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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:17:16
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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32明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/07(月) 01:30:27
まあ多少欠損してようがポーション注射で治んじゃないのぉ?
なんでもいいけどあいつアンデッドのくせにポーションで回復すんのな。

「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
 戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
 敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」

いくら強固な城壁があるからって、あんな大軍がいれば突破は難しくあるまい。
門とか構造的に弱い部分はいくらでもあるし、そこに戦力を集中させれば一発で開門だ。
プレイヤーである帝龍は当然、アコライトの内部構造だって知ってるはず。
こんな、見せびらかすためだけみたいな布陣を組む理由はない。

「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」

これはカザハ君の提案から思いついた可能性だ。
『幻影』みたいな認識改変スペルで6000の兵力をウン十万に見せかけることはできなくもない。

「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
 カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
 ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」

ブレモンにおける帝龍の戦略は、盤石の布陣を構えたうえで敵を押しつぶすコンボ系だった。
やつがその定石に則るとすれば、可能性として一考の余地はある。
アコライトを陥落させてすぐに王都に攻め入ることを予定してるのかもしれないしな。

「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
 つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
 敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

レアル=オリジンやお姉ちゃんみたいに、知性を持ち、人間に限りなく擬態可能な魔物はいる。
敵が爬虫類系の異形だと強く印象づければ、人間型への警戒はどうしても薄くなる。
付近からの難民や行商を装って、外郭内に侵入することは不可能じゃない。

……とまぁべらべらまくし立てたけど、マホたん氏もそれくらいは考慮の内だろう。
伊達に何ヶ月も防衛戦を続けちゃいない。戦闘経験において、彼女と俺達には天地の開きがある。
俺は知らなきゃならない。この世界で戦い続けるってことが、どういうことなのか。

「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」


【情報共有。サインをねだる】

33ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:26:58
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「あいつ最近テレビの取材受けたんだって?」「調子にのってるよな」「しっ!本人きたよ」

みんななぜか僕の悪口を影で言っている。
一体なにがいけないのだろう、僕はただ仲良くしたいだけなのに。

みんな僕が近くにいれば仲良く友達のフリをする。
でもそれは僕が怖いから、直接対峙したら勝てないと、そうわかっているから

「みんな!おはよう!」

ニコニコしながら、そんな人達にあいさつするのもいつの間にか馴れた。
笑顔を絶やさなければ、いつか僕の事を思いなおしてくれるかもしれないと思ったから、笑顔を続けた。
無駄なんて事わかっているのに。

歴代の天才高校生、そんなタイトルでも、テレビで紹介されれば、僕の事を理解してくれる人が現れる。
そう思ってテレビや雑誌のオファーを受け続けた、無駄だと分っているのに。

信じたかった、世界の広さを、テレビや小説でよく出てくる、人の温かさを。
結果的に言えば理解者はだれ一人として現れなかった。

「しょ・・・勝負ありー!」

テレビの企画で当時の金メダリストと戦う事になった。
天才と呼ばれ、天狗になってる子供を大人が容赦なく叩き潰す、そんな趣味の悪さ100%の企画だった。

「すみません・・・この人本物ですか?」

自分でもさすがにこの時の発言はよくなかったと思う、しかし本当に弱かった、侮辱したかったわけではないが、本当に弱かったのだ。
生放送だった為にどうしたらいいのか分らない大人達、笑いものにするはずが逆に自分たちが侮辱されたのだ。
あの時の周りの大人達のあの目線は忘れられない。

その次の日から倒した選手のファンから、テレビ局のお偉いさんから、通りすがりの人から、嫌がらせを受けるようになった。
結果を信じられない大人達が、僕をリンチにするため、徒党を組んで人気のない路地で襲い掛かってきたこともあった。

嫌がらせに屈せず、相手が凶器を持ってきても返り討ちにした。
行動はどんどんエスカレートし、僕を殺そうとする奴まで現れた、それでも僕は負けなかった。
一人で全てを返り討ちにし続けた僕は裏でこう呼ばれた・・・【化け物】と

たしかに僕の発言はよくないものであった、それは間違いないだろう。しかしこんな目に会うほどの物だったのだろうか?
圧力によってどのスポーツの世界にも入れなくなった僕は、この件で業界に絶望していた事もあり、逃げるように自衛官になった。

僕が入った当時の自衛隊の世界は年功序列の世界だった、人によっては最悪というかもしれないが、それ以外で差別される事はなかった。
途中で実力主義に変わり、当然一人だけ浮いていた僕は引き抜かれて、特別な扱いを受けた。

「いえーい!みんな!!自衛隊をよろしく!」

例えそれが健全PRの為のアイドル活動を含んだ引き抜きだったとしても、僕は認められた気がして、言われるがままにやり遂げた。
アイドルとして活躍するようになってから、世間の風向きが変わっていった。

「イケメン自衛官大人気・・・」「彼の素質は・・・」「災害の時の彼の活躍は勲章物で・・・」

過去の事をすっかり忘れ、今度は媚始めるマスコミ達。
家を出れば黄色い声と、嫌悪の目を向けていたはずの大人達が、一斉に僕に媚を売り続ける。
満足していた、しなきゃいけない、だってこんなにみんな僕をほめてくれるんだから、認めてくれるんだから。




あれ・・・結局僕は・・・なにがしたったんだっけ・・・?

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34ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:27:25
最悪の目覚めだった。
よりにも旅立ちの日にこんな夢を見るなんて。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

呼吸を整えつつ洗面台へと向かう、そして顔を洗い、鏡を見る。
そこには普通の・・・いつものジョン・アデルがいた。

「大丈夫・・・大丈夫・・・落ち着け・・・落ち着け」

呼吸を整え、もう一度鏡を見る、そこには普通の自分。

「・・・お前のやりたい事を昨日見つけたじゃないか、ジョン。落ち着け、大丈夫だ」

そう呟くと顔を洗い、服を着替え、旅立つ準備を始めるのだった。


「まさか全部用意してもらえるとは・・・」

ジョンの部屋の豪華なテーブルの上に似つかわしくない武器を並べられていた。
これは昨日バロールに頼んでいた、持っていくかもしれない装備候補達であった。

これらは全て殺す為の装備であり、殺されないようにする為の装備である。
武器を調べるほど、調べるだけ、避けようのない殺し合いが存在するのだ、という現実を見せ付けられる。

これとブレイブとしての力を使えば、人を容易に殺す事ができるだろう。
そうでもなくても自分には化け物と呼ばれた力が、肉体があるのだから、更に容易である。

日本では人を殺めることは悪である、それが常識。
だがこの世界でそれはもう通用しない。

「殺さなければ・・・殺される」

だれかを殺さなければ前に進めないかもしれない。
この世界では殺す事は悪じゃない、むしろ世界を・・・国を救うためなら進んで殺す事こそ・・・正義なのだ。
元の世界の常識を、いつまでも持っているわけにはいかない。

人を殺すなんて訳ない事だ、昨日バロールの話を聞いた時点で覚悟は決めていた。だが

【化け物】

「ッ・・・!」

生まれて僕に負の感情を見せない・・・やっとできた友達を・・・失いたくない。
これは戦争だ、なら当然相手もこっちの命を奪うつもりで向かってくる、その悪意になゆは、みんなは耐えられるだろうか?
悪意に晒され続けた僕のような苦しみは、みんなには味わってほしくなかった。

「みのりと約束したんだ・・・なにがあってもみんなを守るって」

全ての悪意からなゆ達を守ろう、守る為に今、僕ができる事をしよう。
世界を救う事自体にそこまで興味があるわけじゃない、だがなゆが、みんなが行く道をいっしょに、笑って歩いていたい。

「・・・例え同じ世界の人間を殺す事になったとしても」

35ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:28:33
もっと重い空気になると思っていいたが、そこは歴戦のブレイブ達。
列車の中でも重たい空気になることなく、軽口を叩きながらいろんな話をしていた。

エンバースとなゆは二人で仲良く話しているし、カザハはなにかの本を読みながらニヤニヤし
僕と明神は昨日の確認とウォーミングアップを兼ねて体を動かしている。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。
  当魔法機関車は、間もなくアコライト外郭に到着致しまス。お手回りのお荷物など、お忘れにならないようお願い致しまス』

>「もう着くの? 魔法機関車はっや!」

「さて・・・僕達もそろそろ降りる準備始めよう」

僕の必要な物はトランクにほとんど詰めてある、バロールに頼んで貰った部長が背中に装備できる魔法のトランクだ。
質量を無視してアイテムを特定の個数だけ入れられるらしい、といっても部長の動きを阻害しない程度の小さいトランクなのでそんなに量は入らないが。

>《ほな、到着前にもういっぺん説明すんで〜。
  アコライト外郭は、現在アルフヘイムとニヴルヘイムの激突しとる最前線やね。
  みんなも知っての通り、ゲームだと『聖灰』のマルグリットはんと最初に出会うイベントで有名な場所や。
  ま……終盤でバロールはんと三魔将のひとり・幻魔将軍ガザーヴァが綺麗さっぱり消し去ってまうんやけどなぁ》

当たり前だが全員が知っている前提で話が進んでいく。
だがしかし僕はといえば、ソシャゲとかのストーリーは全スキップ派なのでまったく知らないのだ。

昨日寝る前にこの世界の事についてはある程度勉強できたつもりだ。
だがそれはあくまでもこの世界の今までの歴史であって、この人物はこうで、こんな事をしでかす、という情報ではない。
つまり・・・

「さっぱりわからん」

全然分らなかった、重要な所はみんなが教えてくれるのでいいのだが、細かいところはさっぱりだった。
別に分らなくても敵なら殺す、味方なら生かす、そのくらいの認識でまあ、大丈夫だろう。
必要な所は別途聞けばいい。

>《もう連絡途絶えてえらい経つけど、最後に生存確認したときの外郭側の戦力は300、二ヴルヘイム側の兵力は目算で約6000。
  こっちの兵士は体力的に限界で、兵糧も尽き掛けてる。持ってあと一週間ってとこやって》

重要な拠点と聞いていたが、あまりにもひどい報告に頭を抱える。
途絶えたにも関わらず兵士を即座に送って、正確な情報を確認していない事。
連絡が途絶え、殆ど未確認の地域にになゆ達を、ブレイブを送り込もうとしてる事。

「余裕がないにしろお粗末すぎる・・・」

列車から降りた途端に死体が見えるかもしれないな・・・なんて事を考える。
死体だけならいい、そこから病気が蔓延していたら、たまったもんじゃない。
追い詰められているなら死体を焼却する時間もないだろう、もしかしたら敵とは関係なく病気でほぼほぼ全滅なんてことも・・・。

陽気な雰囲気もここまでという空気が、列車内を、僕達を包もうとしていた。

>「必ずこの戦いに勝ち残るんだ! レッツ・ブレーイブッ!!」

不穏な空気を察知したのか、みんなを元気付けようと、なゆは大声で叫ぶ。
さっきまでの空気はどこへやら、みんな一転元気に動き出す。

やっぱりなゆ・・・君はリーダーの素質があるよ

「もちろん全員でね・・・レッツ・ブレイブ!」

36ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:29:35
列車を降りたら死んでから時間が立っているような死体がお出迎え・・・という事はなかった。

>「なんか、キレイ……」

「キレイというか・・・これは・・・?」

>『デコられている』

「そう・・・それだよ」

機能性を重視された城壁のあちこちに謎の似顔絵?がたくさん貼られている。
行方不明者の似顔絵かと一瞬思ったが、全員同じ人間を描いたようだった。

>「綺麗ってかこのポスター、アイドルみたいな人がキラッとしてるよ!?」

「アイドルといえばアイドルだな、だがこんな人間僕は知らないぞ?色んなテレビに顔を出してるから色んな人を知っているつもりだが・・・」

こちらの世界にアイドルなんて概念があるのだろうか?だがそれにしてもあまりにも僕達の世界のアイドル像に近すぎる。
仕事柄、このくらいの年齢のアイドルは全員把握しているつもりだが・・・どの記憶にも引っかからない。
『MAHORO YUMEMI Absolutely Live in ACOLITE!!』 MAHORO YUMEMI・・・?知らない名前だ、やはりこの世界のアイドル・・・なのだろうか。

>「英語……英語!?なんで地球の言語で書かれたポスターがあんだよ!?」

あまりに自然で気づかなかったがここは僕達が住んでる世界とは別の世界なのだ。
このMAHORO YUMEMIが何者であるかわからないが、とにかく普通の事態ではない、とにかく----

>「何かがおかしい。一度、列車まで戻るべきだ。俺が偵察を――」

エンバースも僕と同じ違和感を感じ取ったらしい。

「賛成だ・・・なにかあってからじゃおそ・・・」

気づいたら目の前に一人の男が立っていた。
バロールに貰ったナイフを男に見えない位置で構える。

>「おぉ〜っ! お待ちしておりました!」
>「いやいや! いやいやいや! 貴公らが王都からの増援でござるかァ〜! お待ち申し上げておりましたぞォ〜デュフフフ!」

男は漫画の世界から飛び出してきたようなオタクスマイルを披露する。
なにが起こってるのかさっぱりわからない。

>「よォ〜こそ! よォ〜こそ! アコライト外郭へ!
  いや、貴公らは実に! 実に運がいい! 今、ちょうど午後のライヴの真っ最中でござる!
  ささ、こちらへ! 貴公らも我らの女神! いやさ戦乙女のライヴあーんど生配信を観て、萌え萌えキュンキュンするでござる!
  デュフッ! デュフフフフ……!」
>「え、えっ? ちょっ、ライヴって……!
  あたしたちは戦いに来たのであって、そんなのを観に来たわけじゃ……!
  ここの責任者の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこですかーっ!?」

気づくと大勢のオタクに囲まれていた。

「君達、最低限の説明すらする気がないならこっちにも考えがあるぞ・・・!」

>「デュフッ! 戦い? そんなのあとあと! まずはライヴに参加しなくてどうするんでござるか!
  皆の者! お客人を会場まで運んで差し上げるでござる!」

「「「「「「「「御意!!!!」」」」」」」

「ちょ・・・!?」「ニャアアアアー!」

結局抵抗していいのかわからず悩んでいる間にオタク軍団に連行されるのだった。

37ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:30:30
>「み――――ん――――な――――! 盛り上がってるっ! かぁ―――――――――いっ!!!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!」

一体どうなってるんだ・・・?
ここを防衛しているという先輩ブレイブに会えず、ゲームのキャラクターのような少女の踊りを見させられている。
列車が目的地を間違えた?いやさすがにそれは考えられないだろう、最初にみた城壁はデコられていたとはいえ予め聞いていた情報と一致する。

>「マホた――――――ん!!! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

じゃあなんでこんな状況になっている?どこでなにを間違った?

>「……ユメミ……マホロ……」

「しっているのかい?なゆ、もしかしてあの子もゲームのキャラクターだったり・・・?」

それにしてはバロール等とは違い、あまりにもアニメ調すぎるが。

>「まさか……ユメミマホロがアコライト外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっていうの……?」

なゆがなにかを理解したらしく、おそらくユメミマホロがブレイブである、という。
必死に応援してるオタク達はここの兵士で、ユメミマホロが兵士達の士気を維持する最後の砦。

「どうやら・・・想像してたより方向性は違うけど、最悪の状況なのは間違いなさそうだね・・・」

ここの兵士達はユメミマホロに依存しすぎている、彼女の命令とあらば命を投げ打ってでも戦うだろう。
死の恐怖に立ち向かっていけるかもしれない、だがやっている事は麻薬で自分を騙している兵士となんら変わりない。
違うのはなにに依存しているのか、という違いだけだ。

ユメミマホロがもし死んでしまったら・・・依存する先を失った兵士達のその後は・・・。

>「はいどうもぉ〜! というわけで、ユメミマホロなんですけれども。
  今日はな、なんと! この生配信に特別ゲストが来てくださってまぁ〜す! ご紹介しましょう!
  地球からいらした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さんで〜す! はい拍手拍手〜!」

歓声を浴びているこの少女が一番よくわかっているはずだ、この依存体系は非常によくない、と
だがこうせざるを得なかったのだろう、そうしなければ体より先に心が死ぬのが分っていたから。

>「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
>「マホたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 

予想通りに状態の悪いアコライト城郭の現状に頭を抱える。

>「よく見たら、あのテレビでおなじみイケメン自衛官! ジョンさんまでいらっしゃるじゃないですかやった―――――!!
  イケメンマッチョとかぶっちゃけどストライクです! あとでサインくださいキャ―――――☆彡
  あとはキャワイイシルヴェストルちゃんと、フロム臭半端ない狩人さんと、あと……なろう系主人公っぽいお兄さんでーす!」

元気よく紹介される、とりあえず考えるのは後にしよう。

「よろしく!でも僕と仲良くしないほうがいいんじゃないかな?ほら僕も君も立場とかあるしさ・・・」

すっごい客席からの視線が痛い、嫉妬のオーラを纏った負のなにかが僕の体を包んでいた。
元の世界だったらこの発言だけで週刊誌に載ってしまうレベルだ、イケメン自衛官複数のアイドルに手を出していた!とかそんなタイトルで。

>「おっと、ついつい久しぶりのゲストってことでテンションが……いけないいけない、フフ……。

言われのない因縁をつけられるんで、やめてねホント・・・
口では言えないので心でそう呟くのだった。

38ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:31:33
ライブも終わり、兵士の鋭い視線から開放され、やっと一息。

「やっぱりあの雰囲気は嫌いだ・・・」

僕もあんな感じの場所で歌ったり踊ったりすることはあったが、やっぱり好きになれそうになかった。

>「まっ! とにかく、ようこそいらっしゃいました! 歓迎しますよ〜。
  今日は大した襲撃もないと思いますし、何もないところですけどゆっくりしてって下さい。
  明日から劣勢を挽回する作戦を考えていきましょう!」

疲れた原因は殆ど君のせいなんだけどね・・・といいたいがやめた。
自分の口が災いしてまた兵士達の負のオーラを浴びたくない。

>「ルール?」

>「うん。……といっても、難しいことは全然ないですけどね〜。
  ただし、それを守れないと死にます。間違いなく死ぬ。だから、みんなも気を付けて!」

「それは・・・一番最初に言うべき事なんじゃないか?兵士の手前言えないのはわかるがそれでも・・・」

>「確かルールその1は、中の人などいない――だったな」

凄いマジメなトーンで言い放つエンバース。
君のそのマジメにやってるのか、わざとなのかよくわからない言動・・・嫌いじゃないけど・・・自重しよう?めっちゃ睨まれてるよ?

>「じゃ、城壁の上にあがりましょうか。そこからだと全体が見やすいし……敵の姿も見えるから」

さっきまでのアイドルだったユメミマホロは息を潜め、冷静に答えながら、僕達を誘導する。
そこで僕達は自分たちの意識が、まだまだ足りてないという事実を突きつけられてしまう。

「な・・・なんだこれは・・・6000なんて嘘っぱちじゃないか・・・!」

時間が相当に経った情報など当てにならないと、分ってはいたがそれでも期待していた。
だが期待そのものが甘えだったのだと、改めて認識させられる。
新鮮じゃない情報などなんの価値もないのだ、と。

>「大丈夫ですよー。数だけは多いけど、空を飛んだり壁をよじ登ってこられるようなモンスターはいないし。
  空も飛べないからね。『今のところは』無害。もちろん真正面から戦うとなったら結構強いし、あたしでも結構てこずるけど。
  こっちから手を出しさえしなければ、ね」

なぜだ・・・?こっちが崩壊寸前なのはわかっているはずだ、なのにわざとトドメを刺さないのは・・・?
モンスター達は穴を開けるでもなく掘るでもなくただそこに佇んでいるではないか。
まるで・・・なにかを待っているような・・・?

「だ、だが、これだけのモンスターを確保するには敵だって簡単にでできるわけじゃないだろう?」

>「煌 帝龍(ファン デイロン)って知ってる?」

名前聞いた時、なるほど、と納得してしまった自分がいた、ブレモンだけじゃない、リアルでも有名なのだ。
その影響力は中国裏社会にまで及ぶといわれ、動かそうと思えば国すら動かせる、と噂されるほどの超が付く有名人。

>「みんな知ってることだけど、ソシャゲはお金がそのまま力になる……。そういう点では、帝龍の資金力は無尽蔵。
  この大地を埋め尽くすような数のモンスターも、買いあさったクリスタルにものを言わせてると思う。
  純粋なマネーパワーでは、あたしたちに勝ち目はまったくないかな」

ここに来てから、話がいい方向にまったく進んでいかない、いや、まだ全滅してなかったのは大変いい事だが・・・。

39ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:32:11
>「あたしはね。キミたちを待ってたんだよ」\
>「……わたしたちを?」
>「そう。あたしひとりじゃどうにもならなかった。城壁防衛隊のみんなが絶望しないようにライヴをして、鼓舞して――
  現状維持をすることしかできなかった。
  でも、今はもう違う。キミたちが来てくれた……新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が。
  それなら勝てる。絶対に勝てる! さあ――ここから、みんなで絶対的不利の盤面をひっくり返そう!」

>「マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!」

「なあ・・・僕達も協力したいのはやまやまなんだが、最低限その作戦の説明をしてくれないか?
 まさか無計画なんて事はないよね?そうじゃなきゃ僕達は協力関係には――」

>「兵力も、物資も、何もかもが圧倒的に不利。どんだけ士気が上がったって、人間の体力には限りがある。
  下で楽しそうにライブの感想言い合ってる連中も、もうだいぶ限界が来てるんだろうぜ。
  マホたん氏もそのあたりは分かっておられよう」
>「……燃えるじゃねえか。燃え燃えキュンだぜ。こういう局面を、俺達は何度も覆してきたんだ。
  課金額の多さでイキってやがるクソったれのシャッチョサンを、ぶっ飛ばしてやろう。
  札束よりも拳でぶん殴られたほうが痛いってことを思い知らせてやるぜ」

明神のハートに火がついてしまったようだ、明神だけじゃない、なゆも、カザハももうすでにやる気マンマンだった。
こうなったら・・・止められないな・・・みんなについていこうと決めたのだ、彼らのやり方を見届けてやろう。

「あーあー!わかったわかりましたやってやりましょう!ただ作戦には容赦なく口出しさせてもらうからね?」

ハイハーイ!と元気よく飛び出してきたのはカザハだった。

>「爬虫類魔物を地道に倒してもラチがあきそうにないし指揮官を倒すしかないよね。
  カケルに2人ぐらい乗ってもらってあとは何人か乗れそうな物にフライトをかければ
  後方に控えているだろう指揮官のところに行けることは行けると思うけど……」

「今現在敵戦力が見えてるだけの種類しかいないとは限らないからね
 当然、空に向けてなにかしらの迎撃手段を持ってるいると考えられる。そうなればあの速度じゃいい的だ。」

悪くないとは思うが今一歩それでは足りない、僕達の体は一つしかない。
失敗するリスクはできる限り減らしたいのだ。

>「駄目だ、色んな意味で危険過ぎる……! そうだ! 逆に敵をこっちに誘き寄せて迎え撃つっていうのは?」
>「指揮官が自分が直接出向くしかないと思う程のモンスターを召喚したように見せかけたらどうだろう。
  遠くからでも見えるのが第一条件だからミドガルズオルム級の超でかくて超強いやつ!」

>「多量のクリスタルと引き換えに召喚された超レイド級が、
  敵を薙ぎ払う訳でもなく突っ立っている、か。
  なるほど――中々ユニークな作戦だ」

ウーンウーンとカザハは頭を悩ませる。

しばしの沈黙が場に訪れる、この数相手にそうそう丁度良く作戦が生まれるわけじゃない。

>『エンバースさん、うまく敵をおびき寄せるにはどんなのを出せばいいと思う?』
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」

「お・・・おい?なにしてるんだエンバース?」

シリアスな空気を突然ぶち壊したのは、このPTで一番シリアスな空気を生み出しているはずの・・・エンバースだった。

40ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:33:41
>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

エンバースの突然マホロの肩を掴み顔を近づける。
その行為は、よく言えば中二病、悪く言えばセクハラとも取れる行為だった。

「え・・・えんばーす・・・?」

マホロとエンバースの顔が近くなればなるほど、僕の背後から負のオーラを強く感じる、怖くて振り向けないほどの。

「エンバースサン?そろそろやめたほうがいいと思うんだ、君のそれ、どこからどうみてもセクハラだし?
 そもそも君にはもう既にお姫様がいるんじゃないかって僕思うんだ、うん、浮気は悪い文明って言われてるし」

>『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
  だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
  それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』

うんうん、そうだよね、テンプレみたいな断り方ありがとう!もう負のオーラに僕の胃が耐えられないからはやく離れてもらえるかな?

>『――ごめんなさい』

「いやホントやめようエンバース?マホロちゃんだって困ってるし僕の胃がまじで痛い――えっ!?」

目を疑った。
エンバースが一瞬体をずらされた、そう思った瞬間にはエンバースに拳が・・・。

>「――うおおおおおっ!?」

エンバースが勢いよく吹き飛ばされる。

「へえええ・・・凄いね今の。見たことない技だったけどそれもしかしてスキルだったりする!?
 できれば教えてもらえたりできないかな!僕実は格闘技とか大好きなんだ!
 あ、でもスキルだと習得するのに時間かかったりってやっぱあるのかな?今の状況でそんな時間ないかなあ・・・」

エンバースの心配はどこへやら、興味は完全にマホロの格闘技に移行していた。

まあエンバースなら大丈夫だろう、最低限の手加減はしてるだろうし。

>「えー……なんというかその、うちの焼死体がとんだご無礼を……。
  あの子ゾンビだから本能的に人を襲っちゃうだけで悪い子じゃないんですよマジマジ」

「本当に悪い人じゃないんですけど、たまに周りを見ずに特攻しちゃうクセがあって・・・
 たぶん相当きついお灸が据えられると思うんで許してあげてください」

たぶん相当きついお灸が据えられるだろう、うん。
今回は誰も助けない、僕だって助けない、こればっかりは自業自得だからね。

>「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
  あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」

「ああ、それなら僕も手伝おう」

41ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/08(火) 14:34:34
>「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
  戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
  敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」

完全にギャグ時空に囚われたエンバースを引き上げながら、まずは明神が口を開く。

>「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」

「・・・それはさすがになくないか?実際マホロ達・・・はそのトカゲを焼いて食べた事があるんだろ?
 敵に捕まえさせる奴だけ本物のモンスターにすり替えるって方法もあるだろうけど・・・そんな器用な事する必要もないだろうし」

敵が圧倒的優位に立ってる状況でそんな事をする必要はほとんどないだろう。
もしあれの殆どが幻影だったとしたらここはこんなになるまで押されなかったはずだ。

>「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
  カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
  ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」

これは明神の言うとおりだと思う、本当に大事ならだらだらと攻める必要がない。

>「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
  つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
  敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

「その帝龍の狙いについてなんだが・・・」

僕が薄々感じていた事を口に出す。

「僕は本人に実際に会った事がないし、ゲーム内で接点が会ったわけじゃない、帝龍の事はあくまでもみんなと同レベルでしかしらない
 だから僕がこれから言う事は・・・聞く価値がないと思ったら聞き流して欲しい・・・」

「もしかして敵は・・・帝龍は・・・「期待」してるんじゃないかな?」

コイツは突然なにを言い出すんだ、顔見なくてもみんなそう思っているだろう。
僕だって逆の立場ならそう言うだろう。

「みんなもしってる通り、帝龍はブレモンだけじゃない・・・いやリアルが成功してるからこそブレモンも強いんだ
 帝龍は成功の方法を知っているんだ、生まれながらの天才っての奴かな、その才能はこっちの世界にきても圧倒的な物だっただろう」

「ライバル企業を潰し、吸収したのだって1件や2件だけじゃない、表沙汰にならないだけで当然、非合法の方法だってとってるだろう。
 帝龍にしてみればアコライト外郭を落とすのも、ライバル企業を落とすのと何ら変わらない
 むしろこれだけのモンスターを持っているんだ、法律もないこの世界じゃ、ココを落とすほうが彼にとっては楽かもしれない・・・」

たぶん法律なんて元々帝龍には関係ないのかもしれないけど、と苦笑いしながら話す。

「おそらく最初はここを即効潰すつもりだったと思う、でもそうはならなかった・・・マホロがいたからだ、
 予想以上の抵抗をされて、当初の予定が狂った帝龍は思ったに違いない」

『あそこにいる猛者はもしかしたら自分の退屈・・・飢えを満たしてくれるかもしれない』

「だから帝龍はマホロが力を蓄えて・・・勝算を持って行動に出るまで待っている、自分の目の前に来るのをただジっと・・・待っている
 1万はいるであろう軍勢を超えて・・・将を討ち取らんとする英雄を・・・【異邦の魔物使い】を待っている・・・そんな気がする」

「本人とせめて・・・話をしたことがあれば確証を得られたかもしれないけれど・・・」

あくまでも僕の中の妄想に過ぎないのだが・・・。

少しの沈黙の後パン!と明神が話を切り替えるように、手を叩く。

>「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
  そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」

「そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを」

この場にいる全員が、マホロの発言を静かに待つのだった。

42崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:18:40
>ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか

>そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを

明神とジョンがマホロに情報提供を要請する。
が、マホロは笑って両手をパタパタと振ると、

「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

そう言って、現段階での説明を避けた。

「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

マホロは軽い身のこなしでヒョイと城壁の胸壁にのぼると、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見た。
そして、そのまま何を思ったのか、身体を仰け反らせると仰向けに城壁の外へと身を躍らせる。

「あ! マホ――」

唐突にも程がある、マホロの身投げ。なゆたは仰天して胸壁から身を乗り出し、マホロの姿を目で追った。
マホロは真っ逆さまに落ちてゆく。
彼女は人間ではなく『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』というモンスターだ。
墜落しても死ぬことはないだろうが、それでも甚大なダメージは免れない。
しかも、落下地点には帝龍の放った爬虫類型の魔物たちが群がっている。落ちれば鋭い牙の餌食だ。
援軍が来たので、もう自分の役目は終わりと命を絶ったのか? ――いや、違う。
それは、狩りの始まりだった。

ぶあっ!!

地面に激突する寸前、マホロの背に一対の純白の翼が出現する。
マホロは落下から鋭く直角に方向転換し、地面すれすれを滑空すると、高速で弾丸のようにロール(回転)しながら飛んでゆく。
モーセが海を割ったように、大地を埋め尽くすトカゲの群れが中央から裂け、マホロに触れた者たちが跳ね飛ばされて宙を舞う。

「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」

マホロが呟くと同時、その周囲に光り輝く槍が無数に現れる。戦乙女の代表的武装、ヴァルキリー・ジャベリン。
出現した槍を即座に解き放つ。光の槍は四方八方に飛び散ると、当たるを幸いトカゲたちを貫いた。

ドドドドドドドウッ!!!

投げ槍どころの騒ぎではない、まるでミサイルだ。
ジャベリンはスペルカード『黎明の剣(トワイライトエッジ)によってブーストがかけられている。その威力は凄まじい。

「――はッ!」

ざざざざっ! と両脚で轍を刻みながら着陸すると、マホロは翼を消して徐に拳を構えた。武器の類は――ない。
無数のトカゲたちが集まってくる。マホロは瞬く間に取り囲まれた。
絶体絶命の危機に見える。……が、違う。
大顎を開き、マホロに食らいつこうとトカゲたちが攻めかかる。だが、一匹たりともマホロには触れられない。
迂闊に接近したモンスターたちは皆、マホロの拳に。蹴りに。瞬く間に打ち砕かれ、血ヘドを吐いて吹き飛ばされた。

「まだまだぁ!」

『聖撃(ホーリー・スマイト)』――徒手戦闘でのみ光属性の攻撃力を飛躍的に上昇させるスキルである。
本来、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は長槍や直剣などを武器とするモンスターだ。
しかし、ユメミマホロはこの『聖撃(ホーリー・スマイト)』を極限まで研ぎ澄まし、インファイターとして自己を鍛え上げた。
マルチのパーティープレイでは、マホロは後衛に位置しバフ効果のある歌で仲間たちを励ましている。
が、ソロではそのプレイスタイルは180度異なる。このゴリゴリのアタッカーがマホロ本来の持ち味と言う者も多い。
迂闊にマホロに触れてしまったエンバースが洗礼を受けるのは必然であったと言えよう。

「……『俊足(ヘイスト)』。プレイ」

ぎゅんっ!!

スペルカードが発動する。マホロの挙動がさらに速度を増す。
あたかも疾風のように、マホロがトカゲの大軍の間を縫う。そのたびに拳が一閃され、トカゲたちが砕け散る。
帝龍の軍団の中核をなしているモンスターはドゥーム・リザードといい、ストーリー中盤に出現するザコ敵である。
序盤ではフリークエストのボスを務めたこともある、それなりに硬くて強い敵なのだ。
しかし、それがまるで問題にならない。マホロの攻撃によって木っ端のように薙ぎ倒されてゆく。

「ギシャァァァァァァァァァッ!!」

轟く咆哮。見れば、ドゥーム・リザードの死体を踏みつけ、見上げるほどに巨大な多頭蛇が姿を現す。
ヒュドラ。ゲームでは終盤のダンジョンに出現する、ドゥーム・リザードとは比較にならない難敵だった。

43崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:22:59
「シャァァァァァ―――――――――ッ!!」

唸り声と共に、ヒュドラの無数の頭部がマホロへと殺到する。
恐るべき速さの波状攻撃だ。――しかし、当たらない。
マホロはまるで踊るように軽やかな身のこなしで、必要最小限の挙動によってヒュドラの牙を躱してゆく。

「ひゅッ!」

たんッ! と強く地面を蹴って跳躍し、そのまま伸びきったヒュドラの頭部へ舞い降りる。
長い首を道の代わりにすると、そのままマホロはヒュドラの胴体へと駆け上がってゆく。
ヒュドラの弱点は首の根元に存在する中枢神経だ。それが無数の首を統御している。
弱点を攻撃されまいとヒュドラが無数の首でマホロを迎撃する。――だが、それも無駄な足掻きでしかない。
マホロは繰り出される幾多の首を跳躍して回避し、足場とすると、瞬く間に胴体へと接近した。

「……『限界突破(オーバードライブ)』――プレイ」

カッ!!

スペルカードが発動し、マホロの身体が金色に輝く。

「はあああああああ――――――――――ッ!!!」

気合一閃、マホロは右腕を大きく振りかぶるとヒュドラの胴体に渾身の一撃を繰り出した。
ガゴォンッ!! という硬い音が轟きわたり、小山のようなヒュドラの巨体がぐらり……と傾ぐ。
弱点の中枢神経に強烈な一撃を食らい、気絶したのだ。頭上に【STUN】の表示が出ている。
あとはもう、マホロの独壇場だ。――最初からそうだという説もあるが。
マホロは群がるドゥーム・リザードたちを片手間に蹴散らしながら、ゆっくりヒュドラの解体を始めた。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」

ピンク色の法被を着た兵士たちが城門を開けると、マホロが朗らかに笑いながら入ってきた。
その後ろにはドゥーム・リザードとヒュドラの死体が山となっている。どうやら、こうして日々の糧を得ていたらしい。

「ヴァルハラ産ゴリラ……」

なゆたがボソリと呟く。マホロの愛称(?)のひとつである。

「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

そんなことを言いながら、台車に乗せた大量のトカゲたちを城塞の中にある厨房へと運んでいく。
わたしも手伝います! と、なゆたも慌ててマホロの後を追う。

「ドゥーム・リザードで食べるのは足と尻尾だけ。胴体は食べられないよ。
 でも、捨てないで取っといて。皮を剥ぐから――防具の素材に使えるからね」

「レア素材、リザードスキンね……。昔よく集めたっけ。じゃあ、こっちのヒュドラは?」

「ヒュドラは肉にも毒があるから、毒抜きしないと食べられないんだ。でも無毒化するとパサパサになっておいしくないの。
 どっちかというと薬の素材。あとはヒュドラの毒腺から毒を抽出して、武器に付与したりとか」

「あー。『英雄殺しの毒(ヒュドラ・プワゾン)』かぁ〜。ポヨリンにも使えるかなぁ」

女子ふたりで厨房に立ち、何やら和気藹々とやっている。……ガールズトークにしては女子力がないが。
しばらくすると、食堂にふたりの作った料理が並んだ。
ドゥーム・リザードの肉を使った炒め物とカツ。それに王都から持ってきた食材で拵えたコンソメスープなどである。

「ささ、どうぞ召し上がれー! 特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」

マホロが小首をかしげる。

「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

おたまを持ちながら、なゆたが眉を顰める。
激戦を予想し、ハイカロリーで高タンパクなものを中心に持ってきたのが裏目に出た。
食事を終えると、兵士が部屋の支度ができたと報告してくる。
客室というにはあまりに簡素な、使われていない部屋に毛布が置いてあるだけの様相だったが、戦時中だ。これでも上等だろう。

各々が用意された部屋に宿泊し、アコライト外郭での一日目は終わった。

44崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:26:55
翌日。なゆたはやはりマホロを手伝って食事の支度をしたり、城塞の中を見回って過ごした。
アコライト外郭の中では兵士が訓練をしたり、壊れた壁の補修を行ったりしている。

「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

マホロが注意を促す。
そして、城壁の内側にある広場に昨日狩ったトカゲやヒュドラの残骸を積んでおく。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが午前中に各自自由行動していると、やがて正午が近づいてくる。
全員が中央広場に集まると同時、マホロは空を見上げた。
ほどなくして、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちのスマホの時計表示が正午を指す。
それまで晴れていた空が、にわかに掻き曇ってくる。

「……来る」

険しい表情で空を眺めながら、マホロがぽそ、と呟く。
そして、その直後。
トカゲたちが群れなす地平線の向こうから、真っ黒い雲のような『なにか』がアコライト外郭めがけて湧き出してきた。

「総員、退避! 建物の中に入って!」

マホロはそう叫ぶや否や、踵を返して脱兎のように建物の中へと飛び込んだ。
全員が建物に入ったことを確認すると、鉄扉を閉めて厳重に封鎖する。

ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

扉の外で、巨大なプロペラを回したような轟音が響いている。
それはもちろん、飛行機が飛んでいるわけではない。それは『羽音』だった。
アコライト外郭の周辺を、何かが飛んでいる。
それも夥しい数だ。数えきれないほどの何かが扉の外を飛び回り、思うがままに蹂躙している。
あれほど士気の高かった兵士たちも、今は恐怖に身を縮こまらせている。
マホロも同様だ。ただ凝然と扉を睨みつけたまま、表情をこわばらせて佇立している。

「……マホたん、これは……」

「静かに。息を殺して、喋らないで」

事態を呑み込めないなゆたが訊ねようと口を開くと、マホロはそれを鋭く制した。
いつもの朗らかなユメミマホロの姿とはかけ離れた様子に、なゆたも口をつぐむ。
どれほどの時間が過ぎただろうか、実際の時間は5分から10分程度であったに違いない。
けれど永劫とも思えるような永い体感時間の果て、羽音が徐々に小さくなってゆき、徐々に消えてゆくと、マホロは息を吐いた。

「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

マホロは固く閉ざしていた扉に両手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
黒雲は去り、今はもう空もすっかりと元の青さを取り戻している。
だが、先ほどの青空と今の青空とでは、一点だけ違いがある。
通信の魔術だろうか、空にまるで大きなスクリーンでも張ったかのように、ひとりの人間の顔が映し出されていた。

《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

男である。年齢はだいたい明神と同じくらいだろうか。
長い黒髪をオールバックに纏めた、ひょろりとした痩身の青年だ。
仕立てのいいダークグレーのスーツを隙なく着込んだ、ビジネスマン然とした姿はファンタジー世界にはまるで似つかわしくない。
男は丸眼鏡のブリッヂを右手の中指でくいと持ち上げると、奥の細められた糸目でマホロを見た。

《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》

「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

《ほう》

男は愉快げに糸目をますます細めた。

煌 帝龍(ファン デイロン)。

世界でもトップクラスのIT企業、帝龍有限公司の長にしてニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
アコライト外郭攻略の主将であり、これからなゆたたちが戦うべき敵。
その姿が、ここにあった。

45崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:44:47
《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
 今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
 推奨できないアルネ》

「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
 これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」

ばっ! とマホロは右手を伸ばす。
その腕の先にいる明神、カザハ、エンバース、ジョン、なゆたたちを一瞥すると、帝龍は鼻で笑った。

《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
 イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

新たな5人もの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を目の当たりにしても、帝龍はまるで怯む様子がない。
それどころか、珍獣でも見るような眼差しで5人を眺めている。

《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵! この地を埋め尽くす軍勢に、たった6人で抗うと?
 日本人は単純計算もできないアルか? それとも、古臭いヤマトダマシイとかいうやつアルか! くふふふふッ!》

「ぐ……」

空に大画面で映し出された帝龍の人を見下した嘲笑を聞き、なゆたが歯噛みする。
だが、確かに。この大軍団を相手に勝ち筋が見当たらないというのも事実だった。
クツクツと一頻り笑うと、帝龍は徐に画面の中で右手を伸ばした。

《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

温情をかける、と言う。意外な提案だった。
だが、そんな帝龍の言葉にマホロは苦々しい表情を浮かべている。
帝龍はマホロを手招きすると、

《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

そう、まるで自分が主人であるかのように告げた。

「!!!」

その言葉に、マホロの隣で話を聞いていたなゆたは一度大きく震えた。

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。

『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をはじめとする戦乙女属が持つ特殊スキルである。
これと決めた対象に口付けすることによって、対象のATKその他のステータスを恒久的に爆上げする効果を持つ。
このスキルの特殊なところは、その戦乙女ひとりにつき一度きりしか使用できないというところにある。
一度『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を使用してしまうと、もうその戦乙女は二度とそのスキルを使えない。
よって、誰に対して使用するかは熟考に熟考を重ねることになる。
また、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』は戦乙女属が最後に覚えるスキルで、習得レベルも相当高い。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』目当てに戦乙女を濫造して使い捨てることはできないということだ。

「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

なゆたが呟く。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を受けた者には、『戦乙女の恋人』という称号が与えられる。
ただでさえ希少性の高いスキルである。それがブレモンでもっとも有名な戦乙女、ユメミマホロのものとなれば――
それは果たして、どれほどの価値を持つものか想像もできない。
当然、ファンの間でもマホロの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』については長い間議論されてきた。
とはいえ、マホたんの唇は俺のものだ、いや俺が予約してる、などフォーラムでの話題はネタでしかなかったのだが。

それを、本気で手に入れようとしている者がいる。

46崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:48:29
《オマエがワタシの軍門に下り、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなら、助命を受け入れてやるアル。
 このまま、ジリ貧で疲弊してゆき惨めに全滅するより、よほどいい条件だと思うアルが? くふふ……》

「だ……、誰がッ!
 あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

「…………!!」

痛いところを突かれ、マホロは俯いた。
敵である帝龍に『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の矜持が許さない。
いや、それ以前に女として生理的に無理である。帝龍は蛇のように陰湿で、残酷で、無道な男だ。
しかし、といって自分の意地や嫌悪でアコライトを守備する兵士たちの命を危険に晒すことはできない。

《素直になるアル、マホロ。
 オマエがワタシのところに来るだけで、すべてが解決するアル。
 嫌なのは最初だけアル……すぐに、ニヴルヘイムの方が居心地がいいとわかるアルよ?
 そんな死に体の世界など見捨てて、オマエもこちらに来るアル。
 ニヴルヘイム最強の我が軍団の庇護下にあれば、オマエはもう何も思い煩うことはなくなるアル!
 そんなくだらん城塞で! ゴミのような兵士相手に歌い! 踊り! 媚を売ることもなくなる!》

「………………」

俯いたまま、マホロはぎゅぅ、と強く強く拳を握りしめた。血が出るほどに強く唇を噛む。

《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

帝龍が哄笑する。
確かに、条件としては悪くないのだろう。マホロひとりを引き換えに、300人の兵士たちを助命する。
一時的にでも帝龍が軍を引けば、その間はアルメリアも体勢を立て直す猶予が生まれる。
単純に損得を考えた場合、帝龍の提案を飲むことは決して悪いことでは――

「…………ふざけるなッ!!!」

なゆたが叫ぶ。

「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
 助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
 あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」

《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》

「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
 兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
 マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
 ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」

びしぃっ! と右手の人差し指で空中の帝龍を指す。
帝龍は愉しそうに嗤った。

《ほぉ〜。それは、死にたいですという意思表示アルか? 面白い!
 であればワタシも手加減はしないアル。そんなチンケな城塞、一日あれば破壊できるということを証明してやるアル。
 バロールやガザーヴァの力がなくとも……アル!
 マホロの前で頼みの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにして、心を折ってやるのもいいかもしれないアルネ!》

帝龍の言いようはいかにもサディストといった風である。
やると言ったなら、帝龍は本当にやるだろう。地球でも目的のためには手段を選ばず、黒い噂の絶えなかった男だ。 

《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
 それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

終始圧倒的優位にある者の余裕を見せつけたまま、帝龍は通信を切った。
その顔が霧のように薄れてゆき、やがて消える。
束の間の会談は終わった。

47崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:52:31
「……ゴメン……やっちゃった……」

帝龍との面通しが終わった後、作戦本部代わりの食堂で、なゆたは両手で顔を覆って仲間たちに謝った。
黙っていればよかったものを、ついうっかりと帝龍の傲慢な物言いに腹を立て、反論してしまった。
おかげで帝龍に侵攻の口実を与えてしまった。帝龍は明日の正午に攻撃を開始するという。
もはや一刻の猶予もない。明日の正午までに外郭の周囲に蝟集している大軍団を倒す方法を考えなければならない。

「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

マホロがぱたぱたと手を振ってフォローする。
実際にその通りだ。帝龍は助命を受け入れると言ったが、その言葉が本当に履行されるかはわからない。
マホロが投降した後で、もうアコライトに用はない、皆殺しにしろ――という命令を下さないとも限らないのだ。
そして、帝龍はそれをやりかねない人物である。
いずれにせよ、あそこで帝龍の条件を飲むことはできなかった。

「こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも!
 全体攻撃だから、相当数減らすことが――」

「ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない」

「……どういうこと?」

「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「あー……」

今日の正午、地平線の彼方から湧き上がってきた不気味な黒雲。
そして、耳をつんざくような羽音。
それらの正体が、まだわからない。

「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
その効果は『破壊者(アポリオン)と呼ばれるイナゴの群れを召喚し、
敵ユニット全体に防御無視の地属性ダメージを与えるというものである。
アポリオンたちはすべてを食らい尽くす。思えば、広場に積み上げていたトカゲたちはいつの間にかすっかり消滅していた。
アポリオンが骨も残さずに食い尽くしたのだろう。絶対に守るべきルールとは、アポリオン対策だったのだ。
イナゴたちはユニットカード、しかも飛んでくる蟲の近接攻撃という分類のため、
ミハエル・シュヴァルツァーの使用した『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』さえ効き目がない。
まさにぶっ壊れ・オブ・ぶっ壊れと言うべき性能だ。
そんな性能のため大会では禁止カードに指定され、現在はコレクション以上の価値はほとんどない。
とはいえ、ここは現実のアルフヘイム。禁じ手も何もあったものではない。
帝龍は潤沢な資金にものを言わせて手に入れた禁じ手カードを、ここで遺憾なく使っているのだ。

「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

なゆたのスマホからみのりの声がする。回線は常に開いているということだったので、こちらの話も聞いていたのだろう。
マホロが怪訝な表情を浮かべる。

「え。誰?」

《うちは五穀豊穣言います〜、マホたんよろしゅうな〜。
 ところでマホたん、ひとつ訊きたいんやけど――》

「あ、はい……なんでしょう?」

《なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ。
 通信に問題はなさそうやし……できるなら状況連絡くらいはしてほしかったなぁって言うとったんよ》

みのりの言うことももっともだ。生存者の数や状況などが分かれば、王都としてもそれなりの対応ができる。
マホロが連絡をしなかったため、アコライト外郭は全滅したか生き残っているかさえも定かでなかったのだ。
しかし、みのりの問いに対してマホロは明言を避けた。

「あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……」

右手の人差し指で頬を掻きながら、バツが悪そうな表情を浮かべる。
だが、本当にただ忘れていただけだろうか?

48崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/10/11(金) 22:55:17
《ほんならしゃあないなぁ。バロールはんにはうちから伝えとくわ。
 明日の朝イチまでに、帝龍の本陣の位置くらいは調べとくさかい。みんなも何かあったら言ってや、ほな頑張って〜》

みのりはそう言うと通信を切った。バックアップとしては頼もしい限りである。

「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

マホロが腕組みして告げる。
トカゲたちは城壁を登ってこない。城塞の内側にいる間は安全である。
『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』は城壁を飛び越えてくるが、一日一回限りのユニットカードだ。
そこに何らかの打開策を見つけられれば、それを足掛かりに帝龍へ反撃する機会を見つけられるかもしれない。

「……わたしには分が悪いかな……」

なゆたがぽそりと呟く。
帝龍の軍団は地属性だ。ブレモンの属性で言うと、水属性は不利属性となる。
属性で言えば、パーティーの中で地に有利が取れるのは――

「カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね」

カザハの方を見て言う。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーで風属性なのはカザハだけである。
加えて、カザハはカケルに乗って空も飛べる。対空手段のない帝龍の軍団に対して、これは大きなアドバンテージだ。
といって、そのアドバンテージをどう有効活用するかに関しては、まだ何も思いつかないのだが。

「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う。
 ……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?」

そんな都合のいい戦法がそうそう思いつくはずがない。
しかし、その無茶を通さなければ、アコライト外郭に明日はないのだ。

「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

マホロの存在は帝龍にとって何としても手に入れたい宝であると同時に、倒さなければならない敵将である。
相反するその要素によって、帝龍はアコライト外郭を本気で攻め潰すことができないでいる。
そこに、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が付け入る隙がある――。

ばん、となゆたは作戦本部兼食堂の長テーブルに両手をついた。

「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

絶対的寡兵を覆し、帝龍に致命打を与える方法。
それを、これから6人で考えなければならない。
リミットは明日の正午。残された時間は極めて少ない。

なゆたはリーダーとして、仲間たちの顔を順に見回した。


【帝龍の目的、アコライト外郭のルール開示。
 敵大軍の撃退法、正午に必ず訪れる『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』の対処法、
 煌帝龍への攻撃法などを協議】

49カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:13:29
>「さあな。大きく白旗でも上げれば、様子を見に来るんじゃないか。そんな事より――マホたん」
>「俺を見てくれ。この顔に見覚えはないか?以前、どこかで会った事は?」

エンバースさんは作戦会議そっちのけでマホたんにフラグを立てに(?)行った。
フラグを乱立し過ぎではないだろうか。

>『――え、えーと?なんてゆーのかな。気持ちはすっごく嬉しいよ?
 だけどあたし、ファンのみんなを裏切るような事は出来ないの。
 それに、今は仕事が恋人みたいなものだから……その――』
>『――ごめんなさい』
>「――うおおおおおっ!?」

エンバースさんは突然繰り出されたマホたんのパンチに吹っ飛ばされた。
屋上の縁に駆け寄って下をのぞき込むカザハ。

「エンバースさぁああああん!? 生きてるぅうううう!?」

明神さん、さっきはカザハがこうなる前に引きはがしてくれてありがとう。

>「へえええ・・・凄いね今の。見たことない技だったけどそれもしかしてスキルだったりする!?
 できれば教えてもらえたりできないかな!僕実は格闘技とか大好きなんだ!
 あ、でもスキルだと習得するのに時間かかったりってやっぱあるのかな?今の状況でそんな時間ないかなあ・・・」

ライヴとか生放送の時とは打って変わってテンション爆上がりのジョン君。
やはり自衛官だけあって格闘技には興味があるらしい。

>「まだ『ルール』の説明も聞いてないし、焼死体を引き上げながら話そうか。
 あいつの耳が頭部ごと吹っ飛んでなけりゃの話だけど」
>「ああ、それなら僕も手伝おう」

「……ってカケルが救出に行けばいいじゃん!」

《それもそうだ!》

まさかナンパに失敗してフィールドアウトした味方を回収するなんていう飛行能力の使い道があるとは思わなかった。
地面近くまで降り、途中まで引き上げられかけたエンバースさんを回収する。
例によって命に別状は無いようだ。

>「まず俺が気になってんのは、あんだけ兵力揃えてる帝龍がなんで一気に攻めてこずに、
 戦力の逐次投入なんかかましてんのかってことだ。
 敵の肉で燻製作る蛮族相手にビビってるってわけじゃあ流石にねえだろう」
>「ってことは、想定できる可能性は3つ。まず、あの魑魅魍魎自体が幻覚かなんかの虚仮威し」
>「次に、あの軍勢は帝龍にとっても虎の子で、僅かな損耗もしたくない重要な戦力である可能性。
 カンペキにアコライトを押しつぶすために、もっともっと多くの軍勢が揃うまで待機してるのかもしれん。
 ただまぁあれだけの大軍だ、維持するだけでも相当なコストになるだろうし、これは期待薄だな」
>「最後。――この戦線膠着自体が、帝龍の狙いである。
 つまり、外郭の防衛力を『外』に向けさせつつ、裏で何らかの工作をしてる可能性だ。
 敵のほとんどは爬虫類系だって言ってたよな。だけど、『それだけじゃない』としたら」

50カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:14:21
>「その帝龍の狙いについてなんだが・・・」
>「もしかして敵は・・・帝龍は・・・「期待」してるんじゃないかな?」
>「おそらく最初はここを即効潰すつもりだったと思う、でもそうはならなかった・・・マホロがいたからだ、
 予想以上の抵抗をされて、当初の予定が狂った帝龍は思ったに違いない」
>『あそこにいる猛者はもしかしたら自分の退屈・・・飢えを満たしてくれるかもしれない』
>「だから帝龍はマホロが力を蓄えて・・・勝算を持って行動に出るまで待っている、自分の目の前に来るのをただジっと・・・待っている
 1万はいるであろう軍勢を超えて・・・将を討ち取らんとする英雄を・・・【異邦の魔物使い】を待っている・・・そんな気がする」

明神さんが裏工作説、ジョン君が強者を待つ戦闘狂説といった対照的な仮説を展開する。

>「ルールも含めて、俺はマホたん氏の見解を聞きたい。帝龍は何の為に布陣してやがるんだ。
 そんで――俺達にはあとどれくらい、時間が残されてるのか」
>「そうだね・・・やはりなんだかんだいっても、マホロの意見が一番だと思う、聞かせてほしいな・・・考えを」

皆がマホたんの見解を待つ。
しかし、マホたんは現時点での情報開示をさらりとかわしたのだった。

>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

明日の方が説明しやすい、見てもらった方がいいということは――
決まって毎日何かが起こり、しかも事が起こる時間帯が決まっている、ということなのだろうか。

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

「買ってくるっていっても……近くにスーパーもコンビニも……マホたん!?」

ちょっと買い物に行ってくる的なノリでいきなり身投げしたマホたんに皆仰天する。
しかも落下地点は先程のエンバースさんとは違って爬虫類の群がる城壁の外だ。

「カケル!」

すぐさま救出に行こうとするカザハと私だったが、しかしその必要は無かった。
地面に激突する寸前、マホたんの背に翼が出現した。

「マホたん飛べたの!? 跳び下り方紛らわしいわ!」

>「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
>「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」

マホたんは力強く且つ華麗にトカゲ達を仕留めていく。

「買い物じゃなくて狩りの方だったのね……」

51カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:15:47
>「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」

狩りを終えて帰ってきたマホたんをカザハは拍手で出迎える。

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

マホたんとなゆたちゃんが和気藹々と料理をはじめる。
なゆたちゃんには下心は無いだろうが、マホたんと一緒に料理をして親睦を深めるなど、明神さんなどから見れば物凄く羨ましいに違いない。
残念ながらカザハは料理はからっきし駄目だ。私は馬でさえなければ手伝えるんだけど……。

(馬だからね……)

《うん……》

悲しい事に馬はどちらかといえば料理をする側というより料理される側(食材)だ。
私達は、料理が出来上がるまで言われた通りにマホたんの動画を見て過ごした。

>「ささ、どうぞ召し上がれー! 特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」
>「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

「気にしない気にしない! それよりこのトカカツサイコ―――――ッ!!
マホたん料理人にもなれるんじゃない!?」

2人の料理を褒めちぎるカザハ。
こうしてマホたんのサバイバル料理を堪能し、用意された部屋に宿泊し、一夜が明ける。

「……嫌だ、嘘だぁあああああああああ!」

カザハの叫び声に起こされた。見れば、真っ青な顔をしている。

《どうしたんですかいきなり大声だして。悪い夢でも見たんですか?》

「ここが更地になった……」

《ゲームでは終盤で更地になるらしいですからねぇ。それを知ってる影響でしょう》

「それだけじゃないんだ……ボク達が更地にする側だった……」

《”達”って私も……!? なんて不吉な夢を見てやがるんだてめえはぁあああああああ!
まあそもそも夢なんてワケ分かんないものだし!? 気にしたら負けですよ! いいですね!?》

気を取り直して起き出し、マホたんの指示を受ける。

>「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

一体正午に何が起こるのだろうと思いつつも、空を飛んで城塞の周囲を見て回ったり壁の補修を手伝ったりして過ごす。
そして、ついに正午が来た。

52カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:16:45
>「総員、退避! 建物の中に入って!」

外では無数の虫が飛んでいるような羽音のようなものが響き、兵士達は恐怖に身を縮こまらせている。
飛んでいるのは虫の大群だろうか、それにしてもここまで皆が恐怖しているのは何故なのだろう。

>「……マホたん、これは……」
>「静かに。息を殺して、喋らないで」

疑問を口にしようとしたなゆたちゃんをマホたんが制止するが、たとえ外を狂暴な虫が飛んでいるにしても建物の中にいる以上安全なはず。
それとも、隙間からでも入って来られるぐらい小さい虫……?

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

外に出ると、丸眼鏡に糸目といったなんというか典型的な漫画に出て来る中国人みたいな顔が空にでかでかと映っていた。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

しかも――バッチリ語尾がアルになっていらっしゃる! カザハの予想がこんなどうでもいいところで当たってしまうとは。

>《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》
>「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

この会話から推察すると、帝龍はマホたんの腕を買い、以前から自分の側に来ないかと誘いをかけているのだろう。
それがここを一気に潰さない理由なのかもしれない。

>《ほう》
>《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
 今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
 推奨できないアルネ》
>「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
 これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」
>《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
 イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》
>《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵! この地を埋め尽くす軍勢に、たった6人で抗うと?
 日本人は単純計算もできないアルか? それとも、古臭いヤマトダマシイとかいうやつアルか! くふふふふッ!》
>「ぐ……」
>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

53カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:17:29
「一応聞いてみるアル。その条件とは何アルか!?」

《カザハ、伝染ってる伝染ってる――!!》

といっても相手の側にはこちらの言葉は全て中国語に翻訳されていると思われるので、
微妙な語尾の違いなんていう日本語特有の機微は向こうには分からないのだろう。

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

「はいぃいいいいいいいいいいい!?」

>《オマエがワタシの軍門に下り、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を捧げるなら、助命を受け入れてやるアル。
 このまま、ジリ貧で疲弊してゆき惨めに全滅するより、よほどいい条件だと思うアルが? くふふ……》
>「だ……、誰がッ!
 あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」
>《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

更に帝龍は容赦なくマホたんを煽り誘惑する。

「騙されちゃ駄目だよ……マホたんがここを離れたらそれこそ……」

カザハが何を言おうとしているかはなんとなくわかった。
相手は誇り高い戦闘狂などではなく、目的のためには手段を選ばない卑劣な奴だ。
マホたんを手に入れたいがためにこの膠着状態を作っているのならば、
マホたんを手に入れてしまえばもうここを一気に潰さない理由が無くなってしまう。
しかしカザハがそれを言う前に、なゆたちゃんの渾身の怒声が響き渡った。

>「…………ふざけるなッ!!!」

「なゆ……!?」

>「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
 助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
 あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」
>《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》
>「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
 兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
 マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
 ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」
>《ほぉ〜。それは、死にたいですという意思表示アルか? 面白い!
 であればワタシも手加減はしないアル。そんなチンケな城塞、一日あれば破壊できるということを証明してやるアル。
 バロールやガザーヴァの力がなくとも……アル!
 マホロの前で頼みの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにして、心を折ってやるのもいいかもしれないアルネ!》
>《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
 それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

帝龍の顔が空から消えると、早速食堂に集合して緊急作戦会議が始まった。
なゆたちゃんは凹んでいた。

54カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:18:36
>「……ゴメン……やっちゃった……」

>「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

「そうだよ、何にせよ直接対決は避けられなくてそれが明日になっただけの話!
もうみんな持ち堪えるのも限界だろうからいっそ丁度良かったんじゃないかな?」

>「こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも!
 全体攻撃だから、相当数減らすことが――」
>「ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない」
>「……どういうこと?」
>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「そうだった! あの虫の大群みたいなのは何!? そんなにヤバイやつなの!?」

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

虫軍団の正体はイナゴだったようだ。
たかがイナゴといって侮るなかれ、ひとたびその攻撃に晒されれば骨も残らずに食い尽くされるらしい。

「恐過ぎるやろ……」

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

みのりさんがマホたんに自己紹介した後、連絡が途絶えていた理由を問い、マホたんは忘れていたと答える。
抜け目のなさそうなマホたんがそんなに重要な事を忘れるだろうか、と違和感を覚えるが、今はそこを突っ込んでいる暇はない。

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

>「……わたしには分が悪いかな……」

常に強気ななゆたちゃんが珍しく弱音を吐く。
しかしそれはブレモンの仕様を知り尽くしているが故の言葉だった。

>「カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね」

「ボクが……!?」

敵は地属性。なゆたちゃんの水属性では分が悪く、私達の風属性は地属性に対して有利が取れるらしい。
モンデンキント先生がそういうからには、それだけこの世界では属性が重要な意味を持つということだ。

55カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:19:42
>「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う。
 ……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?」
>「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

場を沈黙が支配しかけたところで、カザハが口を開く。

「昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?」

唐突に料理の話を始めたように聞こえるが、一応トカゲ対策の話だ。
戦場で酒を飲んでいる場合じゃないだろうと一瞬思われそうだが、度数の高い酒は気付け薬や消毒薬代わりにもなるのであってもおかしくはない。

「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

明神さんとの戦いの時、エンバースさんが放火した炎は下が石畳であるにも拘わらず、瞬く間に燃え広がっていた。
エンバースさんのモンスターとしての性質上、酒等の最初に引火させるものさえあればそれが可能なのだろう。
トカゲ軍団の上空を飛び回ってエンバースさんが放火し、更に私のスキルで風を送り込んで延焼させる。
それがカザハの考えたトカゲ軍団対策だった。

「ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね」

56カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/12(土) 22:20:25
更にその流れで、どこまで本気かは分からないが、敵将を本隊から切り離す作戦案を提示。
尤もカザハや私がいくら頭を捻ったところでベテラン勢から見れば素人の浅知恵の域を出ないだろう。
会議というものは重要な議題であるほど最初に発言するのは勇気がいるもので、
たとえ案自体は速攻で却下されたところでそれをきっかけに議論が始まってくれれば上出来なのだ。
そして、仮にトカゲ軍団をどうにかして敵将を本陣から切り離すのに成功したところで、
相手が必ず発動させてくる『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を乗り切れなければお話にならない。
カザハは攻略本を見ながら何やら考えている。

「『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
ユニットカードで蟲の近接攻撃……敵ユニット全体に防御無視の地属性ダメージ。
防御無視ってことは防御系スペルカードも無効? 『風の防壁(ミサイルプロテクション)』は意味無しか……。
……ってことはユニットカードなら対抗できるのかな? あれ? これちょっと似てるかも。
『鳥はともだち(バードアタック)』――鳥をはじめとする飛行系モンスターによる近接攻撃で敵ユニット全体に風属性ダメージ」

『鳥はともだち(バードアタック)』自体は別に珍しくも無いカードで、
通常のゲームの仕様内で使う限りでは“防御無視”の文言があるかないかで天と地ほどの差があるのだが――

「ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……」

カザハが素朴な疑問を口にする。
当然ゲームではユニットカードで召喚した軍団同士を対決させるなんてことは想定されていない。
そしてこの世界ではゲームでは想定されていない行動をしたとき、ゲーム上のルールを超越したことが起こる傾向にあるようだ。
属性上風は地に対して有利であり、更に鳥の中にはイナゴを含む昆虫を食べる者も多いので、対抗できる可能性はあるかもしれない。
とはいってもやってみたけど駄目でしたでは文字通り骨も残らないが、
ゲームの仕様を知り尽くした上でそれを超越した戦いを繰り広げているベテラン勢の仲間達なら的確な推測をしてくれるだろう。

57embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:10:31
【ロスト・グローリー(Ⅰ)】
 
 
 
気が付けば、■■■■は見覚えのある場所にいた。
薄暗い石造りの監獄――規約違反者の隔離エリア。

「ここに呼び出されるような違反行為をした覚えはないぜ――今回もな」

『ええ、知っています。ですがプレイヤー隔離用のエリアはここしかないのです』

「……何が目的だ」

『警戒する必要はないのです。我々はあなたにトロフィーを与えたいだけなのです。
 例のコンテンツを、この世で最も早く攻略したプレイヤーに――相応しい報酬を』

「これは……装備品か。って……なんだよ、このデタラメな効果」

『デタラメで、当然なのです。何故なら、それは来たる世界大会の装備制限基準――
 ――そのグレーゾーンにまで足を踏み入れた、紛れもないインチキ武器なのです』

「……何故、俺にそんな物を?」

『分かりませんか?日本の競技シーンは海外に比べ、大きく遅れを取っているのです。
 それでは困る。どうせ海外勢には勝てないのにマジになっても、などと思われては』

「悪いが、お断りだ。この剣は返すよ」

『あなたにとっても、悪い話ではない筈なのですが』

「ああ、悪い話じゃない――だがそれ以上に、面白くない話だ」

『気分を害したのなら謝るのです。ですが――』

「違う。そうじゃない――弱い者いじめは、趣味じゃないって言ってるんだ」

『それは……その返答がどういう結果を招くか、考えた上での返答なのです?』

「ああ」

『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――』

58embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:11:21
【フレイミング・リグレット(Ⅰ)】


『さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから』

「百聞は一見に如かず、確かに道理だ。だが言葉を尽くしてこそ伝わるものもある筈だ。
 例えば愛や信頼――他にも、俺が気が付いたら城壁の上から落下していた理由とかな」

『それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
 じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――』

「狩ってくる?……ああ、なるほど。【河原へ行こうぜ!】か。
 確かにあのカードなら、安全に食料を確保出来る。
 だが、待ってくれ。ここは俺の――」

『あ! マホ――』

「――馬鹿な!何を考えてる!?」

戦乙女は城壁から戦場へと身を投げた/焼死体が即座に鋸壁から身を乗り出す。

「俺が加勢に入る……いや、【座標転換(テレトレード)】だ!今すぐ俺とマホたんを――」

『……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ』
『スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――』

「――入れ替える必要は……なさそう、だな」

宙を彩る無数の槍が、神鳴りの如く地を掃う。
戦乙女が地を蹴り/拳を放つ――後に残るのは、四肢の破片と血煙のみ。
巨岩の如き多頭蛇は、一撃の下に昏倒/一本ずつ首をもがれ/五本目の時点で絶命した。

『お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!』

「思い出したぞ、ユメミマホロ……ストライカー型ヴァルキュリアビルドの提唱者か」

グッドスマイル・ヴァルキュリアは、支援職だ。
当然、戦闘は可能な限り避けるべき/盤面における立ち位置は最後方。
装備の候補も槍や弓/中距離から敵の接近を牽制/火力支援を行う――それが定石だった。

ユメミマホロは、その従来の運用法とは全く異なる――真逆のドクトリンを提唱した。
徒手空拳によるDEX、AGIへのブースト/低下したATKを【聖撃】で補填。
高クリティカル率/高機動力/必要十分な火力を実現。

その結果――接近を拒む必要は最早なくなった。
迂闊に近寄れば逆に懐に飛び込まれ/致命打を叩き込まれる。
バッファーでありながら、必要に応じて前線に飛び出す事も出来る。

『ヴァルハラ産ゴリラ……』

世に轟く異名に相応しい、文字通り前衛的、かつ合理的なビルドだった。

『じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!』

「……遠慮しておこう。食事も俺には必要ない。寝床もだ。
 それと、城壁の立哨を休ませてやれ。代わりに俺が立つ」

側防塔を登る焼死体――敵に備えていない時間が不安だとは、言わなかった。

59embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:12:41
【フレイミング・リグレット(Ⅱ)】

夕日が沈み/月が浮かび/暁に溶け/朝日が昇る。
その間、焼死体は身動ぎ一つせず、戦場を眺めていた。
ただひたすら、まだ名も知らぬ敵を殺す術に、思いを馳せていた。

『午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から』

やがて城内を見回る戦乙女が傍を通り掛かると、そう警句を残していった。
中央広場――兵士達が何らかの搬入作業を行う様が見える。
魔物の残骸――骨や内臓を、山と積み上げている。

何故かは分からない――だが理由あっての事に違いない。
焼死体は城壁を降りると、暫し骨と臓物に塗れる労働に従事した。
そうして気付けば、周囲に人が集まっていた――皆、険しい顔をしていた。

『……来る』

俄かに曇る空を見上げて、戦乙女は張り詰めた声を零す。

「何がだ。俄か雨か?洗濯物の取り込みなら手伝えないぞ。煤塗れにしても――」

『総員、退避! 建物の中に入って!』

「……俺が最後尾に立つ。リーダー、チームを引率しろ」

避難が完了し、鉄扉が固く閉ざされる。
扉の外からは幾重にも連なる/絶え間ない羽音が響いていた。
焼死体が、衣擦れの音一つ立てず――守るべき者/少女へと、寄り添う。

『……マホたん、これは……』
『静かに。息を殺して、喋らないで』

やがて羽音が遠のき、消え去ると――戦乙女から安堵の吐息が漏れた。

『もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある』

「ああ、そうだな。まずは今、何が起きていたのか――」

《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

不意に天から降り注ぐ声/頭上を見上げる。
空を切り抜いたようなスクリーンに、一人の男が映っていた。
煌帝龍、中国最強と歌われたその男に――焼死体は確かに、見覚えがあった。

――何故だ。何故、俺はあいつを覚えている?どうして、あいつだけを……。

脳髄を切り裂くような頭痛/頭を抱える/考えても答えなど出る筈もない。
今更記憶を取り戻しても、何の意味もない――分かっている。
それでも――考えずにはいられなかった。

要するに、焼死体は己を、過大評価していた――記憶の欠落など、とうに割り切った心算だった。
割り切ったと思える事自体が、自身の記憶喪失が不完全である証左だと――気付いていなかった。

60embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:14:18
【フレイミング・リグレット(Ⅲ)】

『バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!』

「ああ、そうだ……俺は、お前を倒さなきゃいけない……」

《よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
 無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

「その言い回しも、覚えているぞ……どこだ……どこで、俺はそれを耳にした……」

強度の頭痛/記憶の混濁――焼死体は亡者の如く、思考の海を彷徨う。

《くふふ……無理、無理無理! 不可能アル!
 雑魚が何人集まったところで、ワタシの鱗類兵団は最強無敵!》

だが――不意に、その譫言のような呟きが、止んだ。
焼死体は空を見上げたまま/ただ一点、変化が生じたのは、眼だ。
深く濁った蒼に燃えていた双眸、その左方に――仄かな、紅が浮かび上がった。

「……最強、だと?」

紅は、瞬く間に燃え広がっていく――蒼を塗り潰して、染め上げた。

《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》





「おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?」

燃え落ちた喉から零れる微かな声は、いつもの焼死体の声ではなかった。
擦り切れ、辛うじて紡ぎ直された魂が紡げる声ではない。
熱意と、自尊心を宿した――そんな声だった。

61embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:15:42
【フレイミング・リグレット(Ⅳ)】


『……ゴメン……やっちゃった……』

作戦本部代わりの食堂で、少女が背を丸めて、両手で顔を覆う。

『ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
 どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ』

「ああ、そうとも――あの提案を受けていたら、あいつの顔面を殴れないだろう」

焼死体の煤けた右手が少女の頭を、茶化すように二度、軽く叩いた。

『こうなったら、ゴッドポヨリンでトカゲを一掃するよ!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』でも『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』でも――』

『ううん。トカゲたちはほとんど無尽蔵に出てくるから、一時的に数を減らしても意味ないよ。
 根本的に全滅させる方法を考えなくちゃ……。それに、敵はトカゲたちだけじゃない』

「ああ――俺の見立てではトカゲよりも、むしろ問題なのはもう一方だ」

『……どういうこと?』
『覚えてる? 今日の正午に起こったこと』
『あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ』

「厄介だな――どんなプレイヤーが使おうと、ユニットカードの性能は変わらない。
 そういう意味では、あいつにはお似合いのカードだが……やれやれ、どうするか」

『……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……』

「ふん、あいつがインチキカードを振り回すだけが能の、チャンピオン気取りじゃない事を祈るよ」

《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

「……負けは決定的?みのりさんらしからぬ、不的確な予想だな。
 俺がいるんだぜ。勝つ事自体は決定事項――問題は、勝ち方だ」

『え。誰?』

《うちは五穀豊穣言います〜、マホたんよろしゅうな〜。
 ところでマホたん、ひとつ訊きたいんやけど――
 なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ――》

「バロールにセクハラを受けたのが原因なら、庇い立てせずに言ってくれ。俺達は、君の味方だ」

『あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……』

「……この反応は、クロだな。みのりさん、略式裁判と刑の執行はそちらに任せる」

《ほんならしゃあないなぁ。バロールはんにはうちから伝えとくわ。
 明日の朝イチまでに、帝龍の本陣の位置くらいは調べとくさかい。みんなも何かあったら言ってや、ほな頑張って〜》

「ああ――そちらも健闘を祈る」

62embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:16:29
【フレイミング・リグレット(Ⅴ)】

『帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ』

「留意すべき点は、【進撃する破壊者】は所詮、一枚のカードという事だ。
 帝龍が予備のスマホや、アカウントを持っている可能性もある。
 最小限のカード使用で打開しなければ、後に響くぞ」

『……わたしには分が悪いかな……』

『カザハ、この戦いではあなたに頑張ってもらわなくちゃいけないかもね』

「そうだな。具体的には間違えずに、ゴッドポヨリンさんにバフを掛けてくれないと困る」

『昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成』

「暗殺は勇者パーティのお家芸だしな。とは言え――」

『ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う』

「そうだ。やるなら、一撃必殺でなくては意味がない。
 帝龍の本陣がどこにあるかすら分からない現状では、非現実的だ。
 今から偵察を出すのも……リスクとリターンを鑑みると、難しいと言わざるを得ない」

『……といって、こっちに帝龍がやってくる方法がいいかというと……。物量で押し切られちゃ、こっちに勝ち目はないから。
 どうにかして帝龍を本隊から切り離したうえで、こっちの総戦力で攻められる方法……なんてあるかしら?』

「あるさ――具体的な手段はこれから考えるが、間違いなくある」

『あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな』

「マホたんと一緒に献上する、輿入れの木馬でも用意してみるか?
 盾に括り付けるのは……じゃじゃ馬じゃなくて、子猫だったか」

『わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?』

「冷静に考えれば――」

『昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
 マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?』

「――城壁を飛び降りて、自分で狩ってこい。マホたんは今忙しい」

『料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね』

「すまない、言葉足らずだった。今忙しくないのは、お前だけだ」

『ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
 エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね』

「お前の世界には、お前より賢いやつは存在しないのか?」

『ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……』

「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
 そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

63embers ◆5WH73DXszU:2019/10/18(金) 23:17:20
【フレイミング・リグレット(Ⅵ)】

焼死体が懐から革袋を取り出す/風精へと歩み寄る/その顔面を左手で掴む。
指先で頬を圧迫――開いた口に、革袋を押し込む。
袋の口から、僅かに火酒が零れた。

「それが、手品のタネだ。噛むなよ、飲み込むのもナシだ。溢れた酒で溺れたいなら、話は別だが」

風精の顔面を手放す/顔を背ける――つまり、それ以外へと向き直る。

「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」

当たり前の事を述べるような口調/態度。

「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」

予測される非難/反駁を、先んじて繰り出した右手で制する。

「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

左眼の紅眼が、燃え盛る。

「帝龍の明白な弱点は、俺達が撤退すればこの拠点を取らざるを得ない事だ。
 そうしなければ、あいつは次のステージへ進めないんだからな。
 どうだ……理解出来たか?まだ、説明が必要か?」

食堂の壁に歩み寄る/右手人差し指を滑らせる――削れた指先が描き出す、城郭の図面。

「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
 そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

振り返る/右拳で壁面を二度叩く――ここまで言えば分かるだろう、と。

「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

ゲーム感覚の笑みが――■■■■の口元を飾った。

64明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:42:54
>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
 それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

俺とジョンがそれぞれの仮説をもとに見解を求めると、マホたんはそれをふらりと躱した。
両手をパタパタ振って議論の空気を払底する。かわいい。

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
 今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー!」

ほんとぉ?それ死ぬか生きるかの話し合いより大事ぃ?
ただまぁお腹がペコちゃんじゃバトルはなしんこなしなしって古事記にも書いてある。
『今日は大した襲撃もない』ってのは、多分信憑性の高い経験則からくる言葉なんだろう。

>「じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

とかなんとか言いつつ、マホたんは唐突に壁の向こう、魔物ひしめく空間へ身を投げた。
仰向けの自由落下は着地のことなんか一切頭に入れてない、まさに投身。
これがマホたんでなかったら俺だって寿命がゴリゴリ削れてただろう。

>「買ってくるっていっても……近くにスーパーもコンビニも……マホたん!?」
>「あ! マホ――」
>「――馬鹿な!何を考えてる!?」

他の連中はそれぞれ驚愕の叫びを上げた。
わはは!貴殿らは知るまいて、戦乙女が背に担う一対の神々しき翼を!

>「俺が加勢に入る……いや、【座標転換(テレトレード)】だ!今すぐ俺とマホたんを――」

「落ち着けよ焼死体。日に二回も壁から落っこちたくねえだろお前も」

身を乗り出さんとするエンバースを抑えつつ、俺も壁下へ視線を落とした。
マホたんは地面すれすれで両翼を展開。自由落下のエネルギーを飛翔速度へ変換する。
急降下からの宙返りじみた方向転換。待ち受ける魔物共は反応すら出来てない。

そのままの速度で、マホたんは魔物の群れへと突っ込んだ。
屈強なトカゲ達が木の葉のように四散する冗談みたいな光景が繰り広げられる。

>「マホたん飛べたの!? 跳び下り方紛らわしいわ!」

「はっ?祈りを捧げながら身投げする由緒正しき聖女ムーブなんだが?
 マホたんの動画見てないんですか?アンテナ低くない????」

動画勢の典型的クソウザイキリムーブを決めながら俺は眼下の戦いを見守った。
戦い……戦いかこれ?一方的な蹂躙は戦いとは言わなくない?
まさにちぎっては投げ(槍を)、ちぎっては投げ(トカゲを)のマホたん無双だ。

「すっげー……トカゲの甲殻素手で引き千切ってるよ。
 ヴァルキュリアじゃなくてオーディンかなんかじゃねえの……」

65明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:43:14
そしてこれが、マホたんを在野のヴァルキュリア使いと明確に峻別する特異性。
戦乙女の本業はバッファーだ。パーティの後方で味方を強化し、支援するロールだ。
無論マホたんもレイド戦の際にはその役割を不足なくこなしている。

一方で、単独での戦力が期待できないバッファーという存在の宿命を、
『自分にバフかけて殴る』という単純明快な答えで覆したのがユメミマホロのビルドだ。
バフの方向性を絞り、シナジーを厳密に考慮したスキル構成を組むことで――

――歌って踊って殴れる新時代のアイドルが爆誕した。

支援職で近接戦闘もこなす、いわゆる『殴りプリ』とか『バフ殴り』と呼ばれるビルドは、
古今東西のネットゲームを紐解けば腐るほど見つけられる。
自分にヒールとバフかけながら強打を連発できるなら、事実上他のロール要らねえからな。
ソロ向けの、自己完結力の高いビルドとして齧った経験のある奴も多いだろう。

一方で、大抵のゲームではキャラのビルドに使えるリソースは有限だ。
ソロ特化型のビルドにパーティプレイでの居場所はない。
殴りも支援も、それぞれに特化した専門職にはどう逆立ちしたって勝てっこないのだ。

さりとて、殴りと支援を両立しようとすれば、どっちつかずの中途半端になってしまう。
マホたんのビルドは『ストライカー型』と名前がついちゃいるが、再現できる奴はそうそういまい。
育てるステータス、切り捨てても良いステータスを厳選し、スキルやスペルと緻密に組み合わせて、
長い長い試行錯誤と育成期間の果てに、いまのマホたんの強さがある。

そういう意味じゃ、モンデンキントとユメミマホロは、ある意味似たもの同士なのかもしれない。
どちらもその本質は求道者で、愛とこだわりを貫いた先にある、ごく僅かな可能性を掴み取った。
俺がマホたんを推してるのは、見た目や声や芸風だけじゃなく……その飽くなき努力の姿勢に感じ入ったからだ。

見た目や声だけじゃなくてね!!!!

>「はあああああああ――――――――――ッ!!!」

ドゥームリザードの群れから姿を現したヒュドラに、マホたんは乾坤一擲の正拳突き。
俺は思わず快哉の声を上げた。

「決まったァッ!マホたん超必、『ホーリー・腹パン』ッ!流動食しか食えねえ身体になったぜッ!!」

胴を打撃で打ち抜かれたヒュドラは苦しそうに喘ぎ、動きを止める。
弱点痛打によるスタンを皮切りに、息もつかせぬ連撃がヒュドラを流動食へと変えた。
トカゲをついでみたいに叩き潰しながら淡々とヒュドラを腑分けする姿は、なんていうか、アレっすね……

>「ヴァルハラ産ゴリラ……」

なゆたちゃんが隣で俺とまったく同じことをボソっと呟いた。
ゴリッゴリのゴリラプレイで変な笑いしか出ねえよ。
でもそんなところも明神好き!しゅきしゅき!!!!!!!

ソシャゲじゃゴリラは褒め言葉だからね……雑に強いってホント大事。
脳死で周回すんのにしちめんどくせえスキルとかスペルとかポチポチ叩いてられっかよ。
まーそれ言うたらポヨリンさんもじゅーぶんゴリラだと思うよ?
ゴリラ化すんのにちっとばかり時間かかるけれども。

 ◆ ◆ ◆

66明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:43:42
ほどなくしてマホたんは掃除され尽くした城門から凱旋してきた。
綺麗に精肉された山程のトカゲとヒュドラの死体を抱えて。

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
 『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

このVtuber、こんな時でも動画の宣伝に余念がない……。
俺はその動画もう20回くらい観たし脳内再生余裕なので頭の中のplayボタンをしめやかにクリック。
マホたんは脳内でも可愛いなあ。
食堂のテーブルに腰掛けて、マホたんとなゆたちゃんの料理風景をぼけっと眺めていた。

なんか手伝おうかと思ったが、生憎ながら俺は料理にスキルポイント振ってない。
なんなら掃除にも振ってないし洗濯はコインランドリーさんにアウトソーシングだ。
まいったねこりゃ、もうちょっと生活力高めるビルドしとくべきだったわ。
俺だってマホたんと肩並べてお料理とかしたいもん!!!!

でも俺この光景眺めてるだけで最The高だわ……。
バブみが広くて圧倒的爆アドですわ。無双委員会委員長になりそう。

せめて食材の下ごしらえでもと立候補すれば、毒があるからとやんわり断られた。
所体なくぶらつく俺を、哨戒明けのオタク殿達は暖かく迎えてくれた。
そうしてライブの感想を語り合い、ときに殴り合いになりながら、夕食の時間となった。

>「ささ、どうぞ召し上がれー!」

食堂に広がる晩餐は、そりゃキングヒルのご馳走に比べりゃ品数は少ないし色味も単調だ。
だけど美食の限りを尽くして舌の肥えた俺にも、上がったハードルを遥かに上回る感動があった。

>「特に自信作なのはこのトンカツ! いや、トカゲを使ってるからトカカツ? なのかな?」

「と、トンカツ!トンカツだぁぁぁぁっ!!!ジェネリックトンカツだけども!
 こんなことがあっていいのか!?マホたんの手料理で、しかもトンカツが食えるなんて!!!!!
 幸福ゲージが3本カンストしてやがる!俺は今日死んでも良いよ!!!」

油、卵、パン粉と保存の効かない複数の材料を使うカツを、物資の限られた城塞で常食してたとは考えにくい。
つまりこのトンカツ(?)は、今日ここへ来た俺達のために特別に誂えたものなんだろう。
俺の好物を誰がマホたんに伝えてくれたのか、考えるまでもない。

「あ、ありがとうなゆたちゃん……!君についてきて本当に良かった……っ!!」

俺は泣いた。ヴォイ泣きした。
人はパンのみに生きるにあらずだが、トンカツがあれば生きていける。
涙と鼻水でべちゃべちゃになりながら黄金色のカツをかじる。

「……うめぇ。トカゲのお肉って鶏肉ライクな印象あるけど、全然違うわ。
 屠りたてホヤホヤだからかな?野趣っつーか、ジビエっぽさがしっかり旨味になってる。
 筋切りの仕事も細かい。筋肉の塊みたいなもんなのにやわらかく仕上がってんだもんなぁ」

その昔リトルワールドで食ったワニ肉の串焼きとは風味からして別物だ。
あれはあれで美味しかったけど、臭み消しのためか香辛料が効きまくってて肉の味わかんなかったもんな。
臭みを覆い隠すのではなく、繊細な調理でフレーバーに変える。
ともすれば臭くて硬いだけになりがちなジビエ肉とは思えない香り高さだ。

67明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:44:05
……だけど同時に、このトカゲ料理の美味さは、アコライトの過酷な食糧事情によるものでもある。
他に食うものがなかったから、トカゲを美味しく料理する技術が発達したんだ。
ここまで美味しく仕上げるまでに、一体どれほどの努力と、生みの苦しみがあったのか。

>「う〜む。致命的に野菜が足りない……。もっとキングヒルから野菜を持ってくるべきだった……」

「あと……米だな。ヒノデのジェネリック白米ってもう残ってないの?
 あっでも栄養のこと考えたら玄米のほうがいいのか……脚気になっちまう」

タンパク質、カロリーは問題ない。
ビタミンもまぁ、新鮮な生肉に解毒魔法かけて寄生虫殺せばなんとかなりそうだ。
ただ食物繊維が足りてない。野菜は持ち込んだ分しか食卓に出てこなかった。

「壁内にもいくつか畑があったけど、なんでかみんな掘り返され尽くしてたな。
 あれもう全部食べちゃったの?ジャガイモとか植えようぜ、めっちゃ育つし」

俺がなんの気なしに提案すると、マホたんは微妙な顔で首を横に振った。
その理由を……俺は翌日、知ることになる。

「うっし、腹も膨れたしあとは寝るだけだな。ジョン、ちっと付き合えよ。
 これから先の戦いじゃお前が俺達のメインタンクだ。お前の大好きな訓練をしようぜ」

夕餉を終えた後、寝るまでの間、俺はジョンを伴って王都の訓練の続きをした。
ヤマシタはステはともかく多様なスキルを覚えられる汎用性に優れたモンスターだ。
様々な攻撃に対して適切な防御行動をとるための訓練の仮想敵としては十分だろう。

ついでに言えば、俺自身魔法と護身術の練習を続けたかった。
どっちも実用レベルとは言い難いが、できることは増やしておいて損はない。
ここから先、いつ何時俺自身が攻撃に晒されるともわからないからな。

「石油王の座学は理解できたか?実践編は時間もねえからスパルタ方式で行くぜ。
 教育隊に戻ったつもりでついて来いよ!」

かくして、アコライト一日目の夜は更けていった。

 ◆ ◆ ◆

68明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:44:44
>「午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
 ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
 それを守れないと……死んでしまう、から」

昨日夜ふかしした影響で俺が起床したのは日が高く登った後だった。
他の連中はとっくに起き出して、思い思いの場所で過ごしているらしい。
午前中待機ったって午前はもう一時間も残ってないので、俺はその足で広場へ向かった。

「オタク殿、これは一体何をしておられるので?」

アコライト兵、通称オタク殿たちは哨戒や訓練のかたわら広場で作業をしていた。
昨日の食材の余り――つまりはトカゲのクズ肉や骨、内臓なんかが広場に山積みにされている。
そろそろ気温も上がって腐臭を放ちかねないマッドゴアな物体を見上げて、俺は訝しんだ。

オタク殿曰く、これはマホたんの『ルール』に関連するものらしい。
どこに行ってたのかエンバースも積み上げ作業に加わっている。
ほどなくして、マホたん達も広場へ戻ってきた。

険しい表情。
呼応するように、快晴だった空に陰りが見える。
雲じゃ……ない。黒すぎる。なんだありゃ?

>「……来る」

見上げていたマホたんが、そう零した刹那。

>「総員、退避! 建物の中に入って!」

「は?あ?何!?」

何の説明もなく避難を促され、導かれるままに建物の中へと押し込まれる。
殿を努めたエンバースが戸をくぐると同時、頑丈な鉄扉が外界との通行を封じた。

「何だ、何だよっ!?一体何が始まるってんだ――」

思わず抗議の声を上げそうになって、二の句が継げなかった。
建物の中で、オタク殿たちは必死に身を縮こまらせて何かに耐えていた。

何にとはつまり……恐怖だ。
なにかに怯えている。

午前中あれだけ楽しそうに朗らかに、マホたんに声援を送ってた連中が。
ハッピの上からでも分かる、鍛え上げられた屈強な体躯の兵士達が。
ぎゅっと目をつぶって、自分の身体を抱きしめているのだ。

>ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

鉄扉の向こうから聞こえてきたのは、飛行機の発動機じみた『羽音』。
ベルゼブブの羽音もやかましかったが、こいつはその比じゃあない。
身体が震えるのが恐怖によるものなのか、空気振動の共鳴なのか、わからない。

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
 ……外へ出よう」

やがて羽音は彼方へ去っていき、緊張を解いたマホたんがそう皆に告げた。
九死に一生を得たかのように、兵殿達に弛緩が伝播していく。

重たい鉄扉を開け、外に出ると、空は元通りの快晴だった。
だが、暗雲のかわりに陽光を遮るものがある。
ホログラムみたいに空間に投影された、映像だ。

69明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:45:20
映像の主は、俺と同じくらいの歳の若い男だった。
痩身矮躯を上等なスーツで包み、丸眼鏡の奥には冷たく鋭い眼光。
オールバックの髪型は俺みたいに毛羽立ってない、きっちりまとめたエグゼクティブスタイルだ。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

……アル?
俺は猛烈に嫌な予感がした。

このいかにも金持ちそうなシャッチョサンじみた風体。
世界のあらゆるものを見下してそうな、傲岸不遜な立ち振舞い。
なによりも、男を見上げるマホたんの、怒りと敵意に満ちた視線。

>《ここしばらく、城塞の中に引きこもっていたのが――今日は姿を見せてくれるとは思わなかったアル。
 ようやくワタシの軍門に下る気になったアルか? マホロ》
>「バカなこと言わないで。
 たとえ死んだって、あなたのところへなんて行かないわ! 今日はあなたに宣戦布告するために出てきたのよ――
 覚悟しなさい、帝龍!」

マホたんの告げた名前が、嫌な予感がカンペキに的中したことを表していた。
煌・帝龍。中国最強のブレモンプレイヤーにして、暗黒メガコーポ帝龍有限公司の若き総帥。
そんな……ウソだろ……お前……お前!

「アルって!!カザハ君の妄言ドンピシャじゃねーか!!」

なんなんだよアコライトとかいう土地はよぉ!
ござる口調のオタク殿と言い、語尾にアル付ける中国人と言い、ステロタイプの見本市かよ!!
ここだけ二十年くらい前にタイムスリップしてんじゃあねえだろうな!?

俺のどうでも良い驚愕をよそに、マホたんは帝龍と舌戦を繰り広げる。
わぁーマホたん怒るとこんな感じなんだぁ。そういうところもしゅきぃ……。

>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
 しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

帝龍はどこまでも不遜な態度で、終戦の可能性を示唆する。
やっぱりか。この膠着、大軍をずらりと並べた示威行為は、交渉材料。
奴はアコライトを包囲したうえで、より大きな譲歩を引き出そうとしているのだ。

兵士の命と引き換えに要求するものは何だ?
将であるマホたんの首級か?キングヒルまでのフリーパスか?
無血でアコライトを開城できるなら、アルメリア全土に無傷の侵攻部隊を送り込めるだろう。

兵士をかばい全ての責任を負ったマホたんに対し、
敵軍の主、中国代表帝龍が言い渡した示談の条件とは……

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》

一瞬、脳味噌が全ての機能を停止した。
遅れて理解がやってきて、俺は叫んだ。

「はああああああああああああああっ!!!???」

カザハ君も同時に叫んだ。

>「はいぃいいいいいいいいいいい!?」

70明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:45:50
ヴァルキリー・グレイス、それは戦乙女の持つのスキルの一つだ。
戦乙女が一生に一度だけ使える、対象の各種ステに超補正をかける永続バフ。
永続という性質上、もはやバフというよりステータスの上限突破に近い。
システム的にもバフ扱いじゃなく純粋なレベルアップに近いステータス上昇だ。

バトル的な観点から言えば、戦乙女の接吻は非常に強力かつ重要なスキルだ。
限界までレベルを上げ、ステを厳選し、スペルや装備で強化したキャラクターに、
さらに超強力な補正をかけられる。対象のリソースを消費することなくだ。

つまり、それまで頭打ちだった強さをひとつ上の段階に引き上げる。
接吻を受けたキャラクターは、もはや別種の種族になると言って良いだろう。

そして何より……気の遠くなるようなレベル上げの果てに習得した一回限りのスキルを、
その身に受け、進化する――これ以上ないくらい特別な栄誉に違いない。

>「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

なゆたちゃんが呟くその言葉を、実感を込めて俺も復唱した。

「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!!!」

言うまでもなくマホたんガチ恋勢の俺にとっても避けては通れぬ問題だった。
一体誰が戦乙女の恋人になるのか。有名プレイヤーか?投げ銭放りまくったファンの一人か?
そもそもマホたんはまだ接吻を残しているのか?残してるに決まってんだろぶっ殺すぞ!!!!!
みたいな議論を夜通し匿名で繰り広げたことも記憶に新しい。

帝龍は、ガチのマジで、世界を巻き込むような大戦争を仕掛けてまで――
マホたんの接吻を狙っているのだ。
フォーラムで駄文書き散らしてる俺達とは違って、実力を背景にした、現実的な手段で。

「マジかよ……誇張なしに世界の四分の一くらい手に入れてる超大金持ちが……
 その財産を湯水みたいに投げ打って得ようとしてるものが、マホたんのチュー、だと……?」

認めよう。
煌帝龍は、おそらく全宇宙で最強の、ガチ恋勢だ。
いやマジで、スケールが段違いすぎてなんも実感わかねえけれども。
こいつは本気で、マホたんの唇を奪おうとしている。その為に行動を重ねている。

やべえやつだ……。

>《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
 オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
 さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

俺は気圧されてしまった。帝龍のガチなヤバさに、ドン引きすら出来ない。
一方で、不思議な敬意じみたものを帝龍に感じる自分がいた。

アコライト外郭は、軍事拠点だ。この街で攻めた攻められたは善悪で線引きできない。
なんぼブレイブのチートじみた資金力が背景にあったって、帝龍がやってるのは正当な軍事行為だ。
戦力にブレイブを使うなんてのはアルフヘイムでも、それこそアコライトでもやってることだしな。

そして、終戦の条件として城主の身柄を要求するのだって、何もおかしいことじゃない。
いや言ってることはだいぶおかしいけれども、やってることには一定の正当性がある。
帝龍はニブルヘイムに雇われた自分の仕事を、文句なく遂行している。

71明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:46:19
たとえそこに戦略以上の思惑があろうとも、こいつはきっちり筋を通した。
マホたんへの想いを原動力にして、見事にアコライトを窮地に追い込んだ。
勝てるのか?手段はどうあれ、想いを形にしてきたこの男に、その愛で、俺は――

>「…………ふざけるなッ!!!」

思わず一歩下がった俺の代わりになゆたちゃんが前に出た。
彼女は至極まっとうな義憤――アコライトの人々を苦しめ、追い詰めてきた帝龍に怒りを顕にした。
卑劣な策略で兵士たちを人質にとり、ユメミマホロを思うがままにせんとする男の思想を撥ね付けた。

>「おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?」

二の句を継ぐようにエンバースも気炎を吐く。
そうか……そうだよな。単純な話じゃねえか。戦略とか軍事とか、ほんのオマケに過ぎねえ。

俺は、傲慢な帝龍の野郎が気に入らねえ。
マホたんをどうにかできるなんていう思い上がりが許せねえ。
ユメミマホロは皆のアイドルだ。そいつを独占しようなんざ、ガチ恋勢の風上にも置けねえなぁ!

この戦いにハナから正当性なんてない。
俺達は、たまたまバロールに召喚されて、ついでにこの世界がわりかし好きだから……
不当にアルフヘイムに加担しているに過ぎない。やってることは帝龍と同じだ。

だったら……遠慮は要らねえよな。
ただ、見知った連中に降りかかる災難を、いけ好かねえプレイヤーを、ぶっ潰す。
これまでもそうやって来たじゃねえか。

「眠てぇこと抜かしてんじゃねえぞ、この色ボケCEOがっ!
 十重二十重のトカゲさんに見守ってもらってねえと告白も満足に出来ねえのか?
 リバティウムの邪悪なおっさんだってボロ雑巾になりながらちゃんと告ったぜ」

ライフエイクのことを褒めてやる道理はぴくちりねえが、それでもあいつの最期は誠実だった。
命の最期の一滴を振り絞って、マリーディアに想いを伝えた。

「マホたんの唇が欲しけりゃ地平線の彼方にふんぞり返ってねえで自分で来い!
 てめぇの玉砕する姿はさぞ痛快だろうぜ。配信のネタが増えちまうなぁ!?」

うすら笑いのまま帝龍の映像が消える。
そうしてアコライト外郭には今度こそ、静寂と青空が戻ってきた。

話はこれで終わった。
あとはいつも通りの――拳で語り合うフェーズだ。

 ◆ ◆ ◆

72明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:47:00
>「……ゴメン……やっちゃった……」

嵐の過ぎった城郭都市の食堂で、なゆたちゃんは顔を覆った。

「でもスカっとしたぜ。終わり際のあいつのツラ見たか?
 俺には分かるね、ありゃ思わぬ反駁に戸惑いと怒りが追いついてない間抜け面だ。
 今頃顔真っ赤にしてプルプル震えてるだろうぜ」

相手が追い詰められていると憶測で信じ切るのもレスバトルの重要なテクニックだ。
まぁ実際どうだったかなんてわかんねえけど、多分涙目で敗走しているよあいつ。そういうのわかっちゃう。

それに、あの場でなゆたちゃんが言い返さなければ、俺達は終始気圧されたまんまだった。
侵攻を予定より早めたのは、奴にとっても準備の期間が短くなったのと同じだ。

「少なくとも、あの野郎にゃそこまで煽り耐性がねえってことは分かった。
 こいつは貴重な情報だぜ。うんちぶりぶり大明神が獲物にしてんのはああいう手合いだ」

>「ああ、そうとも――あの提案を受けていたら、あいつの顔面を殴れないだろう」
>「そうだよ、何にせよ直接対決は避けられなくてそれが明日になっただけの話!
 もうみんな持ち堪えるのも限界だろうからいっそ丁度良かったんじゃないかな?」

カザハ君とエンバースもフォローに回る。
これもその通りだ。アコライトは誰の目に見てもジリ貧だった。
このままじわじわ削り殺されるよりも、起死回生の一手が残されてる今の方がずっと良い。

なゆたちゃんは汚名返上とばかりに全体攻撃による一掃を提案するが、マホたんは神妙な面持ちでそれを却下した。
曰く、敵はトカゲ共だけじゃあないらしい。

>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「それな。ルールの説明はされたがその根拠は聞いてねえ。ありゃ一体なんなんだ?」

建物に押し込まれてたから、姿もなにも見えてない。
分かってるのはあのプロペラじみた羽音と、オタク殿たちの怯えた顔だけ。
避難しないと死んじまうってことは、大規模な範囲攻撃かなんかなのか?
会議のお供にと提供されたお茶(王都からの支援物資)をすすりながら、マホたんの説明を待つ。

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

「ぶーーーッ!!!??」

そして盛大に吹き出した。
アポリオン?マジで?あれ実在するカードだったの!?
万象法典(アーカイブ・オール)にすら並んでない、幻の中の幻、存在すら疑われるレアカードだ。
ほどなくして大会禁止カードになったから、実在することはするって結論に落ち着いたけど……。

「畑で野菜が育ってないのはそういうことかぁ……」

アポリオンは、人類史上幾度となく大量の人命を奪ってきた『蝗害』をモチーフにしたカードだ。
召喚された無数のイナゴはあらゆるものを食い尽くす。
草も木も、動物も。木造建築すらかじり取られて、後には石と土しか残らない。

ゲーム上では永続・無尽蔵の土属性ダメージと表現されてたが、この世界じゃリアルな蝗害ってわけか。
孤立無援のわりに城郭内がえらく片付いてる理由もこれで分かった。
死体もなにもかも、全部イナゴ共が食い尽くしていっちまうんだな……。

73明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:47:29
兵士達が過剰に怯えていたのは……生きたまま身体を喰われる恐怖だけが理由じゃない。
おそらくは、死体すら残さずかき消えてしまった仲間の姿を何度も見てきたんだろう。

だから、『ルール』が生まれた。
イナゴを誘導するために大量の有機物……トカゲの死体を積み上げて、人間は建物の中で息を潜める。
アポリオンが満腹になって帰っていくまで、物音ひとつ立てずに恐怖に耐えていたのだ。

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
 まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」
>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
 こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

出てきた課題をなゆたちゃんが整理すると同時、スマホから石油王の声が聞こえた。
通信越しにこっちの話も全部分かってるんだろう。話が早くてとっても助かる。

>《なんで、長い間王都と連絡途絶えとったん? バロールはんも心配しとったしなぁ。
 通信に問題はなさそうやし……できるなら状況連絡くらいはしてほしかったなぁって言うとったんよ》

それなオブそれな。
バロールはアコライトの戦況を把握できておらず、俺達が派遣されたのも半ば現状確認の意味合いが強い。
連絡は常に一方通行だった。支援が欲しいアコライトが、救援要請を怠るとは考えにくい。

>「バロールにセクハラを受けたのが原因なら、庇い立てせずに言ってくれ。俺達は、君の味方だ」

エンバースの妄言は置いとくにしても。
でもあの魔王に限っちゃないとも言い切れねえんだよなぁ……。

>「あー……うん……ごめんなさい、ちょっと忘れてて……ハハ……」

対するマホたんの回答は、なんとも歯切れの悪いものだった。
忘れた?そりゃマホたんの業務は多忙を極めるだろうが、それでも忘れたで済ませられるもんか?
僅かな物資で、敵の肉まで食って生きながらえてるアコライトにとって、王都の支援は喉から手が出るほど欲しいもんだろ。

>「……この反応は、クロだな。みのりさん、略式裁判と刑の執行はそちらに任せる」

「取り調べがガバガバすぎる……あのエロ魔王が冤罪で処断されんのは別に良いけどよぉ」

しかしまぁ、今この場で連絡してたしなかったを問うてもしょうがないのは確かだ。
マホたんが忘れたって言うんなら忘れたんだよ!!!異論は許しませんよ!!!!

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
 それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

「リキャ回るごとにユニットぶっぱか。律儀なこったな」

カードのリキャストは丸一日。
つまり帝龍は再使用可能になった瞬間アポリオンを発動させている。
逆に言えば、丸一日経つまでは追撃は来ないってことで、アコライトがまともに運営できてんのもそれが理由だろう。

74明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:48:01
だが、カードのリキャストを早めるスペルは『多算勝』をはじめいくつかある。
俺達がこうして作戦会議してる間にも、アポリオンが降ってこないとは限らない。
確実に壊滅させられるそのコンボを使わないのは、やっぱり帝龍にもアコライトを今すぐ叩き潰す気はないんだろう。

奴はおそらく、明日の定刻まで本気で待つつもりだ。
マホたんが心変わりし、自分の唇を差し出すのを。

>「昨日のカザハの作戦だけど、トカゲをいくら倒しても仕方ないから指揮官を狙うっていうのは賛成。
 ただ、エンバースも言った通り少人数で奇襲をかけたところで効果は薄いと思う」

「十中八九、あいつは軍勢の奥で大量の護衛を引き連れてるだろうしな。
 狙撃も厳しい。遮蔽物のない平野じゃ、有効射程にたどり着く前にトカゲ警察にお縄だ」

>「あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」
>「マホたんと一緒に献上する、輿入れの木馬でも用意してみるか?
 盾に括り付けるのは……じゃじゃ馬じゃなくて、子猫だったか」

「人が入れるバカでかい嫁入り道具を本陣に運び入れてくれる知能を、トカゲ共に期待できりゃそれもアリかもな。
 あいつら馬なんか見たら我先に齧りついてきそうだぜ」

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
 CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
 みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

会議は踊らず、座して進む。
大小さまざまな提案が出ては、誰ともなしに却下される不毛な時間が続いた。
やがて建設的な案も出尽くして、沈黙の割合が増え始めた頃。

>「昨日のトカカツ美味しかったよね。一気にこんがり焼き払えないかな……?
 マホたん、お酒のストックはいくらかあったりする? お酒があった方がコクが出るでしょ?」

「なんでトンカツの話から焼き物の話にジャンプするんですかね……美味しかったけど」

相変わらずアクロバティックな思考経路を辿ってカザハ君がポツリとこぼした。

>「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

「あの大軍を料理するには、ちょっと火力が足らねえんじゃねえかなぁ。クーデターの時みたく閉鎖空間ならともかくよ」

カザハくんの提案は、空から燃料を投下して地上を焼き払う焦土戦術だった。
地平線まで一気に焼き払える量の酒がありゃ話は別だが、そんなもんがあるならアコライトは困窮してねえ。
とはいえ、カザハ君も別に焦土作戦に固執するつもりはないようだった。

>「ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
 エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね」

「嫉妬ったってお前、お相手はこれ(焼死体)だよ?
 ヴァルキュリアに付き従うお供のモンスターにしか見えねえって。
 まだイケメンマッチョのジョン君のほうが真実味あるわ」

いやしかし、こうして提案のたびに否定を重ねてもなんも進まねえ。
なんかこう建設的な対案を出したいもんだが、物量差がでかすぎて通常の戦術なんか意味をなさない。
起死回生の一手。そいつを山札から引けるかは、多分神しか知らねえんだろう。

75明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:48:51
>「ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……」

攻略本に首っ引きで何やらうなっていたカザハ君が再びこぼした。
ユニット同士か……経験則から言えば、結局ものを言うのは火力と物量だ。
カザハ君の持つユニットは飛行系モンスターを召喚するが、その数はアポリオンと比べるべくもない。
ユニットとしてのステータスにも、レア度という隔たりはきっちり存在するのだ。

>「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
 そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

「このクソゲー、その辺だけはいやにキッチリしてんだよ。まぁソシャゲだから当然なんだけど。
 属性的に有利がとれようが、レア度に開きがあれば単純なステ差でゴリ押しされちまう。
 フォレストゴブリンがアースドラゴンにどうやったって勝てないみたいにな」

あとはまぁアルフヘイムではどうだか知らんけど、蝗害のイナゴって食えないんですよ。
身体の全ての器官が飛翔と暴食に特化してて、大部分がうすっぺらい翅。
中身はスカスカで、食ったものを即エネルギーに変換して飛んでいっちまう。

だから本来天敵であるはずの鳥も、このときのイナゴには手を出さない。
翅をどんだけムシャムシャしたところでなんの栄養にもならないからな。
アポリオンがその性質を再現してるとすれば、鳥に喰わせる作戦は期待できない。

ただ、ユニットは一つ置いてそれっきりじゃない。
重ね置きでステ差を補うことはできないか?
例えば俺の『奈落開孔(アビスクルセイド)』は……駄目だな。
持続時間が短すぎて焼け石の水にもならない。

>「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」

と、うんうん頭を捻っていた俺達に、エンバースがさも当然とでも言うように言葉を放つ。

>「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」

「お前このタイミングでそういうこと言うぅ?簡単にこっからアディオスできりゃ誰も悩んでねえよ!」

まぁ俺だってジリ貧だと思うよ!とっとと王都にでも撤退すべきだと思うよ!!
でもアコライトは放棄できねぇんだなぁ!王国まるっと蹂躙されちゃうだろーが!

>「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

当たり前の帰結として集中する非難に、エンバースは焼け焦げた手を翳して制する。

「勿体ぶってねーで結論言え結論!……なんか閃いたんだろ?」

>「帝龍の明白な弱点は、俺達が撤退すればこの拠点を取らざるを得ない事だ。
 そうしなければ、あいつは次のステージへ進めないんだからな。
 どうだ……理解出来たか?まだ、説明が必要か?」

「あー……あー、そういう……」

エンバースの物言いに、俺はようやく合点がいった。
現状、俺達には帝龍の行動をコントロールできる方法が一つだけある。

>「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
 そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
 【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

外郭の防衛を放棄し、戦線を瓦解させて……『敗北する』こと。
そうなれば、前線指揮官である帝龍は、必ずこの土地にやってくる。
自分のものになった街を見下ろしながら、マホたんの口づけを得るために。

76明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:49:51
>「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

「お前にそんなサービス精神があるとは思っちゃいなかったがよ」

エンバースの作戦をひとしきり聞いて、俺はもう一度お茶を啜った。
確かに合理的だ。あの大軍の中から帝龍一人を見つけるなんかまず無理だろう。
だったら、カザハ君が言っていたように、あいつをこっちに呼び寄せれば良い。
城郭内に滞留可能な戦力なら、ウン万の大軍相手にするよっかまだ勝算があるだろう。

「帝龍さんのご来訪を祝して城郭まるごとひとつくれてやるのはサービスしすぎじゃねえか。
 明日の正午から夜になるまで、300人からなる兵士をこの街のどこに隠すってんだ」

壁内に流れ込んできた敵兵は、まず間違いなくアコライトを蹂躙するだろう。
キングヒルやリバティウムみたいな大都市じゃない。総動員なら、半日で家探しは終わる。
俺達みたいな少数ならいくらでも隠しようはあるが、300人を隠し切るのは現実的じゃあるまい。

なら、300人を見捨てれば。偽りの勝利を掴ませるために、兵士を犠牲に出来るなら。
帝龍の油断をカンペキに誘って、ブレイブ同士の決戦に持ち込むことはできるかもしれない。
だけど俺は、アコライトの兵達を、オタク殿たちを、みすみす死なせたくはなかった。

「連中を城郭内に引っ張り込むってのには賛成だ。
 『本隊と帝龍を切り離し』、『こちらの総戦力で叩く』……この条件を満たすには、それしかないと俺も思う。
 ただ、街は蹂躙させられない。アコライトはアルメリアがニブルヘイムと戦う上で今後も絶対に必要だ」

街の被害を抑えつつ、帝龍がこの城郭に足を運ばざるを得ない理由を作る。
城壁の穴を敵兵力のボトルネックとして利用し、数の不利を補いながら戦うことは出来るだろう。
だが無限湧きに近い敵兵力をいつまでも相手には出来ない。空腹も疲労も、俺達には取り払う手段がない。

「昔の戦争の逸話に、『キスカ島上陸作戦』ってのがあってよ。
 かいつまんで説明すると、とっくに軍隊が撤退した空っぽの島で敵軍が同士討ちしまくったって話だ」

旧日本軍の軍事拠点だったキスカ島に対し、米軍は上陸制圧作戦を行う。
しかし前日に日本軍は撤収を完了させ、キスカ島はもぬけの殻、犬くらいしか彷徨いてなかった。
視界の悪さに加え、いるはずの日本軍の姿が見えないことで米軍は奇襲を警戒した疑心暗鬼の状態となり、
同士討ちが発生しまくって大損害を被ったっつーのがざっくりした概要だ。

「俺は『濃霧(ラビリンスミスト)』っつう視界をほぼゼロにするスペルを3枚持ってる。
 意思の疎通を阻害する『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』ってカードもだ。
 トカゲ連中を空っぽの壁内に招き入れて、視界を奪ったうえでの奇襲……思いっきり混乱させてやろう」

これだけの大軍だ、帝龍はおそらくなんらかの魔法で各部隊に指示を下している。
ジョンの持ってる強制沈黙のスペルで通信魔法を妨害してやれば、指揮系統は乱れに乱れるだろう。

「現場での混乱、ジョンの沈黙で通信も届かずって状況なら……指揮官が前に出てこざるを得ない。
 奴にとっても軍団を動かしちまった以上、なんかやべえから撤退しますってわけにはいかないからな。
 明日、確実にアコライトを落とすために、現場で起きたトラブルの原因を排除しに来る」

それでも絶対に帝龍本人がアコライトに来るとは限らねえが……。
そこは奴のプライドに賭ける。なゆたちゃんの啖呵に対する応答には、強者としての矜持が垣間見えた。
もともと使者も使わず対面でマホたんに交渉を持ちかけたところを見ても、
帝龍の本質は自分の能力に自信を持った、現地現認主義の優秀な経営者ってところだろう。

77明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/21(月) 03:51:35
「禁断のアポリオン二度打ちでトカゲごと壁内を蹂躙するって可能性もあるにはある。
 だけどこいつは憶測に重ねた憶測だが……この城郭にはひとつだけ『ルール』があったよな」

広場にトカゲの死体を積み、アポリオンが現れたら建物に避難して息を潜める。
こいつは何人も犠牲が出た末にマホたん達が導き出した法則なんだろうが、一つの事実を示唆している。

アポリオンは帝龍の意思に関わらず、山積みにされた死体を真っ先に喰らった。
建物の中でじっと音を立てなければ、アポリオンはそれ以上の蹂躙をやめて帰っていく。
帝龍は、マホたんがアポリオン発動の間、建物に身を隠していること『だけ』を知っていた。

つまり――

「アポリオンは、帝龍も完璧にはコントロール出来てないんじゃないか。
 範囲を指定し、攻撃命令を下すだけで、対象を判別したり複雑な行動は指示出来ない。
 だから『あえて』定刻に発動して、対処させることでマホたんを傷つけずに恐怖だけを植え付けた」

マホたんが戦場に居る間は、アポリオンによる範囲攻撃は降ってこない。
アテが外れたとしても、マホたんを表に出すだけで効果が期待できるなら、やってみる価値はある。
少なくともマホたんを無傷で手に入れたい帝龍はマホたんごとアポリオンに喰わせることはできないはずだ。

「問題は焼死体の野郎がサラっと流しやがった正午の定刻アポリオンをどう凌ぐか、だな。
 戦闘が始まれば頑丈な建物なんか都合よく近くにあるとは限らない。
 マホたんのいないエリアを指定して発動されれば仲良くイナゴのお昼ごはんだ」

一応俺が身を守る手段に心当たりはある。
物理無効の『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』なら、レア度的にもアポリオンに対抗しうる。
とはいえ、防御範囲が狭すぎて兵士みんなを格納するなんざまず不可能だろうし、
そもそも『防御無視』と『物理無効』の矛盾のどっちが優先されるのか試したことないから知見がない。

「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
 カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
 それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
 トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
 とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」


【作戦提案:壁内に敵をおびき寄せて同士討ちや混乱、通信障害を招き、帝龍を現場に引っ張り出す
      アポリオンが無差別攻撃なら誘導したりマホたんに化けて撃たせないようにできるのでは?】

78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:00:04
>「さっきも言ったけど、それは明日にしよう。その方があたしも説明しやすいし――
  それにさ。あたしがどーのこーのって話をするより、見てもらった方が。きっとみんなも理解できると思うから」

マホロはどうやらそのルールとやらは口で伝える気はないらしい。

「なゆ達の命が掛かってるのに見てもらってからって・・・それじゃ困るんだけどね・・・」

>「それより! 折角みんな来てくれたんだし、歓迎をさせてよ。
  今日はごちそうだー! あたし、思いっきり腕を振るっちゃうよー! 
  じゃあ……ちょっと待っててくれるかな? 今『食材を狩ってくる』から――」

僕の嫌味を華麗にスルーしながらマホロは城壁の上から飛び降りた。
食事・・・そういえばトカゲを食べてるとかいってたような。

「なるほど、ここの食料は全部マホロが確保していたという事か」

>「……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ」
>「スキル。『戦乙女の投槍(ヴァルキリー・ジャベリン)』――」
>「……『限界突破(オーバードライブ)』――プレイ」

凄まじい技の数々に目を奪われる。
さすがは戦乙女、美しい、その一言に尽きるその姿はま、さにアコライト外郭の希望に相応しい輝きであった。

>「お〜ま〜た〜せ〜! いや〜、いい汗かいた!」
>「ヴァルハラ産ゴリラ……」

「いや〜まさに戦乙女って感じだったと思うけどね!人によってはゴリラといわれるのも仕方ないかとは思うけど!
 こんな状況じゃなかったらマジメに一戦戦ってみたいなあ〜!」

>「じゃっ! さっそく料理するから待っててね! その間、あたしの動画でも観ててくれれば!
>『暇だからヒュドラで蝶々結びできるか試してみた』とかオススメだよ〜!」

マホロに華麗にスルーされ(2回目)マホロはそのまま料理の為に奥に行ってしまった。

「うーんじゃきたる時の為に軽く体動かしてこよっかな!バロールにもらった物のテストもしたいしね!エンバースもどう?」

>「……遠慮しておこう。食事も俺には必要ない。寝床もだ。
  それと、城壁の立哨を休ませてやれ。代わりに俺が立つ」

「もうちょっと可愛くなろうよエンバース・・・」

エンバースは相変わらずクールというか他人の力を極力借りたくないのか。
必要な事だけ告げてそそくさとどこかにいってしまった。

ご飯はまあ・・・戦争中だし、無難な味でした、はい。
ていうかこればっかりはこの前に食べたのが王宮の料理だし、比べる対象が悪いのだろうけれども。

>「うっし、腹も膨れたしあとは寝るだけだな。ジョン、ちっと付き合えよ。
  これから先の戦いじゃお前が俺達のメインタンクだ。お前の大好きな訓練をしようぜ」

「おっいいねー、でも明日もあるからほどほどにしよっか」

明神は筋がいい、やる気もある、そう遠く無いうちに護身術を使えるだろう。
普段の生活習慣からくる基礎体力だけはどうにもならなそうだが・・・。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:00:34
大きな戦いを控えてるせいか、なにも夢をみなかった。
そのおかげで目覚めも良好、体調もばっちりだ。

>『午前中は待機で。各々好きなことをしてくれていて構わないよ。
  ただ……正午までには絶対にこの中央広場へ集合して。いい? それがこのアコライト外郭のルール。
  それを守れないと……死んでしまう、から』

僕達はスマホを持ってるからいいけど時間ってここの兵士達はどうやってるんだ?点呼でもするのか?
そう思ったが兵士達はなにやら忙しく働いていた、暇なのは僕達だけだったか。

>中央広場――兵士達が何らかの搬入作業を行う様が見える。
>魔物の残骸――骨や内臓を、山と積み上げている。

「なあ・・・君達なにやってるんだ?この行動になんの意味がある?」

「時間がくればわかりますよ、これは決して無駄な作業じゃないって事が」

これ以上は邪魔だからどっかいけ、と追い出されてしまう。

「兵士もマホロもみな口を揃えて時間が来ればわかる・・・か、正午に一体なにが起きるっていうんだ・・・?」

てゆーか兵士さん達マホロがライブじゃない日は普通に喋るのね。
ここは戦場、気を抜いていいときとそうじゃないとはっきりわかっている、さすがにこの状況で生きてるだけの事はある。

そんな事を考えていたらあっという間に時間が経過し・・・正午になった。

>「……来る」

「大丈夫、言われた通り全員いる・・・って来る?なにが来るんだ?」

>「総員、退避! 建物の中に入って!」

言われた通り全員で誘導された建物の中に避難する。
暫くすると音が聞こえてきた。

ブゥゥゥゥゥ――――――――――ン……

なんの音だこれは・・・?一体外でなにが起こってる!?なんだこの異様な音は?
外の様子を見たいが、それは死を意味することなのだと自分の体が理解し、マホロの反応がそれを裏付けていた。

>「静かに。息を殺して、喋らないで」

頼まれたって喋るものか、この状況で喋りたい奴なんて一人もいないだろう。
ただひたすら得体の知れないナニカに怯え、待つ。

>「もう終わったみたいね。お疲れさま、みんな。……でも、まだ今日はやることがある。
  ……外へ出よう」

「まだなにかあるのか・・・聞きたい事はたくさんあるけれど、先にそっちをこなしてからだね」

外にでた僕達を待っていたのはスクリーンのような物に映し出された一人の男だった。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:04:40
ジョンは即座に物陰に隠れる、自分の姿を晒していい事など一つもない。

>《――おやおや。おやおやおや! これは驚いたアル!》

スクリーンに映し出された男は、予想よりも細く、弱弱しい、服と装飾類は豪華だが・・・

「(なんというか・・・予想していたより遥かに小物くさいな)」

>《我が軍の包囲に手も足も出ないオマエが、宣戦布告? 面白い冗談アル。
  今度はジョークの配信もするようになったアルか? だが――あまり頭の悪い配信はイメージダウンの恐れがあるアル。
  推奨できないアルネ》

男は完全に舐め腐っている、自分が負けるなんて夢にも思っていない。
この世界では特別な力が各個人にあるというのに。

ただの馬鹿なのか、それとも絶対的な切り札があるのか、それとも後ろ盾を信じきっているのか。

>「ジョークなんかじゃないわ。真面目も真面目、大真面目よ!
  これから戦況をひっくり返す――あたしと、みんなの力で!」

「なっ・・!?」

マホロは隠れていたなゆ達(僕含む)の存在もばらしてしまう、僕には到底理解できない行動だった。

>《フン。そいつらがアルフヘイム虎の子の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』アルか……。
  イブリースから報告は受けているアル。よりによってこのアコライト外郭へ、ワタシと戦いに来るとは――。
  無謀を通り越して、自殺志願と言わざるを得ないアルネ》

今日部長はまだ召喚していなかったが、顔が完全にばれてしまった、幸運といえば相手が僕の事を知らない事ぐらいか。
特に作戦などなかったが、なにがあるかわからない以上、敵に存在はできるかぎりばらしたくなかった、のだが。

>《正直言って、オマエたちを捻り潰すのは造作もないことアル。
  しかし、ワタシはそれをしたくないアル。事と次第では軍を引き、オマエたちの命を保証してもいいアル》

以外でもなんでもない、絶対者の提案だった。
その条件はなんであれ絶対飲めない、飲める提案だったら僕達を呼ぶ必要などないからだ。

>《マホロ……ワタシの許に来るアル。ワタシのものになるアル。ワタシだけの戦乙女に――
  オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を、ワタシに捧げるアル》
>「マホたんの……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……!」

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。
マホロに・・・戦乙女にキスされた者は潜在能力(ステータス)が異常に上昇するらしい。
だがそれは一度しか使えず、取り消すこともできない、選ばれた相手にしか捧げない乙女の純潔。

>「だ……、誰がッ!
  あなたなんかにあたしの純潔を捧げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

《オマエの意地のために、300人の兵士を犠牲にしてもいいということアルか?》

なぜこちらの具体的な数を把握してるのか、気になるその疑問よりも。

僕はある事を考えていた。

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:05:17
>《ワタシの歌姫になるアル、マホロ!
  オマエの歌声は、煌めく姿は、最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の許にいてこそ光り輝く――!
  さあ――この世界でも! ワタシがオマエをスターダムにのし上げてやるアルよ、ユメミマホロ!!》

なんだこれは?予想以上に小物ではないか。
表舞台ではその名に恥じぬ、帝王の称号を我が物にし。
裏世界では暗黒のフィクサーと呼ばれ、中国で動かせない物はない、といわれるような人物が・・・。

――いやもしかしたら相手を油断させる為の演技?

だが、ここを即座に攻め落とさなかった理由が乙女の純潔目当て?。
やはりただの小物なのか・・・。

>「…………ふざけるなッ!!!」

考えに耽っていた、僕を現実に戻したのは、なゆの魂の叫びだった。

>「多勢に無勢で城塞を取り囲んで、真綿で首を締めるみたいに追い詰めて!
  助けてやるですって? 自分のものになれですって? その代わりにみんなを助ける? 冗談言わないで!
  あなたのやっていることは、ただの卑劣な謀略よ!」

「なゆ・・・」

>《フン。勇ましいことアルネ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
  ならどうするアル? この圧倒的な戦力差! 単純な数の差はどうあっても埋められないアルよ》

>「それを覆すために、わたしたちはここへ来た。
  兵力の多寡なんて関係ない! これから、それをたっぷり思い知らせてあげる――!
  マホたんがそっちに行く必要なんてないわ。これから……わたしたちがそっちへ行ってやる!
  ご自慢のトカゲ軍団を、全部蹴散らしてね!」

そうだ、僕の余計な感情なんて必要ない。
必要なのは敵を倒す事、つまり帝龍を殺す事だ、例えアレが小物だろうと、大物だろうと。

>《今日の戦闘はもう終わりアル、侵攻は改めて明日の正午から始めるアル。
  それまで遺書を書くなり、今生の別れを惜しむなりするがいいアル……くふふッ!》

言いたい事を言うだけいった帝龍は、下種な笑みと、言葉を残し、立ち去った。

「自分の言いたい事を全て言い、そして要求する、まさに暗黒のフィクサーといった感じだな」

>「……ゴメン……やっちゃった……」
>「ううん、いいよ。大丈夫、気にしないで。
  どっちにしたって、あいつの提案は受け入れられなかったんだから。これでよかったんだよ」

マホロに関して言いたい事はあるが・・・もう帝龍に顔がバレてしまった、完全に後の祭りである。
この件で騒いで時間を取ってるのも惜しい。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:05:55
>「覚えてる? 今日の正午に起こったこと」

「あの不快な謎の音か・・・なにか虫?が飛ぶような音に聞こえたけど」

>「あれはね……ユニットカード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
  ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、最高レアのユニットカードだよ」

大量の肉食の虫、なるほど、広場のトカゲの肉塊を山積みをさせていた理由がはっきりした。

>「……無限に湧き出すトカゲ軍団と、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』。
  まずはそのふたつを何とかする方法を考えなくちゃいけないってことね……」

何とかする、といえでもあちらと違いこちらのクリスタルは無限と呼べる物ではない。
両方なんとかしなければいけないのはわかるが、どっちも攻略するとなればそれなりのリソースを裂かなければいけない。

>《やるべきことが固まってきたみたいやねぇ。
  こっちでも打開策を考えてみるわ〜。このまんまじゃ負けは決定的やし……》

バロールやみのりに期待したいが、具体的な解決策がでるかどうかは微妙なラインだろう。
タイムリミットはたったの1日。具体的な策ができても実行不能になってる可能性のほうが高い。

>「帝龍は正午に必ず『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用する。
  それは変えないみたい。変なところで時間に厳しいから。それまでに打開策を考えなくちゃ」

「あの手の奴は必ず自分が宣言した事は曲げないだろうな、無駄なプライドがあるうちは」

時間は明日の正午で間違いない、だが対策を立てられなかったらそれが僕達の命日になる。

>「……わたしには分が悪いかな……」

相性が悪いとはいえ、なゆの範囲攻撃でも殺しきれないトカゲの軍団と肉食虫。
僕達を、場を沈黙させるには十分な脅威だった。

>「当初、帝龍はここをすぐに潰すつもりでいた――っていうジョンの予想も、たぶん正しい。
 マホたんがいたからそれを改めた、っていうのもね。
 あいつはマホたんを無傷で手に入れたい。ブレモンのトップアイドル・マホたんを自分のものにすることにステータスを感じてる。
 もし、状況を打破するきっかけがあるとしたら……そこ、なのかな」

「相手が一番、そして確実に油断するタイミングがあるとすればそこだろうね」

マホロの純潔自体は正直どうでもいいのだが、敵の強化だけは絶対に避けなければならない。
なゆ達の身の安全を考えるなら、絶対にマホロの「戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)」の能力だけは守らなければならない。

>「わたしたちは、このアコライト外郭を――そしてマホたんを守らなくちゃいけないんだ。
  CEOだか何だか知らないけれど、あんなイヤなヤツにマホたんを渡すことだけは絶対にできないから!
  みんな、力を貸して! 帝龍を撃退するには、どうすればいいと思う――?」

なにも考えがなくても作戦を出さなければならない、刻々と時間が迫りくる中。

作戦会議が始まった。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:06:56
>「料理人はエンバースさん――助手はボクだ。エンバースさん、炎の扱いは得意だもんね」

場に訪れた、静寂を一番最初に破るのは今回もカザハだった。
カザハのような、場の雰囲気を壊してくれるのは、チームには必要だ。

>『ついでに本陣の近くまで行ってボクがマホたんの《幻影(イリュージョン)》を被って
  エンバースさんと相乗りしてるところを見せつけてやれば嫉妬に狂って追いかけてきてくれるかもね』
>「お前の世界には、お前より賢いやつは存在しないのか?」
>『ユニットカード同士をぶつけたらどうなるんだろう……』
>「レジェンドレアとコモンレアのガチンコ勝負に、俺達全員の命をベットか。
  そんな勝負に乗れるのはイカれた賭博師か、無根拠に自信家の英雄だけだ」

この手の会議において一番危惧するべき事は、意見交換がされない・・・沈黙してしまう事だ。
例え否定されても思った事を言い続ける、言葉が交わされるという事はそれだけで重要な事なのだ。
忌憚のない意見がでる、いい傾向だと言えるだろう。

>「冷静に考えれば、最も合理的な戦術は、一つだけだ――」
>「――ここから逃げればいい。どう考えても防衛戦は不利だ」
>「勿論、敗走するつもりはない。俺は“防衛戦は不利だ”と言ったんだ」

「・・・なるほど」

>「そうだな……例えば、予め城壁の一部を破壊しておく。
  そして切石を【工業油脂】で補修すれば、僅かな熱で再び穴が開く。
 【進撃する破壊者】は正午に消費され、城壁内に導入可能な兵力には限りがある」

相手のどこにあるかもわからない拠点を決死の覚悟で強襲するよりも、遥かに確実。
こちらにはアコライト外郭の構造を知り尽くしてるマホロがいるのだ。
エンバ-スが提案した場所より、身を隠せて、そして心臓部に奇襲できるルートをしっているかもしれない。

「たしかに・・・無理にこっちから打って出るよりも遥かに安全で、地形を把握できる場所で戦える」

そしてなにより作戦実行時にマホロ本人は必要ないのだ、それならば護衛しながら戦うというペナルティも発生しない。
護衛をする必要があるかどうかはアレだが・・・不意打ちで「戦乙女の接吻」を奪われる心配を少しでも減らせるというのは大きい。

>「帝龍さんのご来訪を祝して城郭まるごとひとつくれてやるのはサービスしすぎじゃねえか。
  明日の正午から夜になるまで、300人からなる兵士をこの街のどこに隠すってんだ」

「明神・・・分ってるとは思うがメインは勝つ事だ、兵士はあくまでも二の次だぞ」

勝利条件には兵士の命は関係なく、そしてそれは本人達が一番よくわかっているだろう。

>「連中を城郭内に引っ張り込むってのには賛成だ。
 『本隊と帝龍を切り離し』、『こちらの総戦力で叩く』……この条件を満たすには、それしかないと俺も思う。
 ただ、街は蹂躙させられない。アコライトはアルメリアがニブルヘイムと戦う上で今後も絶対に必要だ」

街は重要だ、だが兵士の命とは関係ない・・・モンスター一匹と満足に戦えない兵士を命がけで守ってどうする?とても戦力になるとは思えない
たしかに終戦後、復興するのに必要な人員は必要だ、だが逆に言えば300人全員は必要ない、全員を救わんとする明神は・・・優しすぎる。

84ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:08:04
>「アポリオンは、帝龍も完璧にはコントロール出来てないんじゃないか。
  範囲を指定し、攻撃命令を下すだけで、対象を判別したり複雑な行動は指示出来ない。
  だから『あえて』定刻に発動して、対処させることでマホたんを傷つけずに恐怖だけを植え付けた」

「もし自由に攻撃できるとすれば脅威だが・・・
 それなら兵士だけをピンポイントで攻撃するように命令し、マホロ一人だけ残し、絶望させてから命令を聞かせたほうが遥かに効率的だしね」

攻撃しろ、停止しろ、自分を守れ、たぶんあの虫の大群に命令できるのはこのくらいだろう。

>「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
  カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
  それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
  トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
  とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」

「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」

だが・・・なゆ達にはこの作戦は絶対できない決定的な理由がある。

「さっきのなゆとの会話で、帝龍はなんとなく分ったはずだ、なゆが・・・兵士の一人が食われるのを黙って見過ごすことができるような人間じゃないって
 この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」

なにも使わず見かけ倒しの幻影で作ってもいいが、動かない幻影なんて何十秒と持たずバレるだろう。

「そんな事をしていたら戦闘どころの騒ぎじゃない、ただ守るべき対象が増えただけだ、逆に見捨てる事ができれば相手を大いに混乱させられるかもしれない
 本物のマホロをもしかしたら襲ってしまうかもしれない・・・とね。もし実行できるなら僕はこの作戦を推したいね」

「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、街はめちゃくちゃになるだろうけど」

ため息をつく、僕だってこんな事進んで言いたいわけじゃないが、かといって黙っているわけにもいかない

「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い。
 兵士達に混ざって僕達も適当に戦えばさらに確立はあがる、カードを使わず、僕達は適当な所で逃げ出せばいい。
 理想は非戦闘員全員を保護、残りを全部戦場に出せれば更に確立はあがるだろうね。」

要は、兵士達をその場で見殺しにする、という事だ、それ以上でも、それ以下でもない。。

「当然この方法取れば犠牲者はでる、だが元々帝龍が来た時には・・・幻影作戦をやらないなら兵士達は邪魔にしかならない
 僕達と帝龍の戦闘は広範囲に攻撃の流れ弾が着弾するだろう、そうなると巻き込んでしまうし、人質に取られるリスクもある」

酷い事をいってる自覚はある、だけど勝つ確立を少しでも上げようと考えれば必然的にこうなってしまうのだ。

「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」

「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

85ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/10/22(火) 21:09:31
「兵士達の犠牲をできる限り減らし、こちらの勝率を上げる方法が一つある」

マホロを指差し・・・いや厳密にいえばマホロの唇を指す。

「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」

当然、作戦会議の場は荒れる、しかし誰も口に出さない以上、僕が出すしかない。
兵士の命を大切にしておきながら即座にコレを提案しない理由はなんだ?と。

「帝龍に捧げるという選択肢もある、だがあいつが今は約束守っても、その後の事はわからない
 なら、こっちに使用して強化するのか無難な案だと思わないか?」

なゆ達を守ると、僕は決意した、みのりと約束した、みんなを守るためなら命を投げ打つ覚悟だってある。
だがマホロはいってしまえば赤の他人だ、マホロの意地、矜持、そんな事の為になゆ達が必要以上の危険に晒されるなんて事はあってはならない。

「言い方も悪いかもしれないな、だがこれだけは覚えといてくれ、僕はなゆ達が大事だ
 君の純潔を守っている事は悪いことだとは思わない、だが今は戦争していて
 僕達は君の矜持の為に、本来もっと楽な作戦にできるはずなのに、危険な作戦をさせられそうになってる」

なゆ達を守るためなら殺意だって出してやる、殺してやる。
その結果みんなに怯えられようともかまわない。

「どうしても捧げたくないのならそれで構わない、無理強いして、時間を取ってるような暇はないからね」

殺意を向けられた事は多々あれど・・・

「残念だが・・・僕はこんな時に冗談を言えるほどお調子者じゃあない」

僕は生まれて初めて人に殺意を向ける。

『マホロ・・・君が『戦乙女の接吻』を出し渋って、この中の一人でも・・・もし欠けるような事になったら・・・その時は帝龍の後に僕が君を殺すぞ』

言いたい事ははっきりと言った。
場の空気は凍りついたが、自分の意見として言いたい事は言ったつもりだ。

「僕が思った事、言いたい事は粗方言ったつもりだ・・・気分を悪くしたのなら謝る、だが必要な事なんだ
 当然だが僕の考えた作戦は穴もあるだろう、だけど大事な事を間違えないでくれ、と、それだけどうしても伝えたかった」

「最後の結論はPTリーダーのなゆに託そう。心配しないでくれ、例え僕の意見を全否定しても、捻くれて戦闘メンバーから外れたりしないと約束するよ」

僕は僕なりの意見を言ったが、当初のなゆ達を見届ける、という意思は変わっていない。
なゆが、みんなが、どんなに非効率でも、どんなに危険があってもやるというのなら。

「僕はなゆ達を必ず守ると誓おう」

86embers ◆5WH73DXszU:2019/10/25(金) 19:31:38
【ディスユナイト・ディスカッション(Ⅰ)】

『明神・・・分ってるとは思うがメインは勝つ事だ、兵士はあくまでも二の次だぞ』

左の紅眼/燃える紅蓮が揺れる――混濁する[焼死体/■■■■]の意識と共に。
記憶とは人格――記憶なき不死者が、ただの魔物に過ぎないように。
つまり――不完全な記憶は、不完全な人格を形成する。

『一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない――』

死を厭う敗者の魂が叫ぶ――違う。失われていい命なんてない。

『僕達は君の矜持の為に、本来もっと楽な作戦にできるはずなのに――』

栄冠無き王者の魂が嘯く――違う。大切なのは俺とあいつの、どちらが強いか。それだけだ。

『当然だが僕の考えた作戦は穴もあるだろう――』

魂をも凍りつく恐怖/死してなお再燃する未練――そのどちらも、嘘偽りのない、本心。
故に[焼死体/■■■■]は思考する――矛盾した行動原理を、両立させる為の方程式を。

『僕はなゆ達を必ず守ると誓おう』

「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」

不規則に揺れる、紅と蒼の双眸――[焼死体/■■■■]は曖昧な意識の中で言葉を紡ぐ。

「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない。
 否定はしないよ……特に、兵士は重要だ。アコライト外郭を守り抜くのは彼らだ。
 俺達は、ずっとここにはいられない。なら……置き去りも見殺しも、後々に響く」

《第二に、余計なリスクを背負うのは御免だ――当然だな。
 どうせ勝つなら、より完璧で、より合理的であるべきだ》

「……誰も死なせられないのは、俺達だって同じだ」

《二つの条件を満たす作戦が、一つだけある》

「……いや、二つだ。二つある」

《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。
 お前が残れば、帝龍に外郭防衛隊は勝算が立たず撤退したと証言出来る。
 助命するという約束は、信じられなかったとも》

左眼が紅く燃える――時を超え再燃した未練/野心/矜持を誇示するように。

《この作戦の一番のメリットは、城郭制圧後の帝龍の行動が制限可能という点だ。
 お前は自分自身と、戦乙女の接吻を人質に出来る――それで夜まで時間を稼げ。
 契約の履行は、俺達が追撃不可能な距離まで逃げてからだと言えば、筋は通る。
 隠れんぼは……もし不安なら、アコライトの外まで隠れる範囲を広げればいい。
 何より、これなら全てリスクは、ユメミマホロに集約する――文句なしだろ?》





「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」

右眼の蒼炎が俄かに燃え立つ――視線の先には、少女がいた。

87embers ◆5WH73DXszU:2019/10/25(金) 19:34:32
【ディスユナイト・ディスカッション(Ⅱ)】

「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」

[焼死体/■■■■]の右手が頭を抱える/過負荷に眩む思考を、押し留める。

「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む。
 それに蜥蜴どもの大多数は、俺達が戦場を駆け抜けた事にすら、気付けないだろう――」

意識が飛ぶ/何処まで語ったか思い出せない――誤魔化すように、笑った。

「いいか、学生服の準備は忘れるな――早朝における敵陣浸透作戦の、由緒正しき兵装だ。
 もっとも――兵士の練度に自信がないのなら、この作戦はやめておくのが賢明だけどな」

[焼死体/■■■■]がよろめいた/辛うじて、壁に背を預けるように倒れる。

「肝心要の帝龍の位置に関しては……みのりさんを、ついでにバロールを信じよう。
 結局、失敗した時のリスクは変わらない。敗北が短期的か、長期的かってだけだ。
 モンデンキント、結論はお前に任せる。どのみち、俺のする事は決まってる――」

そして――意識を失った。

88明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:25:59
>「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、
 しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」

俺の垂れ流した作戦案をジョンは一切遮らず静かに聞いて……それから俺を見た。
いつもの人好きのする爽やかスマイルじゃない。鋼でメッキしているみたいな、硬質な表情。

>この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、
 だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」

「なんだと」

ジョンが何を言ってるのか、全然頭に入ってこない。
いや、ホントは分かってんだ。ブレイブ同士の決戦の中じゃ、パンピーに毛が生えた程度の兵士は――
役に立たない。むしろ、足手まといでしかない。
300人の兵士がいなければ、俺たちはもっとずっと簡単かつ確実に潜伏できるのだから。

そして兵士を見捨てられるならもう一つ、俺たちにとってアドバンテージが生まれる。
『300人の人質』という帝龍の交渉カードを、この膠着状況の根幹を、潰せるのだ。

>「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、
 街はめちゃくちゃになるだろうけど」

「……らしくねえことを言うじゃねえかヒーロー。マスコミが喜んでペン取りそうな発言だ。
 被災地の希望、イケメン自衛官様の腹の裡は、こんなに真っ黒だったのか?」

>「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、
 突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、
 その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い」

口を突いて出たのは益体もない、批判の体すら為してない、ただの煽り文句だった。
ジョンは止まらない。マホたんや、他ならぬ俺たちに過酷な判断を強いると――こいつは理解している。
俺は次第に唇を噛んで、ただ黙ってジョンをねめつけることしかできなくなった。

>「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?
 僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」

結局のところ、街や兵士を守りたいなんてのは、薄っぺらいヒューマニズムによるものでしかない。
そこに戦略的な合理性はなく、俺はただ、顔見知りが死ねば寝覚めが悪くなるから、守ろうとしているだけだ。

>「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

ジョンが言うように、余計なリスクを背負い込んで、作戦の成功率を著しく下げている。
失敗すれば、死ぬ人間の数は300じゃきかないってことくらい、分かっているのに。

>「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」

「おい」

ジョンの提案に、にわかに食堂をざわめきが埋め尽くした。
戦乙女の接吻はいわば、対象のステータスを大幅に向上させる、解除不可能の『装備品』だ。
このままみすみす帝龍に鹵獲されるくらいなら、今この場で適当に使って消費しちまえばいい。
それだけでアコライト側の戦力は向上し、帝龍は潜在的なパワーアップの機会を逸失する。

食堂に走った動揺は、すぐに息を潜めた。
オタク殿――アコライト防衛隊の連中も、純潔がどうのなんて言ってられる場合じゃないと、理解してる。
この場で納得できてないのはきっと……俺だけだ。

89明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:26:52
「待てよ。確かに接吻を使わずに腐らせ続けるのは合理的じゃない。
 スキルの消費が帝龍にさえバレなければ、『人質』としての接吻の効果も維持できるだろう。
 だけどそれは、ユメミマホロが『みんなのアイドル』じゃなく、誰か一人に傅く戦乙女になるってことだ」

帝龍と、やってることは何も変わらない。
帝龍という脅威を交渉材料にして、マホたんから戦力を接収することに他ならない。

「オタク殿たちは、300人の兵士たちは、マホたんの為に命懸けでここまでアコライトを護ってきたんだ。
 故郷に残した家族の顔も見れず、死んでいった人間だって二桁じゃあ済まねえだろう。なのに……」

結局、俺は自分が唾棄してきたヒューマニズムを、偽善を、捨てることができないらしい。
この期に及んで、言うべきことなんかじゃなかった。それでも、言わずにはいられなかった。

「――アイドルを失っちまったら、彼らは今までなんのために戦って、死んでいったんだ」

アコライトにおけるユメミマホロの存在は、単なる戦地慰問の為のアイドルなんかじゃない。
もっと原義でのアイドル、偶像、崇拝対象として、兵士たちの心の拠り所だった。
『祝福』そのものであるユメミマホロを、俺は彼らから奪うことができない。

>『マホロ・・・君が『戦乙女の接吻』を出し渋って、この中の一人でも・・・
 もし欠けるような事になったら・・・その時は帝龍の後に僕が君を殺すぞ』

ジョンの底冷えがするような声音を、俺は初めて聞いた。
いつも陽気で、俺たちのことを気にかけていて、微笑みを絶やさなかったこいつの――『殺意』。
俺に向けられたものじゃなくても、全身の毛穴が開くのを感じた。

「お前……」

わかったのは、俺がジョン・アデルという人間を、ちっとも理解できてやしなかったって事実だ。
こいつは自衛官で、ヒーローで、マホたんと同じように過酷な環境に『救い』で在り続けた。
この戦いでも、変わらず皆を鼓舞する存在であってくれると、無根拠に信じ切っていた。

だけど……こいつは自分で言ってたじゃねえか。
クーデターのときに、腹の中身を見せてくれたじゃねえか。

>『ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・』
>『僕はね・・・本当は君が思ってるほどいい奴じゃないんだ、自分の事しか考えていないクソ野郎なんだよ』

こいつは俺が思うような聖人君子じゃない。
英雄のガワを被って、偶像を押し付けられて、喘ぎながら、絶望しながら、光を求めて這いずっていた。

アイドルを完璧にこなすユメミマホロに相対して、こいつは一体何を感じたんだ?
俺たちは、こいつが静かに上げる悲鳴を……何度聞き逃してきたんだ?

>「僕はなゆ達を必ず守ると誓おう」

ジョンが守ると誓ったそこに、マホたんはおろかアコライトの全ての者たちが入っていない。
親友になりたいとこいつが言った、俺たちだけを……こいつは誠実に守ろうとしている。
守れもしないのに、何でも守るなんて喧伝して回るのは、ただの不実でしかないのだから。

>「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」

何も言えなくなった俺の代わりに、エンバースが二の句を継いだ。
その両眼の炎は呼吸するように大きくなったり小さくなったり、安定しない。
知ってる。こいつが何か妄念じみたものに頭を支配されるとき、こんな揺れ方をするのだ。

>「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない」

エンバースの語りは、俺たちの反応を待たない。
矢継ぎ早に重ねる言葉は、まるで二人の人間が交互に喋っているかのようだ。

90明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:27:15
>《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。

今から明日の正午までに、300人の兵士を残らずアコライトから撤退させる。
この街は帝龍の軍に包囲されちゃいるが、逃げ場がないわけじゃない。
例えば俺たちが乗ってきた王都からの魔法機関車なら、包囲を突破して王都に戻れるだろう。

偽りの白旗で帝龍を外郭におびき寄せるプランは先程と同じ。
だが、300人の兵士を『本当に』撤退させれば、彼らを死なせることなく戦場から除外できる。
街は蹂躙されるだろうが、これもマホたんを囮に使えばトカゲ軍団の動きをある程度コントロール可能だ。
街を維持するための主要な施設を避けて逃げ回って、被害をなるたけ抑える。

>何より、これなら全てリスクは、ユメミマホロに集約する――文句なしだろ?》

「夜までにマホたんが捕まっちまえば全部が"わや"だ。お前も大概ギャンブラーだぜ」

だけど、300人分の命をチップにするよか良心的なレートだと感じた。
命懸けのリスクを、兵士達よりはるかに強いマホたんに集中させる。
いわばリスクのタンクだ。挑発も完備だしな。

……自分で言ってて驚いた。
俺は大ファンのマホたんよりも、昨日知り合ったばかりのオタク殿たちを優先してる。
そりゃマホたんならそうそう捕まることはないと分かっているけれど、それでも意外だった。

>「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」

次いで、エンバースはなゆたちゃんに水を向ける。

>「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」

「おい……おい、大丈夫か焼死体」

不意に頭を抱えるエンバースは、それでも言葉を続けた。

>「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む」

アポリオンはピンポイントでマホたん以外を狙えない。
こいつは希望的観測ではあるが、アコライトでの膠着状況を見るにまず間違いないだろう。
帝龍には膠着を作りはしても、大量のクリスタルを消費してまでそれを維持し続ける理由がない。
侵食現象でクリスタルの希少価値が高まってるのは、ニブルヘイムも同じだろうからな。

視界さえ防げば、誤爆を恐れて帝龍はアポリオンを使えない。
有視界距離での直接戦闘になるまでカードをプールさせとくのは不安だが、一方的な蹂躙は防げる。

>「肝心要の帝龍の位置に関しては……みのりさんを、ついでにバロールを信じよう。
 結局、失敗した時のリスクは変わらない。敗北が短期的か、長期的かってだけだ。
 モンデンキント、結論はお前に任せる。どのみち、俺のする事は決まってる――」

言うだけ言って、エンバースはそのまま沈黙した。
壁に背を預けて、ずりずりと座り込む。
喋り疲れて寝ちゃうおじいちゃんかよこいつ……。

だけど、こいつのおかげで俺はハラが決まった。
立ち上がって、ジョンの向かいに対峙する。

91明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:27:46
「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
 言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」

そろそろこいつとも、向き合わなきゃならない時が来た。
俺は机をベシっと叩いて、対面のイケメンに注目を促した。

「いいか、お前は何も間違っちゃいない。……何一つとして、間違ったことは言ってねえよ」

兵士の犠牲も、マホたんの接吻消費も、合理的に戦いを進めるなら避けて通れはしない。
何より……巻き込まれた転移者の俺たちには、この世界で命を優先されるべき正当性がある。

「俺だって誰かの犠牲になるなんざ御免だし、世界を救うのだって正直貧乏クジだと今でも思ってる。
 全世界1000万人のプレイヤーから宝くじ未満の確率で事故にあった、俺達は被害者だ」

もっとうまくやれる奴なんでゴマンといるだろう。
強力なスペルやモンスターを駆使して、帝龍なんか余裕でぶっ倒せるSSRが、まだ残ってるはずだ。
この絶望的な不利に、俺たちが必死こいて命かける理由はない。

「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
 自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」

も一度机をべしっと叩き、俺は身を乗り出した。
鍛え込まれたジョンの胸板に、拳を添えた。

「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
 こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」

たとえクリアの可能性が限りなく低くとも。
報酬が激マズで、難易度に見合った対価が得られなくても。
この信念を曲げちまったら、遠からず俺はどこかで折れる。世界なんて救えやしない。

「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
 ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
 だからジョン――」

あるいは、一方的な信頼の押し付けなのかもしれない。
俺を親友にしたいと言った、こいつを良いように扱ってるだけなのかもしれない。
だけど俺は、腹を割ったこいつの覚悟に、応えたかった。

「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

92明神 ◆9EasXbvg42:2019/10/28(月) 00:28:14
それから、とジョンの胸元から離れて防衛隊の面々に向き直る。

「焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか」

ラビリンスミストは戦場に濃霧を滞留させるスペルだ。
帝龍の大軍の端から端まで『戦場』と判定されるなら、迷霧は問題なく発動できるだろう。
クリスタルの消費がとんでもないことになるが、バロールに身銭を切ってもらうしかない。

「もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ」

戦場のど真ん中だから当然魔法機関車は使えない。
馬車だって大掛かりになれば即刻バレるだろう。

隠密性を担保しつつ、迅速に現場で急行できるアシにアテがなけりゃ、作戦は成り立たない。
真ちゃんもウィズリィちゃんも居ない現状、俺たちの機動力は限りなく最底辺だ。

「以上を踏まえて、移動手段が確保できるなら第二案。
 無理そうならすぐにでも兵士達を外郭外に放り出して、第一案の準備をすべきだ」

【ジョンと対立し、兵士を守るプランを強要。
 帝龍の本陣が見つかったとして、戦場を駆け抜ける移動手段にアテはあるの?】

93カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:16:57
>「それが、手品のタネだ。噛むなよ、飲み込むのもナシだ。溢れた酒で溺れたいなら、話は別だが」

「むぐぐぐぐんぎぐぎぐぎがごぐがぎごおごぎがぐ!」
(翻訳:フラグの乱立し過ぎは良くないと思います!)

口に革袋を突っ込まれ口封じをされたカザハは抗議(?)をするが、幸か不幸か皆にはただ呻いているだけにしか聞こえなかった。

>『おかしな事を言うなよ、煌帝龍。お前――いつから俺になったんだ?』

先程の言葉が思い出される。屋上でのナンパは単なる気まぐれではなかったようだ。
エンバースさんは、生前にマホたんとは何らかの関係があったのかもしれない。
そしてエンバースさんは、撤退したと見せかけた上での夜襲を提案した。

>「最も合理的な戦術は、帝龍にこの拠点を取らせた上で、夜襲を仕掛ける事だ。
 ついでに【幻影】で、ここの全員にマホたんのガワを被せても面白いかもな。
 総勢三百人を超えるマホたんによる夜這いだ。あいつ、きっと泣いて喜ぶぜ」

口から革袋を引っこ抜いたカザハは今度は必死に笑いを堪えている。
“総勢三百人を超えるマホたんによる夜這い”がパワーワード過ぎてツボに嵌ったようだ。
それに対し明神さんは、300人も隠れられないし街を蹂躙させるわけにもいかないと言い、
代わりにトカゲ軍団を混乱に陥れることで帝龍をおびき寄せる作戦を提示。

>「問題は焼死体の野郎がサラっと流しやがった正午の定刻アポリオンをどう凌ぐか、だな。
 戦闘が始まれば頑丈な建物なんか都合よく近くにあるとは限らない。
 マホたんのいないエリアを指定して発動されれば仲良くイナゴのお昼ごはんだ」
>「現状で現実味がありそうな対抗手段は……そうだな、
 カザハ君のフィールド属性カードで弱体化させて、『鳥はともだち(バードアタック)』にバフてんこ盛りで迎撃するか。
 それこそ幻影でマホたん300人に化けて、『マホたんのいないエリア』をなくしちまうか。
 トカゲの死体で誘導したように、大量の食い物や干し草なんかを街のあちこちに積んで回るとかな。
 とにかく防御無視がヤバすぎる。撃たせない方法があるならそれが一番だ」

続いて地球で本職兵士だったジョン君が意見を述べ始めた。

>「もしできるのであれば僕は幻影マホロ300人作戦に賛成だ、しかしこの作戦を効率的に機能させる為には条件をクリアしなければいけない」
>「さっきのなゆとの会話で、帝龍はなんとなく分ったはずだ、なゆが・・・兵士の一人が食われるのを黙って見過ごすことができるような人間じゃないって
 この作戦は、兵士を見捨てられない限り意味はないんだ、だってその場合僕達はどのマホロが虫に襲われても助けなきゃいけないんだから」
>「そんな事をしていたら戦闘どころの騒ぎじゃない、ただ守るべき対象が増えただけだ、逆に見捨てる事ができれば相手を大いに混乱させられるかもしれない
 本物のマホロをもしかしたら襲ってしまうかもしれない・・・とね。もし実行できるなら僕はこの作戦を推したいね」
>「できないのなら幻影を使わず本物のマホロにいてもらって僕達の安全を確保したほうが遥かに有効だ、街はめちゃくちゃになるだろうけど」

「なるほど、誰が襲われても助けると分かってるならこっちが兵士を助けるのに手一杯になるのを狙って撃ってきかねないってことか……」

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:18:05
>「それと・・・300人全員を隠すなんても現実的じゃない、突然人っ子一人いなくなったら当然奇襲を警戒する、その場合作戦時に抵抗が激しくなると予想される。
 それならある程度兵士を残し、兵士達に戦ってもらってその後白旗を上げてもらう、その後は夜襲を作戦通りにやる、この場合のほうが敵が油断する確立が高い。
 兵士達に混ざって僕達も適当に戦えばさらに確立はあがる、カードを使わず、僕達は適当な所で逃げ出せばいい。
 理想は非戦闘員全員を保護、残りを全部戦場に出せれば更に確立はあがるだろうね。」
>「当然この方法取れば犠牲者はでる、だが元々帝龍が来た時には・・・幻影作戦をやらないなら兵士達は邪魔にしかならない
 僕達と帝龍の戦闘は広範囲に攻撃の流れ弾が着弾するだろう、そうなると巻き込んでしまうし、人質に取られるリスクもある」

「ちょ、ちょっと……」

カザハは最初は流石自衛隊員だけあって現実的、といった感じで納得しながら聞いていたが、次第に発言内容が物騒になってきたのを感じ、戸惑っている。

>「睨んでも・・・僕は意見を変えないぞ、いいかい?僕達が負けたら兵士の命なんてないも同然だ、帝龍がモンスター以下の兵士を生かすと思うかい?」
>「一番大切なのは、兵士達の命なんかじゃない・・・僕達が確実に帝龍に勝つ、つまり殺す事だ。
 そこを間違えないでほしい・・・彼らを庇って負けました。では済まされないんだよ」

今までのジョン君の若干天然入った爽やか好青年キャラとの落差に、カザハは言葉も出ずにただただ唖然としている。

(モンスター以下の兵士って……)

《まあなんというか飽くまでも戦闘力的な意味で……だと思いますよ》

お人よしな青年といったイメージだったが、やはり自衛隊員。
ひとたび戦争となると一般人とは目線が違うということか――
が、激しい反対に合うのは予想済みだったのだろう、彼は兵士達の犠牲を出来る限り少なくするもう一つの作戦も用意していた。

>「兵士達の犠牲をできる限り減らし、こちらの勝率を上げる方法が一つある」
>「マホロ・・・君のその能力『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ、この場でこの中の誰かに使え
 使う相手は誰でもいい、そのくらいの権利はあるべきだ」
>「どうしても捧げたくないのならそれで構わない、無理強いして、時間を取ってるような暇はないからね」

周囲が一斉にざわめく中、しばらく考えていたカザハが、渋々ながらも賛同の意を示す。

「まあ……例えるなら使わないまま負けたらラストエリクサーを持ったままボスに負けるみたいなもんだよね。
マホたんには悪いけど飽くまでも戦術的なスキルの使用として割り切ってもらうしかないのかな……」

《えぇっ!?》

「……でも相手を自分で選ばせるのは却って残酷だよ――それに、マホたんに拒否権を残すのも。
最終的には自分でキスすることを決めて限られた選択肢の中からとはいえ相手は自分で選んだってことになってしまうんだから。
だから……やるなら“相手も指定されて他に成す術もなく強制された”って形にしなきゃ。
というわけでお勧めは……ポヨリンさんだ。
単純な能力値で言えばここにいる中で一番強いだろうし見た目も人型じゃなくて可愛いマスコットだからマホたんの貞操的な問題も最小限に抑えられる……!」

95カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:19:18
カザハは大真面目な顔で言った。
もしポヨリンさんがスマホから出ていたらポヨリンさんを抱き上げて眼前に掲げ「うおおおおおおおっ!」と叫びながらマホたんに突撃しようとして
私が《待て!早まるな!》と言いながら足払いをかけて転ばせる、という騒動があったことだろう。
そんな一幕があったかはともかく。

>「待てよ。確かに接吻を使わずに腐らせ続けるのは合理的じゃない。
 スキルの消費が帝龍にさえバレなければ、『人質』としての接吻の効果も維持できるだろう。
 だけどそれは、ユメミマホロが『みんなのアイドル』じゃなく、誰か一人に傅く戦乙女になるってことだ」
>「オタク殿たちは、300人の兵士たちは、マホたんの為に命懸けでここまでアコライトを護ってきたんだ。
 故郷に残した家族の顔も見れず、死んでいった人間だって二桁じゃあ済まねえだろう。なのに……」
>「――アイドルを失っちまったら、彼らは今までなんのために戦って、死んでいったんだ」

「明神さん……」

確かにオタク達にとって、思わぬアクシデントでアイドルのキスが不定形生物(スライム)に捧げられました、ではやるせないだろう。
(そもそも本人が使用の意思を持ってキスしなければスキルは発動しないのかもしれないが)
そこでエンバースさんがまた何かを思い付いたようだ。

>「……待て。結論を出すのは……まだ、早い」
>「要約しよう。求められる条件は、こうだ……第一に、兵士と街は見捨てられない。
 否定はしないよ……特に、兵士は重要だ。アコライト外郭を守り抜くのは彼らだ。
 俺達は、ずっとここにはいられない。なら……置き去りも見殺しも、後々に響く」
>《第二に、余計なリスクを背負うのは御免だ――当然だな。
 どうせ勝つなら、より完璧で、より合理的であるべきだ》

「……!?」

まるで二つの人格が代わる代わる喋っているような違和感があるが、皆ひとまず作戦を聞くことにしたようだ。

>《簡単な事だ――ここに置き去りにすべきなのは、兵士じゃない。ユメミマホロ、お前だ。
 お前が残れば、帝龍に外郭防衛隊は勝算が立たず撤退したと証言出来る。
 助命するという約束は、信じられなかったとも》

>「……或いは、全てのリスクを均等に分け合うのも一つの手だ。
 恐らくこちらの方が、お前にとっては好みのやり方だろうな」
>「一つ、あらゆるスペルに共通して実行可能な対策がある――明神さん、あんたの言う通りだ。
 発動される前に、発動不可能な状況に追い込むのが一番。つまり――こちらから打って出る」
>「戦場を霧で覆い、風属性のスキルで最小限の視界を開き――帝龍の本陣に殴り込むんだ。
 全員が一丸になっていれば、【進撃する破壊者】はどう足掻いてもマホたんを巻き込む。
 それに蜥蜴どもの大多数は、俺達が戦場を駆け抜けた事にすら、気付けないだろう――」

二つの人格(?)が一つずつ作戦を提示する。
言い終わると、エンバースさんは力尽きたように気を失ってしまった。

「……大丈夫!?」

カザハが駆け寄って軽く頬を叩いたり揺すったりしてみるが反応が無い。ただの屍のようだ。(屍だけど)
その間に、明神さんはジョン君に宣言する。

96カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/10/28(月) 02:20:15
>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
 ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
 だからジョン――」
>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

なゆたちゃんは分かりやすいいい子なとんでもないお人よしだけど明神さんも大概一見悪い子ぶってるようでとんでもないお人よしである。
カザハは最初はやれやれ、といった感じで苦笑していたが次第に吹っ切れたような笑いに変わる。

「好き好んで最高難易度でクリアーって……最っ高に燃えるじゃん!」

明神さんは気を失ってしまったエンバースさんに代わって、案を煮詰めていく。

>「焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか」
>「もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ」
>「以上を踏まえて、移動手段が確保できるなら第二案。
 無理そうならすぐにでも兵士達を外郭外に放り出して、第一案の準備をすべきだ」

「……魔法機関車!」

カザハは唐突に一見脈絡のない単語を叫んだ。

《いくら霧で覆ってもそんなでかいのが地面走ってたらすぐバレるし……》

「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」

スペルカードの効果の一部分を読み上げるカザハ。

《機関車ですよ!? いくらなんでも……。
いや待てよ? 確かに重量○kg以内という但し書きは無いし
乗り物だからオタクを全員中に乗り込ませてしまえば魔法機関車という一つの物とみなされる……!?》

仮に理論上可能にしても、クリスタルを湯水のごとくどころではなく消費するので、実質は不可能だろう。
そう……通常ならば。バロールさんというATMもとい後ろ盾がある今なら、出来る可能性が無くはない……のか?
何にせよ意見は出尽くし、マホたんとなゆたちゃんの結論を待つ流れとなった。

97崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:58:35
ジョンの告げる非情な作戦に、食堂は騒然となった。
特に、『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を今すぐ誰かに使え――という提案に、マホロは暗い表情で奥歯を噛みしめる。
帝龍はマホロを狙っている。ブレモンきってのステイタスである彼女の唇を。
それを。戦いのために捨てろと言うのだ。

>うおおおおおおおっ!

何を思ったか、カザハが突然なゆたの傍にいたポヨリンを担ぎ上げ、雄叫びをあげてマホロに突撃しようとした。
その狙いは明らかだ。マホロの接吻をポヨリンに与えようというのだろう――が。

『…………ぽよっ!!』

ポヨリンは憤怒の表情を浮かべると、カザハに向かって渾身の頭突きを繰り出した。至近距離のカザハに避ける術はあるまい。
ゴギンッ!!という音が鳴り響き、カザハの顔面にポヨリンの額が炸裂する。カザハの頭上に『CRITICAL!』という表示が出る。
カザハからぴょんと飛び降りると、ポヨリンはすぐになゆたの許に戻った。
なゆたも両手を広げてポヨリンを迎え、胸に抱きしめる。
ポヨリンはなゆたに抱きしめられながら、カザハへ向かって非難がましい声をあげた。

『ぽよっぷぅ〜! ぽよっぽよよっ! ぷぅぷぅ!』

「カザハ、減点10。
 ポヨリンにキスしていいのはわたしだけ! わたしがポヨリンの恋人なんだから!
 あなたのやろうとしたことは、マホたんにも。ポヨリンにも。わたしにも。そして兵士のみんなにも失礼なこと。
 どんな有効な作戦だって、人の心をないがしろにすることは絶対にやっちゃいけないんだ」 

そう。カザハのやろうとしたことは、誰の心をも踏みにじる行為だ。
ただただ効率とか、目的だとかのために、皆の心を無視した蛮行だ。
例え冗談のような行動であっても、いや、冗談めかしているからこそ、なゆたにはそれを承服することはできなかった。
同様に。ジョンの提案もまた、なゆたには到底肯定できるものではない。
一見有効なようなその作戦は、持たざる者の立場に立っていない。
それは持ちうる者の感覚に基づいた提案だった。自分がもし、持たざる者の立場だったなら。見捨てられる兵士の側だったなら。
帝龍の提示した条件が『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』でなく、守ると誓ったなゆたたちの命だったなら。
最愛の部長と引き換えに兵士たちを助ける、などという内容であったなら――
彼は、今ほど冷徹な判断が下せただろうか?

「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」

その後も作戦会議は続いた。
明神がジョンに食って掛かり、エンバースが新たな作戦を提示して力尽き、多くの作戦が浮かんでは消える。
そして、あらかたの議論が出尽くした末に。
その総括をすべく、なゆたは荘重に口を開いた。

「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」

一同を見渡し、そう問うてみる。

「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
 じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
 ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」

なゆたは噛んで含めるように皆に対して告げる。
抱いていたポヨリンをそっと下ろし、長机に手をついて、パーティーの仲間たちひとりひとりに語り掛けてゆく。

「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
 ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
 その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
 それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
 わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」

静かに、しかし決然とした様子で、なゆたは言葉を紡ぐ。

98崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:58:51
「このアコライト外郭も同じ。わたしたちが守るべきなのは、城壁じゃない。街じゃない。
 外郭に住むマホたん。兵士のみんな。その全員を守ることが、アコライト外郭防衛っていうことなんだよ」

城壁を守り切ったところで、兵士たちが死んでしまえば何の意味もない。
城壁を築くのも、それを維持してゆくのも、すべて兵士たち。
この場所に存在する者たちの働きなしには、アコライト外郭は立ち行かないのだから。

「わたしたちの目的を間違えないで。
 わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
 みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
 サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
 わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

ただ戦いに勝つだけなら。敵を殺すだけなら。ゲーマーが召喚される必要はない。
軍人なり傭兵なり、地球にはもっと実際の戦闘に熟達した人間がいる。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が選ばれる理由はない。
しかし、この世界は召喚する対象に殺しや戦いとは無縁の一般人ゲームプレイヤーたちを選別した。
そこには、何か理由があるはず。決して無作為に抽出されただけではないはず。
自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけができる、世界の救い方があるはず――。
なゆたは、そう信じた。

「ということで、わたしも明神さんに賛成。……そして、ついでだからここで宣言しておくね」

フォーラムでは対立し、アルフヘイムでもつい先日熾烈な戦いを繰り広げたが、なゆたは自分と明神が似た者だと思っている。
つまり、ゲームというものに対する姿勢が、である。
畢竟、明神も自分も筋金入りのゲーマーということだ。

「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
 わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
 この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」

敵である帝龍やミハエル達。ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちも、殺す気はないという。

「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
 それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
 カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
 敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
 そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」

自分の信念を迷いなく告げると、なゆたは束の間目を閉じて、ふー……と息を吐いた。
それから、一拍の間を置いてまた目を開く。

「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
 自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
 『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!」

自分たちはもちろん、防衛隊の兵士たちも。帝龍さえも殺さずに、すべてを丸く収める方法。
そんな戦法が、果たして存在するのだろうか?

>焼死体の第二案だが、満たすべき条件が3つある。
 一つは、『迷霧』でウン万の大軍からなる戦場を覆い切れるのか

明神がエンバースの提案に対していくつかの懸念を示す。
今まで出た意見の中で、自分たちにできそうで帝龍に最もダメージを与えられそうなのはその作戦だろう。
すなわち、この城塞を出て打って出る――古来より、寡兵が大軍に勝つには奇襲しかないのである。

99崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 19:59:03
>もう一つは、帝龍の位置をホントに把握できるのか。
 作戦の大前提だから、これはもう石油王たちに徹夜でデスマーチしてもらうしかねえ。
 最後の一つは――首尾よく突き止めた帝龍の居所までの、移動手段だ

「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
 クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
 なぜなら――わたしたちには、これがあるから」

そう言って、なゆたは全員に見えるように右手の甲を上げてみせた。
その薬指には、輝く魔石の嵌った指輪がひとつ。そう――

『ローウェルの指輪』。

この、ありとあらゆるスペルを爆発的に強化させる伝説の超レアアイテムならば、『迷霧(ラビリンスミスト)』を超強化できる。
あくまでバフなので、大量のクリスタルも消費しない。まさにうってつけのアイテムであろう。
指輪の力によって、霧そのものの濃さも通常とは比較にならないものになるはず。トカゲたちには対処できまい。
なゆたは薬指からローウェルの指輪を抜くと、それを明神へ放り投げた。

「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。
 次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」

《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
 どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》

スマホを介して食堂の様子を聞いていたらしいみのりが、すぐに返答してくる。
みのりは『どうにかする』と言った。みのりがそう言うときは、必ず『どうにかなる』。
それは、彼女の相棒である明神が一番よく知っているだろう。
これで三つの問題のうちふたつは解消された。残るは、あとひとつ。

>……魔法機関車!

カザハが待ってました、とばかりに声をあげる。
確かに、魔法機関車なら車両に300人の兵士たちを乗せて進める。使用できるならそれが一番効果的であろう。
しかし原則的に機関車とは線路がなければ走れないものだ。
もちろん、敵本陣を見つけてから悠長にレールを敷設している時間などない。

>『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
 地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!

またカザハが言う。だが、スペルカード一枚で超重量の機関車を丸ごと空に浮かべることなどできるのだろうか?
ローウェルの指輪を使って『自由の翼(フライト)』に超バフを掛ければ可能だろうが、指輪は迷霧の発動で予約済みだ。
ただ、クリスタルを余分に消費して強化を施せば、ローウェルの指輪ほどではないにしても効果はあるかもしれない。
と、思ったが。

《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
 先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
 アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》

みのりと入れ替わるように、スマホからバロールの悲鳴が聞こえてきた。
言うまでもなく、侵食によってこの世界のクリスタル残量は減少の一途を辿っている。
ここで惜しみなくクリスタルを遣い、アコライト外郭を守り切ったとしても、後々の戦いでガス欠になっては元も子もない。
なゆたたちは出立する時に支給されたクリスタルで何とかするしかないのだ。
ならば、やはり魔法機関車は使えないのか?
……しかし。

《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》

何を思ったのか、スマホ越しにバロールは何やら考え事を始めた。
そして。

《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》

なゆたたちアコライト勢そっちのけで自賛している。
が、魔法機関車を浮かべて敵本陣に乗り込むという作戦は可能らしい。

100崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:13
《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
 見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
 魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》

「……わかった。みんなもいい?
 みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する。
 全員で魔法機関車に乗り込み、敵本陣まで一直線。
 『幻影(ミラージュ・プリズム)』で全員がマホたんの姿になって、敵陣を攪乱。
 帝龍を拘束して一気に勝負を決める――ってことで」

なゆたが全員を見遣る。

「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
 あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」

なゆたに次いで、マホロが提案する。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』にして、ブレモンの歌姫の本領発揮だ。
各種の歌はフレンドやプレイヤーの数に応じて倍率が上昇する。
マホロは地球でも大旅団を編成し、それで並みいるレイド級モンスターたちを狩りまくっていた。
300人の聴衆がいれば、その上昇倍率たるや相当なものになるだろう。やはり、兵士たちは作戦成功に必要不可欠な存在なのだ。
歌を歌うことで本物のマホロが見破られるかもしれない、という懸念に対しては、他の何人かが口パクで対応すればいい。
混乱した戦場の中では、本当に歌っているのか口パクなのかを瞬時に判断することは難しいだろう。
そして、一瞬だけでも惑わせてしまえば、身を隠してしまうことは容易だ。

「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

「ええ。了解」

300人マホロ大行進作戦によって、敵味方の区別をつけることは簡単である。マホロ以外は全員敵なのだから。
兵士たちは徹底的に敵本陣をかき乱す、それだけでいい。戦闘をする必要はないのだ。
帝龍は『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使用できず、トカゲたちも本陣では思うように暴れられまい。
その間に帝龍本人を見つけ出し、なゆた、エンバース、カザハの三人で拘束する。
一度きりの奇襲だ。それに、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はすべてを賭ける。

「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
 無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
 危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

もしもこの戦いに勝てたとしても、甚大な被害と引き換えに――ということでは何も意味がない。
全員が生き残ること。それが大前提なのだ。
もちろん、全員が全員命惜しさに作戦を放棄して逃走に及べば、せっかくの機会を不意にすることになる。
だから――

――危険を冒すのは、わたしと。エンバースだけでいい。

なゆたはそう腹を括っていた。
指揮官であるなゆたが安全を最優先していては、それこそ作戦の成功など覚束ない。
だから、なゆたは先陣を切る。いの一番に、矢のように帝龍を目指す。
そして――エンバースはそんななゆたを守るだろう。なゆたはエンバースに守ってと言い、エンバースはなゆたを守ると言った。
誓いは果たされるだろう。なゆたはエンバースを信じている。だから、無理ができる。命を刃の前に晒して突き進める。
カザハは自分とエンバースに万一のことがあった場合の伝令役だ。
もし万一、自分たちに予想外のことが起こり、作戦が失敗するようなことがあったら。
カザハにはすぐさまその情報を後方の明神とジョンに伝えてもらわなければならない。
その際明神はサブリーダーとして、生き残った兵士たちを纏めて魔法機関車で退却する指揮を執ることになるだろう。

「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

ぱん、と一度大きく手を叩くと、なゆたは作戦会議を終了させた。
夕刻になり、マホロと一緒にまた料理を作る。トカゲを調理した晩餐を食べると、やがて夜が更けた。

101崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:27
作戦決行が明日と決まっても、アコライト外郭でやることは変わらない。
夜になると、城壁の上にある歩廊に夜哨が立つ。普段なら守備隊の兵士たちが持ち回りでするのだが、兵士たちも明日は出陣だ。
寝られる者は少しでも寝ておかなければならない。ということで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もそのサイクルに加わった。
三時間交代くらいで次の者に引き継ぎ、帝龍の攻撃に備えるのだ。
帝龍は定時にしか攻撃してこないと分かってはいるが、だからといって油断するわけにはいかない。
そして――
ジョンが夜哨に立つ順番となった時。城郭内へと続く螺旋階段をのぼって、何者かがジョンのいる歩廊にやってきた。

「えと……、こんばんは。
 交代の時間だよ、ジョン」

それは、なゆただった。手にはキングヒルから持ってきたお茶の入った木のコップをふたつ持っている。
ただ、交代の時間にしては随分早い。ジョンの担当はまだ一時間ほど残っている。
なゆたは湯気の立つコップのひとつをジョンへ差し出す。濃い目の紅茶だった。

「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
 明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
 それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」

自分のコップを壁の上に置き、空を見上げる。
天には星の大河。文明の光に照らし出された都会では決して見ることのできない原初の夜空が、目の前に広がっている。
なゆたは思わず歓声をあげた。

「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
 こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
 ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」

ジョンへ手招きして、自分の隣に来ることを促す。
なゆたはそれからしばらく、何も言わずに満天の星空を眺めた。

「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
 でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」

城壁に両手を乗せ、空を見上げたままで、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
 ……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
 友達と親友の違いって、なんだろう――?」

そう告げると、なゆたは静かにジョンを見た。身体ごとジョンへ向き直り、正対する。
まるで、ジョンの身体だけではなく。心と向き合うかのように。

「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
 そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」

ひゅうう、と夜風がなゆたのサイドテールにした長い髪を、フレアミニのスカートを。マントを撫でて吹きすぎてゆく。

「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
 わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
 あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
 可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
 みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」

違う? と。なゆたは後ろ手してジョンの顔を覗き込んだ。

「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」

或いはジョンはそんなことは全く考えず、素で提案しただけなのかもしれない。
だが、意識的にであろうと無意識であろうと、あの場でその提案をすること。それ自体に意味がある。
食堂で敢えて仲間以外を見捨てるという作戦を提示し、みなに憎まれる。それが大事なのだから。

102崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:40
「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
 どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
 そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」

ふる、とかぶりを振る。一拍を置いて、長い髪が揺れる。
なゆたはジョンの顔をまっすぐに見詰めると、

「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

と、言った。

「ね。わたしたちにも、あなたを守らせてよ。あなたの痛みを背負わせてよ。
 わたしも明神さんと一緒に、あなたと親友になりたい。わたしが守られるのと同じだけ、あなたのことも守りたいの。
 あなたのことがもっと知りたい。テレビや新聞で語られるジョン・アデルじゃなくて、ありのままのあなたが。
 だから……歩いていこうよ。わたしたちを守るって、気を張って先に行かないで。肩を並べて……さ」

なゆたはにっこりと満面の笑みを浮かべた。屈託ない、無垢な笑顔だった。
そして、右手を差し伸べる。

「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
 これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
 その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
 そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
 親友との約束! 守れるわよね?」

ぱちんと茶目っ気たっぷりにウインクすると、ジョンの右手の小指に自分の小指を絡ませる。

「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」

勢いよく指を振って離す。やや一方的ながらもジョンとの約束を果たすと、なゆたはまた笑った。

「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
 わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
 じゃっ! おやすみなさい!」

ジョンの背中を押し、螺旋階段へと歩いて行かせる。
ジョンが去り、ひとりになると、なゆたは誰もいなくなった螺旋階段の方を見遣り、小さく息をついた。

「………………」

明日は帝龍との決戦だ。みのりが帝龍の本拠地を特定し、バロールが魔法機関車を送り届けたら、すぐに作戦開始だ。
自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を含む300余人の兵士を乗せた魔法機関車が、帝龍の本陣へと爆走する。
しかし――なゆたはその作戦に言い知れぬ不安を抱いていた。
みのりは帝龍の本陣を見つけ出すだろう。バロールは遅滞なく魔法機関車を届けるはずだ。
ローウェルの指輪を持った明神は必ずこの戦場全体を濃霧で包み込むだろうし、ジョンは明神を守り抜くに違いない。
カザハはいつも通りのはずだし、エンバースも……。
だが、自分は?
自分はどうだ? この戦いにおける役目を遂行できるか? 皆の役に立てるのか?
生きて、戦場からこの城壁の内側へと戻ってくることができるのか――?

「……どうだろう」

帝龍は何かを持っている。
あのトカゲの大軍団よりも、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』よりも恐ろしい何かを。
確証はない。裏付けも根拠も何もない。ただ『そんな気がする』。
それは所謂第六感、女の勘とでも言うべきもの。
しかし、それが時としてどんな分析よりも的確に真実を暴き出すことを、なゆたは知っている。

「リーダーが。……頑張らないとね、真ちゃん」

だが、逃げることはできない。リーダーは常に先陣を切り、仲間たちに勇気を見せなければならない。
……たとえ、それで命を喪うことになっても。
夜風に弄ばれる髪を軽く右手で押さえながら、なゆたは小さく呟いた。

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:52
「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」

なゆたが夜哨を明神に代わって、三十分ほどが経過したころ。
ふわりと風が揺れたかと思うと、大きな翼を広げたマホロが城壁の歩廊へと舞い降りてきた。

「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
 綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」

翼を収納し、よいしょ。と歩廊の壁の上に腰を下ろし。
深くスリットの入ったロングスカートから惜しみなく太股を覗かせて脚を投げ出す。
はー。と息を吐き、マホロは空を見上げた。

「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
 明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」

無邪気な、ネット上で見るものと同じ人好きのする笑顔を明神へと向ける。

「ねえ……お兄さんは、楽しい?
 このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」

ぱたぱたと脚を交互に揺らしながら、マホロは訊ねる。

「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
 この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。
 そりゃ、アルフヘイムにはインターネットもなければパソコンもない。いつでも冷え冷えのジュースが飲める冷蔵庫も、
 ぬくぬく快適なエアコンもない。ベッドだってただ木の台にシーツを敷いただけの、酷いものだよ。
 でもね……それがすっごく新鮮なんだ。何より――この世界は、あたしに思い出させてくれた。
 あたしが一番最初にVtuberをやり始めた頃の、あの気持ちを……」

今でこそ500万人を超えるフォロワーを擁するユメミマホロだが、最初からそうだったわけではない。
むしろ、いわゆる動画配信者としては遅咲きだった。最初は配信に注目する者もいなかった。
Vtuberなどキワモノに過ぎないと、白けた目で見られ続けていたのだ。
しかし、それでもよかった。自分の好きな話題を、面白いと思う内容を配信し、たったひとつでも共感を得られれば嬉しかったのだ。
だが、ユメミマホロの名が売れ始め、スポンサーが付き、会場を借り切ってコンサートまでするようになったとき。
ユメミマホロはいつの間にか、一番最初のユメミマホロとは別物になっていた。
スポンサーに配慮し、あまり尖った内容の配信はできない。
まず視聴者ありきで、どんな話題が登録者を稼げるか? どうすれば視聴数が伸びるか? そればかりを考える。
分単位のスケジュールをこなし、歌を歌い、ラジオに、配信に、果ては声優の真似事までこなした。
気付いた時には、ユメミマホロはユメミマホロのものではなくなっていたのだ。

「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
 スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
 あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」

ぎゅ、とマホロは自分自身を両腕で抱き締める。

「だから。あたしは守らなくちゃならない。
 この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
 あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
 そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
 ――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。
 あたしは臆病者だね……。
 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」

この世界には、ユメミマホロに素行がどうのと口出ししてくる厄介なスポンサーはいない。
マホロは自分が自分らしくあるため、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として戦う道を選んだ。
その覚悟は生半可なものではない。マホロは命を懸けてここでアイドルをしているのだ。

「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
 地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」

ぐっ、と右の拳を握り込んでみせる。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の歌は強力だ。彼女は間違いなく自分の仕事をこなすだろう。

「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
 聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」

ひょい、と壁から降りると、マホロは明神に向き直った。
そして――まっすぐに明神を見据えながら、口を開く。

「バロールのことが信用できないからよ」

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:01:19
「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」

カシャ、と甲冑を鳴らし、ユメミマホロは鋭い眼差しと口調で明神に告げた。

「あたしがこのアコライト外郭に配属されたのは、窮地に陥っているこの場所の救援がしたかったという理由の他に――
 もうひとつ。『バロールのいるキングヒルから離れたかった』からっていう理由もあったんだ。
 あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
 あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」

マホロの声は震えていた。見れば、微かに肩も震えているのが分かるだろう。
冗談や虚言の類では決してない。マホロは正真、バロールに怯えている。
あの、いつもニコニコ笑顔を絶やさない。うっかり屋で女にだらしなくて、ダメダメな十三階梯の継承者。
『創世の』バロールを――。

「あたしはアルフヘイムへ召喚されてすぐにこのアコライト外郭を訪れ、籠城した。
 もしキングヒルと交信を続けていれば、物資は定期的に供給されたでしょう。兵力も、クリスタルも今よりはあったかも。
 でも――あたしにはできなかった。
 あたしにできたのは、ただ耳をふさいで背中から聞こえてくる声を無視し続けることだけ……。
 それも、あなたたちが来て終わりになったけれど、ね」

軽くマホロは肩を竦め、それから小さく息を吐いた。
マホロがこのアコライト外郭の守将として抵抗していたのは、帝龍の軍勢に対してだけではなかった。
背後に存在するキングヒル。その白亜の王宮で玉座の傍らに侍る、鬣の王の相談役。
今やアルフヘイムの存亡を一手に担う宮廷魔術師。十三階梯の継承者の第一位。
あの魔術師に対しても、抵抗を示していたのだ。

「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
 あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
 お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
 バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
 少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。
 でも――」

そこまで言って、マホロは一度口を噤んだ。
厳然たる眼差しで、明神を見つめる。
ふたりは束の間、沈黙の中で見つめ合った。

「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
 そして……確信を持ったわ。
 これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
 でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
 あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」

やがて、マホロが口を開く。その声音は強張り、緊張しているのが分かる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として、マホロもまた明神たちに共感している。
この世界に召喚され、戦うことを宿命づけられたゲームプレイヤー同士として、シンパシーを感じている。
だからこそ――

「……カザハは。敵よ」





濃い藍色の空の彼方、地平線がゆっくりと白んでゆく。


【作戦は300人のマホロで魔法機関車に乗り込んで帝龍の本陣に奇襲する作戦に決定。
 ジョンとなゆた、明神とマホロがそれぞれ夜の歩廊で話すイベント発生。
 ポヨリンのカザハへの有効度が10下がる。】

105カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 00:58:46
>《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
 先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
 アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》

「あ、やっぱり……?」

ATM扱いされそうな電波をビンビン受信してしまったバロールさんの悲鳴が響く。
こうして銀河鉄道スリーハンドレッドオタク作戦(仮称)は敢え無く頓挫かと思われたが。

>《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》
>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》
>《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
 見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
 魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》

「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」

なんだかよく分からないが出来るらしく、カザハがヨイショしまくる。
前世からの仲良しらしいからね、仕方がないね。(記憶は無いけど)

>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

私達は最前線の突撃組に配属された。
なゆたちゃんとエンバースさんがアタッカータイプなので、私達はサポート役といったところだろう。

>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
 無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
 危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

106カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:00:15
こうして作戦会議は終わり、夜。私達も交代要員のうちの一人として夜哨に立った。
昼間のなゆたちゃんの言葉が思い出される。

>「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
 それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
 カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
 敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
 そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」
>『明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
 自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
 『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!』

「ゲーマーって……凄い人種だね」

カザハも私と同じことを思い出していたのだろう。ぽつりと呟いた。
込められたのは、尊敬と憧憬と呆れと疎外感が全部混ざったような複雑な感情。
そう――所詮私達はどう頑張ってもゲーマーにはなれないのだ。

《……私達の場合どっちかといえば地球での人生の方がゲームだったということですよね》

私達はゲームを起動した瞬間に異世界転生(?)してしまったので広義のゲーマー(ゲームをする人)ですらない。
それどころか元々出身がこっちの世界っぽいからどっちかといえば原住民だ。
それが気付けばいつの間にやらゴリゴリのゲーマーに包囲されていた。

「あはは、言えてる。莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大すぎるクソゲー」
《広すぎてマップのほんの一部しか行けないオープンワールド! 大部分がストーリーに無関係な無駄に緻密な世界設定!》
「開始時のステータスと出自の影響がでかすぎる上に引き直しできないとか!」
《滅茶苦茶多すぎるマルチエンディング!》
「そのうちの一つがトラックにひかれてゲームオーバー!」
《悲しくなってくるからもうやめましょう!?》

最初はそんな感じで話していたが特に話すこともなくなってしばらく無言で見張りをし、やがて次の当番の人がやってくる。
するとカザハは唐突に語り始めた。いや――カザハであってカザハではない。
ちょっと目を放していた隙にいつの間にか身に纏う雰囲気が変わっている。

107カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:01:16
「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」

《いきなり邪気眼ごっこはやめてくださーい!》

確かに言われてみれば、最もかどうかは分からないが、結果的に戦略面から考えてもかなり良い作戦に行き着いたとは思う。
オタク軍はマホたんのアイドル性によって長い間士気を維持し、城壁を防衛してきた。
今回の作戦の目玉の一つは300人という数を活かしての攪乱で、マホたんの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップするらしい。
もしもマホたんに無理矢理ヴァルキリーグレイスを使わせたりしていたら、オタク達の士気もダダ下がりでこの作戦は取れなくなっていたかもしれない。

「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」

《確かにそんな気はするけど、さらっと流しただけかもしれないしそんな深読みしなくても!
つーかアンタ誰!》

「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

《こっちに無茶振りすんな!》

「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」

そこで唐突にいつもの雰囲気に戻ったカザハが騒ぎ始める。

《はいはい、お部屋に戻りましょうねー! すみません、バカな子なんです!》

私はペコペコ頭を下げながらカザハの首根っこをくわえてひきずって退散したのであった。

108カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:02:22
――次の日。

《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》

スマホからバロールさんとみのりさんの声が聞こえてくる。
一体どんな手段を使ったのかは我々には知る由も無いが、空飛ぶ魔法機関車の手配と帝龍の位置の特定はうまくいったようだ。

「凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!」

自分が前夜邪気眼を発動したことなど全く覚えていない様子のカザハは案の定いつも通りである。
やがて戦場じゃない側に魔法機関車が到着し、なゆたちゃん達がオタク軍団を順序良く乗り込ませていく。

「明神さん――いよいよだね」

『幻影』は到着するまでに車内でかければいいだろう。
まずはトカゲ軍団の視界を奪う――明神さんの『迷霧(ラビリンスミスト)』発動が作戦開始の合図だ。

109明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:15:30
再び議論に火が入り、喧々囂々と言葉が交わされるなか、
意見をまとめるようになゆたちゃんが口を開いた。

>「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」

俺たちのリーダーは、メンバーそれぞれを順番に見回して、その双眸に視線を合わせ――
パーティとしての意思を決定していく。

>「わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

俺たちがこの世界に喚ばれた理由。
レイド級に匹敵する戦力の増強だとか、オーパーツじみた魔法の板だとか、そんな実利的なことじゃなくて。
『ブレイブ&モンスターズ』をプレイしてきた人間だからこそできることがある。そのはずだ。
少なくともバロールはそう見込んで、俺たちを召喚した。

>「『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!」

それは結局、人が死ねば後味が悪くなるからっていう、気分的な問題でしかないんだろう。
RTAなんかじゃNPCをわざと死なせて時間短縮したりアイテム回収するのも珍しくない。
依然として、確実に世界を救うって観点で言えば、間違いなくジョンが正しい。

でも、それで良い。気分的な問題だって良いじゃねえか。
俺たちはゲーマーなんだ。この世界を、ゲームと同じように救おうとしてるんだ。
報酬やトロフィーなんかなくても。俺たちは全員助ける選択肢を選んで良い。

エンディングが分岐するなら、やっぱハッピーエンドが見たいからな。
傍から見れば無意味なこだわりに努力を費やすのも、やっぱりゲーマーの習性だ。

「……お前がリーダーで良かった」

お前が最後に頷いてくれるのなら、俺は全力でクエストに挑める。
月子先生の太鼓判だ、ブレモンにおいてこれほど価値のあるお墨付きはあるまい。

>「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
 クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
 なぜなら――わたしたちには、これがあるから」

「あっ?お前、これって――」

なゆたちゃんが掲げ、宙に放った輝く何か。
ガンダラでのクエスト報酬で手に入れた……『ローウェルの指輪』だ。
その効果は、『スペル効果の大幅アップ』と『全カードのリキャスト回復』――
おそらく世界に一つだけしか存在しない、超ド級のレジェンドレアアイテムだ。

かつて、マルグリットから託されたこの指輪を、俺は真ちゃんから掠め盗ろうとしていた。
結局機会が見いだせずに、パーティの共有資産としてリーダー管理になってたものだ。
指輪が常に真ちゃんの手にあったから、俺はこのパーティを抜けずに居たと言っても過言じゃない。

俺たちの旅の結晶、因縁の一端。
その代名詞と呼ぶべきものが、巡り巡って放物線を描き、俺の手の中に収まった。

110明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:15:53
>「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。

「……託された。あとのことは任せとけよ、リーダー」

妙な感慨が胸をいっぱいにして、静かに手の中の指輪を握り込む。
ある意味じゃ、俺がこのパーティの正式な一員として、認められた瞬間なのかもしれない。
こいつを持ってトンズラこくことはないと、信じて貰えたのだから。

>次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」
>《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
 どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》

なゆたちゃんに水を向けられた石油王は、二つ返事で仕事を請け負った。
その口ぶりに動揺や自信のなさは伺えない。いつも通りの飄々とした受け答えは、何より安心できる。

「頼んだぜ……相棒」

無茶振りはいつものことだと言わんばかりに、どうにかするとこいつは言った。
それならもう、何も心配することはない。それだけの付き合いを、こいつと重ねてきた。

残る課題は一つだけ。
特定した帝龍の本陣まで、どうやって大部隊を送り込むかだ。
城壁内をざっと見たところ、300人が全員乗れるだけの騎馬は存在していないようだった。
みんなアポリオンに喰われちまったか、維持するだけの飼料も足りなかったんだろう。

>「……魔法機関車!」

カザハ君が何か思いついたように声を上げた。
魔法機関車ぁ?行き先は敵陣の敷かれた平原だぜ、レールなんかねえだろ。
軌条もなしに鉄輪で不整地を踏もうもんなら、10mも進まないうちに列車は横転するだろう。
だが、カザハ君の考えはもう一歩先に進んでいた。

>「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
 地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」

「銀河鉄道じゃねーんだぞ、あんかクソでかい鉄の塊飛ばすのにどんだけ魔力使うんだよ。
 そりゃ魔法機関車なら装甲もあるし、ちっとやそっとの対空攻撃じゃビクともしないだろうけど……」

とはいえ、面白そうな発案ではある。いや絵面の話じゃなくてね!
あの巨体で敵陣に突貫すりゃ、並み居るトカゲくらいは余裕で跳ね跳ばせる。
迷霧と合わせれば、事実上空飛ぶ魔法機関車を撃ち落すほどの攻撃は飛んでこないだろう。
300人の兵力を一切傷つけず、疲れさせずに温存して敵陣深くに送り込めるのは大きなメリットだ。

しかしそこでバロールからストップが入った。
流石に列車飛ばすレベルのクリスタルは用意出来ないらしい。
まぁしょうがないね。クリスタルに糸目をつけなくていいなら、こんな包囲されることもなかったんだし。

111明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:16:29
>《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》

と、急にバロールは一人で何事か思案し始めた。
俺これ知ってる!なんか科学者がいい感じに妙案ひらめくパティーンや!

>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》

「そうなんだ!すごいね!!いいから結論だけ言ってあとは黙って貰えますかね!!!」

>「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」

「カザハ君ほんとにわかってるぅ?
 ……やっぱあいつマルグリットの兄弟子だわ。言ってることぴくちりわかんねーもん」

理系はさぁ……指示語と専門用語が多いよね。あれじゃねーんだよ。食卓の夫婦のやりとりかっつー。
ともあれ、空中爆走魔法機関車作戦は出来る。多分出来ると思う。出来るんじゃないかな?ま、ちょっとは覚悟しておけ。
バロールは魔法機関車の改造を確約し、これで全ての課題はクリアした。

>「……わかった。みんなもいい?
 みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する

なゆたちゃんが作戦の要諦を纏める。
本陣に機関車がたどり着けば、300人のマホたんがワラワラ這い出てきて帝龍軍はパニックだ。
混乱に乗じて奥深くにふんぞり返ってるドスケベ執行役員を囲んでボコる。

>「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
 あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」

「口パクなら任せとけ。何を隠そう俺はJOYSOUNDの『ぐーっと☆グッドスマイル』で95点を叩き出した男。
 歌詞も振り付けも完コピだ。オタク殿たちも踊りは完璧にマスターしてるだろ」

自慢じゃないが俺はマホたんの曲がまだカラオケに実装される前から音源持ち込んで歌ってたガチ勢だ。
懐かしいなあ。ちょっと前はカラオケの機械にiPod繋げて、練習用のインスト動画流したもんだ。
一人カラオケ行き過ぎて店員に『裏声原曲キーおじさん』とかあだ名つけられたの忘れてねえからな。

そして振り付けの完コピはドルオタの一般教養と言って良い。
十年くらい前は公園とかでよくハルヒダンスとか踊ってたしな。
今のアニメはEDで踊らないってマジ?一時期狂ったように踊るEDが量産されてたの何だったの……。

>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。

「……いいのか?モンスター二人と違ってお前は生身の人間なんだぜ。
 なんぼお姉ちゃんの回避スキルがあるからって、波状攻撃をいつまでも耐えられる保証はない」

忠告は、きっと聞き入れられることはないだろう。
最前線で、一番危険な場所で、命を張る。前線指揮官には絶対に必要な振る舞いだ。
誰かが前に出なくちゃならないし、その役目はパーティ最大戦力のなゆたちゃんが担うべき。
彼女はそれを理解していて……覚悟を決めている。

「言うまでもないことだろうが、エンバース。なゆたちゃんを頼んだ。
 お前はもう頼りない肉壁なんかじゃない。俺たちの仲間で……なゆたちゃんを守れるのは、お前だけだ」

カザハ君が随行するにしても、こいつには伝令役をこなしてもらわなきゃならない。
遅滞なく、確実に情報を届けるためには、戦闘に参加させることはできない。

112明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:17:02
>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

能天気にそう言ってのけるカザハ君に、なゆたちゃんは何も言わなかった。
場合によっちゃなゆたちゃんたちを置いてでも、前線から離脱してもらわなきゃならない。
俺たちは、そういう戦いをこれから始めるのだ。

そして同時に、俺たち後方組もまた安全とは言い難い。
スペルを起動し続ければ早晩居所はバレるし、近づかれればトカゲに襲われる。
帝龍の戦力が未だに全容を掴めてない以上、何らかの伏兵がいてもおかしくはないしな。

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

なゆたちゃんが柏手を打って、作戦会議はこれで終わった。
俺たちは順次解散し、明日に向けて各々の準備へ戻っていく。

出来ることは全てやった。議論も懸念も出尽くした。
仕込みは上々とは言えないが、それでも結果を御覧じるしかない。
明日。全てに決着がつくと……そう信じて。

 ◆ ◆ ◆

113明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:17:38
立哨をなゆたちゃんから引き継いで、俺は壁の上に一人佇んでいた。
マグの中ではギリギリ味がする程度に希釈された葡萄酒。水面に浮かぶ僅かばかりの胡椒とシナモン。
夜警のお供に淹れてきたホットワインだが、手元を暖める以上の効果は期待出来なかった。

酒も香辛料も、この街では貴重品だ。
決戦前夜ですら、こんなしみったれた飲み方をしなくちゃならないくらい。
肉以外の食料は本当に枯渇していて、アコライトはガチのマジにギリギリだったと否応無しに理解する。

「……これなら、なゆたちゃんみたく紅茶にしときゃ良かったなあ」

ただ僕ね、夜に紅茶とかコーヒー飲むと寝れなくなっちゃうタイプの人なんですよ。
立哨が終わったら明日のために早く寝なきゃだし、流石に目が冴えすぎちまうのは良くない。
ブレイブの武器はスマホと、モンスターと……思考力だ。
しっかりたっぷり睡眠摂って、本番に脳味噌をバリバリ動かすのが何よりの戦力補強になる。

……冷えてきたな。
壁の上は風が強い。上着がジャケットしかないスーツ姿に、夜の壁上は堪えた。

>「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」

30分ほどぶるっちょさむさむしていると、不意に後ろで風が起こった。
音もなく歩廊に降り立ったのは――ま、ままままっままマホたーん!!!?!??!??!!?
なっなんでマホたんが俺んところに!?どっかで会話イベントのフラグが立ったのか!?

「ちょっ、ちょっと待たれよ!今椅子か座布団用意すっから!あーっ!直に地べた座ったら汚れが!」

俺の制止も虚しくマホたんは壁にどっかり腰を下ろした。
クソ!せめてハンカチくらい敷いときゃ良かった!お尻が冷えちゃうじゃねーか!
いかんいかんぞ!目の遣りどころに困り申す。おみ足様がスカートから発艦しておられる!

>「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
 綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」

「俺も名古屋に居たからわかるよ。ウン万ドルの夜景ったって、あれ全部残業の明かりだもんな。
 星は良い。定時になったらさっさと西の空に帰宅するところが最高だ」

俺もまた、夜景の構成部品の一つだった。
毎日10時くらいまでブレモン片手にサビ残して、ブレモンやりながら帰宅してた。
明かりは人類史上最悪の発明と言って良い。アレのせいで暗くても仕事が出来ちまう。

……何を言ってるんだ俺は!もうちょっとなんかロマンティックな返しとかあったろ!
『星よりも君のほうが綺麗だよ』とか言っちゃう?言っちゃいますか????

>「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
 明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」

「明日は忙しくても、明後日とか明々後日とか、あるだろ。
 俺たちはその為に、明日戦うんだ」

アコライトが解放できれば、マホたんもようやく羽根を伸ばせる。
兵たちを戦い続けさせる為の士気高揚じゃなく、純粋なアイドルとして、歌って踊れるはずだ。
まるで「これが最後」と言わんばかりの彼女の言葉に、俺は素で反駁した。
マホたんは何も言わず、ただ俺に向けて微笑んだ。

114明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:18:32
>「ねえ……お兄さんは、楽しい?
 このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」

「……楽しいよ。色々あったけど、本当に紆余曲折あったけど――全部ひっくるめて、楽しかったって言える」

荒野も、鉱山も、港町も――王都も。
俺の心に残っているのは、結局のところ、楽しかった思い出ばかりだ。
なゆたちゃんや、石油王や、エンバース、カザハ君、ジョン……あいつらと旅をしてきて、良かった。
そう自信を持って思える。

>「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
 この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。

マホたんもまた、輝く思い出の箱を一つ一つ撫でるように、この世界での記憶を述懐した。
俺は彼女の大ファンだから……マホたんが大人気Vtuberに上り詰める過程で、
何を失ってきたのか、僅かながらに知っている。

ユメミマホロを、『企業におもねる拝金主義者』と罵る者が居る。
スポンサーのご機嫌ばかり伺って、初期のような自由さがなくなってしまったと。
面白くても金にならない企画は打ち切り、グッズとCDの販売にばかり注力していると。
そう発言したのは、彼女が駆け出しの頃から応援してきたファンの一人だった。

でもしょうがねえじゃん!そういうもんなんだよ!
ユメミマホロが個人でやってんのかバックに企業が付いてんのか詳しくは知らんが、
Vtuberとして活動するには金が居る。機材も人手もタダじゃない。
安定して配信を続けるには、どうしたって投資を回収するビジネスモデルが必要だ。

『ユメミマホロ』というブランドは、もはやマホたん一人の所有物ではない。
関わる人間が多ければ多いほど、彼らを露頭に迷わせないために、金を稼がなくちゃならない。
「なんか遠くに行っちゃった感じ」じゃねえんだよ。お前が立ち止まってるだけなんだよ!

俺はそう長文で言い返して、該当動画のコメント欄は炎上した。
すいませんでした。

>「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
 スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
 あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」

マホたんは自分の肩を抱いた。
あるいはそこにあるのは罪悪感、なのかもしれない。

拉致まがいの召喚とはいえ、マホたんは彼女を待ってる地球の人々を置き去りにしてしまった。
早晩撮り溜めた動画のストックは尽き、生配信の欠席もごまかしきれなくなるだろう。
たくさんの人が「マホたん消失」に絶望し、失望し、スポンサーは大打撃を被る。

彼女に責任はない。
一方で、アルフヘイムに拉致られたこの状況を、マホたんが好ましく思っていることも確かだ。
常に配信者に寄り添ってきた彼女が、現状に迎合する自分自身を許せるだろうか。

まぁ俺も人のことぴくちり言えないんですけど。
まともに実働してる総務経理は俺一人だったし、あの会社マジで潰れてんじゃねえかなぁ。

閑話休題、実際のところアコライトの兵たちにとってユメミマホロが希望であるように――
ユメミマホロにとってもまた、この街は失うわけにはいかない大切なものなのだ。
彼女が彼女で在り続ける、最後の拠り所。

115明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:19:53
>「だから。あたしは守らなくちゃならない。
 この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
 あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
 そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
 ――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。

「それは……間違っちゃいねえよ。接吻を捨てちまえば、オタク殿たちはきっと悲しむ。
 自分たちのせいでマホたんが大事なものを失ったなんて、ファンには耐えられねえよ」

接吻は、マホたんが『みんなのアイドル』で在り続けるために必要不可欠なアイデンティティだ。
彼女がそれを大切にしていることはファンならみんな知ってるし、それを守りたいって思える。
マホたんがそうであるように――オタク殿たちもまた、マホたんが大好きなのだから。

>「あたしは臆病者だね……。 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」

言及したのは、作戦会議でのジョンとの一幕。
俺はマホたんの唇を守らんと、不合理を押し通してでもあいつと対立した。
今でも、ジョンが正しかったと思う。反論したのは単純に、俺が嫌だったからだ。
マホたんの唇が、俺も含む誰かに奪われることに、耐えられなかった。

「……俺さ、ガチ恋勢なんて名乗っちゃいたけど、ホントはそこまでディープなファンではないんだ。
 CDだって1枚ずつしか買ってねえし、グッズもフィギュアと抱き枕くらいしか持ってない。
 多分、俺よりずっとマホたんのことが好きな奴は地球にもこの世界にも数え切れないくらい居る」

あの作戦会議の場で、俺が冷静になれなかった理由。
マホたんそのものより、オタク殿たちの命を優先してしまった理由。
それをずっと考えていて、マホたんと話して、ようやく思い至った。

「俺は多分、アイドルが好きなんじゃなくて、『アイドルを好きで居ること』が好きなんだよ。
 みんなでライブ観て、サイリウム振って、感想言い合ってる時間こそが、本当に守りたかったものなんだ。
 マホたんを庇ったわけじゃない。明日だって、マホたんが前線で命張るのを止めようとも思わない」

だから、俺がマホたんに協力するのは、彼女のファンだからなんて理由ではないんだ。
世界を守るって使命感で動いてるわけでもない。

ゲーマーとしてのプライドが、俺に高難度クエストをクリアせよとささやく。
そして同時に、ドルオタとしての俺が、マホたんを好きで居続けたいと叫び続けてる。

「――アコライトの連中を守る。あの気の良いオタク共に、これからもファンで居てもらう。
 そう在り続けようとするマホたんの意思を、俺は何より尊重する。
 他ならぬ俺自身が、このさきもずっとマホたんのファンで居続けたいからな」

マホたんはアイドルとして。俺はファンの一員として。
『ファンを守る』っていう目的において、俺たちのスタンスは同列で、対等だ。

そのためなら、俺は命だって懸けられる。
……今日、ここでマホたんと話せて良かった。

「問題は、厄介クソカスピンチケ野郎の帝龍君にどうご退場願うかだな。
 あいつの愛は本物だ。マホたんをモノにするために、どんな手を隠してるかも分からねえ」

アポリオンも大軍勢も、あくまで開示された手札の一部に過ぎない。
示威行為という目的があったにせよ、手の内を全て明かす必要性はないのだ。
ってことは、更にもう一枚伏せカードがあったっておかしくはない。

116明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:20:44
>「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
 地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」

「へっ、頼もしいね。地球じゃついぞ観られなかった、モンデンキントとユメミマホロの最強タッグだ。
 余裕あったら動画撮っといてね、家宝にするから」

マホたんは拳を握って戦意を顕にする。
嘘じゃなかった。なゆたちゃんとのタッグマッチを、間近で観られないのだけが俺の心残りだ。

>「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
 聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」

――心残りはもうひとつあった。
昼間はそれどころじゃなくて結局追及できなかったが、
アコライトがずっと音信不通だった件について満足の行く回答は得られてない。

王都と連携が密にとれていれば、アコライトがここまで困窮することはなかったはずだ。
兵站物資も供給出来たし、なんなら兵力の増援だって手配できた。
鉄道網という、高速至便な補給線が確保されているのだから。

俺の問いに、マホたんはふわりと目の前に着地して――笑顔を消した。

>「バロールのことが信用できないからよ」

吹きっ晒しの寒い壁上なのに、じわり、と背筋に汗が吹き出るのを感じた。
マホたんの言葉には、それだけの説得力と、迫真性があった。

>「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」

十三階梯の継承者筆頭、『創世の』バロール。
アルフヘイム最強の魔術師にして、"一巡目"で世界を裏切った『元魔王』。
超がつく甘党で、紅茶と薔薇が好きで、メイドには雑に扱われていて――三世界の平穏を望むと誓った男。

裏切り者というプロフィールに着目すれば、そりゃ信用しろって言う方が無茶苦茶だ。
胡散臭いあのイケメンが腹の中で何を考えているのか、結局俺たちには何一つわかりゃしないのだから。
なあなあであいつと協働関係を結んじまった俺たちと違って、マホたんはずっとバロールを警戒していた。

>「あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
 あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」

……いや。マホたんの不信は、バロールが『元魔王』であることが理由じゃない。
王宮で、王の隣で、ヘラヘラ微笑みながら紅茶を淹れ、甘いスコーンを焼く、あの姿が。
まるで人畜無害なその立ち振舞いが、恐ろしいのだとマホたんは言う。

――逆に俺は、なんであの男のことをあっさり信用しちまったんだ?
理由はある。逼迫したアルフヘイムの現状と、デウスエクスマキナの存在。
真ちゃんの白昼夢からループ説には一定の信ぴょう性があって、バロールの訴える窮状も理解はできた。

ローウェルも死んでない今なら、バロールがアルフヘイムの為に尽力することは、おかしくないと。
そう結論付けたから、あいつの支援を受けて、アルメリアの走狗となることを俺たちは選んだ。

だがそれすらも、魔王の巧みな話術に何らかの洗脳魔法を織り交ぜた、予定調和の意思決定だとしたら。
あいつの言ってることが全部嘘っぱちで、ホントはニブルヘイムや帝龍たちに理があるとしたら。

「……わからねえ。一体何から疑って、何を信じりゃ良いんだ」

結局のところ、俺たちは『クエスト』という指示がなけりゃ動けないから、指示をくれるバロールにおもねったのかも知れない。
元の世界への帰還ってエサをぶら下げられて、ダボハゼみてーに食いついちまっただけなのかも知れない。
バロールと距離をとったマホたんの判断が正しかったのかどうか、今の俺にはわからない。

117明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:21:51
>「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
 あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
 お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
 バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
 少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。でも――」

混乱する俺をよそに、マホたんは続けた。
俺たちのことは、外郭で過ごした時間を経て、信頼できるブレイブだとマホたんにわかって貰えた。
……ちょっと待て、今、誰か一人足りなくなかったか?
俺、なゆたちゃん、エンバース、ジョン。そして――

>「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
 そして……確信を持ったわ。これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
 でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
 あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」

心臓が耳まで移動してきたみたいに、鼓動の音がうるさい。
じわりじわりと背筋に熱が戻ってきて、血液がめぐるのがわかる。
理解が追いつかない俺の頭に、言葉が降ってくる。

>「……カザハは。敵よ」

そして、脳裏で情報が弾けた。

王都でバロールと初めて顔を合わせた時、あいつはカザハ君に言った。
『おかえり』と。『転生ではなく混線だ』と。
大した意味のない、優男のレトリックだと、その時は流しちまったけど。
元魔王のバロールが、面識のないはずのカザハ君に、旧知を迎えるような物言いをする理由は……ひとつだけだ。

二人が旧知だったのは、一体いつのことだ?
それが『一巡目』だとすれば、バロールは登場時から魔王だった。
それなら、魔王にとっての旧知は、三魔将――

「ふ、ふひ、ふはは!が、ガザーヴァ!ガザーヴァで……カザーハ?ぶはっ!
 ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!
 そりゃガザ公もダークユニサス乗ってるけど!カケル君のが万倍かっこいいわ!」

幻魔将軍ガザーヴァ。
イブリースと並ぶ魔王直属三魔将の一角であり、ニブルヘイムの最高戦力の一つだ。
そして、メインシナリオではここアコライト外郭を文字通りに更地に変えた仇敵。

あれが混線して変にバグって生まれたのが、カザハ君?
いや意味わかんねーわ。人違いじゃない?敵ってのも多分勘違いだよ。
だってあいつにそんな腹芸とか出来るわけねえもん!脊髄で喋ってるような奴だぜ!?

118明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:22:21
はらいてー、と俺は歩廊の壁に背中をぶつける。
いやあ笑わせてもらいましたわ。マホたんそーゆーギャグかます人なんすねえ。
本番前の緊張ほぐしには十分だったな。よーし明日に備えてさっさと寝るか!

「……すまん。ちょっと情緒がバグった」

ずりずりと歩廊の壁を背中で滑り落ちる。
顔を手のひらで覆ってみて、初めて俺は自分が全然笑ってないことに気が付いた。
カザハ君は。加入こそリバティウムでのなりゆきだったけど、もうなあなあの関係じゃない。

王都のクーデターで激突して、俺はあいつの本音を聞いた。
勇者になれなかった自分を肯定するために、あいつは語り手になろうとしている。
俺はそんなあいつに共感して、その姿勢を応援しようと、決めたんだ。

「勘弁してくれ。俺はどんだけ、何回、仲間を疑えば良いんだ……」

寄る辺なきこの世界で、俺は常に他人を疑って旅をしてきた。
ライフエイクみたいに外面を取り繕って近づいてきた奴はたくさんいた。
正体不明のウィズリィちゃんをはじめ、仲間だと思っていても、疑わなきゃならなかった奴も居る。

やがて敵側のブレイブなんてのも現れて、味方のはずのブレイブすら疑う必要が出てきた。
エンバースや、ジョンや……カザハ君。
こいつらを信頼するために、どれほどのやり取りと、ぶつかり合いがあったのか。
だからこそ、戦いを経て腹の中を明かし合った仲なら、絶対に信じようと……思っていたのに。

それに、出会った時から俺はカザハ君のことが嫌いになれなかった。
考えなしの突撃バカで、それなのに変なところに気が回って、なゆたちゃんのことをいつも気にかけてて――
なにより、あいつには裏表がない。竹を割ったような性格は、俺にとって好ましいものだった。

あいつが……敵?
ブレイブのフリをして、ずっと俺たちを騙してきたのか?

「……まだ、結論は出せない。少しだけ時間をくれ」

マホたんがどういう意図でカザハ君を告発したのか、知らなくちゃならない。
それに敵ったって、ガザーヴァかどうかはわかんねえしな。
名前が似ててお馬さんに乗ってるってだけで同一人物認定されちゃガザーヴァ本人もやりきれまい。

「俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
 カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな」

だけど多分、わかってた。
俺はただ、カザハ君が敵だと信じたくないだけなんだって。
カザハ君とバロールと……『敵』を、結びつける要素はあまりに多い。
こんな問答は時間を浪費するものでしかなくて、とっとと何かしら手を打つべきだった。

心の中の暗雲をあざ笑うように、東の空から光が挿す。

夜が――明ける。


【カザハ敵説に思いっきり動揺】

119ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:02:09
>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
  言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」

作戦会議の途中、明神がテーブルを手のひらでバン!っと叩きながら僕に向かって指を指す。

>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
  言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」
>「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
  自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」
>「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
  こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」

「一言で言えば、理解できない。だ
 ゲームの世界ならそれでいいと思うが、今となってはここが僕達の現実だ
 頬つねったら痛いだろう?夢でもゲームでもないんだよ」

それでも!と明神が大声を出す。

>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
  ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
  だからジョン――」

明神が僕の胸に拳を着き付ける

>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

そんなのズルイじゃないか。
そんな事言われたら僕がなにも言い返せないって、わかってるんだろう?
そんなの・・・ずるいじゃないか。

「わかった・・・」

言葉を交わし、冷静になった僕と明神は席に座り・・・そしてなゆの意見を聞くことにした。

120ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:02:32
>「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」

「別にないがしろにしたわけじゃない、ただ」

>「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
  じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
  ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」

「そんなの決まってる、帝龍を殺す!それだけだ、その為にできる限りの安全を確保することが一番大切だ、その為に――」

>「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
  ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
  その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
  それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
  わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」

そりゃそうだ、その理想論が実現できればだれも苦労しない。
ブレモンの世界だけじゃない、僕達が元いた世界だって、その価値観を全員が持っていれば戦争なんて起こらないだろう。

>「わたしたちの目的を間違えないで。
  わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
  みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
  サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
  わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
  『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

「だから?だから、自分が危険になるのはいいっていうのか?
 こんな囮ににしかならないような役立たず達の為に危険な賭けをするっていうのか!?
 どうせこいつらが死んだって後から兵士達がここに送られてくる!魔法があれば街を直すのに人手は必要ない!そうだろう!
 バロールもそう思ってたから連絡が途絶えた後も放置してたんじゃないのか!?」

声を荒げる僕を無視して、なゆは話を続ける。

>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
  わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
  この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」

「ここには帝龍を恨んでる奴が一杯いる、家族や仲間を奪われて、それこそ殺したいほどに
 そうでもなくても"人"が百、千単位で死んでるのに?馬鹿げてる!そんな事許されるはずがない!
 この世界に裁判所があると?そこで裁くと?なゆ達が犠牲になるリスクを背負ってまで?」

>「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
  自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
  『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
  クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
  だから――そのための作戦を考えよう!」

ゲームじゃないんだ今やってることは!何度もいうがこれは戦争なのだ、だれも死なない?そんなの無理だ。
どこかの偉い人が言っていた、争いになった時点で負けているのだ、と。
それくらい、ひとたび争いが起きれば犠牲を止める事はできないのだ。

「復讐心だって立派な人の心だぞ・・・なゆ」

僕は一人そう小さく呟く事しかできなかった。

121ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:01
それ以上僕が作戦会議に口を出す事はなかった。
別に作戦を聞き流していたわけじゃない、作戦の概要はちゃんと聞いていた。

ただこれ以上喋ろうという気分にならかった、それだけだった。
我ながら情けない事この上ない。

自分から全否定してもかまわないといったくせに。

>ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

「あぁ・・・ああそうだな・・・約束したからね・・・」

>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
  無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
  危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

結局なゆは自分が最前線に行くことにしたらしい。
作戦の一番危険な部分を自分で担当することに・・・。

理解できなかった。
なんで他人の為に危険を冒すのか、やり直しのできない戦場で危険を孕んだ行為をしようとするのか。

>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

そうカザハは能天気に笑う。
この期に及んで劣勢になったら逃げられると、そう本気で思ってるのが信じられなかった。

なゆ達が劣勢になって後方へ撤退すれば当然、帝龍はそのままなゆ達を追って前進してくる。
そうなればいくらパワーアップした霧といえどなにかしらのカードで無効化されてしまうかもしれない、そうなったら作戦は全て崩壊する。

そうでなくとも帝龍本人があの虫を引き連れ僕達の所にきた時点で霧を解除しなきゃいけなくなる。
視界不良の中、人食い虫が自由に飛びまわる戦場なんてフィジカルよりも、メンタル面のダメージがでかい。
いつ自分の体に虫が付くかわからない、そんな恐怖から逃げ出す兵士が必ず現れるだろう、そうなったら終わりだ。

だからこの作戦はカザハはともかくエンバースとなゆは絶対に撤退できないのだ。

当然、なゆはそれを分かっているはずだ。

なのに・・・

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
  みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

彼女は壊れているのだろうか?心のなにかが壊れているんじゃないだろうか?
馬鹿の一つ覚えのように不殺を誓い、目標に向かってひたすら進もうとしてる。
人の心を蔑ろにしないと言う割には、ここの兵士達の復讐心を無視して突き進んでいる。

僕から見ればこの世界で、圧倒的とも呼べる力を持ち、周り見ずの正義を振り回している君が一番・・・

122ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:19
ジョンは城壁の上にある歩廊に夜哨として立つ為に少し冷える外をゆっくりと歩いていた、帝龍は特定の時間に攻めてこない。
そうは分かっていても、大雑把な命令で動いてるモンスター達はもしかしたら予想外の動きをするかもしれない。
だから作戦前の今日は特に念入りに、なにかあっても一人である程度対応できる人間を立てよう、という話になった。
そして今はカザハの時間であった。

「うーんでもまだちょっと早いな・・・」

交代の時間までまだ時間があった、僕が寝付けず早く起きただけなのだが。

「かといって今から寝るほどの時間もないし・・・まあカザハと少し喋って時間を潰すか」

そう階段を上りながら思った時、声が聞こえてきた。

>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」

カザハの声でカザハが喋りそうにない事を口走っている声が聞こえた。
素早く静かに階段を上り、様子を伺う。

そこにはいたのは間違いなくカザハと・・・カケル・・・そうカケルって名前だったはず・・・と呼ばれる馬?がいた。

>「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
  作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
  いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」

喋る内容も気になるが、それ以上に一体カザハは誰と喋ってるんだ・・・?

もう一度、中を覗くが、やはりいるのはカザハとカケルだけだ。

馬??に話しかけてる?動物を飼ってる人間によくありがちなアレか?だがそれにしても会話が物騒すぎる。
・・・やはり本人を問い詰めるのが一番か。

そう思い、本人の前に姿を現したその瞬間。

>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
  ……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

さっきまでの中二病感はどこへやら、いつものカザハに戻っていた。

うんうん分かるよ、中二病はやりたいけど、人に見られたら恥ずかしくなっちゃうアレね、わかるとも。

「楽しんでた所悪いねカザハ、そろそろ交代の時間だよ」

カザハはぼけーと佇んでいる、そりゃ今の中二病発言全部聞かれたと分かればそんな反応したくなるのも頷ける。
誰だってそうする、たぶんやったことないからわからないけど僕もそうなると思う。

>「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」

・・・どうやら誤魔化す事にしたらしい。
あまりにもかわいそうなので、付き合うことにした。

「一応警備なんだからしっかりしてくれないと・・・まったくちゃんとしてもらわないと困るなぁカザハ」

カザハの変わりにカケル(馬???)が頭をブンブンと上げ下げし謝罪しているように見える。

頭を撫でると、カザハを引きずるようにカケル(馬????)はその場を去っていった。

123ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:40
「うーん・・・あれは馬なんだろうか・・・ポニーなんだろうか・・・」

最初の30分はマジメに警備っぽい事をしていたのだが、なにも変わらない風景に飽きてしまった。
あまりにも暇だったので、ふと思った疑問をひたすら考える事にしたのだった。

・・・そのほうがイライラしているよりはいいだろう。

なゆの事を考えて、もやもやいらいらしてるよりよっぽどいい。
夜中に考え事をするのはよくない、暗い気持ちにしかならないからね。

とそこに。

>「えと……、こんばんは。
 交代の時間だよ、ジョン」

スマホを見る。まだ交代までの時間は一時間ほど残っていた。

「おっと・・・紅茶かい?ありがとう」

なぜ一時間前なのに来たのか?とは聞かなかった。
話があるから本来の交代時間よりも早く来たに違いないからだ。

>「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
  明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
  それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」

「ああ、僕でよければいくらでも。
 でもいいのかい?男と二人きりで喋ってて・・・エンバースが嫉妬しちゃうよ」

もちろん本気で言ってるわけではない。
エンバースが一々そんな事で目くじらを立てない事はわかっている。
冷静なフリをしてうろたえるぐらいはするかもしれないが。

>「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
  こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
  ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」

無邪気にはしゃいでるなゆの姿はまるで子供だ、いや実際子供と呼べる年齢なのだろうが。
純粋で、無垢で、そしてだれよりもまっすぐだ。
この子が、明日には血まみれになるなんて、誰が想像できるだろうか。

「ああ・・・とても綺麗だね」

僕はそれしか答えられなかった。

>「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
  でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」

「言っただろう?全否定して構わないって、僕こそすまないね・・・ちょっと見苦しいものを見せてしまって」

なゆと同じように空を見る、元の世界なら観光名所に認定されそうなその景色は壮大だった。
モンスターさえいなければ僕ももっと喜べていただろう。

>「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
  ……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
  友達と親友の違いって、なんだろう――?」

僕は答えられなかった。
いや全世界探しても明確に答えられる人間などいるのだろうか。
なんとなくわかる人間はいるだろう、断定できる人間がどれだけいようか。

少なくともその理解者に僕は一生含まれないだろう。
それだけは間違いなかった。

124ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:57
>「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
  そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」

「・・・・・・」

>「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
  わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
  あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
  可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
  みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」

それは違う、そう口から出るよりも先に、なゆが言葉を紡ぐ。

>「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」

「たしかに功績だけ見るならヒーロー・・・になるのかな・・・
 でも、僕は誰よりも早く、助けられる人、助けられない人の判断が早かっただけさ」

場に静寂を訪れる、なにを言えばいいのかわからなかった。

>「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
  どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
  そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」

これから気をつけるよ

そんな薄っぺらい言葉を吐く事は簡単だ、でもなゆにそんな言葉を言いたくなかった。

>「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

「僕は・・・ただ・・・」

なゆ達が大切だから。それだけなんだ。

>「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
  これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
  その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
  そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
  親友との約束! 守れるわよね?」

僕なんて放って置けばいいのに、わざわざ二人きりになってまで、僕の事を気に掛けてくれている。
他のメンバーはともかく僕はつい先日会ったばかりだ、敵じゃないにしても今、この場で、女性であるなゆを襲うかもしれない。
僕は男で、スマホを取り上げたらなゆはただの非力な女の子だ。

彼女は微塵もそんな心配をしていないのだろう。
僕は笑顔で差し出された手を、黙って握る事しかできなかった。

>「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」

「ああ・・・約束だ」

>「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
  わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
  じゃっ! おやすみなさい!」

「待ってくれ」

125ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:04:17
「待ってくれ」

会話は終わり、という流れを断ち切る。

「僕の前の順番がカザハだったのだが・・・カザハが気になる事を言っていてね・・・」

「カザハって・・・中二病なのか?」

なゆはきょとん、とした表情。
そりゃそうだ、今までマジメな話をしたのに突然された質問がこれでは。

「早めに交代しようとしたらカザハが独り言・・・馬に話しかけててね
 それで君達のリーダーは優秀だ〜とか俺は現地の魔物だ〜とか言っててさ」

「その事を問い詰めようと思ったら恥ずかしかったのか、本気で寝ぼけてたのか・・・知らんぷりされてね
 まだ付き合いの浅い僕にはなにか不吉ななにかに取り付かれてるのか、ただの中二病なのか、それとも寝不足なのか・・・よくわかんなくてさ
 まあ、ただの中二病だろうけど、念のため聞いておこうかなっ・・・て」

なゆはなにか考え事をしているようだ。

「まあ、止めたけど話したい事はそれだけなんだ」

階段を下りようとして止まる

「あぁっと・・・僕からも・・・なゆに約束してほしい事があるんだ、絶対死なないで帰ってくるって、生きて帰ってくるって・・・約束してくれるよね?」
 返事も、ゆびきりも必要ない、無事に君が帰ってきてくれれば・・・いいか、絶対自己犠牲なんて考えは捨てろ、捨ててくれ、頼むよ」

でももし・・・そのもしがあったなら

「もし破ったら・・・その時は僕の好きにさせてもらうからね」

なゆの返事を聞かずに勢いよく階段を駆け下りた。


なゆ・・・僕は約束を守るよ。


君がいる限りずっとね。

126embers ◆5WH73DXszU:2019/11/13(水) 06:02:38
【ロスト・グローリー(Ⅱ)】

『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――
 やはり、魔王になる資格があるのは、あなただったのです』

「……なんだって?」

『聞こえませんでしたか?あなたは、魔王になるのです。このゲームには、魔王が必要なのです
 もっとも、あなたのような無礼者を選ばざるを得ないのは本当に、残念極まりないのですが』

「聞こえていたさ。そして何度聞かされても俺の感想は同じだ……あんたは、何を言ってるんだ?」

『――ブレイブ&モンスターズの、あらゆるエンド・コンテンツは、いつかは攻略されるのです。
 クリア不可能なコンテンツなどない。どんなコンテンツもいつかは必ず、クリアされるのです』

「オーケー、分かった。相槌は任せろ。心ゆくまで語ってくれ」

『当然なのです。我々……運営開発が、そのようにコンテンツを作るのですから。
 最初はクリア出来ずとも、新しく実装されるカードやユニットがあれば。
 或いはレベルキャップの解放によって、コンテンツは消化される』

「そりゃ、そうだ。ツイッターとフォーラムの大炎上は免れないだろうな」

『ええ。だから、あなたが魔王になるのです。
 誰もが手にし得るカードと、誰もが手にし得るユニットで。
 なのに、誰も勝てない。なのに、世界で一番強い――そんな魔王に』

「……えらく、熱く語るじゃないか」

『当然なのです。その時こそ、このゲームは終わらないコンテンツになるのですから。
 いえ、どんなゲームでも変わらないなのです。クリア不可能なコンテンツが、
 運営開発以外によって生み出された時――ゲームは、永遠になる』

「なるほど。クリア不可能なコンテンツか――ダサい、二つ名だな」

『そんな軽口は、実際になってから叩くのです』

「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」





気が付けば、■■■■は炎に包まれていた。
そして思い出す――自分は失敗した/もう元の世界には戻れない。
仲間を喪い/最愛を喪い/炎に灼かれ/最早叶わぬ白昼夢を見る――これで、ゲームオーバー。

「――忘れろ。俺はもう、終わったんだ」

魂を蝕む痛痒に耐えかねて、己にそう言い聞かせた。

――どんなに面白いゲームも、永遠にプレイし続ける事は出来ない。
開発チームの崩壊/ゲーム内環境の悪化/生活環境の変化。
様々な理由でゲームは終わる/プレイヤーは消える。

そして忘れられる。

デイリーミッションに/大型アプデに/期間限定ガチャユニットに。
流動するゲームの情勢に呑まれて、いつかは誰もそいつを思い出さなくなる。
だから……だから俺も、もう忘れるべきなんだ――俺を。俺が掴む筈だった全ての可能性を。

127embers ◆5WH73DXszU:2019/11/13(水) 06:03:30
【ダーク・エヴォリューション(Ⅰ)】


死を厭う敗者の魂/栄冠無き王者の魂は願う。
もう誰も死なせたくない/己が最強のプレイヤーだと証明したい。
再び得た仲間を、もう二度と失いたくない――未練の炎は、何処までも燃え盛る。

「……そうだ。思い出した」

意識を失い、光を失った[焼死体/■■■■]の双眸に――再び、精神の炎が灯った。
静かに揺れる炎の色は、紅ではない――しかし、蒼でもなかった。
眼光は、紅と蒼が溶け合ったような、闇色をしていた。

「俺は――魔王にならなきゃいけないんだ」

強烈な死者の未練が、その魂の本来の形すら塗り潰す。
そのような現象は、現代日本ならば悪霊化/怨霊化と表現されるだろう。
だが、この世界では違う言葉が用いられる――その現象は、ただ『進化』と、表現される。

「だが、それはそれとして――」

闇色の眼光が瞬いた――紅く/蒼く、不安定に。

「――みんなは、何処に行ったんだ?」

食堂を出て空を見上げると、夜は既に明けていた。
次に周囲を見回して――焼死体は異変に気付いた。
地面に落ちた己の影が、不自然に揺れている事に。
己の肢体の内側から、闇色の炎が漏れている事に。

「……ふん、好都合だな」

[焼死体/■■■■]は燃える右手を握り締めると、ただ一言呟いた。

128崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:55:08
作戦決行の当日は、雲ひとつない快晴となった。
これから、この晴天を濃霧によって覆い尽くし、帝龍の本陣を奇襲する。

《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。
 みんながおるアコライト外郭から南南東に約5.6km先に、妙にトカゲが密集しとるポイントがあるんや。
 他に目ぼしいもんはあらへんよって、そこが恐らく本陣や思います〜》

みんなで朝食をとっていると、みのりから連絡が入る。
なんとかすると宣言した通り、確かにみのりは自分の仕事をやり遂げたのだ。サポートとしてこれ以上の働きはないだろう。

>《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
>《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》

バロールも、夜が明けないうちに魔法機関車をアコライト外郭へ送り出したと言う。

>凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!

これで準備は整った。あとは、全員が一丸となって帝龍の本拠地へと殴り込みをかけるだけである。

「……ってことで。いい?エンバース。
 もう一度言うね……魔法機関車にアコライト外郭の兵士全員が乗り込んで、明神さんが『迷霧(ラビリンスミスト)』をかける。
 ローウェルの指輪でブーストをかけた霧は、わたしたちの姿を覆い隠してくれる。
 さらに『幻影(イリュージョン)』で全員がマホたんのスキンをかぶる。
 みのりさんの特定した帝龍の本陣に魔法機関車ごと突っ込んだら、全員で敵陣に散開。
 わたしとあなたとカザハは帝龍の捜索。明神さんとジョンは霧の維持に後方待機。
 マホたんの歌(チャント)で兵士たちにバフをかけて、一気に勝負を決める――」

魔法機関車の到着する予定の線路脇に待機しながら、なゆたはエンバースと作戦の概要を再確認した。
作戦会議の途中で気絶してしまったエンバースと話す時間が、今まで取れなかったのだ。

「今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって。
 でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
 『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
 ね。わたしに見せてよ、エンバース。
 みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を」
 
姫騎士姿の少女はそう言って目を細め、微かに微笑んだ。

「……頼りにしてるぞ」

白い手袋に包んだ右手を伸ばし、とん、とエンバースの胸元を拳で軽く叩く。

「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」

なゆたは首を傾げた。
エンバースの属性がいつの間にか変更されていることには気が付いていないらしい。

「きっきき、緊張してきたでござる……」

「なーに、マホたんへの愛があればトカゲの百匹や二百匹! 拙者が瞬コロするでござるよ! そしてマホたんとのフラグが!」

「百匹や二百匹どころか六千匹いるんですがそれは」

「これ絶対死んだwwwwww」

兵士たちも久しぶりの実戦ということで、一様に表情を強張らせている。
懸命にいつも通りなことをアピールし、おどける兵士もいるが、やはり緊張は隠せない。
……全員が鎧姿にドピンクの法被を着ているのだけは変わらないが。ここは譲れないところらしい。

「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
 帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
 もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
 必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」

「むろん! 『ヒマだからどこまでワンターンキルできるか試してみた』で学習済みでござる!」

マホロも兵士を相手に作戦方針を伝達している。
ドゥーム・リザードは半端にダメージを与えるとバーサークが発動し、凶暴になる。
どうせ戦うならばきっちり息の根を止めなければならない。だが、兵士たちには釈迦に説法といったところか。
戦闘の技量はともかく、全員筋金入りのガチ恋勢だ。

129崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:55:22
午前11時を回ると、やがてけたたましい汽笛の音と共に魔法機関車が到着した。

『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

客車の扉が開き、顔を出したボノがいつも通りのアナウンスをする。
これから客が乗り込む魔法機関車だ。アコライト外郭に到着した段階では、誰も客など乗っていない――と、思ったが。

「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

いやに朗らかな笑い声と共に、ひとりの魔術師が機関車の中から姿を現してきた。
膝裏くらいまである、ゆるふわなミルク色の癖っ毛。緊張感のない、それから年齢も感じさせない整った顔。
真っ白いローブに、ローウェルの弟子であることを示すトネリコの杖――

アルメリア王国の宮廷魔術師、『創世の』バロール。

本来キングヒルでみのりと共に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のバックアップをしているはずの男が、なぜかここにいる。

「あれ? バロール? どうしてあなたが?」

「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
 というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
 そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
 帝龍の相手は君たちに任せるよ」

あくまで魔法機関車を浮かせて帝龍の本陣へ運ぶ要員で、戦闘はノータッチだという。

「……バロール……」

前触れもなく突然現れたバロールの姿を睨みつけ、マホロが警戒心をあらわにする。
その空気と視線を感じ、元魔王はゆっくりと虹色の魔眼をマホロへ向けた。

「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」

「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」

「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」

敵意を隠そうともしないマホロを相手に、バロールは微笑んで小さく頭を下げた。

「………………」

マホロはそれ以上バロールと会話をしようとはせず、踵を返して兵士たちとの最終打ち合わせに歩いていった。

「ハハ……嫌われてしまったねえ」

バロールはわずかに眉を下げて、困ったように笑った。
昨日の夜、マホロは明神へ確かに言った。『バロールは信用できない』『カザハは敵』と。
それはいったい、何を意味した言葉なのだろうか?
バロールが実はニヴルヘイムと繋がっている?
もう一度アルフヘイムの支配を目論んでいる?
自らの野望の実現のために、人畜無害なふりをして『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を操っている――?

>ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!

昨晩、明神はそう言ってマホロの言葉を退けた。
しかし。

「……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
 お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。
 あいつは無邪気に悪を成すキャラだった。悪を悪と認識しないまま、死を。破壊を撒く……。
 たくさんの、あいつにまつわるイベントが。数えきれないくらい立証してくれてるわ」

歩廊の壁に身を凭れさせ、緩く腕組みしながらマホロはそう言った。
ブレモンのプレイヤーが幻魔将軍ガザーヴァと絡む機会は多い。
ガザーヴァはダークユニサスを駆るその機動性の高さから、魔王バロールの伝令としてアルフヘイム各所を飛び回っていた。
いきおい、プレイヤーともその旅の先々で顔を合わせることになる。
プレイヤーが新たな地域や国に駒を進めるたび、ガザーヴァが先回りしてその地域のボス敵と悪だくみをしているという寸法だ。
ガザーヴァが現れるたび『まーたお前か!』と文句を言うのが、プレイヤーの定番となっている。

130崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:03
ストーリー序盤、まだ魔王バロールの『バ』の字も出ないうちから、ガザーヴァは正体不明の黒騎士として姿を現していた。
山間の村ミノンでは、強大な力を秘めた魔石を手に入れるため山に火を放ち、たくさんの動物や人間の命を奪った。
港町セイルポートでは、街を牛耳る町長に成りすました魔物と共謀し、人々に圧政を敷いた。
砂漠の王国スカラベニアでは王家の墓を破壊し、眠りについていた古代のファラオの怒りを招きプレイヤーに差し向けた。
他にも細かい出番ならば枚挙にいとまがない。そして、極めつけはアコライト外郭の破壊だ。
ガザーヴァ最大の悪行とされるアコライト外郭の崩壊を経て、ストーリーは一気にクライマックスへと駆け上がってゆく。

「バロール様に命令されてやっただけなんですー! まぁ命令はされたけど嫌々ってわけでもなかったけどね!」

「うんうん! わかるよ……みんな辛かったんだね。ボクに任せて! すぐ楽にしてあげる!(殺戮的な意味で)」

「よーし、ボクもがんばってここを平らにしちゃうね! なんたって現場はお任せの現場将軍もとい幻魔将軍だから!」

素なのか演技なのか分からない、そんなガザーヴァの軽妙すぎる物言いにイラッとしたプレイヤーは多いだろう。
ガザーヴァと遭遇した、すべてのプレイヤーの共通認識。
それは――ガザーヴァがまったく悪意のない愉快犯だということにつきる。

三魔将のリーダー、凶魔将軍イブリースはあくまでニヴルヘイムの存続のためバロールに仕えていた。
だが、ガザーヴァは違う。ガザーヴァはまったく無邪気に、快楽のために。楽しむために破壊と殺戮を繰り返していた。
その突き抜けっぷりが逆にいいとして、意外と人気も高かったりするのだが――しかしここは現実のアルフヘイムだ。
ただ楽しいから、面白いからで殺されてしまっては堪らない。
武人肌のイブリースとは反りが合わなかったようだが、ゲームの中のガザーヴァはバロールには忠実に従っていた。
その繋がりが、この二巡目の世界でもまだ健在だとしたら――
バロールが使い勝手のいい忠実な駒として、ガザーヴァを使役するのは当然と言えるだろう。

>俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
 カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな

「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
 カザハがあたしに抱きついてきたこと」

それは、まさにこの歩廊で起こった出来事。
みんなを待っていた、と言ったマホロに対し、カザハは感極まって抱きついてきたのだ。

>マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!

そんなカザハを明神は憤怒の形相で引きはがした。だから、きっと覚えているだろう。
そして――思い出すことができたなら、同時に『おかしい』とも思うはずだ。
明神の顔を見つめながら、マホロが頷く。

「あたしはあのとき、カザハにまったく対処できなかった。棒立ちになることしかできなかった。
 その直後、同じことをしてきた焼死体さんには『聖撃(ホーリー・スマイト)』で反撃できたのに……。
 カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
 あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」

『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は聖属性のモンスターだ。
闇属性には敏感に反応する。そして、身に着けた『聖撃(ホーリー・スマイト)』は外敵に対し無意識に発動する。
見敵必殺のスキルが発動しなかったのは、カザハの内包する闇の大きさに身体が硬直してしまったということらしい。

「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
 あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて。
 月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
 ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
 お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」

作戦を纏め、決定したのはなゆただが、それまでの会議を主導していたのは明神だ。
例え足手まといだろうと、不要だろうと、兵士たちを一人として見捨てはしないと。全員で生き残るのだ、と。
そう最初に言ったのは明神だったのだ。
もしマホロが『ファンを見殺しにできない。全員助けたい』と言ったところで、ジョンを説得できなかっただろう。
単なる利己的な発言というだけで片付けられてしまっていたに違いない。
あの場所では、ジョンの仲間が。キングヒルから来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がその意見を押し通す必要があった。
そして、明神はなんの打ち合わせもなく、ごく自然にそれをやってのけた。
それだけで、マホロが明神をもっとも信頼に値する人間と判断するには充分だったらしい。

「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
 帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
 この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
 ……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」

この、何を信じ何を疑えばいいのかも分からない世界で。
ほんの一握りの信頼できる人間に対して、ブレイブ&モンスターズの歌姫はにっこりと笑いかけた。

131崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:17
「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

全員の用意が整ったことを確認すると、なゆたはアコライト外郭の兵士たちを残らず魔法機関車の客車に乗り込ませた。
仲間たちとマホロ、最後に自分も乗り込むと、バロールに目配せする。

「お願い、バロール」

「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」

そう言うと、バロールは城塞の中に入った。
しばらくして、元魔王が城壁の上にある歩廊へと顔を出す。
ボノはすでに魔法機関車をスタンバイさせている。いつでも走り出せる状態だ。
しかし、バロールはどうやって魔法機関車を飛ばす気なのだろうか?
見たところ、魔法機関車に特別な改造は施されていないように見える。内部も乗り慣れた客車のそれだ。
バロールはゆるやかに流れる風にミルク色の長い髪を遊ばせ、軽く目を細めた。

「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

ばっ! と歩廊の上で大きく両手を広げると、高々と言い放つ。
途端に虹色の双眸が輝き、全身を膨大な魔力が包み込む。

「とうっ!」

バロールは大袈裟なアクションで両腕をぐるぅりと回すと、トネリコの杖の先端で眼下の魔法機関車を指した。
と、外郭に敷設された線路の終点にある車止めの先が俄かに輝き始める。
そして現れたのは、虹色の軌条。
なんともメルヘンチックな、七色に輝く虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。
十三階梯の継承者の中でも、バロールにしか扱えない彼の完全オリジナルスキル――『創世魔法』。
無から有を生み出し、世界を創る。『創世』の二つ名の意味するところがここにある。
この魔法を使い、バロールはゲームのストーリーモードでも地上に最終決戦の場である天空要塞ガルガンチュアを建造した。
巨大な空中城郭を創造するほどだ。魔法機関車を帝龍本陣へ導くレールを敷設するなど朝飯前であろう。

「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

『魔法機関車、発車致しまス!』

バロールの号令一下、ボノが魔法機関車を発車させる。機関車は一度大きく汽笛の音を鳴らすと、ゆっくり虹のレールを走り始めた。

《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
 魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
 だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》

やがて魔法機関車は大きく坂を上がるように城壁を飛び越え、帝龍がトカゲの大軍団を配備している戦場に降り立った。
みのりがナビゲーションとして帝龍の本陣の方向を指示、進路を微調整し、それに従ってバロールがレールを創る。
魔法機関車の前方に、みるみるうちに虹色の軌条と枕木が組みあがってゆく。
レールの高度は地面すれすれである。あまり高度を上げると、万一のことがあった場合にリカバーできない。
あとは省エネである。
当然のように、トカゲたちは驀進する魔法機関車の存在に気付いた。すぐに機関車を止めようと襲い掛かってくる。

「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

なゆたは明神を振り返って言った。
『迷霧(ラビリンスミスト)』が発動すると、すぐに魔法機関車から濃霧が漂い、それは瞬く間に平原全体を包み込んだ。
ローウェルの指輪によって増幅された霧は、普通に発動させたものよりも遥かに強力に視界を奪う。
一方で、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とアコライト外郭の兵士たちには効果を及ぼさない。
あくまで、行動を阻害されるのは帝龍の軍勢だけだ。

「ギッ、ギギィ……」

ドゥーム・リザードたちは混乱した。もともと命令系統も何もない、野放しにしているだけの爬虫類である。
トカゲという生物は視覚に依存度が高い。濃霧によって視界を遮られ、たちまち我を失って暴れ始めた。
中には共食いを始める者もいる。

「やった!」

なゆたが快哉を叫ぶ。
進路上にいるトカゲたちを跳ね飛ばしながら、魔法機関車はスピードを上げて前進した。


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