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短詩人/Hyperion
609
:
秋魚
:2015/11/16(月) 20:59:13
(無題)
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」
この歌の作者は、王仁。・・この歌と対をなすのが、宇治稚郎子の歌であろう。
>・・天皇が崩じたが、郎子は即位せず、大鷦鷯尊と互いに皇位を譲り合った。そのような中、異母兄の大山守皇子は自らが太子に立てなかったことを恨み、郎子を殺そうと挙兵した。大鷦鷯尊はこれをいち早く察知して郎子に伝え、大山守皇子はかえって郎子の謀略に遭って殺された。その際、大山守皇子の遺骸に向けて次の歌を詠んだ
・・ちはや人 宇治の渡りに 渡り瀬に 立てる 梓弓檀 い伐らむと 心は思へど い取らむと 心は思へど 本方は 君を思ひ出 末方は 妹を思ひ出 苛けく 其処に思ひ出 愛しけく 此処に思ひ出 い伐らずそ来る 梓弓檀
>・・宇治稚郎子
菟道稚郎子とも書く。応神天皇の末子。母は和珥臣の祖、日触使主(ひふれのおみ)の娘、宮主宅媛(みやぬしやかひめ)(古事記では宮主矢河比売)。応神十六年、百済より来朝した王仁に典籍を学ぶ。父応神に寵愛され、同四十年、天の日継と定められる。翌年父帝が崩御すると、大雀命と王位を譲り合ったが、先に亡くなったので、大雀命が即位することとなった(仁徳天皇)。
・・好むと好まざるにかかわらず、権力闘争に巻き込まれると「殺すか殺されるか」の選択になった宇治稚郎子は異母兄の大山守皇子を殺すことになる。この歌は出家遁走を匂わす。
・・名前の「ウジ・ウヂ(莵道/宇遅)」は、京都府南部の地名「宇治」と関係する。「宇治」の地名は古くは「宇遅」「莵道」「兎道」などとも表記されたが、平安時代に「宇治」に定着したとされている
・・地名「宇治」について、『山城国風土記』逸文では、菟道稚郎子の宮が営まれたことが地名の由来としている。
・・北・東・南を山で囲まれて西には巨椋池が広がるという地理的な奥まりを示す「内(うち)」や、宇治を中心とした地方権力によるという政治的な意味での「内」が、「宇治」の由来と考えられている[4][5]。実際、宇治はヤマト王権の最北端という影響の受けにくい位置にあることに加え、菟道稚郎子の説話や「宇治天皇」という表現からも、宇治に1つの政治権力があったものと推測されている
・・文字通り「兎(ウサギ)の群れが通って道になった」ことを「莵道」の由来とする南方熊楠による説もある。
・・遁世の歌人、西行などが花ばかりを追ったのはたしかに理由があろう。
花見ればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける
花に染(そ)む心のいかでのこりけむ捨て果ててきと思ふわが身に
願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ
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