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高経大がわかるプログ・サイトPart2

285凡人:2019/10/30(水) 14:11:32 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学を知るうえで、重要な単語、人物や言葉。(敬語略)

凡人は現行の日本国憲法の改憲に強く反対する。安倍晋三が目指す大日本帝国憲法復帰である。現行日本国憲法との違いが明確に示されている表がこれ。
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/shakai/seiji/01_3_5_teikoku_hikaku.htm

忘れてはならないのは、高崎経済大学にしても、決して過去の話はしていない。すべて現在進行形である。例えばマスコミを懐柔し、現在権力を我が物顔で掌握した安倍晋三首相の改憲へ取り組みは現実である。

安倍晋三と三潴信吾の高崎経済大学との接点。安倍晋三は岸信介の孫であり、岸総理下で奉仕する右翼改憲推進者で憲法学者・三潴信吾とは思想的にぴったりあてはまる。(三潴信吾の著書『日本憲法要論』(昭61)には岸信介、福田赳夫が序文を寄せている。)面識云々は知らないが、安倍晋三は大きな影響を受けていることには疑いの余地はない。

今までの記事をざっと復習するとこうなる。
映画「圧殺の森」(高経大学生の学内民主主義運動の敗退の記録、学生の大量処分と学生自治会や新聞会や活動の拠点となった三扇寮の廃止。当時高経大学生たちは裏口入学という事実に端を達し、不正入学の中止を大学に要求して立ち上がった。当時大学の母体である高崎市の右翼市長や岸信介の息の掛かった高経大教授の三潴信吾らを相手に学内の民主化運動が学生を中心にスタートを切った。果敢に戦いを繰り広げたのだが、なんとその背後には中曽根康弘、福田赳夫という地元高崎出身の有力右翼国会議員が控えていた。生長の家のカルト信仰は現実である。はじめは純粋な民主化運動だったが後にどう変貌していったか。大学の強力な右翼路線を前に、孤立無援の学生活動家たちがどこに助けを求めたか。凡人の単なる推測なのだが、運動の内容が変わり、過激派中核派の代理戦争化しても全く驚かない。凡人は当初のこれらの学生活動家や学生たち、純粋に民主主義を信じ、民主主義の社会の実現のために戦った学生たちを心から賛美したい。それがこの大学の唯一の金字塔なのだと信じている。教員8人の抗議辞職によって高崎経済大学の暗黒の歴史が始まる。)

高崎経済大学直属応援団(圧殺の森以後、三潴信吾が創設。体育系の所属から、文サ協(文化サークル協議会)や体育会を超えた単一組織に引き上げる。全学生による投票なしの高経大全学生の代表となる。南方ペリリュー島で天皇万歳で玉砕した大日本帝国陸軍歩兵第15連隊(本拠高崎市)を賛美した演舞や唄を市民公開演舞で創作披露。大学の名で明治神宮に参拝する、戦前の大学応援団を模範にした右翼政治組織に他ならない。)

故岸信介(岸信介は東条英機内閣の商工大臣を務めた軍国主義者、改憲推進者、日本会議、東大法科卒。「岸信介は戦前の官僚。のちに甘粕正彦と組んで、帝国陸軍が中国東北部を植民地にし、そこに建設した傀儡国家「満州国」を牛耳った男だ。A級戦犯として逮捕されたが、米国の”操り人形”になることを条件に釈放された。甘粕正彦は陸軍憲兵大尉の時に、無政府主義者の大杉栄らを殺害したことで知られている。世に言う甘粕事件である。その後、甘粕は突然、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を陣頭指揮。その時、岸と知り合い意気投合。いわく因縁の「闇のつながり」である。」ー(sauceインターネット、自己検証要))
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