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短詩人/Hyperion
698
:
秋魚
:2016/07/29(金) 02:49:22
(無題)
>・・悉く荒夫琉(あらぶる)蝦夷(えみし)等を言向け、また山河の荒ぶる?等を平和して還り上り幸しし時に、足柄の坂本に到りて御粮(みかりて)を食(は)む處に、其の坂の?、白き鹿と化りて來て立ちき。 爾くして即ち其の咋い遺せる蒜(ひる)の片端を以ちて待ち打てば、其の目に中りて乃ち打ち殺しき。 故、其の坂に登り立ちて三たび歎きて詔りて云いしく、「阿(あ)豆(づ)麻(ま)波(は)夜(や)=吾妻はや【阿より下の五字は音を以ちてす】」。 故、其の國を號けて阿豆麻(あづま)と謂う。
・・あづま(東国)の場所はどこか。古事記では足柄の坂本という。白い鹿(土地の神)を偶々噛んでいたヒルで打ち殺してしまった。・・書紀ではここが碓氷峠。ここより東南の国が弟橘媛をしのんだ吾妻(あづま)の国になる。白い鹿に出会ったのは伊那谷を入って阿智村の神坂峠に伝説がある。
・・阿智の昼神温泉に伝わる話は、『大昔の事です。日本武尊がご東征の帰り途、伊那谷を通って園原の神坂峠へさしかかったとき、山と山に閉ざされて空もせまく、雲が幾重にも包んで、越す方法も知れませんでした。さすがの尊もしばらく手を組んで思案にくれていましたが、その時、悪事をなさる神が尊を苦しめようとして白鹿に化けて尊の前に立ちふさがったのです。尊は不思議に思いながら、口に噛んでいた蒜を鹿に投げつけました。それがちょうど鹿の目に当たって、鹿は死んでしまいました。ところがたちまち濃霧が巻き起こって、一寸先も見えなくなった時、一匹の白狗が現れて道に迷う尊を里へ導いてくれたのです。これ以来、神坂越えには蒜を噛んで通ると妖気に打たれる事がないと言われるようになりました。このことから「蒜噛」が、現在の「昼神」の語源になったという説があります。』
・・ところがたちまち濃霧が巻き起こって、一寸先も見えなくなった時、一匹の白狗が現れて道に迷う尊を里へ導いてくれたのです。
この白狗がタケルを窮地から導く伝承は、武蔵御嶽神社にも伝わっている。狗ではなく日本狼だが。
>・・即ち其の國より甲斐に越え出でて、酒折の宮に坐しましし時に歌いて曰く、
邇(に)比(ひ)婆(ば)理(り)
都(つ)久(く)波(ば)袁(を)須(す)疑(ぎ)弖(て)
伊(い)久(く)用(よ)加(か)泥(ね)都(つ)流(る)
新治
筑波を過ぎて
幾夜か寝つる
爾くして、其の御火燒(みひたき)の老人(おきな)御歌に續きて以って歌いて曰く、
迦(か)賀(が)那(な)倍(べ)弖(て)
用(よ)邇(に)波(は)許(こ)許(こ)能(の)用(よ)
比(ひ)邇(に)波(は)登(と)袁(お)加(か)袁(を)
日々並べて
夜には九夜
日には十日を
是を以ちて其の老人を誉めて、即ち東の國造を給うなり。
・・甲斐の酒折の宮は記紀とも一致。筑波から酒折まで九夜十日を数える。これは物部の十種(ひふみ)の道であろう。
人恋し灯ともしころをさくらちる 白雄
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