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短詩人/Hyperion

718秋魚:2016/10/22(土) 17:09:32
(無題)
・・うす曇りの天候だが御岳の青渭神社までサイクリングに出た。青渭はあおいと読んで青井のこと。けして枯れない青い湧水があるという。創建は崇神天皇代というからかなり古い。根ケ布の虎柏神社とほぼ同期か。主神は大国主命。(ただし創建年代はあてにならない)

青渭神社は沢井にある。青梅街道沢井と御岳の中間で惣岳山の方へあがったところにあるはず。地図をみて目星がついたら出発。源経基が関東を治めた頃青渭神社もよく祀られたという。このあたり平将門か源経基かといったところ。・・多摩川に渡る好文橋までに桜の咲いてる空地がある。昭和から平成にかけて空地というのがどんどん無くなってゆくのが決まった風景だった。こういう田舎にくると廃屋というのもまれにみかける。崩れそうな家屋でまだ人が住んでるというのがなつかしい風景だが。ともかく空地は健在だ。

・・吉野街道、青梅街道はそらおそろしい道で、こちらに越して来た時は自転車で走るなどとてもできないと思っていた。並のサイクリストがいとも容易に走っているのをみてこれは自分が臆病なだけと合点した。はじめて御岳までいった時が想い起こされる。軍畑にでるまえに桜橋というのがある。台地状にすこし開けた場所に昔は桜の木がきれいだったという。瀬川が多摩川に流れこむ深い谷になって足がすくむほど。ここを過ぎて軍畑大橋もこえ沢井に近ずくとにわかに人波が多くなる。天気は曇りだが今日は休日だった。帰りにわかったが澤の井の蔵開き祭りがあった。沢井駅周辺も人手が多い。・・柚子の里勝仙閣という旅館があった。なんだ閉店してるようだ。ちょうどこの前に青渭神社参道の鳥居がある。

・・ちょうどよい空地に自転車を留めて参道を登りかけた。どうも人が歩いた形跡がない。もっと他に道があるはず。さらに自転車で先に進むと舗装された登り道があった。400mばかりで見つかるという。多摩川や街道周辺の町並みがみわたされ景色がよい。道沿いに柚子の木が多く、青い実が鈴なりだ。ゆずの里というだけあって誰の管理かもわからない。雑木にまざったものを一つみやげにもらった。

・・青渭神社の里社というのがあった。「・・古くは青渭明神といい惣岳山頂近くに真名井と称する年中涸渇することのない霊泉があり、これを別名青渭の井ともいい、これが社名の起因となったと伝える。また別に惣岳大明神ともいうが、これは惣岳山(標高七四二メートル)頂に鎮座していることからの呼称である。」

真名井という湧水が売りだけに、手水舎は清冽な音を立ててある。

・・沢井の駅周辺に人が大勢いたのに比べ、この青渭神社は無人だった。ただし管理はゆきとどいているよう。灯明が点っている。「祓いたまえ 清めたまえ」といって、ぽんぽん。

ここから下の奥多摩線、青梅街道まで傾斜のある段差の土地だ。日当たりも眺めも最高だ。柚子があちこち実っている。帰りはまた違う道に入った。だんだらと東にそれてこのままゆけば沢井の駅のほう。ほんとに柚子の畑が多い。・・鉄路に沿った道に出た。

・・沢井駅にでた。駅前の公園に縄文遺跡の案内板がある。大平遺跡について、
「大平遺跡はJR沢井駅を中心に多摩川と平行して東西に広い河岸段丘上に存在します。多摩川までは約四十メートルの高低差がありますがローム層の堆積がないことから今からおよそ一万年前までは多摩川であったと思われ、今回発掘された遺構遺物によって縄文時代早期(およそ七千年前)にはすでに生活を営むことができる地形が形成されたものと考えられます。・・」

人がいっぱい。澤乃井の蔵元、ままごとやに人だかり。・・

「・・縦の最長が42?、最大幅が28.5?、縁の幅は約5?あり、縁からの最深は7?、手前に来るにしたがい浅くなってきます。石皿の縁には円すい状の穴が並んであけられていることがしばしば見受けられ、この石皿にも角の縁部分に1か所あけられています。しかし、この穴が何のために利用されたのかは不明です。石質は安山岩系の石で、多摩川の川原では、この種の石を拾うことはできません。」

・・沢井駅周辺はとてもよい環境だが、このような石皿を運んで縄文人は移動してきたのだろうか?


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