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短詩人/Hyperion

780秋魚:2017/05/05(金) 18:43:19
(無題)
・・輪行のために、自転車の解体−組立てを予行した。一年もやってないと勘も狂う。ホイールの外しまではなんとか。バラバラになった車輪をフレームにくくりつけて袋に収納するというのがまたしても難しい。どこか違ってるのではないか、ネットでもう一度学習してみよう。・・組立ててほかに狂いはないか。ブレーキが少し変。

・・きょうは組立て自転車の点検で、飯能岩淵の歓喜寺、岩井堂までサイクリング。岩井堂は何度か訪れたが、そこから7百mほど離れた歓喜寺にはまだ訪ねていない。岩井堂は真言宗智山派の歓喜寺のものだ。榧の大樹があるという。五月の連休盛りというのでサイクリストも多い。小曽木街道は田舎の道だが、この日は車も多い。注意力全開で身体に緊張感をみなぎらせるのは、しばらく忘れていた。健康によい。・・体のリズムも若干狂う。

・・ともかく死ぬのはごめんだ。リズム若干の狂いも補正したい。小曽木街道を外れて仏子に向う道は何と言うのだろう。ガソリンスタンドのあるT字路で美杉台団地のほうへ。(団地というとまずいかも)すぐ成木川にかかる橋がある。「みどり橋」という。ここからの川景色は絶品。写真を一枚とった。ここを渡らず右にすこし折れると歓喜寺がある。こういうお寺ほとんど訪ねる人もない。榧の木をしっかり観るのははじめてだ。木質が固そうで碁盤をつくったりする。実から油もとったりするそうだ。墓地のほうから一人来てたまさか話になる。土地の人だというのでどんな話もおもしろい。墓地にハナミズキを植えたが数年で枯れたという。ハナミズキは米国からやってきた。ソメイヨシノと交換という。これも知らなかった。土を入れ替えないと枯れるでしょう。墓の管理のしかた、やはり悩みが多い。
・・こんなマイナーな寺に訪ねる人めずらしいのか、よく話す。石動神社に訪ねたときも、出会った人はよく話した。根ケ布だったか近くに勝沼の時宗の寺があるという。今回、この歓喜寺のほかに飯能下畑にある金蓮寺も訪ねてみたかった。時宗の寺だ。

・・歓喜寺は墓地の開発だけは進んでいるようで、近隣に住み着いている家に檀家の募集がある。話をした人の家は古いは古いが、明治頃までのは火災で焼けて過去帳は無いという。それでも古い墓石、板碑が残るというので、二三見させてもらった。磨耗があって読みにくいが、寛文というのが読める。1661年から1672年の間、芭蕉はこの頃藤堂家に出仕して寛文12年(1672)には江戸に下っている。ほかに天明三年という碑も草葉の蔭にある。1783年、浅間山大噴火。死者約2万人。大飢饉が更に深刻化。
時代背景を探ると胸にぐっと来るものがある。

・・墓碑板碑には江戸天明、文化文政の頃までは青梅、飯能でよくみかける。天保年間のものは少ないという印象だ。死者の霊魂の居場所を安めるというより、父が祖父の、子が父の霊魂を引き継ぐような心性は幕末にかけてどんどん薄れていったのではないか。維新の近代は総じて過去を清算してはじめる私生児たちのエネルギーで満ちていた。


長閑さや清水滴る岩の鼻
陽炎や清水滴る岩の鼻
月かげや清水したたる岩の鼻

岩鼻やここにもひとり月の客   去来


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