(無題)
・・先の「シェリタリングスカイ」に続き「アフリカの日々」という映画をみた。否「アフリカの日々」ではなく「愛と哀しみの果て」という題名の映画だ。Out of Afrikaが原題。デンマークの女流作家ディネーセンの小説による。どこまで自伝でフィクションかはわからぬがともかく実際アフリカで日々を過ごしたらしい。
・・きょうはピアーズブロスナンのWORLD is not enoughというのを観た。世界を手に入れようとする女、驚くべきソフィーマルソーが演じている。「禁じられた遊び」の女の子だ。「世界はわたしのものよ」というに「世界は足りないものがある」というボンド。この二人愛欲の場面で生き延びる術を語り合う。女は逃げることという。ボンドは美しい女を愛することという。キザなものいいだがボンド氏の言葉は一貫している。
・・パリには長くいっていない。もう行くことはないかも。かわりにパリが舞台の映画をみている。もろPARISという題の映画と「パリは霧にぬれて」という映画。「巴里のアメリカ人」なんてのもおもしろかったが。・・「パリは霧にぬれて」はルネクレマン監督で米女優フェイダナウェイがヒロインで出演。なんとも演歌な邦題だが、DEADLY TRAPが英語の題、la maison sous les abres(木々の中の家)がフランス語の題。フェイダナウェイといえば、わが青春の頃「俺たちに明日はない」が鮮烈だった。原題は「ボニー&クライド」。過激な女優にあこがれたものだ。「タワーリングインフェルノ」「チャイナタウン」・・それほど追っかけをやった訳ではない。「チャイナタウン」はパリで観たか。・・今回の「パリは霧にぬれて」はDVDで観たが、なんとアメリカ人が夫婦子ども連れでパリに逃れてくる。だから、英語が主体ではないか。ルネクレマンがフェイダナウェイをパリに呼んで選んだということだろう。女優のそのままの性格で監督は選ぶものらしい。「チャイナタウン」はポランスキーだったと思うが、やはりしんどい環境に女優をひきずりこんでいる。ひきずりこむではなく、deplacementという配置替え、ずらしか。思い切り転移でしょう。この「パリは霧にぬれて」もそういうdeplacement、転移が読み取れる。地がフランスで図が英語圏。人物は多少神経症をわずらっている。子どもはバイリンガルを試されるゆえ余計神経過敏でしょうね。「禁じられた遊び」のさすがルネクレマン。子どもの描き方はうまい。
(無題)
・・「三つ数えろ」という映画を観た。ハワードホークス作品、ハンフリーボガード+ローレンバコール競演、ハードボイルドの傑作という。この年でフィクションの映画というのは、きつい。が、シネマはノスタルジー以外のものでない。1946年アメリカ。原題はTHE BIG SLEEP(大いなる眠り)。この原題謎ですね。