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短詩人/Hyperion
606
:
秋魚
:2015/11/07(土) 20:41:50
(無題)
・・寒くなってきた。「孤独な散歩者の夢想」ならぬ寒い温泉サイクリストも夢想に工夫がいる季節になる。先人の旅の記録、たとえば芭蕉の「笈の小文」など読むと、自転車のポタリングにも思考に刺激を受けることもある。
奈良の吉野山は歌枕、吉野山といえば花。この吉野山に花見詣でをするに、いくつか花見スタイルの歌がある。
昔たれかゝる桜のたねをうゑて吉野を春の山となしけむ(良経)
吉野山こぞの枝折の道かへてまだ見ぬ方の花を尋ねむ(西行)
これはこれはとばかり花の吉野山(貞室)
「笈の小文」では、文中にはないこの三つの歌が芭蕉の脳裏にあった。(失礼!ひとつは句です)
・・弥生半過る程、そぞろにうき立心の花の、我を道引枝折となりて、よしのの花におもひ立たんとするに、かの・・
思い立つはじめが「花の枝折」であるから、芭蕉のポタリングは西行のそれにもっとも近い。
九条良経は新古今の正統派の歌人。桜の種を植えるなど誰が夢想するかとも思うが、歌枕は大昔からあったわけでないフィクションだからそういう虚実をみすえる目は血統よろしくないとできないかも。
新古今の総帥にいた後鳥羽院の歌に吉野を詠んだものがある。
最勝四天王院の障子に、吉野山かきたる所
太上天皇(後鳥羽院)
み吉野の高嶺の桜散りにけりあらしも白き春のあけぼの
・・花にあらしの喩え。・・俗人にははやくも思考が停止するが。
いづれも、正統派中の正統派、高嶺の桜とはよくいったものです。
・・これはこれはとばかり花の吉野山(貞室)
安原貞室は貞徳門下の俊秀。似非古今伝授の流れです。が、いかにも俳諧らしい。
われわれ俗人の花見はおおかたこんなものではないでしょうか?
七部集「曠野」の巻頭というので紐解いてみました。なるほどこれなら連俳で遊べるでしょうか。
自分のポタリングは芭蕉西行と同じ嗜好の枝折の道だというのが、発見!
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