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短詩人/Hyperion
623
:
秋魚
:2016/01/18(月) 01:35:15
(無題)
初虹は麓に消えて富士の山
初虹や裏見が滝に照る朝日
旭の匂ふ裏見が滝や鷹の声
鷹鳴くや富士に曇りのなき夕
・・むずかしくなりましたな。井月も。
[題詞]山部宿祢赤人望不盡山歌一首[并短歌]
[原文]天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将徃 不盡能高嶺者
[訓読]天地の 別れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は
318
[題詞](山部宿祢赤人望不盡山歌一首[并短歌])反歌
[原文]田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留
[訓読]田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける
・・おそらく東海道のフジこそ富士であろう。この田子の浦は、
由比 北緯35度06分23秒 東経138度33分42秒
「東海道の親不知」と呼ばれる断崖に位置し、歴史地理学的には関東政権(江戸・鎌倉・小田原)と東海政権(駿府)の境界となってきた。
江戸時代には東海道由比宿の宿場町であった。江戸時代の絵師・歌川広重による由比の浮世絵には、難所を越える旅人や、帆掛け船の浮かぶ駿河湾、駿河湾越しの富士山などが描かれている。
あるいは、蒲原 北緯35度7分6.8秒 東経138度35分58.8秒
・・江戸時代は蒲原宿が置かれ、宿場町として機能していた。
あるいは、富士市 田子の浦港沖 北緯35度9分40.8秒東経138度40分34.6秒
たこの浦の藤花を見侍て 柿本 人麿
たこの浦の 底さへにほふ 藤波を かざして行かん 見ぬ人のため
(拾遺和歌集)
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