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短詩人/Hyperion
586
:
秋魚
:2015/09/07(月) 21:11:15
(無題)
・・ハリケーンの越境台風とインスタント台風の発生。進路はまだわからぬも来週はじめには台風一過の晴れの日がつづきそう。三度目の正直でありたい。
中原章について、放浪が青梅に定着したのは安永五年(1776)。この土地に堂上文化をもちきたらしたという。青梅の花の時代はここにはじまる。
・・この年花咲く京の都はどうであったか。安永五年二月、夜半亭蕪村のもとに名古屋から俳友暁台が訪ねてきた。この頃は桃、桜が同時に咲く花の季節という。暁台と夜半亭の面々が一昼夜のうちに桃と桜の名所を二箇所経めぐるという快事があった。京では桜の名所は数多いけれど桃の花咲く名所は当時もかぎられていた。まず行きたいのは伏見の桃山でしょう。伏見の桃は江戸のはじめ伏見城倒壊ののち城跡にたくさんの桃の木を植えたのがそのはじまりという。安永九年刊『伏見鑑』桃山を孫引きすると、
「伏見の町の東に有。南北十町余り、東西三四町、或は五六町の間、数億万株の桃花、山野に満ちて爛漫たり。」
桃つらつら花尽きる処水長し 暁台
桃おちこち花のうらうへ入日さす 几董
・・この伏見のあと一行は京の西北嵐山へむかう。花見遊山の酔狂で、
星影の花にしみ入る夜明けかな 几董
夜桃林を出てあかつき嵯峨の桜人 蕪村
京の粋はさすがです。
・・この安永五年からさらに五年ほどして、1781年、天明期にはいる。この期は蕪村暁台もさることながら、天明の俳人たちがおおいに遊歴雄飛した時代だった。時代は混沌としていましたが。
天明2年-8年(1782年-1788年): 天明の大飢饉
天明3年(1783年)7月6日 : 浅間山で大噴火。死者約2万人。大飢饉が更に深刻化。
天明4年(1784年)2月23日 : 筑前国志賀島で金印発見。
天明4年(1784年)3月 : 田沼意知が江戸城内で佐野政言に殺される。
天明4年(1784年): 蝦夷地の開拓が始まる。
天明6年(1786年)8月 : 田沼意次が失脚。
天明6年(1786年): 最上徳内、千島を探検し、得撫島に至る。
天明7年(1787年)4月 : 徳川家斉が将軍に就任。
天明7年(1787年)5月 : 天明の打ちこわし(江戸・大坂で米屋が打ち壊された事件)。
天明7年(1787年)6月 : 松平定信が老中に就任、寛政の改革を行う。
天明7年(1787年)6月7日 : 御所千度参りが起こる。
天明8年(1788年)1月30日 : 天明の京都大火により、皇居炎上、京都の大半が焼失。
天明8年(1788年): 尊号一件始まる。
・・青梅で、中原章、浄月律師、根岸典則らが生きたのもこの時代。
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