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短詩人/Hyperion
795
:
秋魚
:2017/06/30(金) 17:46:43
(無題)
千はやぶる神世もきかず龍田川から紅に水くゞるとは
二条の后の、春宮のみやす所と申ける時に、御屏風に、
たつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる
・・二条の后、春宮のみやす所の時ですから、貞観八年(866)から貞観十八年(876)の間のことでしょう。竜田川にもみぢ流れる屏風の場所は、おそらく、雲林院でのことと思われる。
業平のちはやぶるの前に「もみぢばの流てとまるみなとには紅深き浪や立らむ」素性法師の歌があり、さらにその前に「侘人のわきてたちよる木のもとはたのむ陰なく紅葉ちりけり」僧正遍昭の歌、「うりむゐんの木のかげに、たゝずみてよみける」の添書きとともにある。
・・命くれない、なんて演歌がありました。から紅は平安の異風ぶりでしょうか。
近代の色彩感覚では、vermilionというのが西欧経由で入ってきたと思われますが、鮮やかな朱色。卑弥呼の時代にあった丹沙は硫化水銀で似た色かもしれません。
* バーミリオン(Vermilion)の語源は、ラテン語のヴェルミクルム(Vermicul-um)だそうですので、・・※ヴェルミクルム=小虫(死んで塊になったものが赤色をしていた)
龍田越え
竜田越奈良街道(たつたごえならかいどう)は、奈良に至る「奈良街道」の一つ。 大阪と奈良を結ぶ街道の一つであり、斑鳩町の竜田(龍田神社付近)を通る「竜田道」の一つである。 現在は国道25号が踏襲している。・・龍田(三郷町の龍田大社付近)を越えることから「竜田越」とよばれるようになった。
・・飛鳥時代に、難波津・四天王寺と斑鳩里・法隆寺を結ぶ街道として整備された。沿道にある大聖勝軍寺を含め、いずれも聖徳太子にゆかりのある地域と関わりがある。聖徳太子自身もこの街道を往復していたといわれる。
・・柏原から三郷にかけては、北側の山道越え(信貴山越と一部重なる)、大和川の北岸に沿うルート(いわゆる亀の瀬越)、対岸の南側を沿うルート(現在の国道25号)など、複数のルートがある。
柏原市内で、「亀の瀬」とよばれる地域を通るが、本街道としては現在に至るまで、難所として知られた。 wikiより
・・つつ井筒の恋で昔男が越えるのは、この竜田越ではなく十三峠であろう。
十三峠(じゅうさんとうげ)は、大阪府八尾市神立と奈良県生駒郡平群町福貴畑との境にある峠。標高462m。
大阪のヒルクライマーの聖地ともいえる峠。
かなりきつい登りが細かな緩急と九十九折れを繰り返しながら続く。
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