキリ言って現実を果たしてきちんと理解しているのかさえ疑わしいものが数々ある。ゆえにこの大学の出版物なんてはじめっから読む気にさえならない。現代社会を賢く生き抜くために、忙しい毎日を余儀なくされ、時間管理が必要な人間ほど、なおさらである。時間を割くとしたら、そういう時間であろう。笑い。

最近の例で笑ったのは、『先端的な教育研究成果を社会に還元していくことを通じて、より良い未来の実現に貢献していきます。』と結んでいる高経大院生の言葉。なんだと思ったら、コオロギの昆虫の粉末を商品化した商売とした大学発のベンチャービジネスを指しているものだった。それが大学敷地内の一角に移転したという。その商品の売れ行きなんて、過去の例からも知れたもの。収入もままならないだろうから、この事業の維持継続・管理のために、税金や大学の金や人材が裏で大量に投入されていることは容易に推測される。やっていることのどこが「先端」を行っているのか訳がわからない。大笑。

それにしても高崎経済大学の院生の数がなんと少ないことか。これではミニチュア・ゴマ粒大学である。海外はおろか、日本でも入学希望者が少ないのだからしかたがない。この大学の教員のレベルややっていることの愚かさは凡人が特に言わなくても、すでには日本国内で知れ渡っている証拠であろうと強く思う。この大学院を終了した者は片手の指でも余る程、数人であるが、その就職先はどうなっているのか。群馬県内のみ。この大学はすでに終わっている感がある。

空虚感が漂う「高崎市への貢献」という言葉。

高崎市の製造業の特性がこうだとか、長野堰の歴史的役割がどうだとか。高経大の教員が地域科学研究所の研究と称して高崎市を研究している。地元の高校をはじめとした中学・小学校の教諭が郷里の研究をしているであろうのに、このカルト大学はそうした努力を蔑ろにして自ら行い、よって高崎市に貢献していると信じ切っている。

高経大では大学の管理の下で、採算がとれる筈もない喫茶店あすなろをまちなかで営業している。高崎市の公金がその店の管理維持費を賄いで運営していることはよく知られる。現役生は大学卒業の単位がもらえるために進んで喫茶店のスタッフになるのだが、その現役生のひとりひとりの意気込みの言葉を拾うと、「高崎市の発展のために頑張ります!」が圧倒的に多い。まず言いたいのは、なぜ高崎市のために頑張らなければならないのか。そのスタッフは高崎市出身はわずかで、ほとんどが市外や群馬県外出身で占めている。この大学に4年制大学としての授業料を払い、同窓会費を払ったのはいいが、その挙句高崎市のために働く?これが高崎経済大学の経大生の姿だ。この姿が高崎経済大学を象徴するかのように新聞記事になる。凡人だったら、大学に授業料を払ったのなら、他の大学生がうらやむほどの大学レベルの知識を得たいと願ってやまない。喫茶店の経験がしたかったら、バイトで喫茶店のウェイターでもやればよい。バイト代がもらえるだけでなく、採算がとれる喫茶店の経営とはどんなものか、現実の厳しさも含めて、いろいろ学べるというものだ。高崎市の自治体は派遣労働者の賃金節約に忙しいのか、頭脳労働ではなくてブルーカラーの労働力。それが高崎経済大学の中身であろう。
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378凡人:2021/12/06(月) 16:46:50 ID:yUHee8IM0
大学レベルだったら、高崎市をどうしたら一流の都市にするかという目標もって、高崎市の貢献を手がけるだろう。諸外国を含めた様々な都市を様々な角度から研究して、その研究成果を元に高崎市の発展のために、飛躍できない領域を改革してゆく。大学レベルでの「地域科学」と呼ぶにふさわしい高崎市への知的貢献であると凡人は信じる。大学の頭脳で貢献するとはこのことである。高崎市より優れている都市は日本国内でさえ、ザラに存在している。小さな高崎市の限られた製造業の特性の研究にお金や人材を大量につぎ込んだところで、一体この自治体の発展の何に貢献するのか?歴史書はかけても、都市発展の処方箋は書けない。経済学や地域政策学とは歴史書を書くためにあるのではない。そういうものは地元にいる郷里研究者たちに任せればよい。大学の大きな役割とは将来への舵取りのための灯台である。高崎経済大学の愚かさは、動物の像を手探りしながら、感想を述べあっている大勢の目くら集団である。そればかりか運営者は反民主主義というイデオロギーに染まり、暗黒の大学の歴史を作り誇りにした懐古主義ブラック大学。

ほとんどの学生は滑り止めで入学してくる大学。受かっても入学せず、来年の入試に賭ける受験生もいるほど。学内はしらけが蔓延する中、カルト故に盲目の愛校心は一部学生たちに見られても、絶対多数派はプライドも持てず、嫌悪感に苛められて、民主主義の素晴らしさをも学ばずして卒業して去ってゆく。それ故に本当の愛校心などもてる卒業生は数が少ない。その証拠は同窓会のページをいつも見るたびに、そこに写っている卒業生たちの顔ぶれは少数でいつも限られた人たち。高経大は創立60周年を迎えた平成29(2017)年には卒業生が33,000人を超えた。だが到底それだけの卒業生がいるとは思えない。見すぼらしいの一言。また大学宛寄付金の額や大学を再訪する卒業生の数にも、愛校心は容赦なく反映されるだろう。その実際の数は知らないのでなんとも言えない。が凡人が憶測するに、もし愛校心が通常どおり高経大の大多数の卒業生に根付いているのであるとすればホームカミングデーの日やその他の行事には、その家族を含めなくても、卒業生だけで、その大学の比較的狭い敷地構内が軽く埋まるであろう。そうになっていますか?

同窓会をはじめとして、後援会、その他の役員たちやその参加者たち。いつもが少数の顔なじみたちで、すべては経営や運営や進行がされているように思えてならない。たとえば令和2年度の同窓会役員名簿。いつの間にか新たにいくつもの役職が加わっているではないか。役職のたらい回し?井上達之助、後藤紀雄、一文字雅晴、市川豊行が顧問。見覚えのある面々である。相談役にその他9人。会長、会長代行、副会長が10名(ここに応援団で有名な卒業生の名前が見える)、そして幹事が30名を超える。いったい変更の裏には何があったのか疑問が浮かぶ。いったいどれくらい元応援団の卒業生がそこにいるのかもとても気になる。

民主主義を信じない高崎経済大学の卒業生グループ集団である。悪の歴史を作ってきた影役者たち。学のある文化人や教育者や知識人や学生や庶民が世界で日本で、民主主義を叫ぶ中にあって、右翼的イデオロギーを実行・堅持し、反民主主義を実行する高経大卒業生たち。この大学の長い歴史が導く見すぼらしい同窓会がその結末である。笑い。
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379凡人:2021/12/08(水) 15:15:42 ID:yUHee8IM0
別の視点から。
高崎経済大学とは何か?(高崎経済大学の別称ーーカルト大学・大学もどき大学・高崎市立4年制短期大・高崎市立4年制商業高校/就職予備校・高崎市の商店街を元気にする大学。)

もう読者には気付いている人もあろうかと思うが、高崎経済大学を大学つまり最高学府と考えると、とんでもない学校であると言ってきた。ところが高崎経済大学を地元商業高校や就職予備校やせいぜい短大とすればすべての謎が解ける。笑。商店街の店主たちが当時の右翼市長%住谷啓三郎氏%や地元政治家を巻き込んで、将来の高崎市商店街の仕事のために作ったのが高崎経済大学なのである。

%ウィキ『住谷 啓三郎(すみや けいざぶろう、1897年7月17日 - 1975年)は、日本の政治家。元高崎市長(1955年 - 1971年)。高崎市田町の荒物問屋の息子に生まれる。旧制高崎中学(現、群馬県立高崎高等学校)を経て、早稲田大学卒業。少壮実業家として高崎セロファン工場を起業する傍ら、井上房一郎や蠟山政道と高崎新人会を創設。1932年に高崎市議会議員に当選し、翌1933年に市議会議長に選ばれる。

1947年に行われた戦後最初の市長選に出馬するが、小島弘に敗れる。その後1955年の市長選に出馬して当選、以後1971年に落選するまで4期16年務める。 市長在任中には高崎短期大学を4年制の高崎経済大学に昇格させるのに尽力し、井上から群馬交響楽団の運営を引き受けると共に音楽センターを建設、工業団地や問屋団地の開発・整備に功績を残した。』%

高崎市は人口が現在、群馬県のトップである。その前は長い間前橋市が県下トップだった。そうなった理由は人口が流入してきて前橋市を超えたのではない。単に市町村合併によって人口が増えただけだ。そのトップになるかならないかでは群馬の政治的、商業的な重要課題であった。トップになったのはいいが、全国的にみても世界的にみても日本人や外人が住んで見たい都市ではないことは特筆。なぜ高崎市は人口が増えないのかが次に生まれてくる問題だからだ。空っ風はきついが、新幹線が通り、信越や北陸と人口過密の巨大都市・東京をつなぐ鉄道や道路のハブで、東京にも一時間以内で行ける。また工業地帯も広がり、家賃も比較的安く、雪や地震といった自然災害も少ないともなれば人口を惹きつけるには十分ではないか。ところがそうなっていない。

人口は文化的・教育的に三流・二流から一流に流れる。これは凡人がつくった指標であるが、高崎市は人口が群馬県の他市町村から流入する代わりに、多くの若い頭脳が東京やその他の大都市に毎年流れている。人口が帰ってくるのならよいが、そうになっていない。そのため人口増加が限りなくゼロに近い。笑

高崎市は群馬県の商都としての群馬県での絶大的経済力を背景に、いろいろなことをやっている精力的な町。たとえば高崎まつり、映画祭、音楽祭、高崎経済大学、マーチングフェス。だが文化度・教育度を他の都市と比べればその質や内容がとても気にかかる。

凡人はハリウッド映画の大ファン。インディーを含めてあらゆるジャンルをたくさん鑑賞する。そしてアカデミー賞が毎年開かれる会場の近くに住んでいるため、映画産業に携わる人たちと接することがあるし、垣間見ることがある。高崎の映画祭は日本映画が対象。だがこれだけは言えることは単に客集めが目的ではない。むしろ映画産業に携わる人たち、プロデューサーやデレクターや俳優女優たちばかりではないく、その映画産業に影日向なく働く人たちの、年の区切りとしてのお祝い感が漂うということだ。映画関係者のプライベートや公のパーティーの数々はアカデミー賞の授賞式が開かれる前から各所でやる。授賞式後もハリウッド界隈いろいろなところで私宅やレストランを借り切って、パーティーだらけ。関係者たちのお疲れ様という雰囲気やネットワーキングが伝わってくる。アカデミーの授賞式は当然映画業界のメイン行事であり、世界の映画ファンにむけて実況放映される。ノミネートされた映画の成績しだいで、今後の興行成績に、また俳優女優の名声や出演料に影響を及ぼすから大切であることには変わりないが、映画祭とはそういったたくさんのパーティーをも含めて、映画制作業界に携わるものが主催し、だから当然、投票も映画制作業界に携わるものによって行い、映画制作業界の人たちのためにやる行事だと知ったものだ。巷にたくさん存在する映画ファンとか映画評論家などの投票ではないのである。高崎の街の映画祭。それは結構なことだが、高崎は映画の街ではない。映画制作業界に職を得て生活している者はいても僅かだろう。有名人をたくさんのご褒美を用意して呼べば交通の便もいいことから会場にはやって来るし、その彼らを見たさに一般市民の客は市外から大勢集まるが、高崎の映画祭はそれ以上やそれ以下ではない。
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380凡人:2021/12/08(水) 15:17:13 ID:yUHee8IM0
音楽の領域でいうと、群馬交響楽団を持ち、音楽の街を謳っている。ストリートミュージシャンを集めてストリート演奏で道行く人を楽しませるのは最近のこと。その他音楽祭やマーチングフェスを恒例行事に取り入れている。ところがその割には、毎年開かれる全国音楽コンクールに出場する高崎市からの参加者、小学・中学・高校・大学の結果は芳しくない。お金を使って、派手なことをやる割には中身がついていかない。テネシー州ナッシュビルとかテキサス州オースティン市は音楽で有名な街。音楽で職を得ている人たち、例えば成功した歌手やバンドをはじめとした人の多数が第2の故郷として絶大の尊敬を勝ち得ている街。そしてそこで成功すれば音楽家とアメリカ国内でも有名になれる街でもある。高崎市のように、ただお金で有名人を招いてのイメージ作りの街であるのとはまったく違う。それがここで言いたいポイントである。

また教育の領域ではどうか。ここで問題にしている高崎経済大学の登場である。日本の高校生、大学進学者の国公立大学の人気をうまく利用して、全国の主要都市に試験場を設けて学生をかき集めてくる戦略。オンラインで便利にアクセスできる、素敵な大学案内書を作り進学を目指す高校生に入学を勧誘している。閲覧したが、大学進学者が喜びそうなキャッチフレーズの数々が目に付く。ところが凡人のような現実を知っている者には眉唾もいいところ。そこに書かれている一つ一つの文字や言葉が疑問の対象になる。ほんの一部を紹介すると、たとえば実学の校風?グローバル?果たしてそこに書かれていることを鵜呑みにして良いものかと。極端な言い方を許してもらえば、経済学部もその新しくうまれた国際学科や地域政策学部や、その観光学科もみな客集めに使われている道具にすぎない。高崎市がお金を出して、高崎市をわっしょいするための道具なのだ。大学の運営資金の大部分は学生自らが払う授業料とその他の同窓会費等だから、高崎市にとってこんなに格安な、まちつくり道具はない。

大学の教育レベルは、すでに何度も書いているのでここでは繰り返さない。高崎市出身の政治家・中曽根康弘氏の右翼イデオロギー一色。現在の応援団を大学の直属にし、現行憲法を一切信じないで、戦前の憲法を学生に説いていた元5代高経大学長三潴信吾氏。暴力団幹部とも付き合いがあったその今は亡き三潴氏を、現在の高経大を作った人と尊敬を隠さない現在いる高経大の教職員たち。すごすぎる。最高学府としての知的なプライドは存在しないようである。
高経大の学歌を作った作詞・作曲家の明本京静氏もすごい。後で知ったが、中曽根康弘氏の作詞した「憲法改正の歌」(1956年)を作曲して日本コロンビアから出している。そんなこととはつゆ知らず。今は学歌を口ずさむことすらしない。笑い。

「憲法改正の歌」
1、鳴呼戦いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す
平和民主の名の下に 占領憲法強制し
祖国の解体計りたり 時は終戦6ヶ月

2、占領軍は命令す 若しこの憲法用いずば
天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は
国の前途を憂いつつ マック憲法迎えたり

3、10年の時は永くして 自由は今や還りたり
我が憲法を打ち立てて 国の礎築くべき
歴史の責を果たさんと 決意は胸に満ち満てり

4、国を愛す真心を 自らたてて守るべき
自由と平和民主をば 我が憲法に刻むべき
原子時代に遅れざる 国の理想を刻まばや

5、この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり
マック憲法守れるは マ元帥の下僕なり
祖国の運命拓く者 興国の意気挙げなばや
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381凡人:2021/12/08(水) 15:21:12 ID:yUHee8IM0
ここで言いたいのは、高崎市はとうてい教育の街ではないことだ。前橋市にある国立法人大学の群馬大学は戦前からあった師範学校その他が、現在の大学の学部に引き継がれている。高崎経済大学は1952年開学した商経科のみの高崎市立短期大学を改組したとなっているが、戦後たったの4年間存在しただけ。大学が生まれる確固とした教育的地盤や歴史はないと言っていいだろう。そこで言えることは、ただ群馬大学のある前橋市に対抗するために政治的に無理やり作られた学校(大学と呼んでよいのかわからない。笑い)とだけである。

『短大から大学への移行に際しては、大井正に代表されるように、進歩的な教員が再任されず、事実上追放された。これにかわって、東京大学の元教授で、高崎経済大学初代学長となる田辺忠男、東宝争議時代、経営側としてストに強硬路線で対決した渡辺銕三、ILO日本代表をつとめた北岡寿逸の三教授を中心とした保守派の教授陣を迎えた。田辺は、戦前、東大の革新派として土方成美、橋爪明夫、難波田春夫らとともに知られ、大内兵衛、矢内原忠雄らのマルクス派、河合栄治郎、大河内一男、山田文雄らの純理派と角逐を繰り広げ、一時は辞表を提出した経緯を持つ。』ウィキ

短大の1年次生は、高経大の第2年次生に編入されました。高崎経済大学は、昭和35年3月、第1回卒業生は56人(高階勇輔)。

当時の市長は右翼政治家の住谷氏や戦争中大日本帝国海軍主計中尉に、戦後になって当時マスコミに青年将校とよばれた中曽根康弘氏が高崎市で健在していた当時、4年制大学の高崎経済大学として新たに出発する時点ですでに、学長をはじめとして教員の人事採用に大きく関与していたことが分かるものである。
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382凡人:2021/12/08(水) 15:37:43 ID:yUHee8IM0
高崎経済大学と中島知久平(「高崎経済大学五十年史」より抜粋)

 1949年に群馬大学が前橋に設置され、商都・高崎市では当時近隣諸県にない経済学部を誘致しようとまず市立短期大学を1952年に設立し、5年後の大学昇格を目指したが、短大の蔵書数が大学設置基準を満たしていなかった。そこで、県議会図書室所蔵・中島文庫の一部を寄託してもらい、設置基準をクリアすることにした。

  中島文庫は中島知久平の蔵書であった。知久平が衆院議員になった昭和5年は、昭和恐慌下の経済政策の失敗や金権腐敗から国民の間で政党政治への不満が高まっていた。そこで、中島知久平は昭和6年に国政研究会、翌年には国家経済研究所を開設し、政治家・政党の政策能力を高めようとした。両機関はわが国初の民間シンクタンクであった。

 両機関では〈1〉政治・経済の調査研究、〈2〉欧米諸国で刊行された新刊書を購入し、専門の学者に要点を翻訳させ提出、〈3〉毎金曜日に嘱託学者が講師となり政治・経済問題をテーマとした講演会を開いた。嘱託学者は50人もいて、田辺忠男(東京帝国大学)、大西邦敏(早稲田大学)、猪谷善一(東京商科大学)がその中心であった。

蔵書類は約4万6000冊に達し、55年(昭和30年)に県議会図書室に寄贈された。1985年、県立図書館に移管。

 高崎経済大学の初代学長には田辺忠男が迎えられ、開学記念式典の講師は芦田均(元首相)と川北禎一(日本興業銀行頭取)であった。田辺忠男は知久平のブレーン、芦田均は国政研究会で研鑽(けんさん)を積んだ政治家、日本興業銀行は中島飛行機のメーンバンクであった。

383凡人:2021/12/13(月) 11:38:27 ID:nn/aNH/60
この高崎経済大学に地域政策学部をつくったのは大きな間違いである。

この学校(あえてそう呼ぶ、笑)は地域を発展させるどころか地域の停滞を招く。その理由は2点ある。

理由1.高崎経済大学には地域主義が理解できない。その元となる民主主義が分からない大学だからだ。コンパクトシティーが流行りだ。その発想は反民主主義的アイデアから来ていると強く思う。そこに日本の国家政治が反民主主義的傾向を帯びている背景がうかがわれる。地域政策はその扱う領域にもよるが、基本は地域住民の全員参加。特定の人の意見だけでなく住民全員の意見が尊重されなければならない。そこから地域に平等や自由や生まれ、大きな活気にもつながる。そこからでる様々な視点での意見交換が生まれ、それが増せば、それにより文殊の知恵の美徳が生まれるものだろう。全住民の参加だから結束力も強くなり、それによって初めて、決定されたプランや取り決めは住民に受け入れ易く、また住民からの協力も得られ易くなるものだ。つまり何が言いたいか。地域を発展させたかったら、民主主義を徹底実行せよということだ。ところが、この大学は反民主主義、権力主義を取り入れている特殊な学校。つまり上下関係を明確にし、地域政策は上からくる押しつけ制度という間違った、時代錯誤の態度が地域に大きなマイナスを産み出す。地域政策の成功すべきところが成功すら覚束ない結果になる。

理由2.高崎経済大学はすでにその無能ぶりを60年間の長きにわたり証明している学校だからだ。高崎経済大学は地域政策学部ができる前は経済学部の一学部大学であった。創立当初から「高崎市への貢献」を前面に打ち出して、もうこのかた60年の歳月が経っている。つまり、経済大学としての中心課題は高崎市への地域政策。その間の高崎市の発展はどうか。

高崎市は日本の他の多くの都市とくらべ地理的にとても恵まれた都市。巨大人口をもつ東京の都心の目と鼻の先、日本海側の諸都市を結ぶ鉄道網や道路網の重要なハブとしての機能を持ち、現在にいたる。雪や地震の天災も少なく、晴天が続く日が多く、人口が増える理由が他の諸都市とくらべより多く存在するが、それなのに人口の増加が横這い。その横這いは県内の各市町村からの人口流入があっても、その分人口流出があるということだ。だから群馬県全体の人口をとっても減少は止まらず深刻。高崎市にとっても将来にかけての商圏の減少は大きな心配事だろう。高崎市は他の地方諸都市と何の変哲も変わらない。日本の高度経済成長期は他都市と同様に人口増加を見たが、少子化時代を迎えた現在では他都市と同様、人口の横這いや減少が続いている。ただ減少度が少し鈍いだろう。だがここで注目すべきは少子化と言えども、人口が大きく増え続けている諸都市があるという現実だ。だから少子化をもって人口の横這いや減少がくると簡単に決めつけることができない。

現在の高崎市は数ある中核都市の一つである。また群馬トップの人口を有するが、それを可能にしたのは隣接する市や郡との合併。それによって前橋市の人口を超えたに過ぎない。高崎経済大学の貢献度を測るのは非常に難しい。なくてもあっても変わらないのが実情だろう。現在群馬県内では珍しい、高崎市のマンション建設ラッシュが生まれている。その背景には保守派ではない市長の誕生とともに、高崎駅周辺への積極的財政投資による一流総合体育館や一流コンサートホールやテニスコート建設とそれに付随するイベント誘致。市による駅西口の有力店舗をつなぐ歩道橋や駅東口からコンサートホールをつなぐ歩道橋の建設。それにより都市イメージがアップ。イオンの旗艦となる新店舗が駅の西口に生まれ、駅の東口には県の巨大コンベンションセンターの建設やデベロッパーによる高崎市のランドマークとなる高層の高級マンションの建設も大いに建設ラッシュに油を注いでいる。高崎経済大学が生まれて60年を超える歴史はあるが、高崎市をこれほど変貌させるきっかけはなかった。前にも言ったが、高崎市は地理的に恵まれた都市だ。つまり発展させようとすれば発展する筈の都市だ。高崎経済大学の過去60年間の貢献とは一体何なのか。この学校は事あるごとに市の貢献度を訴えて来た。その貢献度とは何なのか。それを誰か指摘できる人物はいるのだろうか。数ある地元の小中高や短大の先生方や生徒たちでも、その役は十分ではないのか。高崎経済大学の貢献度がなくてもそれほど変わらない高崎市がある。コロナ禍によりすべての経済、文化活動が鈍くなったとは言え、高崎市の最近の著しい変貌は民主主義を支える公選で選ばれた首長が良ければこうなるだろうというほんの一例だろうと確信する。

384凡人:2021/12/17(金) 15:33:13 ID:nn/aNH/60
高崎経済大学は教育界、国公立大学の恥。それはもとより、高崎の恥、群馬の恥、日本の恥、世界の恥。

あなたはアインシュタインのように世界の平和を希求しますか?民主主義を信じますか?また能力による男女間の平等を信じすか?福沢諭吉の「学問のすゝめ」の冒頭の言葉ー天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず 人間は生まれながらに平等であって、貴賤・上下の差別はないーを信じますか。つまり、不法に人の財産や生命を奪う革命思想も独裁政治も軍国主義も天皇主権主義もよくニュースや新聞の記事で耳にするが皆民主主義の敵だから、それらを否定することをも意味します。戦前は天皇のため、国のためという理由でどれだけの人が殺害されたことでしょうか。例えば著名な社会主義思想家やその家族らが疑いを吹っかけられ、ある思想を持つだけで憲兵に拉致、拷問や殺害された過去は消えません。日本ではそうした犯罪は戦後民主主義になっても問われない不気味な社会なのです。

高崎経済大学が尊敬して止まない高崎市の有力政治家に中曽根康弘氏がいました。侵略戦争に明け暮れ、天皇軍の生き残りで、戦時中はいま話題の従軍慰安婦に手を自ら染めました。自著にそれを自慢している箇所があり否定しようがありません。その生涯戦争の敗北を死ぬまで引きずって生きてきた人物です。原子力を将来にみて、地震が多い日本の各地に原子力発電所を普及させた人物でもあります。彼がいなければ福島に原発はなく、原発事故は防げたかもしれません。中曽根氏は長生きして、とても運が強いことは確かに認めます。彼のしたことの責任は一切問われないからです。同じ時代に生き、不運な田中角栄氏とまったく反対に見えます。そんな角栄氏に、なぜか人間的魅力を感じるのは凡人だけなのでしょうか。

ところで日本では社会に出ても我が物顔の東大卒や早大卒なので吐き気がします。筆記試験の出来を重視する日本社会ならではで、日本社会や経済を牛耳っているから仕方がないとはいえ。だから日本の天皇制さえきっちり守っていれば経済的にも我が身が安泰。だから保守主義者が多いってのももう一つの特徴だ。だが一歩日本の外に出て、その人物に目を向けると、本当の姿が浮かび上がる。「大学の世界ランキング」を発表しているのは一か所ではないが、どちらも、それでみるかぎりその理由が分かるというもの。東大卒も早大卒も世界で見れば、いかにもパッとしない。だから東大卒や早大卒には世界平和を乱す、ろくでもない人物を生み出すと言われても納得する。その「大学の世界ランキング」の信憑性がなかなかあるように思えてならない。高崎経済大学に関係するだけでも、そんな東大卒や早大卒がわんさかである。たとえば高崎経済大学の元学長三潴信吾氏。中曽根康弘氏はその代表格だ。笑
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385凡人:2021/12/17(金) 15:35:03 ID:nn/aNH/60
元学長三潴信吾氏とはどういう学長か?いまの大学直属応援団を築いた人物。どんな憲法教授であったか国会討論での記録に書かれているので、そちらを参照。

第61回国会 衆議院 法務委員会 第19号 昭和44年6月6日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=106105206X01919690606

天皇信奉者。現行憲法を一切認めていない。著書も内容が凄すぎる。戦前からの遺物教授である。その学長時代に暴力団・松葉会の幹部との関係がマスコミにすっぱ抜かれ、国会でも問われるほど。暴力団が学長室に出入りしていたというから仰天する。ここで注目するのは三潴氏の限りなく愛した天皇制と暴力団と応援団の関係がなかなか切り離せないということ。この高崎経済大学のすごさは、それが国会では問題になっても、大学内では問題にすらならないということ。そのスキャンダルが原因で退任、退職になることはない。それが高崎経済大学なのだ。それは昔の事でいまさらというお方がいるかもしれない。ではその後変わったのか。改善されたのか。とんでもない。それはまったく過去の出来事ではない。現在進行中なのである。たとえば50年を迎えた大学広報紙の特別号には編集責任者の現役・高崎経済大学教授が最大級の誉め言葉とともに、三潴信吾氏をたたえて、広報紙発刊第一号に掲載された、当時新学長になったばかりの三潴氏のあいさつ文を全文再掲載するという気の入れよう。この高崎経済大の過去や現役教員の頭がいかなるものかも分かるというものです。笑。今はない高崎ゆかりの歩兵第15連隊の栄誉を讃えて、自作自演の演舞でいまでも市民公開している高崎経済大学直属の応援団も不思議な存在。戦後生まれの学生が侵略戦争の手と足になって活躍した大日本帝国陸軍の歩兵連隊を高崎市ゆかりだからという理由で、戦後生まれの大学が、民主主義になった筈の高崎市で市民公開して演舞している。それを誰もおかしいと異議を唱えないのもまた不思議な話。たとえばドイツのある大学でナチスドイツの親衛隊を讃えて、ある学生団体が集会を開いたらどうか。すぐにニュースになり、抗議が世界中から殺到することであろう。高崎経済大学はどうか。プッ。この大学では大学という存在感があまりにもない。世界ランキングはもとより、誰も相手にしないのが実情であろうと強く思う。笑

「歩兵第15連隊とは、大日本帝国陸軍の歩兵連隊のひとつ。 西南戦争後の軍備拡張によって、群馬県高崎市にて創設された。 日清・日露戦争から、満洲・上海両事変、支那事変、太平洋戦争とほぼすべての戦役に参加。 終戦時はパラオにあった。ウィキ」

高崎経済大学は東南アジア中心に海外留学生が公立大のなかでは多いと記事で読むが、その留学生たちの存在すら薄い。なかなか優秀な人材は来ないのだろうと予想できる。たとえば比較に出すが、よく報道される香港の学生デモ。香港にある大学の学生たちが中国政府による人権や自由のはく奪を黙ってみていない。禁止されていても街で抗議デモを繰り返し、中国政府と対立する。それが卒業後の就職に悪影響がでることも中国警察にぼこぼこにされることが分かっていてもだ。それほど自由や人権のはく奪は無視できないのだ。それが理解できる頭脳がそこにある。それもそのはず香港にある大学群は世界ランキングでも東大に肩を並べている。またこの小さな香港島の大学群が数でも日本全体よりも多く、トップ100に世界ランキング入りをはたしているのも驚愕に値する。
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386凡人:2021/12/17(金) 15:37:01 ID:nn/aNH/60
あなたは平和な社会を築くことは嫌いですか?隣国と仲良くすることは嫌いですか?それともあなたは戦争が好きですか?暴力団がすきですか?ヤクザやギャングが好きですか。そんなあなたにピッタリのこの動画を捧げます。

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YouTube動画
群馬の暴力団事務所13
453,901 views Sep 3, 2021
https://youtu.be/DyJbRUE_nlY

鮪アンダーグラウンド
群馬県内の暴力団(ヤクザ)の事務所を13ヶ所ご紹介します。(※的屋を含む。)

群馬県[令和2年末現在]の構成員数は510名で、うち4割が稲川会、3割が松葉会、山口組と住吉会がそれぞれ1割で、このほか神戸山口組や絆会なども進出しています。

特に近年は、稲川会と住吉会、山口組、半グレが入り混じって度々衝突しています。TwitterやYouTubeに動画がアップされ、バズっていますね。

   目次
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
0:00 オープニング
0:22 前橋一家(稲川会)
0:39 前橋一家(稲川会)[跡地?]
0:57 寄居分家(的屋)
1:15 高橋組(山口組)
1:35 上州共和一家(稲川会)
1:52 大久保一家(松葉会)
2:12 浜田組(山口組)
2:33 岩崎組(稲川会)
2:59 大前田一家(住吉会)
3:16 田中一家(稲川会)
3:33 栗山一家(山口組)
4:02 寄居宗家(的屋)
4:28 江戸屋一家(稲川会)
4:34 エンディング

【その他、群馬県内の団体】
 [前橋市]細渕組/小田組
 [高崎市]新門宗家/荻野連合/龍侠会
 [富岡市]今村組
[みどり市]上州国定一家
 [桐生市]須永一家
[伊勢崎市]久保田組
 [太田市]幸竜会/晃竜会
 [館林市]板橋組
  [不詳]中島組/中野組/五町田/伴内
      古島組/堀越組/塚越総業/嬬恋
      富澤総業/富田組/小出総業/岡田組
      戸山興業/植田組/牧野/猪又
      田嶋組/石塚組/茂木総業/観音
      野村総業/高橋総業
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387凡人:2021/12/17(金) 17:33:52 ID:nn/aNH/60
香港の学生デモと「圧殺の森」

香港の学生デモに触れたが、それについてもう一つ言いたいことがある。ビデオとはいえ、中国警察の暴力的逮捕で、学生デモに参加した女子学生を含めて多くの学生たちがけがをして、血を流している悲劇を目撃するほど悲惨なことはない。

高崎経済大学もかつては大学生らしい、または大学を大学と呼べる時期があった。それは「圧殺の森」という映画におさめられたりした一連の高崎経大生による学生デモだ。それを頂点とした学生による大学側への民主化要求運動。それには教職員も参加していた。以前にはまともな教員がいたのである。笑 ここ近年の香港の学生デモとは共通点がいくつもあることに気付く。あるビデオの光景には香港のデモ学生たちとそこの地元の暴力団・ヤクザ(あちらではなんと呼ぶのか知らない)とやりやっている映像。そこの暴力団は中国政府の肩を持ち、応援者として、学生デモを暴力で抑えようとしているのであった。それを見て、「圧殺の森」の先輩たちを思い起こす。

高崎経済大学での民主化運動のときには学生応援団員が大学側の手と足となって、デモ学生を抑えようとした。それもそのはず、当時は縁故裏口入学をも大学に要求する右翼市長もいるし、中曽根康弘氏は政界で活発、佐藤内閣に入閣。応援団を手塩に掛けた、天皇制万歳の三潴信吾氏が多分当時学生部長をしていたであろう、そんな大学側とその片棒をもつ学生応援団に対して学生がデモで民主化要求運動。暴力団も応援団も似たようなものである。そういうと応援団員は否定するだろうが、頭のいい学生だったら、そもそも暴力団と間違われる行動や突っ張り態度は一切取らないし、服装も髪型も身に着けはしない。これほんの常識。だいいち応援団の育て親の三潴氏は暴力団幹部と関係しているのでその境界線は限りなきゼロに近い。笑。そういうことで、つまり国や場所や時代が違っても、まったく同じことが起こっていることに目をみはる。それを目撃して、他人事ではない感情が湧き上がってくるものがあった。

388凡人:2021/12/23(木) 04:17:49 ID:nn/aNH/60
高崎市発展の足を引っ張る高崎経済大学。

高崎市はここ数年マンション建設ラッシュが続くという記事を読む。その建設は新幹線が通る高崎駅近辺に集中している。そのラッシュは以前にもあったようだが日本経済のバブルと時を同じにしていないところが大きな違いだろう。駅前は人気で、マンションを作ってもすぐ売れという。それによって市の人口が増えればまったく問題ないが、そうなっているのかとても気になるところ。もしもマンション購入が投機性を帯びていれば、建設ラッシュは長くは続かないからだ。

人口は三流二流都市から一流都市に流入すると前の投稿に書いた。その都市が一流か二流かは何によって測れるか?その都市を代表する大学機関を見るのが一番手っ取り早いと思う。アメリカのカリフォルニア州を代表する2大都市であるサンフランシスコ市とロサンゼルス市に例を取ろう。サンフランシスコ市には大学世界ランキングで遥か東大を凌ぐカリフォルニア州立バークレイ校やスタンフォード大学が近くに控えている。サンフランシスコがアメリカのモスクワと揶揄する人がいるぐらい、60年代に流行ったヒッピー文化を生み出すような、バークレイには進歩的な学生がたくさん集まることで知られている。また世界の各都市が目指すような、その郊外にシリコンバレーが生まれたのはまったくの偶然ではないと強く思う。

ロサンゼルス市には州立大のUCLAや学生数が少ないので巷では目立たないがカルテックというMITにも勝るとも劣らない私立のカリフォルニア工科大学が存在する。当然どれも東京大学よりも世界ランキングが上で、前にも話したがUCLAへの日本人留学生を知る限り、その学院生は多くが東大卒である。カルテックはロサンゼルス市内ではなく、LAのダウンタウンから車で20分もかからない郊外のパサデナ市に存在するが、ここでは便宜上含めている。随分前であるが、そのパサデナ市に住んでいた時に、唯一出会った工科大の日本人留学生は東大卒と言っていた。バークレイやUCLAにもノーベル賞授賞者は珍しくないが、カルテックに関係する卒業生や教員の過去のノーベル賞授賞者の数が半端ではない。二桁台である。アインシュタインがプリンストン大学に行く前に夏の短期間滞在した大学でもある。いまでも彼に職を与えなかったことを悔やんでいる大学である。もし記憶が正しければカリフォルニア州の経済力は他の国々の経済を比較しても世界7位だ。市税が高くて、有名な企業がテキサスなどの他の州へ工場を移す傾向があるが、それでも人口が増えている。だから家賃や生活費が軒並み上昇して止まらない。

では高崎市は何流?市立高崎経済大学で測れば四流、良くみても二流/三流止まりの都市だろう。70年以上経っても県内の自治体がまったく進歩していないことを証明する文句が書かれた上毛かるたを後生大事にしている、まるで中世都市を思い起こすようなそんな存在だ。毎年商業都市で稼いだお金を投入して、他から真似したいろいろな恒例集客イベントを行っている知る人ぞ知る都市だ。その催し物、例えば映画祭や音楽祭、マーチングフェスティバル、パスタコンテストなどなど、たくさんある。一見進歩的だが、まったくそうではない。共通点はほんの例外はあるとしても、高崎経済大学を象徴する反民主主義色の街だけあって、すべて税金を頼りにした市役所役人や商工会議所主導。主催者側の透明感はない。金の切れ目が縁の切れ目というように、金がなければ存続がままならず。ユニークさやアイデア足らず、それに規模や中身がイマイチだから、地方行事止まり。どれも世界どころか、日本一すらなれず、中途半端感が半端ではない。笑。

390凡人:2022/03/19(土) 10:27:01 ID:nlUuJDLI0
ウクライナの惨状を、毎日ニュースを最近買った55インチのスマートテレビでみている。

プーチン大統領のロシア侵攻は過去の大日本帝国の天皇軍が富国強兵を武器に、隣国の中国・朝鮮半島を侵攻したのを思わせる。世界第3位の戦力と核・水素爆弾爆弾を保有し、世界第2位の石油ガスの輸出国を誇るロシアにとって、ウクライナ奪取はシリアや2014年クリミア半島の奪取と同様乳飲み子の腕をひねるように簡単。世界によるサンクションを受けても、打撃は限られている。過去とどうように切り抜けられる。だいいち世界第二位の経済力をもった中国が無二の仲間である。ただただ世界は目を瞑るか、沈黙はするしかないとでも高をくくっていたに違いない。

スターリンをまねた、ヒットラー顔負けの残虐なロシアの独裁大統領がプーチン。元KGBのヤクザのドン。国内の政敵を次々と暗殺または獄中に送る。大統領選挙は事実上ただの見せかけ。ロシアには民主主義は存在しない。プロパガンダと富で国民を操っている。まるで、大戦前の天皇制下の日本を思わせる歴史的シナリオが展開されている。プーチンの頭脳的限界がつくりだした自らの政治生命の終わりを告げる序章である。

391凡人:2022/03/19(土) 10:30:03 ID:nlUuJDLI0
高崎経済大学はヤクザ大学。

暴力団もどきの低能によって大学が管理運営経営されているという意味。今は分からないが、当時高崎経済大学の学長三潴信吾氏が暴力団幹部と関係を持っていたことでも知られる大学。つまり暴力団幹部が学長室に出入りしていたというのである。だから、それほどかけ離れたことは言っていない。早稲田大学や東大出身の反主流・右翼思想家の教員たちに乗っ取られた高崎経済大学。平和憲法下に創設された大学。それなのに、平和憲法を無視、民主主義を全く解さないあるいは無視している大学。戦時中に従軍慰安婦制に大きく関わった右翼政治家・中曽根康弘氏の思想路線を堅持し誇っている大学。天皇軍の「高崎15連隊」を絶賛する応援団が高崎経済大学の象徴として君臨し、大学トップ幹部の支援や愛護を最大限に受けていることからもうかがわれる。その大学の体制の起源は学生部長や学長時代をへた三潴信吾氏の時代に戻る。

世界が希求する平和、団結を象徴するオリンピック。その夏と冬のオリンピックが、コロナ禍で例年になく去年に東京と今年北京で開かれ無事終わった(プレリンピックはロシア選手を排除して開催中)と思いきや、ロシアが隣国のウクライナに武力侵攻。ジョンレノンの世界平和を謳った「イマジン」が北京オリンピックの閉幕式に流れたのはなんともオリンピックに相応しいが、ロシアの武力侵攻を考えると皮肉にしか思えない。ウクライナ侵攻後、ある世界大会の体操競技で3位になったロシアの選手がロシア侵攻を支持を表明する服装で表彰台に上がったというニュースを見た。一位に輝いたのはウクライナ選手だそうだ。国を代表する運動選手というのは愛国心が強いのは分かるが、その行為から物事の正しさがまったく判断できない頭脳足らずをただ単に露呈している。運動選手というものはそんなものなのだろう。高崎経済大学がなぜ運動部に力を入れていることがわかる。ただ違うのはその成績がまったくさえないというだけであろう。笑。優秀な運動選手というものはそもそも政治に関しても常識は心得ているものである。内情はよくしらないが、安倍晋三首相からの国民栄誉賞を断った野球選手、鈴木イチロー氏もそんな一人であろう。高崎経済大学は例外はあるとしても、そういう頭のいい優秀な運動選手が入学しない大学でもある。

ー天皇軍が戦時中に隣国で為した悲惨な出来事が、戦後遠い昔になって尚、明らかになっている。死人にくちなしである。これはBBCが伝える新事実。この高崎経済大学の大学幹部の頭脳の中身が大きく問われるとはおもわないか?
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-47986990
https://www.bbc.com/news/world-australia-47796046

392凡人:2022/04/07(木) 16:29:02 ID:nlUuJDLI0
血に染まった(悪魔が宿る、脳みそがない)高崎経済大学。

プーチン大統領のロシア軍がアメリカの警告を無視してウクライナに武力侵攻。今も戦闘が繰り広げられて早2か月目を迎えるウクライナ戦争。局地戦争が世界に波紋を投げかける。侵攻ロシア軍はウクライナ兵士はもとより、一般市民を含め無差別に殺戮を繰り返しているニュースが写真ビデオ等でいち早く報道されている。病院、学校施設、団地や住宅地、避難所への無差別攻撃と破壊、市民への拷問や婦女子への強姦そして虐殺も証言されている。それらのニュースは忘れかけていた大日本帝国の天皇軍が隣国の朝鮮半島、中国大陸や南方アジアで犯した悲惨極まりない悪事の過去の歴史を再び呼び起こす。

直属高崎経済大学応援団が崇拝する高崎15連隊とは何ぞや?大日本帝国陸軍の歩兵連隊のひとつで、高崎で生まれた高崎15連隊。簡単にいえば大日本帝国の侵略戦争に、手と足になって戦った武力部隊。頭脳集団ではない。忠誠心や勇気が肝心。その命令がいかに非道であっても、ただ受けた命令を、忠実に実行する人間集団である。南方で玉砕。戦争前、戦争中に戦場で何を実際何をやったか証言がないため、詳しくは知らない。とはいえ、侵略戦争で天皇軍が中国大陸で中国人に対して為した行為はたくさんの記事や写真が残されているので、想像ができる。いま毎日ニュースで報道されている侵攻ロシア軍の為したウクライナ市民への戦争犯罪行為と重なって見えるのは私だけであろうか。そんな殺人集団を崇拝する大学がまさに高崎経済大学である。大学教育を受けるよりも自衛隊に入ったほうが似合っている学問能力レベルの大学進学志望の高校生が高崎はもとより、全国からたくさん入学してくるのであろうと推測する。笑い。

なおウクライナの戦争難民を両手を広げて受けているトップの国が隣国のポーランドである。そのポーランドにあるヴロツワフ経済大学(WUE)という公立大学との交換留学プログラムを数年前から発足させた高崎経済大学。なぜポーランド?高崎市の市役所とポーランドとの経済的交流が縁。民主主義を解せない能力レベルの高崎経済大学生たちとポーランド人学生たちとのグローバルな交流とは何ぞや。その意味ってなんだ。そしてそこに何を期待できるか?学問的にあまり期待しないほうがよい。ポーランドに限らず、高崎経済大学学生の留学体験記を覗いてみる機会があるが、学生のその知的能力を測るバロメーターとして大いに役立っている。笑い。

学生を非難しているのではない。60年を超える長い年月を経って、こんなにも優秀な学生にそっぽを向かれている大学、今の高崎経済大学にしてしまったのは過去や現在の大学経営者や教員たちだからだ。彼らが最大の原因であり、責任を大きく負う。いくらでも大学関係者は変えることができる(できた)にもかかわらず、それをやらない。イデオロギーにかたまって、現実が見えない明盲のグループ集団であると言わざるを得ないのである。

393凡人:2022/04/09(土) 13:14:51 ID:nlUuJDLI0
ウクライナ侵略戦争と圧殺の森

ソ連軍のウクライナ侵略戦争を見ていると高崎経済大学に民主化を掲げ大学改革を要求し、大学側と正面衝突した学生と教員の一連の自由化運動「圧殺の森」事件を思い起こす。

時間と空間や当事者に大きな違いがあるものの、大きな共通点を見る。ウクライナ民主主義国家とロシア独裁国家の対決。善と悪との戦い。未来と過去との戦い。それは民主化・自由化によって教育・文化・科学・産業の発展が期待できる未来と独裁による権力によるイデオロギー統制と自由が否定された過去との戦い。「圧殺の森」では民主化を要求した学生・教員側の願いは聞き入れられず、学生の大量退学でもって、一掃され鎮圧された。大学側の行動に反対した多くの教員たちは自主辞任した。そして現行の平和憲法を全面否定する三潴信吾体制が高崎経済学に確立した。この大学は先の創立60周年記念には、お酒。そして現在にいたっている。だが、今回のウクライナ戦争では戦力で絶対的不利なウクライナ。それでもアメリカを先頭に民主主義を信じる国の軍事援助で、ウクライナ側の全面的勝利を期待してやまない。

394凡人:2022/04/09(土) 14:10:47 ID:nlUuJDLI0
ウクライナ侵略戦争と圧殺の森

ソ連軍のウクライナ侵略戦争を見ていると高崎経済大学に民主化を掲げ大学改革を要求し、大学側と正面衝突した学生と教員の一連の自由化運動「圧殺の森」事件を思い起こす。

時間と空間や当事者に大きな違いがあるものの、大きな共通点を見る。ウクライナ民主主義国家とロシア独裁国家の対決。善と悪との戦い。未来と過去との戦い。それは民主化・自由化によって教育・文化・科学・産業の発展が期待できる未来と独裁による権力によるイデオロギー統制と自由が否定された過去との戦い。「圧殺の森」では民主化を要求した学生・教員側の願いは聞き入れられず、学生の大量退学でもって、一掃され鎮圧された。だがその学生運動は当時としては珍しいものであった。その学生運動がその後に続く、東大を含む日本の多くの著名大学の学生闘争に波及していった。大学運動に対して賛否の議論はある。民主主義を解さない学生がやる運動は過激派の餌食になる。そして暴力団顔負けの内ゲバに発展する。それはさておき、あくまでも高崎経済大学の当初の学生運動は大学の不当な処分や対応に直面する前は、純粋に民主化運動であったと確信する。そしてその後に続く学生運動の先駆けとして位置されていることは特筆されるべきであろう。高崎経済大学の民主化運動後、大学側の反応に反対した多くの教員たちは自主辞任した。それをもって現行の平和憲法を全面否定する三潴信吾の体制が揺るぎないものとして高崎経済学に築かれた。この大学の頭脳レベルを示すエピソードがある。創立60周年記念には「三扇」という大学名もレベルについたオリジナル日本酒が市販されたことが大きな自慢である。笑い。暴力団幹部と盃を交わした元学長の三潴信吾の笑顔がイメージとなって現れる。

今回のウクライナ戦争にはウクライナが勝たねばならない戦争である。ヤクザで嘘つきプーチンが指揮する独裁大国ロシア軍を打ち負かさねばならない戦争である。戦力で絶対的不利なウクライナ。罪なきウクライナの市民、女子供さえ、拷問・強姦・虐殺とその悪魔たちの手は容赦なく襲う。今は遠い過去であるが、南京虐殺を含め大日本帝国が送った天皇軍の凶悪さとまったく瓜二つなのに驚く。アメリカを先頭に民主主義を信じる国の軍事援助の元、ウクライナ側の全面的勝利を期待してやまない。

395凡人:2022/04/11(月) 18:58:03 ID:nlUuJDLI0
国際学術交流
国際的な学術交流の推進の為、海外の大学との国際シンポジウムの開催や共著の執筆などを実施しています。

令和3年度
共著の執筆
国際的な学術研究の成果として、ヴロツワフ経済大学(ポーランド)と本学教員の共著が出版されました。

《タイトル》
「Current Trends in the Global Economy, From the Perspective of Japanese and Polish Economists」
 edited by Bogusława Drelich-Skulska, Mami Hiraike Okawara
(出版元:Publishing House of Wroclaw University of Economics and Business 2021)

《本学教員の執筆テーマ》
・Recent trends of mega-regional integration and global value chain upgrading in the Asia-Pacific region(経済学部 教授 藤井 孝宗)
・Disciplines of industrial subsides: issues and directions for improvements in the changing world(経済学部 教授 梅島 修)
・Production network of the automobile industry in the Greater Mekong Sub-Region: a comparison to Europe(経済学部 教授 野崎 謙二)
・Comparing the roles of residents in the resort town of Karuizawa in Japan and residents on Martha’s Vineyard in the US(高崎経済大学 名誉教授 大河原 眞美)


令和元年度
国際シンポジウムの開催
・「世界的文脈からのネットワーク経済の新潮流:日本とポーランド」ヴロツワフ経済大学(ポーランド)【10月15日・ポーランド開催】
・「民生移管後のタイ:ビジネスにとって好機となるか」メーファールアン大学(タイ)【12月13日・日本開催】

       メーファールアン大学(タイ)
       メーファールアン大学(タイ)

平成30年度
国際シンポジウムの開催
・「アジアとヨーロッパの経済交流」ヴロツワフ経済大学(ポーランド)【7月3日・日本開催】

      ヴロツワフ経済大学(ポーランド)
      ヴロツワフ経済大学(ポーランド)

396凡人:2022/04/11(月) 19:15:01 ID:nlUuJDLI0
https://www.ue.wroc.pl/p/english/news/current_trends_in_the_global_economy_table_of_contents_and_intro.pdf

Contents
Introduction .......................................................................................................... 7
Part 1. Macroeconomic Trends in the Global Economy............................ 15
1. Recent trends of mega-regional integration and global value
chain upgrading in the Asia-Pacific region (Takamune Fuji).... 17
2. Disciplines of industrial subsidies: issues and directions for
improvements in the changing world (Osamu Umejima).......... 29
3. From cybersecurity to economic security – the EU and the
Polish perspective (Bogusława Drelich-Skulska, Paweł Brusiło) .. 73
References .............................................................................................. 105
Part 2. Challenges of Economic Cooperation – the Mesoeconomic
Perspective.................................................................................................... 115
4. Network markets: cooperation and competition shaped by
the network effect (Szymon Mazurek)........................................... 117
5. Production network of the automobile industry in the Greater
Mekong Sub-Region: a comparison to Europe (Kenji Nozaki).... 133
6. Industrial cooperation as a form of transfer of arms and
military equipment (Przemysław Skulski) .................................... 148
References .............................................................................................. 163
Part 3. Cultural Aspects of the Global Economic Phenomena ................ 167
7. Comparing the roles of residents in the resort town of
Karuizawa in Japan and residents on Martha’s Vineyard in
the US (Mami Hiraike Okawara)..................................................... 169
8. Communication issues related to the cultural diversity of
clusters (Anna H. Jankowiak).......................................................... 182
References .............................................................................................. 194
List of figures ........................................................................................................ 196
List of tables .......................................................................................................... 197

397凡人:2022/04/11(月) 19:17:45 ID:nlUuJDLI0
Introduction
Globalization is a multidimensional phenomenon concurrent with humankind’s
development over the last few decades, or even centuries, as some authors believe.
Nowadays, no area of our lives escapes the influence of globalization. The
introduction of the term ‘globalization’ in the economic domain is attributed to
T. Levitt, who conducted deliberations about the impact of new technologies on the
foundation of global markets of standardized goods, and the role of transnational
corporations in these processes. Levitt’s insights were presented in the article entitled
The Globalization of Markets1 published in 1983. Since then ‘globalization’ has become
one of the most frequently used terms in scientific literature and journalism.
This monograph – developed by Japanese and Polish researchers – primarily
focuses on the economic and cultural aspects of globalization, as these factors,
together with technological changes, constitute the basis for this process. It is worth
underlining that modern technologies were the inducement for creating new
foundations and additional incentives to explore the previously known motives for
the development of economic activity. Such technologies involve the production
technologies, the supply of services, and the various aspects, for instance those
related to transportation, communication, and data processing.
At the same time, it turned out that the permanent pursuit of profit maximization
carried out by numerous economic actors, including enterprises and individuals,
causes multiple distortions associated with globalization. This observation indicates
the necessity of some coordination of action rules on an international scale, lacking
in the current stage of the development of globalization.
However, in this author’s view, the development of globalization, despite the
disadvantages and distortions that it causes, is inevitable unless the world is
unexpectedly devastated by some contingency. Technological progress, together
with knowledge, gives us the following tools to overcome future obstacles and
accomplish new findings, even though the world economy may be temporarily
experiencing periods of the curtailment global integration curtailment, ‘black swans’
such as COVID-19.
This monograph aims to study and present selected challenges that arise from
globalization and discuss the above-mentioned issues from the macroeconomic or
mesoeconomic perspective and also considers the cultural aspects of the global
economic phenomena.
1 T. Levitt (1983), The globalization of markets, “Harvard Business Review” (May-June), pp. 92-102.

398凡人:2022/04/11(月) 19:22:47 ID:nlUuJDLI0
8 Introduction
The deliberations included in the monograph represent a broad spectrum of topics
that constitute a review of the current trends and phenomena in the global economy.
The perspective of the Polish and Japanese economists translates into the high
diversity of discussed subjects and reflects the multidimensional challenges that
occur in the today’s globalized world.
The first part includes three chapters that give a brief overview of macroeconomic
trends in the modern globalized economy. Like in Asia Pacific, some regions have
already become one of the world’s leading regions of economic growth and regional
economic integration. In this context, the author of the first chapter begins by
presenting a review of the modern trends of negotiations over free trade agreements
and regional trade agreements in the Asia-Pacific region, followed by a research and
literature review about the expansion of the Asia-Pacific global value chains. This
study explains the existence of the two substantial agreements that include
a structure established by the ASEAN and individual associated countries and the
Trans-Pacific Partnership (currently transformed into the Comprehensive and
Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership). Moreover, the study of global
value chain networks in this particular region shows that their development is
intertwined with the growing number of participating countries and continually
involves numerous small developing countries. However, it also finds little evidence
that participation in global value chains by the Asia-Pacific countries translates into
their economic growth.
The next chapter investigates the various aspects of disciplines on industrial
subsidies. In this study, the author examines the effectiveness and insufficiencies of
disciplines of the industrial subsidies in the present provisions of the WTO
Agreement on Subsidies and Countervailing Measures (the SCM Agreement). The
analysis is extended with suggestions aimed to strengthen the above-mentioned
disciplines, including potential solutions and forums to resume the disciplines’
effectiveness, based on what we have experienced in the last quarter of the century.
The last chapter in this part presents an overview of the other crucial global trend
that involves the changes and challenges in the area of cybersecurity. Firstly, the
authors described the evolution of the cybersecurity concept in the context of
economic security. The conducted analysis reveals that cyberspace security has
already become a substantial determinant of economic security, since the information
and communication technologies irreversibly change fundamental areas of human,
entrepreneurial and institutional activities. Furthermore, the role of cybersecurity
that constitutes economic security nowadays was investigated both on international
and national levels. The authors conducted two case studies of the EU and Polish
cybersecurity systems and strategic approaches, which then allowed to offer their
insights towards the diverse cybersecurity issues, and provide recommendations in
the field of cooperation between various stakeholders.

399凡人:2022/04/11(月) 19:26:36 ID:nlUuJDLI0
Introduction 9
As distinct from the previous part, the second part of the monograph discusses the
various aspects of the challenges of economic cooperation from the mesoeconomic
perspective, which involve analysing the changes at sectoral or industrial level that
differed from either micro or macroeconomic view.
The first chapter begins by examining the rising significance of relationships and
interactions between market participants, which lay the foundation of the network
market concept based on network structures and network effects. Moreover, the
author indicates the determinants of a company’s success in network markets,
including the dynamics of the growth of a network created or used by the enterprise.
In addition to these deliberations, the chapter outlines the other vital aspects of
network market phenomena such as the factors shaping a market player’s network
position, the changes in market participants’ behaviour under the influence of the
network effect, and the characteristics of the concept of the network good.
The discussion about the network markets and the forces and mechanisms that
determine them is followed by another challenge of economic cooperation at
mesoeconomic level. First, the chapter discusses the growing importance and
strength of an economic linkage between industrializing Vietnam, Cambodia, Lao
PDR, Myanmar, and the Greater Mekong Sub-region, potentially leading to the
formulation of the regional production network. The study investigated the structure
of the automobile industry’s production network in the Greater Mekong Sub-region
by implementing methods such as the Grubel and Lloyd index and the unit value
ratio of exports and imports to decide the types of division of labour in the process
of production. Additionally, this research was expanded with a comparative analysis
of the European and North American cases, which allowed the author to conclude
that the production fragmentation network in the Greater Mekong Sub-region is still
in the early development stage.
The last challenge, which is addressed in this part, involves discussing industrial
cooperation in the form of the transfer of arms and military equipment. The author
of this chapter underlines the significant role of industrial cooperation in international
business and its various forms such as strategic alliance, joint venture, licensing,
subcontracting, and teaming agreements. In this chapter, the author also examined
the forms of industrial cooperation in the defence industry from the perspective of
the international transfer of arms and military equipment, which allowed to
underline two groups of determinants that influence industrial cooperation in the
arms sector and its spectrum. Moreover, the author outlined the way of acting on the
part of government institutions and the arms sector’s functioning as the determinants
that set favourable conditions for industrial cooperation.
The selected issues regarding the cultural aspects of the global economic phenomena
aspects are discussed in the last part of the monograph. The first chapter begins with
a case study of Karuizawa, a summer resort in Japan, and the locally adopted

400凡人:2022/04/11(月) 19:27:38 ID:nlUuJDLI0
10 Introduction
residential strategies aiming to act in response to vital environmental protection issues.
This study gives an overview of the strategic approach that involves different
instruments implemented by Karuizawa decision-makers, including diverse tax rates,
management fees and prices addressed respectively to local residents and vacation
homeowners. It is worth emphasizing that this approach is based on the cooperation
of residents and non-residents. Furthermore, the author compares the Japanese resort
with Martha’s Vineyard, a US island, which represents the opposite approach, where
the local residents play a crucial role in the island’s environmental issues.
The final chapter of the monograph examines communication issues related to the
cultural diversity of clusters, starting with a presentation of crucial assumptions that
clusters are nowadays a specific combination of enterprises, science, and local
authorities, which is considered a determinant of innovation and competitiveness
growth involving associated companies and the hosting regions. Moreover, the
clusters stimulate the information flow and the exchange of experience and
knowledge between the participants. However, efficient communication may be
potentially disrupted since the involved companies originate from culturally diverse
regions and countries. This chapter aims to present these communication issues
related to the existence of cultural differences in clusters by giving the example of
the Toyota cluster – a Japanese cluster located in Poland.
The composition of the chapters reflects the complexity of tendencies that take place
in a globalized world economy. The presented deliberations, studies, conclusions,
and recommendations are the results of scientific research conducted by Polish and
Japanese economists. Moreover, this monograph could not be developed without the
international cooperation between researchers from the Asia-Pacific Research Centre
at the Wroclaw University of Economics and Business and the Takasaki City
University of Economics.
Being a mosaic of diverse research subjects, this book is dedicated to readers who
look for multidimensional insights into the modern trends and phenomena occurring
in the global economy. Considering the broad spectrum of the discussed issues, this
monograph is recommended to students of economics who want to acquire
knowledge about the selected tendencies, to researchers who would like to broaden
their knowledge in the area of current trends in the globalized world economy, as
well as entrepreneurs and business practitioners seeking information about the
cultural aspects of the global economic phenomena.
The authors of the introduction firmly believes that this monograph will provide
readers with valuable information about the events and trends observed in this
century and contribute to deepening the debate about the influence of selected
aspects of globalization on the modern world economy.
Bogusława Drelich-Skulska
Mami Hiraike Okawara

401凡人:2022/04/11(月) 19:29:55 ID:nlUuJDLI0
序論
グローバリゼーション(Globalization)とは、研究者の間でも指摘されているよう
に、この数十年、いや数世紀にも亘る人類の発展と共に生じた多次元の現象であ
る。今日、私たちの生活においてグローバリゼーションの影響から逃れられる分
野はない。経済分野における「グローバリゼーション」という用語は、セオド
ア・レビット氏によって導入された。レビット氏は、グローバル市場の規格品を
基盤にした新しいテクノロジーの影響、及びこれらのプロセスにおける多国籍企
業の役割について研究を重ねてきた。レビット氏の見解は、1983年に発行された
論文『The Globalization of Markets1
』で著されている。それ以来、「グローバ
リゼーション」は科学文献やジャーナリズムで最も頻繁に使用される用語の1つに
なったのである。
本書は、日本とポーランドの研究者によって作成され、主にグローバリゼーショ
ンの経済的および文化的側面に焦点を当てている。これらの要因は、科学技術の
変化とともに、このプロセスの基盤を構築している。現代科学技術が誘因となっ
て新しい基盤を構築し、さらに、経済活動の発展のための既知の動機を探究する
ための誘因となっていることは強調に価する。このような科学技術には、生産技
術、サービスの提供、そして、輸送、通信、データ処理関連などのさまざまな側
面も含まれている。
それらに加えて、企業や個人などの多くの経済主体による利潤最大化の永続的な
追求が、グローバリゼーションに関連する多様な歪みを引き起こすことが明らか
になった。この現象を熟視すると、現段階のグローバリゼーションの発展に欠け
ている、国際的な規模での行動規則の調整が必要であることがわかる。
しかしながら、グローバリゼーションの発展は、それが引き起こす不利な点や歪
みにもかかわらず、世界が何らかの不測の事態によって予期せずに破壊されない
限り、回避できないと我々は考える。世界経済が新型コロナウイルス感染症のよ
うな「ブラック・スワン」と呼ばれるグローバル統合の縮小時期を一時的に経験
したとしても、知識と科学技術の進歩は、将来の障害を克服し、新しい発見を達
成するための手段を人類に提供するのである。
本書は、グローバリゼーションから生じた課題を選んで提示し、研究し、そし
て、マクロ経済またはメゾ・エコノミックスの観点から上記の課題を論じ、さら
に世界経済現象の文化的側面を考察することを目的としている。
本書で書かれている論考は、世界経済の現在の動向と現象の再検討のために幅広
いテーマを扱っている。ポーランドと日本の経済学者の知見は、この本書の高度
な多様性を包含した論考へと形を変え、そして今日のグローバル化した世界で生
じる多次元の挑戦を映し出している。
1
T. Levitt (1983), The globalization of markets, “Harvard Business Review” (May-June), pp. 92-102.

402凡人:2022/04/11(月) 19:31:04 ID:nlUuJDLI0
12 Introduction
第一部には、現代のグローバル化された経済におけるマクロ経済の動向の概要を
簡明に解説する三つの章がある。アジア太平洋地域と同様に、一部の地域はすで
に経済成長と地域経済統合を世界的にリードする地域の1つになっている。これに
関連して、第1章では、まず、アジア太平洋地域における自由貿易協定と地域貿易
協定をめぐる交渉の現代傾向について批評し、次に、アジア太平洋のグローバ
ル・バリュー・チェーンの拡大に関する研究と関連文献の検証を行っている。本
研究は、ASEAN(東南アジア諸国連合)、個々の関連国、環太平洋パートナーシップ
協定(現在の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定
〔CPTPP〕)によって築かれた構造を含む二つの実質的な協定を解説している。さ
らに、この特定の地域におけるグローバル・バリュー・チェーン・ネットワーク
の研究は、この地域の開発が参加国の増加と絡み合い、多数の発展途上国とも継
続的に関与していることを示している。しかし、アジア太平洋諸国によるグロー
バル・バリュー・チェーンへの参加が、参加国の経済成長に繋がるという証拠は
ほとんど見出せないのである。
次の章では、産業補助金に関する諸領域を多面的に検証する。この研究では、WTO
協定の一つである補助金及び相殺措置に関する協定(SCM協定)について、最近の
産業補助金に対する諸規律の効果と不十分性を考察する。そして、過去四半世紀
の我々の経験を踏まえ、SCM協定の規律を取り戻しさらに強化するための解決策や
そのためのフォーラムなどについて提案している。
第1部の最後の章では、サイバーセキュリティ分野における変革と挑戦を含む、
もう一つの重要な世界的動向について概観する。まず、経済的セキュリティの観
点からサイバーセキュリティ概念の進化について解説する。分析結果から、情報
通信技術は人間、起業家、および組織的活動の基本的な領域を不可逆的に変化さ
せるので、サイバースペースのセキュリティがすでに経済安全保障の実質的な決
定要因になっていることが明らかになった。さらに、今日の経済安全保障を構成
するサイバーセキュリティの役割について、国内外レベルで調査した。欧州連合
とポーランドのサイバーセキュリティシステム、および戦略的アプローチに関する
二つのケーススタディを実施し、さまざまなサイバーセキュリティ問題についての
知見を得ることができ、多様な利害関係者間の協力分野における提言を行った。
第2部は、第1部と異なって、メゾ・エコノミックスの観点から、経済協力の課題
のさまざまな側面について論じる。これには、ミクロ経済やマクロ経済の観点と
は異なるセクターや産業レベルでの変化の分析が含まれる。
第2部の最初の章では、まず、市場参加者間の関係と相互作用の高まる重要性に
ついて検証している。これは、ネットワーク構造とネットワーク効果に基づくネ
ットワーク市場概念の基礎を構築するものである。さらに、企業が作り出し、
利用するネットワーク成長の力学を含む、ネットワーク市場での企業の成功の決
定要因についても述べている。これらの考察に加え、本章では、市場プレーヤー
のネットワークポジションの形成要因、ネットワーク効果の影響下での市場参加
者の行動変化、ネットワークグッズ概念の特徴など、ネットワーク市場現象につ
いて他の重要な側面も概説している。

403凡人:2022/04/11(月) 19:32:53 ID:nlUuJDLI0
Introduction 13
ネットワークの形成、及びそれを決定づける要因についての論考の章の後に、
メゾ・エコノミックスの概念からの経済協力についての取り組みの研究の章が二
つ続く。その一つ目の章では、拡大メコン地域において工業化が進むベトナム、
カンボジア、ラオス、ミャンマーといった後発アセアンにおける経済連携が強化
され、生産ネットワークの形成に向かっている点について議論している。ここで
は、自動車産業における地域内での生産分業について分析している。具体的に
は、Grubel and Lloyd 指数や輸出入単価比較の手法を用いて垂直的生産分業が見ら
れることを検証しており、拡大メコン地域においてフラグメンテーション・モデ
ルが当てはまりつつあることを示している。さらに、本研究では同様の分析をヨ
ーロッパ及び北米でも行い、比較分析の結果拡大メコン地域における生産分業
は、初期的な段階であることを明らかにしている。
二つ目の章では、武器や軍装備品の移転という形態での産業協力について考察し
ている。本研究では、国際ビジネスとその多様な形態(戦略的提携、合弁事業、
ライセンス供与、下請け契約、チーム契約など)における産業協力の重要性を強
調している。また、武器と軍装備品の国際移転の観点から防衛産業における産業
協力の在り方を検証している。それにより、武器部門とその範囲における産業協
力に影響を与える2つのグループの決定要因が明らかになった。さらに、経済協
力に向けて好ましい条件を整える決定要因として、政府機関側の対応と武器部門
の機能についても解説している。
本書の最終部となる第3部では、世界経済現象の文化的側面に注目したテーマでの
論考が集められている。最初の章は、日本の有名な避暑地の軽井沢のケーススタ
ディで、自然環境保護に向けた住民の取り組みを取り上げている。別荘住民と町
民という異なる住民層に対して、異なる固定資産税の算出方法、管理費、住居表
示などが軽井沢町で行われていることを指摘して、この二つの異なった住民層の
意識の共有と協働が町の自然環境保護対策に重要であると論じている。さらに、本
研究では、軽井沢町を米国の屈指の避暑地のマーサズ・ビンニャード島と比較し、
島の環境問題において島民が重要な役割を果たしている点に注目して、島民主体
の環境保護対策を紹介している。
第3部だけでなく本書の最終章となる本章では、クラスターの文化的多様性に関連
するコミュニケーションの課題について考察している。まず、クラスターは、
今日では企業、科学、地方自治体からなる特定の組み合わせであり、関連会社や
それらの受け入れ地域を巻き込むイノベーションと競争力の成長を決定づける要
因と見なされている。さらに、クラスターは、情報の流れと参加者間の経験のや
りとりの刺激剤となっている。しかしながら、クラスターの企業は文化的に多様
な国や地域に源を発するため、効果的なコミュニケーションに障害をきたす可能
性は十分ある。本章のねらいは、ポーランドにある日本のクラスターであるトヨ
タ及びその関連産業の事例を取り上げて、クラスター内の文化のさまざまな違い
に起因するコミュニケーションの課題を提示することにある。
本書の多様な内容の章構成は、グローバル化された世界経済で生じる傾向の複雑
さを映し出している。本書の成果となった考察、調査研究、研究結果、提言は、

404凡人:2022/04/11(月) 19:33:59 ID:nlUuJDLI0
14 Introduction
ポーランドと日本の経済学者によって行われた学術的研究の賜物である。そし
て、本書は、ヴロツワフ経済大学の国際ビジネス学部と高崎経済大学の研究者の
国際的な協力があってこそ出版の運びとなったのである。
多くの研究課題を包含した本書は、世界経済で今起きている動きと出来事につい
ての多次元研究に意欲をもった読者に適している。また、本書で検証された広範
囲に亘る課題から、本書は、それらについて知識を得たい経済学の学生、グロー
バル化された世界経済の現在の流れについての知識を広げたい研究者、世界経済
現象の文化的側面についての情報を求める起業家や実務家にも推奨される。
序論を締めるにあたり、本書が、読者に対して今世紀に見聞きした事象と傾向に
ついての貴重な情報を提供し、現代の世界経済のグローバリゼーションにおける
重要な事象の与える影響や効果についての議論を深めるきっかけになると強く確
信している。
Bogusława Drelich-Skulska
Mami Hiraike Okawara

405凡人:2022/04/11(月) 19:35:16 ID:nlUuJDLI0
高崎経済大学はプーチン大学。(敬称略)

ウクライナ戦争から学ぶもの。

20世紀型の戦争をするロシア軍と21世紀型で対抗するウクライナ軍。反・非民主主義国家と民主主義国家との戦い。悪と善の戦い。それはまるで、第2次大戦中に全面戦争した日本とアメリカのミッドウェイ海戦を思い出す。強大な海軍を誇った当時の大日本帝国が総力で戦いに向かい、だれも勝利を疑わなかった。アメリカ海軍は物量でまったく劣っていたからだ。そんなアメリカ海軍がミッドウェイ沖で、大日本帝国の主力艦隊を壊滅させたのである。遅かれ早かれ、日本の敗戦はすでに石に書き込まれていた。ただそれによって日本の敗戦が早まった。それがミッドウェイ海戦であった。

民主主義は権力乱用の制限、平等と公正な競争が保つ。民主社会では社会に貢献する優秀な者が正しく評価され、その貢献度によってその恩恵を受ける。それが長く継続され、歴史がつくられる。その下での学問、科学、教育においては、いろいろな意見が尊重され、競合し、検証され、評価され、さらなる発展を可能にする。

民主主義とは社会の喧噪をなくす政治形態ではない。むしろ許容する社会である。物事の是非をめぐって、自由に発言が許されるため、大きな喧噪が生まれるのは当然。その喧噪を通して、正しさが決められる政治形態と言える。参加者の多数決で議事が決議されるために、常に絶対的に正しいとは限らない。それでも民主主義下では正しさや公正さは独裁政治よりも遥かに正当性で優れている。そしてサステイナビリティを保証する。独裁政治においては独裁者の先見性や能力技能や知識次第で、上手くゆく場合もあるが、それはむしろまれ。有権者の大多数から選ばれていないために、独裁政治では能力に大きな疑問があるものが権力者になるのが通常。ヤクザのドンとなんら変わらない。国内外の他との競争にはまったくついていけない。北朝鮮の独裁者キム・ナンはまったくのよい例で、他の自由社会、世界から孤立することで、世界の情報を絶ち、国民を騙し続け、何とか自分の権力を保っている。笑い話のの対象になる。長く継続すればするほど、国際から孤立する。そうならざるを得ないのである。社会は後退し、将来の発展性はまったく期待できない。

それは教育機関でも同じことがいえる。高崎経済大学は反民主主義の教育機関。理事会や教員たちはアカデミックで優秀な者としてよりも、イデオロギー思想から選ばれた者たちである。思想偏向の大学として広く知られているために、応募者や候補者の質がすでに限られていると考えられるため、教養のある有能な質の高い資格者は初めから応募しないと見るほうが常識。だから優秀な教員が高崎経済大学の教壇にたつ可能性は極めて低い。仮にいたとしても、すぐ辞任するのが過去の例。だから教員の思想偏向が極め付きで、浅さが目立つ。国際性や広い教養性に大きく欠けてた高崎経済大学の教員の発言や書き込みが目立つ。木が見えても森が見えない教員たち。大学教育のあり方や方向性。いま大学は何をすべきか、何を求め、どこに向かうべきか?木を見ているほうがよほど簡単であるのである。そもそも大学教員が低能であるゆえに教育できないからこそ、学生たちの政治的な発言や自治活動を許すわけがないで制限している。ところが政治的に自己を表現できる学生は優秀な学生であることに気が付く。過去の有名な知識人は他の動物と人間との違いを指して、「人間は政治的動物」である定義した。政治的な行動なしでは人間は生活できないからである。それを否定する高崎経済大学の教員たちの頭がいかにイカレていることか。政治的な正しい発言や行動するには広い知識や読書量が要求される。それをいつも思うものである。

1/2

406凡人:2022/04/11(月) 19:37:00 ID:nlUuJDLI0
この大学は最近になってようやく、他大学を真似て「国際学科」が生まれた。担当教員たちの少なさやその学歴や資質に大きな疑問がある者もいる。その学科はただの体裁だけに思えてならない。

民主主義に反した高崎経済大学。大学教育と民主主義が両立しないまれにみる大学。この大学の将来は公立大学ということで、潰れることがないだろう。しかし何度も書くが、過去の60年年を超える歴史は悲惨そのものである。大学経営への大変革が起こらない限り、教員の質や学生の質は悪くなることはあっても、よくならない。それは少子化で大学進学者が減っていることと同時に、今後も似たような公立大学の乱立が続くことが予想されるためだ。大学は人なり。質の高い優秀な教員や学生獲得競争が大学間競争の核だ。大学発展はそこにかかっている。民主主義に反する高崎経済大学は何度も書くが、学問的にも高等教育機関としても、将来への発展は100%期待できないだろう。
2/2


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