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短詩人/Hyperion

584秋魚:2015/09/04(金) 03:09:52
遠く四方に斗藪して
・・先日、中原章について書かれた浄月律師の文を写していて妙な言葉にぶつかった。

「・・遠く四方に斗藪して」というこの「斗藪」という言葉である。「とそう」と読むが梵語で「頭陀」のことという。「ふりはらう」の意。「斗」は「北斗」などで馴染みだが「容量の単位」「ます」「ひしゃく」「少しの量」「けわしい」「かどだっている」「たちまち」「急に」などある。「闘う」という意味は無い。

「藪」は込み入った画数で判別難し、現代表記なら「薮」で「やぶ」のこと。草冠に数。

「斗藪」は仏法用語で行脚のこと。

・・いったいこういう漢字の当てはどういう思念で誰が行ったものか。根気が失せて調べたくも無いが、最近ポタリングとかツーリングとか見知らぬ土地の地図を調べること多く、実際完璧な調査は無く頭に入れた地図も思い込みほどのものであったり、現実に歩いて迷いばかりのあの格闘は何であろうと思っていた矢先、突然「籔」ヤブという言葉に思い当たった。「斗」はもろに闘争の闘の略字かと思ったが「タタカウ」という意味はないらしい。・・「籔」ヤブというのは、普通にタケヤブなどの茫々の草木のことだろうけど、自分には「迷宮」ラビリンスという言葉がよい感触です。「斗」というのはある一定の量をもった空間ですね、おそらくは。籔を切り開く剣=太刀があって、タタカウは太刀交ウとか先走りの想像もやはり籔の中のこと。・・そういえば仏法用語の好きな芥川龍之介はこの「斗藪」から思いついて『籔の中』を書いたのかもしれない。・・「迷宮」ラビリンスというのはクレタ島にあるクノッソス宮殿のこと。興味深い神話がある。・・ミノタウロス、テーセウス、アリアドーネとか、迷宮は迷路ではありません。ラビリンスは両刃斧の意です。

   *

・・先日、やはり興趣を感じた京極為兼の歌について、玉葉集という一人選者ですが、京極派の歌風を代表しているとするなら、「絢爛たる歌ぶり」と評しましたがたぶんこの言葉は外れている。表現で違和を感じている時必ずどこか的を射ていないでしょう。・・江戸後期青梅の歌人をさぐっていて、浄月は二条派の堂上歌人日野資枝についたから二条風と思いきやそうではなく冷泉風という方がいて、実はこの区別自分は認識不能です。玉葉集はずっと昔さっと斜め読みしたことがあり、この斜め読みというのも違っているでしょうけど、この斜め読みから外れる歌の情を強く感じていました。ど真ん中でまっすぐです。

・・たぶん、もうすこし繊細な差異の言葉があるでしょう。


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