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短詩人/Hyperion
652
:
秋魚
:2016/04/22(金) 21:17:05
(無題)
・・思考が腐食される風で自転車に乗ることにした。五月には柳沢峠にチャレンジしてみたい。先日調整したフロントギアの様子見だった。コースは玉川上水取水口から多摩川CRをくだり立川日野の橋をわたり土方歳三記念館からモノレールに沿って多摩動物公園、多磨センターまで行きなれた温泉がある。コースはほどよいアップダウンスロープでまったく快適。ここに馴れてしまうと青梅街道など恐くて走れない。・・フロントギアチェンジは完璧。気持ち悪くなるほどよくかかる。購入店の最初の調整なんだったかと思う。リアギアは逆に今ひとつ。ここも自前で調節できそう。復旧不能になりそうでやめておく。・・もう春が進んで新緑の季節。厚着をして出て失敗。出発前の想念と体調はまったくあてにならない。この頑固な想念の切り崩しと体調は新陳代謝の更新です。昔はよかった。
竹芝伝説(「更級日記」より)
・・いかなる所ぞと問へば、「これはいにしへたけしばといふさかなり。国の人のありけるを、火たき屋の火たく衛士(えじ)にさしたてまつりたりけるに、御前の庭を掃くとて、『などや苦しきめを見るらむ、わが国に七つ三つつくり据えたる酒壺に、さし渡したるひたえの瓢(ひさご)の、南風ふ吹けば北になびき、北風吹けば南になびき、西吹けば東になびき、東吹けば西になびくを見で、かくてあるよ』と、ひとりごちつぶやきけるを、その時、みかどの御むすめ、いみじうかしづかれたまふ、ただひとり御簾のきはに立ち出でたまひて、柱によりかかりて御覧ずるに、このをのこの、かくひとりごつを、いとあはれに、いかなる瓢の、いかになびくならむと、いみじうゆかしくおぼされければ、御簾をおし上げて、『あのをのこ、こち寄れ』と仰せられければ、酒壺のことをいま一かへり申しければ、『われ率て行きて見せよ。さいふやうあり』と仰せられければ、かしこくおそろしと思ひけれど、さるべきにやありけむ、負ひたてまつりて下るに、ろんなく人追ひて来らむと思ひて、その夜、勢多の橋のもとに、この宮を据ゑたてまつりて、勢多の橋を一間ばかりこほちて、それを飛び越えて、この宮をかき負ひたてまつりて、七日七夜(なぬかななよ)といふに、武蔵の国に行き着きにけり。・・
・・ここは三田済海寺のあたりか。月の岬もこのあたり。
河陽宮【かやのみや】
嵯峨天皇の離宮。現在の京都府大山崎町にあった。河陽すなわち河の北,淀川畔の風光明媚な山麓一帯の地に営まれ,水瀬(みなせ)などでの遊猟の足場に使われた。のち荒廃し,行幸(ぎょうこう)があれば使用して宮名も存続することを条件に861年山城国府の建物となる。
帰朝の後、筑紫にて、送りに詣(ま)で来たる唐人の帰るにつけて、河陽県の妃の女王の君に 中納言
何にかはたとへて言はむ海のはて雲のよそにて思ふ思ひは
*
済海寺
済海寺(さいかいじ)は、東京都港区三田四丁目に存在する浄土宗の寺院。本尊は阿弥陀如来。江戸三十三箇所観音霊場の第26番札所である。札所本尊は亀塚正観世音菩薩。
東京都港区三田四丁目16番23号 位置 北緯35度38分37.4秒 東経139度44分29.3秒
・・更級日記に登場する皇女と武蔵国の武士との恋愛物語である竹芝伝説の「竹芝寺」の跡地に位置する。
・・1621年(元和7年)牧野忠成と念無聖上人によって創設。越後長岡藩藩主家牧野氏や伊予松山藩主家松平氏及びその定府家中が江戸での菩提寺として使用。
・・1859年(安政6年)にフランス総領事館となり、2年後には公使館となって1874年(明治7年)まで続いた。
・・1982年に済海寺にある旧越後長岡藩主家牧野家墓所の悠久山への改葬が行われるが、鈴木公雄を団長とする済海寺遺跡調査団による緊急遺骨調査が行われた。
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