したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

避難所用SS投下スレ11冊目

100ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:19:08 ID:AELr9ruI
おはようございます。ウルトラ5番目の使い魔24話の投下を開始します。

101ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:20:22 ID:AELr9ruI
 第24話
 希望と絶望の伝説
 
 蘇生怪人 シャドウマン 登場!
 
 
 タバサを、異世界から連れ戻すことができるかもしれない。その淡い期待を胸に抱いて、一台の馬車がトリステイン王宮からラグドリアン湖へ向けてひた走っていた。
 
「殿方の噂に、ヴァリエール公爵家に女神の寵愛を一身に受けた美姫がいると小耳に挟んだことはありますが、根も葉もないものと忘却の沼地に捨てていました。いえ本当に、人間の常識などというものは当てにならないものですわね」
「お褒めいただき光栄です。けれど、わたくしにレディの手ほどきをしてくださったのはお母さまです。母は、他人にも自分にも厳しい人ですから苛烈に見えてしまいますが、母ほどの貴婦人はわたくしの知る限りおりませんわ」
「ええ、わたしもそう思いますわ。ミス・カトレア」
 馬車の中で揺られながら、キュルケは前の席で温厚そうな笑みを浮かべているルイズのひとつ上の姉を見つめた。
 彼女はカトレア・ド・フォンティーヌ。『烈風』カリンの娘であり、エレオノールを姉に、ルイズを妹に持つヴァリエール三姉妹の次女である。しかし、他の姉妹や母の苛烈なイメージとは反対に、カトレアの穏やかでのんびりとした笑顔は、キュルケの頬をも緩ませていた。
「それにしても、今こうしてわたしがお姉さんといっしょにいると知ったら、ルイズはどう思うかしらね」
「たぶん、血相を変えて怒り出すんじゃないかしら。あの子はあれで嫉妬深いから。昔なんか、アンリエッタ王女でもお姉さまのだっこは譲らないって領土宣言していたんですよ。ふふ」
 キュルケとカトレアは、幼いルイズとアンリエッタがむきになってカトレアのだっこを取り合うのを思い浮かべて、思わず声を出して笑った。
「あっはははっ、これはルイズが帰ってきたときにからかってあげるネタが増えたわね。すぐにでも、タバサにも教えてあげたいわ」
 そう、この旅の目的はジョゼフによって異世界へと追放されてしまったタバサを助け戻すことがなによりの目的である。普通に考えれば、そんなことは絶対に不可能だと誰もが思うだろう。しかし、藁にもすがるような今にあって、カトレアの提示してきた伝承は単なる希望以上のものとなってキュルケの胸を占めていた。
 
 
 それはキュルケがトリステイン王宮で目を覚まし、シルフィードやジルとともにカリーヌに救われたことを知ったあのときのことである。
 異世界という、人間には手の出しようもないところに追放されてしまったタバサを救う希望を失ってしまっていたキュルケ。そこへやってきたカトレアは、ラグドリアン湖に伝わる伝承を教えてくれた。それこそがトリステイン王家に水の精霊との盟約とともに語り継がれる伝説。

102ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:21:12 ID:AELr9ruI
「ラグドリアン湖に、異世界への扉が……? そこを通れば、タバサを連れ戻せるって言うの!」
「はい、ラグドリアン湖の底には水の精霊の都があると言われ、代々トリステインの王家は水の精霊と盟約を交わしてきました。その伝承の中に、水の精霊の都にはこの世でもっとも深い海へと通じる扉があり、水の精霊はその扉を通ってラグドリアン湖にやってきたのだというものがあります。恐らく、それもミス・タバサが呑まれたという異世界への扉なのでしょう」
 キュルケは、何度も訪れたことのあるラグドリアン湖にそんな伝承があったとはと驚いた。しかし、それだけではあまりにあいまいな伝説に過ぎない。
「異世界への扉が、ラグドリアン湖に……けど、そんなものがあるならどうして誰も知らなかったの?」
「わたくしどもにも確証はありません。伝えるものも、王家に残るこの伝承だけなのです。しかし、想像は出来ます。ラグドリアン湖は、その沿岸部の浅瀬までは漁師たちにもよく知られていますが、中央部はまるで断崖のように深くなっていて、その底の深さは数千メイルに及ぶとさえ言われています。つまり、その扉にはそもそも誰も近づけなかったのです。ですが……」
 カトレアの説明に、キュルケは怒りを覚え始めていた。近づけもしないというのであれば、いくら異世界への扉があったとしても意味がないではないか。
 しかし、キュルケが激情を破裂させるより早く、カトレアはその難題を氷解させる答えを提示してくれた。
「そちらの韻竜のお嬢さんから聞きました。あなた方は以前、水の精霊と友好を結んだそうですね。人間の力では到底、深さ数千メイルに潜ることはかないませんが、水の精霊が助力してくれたとしたら、あるいは」
 はっ、と、キュルケは目の前で手を打ち鳴らされたように気がついた。
 そうだ、どうして忘れていたんだろう。以前、タバサとラグドリアン湖で砂漠化を進めている怪獣を倒したとき、自分たちは水の精霊に貸しを作っている。それを差し引いても、自分たちに対する水の精霊の心象は悪くないに違いない。さらにシルフィードがキュルケに言った。
「人間と違って精霊は恩を忘れたりしないのね。それに水の精霊は何千年も昔から叡智を溜めてきた偉い精霊なのね。きっといい知恵を貸してくれるなのね!」
「そうね。あの水の精霊なら力を貸してくれるかも。ジョゼフたちも、まさか精霊の力を借りるなんて予想もしてないに違いないわ! 見えてきたわね、希望が!」
 元より前向きな気質のキュルケは、絶望からの出口が見つかると切り替えは早かった。
 人間には解決不可能な問題でも、精霊ならば別かもしれない。そうなると、後は真っ直ぐ情熱のままに突き進むのが微熱のキュルケの本領である。
 行こう、ラグドリアンへ!
 目先の困難などまったく目に見えていない。親友であるタバサに近づける可能性があるのなら、それに懸けない道がどこにあるだろうか。
 キュルケとシルフィードは意気投合して、今すぐにでもラグドリアン湖へ飛んでいきそうなくらい盛り上がっている。ところが、竜の姿に戻って飛び立とうとするシルフィードをカリーヌが静止した。
「待て、このトリステインにもどこにガリアの草が潜り込んでいないとも限らん。ジョゼフにお前たちが生きていることを気づかせないためにも、風竜になって行くのはやめておけ」
 言われてみればそのとおりだった。せっかく執念深いジョゼフとシェフィールドを撒けたと思っているのに、こっちが生きていることがバレたら台無しになってしまう。目立つ移動手段は使えない。
 と、なれば後は徒歩か馬車かということになるが、そこでカトレアがキュルケたちにとって驚くことを提案してきたのである。

103ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:22:15 ID:AELr9ruI
「ラグドリアン湖までは、私がヴァリエール家の馬車でお送りしましょう。お母さま、よろしいですね?」
 それを聞いてキュルケは驚いた。知恵を貸してくれるのはありがたいが、自分たちの旅はいつどこで死んでもおかしくないような危険なものなのだ。ルイズやエレオノールならまだしも、このスプーンより重いものを持ったこともなさそうな儚げな”お嬢様”を連れて行くのはとんでもない話だった。
 しかし、キュルケが止めようとすると、母親のカリーヌが事も無げに言った。
「いいでしょう。こちらのほうは我々でなんとかしておきます。ミス・ツェルプストーたちに力を貸して差し上げなさい」
「え、ちょ! ミセス・ヴァリエール! なにを言われるんですか。これは安全な旅じゃないんですよ、またいつジョゼフに気づかれて追手がかかるか。とても、ミス・カトレアを守っているような余裕はありませんわ!」
 遊びではないのだ。ジルくらい腕が立てばまだしも、足手まといを連れて行って万一のことがあっても責任は持てない。
 ところが、だ。カリーヌは娘の身を案ずるどころか、平然として言ったのだ。
「心配は無用ですよ。カトレアは、あなたの百倍は強いですから」
 仮にも私の娘ですよ、と、言外に付け加えてキュルケを見た。すると、カトレアも温厚そうな笑みを浮かべながら。
「もしも足手まといになるようでしたら、置いていってくださって構いませんわ。なんでしたら、ここで私と一戦交えてみますか?」
 カトレアの表情は穏やかだったが、その笑顔の奥にまるで神仏のそれのように底知れないものを感じてキュルケは息を呑んだ。
 そういえば、ヴァリエールの血筋の人間は皆化け物揃いだった。『烈風』カリンに『虚無』の担い手のルイズ、エレオノールは実戦に出ることこそ滅多にないものの、弱いという印象はない。
 思えばそうだ。タバサと初めて出会ったときも、とても強そうには思わなかった。メイジを見た目で判断するととんでもないことになるのは基本であった。戦えば死ぬ! 蛇に睨まれた蛙どころではなく、ドラゴリーに解体される寸前のムルチが感じたような恐怖が背筋をよぎり、キュルケはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
 ところがである。キュルケに本能的な恐怖を与えたカトレアであるが、すぐに剣呑さなどひとかけらもない温和な表情に戻ってキュルケの手をとったのである。
「ごめんなさい。わたくしも遊びではないことはよく存じているつもりです。ですが、あなた方のお噂は母や妹からよく聞かされていましたのよ。幼い頃のルイズは、友人らしい人間もおらず、わたしたちもずっと心配していました。そしてそのルイズに友達ができたと聞いたときは、どれだけうれしかったか。特に、あなたがね、キュルケさん」
「え? わたし、ですの?」
「ええ、知ってのとおりヴァリエールとツェルプストーは不倶戴天の敵同士。けれど、あなたは何度もルイズを助けてくれたと聞きました。あなたとルイズのふたりなら、ふたつの家のいさかいだけの歴史を終わらせて架け橋となることができるかもしれない。だから、わたしにも少しだけお手伝いさせてもらいたいの」
 カトレアの言葉に偽りがないことはキュルケにも伝わってきた。
 そして同時に、キュルケは自らを恥じた。自分はこれまで、ツェルプストーはヴァリエールに対して勝者として伝統をつむいできたことを誇りとしてきた。しかし、今現在はどうか? 今のヴァリエール家に対してツェルプストー家は、いいや自分は強者であり勝者だと言えるのか?

104ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:23:28 ID:AELr9ruI
 考えて、キュルケはカトレアを正面から見返した。
「……わかりました。タバサを救うために、ミス・カトレア、あなたの力をお借りします」
「ありがとうございます。わたくしの力、遠慮なく使ってくださいませ」
「それはもちろん。ただし、ひとつだけ訂正しておきたいことがありますわ」
「なんです?」
「わたしとルイズは友人ではありません。あくまでツェルプストーのわたしはヴァリエールの宿敵。しかし、わたしとルイズはこれまでに多くの借りと貸しを作り作られてきました。その清算が片付くまでは少なくともルイズとは休戦いたしましょう。あと何十年かかるかわかりませんけれども、ね」
 にこりと笑い、キュルケとカトレアは手を取り合った。
 それはキュルケにとって、プライドを天秤にかけたギリギリの譲歩だった。しかし、口に出さなくても伝わる思いというものはある。建前の裏に隠されたキュルケの本音を、カトレアはきちんと見抜いていたのだ。
 カトレアは思う。「とても熱いけれども、とても暖かい人。でも、本当に大切なところを表に出せないところは、うちの子たちと似てるわね」と。多くの動物や怪獣たちと触れ合い、物言わぬ彼らの心と触れ合ってきたカトレアにとっては、キュルケの虚勢を見破る程度は造作もないことだったのだ。
 そして同時に思う。ルイズのためにも、彼女を死なせるわけにはいかないと。
「よろしくお願いします。では、さっそく出かけることにしましょう。お母さま、後のことはよろしくお願いいたします」
「わかっております。ヴァリエール家の人間として、ふさわしい活躍を期待していますよ」
 カリーヌに激励されて、カトレアは杖に誓ってヴァリエールの次女として使命を果たすことを制約した。
 
 
 そして十数分後には、キュルケたちはカトレアの用意してくれた馬車に乗って、トリスタニアの市街を横切ってラグドリアン湖への旅に出発したのだった。
「ジルが抜けたのは痛かったですが、代わりに百万の援軍を得た気分ですわ。必ずタバサを助けて、帰ってきましょう!」
 この、常な前向きさこそキュルケのなによりの武器である。カトレアが、本当にカリーヌに認められるようなメイジなら、その魔法を見るのは自分にとっても大きなプラスになるはずだ。それがきっと、タバサを救うためにも役立つ。
 そう、火の系統のメイジがくすぶっていても美しくなどない。火は燃え盛ってこそ光を放つのだ。
 情熱の本分を取り戻したキュルケはやる気に溢れ、ヤメタランスでもこの炎は容易に消すことはできないだろう。馬車の中が、キュルケひとりの熱気で室温が二、三度上がったようにさえ思え、カトレアはそんなキュルケを頼もしそうに見つめている。
 また、シルフィードは竜の姿のままでは目立つので人化してもらっていっしょに乗り込んでいる。しかし人化には大きな負担も同時にかかるらしいので、今シルフィードはカトレアのひざを枕にしてすやすやと眠っていた。

105ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:24:33 ID:AELr9ruI
「うーん、おかあさま……イルククゥは大きくなったのね……」
「あらあら、この子ったらお母さんの夢を見ているみたいね」
 カトレアがシルフィードの髪を優しくなでると、シルフィードは寝ながら気持ちよさそうに笑った。その様子は、まさに仲のよい母と娘のそれそのもので、キュルケはルイズもこんなふうにカトレアに甘えていたのかなと、その情景を想像して、思わず口元をにやけさせていた。
 ただしかし、大家族でもゆうに乗せられそうな大きさを持つこの馬車には、残念ながら三人しか乗っていなかった。出発の前、ジルも当然同行するものと思われたのだが、ジルは早くいっしょに行こうと急かすシルフィードにこう言ったのだ。
「悪いが、お前たちだけで行ってきてくれ。私はここに残るよ」
「えっ! な、なんでなのね? ジルもいっしょに行こうなのね」
「忘れたかい? 私の足はこれだ」
 そう言い、ジルは義足を失った片足を見せた。
「あっ……」
「この足じゃお前たちの足手まといにしかならないよ。新しい義足を作ってくれるそうだけど、出来上がるには時間がかかる。それに、武器や道具も使い果たした私はただの平民だ。私が行けるのは、ここまでさ……」
 寂しげに言ったジルは、無念さをにじませながらもシルフィードとキュルケの肩を叩き、「シャルロットに会えたらよろしく言っといてくれ」と告げて去ろうとした。ところが、シルフィードはかみつくようにジルの前に出て押しとどめると、ぐっとジルの目を見つめて言った。
「ジル、ジルはこれまでずっとおねえさまやわたしを助けてくれたのね。だから、そんな自分を役立たずみたいに言わないでなのね。ジルがいたから、わたしたちはここまで来れたのね。タバサおねえさまはシルフィたちがきっと連れて帰るのね! だからおねえさまが帰ってきたときに、ジルは一番に「おかえりなさい」って言ってあげてほしいのね!」
 シルフィードのその必死な目は、これまで数え切れないほどの凶暴な猛獣と睨みあって来たジルをもたじろがせるものだった。しかし、恐ろしいものではない。それどころか、胸につかえていたものが取り除かれたように、ジルは愉快な気持ちになるのだった。
「ああ、わかったよ。じゃあ、わたしはしばらく骨休めをしているから、ちゃんとシャルロットを連れ戻してくれよ。あの子のお母さんのことなら心配はするな。ここより安全な場所はハルケギニアのどこにもない。だから、気負わず頑張って来い」
 ジルは、今度は信頼と期待を込めた手でシルフィードの肩を叩いた。
 タバサの母は、今王宮の別の部屋で休ませている。王宮の中にガリアのスパイが紛れ込んでいる可能性は無きもあらずだが、バム星人の件以来、王宮で働く人間の身元は徹底して洗ってある。そうして選ばれた王宮医が診ているので安心だ。もちろん、口の固さでも信頼はおける。
「カトレアさん、このじゃじゃ馬娘たち、手に余ると思いますが、よろしくお願いします」
 別れるときのジルの顔は、まさに母であり姉である人間のそれだった。カトレアは、その重責をしっかりと感じ取り、必ずふたりを守り抜きますと誓約した。
 王宮に残ったジルのためにも、タバサは連れ帰らなくてはならない。水の精霊に必ず会って、異世界への扉へとたどり着かなくてはすべてが無駄になってしまうのだ。
 揺れる馬車の中で、カトレアはすやすやと眠るシルフィードの頭をひざに抱き、その温厚な表情とは裏腹に胸のうちに宿った強い決意を確かめた。そんなカトレアをキュルケは微笑しながら見ている。ふたりの間に溝はもうない。キュルケはカトレアの人柄を知ると、元々気さくな性格を表に出して、今ではすっかりカトレアと打ち解けていた。
 
 
 それが、今これまでの話である。しかし、希望という光が強くあれば、それに比例して大きな闇もまた伴ってくることを、今のキュルケは知らなかった。
 
 カトレアはキュルケに対して、ルイズに向けるようにずっと温和な態度を続けてきた。しかし、キュルケと打ち解けて彼女の人となりを確かめると、カトレアは、温厚そうな表情を引き締めて告げた。

106ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:25:38 ID:AELr9ruI
「キュルケさん、あなたのミス・タバサを救いたいという気持ちはよくわかりました。けれど、いくらあなた方が水の精霊に恩を持っているとはいっても、水の精霊が交渉に応じてくれる可能性は限りなく小さいことを覚悟しておいてください」
「なんですの? 今になっておじけずいてきましたか。大丈夫、もし水の精霊がノーと言っても、わたしの炎でラグドリアン湖を干からびさせてでも言う事を聞かせて見せますわよ」
「そういう意味ではないのです。私たちも、可能性に懸けたい気持ちはあなたと変わりません。ですが、ラグドリアン湖にある異世界への扉、そこを潜った先には水の精霊が本来住んでいた世界があるはずですけれど、水の精霊はこちらの世界のものが向こう側へ渡ることを極めて嫌うそうなのです」
「そんなわがままな。それじゃ、まるでハルケギニアのものが汚いみたいじゃないですか。失礼なことですわね」
「その理由をこれからお話します。どうせ、ラグドリアン湖に着くまでに、知っておいてもらわねばならないことですから……」
 キュルケの疑問に答えて、カトレアは自分の知っている限りのことを伝えようと試み始めた。そう、ラグドリアン湖に伝わる水の精霊と異世界への扉への伝承の残りのすべてである。
「あなたにお話いたしましょう。ですが本来これは、トリステイン王家と血筋に近しい貴族にだけ伝えることを許された秘密です。他言はしないよう、あらかじめお願いします」
「ご心配なく。わたしの名誉と杖にかけて秘密は守ります」
 貴族の杖にかけた誓約は神に誓うことに等しい。真剣な表情になって聞く姿勢をとったキュルケに、カトレアは信頼を込めてうなづいた。
「あなたを信じます、キュルケさん。この伝承は、ヴァリエールの血筋でも二十を越えた者にはじめて明かされます。そのため、ルイズもまだ知ってはいないのです。しかし、世界の危機にこれ以上秘匿していても意味はないでしょう」
「信頼にはお応えするつもりですわ。ですが、それほどまでに秘密にこだわる理由はなんですの? これまでの話ですと、確かに衝撃的ではありますけれど、強いて秘密にするものでもないと思われるのですが」
「それは、水の精霊の伝承に、ハルケギニアの民ならば誰もが知っているブリミル教の……始祖ブリミルの動向が重なっているからなのです」
 その瞬間、キュルケの背中に冷たい汗が流れた。ブリミル教の威光と権力はハルケギニアのすべての民が恐れるものであって、睨まれれば死というのは王家や貴族も例外ではない。
 だが、つまりはその伝承がブリミル教の教義にしたら不愉快なものであるということだ。ならば王家がひた隠しにするのもわかるというものだが、聞くからにはこちらにも相応の覚悟がいる。キュルケはそれを決めた。
「外に漏れたら異端審問ものというわけですのね。上等です、続けてくださいませ」
「わかりました。伝承の時代は、今からおよそ六千年の昔に遡ります。その時代は、誰もが知っているとおりに始祖ブリミルがこの地に現れたと言われていますね。ラグドリアン湖はその時代からすでにあり、その当時は水の精霊は湖から頻繁に現れて、湖畔の人々と交流していたそうです」
「あの、気難しいと言われている水の精霊がですか? 冗談じゃありませんの」
 一度とはいえ、水の精霊と直接対面して、その人外の雰囲気を直に感じているキュルケとしては信じられなかったのも無理はない。
「あなたは一度、水の精霊とお会いしているのでしたね。嘘のように思われるかもしれませんが、同じように疑問に思ったヴァリエールの先祖が、水の精霊に直接確認して、間違いのないことを誓約されたと言われています」
「確かに、水の精霊は別名を誓約の精霊……決して、嘘はつかないのでしたね」
「そう、そして水の精霊がなぜ誓約の精霊と呼ばれるようになったのかも関係しているのです。話を戻しましょう。六千年前のその当時、ラグドリアン湖の周りにはまだ国と呼べるものは無く、わずかな人間の集落が点在するだけの、森に囲まれた穏やかな湖だったそうです。そこで、水の精霊は水害などから湖畔の人々を守って、守り神と称えられ、人々も決して湖を侵そうとはせず、共存の関係であったと伝えられています」
「今の水の精霊は、時に水害を起こして畏れられているのにまるで反対ね。それで、その湖畔の人々が、今のトリステインの人たちの先祖なわけですのね?」
「先祖、ですか……確かに、そうとも言えなくもないですが」

107ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:26:36 ID:AELr9ruI
 そこでカトレアは言葉を濁して、表情を暗く曇らせた。キュルケは、その様子にこれからの内容にただならぬものを感じたが、カトレアの話そうとしている言い伝えはさらに想像の上にいくものであることを、カトレアの額に浮かぶ汗は示していた。
 実を言うと、内心でこのときカトレアは話を始めたことを後悔しはじめていた。母と共に、秘密を明かす必要は感じていたが、やはりこの伝承を人に聞かすのは重過ぎるかもしれない。
「繰り返しますが、ここから先の内容は秘中の秘です。それゆえに、伝承も完全に口伝で、書類などには一切残されていません。いえ、それよりも、聞かなければよかったと後で後悔するかもしれません。最後に尋ねます。それでも、よいですか?」
「今さら、毒を食らわば皿までですわ。それに、わたしたちはこれまでハルケギニアのあちこちで、常識の通用しない出来事に対面してきました。異世界からタバサを救い出すなんて、奇跡を越えた大それた事をしようとしているんです。水の精霊に関して、少しでも多く知っておかないと、後で後悔してからでは、それこそ取り返しのつかないことになりますわ」
 キュルケにとっては、ブリミル教が敵になろうと正直どうでもよかった。元々それほど信仰心の強いタイプではない。タバサを助けるために邪魔になるのなら、神官でも神でも叩きのめしていくのが偽らざるキュルケの覚悟だった。
 カトレアは、この人は引くことを知らないのだなと悟った。常に前向きで力強いさまは、どこかしらルイズに似ているようにも思える。ならばきっと、どんな残酷な真実が待っていても受け止めることができる。
「続けます……六千年前まで、ラグドリアン湖では数百年に渡って人間と水の精霊が平和に共存してきました。ですが六千年前、そこに奇怪な人間たちがやってきたのです」
「奇怪な、人間たち……ですか?」
「はい、見たこともない異国の衣装に身を包み、不思議な力を操る者たちであったそうです。空を自在に飛び回る丸い船に乗って現れ、病人を瞬く間に癒し、あらゆる食物を与えてくれ、望めばどんな不可思議をも叶えてくれました。当時、その土地には魔法を使える者はおらず、今で言う平民のみが住むところであったために、人々はその異邦人たちを大いに歓迎しました。しかし、それは最初のうちだけだったのです」
 キュルケは、カトレアの暗い眼差しに、ごくりとつばを飲み込んだ。
 空飛ぶ船に乗って現れる、見たこともない姿をした者たち……それって、まるで……
「最初に現れた異邦人の空飛ぶ船はひとつだけでした。ですが、それからすぐに後を追うようにして同じ空飛ぶ船が何隻も現れて、それぞれの船が湖畔の集落の人々を次々に囲い込み始めたのです。それまで、集落同士は争いも無く自由に行き来できたのですが、異邦人たちは自分の囲い込んだ集落の人間に、よそに移ることを禁じました。それでも人々は、異邦人たちが与えてくれる、暑さも寒さも通さない家の中で働かずに遊び呆けていられるので平気でした。ですがその間にも、異邦人たちはラグドリアン湖の周りの土地を競い合うように我が物としていき、そしてとうとう異邦人たちのあいだで衝突が起こったのです」
 その瞬間、暗雲に覆われたトリステインの空で雷鳴が轟き、稲光がカトレアとキュルケの横顔を冷たい光で照らした。
 カトレアはじっと聞き続けているキュルケに伝承の続きを語った。
 ラグドリアン湖周辺を我が物とした、複数の異邦人たちの集団はそれぞれの縄張りを主張するかのように争いを始めた。そして、その争いに駆り出されたのが元々湖畔に住んでいた人々だったのだ。
「っ! 自分たちの争いのために、無関係な人たちを駆り出したというの?」
「そうです。異邦人たちは自分で戦って傷つくことを恐れて、現地の人間をてなづけていたのです。しかしそのときすでに、異邦人たちの強大な力を目の当たりにしていた人々は命令に逆らえず、また、与えられたなんでも欲望の叶う生活を取り上げられるのを恐れて、必死にかつての隣人たちと戦いました。水の精霊は、湖からじっと見守っていることしかできませんでした……」
 水の精霊が強大な力を有するとはいっても、それはあくまで湖の中に限っての話だ。水の精霊がどうすることもできずに見守るしかできないなかで、異邦人たちは最初に人々に見せた友好的な姿勢を脱ぎ捨てて、人々をまるで奴隷のように戦わせた。
 それはまさに、見るに耐えない凄惨な光景であったそうだ。異邦人たちは人々を戦わせるに際して武器を与え、それが惨劇をさらに広げていった。
 水の精霊の知識では表現は難しいものの、異邦人たちが与えた武器というものは現代の銃に似た飛び道具だったらしい。その殺傷力はすさまじく、人々は次々と倒れていった。しかし異邦人たちの技術は医療でも神がかっており、瀕死の人間すら蘇らされて戦わされた。

108ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:28:03 ID:AELr9ruI
「ちょっと待ってくださいな。死に掛けても無理矢理生き返させられるなんて、そんなものをみんなが使っていたら、まともな決着がつくわけがないじゃないですか?」
「そうです。苦労して敵の土地をとってもまた取り返され、そんなことが何回も繰り返させられました。異邦人たちの力は拮抗しており、戦いは長引く一方となったのです」
「まさに地獄ね。水の精霊も、さぞ無念だったでしょう」
 誇り高い貴族であるキュルケにとって、自ら血を流そうとしないその異邦人たちの愚劣な所業は許せるものではなかった。憤ったあまりに殴りつけた馬車の扉が激しく鳴り、寝こけていたシルフィードがびくりとなる。
 が、カトレアの話はまだ続いた。
「キュルケさん、あなたが高潔な人間であってくれてうれしいですわ。けれども、これだけなら今の戦争とあまり差はありません。本当に重要なのは、これからなのです」
 そこでカトレアは一度言葉を切り、息をついて呼吸を整えた。
「異邦人たちが、自らの争いのための道具として湖畔の人々を駆り出したところまではお話しましたね。互角の力を持つ者同士の戦いは日々無益に続き、ラグドリアン湖の水面までも震わせたそうです。しかし、異邦人たちは決着のつかない戦いにいらだちを募らせていきました」
 異邦人たちに抵抗する力を持たない人々の、無間地獄にも似た戦いは異邦人たちの気まぐれによって唐突に終わったとカトレアは語った。
 しかし、湖畔の人々はそれで異邦人たちの支配から解放されたわけではなかったのだ。
 互角の力を持つがゆえに終わらない戦いなら、より強い力を持たせればいいと異邦人たちは考えた。そして人々に対して、身の毛もよだつような所業を始めたのである。
「異邦人たちは、湖畔の人々の中から一度に数人ずつを選び出し、それまで決して人々を立ち入らせることのなかった自分たちの船の中に連れてゆきました。その中で、なにがおこなわれたのかはわかりません。ですが、その人たちが船から降りてきたとき、彼らには……」
「え……?」
 カトレアの口から出た言葉を耳にしたとき、キュルケの心は真空となって、それを受け入れることを拒否しようとした。
 呆けた表情となったキュルケの横顔を、窓から差し込んできた雷光が照らし、褐色の彼女の肌を、今の彼女の心と同じように白く染める。しかし、一度望んで秘密という堰を切って流れ出した真実という奔流は、カトレアの口からキュルケの心へと怒涛に流れ込んでくる。
「彼らは船に乗せられる前は、確かになんの力も無いただの人間でした。しかし、異邦人たちは彼らの頭の中をいじくり、無理矢理その力を植えつけてしまったのです」
「そ、そんな馬鹿なことがあるはずないわ! そ、その力は血統でしか伝わらないのは昔からの常識よ!」
「エレオノールお姉さまによれば、この力の源泉は脳に由来するそうです。もちろん私たちの技術では不可能ですが、理論上は可能なのだそうです。話を続けましょう。そして人々は、与えられたその力で戦争を再開させられました。それを持つ人間と持たない人間の戦いがどういうものになるかは、あなたもよくご存知でしょう? 戦いは一時、一方的なものになりました。しかし、ほかの異邦人たちもすぐに同じことをしたのです」
 戦いはふりだしに戻った。しかし異邦人たちが満足することは、なかった。

109ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:28:50 ID:AELr9ruI
「戦いは激化し、異邦人たちの所業は、見る間にエスカレートしていったそうです。手を加えてない人々に対しても、より強力な力を付与するだけでは飽き足らず、ある者には鳥の翼を植え付け、さらには人々が家畜にしていた豚や犬に手を加え……」
 見る見るうちに、キュルケの顔も青ざめていく。一体何だ? その神をも恐れぬ所業の数々は。しかも、水の精霊の見ていたという、それがそのとおりだとするならば。
「ハルケギニアの歴史がひっくり返るどころじゃすまない話じゃないですの! まるで、それらは今で言う……」
「そうです。そしてこれと同じことが、もしもハルケギニアのあちこちでおこなわれていたとしたら……?」
 その瞬間、キュルケは猛烈な吐き気を覚えて口を抑えた。
 ハルケギニア全土……それはすなわち、自分の故郷であるゲルマニアも当然含まれる。そこで、ラグドリアン湖で水の精霊が見たものと同じことが繰り返されていたとしたら。
”まさか、そんなことって!”
 キュルケはありえないことと否定しようとした。しかし、明晰な彼女の知性は、本人の思うに関わらずに裏付けを進めてしまう。
 そう、ハルケギニアには人間以外にも様々な亜人がいるが、それらのどれもが戦うことに優れた能力を持っているのは果たしてなぜなのか。そして、その大元になったものは当然ながら、そのすべてを超えたものであるはず……そして、ブリミル教徒であれば誰もが知っている。この地に現在のハルケギニアの基礎を築いたのは誰だったのか。
 であるならば、まさか! そして、現在の自分を含めたハルケギニアに生きる者たちとは。
 つながる。偶然ではありえないほどに、パズルのピースが埋まっていく。
 キュルケの顔から血の気が引いていくのを見たカトレアは、やはり彼女も同じショックを受けたかと思うと、ルイズにそうしていたようにキュルケの体を抱きとめて言った。
「少し、休憩にしましょう。まだ、旅の先は長いのですから」
「ミス・カトレア。わたしは……いいえ、その異邦人たちとは、まさか」
「それはこれから先の話になります。ともかく、気を落ち着けなさい。大丈夫、伝承はどうであれ、それはすでに六千年も昔のこと。今のあなたに心配することはなにもありませんよ」
「……少し、ひとりで風に当たってきますわ」
 カトレアは、キュルケの意を汲んで馬車を止めさせた。周りはすでにトリスタニアから離れて、郊外の森の中へと入っている。人影もなく寂しい道だが、今のキュルケにはそれくらいがよかった。
「私はここで待っています。こちらは気にしないで、落ち着いたと思うまでゆっくりしていてください」
「ありがとうございます。わたしは、きっと大丈夫ですから」
 
 
 カトレアの馬車と別れて、キュルケはひとりでゆっくりと森の中の道を歩き始めた。
”あんな伝承、とても人に知られるわけにはいかないじゃない”

110ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:29:28 ID:AELr9ruI
 キュルケは、数分前の自分の威勢よさを呪うしかなかった。タバサを救うという大目標のためなら、どんな大きな壁でも超えていけると思っていたけれど、このハルケギニアという世界そのものに、まさか、あんな……
 嘘であってほしい。しかし、これまでに自分たちは数々の伝説が現実であったことを見てきた。それに、この世には自分たち人間の及びもつかない悪魔的な力を持つ者たちがいることも見てきた。しかし、自分たちはそれらとは違うと思っていたのに。
 歩きながら、キュルケは自分の杖を取り出して見つめた。それは、メイジならば誰でも使える魔法の象徴。これまで自分は、その力があることを当然と思って生きてきた。だが、考えてみれば平民は持っていないこの力の起源はなんなのだ? いったいどこでどうやって、メイジの祖先はこの力を得たのだ? 自分に流れる血の源流は……そして、ルイズやタバサ、自分が知っている皆の血の源流は何なのだ?
 さらに、キュルケは静まり返った森の中を見渡した。人間だけではない。この、ハルケギニアには数多くの亜人や幻獣種がいるが、それらも過去を遡れば……
 信じたくない。自分たちの世界が、そんなものであってほしくないと、キュルケは悩みながら歩き続けた。
 
 
 そして何十分、どれくらい歩いたことだろう。ふと気づくと、キュルケは森の中に小さく開けた場所にたどり着いていた。
「墓場、ね」
 ぽつりとキュルケはつぶやいた。どうやら考えながら歩いているうちに、トリスタニア郊外の共同墓地に入り込んでしまったらしい。苔むした墓石が何十と並び、日の差さないここには時節もあってか墓参りの人間もなく、静まり返っている。
「ある意味、今のわたしにはふさわしい場所かもね」
 ふっ、と、自嘲げに息をついてキュルケは歩き出した。墓場といえば、周りにいるのは死人ばかり、人間は死んだらあの世に行くというが、ならば人間以外のものが死んだらどうなるのだろう?
 わからない、わかるはずもない。ほとほと、人の知る事の出来る真実のなんと少なくてあいまいなことか。
 
 ところが、である。なかばぼんやりと墓地を歩いていたキュルケの耳朶に、突然ありえない声が響いてきた。
”引き返せ!”
「っ! なに? 今の、誰かいるの!」
”引き返すんだ。ここは、危険だ!”
「だから何? なにが危険なの!」
 戸惑いながら周りを見渡すものの、墓地には自分以外誰も見当たらない。しかし、空耳ではなく確かに真剣に訴える男の声が聞こえたのだ。
 なにがなんなのよ? 声に従うべきか迷うキュルケは、わけもわからずその場に立ち尽くして周りを見渡し続けた。
 しかし、声が嘘でなかったとはすぐにわかった。墓場の中に立ち尽くすキュルケを取り囲むように、不気味な人影が何十人もいきなり現れたのである。
「なっ! これは大勢の殿方……わたくしになにかご用ですの?」
 ぞくりと危険を感じ取ったキュルケは、感情を困惑から戦闘に切り替えて啖呵を切った。

111ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:31:12 ID:AELr9ruI
 これは、尋常ではない。いつ近寄られたのか、キュルケの周りは完全に囲まれている。見た目は普通の人間の男女で、いずれも喪服のようなみすぼらしい姿をしており、さらに例外なく表情には一切の生気が感じられない。まるで死人だ。
 不気味な集団はキュルケを囲んだまま、じりじりと包囲を狭めてくる。呼びかけにも答えない。こいつらは普通じゃないと思ったキュルケは、ふと連中の姿が半透明で背後が透けているのに気がついた。
「あなたたち、人間じゃないわね!」
 迷わずキュルケは正面の相手に『ファイヤーボール』を撃ち込んだ。大きな火炎弾が一直線に相手に迫る。
 だが、どうしたことか! キュルケの魔法は相手を素通りして、そのまま後ろにあった墓石を焼き払うだけにとどまったのだ。
「魔法が効かない!?」
”無駄だ、ミス・ツェルプストー。そいつらは死者の霊魂が強力な念動力で操られたもの。どんな攻撃も通用しない”
「また! だからあなた誰なのよ?」
 再び聞こえてきた男の声。しかも、自分を知っている? 見渡すが、やはり周囲には誰もいない。
 いや、そんなことより今のピンチが問題だ。こいつらがなんであれ、どう見てもいい雰囲気は持っていない。しかも、相手が霊魂、すなわち幽霊となればスクウェアの魔法でも役に立たないだろう。
「異世界に行くどころか、幽霊に取り殺されたなんて冗談にもならないわ。どうすればいいの、タバサっ!」
 なにか手立ては? キュルケは考えるが、いい考えはそう都合よく浮かばない。幽霊たちはもうすぐ、手を伸ばせば届くところまで迫ってくる。
 やられるっ! キュルケがそう観念したときだった。
 
「地の精霊よ! 濁流となって、汚れたものたちを深淵の底へと押し流せ!」
 
 突然聞こえてきた透き通るような声。するとその瞬間、墓地全体の地面が大きく鳴動して、まるで流砂になったかのように地上の墓石や木々をまとめて飲み込みだしたのだ。
「なっ、なんなの! わ、わたしも沈むっ!」
”飛べ! 君たちの魔法なら飛べるだろう”
「そ、そうか。なんで忘れてたのよ! わたしのバカ」
 声の指示に従って、キュルケは『フライ』を唱えて飛び上がった。たちまちたった今まで立っていた場所が泥の海になり、墓石が沈んでいったのを見てキュルケは肝を冷やした。
 墓地はすでに根こそぎ沈んで跡形もない。幽霊たちも、墓の下の遺体が沈んだためか姿を消していた。
「なんてこと……少し遅れてたらわたしもいっしょに……けど、墓地を丸ごと沈めるなんて、まるで話に聞くエルフの先住……」
「精霊の力と言え」
 はっとして、キュルケが振り返ると、そこにはまたいつの間に現れたのか、白いフードを目深にかぶった人物がキュルケの近くに浮遊魔法を使って浮いていた。
「これは、どこのどちらさまかしら?」
 警戒心をあらわにして、キュルケはその相手に杖を突きつけながら問いかけた。
「ご挨拶だな。結果的にとはいえ、お前を助けたのはわたしだぞ? お前がまずすべきことは、わたしへの礼ではないのか?」
 見下したように告げる相手の言い様に、キュルケは内心で腹を立てたが、冷静な部分では別のことを思っていた。
 この声は、女だ。顔は見えないが、間違いない。しかし、さっき何度も警告したりしてくれた声とは別人だ。あちらの声は、やや年齢を重ねた男性の声だった。だが、この声は若い女性の……いや! そういえばさっき、精霊の力と……それに、よく見たら彼女は宙に浮いているというのにメイジの証である杖を持っていない!
「……危ないところをお助けいただき、ありがとうございます。けれど、あなた人間じゃないわね」
「ほぉ、蛮人の割には察しがいいな。しかし、わたしをさっきの連中と同類とされたら不快だな」
 そう言って、相手はフードを取り去って素顔を見せた。そこに現れたのは、透き通るような白い肌に金色の髪。そして長く伸びた耳。その容姿はエルフ! 間違いない。だが、それよりも相手の顔つきを見てキュルケは愕然とした。
「テ、ティファニア!? いえ、似ているけど、違う?」
 すると、素顔を見せたエルフの少女は興味深そうに笑った。
「なに? なるほど、わたしの従姉妹を知っているのか。これは、大いなる意思も味な導きをしてくださるものだ」
「ティファニアの、従姉妹!? いえ、そんなことよりなんでエルフがこんなところにいるの!」
 動揺しながらもキュルケが問い詰めると、その相手はティファニアに似ながらも鋭い目つきをした顔に薄い笑みを浮かべて告げてきた。
「わたしはアディール水軍所属、ファーティマ・ハッダード上校だ。ネフテス評議会の大命である。大いなる意思の導きに感謝して、我が従姉妹と仲間たちの下に案内願おうか」
 
 
 続く

112ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:47:01 ID:AELr9ruI
以上です。ずいぶん間が空いてすみませんでした
次回は、もっと早く書き上げられればいいなと思います

ともあれ、ここで旅のメンバーの交代です。我ながら、まったく関わりのない人物同士が集まったものだと思いますが、だからこそ自由度があって
腕の見せ所でありますね。しかしこんな顔ぶれでタバサ救出は大丈夫なのか?
では、次回は2章で行ってきたサハラのことも少し明らかになります。じゃあ、また

113名無しさん:2014/12/13(土) 23:29:56 ID:2ZnDP6Bo

しかし気分が悪くなる伝説
果たして過去を乗り越えて希望を取り戻せるか

114名無しさん:2014/12/16(火) 00:10:25 ID:W0mtEcew
新作アップありがとうございます。

まさか、ハルケギニアのメイジたちにそんなおぞましい呪われた運命と出生の秘密があったとは、まるでショッカーに改造人間にされた仮面ライダーを思わせますね。

思わず読んでて背筋が凍り付きました。

115ウルトラ5番目の使い魔 25話  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:47:23 ID:yME8DVLc
皆さんこんばんわ。ウル魔25話ができましたので投下開始いたします

116名無しさん:2015/01/25(日) 22:49:58 ID:7V63W30o
待ってました

117ウルトラ5番目の使い魔 25話  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:54:46 ID:yME8DVLc
 第25話
 狙われたサハラからの使者
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
 このハルケギニアと呼ばれる世界で、六千年の昔に大きな戦争があった。
 それはエルフの伝承では大厄災と呼ばれ、一度世界中を完膚なきまでに破壊しつくしたと言われ、恐れられている。
 しかし、それほどの大戦争がなにが引き金になったのか、何者が引き起こしたのについては今なお謎が多い。
 時間軸を遡り、六千年前の過去に飛ばされてしまった才人はそこでヴァリヤーグと呼ばれていた光の悪魔を目の当たりにした。怪獣を次々と凶暴化させてしまうこのヴァリヤーグによって、世界が滅亡への道を辿ったのは間違いない事実であろう。
 それでも、謎は残る。
 六千年前、ヴァリヤーグという存在によって大厄災が引き起こされた。しかし、その前はどうなのかはほとんどの記録が沈黙している。
 大厄災が起きる前のハルケギニアはどんな土地だったのか? どんな人々が住んでいたのか? どんな文化があったのか? 翼人のような亜人はどうしていたのか? エルフはどうだったのか?
 不思議なことに、どんな記録や伝説を見ても、六千年前以前の歴史は切り落とされたかのように消滅しているのである。失われた古代史……エルフや翼人は、大厄災の混乱で記録が消失してしまったのだと結論づけているものの、いくつか残された古代の遺跡にも大厄災以前についての記述だけはないのだ。
 
 だが、唯一六千年前より以前からハルケギニアで生き続けてきた水の精霊だけは、その秘密を知っていた。
 当時、わずかな人間たちしか住んでいなかったラグドリアン湖に前触れもなくやってきた奇妙な異邦人たち。彼らは最初こそ友好的な態度を示したが、やがて本性を表した。
 異邦人たちの目的は、自分たちの勢力拡大のための戦争に使う生きた駒として住民を利用することだった。
 苦痛だけ与えられて、勝敗のつかない堂々巡り。そんな茶番劇が延々と続くと思われたが、これは悪夢の序章に過ぎなかった。
 カトレアが語るのをためらい、キュルケでさえ聞いたことを後悔するような所業。それを水の精霊は見てきたのだという。
 
「こんなこと、絶対に世の中に知られちゃいけない。けど、このハルケギニアって世界は、いったい……」
 
 話のあまりの重さに苦悩するキュルケ。だが、運命の潮流は彼女に迷っている時間を与えてくれなかった。
 
 迷い込んだ墓地で突然襲ってきた亡霊たち。そして、続いて現れた、キュルケの見知らぬ砂漠の民の女。
「アディール? ネフテス? それって確か、ルクシャナの言っていたエルフの国の都と政府のこと? あなたが、エルフの国の使者だっていうの?」
「声のでかい蛮人だな。だが、あの変人学者のことも知っているならなお都合がいい。連中のいる場所までの案内を重ねて要請する。わたしはネフテスから全権を預かってきた者である」
 警戒心を隠しもせずに睨みつけるキュルケと、尊大に命令するもう一人の女。しかし、この誰も予想していなかった邂逅が、彼女たちにとってもハルケギニアにとっても極めて重大な意味を持つことを、まだ彼女たちも知らない。
 
 
 そして、墓場での戦いから十数分後、招かざる配役を交えて物語は再開される。
 
 
 がたん、ごとんと馬車の車輪が道を踏み、車内の椅子に心地よい振動を伝えてくる。
 しかし今、馬車の中は一種異様な空気が充満していた。

118ウルトラ5番目の使い魔 25話 (2/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:59:02 ID:yME8DVLc
「なんであなたがわたしたちの馬車に乗っているかしら? ミス・ファーティマ」
「気にするな。命を救ってやった貸しを親切で安く取り立てているだけだ。正直歩き疲れていたのでな、乗り物が見つかったのはちょうどいい」
「あらあら、まあまあ」
「え? なに? なんなのこの眺め。シルフィーがお昼寝してるあいだに何があったというのね?」
 まるで、鉢合わせしたドラコとギガスのように一触即発の空気。唖然としているシルフィードの目の前で、視線の雷がぶつかりあって見えない大戦争を繰り広げている。
 キュルケと相対して、殺伐とした空気を振りまいている招かれざる同乗者の名はファーティマ。フルネームはファーティマ・ハッダードといい、元はエルフの水軍の少校を勤めていた。
 もしここにティファニア本人がいたならば、喜んで歓迎の意を表しただろう。しかし、ティファニアの従姉妹だといい、エルフの評議会からの使者だというファーティマをキュルケは信用できないでいた。どうしてかといえば、確かに容姿は目つきの鋭さを除いてティファニアにそっくりではあるけれど、ティファニアや、百歩譲ってルクシャナと比べても、ファーティマの人間に対する蔑視は露骨であったのでキュルケも不快を禁じえなかったのだ。
「あなた、本当にテファのご親戚なの?」
「そう言っている。血統書でも見せなければ満足できんか? いいから黙ってあの娘たちのいるところへ連れて行け。それがなによりの証明になるとなぜわからん」
「怪しい相手を友人の下に連れて行くバカがどこにいるっていうんですの?」
 そもそも、エルフの国からティファニアの元へと使者が送られてくるということ自体がキュルケにとっては寝耳に水だった。むろん、ティファニア個人に対してではないが、想像もしていなかったのは事実である。
 なぜなら、才人たちが東方号ではるか東方の地のサハラへの遠征をしているちょうどその頃、キュルケはガリアに囚われて幽閉され、外部の情報からは完全に隔離されていたからである。だから東方号のことや、アディールで起こったヤプールとの一大決戦についても何も知らなかった。対してファーティマは、キュルケがそれらについてティファニアやルクシャナの知り合いならばわかっているだろうという前提で話しているので、両者が噛み合うはずがなかった。
 キュルケは、図々しくも馬車に同乗を決め込んできたファーティマを苦々しく睨んでいる。シルフィードはあまりの空気にどうすることもできずにいて、カトレアだけが物珍しげに笑顔を浮かべていた。
「こんなところでお友達を連れてらっしゃるなんて、キュルケさんの交友関係はとても広いのですね」
「ミス・カトレア、わたくしは友人は選んで付き合っているつもりですのよ。と、いうより今日初めて会ったばかりの、こんな横柄なエルフを友人にする趣味なんて持ち合わせていませんわ」
「エルフエルフとうるさい女だ。サハラもハルケギニアも変わらぬと言いにきたのは貴様らだったろう。なら、エルフのわたしがどこにいてもそれは自然の摂理というものだ」
「それならば、海の上とか火山の噴火口でとかをおすすめしますわよ。サラマンダーと輪舞をなさるなら、極上のお相手を紹介いたしますわ」
 互いに相手を牽制しあい、歩み寄りの気配など微塵もなかった。ファーティマに対し、キュルケは始めから機嫌が最悪だったこともあり、考えたいことがほかに山ほどあって、この無礼なエルフに対してとても愛想よくする気にはなれなかったのだ。
 ファーティマは、どこへ向かっているのか聞いてもいない馬車に揺られながらも、特に焦ってはいないように見えた。大方、どうせ案内させることになったら方向転換させればいい、とでも思っているのであろうが、その図々しいまでの神経の太さだけは感心に値した。思えば、エルフが一人で堂々とハルケギニアに乗り込んでくることなど正気のさたではない。ルクシャナにしても、当初は念入りに正体を隠していたのだ。
 人間のエルフへの恐怖はそれほど深く、同時にエルフの人間に対する侮蔑もまた深い。このふたりの対立は、まさに人間とエルフという二種族の縮図ともいえた。
 しかし、その一方でキュルケの心の片隅では、先ほどカトレアから語られた伝承が消えずに繰り返されていた。あの伝承が正しいとすれば、その人間とエルフの対立自体、まったく意味のないものになるのではないだろうか。気に入らない女だが、そう思うと少しだけキュルケにも冷静さが戻ってきた。
「とりあえず、先ほど助けられた恩義だけはありますから、借りは返したいけれど……はぁ、まったく、乗ってきたものは仕方ないとしても、ミス・ファーティマ、わたしにはあなたを悠長にエスコートしている時間はないんですわよ」
「時間がないなら作ればよかろう。お前の用がなにかは知らないが、わたしの用より重要だとは思えん」

119ウルトラ5番目の使い魔 25話 (3/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:00:24 ID:yME8DVLc
 できるだけ柔和にお断りの意志を伝えてもファーティマはにべもなかった。そういえば、水軍の士官だと名乗っていたなと思い出した。軍人ならば居丈高な態度も納得できるというものだが、だからといって要求にこたえてやるわけにもいかないのも事実だ。
 今の自分たちにはタバサを救うという大切な使命があるのだ。余計なことに関わっている時間はないと、キュルケは焦っていた。
 すると、そんなキュルケのいらだちに気づいたのか、カトレアが両者をなだめるように、キュルケの抱いている疑問を代わりにファーティマに尋ねた。
「まあまあ、お二人とも。そんなに自分の意見ばかりを主張しては始まりませんわ。ところでファーティマさん、わたしは少し前にあなたのお国にお邪魔したお転婆娘の姉なのですが、よろしければそのときのことを少しお聞かせ願えませんか? お土産話を楽しみにしていたのに、あの子ったらとても忙しいらしくって」
 カトレアの柔和な表情と声が、馬車の中の張り詰めた空気をやや解きほぐした。しかしなぜ彼女がこうした質問ができたかといえば、アンリエッタを通して以前のルイズたちの活躍をすでに知っていたからであった。
 ファーティマは、カトレアの温和な空気に少し毒を抜かれたようで、軽く息を吐くと以前のアディールでの戦いを語って聞かせた。
 サハラの地にやってきた人間たちの船『東方号』。人間とエルフの和睦を目指してやってきた彼らと、それを妨害せんとするヤプール。そしてアディールでおこなわれた大怪獣軍団との決戦。結ばれた、人間とエルフの間の確かな絆。
 それらのことを、キュルケやシルフィードはこのときはじめて知ったのだった。
「ルイズやテファたちが、そんなことを……!」
「シルフィたちが捕まっているあいだに、あのちびっこたちすごいのね!」
 このときの彼女たちの心境を地球流に表現すれば、浦島太郎というほかなかったろう。ほんの何ヶ月か牢の中にいただけだというのに、まるで何十年も時間が経ってしまったかのように思えた。とても信じられなかったが、つこうと思ってつけるような嘘ではないことは確かだった。
 すると、ファーティマのほうもようやくキュルケたちとの意識の差を理解した。
「呆れたものだな。トリステインから来た蛮人たちのことは、今やサハラで知らない者はいないぞ。それなのに、こちらでは民はおろか連中の友人たちすら知らぬとは、どうなっているのだ」
「わたしたちは、少々込み入った事情があるんですのよ。ミス・カトレアはこのことを?」
「ええ、聞き及んでおります。しかし、事が事だけに、公にするにはいましばらくの用意がいると姫様からはうかがっておりましたが」
 エルフに対して、悪鬼の印象を植え付けられているハルケギニアの民に、その意識を百八十度転換させるには上からの押し付けではとても無理なことをアンリエッタも理解していた。そのため、周到に根回しを進めていたのだが、まさかそれを始める前にこんなことになるとは予想だにできなかったことだろう。
 キュルケとシルフィードは、自分たちが留守にしているうちに世界がめまぐるしく動いていたことを知った。ルイズや才人たち、クラスメイトや友人たちは自分がいないあいだにも世界を救おうと必死に努力していたのだ。
 だが、引き換え自分はどうか、こんなところでつまらない問題につき合わさせられている。まあ、事情を最初から知っていたとしても、このファーティマというエルフは気に食わなかったであろうが、心の中の嵐が静まってくると、キュルケはある思いを持ってファーティマの顔をじっと見た。
「なんだ? わたしの顔になにかついているのか」
「いえ、失礼いたしました。そして、どうやらあなたのおっしゃることは正しかったようですわね。無礼を、お詫びいたしますわ」
 相手はエルフ、ハルケギニアでの恐怖の象徴。しかし、今のキュルケはそのエルフを恐れる気持ちにはどうしてもなれなかった。
 人間とエルフは不倶戴天の敵。しかしそれは宇宙が始まったときからの法則に記されているわけではなく、後年の誰かが勝手に決めたことだ。そしてその起源は……あの伝承が確かだとすれば、根底から無価値だったということになる。
 ファーティマは、怪訝な様子で押し黙ってしまったキュルケを見ている。しかしその瞳には、侮蔑や傲慢とは違った光が少しだけ隠されていた。

120ウルトラ5番目の使い魔 25話 (4/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:06:40 ID:yME8DVLc
”おかしな女だ。怒ったと思ったら急に沈みこんだり。しかし、素直に謝罪の言葉が出るとはなかなかできた人物ではあるようだな。少なくとも、少し前のわたしにはできなかったことだ”
 内心で自嘲したファーティマは、それまでキュルケたちに見せていた傲慢な態度とは裏腹な感想を抱いていた。
 そう、一見して人間を見下している態度に徹しているかのように見えているファーティマだが、その本心ではかつてティファニアが命を懸けて灯した友情の炎が消えずに灯っていたのである。
 が、ならばなぜファーティマはキュルケをあおるような態度を続けるのだろうか? いや、それはエルフが人間と変わらない心を持つ生き物だということをかんがみれば、察することもできると言えよう。そして彼女は、実はずっとキュルケたちを観察していたのだった。
”ものわかりの悪い女だが、わたしの素性に確信がいくまでテファに会わせまいとするあたりは情のある人物ではあるようだな。不満は残るが、ようやく信用に足る人物を見つけられたか”
 重ねて述べるが、トリステインはエルフにとってはいまだに敵地である。そこへ踏み込み、特定の任務を果たすためには一時の油断も許されないのだ。
 実際、ここに来るまでにファーティマは誰も信じられない孤独な旅路を送っていた。ルクシャナの百倍は生真面目な彼女が、人間に対する態度を硬化させたとしても仕方がないであろう。
 本当にキュルケたちを見下していたのであれば、キュルケに案内の役が務まらないことを知った時点で馬車を去っていればいい。しかしそれをしなかったのは、任務遂行の使命感と、かつて自分を救ってくれたティファニアを忘れていなかったからだ。
 ただし、それらとは別に、彼女には使者としてのほかに、もうひとつ隠された目的があった。
”魔法学院とやらで連中の行方を聞いても、どうにもわからず行き詰まっていたが助かった。しかし、この国をざっと見てみたが、やはりテュリューク統領やビダーシャル卿は変わり者だ。あのときやってきた連中はまだしも、まだ蛮人たちの大半は大いなる意思の加護も理解できず、この国も国内すら統一しきれていない。こんな連中と接触したところで、我々に害をなすだけではないのか? だがまあ、任務は任務だ、もうひとりの女は多少は話がわかるようだし、わたしの運もまだ尽きてはおらんだろう。ともかく、これをあの連中に渡すまで、万一のことがあってはいけない”
 ファーティマは心の中でつぶやき、懐の中に忍ばせた”あるもの”を確かめた。
 それは、彼女がサハラから来るに際して、テュリューク統領とビダーシャルから厳命された任務だった。
「よいかね、ファーティマ上校。君にはネフテスの名代として人間たちの国へと向かってもらう。道筋は、以前ルクシャナ君の記したものがあるから海から回ってゆくとよいじゃろう。本来なら、ビダーシャル君にまた行ってもらいたいが、あいにく今は彼を欠いては蛮人、いや人間世界に詳しい人物がおらなくなってしまうからのう。君には苦労をかけるが、使者としてティファニア嬢と血縁関係にある君以上の適任がいないのじゃ」
「先のオストラント号の件で、歴史上はじめて人間がネフテスに来て以来、多くの者が人間と接触はした。だが、まだ大衆はあの船の人間だけしか知らず、ハルケギニアの人間の大多数が我らを恐れていることへの実感が薄い。今のうちに理想と現実の差を埋めておかねば、後で大変なことになるのは目に見えているからな。それから、使者としても当然だが、君に預けるそれは、恐らく今後の世界の命運を左右する可能性を秘めている。必ず、あの船の人間たちに届けてくれ」
「はっ! 鉄血団結党無き後、水軍を放逐されていておかしくなかったわたしに目をかけてくれた統領閣下方のためにも全力を尽くす所存です。ご安心ください」
 ネフテスから人間世界への使者へと、もうひとつ、東方号へと、ある重要な物品を届けることがファーティマに課せられた使命であった。それを果たすまでは、些事にこだわって余計な遠回りをするわけにはいかない。
 しかし、任務の重大さとは別に、ファーティマ自身はこの任務に必ずしも乗り気ではなかった。なぜなら、ファーティマは以前に才人たちがサハラに乗り込んだとき、反人間の過激派組織である鉄血団結党の一員であり、その手によってティファニアの命が脅かされたこともある。現在は鉄血団結党は解体したけれど、ファーティマ自身人間への偏見を完全に忘れたわけではないし、自分の素性を知っている向こうにしても少なくとも好んで顔を見たい類の相手ではないであろう。

121ウルトラ5番目の使い魔 25話 (5/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:09:18 ID:yME8DVLc
 ただし、今はそんなことまで口にする必要はない。ファーティマは、相手の警戒心を解くために、現在のサハラが今どうなっているのかを語った。それによれば、現在のサハラは先のヤプールとの決戦で甚大な被害を受けたアディールを一大要塞都市に作り変えて、反攻のために戦力を整えている。そして、そのリーダーシップをとっているのが、先の戦いで信望を深めたテュリューク統領なのだとキュルケたちは聞かされた。
「エルフは完全に戦うつもりなのね。それなのに、わたしたち人間ときたら、いまだに各国の意思の統一すらできていないんだから、うらやましい限りだわ」
「当たり前だ。我々砂漠の民は、滅ぼされるのを待ち続ける惰弱の民ではない。過去の人間たちとの戦い同様に、侵略は断固として迎え撃つ。しかし、先の戦いで敵の戦力がお前たちと戦うよりずっと強力であることがわかったのでな。お前たちのようなものでもいないよりはマシだろうと、来るべき決戦に参加させてやりにわたしが来たまでだ」
「そういう態度をこちらでは手袋を投げつけに来た、と言うのよ。けど、実際に的を射ているから頭が痛いとこなのよね。まったく、せめてジョゼフさえいなければねえ」
 エルフの世界に比べて、ハルケギニアのなんというガタガタ具合かとキュルケは呆れたようにつぶやいた。
 ベロクロンの戦いの後、現在のアンリエッタ女王はヤプールの侵略に対して各国で協力体制を作るよう呼びかけてきたが、それは一年以上経った現在でも成し得ていない。アルビオンとは友好国であるし、ゲルマニアは信頼関係こそ乏しいがアルブレヒト三世が現実主義者であるため同盟国という立場はとれている。ロマリアは立場上中立としてもいいが、問題はガリアであった。アンリエッタがいくら呼びかけても、のらりくらりと回答をかわして、今に至ってもまともな関係は築けていない。それがどうしてかというならば、キュルケにはもうわかりすぎるくらいわかっていた。
「ジョゼフがいる限り、ハルケギニアの一体化を邪魔し続けるでしょうね。しかしそれにしても、あなたみたいなのが使者に遣わされるなんて、統領さんはなにを考えているのかしら」
 と、キュルケがつぶやくと、ファーティマはつまらなさそうに答えた。
「知らん。だが、とにかくわたしは自分に課せられた使命には忠実でいるつもりだ。お前たちに危害を加えるつもりならば、とうの昔にやっている。わたしがこの地に出向いてきた、テュリューク統領の意思は平和と友好のふたつにこそある」
 そう言いながら、ファーティマは自分が言ってこれほど白々しい言葉もないなと自嘲していた。ほんの半年ほど前の自分には夢にも思わないことだ。あの頃の自分だったら、いずれ水軍の大提督になって人間世界へ攻め込むことを夢見ていただろう。
 人間のことが気に食わないのは今でも変わっていない。しかし、あの頃の自分は今思えば血塗られた夢に酔っていたのかもしれない。砂漠の民の力があれば、蛮人など鎧袖一触と無邪気に思い込んでいた無知な自分。ただエスマーイルの言葉に踊らされて、鉄血団結党の一員であることに有頂天になっていた。それでいい気になって蛮人どもを襲撃したら、軽く返り討ちにあったあげくにその相手に助けられているのだからざまはない。
 そして、奴らのひとりはこう言った。お前だけが不幸だなんて思うなよ、あんたみたいな復讐者は何人も見てきたと。あのときほどの屈辱は、それまでになかった。おまけに、あのシャジャルの娘ときたら、まったく心底自分の器の狭さを思い知らされた。
 しかし夢は夢、覚めてしまえば夢は過去へと流れていく。表面は蛮人に対してとげとげしく取り繕って、内心では心を許せないもどかしさを感じていたファーティマだったが、その葛藤は意外な形で晴らされることになった。
 
「まあ、まあまあまあ! 素晴らしいですわ。ファーティマさん、私、小さいときからいつかエルフの国へ行ってみたいと夢見てましたの。エルフと人間の友好、こんなにうれしいことはありませんわ」
 
 カトレアの、喜びに満ちた声が馬車の中のよどんだ空気を吹き飛ばし、思わずカトレアを見たキュルケとファーティマの目に、カトレアの満面の笑顔が太陽のように映り込んで来た。

122ウルトラ5番目の使い魔 25話 (6/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:10:49 ID:yME8DVLc
 驚いて、とっさの言葉が出てこないキュルケとファーティマ。しかし、カトレアは立ち上がってファーティマの手をとると、優しげに口を開いた。
「慣れない土地での旅、ほんとうにご苦労様でした。こうしてここであなたとめぐり合えたのは、始祖のご加護と、あなたには大いなる意思のお導きがあったからなのでしょう。これほど祝福された出会いはないと思いませんか?」
「あ、ああ、出会いに感謝を。このめぐり合わせは偶然ではない。正しきことを後押しする大いなる意思の見えざる手が導いてくれたのだ」
「でしたら、もっとうれしそうな顔をしましょう。あなたが正しいことをしにはるばる参られたのなら、わたくしたちは心から歓迎いたしますわ。さっ、あなたたちもこっちにいらして」
 そうして、カトレアは唖然としているキュルケとシルフィードを呼び寄せると、彼女たちの手をとってファーティマの手に重ねた。
「今はわたくしたち四人だけですけど、エルフと人間と、韻竜も、こうして手を結び合うことができるのだと証明されましたわ。ファーティマさん、手を繋げばどんな種族でもこんなに近い。とてもすばらしいことですね」
「う、うむ。い、いや! 形は形だ。実際の交渉や同盟が、そんな甘いものではないことくらい承知している」
 カトレアの優しすぎる笑みに、思わず納得してしまいそうになったファーティマは慌てて現実を盾に取り繕った。また、キュルケやシルフィードも、異なる種族がそう簡単に近くなれるものではないと、額にしわを寄せている。
 だが、カトレアはわかりあうことへの抵抗を除けないでいる三人の手を両手で包み込むと、諭すように語り掛けた。
「では、まずはここにいる四人から友情をはじめていきましょう。すてきだと思いませんか? ハルケギニアがどんな種族でも仲良く生きられる世界になる第一歩をわたくしたちの足で踏み出すんですよ」
 カトレアの言葉に、三人はしばらく呆然とするばかりだった。腹の探りあいと、どうしてもぬぐい得ない不信感をぶつけあっていたのに、カトレアの笑顔にはひとかけらの濁りもなかった。
 この人は、いったい? 返す言葉がとっさに浮かんでこない三人。そのうちのキュルケが、どうしてそんな無防備な笑みができるのかと目で尋ねているのに気づいたカトレアは、そっとささやくように答えた。
「キュルケさん、あなたの言いたい事はわかりますわ。けれど、思い悩んだところで生まれを変えられる者などいません。わたしも、何度も自分の存在が世界にとってあっていいものだったのかを思い悩みました。でも、その度に思い出すことがあるんです」
「思い出す、こと?」
「ええ、皆さん、わたしは実は昔、大病をわずらって長くは生きられないと言われていました。でも、ともすれば自ら命を絶ってもおかしくなかった日々で、わたしを支えて生かしてくれた友達は、必ずしも人間ではありませんでした」
 そう言うと、カトレアはシルフィードのほうを見た。するとシルフィードははっとして、いまさらながら気づいたように言った。
「そういえば、カトレアお姉さまからいろんな生き物のにおいがするの。こんなにたくさんの生き物のにおいを持ってる人、これまで見たこともないのね!」
 驚くシルフィードにカトレアは語った。自分の住むラ・フォンティーヌ領では、多くの動物や、中には怪獣までもが仲良く住んでいることを。
 シルフィードはそれで、自分がカトレアに対して不思議な安心感を持てていたわけを悟った。自分が鈍いからと言うだけではない、それほどに多くのにおいを持つカトレアは、人生のほとんどを自然の中で生きてきたシルフィードにとって、まるで故郷に帰ってきたかのように安らげる空気の持ち主だったからだ。

123ウルトラ5番目の使い魔 25話 (7/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:12:54 ID:yME8DVLc
 そう、カトレアにはラ・フォンティーヌ領で世話をしてきた数え切れないほどの生き物のにおいが染み付いている。それも、そのすべてがカトレアに対して好意を持っていることを示す香りであったために、シルフィードは疑問に思うことすらもなかったのだ。
「最初は、思うように動けない自分の代償のつもりだったかもしれません。けれど、病気が治った後も、彼らはずっとわたしの友達でいてくれました。そして気づいたんです。生き物が生きていく上で、共に生きるべき相手は必ずしも同族でなければいけないということはないということに」
「きゅい、シルフィも誇り高い韻竜だけど、人間とは仲良くしたいと思うの。ねえ赤いの、前にお姉さまといっしょに、人間と翼人を助けたのを思い出さないかね?」
「そうね。あれは、タバサとわたしたちでやった初めての冒険だったわね。もう、あれからずいぶん経つのねえ」
 懐かしそうに、キュルケは思い出した。
 エギンハイム村での、翼人と人間のいさかいから始まったあの事件のことは忘れない。軽い気持ちでタバサの手助けをしようとして、そのまま宇宙人と怪獣を交えての大決戦にまでなったあの事件では、人間と翼人の両方が力を合わせなければ勝てなかった。そしてその後誕生した人間と翼人の夫婦の幸せそうな顔。思えば、自分たちは一度すでにいがみあっていた異種族をつなげることに成功している。増して、ルイズたちは自らエルフの首都に赴いて帰ってくるという前代未聞な冒険を成功させているではないか。
 異種族が共存することは、決して不可能ではない。その前例は、すでにたくさんあった。キュルケは、そのことを知っていたはずの自分を恥じて、しかしそれでも納得のいく答えを求めてカトレアに視線を移した。
「あなたにも、忘れてはいけない大切なことがあったのですね。ねえキュルケさん、さきほどの話の後で話そうと思っていたことがあるんです。ファーティマさんとシルフィードちゃんも聞いてください。確かにこの世界では、人間とそれ以外の生き物でバラバラに別れています。そして、わたしたちはそれぞれに簡単に相手を信用することのできない理由も抱えているでしょう。けれど、だからこそそのしこりをわたしたちの代で消し去っていこうと思うのです」
「しこりを……消し去る?」
「そうです。事はわたしたちだけの問題ではありません。わたしや、キュルケさん、ファーティマさん、シルフィードちゃん、それにあなたたちの知っているすべての人の子供や孫の世代にも関わっていくのです。率直に聞きますが、皆さんがいずれ子供や孫を持ったときに、友達を残してあげたいと思いますか? 敵を残してあげたいと思いますか?」
 その答えは決まっていた。キュルケもシルフィードも、ファーティマでさえ言葉には出さなくても顔には同じ答えを浮かばせている。
「確かに世の中には、どうしても理解しあえないような卑劣で邪悪な相手もいます。けれども、人間やエルフの多くの人はそんなことはないということを、あなた方はもう知っているでしょう?」
 カトレアの言葉に、三人はじっと考え込んだ。世に悪人は間違いなくいる。しかし、毎日を正しく一生懸命に生きている人はそれよりはるかに多くいることに。
 かつて、ウルトラマンタロウは言った。少ない悪人のために、多くのいい人を見捨てることはできないと。カトレアも、数多くの命と向き合ううちに、本当に邪悪な相手はほんの一握りだと思うようになっていっていたのだ。
「わたしはこれまで、多くの生き物の生き死にを見てきました。動物の寿命は、人に比べればとても短いものもあります。けれど、そんな彼らも世代が進んで仲間が増えていくごとに、生き生きと力強く生きるようになっていくのです。それで思うようになりました。わたしたちはみんな、次の世代に幸せをつなぐために生きているのだと」

124ウルトラ5番目の使い魔 25話 (8/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:14:39 ID:yME8DVLc
「次の、世代に……?」
「そうです。過去になにがあったにせよ、わたしたちの後に続く人たちが平和に楽しく暮らせる世の中が来るのならそれでよいではありませんか。そうして積み重ねていけば、大昔のことなんか笑い話ですむ時代がいずれやってきます。その一歩を、わたしたちの手で進める。この上ない名誉と幸福だと思いませんか?」
 どこまでも純粋で優しいカトレアの笑顔を見て、三人はそれぞれ自分の中での葛藤を顧みてみた。だが、三人共に共通していたのは、いずれも今の自分たちのことしか考えていなかったということだった。
 対して、カトレアは次の世代のそのまた先。十年後、百年後、いいや千年後まで視野に入れて考えている。三人は、それぞれ思うところは違いはしたけれど、カトレアの思う生き方に比べたら、自分たちのこだわりが笑えるほど小さなものに思えて口元がほぐれてきてしまう。
 ただ、現実にハルケギニアの異種族同士はわかりあえずに六千年を過ごしてきている。それを忘れてはならないという風に、ファーティマは言った。
「お前の理想論、険しいという言葉では済まされない道だぞ」
「わかっています。今日初めて会ったばかりの相手を、すぐに信用できなくて当然ですわ。けど、今ここにいる四人はこれからきっといいお友達になれます。大丈夫ですよ、だってほら、誰の手のひらにも同じようにあったかい血が流れているんですから」
 カトレアの重ねた四人の手からは、ゆっくりとそれぞれの体温が相手に伝わっていった。それは、熱くも冷たくもない、生きているものの発する生命の暖かさ。人間もエルフも韻竜も、魔物でも幽霊でもないことを示すぬくもりを感じて、キュルケ、シルフィード、それにファーティマは、言葉に表すことは難しいけれど、自分の中でのなにかが変わっていっているような不思議で、しかし快い感触を覚えていた。
 人は、大きなものを見据えることで小さなこだわりを捨てることができる。そして、人と人は小さなこだわりを捨てることで友情を結ぶことができる。大自然の中で自由に心を育んできたカトレアの思いが伝わって、重なり合った手のひらに誰からともなく新しい力が加わっていった。
 
 
 けれども、カトレアは豊かな心を持っていても、無知な野生児ではない。キュルケやファーティマが持っていた警戒心が薄れたことを確信すると、その瞳に鋭い知性の光を宿らせてファーティマに問いかけた。
「ところでファーティマさん。聞けば、先ほどはキュルケさんが亡霊に襲われて危ないところを助けていただいたとか。しかし、キュルケさんには亡霊などに襲われる所以はありませんし、そもそも亡霊などというものに早々お目にかかれるとは思えません。もしかすると、本来亡霊に追われていたのはあなたなのではないですか?」
 その瞬間、ファーティマの背筋がびくりと震え、表情に明らかな動揺が見えた。
「そ、それは……」
「それに、最初から気になっていたのですが、サハラからトリステインへの大事な使者であるにも関わらず、あなたはたった一人でここまで来られたのですか? いくらエルフが人間に比べて強いとはいっても、普通なら水先案内や護衛のために、あと数人はいっしょにいておかしくないはず。ひょっとしてファーティマさん、あなたには他にまだ隠している役目があるのではないですか?」

125ウルトラ5番目の使い魔 25話 (9/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:17:35 ID:yME8DVLc
 ファーティマはすぐに肯定も否定もしなかったが、その短い沈黙だけでもシルフィードはまだしもカトレアやキュルケは過不足なく察することができた。
 再び馬車の中に緊張が走る。しかし、対峙する姿勢に入りかかったキュルケとファーティマをカトレアはすぐに抑えた。
「落ち着いてください。キュルケさん、ファーティマさん。わたしは尋問をしようとしているわけではありません。ですがファーティマさん、わたしたちは今、大事な目的を持って旅をしています。もしかすると、この世界の行く末を左右するかもしれない重大な意味を持つ旅です。正直に言って、あまり時間はありません。けれども、できればあなたの望みもかなえてあげたい。ですからお互いに、隠し事はやめて打ち明けあいましょう。そうすれば、もっとあなたの助けにもなれるかもしれません」
 カトレアに諭すように告げられて、ファーティマは金髪を伏してじっと考え込んだ。カトレアはキュルケとシルフィードに視線を移し、話してよいですかと目で尋ねた。キュルケは一瞬躊躇したけれど、意を決して自分から旅の目的をファーティマに語って聞かせた。
 タバサのこと、ジョゼフのこと、異世界への扉を求めてラグドリアン湖に向かおうとしていることなどを、キュルケはすべて包み隠さず話した。そしてファーティマの反応をうかがうと、ファーティマは驚いたようではあったが、ふうとため息をついてからキュルケやカトレアを見返して言った。
「異世界へ、か。どうやら、わたしがお前たちとめぐり合ったのは本当に大いなる意思の導きらしい。わかった、わたしも全てを話そう。わたしのもうひとつの使命は、ある物をお前たちの仲間に届けることなのだ」
 ファーティマは、懐から小さな小箱を取り出して、その中身を見せた。
「なんですの? 見たことない形の、カプセル……かしら?」
 それを見てキュルケは首をかしげた。小箱の中身は、手のひらに収まるくらいの楕円形の金属でできたカプセルで、表面には焼け焦げた跡があった。
 しかし、よく見てみると表面には細かな文字でなにかが書いてあり、それに汚れてはいるけれど、文字の上にはなにやら紋章のようなものが描かれていて、キュルケはふと既視感を覚えた。
「先日、我らの聖地の近辺で発見されたものだ。そのときは、もっと大きなケースに入っていたのだが、すでに何者かに攻撃された形跡があった。ともかく、その字を読んでみろ」
「ううん、かすれてて見にくいけど……あら? このマーク、どこかで同じものを見たような。それに、この文字は……えっ!」
 キュルケは、カプセルに書かれていた文字を読んで愕然とした。それは、つたないトリステインの公用語で書かれていたが、その中に記されていた固有名詞や人物の名前は、キュルケにとってとてもよく知っているものだったからである。
「思い出したわ! この翼のようなマークは、確かタルブ村で……」
 
 だが、キュルケが記憶の淵から呼び戻してきたそれを口にする前に異変は起こった。
 
 突如、爆発音とともに激震が馬車を襲い、中にいた四人はもみくちゃにされた。頭をぶつけたシルフィードが悲鳴をあげ、馬車を引いていた馬の悲鳴もそれに重なって響く。
 高級馬車の車軸でも吸収しきれない揺れにより、車内のランプが落ちて割れ、灯油がぶちまけられて刺激臭が鼻をつく。だが、そんなものに構っている者は一人もいなかった。それぞれが多寡は違えども戦いの中を潜ってきた経験を持つ者たちである、今の不自然な揺れと爆音が、自分たちを危機へと追い込む悪魔の角笛だということを理解していたのだ。

126ウルトラ5番目の使い魔 25話 (10/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:20:00 ID:yME8DVLc
「なに! 今の爆発音は、まさか」
「そ、外なのね! うわっ! 森が燃えてる。きゅいぃぃぃ! みんな、空を見てなのね!」
 頭のたんこぶを押さえながら窓から外を見たシルフィードの絶叫。続いて窓を開けて空を見上げた三人の目に映ってきたのは、空に浮かぶ三十メートルはあろうかという巨大な鉄の塊だったのである。
 なんだあれは!? 異様すぎる浮遊物体の巨影に、キュルケやシルフィードは唖然とし、まさかジョゼフの放った刺客かと身を固めた。
 しかし、それはジョゼフの刺客などではなかった。百メートルほど上空にとどまり、こちらを見下ろしてくるような鉄塊を見て、ファーティマが忌々しげに吐き捨てたのだ。
「くそっ! もう追いついてきたのか!」
「なに? あなたあれを知ってるの」
「今の話の続きで話そうと思っていた。サハラを出てからこれまで、ずっとあいつに付け狙われていたんだ。共にアディールから出た仲間はみんなあいつにやられた! まずい、攻撃してくるぞ、飛び降りろ!」
 その瞬間、鉄塊に帯状についている無数の赤いランプが断続的に輝き、ランプからそれぞれ一本ずつのいなづま状の赤い光線が馬車に向かって発射された。七本の光線は一本に集約して馬車に直撃し、馬車は火の塊になって飛び散る。
 だが、ファーティマの警告が一歩早かったおかげで、馬車から飛び降りた四人は間一髪で無事だった。
「きゅいいい、し、死ぬかと思ったのね」
「あと一瞬逃げ出すのが遅れてたら、わたしたちは丸焼けだったわね。ミス・カトレア、大丈夫ですの?」
「ご心配なく、こう見えて野山を駆け回るのが日課ですから。それよりも、ファーティマさんにお礼を言わなければいけませんね」
「勘違いするな。せっかくの大いなる意思の導きを台無しにしては冒涜だからだ。だがそれも、生き延びれたらの話ではあるが……下りてくるぞ! 気をつけろ」
 燃える馬車の炎に照らされる四人の前に、空飛ぶ鉄塊がゆっくりと下りてきた。敵意を込めて、鉄塊を睨みつける四人。その眼前で、鉄塊は真の姿を現していく。
 
 まず、上部の穴から頭がせり上がってきた。洗面器を裏返したようなツルツルの表面に、かろうじて目と口だと見えるくぼみが三つついている。
 続いて、左右から腕が生え、下部から足が生えて地面に着地した。その胸元には、先ほど破壊光線を放ってきたランプが赤く輝いている。この人型の巨大ロボットこそが鉄塊の正体だったのだ。
 
「きゅいい! で、でっかい人形のおばけなのね!」
「なんて大きさ。こんなガーゴイルがこの世にいたなんて」
「いえ、これはガーゴイルじゃないわ。きっと、以前にトリステイン王宮を襲った機械竜と同じもの。そして、あのときの亡霊といい、そんなことができるものといえば」

127ウルトラ5番目の使い魔 25話 (11/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:22:11 ID:yME8DVLc
「そういうことだ。こうなったらお前たちも一蓮托生だ。奴の思うとおりにさせたら、砂漠の民も蛮人もすべて滅び去る。だから知らせねばいかんのだ。ヤプールが再び動き出したのだということを!」
 
 聞きたくなかった忌まわしい侵略者の名が吐き捨てられ、巨大ロボットは電子音と金属音を響かせながら動き始めた。
 
「モクヒョウヲカクニン。ケイコクスル、タダチニコウフクシテ、ソノソウチヲアケワタシナサイ、サモナケレバ、キミタチゴトハカイスル」
「断るわ!」
 
 シルフィードがドラゴンに戻り、キュルケ、カトレア、ファーティマが魔法攻撃の体制に入る。
 燃える馬車の炎に照らされ、逃げ去っていく馬の悲鳴を開幕のベルとして戦いが始まった。
 
 
 だが、その一方で、始まったこの戦いを離れたところから見守っている目があった。
「あれはガメロット……確かあれはサーリン星のロボット警備隊に所属するロボット怪獣だったはずだが、やはりロボットだけでは星を維持できなくなってヤプールの手に落ちたか。しかし、このシグナルに従って来てみたが、リュウめ、相変わらず荒っぽい作戦を思いつくやつだ」
 彼の手には、激しいシグナルを発し続けているGUYSメモリーディスプレイがあった。そして、ファーティマの持つカプセルにもまた、メモリーディスプレイに記されているのと同じ翼のシンボルが描かれていたのだ。
 
 
 続く

128ウルトラ5番目の使い魔 あとがき  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:44:53 ID:yME8DVLc
以上です。待っていてくださった方、ありがとうございました。
実は先週の水・木には投下するつもりだったのですが、直前でちと某アニメで精神的ショックを受けてしまいまして…
ですがそれを置いても遅れてすみませんでした。今回は特にシチュエーションや台詞回しが重要なので、何度も書いては消してを繰り返してました。
しかし怪獣も出た以上はテンション上げていこうと思います。あ、一応いっておきますけど原作どおりに誰かを特攻させたりとかはしませんのでご安心を

ハーメルンのほうでの投下も続けていますので、そちらもよかったらいらしてください。
では、今回はこのへんで失礼します

129名無しさん:2015/01/26(月) 06:24:12 ID:WB8.oUFg
乙です

>>某アニメ

あれですねあちこちでもめてますが設定上しゃあないっちゃそうですが

130名無しさん:2015/01/26(月) 22:08:32 ID:DRpYE9cM
乙です
ファーティマも丸くなったなあw
あんな目にあってまだ目が覚めなければ救いようが無いけど
どうこの危機を乗り越えるのか

131ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:13:35 ID:cq4lwDYU
皆さんこんにちは、ウル魔の26話の投稿準備ができたので投下開始します。

132ウルトラ5番目の使い魔 26話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:18:18 ID:cq4lwDYU
 第26話
 魂のリレー
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
 異世界ハルケギニアを舞台にした、ウルトラマンAと異次元人ヤプールの戦いが始まって、一年あまりの月日が流れた。
 その戦いを顧みてみて、エースは苦しい戦いを、多くの人々の助力を得て乗り越えてきた。
 そう、ウルトラマンといえど限界はある。圧倒的な闇の力に対抗するためには、仲間の力が欠かせないのだ。
 ヤプールを倒すため、ハルケギニアの人々は勇敢に立ち向かい、さらに地球と光の国からもエースを救うべく勇者たちが立ち上がった。
 だが、次元を超えて地球からハルケギニアへと渡ろうとしたCREW GUYSの試みはヤプールによって妨害され、亜空間ゲートは完全に封じられた。
 その後、才人たちは地球からの援軍を失ったことで苦戦を強いられながらも、エルフの都アディールでの決戦で、なんとかヤプールの怪獣軍団を撃退することに成功した。
 しかし、ヤプールがこのまま黙っていると思う者は誰もいなかった。遠からず奴は、さらなる恐ろしい力を持って攻めてくる。そのときまでに、どれだけ戦力を整えていられるかで勝敗は決まる。
 怨念と執念を込めてハルケギニアを滅亡せんと狙うヤプール。対して人間たち、エルフたちもいずれ必ず襲ってくるヤプールとの戦いに備えて、可能な努力を惜しまずに進めた。
 
 だが、来るべき時のために最大限の努力を傾けているのはハルケギニアの民やヤプールだけではなかった。
 忘れてはいけない。道を閉ざされたとはいえ、次元の向こう側には悪を許さない勇者たちがいることを。
 
 時をさかのぼり、才人たちが東方号でネフテスからハルケギニアへと帰還の途にある頃。
 この時、地球からさして離れていない宇宙空間でCREW GUYSが一発の大型ロケットを打ち出していた。
「超光速ミサイルNo.9、軌道に乗りました。弾頭内の各発信機、自動追尾シグナル、オールクリア! このままウルトラゾーンの亜空間断層へと突入します」
「ようし、時空を越えて行ってきやがれ。一個でいい、あの世界に届くんだ!」

133ウルトラ5番目の使い魔 26話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:19:53 ID:cq4lwDYU
 リュウ隊長の見守る前で、GUYSの希望を乗せたロケットは異次元空間へと消えていった。行く先は宇宙の墓場・ウルトラゾーン。GUYSも一度だけ突入したことがあるが、命からがら脱出してきたほどの宇宙の難所だ。
 その不安定な時空に彼らは賭けた。非常に不安定な時空の果てがどうなっているのか、生きている者で確認できた者はいない。しかし、このロケットにはGUYSのテクノロジーの粋を集めた、数千にも及ぶ”ある装置”が詰め込まれていたのだ。
 
 超光速ミサイルはウルトラゾーンのかなたに消え、やがて自爆して搭載されていた”装置”をばらまいた。
 それらのほとんどは無駄となり、永遠に時空のはざまをさまよい続けることになる。だが、たった一個の奇跡が、すべてを変える大いなる大樹の種となった。
 
 
 それから時は流れて、舞台は再び時空のかなたへと戻る。
 
 
 ”それ”が、彼らの手に渡ったのは、まったくの偶然といってよかった。
 事の次第はある日のこと、エルフたちの国ネフテスにおいて、海上哨戒中の水軍が嵐と遭遇したことがきっかけだった。
 アディール近海……ヤプールの手に落ちた竜の巣、聖地を望むその海は今や地獄と化していた。
「艦長! 船体傾斜率が三十度を越えました。残念ですが、これ以上竜の巣に近づいたら、艦が持ちません!」
「おのれ、竜の巣はもう間近だというのに。特別に訓練した、この鯨竜を持ってしてもだめだというのか」
 激しく動揺し、なにかに掴まっていなければ立っていることもできないほど悲惨な状況にある鯨竜艦の艦橋で、艦長が悔しげに吐き捨てた。
 海は天を貫く巨峰のような波が無数に逆立ち、風はマストに掲げたネフテスの旗を引きちぎっていきそうなほど強い。
 以前の戦いで、壊滅的打撃を受けた水軍。それからようやく立ち直りかけ、手塩にかけて育て上げた鯨竜と乗組員で竜の巣の詳細を偵察してこようともくろんだ艦長の狙いは、想像をはるかに超えた嵐の前に打ち砕かれてしまった。
 むろん、これは自然の嵐ではない。竜の巣を手中におさめたヤプールが、近づくものを排除しようと人工的に起こしているものである。その威力は絶大そのものであり、空からは暴風雨によりいかなる飛行獣も飛行船も近づけず、かといって海中も水流がでたらめに渦巻いているので、潜ればバラバラにされてしまうだろう。残る、わずかに危険度の少ないと思われる海上からの接近さえ、比較的近くに寄ることが精一杯というありさまであった。
「艦長、鯨竜が疲弊しています。このままここにとどまったら、海中に引きづりこまれて一巻の終わりです!」
「くそっ、止むを得ん。進路反転百八十度、この海域から離脱する!」

134ウルトラ5番目の使い魔 26話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:21:43 ID:cq4lwDYU
 悲鳴のように叫ぶクルーの声に、艦長は悔しさをかみ締めつつ撤退を命令した。
 鯨竜は、帰ることのできるのを認められて喜ぶようにひと吠えすると、くるりと進路を来た方向に変えて泳ぎ始めた。竜の巣から離れるごとに波と風は弱まっていき、沈没の恐怖におびえていた艦橋にもやっと安堵のため息が流れるようになっていた。
「どうやら、危機は脱したようです。しかし、艦内はもうひどい状況です。このままアディールの水軍司令部に帰還します」
「仕方があるまい。くそっ、もっと我々に大きくて強い船があれば、こんな屈辱を味わわずにすむというのに」
 艦長は、割れた窓から吹き込んできた風雨でぐっしょりになった軍服を揺すって、自らの非力を嘆いた。周りでは、同じようにずぶ濡れになったクルーたちが無言で職務に勤めている。いずれの顔にも疲労の色が濃かった。
 情けない。艦長は心底そう思った。我らネフテスの水軍は、水の上にあっては最強なことを誇りとしてきたはずなのに、たかが嵐に勝つことさえままならないとは、偉大な先達の方々に合わせる顔がない。
 彼は、以前アディールにやってきた人間たちの船を思い出した。オストラント号と名乗っていた、あの巨大船を見たときの衝撃は忘れられない。
「あれほどの船を、我らにも作れれば」
 蛮人たちはどうやったのかはわからないが、とてつもない巨艦を建造して我々の防衛網を突破し、歴史上初めてのアディールに立った蛮人たちになった。これまでの蛮人たちの船ときたら、風石ばかりを無駄に食う浮かぶ標的のようなものだったというのに。
 しかし、このような評価をコルベールが聞いたら、過大評価だと顔を真っ赤にするだろう。自分たちも、異世界の技術を流用したに過ぎないのだと。
 ただ、勘違いであるとはいえ、東方号の与えた衝撃はエルフたちにも多くの影響を残していたことは間違いない。
 今に見ていろ、誇り高き砂漠の民がいつまでも蛮人の後塵を拝すなどあっていいはずはない。我が人生のすべてを懸けてでも、あれに負けない船を作り上げて無敵水軍の復興を果たす。同じように空軍も再建に血眼になっているが、負けてはいられない。
 屈辱は人を奮起させる。負けたときにそこから這い上がろうとする意思の力は、時に爆発的な進歩をもたらす。かつて地球でも、我が物顔で暴れる怪獣や宇宙人たちに対抗しようする人々が作り上げた新兵器の数々が、現在のGUYSのメテオールの原型になっているし、ウルトラマンジャックやウルトラマンレオも、敗北から血のにじむような特訓を経て新技を編み出して勝利してきた。そして、エルフたちも同じように、今自分たちの進歩のために殻を破ろうとしていたのだ。
 と、そのときであった。悔しさを噛み締めて窓の外を凝視していた艦長たちの目に、空を横切る一筋の流星が映ったのは。
「なんだ? いまのは」
「見張り所より報告します。左舷後方、竜の巣の方面から発光体が飛来、左舷前方、推定三千メイルに着水しました」
 見ると、確かに左舷前方の海上になにやら光るものが浮いているように見える。荒れる波間に漂っているので、見えたり隠れたりを繰り返しているが、明らかに自然のものではない強い輝きを放っており、艦長以下艦橋にいたクルーたちは怪訝な表情をした。

135ウルトラ5番目の使い魔 26話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:23:53 ID:cq4lwDYU
「なんでしょうね。かなり小さなもののようで、遠見でも正体が判別できませんが、敵の攻撃にしてはお粗末です」
「ええ、砲弾の破片でも、燃えた岩の欠片でもないようです。しかし、風に乗って流れてくる気配がないですし、少なくとも生き物ではなさそうです」
「海流に乗って流されていきます。なににしても、本艦に危害が加わることはないでしょう。ま、この嵐の中、すぐに沈んでしまうでしょうが」
 クルーたちは、目立つ輝きを発しながらもしだいに遠ざかっていく飛来物への興味をなくしたように口々に言った。いずれも、敵地のど真ん中であるこの海域を早く抜け出したくて、触らぬ神にたたりなしといった風に意図的に無視しようとしている。
 しかし、彼らと同じように光る飛来物をじっと睨んでいた艦長は驚くことを言い出した。
「進路取り舵、第一戦速! あの発光物に接近しろ」
「ええっ!? か、艦長、何をおっしゃるのですか。暴風圏は抜けたといえ、まだ本艦は危険な状況にあります。一刻も早く、この海域を抜けなければ」
 せっかく拾いかけた命をまた危険に晒すのは嫌だと、艦の副長ほかクルーたちは皆反対した。だが、艦長は反論を許さないという風に断固として言った。
「ダメだ! 大口を利いて出てきた以上、なにもなしに引き上げたのでは水軍の面子に関わる。ここはなんとしてでも何かを持ち帰らねばならん。速度を上げて接近し、あれを回収するのだ。これは命令である!」
 クルーたちは腹立たしさを覚えたが、軍人である以上は上官の命令に従わねばならない。ぐっとこらえて、鯨竜に進路を変えるように指示すると、鯨竜はしぶしぶといったふうにゆっくりと進路を光る飛来物のほうへと向けた。
 風雨の中を縫って前進し、接近すると速度を絞ってそばに船を静止させるには大変な手間と繊細さを必要とした。しかも、荒れる海の中で人の背丈ほどの大きさもない浮遊物を回収するのはいくらエルフでも難解を極めた。万能に近い先住魔法を操れる彼らであったが、強烈なマイナスエネルギーに支配されたこの海域では精霊の加護をほとんど得ることができずに、手作業に頼った回収がやっと終わったときには溺死者を出さなかったことが奇跡と思えるくらいに、作業に関わったクルーはずぶ濡れで疲弊しきっていた。
「報告します。飛来した物体の回収と収容が完了しました」
「うむ、ご苦労」
「はっ、次いで報告いたしますが、飛来物は一抱えほどの大きさの、金属製の丸い容器のようなものでした。光っていたのは、それにつけられていたランプだったようです」
「容器? ということは、なにかを収納しておくためのものだというのか?」
「わかりません。形からして入れ物なのは確かのようですが、中身が危険物であったときのために、回収すると同時に船倉にしまってしまいましたので。ただ、落雷にでもあったのか破損してはおりましたが、容器の作りは我々ネフテスでは見たことのないものでした」
「わかった。あとは持ち帰って専門家に渡そう。ようし、全速力でこの海域を離脱する!」
 
 しかし、離脱していく彼らを背後から憎悪をこめた眼差しが見守っていることも、このとき誰も知るよしはなかった。
「おのれ、エルフどもにあれを回収されてしまったか。まだ力が完全に戻っていない今、連中にこの世界に来られるのはまずい。エルフどもにはあれは使えまいが、確実に始末しておかねば……」
 
 その後、持ち帰られた謎の飛来物は、トリステインで言えば魔法アカデミーに相当する機関に運び込まれて調査された。

136ウルトラ5番目の使い魔 26話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:25:08 ID:cq4lwDYU
 内容物は、一見、サハラの民からすれば価値を持っているようには見えない金属製の小さなカプセル。しかし、そこに書かれていた文字を解読したとき、明らかになったその意図と機能は報告を受けたテュリューク統領を驚愕させるに充分なものだった。
 彼は即座にビダーシャルを呼び寄せると、秘密を明かして協力を要請した。
「ビダーシャルくん、忙しいところを呼びつけてすまんの」
「構いません。私もこの時節、統領閣下が戯れに呼びつけたとは思っておりませんので。それで、要件とは」
「うむ、重要な事柄じゃ。結論から簡潔に伝えよう。先日水軍の船が竜の巣近海から持ち帰ったカプセル。あれは、異世界からやってきたものじゃった。しかも、ヤプールと対立する勢力が我々に向けて送ったものなのじゃよ」
「なんですって! いえ、なるほど……考えられなくも無いですね」
 ビダーシャルは驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻して考えた。
 彼らの言う竜の巣、忌み名をシャイターンの門というそこは、伝説では悪魔たちが降り立った地とされ、現在なお製作者不明な武器や用途不明な道具がしばしば発見されることを一部の者たちには知られている。そこで見つかる道具は、明らかに人間でもエルフでも作れないような高度な製法で作られているものばかりで、それらの事象をかえりみたとき、その地の持つ意味を理解できぬほどエルフは愚かではなかった。
「君もわかったようじゃの。シャイターンの門の先には異なる世界が広がっている。ヤプールがなにを狙ってシャイターンの門を奪ったのか、目的はいまだはっきりせんが、奴は門の力を利用しようとしているのは間違いない。しかし、まだ門を制御するにはいたっておらんようじゃ」
「このカプセルが紛れ込んできたのが、その証明というわけですね。これがカプセルにつけられていたメッセージの写しですか。うん? この名は確か……なるほど、信憑性は高いと私は判断します。これに成功すれば、我々は大きな力を得れることになりますね。ですが、肝心の使い方が書いていないのが気になりますが」
「それは恐らく、悪用を防ぐためと、我々の力ではそもそも使いこなせないからじゃろうよ」
「念のいったことです。しかしそのためには、我らの中の誰かが蛮人の国まで出向かねばなりません。なにより、我ら砂漠の民がまたしても蛮人に頼ることになるというのはいかがなものでしょう?」
「ふうむ。確かに、他人の力を借りることには腹を立てる者も多かろうの。正直、わしも悔しい思いがしないでもない。君の言う事も一理あるが……本音はそうではあるまい?」
「当然です。シャイターンどころか、我々は想像だにしていなかった悪魔の脅威に今現在さらされているのです。ここは、誰に頼ることになってもまずはネフテスを守ることが重要でしょう」
 ビダーシャルはあくまで現実思考を前に出して言った。一度は撃退に成功したものの、ヤプールの恐ろしさをビダーシャルは忘れてはいない。再軍備は進めているものの、エルフだけで勝てると思うほど彼は楽観主義者ではなかった。
「ふむ、敵の敵は味方か、人間たちの言葉じゃったのう。まあよい、どのみちそろそろあの船の人間たちには連絡をとろうと思っておったことじゃし、ちょうどよい。しかし、我々の中に蛮人の国の奥深くまで使者として行けるような骨のある者が君以外におったかのう?」
「適任がおります。元より血の気の多い者ですから、汚名返上のために力を尽くすことでしょう。何より、かの地にはその者の親類がおります」

137ウルトラ5番目の使い魔 26話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:27:03 ID:cq4lwDYU
「なるほど、言いたいことがわかったぞ。それに、行く当てがなくて軍に引き取った鉄血団結党の者たちにもよい刺激になるじゃろう。きゃつらの中には、まだ愚かな夢を捨て切れん者もおることじゃし、党でなかなかの地位にあった彼女がその目で人間世界を見てきて話せば、心変わりをする者も出るであろうよ。よろしい、ビダーシャル君、多忙なところをすまんが急いで準備してほしい。わしの責任で、彼女にはできるだけの待遇を与えてやってかまわんのでの」
 こうして、テュリューク統領とビターシャルの即決によってトリステインへと使者を送ることが決定した。
 その代表として、罪は許されたものの水軍で兵卒として一からやり直していたファーティマが急遽呼び出され、上校待遇を与えられて使命を託されたのだった。
 
「頼んだぞ、ファーティマ・ハッダード。必ず、その荷をトリステインのサイト・ヒラガの元へ届けてくれ」
「はっ! この身命に換えましても、ご期待にそえてご覧に入れます」
 
 ファーティマは使命感に燃えて、ネフテスを幾人かの役人や護衛とともに旅立った。
 選んだ道は海路。陸路でゲルマニアやガリアを越えるルートは、十数人のエルフがいっしょに行動する上でトラブルが起こる可能性が高く、かつ時間がかかるということで、外洋を北周りに迂回して直接トリステインを目指すルートをとることになった。
 
 だが、ネフテスから海上に出てしばらく後、ファーティマたちの乗った船が襲われた。
「空を見ろ! 何かが近づいてくるぞ」
「なんだ、船じゃない。巨大な、鉄の、塊か?」
 空から現れた巨大な鉄塊は、船の上に影を落として静止した。そして、驚き戸惑うエルフたちの頭上から、片言の電子音で作られたエルフの言語が話しかけてきたのだ。
「ケイコクスル、キミタチノハコンデイルソウチヲアケワタシ、タダチニヒキカエシナサイ。サモナクバ、キセンヲゲキチンスル」
 突然の一方的な要求はエルフたちを困惑させた。しかし、誇り高いエルフたちが脅しに屈するわけはない。彼らは戦いを即座に決意したが、これは無謀というほかはなかった。
 宙に浮かぶ鉄塊からの破壊光線によって船は一撃でバラバラに粉砕され、エルフたちも海へと放り出された。むろん、軍属である以上は彼らは水泳の心得があったが、鉄塊は水面に浮かんでこようとする者には容赦なく光線を浴びせかけて沈めてしまう。
 情け容赦のない残忍な攻撃。仲間たちが次々と消されていくのを目の当たりにして、彼らは悟った。
「これはこの世のものの力ではない。ヤプールだ! 奴が我々の目的を知って邪魔をしにきたんだ!」
 エルフたちは水中呼吸の魔法を使うことでなんとか深く潜って耐え忍び、イルカを呼んで掴まることでかろうじて難を逃れた。
「生き残ったのは、たったこれだけか……」

138ウルトラ5番目の使い魔 26話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:29:11 ID:cq4lwDYU
 命からがらトリステインの海岸にたどり着いたとき、残っていたのはファーティマのほかはたった数名でしかなかった。
 だが、船もなくして帰る術も失ってしまった彼らには引き返す道はなかった。案内役もいなくなった今、ファーティマをリーダーに、右も左もわからないトリステインで、使命を果たすべく彼らはさまよった。
 けれども、そんな彼らを、ヤプールが見逃すはずはなかったのである。
「なんだ、どこからか、誰かに見られているような気がする……?」
 自然の気配に敏感なエルフたちは、いつからかねっとりと自分たちから離れない不気味な視線を感じていた。しかし、いくら探せども姿を確認することはできず、彼らはただじっと不快感に耐えて旅を続けるしかなかった。
 だが、その視線は決して夢でも幻でもなかった。監視されているような視線に導かれるように、あの巨大鉄塊が再び現れたのだ。
「うわぁ! また来たぞ」
「散れ! バラバラになって、ひとりでも多く生き残るんだ!」
 鉄塊の攻撃を受けるたびに、エルフたちは櫛の歯が欠けるように命を落としていった。
 どこへ逃げようと、どれだけ離れようとわずかな時間稼ぎにしかならない。その中で彼らもようやく、自分たちを監視している目が敵を引き寄せていることと、その正体に気づいて愕然とした。
 それは、死者の霊が悪の念動力によって蘇って操られるシャドウマン。ようやくその姿を認めることはできても、霊であるために実体がなく、一切の攻撃が効かないシャドウマンにはさしものエルフの戦士もなす術がなかった。何回かは、霊体の出所と思われる墓地などを丸ごと破壊して追撃を絶ったが無駄だった。なぜなら、墓場や古戦場などを含め、死人を出したことのない土地などあるわけがない。シャドウマンはまたどこからか現れてエルフたちに付きまとった。
 振り払うことはできず、かといって止まれば鉄塊に追いつかれる。しかも、敵はしだいに亡霊を使うことに慣れてきたのか、監視にとどまらずに直接シャドウマンが襲ってくるようになり、ファーティマの持つカプセルを奪い取ろうとしてきた。
 しかし、同時に彼らは確信した。ここまで執拗に追手がかかってくるということは、このカプセルはそれほどまでにヤプールにとって不利益になるものであるということだ。
 そして、ついに鉄塊に追われてファーティマが最後の仲間を失ったとき、彼はファーティマに向かって最期に言い残した。
「行け! ファーティマ・ハッダード。お前の肩にネフテスの、いや、全世界の運命がかかっているんだ」
 彼はそう叫んで、怪光線の爆発の中に消えた。
 ファーティマはひとり生き残り、仲間の犠牲を無駄にしないために、今日まで旅を続けてきたのだった。
 
 
「あと少しというところで、しつこい奴め。だが、わたしの命に換えてもこれは渡さん!」
 ファーティマは、眼前でロボット形態になり、こちらを見下ろしてくるガメロットを睨み返して叫んだ。

139ウルトラ5番目の使い魔 26話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:31:22 ID:cq4lwDYU
 使命を果たすまで、自分は絶対に倒れるわけにはいかない。ネフテスの運命のために、なにより自分に託していった仲間たちのために、やられるわけにはいかないのだ。
 だが、はやるファーティマをカトレアが優しく諭した。
「お待ちになって、ミス・ファーティマ。世界の運命を背負っているのは貴女だけではありませんわ。国はその民のものですが、世界は誰のものでもありません。焦らないで、貴女は私が守ります」
「なに、お前!」
 ファーティマは、臆した様子もなく巨大ロボットの前に立ったカトレアを見て唖然とした。
 この女はいったいなんなのだ? 先のことで、多少頭が切れるのは認めてやってもよいが、これほどの怪物を目の当たりにしても平然としているばかりか、こともあろうに蛮人が砂漠の民である自分を守るだと? この国で見てきた蛮人たちは、たまにエルフであることを明かすと、命乞いをするか襲い掛かってくるかであったというのに。
 差別というものをしないカトレアの器の広さと、ヴァリエールの血を引く者の胆力をファーティマは初めて見た。
 そして、ヴァリエールが立つ以上はツェルプストーも負けてはいない。
「あなたもお待ちになって。ルイズのお姉さんに怪我でもさせたら、あの子に合わせる顔がありませんわ。というよりも、ルイズに貸しを作ってやるチャンスねえ。そういうわけで、ミス・カトレアはわたしが守ってさしあげますわ」
「あら? それは心強いですわ。ですが、わたくしもお母さまの手ほどきで戦いには些少の心得があります。心配はいりませんことよ」
「わかりましたわ。では、烈風の愛娘の実力のほど、間近で拝見させていただきましょう」
「シ、シルフィもがんばるのね! おねえさまと冒険をともにしてきたシルフィはもう、そんじょそこらの竜なんか目じゃないのね!」
 キュルケに続いてシルフィードも気勢をあげる。
 彼女たちの歩んできた戦いの道を知らないファーティマは唖然とした。
 なんなんだこの蛮人たちは? 我ら砂漠の民の戦士団すら全滅に追い込まれた相手を見ているというのに、この余裕はなんなのだ? バカなのか? いや、もしかしたらこいつらも、あの船に乗ってきた奴らと同じ……ならば、こちらも腹をくくるのみ!
「ずいぶんと威勢がいいな。まあ、どのみちもう逃げようもないようだし。足手まといになるなよ、人間ども!」
 ファーティマが叫んだ瞬間、戦いが始まった。
 
「コウフクノイシナシトハンダン、タッセイモクヒョウヲセンメツニヘンコウ」
 
 ガメロットが金属音を鳴らして動き出し、無機質な目がファーティマたちを見据える。殺戮兵器としての本分を目覚めさせて、感情のこもらない死刑宣告を投げかけてくる。

140ウルトラ5番目の使い魔 26話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:33:02 ID:cq4lwDYU
 奴は、こちらを皆殺しにする気だ! ガメロットの胸のランプが赤く輝き、破壊光線が襲い掛かってきた。だが、ガメロットのランプが光った瞬間、彼女たちは四方へバッタのように飛びのいていた。
「ひゅう、すごい威力ね。地面にでっかい穴が空いちゃったわ。ミス・カトレア、ご無事ですの?」
「ご心配なく、こう見えて山野を駆け回って足腰は鍛えてありますの。では、出し惜しみをする余裕もないようですし、最初から全力でいくといたしましょう」
 カトレアは、ドレスを爆風ではためかせながら杖を掲げて呪文を詠唱した。温和だった表情が凛々しく引き締まり、杖を振り下ろした瞬間にカトレアの足元の大地が脈動して、みるみるうちにガメロットとほぼ同等の大きさを持つゴーレムへと変貌、カトレアをその肩に乗せて雄雄しく立ち上がったのだ。
「ひゃあ! ロン……いえ、以前に見たフーケのゴーレムの倍はあるわね。これは確実にスクウェアクラス以上……けど、土ゴーレムは大きくはできるけれども、どうしてももろいのが弱点。それで、あの鉄の人形とやりあうつもりですか?」
 キュルケの言うとおり、ゴーレムは確かに怪獣じみた大きさで作ることができ、そのパワーは絶大ではあるが、しょせんは土であるために非常にもろく、格闘戦にはまったく向いていない。これまでにハルケギニアには数多くの怪獣が現れたけれども、どこの軍隊もゴーレムで怪獣を迎え撃たなかったのはそのためだ。小型のゴーレムであればギーシュのワルキューレのように金属に錬金して強度を高めることもできるものの、大きさに比例して消費される精神力もまた膨大になるために、数十メイルクラスのゴーレムを金属に変えることは現実的に不可能と言っていい。
 しかしカトレアは、心配無用と言う風に微笑むと、ぐっと握りこぶしを作ったゴーレムのパンチをガメロットのボディに叩きつけた。轟音が鳴り、なんとガメロットの巨体が押し返されてよろめいたではないか。
「効いた! なんでよ?」
「このゴーレムは、鉄とはいきませんが鉛くらいには硬くしてあります。それでも硬さではかないませんが、重さを活かせばこれくらいはできるのですよ」
「ゴーレムに、『硬化』の魔法をかけたのね。けど、そんなことをすれば精神力があっというまに無くなって……」
「わたくしは少々、人より精神力の持ち合わせが多いようなのですの」
 こともなげに言ってのけ、ころころと笑うカトレアを見てキュルケは唖然とした。
 冗談じゃないわ、スクウェアクラスと見積もったけどとんでもない。四十メイルクラスのゴーレムに『硬化』をかけて、なお平然と維持するなんて、もはや人間技じゃないわ。これが、あの『烈風』の娘の力……
 ケタが違う……と、キュルケは戦慄を覚えた。天才だとかそういう次元の話ではなく、自分の貧弱な”常識”などというもので計れるメイジではない。これがヴァリエールの、ルイズの姉さんの力。巨大ゴーレムの放った一撃の威力には、ファーティマやシルフィードですら驚きを隠せずに固まってしまっていた。
 しかし、カトレアとてこれほどの力を何もなしに天から授かったわけではないのだ。
「ヤプールのお人形さん、あなたが命も心もない殺戮の道具だというのなら、わたしも容赦はしません。もう、誰もわたしの目の前で無為に死なせたりしないために」
 カトレアのまぶたの裏には、以前に自分を守って命を散らせたリトラの最期が薄れずに焼きついている。
 自分に、もっと力があればあのときに誰も死なせずにすんだのに。その自責の念から、カトレアはあれ以来戦いの鍛錬も重ねて、母譲りの魔法の才能を何倍にも引き上げてきたのであった。
 命を大切にせず、他人の命を奪おうとするものには容赦はしない。誰よりも優しいカトレアだからこそ、悪を決して許すまいとゴーレムの攻撃がガメロットのボディに打ち込まれる。
 だが、強固な宇宙金属でできたガメロットの体はほとんど損傷を受けてはいなかった。ガメロットの動きは少しも鈍らず、反撃に振るわれてきたパンチ一発でカトレアのゴーレムの片腕がもぎ取られてしまい、きしんだ音を立てながら殴りかかってくる度にゴーレムの体が削り取られていく。奴のボディはウルトラマンレオの攻撃をまともに受けてもビクともしなかったほどの強度を誇り、パンチは一発でレオを吹き飛ばしたほとのパワーを持つのだ。

141ウルトラ5番目の使い魔 26話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:34:06 ID:cq4lwDYU
 窮地に陥らされるカトレア。しかし、それを傍観できないとキュルケが杖を振って助太刀に出た。
『フレイム・ボール!』
 抱えるほどもある大きな炎の玉がキュルケの杖の先から撃ち出される。だが、あの頑強な鉄の塊にそんなものが通じるかとファーティマは苦い表情を見せた。
 けれど、キュルケは無謀はするけど馬鹿ではない。フレイムボールは最初からダメージを狙って撃ったものではなかった。炎の玉はガメロットの頭部に命中すると、そのまま燃え上がって顔面を覆いつくしたのである。
「わたしの情熱の炎も、無粋な鉄人形のハートはあっためられないわよねえ。けど、恋は盲目っていうのを軽く教えてあげるわ。熱くね」
 そう、キュルケの炎はガメロットの装甲ではなく目を狙ったものであったのだ。魔法の炎は魔法力を燃料にしているために、魔力が残っている限り燃え続ける。キュルケはこのフレイムボールには、ちょっとくらいでは燃え尽きないほどに多めの魔法力を注ぎ込んでいた。
 顔面を炎に覆われたガメロットはガシャコンガシャコンと、まるで古びたビデオデッキのようにやかましい機械音を鳴らしながらもだえている。確かにキュルケの炎はガメロットにダメージを与えるには届かなかったが、ロボットにも人間と同じように目はあり、その依存度は人間以上だ。高感度センサーも炎に覆われては使い物にならず、文字通り完全な盲目状態へと陥らされたガメロットのコンピュータはパニックを起こして、その隙にカトレアはゴーレムを元の形に再生することができた。
「ありがとうございます、キュルケさん」
「どういたしまして。ふふ、タバサの戦い方を見てるうちに、いつの間にか移っちゃったようね。こんなスマートじゃない戦い方、国のお父さまたちに知られたら叱られちゃうかもしれないけど……あら、怒らせちゃったかしら?」
 炎を燃やしていた魔法力が尽きて、頭部の火災が鎮火したガメロットの無機質な目がまっすぐにキュルケを見据えていた。そして奴のコンピュータは、キュルケを優先して始末せねばならない目標と見なして、胸のエネルギーランプを光らせて破壊光線を撃ちはなってきた。
 赤い稲妻が宙を走って大爆発が起こり、土と岩が撒き散らされる。しかし、キュルケはその爆発をすました顔で真上から眺めていた。
「ひゅう、いいタイミングじゃないシルフィード。さっすが、タバサから風の妖精の名前を贈られただけのことはあるわね」
「えへへ、その名前はシルフィの誇りなのね。だから、おねえさまが戻ってきたら、もうおねえさまが危ない目に会わないでいいくらいにもっと強くなるのね!」
 滑空して、キュルケを乗せたシルフィードはガメロットの破壊光線の照準を狂わそうと挑発的に飛ぶ。ガメロットの破壊光線は、かつてレオが相手をした個体が言ったことによれば、地球を破壊しつくすことも可能なほどだそうだが、当たらなければどうということはないのだ。
 体勢を立て直したカトレアのゴーレムが再度ガメロットを狙い、対してガメロットも一発が二万トンの威力を誇るというパンチを繰り出してカトレアのゴーレムを砕く。しかしガメロットは目の前をシルフィードがちょこまかと飛ぶので照準を絞り込めず、一番狙われたら恐ろしいカトレア本人はいまだ無傷である。
 その戦いの様子を、ファーティマはなかば呆然とした様子で見守っていた。
「なんなんだ、この人間たちは……」
 あの悪魔のような鉄人形と互角に渡り合っている。最初は、多少相手の注意を逸らしてくれれば上出来だとくらいにしか思ってなかったのに、我らネフテスの戦士たちですら敵わなかったあの相手と、どうして戦えるのだ?
 奴らには恐れというものがないのか? しかし、彼女たちも決して恐れ知らずに戦っているわけではないことを、漏れ聞こえてきた彼女たちの会話は示していた。

142ウルトラ5番目の使い魔 26話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:35:07 ID:cq4lwDYU
「キュルケさん、シルフィちゃん、もっと離れて飛んでください! そんなに近いと、あなたたちが撃ち落されてしまいます」
「だめなのね! シルフィだって怖いけど、シルフィが離れたらカトレアおねえさまのほうが危ないのね。大丈夫なのね、シルフィはおねえさまから、怖いのを我慢したら強くなれるってことを教わってきたのね」
「シルフィードの言う通りよ。わたしだって、かすっただけで殺されるこんな相手と戦うのは恐ろしいわ。けど、ヤプールがわたしたちよりはるかに強力な力を持ってるのは最初からわかってること。それでも恐れたら、ヤプールの思う壺になるだけ。だったらわたしたちに残った武器は、恐怖を乗り越えるための、この”勇気”しかないじゃない!」
 勇気……ファーティマは、キュルケの発したその言葉を、反芻するかのように口の中でつぶやいた。
 そうだ、思えばあの船に乗ってきた連中や、ティファニアもそうだった。無茶・無理・無謀の三重奏が大音量で流れているような惨劇の戦いを、奴らは臆することなく立ち向かって、多くの民の命を救ってくれた。我ら砂漠の民に比べたら、わずかな力しかない弱者のくせに……いや、それは間違いか。
「我らとて、あの悪魔の前では弱者に過ぎないのだな。ならば、わたしのやるべきことも、また、ひとつ!」
 ファーティマは覚悟を決めた。鉄血団結党がなくなって以来、自分はなんのために生きていて、なにをすべきなのかをずっと探していた。いまだにそれは見つからないし、正直自分には世界を救いたいという意思も、守りたいと思う誰かもいないけれども、それでも自分にもあんなふうに前を向いて戦うことができるのならば。
 そのとき、ガメロットのランプが発光し、破壊光線がシルフィードをかすめてカトレアのゴーレムの半分を吹き飛ばした。
「うあぁぁぁっ!」
「カトレアさん!」
 ガメロットはしびれを切らし、とうとうシルフィードごとカトレアを仕留めにきた。カトレアのゴーレムは半壊して、すぐには動くことはできない。ガメロットの破壊光線の威力からしたら、粉々に粉砕されていてもおかしくはなかったけれど、ゴーレムがしょせんはただの土の塊であったことが衝撃を緩和してくれたようだ。
 しかし、ガメロットの冷たい電子の頭脳は目の前の戦果よりも目標を優先して、ためらわずにゴーレムの上で身動きができなくなっているカトレアに照準を定めた。硬い鋼の拳が、サンドバッグに一撃で風穴を空けるボクサーのパンチのようにカトレアを狙って振りかぶられる。
 やられる! だが、カトレアはゴーレムの維持と操作にほとんどの力を裂いていたのですぐには別の魔法を使えない。シルフィードとキュルケも、爆風にあおられて助けにいくことができない。
 そのとき、乾いた金属音を鳴らすガメロットの背後から枝葉のこすれるざわめきが響き渡った。
「森よ、鎖となって我の敵をからめとれ!」
 周辺の木々の枝や幹が動物のようにうごめき伸びて、ガメロットの四肢に巻きついた。全身を拘束されてガメロットの動きが止まる。カトレアは、寸前のところにまで来て止まった鉄の拳に肝を冷やしつつもゴーレムを再生させながら後退し、シルフィードも爆風からやっと持ち直している。

143ウルトラ5番目の使い魔 26話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:36:59 ID:cq4lwDYU
 そして、彼女たちは今の魔法の主を悟り、視線をその金色の髪をなびかせた勇姿に向けた。
「どこを見ているデク人形。お前の欲しい宝はわたしが持っているぞ」
「ファーティマさん!」
「勘違いするな。お前たちに死なれたら案内役がいなくなるからな。それにわたしの肩には、わたしに希望を託して散っていった同胞たちの期待がかかっている。彼らの無念、晴らさせてもらうぞ」
 そう、今の自分に言えることはそれだけだとファーティマは決意した。今の自分を後押しするのは、死者たちの遺言だけ。ところがそこへ、シルフィードとキュルケの浮かれた声が響いてきたではないか。
「やったーっ! エルフの人が仲間になってくれたのね。これでもう、百万人力なのね」
「いい援護だったわ。この調子でよろしく、ガンガンいくわよぉ!」
「なっ、お前ら! わたしは別に、お前たちの仲間になったわけでは」
「いいのいいの、あなたみたいな子をわたし知ってるんだから。照れなくてもいいのよ、仲良くやりましょ。わたしたちはあんな鉄人形とは違って、熱い血が流れてる仲間ですもの。ねえ? ミス・カトレア」
「ええ、そうです。ヤプールに勝つには、人間の力だけでも、エルフの力だけでもだめだということはあなたももうわかっているでしょう。あなたが否定しても、わたしたちはもうあなたを仲間だと思っています。あとは、あなたが認めるだけ。さあ、誰でもなく、ファーティマさん、あなたが最後に決めてください」
 カトレアの言葉を受けて、ファーティマはぐっと心に重い石を飲み込んだ。
 自分で決める。これまで、自分の進む道は、使命は、いずれも与えられたものを歩んできた。それを自分で、蛮人に向かって差し出す手を出すか否かを、自分で選べというのか?
 いや、考えるだけ愚問だったとファーティマは自嘲した。なぜなら、彼女の従姉妹は、ティファニアは自分よりずっと弱いのにそれをやったではないか。どうせ一度は捨てた命、ならば古いファーティマ・ハッダードはあのときに滅んだ。今ここにいるのは、あのときとは違う新しいファーティマ・ハッダードなのだ。
「まったく、蛮勇しか知らないド素人どもが、仮にも水軍の上校にむかって偉そうに。だがおもしろい、どうせわたしも外れ者のはしくれ。なら、なってやろうじゃないか、お前たちの仲間にな!」
 そう叫び、吹っ切れたような笑みを浮かべたファーティマに、キュルケたちは皆うれしそうな笑顔で答えた。
「ようっし! 歓迎するわ。わたしのことはキュルケって呼んでね。さあ、カーニバルの時間よ!」
「お祭りなのね! 人間とエルフに韻竜も集まったら、あんなポンコツのひとつやふたつは目じゃないの」
「ええ、わたしたちはひとりひとりは弱いけれども、力を合わせれば百万の軍団をもしのぐでしょう」
「お前ら、よくそれだけの大言壮語が出てくるものだ……フッ、ならこの際ついでだ。ヤプールよ、お前はもう勝ったつもりだろうが、たったひとつミスを犯した。それは、わたしというこの世で最強の戦士を敵にまわしたことだ!」
 意気を最大に高め、空からはシルフィードとキュルケ、敵の正面からはゴーレムに乗ったカトレア、後背からはファーティマを配して戦いは再開された。

144ウルトラ5番目の使い魔 26話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:38:42 ID:cq4lwDYU
 むろん、ガメロットは相手の士気などには関係なく、ただひたすら機械的に役割を果たすために動き出す。木々の拘束を怪力で引きちぎって活動を再開し、怪力のパンチでカトレアのゴーレムを削り取り、破壊光線で周辺を火の海に変えた。
 対して、キュルケたちはそれぞれに連携して、考えられる限りの方法でガメロットを攻撃したものの、目に見えて効いたと思えたものはひとつもなかった。心意気は高くても、相手はエルフの部隊を全滅に追いやった相手である。最大に火力を高めたキュルケの炎も、カトレアやファーティマの物理的な攻撃も通用しない。なんとか動きを封じようと試みても、ロボット宇宙船と異名を持つガメロットは高い跳躍力や浮遊能力で軽々と回避してしまい、効果がなかった。
 それでも、彼女たちはあきらめていなかった。あきらめたらすべてが終わる。奇跡は、最後まで全力を尽くしたやつのところにだけ輝くということを、才人やタバサが教えてくれたではないか。
 そして、彼女たちの負けない闘志は届いた。しかし、それは神ではなく現世から声になって返ってきた。
 
”ガメロットの弱点は頭と腹だ! そこだけは装甲が薄い!”
 
 突然、彼女たちの頭の中に響いた男の声。幻聴とするにはあまりにはっきりとしたその声に、カトレアやファーティマは戸惑った。
 いまの声は、誰? しかしその中で、キュルケだけは敏感に反応できていた。そう、今の声は、先に墓場で死霊たちに襲われたときに警告してくれたものと同じ声。あのとき、警告どおりに自分は襲われて、指示に従ったおかげで命拾いすることができた。ならば、今回も……迷っている時間は、ない!
「頭と、腹!」
 キュルケは決意し、不死身を誇るかのように身を守る気配も無く進撃してくる巨大ロボットを睨みつけた。
 
 果たして、人間の力でウルトラマンレオも苦戦したガメロットを倒すことが可能なのか。
 いや、無理と言い切れば可能性は途切れる。
 キュルケたちとガメロットの戦いを森の中から仰ぎ見て、声の主である男はナイトブレスに寸前まではめ込んでいたナイトブレードを下ろして思った。
 
 
 続く

145ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 11:03:25 ID:cq4lwDYU
お久しぶりです。この先の細かい展開に悩んで、何度か消しては書き直しをしていましたが、なんとか方針も決まって進行が戻ったので投下しました。
ウルトラマンギンガ、なかなか続きますね。最初は列伝の短編コーナーで終わるかもと思ったのですが、ウルトラシリーズも新しい道を歩み続けているようでなによりです。

さて今回は、人間とエルフ(韻竜も)の共闘でした。異なる者たちが協力して強大な敵に挑むというのは、自分でもメビウスの最終回を思い返します。
ファーティマ、アニメで見たかったなあ。挿絵がかなり可愛かったので残念です。
次回で、キュルケたちの旅もとりあえず一区切りです。では、今度はそこそこ早くなれるとは思いますが、また。

146ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:45:51 ID:E95BPtlw
おはようございます。27話の投下準備ができたので、これから投下開始します。

147ウルトラ5番目の使い魔 27話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:48:19 ID:E95BPtlw
 第27話
 届けられた誇りのメッセージ
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
「これで、終わりです!」
 カトレアの叫び声が戦いで荒れ果てた森の中に響き、なかば崩れかけたゴーレムが大きく身をよじって最後の拳を繰り出す。
 ゴーレムの拳は『硬化』によって強度を高められ、目の前で棒立ちになり、手足をガクガクと震わせているガメロットの腹部に突き刺さっていった。
 刹那、メカがむき出しになった腹部を貫通されたガメロットは、内部の歯車や電装系をめちゃめちゃに破壊されて大きく全身を震わせる。いかに宇宙金属製のボディといえども、体の内部への攻撃にはさしものガメロットも無防備だった。
「やった、やったのね!」
 かつて、その防御力と破壊力でウルトラマンレオを絶対絶命の危機に追い込んだロボット怪獣ガメロット。しかし、この世には無敵も不死身もありはしない。サーリン星のロボットは強力なパワーを誇るが、定期的にメンテナンスを必要とするために全身をみっちりと装甲で覆いつくすわけにはいかず、制御中枢のある腹部だけ装甲の薄いメンテナンスハッチになっていたことが弱点となっていて、かつてと、今回もそれを突かれて破壊された。
 致命的なダメージを受けて、体の各所から火花をあげてよろめくガメロット。しかし、その代償は大きかった。キュルケとファーティマは魔法の力のほとんどを使い果たし、カトレアもまた今のゴーレムの一撃で力を使いきってしまった。
 魔法による維持が効かなくなり、ただの土くれに戻っていくゴーレム。その肩からカトレアが投げ出されそうになったとき、シルフィードが飛び込んできて、空中でふわりとカトレアを受け止めた。
「きゅいい、カトレアおねえさま、大丈夫なのかね。すごかったのね」
「ええ、なんともないわ。シルフィードちゃんも、よくがんばったわね」
「えへへ、それほどでもあるのね。けど、やっぱり一番はカトレアおねえさまだったのね。見て、あの鉄人形が狂ったみたいに踊ってるの」
 それは踊っているのではなく、コンピュータが錯乱して暴走しているだけなのだが、そんなことまでシルフィードにわかるはずもない。重要なのは現実の光景である。
 無敵を誇ったガメロットも、こうなってはもはやどうしようもない。ファーティマは、唖然とした様子で、本当にこれを自分たちがやったのかと信じられない目で見ていた。
「みんな、仇は……討ったぞ」
 これで、奴の犠牲になった仲間たちもうかばれる。安らかに、眠ってくれ。
 それにしても、本当にスレスレの勝利だった。奴の弱点が腹の薄い装甲にあるとわかったとはいえ、そことてたやすく破壊できるほどもろくはないために、自分たちはあらゆる手を尽くした。
 とはいっても、あれを打ち抜けるパワーを持っているのはカトレアのゴーレムだけなので、作戦自体は簡単だった。ファーティマが先住魔法で周辺の植物や地面を操ってガメロットの動きを少しでも鈍らせ、そこへカトレアのゴーレムが拳を金属化させた上で、キュルケの炎で焼き入れをしたパンチを打ち込み続けるという、それだけのものだった。

148ウルトラ5番目の使い魔 27話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:50:59 ID:E95BPtlw
 しかし、楽な作戦ではなかった。それぞれの精神力はその時点でだいぶん落ち込んでいたし、なによりガメロットはそうたやすく弱点を攻撃させてくれるほど鈍くはないので、ファーティマが全力で動きを封じてやっと互角に持ち込めている状況だった。それに加えて破壊光線の威力と、仮に命中させることができても一発や二発ではこたえない装甲の頑丈さが彼女たちの気勢を削ごうとしてきた。
 それでも、ヤプールなどに負けてなるものかという意思が戦意を支え、とうとうガメロットの腹部装甲に先に根をあげさせることに成功したのである。
 弱点を貫かれて、体のバランスもおぼつかずによろけるガメロット。サーリン星のロボットは、かつてこの星の天才科学者であったドドル老人によって作られたというが、完成度の高い機械ほどトラブルに対しては弱い。レオが戦った個体が地球に逃亡したドドル老人を執拗に追ってきたのも、メンテナンス要員としてドドル老人が必要だったからで、レオと戦った際も緒戦はレオの攻撃を寄せ付けずに圧倒していたが、腹部の装甲を破られて中枢回路にダメージを受けてからはまったく精彩を欠いてレオに一方的に叩きのめされている。
 追い詰められたときに限界以上の力を発揮できるのは、善であれ悪であれ心持つ生き物だけだ。感情すら持たない冷たいロボットに、ピンチをひっくり返す術はない。ガメロットは戦闘能力をほぼ喪失し、破壊光線を撃つ機能も破損したらしく撃ってくる気配はなかった。
 あと一発、あと一撃を打ち込めば完全に奴を倒せる。精神力を使い切ったキュルケやカトレアには無理でも、ほんの少しだが余裕を残していたファーティマが叫んだ。
「とどめを刺してやる! 貴様にやられた者たちの恨み、私が味わった屈辱の数々、思い知らせてやる」
 怒りを込めて、ファーティマは残った精神力を振り絞って大地の精霊に呼びかけた。その呼びかけに応えて、地中から巨大な岩石が浮き上がってくる。その土地の精霊と契約を結んでいない場合の先住魔法は効果が限定されるものの、感情の高鳴りによって威力が上がるのは人間の魔法と共通する。いうなれば、術者の感情に精霊を共感させるようなものか。ともかく、ファーティマは浮き上がらせた巨岩をガメロットの破損した腹部へと向けた。これを叩き込めば、すべてが終わる!
 しかしなんということか、戦闘能力を失ったガメロットはスプリング状になったひざの関節を屈伸させて一気に宙高く飛び上がった。そしてそのまま空中で手足を胴体へと収納し、くるりと東のほうを向いたではないか。
「くそっ、逃げる気か!」
 まさしくそのとおりであった。任務遂行が不可能になったガメロットは、せめて自身の保存だけは果たそうと帰還を試みようとしていた。これは別に珍しいことではなく、自律行動するロボットなどは、エラーが生じた際に行動を開始する前の場所に戻ろうとする自己保存・自己復帰のプログラムが組まれているものがざらにある。
 ガメロットは機械であるがゆえに、非常時には自己の保存を最優先にと逃亡を選ぶことをためらわなかった。破損は帰還すれば修復することができる。ならば任務遂行のためには、ここは逃げることがもっとも合理的であると。
 ファーティマが、百メートルは上空のガメロットを悔しげに睨みつけながら毒づいても、これだけの高さではこちらからはどうしようもない。キュルケやカトレアも打つ手がなく、飛び去ろうとしているガメロットを見送るしかないと思われた、そのときだった!
 森の一角から光の柱が立ち上り、その中から青い体を持つ巨人が立ち上がる。
「あれは、ウルトラマンヒカリ!」
 キュルケが、以前に才人から教えられたそのウルトラマンの名前を叫んだ。

149ウルトラ5番目の使い魔 27話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:52:42 ID:E95BPtlw
 現れたヒカリは、逃げ去ろうとするガメロットを見据えると、右腕のナイトブレスを高く掲げてエネルギーを集中させ、一気に手元まで引き戻して、その手を十字に組んだ。ほとばしるエネルギーが青い光線となって手から放たれ、ガメロットへと突き刺さっていく。
 
『ナイトシュート!』
 
 ヒカリが放った必殺光線は、針の穴をも通す精度でガメロットの腹部の破損部へと命中した。ガメロットの装甲ならば、その威力に耐えられたかもしれないが、穴の空いた鎧などなんの役にも立ちはしない。体内の残った無事だった回路も破壊され、ガメロットは煙を吹きながら頭から墜落していった。
 そして激突。その衝撃によって、もうひとつの弱点である頭部をつぶされたガメロットは、エネルギーと燃料に引火して、大爆発を起こして微塵の塵へと帰っていった。
「やった、やったわ!」
「きゅいい、あの人形木っ端微塵なのね! ヤプールめ、ざまーみろなのね!」
 立ち上って消える赤黒い炎に照らされて、キュルケとシルフィードが歓呼の叫びをあげた。
 勝利。ガメロットは粉々に砕け散り、ヤプールの追撃は断ち切られたのだ。
 安堵感に、カトレアもほっと息を吐き、ファーティマは開放感から軽くよろめいて、はっと気を引き締めなおした。
「終わった、のか。本当に、勝てるとはな……いや、きっと散っていった仲間たちが力を貸してくれたに違いない。しかし、あの巨人、以前アディールに現れたふたりとも違う。ウルトラマンとはいったい……」
 ファーティマは、自分たちからさして離れていないところに立つヒカリを見上げてつぶやいた。エルフの世界でも、ウルトラマンは今や生きる伝説となっていた。悪魔に対抗するために現れた光の巨人、その正体がなんなのかについては様々な憶測が飛び交っている。
 と、見るとキュルケとカトレアを乗せたシルフィードがこちらに向けて降りてくる。そして、ファーティマたちの見ている前で、ヒカリはガメロットが完全に沈黙したのを確認すると、青い光に包まれて変身を解いた。
「あ、あなたは……」
 キュルケは、その男に見覚えがあった。そして、すべてを理解した。
「ミスタ・カズヤ・セリザワ! そうか、さっきまでの声はあなたでしたのね!」
 そう、かつて地球とハルケギニアが一時的につながったときにウルトラマンメビウスとともにやってきて、この世界に残ったもうひとりのウルトラマン。キュルケはあまり交流があったわけではなかったが、ヒカリの強さは才人から幾たびか聞く機会があった。
 確か、当初は魔法学院で働いていたけれど、いつからか旅に出てそれきり会わなくなっていたので失念していた。そうか、あの墓場での声も、敵の弱点を教えてくれた声も、不思議な力を持つウルトラマンであるならうなづける。
 しかし、自分はなんていうバカなのだ。いくら何ヶ月も幽閉されていたとはいえ、この世界には才人とルイズのほかにもウルトラマンがいることを忘れていたとは。

150ウルトラ5番目の使い魔 27話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:54:42 ID:E95BPtlw
「お久しぶりですわね。長らくお会いしていませんでしたが、お元気でしたか」
「しばらくこの国を離れて、敵の動向を探っていた。お前こそ、長い間学院にも帰っていなかったと聞く。いったいどこでなにをしていた?」
 セリザワは、GUYS隊長であった頃と同じように落ち着いた様子でキュルケのあいさつに答えた。どうやらセリザワのほうでも、長い間消息が絶えていたキュルケたちを捜してくれていたらしい。場所が場所だけに見つからなくて当然だが、キュルケは自分たちが相当大勢の人たちに心配をかけていたと、申し訳なさを感じた。しかし、今はそれを語るときではない。
「話せば長いので次の機会にさせてください。ただ、今わたくしたちは敵の策略に落ちてしまったタバサを救うためにラグドリアン湖へ急いでいるところですの。ともあれ、先ほどはお助けいただき感謝いたします」
 キュルケは時間をロスすることを嫌って簡潔にまとめた。嘘は言っていないことは目で証明している。詳細は語らなくても、真剣ささえ伝えられれば今はそれでじゅうぶんだ。
 だがそのときだった。キュルケとのあいだに割り込むようにして、ファーティマがひどく動揺した様子で詰め寄ってきたのだ。
「まっ、待て! お前、今セリザワと言ったな。い、いやそれより、お前が今の青い巨人、ウルトラマンだというのか? そうなのか!」
 驚愕と困惑を隠しきれない様でファーティマはセリザワに問いかけた。キュルケはそのとき、しまったと内心で思ったがすでに遅い。
 だが、セリザワは、慌てるキュルケとは裏腹に落ち着き払った表情で答えた。
「そうだ。俺の名はセリザワ・カズヤ。そして、ウルトラマンヒカリというもうひとつの名を持っている」
「なっ!」
 あまりにもあっさりと、ためらう欠片もなくセリザワが肯定したのでファーティマのほうが逆に言葉を封じられてしまった。才人とルイズのように、正体を隠すことに神経を使っているのとは反対の態度に、むしろ慌てたのはキュルケだった。
「ちょ、ミスタ・セリザワ! ウルトラマンは、ほかの人に正体を知られてはいけないんじゃないの?」
「かまわない。俺も、急いで君たちに伝えなければならないことがあって来た。話はある程度聞いていた。以前、エースが君たちを信頼したように、俺は君たちを信頼するに値する者たちと信じる。そちらの、ミス・ヴァリエールのお姉さんと、エルフの君は初対面だったな」
「はい、聞くところによると妹のルイズがお世話になったとか。カトレア・ド・フォンティーヌです。お見知りおきを」
 受容性の高いカトレアは、特に特別な態度をとるわけでもなくセリザワに礼をとった。その穏やかな笑顔に、セリザワも表情は変えないままだが軽くうなづいてみせた。
 しかし、一時の動揺が収まると黙ってられないのがファーティマだった。
「ふざけるなよ! 我々にとっても、ウルトラマンの正体はいくら調べてもわからない謎だったんだ。それをこんなあっさりと、なにがどういうことなのか説明してもらうぞ!」
「いいだろう、好きなように聞いてくれ。ただし、こちらにも急ぐ用があるので手短にな」
「くっ! なら!」
 そうしてファーティマは、セリザワにエルフがウルトラマンに対して疑問に思っていることを矢継ぎ早にまくしたてた。と言っても、その疑問は人間たちが感じていたものとの差異はほとんどなく、ウルトラマンはどこから来て、なんのために戦うのかという事柄に集中していた。

151ウルトラ5番目の使い魔 27話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:56:32 ID:E95BPtlw
 そしてセリザワはウルトラマンヒカリとして答えた。ウルトラマンとは、こことは異なる次元に存在する、M78星雲光の国に住む者たちのことで、特に自分たちは光の国にある、宇宙の平和を守るための組織、宇宙警備隊に属する戦士であること。自分はこの世界で暗躍をはじめたヤプールを追って、宇宙警備隊隊長ゾフィーの命を受けてやってきたことなどを、ファーティマの知りたがる限り話したのだ。
 ファーティマは、それらセリザワの語ったウルトラマンの秘密を唖然としながら聞いていた。異世界から来た戦士たち、ヤプールが異なる世界からの侵略者である以上は、対抗者であるウルトラマンもこの世界のものではないとする説が濃厚であったが、それを本人の口から語られると現実味が違った。ただし、それはあくまでも自分とエースたちだけで、元々この世界にいたコスモスやジャスティス、さらに別の次元から来たであろうダイナのように事例は数多くあるということも重ねて言われたが、それでも予想をはるかに超えるスケールに彼女は圧倒された。
 深呼吸をして心臓の鼓動を押さえ込む。ウルトラマンとは、そして自分たちの住んでいるこの世界とはなんなのか、ファーティマは自分の中の考えをまとめて、勇気を消耗しながら言葉に変えていった。
「わたしも、ここに来る前に統領閣下から別世界が実在することは聞かされていた。だが、この空のかなたにはお前たちのような巨人の住む国があって、ヤプールのような悪魔の住む国も無数にあるというのか。くそっ、それでは我々は知らず知らずのうちに誰とも知らない相手に狙われて、誰とも知らない相手に守られていたというのか」
「結果だけ言うとそうなるだろう。ヤプールのような侵略者だけでなく、凶暴で凶悪な怪獣たちもこの世には数多く存在している。それらから人々を守ることが我々の使命だ」
 セリザワは淡々と語ったが、ファーティマの心中は大きく荒れていた。昔よりは他者を受け入れるようにはなってきたとはいえ、まだ彼女にはエルフこそがこの世でもっとも優れた種族であるという自負が根強く残っている。それが、自分たちの運命は他人の手のひらの上で知らないうちに転がされているほど小さなものだったと知って穏やかでいられるはずもない。その憤りを、ファーティマは吐き出すようにセリザワにぶつけた。
「そうか、我々はしょせんお前たちからしてみれば、お情けで守ってもらっているほどのちっぽけな存在だということだな。それにひきかえお前たちは、全宇宙の平和を守るとは、なんとも立派なことだ。だが、それならなぜさっきはもっと早く出てこなかった! ずっと見ていたのだろう? 我らが死にそうになっている間も、もったいつけているつもりか!」
「むろん、君たちが本当に危なくなればすぐに飛び出していけるよう身構えていた。しかし」
 そこでセリザワは言葉を一度切ると、ファーティマとキュルケやカトレアたち皆を見渡してあらためて言った。
「本来、この世界は我々のような部外者ではなく、この世界に住む君たち自らの手で守り抜いてこそ価値がある。我々は、君たちが全力を尽くして、なお及ばないときに少しだけ力を貸しているに過ぎない。いずれ、君たちが力をつけて星の海へさえ乗り出していくときになれば、我々が楯になる役割も終わる。そうなるのが早いか遅いかに関しては、君たちの努力次第だ」
 セリザワは、そうきっぱりと言い切った。
 対して、ファーティマはぎりりと歯噛みをするのを抑えられなかった。悔しいが、ウルトラマンにせよヤプールにせよ、自分たちとはまるで次元の違う高みにいることはわかる。もしも、ウルトラマンに守ってもらえなければ、ヤプールの強大な力の前にエルフも人間も関係なく、今頃は跡形もなく滅ぼされていたであろうことは容易に想像ができてしまう。
 しかし、悔しさを隠しきれないファーティマにカトレアは穏やかに語りかけた。

152ウルトラ5番目の使い魔 27話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:58:11 ID:E95BPtlw
「ファーティマさん、あなたの悔しい気持ち、わたしにもわかります。でも、他人をうらやんでいても何も始まりません」
「うるさいっ、そんなことはわかっている」
「そうですね。それでも、手を伸ばしてもどうしても届かないものがある悔しさはあります。周りの人には力があるのに、自分だけにはない。わたしは、そんなふうに無力を嘆いてもがいている人を知っています」
 カトレアは、ルイズのことを、そして昔の自分のことを思い出しながら言った。ひとりだけ魔法を使えずに孤立していたルイズ、体をろくに動かすこともできず、ベッドの上から外を眺めているしかできなかった自分。
 だがそれでも、ひがんでいてもどうしようもないということを自分たちは知っている。厳しくても、道を自分で切り開くためにあがいてこそ、はじめて希望の光は刺すのだということを。
「人でも国でも、大きな挫折や苦難はあるものです。ただ、そこで立ち止まるか、なおあがいて上を目指すかで未来は変わってきます。あの人も言っていたではありませんか、ウルトラマンに頼る時代が終わるのが早いか遅いかは、私たちの努力しだいだと」
 カトレアの言葉に、ファーティマは奥歯を食いしばって考え込み、セリザワは静かにうなづいた。
「確かに、ヤプールをはじめとする侵略者たちの力は強大なものだ。しかし、この世に完璧というものはない。今、君たちが戦った巨大ロボットにしろ、ヤプールは絶対にやられることはないと考えていただろう。しかし、君たちは自分たちの力でそれを打ち破った。最後まであきらめない心と、他人を頼りにしない強い意志がヤプールの力を上回ったのだ。それは誇るべきことだ」
 それは世辞や慰めではなく、真実のみを語っていた。先の戦いで、ファーティマたちはウルトラマンの力を一切借りていない。ヒカリがやったことは、逃げていくガメロットにとどめを刺しただけで、そこまで追い込んだのは間違いなく彼女たちの力だったのだ。
 努力と勇気を賞賛されて、ファーティマの表情から少し険がとれた。傷ついたプライドが癒されたわけではないが、ウルトラマンは自分たちが全力を尽くしていたのをちゃんと見ていてくれた。同情ではなく、戦う人として認められたことが屈辱にまみれていた心に熱いものを取り戻させてくれた。
「我々砂漠の民は、弱者に甘んじる惰弱の民ではない。覚えていろ、お前たち異世界の者がいかに強かろうと、最後に勝つのは我々だ」
「ああ、その日を楽しみにしている」
 ファーティマの言葉に、セリザワは深くうなづいた。
 そう、誇りこそ強さの源だ。自らを弱者敗者とすることをよしとせず、常に上へと食らいついていこうとする心が進歩を生むのだ。
 セリザワも、GUYS隊長であった頃から、人間が必死に努力して、それでも及ばないときにウルトラマンは助けてくれるのだと信じていた。今は無理でも、何度も怪獣と戦っていくごとに自分たちは強くなる。ウルトラマンはその進歩をこそ守ってくれようとしているのだと。
 ファーティマや、カトレアやキュルケの姿勢には、明日のために今日を必死で乗り越えようとする誇り高い心が確かに見えた。それが見れただけで、冷や汗をかきながらでも余計な手出しを控えたかいがあったとセリザワは思った。
 
 しかし、物語はまだハッピーエンドとはいかない。立ちはだかる敵を倒しても、それはまだ問題の解決にはなっていないのだ。
 そう、違和感……カトレアやファーティマは気づいていないが、ウルトラマンとの付き合いが長いキュルケは、ある違和感を感じていた。

153ウルトラ5番目の使い魔 27話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:00:00 ID:E95BPtlw
 激昂していたファーティマの感情が収まっていくのを確認すると、キュルケはその疑問をセリザワに問いかけた。
 
「ところでミスタ・セリザワ。いえ、ウルトラマンヒカリ、先ほども申しましたけれど、わたしの見てきた限り、ルイ……いえ、ウルトラマンAは極力他人に正体がばれるのを避けていました。それを押してまでわたしたちに話したいことって、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
 カトレアの手前、ルイズがウルトラマンAということは伏せて尋ねると、セリザワは軽くうなづいてから答えた。
「そうだ、それこそヤプールが恐れていたこと。そう、エルフのお嬢さん、君が俺をここに呼んだと言ってもいい」
「な、なに?」
 そう言うと、セリザワは戸惑っているファーティマに、懐からGUYSメモリーディスプレイを取り出して見せた。そして、そこに記されているGUYSのシンボルを見たとたん、彼女の顔色が明らかに変わった。
「そ、そのマークはまさか! お、同じだ」
 ファーティマは慌てて懐からサハラから持ってきたカプセルを取り出し、そこに描かれていたマークがメモリーディスプレイのものとまったく同じであることを見比べて愕然とした。そして、驚愕する彼女に、セリザワはキュルケたちも驚くようなことを語ったのである。
「それはCREW GYUS JAPAN、別の世界にいる俺の仲間たちが作ったものだ。それから発信される信号を受信して、俺はここまで来た。よくここまで運んできてくれた、感謝している」
「どっ、どういうことだ。い、いや、それよりも、これを運ぶために我々は多くの犠牲を払ってきた。ヤプールも奪おうと執拗に追ってきた。これはいったいなんなんだ! 教えろ」
 ファーティマの必死の叫びが暗い森の中にこだました。ふたりのその会話を聞いて、カトレアにキュルケ、シルフィードも答えを求めて見つめてくる。
 これだけのことを生み出した、この小さなカプセルにどんな意味があるというのだ? これには、ハルケギニアの文字で、簡単にまとめれば「我々はヤプールに対抗する者、もしこのカプセルをハルケギニアの誰かが拾ったら、セリザワ・カズヤ、平賀才人、モロボシ・ダンのいずれかの手に届けてほしい。ウルトラマンの手助けになるはずだから」という内容の文章が書かれていたものの、その用途については謎だった。しかし、エルフのものをはるかに上回る高度な技術で作られていることと、ビダーシャルが才人の名前を覚えていたことから重く見ることとなったのはファーティマも聞いていた。
 ヤプールをこれほど警戒させる、ウルトラマンの助けになるというこのカプセル。計らずも、ファーティマの旅の目的のひとつははたされた。しかし、その成果を見るまでは終わるわけにはいかない。
 セリザワは、皆の視線が自分とファーティマの持っているカプセルに集まっているのを見ると、落ち着いて口を開いた。
「それは、発信機の一種だ」
「ハッシン、キ?」
「一言で言えば、遠くにいる者に対して見えない合図を送るものだと思えばいい。実際、それから発せられるシグナルをこれで受信して私は来た」
 そう言って、セリザワはカプセルについているランプとGUYSメモリーディスプレイの画面が同調しているのを見せた。だが、それは前置きに過ぎない。
「単刀直入に話そう。それはこの世界から、我々ウルトラマンの仲間のいる世界へと助けを呼ぶための装置だ」
「なっ……なんだと!」

154ウルトラ5番目の使い魔 27話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:01:29 ID:E95BPtlw
 ファーティマだけでなく、キュルケやシルフィードも愕然とした。しかしセリザワは構わずに続ける。
「以前に二回、我々の世界とこの世界はつながった。一度目は昨年の夏のアルビオンでの戦いで、俺はそのときにこの世界にやってきた。しかし、その際のゲートは急造で不安定だったために、わずか数日で閉じてしまった」
 キュルケははっと、以前ウルトラマンメビウスとヒカリがやってきたときのことを思い出した。あのとき、彼らは日食を利用してやってきたと言っていた。しかし……
「そして二回目、それから三ヶ月後に我々の世界からこちらへとつながる半永久的なゲートを開こうと向こう側では試みた。しかし、ゲートを開きかけたときにヤプールの妨害に会い、作戦は失敗に終わった。それでも、向こうの世界の仲間たちはあきらめずに、こちらの世界へと渡る方法を模索していたんだ」
 セリザワはそれから、ファーティマたちが知りたいと思っていたカプセルの謎について答えていった。
 まず、このカプセルはヤプールや他の宇宙人、ないし関係のない人間に拾われたときに誤用や悪用を避けるために、詳しい用途や使い方は、発信される特殊な信号をGUYSメモリーディスプレイで受信することによってのみ明らかになるということ。ただし、それだけではヤプールなどの科学力の進んだ敵には構造を分析されてしまうので、ある特別なエネルギーのみで起動することが語られた。
 そして、肝心の使用用途であるが、これは端的に説明すれば、地球のある次元に対しての道しるべであるということだった。
「道しるべ、ですか?」
「そうだ、本来次空間の移動には莫大なエネルギーがいるものだが、この世界はどういうわけか他の世界とつながりやすい性質を持っているようだ。そのおかげで、扉を開くこと自体はそれほどの困難ではなかったが、どの方向に向かってゲートを開けばいいのかがわからなくては開きようがない」
 それが、GUYSが直面した最大の問題だった。この世にはウルトラ兄弟のいる世界とハルケギニアのある世界のほかにも無数の宇宙が同時に存在している。並行宇宙・マルチバース、その中から目的の世界を特定することができなければ、いくらゲートを開く技術があったとしても役に立たない。
 が、事実上無限に等しい数の並行世界からひとつを特定するのは現在の地球の科学力では到底不可能だった。前にゲートを開くことができたときは、自然発生する天然の空間のひずみ、すなわち日食を利用したものの、日食がどういうメカニズムでふたつの世界をつなげているのかということは謎のままである。次の日食が起こるのは数年後、待っている時間も研究している余裕もない。行き詰ったGUYSは苦悩した。
 だがそこで、GUYS JAPANのリュウ隊長の脳裏にひとつの事件のことが蘇った。それは、彼が隊員だったころの最初の大規模な事件であるボガールとの戦いが終結したすぐのときである。ある日、GUYSが受信した宇宙からのSOSシグナル、それは消息不明になっていた宇宙輸送船アランダスからのもので、宇宙の歪みであるウルトラゾーンの中から発信されていたのだ。これはすなわち、入り口さえあれば通常の電波でも次元を超えてやってくることができるということを意味している。実際に、最初のゲートがつながっていたときにハルケギニアに渡ったガンフェニックスとフェニックスネストは交信できたし、才人はパソコン通信で地球にメールを送っている。
 と、いうことはである。なんらかの方法でハルケギニアから信号を発すれば、それが地球に届く可能性はじゅうぶんにあるということだ。そうすれば、後は糸を手繰り寄せるようにふたつの世界をつなげることができる。
「それが、この機械というわけなのか?」
「そういうことだ。そして、俺の仲間たちはこれを届けるために可能性に賭けた」

155ウルトラ5番目の使い魔 27話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:02:21 ID:E95BPtlw
 そこが、この作戦の要諦であり、セリザワが「荒っぽい作戦」と評した理由であった。すなわち、ウルトラゾーンの次元の歪みへ向けて、無人のロケットから無数のカプセルをぶちまけ、その中のひとつでもハルケギニアへ届けばよしという作戦だったのである。成功の確率の計算など、ほぼ不可能、ただハルケギニアのある世界が他の世界とつながりやすいというあやふやな可能性にのみ賭けたとんでもない博打だったのである。
 しかし、リュウの無謀な賭けは成功した。しかも、ある意味で皮肉な原因によって。
「このカプセルは、お前たちの言うシャイターンの門から現れたと言っていたな。恐らく、ヤプールの影響で歪められた門が次元の歪みの中をさまよっていたこれを引き寄せたのだろう」
「ヤプールの……それは確かに皮肉なものだ。そして、この世界にたどりついたこれが我々の手に入り、ここまで運ばれてきた……大いなる意思よ、お導きに感謝します。仲間たちの犠牲は、無駄ではなかった」
 ファーティマは、散っていった仲間たちの冥福を改めて祈るとともに、ならばと叫ぶように言った。
「よくわかった。ならば早速それを使って、別の世界にいるというお前の仲間のウルトラマンたちを呼んでもらおうか!」
 そうだ、それでこそ仲間たちも本当の意味で浮かばれる。だが、セリザワははやるファーティマに対して、ゆっくりと首を横に振って見せた。
「残念だが、今はできない」
「な、なぜだ!」
 この期に及んで、まだなにか足りないのかと、ファーティマだけでなく、キュルケやカトレアもセリザワの顔を覗き込む。するとセリザワは、カプセルを手に持って道の先を望みながら告げた。
「カプセルの発信機を作動させても、カプセルがどこか次元の歪みを持つところになくては信号は向こうに届かない。ここで起動させても、意味がないのだ」
「なんだと! くそっ、それではまったくなんの意味もないではない……ん?」
 次元の歪みのある場所など、わかるはずはないとファーティマが吐き捨てようとしたとき、彼女の心になにかがひっかかった。次元の歪み、異世界への入り口……まてよ、そんなものを、自分は知っている? しかも、つい最近。
 そのとき、鬼の首をとったようにシルフィードが詰め寄ってきたのは、もはや必然であったといえよう。
「違う世界への入り口なら知ってるのね! シルフィたちの向かってる、ラグドリアン湖の底なのね。そこに行けば別の世界からウルトラマンたちを呼べるのね!」
「こ、こらバカ韻竜! のしかかるな、わかっているから、つぶれてしまう!」
 興奮しているシルフィードに肩に乗られて慌てているファーティマも、失念していた自分に腹を立てながらも喜んでいた。
 ラグドリアン湖。そこへ行けば、世界を救うことができる。ファーティマだけでなく、シルフィードとカトレアの表情にも笑みが浮かび、輝いている。
 だがしかし、それ自体は非常に喜ばしいことではあるけれど、自分たちの目的とは違っていると慌てて割り込んできた。
「待って! 忘れたのシルフィード、わたしたちがラグドリアン湖へ向かってるのはタバサを助け出すためなのよ。世界を救うのもけっこうだけど、時間がないのはわたしたちもなのよ」
「そ、そうだったのね! もー、シルフィのバカバカ。おじさん、悪いけどシルフィたちは忙しいのね。あっ、このエルフ、なにするのね!」
「ふざけるな、この尻軽ドラゴン! ここまで来て抜けたいなどと許されると思うなよ」
「なにを言うのね、おねえさまが帰って来なかったらジョゼフを止められなくて、ガリアもハルケギニアも大変なのね。こっちだって急いでるのね!」

156ウルトラ5番目の使い魔 27話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:03:56 ID:E95BPtlw
 そう、ここにきてファーティマとキュルケたちの目的の差異が表面に出てしまったのである。世界を救うことと、タバサを救い出すこと、どちらも切り捨てるわけにはいかない重要な問題で、双方ともに妥協できない。
 けれども、あわや内輪もめになりかけたところで助けてくれたのは、またもカトレアだった。
「落ち着いて皆さん。わたしたちが争っても何にもなりませんわ。まだ、お互いの目的が反発すると決まったわけではありません。キュルケさん、実はさきほどまでの話を聞いていて思ったのですが、この世界と別の世界をつなげられるような方々なら、ミス・タバサの救出にも大きな力になってもらえるのではないでしょうか?」
「えっ……? あっ!」
 キュルケとシルフィードははっとするとともに、なんでこんな簡単なことに思い至らなかったのかと頭を抱えてしまった。情けないが、人間は慌ててしまうと普段の半分も頭が回らなくなってしまう。岡目八目と言う奴か、横で話を聞いていたカトレアのほうがずっと冷静に全体を見ていた。
 そして、そのことを問われたセリザワはゆっくりとうなづいた。
「確約はできないが、もしもミス・タバサの飛ばされた世界がわかればゲートを開くことができるかもしれない。いや、なにより彼女は我々と何度も共に戦った仲間だ、「CREW GUYSに仲間を見捨てる道はない」と、リュウならそう言うだろうな」
 キュルケとシルフィードの脳裏に、かつていっしょにヤプールの怪獣軍団と戦ったCREW GUYSやウルトラマンメビウスの頼もしい姿が蘇ってくる。彼らなら、この世界の人間の力ではどうにもできないことでもなんとかしてくれるかもしれない。
 希望が、儚げだった希望の光が胸の中で強くなっていくのをキュルケたちは感じた。そして、少し遠回りになっても、それは自分たちだけで闇雲に進むより、ずっと確実な道だと信じた。
「タバサ、ごめんね。あなたを連れ帰ってあげるのが、少し遅くなるかもしれないけど、その代わりに戻ってきたあなたがびっくりするようなプレゼントを持って迎えに行ってあげるからね」
「急がば回れ、と、前にサイトが言ってたのね。シルフィにはわかるのね。どれだけ遠く離れていても、お姉さまは元気で生きているって。だから、もう少しだけ待っていてほしいのね」
 キュルケとシルフィードの決意は固く、カトレアはそんなふたりを暖かく見守る。
 そしてファーティマは、自分がこれからなすべきことを悟った。
「ラグドリアン湖か。統領閣下、もう少しで貴方のご期待に応えることができそうです。ようし、わかった。それで、そのハッシンキとやらを動かすには特別なエネルギーがいると言ったな。それはいったいなんなんだ?」
 ファーティマが尋ねると、セリザワは右手にナイトブレスを構えてカプセルへとかざした。
「この装置は、我々ウルトラマンのエネルギーにのみ反応して、同じ波長のシグナルを発する。見ていろ」
 ナイトブレスから光の粒子がこぼれ出てカプセルへと吸い込まれていく。すると、それまで黒々としていたカプセルのダイオードのランプが点灯し、なにかを発しているように点滅しだしたのだ。
 驚いて、輝きだしたカプセルをファーティマたちは見つめる。しかしこれが、この発信機を作る上でGUYSがもっともこだわった部分であった。かつて、ヤプールは偽のウルトラサインを使ってゴルゴダ星にウルトラ兄弟をおびき寄せて罠にはめた。また、ババルウ星人も同じ手を使ってヒカリを惑星アーブにおびき出している。だが、これならば偽造は不可能だということだ。
 あとは、これをラグドリアン湖の底にあるという水の精霊の都の門へと持っていくことだ。そのためにも、まずは水の精霊に会って話をつけなくてはいけない。すんなり行くとは思えないが、なぜか今のキュルケたちには、どんな困難なことでも成し遂げられそうな、そんな確信がふつふつと湧いてきていた。

157ウルトラ5番目の使い魔 27話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:05:30 ID:E95BPtlw
「今のうちに勝ち誇っていなさい悪党ども、遠くないうちに、わたしたちが世界をひっくり返してあげるんだからね」
 ツェルプストーの炎の血統が、冒険と変革を求める若い血が燃えていた。ジョゼフも、ヤプールも、ほえ面をかかせてやるだけの可能性を自分たちは持っている。
 勇気と希望を胸にして、彼女たちはラグドリアン湖へと続く道の先へと足を踏み出した。馬車を失い、ここから先は歩くしかなくても、踏み出す足取りは力強く、前をのみ目指していく限り道は途切れない。
 
 
 だが……ヤプールの追撃を撃退した彼女たちでも、ヤプールでもジョゼフでもない敵の魔の手がすでにトリステインへと忍び寄ってきていることを、まだ知る由もなかった。
 トリステインを南下した地にある国、ロマリア。闇に包まれた世界の中にあって、いまや人々の希望の中心となりつつも、その実は闇の中心である腐敗の都において、教皇ヴィットーリオは腹心ジュリオからの報告を受けていた。
「……以上です。結論として、我々の宣伝により、ゲルマニアの諸侯たちは聖戦を支持しています。アルブレヒト三世が抑えきれなくなるのも時間の問題でしょう。ガリアも、英雄王ジョゼフの名の下に気勢が高まっております。こちらはシェフィールド殿が大層に張り切っておられるようですね」
「ご苦労です、ジュリオ。すべては、我々の予定通りに進んでいるようですね。神の加護を受けた、始祖ブリミルの再来の聖教皇陛下の下で邪悪なるエルフを打倒するというハルケギニアの人間たちの声が聞こえてくるようです。そして、この世界に真の救済をもたらす、最後の魔法の準備もまた、遠からずできあがるでしょう。ジュリオ、この前お願いしたことはできていますか?」
 これまでに無数の信者の心を溶かしてきた、慈愛に満ちたヴィットーリオの微笑み。しかしその言葉の内には凍りつくような闇が渦巻いている。そしてそれはジュリオも同じ。尋ねられたジュリオは、無邪気そのものという笑みを浮かべながら答えた。
「ええ、もちろんです。トリステインへ向かって逃げているもうひとりの虚無の担い手と、勇敢な少年淑女の方々にはすでに同志を差し向けてあります。彼女は優秀です。きっと、邪魔者どもを始末して、虚無の担い手を連れ帰ってくれることでしょう」
「ほほお、それは楽しみです。『彼女』ですか、あなたがそれほど言うのですから、それはきっと素晴らしいレディなのでしょうね」
「はい、僕自ら勧誘してきましたが、とても可愛らしいレディでしたよ。彼女はこの世界の中でも、闇の中をこそ住まいとする種族。しかも、彼女には自らも気づいていない特別な力がありました。それを目覚めさせてあげると、彼女は喜んで我々への忠誠を誓ってくれました。数日後には、虚無の担い手以外の者たちは、カラカラに干からびた死体となっていることでしょう」
 自慢げに、楽しそうな笑いを浮かべながら報告するジュリオ。ヴィットーリオは満足げにうなづき、視線を窓外の北の空へ向けると、思い出したように話題を変えた。
「そういえば、あの方々を乗せてきた船は途中で引き返したようですが、ほって置くと仲間の異変に気がついてなにかしてくるかもしれませんね?」
「それについてもご心配なく。その船、オストラント号のほうにも刺客を差し向けておきました。こちらは、シェフィールド殿のご紹介で、ガリアの北花壇騎士を派遣しています。報酬次第でどんな汚れ仕事でも請け負う、これまで失敗したことのない凄腕たちだとか。どちらも、早ければ今日にも吉報が届くかもしれませんよ」

158ウルトラ5番目の使い魔 27話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:06:37 ID:E95BPtlw
「よろしい。あなたの仕事ぶりは常に私を満足させてくれます。さて、ルイズ・フランソワーズ殿、あなたが素直に私たちの理想に賛同してくれなかったばかりに、あなたのお友達はこれから天に召されることになります。ですがご安心ください。少々回り道になりますが、四の四の四を揃える手取りはできています。それが生み出す、始祖ブリミルの最後にして最大の遺産を、ぜひあなたと共に見たかったものです」
 闇に覆われた空に向かって大きく手を広げ、ヴィットーリオの口から嘆きの言葉が流れ、悲しみの涙がほおに伝わっていった。
 だが、それは蜃気楼よりももっと儚い薄氷の仮面に過ぎない。精巧で美しい嘘泣きは一瞬で消えて、ヴィットーリオはジュリオとともに、憂いと慈愛を込めた眼差しで退廃と混乱に満ちたロマリアの国を、そしてハルケギニアを見つめた。
 ただし、彼らの眼差しの中の世界に、”人類”は含まれてはいない。
 
 才人の仲間たちへと迫る、強大な悪の足音。太陽が失われたハルケギニアに、夜明けはまだ兆しすらも見えていなかった。
 
 
 続く

159ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:36:20 ID:E95BPtlw
どうもお久しぶりです。またも間が空いてしまってすみません
ともあれ、これでキュルケたちサイドのお話も区切りのいいところまでいけました

そして次回からはしばらく出番のなかった人々の登場です。新キャラの登場もありますので、ご期待いただけるとうれしいです
それにしても、私はウルフェスには行ったことがないのですが、動画でウルフェスにガメロットの人形があってびっくりしました

160名無しさん:2015/06/25(木) 21:17:02 ID:ciZA95CQ
遅ればせながら乙

161ウルトラ5番目の使い魔 28話  ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:45:49 ID:Aw.YRaq2
皆さんこんばんわ。28話の投稿準備ができましたので始めます

162ウルトラ5番目の使い魔 28話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:51:37 ID:Aw.YRaq2
 第28話
 夜の支配者
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 ハルケギニアを明けない夜が包んで、早くも一月あまりの時が流れようとしていた。
 わずか一月前には、世界は光に満たされていた。昼と夜が規則正しく巡り、昼は太陽が、夜は月と星が大地を照らし出していた。
 それが、当たり前だと思われていた。
 人と人の流れもそうだった。ルイズたちは日々学院で勉強し、才人は雑用に汗を流し、銃士隊は剣を振り、子供は遊び、大人は働く。
 それが、守られるべき平穏であり、そのために人間たちは不断の努力を続けてきた。
 
 ヤプールの送り込んでくる超獣を何度となく打ち破り、不可能に幾度となく挑戦してきた。
 過去の人間がそれらを見たなら、まさしく奇跡と呼ぶに違いない。
 中でも、最大の奇跡と呼ぶべきなのは、六千年の常識を覆した、東方号によるエルフとの直接交渉にあることは疑う余地はないだろう。
 筆舌に尽くしがたいほどの苦難と冒険を乗り越えて、エルフの首都アディールにたどり着いた快挙。そこで繰り広げられた、人間とエルフの修好を妨害せんものとするヤプールの怪獣軍団との死闘。
 あれは誰もが忘れない。何度も絶体絶命の危機に陥りながらも、その身を挺して人々を守り、悪を退けた光の巨人たちを。
 
 あきらめない限り、希望は失われない。
 
 しかし、世界は変わってしまった。数を計ることさえできない無数の昆虫の群れが空を覆って太陽を隠し、地上は完全な闇に閉ざされてしまったのだ。
 人々は混乱し、人心の乱れにつけこんで悪はハルケギニアへとすさまじい速さで根を張っていっている。このままでは、この世界はヤプールの侵攻を待つまでもなく、人間たち自らの手によって滅亡してしまうだろう。
 なのに……あのとき戦ってくれた光の巨人は、今はいない。エースはヴィットーリオの虚無魔法によって才人とルイズが別々の時空に追放されてしまって、戻る目処さえ立っていない。
 そしてもうひとり。エルフの伝説にあった、あの青いウルトラマン……彼はその後、一度も姿を見せていない。
 破滅に瀕したハルケギニア。その中でも、あがき続ける人間たちに希望の未来は訪れるのだろうか。
 
 光はもう一度、大地を照らし出してくれるのだろうか。お日様が暖かい昼下がりに、子供たちが駆け回って遊ぶ日常が、再び訪れてくれるのか。
 闇は依然として沈黙を守り続けている。それでも、時間だけは止まらない。
 
 
 キュルケたちがラグドリアン湖へと向かい、ロボット怪獣ガメロットを撃破しているのと時を同じくして、もうひとつの重大な事件が幕を上げていた。
 
 場所はガリア王国の、首都リュティスから南東に下った山間部。その辺りは濃い森林地帯に覆われて、目だった産業も産物も存在しないために、街道沿いにわずかな畑を持つ寒村が点在する以外にはなにもない土地のはずだった。

163ウルトラ5番目の使い魔 28話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:59:23 ID:Aw.YRaq2
 存在し続ける理由としては、ここがアルビオンからトリステインを経てガリアへ入り、さらに南下してロマリアへと続く巡礼街道のひとつであったということぐらいである。だがそれも、何年か前に南西部にロマリアの虎街道へと直結する新街道が開かれてからは必要性を薄れさせ、この近年は通行人はおろか住民さえ減少の一途を辿っている。現在は、新たにこの地方に移り住もうとするような人間は、人気を避けて静養したいと望む老人か病人くらいしかおらず、外の人々からはすでに忘れられ始めていた。
 
 だが……さびれる一方の辺境の地とはいえ、まだ相当数の人間が村々に点在して住んでいることには違いない。そんな、外部との関わりの薄い陸の孤島のような村にも、数週間に一度は旅人や商人が訪れて、旅の消耗品を買い込んだり、少ないながらも収穫された作物や狩猟の獲物を取引していく。そこには紛れもなく人と人との交流があり、それらの人々は、年に数回訪れるそれらの村々に立ち寄ることを楽しみにしているという。
 ただし、辺境を旅するそうした人間たちがひそかに恐れていることがある。まれに、めったに、人によっては一生遭遇しないことも多いが、そうして忘れられかけた頃に天災のように起こるそれに出くわしたとき、人は恐怖におののき二度とその地に近づかないという。
 
 想像してみるとよい。『ほんの数ヶ月前まで貧しいながらも活気のあった村が、次に訪れたときには人っ子一人住まない荒れ果てた廃墟になっていた』ということを。
 なぜか? 疫病による大量死。悪政による住民の逃亡。それらも確かにあるが、数百人単位の村ひとつが消滅するほどのことは滅多にありはしない。
 答えはひとつ、滅んだ村は外敵に襲われたのである。それも、野盗による襲撃などという生易しいものではなく、人ならぬモノ、亜人の襲撃によってである。
 そう、このハルケギニアには数多くの亜人種が存在している。それらの中には、翼人のように人間から手出しをしなければ襲ってくることはない理知的な種族もいるが、大部分はオークやトロルのように知性薄弱で凶暴なモンスターばかりであり、これらの群れに襲われて滅ぼされた村も少なくはない。
 ただし、オークやトロル、またはコボルドなどによる村落の消滅は動物災害に近く、地球でも熊などによって甚大な被害が発生し、結果的に集落が消滅する事例が実際にあることから、決してハルケギニアだけが特別なわけではない。
 恐れられているのは、それらの亜人種の中でも高度な知能を持ち、かつ凶悪な性質から妖魔と呼ばれる者たち。その中でもさらに、他の種族にはないある特徴を持ち、それを利用して狡猾かつ残忍な手法を好む、ある種族による犯行である。奴らはオークやコボルドのように群れをなして人里を力づくで襲撃したりはせず、大抵はひとりか数人の少人数でひっそりと人里に忍び込む。そして、この種族の妖魔に狙われたが最後、人々は恐怖におののき、犠牲者の哀れな屍がひとつふたつと日々増えていく。
 そう、この妖魔は人間に化けて村に入り込み、内側から食い荒らしていくのだ。恐れられている理由はここにある。オークやトロルなら、迎え撃つことも逃げることもできるが、この相手は平和な日常に潜んで、いつ襲ってくるかわからないために防ぎようがないのだ。さながら通り魔にも似て、犠牲者は襲われる瞬間まで気づくことはなく、姿なき殺人鬼は影から獲物を襲い続け、そして村は死人にあふれて、生き残った人間たちは泣く泣く故郷を捨てて逃げ出すことしかできない。
 その恐るべき死神たちの名は”吸血鬼”。人間の血を好み、殺戮を繰り返す、ハルケギニア最悪の妖魔である。熟練のメイジでも対抗は難しく、その名が唱えられるだけで人々はおののき、住民を失って地図から消えた村や町は数知れない。そして生存者も、あまりの恐怖に体験を語ろうとする者は少なく、殺戮の所業は闇に葬られていくのだ。
 まさに人間の天敵であり、恐怖の対象という度合いで言えばエルフすらもしのぐ。そして、その吸血鬼のひとりがこの地に潜伏し、獲物が来るのを待ち構えていた。
 
 闇の中に巣食う、闇の住人吸血鬼。これから始まるひとつの事件は、ハルケギニアのほとんどの人々に知られることなく終わりまでを駆け抜ける。だが、この辺境で起こった小さな戦いの行方は遠からぬ将来において、ハルケギニア全体はおろか、全世界の運命をも大きく左右していくことになる。

164ウルトラ5番目の使い魔 28話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:01:58 ID:Aw.YRaq2
 ただし、それがいかような方向へと舵を取っていくのかは、神も悪魔も知る由はない。未来は無限大であり、たとえ全知全能の存在であったとしても、それは”今”のことでしかないのだから。
 
 
 語りを現世へと戻し、暗闇の中から幕は上がる。
 
 
 湿った空気と、かび臭い匂いが鼻をつき、わずかに虫の鳴き声がする薄暗い空間で少女は目覚めた。うっすらと開いた翠色の眼に光が入り、見覚えのない眺めに彼女は戸惑った声を漏らした。
「えっ……ここは、どこ」
 視界に映ってきたのは、差し渡し五メートル四方程度の部屋だった。その隅には古びた箪笥と、小汚い毛布が乗ったベッドが置かれ、正面の小窓からは曇った空が見えた。
 どうやらここは、どこかの平民の家の一室らしい。部屋の様子から彼女がそう察したのは、彼女が以前住んでいたウェストウッド村の家の雰囲気に似ていたからだった。家具はいずれも無骨な手作りで、子供たちと過ごしていた日々の思い出が彼女、ティファニアの胸に蘇ってくる。
 しかし、感傷に浸れたのは一瞬だった。辺りを見回して、気が落ち着いてくると、ティファニアは自分がその部屋の柱に後ろ手で縛りつけられているのに気がついたのだ。
「なにこれ! んっ、外れない」
 もがいてみたが、ティファニアの両手首は背中に回した状態で頑丈なロープでがっちりと柱にくくりつけられており、非力な彼女の力ではどうにもならなかった。
 わたしは、いったいどうしてこんなことに? 目が覚めてみて自分の陥っている状況の異常さに気づいて動揺するティファニアは、必死に気を失う前に何があったのかを思い出そうと試みたが、その前に自分が今どうなっているかを明確に自覚せざるを得なかった。
 そう、自分は以前、同じ状況に陥れられたことがある。あれは確か、ガリアのアーハンブラ城というところだった。そこへ……
「わたし、またさらわれちゃったんだ」
「へえ、なかなか理解が早いんだね。少し感心しちゃった」
「えっ! だ、誰!」
 突然、部屋の中に幼い少女の声が響いた。驚いたティファニアが部屋の中を見回すと、いつの間に現れたのだろうか。さっきまで誰もいなかったはずのベッドの上に、ちょこんと五歳前後と見える金色の髪をした少女が座っていた。
「あ、あなたは……?」
「おはようお姉ちゃん。よく眠っていたね。なかなか起きないものだから、わたしそろそろ起こそうかと思ってたからちょうどよかったよ」
 ティファニアの問いに答えずに、少女は明るくよく通る声でしゃべった。その顔には笑顔があふれており、少女の幼げな容姿とあいまって、まるで人形のように可愛らしげに見えた。
 だが、普通の人であれば心を溶かされてしまうような可愛らしげな少女の笑みとは裏腹に、ティファニアは表情を凍らせて、鋭い視線を少女に向かって放っていた。すでにティファニアの顔には動揺はなく、心からは戸惑いは消えていた。
 なぜなら、ティファニアは目の前の天使のような少女の影にある、大きな違和感を感じ取っていたからだ。一見、無邪気な子供のように見えるけれども、逆にあまりにも美しすぎる。人形のような、ではなく人形そのもののような作り物じみたあどけなさの不自然さが、多くの子供たちと直に接してきたティファニアには見えたのだ。

165ウルトラ5番目の使い魔 28話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:03:07 ID:Aw.YRaq2
「あなたが、わたしをさらってきた犯人ね」
「あら? 本当に察しがいいんだ。めんどくさい説明をしなくちゃいけないと思って、いろいろ考えてたんだけど手間がはぶけて助かっちゃう。なんでわかったの?」
「あなた、子供を装う演技がうまいのね。けど、あなたの仕草は大人が勝手に思ってる子供っぽさだったわ。ほんとうの子供は、もっと落ち着きがなくてきょろきょろしてるものなの。しゃべるときだって、思ったことをそのまま口にするけど、あなたは考えて言葉を選んでる。そんなこと子供にはできないわ」
 ティファニアが確信を込めて断言すると、その少女は今度は本当に子供らしく腹を抱えて笑って見せた。
「あっはははは、なーるほどね。私、おしゃべりはあまり得意じゃないから騙せなかったかあ。こんなのでも、大人はたいがいバカだからちょっと泣いたり甘えればコロっと騙されてくれるんだけど、こんなすぐに見破るなんてお姉ちゃんすごいね。でもほんとのこと言えば、子供を演じてるわけじゃないんだよ。これでも私はまだ子供なの、ただちょっとだけ私たちの種族は大きくなる早さが人間と違うだけ」
「あなた、いったい何者なの?」
「ん? 吸血鬼だよ」
 こともなげに言ってのけた少女の、その唐突な言葉にティファニアはあっけにとられるしかなかった。
「きゅう、けつ、き?」
「そう、名前はエルザ。よろしくねおねえちゃん」
 ニコリと笑い、エルザと名乗った少女は言葉を失っているティファニアを無邪気そうな童顔で見つめた。
 対して、ティファニアはまったく理解が追いつけていない。伝聞で、吸血鬼という妖魔がいるということだけは知っていたけれども、彼女の知識はそこまでだった。すると、ティファニアの困惑を見て取ったエルザはベッドに座ったまま、楽しそうに足をばたつかせてみせた。
「あっはは、お姉ちゃん今バカみたいな顔してるよ。でもしょうがないか、普通の人は吸血鬼なんて見たことないものね。牙だって、ほらこんなふうに隠しておけるんだ」
 そう言って、得意げに口を開いたエルザの犬歯が、ティファニアの見ている前で見る見る伸びて狼のように長く鋭く変わった。部屋の薄暗い中に、白く輝く二本の凶器。それはエルザの幼げな容姿とはまるで釣り合わず、唖然としているティファニアにエルザはさらに楽しそうに続ける。
「驚いた? すごいでしょう。この牙をね、人間の首筋に食い込ませて、あふれ出てきた血をゴクンゴクンってすするんだよ。あ? お姉ちゃんったら、まだ信じられないって顔してるね。そうだ、いいもの見せてあげる」
 するとエルザは、座っているベッドの裏側からなにかをつかむと、無造作にティファニアに向かって放り投げてきた。それは、エルザの背丈より大きいが妙にひょろひょろしたもので、ティファニアの前の床に落ちると、カラカラと乾いた軽い音を立てて転がった。
 いったいなんだろう? それは色が黒くて、明かりのない室内ではいまいち正体がわからない。ティファニアは目を凝らして、それがなにかを確かめようと試みた。
 
 枯れ木? いや、人形? いや……えっ!
「こ、これって! に、人間の!」

166ウルトラ5番目の使い魔 28話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:04:51 ID:Aw.YRaq2
 その瞬間、ティファニアの体から血の気が一気に引いた。
 
「そう、人間の死骸だよ。血を一滴残らず吸い尽くした絞り粕。お姉ちゃんが眠っているうちにお腹がすいたから、さっき一人いただいちゃってたんだ」
「ひっ、ひうっ!」
 楽しげに笑うエルザの口から覗く牙と、目の前のカラカラに乾いた死体の首元に空いたふたつの穴が、エルザの言葉がほんとうだと告げていた。
 ティファニアの足元に転がる死体は土色に完全に干からびており、目は黒い空洞になり、口は断末魔の叫びのままで、大きく開かれたまま固まっていた。
「あっはっはっ、びっくりしたでしょ。けど、これで信じてくれたね? そう、私は吸血鬼……闇の中に生きる、美しき夜の種族」
「こ、この人は……?」
 ガタガタと震えながら、ティファニアは死体が誰なのかを尋ねた。死体は完全に乾ききっていて、もう生前の姿を想像することはできない。
 だがエルザは、まさかまさかと怯えるティファニアに努めて優しげな声で言った。
「心配しなくても、お姉ちゃんの知り合いじゃないよ。私が支配したこの村の女の人。味も悪くなかったけど、なかなか楽しいお昼ごはんだったからお姉ちゃんにも見せてあげたかったな。知ってる? 人間の血ってさ、若い女の人が一番おいしいの。だから村中の女の人を集めて閉じ込めてあるんだけど、ただ血をもらうだけじゃ味気ないから、その人たちに一言言ってあげたの、わかるかな?」
「ひっ、ひぅぅ」
「ああ、お姉ちゃんのその怯えた顔もいいよぉ。そんなふうに怯える人たちに、私はこう言ったの。「あなたたちで一人、私のごはんになる人を差し出しなさい」ってね。そうしたらねぇ、もうひどい押し付け合いよ。「お前がいけ」「あんたが先よ」って、ののしりあい、殴り合い、もう必死すぎて久しぶりにいっぱい笑ったなあ。そして、やっと地味で気の弱そうな子を一人差し出してきたんだけどね」
「それが、この人……?」
「ブーッ! 残念はずれ。そのとき私は、生け贄を差し出してきたお姉さんにこう言ったんだ。「じゃあ、あなたで決まりね」と。そしたらその人、最初は呆然としてたんだけど、すぐに怒鳴ってわめいたの。「話が違う」「私はイヤだ。あいつを食べろ」ってさ。けど私は最初から、やっと助かったと思って安心してる人の顔が恐怖にゆがむのが見たかったの。そのほうがドキドキするじゃない? で、泣き喚くお姉さんの手足をしばってゆっくりといただいたわ。おいしかったなあ」
 うっとりとした表情で、エルザは舌で口元をペロっと舐めて言った。その口元には、凶悪な二本の牙が冷たく光っている。
 この子は本物の吸血鬼、生き血をすすり、恐怖をもてあそぶハルケギニア最悪の妖魔。ティファニアの体に、いままでなかった震えが走って止まらない。
「わ、わたしも食べる気なの?」
 恐る恐るティファニアは尋ねた。しかしエルザはその問いに、少し困ったような顔をして言った。
「うーん、できればそうしたいんだけどね。お姉ちゃんは生きたまま引き渡さないといけないの。それが、ロマリアのお兄ちゃんとの契約なんだ」
「ロマリア! そう、そういうわけだったの……」
 エルザの一言に、ティファニアの頭の中にあったもやが一気に晴れていった。
 そして理解した。なぜ自分がさらわれたのか、その理由もなにもかも。

167ウルトラ5番目の使い魔 28話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:06:38 ID:Aw.YRaq2
「わたしの、虚無の力が欲しいのね。わたしの、わたしの友達たちは、みんなはどうしたの!」
「あら、ほんとうに思ったより頭はいいんだ。くふふふ、そう来ると思って用意しておいたんだよ。ロマリアのお兄ちゃんからのプレゼント、見せてあげる」
 そう言うと、エルザはベッドに立てかけてあった姿見をティファニアの前に置いた。それは、一見するとただの鏡のようであるが、装飾に奇怪な文様が刻まれており、ティファニアにでもすぐにそれが仕掛けのあるものだとわかった。
「これね、ガリアで作られた『遠見の鏡』っていうマジックアイテムなんだって。効果はまあ、名前でわかるよね? んーと、使い方はと」
 エルザは少し思い出すようなそぶりを見せると、鏡の紋様を指で数回なぞった。
 すると、操作が加えられた遠見の鏡は光りだし、遠く離れた場所の光景を映し出した。しかしそれは、仲間たちの身を案じていたティファニアの不安を、最悪に限りなく近い形で実現するものだったのである。
「ミシェルさん! ギーシュさん! みんな!」
 鏡の向こうには、森の中の沼地が映っていた。そのほとりの草地に、ギーシュたち水精霊騎士隊や銃士隊は倒れていたのだが、彼らの頭上に異様なものが飛んでいた。
「な、なんなの? あの大きな蝶たちは!」
 そう、それはまさしく蝶の群れだった。しかし、大きさが馬鹿げており、羽根の差し渡しがざっと八十センチはある巨大なものだったのだ。サファイアのような青い羽根がきれいではあるが、その巨体ゆえにグロテスクな印象しか受けない。それらが十数匹も舞う下で、ギーシュたちは身をよじりながら苦しんでいた。
「あら、あらあらあら、苦しそうに。けど、あの子たちの毒鱗粉をあれだけ浴びて、まだ正気を保っているなんて意外としぶといね」
「エルザ! あの蝶は、あなたの仕業なのね」
「そうよ。私の可愛いペットたち。私ね、気ままに旅をしてるときは、あの蝶ちょの卵を水辺に撒いて育てて、寄ってきた人間をしびれさせていただいてるの。モルフォって知ってる? 奥地にしかいない珍しい蝶なんだけど、手なづけると便利なんだよ」
 モルフォ……その名前に、ティファニアは聞き覚えがあった。ネフテスへの遠征から帰って来て、しばらくルクシャナの助手としてアカデミーで勉強していたとき、ポーションの原料としてモルフォの鱗粉を目にしたことがあった。そのときには、大変希少価値が高いけれども、毒性も強いから絶対に触らないようにと聞いている。それが、あの蝶なのか。
 愕然とするティファニア。だが実は、この蝶は地球にも生息していて、かつて日本でも発見例が報告されているのだ。
 『巨蝶・モルフォ蝶』全長八十センチメートル、体重百グラム。アマゾンを原産とする幻の蝶で、水辺を好み、群れで活動する。そしてその羽根からばらまかれる毒鱗粉は、人間さえのたうちまわらせるほどの強い毒性を持っている。
 ただし、このモルフォ蝶は特殊な種類で、紛らわしいのだが、普通の昆虫としてもモルフォという種類の蝶はいるのだけれど、それとはまったく違うものである。
 普通のモルフォが何らかの原因で突然変異で巨大化してモルフォ蝶になったのか、それとも最初から巨大な種類であったのかはわかっていない。しかし、そんなことはともかく、モルフォ蝶が人間にとって危険な生物であることは間違いない。
「みんな、早く逃げて!」
「無駄だよお姉ちゃん、みーんな、モルフォの毒鱗粉をたっぷり浴びちゃってるからね。あとどれだけ持つかなぁ? うふふ」
 エルザは自信ありげにティファニアの叫びを一蹴した。
 確かに、モルフォ蝶の毒鱗粉は強力であり、これの生息する水辺にはオークでさえ近寄らないと言われる。民間にもその恐ろしさは伝承されており、幼年時代のルイズとアンリエッタが興味本位でこれの生息地に探検に出ようとして、一週間の外出禁止を食らったこともある。

168ウルトラ5番目の使い魔 28話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:08:25 ID:Aw.YRaq2
 牙を口元から覗かせ、残忍な笑いを浮かべるエルザと、悲痛な表情に沈むティファニア。このままでは、みんながあの毒蝶の餌食になってしまう。
 
 
 どうして……どうして、こんなことになってしまったのかと、ティファニアは無力感をかみ締めながら記憶の糸をたどった。
 そうだ、わたしたちは……ここまで。
 
 
 ここで、時系列はややさかのぼり、一行がトリステインを目指してガリア辺境の森の中の街道を歩いていた時に返る。
 ロマリアでの天使の事件で、才人、ルイズ、デルフリンガーを失った一行は、事の次第を女王陛下と仲間たちに伝えるために、帰国を急いでいた。
 しかし、それは決して平坦な道のりではなかった。あの戦いの後、別行動をとっていたティファニアやモンモランシーらとの合流は幸いにもうまくいき、才人らが死んだということで嘆き悲しむティファニアをなだめて、彼らはロマリアから一路トリステインを目指すことにしたのだが、その方法が難題であった。
 帰国の道は、大きく分けて空路、海路、陸路の三つである。しかし、空路は飛行船の搭乗料が多額にかかるため、手持ちの資金が間に合わないために即外され、海路は空路に比べれば料金は安いとはいえ、空が闇に包まれてからは海の怪獣たちの動きも活発になってきたということで長距離航路は無期限運休になっていて、残るのは必然的に陸路を歩いて帰るのみとなる。
 ただし、その陸路もまた彼らを悩ませた。トリステインへといたる最短の街道は、火龍山脈の大陥没によって封鎖されているために大きく迂回することを余儀なくされ、慣れない土地の手探りでの旅はさしもの銃士隊も手を焼いた。
 いや、単に困難な旅であるならば、彼らはこれまでに何度もそれを乗り越えてきた。しかし、今回の帰途は、これまでとは違った。
「サイト……サイト」
 平民に扮して歩く一行。その中で、うつむきながら呻くようにしてミシェルが漏らした声が、全員の心情を代弁していた。
 なにを成し遂げることもできぬまま、仲間を失っての逃避行。皆の意気が高かろうはずもなく、特にミシェルの落ち込みようがひどかった。あれ以来、自殺だけは思いとどまってくれたものの、ときおりうわごとのように才人の名前を繰り返すばかりで、そのやつれようはひどかった。
「副長、サイトは……」
「わかっている。わかっているさ……わかって」
 無理もない……泥沼のような半生を送ってきたミシェルにとって、はじめて手を差し伸べてくれた才人の存在がいかに大きかったか、どれだけ深く才人を愛していたか、皆が知っていた。そして、自分たちにはどうしてやることもできないことを、誰もが痛感していた。
 彼女をはげましてやることができるとしたら、彼女の義理の姉のアニエスしかいないだろう。そのためにも、なんとしてでも連れて帰る。銃士隊員たちは、それが才人へのせめてもの手向けだと、自分たちにも浅からぬ関係のあった才人の死を悲しみながらも自分を叱咤し、ギーシュたち水精霊騎士隊も、才人とルイズの犠牲を無駄にしてたまるかと、自分を奮い立たせていた。

169ウルトラ5番目の使い魔 28話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:15:48 ID:Aw.YRaq2
 そしてティファニアやモンモランシー、ルクシャナらも、受けた衝撃からは一応は立ち直っていたものの、友を失った衝撃が軽いはずはない。
「ルイズ……ほんとうに、バカなんだから。あなたが死んだって、あなたの家族に伝えなきゃいけないわたしたちの身になりなさいな」
 気の強いモンモランシーにも今は精彩がない。これまで水精霊騎士隊は戦死者を出したことがなかった。だが、頭で想像していたのと実際に体験することでは大きく違う。表面は平静を装ってはいるものの、誰も余計なことを言おうとしない道中は、まるで葬列のようにさえ見えた。
 
 そんなときのことである。ひたすらトリステインへと向かい、辺境の森の中の人気のない街道を歩き続けていた一行の耳に、森の奥から悲鳴が聞こえてきたのは。
「いやぁぁっ! 誰かぁ! 誰か助けてぇ!」
 一行の耳朶を打ったのは、幼げな女の子の声だった。暗く静まり返っていた森の中で、突然耳に飛び込んできたその悲鳴に、ギーシュたち水精霊騎士隊、そして銃士隊ははじかれたように飛び出したのだ。
 そしてそのころ、森の奥の小道を十二歳くらいの少女が必死に走っていた。
「はぁ、はぁ……やだ、やだぁ」
 少女は平民の村娘風の身なりで、頭には赤い頭巾をかぶっている。その頭巾からグレーの少しちぢれた髪が覗き、笑えば誰もがかわいいと褒めるであろう目鼻立ちをしているが、今の彼女の顔は涙で大きく崩れていた。
 吐き出す息が切れ、手も足もガクガクとして激しく痛むが、少女は走ることをやめない。その後ろからは、重く乱暴な靴音が近づいてくるけれども、少女は決して振り返ろうとしなかった。
「来ないで、来ないで! やだ、誰かぁ!」
 そう、少女は追われていた。その顔は恐怖に歪み、背中のほうから近づいてくる足音と、獣のような荒い息遣いが聞こえてくるごとに、焦点の定まらない目からは涙があふれだしている。
 逃げなきゃ、逃げなきゃ殺される! 少女は、自分を追ってきているものに捕まったが最後、決して助からないであろうことを知っていた。ひたすら助かりたい一心で走り、森の先を目指す。ここを抜ければ街道に出られる、そうして通りがかった誰かに助けを求められればなんとか!
 だが、少女の必死の逃亡も、子供の脚力では結果は知れていた。いきなり後ろからむんずと手首を掴まれて、少女の小さな体は軽々と宙に持ち上げられてしまった。
「離して! 離してぇ!」
 少女の手首を掴んで宙吊りにしていたのは、屈強な大男だった。年のころは四十代そこそこで、そこらの平民と同様の粗末な衣服をまとっている平凡そうな男に見えた……その野獣のように血走った目と、口元から伸びた鋭い牙を別にしては。
「ア、アレキサンドルさん、や、やめ……ヒッ、ば、化け物っ!」
 引きつった声で悲鳴を漏らしながら少女はもがいた。しかし、非力な子供の力では大人の大男に敵うわけもなく、必死に相手の胸板を蹴りつけるもまったく効果は見えなかった。
 そして、男は鋭い牙を覗かせる口元をにやりと歪ませ、少女の喉をわしづかみにして締め付けてきたのだ。
「かっ……やめ、やめて……た、たすけ……お、かあ、さん……」
 息を吸えない。舌がしびれ、目玉が飛び出そうだ。少女は激しい痛みと恐怖の中で、はっきりと自分の死を意識した。
 苦しい、殺される、死にたくない、助けて、お父さん、お母さん、誰か!
 少女の吐息が途切れていき、助けを求めた最後の声も、か細く森の空気の中に溶けていく。

170ウルトラ5番目の使い魔 28話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:22:12 ID:Aw.YRaq2
 だが、そのときだった。
 
「なにやってんだ、てめぇぇーっ!!」
 
 突然、横合いから突っ込んできた黒い影が男をふっ飛ばし、思わず緩んだ手の中から少女の体が解き放たれた。
 支えを失った少女の体は、力を失ったままで頭から落ちていく。しかし地面にぶつかる直前に、小さな体はすべりこんできたたくましい体によって受け止められていた。
「危ない、かろうじて間に合ったか」
「さっすが、銃士隊一の俊足の持ち主!」
 少女を受け止めたのは、全力疾走で駆け込んできた銃士隊の隊員のひとりだった。彼女のかたわらには、男を体当たりでふっ飛ばしたギーシュのワルキューレが槍と盾を構えて守るように立っている。
 そして森の先から響いてくる十数人の足音。悲鳴を聞きつけてやってきた水精霊騎士隊の少年たちと銃士隊の一行が追いついてきたのだ。一行は少女を介抱している隊員の周りを囲むと、盾のような陣形を組んだ。少女は口から泡を吹いているが、なんとか命に別状はなさそうだった。他の皆も、後から続々追いついてくる。
「ゲホッ、あ……だ、誰?」
「心配するな。もう大丈夫だ……皆、気をつけろ! そいつ、人間じゃない!」
「なに!?」
 恐怖感さえ混じった声での警告に、陣形を組んでいた水精霊騎士隊と銃士隊は、起き上がってきた大男の顔を見て絶句した。ここまで彼らは、獣か野盗にでも子供が襲われているのだろうと考えて駆けつけてきたのだが、目の前の相手がそんな生易しいものではないことに気づかされたのだ。明らかにまともな人間ではない男の狂相を見て思わずうろたえたギーシュが、隣でひきつった表情に変わっている銃士隊員に尋ねた。
「な、なんなんだいアレは! よ、酔っ払いじゃないよね?」
「屍人鬼(グール)だ。気をつけろ」
「グ、屍人鬼って……まさか吸血鬼の!」
「そうだ。吸血鬼に血を吸われた人間の成れの果てだ。くそっ、冗談じゃない。来るぞ!」
 吸血鬼に血を吸われた人間は普通はそのまま血を吸い尽くされて死亡するが、吸い尽くされなかった場合はより恐ろしいことになる。それが、殺害された人間の死体が吸血鬼の魔力で操られたモンスターである屍人鬼だ。これは一種のゾンビであるが、吸血鬼の忠実な操り人形であり、吸血鬼が狩りの道具として多用する。

171ウルトラ5番目の使い魔 28話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:25:15 ID:Aw.YRaq2
 つまりは、この近くに吸血鬼がいるということを意味し、一行が焦ったのもそのせいだった。しかし、今はともかくも襲い掛かってくる屍人鬼をなんとかするのが先だ。まずは銃士隊の数名が飛び出すと、数の優位を活かして左右から斬りかかった。
「いあぁぁぁっ!!」
 叫び声とともに、屍人鬼の男の右腕、左腕が切り裂かれる。だが、屍人鬼は獣のような叫び声とともに太い腕を振り回すと銃士隊員たちを振り払ってしまい、その壮絶な光景にギムリは唖然とした。
「あ、あいつは痛みを感じていないのか?」
「なにしてる! こいつの狙いはそっちだぞ」
 怒鳴られて、ギーシュたちははっとした。屍人鬼のターゲットは、この少女だ。当然のように、取り返そうと防壁を組んでいる水精霊騎士隊に向かってくるために、ギーシュたちは慌てて魔法を唱えた。
「ワ、ワルキューレ、あいつをやれ!」
 たちまち、ワルキューレが斬りかかり、他にも火や風の魔法が屍人鬼に殺到する。
 しかし、いくら狂相をしているとはいえ、相手も人間だということが必殺の気合を鈍らせた。数人がかりのメイジの攻撃だというのに突進を食い止めきれず、ギーシュの目の前まであっというまに迫ってくる。
「う、うわぁぁぁっ!」
「馬鹿者! なにをやっている!」
「し、しかし相手はにんげ……」
「一度屍人鬼にされてしまったら元に戻すことはできん。もう動く屍なんだ。倒す以外に手立てはない」
 銃士隊員は怒りとともに悲しみを交えた声で言った。屍人鬼は人間が操られているのではなく、人間の死体があたかも生きているように操られているだけなので救う方法がないのだ。吸血鬼の非道さを示す所業のひとつだが、わかっていても元は人間だったものを倒すのは気分のいいものではない。
 が、屍人鬼は体を焼かれ切り刻まれ、本当のゾンビのような姿になりながらも、まるでロボットのように前進をやめず、ひるむギーシュたちを突き飛ばして、少女を抱きかかえている隊員に迫った。
「おのれ化け物め!」
 彼女は少女をかばいつつ、片手で抜いた剣で屍人鬼を迎え撃った。しかし、屍人鬼の力は熊のように強く強化されており、いくら銃士隊員でも片手では食い止めきれない。
「ひ、ひぃっ」
「逃げろ、は、早くっ!」
 銃士隊員は、少女をかばいきれないと、自分が食い止めているあいだに早く逃げろとうながした。
 だが、腰が抜けている少女は立つことすらできない。そして、屍人鬼の血まみれの手が少女に延びた、まさにそのとき。

172ウルトラ5番目の使い魔 28話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:28:46 ID:Aw.YRaq2
「いやぁぁぁぁっ! おとうさん、おかあさーん!」
「『マジック・アロー!!』」
 突然、無数の魔力の矢が屍人鬼を貫き、蜂の巣にされた屍人鬼は吹き飛ばされて立ち木に叩きつけられた。
 今の魔法は、誰が!? マジック・アローは魔力そのものを凝縮して放つ高位の攻撃魔法、水精霊騎士隊の未熟な腕で放てるものではない。なら、まさか!
「ふ、副長……」
「……」
 そこには、心が折れて戦う力など残っていなかったはずのミシェルが、亡霊のようにうつむいたまま杖を握って立っていた。
 しかし、屍人鬼は人間ならば即死しているほどの傷を負いながらも、うなり声をあげてミシェルに襲い掛かってくる。危ない! という叫びが次々に響き、呪文の詠唱をする時間すらない。
 が、ミシェルは戦意を失っている人間とは思えないほどの早さで杖から剣に持ち替えると、鞘から抜いた勢いのまま上段に構え、そして。
「でぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
 獣、いや、龍の咆哮のような叫び声とともに、ミシェルの剣は屍人鬼の頭頂部から足元までを切り裂いた。
 刹那……屍人鬼は左右に真っ二つに両断され、哀れな大男の死骸は、ただの冷めた肉の塊に戻って崩れ落ちたのである。
「す、すごい……」
 水精霊騎士隊も、銃士隊も、ただの一刀で大男の屍人鬼を倒してしまったミシェルの剣技に圧倒されていた。さすがは、アニエス隊長に次ぐ剣の達人……メイジとしての力にばかり目を奪われがちだが、剣士としての強さも一年前とは比べ物にならなかった。
 しかし、戦うだけの気力を無くしていたはずのミシェルがなぜ……? 皆が、そう思って戸惑っていると、ミシェルは剣に残った血を振って払うと鞘に収め、少女に歩み寄ると、かがんで話しかけた。
「大丈夫か?」
「え、あ……お、おねえさんは?」
「君の、おとうさんとおかあさんは?」
「え? あ、あ……あああっ!」
 そのとたん、少女は堰が切れたように泣き始めた。
「うあぁぁぁぁっ! 助けて、助けてっ。わたしの、わたしの村がっ! おとうさんとおかあさんたちがぁぁぁっ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
 ミシェルは泣きじゃくる少女を抱きしめて、その背中をさすって優しく慰めていた。

173ウルトラ5番目の使い魔 28話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:30:12 ID:Aw.YRaq2
 だが、仲間たちは見ていた。家族を呼んで泣き続けている少女と同じように、ミシェルの目からも光るものが流れ落ちていることを。
 
 
 そして、屍人鬼を倒した彼らは、これがまだ始まりに過ぎないことを知ることになる。
 そのころ、ティファニアやモンモランシーたちは、悲鳴を聞きつけて飛び出していった水精霊騎士隊や銃士隊を見送って、街道に残り待っていた。
「皆さん、大丈夫でしょうか……?」
「心配いらないわよテファ。まったく、なにが危ないからここで待っていてくれよ、よ。かっこうつけちゃって」
 不安げなティファニアと、プリプリと怒っているモンモランシー。彼女たちは、駆けだして行ったギーシュたちを案じてはいたが、銃士隊もいっしょだしよほどのことがない限りは大丈夫だろうと考えていた。不安があるとしたら、調子が戻っていないミシェルくらいだけれど、彼女もプロの軍人なのだし滅多なことはないだろう。
 相手は山賊だかなんだか知らないけれど、十人ばかりのメイジがいれば大抵は恐れをなして逃げ出す。モンモランシーたちはギーシュたちの無傷の帰りをほとんど疑っておらず、いっしょにいるルクシャナも、つまらなさそうに彼らの帰りをぼおっとしながら待っていた。
 当然、警戒心が散漫になり、わずかに注意を払う方向も、ギーシュたちの向かった小道の先だけになる。
 ところがこのとき、油断する彼女たちの背後から忍び寄ってくる人影があったのだ。しかし、彼女たちがそれに気づいたときには、すでに手遅れになっていた。
 
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「今の声は、モンモランシー!?」
 
 ギーシュが叫び、水精霊騎士隊は血相を変えて元来た道を引き返した。
 全力で走り、森から飛び出して街道へ出る。そこには、モンモランシーとルクシャナが道の真ん中に倒れていた。ギーシュはすぐにモンモランシーに駆け寄って抱き起こして呼びかけた。
「モンモランシー! 大丈夫かい! モンモランシー、ぼくのモンモランシー!」
「う、ううん……ギーシュ? はっ、いけない! ギーシュ、大変よ。ティファニアが、テファがさらわれちゃったのよ!」
 水精霊騎士隊に激震が走り、後から追いついてきた銃士隊も事の次第を知って愕然とした。
 これは、罠だ。あの屍人鬼は、最初から水精霊騎士隊と銃士隊をおびき寄せて、ティファニアを奪うための囮だったのだ。
 犯人は……疑う余地もない。ロマリアの手のものに違いない。でなければ、ティファニアひとりだけをさらっていくわけがない。
 それに……と、一行はつばを飲み込んだ。自分たちも、このまま見逃されるとは思えない。きっと、誰一人としてこの森から出すつもりはないだろう。
 
 暗い森の中で、姿も見えない吸血鬼を敵にして、水精霊騎士隊と銃士隊に大きな試練が立ちはだかろうとしていた。
 
 
 続く

174ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:47:38 ID:Aw.YRaq2
今回は以上です。前回までのキュルケ編に続いて、今回から吸血鬼編のスタートです
この話はずっと前から暖めていましたが、満を持しての本俸投入です。トリステインを目指す水精霊騎士隊と銃士隊に立ちふさがる凶悪な敵を前にした戦いを、これから描いていきたと思います

そして、ゼロの使い魔の本編の再開というめでたい話がついに来ましたね。自分も興奮して、書く手が一気に延びてしまいました
以前のような週一のハイペースは無理だと思いますが、未来に希望が見えてきた以上、張り切って投下ペースを上げていこうと思います
なににしても、天国のヤマグチノボル先生、プロットを残していてくれてありがとうございます

175名無しさん:2015/07/01(水) 22:44:12 ID:AOcZqk3o

ティファニアたちはどうこの危機を乗り越えるのか
原作もこちらも完結目指して頑張ってください

176ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:15:35 ID:KxOFlp2.
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔、29話の投稿準備ができましたので投下開始します

177ウルトラ5番目の使い魔 29話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:17:29 ID:KxOFlp2.
 第29話
 サビエラ村の惨劇
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
「思い出したわ。エルザ、あなたがわたしをさらうために、わたしの仲間たちを誘い出して罠にはめたのね」
「そうよ。お姉ちゃんのお仲間たちは、みんなお人よしだって聞いていたから必ずひっかかると思ってね。まあ、屍人鬼を一匹つぶしちゃったけど、たいしたことないわ。代わりは、いくらだっているからね」
 ティファニアとエルザ、囚われた者と捕らえた者。立場を異にするふたりが、遠見の鏡を前にして成り行きを見守り続けていた。
 鏡には、エルザの仕掛けた罠にはまって苦しんでいる仲間たちの姿が映っている。ティファニアはその様子を苦悩して見ていたが、得意げに自分をさらった手際のよさを語るエルザをきっと睨み付けた。
「わたし一人を捕まえるためだけに、なんの関係もない人を屍人鬼にして、わたしの仲間に倒させるなんて。なんてひどい」
「ひどい? うふふ、わかってないなあ。屍人鬼はもう人間じゃないの。私がお腹を満たした後の絞り粕の再利用。どうせ生きていたところで、適当に歳を取って死ぬだけのでくの坊さんが、私のご飯になれた上にオモチャにもなれたんだから、むしろ光栄と思ってほしいなあ」
 ティファニアの弾劾にも、エルザは余裕を崩さずに冷酷な笑いを続けた。
 あのとき、水精霊騎士隊と銃士隊が屍人鬼を倒している隙に、仲間たちと引き離されて無防備になったティファニアを別の屍人鬼が襲い、まんまとさらわれてしまったのだ。
 吸血鬼は、人間を食料としてしか見ていない。その命を奪うことには何の躊躇も見せないし、死者の魂を冒涜するに等しい屍人鬼の使用も当たり前に行う。
「エルザ、あなたの狙いは私でしょう? 関係ない人たちを巻き込むのはやめて」
「それはダメだよぉ。お姉ちゃんの身柄は無事に、ほかの人間たちは皆殺しがロマリアのお兄ちゃんとの契約なの」
「ロマリア……くっ」
「うふふ、お姉ちゃん、私が憎い? 人間は私たちを妖魔と呼ぶよね。別にいいよ? 人間なんて、私たち美しい夜の種族からしたら、たいした力もないしすぐに死ぬつまらない生き物なんだもの。そんなのが楽しそうにしてると、私とってもムカムカするんだ。いじめたくなるんだよ」
 嗜虐的な笑みを浮かべると、エルザは座っていたベッドから立ち上がり、床に転がっていた村人の娘のミイラを枯れ葉のように踏み潰した。
「人間なんて大っキライ。数が多いだけで、バカで弱っちくて。けど、人間たちは一日の半分を太陽に守られているから私たちは敵わなかった」

178ウルトラ5番目の使い魔 29話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:21:39 ID:KxOFlp2.
「吸血鬼は、お日様の下では生きられない……」
「ええ、私たち吸血鬼は夜の種族。太陽の光は、私たちの体を焼いてしまう。だけど、ロマリアの教皇さまは救世主だったのよ。そして私に言われたわ。我々の同志となってくれるのなら、永遠の夜をプレゼントしてくれるってね。アハハハ」
 愉快そうに笑うエルザを見て、ティファニアは納得した。吸血鬼の唯一にして最大の弱点が太陽であるが、現在空は無数の昆虫が雲を作って日差しをさえぎっているために昼でも暗い。まさしく、吸血鬼にとってはユートピアに等しい。
 太陽のない世界の吸血鬼は完全無欠と言っていい。好きなように人間を蹂躙できるだろう。エルザは楽しそうな笑いを続けたまま、ティファニアの隣に無防備に座り込むと、劇場でお気に入りの英雄譚が始まるのを待ちわびる子供のように遠見の鏡を覗き込んだ。
「さあお姉ちゃん、時間はたっぷりあるからいっしょに見よう。お姉ちゃんのお友達が、モルフォの毒鱗粉にやられてダメになっていく姿をね? くふふふふ」
「エルザ……みんな、逃げて、逃げて……」
「あら? そんなこと言ったらかわいそうだよ。あの人たち、みんなお姉ちゃんを助けるために涙ぐましくやってきたんだから」
 エルザはティファニアにじゃれるようにしながら、自分が見てきた彼らのこれまでを語り始めた。ティファニアは自分の無力をかみ締めながら、この無邪気な殺人鬼の言葉を聞くしかなかった。
 
 
「本当はね、あの人たちがお姉ちゃんを見捨てて逃げられたらちょっとやっかいだったの。けど、そうならないように工夫しておいたんだ。なんだと思う? うふふふ」
 
 ここで時系列を少し戻し、ティファニアがさらわれて、ギーシュたちが駆けつけてきた直後へと返る。
 モンモランシーからティファニアがさらわれたことを聞き、慌てて追いかけようとした水精霊騎士隊の一同であったが、飛び出していこうとしたところを銃士隊に止められた。
「待て! 今から追いかけても森の中では追いつけん。追うだけムダだ!」
「なんですって! ちぃっ、それでも誇り高いトリステインの騎士ですか。ティファニアさんの危機です。僕らは行きますよ」
「バカ者! 土地勘のない人間が森に入ってなにができる。迷子になったところを吸血鬼に襲われたらどうする? 冷静になれ!」
 一時は頭に血が上り、血気にはやったギムリたちであったが、その一喝と、吸血鬼という単語に思いとどまった。
 悔しいが、屍人鬼にすらあれだけ苦戦したのに、水精霊騎士隊だけで吸血鬼なんてものに対抗できるとは思えない。仕方なしに、彼らはひとまずモンモランシーとルクシャナを介抱することにした。
「大丈夫かいモンモランシー、どこも怪我はないかい?」
「ええ、ギーシュ、心配いらないわ。ちょっと、殴り飛ばされて痛かっただけよ」
「よかった。いったい何があったんだい? 詳しく教えてくれないか」
「何って言われても、突然のことで……急に後ろから、目をギラつかせた男たちが襲ってきて、気がついたらわたしとルクシャナは殴り倒されて、ティファニアがさらわれてて。ごめんなさい、わたしたちが油断していたせいだわ」
 君のせいじゃないさ、とギーシュはモンモランシーを慰めた。ルクシャナは、レイナールたちが介抱しているが、あちらもどうやら殴られただけですんだらしい。

179ウルトラ5番目の使い魔 29話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:22:50 ID:KxOFlp2.
 不幸中の幸いは、モンモンシーとルクシャナだけでも助かったことか。しかし……ギーシュはぎりりと歯軋りをした。
「くそっ、屍人鬼は複数いたのか」
 だが、地団太を踏むギーシュたちと違って、銃士隊員たちは怪訝な表情を見せた。
「屍人鬼が複数いた? いや、そんなはずがあるわけは……」
「どういうことですか?」
「いや、まだはっきりしたわけじゃない。その前に、彼女の話を聞いてみようか」
 と、そこでギーシュたちは、街道のわき道からミシェルに付き添われて、先ほど屍人鬼に襲われていたあの少女がやってきたのを見た。確かに、今からティファニアを追っても手遅れな以上、手がかりはこの少女しかいない。
 自然と、全員の視線が少女に集中した。だが、それらの視線が怖かったのだろう。少女はミシェルの胸に顔をうずめて、かむっていた赤い頭巾をおさえて震えている。無理もない、たった十二歳ばかりの少女にとって、怪物に殺されかけたショックはもとより、こんな大勢の騎士や貴族に囲まれるなど心が持たなくて当然だろう。
 怯える少女を、ミシェルは無言のままで優しく抱いている。その姿はまるで母親のようにも見えたが、重く沈んだ表情からは彼女がなにを考えているのかを読み取ることはできなかった。
 このまま、少女が落ち着くのを待つべきか。いや、事は一刻を争うかもしれないのだ。しかし、ギムリやレイナール、ミシェル以外の銃士隊員が話しかけても少女は怯えるばかりで、モンモランシーも努めて優しく話しかけたのだが要領を得なかったので、モンモランシーは仕方なくギーシュをうながした。
「こうなったら方法はこれだけね。ギーシュ、あなたの出番よ」
「へ? ぼくが」
「そうよ。いつもレディの扱いはどうのって自慢ばかりしてるじゃない。手並みを見せてみなさいよ」
「い、いや、幼女はちょっと専門外なんだけど……」
「ぐずぐず言わない! あなたの特技なんて、こんな時くらいしか役に立たないんだからね。今回だけはわたしも見逃すから、テファの無事がかかってるのよ!」
「わ、わかったわかったわかったから!!」
 さっさとやるか魔法を食らうかどっちがいいかとモンモランシーに詰め寄られ、ギーシュはしぶしぶながら少女の隣に行って、彼女の視線にかがんで顔を覗き込んだ。
「こ、こんにちは。ミ・レイディ」
「……っ!」
 少女は少しだけギーシュの顔を見たが、すぐに頭巾をかむって視線をそらしてしまった。
 ギーシュでもダメか……皆に落胆の空気が流れかけた。だが、それでギーシュのプライドに火がついた。

180ウルトラ5番目の使い魔 29話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:24:01 ID:KxOFlp2.
”ギーシュでもダメ? 冗談じゃない。グラモンの男子に女性からの撤退などあってはならないのだ”
 それに……こんなに怯えている女の子を見てそっぽを向いては、男としても人間としてもすたる。ギーシュは足元に落ちていた小枝を拾うと、片手に杖を持って少女の前にかざして見せた。
「ねえ君、ちょっとこれを見てくれるかな?」
「……ん?」
「イル・アース・デル……それっ」
 ギーシュが呪文を唱えて合図すると、ただの小枝がポンっと鳴って小ぶりなバラの造花に変わった。
「わあっ」
 少女は驚いたようであったが、興味深そうにギーシュの作ったバラを見ている。ギーシュの錬金の実力では、ものを作っても原色のままで、ワルキューレもブロンズの地肌そのままをしていたが、そのバラは手のひらサイズなおかげか彩色もされていて、本物のバラそっくりな美しさをしていた。
「気に入ったかい? ミ・レイディ」
「うん……」
 少女はこくりと小さくうなづいた。すると、ギーシュは「君にプレゼントするよ」と言って、バラを少女に手渡した。すると、少女はぱあっと笑顔を浮かべてバラを受け取った。
 ギーシュはちらりと皆を振り返り、「どんなもんだい」とでも言うように片目をつぶってみせた。むろん、皆が感心したのは言うまでもない。
「気に入ってもらえたようでうれしいよ。花も、君のような可愛いレディにもらわれて喜んでいるだろう」
「うん……おにいちゃん、あり、がと……」
「ぼくの名はギーシュ・ド・グラモン。以後、お見知りおきを。小さなレディ、君の名前を教えてくれるかな?」
 ギーシュがきざったらしく会釈しながら尋ねると、少女は少し迷ったそぶりをしてから、小さな声でおずおずと答えた。
「アリス……」
「ミス・アリスか、いい名前だ。君はまるで、その髪の色と同じ野菊のような可憐なレディだね」
「ん、うん。ありがと……ギーシュおにいちゃん」
 自信たっぷりに褒めちぎるギーシュに、アリスは顔を真っ赤にして照れていた。
 さすがギーシュ、女たらしの腕は子供相手でも健在であったかと皆は呆れながらも、少女の心を開かせてしまった手際には感心していた。しかし、このままギーシュに調子に乗らせていたら子供相手に行ってはいけない領域にまで踏み込みそうだったので、モンモランシーはわざと聞こえるように咳払いしてギーシュにそのへんにしておけと促した。
「う、うん、わかったよモンモランシー……ごほん、それでミス・アリス。君はさっき、屍人鬼に襲われていたけど、いったい君や君の村になにがあったんだい?」
 すると、アリスはまたびくりとすると、まるで思い出したくないものをこらえるようにうつむいてしまった。しかしギーシュは、アリスの恐怖心をほぐすように優しさをつとめて呼びかけ続けた。

181ウルトラ5番目の使い魔 29話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:25:02 ID:KxOFlp2.
「よほど怖い思いをしたんだね。でも大丈夫、ここにいるのはみんな君の味方だから安心してくれていいよ。ぼくたちはね、悪い奴をやっつけるために旅をしてるんだ。必ず、君の力になってあげるから、ね」
 アリスは迷った様子だったが、すがるように抱きつき続けていたミシェルの顔を見上げた。すると、ミシェルは口元に笑みを浮かべると、アリスに優しくうなづきかけた。
「大丈夫、わたしたちにすべて話してみて」
「……はい」
 決心した様子で、アリスはギーシュや皆に向き直って話し始めた。
「お願い、助けて……助けてください。わたしの、わたしの村が吸血鬼に……」
 それは、思い出すのもおぞましい記憶だった。
 
 
 サビエラ村、それがアリスの住んでいた村の名前である。
 ガリアの首都リュティスから南東に五百リーグ程度に位置し、山と森に囲まれた人口三百五十人ほどの、取り立てて何もない辺境の寒村であった。
 アリスはこの村の農家の娘で、つい最近まで村は貧しいながらも平和に過ごしてきた。
 だが、ある日のこと、森に狩猟に出かけた男たちが一日経っても戻らないということが起きた。さらに、探しに出た男たちも、さらにその後に探しに出た男たちも帰ってこないということになり、村はパニックに包まれた。
”いったい何が? 森に化け物が住み着いたに違いない! このままじゃ村も危ないぞ”
 ハルケギニアの人間にとって、人食いの怪物というのは身近な脅威であるだけに、村人の危機意識は強かった。相手はオーク? トロル? それともコボルド? それはわからなくても、大挙して襲われたらサビエラ村程度の村落が全滅するのは目に見えていた。
 すぐさま、村長を中心に村の人々で相談が行われ、ふもとの町から王政府に向けて救援を呼ぶことになった。
 数人の若者がその使者に選ばれ、彼らは村中の期待を一身に背負って出発した。
 しかし、それから半日後……村に、若者のひとりが恐怖に顔を引きつらせて帰ってきた。一体何があった? 他のみんなはどうしたのかと問いかける村人たちに、その若者は震えながら答えたのである。
「みんな、みんなやられた。村を出てしばらくして、急になにかが襲ってきたと思ったら、俺は気を失っていた。だけど、目を覚ましたときに見たんだ。血の海の中で、目を光らせて、獣みたいな牙をむき出しにして笑ってる化け物を! あれは噂に聞く吸血鬼に違いねえ! しかも、あの顔は村はずれのアレキサンドルだった。あいつが吸血鬼だったんだよ!」
 彼のその言葉で、村の人間たちの怒りに火がついた。
 アレキサンドルというのは、一年と少し前にこのサビエラ村に越して来た老占い師の息子のことである。老いた母親の静養のため、とのことらしいが、よそ者には冷たいのがこうした寒村の常であり、当初は無理に追い出されこそはしなかったが村八分的な扱いを受けていた。ただ最近では、特に問題を起こすこともなく、ぼんやりした見た目をしていることもあって人畜無害な男として村人たちも気を緩めていた。なのに。

182ウルトラ5番目の使い魔 29話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:25:58 ID:KxOFlp2.
「あいつ、これまで俺たちを油断させていたんだな。畜生、許さねえ!」
 村人たちは激昂し、吸血鬼アレキサンドルをやっつけろと口々に息巻いた。
 しかし、相手は吸血鬼である。村中の男が総出で退治をおこなうことになり、女性たちはその間、村で一番の高台にある村長の屋敷に避難しておくことになった。
 もちろん、アリスもそこにいて、山刀を持って出かけていく父親を見送っていた。
「お父さん、行っちゃいやだよ。吸血鬼って、なんでアレキサンドルさんをやっつけに行くの? どうして」
「アリス、いい子だから村長さんの家でおとなしく待っていておくれ。アレキサンドルは、人間に化けて血を吸いに来た怪物だったんだ。必ずお父さんたちが退治してきてやるから、少しの辛抱だよ」
 そう言い残し、アリスの父親は村人たちと出かけていった。
 村人たちは手に手に武器を持ち、すきやクワを持った者から槍や弓矢を携えた者までいた。村中の男集、二百人近い人数がたったひとりの男を狩るために向かったのである。これだけの人数がいれば、たとえ相手が吸血鬼でも負けはしないと誰もが思っていたはずだ。
 だが、これが吸血鬼の張った罠だということに、村人たちは気づいていなかった。
 それから数時間後、大挙してアレキサンドルの家を襲った村人たちは、女たちの待つ村長の屋敷へと戻ってきた。全員が屍人鬼に変えられて。
「お、お父さん……」
「あ、あなた、どうしちゃったの……」
 夫や父、恋人の帰りを待っていた女たちは、彼らの変わり果てた姿を見て愕然とするしかなかった。
 罠……すなわち、アレキサンドルの家を取り囲んだ男たちは、火を放ってアレキサンドルの家を彼の母親の老婆ごと焼くことには成功した。しかし、そこに四方からこれまで森で行方不明になっていた男たちや、使者として出されて帰ってこなかった男たちが屍人鬼になって襲い掛かってきて、ふいを打たれた村人たちはことごとく血を吸われ、血を吸われた人間もまた屍人鬼になって村人を襲い、男たちは全滅したのであった。
 そして、屍人鬼と化した男たちに村長の屋敷は包囲され、女たちも逃げる間もなく捕らえられた。使者の若者がひとりだけ村に逃げ帰れて、アレキサンドルのことを報告できたことも、吸血鬼が村人を一網打尽にするために仕掛けた罠だったのだ。
 村の男たちは全員が屍人鬼にされ、女たちは捕らえられた。しかも、それだけでは終わらなかった。捕まった女たちも、アリスのような少女から比較的若い娘だけを残して、あとは屍人鬼に変えられてしまったのである。
「あなた、あなたやめて! やめて!」
「お父さんやめて! お母さん! お母さん! いやぁぁーっ!」
 目の前で屍人鬼になった父が母の血を吸い、屍人鬼に変えていく様を見せ付けられたアリスや少女たちは気が狂わんばかりに泣き叫ぶしかできなかった。
 地獄のような時間が過ぎ、サビエラ村の住人は六十人ばかりの女性を残して屍人鬼へと変えられてしまった。そして、吸血鬼はついに村人たちの前にその正体を現したのである。

183ウルトラ5番目の使い魔 29話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:26:48 ID:KxOFlp2.
「うーん、やっと終わったぁ。まったく、めんどくさかったけど、この村の人たちってバカばっかりだったから助かったなあ。けど、これでこの村は私のものだね」
「え、エルザちゃん? あなた、なにを言ってるの?」
「んー? ああ、アリスおねえちゃんはまだわからないの。みんなが探してる吸血鬼はね、この私、エルザなんだよ。ほぉら、ね?」
 突然、人質の中から立ち上がり、鋭い牙を見せ付けて吸血鬼の正体を明かしたのは、村長の家で養女として育てられていたエルザであった。
 エルザは二年ほど前に、両親を亡くして放浪していたところを村長に拾われたという少女だった。よその人間を村に入れることに対しても、たった五歳くらいの幼女であるし、若くして子や連れ合いを亡くして家族のいない村長に気を使って、村人たちも気にかけず、最近は体が弱いそうなので家の中だけではあるが村の子供たちとも遊ぶようになり、大人たちもそんな彼女を可愛がるようになってきていた。そのエルザが吸血鬼だったのだ。
 本性を現したエルザは屍人鬼たちを操り、女たちを村長の屋敷に閉じ込めた。屋敷の周りは常に屍人鬼たちが見張り、逃げ出すことはできない。そして、ときおり女たちのなかからひとりずつ連れ出されていき、二度と戻ってくることはなかった。
 逐殺場の豚のように、檻の中で飼われて吸血鬼に食われるのを待つだけかと誰もが絶望していた。
 ところがである。あるときふと、村長の屋敷の壁の一部に痛んで穴が空くようになっているところが見つかり、見張りの屍人鬼も少なくなっているのが見受けられた。
 今なら逃げ出せる。しかし、壁の穴は小さくて子供しか潜れないし、屍人鬼の目をごまかして逃げ隠れするのも大人では無理だ。穴を潜り抜けられて、かつ遠くまで走れるだけの体力を持っているのは、子供たちの中でもアリスしかいなかった。
「アリスちゃん、ふもとの町まで行って、お役人さんにサビエラ村が吸血鬼に襲われたって知らせるの。そうしたら、きっと王国の軍隊が来てくれるわ。ごめんなさい、つらいだろうけど、あなたしか頼れる人がいないの。がんばれる?」
「うん、みんな待ってて。わたし、がんばってみる。だから、待っててね」
 こうしてアリスはひとりで村を抜け出し、助けを呼ぶためにひたすら走ってきた。しかし、途中で追いかけてきたアレキサンドルの屍人鬼に捕まって、そこへ一行が駆けつけてきたというのがこれまでのいきさつであった。
 
「お願い、助けて、助けてください、わたし、もう……うわぁぁぁっ」
 そこまでを話したところで、アリスはもう耐えられないとばかりにまた泣き出してしまった。
 無理もない。たった十二歳の少女が体験するにしては過酷過ぎる。ここまで話してくれただけでたいしたものだ。アリスはミシェルの腕に抱かれて泣き、一行の心に怒りの炎が灯る。とにかくこれで、敵の正体がわかった。
「なるほどつまり、そのエルザって吸血鬼が黒幕なわけだな。だが、五歳くらいの子供が吸血鬼なんて」
「吸血鬼の寿命は亜人の中でもかなり長い。見た目が子供でも、人間の年齢では老人くらいに歳を重ねていることなどざらだ。覚えておけ」
「なるほど、見た目が子供なら人間は油断しますしね。それにしてもひどいことを、まるで悪魔のような奴だ」
 ギムリが憤慨したようにつぶやき、水精霊騎士隊の仲間たちも同感だというふうにうなづいた。
 だが、感情に逸る少年たちとは反対に、銃士隊の仲間たちは納得できないというふうに考え込んでいた。

184ウルトラ5番目の使い魔 29話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:28:08 ID:KxOFlp2.
「村全部が屍人鬼に、だと? そんな馬鹿な」
「馬鹿なって、どういうことですか?」
 苦渋の表情を浮かべている銃士隊員に、レイナールが問いかけた。一般的に吸血鬼に対する知識はあまりなく、専門的なことは秀才のレイナールも知らないが、遊撃部隊に近い銃士隊は幻獣退治もするので亜人全般に知識があるのだ。
「さっきも言ったが、屍人鬼が複数体いるという時点でおかしいのだ。なぜなら、吸血鬼は血を吸った人間を『一人しか』屍人鬼にして操ることはできない。屍人鬼をふたり以上操っているなんてあるはずがないんだ」
「えっ! でも、しかし」
「確かに例外はある。吸血鬼が徒党を組んでいれば屍人鬼が複数いることもあるし、屍人鬼を次々に乗り換えることで複数いるように見せかける手もある。しかし、トリックを使っているにしては多すぎる。それに、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になるなんて聞いたことがない」
 ありうるはずがないのだと彼女は断言した。それに怒ったのはギーシュである。
「ちょっと待ちたまえよ。それじゃ、まるでミス・アリスが嘘をついているというのかね?」
「そんなことは言ってない。ただ、吸血鬼の常識とあまりにかけ離れていると言っているのだ。それでも、アリスを襲っていたのは間違いなく屍人鬼だった。敵が吸血鬼なのは間違いないが、仮にそのエルザという娘が吸血鬼だとしても、ただの吸血鬼だとは思えない」
 吸血鬼は恐ろしい妖魔だが、できることは限られている。村ひとつを丸ごと乗っ取るなんて真似ができるような力があるはずはないのだ。
 ところが、そのとき別の銃士隊員が厳しい表情で現れた。
「いえ、ひとつだけ全部のつじつまが合う答えがありますよ。それはアリス、その娘こそが吸血鬼だってことです!」
 きっと鋭い目でアリスを睨み付け、アリスは怯えて震えだした。それを見て、ギーシュが慌てて叫ぶ。
「お、おい君! 突然なにを言い出すんだね」
「なんだも何も、さっきまでの話も、屍人鬼に襲われていたのも自作自演だったってことよ。そうしておいて、まずはティファニアをさらっておいて、吸血鬼本人は被害者を演じながら隙を見て我々を食っていけばいい。それだけなら本物の屍人鬼のほかに、薬で操った人間を数人使うだけで済むわよね」
「そ、そんな……アリスは、吸血鬼なんかじゃないよ」
「どうかな? 吸血鬼は人間に完璧に化けられるのが特徴よ。牙さえ隠しておける。なにより、そうして人間の油断を誘うのが常套手段」
 その隊員は完全にアリスを疑っていた。しかも、彼女の仮説には無視できない説得力があったので、銃士隊員の中には賛同する者も現れ、アリスをかばいたい側もうまく言い返すことができなかった。
 アリスはミシェルの腕の中で歯を鳴らして震えている。このままでは、ティファニア以前にアリスをどうするかで一行が真っ二つに割れてしまう。まずい……と、思われかけたときだった。
「はいはい、あなたたちそのへんにしておきなさい。現実主義もいいけど、そう断言するものじゃないわ」
 両者のあいだに割って入ってきたのはルクシャナだった。これまでじっと成り行きを見守っていたのだが、突然出てきた彼女は殺気立っている銃士隊員の前に立って言った。

185ウルトラ5番目の使い魔 29話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:29:31 ID:KxOFlp2.
「確証もないのに、推測だけで人を吸血鬼よばわりはわたしから見てもちょっとひどかったわよ。それだけ言って、もしアリスが吸血鬼じゃなかったらどうする気よ?」
「あなたは吸血鬼の恐ろしさを知らないからのんきなことが言えるのよ。奴らは本当に恐ろしい。我々銃士隊が正式に結成される前の傭兵集団だったころ、一度だけ吸血鬼と戦ったことがあるけど、十人以上の村人を殺したそいつの正体は盲目の少年だったわ。正体をあばきだすまでに、こっちの仲間も三人もが犠牲になって、かろうじて朝が来たから討伐できたようなものなのよ!」
「そうね、気持ちはわかるわ。でも、わたしは学者でね。人が間違った答えを口にしてると我慢できなくなる性分なのよ。ここはわたしに任せなさい、吸血鬼がいくらうまく化けても、絶対に隠せないものはあるのよ」
 そう一方的に宣言すると、ルクシャナはアリスの下に歩み寄り、怯える彼女の肩に手を置いた。
「ひっ!」
「大丈夫、わたしはあなたの味方よ。あのわからずやのお姉さんたちをぎゃふんと言わせるから、少しだけじっとしてて。心配しないで、すぐ終わるから」
「う、うん」
「いい子ね。では、この者の体内を流れる水の息吹よ。我に、そのあるべき姿を示せ……」
 ルクシャナが呪文を唱えると、彼女の手がわずかに光ったように見えた。そしてルクシャナは少しのあいだ、何かを確認するようにうなづいていたが、おもむろに立ち上がると自信を込めて言った。
「アリスは間違いなく人間よ。吸血鬼でも屍人鬼でもないわ」
「待て! いったい何をしたの。私たちにはわけがわからないわよ」
「あら、単純なことよ。アリスの体の中の水の流れを確認してみたの。吸血鬼がいくら人間に化けてもしょせんは別種の生き物。人間の目はごまかせても、わたしたちエルフの、もっと言えば精霊の目をごまかすことはできないわ」
 アリスの体内の水の流れは、間違いなく生きた人間のものだと断言したルクシャナの眼光の強さは銃士隊員をもたじろがせた。そして、自分たちが間違っていたことを、隊員たちは認めざるを得なかった。
「も、申し訳ない。私が軽率だったわ」
「わたしはいいわよ。そんなことより、あなたたちはもっと別に謝らなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
 ルクシャナはあっさりと引き下がり、隊員たちの前にはアリスがぽつんと残された。目と目が合い、先ほどまでアリスを疑っていた隊員たちは一瞬迷ったような表情を見せた。だが、彼女たちは一瞬だけ呼吸を整えると、すぐにぐっと頭を下げたのだ。
「う、ごめんなさい。あなたのことを吸血鬼だなんて疑ってしまって。なんというか……許してほしい!」
「え? あ、ええっと」
 大の大人に頭を下げられてアリスは戸惑うばかりだ。けれど、そんな彼女に、モンモランシーが明るく告げた。
「ごめんね、このお姉ちゃんたち、真面目すぎるのが玉に瑕なの。でも、本気で悪い奴をやっつけようとしてるだけで、悪い人じゃあないの。許してあげて」
「う、うん。おねえちゃんたち、わたしは怒ってないよ。だから……」
「……ありがとう」
 過ちを正すにはばかる事なかれ。悪いことをしてしまったら、償う気持ちと態度を表すのを惜しんではいけない。銃士隊の隊員たちは、その心得を騎士道としてきちんと心の中に持っていた。

186ウルトラ5番目の使い魔 29話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:30:30 ID:KxOFlp2.
 そして、それだけではなく、アリスが彼女たちを許したことで、アリスは隊員たちを罪悪感に蝕まれることから救っていた。
 人は罪を犯す。しかしそれを重荷として引きずっていくのはつまらないことだ。罪を犯せば償い、それで許すことできりをつけ、どちらも清清しく前へ進むことが出来る。たった、それだけでいいのだ。
 隊員たちとアリスは手を取り合い、互いに笑顔を向けた。
 だが、これでアリスの話が本当だと証明されて、敵が単なる吸血鬼ではないことがはっきりした。そこで新しく推理する必要が出てくる。とはいえ、あまり難しく考えるまでもなかった。このメンバーの中で、ティファニアだけがさらわれたことからつながって、どんな非常識なことでもやりかねない相手となれば、おのずと集約される。
「ガリアのジョゼフ、ないしロマリアの教皇か……」
 レイナールが眼鏡の奥の目に自信を宿らせて言った推理に、異論を挟む者はいなかった。非常識さといえばヤプールが一番にいるが、ヤプールにはティファニアを狙う理由がない。
 と、なれば後は裏づけだが、これも難しくはなかった。
「ミス・アリス、吸血鬼騒ぎが起きるより前に、村にガリアかロマリアの偉そうな人が来たりとかはしなかったかい?」
「うん、あるよ! 前に、ロマリアの神官だって人が村長さんを尋ねてきたの」
「それがどういう人だったか、覚えてるかい?」
「えっとね、金髪のすごくかっこいいお兄ちゃんだったよ。みんなの間ですごく噂になったし、目の色が左と右で違ってたから、よく覚えてる!」
「やっぱりそうか……」
「ジュリオだ、間違いない」
 ギーシュやギムリは苦い顔をした。そんな容姿の神官など、ハルケギニアでも二人といまい。脳裏に、あの人を馬鹿にしたニヤケ面が浮かんでくる。
 しかし答えは決まった。吸血鬼の後ろには、ロマリアが糸を引いている。
 とうとう来たか、と一行は息を呑んだ。このまますんなりトリステインに戻れるほど甘くはないだろうと思っていたが、まさかこんな方法でやってくるとは誰も想像もしていなかった。
「これはぼくたちを狙った罠だね」
 レイナールの言葉に、一同はうなづき、ギーシュも同意した。
「ああ、ここまで来たらぼくにだって敵の考えがわかるよ。囮を使って、まずはティファニアを無傷でさらう。それから、取り返そうとぼくらが追いかけてきたところで、屍人鬼にした村人を使って皆殺し。そんなところだろうね」
「ギーシュに見破られるようじゃ、たいした作戦じゃないな。しかし悪辣ではあるね。これでぼくたちは選択を強いられるわけだ。ティファニアを見捨てて先へ進むか、それとも罠だとわかっている中へ飛び込んでいくか」
 ここで突きつけられた困難な二択は、簡単に答えが出せるものではなかった。これまでに何度も危機を潜ってきた水精霊騎士隊であるが、つい先日に才人とルイズを失ったばかりだというのに、ここでティファニアまでを失えというのか。
「騎士は友を見捨てない。女王陛下から杖を預かった我らトリステイン貴族が、おめおめと敵に背を向けるなんて名折れだ」
 ギーシュはそう気を吐く、しかし銃士隊は冷静だった。
「だったら親切に罠の中に飛び込んでいって全滅するか? アリスの話を忘れたか。吸血鬼は三百人近い屍人鬼を従えている。一匹でもあれだけ苦戦したというのに、勝ち目などあると思うか」

187ウルトラ5番目の使い魔 29話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:32:02 ID:KxOFlp2.
「わかっているよ、ぼくも言ってみただけさ。だけど、それじゃティファニアを見捨てろってのかい?」
「そうは言っていない。しかし、ロマリアはティファニアを無傷で手に入れたいはずだから命をとったりはすまい。だが我々がここで全滅してしまったら、誰がトリステインに事の次第を伝えるというんだ」
「う……」
「それと言っておくが、お前たちだけで救出に向かうというのもなしだ。ただでさえ少ない戦力で、さらに人数を半分にしてしまったら、それこそ全滅する」
 返す言葉がなかった。ティファニアは最悪、ロマリアに連れて行かれた後でも取り返すチャンスはあるかもしれない。だがここで、三百の屍人鬼が待つ村に飛び込んでいったら、待っているのは間違いなく全滅だ。
 悔しいが、現実的な判断では銃士隊のほうが一歩も二歩も先を行っていた。彼女たちは、厳しい視線で言う。
「戦場では、勝利のためにあえて味方を見捨てねばならんときもある。どのみち、お前たちも将来軍人になるのなら避けて通れない道だ。今のうちに慣れておいたほうがいい」
 ぐうの音も出なかった。相手はハルケギニア最悪の妖魔である吸血鬼に、村いっぱいの屍人鬼の群れ。しかも吸血鬼の背後には、得体の知れないロマリアの力が加わっている。
 対して、こちらの戦力は剣士と半人前のメイジを合わせて二十人そこそこ、比較にすらなっていない。
「ティファニアを見捨てる……それしかないのか」
 ギムリが口惜しげにつぶやいた。残念だが、どう勘定しても戦力がなさすぎる。せめて才人とルイズがいれば……と、思ったときである。アリスの、か細く消え入りそうな声が流れた。
「おにいちゃんたち、行っちゃうの……? サビエラ村は、村のみんなはどうなっちゃうの……」
 はっとして、一同はお互いの顔を見合った。
 そうだった。アリスは、外の誰かに助けを求めるために、たったひとりで逃げ出してきたのだった。ここで一行が立ち去れば、吸血鬼は残りの村人たちを喜々として餌食にするだろう。
 ならば、アリスの最初の目的のようにガリアの役所に訴えるか? いやダメだ。世界中がこんな様になっているのに、あの無能王の軍隊が辺境の村ひとつのためにすぐ動いてくれるとは思えない。よしんば動いたとしても、その頃にはすべてが手遅れになってしまっているだろう。
「お願い行かないで。村には、お隣のおねえちゃんも、リーシャちゃんもクエスちゃんも待ってるんだよ。早く助けなきゃ、お願いだから助けて!」
 アリスの必死の訴えは、一同の心を乱した。
 自分たちだって、ティファニアがさらわれているのだし、助けられるものなら助けたい。しかし、今回はいくらなんでも相手が悪すぎるのだ。幼いアリスには、説明してもわかるものとは思えない。
 だが一同が決断しかねているとき、それまでずっと黙っていたミシェルがアリスの涙をぬぐって言った。
「わかった。わたしが力になってあげる。行こう、君の村へ」
「お、おねえちゃん……?」
「ふ、副長! なにを言い出すんですか」
 部下の隊員たちは慌てて叫んだ。しかしミシェルは落ち着いた声で言う。

188ウルトラ5番目の使い魔 29話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:33:05 ID:KxOFlp2.
「お前たちは、このままトリステインへ帰れ。わたしはこの子といっしょに、やれるだけやってみる」
「副長、サイトの後を追って死ぬ気ですか!」
 隊員たちにはそうとしか思えなかった。いくらミシェルが優秀な魔法戦士とはいえ、三百の屍人鬼に太刀打ちできるとはとても思えない。
 しかしミシェルはかぶりを振って言った。
「そうじゃない。わたしはどうしてもこの子を見捨てられない。わたしにもあった、十年前に……」
 
”お父様、お母様。なんでふたりだけで行っちゃうの……帰ってきてぇ、わたしをひとりぼっちにしちゃやだよ”

「この子は、昔のわたしだ……」
 皆ははっとした。そして思い出した。ミシェルも幼い頃に両親を失った孤児だったことを。
 このまま村が全滅してしまったら、アリスは本当に世界中でひとりぼっちになってしまうだろう。誰よりも孤独の悲しさや苦しさを知っているミシェルだからこそ、たとえ死ぬとわかっていてもアリスを見捨てられないのだ。
 ミシェルはアリスを促して、村へ続く道へと歩いていこうとする。だが、このままでは確実に殺されてしまう。一行は苦渋の末に、ついに決心した。
「待ってください副長、我々もお供します」
「お前たち、だが……」
「サイトたちに続いて副長まで見殺しにしてきたとあっては、それこそアニエス隊長に合わせる顔がありません。だが、犬死にもごめんです。副長、銃士隊副長として、我々に指示をお願いします!」
 部下からの𠮟咤に、ミシェルは戦士ではなく、軍人としてまだ部下の信頼を失っていなかったことを知った。
「わかった。お前たちの命を預かる。作戦目標は、ティファニア及びサビエラ村の生存者の救出だ。アリス、サビエラ村は山の上にあると言ったね。なら、近くに村の畑へ続く水場があるんじゃないかな?」
「うん、村の裏手に沼があって、そこから水路を通してるの」
「やはりな。よし、その水路を通って村に侵入しよう。アリス、道案内できるかな」
「うん! あの、おねえちゃん……ありがとう」
 照れながらお礼を言ったアリスへのミシェルの返答は、母のような暖かい抱擁だった。
 屍人鬼たちが群れる村へは、まともな侵入はできない。だが足元は、誰であろうと死角になる。ミシェルはリッシュモンがトリスタニアの地下水道を利用していたことを思い出したのであった。
 
 アリスに案内されて、一行はサビエラ村の沼池へと向かった。だが、そんなところにまで吸血鬼が罠を仕掛けていたことは、さすがの彼らの想定をも超えていた。
 水辺を好む毒蝶モルフォ蝶に襲われ、水精霊騎士隊も銃士隊も麻痺毒を受けて動けなくなった。そんな一行のみじめな姿を遠見の鏡ごしに眺めて、エルザは愉快そうに笑う。

189ウルトラ5番目の使い魔 29話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:34:32 ID:KxOFlp2.
「バカだねえ。人間に気がつくようなことを、わたしが気づいていないわけはないじゃない。吸血鬼が正体を隠してひとりで生きていくって、すごく頭を使うんだよ」
 エルザは一年以上サビエラ村に住むうちに、この村の地形もすべて熟知していた。それゆえに、どこが監視の死角になるかも最初から読んでいたのである。
「子供なんかほっておいて、さっさと逃げればよかったのに本当にバカ。でも、人間って子供に甘いんだよね。ティファニアおねえちゃん?」
「壁にわざわざ子供だけが通れる穴を作って、アリスちゃんを逃がさせたのも、最初からそのために企んでいたのね」
「ええ、全部わたしの作戦どおり。もっとも、これだけできたのは、ロマリアのおにいちゃんがわたしの中に眠っていた特別な血の力を目覚めさせてくれたおかげだけど。とりあえずはこれで終わりね。後はあの人たちをモルフォのエサにしたら、おねえちゃんをロマリアに引き渡して、残った村の女の人たちも食べてあげる。そして屍人鬼をどんどん増やして、世界はわたしたち美しき夜の種族が支配するようになって、人間は家畜になるの。素敵でしょ」
 うっとりとしながらエルザはティファニアに吸血鬼の理想郷の夢を語った。
 しかし、ティファニアはエルザが期待したような絶望を浮かべてはいなかった。そしてエルザを睨み付けて毅然として言う。
「エルザ、わたしの仲間たちをなめないで。わたしが会う前から、あの人たちは多くの困難を乗り越えてきた。笑ってると、後悔することになるわ」
「アハハハ、おねえちゃん、ハッタリはもっとうまく言ったほうがいいよ。けど、まだそれだけ強がりが言えるんだ。その根拠、どこから来るのかな?」
「あの人たちは、まだ誰もあきらめていない。ただ、それだけで十分よ」
 ティファニアの見る鏡の中では、苦しみながらも必死に杖や剣を握ろうとする人たちがいた。そして、我が身を挺してアリスを毒鱗粉から守ろうとしているミシェルの懸命な姿があった。
 がんばって、みんな……
 勇気を捨てない限り、未来もまた死なない。ティファニアは自分もあきらめないと心の中で誓って勇気を振り絞る。その胸の中では、サハラからずっと大切に身につけてきた輝石が、静かだが力強い輝きを放ち始めていた。
 
 
 続く

190ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:49:03 ID:KxOFlp2.
以上です。ゼロ魔本編復活のおかげか、最近妙に筆のノリがよくて自分でも驚くほど早く書き上げられました。
さて、吸血鬼編の第二回ですが、お楽しみいただけたでしょうか。本作でのエルザは単なる吸血鬼ではなく、ある特殊な存在になっているのですが、そのヒントは出してますのでよかったら推理してみてください。
この話から名前が出た少女は、すでにお気づきと思いますが、タバ冒の冒頭でエルザに殺害されたモブの少女です。このあたりはまったく別の展開に沿ってもよかったのですが、自分はどうも
子供が死ぬ展開というのは嫌いなので、助けられる流れに変えました。もちろん、ただの好き好みの問題だけではなく、名前の設定までしたからにはキーキャラクターとして扱っていきますので、
次回からの彼女の役割にも期待していてください。
ちなみにエルザは子供の範疇には入れてませんのであしからず。

では、30話でまた。

191名無しさん:2015/07/14(火) 21:43:06 ID:2DaCXkgY

自分も子供が死ぬ展開は駄目なのでこの改変は個人的にはOKです
次が楽しみです

192名無しさん:2015/07/14(火) 22:50:38 ID:hQ7ItBxw
>輝石
あー、待ち遠しいんじゃー
溜めに溜めての逆転って爽快ですよね。

193ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 20:59:21 ID:Xi9vctbI
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の30話の投下準備ができましたので開始します

194ウルトラ5番目の使い魔 30話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:10:32 ID:Xi9vctbI
 第30話
 その一刀は守るために
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 水精霊騎士隊と銃士隊は今、全滅の危機に瀕していた。
 吸血鬼に占領されたサビエラ村への潜入を試みるものの、村の構造を熟知していた吸血鬼エルザに先を読まれて、水源地の沼地に放たれていたモルフォ蝶の毒鱗粉にやられた。
 才人とルイズなき今、ウルトラマンの助けも得ることはできず、全身を毒に犯された彼らには立ち上がる力すらろくに残ってはいない。
 このまま、不気味に飛び続ける毒蝶のエサとなるしかないのか。全員行方不明として、トリステインに記録されるしかないのだろうか。
 エルザはあざ笑い、ティファニアは信じて祈る。
 
 
 小型ながら、立派に怪獣扱いされるモルフォ蝶。その毒は強烈で、激しい渇きと痛みに襲われる。だがそれでも、彼らはまだあきらめてはいなかった。
「み、みんな、まだ生きてるかい?」
「ギ、ギーシュ、苦しい。目がかすむ」
「しっかりしたまえ、それでも女王陛下の名誉ある騎士かいっ!」
 ギーシュがなんとか、気力が潰えそうになっている仲間を叱咤して支えている。
「さあ、杖をとり、あの忌々しい蝶を叩き落すんだ! ごほっ! ごほほっ」
 しかしモルフォ蝶の毒は喉にも影響を与え、魔法を唱えるのに必要な呪文の詠唱をすることができない。そして魔法が使えなければ、彼らはただの少年と変わりはなかった。
「ち、ちくしょう……」
 一方で、銃士隊はさらに深刻であった。
「くそっ、手に力が入らない……」
 毒素のせいで手がしびれて剣が握れない。剣士の集団である銃士隊にとって、剣が握れないというのは致命的であった。かといって銃も同じだ。震える腕ではまともに狙いも定まらないし、いくら翼長八十センチもあるとはいえ、蝶の小さい胴体にそう当たるものではなく、羽根に当たっても軽く穴が空くだけで、逆にさらに鱗粉がばらまかれるだけだ。
 彼女たちは、自分のうかつさを悔いていた。この沼地に入ったとき、襲ってきたモルフォ蝶を銃士隊と水精霊騎士隊は迎え撃ち、何匹かを倒すことには成功したのだが、それがまずかった。

195ウルトラ5番目の使い魔 30話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:19:58 ID:Xi9vctbI
 魔法を受け、空中で爆発したものは鱗粉を大量に撒き散らし、剣で切り落とすために接近したときにも鱗粉を食らってしまった。このメンバーの中で、ルクシャナだけはモルフォの危険性を知っていたが、彼女も現物を見るのははじめてだった上に、沼地の暗がりのためにモルフォ蝶であるということに気づいたときには遅かったのだ。
「わたしとしたことが、ポーションの原料に逆にやられるなんて。こんなんじゃ、叔父様やエレオノール先輩に叱られちゃう。うっ、ゴホッゴホッ!」
「うぁぁっ、喉が焼ける。水、水ぅ」
「やめなさい! 水を飲んではダメよ。体の中まで毒がまわって、ほんとうに助からなくなるわ!」
 ルクシャナが、喉の渇きに耐えかねて沼に這い寄ろうとしているギムリやギーシュ、銃士隊員を必死に呼び止めた。
 モルフォ蝶の毒は単なる毒ではない。呼吸器官を焼いて猛烈な渇きを覚えさせ、人間や動物は必死に水を求める。だが、モルフォの棲む沼地の水には当然モルフォから飛び散った毒が混入している。これを飲もうものなら内蔵にまで毒が回って致命傷となってしまう。
 いや、単に死ぬだけならマシといえる。モルフォの鱗粉の毒素は、魔法アカデミーでポーションの原料として珍重されているように、他の物質と混合することで様々な性質に変化する特性を持っている。通常の生息地であれば毒物であるだけなのだが、本来の生息地とは違う水辺の水と混合すれば、どんな性質の毒素に変わるのかまったく読めないのである。事実、本来日本には生息しないはずのモルフォ蝶が蓼科高原に出現したときは、毒素の複合作用で人間が巨大化してしまうというとんでもない結果を生んでいる。
 ここの沼の水も、飲んだらどんな恐ろしい作用が出るかわからない。彼らは道端の草を食いちぎって噛み潰し、その苦味で必死に渇きをごまかそうとした。
 
 彼らの頭上には、まだ十数匹のモルフォが舞って鱗粉を飛ばし続けている。蝶は一般的に花の蜜を好むと言われるが、実際はかなりの悪食でモルフォの種類も腐った果実から動物の死骸までもなんでも食べる。この巨大モルフォ蝶が、毒鱗粉で倒した動物をエサにする習性を持っていたとしてもなんらおかしくはない。
 このままではやられる! だが、たかがチョウチョなんかに殺されてたまるものかと、ギーシュたちも銃士隊もなんとか毒鱗粉から逃れようともがいた。だが、相手は空を飛んでいるために逃げられない。
 さらに、毒が視神経などにも作用し始めると、毒の末期的症状が出始めてきた。
「くそっ、目がかすむ。頭が、重い……」
 なんでもないときにただ目を瞑っているだけでも、いつの間にか眠ってしまっていたという経験は誰にでもあるだろう。視覚が効かなくなれば、睡魔が一気に襲ってくる。ましてや毒の傷みと渇きで苦しめられた分、眠りの誘惑は強烈だ。そして眠ってしまえば、気力で毒に対抗していたのが切れてしまい、二度と目覚めることができなくなってしまう。
 もはや誰にも、戦う力は残っていない。いや、正確にはひとりだけ毒鱗粉を浴びることを避けられた者がいたが、彼女は戦士ではなかった。

196ウルトラ5番目の使い魔 30話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:21:57 ID:Xi9vctbI
「おねえちゃん、怖い、怖いよぉ」
 アリスはミシェルのマントを頭からかぶって、地に伏せながら震えていた。毒鱗粉が撒き散らされたとき、一行は身を守ることもできずにこれを受けてしまったが、アリスだけは子供で小柄だったことでミシェルがとっさに自分のマントをかぶせてかばっていたのだ。
 しかしミシェル自身は毒鱗粉をかわすことができずに、まともに毒鱗粉を浴びてしまった。アリスの傍らに倒れて咳き込みながら、喉の痛みに耐えて身をよじる。いくら強力な魔法騎士である彼女でも、こうなれば戦いようがない。それでも、ミシェルは怯えるアリスをはげますように話しかけた。
「……っ、大丈夫か、アリス?」
「う、うん。おねえちゃんこそ、苦しそうだよ。ねえ、あのチョウチョはなんなの? この沼で、あんなの見たことないよ」
 どうやらアリスに毒鱗粉の影響はなさそうで、ミシェルは少し安心したように息を吐いた。しかし、ミシェルはアリスにすまなそうに答えた。
「吸血鬼の奴が、ここにわたしたちが来ると読んで罠を張っていたらしい。すまない、どうやら吸血鬼のほうが一枚上手だったようだ。アリス、動けるか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「そうか、なら……逃げろ」
「えっ! そ、そんな。おねえちゃん!」
 動揺するアリス。だがミシェルはアリスにつとめて優しく答えた。
「心配するな。おねえちゃんも、もう少しがんばってみる。けど、君が近くにいたら危ないんだ。だから、しばらく安全なところへ、ね?」
「……う、うん」
「いい子だ。さあ、行け!」
 ミシェルに背中を叩かれて、アリスははじかれたように走り出した。ミシェルのマントを頭からかぶり、口を布で押さえて走っていく。
「いい子だ……さあ、そのまま行け」
 ミシェルは、アリスが沼地の端の木立の影にまで駆けていったのを見届けると、ほっとしたように息をついた。
 これでもう、アリスは大丈夫だ。あれだけ離れれば、毒鱗粉の影響を受けることはない。
 だけどごめん……最後に、嘘をついちゃったね。わたしにはもう、がんばれる力なんてない。

197ウルトラ5番目の使い魔 30話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:26:16 ID:Xi9vctbI
 ミシェルの体から、急速に力が抜けていく。
 ごめんアリス……君の村を助けるなんて言って、結局なにもできなかった。
 ごめんみんな……わたしのわがままにつき合わせて、みんなまでこんな目に。わたしは最低の指揮官だ。
 ごめんサイト、お前からせっかくもらった命なのに。
 おとうさま、おかあさま……わたし、もう疲れたよ……
 まぶたが落ち、ミシェルの体が草地に横たえられる。それに気づいた銃士隊員が叫んだ。
「ゲホッゴホッ、副長? どうしたんですか副長! 目を開けてください。副長! 副長、ミシェル副長ーっ!」
 だが、いくら叫んでも、もはやミシェルの眼が開かれることはなかった。身動きすることすらなくなった肢体に、毒鱗粉が粉雪のように積もっていく。
 畜生! こんなところで死んでなんになるんだ。水精霊騎士隊は、銃士隊は、怒りのままに叫んだ。しかし、そんな彼らの上にも、毒鱗粉は無情に降り続けていた。
 
 そして、その有様を見ていたエルザは嘲りを満面に浮かべて笑ってみせた。
「あははは、とうとう耐えられなくなる人が出てきちゃったね。おねえちゃん、あれでどうやって私を後悔させるの? あっははは」
「……」
 ティファニアは、エルザの嘲笑に答えなかった。口で説明したところで、わかってもらえる類のものではないことを知っていたからだ。
 ただひとつ言えることは、エルザはこれまでに自分たちが乗り越えてきた多くの壁を知らないということ。いや、事前情報としてロマリアからある程度のことは聞いているだろうが、自分たちの戦いと冒険の数々の厳しさは、とても口で説明しきれるものではない。
 ならば、今できることはたったひとつ。仲間たちの力を信じて、最後まで信じきることだけだ。
「みんな、がんばって……」
 まだ全員倒れたわけではない。命の灯火が残っている限り、まだ負けたわけではない。ティファニアは、それを信じていた。
 
 しかし、ティファニアは信じることで心を支えていたが、信じるべき芯を失った心は絶望の沼に沈もうとしていた。
 仲間たちの声も届かず、ミシェルの心は深い眠りの中へ落ちていく。落ちていく、落ちていく……
「疲れた。もう、眠らせてくれ」
 ミシェルはもう、なにもかもがどうでもよくなっていた。副長としての職責も、世界の命運も、いまでは全部が空しく思える。それらを背負うのは、わたしには重すぎた。

198ウルトラ5番目の使い魔 30話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:29:14 ID:Xi9vctbI
 だが、ひどい奴だな、わたしは、とミシェルはぽつりと思う。自分はこんなに無責任な人間だったのだろうか? 多分、そのとおりなのだろう。
 思えば、最初から自分には、世界を守るために戦うなどといった正義感や使命感はなかった。わたしはいつだって、わたしのためにだけ生きてきた。生き延びるために、復讐のために費やしてきた半生、殺伐とした人生だった。
 でも、そんな自分をおせっかいにも救い出してくれる奴がいた。サイト……あいつはわたしを優しい人だと言い、大罪人であるわたしを守ってくれた。
 そして、わたしは恋を知った。人の思いの暖かさも知り、やっと自分以外の誰かのために生きてみようと思えるようになった。
 だけど、あいつはもういない。サイトは、わたしの愛した一番大切な人はもうどこにもいない。それでもう、わたしの心にはどうしようもないくらいに大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
 心残りは、こんなわたしのために必死になってくれた仲間たちを裏切ってしまうことになったこと。でも、わたしにはもうみんなの期待に応える力は残ってない。アリスを見たとき、胸の奥がざわついて、もう少しだけがんばれる気がしたけど、やっぱりだめだった。
 いったい、どこからわたしという人間はだめになってしまったんだろう。昔、遠い昔には心から幸せだった頃もあった。そうだ、あれはおとうさまとおかあさまがまだ生きていた頃……
 
 思い出の中で、ミシェルは夢を見始めた。
「おとうさまー、見て見て、わたしね、今日新しい魔法を覚えたんだよ」
「ほお、それはすごいね。まだ十歳なのに、こんなに難しい魔法を覚えるなんてミシェルは偉い子だ。さすが、私の娘だな」
「あなたったら、そうやってすぐ甘やかすんですから。でも、ミシェルもよくがんばったわね。これなら魔法学院に入る前にはラインクラスに昇格できているかもしれないわね」
「えへへ」
 優しい父と母、幸せだった毎日。あのころは、明日が来るのが待ち遠しくて仕方がなかった。こんな日々が、ずっと続くものだと思っていた。
 けど、十年前のあの日。
「おとうさま、お出かけするの? 今日はお仕事お休みでしょ。わたしと、遠乗りに行くお約束は?」
「ごめんなミシェル、父さんはこれから高等法院に出頭しなければいけないんだ。約束を破ってすまないが、聞き分けてくれるかな?」
「うん、お仕事だものね。おとうさま、がんばって!」
「いい子だ。なあ、ミシェル」
「なに? おとうさま」
「お母さんを、大事にな」
 なぜか寂しげな顔で、父は出かけていき、わたしは父の言葉を不思議に思いながらも、その後姿を見送った。
 それが、父を見た最後だった。あのリッシュモンの策略で、父は汚職事件の主犯だとあらぬ罪を着せられて、形ばかりの裁判で貴族としてのすべてを奪われた。

199ウルトラ5番目の使い魔 30話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:31:48 ID:Xi9vctbI
 失意の中で、父は二度と帰ることなく、自ら命を絶った。
 そして、父の最期を知った母も。
「ミシェル、よく聞きなさい。お母さまはこれから、貴族の妻としての最後の責務を果たさねばなりません。私がお父様の部屋に入ったら、すぐに屋敷を立ち去りなさい。決して、追ってきてはいけませんよ」
「お母様、なにするの? お父様はどこなの? なんでお役人さんが、家のものをみんな持っていっちゃうの? ねえ、お母様」
「ごめんね、ミシェル。母さんも、あなたが大きくなるのを見たかったわ。けど、お父様の汚名を少しでも雪ぐためにも、お母様は行かなければいけないの。でも、せめてあなただけは生きて」
「いやだよ、お母様。行かないで、わたし、もっといい子になるから」
「ミシェル、これからはあなたは一人で生きていくの。私の、私たちの自慢の娘。あなたの母になれて、よかった。さあ、行きなさい!」
「待って! 待ってお母様!」
「ついてきてはなりません!」
「ひっ!」
 そうして、震えるわたしの前でお母様は父の書斎に入っていき、やがて書斎から出た炎に屋敷は包まれた。
 わたしは、すべてを失った。行く当てもなく国中をさまよい、生きるためにはなんでもやった。
 やがて十年……地獄をさまよったわたしは、ようやく光の射す場所に帰れたと思った。なのに、やっと取り戻せたと思った幸せまで奪われた。
 もういい、もうたくさんだ。せめてもう、静かに眠らせてくれ。
 サイト、姉さん、みんな、守られてばかりでごめん……わたしは最後まで、一人ではなにもできないダメな人間だったよ……
 
 疲れ果てたミシェルは目を閉じて動かなくなり、水精霊騎士隊と銃士隊も、時間とともにどんどんと力を奪い取られていっていた。
「うう、畜生。モンモランシー……せめて、ワルキューレの一体でも作れたら、ゴホッゴホッ」
「副長、クソッ! 見損なったわよ。あなたは、こんなに弱い人だったのか! これじゃ、サイトも浮かばれん。くそっ、こっちも頭が」
 すでになにかの行動を起こすには、皆は毒鱗粉を浴びすぎていた。体を動かすことはおろか、声を発することさえすでに激しい痛みがともなう。知恵をめぐらせるべきレイナールやルクシャナも、毒のせいで思考が乱されて策を考えることができない。
 なんとかしなければ、なんとか……そう思っても、あと数分ですべてが手遅れになろうとしていた。
 
 
 時間が経つごとに、一行の身じろぎする動きが鈍くなっていき、声は弱く途切れがちになっていく。

200ウルトラ5番目の使い魔 30話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:35:15 ID:Xi9vctbI
 もうすぐ、毒の症状の最終段階だ。エルザは、何度もモルフォを使っての狩りを成功させてきた経験から、ここまで毒の回った獲物が逃げられることはないと確信して笑った。
「あっははは! とうとうおねえちゃんの期待した奇跡は起こらなかったね。もう数分もすれば、みんな意識もなくなるよ。そうすれば、あとはじっくりとモルフォのエサだよ」
「なら、まだあと数分残っているわ。勝負はまだ、ついてないわ」
「ええーっ、無駄だって言ってるのに、あきらめが悪いなあ。まあいいか、あきらめが悪い人は嫌いじゃないよ。楽しめるからね」
 エルザは、ティファニアが思い通りにいかなかったというのに、特に気にした様子もなくティファニアの前に立った。五歳児ほどの背丈しかないエルザは、柱に縛り付けられて座り込まされているティファニアとそれでやっと視線の高さが同じになる。エルザは身動きのできないままのティファニアの首筋に鼻を摺り寄せると、芳しげに息を吸った。
「いい匂い、おねえちゃん、とってもいい匂いだよ。とっても柔らかくて甘いいい匂い。いままで食べたどんな人間とも違うの。これがエルフの匂いなの? それともハーフエルフが特別なのかな」
「そ、そんなこと、わからないわよ」
「ふふ、まあそうだろうね。ああ、でも本当にいい匂い。こんないい匂いのする人の血ってどんな味がするんだろう? 食べてみたいなぁ。けどダメダメ、おねえちゃんは生きたまま渡さないとロマリアのお兄ちゃんとの契約に違反しちゃうもん」
 ティファニアの匂いをいとおしげに嗅ぎながら、エルザは残念そうにつぶやいた。
 吸血鬼は美食家だ。人間の中でも、若い女性の血を好んで吸う。吸血鬼が長い時間を町や村に潜伏してすごすのは、念入りに獲物を選別するためもあるという。
 鋭い牙の生えた口からよだれを垂らし、しかし童顔には無邪気な笑みを浮かべている。その異様なアンバランスさに、ティファニアは背筋を震わせた。
 と、そのときである。突然、ドタドタと階段を乱暴に上って来る音がしたかと思うと、ティファニアたちのいる部屋のドアが開かれた。そして部屋の中に、投げ込まれるようにしてひとりの少女が入れられてきたのだ。
「きゃっ! うっ、痛……」
 少女は後ろ手に縛られていて、部屋の中に投げ捨てられると受身をとることもできずに体をぶつけて身をよじった。一方、少女を連れてきたらしい数人の屍人鬼は、ドアを閉めるとさっさと戻っていった。
 いったい何が? 突然のことで事態が飲み込めないティファニアは、連れ込まれてきた少女を見て思った。栗毛でおとなしそうな顔立ちの、ティファニアより少し幼そうな感じの娘である。彼女も、自分の状況が飲み込みきれないらしく、部屋の中をきょろきょろと見回していたが、姿見の影からエルザが姿を見せると、ひっと引きつったような声を漏らした。
「エ、エルザ……」
「あらぁ、今度はメイナおねえちゃんが来てくれたんだぁ。くすくす、私の屍人鬼たちは気がきくねえ。ちょうど、祝杯をあげたいと思ってたから、おねえちゃんならぴったり」
「ひ、ひいぃぃっ!」
 メイナと呼ばれた少女は、エルザが牙をむき出しにして笑いかけると悲鳴をあげて逃げ出そうとした。手を縛られているので、体ごとドアにぶつかって、口でドアノブをまわそうと必死になって噛み付いている。
 しかし、エルザはひょいと跳び上がると、メイナの首筋をわしづかみにして、自分の倍以上の体格の少女を軽々と床に叩きつけてしまった。

201ウルトラ5番目の使い魔 30話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:37:29 ID:Xi9vctbI
「うぁぁっ、離して! 離してぇ」
「ダメだよぉ。うふふ、バカだね、人間ごときの力で吸血鬼にかなうはずがないじゃない。少しでも痛い思いをしたくなかったら、おとなしくしてたほうがいいよ」
 エルザはメイナの耳元で脅しつけるように言うと、幼女の細腕からは信じられない力で彼女をティファニアの下まで引きずってきた。
「お待たせ、ティファニアおねえちゃん。さて、祝杯も来たことだし、続きをいっしょに楽しもうよ」
「祝杯、祝杯って、エルザ、あなたまさか!」
「そうだよ、わたしは吸血鬼、なにを当たり前なこと聞いてるの? 本当はおねえちゃんの血を吸いたいけど、それは我慢我慢。代わりに見せてあげるよ。人形みたいにきれいなこのおねえちゃんが、本物の人形みたいに白くなっていくところを」
 そう言うと、エルザはメイナの髪をつかんで頭を上げさせ、首下にゆっくりと牙を近づけていく。
 ティファニアはぞっとした。いけない、エルザは本気でこの人を食い殺す気だ。それに気づいたとき、ティファニアは大声で叫んでいた。
「やめて! やめてエルザ! そんなことをしてはだめ!」
「ダーメ、ティファニアおねえちゃんの頼みでもそれは聞けないなあ。私ってば、ロマリアのおにいちゃんに眠ってた力を目覚めさせてもらってから、お腹がすきやすくなっちゃったの。それに、メイナおねえちゃん……私、ずっと前からメイナおねえちゃんの血を吸いたくて吸いたくて、ずっと待ってたんだよ」
「エ、エルザ、やめ、やめて。わたし、何度もあなたに優しくしてあげたじゃない。わたしのこと、いい人だって言ってくれたじゃない。だから、ね」
 震えた声で哀願するメイナ。しかしエルザは口元に凶悪な笑みを浮かべて。
「そうだね。よそから流れ着いたわたしを、村長さんの次に受け入れてくれたのがメイナおねえちゃんだったね。わたしに優しく声をかけてくれて、果物を持ってきてくれたこともあったね。ほんとに、こんな辺ぴな村では珍しいくらいのいい人だよ。だからね、人間ごときが吸血鬼を見下すその目が、最高に腹が立ったんだよねえ!」
「ぎゃあぁぁぁーっ!」
 獣のような悲鳴がほとばしり、エルザの牙がメイナの喉下に食いついた。
 ティファニアは、一瞬その凄惨な光景に目を背けたが、すぐにそうしてはいられないと目を開いた。
 エルザの牙はメイナの首筋に深く食い込んでおり、エルザは喉を鳴らして美味そうに溢れ出す血をすすっている。だが、メイナの顔からは見る見るうちに血の気が引いていき、体がびくびくと震えていた痙攣もどんどん弱弱しくなっていく。
「エルザやめて! やめて!」
「だめだって言ってるじゃない。それに、メイナおねえちゃんの血、想像してたとおりにいい味。恐怖と絶望が最高のスパイスになってる。さあ見てて、あと少し吸えば……」
 ティファニアの叫びにも、エルザは一顧だにしなかった。話すために一時的に離したエルザの牙が、またメイナの首に近づいていく。メイナはすでに白目をむきかけ、呼吸は不規則になって弱弱しい。
 いけない! これ以上の吸血は、メイナさんは耐えられない。そう思ったとき、ティファニアの口は考えるより早く、その言葉を唱えさせていた。

202ウルトラ5番目の使い魔 30話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:38:52 ID:Xi9vctbI
「エルザ! メイナさんの代わりに、わたしの血を吸って!」
「はぁ?」
 メイナの首筋にかかりかけていたエルザの牙が止まり、エルザはその予想もしていなかった言葉に呆れたように言った。
「メイナおねえちゃんの身代わりになろうっていうの? 見も知らない相手のために、聞いていた以上のお人よしだね。けど私の話を聞いてた? あなたを生きたまま引き渡さないと、私が困るんだよ」
「なら、殺さない程度に吸えばいいんでしょ。契約は生きたままで、生きてさえいれば違反にはならないんだよね。そうでしょ?」
「ちっ、そんな詭弁……」
「あなたは立派に仕事を果たした。なら、ロマリアも細かいことは言わないよ。第一、ハーフエルフの血を吸う機会なんて、もうないかもしれないんだよ。ちょっとくらい、いいじゃないの」
 ティファニアの提案はエルザを少なからず悩ませた。
 確かにティファニアの言うとおりだ。なにより自分は言われたとおりの仕事を長い時間と手間隙をかけてちゃんとこなして、このままロマリアにティファニアを引き渡してしまえば、そのままロマリアが丸儲けになるではないか。少しくらい自分にもおこぼれがあってもよかろうというものだろう。
「……いいよ、ただし後悔しないでね。血を吸ってるうちに、少しでも抵抗するそぶりを見せたら、メイナおねえちゃんはそこに転がってるぼろクズと同じになるまで吸い尽くすからね」
「ありがとう、いいよ」
 ティファニアが首筋を向けると、エルザは不機嫌そうな様子ながら、ティファニアの喉に牙を突き立てた。
「くっ、ああっ!」
 激痛とともに、ティファニアの喉から短い悲鳴がこぼれた。さらに痛みに続いて、激しい脱力感が湧いてくる。手足の力が抜けていき、激しい嘔吐感とともに全身に急激な寒気がしてきた。
 これが、血を吸われるということ? ティファニアは、血とともに体中の熱や、命そのものまでも吸い取られていくかのような感覚に恐怖した。
 だが、本当の意味で驚愕していたのはむしろエルザのほうであった。
「おいしい! なにこれ、こんなおいしい血、今まで味わったことないわ! すごい、すごいよ」
 歓喜の表情で、エルザはティファニアの血をむさぼり続けた。喉を一回鳴らして飲み込むごとに、たまらない甘みと、体中が喜びに震えているような快感がやってくる。
 まるで母親の乳房に吸い付く赤ん坊のように、エルザはティファニアから血を吸い続けた。しかしエルザの体に快感と力が満ちていく一方で、吸い取られ続けていくティファニアは見る間に衰弱していった。
 しかし、そんな恐怖と苦痛を受けながらも、ティファニアはくじけず歯を食いしばって耐え続けた。ここで自分が抵抗すれば、エルザの牙は死に掛けのメイナに向かう。それだけは絶対にさせちゃいけないと決意するティファニアと、床の上で荒い息をつきながら横たわっているメイナの目が合った。

203ウルトラ5番目の使い魔 30話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:55:49 ID:Xi9vctbI
「あ、あなた……?」
「っ、大丈夫です。メイナさん、あなたはわたしが、んっ、守り、ますから」
 途切れ途切れの弱弱しい声ながらも、メイナはティファニアの励ましの声を聞いた。
 もちろん、ふたりは今日この場が初対面である。メイナにとって、ティファニアは見知らぬ人であり、どうして助けてくれるのかわからなかった。しかしそれでも、目の前の人が必死になって自分を助けてくれようとしているのはわかった。
 メイナの見ている前で、ティファニアの肌がどんどんと白くなっていく。明らかに失血の症状で、さっきまでのメイナと同じ状態に陥りかけているのは誰の目にも明らかだった。
 だが、にも関わらずにエルザはティファニアの首に食いついたまま離れようとはしなかった。いやそれどころか、ますます吸う勢いを強めてさえいるようだ。このままではもう一分も持たずにティファニアは失血死してしまう!
 実はこのとき、エルザはティファニアの血のあまりの美味さ加減に我を失っていた。殺さないための血を吸う加減などは頭から吹き飛び、ひたすら食欲を満たす快感に身を任せている。しかし、ティファニアはメイナに手を出さないでくれという約束のために、吸血が致死量を越えかけているというのに抵抗することができない。そのときだった。
「んっ!?」
 突然、吸血に没頭していたエルザのスカートのすそが引っ張られた。そのショックでエルザは思わず我に返り、口を離して下を見ると、なんとメイナが床に倒れたまま、エルザのスカートに噛み付いて引っ張っていた。
「なにかなぁメイナおねえちゃん? ちょうどいいところだったのに、せっかく拾った命を無駄にするものじゃないよぉ」
 至福の時間を邪魔されたエルザは、殺意を込めた眼差しで足元のメイナを見下ろした。その足はメイナを冷然と足蹴にしており、メイナの出方しだいではそのまま頭を踏み潰してやろうと思っていた。しかし、メイナが苦しげな中で口にしたのはエルザが予想もしていなかった言葉だった。
「エ、エルザ……私の、私の血を吸って」
「はぁ?」
 思わず間の抜けた声をエルザは出してしまった。当然だろう。血を吸われて死に掛けの人間が、さらに血を吸ってくれと言ってきたら気が狂ったとしか思いようがない。だが、メイナははっきりと正気を残している目で言った。
「その人、それ以上血を吸ったら死んじゃうよ……最初にあなたの食べ物だったのは私でしょ……だから、私で」
 するとティファニアも、すでにしゃべるのも辛いだろうに叫んだ。
「だ、だめよ! あなた、もう死にそうじゃない。わたしなら、もう少し耐えられるから、わたしが」
「いいえ、あなたももう無理よ、ありがとう……エルザ、私の血をあげる。その人は助けて」
「いけないわ! エルザ、わたしの血のほうがおいしいんでしょ。メイナさんに手を出さないで」
 ティファニアとメイナ、ふたりの半死人の気迫にエルザはこのとき確かに圧倒された。
「なに? なんなのあなたたち? お互いに死に掛けてるっていうのに、今会ったばかりの他人のために死んでもいいっていうの? 頭おかしいんじゃないの!」

204ウルトラ5番目の使い魔 30話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:57:29 ID:Xi9vctbI
 顔を手で覆って、まったく理解できないというふうにエルザは叫んだ。命乞いや断末魔の呪いの言葉なら腐るほど聞いてきた。だが、こいつらはなんなんだ? メイナにしたって、最初は怯えて命乞いをしていたのに、なぜ今になって赤の他人のために死のうなどと言い出せるのだ?
「この期に及んでかばい合い? 私に情けでもかけさせたいっていうの。気分が悪いわ。最高にむかむかする……人間の分際でぇ!」
 エルザは怒りのままにメイナの体を蹴り飛ばした。メイナの体は宙を舞い、壁に叩きつけられて動かなくなった。
「メイナさん!」
「心配しなくても、まだ殺してないよ。私を愚弄したむくい、簡単に死なせちゃおもしろくないわ。人間の分際で、吸血鬼をなめた罪は死ぬよりつらい目に会わせなきゃおさまらない」
「エルザ! あなたはどうしてそんなに人間を憎むの?」
 ティファニアには、エルザの人間への感情が単なる敵対心や差別意識だけとは思えないほどの狂気を帯びているように思えた。確かに人間と吸血鬼は敵対する種族だが、それにしても度が過ぎている。するとエルザはティファニアの髪を乱暴に掴んで耳元でささやいた。
「知りたい? なら教えてあげるよ。エルザのパパとママはね、人間に殺されたんだ。私の目の前で、人間のメイジに虫けらみたいにね。それからずっと、私は一人で生きてきた。これでわかった? 人間が吸血鬼を狩るなら、当然自分たちが狩られてもいいはずだよね」
 エルザの告白は、とても作り話とは思えなかった。きっとエルザが本当に幼い頃、言ったように両親が殺されたのだろう。けれどそれを聞いて、ティファニアははっきりと言った。
「エルザ、あなたの憎しみの元が何かはわかったわ。それでも、あなたのやっていることは正しいことではないわ」
「なに? 今度はお説教? おねえちゃん、自分が殺されないと思って調子に乗ってない? さっきはうっかりしてたけど、人間だけじゃなくて人間に味方するものはみんな嫌いなのよ。私は狩人であなたたちは獲物、その気になったら、おねえちゃんの首をすぐにでもねじ切ってあげるんだから」
「いいえ! わたしたちは決して分かり合えない存在じゃない。なぜならエルザ、あなたの中にも優しい心があるはずだから」
 その瞬間、エルザは激昂してティファニアの首に手をかけて締め上げた。
「っ! また戯れ言を。私はね、獲物を狩るときにかわいそうだなんて思ってためらったことは一度もないのよ」
「違うわ……エルザ、あなたは両親を殺されたことが憎しみのきっかけになったと言った。だったら、あなたには両親を愛する心があったということ。誰かを愛する心が、悪いもののはずはないわ。その心を、ほんの少しだけ自分以外の誰かに分けてあげればいいの」
「知ったふうな口を……」
「エルザ、両親を奪われたのはあなただけじゃないわ。わたしだってそう、お父さんとお母さんを知らずに育った人を、わたしは大勢知ってる。あなただけが違うわけがない」

205ウルトラ5番目の使い魔 30話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:58:49 ID:Xi9vctbI
「違うよ、私は吸血鬼で人間を狩って食うもの。人間よりずっと強くて高貴な、美しき夜の支配者」
「そう、わたしたちは弱い。だから、互いの弱さを補って助け合うことを知ってる。誰かが傷つくのを黙っていられないから勇気を出せる。メイナさんだって、きっとそう……エルザ、あれを見て!」
 ティファニアに言われ、エルザは遠見の鏡を覗き込んだ。そして、そこに映し出されていたものを見て今度こそ言葉を失った。
 
 
 すべてをあきらめて、死の世界の門へと向かい続けるミシェル。彼女はそこへ向かう途中に、懐かしい思い出に身を寄せていた。
 銃士隊への入隊、数々の戦い、裏切り、そして忘れもしない、才人とアニエスの決闘。
 あのアルビオンで、才人は自分なんかのために初めて本気で怒ってくれた。そしてあのとき、才人はもうなにも残っていないと言ったわたしに……
「……きて……おき……おねえ……」
 なんだ……? と、ミシェルは閉じかけていた意識の中でいぶかしんだ。この声は、この声は……
「て……きて……ちゃん……おきて……おね……おねえちゃん!」
 はっ、と、ミシェルはその声の持ち主に気がついた。
 アリス? しかしアリスは、あのとき確かに逃がしたはず。いったいどうして? ミシェルは、残った力でうっすらと目を開けてみた。
「起きて! 起きておねえちゃん! 起きて! 起きてよう!」
 なんとそこには、逃げたはずのアリスが自分の隣に座り込み、体を揺さぶって必死に呼びかけている姿があったのだ。
 バカな! なぜ戻ってきたんだ。ミシェルは、せめてアリスだけは助けようと思ったのにと、消えかけていた意識を呼び戻して顔を上げた。
「アリ、ス……」
「おねえちゃん! 気がついたんだね!」
「ばか……なんで、戻ってきたんだ」
「だって、だって……逃げたって、わたしはひとりぼっちになっちゃうだけだもん! ひとりで町になんて行ったことなんてないし、お役人さんは怖いし……わたし、ほんとはみんなの期待に応える力なんてない。だからお願い、助けて! 助けておねえちゃん! うっ、ごほっ! ごほっ!」
「ごめん……わたしにはもう、戦う力なんて」
 弱虫な子だと、ミシェルは思った。せっかくひとりだけでも助かるチャンスが得れたのに、戻ってきたせいで毒鱗粉を浴びてしまっているじゃないか。

206ウルトラ5番目の使い魔 30話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:03:27 ID:Xi9vctbI
 だが、苦しみながらもアリスの叫んだ一言が、ミシェルの心の奥底へと轟いた。
「そんなことない! グールをやっつけたときのおねえちゃんはすごく強かった! 村のみんなが待ってる! わたしはひとりぼっちになりたくない。だから立って! 戦って! おねえちゃんは、正義の味方なんでしょう!!」
 その一言に、ミシェルの心臓が大きな鼓動を鳴らした。
 正義の味方……そうだ、それはわたしにとってのサイトであり……ウルトラマン。どんな苦境にあっても決してあきらめず、どんな強敵にも勇敢に立ち向かっていく、ヒーロー。
 思い出した。わたしは、そんなヒーローの姿にあこがれて、はげまされて立ち上がることができたんだ。そして、あんなふうに自分もなりたいと、剣をとって戦ってきた。
 そして今、自分にすがり頼ってくる人がいる。そうだ、思い出したよサイト……あのとき、もう何もかもを失ったと思っていたわたしに、お前はこう言ってくれた。
 
”馬鹿言うな、守るものなんて……いくらだってあるじゃないか!”
 
「わかったよサイト……わたしにはまだ……守らなきゃいけないものが、ある!」
 ミシェルの目に力が戻り、彼女は土を握り締めて、渾身の力で体を起こした。
「おねえちゃん!」
「アリス、ありがとう。お前の叫びが、わたしに大切なことを思い出させてくれた。そうだな、こんなところで死んだらあいつに怒られる。最後の最後まで、戦ってやるさ!」
 心に炎を取り戻し、ミシェルは空を仰ぎ見た。そこに広がるのは暗雲に包まれた漆黒の空、しかしその頂点には強く輝くひとつの星が瞬いている。
 見えたよサイト、わたしにももう一度、ウルトラの星が!
「アリス、これからおねえちゃんはもうひとあがきをやってみる。だけどそれは、とても危険な賭けだ。それでもおねえちゃんを、信じてくれるか?」
「うん! わたしは、おねえちゃんを信じる」
「ありがとう、強いな、君は。さあ、おいで」
 ミシェルはアリスを懐に抱きかかえると、左手で強く抱きしめた。アリスは両手でぎゅっと、ミシェルにしがみついてくる。
 強い子だ……ミシェルは先ほどの弱虫を撤回して、素直にそう思った。こんなに小さくて弱いのに、がむしゃらに向かってきて、わたしに大切なことを思い出させてくれた。
 そうだ、わたしはアリスにかつての自分を見ていた。そしてわたしはかつてのわたしの母と同じようにしようとしたが、アリスはかつてのわたしとは違った道を選び、わたしを救った。もしも、あのときの自分にアリスと同じだけの勇気があれば、無理矢理にでも母に食い下がり、母を死なせずにすんだかもしれない。ただがむしゃらな、勇気さえあったら。

207ウルトラ5番目の使い魔 30話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:06:10 ID:Xi9vctbI
「過ちは、もう二度と繰り返さない。もう誰も死なせない!」
 決意を込めて、ミシェルは杖を握って呪文を唱え始めた。毒鱗粉による喉の痛みも体のしびれも忘れ、体には力が満ちてくる。
「イル・アース・デル……」
 自分の系統である土の錬金で、周囲一帯の土を油に変える。
「ウル・カーノ!」
 さらに発火の魔法が唱えられ、油に変えられた地面が一気に燃え上がった。周囲一帯は火の海へと変わり、モルフォは慌てて逃げ惑う。もちろん、銃士隊や水精霊騎士隊も炎の中に飲み込まれる。
 自殺行為か? だが、この炎の熱は思わぬ効果をもたらしていた。
「あっちいーーっ! あちち! あ、あれ? か、体が動くぞ」
「ギーシュ、動け、あれ? そういえば喉の痛みや体のしびれも消えた。どうして? いやアチチチチ!」
 なんと、毒にやられて死に掛けていた水精霊騎士隊や銃士隊が次々に蘇ってきていた。だが、あれほどの毒が急になぜ? その答えは、ルクシャナが知っていた。
「そうか! モルフォの鱗粉は熱に弱いんだった。わたしとしたことが、なんでこんなことに気がつかなかったの、バカ!」
 そう、モルフォ蝶の鱗粉は熱に対しては極端に弱く、高熱を受けると無毒化してしまう特性を持っている。実際、地球でもかつてモルフォの鱗粉で巨大化してしまった人間が、熱原子X線を受けて元に戻ったという報告がある。魔法アカデミーでも、モルフォの鱗粉を扱うときは火気厳禁が鉄則なのだが、その鉄則が仇になって、熱を使えば無力化できるということにルクシャナも思い至れなかったのだ。
 そして、もっとも炎に弱いのは当然ながらモルフォ本体だ。あるものは炎にそのまま呑まれ、あるものは炎が鱗粉に引火して火達磨になって落ちた。そして、炎から逃げ出したモルフォに対して、炎の中から飛び出してきたミシェルの斬撃が叩き込まれた!
「でやぁぁぁぁっ!」
「ふ、副長!?」
 銃士隊の見守っている前で、一匹のモルフォがミシェルの剣で真っ二つに切り裂かれ、さらに剣にまとった炎に引火して燃え落ちた。
 それだけではない。ミシェルは炎をまとったままで跳び回って剣を振るい、モルフォを次々に叩き落していく。モルフォの撒き散らす毒鱗粉も、炎の鎧をまとったミシェルにはまったく効果がない。どころか、火の剣を振るうミシェルの前に、モルフォはなすすべなく火の塊となって燃え落ちていく。
 炎の騎士……ギーシュは、炎をまとって舞うように戦うミシェルを見て、そうつぶやいた。自らの体をも炎で焼かれているというのに、あの勇壮さは、あの美しさはなんだろう。まるで、伝説の不死鳥が人の姿を成したかのようだ。
 圧巻、その一言……やがて錬金で作り出された油がすべて燃え尽きたとき、宙を我が物顔で舞っていたモルフォは一匹残らず消し炭になって燃え尽きていた。
 そして、灰の大地の上に立つ青い髪の戦乙女。彼女は、腕の中に抱えていた少女をおろして、優しく微笑んだ。

208ウルトラ5番目の使い魔 30話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:08:16 ID:Xi9vctbI
「終わったよ。アリス、よくがんばったね」
「おねえちゃん。やった、やった! 勝った、勝ったんだね!」
「副長!」
「みんな……すまない、心配をかけたな。だが私は、もう大丈夫だ」
 力強い笑みを浮かべたミシェルに、銃士隊と水精霊騎士隊の一糸乱れぬ敬礼が応えた。
 
 
 しかし、これで収まらないのはエルザである。水精霊騎士隊と銃士隊の全員生存、さらにモルフォの全滅という、ありえない事態だ。
「あ、いつらぁぁぁ! よくも、私の可愛いペットを」
「エルザ、もうやめましょう。あなたがわたしたちと争ってなにになるというの。永遠の夜なんて、そんなのきっと寂しいだけだよ」
「黙ってて! 私はね、寂しいなんて思わないわ。夜の種族は、人間を支配する選ばれた者なの。いいわ、もう遊びは終わり。そんなに言うならあの人たちをおねえちゃんの目の前でギタギタに切り刻んであげるから」
 
 エルザが念を込めて命じると、ミシェルたちのいる沼地の周りで無数の人影がうごめいた。そして、数百の屍人鬼の群れが、彼女たちを取り囲んでいった。
 
 
 続く

209名無しさん:2015/07/31(金) 22:54:21 ID:5MxpJJlU
まってたよ5番目の人乙

ミシェルの巨大化はなかったか……

210ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 23:00:45 ID:Xi9vctbI
以上です。一昨年ほどの速さはないですが、今年はじまってからの不調からは抜け出ることができたかなと思います

さて今回はミシェルと、前回で名前の出たアリスがメインで、ティファニアもからんでくるという話でした。
猫をかむる必要がないのでエルザもノリノリで凶悪なまねやってます。このあたり、最近ヤプールを書いてないので
久しぶりにやりたい放題をやる悪党を書けて楽しかったです。もちろん対峙するティファニアも、悪に対する信念の
ぶつかり合いということで、熱を入れて書きました。やはり小説は自分が楽しんで書くところからいかないとだめですね。
 
ところで前回、物語中でも子供が死ぬのは苦手だと言いましたが、今回登場したメイナも原作でタバサが聞き込みをしている
最中の家で殺害されていた娘がイメージです。どうも自分は、モブキャラの死亡シーンもあまり好みではないんですよね。
むろん、原作の展開を否定するものではありませんが。
一方で都市破壊シーンは大好物です。
というわけで、もし私と同じやるせなさを味わっていた人がいましたら、本作中では彼女たちは生きていますので安心してください。

さて、窮地を脱したミシェルたちですがエルザはまだあきらめていません。果たしてティファニアを奪還できるのか。

211ウルトラ5番目の使い魔 31話  ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 20:51:47 ID:psWPMULc
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の3章31話の投下準備ができました。
21:00より投下開始しますので、よろしくお願いいたします。

212ウルトラ5番目の使い魔 31話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:00:55 ID:psWPMULc
 第31話
 ひとりぼっちの世界女王
 
 吸血魔獣 キュラノス 登場!
 
 
「わたしにも、力が欲しい……」
 遠見の鏡から溢れ出す紅い光が頬を照らし出し、炎をまとってモルフォを切り倒していくミシェルを見て、ティファニアはぽつりとつぶやいた。
 今、世界は危機に瀕している。強大な闇の勢力が暴れまわり、毎日のようにどこかでなにかが破壊され、犠牲者の悲鳴がこだましては消える。
 しかし、今のわたしには何もできないと、ティファニアは心の片隅で悩み続けていた。
 それは自虐ではない。以前、自分たちは誰もが行くのは不可能と信じていたエルフの都へと到達し、エルフとのあいだに平和の架け橋の第一歩を築くことを成し遂げた。その達成感と誇りは、今でも忘れてはいない。
 だが、エルフたちとの信頼を築くために、始祖の祈祷書はアディールに残され、ティファニア自身も無理なエクスプロージョンの行使によって魔法の力を失った。
 もちろん、そのことに後悔はない。引き換えに成し遂げたことの大きさに比べれば、むしろ安すぎる取引だったと言ってもいいくらいだ。しかし……
 
”見ているだけしかできないのが、こんなにつらいとは思わなかった”
 
 戦いは続いている。アディールでの決戦で勝った後も、ヤプールは滅びたわけではないし、ガリア王ジョゼフをはじめとして平和を乱そうとしている勢力に対して、時に激しく、時に静かに戦いは繰り返された。
 魔法を使える者は魔法で、剣を振るえる者は剣で、知恵を働かせられる者は知恵で。
 でも……今のわたしにはそのどれもないと、ティファニアは悩んでいた。魔法は失われ、非力で、世間知らずな自分は、みんなの戦いを見ていることしかできない。わたしにも何か、みんなのために役立てる新しい力が欲しい。
 サイトさんとルイズさんが亡くなったときも、わたしは遠くで無事を祈っているしかできなかった。今もこうしてたやすくさらわれて、身動きを封じられてなにもできない。目の前で人の命が奪われようとしたときも、助けるつもりが結局その人に助けられてしまった。
 悔しいけど、今のわたしは足手まとい。わたしにはない力を、みんなは持っている。サイトさんやルイズさん、ギーシュさん、モンモランシーさん、ルクシャナさん、落ち込んでいたミシェルさんも、やっぱり強い人だった。
 わたしにも力が欲しい。戦う力でなくともいい、みんなを守れる力が……
 お母さん、お母さんならこんなとき、どうしますか? ティファニアは心の中で、幼い頃に生き別れた母に呼びかけた。たった一人でサハラからやってきて、一人で自分を育ててくれた強い母なら、いったいどうするだろうか。
 今のティファニアには考えることしかできない。しかしそうした葛藤の中で、力を得るために本当に必要なものがなにかということを、ティファニアは知らないうちに気づき始めていた。

213ウルトラ5番目の使い魔 31話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:04:58 ID:psWPMULc
 あまねく命を守る、優しさと強さを併せ持った者。その答えにティファニアがたどり着くのを待っているかのように、彼女の胸の中で輝石は青く静かに輝き続ける。
 
 だが、時間はティファニアを待ってはくれない。モルフォを撃破されたエルザは怒り狂い、人質の生命と引き換えにティファニアの仲間たちをこの村へと呼び寄せた。
 これから素敵なパーティがはじまるよ、と、笑いながら告げ、エルザは一行を自ら出迎えるべく踵を返す。ティファニアはその後姿を、じっと見つめていることしかできなかった。
  
 
「よく来たわね、トリステインの勇敢な騎士の皆さん。歓迎するわ、ようこそ、私の王国へ」
 サビエラ村の村長の家。その三階のベランダから身を乗り出して、エルザの声が見下ろす庭に響き渡った。
 聞くのは、ミシェルをはじめとする銃士隊と、ギーシュたち水精霊騎士隊他数名。彼女たちは、怒りを込めた眼差しでエルザのあいさつに答える。
「それがお前の城と玉座か、ずいぶんとしみったれた女王様だな、吸血鬼。ティファニアを返してもらおうか」
「あら? 恐怖に震えて来たかと思ったけど、さすがに度胸が据わってるのね。それともやせ我慢というやつかしら? まあ、三百体の屍人鬼に囲まれて死刑を待つともなると、馬鹿にでもならなきゃやってられないでしょうしねぇ」
 エルザのせせら笑いが、生暖かい風となって一行の肌をなめていった。
 そう、今このサビエラ村において、一行のいる村長宅の庭の周囲すべては元村人の屍人鬼で埋め尽くされていた。その数は実に三百体。エルザが食用に適さないと判断した男性や高齢の女性のすべてが吸血鬼エルザの操り人形である屍人鬼となり、手に手に武器を持って、一行を取り囲んでいたのだ。
 まさに、最初から四面楚歌の絶体絶命。エルザの言うとおり、普通の人間ならば発狂してもおかしくはない状況。しかもその化け物どもの大群を指揮しているのが、見た目五歳くらいの幼女だからというのがさらに異様さを増させている。吸血鬼の実物を見たことがないギーシュたち水精霊騎士隊の面々は、覚悟はしていたものの、改めて我が目を疑った。
「あ、あれが吸血鬼? アリスよりもずっと小さいじゃないか、う、嘘だろ」
 ギーシュやギムリ、頭脳派のレイナールにしても眼鏡の奥の目を白黒させていた。しかし、銃士隊にかばわれていたアリスは必死に訴えかけた。
「騙されないで! 村の人たちもみんな、あいつに騙されてたんだよ。あいつのせいで、おとうさんもおかあさんもみんな!」
「あらあらアリスおねえちゃん、何度もいっしょに遊んだのにつれないわね。本当なら、おねえちゃんを真っ先に食べてあげるつもりだったんだよ。そうだねぇ、森にイチゴ狩りに行こうなんて言ったら、おねえちゃんは喜ぶでしょう? おねえちゃんはイチゴを食べて幸せになる、私はイチゴを食べたおねえちゃんを食べて幸せになる。きっと楽しいよぉ?」
 無邪気な笑顔で残忍な想像を語るエルザに、アリスはひっと言って身を隠した。エルザはそんなアリスの様子を楽しげに見下ろしていて、ギーシュたちももはやエルザが見た目どおりの年齢の持ち主ではないことを認めざるを得なかった。
「吸血鬼の寿命は人間よりずっと長いって聞いたけど、どうやら本当のようだね。レディに年齢を聞くのは失礼ながら、伺ってもよろしいかな?」
「あらあ、勇気あるおにいちゃんね。けど、私はそんなに長生きしてきたほうじゃないよ。ざっと、おにいちゃんたちの倍くらいの齢かな? そこの、エルフのおねえちゃんとだいたい同じと思ってくれればいいよ」
 ギーシュたちは、エルザがルクシャナとほぼ同じ年齢だと告げられてさらに仰天した。エルフの寿命は人間の約二倍で、成長速度もそれに比例するから十八歳前後に見えるルクシャナの実年齢と、五歳ばかりの見た目のエルザの実年齢がほぼ同じということは、吸血鬼というのはどれだけ長命だというんだ? 驚く彼らは、銃士隊に忠告された、吸血鬼を見た目で判断するなということの本当の恐ろしさを理解した。

214ウルトラ5番目の使い魔 31話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:10:42 ID:psWPMULc
 そしてエルザは、そんなギーシュたちの間抜面を楽しそうに一瞥すると、幼女の容姿にはとても似つかわない尊大な身振りをともなってしゃべりだした。
「さて、前置きはこれぐらいにしておきましょう。とりあえずは、私の可愛いモルフォたちを倒したことはほめてあげる。けど、今度のしもべはどうかしら? 私の忠実な三百人の兵隊たち。素敵でしょう?」
「ふん、こんなでく人形どもを自慢したくてわざわざ連れてきたのか。悪趣味め」
 ミシェルはつまらなげに吐き捨てた。
 沼地でのモルフォとの戦いが終わった後、ほっとする暇もなく、一行は多数の屍人鬼に囲まれた。しかし、襲い掛かってくるものと思った屍人鬼たちは取り囲むだけで動かず、怪訝に思っていると、屍人鬼の口を通してエルザのメッセージが送られてきたのだった。
「ティファニアおねえちゃんのお友達の皆さん、見事な戦いぶりだったわ。あなたたちにはそこで死んでもらうつもりだったけど、特別に敬意を表して私のもとへ招待してあげる。来てくれるわよね? もし断るんだったら、ティファニアおねえちゃん以外の村の女の人たちを皆殺しにするから、そのつもりでね」
 選択の余地など最初からなかった。一行はやむを得ず、屍人鬼に案内される形でサビエラ村にたどり着き、エルザが指定した処刑場であるここまでやってきたのだった。
 三百の屍人鬼に対して、一行の戦力は剣士とメイジ合わせて二十人ばかり。まさに狼の群れに囲まれる羊たちも同然の一行に向かって、エルザは楽しそうに笑う。
「悪趣味かぁ、そうだねぇ、こんな奥地の田舎者ばっかりじゃあ見栄えもさえないよねえ。今度屍人鬼を増やすなら、もっとおしゃれできれいな町にしたいなあ。人間は見た目で人を判断するから、着飾ったきれいな屍人鬼をたくさん作れば、きっと王国だってあっという間にできちゃうよね」
「貴様、屍人鬼をひとりで無数に作り出せるとは聞いていたが、いったい何者だ? ただの吸血鬼ではあるまい」
 するとエルザは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにうれしそうに答えた。
「やっぱり気になる? 気になっちゃう? うふふ、いいよ、モルフォを倒したご褒美に、冥土の土産に教えてあげる。私たち吸血鬼はね、遠い遠い昔には今よりずっと強い力を持って、夜の世界に君臨していたわ。けど、大きな戦いに敗れた後、ほんのわずかに生き残った私たちの先祖は、人の世の影に隠れ潜むうちに能力のほとんどを失っていったの。でもね、何代かに一度は、先祖がえりって言うらしいけど、私のように吸血鬼本来の力を持って生まれてくる者がいるのよ」
 エルザが手を振ると、三百の屍人鬼がまるで呼応するかのようにうなり声をあげはじめた。おーおーおー、と、まるで女王をあがめる兵士のようだ。そしてエルザが手を下に向けるとうなり声はぴたりとやみ、エルザの得意げな声が再び流れた。
「どう? これが私たち美しき夜の種族、吸血鬼の本当の力よ。もっとも私も最初は、あなたたちを襲わせたアレキサンドルって男ひとりしか屍人鬼にできなかったんだけどね」
「ロマリアが、お前に力を貸しているというわけか」
「そういうこと。ロマリアのおにいちゃんが言うには、私の遺伝子の中にあるリミッターを外したとかなんとか? わかりやすく言えば、私の血の中に眠っていた本当の力を引き出してくれたのよ。実際、この力はすばらしいわ! 私のような、原初の吸血鬼はしもべを無制限に持つことができるの。そして、私の屍人鬼に襲われた人間もまた屍人鬼になるの。わかる? 今は村ひとつだけど、いずれハルケギニアすべてを私のしもべで埋め尽くすこともできるのよ!」
 エルザの宣言した吸血王国の建国の夢は、一行の魂を戦慄させた。屍人鬼にできる人間の数に、本当に制限がないのだとすれば、屍人鬼の数はねずみ算式に爆発的に増えていく。それこそ、わずかな期間に何万・何十万という軍勢を作り出すことも簡単であろう。

215ウルトラ5番目の使い魔 31話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:21:45 ID:psWPMULc
 ハルケギニアが吸血鬼と屍人鬼で埋め尽くされる。おとぎ話や黙示録どころではない恐怖が、今目の前にあった。
 しかし、その恐るべき狂気の計画がどうであろうと、皆の目的はそんなことではなかった。勝ち誇った笑いを続けるエルザに、モンモランシーが怒鳴った。
「あんたの妄想なんかどうでもいいわ! それよりテファは、テファは無事なんでしょうね!」
「あら? そういえばうっかり忘れてたわ。ええ、もちろん無事よ、会うくらい会わせてあげるわ」
 そう言うと、エルザはぱちりと指を鳴らした。すると、エルザの後ろの部屋の中から屍人鬼に後ろ手をとられて、ティファニアが連れ出されてきた。
「みんな!」
「テファ! 無事だったのね」
 ベランダから姿を見せたティファニアを見て、皆はほっとした様子を見せた。しかし、ティファニアの顔がさらわれたときとは明らかに違って衰弱しているのに気づくと、ギーシュが激しい怒気を交えて叫んだ。
「吸血鬼! 彼女になにをした!」
「うるさいわね、少しだけ血をいただいただけよ。心配しなくても、屍人鬼にするような真似はしてないわ……そうだ、がんばったアリスおねえちゃんにもご褒美をあげないとね」
 エルザが再度指を鳴らすと、村長の屋敷の一階の窓が開け放たれた。すると窓に、閉じ込められていたと見える村の若い娘たちが駆け寄ってきて、口々に叫んだ。
「アリスちゃん!」
「アリス! よかった、無事だったんだ」
「アレキサンドルの奴が追っかけていったから、もうだめかと思ってた」
「ごめんなさいアリス、吸血鬼の奴にだまされて、私たちがあなたをひどい目に会わせてしまって」
 村の娘たちは、少しやつれた様子はあるものの、皆元気そうだった。彼女たちにもすでに、アリスだけが逃げ出すことができたのは吸血鬼の差し金だったことは伝わっていたようで、皆アリスを心配していた様子が伝わってくる。
 だが、喜びはつかの間であった。エルザには、アリスたちも村娘たちも一人も生かしておくつもりはない。再会を許したのはほんのたわむれにすぎず、面倒そうな表情から一転して、エルザは牙をむき出した凶暴な素顔をあらわにして言い放った。
 
「さて、これでもう思い残すこともなくなったでしょう? そろそろ、まとめて死体になってもらおうかしら!」
 
 エルザの合図とともに、屍人鬼の群れがいっせいに動き出した。血走った目を見開き、吸血鬼同様の鋭い牙を振りかざして吼えるように叫んでくる。

216ウルトラ5番目の使い魔 31話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:23:45 ID:psWPMULc
「みんな!」
「円陣を組め、来るぞ!」
 ティファニアの悲鳴に続いて、ミシェルが指示を出したことで一行はさっと戦闘態勢をとった。銃士隊は当然、ギーシュたち水精霊騎士隊も訓練で体に叩き込んだとおりに動いて、互いに背中を預けあう形の円陣を組む。これならば死角はなくなり、少数でも戦うことが出来るが、相手のほうが圧倒的に有利であることには違いない。
 屍人鬼たちも攻撃態勢を整え、あとはエルザの命令ひとつで一斉に襲い掛かってくるだろう。しかしその前に、エルザに向かって疑問を呈した者がいた。それまでずっと黙って様子を見ていたルクシャナだ。彼女はきっとエルザを睨み付けると、どうせ冥土の土産なら、ついでにわたしの質問にも答えなさいとたんかを切って言った。
「吸血鬼が生き物を屍人鬼にする仕組みはすでに研究されて解明されてるわ。死体の水の流れを無理矢理動かして、あたかも生きてるように動かす、水の精霊の持つアンドバリの指輪と似たようなものね。けど、こいつらは違う! さっき連れてこられる最中に触って調べてみたけど、水の流れは人間そのものだったわ」
「へー? それってつまり、どういうこと?」
「つまりこの村人たちは、”生きたまま”屍人鬼にされて操られてるってことよ! 死体を操る吸血鬼の手管とはまったく違うわ。いったいどんなトリックを使ってるの!」
 するとエルザは、またも愉快そうに笑った。
「すごいね、さすがエルフの学者さんだ。確かに、こいつらは普通の屍人鬼とは違うわ。まあ、私もあまり難しいことはわからないんだけどね、教えてもらった話だと、私の体の中には人間を屍人鬼に変えるういるす? 要は毒みたいなものを造る内臓があって、血を吸うのと同時に牙からその毒を注入するの」
 牙を見せびらかすようにエルザが説明すると、ルクシャナは冷や汗をかきながらもなるほどとうなづいた。
「まるでヘビね。でもこれで納得がいったわ、魔力で操っているんじゃなくて毒を注入してるんだとすれば、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になる説明がつく。わかったわ、これは言うなれば伝染病と同じもの。吸血病とでも名づけるべきかしら? あなたがその宿主だってことね!」
「あっはっはっは、そうなんだあ、さすが頭のいい人は違うね。わたしはロマリアのおにいちゃんから説明を聞いてもさっぱりだったんだけど、わかりやすい解説をどうもありがとう。伝染病とはひどい言い草だけども、この力は一匹しか屍人鬼を作れない魔力だのみの能力なんかとは比べ物にならないほどすごいよ。さっきも言ったけど、私がこの村にやってきて、自力で屍人鬼にできたのはあなたたちが倒したアレキサンドルって男ひとりだけなのよね。最初はアレキサンドルを使って、ひとりずつ獲物を狩っていこうと思ってたんだけど、この力に目覚めた今はこのとおりよ! 村ひとつなんてつまらないことは言わないわ。ハルケギニア、いえ全世界が私にひれ伏すことも今や夢じゃない!」
「狂ってる……子供の妄想ね」
「それはどうかしらぁ? 吸血鬼にとって唯一怖かった太陽も闇の中に消え去って、もう私に怖いものはないわ。吸血鬼がこそこそ隠れて人間を狙う時代は過ぎて、これからは吸血鬼が人間を家畜として飼う時代が来るのよ。人間よりすべてにおいて優れた力を持っていながら、ただ太陽を恐れて闇に隠れ潜まなくてはならなかった私たち吸血鬼の怒りと屈辱をすべての人間たちに思い知らせてやる。まずはお前たちからよ!」
 エルザが手を振り下ろすと同時に、屍人鬼たちが襲いかかってきた。逃げ場はない、一行はこれを全力を持って迎え撃った。
 
 
 まずは、とにかく接近を許してはダメだ。屍人鬼たちの突進を防ごうと、メイジたちがいっせいに魔法を放った。

217ウルトラ5番目の使い魔 31話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:26:20 ID:psWPMULc
『ウィンド・ブレイク!』
『ファイヤー・ボール』
 風の弾丸が飛び、炎の弾が宙を舞って襲い掛かる。狙いをつける必要さえない、周りは三百六十度すべてが敵なのだ。
 しかし、撃てば当たるほど多い敵は、数だけ多い雑魚の群れではなかった。風の弾丸で派手にぶっ飛ばされたはずの屍人鬼は何事もなかったように起き上がり、炎を浴びせられた者も火傷を無視して牙を振りかざしてくる。
「奴ら、痛みを感じてないのか! そういうとこは本物の屍人鬼と同じかよ」
 相手が蘇った死体ではなく、操られた生身の人間ならば、ダメージを与えてやれば止まるのではという淡い期待は裏切られた。屍人鬼化した村人たちは、少々の傷などは感じないとばかりに包囲を詰めてくる。ドット、ないしラインクラスの使い手しかいない少年たちの魔法では、直接攻撃で進撃を食い止めることはできない。ならばと、ミシェルは即座に作戦を変える指示を飛ばした。
「魔法を当てて倒そうとするな! 奴らの足元を打て」
 その指示に、水精霊騎士隊は俊敏に反応した。炎、風、水に土を操る魔法が村人の屍人鬼たちの足場を吹き飛ばし、転倒した屍人鬼にさらにつまづいて転倒する様が続出し、一時的であるが屍人鬼の突進は止まった。
 貴族にあるまじき姑息な戦い方だが、いまさら文句を言う奴はいない。これは最低限のルールのある戦争とすら違う、異種の生物同士による生存競争なのだ。殺すか殺されるか、あるのはそれだけだ。
 ただ、一時的に足を止めても、それは一分にも満たない時間稼ぎに過ぎない。この包囲陣の中にいる限りは、いずれ物量で圧殺されるのは火を見るより明らかだ。ミシェルは、なんとか包囲網を突破する隙がどこかにないかと必死に探した。
 だが、その考えはエルザも見抜いていた。三階のベランダから楽しそうに見下ろしながら、冷たくささやきかけてくる。
「ああ、おねえちゃんにおにいちゃんたち? 言い忘れてたけど、もしこの庭から出て行ったら、人質の女の人たちを殺すよ」
「なっ!」
 一行は揃って愕然とした。見ると、屍人鬼にされた村人たちが人質の娘たちの首に手をかけている様が見える。
 なんて悪知恵の働く奴だ! と、一行は憤慨した。屍人鬼と化した人間の力なら、人間の細い首くらい簡単にへし折られてしまう。これでは包囲網からの脱出は無理だ。
「そうそう、それでいいのよ。せっかくの楽しいパーティを、途中で出て行くなんて許さない」
「この、悪魔め!」
「あら、ひどいなあ。あなたたち人間だって、牛や豚を殺して食べるくせに、どうして人間を食べる吸血鬼だけが悪者にされなきゃいけないの? いっしょのことをしてるだけじゃない」
 ほおを歪めながらエルザの言った言葉に、水精霊騎士隊も銃士隊も返す言葉がなかった。生まれてこの方、肉を食べたことのない人間はいない。吸血鬼と人間は、ただ食べるものが違うだけなのだ。なら、吸血鬼が人間を食うこともまた正当であってしかるべきであろう。それが自然の摂理なのだとエルザは嘲り笑う。
 だが、皆が言葉に詰まる中で、ミシェルだけが毅然として言い返した。

218ウルトラ5番目の使い魔 31話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:28:29 ID:psWPMULc
「そうか、ならお前が人間を食らうのが正当ならば、いずれお前より強い奴が現れてお前を食い殺しても、お前はそれで本望だということだな?」
「なんですって?」
「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」
「ははっ、なにかと思えば負け犬の遠吠えね」
 その瞬間、ついに魔法の防衛網を破って屍人鬼たちが攻め込んできた。腕を振り上げ、牙をむき出しにして血を吸おうと飛び掛ってくる。
 ここからは肉弾戦しかない! 銃士隊は剣をかまえ、水精霊騎士隊も杖を魔法で剣に変えて迎え撃つ。
「でやぁぁぁっ!」
 ミシェルの剣が横なぎに屍人鬼の胴を打った。強烈な一撃を受けて、屍人鬼の体が揺らいでのけぞる。だが、今の一撃はミシェルにとって不満足なものだった。
「くそっ、切れない!」
 本来なら、今の攻撃で屍人鬼を真っ二つにするつもりだったのに、斬撃は打撃同然の威力しか持たなかった。アレキサンドルの屍人鬼は切れたのだが、その後にモルフォを全滅させたときの無茶な使い方が原因で剣に焼きが回って使い物にならなくなっていた。
 ほかの銃士隊員たちも似たようなものだ。トリステインを旅立ってこの方、まともに剣を手入れする機会がなく、それぞれの剣は切れ味が相当に鈍っていたのだ。これでは剣としてではなく鈍器としてしか使い物にならない。
 ならば魔法の剣を振るうギーシュたちはどうかといえばこちらも微妙だ。いくら訓練を受けているとはいえ、剣の腕が銃士隊に遠く及ばないことと、剣を振ることに必要な腕力がそれに追いついていない。これでは、山仕事や野良仕事で鍛えた村人の体には浅い傷しかつけることはできず、半端な傷では吸血ウィルスの作用ですぐに復活してしまう。今はなんとか持ちこたえられてはいるが、これではすぐに限界に達する。
「皆、こいつらの体をいくら切っても無駄だ。頭を狙え!」
 ミシェルはとっさに作戦を切り替えた。屍人鬼の体をいくら切っても倒れはしない、だが頭をつぶしてしまえば行動を封じることはできる。ミシェルはそれを示すために、目の前に来た屍人鬼の男の頭を叩き潰そうと剣を振り上げた。だが。
「待ってぇ! アリスのおとうさんを殺さないで!」
「なにっ!?」
 アリスの叫びでミシェルの剣筋がそれた。打撃は屍人鬼の肩に当たり、屍人鬼はその衝撃で後退した。しかしまだ生きているために、また何事もなかったかのように向かってくる。その様を見て、エルザは愉快そうに笑うのだった。
「あっはははっ! おねえちゃんって、さすが騎士だけあって頭がいいんだねえ。でも、そいつらが生きたまま私に操られてるってことは忘れてたかなあ。正義の味方きどりのおねえちゃんたちに、子供の見ている前で親を殺すことが、はたしてできるのかなぁ?」
「ぐっ、くぅぅぅっ!」

219ウルトラ5番目の使い魔 31話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:30:53 ID:psWPMULc
 歯軋りするしかなかった。騎士として、軍人として、必要とあらば人を殺すことに躊躇はないし、これまでにも敵は殺してきた。しかし、子供の前で親を殺すという真似は、ミシェルのトラウマと合致していて絶対にできなかった。エルザはそこまで知っていたわけではないのだが、偶然にももっとも弱いところを突くことになったのである。
 しかし逆に、親に子供を殺させようとしているのか。アリスの父の屍人鬼はまっすぐにアリスを目指している。そのあまりの非道なやり口に、たまらずティファニアは叫んだ。
「やめてエルザ! あなたも両親を目の前で殺されたんでしょう。なのになんでこんなことをするの!」
「あっはっはっ! わかってないなあおねえちゃんは。自分がやられて悔しかったからこそ、他人にやってやりたいと思うんじゃないの」
 エルザは残忍に笑い、ティファニアは悔しさのあまりに顔を伏せた。
 包囲網から抜け出すことはできず、かといって屍人鬼を倒すこともできない。打開策はことごとくエルザにつぶされて、もはや一行が全滅するのも時間の問題かと思われた。
 そう、時間の問題……少なくともエルザはそう思った。しかし、エルザはすぐに、この人間たちがそんなに物分りのいい連中ではないということを知ることになったのだ。
「水精霊騎士隊、全員気張れ! 女王陛下の御為に! それにこんなところでへばったら、サイトとルイズに笑われるぞ。ぼくらは最後まで、かっこよくありつづけようじゃないか!」
 ギーシュの激に少年たちは奮い立ち、銃士隊も子供なんかには負けていられないと力を振り絞る。その後ろからモンモランシーが治癒魔法をかけ、ルクシャナが精霊魔法で全周囲を援護する。それでなんとかギリギリの線で持ちこたえられていて、彼らのその予想外の粘りに、さしものエルザも感心したように言った。
「へーっ、思ったよりやるんだね。そういえばモルフォをやったときも、けっこうしぶとかったし……ねえ、青い髪のおねえちゃん? さっき私にさんざん聞いたんだから答えてよ。沼地でモルフォに襲われたとき、おねえちゃんの目は死んでるみたいに暗かった。なのに、今はまるで別人みたいに元気じゃない? いったい何があったの」
「わたしには、守らなければならないものがある。それを、思い出しただけだよ」
「ふーん、それって何なの?」
 エルザが顔をにやけさせながら尋ねると、ミシェルは屍人鬼の攻撃をさばきながら、一瞬だけ目を閉じた。そしてそっと振り返ると、自分のすぐ後ろでじっと怖さに耐えているアリスを見守ってから答えた。
「わたしが愛した人が守ろうとした、この世界の未来だ!」
「くふふふはははは! なぁんだ、おねえちゃんって未亡人だったの。よっぽど、そのオスとつがいになりたかったんだねぇ。でも大丈夫、世界はこの私がちゃーんといただいてあげるから、安心してね」
 この下種な物言いと冷酷さこそが、エルザが見た目どおりの精神の持ち主ではないことと、人間を徹底的に蔑視している証であった。しかしミシェルは怒るでもなく、むしろ哀れみを含んだ眼差しをエルザに向けるのだった。
「世界、か。吸血鬼よ、お前はこのハルケギニアに吸血王国を築くつもりだと言ったな。だがそれで、終わると思っているのか?」
「……なにが言いたいの?」
「世界は広い、ハルケギニアの東に広がるサハラ、そして東方、その先も果てしない。ハルケギニアなど、世界からしてみれば、猫の額のような狭い土地だ。お前はそんなちっぽけな世界の女王になれて、それで満足か?」
「フン、何を。ハルケギニアの外なんて知らないわ。私はハルケギニアだけでじゅうぶんよ」

220ウルトラ5番目の使い魔 31話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:33:55 ID:psWPMULc
「お前、何も知らないんだな。世界は広い、そこには人間どころかエルフすら及ばないほど強大な力を持ったものがいくらでもいる。お前はそんな奴らと、永遠に戦い続けることになってもいいというんだな?」
「うっ……」
 初めてエルザに動揺の色が見えた。エルザがいくら長い歳月を経た強力な吸血鬼といっても、その知識はハルケギニアの中だけにとどまっている。
「それに、ハルケギニアの中に置いても実力者はまだまだ数多い。なにより、お前も知っているだろう? たった一日でトリステインの都を壊滅させたヤプールという悪魔のことを。そしてお前に力を与えたというロマリアも、用がすめばお前を処分できるからこそ力を与えたとは思わないのか? お前はそんな人知を超えた悪魔たちと、死ぬまでひとりで戦っていけると思っているのか!」
「ぐっ、くぅぅぅっ! だっ、黙れぇ! 数は力、数こそが最強よ。千の屍人鬼で足りなければ万の屍人鬼を、それでも足りなければ十万、百万の軍勢を私は作り上げる。この圧倒的な力に勝てるものなんていないわ」
 エルザは怒鳴り返したが、その声は明らかに震えていた。気づかされたからだ。強大な力を手に入れて舞い上がっていたが、もし自分よりも強い敵が現れたときには、自分を助けてくれるものなどどこにもいないということに。
 挫折感と屈辱で、怒りにエルザは肩を震わせた。だがそこへ、ティファニアが弱弱しい声で語りかけてきた。
「エルザ、もうやめましょう。こんなことをしたって、あなたは幸せになんてなれない。今ならまだやりなおせるわ」
「ちぃっ、まだ減らず口を叩く余裕があったの。私の半分も生きていないくせに、生意気なのよ」
「聞いて、あなたは強いものが弱いものを支配するのが自然の摂理というけど、自然の動物たちだって助け合いながら生きてる。この世界には、翼人と人間が助け合って生きている村もあるわ。なにより、ハーフエルフであるわたしが、人間とエルフが共に生きれるという証よ。強さは、それだけがすべてじゃない」
「だから何? だから人間と吸血鬼も仲良くすべきだと言うの? あいにくだけど、人間は私にとって食べ物なの。人間だって肉を食べるでしょう? 吸血鬼には飢えて死ねと言うの?」
 いらだったエルザは、ティファニアの首に手をかけて締め上げようとしてきた。しかしティファニアは屈さずにエルザに呼びかけ続けた。
「それは、あなたの言うとおり……わたしも、牛や豚のお肉を食べる。生き物はみんなそう。でも、動物は自分が生きるためを超える獲物を狩ったりはしない。エルザ、あなたがやってることは楽しみのためだけに動物を狩る人間や、食べきれもしないごちそうをゴミにする人間と同じ」
「黙れ、黙りなさい……」
「エルザ、あなたは吸血鬼は生きるために人間を狩らなければいけないと言うけど、それはただの言い訳じゃないの? あなたは家族を亡くした恨みを晴らそうとしているうちに、血を吸う楽しみのほうに取り付かれてしまったんじゃないの? 人間を憎むうちに、人間と同じことをやっても許されると自分を甘やかしてきただけじゃないの? 人間の醜いところを真似るのが、あなたの言う高貴な種族の正体なの!?」
「だぁまぁれぇぇぇ!!」
 怒りのままに、エルザはティファニアを床に叩き付けた。頭と体を強く打ち、ティファニアの意識が一瞬遠くなる。
 だが、ティファニアは気合を振り絞って意識を保ち、エルザの顔を睨み上げた。その決して揺らぐことのない強い視線に睨まれて、エルザの心にこれ以上ない屈辱感が燃え上がった。
「いいわ、もういい。あなたたちと話していると頭がおかしくなりそう。もう遊びは終わりだよ。一思いにみんな切り刻んで、残りの村の女の人たちも全員食い尽くす。それで私はこの忌々しい村からおさらばしてあげるわ」
 ついに我慢の限界に来たエルザは、手加減抜きでの虐殺命令を下した。すると、三百体の屍人鬼が圧力を増して突撃してくる。剣で抑えようとすれば剣を噛み砕きかねない勢いで迫り、魔法もまるでものともしない。
 そしてエルザはティファニアの首を掴んで持ち上げると、ベランダのふちに頭を押し付けて言い放った。

221ウルトラ5番目の使い魔 31話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:36:32 ID:psWPMULc
「ほら見なさい。ここから、おねえちゃんのお友達が血の池に変わっていくのを見せてあげる。後悔しなさい、お前たちが余計なことをペラペラとしゃべらなければ、まだ痛くない死に方ができたのにね!」
「やめてエルザ……これ以上暴力に身を任せたら、本当に戻れなくなってしまうわ」
「この期に及んでまだ人の心配? なめるのもいい加減にしてよね。私がか弱そうな幼子に見えるからそんなこと言うんでしょ? もし私がオーク鬼みたいに醜かったら、すぐ殺そうとするわよねえ。そうでしょう!」
 エルザは苛立ちに任せてティファニアを責め立てる。しかしティファニアの瞳の光は少しもぶれてはいなかった。
「違うわ。あなたは、わたしと同じ……わたしもあなたも、家族を人間に奪われて、人間から忌み嫌われる種族の血を受けて生まれてきた子。なら、わたしにできたことがあなたにできないはずはないわ」
「くぅっ、混ざり物が偉そうに……」
「だからこそよ! 人間も翼人もエルフも、命の価値に差なんかない。遠くない未来に、種族に関わらずにみんなが手を取り合う世の中がきっと来る! 吸血鬼だけが、闇に隠れて生き続けられるわけはないわ」
「黙れぇぇ!」
 必死に説得を続けるティファニアの言葉も届かず、エルザはティファニアを平手打ちした。だがそれでもティファニアの眼光は緩まず、ついにエルザは終局を彼女に向けて宣告した。
「あっはっは! 見なさいよ。おねえちゃんのお友達が、とうとう屍人鬼たちに捕まっちゃったねぇ。さあ、一番に食い殺されるのは誰かなぁ? そうだ、お友達の首をもぎとっておねえちゃんの前に並べてあげるよ。そうしたらおねえちゃんもわかるはずよ、どんなに饒舌にしゃべろうとも、力がなければ何もできないんだってねぇ!」
 エルザの言うとおり、銃士隊、水精霊騎士隊もすでに屍人鬼の群れに圧倒されて捕らえられてしまっていた。剣を奪われ、魔法を封じられて、誰にももはやなす術はない。みんな必死にもがいているが、もう何秒も持たないだろう。
「アリス、アリス! くそっ、貴様らやめろぉーっ!」
「やめて! やめてぇーっ!」
 ミシェルの首を狙う屍人鬼に飛びついて、アリスの悲鳴がこだまする。そのアリスにも多数の屍人鬼の牙が迫ってきていて、アリスの小さい体など血を吸われるどころか食いちぎられてバラバラにされてしまう。
「アリス、アリスーっ!」
 戦いを見守るしかできない村の娘たちも、涙を流しながら絶叫するが、その声はかつての肉親や友人には届かない。
 もう誰にも戦う力は残っておらず、虐殺の宴は数秒後に迫る。
 そしてエルザは、ティファニアの目の前に気を失ったメイナを連れてきて、その首筋に牙をあてがった。

222ウルトラ5番目の使い魔 31話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:42:45 ID:psWPMULc
「エルザ、なにをするの!」
「くふふ、これは罰だよ、おねえちゃん? 少しもったいないけど、あなたの見てる前でメイナおねえちゃんを殺してあげる。そしてたっぷり後悔して泣き喚いて! 自分には何も守れなかったと、血の海の中でね!」
 エルザの牙がメイナの喉元に迫る……その光景を、ティファニアは手足の自由を奪われて、無力感という鉛の空気に包まれながら見ていた。
 
 
”みんな、みんな殺されてしまう。わたしのせいだ、わたしが、エルザを怒らせてしまったから”
 
”結局、わたしはエルザの言うとおり、なにも変えることができなかった。わたしの言葉はエルザの心に届かなかった”

”わたしのやったことは間違っていたの? 心だけでは、言葉だけでは誰も助けることはできないの?”
 
”力がすべて、エルザはそう言った。けど、それが間違いだということはわたしは知っている。なら、心だけでも、力だけでも駄目なら?”

”教えて、お母さん……力と心、力と……ふたつで駄目なら、もうひとつ……? それは何? 教えて、わたしはみんなを助けたい”
 
”わたしたちがこれまで積み上げてきたものを、無にしたくなんかない! そのためなら、わたしはなんだってやるわ。だって、なんの力もないわたしには、みんなが教えてくれた、最後まであきらめない、この……”

”勇気ならあるから!”
 
 
 そのとき、奇跡が起こった。
 すべてが黒と赤に染められようとしたその瞬間、突如白い光が空間を満たした。
 
「グワァァァッ! 眩しいっ、なっなにがぁ!?」
 
 光をまともに受けてしまったエルザは、光を嫌う吸血鬼の本性のままに目を焼かれて、メイナを離して苦しんだ。

223ウルトラ5番目の使い魔 31話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:45:08 ID:psWPMULc
 それだけではない、光はそのまばゆさのままに村を照らし出し、光を浴びた屍人鬼と化した村人たちもまた、主人と同様に次々に倒れていったのだ。
「こ、これはいったい、どういうことだい?」
「この光は、まるで太陽だ……はっ! アリス、無事か」
「う、うん、大丈夫……この光、すごくきれい……お月様みたい」
 ギーシュも、ミシェルも、アリスも、食い殺される寸前の出来事だっただけに、わけもわからずに目を白黒させるしかなかった。
 しかし、屍人鬼たちを倒し、皆を救ってくれたこの光、この光がとても善いものなのはわかる。太陽のように暖かくて、月のように優しくて……そして、彼らは、この光を自分たちが見たことがあることに気がついた。
「思い出したわ、あれもこんなふうに空が闇に閉ざされたとき……テファが、彼女が奇跡を呼んだ」
 モンモランシーがつぶやくと、ルクシャナも微笑みながらうなづいた。
「ええ、闇に苦しめられてた精霊たちが喜んでる。テファ、またやったのね」
 光は満ち溢れて、吸血鬼の巣食う闇の世界は切り裂かれた。皆の顔に笑顔と希望が蘇って輝く。
 
 そして、光の根源。それはティファニアの胸元から放たれていた。
「この、光……もしかして」
 いつの間にか腕を縛っていたロープも解かれ、ティファニアは服の中から光の根源を取り出した。
「サハラでもらった、エルフの輝石……」
 そう、あの輝石がまばゆく輝き、この奇跡の光を生んでいた。
 光は明るく強く、しかし少しも眩しくはない。そしてティファニアも思い出した。アディールでのあの奇跡のことを。
 
 だが、心正しき者に対しては優しい光も、邪悪な吸血鬼に対しては激しく熱かった。
「ぎゃあああっ! 熱いっ、痛いぃぃっ! お前なにをしたあ。やめろ、その光をやめろぉぉっ!」
 エルザは全身から青い炎を吹き出して、もだえ苦しんだ。吸血鬼は光を恐れる、しかし、こんな熱くて強い光はこれまで見たことはなかった。
「イダイ、ガラダガァァァ! ヤゲルゥゥゥ! アァァァァーッ!」
 青い炎に焼かれながら、エルザはベランダの柵を乗り越えて、真っ逆さまに転落していった。

224ウルトラ5番目の使い魔 31話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:46:25 ID:psWPMULc
「エルザ!」
 転落していったエルザを追って、ティファニアはベランダの柵に飛びついた。
 しかし、そこにエルザの姿はなかった。それどころか、噴煙のように黒い煙が吹き上がり、その中からコウモリが亜人化したかのような巨大な怪獣が姿を現したのだ。
 
「うわぁぁっ! 怪獣だぁ! きゅ、吸血コウモリの怪獣だ」
 現れた怪獣を見上げてギーシュが叫んだ。さらに、ミシェルも戦慄を隠せずにつぶやく。
「あれが、あの吸血鬼の正体か」
 そう、これこそ吸血魔獣キュラノス。エルザたち吸血一族の血の中に隠れて、数千年のあいだ眠り続けていた美しき夜の種族の守護神。それが、色濃く先祖の血を受け継いだエルザの肉体を経て、ついに蘇ったのだ。
 キュラノスに変身したエルザはティファニアを見下ろして、その牙だらけの口から聞き苦しい声を放ってきた。
「おねえちゃん、よくもやってくれたねえ。痛い、痛いよ。もう、ロマリアもなにもかもどうでもいい! この力で、ハルケギニアもなにもかも破壊しつくしてやる。まずは、お前からだぁぁっ!」
 怒りにまかせて、キュラノスの翼と一体化した腕がティファニアに迫る。だがティファニアは不思議と、とても落ち着いた心地で居た。
「エルザ、あなたはわたしが歩むかもしれなかった、もう一人のわたし。だからわたしは逃げない、最後まであなたと向き合ってあげる」
 強い決意と揺るがぬ意思を瞳に宿らせ、勇気を胸にしてティファニアはキュラノスを見上げる。そして、その手にはいつの間にか輝石に代わって、スティック状の光のアイテム、『コスモプラック』が握られていた。
「わたしは世界を、みんなを、そしてエルザも救いたい! だから力を貸して、コスモース!」
 コスモプラックを天に掲げ、ティファニアは叫ぶ。その瞬間、コスモプラックの先端が花のように開き、まばゆい光が溢れ出した。
 光はティファニアを包み込み、さらに天空から暗雲を切り裂いて流星のような光が落ちてくる。
 そして、ふたつの光が一つとなったとき、再び青き光の巨人が、このハルケギニアの地へと降り立ったのだ。
 
 
 続く

225ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:58:37 ID:psWPMULc
以上です。サビエラ村編第4回、お楽しみいただけたでしょうか。
前回まではミシェル、そして今回はティファニアにスポットを当ててお送りしました。
エルザは様々なssに登場して、その扱いも様々な人気キャラですが、今作ではこういった形になった理由がおわかりいただけたでしょうか。
エルザは種族は違うとはいえ、殺しを楽しんでいる残忍な性格ですが、境遇には同情すべきところもあります。しかし、レオが暴れまわるロンに対して厳しくいさめたように、どんなに同情すべき理由があってもやっていいことと悪いことはあるのです。
ミシェルやティファニアがこのエピソードで中核となってくるのも、エルザとは境遇が似ているからで、それぞれの人生の対比として見ていただければ幸いです。
そしてクライマックスでは、吸血魔獣キュラノスが登場! 対するのは、あの……

さて、いよいよ次回はサビエラ村編もラストです。ミシェル、ティファニア、アリス、そしてエルザがつむぎだす物語が最後にどこに流れ着くのか、お楽しみに。

ちなみに何の関係もありませんが、コウモリ型怪獣ではギャオス(昭和)が一番好きです。

226名無しさん:2015/08/23(日) 21:06:14 ID:WW91fd1k

個人的にはエルザには生き残ってほしいです

227名無しさん:2015/08/23(日) 23:22:46 ID:1/.tCMDg
やったー! ついに来たあああああああああああああ!!

228ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:15:20 ID:YRzYDd3U
皆さんこんばんわ。またお待たせしてしまってすみません、ウルトラ5番目の使い魔32話投下準備できましたので始めます。

229ウルトラ5番目の使い魔 32話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:26:01 ID:YRzYDd3U
 第32話
 君の名は勇者
 
 吸血魔獣 キュラノス 登場!
 
 
「わたし、ずっとあなたに会いたかった。また……来てくれたんですね。ウルトラマンコスモス」
「それは違う……私を呼んだのは、ティファニア、君だ。君のどんなときでもあきらめない勇気が、輝石を通して私を再び導いてくれたのだ」
 光の中での再会。それは運命でも偶然でもなく、未来を信じる強い心が呼んだ奇跡であった。
 そう、奇跡はあきらめない人間のところにしか降りてこない。しかし、心を強く持ち、どんな困難にも立ち向かう勇気があれば、新たな奇跡を呼び寄せることもできるのだ。
 ただし、奇跡はただ起こすだけではいけない。奇跡を糧にして、なにかをやりとげることが大事なのだ。ティファニアはコスモスの作り出した精神世界の中で、心からの願いを込めてコスモスに訴えた。
「お願いコスモス、力を貸して。わたしは守りたい! わたしの友達を、みんなが生きるこの世界を、みんなといっしょに! そのための力が、わたしは欲しいの!」
「しかしティファニア、君が戦いに身を投じるということは、君を戦いに巻き込むまいとしていた君の仲間たちの思いを裏切ることになる。その、覚悟はあるのかい?」
「それでもいい! わたしだけ安全なところにいても、言葉も思いも届かないもの。それにエルザ、わたしもマチルダ姉さんや子供たちがいなければ彼女のようになっていたかもしれない。だからわたしは伝えたい。どんなに悲しくても、人を信じる勇気があれば世界は明るくなるということを! わたしは、人の心に勇気を伝えられる、そんな”勇者”になりたい!」
 ティファニアの叫びは、この時の彼女の精一杯の願いと覚悟を込めてコスモスに届いた。そしてコスモスは静かにうなづき、ティファニアとコスモスのふたつの光がひとつとなる。
 
 
 闇に包まれたサビエラ村。そこに立ち昇った光の柱が村全体を照らし出し、その光を目の当たりにした者たちは顔を輝かせた。なぜなら、彼らは見たことがあったからだ、この優しくも力強い光を。
 そして、光の中から現れる、青い体の巨人の姿。その勇姿を目の当たりにしたとき、疲れ果てていたはずの彼らは一様に元気に満ち満ちた声で、彼の名を叫んだ。
 
「ウルトラマン、コスモス!」
 
 そうだ、彼こそはウルトラマンコスモス。かつてアディールでのヤプールの超獣軍団との戦いの時に現れ、エースとともにEXゴモラを倒した、エルフの伝説に伝わっているウルトラマンだ。アディールでの戦い以来、姿を現すことはなく、もしかしたらこの世界を去ったのかもと思われていたが、ついに彼が帰って来てくれたのだ。

230ウルトラ5番目の使い魔 32話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:29:13 ID:YRzYDd3U
 コスモスは見とれている水精霊騎士隊や銃士隊の前にひざを付くと、手を下ろして一行の前にひとりの少女を横たえた。それは、エルザによって昏倒させられていたメイナで、一行は見知らぬ少女に困惑したが、彼女が瀕死なことに気が付くとすぐにモンモランシーが治癒の魔法をかけていった。
 それだけではなく、屋敷の中に閉じ込められていた村の娘たちも、屍人鬼たちが全員倒れたことで屋敷から飛び出して駆け寄ってきた。
「アリス! アリス、無事でよかったぁっ。どこもケガしてない? 痛くない?」
「うん、リーシャちゃん。大丈夫だよ、みんなも無事でよかったけど、怖かったぁぁっ!」
「メイナ! メイナしっかりして! ああ、あなたが屍人鬼たちに無理矢理連れて行かれて、もう駄目だと思ってた。貴族様、どうかメイナを助けてください」
「うるっさいわね、気が散るから黙ってなさい。これだけ体の中の水を失った人を治すのは骨なのよ……心配いらないわ、わたしたちがあきらめない限り、未来も決してわたしたちを裏切らない。ほら、見てみなさい。アリスが必死につむいだ希望がめぐりめぐって、これから吸血鬼のバケモノをやっつけるところをね!」
 モンモランシーが叫ぶと、一行と村の娘たちは一様に視線を上げた。そこには、佇むコスモスと、コスモスへと威嚇するようにうなり声をあげるコウモリ型の怪獣キュラノスの姿がある。
 両者の激突はもはや不可避。このとき誰もがそう思ったに違いない。
 
 だが、睨み合い、一触即発かと見えたコスモスとキュラノスの間には、声なき声での対話が交わされていたのだ。
 
〔ウフフ、ティファニアおねえちゃぁん。とうとうおねえちゃんもそんな姿になって、ようやく私を殺したくなったみたいだねえ。いいよ、どっちが強いか、存分に殺し合おうよ〕
〔エルザ、それは違うわ。わたしは、あなたと対等になって話したかっただけ。ウルトラマンコスモスは、わたしに戦う力をくれたんじゃない。わたしが望んだのは、みんなを守るための力。そして同時に、エルザ、あなたも救いたい。もう、暴力に身を任せるのはやめて、光を恐れるのではなくて、あなた自身の中にある光を信じて!〕
 テレパシーで、キュラノスの中にいるエルザと、コスモスの中にいるティファニアは言葉をぶつけあった。
 しかし、エルザの変身したキュラノスは、きれいごとはもうたくさんだと言わんばかりにうなり声をあげ、地響きを立ててコスモスに向かってきた。対してコスモスも片手の手のひらを相手に向け、アディールのときと同じように迎え撃つ。
「セアァッ!」
 鋭い爪の攻撃を手刀で受け止め、すかさずコスモスは両手のひらを使ってキュラノスを押し返す。しかしキュラノスは巨体に反して意外に素早い動きで再度コスモスを狙ってくる。
 しかし、単に力任せの攻撃であるのならば見切るのは容易だ。今のコスモスはティファニアと同化してはいるが、格闘の経験など皆無のティファニアのために、コスモスが直接戦っている。キュラノスの攻撃の先を読み、右に左に攻撃をさばいていく。
「シゥワァッ!」

231ウルトラ5番目の使い魔 32話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:37:45 ID:YRzYDd3U
 コスモスは、相手を押し返すだけの加減した蹴り『ルナ・キック』でキュラノスとの距離をとり、次いで仕掛けてきたキュラノスの攻撃の勢いを利用して、キュラノスの翼を掴むと、投げ技『ルナ・ホイッパー』で一本背負いのようにして投げ飛ばした。
 きりもみして宙を舞い、背中から地面に叩きつけられるキュラノス。しかし、キュラノスは紅い目をさらに血のように輝かせ、腹いせのように手近にあった家を踏み壊しながら起き上がってくる。
 さすがしぶとい。だが、奴も無闇に突っ込んでも無駄だということは理解したようで、村の段々畑を踏み荒らしながら機会をうかがっている。
〔クフフ、おねえちゃん、そいつ強いねぇ。でも、私も少しずつこの体に慣れてきたんだよ。たとえば、まずはこれを受けてみてよ!〕
 エルザがそう言ったとたん、キュラノスはコウモリのような巨大な翼を羽ばたかせて猛烈な突風を浴びせてきた。たちまち村の家々の屋根が吹っ飛び、荷車が宙に舞い、木々がへし折れる。
 村は一瞬にして、キュラノスが作り出した人工的な台風に呑まれたように暴風に遊ばれる。コスモスは足を踏ん張って耐えているが、人間たちはそうはいかない。ミシェルやギーシュたちは慌てて全員を地面に伏せさせて、ひたすら暴風から身を守った。
「くぅっ! なんて風だ」
「うわぁぁぁーっ! 飛ばされるぅーっ」
「ギーシュ! どさくさに紛れてひっつかないでよ!」
 体を起こしたとたんに木の葉のように飛ばされそうな突風に、一行は懸命に耐えた。見ると、村の娘たちも伏せながら必死に草を掴んで震えており、倒れていた屍人鬼たちが紙くずのように転がっていく。さらに、村長の家も引き裂くような音とともに屋根が飛ばされたのを皮切りに三階が吹っ飛ばされて、もしあそこに人が残っていたらと思うとぞっとさせられた。
 このままだと村が全滅してしまう。そう感じたティファニアは、コスモスに願った。
「セアァッ!」
 コスモスは、キュラノスの羽ばたきで一瞬風が弱まる瞬間を狙ってジャンプした。宙を舞い、キュラノスの頭上を飛び越えて反対側に着地する。キュラノスも、背後に跳んだコスモスを追って羽ばたきをやめて振り返る。
 今だ、今ならキュラノスの注意は完全にこちらに向いている。コスモスは真っ直ぐにキュラノスを見据えると、光のエネルギーを集めて両手を斜めに上げ、光の粒子を右手のひらから解き放った。
 
『フルムーンレクト』
 
 輝く光の粒がキュラノスの全身に浴びせられ、キュラノスの動きが止まった。

232ウルトラ5番目の使い魔 32話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:45:15 ID:YRzYDd3U
 沈静と抑制の作用を持ち、荒ぶる心を静めるコスモス・ルナモードを象徴する慈愛の光線。過去に多くの怪獣たちの命を救い、アディールでの戦いでも暴走するゴモラを静めたこの光が、エルザの心も落ち着かせてくれるとティファニアは信じた。
 だが。
〔クアハッハハァ! なにかなぁ今のは? そんなまやかしが、私に効くとでも思ったぁ?〕
 なんとキュラノスは沈静する気配もなく、牙の奥から聞き苦しい声をあげながら笑っているではないか。
「フルムーンレクトが効かない!?」
 戦いを見守っているギーシュたちから愕然とした声が漏れた。なぜだ? あの荒れ狂っていたゴモラも静めたコスモスの力がなぜ通じない?
 だが焦っている暇もなく、キュラノスはコスモスへと攻撃をかけてくる。爪だけでなく、翼が鞭のようにしなってコスモスを襲い、また奴はコウモリばりの身軽さを活かして、巨体に似合わないキック攻撃もかけてくる。エルザが、キュラノスの体に慣れ始めているというのは本当のようだ。
 コスモスはキュラノスの攻撃をさばき、隙を見ては押し返す。が、コスモスはキュラノスを倒すのが目的ではない。戦いをコスモスに任せつつ、ティファニアは必死でエルザに向かって呼びかけた。
〔エルザ待って! わたしの話を聞いて〕
 しかしティファニアの必死の呼びかけにも、キュラノスからはエルザの声は返ってこない。
 なぜなの! ティファニアは、自分の声が届いていないかと焦ったが、そこにコスモスが忠告してくれた。
〔今は呼びかけても無理だ。彼女は、自分の手に入れた力に完全に呑まれてしまっている。このままでは、君の声も彼女には届かない〕
〔そんな、それじゃどうすればいいの!〕
〔彼女が、自分自身だけが絶対だと思い込んでいるうちは、私の力も及ばないし、誰の言葉にも耳を貸さないだろう……自分が全てと、思い込んでいるうちは〕
 それ以上は、ティファニアにも言われなくてもわかった。彼女にも、だだを捏ねて言うことを聞かない子供を躾けるにはどうしなければならないかはわかっている。
 手を上げることは好まない……だけども、その相手を放置する限り、他者に被害を出し続けるのだとしたら、誰かがそれを止めなければならない。そうしなければ、何よりもその相手が救われない。暖かい言葉だけでは誰も救われない。傷つくことも、傷つけられることも恐れては、結局なにも守れはしない。
 ティファニアはコスモスの言葉を受けて、決断した。
〔コスモス、エルザを止めよう。わたしも、戦う!〕
 自分はこのために力を求めた、エルザと最後まで向き合って救うために。そのために、絶対に後ろに下がらない!
 コスモスはティファニアの意志を受け取ると、キュラノスとの間合いをとった。そして、気合を込めて右手を高く掲げる。
 
 刹那、コスモスの体を赤い炎のような光がまとった。さらに、燃え上がる恒星のコロナリングのような真紅の輪が無数にコスモスを中心に光り輝く。

233ウルトラ5番目の使い魔 32話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:46:34 ID:YRzYDd3U
 なんという熱く明るい光だ。世界は闇に包まれているというのに、まるでサビエラ村だけが真昼になったようだと誰もが思った。
 人々の見守る前で、コスモスの体が光の中で青から赤へと変わっていく。頭部も鋭角になり、戦いの力をつかさどるサニースポットが現れた。そして、光が完全に消えたとき、コスモスは優しさのルナモードから、強さをつかさどる第二の姿へとチェンジしたのだ。
 
『ウルトラマンコスモス・コロナモード』
 
 その身に燃え盛る炎のような真紅をまとわせ、戦うために拳を握り締めてコスモスは構えた。
「ハアッ!」
 勇ましさをかね揃え、戦いに望もうとするコスモスの精悍な姿に、ギーシュやミシェルたちは、あのアディールでの激闘の記憶を蘇らせた。ヤプールの超獣軍団とも戦えたコスモスなら、あの吸血怪獣も倒してくれるに違いない。頼むぞ、ウルトラマンコスモス!
 人々の声援を背に浴びるコスモス。対してエルザは、キュラノスはどこまでも孤独だ。しかし、ただひとりだけエルザを救おうとしている者の意志があったからこそ、コスモスはここに来た。
 皆の期待を背負って、コスモスは新たな戦いに望もうとしていた。その視線と拳の先にあるものは当然キュラノス。しかし、エルザは吸血鬼がもっとも忌み嫌うものを模したコスモスの姿に、果てしない憎悪を込めて叫んだ。
〔グゥゥゥ、太陽、太陽、太陽ォォォ! どこまでも、どこまでも私を愚弄する気なんだねぇ! いいよ、そいつもろともギタギタに切り刻んでやるぅぅぅ!〕
 怒りと憎しみのあまり、吼え猛るキュラノスの牙の間から唾液が飛び散る。すでにエルザは力に酔うがために、心もキュラノスと同化し始めていた。
 過ぎた力は人を狂わせる。宇宙のどこでも、そうして自ら破滅していった生命体は数知れない。ティファニアは、正気を失ってひたすらに力のみを求めるエルザに、彼女の精神の未熟さを感じた。
〔あなたは確かにわたしよりも長く生きてきた。けど、誰とも深く関わらなかったから、自分勝手さだけを育ててきてしまったのね。誰にも、大人になる方法を教えてもらえなかったから、自分しか信じれるものがなかったのね。エルザ、終わらせましょう。どんなに長生きしたって、それじゃずっとあなたは乾き続けるだけだよ。あなたが力という闇に引きこもり続けるなら、わたしはその闇を壊して光を届けてみせる!〕
 ティファニアも決意し、戦闘態勢をとったコスモスとキュラノスはついに激突した。
 地響きをあげて村の芝生を踏み荒らし、砂煙をあげながら両者はぶつかり合う。
「フゥン! デヤァァァッ!」
 一瞬の硬直、しかしコスモスは自分よりも体格で勝るキュラノスと組み合ったままで押し返していく。
 すごいパワーだ。さらにコスモスは容赦せず、村人たちから十分に距離をとったのを確認すると反撃に打って出た。
「ハアッ!」
 気合を込めた声とともに、コスモスのコロナ・キックがキュラノスの胴体を打ってよろめかせる。さらに、下から突き上げたコロナ・パンチがキュラノスの頭を叩くことで、キュラノスの思考を一瞬停止させた。

234ウルトラ5番目の使い魔 32話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:48:53 ID:YRzYDd3U
”こいつ! さっきまでの青い奴とはまるで違う!?”
 たった二発だけなのに、キュラノスは受けた攻撃の重さからコロナモードに変わったコスモスの強さを見誤っていたことを悟った。
 が、その動揺した一瞬の隙をコスモスは見逃さない。キュラノスの腕を掴むと、そのままひねるようにして投げ飛ばしたのだ。
「トアァァッ!」
 腕を軸に縦に一回転させられ、キュラノスは平行の感覚を奪われたまま地面に叩きつけられた。
 投げ技は格闘技の中でも強力なひとつだ。普通の打撃には動じない頑丈な奴でも、投げ技は相手の体そのものが武器となる上に、衝撃が体内に響き渡るために無事ではいられない。
 その強烈な一撃に、キュラノスの視界が一瞬白く染められる。だがキュラノスは、地に投げ出されながらも、仰ぎ見た空が自分のもっとも愛する色に染められているのを見ると、執念深く起き上がってきた。
〔グウゥゥ、夜、ヨル、闇、ヤミ。この暗く閉ざされた世界こそ、私たちの故郷、私たちの楽園、太陽なんてイラナイ! 全部黒く染めてやるゥ!〕
 闇への執着と太陽への憎しみを込めて、起き上がってきたキュラノスは大きく翼を広げた。
 また突風攻撃を仕掛けてくるつもりか? だがコスモスは素早く反応すると、投げつけるようにして指先から矢尻型の光弾を発射した。
『ハンドドラフト!』
 右手、左手と交互に発射された光弾は、キュラノスが突風を起こすよりも早く左の翼、次いで右の翼に命中して火花をあげた。自慢の翼を傷つけられて苦悶の声をあげるキュラノス。だが、キュラノスの翼は痛みは覚えはしたもののダメージは少なく耐え、それならばとジャンプして空中から翼で滑空してコスモスに迫ってきた。
「ショワッ!」
 間一髪、コスモスはバック転して空中からの突進をかわした。だがかわされたキュラノスの、その余った風圧だけで小屋が飛び、翼がかすっただけで家が吹っ飛んだ。
 なんて奴だ、あんなのに体当たりされたらコスモスもただじゃすまないぞと、ギーシュがその威力の高さに驚いて叫んだ。実際、空中からの攻撃はかなり有効な攻撃手段であり、キュラノスと同じく吸血怪獣であるこうもり怪獣バットンも、翼で空中を自在に飛びまわってウルトラマンレオを翻弄している。翼は単なる飛行するための道具ではなく、様々に応用が利く強力な武器であり、それを羽ばたかせることのできる筋力を持つ怪獣が弱いはずはない道理だ。
 もちろんコスモスも空中戦はできる。しかしコスモスはうかつに動き回れば村に被害が出てしまうので持ち前のフットワークを十分に活かすことができない。
〔アハハハ! 飛べるっていいねえ、誰かを見下ろすっていいねえ。受けてみてよ、私の熱いベーゼをさぁ!〕
 急降下で突撃してくるキュラノス。その攻撃がついにコスモスを捉えた。
「ノゥオオッ!」
 強烈な蹴りを受けてコスモスは地面に投げ出された。そこへキュラノスは馬乗りになって、今度は逃がさないとばかりに乱打を加えてくる。キュラノスの体重は四万六千トン、コスモスにとって決して跳ね飛ばせない重さではないが、狂ったように殴りかけてくるキュラノスの攻撃にさらされては思うようにいかない。
 まるでエルザの憎悪がそのまま噴出しているかのようだ。さらにキュラノスは巨大なかぎ爪状になっている手でコスモスの頭をわしづかみにして起き上がらせると、鋭い牙の生えた口を大きく開いてコスモスの肩に噛み付いてきた。

235ウルトラ5番目の使い魔 32話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:49:52 ID:YRzYDd3U
「フゥオオッ!」
 キュラノスの牙はコスモスの肩に食い込み、逃れようとしてもキュラノスはがっちりとコスモスの体を捕らえていて離れることができない。
 まさに、吸血鬼そのものの様相に、それを見ていた人間たちは一様に寒気を覚えた。しかし、単に噛み付くだけの攻撃ならば見た目が怖いだけだが、相手は吸血鬼だ、それで済むわけがない。苦しむコスモスと連動するように、カラータイマーが点滅を始めたのだ。
「血の代わりにエネルギーを吸ってるぞ」
 銃士隊員のひとりが戦慄してつぶやいた。
 まさに吸血怪獣の本領発揮。さらにキュラノスは十分にエネルギーを吸ったと判断したのか、コスモスを離すと、赤い目を輝かせてリング状の光線をコスモスに浴びせた。するとなんと、コスモスが酔っ払っているかのようにフラフラとよろめきだし、キュラノスが翼を振るに吊られるように右に左にと動かされているではないか。
「あいつ、屍人鬼のようにウルトラマンも操る気か!」
 まさにそのとおりだった。キュラノスはその牙で噛んだ相手を目から放つ催眠光線で操る能力を持ち、その力で持ってコスモスにとどめを刺そうとしていたのだ。
 いけない! いくらウルトラマンが強くても、自滅させられたのではたまらない。そう思ったとき、銃士隊や水精霊騎士隊の皆の口は考えるよりも早くその言葉をつむいでいた。
 
「がんばれー! ウルトラマーン!」
「負けるな、コスモス!」
「おれたちがついてるぞーっ! 気をしっかり持てーっ!」
 
 十数人の、がなりたてるのにも似た大声が暗闇の村に響き渡った。
 
「コスモスー、しっかりしてー!」
「あと少しだ! 気合入れろ!」
「がんばれー! 負けるなー!」
 
 誰もが、ウルトラマンを信じていた。そして、共に戦うことの大切さをよく知っていた。
 確かに自分たちには怪獣と直接戦う力はない。しかし、ウルトラマンを応援し、励ますことならできる。それもまた、立派な戦いなのだ。

236ウルトラ5番目の使い魔 32話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:50:34 ID:YRzYDd3U
 声をはりあげるミシェルやギーシュたち。対してキュラノスは、そんな彼らの声援を軽くせせら笑う。
〔バカな人間たち、ただ叫ぶだけでいったい何になるというの?〕
 催眠光線でコスモスを操り、転倒させてダメージを与えながらキュラノスは思った。
 だがそれでも、コスモスを応援する声は止まらない。いやむしろ熱を増して叫ばれる。
 それはなにもコスモスに対してだけではない。最初はコスモスがやられた姿を見て絶望感に震えていた村の娘たちも、声を張り上げる一行の姿を見ているうちにしだいに恐怖が和らいでいくのを感じて、そして戸惑っていたアリスに、ミシェルは優しくも力強い声で言った。
「さあアリス、いっしょにウルトラマンを応援しよう。ウルトラマン、がんばれって」
「おねえちゃん……?」
「ウルトラマンは、わたしたちのために頑張ってくれている。アリス、君はお父さんやお母さんがお仕事を頑張ってたら偉いなと思うだろう。その気持ちを伝えるだけでいい、ウルトラマンはきっと答えてくれる」
「うん……ウルトラマーン、がんばれーっ!」
 大きく息を吸って、吐き出すと同時にアリスの声援が加わった。小さな体で声を張り上げて、自分たちを守ってくれるもののために叫ぶ。
 さらに、そうしているうちに、ひとり、またひとりと村の娘たちも声援に加わっていった。皆が肩を並べて、ウルトラマンがんばれ、コスモスがんばれと声をあげている。気を失っていたメイナもその声で目覚めて、か細い声ながらも応援の輪に加わる。彼女も夢うつつの中で見ていたのだ。ティファニアが必死で自分のために戦ってくれたことと、彼女に与えられた大きな光を。
 
「がんばれーっ! 負けるなーっ! ウルトラマンコスモス!」
 
 数十人の声援が村に響き渡り、コスモスの背中を押す。
 その声を、ティファニアはコスモスの中から聞いていた。
〔みんなが、みんなが応援してくれている。みんなが希望を、未来を信じてる。コスモス、聞こえてるよね〕
 自分はひとりではない。どんなときでも仲間たちと、勇気ある人たちとともに戦っている。だから孤独じゃない、苦しくても仲間たちが力を貸してくれる。だからくじけない!
 そう、自分たちの信じてきたものは、決して間違ってはいなかった!
 新たな勇気を湧き起こしながら、コスモスの体に力が戻ってくる。
 
 だが、自分だけを頼みに人と交わらなかったエルザに向けられる声はひとつたりとてない。
 最初は無力な人間たちの愚かなあがきだと冷笑していたが、声は枯れるどころか益々強く大きくなっていく。しだいにエルザは苛立ちを感じ始め、それは心の中で大きくなっていった。

237ウルトラ5番目の使い魔 32話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:51:24 ID:YRzYDd3U
”なんなのよこいつらは? なんでこんなことを続けられるっていうの。バカじゃないの、バカ! 勝ってるのは私よ。お前たちも、この後すぐに八つ裂きにしてやるというのに、もっと恐怖したらどうなのよ!”
 自分は今、無敵の存在になった。これだけの力があればもはや敵はなく、唯一恐れる太陽も今や自分自身の力だけで闇を呼んで逃れることができる。まさに最強、しかも今この戦いに自分は勝利しつつある。
 そう、奴らに希望なんか残っているはずはない。にも関わらずに、この元気さはなんなんだ? しかも、さっきまで怯える一方だったアリスや村の娘たちまでもが表情を輝かせて叫んでいる。
 今までに血を吸い殺してきた人間たちは、死に直面すると恐怖し泣き喚き、それを眺めるのが最高の楽しみだった。だがこいつらは、逆に追い詰めれば追い詰めるほどに気力を増してくる。わからない、わからない、わからない。
「うるさい黙れぇぇぇ! お前たちから殺すぞぉ!」
 ついに耐え切れずにエルザは叫んだ。個性のない激情にまかせた怒鳴り声は、キュラノスの牙だらけの口から放たれることによって歪んだ不気味な声となって、声援を続けていた一行や村娘たちの喉を凍らせ、背筋に霜を降らせた。
 しかし、怒りにまかせて叫んだ一瞬の隙に、キュラノスはコスモスに向けていた催眠光線を切ってしまったのだ。それはまさに一瞬の断絶、だがコスモスにはその一瞬で十分だった。
「ヌゥン! デャアッ!」
〔し、しまった!〕
 コスモスは催眠から解き放たれて完全復活し、エルザは慌てるがもう遅かった。
 拳を握り締めて構えるコスモス。対してエルザは焦ってどうするべきか迷った。再び空中戦を挑むか、それともこのまま地上戦で相手をするべきか。
 半瞬ほどの葛藤の後、エルザは空中戦を選んだ。キュラノスは翼を広げて空へと飛び上がろうと羽ばたく。だが、その迷ったわずかな隙がキュラノスの反撃の機会を奪っていた。キュラノスが空中に飛び上がるよりも早く、コスモスは一気に助走をつけてキュラノスに向かって跳び上がると、エネルギーで全身を覆った状態でキュラノスの眼前で空中に静止、そのまま一瞬のうちに連続キックを叩き込んだのだ。
 
『コロナサスペンドキック!』
 
 右キック、左キック、左蹴り、右ストレートキックが一瞬のうちに叩き込まれ、キュラノスは大きなダメージを受けて地面になぎ倒された。
〔ウガァ! イダァ、イダァァイィ!〕
 巨体がまるで丸太のように転がされ、激しい痛みがキュラノスを襲い、エルザは苦痛にのたうった。
 なんて攻撃だ、いままでの攻撃とはまるで違う。まさか、いままではまだ本気を出していなかったというのか!?
 屈辱感がエルザの胸を焼く。なぜだ、自分はこの世のどんな吸血鬼にも勝る力を手に入れたはずだ。なのになぜ勝てない? 自問するエルザの心に、ミシェルから告げられた言葉が蘇ってきた。

238ウルトラ5番目の使い魔 32話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:52:29 ID:YRzYDd3U
「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」
 それはこれまで常に獲物を狩る側、強者として生きてきたエルザが、狩られる弱者の立場に追い込まれた瞬間だった。
〔私が、ワタシが弱い? そんなはずがないわ。私は無敵の力を手に入れたはず、どんな奴にだって負けるわけないのよ!〕
 焦燥に狩られてエルザは自分に言い聞かせるものの、誰もエルザのことを肯定してくれる者はいない。孤独を愛し、孤独と共に生きてきたエルザだったが、今や唯一の友である孤独でさえもエルザの味方ではなかった。
 だがそれでも、エルザは引くわけにはいかなかった。狩人として生きてきたエルザにとって、負けることは死を意味する。また、吸血鬼として、選ばれた者だというプライドや、人間ごときに負けたくないという意地、それらががんじがらめになってエルザの足を封じ、閉じた心は誰にも開かれない。
 求めるのはただ勝利のみ、それを得るために、エルザは理性を持たぬ獣に堕ちたかのように吼える。
 翼を広げ、キュラノスは再び突風を起こす体勢に入った。赤い目はさらに狂気の真紅に染まり、今度は村ごとなにもかも破壊してしまおうという自棄の意思が満ちている。
 
 しかし、もうこれ以上の破壊は許されない。確かにエルザの境遇に対して同情の余地はあるものの、自分の不幸を理由に他人を傷つけることは許されない。
 コスモスは両手にエネルギーを溜め、そのエネルギーを自分の体の前で巨大なエネルギーの玉へと収束させた。片足を上げて拳を握るコスモスの前で、エネルギーの玉は赤々と燃える太陽のように輝いている。
 これがこの戦いの最後の一撃だ。エルザ、君がすがる吸血王国の幻想を、この一撃で打ち砕く。コスモスはキュラノスの放つ風をものともせずに、地上の太陽のように輝くエネルギー球をそのままキュラノスに向かって投げつけた。
 
『プロミネンスボール!』
 
 エネルギー球は風を切り裂いてキュラノスに殺到し、逃れる間も与えずに炸裂してその身を紅蓮の炎で包み込んだ。
〔グアァァァッ! 太陽、タイヨウォォォォォ!〕
 決して日を浴びることのできない身が、太陽の灼熱の業火に焼かれる。その苦しみの中でエルザは悟った。
”クハハハ……しょせん吸血鬼は、太陽には勝てない定めなのね”
 どんなに夜に潜もうと、どんなに空を闇に包もうと、それは結局は太陽からの逃避でしかなかった。吸血鬼とはしょせん、その程度の存在でしかなかったのか。
 いままで頼ってきたものを打ち砕かれて、心が折れる音をエルザは聞いたようが気がした。なぜ自分がこんな目にあわなければならない? なぜ、どいつもこいつも人間ごときの味方をするんだ?
 ワカラナイ……自分はこのままここで燃え尽きて終わるのかと、エルザは思った。
 しかし、キュラノスが焼き尽くされる前に、エネルギーの炎は消えてなくなった。
 耐え切ったのか……? いや、そうじゃないわとエルザは気づいた。そして静かに立って、自分を見つめているコスモスを睨んで言った。

239ウルトラ5番目の使い魔 32話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:53:30 ID:YRzYDd3U
〔おねえちゃん……また、手加減したんだね〕
〔エルザ、もうこれで終わりにしましょう。暴力ですべてを解決しようなんて間違ってる。どんなにすごい力を手に入れても、あなたひとりでどうにかなるほど世界は小さくなんてない。奪い合うのではなくて、分かち合いましょう。あなたにもきっと、それができるわ〕
〔この期に及んで、まだ私に情けをかけようっていうの? 甘い、甘すぎるよおねえちゃん。いえ、今じゃおねえちゃんのほうがすごい力を手に入れたんだものねえ。どう? 勝者の気分は、いいものでしょう?〕
 荒い息をキュラノスはつきながら、中のエルザは吐き捨てるように言った。しかしティファニアは悲しげに答える。
〔よくないよ、わたしはあなたを傷つけたくはなかった。けど、あなたに話を聞いてもらうにはこれしかなかったの。それにわたしは……エルザ、あなただけを救いたいわけじゃない。この世界には、あなたと同じ吸血鬼がまだ大勢いるんでしょう? わたしは、その人たちともお友達になりたい。どんな種族でも、仲良くいっしょに暮らせる世界を作る、それがわたしの夢だから! だからエルザ、わたしはあなたとお友達になりたい〕
 一転して強くティファニアは訴えた。思いを、夢を、自分の気持ちを偽らずに素直な気持ちをエルザにぶつけた。
〔……くふふ、本当にどこまでも、バカのつくお人よしだねおねえちゃんは。あーあ、なんか本気で怒ってたのがバカみたいじゃない〕
 エルザは気が抜けたように、敵意を失った声で言った。キュラノスもだらりと腕と翼を下げ、攻撃態勢を解いた無防備状態でじっとしている。その落ち着いた様子に、ティファニアはようやく自分の声がエルザに届いたのかとほっとした。
 しかし……
〔だから、大っキライだっていうのよ〕
〔え?〕
 すごみのある声でつぶやいたエルザに、ティファニアはなんのことかわからずに唖然とした。だがエルザは、次第に重みを増していく声で訥々と告げていく。
〔エルザはね、三十年さまよったんだよ? 長かったなあ、三十年。救ってくれるっていうなら、なんでもっと早く来てくれなかったの? なんでエルザのパパとママが殺されたときに来てくれなかったの? ねえ、なんで?〕
〔そ、それは〕
 ティファニアは困惑した。答えられない、いや答えられるわけがない。だがエルザはティファニアのそんな困惑を楽しんでいるように続けた。
〔私が三十年に、何人の人間を殺したかわかってるの? 人間の法律に照らせば何百回死刑になっても足りないよ。ほかの吸血鬼だってきっとそう、生きるために何百人と人間を食べてるわ。それが、いまさら切り替えて食べ物と仲良くなんてできるわけないじゃない。なんにも知らないくせに、上っ面だけ見て言わないで〕
 ティファニアは反論することができなかった。事実であるからだ。三十年間屍の山を築き続けてきた者に、百八十度の意識転換をしろというのである。エルフに人間に対する誤解と偏見を解かせたときすらこれに比べれば優しい。
 それでもティファニアはあきらめることはしなかった。あきらめたら救えるものはいなくなる。それが、ティファニアがこれまでの旅で学んできたことだからだ。
 しかし、ティファニアが口を開くよりも先に、エルザは哄笑しながら彼女に告げた。
〔くふふ、あっはは。でもね、私は負けた。強い者は弱い者を好きにすることが出来るって、私言っちゃったからねえ。ただ、私は私だけのために生きるって昔に決めたんだ……ウフフ、あっはっははは!〕

240ウルトラ5番目の使い魔 32話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:54:21 ID:YRzYDd3U
 エルザが笑い始めるのと同時に、キュラノスの体が青白い炎に包まれた。まるで人魂のような、熱を持っているようにはとても見えない不気味な炎だが、その炎はキュラノスの全身を焼き尽くすように激しく燃え上がっている。
 あれは! まさか! ティファニアはエルザの考えに気がついて背筋を凍らせた。
 いけない! それだけは、やってはいけない!
〔エルザ! まっ、待って!〕
〔アハハハハハハ! バイバイ、おねえちゃん……〕
 その言葉を最後に、キュラノスはがっくりとひざをつくと、そのまま前のめりに倒れて爆発した。本物の赤い炎が黒煙とともに舞い上がっていき、キュラノスの破片が舞い散っていく。
「自爆……したのか」
 呆然としながらミシェルが短くつぶやいた。彼女たちにはティファニアとエルザの間の会話は聞こえてはいない。しかし、コスモスの一撃で大ダメージは受けたものの命は救われた吸血怪獣が、それをよしとせずに自らの命を絶ったのだけはわかった。
 キュラノスの巨体はわずかな残骸を残して消え、サビエラ村から危機は去った。
 だが、ティファニアの心には悲しみが渦巻いていた。
〔エルザ……うっ、うぅっ。わたしは、あの子を助けてあげることができなかった〕
 確かにエルザは多くの罪のない人を殺した残酷な殺人鬼だったかもしれない。しかし、彼女にも歪まなくては生きていけない事情があったのだ。殺すまでのことはなかった、なんとか説得して、誰かを殺すのではなく生かす生き方もあるのだということを知ってほしかったのに。
 ティファニアは胸の痛みに苦しんで、嘆く。そこへ、コスモスが優しげな声で言った。
〔ティファニア、君のやろうとしたことは間違ってはいない。それ以上、自分を責めてはいけない〕
〔でも、わたしは彼女の悲しみがわかってた。わたしも、もしかしたらエルザのようになっていたかもしれない。わたしが、わたしが助けてあげなくちゃいけなかった……それなのに、わたしはコスモス、あなたの力まで借りたのに、エルザを説得することができなかった。わたしのせいだ〕
〔ティファニア、私とて神ではない。私にも、救おうとして救いきれなかった経験が数多くある。だが、それは確かに悲しいことだが、それだけに目を奪われていてはいけない。君はこの場で、数多くの命を救った。あれを見てみなさい〕
 コスモスに促されてティファニアが目を向けると、そこには手を振りながらコスモスを見上げてくる仲間たちや村の娘たちの姿があった。
 
「ありがとう、ウルトラマンコスモース!」
「みんなを助けてくれて、本当にありがとうー!」
 
 手を振って笑いかけてくるみんなの姿を指して、コスモスはあっけにとられているティファニアに向けて話す。

241ウルトラ5番目の使い魔 32話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:55:14 ID:YRzYDd3U
〔君が強い意志で私を呼んでくれたからこそ、彼らを助けることができた。彼らを救ったのは、君だよティファニア〕
〔そんな、わたしなんて何も〕
〔いいや、君の活躍だよ。君がいたからこそ、私は働けた。そして、君に尋ねよう。君はエルザを救えなかったかもしれない、しかしそれで君はもう誰も助けられないとあきらめるのか?〕
 コスモスのその言葉に、ティファニアははっとした。そして、嘆いていた自分を恥じて強く言った。
〔ううん! この世界には、まだエルザのように悲しい生き方を強いられている人がいっぱいいるはず。わたしは、その人たちのためにこれからも戦いたい〕
 そう、この世に全能などはない。ウルトラマンや防衛隊にだって、救いきれない命はある。消防やレスキューだって、間に合わずに犠牲者を出してしまうこともある。しかしそれでも彼らは悲しみを振り切って次の現場へと向かう。なぜならそこに、次は救えるかもしれない命があるからだ。
 コスモスはティファニアの決意を聞いて、ゆっくりとうなづいた。
〔そう、それこそが真に人を救うということだ。そしてティファニア、この星とこの星に住む命を守るために、君の力を貸してほしい。私はこのままの姿では、この星に長くとどまることができない。だから、私の命と力を君に預けたい〕
〔コスモス……わかった、いっしょに戦いましょう!〕
 ティファニアの決意をコスモスは受け取り、ここにティファニアはコスモスはひとつとなった。
 
 そして、この戦いの最後の仕事が待っている。コスモスは皆を見下ろすと、コロナモードのチェンジを解いた。
 
『ウルトラマンコスモス・ルナモード』
 
 優しさを体現する青い姿のコスモス。そしてコスモスは屍人鬼となったままで倒れている村の人々へと、手のひらに穏やかな光の力を集めて、彼らに向けて優しい光を浴びせていった。
『ルナエキストラクト』
 邪悪なものを分離させる光線が、吸血ウィルスに犯されていた村人たちからウィルスだけを取り除いていった。
 村人から牙が消え、ただの人間に戻ったことがわかる。アリスたち村の娘たちは自分の家族や友人が人間に戻って生きていることを知ると彼らに駆け寄って吐息や鼓動を確かめ、涙を流して喜びにむせび泣いた。
「ありがとうウルトラマン、ありがとう!」
 村の娘たちの心からのお礼を受けて、コスモスはこの村での自分の役割が終わったことを確信した。空を見上げて、コスモスは静かに飛び立つ。

242ウルトラ5番目の使い魔 32話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:56:22 ID:YRzYDd3U
「シュワッ」
 コスモスは空のかなたに光となって消えていき、こうしてサビエラ村での吸血鬼事件は終わりを告げた。
 
 
 ただ、この村の事件は終わっても、ミシェルたち一行の旅はまだ終わらない。次の刺客が来る前に、一刻も早くトリステインに帰らなくてはならないのだ。
 
 
「もう、行っちゃうの? おねえちゃん」
 村はずれで、休む間もなく旅立とうとしている一行を見送りに来たアリスがミシェルに向けて言った。
 あれからすぐに、戻ってきたティファニアとも合流した一行は、そのまま旅立つことを決めた。なごりは惜しいし疲れも癒したかったが、ここにいてはまたサビエラ村が戦いに巻き込まれるかもしれなかったからだ。
 村の男たちは、まだ気を失ったままでいる。それでも一行の旅立ちを、アリスだけでなく村の娘たちのほとんどが見送りに来てくれた。
 しかし急な別れに、せっかく仲良くなれたのにと、アリスは半泣きになっている。そんなアリスに対して、ミシェルは寂しそうにしながらも優しく笑いかけた。
「ごめんな、おねえちゃんたちは急ぎの旅の途中なんだ。でも、わたしたちは君のことを忘れない。サビエラ村を救うために力いっぱいがんばった、勇者アリスのことをね」
「勇者? わたしが、勇者?」
「そうさ、君だけじゃない。ここにいる者はみんな、勇気を振り絞って力の限り戦った勇者さ。君や、わたしたちみんなが頑張ったから吸血鬼をやっつけられた。紛れもなく、君たちは勇者さ」
 ミシェルの言葉に、アリスだけでなくメイナや村の娘たちも照れくさそうに笑った。
 皆が、勇者。その言葉は、自分たちが吸血鬼に狩られるだけの脆弱な生き物だと思っていた村の少女たちの胸に、新しい熱い炎を灯したのだ。
 ただそれでも、一行がいなくなることで不安を覚えるのも確かだ。重傷の身をおして見送りに来てくれていたメイナが、心細そうに言った。
「皆さん、本当にありがとうございました。けど、あなた方がいなくなった後で、またエルザのような奴がやってきたらと思うと……」
 その一言に、アリスや村の娘たちに戦慄が走った。無理もない、友達だと信じていたエルザに裏切られたアリスやメイナたちの心の傷は大きい。ティファニアは、エルザを救いたいとは思ったけれども、やはりエルザの悪行が残した爪痕の深さを思ってなにも言えず、その前で 村娘たちは顔を見合わせて不安をぶつけあった。

243ウルトラ5番目の使い魔 32話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:58:01 ID:YRzYDd3U
「どうしよう、もう一回あんな妖魔がやってきたら今度こそ村はおしまいだよ」
「これというのも、村長さんがよそ者の子なんかを連れ込んだからよ。やっぱり、身元の知れない奴なんかを入れちゃいけないのよ」
「そうね、男の人たちが起きたら、よそ者は絶対に入れないって決まりを作ってもらいましょう。よそ者なんか信用しちゃダメなのよ」
 村娘たちは不安と恐怖から、まるでカメが甲羅の中に閉じこもるように、冷たい壁を外に向かって張り巡らせようとしていた。
 だが彼女たちの閉鎖的な言葉は、それを聞くギーシュたちの胸にも寒風を吹かせた。気持ちはわかる、多くの犠牲者も出ているのだから、これ以上の犠牲を出さないためにも村の防備を固めたいと思うのは当然だ。しかしそれでは、いずれサビエラ村は外敵によらずとも、本当の意味で駄目になってしまうだろう。ギーシュたちはそのことを経験からなんとなく察したけれども、それをどう伝えればいいのかわからずに、口をもごもごさせることしかできない。
 アリスもまた、エルザから受けた心の傷と恐怖から顔を曇らせている。幼い彼女には、まだどうしていいのかわからなくても、殺気立つ村娘たちに共感しているところはあるようだ。
 そのときである。ミシェルが、アリスの両肩を持つと視線を合わせて、ほかのみんなにも聞こえるようにして穏やかに話しかけていったのだ。
 
「アリス、わたしたちが村から去る前に、ひとつだけおねえちゃんと約束してほしいことがあるんだ」
「約束……?」
 
 ミシェルはアリスがうなづいたのを見ると、ゆっくりと言葉をつむぎはじめた。
 
「優しさを失わないでくれ。弱いものを労わり、互いに助け合い。どこの国の人たちとも仲良くなろうとする気持ちを失わないでくれ……たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも」
 
 ミシェルは語り終わると、アリスの小さな手を自分の両手で包み込むようにして握り締めた。
「優しさを、失わないで……?」
「そう、おねえちゃんの一番大切な人が教えてくれた言葉さ。なあアリス、今回、災いは村の外からやってきた。きっと、これからもやってくるだろう。だけど、わたしたちも外からやってきたんだ。外の世界には災いだけじゃなくて、喜びや、驚きや、新しい友達になれる人もいっぱいいるんだ」
「新しい、お友達? たとえば、おねえちゃんみたいな?」
「ああ、わたしとアリスは友達さ。だからね、村の中にいれば安全かもしれない。だけど、それじゃほら穴に隠れて過ごすアナグマといっしょだ。君たちは人間だろう? だから、どんなときでも人間らしく生きることを忘れないでくれ。そうすれば、また悪い奴が来たときでも、きっと君たちを助けてくれる人がやってくる」
「おねえちゃん……わかった。わたし約束する! どんなときでも、人間らしく生きるって」
 アリスはミシェルに誓い、ミシェルは力強く宣言したアリスを優しく抱きしめた。
 そして、ふたりの誓いは殺気立って村の鎖国化を考えていた村の娘たちの心にも深く刺さり、たった今までの自分たちの言動を恥じさせた。

244ウルトラ5番目の使い魔 32話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:58:55 ID:YRzYDd3U
「そうね、わたしたちは人間だもの。あの吸血鬼みたいに、見た目だけ取り繕った悪魔になっちゃいけないわ」
「ええ、考えてみたら、こんな小さな村で閉じこもっても、遠からず人が絶えて滅んでしまうわ。よそ者をよそつけないんじゃなくて、よそ者が悪い奴かどうかを見分けられるように、わたしたちが賢くならなきゃいけないのね」
「外の世界か、そういえばわたしたちはサビエラ村からほとんど外に出たことはなかったわね。お父様たちが禁止してたからだけど、外にはあなた方みたいな素晴らしい人もいるのね」
 狭い村の中だけではなく、大きな外の世界へと目を向ける。それは若い娘たちにとって新鮮な驚きであり、喜びであった。
 すでにこの中には、家族を説得して村の外に出てみようと考え始めている者も多い。それらはきっと、大変な反対に合うだろうが、いずれ若く強い力が勝つに違いない。
 そうだ、人生は旅であり、旅とはより遠くへ、より多くのところへ行ってこそ価値がある。
 サビエラ村はいつしか歩くのを止め、旅をあきらめてきた。しかし歩かなければ疲れはしないが、食は細り、体は衰えて、やがて滅んで忘れられていく。だがサビエラ村にはまだ、遠くへと歩こうとする若い息吹が残っていた。この息吹が育っていけば、外から新しいものを持ち帰り、サビエラ村が活気を取り戻すことも不可能ではないだろう。
 
 アリスと村の娘たちの心に光の誓いを残し、とうとう一行が村を後にする時が来た。
 ギーシュたちは先に去っていき、最後にティファニアとミシェルが残って、アリスとメイナに別れを告げる。
「さようならティファニアさん。わたし、あなたに救われた命を大切にしていきますね」
「メイナさん、それはわたしも同じです。さようなら、わたしの新しいお友達。また、会いましょうね」
 ティファニアとメイナは最後に固く握手をかわし、ティファニアは小走りで皆の後を追いかけていった。その懐の中には、コスモスから預かったコスモプラックが静かに眠っている。
 そしてアリスとミシェルも。
「さようならおねえちゃん。また、会えるかな」
「ああ、信じれば叶わない夢なんかないさ。そうだ、これをアリスにあげよう」
 ミシェルはアリスの手をとると、その中にトリステイン王家の紋章をかたどったワッペンを握らせた。
「これって?」
「銃士隊、トリステイン王国軍の王家直属親衛隊の証だ。わたしは、その副長ミシェル。アリス、君の勇敢な働きに敬意を持って、これを預けていこう」
「トリステイン王国の……? お、おねえちゃんって、本当にすごい人だったんだね。ねえ、おねえちゃん……わたしも、おねえちゃんみたいに強くなれるかな?」
「それは、君の努力しだいだな。わたしたちも、最初からすごかったわけじゃない。いろんな戦いで武勲を立てて、それを女王さまが認めてくれるまでは長かった。だけど、今トリステインでは女王陛下が、実力さえあれば平民でも騎士にでも貴族にでもなれるようにしてくれている。実力と、努力しだいでね」

245ウルトラ5番目の使い魔 32話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:59:35 ID:YRzYDd3U
「平民でも、騎士や貴族さまになれるの!」
「ああ、これからは自分がなりたいものを決めるのは自分自身だ。もちろん、困難や挫折も数多い。しかし、夢を見て努力し続ければ、未来は決して人を裏切らない。覚えておけ」
「うん、わかったよ。おねえちゃん!」
 強く目を輝かせたアリスに、ミシェルは優しく微笑んだ。
 
 そして、ミシェルも踵を返してサビエラ村を去っていく。
 さようなら、小さいが勇敢な人々の住む村よ。ほんのわずかな間だったけれど、この村では多くのことを学ぶことができた。
 後ろ髪を引かれる思いをしながら、振り返るまいと自分に言い聞かせてミシェルは仲間たちを追っていく。
 ところが、ミシェルが村の入り口の門に差し掛かったときである。彼女の背中から、アリスの元気に溢れた声が響いてきたのだ。
 
「おねえちゃーん! わたし、毎日畑仕事を手伝って力をつける。そして大きくなったらトリステインへ行くから、じゅうしたいの仲間に入れて! わたしは強くなって、村を守れる騎士になりたい!」
 それは、辺境の平民の子に生まれて、決まりきった運命しかないと教えられてきたアリスが初めて自分の”夢”を叫んだ瞬間だった。
 だがミシェルは振り返らない。振り返ってしまえば、目じりから溢れるもので濡れた顔を見られてしまうから。その代わりに、ミシェルはアリスに負けないくらい大きな声で答えた。
「銃士隊の訓練は厳しいぞ! たくさん食べて、早く大きくなれ。待っているぞ、成長した勇者アリスの姿を見られる日をな!」
「はい! 必ず、必ず行くからねーっ!」
 アリスの誓いに見送られ、ミシェルはサビエラ村を後にした。
 
 村から離れ、街道に出ると、そこには仲間たちがミシェルを待っていた。
「待たせたな、さあ行くか」
 目指すはトリステイン王国トリスタニア。そこを目指す一行の先頭に立って、ミシェルは雄雄しく一歩を踏み出した。
 すでにその目に涙はなく、すがりついて甘える弱さもない。この事件が起きる前とでは別人のようになったミシェルがそこにいた。
 だが、ミシェルは本当に才人のことを振り切ることができたのだろうか? ひとりの銃士隊員が恐る恐るながら尋ねると。
「あの、副長。副長はその、サイトのことを……」
「生きてるさ」
「えっ?」
「サイトが、あいつが簡単にくたばるはずがない。地の果てか、違う世界か……どこにいようと、サイトは必ず帰ってくる」
 確信を込めてミシェルは言い放った。
 しかしどこにそんな根拠が? そう尋ねると、ミシェルは空を見上げて言うのだった。
「帰ってくるさ、だってサイトはウルトラマンなんだから。もし帰ってこないのなら追いかけるまでさ……わたしもウルトラマンになって、星のかなたまででもね!」
 胸を張って言い放ったミシェルの目には、必ずまた会えるという確信の炎が燃えていた。それは妄信? 狂信? いや、ただひたすらな愛だけが彼女の瞳には宿っている。
 皆は、そしてティファニアは、ひとりの人を一途に愛するということが、これほどまで人を強くするのかと思い、自分の胸も熱くした。
 
 
 勇者たちの活躍によってロマリアの野望の一端は砕かれた。だが、闇の勢力の手はまだハルケギニアに強くかかっている。急げ、勇敢な若者たちよ、君たちの故郷は君たちの帰りを待っている。
 
 
 続く

246ウルトラ5番目の使い魔 32話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/02(金) 00:00:11 ID:I9NMtBxs
今回はここまでです。サビエラ村編最終回、ようやくお届けすることができました。
3章前半の悲願であるコスモスを迎えて、いろいろ悩みましたが書きたいことを精一杯書けたと思います。
この回の主人公はティファニアであり、ミシェルであり、エルザであり、アリスであり、村の少女たちでもあります。それぞれ生き方の違う人間同士が触れ合ったときになにが起きるか、今回はそれも試してみました。
まあ書きたいことを思いっきり書いたので、少々自重できずに趣味が混じってしまいましたがご愛嬌ということで。

では次回からは、場所を変えてロマリアのもうひとつの悪巧みを追います。
PS、ウルトラマンエックスはなかなかおもしろいですね。露骨な玩具販促は気に入りませんが、シナリオはギャグとシリアスのバランスがとれていますし、バトルの殺陣もなかなかです。
特に、ウルトラシリーズ恒例のやたらカオスな回もしっかり踏襲してますね。自分も、最近はシリアスな話が続いたのでああいう話も書いてみたいです。

247名無しさん:2015/10/03(土) 20:47:21 ID:GolHJEgc
乙です
ああ、エルザを救うことはできませんでしたか
彼女にも矜持や憎しみの理由があったから簡単に事が進むとは
思わなかったけど

248名無しさん:2016/11/18(金) 21:01:21 ID:DyvaEvQk
次スレはいっそこちらを再利用してはどうでしょうか? どのみち2ちゃんの本スレはもう投下には使えないので分ける意味もないでしょうし

249ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:07:22 ID:EQT.khtE
次スレをこれにするという意見が出てるので、とりあえずこちらで投下を始めます。
開始は23:10からで。

250ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:10:21 ID:EQT.khtE
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十五話「バルキー大逆襲」
宇宙海人バルキー星人
スクラップ幽霊船バラックシップ
深海怪獣グビラ
深海竜ディプラス
飛魚怪獣フライグラー 登場

 柱に縛りつけられたまま、ルイズはバルキー星人に向かって叫んだ。
「あんたはあの時の……真っ黒鉄仮面ッ!」
『おいこらぁッ! 何だその言い草はぁ! 口の悪いガールだぜぇーッ!』
 みょうちくりんな仇名でよばれたバルキー星人が憤慨した。
「そんなことはどうだっていいのよ! それよりあんた、今更出てきて何の用よ!」
 ルイズが詰問すると、バルキー星人はビシッと指を突き立てて答えた。
『あの時のラストに言っただろう! 次会う時は、海の怪獣を見せてやると! その準備が
整ったから、約束通りに見せに来たのさぁッ!』
「そんな約束してないわよ! 迷惑よ、帰りなさいッ!」
『やだねーッ!』
 ルイズの言いつけをはねのけ、バルキー星人は勝手にまくし立て始めた。
『最近異常にホットな日が続いてただろう? 海はミーの得意フィールド! そこにおびき寄せる
ために、ミーが気温をコントロールしてたのさ! 人間はあっつくなると海に来たがるものだからな!』
「あッ! あれあんたの罠だったの!」
『そしてのこのこと海にやってきたお前たちをこのバラックシップの中に捕らえ、ウルトラマン
ゼロたちをおびき寄せてミーの海の怪獣たちで始末する! これがミーのグレートな作戦さぁ!』
 自慢するバルキー星人に言い返すルイズ。
「何がグレートな作戦よ! 頭おかしいんじゃないの!?」
『ユーが言うんじゃねぇよ! 何だその格好! 露出狂かッ!』
 バルキー星人の言う通り、ルイズたちはオスマンが持ってきた、露出の多い水着の格好であった。
まさかこんなことになるとは思っていなかったので。
「これはその……色々あったのよ!」
『ふぅん? とにかく、バラックシップはミーが改造して至るところトラップだらけさ! 
お前らを助けるために乗り込んできた奴を蜂の巣にしてやるぜー!』
「くッ、卑怯よ! 男なら正々堂々と戦いなさい!」
『知ったこっちゃねぇなー! まぁせいぜい活きのいい感じに助け求めて、餌として役立って
くれよぉ! ハハハハハハ!』
 バルキー星人はそれだけ言い残して、煙とともにこの場から消えていった。
「あッ、こら! 待ちなさいよー!」
 身動きが取れないので足をばたつかせるルイズ。それをキュルケがなだめた。
「落ち着きなさいルイズ。ジタバタしても、体力を消耗するだけよ」
「けど……!」
「悔しいけれど、今のあたしたちにはどうすることも出来ないわ。このロープもギュッと
締まってて全然緩まないし、タバサの杖も取り上げられちゃったし……」
 キュルケの言う通り、今のルイズたちは文字通り手も足も出ない状態だ。
「あたしたちの命運は、ウルティメイトフォースゼロやサイトたちに託すしかないわ……」
「……」
 達観しているキュルケとは違い、ルイズは己の不甲斐なさにキュッと下唇を噛み締めた。

 その頃砂浜では、才人たちが遠見の魔法で海に浮かんだままのバラックシップを監視していた。
「うーむ、今のところは動きを見せないか……。モンモランシーはあの幽霊船の中に引きずり
込まれてしまったのは間違いないんだね?」
「ああ。そこはしっかり確認したよ」
 ギーシュの問いかけにマリコルヌが答えると、才人がやや焦った様子で発した。
「今頃ルイズたちはどんな目に遭ってるか……。どうにかあれに乗り込めないか!?」

251ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:12:12 ID:EQT.khtE
「しかしサイト、あの幽霊船から突き出てるでかい大砲を見たまえよ」
 ギーシュがバラックシップの無数の大砲を指し示した。
「とんでもない数だ。船や『フライ』でのこのこ近づこうものなら、あっという間に消し炭に
されてしまうよ。もっと速く飛べるような乗り物でもない限り、無謀すぎる」
「そんなのがどこに……。オストラント号を呼んでる時間なんてないし……」
 才人がそう言ったところ、上からブワッと風圧が彼らの身体に掛かった。
「うわッ!」
「きゅいきゅい!」
「パムー!」
 見上げると、才人たちの目の前にシルフィードが降下してきた。頭の上にはハネジローが
乗っている。
「シルフィード! そうか、タバサの危機を知ってここまで……!」
 シルフィードは主人と使い魔の視界のリンクにより、学院を飛び立って駆けつけてくれたのだ。
ギーシュは喜びの声を上げる。
「風竜の飛行速度と旋回能力なら、砲撃もかわせるぞ!」
 うなずいた才人がシルフィードの背の上に飛び乗る。
「あんまり重量を増やしたらシルフィードのスピードが落ちるから、俺一人で行く。みんなは
ここで帰りを待っててくれ」
「頼んだぞ、サイト!」
「いつもすまんな、サイトくん。くれぐれも気をつけてくれたまえ」
 才人を信頼して託すギーシュとオスマン。そこにレイナールが四本の杖を持って走ってきた。
「ルイズたちの杖だ。宿から取って来たんだ。彼女たちに渡してくれ」
「ありがとう」
 才人が杖を受け取ると、シルフィードが翼を羽ばたかせて離陸した。
「よぉし、行くぜシルフィード!」
「きゅいー!」
 シルフィードは才人の呼びかけに力強く応じ、バラックシップへ目掛け一直線に加速していった。
 才人たちの接近によってバラックシップが早速動きを見せた。大砲がうなりを立ててシルフィードの
方角へ向けられ、一気に砲弾を撃ってきた!
 しかしシルフィードはひるまず、身体を左右に振って砲弾の間を的確にすり抜けながら
前進していく。期待通りの飛行能力に、才人はぐっと手を握った。
「いいぞ! そのまま船の甲板まで頼む!」
 が、ふと海面を見下ろしたハネジローが鋭く警戒の鳴き声を出した。
「パムー!」
「!?」
 咄嗟に身をひねらせるシルフィード。それにより、海面を突き破った高速回転する巨大ドリルを
回避することが出来た。危うく串刺しにされるところだった。
「えッ!? ドリル!?」
 ギョッとする才人。そしてドリルの下から、巨大生物の本体がせり上がってきた。
「グビャ――――――――!」
「あいつは……深海怪獣グビラ! 他にも怪獣がいたのか……!」
 鼻先にドリルを備えた魚型の怪獣の出現に目を見張る才人。しかしそれで終わりではなかった。
「キャア――――――――!」
「クアァ――――――!」
 更にコブラのような扇状の鱗を生やしたウミヘビ型怪獣と、羽を持った魚型怪獣が海中より
飛び出してきた。深海竜ディプラスと飛魚怪獣フライグラーだ! バルキー星人の連れてきた
海の怪獣軍団である。
「くッ、まだこんなにも怪獣が……! こいつはやばいぜ……!」

252ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:14:37 ID:EQT.khtE
 才人も苦悶の表情を浮かべた。ディプラスは触覚から電撃光線を飛ばしてきて、フライグラーは
空中に飛び上がり、シルフィードを追いかけてきた。さすがにこれだけの敵に囲まれては、シルフィードでも
かわし切ることは出来ない。才人、絶体絶命の危機!
 しかしこんな時に助けてくれる力強い仲間たちがいるのだ。ウルティメイトフォースゼロだ!
『はぁぁッ!』
『うらぁぁぁッ!』
『ジャンファイト!』
 空の彼方よりこの場に駆けつけたミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットがそれぞれ
グビラ、ディプラス、フライグラーを抑え込み、押し飛ばして才人たちから遠ざけた。
「みんな!」
『怪獣は私たちにお任せを! サイトはルイズたちを救出して下さい!』
 ミラーナイトがバラックシップの才人たちへの砲撃をディフェンスミラーでさえぎって、
そう呼びかけた。
「ありがとう! 頼んだぜ、みんな!」
 再び前進を開始したシルフィード。ミラーナイトとグレンファイヤーはグビラとディプラスを
押し込んで海中に潜っていき、ジャンボットはジャンバードに変形して陸へ逃げるフライグラーを
追いかけていった。
 そしてシルフィードはとうとうバラックシップにまで到着。バラックシップの一部を成している
大型船の傾いた甲板に着地すると、飛び降りた才人がデルフリンガーを抜いてシルフィードに告げた。
「少し危険だけど、ここで待っててくれ。ルイズたちを乗せたら、すぐに飛び上がるんだぞ!」
 シルフィードがコクコクうなずくと、才人はバラックシップの船内に向かって潜り込んでいった。

 ルイズたちが囚われているバラックシップのコンピューター室を探して、細い通路を走っていく
才人。しかし通路の至るところにはバルキー星人の仕掛けた自動ビームガンの罠があり、才人が
踏み込んできた瞬間に銃口を向けて光線の歓迎を仕掛けてきた。
「おっとッ!」
 だが幾度もの戦いを乗り越えて鍛え抜かれた才人だ。ガンダールヴの敏捷さで光線を跳び越え、
くぐり抜け、デルフリンガーの刃で反射して一発ももらわない。
 そして光線の雨に恐れずに踏み込んで、ビームガンを片っ端から叩き壊しながら進んでいく。
「相棒、娘っ子たちはどうやら次の角を左に曲がった先みたいだぜ!」
 生き物の気配を探ったデルフリンガーが才人に教えた。
「分かった! 待ってろよみんな、今行くぜッ!」
 ルイズたちが近いと知った才人はスピードを上げ、通路の角を曲がった先の扉をぶち開けた。
「どっせいッ!」
「サイトぉ!」
 一番にルイズが才人の名を叫んだ。ルイズたちに怪我がないことが分かって、才人は一瞬ほっとする。
 柱に縛られたままのルイズは才人に警告した。
「サイト、気をつけて! 罠よ!」
「分かってるさ……!」
『はぁーッ!』
 次の瞬間に、テレポートしてきたバルキー星人が速攻で空中から剣を振り下ろしてきた。
才人はすかさずデルフリンガーを盾にして、バルキー星人を押し返す。
 着地したバルキー星人が間合いを測りながら告げた。
『待ってたぜぇ! ユーだけはこの手で串刺しにしてやるッ!』
「へッ、負けるかよ! 俺だって、お前との決着をつけてやるぜ!」
 才人は勇んで挑発を返したが、バルキー星人は不敵な笑みを見せた。
『これでもそんな口が叩けるかなぁー!?』
 その指が鳴らされると、コンピューター室の天井や壁からビームガンが多数現れ、才人に
光線を連射してきた。
「くッ……!?」

253ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:17:15 ID:EQT.khtE
 危ないところで身を翻して光線をかわした才人に、バルキー星人が飛びかかってくる。
『シャアッ!』
「うおッ!」
 バルキー星人の剣先が才人の頬をかすめ、切れた皮膚から血が垂れた。さすがに、光線の雨から
逃れながらバルキー星人の相手をするのは苦しすぎる。かと言ってゼロに変身している暇はない。
「汚すぎるわ……!」
 憤るルイズたちだが、拘束は緩まないので見ているだけしか出来ない。それがますます悔しかった。
『ハッハー! 今度こそミーの勝ちだぁーッ!』
 光線の猛撃を防ぐことで手一杯な才人の隙を窺い、バルキー星人が剣を振り上げ襲いかかろうとする!
「パムー!」
 だがその瞬間に、小動物が飛びかかってバルキー星人の顔面に張りついた。
『おわぁーッ!? な、何事だぁー! 前が見えねぇーッ!』
「ハネジロー!」
 視界をふさがれて狼狽えるバルキー星人。才人を助けたのはハネジローだった。小さな身体を
活かして、隠れながらついてきていたのだ。
 才人はこの機を逃さず、光線を跳び越えてルイズたちを縛るケーブルを切断して六人を救出した。
同時に懐から出した杖を手渡す。
「ほら、お前たちの杖だ!」
「ありがとう、サイト!」
 タバサも床に打ち捨てられてあった自身の杖を拾い上げ、五人が素早く呪文を唱えて魔法攻撃を
繰り出し、ビームガンを全て破壊した。
『うげぇッ!?』
 ハネジローを振り払ったバルキー星人がこれを目撃してたじろいだ。
 才人はルイズたちとともに得物を向ける。
「さぁ、観念しろバルキー星人!」
 一気に劣勢に転じたバルキー星人だったが、降参はしなかった。
『シーット! まだだッ! まだ最後の切り札が残ってるぜぇーッ!』
 再び煙を発してこの場から消えるバルキー星人。才人が即座に飛びかかったのだが、一歩遅く
逃げられてしまった。
 やむなく才人は、ルイズたちの方へ振り返って言いつけた。
「外でシルフィードが待ってる! それに乗って脱出しろ! 俺はこの船をどうにかする!」
「サイトはどうやって逃げるの!?」
 事情を知らないティファニアとモンモランシーが才人の身を案じた。才人は安心させるように
笑いかける。
「俺なら大丈夫さ。それより早く! バルキー星人が次にどんなことをしてくるか分からねぇ!」
「でも……!」
「サイトを信じてあげて! さぁ、急ぐわよ!」
 ルイズたちがティファニアとモンモランシーの手を引き、ハネジローの先導の下にコンピューター
室から甲板に向かって駆け出していった。
 ルイズたちがこの場から脱すると、才人は素早くウルトラゼロアイを出して、顔面に装着した。
「デュワッ!」
 そしてルイズたちを乗せたシルフィードが飛び立ってバラックシップから離れると、
ウルトラマンゼロがバラックシップを内側から突き破って空に飛び上がった!
「セアァァ―――――ッ!」
 内側から破壊されたバラックシップは爆発の連鎖を起こし、木端微塵に吹っ飛んだ。

254ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:19:11 ID:EQT.khtE
 バラックシップを破壊したゼロはシルフィードとともに、陸地へと向かって飛んでいった。

 海底ではミラーナイトとグレンファイヤーが、グビラとディプラス相手に激しく戦っていた。
『ミラーナイフ!』
 ミラーナイトがこちらに猛然と泳いで迫ってくるグビラにミラーナイフを繰り出す。
「グビャ――――――――!」
 しかしグビラのドリルは光刃を容易く弾き返した。更にミラーナイトの展開したディフェンス
ミラーをも簡単に突き破って、ミラーナイトを突き飛ばす。
『ぐはッ! 恐ろしい威力だ……!』
 グビラの一番の武器たるドリルの強力さに舌を巻くミラーナイト。グビラはターンして
再びミラーナイトに迫ってきた。
「グビャ――――――――!」
『……!』
 それに対しミラーナイトは、下手に動じずにどっしり腰を構えてグビラを見据える。そして
彼我の距離がギリギリまで縮まったその時、
『はぁぁッ!』
 ジャンプしてグビラの軌道から逃れるとともに、すれ違いざまに鋭いチョップをドリルに
叩きつけた。
 横向きの力が加えられたドリルは根本から綺麗に折られた!
「グビャ――――――――!?」
 グビラはドリルを折られると同時に気力まで折られ、あたふたと慌てるばかりだった。
振り返ったミラーナイトが不敵に告げる。
『ですが、一芸に頼り過ぎましたね』
 そして腕を水平に薙いで、とどめの攻撃を放つ。
『シルバークロス!』
 十字の刃がグビラを貫通し、グビラは海中で爆散して水泡と変わった。
 グレンファイヤーはディプラスの顔面を狙って鉄拳をお見舞いする。
『どおらぁッ!』
「キャア――――――――!」
 パンチはクリーンヒットしたが、細長い身体をゆらゆらとうごめかすディプラスは衝撃を逃がし、
さほど効いている様子を見せなかった。
『くっそー、掴みどころのねぇ奴だぜ!』
「キャア――――――――!」
 更にディプラスは素早くグレンファイヤーの身体に巻きついて、彼をギリギリと締め上げる。
「キャア――――――――!」
『何! くっそ、こんぐらいでこの俺が参るか……!』
 耐えるグレンファイヤーだが、ディプラスはそこに触覚からの電撃光線まで浴びせた。
「キャア――――――――!」
『ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 この同時攻撃にはタフなグレンファイヤーもたまらず悲鳴を発した。
 ……しかし、それでも彼は立っていた!
『面白れぇ……このまま耐久勝負といこうじゃねぇか! ファイヤァァァ―――――――!!』
 グレンファイヤーは巻きつかれたままファイヤーコアを滾らせ、己の体温を急激に上げていった!
「キャア――――――――!?」
 今度はディプラスの方がたまらなくなって離れようとしたが、細い胴体をグレンファイヤーが
鷲掴みにして逃がさなかった。
『おっとぉ! 掴みどころはちゃんとあったなぁッ!』
 そのままどんどんと加熱するグレンファイヤー。やがて熱がピークに達すると、ディプラスの
耐久が限界に来て、瞬時に爆発を起こした。
『へッ、どんなもんだ!』
 ディプラスを撃破したグレンファイヤーが高々と見得を切った。

255ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:22:05 ID:EQT.khtE
 高空では、ジャンバードとフライグラーが熾烈なドッグファイトを展開していた。
『ビームエメラルド!』
「クアァ――――――!」
 ジャンバードの銃身から放たれたビームエメラルドと、フライグラーが口から吐き出した
水流波が衝突。相殺され、ジャンバードとフライグラーは羽をぶつけ合ってすれ違う。
『むぅ、やるものだ……!』
 うなるジャンバード。しかし彼の電子頭脳はフライグラーの弱点を見破ったのだった。
「クアァ――――――!」
 反転したフライグラーがジャンバードに再度水流波を繰り出そうとする。……その直前に、
首元のエラが開かれて空気を大量に吸引する。
『今だッ! ジャンミサイル!』
 そのタイミングを狙って、ジャンバードは一発のミサイルを発射。ミサイルは横から回り込んで、
フライグラーのエラに爆撃を加えた。
「クアァ――――――!?」
 フライグラーは水流波を放つために、エラから空気を吸引して水分を蓄える。だがそのエラが
弱点でもあったのだ。
 バランスを崩したフライグラーは地表にまっさかさまに落下していくが、体勢を立て直して
着地に成功した。
 しかしそこに変形したジャンボットが急速に飛びかかってくる!
『ジャンブレード!』
 降下の勢いを乗せたジャンブレードが振り下ろされ、フライグラーの身体を袈裟に切り裂いた。
フライグラーは声もなく爆破される。
 フライグラーを討ち取ったジャンボットはもう一度飛び上がって、砂浜の方向へ飛んでいった。

 ゼロ、ミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットが順番に波打ち際に着水。すると
それを見計らったかのように、バルキー星人が彼らの面前に出現した。
『やるもんだなぁ、ウルティメイトフォースゼロ! あれだけの用意を、あっさりと打ち破りやがって!』
『バルキー星人、いい加減に観念しな! 俺たちに挑もうなんて十万年早かったんだよ!』
 人指し指を向けて宣告するゼロ。だがバルキー星人は失笑した。
『言ったよな? まだ切り札があるってな! 今からそれを見せてやるぜぇーッ!』
 バルキー星人が指を鳴らすと、海の方から巨大な気配が接近してくるのにゼロたちは気づいて、
咄嗟に振り返った。
『まだ怪獣がいたってのか!』
 戦闘態勢を取り直す四人。そして、海面を破って彼らの前に現れた巨大怪獣の正体とは――。
「グアァ――――――――!」
 青いゴツゴツとした体表に、頭部に三本の鋭い角、背筋には魚類のもののようなヒレ、
そして顔面に爛々と燃えるように輝く真っ赤な眼を持った怪獣。ゼロたちはこの怪獣が
前に現れると、思わず身震いをした。
『な、何だあの怪獣は……!? 尋常じゃねぇ闇の力をその身に宿してるぜ……!』
 四人はバルキー星人が呼び出したのが、ただの怪獣ではないことを察した。野生に生息している
通常の生態の怪獣ではあり得ないような、暗黒の波動を全身から発しているのだ!
『ハーハハハハハハ! サメクジラだと思った? 違うんだなぁこれがーッ!』
 バルキー星人が愉快そうに高笑いした。
『ミーもこの星の海底でこいつを見つけた時はブルっちまったぜ! 何とも濃厚な闇のパワーを
持ってやがるからな! それで確信したねッ! こいつなら、お前たちウルティメイトフォースゼロも
ぶっ倒せるってなぁーッ!』
 バルキー星人が探し出してきた切り札の怪獣――いや、根源破滅海神ガクゾムが、ウルティメイト
フォースゼロに対して殺意を向けてきた。

256ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:23:38 ID:EQT.khtE
以上です。
ギャグの導入からえらい展開へ。

257名無しさん:2016/11/23(水) 18:39:45 ID:jEuqpAb2
乙です 
前回のことだけど、リアルなタコそのもの(撮影に使ったのは本物)のスダールがルイズたちを襲うって絵的にかなりヤバいですね

258名無しさん:2016/11/23(水) 18:44:05 ID:VvSqxapE
黒岩省吾 「君は知っているか!?
       葛飾北斎の『蛸と海女』に出てくる蛸は実はメスだという事を!!」
(なんでも蛸の吸盤が雌のそれらしい、まあ北斎がその辺知らなかった可能性あるけど)

259名無しさん:2016/11/23(水) 23:26:44 ID:cpvbu0Zk
乙です
バルキーよ、下手に環境をいじったりして伝説2大怪獣が来ても知らんぞ

261ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:47:01 ID:w9tfUn6g
こんばんは、焼き鮭です。引き続きここに投下します。
開始は21:50からで。

262ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:50:12 ID:w9tfUn6g
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十六話「輝け!ウルティメイトフォースゼロ」
根源破滅海神ガクゾム
根源破滅飛行魚バイアクヘー
宇宙海人バルキー星人 登場

 異常に暑い日が続き、海に涼を取りにやってきたルイズたち。しかしそれは逆襲を目論む
バルキー星人の罠だった! ルイズたちが人質にされ、才人に海の怪獣軍団が差し向けられたが、
ウルティメイトフォースゼロの力で撃退に成功。ルイズたちも救い出し、残すはバルキー星人
ただ一人かと思われた。
 だがバルキー星人は切り札の怪獣を残していた! しかもただの怪獣ではない。強大な闇の
力を持つ根源破滅海神ガクゾムだ! 暗黒の脅威にどう立ち向かうか、ウルティメイトフォースゼロ!

「グアァ――――――――!」
 海より現れたガクゾムの威容を見上げたルイズたちは、背筋に寒いものが走って一様に震え上がった。
「な、何なのあの怪獣は……! 威圧感が半端じゃないわ……!」
 冷や汗まで垂らしたルイズがそうつぶやいた。彼女たちもまた、生命としての根源的な
本能により、ガクゾムに充満する闇の力に危険を感じ取っているのだった。
 そしてガクゾムの出現とともに、快晴の青空に異常なスピードで暗雲が立ち込め、辺り一帯が
暗黒に覆われていく。
「な、何だこの現象は!?」
「暗くなっただけじゃなく、急に寒くなってきたよ……!」
 突然のことにギーシュがたじろぎ、マリコルヌがブルブル身震いした。暗黒が空を覆うと
ともに、熱がその暗闇に奪われたかのように気温が低下したのだ。
「あの怪獣が、この現象を引き起こしたのか……!?」
 レイナールのひと言に、オンディーヌはますます震え上がった。周囲の環境にまで干渉するとは、
それだけ計り知れないパワーがある証拠。果たしてそんな力を持つあの怪獣に、ウルティメイト
フォースゼロはどう戦うのか。ここから先は、彼らの戦いを見守ることしか出来ない。
「……!」
 オンディーヌが不安を覚える中、ルイズは固唾を呑んでゼロたちの背中を見上げていた。
「グアァ――――――――!」
 ウルティメイトフォースゼロの四人を見据えたガクゾムは、己の両腕を彼らに向けてまっすぐ
伸ばした。
 その腕の先より、怪光弾が発射される!
『うおあぁぁッ!?』
 怪光弾はゼロたちの足元に着弾して凄まじい爆発を引き起こし、四人を纏めて吹っ飛ばした。
『ぐッ……すげぇ威力の攻撃だッ!』
 受け身を取って起き上がったゼロがうめく。
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムはそのまま攻め手を緩めず、ゼロを狙って怪光弾を連射する。
『うおおおおッ!』
 光弾の爆発の連続がゼロを襲う!
「ゼロッ!」
 思わず叫ぶルイズたち。ガクゾムの猛攻の前にゼロは反撃に転じる間もなく、ただやられる
ばかりかのように思われたが、しかし、
『はぁッ!』
 そこにミラーナイトが躍り出て、ディフェンスミラーを展開。光弾を防ぎ、ゼロを救った。
 しかしディフェンスミラーも連続する光弾の破壊力の前にひび割れていく。
『くッ、長くは持ちません!』
『それだけで十分だ!』

263ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:53:16 ID:w9tfUn6g
 ミラーナイトが時間稼ぎをしている間に今度はジャンボットが前に出て、ロケットパンチを飛ばした。
『ジャンナックル!』
 高速で飛んでいったパンチはガクゾムの頭部に炸裂し、ひるませて光弾発射を途切れさせる。
「グアァ――――――――!」
『今度は俺の番だぜ! うらぁぁーッ!』
 隙が出来たところにグレンファイヤーが続き、鉄拳を浴びせた。その衝撃でガクゾムは
後ろによろめいた。
『よぉしッ! てあぁぁッ!』
 更に持ち直したゼロが空高く跳躍し、斜めに急降下してウルトラゼロキックを放った。
その一撃がガクゾムを大きく蹴り飛ばす。
「グアァ――――――――!」
 地面の上に倒れるガクゾム。それでオンディーヌが歓声を上げた。
「おおッ、やった!」
「さすがはウルティメイトフォースゼロだ! あの怪獣相手でも引けを取らない!」
 強い絆で結ばれたチームの連携は抜群で、恐ろしい闇の怪獣の力も押し返していた。
『まだまだ行くぜぇッ!』
 グレンファイヤーが一気に畳みかけようと前に乗り出した。
 がしかし、その瞬間に海面から新たに何かが飛び出してきた!
『んッ!?』
 それはゼロたちほどではないが、人間からしたら十分巨大な平たい魚型の怪獣だった。
そのヒレがハサミ状に変化すると、グレンファイヤーの首を挟み込む。
『ぐえぇぇッ! な、何じゃこりゃあッ!』
 しかも魚型の怪獣は一体だけではなかった。何匹も海から飛び出してくると、グレンファイヤー、
ミラーナイト、ジャンボットの全身に挟みつく。
『みんなッ!』
『うわぁッ!? 何だ、この怪獣は!』
『み、身動きが取れん……!』
 魚型の怪獣はガッチリと三人の身体に噛み込んでいて、動きを大きく阻害する。ゼロは魚怪獣たちが、
ガクゾムの放つ闇の波動に操作されていることに気づいた。
『この魚どもはさしずめ、あの野郎の眷属ってところか……!』
 ゼロの推理した通りであった。名を根源破滅飛行魚バイアクヘー。ガクゾムに指揮される
怪獣であり、ガクゾムの武器でもあるのだ。
「グアァ――――――――!」
 ミラーナイトたちの動きを封じてから、ガクゾムがまたも光弾を撃とうとする。ゼロはそれを
止めるべく、単身ガクゾムに飛びかかっていった。
『さえねぇぜ! せぇぇぇぇいッ!』
「グアァ――――――――!」
 ゼロは宇宙空手の流れるような連撃をお見舞いして、ガクゾムが三人に手出し出来ないように
押し込む。
 だがバイアクヘーはまだまだいた。複数のバイアクヘーが空を飛び回りながらゼロに接近し、
背筋にかすめるように斬撃を食らわせる。
『おわあぁぁッ!』
「グアァ――――――――!」
 思わずのけぞったゼロに、ガクゾムが腕の打撃を浴びせる。今度はゼロがガクゾムとバイアクヘーに
追いつめられる番であった。
「あぁッ! 危ないゼロ!」
 オンディーヌやルイズたちはゼロたちと怪獣の一進一退の戦闘を、ハラハラとした思いで
見守っている。
『くぅッ……!』
 ガクゾムとバイアクヘーの波状攻撃に隙を見出せず、防戦一方のゼロ。そしてガクゾムの
アッパーで宙を舞う。

264ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:55:26 ID:w9tfUn6g
「グアァ――――――――!」
『ぐはぁッ!』
 だがゼロは吹っ飛ばされて逆さになった姿勢から、ゼロスラッガーを投擲した。
『てぇいッ!』
 ゼロは敵に殴り飛ばされた勢いを逆に利用して攻撃のチャンスに活かしたのだ。しかもスラッガーは
ガクゾムではなく、ミラーナイトたちに纏わりついていたバイアクヘーを切り裂いて三人を自由にした。
『おお、やった! ありがとうゼロ!』
『感謝する!』
『今度は助けられちまったな!』
『へへッ、ざっとこんなもんよ』
 もう同じ手は食らわない。四人は飛んでくるバイアクヘーを片っ端から叩き落とし、近寄ることを
許さなかった。バイアクヘーさえ退ければ、ガクゾムを倒すのは難しいことでもない。
 だが、バイアクヘーの真の能力はここからなのだった!
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムが高々と咆哮すると、全てのバイアクヘーはガクゾムの方に集まっていき……
何と、ガクゾムの身体と一体化していった!
『何ッ!?』
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムの胸部に、バイアクヘーが変化して出来た装甲が追加され、両腕はカマ状に変化した。
 この姿こそが、ガクゾムの本当の戦闘形態なのである。
「グアァ――――――――!」
 早速両腕のカマから怪光弾を発射するガクゾム。その威力は形態が変化したことに合わせて
向上しており、ディフェンスミラーを一撃で叩き割ってミラーナイトを吹き飛ばす!
『うわぁぁぁぁッ!』
『ミラーナイトッ!』
『こんにゃろぉぉぉーッ!』
 グレンファイヤーとジャンボットが殴り掛かっていくが、ガクゾムが振り回したカマによって
弾き返されてしまった。
『おわあああッ!』
『ぐあぁッ!』
『グレンファイヤー! ジャンボットッ! このッ!』
 ゼロが三人の仇討ちとばかりにワイドゼロショットを発射。
「セアァッ!」
「グアァ――――――――!」
 だがガクゾムの胸部装甲が、ワイドゼロショットを全て吸収した!
『何だとッ!?』
 ガクゾムは光のエネルギーを闇に変え、暗黒光線をゼロに撃ち返す。
『うわああああ――――――――――ッ!』
 あまりに強烈な一撃に、ゼロもまた大きく吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。大きな
ダメージを受けたことで、カラータイマーが点滅する。
「ああッゼロぉッ!」
 ルイズたちの悲鳴がそろった。一方でガクゾムの背後に控えるバルキー星人は、愉快そうに
高笑いを上げる。
『ナ――――ハッハッハッハッハッ! 思った通り、いやそれ以上のパワフルさだぜぇーッ! 
さぁ、ウルティメイトフォースゼロにとどめを刺すんだッ!』
「グアァ――――――――!」
 すっかり気を良くしたバルキー星人が命ずると、ガクゾムはカマに闇のエネルギーを充填し、
「グアァ――――――――!」
 一気に発射した!
 ……ただし、バルキー星人の方にだ!
『なぁぁ――――――――――――――ッ!?』

265ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:57:40 ID:w9tfUn6g
 完全に予想外のガクゾムの行動にバルキー星人は対応できず、怪光弾をもろに食らってしまった。
そして瞬時に爆散して、消滅してしまう。
『なッ……!?』
 あまりのことに驚愕するゼロたち。ガクゾムは強力すぎて、バルキー星人に制御し切れる
怪獣ではなかったのだ。
「グアァ――――――――!」
 バルキー星人を抹消して、ますます獰猛さを駆り立てるガクゾムの様子に身を強張らせるゼロたち。
『何という凶暴性……! あんなものを野放しにしていては、ハルケギニアは滅茶苦茶に
なってしまいます……!』
『うむ……! 絶対にここで食い止めねばならんな……!』
『やるこたぁ一つだけだッ! シンプルに、ぶっ倒すまでよッ!』
『ああ! みんな行くぜぇッ!』
 立ち上がったゼロたちは戦意を奮い立たせ、改めてガクゾムに挑んでいく。
『おおおおおおおッ!』
 光線技は吸収されてしまうので撃つことは出来ない。そのため四人は敢然と肉弾戦を仕掛けていく。
「グアァ――――――――!」
 しかしガクゾムは単純なパワーも底上げされているのだ。グレンファイヤーの拳でさえ
ガクゾムは揺るがず、カマの振り回しや蹴り上げで四人を片っ端から薙ぎ倒していく。
『ぐわぁぁッ!』
『ぐッ、ジャンミサイル!』
『であぁぁッ!』
 ジャンボットがミサイルを、ゼロがスラッガーを飛ばした。しかしこれらもカマに叩き落とされ、
通用しなかった。
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムは両腕を伸ばし、カマの先端から光弾を乱射。ゼロたちを四人纏めて爆発の中に呑み込む。
『うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 四人掛かりでも、強化されたガクゾムの前に追いつめられる。ガクゾムは戦っていく内に
消耗するどころか、どんどんと力を上昇させているようにすら見えた。
 そしてガクゾムが暴れるにつれて、空を覆い隠す暗闇の濃度が上がっていくようだった。
「こ、このままではまずいぞッ! やられてしまうッ!」
「この世は闇に閉ざされてしまうのか……!?」
 オンディーヌは冷や汗で汗だくになっている。周囲を覆う暗闇が、彼らの心をも弱気にさせているのか。
 しかしそこに、ルイズがそんな弱気を吹き飛ばすかのような大声で唱えた。
「いいえ! そんなことにはならないわ!」
 ルイズの表情には、こんな状況になっても消えずに光り輝く希望と、ゼロたちへの固い
信頼が窺えた。
「ゼロたちの光は、どんな暗闇にも負けることはない! それを何度もわたしたちに見せて
くれたじゃない!」
「ルイズの言う通りだわ。ゼロたちはあんな乱暴な奴に屈したりはしないわよ!」
 ルイズの意見にキュルケを始めとして、シエスタ、タバサらが賛同を示した。
 彼女たちは知っているのだ。幾度もの戦いの中から目にしてきた、ゼロたちの本当の意味での強さ。
そしてその強さに信頼を置き、それが希望につながっている。
 ゼロたちを信じるルイズは、彼らに応援の言葉を叫んだ。
「がんばって、ゼロぉぉッ!」
 すると爆炎の中から……ウルティメイトフォースゼロの四人が堂々と立ち上がった! 
そして口々に語る。
『まだまだこんなものでは負けませんよ……!』
『我らを応援する声がある。その期待は裏切らん!』
『いい気になってんじゃねぇぜぇ! こっからが俺たちの底力が発揮する時だッ!』

266ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 22:00:12 ID:w9tfUn6g
『闇の化身め。見せてやるぜッ! 俺たちの光をッ!!』
 ゼロが叫ぶと、四人の身体から光が溢れ出始めた。その光は徐々に高まるとともに、四つが
合わさって大きな一つになっていく。
「グアァ――――――――!?」
 これを見たガクゾムは己にとっての危険を感知したのか、先ほどまで以上の勢いで怪光弾を
放って四人を攻撃する。だが彼らの光はガクゾムの攻撃によっても消えることはなかった。
『よぉし、行くぜぇみんなッ!』
『はい!』『うむ!』『おぉッ!』
 ゼロの号令により、四人は同時に地を蹴った。そうして四人が星の如き輝きの巨大な光の
弾丸となって合体する。これぞウルティメイトフォースゼロの力と心、そして光が一つに
なった時に使用することが出来るとっておきの切り札、ウルティメイトフォースゼロアタックだ! 
相乗効果によって増幅された光の威力は、闇の存在に対して計り知れない効果を発揮する!
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
 合体した四人は流星さながらの勢いで飛んでいき、怪光弾をはねのけてガクゾムに正面から激突した!
「グアァ――――――――!!」
 最大威力の体当たりを食らったガクゾムは、四人の光を吸収することも出来ず、木端微塵に
なって吹っ飛んだ!
「おおおおおッ!」
 あっと驚かされるオンディーヌ。ガクゾムを見事粉砕したゼロたちは元の状態に分かれ、
砂浜の上に着地した。
『やったな……!』
『ええ。見て下さい、空も晴れていきます』
 ミラーナイトの言う通り、ガクゾムの撃破とともに暗黒に包まれていた空に太陽の明かりが戻り、
元の青空が帰ってきた。
 まばゆい日差しを浴びたことで、全ての危険が去ったことを実感したオンディーヌが大歓声を上げた。
「おぉッ! 太陽の光だぁッ!」
「やったぞぉー! ゼロたちの勝利だぁーッ!」
「ありがとう、ウルティメイトフォースゼロ!」
 ゼロたちに向かって大きく手を振るギーシュたち。ルイズ、シエスタ、タバサ、キュルケの
秘密を知る者たちも、ゼロたちを見上げてうなずいた。
 彼らに向かってうなずき返したゼロたちは、まっすぐに空高くに向かって飛び上がり、
この場から引き上げていった。
「……おぉーい! みんなー!」
 そして才人が大きく手を振りながら、波打ち際を走ってルイズたちの元に戻っていった。
振り返ったギーシュが言う。
「あッ、きみ、今戻ってきたのかい! 全く、何というか、きみはいつも間が悪いな! 一番いい
ところにいないのだから」
「ああ、ゼロたちはもう帰ったのか。いやぁ、今度はどんなすごい戦いしたのか見たかったなぁ」
 すっとぼける才人に、ルイズが近寄っていって呼びかけた。

267ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 22:02:11 ID:w9tfUn6g
「サイト、ありがとう。また助けてもらっちゃったわね」
 才人はルイズにニッと笑い返した。
「いいってことだよ。何たって、俺はお前の使い魔なんだからな」
 戦いが終わり、才人も戻ったところで、オスマンがホッホッと笑いながら言葉を発した。
「いやはや、全くとんだ慰安旅行になってしもうたが、諸君が無事でひと安心じゃわい。
さて、これで暑さともお別れじゃから、着替えて学院に帰ろうではないか。皆、忘れ物の
ないようにするんじゃぞ」
「分かりました、オールド・オスマン!」
 オスマンの後に続いて宿に戻ろうとするオンディーヌの背中に、キュルケが呼びかける。
「あらあなたたち、何か忘れてるんじゃないかしら?」
「えッ、何か忘れてるって……」
 ギーシュたちは、女子が一様に自分たちに冷たい眼差しを向けていることに気がついた。
「あたしたちを着せ替え人形みたいにして弄んだ罰がうやむやになったままだわ」
「学院に帰ったら、先生たちに掛け合ってあんたたちの奉仕活動の期間を伸ばしてもらうからね! 
オールド・オスマンにも処罰を受けてもらいますよ!」
 モンモランシーが憤然として言いつけた。それでギーシュたちはガビーン! とショックを受ける。
「そ、そんなモンモランシー! 勘弁してくれ! ぼくらはきみたちを助けたじゃあないか!」
「何が助けた、よ! サイト以外は何もしなかったでしょ!?」
「そ、それはなりゆき上そうなっただけだよ! 助けたい気持ちはぼくたちにもちゃんとあったさ!」
「言い訳しないッ!」
「わしは学院長で、しかも老体じゃぞ!? ちょっとは労わってほしいのう……」
「学院長でも老体でも、何をしてもいいことにはなりませんよ! そもそもの元凶はあなた
でしょうが!」
 モンモランシーにきつく叱られ、しょんぼりと肩を落とすオスマンだった。
 才人の方も、ルイズにこう言いつけられる。
「あんたも帰ったら、わたしたちにご奉仕をしてもらおうじゃない。メイドの格好して働いて
もらおうかしら」
「えぇッ!?」
「あッ、それいいですね! ミス・ヴァリエール!」
 シエスタはノリノリで乗っかったが、当の才人はルイズに抗議。
「そりゃあんまりだろ! 俺、お前たちのために命懸けで頑張ったのに!」
「それとこれとは別よ! いい加減すぐ調子に乗る癖、ちゃんと反省して改善しなさい!」
 ルイズにきつく叱りつけられ、負い目のある才人は反論できずにがっくりうなだれた。
その様子にシエスタたちは思わずアハハハとおかしそうに笑う。
 そうして一行は、肩を落とす者と笑う者を交えながら、魔法学院へと帰っていったのであった。

268ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 22:03:19 ID:w9tfUn6g
以上です。
今回はひたすら戦ってるだけだった。

269名無しさん:2016/11/29(火) 21:24:24 ID:3VjH25UM
おつ

270ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:32:05 ID:p55OrQ4w
どうも、今晩は。無重力巫女さんの人です
特に支障が無ければ、21時35分から77話の投稿を始めたいと思います

271ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:35:03 ID:p55OrQ4w
 
 何処からか吹いてくる、涼しくて当たり心地の良い風が自分の頬と髪を撫でている。
 それを認識していた直後に、ルイズは何時の間にか自分が今まで意識を失い、今になって目覚めた事を理解した。
「ン、―――――ぅん…?」
 閉じていた瞼をゆっくりと上げて、その向こうにあった鳶色の瞳だけをキョロキョロと動かしてみる。
 上、下、右、左…と色んな方向へ動かしていくうちに、自分の身体かうつ伏せになっている事に気が付く。
 そして同時に一つの疑問が生じた。それは、今自分が何処にいるのかという事についてだ。

「………どこよ、ここ?」
 重く閉ざしていた口を開いてそう呟いた彼女の丸くなった目には、異空間としか形容できない世界が広がっていた。
 目に見えるものは全て、自分が横になっている床や天井すらもまるで雪のような白色に包まれた場所。
 今自分の視界に映っている手意外に目立つモノはないうえに色も全て白で統一されている所為かその空間の大きささえ分からない。 ゜
 ここは…?そう思って体を動かそうにも、不思議な事にどんなに手足へ力を入れても立つことはおろか、もがくことすらできない。
 体が動かなければ立ち上がって調べる事も出来ないために、ルイズはその場で悶々とした気持ちを抱える事になってしまう。
「あぁ、もうッ。体が動かないんじゃあここが何処かも分からないわよぉ…たくっ!」
 とりあえずは自由に動く顔に残念そうな表情を浮かべつつ、ルイズはそんな事を言った。
 彼女の残念そうな呟きを聞く者は当然おらず、言葉の全てが空しい独り言として真っ白い空間に消えていく。

 それから少ししてか、ふと何かを思い出したかのような顔をしたルイズがここで目覚める直前の事を思い出した。
 シェフィールドと名乗る女がけしかけてきたキメラ軍団を、霊夢や魔理沙にちぃ姉様の知り合いと言う女性と共に戦っていた最中、
 突如乱入してきた風竜に攫われて他の三人と別れた後に、彼女は風竜に乗っていた人物を見て驚愕していた。

――――――ワルド…ッ!?やっぱり貴方だったのね!
――――――やぁルイズ、見ない間に随分とタフになったじゃないか

 トリステインを裏切り、あまつさえアンリエッタ王女の愛する人を殺した男との再会は酷く強引で傲慢さが見て取れるものであった。
 それに対する怒りを露わにしたルイズの叫びに近い言葉も、その時のワルドには微塵も効きはしなかったようだ。
 無理もない。何せその時の彼は竜の上に跨り、一方のルイズはその竜の手に掴まれている状態だったのだから。
 どんなに迫力のある咆哮を喉から出せる竜でも、檻の中では客寄せの芸にしかならないのと同じである。

――――私を攫ってどうする気?っていうか、さっさと降ろしなさいよ! 
―――――それはできない相談だ。君がいないど彼女゛が僕を目指してやってきてくれないだろうからな

 竜の腕の中でジタバタしながら叫ぶルイズに、ワルドは前だけを見ながらそう言っていた。
 あの男の言う゛彼女゛とは即ち――あのニューカッスル城で、自分に手痛い目を合わせた霊夢の事に違いない。
 少なくとも魔理沙とは面識が無いであろう、プライドが高く負けん気の強いこの男に手痛い目に合わせだ彼女゛といえばあの紅白しか思いつかなかった。
 そんな事を思っていた直後、今まで自分をその手で掴んでいた竜がフッと握る力を緩めたのが分かった。
 え?…っと驚いた時、竜の手から自由になったルイズの体はクルクルと回りながら柔らかい草地へ乱暴に着地した。
 キメラ達との戦いで切られてボロボロになったブラウスに草が貼り付き、地面に触れた傷口が激しく痛む。
 
 地面へ着地して二メイル程回ってから、ようやく彼女の体は止まった。
 ボロボロになったルイズは呻き声を上げた蹲る事しかできず、立ち上がる事さえままならぬ状態であった。
 そんな彼女を尻目に乗っていた風竜から飛び降りたワルドはスタスタと歩きながら、彼女のすぐ傍で立ち止まった。
 足音であの男が近づいてきたと察したルイズはここに至るまで手放さなかった杖を向けようと手を動かそうとする。 
 しかし、そんな彼女のささやかな抵抗は一足先に自分の顔へレイピア型の杖を向けてきたワルドによって止められた。

272ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:37:05 ID:p55OrQ4w


――――無駄だ。所詮学生身分の君じゃあ、元魔法衛士隊の私とでは勝負にならんぞ
――――…っ!そんなのやってみなきゃ…わからない、でしょう…が

 体中がズキズキと痛み続ける中、自分を見下ろす男に彼女は決して屈しなかった。
 少なくとも目の前の男に一発逆転を喰らわせだ彼女゛ならば、同じ事を言っていたに違いない。
 痛む体に鞭を打ち、ワルドの杖などものともせずに立ち上がろうとした直前、彼女の目の前を青白い雲が覆った。
 それがワルドの唱えた『スリープ・クラウド』だと気づこうとしたときには、既に手遅れであった。

―――――大人しくしていろよルイズ?少なくとも、あの紅白が来るまではな

 頭上から聞こえてくるワルドの言葉を最後に、ルイズは深い深い眠りについてしまう。
 魔法による睡魔に抗えるワケもなく、急激に重くなっていく瞼を閉じたところで――――彼女の意識は途切れた。
 
 
 再び目を覚ました時には、こんなワケのわからない空間にいた。
 ここに至るまでの回想を終えたルイズは、眠る前に耳にしたワルドの言葉を聞いて悔しい思いを抱いていた。
 どういう経緯で自分を見つけてたのかは知らないが、アイツがレコン・キスタについているのなら警戒の一つでもしておくべきであったと。
 今更悔やんでも仕方ないと頭の中で思いつつも、心の中では今すぐにでもワルドに一発ブチかましてやりたいという怒りが募っている。
 歯ぎしりしたくて堪らないという表情を浮かべていたルイズであったか、どうしたのかゆっくりとその表情が変わり始めた。
 火に炙られて形が崩れていくチーズのように、凶悪な怒りの表情が神妙そうなモノへと変わっていく。
 その原因は、彼女の目が見ているこの場所――――つまりこうして倒れている空間にあった。
 

「―――――にしたって、何で私はこんな所にいるのかしら?」
 その言葉が示す通り、彼女自身ここがどういう所なのか全く分からなかった。
 ワルドの『スリープ・クラウド』で眠った後でここにいたのだから、普通に考えればここは彼女の夢の中という事になる。
 しかし、どうにもルイズ自身はこの変な空間が自分の夢の中だとは上手く認識できなかった。
 無論根拠はあった。そしてそれをあえて言うのならば―――夢にしては、どうにも意識がハッキリし過ぎているのだ。
 これが夢なら今自分の体は暗い夜の草地の上で倒れているはずなのだが、その実感というものが湧いてこない。
 むしろ今こうして倒れているこの体こそ、自分の本物の体と無意識に思ってしまうのである。
 まるでワルドに眠らされた後、何者かによってこのワケの分からない空間へと転移してしまったかのような…――
「…って、そんな事あるワケないわよね」
 自分の頭の中で浮かび上がってきた疑問に長考しそうになった彼女は、気を紛らわすかのように一人呟いた。 
 あまりにも馬鹿馬鹿しく。人前で言えば十人中十人が指で自分を指して笑い転げる様な考えである。
 というか普段の自分なら今考えていたような゙もしかして…゙な事など、想像もしなかったに違いない。
 第一、そんな事を追及しても現実の自分たちが直面している事態を好転できる筈もないというのに。


「とにかく、何が何でも目を覚まさないと…」
 バカな事を考えるのはやめて現実を直視しよう、そう決めた時であった。
 丁度彼女の顔が向いている方向とは反対から、コツ…コツ…コツ…という妙に硬い響きのある足音が聞こえてきた。

273ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:39:06 ID:p55OrQ4w
 
(………誰?)
 突然耳に入ってきたその音に彼女は頭を動かそうとしたが、残念な事に頭も全く動かない。
 その為後ろからやってくる゙誰がを確認することは叶わず、かといってそこで諦めるルイズではなかった。
(このっ、私の夢なら私が動けって思った時に動きなさいってのッ)
 根性で動かそうとするものの、悲しいかなその分だけ視界が目まぐるしく動き回るだけである。
 そうこうしている内に硬い足音を響かせる゙誰がは、とうとう彼女のすぐ傍にまで近づいてきてしまった。
 一体何が起こるのかと緊張したルイズは動きまわしていた目をピタリと止めて、ジッど誰がの出方を疑う。
 だが、そんな彼女が想像していた様な複数の゛もしかしたら゙とは全く違う事が、彼女の身に起こったのである。


―――――聞こえるかい?遥か遠くの未来に生きる僕たちの子


 それは、ルイズの予想とは全く異なった展開であった。
 突然自分の頭の中に響き渡るかのようにして、若い男性の声が聞こえてきたのである。
「え…こ、声?」
 流石のルイズも突然頭の中に入ってきたその声に驚き、思わず声を上げてしまう。
 声からして二十代の前半か半ばあたりといったところだろうか、まだまだ自分だけの人生を築き始めている頃の若さに満ち溢れている声色だった。 

―――――――僕たちが託したこの世界で、過酷な運命を背負わせてしまった子ども達の内一人よ。…聞こえているかい?

 ルイズ目を丸くして驚いている最中、再びあの男性の声が聞こえてくる。
 女の子であるルイズの耳には心地よい声であったが、こんな優しい声を持つ知り合いなど彼女にはいない。
 これまで聞いたことのないような慈しみと温かさに満ちたソレは、緊張という名の氷に包まれたルイズの心を優しく溶かし始めている。
 何故だか理由は分からなかったものの、その声自体に彼女の心を落ち着かせる鎮静作用があるのだろうか?
 声を入れた耳がほんのりと優しい暖かさに包まれていくが、そんな゜時にルイズは一つの疑問を抱いていた。
 それはこの声の主が、自分に向けて喋っているであろう言葉にあった。
 
 遥か遠くの未来?過去な運命…?
 まるで過去からやってきた自分、ひいてはヴァリエール家の先祖が、自分の事を言っているかのような言い方である。
 名家であるヴァリエールの血を貰いながらも、魔法らしい魔法を一つも使えず渋い十六年間を生きてきたルイズ。
 そんな彼女をなぐさめるかのような謎の声にルイズはハッとした表情を浮かべた。
 私を知っているのか?頭の中へと直接話しかけてくる、この声の主は…。
「あなた、誰なの…?」
 思わず口から言葉が出てしまうが、声の主はそれに答える事無く話し続けてくる。

――――――――君ならば、きっとこれから先の事を全て、受け止められる筈だ
―――――――――楽しいことも、悲しいことも、そして…身を引き裂かれるような辛いことも全て…

274ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:41:04 ID:p55OrQ4w
 
 そこまで言ったところで、今度はすぐ後ろで止まっていたあの足音が再び耳に入ってきた。
 コツ、コツ、コツ…と硬く独特な音がすぐ傍から耳に入ってくるというのは、中々キツイものである
 足音の主はゆっくりと音を立てながら、丁度ルイズを中心にして時計の針と同じ方向に歩いているようだ。
 つまり、このまま後数歩進めば自分の頭の上を歩いて足音の主をようやく視界の端に捉えられるのである。
 謎の声に安堵していたところへ不意打ちを決めるかのような足音に多少は動揺を見せたルイズであったが。喉を鳴らしてその時を待った。
 ……三歩、四歩――――――そして次の五歩目で、上へ向けた彼女の視界に足音の正体が見えそうになった瞬間。
 その足音の正体と思しき人影から漏れ出した眩い閃光が、ルイズの視界を真っ白に染め上げたのである。

 まるで朝起きて閉めていたカーテンを開けた時の様に、突き刺すほどの眩い光に彼女は思わず目を細めてしまう。
「―――ッう!」
 呻き声を上げたルイズは目に痛い程の光を見て、今度は何が起きたのかと困惑し始める。  
 そんな彼女を再び安心させるかのように、またもやあの゙謎の声゙が――――今度は直接耳へと入ってきた。
 鼓膜にまで届くその優しい声色が、その鳶色の瞳を瞼で隠そうとしルイズの目を見開かせる。

「僕は、君みたいな子がこの世に生まれ落ちてくるのを待っていたんだ…
 決して自らの逆境に心から屈することなく、何度絶望しようとも絶対に希望を手放すことなく生きてきた、君を―――――」

 まるで生まれてから今日に至るまで、自分の人生を見守って来たかのような言い方。
 そして、足音の正体から広がる光が見開いたルイズの視界を覆い尽くす直前。その声は一言だけ、彼女にこう告げた。


「水のルビーを嵌め…―――始祖の祈祷書を…――――君ならば…―――制御でき―――る…。
  使い道を、間違え…――――あれは、多くの…人を――――無差別に…―――――――殺…せる」

 まるで音も無く消え去っていくかのように遠ざかり、ノイズ交じりの優しい声が紡ぐ言葉は。
 目の前が真っ白になっていくルイズの耳を通り、頭の中へと深くまるで彫刻刀で彫るかのように刻まれていった。



「――――――…はっ」
 光が途絶えた先にまず見えたのは、頭上の暗い闇夜と地面に生えた雑草たちであった。
 服越しに当たる草地の妙に痛痒い感触が肌を刺激し、草と土で構成された自然の匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。
 その草地の上でうつ伏せになっていると気が付いた時、ルイズは自分の目が覚めたのだと理解した。
「夢、だったの?…っう、く!」
 一人呟きながら立ち上がろうとするも、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。
 そういえばワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのだと思い出すと同時に、一つの疑問が湧く。
(ワタシ…どうして目を覚ませたのかしら?)
 『スリープ・クラウド』は通常トライアングル・クラスから唱える事のできる高度な呪文だ。
 スクウェアクラスの『スリープ・クラウド』ならば竜すら眠らせるとも言われているほどである。
 ワルド程の使い手の『スリープ・クラウド』は相当強力であろうし、手を抜くなんて言う間抜けな事はしない筈だ。
 なら何故自分は目を覚ませたのであろうか?ルイズがそれを考えようとしたとき、聞きなれた霊夢とデルフの声が耳に入ってきた。

275ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:43:02 ID:p55OrQ4w
 
「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」
『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』

 軽く怒っている様子の巫女と、軽い気分で謝っているインテリジェンスソードのやり取りを聞いて、思わずそちらの方へ顔を動かそうとする。
 『スリープ・クラウド』の影響か体は依然動かないままだが、幸運にも首と顔は何とか動かせるようになっていた。
 ぎこちない動作で声が聞こえてきた右の方へ動かしてみると、霊夢とデルフがあのワルドと対峙しているのが見えた。
(……あっ、魔理沙!)
 その二人から少し離れた所で魔理沙が倒れているのが見えたが、見た所怪我らしいものは見当たらない。
 ただこんな状況で暢気に倒れているという事は、おそらく自分と同じようにワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのであろう。
 レイピア型の杖を片手剣と同じ風に構えているワルドと、自分よりやや大きめの剣を両手で構えている霊夢。
 その彼女の左手のルーンが微妙に輝いているのと、デルフの刀身が綺麗になっている事に彼女は気が付いた。
(レイム、それにデルフ…って、アイツあんなに綺麗だったっけ?…それに、レイムの左手のルーンが!)
 見間違える程新品になったうあのお喋りな剣の刃先、『ガンダールヴ』のルーンを光らせる霊夢はワルドに向けている。
 それはまるで、あのニューカッスル城で自分を寸でのところで助けてくれたあの時の彼女の様であった。
 


 輝いている。あの小娘の左手のルーンが眩しい程に俺の目の前で輝いてくれている。
 左のルーン…あの時、倒した筈のお前は何もかもをひっくり返して俺をついでと言わんばかりに倒してくれた。
 あの時お前が剣を振るって遍在を斬り捨てていた時、お前の左手が光っているのをしっかりと見ていた。
 光る左手――――それは即ち。かつてこの地に降臨した始祖ブリミルが従えたという四つの使い魔の内の一人。
 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなし、光の如き俊敏さで始祖に迫りし敵を倒していったという゛神の左手゙こと『ガンダールヴ』。
 今、俺の目の前にはその『ガンダールヴ』を引継ぎ、尚且つ俺に負け星を贈ってくれた少女と対峙している。
 
 こんなに嬉しかった事は、俺の人生の全てが変わった゛あの頃゙を経験してから初めての事だ。
 何せこれまで思ってきた疑問の一つが、たった今跡形も無く解消したからだ。
 ――――――…ルイズ、やはり君は…只者ではなかった。


「ほう…その左手のルーン、まさかとは思うがあの伝説の『ガンダールヴ』のルーンとお見受けするが?」
「……!へぇ、良く知ってるじゃないの。性格の悪さに反して勉強はしているようね?」
 両者互いに距離を取った状態を維持しながらも、霊夢の左手のルーンに気付いたワルドが質問をしてきた。
 霊夢はまさかこの男が『ガンダールヴ』の事を知っているとは思わなかったので、ほんの少しだけ眉を動かしてそう返す。
 一方のワルドは相手の反応から自分の予想が当たっていた事を嬉しく思いながらも、冷静を装いつつ話を続けていく。

「まぁな。魔法衛士隊の隊長を務められるぐらいに勉強を積み重ねていると、古い歴史を記した書物をついつい紐解いてしまうんだ。
 大昔にあった国同士の大きな戦の記録や、古代にその名を馳せた戦士たちの伝記…そして始祖ブリミルと共に戦ったという゛神の左手゙の話も…な?」

276ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:45:05 ID:p55OrQ4w
 
 霊夢の左手に注視しながらもワルドは王立図書館でその手の本を漁っていた頃の自分を思い出していく。
 あの頃はただがむしゃらに強くなりたいという思いだけを胸に、埃を被っていた分厚い本たちとの戦いが自分の日課であった。
 しかしどんどん読み進めていき、読破した冊数を重ねていくうちに今の時代では学べぬ様な事を覚える事が出来た。
 その当時天才と呼ばれていた将軍や大臣たちが編み出した兵法や戦術の指南書、後世にて戦神と崇められた戦士たちが自らの生き様を記した伝記。
 元々ハルケギニアの歴史や兵達の活躍を元にした舞台や人形劇が好きだった事もあって、彼はより一層読書の楽しさを知る事となった。
 そして水を吸うかの如くそれ等の知識を吸収していったからこそ、今のワルドという人間がこの世にいるのであった。


 そういった本を片っ端から読み進めていく内に、彼はある一冊の本を手に取ることとなったのである。
 巨大なライブラリーの片隅、掃除が行き届いていない棚に差さっていた埃に覆われたあの赤い背表紙に黄色い文字。
 まるで黴の様に本を覆い隠しているソレを何となく手に取り、埃を払い落とすとどういった本なのかを確認した。
 その時はただ単にその本が読みたかったワケではなく、ただこの一冊だけ忘れ去られているのがどうにも気になっただけであった。
 背表紙についていた埃を手で拭うかのように払い取った後、すぐ近くの窓から漏れる陽光の下にかざした。
 
 ――――『始祖ブリミルの使い魔たち』

 ハルケギニアに住む者達なら言葉を覚え始めた子供でも名前を言える偉大なる聖人、始祖ブリミル。
 六千年前と言う遥か大昔に四つの使い魔たちと共に降臨し、この世界を人々が暮らせる世界に造りあげた神。
 そのブリミルと使い魔たちに関する研究データを掲載した本を、彼はその時手にしたのである。
 最初埃にまみれていたのがこの本だと知ると、彼はこの場に神官や司祭がいなかった事を心から喜んでいた。
 この手の本はその年の終わり、始祖の降誕祭が始まる度に増補改訂版が出る程の歴史ある本だ。
 棚に差されていたのは何年か前に出て既に絶版済みのものであったが、これ自体が一種の聖具みたいな存在なのである。

 つまりこの本を教会や敬虔深いブリミル教徒の前で踏みつけたり、燃やしたりするようなバカは…。
 真っ裸で矢と銃弾と魔法が飛び交う戦場へと突っ込んでいくレベルの、大ばか者だという事だ。
 何はともあれひとまず埃を払い終えたワルドは、この本を入口側の目立つ棚へ差し替える前に読んでみる事にした。
 別に彼自身は敬虔深いブリミル教徒ではなかった故に、この手の本は読んだことが無かった。
 まぁその時は時間に余裕があったし、ヒマつぶしがてらに丁度いいだろうという事で何気なくページを捲っていた。
 しかし、その時偶然にも開いたページに掛かれていた項目は、若かりし頃の彼が持っていた闘争心に火をつけたのである。




「『ガンダールヴ』は左手に大剣を、右手に槍を持って幾多の戦士と怪物たちの魔の手から始祖ブリミルを守り通したという…。
 そう、その書物に記されている通りならば『ガンダールヴ』に敵う者たちは一人もいなかったんだ。―――――――ただの一人もな?」

 杖の先をゆらゆらと揺らすワルドがそこまで言ったところで、今度は霊夢が口を開く。 
「だから私にリベンジしてきたってワケ?わざわざルイズまで攫って…随分な苦労を掛けてくれるわね?泣けてくるわ」
 涙はこれっぽっちも出ないけどね。最後にそう付け加えた彼女はデルフを構えたまま、尚も動こうとはしなかった。
 やろうと思えばやれる程度に横腹を蹴られた時のダメージは回復してはいるものの、それでもまだ本調子で動ける程ではない。
 霊夢個人の意見としてはこちらから攻め入りたいと考えていたが、ワルドもまた同じ考えなのかもしれない。
 両者互いに攻め込んでいきたいという欲求をただひたすらに堪えつつ、じりじりと距離を詰めようとしていた。

277ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:48:06 ID:p55OrQ4w
 ワルドは既にやる気十分な彼女を見ながら、呪文を詠唱して再度戦闘準備に取りかかった。
 訓練のおかげで口を僅かに動かす程度で詠唱できるようになった彼の杖に、風の力が渦を巻いて纏わりついていく。
 やがてその力は青白い光となって杖と同化し、光る刃を持つレイピアへとその姿を変える。
「『エア・ニードル』だ。一応教えておくが杖自体が魔法の渦の中心、先ほどのように吸い込む事はできんぞ」
 青白い光で自らのアゴヒゲを照らすワルドの言葉に、霊夢はデルフへ向けて「本当に?」質問する。
『まぁな、でも安心しなレイム。今のお前さんには『ガンダールヴ』が味方してくれている、だからお前さんの様な剣の素人でも遅れは取らんさ。……多分』
「私としては遅れをとるよりも勝ちに行きたいんだけど?…っていうか、多分って何よ多分って」
 喋れる魔剣のいい加減なフォローに呆れながらも、そんなデルフを構え直した直後―――――ー。
 
「それでは…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、あらためワルド―――推して参るぞ」
 杖を構えたまま名乗ったワルドが、地面を蹴り飛ばして突っ込んでくると同時に霊夢もまたワルド目がけて突っ込む。
 黒と緑、紅と白の影がほぼ同時に激突する音と共にデルフの刀身と『エア・ニードル』を構成する魔力が火花を散らした。

(レイム…!)
 一方で、ワルドが気づかぬ内に目を覚ましていたルイズは二人の戦いをやや離れた所から眺める立場にいた。
 動きたくても未だにその体は言う事を聞かず、指すらくわえることもできずにどちらかの勝敗を見守る事しかできない。
(折角運よく目覚めたっていうのに、これじゃあ意味が無いじゃないの!)
 意識だけはハッキリしている歯痒さと、助けようにも助けに行けない悔しさを感じたルイズは何としてでも体を動かそうとした。
 まるで見えない腕に抑え込まれているかのような抵抗感に押しとどめられながらも、それを払いのけようと必死に体をもがかせる。
 他人が見れば滑稽に見える光景であったが、やっている本人の表情は真剣そのものかつ必死さが伝わってくる。

(動けッ!動きなさいよ…!今目の前に…ウェールズ様の、姫さまの想い人の仇がいるっていうのに…!)
 敬愛するアンリエッタに罪悪感の一つを抱かせ、その後もレコン・キスタにのうのうと所属していたであろうワルド。
 そして今はソイツに攫われた挙句に霊夢たちを誘き寄せる餌にされて、まんまと利用されてしまっている。
 今体が動くなら霊夢の手助けをしてあの男に痛い目を合わせられるというのに、ワケのわからない金縛りでそれが叶わない。
 体の奥底から、沸々と怒りが湧き上がってくる。沸き立つ熱湯が鍋から勢いよくこぼれ出すかのように。
(このまま何もできずに見てるなんて―――――冗談じゃ…ない、わよッ!!)
 積りに積もってゆく苛立ちと憤怒が彼女の力となり、それを頼りに勢いよく右腕へと力を入れた瞬間。
 杖を握ったまま金縛り状態になったその腕がガクンと震えた直後、不可視の拘束から開放された。
「…!」
 突然拘束から解放された右腕から伝わる衝撃に驚いたルイズは、思わずそちらの方へと視線を向けた。
 残りの手足と体より先に自由になった腕は、ようやっと動けた事を喜んでいるかのように小刻みに震えている。
(まさか、本当に動いたっていうの?)
 未だ半信半疑である彼女が試しに動かしてみると、主の意思に応えて腕はその通りに動く。
 腕の筋肉や骨からはビリビリとした痺れのような不快感が伝わって来るものの、動かすことの支障にはならない。
(一体、どういう事なの…?――――…!)
 先ほどの夢といい、ワルドの『スリープ・クラウド』から目が覚めた事といい、今自分の身に何が起きているのだろうか…?
 そんな疑問を頭の中で浮かばせようとするルイズであったが、動き出した右腕の゙手が握っているモノ゙を見た瞬間、その表情が変わった。

278ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:50:15 ID:p55OrQ4w
 
 ルイズ自身、ワルドが゙ソレ゛を自分の手から離さなかったのは一種の気まぐれだったのかもしれない。
 魔法で眠らせている分大丈夫だと高を括ったのか、それともまもとな魔法が使えない『ゼロ』の自分だから安心だと思ったのだろう。
 だとすれば、彼はこの状況で唯一にして最も重要なミスを犯したと言っても過言ではないだろう。
 彼女本人としては、体の自由を取り戻し次第近くに゙ソレ゛が落ちていないか探す予定であったのだから。
(丁度良いわね…探す手間が省けたわ。けれど、一難去ってまた一難…次ばコレ゙をワルドの方へと向けないと…)
 思わぬところで情けを掛けてくれたワルドに心のこもっていない感謝を送りつつ、ルイズはゆっくりと右腕を動かし始めた。
 ゙ソレ゛を手に持った右腕を動かすたびに、力が抜けるような不快な痺れが片と脊椎を通して脳へと伝わっていく。
 まるで幾つもの羽箒でくすぐられているかのような感覚に、彼女はおもわず手に持っだソレ゛を落としてしまいそうになる。 

(我慢…我慢よルイズ!ほんの数サント、そう数サント程度動かすくらい何よ!?)
 歯を食いしばりながらその不快感に耐える彼女は、ゆっくりと腕を動かしていく。
 その手に持っだソレ゛―――――この十六年間共に生きてきた一振りの杖で、母国の裏切り者へ一矢報いる為に。
   

 一方、密かに反撃を行おうとするルイズを余所にワルドは霊夢とデルフを相手にその腕前を発揮している。
 魔力に包まれた杖で見事な刺突を仕掛けてくる彼と対峙する霊夢は慣れぬ剣を見事に使いこなしてソレを防いでみせる。 
 彼女の胸を貫こうとした杖はデルフの刀身によって軌道を逸らされる一方で、袈裟切りにしようとするその刃を『エア・ニードル』で纏った杖で防ぎきる。
 『ガンダールヴ』の力で剣を巧みに操れる様になっている霊夢は、百戦錬磨の武人であるワルドを相手に互角の勝負を繰り広げていた。

「ほぉ。中々耐えているじゃあないか、面白いッ!」
 ワルドからしてみればギリギリのタイミングで防ぎ、的確に剣を振ってくる霊夢の腕にある種の驚きを抱きながら呟いた。
 彼の目から見てもこの小さな少女には体格的にも不釣り合いだというのに、そのハンデを無視するかのように攻撃してくる。
 見ると左手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは光り輝いているのを見る分、彼女は今伝説の使い魔と同じ能力が使えているようだ。
「く…このっ!さっさと斬られなさいってのッ」
 対する霊夢は、この世界へ来るまで特に興味の無かった剣をここまで使いこなせている自分を意外だと感じていた。
 あくまで話し相手であったデルフは見た目からして彼女には似つかわしくないし、何より重量もそれなりにある。
 背中に担ぐだけならともかく、鞘を抜いて半霊の庭師みたいな攻撃をしようとしても、録に使いこなせないであろう…普通ならば。
 しかしルイズとの契約で刻まれた『ガンダールヴ』のルーンが霊夢に助力し、その小さな体でデルフを使いこなしている。
 本当なら剣の振り方さえ碌に知らなかった彼女は歴戦の剣士の様にデルフを振るい、ワルドと激しい攻防を繰り返していた。
 先ほど御幣で渡り合った時とは違ってワルドの一挙一動が手に取るように分かり、相手のフェイントを軽々と避けれる程度にまでなっている。
 そして本来ならば相当重いであろう剣のデルフを使ってどこをどう攻撃し、どのように振ればいいのかさえ理解できている。
 トリスタニアの旧市街地で戦った時も、ナイフなんて使ったことも無いというのにあれだけ使いこなせたのだ。
 あながちこのルーンの事は馬鹿にできないと霊夢は改めて感じていた。

 他にも彼女の体に蓄積していて疲労や頭痛の類は、まるで最初から幻だったかのように収まってしまっている。
 それに合わせていつもと比べて体が軽くなった様な気がするうえに、この前ルーンが光った時の様な幻聴みたいな声も聞こえてこない。
 これだけ説明すれは『ガンダールヴ』になって良かったと言えるのだろうが、霊夢自身はあまりそういう気持ちにはなれなかった。
(タダほど怖いモノは無いって良く言うけれども、そもそもこんなルーン自体刻まれちゃうのがアレだし…)
 ワルドと切り結びながらも体力が戻った事でそれなりの余裕を取り戻した彼女は、心の中で軽い愚痴をぼやく。
 しかし今更そんな事を思っても時間が巻き戻るワケでもなく、今のところ使い魔のルーンも自分のサポートに徹してくれている。
 今のところワルドとも上手く渡り合えている。ならば特に邪推する必要は無いと判断したところで、何度目かの鍔迫り合いに持ち込んでしまう。

279ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:51:09 ID:p55OrQ4w
 
 眩い火花を散らして激突し合うデルフの刀身と、魔力を帯びたレイピア型の杖。
 杖そのものが魔法の渦の中心となっている所為で、魔法を吸収する事のできるデルフは『エア・ニードル』を形成する中心を取り込むことは出来ない。
 しかし、普通の剣ならば小さなハリケーンとも言える『エア・ニードル』を防ぐ事はできなかったであろう。
「ふぅ…!流石伝説の『ガンダールヴ』だな、この私を相手に接近戦で渡り合えたヤツは君を含めて四人目だ」
「ご丁寧に、どうも…!」
 顔から汗を垂らすワルドの口から出た賞賛に対し、両手でデルフを構える霊夢はやや怒った表情を礼を述べる。 
 いくら『ガンダールヴ』で剣が使えるようになったと言っても、現状の実力差ではワルドの方に分があった。
 二人を見比べてみると、霊夢がやや必死かつ怒っているのに対しワルドの顔には未だ笑みが浮かんでいる。
 しかしその表情とは裏腹に彼女を睨み付ける目は笑っておらず、杖も片手で構えているだけで両手持ちの霊夢の剣を防いでいた。
 彼は元々、トリステイン王家の近衛を務める魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めただけの実力を持っているだけあってその杖捌きは一流だ。
 例え片腕を無くした状況下で戦う事になったしても、相手に勝てる程の厳しく過酷な訓練を乗り越えてきたのだ。

 それに加えてかつて霊夢に敗れてからというものの、毎日とは言わないが彼女を相手に戦って敗れるという夢を何度か見ている。
 シュヴァリエの称号を持つ彼としては、ハルケギニアでは特別な存在であってもその前に一人の少女である霊夢に負けたという事実は思いの外悔しい経験だった。
 だからこそ彼はその夢でイメージ・トレーニングの様な事をしつつも、あれ以来どのような者が相手でも決して油断してはならぬと心から誓っていた。
 貴族、平民はおろか老若男女や人外であっても、自分に対し敵意を持って攻撃してくるものにはそれ相応の態度でもって返答する。
 スカボロー港やニューカッスル城で味わった苦い経験を無駄にしない為に、ワルドは手を抜くという事をやめたのである。
 
「私自身、剣を使ったのはこれで二度目だけど今度は直に刺してやっても――――良いのよ…ッ!?」
 そう言いながらワルドと正面から剣を押し合っていた霊夢は頃合いを見計らったかのように、スッと後ろへ下がった。
 デルフを構えたままホバー移動で後退した彼女は空いている右手を懐に入れ、そこから四本の針を勢いよく投げ放った。
 しかしワルドはこの事を予知していたかのように焦る事無く杖を構え直すと、素早く呪文を詠唱する。
 すると杖の先から風が発生し、自分目がけて突っ込んできた針は四本とも空しく周囲へと飛び散らせた。
「悪いが今の私相手に小細工は…ムッ」
 針を散らしたワルドが言い終える前に、霊夢は次の一手に打って出ようとしていた。
 今度は左腕の袖から三枚のお札を取り出すと、ワルドが聞いたことの無いような呪文のようなものを唱えてから放ってきたのである。
 針同様真っ直ぐ突っ込んでくると予想した彼は「何度も同じことを…」と言いながら再び『ウインド』の呪文を唱えようとした。
 再び杖の先から風発生し、これまた針と同じようにしてお札もあらぬ方向へと吹き飛んで行った―――筈であった。
 しかし、三枚ともバラバラの方向へと飛んで行ったお札はまるで意思を持っているかのように再びワルドの方へと突っ込んできたのである。
「何だと?面白い、それならば…」
 これには流石のワルドも顔を顰め、三方向から飛んでくるお札を後ろへ下がる事で避けようとした。
 お札はそのまま地面に貼り付くかと思っていたが、そんな彼の期待を裏切って尚もしつこく彼を追尾し続けてくる。
 しかしそうなる事を想定していたワルドは落ち着いた様子で、再び杖に『エア・ニードル』の青白い魔力を纏わせていた。

 直覚な動きでもって迫りくる三枚のお札が、後一メイルで彼の身体に貼り付こうとした直前。
 ワルドは風の針を纏わせた自身の杖で空気を斬り捨てるかのように、力を込めて杖を横薙ぎに振り払った。
「――――…フッ!」
 瞬間、彼の前に立ちはだかるようにして青く力強い気配を纏わせた魔力の線が横一文字を作り出し、
 丁度そこへ突っ込むようにして飛んできたお札は全て、真っ二つに切り裂かれて敢え無くその効力を失った。
 三枚から計六枚になったお札ははらはらと木から落ちていく紅葉の様に地面へ着地し、ただの紙切れとなってしまう。
「成程。斬り合い続けてもマンネリになるしな、丁度良いサプライズになったよ」
「………ッ!中々やるじゃないの」

280ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:53:03 ID:p55OrQ4w
 
 軽口を叩く程の余裕を残しているワルドに、霊夢は思わず舌打ちしてしまう。
 もう一度距離を取る為にと時間稼ぎついでに試してみたのが、やはり簡単にあしらわれてしまったようだ。
『うへぇ、お前さんも運が良いねぇ。奴さんのような腕の立つメイジ何て、そうそういないぜ…って、うぉわ!』
「あんたねぇ!私に向かって言う時は運が悪いって言うでしょうが、普通は!?」
 一閃。正にその言葉が相応しい程に速い杖捌きに霊夢が構えているデルフが無い舌を巻いている。
 その彼を今は武器として使っている霊夢は余計な事まで言う剣を揺らした後、溜め息をついて再びワルドの方へと視線を向けた。
 目の前にいる敵は先程針とお札をお見舞いしたはずだというのに、それで疲れたという様子を見られない。
 最もあの男相手に上手くいくとは思っていなかったが、こうもあしらわれるのを見てしまうと流石の霊夢も顔を顰めてしまう。

「しっかし、アンタもタフよねぇ?ニューカッスル城で散々な目に遭わせてやったっていうのに…」
「貴族っていうのはそんなもんだよ。私みたいな負けず嫌いの方が穏健な者より数が多い、ルイズだってそうだろう?」
 平気な顔をしているワルドに向けてそんな愚痴を漏らすと、彼は口元に笑みを浮かべなからそう言ってきた。
 彼の口から出てきた言葉と例として挙げてきたルイズの名に、「確かにそうね」と彼女も頷いてしまう。

「昔の貴族の事を記した本では、自身の名誉と誇りを掛けて決闘し合ったという記しているが…実際のところは違う。
 自分の女を取られたとか、アイツに肩をぶつけられた…とかで、まぁ大層くだらない理由で相手に決闘を申し込んでいたらしい」

「…あぁ〜、何か私もそんな感じで決闘をしかけられた事もあったわねぇ」
 戦いの最中だというのに、そんな説明をしてくれたワルドの話で霊夢はギーシュの事を思い出してしまう。
 まぁ面白半分で話しかけた自分が原因だったのが…成程、貴族が負けず嫌いと言うこの男の主張もあながち間違っていないらしい。
「だから、アンタもその貴族の負けず嫌いな性格に倣って私にリベンジ仕掛けてきたって事ね?」
「その通りだ。―――――だが、生憎時間が無いのでな。悪いが君との勝負は、そろそろ終わらせることにしよう」
「…時間?……クッ!」
 何やら気になる事を呟いてきたワルドに聞き返そうとした直後、目にもとまらぬ速さでワルドが突っ込んできた。
 一気に距離を詰められつつも、『ガンダールヴ』のサポートのおかげて、間一髪の差で彼の攻撃を防ぐ事ができた。
 しかし今度はさっきとは違い完全に霊夢が押されており、目の前に『エア・ニードル』を纏った杖が迫ってきている。
 ガチガチガチ…とデルフと杖がぶつかり合う音が彼女の耳へひっきりなしに入り、押すことも引くこともできない状況に更なる緊迫感を上乗せしていく。
「ッ、時間が無いって、それ一体どういう意味よ…!?」
「ん?あぁそうか、今口にするまでその事は話題にも出していなかったな。失敬した」
 自分の攻撃を何とか防いだ霊夢の質問に、ワルドは思い出したかのような表情を浮かべながら言った。
 それからすぐに逞しい髭が生えた顎でクイッと上空を指したのを見て、霊夢も自らの視線を頭上へと向けた。

 霊夢にデルフとワルド、それに二人に気付かれぬまま目覚めたルイズと未だ眠り続けている魔理沙。
 計四人と一本が今いるタルブ村にある小高い丘から見上げた夜空に浮かんでいる、神聖アルビオン共和国の艦隊。
 旗艦である『レキシントン号』を含めた幾つもの軍艦が灯している灯りで、彼らの浮遊している空は人口の明りに包まれていた。
「あれが見えるだろう?私がここまで来るのに足として使ったアルビオンの艦隊だ」
「それがッ、どうしたって――――…まさか」
 ワルドの言葉と先ほど聞いた「時間が無い」という言葉で、彼女は思い出した。
 つい二十分ほど前に自分たちにキメラの軍団をけしかけてきていた謎の女、シェフィールドの言葉を。

―――コイツラは明朝と共に隣町へ進撃を開始する事になってるのさ。アルビオン艦隊の前進と共にね。
―――――そうなればトリスタニアまではほぼ一直線、お姫様が逃げようが逃げまいがアンタたちの王都はおしまいってワケさ!

281ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:55:02 ID:p55OrQ4w
 
 奴が運び込んできたであろうキメラ軍団と共に進軍するであろう、アルビオンの艦隊。
 それが今頭上に空中要塞の如く浮遊しており、そして先ほどワルドが口にした言葉が意味する事はたった一つ。
「成程…アンタが吹き飛ばした化け物の仲間と一緒に、あの艦隊も動き出すってワケね!」
「ム、なぜそこまで知ってるんだ?」
「アンタがやってきてルイズを攫う前に、あのシェフィールドって奴がペラペラ喋ってくれたのよ」
「…ふぅん。私の事を裏切り者と言った割には、髄分と口が軽いじゃないか」
 そんな会話を続けていく中で、ワルドに押されている霊夢はゆっくりと自分の態勢を立ち直らせようとしていた。
 さながら身を低くして獲物の傍へと近づくライオンの如く、相手に気づかれぬよう慎重な動きで足の位置を変えていく。
 受けの態勢から押す態勢へと変える為に…ゆっくりと、気取られぬよう靴の裏で地面の草を磨り潰すようにして足を動かす。
 その動きを続ける間にも決して怪しまれぬよう、自分の気持ちなど知らずして口を開くワルドにも対応しなければいけない。

「まぁ今はご立腹であろう彼女に、どう謝るのかは後で考えるとして…どうした?さっきみたいに押し戻したらどうだ?」
「アンタが自分の全体重使って押し付けて、くるから…か弱い少女の私じゃあ…これぐらいが、精一杯よッ」
(何ならもう一回距離を取って良いけど…、はてさてそう上手く行きそうにないわねぇ)
 自分と目を合わせているワルドが足元を見ない事を祈りつつ、霊夢はこの状況を脱した後でどう動こうか考えていた。
 無論その後にも色々と倒すべき目標がいるという事も考慮すれば、この男一人に体力を使い過ぎてしまうのも問題であろう。
(いくらルーンのおかげで体が軽くなって剣も扱えるとようになっても、流石にあの艦隊を一人で相手するのは無理がありそうだし…)
 目の前の男を倒した後の事を考えつつも、足を動かして上手く一転攻勢への布石を整えようとしていた…その時であった。

 アストン伯の屋敷がある森の方から凄まじい爆発音と共に、霊力を纏った青白い光が見えたのは。
 まるで蝋燭の灯りの様についた光と、大量の黒色火薬を用いて岩盤を力技で粉砕するかのような爆発音。
 一度に発生した二つの異常はこの場に居る者たちには直接関係しなかったものの、まるっきり無視する事はできなかったらしい。
「む?何事だ」
 霊夢と睨みあっていたワルドは爆発音と音に目を丸くし、彼女と鍔迫り合いをしている最中にチラリと森の方へ顔を向ける。
 そんな彼と対峙し、逆転の機会を作っていた霊夢も思わず驚いてしまっていたが、彼女だけはワルドには分からないであろゔモノ゙すら感じ取っていた。
「ん、これは…」
 その正体は、さきほど森を照らしたあの青い光から発せられた、荒々しい霊力であった。
 まるで鋸の歯の様に鋭く厳ついその力の波を有無を言わさず受け取るしかない彼女は、瞬時にあの森にいた巫女モドキの事を思い出す。
 ルイズの姉に助けられたと称して風の様に現れ、一時の間共闘し自分と魔理沙の間に立ってキメラたちを防いでくれたあの長い黒髪の巫女モドキ。
 今あの光から放たれる荒々しい霊力は、霊夢が感じる限り間違いなく彼女の物だと理解できた。
(間違いない…この霊力、アイツのだ…!けれどこの量…、一体何があったっていうのよ?)
 まるで内側に溜め続けていた霊力を、自分の体に負荷をかける事を承知で一気に開放したかのような霊力の津波。 
 それをほぼ直で感じ取ってしまった霊夢は、あの巫女モドキの身に何かが起こってしまったのではないかと思ってしまう。
 仮に霊夢が今の量と同じ霊力を溜めに溜めて攻撃の一つとして開放すれば、敵も自分も決してタダでは済まない。
 良くて二、三日は布団から出られないだけで済むが、最悪の場合は霊力を開放した自分の体は…
 

 ―――それは、あまりにも突然であった。
「…ファイアー…――――ボールッ!!」
 森からの爆発音に続くようにして、ルイズの怒号が二人の耳に入ってきたのは。

282ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:57:02 ID:p55OrQ4w
 
 特徴のあるその声に霊夢が最初に、次にワルドが振り返った時点でルイズは既に杖を振り下ろした直後であった。
 辛うじて動く右手に握る杖の先を、時間を掛けてワルドの方へと向けた彼女はようやっと呪文を唱え、力弱く杖を振ったのである。
「ル…――――うわッ!」
 咄嗟に彼女の名を口に出そうとした霊夢は、自分から少し離れた地面が捲れようとしているのに気付いてこれはマズイと判断した。
 これまで彼女の唱えた魔法が爆破する瞬間を何度か見てきた事はあるが、今見ているような現象は目にしたことは無い。
 だからこそ霊夢は危険と判断したのである。今のルイズが起こそうとしている爆発は―――この距離だと巻き添えを喰らうと。
「ルイズ…、ルイズなのか?馬鹿な…何故…!」
 一方のワルドは目を見開き、信じられないモノを見るかのような表情を浮かべて驚愕している。
 何せ自分の『スリープ・クラウド』をマトモに喰らって眠っていたはずだというのに、今彼女は目を覚まして自分と霊夢に杖を向けているのだ。
(まさか失敗…いや!そんな事は断じて……!)
 そして彼もまた、自分から少し離れた地面がその下にある゛何か゛に押し上げられていくのが見えた。
 これはマズイ。そう判断した彼は後ろへ下がるべく霊夢との鍔迫り合いを中断せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。
 偶然にも、この時ワルドと似たような事を考えていた彼女もほぼ同時に後ろへ下がり、距離を取ろうとした時―――――――地面が爆発した。

 捲れ、ひび割れた地面の隙間から白い閃光が漏れ出し、ルイズの魔力を込められた爆風が周囲に襲い掛かる。
 爆風は飛び散った大地の欠片を凶器に変えて、その場から離れた二人へ殺到していく。
「グ!このぉ…!」
 ワルドは咄嗟の判断で自身の周囲に『ウインド』を発生させて破片を吹き飛ばそうとする。
 しかし強力な爆発力で飛んでいく破片は風の防壁を超えてワルドの頬や服越しの肌を掠め、赤い掠り傷を作っていく。
 彼は驚いた。自負ではあるが自分の゛風゛で造り上げた防壁ならば、大抵のモノなら吹き飛ばすことができた。
 平民の山賊たちが放ってくる矢や銃弾、組み手相手の同僚や山賊側に属していたメイジの放つ『ファイアー・ボール』など…

 その時の状況で避けるのが困難だと理解した攻撃の多くは、今自分が発動している『ウインド』で防いでいたのである。
 ところがルイズの爆発の力を借りて飛んでくる破片の幾つかは、それを易々と通過して自分を攻撃してくるのだ。
 幾ら彼女の失敗魔法の威力が強くとも、ただの地面の欠片―――それも雑草のついたものが容赦なく通り抜けていく。
 これは自分の魔法に思わぬ゙穴゙が存在するのか?それとも、その破片を失敗魔法で飛ばしたルイズに秘密が…?
 そんな事を考えていたワルドはふと思い出す。彼女は自分の『スリープ・クラウド』で眠ったのにも関わらず、目を覚ましたことに。
 ガンダールヴとなった少女を召喚し、他の有象無象のメイジ達は毛色が違いすぎるかつての許嫁であったルイズ。
(ルイズ、やはり君は特別なのか…?)
 風の防壁を貫いてくる破片に傷つけられたワルドは、反撃の為に呪文を唱え始める。
 今やガンダールヴ以上に危険な存在―――ダークホースと化したルイズを再び黙らせるために。

「うわ、ちょっと…うわわ!」
 一方の霊夢は、辛うじてルイズの飛ばした破片をある程度避ける事に成功はしていた。
 最もスカートやリボンの端っこ等は飛んでくる小さな狂気に掠りに掠りまくってボロボロの切れ端みたいになってしまったが…。
 ワルドとは違いその場に留まらず後ろへ下がり続けていたおかげで、体に直撃を喰らう事は防ぐことができた。
 その彼と対峙していた場所から二メイルほど離れた所で足を止めたところで、左手に持っていたデルフが素っ頓狂な声をあげた。
『お、おいおいこりゃ一体どういう事だ?何で『スリープ・クラウド』で眠ってた娘っ子が起きてんだよ』
 彼の最もな言葉に霊夢は「こっちが知りたいぐらいよ」と返しつつ、再び両手に持って構え直す。
 幸いにもワルドはルイズを睨み付けており、自分には背中を見せている不意打ちには持って来いの状況である。
 どうやら彼女を眠らせた張本人も、これには目を丸くして驚いているようだ。霊夢は良い気味だと内心思っていたが。
「しかも目覚めの爆発攻撃ときたわ。…全く、やるならやるで合図くらい――…ってさっきの叫び声がそうなのかしら?」
 最後の一言が疑問形になったものの、態勢を整え直した霊夢はワルドの背後へキツイ峰打ちでもお見舞いしてやろうかと思った直後。

283ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:59:03 ID:p55OrQ4w
 
「う―――『ウインド・ブレイク』…!」
 倒れたままのルイズが再び呪文を唱え終えると、振り上げた杖をワルドの方へ向けて勢いよく下ろした。
 今度はマズイと判断したワルドがバッとその場から飛び退いた瞬間、今度は激しい閃光と共に彼のいた空間が爆発する。
「ルイズ、二度目は無いぞッ!」
 先程とは違い空間だけが爆発した為に攻撃範囲そのものは狭く、余裕で回避したワルドは杖を振り下ろして唱え終えていた『エア・ハンマー』を発動した。
 彼の眼前に空気の塊が現れ、それそのものが巨大な槌となって再び攻撃を行おうとしたルイズの体と激突する。
「!?…キャアッ!!」
 三度目の魔法を唱えようとしたルイズは迫ってくる魔法に成す術も無く、未だ起き上がれぬ小さな体が吹き飛ぶ。
 小さな胸を圧迫する空気の槌は彼女を地上三メイルにまで押し上げた所で消滅し、彼女の体は宙へ放り投げられる。
 このまま弧を描いて面に落ちれば、受け身も取れぬルイズは大けがを負う可能性があった。
「ルイズ!」
 流石の霊夢もマズイと判断し、地面を蹴って勢いよく飛び上がった。
 この距離ならば彼女が地面へ落ちる前に、余裕をもってキャッチできる。

「!――――やはり来たなッ」
 だが、それを予測していたかのようにワルドが不敵な笑みを浮かべて後ろを振り返った。
 無論彼の視線の先にいるのは、地を蹴飛ばしてルイズの下へ飛んで行こうとする霊夢の姿。
 彼女はルイズを助けに前へ出たのだが、ワルドの目から見れば正に『飛んで火にいる夏の虫』でしかない。
 この時を待っていたと言わんばかりに再び杖に『エア・ニードル』を纏わせると、目にも止まらぬ速さの突きを繰り出す。
 人間の体など簡単に穿つ事のできる魔法が眼前に突き出された霊夢は―――焦ることなく、その姿を消した。
 彼女の胴に『エア・二―ドル』が刺さる直前、その体が蜃気楼のように霧散したのである。
「ッ!?…スカボローで見た、瞬間移動か!」
 消えた霊夢を見て咄嗟に思い出したワルドが再びルイズの方へと顔を向けるた時には、
 まるで無から一つの生命体が生まれるようにして出現した霊夢が、丁度自分のところへ落ちてきたルイズをキャッチしていた所であった。

 ワルドの魔法で打ち上げられ、霊夢の瞬間移動で空中キャッチされたルイズは助けてくれた彼女を見て目を丸くする。
 これまでも何回か助けてくれた事はあったが、まさか間にいたワルドを無視してまで来てくれた事に驚いているのだ。
(でも、ワルドにやられて助けに来てくれるなんて…ニューカッスル城の時の事を思い出すわね…―――――…ッ!?)
 自分よりやや太い程度の少女らしい腕に抱えられたままのルイズは場違いな回想を頭の中で浮かべながら、霊夢の方へ顔を向ける。
 それは同時に、彼女の後ろにいたワルドが自分たちに向けてレイピア型の杖を向けている姿をも見る事となった。
 当然のことだが、どうやら相手は待ってくれないらしい。まぁ当然だろうと思うしかないが。
「レイ――――…!」
「全くアンタってヤツは…、援護してくれるのでは良かったけどせめてアイツと距離を取ってから…」
「違う、違うって!アンタ後ろッ、ワルドが…!」
 慌てた様子のルイズの口から出た名前に霊夢はハッとした表情を浮かべ、彼女を抱えて右の方へと飛んだ。
 瞬間、ワルドの放った三本の『エア・カッター』が二人がいた場所を通り過ぎ、地面を抉ってタルブ村の方へと向かっていく。
 まもたやルイズのせいで攻撃を外したワルドは舌打ちしながらも、冷静に杖の先を移動した二人の方へ向ける。
 避けられた事自体はある程度想定済みであったし、何より『エア・カッター』程度の呪文ならばすぐにでも唱えられる。
 それこそ自分の名前を紙に書き込むぐらいに、ワルドにとっては呼吸と同じぐらい造作もない事であった。

284ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:01:04 ID:p55OrQ4w
 
「また来るわ!」
「分かっ、てる…っての!」
 抱えられたままのルイズが注意を促すと、促された霊夢はルイズの重さに堪えながらそう返す。
 自分とほぼ同じ体重の少女を抱えたまま移動するというのは、流石に無理があったと今更ながら分かった。
 それでも今の状況でルイズを降ろすという選択肢など選べるワケは無く、ワルドの攻撃を避けようとする。
 だが相手も今の霊夢が動きにくいと察してか、杖から放ってきた三枚の『エア・カッター』が扇状になって飛んできた。
 今二人のいる位置を中心に広がる空気の刃は、彼女たちを仕留めようと迫ってくる。

 霊夢であるならば多少の無理だけでルイズを抱えたまま避けられるだろうが、その際に隙が生じてしまう。
 目の前の相手は自分がその隙を見逃すはずもないであろうし、結界を張るにもその時間すら無いという八方塞がり。
 即席結界でも近づいてくる『エア・カッター』を辛うじて防げるのだが、どっちにしろワルドには近づかれてしまうだろう。
 ならば今の霊夢が取るべき行動はたったの一つ。左手に握る魔剣デルフリンガーの出番である。
『ッ!レイム、オレっちを前に突き出せ!』
「言われなくても、そうするわよ」
 デルフの言葉に応えるかのように、霊夢はインテリジェンスソードを自分とルイズの前に突き出す。 
 先ほどみたいに魔法を吸収した後、近づいてくるであろうワルドを何とか避けるしかない。
 そこまで考えていた時、その霊夢に抱えられていたルイズが意を決した様な表情を浮かべて右手の杖を振り上げた。
「ルイズ…?」
 彼女の行動に気付いた霊夢が一瞬怪訝な表情を浮かべた瞬間、ルイズはそれを勢いよく振り下ろした。
 ワルドが扇状に広がる『エア・カッター』を出してきてから、唱え始めていた呪文を叫びながら。
「『レビテレーション』ッ!」
 コモン・マジックの一つとして貴族として生まれた子供ならば、年齢一桁の内に習得できるであろう初歩的な呪文。
 幼少期のルイズも習得しよう必死になってと詠唱と共に杖を振り、その度に失敗して母親から叱られていた苦い思い出のある魔法。
 そしてあれから成長した今のルイズは決意に満ちた表情でその呪文を詠唱し、杖を振り下ろしたのである。
 自分と霊夢を切り裂こうという殺意を放って近づいてくる、ワルドの『エア・カッター』に向けて。

 瞬間、二人とワルドの間を遮るようにして何もない空間を飛んでいた『エア・カッター』を中心にして、白く眩い閃光を伴う爆発が起きた。
「うわ―――…っ!」
『ウォッ!眩しッ…』
「むぅ!無駄なあがきを…!」
 あらかじめ爆発を起こすと決めていたルイズ以外の二人とデルフは、あまりにも眩しい閃光に思わず怯んでしまう。 
 耳につんざく爆音に、極極小サイズの宇宙でも作れてしまうような爆発は当然ながら唱えたルイズと霊夢、そしてワルドには当たっていない。
 精々爆発が発生する際に生じる閃光で、ほんの一瞬目くらましできた程度実質的な被害は無く。一見すれば単なる失敗魔法の無駄撃ちかと思ってしまう。
 しかし、ルイズはこの爆発を彼に当てるつもりで唱えていたワケではなかった。―――彼が唱えた魔法に向けていたのである。
 一瞬の閃光の後に爆発の衝撃で地面から土煙が舞い、それも晴れた後に視界が晴れた先にいた二人を見て、ワルドは軽く面喰ってしまう。
 何せ先ほどまで彼女たちに向けて放った『エア・カッター』の姿はどこにも見当たらず、切り裂く筈だった二人も御覧の通り健在。
 これは一体、何が起きたのか?疑問に思った彼はしかし、ほんの二秒程度の時間でその答えを自力で見つけ出した。

 ルイズが唱えた魔法による爆発、その中心地に丁度いた自分の『エア・カッター』の消失。
 よほどの馬鹿であっても、二つの゙過程゙を足してみれば自ずと何が起こったのか理解できるだろう。

285ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:03:03 ID:p55OrQ4w
 
「まさか、私の『エア・カッター』を破壊したというのか…?あの爆発で」
「こうも上手く行くとは思ってなかったけど、案外私の失敗魔法も捨てたモノじゃないわね…」
 信じられないと言いたげな表情を浮かべるワルドの言葉に向けるかのように、霊夢から離れたルイズが感心するかのように口を開く。
 いつも手入れを欠かさないブラウスやマント、母から受け継いだウェーブのピンクブロンドはすっかり汚れてしまっている。
 右手にもった杖と肩に下げている鞄と合わせて見れば、彼女は家を勘当されて一人旅をしている元貴族のお嬢様にも見えてしまう。
 だが、彼女の鳶色の瞳は鋭い眼光を放っており、視線の先にいるワルドをキッと睨み付けている。

 以前のルイズ―――少なくともアルビオンへ行くまでの彼女ならばあの様に睨み付けてくる事はなかった。
 睨み付けてくる彼女の姿を見ながらワルドが一人そう思っていると、ルイズは地面へ向けていた杖をスッと向けてきた。

「これからも、というか今でも普通の魔法を一度でも良いから使ってみたいとは思っているけど…今はこれが丁度良いわ。
 だって、ウェールズ様を殺して、姫さまも泣かしたうえにレイムまで痛めつけてくれたアナタに…たっぷりお礼ができるもの」

 まるで自分の居場所を見つけたかのような物言いに、流石のワルドも余裕を見せるワケにはいかなくなった。
 一体どういう経緯があったかは知らないが…少なくとも今の彼女は、自分が知っているルイズとは少し違うという事である。
 自分の二つ名にコンプレックスを抱き、常に頑張らなければいけないという重しを背負って泣いてばかりいた幼い頃のルイズ…。
 アルビオンへ赴く任務の際に再会した時もあの頃からさほど見た目は変わらず、性格にはほんの少しの変化がついただけであった。
 ところが今はそれに加えて魔法も格も上である筈の自分に杖を向けて、獰猛な目つきでこちらを睨み付けている。
 …いや、その魔法も先ほど『エア・カッター』を失敗魔法の爆発で破壊したのを見れば自分が格上とは言い難かった。
 まるで昨日まで他人にクンクンと鼻を鳴らしていた子犬が、たった一日で獰猛な大人の軍用犬に成長したかのような変わりっぷりだ。

「おーおー、アンタも言うようになってきたじゃないの」
「どこぞのお二人さんが傍にいる所為かしらね?私も大見得切った事が言えるようになってきたわ」
『っていうか、モロに影響受けてるってヤツだな。でも中々格好良かったぜ』
 ワルドに啖呵を切ったのが良かったのか、横にいる霊夢の言葉にルイズがすかさず言い返す。
 そんな光景を第三者の視点から見つめるワルドは、やはりルイズは変わったのだという確信を抱かざるを得なかった。
 なぜ彼女はこうも短い期間であそこまで変われたのだろうか?そこが唯一の疑問ではあったが。

「変わったな、ルイズ。その性格も、魔法も…」
 まるで蛹から孵化した蝶を外界へ放つときの様な寂しさを覚えたワルドは一人呟いた。
 恋愛感情は無かったものの、彼女が幼い頃は許嫁として良く傍にいて面倒を見ていた思い出がある。
 あの頃のルイズを思い出したワルドは、まさか彼女がここまで面白い成長の仕方をするとは思ってもいなかったのである。
 だからこそ一種の寂しさというモノ感じていたのだが、それと同時に゙もう一つの確信゙を得る事となった。

 幼少期はマトモな魔法が一つも使えぬ故に白い目で見られ、魔法学院では゛ゼロのルイズ゙と呼ばれて蔑まれていた彼女。
 そのルイズが伝説の使い魔である『ガンダールヴ』のルーンを刻んだ少女を、自らの使い魔にしたという事実。
 使い魔となった少女はこの世界では見たことも無い戦い方によって、自分は二度も敗北している。
 ルイズの失敗魔法は幼き頃と比べて先鋭化の一途を辿り、とうとう自分の魔法をあの爆発で破壊する事にすら成功した。
 今の彼女をかつて白い目で見、学院で゙ゼロ゙と蔑んでいた魔法学院の生徒たちが見ればどのような反応を見せるのだろうか?
 少なくとも、今の彼女を見てまだ無能や出来損ないと呼ぶ者がいればソイツの目は節穴以下という事なのだろう。

286ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:05:11 ID:p55OrQ4w
 
「ルイズ、やはり君は特別だったんだ…!」
 彼女たちに聞こえない程度の声量でワルドが小さく叫んだ瞬間…―――――――
 どこか心躍るような、ついつい楽しげな気分になってしまう花火の音と共に、彼らの頭上の夜空に虹色の星が幾つも舞った。 


 突然の事に三人ともハッとした表情を浮かべて、思わず頭上の夜空を見上げると俄には信じ難い光景が目に映る。
 地上にいる自分たちを監視するかのように浮遊していた神聖アルビオン共和国が送り込んできた強力な艦隊。
 並大抵の航空戦力では歯が立たないであろうその無敵艦隊の周りで、幾つもの花火が打ち上がり出したのだ。
 パレードや町のイベントなどで使われる色鮮やかなそれ等は、この場においてはあまりにも場違いすぎる程綺麗であった。
「な…は、花火ですって?」
「これは一体何の冗談かしらねェ」
『少なくともオレ達の戦いを盛り上げてくれる…ってワケじゃあ無さそうだな』
 いよいよワルドとの戦いもこれからという時にも関わらず、二人は夜空の打ち上がるソレを見て唖然としてしまう。
 何せここは敵が占領しているとはいえ今は戦場なのである。そんな場所であんな賑やかな花火を打ち上げる事などありえなかった。
 ルイズは目を丸くしてアルビオン艦隊の行動を見上げ、霊夢もまた何を考えているかも分からない敵の艦隊をジト目で見つめている。
 デルフもデルフで敵が何の意図で花火を打ち上げたのか理解できず、曖昧な事を云うしかなかった。
 しかし、そんな彼女たちの態度も目を見開いてアルビオン艦隊の花火を見つめていたワルドの言葉によって一変する事となった。

「馬鹿な…!まだ夜明け前だというのに……進軍の合図だとッ!」
「何ですって…?」
 信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼の口から出た言葉に、すかさずルイズが反応する。
 霊夢もワルドの言葉に反応してその目を再び鋭く細めて、色鮮やかな光に照らされる艦隊を睨み付けた。
「どういう事よワルド、あれが進軍の合図だなんてッ」
「ウソだと思うか…?と言いたいところだが、あんなに賑やかな花火が合図とは思いもしないだろうな」
「まぁあの艦隊を指揮してる人間の頭がおかしくなった…とかならまだ納得はできそうね」
 今にも自分に掴みかかりたくて堪らないと言いたげに身構えているルイズの言葉に、ワルドはそう答える。
 それに続くようにして霊夢がそう言うと、構えたは杖を降ろさないままアルビオン艦隊の花火の事を軽く説明し出した。

 アルビオン艦隊が、地上戦力として投下したキメラの軍団と共に進軍を開始する際の合図。
 それは式典やおめでたい行事の時に使われる打ち上げ花火で行う事に決めたのは、艦隊司令長官のサー・ジョンストンであった。
 最初の不意打ちが失敗した直後は発狂状態に陥っていた彼であったが、キメラが地上を制圧した後でその態度が一変した。
 喉元過ぎれば何とやらという言葉の通り、危機的状況を脱する事の出来た彼は一気に調子に乗り出した。
 そしてその勢いのまま、トリステイン王国への゙親善訪問゙用に積んでいた花火を進軍の合図に使おうと提案してきたのである。
 当初は彼が搭乗する艦の艦長も何を馬鹿な事を…と思っていたが、結局のところ司令長官という地位を利用してごり押しで決定してしまった。
「これから悪しき王権に染まりきったトリステインを我々の手で浄化する前に、部下たちの景気づけに花火を打ち上げて進軍しようではないか!」
 今やこの場が戦場だという認識の無い司令長官の言葉に、誰もが呆れ果てるしかなかった。

「…で、その結果があの花火って事ね」
「ソイツ、馬鹿なんじゃないの?」
「そう思うだろう?俺だってそう思うし、誰だってそう思う。それが正しい反応だ」
 説明を聞き終えた後、三人ともが呆れたと言いたげな表情と言葉を述べて、遥か上空にある花火大会を見つめる。
 ジョンストンという男が何をどう考えて花火を打ち上げようと考えたかは知らないが、なるほど合図としては良いかもしれないとルイズは思った。

287ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:07:04 ID:p55OrQ4w
 
 トリステイン側に艦隊なり砲兵隊がいればあんなに目立つ的は無いだろうし、是が非でも沈めてやりたいと思うだろう。
 しかし今この町にトリステイン軍はおらず、ここから数時間離れた所にある隣町で陣を張っている。
 艦隊はほぼ無事であったものの、錬度では勝っていてもアルビオンの艦隊に勝てる確率は無いと言っていい。
 悔しいことではあるが、敵の司令長官は勝てる算段があるからこそ有頂天になっているのだ。

 ルイズは今にも歯ぎしりしそうな表情を浮かべている最中、ワルドはじっと彼女の背後―――夜闇に染まる森を見ていた。
 鋭く細めたその瞳は何を見ていたのか突如意味深なため息をついたかと思うと、突然手に持っていた杖を腰に差したのである
 まるで戦いが終わったとでも言いたそうな静かな顔で杖を収めた男に、やる気満々の霊夢がデルフを構え直して口を開く。
「ちょっと、戦いはまだ終わってないわよ」
「生憎邪魔が入ってくるようだ。私としてはもうちょっと戦いたい所だったが…致し方ない」
「邪魔が…入ってくる?―――ッ!」
 ワルドが口にした意味深な言葉を反芻した直後、霊夢は自分たちが背を向けている森の方からあの゙無機質な殺気゙が漂ってくる事に気付いた。
 それも一つや二つではない。距離を取って移動しているようだが今感じ取れるだけでも十二近くはいる。
 どうやらワルドとの戦いに神経を集中させ過ぎていた事と、気配の元どもが安全な距離を保って監視に徹していたので気がつかなかったようだ。
 思わず背後の森へ視線を向けた霊夢の異変に気がついたルイズも、ワルドの言葉にあの森で戦ったキメラ達の事を思い出してしまう。
「邪魔が入るって…こういう事だったのね?」
「その通りだ。どうやら君たちも随分な女に目を付けられたな、しつこい女は中々怖いぞ?」
『話を聞いた限りじゃあ、お前さんも大概だぜ?』
 憎き相手を前に水を差された様なルイズは悔しそうな表情を浮かべて、森の中にいるであろうキメラを睨み付ける。
 一方のワルドもデルフの軽口を流しつつ、ゆっくりと後ろへ下がっていく。
 彼女らとは反対に森の方へ目を向けていた彼は、闇が支配している木々の中でぼんやりと光る幾つもの丸く黄色い光が見え始めていた。

 自分がここを離れるまで奴らが森から出ない事を祈りつつ、彼は静かに後ろへ下がっていく。
 少なくともあの女の事だ。いつ頭の中の癇癪玉が暴発してキメラをけしかけてくるか、分かったものではない。
 ルイズたちを優先して攻撃するのならばまだマシだが、最悪自分すら優先して攻撃されるのは勘弁願いたいところであった。
「君らとは一切邪魔が入らない場所で戦いたい。だから今回の戦いは、次回に持ち越し…という事にしようじゃないか」
「―――…!アンタねぇ…ッ自分から誘っておいて―――――ッ!?」
 霊夢達と五〜六メイルまで下がったワルドの言葉に霊夢が逃がすまいと突っ込もうとした矢先、空から突風が吹いた。
 まるで外が強い暴風雨だというのにドアを開けてしまった時の様な、思わず顔を反らしたくなる程の強い風。
 ルイズも悲鳴を上げて腕で顔をガードすると、それと同時に夜空から一匹の黒い風竜がワルドの傍へと降下してきたのである。

 二人があっと言う間も無くワルドは風竜の背に飛び乗ると、スッと左手を上げて言った。
「一時のさようならだルイズ、それに『ガンダールヴ』のレイム。次に会う時は必ずトドメを刺す」
 まるでこれから暫く会えないであろう友人に一時の別れを告げるかのような微笑みを浮かべ、上げた左手で竜の背を叩いた。
 するとそれを合図にして風竜はワルドを乗せて上昇し、未だ地上にいる少女達に向けて尾を振りながら飛び去っていく。
 ルイズはその風竜に杖を向けようかと思ったが、森の中で光るキメラ達の目に気が付いてその手が止まってしまう。
 一方の霊夢はそんな事お構いなしに、デルフを持ったまま飛び上がろうとしたとき――――左手を照らしていたルーンの光がフッと消えた。
「こいつ…――ッ!…グッ!」
「レイム…!?」
 瞬間、飛び立とうと地面を蹴りかけた彼女は足を止めると地面に両膝をついてしまう。
 ルーンが消えた瞬間、それまで彼女を軽くしてくれていだ何がが消えてしまったかのように、体が重くなったのである。
 正確に言えば――――体が忘れていた自分の重さを思い出した。と言うべきなのかもしれない。
 まるで糸を切られてしまった操り人形の様に唐突に倒れた霊夢を見て、ルイズは彼女の名を呼んで傍へと寄っていく。
 握っていたデルフを力なく草原の上に転がして、空いた両手で地面を押さえつけるようにして倒れてしまいそうになる自分の体を支えている。

288ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:09:04 ID:p55OrQ4w
 
『どうしたレイム!』
「くぅ…ッ、何か…知らないけど、ルーンの光りが消えたら…体が急に…ウゥッ!」
『ルーンの光りが、消えて……?―――!そうだ、思い出した』
 ワルドを追撃しようとした矢先、唐突に苦しみだした彼女を見て流石のデルフも心配そうな声を掛けた。
 それに対し彼女は苦しみつつも、素直に今の状態を報告するとまた何か思い出したのか、インテリジェンスソードは大声を上げる。
 今この場においてはやや場違い感のある程イントネーションが高かったものの、それには構わずルイズが「どういう事なの?」と問いただす。

『『ガンダールヴ』のルーンは、発動中ならお前さんの手助けをしてくれるがあくまでそれは本人の体力次第だ。
 無茶すればする分『ガンダールヴ』として戦える時間は短くなる。元々ダメージが溜まってた体で無茶してたんだしな
 それじゃあお前、ルーンの効果が切れちまうのも早くなっちまう。まぁあのキメラ達と散々戦ってたし、それ以前にここまで来るのにも体力使ってたろ?』

 思い出した事を嬉しそうにしゃべるデルフを、何とか立ち上がる事の出来た霊夢がジト目で睨み付ける。
「アンタねぇ…それは、先に言っておきなさいよ」
『だから言ってるだろ?思い出したって。こうも長生きしてりゃあ忘れちまう事だってあるのさ』
 自分を責める彼女の言葉に開き直ったデルフがそう言うと、霊夢はため息をついてデルフを拾い上げた。
 ズシリ…と左手を通して伝わってくる重さは、さっきまで軽々と振り回していた事がついつい夢の様に感じてしまう。
 ふと左手の甲を一瞥したが、さっきまであんなに煌々と光っていた『ガンダールヴ』ルーンはその輝きを失ってしまっている。
「重いわね。…っていうか、さっきまでアンタみたいに重たいのをあんだけ使いこなせてたのよね…私は」
 自分の体を地上に繋ぎとめるかのような重さと、左手の重さを比べながら呟いた霊夢に向けてデルフが『そりゃそうだよ』と相槌を打つ。

『そりゃ、本来は鍛えられた大の大人が振り回す武器だ。お前さんみたいな娘の為に作られちゃあいねぇよ。
 けれども、お前さんはちゃんと『ガンダールヴ』の力と共鳴して、あのメイジとほぼ互角まで渡り合えたんだぜ?
 そして『ガンダールヴ』の役目は主を命の危機から守る事―――レイム。お前と『ガンダールヴ』はあの時、確かに目的は一緒だったんだ』

 デルフの長ったらしい、それでいて何処か説教くさい言葉を聞いたルイズがハッとした表情を浮かべる。
 次いで彼を持っている霊夢の顔を見遣ると、幻想郷の巫女さんは面倒くさそうな顔をしていた。
「別にそんなんじゃないわよ。…ただ、あのいけ好かない顎鬚男が気に入らなかったってだけよ」
 何より、アイツには色々と手痛い借りを返さなくちゃならなかったしね。
 最後にそう付け加えた彼女の言葉にルイズは一瞬だけムスっとするものの、すぐにその表情が真顔へと変わった。
「まぁ…アンタならそう言うと思ってたわよ。っていうか、借りを返すってのなら私も同じ立場ね」
「そうね。……っと、何やかんやで喋ってたらちょっとヤバくなってきたじゃないの?」
 ルイズの言葉にそう返してから、霊夢はシェフィールドが送り込んできたキメラ達のいる森の方へと歩き出す。
 彼女があっさり踵を返して歩いていく後姿を見て、ルイズは「ワルドを追いかけないの?」と問いかけた。
「アイツは確かにムカつくけど、人間でもない凶暴なコイツらを野放しにしておく事はできないわよ」
 仕方ないと言いたげな彼女は、闇の中で光るキメラ達の目を指さしながらツカツカツカと歩いていく。

 既にワルドを乗せた風竜は夜空の中へと消え去り、艦隊から打ち上がる花火の光にもその影は見えない。
 霊夢本人は何としてでも追いかけて痛めつけないと気が済まなかったのだが、『ガンダールヴ』の能力を使いすぎたせいで残りの体力は少ない。
 それに、ここへきた目的はキメラを意図的に放って人々を手に掛けようとするアルビオン艦隊の退治なのである。
 だからこそ霊夢は悔し涙を飲み込みつつ、次は自分たちを追撃しに来た異形達に矛先を向けることにしたのである。

「さてと、それじゃあまずは――この黒白を叩き起こす事が先決ね」
 森の方へと歩いていた彼女は、ここへ来てから今に至るまでワルドの『スリープ・クラウド』で眠り続けている魔理沙の前で足を止めた。
 あの男の言っていたとおり散々騒音を立てていたというのに、普通の魔法使いは使い慣れた自宅のベッドを眠っているかのように熟睡している。
 黒のトンガリ帽子の下にある寝顔も安らかそのもので、人が散々戦っていた事などお構いなしという雰囲気が伝わっていた。

289ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:11:02 ID:p55OrQ4w
 
『まさか起こす気か?そりゃ、方法は幾つかあるけどよぉ』
「そのまさかよ、私とルイズが身を粉にする思いで戦ってたんだから次はコイツに頑張ってもらうわ」
「でもどうやって起こすのよ?確か『スリープ・クラウド』で眠った人は魔法を使わなきゃ起きないって聞くけど…」
 これからやろうとすることに気付いたらしいデルフの言葉にそう答えていると、背後からルイズが話しかけてきた。
 後ろを振り向いてみると何の気まぐれか、彼女の左手にはワルドとの戦いで最初に蹴り飛ばされた御幣が握られている。
 まるで母の乳を吸う時期から脱した子供が木の棒を握った時のような無造作な持ち方であったが、一応は持ってきてくれたらしい。
「…ほら、コレあんたのでしょ?だから、その…持ってきてあげたわよ」
 そして霊夢の視線が自分の左手に向けられている事に気が付いたルイズは、スッと左手の御幣を差し出してそう言った。
 顔を若干左に反らして口をへの字にする彼女の姿を見て、霊夢は少しだけ目を丸くしつつ素直に受け取る。
 時間にすれはほんの十分程度しか手放していなかったお祓い棒は、しっとりと冷たかった

「………ありがとう、助かったわ」
「お礼なんて、別にいいわよ…それより、早くその黒白を起こしちゃいなさい」
 反らした顔を顰めさせて気恥ずかしい気分を隠そうとするルイズの後ろを姿を見ながら、霊夢もまた「分かってるわよ」と返す。
 左手に握っていたままだったデルフを鞘に戻ししてから、右手に持つ御幣を静かに頭上まで振り上げる。
 その動作と仰向けに倒れて寝ている魔理沙を交互に見て、゙嫌なモノ゙を感じたルイズが彼女に声を掛けた。
「ちょっと待ちなさい。アンタ、それで殴るつもりなんじゃ…」
「そんなんじゃないわよ。ちょっとショックを与えてやるだけよ」
 ショック…?ルイズが首を傾げるなか、霊夢は体に残っている霊力の少しを御幣へと送り込んでいく。
 これから行う事は然程霊力を使うわけでもなく、送り込むという作業はすぐに終了した。

「よっ――…っと!」
 軽い掛け声と共に、霊夢は両手に持った御幣を目をつぶっている魔理沙の顔目がけて振り下ろした。
 そこに殺意は無く振り下ろす時の速さも何かを叩き割るというより、子供が玩具のハンマーで同じ玩具の縫いぐるみを叩くような感じである。
 そんなノリで振り下ろした御幣の紙垂部分が眠り続けている魔理沙の頬に当たった瞬間、紙垂から青い光が迸った。
 薄い銀板で造られたそれ等は霊夢が御幣に送り込んだ霊力を魔理沙の体内へと送り、内側から刺激を与えていく。
 刺激そのものはそれほど痛くはないものの、魔法と同様の力が体中をめぐる衝撃に流石の魔理沙も黙ってはいなかった。
「―――ッ……!?…ッイ、イテッ!な、何だよ!何だ!?」
 紙垂から青い光が迸ったのと同時に目を開き跳ね起きた魔理沙は、小さな悲鳴を上げながら小躍りしている。
 恐らく霊夢の霊力が思ったほど痛かったのだろう。痛そうに顔を歪めて小さく跳ねる姿を見て流石のルイズも顔を顰めてしまう。
「…何したのか全然分からないけど。アンタ、やり過ぎなんじゃないの?」
「別にいいのよ、コイツは丁度良い薬だわ」
「!…お、おい霊夢!お前か犯人はッ」
 会話を聞かれてたのか、跳ねるのをやめた魔理沙が目をキッと鋭くさせて霊夢を睨み付けた。
 もう体に送り込んだ霊力は消滅したのだろう。すっかり目を覚ました普通の魔法使いはその体から敵意を放っている。
 無論、その敵意の向けられている先には面倒くさそうな顔をしている霊夢がいた。

「お前なぁ〜…!いくら知り合いだからって、今のはマジで痛かった………って、あれ?ルイズ?はて…」
 霊夢を指さして怒鳴ろうとしていた彼女はふと、その隣にルイズがいる事に気が付いてキョトンとした表情になった。
 まだ彼女が眠る前はワルドの手の内であったから、ボロボロではあるが平然と立っているルイズに驚くのも無理はないだろう。
「アンタが眠っている間に私と、あと途中からルイズが入ってきてワルドとかいうヒゲオヤジと戦ってたのよ」
『そういうこと。お前さんが不意打ち喰らってグースカ寝てる間に、レイムと娘っ子が尻拭いしてくれったワケさ』
 デルフも加わった霊夢からの説明を聞いて、ようやく理解する事の出来た魔理沙は「マジかよ」と言いたげな顔になる。
 しかしどこか気に入らない事があるのか、やや不満げな表情を浮かべる彼女はもう一度霊夢を指さしながら言った。

290ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:13:05 ID:p55OrQ4w
 
「…まぁ事情は理解したよ。けれどな、だけどな?幾ら何でも起こすためだけにアレはないだろう、アレは!」
「まぁそうよね。もっと他に方法があったでしょうに」
 魔理沙の言う「アレ」とは、正に先ほどの行為なのだろうと察したルイズも思わず彼女意見に同意してしまう。
 確かに『スリープ・クラウド』で眠った者はなかなか起きないと聞くが、あんなに痛がらせる必要があったのだろうか…?
 
「まぁ日頃の行いのツケだと思いなさい。…それに、アンタを起こしたのは手を借りたいからよ。ホラ、後ろ見てみなさい」
「ん?後ろ、……んぅ?―――――わぁお、これまた団体様御一行での登場か」
 悪びれる様子も無い霊夢は後ろを指さすと同時に、後ろを振り向くよう魔理沙に指示をした。
 彼女は知り合いの指が向いている方向に何があるのかと気になったのか、素直に後ろを振り向き、そして理解する。
 何でこの巫女さんが寝ている自分を乱暴に起こしたその理由と、自分がこれから何をされるのかを。
 振り返った視線の先、森の中で妖しく光る丸く黄色い光たちを睨み付けながら、魔理沙はフンと鼻で笑う。
「成程なぁ。つまり私を起こしたのは、お前がするべき化け物退治を私に丸投げするって事か?」
「そう言われるのは癪だけど、言われちゃったら言い返せないわねェ。ちょっとさっきの戦いで力を使い過ぎちゃったから…」
 連戦はちょっとキツイかも…。最後にそう付け加えて、霊夢はため息をつきながら額に手を当てた。
 『ガンダールヴ』が解除された影響で、体に蓄積されていた疲労が戻ってきたせいで万全とは言えない状態である。

 かなり弱ってしまった巫女さんをニヤニヤと見ながら、地面に落ちていた箒を拾った魔理沙がその口を開く。
「こりゃまた珍しいな。妖怪モドキを前にしたお前さんの口からでるセリフとは思えないぜ」
「ソイツらだけじゃないわよ。ホラ、あの空の上のアルビオン艦隊だって最悪相手にしなきゃならないのよ?」
 魔理沙の言葉にそんな横槍を入れてきたのは、空を指さしたルイズであった。
 彼女の言葉に振り返っていた体を戻すと、既に花火を打ち上げ終えたアルビオン艦隊が遥か上空で動きだそうとしている最中だ。
 とはいっても、魔理沙や他の二人が見ても止まっているように見えてしまう程ゆっくりであったが。
「…?私の目には停止しているように見えるんだが」
「そりゃあんだけ大きい艦となると動かすのにも時間が掛かるし、もしもアレを倒すんなら今しかチャンスが無いわ」
 艦隊を指さしながら説明をするルイズの顔は、自分の国の首都を蹂躙しようとする艦隊への敵意が込められている。
 普通に考えても、たった三人の少女だけであの規模の艦隊…それも精鋭と名高いアルビオン空軍の艦隊と戦う事などできない。
 更に今彼女たちがいる地上では自分たちを追跡していたキメラ達が今にも森の中から出てきて、襲い掛かろうとしているのだ。
 物量、力量共に敵側に分がある今の状態では、広江困憊したルイズたちが勝てる可能性はほぼ無いと言っても良い。
 普通の人間ならば、今は戦う時ではないと諦めて戦術的撤退を行っていたであろうが――――彼女たちは違った。

「………魔理沙、アンタはどう思う?」
 ルイズが指さす艦隊を見上げながら、霊夢は隣にいる魔法使いに聞いた。
「そりゃ、お前…アレだよ?こういうのはアレだよな?ああいうデカブツほど『潰しがいがある』ってヤツさ」
 頭に被る帽子の中からミニ八卦炉を取り出しながら、魔理沙は巫女にそう言った。
 その顔にはこれから起こるであろう戦いへの緊張や恐怖という類の感情は、全く浮かんではいなかった。

 笑顔だ。右手に箒、左手にミニ八卦炉を持った普通の魔法使いの顔には笑みが浮かんだいる。
 それも戦い飢えた狂人が浮かべるようなものではなく、ただ純粋にこれから始まる戦い(ステージ)に勝ってみせるという楽しげな笑み。
 命を賭けた戦いだというのに、彼女の顔に浮かぶ笑みからは…ほんの少し難しい゙ハードモード゙で遊んでやろうというチャレンジ精神が見えていた。

「散々ここで化け物どもを放って、好き放題やったんだ。次は私゙たぢが好き放題させてもらう番だぜ」
 最後に一人呟いてから、体を森の方へと向けた魔理沙はミニ八卦炉を構えた。
 その彼女に続くようにしてルイズと霊夢も後ろを振り向き、それぞれ手に持った獲物を構えて見せる。
 ルイズはスッと杖をキメラ達へ向け、霊夢は懐からスペルカードを取り出して臨戦態勢へと移っていく。
 森の中に潜む異形達も準備が整ったか、滲み出る無機質な殺気がいつ敵の攻撃となって森から出てきても可笑しくは無かった。

291ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:16:14 ID:p55OrQ4w
 
「空の大物を沈める前に、まずはコイツラ相手に肩ならしといきますかな?」
 二人と比べて、体力が有り余っている魔理沙がキメラ達に向けて宣戦布告を言い放った瞬間…。
 木立を揺らしながら出てきたキメラ゙ラピッド゙がその銀色の体を輝かせ、手に持った槍を突き出しながら森から飛び出し――――――


――――――空から降ってきた青銅色の゙何がに勢いよく押し潰されて、くたばった。


 窓際に置いていた植木鉢が落ちて、偶然にもその下にいた不幸な人の頭に落ちるかのように、
 その青銅色の゙何がに当たる気など全く無かったキメラは、突撃しようとした矢先に落ちて来だ何がに潰されたのである。
 天文学的確率は言わないレベルではあるが、このキメラの運が底なしに悪かったという他あるまい。

「――――――…っな、なぁ…!?」
 そんな突然の事態に対しも真っ先に反応できたのは、ミニ八卦炉をキメラに向けていた魔理沙であった。
 物凄く鈍い音を立ててキメラに直撃してきたそれに驚き、ついさっきまで浮かべていた笑みは驚愕に変わっている。
「ちょっと…何アレ?」
「何よ?また別の新手でもやってきたワケ?」
『いや〜、仲間を押しつぶす形で降りてくるようなヤツは流石にいないだろ?』
 ルイズと霊夢も彼女に続いてキメラの上に落ちてきたソレに気付き、両者がそれぞれの反応を見せる。
 そこにデルフも加わり、ほんの少しその場が賑やかになろうとした時、魔理沙に次いで声を上げたルイズが何かに気付く。

 キメラの上に落ちてはきた青銅色の゙何か゛は、よくよく見てみれば人の形をしている。
 やや細身ではあるが、物凄い勢いとキメラを押しつぶした事を考えれば相当の重量があるのだろう。
 潰れたキメラの上に倒れ込むような体勢になってはいるが、少なくともルイズの目には彼女が傷一つ負っていないように見える。
 青銅色の体には同じ色の鎧を纏っており、まるで御伽噺に出てくるような戦女神の姿はまさしく………
 
 そこまで観察したところで、ルイズは思い出す。こんな『自分の趣味全開のゴーレム』を作り出せる、一人の知り合いを。
 別段そこまで親しくは無く、かといって赤の他人とも呼べるほど縁は薄くない彼の名前を、ルイズは記憶の中から掘り起こすことができた。
「あれっ…てもしかして……ギーシュのワルキューレ?」
「あらぁ〜?大丈夫だったのねぇルイズ」
 彼の名と、彼がゴーレムに着けている名前を口にした直後――――三人の頭上から女の声が聞こえてきた。
 三人―――少なくともルイズと霊夢は良く耳にし、あまり良い印象を持てない゙微熱゙の二つ名を持つ彼女の甘味のある声が。
 本当ならばこんな所で聞くはずも無く、そして暫く目にすることも無かったであろう彼女の姿を思い出し、ルイズは咄嗟に顔を上げる。
 

 そして彼女は見つけた。自分たちのいる地上より少し離れた上空から此方を見つめる青く幼い風竜と、
 羽根を器用に動かしてその場に留まっている風竜の上にいる、三人の少女と一人の少年の姿を。
 その内の一人、こちらを見下ろすように風竜の背の上で立って凝視している少女は、燃えるような赤い髪を風でなびかせている。
 彼女の髪の色のおかげてある程度離れていてもその姿はヤケに目立ち、そして彼女自身もルイズたちにその存在をアピールしていた。
 ここで出会う事など全く考えていなかったルイズはその髪を見て、目を見開いて驚いた。 

「キュルケ!どうしてアンタがここに…!?」
「こんばんはルイズ。てっきりギーシュのゴーレムで大変な事になってたと思ったけど…」

 とんだサプライズになってくれたわね。最後にそう付け加えて彼女――――キュルケは笑みを浮かべて手を振った。

292ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 22:18:07 ID:p55OrQ4w
以上で77話の投稿を終わります。
それでは皆さん、また来月末にお会いしましょう。ノシ

293ウルトラ5番目の使い魔 51話 (1/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:23:21 ID:CY9.ftKk
こんばんわ、皆さん。ウルトラ5番目の使い魔、51話できました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。今回ちょっと長いです。

294ウルトラ5番目の使い魔 51話 (1/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:24:56 ID:CY9.ftKk
 第51話
 始祖降臨
 
 根源破滅天使 ゾグ(幻影)
 超空間波動怪獣 クインメザード
 未来怪獣 アラドス 登場!
 
 
 根源的破滅招来体の僕がトリスタニアに張り巡らせた超空間は、ハルケギニアの人間の力では解析も破壊も不可能な代物であった。
 だが、破滅招来体と同格の科学力を持つ者であれば話は別だ。
 別の次元の地球を破滅招来体が襲ったとき、その地球の人間は地球の怪獣たちの力も借りて破滅招来体の侵略を防ぎきった。
 しかし、人類にとってまったく未知の領域からの攻撃を仕掛けてくる破滅招来体との戦いは決して楽なものではなく、防衛組織XIGはその度に綿密な研究解析を行い、対抗する技術を蓄えてきた。
 すなわち、今ハルケギニアで猛威を振るっている破滅招来体の手口も、彼らからしてみれば一度見たものだということだ。
 超空間を張って幻影を投射してくる敵。我夢はそいつに覚えがあった。破滅招来体らしい、人の心に付け入ってくる卑劣な作戦は、何度も送り込まれてきた波動生命体の最後の奴が使っていたものだ。
 当然、対処方法はわかっている。破滅招来体は、この世界では対応策を打たれることはないと高をくくっていたのだろうが、その慢心が命取りだ。
 
 ファイターEXから放たれた一発の特殊ミサイルが超空間に突き刺さる。我夢はこの世界に渡るに当たって、できる限りの準備をしてきた。戦いは油断したほうが負けるということを知るといい。
 
 ミサイルの効果で超空間が破壊され、女性の悲鳴のような叫びが轟いた。超空間を作っていたものが空間を維持できなくなってもだえているのだ。
 超空間の崩壊とともに、天使の姿も実体を維持できなくなって崩壊を始めた。画質の劣化した映像のように巨体の輪郭が乱れ、ついには出現したときと同じ金色の粒子になって崩壊してしまったのだ。
 天使の消滅にロマリアの兵たちから「ああっ、天使さまが!?」という悲鳴が次々にあがる。それはまさに、トリステインの最終防衛ラインが破られる寸前の出来事であった。
 さらに、天使の消えた場所に、入れ替わるようにして怪獣が現れた。いびつに組み上げられた骨格のような胴体に、トカゲの骸骨のような頭部を持ち、腹には人間の顔のような紋様を持つ醜悪な姿。超空間波動怪獣クインメザード、こいつが超空間を作り出して、天使の幻影を投影していたのだ。

295ウルトラ5番目の使い魔 51話 (2/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:26:09 ID:CY9.ftKk
 だが、ファイターEXの放ったミサイルで超空間は破壊され、クインメザードは現実空間へといぶりだされた。人々の間からそのグロテスクな姿に悲鳴が上がり、特にロマリア側は大混乱だ。
 しかし今がチャンスだ! ウルトラマンコスモスは、経緯はわからないが、あの戦闘機が味方で、怪獣の超能力を破ってくれたのたと理解した。
 今はそれで十分。誰かは知らないが、ありがとうとコスモスは心の中で礼を言うと、赤い光をまとい、戦いをつかさどる次なる姿へと転身を遂げた。
『ウルトラマンコスモス・コロナモード』
 邪悪を粉砕する、太陽の輝きのごとき戦いの巨人の姿。コスモスはクインメザードに対して、共存が不可能な邪悪な知性を感じていた。かつて倒した怪獣兵器スコーピスと同じく、意思はあってもそのすべてが悪意で埋め尽くされているような負の生命体、そう生まれたのではなくそう作られたもの、倒す以外に道はない。
 クインメザードは超空間から引きずり出され、特殊ミサイルの影響で女性の悲鳴のような叫びを上げて苦しみながらも、触手から電撃を放ってコスモスを攻撃してきた。
 爆発が起こり、コスモスの周囲に炎が吹き上がる。しかしコスモスはそんな攻撃をものともせず、両手に赤く燃え上がるエネルギーを集中させ、腕をL字に組んで灼熱の必殺光線を放った。
 
『ネイバスター光線!』
 
 超威力のエネルギー流が炸裂し、クインメザードは大爆発とともにあっけなくも四散した。元々からめ手で相手をはめて嬲ることに特化した怪獣だったので、直接的な戦闘力はほとんど割り振られていなかったのだ。
 断末魔の叫びを残し、クインメザードは絶命し、同時に超空間も完全に消滅してトリスタニアは平常に戻った。
 残ったのは、命拾いをして息をつくトリステイン軍と、茫然自失とするロマリアとガリア軍のみ。虚無の魔法が作ったイリュージョンのビジョンで、世界中で見守っていた人々もなにが起こったのかわからないでいる。
 神々しい天使が消えうせ、代わりに醜い怪獣が現れて倒された。なにがどうなっているかを説明できる者などいない、例外はガリアでジョゼフがほくそ笑んでいたくらいだろう。
「さて、どう出る教皇聖下どの? まさかこれで幕引きではあるまい」
 ジョゼフにとってはどちらが勝とうがどうでもいい。しかし、この戦いで生き残ったほうがいずれ自分を殺しに来るのだろうから、見ておく価値はある。なにより、どうせ長くはない命、冥土のみやげは少しでも多く作っておくに越したことはない。
 だが、わずかな例外を除いては、いまやトリスタニアを見つめている数百万の視線は懐疑と困惑の色に染められている。
 なにが正義で、なにが悪なのか? 見守っている人々は信じているものと、信じたいものと、信じたくないものが頭の中で交じり合い、その答えを待つ。

296ウルトラ5番目の使い魔 51話 (3/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:28:02 ID:CY9.ftKk
 不気味なまでの沈黙と静寂。だがそれは長くてもほんの数十秒であっただろう。なぜなら、誰もが答えを与えてくれるであろうお方の言葉を心待ちにして沈黙していたのだが、この沈黙をチャンスとしてアンリエッタが教皇に対して切り出したのだ。
「教皇、あなたのトリックは破れました。世界中の皆さんも見ましたね! あの天使は、先ほどの怪獣が作り出していた虚構だったのです。皆さん、天使など最初から存在しません。教皇は、天使の威光を笠に着て我々をだまし、世界を破滅に導こうとしているのです。皆さん、今こそ目を覚ましてください」
 先ほどの失敗を繰り返してなるものかと、アンリエッタは先手を打ったのだった。ロマリアの兵たちが動揺している今ならば、こちらの声も向こうに届く。逆に言えば、今しかチャンスはない。
 アンリエッタの言葉に、ロマリア側の動揺が大きくなる。アンリエッタはこれを見て、しめたと思った。ここから一気に突き崩せれば……だが、その一瞬の油断が彼女の未熟さであった。彼女よりもはるかに老獪な教皇は、アンリエッタが追撃の口弾を撃ちだすよりも早く、よく通る声で割り込んできたのだ。
「親愛なるブリミル教徒の皆さん、惑わされてはなりません! すべては、あの女、アンリエッタが仕掛けた大いなる芝居だったのです!」
「なっ!?」
 なにを言い出すのかと、アンリエッタは言葉を失った。だが、マザリーニやカリーヌなどの政争を知る者たちは、教皇の企みをすぐに看破した。まずい、この手口は!
「ブリミル教徒の皆さん、私はおわびせねばなりません。なぜなら今の今まで、私もあの王冠を冠った魔女にだまされていたのです。あれが悪魔の技で天使を作り出して我々をだまし、自ら倒すことで私に濡れ衣を着せようとしたのです。我々はだまされていたのです!」
 なっ! と、アンリエッタや彼女の傍らに控えていたエルオノールらは思った。
 ふざけるな、あの天使はお前たちの策略だったではないか。それを、なんという言い草だ。
 だが、アンリエッタが言葉を失っているのを見てマザリーニが悲鳴のように進言した。
「いけません、女王陛下。すぐに教皇の言を否定するのです!」
「枢機卿!?」
「詐欺師の手口です。どんなことになっても自分の罪を認めず、すべてを他人に押し付けて自分の潔白を主張し続けるのです。否定しないと、罪を認めたことになりますぞ、大衆は声の大きいほうを信じてしまうものなのです!」
「くっ、どこまでも卑劣な!」
 これが仮にも教皇のやることかとアンリエッタは澄んだ瞳に怒りを燃え上がらせた。

297ウルトラ5番目の使い魔 51話 (4/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:28:53 ID:CY9.ftKk
 しかし、有効な手口だというのは認めざるを得ない。迷っていた人々は教皇の言葉を受けて、教皇への支持を取り戻しつつある。相手が不安になったところに救いの道を指し示せば、相手はその言葉に矛盾が混じっているのに気づかずに信じてしまう。詐欺師のやり口は人間の心にアメーバのように浸透してくるのだ。
 アンリエッタは急いで教皇への反論を始めた。
「戯言はやめなさい教皇! あれはどう見ても、あなたたちに都合よく動いていたはず。さんざん天使様を賞賛する言葉を吐いておいて、よくもそんな手のひら返しができますね」
「ああ、悲しいことです。私は神の御前で懺悔せねばなりません。しかし、天使の姿に畏敬の念を抱いてしまうのは私の信仰心からきてしまう行動なのです。私の深い信仰心が罪となるとはなんと恐ろしい。ブリミル教徒の皆さん、我々の信仰心を弄んだ、あの悪魔を許してはなりません」
 必死に食い下がるアンリエッタだったが、舌戦は経験の差がもろに出てしまうものだ。年若いアンリエッタと、海千山千の教皇とでは歴然としていた。
 しかし、アンリエッタはあきらめずに教皇に対抗して人々に訴え続けた。この戦争の意義は勝敗ではない、いずれの大義が真実であるかを世の人に知らしめすことなのだ、そしてそれは自分にしかできないことだ。
”戦いは、トリステインの皆さん、ウルトラマンさんたちのおかげで、ようやくここまでこれました。これで教皇の化けの皮をはぐことさえできれば聖戦は止められる。ルイズ、始祖ブリミル、どうかわたしに力を貸してください!”
 心の中で祈り、アンリエッタはそばに控えたマザリーニの助言も受けつつ教皇の言葉と行動の矛盾を突き続けた。
 舌戦は激烈を極め、人々はそれに耳を傾ける。だが、多くの人々は教皇聖下がアンリエッタを論破するのを期待したであろうのと裏腹に、舌戦は意外な方向へと進んでいった。アンリエッタが押し始めたのだ。
「教皇、先ほどの天使が私の作った偽者と言うのであれば、ロマリアであなたに啓示を授けたというものはいったい何なのですか? それが本物だというのならば、なぜ偽者が暴れているにも関わらず本物は現れないのです? そして、ロマリアに現れた天使もまた偽者だとすれば、あなたは神の啓示など受けていないことになります、違いますか!」
 ヴィットーリオは当初余裕を浮かべていたが、アンリエッタは猛烈な食い下がりで彼を引きずり落としていった。
 もちろん、アンリエッタ自身の言葉のボキャブラリーには限界がある。しかし彼女にはマザリーニやエレオノールらがついて、可能な限りの助言をおこなっていたのだ。マザリーニの理路整然とした論理と、エレオノールの相手を圧迫する口撃力、これらが合わさったときの破壊力はすさまじかった。
 対して、ヴィットーリオに助言できる者はいない。教皇聖下に意見できる者などいるわけがない。
 三人寄れば文殊の知恵という言葉があるが、今のアンリエッタはまさにそれだった。特に、ヴィットーリオは知識量についてはアンリエッタらを上回ったが、弁説や機転は一人分しか持っていない。アンリエッタが助言を元にアプローチをたびたび変えながら攻めてくるのに対して抗しきるのには限界があった。
 ペンは剣より強しと地球の誰かが言った。その意味がここにある。戦場で万の敵を倒すことは難しくとも、言葉は一度に億の民を動かすことができる。
 そしてこれはトリステインではアンリエッタしかできない仕事だ。武勇を誇るカリーヌも、見守るコスモスや上空を旋回するファイターEXからの映像で見守る我夢たちも、これには何も助力することはできない。
 当初はやはり教皇聖下が正しいと思い始めていた人々も、教皇の話の中の矛盾が暴露されるに従って疑いを抱き始めた。この戦いはおかしいという意識が広がり始め、教皇、そしてジュリオの心にも焦りが生まれ始めた。
『聖下、まずいですよ。このままアンリエッタにいいように言わせては』
『わかっています。むう、あの小娘がここまでやるとは、あなどっていました』
 思念で会話しつつ、ヴィットーリオとジュリオは流れがアンリエッタに移りつつあることを認めざるを得なかった。

298ウルトラ5番目の使い魔 51話 (5/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:30:17 ID:CY9.ftKk
 まずい、このままでは全世界の見守る前で聖戦のカラクリを暴露されてしまう。そうなれば、今までの苦労がすべて水の泡だ。
『聖下、ロマリアの兵はまだしもガリアの兵の動揺が大きくなっています。たぶん世界中でも……せめて、イリュージョンのスクリーンだけでも解除されては?』
『いいえだめです。これは、一度発動したら役割を命じた時間が来るまで消えないのです。心配はいりません、まだこちらには切り札があります。ジュリオ、私のそばへ』
 舌戦が一段落し、アンリエッタとヴィットーリオは息継ぎをするように一度押し黙った。
 しかし、沈黙は長くは続かない。この機を逃してはなるまいと、アンリエッタは攻勢を再開した。
「教皇、いい加減に観念するのです。あなたの詭弁は、わたしがすべて打ち砕きます。罪を認め、その正体を現しなさい!」
「アンリエッタ女王陛下殿……私は正直、あなたを見損なっていたようです。確かに私の行動に矛盾があることは認めましょう。ですがそれはハルケギニアに真の平穏をもたらすための、いわば必要悪だったのです。仕方ありません、真に正しいものは動かないという証拠を、ここにお見せしましょう」
 そう言うとヴィットーリオは、ジュリオが傍らに連れてきたドラゴンの背に乗り、ジュリオとともに飛び立った。
 ジュリオの操るドラゴンは速く、あっという間にロマリアの陣地から彼らをトリステインの街を囲む城壁の上へと連れて行った。
 城壁の上はすでにロマリア軍に占拠されており、ここからはどちらの軍からでも教皇の姿を望むことができる。
 そしてヴィットーリオは全軍を見渡すと、杖を掲げて高らかに宣言した。
「皆さん、始祖の残された力のことはご存知でしょう。そう、”虚無”です! アンリエッタ女王がいかに私を糾弾しようとも、虚無の力を持つということは、すなわち始祖に選ばれた者という証拠なのです。先ほど私はイリュージョンの魔法で世界をつなぎました。世界中の皆さん、見ていなさい。皆さんに、虚無のさらなる力をお見せしましょう!」
 虚無? 虚無! 虚無だって!?
 人々の間に動揺が広がるのと同時に、ヴィットーリオは呪文を唱え始めた。誰も聞いたことのないスペルが流れ、メイジたちは膨大な魔法力が集まっていくのを肌で感じ、すぐにそれは平民にもはっきりとわかる激しさで大気を鳴動させ始めた。
「な、なに? 何を始めようというのですか」
 まるで巨大地震の前兆のような地鳴りとともに、トリスタニア全体の大気が揺れている。アンリエッタたちは城の手すりにつかまりながら、これがただの魔法などではないことを悟った。

299ウルトラ5番目の使い魔 51話 (6/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:32:03 ID:CY9.ftKk
「本当に虚無? いけない、何をするのかわからないけれど、このままではトリスタニアが危ないわ。カリン様、教皇を止めてください!」
「御意!」
 なにをするにしたってろくなことであるはずがない。アンリエッタに言われるまでもなく、カリーヌは絶好の射点にわざわざやってきてくれた教皇に魔法の狙いを定めていた。
 しかし、魔法の完成は教皇のほうが一歩だけ早かった。
 
『世界扉』
 
 完成した魔法が発動した瞬間、空に穴が開いた。
 トリスタニアの上空に直径数百メイルに及ぶであろう巨大な黒い穴が開き、それが巨大な引力を発揮してすべてを飲み込み始めたのだ。
「うわぁぁっ! な、なんだ。吸い込まれる!」
 トリステイン軍は竜巻に巻き込まれたような強風に襲われた。猛烈な風が渦巻き、街の家々から屋根やガラスが引き剥がされて砂塵とともに吸い上げられていく。以前オルレアン邸でタバサを飲み込んだ異次元ゲートに似ているが、規模ははるかに大きい。
 勢いはどんどん強くなっていく。このままでは人間が巻き上げられるのもすぐだ。アニエスや、各軍の部隊長たちは必死に叫んだ。
「いかん! 全員なんでもいいから手近なものに掴まれ! できなければすぐ伏せろ!」
 トリステイン軍はもう戦いどころではなかった。彼らの持っている杖や剣さえも巻き上げられていき、街全体からあらゆるものが吸い上げられていく。
 しかし不思議なことに暴風はロマリアの兵たちは吸い込まず、トリステイン軍ばかりを吸い上げていく。そして、ヴィットーリオは唖然とするロマリア軍にゆるやかに語り始めた。
「驚かれましたか? これは私の持つ虚無の魔法『世界扉』です。世界の理を歪め、冥府への扉を開きます。そして不浄なるものをすべて異界へと連れ去ってしまうでしょう。ただ膨大な精神力を使ってしまうため、本来ならばエルフとの聖戦まで温存したかったのですが、聖戦の大義を証明するためには仕方ありません。さあ、神に歯向かった者たちの最期をともに見届けましょう!」
 ヴィットーリオの呼びかけに、ロマリア軍からうめきにも似たどよめきが流れた。
 人知を超えた天変地異にも匹敵する力、これが虚無なのか。これはもはや魔法と呼べる代物ではない。まるで、悪夢の光景だ。

300ウルトラ5番目の使い魔 51話 (7/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:33:00 ID:CY9.ftKk
 本来の世界扉は異世界間のゲートを作り出すだけの魔法だが、根源的破滅招来体の力で強化されたその威力は、地上に開いたブラック・ホールのようにトリスタニアのすべてを吸い込んでいく。
 家が、商店が引き剥がされて舞い上がっていく。人間たちも必死に地面にしがみついているが、体重の軽い者や力の弱い者、傷ついた者は今にも宙に浮き上がりそうである。戦傷者救護所では、野外に寝かされていたけが人たちを魅惑の妖精亭の少女たちが必死に屋内に運び込もうとしていたが、すぐに建物ごと飲み込まれそうだ。
 ならば、魔法を使っている教皇を倒せば。だがそれもだめだった。カリーヌが魔法攻撃を放とうとしても、世界扉の吸引力が勝り、使い魔のラルゲユウスごと引き込まれていく。
「うわあぁぁっ!」
 ラルゲユウスの飛翔力を持ってしてもどうしようもなかった。錐もみ状態ではカリーヌも魔法が使えない。
 カリン様! アンリエッタの悲鳴が響いたとき、コスモスが飛んだ。
「ショワッチ!」
 コスモスは引き込まれかけていたラルゲユウスを掴まえると、そのまま担いで地上に引き戻した。
 だが、世界扉の吸引力はコスモスも引き込もうとしている。カラータイマーの点滅が限界に近いコスモスでは、せめて耐える以外にできることはなかった。
 ファイターEXも影響圏から離脱するのでやっとだ。元素の兄弟は魔法で体を地面に固定して耐えていたが、やがて地面ごと引っぺがされそうな勢いに冷や汗をかき始めていた。
 そして宮殿もまた、トリスタニアごと消滅しようとしていた。尖塔はもぎとられ、煉瓦は舞い上がり、噴水は干上がり、城門が剥ぎ取られていく。
「じ、女王陛下、城内にお入りください!」
「もうどこにいても同じことです。それにわたしは、たとえ死んでもここを離れるわけにはいきません。はっ、ウェールズ様!」
 バルコニーにしがみつくアンリエッタの見上げる前で、アルビオン艦隊も飲み込まれていく。
 もはや、これまでなのかとアンリエッタの目に涙が浮かんだ。トリステインもアルビオンも地上から消え去り、ハルケギニアは教皇の思うがままになってしまう。
 ここまでやったのに、みんな死力を尽くして戦ったのに、最後の勝利は教皇のものなのか。これでは神よ、始祖よ、あんまりではありませんか。

301ウルトラ5番目の使い魔 51話 (8/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:34:17 ID:CY9.ftKk
「ルイズ……ごめんなさい」
 涙が暴風に乗り、闇のかなたへ消えていく。
 崩壊していくトリスタニア。もはや誰にも、どうすることもできない。
 あと数秒もすれば、街だけでなく人間たちも塵のように巻き上げられていくだろう。
 すべてが……消える。そしていずれはハルケギニアも消える。努力も、夢も、希望も、なにもかも。
 それでも最後まで、あきらめない心だけは捨てない。地面に必死に食らいつく銃士隊の中で、ミシェルはそれが才人の教えてくれたことだと信じ、繰り返す。
「負けるもんか、負けるもんか……あきらめない奴にだけ、ウルトラの星は見える。そうだろ? サイト」
 どんな絶望の中でも、自分から希望は捨てない。未来は、奇跡はその先にしかない。ミシェルはそれを信じた、なによりも才人を信じた。
 だが、すべてが消滅しようとしているこの時に、いったいどんな奇跡が起こるというのだろう? もう、誰もなにもできない。間に合わない。
 悪の勝利、すべてが消える。教皇がそれを確信し、勝利の宣言をしようと空を見上げた、まさにそのときだった。
 
 
「待ってたぜ教皇! てめえがもう一度その、世界扉の魔法を使う瞬間をな!」
 
 
 突然、空に開いた世界扉のゲートから声が響いた。
 あの声は、まさか! その声に聞き覚えのあるアニエスやスカロンやエレオノール、そしてミシェルが空のゲートを見上げる。
 さらに、ゲートが突然スパークして不安定に揺らいだ。と、同時に吸引力が消滅し、浮き上がりかけていた人々は再び重力の庇護を受け、なにが起こったのかをいぶかしりながら空を見上げる。

302ウルトラ5番目の使い魔 51話 (9/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:36:26 ID:CY9.ftKk
 しかし、一番衝撃を受けていたのは教皇とジュリオだ。ふたりは、突然制御を失ってしまったゲートを見上げながら焦っていた。
「あの声は!? そんな馬鹿な。聖下、なぜワームホールが」
「わかりません。まるで、ワームホールの先から何かが無理矢理やってこようとしているような。まさか!」
 そのまさかであった。彼らも聞いたあの声は、異次元のかなたへと追放したはずの、彼の声。
 ヴィットーリオの開いたワームホールに無理矢理介入し、流れの反対方向からやってこようとしている何者か。それはワームホールの出口を破壊しながら、稲妻のように現れた。
 
「うわぁぁ、うわおわあぁーっ!?」
「きゃあぁぁーっ!?」
 
 一部の人間には聞きなれた二名の声。それが響いたと同時に、空に開いていたワームホールは激流の直撃を受けた水門のように爆裂し、代わって中から現れた何かが流星のように教皇のいる場所の傍の城壁の上に墜落した。
 何かが墜落した場所で爆発が起こり、巨大な城壁が落ちてきた大きな何かに押しつぶされて粉塵とともに築材が撒き散らされる。
 何が落ちてきた!? この場にいる人間のすべての視線が舞い上げられた粉塵に注がれ、そして風で粉塵が流された後には、巨大なカタツムリのようで、しかしとぼけた顔をした顔をした怪獣が城壁を押しつぶして寝そべっていた。
 それを見ると、コスモスは「そうか、ついにそのときが来たんだな」と、なにかに満足したように消えた。一体コスモスは何を? 変身を解かれたティファニアは不思議に思ったが、コスモスは何も答えてはくれない。
 だが当面の問題は怪獣だ。人々からは、怪獣!? 怪獣だ! という叫び声が次々にあがる。

303ウルトラ5番目の使い魔 51話 (10/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:38:34 ID:CY9.ftKk
 しかし、人々の関心はすぐに怪獣から離れることになった。なぜなら、怪獣の影から複数の人影が這い出してきたかと思ったら、突然がなり声で言い合いを始めたからだ。
 
 
「あだだだ……っ。ち、着地のことまで考えてなかったぜ。って、ここは……おお! トリスタニアじゃねえか! てことは、おれはとうとうハルケギニアに戻ってこれたんだ。よっしゃあ、やったぜえ!」
 
「いてて、よかったねサイトくん。いちかばちかの賭けだったけど、どうやら成功したみたいだね」
 
「はい、みんなあなたのおかげです……って、なんであなたたちまでここにいるんですかぁぁぁぁぁ!」
 
「いや、離れるつもりだったんだけど巻き込まれちゃって、仕方なく、ね。へえ、ここが君の時代かぁ、なるほど、僕らが頑張ったかいはこうなるのか。君も、しみじみすると思わないかい?」
 
「するわきゃないでしょ! なに私まで引きずりこんでくれちゃってるの! さっきサイトに見せちゃった私の別れの涙を返しなさいよ、やっぱりあんたを蛮人と呼ぶのをやめるのをやめるわ、少しは反省しなさいよーっ!」
 
「ぐぼぎゃ!?」
 
 青年と少年と少女が言い争いの末に、青年が少女に殴り飛ばされて派手に吹っ飛んだ。

304ウルトラ5番目の使い魔 51話 (11/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:40:33 ID:CY9.ftKk
 それだけではなく、別の方向からもう一組の男女が現れて。
 
「うう、いったぁ……ほんとに、あんたといるとろくなことがないわ! あれ? ここはもしかして、トリスタニアじゃない! やったあ! とうとう、とうとう帰ってこれたんだわ」
 
「やったなルイズ。うんうん、これもひとえに俺のおかげだな。いや、はっはっはっは」
 
「あっはっはっは……って、ごまかされるわけないでしょうが! 今回ばかりは本気で死ぬかと思ったんだからねーっ!」
 
「どわーっ!」
 
 少女が杖を振るうと爆発が起こり、青年がまともに食らって吹っ飛んだ。
 
 
 なんだなんだ、いったいなんなんだ?
 見守っている人々は訳がわからずに唖然とするしかない。
 だが、彼らの声の中で、明らかに明確に確実に実体のあるものが二人分あった。
 ティファニアにとっては友達の声、ミシェルにとっては愛する人の声。
 カリーヌにとっては娘の声、アンリエッタにとっては親友の声、それは。
 
「サイト!?」
「ルイズ!?」
 
 紛れもない、長いあいだ行方不明になっていた才人とルイズだったのだ。

305ウルトラ5番目の使い魔 51話 (12/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:42:20 ID:CY9.ftKk
 その声が届くと、才人とルイズははっとしてあたりを見回し、互いの姿を見つけるとすぐに駆け寄って手を取り合った。
 
「ルイズ、ほんとにルイズなのか。無事だったんだな、おれ、お前が撃たれて消えていったの見て、飛び込んだんだけど間に合わなくて」
「サイト、やっぱりあんたはわたしを助けようとしてくれてたのね。ありがとう、ずっとサイトに会いたかったんだから。長かった、ほんとに長かったわ」
「お前もいろいろあったんだな。おれも、今日までずっと冒険を続けてきたんだ。何度もくじけそうになったけど、ルイズもきっとがんばってるって思って、がんばれた」
「わたしもよ。サイトと必ずまた会えるって信じてた。ほんとにいろいろあったんだからね」
「ああ、そういやお互いけっこう髪が伸びたな。お前に話したいこと、山ほどあるんだぜ。おれもルイズから土産話をいっぱい聞きたいな。けど、その前に……」
 
 才人とルイズはきっと表情を引き締めると、怪獣の背中から城壁の上にいる教皇を睨み付けた。
「あのニヤけた教皇野郎をブっ飛ばさないとな!」
 びしりと才人に指差され、教皇の肩がわずかに震えた。
 ここにいる才人とルイズは夢でも幻でもそっくりさんでもない。間違いなく、ヴィットーリオが世界扉で異次元に飛ばしたあの二人だ。
 しかし、異次元に追放されてどうして? そればかりはさすがに教皇も想定外で、わずかにうろたえた様子を見せつつ問い返してきた。
「あ、あなたたち、いったいどうやって?」
「へっ、聞きたいか? てめえの魔法で、おれは大昔のハルケギニアに飛ばされてたんだ。けど、親切な人たちに助けられて、この未来怪獣アラドスって奴の力を借りてこの時代に帰ってこれたんだ。わかったかバカヤロウ」
 才人はそう言って、足元で眠そうな目をしている怪獣を見下ろした。
 未来怪獣アラドス。幼体で身長一メートル弱から成体の数十メートルにいたるまで、成長途上によって大きさに差がある怪獣だが、ここにいる個体は二十メートルほどの成長しきっていない若い個体である。特筆すべきはその能力で、彼らは非常に進化した細胞で時間の壁を越えて、自由に過去や未来に行き来することができるのだ。

306ウルトラ5番目の使い魔 51話 (13/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:43:44 ID:CY9.ftKk
 つまり、才人はアラドスを見つけて助力してもらうことで現代へと帰ってきたわけだ。アラドスは高い知能も持ち、今はタイムワープの疲れで眠っているけれど、才人は感謝してもしきれないほどの恩を感じている。
「ただ、未来に行くことはできても、正確にどれだけ時間を越えればいいかはわからなかった。だから、てめえが世界扉で時空に穴を開けたのを目印にさせてもらったってわけだ。ざまあみろ」
「くっ、私の虚無を逆に利用するとは。しかも、その時空間の干渉でミス・ヴァリエールまでも引き寄せるとは、なんと悪運の強い」
「そうね、サイトの悪運の強さはたいしたものよ。けど、わたしだって負けてないわ。わたしはね、どっか別の宇宙に飛ばされて、あっちの星やこっちの星を散々さまようことになったのよ。もう、何度怪獣や宇宙人を相手に大変な目に会ったことか。それでね、どこかの星の沼地でお化けみたいなトンボの群れに追い回されていたら、突然空に開いた穴に吸い込まれて、気がついたらここにいたわ。教皇聖下、乙女の柔肌を日焼けで真っ黒になるまでバカンスさせてくれたお礼はたっぷりさせてもらいますからね」
 そういえばルイズの顔がこんがり小麦色になっているように才人は思ったが、それ以上に赤鬼みたいだと思ってしまった。
 が、それはともかくルイズの魔法力は怒りのおかげでボルテージがどんどん上がっている。今なら、とんでもない大きさのエクスプロージョンでも撃てそうだ。
 しかし、周りの人々にとっては訳のわからないの自乗になっているのは変わらない。教皇聖下、いったいどういうことなのですかという声が次々と響き、ヴィットーリオは焦ってそれに答えようと手を上げた、だがその瞬間。
『エクスプロージョン!』
 ルイズの魔法が炸裂し、ヴィットーリオは至近で起こった爆発に吹き飛ばされかけた。
 そして、帽子を飛ばされ、顔をすすに汚しているヴィットーリオに向かってルイズは猛々しく突きつけた。
「あんたの小細工は通用させないわよ。どうせ、わたしたちを悪魔に仕立て上げて被害者ぶろうとしてたんでしょう。けど、手口がわかれば対処は簡単よ。どんな詭弁も、しゃべらせなかったらいいんだからね!」
 ヒューっと、才人は口笛を吹いた。さすが、ルイズらしい力技の解決法だ。だが、なるほど、どんな詐欺師でも口を利けなければ人を騙しようがないに違いない。
「わ、私を公衆の面前で殺害しようとして、あなたやあなたの家族がどうなると思っているのですか?」
「そういうことは後で考えるわ。少なくとも、わたしの家族は心配されるほど軟弱じゃないから安心しなさい」
 おどしもまったく効果がなかった。まあともかく、武闘派や隠れ武闘派ばかりのヴァリエール一家に喧嘩を売れるところはそうはないだろう。なお、忘れられていたがルイズの父のヴァリエール公爵は自領の軍を率いて国境でゲルマニアに対して睨みを利かせている。どうやら、隙を見せると隣のツェルプストー家が空気を読まずに茶々を入れに来るらしい。
 ルイズが躊躇を見せないことに、ヴィットーリオは思わず後ずさった。逃げようにも、ジュリオの使っていた竜はアラドスの落ちてきたショックで瓦礫に埋もれてしまい、ロマリアの兵隊たちも大半はトリスタニアの奥まで攻め込んでしまっているし、城壁を占領していた者たちもアラドスを恐れて逃げていてしまい、すぐにヴィットーリオを助けに来れる者はいなかった。

307ウルトラ5番目の使い魔 51話 (14/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:46:20 ID:CY9.ftKk
 こうなれば、ヴィットーリオも杖をふるって魔法で対抗するしかない。ルイズもアラドスの背から城壁の上に飛び移り、ふたりの虚無の担い手は杖を向け合う。
『エクスプロージョン!』
『エクスプロージョン』
 互いに長々と詠唱をしている隙はないので、詠唱簡略のエクスプロージョンの撃ち合いが始まった。ルイズとヴィットーリオを狙ってそれぞれ小規模の爆発が起こり、両者は自分に向けられた爆発を回避するために身を躍らせる。
 しかしヴィットーリオは律儀にルイズとの決闘に応じるつもりはなかった。ルイズがヴィットーリオを相手に杖を動かせない死角から、ジュリオが銃を向けてきたのだ。
「今度は一発で心臓を撃ち抜いてあげるよ」
 銃口が正確にルイズを狙う。教皇に意識を集中しているルイズはそれに気づくのが遅れた。
 だが、ジュリオもまたルイズを狙いすぎて死角を作ってしまっていた。ルイズを撃たせてなるものかと、才人が体当たりをかけてきたのだ。
「うおおっっ!」
「うわっ! き、君はぁ!」
「ふざけんなよこの野郎。おれの目の前で二度もルイズを撃たせてたまるかよ。そんでもって、てめえだけはぶん殴ってやるって決めてたんだ!」
 才人のパンチがジュリオの顔面に決まり、ぐらりとジュリオはふらついた。ルイズを狙っていた銃はあらぬ方向を狙って無意味に弾を飛び去らせる。銃さえなくなれば、過去の旅で才人は相当体力をつけてきた。そんじょそこらの奴に負ける気はない。
 しかしジュリオは才人とのタイマンになど付き合ってはいられないと、すぐさま体勢を立て直して剣を抜いてきたのだ。
「て、てめえ」
「あいにくだけど、目的を果たすのを優先させてもらうよ。心配しなくても、君の大切な人たちもすぐに向こうで会えるようにしてあげるさ」
 ジュリオの振り上げた剣が才人を狙ってきらめく。対して才人は丸腰だ。とても剣を持った相手に対抗することはできない。ルイズはそれに気づいていたが、とても今から振り向いてジュリオに魔法をぶつける時間はなかった。
「サイト!」
 ルイズの悲鳴が響く。しかし、ジュリオの剣は才人に届くことはなかった。寸前で乾いた音を立てて、横合いから飛び込んできた別の剣によってさえぎられたのだ。
 ジュリオの剣は止められ、ジュリオは驚愕した表情で割り込んできた剣の持ち主を見た。それは、長剣を小枝のように片手で軽々と持って、不敵な笑みを浮かべる金髪の少女だった。

308ウルトラ5番目の使い魔 51話 (15/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:47:43 ID:CY9.ftKk
「素手の相手に剣を向けるとはいい根性してるね。あんた悪者ね、悪者でしょ? サイト、こいつはわたしがもらうけどいいよね?」
「サーシャさん!」
 その細身に見える体からは信じられない力で、少女はジュリオを剣ごと弾き飛ばした。そして、体を覆っていた砂漠の砂よけのフードつきマントを脱ぎ捨てて、少女はその全身を現した。
 たなびく薄い金糸の髪、無駄なく引き締められた肢体に、揺れるほどよい大きさの果実、そして延びる長い耳。
「エルフ!?」
 人々から驚愕の声が響く。しかしジュリオの視線は、彼女の左手に釘付けになっていた。少女の左手の甲にきらめくルーン、それは。
「ガ、ガンダールヴだと!?」
「あら? ガンダールヴを知ってるの。なら話が早いわね、なんかあなたを見てると妙に胸がムカムカしてくるし、サイトに剣を向けた落とし前はつけさせてもらうわよ!」
 宣言すると、サーシャは俊敏な肉食獣のように地を蹴った。光と見まごうような剣閃が走り、反射的に受け身をとったジュリオの剣にすさまじい衝撃が伝わってくる。
「こ、これは本物だ。だが、いや、そういえばさっきサーシャと。エルフのガンダールヴ、ま、まさか!」
「なにぼさっとしてるの? 私は強いよ!」
 サーシャの舞うような剣戟が相次ぎ、剣技には自信のあったはずのジュリオが受けるしかできない。
 剣同士がぶつかり合う金属音と、輝く火花が人々の目を引き、まるで天使が円舞をしているかのような美しさを人々は感じた。エルフといえば、人間にとっては忌むべき、恐れるべき存在であるはずなのに、目の前のエルフの少女からはそうした恐ろしさはまるで感じられずに、逆にたのもしさと胸がすくような興奮が湧き上がってくる。
 さすが元祖ガンダールヴ! 才人は、全盛期の自分よりはるかに強いサーシャの活躍にしびれて、思わずガッツポーズをとりながら応援した。
 けれども、自分の実力ではかなわないと見たジュリオはまたも卑劣な手に出てきた。彼が右手の手袋を脱ぎ捨てると、彼の右手の甲にルーンが輝いたのだ。
「そいつは、私と同じ!」
「そう、僕も虚無の使い魔なのさ。僕は神の右手ヴィンダールヴ、その力を見せてあげるよ!」
 すると、彼らのいる城壁に向かって方々からドラゴンやグリフォン、マンティコアやヒポグリフなどが集まってきた。戦いの中で主人の騎士を失ったそれぞれの軍の幻獣たちだ、皆が正気を失ったように目を血走らせ、凶暴な叫び声をあげている。
「これが僕の力、あらゆる生き物を自在に操ることができるのさ。いくら君がガンダールヴでも、これだけの数の幻獣を相手にするのは無理だろう?」
 チッ、とサーシャが舌打ちするのと同時に、才人はまずいと思った。いくらサーシャが強くても、十数匹のドラゴンやグリフォンにいっぺんに襲いかかられたらかなうわけがない。

309ウルトラ5番目の使い魔 51話 (16/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:48:59 ID:CY9.ftKk
「サーシャさん、変身を!」
「あ、ごめん。さっきのでコスモプラックがどっか行っちゃって、変身できないのよね」
「ええーっ!?」
 最悪だーっ! と、才人は叫んだ。まずい、ここは城壁の上で逃げ場がない。やられる! 
 しかし、宙を飛んで襲い掛かろうとしていた幻獣たちに、さらに上空から別の飛行物体が高速で襲い掛かってきたのだ。
「いっけぇーっ、レーザーバルカン発射ぁ!」
 急角度から降り注いできた光線の乱射が幻獣たちを蹴散らし、さらに音速に近い速度で通り過ぎていったことで幻獣たちは衝撃波に吹っ飛ばされて散り散りになってしまった。
 今のは! 才人は城壁の上を飛び去っていった戦闘機を見上げた。あの機体は、どこかで見たような。いつだったっけ、けっこう前だったように思うけど思い出せない。
 しかし、才人の戸惑いとは裏腹に、その戦闘機、ファイターEXは再度反転して残った幻獣たちをあっという間に蹴散らしてしまった。才人やジュリオは呆然として見送るしかない。
 幻獣たちが全滅すると、ファイターEXは上空で調子に乗ったように宙返りをした。そのコクピットでは、メインAIであるPALが乱暴な操縦をしないでくださいと抗議していたが、パイロット席に座る彼、アスカ・シンは楽しそうに答えた。
「悪い悪い、操縦桿握るのなんて久しぶりだからついうれしくってさ。いい飛行機だな、こいつ。気に入ったぜ」
 彼はこちらの世界にルイズと来てルイズの爆発魔法で吹っ飛ばされた後、空を飛んでいるファイターEXを見て、そのコクピットが無人だと知ると「おーい、そこの戦闘機乗せてくれー」と手を振って頼んだのだった。
 もちろん、乗せるかどうかの判断はPALはしていない。アスカを乗せるのを決めたのは我夢だった。むろん、見ず知らずの人間を乗せるのには藤宮が難色を示したが、我夢はなぜか自信ありげに言った。
「大丈夫、彼は……信頼できる」
 我夢にしては根拠のない発言に藤宮は不思議に思ったが、確かにアスカは見事にファイターEXを操縦した。PALだけでは先ほどの機動は不可能だったろう。
 一方の我夢も、なぜか不思議な確信が頭に浮かんだのを感じていた。本当に不思議だ、彼を見るのは今日が初めてなはずなのに、まるで子供のころからの親友だったように感じた。
 この戦いが終わったら、彼と会ってみよう。我夢は静かにそう思った。
 ファイターEXは、周囲を警戒するようにトリスタニアの空を旋回し続けている。その速度に追いつける幻獣はハルケギニアに存在しない。ただ、カリーヌはその優れた視力でファイターEXのコクピットをわずかに覗き、心臓をわしづかみにされたような衝撃を感じていた。
 そして、嵐のように吹き荒れたアスカの乱入によって危機は去った。さあ、ここから再開だと、サーシャは剣を振りかざしてジュリオに飛び掛った。

310ウルトラ5番目の使い魔 51話 (17/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:50:43 ID:CY9.ftKk
「なにぼさっとしてるの! 卑怯な手を使わないと、女の子ひとりあしらえないのかな?」
「くっ、なめるなっ!」
 それはある意味ジュリオに対して最大の侮辱だったろう。才人は笑い転げたいのを我慢しながらサーシャの応援に戻った。
 だが、その瞬間、爆音を聞き、才人はエクスプロージョンの炎に弾き飛ばされてルイズが転がされるのを見たのだ。
「ルイズ!」
「だ、大丈夫よ」
 思わずルイズに駆け寄り、才人はルイズを助け起こした。ルイズは見たところたいした傷は負っていないようだったが、強がっている言葉に反して杖を握っている腕は痙攣して、相当に疲労が蓄積しているのが察せられた。
 そんなふたりを見下ろしながら、ヴィットーリオは余裕を取り戻した声で悠然と告げた。
「少し焦りましたが、やはりメイジとしての技量では私に一日の長があったようですね。悔しいですか? ですがあなたの言葉を借りれば、懺悔する時間は与えませんよ。今すぐに、始祖の下に送ってあげましょう」
 時間稼ぎはさせまいと、ヴィットーリオは即座にエクスプロージョンの魔法を完成させた。威力は抑えているが、それでも人間二人を粉々にして余りあるだけの魔法力が才人とルイズの眼前に集中する。
 やられる! 対抗の魔法は間に合わないと、ルイズは死を覚悟した。しかし、その瞬間、ふたりの後ろから別の虚無のスペルが放たれた。
『ディスペル!』
 魔法を打ち消す魔法の光がヴィットーリオのエクスプロージョンを瞬時に無力化した。
 馬鹿な! と、ヴィットーリオは驚愕する。そして、才人とルイズの後ろから散歩に行くような暢気な足取りで、小柄な青年が杖を握りながら現れたのだ。
「始祖の下に送る、か。いやあ、残念だけど多分それは無理だと思うよ」
「な、何者です?」
「ただのサイトくんの友達さ。いけないなあ、その魔法は悪いことに使うもんじゃないと聞いてないかい? これなら、まだ荒削りだけどそっちのお嬢ちゃんのほうがはるかにマシだよ。ねえ」
 そう言って、青年は寝かせた金髪の下の瞳をルイズに向けて優しく微笑んだ。
 すると、ルイズは不思議な既視感を覚えた。この人とは初めて会ったはずなのに、なぜかずっと昔から知っているような暖かな懐かしさを感じる。
「君がサイトくんの主人だね。話はいろいろ聞いているよ。なるほど、確かにどこかサーシャに似た雰囲気を感じるね。涙が出そうだよ……けど、どうやらタチの悪いのも生まれてしまったようだね。ここは僕がやるのが筋だろう、サイトくん、彼女を守ってあげなさい」
 彼はそれだけ言うと、再びヴィットーリオに向き合った。

311ウルトラ5番目の使い魔 51話 (18/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:52:26 ID:CY9.ftKk
 すぐさまヴィットーリオの放ったエクスプロージョンの魔法が襲い掛かってくる。だが彼は、即座に呪文を唱えると、なんと相手のエクスプロージョンの収束に自分のエクスプロージョンを当てて暴発させてしまったのだ。
 爆発が爆発で相殺され、爆風があさっての方向へと飛び散っていく。そんなまさかと驚くヴィットーリオに向かって彼は告げた。
「初歩の初歩の初歩、エクスプロージョン。けれど、だからこそ使い勝手はとてもいい。効くかどうかは別にして、望んだすべてのものを爆破できる。ふむ、やったことはなかったけど虚無に虚無をぶつけても効くのか、覚えておこう」
 事も無げに言ってのける彼だったが、それがいかにとんでもないことなのかはルイズがよくわかっていた。虚無を使えるようになってからエクスプロージョンは数え切れないほど撃ってきたが、あんな瞬間に超ピンポイントで当てるような神業はできない。あの青年は、いったいどれほどの虚無の経験を積んできたというのか。
 ルイズは才人に、「あの人はいったい誰なの?」と尋ねようとしたが、それより早く魔法戦は再開された。
 さらに強力なエクスプロージョンにエクスプロージョンがぶつかり、トリスタニアの空に太陽のような光球がいくつも閃いては消える。
 こんな魔法戦、見たことがない。戦いを見守っていた全世界の人々がそう思った。現れては消える、あの光球ひとつだけでも直径数百メイルはあるとんでもない巨大さだ。もしあれがひとつでも戦場で炸裂したら、アルビオンやガリアの大艦隊でも一瞬で消し飛ばされてしまうだろう。
 火のスクウェアメイジが百人、いや千人いたところでこんな光景は作れないに違いない。
 トリスタニアの空に太陽がいくつも現れては消える。アンリエッタやウェールズは、自分たちがヘクサゴンスペルを完成させたとしても到底及ばないと戦慄し、エレオノールやヴァレリーは「こんなの魔法の次元じゃないわ」とつぶやき、ルクシャナは好奇心を塗りつぶすほどの壮絶さに大いなる意思にひたすら祈り、カリーヌさえも唖然として見ている。
 全世界のメイジたちも同様に、一生に二度と拝めないかもしれない壮絶な魔法合戦を見守っている。
 ただ例外は才人で、彼はひとりでサーシャのほうの応援をしていた。
「がんばれーっ、サーシャさん! いけーっ、そこだ、かっこいいーっ」
 同じガンダールヴだった同士で波長が合うのか、才人の応援は熱がこもっていた。
 しかしそれが気に食わないのはルイズだ。あの虚無使いの人は何者なのかと聞こうと思ったら、才人は自分を無視してこのテンション。しかも、せっかく久しぶりに会ったと思ったら、知らない女に熱烈な声援を送っているのも気に入らない。
 そうなると、ガンダールヴとかの問題は思考の地平へ飛び去ってしまい、ルイズの心でメラメラと黒い炎が渦巻いてくる。
「ねぇ、サイト?」
「ん? なんだルイ、ぐえっ!? く、首、首を絞めるなぁぁっ!?」
「ご主人様から目を逸らしてずいぶん楽しそうじゃない。なんなのあの女? あんた、わたしの見てないところでまた新しい女とデレデレしてたんじゃないの?」
 ああ、この嫉妬深さ、これこそがルイズだと才人はしみじみ思ったが酸素を取り上げられてはたまらない。

312ウルトラ5番目の使い魔 51話 (19/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:54:17 ID:CY9.ftKk
「ぐえええ、締まる、締まってるって! 誤解、誤解だルイズ。いくらおれでも人妻に手を出すような趣味はないって!」
「人妻?」
 ルイズの力が緩んだ。なるほど、いくら才人でもそこまで節操なしではないだろう。才人はほっとして、胸いっぱいに空気を取り込んだ。
 だが正直に言ったのがサーシャの逆鱗に触れてしまった。
「ちょっ、誰が人妻よ、誰が!」
「あだぁっ!」
 サーシャが投げた剣の鞘が才人の頭に命中して鈍い音を立てた。才人は目を回し、代わってルイズが抗議の声をあげる。
「ちょっとあなた! 人の使い魔に向かって何してくれるのよ!」
「そいつが人妻だなんて言うからよ。私とあいつは、その……まだ……そんなんじゃないんだからね!」
 ルイズは彼女のその反応に、「あれ? なんかどこかで見たような」という感想を抱いたが、答えに思い当たると何かムカつく気がした。
 しかし、ルイズの願望を裏切るように、青年がヴィットーリオと戦いながらも口を挟んできたのだ。
「おいおいサーシャひどいなあ、君と僕との関係は、もう歴史上の既成事実なんだよ。子孫の前で、それはないんじゃないかな」
「う、うるさいうるさいうるさい! 誰があんたなんかと、あんたの赤ちゃんなんか産んでやるもんですか!」
「そうかい? 僕は君に僕の赤ちゃんを産んでほしいと思うけどなあ。僕と君の子供なら、きっとかわいいだろうなあ。そう思わないかい?」
「う、ううううう、バカバカバカ! もう知らないんだから!」
 青年の軽口に、サーシャは顔を真っ赤にして顔を伏せてしまった。だがそうしてじゃれあいながらも、ふたりともヴィットーリオとジュリオ相手に互角に渡り合っているのだからとんでもない。
 いったい何なのよ、この人たち? ルイズはわけがわからずに目を白黒させていたが、才人がやっと目を覚ましてきたので聞いてみた。
「ちょ、サイト。あのふたり、いったい何者なのよ?」
「んん? ああ、大昔の虚無の使い手と使い魔さ。お前の遠い遠いおじいさんとおばあさんだよ」
「大昔の? そっか、そういえばあなたは過去に行っていたって言ってたわね。けど、ほんとどういう人たちなのよ。あの人外の教皇と互角にやりあえるなんて、そんな虚無の担い手なんて、まるで始祖……えっ?」
 そこまで言いかけて、ルイズははっとして固まってしまった。
 まさか……そんな。しかし才人は、言葉が出ないルイズをニヤニヤ笑いながら見ている。ルイズは全身から血の気が引いていくのを感じた。

313ウルトラ5番目の使い魔 51話 (20/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:56:15 ID:CY9.ftKk
「ま、ままままま、まさか、ほ、ほほほほ本物の、しし、ししししし」
 そのときだった。教皇と青年の魔法の撃ち合いが、ひときわ大きいエクスプロージョン同士の炸裂で終息した。
 空を覆っていた魔法の光芒が消え去り、教皇と青年が十数メイルの距離を置いてにらみ合う。と、同時にジュリオとサーシャの剣戟も終息し、両者はそれぞれの主人の脇に戻った。
 しかし余力はまるで違う。教皇とジュリオが肩で息をしているのに対して、青年とサーシャは汗ひとつかいていない。
 戦いを見守っていた世界中の人々も、あのふたりはいったい何者なんだと息を飲んでいた。教皇聖下が、伝説の系統である虚無の担い手だということはもはや疑いようがない。その教皇聖下を同じ魔法で圧倒できるとは何者か? 同じ魔法? つまり相手も虚無の使い手。しかし、そんなものが存在するのか?
 人々は沈黙し、疑問の答えを待つ。やがて、穏やかに青年が教皇に対して語りかけた。
「もうやめないかい? 君もなかなかの力を持っているようだが、君の使う虚無の系統なら僕はすべて使えると思うよ」
「こ、これほどまでとは。いったい何者なのですか……いや、あなたの顔はどこかで……はっ!」
 そのとき、ヴィットーリオは記憶の中のひとつと目の前の青年の顔が合致して凍りついた。予期せぬ事態の連続と戦闘の興奮で半ば我を失っていたために気がつかなかったが、ロマリア教皇としてブリミル教の内情に関わった知識の中に、たったひとりだけ目の前の青年に該当する人物がいた。
 そういえば、ジュリオが戦っていたエルフの娘はガンダールヴだった。虚無の担い手は過去に複数存在したが、エルフを使い魔にしたのはたったひとりしか存在しない。
「ま、まさか、あなたの名は……」
「ん? そういえばまだ名乗ってはいなかったね。じゃあ遅くなったけど、自己紹介しておこうか」
「ま、待て!」
 ヴィットーリオは狼狽して止めにかかった。
 まずい、それだけはまずい。もし、目の前の青年があの人物だとしたら、ロマリアの、教皇の、権威も威厳も、そのすべてが塵のように吹き飛ぶ。そして、それを納得させられるだけの材料は、すでに全世界の人間たちの目に示されてしまってている。
 しかし、遅かった。青年はヴィットーリオを無視しているようなのんびりした声色で、全世界に対して自分の名を告げたのだ。
 
「僕の名はニダベリールのブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」
 
 その瞬間、全ハルケギニアが凍りついた。

314ウルトラ5番目の使い魔 51話 (21/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/03(土) 23:58:37 ID:CY9.ftKk
 え? 今、なんて? ニダベリールの……ブリミル? え? 聞き間違いでなければ、その名前を許されているのは、ハルケギニアの歴史上たったのひとり。
 と、いうことは……つまり。
「し、ししししししし、始祖ブリミル、ご本人ーーーーっ!?」
 沈黙から一転して、全ハルケギニアがひっくり返ったような混沌に陥った。
 始祖ブリミル、その降臨。世界中で老若男女がひれ伏し、アンリエッタは気を失いかけ、カリーヌでさえ腰を抜かしそうになった。
 遠方で見守るギーシュたちもトリスタニアのほうを向いてひざを突き、アニエスやミシェルたちも剣や杖を置き、元素の兄弟もさすがに唖然となった。
 もはや、トリスタニアだけ見ても、トリステイン・ガリア・ロマリアどの軍も等しく平伏して身動きひとつしていない。
 例外はガリアでジョゼフが爆笑していることと、彼らの目の前で才人が調子に乗っていることである。
「わっはっはっはっ! どーだ教皇、てめえがいくら偉くても、ブリミル教でこの人より偉い人はいねーだろ! ざまーみやがれ!」
 胸がすっとなるような快感を才人は味わっていた。まるで悪代官に先の副将軍が印籠をかざしたり、将軍様が「余の顔を見忘れたか?」と言い放ったときのようだ。
 だが、調子に乗る才人をルイズが頭を掴まえて床にこすりつけた。
「いってえ! な、なにすんだよルイズ」
「バカ! 始祖ブリミルの御前なのよ。なんて恐れ多い、あわわわわ」
 ルイズもすっかり混乱してしまって目の焦点がぐるぐるさまよっている。しかしそんなルイズに、ブリミルは少し困ったように言った。
「ねえ君、ルイズくんといったよね。サイトくんも痛がっているし、やめてあげてくれないかな」
「い、いえそんな! 始祖ブリミルに対してそんな恐れ多い!」
「僕はそんなに偉い人間じゃないよ。少なくとも今はね。それに、友達に頭を下げられて愉快な人間なんかいないさ。さ、頭を上げて」
 促されて、ルイズが恐る恐る頭を上げると、そこにはブリミルとサーシャが優しく微笑んでいた。
 だが、優しげな表情を一転させて、ブリミルはヴィットーリオを鋭い視線で睨み付けると言った。

315ウルトラ5番目の使い魔 51話 (22/22) ◆213pT8BiCc:2016/12/04(日) 00:03:34 ID:TzIwyXIc
「さて、僕の名前を使ってさんざん悪いことをしてくれたみたいだね。僕はね、君たち子孫に争ってもらいたくていろんなものを残したんじゃない。僕らの時代に、世界は荒れ果てた。僕らがやったことはすべて、この世界が平和を取り戻し、僕らの子供たちが幸せに暮らせるようになることを願ってのことだ」
「くっ、し、しかし聖地は」
「それだけは詫びねばいけないね。たぶん、死ぬ前の僕はそれだけは心残りだったんだろう。だけど、聖地は人間だけが目指すべき場所じゃない。エルフも、ほかの亜人たちも、この星の生き物すべてにとって重大な意味があるところなんだ。いや、すべての生命が力を合わせなければ聖地には届かない。君のやろうとしていることは、聖地から遠ざかることだ」
「ぐぐ……」
「この場で偽りを認めればよし。だが、もしこれ以上の戦いを望むなら、僕も容赦はしない。君がよりどころとする虚無の、そのすべてを打ち砕いてあげるよ」
 ブリミルのその一言が、教皇にとってのチェック・メイトであった。
 教皇が正義を騙っていた、そのすべての根拠がひっくり返された。最後に残った虚無も、始祖ブリミルという絶対の存在にはかなわない。
 
 もはやこれまで……ヴィットーリオは、連綿と続けてきた計略のすべてが失敗したことを認めた。
「数千年をかけて築き上げてきた我々のプランが、こんな形で崩壊させられるとは……ですが、たとえ我々がここで潰える運命だとしても、我々の後に続く者たちのために道をならしておくことにしましょう!」
 ついに本性を隠すことを止めたヴィットーリオとジュリオの周りにどす黒いオーラが渦巻く。
 来る! ついに根源的破滅招来体と、この世界で最後の決着をつける時が来たのだ。
 あのときの借りを今返すと、才人とルイズは視線を合わせて手を握り合った。
 そして、ファイターEXでもアスカが懐からリーフラッシャーを取り出していた。
 闇に包まれたハルケギニアに再び光を。歴史に残る大戦争の、そのクライマックスが今、始まる。
 
 
 続く

316ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2016/12/04(日) 00:08:53 ID:TzIwyXIc
51話はここまでです。
時代劇の王道パターンですが、権力を笠に着る奴をより以上の権力で叩き潰すって、なぜか気持ちいいんですよね。
さて、今回はとうとう主人公ふたりが帰還。しかも最強の助っ人を引き連れてです。コスモスは残念ですがちょっと出番を譲ってあげてください。
では、次回はいよいよロマリア編最終決戦です。今回は遅くなってしまいましたが、最悪でも年内に投稿できるよう頑張ります。

317名無しさん:2016/12/04(日) 13:24:03 ID:8tAQO01.
ここで、「えーい、上さ…もとい始祖ブリミル様がこのような所に居られるはずがない!」
とか言ってくれたら良かったのにw

デーンデーンデー(ry

318名無しさん:2016/12/04(日) 21:57:35 ID:NfHayrSw
そりゃジョゼフさんも予想を遥かに超えた事態が面白すぎて爆笑するわなw

319ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:16:22 ID:nov/m48.
5番目の人乙です。私も投下を始めさせてもらいます。
開始は23:20からで。

320ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:21:07 ID:nov/m48.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十七話「王立図書館の恐怖」
冷凍怪獣ペギラ 登場

 ――そろそろ夏が近い季節にも関わらず、トリステイン王国領土の平原が一面の銀世界に
なっていた。見渡す限りの大地が氷雪に埋もれており、木や草花には霜が降りている。仮に真冬で
あったとしても、トリステインの気候ではここまでの光景にはならないだろうというほどに
氷で閉ざされていた。
「バアオオオオオオオオ!」
 その犯人は、銀世界の真ん中に立つ一体の巨大生物。腕はヒレ状の翼となっており、足には
水かきが生えている。首はトドかアザラシのような鰭脚類に似ていて、まぶたが常に半開きなのが
おとぼけな印象を受けるが、この状況で一目瞭然だがその実はかなりの力を秘めた冷凍怪獣だ。
名をペギラ。本来は寒冷地にのみ棲息する怪獣なのだが、何らかの事情でトリステインの地に
迷い込んできたのだろう。そして降り立った場所を中心として自分に棲み良い世界に変えてしまった
ばかりか、氷の世界はペギラの冷凍光線によってどんどんと拡大していっている。このままでは
トリステイン全体が凍りついてしまうかもしれない。
 人間は環境への適応能力が優れているという訳ではない。それなのに世界で最も繁栄している
生物になることが出来たのは、高い知能によって環境の方を自分たちの暮らしやすいように変える
能力があるからだ。そこが通常の生物と一線を画すところだが、これを見ると怪獣にも同じ能力が
備わっていると言うことが出来るだろう。しかも怪獣には人間などはるかに超越する戦闘能力まで
ある。このままでは数え切れない人間がペギラによって蹂躙され、ハルケギニアという星が滅茶苦茶に
荒らされてしまうのは誰が見ても明らか。
 しかしそんな惨状を阻止するためにはるか遠くの宇宙から次元の壁を越えてやってきた、
新時代の英雄がいる。
「シェアッ!」
 そう、我らがウルトラマンゼロ! 彼は宇宙空手の構えを取り、これ以上トリステインを
氷に閉ざさせないためにペギラに果敢に立ち向かっていく。
「バアオオオオオオオオ!」
 だがペギラは口から霧状の冷凍光線を、膨大な量で吐き出す。それは俊敏なゼロでも回避
することは不可能であった。
「グゥッ!?」
 冷凍光線によってゼロは途端に苦しみ、身体が徐々に凍りついていく。ウルトラ族は光の種族。
身体の内に計り知れない光のエネルギーを持ってはいるが、それ故に極低温に対する耐性は持たない。
冷凍怪獣は全ウルトラ戦士が苦手とするところなのだ。
 しかもペギラは冷凍光線を発する能力に特化している。まさに相性は最悪だ。如何にゼロでも、
ペギラのもたらす猛吹雪を突破することは出来ないのか?
『――はぁぁぁぁぁッ!』
 そう思われたが、しかし、ゼロは全身から凄まじい熱量を発することで氷を溶かし、冷凍光線を
はねのけた上に、ペギラ本体まで熱波によってひるませた。
『俺たちは!』
『これくらいの寒さじゃあ!』
『参らないぜッ!!』
 ゼロと、このハルケギニアで彼と一体となった地球からの来訪者、才人の声がそろった。
 初めは事故によってゼロと融合し、否応なしに彼とともに戦う羽目になっただけの才人で
あったが、ハルケギニアで様々な戦いと試練を乗り越える内に大きく成長して、今や誰もに
認められる立派な戦士となった。ポール星人がもたらした氷河期も踏破したことのある彼の
精神力は、ペギラの冷凍光線も寄せつけない熱さなのだ。その精神がゼロの力に直結している。
 ゼロと才人、この二人は名実ともにハルケギニアの新たなる英雄であると言えよう。
『お返しだぜ! 俺たちの魂のビッグバン、とくと味わいなぁッ!』
 ゼロは握り締めた拳に真っ赤に燃える炎を宿し、ペギラへとまっすぐ駆けていく。
「セイヤァァァッ!」
 そして決まる灼熱のチョップ、ビッグバンゼロ!

321ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:25:16 ID:nov/m48.
 弾けた熱波が辺り一面に広がり、銀世界を吹き飛ばして氷雪を瞬く間に溶かしていった。
「バアオオオオオオオオ!!」
 熱すぎる一撃をもらったペギラはたまらずに戦意を失い、勢いよく空に飛び上がって黒い煙を
吹かしながら北に向かってまっすぐ飛び去っていった。このまま本来の生息域である、北方の
寒冷地へと去っていくことだろう。そのまま人間と折り合いをつけて生きていくのが、ペギラに
とっても人間にとっても最良の道なのだ。
「ジュワッ!」
 そしてペギラが立ち去っていったことで、ゼロもまた大空に飛び立って帰還していった。
ハルケギニアのほとんどの者が知らないことだが、彼の帰る場所はトリステイン魔法学院。
才人はそこで自分を召喚した少女、ルイズの使い魔として日々の生活を過ごしているのだった。

 ……このゼロの飛び去っていく姿を、ある場所から何者かが、不可思議な能力を以てじっと
観察をしていた。
『あれが、新しく現れた現実世界の英雄、巨躯なる超人、ウルトラマンゼロ。そして……』

 さてペギラを撃退した後、才人はルイズとともにトリスタニアを訪れて、アンリエッタから
ある頼みごとを受けた。
「ここがトリステインの図書館かぁ〜。おっきいな!」
「当たり前でしょ、王立なんだから。すごく価値のある資料も保管されてるのよ。……まぁでも、
わたしもこんなに大きいとは思ってなかったけど」
 日が地平線の向こうに沈みそうな時間帯に、ルイズと才人は雄大で豪奢な造りの建築物の
前にやってきていた。ここはトリステイン王国立図書館。トリステインが保有する様々な種類の
資料がこの建物の中に保管されている。
 才人はアンリエッタからの依頼の内容を、ルイズに確認する。
「それで、この中に夜な夜な幽霊やら人魂やらが出るってことだったよな? でも見間違い
じゃないのか? 幽霊なんて、大体はそんなオチだぜ。まさかシャドウマンがそこらにいる
はずもないだろうし」
「それを確かめるのがわたしたちの仕事でしょうが」
 アンリエッタからの話によると、ここ最近になって図書館で幽霊を目撃したという話が
持ち上がっていると、図書館の司書から報告があったというのだ。貴重な図書を狙う窃盗犯の
仕業かもしれないので、事の真偽と幽霊の正体を早急に調査しなければならない。しかし折悪く、
アンリエッタはある式典に出席するためロマリアに赴かなければならず、その準備で王宮は
忙殺されている状態。それで他に手が空いていて、アンリエッタの信頼がある人員として、
ルイズと才人にお鉢が回ってきたのだった。
「でも幽霊の正体暴きなんて、騎士というより探偵の仕事みたいだよなぁ。まぁ、剣の出番が
ないのならそれに越したことはないんだけどさ」
「俺としてはちょいと残念だがな。出番がねえのは寂しいぜ」
 デルフリンガーが鞘から少しだけ顔(?)を出してぼやいた。
 幽霊の正体はまだ見当もつかないが、誰かが危害を受けたという話はないとのこと。大袈裟な
対応は必要ないだろう、ということでオンディーヌは学院に置いてきて、ルイズとの二人だけが
アンリエッタに騒動の解決を頼まれた。……はずなのだが……。
「それなのに……どうしてタバサはここにいるのかしらね……?」
「シルフィもいるのね!」
「パムー」
 ルイズたちの後ろについているタバサの傍らのシルフィード人間体が手を挙げ、その肩の上の
ハネジローも真似して手を挙げた。才人はタバサにヒソヒソと尋ねかける。
「何でシルフィードは人間の姿なんだ?」
「街中で風竜の姿だと目立つ」
 なるほど、とうなずいている才人をよそに、ルイズはタバサに再度問いかけた。
「タバサ、どうしてあなたがわたしたちと一緒に来てるのかしらね? またサイトの護衛とか
言うつもりじゃないわよね」
 タバサは臆面もなく首肯してみせた。タバサは才人たちが学院からトリスタニアへと出かけるのに
目敏く気づいて、追いかけてきたのだ。シルフィードの速度からは誰も逃れられない。

322ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:28:32 ID:nov/m48.
 ルイズは目くじらを立ててタバサに詰め寄る。
「タバサ、ちょっと出しゃばりすぎじゃないのかしら? 行く先々にわたしたちについて回って。
これじゃあストーカーよ? 涼しい顔してないで、自重ってものを覚えた方がいいんじゃなくて?」
 タバサは涼しい顔で言い返した。
「あなたに指図されることじゃない」
 ピキ、と青筋を立てたルイズが杖を抜こうとするのを才人は慌ててなだめる。
「だぁーッ! こんなとこで喧嘩になるなよ! そ、それより、ここの図書館の司書の人は
まだなのかな? ここで待ち合わせのはずだよな」
「お待たせしました」
 噂をしたら、ちょうど図書館の司書と思しき人物がやってきた。
 才人は王立図書館の司書と言うから年配を想像していたが、それとは裏腹に眼鏡を掛けた
うら若き女性であった。肩の上には丸っこく赤い奇妙なものを乗せている。一見生き物かの
ようだが、よく見れば人工物であった。
「司書のリーヴルと言います。この子は使い魔のガラQです」
「ガラQ! ヨロシク!」
「パム!」
 肩の上のガラQなる赤い真ん丸が短い手をひょっこり上げて挨拶すると、ハネジローが
快活に挨拶を返した。
 ルイズは早速リーヴルという女性に、幽霊騒動の話を持ちかけた。
「リーヴル、図書館に出る幽霊のことなんだけど、それって目撃されたのは夜だけなの?」
「ええ、今のところは」
「分かったわ。それじゃ一旦宿に戻って、夜になってからまた来ましょう」
「よろしくお願いします」
 と頭を下げたリーヴルは……ルイズに鍵の束を手渡した。
「これが図書館の鍵です。では、私はこれで」
 言い残してその場を立ち去ろうとするリーヴルに、タバサも面食らった。
「ち、ちょっと! まさか帰るの!?」
「ええ。もう閉館の時間で、本日の業務も全て終えましたので」
「わたしたちだけで図書館にいろっていうの!?」
「私の仕事は時間内の図書館の管理だけです。他の時間は仕事の範疇外です。時間外の労働に
ついては、国を通して申請して下さい。それでは……」
 淡々と告げられてルイズたちが唖然としている内に、リーヴルはスタスタと帰っていってしまった。
「あ、ちょっと待ちなさいよ! ……行っちゃった」
「い、如何にもお役所仕事って感じの人だったな……」
 苦笑いを浮かべる才人。肩をすくめ、図書館の方へ向き直る。
「仕方ない。今から王宮に行くのも何だし、俺たちだけで見て回ろうぜ」
「はぁ、しょうがないわね……」
 ルイズと才人はそのまま宿の方角へ歩いていくが、タバサはやや怪訝な様子でリーヴルの
去っていった方向を見つめていた。
「お姉さま、どうしたのね? 置いてかれちゃうのね」
 シルフィードが急かすと、タバサはポツリとつぶやいた。
「……司書が夕方には帰るなら、誰が夜中に図書館内で幽霊を目撃したの?」
「あッ、そういえば……」
 シルフィードとハネジローが首をひねったが、答えは出てこなかった。
「うーん、難しいことは分からないのね。それより早く追いかけないと、あの意地悪な桃色髪に
宿から閉め出されるかもしれないのね」
「……」
 タバサはまだリーヴルの去った後に目を向けていたが、シルフィードに手を引かれて、
ルイズたちの背中を追っていった。

 数時間後に完全に日が落ちてから、ルイズたち一行は図書館に舞い戻ってきた。正門の鍵を
開け、中に入っていく。
 図書館は点在している仄かな魔法の照明のみが中を照らしており、辺りはかなり薄暗く、
かつしんと静まり返っている。一行の他には誰もいないのだから当たり前ではあるが。

323ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:30:38 ID:nov/m48.
 シルフィードがぶるぶると震えて口を開いた。
「うぅ、何だか不気味な雰囲気なのね。ほんとにお化けが出てきそうなのね」
「あんた、夜中は外で寝てるじゃない。それなのに暗いのが怖いの?」
 突っ込むルイズ。
「お外は夜でも虫の声や風の音がするのね。ここは何の音もない、自然にはない世界だから薄気味悪いのね。
全く、人間ってどうして自分たちの住処から音を無くしちゃうのか、理解に苦しむのね」
「パムー」
 シルフィードがぼやいていると、才人がふと平然としているタバサに尋ねかけた。
「そういえばタバサ、幽霊が出るかもしれないって話なのに、お前怖くないのか? この前は
幽霊嫌いとか言ってなかったっけ」
 するとタバサはギクリと身体を震わせる、珍しい反応を見せた。それに気づいてルイズが
胡乱な目を向けた。
「何よタバサ、あんた幽霊怖いの? ……でもそんな風には見えないわね。まさか、嘘吐いたんじゃ
ないでしょうね。サイトに、何のために?」
 軽く冷や汗を垂らすタバサを見て、何かを察したシルフィードがにんまりした。
「そうなのね! お姉さま、お化けがとってもお嫌いなのね。そういうことだから、勇者さまに
お姉さまを守ってもらいたいのね! さあさあ」
 タバサをぐいぐいと才人に押しやるシルフィード。
「お、おいシルフィード、ちょっと待ってくれよ……!」
 戸惑う才人だが、それ以上にルイズが癇癪を起こした。
「ちょっとぉッ! 何やってるのよあんたたち! 邪魔しに来たんなら帰ってくれる!?」
「落ち着けってルイズ。そんなに怒らなくてもいいだろ。お前は怖くないのか?」
「な、何が怖いもんですか! お化けが怖いなんて、そんな子供っぽいこと……!」
 とのたまうルイズだったが、その時にどこか奥の方でバサッという物音がした。
「きゃあああッ!?」
 その途端にルイズは大きな悲鳴を上げ、才人の片腕に抱きつく。
「ル、ルイズ、今のはどっかで本が落ちただけだよ。怖がることないじゃないか」
「ぷぷぷー。何だ、結局お前も怖いのねー」
 シルフィードに笑われ、ルイズはハッと我に返った。
「こ、怖がってなんかないわよ! サイトが怖がると思って抱き寄せただけなんだからね!」
「へぇー?」
 才人が含み笑いを浮かべて自分に目を向けるので、ルイズはキッとにらみ返した。
「何よサイト。ご主人様が怖がったって言いたいの?」
「いや、そんなことはないけどさ」
「お姉さまは怖いって言ってるのね! 抱き締めてあげるのね!」
 再びタバサをぐいぐい才人に押しやるシルフィード。才人はタバサの控えめながらも柔らかい
感触と肌のぬくもりを感じて赤面した。
「だ、だからシルフィード、ちょっとやめてって……」
「こ、この犬ぅ〜……!」
 するとルイズはメラメラと嫉妬心を燃やして、クルッと背を向けた。
「もういいわよッ! 真面目にやる気がないんだったら、わたし一人で姫さまからの任務を
遂行するわ! 犬はそこでタバサと竜とじゃれ合ってればいいわッ! それじゃあね!!」
 すっかりへそを曲げたルイズは憤然としながら、一人で図書館の奥へと行ってしまった。
「あッ、おいルイズ! 一人で行くな、危ないぞ!」
 慌ててそれを追いかけていく才人。残されたタバサはジロッとシルフィードをにらむと、
杖でその頭を叩いた。
「いたい!」
「おふざけが過ぎる」

324ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:32:19 ID:nov/m48.
「ごめんなさい、お姉さま。シルフィはただ、お姉さまがあの男の子ともっと仲良くできたら
いいなって思っただけなのね。……でもお姉さまだって、割と満更でもなかったような」
 そう言ったら、タバサはポカポカと杖で何回も叩いた。
「いたいいたい!」
「パム〜」
 そんな二人の様子をながめて、ハネジローがやれやれといった感じに首を振った。

「もう、サイトの馬鹿! 知らないッ……!」
 ルイズはぷりぷりしながら書架の間を通り抜けて進んでいく。
「いつまで経っても、ご主人様の気持ちが分からないんだから! すぐ女の子にデレデレして……!」
 不平不満を垂れながら歩いていたら……行く先に、本が六冊床に落ちているのを発見した。
「あら……? さっき落ちたのはこれかしら。でも、どこから落ちたのかしら」
 左右に目を走らせたルイズだが、両隣の書架は綺麗に本が並んでいて、落下の形跡は
見当たらなかった。書架の上にでも積んであったのだろうか?
 ともかく床に落ちたままなのは落ち着かないので、拾って棚に戻そうと本に手を伸ばすと……。
「え……?」
 その六冊の本から、妙な輝きが発せられた。

 才人はルイズの姿を捜しながら、薄暗い図書館の中を彷徨っている。
「おーいルイズー、どこ行ったんだー? くそッ、見失っちまったな……」
 頭をかく才人にデルフリンガーが意見する。
「いくら広くても限度があるだろうさ。外に出たんじゃなけりゃあ、しらみ潰しに捜せば
見つかるだろうよ」
「そうだよな。全く、幽霊より先にルイズを見つけなきゃいけなくなるなんて……」
 ぼやいたその時、奥の方からドサッと何かが倒れる音がした。先ほどの本の音とは違い、
明らかにもっと重いものの響きだった。
「!? 今のは……」
『サイト!』
 ゼロが焦った声を発した。
『ルイズの気配が妙だ! 急に動きがなくなった……! こりゃちょっとまずいかもしれねぇぜ!』
「何だって!? ルイズッ!」
 慌てて音の聞こえた方向に走る才人。そして、ルイズが床に倒れているところを発見する
こととなった。

325ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:32:56 ID:nov/m48.
「ルイズ! 何こんなところで寝てるんだよ!」
「動かさないで!」
 ルイズの身体に触れようとした才人を、同じく異常を察して駆けつけてきたタバサが呼び止めた。
「頭を打ってるかもしれない」
「そ、そうだな。ルイズ、しっかりしろ! ルイズ!」
 才人は手を引いて、ルイズに何度も呼びかける。だが一向に目覚める気配がない。
「ルイズ、どうしたんだよ……?」
 タバサがルイズの容態を診て、眉間に皺を刻んだ。
「完全に気を失っている。落ち着けるところで手当てした方がいい」
「そうか……。じゃあ控え室にルイズを運ぼう。大事じゃなければいんだけど……」
「シルフィード」
「はいなのね!」
 才人とシルフィードで協力してルイズの身体を持ち上げ、気をつけながら控え室まで運んでいった。
「パム! パム!」
 その一方でシルフィードの肩から飛び降りたハネジローが、ルイズの側に落ちていた六冊の本を
妙に警戒して鳴き声を上げた。
「……?」
 それを見たタバサは、本を全て拾い上げて、才人たちを追いかけて控え室に持っていった。

 それからルイズは気つけ薬を飲まされたり魔法を掛けられたりしたのだが、少しも目を
覚ますことがなかった。一体、ルイズの身に何が起きたというのか……。

326ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/04(日) 23:34:29 ID:nov/m48.
ここまで。
そんな訳で迷子の終止符と幾千の交響曲編です。

327ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:18:03 ID:.PhEE1Oo
こんばんは、焼き鮭です。続きの投下を始めます。
開始は21:20からで。

328ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:20:10 ID:.PhEE1Oo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十八話「一冊目『甦れ!ウルトラマン』(その1)」
宇宙恐竜ゼットン
ウラン怪獣ガボラ
エリ巻き恐竜ジラース 登場

 王立図書館の幽霊騒動の解決を頼まれたルイズと才人。しかし、ルイズが突如として意識不明の
状態に陥ってしまう。
 それから一夜明けたにも関わらず、ルイズは一向に目覚めなかった。才人は図書館の控え室にて、
焦燥した様子でウロウロと歩き回る。
「くそッ、ルイズは一体どうしちまったんだ……。いきなり倒れて、目を覚まさないなんて」
「お姉さま、原因分からないの?」
「パムー……」
 シルフィードとハネジローがベッドに寝かされたルイズを見下ろし、タバサに不安げに
目を向けた。しかしタバサは力なく首を振る。
「分からない」
 知識が豊富なタバサでも、ルイズの昏睡の原因は不明であった。思いつく限りの処置を
取ったが、ルイズには全く効果がなかった。
 ゼロが意見する。
『怪獣とか宇宙人とか、そういう類の気配はなかった。……だが、リシュの件もある。何か
未知の力がルイズに働いたのかもしれねぇ』
 やがて、控え室の扉がノックされて一人の女性が入室してきた。
「失礼します」
「リーヴル!」
 王立図書館の司書のリーヴルだ。朝になって出勤してきたようだ。
 彼女はテーブルの上のガラQを置くと、才人たちに振り返って告げた。
「タバサさんの連絡で、おおまかな事情は伺ってます。その件で一つ、お話しが」
「ルイズのこと、何か知ってるのか!?」
 才人の問い返しにうなずいたリーヴルは、自身の目でルイズの容態を確かめてから才人たちに
向き直った。
「間違いありません……。これは、『古き本』の仕業です」
「古き本?」
「お姉さま、知ってる?」
 シルフィードにタバサは否定で答えた。リーヴルが説明を行う。
「この図書館には、数千年前の本が所蔵されています。内容は愚か、文字も読めません。
それら本を総称して『古き本』と呼んでいます」
「でも、その本とルイズに何の関係があるんだ?」
「『古き本』には、絶筆のものもあります。諸事情で、本が未完のままで終わってしまうことです。
そして絶筆された『古き本』には、最後まで完結したいという強い想いから、魔力を持つ例があります。
ルイズさんはそれら本に魔力を吸い取られ、本の中に心を奪われた。そう考えて問題はないでしょう」
 タバサが驚きで目を見開く。
「本が魔力を持つなんて話、聞いたことがない」
「世間では全くといっていいほど知られていない話です。現に、同じ事例は記録にある上では、
千年前に一件のみです」
 再度ルイズに目を向けるリーヴル。
「どうやらルイズさんは、かなり強大な魔力を持っているみたいですね。それを狙われて……」
「強大な魔力? そうか、“虚無”の力か……」
「キョム?」
 つい口から出た才人が、ガラQに聞き返されて我に返った。
「ああ、いや、何でもない! それで、ルイズは治るのか!?」
 リーヴルは真剣な面持ちになって返答した。

329ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:22:48 ID:.PhEE1Oo
「手はあります。ですが、それを決断するのは私ではありません」
「ど、どういうことだ?」
「本が未完で終わっていることに未練を抱いているのなら、完結させればいいのです」
 ですが、とつけ加えるリーヴル。
「『古き本』は作者以外のペンを受けつけません」
「何も書けないんじゃ、完結させられないだろ。どうすればいいんだよ!」
 突っ込む才人に、リーヴルは冷静に返す。
「本の中に入るんです。代々王立図書館の司書を勤めている私の家系には、『古き本』の
魔力を利用してその本の世界に入り込む独自に開発した魔法があります。そうして本の
登場人物となって話を進行させ、完結させるのです」
「本の中に入るってサラッと言うけど、危なくないのね?」
 シルフィードの疑問に首肯するリーヴル。
「危険です。本の中に入った者は、一時的に本の世界が現実となるので、その中で傷つけば
現実の傷として残ります。本の中で死ねば当然、命を落とします。故に滅多なことでは使う
ことの許されていない、禁断の魔法なのです」
「……本を完結させるか死か、その二択って訳か……」
 つぶやいた才人が決心を固めた表情で、リーヴルの顔を見つめた。
「一度に本の中に入れられるのは何人だ?」
「……私の力では、一人が限度です」
「一人か。それじゃあ決まりだな。俺がルイズを助け出す!」
 タバサは心配の視線を才人に向けた。それに気づいた才人は一旦リーヴルから離れて、
タバサに説いた。
「大丈夫だ。俺はゼロと魂が一つになってるから、ゼロも一緒に本の中に入れるはずだ。
ゼロの力があれば、よほどのことがない限り命の危険なんてないよ。心配いらないさ!」
「……ん」
 タバサは力になれないのがもどかしそうであったが、こんな場合に才人を止められないことは
知っているし、彼を信頼してもいる。素直にルイズのことを才人に託した。
「パムー」
 話していたら、ハネジローがパタパタとテーブルの上に六冊の本を一冊ずつ運んできた。
タバサがリーヴルに伝える。
「これらが倒れてたルイズの側に落ちてた」
「この六冊が、ルイズさんの魔力を吸い取った『古き本』のようですね」
 六冊を確かめたリーヴルが眉間に皺を寄せる。
「……厄介ですね。これらは『古き本』の中でも一番力の強いもの。砂漠で発見されてトリステインに
流通したもので、どこで書かれたものかも不明です」
「曰くつきって奴か。どういう内容なんだ? って、読めないのか……」
 何気なく本の一冊を開いた才人が、唖然と固まった。
「いや、俺これ読めるぞ! 日本語……俺の国の文字で書かれてる!」
「そうなのね!?」
 シルフィードたちの驚きの視線が才人に集まった。才人は他の五冊にもざっと目を通す。
「全部そうだ! しかも……全部ウルトラマンの本じゃねぇか!」
 仰天する才人。六冊全部が、ウルトラ戦士の戦いを題材にした作品なのだ。これら六冊も、
自分のように日本からハルケギニアに迷い込んできたものなのだろう。それと日本人の自分が
出会うとは、何という巡り合わせか。
 同時に才人は、若干険しい顔となる。
(となると、ゼロでも簡単にはいかないってことになるな。何せ、本の世界で待ってるのは
怪獣や宇宙人との戦いだ……)
 ウルトラ戦士の戦いが題材ということは当然、本の中で繰り広げられている世界でも怪獣、
宇宙人と戦うことは避けられない。ゼロの力ならばよほどのことは、と思っていたが、まさか
こんなことになろうとは。
 しかしそれならばなおさら自分たちが本の世界に行かなければならない。他の者では、
この六冊の物語を完結させるのはほぼ不可能であろう。改めて決心した才人は、最初に
中に入る本を選択する。
「……よし、これにしよう。最初には、『始まりのウルトラマン』の本が相応しいと思う」

330ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:24:35 ID:.PhEE1Oo
「決まりましたか」
「早速やってくれ。準備はもう出来てる」
 才人から本を受け取ったリーヴルが、本の世界に旅立つ前に忠告した。
「生死以外にもう一点、重要なことを。あまりに物語を改変してしまうと話が破綻し、その本の
世界は閉じてしまい完結できなくなります。要するに、最低でも本来の主役を立て、その人物に
物語を終わらせてもらう必要があります」
「俺が何もかも物語の中の問題を解決しちゃいけないってことだな。分かった」
 ただ怪獣たちを倒すだけでなく、本の中のウルトラマンと共闘する必要があるようだ。
その条件を解決しなければならないとは負担が増加したように思えるが、きっと何とか
なるだろう。同じ正義の心を持つウルトラ戦士なのだ。
 もう一つ、タバサがリーヴルに問いかけた。
「最後に、これだけ聞かせて」
「何でしょうか?」
「……何故千年以上前の貴重な本が、一般の書架に置いてあったの?」
 リーヴルは一瞬言いよどんだ。
「……私にも分かりません。ですが元は幽霊が騒動の発端。もしかしたら、『古き本』自体が
魔力を用いて人の目に留まるように動いたのかもしれません」
「……」
 タバサは若干納得していなさそうだったが、それ以上の追及はしなかった。
 そしてこれから本の中に入る才人に、仲間たちが応援の言葉を寄せる。
「俺も「一人」に数えられてるみてえだから、相棒と一緒に本の中にゃ入れねえ。けど俺が
いなくてもしっかりやれよ! 娘っ子を頼んだぜ!」
「気をつけてなのね! 死んじゃ絶対に駄目なのね!」
「……頑張って」
「パムー!」
 才人は彼らに笑顔で応える。
「ああ! 行ってくるぜ!」
 リーヴルの前に立つと、彼女が才人に魔法を掛ける。才人の視界がぐるぐると回り、目の前の
光景が大きく変化していく……。

   ‐甦れ!ウルトラマン‐

「ピポポポポポ……」
 荒野でにらみ合うウルトラマンとゼットン。ウルトラマンは八つ裂き光輪を投げつけて攻撃する。
「ヘアァッ!」
 しかしゼットンは己の周囲にバリヤーを張り、八つ裂き光輪は粉々に砕け散ってしまう。
「ヘアァァッ!」
 それを見たウルトラマンは肉弾戦に切り替えるが、ゼットンの水平チョップで返り討ちにされた。
「ウアァッ!」
 地面を転がりながらも立ち上がったウルトラマンは、必殺のスペシウム光線を発射!
「シェアッ!」
 だが直撃したスペシウム光線は、ゼットンに吸収されてしまう。
「ウアァッ!?」
 ゼットンは更に吸収したエネルギーによって、腕から光波を発射。ウルトラマンの急所である
カラータイマーに命中してしまう! ウルトラマンのカラータイマーが赤く点滅し出した。
「どうしたウルトラマン!?」
 叫ぶムラマツ。ゼットンは容赦なく光波を撃ち続けてウルトラマンを追撃。
「やめろ! ゼットン!」
「危ないわッ!」
 絶叫するイデと『フジ』。だが致命傷をもらったウルトラマンの身体がよろめき、前のめりに
倒れてしまった。

331ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:27:18 ID:.PhEE1Oo
 仰向けに横たわるウルトラマンを見下ろすゼットン。このままではウルトラマンの命が危ない!
「よし、ウルトラマンの仇討ちだ!」
 ムラマツたち科特隊がゼットンに攻撃開始。しかしスーパーガンの光線はゼットンに全く
通用していない。
「よぉし! イデ隊員の、すごい兵器をお見舞いしてやる!」
 するとイデがスーパーガンの銃口に新兵器スパーク8を接続。強化された光弾がうなりを
立てて飛び、ゼットンに直撃。
 ゼットンは爆炎の中に呑まれ、粉々に吹っ飛んだのだった。
「やったぁッ!」
 ――ゼットンは、イデ隊員の活躍で撃退された。しかし、常に勝利を誇ってきたウルトラマンは、
この戦いで遂に敗北を味わったのである。

 衝撃の事件から一ヶ月が過ぎていた。強敵ゼットンに対する勝利で勢いづいた科学特捜隊は
向かうところ敵なしであったが、一方でウルトラマンはスランプに陥り、怪獣に黒星を重ねていた。
 そんな中、日本各地で怪奇現象が続出。ハヤタは怪獣総攻撃の予兆を感じ取っていたが、
それはウルトラマンと一体である彼にしか感じられないもの。誰かに話すことは、自分が
ウルトラマンであることを告白すること。ハヤタは悩んだ……。
 しかし彼の決心を待たずして、怪獣軍団の尖兵が出現したのだ!

「ゲエエオオオオオオ!」
「ピギャ――――――!」
 緑に覆われた山脈の間を、二体の怪獣が行進している。一体は這いつくばった姿勢、もう一体は
直立した姿勢だが、どちらも首の周りがエリで覆われているという共通点がある。四足歩行の方は
エリが閉じていて首がその中に隠れていた。
 ウラン怪獣ガボラとエリ巻き恐竜ジラースだ! その進行先には人間の町がある。怪獣たちが
町に到達したら大惨事だ!
「くっそー、怪獣どもめ! ここから先には行かせないぜ!」
「みんな、何としても食い止めるんだ!」
 それに立ち向かうのは科特隊。アラシがスパイダーで射撃し、他の面々もムラマツの激励の
下にスーパーガンで応戦する。
「ゲエエオオオオオオ!」
「ピギャ――――――!」
 しかし彼らの射撃は、ガボラとジラースにほとんど効果を上げていなかった。アラシが
大きく舌打ちする。
「くそぅ、一匹だけなら何とかなるが、二匹同時ってのは苦しいぜ……!」
「イデ隊員、スパーク8は使えないの!?」
 『フジ』がイデに尋ねたが、イデは首を横に振った。
「スパーク8は一発限りしかないんだよ!」
「もうッ! 肝心な時に使えないわね!」
 『フジ』の荒々しい言動に、イデはやや首をすくめた。
「フジ君、何だか気が強くなったんじゃないか? それに心なしか、背も縮んだような……」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ、イデ! 戦いに集中しろ!」
 アラシが叱りつけている一方で、ハヤタは懐の変身アイテム、ベーターカプセルに目を落としたが……。
「……駄目だ。今の俺では、ウルトラマンに変身しても怪獣に勝てない……」
「ハヤタ! 危ないぞッ!」
 ハヤタが力なく首を振っていると、ムラマツが警告を飛ばした。
 我に返って顔を上げたハヤタに、ジラースが光線を吐こうとしていた!
「ピギャ――――――!」
「うわぁぁぁッ!」
「ハヤターッ!!」

332ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:29:38 ID:.PhEE1Oo
 絶叫するアラシ。ハヤタのピンチ!
 その時、『フジ』が空の一画を指差して叫んだ。
「見て! あれ何かしら!」
 空の彼方から、何かが流星のように降ってきている。思わずそれに目を奪われる科特隊。
「セェェェェェアッ!」
 それは巨人だった! 空の彼方から脚を突き出して猛然と地上に迫り、ジラースに飛び蹴りを
ぶちかました。
「ピギャ――――――!」
 ジラースは巨人に蹴り飛ばされて、ハヤタは救われる。ガボラが驚いたように巨人に振り返った。
「な、何だあの巨人は……」
 科特隊の面々も唖然として巨人を見上げた。青と赤のカラーリングの肉体で、頭部には
二つのトサカが生えている。目つきはかなり鋭いが、勇気と優しさが眼差しから見て取れた。
「ハァッ!」
 ガボラに対して空手を思わせる構えを取った巨人の胸元には、丸い発光体が青々と輝いていた。
それを指差すイデ。
「胸にカラータイマーがついてるぞ!」
「じゃああの巨人は、ウルトラマンということか……!?」
 ぽかんと口を開くムラマツ。しかし一番驚いているのはハヤタであった。
「俺以外の、ウルトラマン……!?」
 ウルトラマン以外の『ウルトラマン』は、突っ込んできたガボラにこちらから向かっていく。
素早い蹴り上げがガボラの首に決まり、ガボラは押し返された。
「ゲエエオオオオオオ!」
 ガボラは頭部を覆い隠すヒレを開いて、口から熱線を吐き出した。だがウルトラマンは
側転して回避。
「ピギャ――――――!」
「セアッ!」
 そこに起き上がったジラースが背後から襲い掛かるが、ウルトラマンは機敏に反応して
裏拳を顔面に打ち込んで、振り返りざまの横拳でジラースを返り討ちにした。
 怪獣二体を相手にしてむしろ優勢なウルトラマンの様子に、科特隊の目は思わず釘づけになっていた。
「強い……!」
「ええ、すごい強さですね、キャップ……!」
 ムラマツとアラシは感心しているが、ハヤタは複雑な表情で自分以外のウルトラマンの
戦いぶりを見上げていた。
「テェェェイッ!」
 ウルトラマンはガボラを飛び越えて背後に回り込み、その身体を鷲掴みにして真上に放り投げた。
「ゲエエオオオオオオ!」
「ハァァァァァッ!」
 ウルトラマンはジャンプして空中でガボラをキャッチし、真っ逆さまに地面に叩きつける
パイルドライバーを決めた。ガボラはこの一撃によって絶命し、地面の上に横たわる。
「ピギャ――――――!」
 ガボラを倒したウルトラマンにジラースが突進していくが、ウルトラマンはそれをいなした上で、
エリマキに手を掛けて引き千切った。
「ピギャ――――――!?」
 首に手を当てて、エリマキがなくなったことに慌てふためくジラース。ウルトラマンは
千切ったエリマキを投げ捨てると、トサカに手を伸ばして……何と取り外した!
「あれ取れるのか!?」
 えぇッ! と驚くアラシとイデ。ウルトラマンは取り外したトサカを逆手に持ち、ジラースに
向かってまっすぐ走っていき……。
「セェアッ!」

333ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:32:18 ID:.PhEE1Oo
 喉元にトサカを走らせて切り裂いた。トサカは刃だったのだ。
 ジラースは口の端からツゥッと血を垂らし、前のめりにばったりと倒れ込んだ。
「シェアッ!」
 圧倒的な実力で立て続けに怪獣二体を撃破したウルトラマンは、両腕を天高く伸ばして
空に飛び上がり、どこかへと飛び去っていく。
 科特隊は突然現れ、風のように去っていくもう一人のウルトラマンの後ろ姿を、呆然と
見送っていた。

 ……ウルトラマンゼロから元の姿に戻った才人は、山の中腹からそんな科特隊の様子を
見下ろしていた。
『とりあえずは危機回避だな。こんなところでウルトラマンに死なれてたら、いきなりアウト
だったぜ』
「ああ。それにしても、本の中とはいえ、あの最初の地球防衛隊、科学特捜隊の人たちと
こうして出会うことになるなんてな……。夢みたいだよ」
 そう、ここか本の世界。才人は『古き本』の一冊目、『甦れ!ウルトラマン』の中に入ったのだ。
そして本文が途切れていた箇所、科特隊の窮地を救ったのであった。
 史実ではウルトラマンはゼットンに敗れた後、やってきたゾフィーとともに光の国に帰った
のだが、この作品は「もしもウルトラマンが帰らず、地球に残っていたら」のifを書いたものの
ようである。
 感慨深げに科特隊のムラマツ、アラシ、イデを順番にながめた才人だが、『フジ』に目を
留めて微妙な笑みをこぼした。
「……けど、その中にルイズが混じってるのが、意識が現実に引き戻されるような感覚がするな」
『正直、あの制服ルイズに似合ってねぇよな』
 そう、科特隊の紅一点、フジ隊員の姿は、ルイズのものに置き換わっているのだった。
それが、ここが現実の世界ではない何よりの証拠である。そして見た限り、ルイズは
すっかり『フジ』の役回りになり切っているようで、周りも別人になっていることに
気づいていないようであった。
『まぁそれは置いといて、こっからこの本を完結させるために頑張らねぇとな。まずは、
本来のウルトラマンに奮起してもらわねぇと』
「ああ。俺たちが怪獣を全部やっつけるってのは駄目だって話だったしな」
 ゼロと相談している才人がふと気配を感じ、顔を上げた。
「……そのご本人が、向こうからいらしたな」
 才人の元に、ウルトラマンことハヤタが歩いてきたのだった。

334ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/10(土) 21:36:12 ID:.PhEE1Oo
今回はここまでです。
迷子の〜編は「本の中の世界」という部分だけ守って、かなり好き勝手します。

335名無しさん:2016/12/11(日) 15:05:28 ID:L98PTnWE
乙です!

336名無しさん:2016/12/11(日) 18:21:00 ID:0v7S8Ny2
スパーク8ごときで倒されるゼットンなんてゼットンじゃない!!乙

337名無しさん:2016/12/16(金) 14:18:15 ID:ckH.TGNc
乙です。
ほかの本がどんなの用意してるかわからないけど、ちょうど向こうにも『太陽の子』がいることだしウルトラマンVS仮面ライダーがあったらうれしいな。

338ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:20:41 ID:6xkvX/Wo
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は23:23からで。

339ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:23:52 ID:6xkvX/Wo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十九話「一冊目『甦れ!ウルトラマン』(その2)」
変身怪人ゼットン星人
恐怖の怪獣軍団
友好珍獣ピグモン 登場

 未完のまま筆が途絶え、自身の完結を求めて魔力を得た『古き本』の中に精神を囚われたルイズ。
才人は彼女を救うべく、リーヴルの力を借りて本の世界へと旅立った。――そこは初代ウルトラマンが、
ゼットンに敗れた後も地球に残り続けたifの世界。そこではウルトラマンことハヤタが敗戦のトラウマ
から不調になり、失意にどん底に陥っていた。才人とゼロは、ウルトラマンを立ち上がらせてこの本の
世界を完結に導くことが出来るのだろうか。

 野山を覆う緑の山林の中で、この本の主人公であり本来の『ウルトラマン』であるハヤタと、
現実世界から闖入者たるイレギュラーの『ウルトラマン』のゼロと才人が向かい合った。まずは
ハヤタの方が先に口を開く。
「君が……さっきのウルトラマンだね?」
 才人はうなずいて答える。
「ええ。平賀才人……ウルトラマンゼロと言います。はじめまして、ハヤタさん」
 この本の中では、ハヤタことウルトラマンはゼロのことを存じていないようだ。それも無理の
ないことかもしれない。本がいつ頃執筆されたかは知らないが、地球ではゼロの存在はかなり
最近になってから、惑星ボリスとハマー、怪獣墓場から生還したZAPクルーの報告によって知られた
もの。それ以前に書かれたのならば、たとえ『ウルトラマン』でもゼロのことを認知するのは
不可能。本の世界は、本来は作者の情報がその全てなのだ。
 さて才人が肯定すると、ハヤタは自嘲するように苦笑を浮かべた。
「そうか……。最近科特隊に活躍を奪われがちだったところに、僕以外のウルトラマンが
現れたなら、ますます僕はお払い箱だな」
 才人はそのひと言に若干慌てる。
「お払い箱だなんてこと……! 『この』地球を守ってきたのはあなたじゃないですか」
「そんなことは関係ないさ……。どんな実績を打ち立ててこようとも、現在に怪獣に勝てず、
地球を守れない弱いヒーローなんて誰からも求められないよ。これを機に、僕は引退する
べきなのかもしれない」
 かなり弱々しいことを吐くハヤタ。昨今のスランプがよほど精神に応えているようである。
 すると才人は、語気をやや強めてハヤタに告げた。
「そんな情けないこと、言わないで下さいッ!」
「え……」
 ハヤタの顔をまっすぐ見据え、熱意を込めて説く。
「あなたは地球に現れた、最初のスーパーヒーローだ。世界中の子供たちは、みんなあなたの
勇敢に戦う姿に勇気をもらい、憧れた。俺もその一人です。あなたの存在はたくさんの人に
夢を与えた……いや、与えてるんだ。あなたは不朽のヒーローなんです!」
 この応援のメッセージは、本を完結させるためだけのものではない。才人は本当に、地球を
何度も救ってきたウルトラ戦士の歴史の始まりとなった最初のウルトラマンに、強い憧れの心を
抱いて育った。だからたとえ本の登場人物でも、そのウルトラマンが弱っているのを放っておく
ことは出来ないのだ。
「ヒーローに、別の誰かがいるから必要ないなんてことはありません。今は落ち込んでても、
あなたは偉大な戦士なんだ。どうかもう一度立ち上がって、今までのように俺たちに夢と希望を
与えて下さい!」
「平賀君……」
 果たして才人の気持ちは、ハヤタの心を動かすことが出来たのか。
 その答えが出る前に、ハヤタの流星バッジが着信を知らせた。ハヤタはすぐにアンテナを伸ばした。
「すまない。こちらハヤタ!」
『ハヤタ、今どこにいる! たった今防衛隊から、謎の円盤群が日本上空に侵入したとの
連絡とともに出動要請が入った。直ちに迎撃するぞ! すぐにビートルまで戻れ!』

340ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:25:41 ID:6xkvX/Wo
「了解!」
 ムラマツに応答してアンテナを戻したハヤタが、才人に向き直る。
「悪いが、僕は行かなくてはいけない。話はまた後にしてくれ」
「分かりました。どうか、頑張って下さい!」
 才人の呼びかけに、ハヤタは迷いを顔に浮かべながらも、科特隊式の敬礼で応じて走り
去っていった。
 それから才人は、ゼロの千里眼によって科特隊に先んじて件の円盤群の光景をキャッチした。
『……こいつはゼットン星人の円盤だ!』
「ゼットン星人って言うと、あのゼットンを最初にもたらした……!」
 現在の地球において、ゼットンの名を知らぬ者などいないだろう。当時無敵と思われた
ウルトラマンを完敗せしめ、世界中の人間に衝撃を与えた恐るべき宇宙恐竜。色んな教科書に
その名前が載っている、世界一有名な怪獣だ。
 そのゼットンを最初に侵略兵器として地球に連れてきたのが、『ゼットン』という言葉が
出身星の名前にまでなっているゼットン星人だ。
『ゼットン星人はもう一つ、変身能力による破壊工作が得意だ』
「破壊工作……科特隊が円盤迎撃に出たのなら、基地はがら空きだよな」
『ああ。嫌な予感がするぜ。俺たちは基地の方に向かおう!』
「よっしゃ!」
 ゼロと相談し、才人は科特隊基地へ向かって駆け出した。

 ルイズを通信士として基地に残し、科特隊自慢の万能戦闘機、ジェットビートル二機で
出撃したハヤタたちは、ゼットン星人の円盤群と会敵していた。
「おいでなすったなぁ。円盤発見!」
『直ちに攻撃開始!』
 ムラマツの指示により、ジェットビートルは光線を発射して円盤に攻撃を加える。
 だが光線は円盤をすり抜けてしまう!
「どうなってやがるんだ!?」
 何度攻撃しても結果は同じ。ハヤタはこの円盤のカラクリを見抜いた。
「キャップ、あの円盤は何者かの罠です。多分、立体映像なんです!」
「おい、それじゃ本部は!」
 ビートルは本部の危機を察し、慌てて引き返していった。

 才人が科特隊の基地にたどり着いた時、上の階に行くほど幅が広がっていく独特な建築の
ビルの窓の一つから、黒い煙が立ち上るのを目にすることになった。恐らく作戦室だ。
『まずい! ひと足遅かったか!』
「ルイズは無事なのか!? くそッ!」
 ルイズが犠牲になってしまったら最悪だ。才人は全速力で基地に入り込み、階段を駆け上がって
作戦室にたどり着いた。
 そこでは科学者の男性が、光線銃を用いて科特隊本部のコンピューターを破壊していた。
その足元には、倒れているルイズの姿。
「ルイズッ! こんのやろぉーッ!」
 煙に巻かれる作戦室の中、激昂した才人が踏み込んで、男を殴り飛ばした。男は突然の
攻撃に驚いたか、すぐに作戦室を抜け出して逃げていく。
 才人は先にルイズを介抱して、無事を確認する。
「ルイズ、無事か! ……よかった、息はしてる」
「う、うぅん……」
 才人に抱き起こされたルイズの意識が戻った。
「大丈夫か?」
「大丈夫かって……あなたは誰なの!? ここは科特隊本部よ、子供がどうやって入ったの?」
 お前も子供だろ、と言いかけた才人だが、今のルイズはフジ隊員の役になり切っているのだ。
そんなことを言ってもしょうがない。

341ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:27:20 ID:6xkvX/Wo
「えーっと……俺は風来坊さ。科特隊の危機を察知して、助けに来たんだ」
「風来坊? 助けてくれたのはありがたいけれど、冗談言ってないで避難しなさい。ここは危ないわ」
 ルイズが自力で立つと、ちょうど本部に帰投したハヤタたちが駆け込んできた。
「フジ隊員、どこだ!? ……ややッ、君は誰だ!?」
「君はさっきの……!」
 イデたちは見慣れぬ才人の姿に面食らっていた。ルイズは彼らに告げる。
「この子は誰だか知らないけれど、わたしを助けてくれたの。それより、犯人は岩本博士よ!」
「そうだった、捕まえないと!」
「お、おい君ぃ! 一体何なんだ!?」
 才人が逃げた男を捜しに飛び出していく。その背中を追いかけていくアラシたち。
 男は科特隊基地から外に逃げ出したところだった。それを発見した才人が速度を上げ、
距離を縮めて飛びかかる。
「待てぇー! とおッ!」
 タックルした才人に足を掴まれ、男は前のめりに倒れた。
「この野郎、正体を見せろ!」
 才人の要求に応じるように、男はケムール人に酷似した真の顔を晒して立ち上がった。
これがゼットン星人だ。
 この時にハヤタ、ムラマツ、アラシが才人に追いついてきた。
「はぁッ!? 君、危ない!」
 ムラマツとアラシがゼットン星人から才人をかばい、ハヤタがマルス133をゼットン星人の
顔面に向けて発射。
「グ……グオオ……!」
 その一撃により、ゼットン星人はもがき苦しみながら消滅していった。
 しかし今際の断末魔が、怪獣軍団総攻撃の合図だった!

「ピッギャ――ゴオオオウ!」
 東京奥多摩の丘陵を突き破り、レッドキングが出現! 驚き逃げ惑う人々に狙いをつけ、
襲い掛かり始める。
「ゲエエゴオオオオオオウ!」
「ギャアアオオオォォウ!」
「ゲエエオオオオオオ!」
 それに続いて有翼怪獣チャンドラー、地底怪獣マグラー、冷凍怪獣ギガスまで出現した。
怪獣たちはレッドキングが総大将となり、人間に牙を剥く!

 怪獣出現の報を受けたムラマツは、部下たちに命令を発する。
「出動準備! 直ちにビートルで現場に向かうぞ!」
「しかしキャップ、この子はどうします?」
 イデが才人を一瞥して尋ねた。
「今は怪獣撃滅の方が最優先だ。すぐに発進だ!」
「了解!」
 ムラマツ、アラシ、イデの順にビートルへ向けて駆けていく科特隊。ハヤタだけは複雑な
眼差しを才人に注いでいたが、前を向いてムラマツたちの後に続いていった。
 彼らを見送った才人は、颯爽とウルトラゼロアイを取り出す。
「行くぜ、ゼロ!」
『ああ! ウルトラマンが再起するまで、俺たちが物語を支えなくっちゃな!』
 戦意を燃やしながら、才人がゼロアイを装着。
「デュワッ!」
 輝く光と化して、ビートルより早く奥多摩の怪獣が暴れる現場へと飛んでいった。

「ピッギャ――ゴオオオウ!」
 奥多摩では、レッドキングが逃げ遅れた人たちを今にも叩き潰しそうになっていた。
「うわああああッ!」
 彼らの命が危機に晒されているところに、ウルトラマンゼロが到着!

342ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:28:39 ID:6xkvX/Wo
『てぇぇぇぇいッ!』
 上空からの急降下キックがレッドキングに入り、大きく蹴り飛ばした。それにより逃げ遅れた
人たちは間一髪で助かり、避難に成功する。
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
 レッドキングの前にチャンドラー、マグラー、ギガスが集まり、登場したゼロと対峙して威嚇する。
『来い、怪獣ども! このウルトラマンゼロが相手になってやるぜ!』
「ゲエエゴオオオオオオウ!」
「ギャアアオオオォォウ!」
「ゲエエオオオオオオ!」
 ゼロの挑発に応じるように、チャンドラーたちが一斉にゼロに押し寄せてきた。
『はぁッ!』
 対するゼロはまずチャンドラーの突進をいなし、マグラーの頭部にキックを一発入れて
ひるませ、殴り掛かってくるギガスの腕を捕らえてウルトラ投げを決めた。
「ゲエエオオオオオオ!」
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
 投げ飛ばされたギガスに代わってレッドキングがパンチを打ち込んできたが、ゼロは紙一重で
かわし、反撃の掌底で突き飛ばした。
「ギャアアオオオォォウ!」
 そこにマグラーも跳びかかってくるも、すかさず反応したゼロがひらりと身を翻したことで
丘陵に激突した。
 四体もの怪獣相手に敢然と戦うゼロは、頭部のゼロスラッガーを取り外して両手に握る。
『一気に決めてやるぜ!』
 そして突っ込んできたチャンドラーにこちらから踏み込んでいき、刃を閃かせる。
「セェェアッ!」
 逆手持ちのスラッガーの一閃が、チャンドラーの片翼をばっさりと切り落とした。
「ゲエエゴオオオオオオウ!!」
『だぁぁッ!』
 それで留まらず、振り返りざまにゼロスラッガーアタックが叩き込まれた。ズタズタに
切り裂かれたチャンドラーは瞬時に爆散。
「ギャアアオオオォォウ!」
「ゲエエオオオオオオ!」
 一瞬でチャンドラーを撃破したゼロに、マグラーとギガスは動揺して後ずさった。
『さぁて、次はどいつだ!』
 スラッガーを頭部に戻して残る怪獣たちに向き直ったゼロだったが、
『……ぐあッ!?』
 その肩に突然電気ショックが走った。予想外のダメージにゼロもふらつく。
『くッ、今のは……!』
 振り向くと、その方向の空間からヌゥッと新たな怪獣の姿が出現した。
「ゲエエゴオオオオオオウ!」
 透明怪獣ネロンガだ! 今のはネロンガの角から放たれた電撃であった。
『くッ、新手か……!』
 うめくゼロだったが、新たな怪獣の出現はネロンガで終わりではなかった。
「グウウウウウウ……!」
「ウアァァァッ!」
 丘陵の影から怪奇植物グリーンモンス、海獣ゲスラが出現!
「ミ――――イ! ミ――――イ!」
「カァァァァコォォォォォ……!」
 更にミイラ怪獣ドドンゴ、毒ガス怪獣ケムラーも地中から出現した!
『五体も増えやがった!』
『ホントに怪獣軍団じゃねぇか!』

343ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:30:28 ID:6xkvX/Wo
 一気に八対一となり、さしものゼロも動揺を禁じ得なかった。
 しかし怪獣が現れているのはこの場所だけではなかった!

「ガアアアアアアアア!」
 雪山には伝説怪獣ウーが出現!
「ギャオオオオオオオオ!」
 大阪には古代怪獣ゴモラ!
「ピャ――――――オ!」
 国道上には高原竜ヒドラ!
「ギャアアアアアアアア――――――!」
 山岳部には灼熱怪獣ザンボラー!
「パアアアアアアアア!」
 市街地には吸血植物ケロニア!
「キュ――――――ウ!」
「グアアアアッ!」
 更に石油コンビナートを油獣ペスター、沿岸を汐吹き怪獣ガマクジラが襲っていた!

 日本中を襲う怪獣軍団。だがゼロも大勢の怪獣を前に苦戦しており、とても現地に駆けつける
ことは出来なかった。
「グウウウウウウ……!」
 グリーンモンスは花弁の中央からガスを噴出。それは強力な麻酔ガスであり、ゼロの身体をも
痺れさせ苦しめる。
『うッ、ぐッ……!?』
「ウアァァァッ!」
 更にゲスラが体当たりしてきて、その背中に生える毒針がゼロに刺さった。
『ぐわぁぁぁッ!』
「カァァァァコォォォォォ……!」
 その上ケムラーが口から亜硫酸ガスを大量に噴出した。
『うッ、ぐううぅぅぅぅ……!』
 ケムラーの亜硫酸ガスは凄まじい毒性だ。ただでさえ毒を食らい続けているゼロの身体を
破壊していく。カラータイマーがけたたましく鳴り、ゼロの大ピンチを表した。
『こ、こいつはやべぇぜ……!』
 しかし怪獣たちの猛攻に追いつめられているところに、ジェットビートルが駆けつけた。
「あのウルトラマンが危ないわ!」
「攻撃開始!」
 科特隊はビートルからロケット弾を発射し、怪獣たちを上空から狙い撃ち。ゼロへの攻撃を
妨害して援護する。
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
「ミ――――イ! ミ――――イ!」
 だがビートルもドドンゴの目から放たれる怪光線に狙われ、危機に陥る。やはりあまりの
数の差に、ゼロたちは苦しい状況が続く。
「ホアーッ! ホアホアーッ!」
 その時、地上に小型の赤い怪獣が現れて、ピョンピョン飛び跳ねることで巨大怪獣たちの
注意を引きつけた。あれはピグモンだ!
『ピグモン! あいつ、まさか俺たちを助けようと……!』
 驚くゼロ。だがあれではピグモンの方が危うい。
 緊急着陸したビートルから飛び出したハヤタとイデが、ピグモンへと急いで走っていく。
「ピグモーン!」
「大丈夫かー!」
 しかしハヤタたちが駆けつける前に、ドドンゴがピグモンを狙って怪光線を放ってしまった!

344ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:31:22 ID:6xkvX/Wo
「ミ――――イ! ミ――――イ!」
 怪光線は崖を砕き、発生した岩雪崩がピグモンの頭上に降りかかる。
「ホアーッ!?」
『!!』
 ゼロの身体が青く輝く。
 岩雪崩がピグモンに襲い掛かり、ピグモンは岩石の下敷きになってしまった。
「ホアーッ!」
「ピグモーンッ!」
「ピグモンッ!」
 ピグモンの元までたどり着いたハヤタが岩の下から引きずり出したが、ピグモンはそのまぶたを
ゆっくりと閉ざしていった……。
「ピグモーン!!」
「くッ……! ちくしょうッ!」
 激昂したイデがスーパーガン片手に怪獣軍団へ立ち向かっていく。
 一方でハヤタは、ベーターカプセルをその手に強く握り締めていた。
「俺は一体、何を……!」
 ハヤタは己の迷いがピグモンの犠牲を招いてしまったことに、激しい後悔を抱いていた。
 そして才人の言葉にも背中を押され、遂に迷いを抱えていたその目に力が戻った!
「おおおッ!」
 駆け出したハヤタがベーターカプセルを掲げ、スイッチを押した!
 百万ワットの輝きが焚かれ、ハヤタは巨躯の超人へと姿を変えたのだ。
「ヘアッ!」
 宙を自在に飛び回りながら怪獣たちを牽制する銀色の流星を見やり、才人が歓喜の声を発した。
『立ち上がってくれたのか……! ウルトラマン!!』
 そう、暴虐なる怪獣軍団の中央に降り立ち、倒れているゼロを守るように大きく胸を張ったのは、
失意の淵から甦った我らがヒーロー、ウルトラマン!

345ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/18(日) 23:32:09 ID:6xkvX/Wo
以上です。
また一度に大量の怪獣出して。

346ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:31:17 ID:q6J2gu7Y
焼き鮭さん、乙です。
こんにちは、皆さん。ウルトラ5番目の使い魔、52話できました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。今回またちょっと長いです。

347ウルトラ5番目の使い魔 52話 (1/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:33:53 ID:q6J2gu7Y
 第52話
 ハルケギニアの夜明け
 
 破滅魔人 ゼブブ
 精神寄生獣 ビゾーム
 破滅魔虫 カイザードビシ 登場!
 
 
 異世界ハルケギニア。その精神の根幹を成してきたのは、六千年前にハルケギニアを作ったという聖人・始祖ブリミルの教えを語り継いできたというブリミル教である。
 しかし、六千年という時間は、その原初の精神が残され続けるにはあまりにも長い時であった。
 どんな精密なコピーでも百回、千回と繰り返せばデータが磨耗していくように、ブリミル教の内容も幾星霜の中で変化してきた。
 しかも、本来ならば正しい精神を継承すべきそれに、悪意が潜んでいたことが、後の世に混沌を生むことになる。
「僕は自分の考えを宗教にしてほしいなんて思ったことは一度もないよ」
 才人からブリミル教というものがあることを教えられたとき、ブリミル本人は呆れたように言った。
 自分は他人からあがめられるような立派な人間じゃない。ブリミルは、自分が聖人とされていることに何の喜びも感じず、むしろ自分なんかを聖人に持ち上げた後年の人間に対する嫌悪を表した。
 ならどうして、ブリミル教なんてものが作られたんでしょうか? その才人の問いかけに、ブリミルはこう答えた。
「六千年も経つんだから、一言で言うのは無理だろうけど、少なくとも君の時代のブリミル教の指導者たちの考えはたぶん、まばゆい光が欲しいからだろうね」
「光、っすか?」
「そうさ。光はなくてはならないものだけど、昼間に夜の暗さをみんな忘れてしまうように、明るすぎる光は闇の存在を忘れさせてしまう。そして闇にとっては、明るい光の影でこそ濃く暗くなることができる。おそらくこれで、当たらずとも遠からずってとこじゃないかな」
 才人はロマリアの街で見た光景を思い出した。ブリミル教の威光を笠に着た金持ちの神官と、数え切れないほどの浮浪者たち。しかしきらびやかな神官たちが外国に出向けば、その国の人たちはロマリアは豊かな国だと錯覚するだろう。
 むろん、ブリミル教の存在を全否定するわけではない。礼節やモラルなど、日本人の才人から見ても違和感があまりないくらいにハルケギニアの人々が礼儀正しいのはブリミル教の教えがあるからだろう。
 『神様が見ているから悪いことをしてはいけませんよ』。というのが宗教の基本で、それを否定するつもりはさらさらないが、逆に宗教が悪用されるときには『これをしないと地獄に落ちますよ』と言う奴が出てきて暴走する。それがまさに、聖戦をしないと世界が滅びますよと言っている今だ。
 死人に口なし。開祖がいくら善人でも、その教えを次いで行く者が悪人ならば教えはいくらでも歪められていく。

348ウルトラ5番目の使い魔 52話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:36:07 ID:q6J2gu7Y
 しかし今、奇跡は起きて始祖は蘇った。過去からやってきた始祖ブリミル本人が相手では、いかに教皇が詭弁を弄したところで勝ち目などない。
 
 今こそ、世界を覆う暗雲とともにブリミル教の虚栄の牙城を滅ぼす時。
 さあ、決戦だ!
 
 追い詰められた教皇とジュリオが紫色の禍々しいオーラに包まれ、人間の姿が掻き消えると人魂のような姿になって空に舞い上がった。
 たちまち、教皇様? 教皇様! 教皇様!? と、人々の叫びがあがる。教皇聖下を信じたい最後の気持ちが声になってあがるが、現実は彼らにとってもっとも残酷な形で顕現した。
 空から舞い戻ってきた紫色の光の中から、右腕が鋭い剣になり、蝿のような頭をした巨大な怪人型の怪獣が姿を現し、地響きを立てて降り立ってきた。それだけではない、並び立つように、人型でありながら顔を持たず、全身が黒色で顔面に当たる部分を黄色く発光させた怪物までもが現れたのだ。
 二体の怪獣は、愕然とする人々の前で不気味な声色で笑い声を放った。しかもその声は歪んではいるがヴィットーリオとジュリオそのもので、これまで必死に教皇聖下を妄信してきた人々も、ついに自分たちが騙されていたことを認めた。
「とうとう本性を表しやがったな」
 才人が吐き捨てた。聖人面してハルケギニアの人々をだまし、自滅に追い込もうとした稀代の詐欺師の本当の姿がこれだというわけだ。
 根源的破滅招来体の遣い、破滅魔人ゼブブ、精神寄生獣ビゾーム。異なる世界でも謀略を駆使して非道の限りを尽くしてきた、悪魔のような怪獣たちだ。
 ペテンをすべて暴かれ、ついに奴らは実力行使に打って出た。もはや策謀によるハルケギニアの滅亡は無理だが、少しでもハルケギニアの人間たちの力を削っておこうという魂胆か。根源的破滅招来体が他にどれだけいるのかは不明だが、ハルケギニアがダメージを負えば負うほど破滅招来体が次に狙ってくるときに易くなるのは間違いない。
 だが、そんなことをさせるわけにはいかない。この星の平和を、これ以上あいつらの好き勝手に乱させるわけにはいかないのだ。
 才人はブリミルとサーシャを振り向いて言った。
「ブリミルさん、サーシャさん、ありがとう。こっからは、おれたちがやります」
「ああ、僕も派手に魔法を使いすぎて少し疲れた。ここから応援してるよ、君たちの力、今度は僕らに見せてくれ」
「頑張りなさいよサイト。あんなニヤけた連中に負けたら承知しないんだからね」
 ブリミルとサーシャにも背中を押され、才人とルイズは無言で目を合わせた。

349ウルトラ5番目の使い魔 52話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:37:20 ID:q6J2gu7Y
 今なら人々の視線は二体の怪獣に向いている。この一瞬がチャンスだ、才人とルイズは互いの闘志を込めてその手のリングを重ね合わせた。
 
『ウルトラ・ターッチ!』
 
 光がふたりを包み込み、虹色の光芒の中でその姿が銀色の巨人へと変わる。
 時を越え、次元をも隔てられた魂が再びひとつに。ウルトラマンA、ここに降臨!
「テェーイ!」
 拳を握り、二大怪獣の前に構えをとって現れたエースの姿に、トリステインの人々から歓声があふれる。ウルトラマンが来てくれた。特に、遠方からながらも見守っていたギーシュたちや、この場所でもミシェルをはじめとする銃士隊の間で感動が大きい。ロマリア以来、姿を消していたエースがまた帰ってきた。
 だが、一番喜んでいたのは他ならぬ才人とルイズだったろう。長い間会えなかったエースが今ここにいる。
「サイト、ルイズ、よく戻ってきたな。君たちなら、どんな試練も必ず乗り越えて帰ってくると、俺は信じていたぞ」
「北斗さん、おれがだらしなかったばっかりに。けど、そのぶん過去で山ほど冒険してきたんだ、その成果を見せてやるぜ」
「冒険ならわたしだって負けてないわよ。まあ苦労した要因の半分は別のとこだけど……なにげに、初めて名前を呼び捨てにしてくれたわね。その期待を裏切らないためにも、あいつらに借りを返さなきゃね!」
 離れ離れになっていた間、自分たちの絆は切れていたわけではない。むしろ、会えないからこそ、遠いかなたを思い、歩き続けてきた。
 奴らは永遠のかなたへと追放したことで絆を断ち切れたと思ったかもしれないが、”永く遠い”のならば、それは乗り越えられる。それに絆は才人とルイズの間の一条だけではない。いまや、ふたりが持つ絆は数多く、それらを束ねれば永遠の長さなど何ほどのものがあろうか。
 ウルトラマンA、北斗星冶は才人とルイズの魂から、これまでにない生き生きとした力が流れ込んでくるのを感じた。
 これならば、以前と同じ結果になることはない。パワーアップした力を、今こそ見せてやろう。
 しかし、いかにエースが力を増したといっても相手は二体。しかもあのヴィットーリオとジュリオが元である以上、並々ならぬ敵であることは疑いようも無い。
 少なくとも苦戦は必至。しかも悪辣な奴らのことだ、片方がエースを相手取っている隙に片方が人質を取りに出る手段に訴えることも考えられる。なにぶんトリスタニアには人間が多すぎる。人間の盾作戦を取られるとやっかいだ。
 
 ただし、それはエースひとりだけならばの話だ。
 ここには、もう一人のウルトラマンがいる。そう、ルイズとともに旅を続けてきたネオフロンティア世界の勇者、彼もまたウルトラマンとして戦うべき時が来たことを悟っていた。
 ファイターEXのコクピットから地上を見下ろし、アスカはリーフラッシャーを掲げた。

350ウルトラ5番目の使い魔 52話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:38:27 ID:q6J2gu7Y
「ダイナーッ!」
 新たな輝きと共に、M78星雲出身のウルトラマンとはまた一味違うたくましいスタイルの巨人が現れる。
「デュワッ!」
 銀のボディにレッドとブルーのラインをまとい、胸には金色のダイナテクターを輝かせた光の戦士、ウルトラマンダイナここに参上。
 ウルトラマンがもうひとり! 光の柱の中からその雄姿を現したダイナに、人々がさらに沸きあがる。そして、エースの心の中で、ルイズは驚いている才人に向かって誇らしげに言った。
〔びっくりした? あいつはアスカ、またの名をウルトラマンダイナ。わたしは、あいつと旅をしてきたのよ〕
〔え? ダイナって、学院長やタルブ村の昔話で聞いた、あのウルトラマンかよ! けど、ダイナが現れたのは三十年も昔のことだって〕
〔わかんないわ。けどあんただって、始祖ブリミルを連れてきたじゃない? なんかのはずみで、よその世界で現代のわたしと三十年前のアスカが出会った。それでいいじゃない〕
〔ううん、さっぱりわかんねえけどそんなもんか。けど、伝説のウルトラマンといっしょに旅できたなんて、うらやましいな畜生〕
〔まぁ、そんなに自慢できるような奴じゃないけどね……〕
 うらやましがる才人に対して、ルイズはやや複雑だった。ウルトラマンになる人間にもいろんな種類がいるのは承知していたつもりだったが、旅の最中アスカには振り回されっぱなしだった。旅をしてたくましくなれたとは思うけど、それがアスカのおかげだと思うと癪に障る。
 それでも、ルイズはアスカを信頼していた。才人に輪をかけて無謀、無茶、無鉄砲ではあっても、絶対に引かずにあきらめない心の強さは、理屈を越えた力があるということを何度も見せてくれた。
 強大な悪の前に心が折れそうでも、それでも立ち向かうところから道は開ける。それはスタイルに関わらずに、すべての生き方に当てはまることだろう。
 だからこそ、ダイナが共に戦ってくれるということは何より心強い。ダイナはエースに向かって、俺もやるぜというふうに胸元で拳を握り締めた。
〔君は……〕
〔二対一なんてのはずっけえからな。俺も戦うぜ、よろしくな〕
〔不思議だ、君とは初めて会った気がしない〕
〔奇遇だな、俺もだぜ。へっ、後でパンでもごちそうしてくれよな!〕
〔ああ、食べすぎなんか気にしないくらいガンガン食わせてやるよ!〕
 エース、北斗の胸に不思議な感覚が湧き上がってきた。確かにTACに入る前に自分はパン屋にいた。しかし、なぜ彼は知っていたようにパンを食わせてくれなどと言えたんだ? いや、自分はパン屋をやっていて、何度も彼に食べさせたことがあるような気がする。夕子といっしょに、どこかの港町で?
 いや、それは後でいい。今するべきことは、この世界の災厄を払いのけることだ!

351ウルトラ5番目の使い魔 52話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:40:19 ID:q6J2gu7Y
「ヘヤアッ!」
「デアッ!」
 闘志を込めて構えるエースとダイナに向かって、ゼブブとビゾームが突っ込んでくる。
 巨体が走る一歩ごとに、響く轟音、舞い上がる敷石、立ち上る砂煙、そして、踏み潰される家々から吹き上がる炎。まるで巨大な山津波にも似たそれを、立ちふさがるウルトラマンという堤防が受け止める。
 激突! エースがゼブブと、ダイナがビゾームと相対し、壮絶な戦いが始まった。
 ゼブブの突き出してきた剣をひらりとかわし、エースのキックが炸裂する。
〔もうお前たちの負けだ。この世界から出て行け!〕
〔あなた方こそ、人間はいずれ美しいこの星も破壊しつくします。今のうちに殺菌しておかねば、どうしてそれがわからないのです〕
〔この星を守るのも滅ぼすのも、この星に生まれた者のするべきことだ。お前たちに好き勝手する権利なんてない!〕
 エースは破滅招来体の独善を許さないと、鋭いチョップやキックを繰り出して攻め立てる。たとえ善意であろうとも、よその家に勝手に上がりこんで掃除をすることを親切とは呼ばない。
 さらにダイナも、ビゾームと激しい格闘戦を繰り広げていた。
〔てめえらが、ハルケギニアをこんなにしやがったんだな。ゆるさねえ、青い空を返しやがれ!〕
 ダイナとビゾームは激しいパンチのラッシュに続いて、キック、チョップを含めた乱打で互いを攻め立てていった。そのパワーとスピードは両者ほぼ互角。どちらも一歩も譲らない。
 やるな! 両者共に、相手が見掛け倒しではないことを認識し、警戒していったん離れた。わずかな間合いを置いて、構えたままじりじりと睨み合う。
 うかつに動いて隙を見せたら一気に攻め立てられる。実力が拮抗する者同士での戦いは、少しのヘマが負けにつながる。逆に言えば、その一瞬をものにできれば優勢に戦える。
 続く睨み合い。だが、それも長くは続かないだろう。戦いを見守る多くの人々の目の中で、カリーヌはそう確信していた。
「フン、かっこうつけて頭を使うな。お前はそんな、気の長い奴じゃないだろう? アスカ」
 短く笑い、カリーヌは思い出とともに、疲れ果てた体に力が戻ってくるのを感じていた。
 そう、遠い昔のタルブ村のあの日もこんなだった。どうしようもないような絶望の中でも、前に進むことはできる。
 ダイナの姿に、半壊した魅惑の妖精亭の前でもレリアが目頭を熱くしている。スカロンやジェシカは、レリアからあれがおじいさんを救ってくれたウルトラマンなのと聞かされて驚き、ついでになぜかパニックに陥っている三人組がいるが、これはどうでもいい。
 そして戦いの流れは、カリーヌの予想したとおりになった。

352ウルトラ5番目の使い魔 52話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:42:55 ID:q6J2gu7Y
「デヤッ!」
 先に仕掛けたのはダイナだった。強く大地を蹴って走り出し、腕を大きく振りかぶって突進していく。
 むろんこれに黙っているビゾームではない。ダイナの攻めにカウンターで仕掛けようと、ダイナとは逆に下段から腰を落として待ちうけ、ついに両者が激突した。
「ダアッ!」
 上から振り下ろしてくるダイナのパンチに対して、ビゾームは下から打ち上げた。そしてダイナのパンチが当たる前に、ビゾームのパンチがダイナのボディに命中した。
 やった! と、そのときビゾームは思ったであろう。ビゾームのパンチはダイナにクリーンヒットした、これが効かないはずはない。しかしなんということか、ダイナはビゾームの攻撃を受けてもかまわずに、そのままビゾームの顔面を殴り飛ばしたのである。
「デヤアァァッ!」
 上段から勢いに乗ったパンチの威力はものすごく、ビゾームは吹っ飛ばされてもんどりうった。
 なぜだ? 当たったはずなのにとビゾームは困惑した。手ごたえはあったはずなのにと、戸惑いよろめきながら起き上がってきたその視界に映ったのは、腹を押さえながらも拳を握り締めるダイナだったのだ。
〔勝負はな、根性のあるほうが勝つんだよ。いってて〕
 なんとダイナは最初からカウンターを食らうのを承知の上で特攻をかけたのだった。最初からダメージと痛みを覚悟してたからこそ、カウンターを受けてもひるまずに攻撃を続行することができた。虎穴にいらずんば虎子を得ずとは言うが、なんという無茶か。しかし、食らうのを覚悟していたおかげで、同じクリーンヒットでもダイナよりビゾームのほうがダメージは大きい。
”今だ、敵はひるんでいる、追撃しろ”
 戦いを見守っているカリーヌが心の中で命ずる。聞こえずともそれに答え、ダイナはエネルギーを集めると、白く輝く光弾に変えて発射した。
『フラッシュサイクラー!』
 並の怪獣なら粉砕する威力のエネルギー球がビゾームに向かう。
 こいつが当たれば! だがビゾームは右手から赤く光るビーム状の剣を作り出し、フラッシュサイクラーを一太刀で切り払ってしまったのだ。
〔なめないでもらおうか。戦う手段なら、こちらもまだ全部見せてはいないよ〕
〔そうこなくっちゃな。本当の戦いは〕
〔これからだよ!〕
 剣を振りかざして襲い掛かってくるビゾームに対して、ダイナも再び突進していった。

353ウルトラ5番目の使い魔 52話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:44:53 ID:q6J2gu7Y
 剣閃をかわして、ダイナのキックが炸裂する。しかしビゾームの横なぎの剣閃がダイナの喉元をスレスレでなでていき、両者の戦いはさらに激化していった。
 
 さらに、エースとゼブブの戦いも死闘の度合いを深めていく。
 エースにひけを取らないゼブブの身体能力に加え、奴は右腕が鋭い剣になっている。あんなもので切りつけられたらウルトラ戦士の皮膚でもやすやすと切り裂かれてしまうだろう。
〔このハンデはけっこうデカいな〕
 北斗は決定打を与えるためにはゼブブの懐に入らねばならないが、そのためにはあの剣のリーチの内側に入らなければならないことにやっかいさを感じていた。
 剣を持った敵には、過去にもバラバやファイヤー星人、ハルケギニアでもテロリスト星人との戦いがあったけれども、いずれも楽なものではなかった。武器は、たとえそれがナイフ一本であろうとも持つと持たないとでは戦力に大きな開きが出る。勝てないとまでは思わないが、このまま戦えば一方的に不利だ。
 しかも、ならば武器を先に破壊してしまおうとしても、ゼブブは武器破壊に警戒した仕草を見せて剣を折らせようとはしなかった。まるで、一度剣を折られたことがあるかのようだ。
 それならばこちらもなにか武器を持てば? しかし、たとえば足元に落ちている兵士の剣を拾ったとしても、数打ちの量産品では強度に不安が残る。巨大化させてすぐ折れてしまわれたらエネルギーの無駄だ。それにエースブレードは念力で作り出す剣なので斬り合いには向いていない。
〔ちくしょう、こんなときにデルフがありゃあなあ〕
 才人は、異次元に飛ばされるときに無くしてしまった相棒であり愛刀のことを思いだした。あいつがいれば思うままに振り回すことができたのに。
 だが、いないものを考えてもしようがない。それに斬られることを恐れてはウルトラマンAの名がすたる、斬るのはこっちの専売特許だ。北斗と才人がたじろいでいるのを見かねたのか、ルイズが大声でふたりを叱咤した。
〔しっかりしなさいよ男のくせに! 力のことなら心配しなくても、今日のわたしは気合が有り余ってるから好きなようにしていいわ。後先のことなんか考えてんじゃないわよ!〕
 その叱り声に、才人と北斗ははっとしたものを感じた。そうだ、慎重になって悩むなどらしくない。相手が自分より二倍強いなら二分割して、四倍強いなら四分割してやればちょうどよくなるだろう。
 迷いを振り払ったエースは、腕を上下に大きく開き、白く輝く光の刃を作り出して放った。
『バーチカル・ギロチン!』
 超獣を一撃でひらきに変えるエースの必殺技がゼブブへ向かう。だがゼブブは迫り来る光の刃を剣ではじき返すと、奇声のような鳴き声を上げてエースに突進を開始した。

354ウルトラ5番目の使い魔 52話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:49:22 ID:q6J2gu7Y
 しかしエースもひるみはしない。今度は腕を水平に突き出して、ゼブブの首を狙った三日月形のカッター光線を発射した。
『ホリゾンタル・ギロチン!』
 その首置いてけと放たれた光刃を、ゼブブはしゃらくさいとばかりに縦一文字の斬撃で斬り砕く。だがエースはそのときには、二枚の光刃をXの形に重ねて撃ち放っていた。
『サーキュラー・ギロチン!』
 一枚の光刃は切り払えても二枚となるとそうはいかない。ゼブブは自分を四等分するべく向かってくるエネルギーのカッターを止めるために、急ブレーキをかけると、額を光らせて全身に電磁波の防御幕を形成した。
 一瞬、スパークしたような稲光がゼブブの体にひらめくと、サーキュラーギロチンのエネルギーははじかれて砕かれ、ゼブブは無傷な姿を現す。そして肩を揺らして笑うゼブブに、才人はいぶかしんだ様子でつぶやいた。
〔見えないバリヤーか?〕
 それ以外には考えようが無かった。となればやっかいだ、近接戦では武器を持ち、飛び道具はバリヤーで無効化する。攻防ともに隙が見られない。
 が、ゼブブの余裕もそこまでだった。上空を旋回するファイターEXから地上のエースに向かって我夢の声が響いたのだ。
「そいつの電磁波シールドは目の部分は覆えません。目を狙ってください」
 エースははっとし、ゼブブはぎくりとしたのは言うまでもない。我夢は以前の戦いで別個体のゼブブと戦ったことがあり、そのときの経験からゼブブの能力は把握している。
 弱点がわかればこちらのものだ。エースは我夢のアドバイスに感謝しつつ、ゼブブの目を狙い、右手を突き出して菱形の光弾を連続発射した。
『ダイヤ光線!』
 光の弾丸がゼブブの急所を狙って殺到する。しかしゼブブも、急所を狙われるとわかるならば当然そこを守ろうとする。
 ダイヤ光線が当たる前に、ゼブブは両手を顔の前でクロスさせて目を守った。腕は電磁波で守られているので光線をはじき、見守っている人たちから落胆の声が流れた。
 しかし、エースは次の手を考えていた。電磁波での防御ということは、光線ははじかれるし、物理的な攻撃も反発されて防がれる。実際、ガイアもかつてのゼブブとの戦いではそれでかなりの苦戦を余儀なくされた。だが、そういうふうに攻撃が効かないということで、逆にエースにひらめいた手段があったのだ。
 ゼブブは目を守ったことで、一時的に視界が失われている。そこを逃さず、エースはゼブブの腕をめがけて両手を突き出し、合わせた手の先から白色の霧を噴出して浴びせかけた。
『ウルトラシャワー』
 霧は強力な溶解液となってゼブブの腕にまとわりつき、ゼブブの皮膚と剣を瞬く間に腐食させていった。ゼブブはそれを見て慌てふためくが、時すでに遅しであった。電磁波の反発力でも、空気の対流に乗って入り込んでくるガスに対しては無力だったのだ。
 電磁波シールドを突破され、武器をボロボロにされたことでゼブブはうろたえている。その隙にエースは空高くジャンプして、直上からの急降下キックをお見舞いした。
「トオォーッ!」
 ゼブブは頭部の二本の角から電撃を放って迎撃しようとしたが狙いが甘く、外れてしまった。エースのキックでゼブブの頭で火花が散り、悲鳴と共に角の一本がへし折れる。

355ウルトラ5番目の使い魔 52話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:51:36 ID:q6J2gu7Y
 よしいける! エースはゼブブが体勢を立て直す前にと、奴の顔面に向かって再び両手をつき合わせて、今度は高熱火炎放射を食らわせた。
『エースファイヤー!』
 エースの手から放たれる灼熱の炎がゼブブの顔面を焼いて爆発する。ゼブブは片目を焼かれて、もう電磁波シールドを張ることはできないだろう。
「ざまぁ!」
 才人とルイズは声を揃えて言ってやった。力はまだまだたっぷり残っている。この時のために、ふたりとも臥薪嘗胆の日々を送ってきたのだ、簡単に燃え尽きてたまるものか。
 こちらがダメならあちら、様々な攻撃を繰り出して敵を圧倒する、技のエースの面目躍如だ。
 トリスタニアの人々は久しぶりに見るエースの活躍に、声をあらん限りに声援を送り、ロマリアやガリアからもウルトラマンたちを応援する声が出だしている。ほとんどの者たちは、よくもこれまで騙してくれたなという怒りでいっぱいだ。俺たちがこれまで命をかけて来たのは、それが神の御心だと信じてきたからだ、許すことはできない。
「がんばれ! がんばれウルトラマンたち!」
 人々の声援を背に受けて二人のウルトラマンは全力で戦う。人々の心の支えを利用して世界を滅ぼさせようとした卑劣な所業、散々人に対しては天罰や異端を吹聴してきたのだ、ならば自分たちでそれを実践してもらおうではないか。
 エースの猛攻にゼブブは傷つき、しかし手から紫色のエネルギー弾を繰り出して反撃してくる。が、エースはそれをさばいてフラッシュハンドでさらなるダメージを与えていく。
 
 一方で、ダイナ対ビゾームの戦いもラウンドの山場を迎えていた。
〔おいおいゾロゾロと増えやがって、孫悟空かてめえは〕
 ダイナの前に、数分の一サイズに縮んだビゾームが十体ばかりも並んで不気味な笑い声をあげていた。
 これがビゾームの分裂能力である。奴は精神寄生体という、なかば幽霊のような実体があるかないかあいまいな存在であり、それゆえにまるでアメーバのように分裂することもできる。奴はダイナの放った八つ裂き光輪でわざと自分の体を何回も切らせることで、その破片の一つ一つから再生して多数のミニビゾームとなったのだ。
 奇声をあげながら、ダイナの前に壁のように並び立つミニビゾームたち。人々はその不気味な様に、「化け物め」と、うめき声をもらし、ミニビゾームたちはダイナに向かって顔の黄色い発光体からいっせいに破壊光線を放った。
「ヌオワッ!」
 ダイナの体に光線が当たり、外れたものも周囲で爆発して煙と火柱をあげた。分裂したことで威力は小さくなったものの、数を頼りに撃ちかけられては防ぎきりようが無い。
 ミニビゾームたちは炎と黒煙に囲まれたダイナを見て愉快そうな笑い声をあげ、その不快な響きが人々の心に、こんな奴をどうやって倒せばいいのかと暗雲を湧き上がらせていく。だが、ダイナの闘志はこんなもので折れてはいなかった。
〔なめてんじゃねえぞ、本当の本当の戦いは、これからだ!〕

356ウルトラ5番目の使い魔 52話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:52:27 ID:q6J2gu7Y
 気合を込めると同時に、ダイナの額のクリスタルがまばゆく輝く。悪への怒りが光に新たな力を与え、ダイナの肉体が赤く燃え上がる闘士の姿へと転身した。
『ウルトラマンダイナ・ストロングタイプ』
 マッシブさを増した超パワーへのモードチェンジ。まるで小人を睥睨に巨人が現れたかのような雄雄しさに、ミニビゾームたちは一瞬ひるんだが、すぐに再び破壊光線の集中砲火を浴びせてきた。
 避けることもままならない弾幕に襲われるダイナ。しかし、今度のダイナは避けも守りもせずに、そのまま攻撃を受けながら突進し、一匹のミニビゾームの元までたどり着くと振り上げた鉄拳を渾身の勢いで叩き付けた。
「ダアッ!」
 隕石のような超パワーのダイナックルを頭上から叩きつけられ、そのミニビゾームはクレーターの底でそれこそぺしゃんこにつぶれてしまっていた。
 なんともいとあはれ。しかし、彼らにとっての惨劇は始まったばかりでしかなかった。一匹を失って狼狽するミニビゾームの群れに向かって、ダイナは思う様言ってのけたのである。
〔知らなかったか? 俺はモグラ叩きは大得意なんだよ!〕
 今度はミニビゾームたちが絶望する番であった。相手が小さいなら全部叩き潰してしまえばいいと、ダイナが繰り出してくるダイナックルの連打から逃げ惑うはめになった。
 右と思えば左、ミニビゾームたちは小柄さをいかして逃げ切ろうとするがダイナもそうはさせない。街の地形を見て、ミニビゾームの大きさでは動きにくい路地などへ追い込んでは叩き潰していく。
 人々を恐れさせていたビゾームの悲鳴のような奇声が、今度は本物の悲鳴になっていた。もちろんミニビゾームたちは逃げながら光線で反撃する。しかし、バラバラに放たれた攻撃では、ダイナのボディには通じない。
〔へっ、ヒビキ隊長のカミナリに比べたら、こそばゆいぜ!〕
 アスカがバカをする度に「ばっかもーん!」と怒声を浴びせてきたSUPRGUTSの名物隊長の顔がダイナの脳裏に蘇る。いつか、必ず帰ると誓ってはいるが、きっと帰ったら特大のカミナリを食らわせられるだろうなと彼は内心で苦笑いした。
 が、ビゾームにしてみれば知ったことではない。ダイナから逃れようとちょこまかと走り回っているけれど、悪人がどんなに逃げても怒れる魔神の神罰から逃れることはできないように、ダイナはきっちりと見つけ出し、ジャンプすると真上から一匹のミニビゾームを踏み潰した。
「デアッ!」
 体格差がありすぎるために、ミニビゾームはひとたまりなくつぶされてしまった。
 さあて次はどいつだ?
 まさに超特大のモグラ叩きそのものな光景に、人々からいいぞと喝采があがる。
 ミニビゾームたちは、バラバラのままでは全滅してしまうと人魂のような姿になるとひとつに結合して元のビゾームの姿に戻った。が、だからといって形勢がよくなるわけでは当然なく、待ってましたと突っ込んできたダイナの強烈なラリアットで大きく弾き飛ばされるはめになった。
 地を舐めさせられるビゾーム。同じころ、ゼブブもエースのエースリフターで投げ飛ばされ、両者はもつれ合いながらもなんとか起き上がってきた。
 
 さあ、そろそろ積みだ。エース、そしてダイナは肩を並べて悪の二大怪獣の前で構えをとる。

357ウルトラ5番目の使い魔 52話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:53:54 ID:q6J2gu7Y
〔これまでだ。この世界の人々の運命は、お前たちなどに渡したりはしない〕
 どんなご立派な大義名分があろうとも、他人の人生をおもちゃにしていい理屈は無い。お前たちのために、この世界があるわけではないのだ。
 とどめの一撃の体勢に入るエースとダイナ。だが、ゼブブは追い詰められながらも、蝿のような頭の中に持つ悪魔的な頭脳を止めてはいなかった。
〔確かに強いですね、あなたたちは。さすがは次元を隔ててもウルトラマンです。しかし、ウルトラマンであるならば、これはいかがですか?〕
 ゼブブが空に向かって手をあげた瞬間、空を覆っている黒雲から、何万、何億という数の虫の群れが地上へと舞い降りてきたのだ。
「なんだっ! 虫が集まって、怪獣になった!?」
 人々の見ている前で、その信じられないことは起こった。なんと、数え切れないほどの虫が地上で合体して、一つ目のグロテスクな怪獣へと変貌してしまったのだ。
 これが、世界を覆っている黒雲の正体である破滅魔虫ドビシの集合体である、破滅魔虫カイザードビシだ。胴体の上についた血走った一つ目には感情を感じず、片手、あるいは両腕が鋭い鎌のような武器になっている。
 しかも、それは一匹ではない。トリスタニアのいたるところに出現し、何十体もの軍団となってうごめいている。完全に囲まれてしまった。エースとダイナは一気に膨れ上がった敵の戦力がいっせいに攻撃をしてくるだろうと、背を合わせて構えをとる。
〔へっ、今度は数で勝負かよ。芸がねえぜ〕
 ダイナが強気に言ってのけた。これだけの数の怪獣をいっぺんに繰り出せるのならば最初からやればいい、なのにしなかったということは、戦力としてはあまり期待できないからだろう。昔から量産型は弱いものと相場が決まっているのだ。
 しかし、カイザードビシどもはエースとダイナの予想していなかった行動に出た。奴らはエースとダイナに襲い掛かってくるどころか、目も向けずに街を破壊し、人々を蹂躙しにかかってきたのである。
〔怪獣たちが! 貴様、なにをする!〕
〔フフ、あなた方に彼らを見殺しにすることができますか? 死にますよ、何千と、何万という人間たちがね〕
 あざ笑うゼブブに対して、エースとダイナは「このクズ野郎」と怒りに震えた。それが仮にも聖職者を名乗っていたもののすることか。
 カイザードビシたちは足を振り上げて街を破壊し、人々に向けて目から破壊光線を放って暴れている。止めなければ、本当に何万という犠牲者が出てしまうだろう。
 だが、エースとダイナがゼブブとビゾームを後回しにしてカイザードビシへと向かおうとしたそのとき、一陣の風とともに壮烈な怒声が響き渡った。
「やめろ! お前たちの倒すべき相手は、そいつらじゃない!」
 巨大なエアカッターの刃が一匹のカイザードビシの腕を切り飛ばし、次いで巨鳥ラルゲユウスの体当たりが黒い魔虫を地に這わせた。
 烈風が吹きすさび、傷だらけの騎士が杖を手にして空から声を響かせる。
「立て! トリステインの兵たちよ。お前たちは傍観者か? 諦観者か? 牙を失った猫か? いや! お前たちの手には剣がある、杖がある! これまでの戦いを思い出せ、お前たちは勇者だ! この烈風もまだ戦える。続け、トリステインを守るのは我々だ!」
 カリーヌの激が、疲れ果てていたトリステインの兵たちに最後の力を与えた。すでにカリーヌ自身も息が苦しくてたまらない。しかし気力だけは満タンだ。奇跡に奇跡が続いてやっと見えた勝利への光明を、自分たちの情けなさで台無しにするわけにはいかない。
 この国を守るのは、この国の人間でなければならない。それだけは譲れない、譲ってはいけない。

358ウルトラ5番目の使い魔 52話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:55:14 ID:q6J2gu7Y
 ラルゲユウスはその翼を一匹のカイザードビシと対峙し、その背に立つカリーヌはダイナに向かって一瞬だけ視線を送ると、短くつぶやいた。
「本当の戦いはこれから、そうだろ? アスカ」
〔まさか、お前……〕
 カリーヌは答えず、雄たけびのように吼えるとカイザードビシに向かっていった。
 あれから三十年経った。私もずいぶん年を取ったけど、お前は変わらないな。けど、お前と共に戦ったあの日のことは忘れていない。お前と共に、もう一度戦う。
 メイジたちは残り少ない精神力をふるって魔法を撃ち、兵たちも弓や銃、それもない兵も声を振り絞り、体に鞭打って武器を持ち、武器の無い者も懸命に負傷者を運ぶ。
 人間たちの予想外の逆襲にカイザードビシたちは意表を突かれた。カイザードビシはいかつい見た目はしているが、ダイナの見立てどおりに単体での戦闘力はたいしたことはなく、数でそれを補うタイプの怪獣だ。事実、ガイアの世界では戦車砲程度で倒されており、耐久力もあまりない。
 そして、トリステインの兵たちは怪獣相手の戦いに慣れている。指揮官たちは過去の戦いを思い出し、的確に指示を出していった。
「目だ! あのでっかい一つ目を狙え」
 カイザードビシのいかにも目立つ単眼にメイジや弓兵たちは攻撃を集中させた。
 また、街のいたるところには固定化の魔法がかけられた鎖が用意されていて、魔法の使えない兵はこれを使ってカイザードビシの脚をからませていった。怪獣を相手に生身の人間で何ができるかと考えられた結果、やれることはすべてやっておこうと、トリスタニアのあちこちにはこうした道具が隠されているのである。
 思わぬ人間たちの反撃に足止めを余儀なくされるカイザードビシたち。エースとダイナはその奮闘振りに「やるな」と、感心した。
 しかしカイザードビシもまた怪獣、一筋縄ではいかない。倒れこんだカイザードビシの腹の口から開くと、そこから何千匹という数のドビシの群れが吐き出され、さらにゼブブが「こしゃくな!」とばかりに手を上げると、黒雲からさらにドビシたちが降り注いできて、人々に直接襲い掛かっていった。
〔フハハハ、十匹の象を倒すことはできても、十万匹の鼠を殺しつくすことはできないでしょう。罪深き者たちよ、そのまま滅びなさい〕
 くっ、どこまで悪辣な奴だ。だが、効果的なことは認めざるを得ない。ドビシは一匹ごとは猫ほどの大きさしかないが、束になって敵に群がることで、ミツバチがスズメバチを倒すように相手を仕留めることができる。人間にとっては2・3匹もいれば十分に脅威だ。
「うわぁぁ、助けてくれっ!」
 複数のドビシにのしかかられて噛み付かれ、あちこちで悲鳴があがっている。まずい、このままでは弱った人から食い殺される。
 エースとダイナならば、光線技の広域発射でドビシたちをなぎ払うことができる。だがそれをすると、せっかく追い詰めたゼブブとビゾームにとどめを刺すエネルギーを使ってしまうことになる。それでも、何万という人々を見殺しにすることはできない。エースとダイナは、人々にイナゴのように群れていくドビシたちをなぎ払うために、光線技の構えに入ろうとした。

359ウルトラ5番目の使い魔 52話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:57:03 ID:q6J2gu7Y
 が、その瞬間だった。街の上を乱舞していたドビシの群れを、カリーヌのものとは違う氷雪の突風が押し流して行ったのである。そして王宮から響き渡る凛とした声が、街中に響き渡った。
「ウルトラマンさんたち、惑わされてはいけません。あなた方が戦うべき敵は、その偽善者たちです!」
 それは半壊した王宮で、なおも水晶の杖を掲げて立つアンリエッタの声であった。すでにドレスはすすけて汚れ、優美な印象は残っていない。しかし、彼女の表情には絶望はなかった。アンリエッタの傍らには、彼女の肩を支えてウェールズも立っていたからである。
「聞きなさい! トリステインとアルビオンの、二本の杖はまだ健在です。戦いなさい、トリステインの勇士たちよ! 血路はわたくしたちが開きます」
「アルビオンの猛者たち! 艦隊はなくなったが、我々にはまだ杖がある。腕がある、足もある、なにより命がある。戦おう! そして終わらせて帰ろう、我らの誇る空の故郷へ!」
 そしてウェールズとアンリエッタは杖を合わせると、呪文を唱えて二人同時に解き放った。完全にシンクロした魔法は互いを増幅しあい、トリステインの水とアルビオンの風が合わさった巨大な吹雪と化して街の上空を遷移するドビシたちを飲み込んでいく。王家の血筋同士が可能とする合体魔法、ヘクサゴンスペルだ。
 カリーヌのカッタートルネードにもひけをとらない暴風によって、数万のドビシたちが切り刻まれ、氷付けにされて吹き飛ばされていく。しかしドビシたちはまだまだ無限に近い数で人間たちを攻め立てている。けれども苦しめられる人々に、ウェールズとアンリエッタは毅然と声を投げかけた。
「戦え! 今、ここを乗り切れば勝利は目の前だ。苦しければ我らを見よ! 王家は逃げない。誇りを胸に最後まで戦う。平和な世を取り戻すために」
「ガリア、そしてロマリアの人々も聞いてください。あなた方は欺かれていました。ですがそれで終わりではないはずです。思い出してください、あなた方にはまだ、帰るべき故郷や守るべき人たちがあるはずです。誰かに守ってもらおうと考えるのではなく、あなた方が誰かを守るのです。戦う誇りを取り戻して、我らと共に未来を勝ち取りましょう!」
 声をあらんばかりに張り上げて、ふたりの若者が叫ぶ。それは飾り立てるものなどない魂のうねりであり、人間としての誇りの咆哮であった。
 その魂の発露が、人々に思い出させた。信仰が失われても、まだ自分たちには帰る故郷があり、帰りを待っている人がいる。そのためにも、こんなところで死ねない。
「うおぉぉーーーっ!」
 獣のような叫びとともに、その瞬間トリスタニアにいた人々は国籍も所属も問わず、一体となって立ち上がった。

360ウルトラ5番目の使い魔 52話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 09:58:58 ID:q6J2gu7Y
 襲い掛かってくるドビシに対し、本当に最後の力で立ち向かう。もう余計なことは考えない、俺たちは人間なんだ、お前たちなんかに負けてたまるか。
 
 魔法を撃ち、銃を撃ち、剣を振るい、槍を突き立て、素手の者は瓦礫を拾い、石を投げ、生きる理由のある人間たちはドビシたちを次々に仕留めていく。
 街中ではこれまで敵味方に分かれていたトリステインとロマリアの兵たちが共に戦う姿があちこちで見られた。呉越同舟も何も無い、ただ生きるために生命は全力で抗う。人間がその例外ではないということを見せているだけだ。
 
 ある街角では銃士隊が戦っていた。その姿は、まるで敗残兵のようにボロボロの有様になって、剣も刃こぼれし、なかばから折れてしまっている者もいる。
 だがその士気は天を突くように高く、アニエスとミシェルを先頭にすさまじい勢いでドビシを駆逐していっている。
「はあぁぁっ! ふぅ、どうしたミシェル? ずいぶんと調子がいいみたいじゃないか」
「ははっ、もちろんですよ。サイトが、あいつはやっぱり生きていてくれた。帰って、帰ってきてくれた。こんな、こんなうれしいことがありますか!」
 半分涙目になりながら剣を振るっているミシェルに、アニエスは微笑し、隊員たちも優しい笑みを浮かべながら剣を握りなおした。
「ようし、我々もサイトに負けてられんぞ。虫けらどもをトリスタニアから叩き出すんだ! 隊長と副長に続けーっ!」
「副長の結婚式を見るまでは、死ねませんしねっ! っと、でりゃ!」
「その次は、隊長のお婿さんを見つける楽しみもあるものね。でもこっちはちょっと難しいかしら」
「それなんですけど、お婿さんは男じゃなきゃいけないといけないってことはないですよね?」
「ん?」
 なにやらひそひそと話し合いながらも、銃士隊は的確に剣を振るい、ドビシに叩き付け、突き刺して倒していく。
 いくらでも来るなら来い虫けらどもめ。女は恋をすれば強くなる。愛することを知れば不死身になる。誰かを支えれば無敵になる。この世でもっとも強い生き物がなんであるか、とくと教えてやろうではないか。
 
 ドビシと人間たちの格闘はいたるところで繰り広げられている。人と虫とが乱戦となり、もはや戦術もなにもない混沌と原始の巷である。
 が、闘争とは本来そういうものだ。古来、人間は他の獣を狩って生きるハンターであった。食うか食われるか、それが戦いの原初であり、それをよく知るひとりの狩人は乱戦の中でも唯一冷めた目でドビシたちに矢を打ち込んでいた。
「これで二十七匹目、と……数が多いのはいいが、こいつらは煮ても焼いても食えそうにないな。これならキメラどものほうが料理できるだけマシか。いや、殻や内臓は薬になるかもしれないね。今のうちに集めておこうかしら」
 ジルという狩人の前では、人間以外の生き物は獲物としての価値があるかないかの二択でしかない。そこに善悪はなく、ジルにとってはドビシも猪や鹿と同等の存在でしかなかった。

361ウルトラ5番目の使い魔 52話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 10:01:26 ID:q6J2gu7Y
 いや、極論すれば、人間が生きるために善悪などというものは必要ないのかもしれない。事実、化け物の森で長年を過ごしてきたジルにはそんなものはいらなかった。ただ、それなのにジルを動かしているものがある。
「薬の試作ができたら竜のお嬢ちゃんに試し飲みしてもらうかな。手ごろな回復薬ができたらシャルロットの役にも立つかしらね」
 ジルはタバサの喜ぶ様子を想像してわずかに微笑んだ。人は生きるだけなら一人でできるが、誰かのために何かをすることでのみ己という存在に価値を見出すことができる。
 この戦いに、ジルがいる理由はそれだけだ。国がどうなろうとどうでもいい。言ってみればただの親ばかだ。
 
 そして親ばかといえば最たるところがチクトンネ街にいる。
「ふんぬぅ、うちの妖精さんたちはお触りは禁止されていますぅ。お引取りいただきましょうか、お客さんたちぃ!」
 くねくねとした動きをしつつも、鉄拳でドビシたちを吹っ飛ばしていくスカロンの雄姿? が、そこで輝いていた。
 魅惑の妖精亭、正確にはその跡地となりつつあるが、店員たちは皆そこを離れようとはせずに守り続けている。華奢な少女たちが、フライパンやおたまを武器にしてドビシに立ち向かい、その先頭にはジェシカが立って皆を鼓舞していた。
「みんな、あと一息よ! これが終われば、商売敵の店はみんなつぶれたからうちの独占商売よ。そうしたらじゃんじゃん稼ぐんだからね! がんばって」
「おーーーっ!」
 なんともたくましいものである。しかし、この若いパワーが未来を作るピースであることは間違いない。
 彼女たちにはそれぞれ、自分の家を持つ、故郷の家族のために稼ぐ、独立して自分の店を持つなどの夢がある。この戦争はマイナスだったが、終わればそれがプラスに転じるチャンスが来る。ならば、それを逃すわけにはいかない。
 スカロンは、少女たちの夢をそれぞれ応援している。血のつながった娘はジェシカひとりだが、同じ屋根の下で共にやってきた少女たちは皆、自分の娘も同然だ。それを守るためなら、無限に力が湧いてくる。
「でありゃあっ! そう、その意気よ妖精さんたち。けど顔だけは絶対傷つけちゃダメよ。ミ・マドモアゼル、泣いちゃうからねぇっ!」
「それだけは勘弁してください! ミ・マドモアゼルっ!」
 さすがの妖精さんたちも想像するに耐えない光景に身震いした。ジェシカは呆れたように笑うばかりだが、その手には得物の包丁と頑丈そうなロープが握られていて、その先には逃げ出そうとしているドルチェンコたち三人がくくり付けられていた。
「だめよー逃げちゃ。壊れたお店を建て直すのに、男の人の手は欠かせないんだからね」
「頼む逃がしてくれ、神様仏様ジェシカ様! あいつに、ダイナに見つかるのだけはすごくマズい!」
 過去になにがあったかは知らないが、三人組の焦りようはすごかった。もっとも、完璧に自業自得であるのだから仕方ない。

362ウルトラ5番目の使い魔 52話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 10:02:05 ID:q6J2gu7Y
 やがて、スカロンのおかげで店の周囲からドビシが一掃されると、彼女たちはウルトラマンたちに向かって手を振った。
 
 十万匹の鼠は駆逐できないとゼブブは言った。しかし、人間たちの奮闘はその常識に風穴を開けつつある。
 新たに湧いてくるドビシはアンリエッタとウェールズのヘクサゴンスペルが食い止め、その絶対数が増加することを許さない。
「大丈夫かい? アンリエッタ、さあ、僕につかまって」
「ありがとうございます、ウェールズさま。けど、国民の前でだらしない姿はさらせませんわ。大丈夫です、ウェールズさまが傍らにいるだけで、わたくしは負けません」
 ふたりとも常人の域を超えた魔法の行使でとっくに限界を超えているが、その表情は明るい。
 また、ふたりを狙ってドビシたちが襲ってくるが、それをカトレアやエレオノールたちが迎え撃っている。
「ラ・ヴァリエールの名において、お二人には指一本触れさせません。あなたがたのような命を弄ぶ人たちに、この杖は決して折らせませんわ」
「ちびルイズが目立ってるのに、私が働かなかったら後でお母様に殺されるわ。ま、たまには姉の威厳を妹たちに見せておくのも悪くないわね」
 ドビシたちは次々と叩き落され、王家のふたりは威厳を保ったまま立ち続けている。
 元凶であるカイザードビシたちも、カリーヌの奮闘や、ド・ゼッサールの率いる魔法衛士隊、名も無い兵士たちの活躍で押さえ込まれ、それでも余った連中にはブリミルのエクスプロージョンが炸裂した。
「やれやれ、いい加減疲れたから休ませてほしいんだけどな」
「なに言ってるの。私たちの子孫がピンチなんだから、頑張りなさいなご先祖様、それっ!」
 ブリミルに襲い掛かろうとするドビシをサーシャが舞うように剣を振るって切り刻んでいく。主の詠唱を守るガンダールヴの本領発揮というところだ。
 
 いまや、ドビシの活動はほぼ完全に押さえ込まれていた。街中にはドビシの死骸が無数に積み上げられ、人間たちの凱歌がそこかしこであがっている。
 まさか、こんなはずではとゼブブとビゾームはうろたえたが、これが現実であった。
 人間たちの最後の力を振り絞った悪あがき。もちろん時間が経てば、無限の物量を誇るドビシたちが再び圧倒するであろうが、それまでのこの、わずか一分程度の時間さえあれば十分だ。
〔ああ、お前たちを倒すには、一分もあればたくさんだぜ!〕
 ダイナはゼブブたちを指差して言い放った。
 人々が全力で作ってくれたこの機会。これ以上、もはやどんな手も用意してはいないだろう。このチャンスで、お前たちを倒す。

363ウルトラ5番目の使い魔 52話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 10:03:02 ID:q6J2gu7Y
「シュワッ!」
「テェーイ!」
 ダイナ、そしてエースの猛攻が再開された。
 空中高く飛び上がったエースのキックがビゾームを打ち、助走をつけたダイナのダイナックルがゼブブを吹き飛ばす。
 対して、ゼブブとビゾームもあきらめ悪く反撃を繰り出してきた。ゼブブの怪光線がダイナのボディを打ち、ビゾームの光の剣がエースの喉下をかすめる。
 しかしウルトラマンたちは攻撃をやめない。この一分はただの一分ではない、人々の願いのこもった世界で一番貴重な一分だ。一秒たりとて無駄にはできないのだ。
 エースのタイマーショットがビゾームの腕を剣ごと焼き切り、ダイナのブレーンバスターが見事に炸裂する。
 破滅招来体の企みも、ついにここで絶えようとしている。幾星霜を費やした遠大な計画が崩壊した理由、それは彼らがひとつのことを見落としていたからだ。
「なぜだ、なぜこうまで理不尽な偶然が重なる? なにがお前たちに味方しているというのだ」
〔お前たちにはわからないだろう、希望の持つ本当の意味を。希望は自分が歩き出すための糧じゃない、誰かと共に歩き出すために分かち合うものなんだ〕
 エースは才人とルイズ、多くの人たちを見て思った。こうしてこの世界に帰り、そして勝利を目前にしていられるのは、才人とルイズが希望を捨てずにあきらめなかったから。そしてこの場の人間たちがあきらめずに戦い、ドビシたちを追い返せたのは、ふたりのウルトラマンがいるという希望があったからだ。
 希望はつながり、連なり、より多くの人々へと拡散していく。小さな希望が大きな希望へ、そして奇跡を呼び、不可能を可能に変える。その連鎖こそが希望の本当の力なのだ。
〔うわべだけの絶望で、人間を支配できると思っていたのが間違いだ。人間はお前たちが思うような愚かな生き物じゃない。人間はこれからも、進歩し続ける生き物なんだ〕
 ウルトラマンは人間の希望と未来を信じる。そして才人とルイズも己の信念を込めて言い放った。
〔ハルケギニアはな、ブリミルさんやサーシャさんたちが死ぬ思いで旅を続けてやっと立て直した世界なんだ。お前たちなんかが勝手に独り占めしていいほど安くないんだよ〕
〔人間はバカだわ、それは否定しない。けど、お前たちなんかにバカにされたくないような素晴らしい人だってたくさんいるわ。人間の中にそんな人たちがいる限り、ハルケギニアは滅んだりしない〕
 ハルケギニアの人間の愚かさを信じた破滅招来体と、希望を信じた人間たちの対決の、これが答えであった。
 
 だが、破滅招来体は、ゼブブは違った。彼らの誇示する彼らの正義にとって、人間たちの希望の力はあくまでも理解できない、不要なものでしかなかった。
 破滅招来体は過去幾度もガイアの世界でもその意思を表示することがあったが、それらの中で共通していることがある。彼らは地球を美しい星と呼び、人類は不要と主張し続けたが、そんな彼らの要求する世界は人類では決して到達不可能な機械的な完全世界だったのだ。

364ウルトラ5番目の使い魔 52話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 10:04:16 ID:q6J2gu7Y
 彼らは妥協を嫌い、不確定要素を嫌った。彼らが文明を築く上でどのような進化を辿ってきたかはさだかではないが、彼らの欲する磨き上げられたダイヤモンドのような一点の傷も無いパーフェクトワールドは、感情を持つ人類とは決して相容れないものであり、そうでない世界は彼らにとって受け入れられないものだった。
 ゼブブとビゾームは敗北を悟った。しかし、彼らは破滅招来体の使者として、その最後の使命を果たそうとしていた。
「わかりません。わかりたくもありませんが、この戦いは我らの負けです。しかし、我らの主はいつか必ずこの世界を醜い人間たちから解き放ちます。我らはその捨て石となりましょう!」
 ボロボロの体でなお消えぬ殺意をみなぎらせて、ゼブブとビゾームは突撃をかけてきた。地響きをあげ、一直線にエースとダイナに向かって突進してくる。もはや小細工も戦法もなにもない、刺し違えることを覚悟した特攻だ。
〔奴ら、自爆する気か!?〕
 そうだ。奴らは、自らの命と引き換えにエースとダイナだけでも道連れにしようとしている。次に来る侵略部隊を少しでも有利にするため、恐るべき執念だ。
 避けるか? いやもう遅い。迎え撃つか? 自爆する気の相手に危険すぎる。
 引くも、受けるもできない。そしてここでエースかダイナがどちらかひとりでも倒れれば、破滅招来体は再侵略の余地があると見なすだろう。それでなくとも、ウルトラマンが倒されたという事実は他の侵略宇宙人たちも喜ばせ、我も我もと動き出させるに違いない。
 ウルトラマンが負けられない理由がここにある。奴らは命と引き換えにそこに一穴を残そうとしているのだ。
 危ない! だがその瞬間、アンリエッタとウェールズは温存し続けてきた切り札を使うときが来たことを悟った。
「ウェールズ様、あれを。今こそハルケギニアに光を取り戻しましょう」
「ああ、長かった夜を終わりに。我らの世界に再び朝を! 始祖の秘宝よ、お導きください」
 ふたりは守り続けてきた始祖の首飾りを共に空高く投げ上げた。一筋の流星となって秘宝は黒雲へと吸い込まれ、封じられていた『消滅』の魔法を解放する。
 
”光、あれ”
 
 祈りが込められた二つの始祖の首飾りの力は、トリスタニアの空を中心に一瞬にしてドビシの黒雲を消し去っていった。
 『消滅』の魔法は、ものを形作る小さな粒に、そのつながりを忘れさせることであらゆるものを崩壊させる効力を持つ。地球流に言うと、分子結合を強制解除させるとでもすればいいか。すなわち、あらゆる物質はその強度に関係なく塵に返ってしまうということだ。
 むろんドビシも例外ではなく、焼け石に落ちた水滴のように次々に消滅していく。分子結合を解くことで物体を溶解消滅させるものとしては、地球では一九五七年にほぼ同じ効力を持つ薬品が一度だけ使われたことがあるそうだが、これに耐えられるのは文字通り神の域を超えた生命だけであろう。

365ウルトラ5番目の使い魔 52話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 10:05:51 ID:q6J2gu7Y
 ドビシの黒雲が切り裂かれた空からは、黒に変わって透き通るような青とともに、明るく暖かい太陽の日差しが再び差し込んできた。
 一瞬にしてトリスタニアは夜から昼に変わり、数秒後には魔法学院やタルブ村も忘れかけていた太陽に照らし出され、数分後にはハルケギニア全土が光を取り戻した。
 しかし、この戦いの決着にはほんの数秒でたくさんだった。
 太陽の光がトリスタニアを、人間たちを、そしてウルトラマンと怪獣たちを照らし出す。その白い輝きは暗がりに慣れていた人々と、怪獣の目を激しく焼いた。
「ウオオォォッ、光? 光がぁぁっ!?」
 巨大な複眼を持つゼブブと、闇夜での活動を得意とするビゾームにとっては突然差し込んできた太陽の光は強すぎた。視覚を奪われ、エースとダイナの姿を見失った二体はなすすべなく立ち尽くした。
 今だ! すべての人がそう叫ぶ。太陽が与えてくれた、この黄金の一秒がすべてを決める。
 無防備な様をさらすしかないゼブブとビゾーム。対して、ウルトラマンは太陽の子、光の戦士だ。その金色の瞳はまっすぐに敵怪獣を見据え、その心は己がなすべき使命を悟っていた。
 
 これが破滅招来体との戦いの最後の一撃だ。エースのL字に組んだ腕が、ダイナの渾身のエネルギーを込めた火球が決着の時を告げる。
 
『メタリウム光線!』
『ガルネイトボンバー!』
 
 虹色の光芒がゼブブを貫き、灼熱の業火がビゾームを燃やし尽くす。
 長く続いたハルケギニアの夜。それが終わり、本当の夜明けを迎える時がやってきた。
 
 
 続く

366ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2016/12/23(金) 10:07:36 ID:q6J2gu7Y
52話、ロマリア編最終決戦、お楽しみいただけたでしょうか。
3章を始めてここまで、平坦な道のりではありませんでしたが、皆様の応援のおかげで辿りつくことができました。
お礼にというわけではありませんが、少し早めのクリスマスプレゼントになれば幸いです。

では、次回は恐らく来年で。皆様よいお年を。

367名無しさん:2016/12/23(金) 15:17:25 ID:MxIuD8yg
乙です

>地球では一九五七年にほぼ同じ効力を持つ薬品が一度だけ使われたことがあるそうだが、
>これに耐えられるのは文字通り神の域を超えた生命だけであろう。

…まさか、数多くの超兵器でも完全に殺せなかった怪獣王を
殺せたアレですか?

368名無しさん:2016/12/24(土) 11:05:05 ID:5OnfRuos
ウルトラ乙。
ミジー星人とダイナ、感動の再会だなー(棒)

369名無しさん:2016/12/25(日) 14:37:37 ID:bdHU.rPo
おつです

来年はウルトラマンエース放送開始45周年
これからも応援していきます

370ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:01:02 ID:ezGi563k
メリークリスマス、焼き鮭です。今回の投下をさせてもらいます。
開始は21:03からで。

371ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:03:27 ID:ezGi563k
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十話「一冊目『甦れ!ウルトラマン』(その3)」
恐怖の怪獣軍団
宇宙恐竜ゼットン 登場

 才人は精神を囚われたルイズを救うべく、本の世界への旅を始めた。最初は初代ウルトラマンが
地球を防衛していた時代を描いた物語。しかし肝心のウルトラマンはゼットンに敗北したことが
原因で、失意の底にあった。才人は憧れのヒーロー、ウルトラマンを懸命に励ます。そんな中出現
したのは、日本中に出現したすさまじい数の怪獣軍団! その前にゼロも苦戦を強いられ、ピグモンが
ドドンゴの攻撃を受ける。それを目の当たりにしたハヤタは遂に立ち上がり――ウルトラマンが
甦ったのだった!

「ヘアッ!」
 今一度地球を守るべく立ち上がったウルトラマンは、颯爽と怪獣たちの間に飛び込んで
ギガス、ネロンガ、グリーンモンスにチョップを叩き込んでゼロから弾き飛ばした。
「ゲエエオオオオオオ!」
「ゲエエゴオオオオオウ!」
「グウウウウウウ……!」
 更にドドンゴに飛びかかって文字通り馬乗りになり、その体勢から首を引っ張ることにより、
ドドンゴは後退させられて怪獣軍団から引き離された。
「ミ―――――イ! ミ―――――イ!」
 怪獣たちがウルトラマンにひるんでいる隙に、ゼロは体勢を立て直すことに成功した。
『助かったぜウルトラマン! せぇやッ!』
 ゼロも負けてはいられない。流れるようにマグラー、ゲスラにキックを仕掛けて張り倒し、
ケムラーの吐く亜硫酸ガスを跳躍して華麗に回避。
『もう食らわねぇぜ!』
 毒ガスは代わりにレッドキングが食らう羽目になった。
「ピッギャ――ゴオオオウ!?」
 もがき苦しんだレッドキングは岩を投げ、それがケムラーの口に嵌まってガスが詰まった。
「ヘアァッ!」
 ウルトラマンはドドンゴに乗ったまま首筋をチョップで連打してダメージを与えていくが、
ドドンゴがやられっぱなしでいるはずがない。思い切り暴れてウルトラマンを振り払う。
「ミ―――――イ! ミ―――――イ!」
「ダァッ! シェアッ!」
 しかしウルトラマンも振り落とされてすぐにスペシウム光線を発射。ドドンゴにクリーン
ヒットする。
「ミ―――――イ! ミ―――――イ!」
 その一撃によってドドンゴはたちまち絶命。横に倒れて動かなくなった。
 この間レッドキングを押さえつけていたゼロがウルトラマンに向かって告げた。
『ウルトラマン! ここは俺と科特隊に任せてくれ。あんたは他の場所の怪獣を頼む!』
 うなずいたウルトラマンが全身に力を込めると、その身体にエネルギーが集まっていく。
「ヘアッ! トワァッ!」
 エネルギーが最大に高まると、何とウルトラマンが五人に分身した!
 ウルトラセパレーション、分身の術。ウルトラマンの新しい戦法だ!
「シェアッ!」
 五人になったウルトラマンは、それぞれ別の方向に飛び立って怪獣の被害に遭っている
現場に急いでいった。
 その内の一人は沿岸で暴れているガマクジラを発見。
「グアアアアッ!」
 即座に飛行速度を急上昇させて、上空から一直線にガマクジラに体当たり!
 これによってガマクジラは一発でバラバラに四散した。ウルトラマンは上昇して別の場所へと
向かっていった。

372ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:05:29 ID:ezGi563k
 また別の一人はコンビナートを火の海にしているペスターを発見。
「シェアッ!」
 着地と同時にスペシウム光線をペスターの頭部にぶち込んで、一瞬で撃破した。
「キュ――――――ウ……!」
 ペスターを倒してからウルトラマンは合わせた両手からウルトラ水流を発し、コンビナートの
火災を瞬く間に消し止めた。それからまた飛行して、市街地の方角へ飛んでいった。

 五人のウルトラマンはそれからゴモラ、ヒドラ、ウー、ザンボラー、ケロニアの元へ駆けつけて
勝負を挑んでいった。
「ヘアァッ!」
「ギャオオオオオオオオ!」
 一人目のウルトラマンが空中からドロップキックを仕掛けてゴモラを蹴り倒す。
「ヘアッ!」
「ピャ――――――オ!」
 ウルトラマンの二人目はヒドラと格闘戦を繰り広げる。
「ヘアァッ!」
「ガアアアアアアアア!」
 ウルトラマン三人目はウーと取っ組み合って雪原の上をゴロゴロ転がった。
「ヘアッ!」
「ギャアアアアアアアア――――――!」
 ウルトラマン四人目は低姿勢でザンボラーにタックルして、相手の身体をすくい上げて放り投げる。
「トアアァッ!」
「パアアアアアアアア!」
 ウルトラマン五人目はケロニアに一本背負いを決めて投げ飛ばした。

 各地でウルトラマンが奮闘している間、ゼロもまた怪獣軍団相手に激しく戦っていた。
「セアッ!」
 ゼロのビームランプから発射されたエメリウムスラッシュがグリーンモンスの花弁の中心を
撃ち抜き、グリーンモンスを炎上させた。更にゼロはネロンガを捕らえて高々と担ぎ上げて
投げ飛ばす。
『せぇぇいッ!』
「ゲエエゴオオオオオオウ!」
 地面に叩きつけたネロンガにすかさずワイドゼロショットを食らわせて爆散させた。
これで一気に二体撃破だ。
 だがまだレッドキング、マグラー、ギガス、ゲスラ、ケムラーと五体もの怪獣が残っている。
「ウルトラマンにばかり戦わせてはいかん! 我々も戦うぞ!」
 そこで攻撃用意を整えた科特隊が援護を開始した。まずはムラマツがナパーム手榴弾を
マグラーに向かって投擲した。
「えぇーいッ!」
 手榴弾の炸裂を頭部に食らったマグラーはきりきり舞って、ばったりと倒れる。
「ギャアアオオオォォウ……!」
 イデはジェットビートルを駆って、ギガスの頭上を取った。
「今だ! 強力乾燥ミサイルを食らえ!」
 ビートル底部の弾倉が開き、爆弾が投下。ギガスに命中して爆発すると、ギガスは全身が
急激にひび割れて粉々になった。
 ルイズはゲスラをスーパーガンで撃ちながらゼロに叫んだ。
「背びれが弱点よ!」
 うなずいたゼロがゲスラの背後に回り込んで、素早く背びれを引き抜いた。
「ウアァァァッ……!」
 背びれを抜かれたゲスラはたちまち生命活動を停止し、その場に横たわった。
 アラシはマッドバズーカを肩に担いで照準をケムラーに向けた。
「こいつで泣きどころをぶち抜いてやる!」

373ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:07:31 ID:ezGi563k
 ゼロはすかさずケムラーの背後に飛びかかって、アラシが狙いやすいように甲羅を引っ張って
開き、その下に隠されている核を剥き出しにした。
「助かったぜ! 食らえッ!」
 バズーカから飛んだ弾丸がケムラーの核を見事破壊!
「カァァァァコォォォォォ……!」
 核を撃ち抜かれたケムラーだがその場では往生せず、ほうほうの体で火山まで這っていくと、
自ら火口に飛び込んで姿を消した。
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
 最後に残ったレッドキングが猛然とゼロに突進していくが、ゼロは正拳でカウンターして
レッドキングを押し返した。
『てぇあッ!』
 よろめいたレッドキングに、ムラマツ、アラシ、ルイズがスーパーガンを向ける。
「アラシ、フジ君! トリプルショットだ!」
「はいッ!」
 三人がスーパーガンを重ね合わせると、発射される光線も合わさって威力三倍の必殺攻撃と
なり、レッドキングを撃ち抜いた。
「ピッギャ――ゴオオオウ!!」
 トリプルショットをまともに食らったレッドキングは仰向けに倒れ、力尽きた。これで
この場の怪獣たちは全滅した。
「シェアッ!」
 怪獣が全て倒されると、ゼロは空に向かって飛び上がっていった。

 五人のウルトラマンたちの方もまた、怪獣との決着を順次つけていた。
「ジェアッ!」
 飛んで逃げようとするヒドラに放たれたスペシウム光線が命中し、ヒドラは空中で爆発。
「ジェアッ!」
 ケロニアにはウルトラアタック光線が決まり、ケロニアの全身を吹っ飛ばした。
 大阪ではゴモラの頭部にスペシウム光線がヒット。
「ギャオオオオオオオオ!!」
 ザンボラーにもスペシウム光線が炸裂し、全身を炎上させた。
 ウーもまた倒され、五人のウルトラマンは高空で合体して一人のウルトラマンに戻り、
そしてウルトラマンは地上に光の輪を放ってハヤタの姿に戻ったのだった。
 その場に、同じようにゼロから戻った才人が駆けつける。
「ハヤタさん! 変身できたんですね!」
「平賀君……」
 才人に振り返ったハヤタの顔つきからは、勇敢な心がはっきりと見えていた。もう陰鬱と
した表情は、さっぱりとなくなっていた。
「ありがとう。君の言葉が、僕の目を覚ましてくれたよ」
「いいえ。あなたは他ならぬ自身の勇気で復活したんです。俺はそのほんの手助けをしただけです」
 ハヤタに力が戻ったことで安堵した才人だったが、その時ハヤタの流星バッジに着信が入った。
『ムラマツだ。ハヤタ、応答せよ!』
「こちらハヤタ!」
『基地周辺にゼットンが出現! 我々は先に帰投して防衛に当たる。お前もすぐに基地へ
戻って防衛に当たれ!』
「了解!」
 バッジのアンテナを戻したハヤタは、才人と視線を合わせる。
「平賀君、僕に力を貸してくれ!」
「もちろんです!」
 二人はそれぞれベーターカプセルとウルトラゼロアイを取り出し、同時に再度ウルトラマンに
変身を遂げた!
「シェアッ!!」
 二人のウルトラマンはまっすぐ科特隊基地へと飛んでいった。

「ピポポポポポ……」

374ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:09:39 ID:ezGi563k
 科特隊基地はゼットンの襲撃を受けていた。ゼットンの顔面から放たれる光弾によって、
基地が破壊されていく。ムラマツたちが応戦しているものの、ゼットンには敵わず押されていた。
 そこに駆けつけたウルトラマンとゼロ。まずはウルトラマンが高速回転してキャッチリングを
放ち、ゼットンを拘束した。
「ヘアッ!」
 ゼットンはキャッチリングで締めつけられながらも振り返り、ウルトラマンに狙いをつける。
 しかしそこにゼロが飛び込んだ!
『せえええいッ!』
 ゼットンの身体をがっしり捕らえて、高々と投げ飛ばす!
「ピポポポポポ……」
 地面に叩きつけられたゼットンだが、それでもキャッチリングを破って立ち上がった。
その前にウルトラマンとゼロが回り込んで、にらみ合いとなる。
 いよいよ物語のクライマックス。このゼットンを打ち破れば、一冊目の本も完結だ!
「ピポポポポポ……」
 ゼットンはテレポーテーションで一瞬にしてウルトラマンたちの背後を取った。――が、
察知したゼロが瞬時に後ろ蹴りを入れてゼットンを返り討ちにした。
『てぇあッ!』
 ふらついたゼットンに、ウルトラマンが飛びかかって渾身のチョップを食らわせた。
「ヘアァァッ!」
 追撃をもらったゼットンが後ずさりした。この瞬間にゼロはストロングコロナとなる。
『でぇぇぇあぁッ!』
 強烈なパンチが炸裂して、ゼットンは大きく吹っ飛んで地面の上を転がった。
 さすがのゼットンも、二人のウルトラマンを同時に相手することは出来ないようだ。しかも
ウルトラマンとゼロは、即席のタッグとは思えないほどに呼吸がぴったりだ!
『行けるぜ、ゼロ! その調子だ!』
『おうよ! このまま一気に物語のフィニッシュだぜ!』
 ゼロが勇み、ウルトラハリケーンからのとどめを決めようと一歩前に踏み出した。
 だがその時! ゼットンが突如として真っ赤に発光!
『な、何だ!?』
 突然のことにゼロもウルトラマンも驚愕して立ちすくむ。そして赤い閃光が収まると――
ゼットンの姿が一変していた。
「ピポポポポポ……!!」
 体格はひと回り大きくなって、全身を覆う甲殻が増量して厳つくなっている。各部の発光体も
数が増えて変形し、細く尖った形をしている。この変化に合わせるように威圧感もまた増加し、
荒々しい印象を受ける。
 変わり果てたゼットンの姿を目の当たりにしたゼロが叫んだ。
『EXゼットン! 何てこった!』
『EXゼットン!? そんな馬鹿な! この時代には、まだ存在してないはずだろ!』
 混乱する才人。強化されたゼットンは最近になってから確認された存在であり、初代ウルトラマンの
時代である1960年代にはまだ影も形もないはずだ。それがどうして本の世界の中の世界に出てくるのか。
 ゼロがその理由を推察する。
『まさか、本来なら未来の存在である俺たちが本の中に入り込んだ影響でこんな事態が発生
しちまったんじゃ……』
『何だって!? そんなことが……!』
 信じられない気持ちの才人だったが、EXゼットンが出現したのは疑いようもない事実だ。
「ピポポポポポ……!!」
 変身を果たし、力を増したゼットンがゼロたちの方へ足を踏み出し――その姿が忽然と消えた!
「!!」

375ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:12:12 ID:ezGi563k
 ゼットンはまたもゼロの背後にテレポートしていた。再びキックで迎撃しようとしたゼロだが、
「ピポポポポポ……!!」
 ゼットンは出現と同時にスライドしながらゼロに突進し、手に生えた凶険な爪でゼロを
はね飛ばした! ストロングコロナゼロをも上回る凄まじいパワーだ!
『おわぁぁぁッ!』
「ダァッ!?」
 代わってウルトラマンが飛びかかっていくものの、彼も腕の一撃で軽く弾き飛ばされた。
「ウワァッ!」
『ぐッ……せぇいッ!』
 ゼロは地面に叩きつけられながらもゼロスラッガーを投擲したが、それもゼットンの爪に
弾かれてしまった。
「ピポポポポポ……!!」
 ゼットンは倒れているゼロたちに全く容赦がなく、顔面から火炎弾を連射して激しく追撃する。
『うわあぁぁぁぁぁぁッ!』
「ジェアァッ!」
 反撃の余地すらない猛攻を受け、ゼロとウルトラマンは連続する爆炎にもてあそばれる。
二人のカラータイマーが激しく点滅して危機を知らせるが、ただでさえ手強いEXゼットンに
対して、両者ともここまで連戦に次ぐ連戦で疲労が蓄積していたのだ。相手の猛攻撃により、
それが響いてきた。
『ぐッ……! まだ最初だってのに、とんでもねぇピンチだ……!』
 火炎弾に襲われながらうめくゼロ。このままでは本を完結できないどころか、ゼロと才人の
命まで本当に危ない。絶体絶命の状況!
 しかし、この時戦っているのは何もウルトラマンだけではないのだ。そう、科特隊が彼らに
ついている!
「よぉーし! 今イデ隊員がウルトラマンに、スタミナを送って……!」
 イデが携帯していたケースから特殊弾頭を取り出して、スーパーガンの銃口に装着させた。
イデの行動に気づいたアラシが振り返る。
「今まで何か研究してると思ったら、それだったのか」
「アラシ隊員! このスタミナカプセルを、ウルトラマンのカラータイマーに命中させて下さい!」
「そんなことして大丈夫なのか!?」
「大丈夫です!!」
 太鼓判を押すイデ。話している間にもウルトラマンたちはゼットンに追いつめられており、
これ以上問答している余裕はない。
 アラシはイデを信用して、素早くスタミナカプセルをウルトラマンのカラータイマーに向けた。
「行くぞ!」
 発射されたカプセルは、アラシの腕が冴え渡り、見事にウルトラマンのカラータイマーに命中! 
カプセルが炸裂し、解き放たれたエネルギーがカラータイマーを通してウルトラマンに吸収された。
「ヘアッ!」
 すると途端にカラータイマーの色が青に戻り、消耗し切っていたウルトラマン自身も急激に
力を取り戻した。いや、普段以上に力がみなぎった状態になっている!
『!! こ、これは……!』
 驚いたゼロが見上げる先で、立ち上がったウルトラマンにゼットンが火炎弾を放つ。
「ピポポポポポ……!!」
「シェアッ!」
 瞬間、ウルトラマンは八つ裂き光輪を出したと思うとそれを自分の胸の前で回転させる。
その回転が、火炎弾を反射した!
「!!」
 増強されたパワーが仇となり、ゼットンは火炎弾の爆撃を自分が食らって大きくよろめいた。
これに目を見張る才人。

376ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:14:14 ID:ezGi563k
『すげぇ……!』
『のんきに感心してる場合じゃねぇぜ! 今こそチャンスだ!』
 ゼロは即座に通常状態に戻ってスラッガーをカラータイマーに接続、ゼロツインシュートの
構えを取る。
 ウルトラマンは八つ裂き光輪をそのままゼットンへ飛ばした。ゼットンは爪で光輪を破砕したが、
その直後のわずかな隙を狙って、ゼロとウルトラマンの二大必殺光線がほとばしる!
『せぇあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
「ジェアッ!」
 ゼロツインシュートと、虹色に輝くマリンスペシウム光線がEXゼットンに直撃。これを
食らったゼットンは衝撃で宙に浮き上がると、そのまま壮絶な大爆発! 木端微塵になって
消滅した。
「やったぁぁぁ―――――!!」
『やった……!!』
 大喜びの科特隊。才人とゼロも、彼らと全く同じ気持ちだった。
 才人は本の主人公を立てながらも、自分たちで物語を完結に導かなければならない。そう考えて
この世界にやってきた。しかしながら、本の中のウルトラマンと科特隊は彼ら自身の力でハッピー
エンドを迎えた。物語の中でも、地球の歴史の始まりのウルトラマンと防衛チームは偉大だったと
いうことなのだろう。
 EXゼットンを撃破して、ゼロはウルトラマンと向き合った。ウルトラマンが感謝の意を
表すようにうなずくと、ゼロも同じようにうなずいてそれに応じる。
「シェアッ!!」
 そして二人は天高く飛び立ち、地上から飛び去っていく。
 ――その様子を、ピョンピョン飛び跳ねて見送る赤い影。
「ホアーッ!」
 ピグモンだ。岩雪崩に潰れそうになったその時、ゼロは一瞬ルナミラクルゼロに変身して
ピグモンにエナジーシールドを照射していたのだ。それが盾となって、ピグモンの命をつないだ
のであった。
 ゼロは上空から守った命に手を振ると、ウルトラマンに見送られながらこの地球から飛び
去っていったのだった……。

 ――『甦れ!ウルトラマン』が無事に完結を迎え、才人は現実世界に帰ってきた。
「オカエリー!」
「どうやら、無事に一冊目の本を完結させられたようですね」
 才人の帰還を迎えたのはガラQとリーヴル、それからタバサとシルフィードとハネジロー。
皆才人を待っていてくれていたようだ。
 しかし才人が真っ先にやったのは、ルイズの容態の確認だった。

377ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:15:29 ID:ezGi563k
「ルイズは!? 目を覚ましたか!?」
 バッとベッドの方へ向かったが、ルイズは未だに眠ったままで、良くなっている様子は
傍目からは見られなかった。
 落胆する才人にリーヴルが告げた。
「ルイズさんに精神力の一部が戻ったのは確認できました。しかしやはり、六分の一が戻った
だけでは目に見えた変化はないようです」
「そうか……。なら次の本の完結を……!」
 と言いかけた才人だったが、振り向いた途端にふらついて倒れそうになった。
「うッ……」
 それを慌てて支えるタバサとシルフィード。
「無茶なのね! あなたも大分疲れてるみたいなのね。本を終わらせるの、大変だったんでしょ?」
 シルフィードの言う通りだ。戦いに戦いを重ね、最後はEXゼットンとのバトル。これで
消耗しないはずがない。
「くッ……一冊終わらせただけでこんな調子で、ルイズを助けられるのか……」
 焦燥する才人にタバサが忠告。
「焦ってもしょうがない。無理は禁物」
「お姉さまの言う通りなのね。あなたが倒れちゃったら、桃髪の子だって永遠に助からないのね」
 シルフィードたちの意見にリーヴルも賛同した。
「今日はもうお休みになって、続きは明日からにした方がいいでしょう」
「そうだな……。そうしよう」
 才人は逸る気持ちを抑えて、ふぅ……とため息を吐いて肩の力を抜いた。
 そのままどっかと椅子に腰を下ろすと、タバサが告げる。
「わたしたちは一旦学院に戻る。必要なものがあったら取ってくる」
「ありがとう、タバサ。それじゃお願いするよ……」
 疲弊し切っている才人はタバサの厚意に甘え、ルイズが目覚めた時のための着替えなどの
生活用品を頼んだ。
「お任せなのねー! それじゃお姉さま、行きましょう」
「ん……」
 頭にハネジローを乗っけてシルフィードが退室していこうとする。その後に続くタバサだが、
ふとリーヴルを一瞥して、一瞬だけ訝しむように目を細めた――。

378ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/25(日) 21:18:10 ID:ezGi563k
以上です。
イデ隊員は最初の防衛なのに発明家キャラとして完成されすぎじゃないかっていう。

379名無しさん:2016/12/25(日) 21:55:03 ID:zUlzktx6
イデ隊員はアライソ班長いわく、存在そのものがメテオールだから……

このスタミナカプセル、ペンシル爆弾と間違えたら大変ですよね。

380ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/26(月) 22:18:39 ID:OzXY/cEk
こんばんは、焼き鮭です。今年最後に、短いですが幕間を投下します。
開始は22:22からで。

381ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/26(月) 22:22:04 ID:OzXY/cEk
ウルトラマンゼロの使い魔
幕間その九「学院の仲間たち」
岩石怪獣サドラ 登場

 王立図書館の幽霊騒動の解決をアンリエッタから頼まれたルイズと才人。何のことはない
事件だろうと思っていたのだが、ルイズが突如として倒れて目を覚まさなくなってしまう! 
司書のリーヴルの語ることには、ルイズは自らの完結を望む、魔力を持った『古き本』の中に
精神を捕らわれてしまったというのだ。才人はルイズを救うため、『古き本』の中へ旅立つ
ことを決意する。
 だが六冊の『古き本』はどれも、ウルトラ戦士の戦いを題材とした作品だった。才人とゼロは
一冊目『甦れ!ウルトラマン』だけでも、その中に現れた怪獣軍団とEXゼットンに大苦戦。辛くも
完結させることは出来たが、ひどく消耗したために連続して本の世界に入り込むことは不可能だった。
 才人が身体を休めている間、彼を支援するタバサは一旦魔法学院に戻っていた……。

「な、何だってー!? ルイズがそんなことになっちまったのか!?」
 学院の寮塔の、ルイズの部屋。タバサとシルフィードは荷物を取りに来たとともに、ゼロの
秘密を共有する仲間、ウルティメイトフォースゼロの三人とシエスタ、キュルケに、ルイズたちの
身に降りかかっている事態を打ち明けた。
 ちゃぶ台を囲みながら大仰に驚いたグレンに、シルフィードが首肯する。
「そうなのね。それでゼロとあの男の子が、本の中に入って『古き本』っていうのを終わらせてる
ところなのね」
「ルイズとサイトったら、よくよく厄介事に巻き込まれるわねぇ……」
 キュルケが頬に手を当ててため息を吐いた。シエスタはルイズたちの身を案じて目を伏せた。
「ミス・ヴァリエールはもちろんですが、サイトさんも大丈夫なのでしょうか……。『古き本』と
いうものを完結させるのは、相当大変なようですし……」
『うむ……どうにか手助けしたいところだが、さすがに本の中の世界では手出しのしようがないぞ……』
 参ったようにうなるジャンボット。如何に超人の集まりのウルティメイトフォースゼロと
いえども、本の中に入る術は持ち合わせていないのだ。
「ミラーナイト、お前はどうにか出来ねぇのかよ。二次元人とのハーフだろ?」
「残念ながら、無理です。正確には鏡面世界の人間ですので、鏡の中には入れても、さすがに
本の中というのは……」
 グレンが聞いたが、ミラーはそう答えたのだった。
「本の中に入る術を扱えるのは、そのリーヴルさんという人のみ。その方が、一人だけしか
本の中へ送れないと言うのでしたら、歯がゆいですが私たちには見守ることしか……」
 とミラーが言った時、何かを思案したキュルケが意見した。
「そのリーヴルって人、全面的に信用していいのかしら?」
「どういうことなのね?」
 シルフィードが聞き返すと、キュルケは己の考えを口にする。
「だって、始まりはほんの些細な幽霊の目撃談だったんでしょ? それまではたったそれだけの
ことだったのに、ルイズたちが図書館を調べ出してからいきなりそんな大事に発展するなんて。
ちょっと話が出来過ぎてるんじゃないかしら?」
『確かに……。事態が急変しすぎてるように思えるな』
 ジャンボットが同意を示した。タバサもまた、口には出さないものの内心ではキュルケと
同様の考えと、リーヴルへのかすかな疑念も抱いているのであった。
 『古き本』の視点から考慮してみれば、“虚無”の力を持った人間が図書館にやってくると
いうことなど事前に分かる訳がないはず。だからそれ以前に違う人間の魔力が狙われても
よさそうなものなのに、ルイズが最初の被害者になったというのはただの偶然だろうか。
 それにタバサは、才人が一冊目の本を攻略している間、図書館に来館した人たちを当たって
情報収集をしたのだが、誰も図書館で幽霊が目撃されたという話を知らなかった。では、何故
幽霊の目撃談などが王宮に上がったのだろうか?
「……幽霊の件を報告したのも、リーヴルさんという話でしたね……」
 ミラーが腕を組んで考え込んだのを見て、ジャンボットが尋ねかける。

382ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/26(月) 22:24:26 ID:OzXY/cEk
『ミラーナイト。お前は一連の事態を、リーヴルという人物が仕組んだものだと考えている
のではないか?』
「何!? そいつは本当か!?」
「サイトさんたちは、罠に掛けられたと!?」
 グレンとシエスタが過敏に反応したので、ミラーは二人をなだめた。
「落ち着いて下さい、何もそこまで言うつもりはありません。ただ……この一連の事態、
偶然が重なったとするよりは、何者かの意思が働いてると考える方が自然ではないかと
いうだけです。今のところ、その候補に挙がるのはリーヴルさんですが、まだ彼女がそう
だと決定する明確な根拠もありません」
『要するに、判断材料がまだ足りないということか』
「ええ。……ともかく今は、リーヴルさんの手を借りて本の世界を攻略していく以外に手段は
ありませんね」
 結論づけたミラーは、タバサに向き直って託した。
「タバサさん、引き続きサイトとゼロを支援してあげて下さい。それと、リーヴルさんは
きっと何か、あなた方に話していないことがあると思われます。彼女の動向にも目を光らせて
下さい」
「分かった」
「シルフィたちにお任せなのね!」
「パム!」
 タバサたちが返事をした後で、シエスタが名乗り出る。
「わたしも図書館に行きます! わたしはサイトさんの専属メイドです。身の回りのお世話なら
わたしの仕事です。それに……ミス・ヴァリエールの介護をする人も必要でしょうし……」
 いつもルイズと才人を巡った恋の鞘当てを展開しているシエスタだが、今回は本心でルイズの
ことを心配して申し出た。ルイズとは立場を越えた心の友でもあるのだ。
「ではシエスタさんにもお願いします。そして私たちは……」
 ミラーが言いかけたところで、ジャンボットが鋭い声を発した。
『ミラーナイト、グレンファイヤー! トリステイン西部の山岳地帯から怪獣の群れが出現し、
人里に接近している! すぐに出動だ!』
「分かりました!」
「よぉっし! すぐに行くぜッ!」
 ミラーとグレンはすぐに立ち上がり、姿見の前に並ぶ。二人にシエスタとキュルケが応援した。
「頑張って下さい! このトリステインの人たちのこと、お願いします!」
「ゼロが動けない分も頼んだわね!」
「ええ、お任せを」
「すぐに片をつけてくるぜ!」
 ミラーとグレンは姿見から鏡の世界のルートを通り、怪獣出現の現場へと急行していった。

「キョオオオオォォォォ!」
 トリステインの山岳地から現れ、人間の村に向かって進行しているのは十数体もの怪獣の群れ。
全身が蛇腹状の身体に、両腕の先はハサミとなっている。岩石怪獣サドラだ。
 そのサドラの群れの進行方向に、ミラーナイト、ジャンボット、グレンファイヤーが空から
降り立って立ちはだかった。
『これが私たちの役目。ゼロがルイズを救出している間、私たちでハルケギニアを防衛します!』
『怪獣たちよ、ここから先へは行かせんぞ!』
『どっからでも掛かってこいやぁ! 今日の俺たちは、一段と燃えてるぜぇッ!』
 戦意にたぎる三人を前にしてサドラの群れは一瞬ひるんだものの、すぐに彼らに牙を剥いて
突貫していった。
「キョオオオオォォォォ!」
『よし、行くぞッ!』
 迫り来る怪獣の群れを、ゼロの仲間たちは勇み立って迎え撃ったのだった。

383ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/12/26(月) 22:25:14 ID:OzXY/cEk
今年はこれで終いです。
ではどうか良いお年を。

384ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:44:14 ID:UgHbZZAM
焼き鮭さん、今年最後の投稿おつかれさまでした。
来年もよろしくおねがいします。

さて、今晩は。無重力巫女さんの人です。
何も無ければ22時48分に78話の投稿を開始します。

385ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:49:26 ID:UgHbZZAM

 ルイズは生まれてこの方十六年、これ程厄介なサプライズを体験したことは無かった。
 自分や姉、そして家族の誕生日会などでは、嬉しくも恥ずかしいと感じたサプライズなイベントを経験してきている。
 サーカスの一座が芸を見せてくれたり、御呼ばれされた手品師が誕生日プレゼントを消したり増やしてくれたりと、その方法も様々…
 時には恥ずかしい思いをしたし、嬉しいと感じた事もあった。今となっては、絵画にして額縁に飾っておきたい思い出達。
 
 けれども、今この場で―――最前線と化したタルブ村の外れで体験したサプライズは、ルイズにとって厄介であった。
 それ自体は決して迷惑ではない。何せ、過程はどうあれ結果的には思わぬ助太刀になったのだから。
 問題はそのサプライズを送ってきた四人の男女の内の一人で、恐らく残りの三人をここまで引っ張ってきたであろゔ厄介゙な隣人。
 出身地も、入学した魔法学院の寮室も隣同士という全く嬉しくない数奇な縁で結ばれている褐色肌に燃えるような赤い髪のゲルマニアの少女。

 ――――そして、今この場にいる事などあり得ない筈の彼女が姿を現した。
 連れてきた三人のうち、最も親しく背の小さい親友の使い魔である風竜のシルフィードの背に乗ってやってきたのである。


 ルイズ、霊夢、魔理沙の三人とデルフの一本にとって、それは突然の出来事であった。
 森から出てきて自分たち三人に攻撃をしようとしたキメラが、空から降ってきた青銅のワルキューレに押し潰されたのである。
 まるで薄い鉄細工の様に潰れたキメラの哀れな姿と、落ちてきたにも関わらず目立った傷が無い青銅のワルキューレ。
 ルイズは勿論、やる気満々であった魔理沙や霊夢もこれには意表を突かれ、思わず何が起こったのか理解する事ができなかった。
 そしてルイズがそのワルキューレの正体に気が付いた時、満を持して彼女は上空から現れたのである。

「キュルケ!どうしてアンタがここに…!?」
「こんばんはルイズ。てっきりギーシュのゴーレムで大変な事になってたと思ったけど…とんだサプライズになってくれたわねェ」
 シルフィールドの背の上に立ってこちらを見下ろしているキュルケは、笑顔を浮かべてルイズたちに手を振っている。
 その隣には彼女の親友であるタバサも降り、自分の使い魔である幼い風竜の耳元(?)に顔を近づけて、何かを喋っているのが見えた。 
 霊夢と魔理沙の二人もルイズに続いてキュルケ達の存在に気づき、目を丸くしながらも声を上げていた。
「ちょっと、ちょっと…あれってキュルケとタバサじゃないの…?何でここにあの二人が来てるのよ」
「おぉ本当だ!コイツは嬉しいねェ、援軍にしてはちょっと遅い気もするがな」
「――〜ッ!そんなワケ無いでしょうがッ!!――――って、ちょっと!何降下してきてるのよ!?」
 これまであの二人―――正確にはキュルケに色々と絡まれていた霊夢は鬱陶しい相手を見るかのような目つきで彼女たちを睨む一方で、
 魔理沙は何を勘違いしているのか、嬉しそうな声色でシルフィールドの上にいる少女達を見上げている。
 一方のルイズはそんな黒白に怒鳴ろうとしたが、ゆっくりと地面へ降りていくシルフィールドに気づいてそちらの方にも怒鳴り声を上げた。。

 どうやら先ほどタバサが指示したらしく、ルイズの怒鳴り声に怯むことなく風竜は三人から少し離れた場所へと降下していく。
 結果、十秒と経たずに着地したシルフィードの背からタバサとキュルケの二人がバッと飛び降り、そのまま軽やかに地面へと降り立った。
 流石にここまで来ると事情を聞かずにはいられないのか、ルイズは二人の名を呼びながら近づいていく。
「キュルケ!タバサ!」
「はろろ〜ん、ルイズ!こんとな所で会うなんて奇遇じゃないの?」
「今は夜」
 学院指定のブラウス越しでも分かる程大きな胸を揺らして着地したキュルケは、またもや手を上げてルイズに二度目の挨拶をする。
 そこへすかさずタバサが短く、的確な突っ込みを入れると、更にもう二人分の声がシルフィールドの背の上から聞こえてきた。
「す、凄い!僕のワルキューレが…何だか良く分からないモノを倒してるぞ…!」
「どう見てもただの事故に見えるんだけど…って、本当に降りる気なの?アタシは嫌よ!?」
 声色からしてキザなうえに自己陶酔的な雰囲気を放つ少年の声に、キュルケやタバサとも違う何処か神経質的な少女の声。
 その声に酷く聞き覚えのあったルイズはすかさずキュルケ達の後ろにいるシルフィードへと、視線を向ける。
 案の定青い風竜の背中から身を乗り出していたのは、『青銅』のギーシュと『香水』のモンモランシーの二人であった。

386ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:51:05 ID:UgHbZZAM
「んぅ?おぉ、ルイズじゃないか!一体こんなところで何をやっているんだね!」
「『こんな所で何をやっているか』何て…それって私達も同じような立場に置かれてるわよね?」
 先ほど青銅のワルキューレを空から落としたであろう少年は先程のキュルケと同じように手を振って、ルイズに挨拶している。
 彼の隣にいる金髪ロールが眩しいモンモランシーは周りの異様さに気が付いているのか、恐怖を押し殺したような表情を浮かべていた。

「……これは一体どういう事なんだ?というか、何でタバサやキュルケ達がこんな所へ来てるんだよ」
 流石の魔理沙と霊夢も、ギーシュやモンモランシーまで来たところを見て怪訝な表情を見せる。
 そして、本当なら全くの無関係であろう彼女たちがこんな危険な場所まで来ている事に疑問を抱かざるを得なかった。
「さぁ?私にもさっぱり分からないわ。ただ…何となく面倒くさい予感はするけど」
 黒白の言葉に対しての答えではないが、同じく何が何だか分からない霊夢も肩を竦めつつやれやれと言いたそうに首を横に振る。
『やれやれ。お前さんたち、今日は本当にツイテないようだね〜』
「そういうのは言わなくていいわよ。……とにかく、ルイズだけじゃあアレだし私達も話を聞きに行きましょう」
「えぇ〜?私もかぁ?……と言いたいところだが。生憎私も久しぶりに二人と話したいし、ついて行ってやろうじゃないか」
 デルフの嫌味満々な言葉に忌々しく思いながらも、彼女たちの方へと詰め寄っていったルイズの下へ行こうとした。
 只でさえ厄介な状況だというのに、これ以上ややこくしなってしまう前に事情を聞いておかねばならない。
 一方の魔理沙も先ほどまで森をにらんでいた時とは打って変わって軽いノリでそう言うと、クルリと踵を返して霊夢の後ろを歩き出す。

 ――――――この時、二人ば明確な敵゙がいる森に背を向けていた。
 本当ならば魔理沙か霊夢のどちらかがすぐに対応できるよう、森を見張っておく必要があるのである。
 しかし、命を賭けた戦いの経験が薄い魔理沙はそれを怠り、霊夢に関しては即時対応ができる為に背中を見せられる余裕があった。
 初戦ならばまだしも既に戦ったことのある異形の動きを把握している彼女にとって、怖れる相手では無くなっていた。
 相手が人間ならば状況は違っていただろうが、話しの通じぬ異形ならば遠慮なしで屠れる。そう判断していたのである。
 まだまだ体には『ガンダールヴ』の能力を行使した副作用で疲労が残ってはいたが、それ自体がデメリットにはならない。
 だからこそ今の様に敵にを背を向けられる余裕が出来ていたのだが…――――それが却って、危機を呼び込む結果となった。

「……?―――…ッ!?レイム、マリサッ!後ろッ!」
 二人の会話に気付いたルイズが後ろを振り向き、その鳶色の瞳を見開いて叫んだ直後…
 背後から幾つもの枝の折れ、葉が擦れる激しい音に二人は後ろを振り向き、思わず魔理沙は「うわっ!」と驚いた。
 彼女たちの頭上、丁度地上から二〜三メイル程まで飛び上がったキメラ『ラピッド』が三体、獲物を振り上げて森から飛び出してきたのである。
 闇夜に輝く銀色の薄い鎧が煌めき、鋭い刃先を持つ槍を上から突き刺そうとするかのように霊夢と魔理沙に襲い掛かろうとしていた。
「二人とも、伏せてッ!!」
 ルイズは手に持っていたままだった杖をキメラ達へと向けて、間に合わないと知りつつ呪文を詠唱し始めた。
 キュルケやギーシュ、モンモランシーは突然出てきた異形に驚いているのか目を見開いてキメラ達を見つめている。
 魔理沙は魔理沙で迎撃が間に合わないと察したのか、「うぉお…!?」とか叫びながらルイズたちの方へと倒れ込もうとしていた。

 しかし、あらかじめこうなると予想のついていた霊夢は手に持ったままであったスペルカードをスッと頭上に掲げて見せる。
 まるで興味のないパーティーで催されたビンゴ大会で、一番早くに上がった自分のカードを掲げるかのように、
 大したことではないと言いたげな余裕と傲慢さでもって、スペルカードの宣言と共にキメラ達を始末する――――筈であった。

387ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:53:28 ID:UgHbZZAM

「…霊符『夢想妙じ―――――」
「―――――ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」
 だがしかし、彼女がスペルを宣言するよりも早くに一つの呪文を詠唱し終えた少女がいた。
 まるで湖の底の様に暗く静かで、氷の様に冷たい声色を持つ少女の声に霊夢の気だるげなスペル宣言が止まってしまう。
 ここでスペルカードを宣言しなければ間違いなく彼女はキメラの持つ武器の餌食になってしまうが、それはあり得ない未来となってしまった。

 何故ならば、背後から風を切る物凄い音と共に三本の『氷の矢』が彼女の真横を通り過ぎ、
 霊夢と魔理沙を襲おうとしていたキメラ達の胴にブチ当たり、勢いよく森の方へと吹き飛ばされていっただから。
「…は?」
「大丈夫?」
 突然の事に何が起こったのかイマイチ把握しきれていない霊夢の背中に、先ほどの呪文を唱えた少女が声を掛けてくる。
 後ろを振り向くと、目を丸くして唖然としているキュルケの横にいたタバサが杖を掲げていた。
 自分の身長より大きな杖の先は、先ほど放った『ウインディ・アイシクル』の余韻なのか白い冷気を放出している。

「まさか、アンタが助けてくれたの?」
 思わず口から出してしまった霊夢の質問に、タバサはコクリと頷く。
 眼鏡越しに見えるやる気の無さそうな目や顔の表情とは裏腹に、杖を向けて呪文の詠唱と発動は驚くほど早かった。
 キュルケやルイズなんかの同年代の子たちと比べれば、明らかに゙何か゛が違っているような気がする。
 最も、今の霊夢にはそれが何なのかまだ分からなかったが。

 伏せて避けようとしていた魔理沙も状況が変わったのを知ってか、顔を上げるとタバサに向かってニヤリと微笑んだ。
「へへ、わりぃなタバサ。また返す気の無い借りを一つ作っちまったな」
「別に気にしないでいい」
「いや、そこは怒るところなんじゃ…っていうか、アレは一体何なのよ!あの化け物たちは!」
 二人のやりとりを聞いて思わず突っ込もうとしたモンモランシーが、ふと先ほどのキメラ達を思い出して叫ぶ。
 少なくとも彼女の記憶の中では、あの様な亜人や幻獣などを図鑑やホントなどで目にした記憶は無かった。
「う〜む…どうなんだろう。少なくとも動作から見て、ゴーレムやガーゴイルの類では無いと思うけど…」
 一番傍にいたギーシュはそんな事を言いながら、先ほどタバサの『ウインディ・アイシクル』で吹き飛んだキメラ達の様子を思い出した。
 頑丈にしたガーゴイルやゴーレムならばあの程度の魔法などでは、吹き飛んで行ってもまたすぐに起き上がってきているに違いない。
 けれども先ほど森の中へ戻されていった三匹は一向に戻ってこないし、あの動きでゴーレムの類と言われても信じないだろう。

 そんな風にしてギーシュとモンモランシーが、先ほどの化け物達に関する場違いな考察に入ろうとした時…、
 彼らよりも前にいたキュルケが二人の間に割りこけ様なかたちで、声を掛けてきた。
「二人とも、そんなに悩まなくたってここに証人がいるじゃないの」
 そうよね、ルイズ?最後にそう付け加えて、キュルケは目の前にいる桃色髪の少女へと緯線を向ける。
 既に赤い髪の同級生に視線を向けていたルイズは彼女の目を睨み付けると、いかにも言いたく無さそうな渋い顔つきになった。
 まぁ無理もないだろう。何せ自分たちは恐らく彼女たちだけの問題に、わざわざ首を突っ込んできたのだから。
 しかしキュルケはその事を理解したうえで、敢えて首を突っ込んでやろうという意気込みを持っていた。
 一応親友としてついてきてくれたタバサはともかく、彼女の企みに巻き込まれてる形となったギーシュとモンモランシーは違うのだろうが…


「安心しなさいな。別に貴女達の邪魔をしにきたワケじゃないんだから」
 ちっとも安心できないキュルケの言葉に、ルイズは当然ながら「信用できるワケないじゃない」と素っ気なく返す。
「何処からつけて来たのか知らないけど、アンタ達には今回の事は関係ないわよ」
「知ってるわ。でも私は最近の貴女と傍にいる二人の事が気になるから、ここまで来てあげたのよ?」
 静かに憤るルイズの事など露知らずに、今にもしな垂れかかりそうなキュルケの物言いにその二人―――霊夢と魔理沙が顔を向けた。

388ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:55:09 ID:UgHbZZAM
「私達の事、ですって?」
「お、何だ何だ。もしかして、私の直筆サインを杖に書いて貰いたいとかかな?」
「それは有難くお断りさせて頂くわ。…まぁ、貴女達の゙正体゙を知りたくてここまで来たってのは、先に言っておきましょうか」
 魔理沙のサインをハッキリと断りながらも、キュルケは笑顔を浮かべたまま二人にそう言い放った。

 瞬間、それまでキュルケを見つめていたルイズと霊夢、そして魔理沙の三人は思わずその目を丸くしてしまう。
「ふふ、その表情。…何か隠し持ってそうね?」
 三人の変化を間近で目にしたキュルケは上手く行ったと言いたげな言葉と共に、クスリと微笑んだ。
 表情こそはいつもの彼女が浮かべているような、どこか人を小ばかにした艶めかしさが垣間見える笑顔である。
 しかし細めたその目は一切笑っておらず、刺すような視線が霊夢と魔理沙の二人をじっと睨みつけていた。

「!………それって、一体どういう意味なのかしら?」
「そう睨まなくても良いんじゃないの?この前のトリスタニアで、散々変なところを見せてくれたっていうのに…そうよね?」
「あぁ、まぁそうだな。そういやあの時に色々見られてたモンなぁ〜…ははッ」
 意味深に睨み付けてくる霊夢の言葉にそう返すと、今度は彼女の隣にいる魔理沙の方へと話を振る。
 先に話しかけた巫女さんとは違い、黒白の魔法使いはトリスタニアの旧市街地で起きた出来事を思い出して呟くが、その目線は自然と横へと逸れていく。
 タバサとモンモランシー、それにギーシュもその事は事前にキュルケから聞いていたので、然程驚きはしなかった。
 しかし、そこへ待ったを掛けるようにして慌てた様子を見せるルイズが割り込んできた。

「ちょ…ちょっとキュルケ!アンタねぇ、そんな下らない事に為にこんな危険な場所まで来たって言うの…!?」
「下らない事なんかじゃあないわよ、ヴァリエール。少なくとも私にとってはね?」
 霊夢達と自分の間に入ってきたルイズの言葉に嫌悪な雰囲気を感じつつ、それでもキュルケはその口を止めはしない。
 まるで彼女の暴発を誘うかのように、得意気な表情を浮かべてペラペラとお喋りを続けていく。

「貴女とレイム、それにそこの黒白が怪しいのは前々からだったし、この前のトリスタニアでは色々と見せてくれたじゃないの。
 それに…私だけじゃない。タバサにモンモランシー…それにギーシュだって、みんな貴女が召喚した巫女さんと居候の事を怪しんでるわ。
 学院長とミスタ・コルベール辺りは何かを知っていそうですけれど、私は直接貴方の口から聞きたいのよヴァリエール…。分かるでしょう?」

 後ろにいるタバサたちを見やりながら喋り終えたキュルケに、ルイズは渋い顔をしてしばし考え込む様な素振りを見せ……首を横に振った。
「…悪いけど、今は教えられないわ。今は、ね?」
 彼女の意味深な言い方にふとキュルケは前方にある森の方へと視線を向け、あぁ…と頷く。
 確かに彼女の言うとおりであろう。今このような状況で、悠長に話をしている場合ではないのは流石のキュルケでも察する事ができた。
「ま、まさか…あんなのが二体三体もいるってワケなの…?何なのよコイツラ…」
「まだ良く分からない事が多いけど、戦わないと駄目なんじゃないかなぁ?…多分」
 モンモランシーやギーシュは慌てて杖を手に取り、霊夢と魔理沙の二人も森の方へと視線を向けて再び臨戦体勢へと移っている。
 タバサはタバサで片手持ちであった節くれだった杖を両手で持ち、呪文を詠唱し始めていた。
 シルフィードもその頭を持ち上げて、森の方にいるであろゔ敵゙に歯をむき出しにして唸り始めている。
「そうよねぇ…。あんな得体の知れない怪物に命を狙われてる中で、長々と説明しているヒマはないんですものね」
 キュルケも腰に差していたルイズのそれより細く華奢な造りをした杖を手に持ち、その先で風を切りながら森の方へと向ける。
「そういう事。少なくとも、詳しいことはコイツラを倒した後でね」
 やる気満々と言わんばかりのキュルケにそう言った後、ルイズは一人小さなため息をつく。

「まあ遅かれ早かれバレるとは思っていたけど、まさかアンタの他にも三人いたとは思わなかったわ…」
 残念そうな表情でそう言いながらも、手に持っていた杖を再び森の方から現れようとする敵に突きつける。
 計七人と一匹、そして一本という少数戦力に対し、相手は少なく見積もって計五、六体の異形達。

389ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:57:04 ID:UgHbZZAM

『へへッ、何だ何だ?険悪ムードから一転して、共闘とは心が弾むねェ』
「少なくとも、私はまだまだ険悪なままなんですけどね?」
 一触即発な空気の中、空気を読まないデルフに霊夢が軽く起こった瞬間―――――
 それを合図にして、森の中からキメラ『ラピッド』達が数体纏めて飛びかかってきた。



「――――゙試験投入゙開始から、早くも十時間越えたな…」
 船特有の揺れで、唯一の灯りであるカンテラの灯りに当たりながら学者貴族の青年クレマンは一人呟いた。
 ハルケギニアでやや珍しい茶髪にゲルマニア出身の母から受け継いだ褐色肌が、カンテラの灯りに照らされて黒く輝いている。
 彼は手に持った懐中時計で時間を確認した後、それを懐にしまいこむと思わず止まっていた書類仕事を再開し始める。
 今、この船の中―――特に今いる部屋の中は、驚くほどに静かである。今、地上で行われている事と比べて…

 そんな事を考えながらペンを走らせていた彼は、突然ドアの方から聞こえてきたノック音でその手を止めてしまう。
「おーい、紅茶淹れてきてやったぞ。両手塞がってるから、そっちから開けてくれぇ」
 木で出来たドアを軽く蹴る音と共に、外の風を吸いに出ていた同僚であるコームの声がドア越しに聞こえてくる。
「おぉそうか。じゃあちょっと待っててくれ、すぐ開ける」
 時折不安定な揺れ方をする船内の中で書類と悪戦苦闘していたクレマンは一言返してから、ここ数時間座りっぱなしであった椅子から腰を上げた。
 それから大きな欠伸と共に背伸びをしてから、しっかりと作られた板張りの床を靴音で鳴らしつつ部屋の出入り口をサッと開ける。

 開けた先にいたのは、いかにもマジメ君という風貌をした緑髪に眼鏡を掛けた青年の貴族が立っていた。
 彼が両手に持つ皿の上には、熱々の紅茶が入ったマグカップが二つに五、六切れのハムサンドウィッチを乗せた皿が乗っていた。
「サンキューなクレマン。…紅茶を淹れてくるついでにサンドウィッチも貰ってきたから、ここらで休憩といこうや」
「そりゃあいい。この゙試験投入゙が始まってからひっきりなしに報告書と戦ってたしな、バチは当たらんだろ」
 意味深な単語を口から出しつつもクレマンはコームの持ってきてくれたサンドウィッチを一切れ手に取り、勢いよく齧る。
 しっとりと柔らかく、小麦の風味が出ているパンと、それに挟まれているハムとトマトにマヨネーズという具が舌を優しく刺激してくる。
 
 口の中に広がる暫しの幸福を堪能しつつ、しっかりと咀嚼してから飲み込んだクレマンは満足そうなため息をついた。
「ふぅ…!流石最新鋭の艦だけあるな。こんな夜食程度のサンドウィッチでも、中々どうして美味いとはな」
「空海軍じゃあこんなサンドウィッチでも、食べられるのは士官様ぐらいなもんらしいぜ?」
 クレマンの言葉に続くようにしてコームが言うと、彼は持っていたトレイを部屋の中央にあるテーブルへ置いた。
 それから紅茶の入ったマグカップを一つ手に取ると、息を吹きかけてから慎重に飲み始めている。
 クレマンも彼に倣ってカップの取っ手を掴み、湯気の立つそれに優しく息を吹きかけていく。

 そんなこんなで、男同士の慎ましやかな深夜のお茶会を堪能しているとふとコームがポツリと呟いた。
「ほぉ…!それにしても、サン・マロンの幹部方は、随分大胆な事をし始めたもんだな」
「全くだな。新作の『ラピッド』のお披露目ついでとか言って、よりにもよってあのレコン・キスタに貸し出すとは考えてもいなかったぜ」
 若い世代の貴族らしい砕けた喋り方で会話をする光景を歳を取った貴族が見たのならば、思わずその顔を顰めてしまうであろう。
 しかし、平民が使うような喋り方を彼らは躊躇なく使っているものの、その口調とは別に中身はちゃんとした学者の卵である。
 正規の試験と面接を受けて、晴れてガリア王国のサン・マロン―――通称『実験農場』研究として選ばれた身でもあるのだ。


 そんな彼らが今いる場所は、その『実験農場』が所有している最新鋭の試験用小型輸送艦―――通称『鳥かご』の中にある一室。
 ガリア陸軍の新基準として艦隊戦ではなく地上戦力の空中輸送と偵察に特化した、この時代ではまだ変わり種と言える船である。
 今この船は『実験農場』の上層部からの命令で、『新型キメラの実戦テストを兼ねた試験投入』の為にトリステインのラ・ロシェールへと派遣されていた。

390ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 22:59:03 ID:UgHbZZAM

 船員及び駆り出された研究員たちは『実験農場』特別顧問である゙女性゙からの命令を受け、トリステイン軍に対しキメラによる攻撃を実地している。
 その為現在トリステインに侵攻しているレコン・キスタの艦隊に手を貸している状態なのであるが、それを気に留める者は殆どいなかった。
 船そのものはアルビオンの艦隊から大きく離れた場所に隠してあるし、この計画の事をしっている者はアルビオン側は指で数える程度。
 当然トリステイン王国も、まさかお隣の大国であるガリア王国の研究機関が、自分たちを攻撃しているなどと夢にも思っていないであろう。
 
「しっかし、トリステイン側もエラく粘ってるなぁ。日が落ちるまでこっちが持ってきた戦力の三分の一を片付けてるんだからさぁ」
「最初のパニックはラ・ロシェールまで続いたが、タルブ辺りで態勢を整えられたのが原因だろう。トリステインはああ見えても精鋭揃いだしな」
 熱い紅茶をゆっくりと啜りながら、コームは同僚が見ていた報告書を一枚手に取って満足げな表情を浮かべている。
 船外へ出ている゙偵察員゙による報告は、キメラのみの戦力投入によるトリステイン側とキメラ側の被害状況を淡々と綴られていた。
 最初の投入地点であるトリステイン軍側の砲兵陣地で起こったパニックが、ラ・ロシェールにいる駐屯軍にまで波及した事。
 しかし、タルブ村で態勢を整えられてしまいその結果にキメラ側がそこそこの被害を被ってしまったものの、何とか占領できた事。
 他にも、現在ラ・ロシェール周辺に複数潜伏している偵察員たちが、リアルタイムで報告書を送ってきているのだ。

 その報告書を確認し、まとめる役割を務めていたのがクレマンであった。
 彼自身の気持ちとしては研究に参加しその完成と量産決定の決議を見届けていた身として、キメラの活躍報告が届けられるのは素直に嬉しかった。
 しかし、書類仕事の専門家ではなかった彼にとって膨大な数のソレを相手にするのには、まだまだ経験が足りなかったようである。
「自分たちの研究成果が活躍してくれるのは嬉しいけど、こう報告書の数が多いとな…―――ん?」
 クレマンはそんな愚痴をボヤキながら、二つ目のサンドイッチにかぶりつこうとした時であった。

 ふと、丁度部屋の真上にある甲板が騒がしくなってきたのに気が付き、コームと共に天井を見上げてしまう。
 薄暗い天井から漏れる声は複数人あり、声から察して甲板で観測任務についていた船員たちであろう。
 その船員たちが何を言っているのかまでは分からなかったが、何やらタダ事ではないという事だけは分かった。


「何だろう?甲板が妙に騒がしいな…」
「確かに。…ひょっとして、何か地上で大きな動きがあったのかも」 
 不思議そうな表情で天井を見つめていたコームがそう言った直後、ドアの外から何人もの足音が通りすぎていった。
 やがてドア越しに幾つもの靴音が通り過ぎていき、それまで静かであった船内が一気に喧騒に包まれていく。
 二人は互いの不思議そうな表情を浮かべる顔を見合わせ、ドアの方へと視線を向けた。

「な、何だ…?」
「分からんが…とにかく、何かあったんだろう。ちょっと見てくるわ――――…って、うおッ!?」
 首を傾げるクレマンに向けてそう言い、席を立ったコームがドアを開けようとした時、
 物凄い勢いで開いたドアが彼の鼻頭を掠め、思わず後ずさろうとしたあまりそのまま背中から倒れて床に尻もちをついてしまう。
 危うく彼の鼻を傷つけようとしたのは同じ『実験農場』に所属する先輩で、ややパーマの掛かった金髪と小太りな体が特長的なオーブリーだった。
 彼は牛乳瓶の底の様な眼鏡がずれてるのにも構わない程慌てた様子で、ドアを開けて最初に見えたクレマンに捲し立ててきた。

「おいクレマン、緊急だ!緊急連絡!特別顧問のシェフィールド殿が試験の終了及び、現空域から撤退しろとの事だ!
 これからすぐに船の発進準備に移る。お前らも地上へ派遣された偵察員への撤退連絡作業に加わるんだ、早くしろ!」

 突然そんな事を捲し立ててきたオーブリーに、クレマンは目を丸くして驚くほかなかった。
 つい一時間ほど前に届いた連絡文には実験の終了や撤退を匂わせるような事は書かれていなかったハズである。、
「え…!?ちょ、ちょっと待って下さい先輩、試験終了ってどういう事ですか!それに―――」
 しかし、困惑する後輩には構っていられなぬ言いたげに彼の前に肉付きの良い右掌を突き出してから、オーブリーは口を開く。
「質問は後で聞く、今は緊急を要する事態だ!もう他の連中も動いてる、お前もそこで倒れてるコームも早く動け」
 頼んだぞ!…最後にそう言ってから、小太りの先輩は踵を返して甲板へと続く廊下を走り去って行った。

391ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:01:04 ID:UgHbZZAM

 いきなりドアを開けて来たかと思えば、物凄い喧騒で捲し立てて去っていった先輩に、二人はただただ聞く事しかできなかった。
 まるで風の様にオーブリーが現れ、消えていった一分後にようやく立ち上がったコームが口を開く。

「な、何だよ…一体、何が起こったっていうんだ?」
「…さぁ?ただ、」
 騒がしくなっていく船内の中で、二人の研究員はついていく事ができないでいた。
 まるで激しい濁流に巻き込まれたかのように、急変した状況に流されるがままとなってしまっている。
 それと同時に、先ほど慌ただしくやって来て去って行った先輩の様子と、周囲の喧騒は絶対に只事ではないという事。

 それだけが何となく分かっているせいで、妙な胸騒ぎだけを感じていた。



「―――――まぁ、私達まで首を突っ込んじゃった貴女たちの今の状況の事は…良く分かったわ」
 先程自分の火で燃やした『ラピッド』の形見とも言える左腕の切傷を睨みながら、キュルケはルイズから聞いた話を理解していた。
 ついさっき、自分に襲い掛かってきた最後の一体を仕留める前にソイツが飛ばしてきた羽根の様な刃でつけられたのである。
 六枚も飛んできて当たったのは幸運にもたった一枚であったが、彼女的には「不覚を取った」と言いたい気持であった。
 幸い傷自体は浅く出血もそんなにしてはいないし、絶対に頼もしいとは言えないが『水』系統の魔法で治療してくれる子がいる。
 薄らと血が流れる傷口を眺めていたキュルケはふと、嫌悪感を隠さぬ顔で地面に転がる異形の躯へと視線を移す。

 彼女の放った『ファイアー・ボール』によって焼き殺されたソイツは、体にまとう銀色の鎧が黒く煤けている。
 口や体のあちこちから黒い煙が立ち上っている所を見るに、恐らく本体まで焼けてしまっているに違いない。
 体の中までは流石に生焼け状態かもしれないが、まず生きていないのは確実であろう。
 他にもキュルケが倒したのを含め、計五体ばかりのキメラ――『ラピッド』達が物言わぬ死体と化していた。
 ある一体は口の中をタバサが放った『ウインディ・アイシクル』が貫かれ、別の一体はルイズの失敗魔法で黒焦げとなっている。
 これら三体のキメラ達の倒され方は、まぁルイズを覗いてメイジが使う魔法での戦い方としてはオーソドックスな方であった。


 しかし、四体目は黒白の自称゙魔法使い゙が魔理沙がその手に持っていた黒い八角形のマジック・アイテムによって倒されている。
 それも普通の倒され方ではなく、『マジックアイテムから出た極太の光線で体の三分の二を失う』という壮絶な最期であった。
 本人にあれが何かと聞いた時は「これが私の魔法だぜ!」と、自分の正体を正直バラしてくれた。
 そして五体目、ルイズの使い魔である霊夢を相手にしたキメラは『手を出す前に消し飛ばされ』ている。
 自分たちが姿を見せる前に戦っていたであろう彼女は、疲れた様子で右手に持った一枚のカードをかざして、一言呟いただけ。

「―――霊符『夢想妙珠』」
 一言。そう、たった一言だけで彼女の周りから色とりどりで大小様々な光る玉が現れたのだ。
 かつて『土くれ』のフーケがゴーレムで襲った時にそれを見ていたキュルケとタバサは、それを目にしていた。
 ギーシュとモンモランシーの二人はそれを見るのが初めてであった為、目を丸くして驚いていた。
 光る玉たちは霊夢の周囲を飛んでいたかと、彼女へ迫ろうとしていたキメラに向かって殺到したのである。
 その後の事を例えるならば――――まるで獲物を仕留めるべく、喰らいつく狼の群れの如し。
 上下左右から迫りくるその光る玉の力によって、キメラは文字通り『手を出す前に消し飛ばされ』たのだ。

392ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:03:06 ID:UgHbZZAM
「前の決闘でも不可思議な事をしてくれたが…。き、君の力は一体何なんだ…?」
 全てが片付いた後、一度彼女と戦ったことのあるギーシュがおそるおそるそんな質問をしていた。
 疲れたと言いたいような大きなため息をついた彼女はゆっくりと後ろを振り返り、視線の先にいた彼へ一言…

「コレ?霊符『夢想妙珠』っていう弾幕よ。中々綺麗でしょ?そんでもって、使い勝手も良いのよ」
 ――――ま、ホーミングの精度が良すぎるのも偶に傷なんだけどね?
 最後にそう付け加えて説明した彼女は、右手に持っていたカード―――『夢想妙珠』のスペルカードをペラペラと振って見せた。
 魔理沙と同じく、彼女もまた自分の正体を隠す気は無かったようである。

 そんな風に先程まで起こっていた戦いの事を思い出していると、すぐ傍でモンモランシーの声が聞こえてきた。 
「―――…ょっと、聞いてる?」
 その声に慌てて横を向くと、自分の真横で杖を片手に持つモンモランシーが少し怒った表情を浮かべて立っていた。
「モンモランシー?どうしたのよ、そんなにいきり立って」
「どうしたのよ、じゃないわよ。こっちは『癒し』の使い過ぎで参ってるっていうのに」 
 恐らくさっきの戦いで傷ついた皆を治療してくれているのだろう。魔法の使い過ぎで少し疲れている様な感じが見えている。
 きっとモンモランシー本人も、ここに来るまで自分の魔法で誰かを治療するという経験は無かったはずである。
「あらごめんなさい、ちょっと考え事を…それで、何?治療してくれるのかしら」
「そうよ…ってちょっと、わざわざ近づけて見せつけないでよ!」
 キュルケはややご立腹な彼女に平謝りしつつも、左腕の切傷をそっ…と自分より背の低い彼女の顔へと近づけた。
 モンモランシーは自分の目の前で見せつけられる生々しい傷を見て、小さな悲鳴を上げて思わず後ろへと下がってしまう。

 しかしまぁ直してもらえるならそれに越したことは無いと、その後は素直にモンモランシーからの治療を施してもらう事となった。
 杖から発せられる青い光がキュルケの腕の傷を癒している最中、ふとモンモランシーはそこらで倒れているキメラたちを見つめている。
「それにしても、コイツら一体何なのよ。私達まで襲ってくるなんて…」
「多分ルイズ達と一緒にいたから、味方だと思って攻撃してきたんじゃないかしら?」
 生まれて初めて見るであろう人とも幻獣ともつかない不気味な姿の怪物を見て、彼女は青ざめた表情を浮かべている。
 モンモランシー本人は先頭に参加しておらず、傍にいたギーシュも彼女と自分を守るのに必死であった。
 とはいっても自分たちが地上へと降りる前に護衛にと出しておいたワルキューレが落ちて、戦いが始まる前に出てきた一体を押しつぶしてくれたので、
 実質的に何もしてないとは言えず、モンモランシーも戦いが終わった後にこうして不慣れながらも手当てをしてくれている。

「全く…何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ…ったく、もう…。―――はい、終わったわよ」
「ちょっと!叩かないでよ――――ってアレ?…痛く、ないわ」
 今日一日起きた出来事を思い出していたモンモランシーは無事治療を終え、元通りに治ったキュルケの腕をトンッと軽く叩いた。
 てっきりそれで塞いだ傷口が痛むかと思ったキュルケであったが、驚いたことに腕の内側から突き刺すような痛みは襲ってこない。


 それはつまり腕に出来た切傷が完全に塞がっている事を意味しており、キュルケは目を丸くしてしまう。
「綺麗に治ってる…。貴女、医者にでもなれるんじゃないの?」
「フン!そうお膳立てしても、アンタが私達を厄介ごとに巻き込んだのには変わらないからね」
「あら、酷いことを言うわね?貴女だって、彼女たちの事は気になってたんでしょう?」
「私はギーシュのついでよ!つ・い・で!!」
 キュルケの賛辞を言われても、モンモランシーは不機嫌な態度を変える事は無かった。

393ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:05:05 ID:UgHbZZAM
 そもそも彼女がルイズとその周りいる紅白の使い魔に、怪しい黒白の居候の事を調べたいと言わなければ、こういう面倒事に巻き込まれはしなかった。
 最初はコソ泥みたいにルイズの部屋を漁っていた時に無理やり誘われ、その次は不便な山中で一日中王宮を監視。
 はたまたその次は、ウィンドボナで執り行われる王女殿下の結婚式についていくであろう彼女たちを尾行――と、思いきや…
 何故かラ・ロシェール方面へと単独へ向かい始めた三人を追って、霧の中シルフィードの背に乗せられて無理やり尾行に付き合わされる。
 挙句の果てには、何故かゴーストタウンならぬゴーストビレッジと化しているタルブ村で、正体不明の怪物に襲われ、
 そして極め付けは、頭上の夜空に悪夢としか思えないような悪名高いアルビオン貴族派の艦隊が、トリステインへ攻めてきている事だ。
「私、多分生まれて初めてここまで不幸な目にあった事がないわよ。…ん?」
 思い出せば思い出すほど碌な目に遭っていないモンモランシーに、キュルケが優しくその肩を叩いた。
 まるで血の滲むような思いで仕事を成し遂げた部下に「お疲れ様」と労う上司がするかのような、そんな方の叩き方。
 夏だというのに夜霧で冷えている右肩に、キュルケの温かな手の温もりにモンモランシーは彼女の方へと顔を向ける。

 視線の先にいたキュルケは笑みを浮かべていた。我が子を褒める母親が浮かべる優しい笑みを。
 いつも浮かべているような人を小馬鹿にする笑みではない事に、モンモランシーは思わず「な、何よ…?」とたじろいでしまう。
 そんなモンモランシーに優しい笑みを向けたまま、キュルケはそっと口を開き…つぶやいた。


「良かったじゃないの?後々歳を取った後に、子供たちに語れる武勇伝が一日に幾つも出来て」
「――――――…アンタって、本当に上等な性格してるわね」
 優しい笑みの内側に、最大限の嘲笑を込めていたキュルケの言葉に、
 モンモランシーは怒りより先に、どこにいても変わらぬ留学生に対して苦笑いを浮かべるしかなかった。


 そんな様子を少し離れた所から不思議そうに見ていたギーシュは、ポツリと言葉を唇の隙間から洩らす。
「…あの二人、髄分長い事話し合っているじゃないか?」
「そうね。もっとも、言ってることばお互い仲良じって感じとは程遠いけどね」
 彼の返事を期待していなかったであろう独り言に、ルイズは先程まで切り傷が出来ていた足を不安げに触っている。
 本当ならば自分で持ってきた水の秘薬を使えば良かったのだろうが、アレはアレで相当傷口に染みる代物である。
 それに対してモンモランシーの魔法なら傷口に痛む事もないので、遠慮なく治療してもらったのだ。
 最も、当の本人にその事を伝えたら…「事あるごとに私を『洪水』とか呼んで小馬鹿にしてる癖に…」と愚痴を聞かされてしまったが…。
 
(だって本当の事じゃないの。洪水並みのお漏らししたって有名な癖に…)
 助けてくれたのは良いもののどこか自分と似たり寄ったりな彼女の事を思いながら、ルイズはとある方向へと視線を向ける。
 その先にいたのは霊夢とデルフ、そして魔理沙とタバサに地に足着けている風竜シルフィードだった。
 タバサとシルフィードに霊夢は先程の戦いは無傷で、魔理沙もまた服に掠った程度で済んでいる。
 キュルケと何やら揉めているモンモランシーと違い、三人と一本と一匹の間に漂う雰囲気は…どこかほんのりとしていた。
 いつ頭上のアルビオン艦隊がこちらに砲塔を向けて来るやも知れぬ状況だというのに、である。

 
「…にしても、お前は良いよな大した怪我がなくて。私だけだぜ?ルイズにあの痛い薬を塗り込まれたのは」
「お生憎様ね。私だってその秘薬が痛いって事は大分前にルイズから教えてもらっているから」
 魔理沙は右手の甲を隠すようにルイズが巻いてくれた包帯を睨みつつ、霊夢に愚痴をこぼしている。
 それに対して霊夢も、疲れているとは思えない様な睨みと笑みを見せて魔理沙に噛み付いていた。

394ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:07:05 ID:UgHbZZAM
 一見…いかにも掴み合いが始まりそうな嫌悪な雰囲気ではあるが、丁度二人の間にいるタバサは全く動じていない。
 まるで丈夫な鉄柵の向こう側から野良犬と野良猫の喧嘩を見つめているかのように、一人の傍観者と化している。
 しかし右腕に抱いている大きな一振りの杖はいつでも使えるようにと、左手の指がしっかりと掴んでいる。
『へへッ、流石レイムだぜ。あんだけ戦いまくって、まだあんな口喧嘩できる余裕があるとはな…なぁ、お前さんもそう思うだろ?』
「きゅいィ〜?」
 その一方で霊夢が一旦地面に置いていたデルフが二人の口喧嘩を眺めながら、面白おかしそうにシルフィードへと話を振る。
 しかし人語はかろうじて通じてもその言葉を喋れぬ風竜のシルフィールドは、ただただ不思議そうに首を傾げるしかなかった。
 霊夢と魔理沙の事を見慣れてしまったルイズも別に二人が仲違いしているワケではないという事を知っているので、動じる事はなかった。
 むしろ相も変わらず元気な二人を見て、まぁまだあんな余裕があるのねぇ…と溜め息をつきたい気持ちで一杯になってしまう。

「な、なぁ…ルイズ?あの二人の口喧嘩、止めないで良いのかい?何だかイヤな事が起きそうな気がするんだが…」
 そんな彼女の耳に、ギーシュの不安げな言葉が入ってくると彼女はそちらの方へと顔を向けて言った。
「あぁ?それなら大丈夫よギーシュ。…あの二人、何か事あるたびにああして言い争う形で話し合ってるから」
「い、いつも…?君、良くそんな二人と一緒にあの狭い部屋で暮らせるもんだねぇ。したくはないけど、感心するよ」
 最後に余計な一言が混ざったギーシュの言葉に、ルイズはどうもと手を軽く上げて返事をしてから、ふと頭上を見上げた。

 ラ・ロシェールとタルブ村の上空。本来ならトリステイン王国の領空内である空を、我が物顔で居座るアルビオン艦隊。
 アルビオン王家を滅ぼしたうえに、あまつさえ今度はトリステイン王家をも滅ぼそうと企んでいる不届き者たちの集まり。
 それだけではあき足らず、おぞましい異形のキメラ達をけしかけて自分の大切な家族の一人まで傷つけようとした。
 かつて『ロイヤル・ソヴリン』号と呼ばれ、今は『レキシントン』号と名付けられている巨大戦艦がゆっくりと動き始めている。
 周囲に大小様々な軍艦を妾達の様に集結させた艦隊は、後十分もすれば自分たちの真下を通過するだろう。
 恐らく、そこからが勝負となるのだ。勝率があるかどうかすら分からないそんな危険な勝負が。

「…さてと、そろそろ準備しとかなきゃダメかしらね?」
 一人そう言って背伸びしたルイズは、腰に戻していた杖を手に取るとまるで演奏指揮者の様に軽く先端を振った。
 その行為そのものに特に意味は無い。だが強いて言えば、それは心の奥底から湧き出てくる゙恐怖心゙の裏返しとでも言えば良いのだろうか。
 やはりというか、なんというか…最終的には上空のアルビオン艦隊を止めなければどうにもならないらしい。
 疲労している霊夢と魔理沙に自分の三人だけで、あれにいざ挑むとなってくると流石に二の足を踏みそうになってしまう。
 だからこそルイズは、自分の今の心境を誤魔化すために杖を振っていた。

「準…備――てっ…。え!?ちょっと待てよ!まさか君たちは本当にあの…あの艦隊と真正面からやり合うつもりかね!?」
 ルイズの言葉と、進行方向の関係上こちらへ近づいてくるアルビオン艦隊を交互に見比べながら、ギーシュは叫んだ。
 彼の叫び声と口から出た言葉に、いがみ合っていたキュルケ達や小休止していた霊夢達の耳にも届いてしまう。
 しかしそんな事お構い無しと言いたげなルイズはギーシュが大声を上げたことを気にもせずに、振っていた杖の動きを止めた。
 ピタッと綺麗に止まった彼女の古い相棒の先端の向く先には、こちらへ近づこうとしている『レキシントン』号。
 個人の力ではどうしようもないような威圧感を漂わせるその軍艦へ、彼女は無言で一方的な宣戦布告を突きつけたのである。

「無謀だルイズ!君のやろうとしている事は、そこら辺の棒きれ一本で腹を空かした火竜と戦うようなものなんだぞ?」
「別にアンタ達に手伝え何て言ってないわよ。元はと言えば私とレイムたちで決めた事だしね」
 必死な顔で゙無謀な行為゙を止めようとするギーシュに向けてそう言うと杖を下ろし、今までずっと肩にかけていた鞄をゆっくりと地面へ下ろしていく。
 持っていく時は軽いと感じたソレも、体の中に疲れが溜まっている所為なのか酷く重たいモノへと変わっている。
 そして自分の体や髪、服と同じくらいに土埃に塗れた鞄が地面から生える雑草たちを押しつぶして地面へと下ろされた。

395ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:09:06 ID:UgHbZZAM
 荷物を降ろした途端、フッと軽くなった肩を揉みながらホッと一息つく。
 その姿を見て先程までキュルケといがみ合っていたモンモランシーが、まるで機嫌の悪い仔犬のように突っかかってきた。
「ちょっとルイズッ!アンタ馬鹿じゃないの!?いくらアンタの使い魔と居候がスゴクたって、艦隊に勝てるワケなんか…」
「勝てる勝てないの問題じゃあないのよモンモランシー。アンタだって私の話聞いてたでしょ?あの艦隊は、このまま王都を滅ぼすつもりなのよ」
「……ッ。そりゃ聞いてたわよ!だけど、だけど…こんなの相手が悪すぎるじゃないの!?」
 彼女が最後まで喋り終える前に自分の言葉でそれを止めてきたルイズに、モンモランシーは突然一択しか選べぬ選択肢を突き付けられた気分に陥ってしまう。

 あのキメラ達との戦いが終わった直後、キュルケ達四人はルイズ達から今起きている状況をある程度教えてもらっていた。
 アルビオンからやってきた親善訪問の艦隊が、突如裏切って迎えに来たトリステイン艦隊を攻撃してきた事。
 攻撃してきたアルビオンの連中はその勢いを借りてあのキメラ達を地上へ放ち、迎え撃とうとしたトリステインの地上軍を蹴散らした事。
 そして偶然にも、自分の一つ上の姉であるカトレアがタルブ村を訪問している最中で、不幸にもアストン伯の屋敷で多くの村人たちと共に立て籠もっている事。
 自分は姉を助ける為に、霊夢と魔理沙は人を襲う異形達を駆逐し、それを操っているアルビオンを倒すためにここへ来た、という事。
 そして最後に…アルビオンの艦隊は夜明けと共にキメラの軍団を率いて前進し、最終的にはトリスタニアを攻め落とそうとしている事を…、
 ルイズは四人に伝えていたのである。
   
 そして今、迫りくる最後にして最大の敵たちをルイズ達三人は戦おうとしているのだ。
 ルイズと同じくトリステイン出身であるギーシュと、モンモランシーは彼女がやろうとしている事にはある程度の理解を示している。
 トリステイン王国の貴族として生まれた以上、母国と王家に害を為す者には断固たる意志を持って戦わなければいけない。
 しかし…未だ学生の身である彼女たちにはやはり頭上に浮かぶ相手はあまりにも大きく、そしてその傲慢さを持てる程の強さを持っている。
 例え彼女―――ルイズが使い魔である霊夢と、居候の魔理沙と共に戦ったとしても勝てる確率は恐らく―――二桁の数字にすらならないだろう。
「ルイズ、悪いことは言わない。僕らじゃあアレは止められない、蟻数匹が暴れ牛に戦いを挑むようなものだ!」
 この時ギーシュは、かつて『ゼロ』と呼んで蔑ろにしていたルイズを思い留まらせようとしていた。
 特に親しい間柄というワケではないが、知り合いである彼女が…一人の女がこれから地獄に片足突っ込もうとしているのだ。
 だがそんなギーシュの説得に対し、ルイズはつまらなさそうに鼻を鳴らして鞄の蓋を止めていたボタンを外している。
「アンタらしくないわねギーシュ?いつものアンタなら、王家の為に喜んで命を差し出そう!って言いそうなのにね…」
「そりゃアンタがそこまで変わったら、流石のギーシュだって止めに入るって事ぐらい分からないのかしら、ヴァリエール?」
 蓋を開けた鞄を漁っていたルイズの言葉に対しそう返したのは、背後のギーシュではない。
 モンモランシーのいる方向から聞こえてきたその声にルイズがスッと顔を上げると、赤い髪と大きな胸を揺らして歩いてくるキュルケの姿が目に映った。

「何があったのかしらないけどねぇ、そうやって格好つけるのはやめなさいヴァリエール」
 顔を上げたルイズに対し、普段とは違う真剣味のある声色と、彼女には似合わぬ真顔で喋るキュルケ。
 いつもとは違うギャップを見せる彼女に、ギーシュとモンモランシーの二人は硬直してしまう。
 ルイズの後ろにいる霊夢達もこれまで見たことのないキュルケの様子に、思わず視線を向ける。
「…キュルケ?」 
 ルイズもルイズでまるで豹変したかのような真顔を見せるライバルに、ルイズは怪訝な表情を浮かべてしまう。
 やがて一分もしないうちに彼女のすぐ傍にまで来たキュルケは、腕を組んだ姿勢のまま淡々と喋り始めた。

「貴女、今自分が何を相手にしようとしているのか…分かっているの?」
「…貴女に言われなくても、分かってるわよ。今から私が、とんでもなく馬鹿な事をしでかそうしている事ぐらい」
「なら下手に言わなくても良いわね。でも、そこまで理解しておいて何で抗おうとするのかしら?」
 キュルケは右手の握り拳から親指を一本立てて、背後の『レキシントン号』をその親指で素早く指さした。
 ルイズが鞄を降ろす前よりも少しだけ近くなったその巨大戦艦へとルイズが視線を向ける前に、それを遮るようにしてキュルケが質問する。

396ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:11:04 ID:UgHbZZAM
「答えて頂戴ヴァリエール。―――――大方そこの怪しい二人に、何か言われたんでしょう」
「おいおい…!ちょっと待てよ。それは酷い誤解ってモンだぜ?」
 彼女のその言葉を耳にした魔理沙が聞き捨てならんと言いたげに一歩前に出て、慌てるように言った。
 魔理沙に続いて霊夢も何か言いたい事があるのか、一歩前に出る…どころかキュルケの方へとツカツカと歩き出した。

 体から薄らとした怒りの雰囲気を放ちながら、ムスッとした表情で歩いてくる霊夢の姿…。
 一方のキュルケは待っていましたと言わんばかりにその顔に緩やかな笑みを浮かべて、近づいてくる巫女さんの方へと身体を向けた。
 そしてとうとう、キュルケとの間が一メイルにまで縮まった霊夢はその顔を上げて、自分より身長が上のキュルケをキッと睨みつける。
「アンタ、もしかして私と魔理沙がルイズを戦わせるように仕向けた…って言いたいのかしら?」
「えぇそうよ?ヴァリエールは典型的なトリステインの貴族だけどねぇ、こんな事を仕出かすような命知らずやバカじゃあなかったわ」
 怒りの気配を放つ霊夢のムスッとした軽い怒り顔にも動じる事無く、キュルケは自慢の赤い髪を掻きあげながらそう返事をした。
 髪を掻きあげられるほどの余裕に満ちていると思ったのか、霊夢はそのムスッとした顔に嫌悪感を付加させて喋り続ける。

「残念だけどね、ルイズはアンタが考えてるほどバカじゃないわ。アンタだって聞いてたでしょう?アイツが元々ここへ来たのは、自分の目的があったからよ」
「それはついさっき聞いてるから分かってるわ、でもそれは単なる無謀と言う行為よ。たった三人で艦隊に挑んで勝てるとでも思ってるのかしら?」
 売り言葉に買い言葉。お互い一歩も引かぬ強気な者同士の言い争いに傍にいた魔理沙は思わずたじろいでしまう。

「お、おぉ…過去に何があったかは知らんが、霊夢の奴も相当カッカしてるぜ」
「君、君…!そんな暢気に解説してる暇があるなら、ちょっと止めてみようとかそんな努力をしてみないかね?」
「んぅ〜どちらかというとこのまま見ておきたいが…まぁ確かに、あんなデカブツがすぐ近くまで飛んできてるしなぁ」
「ちょっと!そこは悩むところなの…!?」
 すぐ傍にまで命が危機が迫っている状況の中でも、魔理沙は決して己のペースを崩すことなく、
 突っ込みを淹れてくるギーシュやモンモランシーにまだ軽口をぼやける余裕は残っていた。
 タバサは相も変わらず無口で、地面に垂らしたシルフィードの尻尾の上に腰を下ろしてジッとキュルケと霊夢を見つめている。
 そして、二人の言い争いの原因でもあるルイズは鞄の中に入れていた手を引っ込ませると、その場でスクッと立ち上がった。
 重くなってしまった腰を上げたルイズは再び軽い背伸びをした後、キュルケの方へと顔を向けるとその口から出る言葉で彼女の名を呼んだ。
 
「…キュルケ」
「あらルイズ。いよいよ教えてくれる気になったのかしら?彼女たちに何を吹き込まれたのかを…ね?」
 突如話に加わろうとして来るルイズに、キュルケは嬉しさのあまり小さく両手を叩いて笑顔を浮かべた。
 そして、喋った言葉の中にあった「吹き込まれた」というのを聞いて、霊夢は思わがその顔を顰めてしまう。
「ルイズ、アンタが出てくる必要は無いわよ。すぐにコイツとの話は終わらせるから、準備でも…―――…ッ?」
 自分の前へ出ようとしたルイズを手で止めようとした霊夢はしかし、遮ろうとした自分の腕を下げたルイズにこんな事を言われた。
「ごめんレイム、ちょっと静かにしててくれる?この分からず屋に、ちゃちゃっと説明して終わらせるわ」
 まるで聞き割れの無い生徒を諭しに行く教師の様な表情と口調でそう言うと、彼女は霊夢の一歩前へと進み出た。
 一方の霊夢は、先程までと比べて妙に落ち着いているルイズを見て一体何を喰ったのかと訝しんでしまう。
 本人が彼女の今の心境を知ったら殴られそうであったが、幸いにも口にしていない為ルイズの耳に入る事は無い。

 そんな風にして、キュルケの話し相手が霊夢からルイズへと流れるようにして変わる。
 微笑みを浮かべて腕を組むキュルケと、そんな彼女を下から睨み上げるルイズに―――動く背景の様なアルビオンの艦隊。
 あまりにも奇怪で危機的な状況の中でも二人は決して動じず、両者ともに自分のペースで話し始めた。

397ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:13:04 ID:UgHbZZAM
「さてと…アンタには何処から話して良いのやら…でもまぁ、アンタにはとりあえず言っておきたい事があるの」
「ふふん!その言い方だと…何か面白そうな事を言ってくれそうじゃないの。良いわ、言ってみなさい」
「勿論言ってあげるわよ。アンタの言ゔ無謀な行為゙をするだけの理由をね」
 未だ余裕癪癪なキュルケに対し、ルイズは瞼を鋭く細めたまま話を続けていく。
 ギーシュやモンモランシーの目から見れば、それはいつも学院で目にしている二人の言い争いの場面を思い出させた。
 だがそんな彼らの意思に反して、ルイズはキュルケの微笑みを見てもかつて程怒ってはいなかった。

「じゃあ教えてもらおうじゃないの。この二人に何を吹き込まれて…命知らずな事をしようと思ったのかを」
「ちょっとアンタ。いい加減にしないと前の時みたいに蹴飛ばすわよ」
 あくまで彼女の使い魔と居候を敵視しているキュルケに、その使い魔である霊夢がいよいよ怒ろうとした直前、
 彼女を睨み上げていたルイズはふぅ…と一息ついてから……キュルケの言ゔ命知らずな行為゙をする理由を告げた。

「―――ムカつくのよ。ただ単純に」
「………はぁ?何ですって?」
「単純にムカつくって言ってるのよ。あの空の上でふんぞり返ってるレコン・キスタの連中がね」
 キュルケは予想していなかったであろうルイズの口から出た言葉に、思わず自分の耳とルイズの口を疑ってしまう。
 しかしそんな彼女に聞き間違いではないという事を教える為に、ルイズは目を鋭く細めてもう一度言った。
 細めた瞼の隙間から見える鳶色の瞳は気のせいか、キュルケの目には激しい怒りを湛えているかのように見えてしまう。
 そして彼女の言葉はキュルケの傍にいた霊夢や魔理沙にタバサ、そしてギーシュやモンモランシーの耳にも届いていた。

「む…ムカつくからってだけで、あの艦隊に戦いを挑もうとしてたの…?」
「ま、まぁ…怒りっぽいルイズらしいと言えば言えるけどね」
「怒りの気持ちで、人はどこまでも強くなれる」
 モンモランシーとギーシュは、どこかルイズらしいその理由に呆れつつも苦笑いし、
 相も変わらず無表情なタバサはポツリと、何処ぞの偉い人が言ったような格言みたいな言葉を呟いた。

 一方で、キュルケに敵視されていた霊夢と魔理沙もルイズの告白に反応を見せていた。
「…ここに来て、ようやっとぶちまけてきたわねぇ」
 先ほど露わにしていたキュルケへの怒りはどこへやら、霊夢はやれやれと言いたげに肩を竦めて見せた。
 しかし実際のところ、ここに至るまでやりたい放題やってきた連中を倒す目標としては一番お似合いである。
 本人は家族を助ける為だったりと、アンリエッタの為に戦おうと色々理由付けはしていたが本心では色々とムカついていたのだろう。
(まぁでも、私としてはそれを咎めるつもりはないし…ムカつくから戦り合うってのは至極単純で悪くはないわね)
 霊夢がそんな風にしてぶっちゃけたルイズを見ていると、後ろにいた魔理沙がニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「まぁ良いんじゃないか。そっちの理由の方が流石お前さんを召喚した人間らしいと思うぜ」
「それ、どういう意味よ?」
「いや、別に気が付かないならいいさ。心の中にそっとしまっておいてくれ」
 人を苛つかせる様な二ヤついた顔で意味深な事を呟いた魔理沙に、霊夢はキッと鋭い睨みをお見舞いする。
 しかしそんな睨みは普通の魔法使いには全く利かず、ニヤついた顔を反らしただけに終わった。

 そんな風にして五人が様々な反応を見せている間、ルイズとキュルケの話は続いていた。
「ヴァリエール、貴女…さっきのは本気で言っているのかしら?」
「本気に決まってるじゃないの。じゃなきゃアンタになんか自分の本音をぶちまけたりはしないわよ」
 ルイズの睨みに対し、その顔から微笑を消して真剣な表情を浮かばせるキュルケが彼女と口論を始めている。
 二人の間に漂い始めた近づきがたい気配は周囲に散り出し、周りの者たちは皆口が出せない様な雰囲気を作っていく。

398ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:15:03 ID:UgHbZZAM

 そんな事露も知らないキュルケは、ルイズの口にした『自分の本音』という言葉を聞いてフンッと鼻で笑いながら言った。
「へぇ…?じゃあ家族を助けるっていうのは単なる口実って事に……」
「誰も口実だなんて言ってないわよツェルプストー!私はねぇ、ちぃ姉様も助ける為にここへ来てるのよ!!」
 自分の言っている事をイマイチ理解できてないであろうキュルケに、ルイズは強く言い返す。
 突然大声で怒鳴ってきた彼女に思わず口をつぐんでしまうものの、すぐに気を取り直して喋り出した。
「……じゃあ何?アンタはここにいる家族の一人を助けて、ついでにムカつくアルビオン艦隊を倒しに来たって事なの?」
「バカだと思うでしょう?無理だと思うでしょう?残念だけと゛、私は大マジメなのよ。ツェルプストー」
 キッチリと自分の今の意思を伝え終えたルイズは、自分と見つめ合うキュルケの表情が変わっていくのをその目で見た。
 真剣な眼差しと真剣な表情が一瞬で変わり、目を丸くさせて信じられないと言いたげな怪訝なモノとなっていく。
 
「どう、分かったでしょう?私はレイムとマリサに誑かされてるワケじゃないって事を」
「……まぁね、大体分かったわ。けれどルイズ、貴女―――変わったわね?」
 両手を小さく横へ広げてハイ話は終わりと言いたげなルイズに、キュルケも肩を竦めながらポツリと呟いた。

 キュルケとしては、ただ『ムカつく』から圧倒的すぎる相手と戦おうとするルイズの事が信じられないでいた。
 かつてのルイズは名家であるヴァリエールの生まれでありながら、魔法の才能に恵まれず常にそのことで頭を抱えていた苦悩者。
 多少怒りっぽいところと高いプライドが珠に瑕であったが、それでも一人の貴族としては彼女ほど出来た者は二年生には指で数える程しかいない。
 魔法では勝てても乗馬の技術や運動神経ではあと一歩の差を空けられ、座学に関しては自分よりも一歩も二歩も先を歩いている。
 『土くれのフーケ』のゴーレムと戦った時の様な発作的な無茶をする時はあったが、基本的には体と頭が同時に動くのがルイズであった。
 例えるならば自分は頭よりも先に体が動き、タバサは体より先に頭が動く。しかしルイズは頭で考えつつ体も的確に動かしていく。
 もしも魔法の無い世界で生まれていたのならば、彼女…ルイズは天才と呼ばれる人間にまで成り上がっていたかもしれない。

 少なくとも自分のライバルとして彼女の右に出る者はいないだろう。キュルケは今までそう思っている。
 だからこそこれまでツェルプストーの者として彼女を馬鹿にしてきたものの、基本的には良きライバルとして彼女を見ていた。
 もしもルイズがまともな魔法が使えるようになった時、いつかは決闘を申し込んでみたいと望んでいる程度に…。

 しかし今目の前にいるルイズは、少なくとも自分が見知ってきていた彼女とは何処か別人のように見えていた。
 戦地に取り残された家族を助ける為に…というのならともかく、ただ単純に『ムカつく』からアルビオンの艦隊を戦おうとする無茶振り。
 だがそれを宣言してくれた彼女の怒りは驚くほど冷静であった。いつもなら火山が噴火するかの如く怒り散らすあのルイズが。

 無論性格は自分が知っているままだ。だけども、今の彼女ば何かに影響されている゙かのように自らの感情に従いつつ冷静に動いている。
 自分に悪口を言われて突っかかった時や、フーケのゴーレムに単身挑んだ時のような発作的な怒りではない。
 まるで我に必勝の策ありとでも言いたいかのような、そんな絶対的な『強気』を今のルイズから僅かに感じられるのだ。 
 ……では一体、何が彼女をここまで強気にさせているのか?キュルケは無性にそれが気になって仕方が無かった。
「ねぇルイズ、一つ聞いても良いかしら?」
「あによ。もうアンタに今話す事は話し終えたと思うけど?」
 一度気になれば聞かざるを得ない。そう思ったキュルケは喋り終えて一息ついていたルイズに再び話しかける。
 ルイズもルイズでまた話しかけてきたキュルケに軽くうんざりしつつも、彼女の質問に付き合う事にした。
 
「一つ聞くけど……貴女がそこまであの艦隊を倒すって言って聞かないのなら―――当然あるんでしょう?」
「……何がよ?」
「あのアルビオン艦隊を倒すことのできる、俗に゙必勝の策゙ってヤツ」
 ほんの少しもったいぶってからルイズにそう告げたキュルケの顔には、笑みが戻っていた。
 それはルイズを小馬鹿にする類のものではなく、いつか話のタネになりそうな面白そうな事を見つけた時の笑顔。
 ヒマを持て余していた荒くれ者が、美しい女を見つけた時の様な無邪気と邪悪が入り混じったようなそんなニヤついた表情である。

399ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:17:14 ID:UgHbZZAM
「さてと、そろそろ時間も無いようですし答えを聞かせて貰おうかしら?」
 更に悩んでいる所へ追い打ちをかけるようにして返答を促してくるキュルケ。
 もはや悩んでいる暇はない。断崖絶壁から飛び降りるような気持ちで、モンモランシーは目を瞑って叫んだ。
「良いわよ!やってやろうじゃないの!?どうせ乗り掛かった船よ、最後まで突きあってあげるわよォッ!」
 もはやヤケクソとしか言いようの無いモンモランシーの意思表示に彼氏のギーシュはたじろぎ、キュルケは「最高ね!」とコロコロ笑った。
 それを離れた所から見ていたタバサはホッと小さなため息をついて、後ろで休んでいたシルフィードに目配せをする。
 ―――準備しておいて。主からのサインと判断した幼き風竜は「キュイ」と短く鳴いて、コクリと頷いて見せた。

 ひとしきり笑った所で、キュルケは自分の後ろで様子を見ていたルイズ達三人の方へと振り返った。
「さてと、これで全員参加だけど、アンタの言う作戦が少人数で事足りるって事あるワケないわよね」
「…キュルケ。何で今更になって手助けしてくれるのかしら?」
「何で…って?そりゃ貴女アレよ、私の性格と家名を知ってれば自ずと答えが出てくるってヤツよ」
 キュルケからの確認を質問で返してきたルイズに、キュルケは考える素振りも見せずにそう答えた。
 しかしそれでもイマイチ分からなかったのか、不思議そうに小首を傾げるルイズを見て彼女は説明していく。

「私はツェルプストー。常にヴァリエール家のライバルとして、その隣で生きてきた。
 領地も隣り、そして所有する農場や牧場も隣で保有している兵力の数で争っているそんな仲。
 ヴァリエールの事なら何でも知っているし、知らない事があってはならない。戦じゃあ情報も大切だしね。
 だから私も知らなきゃいけないのよ。そこの紅白ちゃんを召喚して以来、変わってしまった貴女の事を…ね?」
 
 さいごの「ね?」の所で軽くウインクして見せたキュルケを見て、ルイズは感動と軽い怯えを感じていた。
「そ、それってつまり…アレよね?俗にいうストー…」
「はいはい、これ以上話してる時間は無いでしょうに。とっとと始めちゃいましょう」
 あと少しでキュルケを怒らせそうになった言葉を言いかけたルイズを遮りつつ、彼女の後ろにいた霊夢が大声を上げる、
 霊夢としては空気を読んで止めたワケではなかったものの、彼女が言うように残された時間は少ない。
 頭上を見上げてみれば、もうすぐあの『レキシントン』号が頭上を通過してくるほどまでに近づいてきている。

「おぉ〜おぉ〜、コイツはでかいな!こんなに大きいのなら、潰し甲斐があるってモンだぜ」
「言うのは簡単だけどさ…、いざこうして間近で見てみると中々迫力があるわね」
 近づいてくる巨大戦艦を暢気に見上げる魔理沙と、場違いな発言をする霊夢の二人は既に戦闘態勢を整えていた。
 魔理沙はいつでも箒に乗って飛べるように身構えており、霊夢も万全とはいえないもののある程度体力を取り戻している。
『レイム、分かってるとは思うが『ガンダールヴ』の能力を使うのは流石に無理そうだけど…いけるか?』
「私を誰だと思ってるのよ。地上では散々剣を振るったけど…次は私の十八番で戦うから問題ないわ」
 デルフの言うように『ガンダールヴ』能力は使えないが、恐らく次の戦い舞台はあの戦艦の周囲――つまりは空中。
 地上からでも既に随伴している竜騎士の姿が見えており、艦隊の間を縫うようにして飛び回っている。


「大物に程よい小物…こりゃ間違いなハードだが、楽しいステージになりそうだな」
「とりあえず、あの竜に乗ってるのは人間だろうし…何だか面倒な事になりそうね」
 二人して、向こうから迫りくる戦いに気合を入れていざ飛び立とうとした―――その時であった。

400ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:20:44 ID:UgHbZZAM
「ちょっと待ちなさい二人とも。悪いけど、突撃はちょっと待ってくれないかしら」
「えッ?」
 いざ地面を蹴ろうとしたその時になって、こちらに背中を向けていたルイズが制止したのである。
 突然の事に霊夢は思わず体の動きを止めて、何やら鞄を漁っているルイズの方へと視線を向けた。
 魔理沙の方は既に箒で宙を浮いていたものの足が地に付くギリギリの高度を保ちながら、止めてきたルイズへと声を掛ける。
「お?何だ何だ?どうしたんだよルイズ。私達でアレを相手にするんじゃな無かったのか?」
「まぁ確かに、最初の作戦の時はストレートにそれで行くつもりだったけど…ちょっと試してみたい事ができたのよ」
 急にそんな事を言ってきた彼女に霊夢と魔理沙はおろか、キュルケ達も思わず不思議そうな表情を浮かべてしまう。
 ついで霊夢たちがやろうとした事をルイズがサラッと認めた事に、思わずギーシュとモンモランシーはその顔が青くなった。

「何だろうね?ルイズの言う「試してみたい事」って」
「さぁ、分かるワケないでしょうに。―――まぁ、正面突破よりかはマシだと祈りたいけどね」
 純粋に不思議がっているギーシュとは対照的に、どこか投げ槍的なモンモランシーは先ほど飛び上がろうとした霊夢達を思い出して身震いした。
 いくらなんでもあの二人が異様に強い力を持っているとしても、無数の竜騎士とアルビオン艦隊へ突っ込む事なんて考えてもいなかったのだ。
 例えるならば、ちょっと戦える程度の強いメイジが「今ならだれでも倒せる筈!」と叫んで、エルフたちのいるサハラへ突っ込むようなものである。
 そんな恐ろしい例えが頭の中へ浮かんだ時に、丁度突っ込もうとした二人の内黒白の方が話しかけてきた。
「お、どうしたんだよそんなに身震いさせて?風邪でもひいたのか」
「別に風邪とかひいてないわ。むしろ平気な顔して突っ込もうとしたアンタたちの方が、何かの病気なんじゃないの?」
「生憎だが、私は健康的な魔法使い生活をしてるから。そういう心配は御無用だぜ」
 ――――そういうことじゃ無いっての!心の中で叫びつつも、モンモランシーは勘違いしている魔理沙をキッと睨む。
 そして、ルイズの言う「試したい事」が自分たちにとって安全なものでありますようにとひたすら願っていた。

 その一方で、霊夢はゴソゴソと鞄を漁っているルイズにキュルケと一緒になって問い詰めていた。
「で、どういう事なのよ?『試してみたい事』って…私はそんなの聞いてないんだけど?」
「まぁ確かに、アンタには話してないわね。…けれどまぁ、何て話して良いのやら…」
 いざ参る!というところで止められた霊夢はやる気を削がれてしまったのか、気怠そうな表情をルイズを睨んでいる。
 一方のルイズも、その『試したい事』をどういう風に説明すればいいのか悩んでいた。
「ふ〜ん…ってことはつまり、貴女が言った「試したい事」って即ぢさっき言ってたら゙出来たてホヤホヤの作戦゙の事ね?」
「はぁ?何よソレ。折角好き放題やってた連中の鼻頭を叩き折ろうって時に、わざわざ水を差すだなんて…どういう了見よ」
「伝達ミスによる指揮系統の混乱」
 そんな二人の間に割って入るようにしてキュルケがおり、彼女の隣にはようやっとこっちへ来たタバサもいる。
 二人は霊夢と魔理沙は知らず、ルイズだけが知っているその「試したい事」が…彼女が先ほど言っていだ出来たてほやほやの作戦゙なのではと察していた。
「まぁそう怒るもんじゃないわよ紅白ちゃん?で、ルイズ…貴女の言う「試したい事」で、私達はなにをすれば良いのかしら?」
 一方のキュルケは内心突撃を敢行しようとした好敵手が一歩手前で止まってくれたことに、内心ホッと一息ついている。
 いくら今のルイズが恐ろしいくらい勝ち気だからといって、敵のど真ん中へ突っ込むなんて命がいくつあっても足りないだろうからだ。
 だから突撃をやめた事に関して特に何も言うことなく、ルイズがこれからしようとしている事を笑顔で見守っている。
 何をするかによっては自分も手伝うという意気込みを交えながら、鞄を漁り続ける彼女に話しかけたのである。

401ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:22:13 ID:UgHbZZAM
 だが、話しかけてきたキュルケに対してルイズが返した言葉は予想外のモノであった。
「いや、多分これは…ワタシ一人で出来ると思うから、周囲に敵が来ないかだけ見てくれれば良いわ」
 鞄を漁っていた手を止め、中に入れていたであろう道具を一つずつ両手で取り出したルイズからの返答に、キュルケ達は驚いた。
 無理もないだろう。彼女が言った事を解釈すれば――あの魔法が使えない『ゼロ』ルイズが、一人でアルビオン艦隊を止めて見せる。という事なのである。
 まだ霊夢や魔理沙…それに協力を申し出たキュルケやタバサ達の力を借りれば、一桁であっても勝率と言うものはあるかもしれない。
 だが彼女はそれを自らの手で大丈夫といって跳ね除けた。一桁だった勝率を限りなくゼロにまで下げる行為を、いとも容易く行ったのである。

「ちょ…ちょっと、馬鹿言いなさいなルイズ!いくら何でも、貴女一人だけじゃあ…」
「そうよルイズ!いくら失敗魔法が爆発だからって、空の上にいる戦艦を撃ち落とそうとか考えてるんじゃないでしょうね!?」
 すかさずキュルケとモンモランシーが、とち狂った(ようにしか見えない)ルイズを再び説得し始めた。
 その二人に背中を向けているルイズは「…うん」や「そうだけど…」と先程の威勢の良さはどこへやら、歯切れの悪い相槌を打っている。
 しかし…そんな相槌を繰り返す裏で、彼女は右手で鞄から取り出していた指輪を左手の薬指にゆっくりと嵌めていく。
 指輪に台座に嵌った宝石は、まるで澄んだ海の水をそのまま固めたような青く神秘的な輝きを放っている。
「モンモランシーの言うとおりだよルイズ。『レキシントン』号クラスの戦艦じゃあ…ちょっとやそっとの爆発じゃ大したダメージにはならないぞ!」
「………?」
 自分のガールフレンドに同調するかのようなギーシュの隣にいたタバサは、この時ルイズが指にはめた指輪の事に気が付いた。
 そして、彼女の左腕には…同じく鞄へ入れていたであろう古ぼけた一冊の本が抱えられている事にも。
 まるでお化け屋敷の中で拾って来たかのような、誰からも忘れ去られて朽ちていくしかない現れな運命に晒された一冊。
 そんな本をまるで腹を痛めて産んだ我が子の様に腕で抱えているルイズの姿は、タバサの目には何処か奇妙に映っていた。

 そして…素っ頓狂な事を口にしたルイズに、当然の如く霊夢と魔理沙の二人も反応していた。
 何せ、正々堂々と突っ込もうとした矢先に急に止めに入られたかと思いきや――今度は自分一人で倒してみるという始末。
 別にこの二人でなくとも、気が狂ったとしか思えないルイズにちょっと待てと言いたくなるのも無理はないだろう。
「ちょっとアンタ、馬鹿にしてはいないけどさぁ、…何処かで頭でも打ってるんじゃないの?」
「それを言うなら、毎度毎度トチ狂ったような弾幕をヒョイヒョイと避けてるお前さんのも相当なモンだぜ?」
『このバカッ!今はそんな事いってる場合じゃねぇだろ。…にしても一体どうしたってんだ娘っ子、急にあんな事言うなんてよぉ?』
 霊夢と魔理沙だけではなく、デルフからも問い詰められてから、ルイズはようやっとその顔皆の方へと向ける。
 目前に迫りつつあるアルビオン艦隊を倒せると豪語し、今度はソレを他人ではなく自分の力だけで倒して見せるという狂言を放ったルイズ。
 ついさっきまで、皆に背中を向けて何かをしていた彼女の顔には――――二つの表情が入り混じっていた。
 まるで十六歳まで平和に生きていた少女が、ある日天からの導きで始祖の生まれ変わりだと告げられたかのような…信じられないという驚愕。 
 そして自らの始祖の力を用いて、これから多くの人たちをその力で導かなくてはいけないという――否応なしに受け入れるしかない決意。
 
 二つの表情が入り混じり、どこか泣き笑いか苦笑いとも取れる表情を見せるルイズは霊夢達に向かって口を開いた。
「レイム―――信じてくれないだろうけどさぁ?……あの吸血鬼の言葉、本当に当たってたみたい」
 そう言ってルイズは、左腕に抱えていたボロボロの本―――『始祖の祈祷書』を右手に持ち、左手でページをゆっくりとひらいていく。
 青い宝石の指輪―――『水のルビー』を嵌めた左手で、触れただけで壊れてしまいそうなその本のページをひらいた直後―――
 
 まるでこの時を待っていたかのように…『水のルビー』と『始祖の祈祷書』が眩く光り出したのである。

402ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:24:03 ID:UgHbZZAM
「何、ワルド子爵が戻ってこんだと…?」
 空いた手持ちのグラスに、秘蔵のワインを注いだばかりのジョンストンは伝令が伝えに来た情報に首を傾げた。
 先程帰還した偵察の竜騎士隊から伝令を承った水兵は、お飾りの司令長官の言葉に「ハッ!」と声を上げて報告を続ける。
「偵察隊の一員として加わったワルド子爵は、他の者たちが気づいた時には姿を消していたとのことです!」
「んぅ…、一体どういう事だ?誰も子爵が消えた所を見ていないというのか」
「それに関しては、子爵は竜の調子が悪いと言って最後列を飛んでいた為に確認が遅れたとのこと!」
「成程、……まぁ良い。子爵も祖国への情が湧いたのだろう、放っておきなさい……ンッ」
 一水兵として、模範的な敬礼を崩さぬまま報告する若き水兵とは対照的なジョンストンはそう言って、グラスに注いだワインを飲み始めた。
 既に酔っているのか彼の頬はほんのりと赤く染まっており、水兵の鼻は彼の体から仄かなアルコールの臭いを嗅ぎ取っている。
 
 グラスに並々注いでいたワインの半分を一気に飲み込んだジョンストンは、そこでグラスを口から離した。
 「プハァッ…!」と場末の酒場で仕事の後のワインを煽る労働者の様な酒臭い息を吐いて、伝令に話しかける。
「この状況、もはや子爵一人裏切っただけでは戦況など覆らん!我々を止めるモノなど一人もおらんからな!」
「りょ…了解しました!伝令は以上です!」 
 半ば酔っぱらっているジョンストンに怯みながらも、伝令は最敬礼した後自分の持ち場へと戻っていく。
 まだまだ入って間もない若者の背中を見ながら、赤ら顔の司令長官はブツブツと独り言を呟きながら残ったワインをちびちびと飲み始めた。

「全く、これだから外国人は…何を考えているかわからんわい…まぁよい、これでワシは…閣下に英雄として称えられて…フフフ…」
  既に酔いの段階が爽快期に突入しているジョンストンの姿は、『レキシントン』号の甲板の上では異様な存在に見える。
 事実周りでキビキビと動きまわる水兵や下士官、士官や出撃直前の竜騎士たちは彼を奇異な目で見つめていた。
 そんな中でただ一人、『レキシントン』号の艦長でボーウッドはお飾りの司令長官に背を向けてただひたすらに夜空を見ている。
 彼の思考は既にこの艦隊の進む先にいるであろう敵――ゴンドアで籠城するトリステイン軍とどう戦うか、その方法を練っている最中であった。
「…その報告は確かか?」
「はい、偵察から帰ってきた竜騎士の話によれば間違いなく王軍の増援が来ているとの事です」
 ジョンストンへ報告した者とは別の水兵が、ジッと夜空を見つめているボーウッドに淡々と報告していく。
 ワルド子爵がいなくなった後も偵察隊は任務を続行し、見事その務めを果たしていた。
「ふぅむ…、街で縮こまっているというトリステイン艦隊が死にもの狂い攻撃してくれば、こちらも無傷で勝てるという戦いではないな…」
 果たしてこの艦を含めて、何隻生き残るか…。心の中で呟きながら、彼はようやく背後で酔っている司令長官の方へと視線を向けた。

 トリステイン艦隊がゴンドアで縮こまり、キメラにより止むを得ず撤退した地上軍からの攻撃も無い故に順調な進軍。
 最初の交戦で何隻か失ったものの、未だ神聖アルビオン共和国の艦隊が今この周辺にいる戦力の中で最も強い事は変わっておらず、
 有頂天になったジョンスントンは先ほどの進軍開始の合図として打ち上げた花火で更にテンションを上げてしまい、とうとうワインを飲み始めたのである。
 最初こそそれを諌める者はいたが、あろうことか彼は杖を抜いて「司令長官のささやかな一杯に口出しする気か!」と逆上したのだ。
 こうなっては誰も止める者はおらずボーウッドも、そのまま酔っていてくれれば作戦に口出ししてくる事はないと放置している。

(まぁ最も、トリステイン軍との交戦が開始したら…酔いなど吹っ飛んでしまうだろうけどな)
 精々今の内に喜んでいるといい。軽蔑の眼差しを司令長官殿に向けながら、ボーウッドが心の中で呟いた直後―――
 『レキシントン』号の見張り台から、地上の様子を見張っていた水兵が双眼鏡を片手に大声を上げた。

「タルブ村の高台にて、謎の発光を確認!繰り返す、謎の発光を確認!」

403ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:26:04 ID:UgHbZZAM
 ルイズの指に嵌められた『水のルビー』と、古ぼけた『始祖の祈祷書』。
 彼女が鞄の中にこっそりしまっていたとのステイン王家の秘宝が、まるで地平線から顔を出す太陽の様に眩い輝きを放っている。
 あまりにも激しいその輝きは、当然の様に周囲にいる者たちの目を容赦なく眩ませていく。
「ちょ…!?ちょっと、ちょっと!今度は何?何が起きてるのよ!?」
 突如、ルイズの手元から迸った激しい光にモンモランシーは手で目を隠しながら悲鳴を上げた。
 しかし彼女の疑問に答える者は誰もいない。いや、正確に言えば皆が皆それに答える程の余裕が無かったと言えばいいか。
 ギーシュとキュルケも彼女と同じように突然の光に目が眩み、あのタバサさえも目を瞑って顔を光から反らしている。
 シルフィードは器用に前足で顔を隠して、きゅいきゅいきゅい〜!?と素っ頓狂な鳴き声で喚いていた。
 
「うぉっ!眩しッ…っていうか、何だこりゃッ!?」
「くっ…ルイズ、アンタ…!」
 そして霊夢と魔理沙の二人もまたルイズが手にした二つの秘宝から発する光に目をつむるほかなかった。
 だが、それでも光は防ぎきれず魔理沙は両腕で目を隠したうえで更に顔まで反らしている。
 霊夢もこの黒白に倣って同じような事をしたかったが、それを敢えて我慢して彼女はルイズの様子を見守っていた。
 それは彼女が先ほど…『始祖の祈祷書』と呼ばれていたあのボロボロの本を開く前に呟いた言葉が気になったからである。 

 ――――……あの吸血鬼の言葉、本当に当たってたみたい
 
(あの吸血鬼…もしかして、レミリアの事?)
 久々に聞いた様な気がする紅魔館の幼き主人の名前が、ルイズの口から出たのには少し驚いてしまった。
 そして思い出す。かつて彼女と共に一度幻想郷へと帰ってきた際の集会で、あの吸血鬼――レミリア・スカーレットが言っていた事を。

 ――霊夢の左手には貴方達の種族が『伝説』と呼んで崇める存在が使役した使い魔のルーンが刻まれているんでしょう?
     という事は、貴女にはそいつと同等の力をもっているという事じゃないかしら。貴女がそれを自覚していないだけで

 かつてこの地に降臨し、この世界を作り上げた始祖ブリミル。その始祖が使役した四つの使い魔の内『神の左手』ガンダールヴ。
 そのルーンは今や霊夢の左手の甲に刻まれ、かつては千の敵を屠ったという力でワルドとも互角に渡り合えた力。
 そして…そのルーンを持つ霊夢――ーひいては使い魔を使役するルイズは、つまり―――――…。
 レミリアの言葉を思い出して、思考の波へ埋もれかけた霊夢はハッとした表情を浮かべると首を横に振る。
(でも…ルイズの事と今の光には何の関係が――――…ん?)
 霊夢が心の中で呟いていた最中、それまで周囲を乱暴に照らしていた光がスゥ…と小さくなり始めた。
 まるで東から昇ってくる太陽が、ゆっくと西の空へと沈んでいくかのように光はゆっくりとその激しさを失っていく。 
 そして一分と経たぬうちにあんなに激しく迸っていた乱暴な光は姿をひそめ、それに気づいたキュルケ達がようやっと目を空けられるようになった。

「な、何だったのよ今のはぁ〜…?」
「さ、さぁ…。けれど、ルイズが手に持っている本から光が出てきた様に僕には見えたが…」
 もうウンザリだと顔で叫んでいるモンモランシーが落ち込んだ声で放った質問に、未だ困惑から抜け出せないギーシュが曖昧に答える。
 彼の言ゔ光の源゙であろう『始祖の祈祷書』は今や、ルイズの顔を寂しく照らす程度の光しか放っていない。
 それでも、ページが光っているだけでもボロボロの本は今やその見た目以上の価値を持っている事は明らかであろう。

404ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:28:04 ID:UgHbZZAM
「ちょっとちょっと…!ヴァリエール、今の光は何なのよ?…っていうか、その光ってる本は一体…」
「う〜ん…ちょっと待って頂戴キュルケ。…こればっかりは、私もどう説明したら良いか…――――ん?」
 光が収まった事でようやく目をつむるのをやめたキュルケが、真っ先にルイズへ質問する。
 しかし、光を発した二つの道具をカバンから取り出したルイズもいまいち把握してない様な事を言おうとしたとき、その表情が変わった。
 眩い光を放った二つの秘宝の内の一つ―――『始祖の祈祷書』の開いたページ光に目がいったのである。
 否、正確に言えば何も書かれていなかったページに現れていた『発光する文字』に。
「何…?これ?」
 本来なら結婚するアンリエッタ王女とゲルマニアの皇帝へ送る詔を清書するために用意された白紙のページ。
 ゴワゴワで少しページの端を引っ張っても破れてしまいそうな紙の上に、光文字がいつの間にか綴られていたのである。
 しかも光っている事を抜きにその文字は、普段ルイズたちが目にするどの文字とも似て非なるものであった。
 
 ルイズの怪訝な言葉に気付いたのか、ルイズが左手に持っている『始祖の祈祷書』のページを横から見た。
「ん…?ちょっと待って!…これってもしかして……文字が光ってるの?」
 一番近くにいたキュルケが声を上げると、モンモランシーや霊夢達も何だ何だと周囲に集まってきた。
「えぇ、ちょ…何よ?このボロボロの本はマジックアイテムか何かっていうの?っていうか、何で光ってるの?」
「いや、だから僕に聞かれても答えようが…」
 モンモランシーの目から見て使い方も分からないそのボロボロの本が見せた意外な一面に驚き、
 彼女に次々と疑問を吹っかけられているギーシュは首を横に振りながら、ただただ呆然とした表情で祈祷書を見つめている。
「おっ?ルイズ、これってお前が中々出来なかったて言ってた詔か?中々良さそうじゃないか。全然読めないがな」
「違うわよこの黒白!」
「今は魔理沙の事なんか放っておきなさい。で、ルイズ…これって一体どういう事なのよ?急にあのボロボロな本がこんな事になるなんて」
 魔理沙は魔理沙で何かを勘違いしているのか、的外れな感想でルイズを怒らせていた。
 そんな二人の間に割り込む形で霊夢がルイズの前に出て、彼女に何が起こったのかを聞こうとする。
 ルイズは一瞬言葉を詰まらせるものの、やがて決心がついたのかフゥッと一息ついてから淡々と話し始めた。

「レイム…それがちょっと、私にも良く分からないのよ。…さっき気絶している時に変な夢で誰かが『指輪を嵌めて、祈祷書を開け』って…」
「気絶しているときに見た夢?あぁ、ワルドに攫われた後の事ね」
「何、何々?何か面白そうな話が聞けそうな気がするんだけど?」
 ルイズの言う事に心当たりのあった霊夢がその時の事を思い出し、キュルケのレーダーが二人の話に気を取られた時…
 霊夢の少しだけ蚊帳の外にいたタバサがルイズの持つ『始祖の祈祷書』のページへと目を向けると、ポツリと呟いた。


「これ…もしかして古代のルーン文字…?」
 タバサの言葉に祈祷書を持っていたルイズは再びページへと目をやり、コクリと頷いた。
 彼女の言うとおり、ページの上で光る見慣れぬ文字は全て古代の人々が文字として使っていたルーン文字である。
「確かにそうだわ…これって大昔…つまり私達のご先祖様が使ってたっていう文字だわ」
「古代ルーン文字って…ちょっとちょっと、何で貴女がそんなスゴイモノを持ってるのよ?」
「おいおい何だ。詔かと思ったら、これまた随分とスゴイものが書かれていたじゃないか!」
 マジック・アイテムの蒐集が趣味である魔理沙はここぞとばかりに目を輝かせている。
 何せ魔導書にもなりそうにないボロボロの本が一変して、古代の貴重な文明の一端を記しているマジックアイテムへと早変わりしたのだから。

405ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:30:03 ID:UgHbZZAM
 黒白が喜んでいる一方でルイズはゆっくりと、人差し指で文字を追いながらゆっくりと読み始めた。
 幸いにも古代史の授業をしっかりと真面目に受けていた事と、祈祷書に書かれている文字の状態が良かったからなのだろう。 
「『…序文。これより我が知りし真理をこの書に記す。』…」
 その一文と共に、ルイズは自らの世界にのめり込んでいく幼子の様に祈祷書の文字を読んでいく。
 背中で見守る知り合いたちを余所に、…そして唯の一人険しい表情で自分の背中を見つめている霊夢の事など露知らずに…。

 ―――この世のすべての物質は、小さな粒より為る。
 ――――四の系統はその小さな粒に干渉し、かつ影響を与え、変化せしめる呪文なり。
 ―――――その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。

「つ、つまりどういう事なんだい…?」
「私達がいつも使ってる魔法は、この世界にある小さな粒を刺激して行使できてるって事を書いてるのよ?」
 分かりなさいスカポンタン。イマイチ分かっていないギーシュに、マジメに聞いているモンモランシーが文句と共に補足する。
 そんな二人をよそに、ルイズははやる気持ちを何とか抑えて次のページを捲っていく。
「っていうか、何でこんなボロボロの本なんかにそんな御大層なことが書かれてるのよ?」
「それは、すぐに分かると思う」
 キュルケが最もな疑問を口にし、タバサはそれに短く答えつつもルイズの横に立って文字を目で追っていた。
 一方のルイズはまるで耳が聞こえなくなったかのように周囲の喧騒に惑わされる事無く、祈祷書の内容を読んでいる。

 ―――神は我に更なる力を与えてくれた。
 ――――四の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒より為る。
 ―――――神が我に与えし系統は、四の何れにも属せず。
 ――――――我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。

「……゙我が系統゙?つまりコレを書き残したヤツってのは四系統の魔法よりも更に上位の魔法使…メイジだったって事か」
 ルイズが読む『始祖の祈祷書』を聞いていくうちに、最初はおちゃらけていた魔理沙も真剣な表情へと変わっている。
 本の状態から考えてこの著者が存命していたのは大昔―――それも、人間なら気の遠くなる程の。
 そんな大昔にこの分を後世の者達へ遺して死んでいった者は、なんの意図を込めているのだろうか?
 魔理沙の頭の中に浮かんだ知的好奇心はしかし、祈祷書を読むルイズによって解決されてしまう。

 ―――――四にあらざれば零。
 ――――――零すなわちこれ『虚無』。
 ―――――――我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。

 ルイズの口からその一節が言葉として出てきた瞬間、四人のメイジは一斉の目を丸くした。
 まるでジグソーパズルのピースのように、前の一節と合致するその文章。
 平民すら知っているこの世界でメイジが仕える四つの系統魔法に属さぬ、もう一つの魔法。
 その実態は果てしなく遠い過去へ取り残され、今や誰もその正体すら知らぬ謎のベールに包まれている『五つ目の系統』。
 かつてこの地に降臨した始祖ブリミルしか使いこなせ無かったと言われ、神の力とも呼ばれた『虚無』

406ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:32:04 ID:UgHbZZAM


「ねぇギーシュ?今、虚無の系統ってルイズ言ったわよね?」
「あ、あぁ…僕も聞いたよ間違いない」
 目を丸くしたモンモランシーは、同じような目をしたギーシュに自分の聞き間違いでないかどうかを確認している。
 タバサは無言であったもののその口はほんの少し開かれ、丸くなった目と合わせてどこか間抜けな表情を浮かべていた。
 そしてキュルケは、突然光る文字が現れ、伝説の系統が書かれていたそのボロボロの本と、それを持っていたルイズを交互に見比べている。

 先程まで成長したなと感心し、手で触れるもののほんのちょびっとだけ離れた彼女が、一気に手の届かぬところへ行ってしまったかの様な喪失感。
 今、光文字で覆い尽くされた古びた羊皮紙の本へと視線を向ける彼女の背中は、まるでルイズとは思えぬ程別人に見えてしまう。
 ルイズのライバルであり、常に彼女の隣りに付き纏う筈だった自分は、とっくの昔に置いて行かれてしまっていたのだろうか?
「ルイズ、貴女は一体…」 
 キュルケが何かを言おうとする前に、ルイズは更にページを捲って新しい文を読み始める。
 まるでそれが今の自分がするべき使命だと感じているかのように、キュルケの声は届いていない。
 ただ、己の鼓動だけがやたらと大きく聞こえた。 

―――これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり。
――――またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱う者はこころせよ。
―――――志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
――――――『虚無』は強力なり、また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。
―――――――詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。

―――したがって我はこの書の読み手を選ぶ
――――たとえ資格なき者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。
―――――選ばれし読み手は『四の系統の指輪』を嵌めよ。さればこの書は開かれん。


 そこまで読んだところで、ルイズは深呼吸をした。
 まるで戴冠式に臨む王位継承者のように、自分を待ち受けているだろう運命を想像したときのように…。
 そして自分の言葉一つで国の生き死にを左右する程の力を得る事の覚悟を、受け入れるかのように――――
 深く、そして長い深呼吸の末にルイズは序文の最後に書かれた者の名を、ゆっくりと告げた。

「―――――――ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・・ヴェー・バルトリ…」

 ルイズとシルフィードを除く、その場の誰もが驚愕を露わにした。
 モンモランシーとギーシュは言葉も出せないのか、互いに見開いた目を合わせながら硬直している。
 無理もないだろう。何せこれまで歩んできた人生の中で最も刺激的な体験を既に幾つもこなしているうえで、更に超弩級的な話まで聞いてしまったのだ。
 限界まで回っていた頭の中の歯車がとうとう煙を上げてしまい、ただただ驚くことしかできない状態なのである。
「マジかよ…?ルイズのヤツ、確かに他の連中とは違う魔法を使うとは思ってたが、正に『みにくいアヒルの子』ってやつだな…」
「…………」
 一方で、以前にルイズの゙失敗魔法゙を間近で見ていた魔理沙は思わぬ事実を聞いて目を丸くしていた。
 そして子供の頃に聞いた外の世界の童話を思い出し、話の主役であるみにくいアヒルの子―――もとい白鳥と今のルイズの姿を重ね合わせていた。
(成程ね…、レミリアや紫の言っていた通りだった…という事ね)
 霊夢は霊夢で、怪訝な表情を浮かべつつもルイズが『始祖の祈祷書』を開く前に言っていた言葉に納得していた。

407ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:34:02 ID:UgHbZZAM
「る、ルイズッ!ちょっと、これは一体どういう事なのよ……ッ!?」
 驚愕と同時にルイズの肩を掴んだキュルケは、余裕を取り繕う暇も無く彼女に問い詰めようとする。
 しかしルイズは口を開くことはせず、自分の肩を掴むキュルケの手を優しく取り払うとスッと軽い動作でその腰を上げた。

 この時、タバサは気が付いた。ルイズがあらかじめ指に嵌めていた指輪の正体を。 
 最初にそれを目にした時は似たようなアクセサリーの類かと思ってはいたが、あの文章を聞けば誰もが彼女と同じ答えに達するであろう。
 青く光る宝石の指輪。それはトリステイン王家に古くから伝わる『四系統の指輪』の一つ、『水』のルビー…だと。
 唯一の疑問は、何故名家と言えどもまだまだ子供でしかない彼女がそれを持っているのかという事だが、それは本人に聞かねば分からない。

「ルイズ、それはもしかして――――…゙『水』のルビー゙なの?」
「タバサ…!」
 もう一人の親友が口にしたその言葉にキュルケは思わず大きな声を上げてしまう。
 彼女は認めたくなかったのだろう。本に書かれていた内容を思い出し、これからルイズに降り掛かるであろう運命を。

 したがって我はこの書の読み手を選ぶ
 たとえ資格なき者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。
 選ばれし読み手は『四の系統の指輪』を嵌めよ。さればこの書は開かれん。

 彼女が指に嵌めている、本と同じく青色に輝く宝石が台座に嵌った指輪。そしてその通りに開かれた本。
 そしてそれを開き、読みし者がこれから受け入れるしかないであろう運命が、決して楽ではないという事。
 だからキュルケは不安だった。いつも自分の事だけで精一杯で、それでも必死に背伸びして頑張ってきたルイズの゙これから゙が。

 しかしそんなキュルケの大声も空しく、立ち上がったルイズは二人の方へと顔を向けると、
「―――ごめん、二人とも。詳しい話は私達の頭上にあるアイツらを片付けてからにして頂戴」
 二人に向かってそう言ったルイズは、右手に持った杖を頭上のアイツラ―――もといアルビオン艦隊へと向ける。
 この十六年、苦楽を共にし、異世界へも一緒に行った古い友人の様な杖をルイズはしっかりと握り、魔力を込めていく。
 何度呪文を唱えようとも失敗し、その度に大きな爆発を起こしつつも決してその爆発で折れる事は無かった。
 そして今は、今までそうしてきた様に魔力を込めているが…これから唱えていくであろう呪文は初めて詠唱するもの。
 今まで見てきた呪文の中で、恐らく最も長いであろうその魔法が何を起こすのかまでは良く知らない。
 けれども…唱え終わり、杖を振った後に起こり得るべき事象はルイズには予測できた。
 何故ならば、左手に持った『始祖の祈祷書』にはその魔法の呪文の横に名が記されていたのだから。
 その名前を見た時、彼女は確信した。今まで自分が爆発させてきたのは、決して失敗では無かったという事を。 
 
 ただ、やり方が分からなかっただけなのだ。
 魔法の才能があると見出された子供が、いきなりスクウェアスペルの魔法にチャレンジするかのように。

 ―――――以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
 ――――――初歩中の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』

(私の魔法は失敗じゃなかった…!ちゃんと唱えるべき呪文があったんだ!)
 ルイズは胸の内で歓喜の叫び声を上げると、ついではやる気持ちを抑えようと軽い深呼吸をする。
 『始祖の祈祷書』に書かれていた事が確かならば、指輪を嵌めて祈祷書の内容を読むことのできた自分は、まさに『虚無』の担い手ではないのか?
 幻想郷で出会った吸血鬼のレミリア・スカーレットが言うとおりに、自分の本当の力はこれまで目覚めていなかったのかもしれない。
 あの世界では一際強力な力を宿した人間の霊夢を召喚し、あまつさえ彼女は伝説の使い魔『ガンダールヴ』となっている。

408ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:36:06 ID:UgHbZZAM
 そして、ワルドに眠らされた時に見たあの変な夢。
 あの時、夢の中で自分に話しかけてきた男の人は確かに言っていた。『水』のルビーを嵌めて、『始祖の祈祷書』を開け、と。
 見ていた時にはハッキリと聞こえなかったあの言葉が、今になって鮮明に思い出せる。
 確かに、鞄の中にはお守りの代わりにアンリエッタから貰った『水』のルビーと『始祖の祈祷書』を入れていた。
 その事を何故、あの夢の中にいた男の人は知っていて、それを身につけページを開けと伝えてきた理由までは知らない。
 所詮は夢の中…と言えばそれで良いのだろうが、ルイズにはあの男の人が『単なる夢の中の存在』だとは思えなかった。
 今にして思い出してみると、耳に入ってくるあの人の声色やしっかりとした靴音は、夢とは思えないくらいに生々しかったのである。
 まるでワルドの魔法で気を失った自分の意識だけが、どこか別の空間に移っていたかのような…。
 そして夢から覚める前に、彼はこんな事を言っていた。
 
 ――――君ならば…―――制御でき―――る…。
 ――――使い道を、間違え…――――あれは、多くの…人を――――無差別に…―――――――殺…せる

 君ならば制御できる。そして、多くの人を無差別に殺せる…と。
 目覚めた直後は何を言っていたのか分からなかった。
 しかし夢で言われたとおりに指輪を嵌め、ページを開いた祈祷書に書かれている゙エクスプロージョン゙の名と呪文を見て、確信した。
(どうしてかは知らないけれど、きっとあの男の人はこれの事を言っていたんだ。私が上手くその力を制御して、アルビオン艦隊を止めろって…)
 頭上に迫るアルビオン艦隊。その進む先には大好きなカトレアがいるであろう屋敷に、王都トリスタニア。
 後退したトリステイン軍ではあれを防ぎきれるかどうか分からない、もし破られればトリステインは一方的に蹂躙されるかもれしない。

(なら、私がやるしかない。こんなタイミングで、『虚無』の使い手だと発覚した私が…止めるしかないのよ)
 だからこそ彼女は祈祷書に猿された呪文を唱えるのだ。その小さな背中にあまりにも大きすぎる荷物を背負って。
 杖を振り上げ、遠い遠い歴史の中に冴えて言った伝説の呪文を唱えるその後ろ姿はあまりにも危うげで、しかしどこか勇猛さえ垣間見えた。

 ―――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ

 ルイズの口から低い詠唱の声が漏れ出している。
 その声は妙に落ち着いていており、子供のころから唄っている子守唄の様にしっかりとした発音。
 キュルケやモンモランシーもその詠唱を聞いて口を閉ざし、今やそれを静聴する観客の一人となっている。
 既にアルビオン艦隊は間近にまで迫ってきており、近づけば近づくほど船の周囲で警戒にあたっている竜騎士たちに見つかりやすくなる。
 タバサはその時の為に呪文を耳に入れつつもその視線は上空へと向けて、近づいてくる艦隊と竜騎士に警戒していた。
 一応この中で唯一の男子であろうギーシュも警戒に当たっていたが、恐らく一番頼りないのも彼なのも間違いない。
 何にせよ気づかれれば一触即発。ハルケギニア一の竜騎士とうたわれるアルビオンの竜騎士隊との戦いは避けられないであろう。
 
「全く、あっちはあっちで盛り上がってるぜ。私のこの逸る気持ちを放っておいてさぁ」
 ルイズの落ち着いた声と聞き慣れぬ呪文の詠唱が周囲に聞こえる中、魔理沙は口をとがらせて上空を睨んでいた。
 森の中では上手く戦えず、ワルドには眠らされた挙句にようやく自分らしい戦いが出来ると思いきや…ルイズからのお預けである。
 本当ならばルイズはルイズで呪文を唱えている間にひとっ飛びでもして、あの艦隊と竜騎士たちに喧嘩を売りに行きたい気分だというのに…。
 まるでエサ皿を前に「待て」と言われた飼い犬の様に大人しくしていた魔理沙であったが、彼女がそう易々という事を聞くはずがなかった。

409ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:38:07 ID:UgHbZZAM
 ルイズが艦隊へと杖を向けて詠唱し、キュルケ達がそんな彼女の背中を黙って見ている状況。
 五人の後ろにいた魔理沙はキョロキョロと辺りを見回すと、音を立てずにそっと箒に腰かけようとする。
「まぁいいか。ルイズはルイズで頑張れば良いし、私はちょっくらちょっかいを掛けにでも…―――…って、うぉっ!?」
 そして、そんな事を呟きながら飛び立とうとした彼女は…後ろにいた霊夢に襟を掴まれて強制着陸してしまう。
 幸いにも飛び立とうとする直前であった為に、地面にしりもちをつくという情けない姿を掴んできた相手に見せる事はなかった。
「全く…アンタは何、そう他人事みたいに言って、一人で突っ込もうとするのよ?ったく、世話が焼けるわね」
 世話の焼ける子供を相手にする年上のようなセリフを言ってきた霊夢を、魔理沙は苦虫を噛んだ様な表情で睨み付ける。
「……おい霊夢、コイツは一体どのような了見かな?自分一人だけ満足するまで戦っておいて、私の時だけ邪魔するのは良くないと思うぜ?」
「アンタとは違って私は別に戦いが好きってワケじゃないわよこの弾幕バカ」
 ルイズの詠唱を邪魔せぬ程度の声量で、二人は喧嘩にならない程度の口げんかと会話を同時に進めていく。
 一方でルイズの詠唱を見守っていたタバサがチラリと霊夢たちの方を垣間見るが、二人はそれに気づかずに会話を続けていた。

「にしたってよぉ、本当は私等三人でアレを倒すつもりだったっていうのに…まさかルイズ一人に取られるとはなぁ」
 霊夢に止められて一旦は諦めが付いたのか、箒に腰かけるのをやめた魔理沙が未練がましく呟く。
 そんな彼女を見ていた博麗の巫女は、相も変わらずドンパチ好きな知り合いにため息をつきつつも話しかけた。
「別に邪魔するつもりじゃあ無かったのよ。ただ、今ルイズが唱えているあの呪文の事で、ちょっとイヤな予感を感じただけよ」
「……!ちょっと待て、お前さんの言ゔイヤな予感゙ってのはあまり耳にしたくは無いんだが…私を引きとめたって事はそんなにヤバイのか?」
 勘の良さに定評のある霊夢の口から出た言葉に、魔理沙が物騒なモノを見るかのような表情を浮かべてしまう。
 しかしそんな魔法使いに構うことなく、彼女は上空の艦隊を見上げながら呟いた。

「何が起こるのかまではまだ分からないけど…これはちょっと、洒落にならない事がおこるかもね?」
「マジかよ…」
 いつも暢気にしている霊夢が真剣な表情で呟いた言葉に、魔理沙はようやく大変な事が起ころうとしている事に気が付く。
 事あるごとに鋭い勘を働かせ、異変解決に勤しんできた霊夢の真剣な様子と物言いは決してバカにできないと知っているからだ。
「まぁアンタも私も、何かあったときはお互い動ける様にはしときましょうか」
「何か私だけお預けを喰らった気分だが、しゃーない!これは借りにしておくからな」
 ルイズの口から漏れ続ける、失われし系統『虚無』の呪文が耳に入ってくる状況の中、魔理沙はふと気が付く。
 霊夢の左手の甲に刻まれたルーン―――今は休眠状態にある『ガンダールヴ』のルーンが、薄らと光り出した事に。



「んぅ〜…?何だぁ、船首が騒がしいぞぉ…」
 お気に入りのワインを五分の二ほど飲んだジョンストンが騒ぎに気付いたのは、それ程遅くは無かった。
 最初の奇襲が失敗し、待ち伏せしていたトリステイン軍の伏兵に地上から攻撃された後、彼は気つけ薬として酒を飲んでいた。
 最初はエールを軽く一杯チビチビと飲んでいたが、切り札であるキメラ軍団の活躍を聞いてから、エールの入った瓶はすぐに空になった。
 部屋にあったエールを一瓶飲み干し、タルブ村一帯まで占領したという情報が入ってきてから、彼はとうとう秘蔵のワインに手を出したのである。
 それから後はトントン拍子に酔ってしまい、花火を打ち上げてそれを進軍の合図にしたりと既に気分は勝利者の状態なのであった。
 今の彼は周りの水兵や将校達からは放っておかれている状況であったが、程よく酔っている今の彼にはどうでも良いことでしかない。
 
 しかし、そんなジョンストンではあったが船首に集まっている何人かの将校を見つけることは出来ていた。
 『レキシントン』号に乗船したている士官や艦長のボーウッドまで船首から首を出して、望遠鏡で何かをじっと見ている。
 まるで子供の頃に親に買ってもらった望遠鏡で星空を眺めるかのように、一生懸命右目をレンズに当てて地上の様子を観察しているのだ。
 大の大人…ましてやボーウッド程の軍人が子供じみた真似をしているのを見て、思わずジョンストンは口の端をゆがめて笑ってしまう。

410ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:40:17 ID:UgHbZZAM
(全く、この私の前であれ程偉そうなに振舞っておいて、自分は部下たちを引き連れてトリステインの田舎観察とはな)
 既に頭の中も酒気に中てられたジョンスントンは、そんな事を思いながら「ハッ!」と小さな笑い声を上げる。
 しかし、笑うと同時に気にもなった。あのボーウッドや士官たちは自分たちの仕事ほ放っぽり出してまで、何を必死に見ているのだろうか?
「……うぅ〜む。一体なんだ、何を見ているのだ?…気になる、気になるぞ」
 呂律が回らなくなってきた口で一人ぶつぶつと呟きながら、ジョンストンは少し危なっかしい足取りで艦長たちの方へと歩いていく。
 途中何人かの水兵が彼の背中に声を掛けてきたものの、それ等を無視してお飾りの司令長官はボーウッドの下へとたどり着いた。

「おぉうボーウッドよ、夜空の上から眺める地上とやらは綺麗かな?」
「……!サー、ジョンストン司令。一体何用でございますか」
 背後から酔っ払いのジョンスントンに声を掛けられたボーウッドは、慌てて彼に向かって直立し、次いでビシッと敬礼を決めた。
 他の士官たちも酔っぱらった司令長官が来た事に気が付いたのか、皆望遠鏡を下ろしてから急いで敬礼をしていく。
 相変わらず生真面目なヤツらだと思いながら、ジョンストンは赤くなった顔でニヤニヤ笑いつつボーウッドの左手の望遠鏡を指さして言う。
「いや何、アルビオン共和国が王国だった頃から働いてると君たちが子供の様に望遠鏡を覗く姿に興味が湧いてね。…で、どうだい?星でも見えるのかい?」
 酔いの勢いもあってか、朝方の弱気な態度が消えたジョンスントンへの苛立ちを隠しつつ、ボーウッドは敬礼の姿勢を崩さぬままこう答えた。
「いえ実は…先程からタルブ村の小高い丘の上で、怪しい動きを見せている者たちがおりまして」
「何だと?少し借りるぞ」
 ボーウッドの報告を聞いて笑顔が一転怪訝な表情へと変わったジョンストンはそう言った後、彼の手から望遠鏡をひったくった。
 お飾りとはいえ司令長官の命令には逆らえず、他の士官仲間たちが残念に…と言いたそうな表情を向けてくる中、ボーウッドはひたすら冷静を装っている。
 アルビオン王国時代から空軍が愛用し続ける望遠鏡を手に取った司令長官は、他の者達かしていた様に船首から地上の様子を観察した。
 最初こそどこにいるか探る為に十秒ほどの時間が掛かったものの、森へと通じる小高い丘にボーウッドの言ゔ者達゙の姿を発見する。

「おぉ、あヤツらか…。ふむ、確かに怪しいな…ひぃ…ふぅ…合わせて七人…おぉ小さいが風竜もいるなぁ」
 ジョンストンが望遠鏡越しに覗く先には、怪しい七人と一匹の青い風竜――――ルイズたちが見えていた。

 その内五人がマントを羽織っているのを見て貴族だと気が付くが、望遠鏡越しに見ても軍人とは思えないほど身の細い者達ばかり。
 更に残りの二人の内一人…黒髪の少女は異国情緒漂う変な格好をしており、紅白の衣装は夜中と言えども酷く目立っている。


「あれは一体何のつもりだ?まさかたったの七人で我が艦隊を止めるとでも…いや、まさかな」
 ジョンストンの独り言から、彼も自分たちが見ていたモノを発見した事に気が付いた士官の一人が、咄嗟に説明を入れた。
「実は船首で地上警戒に当たっていた水兵が彼女らを見つけまして…我々も何た何だと見ていたのです」
「そうか……ん?」
「どうしました?」
 望遠鏡は下ろさず、そのまま士官の説明を聞いていたジョンストンは、ふとある事に気が付く。
 その七人の内唯一男子であろう派手なシャツを着た少年を覗き、六人がそれなりいい年の美少女だという事に。
「ふぅむ、ここからだと顔は良く見えんが。流石はアルビオン謹製の望遠鏡!この距離でも相当綺麗な乙女ばかりと辛うじて分かるぞ!」
「……そ、そうですか」
 聞いてもいないのにそんな事まで言ってくるジョンスントンに、士官たちは声を上げなかったものの皆呆れた表情を浮かべている。
 ボーウッドもボーウッドで冷静を装いつつも、自分に絡んできた酔っ払いをこれからどうしようか考えあぐねていた。
 そんな風にお荷物な司令長官に呆れてしまっていた時、その司令長官であるジョンストンが怪訝な表情を浮かべて言った。

「いや…待てよ、七人の内の一人だけ…ピンク色?の頭の少女…あれは何を…杖を向けて、呪文を唱えているのか?」
 実況するかのように望遠鏡越しに見える少女の様子を喋っていたジョンストンの言葉に、ボーウッドたちは再び船首から身を乗り出した。

411ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:42:04 ID:UgHbZZAM
 目まぐるしく状況が変化しているのは、何もアルビオンやトリステイン軍、そしてルイズ達だけではない。
 霊夢や魔理沙たちもまた、この戦場と呼ぶにはあまりにも静かすぎる空間の中で目まぐるしい状況の変化を味わっていた。

 ―――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド

「……何これ?一体どうなってるの?」
 『始祖の祈祷書』に現れた虚無のスペルを唱えるルイズの声が響き渡る中、ふと雑音の様な巫女の声。
 薄らと光り出した左手の甲に刻まれた使い魔の証――『ガンダールヴ』のルーンを見て、霊夢が怪訝そうに呟いたのだ。
 今のところ持てる力を使い切ってお休み状態になっていた筈だというのに、まるで息を吹き返したかのように光り始めたのである。
「おいおいどうしたんだよ霊夢?何だか知らんが、使い魔のルーンがやけに調子良さそうじゃないか」
 霊夢よりも先に気が付いていた魔理沙は、元気?を取り戻していく使い魔のルーンを見つつ、面白いモノを見るかのような目で言った。
「まるで他人事みたいに…まぁアンタには他人事だろうけどね。……って、うわッ…ちょ…何これ、力が…」
 そんな黒白を無視せずに悪態をつこうとした霊夢はしかし、ルーンの発光と共に自分の身に異変を感じ、思わず驚いてしまう。
 気のせいなのだろうか。否、気のせいと思いたいのか、ルーンからほんの僅かだが力が湧き出しているののに気が付いたのだ。
 まるでスコップで掘った地面の穴から温泉が徐々に滲み、湧き出てくるようにゆっくりと自分の体の中をルーンから流れる力で満たされていく。

(ちょっと嬉しい気持ち半面、気持ち悪いわねェ…―――でも、そういえば一度だけ…)
 一体どういう気まぐれなのか、恐らく体力を使いすぎた自分を労わってくれているであろうルーンに、霊夢は複雑な気持ちを感じてしまう。
 そもそも使い魔のルーンに感情何てあるのかどうかすら知らなかったが、ふと彼女は思い出す。一度だけ、今と似たような状況に遭遇したことが。
 ルイズに召喚されたばかりの頃、まだ紫が迎えに来る前の事。あのアンリエッタが持ってきた幻想郷録起を手掛かりに、アルビオンへ赴いた時の事。
 偶然見つけた浮遊大陸の底に出来た大穴、そこを通って辿り着いた森で出会った長耳に金髪の少女。
 昼食を頂いた後で襲い掛かってきたミノタウロスに止めを刺そうとした直前、杖を手にした彼女が唱えた呪文。
(あの時とは違うけど…似ている。彼女の呪文は心が安らいで…消えてたルーンがまた戻ってきて…そしてルイズのこの呪文は…――――…ッ!?)
 『ガンダールヴ』のルーンを通して、自分に力を与えてくれている。そこまで考え付いた時、霊夢は気が付いた。
 呪文を唱えているルイズの体から漂ってくる魔力が、際限なく膨れ上がっていくのを。

 ――――ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ

 ルイズが詠唱を続けていくごとに、彼女の体の中に蓄積していく魔力が膨れ上がりつつも一定の形へと姿を変えていく。
 まるで地面から盛り上がった膨大な土の山に緑が生い茂り、巨大な霊峰へとなっていくかのような、魔力の突然変異。
 そうとしか言いようの無い魔力の形成が、年端もいかぬルイズの体内で起こっている事に、霊夢と魔理沙は――いや、キュルケ達も薄々気が付いていた。
「霊夢…!こいつは…」
「一々言わなくても良い、分かってるわよ」
 先ほどルーンが光っていた事を小馬鹿にしていた魔理沙は、真剣な表情でルイズを見つめている。
 魔法使いであるが故か、この世界の魔法使い…もといメイジであるルイズの魔力に気付いて、額から冷や汗が流れ落ちた。
「お前さんの勘が当たったなぁ?何が起こるかまでは分からないが…もし、あれだけの魔力を攻撃に使ったら…」
 そこから先の言葉を唾と一緒にグッと飲み込んだ彼女を見て、霊夢は思わず背中に担いでいたデルフに喋りかける。
「ちょっとデルフ、これ一体どういう事よ?ルイズのヤツ、虚無の魔法がどうたらとか言って、呪文を唱えてるだけどさぁ…」
 始祖の使い魔について妙に詳しかったこの剣の事だ、きっと何か知っているかもれしない。そんな期待を抱いて、話しかけた。

412ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:44:03 ID:UgHbZZAM
『……………。』
 しかし、ワルドと戦いだしたときはあんなに饒舌だったインテリジェンスソードは、その口?を閉ざしていた。 
 眠ってるわけではないのだろうが、あのお喋りな剣が黙りこくっていることに霊夢は不安を感じてしまう。
「――……ちょっと、聞いてる?デルフー?」
『―――…え?あ、あぁ悪りぃ悪りぃ!俺とした事が久々の『虚無』の呪文を聞いて呆気に取られちまったぜぇ…!」
 念のためもう一度声を掛けた直後、まるで止まっていた時が動き出しすのようにデルフが喋り出した。
 暫しの沈黙を破ったインテリジェンスソードの声には抑揚がついており、その言葉からは嬉しそうな響きが混じっている。
 霊夢はため息をつきつつも、変に嬉しそうなデルフを鞘から抜くと面と向かって彼に話しかけた。
「ちょっとアンタ、その様子だとルイズが今唱えてる『虚無』とかいうのに詳しそうじゃないのよ。何か知ってるの?」
 彼女の質問はしかし、テンションが上がっているデルフの耳?には入らず、彼は一人捲し立てている。
『いやー何!あの娘っ子が『虚無』の担い手だったとなはぁ…、まぁ人間のお前さんを召喚して『ガンダールヴ』にしちまったんだから…当然―――ッウォ!』
 ダミ声と金属音が一緒くたになって重なり合い、下手くそな音楽になりかけた所で、苛立った霊夢が思わずデルフを地面へと突き刺した。
 雑草を切り裂き、程よく固い土と土の合間に入り込むようにめり込んだところで、ようやっとデルフは我に返る事ができた。

「だぁーかぁーらぁーッ!私はその『虚無』とやらを詳しく知りたいワケ!アンタの一人語り何てどうでもいいのよ!」
 ハッキリとした苛立ちを顔に浮かべた霊夢の怒気を感じ取った魔理沙が、「おぉ、怖い怖い」とデルフと彼女を交互に見つめて笑っている。 
 その間にも詠唱を続けるルイズの体から漂う魔力は先鋭化していっており、魔理沙の笑顔もどことなく硬い表情であった。
『わ、分かった分かったって…ったく、おっかねぇなぁレイム。ちゃんと説明するつもりだったんだよ』
「だったら今質問するからそれに答えなさい。…ルイズが今唱えてるのが『虚無』だとして、『エクスプロージョン』ってどういう魔法なのよ」
『えぇ?……あぁ、思い出した。確かにそうだな、この呪文は確かに『エクスプロージョン』のだな。『虚無』の中でも初歩中の呪文だ』
 霊夢の質問にデルフがそう答えると二人からちょっとだけ離れていた魔理沙がふらりと近づき、デルフに質問を投げかける。
「なぁデルフ。ルイズが今唱えてる呪文…名前からして爆発系の魔法なんだろうが、あの魔力の貯め方だと相当な威力が出るんだろ?」
 普通の魔法使いからの質問には、なぜか数秒ほど考える素振りを見せてから、金具を動かして喋り出した。

『あぁ…―――まぁそうだなぁ〜…。娘っ子が『虚無』を初めて扱うにしても、手元を狂わせる事は…しないだろうなぁ』
「手元を狂わせる…?何だよ、何かヤケに不吉な言い方だな?」
『不吉って言い方は似合わんぜマリサ。もし娘っ子が『エクスプロージョン』の制御に失敗したら…』
 そこでまたもや喋るのを止めたデルフの沈黙の間に入るようにして、

 ――――ジェラ・イサ・ウンジューハガル・ベオークン・イル…

 ルイズの詠唱が辺りに響き渡った直後、意を決した様に言った。
『―――――俺もお前ら全員。跡形も無く消えちまう…文字通りの『死』が待っているんだぜ?』 
 直後、そこで詠唱を止めたルイズは一呼吸置いた後にアルビオン艦隊へと向けた右手の杖を軽く振り上げた。
 すると彼女の体内で溜まっていた魔力の塊が一気に杖へと流れ込み、ルイズの体内から魔力を削り取っていく。
 
 そして…体内に溜まっていた魔力をほんの僅かだけ残し、残りが全て杖へと注がれた瞬間。
 ルイズは振り上げたその杖で、頭上のアルビオン艦隊を斬り伏せるようにして―――振り下ろす。
 直後。詠唱と共に練り上げられたルイズの魔力は『エクスプロージョン』として発動し、その効果を発揮した。

413ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:46:03 ID:UgHbZZAM
 
「ん…―――――ッ」
「うぉ…――――ッ!」
『おぉッ…!』
 眩しい、眩しすぎる。
 ルイズが発動した『エクスプロージョン』を一目見ようとした霊夢と魔理沙は、偶然にも同じ感想を抱いていた。
 最も、それを言葉として出すよりも先に二人して小さい悲鳴が口から漏れ出し、目の前を覆い尽くす白い閃光に目を瞑らざるを得なかったが。
 魔理沙はともかくとして霊夢は目の前を覆う白い光に目をつぶり、顔を背けつつも何が起こったか把握しようとしている。
「何これ…!眩しい…、ちょっと魔理沙!」
「私に聞かないでくれ!今は目ぇ瞑ってるだけでも精一杯なんだからさぁ…!」
 しかし、彼女の目で見えるのはすぐ横にいる魔理沙と地面に突き刺したままのデルフだけで、ルイズとその近くにいたキュルケ達は見えない。
 魔理沙も魔理沙で直視すれば失明の危険すらある程の眩しい光と対峙する勇気はないのか、必死に顔を背けていた。
「ちょ…ッ!何よこれ、何が起こったっていうの!?」
「!…キュルケ、アンタ…さっきまで立ってた場所にいるの?」
 その時であった。彼女たちのいた場所からあのキュルケの叫びが聞こえてきたのは。
 姿は見えないにしても会話を邪魔するような騒音が無いために、姿は見えずとも彼女と自分の声だけは鮮明に聞き取れていた。

「れ、レイム…何だか、大変な事になっちゃっってるわねぇ…!?」
「こんな時に楽しそうに喋れるアンタの気楽さを見習いたいもんだわ…!」
 ギーシュやモンモランシーと一緒に、ルイズの傍にいたであろう彼女は自分達よりもっと大変な目に遭っているかもしれないが、
 珍しいモノが見れたと思っているのか、抑揚のついた声で話しかけてきたキュルケに霊夢は思わず苛立ちの声を上げてしまう。
「で、ルイズはどうなの、無事なのッ!?」
「大丈夫!ルイズはいる、僕たちの傍にいるよ!モンモランシーは気を失っちゃったけどね!」
「タバサも大丈夫、私の傍にいるわ!」
 ついで確認したルイズの安否にはギーシュが答え、自分のガールフレンドが倒れた事も報告してくる。
 キュルケも無口であるタバサの安否を確認し、彼女の使い魔であるシルフィードが返事替わりに「きゅいー!」と一鳴きした。

 ひとまずこの場に居た全員の安否を確認した霊夢は、光の発生源であろうルイズの事を思って舌打ちした。
「くっそ…!ルイズのヤツ、こんな事が起こるっていうなら先に言っておきなさいよ!」
『なぁに、この閃光は長くは続かないぜレイム。娘っ子のヤツは無事に『エクスプロージョン』を成功させたぜ!』
 思いっきり理不尽な物言いをする霊夢を励ますかのように、唯一目を瞑る必要すらないデルフが、嬉しそうな様子でそう言った直後―――光が晴れ始めた。
 まるで霧が晴れていくようにして薄まっていく光が彼女たちの視界から消え失せ、周囲は再び夜の闇に包まれていく。

「…光が消えた?………――ん?…―――…ッ!」
 光が晴れた事で、無事に視界が元に戻った霊夢はふと頭上を見上げ―――――目を見開き絶句した。 
「お、やっと光が晴れ……て…――――…はぁッ!?―――えぇ…ッ?」
 彼女の隣にいた魔理沙もようやく視界を取り戻した直後、彼女に倣うかのように頭上を見上げ、驚愕する。
 そして信じられないと言わんかのように何度も両目を擦り、もう一度頭上を見上げて驚いて見せた。

414ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:48:02 ID:UgHbZZAM
「………ははっ、何よコレ?」
「―――――…どういう事なの」
 キュルケは目立った反応こそ見せなかったものの、明らかに引き攣った笑みを浮かべて夜空を見上げていた。
 タバサもまた動揺を抑える事ができず、丸くなった目でゆっくりと地面へと落ちていぐソレ゛を見つめている。
「る…る、る…ルイズ…?ま、まさか君が…君がやったのかい…゙アレ゙を」
 気を失ったモンモランシーを抱きかえているギーシュは限界まで見開いてしまった目で、すぐ横にいるルイズを見つめた。
 アルビオン艦隊が゙いだ場所へ杖を向けたままの姿勢で固まっている彼女は、ジッと夜空を見上げている。
 暗い闇に包まれていた地面を照らす太陽の様に激しく燃え盛る炎が幾つも舞い、落ちてくる夜空を。

『ほっほぉ〜?奴さんたちの被害を見るに…娘っ子のヤツ、相当溜めてたみたいだねぇ?』
 ルイズとモンモランシーを除いた皆が驚きを隠せぬ中で暢気に喋るデルフは、夜空に浮かぶ炎へと視線を向ける。
 夜空に浮かぶ炎の正体。それは見るも無残に炎上するアルビオン艦隊であった。
 全ての艦の帆に、甲板に火がつき、その灯りで地上を薄らと照らしてしまうほどに燃え盛っている。
 そして不思議な事に、あれだけ快調に進んでいた艦船群全てが、艦首を地面へ向けて墜落していくのだ。
 まるで火山灰に巻かれ、成す術も無く地上へ落ちていく渡り鳥のように。
「冗談だろ…?まさか、これ全部、ルイズのあの魔法一発で…」
「少なくとも、幻想郷であんなの使ったら…大変な事になるわね」
 自分たちを照らしつつ緩やかに墜落していくアルビン艦隊を見つめながら呟いた魔理沙に、霊夢が相槌を打つ。
 魔理沙も魔理沙で破壊力のある弾幕を放つことはあったが、ルイズが発動したであろう『エクスプロージョン』は格が違った。
 あれはあくまでも弾幕ごっこで使う弾幕であり、それ以上でもそれ以下でもない。しかし、目の前の艦隊を全滅させた『エクスプロージョン』は違う。
 弾幕ごっこは人と妖が対等に戦える遊戯かつ幻想郷流の決闘でもあり、どんな弾幕でも避けれるチャンスはあるが、あの『虚無』にはそれが無かった。
 一方的な攻撃かつ徹底的な破壊、それが一瞬で行われる。妖怪ならまだしも、人間の少女であるルイズがあの魔法を幻想郷で放てば一大事になるだろう。
 均衡を保っていた人間と妖怪のパワーバランスが崩壊してもおかしくはない、ルイズが見せてくれた『虚無』はそれだけの力を持っていた。


『そう、これが『虚無』の一端。かつてこの地に降臨して、今の世の礎を築いた始祖ブリミルが使っていた第五の系統さ』
 唖然とする二人を見ていたデルフがまるで自慢するかのように言った直後、キュルケが悲鳴を上げた。
「ルイズ!ちょっと、大丈夫…!?」
「う、うぅん…ん…」
 見れば先ほどまで二本足で立っていたルイズは糸が切れた人形の様に、地面へと倒れている。
 悲鳴を上げたキュルケは彼女の傍に寄り添い体を揺するが、ルイズ本人は呻き声を上げるだけで一向に目を開けない。
「ルイズ!」
 霊夢の隣にいた魔理沙も気になったのか、ルイズの使い魔である知り合いよりも先に彼女の下へと走る。
 一方の霊夢も一足遅れて近づこうとしたが、ふと甲板と帆を炎上させて墜落していく『レキシントン』号を見て、苦々しく呟いた。

「何が魔法よ…!こんなの、魔法のレベルを超えてるじゃない。私から言わせれば……強いて言わせれば―――――」

――――――『粒を操る程度の能力』だわ…!
 最後の言葉を心の中で叫んだ彼女は、デルフをその場に突き刺したままルイズの下へと駆けていく。

 霊夢は思い出していた、ルイズが読んでいた『始祖の祈祷書』に書かれていたであろう内容を。
 この世の物質は小さな粒から為り、四系統の魔法はその粒に干渉し、『虚無』はそれより更に小さな粒に干渉できる。
 ならばルイズが放った『エクスプロージョン』は、その小さき粒を刺激し変化させ、艦隊の周囲で爆発させたのだ。

 だから彼女はルイズの゙魔法゙を、幻想郷で言ゔ能力゙と位置付けた。
 使い方次第では神にも大妖怪にも為り得る、強大過ぎるルイズの『虚無』を。

415ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/12/30(金) 23:51:35 ID:UgHbZZAM
以上で、78話の投稿は終了です。
今年も大晦日に投稿する予定でしたが、帰省の都合で前日の投稿となってしまいました。

なにはともあれ、もう2016年も終わりですね。
どうか皆様、来年もよろしくお願いいたします。
ではこれにて。ノシ

416ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:07:10 ID:dfGzk3W6
皆様、明けましておめでとうございます。新年最初の投下を致します。
開始は20:10からで。

417ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:10:31 ID:dfGzk3W6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十一話「二冊目『わたしは地球人』(その1)」
蛸怪獣ガイロス
恐竜
地球原人ノンマルト 登場

 トリステイン王立図書館にあった六冊の『古き本』に精神力を奪われ、目覚めなくなって
しまったルイズ。才人はルイズを救うために、司書リーヴルの力を借りて本の世界の攻略を
始める。そして一冊目の『甦れ!ウルトラマン』を激闘の末に、完結に導くことに成功したが、
残念ながらルイズに変化は見られなかった。
 それから一夜明け、才人は二冊目の攻略に臨む。

「……シエスタ、ルイズの様子はどうかな」
 ルイズを寝かせている図書館の控え室で、才人は昨日からルイズの看護に加わったシエスタに、
ルイズの容態を尋ねた。が、シエスタは残念そうに首を振った。
「昨日から、同じままです。悪くなる気配もなければ、目を覚ます気配もありません」
「そうか……。やっぱり、残る本の世界を完結させて、ルイズの精神力を取り戻す以外に
方法はないってことか」
 つぶやいた才人が依然変わらぬルイズの寝顔に目を落とし、改めて誓った。
「ルイズ、待っててくれ。必ず、お前を本の世界から助け出してやるからな」
 それから待機済みのリーヴルの方に振り返る。彼女は才人に告げる。
「こちらの準備は完了してます。次に入る本をお選び下さい」
 テーブルに並べられている五冊の『古き本』。才人はそれらを手に取りながら、心の中で
ゼロと相談する。
『ゼロ、次はどの本にする? 結局は、全部に入らなきゃいけないんだろうけど……』
『……次は、その左端の奴にしてくれ』
 ゼロが指示した本を手に取る才人。
『これか? この本は……ウルトラセブンが主役……!』
『次は親父の物語を完結させたい。やってくれるよな?』
『ああ、もちろんだ』
 相談が終わり、才人は手に取った本をリーヴルに差し出した。
「次はこいつにするよ」
「お決まりですね。では、そこに立って下さい」
 これから二冊目の本の旅に出ようとする才人に、シエスタたち仲間が応援の言葉を向けた。
「サイトさん、どうかお気をつけて!」
「俺がいなくとも、しっかりやんな! 油断すんなよ!」
「がんばってなのねー!」
「パムー!」
 ただ一人、タバサだけは目だけをリーヴルに向け、一挙手一投足を観察していた。彼女は
昨日のミラーたちとの話し合いの通り、行動に不審なところの多いリーヴルを、密かに監視
しているのだった。
 だが今のところ、リーヴルに怪しいところは見られなかった。
「では、どうぞ良い旅を……」
 昨日と同じようにリーヴルが才人に魔法を掛け、才人は本の中に入っていった……。

   ‐わたしは地球人-

 中国奥地の砂漠地帯。断崖絶壁と、その崖に彫り込まれた巨大な仏像に囲まれた地に、
中国軍の一部隊が到着した。彼らはこの地の地下に発見された、謎の遺跡の調査にやって
来たのだ。
 地下に潜った部隊を迎えたのは、仏のような壁画や石像で構成された遺跡。だがこのような
遺跡は、ありえないはずだ。何故なら、

418ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:14:27 ID:dfGzk3W6
『殷の文明より古い……』
『この地層から言うと、一万五千年以上前……』
『そんな古い時代に……考えられない……』
 一万五千年前というと、仏教伝来どころか稲作すら始まっていない。そのような時代に
こんな高度な遺跡が築かれていたということを、こうして実際に目にしなければ誰が信じる
だろうか。
 兵士たちが呆気にとられていると、突然の地震が発生し、遺跡の天井から礫岩がこぼれ落ちてきた。
身の危険を感じた兵士たちは後ずさると、震動によって遺跡の壁の一部が崩れて穴が開いた。遺跡が
その奥に続いているのだ。
 調査隊はその穴を潜っていくと……そこは部屋のようになっており、内部には恐竜型の
怪物が刻まれた石板と、謎の紋様が刻まれた棺らしきものだけが置いてあった。
 これら出土品――オーパーツは、ウルトラ警備隊が護送することが、地球防衛軍上層部により
決定された。

 1999年。三十年余りもの時を隔てて、地球防衛軍は、その有り様を全く変えてしまった。
カジ参謀の主導する、かつてのR1号計画を拡張した、地球への侵略者になり得る宇宙人の
生息する星に先制攻撃を仕掛けて破壊することを目的とした「フレンドシップ計画」を掲げ、
宇宙に対して牙を剥くようになったのだ。計画反対派のフルハシ参謀が死去してからは、
その傾向は強まる一方。
 ――ウルトラセブンは、かつての地球が外宇宙からの侵略者の脅威に晒され、滅亡の危機に
あったがために、無力だが美しい心を持つ地球人に代わって侵略者と戦っていた。だが今の
地球は、強大な力を背景に他の星を脅迫している。少しでも間違えれば、地球の方が侵略者に
なってしまうような状況になっていた。……今の地球を守護することが、宇宙正義足りえるのか……
心に迷いを抱えながらも、セブンはそれを振り切るように怪獣、宇宙人と戦い続けていた。
 そんな中での、オーパーツとはいえ単なる出土品を護送し、防衛軍のトップシークレット
「オメガファイル」として封印するという不可解な任務。訝しむセブン=カザモリの周囲には
謎の女が出没し、「オメガファイルを暴き、地球人の真実を確かめろ」と囁く。女に導かれる
ようにオメガファイルに接近したカザモリだが、カジ参謀に発見され、拘束された末にウルトラ
警備隊の任から外されてしまった。
 頑なに隠されるオメガファイルの正体とは何なのか……。それが封印されている防衛軍の
秘密施設に、怪獣が迫り出した。

「ギャアアオウ!」
 秘密施設に最も近い海岸から上陸し、まっすぐ施設に向かっているのは、八本の足と身体中に
吸盤を持った怪獣。頭頂部にある二つの眼が黄色く爛々と光る。蛸怪獣ガイロスである。
 また陸を横切るガイロスの近くの土中から土煙が勢いよく噴出し、また別の怪獣が地表を
突き破って出現した。
「グイイィィィィィ!」
 体長こそガイロスと同等であるが、見た目はずばり恐竜そのもの。これはメトロン星人が
二度目の地球侵略をたくらんだ際に、恐竜を生体改造して怪獣化したものである。
「ギャアアオウ!」
「グイイィィィィィ!」
 ガイロスと恐竜。この二体の怪獣が森の中を練り歩いていく様を、カザモリと『サトミ』が
見上げた。
「例のオーパーツが運び込まれた施設のある方向に向かってるわ! これって偶然なのかしら……?」
「……」
 カザモリは懐に入れているウルトラアイに手を添えたが、側には『サトミ』がいる。彼女の前で
変身することは出来ない。
 そうでなくとも、今セブンに変身して戦うことが出来るのか……自分がどうすべきか決めかねる
ところがあった。
(偶然ではない。あの怪獣たちは、確実にオーパーツに引き寄せられている。だが何故怪獣が
古代遺跡の出土品を狙う? 防衛軍がひた隠しにすることと言い、あれは何だというのだ……)

419ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:16:53 ID:dfGzk3W6
 考え込んでいると、『サトミ』が不意に大きな声を発した。
「あッ! ウルトラセブンだわ!」
「えッ!?」
 そんな馬鹿な、とカザモリが顔を上げた。
 その視線の先、ガイロスと恐竜の進行先に、青と赤の巨人――ウルトラマンゼロが巨大化して
現れた。怪獣たちは驚いて一瞬足を止める。
「セェアッ!」
 ゼロは登場直後に前に飛び出し、ガイロスと恐竜に全身でぶつかっていく。ゼロを警戒していた
怪獣二体も、ゼロの行動を受けて腕を振り上げ迎え撃つ。
 怪獣たちと戦闘を開始したゼロを見上げ、『サトミ』は怪訝に目を細めた。
「……いえ、セブンじゃない。別の巨人だわ! どことなく似てるけど……」
「……」
 カザモリもまた、ゼロを見つめて神妙な顔つきになる。
「シャアッ!」
 一方のゼロは二体の怪獣の間に割り込み、巧みな宇宙空手の技で数のハンデを物ともせずに
善戦していた。触手を振り回すガイロスの胴体の中心に掌底を打ち込んで突き飛ばし、その隙に
恐竜の首を抱え込んでひねり投げる。
「ギャアアオウ!」
「グイイィィィィィ!」
 ガイロスも恐竜も必死にゼロに抗戦するが、この二体は肉弾しか攻撃手段がなく、特別破壊力に
優れている訳でもない。そんな怪獣は、二体がかりでも宇宙空手の達人のゼロの敵ではないのだった。
「ハァッ!」
 怪獣両方に打撃を連発して弱らせたところで、ゼロはとどめの攻撃に移る。
 まずはゼロスラッガーを投擲し、ガイロスの六本の触手を根本から切断。
「ギャアアオウ……!!」
 腕となる部分を失ったガイロスは仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。
「セアッ!」
 ゼロは振り返りざまに、恐竜にエメリウムスラッシュを撃ち込んだ。
「グイイィィィィィ!」
 恐竜はレーザー攻撃で爆破炎上を起こし、ガイロスと同じく絶命したのだった。
「シェアッ!」
 あっという間に怪獣たちを撃破したゼロは、流れ星のような速さで空に飛び上がってこの場から
去っていった。それを見届けた『サトミ』がポツリとつぶやく。
「行ってしまったわ……。あの巨人は何者だったのかしら? やっぱり、セブンと同じように
この地球の守護者なのかしら」
 一方のカザモリ=セブンは、突如として現れた怪獣のことを気に掛けていた。
(これで終わりだとは思えない。オーパーツへまっすぐ向かう怪獣たちの行動……それに、
奴らは一度私と戦い、倒されたものたちだ。それがどうして復活したのか……。しかも片方は、
あのノンマルトと関係があった怪獣のはずだ。……もしそうならば、私の周りに現れたあの
女性は、まさか……)
 それから――ゼロのことも、次のように考えた。
(……あの戦士は、M78星雲人なのか? 何者なんだ……)

 ガイロスと恐竜を倒し、森の中で変身を解除した才人は、ゼロに話しかけた。
「この本の世界には、一冊目のウルトラマンみたいに、セブンしかウルトラ戦士がいないみたいだな」
 ウルトラセブンは、今となっては初代ウルトラマンと同じM78星雲人であるということが
周知の事実となっているが、地球に姿を現したばかりの頃は、ウルトラマンとは大分異なる
容姿であったために同種族だとは思われていなかった。この世界は、その当時の説を採用した
ような、地球を守る戦士がウルトラセブンのみという歴史で成り立っているようだ。地球の
防衛隊も、セブンとともに活躍していたウルトラ警備隊が現在に至るまで存続しているという
設定のようである。

420ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:19:30 ID:dfGzk3W6
「……でも、一冊目とは違って何だか重苦しい雰囲気の世界だな……」
 才人はそのことを考え、眉間に皺を寄せた。一冊目の科学特捜隊は、ハヤタがスランプに
陥っていた以外は終始明るく和やかな雰囲気であったが、この世界の地球防衛軍は正反対に
ひどくきな臭い様子である。「フレンドシップ」とは名ばかりの、行き過ぎた地球防衛政策を
推し進め、またそれが何なのかは知らないが、ある事象を頑なに隠そうとし、非人道的な手段に
まで手を染めている。人間の負の面が前面に出てしまっているような世界だ。おまけに、主人公
カザモリの周りには怪しい女の姿が見え隠れしている。こんな物語を無事に完結に導くのは、
一冊目よりもずっと困難かもしれない。
『ああ、そうだな……』
 そんな才人の呼びかけに、ゼロはどこか気のない返事で応じた。
 彼は、「自分の父親ではない」ウルトラセブンのことを考えていたのであった。

 怪獣たちが倒された後、カザモリは『サトミ』に連れられて北海道に向かった。そこには、
ヴァルキューレ星人事件の際に殉職したフルハシの墓があるのだ。
 カザモリ……ダンは、フルハシの墓に向かって、今の自分の抱える悩みを吐露したのだった。
「私があなたと出会った時代、地球人は今のような強い力を持っていなかった。もっと美しい
心を持っていた! 地球人は変わってしまったのか……それとも……」
「いいえ。地球人は変わっていないわ、ウルトラセブン」
 ダンの前に、またしても例の女が現れた。女はダンに、今の地球人の姿こそが地球人の
本性であること、自分たちは今「地球人」を名乗る者たちに追いやられた地球の先住民で
あることを訴えた。その証拠は、防衛軍が隠している例のオーパーツ……。
 女がそこまで語ったところで、ウルトラ警備隊が現場に駆けつけた。カザモリが一度拘束
された際に調べられた脳波から、現在のカザモリはダンが姿を借りている姿、つまり宇宙人で
あることが発覚してしまったのだ。そしてウルトラ警備隊は、カジ参謀の命令で、カザモリを
拿捕するためにやって来たのだ……。
「動かないで!」
 墓地でカザモリは、『サトミ』――一冊目のフジと同じようにその役になり切っている
ルイズに、ウルトラガンを突きつけられた。
「カザモリ君が、異星人だったなんて……」
 カザモリの背後からはシマとミズノも現れ、カザモリは退路を塞がれる。
「いつから……いつからカザモリ君に入れ替わったの!?」
「待ってくれ! 君は誤解している!」
「近づかないで!」
 ルイズに歩み寄っていくカザモリを、ルイズは恫喝した。
「これ以上近づくと、撃つわ。脅しじゃないわ!」
 ルイズの指が、ウルトラガンの引き金に掛けられる――。
 その時に、才人が林の中から飛び出して、カザモリの盾となった!
「やめろッ!」
「!? あ、あなた誰!?」
 突然のことに動揺するルイズたち。それはカザモリも同じだった。
 才人はその隙を突いて、ゼロアイ・ガンモードの光弾でルイズたちの手に持つウルトラガンを
弾き落とした。
「きゃッ!」
「な、何をするんだ!」
「テメェ、侵略者の仲間か!?」
 血気に逸ったシマが才人に殴りかかっていくが、才人の素早い当て身を腹にもらって返り討ちに
された。
「うごッ……!?」
「この人に、手出しはさせないッ!」
 才人の鬼気迫る叫びに、ルイズとミズノは思わずひるんだ。
 ルイズたちが立ちすくんでいる間に、才人はカザモリの手を取って引っ張っていく。
「さぁ、こっちに!」
「あッ! き、君!」

421ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:23:24 ID:dfGzk3W6
 ウルトラ警備隊からカザモリを連れて逃げる才人。追ってくる彼らをまいたところで、
カザモリは才人と向き合った。
「君は……怪獣と戦った、あの戦士なのか?」
「……」
「どうして僕を助けたんだ?」
 カザモリの問いに、『才人』は答えた。
「理由は、「あなた」には分かりませんよ……」
「……?」
 今の『才人』は――ゼロであった。カザモリ=セブンの危機に、才人と交代して助けたのだ。
 だが自分が、あなたの息子である、ということは話すことが出来なかった。何故ならば、
この本の世界ではセブンに『ウルトラマンゼロ』という息子がいるという『設定』はないからだ。
「ともかく、助けてくれたことはありがとう。でも……僕は行かなくちゃ」
 カザモリが踵を返して、ウルトラ警備隊のところに戻ろうとするのを呼び止めるゼロ。
「待って下さい! 駄目です、危険ですッ!」
「いや、このまま逃げ続けることは、自分が侵略者だと言ってるようなものだ。僕は自分の潔白を、
この身を以て証明しなければ」
 と言うカザモリを、ゼロは説得しようとする。
「潔白を証明したとしても……あなたがウルトラセブンだということが知られても! オメガファイルに
近づいたというだけで、今の防衛軍はあなたを殺すかもしれないんですよッ!」
「……!」
 その言葉には、カザモリも流石に足を止めたが……。
「……僕は、自分が守ってきた地球人を、信じる……!」
 そう言い残して、再び歩み去っていった。ゼロも、今の言葉を聞いてしまっては、これ以上
カザモリを止めることは出来なかった。
「……」
 取り残されたゼロの背後に、例の女がどこからともなく出現した。
「お前は何者だ。何故我々の邪魔をする」
 振り返ったゼロは、女に言い返した。
「それはこっちの台詞だ。あんたこそ何者だ? どうしてあの人を、オメガファイルに近づけようと
するんだ。怪獣を操ってたのはあんたか? だとしたら、怪獣を使ってまで暴こうとするオメガファイルの
正体は、何だ!」
 問い返された女は、ゼロに端的に回答した。
「我々は、真の地球人。一万年以上も前に、今地球人を名乗る者たちによって追放された。
オメガファイルの中身は、その証拠だ」
「!! ノンマルト……!」
 ノンマルト。それは1968年、一時地球防衛軍を騒然とさせた謎の集団が名乗った名前である。
海底に居を構え、人間の海底開発の全面中止を訴えて地上を攻撃してきたのだが……彼らは、
元々地球に栄えていた種族は自分たちであり、今の地球人は後からやって来て自分たちに成り
代わった種族だと主張したのである。
 その言葉が真実であったか否かは、本来のM78ワールドの歴史では、ノンマルトが二度と
姿を現すことがなかった故に不明のままで終わった。しかしこの世界では……それが『真実』
として取り扱われているのかもしれない。
「このことが白日の下に晒されれば、今の地球人はこの星を出ていかなければならなくなる。
それ故に、防衛軍はあの棺をオメガファイルとして封印しているのだ」
 女――目の前にいるノンマルトもまた、そのように主張した。そしてそれは筋が通っている。
ノンマルトの語ることが全て真実ならば、今の人間は全て、この地球に暮らす権利を全宇宙文明
から認められなくなるのだ。
「……」
 ゼロは一切の言葉をなくす。するとノンマルトは畳みかけるように告げた。
「お前が何者かは知らないが、軽率な行動は慎むべきだ。たとえ誰であろうと、侵略者に
加担したならば、お前もまた全宇宙から罪人として扱われ、居場所を失うのだ」
 そう言い残して女はいずこかへと去っていく。ゼロはその場に立ち尽くしたまま。
 才人は彼に呼びかけた。
『……とんでもない物語の中に来ちまったな。俺たち、これからどうしたらいいと思う? ゼロ……』
「……」
 ゼロは才人の問いかけに、無言のまま何も返さなかった……。

422ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/04(水) 20:24:09 ID:dfGzk3W6
以上です。
新年一発目から暗い!

423名無しさん:2017/01/04(水) 23:17:15 ID:2G1OT/tU
平成セブン! うわーゼロがこの世界に来るのはつらい……!

424名無しさん:2017/01/09(月) 00:57:52 ID:DPHQNaxI


425ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:16:01 ID:iyLiJ5JY
こんばんは、焼き鮭です。また続きの投下を始めます。
開始は1:18からで。

426ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:18:22 ID:iyLiJ5JY
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十一話「二冊目『わたしは地球人』(その2)」
地球原人ノンマルト
復活怪獣軍団
守護神獣ザバンギ
カプセル怪獣ウインダム
カプセル怪獣ミクラス 登場

 『古き本』に精神を囚われたルイズを救うため、本の世界への旅立ちを決意した才人。
一冊目の『甦れ!ウルトラマン』を完結させ、次に入ったのはウルトラセブンの世界。
……だがそこは正史の歴史から枝分かれした、地球防衛軍が過剰防衛に走ってしまって
いる危うい世界であった。更に中国奥地から発掘され、何故かトップシークレットとして
封印されたオーパーツを巡り、セブンの周りにノンマルトを名乗る女の影が見え隠れする。
果たして才人は……ゼロは、己の父ではないセブンを導き、この世界を無事完結に至らす
ことが出来るのだろうか。

 地球防衛軍に宇宙人であることが知られてしまった、カザモリの姿を借りているセブンは、
一度はゼロに助けられるものの、己の潔白を証明するために自らウルトラ警備隊に捕まった。
カザモリは防衛軍の隔離施設で、シラガネ隊長に地球の未来を救うには、地球人自身の手で
オメガファイルの封印を解き、侵略者の過去から文明人に進化したことを宇宙に証明する他は
ないことを訴えた。
 しかし、そのカザモリ=セブンに命の危機が迫っていた……。

「カザモリ隊員の処刑が決定した、だと……!?」
 防衛軍基地の周辺で、身を潜めながら超感覚で防衛軍の動向を見張っていた、才人の身体を
借りているゼロが、基地内の発表を盗み聞きして愕然とつぶやいた。
 オメガファイルの秘密を隠し通そうとしているカジ参謀は、相手が何度も地球人を守ってきた
ウルトラセブンと知ってなお、秘密を闇に葬ることを優先したのだ。残念ながら、ゼロの危惧した
通りになってしまった。
 才人が焦り気味にゼロに呼びかける。
『ゼロ、これはまずいぜ! セブンが処刑されたら、ルイズも助けられなくなっちまう……!』
「ああ、分かってるぜ……!」
 ゼロは固い決意を表情に示し、踵を返した。
「それがなくても……本の中の別人といえども、俺の親父は殺させやしねぇぜ!」
 ゼロが向かう先は、カザモリの囚われられている隔離施設――ではなく、ウルトラ警備隊基地であった。

 ウルトラ警備隊の司令室では、カザモリの処刑を知らされた隊員たちが重苦しい空気の中、
相談をし合っていた。
「わたしたち、これでいいの? このまま、仲間を見捨てて……」
 ルイズが声を絞り出すようにつぶやくと、シマが奥歯を軋ませながら言う。
「奴はカザモリじゃなかった……。侵略者だったんだ……」
「それはカジ参謀の下した結論でしょ!? わたしたちは、もっとカザモリ君のことを知っている
はずじゃない!」
 ルイズが立ち上がって反論した。すると、
「ああ、そうだ。他人から与えられた結論じゃなく、あなたたち自身で答えを出してもらいたい」
 司令室の扉が開き、ゼロが当然のように入ってきたことに隊員たちは仰天した。
「君は、北海道の……!」
「お、お前! どうやってここに入ってきた!?」
 シマが血気に逸ってウルトラガンを抜こうとしたが、それをゼロは手で制する。
「待て! あなたたちに危害を加えに来たんじゃない。今防衛軍に捕まってる……カザモリ隊員を
一緒に助けてほしいと、お願いしに来たんだ」
「助けてほしい? 俺たちに侵略者の手助けをしろって言いたいのか!?」

427ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:20:04 ID:iyLiJ5JY
 敵意を向けてくるシマを正面に置いて、ゼロは冷静に隊員たちに訴えかけた。
「口で侵略者ではないと言うのは簡単だ。けどそれじゃあ納得しないだろう」
「当たり前だ!」
「だから、あなたたち自身で考えてほしい。カザモリ隊員のこれまでの行いを振り返って、
彼が本当に侵略者なのかどうかを」
 ゼロの頼みに、シマたちは戸惑いを見せる。
「俺たち自身で、考えろと……?」
「仮にあなたたちの助けがなくとも、俺は一人でもあの人を助けに向かうつもりだ。だがその前に、
確かめたいんだ。あの人の気持ちが、あなたたちの心に届いてるかどうかを」
 ゼロの言葉を受けて、最初に口を開いたのはミズノだった。
「……僕は、カザモリを信じたい」
「ミズノ!」
 振り返るシマ。ミズノは続けて語る。
「カザモリはいい奴だ。あいつに、何度も命を救われたよ……。カジ参謀がどう言おうと、
あいつが侵略者だとは信じられないんです」
 ミズノに続いて、ルイズもこう言った。
「その子の言う通り……カザモリ君が宇宙人だったとしても、侵略者だとは限らないわ」
「このまま上に任せとくんですか!? それで後悔しないんですか!」
 ルイズとミズノの説得を受けて……シマは、デスクの上のヘルメットを手に取った。
「シマ隊員……!」
 一瞬身を乗り出したゼロに、シマが告げる。
「俺は、お前やカザモリを信じた訳じゃない。しかし仲間として、カザモリ自身から本当の
ことを聞きたいんだ」
 隊員たちは互いに顔を見合わせると、重い表情から一転して、微笑みながらうなずき合った。
「ありがとう……!」
 ひと言礼を告げたゼロが踵を返したところ、ルイズがその背中に問いかけてきた。
「一つだけ教えて! あなたはカザモリ君の仲間なの?」
「……いや、そういう訳じゃない」
「だったら、どうしてそんなにカザモリ君のことに執着するの? あなたは一体……」
 それにゼロは、次のように答える。
「……あの人は、俺の大切な人なんだ。あの人自身も知らないことだが……」
「それはどういう……」
 ミズノの聞き返しを最後まで聞かず、ゼロは司令室を飛び出していった。

 防衛軍の隔離施設では、拘束されているカザモリが防衛軍兵士に連行されながらどこかへと
向かわされていた。
「極東基地に輸送されるんじゃないのか? 軍法会議に掛けられるのなら、あそこに行くはずだろう」
「違うわ!」
 カザモリが聞いたところ、ルイズの声が響いて、彼らの行く先から姿を出した。
「この通路の行き止まりは、粒子レベル分解システムルーム。どんな物質も、分子、原子に
バラバラに分解して破壊してしまう!」
 驚くカザモリ。ルイズは小銃を向けてきた兵士たちにウルトラガンを構えるが、
「銃を捨てろ」
 横から、こめかみに拳銃の銃口を向けられた。カジ参謀だ。
「異星人に美しい友情など必要ない」
「――それがあんたの出した結論かよッ!」
 その時ゼロがバッと跳躍しながらカジに飛びかかり、拳銃を叩き落とした!
「何ッ!?」
「あんたみたいな人間がいるからッ!」
 兵士も反応が出来ていない内に、ゼロは当て身を食らわせてカジを昏倒させた。
「ぐあッ……!」

428ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:22:03 ID:iyLiJ5JY
 更に兵士たちは、シマとミズノが撃った麻酔弾でバタバタ倒れていった。
「大丈夫ですか!? 危ないところだった……!」
「君は……!」
 ゼロはカザモリの拘束を手早く解いていく。そこに騒ぎを聞きつけた警備兵が駆けつけて
くるのを察知して、シマがゼロとルイズに首を向けた。
「ここは俺たちに任せろ! お前とサトミ隊員はカザモリを!」
「分かりました!」
 シマとミズノが警備兵を足止めしている間に、ゼロとルイズはカザモリを連れて防衛軍施設から
脱出していく。
 外にも防衛軍の兵士が待ち構えていたが、ルイズとゼロの手によって無力化されていった。
ほとんどはゼロの格闘技によるものであった。
「はぁッ!」
「ぐッ!?」
「ぐあぁッ!」
 瞬く間に兵士を気絶させていくゼロに、ルイズとカザモリは驚いていた。
「やるわね。屈強な防衛軍の隊員を、まるで子供扱い……」
「すごい腕前だな……」
「……あなた譲りさ」
「えッ?」
「いや、何でもない」
 ポツリと漏らしたゼロがごまかした。
 空が夕焼けに染まり出した頃、外の兵士を全員無力化すると、シマとミズノが追いついてきて
合流した。
「大丈夫だったか?」
「はい。そっちこそご無事で」
 落ち着いたところで、ルイズがカザモリに呼びかける。
「あなたが何者であっても、わたしたちはあなたを信じるわ」
「ウルトラ警備隊は家族みたいなもんだ。何があっても、一蓮托生さ」
 ミズノも、シマもカザモリにうなずいてみせた。
「ありがとう、みんな……!」
 礼を述べたカザモリに、ゼロが告げた。
「シラガネ隊長の方も、オメガファイルの封印を解き、真実を突き止める努力をしてます。
どうか、地球人をまだ信じてやって下さい」
「ああ。君もありがとう……。僕のために、また力になってくれて」
 カザモリがゼロにも礼を言った直後、ルミからの通信をシマのビデオシーバーが着信した。
『外部からの通信が入ってます! ビデオシーバーにつなぎます!』
 ビデオシーバーの映像が切り替わると、覗き込んだカザモリとゼロの目の色が変わった。
「君は……!」
 映っているのはノンマルトの顔だった。ノンマルトはカザモリに向かって告げる。
『あなたなら、秘密を探り出してくれると思った。でも……あなたの力は頼らない!』

 ノンマルトはテレパシーで、防衛軍の首脳部に呼びかけた。
「地球防衛軍に要求する! 隠蔽している証拠を解除せよ! さもなくば、我々は実力を以て、
これを全宇宙に公開するだろう!」
 その言葉の直後に、オメガファイルを封印している秘密施設の周辺区域の地面が突然裂け、
地中から鳥型の怪獣が出現した!
「キャッキ――――イ!」
 翼の部分は鋭利な刃物状になっているが、眼光はそれ以上に鋭く、憎悪に煮えたぎっている……。
地球人の惑星破壊爆弾の最初の犠牲となったギエロン星、その星の生物が放射能で変異してしまった
再生怪獣ギエロン星獣である!

 ゼロは険しい目つきで、防衛軍の秘密施設に向かっていくギエロン星獣をにらんだ。
「怪獣にオメガファイルを暴かれたら、地球人は……!」

429ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:24:02 ID:iyLiJ5JY
 地球人の手ではなく、ノンマルトによって真実を公開されれば、今の地球人は侵略者のままに
なってしまい、地球に留まる権利を失ってしまう。それだけは何としても阻止せねばならない。
 そう考えたゼロは、カザモリに向き直って申し出た。
「ここは俺が時間を稼ぎます! あなたは、どうか地球人の助けになってあげて下さい! 
……ウルトラセブン!」
「えッ!?」
「カザモリが、セブン……!?」
 ルイズたちはカザモリの顔に振り返った。その間に、ゼロはギエロン星獣の方向へ駆け出していく。
 その背中を呼び止めようとするカザモリ。
「待ってくれ! 君は……!」
「……」
 ゼロは一瞬だけ立ち止まったものの、すぐにまた駆け出して彼らの前から離れていった。
 そしてウルトラゼロアイを顔面に装着して変身を行う。
「デュワッ!」
 才人の身体からウルトラマンゼロに変身を遂げて、巨大化しながらギエロン星獣の正面に着地した。
「シェアッ!」
「キャッキ――――イ!」
 戦闘の構えを取ってギエロン星獣に立ちはだかったゼロに、ノンマルトがテレパシーを向けてきた。
『青き戦士よ、この期に及んでまだ我らの障害になろうというのか。その怪獣を見ろ!』
 ノンマルトはギエロン星獣を示す。
『その怪獣は、今の地球人の横暴な行いによって理不尽に故郷の星を奪われた。それが地球人の
真の姿なのだ! それでもかばおうというのか!』
 見せつけられる、地球人の残酷性を前に、ゼロは答える。
『たとえそうであっても……俺は、あの人が信じる地球人を、最後まで信じるぜッ!』
 覚悟を決め、ゼロスラッガーをギエロン星獣へと飛ばした!
「セアァッ!」
「キャッキ――――イ!」
 だがスラッガーは刃状の翼によって弾き返された。ギエロン星獣は翼を閉ざすと、手と手の
間をスパークさせてリング光線をゼロに放つ。
「グッ!」
 ギエロン星獣の攻撃を素早く回避するゼロだが、ギエロン星獣の口から黄色いガスが噴射された。
ギエロン星を爆破したR1号の放射能が大量に含まれたブレスだ。
「グゥゥッ!」
 ギエロン星獣のガスを浴びせかけられたゼロが胸を抑えて苦しんだ。そのガスには放射能のみ
ならず、ギエロン星獣の苦痛の記憶と憎悪の感情も乗せられている。その負の力がゼロを苛む。
 だが、ゼロはここで退く訳にはいかないのだ。
『おおおおおッ!』
 スラッガーを片手にして、全身に力を入れ、毒ガスを一気に突き抜けていく。そしてギエロン
星獣の喉笛を見据えると、
『すまねぇッ!』
 すれ違いざまに、喉をひと太刀で切り裂いた!
「キャッキ――――イ!!」
 仰向けに倒れ込んだギエロン星獣は、そのまま目を閉ざし、再びの永遠の眠りに就いていった。
 地球人の所業のせいで、散々に苦しみ抜いたギエロン星獣をこれ以上苦しませることはないと
考えた、急所の一点のみを狙った捨て身の一撃であった。
 これでギエロン星獣は倒されたが、ノンマルトの攻勢はこれで終わりではなかった。
『あくまで地球人の側につくというのか。だが我々とて諦めはせん! 地球人によって葬られた
ものたちの、怨念の声を聞け!!』

430ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:25:55 ID:iyLiJ5JY
 その言葉の後にまたしても地割れが発生して、今度は一気に五体もの怪獣がゼロの前に
姿を現してきた。
「キイイイイイイイイ!」
「ギャ――――――ア!」
「グルゥゥゥゥゥゥ!」
「ウオオオオッ!」
「グオオォォォ!」
 トリステインにも現れたことのあるエレキングを中心に、発泡怪獣ダンカン、硫黄怪獣
サルファス、太陽獣バンデラス、植物獣ボラジョが出現してゼロと対峙した。
『ちッ……! どれだけ怪獣を復活させようと、こっちだって負けるつもりはねぇぜ!』
 一度に五体を前にしてもひるむことはないゼロだが……離れた場所で土煙が柱のように立ち上った。
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 そしてまた新たな怪獣が地上に姿を現した。今度のものは再生させられた怪獣ではなく、
棺と一緒にあった石碑の壁画の生物とほぼ同じ姿をした怪獣であった。胸には棺にもあった
紋様――ノンマルトの印が刻まれている。
 ノンマルトの直接の配下であり、守り神でもある神獣ザバンギである。
『! あっちが本命かッ!』
 一心不乱に防衛軍施設に向かい始めるザバンギの方へ回り込もうとしたゼロだったが、
それをエレキングたちにさえぎられた。こっちが足止めされてしまった。
『くそッ、邪魔だお前ら!』
 どうにか怪獣たちのディフェンスを抜けようとするゼロだが、五体の怪獣はしつこくゼロの
前に立ちふさがる。このままではザバンギが施設を襲ってしまう。
 しかしその時に、カザモリの声が響き渡った。
「ウインダム、ミクラス、行け!」
 同時に二つの光がザバンギの前で膨らみ、二体の怪獣の姿に変化した。
「グワアアアアアアア!」
「グアアアアアアアア!」
『カプセル怪獣……!』
 ゼロもよく見覚えのあるウインダムとミクラスの姿。しかしゼロが出したものではない。
彼のカプセル怪獣は、デルフリンガー同様に連れてこられないので現実世界に置いてきている。
 このカプセル怪獣は、本の世界のセブンのものだ。ゼロの応援として、送り出してくれた
ものに違いない。
「デュワッ!」
 そしてカザモリ自身もまた、ウルトラアイを装着してウルトラセブンに変身したのであった。
 変身を完了したセブンは等身大のまま一旦空に飛び上がり、垂直落下して防衛軍施設の
地下に突入。そのままオメガファイルの元まで向かっていく。
 これを見届けたゼロが、一層の活力に溢れて怪獣軍団に向き直った。
『ウルトラセブンが頑張ってるんだ……。そいつを無駄にはさせねぇぜ! 来るなら来やがれッ!』
 ザバンギにぶつかっていくウインダム、ミクラスとも同調するように、ゼロは一気に怪獣たちの
間に切り込んでいった!

431ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/09(月) 01:28:02 ID:iyLiJ5JY
ここまでです。
明日を懸けた対決。

432ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 20:54:57 ID:LzEFD1MA
あけましておめでとうございます、皆さん。ウルトラ5番目の使い魔、53話できました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

433ウルトラ5番目の使い魔 53話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 20:56:56 ID:LzEFD1MA
 第53話
 始祖という人
 
 未来怪獣アラドス 登場!
 
 
 長い、本当に長かった夜が明けようとしていた。
 
『メタリウム光線!』
『ガルネイトボンバー!』
 
 ウルトラマンAとウルトラマンダイナの必殺技が、ゼブブとビゾームに炸裂する。
 陽光取り戻したトリスタニアにあって、二大怪獣の最期が、そして破滅招来体の陰謀の終幕がやってきたのだ。
 まずはビゾームがガルネイトボンバーの灼熱の奔流に焼かれ、微塵の破片に爆裂しながら焼き尽くされた。
 そしてゼブブもメタリウム光線に貫かれ、断末魔の叫びをあげながら最期を迎えていた。
「ぐわあぁっ! ま、まさかぁっ。で、ですが覚えておきなさい。我らはただの使いに過ぎないということを。人間たちが愚かな行為を続ける限り、いずれ主がこの星をーっ!」
 捨て台詞を残し、ゼブブもまた大爆発を起こし、微塵の破片になってトリスタニアの地に舞い散った。
 破滅招来体の二大怪獣の最期。それと同時に、残っていたドビシやカイザードビシもすべて活動を停止した。
 構えを解くふたりのウルトラマン。爆発の轟音が収まると、辺りは静寂に包まれ、ふたりのカラータイマーの音だけが規則的に流れる。
 終わったのか……? 人々は、長く続いた悪夢のような戦いがこれでやっと終わったのかということがすぐには納得できず、押し黙った。しかし、ドビシの黒雲が取り払われて青さを取り戻した空からさんさんと降り注いでくる陽光に肌を温められ、穏やかな風がすっとほおをなでていったのを感じると、困惑は一転して歓喜の叫び声に変わった。
「やった、ついに、ついに、これで、これで」
「トリステインに、ハルケギニアに朝が戻ってきたんだ。ばんざーい!」
「これで戦争も終わる。生きて帰れるのか、夢のようだ」
 ドビシに空が覆われてから今日まで、何ヶ月もの間人々は二度と朝が来ない恐怖に耐えてきたが、それがついに終わりを告げたのだ。

434ウルトラ5番目の使い魔 53話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 20:58:07 ID:LzEFD1MA
 太陽は再び空に輝き、雲は白く空は青い。そんな当たり前のことがこんなにうれしいとは、多くの人々にとって想像したこともなかった。太陽とは、まさに自然が与えてくれる最高の恵みであり、光とは人間にとってなくてはならない支えだったのだ。
 失ってみて初めて人はそのものの価値を知ることが出来る。今度の戦いでは、多くの人がそれを実感したに違いない。太陽しかり、大切な人しかり、国や信仰しかり、なにげなくあるそんなものでも、まさに『タダより高いものはない』のだ。
 そして、これで俺たちの役割も終わったと、エースとダイナはうなづき合うと、共に青空を見上げて飛び立った。
「ショワッチ!」
「デュワッ!」
 自然の輝きを取り戻した空へ飛んでいく、銀色の巨人と赤い巨人。それが真に戦いの終幕を告げ、人々は太陽に向かって消えていく平和の使者を見送った。
 
 だが、戦いは終わっても、まだ戦争は閉幕ではない。後始末が残っている。むしろ、そちらのほうが難題かもしれない。
 ロマリア教皇が侵略者であり怪物だったという事実は、人々の拠り所であった信仰心を根底からひっくり返すものだった。ブリミル教はハルケギニアの人間の精神の根幹を成す土台であり、簡単に代替の効くものではない。想像してみるといい、あなたにとって長年尊敬してきた親や教師が本当は悪人だったとしたら、はたしてあなたは平静でいられるだろうか?
 ブリミル教は正しいのか? それとも悪魔の造形物なのか? その答えを教えてくれる人は、この世界にひとりしかいない。人々の眼差しは自然と、トリスタニアの城壁の上で立っているブリミルその人に向けられ、やがてブリミルのところにアンリエッタとウェールズが飛竜に運ばれて駆けつけ、その前にひざまづいた。
「始祖ブリミル、お目にかかることができ、心から光栄であります」
「いやいや、よしてくれ。僕はそんな、人に頭を下げられるような立派な人間じゃないよ。まあ、君たちの立場じゃ対面上仕方ないかな。なら、せめて顔くらいは上げてもらえるかい?」
「は、はい……」
 ブリミルの穏やかというか、暢気ささえ感じられる声に、アンリエッタとウェールズは緊張しつつも顔を上げてブリミルの姿を見た。
 そこにいたのは、どこにでもいるような普通の青年だった。教皇のような聖人のオーラなどは微塵も無く、美男子でもなければたくましくもない。衣服も何度も繕い直された跡が見えて、どちらかといえばみすぼらしいとさえ言えた。
 しかし、この平凡な青年こそがハルケギニアの基礎を築いた偉大な男なのだ。声も以前始祖の首飾りから聞こえてきたものとまったく同じ。とてもそうは見えなくても、先ほどの戦いで見せた、人知を超えた虚無の力がなによりの証拠。だが始祖ブリミルといえば六千年も昔の人物だ、それがどうして今の時代に降臨なされたのか、ウェールズが畏れながらそれを尋ねると、ブリミルは複雑な表情をしつつ答えた。
「うーん、説明は難しいけど……一言で言えば、僕は時を越えてやってきたんだ」
「時を、でありますか?」
「そう、僕は昨日まで、今から六千年前の世界を旅していたんだ。けど、未来で子孫たちが大変なことになってるってお告げを受けてね。神様の奇跡でこの時代にやってきたってわけさ」
 これはブリミルがとっさに思いついた方便であった。聡明な彼は、本当のことを話すのはなにかと面倒だと判断し、奇跡という名目で、そのあたりのお茶を濁したのだった。要は、大切なところが伝わればいい。

435ウルトラ5番目の使い魔 53話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 20:59:13 ID:LzEFD1MA
「すると、あなたは我々の知っている始祖ブリミルとは……」
「察しが早くて助かるね。正確に言えば、僕は君たちが信仰してる始祖ブリミルであって、そうではない。君たちの知っている始祖ブリミルというのは、なにもかもを終えて亡くなった後のものだろう? 僕はまだ、このとおりの若造さ。君たちが子孫なのはなんとなくわかるけど、僕自身はまだ子供のひとりもいないよ」
 若かりしころの始祖ブリミル……ウェールズとアンリエッタは、目の前のブリミルが自分たちと同じくらいの年齢である理由がまたとんでもないことを知って驚いた。このブリミルは化身でもなければ幽霊でもない。生前の始祖ブリミル、ご本人なのだ。
 だが、まさかブリミルがこんな平凡な容姿の人間だったなどとは誰が想像しただろうか? ブリミルの素性に関してはロマリアが独占していたので、ハルケギニアの基礎を築いた偉大なメイジということ以外はほとんど知られておらず、その素顔についても、始祖の姿を偶像化することは不敬だということで、始祖像は意図的に形が崩されているために伝わっていない。地球で、ブッダがパンチパーマみたいな頭をしていたり、イエスが某有名ミュージシャンみたいな顔していたりみたいなイメージがあるのと違って何も無いのだ。
 これが素の始祖ブリミル……アンリエッタは、すがるように尋ねかけた。
「始祖ブリミルよ、どうか、お教えください」
「どう、とは、どういうことかな?」
「わたしたち、この時代の民は、ハルケギニアを築いたとされるあなたの教えを心のよりどころとして今日まで生きてきました。けれど、その教えを伝えてきた教皇は悪魔の使いで、わたしたちは何が真実なのかわからなくなってしまったのです。どうか、始祖ブリミルご本人の口からお教えください。我々は、いったいなにを信じればよいのでしょう?」
 それは、全ハルケギニア人の懇願の代表であった。教皇の作った幻影の魔法の効力はまだ残り、世界中の人々がこの場を注視している。
 崩れてしまったブリミル教の信頼。しかし人は心になんの支えも無く生きていけるほど強くは無い。何百万もの人々が答えを待ち望み、そしてブリミルは口を開いた。
「うーん……僕にはもう、君たちに教えることは残ってないと思うよ」
「えっ、それはどういう」
「君たちはもう、僕らの時代で夢見た世界を実現してくれている。僕らの時代、ハルケギニアには本当になにもなかった。それを、ここまで繁栄した世界にしてくれたんだ。感無量だよ」
「ですがわたくしたちは、まだあの教皇のような悪魔の甘言に乗り、愚かな戦争を繰り返す未熟な者たちです。正義と平和には、ほど遠い世界です」
「そうだね。けど、僕のような過去の人間から見れば、今のこの世界は夢のようなところだ。大切なのは、そこじゃないかな? 君たちは、今の世界で自分の信じるものを信じて、昔の人間から見たらすばらしいと思える世界を作った。つまりそれは、君たちのやってきたことが、全部ではないにせよ正しかったということだと思うよ」
 ブリミルの言葉を受けて、アンリエッタとウェールズの顔に少し赤みが差した。

436ウルトラ5番目の使い魔 53話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:01:12 ID:LzEFD1MA
「もし君たちのやってきたことが間違いなら、世界はとっくに滅んでいてもおかしくないだろう。でも、君たちは今こうして破滅を乗り越えている。それが証拠さ」
「しかし、我々の信じてきたブリミル教の教えは、悪魔の使いたちが広めていたものです」
「それでもさ。例え言い出したのが悪者でも、それで救われて、自分を不幸じゃないと思えるようになれる人がいるなら、それはいい教えだってことだよ。逆に、たとえ僕が言い出したことでも、それで迷惑してる人がいるなら、それは間違った教えだってことだ」
「教えは、誰が言い出すかは問題ではないということですか?」
「僕はそう思うよ。この世には、救う人もいれば救われる人もいる。たとえ救おうとする人に下心があっても、それで救われた人にとってはその人は神様さ。そうだね……ちょっとしたたとえ話をするけど、僕の率いているキャラバンに、小さな子供のいるお母さんがいるんだ。ある日、その子供がお母さんのためにと、ちょっとしたお手伝いをしたことがあった。その子は、お母さんに褒められたいという下心があったかもしれないけど、お母さんはとても喜んだ。だから僕は、その子供のやったことをとても尊いと思っているんだ」
 その言葉に、世界中で神父やシスターが泣いていた。
「教えはしょせん言葉さ。誰が言い出したものでも、正しく使えば人を救えるし、悪用すれば不幸にしてしまう。だから君たちは、無理に考えを変える必要なんてない。これまでに、よいと思ってきたことは続ければいいさ。今日より明日がよい日になるよう、努力し続けながらね」
 これで、ハルケギニア中のブリミル教の関係者たちが救われた。教皇が侵略者であったとしても、世界中のほとんどの神父やシスターは善意で働いていたのだ。ブリミル教の根幹が否定されて、彼らは絶望の淵にいたところを救われた。人のためになるのなら、今の教えを変えなくてもいい。彼らの存在意義は、消えなくてすんだのだ。
 だが、もうひとつ重大な疑問が残っている。
「我々も、子孫がよりよい世界を築けるよう努力します。ですが、我々は始祖のため、神のためとすでに争いを起こしてしまいました。同じ過ちを繰り返さないために、もうひとつお答えください。あなたは、その……そちらのご婦人とはどういうご関係なのですか?」
 非常に言いづらそうながらもアンリエッタが問いかけた先には、話を見守っていたサーシャがいた。
「ああ、僕の使い魔だよ。もっとも、使い魔らしいことはほとんどしてくれないけど」
「なによ、救世主らしくない救世主に言われたくないわね」
 むっとして、サーシャはブリミルの隣に並んだ。すると、平凡な容姿のブリミルに対して、美貌のサーシャの姿が映えて輝くように見えた。

437ウルトラ5番目の使い魔 53話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:05:37 ID:LzEFD1MA
 けれども、サーシャの長い耳は、ハルケギニアの人間が長年畏怖してきたエルフのものである。それが、どうして始祖ブリミルと……? その疑問に対して、ブリミルはアンリエッタたちにこう答えた。
「彼女は、使い魔であると同時に僕のパートナーでもある。僕らの時代に、世界はほとんど破壊されつくして、あらゆる種族はほんの一握りしか生き残れなかった。彼女も、エルフの数少ない生き残りのひとりなんだ」
「そんな……いったい、始祖の時代に何があったというのですか?」
「巨大な侵略さ。僕らの世界を、ある日突然正体不明の悪魔のような敵が襲ってきた。数え切れないほどの怪獣や怪物に蹂躙されて、僕らの築いた文明は一度完全に滅ぼされてしまった。僕らはその攻撃に耐えながら、なんとか世界の復興を目指して旅をしているんだ」
 そんなことが……そういえば、始祖の首飾りにあったメッセージでもそれを知らせていた。ヴァリヤーグと呼ばれる強大な勢力との戦い、人々はそれを思い出した。
 すると、サーシャが「見せたほうが早いわよ」と言うと、ブリミルは杖を振るって『イリュージョン』の魔法を使った。そうすると、空に六千年前のハルケギニアの世界が映し出された。
 
 以前に始祖の首飾りに残されていた『記録』の魔法が見せてくれたものと同じ、完全に滅亡した文明の光景。それは人々を再び戦慄に陥れた。
 だが、そこを旅する一行の姿が映し出されると、人々は別の驚きに目を奪われた。
 ブリミルの率いるキャラバン隊……それは、あらゆる種族が共に生きている姿だった。翼人もいればエルフもいる。獣人や、ほかの亜人、まったく見たことも無い生き物も含めて、むしろ人間のほうが少ないのではと思うくらいに、異種族が混ぜあって助け合いながら旅をしていたのだ。
 今のハルケギニアではとても考えられない姿。あらゆる種族が、始祖ブリミルとともに助け合って生きている。これが、六千年前の真実だというのか。
 
 ブリミルは杖を振って幻影を消すと、再びアンリエッタとウェールズを見た。
「僕は、君たちのこの時代では伝説扱いみたいだけど、僕自身は僕の仲間たちと平和な世界を取り戻したくて戦っているだけさ。だから僕が君たちに望むのはただひとつ、君たち子孫が平和な世界で仲良く生き続ける。それだけさ」
 それを聞いて、ウェールズやアンリエッタだけでなく、多くの人々が涙を流していた。
「も、申し訳ありません。始祖の時代には、すべての生き物が手を取り合い生きていたというのに、わたくしたちは何千年も人間以外はすべて敵だという歴史を歩んできてしまいました」
 アンリエッタは嗚咽を漏らしながら懺悔した。自分もエルフとの和解を求めて、サハラに使者を差し向けたりもしたが、それはヤプールの攻撃に対抗するためという理由があってのことだ。
 しかしブリミルは咎める様子も無く言った。
「気にすることは無いさ。親子や兄弟だって争うことはあるんだ、ましてや違う種族同士が共存するのは難しいのはわかってる。僕らのときは数十人でも、何千何万と多くなれば軋轢も増えるよね」
 ブリミルはすべてを才人から聞いて知っていた。未来が理想郷などではないことを。けれど、彼はそんな未来を否定してはいなかった。

438ウルトラ5番目の使い魔 53話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:06:29 ID:LzEFD1MA
「人間ってさ、できることよりできないことのほうが多いからこそ素晴らしいんだと僕は思う。誰かと仲良くしたいけどできないってのもそれさ。僕だって、サーシャはすぐ怒るし」
「九割方あんたが原因でしょうが」
 こつんとサーシャにこづかれて、ブリミルは照れたような表情を見せた。
「でもね、できないことがあるからこそ、できることを夢見れるし、できたときにそれを大切にできると思うんだ。今、人間と人間以外が分かれているとしても、だからこそ結ばれたときに強い絆が生まれるかもしれない。それはとてもうれしいことじゃないか」
「では、ではもう我々は、エルフとも誰とも、戦わなくてもよいのですか?」
「それは僕が決めることじゃあない。人間という種族だって善人がいれば悪人もいる。何より僕の子孫だって、君たちのような者もいればさっきの教皇のような連中だっているのは見てきただろう? 今のエルフがどういうものなのかは君たちが見て決めるんだ。それで、友とできるなら手を取り合えばいい。無理だと思うなら離れればいい。ただ、エルフと人間はそんなに遠いものじゃない。君たちは僕の子孫であると同時に、おそらくサーシャの子孫だ」
 えっ? と、ウェールズとアンリエッタだけでなく、話をじっと聞いていた人々も思った。
”自分たちが、エルフの子孫? 自分たちの中に、エルフの血が流れている?”
 すると、ブリミルとサーシャは少し恥ずかしそうに言った。
「まあ、正直に話すと、僕とサーシャはその……もう、付き合ってるんだ。実は」
「し、しょうがないじゃない。こんなマイペースで能天気な男、私が守ってあげなきゃどうなるかわかんないもの」
 それは単純に、若いカップルの姿そのものであった。
 だが考えてみれば当然のことだ。始祖ブリミルに子孫がいるということは、当たり前だが伴侶がいないといけない。ただ、それがまさかエルフだったとは、想像を絶していた。
「僕らだけじゃないさ。君らもさっき見たろ? 僕らのキャラバンでは、もう種族を超えた恋仲や夫婦はたくさんいる。遠い時間で、この時代では血が薄れてしまったかもしれないけど、種族そのものが変わりきるなんてことは早々ないよ。無理にとは言わないけど、勇気を持って手を差し伸べてみてほしい。それでダメなら別の誰かに握手を申し込めばいい。そうしてるうちに、いつか君の手を握り返してくれる誰かに巡りあえるだろう。少なくとも僕は、君たち子孫に無駄な血を流してもらいたいなんて思ってないよ」
「はい……始祖ブリミル、やはりあなたは偉大なお方です」
 感涙しているウェールズに、ブリミルは照れくさそうにするばかりだった。

439ウルトラ5番目の使い魔 53話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:08:20 ID:LzEFD1MA
「そうかしこまらないでくれよ。僕はむしろ、君たち子孫に大変な役目を押し付けてすまないと思ってる。でも、もしも壁を乗り越えられたときには、君たちの未来はもっと広く羽ばたけるはずさ。もしもくじけそうなときは、遠い昔にあった小さなキャラバンのことを思い出してくれれば、僕は満足だよ」
「お心に添えるよう、ハルケギニアの民を代表して約束します。今は無理かもしれない、百年後でも無理かもしれない。けれど、いつかハルケギニアに、いかなる種族であろうと手を取り合える理想郷を作り上げるために、努力を怠らないことを!」
 ウェールズの言葉に、人々のあいだからわっと歓声があがった。
 もうエルフとの戦争なんかしなくてもいい。意味の無い恐怖に怯える必要はないんだ。
 これからブリミル教の経典から、エルフを敵視する記述は削除されていくだろう。いや、教皇が消えた今、ブリミル教自体が大きな変換を余儀なくされていくに違いない。
 時代は変わる。その中で、人もものも変われなければ生き残ってはいけない。
 トリステイン、アルビオン、そしてロマリアも新たな息吹を得て生まれ変わる。しかし、まだそうはいけない国がある、ガリアだ。
「我々はこれから、いったい誰を王とあおげばいいのだろう?」
 ガリア軍は教皇をあおぎ、教皇の認定したジョゼフを王として戦ってきた。しかし教皇は敵で、ジョゼフの権威も同時になくなった。ガリアの将兵たちは君主を失い、どうしていいかわからなくなってしまったのだ。
 もうジョゼフを王とはあおげない。ならば他国に吸収されるしかないけれど、彼らにもガリア人としての誇りがあった。
 始祖ブリミルよ。我々はいったいどうしたら……? ガリア人の哀願する眼差しが向けられるが、ブリミルにもそれはどうしようもなかった。
 ところがである。竜騎士たちも全員地に降りてひざまずいているところへ、かなたの空から一頭の竜がすごい速さでこちらへ近づいてくる羽音が聞こえてきたのだ。
「風竜? こんなときに一体誰だ?」
「まさか、始祖に仇なさんと無能王が送り込んできた刺客では」
 場が騒然となり始める。しかし、飛んでくる竜の姿が鮮明になってくると、アンリエッタははっとして迎撃態勢に入っていた者たちに命じた。
「待ちなさい! あれは敵ではありません。どうやらこちらに降りてくるようです。そのままで、手を出してはいけません」
 メイジたちが杖を下ろすと、こちらに撃ち落す意思がないことを確認したのか、竜はまっすぐに彼らのいる城壁の上へと降りてきた。
 それはアンリエッタの思い出したとおり、青い風竜シルフィード。その背からはキュルケと、アンリエッタも行方を心配していた青い髪の少女が降りてきたのだ。

440ウルトラ5番目の使い魔 53話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:11:24 ID:LzEFD1MA
「ミス・タバサ。いえ、ミス・シャルロット殿、あなたもご無事でしたか」
「アンリエッタ女王陛下、お久しぶりです。わたしも、つい先ほどハルケギニアに舞い戻ってきました。事情は理解しています、失礼ながら話は後で」
 タバサはアンリエッタに対して、彼女らしからぬほどの早口であいさつを済ませると、ブリミルのもとにひざまづいた。
「始祖ブリミル、お初にお目にかかります。わたしは……」
「いいよ、僕に気を使わなくても。君は君の役割があって来たんだろう? 僕の権威が役に立つなら好きにしなさい。今のうちだよ」
 後半部分を小声で告げたブリミルに、タバサは思わずびくりとした。やはりこの人はただのお人よしではない、自分と同様に、数多くの修羅場をくぐってきた洞察力を持っている。
 しかし、味方だ。タバサは後ろめたさを感じながらも、ブリミルの言葉に全面的に甘えさせてもらうことを決めた。自分には似つかわしくない仕事かもしれないが、父と母の愛した祖国であるガリアを滅亡から救えるのは自分しかいないのだ。
「ここに集まったガリアの民よ、わたしの話を聞いて欲しい」
 城壁の上からタバサはガリア軍に呼びかけた。すると、ガリア軍の視線がタバサに集まる。今のタバサはこの世界に戻ってきたときのXIGの制服ではなく、ベアトリスに貸してもらった社交用のドレスを身にまとっている。急いでいたが、幸いサイズが近くて助かった。
 その身をさらしたタバサの姿を、ガリアの将兵たちはまじまじと見つめた。
 
”誰だ? あれは”
”可憐な令嬢だ。どこぞの姫君か? いや、まてよ、あの青い髪は……まさか!”
”思い出した! あのお顔、若かりしころのオルレアン夫人とそっくりだ”
”いいや、俺はヴィルサルテイル宮殿で何度も見た。イザベラ様から口止めされていたが、あのお方は”
 
 ざわざわと、ガリアの将兵たちに動揺が広がっていく。
 そしてその波がある一点に達したところで、タバサは意を決して口を開いた。
「わたしは、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。現ガリア王ジョゼフ一世の弟、故シャルル大公の一子です」
 どよめきが驚愕に変わり、その機を逃さずにタバサは一気に畳み掛けた。

441ウルトラ5番目の使い魔 53話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:12:34 ID:LzEFD1MA
「わたしは今日までジョゼフの手により幽閉されていましたが、心ある人々の手で解放されてここに来ました。そして今ここで、始祖の命を受けてわたしは宣言します。ガリア王国を凶王の手から解放し、正当なる持ち主の手に取り返すことを」
 地を揺るがすほどの歓呼の叫びがガリア軍からあげられた。
 故・オルレアン公の子女がまだ生きていた! かつて神童と呼ばれたオルレアン公の名声を覚えていない者はガリアにはいない。先王が亡くなった時に、オルレアン公が跡継ぎになればと願ったのはガリア国民のほとんどであったろう。しかしオルレアン公は不慮の死を遂げられ、あの無能王ジョゼフの治世になってしまった。
 だが、神はガリアを見捨ててはいなかった。オルレアン公の子ならば、きっとガリアを正しい方向に導いてくださるに違いない。シャルロット姫万歳という叫びが次々とあがる。
 けれども、タバサはその歓呼のうねりを冷めた目で見ていた。我ながらなんとらしくない台詞を言っているのだろうとという気恥ずかしさもあるが、これはガリア王国が本当にギリギリまで追い込まれてしまっているという証拠の光景でもあるのだ。もし誰かがまとめなければ、ジョゼフに従わないガリアの貴族や軍人は互いに主導権を争って分裂し、ガリア王国はいくつかの小国に分裂した後に周辺国に吸収されて消滅するのはタバサなら容易に予想できた。
 だからこそ、不本意でもやるしかない。イザベラがいない今、ガリアの正当な血統を主張できるのは自分のほかにいない。
「ガリアの民たちよ。これまでの理不尽な仕打ちに耐えて、よく今日まで生き残ってくれました。申し訳ありませんが、もう少しの辛抱をお願いします。ですがこれよりは、わたしがあなた方と苦難を分かち合います。そして遠からぬ日に、平和なガリアを取り戻しましょう」
 ガリアの将兵たちは涙を流しながら喜びに打ち震えた。いまやタバサの姿は彼らには女王そのものに見え、その凛々しい姿を街の一角からジルも頼もしそうに見ていた。
 もちろん、タバサの姿はイリュージョンのビジョンを通して世界中、むろんガリアにも映し出されており、グラン・トロワではジョゼフがシェフィールドを前に呵呵大笑していた。
「シャルロットめ、やはり生きておったか。まったく、なんという強運、いやなんという才能か。シャルルよ、見ているか? お前の娘はすごいぞ。俺の姑息な策略で始末するのはやはり無理だったようだ。そして今、すべての運命が俺に死ねと言って迫ってきているようだ。その上無い愉快だと思わんか、なあミューズよ」
「はい、ジョゼフ様。これは聖戦などよりも、よほど楽しみがいのあるゲームになってきたようですわね。それだけでも、教皇と組んだのは正解だったでありましょう」
「まったくだ。この世は俺などの乏しい想像力では計りしれん理不尽で満ちている。さあミューズよ、シャルロットのために舞台を整えようではないか。次が正真正銘、俺とシャルロットの最後のゲームになることだろう」
「はい、御心のままに」
 シャルロットが来る。亡き弟の忘れ形見が、かつてない力で自分の首を取りに来る。素晴らしい、さあいつでも来るがいい。俺は逃げも隠れもしない。俺とお前の死、どちらでもいい。すべてを失ったその先に、俺の欲するあれを見せてくれ。
 ジョゼフの形無き挑戦状。タバサはここに立ったときから、それを受ける決意を固めていた。
 どのみち遅かれ早かれ、あの男とは決着をつけねばならないのだ。父の仇を取るためにも、もうこれ以上、ガリア王家のために運命を狂わされる人を作ってはいけないためにも。
 そのためには何でもしてやる。タバサは、アンリエッタとウェールズに向かい合うと、軽くだが頭を垂れて言った。

442ウルトラ5番目の使い魔 53話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:17:01 ID:LzEFD1MA
「お聞きのとおりです。ウェールズ国王陛下、アンリエッタ女王陛下。わたくしはガリア王家の正統後継者として、ガリア王国を凶王より奪還する使命を負いました。つきましては、両陛下にお願いしたきことが」
「わかっている。ガリア王国に秩序と平和を取り戻すためならば、我らは協力を惜しむものではない。ただし」
「援助は、資金および食料医薬品などの物資に限っておこないます。兵力、武器の提供は一切いたしません。それでよろしいですね?」
「アルビオンとトリステインの友情に、ガリア国民を代表して感謝いたします」
 三人とも、国政に触れたことのある身ならばわかっていた。ハルケギニアの安定のためにガリア王国の奪還が急務だとしても、ガリアの内戦に他国が直接的に介入しては後に遺恨を残すであろう。もしトリステインやアルビオン軍がガリアに入れば、抜け目ないゲルマニアが干渉してきて戦後の政治的にもガリアが不利になる。ガリアはなんとしてでも、ガリア人のみの手で奪還しなくてはならない。
 それでも、トリステインとアルビオンの後ろ盾が得られるのはありがたい。あのジョゼフに対して、正攻法の戦力がどれほどあてになるのかはわからないが、少なくとも将兵や国民たちの安心感は増すだろう。
 もちろん、トリステインとアルビオンにとってもガリアが安定して友好国になるのは望ましいことだ。ここに、暫定的、簡易的ながらも三国の同盟が結ばれ、アンリエッタ、ウェールズ、タバサの三者が手を取り合うと、今度はトリスタニア中から歓声があがった。
 人々は戦争の終結と、新たな秩序の到来の予感に沸き、希望という光が世に満ち満ちていく。
 そして、それを見届けると、ブリミルはサーシャを促して、三人の王族に告げた。
「さて、それじゃ僕の役目もこれまでのようだね。そろそろ僕らは、ここらでお暇することにするよ」
「えっ? お、お待ちください始祖ブリミル! わたしたちは、まだあなたはお教えいただきたいことがあるのです」
「僕が全部言って、君たちはそれを守るだけで、君たちはそれを子孫に誇れるのかい? 僕らはしょせん、大昔の人間さ。この時代の行く先は、この時代の君たちが考えて作るんだ。わかるだろ?」
 ブリミルが杖を振ると、彼の前に光る鏡のようなゲートが現れた。始祖の奇跡はここまで……三人はそれを認め、ひざまずいて最上級の礼をとると、ウェールズが代表して最後のあいさつをした。
「わかりました。始祖ブリミル、わたしたちは、あなたの残してくださったハルケギニアを、未来永劫守り続けていくことを誓います」
「がんばってくれよ、子孫たち。まあ僕は、人を傷つけたり、奪ったり、騙したり、そうした悪いことはしないで生きてくれれば大体なにやっても気にしないよ。じゃあね、僕らは過去でがんばるからさ」
「こいつの面倒は私たちでちゃんと見るから気にしなくていいわよ。それじゃ、期待してるからね。さよならっ」
 ブリミルとサーシャが鏡をくぐると、鏡はすっと消えうせて、あとには三人の王族のみが残された。
 まるですべてが長い夢であったかのようだ。だが、夢ではない。その証拠に、今の彼らは白い陽光をその全身に受け、誰と争う必要もない平和の穏やかさの中に包まれている。

443ウルトラ5番目の使い魔 53話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:18:54 ID:LzEFD1MA
 そう、目を開けたまま見る夢。長い悪夢がようやく終結したのだ。もはや太陽をさえぎるものはなにもなく、冷え切っていたハルケギニアに暖かさが帰ってきた。
 しかし、これはエピローグではない。むしろプロローグなのだ。アンリエッタは立ち上がると、空で消えかけているイリュージョンのビジョンにも届くように、あらん限りの声で叫んだ。
 
「トリステインの、アルビオンの、ゲルマニアの、ガリアの、ロマリアの、ハルケギニアのすべての人々に告げます。長く続いた偽りの夜は、今ここに終わりました。我らの頭上に、再び朝が帰ってきたのです。ですが、これは終わりではありません。偽のブリミル教によって狂わされた流れを正し、本当の始祖の御心に答えられる世界を作り上げるための戦いがこれから始まるのです。恐れることはありません。始祖は道を示してくれました。しかし道を歩まねばならないのは我々です。全世界の皆さん、皆で歩きましょう、共に汗を流し、苦労しましょう。六千年前に無人の荒野を歩んだ始祖ブリミルに習い、始祖の夢見た恐怖と破壊なき世界を、わたくしたちの子孫に残すための旅路を始めようではありませんか!」
 
 全世界からどっと歓声があがった。心ある者たちは始祖に感謝し、その御心に応えることを誓った。
 だが、その道筋はたいへんに険しい。教皇を失ったロマリアでは大混乱が起こるだろうし、これまで富を独占してきた神官たちも無事ではすまないだろう。
 世界中でもブリミル教の教義の切り替えで論争が起こるであろうし、信者たちに作り直した教義を納得させるのも大変だ。
 しかし、困難が待っているからといって何もしないのでは永遠に迷いから抜け出すことはできない。どんな不幸のどん底でも、自分で自分を助けようとあがきもしない人間は、芽を出さない種に水をやる人がいないように誰からも見放されていく。世界は、優しくはあっても甘くはないのだ。
 
 アンリエッタに続いてウェールズとタバサからも戦争の終結と未来への抱負が宣言され、続いてガリアとロマリア軍の武装解除が指示された。
「平民は剣を、メイジは氏名明記の上で杖を提出してください。帰国までの期間、トリステインが責任を持って預かります」
 戦争は終わったが、武器を持った人間はそれだけで脅威となる。今日までの戦争で互いに恨みつらみが重なってもいるので、面倒だがこれは必要な処置だった。
 ガリアとロマリアの将軍たちに命令されて、兵たちは続々と装備を捨てていった。始祖の威光がじゅうぶんに効いているので、秩序は保たれて混乱はほとんどない。メイジの命とも言える杖を手放すことについても、食料の配給券と引き換えであるので、ほぼ全員が素直に従った。
 この他にも、細かな指示はいろいろあるが、落ち着いたらロマリア軍は順次帰国、ガリア軍はトリステインの管理下に置かれつつ、いずれ起こるガリア奪還までの間、奉仕活動をしつつ再編に励むことになるだろう。
 平和の足音は聞こえてきた。しかしまだドアの先までやってきただけで、もてなしの準備を怠ればノックすることなく去っていってしまうだろう。

444ウルトラ5番目の使い魔 53話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:21:14 ID:LzEFD1MA
 本当に、すべてはこれからだ。我々が努力すれば、始祖はきっと見守っていてくださる。逆に努力を怠り愚行を繰り返せば、ゼブブが言い残したように破滅招来体によって今度こそハルケギニアは滅亡させられてしまうだろう。
 
 
 偉大なる聖人、始祖ブリミルへの信仰は消えるどころか強まってハルケギニアに広まっていった。
 六千年前の過去へと帰られた始祖ブリミルに誓って……と思われた始祖ブリミルだったが……実は、まだ帰っていなかった。
 あれからざっと半日後。ブリミルとサーシャは王宮の一室で夕食のもてなしを受けていた。
「うまいうまいうまい、こんなご馳走何年ぶりだろう。ああ、もう手が止まらない。涙が出てきたよ」
「ちょっと、もっと品よく食べなさいよ。私まで恥ずかしくなるじゃない。あ、おかわりお願いね、もう面倒だから鍋ごと持ってきてーっ」
「あ、あの。料理はまだありますから、どうか落ち着いて落ち着いて」
 普段は王族の食事で使われるホールで、ブリミルとサーシャは大量の料理をかきこんでいた。
 あっという間に、テーブルいっぱいの料理の皿が次々と空になっていく。その傍らでは、アンリエッタがルイズといっしょにそれをなかば呆然と見守っていた。
「す、すごい食欲ですわね。あのルイズ、ものすごく不敬に当たるとは思うのですが、あの方々はわたくしたちのご先祖様で間違いないのですよね?」
「は、はあ……なんとなくそんな感じはするんですけれども。自信なくなってきました」
 ふたりとも、始祖ブリミルが自分たちのイメージする聖人の形とはかなり懸け離れた人物なのは飲み込んだつもりでいたが、やっぱり身近でまじまじと見ると信仰が揺らぎそうになるのを感じていた。
 なお、食客はこの二人だけではない。
「てかサイト! あんたもいっしょになっていつまでバクバク食べてるのよ」
「モグモグ……仕方ねえだろ。あっちの時代じゃまともな料理なんて滅多に手に入らねえんだから、食えるときに食いだめする習慣がついちまってるんだよ」
 もう何ヶ月もいっしょにいたせいで才人もすっかりブリミルたちと同じ習慣に染まってしまっていた。行儀が悪いとは思っても、六千年前では本当にわずかな食料も無駄にできなかったし、食べ物を残すなどはもってのほかであったのだ。
 戦中の城であったので、あまり豪勢にとはいかなかったものの、それでも三人で十人前くらいはたいらげてやっと食事は終わった。
「ふぅ、食べた食べた。満腹で苦しいなんて、ほんともう何年ぶりかなあ。こんないい時代に連れてきてくれて、サイトくんには感謝しなくちゃねえ」
「なに言ってるんですか? てっきり帰ったのかと思ったら、物影から出てきて「サイトくん、ちょっとちょっと」って声かけられたときはびっくりしたぜ。そんで「おなかすいた」だもん。みんなに説明したおれの身にもなってくれよ」
 才人が、苦労したんだからなとばかりに肩をすくめると、ブリミルもすまなそうに頭をかいた。

445ウルトラ5番目の使い魔 53話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:22:40 ID:LzEFD1MA
「いやあごめんごめん。でもいくら僕でもタイムスリップする魔法なんかないもの。でもあの場にい続けたら確実に面倒なことになるじゃないか。なんとかいい具合で場をまとめた僕の努力も評価してくれよ」
 実は、あのときブリミルとサーシャが消えたのは小型の『世界扉』で、ふたりは城壁の上から街の路地に移動しただけだったのだ。
 タイムスリップしてきたのは、あくまで未来怪獣アラドスの力で、ふたりが帰るにはやはりアラドスに乗っていくしかない。そのアラドスはまだ眠り続けており、ブリミルはサーシャに目覚めるまであとどのくらいかかるのかを尋ねた。
「そうね、生命力の回復のきざしは見えるから、あの大きさの個体だと、あと半日から……遅くても一日くらいだと思うわ」
「よかった、そのくらいで済むのか……帰れなかったらさすがにまずいもんね」
 ブリミルはほっと胸をなでおろした。あっちの時代には多くの仲間を残している。万一戻れなかったり戻るのが遅れたらえらいことになるところだった。
 
 しかし、ということは最低あと半日はこちらの時代にいなければいけないということになる。ならばと、ルイズたちはこれまで謎に包まれてきた数々の事柄をブリミルに直接正していくことに決めた。
 
「ううん、あまり話したいことではないんだけどなあ。どうしても言わなきゃだめかい?」
「だめです。始祖ブリミル、この時代で起きている異変のほとんどはあなたの時代に端を発しているんです。聖地もヤプールに制圧されて久しいし、あなたが本当に子孫のことを思うのであれば、帰る前に洗いざらい説明していってください」
 ルイズに強い剣幕で押し捲られて、ブリミルはすごく困った様子であった。
 六千年前に、ブリミルが文明崩壊以前になにをしていたのか、何ヶ月もいっしょにいた才人にさえブリミルは何も語ってはくれなかった。それほどまでに語るのははばかられることなのだろうが、ルイズもここで引くわけにはいかなかった。
 聖地、虚無、あらゆる謎の答えを知っている人がここにいる。こんな機会は、逃したら絶対に二度とやってこない。
 そしてブリミルは、悩んだ末にサーシャに了解をとって、一度大きく深呼吸をするとルイズたちに答えた。
「わかった。すべてを話そう。ただ、本当におおっぴらにしては欲しくない話なんだ。聞くのは、本当に重要な人だけにしてほしい」
「わかりました。わたしたちの、信頼できる人だけを集めます。女王陛下、人払いの徹底をお願いします」
 アンリエッタはうなづき、すぐさまアニエスに命じるために室外に出て行き、ホールにはブリミルとサーシャ、才人とルイズだけが残った。

446ウルトラ5番目の使い魔 53話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:28:34 ID:LzEFD1MA
 ブリミルは決断したものの、思い出したくない過去に悩んでいるようにじっと考え込んでいる。いったいどれほどのことが彼らの過去にあったのだろう? 才人とルイズは、これから聞くことがもしかしたら「聞かなければよかった」と思うことになるかもという予感に背筋を寒くした。
 
 そして一時間後、ホールにはブリミルとサーシャの前に、才人とルイズ、アンリエッタとウェールズにタバサ。それからカリーヌ、アニエス、ミシェル、キュルケ、ティファニア、最後にエレオノールとルクシャナが固唾を呑んで立っていた。
「これはまた、けっこう大勢集まったねえ」
「すみません、これでも絞ったほうなんですが。でも、みんな口の硬さは保障します」
 やれやれと、ブリミルはため息をついた。しかし秘密厳守は徹底していて、盗聴がないように室内は調べ上げたし、入り口はアニエスとミシェルが神経を張って立っている。むろん室外も、銃士隊と魔法衛士隊が蟻の這い出る隙間もないほど固めていた。
 集まった者たちは皆、一様に緊張している。才人やルイズとの再会の喜びも冷めやらぬ間に、始祖から重大な秘密が語られようとしているのだ。
 長い間謎だった伝説が、ここに。ブリミルは集まった面々を見回すと、最後にサーシャに目をやって訪ねた。
「じゃあ、話すけどいいかな?」
「いいわ、私もサイトに未来のことを聞いたときから、いつかこの時が来るんじゃないかと思ってたの。話して、すべての始まりになった、あなたたちの一族の悲劇を」
「わかった」
 ブリミルは短く答えると、椅子から立ち上がり、その口を開いて語り始めた。
「要点から最初に話しておこう。僕は、いや僕の一族は、元々この星に住んでいた種族ではないんだ」
 
 えっ……?
 
 場を冷たい空気が包んだ。どういう、意味だ? という色が皆の顔に次々と現れ、ブリミルは沈痛な面持ちでゆっくりと続きを語っていった。
「僕は君たちに謝らなきゃいけない。とても贖罪になるようなことではないが、すべてを話すよ。僕らの一族が犯した罪と、その顛末を。なにもかもは、この時代から六千年前に、この時代では聖地と呼んでいる場所から始まった。ある日、聖地に流れ着いた一隻の船、そこに乗っていたのが僕と僕の一族、マギ族だったんだ」
 
 ブリミルの昔語り……それは、ひとつの星ならず、宇宙全体をも揺るがす大厄災のプロローグであった。
 すべては六千年前に、ほんの数千人くらいでしかないある種族が犯した罪から始まる。
 物語の暗部、伏線、裏……隠され、忘れられてきた歴史が蘇る。閉ざされた部屋の中で、灯りの炎が揺らめいて、静かにゆっくりと燃え続けていた。
 
 
 続く

447ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/01/14(土) 21:31:04 ID:LzEFD1MA
決戦すんで、今回はまとめの回となりました。
自分はあまり宗教には詳しくはないのですが、なんとかまとめたので納得していただるとうれしいです。
しかし今回はネタ仕込むすきまがほとんどなかったです。まあ真面目な話ですから、ね。

では、次回は大きく伏線回収いきます。
本年度も、完結目指して頑張ります。よろしくおねがいいたします。

448名無しさん:2017/01/15(日) 00:47:57 ID:Vgintyy.
ウルトラ乙。
ここまで凄い長かったですね。そろそろ第3部も終わりでしょうか?
ところで、アスカどこ行ったんだ?

449名無しさん:2017/01/15(日) 17:25:50 ID:Meedbyhc
おつ

450ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:10:18 ID:ztVJl3Jg
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下をさせていただきます。
開始は23:14からで。

451ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:14:11 ID:ztVJl3Jg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十三話「二冊目『わたしは地球人』(その3)」
地球原人ノンマルト
復活怪獣軍団
守護神獣ザバンギ
カプセル怪獣ウインダム
カプセル怪獣ミクラス 登場

 精神を囚われたルイズを救うため、本の世界への旅に出た才人とゼロ。二冊目は地球防衛軍が
暴走してしまっているウルトラセブンの世界。その世界は現行地球人と地球原人ノンマルトの
対立の真っ最中であった。今の地球人が外宇宙からの侵略者の子孫だという証拠であるオメガ
ファイルの開示を迫り、ノンマルトは怪獣軍団を差し向けてくる。セブンは地球人の手で真実を
明らかにし、今の地球人が地球に留まれる権利を与えるべく行動する。ゼロは彼の助けになる
べく、それまでの時間稼ぎのために怪獣たちに立ち向かう。果たしてこの世界の明日はどの方向へ
向かうのであろうか。

「キイイイイイイイイ!」
 ゼロを取り囲む五体の怪獣がいよいよ攻撃を開始してきた。一番手のエレキングが口から
楔状の放電光線を、ゼロの足元を狙って撃ってくる。
『おっと!』
 飛びすさってかわしたゼロに向かって、ダンカンが前のめりに飛び出してきた。
「ギャ――――――ア!」
 そのまま丸まって転がりながらゼロに突進していく。
 しかしゼロはダンカンが迫った瞬間に振り返ってがっしりと受け止めた。
『そんな手は食らうかッ!』
 遠くへ投げ飛ばして地面に叩きつけようとするも、そこにサルファスが硫黄ガスを噴出する。
「グルゥゥゥゥゥゥ!」
『うわッ!』
 高熱のガスを顔面に浴びせられて視界をふさがれたダンカンを手放してしまった。更に
バンデラスの全身がまばゆく発光し、強力な熱波を繰り出す。
「ウアアアア―――――ッ!」
『ぐッ!』
 高熱攻撃の連続にうめくゼロだが、これを耐えてビームゼロスパイクで反撃。
『せいッ!』
「ウオオォッ!」
 食らったバンデラスが麻痺して熱波が途切れた。今の内に反撃に転じようとしたゼロであったが、
「グオオォォォ!」
 ボラジョが高速できりもみ回転して砂嵐を発生させ、それをぶつけてきたのだ。
『くぅッ!』
 足を踏み出しかけたところに砂嵐に襲われ、踏みとどまるゼロ。が、砂嵐が収まった瞬間に
ボラジョの蔦とエレキングの尻尾が伸びてきて、己の身体に巻きつく。
「グオオォォォ!」
「キイイイイイイイイ!」
 二体の怪獣は拘束したゼロに高圧電流を食らわせる。
『ぐああぁぁッ!』
 二体がかりの攻撃にさすがに苦しむゼロ。更にバンデラスの胸部に並んでいる球体から
撃たれる怪光線も浴びせられる。
『ぐううぅぅぅッ……! さすがに苦しいぜ……!』
 五体の怪獣を同時に相手取るのはやはり、ゼロにとっても厳しい戦いだ。しかも怪獣たちは
ノンマルトの現地球人に対する積年の恨みが乗り移っているかのように猛っている。その勢いは、
簡単に抑えられるようなものではない。
 ゼロが手を焼いている一方で、ウインダムとミクラスもまたザバンギを相手にひどく苦戦を
していた。

452ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:16:34 ID:ztVJl3Jg
「グワアアアアアアア!」
「グアアアアアアアア!」
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 カプセル怪獣たちは同時にザバンギに激突していくものの、ザバンギの規格外の怪力の前に
弾き飛ばされてしまった。ザバンギはオーソドックスなタイプの怪獣であるが、ノンマルトの
守護神と称されるだけあって、その力の水準は通常の怪獣を大きく上回っているのであった。
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 ザバンギは倒れ伏したウインダムを、無情にも踏み潰そうと足を振り上げる。
「シェアッ!」
 だがその時に飛んできたゼロスラッガーがザバンギの身体を斬りつけた!
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 ダメージを負ったザバンギは後ずさり、ウインダムから離れた。その間にウインダムと
ミクラスは体勢を立て直す。
 今のスラッガーはもちろんゼロが放ったものだ。彼はボラジョとエレキングに捕まりながらも、
カプセル怪獣たちを助けるために力を振り絞ったのだ。
 そしてゼロの力はまだそんなものではない!
『あいつらが頑張ってるんだ! 俺がこんくらいで根を上げてちゃいられねぇぜッ!』
 拘束されたままストロングコロナゼロに変身すると、跳ね上がった筋力により蔦と尻尾を
振り払った。
「セェアァァッ!」
「グルゥゥゥゥゥゥ!」
「ウアアアアァァァッ!」
 自由になったゼロにすかさずサルファスとバンデラスが硫黄ガスと怪光線を放ってきたが、
ゼロはその身一つで攻撃を受け止めた。
『どぉッ!』
 そして片足を地面に振り下ろすと、凄まじい震動が起こって周囲の怪獣たちのバランスを
崩した。戦いの流れを変えることに成功した!
「ギャ――――――ア!」
 ダンカンが転がりながら突進してきたが、ゼロはカウンターとして燃え上がる鉄拳で迎え撃つ。
『せぇぇあああぁぁぁぁぁッ!』
 燃える拳がダンカンを一発で破裂させ、遂に怪獣軍団の一角を崩したのであった。
『よしッ!』
 ぐっと手を握り締めるゼロだが、その時に超感覚で防衛軍秘密施設の地下に潜行していった
セブンの様子をキャッチした。
 ゼロたちが戦っている間、セブンはオメガファイルの真実を確かめるため、棺が封印されている
最奥のシェルターに近づいていたのだが……その前に、最後まで抵抗するカジ参謀が兵士の一団を
引き連れてセブンの前に立ちはだかったのだ。
 地球防衛にこだわりすぎて、あくまで強硬姿勢を崩さないカジは、兵士たちに攻撃命令を
下したのだ。
「目標は、ウルトラセブン!」
 地球人から放たれる銃弾が、セブンに浴びせられる――。
『ぐッ……!』
 それを感じて、ゼロは己が撃たれているかのように胸を痛めた。
 超人たるウルトラ戦士にとって、地球人の携行火器など豆鉄砲にも劣る威力。……だが、
あれほど地球人を愛し、命を燃やして戦い抜いてきたセブンが、その地球人から攻撃される
という事実……本人の心はどれほど痛いのだろうか。想像が及ばないほどであろう。
 しかしゼロはセブンを信じ、セブンが信じる地球人の心を信じ、戦いに集中する。
『はぁぁぁぁぁぁッ!』
「グオオォォォ!」
 ボラジョがまたも砂嵐を発してきたが、ゼロは力ずくでそれを突破。ボラジョに飛びかかって
鷲掴みすると、無理矢理地面から引っこ抜く。

453ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:19:13 ID:ztVJl3Jg
『ウルトラハリケーンッ!』
 竜巻の勢いでボラジョを頭上高くに投げ飛ばし、右腕を突き上げる。
『ガルネイトバスターッ!!』
 灼熱の光線がボラジョを撃ち、空中で爆散させた。
「グルゥゥゥゥゥゥ!」
 体当たりしてきたサルファスをいなし、ブレスレットからウルトラゼロランスを出す。
『どおおりゃあああぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 それをストロングコロナの超パワーで、サルファスに投擲した!
 ランスは頑強な表皮を貫いてサルファスを串刺しにし、痙攣したサルファスの眼から光が
消えて爆散した。
「キイイイイイイイイ!」
「ウオオオオオ―――――!」
 エレキングの尻尾の振り回しをかわしたゼロだが、バンデラスの念力に捕まって宙吊りにされる。
『はぁッ! ルナミラクルゼロ!』
 しかしゼロはルナミラクルになってこちらも念力を発し、バンデラスの力を打ち消して
自由になった。そして振り返りざまにエレキングへゼロスラッガーを投げつける。
『ミラクルゼロスラッガー!』
 分裂したスラッガーがエレキングの角、首、胴体、尻尾を瞬く間に切り裂き、エレキングも
たちまち爆裂する。
 五体の内、最後に残ったのはバンデラス。ゼロは戻したスラッガーを手に握り締めると、
地を蹴って宙を飛行していく。
『はぁぁぁぁぁッ!』
 そうしてスラッガーを構えて高速でバンデラスに突撃する。
「セアァッ!」
 すれ違いざまに目に留まらぬ速度でスラッガーを振るい、バンデラスは全身が切り刻まれた。
更に着地したゼロが振り向くと同時にバリアビームを浴びせて、バンデラスを覆う。
 内に秘めた太陽のエネルギーに引火し、凄絶な大爆発を起こしたバンデラスだったが、
覆われたバリアが衝撃を封じて被害は外に拡散しなかった。
『残るはあいつだ!』
 五体の怪獣を撃破したゼロはすぐに駆け出し、ウインダムとミクラスの救援に回ってザバンギの
前に立ちはだかった。
「シェアッ!」
 左右の手のスラッガーを上段、中段に構えてザバンギを威嚇するゼロ。ウインダムとミクラスも
うなり声を発して、それに加勢した。
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 さしものザバンギも足を止めて警戒していたが、この時にゼロの意識にノンマルトからの
テレパシーの声が響いたのだった。
『そこまでだ! 真実は白日の下に晒された。正義は我々にある! これ以上の戦いは、
宇宙正義に背くものとなるぞ!』
「!!」
 振り向くと、ウルトラセブン……モロボシ・ダンが地上に戻ってきていた。彼はウインダムと
ミクラスをカプセルに戻す。
「ミクラス、ウインダム! 戻れ!」
 同時にザバンギも活動を止め、ダラリを腕と尻尾を垂らした。これを見てゼロも、一旦変身を解く。
「ジュワッ!」
 才人の姿に戻ってゼロアイを外し、ダンの元へと駆けていく。
「セブン! オメガファイルの真実を確かめたんですね」
「ああ……疑いようのない人の口からね」
 オメガファイルの棺の中身は……フルハシ参謀であった。ヴァルキューレ星人事件の際に
殉職したかに思えたフルハシだったが、彼を最も信頼できる証人として選んだノンマルトに
よって、タキオン粒子に乗せられた情報体となって数万年前の地球に送られてそこで再生
されたのであった。

454ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:22:14 ID:ztVJl3Jg
 そしてフルハシは見届けた。かつて地上に栄えていたノンマルトを宇宙からの侵略者が
追いやり、その侵略者が徹底的に原住民族に扮して地球人として成り代わったのを。今の
地球人は、確かに侵略者の子孫だったのだ。
 真実を知った二人の前に、ノンマルトの女が現れる。
「分かったか! 地球人は、侵略者だった。この地球は我々のものだ!」
 そう主張するノンマルトに、ダンは訴えかけた。
「聞いてほしい! この星には、既に百億の民が住んでいる。彼らに、かつての君たちと
同じ悲しみを味わわせたくない!」
 しかしノンマルトはダンの訴えを聞き入れようとはしなかった。
「セブン。地球人に味方をすることは、宇宙の掟を破ることになる。それがどういう結果に
なるか、君なら知っているはずだ」
 そう告げられても、ダンはあきらめずに説得し続ける。
「彼らを、許してやってほしい。彼らは悔い改め、今宇宙に向かって、真実を発信し始めた!」
 地球人のために戦っているのは、ゼロやセブンだけではない。ウルトラ警備隊もまた、
上層部を説得してオメガファイルの情報を宇宙へ発信し、真実を受け入れて地球人を救う
行動を取っているのだ。
 だが、ノンマルトの回答は、
「それは出来ない! 故郷に戻ること、それは、我々に認められた権利だ!」
 頑ななノンマルトに、ゼロも説得に乗り出した。
「ともにこの星で生きていけばいいじゃないか! 地球人にも過ちを認め、平和を愛する
心がある。どっちかが星を去るとかじゃなく、同じ文明人として同じ土地で共存していく
ことは十分に出来る!」
 しかしそれでも、ノンマルトの姿勢に変化はない。
「滅びてしまった仲間たちは、もう蘇らない。彼らの無念を忘れ、地球人との共存など出来ない!」
「過去に囚われて何になる! 仲間の遺志を受け継ぐことも大切だ。けど恨みを継いでも、
何も得るものはない。虚しいだけだ! 本当に大切なのは、今を生きる人間がどうしていくか
だろうが!」
 精一杯の感情を込めて説くゼロであったが、ノンマルトは、
「我らが守護神によって、発信装置を壊す! そうすれば、地球人がオメガファイルを解放した
証拠は残らない!」
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 ノンマルトの言葉を合図とするように、ザバンギが再び動き始めた。その足が向けられる先は、
オメガファイルの情報を宇宙に発信しているパラボラ塔。
「やめろッ! それはもう正義じゃねぇ!」
「ああそうだ。復讐のための復讐は、宇宙の掟も許してはいない!」
 ゼロとセブンでノンマルトに考え直すよう呼びかけたが、やはりノンマルトは翻意する
ことがなかった。
「たとえ復讐であろうとも、我々は散った仲間の無念を、あの日の侵略者の子孫に思い知らせるのだッ!」
 暗い情念に染まり切ったノンマルトの瞳を覗き見て、ゼロは理解した。ノンマルトは既に、
『人間』ではなくなっている。故郷を追い立てられ、滅ぼされた憎悪に取り憑かれた『怨霊』と
化してしまっているのだ。こうなってはどんな言葉が投げかけられようとも、どれだけの血を
吐こうとも、復讐の足取りを止めることはないだろう。
 地球人を救うには、ザバンギを力ずくにでも止める以外はない。故にダンは宣言した。
「これ以上力を行使するなら、私はこの星の人々のために戦う!」
 するとノンマルトが脅迫してくる。
「同じ星の民族同士の争いに介入すれば、全宇宙の文明人を敵に回すことになる!」
「……!」
 それを突きつけられても、ダンの考えは変わらなかった。彼はフルハシと、己が守り続けた
地球人を信じてウルトラアイを取り出す。
 その隣で、ゼロも再度ウルトラゼロアイを出した。
「セブン、あなただけに戦わせはしません」

455ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:23:49 ID:ztVJl3Jg
「……下手をしたら、君まで宇宙の漂流者となるかもしれないんだぞ」
「承知の上です」
 ダンはゼロの顔に振り向いて問う。
「どうしてそこまで……私の力に」
「……」
 ゼロは何も答えないまま、ダンとともに変身を行う。
「「デュワッ!」」
 巨大化したセブンとゼロ、二大戦士がパラボラ塔を背にして、ザバンギに対する盾となった。
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 ザバンギは二人を排除しようと肉薄してくるが、ゼロの横拳が返り討ちにした。
「ゼアッ!」
 更にセブンのミドルキックが入り、ザバンギは後ろに押し出される。
「デャッ!」
「ギャアアアアアァァァァァ!」
 セブンとのコンビネーションで、ゼロが一回転しての裏拳をザバンギに見舞った。
「ハァァッ!」
 ノンマルトの守護神ザバンギも、さすがにセブンとゼロの両者を同時に相手できるほどの力を
持ち合わせてはいなかった。
 だが、二人はなかなかザバンギにとどめを刺そうとしない。ノンマルトの代表たるザバンギに
それをすることは……侵略者への加担を決定づけることになるのだ。そうなればもう言い逃れする
ことは出来ない。
「……!」
 しかしゼロはスラッガーを手にして、ザバンギの頸動脈に目をつける。そんなゼロを才人が
呼び止めた。
『待て、ゼロ! お前の手で決着をつけてしまったら、本の世界が完結しない可能性があるぞ!』
 『古き本』を完結させる最低条件は、その本の登場人物によって物語に幕を下ろさせること。
ゼロが本来の主役を差し置いて最後の怪獣にとどめを刺すことは、それに反する行いだ。どうなって
しまうものか、分かったものではない。
 しかしそれを承知してなお、ゼロは迷っていた。
『けど、たとえ本の中の存在でも……あのセブンに、暗闇の中を歩かせるのは……!』
 ゼロがセブンを、宇宙の全ての光から追放された身に落とさせることなど出来るものだろうか。
……自分の父親なのだ。
『だから……俺はッ!』
 ゼロがスラッガーを振り上げる!

456ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:25:26 ID:ztVJl3Jg
『ゼロぉぉぉッ!』
「――デュワーッ!」
 ゼロの手が振り下ろされるより早く……セブンの握るアイスラッガーが、ザバンギの首筋を
切り裂いていた。
『えッ……!?』
「ギャアアアアアァァァァァ……!」
 裂かれた傷口から血しぶきが噴き出し、ザバンギはがっくりと倒れ伏した。そのまま胸の
模様から光が消え……絶命を果たした。
『セブン……どうして……』
 ゼロは呆然としたまま、本物のカザモリをウルトラ警備隊の基地に返還したセブンに叫ぶ。
『どうしてそんなことを! これであなたは、宇宙から居場所を……!』
 セブンはゼロに振り向き、答えた。
『いいんだ。私には、このことに関して何ら恥じるところはない。私はこの地球を、地球人を
愛している。愛する地球人のために戦った……何の後悔もない』
 語りながら、目を合わせたゼロに告げる。
『君が私を守ろうとしてくれた気持ち、それだけで十分だ。私は心の底から嬉しく思う。
ありがとう。本当に、ありがとう……』
『息子よ』
 最後のひと言に、ゼロはハッと息を呑み――。
 視界がまばゆい光で覆われていく――。

 ――気がつけば、才人は一冊目の時と同じように、現実世界に帰ってきていた。初めの時の
ように、ガラQが元気のいい声を発する。
「オカエリー!」
「お帰りなさいませ、サイトさん! ご無事で何よりです!」
 シエスタも安堵しながら才人に呼びかけたが、才人は立ったままぼんやりしている。
「サイトさん……? まさか、どこかお怪我をされたのでは!?」
 シエスタ、タバサたちが心配すると、才人は我に返って手を振った。
「い、いや、怪我なんてどこにもしてないよ。大丈夫だ、ありがとう」
 シエスタたちを落ち着かせると、才人はこっそりゼロに呼びかけた。
「ゼロ……セブンのことは助けられなくて、残念だったな。でも、最後にお前のことを……」
『……なぁ才人』
 ゼロは才人に、こう言った。
『俺の親父は、本の世界でも偉大な人だった。……お前も見てくれたよな?』
 才人は一瞬虚を突かれ、次いでやんわりと微笑んだ。
「ああ、しっかりとな」
 こうして二冊目の『古き本』も終わらせた才人とゼロ。だがルイズはまだ目覚める様子がない。
残る本は四冊。まだまだ彼らの戦いは続くのだ。

457ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/16(月) 23:26:06 ID:ztVJl3Jg
以上です。
息子の愛にむせび泣く男、ウルトラセブンッ!

458名無しさん:2017/01/17(火) 00:40:24 ID:5P5tbEFw
乙です

そういえば昔、ダーマが召喚された小ネタあったなぁ…
レオパルドンのソードビッカーでどんな敵も瞬殺w

(本家のアメコミで、レオパルドン込みでなら
 あらゆる世界のスパイダーマンの中で最強扱いされた東映版凄えwww)

459名無しさん:2017/01/21(土) 23:16:47 ID:H7w8IsIU
遅ればせながら五番目の人もウルゼロの人も乙
敵が神に等しい力を先に得てなければあっという間に事件は解決してたかもしれない
というレオパルドンw

460ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 19:53:12 ID:HMTwEesM
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を始めます。
開始は19:56からで。

461ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 19:56:06 ID:HMTwEesM
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十四話「三冊目『ウルトラマン物語』(その1)」
小型怪獣ドックン 登場

 ルイズの精神力を奪い、彼女を昏睡状態にしてしまった六冊の『古き本』の攻略に臨む才人とゼロ。
二冊目の『わたしは地球人』では、暴走した地球人と地球原人ノンマルトの確執にウルトラセブンが
翻弄され、最後には宇宙の追放者となってしまうというゼロにとってこれ以上ないほどの苦い物語で
あったが、それでも本の完結には成功した。しかし三分の一が終了した現在も、ルイズにはまだ目に
見えた変化がなかった。
 ルイズを救出する本の旅も三日目を迎えた。三冊目の旅に向けて心の準備を固めていた
才人だったが、そこにタバサとシルフィードがやってきた……。

 眠り続けているルイズと看護するシエスタ、それから才人たちのいる控え室に入ってきた
タバサとシルフィードに対して、才人は一番に尋ねかけた。
「シルフィード、その抱えてる袋は何だ? そんなの持ってたっけ」
 シルフィードは何故かズタ袋を大事そうに抱えている。訝しむ才人に、シルフィードは
早速袋の中身を披露する。
「中身はこれなのね!」
 机の上で袋を開き、逆さにして振ると、赤く丸っこい物体は転げ落ちてきた。
「キュー! 狭かったぁ」
「ガラQ!?」
 それはリーヴルの使い魔である、ガラQであった。才人たちはあっと驚く。
「お前たち、これどうしたんだ?」
「まさかさらってきたんですか、ミス・タバサ!?」
 シエスタの発言に、何の臆面もなくうなずくタバサ。
「リーヴルについて、知ってることはないか聞き出す」
「気づかれずに捕まえるのは大変だったのね。このハネジローがパタパターって近づいて
上から鷲掴みにしたのね」
「パムー」
 シルフィードの頭の上のハネジローがえっへんと胸を張った。
「よくやるな……。まぁでも、これはありがたいよ。ちょうど聞きたいことがあったんだ」
 才人はガラQに対して、真っ先にこう問いかけた。
「ガラQ、見たところお前は生物じゃないな? けどハルケギニアで作られたものでもない。
どこか別の場所で作られた小型ロボットだ。そうだろ?」
 ガラQの質感は明らかに有機物ではない上に、ハルケギニアでは見られない材質のようであった。
この問いについて、ガラQはあっさり答える。
「うん。ガラQ、チルソニア遊星で作られたの」
 その返答にシエスタたちは驚きを見せた。
「まさかミス・リーヴルの使い魔が、ハルケギニア外の技工物だったなんて!」
「まあおかしな見た目してんなーとは思ったがな」
 これを踏まえた上で、才人は続く質問をぶつける。
「じゃあお前、今俺が完結させてる『古き本』の文字を読めるんじゃないか? 宇宙人が
作ったロボットだってのなら、日本語が読めても何らおかしくない」
「読めるよ」
 これまたあっさりとした回答だったが、シエスタはまた驚くとともに疑問を抱いた。
「ミス・リーヴルの話では、『古き本』の文字はどれも読めないのではなかったのですか?」
『偽証に違いない』
 ジャンボットが断言した。
「嘘吐いてたってこと!? でも何のために?」
 シルフィードがつぶやくと、タバサがうつむき気味に答えた。
「リーヴルはやはり何かを隠そうとしている。それにつながりそうな事柄に関しては、知らぬ
ふりをしてる。恐らくはそれが理由」
「俺たちに話せないことがあるってか。いよいよきな臭くなってきたね」
 デルフリンガーが柄をカチカチ鳴らして息を吐いた。

462ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 19:57:39 ID:HMTwEesM
 才人はいよいよ核心に入る。
「それじゃあ……リーヴルが隠してることって何だ? あいつは俺たちに、何をさせようとしてる?」
 しかし、肝心なところでガラQは、
「分かんない」
「おま……仮にも使い魔なのに、主人のやろうとしてることを知らないってのかよ! 
かばってるんじゃないだろうな?」
 厳しくにらみつける才人だが、ガラQの答えは変わらなかった。
「ホントに、何も教えてもらってないよ。リーヴル、最近何をやってるのか何も言わない」
「……どういうことでしょうか。使い魔にも秘密にしてるなんて」
 シエスタの問いかけに、タバサが考え込みながら答えた。
「何かは分からないけど、よほどのこと」
「でもこの赤いのからは、これ以上何も聞き出せそうにないのね。きゅい」
 肩をすくめるシルフィードだが、ガラQはこう告げた。
「でもリーヴル、何だか苦しそう。それだけは分かる」
「苦しそう……?」
『単純に、リーヴル自身に野望とかがあるってことじゃないみたいだな』
 ゼロの推測にうなずいた才人は、ガラQに呼びかけた。
「ガラQ、お前リーヴルが心配か?」
「心配……」
「じゃあ俺たちに協力してくれ。リーヴルに何か、やむにやまれぬ事情があるっていうのなら
俺たちもそれを解決してやりたい。だからリーヴルについて何か分かったことがあったら、
俺たちに教えてくれ。約束してほしい」
 才人の頼みを、ガラQは快く引き受けた。
「分かった! 約束!」
「よし、頼んだぜガラQ!」
 約束を取り交わしたところで、リーヴルが今日の本の旅の準備を整えた旨の連絡が来たのだった。

 控え室にやってきたリーヴルは残る四冊の『古き本』を机に並べ、才人を促した。
「それでは始めましょう。サイトさん、本を選んで下さい」
 三番目に入る本を、才人がゼロと相談しながら吟味する。
『ゼロ、次はどれがいいと思う?』
『そうだな……。M78ワールドの歴史を題材とした本はあと一冊だ。それを先に片づけちまおう』
 本の世界とはいえ、故郷のM78ワールドはゼロにとって活動しやすい世界。それを優先する
ことに決まる。
「よし、それじゃあこの本だ!」
「お決まりですね。では、どうぞ良い旅を……」
 リーヴルが一冊目、二冊目と同じように才人に魔法を掛け、本の世界の旅へといざなっていった……。

   ‐ウルトラマン物語‐

 ここはM78星雲ウルトラの星、クリスタルタウン。その外れの渓谷地帯で、一人の幼い
ウルトラ族の少年が熱意を滾らせていた。
「よぉーし! 今日も頑張るぞー!」
 彼の名はウルトラマンタロウ。ゾフィーやウルトラマン、セブンら兄の背中に一日でも早く
追いついて、立派な一人前のウルトラ戦士になることを夢見るウルトラマンの卵である。
「ほッ! やッ!」
 谷底に降りたタロウは一人、格闘技の自主練習を開始する。それをひと通り済ますと、
次の訓練に移る。
「よぉし、光線の練習だ!」

463ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 19:59:57 ID:HMTwEesM
 タロウは近くの適当な岩を持ち上げると、それを高く投げ飛ばして的にする。
「えぇいッ!」
 腕をL字に組んで、タロウショット! ……しかしへなへなと飛んでいく光線は、落下する
岩に命中しなかった。
「駄目かぁ〜……! よし、もう一度だ!」
 めげずに練習を重ねるタロウだが、何度やってもただ放物線を描くだけの岩に一度も当たらない。
何度か思考錯誤を重ねるも、やはり上手くはいかなかった。
「くぅ〜……! 今度は飛行の特訓だ!」
 気を取り直してタロウは、崖の上に再度登って空を飛ぶ練習を行う。
「行くぞ! ジュワーッ!」
 しかし勢いよく飛び立ったものの、すぐにコントロールを失って谷間に真っ逆さまに転落
していった。
「うわッ!? うわーッ! あいたぁッ……!」
 大きくスッ転んだタロウの姿に、どこからか笑い声が起こる。
「ワキャキャワキャワキャ!」
「誰だ!? どこにいるんだ!」
 タロウが呼ぶと、崖の陰から緑色の、タロウと同等の体格の怪獣がひょっこりと姿を現した。
M78星雲に生息する怪獣の一体、ドックンだ。
「ワキャキャキャキャキャ!」
 ドックンはタロウを指差してゲラゲラ笑い声を上げた。
「あー笑ったな!? 僕だって大きくなったら、兄さんたちみたいな立派なウルトラ戦士に
なって、悪い怪獣をやっつけるんだからな!」
 憤ったタロウがそう宣言すると、ドックンは余計に笑い転げた。
「ワキャキャワキャキャキャキャ!」
「もぉー! 見てろ、お前を怪獣退治の練習台に使ってやるッ!」
 ますます怒ったタロウはドックンに飛びかかり、ボコボコと殴ってドックンを張り倒した。
「ははぁー! どんなもんだーい!」
 しかしこれにドックンの方が怒り、起き上がってタロウに逆襲を始めた!
「キュウウゥゥゥッ!」
「う、うわぁー!? 来るなー! 助けてぇー!」
 途端に怖がったタロウは一目散に逃げ出すが、ドックンは執拗に追いかけ回す。その鬼ごっこの
末に、タロウは崖の中腹に登って追いつめられてしまった。
「誰かー! 助けてー!」
「キュウウウウウウ!」
 降りられなくなったタロウを目いっぱいに脅すドックン。――そこに一人のウルトラ戦士が
ふらりと現れた。
『そこまでにしてやりな』
「キュウ?」
 振り向いたドックンの頭に、青と赤のウルトラマンがポンポンと手を置いてその怒りをなだめた。
『そいつはもうお前を攻撃するつもりはねぇよ。だからそんなに脅してやるな』
 ドックンを落ち着かせた見知らぬウルトラマンを見下ろして、タロウが尋ねかける。
「お兄さん、誰? 何だかセブン兄さんに雰囲気が似てるけど……」
『俺はゼロ。旅のウルトラ戦士さ』
 端的に名乗ったウルトラ戦士――ゼロは、タロウを見上げて言いつけた。
『お前はこいつに謝らないといけねぇぜ。お前さんがこいつに乱暴を働いたから、こいつは
こんなにもおかんむりだったんだろ』
「でも、そいつが僕のこと笑ったのが悪いんだよ?」
『ちょっと笑われたくらいでムキになるようじゃ、立派なウルトラ戦士になんてなれねぇぜ? 
本当に強い戦士ってのは、他人に何と言われようともどっしり構えてるもんさ』
 ゼロに諭されて、タロウは考えを改めた。
「……分かった。僕、ドックンに謝るよ!」
『よし、いい子だ。さッ、降りてきて仲直りの握手をしてやりな』
「うん!」

464ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 20:03:55 ID:HMTwEesM
 崖の中腹から降りてくるタロウをゼロが受け止め、タロウはドックンと握手を交わす。
「ごめんね、ドックン」
「キュウウゥ」
 タロウと握手をして怒りを収めたドックンは、のそのそと自分の住処へ帰っていく。
「さよならー!」
『じゃあな。元気でやれよ!』
 タロウとゼロに見送られて、ドックンは渓谷の向こうへ去っていった。それと入れ替わるように、
『ウルトラの母』がタロウたちの元にやってくる。
「まぁ、タロウ! その人はどなた?」
「あッ、お母さん!」
 タロウは『ウルトラの母』の方へ駆け寄っていった。……その間に、才人がゼロに囁きかける。
『まさか、あのウルトラマンタロウの子供の姿が見られるなんてな……』
『それも本の世界ならではってとこだな』
 この三冊目『ウルトラマン物語』はどうやら、ウルトラマンタロウを主役に据えた成長譚の
ようであった。しかしウルトラマンが地球で活躍していた時代に、タロウが子供となっている。
本来ならこの時点でタロウはとっくに大人になっているので、本当ならあり得ないことだ。
『でもそれ以上に驚きなのは……あの『ルイズ』の姿だよ……』
『ああ……。よりによってウルトラの母の役に当てはめられるなんてな……』
 ゼロは微妙な目で、ウルトラの母……の役にされているルイズを見つめた。
 フジ、サトミのようにこの本でもルイズは登場人物の誰かになり切っていることは予測できたが、
今回はまさかのウルトラの母……。この本はウルトラ族の視点であり、女性が他に登場しないからと
言って、こんなのアリなのだろうか。胴体から下はウルトラ族で、顔はルイズというチグハグ加減
なのでものすごい違和感がある。もうルイズがウルトラの母のコスプレをしているようにしか見えない
ので、ゼロと才人は気を抜いたら噴き出してしまいそうで内心苦しんでいた。
 そんなゼロたちの心情は露知らず、ルイズはタロウから事情を聞いてゼロに向き直った。
「タロウがお世話になったようで、ありがとうございます。よろしければ、何かお礼を
したいのですが……」
『いやぁ、いいんですよ。旅は道連れ世は情けってね』
 ゼロが遠慮すると、また新たな人物がこの場に姿を見せた。
「ほう、なかなかの好青年だな。顔立ちも含めて、セブンを彷彿とさせる」
「お父さん!」
 頭部に雄々しい二本角を生やした、偉丈夫のウルトラ戦士。タロウが父と呼んだその
ウルトラ戦士こそ、宇宙警備隊大隊長にしてタロウの実父であるウルトラの父だ。
 ウルトラの父はゼロを見据えると、こう切り出してきた。
「君は旅の者だそうだが、不躾だが一つ頼みごとがある。聞いてもらえないかな」
『何でしょう?』
「見たところ、君は結構……いや相当腕が立つと見た。それを見込んで、このタロウに稽古を
つけてやってほしいのだ。今のタロウには練習相手がいない。私もいつも面倒を見てはやれない
ので、少し悩んでいたのだ。どうだろうか?」
「えぇッ!? 僕が、この人に?」
「まぁ、あなたったら。いきなりそんな無理をお願いするなんて、失礼ですよ」
 ルイズはウルトラの父をたしなめたが、ゼロは快諾した。
『いや、いいですよ。新たなウルトラ戦士の誕生にひと役買えるってのなら、こっちとしても
望むところですよ!』
「おお、やってくれるか! ありがとう!」
「まぁ、本当ですか? 重ね重ね、どうもありがとうございます」
 ゼロの承諾にウルトラの父とルイズは喜び、タロウもまた諸手を挙げる。
「わーい! 僕に先生が出来たー!」
「よかったな、タロウ。彼の下で一層訓練に励んで、早く立派なウルトラ戦士になるんだぞ」

465ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 20:06:01 ID:HMTwEesM
「あんまり失礼のないようにしてちょうだいね。常にウルトラ戦士の誇りを持って、恥ずかしい
ことのない振る舞いを心がけなさい」
「うんッ! 僕頑張るよ!」
 タロウ親子の微笑ましい家族の会話。ゼロも思わず苦笑したが、同時につぶやく。
『何だか複雑な気分だな……。俺があのタロウの先生だなんて。立場が逆転してるぜ』
 現実のタロウは、ゼロの訓練生時代から宇宙警備隊の筆頭教官の立場に就いていた。ゼロは
故あってレオの管理下に置かれ、タロウから教えを受けていた時間は短かったが、それでも
確かに立場が現実世界とそっくり入れ替わっている。
 それはともかく、幼きタロウはゼロの前に立って、深々とお辞儀した。
「これからよろしくお願いします、ゼロさん!」
『ああ、こっちこそビシバシ行くからな! 覚悟しとけよ!』
 この本を完結させるには、タロウを一人前のウルトラ戦士に育て上げるのが最も手っ取り
早い道のようだ。ゼロは張り切ってそれに取り掛かることにした。

 そして始まる、ゼロからタロウへの指導。レオ仕込みのスパルタ教導は、タロウ相手でも
手を緩めることを知らなかった。
「やぁッ!」
 ゼロが放ったゼロスラッガーを標的にして、タロウがタロウショットを撃つが、静止している
スラッガーにもかすりもしない。
『駄目だ駄目だ、そんなんじゃ! まるで腰が入ってねぇぜ! 射撃は土台がしっかりしてねぇと
照準なんて絶対合わねぇ。腕じゃなくて、身体全体で射線を固定するんだ!』
「は、はい!」
 タロウはゼロの指示通りに腰を据えて、じっくりと撃とうとするが、スラッガーの動きが
変わって自分に向かって飛んできたので思わずのけぞる。
「うわぁッ!」
『ひるむな! 攻撃するのをじっと待ってる奴なんかいやしねぇ。敵は必ず反撃してくる! 
いちいちビビってたら戦いになんかなりゃしねぇぞ。恐れずに相手の動きをよく見て、
しっかりと当てていけ!』
「わ、分かりました!」
 厳しいながらも的確な指導を受けて、タロウはスラッガーの軌道をよく観察する。
『そこだッ!』
 そして飛びかかってきたところを射撃。初めて光線が命中した。
「やったぁー! 当たったぞぉ!」
『よーし、その調子だ! どんどん行くからな!』
 タロウに対するゼロの特訓は進む。……本の世界の時間経過は早い。物語が進むにつれ、
タロウは少年の姿からみるみる内に青年の姿へと変わっていった。

466ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 20:07:28 ID:HMTwEesM
 しかしゼロもそうそう簡単には抜かれない。タロウとの組手であっさりと一本を取る。
「うぅッ! 一撃も当たらない……!」
『小手先の動きに惑わされるから当たらねぇのさ。視点はもっと広く取って、戦う相手の
全体を見ろ! 集中力も足りねぇぞ。自分のやってる戦いの意味は何なのか、何を背にして
戦ってるのか、それを思えば集中できねぇなんてことはないはずだッ!』
「はいッ!」
 ゼロに熱心に鍛え上げられ、タロウの実力はめきめきと上がっていった。そしてその末に、
タロウ念願の時がやってきたのだった。
「ゼロさん! 父さんから指令がありました。私が地球に派遣される時がやってきました!」
『そうか、やったじゃねぇか!』
「はい! 今地球では、メフィラス星人がセブン兄さんに倒されたエレキングを復活させて
暴れさせてるようです。その退治を私が行うことになったんです!」
 メフィラス星人にエレキングとは、現実ではほぼ接点のない組み合わせ。まぁそれはいいだろう。
『遂に初めての実戦ってことだな。けど本当の戦いってのは、どんな訓練よりも険しいもんだ。
お前のことは随分と鍛え込んだが、だからって一瞬たりとも油断すんじゃねぇぞ』
「承知してます! それでは私の初陣、どうか見守っていて下さい!」
『ああ。俺も後から地球に行く。そこでお前の戦いぶりをじっくりと見物させてもらうぜ。
張り切って使命を果たしな!』
「お願いします! タァーッ!」
 ゼロに一礼すると、タロウは両腕を高く振り上げて宇宙へ向けて飛び上がった。
 いよいよタロウのウルトラ戦士としての初戦の時が来た。悪い怪獣をやっつけて、地球を
守るのだ! がんばれ、ウルトラマンタロウ!

467ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/01/24(火) 20:08:56 ID:HMTwEesM
ここまでです。
今回は大分明るめ。

468ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:49:27 ID:hwFD3p2w
ウルゼロの人、乙です。自分もウルトラ5番目の使い魔、54話できました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

469ウルトラ5番目の使い魔 54話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:51:25 ID:hwFD3p2w
 第54話
 ここは夢の星だった
 
 カオスヘッダー 登場!
 
 
 この物語は、地球の少年平賀才人が、ハルケギニアの魔法使いルイズに召喚され、ゼロの使い魔となったことから始まった。
 彼らは数々の冒険や戦いを乗り越え、幾たびもハルケギニアを救ってきた。
 しかし、そもそも……なぜ彼らの冒険は始まらなくてはならなかったのだろうか? なぜ彼らの前に、宇宙を揺るがすほどの危機が次々と訪れなくてはならないのか。
 それは突き詰めれば、ハルケギニアという世界があるためだ。
 この世に、舞台なくして起きる出来事などはない。畑がなければ作物はとれず、空がなければ鳥は飛べず、水がなければ魚は泳げず、大地があるからこそ人は歩ける。
 かつて地球で無数の怪獣が暴れる怪獣頻出期があったのも、地球にそれだけの怪獣が生息できるだけの環境があったからだ。
 ならば、ハルケギニアがこれほどの異変に見舞われるだけの下地とはなんなのだろう? それは、才人とルイズの物語が始まるよりもはるか前。ハルケギニアの起源にさかのぼらねばならない。
 
 ハルケギニアの始まりのすべてを知る者。すなわちハルケギニアを作った張本人である人物、始祖ブリミル。だが現代にやってきた彼が子孫たちに告げた内容は、天雷の直撃のような衝撃を持って子孫たちの頭上に叩きつけられた。
「この星の住人ではないということは……始祖ブリミル、あなたはまさか……う、ウチュウ、人、なのですか?」
「君たちから見ればそうなるね。もっとも、サイトくんは薄々感づいていたようだけど」
 愕然とするハルケギニアの人々を見渡して、ブリミルは憂鬱そうに言葉を返した。その表情には、だから言いたくなかったんだという色がありありと浮かんでいる。
 この反応になるのは予想できた。ハルケギニアの人々にとって、宇宙人は現在では侵略者と同義語として認識されている。自分たちの敬愛する聖人が、自分たちがもっとも敵視するものと同一と聞かされたときの衝撃は、教皇の正体があばかれたときのそれにも勝るだろう。
 だが、そんなブリミルの様子に、才人は狼狽するハルケギニアの人間に代わって、彼をフォローするように話の続きを促した。
「ブリミルさんは隠し事は下手そうでしたからね。あんだけ長くいっしょにいたら、そりゃいくらおれでもちっとは怪しいって思ってたぜ……でも、おれの見てきた限りじゃあなたは悪い人じゃない。なにか事情があったんでしょ? それを説明してくださいよ」
 するとブリミルは、少しほっとした様子になり、それから何かを吹っ切ったように小さな笑顔を見せた。

470ウルトラ5番目の使い魔 54話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:53:27 ID:hwFD3p2w
「ああ、ありがとう。そうだね、サイトくんの言うとおりだ。まずは、話すべきことを話してからにしよう。少し長くなるけどね……とりあえずは、宇宙のことについてざっと予備知識として説明しておこうか」
 ブリミルはイリュージョンの魔法を併用しつつ、宇宙の基礎知識をまずは語った。この世界は宇宙という広大な空間であり、ハルケギニアはその中のひとつの星の中の一部であることを。
 それだけでも、ハルケギニアの人間にとってのショックは大きかった。彼らにとってはまだ神話のレベルである”この世のしくみ”を説明されたのだから当然である。エレオノールやルクシャナも内容を飲み込むのに必死で、全体として漠然としか伝わっていない。
 そんなブリミルを、才人は複雑な思いで見ていた。ブリミルもまた、ハルケギニアの外からやってきた異邦人。自慢ではないが、地球人の自分がこの世界に与えてきた影響は少ないものではない。増して、地球人よりはるかに進んだ宇宙人のもたらす影響などは想像もつかない。
 聞くことが怖い。しかし、聞かないわけにはいかない。やがて、前知識の解説を終えたブリミルはひと呼吸を置くと、サーシャとうなづきあって話の本題に入った。
「では、僕も覚悟を決めたから話そう。君たちも、少し酷かもしれないがまずは聞いてくれ。僕らマギ族はね、遠い昔から宇宙をさまよい続けてきた、あてどもない流民だったんだ」
 
 ブリミルはイリュージョンの魔法で記憶の光景を再現しながら、ゆっくりと自分たちの歴史を語り始めた。
 彼らマギ族が、元々どこの星から来た何星人だったのかはわからない。だが、彼らは遠い昔になんらかの理由で母星を失い、それ以来、移住できる惑星を求めて、長い長い宇宙の放浪の旅に出た。
 それがどれほどの時間を費やし、何世代に渡って続いたのかも、もはやわからない。しかし、彼らは自分たちのルーツも忘れてしまうくらいに長い時間を、たった一隻の宇宙船でさすらってきた。
「僕も故郷を知らないで、船の中で生まれた世代さ。いや、僕の生まれたころには、マギ族の本来の故郷を知る人間はひとりも残っていなかった。僕らの寿命は君たちと同じだから、少なくとも数百年は旅を続けていたんだろうね。けど、僕らが移住できるようなところは、なかなか見つからなかった」
 マギ族の宇宙船は宇宙をさまよい続け、移住できる星を探し続けた。しかし、生物が住んでいる星にはたどり着くことはできても、そのすべてが彼らの移住には適さないものばかりだったのだ。
 単純に、人間が住むのに適さない温度や気候条件の星だったことが一番多かったが、ようやく住めるだけの環境を持った星を見つけても、それらのほとんどには先住民がいた。移住はことごとく拒否され、彼らは再び宇宙へと追い出されていった。
 この事に、ルイズやティファニアは「ひどい」と感想を持ったが、アンリエッタが難しそうな様子でそれを否定した。
「たとえ最初は数千人でも、時間が経てば数は増えていくわ。それに、一度受け入れたら、同じような人たちが来たらまたそれを受け入れなくてはいけなくなるの。非情なようだけど、元々住んでいた人の平和を守るためには仕方がないことなのよ」
 ウェールズやカリーヌも、そのとおりだとうなづいている。地球で過去にも、地球に定住した宇宙人はいたが、いずれも少数で、隠れ潜んで住み着いている。たとえ悪意がなくとも、よそ者というそれだけで危険視されるに充分な理由だということを彼らは心得ているのだろう。決して地球人が排他的だというだけではない。
 もう何回目になるかわからない拒絶を受けても、マギ族は旅を続けた。宇宙のどこかには自分たちの永住できる星が、きっとあると信じて。
 しかし、現実は彼らの期待を裏切り続け、移住可能な惑星はどれだけ旅を続けても見つかることはなかった。もはやどれだけ旅を続けても無意味なのではないか? 絶望感が彼らを支配しかけていたときである。船のひとりの技術者が、超空間開門システムを完成させたのは。

471ウルトラ5番目の使い魔 54話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:56:23 ID:hwFD3p2w
「ちょう……なんですの、それは?」
「超空間開門システム。簡単に言えば、まったく違う世界と世界をつなぐことができる門を作り出す機械と思ってくれればいい。この世界に自分たちの住める星はなくても、別の世界にならあるかもしれないという望みが、僕らにとっての最後の希望だったんだ」
 才人は、「なるほど、つまり前に我夢さんが見せてくれたアドベンチャー号に似たもんか」と納得した。そしてルイズは、ブリミルの説明を聞いて、ふとあることに気がついた。
「それって、虚無の魔法にある『世界扉』と似ているわね」
「いいところに気がついたね。その魔法も関係してくるんだが、それは追々説明するよ。ともかく僕らは、一縷の望みをかけて次元の門を開いた。そして、その先にたどり着いたのが、この星の聖地だったというわけなんだ」
 それが始祖降臨の真実なのかと、場を戦慄が支配した。始祖は、神に命じられて降り立ったのではなく、神頼みで流れ着いたのだというのか。
 突きつけられる現実、しかしブリミルの話は続く。
「僕らは狂喜したよ。なにせ、僕らが夢見続けてきた理想の世界がここにはあったんだから。僕らが住むのにちょうどいい気候に、豊富な自然、なによりも発達した文明を持った先住民族がいない。そのころの僕は五歳くらいだったけど、よく覚えているよ。狭い船の中の生活から、無限の広さを持った青空の下で生活できるようになった喜びは、忘れられない」
 しみじみとブリミルは語った。
 マギ族はたどり着いた惑星を丹念に調査し、ここが移住に最適の地だとわかると早速入植を開始した。
 なにせ彼らは宇宙船の中だけで、数百年ものあいだ生活サイクルを続けられたほど高い科学力を持った種族である。それが、広さも資源も無尽蔵な惑星に解き放たれたのだから、開拓は見る見る間に進んでいき、聖地を中心にわずかな期間で、周辺には大都市が建造された。
 そこでは、東京都庁もかくやという巨大ビルディングが並び立ち、その中には王城のようにあらゆる生活設備がかねそろえられていた。マギ族はそこに住み、さらに地下にはオートメーション化された工場が配置されており、豊富な資源を元にあらゆるものが生産され、彼らはなに不自由ない生活を謳歌できた。才人の目から見てさえ、それは科学が生んだ理想郷とさえ言える巨大なメガロポリスであった。
「東京都心どころじゃねえ。ニューヨークやドバイだってここまでいかねえぞ」
 地球のどんな大富豪でさえできないであろう、究極の贅沢がそこにあった。願えばどんなものでもすぐに作り出され、食べ物はどんな珍味も簡単に合成され、その量に際限はなかった。
 これに比べたらトリスタニアなどは子供が砂場に作った城であろう。ハルケギニアの人間たちは圧倒され、エルフの都であるアディールでさえ田舎町にしか見えない規模にルクシャナも開いた口がふさがらないでいる。
 しかし、ついさっきまで宇宙船で流浪の旅を続けるばかりだった彼らが、いくら科学力があろうともここまでの都市を築けるとは行きすぎな気がした。これほどの力があるのならば、不毛の惑星のテラフォーミングもできたであろう。その疑問に、ブリミルはこう答えた。

472ウルトラ5番目の使い魔 54話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:57:26 ID:hwFD3p2w
「僕らをこの星に導いた超空間開門システムは、想定外の恩恵を僕らにもたらしてくれたんだ。つまり、ゲートの向こうの別の宇宙から、まるで雨が高いところから低いところに降るようにして、無尽蔵にエネルギーを取り出せるようになったんだよ」
 それがマギ族の短期間の発展の理由であった。別の宇宙からこの宇宙に流れ込んでくる無限のエネルギーは、マギ族に使いきれないほどの力をもたらしたのだ。
 けれども、彼らはそれだけで満足したわけではなかった。彼らは願い続けた生存権の確立はできたものの、彼らの人数はわずか数千人、都市にいるのは他にはロボットだけ、彼らが孤独感を感じ始めるのは当然であった。
 そこで彼らは生存権を広げるのと同時に、この星の先住民族との交流をはかり始めた。
「当時のこの世界には、発達した文明こそはないが、原始的な狩猟や農業をおこなっている人間たちの集落が点在していた。僕らは彼らを自分たちのコミュニティに加えようと試みたんだ」
 マギ族は事前に先住民族の文化・言語などを分析することで、彼らにもっとも有効なアプローチを用意して接触し、友好的な交流を築き上げていった。
 その様子はブリミルのイリュージョンの魔法で部屋に映画のように映し出され、ルイズたちはその友好的な様子を目の当たりにして、頬をほころばせていた。
 しかし、エレオノールやキュルケの顔はうかない。王家に伝わる、あの伝承が彼女たちの脳裏に蘇っていたからだ。
 そして、現地民に神のごとく敬われ、マギ族は勢力圏を爆発的に拡大していった。
 聖地、現在のサハラ地方を中心に、東方、西方は現ハルケギニアのガリア中部からゲルマニア中部までの村落が早々に影響下に置かれた。生活様式も、それまでは原始的な家屋が少数集まった集落がバラバラに点在したり、遊牧民的な生活を送っていたことから一転して、マギ族の用意した都市に多数が集まる中世的な様式へと変貌していったのだ。
 それはまさに文明の洪水であった。マギ族は現地民たちに自分たちの道具、技術を与え、さらに睡眠学習装置なども併用して知識、制度のレベルまでも高めた。
 ほんの数年で、粗末な小屋やテントしかなかった村は、現代のハルケギニアと見まごうばかりの都市へと変貌し、それが各地に続々と増えていった。その速度はまさに圧倒的で、エルフの技術に自信を持ってきたルクシャナでさえ感嘆として見ていた。
「まさに、人知を超えたこの世ならざる者の所業ね。普通なら、何百年、何千年もかけておこなう変化を、たった数年で。しかも先輩、あの都市の作り方、見覚えがあるでしょ?」
「ええ、アボラスとバニラが封じられていた悪魔の神殿にそっくり、いえ、そのものね。やっぱり、この時代に作られたものだったのね」
 ふたりは、各地でたまに見つかる高度な技術で作られた遺跡が、この時代の遺産であったことを確認してうなづきあった。あれほど高度な技術が用いられた遺跡が、いったいどうやって作られたのかはずっと謎だったのだが、最初から人間の作ったものではなかったというなら当然のことだ。

473ウルトラ5番目の使い魔 54話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:58:37 ID:hwFD3p2w
 マギ族の与える文明は、現代のハルケギニアよりもやや進んだ程度のレベルを基本として、それからもあらゆる方向へと進んでいった。農耕、漁業、牧畜の発展で食料は有り余るほど手に入るようになり、医療は化学工場で作られた薬品とロボットドクターによって病の恐れが消え、文字の普及によって本が作られるようになって娯楽の幅が広がり、さらには半永久電池による照明は焚き火しか明かりを知らなかった人々に爆発的に広がっていった。
 
 それは、文明が努力と失敗の積み重ねでできていると信じる者からしたら、まさに”反則”としか言いようの無い光景であった。
 
 地球でも、例えば明治維新のように社会制度と文明の流入による急速な発展の事例はあるが、これはその比ではなかった。例えるならば、明治維新は日本という白黒の下絵の上に文明開化という絵の具で絵を作ったようなもので日本という絵そのものは変わっていないが、マギ族のやったことは題名も決まっていない白紙のカンバスの上に文明のカラーコピーをしたようなものである。
 それでも、先住民族の文明化は止まらなかった。マギ族は先住民族が自分たちを神も同然の存在として受け取るように計算して接触しており、しかもマギ族の与えるものは確実に生活を豊かにしてくれたからである。苦痛には人は耐えられても快楽に耐えられる人間はそうはいないという理屈だ。
 都市化、文明化の波は、やがてこの星から夜の闇を消し去るほどに広まった。それに要した時間は、ほんの十年足らず……ほんの十年で、それまで野で獣を追い、狭い畑で粗末な野菜を育てるだけだった人間たちは、都市で夏は涼しく冬は暖かく、山海の珍味を季節によらず口にし、遊びきれないほどの娯楽に囲まれる生活を手に入れたのだ。
 マギ族は、聖地に建設した近代都市に住まい、世界中を統治した。そこはまさしく神の居城であり、通信を使って都市にいながら支配地に指令を出し、ときおりUFOに乗って支配地に降臨する彼らは神そのものであった。
 広大な支配地と支配都市の数々を、マギ族ひとりが少なくともひとつの都市を所有するようになっていた。その中には十五歳になったブリミルもおり、彼らは自分の支配地をいかに発展させるのかを最大の娯楽とするようになっていた。
「まさに、神の遊び。なにも知らない無垢な人々に、いろいろ吹き込むのはさぞ楽しかったでしょうね」
 サーシャが皮肉げに言うと、ブリミルはばつが悪そうに苦笑いした。
「まったく君はずけずけと言ってくれるね。だが、まったくそのとおりだよ。僕らは最初、友が欲しくて人々に接触していたけれど、いつしか調子に乗りすぎていってしまったんだ……そして君たち、これまでの様子を見てきて、なにか気づいたことはないかい?」
 真顔に戻ったブリミルがそう尋ねると、一同は顔を見合わせあった。
 違和感。そう、今まで見てきた中で、なにか現代のハルケギニアとは決定的に違う何かがあることを一同は感じ始めていたのだが、それが具体的に何かは一部の者を除いてわからなかったのだ。
 すると、一同の中からルクシャナが一歩前に出た。

474ウルトラ5番目の使い魔 54話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 21:59:46 ID:hwFD3p2w
「エルフの姿を見なかったわ。どの都市にも、住んでいるのは普通の人間ばかりで、わたしたちの同族はひとりも見なかった。いいえ、翼人も獣人も、人間以外のどんな人種も見かけなかった。ねえ、わたしたちの祖先はどこにいるの?」
 言われて皆ははっとした。確かに、これだけの巨大都市が乱立しているというのに、そこに住んでいるのは今で言う平民ばかりで、どこを見てもエルフのような亜人はおらず、それに家畜も馬や牛や豚ばかりで見慣れたドラゴンやグリフォンなどの姿はどこにもなかった。才人がタイムスリップした時にはいたのに、である。
 今のハルケギニアでは当たり前に見られるものが見えない。それになにより奇妙なことに、ハルケギニアならいなければおかしいはずのメイジ……魔法を使う人間が一切見当たらない。それが不自然すぎる。
 ここがハルケギニアの過去なら、この不自然さはいったい? 違和感の正体に一同は首を傾げたが、ふとルイズが思い出したように言った。
「確か、ブリミル教の教義では始祖ブリミルが魔法の力を授けたとあるわ。もしかして、それがこれからなんじゃないの?」
 ルイズのその言葉に、ブリミルはゆっくりとうなづいた。しかしその表情はとても重く、やがて彼は血を吐くように話し出した。
「僕らマギ族は、この星の人々に与えられるものを次々に与えていった。それは、さっきも言ったとおり最初のうちは僕らの仲間を増やしたいという純粋な思いからだったけれど、この星で無垢な人々を相手に神のように力を振るい続けているうちに、いつしか僕らは自分たちが本当の神であるかのように思い上がるようになっていったんだ」
 ブリミルの言葉とともに、繁栄を謳歌していた都市に異変が起こり始めた。それまでは各都市が自由に交流をできていたのが、突然人の行き来が禁止され、それぞれの管理者の都市ごとに隔離されてしまったのだ。
 いったいなにが起きたのか? その答えは困惑する面々の前に、もっとも残酷な形で現れた。
 
「えっ? 人間同士で……戦いが!?」
 
 マギ族の支配する都市同士での戦争、それが破局の始まりであった。
 ブリミルは語った。
「人々を支配しきり、星を完全に開拓しきった後のマギ族は、とほうもない”退屈”に襲われたんだ。やるべきことをやりきって、やらなきゃいけないことがなくなってしまったマギ族は、新たな”楽しみ”を探し求めた」
 
 マギ族は、惑星開拓という大事業に成功した後の喪失感を埋めるための、退屈しのぎを追い求めたのである。
 最初、それはマギ族同士で自分の支配する都市の充実具合を競い合うものであったが、彼らはすぐにそれに飽きて、より直接的な刺激を求めるようになった……
 それがすなわち、自分の都市の住人を兵士に仕立てての戦争ゲームである。
 もちろん最初から殺し合いをさせたわけではない。彼らにもちゃんと良心はあり、武器は殺傷能力のないものを持たせて、様々なルールを作って勝ち負けを競った。サバイバルゲームの大規模なものだと思えばいい。住人たちも、神々の命ずることだからと無抵抗に従った。

475ウルトラ5番目の使い魔 54話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:00:39 ID:hwFD3p2w
 だが、彼らはこの遊びを甘く見すぎていた。この世で、自分が傷つくことがないならば戦争ほど楽しいゲームはほかにない。そしてサバイバルゲームならば、いくら熱中しても社会的制裁を恐れてルールは厳密に守られるが、彼らマギ族をしばる社会的なたがは何もなかった。
 マギ族は、この戦争ゲームに泥沼のようにはまっていった。当初はそれこそ、模造の剣や槍だけを使った中世的な戦争ごっこだったものが、すぐさま銃や大砲を大量に用いて砦を攻め落とすようなものに、規模も複雑さも増して行き、さらに住民たちも強力な武器を用いて傷つくことなく好きなように暴れられるこのゲームに熱中した。
 アンリエッタやウェールズは、ハルケギニアの王族の中にも退廃した享楽に溺れた例はあると聞いたが、ケタが違うと戦慄した。他の面々も、顔色をなくし、冷や汗をかきながらようやく見つめている。
 
 ただ、この時点で踏みとどまることができれば、まだ遊びで済んでいただろう。しかし、彼らは知らず知らずに超えてはいけないラインへ踏み入り、遊びに入れてはいけない要素を取り入れてしまった。
 賭けの登場である。
 マギ族はお互いに直接戦うだけでなく、他人の勝負をダシにして賭けに興じるようになった。質に使われたのは住民から都市そのものまで幅広い。
 が、賭け事とは愚者の道楽である。しかも、個人がはまる分にはそいつひとりが破滅して他者の冷笑の的にされるだけだが、責任ある立場の者が賭け事にはまるとおおむね他人を巻き添えにする。
 地球の歴史上も、国を担保に賭けをして悲劇を巻き起こした王や軍人は枚挙に暇が無い。そしてその例は、ここでも完全に再現された。
 賭けに負けて、自分の所有する都市や領民を巻き上げられたマギ族の者は、怒りからさらに賭けに没頭した。しかし賭けるものがすでに無い彼らは、賭けの質を自ら作り出し始めた。それはすなわち、戦争ごっこをより魅力的に刺激的に変えることのできる、新たな駒の製造である。
 画像が、マギ族の所有する工場の内部へと切り替わったとき、一同の顔は驚愕と恐怖に彩られた。
「ドラゴンが……グリフォンが……つ、作られている」
 そこでは、大きな水槽の中で様々な生き物が改造されている様が鮮明に映し出されていた。
 トカゲやワニが大きくなってドラゴンになり、鷲とライオンが合成されてグリフォンになり、ただの馬に角が生やされてユニコーン、翼が生やされてペガサスになった。それらの目を疑うばかりの光景を、ブリミルは淡々と説明した。
「バイオテクノロジー。簡単に言えば、猪を飼いならして豚に変え、犬や猫の交配を繰り返して新しい品種を作り出すことを極限まで進歩させた技術だと思ってくれればいい。マギ族はこれを使って、次々に新しいしもべとなる生き物を作り出していったんだ」
 もはや誰も言葉も無かった。ドラゴンやグリフォンの他にも、魔法騎士隊で使われているヒポグリフやマンティコア、火竜や風竜、サハラに生息する水竜や海竜が作られている。また、戦闘用の幻獣の他にも、ただの鳥から極楽鳥が作られて、愛玩用に売却されていくのも映っていた。

476ウルトラ5番目の使い魔 54話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:02:00 ID:hwFD3p2w
 才人はこれで、なぜ地球とほとんど同じような環境をしたハルケギニアで、地球とまったく違う生物が存在しているのかを知った。ハルケギニア固有の生き物は、全部とは言わないがドラゴンのように攻撃性が強くて軍事利用が容易なものか、家畜として利用価値の高いものが多いのは、最初から人間が利用するために作り出した人工種だったからというわけだったのだ。
 地球でも実用化が進んでいる技術だが、マギ族のやるそれは文字どおり次元が違った。小さなものは人語を解する動物から、大きなものは船のような鯨竜まで、それらが粘土細工のように生産されていく様は恐怖でしかない。特に、人語を話す風竜、つまりシルフィードと同じ韻竜が生み出されているのを目の当たりにしたときにはタバサでさえひざを突いて嗚咽した。
「タ、タバサしっかりして!」
「だ、だいじょうぶ……大丈夫だから」
 ルイズとキュルケが慌てて助け起こしたが、タバサの顔は蒼白そのものだった。他の面々も大なり小なり青ざめていて、エレオノールはここにカトレアを連れて来ていなくてよかったと心底思っていた。生命の創生はまさに神の御技だと思ってきたが、まさかこんな遊びの一貫でおもちゃのように作り出されていたとは。
 しかし、これはまだ序の口でしかなかったのだ。作り出されたドラゴンなどの人造生命体は、戦争ごっこに投入されると、その様相を劇的に変貌させた。それはまさにファンタジックかつスリリングな光景で、火を吹くドラゴンに乗って空から舞い降りてくる騎士の姿にマギ族は歓喜し、幻獣同士の肉弾戦に歓声を上げ、さらに激しくのめりこんでいった。
 だがその一方で、戦わされている人間たちは果てしなく続く茶番劇にすでに飽きてしまっていた。彼らにとっては戦勝のたびにもらえる適当なご褒美以外にはうまみがなく、それどころか戦うたびに主人が変わったり、新しい主人のところへ強制的に移らされたりするので、戦闘の興奮に飽きてしまうと後は一気に冷めてしまったのだ。
 マギ族と先住民とのあいだに溝が生まれ、それは急激に開いていった。マギ族は相変わらず戦争ごっこと賭けに狂奔していたが、先住民たちは神に等しいマギ族に逆らう術などなく、仮に逆らう気力があったとしても、かつての貧しい生活に戻ることなどできようはずもなく、ただただ戦いに駆り立てられていった。
 ひたすら繰り返される死なない戦争。武器は派手に見えてもすべて殺傷力はなく、ドラゴンの攻撃に対してもボディスーツに仕込まれたバリヤーが働いて、戦闘不能判定が出るだけで無傷で済む。万一なんらかのアクシデントで負傷しても即座に治療されて再び戦場に舞い戻らされる。その繰り返しにより、ノイローゼになる者も続出した。
 アンリエッタやウェールズは、かの無能王でもここまでむごいゲームはするまいと戦慄に身を震わせる。恵みの神はいつしか、人々を弄ぶ悪魔へと堕落してしまっていた。
 
 だが、カリーヌやエレオノール、キュルケは知っていた。王家に伝わる伝承、成人した人間しか知ることの許されないほどの危険な秘密が語る六千年前の真実は、まさにこれからが本番だということを。
 
 マギ族の精神的退廃はその後も急激に進み、彼らはもはや傲慢な支配者以外の何者でもなくなってしまっていた。
 そして、彼らはついに戦争ごっこにも賭けにも飽きてきた。

477ウルトラ5番目の使い魔 54話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:05:49 ID:hwFD3p2w
 もっと刺激を! もっと楽しいことを!
 欲というものは満たされ続ける限り、無限に肥大化して終わりがない。そして歯止めの利かない欲望は、ついに彼らの良心を深奥まで蝕んでいった。
 自分より多く領地を持っているあいつが憎い。嫉妬はついに爆発し、戦争ごっこはとうとう惑星の支配権を賭けたマギ族同士の本物の覇権戦争へと拡大していったのだ。
「武器は実弾に変わり、戦闘は完全に奪い合いに変わった。僕自身も例外じゃなく、自分の領地で近隣の同胞と争っていたよ」
 ブリミルの領土はどこかの湖のほとりで、若い彼はそこで多くの同胞と同じように住民を駆り立てていた。それは現在の温厚な彼からは信じられないほどの冷酷な様で「突撃しろ! 退く奴は後ろから撃て」などと叫んでいた。
 聖人のかつての信じられない姿に呆然とする一同。だがその光景に、エレオノールはカリーヌに確信を持って言った。
「お母様、わたくしたちの祖先が水の精霊から聞いたという古代の伝承は……正しかったのですね」
「ええ、古代のラグドリアン湖の周辺を支配し、争っていた異邦人。その中の一人の名が……ブリミル。そして伝承のとおりなら、この後……」
 そう、秘匿に秘匿されてきたハルケギニア最大の秘密がこの先にある。
 ブリミルは暗い声で、感情を押し殺して淡々と続けた。
「戦いは激化し続けた。けれど、僕らには優れた医療技術があったおかげで、仮に致命傷を受けたとしても治すことが可能だったために、勝敗はなかなかつかずに長引き続けた。当然、もっと強い武器をと僕らは考え……ついに最後のタブーさえも犯してしまったんだ」
 イリュージョンの再現映像が、着陸しているマギ族の円盤を映し出した。そして、その中に住民たちが連れ込まれている様子が映し出され、中でなにが行われているのかに切り替わったとき、今度こそ全員の眼差しが恐怖に染まりきった。
 
「に、人間が……人間が改造されている」
 
 円盤の内部の部屋には、ドラゴンを作り出していた工場にあった水槽と同じようなものが並べられており、その中には連れ込まれてきた近隣の人々が浮かべられていた。
 死んでいるのか? 水槽の中に浮かべられている人間たちは目をつぶったまま身動きしないが、水槽の中の液体は不思議な明滅を続けており、中の人間に何らかの手が加えられているのは誰の目にもわかった。
 そして、水槽から出された人は、自分の身に何が起こったのかを理解できていない様子だったが、ロボットから一本の棒を渡されると、何かに気づいたようにそれを振った。
 その瞬間、すべての謎は解かれた。
 
『ファイヤーボール』
 
 呪文とともに棒……いや、杖から炎の玉が放たれると、誰もがすべてを理解した。

478ウルトラ5番目の使い魔 54話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:08:14 ID:hwFD3p2w
「ま、魔法……」
 それは間違えようも無く、ハルケギニアの人間ならば知っていて当然の魔法……魔法そのものであったのだ。
 水槽から出されてきた人々は次々と杖を渡され、水槽内ですでに脳に使い方を刷り込まれていたのか苦も無く魔法を使い始めた。エア・カッター、ウィンドブレイク、錬金、今のハルケギニアで当たり前に使われている魔法が完全にそこに再現されていた。しかも、使っているのはそれまで魔法を使ったことなど無い普通の人間たちである。
 魔法の力を得て、戸惑いながらも歓喜する人々。それを見て、エレオノールは冷や汗を流しながら言った。
「ま、魔法の力は脳の働きに由来するっていう説があるわ。メイジの脳は、ほんの少しだけど平民の脳より大きいから、きっとその部分が魔法を使うために必要なんだろうって。だから、なんらかの方法で人間の脳をいじることができれば、理論上は平民でも魔法が使えるようにはなる、のが学者の中ではささやかれてたけど……私たちの技術では絵空事に過ぎなかった。だけど、もしも私たちよりはるかに技術の進んだ誰かが、過去にいたとしたら」
 学者たちの中で密かに流れていた、決して表立って言うことのできない魔法の起源説。しかしそれは、もっとも残酷な形で的を射ていたのだ。
 ブリミルは補足説明をした。
「僕らは長い旅の中で様々な超能力を持った宇宙人たちと会い、その能力を記録し続けていた。その能力を人間の脳に刻み込み、呪文というワードをキーにして解放できるようにした。それが、君たちの言う魔法の正体だ」
 ただし、人間の脳を改造するということは、これまではマギ族たちもやりすぎだと忌避してきた。しかし熱狂する彼らは、その羞恥心さえも捨て去ってしまったのだ。
 魔法を使える兵隊の投入は、戦場をさらに激しく変えた。現在でも、メイジと平民の間に大きな差があるのは周知の事実だ。それを近代武装をした兵士が持ったとしたらどうか? 単純な話、グリーンベレーやスペツナズが魔法を使えるようになったらもはや手がつけられないだろう。
 メイジを戦線の主軸に添えたマギ族の軍隊は支配領域の大幅な拡大に成功した。しかしそれは一時的なものに過ぎず、相手もこちらと同じ技術力があるなら新兵器は簡単に模倣される。すぐにどのマギ族もメイジを量産し、戦いはふりだしに戻った。
 すると、メイジ以上の兵隊を欲するのが当然だ。マギ族は今度は人間の直接の強化に乗り出した。
 バイオテクノロジーのモラルを失った乱用は、人間をベースに考えられる限りの強化が行われた。背中に翼を植えつけて直接の飛行能力を持たせたり、獣の遺伝子を配合して身体能力の強化を狙ったり、逆に人間の遺伝子を豚や牛に植えつけることで最低限の知能を有する使い捨ての突撃兵を量産したりもした。
「翼人、獣人、オーク鬼にミノタウルス……」
 ルイズが震えながらつぶやいた。それらの亜人たちが人間を材料にして次々と量産され、戦場へと投入されていくごとに混沌は深まっていった。
 しかしそれは、確実に現代のハルケギニアの光景に近づいてきていることでもあった。そして遂に、マギ族は戦闘用改造兵士の最高傑作と呼ぶべき一品を作り上げた。
 メイジよりはるかに強い魔法の力を持ち、人間より優れた肉体で寿命が長く、そして遺伝子操作によって男女問わず美貌を持つ新人類。それが改造用水槽から姿を現したとき、ティファニアとルクシャナはこれが悪夢であることを心から願った。

479ウルトラ5番目の使い魔 54話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:09:51 ID:hwFD3p2w
「エ、エルフ……」
 同族であるルクシャナにははっきりとわかった。いや、間違えるほうが困難であろう。
 透き通るような金髪、ひとりの例外もない美貌、そして人間よりも長く伸びた両耳。それはすべて、彼女たちエルフのそれそのものであったのだ。
 エルフまでもが『作られている』。しかも、人間をベースにしてである。先住魔法も本物だ……ルクシャナは、自分の歯がカチカチと鳴っているのを止めることができなかった。
 戦場に投入されたエルフは、ハルケギニアの歴史で何度も繰り返された聖戦で展開された光景同様に、強力な先住魔法で人間の軍隊を蹴散らしていった。近代武装を持つ上に先住魔法を駆使するエルフの軍隊の威力は、たとえ地球の軍隊であったとしてもかなわないかもしれないほどの強さを見せていた。
 しかしそれも一時のことで、戦いはすぐにエルフ対エルフの戦いへと転換する。その繰り返し……繰り返し……繰り返し。
 
 ブリミルが説明を切って、イリュージョンのビジョンを閉じると、一同の中で顔色を保っている者はいなかった。才人も言葉を失い、カリーヌも拳を強く握り締めたままで立ち尽くしている。部屋の入り口で見張りについているアニエスとミシェルも、冷や汗を隠しきれていない。
 これが……これが事実ならば、今のハルケギニアという世界は。誰もが認めたくないという思いを抱いている中で、タバサが勇気を振り絞ってブリミルに問いかけた。
「なら、今ハルケギニアにいる、幻獣や亜人たち、エルフ……そして、メイジというのは」
「そう、すべて僕らマギ族が”兵器”として作り上げた人造人間なんだよ」
 完全なるブリミルの肯定が、一同のすがった最後の甘い藁を焼き払った。
 ハルケギニアとは、そこに住む生き物とは、そのすべてが作り物だった。
 アンリエッタがあまりのショックによろめいて倒れかけ、ウェールズに慌てて支えられた。ルクシャナは部屋の隅で激しく嘔吐し、ティファニアに背中をさすられている。そのティファニアも今にも泣きそうだ。
 エレオノールはルクシャナの気持ちがわかった。自分たちが始祖ブリミルの伝説が虚構であったことを知ったのと同様、頭の回転の速いルクシャナは、自分たちの信じる大いなる意思というものが宇宙人の能力の移植によって感じられるだけの虚構かもしれないと思い至ったからだ。
 大厄災の以前の記録が一切残っていないのも至極当然だ。それ以前の歴史など、最初から存在しなかったのだから。この星の魔法を使えない人間以外の知恵ある生き物はすべてが、六千年前に突然現れた箱庭の人形に過ぎないというのか。
 自分の信じるものが音を立てて崩れていく絶望。なにもかも、自分自身さえもが虚構であると知らされて平静でいられる者はいるまい。もしこの事実が公になれば、人間社会もエルフの社会も大混乱に陥ってしまうだろう。
 その中で、なんとかルイズとキュルケは深呼吸をしながら自分を保っていたが、ルイズはやがて歯を食いしばると激昂してブリミルに杖を向けた。

480ウルトラ5番目の使い魔 54話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:13:33 ID:hwFD3p2w
「あんたは、あんたたちは! この世界をなんだと思ってるのよ!」
「ちょっ、ルイズ落ち着きなさい!」
 キュルケが慌てて抑えたが、ルイズの怒りは止まらなかった。エレオノールや才人も止めに入るが、ルイズは両手を押さえられながらも涙を流しながら杖を振り回している。
「離して、離してよ! 全部、全部こいつらのせいじゃない。こいつらさえ来なかったら」
 今にもエクスプロージョンを暴発させそうな勢いのルイズに、とうとうカリーヌが手を出しそうになったときだった。ブリミルは深々と頭を下げて言った。
「すまない、君の言うとおりだ。すべては僕らの犯した罪、侘びのしようもない」
「謝ってすむ問題じゃないでしょ! ハルケギニアは、あんたたちのおもちゃじゃないわ」
「そのとおりだ。きっと、僕らが本来の故郷を失ったのも、その傲慢さがあったからなんだろう。僕らは、なんの罪もないこの星の人々に取り返しのつかないことをしてしまった」
 ブリミルは心からかつての自分を悔いていた。しかし、ルイズの怒りがそれでも収まらなかったとき、サーシャがブリミルをかばうように前に出た。
「待ちなさいよ。こいつに手を出すのは、私が許さないわ」
「なによ、あんただって元は人間でしょ。そいつの肩を持つの?」
「まだ話は終わってないわ。怒るのは、最後まで聞いてからにしてからでも遅くはないんじゃない? それに、こいつは一応は私の主人だからね、こいつをしばくのは私の特権よ」
 え? それ普通は逆じゃない? と、ルイズは思ったが、心の中でツッコミを入れたおかげで少し冷静さが戻って体の力を抜いた。
 部屋の空気にほっとしたものが流れる。結果的にだが、ルイズが暴れたことが適度なガス抜きになってくれたようだった。
 ルイズが引いた事でブリミルも頭を上げた。そしてサーシャに「すまないね」と声をかけると、再び杖を持ってイリュージョンの魔法を唱えた。
「もう少しだけ続くので、すまないが付き合ってくれ。エルフも加え、マギ族の戦争は激化の一途を辿った。だが、長引く戦乱とそれによる星の環境の破壊は、僕らも想定していなかった事態を招いた。戦火に釣られるようにして、この星の中に眠り続けていたものたちが次々と目覚め始めてしまったんだ」
 大地の底から目覚める無数の巨大な影。それが破局の始まりであった。あまりに星の環境を変えすぎてしまったことが、この星のもうひとつの先住種族である怪獣たちの眠りを妨げたのだ。
 土煙をあげて地の底から次々と現れる巨大怪獣たち。
 
 ゴモラ、レッドキング、ゴルメデ、デットン、キングザウルス、キングマイマイ、パゴス、リトマルス、ガボラ、ボルケラー、バードン。
 
 一挙に目覚めた怪獣たちは、まるで眠りを妨げたものがなんであるのかを知っているかのように人間たちに襲い掛かっていった。

481ウルトラ5番目の使い魔 54話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:16:01 ID:hwFD3p2w
 巨体で暴れ、火を吹く怪獣たちの前には、マギ族の軍隊もまるで無力であった。一体や二体ならまだしも、怪獣たちはどんどんと現れてくるのだ。しかも戦争中だった彼らは、怪獣と戦っている背中から敵に狙われるのを恐れて連携などまるでとれなかったのだ。
 怪獣たちの猛威に、マギ族の中にも少なからぬ犠牲者が現れた。サハラの首都にいた者は別だが、各地方都市で戦争の陣頭指揮に当たっていた者は直接の被害を受けてしまったのだ。
 しかし、マギ族はこの事態になっても戦争をやめようとはしなかった。それどころか、むしろ怪獣たちを操って戦争の道具にしようとさえし始めたのだ。
「なんて愚かな。守るべきものも、大儀すらない戦争になんの意味があるというのだ」
 ウェールズがアンリエッタの肩を支えながらつぶやいた。レコン・キスタとの戦いで数多くのものを失った彼の言葉は重く、皆をうなづかせた。
 それでも、マギ族の優れた科学力は何体かの怪獣を従わせることに成功した。そして従えた怪獣たちを使って、戦争は続いていく。もはや、この戦争の落としどころをどうするのかなど、誰も考えてはいなかった。
 だが、これがマギ族が破滅を回避することのできる、本当に最後のタイミングであったのだ。マギ族は惑星原産の怪獣にはなんとか対抗できたものの、星の動乱に引き付けられるようにして、宇宙から多数の宇宙怪獣までもが来襲するようになったのである。
 
 ベムスター、サータン、ベキラ、メダン、ザキラ、ガイガレード、ゴキグモン、ディノゾール、ケルビム、そしてアボラスにバニラ。
 
 これらでさえ氷山の一角なほど、宇宙怪獣たちは先を争うかのように惑星に殺到し、その凶悪な能力を駆使して大暴れを始めた。
 たちまちのうちに炎に包まれ、灰燼に帰していく都市。摩訶不思議な超能力を駆使する宇宙怪獣の大軍団を相手にしては、いかなマギ族の超科学文明とても敵うものではなかったのだ。
 地方都市は次々に壊滅し、マギ族は従えた怪獣で宇宙怪獣に対抗しようとしたものの、しょせんは焼け石に水。軍隊は人間も亜人もエルフも疲弊しきり、士気もないも同然。まして、マギ族同士は今日まで戦争をしてきた相手を信用などできず、連携などはまったくできない。
 すでに戦争どころではないにも関わらず、それでも戦争は続いていた……まさに愚行の極み。だが、この世のすべてのものには終わりがある。
 そう、終わりを導く本当の破滅が現れたのだ。
 戦乱渦巻く世界に、空から舞い降りてくる金色の光の粒子。「あれは!」と、才人は叫んだ。
「すべての秩序が崩壊した混沌の世界に、そいつはやってきた。ヴァリヤーグ……我々はそう呼んだ、宇宙からやってきた、光の悪魔」
 ブリミルがそうつぶやく前で、光の粒子が地上の怪獣、宇宙怪獣問わずに取り付いて、凶悪な変異怪獣へと変えていった。そして強化・凶暴化した怪獣たちの前に、マギ族の武力は無力であった。
 一方的な破壊が文明を、マギ族の築き上げてきたすべてを炎の中に消し去っていく。マギ族の終わりの始まりが、夢の終わりの時が来たのだ。
 ヴァリヤーグ? あの光の粒子はいったい……戦慄する面々の中で、ティファニアだけがまるで知っていたかのように、ひとつの名をつぶやいた。
「カオスヘッダー……」
 無数のカオス怪獣の猛攻にさらされ、青く美しかった星は赤黒く塗り替えられていった。
 そして、廃墟の中をカオス怪獣に追われて逃げ惑う少年ブリミル。虚無の系統と、始祖の伝説の誕生……本当の愛と勇気と希望のために歩き始める、語られない歴史がここから始まる。
 
 
 続く

482ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/01/24(火) 22:17:36 ID:hwFD3p2w
今回は以上です。ウル魔版の始祖ブリミルの伝説、その始まりです。
思えばずいぶん前から伏線を引いてきたことですが、ようやくここで回収です。
それにしてもイリュージョンの魔法は便利です。もし四系統にこれがあったらギーシュあたりがエロいことに使いまくりそうですね。
では、次回は大厄災の真実に迫ります。

483名無しさん:2017/01/25(水) 08:50:30 ID:PBuWQPRI
ウルトラ乙
5番目の人の設定見て、SAMURAI DEEPER KYOを思い出したのは私だけだろうか

484名無しさん:2017/01/25(水) 21:05:11 ID:Zb3fg5l.
ブリミルがまだ子供〜少年の間に起きた事件だったんですか……

485名無しさん:2017/01/26(木) 16:54:53 ID:pvlTCPiQ
乙です。
ブリミル達とハルケギニアの人達の関係は、ヤプールと超獣の関係とさほど変わらないなんて・・・。
そりゃ涙も流すし、吐きもするだろう。
さらにその先の真実。次回も楽しみにしています。

486ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:39:50 ID:utWO93KQ
どうも皆さま今晩は、無重力の人です。
特に何もなければ21時43分から79話の投稿を開始したいと思います

487ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:43:06 ID:utWO93KQ
 八雲紫は夢を見ていた。ほんのちょっと前の出来事で、けれども決して取り戻せないとわかってる昔の思い出。
 冬眠の時に見る近くて遠い世界の出来事ではなく、自分が造りあげ、そして残酷で優しい仕組みを持ったこの世界での思い出。
 彼女たち妖怪にとって「ほんのちょっと前」と軽く言える月日は人間にとって十数年前と言うそれなりに長い月日の過去。
 あの頃の記憶を夢の中で見ていた紫は、幻想郷と外の世界の境目である博麗神社の境内に立っていた。 

「………ちょっと暑くなってきたわね」
 彼女はこれを夢の中と知っていながらも、身に着けている白い導師服をそろそろ季節外れだという事に気が付く。
 あの時と同じだ。夢の中と同じく季節が春から初夏へと移ろいゆく時期、自分は確かにここにいた。
 肌を撫でる゙暖かい゙気温が緩やかに、しかし確実に゙暑い゙熱気へと変わっていくそんな時期。
 今目の前に見える『数十年前の博麗神社』の中にいる、まだまだ幼く放ってはおけない゙彼女゙の様子を見に来ていたのである。

 白色ながらも、頭上の太陽と境内の大理石を反射する熱気という挟み撃ちで流石の八雲紫もその顔に一筋の汗を流してしまう。
「参ったわね、夢の中だというのに…こうも暑いと感じてしまうなんて…――ーそういえば、この時は…」
 衣替えはやっていたのかしら?一人呟きながらも、彼女は右手の人差し指で何もない空間にスッと『線を引く』。
 瞬間、人差し指で引いた線が縦へ大きく開いだスキマ゙となり、幾つもの目玉が彼女を覗く空間から愛用の日傘が飛び出てくる。
 紫は右手でその日傘を掴むと、まるで役目を終えたかのように゙スキマ゙は閉じ、跡形も無く消滅した。
「…確か、この年は外の世界の影響を少し受けてしまっていたのよね?あの時は…色々と大変だったわぁ」
 ゙彼女゙の先代―――つまり三十一代目の巫女がいた頃の当時を思い出しながら、傘を差した時―――
 懐かしくて愛おしくて―――今の゙彼女゙も思い出してほしい、当時の幼ぎ彼女゙が背後から声を掛けてきた。

「あっ、ゆかりー!ゆかりだー!」
 今の゙彼女゙に聞かせたら、思わず赤面して耳を塞いでしまうような舌足らずな声。
 日傘を差し終えたばかりの紫はその声に後ろを振り向くと、小さな巫女服を着た女の子がこちらへ走ってくるのが見えた。
 まだまだ年齢が二桁にも達していない子供特有の無邪気な笑顔を浮かべ、服と別離した白い袖を付けた腕を振り回しながらこちらへと駆けてくる。
 やや茶色みがかった黒髪と対照的な赤いリボンもまだまだ小さいが、却ってそれがチャームポイントとなっていた。
 笑顔で駆けつけてくれた小さな゙彼女゙に思わずその顔に笑みを浮かべつつ、紫ば彼女゙の体をスッと抱きかかえる。
 妖怪としてはあまり体力がある方とは言えないが、それでも゙彼女゙の体重は自分の手には少し軽かったと紫は思い出す。
「久しぶりねぇ…お嬢ちゃん。元気にしていたかしら?」
「うん!」
 ゙彼女゙は快活に頷き、ついで小さな両手で自分を抱いている紫の頬を触ってくる。
 ようやく柔らかい皮膚の下にある骨の硬い感触が少しだけ伝わってくる゙彼女゙の手。
 いずれはこの小さくも大切な世界の一端を担う者の手はほんのりと暖かく、微量ではあるが霊力の感じられる。
 まるで素人が見よう見まねで作った枡のように、ほんの僅かな隙間から零れていく酒のように゙彼女゙の力が漏れ出していく。
 この夢の中ではまだまだ幼い子供である゙彼女゙が、霊力を制御できるほどの知識や技術を知ってはいなかった事を紫は思い出す。

(そういえば、この頃はまだまだコントロールしようにもできなかったっけ…)
 霊力でヒリヒリと痛む頬と、今の自分の状況をを知らずに無邪気に障ってくる゙彼女゙の笑顔を見て紫は苦笑いを浮かべる。
 こうして夢の中で思い出してみれば、やはり゙彼女゙には恵まれた素質があったのだとつくづく納得してしまう。
 それは後に、この夢の中より少しだけ大きくなった彼女の教師兼教官役となった紫自身の思いでもあった。
(まぁ、後々教師役となる私が言ってしまうと…色眼鏡でも付けてるんじゃないかってあの娘に言われてしまいそうだけど…―――…ん?)
 夢の中でそんな事を思いつつ、まだまだ小さい゙彼女゙を抱きかかえていた紫は、ふと背後に何者かの気配を感じ取る。
 それは自分を除いて今この場に居る人間の中で最も力強く、下手すれば彼かまわず傷つけようとする凶悪な霊力の持ち主。
 故に妖怪だけではなく人間からも怖れられ、゙彼女゙と共に暮らしていた三十一代目博麗の巫女の気配であった。

488ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:45:04 ID:utWO93KQ
「あら、何やら胡散臭い気配がすると思ったら…アンタだったのね」
 まるで刃物の様に研ぎ澄まされ、少しドスを利かせれば泣く子が思わず黙ってしまう様な鋭い声。
 その声も今は共に暮らしている小さかっだ彼女゙がいるおかげか、どこかほんのりと落ち着いた雰囲気が漂っている。
 ここが夢の中だと自覚してはいるものの、実に十数年ぶりに聞いた三十一代目の声に紫の頬も自然と緩んでしまう。
「あらあら、随分大人しくなったわね?ちょっと前までは、境内に足を踏み入れただけで威嚇してきたというのに…」
「人を獣みたいに言うなっての」
 口元を袖で隠しながら呟いた紫に、巫女は苛立ちをほんの少し見せた言い方でそう返した直後、
「あっ、お母さん!」
 紫が抱きかかえていだ彼女゙がそう叫んで地面に着地すると、まるで脱兎の如き足の速さで巫女の下へと駆け寄っていく。
 そして巫女の近くまで来ると一旦足を止め、自分を見下ろす巫女を中心にグルグルと走り回る。
「こらっチビ!あんたねぇ、朝食が済んで早々神社の外へ出るなってアレほど…ちょ、人の話を聞けっての!」
 何やら巫女ば彼女゙に軽いお説教をしてやりたいのだろうが、肝心の゙彼女゙は忙しなく動き回っている。
 紫はそんな二人に背中を見せていたが、その時の光景は夢として見る前の現実でしっかりと目にしていた。
 両手を広げて笑顔で走り回る幼ぎ彼女゙と、そんな彼女にほとほと呆れながらもほんの少しだけ口元を緩ませていた巫女。

 ゙彼女゙がこの幻想郷の住人となったのは、この夢の中では半年も前の事。
 寒い寒い冬の山中。外の世界へと通じる針葉樹の森の中で、゙彼女゙は巫女に助けられた。
 その時、周囲に転がっていた炎上する鉄塊と身に着けていた服で、外の世界からやってきた者だと一目で分かった。
 当然の如く身寄りなどいるはずもなく、右曲折の末に゙彼女゙は巫女の下で育てられことになる。
 なし崩し的に゙彼女゙と暮らし始めてからというものの、孤独に暮らしていた巫女は他人というモノを初めて知ることが出来た。
 三十一代目には色々と問題があり、人里との付き合いも希薄であった故に゙彼女゙を受け入れてくれた時、紫は安堵のあまり胸をなで下ろしたものである。
 
(懐かしいわね…何もかも。―――夢とは思えないくらいに…)
 背後から聞こえる楽しそうな゙彼女゙の嬌声を耳に入れながら、紫はその場に佇んでいた。
 今夢で追体験しているこの日は、自分と巫女…そしで彼女゙にとってとてつもなく大きな転換点とも言える日。
 当時の紫は思っていた。やむを得ない事情で三十一代目となった巫女の為に、゙彼女゙の今後を決めておかねばならないと。
 制御しきれぬ力を抱え、一度タガが外れれば狂犬となってしまう巫女を助けようとして…幼ぎ彼女゙に次代の巫女になって貰うという事を。
 そして、それが原因で巫女との仲違いとなり――――結果として、彼女を幻想郷を消さねばならなくなったという過ち。

 いまこうして立って体感している世界は全て自分の過去であり、拭える事のできない過ち。
 それを分かっていながらも、紫は心のどこかでこれが現実であれば良いのにと願っていた。
 まるで人間が無茶な願いを流れ星に込めるように、最初から叶う筈がないとと知っていながら。



 目を開けて最初に見たものは、自分の棲家―――マヨヒガの見慣れた天井であった。
 天井からぶら下がる電灯を寝るときに消すのがいつも面倒で、いつの日か改装したいと思っている忌々しい天井。
 そして頭を動かして周囲を見回せば案の定、マヨヒガの中にある自分―――八雲紫の部屋である。
 夢の過去から戻ってきた紫は早速自分の体を動かそうとした瞬間、胸の中を稲妻が駆け抜けるようにして痛みが走った。
「―――――…ンッ!」
 思わず呻き声を上げてしまった彼女は、これが原因で自分は目をさましたのだと理解する。
 全く酷い寝起きね…。心の中で愚痴を漏らしつつ、ふと自分はどうして布団で寝ているうえに体がこんなに痛むのか疑問に思った。

489ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:47:10 ID:utWO93KQ
 自分の記憶が正しいのであれば、トリスタニアで霊夢を探していたルイズと魔理沙に彼女の居場所を教えた後で、幻想郷に戻ってきたのは覚えている。
 思いの外苦戦していた霊夢に助太刀しようかとあの時は思っていたが、あの二人ならば大丈夫だろうとその場任せる事にしたのだ。
 そしてハルケギニアを後にし、然程時間を掛けずに自分の棲家へ戻ったのは良かったが……そこから先の記憶は曖昧であった。
 まるで録画に失敗したテレビ番組の様に、そこから先の記憶がプッツリと途切れているのだ。
「確かあの後は…マヨヒガに戻ってきたのは覚えてるけど……その後は…――」
「本棚の整理をしていた私を無意識にスキマで引っ張ってきて、半ば無理やり看病させてたのよ」
 思い出そうとした紫に横槍を入れるかのように鋭く、それでいて冷たい声が右の方から聞こえてきた。

 その声に彼女が頭だけを動かすと、丁度襖を開けた声の主が天の川の様に白く綺麗な髪をなびかせて入ってくる。
 紺と赤のツートンカラーの服に、頭には赤十字の刺繍が施されたナースキャップ。そして寝込んだ自分へと向ける射抜くような瞳。
 かつては月の頭脳と崇められ、今は裏切り者として幻想郷に住まう月人にして…不老不死の蓬莱人―――八意永琳。
 幻想郷を支配する八雲紫自身も、油断ならない奴と思っていた彼女が何故ここに…?寝起きだった紫はそんな疑問を浮かべてしまう。
 そして寝起きだったせいか、ついつい表情にもその疑問が出てしまったのを永琳に見らてしまった。
「……その顔だと、記憶にございませんって言いたそうじゃないの?」
 彼女からの指摘でその事に気が付いた紫はハッとした表情を浮かべ、それを誤魔化すかのようにホホホ…と笑った。
「あらやだ、私とした事がうっかりしていましたわね……ふふ?」
「まぁ私も連れてこられた直後に見た貴女を見て驚いてしまったから、これで御相子という事にしましょう」
 そう言って永琳は紫の枕元に腰を下ろすと、彼女に「体を起こせる?」と聞く。
 ここは威勢よく頷いてスクッと上半身を起こしていきたいところなのだが、生憎先ほどの痛みではそれも難しいだろう。
 ほんの数秒ほど考えた紫が首を横に振ったのを見て、永琳は小さなため息をついてから彼女の肩に手を掛ける。
「とりあえずもう少し寝かせておくのが良いけど、生憎そうも言ってられないから手伝うわ」
「あら?何か物騒な言い方じゃないの―――…ってイテテ…!」
 
 幸い永琳の介助もあってか、紫は何とか上半身を無事起こす事が出来た。 
 まだ胸はチクチクと痛むものの、気にかかる程度で立ったり歩いたりする程度には何の支障にもならない程である。
「全く…貴女ともあろう妖怪が、こんなみっともない醜態をあのブン屋天狗に見られたら一大事よ?」
「完璧に見える者ほど、その裏では醜態を晒している者ですわ……ふぅ」
 ようやく布団から出て来れた紫は、永琳が着せてくれたであろう寝巻をゆっくりと脱ぎ始めた。
 汗を吸い、冷たくなった紺色のそれを半分ほど脱いだところで、ジッとこちらを見ている永琳へと視線を向ける。
 向けられたその視線から紫の言いたい事を察した永琳は、キッと目を細めて言った。
「着替えなら自分の能力で出せるでしょう。ちょっとは自分で動きなさい」
「……まだ私、何も言ってないんですけど?」
 あわよくば着替えを取ってくれるかもと思って向けた視線を一蹴された紫は、愚痴を漏らしながらスキマを開く。
 いつも身に着けている白い導師服と下着、それにいつも身に着けている帽子がスキマから零れ落ちてくる。
「それぐらい、視線で分かるわよ。……姫様も似たような視線を向けてくるから」
「あちゃ〜…既に予習済みだったというワケねぇ?」
 用済みとなったスキマを閉じた紫は既に慣れっこだった永琳にバツの悪そうな笑みを浮かべて、手早く着替えを済ませた。

490ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:49:05 ID:utWO93KQ
 着替えを済ませた紫はその後、じっと見守っていた永琳と共にマヨヒガの廊下を歩いていた。
 彼女曰く「長話になるだろうから居間で話したい」と言っており、まぁ確かに空気が籠っているさっきの部屋で話すよりマシなのだろう。
 紫自身は別にあの部屋でも良かったのだが、特に拒否する理由も無かったのでほんの少し痛む胸をそのままに廊下を歩いていた。
 廊下に面した窓から見える空は、外の世界で良く見る排ガスのような曇天であり、ふとした拍子で雨が降ってしまいそうである。
「それにしても、話したい事って一体どういうお話なのかしら」
「貴女なら、仮に私が逃げたとしても捕まえられるでしょう?だったら慌てる必要は無いというものよ」
 部屋を出て十秒ほどしたところで繰り出した紫の質問にしかし、永琳は答えをはぐらかす。
 まぁ確かにその通りなのだが、不思議とマヨヒガの中にいる彼女は威厳があるなぁ…と紫は思った。
 ついついそんな事を思ってしまった事が可笑しいのか、クスクスと笑いながら再び永琳に話しかける。
「私の家のはずなのに、何故だか貴女の方がマヨヒガの事を知ってそうね?」
 半分冗談で言ったつもりであったが、永琳はやれやれと言いたげな顔で肩を竦めて、
「そりゃあ一月と半分も貴女の看護で監禁されていたのよ、ここの掃除や炊事をしていく内に大体の事は把握できたわ」
 あっさりと言い放ってくれた事実に、流石の紫もその場で足を止めてしまう。
   
「――――…一月と、半分…?」
 真剣な様子で言われた言葉に、紫は思わず目を丸くし怪訝な表情で反芻してしまう。
 てっきり一日か数日の間気を失っていただけかと思っていたというのに、彼女の口から告げられた事実は予想の範囲をほんの少しだけ超えていた。
「何よ、てっきり数百年か千年ほど眠っていたと思ったのかしら?」
「…奇遇ね。貴女とは真逆の方向で考えていましたわ」
 そんな相手の様子を見かねてか、自分なりの冗句を飛ばした永琳に紫は気を取り直しつつも言葉を返した。
 一体自分の身に何が起こったのだろうか…?そんな疑問がふと頭の奥底から湧いてくる。
 幸いにも心当たりはある。今抱えている異変の初期に゙あの世界゙への侵入を試み、霊夢を召喚したであろう少女の遭遇。
 その時に出会い、襲い掛かってきたあの白い光の人型。それを追い払うために一撃お見舞いする時にもらった、あの一太刀…。

(でもまさか…傷自体はすぐに治ったし、あれ以降特に体調には変化は無かったけどねぇ)
 心当たりと言えばそれくらいなものだし…もう一つあるとすれば、少し賞味期限が切れた芋羊羹を茶菓子に食べた程度である。
 とはいえ妖怪がその程度で倒れて一月過ぎも倒れてしまうと、それはそれで物凄い名折れになってしまうが。
(もしかしてこの前、スキマに隠してて忘れてた最中を食べたのがいけなかったのかしら…?)
 思い当たる節がそれくらいしかない紫が、寝起きの頭をウンと捻りながら思い出そうとしており、
 永琳はそんな彼女の心の内を読んだかのように呆れた目で見つめつつ、心の中では別の事を考えていた。

(どうやら、本当に憶えてないらしいわね…この様子だと)
 暢気な妖怪だと思いつつ、やはりその姿から滲み出る『余裕』とでも言うべき雰囲気に永琳は感心していた。
 去年の秋、永夜事変と呼ばれるようになったあの異変で顔を合わせて以降、油断ならない相手だと認識している。
 あの巫女とは違いどこか浮ついていて、時折何をやっているのかと思う事はあっても、常にその体から『余裕』が滲み出ていた。
 例えるならば剣術に長けたものが相手の目の前でわざとおふざけをし、いざ切りかかってきた瞬間にそのまま一刀の元に切り伏せてしまう『余裕』。
 傲慢とも取れる強者だけが持ち得る『余裕』を放つ八雲紫は正に、いかなる戦いでも勝ちを手に取る事の出来る真の強者。
 博麗の巫女以上に警戒すべき妖怪であり、この幻想郷で生きていく上では絶対に逆らってはいけない支配者なのである。

491ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:51:04 ID:utWO93KQ
(けれど、どうやら゙相手゙の方が一枚上手だったようね…)
 無意識のスキマで連れ去られ、半ば強引に彼女の治療をさせられていた永琳は紫の容態を把握していた。
 あの日…永遠亭の自室で空いた時間を利用した本棚の整理していた最中に、彼女はスキマによってここへ連れて来られた。
 突拍子も無く足元の床を裂くようにして現れたそのスキマには、流石の永琳でも避ける暇は無かったのである。
 しかし、結果的にそれがマヨヒガの玄関で倒れていた紫を助けることに繋がり…信じられない様な事実さえ知ることができた。
 恐らく彼女はそれを自覚していないかもれしない。もしそうであるならば今の異変に深く関わるもうあの世界への評価を数段階上げなければいけない。
 いまその世界にいる博麗霊夢…ひいては幻想郷そのものに、これまでとは次元の違う異変を起こした異世界――ハルケギニアを。

「……あっ、こんな所にいたんですかお二人とも!」
 マヨヒガの廊下で立ち止まった二人が各々別の事を考えていた時、二人の耳に聞きなれた少女が呼びかけてきた。
 咄嗟に紫が前方へと顔を向けると、そこにいたブレザー姿の妖獣の姿を見て「あら!」と声を上げる。
 二人へ声を掛けた少女もとい妖獣は永琳と同じく月に住む兎――玉兎にして、彼女の弟子である鈴仙・優曇華・イナバであった。
 足元まで伸ばした薄紫色の髪、頭には変にヨレヨレでいつ千切れても可笑しくなさそうな兎耳が生えている。
 この場に居る三人の中では最も名前が長くそして頼りなさそうな雰囲気を放っているが、その能力は三人の中では最も性質が悪い。
 とはいえ本人はそれを悪用するほどの大胆さは持たず、それを仕出かす性格ではないので今は永遠亭で大人しく過ごしている。
 そんな彼女が何故この永遠亭にいるのだろうか?その疑問を知る前にひとまずは挨拶をしてみることにした。

「誰かと思えば、永遠亭のところの臆病な……え〜っと、月兎さん…?じゃあありませんか」
「え?あ、あの…月兎とは言わないんだけど…それはともかくとして、お久しぶりです紫さん」
 紫が自分の種族名を呼び間違えたことを指摘をしつつ、鈴仙は目の前にいる大妖怪におずおずと頭を下げる。
 無論彼女たち月の兎の正しい呼び方は知っているが、そこを敢えて間違えてみたが彼女は怒らない。
 やり過ぎればそれはそれで面白いモノが見れそうなのだが、それは自分の手前いる彼女の師匠が許さないであろう。 
「あら、優曇華じゃないの。もしかして、待てない゙お客さま゙に促されたのかしら?」
 鈴仙の師匠である永琳が右手を軽く上げつつ、何やら気になる単語を口にしている。
 ゙お客様゙…?自分の隙間が無意識に連れ込んだというのは、永琳だけではなかったのか…?
 小さく首を傾げつつも、ひとまず紫は次に喋るであろう鈴仙の言葉を聞いてから口を開くことに決めた。

「はい…、この天気だと雨が降りそうなので手早く済ませたいと…後、姫様もまだ起きないの?とかで…」
「あらあら…どうやら私が寝ている間に、御大層な見舞い客達が来てくれたようねぇ」
 二人の話を横から聞いていた紫は、頼りない玉兎が口にした言葉で永琳の言ゔお客様゙の姿を何となく想像する事が出来た。
 自分が居間へ来るのを首を長くして待っているのだろう、ならばここで時間を潰している場合ではない。
 笑顔を浮かべながらそう言った紫にしかし、永琳は苦笑いの表情を浮かべてもう一度肩を竦めて見せる。
「まぁ、そうね。貴女が倒れたと聞いて、何人かが見舞いに来てくれているけど…けど、」
「けど?」
「今日は今まで眠っていた分、たっぷりと話すことになるでしょうから、喉を潤すのを忘れないで頂戴」
 

 案内役が二人となり、やや狭くなった廊下を歩いていると窓越しに何か小さな物が当たったような音がする。
 何かと思い目を向けると、丁度曇天から振ってきた幾つもの水滴が窓を叩き始めた所であった。
 彼女の後ろにいた鈴仙も聞こえ始めた雨音に思わず兎耳が動き、窓の方へと顔を向ける。
 これから梅雨入りの季節である、恐らくこの雨は連日続く事になるだろう。

492ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:53:10 ID:utWO93KQ
「……ふふ」
 パタパタと揺れ動く黒い蝙蝠の羽根に紫が思わず微かな笑い声を口から漏らした直後、レミリアの顔がすっと後ろを振り向く。
 気づかれちゃった…?一瞬そう思った紫ではあったが、幸運にも彼女の耳には入らなかったようだ。
「ほら、何やってるのよ。アンタがを覚ますのを首を長くして待ってたのは、私やそこの薬師だけじゃあないのよ?」
「それは大変ね。主役が遅れては、物語の本筋が進まないのと同じ事だわ」
 吸血鬼の呼びかけに紫は笑顔を浮かべたままそう答えると、再び居間へと向けて歩き始める。 
 レミリアが空けた襖の向こう、自分の記憶が正しければその先にはマヨヒガの居間がある。
 彼女と永琳に弟子の玉兎…そしてその兎が゙姫様゙と呼んだ未だ見ぬ゙お客様゙を含めた複数人の見舞い客。
 きっと彼らは自分の事を待っているのだろう。今現在、あの世界と自由に行き来できる自分から情報を得る為に。

「一月と半分ぶりのお話ですもの、たっぶりと口を動かしたいものだわ」
 紫は一人呟きながら、わざわざ出迎えにきてくれたレミリアの後をついていくように足を進めた。

 
(全く、一時はどうなる事かと思ったわ…)
 一触即発の空気を無事に抜き終えた永琳は、内心ホッと一息胸を撫で下ろす。
 最初に両者互いに言葉の売買を始めた時はどうしようかと思ったモノの、思いの外上手くこの場を収める事が出来た。 
 この先にいるのはあの吸血鬼の従者と、この異変に興味を見せ始めた永遠と須臾を操る自分の主。
 そして紫とは古い付き合いである華胥の亡霊ともう一人―――彼女と共にやってきた規格外の゙来客゙がいる。
 どうして彼女がわざわざ八雲紫の元へ見舞いに来たのか、本来なら目を覚ました紫に自分の許へ呼び出せる立場にあるというのに。
 本人は紫に直接話したい事があると言って、今日で三回目の見舞いに来てくれていた。

『さぁ〜?私に聞かれても分からないわよぉ。でもまぁ、彼女なりに紫を気遣ってくれてるんじゃない?』

 思わずその゛来客゙を最初に連れてきた亡霊に聞いても、そんな返事しかしなかった。
 埒があかずその゙来客゙本人に聞いてみるも、彼女も彼女であの八雲紫に話があると言って見舞いに来たの一点張り。
 紫とはまた別に厄介な、自分の考えを曲げない断固たる意志と威圧感を体から放ちながら゙来客゙は言った。

『ちゃんと貴女方にも伝えます。けれども、一番話を聞くべき本人が眠っていては意味がありません』

 つまりは八雲紫に直接口頭で伝えるべき事があるらしいが、それが何なのかまではイマイチ分からないでいる。
 しかし永琳は何か予感めいたものを感じていた。あの゙来客゙が紫の前で口にすることは、決して自分たちには関係ない事ではないと。

 そんな風にして永琳が襖の向こうにいるであろゔ来客゙の後姿を思い浮かべていた時、情けない声が背後から聞こえてくる。
「あ、ありがとうございます師匠。全く地上の妖怪同士のイザコザってのは危なっかしいものですね」
「それを言う暇があるなら、せめて私が動くより先に止める事をしてみなさい…」
 声の主、弟子の鈴仙が前を進む妖怪と悪魔を見遣りながら言ってきた言葉に、永琳はやれやれと肩をすくめた。
 薬学の覚えも良く頭の回転は速いし、自分の能力の使い方や運動神経も良しで、彼女は決して出来の悪い弟子ではない。

493ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:55:07 ID:utWO93KQ
 ただどうも臆病なのが致命的短所とも言うべきか、ここぞという所で動かないのである。
 先ほどの紫とレミリアが相対した時のような場面に出くわすと、何というか空気に徹してしまうのだ。
 特に自分がいなくても誰かが代わりに止めてくれると思っていると、尚更に。
 無論この前の異変の様に後に引けなくなれば押してくれる。呆気なくやられてしまったが。

「師匠の私としては、貴女のその臆病さを改善しないといけないって常々思います」
「えぇ〜…でも、でもだって怖いじゃないですか?あの八雲紫と吸血鬼の間に入るなんてぇ〜…!」
 鈴仙は元々白みが強い顔を真っ青にし、ワナワナと体を震わせながらついつい弱音を吐いてしまう。
 吸血鬼や亡霊の従者たちとは違い、ここぞという時に臆病さが前に出て全く動いてくれない玉兎の若弟子。
 いずれ落ち着いた時が来れば、その臆病さを克服できる゙何がをさせなければいけないと、永琳は心の中のメモ帳に記しておくことにした。




 トリステイン王国の首都、トリスタニアのチクトンネ街にある一角。
 通称゙食堂通り゙と呼ばれるそこは、文字通り幾つもの飲食店が店を構えていた。
 ブルドンネ街のリストランテやバーとは違い、主に下級貴族や平民などを対象とした店が多い。
 今日も仕事へ行く下級貴族たちが朝食を済ませ、急ぎ足で後にしていった食堂にはそれを埋め合わせるかのように平民の客たちが来る。
 その大半が劇場や役所の清掃員や、夜間の仕事を終えて帰宅する前の食事といった感じの者たちが多い。
 したがって客の大半は男性であり、この時間帯ば食堂通り゙を財布の紐がキツイ男たちが行き来する事になる。

 そんな通りにあるうちの一軒、主にサンドイッチをメインメニューにしている食堂「サンドウィッチ伯爵のバスケット」という店。
 朝食セットを選べば無料でスープとサラダが付いてくる事で名の知れたここには、今日もそれなりの客が足を運んでいた。
 カウンター席やテーブル席、そしてテラス席にも平民の男たちが占有して大きなサンドイッチを頬張っている。
 それはおおよそ女性や婦女子が食べるような小さなものではなく、いかにも男の料理らしいボリューミーなものばかりだ。
 程々にぶ厚いパンに挟みこまれているのは、これまた分厚いハムステーキや鶏肉に、目玉焼きのひっついたベーコンなど…
 入っている野菜も野菜でトマトやピクルス、レタスなどもいかにも男らしく大きめに切られて肉類と一緒に挟みこまれている。
 更に、少し財布の紐を緩めればトリステイン産のパストラミビーフのスライスを二十枚も入れた豪勢なサンドイッチも食べられるのだ。

 そんな店の外、テラス席に座った二人の平民の男たちがサンドイッチを片手に何やら話をしていた。
「なぁおい、この前のタルブ村で起こったっていう『奇妙な艦隊全滅』の話しの事なんだが…―――…ムグッ」
「あぁ、知ってるぜ?何でも、大声じゃあ言えないが親善訪問直前で裏切ったアルビオンの艦隊が火の海になったって事件だろ?」
 同じ職場の同僚もとい友人にそんな事を言いながら、彼は頼んでいたロブスターサンドを豪勢に頬張る。
 ロマリアから直輸入されたレモンの汁とオリーブオイルが利いたドレッシングが、朝一から彼にささやかな幸せを与えてくれる。
 ほぼ同年代の友人が食うサンドイッチを見つつ、自分が頼んだ目玉焼きサンドに胡椒を振り掛けながら相槌を打つ。
 この平民の男が言う『奇妙な艦隊全滅』の噂は、トリスタニアを中心にトリステインのあちこちへ広がりつつあった。
 噂の根源は既に行方知れずであるものの、多くの者たちがトリステイン軍の兵士や騎士達からその話を聞いている。
 証言者である彼らは先日親善訪問護衛の為にラ・ロシェールへと出動し、その一部始終を見ていたのだから。



 曰く、親善訪問の為にやってきたアルビオンを艦隊が、わざわざ迎えに来たトリステイン艦隊を突如裏切り、攻撃してきたのだという。
 しかし、事前に警戒していたトリステイン艦隊司令長官はギリギリでこれを回避、被害を最小限に留めたのた。
 不意打ちが失敗したアルビオン艦隊は追撃しようとしたものの、郊外の森で『偶然訓練の最中であった』トリステイン国軍が助太刀の砲撃。
 ゲルマニアから貰った対艦砲によってアルビオン艦隊は士気を挫かれたものの、白旗を上げるどころか見たことも無い怪物たちを地上へ放ったのである。
 国軍の兵士曰く「あまりにも身軽連中だったと話し、ラ・ロシェールで警護についていた騎士は「亜人でもない、幻獣でもない怪物に我々は浮足立った」と悔しそうに呟いていた。

494ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 21:59:03 ID:utWO93KQ


 森から砲撃していた国軍は止むを得ずラ・ロシェールまで後退し、警護の為町へ訪れていた王軍と合流したものの…。
 化け物たちの勢いはそれでも止まらず、とうとう王軍も町を放棄してタルブ村まで撤退するが、そこでも抑えきれなかったらしい。
 避難し遅れていた村人やラ・ロシェールの人々を連れて王軍、国軍は少し離れたゴンドアまで撤退し、そこに防衛線を築いた。
 王軍、国軍の地上戦力二千と、アルビオン艦隊との正面衝突では負けると判断し後退していたトリステイン艦隊を合わせれば三千の勢力。
 対する敵は国軍からの砲撃を喰らったものの無傷とも言えるアルビオン艦隊と、トリステイン軍の偵察が確認した地上戦力を合わせて四千。
 千という差はこの戦いではあまりにも大きく、更に国軍と王軍を退けた化け物がいる以上トリステイン軍は万全を期して敵を待ち構える事にした。

 ところがどうだ、敵は怪物たちを使ってタルブ村を乗っ取った後ピタリと前進をやめたのである。
 偵察に出た竜騎士曰く、まるでそこが終着駅であるかのように化け物たちは進むのを止めてタルブ村やラ・ロシェールを徘徊していたのだという。
 この時王軍代表の将校として指揮を執っていたド・ポワチエ大佐はその報告に首を傾げたが、なにはともあれ敵は前進を止めた。
 彼はそのチャンスを無駄にすまいと王宮へ伝令を飛ばし、町そのものを使った防衛線をより強固にするよう命令した。
 その内日が沈み、日付けが変わる頃には即席の要塞と化したゴンドアへ、ようやくアンリエッタ王女率いる増援が到着したのだ。
 たちどころに士気が上がり、籠城していた者たちは皆歓声を上げ、アルビオン王家を滅ぼした侵略者たちをここで食い止めて見せると多く者が誓った。

 しかし、彼らの予想に反して空と地上で行われる激しい攻防戦が始まることは無かった。
 圧倒的に精強な艦隊と無傷の地上戦力に、見たことも無い怪物たちを操っていたアルビオンが勝ったわけではなく、
 かといって防衛線を固め、王女率いる増援を迎え入れたトリステインが勝利したと言われれば、本当にそうなのかと首を傾げる者たちがいる。
 その多くが実際の光景を目にしたトリステイン軍の兵士や将校達と、彼らよりも間近でソレを目にしたアルビオン軍の捕虜たちであった。
 出動した魔法衛士隊の隊員はその時目にした光景を、「一足早い夜明けが来たのかと思った」と証言している。
 一方でアルビオン側の捕虜…とくに甲板にいた士官たちはこう証言している。「我々の目の前に小さな太陽が生まれ、船と帆を焼き払った」と――――。
 それが『奇妙な艦隊全滅』こと『早すぎた夜明け』―――――アルビオン側の捕虜たちの間で『唐突な太陽』と呼ばれる怪現象だ。

 アンリエッタ率いる増援が町へ到着し、息を整えていた時に…突如ラ・ロシェールの方角から眩い光が迸ったのである。
 そのあまりに激しい光に繋がれていた馬や幻獣たちは驚き、乗っていた兵士や将校たちを振り落としかねなかったそうな。
 この時多くの者たちが何の光だとは叫び戦き、あるモノはアルビオン軍の新兵器かと警戒し、またある者は夜明けの朝陽と勘違いした。
 光は時間にして約一分ほどで小さくなっていき、やがて完全に消えた後…代わりと言わんばかりに山を照らす程の火の手が上がり始めたのである。
 急いで出動した偵察の竜騎士が見たのは、ついさっきまでその威圧漂う偉容で空を飛んでいたアルビオン艦隊が、一隻残らず火の手を上げて墜落していく姿であった。
 艦首を地面へ向けてゆっくりと落ちていくその姿は正に、太陽の熱で翼を焼かれた竜の様に呆気ない艦隊の゙最期゙だったという。

 当初トリステイン側は、アルビオン艦隊が火薬の不始末か何かを起こして爆発を起こしてしまったりのかと思っていた。
 だがそれにしてはあまりにも火の手が激しく、最新鋭の艦隊がこうも簡単に沈むとは到底考えられない。
 更に不思議な事に、墜落現場へと魔法衛士隊や竜騎士隊が一番乗りしてみるとアルビオン側の者たちは殆ど無傷だったのだという。
 何人かが墜落する際の騒ぎで怪我した者はいたが、輸送船に乗っていた地上戦力も含めて死者はいなかったのである。
 いくら何でもそれはおかしいと多くの者たちが思い、士官や司令長官達に尋問を行った所…奇妙な証言をする将校たちがいた。
 彼らは皆あの巨艦『レキシントン』号に乗船していた者達で、先頭にいた彼らはあの光を間近で見ていたのだ。
 その内の一人であり、王党派よりであった『レキシントン』号の艦長ヘンリー・ボーウッドが以下の様に証言している。

495ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:01:16 ID:utWO93KQ
「あの時。いざゴンドアへ向けて前進しようとタルブ村を超えかけた所で、私は遥か真下から強い光が迸るのを見た。
 まるで暗い大海原で見る灯台の灯りの様に眩しく、遥か上空からでもその光を目にする事が出来た。
 何だ何だと私を含め多くの士官たちが駆けより、とうとう景気づけに酔っていた司令長官まで来た直後―――あの光が迸った。
 小さな太陽とはあれの事を言うのだろうか、最初我々の頭上に現れたソレに目を焼かれたのかと錯覚してしまった程眩しかった。
 私自身の口と周りにいた士官仲間や司令長官、そして周りにいた水兵たちの悲鳴が一緒くたになり、耳に不快な雑音となる。
 そうして一通り叫んだところでようやく光が消え去り、焼かれる事の無かった目で周囲を見回した時……辺りは火の海になっていた。
 そこから先は八方塞がりだったよ。帆は焼け落ち、船内の『風石』も燃え上がって…緩やかに地面へ不時着するほか手段がなかった」

 彼を始め、尋問で話してくれた多くの者たちがある程度の差異はあれど同じような証言をしている。
 突如自分たちの頭上に太陽と見紛う程の白い球体の光が現れ、船の甲板と帆に船内の『風石』だけを焼き払って消え去った。
 艦隊が成す術もなく墜落していった原因はこれであり、調べてみたところ確かに『風石』だったと思われる灰の様なものも確認している。
 この不可解な現象に流石のトリステイン王国の政治上層部も素直に喜んでいいのか分からず、更なる調査が必要だと議論の真っ最中であった。
 一方で軍上層部―――俗にいう制服組の一部には「奇跡の光」と呼んで、余計な犠牲が出ずに済んだことを喜ぶ者たちがいた。
 自軍の艦隊はほぼ無傷であるのに対し、敵側となったアルビオンは『レキシントン』号をはじめとする精鋭艦隊をゴッソリ失ったのである。
 地上戦力は国軍、王軍の現役将校たちを含め約五百名以上が亡くなったものの、戦略上ではさしたる被害にはならない。



 ―――――…とはいえ、此度の戦には不可解な現象が幾つも起きており。
 アルビオン艦隊の全滅と共に姿をくらました怪物たちや、例の光に関しては早急なる調査が必要である。』…とのことです」


「ご苦労でしたマザリーニ枢機卿。…さて、と…ふぅ」
 妙に長かった報告書をやっと読み終えたマザリーニ枢機卿が一息つくと、アンリエッタは右手を軽く上げて礼を述べた。
 場所は執務室、白をパーソナルカラーとしているトリステイン王宮の中では異彩を放っている渋い造りとなっている一室である。 

 ゴンドアから戻ってきてから幾何日、ようやく戦闘後の事後処理が済みかけていると実感しつつ、まだまだ気は抜けないと実感してしまう。
 報告書にも書かれていたが、今回ラ・ロシェールとタルブで起きた戦闘は一言でいえば゙奇怪゙であった。
 トリステインの情報網には全く引っ掛らなかった謎の化け物たちに、艦隊を全滅させた謎の光。
 そして艦隊が無力化されたと同時に、まるで霞の様に姿を消してしまった怪物たちの事など…数え上げればキリがない。
 形式的には勝利したものの、枢機卿を含めた多くの政治家たちにとって、腑に落ちない勝利とも言えよう。

「とはいえ…我が国を無粋にも侵略しようとした不届き者どもを退けられた事は、素直に喜びたいところですわ」
 アンリエッタは枢機卿の読んでいた報告書の内容を頭の中で反芻しながら、ソファの背もたれに自らの背中を沈ませた。
 王宮に置かれている物だけあって程々に柔らかく、硬い背もたれは緊張続きだった体を優しく受け止めてくれる。
 ついで肺の中に溜まっていた空気を軽く吐き出していると、自分の口ひげを弄るマザリーニが話しかけてきた。
「左様ですな。それに我々の手の内には彼奴らがこの国で内部工作を行っていた証拠もあります」
「そうですね。今私達の両手には杖と短剣が握られており、相手は丸腰の上手負いの状態…しばらく何もないことを祈りましょう」
 アンリエッタはマザリーニの言葉にそう返すと姿勢を改め、自分と枢機卿の前にいる゙者達゙へと話しかけた。

496ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:03:06 ID:utWO93KQ


「そしてルイズ、レイムさんにマリサさん――そして他の方々も…此度の件は、本当に助かりました」
「えっ…?あのッ…その、姫さま…そんな、貴女の口から賛辞を言われる程の事は…」
 暖かな笑みと眼差しと共に口から出た彼女の賛辞は、向かいのソファに座るルイズ、霊夢、魔理沙の三人の耳にしっかりと届いた。
 あの戦いから幾何日か経ち、すっかり元気を取り戻したルイズは親友からの礼に思わずたじろいでしまう。
 ルイズは先ほどの報告書でも出ていた『艦隊を全滅させた奇妙な光』を放ったのは自分だと確かに憶えている。
 しかし…だからといってあの光を―――『エクスプロージョン』を自慢していい類の力だと彼女は思っていなかった。
 だから今、こうしてアンリエッタに褒められても素直に喜ぶことができないでいた。

 一方でルイズの右に腰を下ろした霊夢はティーカップを持っている左手を止めて、チラリと横目でルイズを見遣る。
(全く、変なところで不器用なのね)
 自分の横で若干慌てながらもシラを切ろうとしている彼女の姿に、おもわず肩を竦めたくなってしまう。
 唇に紅茶の熱い湯気が当たるのを感じながら、謙虚な態度を見せるルイズに思わず言葉を投げかけた。
「良かったじゃないの、アンリエッタに褒められて?アンタもあんだけ、気合入れてぶっ放した甲斐が……」
「……ッ!ちょ…レイム、その事は喋るなって言ったでしょうに…!」
 いきなり真相を喋ろうとしていた巫女を制するかのように、ルイズは咄嗟に大声を上げた。
 体は小さくとも、まるで成熟したマンティコアの様な大声で叫ばれた霊夢は、思わず顔を横へ逸らしてしまう。
 反射的に怒鳴ってしまった後、それに気づいたルイズがハッとした表情を浮かべた直後、今度は魔理沙が絡んでくる。
「ほうへんふぉんするなひょ?ひゃいひょひゃびびっひゃけど、あへはふぅーふぅんひまん―――――ウグゥ……ッ!?」
「口にお菓子咥えたまま喋るなッ!」
 霊夢とは反対方向に座っていた普通の魔法使いは、茶請けのフィナンシェを口に咥えたまま喋っていた。
 結果的にそれがルイズの怒りに触れてしまい、張り手の様に突き出された右掌で無理やりフィナンシェを口の中へと突っ込まれてしまう。
 幸いにもフィナンシェは半分ほど食べていたおかげで、喉に詰まるという最悪のハプニングに見舞われることは無かった。

 自分のペースで食べる筈だった硬めの焼き菓子が、一気に押し込まれるという突然の出来事。
 たまらず目を見開いて驚いた魔理沙は辛うじて飲み込み、急いで手元のコップを手に取り中に入っていた水を一気に煽った。
 しっかりと冷たいそれが口の中で滅茶苦茶になったフィナンシェを解し、何とか空気が入る余地を作る。
 そして水をゆっくりと飲み、柔らかくなったお菓子を口の中で噛み砕いていきゆっくりと嚥下していく。
 時間にすればたった三秒ほどであったが、魔理沙にとってこの三秒は人生の中で五本指に入る程の危機であった。
「ウッ―――く、…ゲホッ!お、おまえなぁ…なにもいきなりあんなことをするなんて…!」
「悪いけどさっきのアンタからは、非しか見えなかったからね?」 
「そうねぇ。むしろ、トリステイン王家の傍にいるトリステイン貴族を前にして流石にあれは無茶だわ」
 何とか飲み込めたものの多少咳き込みながら恨めしい視線を向けてくる魔理沙に、ルイズは冷たくあしらう。

 まぁ確かに彼女の言うとおりであろう。その様子をルイズたちの後ろから眺めていたキュルケが、頷きながら続く。
 そこへギーシュもウンウンと同じように頷きながら、薔薇の造花が目立つ杖で口元を隠しながら魔理沙をジッと睨み付けた。
「全くだよ。こともあろうに、王女殿下の目の前であのような態度…!場所が場所なら大変な事になっていたよ」
 本人としては十分決まったであろうセリフにしかし、魔理沙は怯えるどころか面白そうな表情を浮かべている。
 ついさっきまでお菓子で窒息死しそうになった癖に、相も変わらず霧雨魔理沙は元気のようだ。

497ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:05:06 ID:utWO93KQ
「お、何だ何だ?決闘騒ぎにでもなってくれるのか?」
「それなら安心しなさい。ギーシュのヤツ、そこの巫女さんに喧嘩吹っかけといて呆気なく負けてるから」
 楽しそうな表情を浮かべる黒白に対し、彼氏の隣に立っていたモンモランシーが呆れた表情を浮かべて言った。
「も、モンモランシー…それは言わないでおくれよ…!」
「はは、そう心配するなよ。あの霊夢に喧嘩を売ったっていうなら、それだけでも十分凄いぜ。まぁ痛い目も見ただろがな?」
 一方でガールフレンドに梯子を外されたギーシュに、魔理沙は満面の笑みを浮かべながら彼を励ます。
「もぉ〜…!何やってるのよアンタ達はぁ…!」
「ま、まぁこれは元気があって大変よろしいというか…心配する必要はないといいますか…あはは…」
 四人のやり取りを横目で見やりながらルイズは怒りを露わにし、アンリエッタはそんな彼女に寄り添うかのように苦笑いでフォローを入れる。
 一昔前のルイズなら魔理沙たちに激怒していただろうが、今では一応注意こそすれ怒り過ぎると却って逆効果になると知ってからはそれ程怒ることは無くなっていた。
 とはいえ、大切な姫様の御前というのに良くも悪くも自分のペースを崩さない魔理沙と、それにつられてしまうキュルケ達に頭を抱えたくなってしまった。
 そして霊夢はスッと一口紅茶を飲んでから…自分の後ろにタバサへと話しかけた。
「今ここで騒がしくしてるのが、アンタみたいに静かだったらどれ程良かったかしらね?」
「……そうでもない」
 ずれたメガネを指で少し直しながら、青い短髪の少女はボソッとそれだけ呟いた。 

 ルイズと霊夢達の事が気になり、彼女たちの後を追いその秘密を知ってしまったキュルケ、タバサ、モンモランシーにギーシュ。
 この四人もまた先日、あの戦の後にトリステイン軍に保護され、王宮の中で一時的に暮らしている。
 『エクスプロージョン』で艦隊を全滅させた後、気絶したルイズや疲労困憊していた霊夢達と共にトリステイン軍に保護されたのだ。
 当初は何故魔法学院の生徒がここにいるかと問われたものの、そこは口八丁なキュルケ。
 学院の夏季休暇が前倒しになったという事実を利用して、タルブ村への観光くんだりで戦いに巻き込まれたと説明してくれていた。
 よもやルイズと共に来ていた霊夢と魔理沙…それに前とは変わってしまったルイズを追いかけて来たとは言わなかった。
 その後全員がゴンドアへと連れて行かれ、以降あの戦の事を知る重要参考人として王宮で監禁生活を送っている。

「あ〜…―――ゴホンッ!」
 魔理沙が端を発し、盛り上げていた会話はしかし、アンリエッタの背後から聞こえてきた咳払いによって中断させられる。
 何かと思いルイズと霊夢、それにアンリエッタも後ろを見遣ると、渋い顔をしたマザリーニ枢機卿が口に当てていた握り拳をそっと下ろした。
「……あー、お話し中のところすみませぬが、そろそろ静かにしてもらえますかな?」
 まだ話は続いている途中です故。最後にそう付け加えた後、魔理沙につられていたキュルケ達は思わず背すじをピッと伸ばしてしまう。
 流石平民の身にして、伝統あるトリステイン王国の枢機卿にまで登り詰めただけあって、その言葉には不可視の重圧があった。
 ルイズとアンリエッタも崩れかけていた姿勢を正し、その一方で魔理沙は咳払いでこの場を黙らせてしまった枢機卿に思わず感心する。
「へぇ〜?見た目はヒョロヒョロとしてるけど、中々強かな爺さんじゃあ…――――」
「失礼ですが!私はこう見えても、まだまだ四十代ですのであしからず」
 態度を正さぬ魔理沙の口から出だ爺さん゙と言う単語に流石のマザリーニもムッとしてしまったか、
 キッと彼女の顔を睨みつけながら、さりげなく自分の年齢をカミングアウトした。
 

「――――――…あぁ〜悪い、次からは誰かを褒める時は年齢を聞いてからにするよ」
 流石の黒白の魔法使いもこれはバツが悪いと感じたのか、視線を逸らして申し訳なさそうに謝った。
 枢機卿の睨み付ける鋭い目つき、まるで獲物を見つけた猛禽の様な睨みが普通の魔法使いを怯ませたのだろうか。
 何はともあれ、アンリエッタの前で好き放題していた魔理沙には彼の目つきは丁度良い薬となったようだ。

498ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:07:07 ID:utWO93KQ

(流石ですマザリーニ枢機卿…!)
 ルイズが内心で彼にエールを送る中で霊夢は茶を飲み、タバサは相変わらずジッと佇んでいた。
 ひとまず、自分が入り込んだおかげで部屋が再び静かになったのを確認してから、マザリーニは小脇に抱えていた書類をアンリエッタに手渡す。
「では殿下、この書類の方に件の内容が記しておりますので」
「有難うございます枢機卿。…さて」
 何やら気になる事を言った彼から書類を受け取ったアンリエッタは、まず軽く目を通し始めた。
 読みやすいよう小さい画板の様な板に留められている書類の内容を目で追いながら、不備が無いかチェックする。
 そして書類を受け取って十秒ほど経った頃であろうか、アンリエッタはルイズたちの前でその口を開いた。

「神聖アルビオン共和国艦隊旗艦。『レキシントン』号艦長、ヘンリー・ボーウッド殿からの追加証言……」
 タイトルであろう最初の一文に書かれた文字を、アンリエッタはその澄んだ声でスラスラと読み始める。
 報告書自体はものの五分程度で読み終える程のものであったが、書かれていた内容はルイズを大いに驚かせた。

 以下、要点だけを挙げれば報告書には以下の様な内容が記されていた
 あの『レキシントン』号の艦長を勤めていたというボーウッドと言う将校の他、何人かの士官が一人の少女を見たのだという。
 丁度タルブ村からアストン伯の屋敷へと続く道がある丘の上で、杖を片手に呪文を唱えていたというピンクブロンドの少女を。
 更に彼女の周りには幼い風竜が一匹、そして彼女とほぼ同年代と思える五人の少女に一人の少年の事まで書かれている。
 何だ何だと船の上から望遠鏡でみていた矢先、呪文を唱えていた少女が杖を振り下ろしたと同時に―――あの『奇妙な光』が発生した。
 そして最後に、ボーウッド殿は地上にいた少女達が何者なのか興味を抱いている…という一文で報告書は終わっている。

 自ら報告書を読み終えたアンリエッタはまたもやふぅと一息ついて報告書をテーブルに置き、ついで手元のティーカップを持ち上げる。
 まだほんのりと湯気が立つそれを慎重に飲む姿を目にしつつ、最後まで聞いていたルイズは目を丸くして口を開く。
「……そ、そこまでお調べになっていたんですか?」
「ゴンドアにいた私達も見ていた程なのよルイズ。隠し通せる思っていたら随分と迂闊だったわね」
 ため息をつくよりも驚くしかなかったルイズを尻目に、喉を潤したアンリエッタは微笑む。
 モンモランシーとギーシュもルイズと同じ様な反応を見せていたが、キュルケは「まぁそうですよね」と肩を竦めながらそう言った。
 何せあの規模の艦隊をたったの一撃で全滅させたのだ。調べられないと思う方が可笑しい話である。
 タバサは相も変わらず無表情で突っ立っているだけであったが、その目が微かに呆然としているルイズの背中へと向いていく。
 彼女も彼女であの光を発現させた彼女に興味ができたのであろうが、その真意は分からない。 

 一方で、霊夢と魔理沙の二人も意外とこちらの事情が筒抜けであった事にそれなりに意外だったらしい。
 お互いの顔を一瞬だけ見合わせてから、こちらに笑みを向けるアンリエッタにまずは魔理沙が話しかけた。
「こいつは驚いたぜ、まさかあの『エクスプロージョン』の事まで知ってたなんてなぁ」
「『エクスプロージョン』…?爆発?それがあの光の名前なんですの?」
「ちょ、バカ…アンタ!そこまで言う必要はないでしょうに!」
 先に口を開いた黒白はさっきまでのシュンとしていた様子は何処へやら、再び快活な表情を浮かべている。
 アンリエッタは魔理沙の口から出た単語に首を傾げ、その言葉が出るとは予想していなかったルイズが咄嗟に反応してしまう。
 三人の間にほんの少し入りにくい空気ができたのだが、それを無視する形で霊夢が話に割り込んできた。

499ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:09:03 ID:utWO93KQ


「―――…ッ!?い、いけません姫さま!こんな危険な二人に爵位を授けるなどと…!」
「ちょっ…ひどくないかしら、その言い方!」
「随分ストレートに拒否したなぁおい」
 幻想郷の二人に爵位を授ける…。それを聞いたルイズがすかさず拒絶の意を示し、流石の二人も驚いてしまう。
 博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人と一緒に過ごしてきたルイズだからこそ、ここまで拒絶することができるのだろう。
 だからといって、それを駄目だと言うのにあまりにも全力過ぎやしないだろうか?
「アンタねぇ…もうちょっとこう、オブラートに包みつつ必要ないですって言えないの?」
「だってあんた達に爵位何て授けたら、それこそ何に悪用されるか分かったもんじゃないわよ…!特に魔理沙は」
「……あぁ、成程。アンタの考えてる事は大体分かったわ」
「ちょっと待て…!それは流石に聞き捨てならんぞ」
 最後に付け加えるようにして魔理沙の名が出た時、霊夢はルイズがあそこまで拒絶した意味を理解した。
 魔理沙に貴族の位を与えようものなら、確かに色々とトリスタニアから消えていくに違いない。主に本とマジックアイテムが。
 キュルケやギーシュたちも今日にいたる幾日の間に魔理沙の事を霊夢からある程度教えてもらっていた為、何となく理解していた。
「まぁ例えなくても盗みに行きそうだけど…ほら、ちゃっちゃっと話を続けて頂戴」
「え…?あ、はい…すみません」
 唯一理解してない本人の怒鳴り声を聞き流す事にした霊夢は、苦笑いを浮かべるアンリエッタに話の続きを促す。
 いきなり大声を上げたルイズに驚いていた彼女は気を取り直しつつ、再び話し始めた。

「ルイズ…報告書でも書いていた通り、あの光が出現する直前まで杖を振っていたのは貴女でしょう?
 ならば教えてくれるかしら?タルブでアルビオン艦隊と対峙した貴女が、あの時何をして、何が起こったのかを」

 単刀直入にあの光――『エクスプロージョン』の事を問われ、ルイズはどう答えていいか迷ってしまう。
 幾らアンリエッタと言えども、あの事を素直に言っていいのかどうか分からないのである。
「そ、それは……あぅ…」
 回答に窮し狼狽える親友を見てその内心を察したのか、アンリエッタはそっと寄り添うように喋りかける。
「安心して頂戴ルイズ。私も枢機卿も、ここで貴女から聞いたことは絶対に口外しないと始祖の名の許に誓うわ」
 アンリエッタがそう言うと、マザリーニもそれを肯定するかのようにコクリと頷く。

 確かに、この二人なら何があったとしても決して自分の秘密を余所にバラす事は無いだろう。
 それでも不安が残るルイズは、後ろにいるキュルケ達の方へと視線を向けると、彼女たちもコクコクと頷いていた。
「まぁ私から乗りかかった船だしね。それに貴女が船頭なら怒りはするけど沈みはしないだろうし、付き合ってあげるわ」
 先祖代々の好敵手でもあり、実家も部屋もお隣のキュルケがこれからの事を想像してか自身ありげな笑みを浮かべて言う。
 次いでモンモランシーも、戸惑いを隠しきれないのか二度三度と口をパクパクさせた後、勢いよく喋り出す。
「私は何も見てなかったし、聞かなかった!だ、だからアンタのあの事は黙っといてあげるわよ!」
 半ば自暴自棄気味な宣言にキュルケがニヤついている中、今度はギーシュが薔薇の造花を胸の前に掲げて、声高らかに宣言した。
「同じく、このギーシュ・ド・グラモンも!彼女ミス・ヴァリエールの秘密については一切口外しない事をここに誓います!」
「…グラモン?グラモンといえば、あのグラモン元帥の御家族なのですか?」
「左様。彼はあのグラミン伯爵家の四男坊であります」
 まるで騎士のような堅苦しい姿勢でそう叫んだ彼の名を耳にして、アンリエッタが思い出したようにその名を口にする。
 そこへすかさずマザリーニが補足を入れてくれると、ギーシュは自分が褒められた様な気がして更に姿勢を硬くしてしまう。
 まるで胡桃割り人形のように固まってしまった彼氏を見かねてか、モンモランシーが声を掛けた。
「ちょっと、アンタ何でそんなに自慢げに気をつけしちゃってるのよ?」
「い、いやーだって、だってあのアンリエッタ王女の前で枢機卿が僕の事を紹介してくれたんだよ?」

500ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:11:04 ID:utWO93KQ

「全く、相変わらずの二人ねぇ……ん?」
 一人改まっているギーシュにモンモランシーが軽く突っ込みを入れているのを余所に、今度はタバサがルイズの肩を叩いた。
 何かと思い後ろへ視線を向けると、先ほど見た時と違わず無表情な彼女がじっと佇んでいる。
「…?……どうしたのよタバサ」
 急に自分の肩を叩いてきた彼女にルイズがそう聞いてみると、タバサは右手の人差し指をそっと唇に当てた。
 たったそれだけして再び彼女の動きは止まったが、今のルイズにはそれが何を意味するのか大体察する事が出来る。
「もしかして…黙っておいてくれる…ってこと?」
 思わずそう聞いてみると彼女はコクリと小さく頷き、そっと人差し指を下ろす。
 他の三人と比べてあまりにも小さく、そして目立たないその誓いにルイズはどう反応したらいいか、イマイチ分からなかった。
 そんな彼女をフォローするかのように、一連の出来事を隣で見ていたキュルケが嬉しそうに話しかけてくる。
「良かったじゃないのヴァリエール。タバサなら絶対に他言無用の誓いを守ってくれるわよ?」
「というか、私も私だけど…アンタもよくあれだけの小さな動作で把握できたわね…」
「ふふん!こう見えても彼女とは一年生からの付き合いなのよ?もうすっかり慣れちゃったわよ」
 思わず嫉妬してしまう程の大きな胸を張りながら、キュルケは自慢気に言った。 

 互いに入学当初から出会い、今では二人で一緒にいるほど仲が良いと言われているのは伊達ではないらしい。
 噂ではタバサの短すぎる一言で何を言いたいのか察する事ができると囁かれているが、あながち間違いではないようだ。
「まぁいいわ…で、後は…」
 ひとまずはあの場に居だ元゙部外者達が自分の秘密を守ってくれると確認できたルイズは、ふと自分の左にいる霊夢を見遣る。
 カップの中に入っていた紅茶を飲み終えた幻想郷の巫女は、ふと自分の方へ目を向けてきたルイズの視線に気づく。
 ―――――――今更どうしようも無いが、まぁひとまずは言っておいた方が良いだろうか?
 鳶色の瞳から垣間見える感情でルイズの意図を察した霊夢は、コホン!とワザとらしい咳ばらいをした後、ルイズと目を合わせて言った。

「安心しないさいな。アンタが仕出かしちゃった事は、墓場までは無理だけどなるべく言わないでおいたげるわ」
 傍目から見れば、割とクールな感じで秘密にする事を誓った霊夢であったものの、
「…そこは普通「墓場まで持っていくわ」じゃないの?ってか、なるべくってどういう意味よなるべくって…」
「まぁ良いじゃないか。人の口に戸は立てられないモノだし、そっちの方がまぁお前らしくていいと思うぜ」
 思ってたのと少し違う言葉に思わずルイズは突っ込みを入れてしまい、魔理沙は嬉しくない賞賛をくれた。
 二人の反応を見て「私らしいってどういう事よ…?」と気分を害した霊夢を余所に、ついで魔理沙も親指を立ててルイズの前で誓いを立てる。

「というわけで、私もお前さんの事は喋らないでいるが…まぁ口が滑った時は笑って許してくれよ?」
 口の端を吊り上げ、悪戯好きな彼女らしい笑みを浮かべた魔理沙の誓いに、ルイズもまた笑顔で頷いた。
「分かったわ。……とりあえずアンタの口には常時テープを貼るか包帯を巻いておいてあげるから」
「アンタの場合だと、本気でそれを実行しそうね。…まぁ止めはしないけど」
「おぉう、軽い冗談のつもりで言っただけだが…怖い、怖い」
 ――――ー口は災いの元っていうが、案外今でも通用する諺だな。
 普段からの自分を棚に上げながら、魔理沙は他人事のように笑いながら思った。

 その後、ルイズは自分の口からアンリエッタへあの光の源――『虚無』の事について詳しく説明する事となった。
 彼女から頂いた『始祖の祈祷書』と『水のルビー』が反応し、自分があの伝説の『虚無』の担い手であったと判明した事。
 古代文字が浮かびあがっちた祈祷書に、あの光――『エクスプロージョン』の呪文が記されていた事。
 そしてそれを唱え、発動して一瞬のうちにアルビオン艦隊を壊滅させた事までルイズは事細かにアンリエッタに話した。

501ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:13:05 ID:utWO93KQ

「『虚無』の系統…か。まさか僕が生きている内に、お目に掛かれたなんてなぁ…」
 ルイズの説明をかの聞いていたギーシュは思わず独り言を呟いてしまうが、キュルケ達も同じような感想を抱いている。 
 六千年続いていると言われるハルケギニアの歴史の中では、『虚無』はかの始祖ブリミルだけが持つと言われている伝説の系統。
 歴史書を紐解けば、時折『虚無』と思しき普通の魔法とは思えぬ゙奇跡゙を起こした者たちがいと記録はあれど、それが本当かどうかまでは分からない。
 所詮は大昔にあった出来事。その事実がただの文字となってしまえば、その゙奇跡゙が本物かどうかは誰も知ることはできない。
 
 だから貴族たちの中には始祖ブリミルを信仰こそするが、始祖が使いし幻の系統を信じる者たちは少ない。
 実際キュルケやモンモランシー達もその信じない方の人間であり、本当に『虚無』があるとは信じていなかった。
 しかし、ルイズが唱えたあの『エクスプロージョン』を見てしまった以上、もう信じないなど口が裂けても言う事はできないだろう。
 たった一人の人間―――それも今まで『ゼロ』という二つ名で揶揄されていた少女が、艦隊を壊滅させるほどの爆発を起こした。
 それこそ正に、歴史書や聖書の中に記されている゙始祖の御業゙という表現が一番似合うに違いない。

 ルイズからの話を聞き終えたアンリエッタは、一呼吸おいてからそっとルイズに語りかける。
 それは母であるマリアンヌ太后から聞かされた、ずっと昔から語り継がれている始祖と王家に関係する昔話であった。

「知ってる?ルイズ。始祖ブリミルは、自らの血を引く三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したの。
 我がトリステインに伝わっているのは、以前貴女に渡した『水』のルビーと…世界中に偽物が存在する始祖の祈祷書よ
 そしてハルケギニアの各王家には、このような言い伝えがあります。始祖の力を受け継ぐ者は、王家から現れると……」

 そこで一旦喋るのを止めたアンリエッタは、マザリーニから水の入ったコップを手に取る。
 丁度コップの真ん中くらいにまで注がれたソレをゆっくりと飲み干した後、ルイズは怪訝な表情で口を開く。
「しかし、私は王家の者ではありません。けれど、私は『虚無』の呪文を発動できた…これは一体どういうことなんですか?」
「ルイズ、ヴァリエール公爵家は元を辿れば王家の庶子。なればこそ公爵家なのですよ」
「あっ…」
 ルイズが抱いた疑問を、水を飲み終えたアンリエッタが一瞬のうちに解してしまう。
 確かにヴァリエール家は古くからトリステイン王家との繋がりは深く、古い歴史の中で個人間の゙繋がり゙もある。
 だから、正式には王家の一族とは認められていないが、その血脈は確実にルイズの中に根付いているという事だ。

「ねぇ魔理沙、庶子ってどういう意味よ?」
「要は正式に結婚していない両親から生まれた子供さ。それだけ言えば…、後は分かるだろ?」
「…あぁ、大体分かったわ。ついで、ルイズとアンリエッタが私達を睨んでる理由も」
 左右に座っている霊夢と魔理沙の不届きな会話は、王家と公爵家の眼光によって無理やり止められる。
 確かに庶子という意味を砕けた言葉で言ってしまうと、王家の立場的には色々とまずいのである。
 必要のない事を口に出そうとした魔理沙が黙ったのを確認してから、アンリエッタは軽い咳払いをして再び話し出す。

「あなたも、このトリステイン王家の血を引き継いでいる身。『虚無』の担い手たる資格は十分にあるのです」
 そう言ってから、今度は気まずさゆえに視線を逸らしていた霊夢の左手の甲についたルーンを一瞥する。
「レイムさん、貴女の左手の甲に刻まれたルーンは…私の推測が正しければ、かの『ガンダールヴ』のルーンとお見受けしますが…」
「ん…?良く知ってるじゃないの。そうよ、オスマンの学院長が言うには、ありとあらゆる武器兵器を使いこなせる程度の能力とか…」
 以外にもガンダールヴの事を知っていたお姫様に、霊夢は彼女の方へとキョトンとした表情を向けて言う。
 アンリエッタは霊夢の言葉にコクリと頷くと、そこへ補足するかのように書物で得た知識を言葉として伝えていく。
「王宮の文献によれば、始祖ブリミルが呪文詠唱の時間確保の為だけに、生み出された使い魔とも記されています」
「……なーるほど、確かに『エクスプロージョン』の詠唱は…長かったような気がするわね」
 あの時の様子を思い出した霊夢が一人呟くと、そこへすかさずルイズがアンリエッタへと話しかける。

502ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:15:40 ID:utWO93KQ
「では、私は間違いなく『虚無』の担い手なのですね…?」
「そう考えるのが、正しいようね」
 半ば最終確認のような自分の言葉にアンリエッタが肯定した直後、ルイズは深いため息をついた。
 ルイズはこれまで、魔法が使えず多くの者たちから見下されながらも自前の強い性格と努力で、それなりに平凡な人生を歩んできた。
 しかし二年生の春、使い魔召喚の儀式で霊夢を召喚してしまった以降、彼女の運命は大きく変わり始めている。
 幻想郷という霊夢が住まう異世界の危機に、戦地と化したアルビオンへの潜入、そして許嫁の裏切り。
 霧雨魔理沙という黒白に、謎のキメラ軍団とシェフィールドという謎の女…―――『虚無』の復活。
 
 春から夏の今に至るまで、ルイズは自分が歩んできた十六年間の間に積み重ねた人生よりも濃厚な出来事に遭遇している。
 平民はおろか、並みの貴族でさえも経験した事の無いようなそれ等は同時に彼女を危険な目に遭わせていた。
 そしてそんな彼女を畳み掛ける様にして、今度は自分があの『虚無』の担い手だと発覚したのである。
(まぁ魔法が仕えるようになったのは素直に嬉しいけれど、よりにもよって『虚無』の担い手だなんて…一体どうすればいいのかしら)
 タルブ村での時と比べ、それなりに平常心を保っているルイズは突然手渡された力をどうするか悩み、ため息をついたのだ。
 これがまだ四系統のどれか一つならば、家族や他の者たちに充分自慢できたかもしれない。
 しかし…六千年も前に失われ、幻と化した『虚無』の担い手になったと言っても、一体何人がそれを信じてくれるか…。
 さらに言えば、あの光を自分か作りましたと告白すれば、今に良くない事が起こるかもしれないという予感すらしていた。
 ため息をつくルイズの、そんな心境を読み取ったのかアンリエッタは顔を曇らせて彼女と霊夢たちへ話しかける。

「さて…これで私が、貴女たちの功績を褒め称えるという事ができない理由が分かりましたね?
 仮に私が恩賞を与えれば、必然的にルイズの行ったことが白日の下に晒してしまう事となる…。
 それは危険な事です。ルイズ、貴女が始祖の祈祷書から手に入れた力は一国ですらもてあますものよ。
 ハルケギニア一の精強と謳われたあのアルビオン艦隊でさえ、手も足も出す暇なくたった一発の光で消滅させた…。
 それがもし敵にも知れ渡れば、彼らはなんとしてでも貴女達の事を手中に収めようと躍起になるでしょう。敵の的になるのは私だけで十分」

 そこまで言ったところで一旦言葉を止めたアンリエッタを、タバサを除くルイズやキュルケ達貴族は強張った顔で見つめていた。
 確かに彼女の言うとおりだろう。恩賞や褒美を授ける際には必ずその貴族の功績を報告する絶対義務がある。
 過去にはやむを得ぬ事情で真実とは違う偽りの功績を称え、王家の為に暗躍していた貴族たちもいた。

 しかしルイズたちの場合は軍人でないうえに、学生である少女達が何故最前線にいて、しかも恩賞まで授かられるのか?
 それを疑問に思う貴族は絶対に出てくるであろうし、そうなればありとあらゆる手を使って調べる者たちも出てくるだろう。
 当然、敵であるアルビオン側もその事を知って八方手を尽くして調べ、必要とあらばルイズを攫うかもしれない。
(ウチの国じゃあ、ちょっと前まで゙御伽噺の中のお姫様゙とか呼ばれてたけど…、なかなかどうして頭が回る器量者じゃないの)
 キュルケは学院訪問の際に見た時とは印象が変わり始めているアンリエッタに、多少なりとも関心を示していた。

 一方で、霊夢と魔理沙の二人もそこまで考えていたアンリエッタになるほど〜と納得していた。
 最も、魔理沙はともかく霊夢としては所詮は一時滞在でしかないこの世界で爵位をもらっても使い道が無いとは思っていたが。
(まぁそれである程度今より便利になるならそれも良いと思うけどね〜)
 一瞬だけ手元に出てきて、すぐに手の届かぬ場所へと消えた爵位に中途半端な未練を彼女は抱いてた。
 そんな霊夢の心境を知らぬ魔理沙は、ふとアンリエッタの話を聞いて疑問に思った所があるのか「なぁちょっと…」と彼女に話しかけた。
「はい、何でしょうか?」
「さっき敵の的になるのは自分だけで十分…とか言ってたけど、それだと現在進行形で狙われてます…って言い方だなぁーと思ってさ」
 魔理沙の口から出たこの言葉で、ある事実に気付いたルイズとギーシュがハッとした表情を浮かべる。
 ついで霊夢も緩くなっていた目を鋭く細め、顔を曇らせて黙っているアンリエッタへと向けた。

503ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:17:05 ID:utWO93KQ
「姫さま…もしかして…」
「えぇ、残念な事に…敵は王宮の中にもいるのです。―――――獅子身中の虫という、厄介な敵が」
 その直後、執務室に置かれていた大きな柱時計の針が十二時を指すと同時に甲高い時鐘の音が鳴の響く。
 ゆっくりと、それでいて確実に時が進んでいると教えるかのように…柱時計は執務室にいる者たちすべてに時を告げていた。




「…あら、誰かと思えば御寝坊さんなこの屋敷の主さまじゃないの」
 襖を開け、レミリアと並んで居間へと入った紫の目に入ったのは、
 まるで我が家の様に寛いだ様子で茶を飲んでいた、腰より長い黒髪を持つ小さなお姫様であった。
 左手には茶の入った来客用の湯飲みに、右手にはこれまた戸棚に置いていた塩饅頭を一つ持っている。
 お茶はともかくとして、恐らく饅頭の方は無断で持ってきたのだろう。そう判断しつつ紫はそのお姫様に軽く会釈した。
「こんにちは、良い雨ですわね。ところで…そのお饅頭はどこから持ってきたのかしら」
「あぁこれ?永琳に何か無いって言ったら持ってきてくれたのよ。中々良い饅頭じゃない……あ〜ん」
 そう言った後、お姫様は右手に持っていた白いお菓子を躊躇なく口の中に入れ、そのままむぐむぐと咀嚼していく。
 本来ならば、屋敷に置かれていた物を無断かつ目の前で食べる事自体相当失礼な事であろう。
 ましてやその主はかの八雲紫。下手すれは死より恐ろしく辛い目に遭ってから追い出されても、文句は言えないだろう。

 だが、その饅頭を無断頬張る黒髪のお姫様の顔には嬉しそうに笑みが浮かべている。
 まるで自分があの饅頭を食べること自体が悪い事と思っていないかのように、見た目相応の少女の笑み。
 彼女にとって自分が欲しい、食べたい、やりたい事はすぐ目の前にあり、誰にもそれを邪魔する資格は無いと信じている。
 それは彼女にとって当然のことであるし、常人たちの様にそれを実行する為に越えねばならない壁など存在しないのだ。
 黒髪のお姫様こと――――蓬莱山 輝夜は、つまるところ我が侭なのであった。

「ングッ…―ン…―…ふぅ。お茶との相性もピッタシだし、これを買ってきた貴女の式はとても有能ね」
 うちのイナバと交換してあげたいくらいだわ。食べた後にお茶を一口飲んでから、輝夜は満面の笑みで紫に言った。
 家主である紫の許可なしにお菓子を食べたうえで、罪の意識すら感じさせない言葉に紫は「相変わらずですわね」と言う。

 かつては月の姫として、何一つ不自由ない生活の中で暮らしてきたがゆえに培った、自分本位な性格。
 それは今や彼女を縛る足枷ではなく、輝夜という月人のアイデンティティとして確立されていた。
 だから紫は怒らなかった。仮に゙際限なぐ怒ったところで彼女は反省するどころか、コロコロと笑い転げるだろう。
 例え、それで文字通り゙八つ裂ぎにされてしまうおうとも、彼女にとっては単なる゙治る怪我゙で済んでしまうのだから。

「全く、貴女は相変わらずですわね」
「残念だけど、この性格は月の頃からずっと続いてるから変えようと思っても単なる徒労で終わっちゃいそうだわ」
 呆れを通り越した苦笑いを浮かべる紫に輝夜はそう言うと、もう一口湯飲みの茶を啜る。
 その時、テーブルを挟んだ先の縁側からフワフワ〜と浮遊しながら紫の古くからの友人が姿を現した。
 水色に月柄という少し変わった着物を纏い、頭には死者の頭に着ける三角布とふわっとした丸帽子を被っている。
 何やら楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、窓に当たる雨粒が少々喧しい縁側から居間へと入ろうとしたとき、
 ふと右へ向けた視線の先に、今日までの間ずっと目を開けなかった親友の姿を見て紫の友人―――西行寺 幽々子は思わず「あら!」と声を上げた。

「紫じゃないの!もしかして、今起きたところなのかしら?」
 足を畳から浮かせた状態のまま、ふわふわと自分の傍にまで近づいてきた亡霊の姫君に紫は右手を上げてあいさつする。

504ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:19:04 ID:utWO93KQ

「おはよう幽々子。どうやらその様子だと、随分と退屈していたんじゃないかしら?」
「勿論よ。眠り込んでいる間は幽体離脱でもして、私の所に遊びに来てくれると思ってたもの」
「それは出来たとしても、流石に遠慮していたとおもうわよ?」
 とんでもない事をサラッと言ってのけた幽々子に、紫の横にいたレミリアがジト目で睨みながらさりげなく突っ込みを入れる。
 まぁ彼女の言う事も間違いではない。うっかり魂だけで冥界へ行くという事は、飢えたライオンの檻の中に身を投げるようなものだ。
 心の中では同意しつつも、敢えて口には出さなかった紫はとんでもない冗談をかましてくれた幽々子に苦笑いしていた。
 幽々子も幽々子で本当に冗談のつもりで言ったのだろう、「それはそうよねぇ」と言ってコロコロと笑う。

「相変わらず楽しそうよねぇ、あの亡霊姫…―――――………お?」
 それを机の上に肘を付きながら見ていた輝夜が、ふと背後から感じた気配に思わず顔を縁側の方へと向ける。
 輝夜の声に紫たち三人と――後から入ってきた永琳と鈴仙の二人も縁側の方へと視線を向ける。
 彼女たちの目が見ている先、窓越しに空から落ちてくる梅雨の雨が見える縁側に――――――゙彼女゙はいた。

 左右で長さの違う緑色のショートヘアーに、頭にばこの世界゙とは違ゔあの世゙における重要な職務に就く者のみが被れる帽子。
 右手には悔悟棒と呼ばれる杓を握っており、それもまだ彼女゙という存在を確立する為に必要な道具の内の一つ。
 身長は紫より低いものの、レミリアよりかは大きい。だというのに周囲の空気は彼女から発せられる気配に蝕まれていく。
 永琳の後ろにいた鈴仙は思わず口の中に溜まっていた唾をのみ込み、幽々子に突っ込んでいたレミリアは渋い表情を浮かべる。
 畳に足が着いていなかった幽々子もいつの間にか浮かぶのを止め、縁側に立づ彼女゙を見つめていた。

 そしで彼女゙へ向けて恭しく頭を下げるとスッと横へどき、目覚めたばかりの紫の掌を上に向けた右手で指す。
「御覧の通り、八雲紫はたったいま目覚めてございましてよ」
 幽々子の言葉に゙彼女゙もまた頭を下げて一礼すると、ゆっくりと右足から今の中へと入っていく。
 永琳は自分と輝夜にとって最も遠い位置にいて、そして最も自分たちを嫌っているであろゔ彼女゙に多少なりとも警戒している。
 一方で輝夜は他の皆が立っているにも関わらず一人腰を下ろしたまま、六個目になる塩饅頭をヒョイッと手に取った。

 そんな輝夜を無視する形で、今へと入っだ彼女はテーブルを壁にして紫と見つめ合う。
 名前と同じ色の瞳を持つ紫と、何もかも見透かしてしまいそうな澄んだ宝石のような緑色の瞳を持づ彼女゙。
 互いに視線を逸らさず、静かなにらみ合いを続けたまま。゙彼女゙が先に口を開く。


「お久しぶりですね、八雲紫。何やら、随分と手痛い目に遭ったようですね」
「まぁそれは薬師から耳にしましたけど、わざわざ格下である私の見舞いに来てくれるとは…随分情けを掛けられたものですわね?」

 ―――――閻魔様?最後にそう付け加えた後、紫はフッと口元を歪ませ笑う。
 対しで彼女゙、大妖怪から閻魔様と呼ばれた少女―――――四季映姫・ヤマザナドゥは笑わない。
 ヤマザナドゥ(桃源郷の閻魔)は無表情と言ってもいいくらい感情の欠けた表情で、じっと紫を睨み続けていた。

505ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/01/31(火) 22:21:21 ID:utWO93KQ
以上で79話の投稿を終わります。
2017年が始まって早くも一月たちますが、今年もよろしくお願いします。
それではまた、二月末にでもお会いしましょう。ノシ

506名無しさん:2017/02/01(水) 00:43:35 ID:ZyhOyyMU
おつぅ

507ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:41:44 ID:B.yuTipo
夜分遅くに失礼します。投下を行います。
開始は3:44からで。

508ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:44:26 ID:B.yuTipo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十五話「三冊目『ウルトラマン物語』(その2)」
月光怪獣再生エレキング
悪質宇宙人メフィラス星人
宇宙の帝王ジュダ
ジュダの怪獣軍団 登場

 ルイズを救うための本の旅を行う才人とゼロ。三冊目の本は、ウルトラマンタロウの成長物語
であった。この世界では、最初は少年の年代になっているタロウをゼロは鍛えて立派なウルトラ
戦士にしていく。そしてタロウが青年に育つと、彼に地球で暗躍するメフィラス星人とその手下の
エレキングの退治の命令が下った。タロウはゼロに見守られながら、地球に向かって出発したのだった!

 ウルトラ族が使用する宇宙船に当たる赤い球により、タロウはM78星雲からはるばる太陽系
銀河への移動を完了した。赤い球を解くと、宇宙空間から青い地球をじっと見つめる。
「これが地球か……。ウルトラの星に似て、美しい惑星だ」
 いつも兄たちの活躍の話に聞くだけで、実際に目にしたことは一度もなかった地球の光景に、
タロウは感慨を覚えた。
 だがそんな時間も長くはなかった。タロウの超聴力が、地球の人間たちが怪獣の暴力によって
苦しむ声を捉えたのだ。
「はッ、いかん! 人々の悲鳴が聞こえる! 急がねば!」
 我に返ったタロウはまっすぐ地球に向かって飛んでいき、大気圏を抜けて地上へと急いでいった……。

 その頃、地球の大地の上では、メフィラス星人の放った怪獣が火を吹いて地方の村を襲い、
大きな被害を出し続けていた。
「カ―――ギ―――――!」
 黄色い体色、目の代わりに伸びた二本のアンテナの役割を果たす角。エレキングである。
しかしただのエレキングではない。ウルトラセブンに倒された個体の屍が月光の力により
変質し、新たな命を得た再生エレキングである。
「カ―――ギ―――――!」
 再生エレキングは蘇生前にはなかった、手先からの火炎噴射能力で村を瞬く間に火の海に
変えていく。このままでは大勢の人たちが炎に巻かれて殺害されてしまう!
「とぉッ!」
 それを救うべく今地上に降り立ったのがウルトラマンタロウだ! タロウは即座に合わせた
両手からウルトラシャワーを噴射し、エレキングの起こした火災を瞬く間に消し止めていく。
「カ―――ギ―――――!」
 エレキングは破壊活動の邪魔をするタロウに背後から殴りかかった。消火活動後の隙を
突かれたタロウは殴打を食らってゴロゴロ転がる。
「うッ!」
「カ―――ギ―――――!」
 エレキングが更に飛びかかってきたが、タロウもやられてばかりではない。相手の勢いを
利用した巴投げで仕返しした。
 エレキングを投げ飛ばして立ち上がったタロウだが、エレキングはそこに尻尾からの火炎
放射を浴びせる。
「カ―――ギ―――――!」
「うわあぁぁッ!」
 高熱火炎に焼かれて苦しめられたタロウだがそれを耐え、火炎が途切れた隙をすかさず
突いて距離を詰めると、エレキングの尻尾を抱え込んで振り回し、転倒させる。
「ふッ! ふッ!」
 タロウは仰向けに倒れたエレキングに馬乗りになって、顔面に連続チョップを叩き込んで
弱らせていく。タロウ優勢だがしかし、そこに乱入者が現れた。
『私の改造エレキングを追い詰めるウルトラ戦士! 何者だ!』
 煙とともに現れたのは、エレキングを再生させた犯人であるメフィラス星人だ! タロウは
メフィラス星人を警戒してエレキングの上から飛びのいた。

509ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:46:48 ID:B.yuTipo
「ウルトラマンタロウだ!」
『ウルトラマンタロウ! よくも私の地球侵略を妨害してくれるな。しかし、これを見ろッ!』
 メフィラス星人が見せつけた手の平の中には、地球人の子供たちが捕らわれていた!
「うわーん! 助けてー!」
『クックックッ、この子供たちがどうなってもいいというのかな?』
 メフィラス星人は分かりやすくタロウを脅迫する。
「何ッ! 卑怯だぞ、メフィラス星人!」
『卑怯もラッキョウもあるものかぁッ! 改造エレキングよ、今の内にやってしまえ!』
「カ―――ギ―――――!」
 メフィラス星人の卑劣なる策略により身動きの取れなくなったタロウの首に、エレキングの
尻尾が巻きついて締め上げる。
「ぐぅぅッ……!」
『ワハハハハ! メフィラスの悪賢さ、思い知ったかぁ!』
 タロウを一方的に痛めつけさせて、メフィラス星人は高笑いして勝ち誇った。
 しかしそこに青い流星が飛び込んでくる!
「シェアッ!」
 ルナミラクルゼロだ! 後から地球にやってきたゼロはタロウの戦いぶりを見守っていたのだが、
メフィラス星人の卑怯なやり口に我慢ならずに、タロウの助けに飛んできたのだった。
『何ぃッ!?』
 ゼロは高速ですれ違う一瞬の間に、メフィラス星人の手の中から子供たちを救い出した。
そのまま地上に下ろして逃がしていく。
「わーい! ありがとう!」
『おのれ、仲間がいたか! 余計な真似をぉ!』
 激昂したメフィラス星人が突進してきたが、ストロングコロナゼロの裏拳によって返り討ちにされた。
『うわぁぁーッ!』
『タロウ、メフィラス星人は俺に任せろ! お前はエレキングの方を先にやっつけな!』
「ありがとうございます、ゼロさん!」
 タロウは力ずくでエレキングの拘束から逃れ、勝負を仕切り直しにした。ゼロは宣告通りに、
その間にメフィラス星人の相手をする。
『よくもやってくれたな! 邪魔する者は誰であろうと許しておかん!』
 立ち上がったメフィラス星人がゼロに肉弾戦を挑むが、筋力ならば右に出るもののいない
ストロングコロナゼロ相手にはあまりに無謀であった。超パワーと宇宙空手の技が組み合わさった
ゼロの拳によって軽く押し返される。
「セェアッ!」
『ぬぅぅッ!? これならどうだぁ!』
 すぐに分が悪いと判断したメフィラス星人は距離を取り、目からレーザーを発射したが、
ゼロは射線を見切ってウルティメイトブレスレットでそれを難なく受け止めた。
『何だとッ!?』
『はぁッ!』
 直後にゼロは飛び蹴りで襲い掛かり、メフィラス星人を弾き飛ばした。
「カ―――ギ―――――!」
 ゼロがメフィラス星人と戦っている一方で、エレキングは口から火炎を吐いてタロウを
攻撃していた。電気エネルギーによって熱量の高められた火炎は、あらゆるものを焼き尽くす
ような地獄の業火だ。
 しかしタロウはゼロの特訓によって、如何なる苦しみにも耐え得る忍耐力を身につけていた。
身を焦がすような灼熱も、今のタロウには通用しない!
 またタロウは勤勉であった。ウルトラの星に記録されていたセブンとエレキングの戦闘の
映像によって、エレキングの弱点を見抜いていた。
 タロウはその弱点を突くべく、炎の中から高々と跳躍してエレキングに飛びかかり、角に
引っ掛かっているロープに手を掛けた。

510ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:49:16 ID:B.yuTipo
「エレキングの弱点は、この角だッ!」
 ウルトラ念力でロープを鎖に変えて強度を増し、角に幾重にも巻いて力の限り引っ張る。
角をがんじがらめにされたエレキングは大いに狼狽している。
「たぁーッ!」
 そしてタロウは地を蹴り、空中に浮き上がったまま発光して驚異のウルトラパワーを発揮した。
それにより、遂にエレキングの角が頭部から引っこ抜かれる!
「カ―――ギ―――――……!」
 エレキングの角は目に代わる感覚器官であり、普通でも失えば前後不覚に陥るが、再生
エレキングは肉体を動かす月光のエネルギーを吸収する器官でもあるのだ。つまり、角を
失った再生エレキングは完全に力を失い、その場に倒れ込んだのであった。
 ゼロの方もメフィラス星人を捕まえ、渾身の力で投げ飛ばした。
『ウルトラハリケーン!』
『ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 メフィラス星人は竜巻によって吹っ飛ばされ、真っ逆さまに転落。ゼロはちょうどエレキングを
倒したタロウへ叫ぶ。
『タロウ、今だッ!』
「はいッ!」
 タロウは頭上に右腕を掲げ、そこに左腕を重ねてスパークを起こし、両手を腰に添えることで
大気中のエネルギーを自身に集中させた。エネルギーの高まったタロウの全身が虹色に輝く。
 そうして右腕を水平、左腕を垂直にして両腕でT字を作り、必殺光線を発射した!
「ストリウム光線!!」
 これがタロウの編み出した最強必殺技、ストリウム光線だ!
『ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ―――――――!!』
 ストリウム光線の直撃をもらったメフィラス星人はその場に膝を折り、斃れると同時に
跡形もなく消滅していった。
 エレキング、メフィラス星人を立て続けに撃破したタロウは、大喜びしてゼロに向き直った。
「ゼロさん、やりました! これで私も、ウルトラ戦士も仲間入りですよね!」
『ああ! 見事だったぜ』
 ゼロは固くうなずいて、タロウの大健闘を褒めたたえたのだった。

 しかしタロウは地球での戦闘後、すぐにウルトラの星に呼び戻された。宇宙警備隊本部の
トレーニングルームで、ウルトラの父からあることを言い渡される。
「タロウ、訓練はまだ終わった訳ではないぞ」
「えッ!? まだ特訓をやるんですか? どうして私だけ、そんな重点的に……」
 疑問を持つタロウと、話に立ち会っているゼロに対して、ウルトラの父は打ち明ける。
「タロウ……この話はまだ早いと思っていたが、お前は私の予想以上に鍛え上げられた。
よってお前に与えられた最重要任務の内容を教えよう!」
「私に、最重要任務!?」
「心して聞け」
 念押しして、ウルトラの父が語り聞かせる最重要任務とは。
「お前は宇宙の歪みが生み出した、宇宙最大の悪魔、ジュダを倒す超ウルトラ戦士にならねばならん!」
「宇宙最大の悪魔!?」
 ジュダ。ゼロはその名前を知っていた。数万年周期でよみがえり、破壊の限りを尽くして
宇宙全土を恐怖のどん底に叩き落とす恐るべき宇宙の帝王。現実のM78ワールドでも、ウルトラ
戦士との死闘の末に退治されたという話を聞いたことがある。
 そうか、この本の世界の最終目的は、ジュダを打ち倒して世界に平和をもたらすことだったのか。
「ジュダは宇宙の歪みそのものであり、実体がない。そんなジュダを倒すには、宇宙の歪みを
正す以外方法はないのだ。そしてそれには莫大なエネルギーが必要なのだ! それが出来るのは、
私と同じウルトラホーンを持つタロウ、お前以外にいない!」

511ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:51:43 ID:B.yuTipo
 ウルトラホーン。タロウやウルトラの父に生えている角だが、これはただの突起ではない。
他のウルトラ戦士の全てのエネルギーを吸収することが出来る神秘の器官なのだ。現実の
タロウも、ウルトラベルを入手するのにウルトラ族の肉体でも耐えられない環境を作っている
ウルトラタワー内に立ち入る際に、ウルトラホーンの力でウルトラ兄弟と合体し、スーパー
ウルトラマンとなったことがある。
「私は年老いた。ジュダを倒すには、若いお前の力が必要なのだ! 早速超ウルトラ戦士に
なるための特訓を始めるぞ!」
「はいッ!」
 タロウに施す特訓に取り掛かろうとするウルトラの父に、ゼロが問いかける。
『ウルトラの父、俺にも何か手伝えることはないでしょうか?』
 しかしウルトラの父はゼロの申し出を断った。
「気持ちはありがたいが、いつまでも君に頼りっぱなしではいられない。それにこの特訓は
エネルギーの消耗が激しい、危険なものだ。他人に任せる訳にはいかない」
『けど……』
「大丈夫だ。年老いたこの身だが、己の息子に稽古をつけるだけの力は残っている。君はタロウが
超ウルトラ戦士の資格を得ることに成功することを祈っていてくれ」
『……分かりました』
 ウルトラの父にそこまで言われては、反論することは出来ない。ゼロも大人しく身を引いた。
 タロウの最後の特訓は、ウルトラの父が放つエネルギー光線をウルトラホーンで受け止め、
エネルギーを余すところなく吸収するというものである。しかし己の許容量を超えるエネルギーを
その身に受け止めるなど、容易に出来るものであるはずがない。ゼロに丹念に鍛えられたタロウに
とっても非常に困難なことであった。
「うぅッ、くぅッ……!」
 それでもタロウは、何度失敗しようともめげずに特訓に向き合い、チャレンジしていった。
全ては宇宙の悪魔ジュダを打ち破り、真の平和を世界にもたらすため。本当のウルトラ戦士に
なるという熱い思いが、タロウの身体を支えているのだ。
 だがしかし、ジュダはタロウの特訓の完了を待ってはくれなかった!

 暗黒宇宙で、復活を果たしたジュダが高笑いを発する。
『ワハハハハハハ! わしは遂に復活した! ウルトラの戦士たちよ、五万年前の恨みは
必ず晴らしてやるからな!』
 ウルトラ戦士への復讐を目論むジュダは、その手始めとして地球に目をつけた。
『わしがひと声掛ければ、全ての悪の怪獣が動き始めるのだ! ウルトラの戦士よ、お前たちが
愛した地球を、我が怪獣軍団が破壊し尽くしてくれるわ! 行けぇッ、怪獣たちよ!』
 ジュダの命令により、地球に恐怖の怪獣たちが押し寄せる!

「ギャアアアアアアアア――――――!」
 ジュダの命令の影響により、東京を走る河川の中から、液体大怪獣コスモリキッドが出現!
「アハハハハハ! アーハハハハハハハハハッ!」
 更に河川敷の地中からは再生怪獣ライブキングが現れた!
 二体の怪獣は口から火炎を吐き、町を手当たり次第に焼き払い始める!

「ゲエエゴオオオオオオ!」
 コンビナートにはムルロア星から飛来した宇宙大怪獣ムルロアが襲来した!

「キイイィィィィィ!」
 野山を突き破り、百足怪獣ムカデンダーが姿を現して町を攻撃する!

『ウオオォォォ―――――!』
 市街地には泥棒怪獣ドロボンが侵入し、棍棒を振り上げて建物を叩き潰す!

「ギイイイイイイイイ!」

512ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:53:24 ID:B.yuTipo
 そして工事現場にはえんま怪獣エンマーゴが出現し、口から吐く黒煙で草木を枯らし、
辺りを死の大地に変えていく!

『フハハハハハハ! このジュダ様の力を思い知れぇッ!』
 地球を怪獣たちに襲わせ、ジュダは満悦気味に大笑いを上げた。そしてジュダの狙いは、
ただ地球を破壊するだけではなかった。
『今ウルトラの星では、わしを倒すためにウルトラマンタロウが特訓を受けている。それが
完了する前に奴をおびき寄せ、葬ってくれる! そうすれば最早わしを止められる者は
いなくなるのだぁ!』

「大変です! 地球にジュダが怪獣軍団を送り込みました!」
 地球の異変は、ルイズによって特訓中のタロウとウルトラの父にもたらされた。
「何ですって!? 地球が危ないと!?」
「ゾフィーからエースまでの五人が緊急出動しましたが、まだ手が足りていません。せめて
後一人、地球に向かわなくては……」
「うむ……」
 ルイズからの報告に考え込むウルトラの父。そこにタロウが申し出る。
「私が行きます! 地球の人たちの危機に、黙っている訳にはいきません!」
「いや、タロウよ。お前には特訓を完了させて超ウルトラ戦士になる任務が残っている! 
ここは私が行こう」
「ですが父さん、その消耗し切った身体では危険です!」
 ウルトラの父はずっとタロウの特訓につき合ってエネルギー光線を放射し続けたため、
既に消耗が重なった状態にある。そんな身体で戦いに赴くのは危険すぎる。
「しかし……」
『大丈夫です!』
 そこに飛び込んできたのは、我らがゼロだった。
『俺が行って、怪獣たちを片づけてきますよ!』
「ゼロさん! やってくれるんですか!?」
『あったり前さ! タロウ、地球のことは俺に任せて、お前は早いとこ特訓を終わらせちまいな』
 ゼロの申し出を、ウルトラの父とルイズがありがたく承諾した。
「何から何まですまない。私も出来るだけ早くタロウを鍛え上げて、応援として地球に向かわせよう」
「くれぐれも気をつけて下さい。これは恐らくジュダの罠です。何が待ち受けているか、
分かったものではありません」
『了解です!』
 ウルトラの父たちに敬礼したゼロは宇宙警備隊本部を飛び出し、地球に向かって飛び立った。
「ジュワッ!」
 怪獣軍団の脅威に晒されている地球に急行するゼロ。ジュダのたくらみを粉砕して、この本の
世界にも平穏を与えるべく、進めウルトラマンゼロ!

513ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/01(水) 03:54:03 ID:B.yuTipo
以上です。
卑怯もラッキョウもあるものか!

514名無しさん:2017/02/01(水) 15:50:33 ID:5e.9VNXI
↑その言葉は、メフィラス紳士の証!

515名無しさん:2017/02/01(水) 18:42:10 ID:s1nJJD5k
>子供
ああ、TV版でエレキングに張り合ってた子供たちがここで絡むのか!
そしてタロウ怪獣の目白押しですな。

516ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 01:48:55 ID:zuXS1mac
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行わせてもらいます。
開始は1:52からで。

517ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 01:52:11 ID:zuXS1mac
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十六話「三冊目『ウルトラマン物語』(その3)」
宇宙の帝王ジュダ
ジュダの怪獣軍団
暴君怪獣タイラント 登場

 『古き本』の攻略もいよいよ半分の三冊目に突入。三冊目はウルトラマンタロウの成長物語
であり、ゼロは本の中のタロウを一人前のウルトラ戦士にするべく熱心に鍛え抜く。その甲斐あり、
タロウは見事地球を攻撃する再生エレキングとメフィラス星人を撃破した。しかしウルトラの父が、
宇宙の悪魔ジュダの復活の時が近いことを告げる。ウルトラの父はタロウを、ジュダを倒せる
超ウルトラ戦士にするべく最後の特訓を施す。だがそれを妨害しようと、ジュダは先手を打ってきた。
地球を襲う凶悪怪獣軍団! ゼロはタロウに代わって地球を守護するべく、ウルトラ五兄弟とともに
ジュダの軍勢に立ち向かっていくのであった。

「ギイイイイイイイイ!」
 ジュダが繰り出した怪獣軍団の一体であるエンマーゴは、口から大量の黒煙を吐いて辺りの
木々を立ち枯れさせていく。エンマーゴの吐く煙は、如何なる生物もたちまち死滅してしまう
恐るべき悪魔の武器なのだ。このままでは、周囲一帯が草木一本も生えない死の大地になってしまう。
 そこに駆けつけたのがウルトラマンゼロ! エンマーゴの凶行を阻止すべく、颯爽と戦いを挑む。
『そこまでだ! 食らえッ!』
 ゼロは先手必勝とばかりにワイドゼロショットを放ったが、エンマーゴは左手の盾を構えて
光線を遮断した。
『フハハハハッ! そんなものがこの俺様に通じるかッ!』
 ワイドゼロショットを防御したエンマーゴが得意げに高笑いした。
『何ッ! 傷一つつかねぇだと!』
『っていうかしゃべった!?』
 驚く才人。エンマーゴは確かに怪獣と言うよりは、名前の由来の閻魔大王そのままの姿で
あるが、口を利く能力は持っていなかったはずだ。
「ギイイイイイイイイ!」
 エンマーゴはそんなことお構いなしに右手の剣を突きつけながらゼロににじり寄ってくる。
同時に黒煙も吐き出すため、ゼロも迂闊に飛び込むことは出来ない。
『くッ、こいつを食らうのは危険だぜ……!』
 黒煙の殺傷力はゼロにとっても無視できないほど強力だ。ゼロはじりじりと後退するが、
少しずつ距離を狭められ追いつめられていく。
 やがてゼロのかかとが突き出た岩にぶつかった時、好機と見たエンマーゴが一気に飛び込んできた。
『その首級もらったぁッ!』
 エンマーゴの殺人剣がゼロの首を狙う! 危うし!
『はッ!』
 だがゼロは瞬間、ブレスレットからウルトラゼロランスを出し、その柄で剣を受け止めた。
『何ぃッ!』
『武器での勝負なら負けねぇぜ!』
『小癪な! 俺様の恐ろしさをとくと教えてくれるわぁッ!』
 ゼロランスでエンマーゴと激しく切り結ぶゼロ。武器の腕ならばゼロに軍配が上がるのだが、
エンマーゴには黒煙もある。剣とともに繰り出される黒煙のために、なかなか攻勢に出ることが
出来ない。
『だったらッ!』
 そこでゼロは額のビームランプからエメリウムスラッシュを発射する構えを見せた。だが
光線攻撃を察したエンマーゴがすかさず盾を構えて防御態勢を取る。

518ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 01:54:23 ID:zuXS1mac
 しかしそれはゼロのフェイントだった。
「セェイッ!」
 ゼロはエンマーゴの構えた盾を、下から思い切り蹴り上げる! 予想外の方向からの衝撃に、
盾はエンマーゴの手を離れて放り飛ばされていった。
『何だとぉッ!?』
 動揺するエンマーゴ。その隙を逃すゼロではない。
「テェアッ!」
 後ろに跳びながらゼロランスを投擲し、まっすぐ飛ぶランスがエンマーゴの身体の中心を
貫通した。
「ギイイイイイイイイ!!」
「セアッ!」
 苦しむエンマーゴに改めてエメリウムスラッシュが撃ち込まれ、エンマーゴは一瞬にして
爆散。その脅威は取り払われたのだった。
 だがこれで終わりではなかった。むしろここからが戦いの本番であった。
『よくもやってくれたものだな、青きウルトラ戦士よ! このわしの邪魔をしようとは、
身の程知らずな奴よ!』
 突然空が夜になったかのように暗くなり、角を生やした魔人の虚像がいっぱいに映し出された。
それを見上げたゼロが指を突きつける。
『お前がジュダだな!』
『左様! 愚かな貴様に、わしの偉大な力を見せてくれるわッ!』
 ジュダが宣言するとともに、暗転した空に妖しい光の瞬きが複数出現した。星の光ではない。
あの不気味な光は……怪獣の悪霊の魂だ!
『宇宙に散らばる悪魔の魂よ、集まれぇぇぇぇッ!』
 ジュダの命令により、怪獣たちの魂が地上に落下してきてゼロの前で一つに合体していく。
そして一体の大怪獣の姿へと変貌した。
「キイイイイィィィィッ!」
 それは複数の怪獣のパーツが組み合わさって一個の怪獣の形となっている、ゼロも才人も
見覚えのある怪獣であった。暴君怪獣タイラントだ!
 タイラントは既に倒したことがあるが、油断はならない。一冊目のゼットンの例がある。
あの時のようにイレギュラーな事態が発生するかもしれないし、暗黒宇宙の帝王ジュダが
その手で作り上げた怪獣が簡単に行くとは思えない。
 果たして、ジュダは生み出したタイラントに向けて告げた。
『合体獣タイラントよ、お前にわしの力を授けよう!』
 ジュダの両目から暗黒のエネルギー光線が放たれ、タイラントに吸収された。
 その途端、タイラントに異変が発生する!
「キイイイイィィィィッ!」
『うおッ!?』
 その全身が激しくスパークしたかと思うと、メリメリ音を立てて膨れ上がり、また変形を起こす。
そうして瞬く間に、体高がゼロの二倍近くにまで巨大化した。
「キイイイイィィィィッ!!」
 ただ巨大化しただけではなく、肉体にゴモラの後ろ足とジェロニモンの羽根飾りが追加され、
ケンタウロスを思わせるような体型に変化を果たしていた。この姿を目の当たりにしたゼロが
舌打ちする。
『くッ……EXタイラントか!』
『ゆけぇッ、タイラントよ! ウルトラ戦士を叩き潰し、地球を滅茶苦茶に破壊してやるのだぁぁぁッ!』
「キイイイイィィィィッ!!」
 ジュダのエネルギーを得てはるかにパワーアップしたEXタイラントが左腕を振り回す。
すると鎖が伸びて鉄球自体が飛んできて、ゼロを横殴りした。
『うあぁぁッ!』
 鉄球だけでもすさまじい質量。攻撃を食らったゼロが大きく吹っ飛ばされて、山肌に叩き
つけられた。
『つぅ……! 半端じゃねぇパワーだ!』
「キイイイイィィィィッ!!」

519ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 01:57:30 ID:zuXS1mac
 うめいたゼロにタイラントは四本の足で地響きを起こしながら突進してくる。自分の倍以上の
巨体が突っ込んでくるのはものすごい迫力だが、ゼロはひるまなかった。
 ウルトラの星では、タロウがジュダを倒すための特訓を今もなお続けている。彼がやり遂げる
ことを信じて、今は自分がEXタイラントの暴威を食い止めるのだ。
『おおおぉぉッ!』
 ゼロは鬨の声を上げて、タイラントに自分から向かっていった。

 ゼロが必死に戦っている頃、別の場所に現れた怪獣たちは、ウルトラ五兄弟が相手をしていた。
「ギャアアアアアアアア――――――!」
「ヘッ!」
 コスモリキッドの相手をしているのはゾフィーだ。ゾフィーはコスモリキッドにチョップ、
キックを繰り出すが、肉体が液体に変化する能力を持つコスモリキッドには打撃が全てすり抜けて
しまい、全く効果がない。逆に殴打を食らって地面を転がる。
「ギャアアアアアアアア――――――!」
 通常攻撃を全て無効化する恐ろしい怪獣。普通なら勝ち目などないと絶望してしまうだろうが、
ウルトラ兄弟長兄にして宇宙警備隊隊長のゾフィーは、持ち前の冷静な頭脳によって既にコスモリキッドを
倒す作戦を思いついていた。
『ウルトラフロスト!』
 伸ばした両腕の指先から、猛烈な冷却ガスを噴出。それをコスモリキッドに浴びせる。
「ギャアアアア……!」
 ガスを浴びたコスモリキッドはたちまち凍りつき、一歩も身動きが取れなくなった。液体の
怪獣なので、全身が凍りついてしまえば全く動くことが出来なくなってしまうのだ。
 そしてゾフィーはとどめとして稲妻状の光線、Z光線を撃ち込む。これによってコスモリキッドは
瞬時にバラバラに砕かれた。全身を凍らされた上で粉微塵にされては、コスモリキッドもどうする
ことが出来なかったのだった。
「アハハハハハハ! アーハハハハハハハハ!」
「ヘアァッ!」
 他方ではウルトラマンエースがライブキングを激しく殴り合っていた。エースは相手のボディに
重いパンチを何発も見舞うが、タフネスに優れるライブキングは全く以て平気な顔であった。
エースはライブキングに突き飛ばされる。
「アハハハハハハハハ!」
「ダァッ!」
 立ち上がったエースは額のランプに両手を添えて、パンチレーザーを発射。レーザーは
ライブキングの口内をピンポイントで撃つ。
 口の中を攻撃されてはライブキングもひとたまりもない……そう思うかもしれないが、
それでもライブキングはまるでへっちゃらだった。
「アーハハハハハハハハハッ!」
 ライブキングは再生怪獣。心臓さえ無事なら、そこからでも完全復活が出来るほど生命力が
強い肉体は、攻撃を受ける端から回復してしまうので、まともに攻撃していても焼け石に水なのだ。
 エースも手がないかと思われたが……それは違う。エースはライブキングに肉薄すると、
その巨体を頭上に抱え上げる。強力な投げ技、エースリフターだ。
「イヨォッ! テヤァッ!」
 投げ飛ばして地面に叩きつけたライブキングは、さすがに一瞬動きが止まって隙が生じる。
エースはそれが狙いだった。
「ヘアッ!」
 合わせた手の平から液体を噴出し、ライブキングに浴びせかける。そうするとライブキングの
肉がドロドロと溶けていく。
 エースが放っているのはただの液体ではない。怪獣の身体もこのように溶かしてしまうほどの、
非常に溶解性の強いものだ。普通の攻撃が通用しないような相手のために開発した技、ウルトラ
シャワーである。
 ライブキングも肉体を跡形もなく溶かされては、再生することはかなわない。やがて完全に
溶解されて消滅したのであった。

「ゲエエオオオオオオ!」
「シェアッ!」

520ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 01:59:49 ID:zuXS1mac
 ウルトラマンはムルロアを相手に取っていた。が、宇宙大怪獣であるムルロア相手にかなりの
苦戦を強いられていた。
「ゲエエオオオオオオ!」
「ウアァッ!」
 ムルロアは身体中に生えた管から大量の黒い煙を噴射しながらウルトラマンに体当たりして
突き飛ばす。更に口から鋼鉄もあっという間に溶かす強力な溶解液を飛ばしてきて、ウルトラマンは
危ないところでかわした。
 ムルロアが噴出する煙は光を完全に閉ざしてしまい、現実世界では地球全体がムルロアの
煙に覆われて太陽光を遮断されてしまったこともあった。光の種族たるウルトラ戦士にとっても
この特性は非常に危険であるため、ウルトラマンはまだ煙の量が少ない今の内にどうにかしなければ
ならないと判断する。
「ゲエエオオオオオオ!」
「ヘッ! ダァッ!」
 そしてムルロアの一瞬の隙を突いて、ウルトラアタック光線を照射。これが命中したムルロアは
身体が硬直する。
 この間にウルトラマンはムルロアに駆け寄って、巨体をあらん限りの力で抱え上げた。
「ヘアァッ!」
 持ち上げたムルロアを天高く放り投げ、ウルトラ念力を集中して爆破させた。ムルロアは
危ないところで、ウルトラマンの作戦によって撃破されたのだった。

「キイイィィィィィ!」
「ダァーッ!」
 ムカデンダーと戦っているのはウルトラセブンだ。セブンはムカデンダーの振り回す右手の指が
変化したムチをかわし、アイスラッガーを投擲してムカデンダーの首を綺麗に切り落とした。
 簡単に決着がついたかと思われたが、切断されたムカデンダーの首は何と独立して動き、
セブンの肩に噛みついてきた!
「グワァーッ!」
 これがムカデンダーの最大の特徴と言ってもいい特殊能力。首が胴体と別々に行動することが
可能で、その変則的な動きに敵は惑わされるのだ。
 だがセブンは歴戦の戦士。このような小細工で狼狽えたりはしなかった。
「デュッ! ジュワァッ!」
「キイイィィィィィ!」
 素早くムカデンダーの首を捕らえて肩から引き離し、頭部に何度も拳骨を浴びせる。すると
首が物理的に離れていても感覚はつながり続けている胴体が苦しんでドタバタもがいた。
 大きくひるんだムカデンダーの首をセブンは空高く投げ飛ばし、エメリウム光線を発射!
「ジュワッ!」
 首は空中で爆発。残った胴体も、L字に曲げた右腕の手刀から発したハンディショットで粉砕した。

 ウルトラマンジャックはドロボンと一対一の決闘を繰り広げていた。
『うおおおおお―――――!』
「アァッ!」
 しかしジャックはドロボンの金棒によって滅多打ちにされる。意外かもしれないが、ドロボンは
ZATに「エネルギー量ならこれまでの怪獣の中で一番」と評されたほどのパワーを有しているのだ。
その圧倒的攻撃力にはジャックも大いにてこずらされていた。
「ウアァッ!」
 金棒の突きでジャックは大きく吹っ飛ばされ、大地の上を転がった。ジャックはこのまま
やられてしまうのか?

521ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 02:02:20 ID:zuXS1mac
 いや、ジャックにも強力な武器があるのだ。立ち上がった彼は左手首に嵌まっているそれを
手に取った。セブンから授けられた、あらゆる宇宙怪獣と互角に戦えるウルトラの国のスーパー
兵器、ウルトラブレスレットである!
「ジェアッ!」
 ジャックはブレスレットをウルトラスパークに変形させて掲げると、まぶしい閃光が焚かれ、
それを浴びたドロボンの動きが一瞬停止した。
 その隙に投擲されたウルトラスパークが宙を飛び、悪を断つ刃となってドロボンの右腕、
左腕、そして首を瞬く間に斬り落とした。崩れ落ちたドロボンの肉体はエネルギーが暴走して
爆破炎上する。
「シェアッ!」
 ドロボンを討ち取ったジャックは空に飛び上がり、EXタイラントに苦戦しているゼロの元へと
急行していった。他の兄弟たちもまた、同じようにゼロの元を目指して飛行していた。

『だぁぁぁッ!』
「キイイイイィィィィッ!!」
 ゼロは果敢にEXタイラントにぶつかっていくが、如何せん体格差が違いすぎる。ゼロは
ひと蹴りで弾き飛ばされてしまった。
『ぐぅッ……だが負けねぇぜ……! タロウが必ずここに来てくれる!』
 そのことを信じてめげずに戦い続けるゼロ。そんな彼に応援が駆けつけてくれた。
「シェアッ!」
『あッ! ウルトラ兄弟だ!』
 才人が叫んだ通り、ゾフィーからエースまでのウルトラ五兄弟が到着したのだ。彼らは
EXタイラントに向けて、M78光線、スペシウム光線、ワイドショット、シネラマショット、
メタリウム光線の必殺光線一斉発射攻撃を加えた。
「キイイイイィィィィッ!!」
 だがタイラントは五人分の光線を、ベムスターの腹で吸い込んでしまい、ダメージを
受けなかった。これにはウルトラ兄弟も動揺を覚える。
『フハハハハ! このジュダ様の力、思い知ったか! 貴様らウルトラ戦士を、地球ごと
粉砕してくれるわぁッ!』
 勝ち誇って豪語するジュダ。偉大なウルトラ兄弟の力が加わっても、EXタイラントを倒す
ことは出来ないのか?
 だがその時、この戦場に彼方から赤い火が迫り来る! それを見上げたゼロが歓喜に震えた。
『来た! 遂に来たか! タロウッ!』
 その言葉の通り、赤い球の中から現れたのはウルトラマンタロウだ! 彼はゼロや兄弟たちに
一番に告げる。
「お待たせしました! 特訓を終え、ジュダを倒せる力を習得してきました!」
『よくやったぜ! そんじゃあ……!』
 タロウが駆けつけたことで気合いを入れ直したゼロが、EXタイラントに振り返る。
『俺も師匠としてひと踏ん張りしねぇとな! はぁぁぁぁぁッ!』
 気勢とともに空高くに跳躍し、全力のウルトラゼロキックを繰り出す! 流星のような
飛び蹴りがタイラントの脳天に命中した。
「キイイイイィィィィッ!!」
 さすがのタイラントも、頭蓋に強い衝撃をもらったことで動きが弱った。
『よし、今だ!』
「はい! 兄さんたち、お願いしますッ!」
 この間にタロウは、兄たちのエネルギーをウルトラホーンに集めた! 五人のウルトラ戦士の
身体が消え、タロウと一つに合体する。
「むんッ!」
 タロウは、兄たちのエネルギーを全てウルトラホーンに吸収し、スーパーウルトラマンとして
立ち上がったのだ!
『タイラントよ、タロウを倒せぇッ!』
「キイイイイィィィィッ!!」
 ジュダはEXタイラントをタロウにけしかける。しかしウルトラ六兄弟の力を一つにした
タロウは計り知れないパワーを全身にみなぎらせて、それを迎え撃つ。

522ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 02:04:21 ID:zuXS1mac
「たぁぁッ!」
 タロウのジャンピングキックがタイラントに炸裂。すると体格ではるかに上回っているはずの
タイラントが押し返されたのだ!
『すげぇ!』
 ゼロたちはその光景に驚愕した。六兄弟の力が合わさると、純粋なパワーでもあれほどの
大怪獣を凌駕するほどになるのか。
「キイイイイィィィィッ!!」
 タイラントは鉄球を飛ばして反撃してくるが、タロウは手の平で鉄球を打ち払った。そして
両腕をT字に組み、ストリウム光線を発射。
「とあぁーッ!」
 タイラントの顔面に直撃したストリウム光線は、炸裂を引き起こしてタイラントに大ダメージを
与えた。
 タロウは圧倒的なパワーでタイラントを追い詰めていく。だがジュダがそれに黙っていなかった。
『このままでは済まさんぞぉ! 最後の手段だッ! タイラントよ!!』
「キイイイイィィィィッ!!」
 命令を受けたタイラントが鉄球を飛ばす。だが矛先はタロウでもゼロでもなく、はるか天空だ。
「何をする気だ!?」
 伸びていく鎖は途中で止まり、引き戻される動きとなる。そうして雲の向こうから戻ってくる
鉄球は……何と巨大な隕石に突き刺さって、地表に向けて引きずり落としていた!
「!! あれを地球に落とすつもりかッ!」
『地球もろとも、宇宙の藻屑となれぇぇぇぇッ!』
 巨大隕石が地球に落下したら、どれだけの犠牲者が出るか分かったものではない。とんでもない
ジュダのあがきだ。
 しかしゼロはそれをみすみす許したりはしなかった。ゼロスラッガーを胸部に接続しながら
タロウに呼びかける。
『タロウ、隕石は俺が破壊する! お前はタイラントとジュダを倒すんだ!』
「はいッ!」
 ゼロは上空から落下してくる隕石に向かって、ゼロツインシュートを発射!
『でぇあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――ッ!』
 気合い一閃、超絶破壊光線が鉄球ごと隕石を粉砕し、地上に影響が出ることはなかった。
 そしてタロウは右腕の先から脇腹に掛けての広い範囲から、M78星雲史上最強の必殺光線を、
満を持して放った!
「コスモミラクル光線!!」
 光線はEXタイラントに叩き込まれ――一瞬にして爆発四散せしめた!

『ぐわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!』
 暗黒宇宙で、タイラントの撃破と同時に己の闇のエネルギーも強い光のエネルギーでかき消された
ジュダが、断末魔を発しながら消滅したのだった。

 EXタイラントとジュダに勝利したタロウが合体を解き、ウルトラ兄弟がタロウの前に現れる。
「兄さんたち、ありがとう!」
 ウルトラ兄弟はおもむろにうなずき、タロウの健闘を称えた。
 次いでタロウは、ゼロに向き直って彼にも礼を告げる。
「ゼロさんも、今まで本当にありがとうございました。私たちの勝利は、あなたがいたからこそです」
『なぁに、どうってことないさ。ウルトラ戦士は助け合いだからな』
 気さくに返したゼロが踵を返す。
『ここはもう大丈夫だ。俺は旅の続きに戻るぜ』
「もう行かれるのですか? せめて、ウルトラの星で改めてお礼を……」

523ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 02:05:49 ID:zuXS1mac
『それには及ばねぇっての。俺は風来坊さ。一つの戦いが終われば、またどこかで俺の助けを
求めてる人がいるところにひとっ飛びするのが俺の生きる道なんだ』
 ゼロは去り際に、タロウに首を向けてサムズアップした。
『じゃあなタロウ。平和になったお前たちの世界、ずっと見守ってるぜ』
 本の外からな、とゼロは心の中でつけ加えた。
「はい! 私もゼロさんのご健闘を、ずっとお祈りしてます!」
『へへッ……そんじゃあ、達者でな!』
 タロウたちウルトラ六兄弟に見送られながら、ゼロは地球を――この本の世界を後にしたのであった。

 ――『ウルトラマン物語』も完結させた才人が、今回もまた無事に現実世界に帰ってきた。
「これで半分だ……。そろそろルイズに変化が起きてもいいんじゃないか?」
 そんな才人の独白に応じるかのように、ルイズの方からかすかに声が聞こえた。
「ん……」
「ルイズ!?」
 顔を向けると、それまでずっと眠り続けていたルイズがゆっくりと上体を起こしたのだった。
これに才人たち一同は驚き、安堵した。
「ルイズ、よかった……。やっと目を覚ましたんだな!」
「ミス・ヴァリエール……おはようございます。ご無事にお目覚めになられて、わたし安心しました……」
「ほんとよかったのねー! 一時はどうなることかと思ったのね」
「パムパム!」
 才人たちは感激してルイズに呼びかけたが、ルイズはぼんやりと彼らの顔を見つめ返していた。
「ルイズ? 起き抜けで頭がはっきりしてないのか?」
 訝しんだ才人が近寄ろうとするのを、タバサが制した。
「待って。様子が変」
 タバサのひと言の直後に、ルイズは才人たちに対して、このように尋ねかけた。
「あなたたちは……誰ですか?」
「え……?」
 それに才人たちは思わず固まってしまった。シエスタが戸惑いながら聞き返す。
「ど、どうしたんですかミス・ヴァリエール? 長く眠り過ぎて、ぼけちゃいましたか?」
「ミス・ヴァリエール……? それが、わたしの名前ですか……?」
「もう、何言ってるのね? こんな時に冗談はよすのね!」
 シルフィードが大きな声を出すと、ルイズはビクッ! と身体を震わせて縮こまった。
「ご、ごめんなさい! わたし、何か悪いことしましたか……?」
「え、え……?」
 普段のルイズからは想像もつかないほど怯え切った様子に、シルフィードも唖然とする。
タバサはルイズを脅かしたシルフィードをポカリと杖で叩いて、言った。
「ルイズは記憶を失ってる。……まだ戻ってない、と言った方がいいかもしれない」
「そ、そんな……」
 呆然と立ち尽くす才人。一方でルイズは、周りのもの全てに怯えているかのように震えた。
「わたし、分からないんです……。自分の名前も……どんな人だったのかも……」
 どうやら、『古き本』の攻略はまだ続けなければいけないようだ。

524ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/07(火) 02:06:50 ID:zuXS1mac
以上です。
いよいよ折り返し地点。

525名無しさん:2017/02/07(火) 16:49:09 ID:NHl5bkrc
乙 
ウルトラマンの映画ならまだアレが残ってますな。ウルトラ兄弟と、あいつの

526名無しさん:2017/02/09(木) 21:19:31 ID:IcQmyecs
ラッシュハンターズとの共闘も見たいと思ったけど難しいかな

527暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/02/11(土) 22:36:46 ID:Z7JqIaTI
みなさんお久しぶりです。
かなり間が空いてしまい申し訳ないです
よろしければ22時45分から投下しようかと思います

528暗の使い魔 ◆PMgCVlzHGk:2017/02/11(土) 22:45:06 ID:Z7JqIaTI
赤くかがやく焔が、目前の無数の人々を包んでいくのを眺め、『彼ら』は割れんばかりの歓喜の声を上げた。
地を埋め尽くす群衆。その、一人ひとりが武装した軍団の中心で、煙にまかれて砦が燃える。
赤みを帯びた夕焼けの空へ、高く高く黒煙が昇っていった。
炎の中から響く無数の断末魔にも耳を貸さず、彼らは叫ぶ。
見ているか、と。
革命を掲げる『彼ら』にとって、その狼煙とも言える黒煙は、ある者どもへの何よりのメッセージである。
――岬の城に籠った脆弱なる王家よ、見えるか?貴様らを助けに行く者どもはもはやこの地にいない。助けられるものもいない――
ここから遠く離れた王党派の居城ニューカッスルからも十分に目視できるほどの大火であった。
砦を囲むから声が上がりオオオ――と鬨の声が上がる。王を廃した貴族派による、新たな政治を夢見る彼らには、最早迷いも躊躇いも無い。
目前のすべてを塗り替えて新たな時代を作るのだ、と息巻くのだ。
「諸君!」
と、突如の大声量が鳴り響く。全軍団が、一糸乱れずそちらへ向き直る。
彼らの視線の先には、燃え落ちる砦を背景に立つ、一人の男。
まるで僧のような恰好だが、手に握りしめた杖ときらびやかな装飾から、男の位の高さが伺える。
そして表情は岩のようだが、そのぎらついた眼はむしろ溶岩を連想させる。
静かにたたずむ群衆の目前で、彼は口を開いた。
「見よ、王軍に与する最後の支城は焼け落ちた。これより我らは、ニューカッスルに籠る本軍を叩く」
仰々しく手を広げ、彼は続ける。
「みたまえこの光景を!炎を!これは灯である。我らの行く末をきらびやかに照らす未来のともしびである!」
それを聞き、全軍から再び割れんばかりの歓声が巻き起こる。
彼らは口々に叫んだ。
「クロムウェル陛下万歳!」
「神聖アルビオン万歳!」
それを聞き彼、貴族派総司令オリヴァー・クロムウェルは、静かに笑みを浮かべた。そして再び声を張り上げた。
「全軍!ニューカッスルの部隊と合流せよ!愚かな王家を討ち滅ぼし、あらたな夜明けを迎えるのだ!」
号令とともに、全軍が動きだした。黒い軍団が、うねるよに大地を飲み込んでいく。
それを見て、クロムウェルはますます笑みを強めた。
その時。
「陛下」
突如、黒いローブの人影が彼の背後から歩み寄り、彼に声をかけた。
細身の体の人間、そしてそれに合致するような年若い女の声である。
クロムウェルは振り返ると、変わらぬ笑みで彼女を迎えた。
「おお、ミス!ご苦労だったな!して、状況はいかがかな?」
影がクロムウェルに近づき、耳元で囁く。
「ふむ、そうか順調か。多少の狂いはあったが、無事進行しているようだな」
報告を聞き、彼は満足そうに頷く。
「いよいよ明後日、我らの目的は果たされる。彼ならば必ずやり遂げるだろう。だが――」
突如クロムウェルが言葉を閉ざす。先ほどと変わり少々笑みを曇らせ、彼は押し黙る。
意図を察した彼女が静かに呟いた。
「ご心配なく、陛下。あ奴に関しては、此度の計画に手出しは無用と釘はさしております」
それを聞き、クロムウェルはむぅと唸る。
「万に一つ動くようなことがあれば、あの程度の異邦の者など――」
「成程、わかった」
一通り聞いたクロムウェルが彼女のこれ以上の言を制す。落ち着いた仕草だが、そこには何かを避けたいような様子が見え隠れする。
「ミス・シェフィールド」
「はい」
名を呼ばれた彼女が、彼に向き直る。
クロムウェルは彼女に背をむけながら、静かに呟いた。
「くれぐれも、頼んだぞ」
シェフィールドはそれを聞き、静かに応答する。
しかし、彼女は聞き逃さなかった。
そのクロムウェルの声の、微かな震えを。


暗の使い魔 第二十一話 『ニューカッスルの夜』


「な、なななっ……!」
黒田官兵衛は、わなわなと、実に分かりやすく動揺していた。
長曾我部と船で戦い、気を失い数時間。たった今目覚めた自分が、置かれているこの状況に。
「全部……」
震える声で、彼は叫んだ。
「全部終わっただとーーーーーっ!!?」
ぎゃんぎゃんと、屋内に響く叫び声に耳を塞ぎながら、ルイズはため息をついた。
「そうよ。あんたが寝てる間に皇太子殿下との話は終わったわ。あとはこの手紙を無事姫様に届ければ――」
「任務は完了だよ、使い魔君」
ルイズの言葉を引き取って、ワルドが答えた。
目覚めたベットに腰かけたまま、官兵衛は頭を抱えた。

529暗の使い魔 ◆PMgCVlzHGk:2017/02/11(土) 22:47:41 ID:Z7JqIaTI
官兵衛が目覚めたここは、アルビオン大陸の先端岬に位置する居城ニューカッスル、その一室である。
長曾我部の襲撃騒ぎから数時間、官兵衛が寝込んでる間に、ルイズたちは無事ニューカッスルの城についた。
現在貴族派の大群に囲まれているニューカッスルの城へは、陸路やまともな方法では入城できない。
そこで彼らは、アルビオン大陸の真下にもぐりこむ航路をとった。
その先には、王軍だけが知る秘密の港があったのだ。
ルイズの話に官兵衛が舌を巻く。
「大陸の真下を通るだと?目隠ししながら航行するようなもんじゃないか」
巨大な大陸の下は太陽の光も届かない。一歩間違えば闇の中、大陸の岩肌に衝突して一巻の終わりだ。
それを彼ら王軍は涼しい顔で航行してのけたという。
その時のウェールズの話では、それは空を知り尽くした軍人には造作もないことだだ、という。
無粋な貴族派に空を制すことはできない。
彼らが裏で空賊に扮した行動をとれたのは、この航空技術によるところが大きいという。
話を聞き終えた官兵衛は、思わず感嘆の息を漏らした。
案外、王軍もやるじゃないかと。
しかしその時ふと、官兵衛の脳裏に、ある疑問が浮かんだ。
「(確かにその技術はすごいが、それだけでここまで持ちこたえられるのか?)」
考えが浮かんだらすぐ口に出したくなる官兵衛。
おい、とルイズに呼びかけようとした、その時だった。
不意にガチャリと戸が開き、部屋に初老の男性が入ってきた。
「失礼いたします。お連れの方がお目覚めになられたと聞きまして。」
実に丁寧に一礼する男性。ルイズとワルドもそれに合わせる。
そして男性は官兵衛にも同じように一礼すると名乗った。
「わたくし王族付きの執事を務めさせていただいております、パリーと申します」
官兵衛も、その丁寧で洗礼された仕草に対して、礼をする。
「小生は、黒田官兵衛。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの……その、使い魔だ」
使い魔の部分をやや声をひそめて言う。
パリーは嫌な顔一つせず、にこやかに言った。
「クローダ様、ようこそアルビオンへ。皇太子殿下もお目覚めを心待ちにされておりました。」
「ああ……ん?」
返事をして、ふと言葉が止まる。やや呆けた表情で、官兵衛は思わず聞き返した。
「皇太子、ああいや!皇太子殿下がなんだって?心待ち?」
それに対してパリーは柔和な笑みを浮かべる。
「ええ、ぜひ一目お会いください。今夜は盛大なパーティでございます。」
再びパリーが礼をして、扉の外へ視線を向ける。そこにはすでに、宴参加の準備をしようと、多数の侍女が控えていた。


「うおっ!うおおこりゃすごい!」
「相棒〜。はしゃぎすぎだよ」
夕日が沈みかけた頃、官兵衛は、宴の会場を訪れた。
官兵衛はデルフを携帯し、背中に背負っている。
背中から掛かる、うるさい声などものともせずに、官兵衛は声を上げた。
「こいつぁまた随分と豪華な。学院の宴とはまた一味違うな!」
城内で最も広いであろうそのダンスホールでは、所狭しと人々が並び、きらびやかに着飾って談笑している。
ホール中央の巨大なテーブルには、ローストされた巨大な鳥がソースに塗られて光っており、周りにはデザートからオードブルまで様々な食事が山盛りになっていた。
てんやわんやで、今朝から何一つ食事をとってない官兵衛は、腹の虫が鳴りっぱなしであった。
「飯、飯、飯!とりえず鳥か。あとは……!」
「相棒ー。あんまがっつくなって!一応王様主催のパーティなんだからな?」
「へいへい、わかってる。目立たんようにコッソリ、仰山!たらふく食うぞ!」
官兵衛が息巻くのを見て、デルフリンガーはやれやれと言う。
「相棒、わるいけどそりゃもう無理そうだぜ」
「あん?なんでだ」
「周り……みてみ?」
その言葉にはっとして見回したときはもう遅かった。
周囲の人間が、食事の手を止め、ぱちくりと官兵衛を見据える。
「…………あぁ、ハ、ハジメマシテ」
収束する視線の中、はぎこちない笑顔でほほえむ。
この瞬間から、鉄球を引きずったまま剣と会話する男が、一斉に宴の話題になったのだった。

530暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/02/11(土) 22:49:51 ID:Z7JqIaTI
すいません、トリップ間違えてました汗


そのころ、パーティ会場から下へ下へと階段を下り、地下の秘密港へ続く階段の途中。
そこから分かれた岩壁の通路を進んだ、その先の牢獄、そこにその二人はいた。
「チクショウ!俺様をこんなところに閉じ込めやがって!開けやがれってんだ!」
「あーあ終わったねアタシら。よりにもよって王軍最期の戦場真っただ中に連れてこられたんだから」
鋼鉄の扉で閉ざされた狭い牢獄の中で二人、長曾我部とフーケは思い思いの言葉を吐いた。
2メイル四方程度の狭い牢獄内は窓もなく、小さなともしびが揺れてるのみ。
壁は分厚い石壁である。その壁に両足を鎖でつながれた二人は、暇な時間を無駄口を叩きながら過ごしていた。
「まったく!あんたがさっさと王様を押さえてりゃあこうはならなかったのにさ!」
「あぁん!?おめえがあんな髭にあっさり捕まるのが悪いんだろうが!」
壁を背にして座り込んだ二人は、仲良く並んで罵り合う。
「あたしゃあガッツリ時間は稼いだだろうさ!あんな狭い船で逃げ回るのがどれだけ大変かわかってんの!?」
「うーるせえぃ!俺だってあんにゃろうの妨害がなきゃあとっくに――!」

――ぐうぅううううぅ……――

むなしい腹の音が、二重奏を奏でた。
その間の抜けた音色と、底知れない空腹感に、二人は静かに閉口し、うなだれた。
「腹ぁ減った」
「あたしも」
はああ、と深いため息が同時に漏れる。
これ以上しゃべると余計に腹が減ることを察したのか、二人は押し黙ってじっとしていた。
するとどこからか、なにやら鼻腔をくすぐる香りが、漂ってくる。
場所としてはおそらく看守室だろう。夜勤の牢番が食事でもとってるのか。
「おい牢番さんよ!うまい飯くれよ!」
「そうさ!あたしらはお客人だよ!ちょっと挨拶が手荒だっただけじゃないのさ!飯くらいまともなのおくれよ!」
とうとう我慢できなくなったか、二人はぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。それを聞きつけ、牢番が飛んでくる。
「ええいさっきからうるさい奴らめ!殿下の身を危険にさらした賊にかける慈悲などあるか!食事ならそこに転がってるパンとスープでも食らっておけ!」
いうや否や、牢番は持ち場へ戻っていく。
「けっ!仕方ねえ」
長曾我部は短く言うと、床のトレイに置かれたパンをかじり始めた。
乾いてカチカチになったそれを、苦い顔でかじりながら長曾我部は言う。
「ほういや、ふーへよ」
「口にもの入れながら喋るんじゃないよ。行儀悪い」
ごっくんとパンを嚥下しながら長曾我部が改めて言う。
「んぐっ。そういや、フーケよ。俺たちゃこれからどうなんだ?まあ大方予想はつくがよ」
長曾我部の問いに、フーケがため息をつく。
「まー王様の裁量に任されてるとこだろうけど」
彼女が一息おいて言う。
「まあこのまま城とともに放置されて死ぬのか、処刑てとこかね。なんせ王族を襲ったんだから」
「だよな」
それを聞いて、長曾我部もまたため息をついた。
「まあただの密航者ならトリステインに送り返されるだけだったろうけど。それでも監獄に逆戻りするだけだしねぇ。あー成功してりゃあ……」
人質さえとれてればうまくいったのに、とフーケは愚痴を漏らした。
「まあしょうがねえ。終わっちまった事は」
長曾我部も仕方なさげに首を振る。
「それよりよフーケ……」
その時、ふと長曾我部が声をひそめてしゃべり始めた。
「なにさ」
フーケも牢番に気づかれないよう身を寄せる。
「お前、あの髭に捕まったよな。何があった?」
「なんだい、失敗したのはお互い様だろ?もうこのやり取りは止めようよ」
「ちげえ、気になるんだよ」
「何が?」
ぶつくさ言いながらフーケも聞き返す。
「あいつは王軍が扮した賊につかまってて、丸腰だったよな。でお前はあいつの杖がある武器庫にいたと」
「ああ」
未だに質問の意図がわからないまま、彼女は聞く。
「あの髭、丸腰じゃなかったってことか?」
その瞬間、フーケはハッとした。
自分は突如あらわれたあいつに――
「そう、そうだよ!あいつは確かに杖を持ってた!隠し持ってたのさ!」
そうだ、自分は出合頭に何か魔法をくらってそのまま意識を手放した。奴の手には、短い杖が光ってたのだ。
「やっぱりな」
聞くや否や、長曾我部は黙り込んだ。
「どういうこと?」
「こいつはやべえかもな……」
それからだった。長曾我部が一言も発しなくなり、静かに鎮座したままになったのは。
「あんた?おいモトチカ?」
幾度の呼びかけにも答えない。
何時間だっただろうか。
やがてある事が起こるその時まで、彼はフーケと言葉を交わすことはなかった。

531暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/02/11(土) 22:52:01 ID:Z7JqIaTI
「おお!あなたがトリステインからいらしたクロード殿ですな!」
「クローベ殿!空の旅は快適でしたかな!」
「さあさあこのワインを!旅の疲れなど吹き飛びましょうぞ!」

波が押し寄せるように、人がわんさか寄ってくる。

「あーいや!ありがとさん、ありがとさん!ちょっと待ってくれ!」

官兵衛はそれを、手に持ったチキンで制しながらやり過ごす。

「おお!黄金鳥の蒸し焼きですな!それよりこちらのパティでもいかがか!」
「ややや!脂っこいもの続きではもたれてしまいますぞ!こちらの果物でも!」
「さあさあさあ!しかし鉄球とは面白い!トリステインでは新しい試みが多いと聞きますが、まさに!はっはっは!」

「(いやいやありがたいんだが、さすがに簡便してくれっ!)」

好意が過ぎると逆効果な好例だろうか。官兵衛はやや疲れ始めていた。
パーティが始まって一時間くらいは過ぎただろうか。官兵衛は怒涛のもてなしを受けていた。
なぜ自分にこうも人が集まるんだろうか。そりゃあ鉄球つけてれば目立つが、それでもよほどな状況である。
官兵衛はそんな群れをやりすごし、パーティ会場の片隅に座り込む。
「……でもまあ、無下にはできんよなあ」
「そうさね相棒。なんせあいつらにとっちゃあ、今日は最期の晩餐だからね」
官兵衛はしみじみと言う。
「だな」
官兵衛は上座の人々を見る。
そこにはウェールズ皇太子と無数の付き人。戦時中にもかかわらず、さわやかな笑みを浮かべ、臣下と会話に花を咲かす。
そして、そのさらに上座に鎮座する人物。
見るからに老いた風体。しかしその白髪の上には、紛れもなく王たるを示す冠が輝く。
アルビオン王国の現国王、ジェームズ一世である。
臣下に支えられながらよろよろと歩く姿から、すでに体も衰えているのだろう。
官兵衛は静かに視線を落とす。先ほどのジェームズの演説が思い起こされた。

「皆の者よく聞け!貴族派は、明日の午後に総攻撃を開始する!
皆、よくぞこれまでこの無能な王に付いてきてくれた。明日の戦いは、もはや戦いではなく、一方的な虐殺になるであろう」
かすれた声で精いっぱいの声を張る。そしてひと際大きな声で言い放つ。
「よって朕は諸君らに暇を出す!明日この城から、非戦闘員をのせた難民船が飛び立つ!
それに乗り込み、この忌まわしき大陸を離れるがいい!」
言い終わるやいなや、王は激しくせき込んだ。
殿下、と付近の臣下が背をさする。
演説から、状況から、そして何より弱弱しいその王の姿が、この王国がじきに消え去ることを連想させた。
しかし、それに返ってくる言葉はなんとも活力に満ち溢れていた。
「陛下!我らはただ一つの命しか望みませぬ!全軍前へ!全軍前へ!今宵は酒のため、それ以外の命は聞こえませぬぞ!」
「耄碌するにはまだ早いですぞ!命じてくだされ!」
次々と、王に付き従う声が上がっていく。
勇ましい忠誠の声に、ジェームズは涙をぬぐった。

その光景を脳裏に浮かべ、官兵衛はグラスのワインをぐっとあおった。
旅の道中口々に聞く、戦争の情報から、勝敗はわかってはいた。
王党派は明日、最後の攻撃で一人残らず討ち死にする。
ゆえに今この宴があるのだ。
最期の最後に、貴族派に精いっぱいの勢いを見せつけてやろう。
我らの活力を見せつけよう、と。
だからこそ彼らは官兵衛に、異国の男に、その様を伝えようと関わってくるのだ。
それを無下にできようものか、と官兵衛はデルフに言うのだった。
「……腹が減ったな」
「おう、いつも以上に食うね!」
デルフが茶化すように言う。
ただ官兵衛は、とにかく食べたかった。
のしのし歩いて、テーブルからごっそり肉を盛る。
そしてかっこむ。
途中でまたもや話しかけられたが、官兵衛は楽し気に話を進める。
それが、こういう場での習わしだと感じた。
アルビオンの人々は、終わり際に必ず『アルビオン万歳!!』と叫んで帰っていく。
官兵衛はそんな彼らを無言で見送った。
「うむ!うまいな!こっちの飯はあんま食いなれてないが、何か、とりすていんとは味が違うな!デルフ」
「そだね。まあ俺は剣だからわからねえがね」
官兵衛は何でもない風に、料理を堪能していた。
デルフがどうでもよさげに言う。
その時ふと、官兵衛に声がかけられる。
「ああ、その料理はハーブが効いてるからね。アルビオン特有のものさ」
「ほう、はーぶ?山椒みたいな、もの、か……」
後ろから聞こえた親切な説明に振り返った官兵衛は、その瞬間面食らった。
「やあ、楽しんでくれてるかな?」
ウェールズ皇太子が、変わらぬ笑みでそこにいた。

532暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/02/11(土) 22:54:07 ID:Z7JqIaTI
「ウェールズ皇太子……殿下!」
とっさに敬称を付け加えながら、官兵衛は言った。
ウェールズが笑いながら言った。
「ははは、ウェールズでいいとも、クロダ殿」
「あ、ああ……」
とりあえず口に詰まった食事を咀嚼しながら向き合う官兵衛。
そんな彼にウェールズは気兼ねなく話しかける。
「先ほどは大変そうだったね、すまない」
「ああ、いや。気にしなさんな」
先ほどからもてなしで休む暇がなかった官兵衛を気遣ってのことだろう。
官兵衛は気にした風もなく返す。
「……こういう時だからね。みんなは異国の大使がそうとう珍しいと見える」
相も変わらず笑顔だが、どことなく寂しげにウェールズは言う。
「嬉しいのさ。最後に、我らの誇りを見に訪れてくれた客人が」
そうか、と官兵衛は静かに呟く。
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
パーティーのにぎやかな喧噪だけが、ほんの少し遠くに聞こえた。
やがてどちらからか口を開く。そこから楽しげな談笑が始まった。
官兵衛はといえば、アルビオン大陸を初めて見た時の感動、空を飛んだ感動、雲、空。
果ては長曾我部のことまでと、なんでも口にした。
出身については異世界などと言えないので、遥か離れた東方の地、ということで誤魔化す。
ウェールズもそれをたのしげに聞き、時には問いかける。
程よく酒も入り良い気分だ。
そして不思議とその時は、時間がたってもだれも二人に介入しようともしなかった。
「そうか!我がアルビオンはそんなに美しいかね!」
「おう!なかなか見れるもんじゃないねえ!」
互いにグラス一杯のワインを飲み干しながら、笑いあった。
そのとき、やや間をおいて官兵衛が問いかける。
「いいのか?皇太子殿下がずっとここにいて」
「なに、一通りの話は済ませたさ。君やヴァリエール嬢、ワルド子爵と話をしたいからね」
ふん?と官兵衛が言う。
「君らがいたから、僕はこうして最後の地に戻ることができた。君ら三人の活躍があったからね」
ウェールズが続ける。
「おそらく、皆同じ気持ちさ。君らは単なる大使殿ではない。恩人なのさ」
そういって微笑むウェールズに、官兵衛は若干申し訳ない気持ちになった。
船を襲った長曾我部と自分は面識がある。共謀を疑われると思っていたからだ。
それゆえに官兵衛は、パーティのさなかも警戒していたのだ。
最も、今のウェールズの言葉を本心だと過信はできないが。
「疑わないのか?」
官兵衛は問いかける。それに対してウェールズはきょとんとする、が、ややおいて。
「ふっ!ははは!それもそうか、いやすまない」
大きく笑いながら言った。
「突然失礼。いやなに、ヴァリエール嬢と話をしたんだ。短い間だったが、君の話は色々聞いてしまってね」
ルイズが、と官兵衛が言う。
「なに、僕はともかく周りの家臣は疑ったさ。みんな君とあの賊との話を聞いていたからね。君が賊を引き込んだんじゃないかと」
ウェールズが真顔になる。しかしウェールズは、だが、と続けた。
「彼女は言うんだ。カンベエにそんなこと大それたこと出来るわけがない、とね!」
ウェールズは表情を緩め、再び笑った。
官兵衛はあっけにとられて話を聞いていた。
「それに僕は思うよ。あの素直で優しい大使殿の使い魔殿さ。疑う余地はない、とね」
ウェールズはふう、と息をつくと言った。
「滅びゆく王国は、みな正直なのさ。誇り以外守るものも無い。僕らのことは信じてほしい」
頭を下げるウェールズを見て、官兵衛は言った。
「すまん」
顔を上げ、ウェールズも言う。
「いいさ」
二人は再び笑いあった。

533暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/02/11(土) 22:56:16 ID:Z7JqIaTI
ニューカッスル最後の宴、その喧噪はどこまでも響き渡った。
それは敵の貴族派の陣営にも。
突き出た岬のニューカッスルを見下ろすように、その艦船は上空を浮遊していた。
大きさは、王軍のイーグル号のゆうに二倍はあろう。
要塞と見まごうほどの巨体のその船は、貴族派艦隊旗艦レキシントン号。
彼らが初めて、反乱を成功させた町の名だ。
この戦争も、この船の反乱から始まったのだ。
そんな貴族派にとって、最も重要ともいえるこの船に乗るのは、艦隊提督、そして。
「耳を澄ませたまえ。あの熱に」
静かで、落ち着いた声色が、傍らの影に語り掛ける。
二つの人影が、甲板で気流に晒されながら、岬の城を見つめていた。
「幾度か出会った光景ではあるが、卿はあれに何か感じるかね?」
宴の喧噪について、声がもう一方の影に語り掛ける。しかし返答はない。
もう一方、細身の影はただじっと黙して佇むのみ。その手に、身の丈ほどの得物を握りながら。
「なんだ。卿も言葉を失くしていたのか。残念だ」
声の主は、ややつまらなそうに呟く。
が、やがて吹き荒れる甲板が飽きたか、風が肌障りか、踵を返して歩き出す。
「私は一足先に戻るよ。卿は、そうだな……精々懸命に動き給え」
声の主は、静かに船内へと消えていった。
残された細身の影は、静かに甲板の縁へと立つ。
ゆっくり目的の城を見下ろし、そして天を仰ぐ。
夜も更け、輝く星空でも見えるかと思ったが、どうにも雲行きは悪いようだ。
分厚い雲が空を、星を、月を覆おうとしていた。
「闇夜か。有難い」
年若い声が、するりと甲板から落ちていった。
眼下に広がる居城では、いまだに賑やかな喧噪が鳴り響いている。
ニューカッスルの、長い長い夜が始まろうとしていた。






以上で投下完了です。
ありがとうございました。

534ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:08:11 ID:J6G7hD4w
おはようございます。ウルトラ5番目の使い魔、55話完成です。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

535ウルトラ5番目の使い魔 55話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:09:12 ID:J6G7hD4w
 第55話
 ブリミルとサーシャ 愛のはじまり
 
 カオスヘッダー 登場!
 
 
 今や、惑星は歯止めの利かない滅亡へのベルトコンベアの上をひた走っていた。
 数え切れないほどの怪獣の群れ。それを強化・凶暴化させる光のウィルスにより、マギ族の文明は壊滅し、マギ族も先住民族も……いや、惑星すべての生命が絶滅の危機に瀕していた。
 光のウィルス、ブリミルたちがヴァリヤーグと呼ぶそれは、マギ族の科学力を持ってしても解析も対抗も不可能であった。正体、目的、知性があるのかすら謎。わかっていることは、こいつに取り付かれると怪獣は手がつけられないほど凶暴化し、たとえ倒してもいくらでも次がやってくるということだけである。
 才人も、過去の戦いで何度もこれに遭遇していたが、才人のいた世界でも記録のないこれらには何も出来なかった。
 ところがである。一同の中で、もっとも話についていけていないと思われていたティファニアが、まるでこれを知っているかのように名前をつぶやいたのだ。
「カオスヘッダー……」
「えっ? テファ、今なんて?」
 皆の視線がティファニアに集まる。今の言葉は何だ? なにか知っているのかという視線にさらされて、彼女ははっとして慌てふためいた。
「あっ、いや、その。わたしは、その、あの、今のはわたしじゃなくて」
 顔を真っ赤にして懸命にごまかそうとはしているものの、皆の怪訝な表情は変らない。さっき、ティファニアは確かに何かを確信してそれをつぶやいたのだ、うやむやにはさせられない。
 しかし、ティファニアが困り果てていると思わぬところから救いの手が延びた。ティファニアの前にサーシャが無遠慮に歩み寄ってきたかと思うと、ティファニアの顔をまじまじと見つめて言ったのだ。
「へー、ふーん。なるほど、あなたがこの時代のそうなのね」
「えっえっ? あの、なんですか?」
「いいえ、なんでもないわ。わかったわ、なぜ彼がこの時代に来れなかったのか。ブリミル、話を進めましょう」
「は? いやしかし」
 突然サーシャに促されてブリミルは戸惑ったが、サーシャはかまわずに告げた。
「いいのよ。今はこれは置いておいて、後で全部わかるから。それよりも、ここからが大切な話でしょ? ヴァリヤーグがやってきて、あなたたちはどうなったのかを」
 サーシャの強い様子に、ブリミルは気圧されるようにうなづいた。他の面々もサーシャに「あなたたちもそちらのほうが大事なんじゃない?」と言われ、やや納得していない様子ながらも引き下がった。
 けれど引っかかる。ティファニアは何を知っているのだ? そして、サーシャは何に気がついたのだ? だが、無理強いしてもサーシャに止められそうな雰囲気ではあった。

536ウルトラ5番目の使い魔 55話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:11:12 ID:J6G7hD4w
 カオスヘッダー……気になる名前だ。才人はなんとなくだが、あの光の悪魔にはヴァリヤーグよりも似合う名前だと思った。英語の成績はさっぱりだが、前に何かのマンガでカオスとは混沌のことだと見た覚えがある。混沌に付け込んで混沌を広げていく、あれにはまさにふさわしい名前ではないか。
 
 小さな謎を残しつつ、ブリミルは話を再開した。
 マギ族による戦争の混沌を突いて現れたヴァリヤーグによって、マギ族は甚大な被害を被った。各地に築かれた都市は怪獣たちによってことごとく破壊され、地方に散っていたマギ族の多くが死亡し、惑星到着時には千人を数えた頭数もすでに五百人を割ってしまっていた。
 もはや、マギ族にとって安全な場所は最初にサハラに築いた首都のみとなっていた。生き残ったマギ族はここに集結し、ようやく戦争どころではないことを認め合って話し合った。
「今のところは都市の周囲に張り巡らせたバリアーと防衛砲台で怪獣どもの侵入は防げているが、これもいつまで持つかわからん。諸君らには、これから我々がどうするべきか忌憚無く意見を述べていただきたい」
 会議は紛糾したが、もっぱらの課題はヴァリヤーグと名づけた謎の敵に対する方針をどうするかとなった。
 すなわち、ヴァリヤーグに対して、このまま交戦を続けるか、和解の方法を探るか、ひたすら首都にこもって身を守り続けるか、惑星ごと放棄して逃げ出すか。この四つである。
 まず第一の方針は、すでにマギ族の持つ軍事力が疲弊しきっていることから不可能とされた。工場施設と資源はあっても、若い男性のほとんどは地方で自ら軍を率いていたために怪獣たちの餌食となり、残っていたのは大半が女子供や老人ばかりだったのである。
 また、ヴァリヤーグとの和解であるが、これも相手が知性を有するのかすら不明であるため、研究に時間がかかりすぎると却下された。
 首都での篭城は問題外。増え続ける怪獣たちが押し寄せてくれば、あっというまに押し潰されてしまうだろう。
 残った道は、せっかく手に入れた安住の地を捨てて逃げ出すことだけであった。
 もちろん、惑星を放棄することは多くの者が難色を示した。しかし、ほかに有効な手立てもない以上は生存のためには仕方なく、それに何年かすれば怪獣やヴァリヤーグも去っているかもしれないという期待が彼らを決断させた。
「まことに残念ではあるが、我らが生き延びるには他に手が無い。生き残ったマギ族はすべて宇宙船に乗り込むべし」
 それは、ノアの箱舟ともいうべき逃避行であった。ノアと違うところは、神に選ばれたのではなく神に見捨てられたのだというところであるが、マギ族は最初に乗ってきた宇宙船に可能な限りの物資を積み込んで脱出準備に入った。
 まるで夜逃げだ。ウェールズは、レコン・キスタに押されて王党派が何度も撤退を余儀なくされていた頃のことを思い出して重ねていた。あのレコン・キスタの反乱も、事前に防ごうと思えば防げた、早期に鎮圧しようと思えばできたのに、伝統と格式というぬるま湯につかりきっていた王党派はすべてが後手後手の中途半端に終わり、ぼやで済む火事を大火にしてアルビオンを全焼させかけてしまった。皮肉な話だが、自分がヤプールに洗脳されていなければアルビオン王家は滅亡し、今のアルビオンはまったく違った姿に変わり果てていたかもしれない。
 都市から灯が消え、マギ族は脱出準備を整えた。どこへ逃げるかだが、宇宙は今でも宇宙怪獣たちがやってきているために危険すぎるため、聖地のゲートを通って逃れることに決まった。
 宇宙船が離陸し、亜空間ゲートに近づいていく。その光景を、才人すら複雑な表情で見つめていたが、ややすると耐えられずに尋ねた。

537ウルトラ5番目の使い魔 55話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:12:54 ID:J6G7hD4w
「つまりブリミルさんたちはいったんハルケギニアから離れて、ほとぼりが冷めてから戻ってきたってわけですか?」
 しかしブリミルはゆっくりと首を横に振った。
「いや、僕はあの船には乗っていなかったよ」
「えっ? でもそれじゃあ」
 才人が聞き返そうとした、その瞬間だった。今まさにゲートを潜ろうとしていた宇宙船の頭上から三本の稲妻のような光線が降り注いできたかと思うと、宇宙船は大爆発を起こして墜落してしまったのである。
「なっ、なんだとっ!」
 絶叫する才人の網膜に、空から舞い降りてくる巨大な金色の怪獣の姿が映る。その怪獣は墜落した宇宙船に向かって、再び三つの頭から光線を発射すると、炎上する宇宙船を完全に爆破してしまったのだ。
 唖然とする一同。宇宙船は原型をとどめないほど破壊され燃え盛っている。脱出できた人間は、ただのひとりもいなかった。
 勝ち誇るかのように甲高い鳴き声をあげる怪獣。都市を守っていたバリアーは、最後の最後で役割を果たせずに砕け散ってしまっていたのだった。
 怪獣は次に、主を失った都市への破壊を開始した。バリアーが消えたことで、外にいた怪獣たちも都市への侵攻を開始する。ブリミルは、破壊されていく超近代都市の凄惨な光景を悲しげに見ながら言った。
「僕は地方にいて、自分の船を壊されて帰れずにいたおかげで命拾いをした。この光景は、その後に都市の跡地で見つけた記録にあったものだ。首都と母船が破壊されて、マギ族もそのほとんどが死亡した……だが、問題はこれからだったんだ」
 ブリミルが映像の視点を動かすと、都市の郊外で放置されたままになっていた亜空間ゲートが映し出された。しかしなんということか、ゲートはしだいに歪みだし、まるで心臓のように不気味な脈動をしながら黒い球体と化していったのだ。
「開いたままで制御を失ったゲートは暴走を始めた。よその宇宙から流れ込んでいた膨大なエネルギーはゲートの周りに滞留し、どこの宇宙につながっているのかもわからないままで、手のつけようがない時空の特異点となってしまったんだ」
 それはまさに地上に出現した黒い太陽であった。直径百メートルほどの黒い球体は宙に浮かんだままで何も起こさないが、周辺には巨大な力場を形成しているらしく、近づこうとする怪獣でさえこれに捕まると粉々に分解されてしまった。
 とてつもないエネルギー量。マギ族の都市を輝かせていたエネルギーは、まるで出口を閉じられたダムのようにゲートそのものを飲み込んで停止している。ブリミルが手がつけられないと言ったのも当然だ、ひとつの宇宙に匹敵するエネルギー体にうかつに手を出せば、下手をすれば星ごと消滅させられてしまうかもしれない。
 けれど、これでひとつの謎が解けた。なぜヤプールが聖地を奪ったのか? それはまさに、このゲートを手中にしたかったからに違いない。
 才人はルイズに言った。
「そりゃ、こんな冗談みたいなパワーがあるなら、ヤプールでなくたって手に入れたがるだろうぜ」
「ロマリアがマークしてたのもわかるわね。教皇たち、あわよくばこれも手に入れようって思ってたんでしょうね。けど、ヤプールにまだ動きがないところを見ると、使いこなすまでには行っていないんじゃないかしら」
 始祖ブリミルでさえどうしようもない代物だ。いくらヤプールの異次元科学が進んでいるとはいっても、ひとつの宇宙に相当するようなエネルギーを万一にも扱い損ねればヤプールも自滅に直結することはわかっているだろう。ヤプールは人の心につけこんで操るのには長けているが、意思を持たないものを操ることは甘言では不可能だ。

538ウルトラ5番目の使い魔 55話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:14:00 ID:J6G7hD4w
 そしてもうひとつ、エレオノールやルクシャナもひとつの答えを得ていた。
「聖地の向こうから、不可思議なものがやってくる理由もわかったわね。異世界への扉が開きっぱなしになってるなら、どこかの世界と偶然つながることもあるってことかも。ルクシャナ、もう落ち着いたでしょ? あんたなら、わかるわよね」
「ええ、それで偶然つながった先から吐き出されてきたものが、中にはわたしたちの手に入ることもある。ヤプールが目をつけたのはそのへんもあるのかも……」
 いずれにせよ推測だが、ヤプールの手中にとんでもない爆弾があることだけは確かなようだ。ヤプールはいまのところおとなしいが、地震が地底深くでゆっくりと圧力を高めていくように、その侵攻が再開されるときはかつてないものになるに違いない。
 始祖の祈祷書などでも聖地について言及してある理由も、こんな危険なものをそのまま放置しておけば何かのはずみで星ごと滅亡することもあるかもしれないからだ。制御が不能ならば、せめて管理して余計な刺激を与えないようにするしかない。
 ともかく、聖地とは名ばかりの地獄の門であることに変わりは無い。ブリミルは深くため息をつくと、聖地を見つめて言葉を続けた。
「あれを封じることが、僕に課せられた最後の仕事だと思っている。でも、どうやらこの時代でも危険なままのようだね。本当に侘びようがないことだが、僕がこれを知ったときには、もうどうしようもないくらいにひどくなっていたんだ。もっとも、この頃の僕は別の意味でそれどころじゃないことになっていたんだけどね」
 ブリミルは映像を変えた。聖地から再び、地方の戦場へと。しかしそれはもう戦場とは呼べず、一方的な虐殺の場でしかなくなっていた。
 母船の破壊で、マギ族はその人口の大半を失った。そして、地方でわずかに生き残っていたマギ族もまた、次々と命を奪われていたのだ。
 ある者は怪獣の餌食となり、またある者は虐げていた人々の復讐によって殺された。
 ブリミルも例外ではなく、船も領地も領民もすべてを失い、身一つで廃墟の中を逃げ惑っていた。
「どうして、どうしてこんなことになってしまったんだ……?」
 天を仰いで嘆くブリミルに答える者はいなかった。因果応報ではあるが、いざとなってそれを自覚できるものは少ない。
 彼に味方は誰もいない。彼の領民だった者は暴君だったブリミルを皆恨んでおり、マギ族は能力的にはほとんど人間と変わらないため、彼にできることはメイジや亜人からも逃げ回ることだけだった。
 飢えて震えて、行くところも帰るところもない逃避行にブリミルは涙した。しかし、それすらも長くは続かなかった。
「怪獣だぁ! 逃げろぉ」
 彼の元領地の生存者たちの集まっている集落を怪獣が襲撃したのである。
 深夜に、地底からいきなり現れた怪獣の前に、寝入りを襲われたメイジも亜人たちもろくな対応はできなかった。しかもこの怪獣は肉食性らしく、住民たちを次々に捕食し、夜の闇の中でも光る角と敏捷な動きで逃げ惑う人々を捕らえ、集落を全滅に追い込んでしまったのだ。

539ウルトラ5番目の使い魔 55話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:15:43 ID:J6G7hD4w
 ブリミルは集落の外れで食料を盗みに来てこれに遭遇し、集落が全滅するのを後ろに必死に逃げ出した。だが、村一つの人間を食い尽くしてもなお食い足らない怪獣は、大きな耳で足音を捉えて追いかけてきたのだ。
「う、うわぁぁぁっ!」
 その怪獣は、才人から見てパゴスやガボラなどの地底怪獣と似た体つきをしていたが、動きは比べ物にならないほど素早かった。
 ブリミルは夜の道を馬を走らせ、馬が倒れたら馬が食われている間に走り、ひたすら逃げ回った。だがもはやこれ以上は逃げられないとあきらめかけたときである、彼の目の前にマギ族の誰かが乗り捨てて行ったと思われる円盤が姿を現した。
「これは……まだこんな船が残っていたのか」
 着陸している円盤は、マギ族が自家用機として惑星内を移動するときに使用していたもので、直径五十メートルほどの大きさがあった。形は特徴らしいものはなく、強いてあげればイカルス星人の円盤に似ている。見たところ、これといった損傷はなさそうだった。
 動くか? ブリミルは迷ったが、考えている暇は無かった。怪獣はすぐ後ろまで来ている。ブリミルは円盤に乗り込むと、すぐさまコントロールルームに飛び込んだ。
「頼む、動け、動いてくれ」
 一縷の望みを託してブリミルは操縦パネルを起動させた。
 エネルギーが回り、パネルが光りだす。ようし、こいつはまだ生きている、ブリミルはすぐさまエンジンを起動させて離陸しようと試みた、が。
「なんでだ! なんで動かない? 反重力バイパスが烈断? ちくしょう!」
 円盤はすでに飛行能力を失っていた。望みに裏切られて、ブリミルは拳をパネルに叩き付けたが、すぐに円盤を激しい揺れが襲って彼は座席から投げ出された。怪獣が円盤に取り付いて壊し始めたのである。
 怪獣のパワーの前では、多少頑丈なだけの円盤など、立てこもる場所にはならなかった。ブリミルは、この円盤もすぐに壊されてしまうと、外に逃げ出そうとコントロールルームから通路に飛び出した。だがそこへ、怪獣が円盤を横倒しにした衝撃でブリミルはそばの部屋に転がり込んでしまった。
「うう……こ、ここは。生体改造施設、か」
 そこは、この円盤の持ち主が自分の領民をメイジや亜人に改造していたと思われるバイオ設備の部屋であった。人間を作り変えるためのカプセルや、コントロールパネルが半壊の状態で散乱している。
 体を強く打ったらしく、ブリミルはコントロールパネルに這い上がって、やっと立つのが精一杯だった。だが、怪獣はにおいを嗅ぎつけてついにこの部屋まで破壊の手を伸ばしてきた、壁が破られ、その向こうに鋭い牙を生やした怪獣の顔が迫っている。

540ウルトラ5番目の使い魔 55話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:18:34 ID:J6G7hD4w
 もう逃げ場は無い。ブリミルは、自分がこれから食われるのだと、明確に理解した。
「い、いやだ……誰か、誰か助けて」
 目の前に迫ってくる逃げられない死。部屋が破壊されて、怪獣の口が目の前に迫ってくる。
 だが、そのときブリミルの寄りかかっていたコントロールパネルのスイッチが、彼が手を滑らせたことで偶然にも入った。すると、彼が円盤のメイン動力を起動させていた影響でエネルギーを受けていた生体改造設備は、半壊状態でその機能を発動させたのだ。
「なんだ? う、うわぁぁぁぁっ!?」
 改造カプセルが破壊されていたので、エネルギーはすべてブリミルの体に直接流し込まれた。彼の体がプラズマのように輝き、エネルギーとともに、コンピューターに記録されていた膨大な数の超能力のデータも注ぎ込まれていく。
 しかし、改造は本来はカプセルの培養液の中で安定させた上で数時間かけておこなうものだ。こんな無茶な方法で強制的に人間の体にエネルギーと情報を流し込んで無事ですむわけが無く、ブリミルは言語を絶する苦痛の中でのたうった。
「ぎぃあぁぁーーーっ!」
 その凄惨な光景に、アンリエッタやティファニアは思わず目をそむけかけた。まるで電気椅子にかけられた死刑囚のように、ブリミルはそのまま死んでしまうのではないかと思われた。
 いや、ブリミルは死なない。この運命は、すでに経過済みであるからだ。円盤に残っていたエネルギーのすべてを流し込まれて、ブリミルはそのまま床に倒れこんだ。
「う、あ……」
 あと一秒でも苦痛が続いていたらショック死していたかもしれない衝撃に、ブリミルは動くこともできずに床に倒れ付していた。
 しかし、怪獣は突然の出来事に驚いていったんは離れたものの、光が止んだことで安心して再びブリミルを餌食にしようと迫ってくる。ブリミルは逃げられない。だがそのとき、ブリミルの手元に一本の杖が転がり込んできた。
「これ、は……はっ!」
 杖を持った瞬間、ブリミルの頭の中で無数の文字が踊り狂って呪文の形を成していった。現代のメイジは時間をかけて自分の杖と契約を成立させるが、この時代のメイジは杖を持った瞬間にすべての魔法が使えるようにインプットされた状態で作り出される。しかも、秩序無くありとあらゆるデータを流し込まれた影響からか、ブリミルの頭の中に浮かぶ呪文は、これまで使われたことの無い新魔法として彼の口から流れ出た。
「我が名は、ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール。わ、我の運命に、し、従いし」
 途切れ途切れながらもはっきりした呪文がブリミルの口から流れる。そしてその呪文のルーンを聞いたとき、ルイズは……いや、その場にいたメイジ全員がはっとした。それは現代では特別な魔法でもなんでもなく、メイジなら誰もが知っていて当然の、サモン・サーヴァントの呪文だったからだ。

541ウルトラ5番目の使い魔 55話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:19:57 ID:J6G7hD4w
 ブリミルの杖が輝き、彼の傍らに光り輝く召喚のゲートが現れる。怪獣はその光に驚いて離れ、続いてゲートからはじき出されるようにして、ひとりの人影が飛び出してきた。
「うわ、あいったたぁ……え、ここどこよ? わたし、さっきまで森で怪獣に追われてて」
 事態を飲み込めない様子であたりを見回す少女、それが誰かは確かめる必要もなかった。短い金髪、活発そうな眼差し、それはまさにここにいるサーシャに間違いはなかったのだ。
 今のサーシャが不敵に笑い、昔のサーシャはうめき声を聞きつけて足元のブリミルを見つけた。しかし、身なりで彼がマギ族だとわかると、彼女は露骨に嫌悪感を示した。
「あんたマギ族ね。わたしをここに呼んだのはあんたなの?」
 足元のブリミルは答えなかった。いや、答えられなかった。彼自身、はじめて使う魔法の効果を理解できても、使い魔という存在がなんなのかわからなかったのだ。いわば、説明書だけを丸暗記させられたようなものだ。
 ブリミルは、見上げた先にいる女性が自分に敵意を持っていることを知った。しかし仕方ない、今やこの星でマギ族に恨みを抱いていない人間などひとりもいないと言っても過言ではない。
 それでも、ブリミルは一縷の望みにすがった。
「た、助けて……」
 そう言うだけで精一杯だった。くどくどした言い訳や命乞いを思いつく暇も無い、ただ本心の願いだった。
 サーシャはブリミルの頼みに、「なんでマギ族なんかを」と、見捨てて離れようと踵を返したが、ブリミルを餌食にしようと迫ってくる怪獣の口を見て一瞬躊躇した。
「なんでわたしが……もう、しょうがないわね!」
 苛立ちながらもサーシャは倒れているブリミルを抱えて飛び出した。次の瞬間には、ふたりのいた場所は怪獣に噛み砕かれて跡形もなくなる、サーシャは怪獣の頭の横を走って駆け抜けると、そのまま円盤の外に飛び降りた。
 円盤は完全に怪獣に押し潰されて大破し、サーシャはブリミルを背中に背負ったままで円盤に背を向けて全力で走る。
「ここどこなのよ! いったいどっちに逃げればいいの!」
「あ、ありが、とう」
「か、勘違いしないでよ。目の前で食われたらさすがに寝覚めが悪いだけよ、てかやっぱり追ってくるじゃない」
 怪獣はしつこくサーシャの後を追ってきた。サーシャは健脚であるものの、人一人を背負ったままではやはり力が出ない。

542ウルトラ5番目の使い魔 55話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:21:24 ID:J6G7hD4w
 このままではすぐ追いつかれる。映像を見ていた誰もがそう思って息を呑んだときだった。サーシャが……いや、映像の中のサーシャではなくて今ここにいるサーシャがはっとしたようにブリミルに詰め寄った。
「ちょ、ブリミルここカット」
「へ?」
「カットよカット! いいから五分くらい時間を飛ばしなさい! 早く!」
 なんだかわからないけど突然ものすごい剣幕で迫りだしたサーシャに、才人やルイズたちも「なんだなんだ?」と、怪訝な顔をする。
 なんか見られたらまずいものでもあるのか? と、思ったときにはサーシャはブリミルの後ろから羽交い絞めにしてでもイリュージョンの魔法を止めようとしていた。
「飛ばしなさい、い・ま・す・ぐ・に!」
「はっはっはー、なるほどそうはいかないよー。こうなったらもう全部見てもらおうじゃーないか。遠慮しなくてもいいよー」
「誰が! いいからこの、こんなときだけ強情なんだから」
 なんかブリミルもすごく悪い顔をしている。いったい何が始まるというんだ? 一同は考えてみた。えーっと、サモン・サーヴァントの後にするものといえば……なるほど。
 キュルケやアンリエッタが顔を輝かせた。カリーヌはつんとした様子になり、エレオノールは「けっ」と不愉快そうに視線をそらす。
 もちろんウェールズも気づいて、なにやら思い出深そうにうなづいている。ルイズが赤面しているのを才人が脇でつついて殴られた。アニエスははてなという様子だったがミシェルに耳打ちされて納得した。ティファニアがきょとんとしている横で、ルクシャナはこれからがとても楽しみだというふうにニコニコしている。タバサだけは表面上は無表情でいた。
 そして、その瞬間は無情にやってきた。昔のサーシャが走りながら背負ったブリミルの様子を見ようと振り返ったときである。
「ちょっとあなた、どこか逃げ込めるところはないの? さっきからなに背中でブツブツ言って、んんっ!?」
 おおっ! と、ギャラリー一同が興奮し、今のサーシャと昔のサーシャが同時に赤面した。
 そう、サモンサーヴァントの後にすることはコントラクト・サーヴァント。その方法は、人間と動物や幻獣などであればなんてことはないが、人間同士でやるにはすごく恥ずかしい行為、口付けである。
 ブリミルとサーシャの唇がしっかりと触れ合っていた。いや触れ合っているというよりしっかりと押し付けあっている。その熱い光景に、ギャラリー一同は状況も忘れ、キュルケとアンリエッタを筆頭に鼻息を荒くし、ティファニアさえ顔を覆った手のひらのすきまから見入っている。
 が、たまらないのは今のサーシャだ。ものすごく恥ずかしいシーンを大勢に暴露されてしまった。顔から湯気が出そうなくらい赤面し、恥ずかしさをごまかすかのようにブリミルの首を締め上げている。

543ウルトラ5番目の使い魔 55話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:31:41 ID:J6G7hD4w
 当然、当事者である昔のサーシャの反応もぶっ飛んでいた。
「なっ、なっなっ、なっ、なにすんのよこの腐れ蛮人がぁぁぁーーっ!」
 サーシャは思いっきりブリミルを投げ飛ばし、ブリミルの体は近くの立ち木の幹に思いっきり叩きつけられた。カエルのようなうめき声を残し、地面にずり落ちるブリミル。続いて立ち木がメキメキといってへし折れた。
 「ブリミルさん、死んだんじゃないのか?」。才人はありえないとわかっていながらも本気でそう思った。そりゃ、いきなり唇を奪われたら女性は誰だって怒る。ブリミルには悪気は無く、頭の中に浮かんできたコントラクト・サーヴァントの内容を無意識に再現したのだろうが、何も知らないサーシャにそんなことは関係ない。
 けれど、コントラクト・サーヴァントの効果はすぐに表れた。サーシャの左手が輝き、ガンダールヴのルーンが刻まれ始めたのだ。
「なにっ? きゃあっ、あ、熱い! いたぁぁぁいっ!」
 ルーンが刻まれる際には激痛を伴う。サーシャは左手を押さえて悲鳴をあげた。
 しかしルーンが刻まれるのに時間はかからず、すぐに痛みは治まった。それでも、訳がわからないサーシャはブリミルに何かされたのだと思って、腰に差していた短刀を引き抜いてブリミルに詰め寄ろうとした。
「あんた、いったいわたしに何を? えっ? ええっ!?」
 体を動かそうとしたサーシャは、自分の体が思ったよりも何倍も軽く動いたので驚いた。まるで重力がなくなったような抵抗のなさ、見ると剣を握っている左手のルーンが輝いている。面食らっているサーシャに、ブリミルはふらつきながら告げた。
「それが、君に与えられた力だ。なにかしら武器を持ってるあいだだけ、君の身体能力は何倍にも跳ね上がる」
「ええっ! って、人の許可も無しになにしてくれるのよ」
「すまない。それより、後ろだ」
「えっ? うわっ!」
 サーシャがとっさに飛びのいたところを怪獣の口が通り過ぎていった。アホなことをやっているあいだに追いつかれてしまったのだ。
 またも餌を食べ損ねた怪獣は機嫌を損ねた様子で吠え掛かってくる。サーシャが、もうこれまでかと覚悟しかけたそのとき、ブリミルが杖を握りながら彼女に言った。
「頼む、一分。いや、五十秒でいいから怪獣を引き付けておいてくれ、そうしたら後は僕が」
「はぁ? なによそれ。うわああっ!」
 サーシャの問いかけにもブリミルは答えず、彼は杖をかざして呪文を唱え始めた。もちろん、怪獣も遠慮なく襲い掛かってくる。
「ああもうっ! こうなったらもうやけくそだわ」
 完全に吹っ切れたサーシャは、襲い掛かってくる怪獣に短剣を振りかざして立ち向かっていった。

544ウルトラ5番目の使い魔 55話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:32:38 ID:J6G7hD4w
 怪獣の突進をガンダールヴのスピードでかわし、大きくジャンプすると怪獣の顔に飛び乗った。自分でも信じられないくらい体が軽い。ならばパワーはどうか? サーシャは短剣を両手で持つと、渾身の力で怪獣の眉間に突き立てた。
「ええーいっ!」
 刺さった! スピードといっしょにパワーもかなり上がっている。しかし短剣では長さが足りず、怪獣の分厚い皮膚の向こう側にまで通っていない。
 せめて槍、もしくは長剣でもあれば。悔しさをにじませるサーシャだったが、そこにブリミルの魔法の詠唱が聞こえてきた。
「スーヌ・ウリュ・ル……」
 不思議なことに、それを聞いたとたんにサーシャの心から恐怖や焦りが消えていき、代わって勇気と自信と、あの呪文をなんとしても完成させなくてはという使命感が湧いてきた。
「あと三十秒、それだけ時間を稼げばいいのよね!」
 サーシャは飛び降りると、怪獣の注意をブリミルからそらすために怪獣の視線をわざと横切っていった。
 当然、怪獣はサーシャへと襲い掛かる。それはほんの数十秒にしか過ぎないとはいえ、危険極まる行為であったが、才人には彼女の気持ちが理解できた。ガンダールヴとは、主の呪文の詠唱が完成するまで主を守るのが務めの使い魔なのだ。
 素早い動きで逃げ回り、サーシャは要求の五十秒を満たした。そしてブリミルは呪文を完成させ、ルイズにとってもっともなじんだあの虚無魔法を発動させた。
「ベオークン・イル……エクスプロージョン!」
 それは、この世に虚無魔法が誕生した瞬間であった。光とともに爆発が起こり、怪獣を巻き込んで吹き飛ばす。
 サーシャが次に目を開けたときには、怪獣はかなたに飛ばされていったのか、それとも欠片も残さないほど粉砕されたのか、いずれかはわからないが視界のどこにも存在してはいなかった。
 助かった……ほっとしたサーシャが短剣をさやに戻すとルーンの光は消えた。そしてサーシャは木の根元で倒れこんでいるブリミルのもとに歩み寄ると、その顔を見下ろして言ったのだ。
「説明してもらえるかしら。いったい何がどうなってるのよ?」
「ごめん、実を言うと僕にもさっぱりなんだ。ともかく、命を助けてくれてありがとう。ええと、君は」
「サーシャよ。めんどうだから名前くらい教えてあげる。あんたは?」
「ブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」
「ブリミルね。それでもう一度聞くけど、こんなどこだかわかんないとこに連れてきてくれて、いったいどうしろっていうの?」
「わからない。けど……うう、なんだか、とても、眠い、よ」
 ブリミルはそのまま、虚無魔法を使った反動で意識を失ってしまった。

545ウルトラ5番目の使い魔 55話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:34:04 ID:J6G7hD4w
 サーシャは呆れた様子だったが、ふと左手のルーンを見つめると、ため息をついてブリミルを担ぎ上げた。
「勘違いしないでよね。わたしは見も知らない土地を一人で歩き回るほどバカじゃないだけなんだから。それと、わたしの初めてを奪った報いは必ず受けさせてやるわ。それまであんたのことは蛮人って呼ぶから、覚悟しておきなさいよ」
 疲れ果てて寝息を立てるブリミルを背負って、サーシャは雨風をしのげる場所を探すために歩き始めた。この旅立ちが、彼女とその背の男の一生をかけたものになることをまだ二人は知らない。しかし長い夜は明け、しばしの安息を得よと告げるように、ふたりの歩む先から太陽がその姿を見せ始めていた。
 
 舞台は現代に戻り、ブリミルはそこでイリュージョンの映像を再び止めた。というか、サーシャの首締めで落ちて止まった。
 とはいえ、話を区切るには適当なタイミングだっただけに、一同は息をつくと顔を見合わせた。
「これが虚無の系統の誕生と、始祖ブリミルとミス・サーシャの出会いだったわけなのね」
「なんてドラマチックなのでしょう……」
「いや女王陛下、そこじゃないでしょう、そこじゃ」
 うっとりしているアンリエッタにツッコミを入れると、ルイズは考えを整理してみた。
 簡単にまとめると、マギ族はその文明とともにほとんどが死滅した。始祖ブリミルは、幸運に生き残った最後の一人。
 虚無の系統は、人造メイジを生み出す機械の暴走でイレギュラー的に生み出されたもの。常識はずれの効果を持つのはそれが理由だろう。
 サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントは、元々は虚無の魔法だった。しかしコモンマジックとしても使えたので、四系統の中にも組み込まれていった。
 そして、最初の使い魔として選ばれたのがサーシャだった。ある意味、これがハルケギニアの歴史のはじまりだったと言えるかもしれない。
 ほかの面々も感想はそれぞれだろうが、一様になにか深いものを感じたらしくうなづいている。始祖ブリミルは、異邦人であり侵略者であり暴君であり、人間だった。神は地に引きづり下ろされて人になった。
 そのころ、サーシャに締め落とされたブリミルがようやく息を吹き返してきた。
「う、うぅーん。ここは天国?」
「あいにくね、まだ現世よ」
 頑丈だなこの人は、と一同は思った。そういえばさっきもサーシャに思い切り木に叩きつけられていたのになんとか無事だったし、あれから今日まで日々鍛えられていたのだろう。見習いたいとは思わないが。
 目が覚めたブリミルは、首をコキコキと鳴らして脳に血液を送り込むと、一同に問いかけた。
「どうだったかな。僕とサーシャの出会い、たぶん期待したようなものじゃなかったと思うけど、楽しんでもらえたかな?」
 いや楽しむとかそういう類の問題じゃないでしょうが、と一同は思った。なにかスッキリした様子のブリミルはサーシャに軽く意趣返ししたつもりなのだろうが、頬を紅潮させたサーシャにさっそくどつかれている。

546ウルトラ5番目の使い魔 55話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:35:03 ID:J6G7hD4w
 私をさらしものにするとはいい度胸してるじゃないの蛮人、と言ってすごむサーシャと、いいじゃないの歴史は正確に真実を残さなくっちゃとうそぶくブリミル。だがまあいいものは見せてもらえた。それと豆知識がひとつ、蛮人という言葉の由来は「野蛮な人間」ではなく「ブリミルのボケナス」という意味だった。今のエルフたちは、自分たちが使っている蔑称が痴話げんかから生まれたと知ったらどう思うだろうか。
 それでも、まったく見ていて暖かい気持ちになれるふたりだ。けんかしても憎しみはなく、むしろ深い信頼があるからこそ好きなことを言い合える。カリーヌは若いころを思い出し、若い男女たちはそれぞれ「こんな夫婦になりたいな」と思った。約一名を例外として。
 しかし、痴話げんかで話をいつまでも脱線されても困る。才人は、このふたりに割り込める数少ない人間として、しょうがないなと思いつつ腰を上げた。
「あのー、それでブリミルさん。この後でおふたりはどうしたんですか?」
「ん? ああ、しばらくは二人旅が続いたよ。けど、正直このころが一番苦労したかもねえ。なにせサーシャは容赦ないからねえ、君は僕の使い魔になったんだって説明したときはボコボコにされたもんだよ」
 だろうねえ、と全員が思った。サーシャの気性からして、誰かに隷属するなんてありえない。というか、現在でも平気で主人をギタギタにしているんだから、打ち解けていなかった頃は毎日が血の雨だったのだろう。
 けれど、それでも二人は旅を続けたんだとサーシャは言った。
「仕方ないでしょ。見捨てたら確実にこいつ三日と持たずにのたれ死ぬし、こんなのでもいないよりはマシだもの」
 住民が全滅した土地で、生活力がほとんどないブリミルが生き延びるにはサーシャに頼るしかなかった。彼は虚無の魔法を会得はしたが、使いこなすには経験が圧倒的に不足しており、マニュアルを読んだだけで車に触れたこともない新人ドライバーも同然の状態だったのだ。
 ほぼ役に立たないも同然の虚無では食料を得ることもできず、サーシャは毎日方々を駆け回って二人分の食べ物をかき集めてきた。
 それは、ブリミルにとって自分が穀つぶしだと思い知らされるつらい日々であった。なに不自由ない飽食の生活から一転して、食べられるものがあるだけでも幸いな底辺の生活への転落で目が覚めた。子供でもなければ、自分がなにもせずに他人のお情けで食べさせてもらっているんだという境遇には後ろめたさを感じて当然だ。そしてブリミルにも人並みのプライドはあった。
 自分になにができるか、ブリミルは考えた。サーシャの真似事をしても彼女の足手まといになるだけだ、ならできることは、偶然とはいえ手に入れたこの力を役立てられるようにするほかない。
 そのときからブリミルは暇があれば自分の魔法の研究と訓練に明け暮れた。魔法の使い方だけはわかるが、エクスプロージョンひとつをとっても単に爆発を起こすだけから、広域の中の任意のものだけを破壊するまで加減の幅は広い。それに虚無魔法は効果のスケールの大きさゆえに非常に高度なイマジネーションが必要とされる。それを理解し、身に着けるには、ひたすらに数をこなしていく以外の道は存在しなかった。
 ルイズは試行錯誤をしながら訓練を続けるブリミルに、自分の姿を重ねた。失敗と落胆の積み重ねの幼少期、虚無に目覚めてからも、強すぎる系統は楽に言うことを聞いてはくれず、どう手なづけていくか悩み続けた。
 始祖ブリミルにも、人並みに苦労を重ねた時代はあった。そして、努力を続けることと、サーシャの厳しさや優しさに触れていくうちにブリミルの性格にも変化が現れ始めた。支配者時代の傲慢さは消え、謙虚さや思いやりを表に出すようになった。そうするうちにサーシャとも打ち解け、軽口や冗談を言い合うようにもなっていった。

547ウルトラ5番目の使い魔 55話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:37:07 ID:J6G7hD4w
 ある日の夕食。焚き火をはさんで、久しぶりに手に入ったパンをほうばるブリミルとサーシャ。笑いあい、語り合い、その話題には明日からどうしていこうかという希望と期待が満ちている。ふたりを暖める焚き火は、ブリミルが練習の末に最小威力で起こしたエクスプロージョンで着火したものだった。
「サーシャ、僕は最近なんだか毎日がとても楽しいんだ。なんか、充実してるっていうか、魔法がぐんぐんうまくなってるって実感があるんだよ」
「ふーん、あんたの魔法って奇妙だからよくわかんないけどあんたが楽しいならいいんじゃない? エクスプロージョンってのでイノシシの一匹でもとってくれたら助かるし。あ、でもこないだみたいに爆発起こして狼の大群を呼び寄せちゃったなんてのはやめてよね」
「あ、あれはまあ、はははは。でも君だってこないだ「珍しい果物を見つけてきたわよ」って喜んでたら、中から虫が出てきて悲鳴をあげて僕に投げつけたじゃない。痛いわ気持ち悪いわで大変だったんだから」
「う、つまらないことはよく覚えてるんだから。そんなことより、明日は新しくテレポートって魔法で山の向こうまで行ってみるんでしょ。余計なこと考えてないでさっさと寝ちゃいなさいったら」
「はいはい……今度こそ、誰か生き残ってる人に会えたらいいね」
「いるわよきっと、あんたでさえ生きてられるくらいなんだから」
「君のおかげだよ、感謝してる」
「そう思うなら明日はがんばってよ。間違って川にドボンなんてごめんなんだからね」
 いつの間にか、ブリミルとサーシャのあいだに信頼が生まれていた。サーシャはブリミルのがんばりを、ブリミルはサーシャの乱暴な優しさをそれぞれ認めあい、心を許し始めていたのだ。
 ふたりは助け合いながら旅を続けた。向かう先は現在のトリステイン地方から東へ、サハラにあるマギ族の首都の方角へである。人口は当然ながら首都の周囲が一番密度が大きく、そちらなら生存している人も多いだろうと思ったからだ。
 円盤で空を飛べばあっという間の距離も、徒歩ではとほうない遠さだった。しかも主要道路は各所で寸断し、山道は埋まり、橋は落ち、野性化したドラゴンやオークたちがエサを求めてうろついている。当然、まだ怪獣も多数徘徊しており、目立つ移動は極力避けねばならなかった。
 それでもふたりは希望を信じた。この世界はまだ滅んではいない、生き残った人々が集まれば再興のチャンスはきっとある。ヴァリヤーグや怪獣たちだって、永遠にのさばり続けるわけはない。たとえ電灯ひとつなく土にまみれた生活しかなくても、無意味な殺し合いの日々よりはよっぽどましだ。

548ウルトラ5番目の使い魔 55話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:39:08 ID:J6G7hD4w
 旅は何ヶ月も続いた。その間、ふたりは自分たちが信じた希望が間違っていなかったことを見つけることができた。少しずつだが、各地で隠れ潜んで生き延びていた人々と出会うことができたのだ。
 仲間を増やしながらブリミルたちは旅を続けた。そのうちにブリミルの魔法の腕も上がっていき、少しくらいの幻獣の群れくらいならば撃退できるようになっていた。そうするうちにブリミルも頼られることも多くなり、しだいにリーダーとしての役割を果たすようになっていった。
 笑顔を増やしながら旅を続ける小さなキャラバンの誕生。アンリエッタやルイズは、こうしてブリミルが始祖と呼ばれる人物になっていったのだろうと思い、胸を熱くした。
 
 しかし、旅が終点に近づくにつれて、現在のブリミルとサーシャの表情は険しくなっていく。
 それと同時に、才人も違和感を感じ始めていた。ブリミルが仲間にしていく人々に、六千年前に才人もいっしょに旅をした仲間たちが一人も見当たらないのだ。
 
 希望を得て旅路を急ぐ六千年前のブリミルとサーシャ。
 だが、ふたりはまだ知らなかった。ヴァリヤーグによって荒れ果てていくこの星の惨状は、終息に向かうどころかこれからが本番だということを。
 さらに、小さな希望などをたやすく押しつぶすほどの巨大な絶望が旅路の先に待っていることをふたりは知らない。
 
 ブリミルが始祖と呼ばれる存在に生まれ変わるための最大の試練が、やってこようとしていた。
 そしてもうひとつ……破滅が押し寄せる星に向かって急ぐ、澄んだ青い光があった。始祖とその使い魔の伝説は、まだ終わっていない。
 
 
 続く

549ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/02/12(日) 08:41:13 ID:J6G7hD4w
今回はここまでです。ブリミルとサーシャの旅路、原作ではまだほんの少ししか語られていませんが、想像しているうちに楽しくてけっこう話を膨らませてしまいました。
でも、きっと笑いあり涙ありだったのは間違いないと思います。思ったよりも長くなりそうなブリミルの過去編ですが、もうしばらくお付き合いください。
そして、もうすぐ原作のブリミルたちの顛末も明らかになりますね。楽しみなようなや不安なようなやらがありますが、こちらではあくまでウル魔の歴史の中でのふたりを描きます。
しかし書いててなんですがすごい世界になってますね、まさに怪獣無法地帯、または怪獣総進撃。

最終巻の発売までにあと一話投稿できるかなあ。ともあれ、また次回で。

550名無しさん:2017/02/12(日) 18:53:01 ID:XLYGB2UQ
おつです。

「カットカット!」からの「あっ・・・(察し)」の流れwww

551ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/12(日) 23:49:44 ID:s54vXxCc
5番目の人乙です。私も投下開始致します。
開始は23:53からで。

552ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/12(日) 23:53:17 ID:s54vXxCc
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十七話「四冊目『THE FINAL BATTLE』(その1)」
スペースリセッター グローカーボーン 登場

 『古き本』も遂に三冊、半分を完結させることに成功した。するとそれまでずっと眠り続
けていたルイズが目を覚ました! 喜びに沸く才人たちであったが、現実はそう甘くはなかった。
目覚めたルイズは、全ての記憶を失っていたのだ。自分の名前すら思い出せないありさま。
ぬか喜びだったことが分かり、才人たちは思わず落胆してしまった。
 やはり、『古き本』の攻略は最後まで進めなければならないようだ。

 三冊目攻略の翌朝、ルイズの看護を担っているシエスタが、ルイズのいるゲストルームに入室する。
「おはようございます、ミス・ヴァリエール。お加減は如何ですか?」
 ルイズは既に起床していた。ベッドの上で上体を起こしている彼女は、シエスタの顔を
見返すと清楚に微笑んだ。
「シエスタさん、おはようございます」
「おはよう……ございます……!?」
 ルイズの口からそんな言葉が出てくることに激しい違和感に襲われるシエスタ。本来の彼女は、
平民のシエスタに絶対に敬語を使ったりはしない。
「はぁ……ほんとに記憶の一切を失っちゃったんですね、ミス・ヴァリエール……」
「……ごめんなさい……」
 ため息を吐いたシエスタに、ルイズは悲しげに眉をひそめて謝罪した。
「えッ?」
「どうやら、わたしが記憶を失っていることで、みんなを悲しませているようですね。さっき
サイト……さん、だったかしら。彼も、どこか落ち込んでいられたようでした」
 ルイズはルイズなりに、自身の状況を憂いているようだ。
「それでも、みんな笑顔を見せてくれる。それが、とっても悲しいの……。わたしを心配
してくれた人たちのことを、何も覚えていないなんて……」
「ミス・ヴァリエール……」
 悲しむルイズの様子に胸を打たれたシエスタは、懸命に彼女を励ました。
「大丈夫ですよ! 必ず、サイトさんがミス・ヴァリエールの記憶を取り戻してくれます!」
 そうして看護を行うシエスタは、密かにジャンボットにルイズのことを尋ねかけた。
「ジャンボットさん、ミス・ヴァリエールの記憶を他の手段で戻すことは出来ないんでしょうか?」
 ルイズの脳を分析したジャンボットが回答する。
『難しいな……。記憶中枢が不自然に失活している。無理に回復させようとしたら、余計に
悪化させてしまうことだろう。最悪、一生障害が残る身体になってしまうかもしれない。
やはり、原因たる『古き本』をどうにかしなければならないだろう』
「そうですか……」
 ジャンボットたちの力でもどうにもならないことを知って落ち込むシエスタ。彼女は同時に、
才人が残り三冊分も危険な戦いをしなければならないことに胸を痛めていた。
「……ところで、問題のサイトさんはどこに行かれたのでしょうか?」
『リーヴルのところへ行ったようだな』

 才人は本件に対して、重要な鍵を握っているだろうリーヴルに直接話を聞きに行っていた。
リーヴルはおっとりした雰囲気に反して用心深いようで、何かを隠していることは確実なのだが
それが何なのかは、タバサの調査でも解き明かすことが出来ないでいた。それ故、本人から
探り出そうと突撃したのだった。
 しかし真正面から「何を隠しているんだ?」と問うたところで正直に答えるはずがない。
そこで才人は若干遠回しに攻めてみた。
「リーヴル、あんたは俺たちに随分協力的だよな。何日も図書館の部屋を貸してくれたり……」
「当図書館で起きた問題ならば、司書の私に責任がありますから」
「そうかもしれないけど……実は、リーヴルにも何か得することがあったりするのか? 
だからやたら親身になってくれるんじゃないかなって」

553ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/12(日) 23:56:21 ID:s54vXxCc
 と聞くと、リーヴルはこんなことを話し始めた。
「……少し、私の話を聞いていただけませんか? ちょうど相手が欲しかったんです」
「え? 話って……?」
 リーヴルは、昔話のような形式で話を語った。それは、小さな王国の民を愛する女王が、
可愛がっていた娘の患った重い病を治すために、悪魔と契約したという内容だった。
 悪魔は女王の娘の病を治す見返りとして、女王の大切にしていたものを要求した。そして娘が
回復すると同時に……王国中が炎に巻かれ、悪魔の契約によって国民全員、果ては世界中の国々が
滅んでしまった。
 その様子を見た女王は、娘に告げた。「あなたの病気が治って本当によかった」と……。
「……嫌な話だな。作り話にしたって、その女王様はわがまま過ぎるだろ」
 聞き終えた才人は率直な感想を述べた。するとリーヴルが反論する。
「そうでしょうか? 悪魔以外に娘の病気を治せる者はいなかったんですよ? 娘が治るなら、
どんな代償だって……」
「でも、罪のない人たちを巻き込むのは間違ってるって」
「他人は他人。大事な人と世界……天秤に掛けるまでもなく、どちらが重いかは明白じゃないですか。
大事な人がいなければ、世界なんて何の意味も……」
 そう語るリーヴルに、才人は返した。
「いや……俺は大事な人だけがいればいいなんて、それが正しいなんて思えない」
「……?」
「その女王様の話だってさ、世界に娘と二人だけしかいなくなって、それからどうやって
生きていくんだ? 多分、すぐ不幸になるさ。俺の経験から言うと、現実の世界ってそんな
甘いものじゃあないからな。それじゃあ、娘を治した意味なんてないじゃないか」
「……それはそうかもしれませんが……」
 才人の指摘に戸惑うリーヴルに、才人は続けて語る。
「それにさ……大事な人、大事なものって言うのは、案外その辺りにたくさん転がってるものだよ。
俺は今シュヴァリエの称号を持ってるけど、それは今助けようとしてるルイズがいただけで得られる
ものじゃなかった。シエスタやタバサ、魔法学院で出来た友達や先生の教え、他にも行く先々で
出会った人たちが俺に教えてくれたものがなければ、今の俺は確実になかったし、どっかで野垂れ
死んでたかもしれない。だから俺は、一人を助けられたらそれでいいなんてのは間違いで、みんなを
助ける! それが正しいことだと思う」
 ハルケギニアに召喚される以前の才人ならば、リーヴルの言うことにある程度は納得した
かもしれない。だが今は違う。多くの出会いと経験を積み重ねて、成長した才人はもっと
大きな視点から物を考えられるようになったのだ。
 才人の意見を受けたリーヴルは、しかし彼に問い返す。
「みんなを助ける、と言いますが、あなたにはそれが簡単に出来るのですか? たとえば
先ほどの話ならば、悪魔にすがる以外に方法などありません。それとも、娘を見捨てろとでも?」
 それに才人ははっきりと答えた。
「もちろん、簡単に出来ることじゃないだろうさ。失敗してしまうかもしれない。……だけど、
俺だったら最後まであきらめないし、妥協しない! どんなに苦しくたって、みんな助かる道を
最後まで探し続けるぜ!」
「……」
 才人の言葉を聞いて、リーヴルはうつむいて何かを考え込んでいたが、やがてすっくと立ち上がった。
「少し、話し込んでしまったようですね……。本日の本の旅の時間です。準備は整っていますので、
あなたもご用意を」
「あ、ああ」
 背を向けて立ち去っていくリーヴルを見送って、才人はゼロに呼びかけた。
「ゼロ、さっきのリーヴル話には何か意味があったのかな」
『わざわざあんな話をしたってからには、伝えたいものがあったんじゃないかとは思うな』
「じゃあ、さっきの話の中に真実が……もしかして、リーヴルは誰かを人質にされて俺たちを
本の世界に送ってるのかな?」
『そんな単純な話でもないと思うがな……。何にせよ、全ての本を完結させることについての
リーヴルのメリットが分からないことには、何の断定も出来ないぜ』

554ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/12(日) 23:59:47 ID:s54vXxCc
 話し合った二人は、それでも念のため、リーヴルの周囲に誰か消えた人がいないかということを
タバサに調べてもらおうということを決定した。

 そうして四冊目の本を選ぶ場面となった。
「それでは始めましょう。サイトさん、本を選んで下さい」
 残るは三冊。それぞれを見比べながら、才人はゼロと相談する。
『ゼロ、次はどれがいいかな』
『次は……なるべく知ってる奴が主役の本を片づけていこう。ってことでその本だ』
 ゼロが指定したのは、青い表紙の本であった。
「この本ですね、分かりました。では、良い旅を……」
 『古き本』の攻略も折り返し地点。才人とゼロは四冊目の世界へと入っていった……。

   ‐THE FINAL BATTLE‐

 宇宙の悪魔サンドロスが撃退されてから数年、壊滅してしまった遊星ジュランの復興とともに、
怪獣と人間の共生する世界のモデルを築く『ネオユートピア計画』の始動の時が近づいていた。
その第一歩として怪獣をジュランへ輸送する大型ロケット『コスモ・ノア』が建造され、その
パイロットには春野ムサシが選ばれた。どんな苦難にも夢をあきらめなかった青年の奇跡が、
実現しようとしているのだ……。
 しかし、宇宙開発センター上空に突然謎の円盤が出現。円盤から投下された巨大ロボットが、
コスモ・ノアを狙う! それを阻止したのは、ムサシとともに数々の脅威に立ち向かった英雄、
ウルトラマンコスモス! コスモスはロボットを破壊するものの、円盤からは次々にロボットが
現れる。コスモスの窮地にムサシは今一度彼と一体となり、ロボットの機能を停止させた。
 これで当面の危機は凌げたように思われたが……そこに現れたのは、サンドロスとの戦いの時に
コスモスを助けてくれたウルトラマン、ジャスティス。しかもジャスティスはロボットを再起動
させたばかりか、コスモスに攻撃してきたのだ!

 赤いモノアイのロボット、グローカーボーン二体を張り倒したコスモス・エクリプスモードに、
ジャスティスは右拳からの光線、ジャスティススマッシュで攻撃する。
『ジャスティス、何故だ!?』
 ムサシの問いにジャスティスは、駆けてきての蹴打で答えた。
「デアッ!」
 かわしたコスモスにジャスティスは容赦なく蹴りを打ち続ける。何かの間違いではなく、
ジャスティスは明白にコスモスに対する攻撃意思を持っている!
『待て!』
 訳が分からず制止を掛けるムサシに構わず、ジャスティスはコスモスの首を鷲掴みにして締め上げる。
「ウゥッ!」
『どうして……ウルトラマン同士が戦うんだ……!』
 混乱するムサシ。ジャスティスはやはり何も言わないまま、コスモスをひねり投げた。
「デアァッ!」
「ウアッ……!」
 反撃せず無抵抗のままのコスモスに対して、ジャスティスは容赦なく打撃を浴びせ続ける。
その末にコスモスを力の限り蹴り倒す。
「デェアッ!」
「ムサシーッ!」
 コスモスが倒れると、ムサシのチームEYES時代の先輩であり、新生チームEYESのキャップに
就任したフブキが絶叫した。本来ムサシに個人的に会いに来ただけであり、非武装の今では
コスモスを助けることは出来ない。
「ゼアッ!」
 よろよろと起き上がるコスモスに、ジャスティスは再びジャスティススマッシュを食らわせた。
その攻め手に慈悲はない。

555ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/13(月) 00:02:17 ID:7WRK2VnA
「グアァッ!」
「ムサシ! コスモス立てー!」
 一方的にやられ、カラータイマーが赤く点滅するコスモスを、フブキが駆けていきながら
懸命に応援する。
「ジュッ……!」
「立て! コスモス! ムサシー!」
 コスモスがやられている間に、グローカーボーンが起き上がって、両腕に備わったビームガンから
コスモ・ノアに向けて光弾を発射した!
『やめろぉッ!』
 叫ぶムサシ。コスモ・ノアが危ない!
 ――その時、空の彼方からひと筋の流星が高速で迫ってきて、コスモ・ノアの前に降り立った!
「あれは……!?」
「セェアッ!」
 驚愕するフブキ。コスモ・ノアの盾となって、光弾を弾き飛ばしたのは、三人目のウルトラマン……
ウルトラマンゼロだ!
「ジュッ!?」
 ゼロの登場に、コスモスも、ジャスティスも目を見張った。
「あのウルトラマンは……味方なのか、敵なのか……?」
 訝しむフブキ。彼はジャスティスの行いで、それが分からなくなっていた。
「セアァッ!」
 そんな彼の思考とは裏腹に、ゼロは瞬時にグローカーボーンに詰め寄って、鉄拳を浴びせて
片方を殴り倒した。
「キ――――――――ッ!」
 ゼロを敵と認識したもう片方のグローカーボーンが即座に光弾を放ったが、ゼロはバク転で
かわしながら接近し、後ろ回し蹴りで横転させた。
「ジュアッ!」
 グローカーボーンと戦うゼロにもジャスティスは攻撃を仕掛けようとしたが、そこにコスモスが
飛びかかり、羽交い絞めにして阻止した。
「セェェェアッ!」
 コスモスがジャスティスを食い止めている間に、ゼロはグローカーボーン一体をゼロスラッガー
アタックで切り刻んで爆破し、二体目にはワイドゼロショットを撃ち込んで破壊した。
 だがいくらグローカーボーンを破壊しても、大元の円盤、グローカーマザーから新たな機体が
送り出されようとしている。
『させるかよッ!』
 するとゼロはストロングコロナゼロに変身して、上空のグローカーマザーに対してガルネイト
バスターを放った!
『ガルネイトバスタぁぁぁ―――――ッ!』
 灼熱の光線が直撃し、その猛烈な勢いによってグローカーマザーを押し上げ、大気圏外まで
追放した。
『ちッ、破壊は出来なかったか。頑丈だな……』
 ゼロが舌打ちしていると、ジャスティスがコスモスを振り払ってジャスティススマッシュを
撃ってきた。
「デアッ!」
「! ハッ!」
 すぐに気がついたゼロは光線を腕で弾く。そのままジャスティスとにらみ合っていると、
ジャスティスが、『聞き慣れた声で』問うてきた。
『お前は何者だ。何故お前も人間に味方するのだ』
「ッ!」
 一瞬動きが固まったゼロだったが、気を取り直して、背にしているコスモ・ノアを一瞥
しながら答える。
『あれは地球人たちの夢の砦だ。そいつを壊していい道理がある訳ねぇ』
 と告げると、ジャスティスはやや感情を乱したように言い放った。
『夢だと……お前もそんな曖昧なものを、宇宙正義よりも優先するというのかッ!』

556ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/13(月) 00:04:19 ID:7WRK2VnA
 ジャスティスがゼロへ駆けてきて殴り掛かってくるが、ゼロはその拳を俊敏にさばく。
『夢を奪うことが、正義なものかよッ!』
 言い返しながら肩をぶつけてジャスティスの体勢を崩し、掌底を入れて突き飛ばした。
 それでもジャスティスはゼロとの距離を詰めて打撃を振るってくる。
『奪う? 地球人こそがいずれ、略奪者となるのだ! それを未然に阻止することこそが正義だッ!』
 荒々しい語気とともに放たれるパンチ、キックの連打。しかしゼロはそれら全てを受け流した。
『どんな事情があるか知らねぇが、まるで説得力がねぇな!』
『何!?』
『お前の拳がどうして俺に当たらないか分かるか? 感情的になりすぎてがむしゃらだからだ! 
技はそのままお前の心の状態を表してるぜ』
 ゼロの指摘を受け、心に刺さるものがあったかジャスティスが一瞬たじろいだ。
『何かの後ろめたさを強引に振り切ろうって感じの拳だ。そんな半端な拳は、俺には通用しねぇ。
コスモスだって、その気だったら今のお前なんか敵じゃなかっただろうぜ』
『……知った風な口を……!』
 ゼロの言葉に何を感じたか、怒りを見せたジャスティスが光線を繰り出そうと構え、ゼロも
身構える。
 だが二人の争いに、ムサシの叫び声が割り込んだ。
『やめてくれ! ウルトラマン同士で争い続けて、何になるんだ!? 話せば分かり合えるはずだッ!』
『……!』
 それにより、ジャスティスは構えた腕を下ろした。ゼロもまた、これ以上戦おうとはせずに
構えを解く。
 そしてジャスティスとゼロが同時に変身を解除し、光に包まれて縮んでいった。少し遅れて
コスモスも、ムサシの身体に変わっていく。
「うッ……!」
「コスモス! 大丈夫ですか!?」
 ジャスティスからもらったダメージが響いて倒れているムサシの元に才人が駆け寄ってきて、
彼に手を貸して助け起こした。
「君は……さっきのウルトラマンか……」
 才人に肩を貸されたムサシが問いかけた。
「君は何者なんだ……? あの赤い姿からは、コスモスの光が感じられた……。どうして君が
コスモスの光を持っている?」
「……」
 才人は無言のまま答えなかった。ストロングコロナはダイナとコスモスから分け与えられた
光によって生まれた形態だが、この世界のコスモスにはあずかり知らぬこと。だがそれをどう
説明したらよいものか。
 才人が黙っていたら、フブキが二人の元へと駆けつけてきた。
「ムサシ! 大丈夫だったか!?」
「フブキさん……」
「……そこの子供が、三人目のウルトラマンか……」
 フブキは見ず知らずの才人を一瞬警戒したが、すぐにそれを解く。
「何者かは知らないが、ムサシとコスモスを助けてくれてありがとう」
「いえ……」
 フブキが話していると……四人目の人物がコツコツと足音を響かせて現れた。
「コスモス、そしてもう一人のウルトラマンよ。お前たちがどうあがいたところで、デラシオンの
決定は覆らない」
「!」
 振り返った才人の顔が、苦渋に歪んだ。
 新たに現れた人物……状況的に、ジャスティスの変身者は……ルイズの姿形となっているのだ。

557ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/13(月) 00:05:45 ID:7WRK2VnA
今回はここまで。
FE3みたいなルート入ってる。

558名無しさん:2017/02/13(月) 21:54:26 ID:yh5modCk
おつです。

ルイズが福○雅治の嫁に・・・。

559名無しさん:2017/02/17(金) 22:23:33 ID:1cWP202o
ゲームやったことはないけど本の中に入って関係ない世界観とクロスさせるのはおもしろそう
ウルトラの映画だとウルトラQ星の伝説とかも見たいけどレンタルないんだよなあ

560ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:28:33 ID:GbIkOgg2
こんばんは、焼き鮭です。続きの投下を行います。
開始は1:32からで。

561ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:32:06 ID:GbIkOgg2
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十七話「四冊目『THE FINAL BATTLE』(その2)」
スペースリセッター グローカーボーン
スペースリセッター グローカールーク
鏑矢諸島の怪獣たち
伝説薬使獣呑龍
海底怪獣レイジャ
チャイルドバルタン シルビィ
ネイチュア宇宙人ギャシー星人 登場

 ルイズを救う本の旅は、半分を越えて四冊目に入った。四冊目はウルトラマンコスモスの
護った地球を題材とした本。そこではムサシが人間と怪獣の共存する未来の新天地となる
ネオユートピア計画により、遊星ジュランに飛び立つ時を待っていた。だがそこに現れた
謎の円盤と巨大ロボットが、輸送ロケットを狙う! コスモスが助けに駆けつけたが、
かつてともに戦ったウルトラマンジャスティスがどういう訳かロボットの味方をして
コスモスを追い詰める! そこを今度はゼロが救い、ロケットはどうにか防衛することが出来た。
 しかし才人の前に現れたのは、ジャスティスの人間態。それはルイズの姿となっていた……!

「……!」
 自分の前に現れ、こちらに信じられないほどに冷酷な視線を送ってくるルイズに、才人は
固い面持ちとなった。
 本の世界のルイズは、厳密には『ルイズ』とは言えない。これまでのように物語の登場人物に
当てはめられていて、その与えられた役になり切っている。だから『ルイズ』と呼べるのは見た目
だけで、全くの別人。ここで自分と敵対する立ち回りになっていたとしても、現実のルイズに
影響がある訳ではない。
 それは頭では分かっているのだが……やはりルイズの姿を敵に回すという事実は、才人の
心情をひどく複雑なものにしていた。
「ウルトラマンジャスティス……どうしてあんたは、コスモスを攻撃したんだ。あのロボットと
円盤は何なんだ?」
 そんな才人の思いをよそに、フブキがルイズに問いかけた。それを受けて、ジャスティスに
なり切っているルイズは口を開いた。
「あれらはデラシオンの使いであるスペースリセッター。今から四十時間後、この星の生命は
全てリセットされる」
「リセット……!?」
 ルイズの宣告に、フブキと才人は衝撃を受けた。
「地球の生き物を全て、消滅させるってことか!?」
「その通りだ。これは、宇宙正義により下された、最終決定事項である」
 ルイズの語ることにフブキは極めて険しい表情となる。
「……あんたの話に出てきた、デラシオンってのは何者だ?」
「デラシオンは、我々ウルトラマンと同じく、この宇宙の秩序を守っている」
 ルイズの双眸が怪しく光り、才人たちとの間にドーナツ型の巨大多脚円盤の立体映像が出現した。
「これは……!?」
「ギガエンドラ。人類を始め、全生命を消滅させる、惑星改造兵器だ」
 巨大兵器ギガエンドラの中心部から発せられた光線が、地球の表層にあるものを全て焼き払い、
消し去る映像が才人たちの前で展開された。フブキが我慢ならずに叫ぶ。
「どうして、俺たちの地球にこんなことをしようって言うんだ!」
 それのルイズの回答はこうだ。
「予測したからだ、未来を」
「未来?」
「今から二千年後、地球は宇宙にとって有害な星となる。よって全てを消し去り、生命の進化を
やり直させる」
「地球が、宇宙に有害な星となるだと……!?」

562ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:35:00 ID:GbIkOgg2
 言葉を失うフブキ。一方で才人は、二冊目の本でのことを回想した。
 ウルトラセブンの物語に出てきた、フレンドシップ計画……。『フレンド』とは名ばかりの、
惑星破壊ミサイルで星を破壊することを主眼に置いた狂気の計画だった。また現実のM78ワールド
でも、超兵器R1号やトロン爆弾など、星を爆破する実験が行われていた時代もあった。何度も
侵略宇宙人に襲われた地球人だが、これらの歴史を見ると、一つ間違っていたら地球人が恐ろしい
宇宙の破壊者になっていたかもしれない。
 そしてデラシオンという者たちは、その可能性が現実となるものと判断したようだ。
「彼女の……ジャスティスの言ってることは全て真実だ。コスモスが教えてくれた」
 ここでそれまで黙っていたムサシが発言した。
「だけどコスモスは、デラシオンの決定に反対し、最後まで説得し続けた! それが失敗しても、
こうして僕たち地球人のために駆けつけ、戦う意志を示してくれている!」
「……コスモス、そしてそこのウルトラマンに問おう。お前たちはどうして地球人類を守り続ける」
 ルイズがムサシと才人……コスモスとゼロに問いかけてきた。
「たとえ武力で抗ったところで、何も変わるものなどない。デラシオンの決定も、地球人の
二千年後の姿も……。全ては無駄なのだ」
 そう言い切るルイズに、ムサシは問い返した。
「逆に聞こう……。ジャスティス、あなたはどうしてデラシオンの決定を支持する。まだ未来は
確定していないのに、地球人が宇宙に有害な存在になるなんて……まるで見てきたかのようじゃないか」
 すると、ルイズは意外なことを言い出した。
「見たのだ、私は」
「何だって……?」
「お前たちも戦った、多くの惑星を破壊したサンドロス。……あれは、昔は地球人類とよく
似ていた生き物だったのだ」
「!!?」
 その告白に、才人たち三人は心の底から驚かされた。
「夢や愛などという曖昧な感情を持った、不完全な生命体だった。そして二千年前、今の
地球人と同じように、デラシオンからリセットの決定が下された……」
 それがどうして、二千年前に執行されなかったのか。ルイズは理由を述べる。
「しかし、リセットは猶予が与えられた。……この私によって」
「……!」
「だが、それは過ちだった……。サンドロスは、デラシオンの予測した通りの存在になって
しまった。……私は、過ちを二度と繰り返しはしない」
 と語ったルイズに対して……才人が言う。
「サンドロスがそうだったとしても、地球人が同じになる理由にはならないさ」
「何?」
 全員の視線が集まる中、才人は主張した。
「未来は計算されるもんじゃない。その土地、その時代の人たちが作り、つないでいくものだ! 
俺とゼロは、ここじゃない別の場所だけど、人間の持つ可能性と希望の力を知っている!」
 才人は見た。シティオブサウスゴータで、地獄の超獣軍団の暴威に晒されてもあきらめず、
命を救うために抗い続けた人間たちの姿を。そして他ならぬ自分が、はるかに巨大な存在が
相手でも折れることのない勇気を身につけることが出来た! それが人間の持つ、素晴らしい
力なのだ。
 ゼロも、アナザースペースで人間たちの希望の光の結晶を得た。フューチャースペースでは、
圧倒的な絶望にも負けない人間たちの力によって助けられた! ゼロもまた人間の希望の力に
よって支えられてきたのだ。
 そしてM78ワールドの地球は、ウルトラ戦士でもどうしようもないような事態が何度も
襲ってきたが、それらを夢と希望を信じる心で打ち破ったから新たな時代を迎えることが
出来たのだ。それが人間の可能性だ!
「宇宙正義が何だ! 俺たちは、夢と希望こそが本当の正義だと信じてる! だからそれを
守り抜いてみせるッ!」

563ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:38:07 ID:GbIkOgg2
 才人に続いて、ムサシもルイズに向けて呼びかけた。
「コスモスが言っている。私も、この地球で人間の持つ可能性を、希望という言葉の素晴らしさを
知った。それをジャスティス、君にも信じてもらいたいと!」
 フブキもまた、ルイズに告げた。
「君は、楽な道を選んでるだけだ」
「楽な道……?」
「ここにいるムサシとコスモスは、どんな時でも、最後まで希望を持ってた。奇跡を信じてた! 
だから今度も奇跡を起こしてくれる……いや、俺たちで奇跡を起こしてやる!」
 三者三様の熱い想いを胸に、ルイズを説得する。……しかしルイズは踵を返した。
「奇跡など、起こりはしない……」
 その言葉を最後に、振り返ることなくどこかへ立ち去っていった。
「……駄目なのか……」
 才人が思わずそうつぶやいたが、フブキが否定する。
「いや、最後まであきらめずに呼びかけ続ける! そうすれば、きっとどんな相手にも俺たちの
気持ちは通じる……!」
 言いながら、ムサシと目を合わせた。
「お前はそう言いたいだろう?」
「……はい!」
 ムサシは満面の笑みでフブキに肯定した。フブキは続けて述べる。
「デラシオンに対話の意思がなくても、チームEYESは地球からのメッセージを送り続ける! 
早速指示しなくちゃな……。ムサシ、コスモス、悪いが後のことは頼んだぜ」
「任せて下さい! デラシオンが考えを変えてくれるまで、僕たちが地球を守ります!」
 フブキは去り際に、才人にも目を向けた。
「ゼロって言ったか……どうか、コスモスとムサシを助けてやってくれ」
「はい! 望むところです!」
 才人の力強い返答に微笑んだフブキが、EYESの基地へと向かっていった。それからムサシが
才人に向き直る。
「僕たちのために、地球のために戦ってくれてありがとう。その気持ちは、絶対に無駄には
しない! だからともに手を取り合って、地球のリセットを阻止しよう!」
「ええ! よろしくお願いします!」
 才人はムサシから差し出された手を取り、固い握手を交わした。
 そしてゼロは、ある確信を得ていた。それは、この物語はコスモスペースでの実際の出来事の
途中までの記録だということ。コスモスが、ムサシの夢の実現の直前に、地球の存続を懸けた
大きな試練があったと語っていたのだ。
 ならばこの物語を完結させるためにやるべきことはたった一つ。宇宙正義の決定を覆し、
地球の未来をつなぐのだ。

 デラシオンによる地球全生命のリセットは、地球の各国政府にも告げられた。そして防衛軍は、
デラシオンに対する徹底抗戦を決定。軍事衛星の超長距離レーザーや弾道ミサイルの照準が、
衛星軌道上に押し出されたグローカーマザーと地球に迫り来るギガエンドラに向けられた。
攻撃開始は刻一刻と迫っていた。
 しかしフブキ率いるチームEYESは、デラシオンに対してメッセージを送信し続けていた。
それが実ることを信じて……ムサシと才人はグローカーマザーの座標の真下に当たる市街まで来た。
「防衛軍の攻撃では、デラシオンの兵器を破壊することは出来ないだろう。そしてデラシオンは
地球の抗戦に対して、反撃を行う……! それを食い止めるのは僕たちだ!」
「はいッ!」
 意気込む二人の超感覚が、ギガエンドラとグローカーマザーに対して攻撃が放たれたことを
感じ取る。
「始まった……!」
 攻撃の結果は……やはりスペースリセッターを破壊することは出来なかった。ギガエンドラも
グローカーマザーも傷一つつくことがなく健在。それどころか、グローカーマザーは地表に向けて
グローカーボーンを複数機投下してきた。
「来たッ! 才人君、行こう!」
「はい!」

564ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:40:09 ID:GbIkOgg2
 グローカーボーンの射出を確認したムサシは輝石を掲げ、才人はウルトラゼロアイを顔の
前にかざす。
「コスモースッ!」
「デュワッ!」
 グローカーボーン四機が都市に着陸と同時に、二人は光に包まれてコスモス・コロナモードと
ストロングコロナゼロに変身した!
「キ――――――――ッ!」
「デヤッ!」
「シェエアッ!」
 グローカーボーンはコスモスとゼロを認めると、いきなり射撃を開始。それに対してコスモスは
光弾を空へ弾き、ゼロはパワーに物を言わせて突っ切りながら前進。グローカーボーンたちに接近していく。
「ハァッ!」
「セェェェイッ!」
「キ――――――――ッ!」
 コスモスたちはグローカーボーンたちの間に切り込んで、肉弾で張り倒していく。
「デェアッ!」
 そしてゼロの鉄拳がグローカーボーン一体の顔面に突き刺さり、衝撃でバラバラに粉砕した。
『よぉしッ!』
 まずは一体を撃破したことにぐっと手を握るゼロだったが……空からはすぐに新たな
グローカーボーンが送り込まれてきた。
「キ――――――――ッ!」
『何ッ!?』
 コスモスは両腕を、円を描くように動かしてから、左手の平を右腕の内側に合わせる形で
L字に組んだ腕より必殺のネイバスター光線を発射した!
「デヤァ―――――ッ!」
「キ――――――――ッ!」
 振り抜かれた光線が、グローカーボーン三機を一気に爆破!
 だが同じ数のグローカーボーンがまた空から降下してくる。
「フッ!?」
『くそッ……! これじゃキリがねぇ……!』
 グローカーマザーは宇宙船だけでなく、破壊兵器グローカーの工廠の役割もあるのだ。
故に尖兵であるグローカーボーンをいくら倒そうとも、新しい機体が絶え間なく作られて
送り込まれてくるのである。
 次々湧いて出てくるグローカーボーンに手を焼いているコスモスとゼロの様子を、人々が
逃げ惑う市街からルイズが見上げていた。
「無駄だ。奇跡などない」
 コスモスとゼロを囲んだグローカーボーンたちは、四方から光弾を乱射して浴びせる。
「ウアァァァッ!」
『くぅぅぅッ……!』
 物量に物を言わせた攻撃に、追い詰められるコスモスたち。
 その時、空の彼方から大きな影が猛スピードで戦場に飛来してきた!
「ピィ――――――!」
「あれは……!」
 それに気づいたルイズが驚く。影の正体は鳥型の怪獣だ。ムサシがその名を叫ぶ。
『リドリアス!?』
 リドリアスは空から光線を吐いてグローカーボーンを攻撃し、コスモスたちへの射撃を阻止する。
 グローカーボーンはリドリアスの方に照準を向けたが、その一体の足元の地面が陥没して
姿勢を崩させた。
「グウワアアアアアア!」
 地面の下からグローカーボーンを持ち上げたのはゴルメデだった! 更に投げ飛ばされた
グローカーボーンに、続けて現れたボルギルスが体当たりを食らわせる。

565ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:42:54 ID:GbIkOgg2
「グイイイイイイイイ!」
 強烈な突進によってはね飛ばされたグローカーボーンの機能が停止する。
 コスモスたちに怪獣が加勢するが、グローカーボーンの方も負けじとばかりに更に増量される。
「キ――――――――ッ!」
 グローカーボーンの無感情の銃口が怪獣たちに向けられるが……怪獣も続々と増援が戦場に
到着してきた!
「ピュ―――――ウ!」
 地中から顔を出したのはモグルドン。それが掘った穴から、怪獣たちが飛び出してグローカー
ボーンに飛び掛かっていく。
「グゥゥゥゥッ!」
「キュウウゥゥッ!」
「グルルルルッ!」
 襟巻怪獣スピットルが黒い液体を吐いてグローカーボーンのモノアイを染め上げて視界を
ふさぐ。動きが鈍ったグローカーボーンに、古代怪獣ガルバスとドルバが連続で火球を吐いて
撃破する。
「グルゥゥゥッ!」
「キャア――――ッ!」
 岩石怪獣ネルドラントと地底怪獣テールダスがグローカーボーンに背後から飛びつき、
抱え上げて投げ飛ばした。
「グアァ――――――!」
「グルゥッ! グルゥッ!」
 投げられたグローカーボーンに毒ガス怪獣エリガルと密輸怪獣バデータが突進してはね飛ばし、
グローカーボーンはその衝撃で内部機械が破壊され動かなくなった。
「キ――――――――ッ!」
 奮闘する怪獣たちだが、グローカーボーンはまだいる。滅茶苦茶に乱射される銃口が、
逃げ遅れている人々の方へ向けられた!
「きゃあああああッ!」
「キュウウゥゥッ!」
 放たれた光弾に対して分身怪獣タブリスがその身を挺して受け止め、人々を救った。
 このウルトラマンと、人間たちを助けている怪獣は、鏑矢諸島に暮らす者たちだ。ムサシと
チームEYES、そしてコスモスによって救われた怪獣たちである。
「グアアァァァッ!」
 タブリスを攻撃したグローカーボーンに、伝説薬使獣呑龍が突進し、吹っ飛ばした。更にそこに、
空の彼方から二機の戦闘機が駆けつける。
「今だッ! コスモスたちを助けるんだ!」
 テックサンダー、テックスピナーの系譜に連なる現EYESの主力作戦航空機、テックライガー。
その指揮を執るのはもちろんフブキだ!
 テックライガーからのレーザー集中攻撃により、グローカーボーンがまた一体破壊された。
このウルトラマン、怪獣、人間が共闘する光景にルイズが目を見開く。
「何故、怪獣が人間と……!?」
「それが、ムサシがやってきたことなんだ」
 ルイズの背後から呼び掛けられる声。ルイズが振り向いた先に、ミーニンを連れた初老の
男性二人が立っていた。
「キュウッ!」
「こいつら怪獣たちが、ムサシを助けに行かせろとうるさくてね」
 冗談交じりに語ったのは、怪獣保護区の鏑矢諸島のイケヤマ管理官。そしてもう一人は、
EYESが最も活躍していた時代にキャップを務めていた、ヒウラ。
「話はフブキから聞いている。地球人が、宇宙に有害な存在になるんだって?」
 ヒウラは人間とともに、人間のために戦う怪獣たちの姿を見上げた。
「だが、今繰り広げられている光景こそが、どんな困難があっても夢をあきらめなかった
ムサシが出した結果であり、答えだ。ムサシの夢が、あれだけの怪獣たちと心を通わせたんだ。
だから彼らは今、力を貸してくれている! 私たちも、この事態に出来ることがあるはずと
ここに集まったんだ」

566ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:45:01 ID:GbIkOgg2
 シノブ、ドイガキ、アヤノの往年のEYESクルーも、戦場から避難する人々を誘導して
助けているのだった。彼らもまた、ムサシとの出会いを通して夢をあきらめないことを
誓った者たちなのだ。
 呆然とするルイズの超感覚が、少女の助けを求める声を捉えた。
『誰か助けて!』
「!」
 ルイズは反射的に、その現場に向かって超速で移動した。
「コスモス! コスモスー!」
 少女は自分の身の危険で助けを呼んでいたのではなく、コスモスと名づけたペットの犬が
瓦礫の下に閉じ込められたのを必死に助けようとしていたのだった。
 ルイズは少女に向けて告げる。
「早く逃げるんだ! 犬より自分の命が大事のはずだ!」
 しかし少女は聞き入れなかった。
「嫌だ! コスモスは、コスモスは大切な友達なの!」
「……友達……」
 ルイズが復唱した時、犬を閉じ込めていた瓦礫が不意に重力を無視して浮き上がった。
「あッ!? コスモス!」
「これは……!」
 そして二人の男女が、犬を引っ張り出して救出する。
「君の友達はもう大丈夫だ」
 瓦礫を反重力で浮き上がらせたのは、ハサミを持った小柄な宇宙人、チャイルドバルタン・
シルビィ。そして二人の男女はギャシー星人のシャウとジーン。皆かつてムサシが関わった
宇宙人たちであった。
「ここは危ないわ。早く逃げなさい」
「ありがとう!」
 犬を受け取った少女はシャウたちに礼を告げたが、ルイズに対しても礼を言った。
「お姉さんも、ありがとう!」
「……私は何もしていない……」
「ううん。あたしを心配してくれたでしょ! だから、ありがとう!」
 その言葉を残して、少女は避難していった。ルイズは、シルビィたち三人へと顔を上げる。
「地球とは関わりのない異星人までもが、どうして地球人を助けに来たのだ……」
『ううん。関わりならある』
 シルビィは証言する。
『ムサシは、前に私たちの種族と地球人の間の争いを止めてくれた! 大事な友達なの!』
「私たちも、ムサシと地球人たちのお陰で星の命をよみがえらせることが出来た。だから
今度は私たちが地球を助けるの!」
「私も、彼らから夢を信じることを教わった。宇宙正義がどんな結論を出そうとも、私たちは
地球人の夢を信じる!」
 ジーンが断言すると、彼らの頭上に深海怪獣レイジャが飛んでくる。
「シャウは地球の人たちのことを頼む!」
「分かった! 頑張って、ジーン!」
 ジーンはレイジャと一体化し、レイジャは四肢の生えた戦闘形態になってグローカーボーンに
タックルを決めた。
「キュオ――――――!」
 そして追撃に衝撃弾の連射を浴びせ、爆破させる。
「……地球のために、これだけの者が立ち上がるとは……」
 数多くのものが戦う今の光景に、ルイズはすっかり息を呑んでいる。
「だが……!」
 善戦しているように見えた怪獣たちだが、最後に残った二体のグローカーボーンが突如
バラバラに分解したかと思うと、パーツが一つに組み合わさって合体を果たした!
 グローカーはより大きく、より強く、より攻撃的で冷酷になった第二形態グローカールークと
なったのだ!

567ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:47:00 ID:GbIkOgg2
[抵抗スルモノハ、全テ、排除]
 グローカールークは両肩から光弾を乱射して、怪獣たちを片っ端から薙ぎ飛ばしていく。
「グウワアアアアアア!!」
「グイイイイイイイイ!!」
 コスモスとゼロはすぐにその暴挙を止めに掛かる。
『やめろぉぉッ!』
 だがグローカールークの前後から放たれる光弾により、二人同時に吹っ飛ばされた。
「ウアアァァァッ!」
 暴れるグローカールークにレイジャとリドリアスが空から突っ込んでいく。
「キュオ――――――!」
「ピィ――――――!」
 しかし攻撃を仕掛けるより先にグローカールークが高く跳躍し、手の甲から伸ばした鉤爪に
より二体を斬りつける。
「ピィ――――――!!」
 撃墜された二体の内、リドリアスの方を締め上げるグローカールーク。
[任務ノ障害ハ、全テ、排除]
 その凶刃がリドリアスにとどめを刺そうとする!
『させるかぁぁぁぁッ!』
 そこにゼロが飛び蹴りを決めて、鉤爪を根本からへし折った! 蹴りつけられた衝撃で
グローカールークはリドリアスを離す。
「シェアァッ!」
 コスモスはコロナモードからエクリプスモードに二段変身! そして三日月状の巨大光刃を
作り出す。
「ハァッ!」
 そうして飛ばしたエクリプスブレードは、グローカールークを貫通して綺麗に両断。一気に
爆砕した。
 これで地上に放たれたグローカーは全て倒されたかに見えたが……間を置かずに新たな相手が
飛来してきた。
 それはグローカーマザー! グローカールーク敗北を受け、遂に衛星軌道上から地表まで
降下してきたのだ。
『まだロボット出そうってのかよ!』
『いや……違うッ!』
 グローカーマザーは飛びながら両翼を分解して完全にパージ。そして空の上へと姿を消したかと
思うと……グローカールークよりも更に巨大なロボットと化して降下してきた!
[任務ノ障害ヲ、完全ニ消去]
 それは下位のグローカーでは対処できない相手に対して発動するコマンド。グローカーボーン
製造機能を捨てる引き換えに変形するグローカー最終形態、グローカービショップだ!
 地球の全生命リセットの時は、刻一刻と迫っている!

568ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/02/20(月) 01:47:53 ID:GbIkOgg2
今回はここまでです。
てんやわんや。

569ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 12:56:36 ID:AD6r/IbY
おはようございます。ウルトラ5番目の使い魔、56話できました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

570ウルトラ5番目の使い魔 56話 (1/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 12:58:20 ID:AD6r/IbY
 第56話
 守れなかった希望
 
 四次元怪獣 ブルトン
 残酷怪獣 ガモス
 地底怪獣 テレスドン
 鈍足超獣 マッハレス
 毒ガス怪獣 メダン
 カオスバグ
 双子怪獣 レッドギラス
 双子怪獣 ブラックギラス 登場!
 
 
 滅び行く文明、破壊されゆく世界の中で二人は出会った。
 ブリミルとサーシャ、いずれハルケギニアという世界を築き上げる偉大なメイジと使い魔。
 しかし、彼らは最初から英雄だったわけではない。むしろ、望まぬ力を突然与えられて戸惑い悩む旅人であった。
 日々を生き抜くこと。今の彼らはそれだけを考えて前に進む。
 その道中で、同じように生き残っていた人々を集め、彼らは希望を強めて旅を続ける。東へ、東へ。
 
 だが、西遊記において玄奘三蔵は旅路で弟子を集めて天竺で望みを叶えたが、東へと旅を続ける彼らを終点で待ち受けるのはなにか。
 
 始祖とガンダールヴ。その本当の誕生と、絶望を乗り越える光を手に入れるための試練が始まる。
 
 
 旅を続けるブリミルの一行。その旅路は決して楽なものではなかったが、彼らは望みを捨ててはいなかった。
 ブリミルが頼んだのは、首都に残っていると思うマギ族の仲間たちと、その力であった。各地が壊滅しても、マギ族が全滅したわけではない。必ず首都に立てこもって抵抗を続け、再興の機会を待っているはずだ。ブリミルはマギ族の底力を信じ、この危機はいつか去ると信じ、もう愚かな争いはやめて仲間たちとささやかな生活を送ろうと願っていた

571ウルトラ5番目の使い魔 56話 (2/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 12:58:58 ID:AD6r/IbY
「ブリミルさん、疲れたでしょ。水、お飲みんさいな」
 汗を流しながら山道を切り開いているブリミルに、ひとりの老婆が水筒を差し出してくれた。派手な魔法を使えば凶暴な幻獣や怪獣を呼び寄せてしまうかもしれないので、地道に力仕事で進まねばならない中、こうした細やかな心配りがうれしいということをブリミルは知った。
 それだけではない。出会った人たちは、ブリミルがマギ族だと知ると最初は嫌悪感を示したが、ブリミルが威張ることなく頑張っている姿を見ると次第に手を貸してくれるようになった。
 安全なところからモニターごしに命令するだけでは決して理解できないもの。ブリミルは、自分がいままでいかに無知だったかを知り、人々との触れ合いを受けて本当に人の役に立つとは何かを学んでいった。
「ブリミルさん」
「ブリミルくん」
「ブリミルちゃん」
 そんな風にマギ族以外から呼ばれたことなどなかった。そうして触れ合ううちに、彼らも自分たちマギ族になんら劣ることなどない、いや、自分たちが忘れてしまった素朴さや思いやりを持っている立派な人たちだと思うようになっていった。
「みんなに話そう、僕らが間違っていたんだと。そして今度こそ、みんなが友達になれる世界をこの星に作り直すんだ」
 それがブリミルの目標になっていた。サーシャや仲間たちが教えてくれた、本当の幸せはものの豊かさだけじゃないんだということを。
 そんなブリミルの変わりようを、サーシャも暖かく見守るようになっていた。
「あなた、少しはたのもしくなったじゃない。けど、もしあなた以外のマギ族がわたしたちを変わらずに道具として使おうとしたらどうするの?」
「できるだけ説得はしてみるけど、もしものときは僕がみんなを守るよ。でも僕は信じてる、マギ族の中にも必ずわかってくれる人はいるって」
「ふふ、蛮人のくせに言うようになったわね。少しは期待してるから」
 サーシャや仲間たちにしても、マギ族との対決など望んではいなかった。確かに恨みは大きいが、晴らしたからといってなにになるわけでもない。なによりももう、戦うなどうんざりだった。
 贅沢は言わない、ただ平和な世界を。それを夢見て、ブリミルと仲間たちは歩いた。
 だが、ブリミルの淡い期待はすでに猛禽の住む谷に放した伝書鳩の帰りを待つのと似た、虚しい希望となっていたのだ。
 その前兆はあった。旅を続けながら遭遇する怪獣の数は錯覚ではなく増え続けていた。目に見える自然の風景もどんどんと荒れ果てていった。
「異変はおさまるどころか、ますます拡大し続けてるんじゃないのか?」
 岩陰に身を潜めて息を殺しながら、ブリミルたちは近場を地響きを立てて歩いていく怪獣と、地上に影を投げかけて飛んでいく怪獣が通り過ぎていくのを待った。
 怪獣はいっこうに減らない。それに天気も、最近は曇りばかりで晴れる日が少なくなってきたように感じられる。異変が星の環境そのものをさえ変え始めているのかもしれない。
 しかしブリミルたちは不吉な予感を意図して無視して旅を続けた。ほかにすがる望みもなく、行くべき場所もない彼らには旅を途中で投げ出すことはできなかったのだ。ブリミルもサーシャもそうだった。

572ウルトラ5番目の使い魔 56話 (3/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 12:59:36 ID:AD6r/IbY
 そして旅路の果て、最後の山を越えて都市にたどり着いたブリミルたちの見たものは、完全に破壊されつくされた廃墟の冷たい眺めだったのである。
 
「こ、こんな、こんなことが。僕らの、僕らの作り上げた街が……」
  
 ブリミルの落胆した声が流れた。たとえ世界中が破壊されても、ここだけは耐えられると思っていた、ここだけは大丈夫だと思っていた。マギ族の第二の故郷の象徴である大都市だけは、不滅だと信じたかったのに。
 だが現実は残酷だった。都市のシンボルであった巨大ビル群はすべて倒壊して瓦礫の山と化しており、動くものの影さえない。
 やっぱりここもダメだったのか……都市の遠景を眺めながら、皆が疲れ果てた様子で息を吐く。しかしブリミルはあきらめきれなかった。
「そうだ、地下ならまだ誰か生き残ってるかもしれない! 行こう、食料だってきっとたくさんあるはずだ」
 希望を捨てきれずにブリミルは叫んだ。サーシャやほかのみんなも、やっとここまでたどり着いたのに何もなしで引き返すのはできないと彼に従った。
 だが、都市は本当に見る影もないくらいに破壊されつくしていた。
「おーい、誰かいないのかぁ!」
 街のどこで呼べど叫べど、答える者はいなかった。
 破壊の度合いは徹底を極め、道路に残っている足跡からも、少なくとも数十体の怪獣がここで暴れたことは明白であった。防衛用のバリヤーも、力づくで突破されてしまったのであろう。
 建物は砕かれ、焼かれ、溶かされ、原型を保っているものはひとつもない。ここを襲った怪獣たちはすでに姿を消し、廃墟は沈黙に包まれていたが、それはもはや壊すものがなくなってしまったからだろう。当然、建物の中の設備や物資も使い物にはならなくなっていた。
「誰でもいい、いたら返事をしてくれ!」
 これだけの都市に生存者がいないわけがないと、一行は手分けをして方々を探した。しかし、どんなに声を張り上げても、耳を澄まして返事を探すブリミルとサーシャに届くのは風の音だけであった。
「ちくしょう、僕らはここに宇宙のどこにも負けないすごい街を作ったつもりだったのに。今じゃ虫の音ひとつ聞こえないなんて」
「まだあきらめるには早いわよ。もっと先に行ってみましょう……あら? ねえ、何か聞こえない?」
 サーシャが長く伸びた耳を立てて立ち止まると、ブリミルも慌てて立ち止まって耳を澄ませた。しかしブリミルの耳に届いてくるのは、相変わらず寒々しい風の音だけであった。
「どうしたんだい、何も聞こえないけれど?」
「や、今なにか、ドクンドクンって、心臓みたいな音が聞こえたんだけど……もう聞こえないわ、気のせいだったのかしら?」
 サーシャはまわりを見渡したが、それらしい音をさせるようなものは何もなかった。幻聴なんかが聞こえるとは、自分もけっこうまいっているのかもとサーシャは頭を振った。

573ウルトラ5番目の使い魔 56話 (4/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:00:13 ID:AD6r/IbY
 都市は破壊されてからすでに数ヶ月は経っていると見え、生き埋めになっている人がいたとしても生存は無理だろう。と、なればやはり可能性のあるのは地下しかない。
 頼む、誰でもいいから生きていてくれ。ブリミルたちはすがるように願いながら先へ進んだ。この都市の地下には広大な工場施設があった、そこの奥深くに逃げ込んでいれば助かった可能性はある。きっとある。
 ブリミルたちは都市を進み、ようやく地下への入り口を見つけた。魔法で瓦礫をどかし、補助電源すら死に掛かっている通路を明かりを灯しながら進んだ。しかし彼らがそこで見つけたのは、半壊したコンピュータに残されたあまりに残酷な記録であったのだ。
「そんな、マギ族が……全滅」
 都市の自動記録装置が撮影した最後の映像には、星を脱出しようとして叶わずに宇宙船ごと全滅するマギ族の姿が映し出されていた。
 宇宙船は地上に激突して炎上し、生存者は望むこともできない。そして怪獣たちによって破壊されていく都市が映し出され、カメラが破壊されたところで映像は途切れた。
 落胆して床に座り込むブリミル。別の映像では変貌していく亜空間ゲートの姿も映し出されていたが、いまのブリミルにはどうでもよかった。
「僕らのやってきたことは、いったいなんだったんだ?」
 ブリミルは苦悩した。なんのために何百年も何世代もかけて宇宙をさすらい、やっとたどりついたこの星に安住の地を築いたんだ? せっかく築いた繁栄も、もうなにもかも壊れ果ててしまった。マギ族は死に絶え、残したものといえば、この星の人々への多大な迷惑だけではないか。
 自分たちがこの星でやってきた十年はまるで無駄だったのか……? 星を荒らし、人々を傷つけて、外敵を呼び込んだ結果、なにもかもをだいなしにしてしまった。繁栄に酔っているときは、こんなことになるなんて思いもしなかったのに。
「やり直せるならやり直したい」
 ブリミルが悲しげにつぶやくと、サーシャは厳しく言い返した。
「無理よ、これはあなたたちの過ちが招いたこと。罰を与えたのは誰でもなくあなたたち自身、誰を恨みようもないし、受け入れるしかないことなのよ」
「そうだね、まったくそのとおりだ。でも、僕の同胞はもういない。僕一人で、いったいどうすればいいんだ」
「ならわたしたちの仲間でいいんじゃない? マギ族でなくたって、あんたはあんたでしょ。ただのブリミルとして、さらっと生まれ変わったつもりで生きなおしていいんじゃない?」
 サーシャにそう言われて肩を叩かれると、ブリミルは苦笑しながらも顔を上げた。
「君はそれでいいのかい? 君は、マギ族をどう思ってるんだい?」
「そうね、ざまあみろとは思うわ。けど、いまさらどうしようもないことじゃない。それに、今は過去を振り返ってるときじゃない。未来のために、誰もがぐっと我慢しなきゃいけない時なんじゃないの」
 いがみあっていたら、それこそマギ族の二の舞になる。サーシャの言葉に、ブリミルはぐっと涙を拭いて立ち上がった。
「君は、君たちは強いね。僕らマギ族にも、君たちのような正しい前向きさがあれば、つまらないいさかいに夢中になったりしなかっただろうに」

574ウルトラ5番目の使い魔 56話 (5/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:00:50 ID:AD6r/IbY
「ええ、ほんとにマギ族ってひどい奴ら。だからこそ、あなたは他のマギ族の分も生きていく義務があるんじゃないの? さあ、あなたたちの船のところに行きましょう。マギ族はひどい奴らだったけど、墓くらいはちゃんと建ててあげなきゃね」
 ブリミルはうなづいて、サーシャの後について歩き出した。そうだ、同胞たちの亡骸をそのままにしてはおけない。せめて、長年夢見てきた第二の故郷の土に眠らせてやるのがせめてもの弔いだ。
 亜空間ゲートと宇宙船の残骸のあるのは、都市の中心部にある大空港だ。ブリミルたちはそこに向かいだした。
 
 だが、空港に向かうためにいったん地上に出たときだった。先に様子を見に行っていた仲間の悲鳴のような叫びが聞こえてきたのだ。
「おおーい、大変だぁ! ブリミルさん、すぐに来てくれーっ!」
 なんだ!? 尋常ではない様子の叫びに、ブリミルとサーシャも血相を変えて走り出した。
 精神力の温存もかまわずに、瓦礫の山を魔法で飛び越えて空港へと急ぐ。そしてビル街から空港の開けた空間へと飛び出たとき、ブリミルとサーシャの見たものは異様な光景であった。
 不気味な姿に変形した亜空間ゲートと、その傍らに横たわるマギ族の宇宙船の残骸。だがそれはもうわかっていた光景だ。ふたりが驚いたのは、空港のあちこちに散乱する、破壊された小型の円盤だったのだ。
「これは、僕らマギ族の飛行円盤じゃないか。どうして、これがこんなに?」
 ブリミルは困惑した。それらは、以前にブリミルが虚無の魔法を会得することになった円盤と同じタイプのマギ族の自家用機の数々であった。
 いずれも、大きく破壊はされているが、元の形状がシンプルな円盤だったために原型はとどめていた。しかし、マギ族の空港にマギ族の円盤があるのは当然のことだ。ふたりが驚いたのは、それら円盤の残骸が真新しいことだったのだ。
「こいつは、墜落してまだ数日も経ってないぞ」
 一機の円盤の残骸に近づいてブリミルはうなった。その円盤の残骸の傷口にはさびやこびりついたほこりも見えず、ちぎれた金属の光沢はそのまま残っている。しかも、墜落時の炎上の残りか、まだうっすらと煙まで吐いているではないか。
 乗員は死亡している。けれど、船外に投げ出された遺体を見ても、腐敗の気配はまだ見えない。
「僕以外にも、生き残っていたマギ族がいたんだ」
 これは、つい最近ここにやってきた者たちだ。おそらく円盤が故障するかなにかで、首都に帰れずに難を逃れ、修理を終えてここにやってきたのだろう。
 けれど彼らは到着時に何者かに襲われた。犯人はおそらく、怪獣だ。その証拠に、空港には無数の足跡が残されており、掘り返された土もまだ乾ききっていない。
 他の円盤を見に行っていた仲間たちからも、どの円盤も同じような状態だったとブリミルは聞かされた。
「君たちも、ようやくここに帰ってこれたのに、さぞ無念だったろう」
「蛮人、感傷に浸ってる場合じゃないわよ。ここに来たマギ族の船は、どれも到着と同時に襲撃を受けたんだわ。なら、襲った張本人はどこに行ったのよ?」
「えっ? そりゃ、もうどこかに立ち去ったんじゃないか?」
 ブリミルは素朴に考えて答えたが、サーシャは険しい表情で円盤の残骸を指差して言った。

575ウルトラ5番目の使い魔 56話 (6/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:01:32 ID:AD6r/IbY
「残骸の状態をよく見てみてよ。目の前のこれは、つい昨日くらいに壊されたものだけど、あっちに見えるあれはさびが浮き始めてるわ、一週間前に雨が降ったからそれを浴びたんでしょう。かなり時間がずれた状態で、同じ壊され方をしてるなんて変じゃないの?」
「あ、ああ。そういえば、空から見れば怪獣がいるのはわかるはずなのに、どうして彼らは着陸しようとしたんだ」
「ねえ、何か悪い予感がするわ。さっきはああ言ったけど、ここにいると何かよくないことが起こりそうな気がするの」
「そうだね、君の言うとおりだ。まだ調べたいことはあるけど、急いでみんなを集めてここから離れよう」
 ブリミルも背筋に冷たいものを感じ、サーシャの意見に賛同した。なにが変だと具体的には言えないが、ごく最近にここで惨劇が起こったのは確かだ。後ろ髪を引かれる思いはあっても、皆の安全には代えられない。
 しかし、ふたりが街に散った仲間たちを呼び集めようとした、まさにそのときであった。彼らの耳に、まるで心臓の脈動のような不気味な音が聞こえてきたのだ。
「なんだ、この変な音は?」
「あなたにも聞こえるの? これよ、さっきわたしが聞いた音は。あっ、あれを見て」
 音に続いて異変は立て続けに起こった。突如地響きがして、サーシャの指差した滑走路の一角から土煙とともになにか巨大なものがせり上がってきたのだ。
「なっなんだ? なんだいあれは!」
「んっ、ホヤ?」
 それは奇怪としか表現のしようがない物体であった。全長は六十メートルほどもある巨体だが、まるでフジツボを寄せ集めてできたかのような、穴ぼこと出っ張りだらけの訳のわからない形をしている。色は青と赤で上下が分かれていて、気味が悪いというかおよそ生き物とすら思えなかった。
 まさかあれもヴァリヤーグの仲間か? いや、光の粒子は見えないし、違うのか?
 出現した物体の正体がわからずに戸惑い立ち尽くすブリミルとサーシャ。しかしそれを映像で見ていた才人には、そいつが何者なのかわかっていた。そいつは、かつて地球にも出現して科学特捜隊をさんざん翻弄した、あの。
「四次元怪獣ブルトン!」
 歴代ウルトラ戦士が戦った怪獣の中でも特に不条理かつ謎の多い存在だ。なぜ、こいつまでここに? 暴走した亜空間ゲートの強烈な時空エネルギーに呼び寄せられたのであろうか?
 こいつはとにかく謎だらけの存在で、無重力圏の谷間から落ちてきた鉱物生命体ということぐらいしかわかっていることはない。しかし、その行動原理は不明であっても、こいつは自分に敵意を持つものに対しては明確な敵意で返す習性を持っている。ブルトンに攻撃を仕掛けた防衛軍の戦車や戦闘機は四次元現象で全滅させられた。もし、ブルトンが近づいてくる人間を外敵と判断したとしたら。
 まずい、逃げろ! と才人は叫ぶが、当然過去のビジョンの中のブリミルたちには届かない。

576ウルトラ5番目の使い魔 56話 (7/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:02:15 ID:AD6r/IbY
 ブリミルとサーシャが、ブルトンが何なのかわからずに棒立ちになっていると、ブルトンは無数にある開口部のひとつから四本の細い繊毛のようなものをせり出させて震わせた。するとそこから鈍い光が放たれて、周辺の空間が歪んだかと思うと、その中から四体もの怪獣が現れてきたのだ。
「なっ! か、怪獣だって」
「そんな、いったいどこから」
「ブリミルさん、あっちにも!」
「サ、サーシャさん、あっちにも出ましたわ!」
 ふたりや彼らの仲間たちは困惑した。今まで何もなかったところから、まるで召喚されたように怪獣が現れるなんて!
 だが、これこそ四次元怪獣ブルトンの能力なのだ。奴は時空を自由自在に操ることで、あらゆる世界の法則を無視することができる。才人の知っている記録では披露されたことはなかったが、遠く離れた場所にいる怪獣を呼び寄せるなど本来ブルトンには簡単なのだ。
 出現した怪獣たちは四体、それぞれが人間たちを獲物だと認識して襲い掛かってきた。
 まず一匹目は、シャープな頭部と弾力がありそうな体を持つ地底怪獣テレスドン。怪力と大重量を持ち、滑走路に巨大な足跡をつけながら向かってくる。
 二匹目は、背中に大きなヒレを持つ鈍足超獣マッハレス。爆音を鳴らすものや高速で動くものが大嫌いな習性を持ち、空を飛んで逃げ出そうとした人たちに怒って飛び掛っていく。
 長く伸びた鼻を持つ三匹目は毒ガス怪獣メダン。ガスを主食とし、窒息性の猛毒ガスを吐き散らす凶暴な怪獣で、さっそく興奮して白色の毒ガスを撒き散らしている。
 そして四匹目が、地球に現れた怪獣の中でもトップクラスに凶悪無比な一体とされる、その名も残酷怪獣ガモス。ヘビのような光沢を持つ体と濁りきった目を持ち、背中には無数の鋭いトゲを生やして見るものを威圧する。さらに何よりも、その頭脳は殺戮を至上の喜びとする邪悪な意思に満ち満ちており、目の前に多数の人間がうごめいているのを見ると、歓喜に吼えたけりながら襲い掛かった。
 四方から襲い掛かってくる四匹の怪獣。ブリミルたちは理解した。
「あいつが、マギ族の生き残りは、あのフジツボおばけが呼び出した怪獣にやられてしまったんだ」
 マギ族の生き残りは、この空港にやっと帰ってきてほっとしたところを、異次元から現れた怪獣に奇襲されてしまったに違いない。
 せっかく生き残っていた仲間をよくも。ブリミルは怒りに震えたが、ブリミルにできることは、ただ一言叫ぶだけであった。

577ウルトラ5番目の使い魔 56話 (8/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:04:26 ID:AD6r/IbY
「逃げろーっ! みんな逃げるんだーっ!」
 それ以外にできることはなかった。相手は四匹、勝ち目など最初からゼロに等しい。魔法でみんなを逃がすにも、全員を集合させなくてはテレポートも世界扉も使えない。
 できることは、全員がバラバラになって少しでも遠くに逃げること。そしてリーダーである自分には、できることではなくてしなければいけないことがある。
「ぼ、僕が時間を稼ぐ。サーシャ、君はみんなを連れて逃げるんだ」
 それが、この中で唯一怪獣とも戦える魔法を持つブリミルにだけできる仕事であった。しかし相手は五体、魔法の訓練は積んできたが、こんな数を相手にするのは初めてだ。
 敵の能力は未知、自分の力は発展途上。しかしやるしかない、でなければ、自分はマギ族である自分を今度こそ許せなくなってしまう。
 だが、悲壮な決意をするブリミルの肩をサーシャが叩いた。
「やせ我慢してんじゃないわよ。あんた一人じゃ呪文を唱える時間もないでしょ、ふたりでやるわよ。いいわね」
「サーシャ、すまない」
 ブリミルは己の非力さを嘆き、サーシャの気遣いに感謝した。だが、ふたりならばまだ何とかなるかもしれない。
 怪獣たちの気を引くために、ブリミルは中途半端なエクスプロージョンの爆発を頭上で起こし、「お前たちの相手は僕らだ」と叫ぶ。そのふたりの後ろでは、彼らの仲間の人間や亜人たちが懸命に逃げていっていた。
「ブリミルさん、すまねえ!」
 彼らは皆、今日まで旅路で苦楽を共にしてきた大事な仲間たちだ。種族など関係ない、守らねばならないという思いがブリミルとサーシャの胸に強く燃え上がる。
 サーシャは腰の剣を抜き、ブリミルの肩を抱いた。ガンダールヴは詠唱の間に敵と戦って時間を稼ぐのが仕事だが、相手があれでは戦いようがない。なら、ガンダールヴの素早さでブリミルごと逃げ回るしかない。
 四大怪獣が来る! ブリミルはエクスプロージョンの詠唱を始め、サーシャは全力で走る準備を整えるために息を吸い込んだ。
 最初に来るのはなんだ? 火炎か? 毒ガスか? 破壊光線か? 身構える二人。
 
 だが、今まさに怪獣たちを迎え撃とうとしていた二人は信じられないものを見た。なんと、こちらに向かってきていた四匹の怪獣のうち、ガモスがくるりと方向を変えてブリミルたちの仲間のほうへと向かいだしたのだ。
「なに! こら、どこへ行く! お前の相手は僕だ」
 ブリミルが叫んでもガモスはまるで聞く耳を持たない。なぜなら、殺戮のみを喜びとするガモスにとって、立ち向かってくる相手など興味はない。逃げ惑う弱者をいたぶることこそ快感があるのだ。
 いやらしい笑いを浮かべているような目で逃げる人間たちを見下ろして追いかけるガモス。しかしブリミルとサーシャには、残りの三匹が向かってきているのでガモスに向かうことができない。
 攻撃が来る! メダンの吐いた毒ガスとマッハレスの吐いた爆発性ガスが来る。ブリミルはやむを得ず、自分の身を守るために呪文を開放した。

578ウルトラ5番目の使い魔 56話 (9/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:05:06 ID:AD6r/IbY
『エクスプロージョン!』
 魔法の爆発がガスを吹き飛ばし、勢いを衰えさせずに爆風でメダンとマッハレスを吹き飛ばして尻餅をつかせた。
 しかし、非常に重い体重を持つテレスドンは吹き飛ばず、そのまま猛牛のように突進してブリミルたちを踏み潰そうとしてきた。
「飛ばすわよ、舌噛むんじゃないわよ!」
 サーシャはブリミルの手を引いて走り出した。ガンダールヴの力で何倍にも上げられたスピードでテレスドンの突進をかわし、ブリミルは手提げかばんのように振り回されながらも必死で呪文を唱え続ける。
 この三匹はどうでもいい! 仲間たちを追っていった、あの怪獣を止めなくては!
 皆は魔法を使って飛んだりしながら必死に逃げているが、瓦礫も無視しながら歩く怪獣の速度のほうが速くて逃げ切れない。そしてついに、最後尾の数人がガモスの射程内に入ってしまった。
「うわっ、うわぁぁっ!」
 逃げる人間たちを見下ろして、ガモスが笑うように開けた口から白い泡が吐き出されて人間たちに振りかけられる。すると、泡を浴びた人間たちは一瞬にしてシルエットだけを残して溶かし殺されてしまった。
「なっ、なっ、なんてことを!」
 サーシャが悲鳴をあげた。ガモスの吐き出す泡は強力な溶解泡であり、かつて宇宙指名手配犯ナンバー2として悪名をとどろかせていたガモスの同族は、これを使って宇宙の各地で殺戮の限りを尽くしていたのだ。
 ガモスは犠牲者たちの残骸をうれしそうに見下ろしてから踏みにじると、さらなる獲物を求めて歩を進めた。まだ、ガモスの前には何十人もの人間たちが残っていた。
「みんな、怪獣の吐き出す泡を浴びちゃだめよ。魔法で防ぎながら逃げて!」
 サーシャはブリミルの手を引きながら叫んだ。仲間たちには怪獣と戦えるほどの力はない、自分とブリミルが守らなくてはならないのだ。
 仲間たちのメイジや翼人、エルフが風を操ってガモスの放つ溶解泡をそらしていく。しかしガモスは溶解泡が通じないと見ると、その目から今度は波状の破壊光線を撃ってきたのである。
「わあぁぁっ!」
 光線は防ぎようがなく、爆発に飲み込まれて仲間たちが消えていく。しかもガモスは卑劣なことに倒壊したビルの残骸を狙って光線を打ち、瓦礫の雨を仲間たちの頭上に降らせたのだ。
 破片とはいっても数十キロから数百キロはある岩の雨だ。まともに食らえば人間などひとたまりもない弾雨に、魔法で防壁を作ろうとするしかない。しかしそうすれば、ガモスは努力をあざ笑うかのように、彼らの上に生き埋めになるほどの瓦礫を降らせるのだ。
 ガモスの猛威はまだまだ続く。奴は遠くまで逃げた者がいるのを、その蛇のような目で見つけると、前かがみになって背中と尻尾に生えている鋭いとげをミサイルとして発射したのだ。
「ぎゃあぁっ!」
 トゲミサイルの爆発で仲間たちが炎の中に消えていく。翼人の青年ゼイブ、エルフの幼子ラチェ、口うるさいメイジの老人キナさん。

579ウルトラ5番目の使い魔 56話 (10/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:06:22 ID:AD6r/IbY
 みんなの命が消えていく。
「やめてっ! やめてえぇぇっ!」
 サーシャの絶叫が響く。ガモスの虐殺の前に、すでに何十人もの仲間が殺されてしまった。彼らはサーシャにとっても、かけがえのない仲間だったのだ。
 しかし三匹の怪獣が道をふさいでいる。ブリミルは詠唱が不完全なのにも関わらずに魔法を発動させた。
「邪魔だ! どけ、お前らぁ!」
 口調も荒く、ブリミルはエクスプロージョンを炸裂させた。怒りで感情が高ぶって魔法の威力が上昇し、不完全な状態だというのに三匹の怪獣を爆風で吹っ飛ばした。
 これで道が開けた。それだけではない、爆風の威力に驚いたのか、テレスドンが土砂を巻き上げながら地面に潜っていったのだ。
「よし、一匹片付いたわ。早くしないと!」
「サーシャ、捕まってくれ。飛ぶよ」
 ブリミルはサーシャの手を掴むと魔法で飛び上がった。この距離ならばテレポートで瞬間移動するより飛んでいったほうが早い。サーシャも飛ぶ魔法は使えるが、あまり得意なほうではなく、飛ぶならブリミルのほうが断然速かった。
 だが、飛び上がったブリミルたちを見て、狂ったようにマッハレスが白色ガスを吹きかけてきた。猛烈な風圧で迫り来たそれを、ブリミルはかろうじてかわす。
「こいつめ。お前だな、僕の仲間たちの乗った円盤を落としたのは!」
「バカ! それどころじゃないでしょ」
「わかってる。こっちを向け! これ以上、お前を先には進ませないぞ」
 憎さ余りあるガモスを止めるために、ブリミルは怒りを込めてエクスプロージョンをガモスの頭に叩き付けた。それと同時にマッハレスの目の前を魔法で瓦礫を飛ばして注意をそらした。
 爆発がガモスの左側頭部で起こり、これにはさしものガモスもたまらずに振り返ってブリミルたちを睨み付けた。
 交差するブリミルとガモスの視線。そうだ、それでいい。お前の相手は僕らだ、貴様だけはこの世から跡形もなく消してやる。
 瓦礫の山の頂上に降り立ち、呪文を唱えるブリミル。今の僕は怒っている、この溢れんばかりの怒りのすべてを貴様にぶつけて、本当に跡形もなく消してやる。
 ガモスは邪魔者を排除しようと、ブリミルに向かって目からの破壊光線を放ってきた。しかし、詠唱中の使い手をガンダールヴが守り抜く。
「地の精霊よ! 私たちを守りなさい!」
 瓦礫が生き物のように立ち上がって破壊光線からふたりの身を守った。瓦礫の盾は粉砕されて破片が降り注ぐが、それらは剣を抜いたサーシャがすべてはじき返して止めた。

580ウルトラ5番目の使い魔 56話 (11/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:07:12 ID:AD6r/IbY
 魔法と剣技、両方を使えるガンダールヴの強さに隙はなく、その戦いぶりを見た才人は改めて感嘆した。そしてサーシャの援護のおかげで、ブリミルはガモスを倒すのにじゅうぶんなだけの力を溜めることができた。
「いくよサーシャ!」
「ええ、みんなの敵を」
 溜まった魔法力を解放するため、ブリミルは杖を頭上に高く振り上げた。
 これで殺された仲間たちの敵をとる。エクスプロージョンを解き放つため、ブリミルが杖を振り下ろそうとした、だがその瞬間だった。
「エクス、っん? なんだ、か、体が動かないっ」
「はあ? あんたこんなときに何を言って……な、なによこれ? わたしも、体が動かない!?」
 これからだというのに、二人の体は鉛になったように動かない。いったい何が起こったんだ? 二人だけでなく、映像を見守っているルイズたちも困惑する。
 これは……はっとした才人が映像の奥を指差して叫んだ。
「ブルトン! あいつの仕業だ」
 そう、いつの間にかブルトンは穴から円筒のついたアンテナを出し、二人に向かって閃光を発していた。
 あれは何をしているのかわからないが、何かをしているのはわかった。恐らくはブルトンはふたりを脅威とみなして、時空エネルギーを使ってブリミルたちの身動きを止めに出たのだろう。
 ブルトンのパワーは見た目よりはるかに強烈で、地球に現れた個体も初代ウルトラマンの動きを封じ込めてしまっている。
「まずい、やられるっ」
 魔法を使おうにも狙いがつかない。この状況で破壊光線や溶解泡を浴びせかけられたら防ぎきれない。
 だが、窮地に陥ったブリミルとサーシャに対して、ガモスは追撃を仕掛けなかった。ニヤリと笑ったかのように口元を動かすと、くるりと再反転してブリミルの仲間たちへとまた向かいだしたのだ。
「あっ、あいつぅっ! 畜生」
 戦うことなど興味はない。標的はあくまで弱者、目的は勝利ではなく悲鳴と断末魔。ガモスとはそういう怪獣なのだ。
 身動きできない二人に背を向けて、ガモスは逃げ惑う人間たちへと歩を早めた。またも悲鳴が響き、命が奪われていく。だが、身動きのできないブリミルとサーシャには暴虐を止められない。
 ガモスの非道さに、才人やルイズたちも歯軋りをしたり靴のかかとを叩きつけたりして悔しさを表した。だが、ブルトンの金縛りは簡単には解けない。
「蛮人、なんとかならないの!」
「だめだ、テレポートを使おうにもつながっていなくては君を置き去りにしてしまう。君こそ、魔法でなんとかならないのかい?」

581ウルトラ5番目の使い魔 56話 (12/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:09:13 ID:AD6r/IbY
「無理よ。周りの瓦礫ごと固められちゃってる。さっきから精霊に呼びかけてるけどビクともしないわ!」
「なんて力だ、くそっ。仕方ない、サーシャ、少し痛いが我慢してくれよ。エクスプロージョン!」
 なんとブリミルは自分の正面で爆発を起こした。その衝撃は時空エネルギーを切り離し、ブリミルとサーシャも無理やり吹き飛ばされることで金縛りから抜け出ることができた。
 瓦礫の山の上をゴロゴロと転がるブリミルとサーシャ。やっと止まったときにはふたりとも擦り傷だらけになってしまっていた。
「はぁ、はぁ、うう、いてて」
「む、無茶なことするわね」
「そう言わないでくれ、あれしかなかったんだ。それよりはやくみんなのところへ」
「ええ、あっ! 後ろっ! 別の怪獣が来るわ」
 窮地を脱したのもつかの間、ブリミルとサーシャには別の脅威が迫っていた。吹き飛ばしたメダンが起き上がってこちらに向かってきていたのだ。奴も当然のように機嫌は最悪で、鼻先から一酸化炭素を含んだ猛毒ガスを吹きかけてきた。
「吸わないでっ!」
 サーシャはこのガスの中では生命の声が急激に消えていくのを感じていた。ちょっとでも吸えば確実に死ぬ、ふたりともとっさに吸うことをやめたが、人間が呼吸を止めておけるのは一分がせいぜいと言われる。
 つまり、今肺の中にある空気だけで魔法を使わねばならない。しかし、たった今魔法を使ったばかりのブリミルには必要分の詠唱をするだけの空気が残っていない。毒ガスの中ではサーシャも精霊魔法を使えない。
「ウリュ……ぐっ」
 やはりさっきまで息を切らせていただけに、声を出す空気がまったく足りない。
 詠唱を継続するには息を吸わなくては。だが、吸えば死ぬ。走って離れるにも、毒ガスは周辺に充満していて逃げ場はない。
 駄目か……ブリミルが窒息の苦しさの中であきらめかけたときだった、ブリミルの口に突然暖かいものが押し付けられた。
「んっ? サーシ……っ!?」
 ブリミルはこんなときだというのに赤面した。なんと、サーシャがブリミルに口づけをして自分の息を注ぎ込んでくれていたのだ。
 わずかだが息が戻った。しかし、代わりに空気を失ったサーシャは、力なく崩れ落ちていく。
「後は、お願い……」
「サーシャ? サーシャ!」
 サーシャは肩を揺すっても答えない。だが、サーシャのくれた空気もすぐになくなる。ブリミルはサーシャをしっかりと抱きしめたまま呪文を唱えた。

582ウルトラ5番目の使い魔 56話 (13/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:09:52 ID:AD6r/IbY
「ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル……テレポート!」
 毒ガスの中からふたりの姿が掻き消えて、少し離れた場所に現れる。距離は二百メイル程度だが、なんとか毒ガスの影響圏外だ。
 脱出に成功したブリミルは、咳き込みながら息を吸い込むと、腕の中でぐったりしているサーシャへ呼びかけた。
「サーシャ! サーシャ! しっかりしてくれ。目を開けてくれよ」
 しかしサーシャはブリミルに息を与えたときに毒ガスを吸い込んでしまったのか、不規則な呼吸と痙攣を繰り返すばかりで答えてくれない。
「サーシャ! 畜生、お前らぁぁぁっ!」
 そのとき、ブリミルの中で怒りを越えて何かが切れた。サーシャを抱きかかえたまま立ち上がり、きっと目の前にいる怪獣メダンを見据える。
 メダンはブリミルとサーシャを見失って立ち尽くしている、いい的だ。それに、さっきやり過ごしたマッハレスも戻ってきた。ちょうどいい、この状況にぴったりの魔法がある。ブリミルは早口で呪文を唱えると、メダンへ向かって杖を振り下ろした。
『忘却』
 記憶を消し去ってしまう虚無魔法がメダンの脳に作用して、メダンは魂が抜けたようにフラフラと千鳥足であさっての方角に踏み出したかと思うと、そのままマッハレスと衝突してしまった。
 当然のごとく怒ってメダンを攻撃し始めるマッハレス。メダンもわけがわからないが、マッハレスが攻撃してくるなら迎え撃たねばならない。二匹はそのまま泥仕合に突入していった。
「消せるだけの記憶を消してやった。そのまま同士討ちしてしまえ。だが、それよりも」
 ブリミルはちらりとブルトンを睨み付けると、再度テレポートの呪文を唱えて仲間たちの下へと急いだ。
 しかし、瞬間移動で先回りして、ガモスから逃げ続いていた仲間たちの下にようやくたどり着いたブリミルの目に映ったのは、あまりにも少なくなった仲間たちの姿だったのだ。
「ブリミルさん! サーシャさんも……」
「みんな、遅くなってすまない。サーシャを頼む、後はまかせてくれ」
 回復魔法の使えるメイジにサーシャを託し、ブリミルはガモスの前に立った。
 仲間たちは、もう十人足らずにまで減ってしまった。バラバラに逃げた者がまだいるかもしれないが、数多くの仲間がこいつに殺されてしまった。
 絶対に許せない。ブリミルは胸の奥から湧き上がってくる憎悪を込めて、奴にふさわしい呪文の詠唱を始めた。
「エオルー・スーヌ・イス・ヤルンクルサ……」
 心の底から果てしない力が湧いてくるのをブリミルはわかった。旅の途中で出会った仲間たち、ほんの数ヶ月のあいだだったが、彼らからは多くの思い出をもらった。

583ウルトラ5番目の使い魔 56話 (14/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:10:33 ID:AD6r/IbY
「オス・ベオーク・イング・ル・ラド」
 わずかな食べ物をわけあったこともあった。老人のうさんくさい武勇伝に付き合わされたことがあった、子供の遊びに付き合わされてクタクタになったこともあった。
 みんな消えてしまった。彼らはもう戻らない、もう会えない。
「アンスール・ユル・ティール・カノ・ティール」
 そしてサーシャまでも……貴様らは絶対に許さない。
「ギョーフ・イサ・ソーン・ベオークン・イル」
 ガモスの吐いた溶解泡が降りかかってくる。しかし、そんなものはどうでもいい。この魔法の威力、地獄に持っていけ。
『分解』
 この世のすべては原子からなる。溶解泡も、それにガモス自身も……そのつながりをすべて忘却させ、塵に返るがいい。
 魔法の光が溶解泡を水素と酸素に、そしてガモスを照らし出して炭素と窒素に戻していく。ガモスの目に、恐怖が映り、そして生命の灯が消える。
 そして光が過ぎ去ったとき、ガモスの上半身は削り取られたように消え去っていた。
「死ね」
 心からの憎悪を込めたブリミルの言葉とともに、ガモスの残った下半身も崩れ落ちた。
 みんな、敵はとったぞ。ブリミルの頬を一筋の涙が伝う……。
 勝利したブリミルの元に仲間たちが走りかけてくる。ブリミルは涙をぬぐうと、彼らに向き合った。
「ブリミルさん、やってくれたんだね。みんなの、敵を」
「ああ、みんな……よく無事でいてくれた。サーシャは?」
「大丈夫、命に別状はない。やがて目を覚ますだろうよ」
「よかった」
 ブリミルはほっとした。これでサーシャまでも失ってしまったら、自分はどうなってしまっていたか。
 だが、安心している時間はない。あのフジツボのお化けが新しい怪獣を呼び寄せる前に逃げなくては……そうブリミルが口にしようとした、そのときだった。
「ブリミルさん、空を!」
 顔を上げて空を望んだブリミルは信じたくないものを見た。空に無数の金色の粒子がきらめき、それが収束すると地上に流れ星のように次々と落ちてきたのだ。

584ウルトラ5番目の使い魔 56話 (15/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:11:15 ID:AD6r/IbY
 地響きがなり、金色の流星の落ちた地点から巨大な昆虫型の怪獣が飛び出してくる。それらはよく見ると、都市の残骸を寄せ集めて体が構成されていた。
「ヴァリヤーグ、奴らまでか!」
 ブリミルは憎憎しげにつぶやいた。この戦いの熱気と歪んだ時空の波動が、ついにカオスヘッダーまでをも呼び寄せてしまったのだ。
 カオスヘッダーは街の瓦礫を寄せ集めて、無機物でできた怪獣カオスバグとなって現れた。しかも構造物は無尽にあるし、この場所の時空エネルギーがカオスヘッダーも活性化させているのか、カオスバグはなんと一度に三体も現れた。
 街の瓦礫を踏み砕き、カオスバグたちはブルトンと怪獣たちを脅威と見たのか前進を始めた。その無遠慮な姿に、ブリミルは暗い声でつぶやいた。
「僕らの街を、僕らの同胞の墓標を、どいつもこいつも」
「ブ、ブリミルさん、今はそれよりも……」
「わかってる、みんな、ここから離れるよ」
 憎悪を抑えて、ブリミルは皆を避難させるために『世界扉』の呪文を唱え始めた。これで、一気に数十リーグの距離を稼いで逃げ切る。この魔法に使用する精神力は莫大で、これで精神力はカラになってしまうが仕方ない。
 詠唱を始めるブリミル。しかし、現代のブリミルは沈痛に語った。
「僕はここで、この魔法を使うべきじゃなかった」
 世界扉のゲートを開くべく、詠唱を進める過去のブリミル。しかし、仲間をやられた興奮が冷めやらぬブリミルには、この魔法が与える影響を想像することができなかった。
 魔法を完成させて、杖を振り下ろしたブリミル。本来ならば、これで遠方に通じるゲートが生まれるはずであった……が。
「ブリミルさん、なんか変じゃないですか?」
「おかしい、すぐにゲートが開くはずなのに。なんでなんだ、くそっ! コントロールが効かない!」
 人一人が通れるだけで済むはずだったゲートは、ブリミルの制御を外れて拡大・暴走を始めたのだ。
 なぜだ? この魔法はこんな効力はないはずなのにと、仲間たちとともに暴走するゲートから逃げ出すブリミル。なぜこんなときに魔法が暴走するんだ?
 その理屈は簡単である。未熟な彼は気づいていなかったが、世界扉とは文字通り次元に穴を開けて、場合によっては異世界への通行も可能とするとてつもない魔法だ。だがこの場所には、暴走して強大化したマギ族の異次元ゲートと、巨大な時空エネルギーを放つブルトンがいる。その影響がこの付近一帯の空間を不安定にさせ、世界扉の魔法に過剰に反応してしまったのだ。

585ウルトラ5番目の使い魔 56話 (16/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:11:53 ID:AD6r/IbY
 時空に不用意に穴を開けるということは、膨大な水をたたえた堤防に穴を開けるのと同じことだ。時空間の扱いに長けたブルトンならいざ知らず、考えなしに開けられた世界扉の穴は、この空間に溜め込まれていた膨大な時空エネルギーを暴走させるきっかけとしては十分すぎた。
 
 空が歪み、雷鳴が轟く。それは予兆。破局が……始まった。
 
 街に閉じ込められたブリミルたちの傍で、もはや止めようのない戦いが破滅の第一歩を印す。
 三匹のカオスバグは、まずはブルトンがボス格だと見て殺到した。メダンとマッハレスはまだ仲間割れを続けており、後回しにしてもよいと踏んだのだ。
 カオスバグから金色のカオスヘッダー粒子が飛び出してブルトンに飛び掛る。ブルトンもカオス怪獣化するつもりだったのだが、ブルトンは自分の周囲を歪ませてカオスヘッダーに取り付かれるのを防いでしまった。
 行き場を失って拡散するカオスヘッダーの粒子。ブルトンは変わらずに、心臓のような音を鳴らしながら存在している。これを見たカオスバグたちは、実力行使に打って出た。
 カオスバグの触覚から破壊ビームが放たれてブルトンを襲う。ブルトンはそれもバリアーでしのいだが、ブルトン自身の攻撃力はそこまで高くもないので、新たに手先となる怪獣を呼び寄せた。
 空間が歪み、中から全身が赤と全身が黒の同じ姿をした怪獣が二匹現れる。才人はそいつらにも見覚えがあった。
「双子怪獣の、レッドギラスとブラックギラスだ」
 かつて、マグマ星人に率いられて東京を壊滅状態に追いやった怪獣たちだ。連携すれば、ウルトラセブンでさえ苦戦させられるほどの強豪でもある。
 現れたギラス兄弟は、目の前のカオスバグたちを敵だと認識して戦闘態勢に入った。カオスバグたちも、当然のようにそれに対抗しようと動き出す。
 だが、ギラス兄弟が呼び寄せられたことで、この場所の時空がさらに不安定化してしまったのだ。暴走した世界扉によって空間は歪み続け、マギ族のゲートから漏れ出すエネルギーがそれをさらに助長する。
 するとどうなるか? 空間がアンバランス化するということは、例えるならば走っている電車の一両から車輪が突然なくなるようなものだ。当然レールの上を走れなくなってガタガタになるし、前列の車両からは引っ張られ後列の車両からは押されて車両そのものが破壊されていく。そして惑星の一部の空間が不安定化すると、そこだけ惑星の自転や公転から放り出されるも同然の状態となる。そして起きるのは、とてつもない天変地異だ。
「うわぁぁっ! 地震だ!」
 ブリミルたちは立っていられないほどの激震に襲われ、都市の残骸もさらなる崩壊を始めた。ブリミルにはすでにテレポートを使う精神力もなく、仲間たちとともに地を舐めるしかない。
 空も同様だ。大気も拡販され、嵐と稲光が轟き始めた。そしてこの状況は、ギラス兄弟にとってはまさに絶好のホームグラウンドであった。

586ウルトラ5番目の使い魔 56話 (17/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:12:30 ID:AD6r/IbY
 レッドギラスとブラックギラスはスクラムを組むような形で抱き合うと、そのままコマのように高速回転を始めた。それを見たカオスバグたちはいっせいに目や触覚から破壊光線を放つが、回転するギラス兄弟の威力の前に軽々とはじき返されてしまった。
『ギラススピン』
 これがギラス兄弟の必殺技である。高速回転することによって自分たちを巨大な回転カッターも同然の状態に変え、この状態になったらウルトラセブン必殺のアイスラッガーも通用しない。
 もちろんこれは防御だけの技ではない。ギラス兄弟は回転したままで、猛烈な勢いを持って一体のカオスバグに突進して跳ね飛ばしたのだ。
「すげえ威力だ」
 才人は恐れ入った。二匹の怪獣が高速回転して突進する破壊力はすさまじく、直撃を受けたカオスバグは大きなダメージを受けて瓦礫でできた体が崩れかけている。
 カオスバグたちはギラススピンの前にはなすすべがなく、二体目が吹っ飛ばされた。だが、このままギラス兄弟の圧勝かと思われたが、そうはいかなかった。マグマ星人という司令塔がいないギラス兄弟は、ギラススピンを続けながら頭部の角から光線を放ってカオスバグたちだけでなく、仲間割れを続けていたメダンとマッハレスまでも攻撃したのである。
 攻撃を受けた二匹は当然怒る。特にマッハレスは騒音と高速物体が大嫌いという性質で、わき目も振らずにギラススピンに突進していった。
 残るメダンは最後のカオスバグと相対する。その激闘のエネルギーで地は裂け、ついに地殻までもが破壊され始めた。地割れが無数に発生し、そこから地下水が湧いてきて廃墟を飲み込み始め、水没していく都市の様子に喜んだギラス兄弟は突撃してきたマッハレスを弾き飛ばすとギラススピンを止めて分離し、それぞれ頭部の角から青色の光線を周辺に向けて放った。
『津波発生光線』
 その効果によって、地盤沈下は拡大し、地下からはさらに大量の水が噴出してくる。そればかりか、ここは内陸部だというのに遠方の海から怒涛のように海水が都市へ向かって押し寄せてくる。
「街が……街が沈んでいっていますわ……」
 アンリエッタが震えながらつぶやいた。トリスタニアの何十倍もあろうという大都市が、地割れと洪水に飲み込まれて沈んでいっている。
 これがギラス兄弟の力。マグマ星人はギラス兄弟のこの能力で、ウルトラマンレオの故郷L77星を滅ぼし、東京を水没させてしまったのだ。
 一挙に海と化していく廃墟の中で、怪獣たちの戦いはなおも続いている。レッドギラスが角から放った赤色光線とマッハレスの放った黄色光線がぶつかり合い、カオスバグとメダンとブラックギラスは三つ巴の戦いを繰り広げている。蚊帳の外で高みの見物をしているのはブルトンだけだ。
 そして、ブリミルたちにも最後が迫っていた。

587ウルトラ5番目の使い魔 56話 (18/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:13:14 ID:AD6r/IbY
「早く! 少しでも高いところへ」
 洪水から逃れるために、ブリミルたちはビルの瓦礫の上へとよじ登っていた。
 すでに低地は洪水で埋め尽くされ、ビルの残骸がかろうじて顔を出しているにすぎない。立って暴れられるのは巨体の怪獣たちくらい。魔法の力はすでに尽き、彼らは生き延びるために夕立に会った昆虫も同然に、ひたすら高台を目指していた。
 ブリミルは残った仲間たちの手をとり、瓦礫の上のほうへと引き上げていく。マギ族が繁栄を極めたこの街で、マギ族の自分がずぶぬれの泥まみれになりながら必死に生き延びようとしている。こっけいなものだ……だが、今はもうどうでもいい。サーシャを含めて、生き残った仲間はもう十人足らず、けれどこの仲間たちが今の自分にとっては何よりの宝なのだ。
 瓦礫の山の頂上につき、ブリミルはここならばしばらくは持つと判断した。そして続いてくる仲間たちを導くために、手を差し伸べる。
「みんな、急いで!」
「はい。ブリミルさん、先にサーシャさんを!」
「わかった!」
 ブリミルは仲間の手から、気を失ったままのサーシャを受け取って抱きかかえた。そして、続く仲間の手をとって引き上げようとした、そのときだった。
 仲間たちの足元の瓦礫の山が、突然消滅した。
「え? あ、うわぁぁーっ!」
「みんなーっ!」
 叫ぶブリミルの前で、仲間たちは突然開いた地割れに飲み込まれて落ちていく。その逆に、地割れの中からブリミルの眼前に現れる土色の怪獣の姿に、才人は愕然とつぶやいた。
「テレスドン……っ」
 そう、先ほど地中に逃れたテレスドンが地殻の異常に耐えかねて再び地上に上がってきたのだった。しかもなんたる不運か、テレスドンが地上に出るために開けた穴の真上にブリミルの仲間たちがいたのだ。
 すでに飛ぶ力もなく、地割れに飲まれて消えていくメイジやエルフの仲間たち。ブリミルはサーシャを抱きかかえながら、片手で必死で残ったひとりの手を掴んでいたが。
「は、離さないで」
「ブルミルさん、あっ、きゃぁぁーっ」
「ああっ! みんなぁーっ!」
 無情にも、濡れた手は滑り、最後のひとりの姿も地割れの中に消えていった。
 テレスドンはブリミルには気がつきもしない風に地上に這い出し、ブリミルの仲間たちの落ちていった穴も崩れて埋まる。

588ウルトラ5番目の使い魔 56話 (19/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:13:53 ID:AD6r/IbY
「うあぉぉぉーっ!」
 悲しみの余り、サーシャを抱きしめながら声にならない叫びを上げて慟哭するブリミル。
 地上は怪獣無法地帯となり、歪んだ空間の異常で気候はさらに荒れていく。もはや歯止めなどどこをどうしても見つけようもない。
 それでも、終わりはやってくる。怪獣たちの乱闘にテレスドンも参戦したとき、テレスドンはその口から強力な溶岩熱線を吐いて、これをこともあろうにメダンに浴びせかけてしまったのだ。
 メダンは天然ガスを食って養分にする怪獣だ。つまりその体内には可燃ガスが充満しており、ガスゲゴンなどと同じく火気に反応して誘爆を起こす性質を持っている。増してテレスドンの強力な溶岩熱線を浴びたのでは、結果は火を見て明らかになった。
 
 メダンを中心にして、赤い閃光とともにすべてが白い世界に染め上げられる。
 怪獣たちも、街の廃墟も飲み込まれて消えていく。そしてブリミルも吹き飛ばされて海に落ち、そのまま意識を失った。
 その日、はるか宇宙からこの星を見下ろした怪獣たちは、星の一角で渦巻く台風のような黒雲と、その中心できらめいた閃光を見たという……
 
 それからいかほどの時間が流れたのか。ブリミルが目を覚ましたのは、どこかの海岸の砂浜であった。
 耳に聞こえるのは涼やかな波の音。うっすらと開けた目に入ってきたのは、自分に寄り添うサーシャの心配する顔だった。
「う、ここは……サーシャ?」
「ようやく目が覚めたわね。見なさいよ……なにもかも、すべてはもう海の底になってしまったわ」
 はっとして起き上がったブリミルは、海岸からはるか遠くの水平線を望んで、それを見た。
 水平線のかなたで黒雲が渦巻き、無数の雷光がきらめいている。ブリミルは呆然としながら、サーシャに尋ねた。
「あれからいったい、何が起こったんだい……・?」
「わからないわ、わたしが気がついたときには水の中だった。気を失って流されていくあなたを掴まえて、必死に泳ぐので精一杯だった。そして流されて流されて、やっと流れ着いたのがここだったというだけ」
「君は、僕を抱えたまま泳ぎ続けてくれたのか。ありがとう……街は、どうなった?」

589ウルトラ5番目の使い魔 56話 (20/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:14:53 ID:AD6r/IbY
 しかしサーシャは首を横に振った。
「最後に振り返ったとき、なにもかもが水底に沈んでいくのが見えただけ。あの街の一帯は、もう完全に沈んでしまったんでしょう。今もあのとおり、近づくこともできないわ」
「みんなは……僕ら以外に、誰か流れ着いた人はいないのか?」
 一縷の希望を込めたその問いかけに答えたのは、サーシャの沈痛な面持ちの沈黙だけであった。
 生き残ったのは、自分たちふたりだけ。ブリミルは自分の心に、これまでにない暗さと痛みが巻き起こってくるのを感じた。
「う、うぅ……うあぁぁーっ!」
「ちょっ、ブリミルっ?」
「ああぁーっ! なんで、なんでこうなるんだ? そりゃ、僕らマギ族はバカだったさ。バカなことをいっぱいやったさ、なにもかも僕らのせいさ。けど、けどここまで何もかもを奪いつくされなくちゃいけないかい! 罰だっていうにしてもあんまりじゃないか! ひどすぎるじゃないか、畜生ぉぉっ!」
「落ち着きなさい、蛮人!」
 わめき散らすブリミルの頬を、サーシャの平手が思い切り叩いた。
「悲しいのがあんただけだと思ってるの? わたしだって、わたしだってねえ……でも、わたしとあなたは生きていられた。それだけでも、ゼロじゃないじゃない」
「でも、でも……うあぁぁ、みんなぁ……」
 サーシャの胸に顔をうずめて、ブリミルは子供のように泣いた。ブリミルを抱きしめるサーシャの頬にも、涙の川が流れていた。
「故郷も、仲間も、全部海の底に沈んでしまった。僕は、僕は守れなかった! こんな力があったって、誰も救えなかった。こんな力、何の役にも立たないじゃないか……まるで虚無だ、僕なんて、虚無の使い手がお似合いなんだ」
「いいえ、あなたが頑張ったからわたしはこうして生きてる。みんなだってきっと、あなたが生き残れてよかったって思っているわ。これ以上、もう自分を責めないで」
「いや僕のせいさ。僕があんな街に行こうとしなければ、みんなが死ぬことはなかった。僕がみんなを殺したも同然だ。僕は、僕はどうやって償えばいいんだ」
 サーシャには答えられなかった。ブリミルにとって、この旅の中で出会った仲間たちがどんなに大切であったか、代われるものなら自分が代わって死にたかったに違いない。
 これからどうすればいいのか? それはサーシャにも何もわからなかった。仲間はすべて失い、ここは見も知らない土地、持っているものといえば腰に吊るしたままの愛用の長剣一本くらいだ。

590ウルトラ5番目の使い魔 56話 (21/21) ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:15:49 ID:AD6r/IbY
 自分を責め続けるしかできないブリミルを、サーシャはひたすら抱きしめてやるしかできなかった。せめて泣くだけ泣いて、悲しみをすべて吐き出して楽になってほしかった。
 
 そしていかほどの時が流れたか……涙も枯れ果て、すっかり日も落ちて、辺りは雲からわずかに刺す月光のみが照らすだけの時間となったとき、ブリミルはゆっくりと立ち上がった。
「ブリミル?」
 立ち上がって空を見上げるブリミルに、サーシャは怪訝な様子で名を呼びかけた。
 けれどブリミルは空をあおいだまま答えない。代わりにサーシャの耳に響いてきたのは、呪うようにつぶやかれたブリミルの独語だった。
「もう、この世界に希望なんてない。そうだ、償いだ……償わなきゃいけない。僕らが犯した過ちは、僕の手で終わらせなきゃいけないんだ。みんな、僕は何をすべきかをわかったよ。虚無の魔法……これで、この星を元に戻すんだね」
 そのとき、雲が切れて月光がブリミルの顔を照らし出した。
 だが、サーシャはブリミルに話しかけることはできなかった。なぜなら、ブリミルの口元は鈍く歪み、その顔には狂気の色が濃く浮かんでいたのだ。
 
 
 現代のブリミルは語った。
「このときの僕は、ほんとにどうかしていたね。もうこの世に自分しかいないと思うくらい絶望しきって、使ってしまおうとしたんだ……自分でも大仰な名前をつけた、『生命』なんて禁断の邪法をね」
 ブリミルは顔を振りながら、まったく自分の情けない過去をさらすのは嫌なものだね、とつぶやいた。
 しかし、ルイズやティファニアはぐっと拳を握り締めて話の続きを待っていた。なぜなら、ブリミルが禁断の邪法などと呼ぶその魔法は、虚無の系統を受け継ぐ自分たちにも使えるはずなのだから。
 
 
 ブリミルは静かにため息をつくと、語りを再開した。
 始祖の語られざる伝説も、ついに最後を迎える。絶望の果てにブリミルとサーシャを待つものは何か?
 希望は本当になくなってしまったのか……空に輝きだした不思議な青い星だけが、その答えを知っていた。
 
 
 続く

591ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/02/22(水) 13:16:45 ID:AD6r/IbY
今回は以上です。原作最終巻発売間際、なんとか間に合わせることができました。
前回はウルトラ怪獣がほとんど出れなかった分、今回は怪獣てんこ盛りでいきました。また、ヤプールとは関係ないですが超獣も久々の登場です。
さて、もうなんか主人公っぽくなってしまってるブリミルとサーシャです。原作でも何かの悲劇に会っていたようですが、本作ではこうした流れにしました。
コスモスの登場がなくてすみませんが、ウルトラマンだって宇宙のかなたからはるばる駆けつけてくるのは大変なので、ご理解ください。

では、次回は20巻で始祖の円鏡が見せたブリミルとサーシャの破局がこの世界ではどうなるのか語ります。
原作とは『生命』の効果も含めて恐らく大きく違うことになると思いますが、原作へのリスペクトは忘れずにつづります。では、また。

592ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:32:13 ID:iBf32hzg
どうも皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
今月でとうとうゼロの使い魔原作も無事完結しましたね。

こっちはまだまだ続きますが、
特に何もなければ21時35分に80話の投稿を開始します

593ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:35:03 ID:iBf32hzg
 トリスタニアを覆う巨大な城壁、かつては王家同士の内戦や他国との戦いで見事に敵軍を押しとどめた立派な防壁。
 それぞれ方角ごとにある城門とは別に、これまた大きな駅舎が街側の方に建てられている。
 今現在に至るまで何回かの増改築を繰り返した駅舎は、上級貴族の豪邸にも引けを取らぬ立派な造りの建物であった。
 外側には馬車を停める為の厩や駐車場もあり、建物としての規模では相当大きな部類に入る。
 国内外から駅馬車や個人の馬車で来る者たちは皆一度はこの駅舎の中へと入り、役員たちと軽い話をするものである。

 勤務する者たちも今となっては平民の方が多く、特に近年稀にみる人材不足の影響で平民もデスクワークをするようになっていた。
 かつては平民がそのような職業に就いてはならぬという法律があったものの、先王の代で愚法として廃止されている。
 そのお蔭で辺境地に暮らす平民の子供たちの中には、地元の教会などで神父から文字や数字を覚えて街へ出稼ぎに行く者たちも増えていた。
 魔法学院で働くメイドたちもそういった者たちが多く、トリスタニアは若者が集まる街として最近他国でも話題に上がっている。
 しかしそれが原因で一部地域では若者が返ってこず、年寄りだらけの過疎地域が増えているのもまた事実であった。
 そして出稼ぎに出た若者たちほど、多くの人員がいなければ成り立たない駅舎の様な建物で雑用係やデスクワーカーとして働く運命なのである。
 
 トリステインだけではなく、今ハルケギニアの各国で起きている地方問題に関わっているその駅舎の内の一つ。
 ゲルマニア側にある北部駅舎では、貴族平民問わず多くの人々が受け付け窓口に並んでいた。
 一応貴族と平民とで受付窓口は二つに分けているものの、その列は窓口から十メイルも離れた出入り口まで続いている。
 ガリア側への交通ルートがある南部駅舎と同じく、休日祝日はごった返すことで有名であるが、ここまで並ぶことは滅多に無い。
 その原因はたったの一つ。それは先日大々的に報じられたアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式中止にあった。
 理由はまだ明らかにされていないものの、そのお触れが出されてからはこうして返金に来る者たちが駅舎へと訪れている。

「はい、返金ですね。承りました、少々お待ちを…」
「うむ…よろしく頼むよ」
 いかにも裕福な貴族がチケットを受付窓口で渡し、窓口に座る受付嬢がチケットの番号と貴族の名前を元に返金対応を進めていく。
 彼は有事の際の返金対応をしっかりとしてくれている駅馬車会社からチケットを買っていたので、後は黙っているだけで良い。
 それよりもその貴族が最も心配している事は、急に中止のお触れが出たアンリエッタ王女の結婚式の事であった。
 成り上がりのゲルマニア皇帝と結婚せずに済んだのはまぁ良かったが、それでも結婚式が中止になるという事例は滅多にある事ではない。
 歴史的にも王族の関わる結婚式が中止になったという事例は、この六千年の中で指を数える程度しか起こっていないのだ。
 先のアルビオンの裏切りといい、王女殿下の結婚式の中止といい、今年は何故か妙に騒がしくなっている。
「これまで自分の人生はずっと平凡だと思っていたが…」
「……はい?」
「あっ…何でもない、ただの独り言だよ。…ゴホン、君は職務に戻りたまえ」
 先の見えない不安からか、無意識のうちに口走った胸中の言葉を誤魔化すように、わざとらしい咳をした。 

 彼だけではなく、この場へ来ている貴族の大半が皆似たような不安を抱えている。
 中には貴族派に乗っ取られたアルビオンとの戦争が始まるのではないかと、そう推測する者もいた。
 確かにそうだろう。タルブ村で裏切ったアルビオンの訪問艦隊が全滅した後、アルビオン側の大使が宣戦布告の通知を王宮へ突きつけたのである。
 そしてトリステイン王国もその通知を快く受け取り、今では神聖アルビオン共和国と名を変えたあの白の国とは戦争状態にある。
 しかし、これをゲームに例えればアルビオン側はボロボロなのに対し、トリステイン側は殆ど無傷と言っても良い状態にあった。
 トリステイン側は親善訪問に出ていた主力艦隊はほぼ無傷であり、損失した艦の補充も既に準備できている。
 地上戦力は件の化け物騒ぎでそれなりの損害が出ているものの、致命的と呼ぶには程遠いくらいであった。

 対してアルビオン側は親善訪問に出ていた『レキシントン』号含めた、主力艦隊を丸ごと喪失。
 加えて輸送船に載せていた地上部隊を合わせて、計四千もの戦力がトリステイン軍の捕虜となったのだ。
 このご時世ここまで損害が出過ぎると、アルビオン側の指導者がトリステインへの裏切りを謝ったうえで指導者としての座を辞すべきであろう。
 だが宣戦布告以降アルビン側からの連絡は一切なく、まるで死んでしまった仔犬の様に黙ってしまっている。

594ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:37:02 ID:iBf32hzg
 不特定多数の者たちが、共通した悩みを抱えている空間と化した駅舎一階受付口の丁度真上にある、二階待合室。
 全三階である北部駅舎の二階は、貴族専用ではあるが馬車の発車をゆっくり休みながら待てる場所となっている。
 一階とは別の貴族専用のお土産売り場や、お茶や軽食が食べれるカッフェに小さいながらもブティックや本屋も設けられている。
 既に夏季休暇の時期に入っているので、平日や虚無の曜日などよりも多くの貴族たちが出入りしていた。
 
 その一角にある『麦畑の片隅』という、一風変わった名前でありながら洒落たレストランがあった。
 トリステインの地方にある農家をイメージをした外観に似合った、トリステイン地方料理と紅茶がウリの店である。
 王都や都市ではお目に掛かれぬような素朴で、悪い言い方をすれば田舎者が食べるような料理の数々。
 それでも味は決して悪くは無く、むしろ珍しい地方料理が食べれるという事で王都の貴族達も時折足を運ぶ程である。
 パンも街で食べられているような白パンではなく、雑穀や胡桃が入った変わり種のパンが厨房の窯で焼かれている。
 そして各地方から取り寄せた茶葉で淹れた紅茶は、国外からやってきた観光客にも一定の人気があった。

 はてさて、そんな店の隅には四つほどの個室が設けられている。
 主に貴族の家族や数人単位で観光に来た外国の貴族たちが自分たちのペースで楽しく食事を楽しめるようにと用意されているのだ。
 部屋のつくりは平均的な中流貴族が暮らすような部屋より少し上程度ではあるが、掃除はキッチリとされている。
 既に昼食の時間帯に差しかかった店内は忙しく、当然のように個室も全て満室となっていた。
 その内の一室、右端にある『風の個室』というネームプレートが扉に取り付けられた個室の中でルイズたちがいた。
 当然の様に霊夢と魔理沙の二人もいたが…意外な客も一人、彼女たちの食事に同席していた。


「にしたって、駅舎の中にこんな豪華な店があるなんてなぁ〜」
 先程店の給士が運んできてくれたチキンソテーをナイフで切り分けた魔理沙が、天井を軽く見上げながら呟いた。
 シーリングファンが回る夏の個室はやや暑いと思っていたが、そこはやはり貴族様専用の店というところか。
 店で雇っているメイジが造った氷から放たれる冷気がファンで室内に充満していて、ほんの少しではあるが涼しかった。
 氷は溶けた水滴が落ちない様に器に入れられており、今のところ氷の真下にコップを置く必要はなさそうである。
「それにしても、この前ルイズと一緒に行った店には、これよりもっとスゴイマジックアイテムがあったような…」
「あぁ、そういえばあったわね。あぁいうのが神社にもあれば、一々゙アレ゙を用意する必要が無くなるのに」
 魔理沙の言葉に、タニアマスのムニエルを食べていた霊夢が思い出したかのように相槌を打つ。
 
 二人の会話を聞いて、上座の席にいるルイズが呆れた風な表情で会話に入る。
「そんなの出来るワケないじゃないの。あのマジックアイテム、幾らすると思ってるのよ?」
「へぇ、アレってそんなに高いんだ。結構簡単に作れそうなもんだと思ってたけど…」
「アレを一つ購入しただけでも、波の貴族なら半年分の給料がフッ飛ぶレベルよ」
「成程、それならこのレストランの天井にある氷とシーリングファンの方が安く済むというワケか」
 割り込んできたルイズに不快感を抱くことなく、彼女の方へと視線を向けた霊夢が意外だという感じで呟く。
 ついで魔理沙も笑顔で会話に混ざりながら、大雑把に切り分けたチキンソテーを豪快に頬張る。
 バターと一緒に炒めたピーナッツの風味と塩コショウがうまいこと鶏のモモ肉とマッチして、口の中を小さな幸せで包んでくれる。
 ウェイトレスはこの料理を「田舎農場の平民夫人が作る、バターとピーナッツのチキンソテー」という長ったらしい名前を読み上げていた。
 その名の通り、メインにモモ肉に炒めたピーナッツに付け合せは茹でたトウモロコシだけといういかにも田舎らしい料理である。
 しかしその地味な見た目とは裏腹に味はしっかりしており、これを作ったシェフの腕の良さをこれでもかとアピールしていた。

(ふぅ〜ん…まぁ確かに、ちょっと素朴な味付けで悪く無いが。……これだけだとご飯とは合わないだろうな〜)
 嬉しい気持ち半分、この世界へ来てから一口も食べていない白飯への想いを募らせながら、
 見た目とは裏腹な美味しい料理に、舌鼓を打っていた。

595ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:39:04 ID:iBf32hzg
「それにしても、まさかアンタ達三人とこうして食事する羽目になるなんてね」
 そんな三人の食事風景を見ながら、丁度ルイズと向かい合う席に座っていた意外な客こと…モンモランシーが口を開いた。
 メインに頼んだ猪のスペアリブを半分ほど食べ終えたところで、彼女は神妙な面持ちで言う。
 一方の三人…特にルイズは何を今更と思ったのか、怪訝な表情を見せて自分と向かい合っているモンモランシーに話しかける。
「どうしたのよいきなり?」
「いや、だって…そこまで深い関わり合いが無かった貴女とそこの二人と一緒に、こうやって食事をするなんて思ってもいなかったから」
 ルイズからの質問に彼女はそう答えると、薄いレモンの輪切りが入ったソーダをクイッと一口飲んだ。
 豚肉の匂いとソースの風味で占領されていた口の中へと、弾けるような炭酸水の甘味が綺麗に洗い落していく。
 そして程よく主張するレモンの爽やかな風味が、やや鈍くなりかけていた食欲をもう一度促進させてくれる。

 一口飲んだところでコップを離し、ホッと一息ついたモンモランシーが残り半分の豚肉を食べようとした直前、
 付け合せのコーンサラダを食べ終えた霊夢が、ティーカップを持ったまま口を開いた。
「っていうか、元を正せばアンタが無理言って私達との相席を頼んできたのが原因じゃないの?」
「……それは言わないで頂戴、私だってできればやりたくなかったんだから」
 容赦ない指摘にフォークとナイフを持った手を止めたモンモランシーは、ジロリと霊夢を睨みながら言った。
 まるでカエルを睨む蛇の様なモンモランシーの目つきに対し、ジト目の霊夢も全く引く様子を見せない。
 両者互いに軽く睨み合う中、蚊帳の外であるルイズと魔理沙は亜互いの顔を見あいながら似たような事を思っていた。

「私思うのよ。霊夢の言葉って、誰にでも容赦しないからすぐ火が点いちゃうんだって…」
「それには同意しちまうな。霊夢のヤツはあぁ見えて、人付き合いが少ないから慣れてないんだよ」
 両者互いに思っていた事を口にした後も、二人のにらみ合いはそれから一分ほど続いていた。



 そもそも、どうしてルイズたちはこうしてモンモランシーと食事をする事となったのか。
 時を遡れば今から一時間前、幾つかの諸事情で王宮を離れる事となったルイズが二人を連れて故郷に帰る時に起こった。
 結婚式も中止となり、ひとまずは大丈夫という事で長かった王宮での生活が終わる事となった。
 出ていく際の荷造りの時、王宮の図書室から本を持ち出していた魔理沙のせいで、時間が大幅に遅れたものの、
 給士たちの手伝いも借りて荷造りを終えたルイズは、二人を伴って故郷のラ・ヴァリエールへと一旦帰る事となった。
 既に夏季休暇の時期に入っており、キュルケやギーシュたちも一旦は故郷へと帰る予定であった。
 彼女たちも大丈夫だという事で解放され、多少後ろ髪惹かれつつもキュルケとタバサは一足先に王宮を後にしている。
 
 ギーシュの方は荷造りを終えた後、給士から手渡された手紙を見て慌てて出て行ったのだという。
 一体どこからの手紙かと興味津々な魔理沙が聞いてみた所、トリスタニアにあるアウトドアショップからだという。
 テントやキャンプなどに使う器具や道具などの販売、レンタルを行っている店でルイズも店の名前くらいは知っていた。
 唯一残っていた…というより、慌てて出て行ったギーシュに放って行かれたモンモランシーが詳しい話をしてくれた。
「あぁ…多分アイツがレンタルしてたテントの延滞料金ね。キュルケの提案でアンタ達のいた王宮を監視してた時に使ってたから…」
 ギーシュに置いていかれたせいで多少怒り気味に話した彼女に、ルイズはあぁ…と納得した。
 一応監視の話はキュルケから聞いていたので驚きはしなかったが、テントの話までは初耳であった。

 その後、モンモランシーも故郷に帰るという事で魔法衛士隊員が学院から持ってきてくれた荷物片手に王宮を後にした。
 少しして、ルイズ達も執務を途中で抜け出してきたアンリエッタにお礼と挨拶をしてからブルドンネ街へと入っていった。

596ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:41:11 ID:iBf32hzg

 王宮と外を繋ぐ大きな門を歩いて出てから暫くして、街中に充満する茹だるような暑さに霊夢が呻き声を上げた。
「クッソ暑いわね…」
「そりゃ夏だしね。暑いのは当たり前じゃないの」
『いやー娘っ子、街中に陽炎がでる程暑いのが当たり前とか言われたらお手上げさね』
 自分の荷物が入った旅行鞄を左手に、そしてデルフを背中に担いで汗だくの顔を右手で煽る霊夢にルイズがそう返すと、デルフがすかさず突っ込みを入れた。
 トリステイン、特に王都はこの時期になると外国から来た観光客が気温の高さに驚くのはいつもの事である。
 道幅の狭さもあるが、ブルドンネ街だけでも人口の密集率が多さと合わさって街全体が熱気に包まれるのだ。
「にしたって、この前来た時はこんなに熱くなかったぜ?」
 黒い服を着てるせいか、霊夢以上に熱さで茹だっている魔理沙が帽子を仰ぎながら涼しい顔をしているルイズに苦言を漏らす。
「だって、あの時は初夏だったでしょ?あれくらいで音を上げてたら、タニアっ子にはなれないわよ」
「こんなに暑い所で暮らすなら、ならなくてもいいぜ…」
『全くだな。オレっちは別にそういうのは感じはしないが、見てるだけでも暑いって分かるよ』
 うんざりした風に言ってから、ハンカチで顔の汗を拭く魔理沙を見てルイズは内心ホッとしていた。
 てっきりこんな暑さどうってこと無いとか言うと予想していたが、思っていた以上に彼女たちは人間らしい。

(正直に言えば、まぁ確かに暑いっちゃあ暑いわよねぇ…)
 一見汗をそれ程掻いて無さそうに見える彼女であったが、着ているブラウスの内側は既に汗だく状態であった。
 何せそのまま着ている魔法学院の制服は長袖なのだ、それで暑くないとか言ってたら頭がおかしい思われるだろう。
 魔法学院指定のブラウスには一応半袖のモデルはあるし、ルイズも予備のブラウスにと一着持っている。
 しかし、王宮で匿われる際に魔法衛士隊員が持ってきてくれた鞄の中にはそれが無かったのだ。
 おそらく入れ忘れか何かなんだろうが、そのお蔭てこうして体の内側から蝕んでくる汗に苛なむ羽目になっている。 

(ラ・ヴァリエールとかなら、こんなに暑い思いはせずに済むんだけど…)
 そろそろ額から滲み出てきた汗をハンカチで拭いつつ、トリステイン最北端にある自分の故郷をふと想った。
 これから二人を連れて帰るべき場所、王都から駅舎の貴族専用長距離馬車で最低でも二日は掛かる距離にある遠き我が家。
 広い草地を通り抜けていく涼しい風を想像しながらも、ルイズは暑さでバテかけている二人を励ます。

「まぁ暑いのは王都とか都市部ぐらいなもんだし、地方に行けばちゃんと涼めるわよ」
「えぇ…?あぁ、そういえばこれからアンタんとこの家に帰るんだったっけ?確か…ラ・ヴァリエールだったわよね」
 ルイズの言葉に、王宮を出る前に彼女が言っていた事を思い出した霊夢がその名を呟く。
「ラ・ヴァリエール。…トリステインの北側の端に位置する領地で、私の父ヴァリエール公爵が治めている土地よ」
 霊夢の言葉にコクリと頷いた後、ルイズはヘトヘトな二人を伴ってブルドンネ街を歩き始める。
 ここから歩いて一時間近くも掛かるであろう、北部駅舎へ向かって。

 それから後は、色々なトラブルに見舞われ到着が遅れに遅れる事となった。
 ただでさえ気温が高いというのに、最短ルートで北部駅舎行くためには人口に比べて道幅が狭い大通りを歩くしかないのである。
 流石のルイズも歩き始めて十五分程度でバテてしまい、他の二人はそれより前に暑さでどうにかなりそうな状態にまで追い詰められた。
 止むを得ず通りを出た広場で小休止しようにも、木陰や日陰の場所は占領されてまともに涼めずじまい。
 幸い屋台や広場を囲うようにしたレストランや果物屋では冷たいジュースなどを売っていた為、街中で行き倒れる羽目にはならなかった。
 三人とも二本ずつ絞りたての冷たいジュースを飲み、広場を出た後も苦難の道のりであった。
 通行人同士の喧嘩で通りが一旦封鎖されるわ、平民が干していた洗濯物のシーツが三人の頭に覆いかぶさってくるわでトラブル続き。
 一体全体、どうして駅舎へ行くだけなのにこうも大変な目に遭わなければいけないのかと…ルイズは駅舎に辿り着いた時にふと思った。

597ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:43:04 ID:iBf32hzg
 そうこうして北部駅舎の玄関に辿り着き、一部窓口で物凄い行列を横目で一瞥しつつルイズは別の窓口で切符を購入した。
 行先は無論ラ・ヴァリエール着の長距離切符三人分。長旅で疲れない様にランクの高い馬車をその場でチャーターしたのである。
「馬は二頭で屋根付き、国産シートとシーリングファンにクールドリンク及び食事付き。それを一両貸切でお願いね」
 最初、彼女からの注文を聞いた受け付け嬢は「は?」と言いたげな表情を一瞬浮かべ、ついで彼女がヴァリエール家の人間だと理解した。
 本当ならば切符の値段も去る事ならば、高ランクの馬車を予約も無しに借りるなど…並みの貴族であってもお断りされる事間違いなしだ。
 しかし、行先であるラ・ヴァリエール領を治める貴族の家の者ならば断ることは失礼に当たる。

「は、はい。かしこまりましたミス・ヴァリエール…!ただいま業者に問い合わせますので暫しお待ちを…!」
 受付嬢の近くにいた駅舎の職員数人がルイズの注文を急いでメモして、慌てて何処かへと走っていく。
 予約も無しに高ランク馬車の貸切りは相当無茶な注文であったが、当然その分の支払いも相当な額になる。
 しかし、ルイズの要望に応えるとなるとそれ相応の負担も付くために、業者側も上げたい手を中々上げられない依頼であった。
 数分後、業者への問い合わせが終わった一人の職員がシュルピスに本社を置く馬車会社が要望通りのモノを貸し出せるとルイズに報告した。
 
「ただ…先程のメンテナンスで車軸の交換が必要と診断されたので、修理に時間が掛かるとの事です」
「そうなの?でもまぁ大丈夫よ、乗せてくれるのならいくらでも待てるから」
 まるで自分の足を踏んでしまったかのように必死に頭を下げる職員に、ルイズは軽く微笑みながら言う。
 彼女の後ろにいた霊夢達は、まだ十六歳であるルイズにヘコヘコと頭を下げる職員を見て軽く驚いている最中であった。
「なんていうか…ルイズの家って本当に凄いんだな〜…って改めて思うわ」
「そりゃあなんたって、ここの王家と相当繋がりが深いし当然だろ?」
『まぁぶっちゃければ、娘っ子ぐらい名家じゃないとあぁいう事はできそうにないしな』
 改めてルイズが公爵家の人間だという事を改めつつ、二人と一本が軽い驚きと関心を示しているのを横目で一瞥し、
 思いの外、自分の家が特別なのだと再認識していた。
 
 その後、二階のレストランで食事を摂りつつ時間を潰して欲しいと言われた。
 持ってきていた荷物は受付で預かって貰い、当然ながら安全面を考慮してデルフもお預かりされる事となってしまった。
「多分、暇を持て余したらペチャクチャ喋ると思うし、その時は鞘に納めて黙らせといて頂戴」
 このクソ暑い中、それまで喋っていたデルフと暫しの別れが出来る霊夢は遠慮も無く、鞘に収まったデルフを差出し、
 カチャカチャとひとりでに動くデルフを見て、給士は大変な仕事を任されたと感じつつそのインテリジェンスソードを預かるほかなかった。
「は、はぁ…かしこまりました」
『ひっでぇコト言うな〜…、まぁでも許す。何せお前は俺の久方ぶりの゙相棒゙だしな』
 一方のデルフは相も変わらず冷たい霊夢にそんな軽口を叩きつつ、『まぁ楽しんで来い』と心の中で軽く手を振る。
 それが通じたのかどうかは知らないが、荷物と一子に金庫へと運ばれていくデルフに巫女も小さく手を振っていた。

 そうして、身軽になったルイズたち三人は古い階段を上って二階のフロアへと入った。
 貴族専用の待合スペースでもあるそのフロアは、流石『貴族専用』と謳うだけあって、中々綺麗な造りをしている。
「土産売り場に小さな本屋…後はレストランまであるとは。こりゃあちょっとした小さな通りが、宙に浮かんでる様なもんだぜ」
「そういえばそうよね、…だからって道幅の狭さに対して人の多さまで再現しなくたっていいのに」
 店や廊下を出入りする国内外の貴族達を見ている魔理沙の一言に、霊夢が余計な一言を入れつつ頷く。
 彼女のいう事もあながち間違っておらず、お昼の掻き入れ時という事もあってか、多くの貴族たちが廊下を行き交っている。

598ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:45:03 ID:iBf32hzg
 多少なりとも二階は涼しかったが、人ごみだけは相変わらずな廊下を歩いて、席の空いているレストランを探していた。
 しかし時間が時間という事もあってかどこも満席であり、空席があっても予約済みの席と言う有様。
 一度すべてのレストランを見て回り、二階のロビーへと戻ってきたルイズたちはどうしようかと頭を抱えるほかなかった。
「どうするのよ?このままだと、食べずじまいで此処を出る羽目になるわよ」
「う〜ん…一応、馬車側の方でも軽食は出してくれると思うけど…ちょっと勿体ないような気もするし」
 こういう場所で食べれる物と言うのは、基本的に外国の貴族でも満足できるような美味しい料理だと相場が決まっている。
 ロマリア人の次に食を愛するトリステイン人のルイズにとって、この様な場所で食事を摂れないというのには不満があった。
「とりあえずもう一回巡ってみようぜ?もしかしてたら空席が出来てるかもよ」
 そんな彼女の内心を察したのかもしれない魔理沙の言葉に彼女は頷き、もう一度レストランめぐりをしてみたところ…
 見事『麦畑の片隅』という看板の店で、丁度空きができた所を彼女たちは目撃する事が出来た。

 恐らくロマリアから来た観光客の貴族たちが食事を終えた直後なのだろう。
 ルイズと然程年が離れていない様に見える貴族の少女達が各々「チャオ!」と言って入口の給士に手を振って立ち去っていく。
 今がチャンスと感じたルイズは、貴族の子達が離れたのを見計らって、頭を下げていた給士に声を掛けた。
「ちょっと良いかしら?そこのギャルソン」
「…!はい、貴族様。当店でお食事でございましょうか?」
 何かと思い頭を上げた彼は、目の前にいる少女が貴族だと知って再度頭を下げて要件を尋ねてくる。
 ひとまずは「申し訳ございませんが…」と言われなかったルイズは、後ろにいる霊夢達を見やりながら「三人、いけるかしら?」と聞き返す。
 ルイズの目線に気付き、彼女の肩越しに霊夢達を見た給士はあぁ…と納得したようにうなずく。
「丁度今、外国からいらした貴族様方が使用していた個室が空きましたので…よろしければそちらをご案内いたします」
 接客業を務める人間の鑑とも言える様な眩い笑顔を浮かべて、給士は三人を店の入口へと案内した。

 ひとまずは店へ入った彼女たちは、食器等の片づけで少し待ってほしいと言われ、
 まぁそんなに時間は掛からないだろうと、大人しく順番待ちの時に座るソファに腰を下ろしていた時…。
「ちょっと!どういう事よ!?二重予約しでかして私の席が無くなってしまうなんてッ!」
「大変申し訳ありませんお客様…!こちらの手違いでこの様な事になってしまうとは…」
 先ほど給士が笑顔で頷いてくれた店の出入り口から、ヒステリックな少女叫び声が聞こえてきたのである。
 何だ何だと既に食事を頂いている貴族たちの何人かが入口の方へと顔を向け、ルイズたちもそれにならって入口の方へと視線を向ける。
 自分たちのいる順番待ちの部屋からは先ほど叫んだ少女の姿は見えず、このレストランのオーナーであろう中年の貴族が、平民の給士と一緒に頭を下げているのが見えた。
 二人そろって年下のお客に頭を下げる姿を見つめながら、霊夢が苦虫を食んでいるかのような表情を浮かべつつ口を開く。
「何なのよ?せっかくの昼食時にあんな金切り声で叫んでるのは?」
「さぁ…?でも何となく、聞き覚えのあるような声だな」
 魔理沙が興味津々といった様子でそう呟くとおもむろに立ち上がり、入口の方へと歩き出した。
 何の迷いや躊躇も無くスタスタと軽い足取りで入口へ向かう彼女を見て、咄嗟にルイズが止めようとしたが間に合わず、
 「ちょっと…!」と言ってソファから腰を上げた時には、入口の方へと戻った魔理沙と叫び声の主がほぼ同時に声を上げた。

「ちょっ…!何でアンタがこんな所にいるのよ!?」
「おぉ、もしやと思って顔を見てみれば…やっぱりお前さんだったかモンモランシー!」
 お互い暫しの間、顔を見せる事は無かったと思っていたのだろう。
 まるでもう二度と出会わないだろうと誓った矢先に街中で鉢合わせしたかのように、二人は奇遇な再開に驚いていた。

599ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:47:08 ID:iBf32hzg
 魔理沙が声の主の名を呼んだことで他の二人も入口へと向かい、そしてあの金髪ロールが特徴の彼女もルイズたちを見て目を見開く。
「はぁ…?ちょっと待ってよ、一体どういう事があれば…こんな茶番みたいな事になるワケ?」
 ――――それを言いたいのは私の方よ、モンモランシー…。
 思わず口から出しそうになった言葉を何とか口の中に閉じ込めつつ、ルイズは大きなため息をついた。
 ルイズの後に歩いてやってきた霊夢も、ルイズと同じく魔法学院の制服を着た彼女を見てあぁ…と二回ほど小さくうなずく。
「あぁ、道理で聞き覚えがあると思ったら…随分とお早い再会を果たせたわね?」
「全くだわ…あぁもう」
 唖然とするモンモランシーを見つめながら、他人事のような言葉を吐く霊夢にルイズは頭を抱えたくなった。
 やっぱり自分は色々な厄介ごとに直面する運命を始祖ブリミルに『虚無』の力と共に授けられたのであろうか?
 現実逃避にも近いことを考えつつ、ルイズは目を丸くしているモンモランシーに次はどんな言葉を掛けたらいいか悩んでいる。
 そして、先ほどまでモンモランシーに誤っていた店長の貴族と給士は何が何だか分からず困惑していた。

 予期せぬ再会であったものの、モンモランシーの怒りはこちらに向くことは無かった。
 話を聞く限りモンモランシーが予約していた普通のテーブル席の様で、自分たちが運よく入れた個室席ではないようである。
 無論ルイズも食事を取り上げられた彼女の前でうっかりそれをバラす事はせず、穏便に立ち去ってもらいたかった。
 しかし…またもやそんなルイズの前に災難は立ちはだかったのである。霧雨魔理沙という快活に喋る災難が。
「しっかし、お前さんも災難だな?こっちは運よく個室席とやらを―――…ウグ…ッ!?」
「この馬鹿…!」
 口の中に拳を突っ込まんばかりの勢いで彼女の口を塞いだものの、時すでに遅しとは正にこの事。
 黒白を黙しらせてモンモランシーの方へと顔を向けた時、そこにば野獣の眼光゙としか言いようの無い目つきでこちらを睨む彼女がいた。
 その目つきは鋭く、獲物を見つけた肉食動物の様に体に力を入れてこちらへゆっくりと近づくさまは、紛う事なき野獣そのものである。
 流石の魔理沙や、一人離れて様子を見ていた霊夢もモンモランシーが何を考えているのか気づく。当然、ルイズも…。

「ル――――」
「何でアンタと一緒に昼食を食べる必要があるのよ?」
「まだアンタの名前を言いきってすらないじゃない!…っていうか、私が腹ペコみたいな決めつけしないで頂戴!」
「あっ…御免なさい。じゃあアレね、私達の個室席に無理矢理入りたいっていうのは私の勘違いだったのね」
「いや、ワタシはそれを頼もうとしたんだけど…」
「アンタ腹ペコどころか、物凄い厚かましいわねぇ」
 
 そんな会話の後、当然と言うか定めと言うべきか…二人の口喧嘩が『麦畑の片隅』の入口で繰り広げられた。
 ルイズは「アンタに席を分けてやる義理はないじゃないの!」と言うのに対し、モンモランシーは「アンタ達の事助けに行ってあげたじゃないの!」と返していく。
 流石にタルブでの顛末を詳しく話すことは無かったものの、当事者であったルイズも彼女があの場で治療してくれたのは知っている。
 しかし、だからといってそれ以前――少なくとも霊夢を召喚するまで彼女から受けた嘲笑や罵りが帳消しになったワケではない。
 それを指摘してやると、それを思いだしたモンモランシーは「グッ…」と一歩引いたものの…暫し考えた素振りを見せて再び口を開いた。
「わ、若気の至りってヤツよ!…あの時はアンタがあんなにスゴイって知らなかったんだもの!」
「去年と今年の春までの事を若気の至りって呼ばないわよ!」
 双方とも激しい罵り合いに、モンモランシーに頭を下げていた給士とオーナーの貴族は震えあがっていた。
 給士はともかくとして今まで人間相手に杖をふるったことの無い中年のオーナーにとって、火竜と水竜が目の前で喧嘩している様な状況に何もできないでいる。

600ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:49:17 ID:iBf32hzg
 店の内外にいた貴族たちも何だ何だと口喧嘩を聞いて駆けつけてきて、ちょっとした人だかりまでできている始末。
 下級、中級、上級。単身、カップル、家族連れ。そして老若男女に国内外様々な貴族たちがどんどん近寄ってくる。
 そんな光景を目にして、この騒動を引き起こした魔理沙は無邪気に騒いでいた。引き起こした本人にも関わらず。
「おーおー…何だか騒がしい事になってきてるじゃないか」
「アンタがバラさなきゃあ穏便に済んだ事じゃないの、全く…」
 流石にこれ以上騒いでは昼食どころではないと察したか、ようやく博麗の巫女が重い腰を上げる事となった。
 人間同士のイザコザは完全に彼女の専門外ではあったが、解決方法は知っている。

「ほら二人とも、口げんかはそこまでしときなさい」
 いよいよ口喧嘩から髪の掴み合いに発展しそうになった二人を、霊夢がそう言ってサッと引き離す。
 突然の介入は二人同時に「何するのよッ!」と丁寧にタイミングを合わせて叫んで来たので、咄嗟に耳を塞ぎながら霊夢は二人へ警告する。
「アンタ達ねぇ、そうやって喧嘩するのは良いけどそろそろやめとかないと食事どころじゃなくなるわよ?」
「はぁ?一体何を……あっ」
 彼女に指摘された初めて周囲の状況に気が付いたルイズは目を丸くして困惑し、モンモランシーも似たような反応を見せていた。 
 どうやら本当に周りが見えていなかったらしい。霊夢はため息をつきたくなったが、辛うじてそれを押しとどめる。
(まぁルイズの性格であんなに怒ったらそうなるのは分かってたし、モンモランシーも似たような性格だからね…)
 そんな事を思いながらも、ようやっと頭が冷えてきた彼女たちに霊夢は至極落ち着きながらも、まずはモンモランシーに喋りかける。

「まず聞くけど、どうしてこの店に拘るのよ?予約してた席が無くなったんなら、さっさと他の店で空いた席を探せば良いじゃない」
「え?…えっと、それは…うぅ」
 至極もっともな霊夢の言い分にモンモランシーは何か言いたげな様子であったが、悔しそうに口を噤んでいる。
 それを見てルイズは自分の味方になってくれている霊夢にエールを送り、店の者たちはホッと胸をなで下ろしていた。
 マントを羽織っていないのでルイズの従者という扱いの彼女であったが、平民であれ何であれこの騒ぎを鎮めてくれるのであれば誰でもよかった。
 一方で、店の外にいる貴族たちの何人かがモンモランシーを止める霊夢を見て「平民が貴族を諭すなどと…」という苦々しい言葉が微かに聞こえてくる。
 霊夢はそれを無視しつつも、何か言いたそうで決して口外できない風を装っているモンモランシーを見て、何か理由があるのだと察していた。
 彼女のもどかしそうな表情と「気付いてほしい…」と言いたげな目つきを見れば、誰だって同じように気づくであろう。

 一体何を抱えているのか?面倒くさそうなため息をついた霊夢はモンモランシーの傍に近づくと、すぐさま彼女が耳打ちしてきた。
 耳元から囁かれるモンモランシーの神経質な声にむず痒さを覚えつつ、彼女が大声で言えない事をヒソヒソ声で伝えていく。
「この店ってさぁ、北部駅舎の飲食店の中で比較的安い店だって知ってる…?」
「知らないわねェ?でもまぁ、ルイズなら知ってそうだけど…」
「そう…。それでね、この時間帯に出るランチセットは…一応値段的にはそれなりに働いてる平民でも気軽に頼めるお手軽価格なの」
 ま、平民はここへは入れないけど。…最後にそう付け加えて、ご丁寧に説明してくれた彼女に霊夢は「…で?」と話の続きを促す。
「それで、まぁ…アンタに話すのも恥ずかしいけれど、世の中にいる貴族にはそういう低価格で程よい豪華な食事を楽しみたい層がいるのよ」
「それがアンタってワケ?何処かで聞いたけど…アンタの家は領地持ちなんでしょう。だったら金なんていくらでも持ってるんじゃないの?」
 霊夢の指摘にモンモランシーは暫し黙った後、巫女さんの顔を気まずい表情で見つめながらしゃべり始めた。
「この際だから、アンタにも話しておこうかしらね?貴族には、二通りの存在がいる事を…」
「…?」
 突然そんな事を言い出したモンモランシーに首を傾げると、彼女は勝手に説明を始めていく。

601ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:51:03 ID:iBf32hzg
「このハルケギニアにはね、お金と仲良しな貴族と…お金に縁のない不幸な貴族がいるの。
 例えば前者を挙げるとすれば、ルイズのヴァリエール家や、キュルケの所のツェルプストー家が良い例よ?」

「…あぁ、確かに何となく分かるわね」
 唐突に始まったものの、やけに丁寧なモンモランシーの説明に霊夢は納得したように頷きつつ、引き続き話を聞いていく。

「そして、後者の例を挙げれば…私の実家のモンモランシ家や、ギーシュのグラモン家ね。
 グラモン家は代々軍人の家系で、アイツの父親はトリステイン王軍の元帥の地位にいる程の御人よ。
 だけど、過去に行われた山賊やオーク鬼退治のなんかの出征の際に見栄を張り過ぎて、金を殆ど使い果たしてると言われてる…
 あと…モンモランシ家は、えーと…干拓に大失敗して領地の半分がペンペン草も生えぬ荒野になっちゃって、経営が大変なのよ」

 自分の家の経営事情を気まずそうに説明したところで、彼女は霊夢に説明するのを止める。
 とはいえ、この説明だけでも十分にモンモランシーの財布が小さい理由が分かってしまった霊夢は、多少なりとも同情しそうになった。
「何ていうか…その、貴族って意外と大変なのね」
「やめてよ。嬉しいけどそういう同情の仕方はやめてよ」
 気休めにならないが、すっかり気分が萎れてしまった霊夢からの慰めにモンモランシーは複雑な気持ちを抱くしかなかった。


 その後、更に詳しくモンモランシーから話を聞くとどうやら彼女も帰省する為にここの馬車を利用するのだという。
 とはいえルイズの様にチャーターできるワケもないので比較的安く、尚且つ長旅となる為にせめてここで美味しいモノを…と思ったらしい。
 席自体は数日前に手紙で予約していたモノの、店側のミスで一般席は全て埋まってしまい、彼女以外の予約席もあって二時間待ちという状態。
 それに輪をかけてチケットを取っている馬車の発車時刻は一時間半後という、不幸としか言いようのない状況に陥っているのが今の彼女であった。
 モンモランシーの口からそれを直接聞いた霊夢は、大分落ち着いたものの未だご立腹なルイズに丁寧に伝えた。

「…というわけで、個室の席は四つあるから相席させて欲しいって言ってきてるけど…どうするの?」
「何よそれ?そんなら同じフロアの土産売り場で売ってるサンドイッチやジュースとか買って、食べとけば良いじゃないの」
 非の打ちどころの無いルイズの正論にしかし、モンモランシーはそれでも必死に食い下がる。
 まるで絞首台の前に立った罪人が必死に抵抗するかのように、彼女はルイズを説得しようとしていた。
「そんなの味気ないじゃない!それに…アンタだって知ってるでしょうに?ウチの領地の特産物がジャガイモぐらいしか無いの!?」
 今にも怒り泣きしそうな忙しい表情で叫んだモンモランシーの言葉に、ルイズはそういえばそうだったわねぇ…と思い出す。

 諸事情で干拓に失敗したあの領地で安定して育てられる野菜と言えば、ジャガイモぐらいしか耳にしたことがない。
 年に何回かは別の野菜が王都の市場にまで運ばれては来るが、同じく運ばれてくるジャガイモの出荷量と比べれば小鳥の涙程度。
 そのせいかモンモランシー領で暮らす人々の食事は貴族平民問わずジャガイモはメインの野菜である。というかジャガイモしかない。
 時折他の領地から運ばれてきて、高い値段が付く他の野菜を食べる事はあれど、朝昼夕の基本三食には必ずジャガイモがついてくる。
 魚はともかく、肉類などは十分に領地内での確保に成功しているが、それらがどんなに美味そうな料理になっても忌々しいジャガイモが隣にいるのだ。
 茹でたジャガイモ、マッシュポテト、ポテトサラダ、フリット(フライドポテト)…。ゲルマニア人もびっくりなくらい、モンモランシー領はジャガイモに塗れていた。
 
 だからこそ彼女は必死なのだろう、夏季休暇で芋地獄の故郷へ戻る前に王都の華やかな食事にありつきたいのだと。
 有名ではない地方から来た貴族程、王都へ足を運んだ際には食事にはある程度金を惜しまないと聞く。
 そこには、モンモランシーの様に偏った食事しかない地方に住まう自分の待遇を一時でも忘れたいが為の現実逃避でもあるのだ。

602ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:53:10 ID:iBf32hzg
 ルイズは悩んだ―――確かにモンモランシーは、あの時タルブへ嫌々来ながらも、キュルケ達と共に残ってくれていた。
 それに、王宮で自分の『虚無』を明かそうとした時、まあつっけんどんながらも口外しないという約束までしてくれたのである。
 以上の二つの事を思い出してみれば、なるほど彼女と相席になってもまぁ別に悪くは無いと思えてしまう。
 だが、そんな考えが出てきたところでハッとした表情を浮かべたルイズは、慌てて首を横に振った。
 
 先程自分が言ったように、入学当初からは暫く彼女から散々嫌味を言われていたのだ。
 それもついでに思い出してしまうと、不思議と体の奥底から゙許せない…゙という意思が湧き上がってくる。
 自分を馬鹿にしていた入学当初のモンモランシーと、自暴自棄ながらもアルビオン艦隊と戦うと決めてくれたタルブ村のモンモランシー。
 二人のモンモランシーの内どれを選んだら良いのか…?それに悩んでしまい、ついつい無言になってしまう。
 そんな彼女を見かねてか、はたまた空腹が我慢できないレベルになってきたのか…それまで黙っていた魔理沙がその口を開いた。
「別に良いんじゃないか?この際昔の事を忘れて、これからの事を考えながら食事っていいうのも?」
 今に至る騒動を生み出した張本人は、脱いでいた帽子を手で弄りながら葛藤するルイズにそう言った。
 その言葉にモンモランシーがハッとした様な表情を浮かべて魔理沙を見遣り、一方のルイズはそれでも不満気なまま彼女に反論する。

「つまりアンタは、今まで馬鹿にされてた事を水に流せって言いたいワケなの?」
「そう言ってるワケじゃあないさ、偶にそんな事言う奴もいるけど、人間自分が馬鹿にされた事は中々忘れられないもんさ」 
 自分が過去に、どれだけ『ゼロ』と揶揄されてきたのか知らないくせに。そう言おうとしたルイズに対し、
 普通の魔法使いは彼女の内心を読み取ったかのような言葉を、彼女に投げかけた。
 そんな事を言われてしまうと口の中から出ていきそうになった言葉を、出そうにも出す事が出来なくなったルイズ。
 魔理沙はルイズが静かになったのを確認した後、手に持っていた帽子をかぶり直して一人喋り出す。

「でも、お互いそうやっていがみ合ったままじゃあ色々と疲れちまうもんだぜ?
 ワタシだって霊夢の事は今でもライバル視してるけど、いつもは仲良く接してるのをお前は見てるだろ?
 それと同じさ。いざとなったらアンタの頬を抓ってやる覚悟だが、
 今はその時じゃあないからお互い仲良くいきましょう…って感じだよ
 お互い鉢合わせたら即喧嘩なんて…モンモランシーもお前も、疲れててしまうじゃないか」

 魔理沙の言葉にルイズは「そもそも喧嘩を起こした張本人のアンタが言う事…?」という疑問を抱いていたが、
 小さな頭で少しだけ考えてみると、確かに彼女の言う通りなのかもしれないという確信もゆっくりゆっくりと浮上してくる。
「ちょっと魔理沙、何で私がアンタといっつも仲良しみたいな事言ってるのよ?」
「なーに言ってんだよ霊夢。私が遊びに来た時には良くお茶と茶菓子を分けてくれるじゃあないか」
 何やら言い争いをしている霊夢達を余所に、ルイズは再びどうするか悩んでいた。
 多生揉めてでも店から追い出すか、それとも一時の間だけ昔の事を忘れて彼女と同席するか…。
 二つの内一つしか選べぬ選択肢を目の前に出された彼女は、あともう数分だけ時間が欲しいと言いたかった。
 しかし、これ以上は店側も待てないのか「お客様…」と蚊帳の外にいたオーナーがおずおずとルイズに声を掛けてくる。
 自分を含めて霊夢や魔理沙たちも腹を空かせてているだろうし、何よりチャーターしている馬車の事もある。
  
 もうこれ以上の猶予は無い。そう悟ったルイズは…以前デルフが言ってくれたあの言葉を思い出した。
 ――――ちっとは大目に見てやろうぜ。そうでなきゃいつまでも溝は埋まらねぇぞ?
 以前霊夢と喧嘩になった際、いつもはからかう側のインテリジェンスソードが自分に語りかけてくれたあの言葉。
 それが脳裏を過った後、待合室の天井を仰ぎ見たルイズは軽い深呼吸をした後にモンモランシーの方へと顔を向ける。

603ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:55:10 ID:iBf32hzg
 モンモランシー…入学当初は自分を『ゼロ』と呼んで自分を馬鹿にしていた彼女であったが、今ならそんな事さえしないだろう。
 何故なら彼女は目撃したのだから。二度と指を差して笑えぬ、自分の中に隠されていたあの怖ろしい『力』を。
(…確かにコイツには色々と嘲笑われたけど、あの時はまだ何も゙知らなかっだものね…キュルケや、私さえも…)
 そう思うと、不思議と彼女のしてきた事がほんのわずかだが゙些細な事゙だったのだと思えるようになってくる。
 
「……ルイズ?――――…っ!」
 こちらのをジッと見つめたまま黙っているルイズに、モンモランシーは声を掛ける。
 その声で止まっていた自分の体が動き出したかのように、ルイズは右手の中指と人差し指でピースを作り、モンモランシーの眼前へと出した。
 突然のことに少し驚きを隠せなかったものの、そんな事お構いなしにルイズは彼女に話しかけた。

「モンモランシー、二よ?三分の二で手を打つわ」
「三分の…二?アンタ、急に何を言ってるのよ…?」
 イマイチ彼女の真意を把握できぬ事に、モンモランシーは首を傾げてしまう。
 自分でも何を言っているのかと呆れたくなる気持ちを抑えて、ルイズはもう一度口を開いた。

「割り勘よ。アンタが予約してた席代をそのまま、私達の個室料金にぶち込みなさい。
 アンタには一年生の頃から色々とされたけど、今回は…今回だけはそれを別の所に置いといて上げるわ…
 ――――後、絶対に勘違いしないでよね?アンタと今から仲直りしようってワケじゃない。お店の事を考えてそれで丸く収めるって事よ」

 忘れないで頂戴。右手の指二本を震わせながら、ルイズは最後にそう付け加える。
 それはルイズなりに決断した、モンモランシーへの譲歩であった。


 ――――時間は戻り、食事を終えて支払いも済ませた彼女たちはモンモランシーを先頭に歩いていた。
 食欲を満たし、イライラも落ち着いた彼女は満足げな笑みを浮かべ、自慢のロールを揺らしながら駅舎一階のロビーを進んでいく。
 個室の席代はやや高くついたものの予算の範囲内であったし、何より楽しみにしていたランチセットよりも上の料理を食べる事が出来たのである。
 不幸中の幸い、という言葉こういう時の為にあるのだろう。幸せな満腹感に満たされながら、モンモランシーはそんな事を思っていた。
「…ふぅ〜…全く、店側の手違いで昼食が食べ損ねるかと思ってたら…まさかこうもアンタ達と偶然再会するとは思ってなかったわ」
「偶然は偶然だけど、望まぬ偶然よ。全く…」
 そんな彼女の後をついて行くように、浮かぬ顔で歩くルイズは思わず苦言を漏らしてしまう。
 本当ならば、霊夢と魔理沙の三人で軽くこれからの事を話し合いながら食事をするつもりだったというのに…
 偶然にもあの店で予約を取っていて、手違いで無かった事にされたモンモランシーと出会ったせいで色々と予定が狂ってしまった。
 一応出てきた食事には満足したものの、自分よりも幸せそうな彼女を見ていると今更ながら苛立ちというモノが募ってきてしまう。
 好事魔多し…という言葉を何かの本で目にしたことがあるが、正に今の様な状況にピッタリな言葉には違いないだろう。

(まぁ予想はついてたけど…思ったよりちょっとは溝が深いようね)
 一時は和解できたと思っていたモノの、少し浮かれているモンモランシーの背中をジッと睨んでいるルイズの後姿。
 それをジト目で見つめながら後に続いていた霊夢が心中でそんな事を呟いていると、先程返却してもらったデルフが話しかけてきた。

604ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:57:06 ID:iBf32hzg
『にしたって奇遇なモンだねぇ?あん時の金髪ロールの嬢ちゃんとこうやって再会するとはねェ』
「まぁお互いそそれを嬉しいとは思ってい無さそうだけどね?」
 先ほどまで駅舎で預けられていて、魔理沙からいきさつを聞いたテン入りジェンスソードに霊夢は相槌を打つ。
 てっきり預けられていた不満が出てくるのかと思いきや、きっと荷物を預かってくれた職員が話し相手にでもなってくれたのだろう。
 預ける前よりかは少しだけ良くなった機嫌を剣の体で表しているのか、時折独りでにカチャカチャと動いている。

(まぁそれ程気になるワケではないけど、鬱陶しくなったら鞘越しに刀身を殴って黙らせりゃあ良いか)
 デルフにとってあまり穏やかではない事を考えながら、ルイズとモンモランシーの後をついていく。
 ふと自分の後ろを歩く魔理沙を見てみると、しきりに視線を動かして駅舎一階の中や造りを興味深そうに観察している。
 霊夢は然程気にはしないものの、こういういかにも洋風な造りの建物など幻想郷では指で数えるほどしかない。
 一番大きい洋風の建物と言えば紅魔館ぐらいなものだし、人里でもこういう感じの建物は本当に少ないのだ。
 だから、まだまだ好奇心が旺盛な年頃の彼女が夢中になる気持ちは分かる。分かるのだが…
 天井やら人列が並ぶ受付口に目がいってしまう余り、そのまま別の所へ行ってしまうのは…流石に声を掛けるべきなのだろう。
「ちょっと魔理沙、アンタどこ行くつもりよー」
「…え?おぉ…っと、危ない危ない!」
 霊夢の呼びかけで、ようやってルイズ達から離れかけた彼女は慌てて彼女の方へと駆けてくる。
 ルイズもそれに気づいたのか、はぐれかけた黒白に「何やってるのよ?」と軽く呆れていた。


 それから少しだけある気、ルイズたちはロビーを出た先にある三番ステーションへと足を運んでいた。
 全部三つあるステーション――つまり駅馬車の乗り降りをする場所の中で、唯一国外へと出ない馬車の発車場である。
 その分割安ではあるが、いかにもグレードの低そうな駅馬車ばかりが集められていた。
 無論ルイズがチャーターした馬車があるのは、国内外の行き来可能で一流業者が集められている一番ステーションだ。
 なら何故ここを訪れたのかと言うと、これから領地へ帰るモンモランシーがここの馬車に乗るからであった。 
「チケットを予約していたモンモランシーよ。馬車の準備は出来ているかしら?」
 ステーション内に設けられた別の受付を担当している職員に、モンモランシーはそう言ってチケットを見せる。
 まだここで働き始めたであろう青年職員は、チケットに書かれた氏名、番号、有効期限を確認するとモンモランシーにチケットを返す。
「確認が終わりました。ミス・モンモランシーの予約している駅馬車は二番プラットホームの馬車です」
「うん、有難うね」
 良い旅を、チケットをしまって受付を後にした彼女の背中に担当職員は声を掛けた。
 彼女がその声に軽く右手を振った後、ルイズたちも多くの人が行き交う三番ステーションの通路を歩き始める。
 ステーションの左側は外へ直結しており、真夏の太陽の光と照りつけられている地面がその目に映っている。
 外と繋がっているせいか夏の熱気も流れ込んできて、駅舎の中であるというのに再び肌からじわりじわり汗が滲む程に暑かった。
 ハルケギニアの夏に未だ慣れていない霊夢と魔理沙の二人は、この建物の中では感じることは無いと思っていた熱気に怯んでいるものの、
 ステーション内で客の荷物を詰め込む馬車の御者や書類片手に走る職員に、客の貴族や平民たちは平気な様子で行き来している。
「あーくそ…、折角涼しい場所で食事できたと思ったら、まさか外の熱気がここまで来るとは…」
「いっその事メイジの魔法なりでここに冷たい風でも吹かせてくれればいいのにね」
 幸せな気分から一転、またもや汗だくとなっていく二人の愚痴を後ろから聞きながら、
 ルイズと自分が乗る馬車の方へと歩いていくモンモランシーの二人も、少しワケありな会話をし始めていた。

605ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 21:59:09 ID:iBf32hzg
「それにしても、アンタはともかく…ワタシまでこんな数奇な出来事に見舞われるなんてね」
「は?何よイキナリ…」
 突然そんな事を呟いたモンモランシーに、ルイズは怪訝な表情を浮かべる。
 まさかちょっと過去の事に目をつぶって、昼食を共にしただけで自分と仲良くしたいと思っているのか?
 本人の耳に聞こえたら間違いなく決闘騒ぎになるような事を思っていたルイズであったが、それを口に出す事は無かった。

「だってそうじゃない?アンタが使い魔召喚の儀式で異世界出身の巫女さんを呼んじゃうし、アルビオン王国が倒れて…
 お次は魔法学院で色々と騒ぎがあった末に夏季休暇の前倒し…かと思えば、キュルケ達と一緒にアンタ達の素性を調べたり、
 そんでテントの中で籠ってたかと思えば、シルフィードの背に乗ってレコン・キスタの艦隊が上空に浮かぶタルブ村まで連れてかれて…
 んでなし崩し的に私までアンタ達と一緒にその艦隊と戦う羽目に成ったり…と思いきや、アンタのあの゙光゙で艦隊が全滅…してからの王宮での監視生活」

 …これが数奇な出来事じゃなくて何になるの?最後にそう付け加えて喋り終えた彼女は、何となく肩をすくめる。
 まぁ確かに彼女の言っている事に間違いはないだろう。ルイズはひの顔に苦笑いを浮かべつつ軽くうなずいて見せた。
 それでも、自分や霊夢達が直に体験してきた事と比べれば幾分か優しいというのは、言わない方が良いのだろうか?
 頭の中でそんな二者択一の考えを巡らせている中、喋り終えたばかりのモンモランシーがまたもやその口を開いた。
「あぁでも…私にとってその中でも一番衝撃な事といえば……数日前に聞かされだアレ゙よね?」
「……!あぁ、あの事ね」
 彼女が口にした『数日前』という単語で、ルイズもまだアレ゙を思い出す。
 それはトリステイン人であり、この国の貴族でもある二人にとって最も衝撃であり、何よりもの朗報であった。

 先王の遺した一人娘であり、他国からもトリステインに相応しき一輪の百合とも称される美しき王女。
 そしてヴァリエール家のルイズとは幼馴染みであり、トリステインの女性たちにとっての憧れでもある、アンリエッタ・ド・トリステイン。
 以前は王女として北部の隣国帝政ゲルマニアへの皇帝へと嫁ぐはずだった彼女は、近いうちに女王として戴冠式を挙げる予定である。
 つまり、永らく座る者のいなかった玉座へと腰を下ろすために、アンリエッタは王冠を被りこの国を背負う女王陛下となるのだ。
 ゲルマニア皇帝との結婚式が中止になったのもこれが原因であり、トリステインが彼女を留まらせる為の救済策。
 そして、これからレコン・キスタもとい…神聖アルビオン共和国との戦争の為に、国内の結束力を高める為に必要な儀式でもあった
 惜しくも王家の嫁を迎え入れられなかったゲルマニアだったが、代わりにトリステインはゲルマニアとの軍事同盟を結んでいる。
 
 その為ゲルマニアはトリステイン王国に武器、兵器等を正規の手続きをもって売れるようになり、
 トリステイン軍も王軍、国軍を再編して同盟国と同様の陸軍を創設する為のノウハウを教える為の人材をゲルマニアに要求できるようになった。
 伝統を保守し、尊重するトリステインではあるものの軍部は先のラ・ロシェールでの戦闘で意識を改めており、
 新式とは言えないが比較的新しいゲルマニア軍の兵器を買えるうえに、陸軍創設の際にもゲルマニアと言う大先輩が教えてくれる。
 トリステインは新しい女王が就任し、ゲルマニアは軍事的にもトリステインを指示できる立場となり、互いに面子を守れるという結果に終わった。

 …とはいえ、王宮内部では既に戴冠式の予定日まで決まっているが、未だ民衆や王宮で働いていない貴族達には知らされていない。 
 ルイズたちが聞いた話では夏季休暇の終わる数週間前に戴冠式が発表され、丁度長い夏休みが終わると同時に式が行われるという。
 その為街中では結婚式が中止になった事でそれを不安に思う者たちが大勢いたが、そこまではルイズたちの知る所ではなかった。

「まさか、あの姫さまがいよいよ女王陛下にならなれるなんて…段々遠くなっていくわね…」
 流石のルイズも声を抑えつつ、自分の幼馴染が色んな意味で高い場所にいるべき人となっていく事に切ない感情を抱いていた。
 マザリーニ枢機卿からその事を聞かされた時は嬉しかったものの、時間が経ってしまうと妙なもの悲しさが心の中に生まれてくる。

606ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:01:07 ID:iBf32hzg
 先王亡き以降マリアンヌ王妃は戴冠を拒み、アンリエッタはまだ幼すぎるとして、戴冠の事はこれまでずっと保留にされてきた。
 その為トリステイン王国は、今まで玉座に座るべき王が不在という状態の中で大臣や将軍たちが一生懸命国を動かしていた。
 特にロマリアからやっきてた枢機卿の働きぶりは凄まじく、彼無くして今日までトリステイン王国は生き残る事が出来た。
 だから冠を被るのに充分な年齢に達したアンリエッタが王となるのは喜ぶべきことであり、落ち込む理由は何一つ無いはずなのである。

「ちょっと、なーに暗い顔してるのよ?」
 そんなルイズを慰めるように、刺すような視線を向ける霊夢がポンポンとルイズの背中を軽く叩いてきた。
 突然のことに目を丸くした彼女は思わずその口から「ヒャッ…!」と素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。
 一体何をするのかと後ろにいる巫女さんをを睨んだが、彼女はそれを気にせず言葉を続けていく。
「アンタとアンリエッタが幼馴染なのは知ってるし、まぁ遠い人間になるのは分かるけど…アンタだってアイツからあの書類を貰ったじゃないの?」
 その言葉に、ルイズは受付で預かってもらっている旅行鞄の中に入れた『あの書類』の事を思い出した。

 そう遠くないうちに女王となる幼馴染から頂いた、一枚の許可証。
 書面にアンリエッタ直筆の証とも言える花押がついた、女王陛下直属の女官であるという証を。


 それは数日前の事、キュルケやモンモランシー達と共にアンリエッタと『虚無』の事について話していた時であった。
 一通り喋り終えた後、魔理沙の口から出た何気ない一言のお蔭で彼女はルイズたちに話をす事が出来たのである。
「残念な事に…敵は王宮の中にもいるのです。―――――獅子身中の虫という、厄介な敵が」
 女王になる前だというのに、既に悩みの種が出来つつある彼女は残念そうに言ってから、その゙獅子身中の虫゙について説明してくれた。
 古き王政を打倒し、有力な貴族による国家運営を目指しているレコン・キスタの魔の手はアルビオン王国が倒れる前から世界中に伸びていたのである。
 ゲルマニアやガリア王国、果てにはロマリアの一部貴族達は貴族派の内通者として暗躍し、国が表沙汰にしたくない情報を横流ししていたのだという。
 トリステインもまた例外ではなく、既に一部貴族が貴族派に加担している者が出ており、挙句の果てにスパイまで逮捕している。
 各国と自国の状況から考えて、不特定多数もしくは少数の貴族たちが貴族派の者と接触しており…最悪彼らの企てに協力している可能性があるというのだ。

「そんな事になってたのですか…?ワルド元子爵の様な裏切り者が他に…」
「まだ断定できるほどの状況証拠があるワケではないのだけれど…決していないとも言いきれないのが今の状況よ」
 その話を聞いたルイズはふとアルビオンで裏切ったワルドの事を思い出し、アンリエッタも悲しそうな表情を浮かべて頷く。
 彼女にとってワルドは恋人の仇であり、ルイズは自分の一途な想いを裏切った挙句、タルブで霊夢の命を奪おうとまでした男だ。
 実力差はあるものの、あの男と似たような思考で裏切ろうとしている者たちがいるという可能性に、ルイズは自然と自分の右手を握りしめる。
「…だからルイズ。貴女はこれから自分の覚醒した力を公にせず、ここにいる者たちだけの秘密として心の中にしまっておいてください」
「!―――殿下…」
 アンリエッタの言葉にルイズが反応するよりも先に驚いたのは、マザリーニ枢機卿であった。
 彼はルイズの今後について知らなかったのか、アンリエッタの口から出たルイズへの指示に目を丸くしている。
 枢機卿に続くようにして、ルイズも「しかし、姫さま…!」と信じられないと言いたげな表情で幼馴染に詰め寄った。
「私は…自分の力となった『虚無』を、姫さまの為に役立てたいと思っています…それなのに…」
「分かってるわルイズ、貴女の気持ちは良く分かる。けれども…いいのです。恐らくその力は、貴女の身に災いを持ってくるやも知れませぬ」
「構いません。既にこの身は『虚無』が覚醒する前から幾つもの災難を体験しています…今更災いの一つや二つ…」
 拒否の意を示す為に突き出したアンリエッタの右手を、ルイズは優しく払いのけながら尚も詰めかける。
 咄嗟にアンリエッタは枢機卿へと目配せするものの、老齢の大臣は静かに自分の目を逸らしてみて見ぬふりを決め込んでいた。

607ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:03:02 ID:iBf32hzg
「枢機卿!」
「姫殿下、誠に失礼かと思いますが…今は一人でも多く信頼できる人材が必要だと…私は申し上げましたぞ」
 これ以上心許せる友を巻き込みたくないアンリエッタと、今はその気持ちを押し殺して仲間として加えるべきと進言するマザリーニ。
 友の為に国益を損する事に目を瞑るのか、それとも国益のために友の身を危険な場所へと赴かせるのか。
 どちらか一つを選ぶことによって、ルイズの今後は大きく変わる事になるかもしれない。

「いやはや、ルイズの奴も苦労してるんだな〜」
「そうね。幾つもの災難に見舞われてきただなんて…まぁ私に身に覚えがないけれど」
「多分ルイズの言う『災難』の内半分は、絶対にアンタ達が原因だと思うわよ?」
 緊張感漂う部屋の中で、二人仲良くとぼけている霊夢達にモンモランシーはさりげなく突っ込んでいた。


 その後は色々あり、役に立てぬというのなら杖を返上するというルイズの発言にアンリエッタが根負けする事となってしまった。
 『虚無』が覚醒する以前は、魔法が使えぬ故に『ゼロ』という二つ名を持っていた彼女が、自分の為に働きたいとという気持ちが伝わったのだろうか。
 アンリエッタは安堵している枢機卿に丈夫な羊用紙を一枚用意するよう命令した後、自分の前で跪いているルイズの左肩をそっと触る。
「ルイズ、貴女は本当に…私の力となってくれるのね」
「当然ですわ、姫さま。これまで姫さまに与えて貰って御恩の分、きっちりと働いて見せます」
 顔を上げたルイズの、決意と覚悟に満ちた表情を見て、多少の不安が残っていたアンリエッタも力強くうなずいて見せた。

「……分かりました。ならば、『始祖の祈祷書』と『水のルビー』は貴女にもう暫く預かってもらいます。
 しかしルイズ。貴女が『虚無』の担い手であるという事はみだりに口外しては駄目よ。それだけは約束してちょうだい
 それと、何があったとしても…タルブの時に見せた様な魔法とは言えぬ超常的な力も、使用する事は極力控えるようにして」

 アンリエッタからの約束に、ルイズは暫しの沈黙の後…「分かりました」と頷いた。
 その頷きにホッと安堵のため息をついたと同時に、マザリーニが持ってきた羊皮紙を貰い、次いで机に置いていた羽ペンを手に取る。
「これから先、貴女の身分は私直属の女官という事に致します」
 羊皮紙にスラスラと何かしたため、最後に花押を羊皮紙の右端につけてから、ルイズの方へと差出した。
「これをお持ちなさい。ルイズ・フランソワーズ」
 自分の目の前にあるそれを手に取ったルイズは、素早く書面に書かれた文章を読んでいく。
 後ろにいた霊夢と魔理沙も肩越しにその書類を一目見たが、残念な事にどのような内容なのかは分からなかった。
 しかしルイズにはしっかりと書かれていた内容を読むことができ、次いで軽く驚いた様子で「これは…!」と顔を上げる。

「私が発行する正式な許可証です。これがあれば王宮を含む、国内外のあらゆる場所への通行が可能となるでしょう」
 それを聞いて霊夢達の後ろにいたギーシュやモンモランシーは目を丸くしてルイズの背中を凝視する。
 アンリエッタ王女が正式に発行した通行許可証。それも王宮を含めた場所の自由な出入りができる程の権限など並みの貴族には滅多に与えられない。
 例えヴァリエール家であってもセキュリティーの都合上、王宮への訪問には事前の連絡が必要なのである。
 その過程丸ごとすっ飛ばせる程の権限を、あの『ゼロ』と呼ばれていたルイズのモノとなったことに、二人は驚いていたのである。 
 一方のキュルケは、トリステイン貴族でなくとも喉から手が出るくらい欲するような許可証を手にしたルイズを見て、ただ微笑んでいた。
 実家も寮の部屋も隣であった好敵手が、自分の目の前でメキメキと成長していく姿を見て面白いと感じているのであろうか?
 タバサは相変わらずの無言であったが、その目はジッとルイズの後姿を見つめていた。

608ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:05:07 ID:iBf32hzg
 そんな四人の反応を余所に、アンリエッタは説明を続けていく。
「…それと警察権を含む公的機関の使用も可能です。自由が無ければ、仕事もしにくいでしょうから」
 既に許可証を受け取っていたルイズは恭しく一礼した後、スッと後ろへ下がっ。
 一方で、アンリエッタの話を聞いて大体の事が分かった魔理沙はまるで自分の事の様に嬉しそうな表情を浮かべてルイズに話しかける。
「おぉ、何だかあっという間にルイズと私達は偉くなってしまったじゃないか?」
「凄いわねぇ…私はともかく、魔理沙には渡さない様にしておきなさいよ」
 次いで霊夢も興味深そうな表情と「私はともかく…」という言葉に、ルイズはすかさず反応した。
「正確に言えばこの許可証が効くのは私だけであって、アンタ達が持ってても意味ないわよ?」
 この二人の手で悪用される前に最低限の釘を刺し終えた彼女は、最後にもう一度確認するかのように許可証に目を通す。
 アンリエッタのお墨付きであるこの書類が手元にある以上、自分はアンリエッタと国の次に位置する権力を手に入れたのである。
 ルイズとしては、ただ純粋に苦労しているアンリエッタの為に何かお手伝いができればと思っていたのだが…。
(流石にこんなものまで貰えるだなんて、思ってもみなかったわ…)
 そんなルイズの気持ちを読むことができないアンリエッタは、最後にもう一度話しかけた。
 
「ルイズ…それにレイムさんとマリサさん。貴方達にしか頼めない案件が出てきたら、必ずや相談いたします。
 表向きはこれまで通りの生活をして、何か国内外の行き来の際に困ったことがあればそれを提示してください
 私の名が直筆されたこの許可証ならば例え外国の軍隊に絡まれたとしても、貴女たちへの手出しは出来なくなるはずです」




 そして時間は戻り、モンモランシーがこれから乗る馬車が駐車されている二番プラットフォーム。
 四頭立ての大きな馬車はもうすぐここを出るのか、平民や下級貴族と見られる人々が続々と馬車の中へと入っていく。
 馬車の後部にある荷物入れには、御者と駅舎の荷物運搬員が積み込んだ旅行鞄などの大きな荷物がこれでもかと詰め込まれている。
 鞄の持ち手などにしっかりと付けられたネームタグがあるので、誰がどの荷物なのかと混乱する手間は省けられそうだ。

 そんな馬車を前にして、モンモランシーは昼食を共にしてここまで見送りに来てくれたルイズ達三人と向き合っていた。
 ルイズはこれまで彼女に嘲られていた事を思い出してか渋い表情を浮かべており、どう解釈しても好意的な表情には見えない。
「まぁ今日は…色々と世話になっちゃったわね。…ともかく、夏季休暇が明けたらこの借りはすぐに返すことにするわ」
「本当ならアンタに今まで笑われた分の借りも請求したいところだけど、正直ここで数えてたらキリがないからやめておくわ」
「…!そ、そう…助かるわね」
 まだ気を許していないルイズの刺々しい言葉にムッとしつつも、今度はレストランで仲介役をしてくれた霊夢に視線を向ける。
 ルイズの使い魔であり、こことは違う異世界から来たという彼女の視線はどこか別の方へと向いている。
 何か彼女の興味を引くものがあったのか、はたまた単に興味が無いだけなのか…そこまでは流石に分からなかった。
 これは普通に声を掛けた方が良いのか、それとも無視した方が良いのだろうか?モンモランシーはここへ来て、些細な葛藤を覚えてしまう。
「………え、え〜と…あの―――」
「あぁ、ゴメンゴメン…てっきり私の事は無視するかと思ってたからつい…で、何よ?」
「…挨拶するつもりだと思ってたけど、気が変わったから良いわ。御免なさい」
「別に謝る必要なんて無いんじゃないの?」
「それアンタが言うの?普通は逆じゃない?…はぁ、もういいわよ!」
 と、まぁ…然程自分の事を気にしていなかった霊夢に詰め寄りたい気持ちを何とか堪えたモンモランシーは、
 最後に三人いる知り合いの中で、唯一笑顔を向けてくれている魔理沙へと顔を向けた。

609ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:07:05 ID:iBf32hzg
 まぁどうせ碌なでも無い事を考えてるに違いない。そう思いながらも口を開こうとするよりも先に、魔理沙が話しかけてきた。
 それは、先にルイズと霊夢に話しかけていたモンモランシーにとって、少しだけ意外な言葉を口にしてきたのである。
「いやぁー悪いな。折角タルブの時には助けに来てくれたっていうのに、コイツラが色々と不躾で…」
「え…?」
 右手の人差し指で前にいるルイズたちを指さしながら言った魔理沙に、モンモランシーは思わず変な声が出てしまう。
 てっきり先の二人に負けず劣らずの失礼な言葉を投げかけられると思っていただけに。
「ちょっとマリサ、アンタ自分の事を棚に上げて私を不躾な人間扱いするとはどういう了見よ?」
 腰に手を当てて怒るルイズに同意するかのように、霊夢も「全くだわ」と相槌を打つ。
 しかしモンモランシーからして見れば、この場で最も不躾なのは今の二人に違いは無いと思っていた。

 一方の魔理沙も二人がご立腹という事を気にすることなくカラカラと笑った。
「ハハッ!まぁこんな風に自分の事を省みない二人だが、ここは私の笑顔に免じて穏便にしておいてくれないかな?」
「ん…ま、まぁ別にそれ程…一応は昼食の際に同席を許してくれたし、最初から起こるつもりなんて無かったわよ」
 ルイズ達とは違う無邪気な子供が見せるような笑みと、利発的な魔理沙の声と言葉に自然とモンモランシーは気を許してしまう。
 昼食を摂ったばかりで気が緩んでしまっているという事もあるのだろう、今の彼女には黒白の魔法使いが『自分に優しい人間』に見えていた。
 仕方ないと言いたげな表情でひとまず熱くなっていた怒りの心を冷ましてくれたモンモランシーに、魔理沙は「悪いな」と礼を述べてから、再度彼女へ話しかける。

「まぁ…お前さんには夏季休暇が終わった後にでも、ちょいと頼みたい事があるしな」
「頼みたい事ですって?」
 突然彼女の口から出た言葉にモンモランシーは怪訝な表情を浮かべる。
 気分を害してしまったと思った魔理沙は少し慌てた風に「いやいや、そう難しいことじゃないさ」とすかさず補足を入れる。
「ちょっと前にアンタが『香水』って二つ名で呼ばれるくらい香水やポーション作りに精通してるってのを聞いてさ、それで興味が湧いてね」
「ふ〜ん、そうなの?…で、その私に頼みごとって何なのよ」
 少し警戒しつつも、そう聞いてきたモンモランシーに魔理沙は元気な笑顔を浮かべながら、゙頼みごどを彼女へと告げた。
 その直後であった。モンモランシーの乗る馬車の御者が、出発を告げるハンドベルを盛大に鳴らし始めたのは。

 モンモランシーを含めた貴族、平民合わせて計八名を乗せた中型馬車がゆっくりと駅舎から遠ざかっていく。
 魔理沙は頭にかぶっていた帽子を手で振りながら、どんどんと小さくなる馬車へ別れを告げていた。
 正確に言えば、彼女にとって大事な゙約束゙を漕ぎ着ける事の出来たモンモランシーへと。
「じゃあまたな〜!ちゃんと約束の方、忘れないで覚えておいてくれよぉ!」
 満面の笑みを浮かべて帽子を振り回す魔法使いの背を見ながら、ルイズはポツリと呟いた。


「レイム、私思うのよね」
「何よ?」
「多分私達三人の中で、今一番『悪魔』なのはマリサなんじゃないかなって」
 ルイズの言葉に霊夢は暫しの沈黙を置いてから、「そりゃあそうよ」とあっさりと肯定の意を示した。
 馬車が出る直前、御者が鳴らすハンドベルの音と共にモンモランシーは魔理沙とそんな約束をしたのである。

610ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:09:03 ID:iBf32hzg
「この夏季休暇が終わったらさ、アンタがポーションや香水を作ってる所とか見せてくれないか。
 それに、ここの世界のそういう関連の本も詳しく知りたいしな。美味しいお菓子も私が用意するし、どうかな?」

 気分を良くしていたモンモランシーには、魔理沙との約束を断る理由など無かった。
 彼女は知らなかったのだろう。霧雨魔理沙と言う人間が、借りると称してどれだけの本を持って行っているのを。
 霊夢はともかく、ルイズもまた学院の図書室や王宮の書庫からごっそり本を持って来た彼女の姿を何度も目撃している。
 そして、彼女の次のターゲットとなるのは…三年生や教師等を含めても魔法学院の中で最もポーションに詳しいであろうモンモランシーなのだ。

 人の皮を被った悪魔の様な魔法使いの背中を二人の話を聞いて、それまで黙っていたデルフが哀れむような声で呟いた。
『あらら、あのロールの嬢ちゃん可哀想に。一体どんなことをされるのやら…』
「人聞きの悪いこと言うなよデルフ。私はアイツに何もしないさ、本を借りたいという事を除いて…だけどな?」
 デルフの声で魔理沙は帽子をかぶり直し、振り返りながらそう言った。
 その笑みは先ほどモンモランシーに見せたものと変わらない、実に純粋な笑顔であった。
 

 それから十分も経つ頃には、今度はルイズたちがここを出ていくべき立場となっていた。
 もう馬車の修理も済んでいるだろうという事で、ルイズは他の二人を連れて一番ステーションを目指している。
「チケットとかは無くてもいいのか?モンモランシーののヤツは用意してたけど…」
「私達の場合ヴァリエール領までチャーターしてるから、そういうのは駅舎の人たちが用意するから大丈夫よ」
 魔理沙からの質問に手早く答えつつ、ルイズは持つべき荷物が無い身軽な足取りでドンドン前を進んでいく。
 預かってもらっている荷物ならば既に馬車へ運ばれているだろうし、無かったら無かったで持って来させればいいだろう。
 そんな事を考えながら足を動かしていると、ふと一番後ろにいた霊夢が声を掛けてきた。
「…それにしても、アンタんとこの実家に帰ってきてるのかしらねぇ?」

 霊夢の言葉にルイズは顔を後ろにいる彼女へ向けつつ、足を動かしたまま口を開く。
「まだ分からないわ。…けれど、ここ近辺にいないとすれば…ラ・ヴァリエールに帰ってる可能性は否めないわね」
『?…一体何言ってるんだお前ら、オレっちは単なる帰郷だけとしかマリサから聞いてないが…』
「あぁ、ごめんごめん。そういやぁお前には詳しく話してなかったっけか」
 そこへすかさず割り込んできたデルフに魔理沙がそう言うと、お喋り剣は「ひでぇ」とだけ呟いて刀身を震わせた。
「そう簡単に震えないでよ。ちゃんとアンタにも分かるよう説明してあげるから」
 自分の背中でブルブルと微振動するデルフを軽く小突きつつ、ルイズが故郷へと帰るもう一つの理由を彼に話し始める。
 
 ルイズが霊夢達を連れて故郷ラ・ヴァリエールへと変える理由。それは彼女の一つ上の姉、カトレアを探す為でもあった。
 ヴァリエール家の次女として生まれ、幼い頃から不治の病と闘い続けている儚くも綺麗な女性。
 あのルイズも彼女には愛情を込めて「ちぃ姉様」と呼んでおり、ヴァリエール家の中で一番愛されている人と言っても過言ではない。
 その彼女が父から貰ったラ・フォンティーヌを出て、タルブ村へと旅行に行ったという話は長女のエレオノールから聞かされていた。
 しかし、不幸にもタルブ村は親善訪問で裏切ったアルビオン軍との戦闘に巻き込まれ、カトレアも従者たちと共に戦場のど真ん中で取り残されてしまったのである。
 ルイズは彼女を助ける為、そして大事な姉と敬愛するアンリエッタと母国を傷つけようとするアルビオンと戦う為、霊夢達と共にタルブ村へと飛び込んだ。
 
 その後はキメラを操るシェフィールドと言う女との戦い…カトレアの知り合いだという、霊夢と所々似ている服を着た謎の黒髪の女性の加勢。
 裏切り者ワルドの急襲に呼んでもいない加勢に来てくれたキュルケ達と――――艦隊を吹き飛ばす程の力を持つ、『虚無』の担い手としての覚醒。
 たった一夜にしてこれだけの事が起こり、エクスプロージョンを発動してアルビオン艦隊を沈黙させたルイズはあの後すぐに気を失った。

611ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:11:18 ID:iBf32hzg
 目が覚めた後、トリステイン軍に保護されたルイズはタルブの隣にある町ゴンドアで目が覚め、援軍の総大将として来ていたアンリエッタと顔を合わせる事が出来た。
 最初こそ「なんという無茶な事を…」と怒られてしまったが、その後すぐに「けれど、無事でよかったわ」と優しい抱擁をしてくれた。
 霊夢やキュルケ達も無事保護されており、ホッと一息ついた後…ルイズはアンリエッタに「あの…ちぃ姉様はどこに…?」と訊いてみた。
 タルブ村の領主、アストン伯の屋敷の前でキメラを操るシェフィールドとの戦いで加勢してくれたあの黒髪の女性が屋敷の中にカトレアがいると言っていた。
 戦いが終わった今ならばきっと彼女も屋敷から連れ出され、自分と同じようにこの町で休んでいるかもしれないと、ルイズは思っていた。

 しかし、現実はそう簡単に二人を会わせることは無かった。
 確かにカトレア他屋敷の地下室に籠城していた者たちは救出部隊によって保護されていた。
 だが彼女自身はルイズが近くにいたことはいらなかったのか、もしくは迷惑を掛けられまいと思ったのだろうか。
 アンリエッタも知らぬ間にカトレアは従者たちを連れて、町の中で立ち往生していたトリスタニア行きの馬車でゴンドアを後にしていたのである。
 その事を知ったアンリエッタがすぐさま使いの者を出したものの時既に遅く、その馬車を発見したのは王都の西部駅舎であった。
 彼女を乗せた馬車の御者に聞いてみるも、確かにトリスタニアでカトレアらしき人物を乗せたという情報を掴むことができたが、
 何処へ行ったかまでは聞く事が出来なかった為、カトレアの行方はそこで完全に途絶えてしまったのだ。


「姫さまは引き続き人を使って探してくれるって言ってるけど、もしかしたら自分の領地に帰ってるかもしれないし…」
「あー、それはあるかもな。こういう時に限って、流石にここにはいないだろうって所に探し人はいるもんだしな」
 やや重い表情で゙もしかしたら…゙の事を喋るルイズに、魔理沙も申し訳程度のフォローを入れる。
 確かにそれはあるかもしれない。ルイズはラ・フォンティーヌでゆっくりとしている一つ上の姉を想像しつつ、コクリと頷いた。
 本当ならば実家に手紙でも送ってカトレアがいるかどうか確かめて貰えばいいのだが、そうなれば両親まで彼女の身に何が起こったのかを知ってしまう。
 彼女の事を大事にしている両親の事だ。きっと父親である公爵は驚きのあまり気絶して、母親はそんな父を引っ張って王都までくるかもしれない。
 何よりカトレア自身が、たかが自分の為にそこまで心配しないで欲しいと願っているかもしれない。
 やや自棄的とも言える彼女の献身的な性格をしっているルイズだからこそ、敢えて手紙での確認は控えたのである。

 長女のエレオノールなら何か知っているかもと思い、アカデミーに確認の手紙を送ったりもした。
 しかし、ここでも始祖ブリミルはルイズを試してきたのかアカデミーから返ってきた返信は、エレオノールの同僚からであった。
 ヴァレリーという宛名で送られてきた手紙によれば、エレオノールは数日前にとある遺跡の調査でトリステイン南部へと赴いているのだという。
 『風石』を採掘する前の地質調査の際に発見されたものらしく、どんなに早くても来月までは王都に帰ってこないのだという。
 更に、遺跡はかの始祖ブリミルと深く関っている可能性が高い為にロマリアの゙宗教庁゙との合同調査として機密性のグレードが上げられ、
 仮に遺跡の場所を教えて手紙を送ったとしても、手紙はその場でロマリア人に絶対燃やされる。…との事らしい。
 
「となれば、一刻も早くラ・ヴァリエールに帰って…ちぃ姉様がいるかどうか確認しないと…」
 身近に頼れる者が霊夢と魔理沙、そして自分では動く事ができないインテリジェンスソードのデルフという二人と一本という悲しい状況。
 しかし彼女らのおかげで何度も危険な目に遭いつつも、今こうして生きていられているという実績がある。
 だからこそルイズは決意を胸にラ・ヴァリエールへと帰る事を決めていた、行方をくらましたカトレアを探すために。
 
 しかし現実はまたしても、ここでルイズの足を止めようと新たな防壁を展開しようとしていた。
 それは彼女の『エクスプロージョン』でもってしても消し飛ばせない…否、したくてもできない王家の花押付きの手紙として。

612ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:14:03 ID:iBf32hzg
 しっかりとした足取りで、ルイズたちが一番ステーションへと続く観音開きの扉を開けた先で待っていたのは、
 入ってすぐ横にある御者たちの休憩スペースにいた、一人の若い貴族であった。
「失礼。ミス・ヴァリエールとその御一行と御見受けしますが…」
「…ん?」
 突然横から声を掛けられたルイズは足を止めて、そちらの方へと顔を向ける。 
 まだ二十歳を半ば過ぎたかそうでない年頃の貴族の姿を見て一瞬、ルイズはナンパか道を尋ねてきた旅行者かと最初は思った。
 しかし初対面である男が自分をヴァリエール家の人間だと知っていたうえ、霊夢と魔理沙たちの事まで知っている。
 という事は即ち、自分たちが何者であるかしったうえで彼は声を掛けてきた…という事になる。
 見た感じレコン・キスタからの刺客、という風には見えない。
「一体どなたかしら?これから故郷へ帰る前の私に一声かける程の用事があって?」
「えぇ。アンリエッタ王女殿下から直々のお手紙を、貴女様に渡すようにとの事で急遽こちらへ来ました」
「…!姫様から?」
 聞き覚えのあり過ぎる名前を口にすると共に、青年貴族は懐から一通の封筒をルイズの前に差し出した。
 封筒には宛名が書かれていないものの、その代わりと言わんばかりに大きな花押が押されている。
 それに見覚えがあったルイズはすぐさまそれを手に取ると封筒を開けて、中に入っている手紙を読み始めた。

 その一方で、何が何やら良く分からぬ霊夢は突然声を掛けてきた青年貴族に話しかける事にした。
「ちょっと、アンタは誰なのよ?これからこんなクソ暑い街から出ようって時に邪魔してくるなんて」
「それは失礼。しかしながら、ミス・ヴァリエールと貴女達は今からこのクソ暑い街でやってもらわねばならぬ事がありますので…」
 遠慮のない霊夢の言い方に動じる事無く、涼しい表情を浮かべた青年貴族は肩を竦めてそう言った。
 彼が口にしだやって貰わねばならぬ事゙という意味深な言葉に、彼女は怪訝な表情を浮かべる。
 そして同時に思い出す。以前虚無の事を離した際、ルイズがアンリエッタ直属の女官になった時のことを。
(そういえばアンリエッタのヤツ、何か用事があれば任せるとかなんとか言ってたけど…いやいやまさか)
 
 いくら何でもタイミングがあまりにも悪すぎる。そんな事を思っていた霊夢の予感は、残念なことに的中していた。
 手紙を一通り読み終えたルイズが最後にザっと目を通した後、彼女は手紙を封筒に戻し、それを懐へとしまい込んだ。
 そして自分に手紙を渡してくれた青年貴族へ向き合うと、キッと睨み付けながら鋭い声で話しかけた。
「この手紙に書かれていた最後の報告文とやら…間違いないんでしょうね?」
「その点に関してはご安心を。特定多数の者たちからの証言と、市街地での目撃情報が合致していますので」
「………そう、分かったわ。ありがとう、わざわざ届けに来てくれて」
 ほんの一瞬の沈黙の後に来たルイズからの礼に、青年貴族は「どういたしまして」と頭を下げる。
 そして今度は、一体何が起こってるのかイマイチ良く分からないでいる霊夢達へと体を向けてからルイズは二人へある決定を告げた。


「帰郷は中止よ」

 突然告げられたルイズに対し、先に口を開いたのは魔理沙であった。
「は?それって…一体…」
「文字通りの意味よ。ちぃ姉様を探すためにも、そして姫さまからの願いを叶える為にも、帰郷は中止するわ」
 聞き間違う事の無いように、ルイズがはっきりとそう告げた直後――――14時丁度を報せる鐘が駅舎の中に鳴り響いた。

613ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/02/28(火) 22:17:57 ID:iBf32hzg
以上で、80話の投稿は終了です。

ゼロの使い魔も原作がようやくの完結。天国のヤマグチ先生と代筆のお方、そして押絵担当の兎塚エイジ先生。お疲れ様でした。
自分としてもここまでのめりこんだライトノベルは記憶になく、多分この先もゼロ魔以上のライトノベルに出会う事は無いと思います。
そしてゼロ魔が完結した事で、これからいろいろなサイトでゼロの使い魔の二次創作が増える事を祈っています。 
 
では皆さん、また来月お会いしましょう。

614名無しさん:2017/02/28(火) 22:24:49 ID:vqGQrbeY
乙です!
これを機にまた盛り上がらないかな

615Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 22:52:51 ID:7SD9eaBU
こんばんは、ご無沙汰しております。
遅くなって申し訳ありませんでしたが、よろしければ23:00頃からまた続きを投下させてくださいませ。

616Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:00:13 ID:7SD9eaBU

 ラ・ロシェールに着いた翌日の朝。

「ンー……、よく寝たの」

 ディーキンはさすがに冒険者らしく、朝早くすっきりと目を覚ました。
 昨日の長旅の疲れもまったく残っていない。
 それから、まだ寝ている同行者たちを起こさないようにそっと部屋を抜け出すと、昨日ワルドが借りた部屋に向かった。

 ディーキンはその空き部屋で、ジンの商人・ヴォルカリオンを呼び出して買い物をしたり、フェイルーンの仲間たちと連絡を取ったりなど、必要な作業をてきぱきとこなしていった。
 ギーシュやワルドに見られると説明が面倒だし、特にワルドには今のところあまりいろいろな事を知られたくなかったので、場所を変えたのである。
 せっかく余分に借りた部屋なのだから、出来る限り有効に活用させてもらおうというわけだ。

 そうして当面の仕事を早朝のうちにすませてしまうと、ディーキンは最後に《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》の呪文を使って、御馳走の並んだ食卓を用意し始めた。
 有益な恩恵を与えてくれるこの食事は旅の間常に食べるようにしておきたいが、まさか下の階にある酒場で自前の料理をずらずらと並べるわけにもいかないので、この部屋へ皆を集めて食べようと考えたのだ。

「……あれ?」

 呪文も完成して食卓の用意が整ったところで、さて皆を起こそうかと部屋を出たディーキンは、何やらあたりをきょろきょろと伺いながら廊下を歩いているワルドの姿に気が付いた。
 ワルドの方でもすぐにディーキンの姿をみとめてそちらへ近づいていくと、にこやかな顔で挨拶をする。

「おはよう、使い魔君。捜したよ、昨日借りた部屋を見てみたかったのかい?」

「おはようなの、ワルドお兄さん。ディーキンはね、あの部屋にみんなの朝ごはんを用意しておいたんだ」

 ディーキンは元気よく挨拶を返すとそう伝えて、自分は他の皆を呼んでくるからよければ先に食べていてくれと勧めた。
 ワルドは確かに疑わしい相手ではあるが、黒だと確定しないうちは動向に注意はするものの、基本的には仲間として接するつもりでいる。
 仲間である以上、一人だけ食事に招かないなどという法はないだろう。

「用意がいいね、ありがたくいただくとしよう。ああ、ところで……」

 ワルドはにっこりと微笑むと、他の皆を起こしに行こうとするディーキンを呼び止めた。

「きみは、伝説の使い魔である『ガンダールヴ』なんだろう?」

「……へっ?」

 ディーキンは一瞬、ワルドが何を言っているのか分からずにきょとんとした。
 それから、ちょっと考えて問い返す。

「ええと、『ガンダールヴ』っていうのは、その……。ブリミルっていう人の、使い魔のこと……だよね?」

「そうだよ。我々の偉大なる始祖、ブリミルに仕えたという四人の使い魔の一人だ。君はその『ガンダールヴ』なのだろう?」

 ワルドの確信を持った様子とは対照的に、ディーキンは何がなんだか分からず、困ったように頬を掻いた。

「アー……、ワルドさん? ディーキンが思うに、あんたはなにか、とてつもない勘違いをしてるんじゃないかと思うんだけど……」

 そう言ってはみたものの、ワルドの確信は揺るがないようだった。

「いやいや、隠さなくともいいよ。ああ、それとも、本当に知らなかったのかな?」

 彼は口の端に薄い笑みを浮かべて、肩をすくめる。

「ルイズから聞いたんだが、君の使い魔のルーンは左手の甲にあるのだろう? それこそが、伝説の『ガンダールヴ』の証なのだよ」

617Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:02:37 ID:7SD9eaBU

「…………」

 ディーキンは無理にそれ以上ワルドの言い分を否定しようとはせずに、自信ありげな彼の顔を黙ってじいっと見つめた。
 ややあって、口を開く。

「……ウーン。でも、左手にルーンのある使い魔なんて大勢いるんじゃないかと思うんだけど。あんたはなんで、ディーキンがその『ガンダールヴ』だって思ったの?」

 そう問われたワルドは、ちょっと困ったように首をかしげた。

「……ああ。それはその、あれだ……。僕は歴史と強者に興味があってね。自然と、最強のメイジであった始祖ブリミルとその使い魔については、王立図書館などでよく勉強していたんだよ」

「オオ、王立図書館? ディーキンも見てみたいの、学院の図書館よりも、もっといっぱい本があるかな?」

「はは、それはどうかわからないが……。君は、小さいのに勉強熱心なことだな」

 本の方に気を惹かれた様子で目を輝かせるディーキンを見て、ワルドは上手く誤魔化せたなと目を細めて小さく頷く。

「……で、君の昨夜の戦いぶりを見て思い当たったのさ。これこそあらゆる武器を使いこなして敵と対峙し、主を守ったというあの『ガンダールヴ』に違いない、とね」

「アア、なるほど……。わかったの」

 ディーキンはこくりと頷きながらそう言ったものの、内心ではまったく納得してはいなかった。
 明らかにワルドが言い訳をして誤魔化そうとしたらしいのも見て取れたが、それ以外にも彼の言い分には不自然な点が多すぎる。

 亜人が武器を少々上手く使ってみせた程度のことで伝説の使い魔だなどとは、あまりにも発想が飛躍しすぎてはいないか。
 自分が大きな人間にとってはいかにも貧弱そうで、武器の扱いなどできなさそうに見えるというのは、ちょっと不本意ではあるがまあ理解はできる。
 それが予想外に武器を上手に扱ったものだから、以前に勉強した『ガンダールヴ』をふと思い浮かべた……というところまでは、ありえなくはないかもしれない。
 しかし、あるいはそうなのではないかと考えるくらいはあるにしても、そうに違いないと断定するのには根拠が薄弱すぎるだろう。
 なのにどうして、『君はもしかしたらガンダールヴなのではないか』という質問形ではなく、『君はガンダールヴなんだろう』という断定形で話し始めたのか?

 実際には、ディーキンは契約を結んでいない以上正式な使い魔ではないからその推測は誤りなわけだが、まったくの的外れでもない。
 召喚者であるルイズが始祖ブリミルと同様の『虚無』の使い手であるという、奇妙な共通点があるのだ。
 件の系統が長年に渡って失われた伝説の系統とされていることを思えば偶然の一致というには出来過ぎており、そのあたりがまた解せなかった。
 この男はどうして、そんな中途半端な誤りを犯したのだろうか?

 いずれにせよ、傭兵と戦うところを見て初めてそうかもしれないと思ったなどというのは嘘に違いない。
 それ以外にも、明らかに何らかの根拠を掴んでいるのだ。
 それは一体なんなのか……。

(……ウーン。もしかして、デルフとか?)

 ディーキンは、かつてその伝説の使い魔の手に握られていたという意思を持つ剣のことを思い浮かべた。
 もしもワルドが何らかの書物などであの剣のことを知っていて、見てそれだと気付いていたのだとしたら、その持ち主が『ガンダールヴ』だと推測する根拠になるだろうか?

 しかし、それはまずないだろうな、とディーキンは思い直した。

 あの剣はシエスタに渡し、彼女がずっと背負っていたのだから、まずそれをディーキンと結びつける理由がない。
 それに、傭兵との戦いのときでもシエスタが使ったのはクロスボウだけで、あの剣は一度もワルドの前では抜かれていないのだ。
 道中でもずっとグリフォンに跨ったままルイズとだけ話していたこの男が、鞘に納められたままのデルフリンガーの正体に気付いて目をつけていたとは思えない。

(ええと、じゃあ……。他に、考えられるのは……)

618Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:05:03 ID:7SD9eaBU

 しかし、ワルドが話を続けてきたので、それ以上その場で考えをまとめる余裕はなかった。

「それで、だ。その伝説の実力がどれほどのものかを、ちょっと知りたいと思ってね。手合わせ願いたい」

「へっ? ……ええと、あんたとディーキンとが……手合わせ?」

 ディーキンがきょとんとしているのを見て、ワルドはにやっと笑うと、自分の腰に差した杖をぽんぽんと叩いて見せた。

「そうだ。つまり、これさ。あまり堅苦しくない言い方をすれば、殴りっこ、とでもいうのかな?」

「アー……」

 ディーキンは困ったように頬を掻いて、さてどうしたものかと考え込んだ。
 タバサに挑まれた時と同じで、やりたいかやりたくないかと言われればもちろん後者であるのだが……。

「……その、また今度、戻って来てからじゃ駄目かな? 今は大事な頼まれごとの最中だし、余計な怪我をするようなことはしない方がいいんじゃないの?」

 とりあえず無難にそう言っては見たものの、ワルドは首を振って豪快に笑ってみせた。

「心配することはない、ちょっとした手合せだよ。どっちも大怪我なんてしないし、今日は休みじゃないか。休む時間はたっぷりあるさ。……それとも、おじけづいたのかい?」

 挑発するようなワルドの物言いに、ディーキンは反論するでもなく素直に頷く。

「もちろんなの。あんたは強そうだし……、ディーキンは、痛いのは好きじゃないもの」

 ディーキンが気弱そうに肩をすくめてそう言うのを聞いて、ワルドは拍子抜けした様子で顔をしかめた。

「……伝説ともあろう者が、ずいぶんと弱気なことを言うじゃないか。それでよく、ルイズの使い魔が務まるね?」

「イヤ、ディーキンは大事な時にはちゃんとルイズのために戦うよ。でも、今は……」

「いやいや、今だからこそ必要なことさ! つまり……、そう、実力だ。同行者として、互いに実力を知っておくことはいざという時のために大切だろう? まさにその、大事な時のためだ!」

 ワルドはやや強い口調で、そう主張した。
 彼としては、まずルイズの前でこの使い魔を負かして見せることが大事だった。
 どうせ今はルイズも見てはいないのだし多少強引に説き伏せることになっても構わない、まずは勝負の場に引き出すことだ。

「……それにね、僕としては、婚約者の使い魔である君が本当に頼れるものかどうかを確かめたくなったのだよ。使い魔君、さあ、君にいざという時に本当にルイズを守って戦う勇気があるのなら、今僕と戦いたまえ!」

 ディーキンは、ワルドの挑戦的な物言いを聞きながら顔をしかめた。
 言葉だけを聞いていると婚約者を案じて使い魔に勇ましく対抗心を燃やす男と言った風情なのだが、どうも本気でそう思っているのか疑わしい。
 こうして正面から話し込んでみると、キュルケの言ったとおりだということがよく分かった。
 熱のこもった言葉とは裏腹に、この男の目はまるでブラックドラゴンの瞳のように冷たいままなのだ。
 敵かどうかはまだわからないが、少なくとも善人だとは思えない。

 とはいえ、このまま断り続けても承服してくれそうにないので、仕方なく曖昧に頷いた。

「わかったの、考えておくよ。……でも、とにかく食事が終わってからにして欲しいの。せっかく用意したのが駄目になっちゃうし、食べてからの方が力も出るでしょ?」

「よし、いいとも。それでは、食事の後に中庭でやろう。ここはかつてアルビオンからの侵攻に備えるための砦だったからね、練兵場があるんだ」

 ワルドは、これで話がまとまったと満足していた。
 もとよりルイズの前で使い魔の頼りにならぬことを示してやるために持ちかけた話なのだ、彼女が起きてきて食事をとってからでなんら問題はない。
 多少は実力を警戒していたが、痛いから手合せは嫌だなどと泣き言を吐いてみっともなく自己弁護をする意気地のない亜人の子供に過ぎないとわかったからには、伝説であろうが取るに足らぬ。

 ディーキンは頷いてワルドと別れると、今度こそ皆を起こしに向かった……。

619Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:07:08 ID:7SD9eaBU





-------------------------------------------------------------------------------





「ふーん……。それはまた、妙な話ねえ?」

 話を聞いたキュルケが、髪の毛を指先で弄びながら呟いた。
 皆を起こして回った後、ディーキンは適当な理由をでっち上げて他の者たちを先に行かせ、キュルケとタバサだけに残ってもらって先程の件を手短に伝えたのだ。

「ねえ、2人はどうして、あの人がそんな勘違いをしたんだと思う?」

 ディーキンに問われて、しばらくじっと考え込んでいたタバサが顔を上げた。

「……あの男は、ルイズが『虚無』だと知っていたのかもしれない。だから、あなたを『ガンダールヴ』だと思い込んだ」

 それを聞いて、キュルケも思案気に頷く。

「ああ、そうね……。小さい頃のルイズと知り合いだったそうだし、あの子についていろいろ調べてみてその事に気付いた、ってのはありえるかもしれないわ」

「オオ、なるほど……。そうだね、そうかもしれないの」

 ディーキンは、2人の考察に感心したように頷いた。
 確かに、昨日会ったばかりのワルドが自分のことを詳しく知っていたというのはありそうにもないが、昔のルイズについてはよく知っていたはずだ。
 となると、その関係からルイズの使い魔を務める自分を『虚無の使い魔』だと考え、たまたま武器を使ったところを見たことから『ガンダールヴ』だと推測したというのは筋が通っている。
 やはり、頼れる仲間がいて何でも相談できるというのはいいものである。

「ええと、そうだとすると……。あの人は、ルイズの力を狙ってるとか? 別に、こっちの邪魔をしようとしてる敵とかじゃないってことなのかな?」

 こちらの世界では伝説とされる『虚無』の力を求めてルイズに近づいた、というのなら話は分かる。
 その場合、単にこの旅をきっかけに彼女の気を惹こうとしているだけだから任務の成否に関心がないのだ、ということで昨夜の不審な態度の説明もつくだろう。

「ふんっ……。つまりはあの子の力が欲しくて、今さらになって婚約者面して擦り寄ってきたってことかしら? やっぱり、ろくでもない男ね!」

 ディーキンの推測を聞いて、キュルケは嫌悪感も露わに吐き捨てた。
 仮にあの男が敵でなかったにしても、少なくとも『虚無』の力について気が付いていたというのなら、それを知っていながら落ちこぼれ扱いされて苦しむルイズに何も教えずにずっと放っておいたのは確かだ。
 それでルイズを愛しているだなどと、どの面を下げてそんなことが言えるのだろうか。

 とはいえ……、もちろんそんな利己心しかない男にルイズに近づいてほしくはないのだが、もしそれだけだとすれば不快な男ではあるが敵というほどのものではない、ということになろう。

「そうとも限らない。敵でもあるかもしれない」

 立腹する親友とは対照的に、タバサはいつも通り淡々とそう指摘して、注意を促した。

「アルビオンの首魁も、自分は『虚無』だと主張している。それが本当であの男がアルビオンの手の者なら、2人の共通点に気が付いたからこそルイズが『虚無』だと思った、ということも考えられる」

「ウーン、そうか……そうだね……」

620Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:09:02 ID:7SD9eaBU

「いずれにしろ推測、今はまだ断定できない。……それよりも、そろそろ食事に行くべき」

 タバサはそう話をまとめると、立ち上がって部屋の外へ向かった。
 いい加減に食事に行かなくてはならない、あまり遅れればワルドに何か勘ぐられないとも限らないのだから。
 まあ、単純にお腹が空いたのでさっさと食べたかった、というのもあるが。

「アア、そうだね。食事が消えちゃったら困るの」

 ディーキンもそう言って、キュルケを促して急いで食事に向かうことにした。
 ワルドに勘ぐられるからということもあるが、さっさと食べないと《英雄達の饗宴》の呪文の時間切れで食事が消えてしまうのである。





「それで……。結局ディー君は、あの男に挑まれたっていう手合せだかを受ける気なのかしら?」

 キュルケも2人に続きながら、ふと思い出したようにそう質問した。

「私としては、あの男がルイズの前で見事に負かされて大恥をかくところとか見てみたいものだけど、ねえ?」

 タバサはそれを聞くと僅かに眉をひそめて、意地の悪い笑みを浮かべながらディーキンをけしかけようとする親友に注意した。

「敵の可能性が高いものに、手の内を見せるのは得策でない」

 ディーキンには、こちらの世界で知られていない未知の呪文や予想外の能力を持っているという大きな強みがある。
 また、相手が今のところかなりこちらのことを見下しているらしいということも有利な点のひとつだ。
 タバサとしても正直、ワルドがディーキンに打ち負かされるところを見られたら爽快だろうなとは思うが、くだらない手合わせなどで彼の手の内を公開し、相手に警戒させてしまうのは馬鹿げたことである。

 だからといって、ディーキンにわざと負けてほしくもない。
 彼があんな不愉快な男に負けるなんて、たとえお芝居でもそんなところは見たくない。
 そんなことを、するくらいなら……。

「……どうしても相手が戦いたがるのなら、代わりに私がやってもいい」

 タバサは、そう提案してみた。
 それによって自分が見た目ほど無力でないことは知られてしまうが、代わりに自分を要警戒対象だと感じさせることで、ディーキンから相手の注意を逸らせることができるかもしれない。
 そうすれば、彼にとっては有利になろうというものだ。

 あの不快な男を自分の手で負かしてやりたいという気持ちも、ちょっぴりある。
 昨日は黙って走り続けたが、決して不満に思っていなかったわけでも疲れていなかったわけでもないのだ。
 相手は魔法衛士隊の隊長でおそらくはスクウェアクラスなのだろうが、自分はまだトライアングルとはいえ北花壇騎士として数々の汚れ仕事をこなしてきた。
 お行儀のいい戦いしか経験していないような王宮務めの魔法衛士などに、それもこちらを見くびって油断しきった愚か者などに負けるつもりはない。
 ……本当は勝たない方がいいのかもしれないが、何気にタバサはかなりの負けず嫌いなのだった。

「そうだね。ディーキンは、いろいろ考えてみたんだけど――――」

 そう前置きして、ディーキンは自分の考えを口にした……。

621Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:11:13 ID:7SD9eaBU

 しばしの後、食事を終えた一行は宿の中庭に集まった。

 かつては貴族たちが集まって王族の閲兵を受けたという練兵場だったらしいが、今ではただの物置き場となっているようだ。
 樽や空き箱が乱雑に積み上げられ、かつての栄華の名残を僅かに留める石製の旗立て台が苔むして佇んでいる。

「亜人の君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下にはここでよく貴族が決闘したものさ」

 一行を案内してきたワルドが、自分のすぐ後ろに続くディーキンにそんな講釈を垂れた。

「オオ、そうなの?」

 こんな忘れ去られたような場所の歴史についてまで詳しく知っているということは、ワルドは本当に書物などを読んで知識を集めるのが好きなのかもしれない。
 まあ、ただ単に以前にもこの宿に泊まったことがあってその時に宿側の紹介で知ったとか、先輩の貴族に昔語りを聞かされたとかしただけなのかもしれないが。

「ええと……、フィリップ三世っていうのは確か、今のお姫様のおじいさんのこと……だよね?」

 少し首を傾げて記憶を手繰りながら、そう確認した。
 こちらに来てからまだそれほど日は経っていないが、勉強は既にかなりしている。
 ディーキンはバードであるから、物語や歴史についても当然学んでいた。

「ほう、よく知ってるね」

 ワルドが、やや意外そうに目を丸くして頷く。

「そうだとも、偉大な国王だった……。そして、古き良き時代だった。王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代さ」

「うん、その頃のいろんな英雄の物語があるんだよね。ええと、『烈風』カリンの話とか?」

 やや芝居がかった調子で感慨深そうに講釈を続けるワルドに、ディーキンが頷きながら相槌を打つ。
 ルイズはその名を聞いてぴくりと眉を持ち上げたが、特に何も言わなかった。

「その通り。かの時代には、名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあっていた。様々な物語で、そう語られている」

 ワルドはそこで一旦言葉を切ってディーキンの方を見ると、ちょっと皮肉っぽく笑いながら肩を竦めた。

「……でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」

「フウン……、そうなの?」

 ディーキンはじっとワルドの方を見つめ返して、首を傾げた。
 この男はいかにも忠義篤い貴族のような顔をしているが、今の話からすると現在では王には力がなく、貴族の忠誠も王の元にはないと考えているようだ。
 そして表情や声色などから察するに、それをとりたてて遺憾に思っているような様子もない。

 しかも、婚約者の使い魔が本当に彼女を守れるような存在なのかを確かめたいなどと言い出すわりには、女性を巡っての決闘は『くだらないこと』だという。
 ディーキンはバードとして、異性のために命を懸けて戦った者たちの勇ましい物語や美しい物語、悲恋の物語などをいくつも知っていた。
 まあ確かに、戦いで勝つことと女性の心を掴むこととは別問題だろう。だが少なくとも、真剣な想いを胸に抱いて命がけで戦った者たちのことをくだらないとは思わない。
 本気で愛する女性がいる男ならば、そのために決闘することをくだらないだなどと、一言で切って捨てられるものだろうか。
 彼は本当に、表向きの態度で表しているほどにルイズを愛しているのだろうか?

 そうしたディーキンの疑念も知らず、ワルドは彼に立ち止まっておくよう手で示しながら、ゆっくりと距離を離していった。

「さて……。なるほど君は勉強熱心のようだが、しかし使い魔の本分は主を守ることだ。その腕前の方はどうかな?」

 余裕ぶってそんなことを言いながら、おおむね二十歩ほどの距離を開けて立ち止まる。

「距離はこんなものでいいか。それでは介添え人もいることだし、そろそろ始めようか」

622Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:13:48 ID:7SD9eaBU

 そう宣言していよいよ手合せを始めようかとするワルドに、ルイズが苦言を呈した。

「……ねえ、ワルド。ディーキン。さっきも言ったけど、何もこんな時に手合せなんかしなくてもいいんじゃないの?」

 彼女は先程の食事時にこの手合わせの話を聞いた際にも、今はそんなことをしている場合じゃないし止めておいたら、と言って反対したのだ。

「はは、そうだろうね。……でも、貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になると確かめずにはいられないのさ。特に、それが婚約者の使い魔となるとね」

「……」

 ルイズはワルドの返事を聞くと、顔をしかめた。
 つまりは婚約者……彼から気軽にそう呼ばれることには少し戸惑っているが……の使い魔が頼りになるものかどうか確かめたい、ということか。
 想ってもらえて嬉しいような、勝手な熱を吹かないでくれと抗議したくなるような、なんともむずがゆい気分だった。

 とはいえ、おそらく動機がそれだけではないことはルイズも察していた。
 昨夜はディーキンが伝説の使い魔だなどと突拍子もないことを言い出したので面食らったが、どうもこの調子だと未だに、本気でそう信じているらしい。
 彼が伝説の使い魔だからその力を確かめてみたい、とでも考えているのだろう。

 取り決めで秘密にすることになっているから、彼はそもそも自分の使い魔ではないし、当然伝説の使い魔などでもありえないのだと伝えることができないのがもどかしかった。

「ウーン、ディーキンは痛いのはあんまり好きじゃないけど……。ワルドお兄さんがやってみたいっていうからね、お付き合いしようと思うの」

 ディーキンはいろいろと考えた結果、ワルドの手合せの申し込みをそのまま素直に受けようと決めたのである。

 もちろん、ディーキンはワルドとは違って、彼と自分のどちらが強いかなどということに興味はない。
 個々の強さなどよりも、仲間全体としての強さのほうが冒険者にとっては重要だからだ。
 そもそも強さなんてものは、その時の状況によっても変わるものである。たとえば、いくらファイターが正面切っての戦いでは強いと言っても、全員がファイターなどというパーティではまともに冒険をできるとは思えまい。
 まあ……世の中は広いので、そんな試みに愚かと知りつつ挑戦するような強者たちもどこかにはいるのかもしれないが。

 ともかく、タバサが自分が代わってもよいと申し出てくれもしたし、実際シエスタとギーシュの時のように彼女とワルドの決闘を横で見て歌にでもまとめる方がよほど自分の好みには合っていた。
 しかしながら現在の状況から判断すると、彼女に任せるというのはどうにもあまりよい方法だとは思えなかった。
 仮にそうしたとすれば、なぜ無関係な少女が横からしゃしゃり出てきたのかとワルドに訝られるだろう。
 彼が味方で純粋に手合わせを望んでいるだけだったなら不満や不信感を抱かれる元になろうし、敵だとしても不自然に思われてかえって勘ぐられる結果になりかねない。
 そうでなくとも、自分の気が進まないことを友人に押し付けるなどというのはあまり褒められたものではあるまい。

 もし仮にワルドが特に敵というほどのものではなく純粋に手合わせを望んでいるだけか、もしくは単にルイズに対する下心があるだけなのならば……。
 その場合は、特に手合わせを拒否し続ける必要もないだろう。
 彼がルイズに自分の頼りになるところをアピールしたり、使い魔の頼りなさを見せつけたりしたいとでも思っているのなら、この方法は的外れだと断言できる。
 自分が勝とうが負けようが、そんなことでルイズが仲間に幻滅したりワルドを今より高く買ったりすることはありえない。
 ただその場合には、昨日の傭兵を雇った敵が別にいることになるのでそれに対する備えという意味ではいくらか体力などを消耗するであろうから若干不利益にはなるが、まあ許容できないほどのものではあるまい。

 逆に、ワルドが懸念する通り本当に敵だったとすれば……。
 さすがに手合わせ中の事故にかこつけて殺すなどといったあからさまな行為にまでは及ぶまいが、こちらの実力を探ろうという程度の狙いはあるのかもしれない。
 しかし、逆にこちらもワルドの手の内を多少なりと探ることはできるし、上手くすればこちらの戦力について誤解を与えることもできるだろう。
 それに彼が敵であればどの道この後も様々な手を打って来るに相違なく、今回の提案を断固として拒否してみたところで、根本的な解決にはなっていない。

623Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:16:04 ID:7SD9eaBU

 以上のようにいろいろなケースについて総合的に考えてみると、彼が敵だった場合でもそうでなかった場合でも、手合わせをあくまで拒否し続けるメリットはほとんどないように思えた。
 戦い方に多少気を配る必要はあるだろうが、素直に受けておけばまず大きな問題はないだろう。
 多数のメイジを擁する魔法国家において王族を守る衛士隊長だというからには強いのだろうし、大した必要もないのに痛い目に遭うのは嫌なのだが、それはもう仕方あるまい。

「もう……」

 ルイズはディーキンにそう言われてもまだ納得がいかないようで、むっつりしている。
 今日は休日だとはいえ、仮にも大事な任務の最中なのにそんなことで体力を使ったり、あまつさえ怪我をしたりするのは彼女にはおよそ馬鹿げたことに思えたのだ。
 とはいえ彼が自分の正式な使い魔ではない以上、本人がやってもいいというのなら中止をそれ以上強く要求するわけにもいかなかった。

「その代わり、試合が終わったらここで決闘したって言う人たちの話を聞かせてくれる? ディーキンはそういうのが好きだよ!」

「はは、いいとも。まあ、大した話はないがね。……それでは、他の皆は離れていてくれ」

 わくわくと目を輝かせながらねだるディーキンに対して薄い笑みを浮かべると、ワルドは軽く頷きながら腰から杖を引き抜いた。
 短めの細剣(レイピア)のような形状をした鉄拵えの杖は普通のメイジのそれとは一線を画しており、いかにも軍人らしい。

 それを受けて、他の者たちは試合の邪魔にならないように中庭の端の方へ離れていく。
 ディーキンも戦いに備えて、荷物袋の中から六尺棒(クォータースタッフ)を取り出そうとした。

「……ン?」

 その時、タバサが後からくいくいとディーキンの腕を引いた。
 ディーキンが振り返ると、彼女はかがみ込んで顔の高さを合わせ、彼の耳元で小さく呟くように声をかける。

「がんばって。まけないで……」

「ア……、ありがとうなの。ディーキンはがんばるよ!」

 にっと笑ったディーキンに小さく頷くと、タバサは黙ってくるりときびすを返した。
 そのままとことことキュルケたちの元に歩いて行き、彼女らと一緒に観戦する体勢に入る。



「タバサ、何かディー君に作戦でもあげてたの?」

 キュルケの問いに首を振ると、タバサは独り言のようにぽつりと呟いた。

「おねがい。……と、おまじない……」

 それを耳聡く聞きとめたキュルケは、にやにやしながらタバサを後ろから抱き締めた。

「ははあ、おまじないねえ? あなたみたいなお姫様の応援を受けたからには、ディー君の勝ちは決まったようなものよね!」

 僅かに頬を赤らめながら親友にうりうりと弄られているタバサをよそに、ギーシュはシエスタと勝敗の行方について話し合っていた。

「やれやれ。彼がどのくらい強いのかは知らないが魔法衛士隊はメイジの中でもエリート揃い、ましてや子爵はその隊長だ。到底勝負にはならないだろうに、どうして子爵は手合わせをしたいなんて言い出したんだろうね?」

「それは……そうかもしれません。けど、私は先生なら、きっと引けは取られないと思いますわ!」

「まさか! 彼はまだ、ほんの子どもじゃないか。そりゃあ、変わった先住魔法を使えるようだし、武器もかなり扱えるようだが、さすがに戦闘訓練を積んだ魔法衛士には……」

 ギーシュとシエスタがそんな風に議論していたところへ、タバサを抱きかかえながら運んできたキュルケが口を挟んだ。

「そういえばあなたは、ディー君が戦うところは見たことがないんだっけ。きっと面白いものが見られるわよ」

「キュルケ、君まで? まさかそんな、冗談だろう……」

624Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:18:04 ID:7SD9eaBU

「……」

 タバサは仲間たちのそんな気楽な会話を聞きながら、先ほどの『おねがい』について少し後悔していた。

 ディーキンに負けないでほしいというのは、結局のところ自分の願みであって彼のためを思って出た言葉ではなかったかもしれない。
 自分は彼の負けるところなど見たくないが、彼自身にはおそらく、そんなこだわりはないのではないだろうか。
 ならばワルドの警戒を解くためにも、不審に思われない程度に適当に戦って負けてしまったほうが賢明だったのではないか。
 なのにあんなことを頼んだら、彼の性格ではせっかく仲間に応援してもらったのだから多少不利益になっても勝たなくては、と思ってしまうかもしれない。
 実際、勝つと明言こそしなかったものの、がんばるとは言ってくれていたし……。

「あら、じゃあ賭けてみる? 私はディー君が勝つ方に5エキューね。シエスタは?」

「え? ……あ、その。も、もちろん私は、先生が勝たれるって信じていますけど、賭け事はちょっと……」

「私もそんな賭けはしないわよ、もう! とにかく、早く終わって欲しいものだわ……」

 申し訳なさそうに辞退するシエスタと、一人楽しげにしているキュルケを白い目で睨むルイズ。
 彼女らの方をぼんやり眺めながら、タバサは今、くよくよと悩んでも仕方がないと思い直した。

 もう言ってしまったものは、今さら仕方あるまい。
 それよりも、とりあえず今、やるべきことは。

「……私も、あの人が勝つ方に10エキューで」

 この機会に金を稼いでおくことだった。

 だって、宿代もかかるし。
 新しい本も、買いたいし。



 そんな仲間たちの楽しげな会話をよそに、ディーキンは今度こそ六尺棒を構えてワルドと向き合った。

 魔力も何もなく、武器というよりは雑多な用途に使う道具のようなものだが、大事な仕事の最中に手合わせなどで大怪我をしかねない刃物をやたらに振り回すものでもあるまい。
 もちろん、メインウェポンを抜かないことで手の内を隠すという意味合いも多少ある。
 この手のいわゆる棍のような武器は普段あまり使わないが、不信感を持たれないであろう程度には自在に扱えるつもりだ。

 タバサの懸念は実のところまったくの杞憂で、わざとワルドに負けておこうなどという気はディーキンには元々なかった。
 向こうは自分のことを『ガンダールヴ』とやらだと信じているようなので、その誤解を保つべく呪文や呪歌などは使わずに武器だけを駆使してそれらしく戦うつもりでいたのだ。
 相手に万が一にも不信感を持たれないためにも、その制限の範囲内では真面目に勝負したほうがよいだろう。

 ワルドもまた、杖を前方に突き出して構えをとった。

「さあ、全力で来たまえ」

 ワルドは幼児のごとく小柄な相手を見下しながら、余裕たっぷりにそう宣言する。

(ウーン……)

 さてこの人は、フェイルーンでいうとどのようなクラスに相当する相手なのだろうか、とディーキンは考えてみた。
 先手を打とうとするでもなく距離を取ろうとするでもなく、わざわざ相手の攻撃を待ち受けて武器で斬り結ぶつもりらしい。
 こちらを侮っているというのもあるのだろうが、武器での戦いにもかなりの自信をもっているようだ。

 同じ武闘派のメイジであるタバサは、積極的に武器で斬り結ぼうとはせず、素早く動き回って相手との距離を保ちながら呪文で急所を突こうとする戦い方だった。
 体格的な違いもあるだろうが、進んで武器で挑んでくるということは彼女よりも武器を用いた近接戦を得意にしているのだろうか。
 だとすれば、ダスクブレード(黄昏の剣)やへクスブレード(呪詛剣士)のようなものだろうか?
 もしそうだとすると、仮に互いの技量が同程度であったなら、バードが呪歌も用いずに武器対武器での戦闘をするのは非常に分が悪い。
 もちろん、ワルドがどの程度本気で戦うつもりでいるのかにもよるが……。

625Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:21:07 ID:7SD9eaBU

「どうした、来ないのか? いいだろう、君に仕掛ける踏ん切りがつかないのであれば、ではこちらからいこう!」

 構えたままなかなかかかってこない相手に痺れを切らしたのか、ワルドはそう宣言すると姿勢を低くして一直線にディーキンに飛び掛かっていった。
 真っ直ぐに狙い定めて、細剣杖で突きを繰り出す。
 ディーキンはその一撃を棍ではねあげて反らしたが、それを十分に予測していたワルドは次の瞬間には頭上で武器をくるりとひねって敵に向け直し、激しく突き下ろしてきた。

 それは力強く、訓練に訓練を重ねて洗練された完璧な動きだった。
 しかるにその攻撃を向けられたディーキンは、いささか拍子抜けしたような思いを抱いていた。
 ワルドの攻撃はごく初歩的な手順で、あまりにも基本に忠実すぎたのだ。

(ディーキンを油断させておいて、隙を突くつもりかも……)

 そう考えて慎重に判断を保留すると、上からの攻撃を棍をひねって逆側の端で受け流した後に安易に反撃に出るのを避け、一旦飛び退いて距離を置いた。

 ワルドは相手を逃すまいと追いすがり、さらに何発かの突きを繰り出す。
 そのいずれもが、ただ基本をしっかりと押さえたというだけの、独自性も何もないありきたりで素直すぎる攻撃だった。
 ディーキンは反撃に転じることこそなかったが、棍を巧みに操ってそれらを危なげなく防いでいく。

 罠ではなく、正しくこれが目の前の相手の武器の技量なのだということをディーキンが確信できるまで、そう時間はかからなかった。

 この男の近接戦闘技術は、メイジとして見れば確かにかなりのものだろう。
 少なくとも昨夜襲ってきたようなありきたりの傭兵程度の相手であれば、魔法を使わずとも問題になるまい。
 並みの傭兵が1回斬り付けてくる間にこの男ならそれを避けた上で2発は突きを叩き込み返すことができるだろう、そのくらいには実力が違っている。
 この世界では魔法が重要視され、戦士の能力が総じて低いらしいということも考え合わせれば、トップレベルでさえあるかもしれない。

 しかし、ディーキンにはこの男が2度突きを繰り出す間に3回は斬り付けることができる自信があったし、ボスやヴァレンならば少なくとも4回はいけるだろうと思えた。
 なかなかの武器の妙技であり、素人同然の相手ならば多少パワーやスピードで後れを取っていても容易くいなして手玉に取れるだけの腕前はあろうが、逆に言えばただそれだけなのだ。
 確かに十分に訓練を積んだ完璧な動きではあるが、あくまでも基本をしっかり修めたというレベルでの完璧だった。

 前線で敵と斬り結ぶ役目は概ねボスやヴァレンが引き受けてくれていたので、ディーキンはたまに敵の数が多すぎる時に余った相手と後衛を守って打ち合う程度だったが、それでもこの男よりも腕の立つ戦士と戦った経験は幾度もあった。
 一例をあげるなら、アンダーダークで戦ったドロウ軍の精鋭兵たちである。
 以前はその地の貴族であったという仲間のナシーラによれば、ドロウの大都市メンゾベランザンで戦士を志す貴族の子息は、まず各貴族家お抱えの剣匠(ソードマスター)の元で20歳まで厳しい訓練を受けるらしい。
 その後、白兵院(メイレイ・マグセア)と呼ばれる戦士学校に入学して10年の間休みなく鍛えられ続け、30歳にしてようやく一人前の戦士として卒業し、それぞれの能力に応じた地位に就くのだという。
 むろん、入学した生徒の一部は過酷な訓練の過程で見込みなしとして放校になったり、競い合う級友たちからの謀殺などによって卒業の前に命を落としたりするのだ。
 かの名高いドロウの英雄ドリッズト・ドゥアーデンはかつてその学院を主席で卒業したというが、たとえ末席での卒業者であっても並みの人間の傭兵など及びもつかないほど洗練された技量を有しているであろうことは疑いようもない。

626Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:23:24 ID:7SD9eaBU

 どうやらワルドは、ダスクブレードやへクスブレードというよりはむしろウォーメイジ(戦の魔道師)あたりに近いタイプのようだ、とディーキンは踏んだ。

 主力はあくまでも魔法であり、近接戦の技術はそれで相手を倒すためというよりは、距離を詰められた時に攻撃を避けつつ詠唱を完成させたり敵をいなして間合いを取ったりするためだけのもののようだ。
 剣と魔法との融合による互いの高め合いなどという境地にはほど遠く、単なる戦場での必要性から魔法が武器に対して示した冷たい妥協、冷ややかな敬意。その域に留まっており、それ以上の特別な戦闘技術などを習得しているわけではない。
 革鎧の隙間を狙ったごく軽い突きなどを時折交えてくるあたりからも、明らかに武器を用いた実戦経験が足りていないのが察せられた。
 そのような突きは肉が柔らかいためにごく軽く当てるだけでも容易に怯ませられる人間などに対する牽制に適したもので、全身を硬い鱗に覆われたディーキンのような相手に対して用いても威力不足で効果が期待できない代物なのだ。
 同じ人間相手の訓練はよく積んでいるのだろうが、亜人や幻獣などの類に出会ったときにわざわざ武器で攻撃することはまずないだろうから、相手の性質に応じて臨機応変に戦い方を変えるなどということにはおそらくあまり馴染みがないに違いない。

 この程度の技術でわざわざ自分から武器戦闘に持ち込むということは、あくまでも手合わせだからということもあろうが、とどのつまりはこちらを完全に見くびっているのだろう。
 もしもワルドが敵なのだとすればそれは結構なことではあるし、他人から侮られるのにも慣れてはいるが、そうはいってもやはり少しはむっとした。

 一方で、対戦相手であるワルドの方も、僅かながら焦りと苛立ちとを覚え始めていた。

(く……! さすがは『ガンダールヴ』といったところか!)

 手合わせとして不自然のない程度の範囲で魔法を交えて戦ってもよいが、武器対武器の戦闘でも自分の方がずっと強いことを示せればいうことはない。
 いかに伝説とはいえ所詮は小さな亜人の子供、使い魔として得た高い能力があるにもせよ技術は甘く荒いことだろう。
 ゆえに、修練に修練を重ねて洗練された自分の剣技をもってすれば容易く手玉に取れるはずだ……。

 そう思って、ワルドは先程から自分が知る限りの様々な型の攻撃を駆使して打ち込み、突き、払い、相手の守りを崩そうとしてきた。
 だが、これが一向に功を奏さないのだ。

 敵の技巧が思ったより高い上、試合前の気弱な発言の割にはこちらの攻撃に怯えている様子もない。
 おまけにこれまで戦ったことがないほど小柄な体格の相手で、実際に立ち合ってみると想像以上に戦いにくかった。

 もう諦めて、魔法を使ってさっさと片をつけてしまおうか?

 いや、それも癪だ。
 それに、剣で敵わぬものだから魔法に頼ったなどと、ルイズから思われてもつまらない。

(向こうは先程から一切反撃もせずに守りに徹している、俺に奴の守りが打ち破れんのはそのために過ぎん!)

 攻撃してくれば、その時に必ずや隙が生じるはず。
 そこを突くことで現状を打開してやろうと、ワルドは一旦飛び退いてディーキンを挑発してみた。

「どうした使い魔君、防戦一方かね? 伝説の名が泣くぞ、遠慮なく反撃してきたまえ!」

「ン……、わかったの」

 ちょうど少しばかりいらだっていたディーキンは、素直に頷いてその誘いに乗ることにした。
 どの道、いつまでも守ってばかりはいられないのだ。
 反撃して魔法も使わせれば、相手の実力をまたいくらか計ることができるだろう。

「いくよ!」

 棍を構え直して少し姿勢を低くすると、ディーキンは一気に飛び出してワルド目がけて打ち掛かった。
 一足飛びに間合いを詰めて棍を下から振るい、ワルドの頭に叩きつけようとする。

(ふん、扱いやすい子供だ)

 ワルドは内心でほくそ笑むと、杖を持ち上げてディーキンの攻撃を正面から受け止めようとした。
 その後、棍を上方に逸らして隙だらけになった胴体に蹴りを叩き込み、地面に転がしてやった上で杖を返して突き下ろすつもりだった。

627Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:25:08 ID:7SD9eaBU

「……ぐぅっ!?」

 だが、その小柄な体格からは想像もできないほど重い一撃に、ワルドは思わず顔をしかめた。
 腕に渾身の力を込めて、かろうじて杖を弾かれずに受けきるのが精一杯で、蹴りを出して反撃に転じる余裕などない。

「ぬう、……っ、うぉぉっ!?」

 ディーキンはワルドに最初の一撃を受け止められるや、すかさず体をひねって棍の逆側で足元に向けて追撃を繰り出していた。
 腕の痺れを堪えながら、ワルドは間一髪その一撃をかわして後ろに飛び退く。
 しかし、ディーキンはさらにそれを追うように片手に棍を握り直して思い切り体を伸ばし、ワルドの胴体目がけて突きを叩き込んだ。

「がっ!!」

 その3撃目を避けきれずにもろに食らったワルドは、悶絶してよろめく。

 しかし、さすがは魔法衛士隊の隊長というべきか。
 ディーキンが突き出した棍を手元に引き寄せて握り直し、更に追撃をかけようとした時には、既に苦痛をこらえて呪文を完成させていた。
 今まさに自分へかかって来ようとする相手の目の前で素早く横薙ぎに杖を振り、『ウインド・ブレイク』を炸裂させる。
 その突風をまともに受けて、ディーキンは後方へ吹き飛ばされた。

「オオ……」

 咄嗟に翼を広げてブレーキをかけ、数メートルの後退で踏み止まったものの、さすがに魔法の腕前は確かなものだとディーキンは内心で納得していた。
 この詠唱の速さは、明らかに先日対戦したタバサの最速の詠唱と同等か、それよりもなお上でさえあるかも知れない。
 となると、この男はフェイルーンでいうところの《呪文高速化(クイックン・スペル)》や《即時呪文高速化(サドン・クイックン)》のような技術を習得しているのだろうか……。

 ディーキンは知らないことだったが、事実ワルドの持つ『閃光』の二つ名は、その詠唱速度の速さを讃えて贈られたものだった。

 ワルドは敵が押し退けられている間にどうにか攻撃のダメージからは立ち直ったものの、精神的なショックは肉体的なダメージなどよりもはるかに大きかった。
 魔法衛士隊の隊長を務めるこの自分が、伝説とはいえたかが亜人の子供ごときに、ほんの数秒の一連の攻撃で魔法を“使わさせられた”のである。
 それもただの呪文ではなく、『閃光』の二つ名で讃えられ、誇りとしている奥の手の『高速詠唱』をだ。
 もしそうしなければ、あのまま打ち倒されてしまっていたに違いない。

(おのれ、『ガンダールヴ』……!)

 この屈辱は、いずれ必ず倍にして返してやるぞ。
 ワルドはそう心に決めながら、心中の怒りと屈辱とを努めて押し隠し、不敵な笑みを繕ってみせると羽根帽子を被り直した。

「……どうやら僕は、君を侮っていたようだね。君のその武器の腕前に敬意を表して、僕もここからはメイジとして魔法を使わさせてもらうとしよう」

「わかったの。じゃあ、まだやるってことなんだね?」

 先程攻撃を受けた彼の身を案じて念のために聞いただけだったのだが、屈辱に心をかき乱されているワルドにはそれが自分に対する嘲りのように思えたらしく、目に僅かに怒りの色を浮かべた。

「当然だ、あの程度で勝ち誇らないでもらおう。僕たち魔法衛士隊の本領はこれからだよ、使い魔君」

 ディーキンは黙って頷くと、あらためて棍を構え直した。
 戦いは、まだまだこれからのようだ……。

628Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia ◆B5SqCyGxsg:2017/03/01(水) 23:27:24 ID:7SD9eaBU
今回は以上になります。
よろしければ、次回もまたどうぞよろしくお願いいたします。

原作の完結を機に、また戻ってきてくださる方や、新しい作品を書いてくださる方が増えればと願っております。

629名無しさん:2017/03/02(木) 22:25:50 ID:2W2ilkWQ
乙です!

630ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:01:37 ID:FT6P8YLU
こんばんは、焼き鮭です。投下を始めさせていただきます。
開始は23:04からで。

631ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:04:11 ID:FT6P8YLU
ウルトラマンゼロの使い魔
第百三十九話「四冊目『THE FINAL BATTLE』(その3)」
スペースリセッター グローカービショップ
ファイナルリセッター ギガエンドラ
デラシオン
隕石小珍獣ミーニン
ネイチュア宇宙人ギャシー星人
チャイルドバルタン シルビィ 登場

 本の世界を巡る旅も四冊目に突入。四冊目は、かつてコスモスペースで起きた、地球の存亡を
懸けた一大決戦を基にした物語だった。才人とゼロはムサシとともに、ウルトラマンジャスティスと
して、将来危険な星になるとして地球のリセットを図る宇宙正義の側に立つルイズに、地球は危険では
ないことを訴えかける。そして先んじて地球を攻撃するグローカー軍団に立ち向かうが、次から次へと
湧いてくるグローカーに大苦戦。それを救ったのが、ムサシとコスモスが救ってきた怪獣たち。
地球のために大勢の者たちが行動する光景に、ルイズの心は揺れる。
 だが劣勢に業を煮やしたかのように、グローカーマザーが最終形態のグローカービショップに
変形した! 更にファイナルリセッター・ギガエンドラも地球に接近しつつある! 地球最大の
危機が訪れていた!

[任務ノ障害ヲ、完全ニ消去]
 傷ついた怪獣たちを下がらせたゼロとコスモスは、無機質に与えられた命令を繰り返しながら
迫り来るグローカービショップに向き直り、敢然と立ち向かっていく。
「シェエアッ!」
「ハァッ!」
 二人の拳がグローカービショップを打ち据えるが、鋼鉄の巨体は全く揺るがず、効果は
見られなかった。逆にコスモスがグローカービショップの剛腕に弾き飛ばされる。
「ウワァッ!」
『コスモスッ!』
 ゼロはグローカービショップのボディをがっしり掴んで押し出そうとするも、グローカー
ビショップは背面のバーニアからジェット噴射を行い、ゼロを押し返していく。
 恐ろしいことに、グローカービショップの馬力はストロングコロナのパワーすら上回っている!
『ぐッ……! うぅッ……!』
[消去。消去]
 それでも必死に抗うゼロだったが、グローカービショップの顔面から放たれた光線によって
吹っ飛ばされてしまった。
『ぐああぁぁッ! ぐッ、何のこれしきぃッ!』
 どうにか踏みとどまったゼロがガルネイトバスターを発射。しかしそれも、グローカー
ビショップの腕から撃ち出される光弾に相殺された。
 コスモスペースの宇宙正義を司るデラシオンの駆使する戦闘ロボットの最終形態は、
グローカールークの戦闘力をもはるかに超越している!
『ちっくしょう……!』
 肩で息をするゼロとコスモスのカラータイマーは赤く点滅していた。無理もない。最初から
休息もなしに延々と戦い詰めだったのだ。むしろよくエネルギーが持っている方である。
 しかし果たして、この消耗した状態で目の前の恐るべき破壊ロボットを倒すことは出来るの
だろうか?
「無理だ……。グローカービショップはデラシオンの陸戦最強の兵器。あの状態で倒すこと
などとても……」
 ルイズは否定するが、それは更に否定される。
「いいや。ムサシは奇跡を起こせる。いや……ムサシたちだけじゃない。俺たちが奇跡を起こす!」
 ヒウラだ。気がつけば、元チームEYESのメンバーがルイズの前に集まっていた。
「キャップ、エリア一帯の民間人の避難が完了しました!」
 シノブの報告にうなずくヒウラ。

632ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:06:47 ID:FT6P8YLU
「よし。それじゃあ俺たちの想いを、ムサシに向けて送るぞ!」
「想いを……?」
 どういうことか、レイジャと分離して戻ってきたジーンが話す。
「ここにいる者たちのムサシに対する想いをエネルギーに変え、コスモスに送り込む。未来を
信じる想いが……コスモスの命の光となる!」
「未来を信じる、想い……!」
『さぁ、始めるよ!』
 高く浮き上がったシルヴィを中心に据えて、ヒウラたちやシャウ、ジーン、ミーニンも
円陣を作った。
「ムサシにもらった、たくさんのもの……今度は私たちが、彼に届ける……!」
 シャウの言葉を合図とするように、彼らはムサシとの思い出を脳裏によみがえらせていく。
彼との出会いから始まり、ともに保護活動を行った日々、喜びを分かち合った記憶、時に辛く
苦しい思いをし合ったこと、何度も助け、助けられ、一緒に未来を夢見て……その未来が、
これからも続いていくことを強く信じる……。
 その信じる心が、光となって彼らの身体から溢れ出てきた。彼らの光の強さ、そして温かさは、
ウルトラマンジャスティスであるルイズの肌にまざまざと伝わってきた。
 ルイズは目を見開く。
「コスモス、ゼロ……これが、お前たちがこの星を守ろうとする理由か。これが……人間の
未来を信じる理由なのか!」
 その時、グローカービショップに追い詰められるコスモスとゼロを援護しようと、フブキと
ナツキ隊員の駆るテックライガー二号がレーザーを発射した。
「止まれぇぇーッ!」
 だがグローカービショップには全く通じず、反撃の光弾が機体をかすめた。
「うわぁぁぁッ!」
 それだけでテックライガーが火を噴いて大破し、墜落していく。
『キャップ、脱出をッ!』
「駄目だ脱出できない!」
 緊急脱出装置も故障し、テックライガーはまっさかさまに地面に向かって落ちていく。
コスモスとゼロは首をグローカービショップに掴まれていて、助けに向かうことが出来ない!
 この瞬間、ルイズは羽根状のバッジ、ジャストランサーを手に取り、羽根を二枚に展開して
己の胸に装着した。
「あああぁぁぁぁ―――――――ッ!!」
 ジャストランサーから光がほとばしり――ウルトラマンジャスティスに変身して、墜落間近の
テックライガーを受け止めて救ったのだった。
『あれはッ!』
『ジャスティス……!』
 テックライガーをそっと地面に下ろしたジャスティスは、全身が輝いて姿が変化。胸の
プロテクターが金色のものとなる。
 これはジャスティスが己の真の正義に目覚めた時に発動する、より力に溢れた戦闘形態、
クラッシャーモード。それまで後悔のために頑なであったジャスティスだったが、ムサシたち
地球人の心と怪獣ともつながっている絆を目の当たりし、遂に彼らの夢と未来を信じたのであった!
「デェアッ!」
 ジャスティスはまっすぐ前に伸ばした両腕からダグリューム光線を放ち、グローカービショップの
ボディを撃った。破壊することは出来なかったが、衝撃でクローの拘束が緩んでコスモスとゼロは
脱出することが出来た。
 そしてヒウラたちの放つ光も集まり切り、シルヴィがそれをコスモスへと送る!
『ムサシ! これがみんなの希望の光だよ! 受け取って!!』
 送られた光はコスモスのカラータイマーに吸い込まれて青に戻らせたばかりか、コスモスを
更なる姿へと変身させた!
「セェアッ!」

633ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:09:14 ID:FT6P8YLU
 ムサシの優しさ、強さ、勇気に、皆の未来を信じる希望が加わった、ウルトラマンコスモス・
フューチャーモードだ!
『コスモスも、新しい姿に……!』
 片膝を突いているゼロには、ジャスティスがエネルギーを分け与えて回復させる。
『ジャスティス……分かってくれたのか……!』
 ゼロの中の才人はジャスティスの顔を、その中のルイズを見つめる。すると才人に一層の
勇気が湧き上がり、ゼロの力となっていく。
『よぉしッ! エネルギー全回復だぜッ!』
 力強く立ち上がったゼロは、通常のウルトラマンゼロに変身するとゼロツインソードを
その手に握り締めた。その左右にコスモスとジャスティスが並び立ち、グローカービショップと
対峙する!
[全テノ障害ヲ、消去]
『はんッ! 消去消去ってうるさいぜ! それしか言えねぇのかッ!』
 グローカービショップが両腕から光弾を発射してくるが、ゼロがツインソードでそれを
ばっさりと切り払う。
『でぇあッ!』
 その間にコスモスとジャスティスが超スピードでグローカービショップの背後を取り、
ジャンプからの同時キックでグローカービショップのバーニアを粉砕した。
「タァァッ!!」
 これでグローカービショップは突進攻撃が行えなくなった。機動力を失ったグローカー
ビショップを、着地したコスモスとジャスティスが振り向きざまに蹴り飛ばす。
「デェアッ!!」
 新たな姿となったコスモスたちのパワーに押されるグローカービショップだが、やはり
宇宙正義の最強の刺客ロボットは伊達ではない。右腕でジャスティスを掴んで締め上げ、
左腕でコスモスを殴り飛ばす。
「ウゥッ!」
「セェェェアッ!」
 だがそこにゼロが素早く飛び込んできて、ツインソードを閃かせて腕のクローを切り飛ばした。
これでジャスティスが解放される。
『さっきの借りの分だぜ!』
 グローカービショップは腕の光弾発射口をゼロに向けた。
[任務ノ障害ヲ、完全ニ消去]
『てぇぇぇあぁッ!』
 そこにすかさずゼロツインソードの斬撃が叩き込まれ、グローカービショップの右腕は
完全に破砕された。
 ならばと左腕を持ち上げるグローカービショップだが、そこにはコスモスのコスモストライクが
撃ち込まれた。
「セェアッ!」
 光線が左腕も粉砕し、グローカービショップは武器のほとんどを失う。
「ウアァッ!」
 更にジャスティスがグローカービショップの懐に潜り込んで、相手の巨体を肩の上に担ぎ上げた。
「ンンンンン……! ゼェェアッ!」
 投げ飛ばされたグローカービショップがまっさかさまに地面に叩きつけられた。
[消去。消去。消去]
 それでも止まらず、頭部から光弾をひたすら連射してウルトラマンたちを狙ってくる。
「セアッ!」
 それにコスモスが前に出てゴールデンエクストラバリアを張り、光弾をさえぎる。その間に
ジャスティスがバトレックショットをグローカービショップの顔面に叩き込む。
「デアッ!」
 この一撃によりグローカービショップの攻撃が途切れた。その瞬間、ゼロが叫ぶ。
『今だッ! とどめの一撃だ!』
 コスモスとジャスティスは互いの腕を交差し、エネルギーを相乗効果で高めていく。ゼロは
タイミングを見計らってツインソードを投擲した!

634ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:11:43 ID:FT6P8YLU
『でぇぇぇりゃあッ!』
「デアッ!!」
 コスモスとジャスティスが放った究極の合体光線、クロスパーフェクションがゼロツインソードに
当たり、加速させてグローカービショップに命中させる!
 三人の力を一つに纏めたソードは、頑強な装甲のグローカービショップを一刀両断したのだった!
[消、去……消……去……消……]
 真っ二つになったグローカービショップはバラバラに爆散。遂にグローカーを全て撃破
することに成功したのだ!
 しかし、これで終わった訳ではない。むしろここからが本当の正念場なのだ。
『後は宇宙のあいつだけだぜ……!』
 ゼロたちが互いにうなずき合うと、大空、その先の宇宙空間へ向けて猛スピードで飛び上がっていった。
「シェアッ!!!」

 宇宙空間で地球に迫りつつあるのは、最後にして最大のリセッター、ギガエンドラ。その全長は
一キロメートルを超えるという、ロボットどころか最早超巨大な移動要塞だ。宇宙用テックライガー
三機が先んじてギガエンドラに集中攻撃を浴びせていたが、ギガエンドラは全くスピードを緩めていなかった。
 しかもドーナツ型のギガエンドラの中央部に、膨大なエネルギーが集中し出す。とうとう
地球のリセットが開始されようとしているのだ! ゼロたちはその場にギリギリ間に合った。
 コスモスがジャスティスに問う。
『ジャスティス、これを止める方法は!?』
『破壊する以外に、方法はない』
 ゼロたちはギガエンドラにありったけのエネルギーを叩き込むことに決める。
「オォォォォ……ゼアァッ!!」
「デリャアアアァァァァァッ!」
 コスモスとジャスティスがクロスパーフェクションを、ゼロがゼロツインシュートを全力で
発射した! 命中したギガエンドラがまばゆい閃光の中に呑まれる。
『よぉっしッ!』
 ぐっと手を固く握ったゼロだが……実際にはギガエンドラは、傷一つついていなかった!
 それどころか、眼球のようなレーザー砲から莫大な破壊光線を撃って反撃してきた!
『うわあああぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!?』
 ギガエンドラの攻撃の威力はすさまじく、たった一撃でゼロたち三人が簡単に弾き飛ばされ、
大気圏に叩き落とされる。
『ぐあああぁぁぁぁぁぁぁッ! 熱ッ……!』
 大気圏の摩擦熱で身体を焼かれる三人だが、ゼロが背後にウルトラゼロディフェンサーを
張って摩擦熱を防ぐ。
『防御は任せろ! 二人はギガエンドラをッ!』
「シュッ!」
 ゼロに守られながら、コスモスとジャスティスがコスモストライクとダグリューム光線を
撃ち続けた。……が、ギガエンドラには焦げ目すらつかない!
 そしてギガエンドラは、遂に最終攻撃を開始。機体の中央から、地球の全てを滅ぼせるほどの
消滅エネルギーを放ってきた!
『やばいッ! ウルトラゼロディフェンダー!!』
 ゼロは迫り来る消滅エネルギーに対してウルトラゼロディフェンダーを展開し、エネルギーを
遮断しようとする。
 だがあまりに巨大なエネルギーを前に、ウルトラの星の聖なる盾もひび割れ、砕け散って
しまいそうになる!
『ぐッ……! や、やらせるかぁぁぁぁ……!!』
 ゼロは背面のバリアも維持しながら盾を押さえ、崩壊を必死で食い止める。だがいくら何でも
あまりに無理。ゼロのエネルギーが急激に消耗していき、カラータイマーは危険な状態になる。

635ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:14:23 ID:FT6P8YLU
『ゼロッ!』
『俺たちのことはいい! それより、ギガエンドラを止めるんだぁッ!』
 ムサシがたまらず叫んだが、ゼロは攻撃続行を促す。しかしいくらコスモスとジャスティスが
撃ち続けても、ギガエンドラの様子に変化は全く起こらない。
 このままでは明らかにゼロの身体が吹き飛んでしまう方が先だ……。だがそれでも、ゼロと
才人はあきらめていない!
『俺たちは……あきらめねぇぜッ! 最後の最後まで戦い抜いて……奇跡を起こすんだぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ゼロと才人の叫びが――ウルティメイトブレスレットの輝きを呼び起こした!
 ブレスレットがゼロの腕から飛び立ち、宇宙空間でまぶしく煌めいた。その輝きを浴びた
コスモスとジャスティスは、導かれるように光へ飛び込む!
「セアッ!」
「デアァッ!」
『!! あれは……!』 
 コスモスとジャスティスがコンタクトし、二人のカラータイマーが重なり合って……一人の
新たなるウルトラマンが誕生した!
「シェアァッ!」
 新しいウルトラマンはゼロに代わって消滅エネルギーをその身に受け止める。それどころか
エネルギーを己のカラータイマーに全て吸収し、ギガエンドラに向かって飛んでいく。
『あれは……あれが、伝説に語り継がれる、奇跡のウルトラ戦士……!』
 それは、ギャシー星の伝説の中にも存在が語られている。宇宙の大いなる二つの力が出逢う時、
真の姿となって現れる宇宙の神……。
 ウルトラマンレジェンド!
「オオオオオ……! デヤァァァッ!!」
 ギガエンドラの中心部まで行き着いたレジェンドは、究極技スパークレジェンドを発動。
消滅エネルギーを押し戻されたギガエンドラは内側からボロボロに崩壊していく。
 そして最後に、大爆発を起こして塵も残さず消え去ったのであった。
『すげぇ……。これがレジェンドの力……ウルトラの奇跡か……!』
 奇跡の力を目の当たりにして、身体のダメージも忘れて呆けているゼロ。そこにレジェンドが
舞い戻ってきて、彼にエネルギーを与えて回復させた。傷つき切った身体も、レジェンドの莫大な
エネルギーでみるみる内に再生する。
『あれだけの負傷が治っていく……! ありがとう、ウルトラマンレジェンド!』
 ゼロの感謝の言葉に、レジェンドは無言ながらも温かい感情を乗せてうなずき返した。
『――そうまでして、何故人類を救おうとする。伝説の戦士、ウルトラマンレジェンド。
そして未知の戦士、ウルトラマンゼロ』
 突然、第三者の声が響いてきた。ゼロとレジェンドが振り向くと――グローカーマザーが
数え切れないほど宇宙空間に浮遊していた。
 そしてその背後の空間に七色の光の渦が現れる。それこそがデラシオン。コスモスペースの
宇宙正義の体現者だ。
 デラシオンを前にして、レジェンドはコスモスとジャスティスの姿に戻る。同時にゼロの腕に
ウルティメイトブレスレットが戻った。
『デラシオン……私は知ったのだ。ウルトラマンコスモスたちと信じた、この星の命たちを』
 ジャスティスはデラシオンに訴えかける。
『泣き……笑い……怒り……そして、思いやる心を持つ。この命たち、未来をも含め……
彼らは、信ずるに足る存在だと』

636ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:15:53 ID:FT6P8YLU
 コスモスもまたデラシオンに語りかける。
『人類は、決して愚かではない。必ず、その非を正すことの出来る存在だ』
 そしてゼロが、告げた。
『俺たちは未来を信じ、人間も希望を信じた! これが、その結果なんだッ!』
 すると――大量のグローカーマザーが一機、また一機とデラシオンの光の中に消えていく。
『!』
『我らも信じよう、光の戦士たちを……。そして、人類から送られ続けたメッセージを……』
 デラシオンが帰っていく。遂に心を動かされて、宇宙正義の決定を取り消して。人間が
あきらめることなく送り続けたメッセージが後押しとなって。
 それは、EYESが送り続けた言葉……「希望」であった。

 ……四冊目の本も無事に完結に迎えることが出来た。救われた地球はその後無事に復興し、
ムサシは計画通りに遊星ジュランへと出発。そして怪獣との共存の道を歩み始めたのであった。
 それが、ウルトラマンコスモスが見た地球の歴史だったのだ。
「素敵な話だったな……」
『ああ……。コスモスのたどった道程と人間の希望、しかとこの目で見させてもらったぜ』
 才人とゼロは余韻を噛み締めながら、自分たちが完結させた本を手に取りじっと見つめていた。
 するとそこにルイズがやってくる。
「サイトさん……」
「ルイズ! 起きてて大丈夫なのか?」
「はい……。今は身体の調子がいいので」
 ルイズは才人にこんな話を告げる。
「サイトさん、わたしさっき、こんな夢を見ました」
「夢?」
「夢の中のわたしは、たくさんの人を消し去ろうとするような、恐ろしくもどこか寂しさを
抱えた人になってました。何だか、サイトさんにも迷惑を掛けたような気がして……」
 それを聞いてハッとなる才人。今の説明は、ウルトラマンジャスティスになっていたルイズ
そのものだ。
 やはり『古き本』には、ルイズの心が入り込んでいるのか。それで本体のルイズの夢にも
影響が出たのかもしれない。
「でも……わたしは色んな人と出会うことで、変わっていきました。そして最後にはすっかり
心を改めて、多くの人たちを救ったんです。とても晴ればれとした気持ちで……何故だか、
このことをサイトさんに話したい気分で目覚めました。どうということはない、夢のことの
はずなのに……」
 不思議そうなルイズに、才人はそっと微笑みながら呼びかけた。
「いや……たとえ夢でも、何か大事なものを心に感じたのなら、それはきっと本当のことだよ」
「……? よく分かりませんが……」
 小首を傾げるルイズに、才人はおかしそうに、そしてどこか満足そうにクスクス笑ったのであった。

637ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/06(月) 23:16:33 ID:FT6P8YLU
以上です。
これマジいい話でっせ。

638ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:14:24 ID:arnE2TOs
おはようございます、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は5:18からで。

639ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:18:06 ID:arnE2TOs
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十話「五冊目『ウルトラCLIMAX』(その1)」
機械獣スカウトバーサーク
機械人形オートマトン
古代怪鳥レギーラ
超音速怪獣ヘイレン 登場

 ルイズの記憶を取り戻すために、本の旅を続行する才人とゼロ。四冊目はコスモスペースの
歴史を元にした本であり、地球に訪れた最大の危機にゼロはウルトラマンコスモスとともに
立ち向かった。宇宙正義に則って地球のリセットを行おうとするデラシオンのリセッター
ロボット軍団に、ムサシとコスモスが関わった人間と怪獣たち、そして真の正義に目覚めた
ウルトラマンジャスティスと懸命に戦い続け、遂にはデラシオンの心を動かし地球を守り抜く
という奇跡を達成したのであった。
 だが本はまだ後二冊残っている。五冊目の本の旅を開始する直前、才人はルイズの診察を
行ったジャンボットと話をしていた。

「ジャンボット、ルイズの容態はどうだった?」
 才人はシエスタのブレスレット越しに、ジャンボットに問いかけた。ジャンボットは
残念そうに答える。
『可もなく、不可もなくと言ったところだな。悪化する様子はないのは幸いだが、かと言って
依然として記憶中枢が快方に向かう兆しも見られなかった』
「そっか……」
 やや落胆してため息を吐く才人。
「本は残り二冊まで来たのに、記憶は全然戻らないままか。やっぱり全部終わらせないことには、
ルイズは完全には治らないのかな」
『……そのことで、少し話がある』
 ジャンボットは少しだけ重いトーンとなって告げた。
「どうしたんだ、急に?」
『リーヴルの説明では、ルイズは己の力を本に吸収されてああなったということだったが、
私はそれに違和感を覚えている』
 ジャンボットの言葉に才人は面食らった。
「……具体的には、どういうことだ?」
『メイジの力は個人の脳の作用に由来しているのが分析の結果分かっているのだが、それは
記憶中枢とは直接関係していない。だから仮に魔力を奪われる……脳に干渉されることが
あっても、記憶だけ失って他の脳機能は平常通り、というのはいささか奇妙だ。他の障害……
たとえば、感覚や運動機能の異常等を併発していてもおかしくはないのに』
 とのジャンボットの説明を受けて、才人は腕を組んで頭をひねった。
「あー、それはつまり、何て言うか……今の状況は自然じゃない、ってこと?」
『簡潔に言えばそうなるな。自然に今の状態になったと言うよりは、何か恣意的なものが
働いた、というように思える』
 ジャンボットに続いてシエスタが意見する。
「わたしは平民ですから、魔力のことなんて全然分からないですけど……一冊の本を完結するごとに
ミス・ヴァリエールの魔力が戻ってるのなら、段階的に回復していくものじゃないでしょうか? 
わたしも、ミス・ヴァリエールの病状はちょっと不自然じゃないかって思います」
「そうか……。じゃあやっぱり、リーヴルが何かしてるのかな?」
『いや。ここに来てから絶えず彼女の行動をつぶさに監視しているが、怪しい動きは一度も
見られなかった。少なくとも、彼女自身が何かをしているという訳ではなさそうだ』
 ここまでの話を纏めて、ゼロが声を発する。
『ってことはやっぱ、リーヴルの後ろには正体不明の誰かがいるって線が濃厚だな。そいつの
力のせいで、ルイズはすんなり治らないのかもしれねぇ』
 才人はゼロに聞き返す。
「でも、その誰かっていうのは何者なんだ? タバサも探ってくれてるが、未だ尻尾も掴めてない」
 タバサは昨日のリーヴルとの会話で、誰かを人質にされているのではないかと推測した
才人の頼みでリーヴルの周囲も洗ったが、特に誰かいなくなったという事実はなかった。

640ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:20:33 ID:arnE2TOs
 ではどうしてあんな話をし出したのか……皆目見当がつかなかった。
『確かに……。だが俺は、そもそもの最初の図書館に出るって言ってた幽霊がヒントなんじゃ
ねぇかって考えてる』
「幽霊が?」
『まぁ勘だが、リーヴルは完全にデタラメを言ってたんじゃないと思うぜ。たとえば……
実体を持たない存在っていう意味だとか』
「実体を持たない存在か……」
 才人は夢の中に存在していた怪獣やガンQ、ビゾームなどを思い出した。
『はっきりとした実体を持たない生き物ってのも、広い宇宙にはいくつか存在してる。だが
いくつかはいるから、それだけじゃ絞り切るのは難しいな……』
『そもそも、我々が知っているものとは限らない。そうだったら、事前知識は役には立たないぞ』
 ジャンボットもそう言った。
 結局今回の相談ではこれ以上の成果は出ず、五冊目の本の攻略を行う時間となった。

 いつものように魔法の支度をしたリーヴルが、才人に尋ねかける。
「準備はよろしいですか?」
「ああ……」
 才人はリーヴルの様子を観察するが、例によって淡々としているばかりで、その挙動から
考えを読むことは出来なかった。本当に彼女は何かを隠しているのか、背後に別の誰かが
いるのか……今の才人では見通せなかった。
 今の彼に出来ることは、五冊目の本を選ぶことだ。
『いよいよ後二冊だ……。次に攻略する本より、最後に回すのをどっちにするかって選択になるな』
 ゼロは少し考えてから、結論を出した。
『右の奴は、少し込み入った内容になりそうだ。そっちを最後にしよう』
『よし。じゃあ、五冊目はこいつだな』
 本の選択をして、いざ旅立とうとする。
 しかしその直前、ルイズが才人の元に駆け込んできた。
「あ、あの!」
「ルイズ! 寝てなくていいのか!?」
「せめて、見送らせてほしいと思って……。どうか、無事に戻ってきて下さい」
 必死な表情で頼んでくるルイズ。自分のために才人が危険な旅を続けていることに後ろめたさを
覚えているのだろう。
 才人はそんな彼女を元気づけるために、力強く返答した。
「任せとけって! 絶対、元のお前に戻してやるからな!」
 そして才人とゼロは、五冊目の本の世界に向かっていった……。

   ‐ウルトラCLIMAX‐

 ある晩、街を突如どこからともなく出現した奇怪な外見の巨大ロボットが襲った!
 ロボットは強固な装甲でDASHの攻撃を物ともせず暴れ、ダッシュバードを両肩からの
光線で返り討ちする。しかし墜落しかかるダッシュバードを、トウマ・カイトが変身した
赤き巨人が受け止めて救う。
「シュアッ!」
 彼は異常気象により怪獣が連続して出現するようになってしまった地球に降り立ち、カイトと
ともに数々の敵を打ち倒してきた光の戦士、ウルトラマンマックスだ!
 マックスはロボットと激しく戦い、最後にはギャラクシーカノンの一撃によって見事粉砕し、
街には平和な夜が戻った。
 ……しかし巨大ロボットの正体は、戦った相手の能力を全て解析してどこかへと送信する
斥候、スカウトバーサークだった。本当の事件発生の前触れでしかなかったのだ。

641ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:24:11 ID:arnE2TOs
 そしてマックスがスカウトバーサークと戦った一部始終を、いつの間にか街中に現れていた
三面の不気味な人形、オートマトンが声もなく見つめていたのだった……。

 そしてオートマトンはある日突然、一斉に口を開いてしゃべり出した。
『地上の人間たちに宣告する。今すぐ地球を汚す戦争を取りやめよ。化石燃料を燃焼させる
開発をやめよ。地球人類が、地球大気を汚すことでしか文明を築けないのなら、文明を捨てて
退化せよ。今から三十時間以内に、地上の人類が全ての経済活動をやめねば、我々デロスは
バーサークシステムを起動し、全世界のDASH基地を破壊する』
 オートマトンは世界中の至るところに出現していた。何者が、いつ、誰にも気づかれることなく
世界中に設置していったのだ? デロスの正体とは何か? バーサークシステムとやらが起動したら、
本当に全てのDASH基地が破壊されてしまうのか? デロスは、それほどの力を有しているというのか……? 
まだ何も分からないが、カイトは直感で今までの敵とは訳が違う相手であることを感じ取っていた。
 地球人類は今まさに、最大のクライマックスを迎えようとしているのだ。

「……この世界でも、大変なことが起きようとしてるみたいだな」
 本の中の世界にやってきた才人は、混乱に襲われて右往左往している街の人間たちの様子を
高台の上から観察しながら、ゼロに呼びかけた。
「デロスって何者なんだろう。また侵略宇宙人の類かな。それとも、ノンマルトやデラシオンの
ような……」
『……それに関してはまだ何とも言えねぇ』
 才人の問いかけに答えたゼロは、意識を足下に向ける。
『だが一つだけ確かなのは……居場所は頭上や地上のどこかじゃないってことだ』
 謎の気配は足下……その更に深くの座標から感じられるのだった。

 オートマトンの宣告から一時間後、ベースポセイドンが真下からの攻撃によって破壊された! 
しかし職員は、三十分前の攻撃予告を受けて脱出していたため全員無事であった。
 更にヨシナガ博士がオートマトンを解析したことで、機械部分に地下八千メートルにしか
存在しない元素119が使用されていることが判明した。デロスとは地底人だったのだ!
 更にデロスが地表とマントルの境目、モホロビチッチ不連続面の空洞に住んでいる種族だと
いうことが突き止められ、カイトとミズキ両隊員が地上人代表として交渉の任に就き、地底へ
潜行することが決定された。……が、先走った某国の軍が地底貫通ミサイルを使用し、デロスへの
先制攻撃を強行しようとした!
 DASHはその凶行を止めようとしたが、それより早く、空を飛ぶ二体の怪獣が地底貫通
ミサイル基地を襲撃した……!

『キィ――――――イ!』
『グワァ―――ッ! キイィッ!』
 ベースタイタンのメインモニターに映されたミサイル基地を、二体の羽を持つ怪獣が空から
降り立って襲撃。一体は明らかに普通の鳥とは全く違う肉体構造の怪鳥。もう一体は全身が
甲冑で覆われたような怪鳥だ。これを見たコバが叫ぶ。
「こいつら、前に出てきた怪獣だ! 確かレギーラとヘイレン……!」
「でもどうして今頃!? それに狙ったようにミサイル基地を襲うなんて……」
 理解が出来ないミズキをよそに、古代怪鳥レギーラと超音速怪獣ヘイレンはビームを発射して
地底貫通ミサイルを片っ端から破壊していった。ヒジカタ隊長が思わず腰を浮かす。
「どうしてミサイルを率先して破壊するんだ!?」
 その訳を、アンドロイドのエリー――の役に当てはめられたルイズが分析した。
「怪獣は、デロスによってコントロールされている可能性が78%」
「missile攻撃に対するcounterで送り込まれてきたってこと?」
 ショーンが聞き返している中でもレギーラとヘイレンは攻撃を続けて、ミサイルを破壊し尽くした。

642ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:26:31 ID:arnE2TOs
『キィ――――――イ!』
『グワァ―――ッ! キイィッ!』
 しかし怪獣たちの暴力はそれで止まらず、周囲の人間にも襲いかかろうとする! 思わず
叫ぶカイト。
「大変だッ!」
「でも、今から飛んでいっても間に合わない……!」
 ミズキが歯噛みした時、ココが電子音を発して何かをルイズに伝える。
「ミサイル基地上空より新たな生命反応」
「また怪獣のお出ましか!?」
 コバの言葉を否定するルイズ。
「いいえ。反応のパターンは、ウルトラマンマックスと近似しています」
「マックスと近似って……まさか!?」
 驚愕するDASH隊員たちの見つめるモニターの中で、怪獣たちの面前に青と赤の巨人が
着地して牽制する姿が映された。
 誰であろう、ウルトラマンゼロである!
「新しい、ウルトラマン……!?」
「この状況で……!?」
 カイトたちは驚きで口がふさがらなかった。

「セェアッ!」
 人命を守るために駆けつけたゼロは一気に怪獣たちの間に切り込んでいき、ジャンプキックで
レギーラとヘイレンを左右に薙ぎ倒した。
「キィ――――――イ!」
 いち早く起き上がったレギーラが胸の二つの孔から大型フックを出し、跳びはねながら
ゼロへと肉薄していく。フックをガチガチ鳴らして、ゼロを捕らえようとする。
「デアッ!」
 だがゼロはフックをはっしと受け止めて、腕力を振り絞ってフックを引っこ抜いた!
「キィ――――――イ!」
 武器をもぎ取られて後ずさるレギーラだが、すぐに大きく羽ばたいて突風を巻き起こし始める。
「グッ!」
 建物もバラバラに吹き飛ばす風速にゼロは体勢を崩すが、どうにか踏みとどまった。が、
そこにヘイレンが素早い挙動で体当たりしてくる。
「ウアッ!」
 さすがにかわすことは出来ず、はね飛ばされるゼロ。更にレギーラが胸の孔から拘束光線を
発射し、ゼロの身体に巻きつけて自由を奪った。
「ウッ……!」
「キィ――――――イ!」
「キイィッ! グワァ―――ッ!」
 動けなくなったゼロに、レギーラとヘイレンはすかさず光線を撃ち込んでなぶる。合体攻撃に
苦しめられるゼロ。
「シェアッ!」
 しかしウルトラ念力によってゼロスラッガーを自動で飛ばし、己に巻きついた拘束光線を
切断して自由を取り戻した。そして迫ってきた光線を打ち払って、スラッガーで反撃する。
「キィ――――――イ!」
「グワァ―――ッ! キイィッ!」
 胴体を斬りつけられてひるむレギーラとヘイレン。その隙を突いて、ゼロは左腕を真横に伸ばした。
「シェアァッ!」
 精神を集中し、放つ必殺のワイドゼロショット!
「キィ――――――イ!!」
 レギーラは一撃で爆散せしめたが、ヘイレンは命中する寸前に飛び上がって回避した。
「トアッ!」
 上空高くに飛翔したヘイレンを追って、自身も飛び上がるゼロ。しかしヘイレンは超音速怪獣と
呼ばれるだけはあり、音速をはるかに超える速度で縦横無尽に飛び回り、ゼロを翻弄する。
「グワァ―――ッ! キイィッ!」

643ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:28:29 ID:arnE2TOs
「ウオアッ!」
 背後から猛然と突っ込んでくるヘイレン。ギリギリでかわすゼロだが、猛スピードで飛ぶ
ヘイレンからは強烈なソニックブームが発生しており、それを食らって弾き飛ばされる。
エネルギーが残り少なくなってきたのをカラータイマーが報せる。
 空はヘイレンの領域だ。さしものゼロも苦しいか?
『何の! 負けねぇぜッ!』
 ここでゼロはルナミラクルゼロに変身。超能力による加速によってヘイレンと同等の速度を出し、
ヘイレンに追いつくことに成功する。
「グワァ―――ッ!?」
「ハァッ!」
 今度は逆にこちらがヘイレンの周囲を巧みに飛び交うことにより、ヘイレンを追い込んでいく。
そして機を見計らい、ゼロスラッガーを再度飛ばした。
『ミラクルゼロスラッガー!』
 超能力によって増殖させたスラッガーにより、ヘイレンを滅多切りにする。
「グワァ―――ッ!! キイィッ!!」
 それが決め手となり、ヘイレンは空中で爆発四散した。それを見届けたゼロが停止。
「シェアッ!」
 そうして方向を転換し、海を越えて日本列島――東京湾に設立しているベースタイタンの
方角へ向かって飛び去っていった。

 光となったゼロは、ベースタイタン付近の人気のない場所へと降り立った。才人の姿に
戻って着地すると、そこに走ってくる人影が。
「おーい! そこの君!」
 トウマ・カイトだ。才人は振り向いて、カイトの顔を確かめる。カイトも才人の手前で
立ち止まって、真剣な面持ちで尋ねてきた。
「君が、さっきのウルトラマンだね?」
「ええ。ウルトラマンゼロ……平賀才人です。あなたがウルトラマンマックス、トウマ・
カイト隊員ですね」
 互いの素性を確認し合うと、カイトが才人に質問を重ねた。
「君は、どうして今のこの星にやってきたんだ?」
「……そのことで、マックスとして地球を守ってきたあなたにお話しがあります、カイト隊員」
 才人は険しい表情で切り出した。
「地中深くから、地上の人間に向かって警告と宣戦を布告してきてるもう一つの地球人の種族に
関することです」
 その才人の言葉に、カイトもまた厳しい顔つきとなって生唾を呑み込んだ……。

644ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/14(火) 05:29:38 ID:arnE2TOs
今回はここまでです。
割とマックス好き。

645ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:16:45 ID:6aQ37z/Q
おはようございます、焼き鮭です。投下をさせてもらいます。
開始は6:20からで。

646ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:20:09 ID:6aQ37z/Q
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十一話「五冊目『ウルトラCLIMAX』(その2)」
装甲怪獣レッドキング
古代怪獣ゴモラ
機械獣サテライトバーサーク 登場

 『古き本』もいよいよ残りが二冊。そして五冊目の本は、ウルトラマンマックスが守っていた
地球が舞台の物語だった。ある夜突然街を襲った怪ロボットの出現を始まりとして、人類は謎の
地底人デロスから脅迫を受けることになる。人類の文明放棄を求めるデロスに対し、血気に逸った
某国が地底貫通ミサイルで攻撃しようとしたが、怪獣レギーラとヘイレンによって阻止された。
そのまま人間を襲おうとした怪獣たちはゼロによって倒され、ゼロと才人はその足でマックスに
変身するトウマ・カイトと接触した。才人たちは、地上人と地底人の争いを解決に導けるのだろうか。

 ベースタイタンを臨む海岸線。東京湾に浮かぶ、今まで幾多の怪獣や宇宙人と戦ってきた
DASHの本拠地をながめながら、才人はカイトとの会話を始めた。
「単刀直入に言います、カイト隊員。デロスは宇宙人や侵略者ではありません。元々から
この星の地下に存在していた地底人……紛れもなく、この地球で人知れず栄えていたもう
一つの『人間』です」
「……やっぱり、そうなのか」
 才人から報告されたことを、カイトはよく噛み締めながらつぶやいた。
 才人とゼロは独自調査により、デロスがノンマルトのような、正真正銘地球の生物が進化した
末に誕生した種族である確証を得ていた。そのことを踏まえて、才人はカイトに告げる。
「そして、同じ星の文明同士の争いには、原則としてウルトラ戦士は干渉できません。それが
宇宙のルールなんです」
「……!」
「だから、デロス相手だとたとえどんな事態が起きたとしても、マックスの助けは得られない
ものだと考えて下さい」
 忠告する才人。そんな彼に、カイトは聞き返す。
「でも君たちは、さっき地球人……いや、地上人を助けてくれたじゃないか」
「あれはあくまで人命救助です。地上人の地底攻撃作戦に加担した訳じゃありません」
 現に、やろうと思えばもっと早くに怪獣たちに戦いを挑むことが出来た。それをしなかったのは、
ミサイルの破壊を阻害することは地上人に宇宙の掟を破って肩入れすることになってしまうからだ。
それをしては物語が破綻してしまう恐れがある。
「繰り返しますが、デロスとの間に決着をつけることに、ウルトラ戦士は手を貸せません。
あなたたち『地球人』が全てやらなくちゃいけないんです」
「俺たちが……」
 才人の言葉を受けたカイトの表情に陰りが見える。
「……不安ですか?」
「ああ……正直言うとね。これまでも俺たちは力いっぱい戦ってはきたけど、ほとんどの場合
最終的にはマックスに手助けしてもらってた。そのマックスの助けなしに事に当たらなければ
いけないということが、これほど心細いことだとは……」
 不安の色が抜けないカイトではあるが、内心で己を鼓舞しながら顔を上げた。
「いや……これからはそれをしなければいけないんだ。マックスも、自分の国に帰る時が
近づいてると言ってた。いつまでも頼っていられないってのは、とっくに考えてたことだ。
地球の未来は、俺たち自身で変えていかなればいけないんだ……!」
 固い使命感を顔に窺わせるカイトに、才人はこの部分で心配はいらないだろうと判断した。
話は次に移る。
「もう一つ、デロスの真意は俺たちもまだ掴んでませんが、地上人を滅ぼしたいとかそういった
無法が目的じゃないはずです。それをするつもりなら、事前に警告をする必要はありませんから」
 過去のM78ワールドの地球にはゴース星人という、デロスのように地中からの攻撃に目を
つけた侵略者がいたが、彼らは降伏勧告はしたものの実際の攻撃の際には警告など一切発さず、
世界中の格都市に甚大な人命被害をもたらした。それと比較したら、デロスは今のところ被害を
最小限に留めようとしているように見える。

647ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:22:50 ID:6aQ37z/Q
「つまり、デロスには悪意はないものと思われます。悪意がないのなら、きっと……いや、
必ず分かり合うことが出来る! 勝ち負けじゃない解決法があります。カイトさん、どうか
頑張ってこの地球全体を救って下さい」
 才人の心からの応援に、カイトは謝意を示す。
「ありがとう。……けど、どうして君はそんなにも親身になってくれるんだ? 君からしたら、
俺はどこの誰とも知らない人間だろう」
「いえ……いつでも、どんな場所でも、人の平和を願うのがウルトラ戦士ですから」
 最早言うまでもなく、それは才人自身にとっての願いにもなっていた。これまで数多くの
人間から見せてもらった奇跡……この世界でも起こるものと信じている。

 いよいよカイトとミズキがデロスとの交渉のために、モホロビチッチ不連続面へ向けて
出発する時がやってきた。地中潜行用のドリルモードに換装したダッシュバード三号を
機動母艦ダッシュマザーが海上へと搬送していくのを、地上から才人が見上げている。
「作戦が始まったか……」
『話し合いが上手く行くといいんだけどな……』
 と願うゼロだが、才人は別のことを気に掛けていた。
「地中の世界に行って、無事でいられるかな……。地底戦車って事故が多いし」
 M78ワールドの歴代の防衛隊では、ベルシダーやマグマライザー等様々な種類の地底戦車が
試作されたが、実際に地中に潜ると何らかのトラブルに見舞われて搭乗員が命に危機に瀕する
嫌なジンクスが存在していた。そのため現在では、地底戦車そのものが開発されなくなって
久しい。ダッシュバード三号もそうならないといいのだが……。
『とにかく俺たちも後についていこうぜ。カイトにはああ言ったが、万が一のことも考えられる』
「ああ……」
 才人はゼロアイを装着して、光となるとダッシュマザーの後をつけていく。そしてダッシュマザー
からダッシュバード三号が発進し、海中に潜って海底からデロスの国へ向かっていくのを、ダッシュ
バードが作る地中の道からこっそりとついていく。
 そしてしばらくの間、地中を延々と掘り進んでいったダッシュバードが……岩盤を貫いて
開けた空間の中に飛び出した! 才人とゼロもまた、地底に存在する広大な空間へと躍り出る。
『ここが……デロスの世界……!』
 直径は何キロあるのだろうか。端が見えないほどの広さの空洞に、淡く発光するキノコの
ようなものが無数に点在している。中央には、地上のどんな建物も及ばないような丈のタワーが
集中していた。あれは何だろうか?
 そしてダッシュバードはこの大空洞のちょうど天井から飛び出してしまっていた。そのまま
真っ逆さまに転落していく。ドリルモードでは飛行は出来ないのだ!
『ダッシュバードが危ない!』
『待て! 下手に手を出さず、様子を見るんだ……』
 落下していくダッシュバードの姿に慌てる才人だが、ダッシュバードはホバー噴射を駆使して
どうにか安全に着地しようとしている。このまま何事もなく空洞の底に着陸できるだろうか。
「……ピッギャ――ゴオオオウ!」
「ギャオオオオオオオオ!」
 だがその時、空洞の底を突き破って二体の怪獣が出現した! 目を見張る才人。
『あれはレッドキング、ゴモラ!』
 装甲怪獣レッドキングと古代怪獣ゴモラ。デロスが自分たちの都市の防衛用として放し飼いに
している怪獣だろうか。
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
 そしてレッドキングは口から岩石を大量に吐き出し、あろうことかダッシュバードを攻撃
したのだった!
『ああ!?』

648ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:25:51 ID:6aQ37z/Q
 岩石がかすめたダッシュバードはホバーが途切れ、地面に墜落してしまう。その衝撃はひどく、
機体は一瞬にして半壊、しかも上下逆に落下したので搭乗しているカイトとミズキが押し潰される
形になっている!
『大変だ!』
 才人は慌てふためくが、カイトの方は奇跡的に無事のようであった。
「ミズキ、大丈夫か!? ミズキ!!」
 しかしミズキの方は負傷が深刻であった。意識を失い、生命反応が弱っているのが遠くからでも
見て取れるほどであった。
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
「ギャオオオオオオオオ!」
 しかも墜落したダッシュバードへと、レッドキングとゴモラが迫っていく。このままでは
話し合いをする暇もなく、カイトたちが叩き潰されてしまう!
『まずいぜ! ゼロッ!』
『ああ! 行くぞ!』
 それをさせてはならない。ゼロは遂に辛抱ならなくなって、ウルトラマンゼロの姿に変身して
二体の怪獣に背後から飛びかかる。
『待て! あいつらには手出しさせねぇぜッ!』
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
「ギャオオオオオオオオ!」
 ゼロはレッドキングとゴモラの首に腕を回して捕らえると、ストロングコロナに二段変身して
怪力を発揮。力ずくで引っ張ってカイトたちから遠ざけていく。その間にカイトはミズキを抱えて
ダッシュバードから脱出した。
「ウルトラマンゼロ……! ありがとう……」
 カイトは自分たちを助けるゼロの姿を見上げると礼を告げ、手近な場所にミズキの身体を横たえる。
「しっかりしろミズキ!」
 必死に呼びかけるカイトだが、ミズキは目を覚ます気配を見せない。そしてデロスの指定した
タイムリミットまで、もう残り三分しかなかった。
「くそ……! ミズキ、待っててくれよ!」
 カイトはやむなく使命を優先し、無人の大空洞に向かってあらん限りの声量で叫び始めた。
「おーい! 地上から話をしに来たー! 無茶な要求をしないでくれー! 地上には、平和を
望む人間が、大勢暮らしているんだー!」
 だがデロスからの返答はない。……その代わりかのように、乱立している巨大なタワーが
ミサイルのように飛び上がっていく!
「攻撃を始めたのか!? よせー!!」
 カイトの叫びも虚しく、タワーは次々と発進していく。ゼロはレッドキングの岩石攻撃を
かわしてヘッドバッドを決め、ゴモラのみぞおちに横拳を突き入れてひるませると飛んでいく
タワーを見上げる。
『ゼロ、タワーが! 地上への攻撃が始まっちまったぜ!』
『ああ……! だが俺たちには、それを止めることは出来ねぇ……!』
 悔しいが、ゼロにはなす術なく見ていることしか出来なかった。ここでタワーを撃墜することは、
宇宙からの来訪者としての領分を侵すことになってしまう。
「ここまで来て、何も出来なかったのか……!? バカヤロー!! 何故こんなことをー!!」
 無力さに苛まれて絶叫しているカイトの背後からは、ずんぐりとしているが人型のロボットが
接近していた。地底の警備ロボット、サテライトバーサークだ……!
「うわッ!?」
 振り返ったカイトの首をサテライトバーサークは鷲掴みにして吊り上げる。
「俺は戦いに来たんじゃないんだぁ……!」
 とカイトが訴えても、サテライトバーサークはまるで反応を見せない。サテライトバーサーク
自身は感情を持たない、与えられた命令を実行するだけの機械なのだ。
『ぐッ……!』
「ピッギャ――ゴオオオウ!」
「ギャオオオオオオオオ!」

649ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:27:48 ID:6aQ37z/Q
 レッドキングとゴモラを押さえ込んでいるゼロは、カイトが襲われているのを目にして
うめき声を発する。本心では彼を助けてあげたい。しかし同じ星の文明同士の直接的な諍い
には、どんな形でさえ干渉することはならない。
 もどかしい思いを抱えていると……。
「放しなさーいッ!」
 ミズキが目を覚まし、サテライトバーサークに向かって叫んだ。傷ついた肉体を必死で
支えながら、脅しを掛ける。
「カイトを放さないと……バードスリーをここで自爆させるわ! 密閉されたこの空間で
バードスリーが爆発したら……この都市ごと消滅するわよ!?」
 ミズキがダッシュパッドのスイッチを押すと、ダッシュバードのノズルからジェット噴射が
発せられ、機体が急加熱していく。ミズキが本気である証明だった。
 これを受けてか、サテライトバーサークから声が発せられる。
『我はバーサーク。デロスを保護するシステム……』
 カイトとミズキが驚きで目を見開いた。

 その頃、地上では……ベースタイタンを始めとする、世界中のDASH基地が、地下から
突き出てきたデロスの巨大タワーによって全壊していた。その領地を乗っ取るように
地上に現れたタワーの先端がスパークしている。
 臨時基地としてUDFハンガーに退避していたDASHのメンバーに対して、ルイズがタワーの
分析結果を報告した。
「あの塔は膨大なアルファ粒子発生システムで、空気中の窒素と二酸化炭素を変換しています。
このまま世界各国の塔が酸素変換を続けると、八週間で地球全体の大気組成が変わります」
 続いてショーンが告げる。
「高濃度の酸素があの塔に充満してる! 攻撃デキナイ!」
「このまま手も出せないのかよ! くそぉッ!」
 コバが憤懣やるせなく司令室のコンソール台を叩いた。
「このまま地球の大気を変え、地上の生き物を絶滅させようとしているのかもしれない!」
 ヒジカタの推測を、ヨシナガ博士が否定した。
「そうではないわ。むしろ、地球の大気を、太古の時代に戻そうとしてるのよ!」

 ミズキはカイトを吊り上げたままのサテライトバーサークに訴えかける。
「同じ地球に住んでる者同士、どうして争わないといけないの!? そんなに私たちに滅んでほしい!?」
 それに対するサテライトバーサークの回答は、

650ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:29:03 ID:6aQ37z/Q
『地球に生まれた生物を滅ぼしたいと、デロスは考えていない。しかし、地上の人間が地球の
環境を変えてしまったため、デロスは滅びようとしているのだ』
「えッ……!?」
 今の言葉に、カイトもミズキも、ゼロもまた衝撃を受けていた。

 ルイズはオートマトンのコアからデロスの情報を解読していた。
「デロスは滅びようとする種族。地球を取り巻くオゾン層が人間の産業によって薄くなり、
太陽からの有害放射線が地中にまで届くようになってしまった」

『デロスは太陽の有害放射線により滅びつつある。デロスはバーサークシステムに、デロスの
保護を命じた。バーサークは、止められない』
 ゼロは怪獣たちと戦いながらつぶやく。
『そういうことだったのか……!』
 デロスは自分たちの命の危機という後がない事態のために行動を起こしている。しかし、
地上の人間とて今更全ての文明を放棄することは不可能。それほどまでに人間の数は増えて
しまったのだ。これを解決する手段があるのだろうか……。
「そんな……もう間に合わないの……!? 人間は滅びるしかないの……?」
 そして絶望したミズキの気力が途切れ、その場で前のめりに倒れ込んだ。
「ミズキ!?」
「やっぱり……未来なんて……」
「ミズキーッ!!」
 再び倒れたミズキを目にして、カイトは馬鹿力を出し、サテライトバーサークの拘束を
振りほどいてミズキの元へ駆け寄った。
「ミズキ! ミズキ、しっかりしろ!」
 懸命に呼びかけるカイトだが、ミズキの呼吸は既に途絶えつつあった。
「ごめんね、カイト……! 私、やっぱり……」
「何言ってんだよ……あきらめるなよミズキッ!」
 カイトの呼びかけも虚しく、ミズキは彼の腕の中で力を失う。
『なッ……!!』
 レッドキングを押し返したゼロは、ミズキからの生命反応が消えたことに、言葉を失った。
「ミズキいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
 カイトの絶叫が、広大な地底世界の隅にまで轟いた……。

651ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:29:39 ID:6aQ37z/Q
ここまで。
事故は起こるさ(地底戦車)。

652Deep River ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:47:40 ID:DkmUwvwg
こんばんは。作者です。先ずはこっちから投下をさせてもらいます。
開始は0:50からで。
一応トリップ付けておきます。

653Deep River ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:50:12 ID:DkmUwvwg
「ふむ。その噂が真であるならば非常に困った事になるのう。しかし、当人に如何にしてそれを伝えるべきか……」

本塔最上階にある学院長室で、ミス・ロングビルは学院長のオールド・オスマンに、ルイズの召喚した使い魔とロマリアで起きた聖堂騎士大量殺戮事件との関連性を語っていた。
粗方聞き終わったオスマン氏は神経質そうに髭を弄りながら今後の対策を語り出す。

「いずれにしてもじゃ、ミス・ヴァリエールが召喚した生き物がロマリアで事件を起こした生き物と同種であるという確たる物証は今のところ一つとしてない。
あるのは噂という不確定性極まりない状況証拠のみじゃ。ただそれだけの理由で神聖な儀式によって召喚された個人の使い魔を殺処分するなぞ言語道断にして愚の骨頂じゃ。」
「しかしオールド・オスマン。火竜はどのような環境でどう育てようと火竜のままです。今回の事態はそれと同じだと思うのですが……」
「時として虫も殺さぬほどに大人しい火竜が生まれる事もあるそうじゃが、君はそういった事例を知らんかね?確立に賭けるのであれば、わしは少しでも自分に希望を生み出すほうに私財を賭ける性格なのでな。
もし暴れてロマリアの一件と同じ事が起きるのであれば、その時はその使い魔を殺すまでじゃが、仮にその前に同種の生き物であるとの事実確認がなされた際には、何らかの予防策を講じ遂行すれば良い。
我々は人間じゃ。困難に遭遇した際、早々と諦めて何もせずに逃げる諸動物とは違うのじゃ。試行錯誤し、物を作り出し、自分の力以上の物に進んで立ち向かう。それが人間じゃ。
ミスタ・コルベール、ミスタ・エラブル、そしてミス・ロングビル。生徒の上に立つ教師が、かように短絡的な結論しか出せないのでは困るぞい。
それとミス・ロングビル。ミス・ヴァリエールの使い魔がそんなに危険というのであれば、ロマリアの噂話を精査し、似顔絵の一つや二つでも描いて実地調査を行うことじゃ。
それからミスタ・エラブル。君は確か任期満了に近かったかの?」

エラブル氏はコルベール氏と同い年ぐらいではあったが魔法生物学の任期である十五年が後三日で来るといった状況だった。エラブル氏は少し残念そうに「はい」と短く答える。

「安心せい。ミスタ・コルベール、君はミスタ・エラブルの代わりに使い魔の動向と生態を観察し、気になる事があったら逐一漏らさずノートに書き留めておくようにしたらどうかね?」

コルベール氏は、「成程。ミス・ロングビルとの行動とも連動出来る。」と考え「ははあ」と深く頭を下げる。ついでに今度はコルベール氏が質問をした。

「して学院長。この一件、王宮やアカデミーに報告するのですか?」

次の瞬間、彼はそんな質問をしなければ良かったと酷く後悔した。オスマン氏が冷ややかな目と声でその質問に的確な答え方をしたからだ。

「王宮に報告して何とする?ロマリアの一件が事実だと分かったら、暇を持て余した貴族連中にとってこれほど都合の良い戦争道具はありゃせんぞ。
アカデミーなぞ尚更拙い。どんな実験をされる事になるやら分かったものではないからの。君とて生徒の悲しむ顔というものは見たくあるまい?」

コルベール氏は気弱そうに「はあ」と言ったきり黙ってしまったが、内心はオスマン氏の深謀にいたく感心していた。
これでセクハラ癖さえなければ完璧なのだが。まあ人は誰でも短所というものを持ちうるものである。

「ともかくこの件に関しては短いようじゃがこれで終わりとする。ミス・ヴァリエールにはくれぐれも噂を悟られんように伝えるのじゃぞ。」

オスマン氏の厳命に、三人は気を引き締めた返事で対応した。

654Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:52:18 ID:DkmUwvwg
ルイズは寮内にあるトイレの前で困っていた。どう困っていたかというと使い魔の少女、サフィーの扱いに困っていたのである。
別にサフィーが面倒事を引き起こしたわけではない。ルイズはこれまでの人生において、当然ながら子育てという物を全くしたことが無かったので、今後どうすればいいかさっぱり見当がつかないのだ。
まず自分の名前と主人の名前をおぼろげながらも言えるようになった。それは人間の基準に照らし合わせて考えれば信じられないほどの早さであった。
しかしサフィーは亜人である。そういった事は人間の域に止まらないのかもしれない。
取り敢えず、次に覚えさせるは日常生活における身の回りの変化に自分で対応させていくという事だ。
部屋の中でルイズが徐にサフィーのスカートを捲くってみると、誰かは分からないが急にもよおす事になっても困らないように、きちんと処置が施されていた。
だが早くこれを外せるようにならないと、後々嫌な噂を立てられることになるだろう。
この際使い魔としての責務とかは後回しにしたって問題は無い。まずは日常生活で困らない程度に基本的な事は覚えさせておかねばならない。それにこのくらいの事は他の者もやっていることだろう。
そういった経緯でここまでやって来たのだが、厄介な事に名前を言う時以外では、サフィーは基本的に「みゅう」しか言わない、というか言えない。
理解したのかしていないのかも分からない、全くの手探り状態で始めることにルイズは不安を感じていた時、後ろからコルベール氏の声がかかった。

「ミス・ヴァリエール!こちらにいましたか!」
「ミスタ・コルベール……あの何か私に御用ですか?」
「実は君の使い魔についてなんだが……今、少しでも時間は取れますかね?」
「え?ええ、少しなら構いませんけど。何かサフィーについて分かった事があるんですか?」

サフィー?ああ、使い魔の名前ですかと思ってコルベール氏はルイズの使い魔を見やる。
すると亜人の少女はびくっと大きく震えてルイズの後ろにさっと隠れた。どうやらとんでもなく人見知りの激しい性格のようである。

「ははどうやら私はその子に嫌われてしまったようですな。」
「すみません。でも多分サフィーは時間をかけて接しないと相手に心を開かないみたいなんです。実際に私も最初は怖がられましたから。」
「そうなのか……君もいろいろと大変なのですな。さてミス・ヴァリエール。話があるのはその亜人についてなのですが……」

その瞬間にルイズの表情に墨のような暗く黒い影がさっと走った。部屋にいる時にちらとでも疑った事がもし本当になるのだとしたら暗澹たる気持ちになったからだ。
ルイズは一言一句を確かめるように話し出す。

「ミスタ・コルベール。サフィーはその、亜人は亜人でも何の亜人なのかは分からないんですね?」
「え?ううむ、確かにどの書籍にもミス・サフィーと同じ特徴を持つ生物は載っていなかった。学院長もご存知ではないそうです。」
「じゃあ、人の手に負えない生き物だとか、災いをもたらすような生き物ではないんですね?」
「まあ、それに関しては未だ調査中です。断定的に言える事は今のところ何もありませんよ。だからあんし……」
「もしそうならサフィーは殺されちゃう。そんなの駄目よ。私にとって魔法が成功した証、いいえ!私の大事な大事な使い魔なのよ!」
「もし?ミス・ヴァリエール?」

心配するミスタ・コルベールを余所にルイズはサフィーをひしと抱きしめて囁くように言った。

「大丈夫よ、サフィー。世界中の人達があなたを狙っても私だけは守ってあげる。怖がらなくてもいいの。私が……命にかけても守るから……」
「ミス・ヴァリエール!」

655Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:53:03 ID:DkmUwvwg
遠のきかけていたルイズの意識は、そこで一瞬にして戻って来た。
傍にいるサフィーを見ると最初の時と同じ様に酷く脅えていた。まるで雨の日に外へ捨てられた犬の様だと言えば妥当だろうか。
ルイズが落ち着きを取り戻したのを確かめたコルベール氏は溜め息一つ吐いて対応する。

「我々はミス・サフィーを殺すような事はしません。ええ、始祖ブリミルに誓っても良いくらいです。
ただこれまで確認された事の無い亜人ですので、宜しければ我々がミス・サフィーの動向や生態といった物を調査するのに協力していただけないかと。」

その依頼にルイズは少し考え込んでしまう。
それはつまり、サフィーが毎日何時に起きて何時に眠るかとか、何を食べたり、見知らぬ事物についてどんな反応を示すかというのを逐一観察される、或いは自分が先生に報告するという趣旨の物であるという事だ。
大まかな所は教えてもいいが、どこと無く自分の生活におけるプライベートな内容がばれそうになるのが怖い。それに正直言えばそういう事は女の先生に切り出してほしい物だ。

「コルベール先生。調べる人を変えさせてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「調べる人?ああ、確かに私では君達も気まずいという事だね。では、ミセス・シュヴルーズあたりに手配してみよう。
彼女なら女性としてきちんと対応してくれるだろうし、君がもしミス・サフィーを養育するにあたって困った事が出てきた時に何かと相談に乗ってくれるかもしれませんしね。」

それの方がよっぽど有り難い。ルイズは小さく「それで良いです。」と答え、ほっとした様に一息を吐く。

「ところでミス・ヴァリエール。もう夜も遅いですよ。消灯時間も近付いているのに何をしてたんですか?」

随分とデリカシーの無い質問ね、とルイズは呟きかけた。
いくら彼もある程度の経緯は知らないとはいえ、この場所、トイレの前で女が二人、しかも片方はまるっきし赤ん坊の様な振る舞いしか出来ないときたら、これから何をするのか察してさっさと退散してくれたっていいじゃないか。
だがそんな感情はおくびにも出さず、ルイズはコルベール氏に悪い印象を与えないようあくまでにこやかに応対する。

「サフィーはまだ日常生活が出来ないんです。だから私が手伝って、それから慣れさせて一日も早く立派な使い魔にしないといけないんです!」
「そうか……なるほど、人並みの知能を持った亜人にとって、主人が率先してやるべき動作を教えるというのは良い教育方法です。
良い心がけですね。感心しますよ。ですがそういうものには大抵思わぬ落とし穴が待っているものですよ。」
「どういう事ですか?」
「急がず焦らずじっくり挑んだ方が良いという時もあるということです。
子供が成長することは、親にとってこれ異常ないほどの喜びであることは古今東西変わりはありませんが、あまりにあれもこれもと詰め込もうとすると、子供はパニックを起こして親に反抗するようになってしまうものです。
それにあの人の子供で何々がうまくいったから自分も、と思い違いをして功を焦ろうとすると上手くいかない、という時もあります。要は自分流を模索しながら気長にやってみる事です。
あー……練習もいいですけど、明日の生活に支障が無い程度にしておきなさい。それじゃ、お休み。」

コルベール氏は踵を返し寮塔から出て行った。
ルイズは暫くの間ぼうっとそこに立ちつくしていたが、傍で自分の服を引っ張るサフィーに気づき直ぐに元に戻った。

「ごめんね、サフィー。さ、練習しましょうか。」

656Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:54:34 ID:DkmUwvwg
同じ頃、ロマリアの大聖堂の巨大な一室では、一人の男性が鬼気迫る表情をしている拘束された少女に対しとある術をかけていた。
厳密に言えばそれは人間の少女とは違う。なぜならば彼女は頭に一対の角を持っていたからだ。

『ナウシド・イサ・エイワーズ・ハガラズ・ユル・ベオグ……』

まるで詩を詠うかのように美しく繊細な声が部屋いっぱいに反響する。

『ニード・イス・アルジーズ・ベルカナ・マン・ラグー!』

声が一頻り大きく響き、部屋の空気が陽炎の様にゆらっと揺れた後、術をかけられた少女の表情は一気にとろんと眠りそうなものになる。
そして男性は、今度は教会にある組み鐘が出すよう様な光沢のある声ではっきりと言った。

「君は今日一日何もしていない。そして君は心の内奥から聞こえてくる声を全く知らない。それが何時、そして何故起きるのか。どんな意味合いがあるのか何もかも。」

男性の言葉は、事情を知らないものが聞けば更にショッキングな物となっていく。

「君はここに来る前の事は何一つ知らない。すべて忘れている。どこでどんな人達とどんな風に過ごしたのか。何もかも。分かったかな?分かったなら『はい』とだけ返事をしたまえ。」
「はい……」

亜人の少女は虚ろな声で男性の声に答える。どう見ても一筋の疑問も持たずに。
男性はそれを見ると穏やかに微笑み、自分の配下の者に彼女を拘束から放つよう指示した。
自由の身となった少女は、生まれたての小鹿のようにふらふらと男性に向かって歩く。
それを見た男性は誰にも聞こえないよう小さく嘆息した。

「やれやれ……試験では何とか十日程は持つようになりましたが、安全のためにはまだまだこの処置を毎日続けなければならないとは……骨の折れる物ですね。」

少女は尚も前に向かって歩く。
彼女に偽りのアイデンティティーを与えた見目麗しき男性に向かって。

657Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:57:25 ID:DkmUwvwg
投下終わります。
引き続き1時よりLFOの続きを投下します。

お手空きの方が何方かおられましたら、まとめwikiへの反映お願い致します。

658Louise and Little Familiar's Orders ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 01:02:30 ID:DkmUwvwg
お待たせしました。投下はじめます。

Louise and Little Familiar's Orders 「He needs water, and I need love.」

「マンタイン!!」

ミーは叫んでいた。何処にそんな声を出せる余裕があったのか分からないが、とにかく目の前に現れたポケモンを見て驚きのあまり声を出したのだ。
それも……大きい。普通マンタインは体長2m程の筈なのだが、今ミーの前にいるそれはゆうにその3倍以上はありそうな大きさをしている。
盗賊達はいきなり現れた見た事もない動物の姿に一瞬怯んだが、能天気そうな顔立ちと無力そうにばたばたしているのを見て次第に笑い出した。

「は……ははははっ!驚かしやがる!何だぁ、この生き物は?」
「魚か?いや、違うな。魚なら鱗がねえとおかしいぜ。するってえとこいつぁ……」
「どっちでもいいぜ。この世に物好きな貴族はたんまりいるんだ。そいつも一緒に貰おうじゃねえか!」

相手がそんな風に好き勝手言い合っている内、ミーは体を起き上がらせマンタインに近付いて触ってみる。
するとその瞬間、嘗てピンチになった時ヒメグマに触った時のように、様々な情報がミーの頭の中に一種の奔流として流れ込んできた。
レベルは10。能力値は全体的にそこそこ。使える技はたいあたり、ちょうおんぱ、そしてなみのり。現在の状態は健康そのもの。
だからこそ余計に疑問に思えた。まだ卵から孵ってそんなに経っていなさそうなのに、何をどうしたらこんなにも大きく育つのか。元々のトレーナーは相当の腕があったに違いない。
そしてミーはこの状況を何とかする方法を考えた。ポケモンの技を人間相手に繰り出すのは気が引けるが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。
それからミーはマンタインを優しく撫でて落ち着かせる。不思議な事にどこをどう触ってやれば十分に落ち着かせられるのかも、さっき触った時に頭の中に入ってきた。まるで長年一緒だった相棒のように。
そしておぼつかない足取りで上に乗る。何かすると思ったのだろう盗賊達とやり合っていたヒメグマも遅れまいと乗っかった。
盗賊達は逃がすものかと飛びかかろうとしたが、次の瞬間驚くべき事が起きた。

659Louise and Little Familiar's Orders ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 01:04:08 ID:DkmUwvwg
「きゃあああっ!!」
「な、何だこりゃぁーっ?!!」

ミーの前方と後方で絶叫が響き渡った。
それもそのはず。それまで池はおろか水溜りさえも無かったマンタインのいる場所に、地面から大量の水が吹き出してきたからだ。
しかもただ噴き出すだけではない。水は地面に浸み込む事無くだんだんその場に溜まりだし、更には小さいながらも波を起こし、まるで海の一部を切り取ってきたかのような光景を作り出している。
こうなると盗賊達の思考は完全に停止してしまう。何が起きているのか全く分からないために最早声をあげる者すらいない。無論武器を掲げて攻撃しようなどという輩もいなかった。
そしてミーはマンタインにしっかりとしがみ付きながら前を見据え、たった一言だけ命令を下す。

「マンタイン……なみのり!!」

言うが早いかマンタインは両の鰭を二、三回ばたつかせた。すると地面に広がっていた波の淵が50サント程音も無くスーッと退いていく。
だが次の瞬間、その淵はフワッと盛り上がり、次いで波高がゆうに5メイルはあろうかという波が起きた。マンタインはその波の表面を勢い良く滑走し、文字通り「乗りこなして」いく。
盗賊達はその波を見るや否や、訳の分からない言葉を絶叫したり、獲物を放り投げるなどして一目散に逃げ出した。
しかしフネの何倍もあるスピードの波は盗賊達を一人残らず足元から掬って飲み込み、あっという間に森の奥の方へと流していった。
そして実に不思議な事にミーの後方にいるルイズ、シエスタ、そして子供達や馬車は少しも水に浸かることは無かった。
あまりの光景に全員が呆気に取られていたが、マンタインが起こした波も水も引いてきた頃、ルイズが叫んだ。

「今よ!全員馬車に乗りなさい!トリスタニアまで急ぐわよ!」

言われずともと言わんばかりに、子供達が我先にと馬車の荷台に乗っかる。シエスタはルイズの隣に乗り馬車を走らせるため手綱を手に取る。
ミーはマンタインを取り敢えず一旦ボールに戻し、ヒメグマを連れて荷台に乗っかる。
それから程無くして馬車は走り始めた。

馬車はトリスタニアに続く街道をひた走る。道中で人と会う事は殆ど無かったが、馬車の荷台は賑やかなものだった。
ルイズが食料を調達していたおかげで、シエスタとその兄弟達は何とか飢えを凌ぐ事は出来た。馬車の荷台が大きく横になる事が出来もしたのでこれまでの道中を考えれば天と地ほどの違いがあった。
ルイズは素直に感謝された。そして子供達の歓声を聞いて、ほんの少し人助けも悪くないと思うようになっていた。そんな時、彼女は同じく御者台にいたシエスタに抱かれていたミーに話しかける。

「ねえ、ミー。さっき聞こうとしてたけど忘れてたわ。ポケモンってあんたが最初に持ったのもそうだけど……その、あんたはヴィンダールブなんでしょうけど、どんなポケモンでも操れるの?」

市場での競り、そしてフーケとの一戦を見て、そして先程の一件。今更伝説云々を聞くつもりは無かった。
突然の質問にミーは少し黙ってしまう。自分はどんなレベルのポケモンでも手なづけられるバッジを持っているわけではない。それを得る為にはフスベシティまで行き、強力なポケモンでもってジムリーダーを倒さなければならないのだが。
それ以前にミーはポケモンを持って良い年齢に達していない。それにはあと5年も待たなければならないのだ。

「分からないです。ミーはまだバッジを持っていないですから……」
「バッジ?それがあるとどうなるの?」
「えっと……ポケモンに言う事を聞かせられるようになるとか、数は少ないけど決まった技が使えられるようになるとか……」

それを聞いてルイズは考えた。ミーがヴィンダールブというのであれば、そのバッジというものが必要不可欠な物なのだろうか?何しろヴィンダールブはあらゆる獣を操る事が出来る能力を有しているのであるから。

660Louise and Little Familiar's Orders ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 01:10:53 ID:DkmUwvwg
投下終わります。ちょっと短かったでしょうか。
にしても、お休みしている間にヤマグチ先生が逝去されたり、原作が完結したり色々ありましたね。
これを機に新作が止まってる他のSSの作者さんも戻って来てくれたりすると、同じSS作者として嬉しかったり。
岡本先生のヤンジャンでの新連載楽しみだし、ポケモンはモンスターの数含め今じゃ何が何だか…。
投下ペースはマイペースになるかもですが何卒宜しくです。

あと、まとめサイトの方、宜しくお願い致します。

661名無しさん:2017/03/27(月) 20:46:04 ID:FDowJIog
お久し振りで乙です

662名無しさん:2017/03/28(火) 08:16:25 ID:co0J4z3.
乙!

663ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:04:23 ID:Meqm5SJY
遅ればせながら、ミーの人お久しぶりの投下お疲れ様でした。

さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
諸事情でやや遅れてしまったものの、0時7分から81話の投下をしたいと思います。

664ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:07:08 ID:Meqm5SJY
 世の中、自分が決めた物事や予定通りに事が進むことは早々無い。
 スケジュール帳に書いている数十個もの予定を全てこなせる確率は、予定の数が多い程困難になっていく。
 特に旅行や帰郷のような現地に行くまで詳細が分からない様な行事なら、急な予定変更など頻繁に起こってしまう。
 単に都合が合わなかっただけなのか、はたまた始祖ブリミルがうっかり昼寝でもしていただけなのか…。
 とにかく、運が悪ければほぼすべての予定が駄目になることもあるし、その逆もある。 

 そして、カトレアを探すために霊夢達を連れて故郷へ帰ろうとしていたルイズは、急な用事でその帰郷を取りやめている。
 折角チャーターした馬車もキャンセルし、わざわざ確保してくれた駅舎の人たちに頭を下げつつ彼女は不満を垂れる仲間たちを連れて駅舎を後にした。
 町を後にしようとした彼女たちの足を止めたのは、アンリエッタ直筆の証拠である花押が押された一通の手紙。
 だがその手紙が、今のルイズにとってむしろプラスの方向へと働いた事を、二人と一本は知らなかった。
 
「一体全体どういう事なんだルイズ、何で今になって帰郷をとりやめたんだよ?」
 ブルドンネ街の熱気に中てられ、頭にかぶっている帽子を顔を扇ぐ魔理沙はいかにも文句があると言いたげな顔で前を歩くルイズに質問する。
 彼女たちは今、駅舎で預かってもらっていた荷物を全て持っている状態で、それぞれ旅行かばんを片手に大通りから少し離れた場所へと来ていた。
 ルイズはまだ片手に空きがあるものの、魔理沙は右手に箒を持っており、霊夢は背中に喧しいデルフを担いでいる。
 駅舎を出てからは空気を呼んでか黙ってくれているが、そうでなくとも何処かで休まなければ暑さでバテしまうだろう。
 思っていた以上にキツイトリスタニアの夏を肌で感じつつ、霊夢もまた黙って歩くルイズへと声を掛けた。
「っていうか、あの貴族は何だったのよ?何か私達が見てないうちに消えてたりしたけど…」
「それは私も知らない。ただ、姫さまがよこした使いの者だって事ぐらいしか分からないわ」
 霊夢からの質問にはすぐにそう答えたルイズは、自分に帰郷を中止させた手紙を渡したあの青年貴族の事を思い出す。

 いざラ・ヴァリエールへ…という気持ちで一番ステーションへと入ってすぐに、声を掛けてきた年上の彼。
 軽い雰囲気でこちらに接してきて、アンリエッタからの手紙を渡してきたと思ったら…いつの間にか姿を消していた。
 王宮の関係者なのはまず間違いないであろうが、魔法衛士隊や騎士とは思えなかった。
 まるで家に巣食うネズミの様に突然現れ、やれ大変だと騒ぐ頃には穴の中へと隠れて息を潜めてしまう。
 礼を言う前に消えた彼の素早い身のこなしは、素直に賞賛するすべきなのか…それとも怪しむべきなのか。
 そんな事を考えつつも、ルイズは手紙の最後に書かれていたカトレアの行方についての報告を思い出す。
 あの手紙の最後の数行に書かれていた報告文には、この街には既にいないと思っていた大切な家族の一員の事が書かれていた。
 もしもあの手紙が渡されずに、一足先にラ・ヴァリエールへと帰っていたら…当分会えることは無かったのかもしれない。
(この手紙に書かれている事が本当ならば、ちぃ姉様は今どこに…?)
 未だ再開できぬ姉に思いを馳せつつ、ルイズは大通りの反対側にある路地の日陰部分でその足を止めた。
 
 大通りとは違い燦々と街を照りつける太陽の光は、ここと大通りの間に建っている建物に阻まれている。
 そこで住んでいる者たちは悲惨であろうが、そのおかげで王都にはここのような日陰場がいくつも存在してた。
「ここで一旦休みましょう。後…ついでに色々と教えたい事があるから」
「そうか。じゃあ遠慮なく…ふぅ〜」
 ルイズからの許しを得て、手に持っていた箒と旅行鞄を置いた魔理沙は目の前の壁に背を任せる。
 ほんの少し、ひんやりとした壁の冷たさが汗ばむ魔理沙の服とショーツを通り抜けて、肌へと伝わっていく。
 それが彼女の口から落ち着いたため息を出させ、同時に暑さで参りかけていた心に余裕を作っている。
 一方の霊夢も背中のデルフを壁に立てかけ、左手に持っていた鞄を放るようにして地面を置くと、同じく鞄を置いたルイズへと詰め寄った。

665ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:09:11 ID:Meqm5SJY
「で、一体アイツの渡した手紙に何が書かれてたの?素直に言いなさい」
「言われなくてもそうするつもりよ。……ホラ」
 睨みを利かせた霊夢に寄られつつも、ルイズは涼しい顔で懐に仕舞っていた手紙を取り出して二人に見せつけた。
 封筒に入っていたその一枚で、彼女に姉を探すための帰郷を中止させる程の文章が書かれているのだろう。
 しかし霊夢と魔理沙は相変わらずハルケギニアの文字が読めない為に、とりあえずは困った表情をルイズに向ける他なかった。
「…ワタシ、ここの文字全然読めないんだけど」
「右に同じくだぜ」
「まぁ大体予想がついてたわ。…デルフ、出番よ」
 二人の反応をあらかじめ分かっていた彼女は、霊夢の背中にいる…インテリジェンスソードに声を掛ける。
 ルイズからの呼びかけにデルフは『あいよー』と間延びした返事と共に鞘から刀身の一部を出して、カチャカチャと金具部分を鳴らし始めた。
 恐らく霊夢の肩越しに手紙を読んでいるのだろう、時折彼の刀身から『ふむふむ…』というつぶやきが漏れてくる。
『なるほどなぁ〜、初っ端から御大層な仕事と情報を貰ってるじゃないか、娘っ子よ』
「お、何だ何だ。何だか面白そうな展開になってきたじゃないか」
『まぁ待てよマリサ。今からこのオレっちが親切丁寧に手紙の内容を教えてやるからな』
 そして一分も経たぬうちに読み終えたデルフは、急かす魔理沙を宥めつつも手紙の内容を説明し出した。

 彼が言うには、まず最初の一文から書かれていたのはトリステインの時となったアルビオンの今後の動きについてであった。
 艦隊の主力を失い、満身創痍状態のアルビオンはこの国に対し不正規な戦闘を仕掛けてくると予想しているらしい。
 つまり、正攻法を諦めて自分たちの仲間を密かにこの国へと送り込み、内部から破壊工作を仕掛けてくる可能性があるというのだ。
 それを恐れたトリステイン政府と軍部はトリステインの各都市部と地方の治安強化、及び検問の強化などを実地する予定なのだとか。
 当然王都であるトリスタニアの治安維持強化は最大規模となり、アンリエッタ直属のルイズもその作戦に協力するようにと書かれているのだという。

 本当に親切かつ丁寧だったデルフからの説明を聞き終え、ようやく理解できた霊夢はルイズへと話しかける。
「なるほど、大体分かったわ。それで、アンタはどこで何をしろって具体的に書かれてるの?」
「書かれてたわ、…身分を隠して王都での情報収集って。何か不穏な活動が行われてないか、平民たちの間でどんな噂が流れてるとか…」
 夕食に必要な食材を市場のど真ん中で思い出すかのように呟くルイズの話を聞いて、魔理沙も納得したようにパン!と手を軽く叩いた。
「おぉ!中々悪くない仕事じゃないか。何だかんだ言って、情報ってのは大切だしな」
 魔理沙からの言葉にしかし、ルイズはあまり嬉しくなさそうな表情をその顔に浮かべながら彼女へ話しかける。
「そうかしら?こういう仕事は間諜って聞いたことがあるけど…何だか凄く地味な気がするのよね」
「…そうか?私はそういうの好きだぜ。…意外と街中で暮らしてる人間ほど、ヤバい情報を持ってるって相場が決まってもんさ」 
 慰めとも取れるような魔理沙の言葉にルイズは肩をすくめつつ、これからこなすべぎ地味な仕事゙を想像してため息をつきたくなった。 
 てっきり『虚無』の担い手となった自分や霊夢達が、派手に使われるのではないかと…手紙の最初の一文を読み始めた時に思っていたというのに。
 
 そんな彼女を見かねてか、説明を終えて黙っていたデルフがまたもや鞘から刀身を出してカチャカチャと喋りかけた。
『まぁそう落ち込むなよ娘っ子。その代わり、お前のお姉さんがこの街にいるって分かったんだからよ』
「…あぁそういやそんな事も言ってたわね。じゃあ、そっちの方もちゃんと教えなさいよデルフ」
 彼の言葉に現在行方知れずとなっているルイズの姉、カトレアの行方も書かれていたという事を思い出した霊夢がそちらの説明も促してくる。
 彼女からの要求にデルフは一回だけ刀身を揺らしてから、手紙の後半に書かれていた内容を彼女と魔理沙に教えていく。

 ゴンドアから出て行方知れずとなっていたカトレアは、王宮が出した調査の結果まだこの王都にいる事が発覚したという。
 彼女の容姿を元に何人かの間諜が人探しを装って聞いた所、複数の場所で容姿が一致する女性が目撃されている事が分かったらしい。

666ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:11:07 ID:Meqm5SJY
 しかし一定の場所で相次いで目撃されているならまだしも、全く接点の無い所からの報告の為にすぐの特定は難しい状況なのだとか。
 だが、もう少し時間を要すればその特定も可能であり、仮に彼女が王都を出るとなればそこで引きとめる事が可能と書かれていた。
 今の所彼女の身辺にレコン・キスタの者と思われる人物の存在はおらず、王都には観光目的で滞在している可能性が高いのだという。

『まぁ療養の可能性もあり…って追記で書かれてるな、ここは』
 手紙の最後に書かれていた一文もキッチリ読み終えた所で、今度はルイズが口を開く。
「とりあえず…まぁ、ちぃ姉様が無事なようで何よりだったわ」
「そりゃまぁアンタは良かったけど、そこまで分かっててまだ見つからないのって可笑しくないか?」
 魔理沙が最もな事をいうと、ルイズも「まぁ普通はそう思うわよね」と彼女の言い分を肯定しつつもちょっとした説明を始めた。
「でもハルケギニアの王都とか都市部って意外に大きいうえに人の出入りも激しいから、普通の人探しだけでも大変だって聞くわよ」
「そりゃそうよね。こんだけ広い街だと、よっぽどの大人数でもない限り端からは端まで探すなんて事できやしないだろうし」
「ふ〜ん…そういうもんなのかねぇ?」
 ルイズの説明に霊夢が同意するかのように相槌を打ち、二人の言葉に魔理沙も何となくだが納得していた。
 実際カトレアの捜索に当たっている間諜はルイズに手紙を渡した貴族を含め数人であり、尚且つ彼らには別件の仕事もある。
 その仕事をこなしつつの人探しである為に、今日に至るまで有力な目撃情報を発見できなかったのだ。

「とりあえず、ちぃ姉様の方は彼らに任せるとして…私達も間諜として王都で情報収集するんだけれども…」
 ルイズは自分の大切な二番目の姉を探してくれる貴族たちに心の中で感謝しつつ、
 アンリエッタが自分にくれた仕事をこなせるよう、封筒に同封してくれていた長方形の小さな紙を懐から取り出した。
 その紙に気付いた魔理沙が、手紙とはまた違うそれを不思議そうな目で見つめつつルイズ質問してみる。
「…?ルイズ、それは一体何なんだ?」 
「これは手形よ。私達が任務をこなすうえで使うお金を、王都の財務庁で下ろすことができるのよ」
 魔理沙の質問に答えながら、ルイズは手に持っていた手形を二人にサッと見せてみた。
 形としては、先ほど駅舎で馬車に乗る人たちが持っていた切符や劇場などで使われるチケットとよく似ている。
 しかし記入されている文字や数字とバックに描かれたトリステイン王国の紋章を見るに、ただのチケットとは違うようだ。

「お金まで用意してくれるなんて、中々太っ腹じゃないの」
「流石にそこは経費として出してくれるわよ。…まぁ額はそんなに無いのだけれど」
「どれくらい出せるんだ?」
 何故か渋い表情を見せるルイズに、魔理沙はその手形にどれ程の額が出るのか聞いてみた。
「四百エキュー。金貨にしてざっと六百枚ぐらい…ってところかしら」
「……それって貰いすぎなんじゃないの?わざわざ情報収集ぐらいで…」
 渋い顔のルイズの口から出たその額と金貨の枚数に、霊夢はそう言ってみせる。
 しかしそれでも、彼女の表情は晴れないでいた。

 その後、いつまでもここにいたって仕方ないということで三人はお金を下ろしに財務庁へ向かう事にした。
 銀行とは違い手形は財務庁のみ使えるもので、ハルケギニアの手形は国から直にお金を下ろす為の許可証でもある。
 受付窓口でルイズが手形を見せると、ものの十分もしないうちに金庫から大量の金貨が運ばれてきた。
 思わず魔理沙の顔が明るくなり、霊夢もおぉ…と唸る中ルイズはしっかりと枚数確認をし、その手で金貨を全て袋に入れた。
 ズシリとした存在感、しかし決して苦しくは無い金貨の重みをその手で感じながらルイズは金貨の入った袋をカバンの中に入れる。
 さて出ようか…というところでルイズの傍にいた霊夢と魔理沙へお待ちください、と受付にいた職員が声を掛けてきた。
 何かと思いそちらの方へ三人が振り向くと、ルイズのそれより小さいながらも金貨の入った袋が二つ、そっとカウンターへと置かれた。

667ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:13:07 ID:Meqm5SJY
「これは?」
「この番号の手形を持ってきたお客様のお連れ様二人に、それぞれ二百七十エキュー渡すようにと上から申し付けられておりまして…」
 霊夢からの質問に職員がそう答えると、カウンターの上へ置かれた一つを魔理沙が手に取り、中を改めてみる。
「うぉっ…!これはまた…随分と太っ腹だなぁ…」
「えぇっと…どれどれ………!確かにすごいわね」
 魔理沙の反応を見て自分も残った一つを確認してみると、開けた直後に新金貨が霊夢の視界に入ってくる。
 ハルケギニア大陸の全体図が中央にレリーフされている新金貨はエキュー金貨同様、ハルケギニア全土で使用できる通貨だ。
 新金貨二百七十エキューは、枚数にして丁度四百枚。王都在住の独身平民ならば一月は裕福に暮らせる額である。

 魔理沙が財務庁で貰えた金貨に喜ぶなかで霊夢は誰が自分たちに…と疑問に思った瞬間、ふとアンリエッタの顔が浮かんできた。
 そういえばアルビオンからルイズを連れ帰った時にもお礼を渡そうとして、結局茶葉の入った瓶一つだけで済ませていた。
 更にはタルブへ行ったときも、何やかんやあってルイズとこの国を結果的に助けたのだから…その二つを合わせたお礼なのだろうか?
(あのお姫様も後義な物よねぇ〜…?まぁもらえる物なら、貰っておくにこした事はないけど)
 王族と言うには少し気弱一面もあるアンリエッタの事を思い出しながら、霊夢は仕方なくその金貨を貰う事にした。
 アルビオンの時まではそんなにこの世界へ長居するつもりはなかったし、幻想郷へ帰ればそれで終わりだと思っていた。
 しかし幻想郷で起こっている異変と今回の事が関わっている所為で、しばらくはこの異世界で過ごす事になったのである。
 となれば…ここで使える通貨を持っていても、便利になる事はあれ不便になる事はまずないだろう。
 
「こんな事になるって分かってたんなら、素直に金品でも要求してればよかったわね…」
「…?」
 アルビオンから帰ってきたときの事を思い出して一人呟く霊夢に、魔理沙は首を傾げるほかなかった。
 ともあれ、大きなお小遣いを貰う事の出来た二人はルイズと一緒に財務庁を後にした。

「さてと、とりあえず貰うもんは貰ったし…」
「早速始めるとしましょうか。色々と問題はあるけれど…」
「…って、おいおい!待てよ二人とも」
 財務庁のある中央通りへと乗り出したルイズと霊夢が早速任務開始…と言わんばかりに人ごみの中へ入ろうとした時。
 金貨入りの袋を懐へしまった魔理沙が、慌てて二人を制止する。
「?…どうしたのよ魔理沙」
 一歩前に出そうとした左足を止めた霊夢が、怪訝な表情で自分とルイズを止めた黒白へと視線を向けた。
 ルイズもルイズで、今回の情報収集を遂行するのに大切な事を忘れているのか、不思議そうに首を傾げている。

 そして魔理沙は、こんな二人にアンリエッタがくれた仕事をこなせるのかどうかという不安を感じつつ、
 少し呆れた様な表情を見せながら、出来の悪い生徒を諭す教師の様に喋り出した。
「いや、まさか二人とも…その格好で街の人たちから情報収集をするのかと思って…」
「―――…!…あぁ〜そうだったわねぇ…」
 魔理沙がそれを言ってくれたおかげて、ルイズはこの任務を始める前に゙やるべき事゙を思い出す。
 一方の霊夢はまだ気づいていないのか、先ほどと変わらぬ怪訝な顔つきで「何なの…?」と首を傾げていた。
 そんな彼女に思い出せるようにして、今度はルイズが説明をした。

668ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:15:07 ID:Meqm5SJY
「失念してたけど、手紙にも書いてたでしょう?平民の中に混じって、情報収集をするようにって」
「…!そういえば、そうだったわねぇ」
 先ほどのルイズと同じく失念していた霊夢もまた、その゙やるべき事゙を思い出すことができた。
 今回アンリエッタから与えられた情報収集の仕事は、『平民の中に混じっての情報収集』なのである。
 だからルイズが今着ている黒マントに五芒星のバッジに、いかにも安くは無いプリッツスカートにブラウス姿で情報収集なんかすれば、
 自分は「貴族ですよー!」と春告精のように大声で叫びながら飛び回っているのと同じようなものであった。
 
 更に霊夢の場合髪の色も珍しいというのに、服装何て道化師レベルに目立つ巫女服なのである。
 魔理沙はともかく、この二人は何処かで別の服を調達でもしない限り、まともに任務はこなせないだろう。
 デルフから聞いた手紙の内容をよく覚えていた魔理沙がいなければ、最初の段階で二人は躓いていたに違いない。

「―――…って、この服でも大丈夫なんじゃないの?」
 しかし、ルイズはともかく最も着替えるべき霊夢本人は然程おかしいとは思っていなかったらしい。
 覚えていた魔理沙や、思い出したルイズも本気でそんな事を言っている巫女にガクリと肩を落としそうになってしまう。

「…これって、まず最初にする事はコイツの意識改善なんじゃないの?」
「まぁ、霊夢も霊夢であまり人の多い所へは行かないし…仕方ないと言えば、そうなるかもなぁ〜」
「何よ?人を田舎者みたいに扱ってくれちゃって…」
 呆れを通り越して早速疲れたような表情を浮かべるルイズが、ポツリと呟いた。
 それに同意するかのような魔理沙に霊夢が腰に手を当てて拗ねていると、すぐ背後からカチャカチャと喧しい金属が聞こえてくる。
 ハッとした表情で霊夢が後ろを見遣ると、勝手鞘から刀身を出したデルフが喋り出そうとしていた。
『それは言えてるな。いかにもレイムって田舎者……イテッ!』
「アンタはわざわざ相槌打つために、喧しい音鳴らして刀身出してくるんじゃないわよ!」
 妙に冷静なルイズの言葉に同意しているデルフを、霊夢は容赦なく背後の街路樹に押しつけながら言った。
 まるでクマが木で背中を掻くような動作に、思わず通りを行き交う人々は彼女を一瞥しながら通り過ぎていく。
 
 その後、怒る霊夢を宥めてから魔理沙は二人の為に適当な服を見繕う事にしてあげた。
 幸い中央通から少し歩いた先に平民向けの服屋が幾つか建ち並んでおり、ルイズ程の歳頃の子が好きそうな店もある。
 しかし何が気に入らないのか、ルイズは魔理沙や店員が持ってくる服を暫し見つめては首を横に振り続ける動作を続けた。
「何が気に入らないのよ?どれもこれも良さそうに見えるんだけど」
「だって全部安っぽいじゃない。こんなの着て知り合いに見つかったら、恥かしくて死んじゃうじゃない」
 いい加減痺れを切らした霊夢がそう言うと、ルイズはあまりにも場違いな言葉を返してくる。
 これから平民の中に紛れるというのに、安っぽい服を着ずして何を着るというのだろうか?
 ルイズの服選びだけでも既に二十分が経過している事に、霊夢はそろそろ苛立ちが限界まで到達しかけていた。
 彼女としてはたかが服の一着や二着で何を悩むのか、それが全く分からなかいのである。
 そんな彼女の気持ちなど露知らず、ここぞとばかりに貴族アピールをするルイズは更に我が侭を見せつけてくる。

「第一、こんな店じゃあ私の気に入る服なんてあるワケないじゃないの。もっとグレードの高い店にしなきゃ…」
「アンタねぇ…良いから早く選んで買っちゃいなさいよ、ただでさえ店の中もジワジワ暑いっていうのに」
「何よ?アタシのお金で買うアタシの服に文句付けようっていうの?」
 いよいよルイズも堪忍袋の緒が千切れかけているのか、巫女の売り言葉に対し買い言葉で返している。
 ルイズの言動と、霊夢の表情から読み取れる彼女の今の心境を察知した魔理沙が「あっやべ…!」と小さく呟く。
 それから服を持ってきてくれていた店主に向き直ると、四十代半ばの彼に向ってこう言った。

669ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:17:10 ID:Meqm5SJY
「店主!もう少しグレードあげても良いから、今より良い服とか無いかな?」
 初めて会った客だというのにやけに馴れ馴れしく接してくる少女に、店主は一瞬たじろぎながらも返事をした。
「え…?い、いやまぁ…あるにはあるけれど…出荷したばかりの品だからまだ出してなくて…」
「ならそれの荷ほどきしてすぐに持ってきてくれ。じゃないとこの店が潰れちまうぜ?…物理的に」
「……それマジ?――あぁ、多分マジだなこりゃあ、ちょっと待ってろ」
 彼女の口から出たとんでもない発言に一瞬彼女の正気を疑いかけた店主は、
 その後ろであからさまな気配を出している霊夢とこれまた苛立ちを募らせているルイズを見てすぐさま店の奥へと走っていった。

 どうやら、この夏の暑さが二人の怒りのボルテージを上げているのは確からしい。
 ハルケギニアの暑さに慣れてない霊夢は相当苛立ってるが、それ以上の苛立ちをルイズは何とか隠していたらしい。
 ルイズは杖こそ握ってないし霊夢はその両手に何も持ってないが、二人していつ素手で喧嘩を始めてもおかしくない状況であった。
「おいおい落ち着けよ二人とも。こんな所で喧嘩したって余計に暑くなるだけだろ?」
「うるさいわねぇ、一番暑そうな格好してるアンタに言われたくないわよ」
「そうよ。こんなクソ暑い王都の中でそんな黒白の服着てるなんて…アンタ頭おかしいんじゃないの?」
 珍しくこの場を宥めようとする魔理沙に対し、二人はまるでこの時だけ一致団結したかのように罵ってきた。
『…だとよ?どうするよマリサ、このままこいつらの罵りを受け入れるお前さんじゃないだろ?』
 二人の容赦ない言葉とこの状況を半ば楽しんでいるデルフの挑発に、流石の魔理沙も大人しくしているのにも限界が来ていた。

「……あのなぁ〜お前らさぁ…いい加減にしとかないと私だって…!」
 嫌悪感を顔に出した彼女が店内でも被っていたトンガリ帽子を脱いで、懐からミニ八卦炉を取り出そうとした直前、
 店の奥に引っ込んでいた店主が大きく平たい袋を抱えながら、血相変えて飛び出してきた。

「ちょ…!ちょっと待って下さい!貴族の女の子も着ているような服がありましたから…待って、お願いします!」
 祖父の代から継いで来た小さな店が理不尽な暴力で潰される前に、何とか客が要求していた服を持ってきたようである。
 今にも死にそうな顔で戻ってきた店主を見て、キレかけていた魔理沙は慌てて咳払いしつつ帽子をかぶり直した。
「あ〜ゴホン!……悪いな、わざわざ迷惑かけて…それで、どんな一着なんだ?」
 何とか冷静さを取り戻した普通の魔法使いは気を取り直して、店長に聞いてみる。
「えぇと、生産地はロマリアで…こんな感じの、貴族でも平民でも気軽に着られるようなお洒落なものなんですが…」
 魔理沙からの質問に店長は軽い説明を入れながら、その一着が入っているであろう袋を破いて中身を取り出して見せた。

「…あっ」
 瞬間、隣の巫女さんと同じく暑さで苛立っていたルイズは店主が袋から取り出した服を見て、その顔がパッと輝いた。
 実際には輝いていないのだろうが、すぐ近くにいた霊夢とデルフの目にはそう見えたのである。
 店主が店の奥から出したるそれは、今まで彼や魔理沙が出してきた服とは格が違うレベルのものであった。
 今来ている学院のものとは違う白い可愛らしい感じの半袖ブラウスに、短い紺色のシックなスカートという買ってすぐに着飾れる一式。
 文字通りの新品であり、更にこの店のレベルとはあまりにも不釣り合いなそれに、ルイズの目は一瞬で喜色に満ちる。

 態度を一変させて怒りの感情が隠れてしまったルイズを見て、霊夢は疲れたと言いたげなため息をついてから店主へ話しかけた。
「へぇ…中々綺麗じゃないの。っていうか、あるんなら出しなさいよね、全く…」
「いやぁ〜すいません。何せ今日の朝届いたもんでしたので。店に飾るのは夕方からにしようと思ってまして」
 店主も店主で何の罪もない先祖代々の店を壊されずに済んだと確信したのか、営業スマイルを彼女に見せつけて言い訳を口にする。
 それから彼は、不可視の輝きを体から放ちながらブラウスを触っているルイズにこの服とスカートの説明を始めていく。
 ロマリアの地方に本拠地を構えるブティックが発売したこの一セットは、貴族でも平民でも気軽に着れるというコンセプトでデザインされているのだという。
 先行販売しているロマリアでは割と人気になっているらしく、今年の冬に早くも同じコンセプトで第二弾が出るとか出ないとか…。

670ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:19:15 ID:Meqm5SJY
「一応貴族様向けに袖本に付ける赤いタイリボンがありまして、この平民向けにはそれが無いだけなのでデザインに差異はないかと…」
「なるほどなぁ、確かに良く見てみるともうちょっと彩が欲しいというか…赤色が恋しくなってくるなぁ」
 店主の説明に魔理沙が相槌を打ちつつ、すっかり気分を良くしたルイズを見て内心ホッと一息ついていた。
 一時は彼女と霊夢の怒りと面白がっていたデルフの挑発に流されてしまいそうだったものの、何とか堪える事が出来た。
 実際には怒りかけていたのだが、今のルイズを見ているとそれすらどうでも良くなってしまうのである。
(いやはや…喉元過ぎればなんとやらというか、ちょっと気が変わるのが早いというか…)
 聞かれてしまうとまた怒りそうな事を心の中で呟きながら、魔理沙はチラリと横にいる霊夢の方を見遣る。

 ルイズはあのブラウスとスカートで良いとして、次は巫女服以外まともな服を着た事の無い彼女の番なのだ。
 多分散々待たされた霊夢の事だから、適当な服を見繕ってやれば素直にそれを着てくれるだろう。 
 しかし困ったことに、魔理沙の目ではこの巫女さんにどんな服を着せてやればいいのか全く分からなかった。
 そもそも彼女に紅白の巫女服以外の服を着せたとしても似合うのだろうか?多分…というかきっと似合わないだろう。
 知らず知らずの内に、自分の中で霊夢は巫女服しか似合わない…という固定概念ができてしまっているのだろうか?
 そんな事を考えている内に、自然と怪訝な顔つきになっているのに気が兎つかなかった魔理沙に、霊夢が声を掛けてきた。

「どうしたのよ、まるで私を人殺しを見るようなような目つきで睨んでくるなんて…?」
「えぇ?何でそんな例えが物騒なんだよ?…いやなに、お前さんにどんな服を用意したらいいかと思って―――」
「その必要なんか無いわよ。替えの服ならもうとっくの昔に用意してくれてるじゃない」
 ルイズの奴がね。最後にそう付け加えた霊夢は、足元に置いてあった自分の旅行鞄をチョンと足で小突いて見せた。
 彼女の言葉で、それまで゙あの事゙を忘れていた魔理沙も思い出したのか、つい口から「あっ…そうかぁ」と間抜けそうな声が漏れてしまう。
 それは、まだタルブでアルビオンが裏切る前に王都で買ってもらっていたのだ、アンリエッタの結婚式に着ていく為の服を。

「あの時散々ルイズと一緒になって笑ってたくせに、よくもまぁ忘れられるわね。こっちは今でも覚えるわよ?」
「…鶴は千年、亀は万年。そして巫女さんの恨みは寿命を知らず…ってか。いやぁ〜、怖いもんだねぇ」
 あの時指さして笑ってた黒白を思い出して頬を膨らます霊夢を前に、魔理沙は苦笑いするしかなかった。 




 それから一時間後―――――魔理沙を除く二人はどうにかして平民(?)の姿になる事が出来た。
 ルイズは店の佇まいに良い意味で相応しくなかったロマリアから輸入されてきたブラウスとスカートを身にまとっており、
 霊夢は以前アンリエッタの結婚式があるからという事でルイズに買ってもらった服とロングスカートに着替えている。
 とはいっても本人は不満があるらしく、左手で握っている御幣で自分の肩を叩きながら愚痴を漏らしていた。

「それでまぁ、結局これを着る羽目になっちゃったけど…」
「別に良いじゃないの。似合ってるわよそれ?魔理沙と色が被っちゃってる以外は」
 そんな霊夢とは逆に思わぬ場所でお宝見つけたルイズは上機嫌であり、今にもスキップしながら人ごみの中へ消えてしまいそうだ。
 彼女の言葉を聞いてブラウス姿の霊夢が背中に担いでいるデルフが、またもや鞘から刀身を出して喋り出す。
『あぁ〜、そういやそうだな。よく見れば黒白が二人もいるなぁ』
「そいつは良くないなぁ、私のアイデンティティーが損なわれてしまうじゃないか」
「いや、アンタのアイデンティティーがそれだけとか貧相過ぎない?」
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街の境目にあるY字路。貴族と平民でごったがえしている人通り盛んな繁華街の一角。
 その中にある旅行者向けの荷物預かり屋『ドラゴンが守る金庫』の横で、三人と一本はそんなやり取りをしていた。

671ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:21:39 ID:Meqm5SJY
 服屋でお気に入りの一セットを手に入れたルイズは上機嫌で店を出た後、持ってきていた鞄を何処かへ預けるつもりでいた。
 ハルケギニアの各王都や首都には旅行者や国外、地方から来た貴族や旅行者がホテルや宿に置くのを躊躇うような貴重品を預ける為の店が幾つかある。
 無論国内の貴族であるルイズも利用することは出来る。しかし、これから平民に扮するルイズはブルドンネ街にあるような貴族専用の店などはまず利用できない。
 その為チクトンネ街かに比較的近い所にある旅行者向けの店を幾つか辺り、ようやく空き金庫のある店を見つけた。
 幸いトリステイン政府が要求している防犯水準を満たしている店であった為、変装を兼ねてこの店の戸を叩いたのである。
 
 荷物を預け、服装も変えたルイズは二人を伴って店を出たのはそれからちょうど一時間後の事であった。
 何枚にも渡る書類の手続きと料金の説明、そして荷物の中に危険物が入っていないかの最終確認。
 チクトンネ街の近くにあるというのに徹底した検査を通って、三人の荷物は無事金庫へと預けられることとなった。
 ルイズは旅行かばんの中に入れていた肩掛けバッグの中に始祖の祈祷書と水のルビーと、当然ながら杖を隠し入れていた。
 霊夢も念のためにとデルフと御幣、それにお札十枚と針三十本、それにスペルカード数枚を鞄から懐の中に移している。
 魔理沙は手に持った箒と帽子の中のミニ八卦炉だけと意外に少ない。ちなみに、三人が貰ったお金は三人ともしっかり袋に入れて持ち歩いていた。

 店の横で一通りのやり取りを終えてから、ふと何かにか気付いたのか魔理沙がすぐ左の霊夢へと声を掛けた。
「…それにしても、このY字路人が多いなぁ。それによく見てみると、ブルドンネ街にいた平民たちと違っていかにも労働者っぽいのが…」
「えぇ?あぁ本当ね」
 別段気にしてはいなかったが魔理沙にそんな事を言われて目を凝らしてみると、確かにいた。
 いかにも肉体系の労働についてますとアピールしているような、平民らしき屈強な労働者達が通りを歩いている。

「あぁ、アレ?さっきの店の中で地下水道をて書いてあったからその関係者なんじゃないの?」
「おっ、そうなのか。悪いなわざわざ……ん?」
 通りを歩く人たちより一回り彼らの歩いて去っていく姿を見つめていると、ルイズが丁寧に説明を入れてくれた。
 わざわざそんな事を教えてくれた彼女に魔理沙は何か一言と思って顔を向けると、何やら彼女は忙しい様子である。
 間諜の仕事を務める為の経費が入った袋を睨みながら、何やら考え事をしていた。
「どうしたんだよ、そんな深刻そうな顔してお金と睨めっこしてるなんてさぁ」
「あぁこれ?実はちょっとね、姫さまから貰った経費の事でちょっと問題があるなーって思ってたの」
「ちょっと、ここにきてそれを言うのは無いんじゃないの?っていうか、どういう問題があるのよ」
 魔理沙の問いにそう答えたルイズへ、着なれぬ服に違和感を感じていた霊夢も混ざってくる。
 黒白とは違い少し睨みを利かせてくる紅白に少したじろぎながらも、彼女は今抱えている問題を素直にいう事にした。

 
「経費が足りないのよ。四百エキュー程度じゃあ良い馬を買っただけで三分の二が消えちゃうわ」
 ルイズの放ったその言葉に、二人は暫し顔を見合わせてから霊夢がまず「馬がいるの?」とルイズに聞いてみた。
 巫女からの尋ねにルイズは何を言っているのかと言いたげな表情で頷くと、今度は魔理沙が口を開く。
「いや、馬は必要ないだろ?平民の中に紛れて情報収集するんだし、何かあったら飛べば良いじゃないか」
「何言ってるのよマリサ。馬が無かったら街中なんて移動できないし、第一空を気軽に飛べるのはアンタ達だけでしょうが」
『そいつぁ言えてるな。息を吸って吐くように飛んでるからなコイツラは…ってアイテテ!』
 魔理沙の言葉を的確かつ素早くルイズが論破すると、デルフがすかさず相槌を打ってくる。
 鞘から出ている刀身を御幣で軽く小突きつつ、良い馬が変えないとごねるルイズに妥協案を持ちかけてみることにした。
 ルイズの言うとおり、確かにこの街は広いしあちこちで情報収集するんら自分用の移動手段が必要なのだろう。
「だったら安い馬でも借りなさいよ。買うならともかく、借りるならそれほど値段は掛からないでしょうに」
 巫女の提案にしかし、ルイズはまたもや首を横に振る。

672ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:23:09 ID:Meqm5SJY
「それは余計に駄目よ。安い馬だともしもの時に限って役に立たないわ。それに安いと馬具も酷いモノばかりだし…」
 どうやら周りの道具を含め、馬には相当強いこだわりがあるらしい。
 半ば自分たちを放って一人喋っているルイズを少し置いて、霊夢は魔理沙と相談する事にした。
「どう思うのアンタは?移動手段はともかく、これから身分を隠しての情報収集だってのに…」
「いやぁどうって…私は改めてルイズが貴族なんだな〜って思ってるが、まぁ別に良いんじゃないか?」 
「別に良いですって?多分アイツがいつもやってるような感じで散財したら、今日中にあの金貨が無くなるわよ!」
 自分と比べて、あまり今の状況を不味いと感じていない魔理沙に軽く怒鳴り声を上げる。
 一方のルイズも、二人があまり聞いていないという事を知らずどんどん自分の要求をサラサラと口に出していく。
 四百エキュー程度では到底叶わない様な、いかにも貴族と言いたくなる要求を。


「…それに、宿も変な所に泊まれないわ。このお金じゃあ、夏季休暇が終わる前に使い切っちゃうじゃない!」
 ルイズの口から出てその言葉に、彼女を置いて話し合っていた二人も目を丸くしてしまう。
 金貨が六百枚も吹き飛んでしまうという宿とは、一体どんなところなのだろうか…。
「そ、そこは安い宿で良いんじゃないか…?」
 流石の魔理沙もこれから平民に紛れようとするルイズの高望みに軽く呆れつつ、一つ提案してみる。
 しかしそれでもルイズは頑なに首を縦に振らず、ブンブンと横に振りながら言った。
「ダメよ!安物のベッドで寝られるワケないじゃない。それに…―――」
「それに?」
 何か言いたげなところで口を止めたルイズに、霊夢が思わず聞いてみると……―――。
 突如ビシッ!と彼女を指さしつつ、鬼気迫る表情でこう言ったのである。

「ゴキブリやムカデなんかが部屋の中を這いまわってて、ベッドの下にキノコが群生してる様な部屋を割り当てられたらどうするのよ?」

 その言葉に暫しの沈黙を入れてから、霊夢もまたルイズの気持ちが手に取るように分かった。
 もしも彼女が異性で、尚且つ安宿だから仕方ないと割り切れればルイズの我儘に同意する事は無かっただろう。
 しかし彼女もまた少女なのである。虫が壁や床を這いまわり、キノコが隅に生えているような場所で寝られるわけが無いのである。 
 暫しの沈黙の後、霊夢は無駄に決意で満ち溢れた表情でコクリと頷いて見せた。
「成程。馬はともかく、宿選びは大切よね。…うん、アンタの言う事にも一理あるじゃないの」
 納得した表情で頷いてくれた霊夢にルイズの表情がパッと明るくなり、思わず彼女の手を取って喜んだ。
「そうよねレイム!貴族であってもなくてもそんな場所で寝られないわよね!?」
『心変わりはぇーなぁ、オイ!』
 まさか彼女が陥落するとは思っていなかったデルフが、すかさず突っ込みを入れる程すんなりとルイズの味方になった霊夢。
 もはやこのコンビを止める者は、この国の王女か境界を操る程度の大妖怪ぐらいなものであろう。


「いやぁ〜、虫はともかくキノコがあるんなら別にそっちでも良いんだけどなぁ〜…」
 何となく意気投合してしまった二人を見つめつつ、魔理沙はひとり静かに自分の意見を呟いていた。
 しかし哀しきかな、彼女の小さな呟きは二人の耳に入らなかった。

673ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:25:13 ID:Meqm5SJY
 ―――…とはいっても、ルイズが財務庁で貰った資金ではチクトンネ街の安宿しか長期間泊まれる場所は無い。
 逆に言うと情報収集を行う活動の中心拠点としてなら、この町は正にうってつけの場所とも言えるだろう。
 国内外の御尋ね者やワケありの者たちも出入りするここチクトンネ街は、昼よりも夜の方が賑わっている。
 酒場の数も多く、それに伴い宿の数も多いため安くていいのなら止まる場所に困ることは絶対にない。
 アドバイスはあっただろうが、アンリエッタもそれを誰かに言われて安心して四百エキューをルイズに託したのだろう。
 唯一の失敗と言えば、ルイズとその傍にいる霊夢がそれを受け入れられたか考えなかった事に違いない。  

「くっそ〜…一体どこまで歩くつもりだよ」
 あと二時間ほどで日が暮れはじめるという午後の時間帯。
 霊夢に渡されていたデルフを背中に担いでいる魔理沙は、右手の箒を半ば引きずりながらブルドンネ街を歩いていた。 
 最初こそいつものように右手で持っていたのだが、この姿で持ってたら怪しいという事で霊夢からあの剣を託されてからずっとこの調子である。
 穂の部分が路面の土を掃きとり、綺麗にしていく姿に何人かの通行人が思わず振り返り、彼女が引きずる箒と地面を見比べていく。
 本人が無意識のうちに行っているボランティア行為の最中、魔理沙は思わず愚痴が出てしまうものである。

「っていうか、高い宿の値段設定おかしいだろ。一泊食事風呂付で、20エキューって…」
『まぁあぁいう所は金持ちの貴族向けだからなぁ、着飾った平民でもあの敷居を跨ぐのは相当勇気がいるぜ?』
 そんな彼女の独り言に対し、律儀か面白がってか知らないがデルフが頼みもしない相槌を背中から打ってくる。
 霊夢なら鬱陶しいとか言ってデルフを叩くかもしれないが、魔理沙からしてみれば自分の愚痴を聞いてくれる相手がいるようなものだ。
 喋る時になる金属音や喧しいダミ声はともかくとして、身動き一つ出来ぬ話し相手に彼女は以外にも救われていた。
 
 はてさて、ルイズと霊夢は自分たちの理想に合った宿を探していくも一向に見つからず、通りを歩き続けていた。
 あれもダメ、これはイマイチと宿の人間に難癖をつけてはまた別の宿を…という行為を繰り返して既に一時間半が経過している。
 魔理沙の目から見てみれば、多少ボロくともルイズの言う「虫とキノコに塗れた部屋」とは程遠い部屋もあったし、霊夢もここなら…と頷く事もあった。
 しかしそういう所に限って立ちはだかるのが値段である。しっかり人を雇って掃除も欠かしていない様な所は平民向けでも相当に値が張ってしまう。
 情報収集の仕事は夏季休暇の終わりまでこなさねばならず、今の持ち金だけではチクトンネ街にあるようなボロ宿にしか止まれない。
 そしてそういうボロ宿は正に、廃墟まで十歩手前とかいう酷いものしかない為に、三人と一本はこうして王都の中をぐるぐると歩き回っているのである。

 これは流石に声を掛けてやらないと駄目かな?そう思った魔理沙は、二人へ今日で何度目かになる妥協案を出してみることにした。
「なぁ二人ともぉ…!もういいだろ〜…そろそろ適当に安い宿取って休もうぜ?」
「何言ってるのよマリサ。西と南の方は粗方調べ尽くしたけど、まだ北と東の方が残ってるからそっとも見てみないと」
「だからってこう、暑い街中を歩き回ってたらいい加減バテちまうよ…!」
 自分の提案にしかし、尚も自分の理想に適った宿を探そうとするルイズに少し声を荒げてしまう魔理沙。
 そして言った後で気づいて、慌てて「あぁ、悪い」と平謝りしたが、以外にもルイズは怒らなかった。
 むしろ魔理沙の言葉でようやく気付いたのか、額の汗をハンカチで拭いながら頷いて見せた。
「まぁそうよね…、ちょっと休憩でも入れないと流石に倒れちゃうわよね」
 買ったばかりのブラウスもやや透けてしまう程汗まみれになっていた彼女は、今まで暑さの事を忘れていたのだろう。
 その分を取り戻すかのように「暑い、暑い」と呟きながら、周囲に休める場所があるのか辺りを見回し始めた。

 ウェーブの掛かったピンクのブロンドヘアーが左右に動くのを見つめつつ、今度は霊夢が魔理沙へ話しかける。
「あら、アンタも偶には気の利いたことを言うじゃないの。もう少ししたら私が言うつもりだったけど」
 いつもの巫女服とは違うショートブラウスに黒のロングスカートという自分と似たような見た目に違和感を覚えつつ、魔理沙は言葉を返す。

674ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:27:15 ID:Meqm5SJY

「なぁルイズ、手持ちの金じゃあ休暇が終わるまで高い宿に泊まれないんだよな?」
「え?そうだけど」
 突然そんな質問をしてきた黒白に少し困惑しつつも答えると、魔理沙は意味ありげな笑みを見せてきた。
 まるで我に必勝の策ありとでも言わんばかりの笑みを見て、ルイズは怪訝な表情を浮かべる。
 一体何が言いたいのかまだ分からないのだろう、そう察した普通の魔法使いは言葉を続けていく。
「安い宿はダメで、手持ちの金で高い宿に泊まりたい…。そして、あそこには賭博場がある」
 そこまで言ったところで、彼女が何をしようとしているのか気づいたルイズよりも先に、霊夢が声を上げた。

「アンタ、まさかアレ使って荒稼ぎしようっての?」
「正解!」
 丁度自分が言おうとしていた所で先を取られたルイズがハッとした表情で巫女を見ると同時に、
 魔理沙が意味ありげな笑みが得意気なものへと変わり、勢いよく指を鳴らした。
「いやぁ〜、これは中々良いアイデアだろうって思ってな、どうかな?」
「う〜ん…違うわねェ、バカじゃないのって素直に思ってるわ」
 霊夢のジト目に睨まれ、更に容赦ない言葉を受けつつも魔理沙は尚も笑みを崩さない。
 本人はあれで稼げると思っているのだろうが、世の中それくらい上手ければ賭博で人生潰した人間なぞ存在しない筈である。
 それを理解しているのかいないのか、少なくともその半々であろう魔理沙に流石のルイズも待ったを掛けてきた。

「呆れるわねぇ!賭博っていう勝てる確率が限られてる勝負に、この大事なお金を渡せるワケないじゃない!」
「大丈夫だって。まず最初に使うのは私の金だし、それでうまいこと行き始めたら是非ともこの霧雨魔理沙に投資してくれよな!」
 ルイズの苦言にも一切表情を曇らせる事無くそう言った彼女は席を立つと、金貨の入った袋を手に賭博場へと足を踏み入れた。
 それを止めようかと思ったルイズであったものの、席を立つ直前に言っていた事を思い出して席を立てずにいた。
 確かにあの魔法使いの言うとおりだろう。今の所持金で自分の希望する宿へ泊まるのなら、お金そのものを増やすしかない。
 そしてお金を増やせる一番手っ取り早い方法と言えば、正にあのルーレットギャンブルがある賭博場にしかないだろう。
 頭が回る分魔理沙と同じ考えに至ったルイズは、魔理沙の後ろを姿を苦々しく見つめつつもその体を動かせなかった。


『あれまぁ!ちょっと一休みしてた間に、随分面白い事になってるじゃねーか』 
「デルフ!アンタねぇ、本当こういう厄介な時に出てくるんだから!」
 そんな時であった、霊夢の座る席の横に立てかけていたデルフが二人に向かって話しかけてきたのは。
 店のアルヴィー達が奏でやや明るめの音楽と混じり合うダミ声に顔を顰めつつ、ルイズは一応年長である彼を手に取った。
「話は聞いてたでしょう、アンタもあの黒白に何か一言声を掛けて止めて頂戴よ!」
『えぇ?…そりゃあ俺っちもアイツがバカなことしようとしてるのは何となく分かるがよぉ、元はと言えばお前さんの所為だろう?』
 頼ろうとした矢先でいきなり剣に図星と言う名の心臓を刺されたルイズは思わずウッ…!と呻いてしまう。

 いつもは霊夢や魔理沙に負けず劣らずという正確なのに、ここぞという時で真面目な言葉を返してきてくれる。
 それで何度かお世話になった事があったものの、こうも正面から図星を指摘されると何も言えなくなってしまうのだ。
「まぁそれはそうよね、アンタがタダこねてなきゃあアイツだって乗り気にはならなかっただろうし」
「うむむ…!アンタまでそれを言わないでくれる…っていうか仕方ないじゃない、なんたって私は……ッ」
 公爵家なんだし…と、最後まで言おうとした直前に今自分が言おうとした事を思い出し、慌てて口を止めた。 
 こんな公の場でうっかり自分の正体をばらしてしまうと、平民に紛れての情報収集何て不可能になってしまう。

675ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:29:21 ID:Meqm5SJY
 そんなルイズを余所に、霊夢はチラッと賭博場のディーラーへ話しかけている魔理沙の背中を一瞥して言葉を続けた。
 相変わらずどこに行っても馴れ馴れしい態度は変わらないが、こういう場所ではむしろ役に立つスキルなのだろう。
 ディーラーの許可を得て次のゲームから参加するであろう普通の魔法使いは、周囲の視線と注目をこれでもかと集めていた。
 本は盗むは箒で空を飛ぶわ性格は厚かましいという三連で、碌な奴ではないとリ霊夢は常々思っている。
 しかし、霧雨魔理沙の唯一長所はあの馴れ馴れしさでもあり、時折自分も羨ましいと思う事さえある。
 あれがあるからこそ、霧雨魔理沙と言う人間は自分を含めた多くの人妖と関係を築けたのだから。

 ちゃっかり卓を囲む大人たちと仲良くなろうとしている魔理沙を見つめつつ、霊夢はポツリと呟く
「………まぁでも、アイツなら何とかしてくれるんじゃない?」
「へ?どういう事よそれ」
 唐突な霊夢の言葉にルイズが首を傾げると、巫女は「そのまんまの意味よ」と言ってすかさず言葉を続けた。
「アイツ、幻想郷じゃあ偶に半丁賭博の予想とかやってるから…結構な場数踏んでると思うわよ」
 彼女の言葉にルイズが魔理沙のいる方へ顔を向けたと同時に、ルーレットが再び回り始めた。

 魔理沙はまず自分が持っていた金貨三十枚…二十エキューばかりをチップに換えて貰う。
 金貨とは違い木製の使い古されたチップを手に、空いていた席に腰かけた魔理沙はひとまずは十エキュー分のチップを使ってみる事にした。
 ルーレットには計三十七個の赤と黒のポケットがあり、彼女と同じように他の男女がチップを張っている。
 ひとまずは運試し…という事で、魔理沙も一番勝っているであろう客と同じポケットに自分のチップを張ってみる。
 張ったのは黒いポケット。奇遇にも自分のパーソナルカラーのポケットに、魔理沙は少しうれしい気分になる。
「ん?おいおい何だ、没落貴族みたいな格好したお嬢ちゃんまで参加すんのかい?」
 先に黒の十七へチップを張っていた五十代の男は、新しく入ってきた彼女を見ながらそんな事を言ってきた。
 良く見れば魔理沙だけではなく、何人かの客――勝っている男に次いでチップの多い者たちは皆黒の方へとチップを張っている。

「へへッ!ちょいとした用事で金が必要になってな、まぁ程々に稼がせて貰うよ」
 この賭博場に相応しくない眩しい笑顔を見せる魔理沙がそう答えると、他の所へ入れていた客も黒のポケットへ張り始める。
 とはいってもチップの一枚二枚程度であり、自分が本命だと思っている赤のポケットや数字にもしっかりとチップを入れていた。
「困るなぁ!みんな俺の後ろについてきたら、シューターがボールを変えちまうじゃないか」
 悪びれぬ魔理沙と追随する他の客達に男が肩をすくめた直後、白い小さな木製の玉を手にしたシューターがルーレットを回し始めた。 
 瞬間、周りにいた客たちは皆そとらの方を凝視し、一足遅れて魔理沙もそちらへ目を向けた所で、いよいよボールが入れられる。
 一周…二周…とボールがカラカラ音を立ててルーレットのホイールを走り、いよいよ三週目…というところでポケットの中へと転がり込んだ。

 ほんの数秒沈黙が支配した直後、男女の歓声と溜め息を交互に賭博場から響き渡ってくる。
 思わずルイズと霊夢も腰をほんの少し上げてそちらの方を見てみるが、どこのポケットにボールが入ったかまでは分からない。
 魔理沙の賭博を呆れたと一蹴していたルイズも流石に気になり、頭を左右に動かしながら魔理沙の様子を見ようとしていた。
「こっちは上手く見えないわね……って、あ!あのピースしてるのってもしかして…」
「もしかしてもなくてアイツね。まぁあんなに嬉しそうにしてるんだから結果は言わずともって奴ね」
 しかし、我に勝機ありと自分のお金で賭博に挑んだ魔理沙が嬉しそうに自分たちへピースを向けている分、一応は勝ったらしい。
 少し背中を後ろへ傾けるような形で身をのり出し、自分たちへピースしている彼女は「してやったり!」と言いたげである。

 シューターのボールが入ったのは、黒いポケットの十四番。
 魔理沙と黒に本命を張っていた客たちには、賭けていたチップの二倍が手元へ帰ってくる。
 十エキュー分だけ出していた魔理沙の元へ、二十エキュー分のチップが返ってきた。

676ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:31:13 ID:Meqm5SJY
「おぉ〜おぉ〜…お帰り私のチップちゃん、私が見ぬ間に随分と増えたじゃないか!」
「ぶっ!我が子って…」
 まるでおつかいから帰ってきた我が子の頭を撫でる母親の様にチップを出迎える魔理沙に、勝ち馬の男は思わず吹き出してしまう。
 この賭場のある店へ通い続けて数年、ここで破産する奴や大金を手にする者たちをこの目で何人も見てきている。
 しかし、突然入ってきた没落貴族の様な姿をした彼女もみたいな客は初めて目にするタイプの人間であった。
 見ればここに他の客たちも何人かクスクスと笑っており、堅物で有名なシューターも苦笑いしている。
「まぁ大事なチップってのは俺たちも同じだが、次は別のポケットを狙った方がいいぞ。ここのシューターは厳しいぜ?」
「言われなくてもそうするぜ」
 笑いを堪える男からの忠告に魔理沙も笑顔で返すと、チップを数枚赤のポケットへと置いてみる。
 それを合図に他の客たちも黒と赤のポケット、そして三十七もある数字の中から好きなのを選んでチップを置き始めた。


 魔理沙が賭博場に入ってから二十分間は、正にチップを奪い奪われの攻防戦が続いた。
 客たちも皆負けてたまるかとチップを出し惜しみ、慣れていない者たちは早々に大負けしてテーブルから離れていく。
 一発で大勝利を掴んでやると言う愚か者は大抵数回で敗退し、大分前からテーブルを囲んでいた客たちはちびちびとチップを張っている。
 魔理沙もその一人であり、すっかりここでのルールを把握した彼女も今は勝負に打って出ず慎重にチップを稼いでいた。
 シューターも客たちのチップがどのポケットに集中的に置かれているのか把握し、時折替えのボールに変えて挑戦者たちを惑わそうとする。
 ボールが変われば安定して入るポケットも変わり、その都度客たちは他の客のチップを使わせて入りやすいポケットを探っていた。

 そんなこんなで一進一退の攻防を続けていくうちに、魔理沙のチップは七十五エキュー分にまで増えている。
 周りの客たちも、一見すればまだ子供にも見えなくない彼女の活躍に目を見張り、警戒していた。
 彼らの視線を浴びつつも、黒の十六へと三十エキュー分のチップを置いた黒白の背中へルイズの歓声がぶつかってくる。
「す、すごいじゃないのアンタ!まさかここまで勝ってるなんて…!」
「だから言ったじゃない、コイツはこういうのに慣れてるのよ」
 最初こそテーブル席から大人しく見ていたものの、やがて魔理沙が順調にチップを増やしている事に気が付いたのか、
 今は彼女のそばについて手元に山の様に置かれたチップへと鳶色の輝く視線を向けていた。
 ついでに言えば、霊夢も興味が湧いてきて仕方なしにデルフを片手にルイズの傍で魔理沙の賭けっぷりを眺めている。
「へへ…だから言ったろ?大丈夫だって。こう見えても、伊達に賭博の世界に足を突っ込んでないからな」
 彼女からの褒め言葉に魔理沙は右腕だけで小さなガッツポーズをすると、あまり自慢できない様な事を自慢して見せた。
 
 客たちが次々とチップを色んなポケットへと置いていくのを見つめつつ、ふと魔理沙はルイズに声を掛けた。
「あ、そうだ…何ならルイズもやってみるか?」
「え?――――あ、アタシが…?」
 一瞬何を言ったのかわからなかったルイズは数秒置いてから、突然の招待に目を丸くして驚いた。
 思わず呆然としているルイズに魔理沙は「あぁいいぜ!」と頷いて空いていた隣の席をバッと指さして見せる。
 さっきまでそこに座っていた男は持ってきていた貯金を全て失い、途方にくれつつ店を後にしていた。
 そんな負け組の一人が座っていた椅子へ恐る恐る腰掛けたルイズは、シューターからチップはどれくらいにするかといきなり聞かれる。
 座って数秒もせぬうちにそんな事を聞かれて戸惑ってしまうが、よく見ると既に他の客たちはチップを置き終えていた。

677ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:33:08 ID:Meqm5SJY
「おいおい!今度はまた随分と可愛らしい挑戦者じゃないか。お前さんの知り合いかい?」
「まぁな、ちょいとここへ足を運んできたときに知り合って今は一緒にいるんだ。ちなみに、そいつの後ろにいるのも私の知り合いだ」
 勝ち馬男は頼んでいたクラッカーを片手に魔理沙と親しげに話しており、彼女も笑顔を浮かべて付き合っている。
 ついさっき知り合ったばかりだというのに、彼女は既に周囲の空気に馴染みつつあった。
 その様子を不思議そうに見つめているとふと周りの客たちが自分をじっと見つめている事に気が付く。
 
 どうやら魔理沙を含め、いまテーブルを囲っている人たちは急に参加してきた自分を待っているようだ。
 これはいけない。謎の焦燥感に駆られたルイズはとりあえず手持ちの現金の内三十エキュー分を、チップに変えて貰う事にした。
 どっしりと幸せな重量感を持つハルケギニアの共通通貨として名高いエキュー金貨が、シューターの手に渡る。
 そして息をつくひまもなく、そのエキュー金貨が全て木製の古いチップとなって自分の手元へ帰ってきた。
 金貨とはまた別の重みを感じるそのチップを貰ったのはいいが、次にどのポケットへ置くか悩んでしまう。
 何せ計三十七個の番号を含め黒と赤のポケットまであるのだ、ギャンブルに慣れていない彼女はどこへ置けばいいのか迷うのは必然と言えた。

 
「ひ、ひとまずさっき魔理沙がいれてたポケットへ…」
 周りからの視線に若干慌てつつも、ルイズは手持ちのチップをごっそり黒色のポケットへ置こうとした直後――――
 いつの間にか賭博場へと足を運んでいた霊夢が彼女の肩を掴んで、制止してきたのである。
「ちょい待ち、アンタ一回目にして盛大に自爆するつもり?」
 突然自分を止めてきた彼女に若干驚きつつ、一体何用かと聞こうとするよりも先に彼女がそんな事を言ってきた。
 ルイズはいきなりそんな事を言われて怒るよりも先に、霊夢が矢継ぎ早に話を続けていく。
「あんたねぇ…折角あれだけの金貨を払ったっていうのに、それ全部黒に入れて外れたらパーになってたわよ」
「えぇ?そんな事はないでしょうに、だって番号はともかく…黒と赤なら確率は二分の一だし、それに当たったら―――ムギュ…ッ!」
 彼女の言葉に言い訳をしようとしたルイズであったが、何時ぞやのキュルケの時みたいに人差し指で鼻を押されて黙らされてしまう。
 霊夢はそんなルイズの顔を睨み付けながら、宿題を忘れた生徒を叱り付ける教師の様に彼女へキツイ一言を送った。

「そんなんで楽に勝てるのなら、世の中大富豪だらけになってても可笑しくないわよ。ったく…」
 指一本で黙った彼女に向かってそう言うと空いていたルイズの左隣の席に腰かけ、右手に持っていたデルフをテーブルへと立てかけた。
 清楚な身なりの少女には似合わないその剣を見て、何人かの客が興味深そうにデルフを見つめている。
 しかしここでインテリジェンスソードという自分の正体バラしたら厄介と知ってるのか、それともただ単に寝ているだけなのか、
 先ほどまで結構賑やかであったデルフは、まるで爆睡しているかのように無口であった。
 ひとまず人差し指の圧迫から解放された鼻頭を摩りながら、ルイズは自分の横に座った霊夢に怪訝な表情を向けた。
「…レイムまでなにしてんのよ」
「もうすぐ日暮れよ?魔理沙みたいにチマチマ張ってたら真夜中まで続いちゃうじゃないの」
 彼女の言葉にルイズは懐に入れていた懐中時計を確認すると時刻は15時40分。確かに彼女の言うとおり、もうすぐ日が傾き始める時間だ。
 夏のトリステインは16時には太陽が西へと沈み始め、18時半には双月が空へと上って夜になってしまう。
 その時間帯にもなればどの宿も満室になってしまうし、そうなればお金を稼いでも野宿は免れない事になる。

678ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:35:07 ID:Meqm5SJY

「うそ…こんなに過ぎてるなんて…」
「だから私が手っ取り早く稼いで、早く良い宿でも取りに行きましょう。お腹も減ったし、そろそろお茶も飲みたくなってきたわ」
 時刻を確認し、もうこんなに経っていたのかと焦るルイズを余所に霊夢は腰の袋から金貨を取り出した。
 出した額は五十エキュー。少女の小さな両手に乗っかる金貨の量に、客たちは皆自然と目を奪われてしまう。
 シューターもシューターで、まるで地面の雑草を引っこ抜くかのように差し出してきた金貨に、思わず手が止まっている。
「何してるのよ?早く全部チップに換えてちょうだい。こっちは早いとこ終わらせたいんだから」
「え?あ、あぁこれはどうも…失礼を…」
 ジッと睨み付けてくる霊夢からの最速にシューターは慌てて我に返ると、その金貨を受け取った。
 五十エキュー分の金貨はとても重く、これだけで自分の家族が一週間裕福に暮らせる金貨がある。
 思わず顔が綻んでしまうのを抑えつつ、受け取った金貨を専用の金庫に入れてから、その金額分のチップを霊夢に渡した。

 年季の入った五十エキュー分のソレを受け取り自分の手元に置いた霊夢へ、今度は魔理沙が話しかける。
「おーおー、散々人の事バカとか言っておいてお前さんまでそのバカの仲間に加わるとはな」
「言い忘れてたけど、バカってのは真っ先に賭博場へ突っ込んでいったアンタの事よ?私とルイズはその中に入らないわ。…さ、回して頂戴」
 得意気な顔を見せる黒白をスッパリと斬り捨てつつ、霊夢はチップを張らぬままシューターへギャンブルの再開を促した。
 勝手に仕切ろうとする霊夢に周りの客たちは怒るよりも先に困惑し、シューターは彼女からの促しに答えてルーレットを回し始める。
「あっ…ちょっ…もう!」
 霊夢に止められ、チップを張る機会を無くしてしまったルイズが彼女を睨みつけようとした直前―――――気付いた。
 ホイールを走る白いボールを見つめる霊夢の目は、魔理沙や他の客たちとは違ゔ何か゛を見つめている事に。
 客達や魔理沙は皆ポケットとボールを交互に見つめて、どの色と数字のポケットへ入るか見守っている。
 だが霊夢の目はホイールを走る白いボールだけを見つめており、ポケットや数字など全く眼中にない。
 まるで海中を泳ぐアザラシに狙いを定めた鯱の如く、彼女の赤みがかった黒い瞳はボールだけを追っていた。
 
 表情も変わっている。見た目こそは変わっていないが、何かが変わっているのにも気が付いた。
 一見すればそれはこの賭博へ参加する前の気だるげな表情だが、その外面に隠している気配は全く違う。
 ルイズにはまだそれが何なのか分からなかったが、ボールを追う目の色からして何かを考えているのは明らかである。
「レイ…」
 参加した途端に空気を変えた彼女へ声を掛けようとしたとき、大きな歓声が耳に入ってきた。
 何だと思って振り向いてみると、どうやら赤の三十五番ポケットへボールが入ったらしい。
 番号へ本命を張っていた者はいないようだが、魔理沙を含め赤に張っていた者達が嬉しそうな声を上げている。
 シューターが彼女の張っていた三十エキューの二倍…六十エキュー分のチップを配った所で、魔理沙はすっと右手を上げた。
「ストップ、ここで上がらせて貰うよ。チップを換金してくれ」
「おぉ、何だ嬢ちゃんもう上がるのか。勝負はこれらだっていうのに、もしかしてビビったのかい?」
「私の知り合いが言ってたように今夜は宿を取らないといけないしな。何事も程々が肝心だぜ」
 彼女と同じ赤へ張っていて、チップを待っている勝ち馬男が一足先に抜けようとする魔理沙へ挑発の様な言葉を投げかける。
 しかし、賭博の経験がある魔理沙はそれに軽い返事をしつつ近づいてきたウエイトレスに今まで稼いだチップ――約105エキュー分を渡す。
 どうやら換金は彼女の担当らしい。その両手には小さくも重そうな錠前付きの鉄箱を持っており、脇には金貨を乗せるためのトレイを抱えている。
 彼女はチップを手早く数えると持ってきていた鉄箱を開けて、これまで見事な手つきで中に入っていた金貨をトレイの上に乗せていく。
「アンタもう抜けちゃうの?あんだけ勝ってたのに」 
 そんな魔理沙へ次に声を掛けたのは、彼女と交代するように入ってきたルイズであった。
 思わぬ稼ぎ手となっていた黒白が一抜けたことを意外だと思っているのか、すこし信じられないと言いたげな表情を浮かべている。

679ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:37:29 ID:Meqm5SJY
「何迷ってるのよ?時間が無いって言ってるでしょうに」

 ポケットと睨めっこするルイズに呆れるかのような言葉を投げかけて来た直後、左隣からチップの山が目の前を通過していくのに気が付いた。
 それは彼女が手元に置いていた残り二十五エキュー分のチップの山をも巻き込み、数字のポケットがある場所へと進んでいく。
「は…?」
 ルイズは目の前の光景が現実と受け入れるのに数秒の時間を要し、そしてそれが致命傷となってしまう。
 周りの客達やシューターもただただ唖然とした表情で、夥しい数のチップを見て絶句する他なかった。
 自分のチップの山ごと、ルイズのチップを数字のポケットへと置いた霊夢はふぅっ…と一息ついてから、シューターへ話しかけた
「ホラ、さっさと回して頂戴。時間が無いんだから」
「え?――――…あ、あ…はい!」
 彼女からの催促にシューターはルイズと同様数秒反応が遅れ、次いで慌ててルーレットを回し始める。
 霊夢へ視線を向けていた客たちも慌てて回り出すルーレットへと戻した直後、ルイズの口から悲鳴が迸った。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!あ、あああああああああんた何をぉッ!?」
 その悲鳴は正に地獄へと落ちる魔女の断末魔の如き、自らの終わりを確信してしまった時のような叫び。
 頭を抱えながら真横で叫んだルイズに霊夢は耳を塞ぎながらも「うるさいわねぇ」と愚痴を漏らしている。
「すぐ近くで叫ばないで欲しいわね。こっちの鼓膜がどうにかなっちゃいそうだわ」
「アンタの鼓膜なんかどうでもいいわよッ!…っていうか、一体なにしてくれるのよ?コレ!」
 元凶であるにも関わらず自分よりも暢気でいる彼女を睨み付けつつ、ルーレットを指さしながらルイズは尚も叫んだ。
 魔理沙がついさっき丁寧にやり方を見せてくれたというのに、この巫女さんはそれを無視して無謀な勝負に出たのである。
 それに、まだ赤と黒のどちらかで大勝負していたなら分かるが、よりにもよって数字のポケットへと全力投球したのだ。
 
 当たる確率は三十七分の一。それ以上も以下も無い、大枚張るには無謀なポケット達。
 魔理沙の勝っていく様子を後ろから見て、やらかした霊夢の制止を無駄にせぬよう慎重に勝とうとした矢先にこれである。
 彼女と自分のチップ、合わせて七十五エキュー分のチップはもはやシューターの手によって回収されるのは、火を見るより明らかであった。
 ボールは既にホイールを回るのをやめ、数あるポケットのどれか一つに入ろうとしている音がルイズの耳に否応なく入ってくる。
「なっんてことしてくれるのよアンタはぁ!?私の大切な三十エキューが丸ごとなく無くなっちゃったじゃないの!」
 今にも目をひん剥かんばかりの勢いで耳をふさぎ続ける霊夢へ詰め寄るルイズの耳へ、あの白いボールがポケットへ入る音が聞こえてくる。
 もはや後戻りすることは出来ず、何も出来ぬまま一気に七十五エキューも失ってしまったのだ。
 一体この怒りはどこへぶつけるべきか、目の前の巫女さんへぶつけてみるか?そう思った彼女の肩を右隣から掴んできた者がいた。

 誰なのかとそちらへ顔を向ける前に、肩を掴んできた魔理沙が霊夢へと詰め寄るルイズを何とか宥めようとする。
「まぁまぁ落着けってルイズ、何はともあれ勝ったんだから一件落着だろ?」
「な、なな何ががッ!一件落着です…―――――……って?……あれ?」
 この黒白まで自分の敵か、そう思ったルイズは軽く激昂しつつ彼女へ掴みかかろうとした直前――――周囲の異変に気が付く。
 静かだ、静かすぎる。まるで周りの時間が止まってしまったかのように、ルーレットの周囲にいる者達が微動だにしていない。
 客達やシューターは皆信じられないと今にも叫びそうな表情を浮かべて、先ほどまで回っていたルーレットを凝視していた。
 ふと魔理沙の方を見てみると、彼女はまるでこうなる事を予想していたかのような笑みを浮かべており、右手の人差し指がルーレットの方へと向けられている。
「ボールがどのポケットに入ったか見てみな?霊夢の奴が私以上の化け物だって事がわかるぜ」
 彼女の言葉にルイズは思わず口の中に溜まっていた唾を飲み込んでから、ゆっくりと後ろを振り返った。

680ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:40:07 ID:Meqm5SJY
 …確認してから数秒は、ルイズも他の者達同様何が起こったのか理解できずその体が停止してしまう。
 何故なら彼女の鳶色の瞳が見つめる先にあったのは、三十七分の一の奇跡が起こった事の動かぬ証拠そのものであったからだ。

 そんな彼女たちを観察しながらニヤニヤしている魔理沙は、勝負を終えて一息ついていた霊夢へ茶々を飛ばしている。
「それにしても、賭博での勘の冴えようは相も変わらずえげつないよなお前さんは?」
「アンタがちゃっちゃっと大金稼いでくれてたら、こんな事せずに済んだのよ」
 それに対し霊夢はさも面倒くさそうに返事をしつつ、ルーレットのボールが入ったポケットをじっと見つめていた。

 彼女の目が見つめているポケットは、先ほどのゲームでボールが入った赤の三十五番。
 三十五……巫女である霊夢を待っていたかのように、年季の入った白いボールが入っていた。
 これで七十五エキューの三十五倍――――二千六百二十五エキューが、ルイズと霊夢の手元へと一気に入ってきたのである。
 



 ――――――自分は一体、本当に何者なんだろうか?
 ここ最近は脳裏にそんな疑問が浮かんできては、毎度の如く私の心へ不安という名の陰りを落としてくる。
 何処で生まれ、育ったのか?どんな生き方をしてきたのか?記憶を失う前はどれだけの知り合いがいたのか?
 記憶喪失であるらしい私にはそれが思い出せず、私と言う人間を得体の知れない存在へと変えている。
 カトレアは言っていた。ゆっくり、時間を掛けていけば自ずと思い出せる筈よ…と。
 彼女は優しい人だ。私やニナの様な自分が誰なのか忘れてしまった人でも笑顔で手を差し伸べてくれる。
 周りにいる人たちも皆…多少の差異はあれど皆彼女に影響されていると思ってしまう程優しく、親切だ。
 そんな彼女の元にいれば、時間は掛かるだろうがきっと自分が誰なのか思い出すことも可能なのかもしれない。

 だけど、ひょっとすると…自分にはその゙時間゙すらないのではないか?
 何故かは知らないが、最近―――多くの人たちが暮らす大きな街、トリスタニアへ来てからはそう思うようになっていた。
 

 王都トリスタニアは、トリステイン王国の中でも随一の観光名所としても有名な街だ。
 街のど真ん中に建つ王宮や煌びやかな公園に、幾つもの名作が公開されたタニアリージュ座は国内外問わず多くの事が足を運ぶ。
 無論飲食方面においてもぬかりは無く、外国から観光に来る貴族の舌を唸らせる程の三ツ星レストランが幾つもある。
 店のシェフたちは日々己の腕を磨き、いつか王家お墨付きの店になる事を夢見て競い合っている。 
 平民向けのレストランも当たり外れはあれど他国と比べれば所謂「アタリ」が多く、外れの店はすぐに淘汰されてしまう。
 外国で売られているトリスタニアのガイドブックにも「王都で安くて美味しいモノを食べたければ、平民が多く出入りする店へ行け」と書かれている程だ。
 それ程までにトリステインでは貴族も平民も皆食通と呼ばれる程までに、舌が肥えているのだ。
 無論飲食だけではなく、ブルドンネ街の大通りにある市場では国中から集められた様々な品が売りに出されている。
 
 先の戦で当分は味わえないと言われてプレミア価格になったタルブ産のワイン、冷凍輸送されてきたドーヴィル産のお化け海老。
 シュルピスからは地元の農場から送られてきた林檎とモンモランシー領のポテトは箱単位で売っている店もある。
 他にもマジックアイテムやボーションなどの作成に必要な道具や素材なども売られ、貴族たちもこの市場へと足を運んでいた。
 他の国々でもこういう場所はあるのだが、トリスタニアほどの満ち溢れるほどの活気は見たことが無いのである。
 ガリアのリュティスやゲルマニアのヴィンドボナなどの市場は道が長く幅もある為に、ここの様な密集状態は中々起こらないのだ。
 だからここへ足を運ぶ観光客は怖いモノ見たさな感覚で、ちょっとしたカオスに満ちた市場へ足を運ぶ事が多い。

681ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:42:08 ID:Meqm5SJY
 そんな市場の中、丁度真ん中に差しかかった太陽が容赦なく地上を照りつけていても多くの人が出入りしていく。
 老若男女、国内外の貴族も平民も関係なく色んな人たちが活気ある市場を眺めながら歩き続け、時には気になった商品を売る屋台の前で止まる者もいる。
 その中にたった一人―――外見からして相当に目立っているハクレイも、人ごみに混じって市場の中へと入ろうとしていた。
 周りにいる人たちよりも頭一つ大きい彼女は、自分の間を縫うように歩く人々の数に驚いていた。
「凄いわね…。こんなに人がたくさんいるなんて」
 彼女は物珍しいモノを見るかのような目で貴族や平民、そして彼らが屯する屋台などを見ながら足を進めている。
 そして、ここでば物珍しい゙姿をした彼女もまた、すれ違う人々からの視線を浴びていた。
 
 市場では物珍しい品や日用品がズラリと並び、あちらこちらで客を呼ぶ威勢の良い掛け声が聞こえてくる。
 どこかの屋台で焼いているであろう肉や魚が火で炙られる音に、香ばしい食欲を誘う匂いが人ごみの中を通っていく。
 ふと右の方へ視線を向ければ、串に刺して焼いた牛肉を売っている屋台があり、下級貴族や平民たちがその横で美味しそうな肉に齧り付いている。
 屋台の持ち主であろう人生半ばと思える男性は、仲間から肉を刺した串を貰いそれを鉄板の上で丁寧に焼いているのが見えた。
「わぁ……――っと、とと!いけないけない…」
 油代わりに使っているであろうバターと塩コショウの匂いが鼻腔に入り込み、思わず口の端から涎が出そうになるのをなんとか堪える。
 こんな講習の面前で涎なんか垂らしてたら、頭が可笑しいと笑われていたに違いない。

 その時になってハクレイは思い出した。今日は朝食以降、何も口にしていなかったのを。
 懐中時計何て洒落たものは持っていないが、太陽の傾き具合で今が正午だという事は何となくだが理解していた。
 自分が誰なのかは忘れてしまったが、そんなどうでもいい事は忘れていなかった事に彼女はどう反応すればいいか分からない。
 ともあれ、今がお昼時ならばカトレアがいる場所へ戻った方がいいかと思った時…ハクレイはまた思い出す。
 それは自分の失った記憶ではなく今朝の事、ニナと遊んでいたカトレアが言っていた事であった。
「そういえば…お昼はニナの事を調べもらうとかで、役所っていう場所に行ってるんだっけか…?」
 周囲の通行人たちにぶつからないよう注意しつつ歩きながら、ハクレイは再確認するかのように一人呟く。
 空から大地を燦々と照りつける太陽の熱気をその肌で感じつつ、何処かに涼める場所を探す為に市場を後にした。



 ―――カトレア一行が一応戦争に巻き込まれたゴンドアから馬車で離れ、王都へ来てからもうすぐ一月が経とうとしている。
 タルブを旅行中にアルビオンとの戦いに巻き込まれ、地下へと隠れ、王軍に救出されてゴンドアまで運ばれたカトレア。
 しかし彼女としては誰かに迷惑を掛けたくなかったのか、程々に休んだあとで従者とニナを連れて馬車で町を後にしたのである。
 ハクレイは救出された時にはいなかったものの、何処で話を聞いてきたのかカトレアが休んでいた宿へフラリとやってきたのだ。

 謎の光によりアルビオンの艦隊が全滅して三日も経っていない頃の夜、あの日は雨が降っていた。
 艦隊を焼き尽くした火は粗方鎮火し終えていたものの、この天からの恵みによって完全に消し止める事ができた。
 そのおかげでタルブ村や村の名物であるブドウ畑が焼失せずに済んだというのは、トリスタニアへついてから聞く事となる。
 軍の接収した宿で御付の従者に見守られながらベッドで横になっていた彼女の元へ、ずぶ濡れの巫女さんが戻ってきてくれた。
 自分の為にあの恐ろしい怪物たちと真っ向から戦い、行方知れずとなっていたハクレイの帰還に彼女は無言の抱擁で迎えてあげた。
「おかえりなさい。今まで何処にいたのよ?こんなにも外が土砂降りだっていうのに…」
「ごめんなさい。このまま消えるかどうか迷った挙句…気づいたらアンタの事を探してたわ」
 こんなにも儚い自分の事を思って、助けてくれた事に感謝しているカトレアの言葉に彼女は素っ気なく答えた。

682ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:44:09 ID:Meqm5SJY
 
 その後、ニナからも熱い抱擁ついでのタックルを喰らいつつもハクレイは彼女の元へと戻ってきた。 
 御付の従者たちや自分と一緒にカトレアの薬を取に行って、無事に届けてくれた護衛の貴族達からは大層な褒め言葉さえもらった。
「お前さん無事だったのか?あんな化け物連中と戦ったっていうのに、大したモノだよ」
「百年一度の英雄ってのはお前さんの事か?とにかく、本当に助かったよ。ありがとな」
「カトレア様がこうして無事なのも、全てはお前さのお蔭だな。感謝する」
 十分な経験を積み、 護衛としてそこそこの実力を得た彼らからの感謝にハクレイは当初オロオロするしかなかった。
 何せ彼らの魔法もあの怪物達には十分効いていたし、実質的にカトレアを助けたのは彼らだと思っていたからである。

 なにはともあれ、思わぬ歓迎を受けてから暫くしてカトレアたちは前述のとおり静かにゴンドアの町を後にした。
 町にはアンリエッタ王女が自ら軍を率いてやって来てはいたが、業務の妨げになると思って挨拶はしないことにしていた。
 屋敷へ泊めてくれたアストン伯にお礼の手紙をしたためた後、足止めを喰らっていた王都行きの駅馬車を借りて彼女らは町を出た。
 本当なら直接顔を合わせて礼を言うべきなのだろうが、彼もまたアンリエッタと同じく戦の後の処理に追われていたため敢えて邪魔しないという事にしたのである。
 無論機会があればまたタルブへと赴いて、きちんとお礼をするつもりだとカトレアは言っていた。
 幸い町と外を隔てるゲートを見張っていた兵士たちも連日の仕事で慌ただしくなっていたのか、馬車の中を確認もせずに通してくれた。
 
 
 そうして騒がしい町から離れた一行は、ひとまずはもっと騒がしい王都で一時休憩する事となる。
 王都から次の目的地でありカトレアの実家があるラ・ヴァリエールと言う領地までは最低でも二日はかかるという距離。 
 カトレアの体調も考えて夏の暑さが引くまでは王都の宿泊できる施設で夏を過ごした後にヴァリエール領へと戻るという事になった。
 その間従者や護衛の者たちも一時の夏季休暇を味わい、カトレアはタルブ村へ行く途中に預かったニナの身元を調べて貰っている。
 そしてハクレイはというと、特にしたい事やりたい事が思い浮かばずこうして王都の中をふらふらと歩き回る日が続いていた。

「みんなは良いわよねぇ。私は自分の事が気になって気になって…何もできないっていうのに」
 大きな噴水がシンボルマークとなっている王都の中央広場。トリスタニアの中では最も有名に集合場所として知られている。
 その広場の周囲に設置されたベンチに座っているハクレイは、自分の内心を誰にも言えぬが故の自己嫌悪に陥っていた。
 ここ最近は、カトレアの従者が用意していだ別荘゙の中に引きこもっていたのを見かねたカトレアに外へ出るよう言われたのである。
 無論彼女は善意で勧めているのは分かってはいるが、それでも今は騒音の少ない場所でずっと考えたい気分であった。

「とはいえ、お小遣いとかなんやでお金まで貰っちゃったし…ちょっとでも使わないと失礼よね?」
 ハクレイはため息をつきつつも、腰にぶら下げている小さめのサイドパックを一瞥しつつ呟く。
 茶色い革のパックにはカトレアが「王都の美味しいモノを食べれば元気になるわ」と言って渡してくれたお金が入っている。
 枚数までは数えていないが、中に納まっている金貨の額は八十エキューだと彼女は渡す時に言っていた。
 その事を思い出しつつ改めてそのサイドパックを手に持つと、留め具であるボタンを外して蓋を開ける。
 パックの中には眩しい程に金色の輝きを放つ新金貨がずっしりと入っており、ハクレイは思わず目をそらしてしまう。
「このお金なら美味しいモノも沢山食べれるって言ってたけど、何だか無下に使うのはダメなような気が…」
 そう言いつつ、ハクレイはこれを湯水のごとく消費してしまうのに多少躊躇ってはいた。
 これは消費すべき通貨なのだと理解はしていたが、比較的製造されたばかりの新金貨は芸術品かと見紛うばかりに輝いている。
 
 試しに一枚取り出しじーっと見つめてみるが、その輝きっぷりはまるで小さな太陽が目の前にあるかのようだ。
 再び目を背けながら手に持っていた一枚をパックの中に戻してから、ハクレイはこれからどうするか悩んではいた。

683ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:46:09 ID:Meqm5SJY
 時間は既に昼食時へと入っており中央広場にいても周囲の民家や飲食店、それから屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。
 それらは全て彼女の鳴りを潜めていた食欲に火をつけて、瞬く間に脳の中にまで入っていく。
 八十エキューもあれば、ちゃんと節制すれば平民のカップルは三日間遊んで暮らせるほどである。
 そんな大金を腰のパックに入れたハクレイは、何か食べないと…と思いつつ本当にこの金貨を使って良いモノかとまだ思っていた。

「そりゃあカトレアの言うとおり何処かで食べてくれば良いんだけど、一体どこを選べばいいのやら………ん?」
 一人呟きながらどこかに自分の興味を惹くような店は無いかと探している最中、ふと広場の中央に造られた噴水へと視線が向く。 
 百合の花が植えられた花園の真ん中にある大きな水かめから水が噴き出し、それが花園の周りに小さな池を作っている。
 ハクレイはその噴水から造られた池に映っている自分の顔を見て、自分の頭の中に残っている悩みの種が首をもたげてきた。
 腰まで届く長い黒髪に、やや黄色みがある白い肌。そして黒みがかった赤い目はハルケギニアでき相当珍しいのだという。
 カトレアとの生活で彼女の従者からそんな事を言われていた彼女は、改めて自分が何者なのか余計に知りたくなってしまう。
 けれどもそれを知っている筈の自分は全ての記憶を失い、自分は得体の知れない存在と化している。

 それを思いだしてしまい難しい表情を浮かべようとしたハクレイは…次の瞬間、ハッとした表情を見せた。
 まるで家の何処かに置いて忘れてしまった眼鏡の場所を思い出したかのような、ついさっきまでの事を思い出した時の様な顔。
 そんな表情を浮かべた彼女は慌てて首を横に振ってから、水面越しに見る自分の顔を睨みつけながら呟く。
「でも…あのタルブで出会ったシェフィールドっていう女なら、何か知っているかもしれない…」
 彼女はタルブの騒動の際、あの化け物たちを操っていたという女の事を思い出していた。
 シェフィールド…。不気味なほど白い肌にそれとは対照的に黒過ぎる長髪と服装は今でも忘れられない。
 彼女が操っていたという化け物たちのせいで多くの人たちが犠牲になり、カトレア達までその手に掛けさせようとしていた。
 良くは知らないがそれでも次に会ったらタダでは済まさない程の事をしたあの女と彼女は戦ったのである。
 
 その時はカトレアを探しに来ていたという彼女の妹とその仲間たちを自称する少女達と共闘した。
 周りが暗くて容姿は良く分からなかったものの、声と身長差ら十分に相手が少女であると分かっていた。
 しかし途中で乱入してきた謎の貴族にその妹が攫われ、ハレクイ自身が囮となって仲間たちに後を合わせた後、捕まってしまった。
 キメラの攻撃で地面に縫い付けられ、運悪く手も足も出ない状況にに陥った時…あの女は自分へ向けてこう言ったのである。

 ―――――そんなバカな事…あり得ないわ。……――――には、そんな能力なんて無い筈なのに――――
 ――――――一体、お前の身体に何があったというんだい?――――゙見本゛

 何故か額を光らせ、信じられないモノを見る様な目つきと顔でそんな事を言ってきたのである。
 言われた方としては何が起こったのか全く分からないし、当然しる筈も無い。但し、その逆の立場であるあるあの女は何かを知っていたのだろう。
 でなければあんな…有り得ないと本気で叫んでいた表情など浮かべられる筈が無いのだから。
「本当ならば、その時に詳しく聞く事ができたら良かったけど…」
  
 ――――――あの後の事は、正直あまり覚えていなかった。
 あの女が自分の事を゙見本゙と呼んだ後の出来事だけが、ポッカリと穴が出来たかのように忘れてしまっているのだ。
 忘れてしまった時の間に何が起こり、どの様な事になったのか彼女自身が知らないでいる。
 ただ、気づいた時には疲労のせいか随分と重たくなってしまった体は木漏れ日の届かぬ森の奥で横たわっていた。

684ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:48:09 ID:Meqm5SJY
 目が覚めた時にはあの女はおろか、自分がどこにいるのかも分からず…思い出そうにもその記憶そのものが抜け落ちている始末。
 暫し傍にあった大木に背を預けて思い出そうとしても、単に頭を痛めるだけで何の進展も無かった。
 そして彼女にはそれが恐ろしかった。呆気なく自分の頭から記憶が抜け落ちて行ってしまったという事実が。
 自分ではどうしようもできない゙不可視の力゙が自分の記憶を操っている――――そんな恐ろしい考えすら思い浮かべていたのである。

 その後はほんの少しの間、自分でもどうすれば良いのか分からない日々を過ごした。
 森を捜索していた兵士たちの話から、カトレアを含めタルブ村の人たちが何処へ避難したかを知った時も真っ先に行こうとは思わなかった。
 自分の頭から忘れてはいけない事が抜け落ちた事にショックし続けて、まるでを座して死を待つ野生動物の様に彼女は森の中で休んでいたのである。
 けれども、それから暫くして落ち着いてきたころにカトレアやニナ達の事が気になってきて、ようやく避難先の町へ行くことができた。
 最初はただ様子だけを遠くから見るだけと決めていたのに、結局彼女を頼ってしまい今の様な状況に至ってしまっている。
 カトレアは屋敷の傍で起こった騒ぎの事は知らなかったようで、ハクレイ自身もまだその事を―――その時の事を忘れたのも含め――話す覚悟は無かった。
 はぐらかす様子を見て離したくないと察してくれたのだろうか、出会った時以来カトレアもタルブでの事を話さなくなった。
 ニナはしつこく何があったのだと話をせがんでくるが、カトレアやその従者たちがうまいことごまかしてくれる。
 

「…けれども、いつかは話さないと駄目…なのかしらね?」
 水面に映る自分の顔を見つめながらもハクレイが一人呟いた時、ふとこんな状況に似つかわしくない音が鳴った。
 ―――……ぐぅ〜!きゅるるるぅ〜
 思わず脱力してしまいそうな間抜けな音が耳に入った直後、ハクレイは軽く驚きつつも自分のお腹へと視線を向ける。
 アレは明らかに腹から鳴る音だと理解していた為、まさか自分のお腹から…?と思ったのだ。
 恥かしさからかその顔を若干赤くさせつつも自分のお腹を確認したハクレイであったが、音を出した張本人は彼女ではなかったらしい。
「あ…あぅう〜…」
「ん?………女の子?」
 今度は背後から幼く情けない声が聞こえ、後ろへと振り返ってみると…そこには一人の女の子がいた。
 年はニナより三つか四つ上といったところか、茶色いおさげを揺らしながらじっと佇んでいる。
 まだ幼さがほんの少し残っている顔はじっとハクレイを見上げながらも、翡翠色の瞳を丸くしていた。
 服は白いブラウスに地味なロングスカートで、マントを身に着けていないからこの近所に住んでいる子供なのだろうか?
 そんな疑問を抱きつつ、自分を凝視して動かない少女を不思議に思いながらもハクレイはそっと声を掛けた。
「どうしたの?私がそんなに珍しいのかしら?」
「え…!あの…その…」
 見知らぬ、そして見たことない格好をした大人突然声を掛けられて驚いたのだろうか、
 女の子はビクッと身を竦ませつつも、何を話したら良いのか悩んでいると…再びあの音が聞こえてきた、女の子のお腹から。
 ―――――ぐぅ〜…!
 先ほどと比べて大分可愛らしくなったその音に女の子はハクレイの前で顔を赤面させると、彼女へ背を向ける。
 てっきり自分の腹の虫化と思っていたハクレイはその顔に微かな笑みを浮かばせると、もう一度女の子へ話しかけてみた。

「貴女?もしかしお腹が空いてるの?」
 彼女の質問に対し女の子は無言であったものの…十秒ほど経ってからコクリと一回だけ、小さく頷いて見せた。
 首を縦に振ったのを確認した後、彼女は女の子の身なりが少し汚れているのに気が付く。
 ブラウスやスカートは土や泥といった汚れが少し目立ち、茶色い髪も心なしか油っ気が多い気がする。
 ここに来るまで見た子供たちは平民であったが、この女の子の様に目で分かる汚れていなかった。

685ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:50:40 ID:Meqm5SJY
 更によく見てみると体も少し痩せており、まだ食べ盛りと言う年頃なのにそれほど食べている様には見えない。
(家が貧乏か何かなのかしら…?だからといって何もできるワケじゃあないけれど…あっ、そうだ)
 女の子の素性を少し気にしつつも、その子供を見てハクレイはある事を思いついた。
 
 彼女はこちらへ背中を向け続けている女の子傍まで来ると、落ち着いた声色で話しかけた。
「ねぇ貴女。良かったら…だけどね?私と一緒に何か美味しいモノでも食べない?」
「……え?」
 見知らぬ初対面の女性にそんな事を言われた女の子は、怪訝な表情を浮かべて振り返る。
 いかにも「何を言っているのかこの人は?」と言いたそうな顔であり、ハクレイ自身もそう思っていた。
「ま、まぁ確かに怪しいと思われても仕方ないわよね?お互い初対面で、私がこんな格好だし…」
 言った後で湧いてくる気恥ずかしさに女の子から顔を背けつつも、彼女は尚も話を続けていく。

「でも…そんな私を助けてくれたヤツがいて、ソイツが結構なお人よしで…私だけじゃなくて女の子をもう一人…、
 たがらってワケじゃないし、偽善とか情けとか言われても仕方ないけど…何だかそんな身なりでお腹を空かしてる貴女が放っておけないのよ」

 自分でも良く、こんなに長々と喋るのかと内心で驚きつつ、女の子から顔をそむけながら喋り続ける。
 もしもカトレアがこの場にいたのなら、間違いなくこの女の子に施しを与えていたに違いないだろう。
 どんな時でも優しさを捨てず、体が弱いのにも関わらず非力な人々にその手を差し伸べる彼女ならば絶対に。
 そんな彼女に助けられたハクレイもそんな彼女に倣うつもりで、お腹を空かせたあの子に何かしてやれないだろうかと思ったのだ。

 しかし、現実は意外と非情だという事を彼女は忘れていた。
「だから…さ、自己満足とか言われても良いから…――――…って、ありゃ?」
 逸らしていた視線を戻しつつ、もう一度食事に誘おうとしたハクレイの前に、あの女の子はいなかった。
 まるで最初からいなかったかのように消え失せており、咄嗟に周囲を見回してみる。
 幸い、女の子はすぐに見つかった。…見つかったのだが、こちらに背中を向けて中央広場から走って出ていこうとしていた。
 恐らく周囲の雑踏と目を逸らしていて気付かなかったのだろう、もう女の子との距離が五メイルも空いてしまっている。
「……ま、こんなもんよね?現実ってのは…」
 何だか自分だけ盛り上がっていたような気がして、気を取り直すようにハクレイは一人呟く。
 ニナもそうなのだが、子供が相手だとこうも上手くいかないのはどうしてなのだろうか?
 自分と同じく彼女に保護されている少女の顔を思い出したハクレイは、ふとある事を思い出した。
「そういえば、カトレアは「お姉ちゃん」って呼んでべったりと甘えてるのに…私は呼び捨てのうえに扱いが雑な気もするわ」
 子供に嫌われる素質でもあるのかしらねぇ?最後にそう付け加えた呟きを口から出した後、腰に付けたサイドパックへ手を伸ばす。
(仕方がない。無理に追いかけるのもアレだし…何処か屋台で美味しいモノ食べ――――あれ?)
 気を取り直してカトレアから貰ったお小遣いで昼食でも頂こうと思ったハクレイの手は、金貨の入ったパックを掴めなかった。
 軽い溜め息を一つついてから、パックをぶら下げている場所へ目が向いた瞬間――――思わず彼女の思考が停止する。

686ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:53:30 ID:Meqm5SJY
 無い、無かった。カトレアから貰った八十エキュー分の金貨が満載したサイドパックが消えていた。
 パックと赤い行灯袴を繋ぐ紐だけがプラプラと風に揺られ、さっきまでそこに何かがぶら下げられでいだと教えてくれている。
 まさか紐が切れて何処かに落とした?慌てて足元を見ようとしたとき、通行人の大きな声が聞こえてきた。
「おーい、そこの小さなお嬢ちゃん!手に持ったパックから金貨が一枚落ちたよ〜!」
「――――…は?」
 小さなお嬢ちゃん?パック?金貨?耳に入ってきた三つの単語にハクレイはすぐさま顔を上げると、
 自分の背後でお腹を鳴らし、逃げるように走り去ろうとしていた女の子が地面に落ちた金貨をスッと拾い上げようとしている最中であった。

 両手には、やや大きすぎる長方形の高そうな革のサイドパックを抱えるように持っているのが見える。
 それは間違いなく、カトレアからお小遣いと一緒に貰った茶色い革のサイドパックであった。 

「ちょっ……―――!それ私の財布なんだけど…ッ!?」
 驚愕のあまり思わず大声で怒鳴った瞬間、女の子は踵を返して全速力で走り出した。
 





――――――以下、あとがき―――――

以上で八十一話の投下は終了です。もう四月に突入してしまいましたね。ハルデスヨー!
まだまだ寒い日々が続きますが、近所の霊園に植えられてる小さな桜の木が花を咲かせていたのを見てほっこりしました。
本編はこれからも続きますが、無理の無い月一投下でまったり進めていきたいと思います。それでは!ノシ

687ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:31:42 ID:esn0CqG6
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、57話ができました。これから投稿をはじめます。

688ウルトラ5番目の使い魔 57話 (1/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:35:36 ID:esn0CqG6
 第57話 
 虚無を超えて

 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
 ハルケギニアの伝説に語られる偉人にして聖人、始祖ブリミル。
 しかし、彼の人生は決して平坦なものではなかった。彼は宇宙船の中でマギ族の人間として故郷を知らずに生まれ、たどりついた惑星でなに不自由ない少年時代を送った。
 マギ族の繁栄の日々は、そのまま彼の人生の絶頂期そのものであり、それはマギ族の凋落とも一致する。
 そして青年時代、本当のブリミルの人生はここから始まったと言ってもいいかもしれない。何も知らないでマギ族の仲間のなすがままに自分も流されていた子供の時代から、己の足で土を踏みしめて生きていかねばならない時代に入った。
 少年時代とは比べ物にならない過酷な旅の日々。けれど、それはブリミルに温室の中では決して得られない多くのものを与えた。知識、技術、友情、信頼、愛情、旅路の仲間たちから教えられたことは、確実にブリミルを大人に成長させていった。
 だが、運命はブリミルに残酷な試練を課した。同胞も、故郷も、仲間たちもなにもかもを奪いつくされたブリミルに残ったのは、底知れない虚無の感情だけだったのだ。
 それに囚われたブリミルが思いついた、『生命』の魔法とはなにか。それを問われると、現代のブリミルは苦しげに答えた。
「ろくでもない魔法さ。僕は最初に覚えた魔法のほかにも、応用していくつかのオリジナルの魔法を作ったけど、その中でもこいつは二度と使うまいと思ってる。『生命』って名前も皮肉なもんさ。ともかく、すぐわかるから見ていたほうが早い」
 彼にとって、もっとも忌まわしい記憶。しかし、忘れてはいけない記憶がここにある。
 
 ブリミルは何をしようとしているのだろうか。彼が、始祖と呼ばれる人物になった、その転換点……そして、絶望を前にしてサーシャは何をブリミルに示すのか。
 巨大すぎる絶望を前にして人が出す答えと、運命がそれに与える回答とはいかに。始祖伝説の最後の秘密が今こそ明かされる。
 
 マギ族の首都の崩壊から生き延びたブリミルとサーシャ。完全に水没した都市から、なんとかどこかの海岸に流れ着いた二人だったが、ブリミルは謎の言葉を残してサーシャの前から姿を消した。
「もう、この世界は滅ぶしかない。希望なんて、幻想に過ぎなかったんだ……けど、責任はとらなきゃいけない。この星の間違った生命を、正しい方向に戻すんだ」
「ブリミル……あなたいったい、何を言っているの?」
「サーシャ、今日まで僕なんかのためにありがとう。僕はこれから、この星の生命を元に戻す。それできっと、この星は生き返るはずだ。さよならサーシャ、僕は地獄に落ちるけど、君は天国に行ってくれ」
 その言葉を残して、ブリミルはテレポートの魔法を唱えて消えた。そのタイミングで、現代のサーシャはブリミルの手を握り、ここからはわたしの記憶で話を進めるからねと告げた。イリュージョンの魔法は熟練すると他人の記憶の投影もできるようになるらしい、記録の魔法との複合かもしれないが、今のルイズには無理な芸当だった。
 物語を再開する。ブリミルが消えた後、サーシャは必死で、ブリミル、蛮人、と声を張り上げて探すが、ブリミルの姿は目に映る範囲のどこにもなかった。

689ウルトラ5番目の使い魔 57話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:36:40 ID:esn0CqG6
「いけない! あの蛮人なにかやるつもりだわ」
 サーシャはブリミルの最後の言葉を思い出して、強い危機感を覚えた。
 あのときのブリミルの様子はどう見てもまともじゃなかった。自殺? いや、あの意味ありげな台詞は、もっと別のなにかを思いついたに違いない。しかも、とても悪いことが起きることを。
 見つけ出して止めないと。サーシャは走り出した。
「いったいどこへ行ったのよ蛮人。確か、あのテレポートの魔法はそんなに遠くまで飛ぶことはできないはず。まだそんなに離れていないはずだわ。けど、いったいどこへ?」
 サーシャは道なき荒野をあてもなく走った。このあたりの地理は自分は詳しくなく、逆にブリミルにとっては自分の庭先も同然なくらいに知り尽くしている。きっとブリミルは記憶を頼りにして、この近くのどこかに向かったのだろう。
 だが、いったいどこへ? 首都が崩壊した今、この近辺で人間の生き残っている可能性のある街や施設はほとんどないはず。サーシャはブリミルから雑談の中で聞かされていた、この地方の様子を必死で思い出した。
「このあたりで、まだ行く価値の残っている場所。落ち着いて思い出すのよ、さっきブリミルはこの星の生命を元に戻すって言ってた……生命と関わりのある場所、もしかしてあそこに?」
 ひとつだけ心当たりがあった。ブリミルが前にしゃべっていた内容に、こんなものがあった。
「僕が小さいころのこと? 君も変なことに興味持つねえ。そうだねえ、僕が小さい頃はマギ族はこの星の開拓に忙しくて、大人とはほとんど遊んでもらったことがないなあ。あ、でもひとつ思い出深いことがあるよ。首都の南にね、この星の動植物のことを研究するためのバイオパークがあったんだけど、小さかった頃の僕にとっては動物園や水族館みたいで毎日遊びに行ってたよ。見たこともない動物や魚が生きて動いてるところは、いくら見ても飽きなかったなあ。研究が終わってバイオパークは今じゃ閉鎖されちゃってるけど、あの頃はほんとに楽しかったよ」
 閉鎖されたバイオパーク……生命が関わって、ブリミルが行きそうな場所といえばそこしか思い当たらない。首都の南とブリミルは言っていた、太陽の位置からだいたいの方角を割り出して南へとサーシャは急いだ。
 しかし道のりは楽ではなかった。この近辺にも危険な怪獣や生き物はウヨウヨしていて、行く先で地底怪獣パゴスとウラン怪獣ガボラがエサの放射性物質を取り合って乱闘していたので、これを避けて海よりの道に逸れたら今度はさっきの二匹が撒き散らした放射能の影響で突然変異したらしい巨大フナムシの大群に襲われ、さらにこいつらをエサにしようと集まってきた火竜の群れからも逃げ回ることになり、いかにサーシャがガンダールヴと精霊魔法を使えるとはいっても相当な足止めと遠回りを余儀なくされた。
 テレポートで一気に飛んでいけるブリミルがうらやましい。逃げたり隠れたりを繰り返して、まだたいした距離は来ていないというのにヘトヘトだ。
 岩陰で休息をとりながら、サーシャはブリミルのことを思った。
「わたし、なんであんな奴のためにこんな苦労してるんだろう?」
 冷静になれば自分でも不思議だった。あんな奴、放っておいて自分だけで安全な場所に逃げればいいのに、どうして危険を冒して後を追っているのだろうか? どうせあいつは全ての元凶のマギ族なのだし、自分にこんなものを押し付けた勝手な奴なのだからと、サーシャは左手のガンダールヴのルーンを見た。

690ウルトラ5番目の使い魔 57話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:40:01 ID:esn0CqG6
 いっそこのまま、ひとりで自由に生きてみようか。サーシャはふとそう思った。仲間はすべて失い、もう自分だけ、これ以上あんな奴のために苦労する必要があるのだろうか。どうせ別れを言い出したのはあいつなんだから……
 
 けど、そうもいかないのよね……
 
 サーシャは苦笑して、さっきまでの考えを振り払った。
 確かにブリミルはバカで阿呆で間抜けでトンチキの、魔法を除けばどうしようもないダメ人間だ。増して、憎んでも余りあるマギ族の男……けど、ひとつだけサーシャも認めている美点がある。それは、頑張り屋なところだ。
「蛮人、行く場所のなかったわたしたちに道を与えてくれたのはあなたじゃない。魔法の練習を欠かさずに続けて、努力して報われることがまだあるんだって教えてくれたのもあなた。行く手にどんな障害や怪獣が立ちふさがっても、あきらめずに乗り越えてきた、その先頭に立っていたのはあなたでしょ。その頑張りを、あなたから無駄にしようとしてどうするの。きっとみんなも、残ったわたしたちがあきらめちゃうことなんて望んでないわ」
 ここで逃げ出したら、死んでいった仲間たちに顔向けができない。死んだ者とはもう会えないが、その意思は生きている者が背負ってゆかねばならない。そのことをブリミルに教えないといけない。
 サーシャは岩陰から立ち上がり、再び南に進もうと足を踏み出した。が、なにげなく草むらに踏み込んだ、その瞬間だった。
「きゃっ! いったぁ、なに? えっ!」
 なんと、サーシャの足に太くて緑色のつるのようなものがからみついていた。自然に絡んだのではない、その証拠につるは草むらの陰からヘビのように這い出してきてサーシャの体にも巻きつこうとしてきたのだ。
「なによこれっ! つるよ、離しなさいっ! 魔法が効かない? ただの植物じゃないわ!」
 草木の精霊に呼びかけようとしても、ヘビのようなつるは操れなかった。つるはどんどんサーシャの体や手足を絡めとろうと伸びてくる。とっさに剣を抜いて、ガンダールヴの力で切り払おうとしたが、つるのほうが多く、一瞬の隙にサーシャは剣ごと全身を拘束されてしまった。
 完全に身動きを封じられて、地面に張り付けになってしまったサーシャは首だけをなんとか動かして周りを見回した。よく見ると、草むらの陰には血にまみれた衣服の残骸が散らばっている。
「しまった、ここは吸血植物のテリトリーだったのね。なんとか逃げ出さないと、わたしもこの服の持ち主みたいにっ」
 つるはどんどん力を強めて締め付けてくる。このままでは全身の血液を搾り取られてしまうだろう。サーシャはなんとか脱出しようともがいた。
 だが、事態はつるに絞め殺されるのを待つほど悠長ではなかった。草むらの陰から、今度は青黒い色をした大きなクモのような化け物が何匹も現れたのだ。
 たまらず悲鳴をあげるサーシャ。それはベル星人の擬似空間に生息する宇宙グモ・グモンガに酷似した小型怪獣で、紫色の有毒ガスを吐きながらサーシャに迫ってくる。擬似空間と同様に、吸血植物とは共生関係にあって、獲物を待ち構えていたのだろう。
 身動きできないサーシャに迫るグモンガの群れ。このまま生きたまま血肉を貪られ、骨も残さず食い殺されてしまうのだろうか。

691ウルトラ5番目の使い魔 57話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:41:03 ID:esn0CqG6
「いやあぁぁぁっ! ブリミルーっ!」
 顔の間近まで迫ったグモンガにサーシャの絶叫が響き渡る。だが、そのとき突如突風が吹いてグモンガたちを吹き飛ばし、さらに巨大な影が射したと思うと、大きな手がサーシャを掴んでつるを引きちぎり、大空高くへと運び去っていったのだ。
 死地から一気に大空へと運ばれたサーシャは、冷たい風に身を任せながら、自分を手のひらの上に優しく乗せている巨大な青い鳥の姿を呆然と見上げていた。それは、才人やタバサも見知っている、あの優しく勇敢な大鳥の怪獣。
「リドリアス……」
 現代と過去で同時にその名が呼ばれた。何度となく世界を守るために共に戦った、今では戦友とも呼ぶべき怪獣。
 リドリアスはしばらく飛ぶと、安全な場所にサーシャを優しく下ろし、サーシャはリドリアスを見上げて、笑顔で声をかけた。
「ありがとう、助けてくれて」
 リドリアスは礼を言われたことに照れるかのように、のどを鳴らして穏やかな鳴き声を返した。それにサーシャも笑い返す。この時代のサーシャも、リドリアスのことは知っていたのだ。
 なりは大きいが、リドリアスはこれでも渡り鳥の一種であり、この星でも以前は普通に見られた存在だった。だがマギ族の起こした騒乱で数を減らし、今ではほとんど見られなくなっていたが。
「あなたも、厳しい世界の中で生き残っていたのね。こんな世界でも、ずっと」
 サーシャは、生き残っていたのが自分たちだけではなかったことに胸を熱くした。ところが、サーシャはリドリアスが片足をかばっているような仕草をしているのに気がつき、彼が傷を負っているのを見つけた。
「あなた、怪我してるじゃないの。待ってて、わたしが治してあげるから」
 リドリアスに駆け寄ると、サーシャはリドリアスの片足の傷に手をかざして呪文を唱えた。この者の体を流れる水よ、という文句に続いて魔法の光が輝き、リドリアスの負傷を癒していく。
「あなたも、いろんなところでつらい思いをしたのね。けど、まだ希望は残ってる。この世界はまだ、死に絶えちゃいない。そうでしょう……?」
 それはリドリアスに問いかけたのか、それともここにいないブリミルに問いかけたのか。あるいはその両方だったのか。
 リドリアスの傷を癒したサーシャは、ほかの怪獣が気がつく前に遠くに逃げなさいとうながした。しかしリドリアスはサーシャから離れる様子を見せなかった。
「わたしを守ってくれるっていうの? まったく、どっかの蛮人よりよっぽどナイト様ね。わかったわ、いっしょに行きましょう」
 そう答えると、リドリアスはうれしそうに鳴き、サーシャに顔を摺り寄せてきた。サーシャはリドリアスのくちばしの先をなでながら、優しくつぶやいた。
「そっか、あなたもひとりで心細かったのね」
 かつて、群れで飛ぶ姿も見られたリドリアスも、今ではこの一匹になってしまった。仲間もなく、凶暴な怪獣たちが跋扈する中で生きていくのはさぞつらかっただろう。
 けれど、もうひとりじゃない。これからは仲間だ、誰かがいっしょにいれば寂しくはない。

692ウルトラ5番目の使い魔 57話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:43:38 ID:esn0CqG6
 サーシャは胸の中で、まだこの世界に希望があると、もう一度強く思った。無くしたものは大きいけれど、まだこうして見つけられたものもある。この希望のともしびの熱さを、ブリミルにも教えなくては。
「リドリアス、お願いがあるの。わたしを、この先に連れて行って欲しいの。もうひとり、助けなきゃいけない仲間がいる」
 その頼みを受けると、リドリアスはサーシャの前に頭を下ろして、乗っていいよというふうにうながした。
「ありがとう」
 サーシャが頭の上に飛び乗ると、リドリアスは翼を広げて飛び立った。上空の冷たい風が肌に染み、眼下の風景がすごい勢いで流れていく。
 リドリアスの飛行速度はマッハ二。サーシャに気を使ってそこまで早くはしていないものの、それでもサーシャの体験してきた何よりもリドリアスは早かった。
「すっごーい。あのバカのテレポートよりずっとはやーい!」
 しれっとブリミルに対して毒を吐きながらも、サーシャは行く先をじっと見つめて目を離さなかった。
 この先にブリミルがいる。何をする気か知らないけれど、どうか早まった真似だけはしないでちょうだい。そして願わくば、自分の勘が外れていないことを祈った。
 やがて行く先の荒野に小さな町があるのが見えてくる。サーシャは近くに怪獣がいないことを確認すると、リドリアスにあそこに下ろしてちょうだいと頼み、町の入り口にリドリアスは着陸した。
「ありがとう、すぐ戻るからあなたはここで待ってて。体を低くして、目立たないようにしてるのよ」
 リドリアスにそう言い残すと、サーシャは町の中へと走っていった。
 町に人の気配はなく、やはりここも怪獣の襲撃を受けたことがあるように建物はのきなみ崩れ落ちた廃墟となっていた。いや、怪獣に壊される前から、すでに町は数年は放置されたゴーストタウンであったらしく、残った建物の壁にはこけがこびりつき、窓ガラスはすすけて曇っている。
 やっぱりここがブリミルの言っていた……確信を深めて町を散策するサーシャの前に、マギ族の文字、今のハルケギニアの文字の原型になった文字で書かれた看板が現れた。
「第五水産物試験研究所……ビンゴね!」
 どうやら間違いはなさそうだ。この町が、ブリミルの言っていた思い出の場所だ。
 しかし肝心のブリミルはどこに? 地上の建物はただの廃墟で、ろくなものが残っているようには見えない。なら考えられるのは、首都と同じく地下にある施設だけだ。
 どこかに入り口がある。サーシャは飛び上がると、空から地上を見回した。すると、倒壊した建物のそばに、ぽっかりと開いている地下への階段の入り口があった。
「つい最近に入り口の瓦礫を動かした跡がある。ここで違いないようね」
 自分の推理が当たっていたことを喜ぶ間もなく、サーシャは覚悟を決めると、暗い通路の中を地下へと向けて降りていった。
 地下はあまり被害を受けていなかったらしく、少し歩くと通路はきれいになった。それどころか、地下三階ほどの階層まで来ると電源も生き残っていたのか電灯で通路は明るくなり、その先にはかつてこの施設で使われていた設備の数々が往年のそれと同じような姿で生きていた。

693ウルトラ5番目の使い魔 57話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:44:27 ID:esn0CqG6
「わぁ……」
 思わずサーシャは感嘆の声を漏らした。通路の左右はガラス張りの巨大水槽となっており、それが延々と先へと続いている。
 まさに水族館の光景だ。サーシャは、まだマギ族が優しかったころに街に作ってくれた水族館に行ったときのことを思い出した。
 水槽はクジラでも楽々入りそうな奥行きがあり、以前はここで星のあちこちから集められた魚介類が研究されていたのが察せられた。今では水槽はカラになり、水槽の底には魚の骨と小さなカニかエビのような生き物がうろついているだけの寂しい光景となっているが、往年は本当に夢のような光景が色とりどりに輝いていたのだろう。
 ここで子供のころのブリミルが……サーシャはその様子を想像しながら通路を進み、声をあげて彼を呼んだ。
「蛮人ーっ! ここにいるんでしょーっ! 返事をしなさい! 怒らないから出てきなさい。ブリミルーっ!」
 澄んだ声は反響して奥へ奥へと響いていくが、返事はなかった。
 いいわ、ならこっちから行くから。と、サーシャは歩を早めて通路を進んでいく。幸い施設はほぼ一本道で、迷う心配はなさそうだ。
 やがて水産物試験場の最奥部まで進むと、目の前に大きなエレベーターが現れた。ゴンドラは最下層で止まっている。サーシャはゴンドラを呼び出して乗り込むと、迷わず最下層のスイッチを押した。
 ゴンドラはゆっくりと地下へと下がっていく。どうやら階層ごとに水産物や畜産物、その他の動物や昆虫や植物の研究施設になっていたらしく、ガラス張りのエレベーターからは、かつては動物園や植物園のようになっていたらしい光景が透けて見えた。
 ここはまさに、かつてのマギ族にとって希望の城だったのだろうとサーシャは思った。ブリミルは、狭い船の中で何十年も過ごしてきたマギ族にとって、生命にあふれたこの世界はまさに理想郷だったと言っていた。豊富な生命は、万物の根源となる究極の宝だと。だが、驕ったマギ族は、その宝の使い道を誤った。
 生き物を無邪気に愛でる、夢のある心を持ち続けていれば余計な争いなどしなくてよかったものを。たとえば動物たちと話ができて、触れ合って遊べるテーマパークみたいなものがあれば、みんな荒んだ心を溶かされ子供に戻って楽しく過ごせたろうにと思う。
 エレベーターは地下深く深くへと下り続け、やがて最下層に到達した。そこは各階層での研究内容をまとめるコンピュータールームになっているらしく、これまでと打って変わって通路の左右には休止状態のスーパーコンピューターが低いうなりをあげながら陳列されており、さながら鉄で出来た広大な図書館を思わせた。

694ウルトラ5番目の使い魔 57話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:49:27 ID:esn0CqG6
 ここが最奥部……サーシャは息を呑みながら通路を進み、呼びかけた。
「ブリミル、いるんでしょ! 答えなさい!」
「聞こえてるよ。こっちだよサーシャ」
 唐突に返ってきた返答にサーシャが振り返ると、そこにはブリミルが何かの操作パネルを前にして立っていた。
 身構えるサーシャ。十メートルばかりを挟んで対峙しながら、ブリミルは無感情に話した。
「よくここがわかったね。君にこの場所を教えたことはあったけど、あんな何気ない話を覚えてるとは思わなかったよ」
「あいにく、物覚えはいいほうなのよ。そんなことより、こんな場所でなにをしてるの? 答えてもらうわ」
「もちろんいいさ、君に隠し事をする気は僕にはないよ。順を追って話すとね、ここにはマギ族がこの星の生き物に関して集めた情報が詰まってる。マギ族は、このデータを元にして君たちエルフのような改造生命を作り出したんだ。ここまではいいかい?」
 サーシャは無言でうなづいた。サーシャにも、最低限の科学知識はエルフに改造されたときに脳に刷り込まれている。
「マギ族は、もう数え切れないほどの人工生命を作り出した。けど、それら全ての人工生命には、ある特殊な因子を遺伝子に組み込んで完成させた。僕は、その因子を調べるためにここに来たんだ」
「因子……なんのために?」
 意味がわからないと、問い返すサーシャ。現代でその光景をビジョンごしに見守る才人たちも、過去のブリミルの言葉を聴き逃すまいと沈黙して耳をすませた。
「マギ族が人工生命を作った理由はさまざまだけど、人工生命を作る過程でマギ族は用心をしていたんだ。つまり、もしも自分たちで作った生命体が想定外の行動を見せて危険になったとき、特定のシグナルを与えることで、その生命体を強制停止させる。安全装置としての、自爆因子をね」
「なんですって! それじゃ、わたしたちは体の中に爆弾を埋め込まれてるようなものじゃないの」
 愕然とするサーシャ。しかしブリミルはゆっくりと首を横に振った。
「心配することはないよ。その自爆因子に働きかけるシグナルは、マギ族同士で戦争が始まったときに誰かが消去してしまって、もうどこにもデータは残ってない。そんなものが残っていたら戦争にならないからね。君たちにも因子は埋め込まれてはいるけど、それはベースになった改造プログラム上のなごりなだけさ」
「じゃあ、そんな役に立たない因子のことを調べてどうするのよ?」
 問いかけると、ブリミルは軽く杖を振って見せた。魔法の光が輝いて、車ほどの大きさがあるスーパーコンピューターの一機が塵に返る。

695ウルトラ5番目の使い魔 57話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:54:42 ID:esn0CqG6
「僕の魔法は、物質を構成する原子に直接働きかける力があるらしい。適当に使えば破壊するだけだけど、イマジネーションさえしっかりすれば、あらゆる物質を反応させることもできる。当然、その因子にもね」
「あんたまさか! 自分のやろうとしていることがわかってるの!」
 ブリミルの考えに気がついたサーシャが絶叫する。しかしブリミルは冷然として言った。
「もちろんわかっているさ。僕がその魔法を唱えた瞬間に、マギ族が手を加えたすべての生物は一瞬にして死に絶える。ドラゴンも、グリフォンも、メイジも、エルフも、そしてもちろん」
「わたしもあなたも死ぬ。この世界を道連れにして無理心中をはかる気なの!」
「違うよ、この世界を元に戻すだけさ。マギ族が荒らす前の、平和な世界にね。すでにここのコンピュータから、自爆因子の情報は引き出した。あと、必要な条件はひとつだけ……それが揃えば、とうとう完成するんだ。間違った命を正しい方向にやり直させる最後の魔法、『生命』がね!」
 虚無に支配されたまなざしで、高らかにブリミルは宣言した。
 その恐ろしすぎる魔法の正体に、現代の才人やルイズたちも戦慄する。
「『生命』なんて、とんでもないわ。悪魔のような絶滅魔法じゃないの」
 ルイズの言葉に、現代のブリミルは沈痛な面持ちでうなづいた。
 『生命』。なんて恐ろしい魔法だ……ハルケギニアにおいて、マギ族の手が加わっていない生き物のほうが少ないくらいなのに、そんなものを発動させたら世界はめちゃめちゃになってしまう。
 しかも、それが虚無の系統とともに現代にも受け継がれているとしたら。アンリエッタはルイズとティファニアを見て、納得したように言った。
「教皇が虚無の担い手を狙っていたのも、間違いなく『生命』の魔法を手中にせんがためだったのでしょうね。彼はあわよくば生命で人類とエルフを滅ぼし、一挙に全世界を手中に収める算段だったのでしょう」
 ほぼ、それで間違いないだろうと皆は思った。しかしブリミルに比べて力の劣る現在の虚無の担い手では生命の発動は難しい上に、ルイズやティファニアが言いなりになるわけはない。それに現在のハルケギニアの生態系は壊滅してしまうので、教皇としては使えれば幸運な手札の一枚として考えていたのだろう。
 ともあれ、恐ろしい魔法だ。エクスプロージョンや分解など比較にもならない、世界にそのまま破滅をもたらしてしまう。メイジの人口割合はハルケギニアの中でそこまで高くはないが、六千年のうちに平民とメイジの混血がおこなわれ、現在先祖にメイジがいると知らずに生きている平民は膨大な数に上るだろう。つまりは、ハルケギニアの人間のほとんどに自爆因子は潜在していると考えていい。
「でも、いくら始祖ブリミルでも、世界中の生き物にいっぺんに魔法をかけるなんて、そんな無茶なことができるの?」
 キュルケが、いくら始祖でも人間にそこまでのことができるのかとつぶやいた。確かに、仮に命と引き換えにしての魔法だったとしても限界はある。ましてあの当時のこと、ひとつの星を覆うほどの魔法をたったひとりのメイジがおこなうなど、ルイズが百人いたって不可能だ。

696ウルトラ5番目の使い魔 57話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:56:44 ID:esn0CqG6
 しかしブリミルは、静かに口を開いた。
「確かに、僕ひとりの力では命と引き換えにしたって不可能だ。だけどね、虚無の系統にはそれを可能にする方法があるんだ。虚無の系統の使い魔のこと、知っているかい?」
 ブリミルがそう尋ねると、ティファニアがおずおずと手を上げた。
「あの、わたし聞いたことがあります。いいえ、わたしに忘却の魔法を教えてくれた古いオルゴールが、魔法といっしょに教えてくれた歌の中にそれが。確か、ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルンと、最後に語ることさえはばかられるというのが一人」
「そう、主人を守る盾の役目のガンダールヴ。獣を操り主人を運ぶヴィンダールヴ。魔法道具を操るミョズニトニルン。今の僕はヴィンダールヴとミョズニトニルンはまだ召喚してないけど……最後のひとつ、リーヴスラシルというのが要なんだ」
 始祖の四番目の使い魔、リーヴスラシル。誰もが初めて聞く名前に、それがどういう意味を持つのかと息を呑んだ。
 エレオノールやルクシャナもすら、推論のひとつも口にしようとはしない。まったく想像できないからだ。使い魔である以上、なにかしら主人の役に立つ能力を備えているのだけは間違いなくても、まるで見当がつかない。
 しかし使い魔ということは、これからブリミルが召喚するということなのだろう。だが才人はおかしいと思った。ブリミルの使い魔はサーシャ以外には現在いないはずだ、何故? いや、尋ねるだけ無駄なことだ。なぜならこれからすぐにわかることなのだから。
 過去のビジョンは再開され、『生命』を使おうとする過去のブリミルと、それを止めようとする過去のサーシャが対峙する。
「蛮人、馬鹿なことはよしなさい。今さらマギ族の痕跡を消したって、世界は元に戻ったりしないわ。あなたは自分の手で世界を完全に滅ぼすことになるわ」
「サーシャ、それは視野が狭いよ。この狂いきった世界を蘇らせるには、一度完全にリセットしないといけないんだ。そうすれば、この世界は何万年か後に必ず元のように美しい世界に蘇る。僕はわかったんだ、なぜマギ族の中で僕だけが生き残ったのか、マギ族の痕跡を完全に消し去ること、それが僕の運命だったんだよ」
「違う! 人に決まりきった運命なんてないわ。運命なんて、そうあるように見えるだけよ。あんたのやろうとしてるのはただの虐殺だわ、そんなもの、絶対にやらせない!」
「なら、どうするね?」
 サーシャの怒声にも冷談な態度を崩さないブリミルに対して、サーシャはついに怒りを爆発させた。
「力づくでも、止めてやるわ!」
 床を強く蹴り、サーシャは雌豹のようにブリミルに飛び掛った。しかし、その行動は完全にブリミルに読まれていた。
「君ならそう来るだろうと思ってたよ」
 ぽつりとつぶやくと、ブリミルの姿が掻き消えた。サーシャの手はむなしく宙を掴む。

697ウルトラ5番目の使い魔 57話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:57:38 ID:esn0CqG6
「テレポートね。どこに行ったの?」
 この手はこちらも読んでいた。ほぼ詠唱なしのテレポートならわずかな距離しか動けないはず、ならばこの部屋のどこかにまだいる。
 サーシャは周囲の気配を探った。前、右、左、そして。
「誰かをお探しですかぁ?」
 後ろからヌッっと声をかけられ、サーシャの背筋に震えが走った。
 振り返ろうとした瞬間、肩に何かが乗せられる感触がして視線だけを動かすと、ブリミルがすぐ後ろで肩に顎を乗せて笑っていた。
「きゃあぁぁぁーっ!」
 絹を裂くような悲鳴をあげてブリミルに殴りかかるサーシャ。しかしブリミルは一瞬早く身を引いていた。
「はぁ、はぁ……変態か!」
 息を切らせて空振りに終わった拳を震わせながら怒鳴るサーシャ。見守っていた才人たちも、「うわぁ……」と、犯罪者を見る目つきで顔を伏せている現代のブリミルを見ていた。
「せっかくだから、こういうのを最後にやってみたかったんだよ」
 過去のブリミルはいやらしい表情で、現代のブリミルは心底後悔してる様子で言った。
 人間、落ちるところまで落ちると色々な意味で吹っ切れるらしい。今のブリミルは、以前の面影がないほど闇に染まりきっていた。
 一方のサーシャは、怒り心頭といった様子でついに剣を抜いた。無理からぬ話だが、しかしブリミルはにやけ顔を崩さずに杖を振った。
「かっこいいねえ……いつまでも君と遊んでいれたら幸せだろうけど、ここでこれ以上消耗するわけにはいかない。君はここで僕のやることを見ていてくれたまえ」
 ブリミルが後ろ手でコンピュータのスイッチを押すと、停止していた大型ディスプレイが点灯した。薄暗い部屋に慣れていたサーシャの目が一瞬くらみ、その隙にブリミルは後ろに作り出した世界扉のゲートに飛び込んだ。
「じゃあね」
「しまった! 待ちなさい!」
 慌ててガンダールヴの力で飛び掛ったが、一瞬遅くブリミルはゲートの先に消え、ゲートもサーシャの眼前で蛍のように掻き消えてしまっていた。
 逃がしてしまった! まずい、今度はいったいどこへ?
 ブリミルを追って部屋を飛び出そうとするサーシャ。しかし慌てるサーシャの後ろのディスプレイから、ブリミルの声が響いてきた。

698ウルトラ5番目の使い魔 57話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:58:18 ID:esn0CqG6
「僕を探す必要はないよ、サーシャ」
「蛮人っ!? そこは」
 起動したコンピューターのディスプレイに、ブリミルの姿が映っていた。彼の手にはなにやら端末のような機械が見える。彼が画像を動かすと、ブリミルはこの町の近くの荒野に立っていることがわかった。
「君がどんなに急いで走っても、もう間に合わない。けど、せめて最後は見守っていてくれ。僕の最後の仕事を、ね」
 ディスプレイからブリミルの声が聞こえる。サーシャは歯軋りしたが、ここから全力で走って向かったとしても二十分はゆうにかかってしまう。いくら虚無の系統の詠唱が長いとはいえ、間に合うものではない。
 本当に見守るしかできないのか、焦るサーシャの耳にブリミルの言葉が響いてきた。
「さて、今すぐ全世界に『生命』をかけたいところだが、そうもいかない。僕の精神力ではとても足りないからね」
「ならどうするっていうの? もったいぶらずにさっさと答えなさい!」
 こちらからの声も向こうに通じるだろうとサーシャが怒鳴ると、ブリミルは当然のように笑いながら言った。
「リーヴスラシル。僕の系統にはね、主の魔法力の消耗を代替する使い魔が存在するのさ。今まで君に遠慮して他の使い魔の召喚は避けてきたけど、見せてあげるよ。世界を終わらせる、僕の最後のパートナーをね」
 つまり、リーヴスラシルとは虚無の系統の補助燃料タンク、あるいは電池だということか。現代で見守っている面々は、確かにそれなら使い手の許容量を超えた魔法も使えると納得した。
 ブリミルはモニターごしに見守っているサーシャの前でサモン・サーヴァントの魔法を唱え始めた。いったいどんな使い魔が来るんだ? 息を呑んで見守る面々の前で、ブリミルが杖を振り下ろす。
 すると、召喚のゲートが現れた。ブリミルの前と、そしてサーシャの目の前に。
「これ、は……」
 サーシャは突然目の前に出現したゲートの輝きに困惑した。何故、ゲートがわたしの前に? わたしはすでにガンダールヴになっている、それなのに。
 現代で見守る面々も、まさかの出来事に目を丸くしている。
 つまり、リーヴスラシルに選ばれたのは……サーシャ自身。
 サーシャはその皮肉に笑いつつ、ディスプレイの中で使い魔を待っているブリミルを見ながらつぶやいた。
「そういうことなのね……っとに、さっきはああ言ったけど、運命ってやつはどこまでわたしにイヤがらせをすれば気が済むのかしら。でも、これならわたしがゲートを潜らなければ、あのバカはリーヴスラシルを得られなくて『生命』を使えない」
 そう、それが一番合理的だとアニエスやタバサはうなづいた。
 しかし、ルイズやミシェルらはわかっていた。サーシャは、そういうことができる人間ではないことを。

699ウルトラ5番目の使い魔 57話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:00:04 ID:esn0CqG6
「けどね……あのバカから逃げ出すなんてこと、わたしができるわけないじゃない。わたしの道は、いつでも前にだけあるんだから! いくわよぉーっ!」
 意を決してサーシャはゲートに飛び込んだ。傍から見れば、彼女も立派なバカの一員であるが、人間はわかっていても意地を通さねばならないこともある。
 ゲートを飛び越え、最初に見たのはブリミルの驚愕の顔であった。そのまま懐に飛び込んで、思い切り顔面を殴り飛ばす。ブリミルは派手に吹っ飛ばされて地面を転がった。
「ぐ、うぅぅ……な、なんで君が? いや、そうか、そういうことか」
「そうよ、どういうわけか知らないけど、わたしは二重に使い魔に選ばれちゃったみたいね。恨むなら、あんたの魔法を恨みなさいよ、バーカ!」
 事情をブリミルも理解し、自分の運命の皮肉に苦笑いした。なんたることか、最後くらいサーシャには負担をかけたくないと思っていたのに、とことんこの世は思い通りにならないようにできているらしい。
 ブリミルはゲートを通ってきたものがなんであれ、すぐにリーヴスラシルに契約して『生命』の魔法を使おうと思い、すでにコントラクト・サーヴァントの魔法は完成させていた。が、まさか相手がサーシャで、出てくるなり殴り飛ばされるなどとは完全に想定外であった。
「まいったねこれは。一応聞くけど、このまま僕と二重契約に応じてくれる気は?」
「死ね」
「だろうねえ」
 当たり前すぎる答えで笑うしかない。相手がそこいらのメイジや幻獣などだったら強制契約も可能だったが、相手がサーシャではそれもどうか。
 勝てないとは思わない。その気になればサーシャを打ち倒し、契約させることもできる。しかしそれは、いけない。
「弱ったね、僕にはどうしてもリーヴスラシルの力が必要なんだけれど」
「じゃ、どうする? 嫌がる女の子を押し倒して無理矢理唇を奪ってみる? それこそ最低ね!」
 サーシャを怒らせたことは山ほどある。けど、そんな強姦魔のような真似をして心を踏みにじることはしたくない。
 どうせすぐにふたりとも死ぬのだからいっしょではないか? そんなことはわかっている。けど、それでもサーシャに嫌われたくないと思ってしまうのは、人間の心の持つ矛盾というやつだろう。
 あきらめろと言ってくるサーシャ。だが、それでもブリミルは引くことはできなかった。ブリミルの心を覆う闇が、どこまでも終焉を求めて止まなかったのだ。
「仕方ない、僕だけでは不完全だけれど、それでもこの星の半分にかけるくらいはできるだろう。サーシャ、今度こそほんとうにさよならだ」
 ブリミルは杖を掲げて呪文を唱え始めた。その狂気に取り付かれた目に、サーシャは力づくでもブリミルを止めるために飛び掛る。しかしブリミルは杖をサーシャに向けて魔法を放った。

700ウルトラ5番目の使い魔 57話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:01:05 ID:esn0CqG6
『エクスプロージョン』
 魔法の爆発が炸裂し、サーシャの体が吹き飛ばされる。サーシャはとっさに受け身をとったが、その顔は驚愕に歪んでいた。
「そんな、同時にふたつの魔法を!?」
「サーシャ、僕はもう君の知っている僕じゃない。僕の中に渦巻く真っ黒い闇が、僕にどんどん力を与えてくれるんだ。今の僕にとって、生命を唱えながら君をあしらうなんて何ほどもない。そこで黙って見ていたまえ、痛くはないさ、すぐに終わる」
「確かにすごい力ね。けど、わたしはあんたほど世界に絶望しちゃいない。わたしひとりじゃあんたに勝てなくても、わたしには仲間がいるわ!」
 涼しげなブリミルにサーシャが啖呵を切った瞬間、猛烈な突風がその場を吹きぬけた。砂塵が巻き上がって視界が封じられ、そしてブリミルの動きが止まったとき、彼の体は大きな手に掴まれて宙に持ちあげられていた。
「リドリアス! 偉いわ、よくやったわね」
「なっ? こ、この怪獣は」
「わたしの新しい仲間よ。いくらあんたでも、わたしとこの子までいっしょに相手はできないでしょ。リドリアス、そのままそいつを捕まえてて、わたしがたっぷりおしおきしてあげるんだから」
 サーシャの危機に駆けつけてきたリドリアス。ブリミルも、さすがにこればかりは想定外であった。体はリドリアスにがっちりと掴まれて逃げ出せず、下手に呪文を唱えようものなら死なない程度に「ボキッ」としてやれとサーシャが命じてしまった。
「すごいねサーシャ。たったあれだけの時間で、もう新しい仲間を作ってしまうとは。本当に君には驚かされることばかりだ」
「それは違うわ。わたしはただ、前へ歩き続けただけ。歩き続けたから、巡り合いがあったのよ。ブリミル、考え直して。まだこの世界には生き残っている人が必ずいるわ。仲間を増やして、わたしたちの手で世界を作り直しましょう」
 必死にサーシャはブリミルを説得しようとした。まだ希望はある、世界を終わらせる必要なんてないんだと。
 だが、ブリミルの目に宿った虚無の光は消えなかった。いや、それどころかサーシャにとって最悪の事態が起ころうとしていたのだ。
「サーシャ、君の希望が彼にあるというのはよくわかった。しかし、君は大事なことを忘れている。この世界には、小さな希望なんかすぐに押しつぶしてしまう巨大な厄災があるってことを」
 ブリミルがそう言って空を見上げると、サーシャも釣られて空を見て、そして凍りついた。空には、いつの間にか金色の粒子が渦巻いていたのだ。
「ヴァリヤーグ!? こんなときに!」
 最悪のタイミングでのカオスヘッダーの来襲であった。
 まずい! ブリミルの魔法の強烈さに引き寄せられたのであろうか? いや、そんなことはどうでもいい。あれの目的は、ひとつだからだ。

701ウルトラ5番目の使い魔 57話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:02:23 ID:esn0CqG6
「逃げてぇ! リドリアス!」
 サーシャが叫んだときには遅かった。カオスヘッダーは一気に収束すると、リドリアスに向かって舞い降りてきたからだ。
 カオスヘッダーに取り付かれて苦しむリドリアス。ブリミルはその隙にリドリアスの手から逃れて、魔法でひらりと地面に着地した。
「仲間を作っても、どうせヴァリヤーグに奪い取られる。そんな世界に希望なんてない。だから終わらせるんだ、僕の手で」
 再び『生命』の魔法を唱え始めるブリミル。そしてリドリアスもカオスヘッダーに完全に取り付かれて、長い爪を持つ凶悪な姿のカオスリドリアスに変異させられてしまった。
 最悪に続く最悪の事態に、サーシャは悔しさで歯を食いしばった。
 けれど、それでもまだ終わってはいない。サーシャは駆けた、ブリミルの元へ。
「ブリミルーッ!」
「君は本当にあきらめが悪いね。無駄だと言っているだろう」
 エクスプロージョンの爆発がサーシャを吹き飛ばす。倒れこむサーシャを見下ろして、ブリミルは悲しげに告げた。
「そこでじっとしていてくれ。僕は、君をこれ以上苦しめたくない」
「誰が……ふざけたことを、言ってるんじゃないわよ」
 サーシャは立ち上がる。その目には、ブリミルと反対のものを宿らせて。
 しかしサーシャの敵は後ろにもいた。カオスリドリアスがサーシャを踏み潰そうと飛び掛ってきたのだ。
「リドリアス! やめて、正気に戻って」
 とっさにかわし、リドリアスに呼びかけるサーシャ。だが、カオスヘッダーに意識を乗っ取られてしまったリドリアスはサーシャの呼びかけにも応じずに、さらに口から破壊光線を放って攻撃してきた。
「きゃあぁぁーっ!」
 ガンダールヴの力でかろうじて避けたものの、余波でサーシャはまた吹き飛ばされた。全身を打ち、死ぬほど痛い。
 だが、サーシャは精霊魔法をリドリアスにぶつける気にはならなかった。リドリアスは自分の命の恩人、本当はとても心の優しい怪獣であり、今ではかけがえのない仲間なのだ、傷つけることはできない。
 一方で、カオスリドリアスにとっては人間たちの事情などは知ったことではなかった。サーシャを片付けると、今度はブリミルに向かって攻撃の手を伸ばす。だがブリミルはエクスプロージョンをぶつけて、カオスリドリアスを退けてしまった。
「リドリアス! この蛮人、リドリアスは操られてるだけなのよ」
「わかっているよ。しかし、ヴァリヤーグに取り付かれてしまうと、もう元には戻れない。それなのに君はすごいね、本当に君は……でも遅い。今、『生命』は完成した」

702ウルトラ5番目の使い魔 57話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:04:12 ID:esn0CqG6
 ブリミルは町へ向かって杖を振り下ろした。すると、町全体が光に包まれて一瞬のうちに消滅し、魔法の光はそのまま巨大な光のドームとなって膨れ上がり始めたのだ。
「は、はは。ついにやったよ、やったよサーシャ。あれこそが、『生命』の光だ。あの光がやがて世界中に広がって、その中の間違った命をすべて浄化してくれるんだ。すぐに僕らも、うっ!」
 言葉を途切れさせ、ブリミルは苦しそうにうずくまった。
 サーシャにはそれがすぐに精神力の異常な枯渇によるものだということがわかった。生命の強烈すぎる威力が、ブリミル自身を食い尽くそうとしているのだ。
 助けなくては、ブリミルは自分の魔法に食い尽くされて死んでしまう。けれどどうすれば? 生命力なら自分の魔法で回復できるが、精神力は移せない。
 いや、移せる……サーシャは、ブリミルを救える唯一の方法に気がついた。しかしそれをすれば……
「迷ってる暇は、ない。か」
 サーシャは苦笑すると、ブリミルの元に駆け寄って彼を抱き起こした。苦しげなブリミルが、うつろな瞳で自分を見上げてくる。
「サーシャ……?」
「しゃべらないで。今、助けてあげるから」
 サーシャはブリミルの頭を抱きかかえると、すっと自分の唇をブリミルの口に押し付けた。
 ふたりの三度目の口付け……死の淵にいたブリミルは、メダンの毒ガスの中でサーシャが息をくれたときと同じように、甘い蜜のような香りを嗅いだように思えた。
 そしてそれは、不発になっていたコントラクト・サーヴァントによる二度目の契約の合図。サーシャの胸元にルーンの刻まれる光が輝き、彼女は二度目となる焼け付く熱さを耐えた。
「うっ、ううぅ……っ」
「サ、サーシャ」
「大丈夫、使い魔の印が刻まれてるだけだから……」
 サーシャは痛みに耐え切った。サーシャはリーヴスラシルになった。だがそれは、ルーンが刻印されるなど比べ物にならない苦痛に襲われることを意味する。
 神の心臓、リーヴスラシル。その効果は、主の代わりになって己の命を削ることである。
「あっ、あああぁぁーっ!」
 ルーンが輝き、サーシャの全身から力が抜けていく。リーヴスラシルの力が働いて、ブリミルの代わりに『生命』の魔法がサーシャの命を吸い尽くそうとしているのだ。
 胸元を押さえて悲鳴をあげるサーシャを、意識を取り戻したブリミルが抱き上げた。

703ウルトラ5番目の使い魔 57話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:06:45 ID:esn0CqG6
「サーシャ、君は僕のために自分から。なぜだい、なぜそこまでして僕なんかのために?」
「な、なに言ってるのよ……わたしは、あんたに山ほど貸しがあるを忘れたの? それに、あんたが死んだらわたしは……わたしは、ひとりぼっちになっちゃうじゃない」
「サーシャ、僕は、僕は……」
 みるみる弱っていくサーシャを抱きかかえながら、ブリミルの心に自分でもわからない困惑が広がっていった。
「サーシャ、僕は救われる価値なんてない男だったのに、ごめんよ」
「な、なに言ってるの。蛮人の価値なんて、知ったことじゃないわ。あんたはただ、あんたでいればいいの。わたしは、それだけでいいんだから」
「うう……けど、もう遅いよ。『生命』の魔法は、もう僕にも止められない。リーヴスラシルの、君の力を吸い尽くしたら、あとは勝手に世界中に広がっていく。どのみち、もう数分の命なのさ」
 自嘲するブリミル。ほんの少し延命できても、すぐに生命の光に飲み込まれてすべてが終わる。
 だが、それを聞いたサーシャの顔に笑みが灯った。
「なあんだ、なら簡単じゃない」
「え?」
 ブリミルが反応する間もない瞬間のことであった。サーシャは片手で剣を逆手に持つと、半死人とは思えないほどの速さで、それをそのまま自分の胸へと突き立てたのだ。
 リーヴスラシルのルーンの真ん中を長剣が貫き、背中まで貫き通す。
 ごふ、とサーシャの口から血が吐き出され、サーシャの瞳から急速に生命の輝きが消えていく。そして少し遅れて、ブリミルの絶叫が響き渡った。
「サ、サーシャぁぁぁーーっ!」
 ブリミルは、いったい何が起こったのかわからなかった。抱き起こしたサーシャの体から血があふれ出し、ブリミルの手を赤く染めていく。
 しかしサーシャは、まるで勝ち誇ったかのように笑いながら言った。
「や、やった。『生命』が、わたしの命を吸って動くなら、吸い尽くされる前にわたしが死ねばいいってことよね……これで、あれは止まるわ。よかった」
 見ると、リーヴスラシルのルーンも力を失ったように輝きを消している。それに、『生命』の光も膨張をやめたようだ。
 だが、ブリミルにはそんなことはどうでもよかった。自分の腕の中で血の気を失っていくサーシャを抱きしめながら、とてつもない後悔が心を襲ってきていたのだ。

704ウルトラ5番目の使い魔 57話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:11:23 ID:esn0CqG6
「サーシャ、なんて……なんてことを。僕のせいだ、僕がこんなことをしたばっかりに」
「バカね、やっと正気に戻ったのね……よかった。最後の最後で、やっと本当のあなたに会えた」
「そんな、最後だなんて言うなよ。君はいつも、いつだって僕や誰かのために一生懸命で……僕は、僕は、ただ君のためになりたくて。君のことが大好きで」
 するとサーシャは、片手でブリミルの頬をなでながら優しく語りかけた。
「ありがとう……わたしも好きよ……バカで、マヌケで、役立たずで、明るくて、頑張り屋のブリミル。最初は大嫌いだったけど、今では大好き」
「死ぬな、死なないでくれサーシャ。僕がバカだった。やっと気づいたんだ。世界よりも何よりも、僕が大事なのは君だ! 愛してる! 君をもっともっと幸せにしたい。だから死なないでくれ。君を失ったら、僕は、僕は」
「大丈夫、あなたはきっと、ひとりでも立てるわ。そして、その力を今度は、大勢の人のために使って……あなたならきっと、世界を救えるわ」
「なぜだ、なぜ君はそこまでして他人のために……こんな、悪夢のような世界の中でも希望を持てるんだい?」
「言ったでしょ、未来に決まった形なんて無い。どんなことだって、最初はみんな夢物語だったんだよ……忘れないで、希望も絶望も、描くのはあなた……未来はいつでも、真っ白なんだよ……」
 サーシャのまぶたが閉じ、手がぱたりと地面に落ちた。
 サーシャ? サーシャ? おい、嘘だろう? ブリミルが揺さぶっても、もうサーシャが答えることはなかった。
 まさか、と思うブリミルの見ている前で、サーシャの左手のガンダールヴのルーンと胸のリーヴスラシルのルーンが消滅する。使い魔の印の消滅は、死別によるものだけである。
 ブリミルはサーシャの遺体を抱きしめ、慟哭した。
「うおおぉーっ! サーシャ! サーシャぁぁぁーっ!」
 大粒の涙を流しながらブリミルは叫ぶ。
 また……またも自分の愚かさのために、大切な人を失ってしまった。サーシャは、サーシャはこんなところで死ぬべきではなかったというのに。
 大罪人は自分のほうだ。本来ならば、この剣で刺されていなければいけないのは自分のはずなのに、サーシャは自分を犠牲にして助けてくれた。
「サーシャ、頼むから目を開けてくれ。僕は救世主なんかじゃない。ひとりぼっちで生きていけるほど強くない。僕には君が、君が必要なんだ」

705ウルトラ5番目の使い魔 57話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:13:20 ID:esn0CqG6
 サーシャは答えない。ブリミルはこのとき、サーシャの代わりに死ねたらどんなにいいだろうかと思った。
「誰か、誰でもいい、サーシャを助けてくれ! 代わりに僕の命をやる。サーシャ、僕をひとりにしないでくれえ」
 罪に気がついたときには、何もかも遅すぎた。世界を浄化しようなんてたわ言も、結局はサーシャの優しさに甘えていただけだった。
 サーシャがいつも隣にいて、笑ってくれる。それが、それが自分の原点だったというのに。
 だが、ブリミルには悲しみに浸り続けることも許されなかった。倒したカオスリドリアスが再度ブリミルを狙ってやってきたからだ。
「ヴァリヤーグ……あくまでも、僕らを滅ぼそうというつもりかい。もう僕から奪えるものなんて何もないというのに」
 サーシャを失った今、もう惜しいものなんて何もない。どうせ死ぬつもりだったんだ。いっそこのまま、サーシャといっしょに死ねれば幸せだ……けれど。
 ブリミルは涙を拭いて、サーシャを抱きかかえて立ち上がった。
「でも、僕の命は僕だけのものじゃない。サーシャが譲ってくれた、サーシャの命なんだ。僕は救世主なんかにはなれない。それでも、僕は世界のどこかで僕を待ってくれている人のために死ねない!」
 どんなにつらくても、どんなに苦しくても、もう投げ出したりはしない。サーシャの教えてくれた心で、最後まで歩き続ける。それが、サーシャに報いるための、自分にできるたったひとつの愛だから。
 光線を撃ち掛けてこようとしているカオスリドリアス。ブリミルは覚悟を決めた。もう魔法の力なんて残っていないけれども、サーシャの友人に背を向けない。絶対に、誰も見捨てない。
「僕は最後まで、あきらめない!」
 ブリミルの叫びが空を切る。
 目の前の巨大な絶望に対して、それはむなしい負け惜しみか、断末魔の叫びか。
 いいや、どんな絶望を前にしても、折れない強い意志は蟷螂の斧ではない。サーシャへの誓い、本当の愛に気づいたブリミルの魂の叫びは、その強い意志で奇跡を呼び寄せた。

706ウルトラ5番目の使い魔 57話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:23:02 ID:esn0CqG6
 星へと近づいていた青い流星が、方向を変えてブリミルとサーシャの元へ舞い降りる。それはまさに光のようなスピードで。
 カオスリドリアスの光線がブリミルへと迫り、ブリミルはサーシャを抱きしめて死を覚悟した。だがそのとき、青い光がふたりを包み込んで光線をはじき返し、神々しい輝きとなって闇を照らし出したのだ。
 
 光の中で、ブリミルはサーシャが誰かと話しているような光景を見た。
 辺りは光に包まれ、とても暖かい。ブリミルは、これが死後の光景かと思った。
「僕は、死んだのか? サーシャ、君が迎えに来てくれたのかい?」
「いいえ、あなたは死んでないわ。そして、わたしも」
「えっ? 確かに、君は」
「そう、けれどあなたのあきらめない心が、彼を呼び寄せてくれた。この世界を救える、最後の希望……ありがとうブリミル。おかげで、わたしももう一度戦える。あなたとわたしの故郷の、この大切な星を守るために!」
 サーシャの手のひらの上に、青く輝く美しい石が現れる。その輝石から放たれる光がサーシャを包み、思わず目を閉じたブリミルが次に目を開けたとき、ブリミルは荒野に立つ青い巨人の姿を見た。
 
 あきらめない心が運命さえも変える。本当の愛を知ったとき、ブリミルとサーシャの新しい旅立ちが始まる。
 さあ、歩み始めよう。君たちが掴んだ、新しい未来とともに。
 そして呼ぼう、希望の名を。サーシャの教えてくれた、青き勇者のその名前は。
 
「光の戦士……ウルトラマンコスモス!」
 
 
 続く

707ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:24:05 ID:esn0CqG6
今回はここまでです。どうも、長らくお待たせしてすみませんでした。
ハルケギニアの過去、ブリミルの秘密(黒歴史)編もいよいよ次で完結です。
てかブリミルさんをはっちゃけさせすぎたかも。読んだら察せられると思いますけど、トチ狂ってるときのブリミルのモデルは某変態紳士です。
この次は、なんとか4月中に投稿したいと思っているのでよろしくお願いします。では。

708名無しさん:2017/04/13(木) 23:44:36 ID:KHt5FrY6
乙です。
闇の仕草(聖人)

709ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:50:31 ID:oww8q7tg
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした。

さて、皆さま今晩は無重力の人です。
特に問題が無ければ21時54分から八十二話の投稿を開始したいと思います。

710ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:54:05 ID:oww8q7tg
 人の運勢と言うのは基本、極端に傾くという事は滅多に無い。
 運が良い時期が続けば続くほど後々運勢が急に悪くなり、かと思えば不幸の連続から突如幸運に恵まれる事もある。
 天気と人の気持ちに次いで、運勢というモノは人が読み当てるには難しい代物であり、占いを用いたとしても確実に当たる保証はない。 
 当たるも八卦、当たらぬも八卦とは良く言ったものである。どちらの結果になっても占いの吉凶はその人の運勢からくるものなのだから。
 運が良い人ならば凶と出てもそれを跳ね除けられるし、逆に運が悪ければどんな事をしても結果的には凶で終わってしまう。
 
 そして、最初にも書いた通り運勢という代物は決して極端にはならない。
 運が良い事が続けば続くだけ、それを取り立てるかのように不幸が連続して襲ってくるものなのだ。



 夕暮れ時のトリスタニアはチクトンネ街。夜間営業の店がドアのカギを開けて客を呼び込もうとしている時間帯。
 日中の労働や接客業を終えた者たちが仕事終わりの一杯と美味い料理、そして可愛い女の子を求めて次々に街へと入っていく。
 夏季休暇のおかげで地方や外国から来た観光客たちも、ブルドンネ街とは対照的な雰囲気を持つこの場所へと足を踏み入れる者が多い。
 街へと入る観光客は中級や下級の貴族が多いのだが、中には悠々とした外国旅行を楽しめる富裕層の貴族もちらほらといる。
 母国では名と顔が知られてる為にこういった繁華街へ足を踏み入れられない為に、わざわざここで夜遊びをするために王都へ来るという事もあるのだ。
 彼らにとって、地元の平民や下級貴族たちが飲み食いする者はお世辞にも良いモノとは言えなかったが、それよりも新鮮味が勝っていた。

 炭酸で味を誤魔化している安物のスパークリングワインや、大味ながら食べ応えのあるポークリブに、厨房の食材を適当に選んで切って、パンに挟んだだけのサンドイッチ。
 普段から綺麗に盛り付けされた料理ばかりを目にし、食してきた富裕層の者たちにとっては何もかもが目新しいものばかり。
 盛り付けはある程度適当で、食べられればそれで良いという酒場の料理に舌鼓を打っていく内に、自然と笑ってしまうのであった。

 そんな明るい雰囲気が漂ってくるチクトンネ街の通りを、一人の少年が必死の形相でもって走っている。
 短めの茶髪に地味なシャツとズボンという出で立ちの彼は、まだ十五歳より下といった年であろうか。
 そこら辺で仲間と話している平民の男と比べてまだまだ細い両腕には、いかにも重そうな革袋を抱ている。
 陽も落ち、双月が空へ浮かぶ時間帯。日中と比べて気温は少し下がったものの、少年の顔や服から露出している肌や汗にまみれている。
 無理もない。何せこの少年は両腕の袋を抱えたまま、かれこれ三十分以上も走り続けているのだから。
 ここまで走ってくるまで何度もの間、少年は何処かで足を止めて休もうかと悩んだ事もあった。
 しかし、その度に彼は首を横に振って走り続けた。――――袋を取り返そうとする゙アイヅから逃れる為に。

 赤みがかった黒目に、珍しい黒髪。そして悪魔の様に悠然と空を飛んで追いかけてくる゙アイヅは今も尚自分を追いかけてきている。 
 捕まれば最後…袋を奪われた挙句衛士達の手で牢屋に行けられてしまうに違いない。
 自分だけならまだ良い。だがしかし、彼には守らなければ行けない最後の一人となってしまった肉親がいる。
 彼女一人だけでは、自分の庇護無くして生きていく事なんてできやしないだろう。
「捕まるワケには…捕まるわけにはいかない…!」
 最悪の展開の先に待つ、更に最悪な結果を想像した少年は一人呟き、更に走る速度を上げていく。
 袋の中に入っだモノ゙―――金貨がジャラジャラ…という大きな音を立て続けており、それが彼に勇気を与えてくれる。
 この袋の持ち主であっだアイヅは言っていた。…三千エキュー以上も入っていると。
 つまりコイツさえ手に入れてしまえば―――手に入れる事が出来れば、暫くはこんな事をしなくて済む。
 ほとぼりが冷めたら王都を離れて、ドーヴィルみたいな療養地やオルニエールの様な辺境で安い家を買って、家族と一緒に暮らそう。
 畑でも作って、仕事を見つけて、三年前のあの日から奪われていた幸福を取り戻すんだ。

711ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:56:03 ID:oww8q7tg
「―――…ッ!見つけたわよ、そこの盗人!!」

 揺るぎない意思を抱いた彼が改めて決意した時、後ろの頭上から゙アイヅの怒鳴り声が聞こえてきた。
 突然の怒鳴り声に少年を含めた周りの者たちは足を止めて、何だ何だと頭上を見上げている。
 吃驚して思わず足を止めてしまった少年は口の中に溜まっていた唾を飲み込み、意を決して振り返った。


「さっさと観念して、私たちのお金を返しなさい…この盗人が!」
 振り返ると同時に、袋の持ち主であっだアイヅ―――――博麗霊夢が上空から少年を指さしてそう叫ぶ。
 黒帽子に白いブラウス、そして黒のロングスカートという出で立ちで宙に浮く彼女の姿は、何ともシュールなものであった。



 一体何が起こったのか?それを知るには今からおおよそ、三十分程の前の出来事まで遡る必要があった。
 事の発端を起こしたとも言うべき霊夢がニヤニヤと笑う魔理沙と気まずそうなルイズを伴って、とある飲食店から出てきた所だった。  
 いつもの巫女服とは違う姿の彼女はその両手に金貨をこんもりと入れた袋を持ったまま、カウンターで嘆く店主に向かって別れの挨拶を述べた。
「じゃ、二千六百二十五エキュー。しっかり貰っていくからね?」
「に…二度と来るんじゃねェ!それ持って何処へなりとでも行きやがれ…この悪魔ッ!」
 余裕癪癪な霊夢の態度に店の主は悔し涙を流して、ついでに拳を振り上げながら怒鳴り返す。
 その様子を店内で見守っている客たちは、霊夢と同じ賭博場にいた者達やそうでない者達も関わらず、皆呆然としている。
 無理もない。何せいきなりやってきた見ず知らずの少女が、ルーレットでとんでもない大当たりを引いてしまったのだから。


 当初は彼女に辺りを引かせてしまったシューターが慌てて店主を呼び、ご容赦願えないかと霊夢と交渉したのである。
 何せ二千六百エキュー以上ともなるとかなりの大金であり、この店の二か月分の売り上げが丸ごと彼女に手に渡ってしまうのだ。
 ここは上手いこと妥協してもらい、二千…とはいかなくともせめて五百までで許してくれないかと頭を下げたのである。
「お、お客様…何卒ご容赦願いまして…ここはせめて五百エキューで勘弁して貰えないでしょうか?」
「二千六百二十五。――…それ以下は絶対に無いし、逆に言えばそこまでで許してあげるからさっさと換金してきなさい」
「れ…レイム。いくら何でもそれは欲張り過ぎの様な…」
「無駄無駄。賭博で勝った霊夢相手に交渉なんて、骨折り損で終わるだけだぜ?」
 しかし霊夢は絶対に首を縦に振る事はせず、交渉は平行線となって三十分近くも続いた。
 いきなりの大金獲得という現実に認識が遅れていたルイズも流石に店主に同情し、魔理沙もまた彼に憐れみを抱いていた。
 事実霊夢は店の人間が出す妥協案を聞くだけ聞いて無視しており、考えている素振りすら見せていない。

 店側は、何とかゴネにゴネて追い出す事も出来たが…そうなると客の信用を失うことになる。
 数年前から始めたルーレットギャンブルはこの店を構えている場所では唯一の賭博場であり、常連の古参客たちもいる。
 そんな彼らの前で、大当たりを引いた客を追い出してしまえば彼らも店の賭博を信じなくなるだろう、
 そうなれば人づてに今回の話が街中に知れ渡り、結果的にはこの店――ひいては今まで築き上げてきた信頼さえ失ってしまう。
 十五年前からコツコツと続けてきて、今日までの信頼を得ている店主にとっては、それは店の売り上げ金と同列の存在であった。
 しかし、今はどちらか一つを差し出さねばならないのである。二か月分の売上を目の前に少女に上げるか、風評被害を覚悟に追い出すか…?
 
 そして店主にとって、どちらが愚かな選択なのかハッキリと分かっていた。

712ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:58:03 ID:oww8q7tg
『いやぁ〜!それにしても、随分と荒稼ぎしたじゃねぇかレイム。店の人間がみんな泣いてたぜ?』
「あら、アンタ起きてたの?何も喋らなかったから寝てるか死んでるかと思ったわ」
 半年分の功績を持ち逃げされた店を後にして数分してからか、今まで黙っていたデルフがようやく喋り出す。
 今にも自分の肩を叩いてきそうな勢いで話しかけてくる剣にそう返しつつ、霊夢は両手に持っていた大きな革袋へと視線を向ける。
 先ほどの店にあった賭博場で得た二千六百二十五エキューが二つに分けられて入っており、重さ的にはそれ程変わらない。
「ね、ねぇレイム…ホントに持ってきちゃって良かったの?勝ってくれたのは嬉しいけど…後が怖い気がするんだけど?」
 そんな彼女の肩越しに金貨満載の袋を見つめていたルイズが、冷や汗を流しつつそんな事を聞いてきた。
 あれだけ贅沢な宿じゃ眠れないとか言っておきながら、いざ大金を手にした途端にかなり気まずそうな表情を見らてくれる。

「何言ってるのよ?アンタがお金無いと良い宿に泊まれないっていうから、わざわざ私が大当たりを引いてやったっていうのに…」
「いやいや…!だからってアンタ、アレはやりすぎよ!?」
 怪訝な表情を見せる霊夢にルイズは慌てて首を横に振りつつ、最もな突っ込みをしてみせた。
 確かに事の発端は自分だと彼女は自覚していたものの、だからといってあんな無茶苦茶な方法に打って出るとは思っていなかっのたである。
 それと同時に、あのタイミングでどうやって大当たりを引けた理由にも容赦ない突っ込みを入れていく。
「大体ねぇ、シューターの使ってたボールのパターンを覚えて、しかも自分の勘で数字に張ったなんて…それこそ無茶苦茶だわ!」
 人の少ない通りで、両手を振り回しながら叫ぶルイズに霊夢は面倒くさそうに頬を掻きながらも話を聞いている。
 店を出てすぐにルイズは聞いてみたのである、どうやってあんなドンピシャに当てられたのかを。
 その時は久しぶりの博打と大勝で気分が良かった霊夢は、自慢げになりながらもルイズが叫んだ事と似たような説明をした。そして怒られた。
 
「別に良いじゃないの?だって勝ったんだし、魔理沙みたいにチビチビ張ってたらそれこそ時間が掛かるし…」
「…それじゃあ、そのインチキじみた勘とパターンとやらが外れてたらどうするつもりだったのよ」
「はは!そう心配するなよルイズ。霊夢の奴なら、どんな状況でも勝ってたと思うぜ?」
 二人の会話に嫌悪な雰囲気が出始めたのを察してか、すかさず魔理沙が横から割り込んでくる。
「マリサ、アンタまでコイツの擁護に回るつもりなの?」
 突然会話に入ってきた黒白へキッと鋭い睨みを利かせるも、魔理沙はそれをものともせずに喋り出す。
「そういうワケじゃないさ。ただ、コイツの場合持ち前の勘が良すぎて賭博勝負じゃあ殆ど敵なしなんだぜ?」
「……そうなの?」
「ちなみに…一時期コイツが人里の賭博場で勝ちまくって全店出禁になったのは、ここだけの話な」
「で…出禁…?ウソでしょ…っ!?」
 訝しむルイズは手振りを交えつつ幻想郷で仕出かした事を教えてくれた魔理沙の話を聞いて驚くと、思わず霊夢の方へと視線を向けた。
 当の本人はムスッとした表情で此方を睨んでいるものの、出禁になるまで勝てる程の人間には見えない。
 しかし、現にたったの七十五エキューで大勝した所を見るに、決して嘘と言うワケではないのだろう。

 暫し無言の間が続いた後、ルイズは気を取り直すように咳払いをした。
「……ま、まぁ良いわ。アンタの言うとおり、ひとまずはお金もゲットできたしね」
「やけに物わかりが良いじゃない?まぁそれならそれで私も良いけど」
 突っ込みたい事は色々あるのだが、大金抱えたまま街中で騒ぐというのはあまり宜しくない。
 できることなら宿に…それも貴族が泊まれる程の上等な部屋を手にいれてから、聞きたい事を聞いてみよう。
 そう誓ったルイズは、ひとまず皆の手持ち金がどれだけ増えたのか軽く調べてみる事にした。

713ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:00:02 ID:oww8q7tg
 最初にギャンブルに挑戦し、程よい勝利を手に入れた魔理沙は三百七十五エキュー。
 これだけでも相当な金額である。長旅ができる程の商人が寛げるそこのそこの宿なら夏季休暇が終わるまで宿泊できるだろう。
 次に…突如乱入し、恐らくあの店の金庫からごっそり金を巻き上げたであろう霊夢は桁違いの二千八百九十五エキューだ。
 ただしルイズの三十エキューも張った金の中に入っているので、それを半分に分けた千四百四十五エキューを彼女に渡す事となる。
 丁度金貨の袋を二つに分けて貰っていたので、ルイズは霊夢の右手の袋をそのまま頂く形で金貨を手に入れる。
 結果…。変装する際に購入した服の代金で三十エキュー減っていたが、その分を埋めてしまう程の大金が一気に舞い込んできた。
「これで私の所持金は…千八百十五エキュー…うわぁ、なんだかすごいことになっちゃったわ」
 巫女さんの手から取った袋のズッシリと来る嬉しい重みに彼女は軽く冷や汗を流しつつ、自然とその顔に笑みが浮かんでくる。
 一方の霊夢は軽くなった右手で持ってきていた御幣を握ると、ため息をつきながらも左手の袋へと視線を向けていた。
「その代わり私の手元に千四百四十五エキューまで減ったけどね。…何だか割に合わないわねェ」
『へっ、店の人間泣かすほどの大金持っていったヤツが良く言うぜ』
 彼女の言葉に軽く笑いながら突っ込みを入れているのを眺めつつ、ルイズは金貨入りの袋を腰のサイドパックに仕舞いこむ。
 パックは元々彼女が持っていたもので、遠出をする時には財布代わりに使えたりと何気に便利な代物である。
 黒革のサイドパックとそれを繋いでいる腰のベルトは共に丈夫らしく、大量の金貨の重量をものともしていない。
 これなら歩いている途中にベルトが千切れて、金貨が地面に散乱する…という最悪の事態はまず起こらないだろう。
 
「とはいえ、財務庁かどこかの安全な金庫に三分の二くらい置いといた方がいいわね…」
 天下の回りもの達を入れたパックを赤子を可愛がるかのように撫でながらも、ルイズは大通りへと出る準備を終えた。
 
 ひとまずは霊夢達のおかげで、個人的には少ないと思っていた資金を大量に増やす事が出来た。
 その二人はどうだろうかと振り返ってみると、魔理沙も既に準備を終えて霊夢と楽しそうに会話している。
「それにしても、私と霊夢にしちゃあ幸先が良いよな。何せ今日だけで数百エキューを、一気に三千エキュー以上に変えたんだぜ?」
「むしろ良すぎて後が怖くならないかしら?アンリエッタからの任務何てまだ始めてもないんだし」
 箒を肩に担ぎつつ、金貨の入った袋をジャラジャラと揺らしながら喋る魔理沙に、霊夢は冷めた様子で言葉を返している。
 魔理沙はともかく、彼女は金貨がこんもりと入った袋の紐を直接ベルトに巻き付けており、ルイズの目から見ても相当危なっかしい。
 この二人に財布的な物でも買ってやったほうがいいかしら。ルイズは一人思いつつも、この大金を手に入れてくれた巫女さんをじっと見つめていた。

 今更ながら、やはりあの霊夢が狙って三十五分の一に大博打に勝ったとは未だに信じにくかった。
 しかし、すぐにでも欠伸をかましそうな眠たい表情を見せる巫女さんのおかげて幾つもの窮地を助けられたというのもまた事実なのだ。
 ギーシュや土くれのフーケに、裏切り者のワルド子爵にキメラ達との数々の戦いでは、歳不相応な程の戦い方を見せてくれた。
 やはり魔理沙の言うとおり、彼女には常人には理解しがたい程の勘の良さがあるのだろうか。
「……ちょっと、ナニ人の顔をジロジロ見てるのよ」
「え?…い、いや何でもないわよ」
 そんな事を考えている内に自然と霊夢の顔を凝視している事に気付かず、怪訝な顔をした彼女に話しかけられてしまう。
 ルイズはそれを誤魔化すように首を横に振ると、気を取り直すかのように軽く咳払いしてから、大通りへと続く道へ体を向けた。
「さぁ行きましょう。ひとまずお金は用意できたから、ちゃんとしたベッドがある宿を探しに行くわよ」
「分かったぜ。…にしても、この時間帯でまだ部屋が空いてる宿ってあるのかねぇ?」
「無かったら困るのは私達よ。大量のお金を抱えたまま道路で野宿とか考えただけでも背すじに悪寒が走るわ」
 魔理沙の言葉にそう答えつつ、さぁいざ宿を探しに大通りへ――――という直前、突如デルフが声を上げた。

714ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:02:03 ID:oww8q7tg
『―――レイム、来るぞ!』
 鞘から刀身を出す喧しい金属音と共に自分を担ぐ霊夢の名を呼んだと同時に、彼女は後ろを振り返る。
 そしてすぐに気が付く。いつの間にか背後一メイルにまで近づいていた見知らぬ少年の存在に。
 自分の腰の大きな袋――金貨入りのそれへと伸ばしていた彼の右手を目にも止まらぬ速さで掴み、そして捻り上げた。
「……!おっ…と!」
「うわ…わぁっ!」
 流れるような動作でスリを防がれた少年が、年相応の声で悲鳴を上げる。
 少年期から青年期へと移り変わり始めてる青く未来のある声が奏でる悲鳴に、ルイズたちも後ろを振り向く。
「ちょっと、一体何…って、誰よその子供!?」
「スリよ。どうやら私が気づいてるのに知らないでお金を盗ろうとしたみたいね。そうでしょ?」
 驚くにルイズに簡単に説明しつつ、霊夢はあっさりとバレて狼狽えている少年を睨み付けつている。
 魔理沙は魔理沙で、幻想郷ではとんと見なくなっだ光景゙に手を叩いて嬉しそうな表情を見せていた。
「ほぉ!霊夢相手にスリを働く奴なんて久しぶりにお目に掛かるぜ」
「そうなの?…っていうかここはアンタ達の故郷じゃないし、アイツが盗人にどんな仕打ちをしたか知らないけれど…」
 結構酷いことしてそうよね…。そう言いながら、ルイズは巫女さんに捕まってしまっている少年へと視線を向ける。
 年は大体十三、四歳といったところか、身なりは綺麗だがマントをつけていない所を見るに平民なのだろうか。
 服自体はいかにも平民が着ていそうな質素で安い服装だが、ルイズの観察眼ではそれだけで平民か貴族なのかを判断するのは難しかった。

 しかし、だからといって霊夢にその子を自由にしてやれと指示するつもりは無かった。
 子供とはいえ見知らぬ人間が彼女に対してスリを働こうとしたのだ、それもこんな暗い時間帯に。
 少年の方も否定の言葉を口にしない辺り、本当に霊夢のお金を掠め取ろうと企てていたと証言しているようなものだ。
 犯罪を犯した子供にしてはやけに口静かであったが、その代わり少年の顔には明らかな焦燥の色が出ている。
 恐らくこれから自分が何処へ連れて行かれるのか理解しているのであろう。当然、ルイズもそこへ連れて行くつもりだった。
「…さてと、ちよっとしたハプニングはあったけどその子供連れて行くわよ」
「どういう意味よ?まさか飯でも食わせて手を洗いなさいとか説教垂れるつもり?」
 出発を促すルイズに霊夢がそんな疑問を飛ばしてみると、彼女は首を横に振りながら言った。
「まさか、゙衛士の詰所゙よ。今の時期なら牢屋で新しいお友達もできるだろうから楽しいと思うわよ?」
「……!」
 ワザとらしく、「衛士の詰所」という部分だけ強調してみると、少年はその顔に明確な動揺を見せてくれた。
 実際この時期、衛士の詰所にある留置場にはこの子供を可愛がってくれる連中が大量にぶちこまれている。
 夏の時期。彼らは蒸し暑い牢屋の中で気を荒くしつつも、新しくぶち込まれる犯罪者たちに゙洗礼゙浴びせたくてうずうずしている… 
 貴族でありそういった場所とは無縁のルイズでもそういう類の話は知っており、一種の噂話として認識していた。

 そうなればこの子供がどうなるのか明白であったが、そこまではルイズの知るところではなかった。
 仮にこの子供が貴族だとしても、大なり小なりの犯罪を犯そうとしたのならそれ相応の罰は受けるべきである。
 霊夢とデルフも同じような事を考えているのだろう。彼女は「ほら、ちゃっちゃと行くわよ」と少年を無理やり連れて行こうとしていた。
 それに対し少年は靴裏で地面を擦りながら無言で抵抗しつつ、ふと魔理沙の方へと視線を向けた。
「ん?何だよ、そんないたいけな視線なんか私に向けて。…もしかして私に助けてほしいのか?」
 少年の目線に気が付いた彼女はそんな事を言いながら、気まずそうな表情を見せる。
 ルイズの視線では彼がどんな表情を浮かべているのかは知らないが、きっと自分を助けてくださいという切実な思いが込めているに違いない。

715ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:04:02 ID:oww8q7tg
 あの黒白の事だ、自分が盗まれてないという事で情けを掛けるのではないだろうか?
 そんな想像をしたルイズが、とりあえず彼女に釘を刺そうと口を開きかけたところで、先に霊夢が魔理沙へ話しかけた。
「放っておきなさい、どうせ人様の金を盗むような奴なんか碌でもない事考えてるんだから」
「それは分かってるよ。……という事で悪いな少年、霊夢相手に盗みを働こうとした自分自身を恨めよな」
 …どうやら、二人の話を聞く分でも釘をさす必要は無かったようだ。
 無言の救難メッセージを拾われるどころか、そのまま海に突き返されたかの如き少年はガクリと項垂れてしまう。
 その様子を見てもう逃げ出すことはしないだろうと思ったルイズが、大通りへと続く道へと再び顔を向けた時、
「あ……あの、―――すいません」
「ん?」
 それまで無言であった少年が自分の手を掴む霊夢に向けて、初めてその口を開いた。
 まだ何かいう事があるのかと思った霊夢は心底面倒くさそうな表情のまま、目だけを少年の方へと向ける。
 彼はそれでも自分の話を聞いてくれると感じたのか、機嫌の悪い犬を撫でるかのように慎重に喋り出した。
「す、すいませんでした…も、もう二度としないから…見逃して下さい、お願いします」
「ふ〜ん、そうなんだ。――――そんなこと言いたいのならもう黙っててよ、鬱陶しいから」
 ひ弱そうな彼の口から出た言葉に霊夢はあっさりと冷たい反応で返すと、少年は食い下がるようにして喋り続ける。
「お願いします、どうか見逃して下さい。僕が捕まるとたった一人の家族が…妹がどうなってしまうか分からないんです、だから…」
「――――ほぉ〜ん、そういう泣き落としで私に見逃して貰おうってワケね?」
 ゙妹゙という単語に少し反応したのか、霊夢は片眉をピクリと不機嫌そうに動かしつつもバッサリ言ってやった。

「確かにアンタの妹さんとやらは可哀想かもね?――――アンタみたいなろくでなしが唯一の家族って事に」
 確かに、概ね同意だわ。――彼女の言葉に内心で同意しつつも、ルイズはほんの少し同情しかけてしまう。
 自分がヴァリエール家末っ子だという事もある。イヤな事もあったが、何だかんだで家族には大事にされてきた。
 だからだろうか、卑怯な手だと思いつつも少年の帰りを待っているであろゔ妹゙という存在を考えて、彼を詰所につれて行くのはどうかと思ってしまったのである。
(でも…ここで見逃したらまた再犯するだろうし、やっばり連れて行った方が良いわよね)
 けれども、家族がいるという情けで助けるよりも法の正義の下に叱ってもらった方が良いとルイズは思っていた。
 下手に見逃せば、今度は取り返しのつかない事になるかもしれないし、幸いにも盗みは未遂に終わっている。
 いくら衛士でもこの年の子供を牢屋にぶち込みはしないだろうし、きっと厳重注意で許してくれるに違いない。
 危うく少年の泣き落としに引っ掛りそうであったルイズは気を取り直すように首を横に振ってから、彼へと話しかけた。

「だったら最初からこんな事をしないで、ちゃんとした仕事を見つけた方が妹さんとやらの為じゃないの?」
 それはほんのアドバイス、犯罪で金稼ぎをしようとした子供に対する注意のつもりであった。
 だが、少年にとってはそれが合図となった。――――本気で相手から金を奪う為の。

「――――…………良く言うぜ、俺たちの事なんか何も知らないくせに」
「…え?」
「俺とアイツがどれだけ苦労して来たか、知らないくせに…!」
 先ほどまでのオドオドした姿からは利くとは思わなかった、必死にドスを利かせた少年なりの低い声。
 突然のそれに思わず足を止めたルイズが後ろを振り向いた時、彼の左手に握られている゙モノ゙に気が付く。

716ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:06:04 ID:oww8q7tg

 一見すれば細長い木の棒の様に見えるソレは、ハルケギニアでは最も目にする機会が多い道具の一つ。
 ルイズを含めた魔法を使う貴族―――ひいてはメイジにとって命と名誉の次に大事であろう右腕の様な存在。
 彼女の目が可笑しくなっていなければ、少年の左手に握られている者は間違いなく―――杖であった。
 そして、それをいつの間にか手にしていた少年の顔には、自分たちに対する明確な゙やる気゙が見て取れる。
 正にその表情は、街中であったとしてもお前たちを魔法で゙どうにかしでやると決意がハッキリと見て取れた。

 レイム!マリサ!…デルフ!最初に気が付いたルイズが、二人と一本へ叫ぶと同時に、少年は呪文を唱えながら杖を振り上げ―――
「ちょっとアンタ、後ろでグチグチうるさ―――――…ッ!?」
『うぉ…マジかよ、ソイツの手を離せレイム!』
 彼の手を握っていた霊夢がその顔にハッキリとした驚愕の表情を浮かべ、デルフの叫びと共に手を放してその場から飛び上がる。
 まるで彼女の周りに重力と言う概念がないくらいに簡単に飛び上がった所を見て、ようやく魔理沙も少年が握る杖に気が付く。
「うわわ…!マジかよ!」
 今にでも振り下ろさんとしているソレを見て霊夢の様な回避は間に合わないと判断し、慌てて後ろへと下がる。
 振り下ろされた時にどれ程の被害が出るかは分からなかったが、しないよりはマシだと判断したのである。
 二人と一本が、時間にして一瞬で回避行動に移ったところでルイズも慌ててその場に伏せると同時に、

「『エア・ハンマー』!」
 天高く振り上げた杖を振り下ろすと同時に、少年の周囲を囲むようにして空気の槌が暴れ回った。
 威力はそれ程でもないが、地面や壁どころか何もない空間で乱舞する空気の塊は凶暴以外の何ものでもない。
「きゃ…っ!ちょ、ちょっと何しているの、やめなさい!」
「ったく!相手がメイジだなんて、聞いてないぜ!?」
 少し離れて場面に伏せていたルイズは頭上を掠っていく空気の塊に小さな悲鳴を上げつつ、当たる事がないようにと祈っている。
 対する魔理沙は場所が大通り以上に狭い故に綺麗に避ける事ができず、吹き荒れる風に頭の帽子を吹き飛ばされそうになっていた。
 多少不格好ではあったものの、帽子の両端を手で押さえながらも彼女はギリギリのところで『エア・ハンマー』を避けている。

 一方で、デルフと共に上へと逃げ場を求めた霊夢は既にルイズたちのいる路地を見下ろせる建物の屋根に避難していた。
 デルフの警告もあってか一足先に五メイル程上の安全圏まで退避した彼女の右手には御幣、そして左手には鞘に収まったデルフが握られている。
「全く、泣き落としが効かないと感じたら即座に実力行使…ガキのクセに根性据わってるじゃないの」
『まぁ追い詰められた人間ほど厄介なものは無いって聞くしな』
 土埃をまき散らし、空気の槌が暴れ回る路地を見下ろしながらも霊夢はため息交じりにそう言った。
 これからどう動くのかは決めていたし、あの小僧が土煙漂う中でどこにいるのかも分かっている。
『……言っておくが、子供相手に斬りかかるんじゃねぇぞ?』
「安心しなさい。相手が化け物ならともかく、人間ならちゃんと気絶だけで済ませるわ。ただ…」
 骨の一本や二本は覚悟してもらうけどね?そう言って霊夢は、タッ…と屋根の上から飛び降りた。
 狙うは勿論、今現在出鱈目に魔法を連発している少年である。
 自分から働こうとした盗みを咎められたうえで逆上し、こんな事を仕出かすのなら少しお仕置きしてやる必要があった。
 いくら人通りのない場所とはいえすぐ近くには通りを行き交う人々がいる、下手をすればそんな人たちにも危害が及ぶ。
 そうなる前に霊夢が責任もってあの子供を黙らせることにしたのだ、一応は彼を捕まえた当人として。

717ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:08:02 ID:oww8q7tg
 飛び降りると同時に左手のルーンが光り出し、ガンダールヴの力が彼女へ戦い方を教えていく。
 どのタイミングでデルフを振り下ろすべきか、瞬時にかつ明確に霊夢の頭へと情報が入ってくる。
(…まだちょっとズレがあるけど、今はそれを言う程暇じゃないわね)
 ワルドと戦った時と比べて然程驚きはしなかったものの、左手から頭の中へ流れ込んでくる情報に多少の違和感を覚えてしまう。 
 土煙の先にいるであろう敵を倒そうと集中する中で、情報は彼女を邪魔しない様に注意を払ってくれている。
 あくまでもルーンは霊夢を主として扱い、彼女の行動を優先しているかのように動いていた。

 しかし霊夢にとっては、そのルーンの動き自体に゙違和感゙を覚えていたのである。
 焼印や首輪の様につけられた者の行動を制限する為ではなく、戦い生き残れる力を授けてくれるそのルーンに。
(まぁ今は考えても仕方がないし、それに…今は優先して片付けるべき事があるわ)
 時間にしてほんの一、二秒程度であったが、その一瞬だけでも既に地上にいる少年との距離は三メイルを切っていた。
 地面から舞い上がる土煙と、空間が歪んでしまう程のエア・ハンマーがあの子供の姿を上手いこと隠している。
 この状態でやり直し無理という状況の中、霊夢は鞘に入ったデルフの一撃で少年を止めなくてはならない。
 本当ならもしもの時に持ってきていたお札を使えれば楽だったのだろうが、あのエア・ハンマーの乱舞っぷりでは無駄遣いに終わるだろう。
 ならは御幣と言う選択もあったが、ここは実験の意味も兼ねてデルフを手にしてルーンの力を試したかったのである。

 そんな中、突然左手のルーンが明滅して彼女にタイミングを伝え始める。
 タイミングとは勿論、ルーンが光る手にもっているデルフを少年目がけて振り下ろすタイミングの事であった。
 いよいよね?霊夢が左手に力を込めた瞬間、彼女の中の時間が急にスローモーションへと変わっていく。
 地上にいる他の二人をも巻き込んでいた土煙が凝固したかのように固まり、エア・ハンマーとなった歪む空気の塊がすぐ足元で動きを止めていた。
 後もう少し遅ければ今頃あのエア・ハンマーで吹き飛ばされていたのだろうか?冷や汗ものの想像を頭の中から振り払いつつ、霊夢はデルフを振り上げる。

『忘れるなよ?しっかり手加減してやる事を』
 綺麗になった刀身と並べられるまで整備され、綺麗になったデルフが自身を振り上げる霊夢へ警告じみた言葉を告げる。
「分かっ―――――てる、わよ…とッ!!」
 そして、しつこく忠告してくる彼に若干苛立ちつつも、霊夢はそれに返事をしながら勢いよくデルフを振り下ろした。
 まずは足元のエア・ハンマーへと接触したデルフは刀身を光らせて、風の魔法で造られた空気の塊を吸収していく。
 その衝撃で飛んでいない状態である霊夢の体が宙へ浮いたものの、それはほんの一瞬であった。
 五秒も経たずにエア・ハンマーを吸収したデルフの勢いは止まることなく、少年が隠れているであろう土煙を容赦なく叩っ斬った。
 
 瞬間、大通りにまで響くほどの派手な音を立てて地面すらカチ割ってしまったのである。
 少年に近づけずにいた魔理沙やルイズ達は何とか事なきを得たが、今度は飛んでくる地面の破片に気を付けねばならなかった。
「きゃあ…!ちょ、レイム…アンタもやりすぎよ!?」
 顔や体に当たりそうな破片から避ける為またもや後ろへ下がるルイズが、派手にやらかした巫女へ愚痴を飛ばす。
 助けてくれたのは良かったものの、せめてもう少し穏便に済ませて欲しかったのである。
 ルイズは良く見ていなかったものの、恐らくデルフで少年を気絶させようとしたものの、それが外れて地面を攻撃したのだと理解していた。
 でなければあんな硬いモノが勢いよく砕けるような音は聞こえないし、もしも少年に当たっていれば大惨事となってしまう。

 しかし最悪の事態は何とか回避できたのであろう、晴れてゆく土煙越しの霊夢が悔しそうな表情を浮かべている。
 見た所あの少年の姿は見当たらず、霊夢の凶暴な一撃から何とか逃げる事ができたらしい。

718ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:10:05 ID:oww8q7tg
そして…彼女を中心に地面を罅割ったであろう、鞘に収まったままのデルフを肩に担いだ霊夢は彼に話しかける。
「デルフ…さっきのは手ごたえがなかったわよね?」
『だな。どうやら、上手いことさっきの土煙紛れて逃げたらしいな』
 どうやら彼女たちも少年が逃げたのには気づいているらしい、霊夢は周囲に警戒しながらも悔しそうな表情を見せていた。
 そんな彼女がド派手な着地を仕出かしてからちょうど二十秒くらいで、今度は魔理沙が口を開く。

「全く、お前さんは相変わらず周りの者に対する配慮というのがなってないぜ」
 さっきまで少年のエア・ハンマーで近寄れなかった彼女も、いつもの自分を取り戻して服に付いた土埃を払っている。
 それを見たルイズも、自分の服やスカートに地面から舞い上がった土が付着しているのに気が付き、払い落とし始める。
「随分と物騒な降り方じゃないか、せめて私とルイズを巻き込まない程度で済ましてくれよな?」
「ルイズはともかく、アンタの場合は多少の破片じゃあビビるまでもないでしょうに」
 気を取り直し、帽子に付いた土埃を手で払いのける黒白に冷たい言葉を返しつつ、霊夢は周囲に少年がいないのを確認する。
 デルフの言うとおり、やはり魔法を放ってきた時点でもう逃げる気満々だったのかもしれない。
 それならそれでいいが、仮にも自分の金を盗もうとしてきたのである。お灸の一つくらい据えたいのが正直な気持であった。

 だが、自分から消えてくれるのならば無理に深追いするつもりもなかった。
 そこまであの犯罪者に肩入れするつもりはなかったし、何より今優先すべき事は宿探しである。
「さて、邪魔者もいなくなったし…ここから離れて宿探しを再開するとしましょう」
「う、うん…。そうよね、分かったわ…―――――って、アレ?」
 いかにも涼しげな淑女といった風貌で、鞘に入った太刀を肩に担ぐ霊夢の姿はどことなく現実離れしている。
 先ほどの一撃を思い出しつつそんな事を思っていたルイズは―――ふともう一つの違和感に気が付く。
 それは彼女の全体から放つ違和感の中で最も小さく、しかし今の自分たちには絶対にあってはならないものであった。

「……ね、ねぇレイム。一つ聞きたい事があるんだけど」
「…?何よ、いきなり目を丸くしちゃって…」
 突然そんな事を言ってきたルイズに首を傾げつつも、霊夢は彼女の次の言葉を待った。
 そして、それから間を置かずに放たれた言葉は何ものにも囚われぬハクレイの巫女を驚愕させたのである。

「――――アンタがとりあえずって腰に付けてた金貨入りの袋、ものの見事に無くなってるわよ?」
「え…?それってどういう――――――エぇ…ッ!?」
『うぉお…ッ!?な、何だよイキナリ?』

 目を丸くした彼女に指摘され、思わずそちらの方へと目を向けた霊夢は素っ頓狂な声を上げ、その拍子にデルフを投げ捨ててしまう。
 無理もない、何せさっきまでベルトに巻き付けていた袋―――そして中に入っていた金貨が綺麗に無くなっていたからである。
 慌てて足元をグルリと見回し、それでも見つからない現実が受け入れず路地のあちこちへ見てみるが、やはり見つからない。
 音を立てて地面に転がったデルフには見向きもせずに袋を探す霊夢の表情に、焦燥の色が浮かび上がり始めた。
「無い、無い、無い!どういう事なのよ…ッ!」
『あちゃぁ…やったと思ってたらまんまとやられちまったっていうワケか』
 始めてみるであろう霊夢の焦りを目にしたデルフは、瞬時に何が起こったのか察してしまう。
 もしもここで見つからないというのなら、彼女が腰に見せびらかせていた金貨入りの袋は盗まれたというワケである。
 正に彼の言葉通り、やったと思ったらやられていたのだ。あの平民の姿をしたメイジの少年に。

719ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:12:03 ID:oww8q7tg
「う、ウソでしょ!?だってアイツの手を掴んだ時にはまだあったっていうのに…!」
「れ、レイム…」
 まるで自宅の鍵を排水溝の中に落としてしまった様な絶望感に襲われた霊夢は、今にも泣き出しそうな表情で金貨入りの袋を探している。
 いつもの彼女とはあまりにも違うその姿にルイズは妙な新鮮さと、その彼女から金を盗んだ少年の手際に感服していた。
 何時どのタイミングで盗んだのかは分からないが、少なくとも完全に自分たちの視線を掻い潜って実行したのは事実であろう。
 口に出したら間違いなく目の前で探し物をしている巫女さんに怒られるので、ルイズは心中でただただ感服していた。
「はっははは!あんだけ格好いい降り方しといて…まさかあの博麗霊夢が、お…お金を盗られるとはな…!」
 先程までの格好よさはどこへやら、必死に袋を探す彼女を見て魔理沙は何が可笑しいのか笑いを堪えている。
 まぁ確かに彼女の言う通りなのだが、実際にそれを口にしてしまうのはダメだろう。
「ちょとマリサ、アンタもほんの少しくらいは同情し、な……――――あぁッ!」
 彼女と同じく対岸の火事を見つめている側のルイズは、笑いを堪える魔理沙を咄嗟に咎めようとした時、またもや気づいてしまう。
 派手な一撃をかましてくれた霊夢と、その後の彼女の急変ぶりに気を取られていて、全く気付いていなかったのだ。
 あの少年が来るまで、魔理沙が手に持っていた今一番大切な物が無くなっていることに。

「うわ!な、なんだよ…イキナリ大声何か上げてさ」
「え…!?どうしたのルイズ、私のお金が見つかったの?」
 それまでずっと地面と睨みっこしていた霊夢がルイズの叫び声に顔を上げ、魔理沙も思わず驚いてしまう。
 本人はまだ気づいていないのだろうか、でなければ霊夢の事など笑っていられる筈が無いであろう。
 ある意味この中では一番能天気な黒白へ、ルイズは振るえる人差し指を彼女へ向けて言った。

「ま、魔理沙…!アンタがさっきまで手に持ってた金貨の入った袋…無くなってるわよ!?」
「え…?うぉおッ!?マジかよ、ヤベェ…ッ!」
 どうやら本当に気づいていなかったらしい。ルイズに指摘されて初めて、彼女は手に持っていた袋が無くなっていることに気が付いた。
 きっと魔理沙も霊夢の登場とその後の行動に目を奪われていたのだろう、慌てて足元に目を向けるその姿に溜め息をついてしまう。
「くっそぉ〜…、何処に落としたんだ?多分、あのエアハンマーの時に落としたと思うんだが…」
「何よ?あんだけ私の事バカにしといて、アンタも同じ穴の貉だったじゃないの」
 お金を探す自分の姿を、笑いを堪えて眺めていた魔理沙を見て、霊夢はキッと鋭く睨み付ける。
 何せついさっきま地べた這いずりまわって探し物をしていた自分をバカにしていたのだ、睨むなという方がおかしいだろう。
「うるせぇ。…あぁもう、何処に行ったんだよ、私の三百七十五エキューよぉ〜」
 霊夢の鋭い言葉にそう返しながらも、普通の魔法使いもまた地べたを這いずりまわる事となった。
 まだ分からないが、恐らく霊夢に続いて今度は魔理沙までもがスリの被害に遭ってしまった事に流石のルイズも冷や汗を流してしまう。

「こ、これはちょっとした一大事ね。まさかついさっきまであった二千エキュー以上が一気に無くなるなんて…」
 公爵家の令嬢と言えども、思わずクラリと倒れてしまいそうな額にルイズの表情は自然と引き攣ってしまう。
 幾らギャンブルで水増ししたとはいえ、流石に二千エキュー以上持ち歩くのはリスクが高過ぎたらしい。
 とはいえ近くに信用できそうな貸し金庫は無く、一番安全とも言える財務庁はここから歩いても大分時間が掛かってしまう。
 あの少年は自分たちが大金を持っている事を知っているワケは無い…とは思うが、彼にとってはとんでもないラッキーだったに違いない。
 …だからといって、このまま大人しく金を盗らせたまま泣き寝入りするというのは納得がいかなかった。
 いくら自分が被害に遭っていなくとも、一応は知り合いである二人のお金が盗られたのである。
 このまま何もしないというのは、公爵家の者として教育されてきたルイズにとって許しがたい事であった。

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:14:03 ID:oww8q7tg
 とりあえず、まず自分たちがするべきことは通報であろう。暗い路地で金貨入りの袋を探す二人を眺めながらルイズは思った。
 あの少年が盗んでいったのなら、間違いなく常習犯に違いない。それならば衛士隊が指名手配している可能性がある。
 もしそうなら衛士隊はすぐに動いてくれるし、王都の地理や犯罪事情は彼らの方がずっと詳しい。
 ドラゴンケーキの事はパティシエに聞け。――古来から伝わる諺を思い出しつつ、ルイズは次に宿の事を考える。
(いつまでもこんな路地にいるのも何だし、二人には悪いけど今すぐにでも泊まれる所を探さなきゃ…)
 王都の治安はブルドンネ街とチクトンネ街で大きく分けられており、前者は当然夜間でも見回りが行われている。
 しか後者は夜間の方が騒がしい繁華街のうえに旧市街地が隣にある分、治安はすこぶる悪い。
 
 つい数年前には、エルフたちが住まうサハラから流れてきた中毒性の高い薬草が人々の間で出回った事もあった。
 幸いその時には魔法衛士隊と衛士隊の合同摘発で根絶する事はできたものの、あの事件以来チクトンネ街の空気は悪くなってしまった。
 紛争で外国から逃げて来たであろう浮浪者やストリートチルドレンが増加し、国が許可を得ていない賭博店も見つかっている。
 特に、今自分たちがいる場所は二つの街の境目と言う事もあって人の行き来が激しく、深夜帯の事件も良くここで起きると聞いたことがあった。
 だからいつまでもこんな路地にいたら、怪しい暴漢たちに襲われてしまう可能性だってあるのだ。
 最も、自分はともかく今の霊夢と魔理沙に襲い掛かろうとする連中は、すぐさま自分たちの行いを悔いる事になるだろうが。
 
 そんな想像をしながらも、ひとまず金貨の入ったサイドパックへと手を伸ばし始める。
 可哀想だが、ここは二人に盗まれたのだと諦めてもらいすぐに衛士隊へ通報して宿探しをしなければならない。
 それで納得しろとは言わないが、ここは二人にある程度お金を渡して首を縦に振ってもらう必要があった。
 これからの事を考えている間も必死に路地で探し物をしている二人の会話が耳の中に入ってくる。
「魔理沙、もうちょっと照らしなさいよ。アンタのミニ八卦炉ならもっと調節できるでしょうに」
「馬鹿言え、これ以上火力上げたらレーザーになっちまうよ」
 どうやら、魔理沙のあの八角形のマジックアイテムを使って地面を照らしているらしい。
 ほんの少しだけ明るくなっている地面を睨みながら、それでも霊夢は彼女と言い争いを続けながら袋を探していた。
 何だかその姿を見ている内に、これまで見知らぬ異世界で得意気にしてきたあの二人なのかと思わず自分を疑いたくなってしまう。
 
 ルイズは一人ため息をつくと、その二人をここから連れ出す為にサイドパックを手に取ろうとして―――――
「ちょっと、アンタたち!いつまでもここにいた…―――…てっ、て…アレ?」
 ―――スカッ…と指が空気だけに触れていった感触に、思わず彼女は目を丸くして驚いた。
 本当なら、丁度腰のベルト辺りで触っている筈なのだ。――元々自分の私物であったあのサイドパックが。
 まるで霧となって空気中に霧散してしまったかのように、彼女の手はそれを掴むことはなかったのである。

 …まさかと思ったルイズが、意を決して腰元へと視線を向けた時、
「…え?えッ?…えぇえぇええええぇぇぇぇぇ!?」
 彼女の口から無意識の絶叫が迸った。絹を裂くどころか窓ガラスすら破壊しかねない程の悲鳴を。
 突然の事に彼女を放ってお金を探していた霊夢たちも慌てて耳を塞いで、ルイズの方へと視線を向けた。
「うっさいわねぇ!人が探し物してる時に…」
「わ、わわわわわわわわたしの…さささ財布…財布…私の、千八百十五エキューがががが…!」
 まるで八つ当たりをするかのように鋭い言葉を浴びせてくる霊夢に、しかしルイズは怒る暇も無く何かを伝えようとしている。
 しかしここに来て彼女の癖であるどもりが来てしまい、言葉が滑らかに口から出なくなってしまう。
 それでも、今になって彼女の腰にあった筈の財布代わりのサイドパックが無くなっているのに気が付き、二人は頭を抱えた。

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:16:03 ID:oww8q7tg
「えぇ?マジかよ、まさかルイズまで…」
「あのガキ…やってくれるじゃないの!」
 思わず口を押えて唖然とする魔理沙とは対照的に、霊夢は心の底から怒りが湧き上がってくるのに気が付く。
 家族の為スリだのなんだのでお涙ちょうだいの話しを聞かせてくれた挙句に、逆切れからの魔法連発。
 挙句の果てに自分たちの隙をついてあっさり持っていた金貨を全額盗られてしまったのだ。
 あの博麗霊夢がここまでコケにされて、怒るなと指摘する者は彼女に蹴りまわされても文句は言えないだろう。
 それ程までに、今の霊夢は怒りのあまり激情的になろうとしていたのである。
(相手が妖怪なら、即刻見つけ出して三途の川まで蹴り飛ばしてやれるんだけどなぁ…!)
 怒りのあまりそんな物騒な事を考えている矢先、ふと前の方から声が聞こえてきた。

「おーい!そんな路地で何の探し物してるんだよ間抜け共ォ!」
 それは魔理沙でもルイズでも、当然ながら地面に転がるデルフの声ではなかった。
 まるで生意気という概念を凝縮させて、人の形にして発したかのようなまだ幼さが残る少年の声。
 幸いか否か、その声に聞き覚えのあった三人はハッとした表情を浮かべて前方、大通りへと続く道の方へと視線を向けた。
 先ほどデルフで地面を叩いた際の音が大きかったのか、何人かの通行人達がジッと両端から覗いている小さな道。
 娼婦や肉体労働者、更には下級貴族と思しき者まで顔だけを出して覗いている中に、あの少年がいた。
 
 スリを働こうとして失敗したものの、最終的に彼女たちから大金を掠め取った、メイジの少年が。
 最初にあった時と同一人物とは思えぬイヤらしい笑顔を浮かべた彼は、ニヤニヤと笑いながらルイズ達へ話しかける。
「お前らが探してるのは、この金貨の山だろ!?」
 まるで誘っているかのようにワザと大声で叫ぶと、右手に持っていた大きな袋を二、三回大きく揺らして見せた。
 するとどうだろう。少年の両手で抱えられるほどの大きな麻袋から、ジャラ!ジャラ!ジャラ!と派手な音が聞こえてくる。
 それは三人に、あの麻袋の中に相当額の金貨が入っている…という事を教えていた。

「アンタ!それ私たちのお金…ッそこで待ってなさい!」
「喜べ!お前らが集めた金は、俺とアイツで有意義に使ってやるから、じゃあな!」
 思わず袋を指さしたルイズが、それを掲げて見せている少年の元へと駆け寄ろうとする。
 しかしそれを察してか、彼は捨て台詞と共に人ごみを押しのけて大通りへとその姿を消していく。
 通りからルイズたちを見ていた群衆も何だ何だと逃げていく少年の背中を見つめている。
 せめて捕まえようとするぐらいの事はしなさいよ。無茶振りな願望を彼らに抱きつつもルイズは大通りへと出ようとする。
 わざわざ向こうから自分たちのお金を盗ったと告白してきてくれたのだ、ならばこちらは捕まえてやるのが道理であろう。
 とはいえ、幾ら運動神経に自信があるルイズと言えど人ごみ多い街中であの少年を追いかけ、捕まえる自信はあまりなかった。

(あっちから姿を見せてくれたのは嬉しいけど、私に捕まえられるかしら?) 
 だからといって見逃す気は無いのだから、当然追いかけなければならない。
 選択肢が一切ない状況の中で、ルイズは走りにくい服装で必死に追いかけようとした。―――その時であった。
 だがその前に、彼女の頭上を一つの黒い人影が通過していったのは。
 ルイズは思わず足を止めて顔を上げた時、一人の少女が大通りへ向かって飛んでいくところであった。
 その少女こそ、今のところトリスタニアでは絶対に敵に回してはいけないであろう少女――博麗霊夢である。

「待てコラガキッ!アンタの身ぐるみ全部剥いで時計塔に吊るしてやるわ!」

 人を守り、魑魅魍魎と戦う巫女さんとはとても思えぬ物騒な事を叫びながら、文字通り路地から飛び出ていく。
 様子を見ていた人々や、最初から興味の無かった通行人たちは路地から飛んできた彼女に驚き、足を止めてしまっている。

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:18:02 ID:oww8q7tg
 大通りの真ん中、通行人たちの頭上で制止した彼女も少年を見失ったのか、しきりに顔を動かしている。
 そして、先ほど以上に驚嘆している人々の中に必死で逃げるあの男の子を見つけた彼女は、そちらに人差し指を向けて叫んだ。
「……見つけたわよ!待ちなさいッ!!」
「え?…うわっマジかよ、やべぇッ!」
 左手の御幣を見て彼女をメイジと勘違いしたのか、少年は焦りながらすぐ横の路地裏へと逃げ込んだ。
 相手を見つけた霊夢は「逃がさないわよ!」と叫びながら、結構なスピードでルイズの前から飛び去って行く。
 他の人たちと同じように彼女を見上げていたルイズがハッとした表情を浮かべた頃には、時すでに遅しという状況であった。
「ちょ…ちょっとレイム!私とマリサを置いてどこ行くのよ!」
「なーに、アイツが私達を置いていったんならこっちからアイツの方へ行ってやろうぜ」
『だな。オレっち達でアイツより先に、あのガキをとっちめてやろうぜ』
 両手を上げて路地で叫ぶルイズの背後から、今度は魔理沙と置き去りにされたデルフが喋りかけてくる。
 その声に後ろを振り向いた先には…既に宙を浮く箒に腰かけ、デルフを背負った魔理沙がルイズに向かって右手を差し伸べてくれていた。
 彼女と一本の頼もしいその言葉に、ルイズもまた小さく頷いて、差し出しているその手をギュッと握りしめる。

「勿論よ!こうなったら、あの子供を牢屋にぶち込むまで徹底的に追い詰めてやるわ!」
「そうこなくっちゃ。罪人にはそれ相応の罰を与えてやらなきゃ反省しないもんだしな」
 自分に倣ってか、気合の入ったルイズの言葉に魔理沙はニヤリと笑いながら彼女を箒に腰かけさせる。
 その一連の動作はまるで、お姫様を自分の白馬に乗せてあげる王子様のようであった。


 それから約三十分以上が経ち、ようやっと霊夢は少年を再度見つける事が出来た。
 大量の金貨が詰まった思い袋を抱えて走っていた彼の体力は既に限界であり、全力で走ることは出来ない。
 その事を知ってか、御幣の先を眼下にいる少年へと突きつけている彼女は不敵でどこか黒い笑みを浮かべながら彼に話しかけた。
「さてと、いい加減観念なさい。この私を相手に逃げ切ろうだなんて、最初っからやめとけば良かったのよ」
「…くそ!舐めやがって」
 袋を左脇で抱えると右手で杖を持ってみるが、今の状態ではまともな攻撃魔法は使えそうにも無い。 
 精々エアー・ハンマー一発分が限界であり、今詠唱しようにも隙を見せればやられてしまう。
 周囲は二人のやり取りに興味を抱いた群衆で固められており、このまま逃げても背中から羽交い絞めにされて捕まるのは明白であった。

(ち――畜生!ここまでは上手い事進んでたってのに、最後の最後でこれかよ)
 八方ふさがりとしか言いようの無い最悪の状況に、少年は心の中で悪態をつく。
 思えば最初に盗むのに失敗しつつも、土煙に紛れてあの少女達から金を盗んだところまでは良かったと少年は思っていた。
 だがしかし、霊夢が自由に空を飛べると知らなかった彼はあれから三十分間散々に逃げ回ったのである。
 狭い路地裏や屋内を通過して何とか空飛ぶ黒髪女を撒こうとした少年であったのだが、彼女相手にはまるで効果が無かった。
 ある程度走って姿が見えなくなり、逃げ切ったと思った次の瞬間にはまるで待っていたかのように上空から現れるのである。
 どんなに走ろうとも、どこへ隠れようとも気づいた時には手遅れで、危うく捕まりそうになった事もあった。
 
 けれども、幸運は決して長続きはしない。既に少年は自分の運を使い切ろうとしていた。
 博麗霊夢という空を飛ぶ程度の能力と、絶対的な勘を持つ妖怪退治専門の巫女さんを相手にした鬼ごっこによって。
 もしもハルケギニアに住んでいない彼女を知る者たちが、少年の逃走劇を見ていたのなら誰もが思うに違いない。
 あの霊夢を相手に、よくもまぁ三十分も走って逃げれるものだな…と。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:20:09 ID:oww8q7tg
「さぁ、遊びは終わりよ?さっさとその袋を足元に投げ捨てて、大人しくブタ箱にでも入ってなさい」
「く、くそぉ…」
 得意気な笑みを浮かべて自分を見下ろす霊夢を前にして、彼はまだ諦めてはいなかった。
 いや、諦めきれない…と言うべきなのか。自分の脇に抱えている、三千エキュー以上もの金貨を。
 
 これだけの額があれば、もうこんな盗みに手を出さなくて済む。
 王都を離れて、捜査の手が届かない所にまで逃げられれば唯一残った幼い家族と平穏に暮らせる。
 小さな家を買うか自分の手で建てて、小さな畑でも作る事ができればもうこんな事をせずに生きる事ができるのだ。
 だから物陰で彼女たちの話を聞き、彼は決意したのである。これを最後の盗みにしようと。
 今まで細々と続けていたスリから足を洗って、残った家族と共に静かな場所で人生をやり直すと。

 だからこそ少年は袋と杖を捨てなかった。自分と自分の家族の今後を守る為に。
 今まで見た事の無い得体の知れない金貨の持ち主の一人である少女と、退治する事を決めたのだ。
「こんなところで、今更ここまで来て捕まってたまるかよ…!」
「…まぁそう言うと思ったわ。もう面倒くさいし、ちょっと眠っててもらうわよ?」
 威勢の良い言葉と共に、自分を杖を向ける少年に霊夢はため息を突きながら、左手の御幣を振り上げる。
 杖を向ける少年は一字一句丁寧に呪文を詠唱し、彼と対峙する霊夢は御幣の先へと自信の霊力を流し込んでいく。
 
 周りで見守っている群衆はこれから起こる事を察知した者が何人かいたのであろう。
 上空にいる霊夢と少年の近くにいた人々は一人、二人と距離を取り始めている。
 双方ともに手を止めるつもりも、妥協する気も無い状態で、正念込めた一撃が放たれ様としている最中であった――――
「レイムー!」
「……!」
 空を飛ぶ霊夢の頭上から、自分の名を呼ぶルイズの声が聞こえてきたのは。
 突然の呼びかけに軽く驚き、集中をほんの少し乱された彼女は思わず声のした方へと顔を向けてしまう。
 そしてそれは、地上で呪文を唱えていた少年にとって千載一隅とも言えるチャンスをもたらす事となった。
 発動しようとしていた呪文のスペルを唱え終えた彼は、杖を持つ右手に力を込めて思いっきり振りかぶる。
 この一撃、たった一撃で十歳の頃から続いてきた不幸の連鎖と呪縛を断ち切り、自由となる為に、
 そしてその先にある新しい自由で、自分の支えとなってきた幼い家族と共に幸せな生活を築きたいが為に…。

「今までどこ飛んでたのよ、あの黒白は…」
 彼女が声のした方向へ顔を向けると、そこには丁度自分を見下ろせる高度で浮遊している魔理沙とルイズの二人がいた。
 ルイズは魔理沙の箒に腰かけているようで、フワフワと浮く掃除道具に動揺する事無く彼女を見下ろしている。
 この三十分どこで何をしていたのかは知らないが、ルイズはともかく魔理沙の事だろうからきっと自分が追い詰めるまで観察していたのだろう。
 まるで迷路に入れたハツカネズミがゴールまで行く過程を観察するかのように、さぞ面白おかしく見ていたのだろう。
 自分一人だけ使い走りにされてしまった気分になった霊夢は一人呟きつつも、頭上の二人に向けて右腕を振り上げて怒鳴った。
「こらー、アンタ達!一体どこほっつき飛んでたのよ」
「いやぁ悪い悪い、何せ重量オーバーなもんだからさぁ、少し離れた所でお前さんが追いかけてるのを見てたんだよ」
 霊夢の文句に魔理沙がそう答えると、彼女の後ろに引っ付いているルイズもすかさず声を上げた。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:22:04 ID:oww8q7tg
「私は追いかけてって言ったけど、マリサのヤツがアンタに任せようって言って効かなかったのよ」
 ルイズがそう言った直後、今度は魔理沙が背負っていたデルフがカチャカチャと金属音を立てながら喋り出す。
『そうそう、しんどい事は全部レイムに任せて美味しいところ取りしようぜ!…ってな事も言ってたな』
「あぁ、お前ら裏切ったなぁ〜!」
 ここぞとばかりに黒白の悪行を紅白へ伝えるルイズとデルフに、魔理沙はお約束みたいなセリフを呟く。
 明らかな棒読み臭い言葉に霊夢は呆れつつも、何か一言ぐらい言い返してやろうとした直前、背後から物凄い気配を感じた。
 そして同時に思い出す、今自分の背後へと杖を無ていた少年の存在を。

「ちょッ―――わぁ!」
 慌てて振り返ると同時に、眼前にまで迫ってきていた空気の塊を避ける事が出来たのは、経験が生きたからであろう。
 幻想郷での弾幕ごっこに慣れた彼女だからこそ、当たる直前に察知した直後に回避する事が出来た。
 汗に濡れたブラウスとスカートがエア・ハンマーに掠り、直前まで彼女がいた場所を空気の槌が通過していく。
 本来当たる筈だった目標に避けられた空気の槌は、決して魔法の無駄撃ちという結果には終わらなかった。
 ギリギリで避けてみせた霊夢とちょうど重なる位置にいた二人と一本へ、少年の放ったエア・ハンマーが勢いをそのまま向かってきたのである。
「げぇッ!?わわわ、わァ!」
『うひゃあ!コイツはキツイやッ』
 自分たちは大丈夫だろうと高を括っていた魔理沙は目を丸くさせて、何とか避けようとは頑張っていた。
 しかしルイズとデルフという積荷を乗せた箒は重たく、いつもみたいにスピードを活かした回避が思うように出来ない。
 それでも何とか直撃だけは回避できたものの、エア・ハンマーが作り出す強風に煽られ、見事バランスを崩してしまったのである。
 箒を操っていた魔理沙は強風で錐揉みしながら墜落していく箒にしがみついたまま、背負ったデルフと一緒にあらぬ方向へと落ちていった。
「ウソッ――――キャッ…アァ!」
「ルイズッ!」
 一方のルイズは魔理沙の気づかぬ間に箒から振り落とされ、王都の上空へとその身を投げ出してしまう。
 上空と言ってもほんの五、六メイルほどであるが、人間が地面に落ちれば簡単に死ねる高度である。
 エア・ハンマーを避けた霊夢が咄嗟に彼女の名を呼び、思わず飛び立とうとするが間に合わない。
 しかし始祖ブリミルは彼女に味方したのか、背中を下に落ちていくルイズは運よく通りの端に置かれた藁束の中へと落ちた。
 ボスン!という気の抜ける音と共に藁が飛び散った後、上半身を起こした彼女はブルブルと頭を横に振って無言の無事を伝える。

 魔理沙はともかく、ルイズがほぼ無傷で済んだことに安堵しつつ霊夢はキッと魔法を放った少年を睨み付ける。
 しかし、先ほどまで少年がいた場所にはまるで最初から誰もいなかったのように、彼の姿は消えていた。
 一体どこに…慌てて周囲に視線を向ける彼女の目が、再び人ごみの流れに逆らって走る少年の姿を捉える。
 先ほどのエア・ハンマーが人に当たったおかげで人々の視線も上空へと向けられており、今ならいけると考えたのだろう。
 成程。確かにその企みは上手くいったし、魔理沙にルイズという追っ手も上手い事追い払う事ができている。
 自分の視線も彼女たちへ向いてるし、何より助けに行くだろうから逃げるなら今がチャンスだろうと、そう考えているのかもしれない。

「けれど、そうは問屋が卸さないってヤツよ」
 必死に逃げる少年の後姿を睨みつけながら一人呟くと、霊夢はバっと少年へ向かって飛んでいく。
 今の今までは此方が優位だとばかり思っていたが、どうやら相手の方が一枚上手だったらしい。
 こっちが油断していたおかげで魔理沙とルイズは吹っ飛ばされ、挙句の果てにはそのまま逃げようとしている。
 ここまで来るともう子供相手だからと舐めて掛かれば、命すら取られかねないだろう。

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:24:03 ID:oww8q7tg
 とはいえ、自分が背中を見せて逃げる少年に対して使える手札は少ないと霊夢は感じていた。
 お札を使えば簡単に済むが、周りに通行人がいる以上下手に使えないし、それを考慮すれば針は尚更危険。
 そしてスペルカードなど言わずもがな。ならば使える手札はたった一枚、己の手足とこの世界で手に入れた御幣一本。
「だったら、本気でぶっ叩いてやるまでよ」
 御幣を握る左手に霊力を更に込めて、薄い銀板で造られた紙垂がその霊力で青白く発光する。
 並の妖精ならばたった一撃で゙一回休み゙に追い込める程の霊力を込めて、彼女は逃げる少年を空から追いかける。

 見つけた時は既に十メイル以上離されていた距離を、一気に五メイルまで縮めた所で速度を緩める。
 何ならフルスピードで頭をぶっ叩いても良いが、そうなると流石に少年の頭をかち割りかねない。
 窃盗犯を殺して自分が殺人犯になっては本末転倒である。
 だからここは速度を緩めて、しかし御幣を握る手には更に力を込めて少年へと近づく。
 幸い、余程疲労しているであろう彼の足はそれほど速くなく、もはや無理して走っている状況だ。
 必死に走る少年と、それを悠々としかし殺意満々に飛んで追いかける自分の姿を見つめる野次馬たちからも離れられた。
 今こそ絶好のチャンスであろう。ここで気絶させよう、そう思った霊夢が御幣を振りかぶった時、それは起こった。

「―――お兄ちゃん!」
「……!」
 ふと少年が走っている方向から聞こえてきた少女の声に、霊夢は振り上げた手を止めてそちらの方を見遣る。
 すると、前方から彼より背丈の小さい金髪の女の子が拙い足取りで走ってくるのが見えた。
 ルイズよりやや地味な白いブラウスと、これまた茶色の目立たないロングスカートと言う出で立ち。
 その両手には何かを抱えており、それを落とさぬように気を付けつつ必死に走ってくる。
 こんな時に一体誰なのかと霊夢が訝しむと、それを教えてくれるかのように少年が少女の名を叫んだ。
「り、リィリア…!おまっ…何でこんな所に…」
 息も絶え絶えにそう言う少年の言葉から察するに、どうやらあの子がアイツの言っていた妹なのだろう。
 てっきり口から出まかせかと思っていた霊夢も、思わずその気持ちを声として出してしまう。

「何?アンタ、アレって嘘じゃなかったのね」
「え?―――うぉわ!何でこんな所にまで来てんだよ…!?」
 どうやら走るのに夢中で追いかける霊夢に気づいていなかったようだ、少年はすぐ後ろにまで来てる彼女を見て驚いてしまう。
 何せ自分の魔法で吹き飛んで行った仲間を助けに行ったかと思いきや、それを無視して追いかけてきているのだ。驚くなという方が無理な話だろう。
「お、お前…!何で助けに行かないんだよ!?おかしいだろッ!」
「生憎様ね〜。ルイズはあの後藁束に落ちて助かったし、魔理沙のヤツは何しようがアレなら殆ど無傷だから」
 後デルフは剣だから大丈夫だしね。最後にそう付け加えて、霊夢は止めていた左手の御幣へと再び力を込める。
 それを見ていよいよ「殺られる…!」と察したのか、彼は自分の方へと向かってくる妹に叫ぼうとした。

「リィリア!は、早く逃げ――――」
「お兄ちゃん伏せて!!!」
 しかしその叫びは…いきなり自分目がけて飛びかかり、地面に押し倒してきた妹によって遮られた。
 年相応とは思えぬ勢いのあり過ぎる行動に少年はおろか、霊夢でさえも思わず驚いてしまう。
「ちょっと、アンタ何を…―――ッ!」
 予想外過ぎる突然の事に御幣を振り下ろしかけた霊夢が声を掛けようとした直前に、彼女は感じた。
 まさかここで感じるとは思いも寄らなかった、あの刺々しく荒々しい霊力を。
 そして気が付く。タルブで自分たちを手助けしてくれた、あの巫女もどきのそれと同じ霊力がすぐ傍まで来ている事に。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:26:02 ID:oww8q7tg
(気配の元はすぐ近く―――ッ!?でも、どうして…)
 一体何故?こんな時に限って、彼女の霊力をここまで近づいてくるまで自分は気が付かなかったのか。
 こんなに荒く、凶暴な霊力ならばある程度距離が離れていても感知できるはずであった。
 まるで何処かからワープして来たかのように急に感知し、そしてすぐ目の前というべき距離にまで来ている。
 唯でさえ厄介な今に限って、更に厄介なモノが近づいてくるという状況に霊夢が舌打ちしようとした―――その直前であった。

 前方、先ほどリィリアという少女が走ってきた場所から刺々しい霊力を感じると共に物凄い音が通りに響き渡った。
 まるで大きな金づちで思いっきり振りかぶって、レンガ造りの壁を粉砕したかのような勢いに任せた破壊の音。
 その音を作り出せるであろう霊力の塊が勢いよく弾ける気配を感じた霊夢は、慌てて顔を上げる。
 だが、その時既に霊夢が『飛んでくる』゙彼女゙を認識し、それを避ける事は事実上不可能であった。
 理由は二つほど挙げられる。一つは飛んでくる゙彼女゙の速度が思いの外かなりあったという事。
 体内から迸る霊力と何らかの手段をもってここまで『飛んできた』であろう彼女は、既に霊夢との距離を二メイルにまで縮めていた。
 ここまで来るとどう体を動かしても霊夢は避ける事ができず、成す術も無く直撃するしか運命はない。 

「…ッ!―――痛ゥ…ッ!」
 二つ、それはタルブのアストン伯の屋敷前でも経験したあの痛み。
 始めて彼女と出会った時に感じた頭痛が…再び霊夢の頭の中で生まれ、暴れはじめたのである。
 まるであの時の出来事を思い出させようとするかのように頭が痛み出し、出来る限り回避しようとした彼女の邪魔をしてきたのだ。
 刃物で刺されたかのような鋭い痛みが頭の中を迸り、流石の霊夢もこれには堪らずその場で動きが止まってしまう。

 そしてそれが、後もう少しで大捕り物の主役になけかけた霊夢がその座から無念にも滑り落ち、
 本日王都で起きたスリの中でも、最も高額かつ大胆な犯人を取り逃がす羽目となってしまった。
 
(――クソ…ッ――アンタ一体、本当に何なのよ!?)
 痛みで軋む頭を右手で押さえながら、霊夢はすぐ目の前にまで来だ彼女゙を睨みつけながら思った。
 自分よりも濃く長い黒髪。細部は違えど似たような袖の無い巫女服に、行灯袴の意匠を持つ赤いスカート。
 そして自分のそれよりも更にハッキリと光っている黒みがかった赤い目を持つ彼女の姿に、霊夢の頭痛は更にに酷くなっていく。
 不思議な事に時間はゆっくりと進んでおり、あと五秒ほど使って一メイルの距離を進めば゙彼女゙と激突してしまうであろう。
 激しくなる頭痛で意識が刈り取られそうなのにも関わらず冷静に計算できた霊夢は、すぐ近くにまで来だ彼女゙の顔を見ながら思った。
 良く見るど彼女゙も自分を見て「驚いた」と言いたげな表情をしている分、これは偶然の出会いだったのだろう。
 ゙彼女゙がどのような経緯でこの街にいて、どうして自分と空中で激突せるばならないのか?その理由はまでは分からない。
(アンタの顔なんか今まで見たことないし、初対面…なのかもしれないっていう、のに…だというのに―――)


―――――何でこうも、私と姿が被っちゃってるのよ? 
 最後に心中で呟こうとした霊夢は、その前に勢いよく真正面から飛んできた彼女―――ハクレイと見事に激突する。
 激しい頭痛と合わせて頭へ響くその強い衝撃を前にして、彼女の意識はプッツリと途絶えた。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:28:03 ID:oww8q7tg
以上で八十二話の投稿を終わります。今回はやや短めだったかな…?
それではまた来月末にでもお会いしましょう。それではノシ

728ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 10:58:55 ID:qB1md0Gc
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、58話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

729ウルトラ5番目の使い魔 58話 (1/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:01:37 ID:qB1md0Gc
 第58話 
 この星に生きるものたちへ
 
 カオスヘッダー
 カオスヘッダー・イブリース
 カオスヘッダー・メビュート
 カオスダークネス
 カオスウルトラマン
 カオスウルトラマンカラミティ
 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
「泣かないで、ブリミル……」
 
 自分の体が冷たくなり、意識が深い眠りの中に落ちていく中でサーシャは思っていた。
 あなたをひとりにしてごめんなさい。けれど、わたしはいなくなっても、あなたは残る。あなたには、人が持っていない特別な力がある。その力を正しく使えば、きっと多くの人を救える。
 さよなら……わたしの大嫌いな蛮人。さよなら、わたしの大好きなブリミル。
 けれどそのとき、サーシャの心に不思議な声が響いた。
 
「君は、本当にそれでいいのかな?」
 
 そう問いかける声が聞こえた気がした。
 これでいいのか? サーシャは思った。
 良いわけがない……答えは簡単だった。今頃、ブリミルは深く嘆き悲しんでいることだろう。自分だって、ブリミルと別れるのは嫌だ。
 ブリミルのことだ、ひとりで何かをやろうとしたって空回りして痛い目を見るに決まっている。獣を取ろうとすれば黒焦げにするし、野草を探せば毒草に当たるようなおっちょこちょいだ。
 できるなら、もっといっしょにいたい。魔法以外にとりえがないあいつを、支えてやりたい。
 けれど、それは無理なのだ。発動してしまった『生命』を止めるには、リーヴスラシルが死ぬしかない。この世界を救うには、自分が死ぬしかなかったのだ。

730ウルトラ5番目の使い魔 58話 (2/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:05:31 ID:qB1md0Gc
 悲しい、苦しい、帰りたい……でも、わたしの命は尽きた。もう、あいつの元には戻れない。
 
「しかし、君にはまだ意思がある。生きたいという意思が」
 
 不思議な声がまた響き、暗く冷たい深淵に沈んでいっていたサーシャを、暖かい光が掬い上げた。
 ゆっくりと目を開くサーシャ。彼女は明るく優しい光の中で、青い体を持つ銀色の巨人の手のひらの上に抱かれていた。
 
「あなたは、神様?」
 
 サーシャの問いかけに、巨人はゆっくりと首を横に振った。
 
「私は、君たちがヴァリヤーグと呼ぶ、あの光のウイルスを追ってこの星にやってきた者だ」
「じゃあ、あなたはブリミルと同じ、宇宙人なの?」
 
 巨人はうなづき、そして語った。あの光のウイルスを放っておけば、この星は滅ぼされてしまうだろう。
 サーシャが、止められないのかと問いかけると、巨人は、難しいと答えた。奴らの力は強大だ、それにこの世界はすでに大きく傷ついてしまっている。
 
「なら、もう手遅れだというの?」
 
 サーシャは悔しかった。どんなに頑張っても、命を懸けてブリミルにつないでも、もう遅かったというのか。
 いや、そんなことはない。サーシャは叫んだ。
 
「まだ終わってない! この世界には、まだわたしたちがいる。何度倒されても、わたしたちはその度に立ち上がってきた。何度焼き払われても、わたしたちは何度でも種を撒きなおす。この世界にわたしたちが生きているかぎ、りは……」
 
 サーシャは最後まで言い切る前に、どうしようもない事実に気づいて言葉を途切れさせてしまった。
 そうだ、自分は死んでしまったんだ。自分の剣で自分の胸を貫いて……死んだ人間にできることはない。

731ウルトラ5番目の使い魔 58話 (3/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:06:29 ID:qB1md0Gc
 しかしそのとき、落胆するサーシャの中に何か暖かいものが入ってくるのを彼女は感じた。
 
「これ、熱い……でもとても優しい感じ。あなた……わたしに、わたしにもう一度命をくれるの? わかったわ、この世界を救うために、わたしにもまだやれることがあるのね」
 
 途絶えていたはずの心臓の鼓動が蘇ってくるのを感じる。胸の傷はいつの間にか消えていた。
 巨人はうなづき、その姿が消えていく。
 最後に巨人はサーシャに自分の名前と、なぜサーシャを選んだのかを教えてくれた。それは、誰かを守りたいという強い意思を二人分感じたから。
 サーシャは、自分を守ろうとしてくれた誰かが誰なのかを知っていた。それは、あいつの心に絶望ではなく勇気が宿ったということを意味している。
 光の中でサーシャは立ち、そして振り返るとブリミルが呆然としながら立っていた。
 君は死んだのでは? じゃあ僕も死んだのか? と、問いかけてくるブリミルに、それは違うと答えるサーシャ。
 そう、自分は生きている。そして生きているなら、成し得ることがある。あなたの、世界の希望にはわたしがなる。
 
「ブリミル、未来はいつでも真っ白なんだって言ったよね。もうひとつ教えてあげる、絶望の色は真っ黒だけど、希望の色は虹色なのよ。見てて、あなたのあきらめない心がわたしに新しい命と光をくれた。今度はあなたの光にわたしがなる」
 
 サーシャの手のひらの上に青く輝く輝石が現れ、その光がサーシャを包んでいく。
 
「運命は変わる。どんな絶望も闇も永遠じゃない。わたしたちがそれをあきらめない限り、未来は切り開ける。だから、彼は来てくれた。力を貸して、明日のために! 光の戦士、ウルトラマンコスモス!」
 
 その輝きが、明日を切り開く力となる。
 悲しみを乗り越え、涙を笑顔に。青き慈愛の勇者が今、絶望の大地に降り立つ。
「シュワッチ!」
 光はここに。ウルトラマンコスモスの勇姿が初めてハルケギニアの星に現れ、構えをとるコスモスとカオスリドリアスが対峙する。

732ウルトラ5番目の使い魔 58話 (4/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:07:19 ID:qB1md0Gc
 ブリミルは少し離れた場所からコスモスを見上げながら、これは夢か幻かと唖然としている。だがこれは彼とサーシャによって実現した、まぎれもない現実なのだ。それを証明するため、コスモスと一体化したサーシャはリドリアスを救うべくカオスリドリアスに立ち向かっていった。
「シュワッ!」
 急接近したコスモスの掌底がカオスリドリアスの胸を打って後退させ、続いて肩口に放たれた手刀が体のバランスを崩させた。
 重心を崩されてよろけるカオスリドリアス。コスモスはその隙をついてカオスリドリアスの首根っこを押さえて取り押さえようと組み付いた。
 それはまるで、サーシャがリドリアスに「おとなしくして!」と説得を試みているようだった。
 しかし、カオスヘッダーに取り付かれたリドリアスは力づくでコスモスを振り払うと、くちばしを突き立ててコスモスを攻撃してきた。コスモスはその攻撃を腕をクロスさせて受け止め、攻撃の勢いを逆利用してはじき返す。
「ハァッ!」
 カオスリドリアスを押し返し、再び構えをとって向かい合うコスモス。カオスリドリアスも、コスモスが容易な相手ではないということを理解して、威嚇するように鳴き声をあげた。
 そしてブリミルは、夢じゃない、と現実を理解した。この足元から伝わってくる振動、空気を伝わってくる衝撃はすべて現実のものだ。
「本物の、ウルトラマン……! ウルトラマンは、本当にいたんだ」
 ブリミルは幼いころに聞かされたことがあった。マギ族は長い宇宙の旅路の中で、宇宙のあちこちの星に伝わる伝承も集めていたが、その中に宇宙には人々の平和を守る神のような巨人がいるという伝説があった。その巨人の名が、ウルトラマン。
 よくある宇宙神話だと思っていた……だが、伝説は虚無ではなく本当だったのだ。
 ブリミルの見守る前で、ウルトラマンコスモスとカオスリドリアスの戦いは再開された。コスモスに対して、カオスリドリアスは口から破壊光線を放って攻撃を始め、コスモスはそれを青く輝く光のバリアーで受け止める。
『リバースパイク』
 光線はバリアーで押しとどめられてコスモスには届かない。しかし、悔しがるカオスリドリアスが頭を振ったことで、バリアーから外れた光線が地を張ってブリミルに襲い掛かってしまった。
「うっ、あああああああ!」
 魔法力を使い切ってしまっているブリミルに避ける手段はない。光線と弾き飛ばされた岩塊が雨と降ってくる中で、ブリミルは思わず目をつぶった。
 だが、そのときだった。ブリミルの前に、閃光のようなスピードでコスモスが割り込んだ。
「シュワッ!」
 コスモスは光線を腕をクロスさせてガードすると、続いて目にも止まらぬ速さで腕を振って岩塊を弾き飛ばした。

733ウルトラ5番目の使い魔 58話 (5/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:08:28 ID:qB1md0Gc
『マストアーム・プロテクター!』
 人間の目では追いきれないほどの超スピードでの移動と防御技の連続に、守られたはずのブリミルは訳がわからずにぽかんとするしかなかった。
 コスモスの背にかばわれ、ブリミルには塵ひとつかかってはいない。ブリミルは、自分が守られたことさえすぐには理解できずにいたが、静かに振り返ったコスモスの眼差しに、どこか心が安らいでいく思いがした。
 そう、頼もしく、それでいて優しいコスモスの眼差し。ブリミルは、自分が守られているということを感じ取るといっしょに、この安らぎに自分が何になりたかったのかを知った。
「そうか、僕は……こうやってみんなを守りたかったんだ」
 なんで今まで気づけなかったんだろうか。自分には大それた使命などはいらない、ただこうして近くにいる誰かを守ることさえできればじゅうぶんなはずだった。そして誰でもない、サーシャをこうして守りたいと思ったのが自分の原点であったのに、自分はなんてバカだったのだろうか。
 敵に向き合い、味方に背を向け、誰かを守るにはそれだけでよかった。マギ族の犯した罪の重さなどに関係なく、サーシャは自分をいつも支えてくれた。自分もただそれに答えようとするだけでよかったのに。それなのに、悲しみに押しつぶされて道を過ち、サーシャさえ失いかけてしまった。答えは、こんなに単純だったのに。
 誰しも、自分の心はよく知っているようで大事なことは見落としているものだ。それゆえに道を誤るのも人の常、しかし過ちは過去のものとしなければならない。過ちを糧として未来につなげるため、コスモスは戦う。
「ヘヤッ!」
 間合いを詰めて、コスモスの掌撃がカオスリドリアスを打つ。破壊力はほとんどないが、いらだったカオスリドリアスの反撃をさらにさばいて消耗を強いていく。カオス怪獣とて生物だ、激しく動き続ければそれだけ疲れが蓄積していく。
 しかし、カオスリドリアスはコスモスと陸上で戦い続けてもらちが明かないと判断して、羽を広げると空に飛び上がった。それを追ってコスモスも飛び立つ。
「ショワッ」
 空を舞台に、コスモスとカオスリドリアスの空中戦が始まった。
 まずは、先に飛び立ったカオスリドリアスが上空で反転して、高度を利用してコスモスに体当たりをかけてきた。舞い降りる赤色の流星と、舞い上がる群青の流れ星。
 激突! しかしコスモスはカオスリドリアスの体を一瞬で掴まえて、そのまま自分を軸にコマのように回転するとカオスリドリアスを放り投げた。カオスリドリアスは空中でのきりもみ状態には慌てたものの、すぐに羽を広げて立て直し、口からの破壊光線を放ってくる。対してコスモスは腕を突き出し、青い光線を放って対抗した。
『ルナストラック』
 ふたつの光線がぶつかり合って相殺爆発し、赤い光が辺りを照らし出す。

734ウルトラ5番目の使い魔 58話 (6/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:09:35 ID:qB1md0Gc
 しかし、爆発の炎が収まる間もなく両者の空中戦は再開された。カオスリドリアスとコスモスが目にも止まらぬ速さで宙を舞い、激突し、その光景はブリミルの目にはまばゆく輝く二匹の蛍が舞い踊っているかのようにさえ見えた。
 前後左右、上下のすべての空間を使った三次元戦闘が超高速で繰り広げられることで、風がうねり、雲が裂ける。だが、空中戦のさなかにカオスリドリアスが勢い余って、静止していた『生命』の光に触れそうになり、コスモスは回り込んで突きとばした。
「ハアッ!」
 リドリアスは野生の生き物なのでマギ族の自爆因子はないはずだが、マギ族の改造処置は手当たり次第に行われていたので万一ということがある。カオス化したとはいえ、マギ族の自爆因子がもし遺伝子内にあったとしたら、リドリアスが生命に触れたら即死につながる。対して自爆因子を持たないコスモスなら生命の光に触れても影響はない。
 リドリアスを間一髪救えた事で、コスモスの中のサーシャはほっと胸をなでおろした。それと同時に、ブリミルはコスモスがリドリアスを本気で救おうとしているのを確信した。
「怪獣さえ救おうとする……いや、それは僕らの思い上がりか」
 ブリミルは自嘲した。さんざん命を弄んできたマギ族だが、命は誰しもひとつしか持っていない大切なものなのだ。生態として共存できないものはあっても、生き物は無益な殺戮をしないことで互いを生かし合っている。それがバランスを保ち、平和を保っている。互いを尊重し、誰かを生かすことは巡り巡って自分を生かすことにつながるのだ。
 いや、それは理屈だ。相手が怪獣であっても関係ない、誰かを救いたいと思う心がすべての始まりになる。サーシャはマギ族である自分を救ってくれた、だから今の自分はここにいる。その優しさを思い出したとき、胸が熱くなる。
「がんばれ、がんばれ! ウルトラマン!」
 自然に応援の声が口から飛び出していた。胸の中から湧き上がってくる、この明るく熱く燃える炎を抑えるなんてできない。できるわけがない!
 ブリミルの応援を聞き、コスモスとサーシャはさらに強く決意を固めた。なんとしても、リドリアスを救わねばならない。
〔コスモスお願い、あなたの力でリドリアスを解放してあげて〕
 リドリアスが暴れているのはヴァリヤーグのせいだ。取り除いてやれば、リドリアスはきっと元に戻る。
 幸いコスモスは今、生命の魔法の光球を背にしている。その強烈な光に幻惑されて、カオスリドリアスはコスモスを見失っており、今がチャンスだ。
 コスモスはリドリアスに取り付いているヴァリヤーグの位置を把握するために、目から透視光線を放ってリドリアスを透かして見た。

735ウルトラ5番目の使い魔 58話 (7/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:01 ID:qB1md0Gc
『ルナスルーアイ』
 見えた! リドリアスの体内で光のウイルスが集中している箇所がある。そこから取り除くことができれば、きっとリドリアスは元に戻る。
 コスモスは生命の光の中から飛び出すと、そのままカオスリドリアスに組み付いて地面に引き釣り下ろした。
「テアッ!」
 組み付き、羽を押さえることで飛行能力を抑えて墜落に追い込み、コスモスとカオスリドリアスはもつれ合いながら地上を転げる。しかしコスモスは着地の瞬間も自分が下になるように調節し、リドリアスへのダメージを最小限に抑えた。
 再び離れて向かい合う両者。だがカオスリドリアスは肉体へのダメージは少なくとも目を回している、今がチャンスだ! コスモスは優しい光を掌に集めると、子供の背を押すように優しく右手を押し出しながらカオスリドリアスに光を解き放った。
『ルナエキストラクト』
 浄化の光がカオスリドリアスに浸透していき、その体から金色の粒子が抜け出して天に帰っていく。そして変異していたカオスリドリアスの体も元のリドリアスのものに戻った。正気を取り戻したリドリアスの穏やかな鳴き声が流れると、ブリミルは奇跡が起きたのだと思った。
 しかし、まだ終わってはいない。膨張はやめたものの、『生命』の魔法の光球はまだ残っている。これを地上にそのまま残しておくのは危険すぎる、コスモスは手からバリアーを展開すると、『生命』の光球を押し上げながら飛び立った。
「ショワッチ」
 コスモスの十倍は優にある光球が下からコスモスに持ち上げられてゆっくりと上昇していく。ブリミルは光球が小さくなっていくのを呆然としながら見上げていた。
 そしてコスモスは光球を大気圏を抜けて宇宙空間にまで運び上げた。星星が瞬く中で、コスモスは空間に静止するとバリアーごと光球を押し出した。漆黒の宇宙に向かって流れていく光球を見つめながら、コスモスは右腕を高く掲げながら戦いの姿へと転身した。
『ウルトラマンコスモス・コロナモード!』
 炎のようなオーラを輝かせ、コスモスの体が赤い太陽の化身へと移り変わって闇を照らす。
 遠ざかっていく『生命』の光。そして、悪魔の光を消し去るために、コスモスは頭上に上げた手を回転させながら気を集め、突き出した両手から真紅の圧殺波動にして撃ち放った。
『ブレージングウェーブ!』
 超エネルギーの波動攻撃を受けて、『生命』の光球は一瞬脈動すると、次の瞬間には大爆発を起こして砕け散った。
 爆発の光を受けてコスモスの姿が一瞬輝き、そして爆発が収まると、コスモスは惑星を振り返った。そこには、青さの面影を残しながらも黒く濁りつつある惑星の姿があった。
 爆発の閃光は地上からも伺うことができ、ブリミルは『生命』の最後の瞬きを望んで、自分の愚かな夢が終わったのだと悟った。

736ウルトラ5番目の使い魔 58話 (8/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:49 ID:qB1md0Gc
「これで、やっと……」
 ブリミルのまぶたが重くなり、強烈な睡魔に襲われた彼は、疲労感に誘われるままに砂の上に倒れこんだ。
 
 次にブリミルが目を覚ましたときに最初に見たのは、自分の頭をひざの上に抱きながら心配そうに見下ろしてくるサーシャの顔だった。
「やあ、サーシャ。おはよう、かな?」
「ばか、寝すぎよ……朝よ、今日も昨日と同じ、ね」
 ブリミルの目に、地平線から昇る朝日の光が差し込んでくる。空には厚い雲がかかっているが、その切れ端から覗くだけでも太陽の光は美しかった。
 ああ、この世界はまだこんなに美しい。ブリミルの心を、すがすがしい気持ちが流れていく。
「サーシャ、君は……?」
「生きてるわよ。あなたのおかげ、まあ無くしたものもあるけどね」
 そう言うと、サーシャは左手の甲を見せた。そこにはガンダールヴのルーンはなく、それに胸元を睨まれながら覗いて見てもリーヴスラシルのルーンはなかった。
 つまり、あれは夢ではなかった。信じられない気もするが、傍らに目をやれば、こちらを見下ろしているリドリアスの視線と目が合って、現実を受け入れることを決めた。
「サーシャ、体は?」
「大丈夫、彼が治してくれたわ」
「彼……?」
「後でまとめて話すわ。でも、わたしたちが見て体験したことは全部真実……ねえ、ブリミル」
 そこまで言うと、サーシャは一呼吸を置いて、ブリミルの目を見つめながらゆっくりと言った。
「もう一度、希望に賭けてみない?」
 ブリミルは目を閉じて、静かにうなづいた。

737ウルトラ5番目の使い魔 58話 (9/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:02 ID:qB1md0Gc
 サーシャにはかなわない、今回は心底そう思った。最後まであきらめない力が、こんなにも強かったなんて。サーシャには教えてもらうことがまだまだたくさんある。これからも、できれば、一生かけてでも。
「サーシャ、僕からもひとつ、お願いがあるんだけど」
「ん? 何?」
 ブリミルは起き上がると、真っ直ぐにサーシャの目を覗き込んで告白した。
 
「僕と、結婚してくれないか!」
 
 その瞬間、時が止まった。
 え? サーシャは自分が何を言われたのかを理解できずにぽかんとしたが、意味を理解すると顔を真っ赤にしてうろたえた。
「な、ななななななな、いきなり何を言い出すのよ! わ、わわ、わたしと何ですって!?」
「結婚してくれ。わかったんだ、僕には君が絶対必要なんだって! いや、それ以上に僕は君が好きだ。君がそばにいると幸せだ、君と話してるとドキドキする。君のためならなんでもしてあげたい。この気持ちを抑えられない! 抑えたくないんだ!」
 熱烈な愛の告白に、サーシャは赤面しながらうろたえるばかり。しかしブリミルに手を取られて再度「頼む!」と迫られると、あたふたしながらも答えようとし始めた。
「そ、そんなこと突然言われても。わ、わたしまだ結婚なんて考えたこともないし、その」
 顔は真っ赤で汗を大量に流しながら、サーシャは必死に釈明しようとしたがブリミルは引かなかった。
「僕には君しかない。君が好きなんだ! 君だって、僕のことが好きだって言ってくれただろう?」
「あ、あれは友達として、仲間として好きだってことでその……いや、でもわたしはその。別に嫌いってわけじゃなくて、その」
「ならオッケーじゃないか。僕は君がいないとどんなにダメな男かってわかったんだ。いや、僕は君にふさわしい立派な人間になれるよう努力する。もう二度と絶望してバカなことしたりしない。だから、一生のお願いだ」
「そ、そんなこと言ったって、わたしにも心の準備ってものが」

738ウルトラ5番目の使い魔 58話 (10/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:54 ID:qB1md0Gc
「ごめんよ。でも僕は君を失いかけて、君がどんなに大切だったか思い知ったんだ。もう一時たりとも君のことを離したくない。君を抱きしめてメチャクチャにしたいくらいなんだーっ!」
「ちょ、ちょ! ちょっと落ち着きなさいよ、この蛮人がぁーっ!」
「ぐばはぁーっ!?」
 見事なアッパーカットが決まり、ブリミルの体は宙を舞ってきりもみしながら砂利の上に墜落した。
 危なかった。あとちょっとでカミングアウトから子供には見せられない展開になっていたところだった。
 サーシャは肩で息をしながら立ち上がると、地面に落ちて伸びているブリミルの元につかつかと歩み寄って、その頭をずかっと踏みつけた。
「あんた、何また別のベクトルで正気失ってるのよ。誰が? 誰を? どうするですって?」
「ごめんなさい、気持ちに素直になりすぎました」
「女の子を口説くときにはもっとムードとかあるでしょうが、一生の思い出になるのよ」
「ほんとにごめんなさい、許してください」
「っとに……けどまあ、あんたの正直な気持ちはわかったわ。ほんとなら五部刻みで解体してやるとこだけど、今回だけは大目に見てあげる。ほら、立ちなさいよ」
 サーシャが足をどけると、ブリミルはいててと言いながら砂を払って立ち上がった。さすがの頑丈っぷり、才人と同じで復活が早い。
 そしてブリミルは今度は真剣な表情になってサーシャに言った。
「サーシャ、好きだ。僕と結婚してくれ」
 今度は真面目な告白に、サーシャも表情を引き締める。そしてブリミルと視線を合わせると、自分の答えを返した。
「ごめんなさい、今はあなたの思いを受け入れられないわ」
「ううん……やっぱり、今の僕じゃいろいろ足りないのかな」
「そうね。けど、結婚ってのはもっとたくさんの人に祝福してもらいたいじゃない。今のわたしたちはたったのふたり、それもこんな殺風景な荒野じゃ式の挙げようもないでしょ? あなた、わたしにウェディングドレスも着せないつもり?」
「そ、それじゃあ」
 喜色を浮かべるブリミルに、サーシャは優しく微笑んだ。

739ウルトラ5番目の使い魔 58話 (11/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:15:10 ID:qB1md0Gc
「もっと仲間を集めて、平和を取り戻して、小さな家にでも住めるようになれたとき、そのときにまだわたしのことを好きでいたら、いっしょになりましょう。そして」
「ああ、世界中に知れ渡るほどの盛大な結婚式を挙げよう。そして、必ず君を幸せにする。約束する」
 ブリミルとサーシャは、今度は互いに強く抱きしめあった。そして、どちらからともなく唇を合わせる。それは、ふたりが初めて互いの意思でした口付けであった。
 唇を離したふたりの間に銀色の糸の橋が一瞬だけかかる。
「サーシャ、いつかきっと結婚しよう。そのためにもきっと、平和な世界を取り戻そう」
「そうね、それまではわたしたちはその、こ、恋人ってことでいいわね?」
「こ、恋人! サーシャの口からその言葉を聞けるなんて。ようし、じゃあ恋人らしく、もう一段階上のところまで行ってみようよ!」
「だから、調子に乗るなって言ってるでしょうがぁーっ!」
 無慈悲な右ストレートがブリミルの顔面にクリーンヒットし、野外で年齢制限ありな行為に及ぼうとしていた馬鹿者がまた吹っ飛ばされた。
 サーシャも今度は情け容赦せず、ブリミルの頭に全体重かけて踏みつけると、その傍らに剣を突き刺してドスのきいた声ですごんだ。
「ど、どうやらわたしはあんたを甘やかしすぎたようね。この際だから、あんたには女の子の扱い方といっしょに、立場の差ってやつを思い知らせてあげるわ。今日からあんたはマギ族なんかじゃなくてただの蛮人、ミジンコにも劣る最低の生き物なのよ。これからたっぷり教育、いえ調教してあげるから覚悟なさい!」
「ふぁ、ふぁい」
 なんか、ものすごく既視感のある光景が繰り広げられ、主従が逆転したようだった。サーシャはそのままブリミルの襟首を掴むと、ぐいっと持ち上げて引きずりながら歩き出した。
「んっとに! ほんとならわたしはあんたみたいな蛮人にふさわしい女じゃないのよ。あんたなんて、そこらのカマキリのメスで上等。いえミドリムシといっしょに光合成してりゃいいの。わかってるの!」
「すみません、わたくしはガガンボ以下のゼニゴケのような存在であります」
「たとえがよくわかんないわよ。ともかく、今後おさわり禁止! 今のあんたは発情期の犬より信用が置けないわ」
「そ、そんなぁ。恋人なのに手も握っちゃダメだって言うのかい」
「自分の胸に聞いてみなさい! 誰のせいでこうなったと思ってるの。まったく、リドリアスだって呆れてるじゃないの」

740ウルトラ5番目の使い魔 58話 (12/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:16:26 ID:qB1md0Gc
 見上げると、じっとふたりを見守っていたリドリアスも、反応に困っているというふうに首をかしげていた。
 ともかく、ブリミルが全部悪い。サーシャは女の子らしくロマンチックな展開を期待していたのに、このバカが台無しにしてしまった。というか、何をしようとしていたんだか忘れてしまった。
 ええと……? ああ、そうだ。本当なら、もっと清清しく晴れ晴れとした雰囲気でいくつもりだったのに。まったくしょうがない。
「ほら、さっさと行くわよ」
「へ? 行くってどこへ」
「ふふ、どこへでもに決まってるじゃない。さあ、旅立ちよ!」
 そう叫ぶと、サーシャはブリミルを抱えたまま地面を蹴って飛び上がり、そのまま宙を舞ってリドリアスの背中に降り立った。
 リドリアスの背中に乗り、サーシャがその青い鎧のような体表をなでると、リドリアスは「わかった」というふうに短く鳴き、翼を広げて前かがみになった。
 ブリミルをリドリアスの背中の上に放り出し、サーシャはまっすぐに立つ。そのとき、雲海から刺す朝日がサーシャを照らし、翠色の瞳を輝かせ、舞い込んだ風が金色の髪をたなびかせた。
「いいわね、この蛮人と違って太陽も風も、わたしたちを祝福してくれているみたい。運命とは違う、なにか不思議な星の導き……大いなる意思とでも言うべきかしら。さて、いつまで寝てるの蛮人、最後くらい締めなさい」
「う、うぅん。どうするんだいサーシャ?」
「決まってるでしょ。こんな殺風景な場所に用は無いわ、旅立つのよ、わたしたちが行くべき新しい世界にね!」
 リドリアスが飛び上がり、ふたりを新しい風が吹き付ける。しかしその冷たさは心地よく、サーシャの笑顔を見たブリミルの心にも新たな息吹が芽生えてきた。
「そうか、そうだね。僕らはこんなところでとどまっていちゃいけない。行かなきゃいけない、まだこの世界に残っている人々のところへ、ヴァリヤーグに苦しめられている人々を助け、平和な世界を取り戻すために」
「たとえ世界を闇が閉ざしても、わたしたちはもう絶望はしない。あきらめなかったら、きっと新しい光に出会える。そのことを、わたしたちは学んだから」
 高度を上げ、リドリアスはスピードを上げる。カオスヘッダーから解き放たれ、ふたりを仲間として認めたリドリアスは何も命じられなくてもふたりを運ぶ翼となってくれた。
 だが、前途は厳しい。カオスヘッダーの脅威はすでに星をあまねく覆っている。それと戦い、平和を取り戻すことは果てしない道に思える。けれど、ふたりには希望がある。ヴァリヤーグといえど、決して無敵ではないということが証明されたのだから。
「ところでサーシャ、そろそろ君を助けてくれたあの巨人のことを説明してくれないかな? 僕らの世界の伝説では、宇宙を守る光の巨人、ウルトラマンが言い伝えられていたんだけど」
「そうね、ウルトラマンはひょっとしたらいろんな世界にいるのかもね。けど、この世界にいるウルトラマンの名前はコスモス、ウルトラマンコスモス。わたしたちがヴァリヤーグと呼んでいる、あの光の悪魔を追ってはるばる宇宙のかなたからやってきたんだけど、もうこの星は彼一人の力で救うには遅すぎたんですって。だから、わたしたちの力を貸してほしいそうよ」
「ウルトラマンの力でも足りないくらい、もうこの星はひどいのか。結局は僕らマギ族の責任か……あの光で怪獣たちを解放していっても……いや、まてよ」
 ふと、あごに手を当てて考え込んだブリミルに、サーシャは怪訝な表情を向けた。

741ウルトラ5番目の使い魔 58話 (13/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:18:17 ID:qB1md0Gc
「蛮人?」
「わかったかもしれない。怪獣からヴァリヤーグを分離することができるなら、僕の魔法ならあの『生命』のように怪獣の体内のヴァリヤーグだけを破壊することができるかも」
 サーシャの顔が輝いた。確かに、理論上は可能のはずだ。
 ルナエキストラクトがヒントになり、破滅の魔法である『生命』が真の救済の魔法に生まれ変わるかもしれない。
「そうか、僕はこのためにこの魔法を授かったんだ。マギ族の本当の贖罪と、世界を救うために、神様は僕にこの力をくれたんだ」
 もちろんそのためには、さらなる研究と鍛錬が必要に違いない。だが、会得できたときにはそれは大きな力となるだろう。
 サーシャもブリミルの言葉にうなづき、さらに自らの決意を語った。
「そうかもしれないわね。あなたとわたしで、ヴァリヤーグからこの世界を守るために。コスモスとともに、わたしもリドリアスの仲間たちを救うわ」
 そう言うと、サーシャは手のひらの上に青く輝く輝石を乗せて見せてくれた。
「それは? きれいな石だね」
「コスモスがくれたの。君の勇気が形になったものだって、彼とわたしの絆の証……あっ?」
 すると、輝石が輝きだして、その姿をスティック状のアイテム、コスモプラックへと変えた。
 コスモプラックを手に取り、握り締めるサーシャ。そこからサーシャは、コスモスの意思と力を確かに感じ取った。
「わかったわコスモス、これからよろしくね」
「おおっ、ひょっとしてこれからいつでもウルトラマンの力を借りられるってことかい! すごいじゃないか」
「そんな都合よくないわよ。彼には強い意志があるわ、わたしが彼の力を借りるに値しないようだったら、彼は力を貸してはくれないでしょう。あなたと同じく、わたしもまだまだこれからってことね」
 ウルトラマンに選ばれた人間は、数々の次元でそれぞれ無数の試練を潜り抜けて真の強さを身に付けていった。サーシャは当然そのことを知る由も無いが、これからどんな試練でも立ち向かっていく決意があった。
 なにせ自分は一度死んだのだ。それに比べたら、ちょっとやそっとの苦難や挫折などなんのことがあろうか。
 笑いあうブリミルとサーシャを乗せて、リドリアスもうれしそうにしながら飛ぶ。その行く先はどこか? いや、考える必要などはない。

742ウルトラ5番目の使い魔 58話 (14/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:19:26 ID:qB1md0Gc
「どうする蛮人? 北でも西でも南でも東でも、どっちにでも行けるよ」
「どっちでもいいさ。どうせ世界は丸いんだ、どっちに行ったって必ず何かに出会えるよ」
「そうね、さぁ行きましょうか。まだ知らないものが待ってる地平のかなたに」
「どこかで僕らを待ってる新しい仲間のところへ」
 
 いざ、旅立ち!
 
 絶望に別れを告げ、希望を胸にふたりは旅立った。
 この先、長い長い旅路と、想像を絶する苦難の数々が待っていることをふたりはまだ知らない。
 そして、世界を救うことができずに志なかばで倒れ、世界が滅亡してしまう結末が待っていることも知らない。
 だが、彼らの意思を受け継いだ人間たちは滅亡を終焉にはせずに立ち上がり、さらに数百年をかけて後にハルケギニアと呼ばれる基礎を築き、以降六千年間も続く繁栄を築き上げることになるのだ。
 この世で、何代にも渡ってようやく完成する偉業は数多いが、それも誰かが始めなくては結果が出ることはない。そう、始祖ブリミルという偉大な先駆者がいたからこそ、今のハルケギニアはあるのだ。
 
 この後、ブリミルとサーシャはリドリアスとともに各地を旅し、生き残りの人々を集めてキャラバンを作っていくことになる。
 そのうちにブリミルの魔法の腕も向上し、ヴァリヤーグの操る怪獣との戦いを経て、彼は名実ともに歴史上最高のメイジに成長する。これが、後年に伝わる虚無の系統の源流だ。
 そして数年後に、彼らは時を越えて未来からやってきた才人と出会うことになる。その後のことは、知ってのとおりだ。
 
 始祖の語られざる伝説。これがその全容である。
 ハルケギニアはかつて、異世界人であるマギ族が作った超文明だった。しかし驕り高ぶった彼らは自滅の道を歩み、文明はさらなる侵入者によって滅亡した。
 始祖ブリミルはマギ族の最後の生き残り。偶発的な事故によって、虚無の系統の力を得た彼は使い魔としてサーシャを召喚し、世界の復興を目指して歩み始めた。

743ウルトラ5番目の使い魔 58話 (15/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:21:22 ID:qB1md0Gc
 しかし運命は彼らに過酷な試練を課した。試されたのは真の愛と折れない心、それを勇気を持って示したときに奇跡は起きた。
 
 
 舞台は現代に戻り、現代のブリミルは、長い語りを終えてイリュージョンのビジョンを消して言った。
「以上が、僕とサーシャが体験してきたことの全てだ。わかってもらえたかな?」
 伝説の謎が明かされ、場にほっとした空気が流れた。
 まるで大作の映画を見終わったような感じだ。しかし、今見たのはすべてフィクションではない現実なのだ。
 ハルケギニアはああして作られ、六千年の時を越えて今につながっている。それを成し遂げたのは誰のおかげなのか、その場にいた者たちは自然とその最大の功労者の前にひざまづいて頭を垂れた。
「ミス・サーシャ、あなたが聖女だったのですね」
「は?」
「あれー?」
 いっせいにサーシャに礼を向ける一同に、サーシャはきょとんとした顔をするしかなかった。
 ブリミルはといえば、わけがわからないよというような顔をするばかりで、彼の隣にいるのは才人ひとりだけである。
「おっかしいなあ、どこでこうなっちゃったのかなあ?」
「そりゃしょうがないっすよブリミルさん。だって、おふたりのやってきたことってブリミルさんがヘマやらかしてサーシャさんがフォローするってパターンばっかりでしたもん」
 あー、なーるほどねー、とブリミルが乾いた笑いをするのを才人はひきつった笑みで見ているしかできなかった。
 あなたこそ本物の聖女、英雄です、と褒めちぎられているサーシャを蚊帳の外から見守るしかないダメ男二人。なんなのだろう、壮大な秘密が明らかになった後だというのにこの喪失感は。
 女子の会話からもれ聞こえてくる、「だから男なんてダメなのよ」「ねー」という言葉が耳に痛い。そのとおりすぎて反論もできない。
「だから話したくなかったんだよねー。いやさあ、僕だって頑張ってたんだよ。でもねえ、僕がよかれと思ってやることって、なんでか裏目に出ることが多くってさあ。後で思えば失敗だったと思うけど、そのときは大丈夫と思ってたんだよ」
「努力の方向オンチなんですね。まあおれも人のことは言えねえけど、だから今のブリミルさんは落ち着いてるんすね。でも、そうなるまでサーシャさんの苦労は相当なもんだったんでしょうね」
「認めたくないね、若さゆえの過ちというものはさ」
 すごく説得力のあるブリミルの言葉に、才人は返す言葉がなかった。

744ウルトラ5番目の使い魔 58話 (16/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:23:13 ID:qB1md0Gc
 なお、サーシャのガンダールヴのルーンはその後に再度刻むことにしたそうだが、その際も相当に難儀したらしい。
 とはいえ、ブリミルもハルケギニア誕生の重要な功労者であることは変わりない。一同が落ち着くと、ウェールズとアンリエッタが代表してブリミルに礼を述べた。
「始祖ブリミル、紆余曲折はありましたが、あなたがハルケギニアの始祖であるということは確かにわかりました。全ハルケギニアを代表して、お礼申し上げます」
「あー、うん。もうそのことはいいよ。今の僕が言われても実感わかないしさ。それより、何かまだ質問があるならなんなりとどうぞ」
 ややふてくされた様子のブリミルに、一同は苦笑した。とはいえ、別にブリミルに対して悪意があるわけではなく、むしろ逆である。ブリミルに対して余計な警戒心がなくなり、気を許せてきたということだ。
 しかし、ブリミルがこの時代にいられるのはあとわずかな時間しかない。急がないといけない。
 ブリミルたちに聞きたいことで、大きな問題はあとふたつ。そのうちひとつに対して、アンリエッタはサーシャに問いかけた。
「ウルトラマンは、人間に力を貸すことでこの世界にとどまっていたのですね。ウルトラマンコスモス、先の戦いでトリスタニアに現れたウルトラマンのひとりは六千年前にもハルケギニアにやってきて、ミス・サーシャ、あなたといっしょに戦っていたのですか」
「そういうこと、この時代はほかにもいろんなウルトラマンが来てるのね。びっくりしちゃった」
「逆に言えば、今のハルケギニアはそれほどの危機にさらされているということでもありますね。六千年前のヴァリヤーグというものも、なんと恐ろしい。もしも、ヴァリヤーグが今の時代にもまだ生きていたとしたら……ミス・サーシャ、今でもコスモスさんとはお話できるんですの?」
 アンリエッタは、ヴァリヤーグが今の時代にも現れたときのために、できればコスモスからも話を聞きたかった。だがサーシャは首を横に振って言った。
「そうしてあげたいけど、今のわたしの中にコスモスはいないわ」
「え? それはどういう?」
「この時代にやってくるときに、わたしがコスモスになるために必要なアイテムがどこかに行ってしまったの。最初はなくしたのかと思ったけど、落ち着いて確かめたらコスモスの存在自体がわたしの中から消えていたわ。たぶん、時を越えるときにコスモスはわたしたちの時代に置き去りにしてしまったんだと思うわ」
 なぜ? それを尋ねると、サーシャはティファニアに歩み寄って目を覗き込んだ。
「理屈は知らないけど、同じ時代に同一人物がいるのはダメってことでしょうね。久しぶりね、コスモス」
「えっ、えええっ!?」
 ティファニアだけでなく、その場の人間たちの半数が驚いた。
 コスモスが、ティファニアに? すると、ティファニアはおずおずと懐からコスモプラックを取り出してみせた。
 それは過去でサーシャが持っていたものと同じ。一同が驚く中で、サーシャはティファニアのコスモプラックに触れると、独り言のようにつぶやいた。

745ウルトラ5番目の使い魔 58話 (17/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:24:26 ID:qB1md0Gc
「そう、久しぶりね。わたしにとっては一瞬だけど、あなたには六千年なのね。そう、わたしたちの後からそんなふうになったのね」
 皆が唖然と見守る前で、サーシャはそうつぶやいてから振り向いて言った。
「みんな、安心して。少なくともこの時代で、ヴァリヤーグが襲ってくる心配はないわ」
 えっ? と、皆の驚く顔が連なる。ブリミルや才人も同様だ。
 それはいったいどういう意味なのか? ティファニアがウルトラマンコスモスだったのも含めて、皆の理解が追いつかないでいるところに、サーシャはブリミルを呼びながら言った。
「驚かないでいいわよ。わたしの時代でコスモスに選ばれたのがわたしだったように、この時代でコスモスに選ばれたのが彼女だったというだけ。ブリミル、この子にイリュージョンを教えてあげて、ヴァリヤーグ……この時代ではカオスヘッダーと呼ばれているんだっけ、それが最後にどうなったのかをコスモスが見せてくれるわ」
 百聞は一見にしかずと、サーシャはブリミルをうながした。ブリミルはあっけにとられた様子ながらも、ともあれティファニアにイリュージョンの呪文とコツを教えた。
 虚無の担い手は、必要なときに必要な魔法が使えるようになる。ブリミルから呪文を授けられたティファニアは、初めて唱える呪文なのにも関わらずに口から歌うようにスペルが流れ、そして杖を振り下ろすと、ティファニアの中にいるコスモスの記憶がイリュージョンとなって新たに映し出された。
 
 それは、ブリミルたちの歴史にも劣らない、壮大な物語であった。
 青く輝く美しい惑星、地球。それは才人の来た地球とは別の、この宇宙にある地球での出来事だった。
 この地球は、才人たちの地球とは似ていながらも違う文化を育み、怪獣たちとも良い形で共存を始めていたが、そこへかつてのハルケギニアと同じように光のウィルスが襲い掛かった。
 光のウィルスは、この地球ではカオスヘッダーと名づけられ、かつてのハルケギニアと同じように怪獣に憑依して暴れさせ始めた。
 リドリアスの同族がカオスリドリアスに変えられ、暴れ始める。しかしそのとき、リドリアスを止めようと、ひとりで必死に呼びかける青年がいた。
「帰ろう、リドリアス」
 その勇気に、見守る人たちは感嘆し、リドリアスも一度はおとなしくなりかけた。
 しかし、不幸な事故によってリドリアスが再び暴れ始め、彼自身も窮地に陥ったときだった。青年の勇気に答えて、コスモスは彼の元へと降り立った。

746ウルトラ5番目の使い魔 58話 (18/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:26:07 ID:qB1md0Gc
「僕はあきらめちゃいない! 僕は本当に、本当に勇者になりたいんだ、ウルトラマンコスモス!」
 コスモスは彼と一体化してリドリアスを救い、この地球でのカオスヘッダーとの戦いが始まった。
 カオスヘッダーに侵された怪獣や、不幸によって人に害をなしかける怪獣を保護し、侵略者を撃退する。それらの日々は厳しいながらも、コスモスにとってもやりがいがあり、かつ学ぶことの多い経験となった。
 しかし、カオスヘッダーはかつてのハルケギニアと違ってはるかに人間が多く複雑な環境であるからか、次第に進化を始めていったのだ。
 コスモスの能力に対抗して怪獣から分離されないように抵抗力を付け始め、さらに人間たちにも興味を持ち始めたカオスヘッダーは人間を分析して、その感情の力を使ってついに怪獣に憑依することなく自ら実体を持った。
「実体カオスヘッダー……」
 黒い魔人、実体カオスヘッダー。その名はカオスヘッダー・イブリース、コスモスと互角に戦えるようになったカオスヘッダーの力はすさまじく、コスモスは大きく苦しめられた。
 イブリースをかろうじて倒すも、進化を覚えたカオスヘッダーはさらなる力と狡猾なる頭脳を身に付けて再度襲ってきた。
 毒ガス怪獣エリガルを囮にして、コスモスのエネルギーを消耗させたカオスヘッダーはさらに凶悪さを増した姿となって現れた。
 実体カオスヘッダー第二の姿、カオスヘッダー・メビュート。コスモスのコロナモード以上の力を持つメビュートの猛攻によって、コスモスはついに敗れ去ってしまった。
 しかし、コスモスと心を通わせていた青年と、人間たちはあきらめなかった。その心が力となって、コスモスは新たな姿を得て蘇り、メビュートを撃破した。
 だがそれでもカオスヘッダーの侵略は止むところを知らず、今度はコスモスの姿をコピーした暗黒のウルトラマン、カオスウルトラマンの姿に変わり、さらにその強化体であるカオスウルトラマンカラミティにいたっては完全にコスモスの力を上回っていた。
 何度倒しても再び現れるカオスウルトラマン。人間たちも、カオスヘッダーに対抗するために方法を模索していたが、カオスヘッダーは対抗策が打たれる度にそれに耐性を持ってしまう。
 カオスヘッダーにこれ以上の進化を許せば勝ち目はない。人間たちにも焦りの色が濃くなり、それに加え、長引く戦いでコスモスにも疲労とダメージが積み重なってきた。もはやコスモスが地球にとどまって戦えるのもわずか、誰もがカオスヘッダーとの決戦に全力をかけようと必死になる中で……彼だけは違っていた。
「戦わなくてすむ方法、それが何かないのかな」
 戦うことで皆が団結する中で、ひとりだけ戦わなくてすむ道を模索している青年の存在は異質であった。
 だが青年は完全平和主義者や無抵抗主義者ではない。悪意を持ってくる相手には断固として戦う意思の強さを持っている。しかし、誰もが戦うことだけを考えて、本来の目標や使命を忘れてしまいそうになってしまうことを彼は心配していた。
 自分たちは、コスモスは、戦うために存在するのではないはずだ。そんなとき、カオスヘッダーの通ってきたワームホールを通して、ようやくカオスヘッダーの正体をつきとめることができた。

747ウルトラ5番目の使い魔 58話 (19/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:27:07 ID:qB1md0Gc
 カオスヘッダー……それははるかな昔にどこかの惑星で、混沌に満ちた社会を統一して秩序をもたらすために作られた人工生命体だったのだ。
 つまりは、カオスヘッダーが怪獣にとりついて暴れさせるのも、社会を一個の意思に統一された組織にするための過程にすぎず、カオスヘッダー自身には侵略の意思などといった悪意はまったくない。極論すれば全自動のおそうじロボットが暴走して、部屋をゴミも家具もいっしょくたにしてまっさらに片付けようとしてたようなものだったのだ。
 かつてのハルケギニアや、この地球でおこなっていることもカオスヘッダーにとっては最初に創造主によって与えられたプログラムを遂行しているのみの行動だった。つまり、カオスヘッダーもかつてのハルケギニアでマギ族が作り出した人工生命同様に、創造主に理不尽な運命を背負わされて生み出された被害者でもあった。
 ただ、かつてと違うのはカオスヘッダーは地球人と戦いながら観察するうちに、地球人やコスモスに対して憎悪の感情を持つようになってきた。カオスヘッダーに、自我が生まれてきたということだ。
 コスモスに対しての憎しみを露にして襲い掛かってくるカオスウルトラマンカラミティを、コスモスは月面に誘い出して最終決戦に臨んだ。しかし、コスモスの必死の攻撃で倒したと思ったのもつかの間、カオスヘッダーすべてが融合した最終形態、カオスダークネスが誕生して、コスモスはとうとう力尽きてしまう。
 
 そして、それからの結末は、まさに涙なくしては見られないものであった。
 憎悪に染まったカオスダークネスへの懸命の呼びかけと、青年とコスモスの起こした奇跡。生まれ変わったカオスヘッダーの新しい姿、カオスヘッダー・ゼロの輝き。
 すべてが終わり、コスモスとカオスヘッダーが地球を去っていく。結末の有様はまさに筆舌に尽くしがたく、長い物語を見終わったとき、多くの者が感動で目じりを熱くしていた。
 
「これが、まさに真の勇者の姿なのですね」
 アンリエッタがハンカチで涙を拭きながらつぶやいた。地球での出来事はハルケギニアの人間たちには理解できないところも多かったが、すでにマギ族の一件を見ることで科学文明に対する予備知識がある程度あったことと、才人が地球の文化を解説して、ティファニアがコスモスの言葉を通訳するのををがんばったおかげでおおむねの事柄はみんなに伝わっていた。
 宇宙のあちこちで破壊と混沌を撒き散らし、かつてのマギ族の文明を滅ぼしたヴァリヤーグことカオスヘッダーは、地球の人間たちとの交流を経て、今では遊星ジュランという星の守護神となっているという。かつての悪魔が今では天使に、そのことに対して、一番感銘を受けていたのは誰でもなくブリミルとサーシャだった。
「そうか、僕らの時代にヴァリヤーグ……カオスヘッダーがやってきたのは、まさにマギ族がこの星をカオスにしていたからだったんだな。結局は僕らの自業自得か、でもやっぱり愛が大事なんだな、愛が」
「ううっ……リドリアスはどこでも健気なのね。帰ったら、うちの子もうんとかわいがってあげなきゃ」
 幾千年に及んだ物語の意外な、しかし感動的な結末は、カオスヘッダーと戦い続けてきたふたりの心も熱く溶かしていた。

748ウルトラ5番目の使い魔 58話 (20/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:28:07 ID:qB1md0Gc
 才人やルイズもじんと感じ入っている。ティファニアは杖を握りながら涙を滝のように流している。さすがにタバサやカリーヌたちは気丈に立っているが、心に思うところはあったようで視線は動かしていなかった。
 ただ、エレオノールやルクシャナは少し考え込んでいて、皆の様子が落ち着くと、それを確かめるように切り出した。
「ねえ、ちょっと疑問なんだけど。未来でのこのことを知った始祖ブリミルが過去に戻ったら、歴史が変わっちゃうんじゃないかしら?」
 皆がはっとした。確かに、未来でのこの顛末を知っているなら、ブリミルたちにはやりようがいくらでもある。しかしブリミルは少し考えると、それを否定するように言った。
「いや、たぶんだけど大きな影響はないんじゃないかな」
「なぜ? 根拠を示してくださいませんこと?」
「カオスヘッダーが浄化できたのは、地球という星でそれなりの条件が揃ったからだよ。残念ながら、僕の時代では無理だね。人が少なすぎて、カオスヘッダーは僕らを観察対象にすら見ないだろう。と、いうよりも……僕らの時代はすでにカオスヘッダーの目的の、なあんにもないがゆえに秩序が保たれてる世界に近い。もう間もなくしたら、カオスヘッダーは勝手に僕らの世界から去っていくだろうね」
 ブリミルの自嘲げなつぶやきに、ふたりの学者も返す言葉がなかった。ブリミルの時代の世界人口はすでに一万人以下に落ち込んでしまっている。文明を維持できる範囲ではなく、カオスヘッダーからすればコスモスも含めて誤差の範囲となり、目的を達成したと判断したカオスヘッダーは次の惑星を求めてこの星から去っていく。そしてわずかに残った人間たちによって、数千年をかけての復興が始まるのだ。
「けれど、未来で起こることに対して、いろいろ書き残したりすることはできるんじゃないの?」
「もちろんそのつもりだよ。聞いたけど、実際この時代にも祈祷書とかなんとかの形でけっこう残ってるようだね。特に、あの首飾りは役に立ったようだね。それと、ミーニンもこっちで元気にやってるようでよかった」
「なら、過去に戻ってさらなる始祖の秘宝を残すことも」
「できるけどね、それならすでにこの時代に影響があってもいいはずだろ? でも、特になにもない。なら、それを前提にして過去で行動したら?」
「え? え?」
 頭がこんがらがる面々、これがタイムパラドックスだ。原因と結果のつじつまが合わなくなり、わけがわからなくなってしまう。時間旅行はこれがあるから難しい、何をすれば何が起こるかが読めないのだ。
 しかし、理論はめちゃくちゃになっても、この世界では実際にタイムワープができてしまう。それについては、ブリミルは投げやりに言うしかなかった。
「つまり、やってみないとわからないってことさ。心配するだけ無駄だよ、いくら考えても頭がバターになるだけさ」
 思考放棄だが、実際それしかないようだった。エレオノールやルクシャナは、学者として考えることをやめるのには抵抗があったものの、論理的に組み立てようのない問題相手に沈黙するしかなかった。
 歴史が変わるか変わらないか、それこそやってみないとわからない。そして仮に変わったとして、それを認識できるかもわからない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

749ウルトラ5番目の使い魔 58話 (21/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:31:52 ID:qB1md0Gc
 そして、ティファニアに今のコスモスが一体化しているということについても尋ねることはあったが、それはサーシャに止められた。
「だめよ、コスモスだって難しい立場なの。彼は今度こそ、この星を守り抜こうともう一度はるばる来てくれたの。でもわたしたちが騒ぎ立てたら、彼も動きにくくなってしまうわ。コスモスがここにいるのは、ここにいる人だけの秘密よ。いいわね」
「は、はい。でも、コスモスさんがそうだったように、もしかしたら他のウルトラマンの方々も、もしかしていつもは?」
「おっと、それを詮索するのも禁止よ。コスモスもだけど、ウルトラマンは訪れる星の人たちに余計な気を遣ってはほしくないんだって。それに、ウルトラマンのみんなを、不自由な立場にしたくないならね」
 アンリエッタは、うっとつぶやくと押し黙った。確かに、世間にウルトラマンが普段は人間の姿をしていることが知れたら普通に外を出歩くことも難しくなってしまうだろう。それだけならまだしも、ウルトラマンの正体が公になっていたら、その気のない侵略者からもマークされてしまうだろう。
 才人は思う。自分やルイズなら、まだ身を守ることはできるだろうが、ティファニアくらいか弱かったら宇宙人に狙われたらひとたまりもない。
 それから、歴史を変えるということに関しては、才人はサーシャに聞いておきたいことがあった。
「サーシャさん、あっちに戻ったら、あっちの時代のコスモスに未来のカオスヘッダーのこととかを話すんですか?」
「いいえ、そのつもりはないわ。彼も聞くことを望まないでしょうし、未来が変わるか変わらないか、わたしたちはわたしたちにできることをやっていくだけよ、変わらずにね」
「サーシャさん……」
 やっぱり、この人は強いなと才人は思った。自分のやるべきことを見据えて迷いがない。
 このふたりが過去で頑張ってくれたからこそ、今の自分たちがある。それを自分たちの時代で無駄にしてはいけない。
 そして、始祖ブリミルの残した最後にして最大の謎。それをルイズはブリミルに問いかけた。
「始祖ブリミル、教えてください。あなたは始祖の祈祷書を通じても、念入りに聖地のことを言い残されました。聖地が大変な状態になっているのはわかりました。それで結局、あなたは聖地をどうなさりたかったんですか?」
 聖地は海に沈んだ。しかし、その聖地を具体的にどうしてほしいのかに関する伝承がこれまでにはない。いや、始祖の祈祷書の最後になら記述されていたかもしれないが、祈祷書はエルフへの保障の証としてネフテスに預けられたままになっている。
 ブリミルはその質問を受けて、難しそうに答え始めた。
「六千年も先まで迷惑をかけていることを本当に申し訳なく思うよ。できれば僕が生きているうちになんとかしたかったんだけど、無理だったらしいね」
 ため息をつくと、ブリミルは再び杖を振ってイリュージョンの魔法を唱えた。
「僕らは、あの後しばらくしてからもう一度聖地の様子を見に行ったんだ。だけど、聖地のあった場所での時空嵐はまだ収まらず、亜空間ゲートは海底に沈んだままで、コスモスの力でも近づくことはできなかったんだ」
 リドリアスに乗って都市の跡に近づくも、嵐にはばまれてはるか手前で引き返さざるを得なくなるブリミルたちの悔しげな表情が映っていた。

750ウルトラ5番目の使い魔 58話 (22/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:35:33 ID:qB1md0Gc
「時空嵐が収まるまで数百年はゆうにかかってしまうだろう。だが僕は、近づかなくても世界扉の魔法がまだ聖地で動き続けてることを感じた。このまま次元の特異点となっている場所をほうっておいたら、なにが起こるかわからない。けれど聖地にたどり着ける様になる頃には、僕もとても生きてはいられない。だから、僕は子孫たちに託そうと思ったんだ。聖地を刺激することなく管理してほしい。そしてできるなら……」
 ブリミルの言葉に、ルイズは合点したように毅然と答えた。
「わかりました。わたしたち虚無の担い手の誰かが聖地にたどり着けたら、そこで魔法解除の虚無魔法『ディスペル』を使ってほしい。そういうことですね?」
「そう、ディスペルは僕が使ったのを君も見てたね。世界扉をディスペルで解除すれば、聖地のゲートは少なくとも小規模化して安定してくれるだろう。ほんとはこの時代にまで来た以上、僕がやるのが筋なんだろうけれど……」
 しかしルイズは首を横に振った。
「いいえ、この時代のことはこの時代の人間でカタをつけるべきだと思います。そうですわよね、姫様、みんな」
「もちろんですわ。もしも聖地がなかったとしても、ヤプールは別のところを狙っただけでしょう。なにより、自分の身にかかる火の粉を自分で払えないようでは、わたくしたちは子孫に自分たちの歴史を誇れません。苦労は、わたくしたちの世代で解決いたしましょう、皆さん」
 アンリエッタが振り向くと、他の皆もそうだというふうにうなづいている。
 ブリミルは、子孫たちのそうした力強さに、黙って静かに頭を下げた。
 時空の特異点と化している聖地。それを鎮めることが、おそらくは虚無の担い手の最終目標になるのだろう。聖地のゲートの規模が縮小すれば、ハルケギニアに異世界から様々な異物が飛び込んでくることも少なくなる。
 虚無の担い手としての使命を肩に感じて、ルイズは手のひらににじんだ汗を握り締めた。
「わたしはきっと、これをするために生まれてきたんだわ」
 これまで、虚無の担い手であることはルイズにとって、形の無い誇りであり重荷でもあった。しかし、虚無の担い手である自分だからこそできる、一生をかけてもしなければいけない仕事ができた。聖地を鎮めること、ハルケギニアのためにこれほど誇りを持って挑める仕事はほかにないではないか。
 しかし、それはルイズがこれから起こる聖地争奪戦の渦中から逃れようもなくなるということを意味してもいる。アンリエッタやキュルケは口には出さないものの、張り切るルイズの様子を心配そうに見つめ、カリーヌは無表情の底から何かを娘に投げかけていた。
 ルイズはよく言えば責任感が強く、悪く言えば思い込みがすぎる。それを察して、軽口でルイズの肩を叩いたのはやはり才人だった。
「気負うなよルイズ、人生は長ーいんだ。明日や明後日に聖地に行けるわけじゃないだろ、てか聖地を取り戻したらディスペルひとつでパーッと終わるんだから、難しく考えるなよ」
「あんたは……せっかく人が世紀の偉業に燃えてたところによくも水を差してくれるわね。わたしがハルケギニアの歴史に名を残す偉大なメイジになれなくてもいいの?」

751ウルトラ5番目の使い魔 58話 (23/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:36:56 ID:qB1md0Gc
「英雄になりたがる奴にろくなのはいねーよ。ブリミルさんだって、なりたくって始祖なんて呼ばれるようになったんじゃないだろ。だいたい、英雄ルイズの銅像がハルケギニア中に立つ光景なんて想像したくねえ」
 才人のその言葉に、皆は「かっこいいポーズで立つルイズの銅像」が世界中に聳え立つシーンを想像した。ひきつった笑みをこぼす者、ププッと笑いをこらえられなくなる者など様々だが、誰もが一様にそのシュールな光景に腹筋を痛めつけられており、ルイズは急に恥ずかしくなってしまった。なお余談ではあるが、皆の想像の中の英雄ルイズの像の横には忠犬サイトの像が並んでいた。
「はぁ、もういいわよ。考えてみたら、教皇がいなくなってこの時代の担い手は減っちゃったし、秘宝とかなんとかいろいろあったわね。なんか一気にめんどくさくなってきちゃったわ」
 気が抜けた様子のルイズに、今度は皆から安堵した笑いが流れる。そう、それでいい、才人の言うとおり、人生は長い、まだ燃え尽きるには早すぎる。
 ブリミルとサーシャも、子孫たちの愉快な様子に笑っていた。こうしてつまらないことで笑い合える、それができる未来があるというだけで、自分たちのやってきたことは無駄ではなかった。それがわかっただけで十分だ。
 
 と、そのとき壁にかけられていた時計が鐘を鳴らして時報を告げた。どうやら、かなり長い間話し続けてしまっていたらしい。
 ブリミルとサーシャが帰らねばならない時間が近づいている。さて、残りの時間をどう使うべきだろうか? 重要なことはほぼ聞いた、あと何か聞き逃していることはないだろうか?
 時間は少ない。しかし、おしゃべり好きなアンリエッタやキュルケなどは、少しでも話す時間があるならサーシャからブリミルとの間にどんなロマンスがあったのかを聞き出そうとし、いいかげんにしろとカリーヌやアニエスから止められている。
 平和な時間、それもあとわずかしかない。そんな中で、ルイズは疲れた様子のブリミルに恐縮しながら礼を述べた。
「始祖ブリミル、どうも騒がしいところですみません。ですがあなたの子孫として、もう一言だけお伝えしておきたいのですが、よろしいですか」
「もちろん、君たちの言葉に閉ざす耳は僕にはないよ」
「では、始祖ブリミル……このハルケギニアを、わたしたち子孫をこの世に残してくれて、ありがとうございます。わたくしたちの遠い遠い、素敵なおじいさま」
 優雅な仕草で会釈したルイズに、ブリミルは照れながらも頭を下げ返した。
「こちらこそ、もうないものと思っていた未来を見せてくれてありがとう。君たちなら、僕らと同じ間違いはせずに、いつかマギ族も追い抜いていける。いつでも応援してるよ、僕らの可愛い遠い遠い孫の孫の孫たち」
 にこりと笑いあう先祖と子孫。年の差実に六千才のふたりは、今では同じものを見つめていた。

752ウルトラ5番目の使い魔 58話 (24/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:38:21 ID:qB1md0Gc
 自分の存在を探し求めていた少女、過ちからスタートした聖者。ともに愛を知って生まれ変わり、多くのものを見知って救い主となった。誇れる先祖、誇れる子孫、それを確認した彼らの胸中にあるのは、互いに相手に負けないように頑張っていこうという新しい意思だ。
 
 語り合う先祖と子孫。つかの間だが、平和な時間を彼らは楽しんだ。
 しかし、現代にほんとうの平和が訪れるための道のりはまだ長い。
 教皇が倒れ、ハルケギニアに残った災厄の根源はあとひとつ。ガリアにジョゼフがいる限り、平穏と安定は訪れず、必ず平和を乱そうとしてくることだろう。
 タバサは、和気藹々とする面々の中で、目前にまで迫っているジョゼフとの決着に胸を締め付けられていた。
 あのジョゼフのことだ、いくら状況が悪くなろうとも降参してくることなど絶対にない。いや、状況に関わらずに、常に最悪の一手を打ってくるのがあの男だ。それでも、臆することはできない。
「お父さまの仇……今度こそ、あなたを倒す」
 小さくタバサはつぶやいた。チャンスは間違いなく次が最後、長引かせたり引き伸ばせば、聖地を奪ったヤプールが本格的に動き出す。そうなればもはやジョゼフ討伐どころではなくなる。
 自分が異世界にいるとき、キュルケやシルフィードやジルまでもが自分をハルケギニアに連れ戻そうと頑張ってくれていたことを聞いたときには心から感謝した。だが、敵討ちは自分で自分に課した人生の責務、譲るわけにはいかない。
 どんな結果が待っているにせよ、決着は必ずつける。皆が奇跡を積み重ねてまで得た平和への道のりを、自分たちガリア王族のせいで台無しにすることはできないと、タバサは強く決意した。
 
 だが、確実に迫るタバサとジョゼフの戦い……それが、タバサどころかジョゼフの想像さえ超えた恐ろしいゲームとなってやってくることを、まだ誰も知らない。
 ひとつの編が終わり、幕が下りる。だが、物語はまだ終わらず、すぐに次の編に移って再び幕が上がる。
 
 それでも、今は休んで語り合おう。先祖と子孫、決して交わることがないはずの者たちの宴は、笑い声に満ちて今しばらく続く。
 
 
 続く

753ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:40:14 ID:qB1md0Gc
今回はここまでです。すみません、また一月もかけてしまいました。
ですがついにブリミルの過去話も終わって、これでロマリア編は完全終了しました。
そのぶんボリュームは大きいですので楽しんでいただけると幸いです。
では、次回からジョゼフとの最終決戦編です。

754名無しさん:2017/05/16(火) 16:27:12 ID:jp0iYTaY
乙です
最近某所でもゼロ魔SS増えてうれしい

755ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:26:44 ID:FZla3xbk
お久しぶりです、焼き鮭です。久々の続きを投下します。
開始は23:30からで。

756ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:30:40 ID:FZla3xbk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十二話「五冊目『ウルトラCLIMAX』(その3)」
機械獣サテライトバーサーク
地底文明デロス
装甲怪獣レッドキング
古代怪獣ゴモラ
機械獣ギガバーサーク 登場

 『古き本』も残すところ後二冊というところまで来た。五冊目の物語は、ウルトラマンマックスが
守った地球で起きた人類存亡の危機の大事件。地底人デロスが地上の全世界に向けて脅迫を行って
きたのだ。カイトとミズキはデロスとの交渉のために地底の世界へと突入を果たしたが、怪獣に撃ち
落とされてしまってミズキが重篤の状態に陥ってしまう。更には、デロス側も人類の環境破壊による
滅亡の危機に瀕しての行いだったことが判明し、交渉も行き詰まってしまった。地上人は自分たちの
行いの代償を支払う他はないのだろうか? 果たしてこの物語の行方はどこへ向かうのであろうか。

『何てこった……!』
 今もなお牙を剥いてくるレッドキングとゴモラをあしらいながら、ゼロはミズキの生命反応が
途絶えたことに絶句した。彼の中の才人も、激しい無力感に苛まれてグッと歯を食いしばる。
『何か……何か出来ることはなかったのか……!? 本当に……!』
 二人は後悔を覚えていたが、カイトは違った。
「ミズキが死ぬ運命なんて……俺は認めない……!」
 慟哭していた彼であったが、己に言い聞かせるようにつぶやくと、腕の中のミズキをそっと
地面に横たえ、顎を上に向かせる。そしてファスナーを下げて上着を開くと、人工呼吸と心臓
マッサージを開始した。
 カイトはミズキの鼓動が停止してもあきらめず、蘇生させようとし始めたのだ。
「ミズキ……帰ってこい……! 一緒に生きるんだ……!」
 脇目もふらない懸命な蘇生活動を行うカイト。才人とゼロは彼のひたむきな姿勢に強く
胸を打たれていた。
『カイトさん、決してあきらめることなくミズキさんを助けようと……!』
『こっちも、あいつの頑張りを絶対に無駄にはさせねぇぜ!』
 二人はカイトの姿に勇気づけられ、奮起してレッドキングたちを取り押さえる腕の力を増す。
何としてもカイトとミズキを守り抜く心構えだ。
「ピッギャ――ゴオオオウ……!」
「ギャオオオオオオオオ……!」
 しかしどうしたことだろうか。力を増したゼロと対照的に、レッドキングとゴモラは急に勢いが
衰えて大人しくなり始めたのだ。すごすごと後ずさるその様子に、ゼロはむしろ疑問を抱く。
『……? どうしたってんだ……?』
 カイトは必死にミズキの救命活動を続けているので、そのことには気づいていない。
「ミズキ……! 生きるんだ……! ミズキ生きるんだッ!」
 ……カイトのその想いが天に通じたのか……ミズキの唇がかすかに動いた。
「……あッ……!」
 ミズキが声を発した――息をしたという事実に、カイトとゼロたちは目を見張る。
「ミズキ……!」
「……カイト……」
 間違いではない。ミズキは……はっきりとカイトの名を唱えた。
「ミズキ……!!」
 一気に喜びに打ち震えたカイトは、ミズキを抱き起こして固く抱擁した。
 ミズキは命を取り戻したのだ!
『やった……! 生き返った!』
『ああ……! 大したもんだぜ……』
 才人もゼロも、束の間状況も忘れて二人の様子に見入っていた。
 しかしいつの間にか、カイトとミズキの周囲を無数のオートマトンが取り囲んでいた!

757ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:33:59 ID:FZla3xbk
『あッ!?』
『あいつら何を……!』
 思わず身を乗り出すゼロ。だがオートマトンはカイトたちに危害を加えるような真似はせず、
じっと二人を注視しているようであった。
「地上の人間たちのせいで、君たちが苦しんでるのは分かった……! 俺たちに時間をくれ!」
 カイトが改めて懇願すると、真正面のオートマトンの中央の顔が引っ込み、現れた空洞から
露出するコアから光が発せられる。
 その光が、白いローブで姿を覆い隠したような人間のビジョンを浮かび上がらせた。
『あれは……!』
『あれがデロスの姿ってところか……』
 デロスと思しき人間のビジョンは、カイトにこう呼びかけた。
『カイト。あなたがその人を助ける姿を見て、デロスは後悔しています。地上の人類は、
命を大切にするということを認識しました』
 デロスからの告白に、カイトたち一同は驚きを覚えた。内容的には喜ばしい報せではあったが、
すぐにだから事が解決に向かうという訳ではないことを知る。
『しかし、デロスは既にバーサークシステムを起動させてしまいました。バーサークシステムは、
デロスを守るためには、あらゆる障害を排除します。我々には、バーサークを止められないのです。
ウルトラマンもまた、バーサークの攻撃対象になっています』
 デロスの語る内容に、才人が思わず毒づく。
『自分たちで止められないの作るなよ……!』
『そんなこと言っても始まらないぜ、才人』
 デロスは続けて語る。
『ウルトラマンの能力は、バーサークによって解析されています。バーサークはマックスを、
青いウルトラマンも、確率100%で倒します』
 それが先日現れたスカウトバーサークの真の目的だったのだ。ゼロの能力もまた、地上での
レギーラとヘイレン、この地底でのレッドキングとゴモラの戦いで既に解析を行われていた。
その結果からバーサークシステムが導き出した、『ウルトラマンを100%倒す』手段とは何か……。
 しかしカイトはその言葉に怯えたりはしなかった。
「その予測も……外れになるさッ!」
 カイトはおもむろにウルトラマンマックスに変身するアイテム、マックススパークを引き抜き――
それがまばゆく輝いた! 障害が解決され、マックスがカイトとともに戦う決意を抱いたことを示す
閃きであった。
「カイト……」
「戻ろう……俺たちの世界に」
 マックススパークを握り締めるカイトに、ミズキは微笑みを向けた。
「あたし……知ってた気がする。カイトがマックスだってこと……!」
 カイトもまた微笑み、マックススパークを己の左腕に装着した。
 そうすることで、カイトの肉体はウルトラマンマックスのものへと変化を遂げた!
「シュワッ!」
 ミズキを抱きかかえるマックスは、ゼロの方へ顔を上げた。ゼロはうなずき返してマックスへ告げる。
『先に行ってるぜ、ウルトラマンマックス! ともに未来を掴み取ろうぜ!』
 ルナミラクルゼロにチェンジすると、テレポートでひと足早く地上へと移動していった。
マックスはミズキを抱えたまま高く飛び上がり、大空洞の天井を突き抜けてそのまま地上を
目指していく。
「ギャオオオオオオオオ……」
「ピッギャ――ゴオオオウ」
 マックスの去っていく姿をデロスと、ゴモラとレッドキングが見守るように見上げていた。

 地底の世界から地上の日の下へと戻ってきたゼロだったが、彼を待ち受けていたのは想像を
はるかに超えるような敵だった!

758ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:38:25 ID:FZla3xbk
『な、何じゃこりゃあッ!?』
 一体いつから現れていたのか、街のど真ん中に恐ろしく巨大な鋼鉄の塊のようなロボット怪獣が
そびえ立っているのだ。その全長、何と990メートル! 重量は9900万トンにもなる! 比較すると、
巨人のはずのウルトラマンゼロが指人形に見えてくる! 最早ロボットというより機動要塞だ!
 これは機械獣ギガバーサーク。バーサークシステムが作り出した対ウルトラマン用の最終最強の
戦闘兵器なのだ!
『圧倒的な質量で押し潰すってのが出した答えって訳か……。単純だが却って効果的なのかもな……!』
 ただ立っているだけでも肌にひしひしと感じるほどの威圧感を放っているギガバーサークを
前にするゼロだが、だからと背を向けるようなことをするはずがないのだ。
『面白れぇ! やってやるぜッ!』
 それだけでゼロの何十倍もある機首から、途方もない直径の光弾が発射され始めた。ゼロは
それに一切の恐れもなく駆けていく!
『はぁッ!』
 光弾の間を上手く抜けながら空に飛び上がるゼロ。相手が大きすぎるので、地上戦では
著しく不利との判断だ。
『ミラクルゼロスラッガー!』
 しかし空中戦で優位になれるという訳でもなかった。六枚のスラッガーを縦横無尽に駆け巡らせて
ギガバーサークを何度も斬りつけるのだが、常識外の巨体のためほんのかすり傷にしかなっていないのだ。
『くッ、これじゃアリんこが象に挑んでるみてぇだ……うおッ!?』
 ギガバーサークの周囲を飛び回るゼロへ、ギガバーサーク後部の刃が振り下ろされる。
その刃もゼロを両断するどころか粉微塵にしてしまうほどのサイズなので、ゼロはたまらず
回避した。
『危ねぇ……ぐあぁッ!!』
 だが刃はかわせてもすぐに迫ってきたギガバーサーク本体からは逃げられず、ゼロは地表に
叩き落とされてしまった。あまりの質量差のため、ギガバーサークが少し身動きしただけで
ゼロには大ダメージになるのだ。
『ぐッ……くぅッ……! 確率100%とか豪語するだけのことはあるじゃねぇか……!』
 どうにか身を起こすゼロだが、今の一撃で通常形態に戻っていた。カラータイマーも既に
赤く点滅している。先ほどの戦闘より休憩なしで継戦しているので、元からエネルギーの
残量がわずかなのだ。このままでは極めて厳しい。
「シュアッ!」
 そこにゼロに後れて地上へ戻ってきたマックスが駆けつけてきた。……が、マックスも
変身してから地上まで掘り進んで帰ってくるのにエネルギーを消費しているため、カラー
タイマーが点滅している。残り時間は一分がいいところであろう。
 それなのに、二人のウルトラマンでもギガバーサーク相手では正直焼け石に水だ!
「ジュアッ!」
 ひるむことなくマクシウムソードを飛ばしてギガバーサークに立ち向かっていくマックスだが、
彼もやはり全く有効打を与えられていない。しかもギガバーサークの表面から伸びてきた鎖が四肢に
巻きつき、拘束されて磔にされてしまった!
「グアァッ!!」
『マックスッ!!』
 磔にされたマックスを電流が襲って苦しめる。助けようと走り出すゼロだが、ギガバーサークの
光弾の雨の前に近づくことすら出来ない。
『くそぉ……!』
 一方で空の彼方より、コバとショーンの駆るダッシュバード1号と2号が飛来してきた。
マックスを救うために、アタックモードになってギガバーサークに攻撃を仕掛ける。
「ウィングブレードアタック! うおおおおお―――――ッ!」
「オオオオオ―――――ッ!」
 二機のウィングブレードでマックスを縛り上げる鎖を斬りつけるが、切断することは叶わなかった。
そうしている間にもマックスはどんどんとエネルギーを失っていく。このままではマックスの命が危ない!

759ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:41:52 ID:FZla3xbk
 その時、ゼロが最後の賭けに出た!
『マックス! カイト! お前たちの未来を望む気持ちが本物なら……この光を扱えるはずだッ!』
 ウルティメイトブレスレットを自分の腕から外し、マックス目掛け投げ飛ばしたのだ!
『受け取れぇーッ!!』
 ブレスレットはウルティメイトイージスに変わり――光となってマックスとぶつかった!
「シュワッ!?」
『こ、これは……!? うわぁッ!』
 ウルティメイトイージスの秘めるエネルギーは絶大であり、制御できるのはこれまでゼロ以外に
いなかった。マックスとカイトもまた、イージスのエネルギーを抑え切れずに苦しむことになる。
 そんな二人にゼロが檄を飛ばす。
『それは未来への希望の想いが形となった光だ! お前たちの希望が決して消えねぇ本物なら……
必ず応じてくれる! その手で、未来を掴めぇぇぇぇ―――――ッ!!』
 ゼロの呼び声に応じるように、カイトは叫んだ!
『俺は……あきらめないッ! 俺だって……俺だって……マックスなんだぁぁぁ――――――――ッ!!』
 この時! イージスの光が鎖を砕き、マックスが解き放たれた!
「ジュワァッ!」
 空高く飛び上がったマックスの身体は、ウルティメイトイージスの鎧で覆われていた。
―-マックスはゼロから託されたイージスの力により、ウルティメイトマックスになったのだ!
『やったぜ!!』
 ぐっと手を握り締めるゼロ。これからウルティメイトマックスの反撃が行われる!
「シュッ!」
 マックス目掛けギガバーサークが光弾を乱射するが、マックスはウルティメイトマックスソードで
全弾切り払う。そしてソードレイ・ウルティメイトマックスを伸ばしてギガバーサーク本体を斬りつける。
「シュアァーッ!」
 長大な光の刃はギガバーサークの超巨体も貫き、右の刃を易々と切り落とした! 切断面が
露出したギガバーサークがスパークを起こして動きが鈍る。
「シュアッ!」
 そしてマックスは鎧を分離すると同時に伝家の宝刀、マックスギャラクシーを召喚。弓状にした
イージスの先端にマックスギャラクシーを接続して、鏃にする。
 マックスギャラクシーの膨大なエネルギーによって、イージスにエネルギーがフルチャージされた!
「イィィィィヤアァッ!!」
 マックスが弦を引き絞って放つ、ファイナルウルティメイトマックス! ギガバーサークに
炸裂し、貫通してどでかい風穴を開けた!
『バーサークシステム、停止……』
 うなだれるように力を失ったギガバーサークは粉々に分解し、消滅していった。これとともに
バーサークシステムは機能を失い、デロスタワーが地底に戻っていく。
 それをウルトラマンマックスとゼロが見届けていると、デロスが最後のメッセージを送ってきた。
『デロスは、地上の人類たちに期待しよう……。地球が元の姿を取り戻すまで、デロスは眠りに就く……』

「ありがとう、ウルトラマンゼロ、平賀才人君。君たちのお陰で、未来を掴み取ることが出来た。
この恩は決して忘れない……」
 夕焼けに染まる海岸線で、カイトと才人が向かい合っている。カイトは才人たちに感謝の
気持ちを伝えていた。
「いえ、そんな……。それよりカイトさんは……マックスとお別れの挨拶を交わしましたか?」

760ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:46:27 ID:FZla3xbk
 人類最大の試練が終わりを迎え、マックスもとうとう光の国に帰る時を迎えようとしていた。
カイトは才人の問いにゆっくりとうなずき返す。
「ああ。俺たちの未来は、俺たち自身の手で作っていくことを約束したよ。俺も……世代を
重ねたとしても、いつか必ず自分たちの力で宇宙に飛び出し、マックスの故郷に行くことを
誓ったんだ」
「光の国に……。その望みが叶う時が来るのを、俺も願ってます……いえ、信じてます」
 その言葉を最後に、才人はゼロアイを装着した。
「デュワッ!」
 変身するウルトラマンゼロ。同時にマックスもカイトから分離し、二人は宇宙に向かって
飛び去っていく。
「マックスー! ゼロー!」
 カイトは大きく手を振って、彼らの帰郷を見送り続けた……。

 ……現実世界に帰ってきた才人は、今しがた完結させたウルトラマンマックスの本を手に取った。
「これで五冊目の本が完結した……。残るは、遂に、後一冊……!」
 最後に残った一冊を見つめる才人。その瞳には、これまで以上の並々ならぬ熱意と決意が
宿っていた。
 才人の内側のゼロがつぶやく。
『これでルイズが本当に元通りになってくれりゃいいんだが……まだリーヴルのこととかの
謎がちっとも解決されてねぇ。上手く行くかどうか、大分不安があるぜ……』
 才人も同じ気持ちであったが、それでも自分にも言い聞かせるように述べた。
「でも、やるしかない。ここまで来たら最後までな……!」
 ルイズが本当に元に戻るか否か、いずれにせよその答えは、最後の本を完結させれば分かることだ。

 ……どこかも分からぬ暗黒の空間の中、何者かが謎の力によって才人の様子を監視していた。
『残るは後一冊か……。いよいよここまで来たか。もうじき『準備』も終わりを迎えるという訳だ……』
 謎の存在は独りごち、歪んだ微笑を交えながらつぶやいた。
『その時こそ……ルイズが僕の妃になる時ということだ……!』

761ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:47:58 ID:FZla3xbk
以上です。
久々だからという訳でもないですが、いつにも増してやりたい放題。

762名無しさん:2017/05/30(火) 16:05:24 ID:0JYhx9s.
やっぱり何かの罠だったわけですか。
どんな奴が出てくるか期待してまってます。

763名無しさん:2017/05/30(火) 21:30:32 ID:itaVVjcA
乙でした。いきなり二か月も音沙汰なしだったのでリアルに事故にでも会われたのではと心配していました
今回はゼロとマックスの設定をうまく合わせたいい話でした。ぜひ映像で見たいくらいの熱さだったと思います

ラスト、ウルトラの映画などで残っているのといえば、あの猿や、もうひとつの日本を代表するヒーローとの共演のやつでしょうか

764名無しさん:2017/05/30(火) 22:03:15 ID:5Hfrc36U


765ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:42:49 ID:WZ82hnBc
ウルトラマンゼロの人、久しぶりの投稿乙でした。
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。

特に何もなければ20時47分から83話の投稿を開始したいと思います

766ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:47:08 ID:WZ82hnBc
 それは、少年の放ったエア・ハンマーで魔理沙とルイズが吹き飛ばされる五分前の事。
 彼女たちと同じくしてカトレアから貰ったお小遣いを見知らぬ少女に全額盗まれたハクレイは、その子を追っていた。
 広場で偶然にも出会った女の子に盗られたソレを取り返すために、彼女はあれから王都を走り回っていたのである。
 最初に盗まれたと気づいた時には、追いかけようにも人ごみに足を阻まれて思うように進むことが出来なかった。
 少女の方もそれを意識してか、体の大きい彼女には容易に通り抜けられない人ごみに混じって追ってくる彼女を何度も撒こうとした。
 幸い運だけはある程度良かったのか、 ハクレイは必死に足を動かしたり通りの端を歩くなどして少女を追いかけ続けていた。
 二人して終わらぬ鬼ごっこのような追いかけっこを延々と、されど走ってないが故に大した疲労もせずに続けていた。

「こらぁ〜…はぁ、はぁ…!ちょっと、待って、待ちなさい!」 
 そして追いかけ続けてから早数時間。大地を照らす太陽が傾き、昇ってくる双月がハッキリ見えるようになってきた時間帯。
 人ごみと言う人ごみを逆走し、体力的にも精神的にもそろそろ疲れ始めてきたハクレイはまたも人ごみを押しのけていた。
 一分前に再び女の子の姿を見つけた彼女は、いい加減うんざりしてきた人ごみを押しのけながら歩いていく。
 幸い周りの通行人たちと比べて身長もよく、女性にしては程々に体格が良いせいか容易に流れに逆らう事ができる。
 しかし少女も頭を使うもので、ようやっとハクレイが人ごみを抜けるという所でUターンして、もう一度人ごみに紛れる事もあった。
 だがハクレイもハクレイで背が高い分すぐに周囲を見回して、逃げようとする少女を見つけてしまう。
 
 正にいたちごっことしか言いようの無い追いかけっこを、陽が暮れても続けていた。
 周りの通行人たちの内何人かが何だ何だと二人を一瞥する事はあったが、深入りするようなことはしてこない。
 少女とって幸いなのは、そのおかげでこの街では最も厄介な衛士に追われずに済んでいた。
 彼女にとって衛士とは恐ろしく足が速く、犯罪者には子供であってもあまり容赦しない畏怖すべき存在。
 だから追いかけてくる女性の声で気づかれぬよう、雑音と人が多い通りばかりを使って彼女は逃げ続けていた。
 しかし彼女も相当しぶとく、今に至るまであと一歩で撒けるという瞬間に見つかって今なお追いかけ続けられている。

 一体どれほどの体力を有しているのだろうか、そろそろ棒になりかけている自分の足へと負荷を掛けながら少女は思った。
 両手に抱えたサイドパック。あの女性が持っていたこのパックには大量の金貨が入っていた。
 これだけあれば美味しいパンやお肉、野菜や魚が沢山買えて、美味しい料理を沢山作れる。
 いつも硬くなって値段が落ちたパンに、干し肉や干し魚ばかり食べているじ唯一の家族゙にそういうものを食べさせてあげたい。
 毎日毎日、何処かからお金を持ってきてそれを必死に溜めている゙唯一の家族゙と一緒に、ご飯を食べたい。

 だから彼女は今日、その家族と同じ方法でお金を手に入れたのだ。
 自分たちの幸せを得る為に『マヌケ』な人が持っているお金を手に入れ、自分たちのモノにする。
 少女は知らなかった。世間一般ではその行為が『窃盗』や『スリ』という犯罪行為だという事が。

「待っててね、お兄ちゃん…!『マヌケ』な女の人から貰ったお金で、美味しい手料理を作ってあげるからね!」
 自らの犯した罪を知らずに少女は微笑みながら走る、逃げ切った先にある唯一の家族である兄との夕食を夢見て。

767ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:49:06 ID:WZ82hnBc
「あぁ〜もぉ!あの子とニナはいい勝負するんじゃないかしら…!」
 その一方で、ハクレイは延々と続いている追いかけっこをどうやって終わらせられるのか考えようとしていた。
 追えども追えどもあと一歩の所で手が届かず、かといって見逃す何てもってのほかで追い続けて早数時間。
 いい加減あの子を捕まえて財布を取り戻した後で、軽く叱るかどうかしてやりたいのが彼女の願いであった。
 しかし少女は自分よりもこの街の事に詳しいのだろう、迷う素振りを見せる事無くあぁして逃げ続けている。
 本当ならすぐにでも追いつけられる。しかしここトリスタニアの狭い通りと明らかにそれと不釣り合いな人ごみがそれを邪魔していた。
 しかも日が落ちていく度に通りはどんどん狭くなっていき、その都度少女の姿を見失う時間も増えている。
 
(普通に走って追いつくのが駄目なら、何か別の方法でも見つけないと……ん!)
 心の中ではそう思っていても、それがすぐに思いつくわけでもない。
 一体このイタチごっこがいつまで続くのかと考えていたハクレイは、ふと前を走る少女が横道にそれたのを確認した。
 恐らく他の通行人たちで狭くなり続けている通りを抜けて、人のいない路地から一気に逃げようとしているのだろうか?
(…ひょっとすると、今ならスグにでも捕まえられるかも?)
「ちょっと、御免なさい!道を空けて貰うわよ」
「ん?あぁ、おい…イテテ、乱暴に押すなよテメェ!」
 咄嗟にこれを好機とみた彼女は前を邪魔する通行人たちを押しのけて、少女が入っていった路地の入口を目指す。
 途中自分のペースで自由気ままに歩いていた一人の若者が文句を上げてきたが、それを無視して彼女は少女の後を追おうとする。
「コラ!いい加減観ね――――ング…ッ!!」
 しかし。いざそこへ入らんとした彼女の顔に、子供でも両手に抱えられる程の小さな樽がぶつかり、
 情けない悲鳴とも呻きにも聞こえる声を上げて、そのまま勢いよく地面へ仰向けに倒れてしまう。

「うぉ…っな、何だよ…何で樽が?」
 先ほど彼女に押しのけられ、怒鳴っていた若者はその女性の顔にぶつかった樽を見て驚いていた。
 幸い樽の方は空であったものの、それでも目の前の黒髪の女性――ーハクレイには大分大きなダメージを与えたらしい。
 目を回して仰向けになっている彼女にどう接すればいいのか分からず、他者を含めた何人かの通行人が足を止めてしまう。
 その時、樽を投げた張本人である少女が路地から顔を出し、ハクレイが気絶しているのを確認してから再び通りへと躍り出る。
 最初こそハクレイの読み通り、路地から逃げようとした少女であったが、道の端に置かれていた小さな樽を見て即座に思いついたのだ。 
 ここで不意の一撃を与えて気絶させるなりすれば、上手く逃げ切れるのではないのかと。
 
 そして彼女の予想通り、投げられた樽で地面に倒れたハクレイが起き上がる気配はない。
(ちょっとやりすぎだったかも…ごめんね)
 樽は流石にまずかったのか?そんな罪悪感を抱きつつも少女は何とかこの場から離れとようとしていた。
 ハクレイとの距離はどんどん伸びていく。四メイル、五メイル、六メイル…。
 倒れたハクレイを気遣う者達とそうではない通行人たちの間を縫うように歩き、距離を盗ろうとする。
 しかし少女は知らなかった。ハクレイは決して気絶していたワケではないという事を。

768ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:51:08 ID:WZ82hnBc
(うぅ〜ちくしょぉ〜!中々やるじゃないの、あの子供ぉ…) 
 思いっきり樽をぶつけられた彼女は、あまりの痛さとこれまで蓄積していた疲労で立とうにも立てずにいた。
 重苦しい気だるさが全身を襲い、下手に気を緩めてしまえば今にも気絶してしまう程である。
 それでもカトレアが渡してくれたお金を取り戻すのと、それを盗んだ女の子を止めなければいけないという使命感で、
 辛うじて気絶するのは避けられたものの、そこから後の行動ができずにいるという状態であった。

 そういうワケで身動きが取れないでいる彼女は、ふと自分の耳に大勢の人たちがざわめく声が入って来るのに気が付く。
(でも、何だか騒がしいわね?野次馬が周りにいるのかしら)
 目を瞑っているせいで周りの状況が良く分からないが、そのざわめきから多くの人が囲んでいるのだろうと推測する。
 無理もない、何せ街中で幼女に樽を投げつけられて気絶した女はきっと自分が初めてなのだろうから。
 きっとここから目を開けて、何とか立ち上がって追いかけようとしても恐らく間に合いはしないだろう。
 あの意外にも頭が回る少女の事だ。今が好機と見て残った力で逃げ切ろうとしているに違いない。
 彼女にとって、それはあまりにも歯痒かった。カトレアの行為を無駄にし、あまつさえ見知らぬ少女の手を前科で汚させてしまう。
 もっと自分がしっかりしていれば、きっとこんな事にはならなかった筈だというのに…。

(せめて、せめて一気に距離を詰めれる魔法みたいな゙何か゛があれば…――――ん?)
―――――めね、全然だめよ。貴女ってはいつもそうね
 無力感と悔しさの二重苦に直面したハクレイはこの時、野次馬たちのそれとは全く別の『声』耳にした。
 それは外から耳が広う野次馬たちのざわめきとは違い、彼女の頭の中で直接響くようにして聞こえている。
(何、何なのこの声は?)
――――――昨日も言ったでしょう?霊力はそうやってただぶつける為の凶器じゃないの
 性別は一瞬訊いただけでもすぐに分かる程女性の声であり、声色から何かに呆れている様子が想像できてしまう。
 そして、ハクレイはこの声に『聞き覚えがあった』。カトレアでもニナのものでもない女性の声を、彼女は知っていたのである。
(何が何だか分からないけど…知ってる!私はこの声を何時か…どこかで聞いたことが…)
――――霊力にも様々な形があるけど、貴女の場合それは攻撃にも防御にも、そして移動にも利用できるのよ。俗に言う器用貧乏ってヤツよ?
 声の主はまるで覚えの悪い生徒へ指導する教師の様に、同じ単語を話の中に何度も混ぜながら何かを説明している。
 そして奇遇にもその単語―――『霊力』がどういう風に書き、用いる言葉なのかも。彼女は知っていたのだ。

(一体、これはどういう……――――!)
 突如自分の身に起き始めた異変に困惑しようとした直前、ハクレイの頭の中を何かが奔り抜けた。
 まるで電撃の様に目にも止まらぬ速さで、そして忘れられない程の衝撃が彼女の脳内を一瞬の間で刺激する。
 それは彼女の脳を刺激し、思い出させようとしていた。―――今の彼女が忘却してしまったであろう知識の一つを。
(何…これ…!頭の中で、何かが…゙設計図のような何か゛が完成していくわ…!)
 突然の事に身動き一つできず、ただ耐える事しかできないハクレイの脳内に、再び女性の声が響き渡る。
 
――――貴女の霊力の質なら、きっと地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなんて事は造作ないと思うわ。
 ――――ただ大事なのはやり方よ?足が着いている場所に霊力を流し込むイメージをするの。そう…思い浮かべてみるのよ?

 その長ったらしい説明の直後、気を失いかけた彼女は永らく忘れていた知識の一つを取り戻す事が出来た。
 先ほど自分が欲しいと願っていた、一気に距離を詰められる魔法の様な知識を。

769ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:53:16 ID:WZ82hnBc
「ん―――んぅ…」
「お、うぉわ!」
 集まってきた野次馬に混じってハクレイを間近で見ていた若者は、彼女が急に目を覚ました事に驚いてしまう。
 それで急ぎ後ずさった彼を合図に彼女がムクリと上半身を起こすと、他の者達も一様にざわめき始めた。
 何せてっきり気を失ったと思っていた女性が急に目を開けて、何事も無かったかのように体を起こしたからである。
 そんな思いでざわめく群衆を無視しつつ、ブルブルと頭を横に振るハクレイはあの少女が何処へいったのか確認しようとした。
 当然ながら近くに姿は見えない。恐らく自分を囲んでいる群衆に紛れて逃げようとしているのか、あるいは既に…

「ま、どっちにしろ手ぶらじゃあ帰れないわよね」
 一人呟いた後で腰に力を入れて、スクッと先ほどまで倒れていたのが嘘の様に立ち上がることができた。
 さっきまであんなに疲れていたというのに、その疲労の半分が体から消え去っていたのである。
 何故なのかは彼女にも分からない。何か見えない力でも働いたのか、それともあの謎の声が関係しているのか…
 色々と考えるべきことはあったが、今からするべき事を思えば横に置いてもいい事であった。
 周りにいる人々が何だ何だとざわつく中、彼女に肩をぶつけられて怒っていた若者が困惑気味に話しかけてくる。

「あ、アンタ大丈夫か…?さっき女の子にアンタの顔ぐらいの大きさがある樽をぶつけられてたが…」
「ん…心配してくれてるの?まぁそっちはそっちで痛いけど大丈夫よ。それよりも、私の近くに女の子が一人いなかった?」
「え…えっと?あぁ、そういや確か…アンタに樽ぶつけた後にあっちの通りへ走っていったが」
 てっきり怒って来るのかと思っていた彼女は少しだけ目を丸くしつつも、自分のすぐ近くにいた彼へ女の子を見なかったかと聞いてみる。
 その質問に最初は数回瞬きした若者は困惑しつつも、ハクレイの背後を指さしてそう言った。
 やはり自分が気を失っている間に逃げる算段だったようだ、彼女はため息をつきつつも若者が指さす方向へと身体を向ける。
 案の定少女が通って行ったであろう通りは人で溢れてしまっており、今から走っても見つけるのは無理に近いだろう。

「あちゃぁ〜…やっぱり逃げられたかぁ。…ていうか、今からでも追いつけるかしら?」
「追いつけるって、さっきの女の子をか?」
「他に誰がいるのよ。…ともかく、どこまで逃げたのかは知らないけれど…」
 まずは一気に詰めなきゃね。そう言ってハクレイはその場で軽く身構え、体の中で霊力を練り始めた。 
 周囲の喧騒をよそ丹田から脚へと流れていく力を、地面と同化させるように足の指先にまで流し込んでしまう。
 やがて下半身を中心に彼女の霊力が全身に行きわたり、その体に常人以上の活力で満たされていく。
 彼女は段々と『思い出し』ていく。それが何時だったかはまだ忘れたままだが、かつて今と同じように事をしていたという事を。

(不思議な感じたけど、こうやって身構えて…霊力を溜めるのって懐かしい感じがするわね)
 まだ見覚えの無い懐かしさに疑問を抱きながらも、ハクレイの全身に霊力が回りきる。
 そして…さぁこれからという所で彼女は背後の若者へと顔を向け、話しかけた。
「あ、そうだ…そこのアンタ。ちょっと後ろへ下がっといたほうが良いかもよ?」
「は?後ろに下がれって…なんでだよ」
「何でって…そりゃ、アンタ――――――」

 ――――今から軽く『跳ぶ』為よ。
 そう言って彼女は若者へ涼しげな表情を向けながら言った。

770ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:55:16 ID:WZ82hnBc
「―――…った、やった!逃げ切れた…!」
 サイドパックを両手で抱えて走る少女は、人ごみの中を走りながら自らの勝利を確信していた。
 あの路地に逃げようとした矢先に見つけた樽が、思いの外この状況を切り抜けるカギになったらしい。
 現に投げ飛ばしたアレが顔に直撃し、道のド真ん中で倒れた黒髪の女性は追いかけて来ない。
 それが幼い少女に勝利を確信させ、疲れ切った両足に兄の元へ帰れるだけの活力となった。
「待っててお兄ちゃん…!すぐにアタシも帰るからね…」
 はにかんだ笑顔で息せき切りながら、少女はトリスタニアに作った『今の家』までの帰路を走る。
 柔らかいそうな顔を汗まみれにして、必死に足を動かす彼女を見て何人かが思わず見遣ってしまう。
  
 永遠に続くかと思われた人ごみであったが、終わりは急に訪れる。
 大人たちのの間を縫って通りを走っていた少女は、街の広場へと入った。
 王都に幾つか点在する内一つである広場は、すぐ後ろにある通りと比べればあまりにも人が少ない。
 日中ならまだしも、この時間帯と時期は男や若者たちは皆酒場に行くものである。
 現に夜風で涼もうとやってきている老人や、中央にある噴水の傍でお喋りをしている平民の女性たちしか目立つ人影はない。
 確かに、こう人の少ないところは涼むだけにはもってこいの場所だろう。女や酒を期待しなければ。

「あ、通り…そうか。抜けれたんだ…」
 まるで樹海の中から脱出してきたかのような言葉を呟きながら、少女は肩で息をしながら近くのベンチへと腰かける。
 このまま『今の家』に帰る予定であったが、追っ手がいなくなったのと落ち着いて休める場所があったという事に体が安心してしまっていた。
 先ほどまでは何時あの女性が追いかけてくるかと言う緊張感に苛まれて逃げていた為に、幼い体に鞭打っていたのである。
 けれども、今は誰も追ってこないし、落ち着ける場所もある。それが彼女の緊張感をほぐしてしまったのだ。
「ちょっと、ちょっとだけ…ちょっとだけ休んだら、お家に戻ろうかな…ふぅ?」
 ベンチの背もたれに背中を預けながら、少女は暗くなる空へ向かって独り言をつぶやく。
 肩で呼吸をつづけながら肺の中に溜まった空気を入れ替えて、夜風で多少は冷えた夏の空気を取り込んでいく。
 
 薄らと見え始めている双月を見上げながら、彼女は今になってある種の達成感を得ていた。
 各地を転々と旅しつつも、お金が無くなった時は兄がいつも新しいお金を取ってきてくれる。
 自分も手伝いたいと伝えても、兄は「お前には無理だ、関わらなくても良い!」といつも口を酸っぱくして言っていた。
 でも、これで兄も認めてくれるに違いない。自分にも兄のお手伝いができるという事を。
 未だ両手の中にある金貨入りのサイドパックを愛おしげに撫でて、兄に褒められる所を想像しようとした―――その時であった。
 つい先ほど彼女が走ってきた通りから、物凄い音とそれに続くようにして人々の驚く声が聞こえてきたのは。
 まるで硬い岩の様な何かを思い切り殴りつけた様な音に、少女がハッとして後ろを振り返った瞬間、彼女は見た。

 通りを行き交う人々の頭上を飛び越えてくる、あの黒髪の女性―――ハクレイの姿を。
 ロングブーツを履いた両足が青白く光り、あの黒みがかった赤い瞳で自分を睨みつけながら迫ってくる。
 自分たちの頭上を飛び越えていくその女性の姿に人々は皆驚嘆し、とっさに大声を上げてしまう者もチラホラといる。
 少女は驚きのあまり目を見開き、咄嗟に大声を上げようとした口を両手で押さえてしまう。
「ちょ、何アレ!?」
「こっちに跳んでくるわ!」

771ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:57:08 ID:WZ82hnBc
 噴水の近くにいた女たちが飛んでくるハクレイに黄色い叫び声を上げて広場から逃げていく。
 お年寄りたちも同じような反応を見せたものがいたが、何人かはそれでも逃げようとはしなかった。
 三者三様の反応を見せる中で、勢いよく跳んできたハクレイは少女のいる広場へと降り立った。
 青く妖しく光るブーツの底と地面から火花が飛び散り、そのまま一メイルほど滑っていく。
 これには跳んだハクレイ自信も想定していなかったのか、何とか倒れまいとバランスを取るのに四苦八苦する。
「おっ…わわわ…っと!」
 まるで喜劇の様に両腕を振り回した彼女は無様に倒れる事無く、無事に着地を終えた。
 周囲と通りからその光景を見ていた人々が何だ何だとざわめきながら、何人かが広場へと入ってくる。
 彼らの目には、きっと彼女の今の行為が大道芸か何かに見えているに違いない。

「…すげー、今の見た?あっこからここまで五メイルくらいあったぞ」
「魔法?にしては、杖もマントも無いし…マジックアイテムで飛んだとか?」
「さっきまで光ってたあのブーツがそうかな?だとしたら、俺も一足欲しいかも…」
「っていうかあの姉ちゃん、スゲー美人じゃね?」
 暇を持て余している若者たち数人がやんややんやと騒いでいるのを背中で聞きつつ、少女は逃げようとしていた。
 今、自分が息せき切って走ってきた距離を一っ跳びで超えてきたハクレイは、自分に背中を向けている。
 だとすれば逃げるチャンスは今しかない。急いで踵を返して、もう一度人ごみに紛れればチャンスは…。
 そんな事を考えつつも、若者たちが騒いでいる後ろへ後ずさろうとした少女であったが―――幸運は二度も続かなかった。

「ふぅ〜…こんな感じだったかしらねぇ?何かまだ違和感があるけど――――さて、お嬢ちゃん」
「…ッ!」
 一人呟きながら自分の足を触っていたハクレイはスッと後ろを振り返り、逃げようとしていた少女へ話しかける。
 突然の振り返りと呼びかけに少女は足を止めてしまい、騒いでいた若者達や周囲の人々も彼女を見遣ってしまう。
 相手の動きが止まったのを確認したハクレイは、キッと少女を睨みつけながらも優しい口調で喋りかける。
「お互い、もう終わりにしましょう。貴女だって疲れてるでしょう?私も結構疲れてるし…ね?」
「で、でも…」
 相手からの降伏勧告に少女は首を横に振り、ハクレイはため息をつきながらも彼女の傍まで歩いていく。
 そして少女の傍で足を止めるとそこで片膝をつき、相手と同等の目線になって喋り続ける。
「私は単に、貴女が私から盗んだモノを返してくれればいいの。それだけよ、他には何もしない」
「…他にも?」
「そうよ。貴女がやったことは…まぁ『犯罪』なんだけど、私は貴女を付き出したりしないわ」
 本当よ?そう言ってハクレイは唖然とする少女の前に右手を差し出して見せる。
 周囲にいて話を聞いていた人々の何人かが、何となくこの二人が今どういった状況にいるのか察する事ができた。 

 大方、この女性から財布か何かを盗んだであろう少女を諭して、盗られたモノを取り返そうとしているのだろう。
 王都は比較的治安が良いが、だからといって犯罪が一つも起こらないなんて事は無い。
 大抵は盗賊崩れや生活に困窮している平民、珍しいときは身寄りのいない子供や貴族崩れのメイジまで、
 様々な人間が大小の犯罪に手を染めて、その殆どが街の衛士隊によってしょっぴかれてきた。
 中には目の前にいる少女の様な子供まで衛士隊に連れて行かれる光景を目にした者も、この中には何人かいる。
 残酷だと思われるが、犯罪で手を汚ししてしまった以上はたとえ子供であっても小さい内から大目玉を喰らわせなければいけない。
 痛い目を見ずに注意だけで済ましてしまえば、十年後にはその子供が凶悪な犯罪者になっている可能性もあるのだから。

772ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:59:07 ID:WZ82hnBc
 そう親兄弟から教えられてきた人たちは、どこかもどかしい気持ちでハクレイと少女のやりとりを見つめていた。
「なぁ…あの女の人、衛士呼ばないのかねぇ?物盗りなんだろ?」
「物盗りといってもまだまだ幼いじゃないか、ここでちゃんと諭してやれば手を洗うだろうさ」
「甘いなぁお前さん、そんなに甘い性格してる月の出ない夜に財布をスラれちまうぜ!」
「でもいくら犯罪者だとしても、あんな小さい子を衛士に突き出すってのは少し気が引けちゃうよ…」
 少女に詰めよるハクレイを少し離れた位置から眺める人々は、勝手に話し合いを始めていた。
 幾ら犯罪者には厳しくしろと教わられても、流石にあの少女ほどの子供を牢屋に閉じ込めるのはどうかと思う者達もいる。
 そういう考えの者達と犯罪者には鉄槌を、という者達との間で論争が起こるのは必然的とも言えた。
 さて、そんな彼らを余所に少女はハクレイの口から出た、ある一つの単語に首を傾げていた。

「犯…罪?何それ…」 
 まるで他人のお金を取る事を悪い事だとは思っていないその様子に、ハクレイは苦笑いしながら彼女に説明していく。
「う〜ん…何て言うかな、そう…私の財布ごと何処かへ持っていこうとした事が…その犯罪っていう行為なのよ?」
「え?でも…お兄ちゃんが言ってたよ。僕たちが生きるためには金を持ってる奴から取っていかないと――って…」
「お兄ちゃん…。貴女、他にも家族がいるの?」
 思いも寄らぬ兄の存在を知ったハクレイがそう聞いてみると、少女はもう一度コクリと頷く。
 彼女が口にした言葉にハクレイはやれやれと首を横に振り、何ゆえに少女が窃盗を悪と思っていないのか理解する。
 恐らく彼女の兄…とやらは何らかの理由で窃盗を稼業としていだろう。この娘がそれを、普通の事だと認識してしまうくらいに。
 あくまで推測でしかないがもしそうなら自分の財布を返してもらい、見逃したとしても根本的な解決にはならない。
 日を改めた後に、また何処かで盗みを働いてしまうに違いない。そして行く行くは、別の誰かの手によって……

 そこまで想像したところでハクレイはその想像を脳内から振り払い、少女の顔をじっと見つめる。
 自分を見つめるその顔には罪悪感など微塵も浮かんでおらず、まるで磨かれたばかりの真珠のように純粋で綺麗な眼。
 ここで財布を取り返して逃がしたとしても、罪悪感を感じていなければまたどこかで同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
 きっとカトレアなら、ここでこの娘とお別れする事はない筈だと…そんな思い抱きながら、ハクレイは少女に話しかける。
「ねぇ貴女、もし良かったら私をお兄さんのいる所へ案内してくれないかしら?」
「え…お兄ちゃんの…私達が『今いる』ところへ?」
 何故か目を丸くして驚く少女に、ハクレイはえぇと頷いて彼女の返事を待った。
 もしここにカトレアがいたのなら、少女が何の罪悪感も無しに罪を犯すきっかけとなった兄を諭していたかもしれない。
 例えそれがエゴだとしても…いつかは破綻する生活から助け出すために、きっと説得をしに行くに違いないだろう。

 半ばカトレアを美化(?)していたハクレイは、ふと少女が丸くなった目で自分を凝視しているのに気が付いた。
 一体どうしたのかと訝しもうとした直前、少女はその体を震わせながらハクレイへと話しかける。
「わ、私達をどうするの?お兄ちゃんと私を、どうしようっていうの…?」
「…?別にどうもしない。ただ、ちょっとだけアナタのお兄さんと話がしたいだけよ」
 急な質問の意図がイマイチ分からぬままハクレイはそう答えると、突き出していた右手をスッと下ろす。
 しかし、それを聞いた少女の表情は次第に強張っていき、一歩二歩…と僅かに後ろへ後ずさり始める。
 それを見たハクレイはやはり警戒されているのかと思いながらも、尚も諦める事無く彼女へ語りかけた。

773ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:01:09 ID:WZ82hnBc
「逃げなくてもいいのよ?本当に、私は『何もしない』わ…ただ、アナタのお兄さんに盗みをやめるよう説得したいだけなの」
「…!」
 何がいけなかったのか、彼女の説得に今度は身を小さく竦ませた少女が大きく後ずさる。
 その様子を見て若干流石のハクレイでも理解し始める。彼女が自分におびえているという事に。
 下がった先にいた一人の野次馬がおっと…!と声を上げて横へどき、急に様子が変わった少女を大人たちが不思議そうな目で見つめる。

 少女を見つめる者たちの何人かがこう思っていた。一体この少女は、何を怯えているのかと。
 彼女の前にいる黒髪の女性は酷く優しく、その様子と喋り方だけでも衛士に突き出す気は端から無いと分かる。
 しかし少女は怯えていた。まるで女性の背後に、幽霊が佇んでいるのに気が付いているかの様に。
 ただの通りすがりであり、少女との接点が無い周りの大人たちは少女が何に怯えているのかまでは知らなかった。
 そして少女に財布を盗られ、ここまで追いかけて来たハクレイも彼女が何故自分を怖れているのかまでは理解できずにいる。
 ―――しかし、ハクレイを含めだ大人゙たちには、決してその怯えの根源が何なのかを知ることは出来ないであろう。
 何故なら、少女が何よりも怖れていたのは…『何もしない』と言い張る大人なのであるから。

 かつて少女は兄に教わった、自分たちの天敵が大人であるという事を。
 自分たちが生きていくうえで最も警戒すべき存在であり、出し抜いていかなければいけない相手なのだと。
―――良いか?大人を信用するなよ。アイツらは意地汚くて狡猾で、俺たちを子供だからっていつも下に見てるんだ!
――――俺とお前だけで生きているのがバレたら、大人たちは必ず俺たちを離れ離れにしようとするに違いない。
―――――特に、俺たちが孤児だと勘づいて親切にしてくる大人には絶対気を許すな!
――――――そういう奴こそ「大丈夫、『何もしない』よ」と言いながら、俺とお前を適当な孤児院にぶちこもうとするんだ!

――――もしそういう大人に出会ったら、お前も腰にさした『ソレ』を引き抜いて戦うんだ!
―――――俺たちは決して弱者なんかじゃない!舐めるなよっ!…という意思を込めて、呪文を唱えろ!
 
 脳裏によぎる兄から聞かされたその言葉が少女に恐怖を芽生えさせ、右手が懐へと伸びていく。
 そうだね大人は敵なんだ。こうやって優しい言葉で自分たちを騙して、離れ離れにさせようとする。
 決めつけとも、大人を知らぬ子供のエゴとも取れるその考えに支配された彼女には、これから起こす事を自分では止められない。
 ただ、守りたいがゆえに…この一年間兄に守られ共に暮らしてきた少女にとって、唯一の家族であり頼れる存在でもあった。
 それを何の気なしに奪おうとする大人たちとは戦わなければいけない。例えそれが、見た事ない力を使う女の人であっても。
 
「ちょっと、どうしたのよ?そんなに怯えた顔して…」
 そんな少女の決意がイマイチ分からぬまま、ハクレイは怪訝な表情を浮かべて少女に話しかける。
 少女の背後にいる群衆も互いの顔を見合わせながら、少女が何をしようとしているのか気になってはいた。
 そして…この場に居る大人たちが彼女が何をしようととしているのか分からぬまま、少女はついに動き出す。
 大事な家族を守る為、これからも続けていきたい二人の生活を明日へ繋ぐためにも、彼女は一本の『ソレ』を懐から取り出し、天に掲げる。
 『ソレ』はこのハルケギニアにおいて最も目にするであろう道具であり、今日までの世界を築き上げてきた力の象徴。
 同時に、平民たちにとっては最強の力であり、畏怖するべき貴族たちが命よりも大事と豪語する―――…一振りの杖である。

 後ろにいた観衆に混ざり込んだ誰かが、少女が天に掲げた杖を見た小さな悲鳴を上げる。
 誰かが「あのガキ、メイジだ!」と怒鳴ると、少女を囲んでいた平民たちは慌てて距離を取り始めた。

774ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:03:08 ID:WZ82hnBc
 正に「美しい花には棘がある」という諺そのものだ、あんな小さな子がメイジだったとは誰もが思っていなかったのだろう。
 例えどんなに小さくとも、杖を持っていて魔法を唱えられるのなら大の大人であっても簡単にねじ伏せてしまう。
 魔法の恐ろしさを十分に知っている彼らだからこそ、杖を見たとたんに後ろへ下がれたのだろう。

 一方で、少女から最も近いところにいるハクレイは周囲の反応と杖を見てすぐに少女がメイジなのだと理解していた。
 まさかこんなに小さくてかわいい子がカトレアと同じメイジだったのだと思いもしなかったのである。
 そして新たな疑問も沸き起こる。何故彼女は魔法が使えるというのに、こんな犯罪に身をやつしているのか?
 アストン伯やカトレア、そして彼女の取り巻き達の様な貴族たちとの付き合いしか無かったハクレイはまだ知らないのである。
 世の中には、マントを奪われあまつさえ家と領土すら奪われだ元゙貴族達も相当数がいる事に。
 
 少女は自分を見て硬直している相手と平民たちを交互に凝視つつ、もう数歩後ろへと下がっていく。
 逃げる気天!?そう思ってかハクレイは、慌てて少女の足を止めようと立ち上がろうとした。
「……ッ!アナタ…ッー――!」
「来ないで、私に近づいちゃダメ!」
 立ち上がった瞬間を狙ってか、少女はこちらに向けて手を伸ばそうとするハクレイへ杖の先端を向けた。
 幼年向けであろう、普通のよりもやや短い杖の鋭そうな先が彼女の額へ向いている。
 ここから魔法が飛んでくるのを想像して怯えているのか、はたまた相手を刺激せぬようにしているのか、
 ハクレイはその場でピタリと足を止めつつ、されど視線はしっかりと少女の方へと向いていた。

 彼女にはワケが分からなかった。少女が杖を隠し持っていたメイジであった事と、このような事に手を潜めている事。
 そして、何故急に怯え出した彼女に杖を向けられているのかも…ハクレイには分からなかった。
 だがそれで少女を説得する事を彼女は諦めてはおらず、むしろ何が何でも止めなければと改めて決意する。
 周囲の平民たちと同じように、ハクレイもまた魔法が日常生活や攻撃としても十分使えるという事は知っていた。
 だからこそ、少女が下手に魔法を使わぬよう穏便に説得しようとしのである。
「ちょっと待ってよ?どうしたのよ一体…」
「だ、だから近づかないでって言ってるでしょ!?」
 しかし、少女の内情を知らない彼女の説得など初めから効くはずもなかった。
 より一層冷静になるよう心掛けてにじり寄ろうとしたハクレイに気づいて、少女はそう言いながら杖を振り上げる。
 
 周りにいた平民たちは皆一様に悲鳴を上げて、更に後ろへと下がっていく。
 メイジが杖を振り上げる事は即ち、これから魔法を放ちますよと声高々に宣言するのと同じ行為である。
 何人かの平民がまだ少女の傍にいるハクレイへ「何してる逃げろ!」や「杖を取り上げろ!」と叫ぶ。
 今のハクレイには、逃げる暇や杖を取り上げる時間も無い。あるのはただ放とうとされる魔法を受け入れるしかない現実だ。
 だが…タダで喰らう彼女でもなく、すぐさま体を身構えさせて少しでも目の前で発動される呪文を防ごうとした。
 それと同時に、少女は杖を振り下ろした。口から放ったたった一言の呪文と共に。

「イル・ウインデ!」
「え?…うわぁッ!」
 口から出た短いスペルと共に、ハクレイの足元で突如小さな竜巻が発生したのである。
 唱えた魔法は『ストーム』という風系統の魔法。文字通り指定した場所に竜巻を発生させるだけの呪文だ。
 詠唱したメイジの力量と精神力によって威力に差は出てくる。そして少女に力量は無かったが、精神力だけは豊富にある。
 その為、彼女が発生させた竜巻は大の大人一人ぐらいなら簡単に飲み込み、吹っ飛ばす程の力は有していた。

775ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:05:10 ID:WZ82hnBc
 まさか足元から来るとは予測していなかったハクレイは呆気なく竜巻に巻き込まれてしまう。
 何の抵抗も出来ずに透明な竜巻の中で回るしかない彼女は、さながらルーレットの上を走るボールの様だ。
「わ・わ・わ・わわわ…ワァーッ!」
 グルグルと竜巻の中をひとしきり回った彼女は、勢いよく竜巻の外へと吹き飛ばされる。 
 地上で見守っていた人々とほぼ同時に悲鳴を上げたハクレイが飛んでいく先には、広場に面した共同住宅があった。
 丁度窓越しに食事や酒、読書を嗜んでいた人々がこっちへ向かってくる彼女に気が付き、慌てて窓から離れていく。
 後数秒もあれば、吹き飛ばされたハクレイは哀れにも勢いよく共同住宅の壁に叩きつけられてしまうだろう。
 
(不味いわね…!流石にこれは―――でも、今ならイケるかも?)
 ここまでされてから初めて危機感を抱いたハクレイはしかし、たった一つの解決策を持っていた。
 このまま勢いよく今日住宅に突っ込んでも、決してダメージを受けずにいられる方法を。
 激突まで後二メイルで時間にすればほんの僅かだが、それだけあれば充分であった。
 既に手足の方へと霊力は行きわたっている。ただ一つ気にすることは、背中からぶつからないように気を付ける。
(全ては神のみぞ知る…ってヤツかしら!)
 心の中でうまい事成功しなければという決意を抱いて、真正面から共同住宅へと突っ込み…―――そして。

「おっ!―――よっと!」
 瞬時に青白く発光した手足でもって、共同住宅の壁へと『貼り付いた』のである。
 てっきりぶつかるかと思っていた群衆は彼女が見せてくれた大道芸じみたワザに、驚愕の声を上げた。
 その声に思わず顔を背けていた人々に、共同住宅の住人達も窓越しに壁へ貼り付くハクレイの姿を見て驚いている。
 暫しの間広場で彼女を見つめている人々はざわめいていたが、何故かその外野から幾つもの拍手が聞こえてきた。
 恐らく何かの催しだと勘違いした通りすがりの者なのだろうが、最初から最後まで見ていた者達には酷く場違いな拍手に聞こえてしまう。
 そしてハクレイ自身は何で拍手が聞こえてくるのか分からず、そしてこうも『上手く行った』事に内心ホッと安堵していた。

「いやぁ〜…できるって気はしてたけど、まさか本当にできるとは思ってもみなかったわ」
 右手と両足を霊力で壁に張り付けたまま、左腕の袖で顔の冷や汗を拭う彼女の胸は興奮で高鳴っていた。
 実際、彼女がこのワザに『気が付いた』のは先ほどここまで跳んでくる前に聞こえたあの謎の声のお蔭である。
 あの女性の声は言っていたのだ、自分の霊力なら、地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなど造作ないと。
 だからあの時、目を覚ましてすぐにジャンプできたりこうして壁に貼り付いて激突を回避したのである。
 最初こそ一体何なのかと訝しんでいたが、今となってはあの声の主に感謝したいくらいであった。
 もしもあのアドバイスがなければ、今頃この三階建ての建物に叩きつけられていたに違いない。

「とはいえ…流石にあの勢いだと。イテテテ…手がヒリヒリするわね」
 そう言ってハクレイは、赤くなっている左の掌を見つめながら一人呟く。
 実際のところ成功する確率は五分五分であり、彼女自身失敗するかもという思いは抱いていた。
 まぁ結局のところ上手くいったのだが勢いだけは殺しきる事ができず、結果的に両手がヒリヒリと痛む事となったが。
 彼女は気休め程度にと左の掌にフゥフゥと息を吹きかけようと思った時、後ろから自分を吹き飛ばした張本人の叫び声が聞こえてきた。
「ど、どいてぇ!どいてよー!」
 恐怖と悲痛さが入り混じったその叫びと共に、群衆の動揺が伺えるどよめきも耳に入ってくる。
 何かと思いそちらの方へ視線を向けてみると、あの少女が手に持った杖を振りかざしながら人ごみの中へと消えようとしていた。
 右手には杖、そして左手には自分から盗んでいったカトレアからのお金が入ったサイドパック。
 恐らく魔法による攻撃が失敗に終わったから、せめて必死に逃げようとしているのだろうか。

776ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:07:08 ID:WZ82hnBc
「まずいわね…何とかして止めないと」
 このまま放っておけばカトレアから貰ったお金を全て無くしてしまううえに、あの少女を説得する事もできない。
 何としてもあの少女を止めて、もう二度とこんな事をしないようにしてやらなければ、いつかは捕まってしまうだろう。
 その時には彼女のいう兄も…だから今ここで捕まえて、何とかしてあげなければいけない。
 何をどうしてあげればいいのか、どう説得すれば良いのか分からないが放置するなんて事はできない。 
 改めて決意したハクレイは群衆をかき分けて逃げる少女を確認した後、自分の右隣にある建物へと視線を移す。
 恐らくここと同じ共同であろう四階建てのそこからも、窓越しに自分を見つめる人々がチラホラと見えている。
 マントを着けている事から貴族なのだろうが、皆いかにも人生これからという若者たちばかりだ。

「あそこまでなら、届くかしらね?」
 そう呟いてた後、彼女は両足と右手の霊力にほんの少しアクセントを加え始める。
 今この建物の壁に貼り付いている霊力を変異させて、正反対の『弾く』エネルギーへと変換していく。
 それも『今の』彼女にとって初めての試みであり、そして何故かいとも簡単に行えることができる
 何故そんな事がでるきのかは彼女にも分からないし、生憎ながら考える暇すら今は無い。
 今できる事はただ一つ。自分が忘れていた自分の力を使って、あの娘を止める事だと。
 
(距離はここから二、三メイル…まぁいけるかしら)
 目測で大体の距離を測りつつ、彼女は両足と右手へと霊力をより一層込めていく。
 少なすぎても駄目だし、多すぎれば最悪向こうの建物の壁にぶち当たるかもれしない。
 必要な分の霊力だけをストックして、一気に解放させなければあの建物の壁に貼り付く事など不可能なのである。
 向こうの共同住宅に済む若い貴族たちが窓越しに自分を見つめて指さし、何事かを話し合っているのが見えた。
 一体何を話しているのかは知らないが、間違いなく自分に関して話しているという事は分かっていた。
「とりあえず、窓から顔を出さなければそれに越した事はないけど…」
 跳び移るのは良いが、最悪窓を割るかもしれないが故にハクレイは内心でかなり緊張している。
 
 時間にすればほんの十秒足らず。その間に手足へ一定の霊力を込められたハクレイは、いよいよ準備に移った。
 壁に貼り付けている右手をグッと押し付け、青白い霊力を掌へと流し込んでいくさせていく。
 両足も同様に、際どい姿勢で張り付けているブーツ越しの足裏へ掌と同じように霊力を集中させる。
 これで準備は整った。後は彼女の意思次第で、壁に『貼り付く』力は『弾く』力へと変化する。
 目測も済ませ、覚悟も決めた。後残っているのは、成功できるかどうかの力量があるかどうか、だ。

 短い深呼吸をした後、ほんの一瞬脱力させた彼女はグッと手足に力を込めて、跳んだ。
 それは外野から人々の目から見れば、空中で横っ飛びをしてみせたも同然の危険な行為であった。
 群衆はまたもや驚愕の叫び声を一斉に上げ、彼女が飛び移る先にある建物の住人達は急いで窓から離れ始める。
 何せ隣の建物に張り付いていた正体不明の女がこちらへ跳んでくるのだ、誰だって逃げ出すに違いないであろう。
 まさか、窓を破って侵入してくるのでは?そんな恐怖を抱いた人々とは裏腹に、ハクレイの試みは思いの外上手くいったのである。
「ふ…よっ…―――――――ットォ!!」
 まるで壁に『弾かれた』かの様に横っ飛びをしてみせた彼女は、無事に下級貴族たちの住むワンランク上の共同住宅の壁へと見事貼り付く。
 てっきり今度こそぶつかるかと思っていた地上の人々は、壁に貼り付いた彼女の姿を見て再び驚きの声を上げた。

777ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:09:17 ID:WZ82hnBc
 その声に窓から離れていた住人の下級貴族達も何だ何だと窓へ近づき、そして驚く。
 何せ隣の建物から跳んできた女が壁に手と足だけで貼り付いているのだから、驚くなという方が無理である。
 途端若い貴族たちは争うようにして窓から身をのり出し、その内の何人かがハクレイへと声を掛けた。
「おいおいおい!こいつは驚いたな、まさか珍しい黒髪の女性がこの辛気臭い共同住宅に貼り付くだなんて!」
「そこの麗しいお姉さん。良かったらこのまま僕の部屋に入ってきて、質素なディナーでもどうですか?」
 得体が知れないとはいえ、そこは美女に飢えた青春真っ盛りの下級貴族たち。
 見たことも聞いたことも無い方法で壁に貼り付くハクレイに向かってあろうことか、必死にアプローチを仕掛けてきた。
 そんな彼らに思わずどう対応してよいか分からず、困った表情を浮かべつつ彼女は通りの方へと視線を向ける。

 少女は既に人ごみの中に入ってしまったものの、目印と言わんばかりに人ごみが大きく動くのが見えた。
 それは遠くから見つめるハクレイへ知らせるように移動し、この広場から離れようとしている。
「あそこか。でも流石にここからだと届かないし、ようし…!」
 少女の大体の一を確認した彼女は一人呟いてから、今自分が貼り付いている共同住宅を見上げた。
 四階建てのソレには屋上が設けられているらしく、手すり越しに自分を見下ろす下級貴族たちが数人見える。
 恐らく夕涼みに屋上へ足を運んでいたのだろう、何人かはその手に飲みかけのワイン入りグラスを握っていた。
 今彼女がいる場所からは丁度三メイル程であろうか、゙少し頑張れ゙ばすぐにたどり着ける距離である。
 
「んぅ〜…ほっ!よっ!」
 もう一度手足に力を込めたハクレイは、霊力を纏わせたままのソレで器用に共同住宅の壁を登り始めた。
 まるでヤモリのようにスイスイと壁に手足を貼り付かせて登る女性の姿と言うのは、何とも奇妙な姿である。
 窓や屋上からそれを見ていた下級貴族達や広場で見守っている平民たちも、皆おぉ!とざわめいた。
 一体全体、何をどうしたらあんな風に壁を登れるのか分からず多くの者たちが首を傾げている。
 その一方で、下級とはいえ魔法に詳しい下級貴族たちの驚きはかなりのもので、部屋にいた者たちの殆どが顔を出し始めていた。
「おいおい!見ろよアレ?」
「スゲェ、まるでヤモリみてぇにスイスイと登っていきやがる…」
 それ程勉強ができたというワケでも無かった者達でも、あんなワザは魔法ではない事を知っている。
 じゃああれは何なのだと言われてそれに答えられる者はおらず、彼女が壁を登っていく様は黙って見るほかなかった。
 
「は…っと!…ふぅ、大分慣れてきたわね」
「わっ、ホントに来ちゃったよこの人!」
 時間にすればほんの十秒程度であっただろうか、ハクレイは無事屋上へ辿り着く。
 やはり夕涼みに来ていたらしく、ほんの少しのつまみ安いワインで宴を楽しんでいた若い貴族達は皆彼女に驚いている。
 無理もないだろう。女が手と足だけで壁に貼り付いて登ってやってきたのならば、誰だって驚くに違いない。
 そんな事を思いながら驚く貴族たちを余所に屋上へ足を着けたハクレイは、意外な程この『力』を使える事に内心驚いていた。
 最初にエア・ストームで吹き飛ばされ、貼りついた時と比べれば彼女は格段に『慣れ』始めている。
 まるで水を得た魚のように物凄い勢いで『忘れていたであろう』知識を取り戻し、活用していた。

(まぁ今は便利っちゃあ便利だけど…うぅん、今はこの事を考えるのは後回しよ)
 そこまで思ったところで首を横に振り、彼女は屋上から周囲の光景を見下ろしてみる。
 既に陽が落ちようとしている時間帯の王都の通りは人でごったがえし、繁華街としての顔を見せかけている最中だ。
 眼下の喧騒が彼女の耳にこれでもかと入り込んでくる中、ハクレイは必死に逃げる少女の姿を捉える。

778ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:11:08 ID:WZ82hnBc
 屋上からの距離はおおよそ五〜六メイルぐらいだろうか、屋上から見下ろす通りの人々か若干小さく見えてしまう。
 ここから先ほどのように壁に貼り付きながら降りることも可能だろうが、その間に逃げられてしまう可能性がある。
 最悪壁に貼り付いている所を狙われて魔法を叩きつけられたら、それこそ良い的だ。
 一気に少女の近くまで飛び降りてみるのも手だが上手くいく保証は無く、そんな事をすれば他の人たちにも迷惑を被ってしまう。
 彼女の理想としてはこのまま一気にあの娘の傍に近づいて杖を取り上げてから捕まえたいのだが、現実はそう上手く行かない。
 次の一手はどう打てばいいのか悩むハクレイを余所に、少女は彼女が屋上にいる事に気付かず必死に通りを走っている。
 今はまだ視認できものの、進行方向にある曲がり角や路地裏に入られてしまうとまたもや見失ってしまうだろう。

「さてと…とりあえずどうしたらいいのかしらねぇ?」
 策は思いつかず、時間も無い。そんな二つの問題を突き付けられたハクレイは頭を悩ませる。
 屋上の先客である下級貴族たちは何となくワインやつまみを口にしながらも、そんな彼女を困惑気味な表情で眺めていた。
 彼らの中に突然壁を登ってきた彼女に対して、無礼者!とか何奴!と言える度胸を持っている者はおらず、
 床に敷いていたシートに腰を下ろしたまま、持ち寄ってきていた料理や酒をただただ黙って嗜む他なかった。
 まぁ暇を持て余している身なので、これは丁度良い余興だと余裕を見せる者も何人かはいたのだが。

 さて、そんな彼らを余所に次にどう動くべきか考えていたハクレイであったが、そんな彼女の目に『あるモノ』が写った。
 その『あるモノ』とは、今彼女がいる屋上の向こう側に建てられている二階建ての建物である。
 少し離れた場所からでも立てられてからかなりの年月が経っていると一目で分かるそこは居酒屋らしい。
 彼女には読めなかったものの、『蛙の隠れ家亭』と書かれた大きな看板が入口の上に掲げられている。
 どうやらまだオープンしてないらしく、ドアの前では常連らしい何人かの平民たちが入口の前で屯っていた。
 そしてハクレイが目に付けたのは、その居酒屋であった。
 
「あそこなら、うん…さっきのを応用してみればうまい事通りへ降りられるかも?」
 一人呟きながらハクレイは手すりへと身を寄せると、スッと何の躊躇いもなく手すりの向こう側へと飛び越えていく。
 彼女を肴に仕方なく酒を飲んでいた者たちの何人かは突然の行動に驚き、思わず咽てしまう者も出る。
 手すりの向こう側は安全を考慮して人一人が立てるスペースは作ってあるが、それでも足場としては心もとない。
 彼女が何を決心して向こう側へ行ったかは全く以て知らなかったが、かといって放置するほど冷たい者はいなかった。

「おいおい、何をしてるんだ君は?危ないぞ!」
「え…?え?それ私に言ってるの?」
「君しかいないだろ!?いまこの場で危険な場所に突っ立っているのは」
 見かねた一人がシートから腰を上げると、後ろ手で手すりを掴んでいるハクレイに声を掛ける。
 大方飛び降り自殺でもするのかと思われたのだろうか、慌てて自分の方へ顔を向けたハクレイに若い貴族は彼女を指さしながら言う。
 思わぬところで心配を掛けられたハクレイは慌てながら「だ、大丈夫よ大丈夫!」と首を横に振りながら平気だという事をアピールする。

「別にここから飛び降りるってワケじゃないから、本当よ?」
「…?じゃあ何でそんな所に立ってるんだ、他にする事でもあるっていうのかね?」
 その言動からとても自殺するとは思えぬ彼女に、若い貴族は肩を竦めつつも質問をしてみる。
 彼女としてはその質問に答えるヒマはあまり無かったものの、答えなければ止められてしまうかもしれない。
 そんな不安が脳裏を過った為、ハクレイは両足に霊力を貯めながらも貴族の質問に答える事にした。

779ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:13:11 ID:WZ82hnBc
「まぁ何といえば良いか。『飛び降りる』ってワケではないのよ。ただ…―――」
「ただ?」
「―――――『跳ぶ』だけよ」
 首を傾げる貴族に一言述べた後に、彼女は右足で勢いよく屋上の縁を蹴り飛ばした。
 彼女が足に穿いている立派なロングブーツが勢いよく縁を蹴りあげ、纏わせていた霊力が爆発的なキック力を生む。
 その二つの動作を同時にこなす事によって、彼女の体は驚異的なジャンプ力によって屋上から飛び上がったのである。
 彼女の傍にいた若い下級貴族は突然の衝撃と共に飛び上がったかのように見えるハクレイを見て、思わず腰を抜かしてしまいそうになった。
 他の貴族たちもこれには腰を上げると仲間に続くようにして驚き、屋上からジャンプしていった彼女の後姿を呆然と見つめている。
「な、な、な…なななんだアレ?なぁ、おい…」
「お…俺が知るかよ!あんなの系統魔法でも見たことが無いぞ…!」
 後ろの方で様子を見ていた二人の貴族がそんなやり取りをしている中、その場にいた何人かがハクレイの後姿を追いかける。
 ここから約二メイル程ジャンプしていった彼女は、微かな弧を描いて向こう側の居酒屋の方へと落ちていく。
 誰かがハクレイを指さしながら「あのままじゃあ看板にぶつかるぞ!」と叫び、それにつられてハッとした表情を浮かべてしまう。
 しかし幸運にも、彼の予想はものの見事に外れる事となった。

 屋上からジャンプしたハクレイは青白く光るブーツを、人で満ち溢れた通りに向けて飛び越えていく。
 地上にいる人々は気づいていないのか、何も知らずに通りを行き交う人々の姿というものは中々にシュールな光景だ。
  そして、思っていた以上に即行だった行動が上手くいった事に内心驚きつつも、着地の準備を整えようとしていた。
 次に目指すはあの共同住宅と向かい合っていた居酒屋―――の入口の上に掲げられた看板。
 入り口からでも見上げられるように少し地上に向けて傾けられているソレ目がけて、彼女は落ちていく。
 角度、霊力、スピード…共に良好。…だが何より一番大切なのは、勢いよく顔から激突しないよう気を付けることだ。
 しかし、それは今の彼女にとっては単なる杞憂にしかならなかった。

「よ…ッ!…っと!わわ…ッ」
 丁度看板と建物の間に出来たスペースへ綺麗に降り立った彼女は、着地と同時に驚いた声を上げる。
 原因は今彼女が着地したばしょ、傾けて設置されている看板がほんの少し揺れたからであった。
 流石に人一人分の体重までは支えきれないのか、看板と建物を繋ぐロープがギシギシとイヤな音を立てる。
 ついでその音が入り口付近で開店を待つ客たちにも聞こえたのか、下の方からざわめきも聞こえてきた。
「流石に長居はできないか…っと!」
 このままだと看板を落としかねないと判断したハクレイは独り言を呟き、急ぎこの上から離れる事を決める。
 しかし、その前に確認する事があった彼女は何かを探るように周囲を見回すと、追いかけている少女の姿をすぐに見つけた。
 
 それは前方、それまでの通りと比べてかなり人通りが少ないそこを必死で走る彼女の後姿。
 どうやら杖はしまっているらしく、何か小さなモノを大事にそうに抱きかかえて走っているのが見える。
 ――――…追いついた!彼女の魔法攻撃で大分距離を離されていた彼女は、ようやくここまで近づけることが出来た。
 まだ少女の方は気が付いておらず、もう大丈夫だろうと思ってやや走る速度も心なしか落ちているように見える。
 距離は大体にして約十一、二メイルといったところだろうか、ここから先ほどのように跳んだ後にダッシュすれば良い。
 幸い人の通りはまばらであり、着地地点が良ければ誰も怪我させずに跳ぶことだって可能だ。

780ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:15:09 ID:WZ82hnBc
 そうなれば善は急げ、再び足に霊力を溜めようとしたハクレイであったが…―――そこへ思わぬ妨害が入った。
 妨害は地上で何事かと訝しんでいた客でも、ましてや先ほどまで彼女がいた共同住宅の屋上からではない。
 今の彼女が立っている場所、ちょうど建物の二階にある窓を開けた中年男からの怒声であった。
「あぁオイコラァッ!てめぇ、ウチん店の看板を踏んでなにしてやがる!」
「…え!?…わ、わわッ!」
 突然背後から浴びせられた怒鳴り声にハクレイは身を竦ませると同時にその場で倒れそうになってしまう。
 元から人が立つには不自由な場所だった故なのだが、それでも辛うじて転倒することだけは阻止できた。
 倒れそうになった直前で、辛うじて掴めたロープを頼りに立ち上がると慌てて後ろを振り返る。
 そこには案の定、店の人間であろう男が開けた窓から上半身を乗り出しながら自分を睨み付けていた。

「テメェ!そこはウチの看板だぞ!さっさとそこから降りやがれ、潰れちまうだろうが!?」
「い、いや…ごめんなさい。でも、すぐにどくつもりで…あ!」
 上半身と一緒に出している左腕をブンブンと空中で振り回しながら怒鳴る男の形相には鬼気迫るモノがあった。
 怒りっぷりからして恐らくは店長なのだろう、そう察してすぐに謝ろうとしたハクレイはハッとした表情を浮かべる。
 そしてまたもや慌てながらもう一度振り返ると、通りを歩いていた人々が後ろからの怒声に何だ何だと視線を向けていた。
 酒場へ行くであろう平民の労働者や若い下級貴族に、いかにも水商売をやっていますといいたげな恰好をした女たち。
 そして案の定『あの娘』も振り返ってこちらを見つめていた、金貨入りのサイドパックを大事に抱えたあの少女が。

 自分の魔法で蹴散らしたと思っていた女の人がすぐ近くにまで来ている事に気づき、目を見開いて凝視している。
 気のせいだろうか、ハクレイの目にはその瞳にある種の感情が宿っているように見えた。
 距離がありすぎてそれが何なのかは分からなかったが、少なくとも好意的な感情ではないだろう。
 そう思ってしまう程、少女の見開いた瞳が自分に向けて刺々しい視線を向けていた。 

 少女とハクレイ。暫しの間互いの瞳を数秒ほど見つめ合った後、先に体が動いたのは少女の方であった。
「―――…ッ!」 
 口を開けて何かを叫んだ少女は急いで踵を返し、全力で走り出したのである。
 近くにいた通行人の何人かが突然走り出した少女へと思わず視線を向けてしまうが、止めようとはしなかった。
「あ……――ま、待って…待ちなさいッ!」
 少女が走り出した事で同じく我に返ったハクレイは、左足で勢いよく看板を蹴り付ける。
 貯めてはいたものの、練りきれなかった霊力が彼女の足にジャンプ力と破壊力を与えてしまう。
 結果、薄い材木で造られた看板は彼女の刺々しい霊力に耐えきれる筈もなく…窓から身を乗り出していた店主の目の前で、惨事は起こった。

「お、オレが五年間溜めたお金でデザインしてもらった店の看板がぁああぁぁああああぁぁ!!」 
 程々に厚い木の板が割れるド派手で乾いた音が周囲に響き渡ると同時に、男の悲痛な叫び声が混じった。
 呆気なく砕け散った五年分の売り上げが注がれた看板゙だっだ木片は、バラバラと地上へと落ちていく。
 何が起こったのかイマイチ分からない入口の客たちももこれには流石に慌てて店の周りから一斉に逃げ出してしまう。
 周りにいた通行人たちは派手に割れた看板へと注目してしまうが、それを踏み台にしたハクレイにはより多くの視線が注がれていた。
 その場にいた大半の者たちは皆頭上を仰ぎ見ていた、地上よりほんの少し上まで上がってしまったのである。

781ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:17:08 ID:WZ82hnBc
「うわ…ヤバ!跳びすぎちゃったかしら?」
 そう、あの看板を思わず踏み砕いてしまうほどの力で跳んだ彼女は、看板の上から五メイル程まで跳んでしまっていた。
 逃げる少女を見て、咄嗟に霊力を調節せずに跳んでしまった事がこうなってしまった原因かもしれいな。
 でなければやや垂直ながらもここまで高くは跳べなかっただろうし、蹴り付ける際に看板まで壊してしまう事はなかっただろうから。
 咄嗟にやってしまった事とはいえ、人が大切にしていたモノを壊してしまった事に彼女は妙な罪悪感を抱いてしまう。
「流石にあれは弁償しないとダメよね?…とにかく、この状態から早くあの娘を捕まえないと」
 しかし、だからといって今はそれに浸り続ける事は許されず、彼女は急いで通りの方へと視線を向ける。

 幸い必死に走る少女の姿はすぐに確認する事が出来、先程よりも更に人通りが少なくなった通りを全力疾走していた。
 後方では足を止めて自分を見上げている人が多かったが、少女がいる場所は何が起こったのかまだ知らないのだろう。
 それと同時に、十メイル以上まで跳んだハクレイの体はそこから三メイル程上がった所で一旦止まり、そこから一気に地上へと落ち始める。
 すぐさま視線を地上へと向ける。幸いにも自分の事を上空で見守ってくれていた人々は彼女が落ちてくると瞬時に察してくれたのだろう。
 丁度自分が落ちるであろう場所にいた人々が急いでそこからどく事で空きスペースという名の着地地点ができる。
 
 人々がそこから下がってすぐに、十メイル以上もジャンプしたハクレイは地上へと戻ってこれた。
 ブーツに纏っていたやや過剰気味な霊力のおかげで怪我をすることも無く、硬いブーツと地面がぶつかりあう音が周囲に響き渡る。
 それでも完全に相殺する事はできなかったのか、ブーツを通して彼女の足に痺れるような痛覚がブワ…ッと足の指から伝わってくる。
「……ッ痛ゥ!流石に十メイルは無理があったかしらぁ…?」
 痛む右足へと一瞬だけ視線を向けた後、すぐさま少女を捕まえる為の準備を始めた。
 先ほど看板を蹴った時の様な間違いは許されない、下手をすればあの少女を傷つけかねないからだ。

 慎重かつできるだけ素早く霊力を練っていくハクレイは、先ほど上空からみた光景を思い出す。
 少女との距離は十メイル以上は無く、周りにも巻き添えになってしまうような人はあまりいなかった。
 それならばここから直接跳んで、上から抱きかかえるようにして捕まえる事も可能かもしれない。
 捕まえた後は自分が怪我をしても良いので何とか受け身を取って、まずは財布を取り返す。
 その後はまだ曖昧であったものの、ひとまずはこんな事を二度としないように説得しようと考えていた。
 誰かに大人のエゴだとしても、例えメイジであったとしてもニナと同い年の子供が犯罪に手を染めてはいけないのだから。

(待ってなさい、今すぐそっちへ行くわよ)
 心の中で呟き、改めて捕まえて見せると決意した彼女は霊力の調節を終えた右足で地面を勢いよく蹴る。
 それと同時に彼女の体は宙へ浮いたかと思うと、そのまま一気に少女がいるであろう方向へ跳びかかった。 
 得体の知れぬ自分を助けてくれたカトレアの意思を尊重し、そして彼女が渡してくれたお金を取り戻すために。
 

 しかし、この時彼女は『ミス』をしていた。至極単純で、確認すべき大事な事を忘れていたのである。
 それさえやっていれば恐らくあんな事故は起こらなかったであろうし、少女を捕まえて無事お金も取り戻せていたに違いない。
 この時は早く捕まえなければという焦燥を抱いてしまったが故に、慌てて跳びかかってしまったのである。
 だが…正直に言えば、誰であろうとまさかこんな事故が起こる等と思っても見なかったであろう。
 
 何せ、偶然にも少女は自分と同じように財布を盗って追われていた兄と遭遇し、
 ついでその兄も、服装こそまともだが空を飛んで追ってくるという霊夢の姿を目にしたうえで、
 その霊夢が杖の様な棒で兄の頭を叩こうとしたが故に、押し倒すようにして二人揃ってその場で倒れた瞬間…。
 丁度跳びかかってきたハクレイと霊夢が仲良く空中衝突したのだから。

782ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:19:17 ID:WZ82hnBc
 霊夢も霊夢で兄を追いかけるのに夢中になって反応が遅れてしまったことで、事故は起こってしまったのである。
 結果的に、仲良くぶつかった二人はそれぞれ明後日の方角へと墜落してしまう羽目となった。
 無論双方共にかなりのスピードでぶつかったのだ、当然の様に気を失って、互いに追っていた者達を見失ってしまう。
 
 運勢は正に神の気まぐれとしか言いようの無い程の変則ぶりを見せてくれる。
 幸運続きかと思えば突然不幸のどん底に落ちたり、不幸の連続から急な幸運に恵まれる事もあるのだ。
 そして今回、この追いかけっこで勝利を制したのは小さな小さな兄妹。
 彼らは無事(?)に、自分たちを追いかけてくる鬼を撒いて暫くは幸せに暮らせるだけのお金を手に入れたのだから。




 ざぁ…ざぁ…!ざぁ…ざぁ…!という木々のざわめく音が頭の中で木霊する。
 まるで大自然から起きろとがなり立てられている様な気がした霊夢は、嫌々ながらに目を覚ました。
 渋々といった感じに瞼を上げて、妙な違和感が残る目を袖でゴシゴシとこすった後、ほんの少しの間ボーっと寝転がり続ける。
 それから十秒、二十秒と経つうちに自分が今どこで寝転がっているのか気づき、ムクリと上半身を起こして一言…

「――――――…ん、んぅ…?何処よ、ここ?」

 頭の中で想像していたものとはまったく違っていた辺りの風景に、彼女は目を丸くして呟く。
 予期しきれなかった思わぬ衝突で気を失った彼女が目を覚ました場所は、何故か闇に覆われた針葉樹の中であった。
 流石の霊夢も目を覚ませば王都で倒れていただろうと思っていただけに、思わぬ展開に面喰っている。
 それでも博麗の巫女としての性だろうか、何とか冷静さを取り戻そうとひとまず周囲の様子を確認しようとしていた。
「えーと、確か私は何故か街にいた巫女モドキと空中でぶつかって…それで気絶、したのよね?」
 気絶する直前の事を口に出して確認しながらも、彼女は周囲を見回してここがどこなのか知ろうとする。

 やや高低差のきつい地形と、そこを埋めるようにしてそびえたつ細身の巨人の様な樹齢に何百年も経つであろう樹木たち。
 辺りが暗すぎる為にここが何処かだか詳しく分からなかったが、これまでの経験から少なくとも山中であろう事は理解できる。
 それに闇夜の中でも薄らと分かる地形からして、少なくとも人の手がそれ程入ってないであろう事は何となく分かった。
「まさか、ぶつかったショックで意識を無くしたまま飛んでって山奥まで…って事はないわよね?」
 そうだとしたら自分が夢遊病だというレベルを疑う程の事を呟きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。
 遥か頭上の闇夜で揺れる針葉たちの擦れる音は、不思議と耳にする者の心に妙なざわめきを生んでしまうものだ。
 風で絶え間なく揺れ続け、喧しい音を立てる葉っぱは人をじわりじわりと追い詰めていく。
 止むことを知らないざわめきはいつしか、それを聞く者に対しているはずの無い存在を想起させる一因と化す。

 今こうして木々がざわめいているのは、天狗や狐狸の悪戯だと考えてしまい冷静な判断ができなくなってしまうのである。
 実際には単なる風で揺れているのだとしても、焦燥と見えない恐怖でそうとしか考えられなくなってしまう。
(まぁ外の世界ならともかく、幻想郷だと本当に狐狸や天狗の悪戯だったりするけど…)
 彼女自身何度も経験したことのある妖怪たちの悪戯を思い出しつつ、ひとまずここがどこなのか探り続ける。
 妖怪退治を生業とする彼女にとって闇夜など毛ほどに怖くもない。むしろそこに妖怪が潜んでいるのなら退治にしにいくほどだ。
 だからこそまともに視界が効かぬ中、ひっきりなしに木々のざわめきが聞こえていても動じる事などしていないのである。

783ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:21:07 ID:WZ82hnBc
 とはいえ、このまま気の赴くまま動いてしまっては迷ってしまうのは必須であろう。
 足元もしっかりと見回しつつ、霊夢は何か目印になるようなものがないか闇の中をじっと睨みつけていた。
 まるで闇の中に潜んでいる不可視の怪物と対峙するかのようにじっと凝視しながら、あたりを見回していく。
 しかし、彼女の赤みがかった黒い瞳に映るのは闇の中に佇む針葉樹や凸凹の山道だけである。
 何処なのかも知れぬ山中で立ち往生となった霊夢は一瞬だけ困った様な表情を浮かべたものの、すぐにその顔が頭上を見上げる。
 まるで空を突き刺さんばかりに伸びる針葉樹の隙間からは、森の中よりもやや薄い夜空が広がっている。
 幸いにも彼女が空へ上がるには十分な隙間は幾つもあり、ここよりかは幾分マシなのには違いない。
「んぅ〜…面倒くさいけど、誰かが待ち伏せしてるって気配は無いし…しゃーない、飛びますか!」
 寝起きという事もあってか気だるげであった霊夢は仕方ないと言いたげなため息をつくと、その場で軽く地面を蹴りあげた。
 するとどうだろう。彼女の体はそのまま宙へと浮きあがり、ふわふわ…という感じで上空目指して飛び上がっていく。
 
 そして三十秒も経たぬうちに、空を飛ぶ霊夢は無事濃ゆい闇が支配する森の中から脱出する事が出来た。
 地上と比べて風の強い空へ浮かんでいる彼女は、容赦なく肌を撫でていく冷たい風に思わずその身を震わせる。
「ふぅ〜…やっばり夏とはいえ、こう風がキツイと肌寒い…ってあれ?」
 針葉樹の枝を揺らす程の強い風におもわずブラウス越しの肩を撫でようとした霊夢は、ある違和感に気づく。
 感触がおかしい。ルイズに買ってもらったブラウスの感触にしては妙に生々しかったのである。
 思わず自分の両肩へと視線を向けた直後、霊夢は今の自分がルイズから貰った服を身に着けていない事に気が付く。
 無論、一糸纏わぬ生まれたまま…ではない。今の彼女が身に着けている服、それはいつもの巫女服であった。
 紅白の上下に服と別離した白い袖、後頭部の赤いリボンと髪飾り。そしていつもの履きなれた茶色のローファー。

 いつもの着なれた巫女服を身に纏っていたという事実に今更になって気が付いた彼女は、目を丸くして驚いている。
 何せついさっきまで大分前にルイズが買ってくれた洋服一式を着ていたというのだ、おかしいと思わない筈がない。
「…ホントにどういう事なの?だって私は気絶する直前まで……う〜ん?」
 流石の彼女も理解が追いつかず、思わず頭を抱えそうになったとき―――ふと、ある考えが頭の中を過った。
 こうして落着ける場所まで来て、良く良く考えてみればこの意味不明の状況を全てそれに押し付ける事ができる。


「――――まさか…ここは夢の中ってオチじゃないわよね?」
 首を傾げた霊夢は一人呟いた後で、ここでは自分の疑問に付き合ってくれる者がいない事にも気が付いた。
 あの巫女もどきとぶつかった後、呆気なく気を失ってしまったのは理解していたので、きっと現実の自分は今も意識を失っているのだろう。
 それならば今自分が体験している出来事は、全て自分の夢の中という事で納得がいく。
 闇夜の森の中で目を覚ましたのも、いつの間にか巫女服になっていたのも全て夢だというのなら説明する必要もない。
「な〜んだ、それなら慌てる必要も無かったじゃないの。馬鹿馬鹿しい」
 ひとまず今の自分が夢を見ているという事で納得した霊夢は、安堵の色が混じる溜め息をつきながら空中で仰向けになった。

 空を飛ぶことに長けた霊夢らしい特技の一つであり、何かしらする事がなければ幻想郷でもこうして寝転がる事が多い。
 今が日中で快晴ならば風で流れゆく雲を間近で見れるのだが、当然ながら今は夜である。
 しかも月すら雲で隠れているせいで、眺めて見れれるものは闇夜だけと言う情緒もへったくれもない天気。
 だが今の霊夢は綺麗な夜空は見たかったワケではなく、今の自分が夢を見ているだけという事に安心しているのだ。

784ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:23:11 ID:WZ82hnBc
「最初は何処ここ?とか思ってたけど、夢ならまぁ…特にそれを考える必要はないわねぇ」
 上空よりも暗い闇に包まれた地上に背を向けながら、彼女は気楽そうに言った。
 ここが夢の中ならば何もしなくても目を覚ますだろうし、変に動き回れば夢がおかしくなって悪夢に変わる事もある。
 だからこうして空中で横になって、そのまま夢が覚めるまで目でもつぶって見ようかな?…と思った所で、
 
「……そういえば、私とルイズたちの財布を盗んでいったあのガキはどうしてるのかしら?」
 ふと、自分が気を失って夢を見る原因の一つとなったあのメイジの少年の事を思い出した。
 ルイズと魔理沙は魔法で吹き飛ばれさていたし、自分はあの巫女モドキとぶつかってしまっている。
 となれば誰もあの少年を追う事などできず、アイツはまんまと三千エキュー以上の大金を盗まれてしまったことになる。
 そんな事を想像してしまうとついつい悔しくなってしまい、その気持ちが表情となって顔に浮かんでしまう。
 まぁここなら誰にも見られることは無いのだが、それでも悔しい事に代わりは無い。
 あの時、もっと前方に警戒していれば何故かは知らないが自分に突っ込んできた巫女モドキもよけられた筈なのだから。
 
「うむむ…まぁ所詮は過ぎた事だし、どんな言い訳しても結局は負け犬の遠吠えね」
 心の内に留めきれない程の悔しさを説得するかのような独り言をぼやきながら、それでも霊夢は未だあのお金を諦めきれないでいた。
 あれだけの大金があるならばまともな宿にだって長期宿泊できたし、何より美味しい食べ物やお酒にもありつけた筈なのだから。
 それをまんまと盗んでいったあの子供は、今頃自分たちの事を嘲笑いながら豪遊している事だろう。
 街で買ってきた安物ワインとお惣菜で乾杯し、実在していた自分の妹へ今日の追いかけっこをさも自分の武勇伝として語っているに違いない。
 無論、それは霊夢の勝手な妄想であったのだが、考えれば考える程彼女の苛立ちは余計に溜まっていった。
「……何か考えただけでもムカついてきたわね?私としても、このままやられっ放しってのも癪に障るし…」
 そう言いながら空中で仰向けに寝ころばせていた上半身を起こした後、グッと左手で握り拳を作る。

 お金の事を考えていると、ついついあの少年が自分に向かってほくそ笑んでいると思ったからであった
 さらに言えば、霊夢自身このまま世の中舐めきったあの子供に黒星を付けられている事も気に入らなかったのである。 
「まず夢から覚めたら捜索ね。あのガキをとっ捕まえてからお金を取り返して、余の中そうそう甘くないって事を教えてやらなくちゃ」
 器用にも夢の中で夢から覚めた後の事を考える彼女の脳内からは、アンリエッタから依頼された仕事の事は一時的に忘れ去られていた。

「ん?…何かしら、あのひ―――って、キャア!」
 そんな風にして、やや私怨臭い決意を空中で誓って見せた彼女であったが…、
 突如として視界の隅で眩い閃光のような光が瞬いたかと思った瞬間―――耳をつんざく程の爆発音で大いに驚いてしまった。
 ビックリし過ぎたあまり、そのまま落ちてしまうかと思ったが何とかそれを回避した彼女は、音が聞こえた方へと視線を向ける。
「…ちょっと、いくら何でも夢だからって過激すぎやしないかしら?」
 爆発音の聞こえてきた方向を見た彼女は一言、ジト目で眺めながら一人呟いた。
 それは丁度彼女がいま立っている場所から前方五十メイル程であろうか、針葉樹から爆炎の柱が小さく立ち上っている。
 爆炎に伴い周囲の光景が暴力的な灯りにより照らされ、火柱よりも高い針葉樹が不気味にライトアップされていた。

「一体何のかしら?あの派手な爆発音からして何かよろしくないものが爆発したような雰囲気だったけど…」
 すぐさま空中での姿勢を元に戻した霊夢は、乱暴な焚火がある場所へと目を向けて分析しようとする。
 火の手が立ち上っているという事は人が係わっている可能性は高いが、それにしては勢いが強すぎだ。
 恐らく何かしらの事情があってあんな火柱とは呼べないレベルのものができたのだろうが、きっと余程の事があったに違いない。
「――むぅ…ここは夢の中だと思うんだけれど、何でかしら?体が言うとこを聞かない様な…」
 博麗の巫女としての性なのだろう、何かしら異常事態を目にしてしまうとつい無性に気になってしまうのだ。
 例えこれが夢の中だとしても、面倒くさいと思ってしまっても、それでも気にせず現場へ赴きたくなってしまう。

「…うぅ〜!どうせ夢の中だから何もないだろうけど…まぁ念の為を考慮して…行ってみようかしら?」

785ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:25:42 ID:WZ82hnBc

 地上であるならば、灯りひとつない山道を歩くだけでも相当な時間を要する。
 それに対し、霊夢の様にスーッと空から飛んでいく事が出来れば時間も然程かかることは無い。
 距離にもよるが、今回の場合ならばたったの二、三分程度ヒューッと飛んで行けばすぐにでも辿り着く程度だ。
 
「…!あれは?」
 火が立ち上っている場所のすぐ近くまで飛んできた彼女は、眼下で何かが盛大に燃えているのを知った。
 全体的なシルエットはやや四角形っぽいものの、その四隅には車輪が取り付けられている。
 それが山中の少し開けた場所で盛大に横転しており、ついで勢いよく燃え盛っていたのである
 一瞬馬車の類なのかと思ったものの、それを引いていたであろう馬は見当たらない。
 逃げてしまったのか、それとも馬車みたいな何かを襲った存在の喰われてしまったのか…
 そこまでは彼女の知るところではなかったし、今の彼女には別に考えるべき事があった。
 夢の中の出来事とはいえ、こんな光景を目にしてしまっては無視したり見なかったことにするのは彼女的に難しかった。
 それにもしかすると、まさかとは思うが…これが夢ではなく現実に起こっている事なのだとすれば、
   
 そこまで考えた所で、霊夢は面倒くさそうなため息を盛大についてみせた。
 結局のところ、夢の中だとしても自分は博麗の巫女なのだという現実を改めて思い知った彼女なのである。
「夢の中とはいえ…流石に見過ごすのは良くないわよ…ねぇ?」
 一人呟いた彼女はやれやれと肩を竦めながら、そのままゆっくりと燃え盛る馬車モドキの傍へと降り立つ。
 着地まで後数メートルという所から馬車モドキを燃やす炎の熱気は凄まじくなり、彼女の肌に汗が薄らと滲み出てくる。
 服で隠れている肌にもはっきりと伝わってくる熱気が、目の前で燃え盛ってる炎がどれだけ凄まじいモノなのかを証明している。

「うっ…これはひどいわ。中に人がいたとしても、これじゃあ流石に…」
 顔に掛かる熱気を服と別離している左腕の袖で塞ぎながら、彼女は周囲に何か落ちていないか見回してみる。 
 もしもこの馬車モドキに人が乗っていたとするならば、何かしら証拠の一つはある筈だ。
 そう思って辺りを見回してみたのだが、周囲の地面には何も散らばっておらず、粘土交じりの土だけしか見えない。
「まぁ特に期待はしてないけど…それにしたって、誰がこんな事をしでかしてくれたのかしら?」
 彼女自身それ程真面目に探していなかった為、今度は馬車モドキを燃やしたであろう犯人を捜し始める。
 どういう方法でここまで燃やしたかは知らないが、少なくとも生半可なやり方ではここまでの惨事にはならなかっただろう。
 
 先ほどと同じように周囲と頭上へ視線を向けて探ってみるが、当然の様に怪しい者や人影は見つからない。
 まぁこれも予測の範囲内であった霊夢は一息ついた後、目を閉じて周囲の気配を探るのに集中し始める。
 相手が何であれ、まだ近くにいるというのなら何かしらの気配を感じられる筈である。
 それは霊夢が本来持つ勘の良さから来るモノなのか、それとも先天的なハクレイの巫女としての才能の一つなのかまでは分からない。
 だが、異変以外の妖怪退治の仕事があった際にはこの能力を使って、隠れていたり物や人に化けた妖怪を見破ってきた。
 今回もまた、何処かで馬車モドキが燃えているのを眺めているであろう『何か』を探ろうとした彼女であったが、
 意外にも早く、というか呆気ない位に…馬車モドキをここまで酷い状態にしたであろう『モノ達』を見つけたのである。

「………ん?―――――!これって…もしかして妖怪?」
 彼女は今立っている方向、十一時の方向に良くない気配―――少なくとも人ではないモノを感じ取った。
 気配の先にあるのはモノへと続く鬱蒼とした茂みであり、時折ガサゴソと揺れている。
 気配と共に滲み出ている霊力の質と量からして、相手が下級程度の妖怪だと判断する。
(夢の中とはいえ、まさか久しぶりに妖怪と戦うだなんて…働き過ぎなのかしら?)
 そんな事を考えながら彼女は目を開けると、気配を感じ取った方向へと視線を向けつつスッと懐へ手を伸ばす。
 懐へ忍ばした右手が暫く服の中を物色した後、目当てのモノを掴んでそれを取り出した。

786ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:30:21 ID:WZ82hnBc
 彼女が取り出したモノ―――それは霊夢直筆のありがたい祝詞がびっしりと書かれたお札数枚であった。
 右手が掴んできたお札をチラリと一瞥した霊夢はホッと一息ついた後、左手に持ち替えて軽く身構えて見せる。
 
「てっきり夢の中だから無かったと思ってわ、…まぁ無くても何とかなりそうだけどね」
 経験上今感じ取れてる霊力の持ち主程度ならば、そこら辺の木の棒ではたいたり直に触れるだけでいい相手だ。
 御幣程とまではいかないがただの棒きれでも霊力は伝わるし、直接タッチできれば直に霊力を送り込んで痛めつけられる。
 とはいえ、お札があると無いとでは安心感が違う。遠くから攻撃できるのであればそれに越したことは無い。
 お札を左手に持ち、戦闘態勢を整えた霊夢は先手必勝と言わんばかりにお札を一枚、茂みへと放った。
 彼女の霊力が入ったお札は、一枚の紙切れから霊力を纏った妖怪退治の道具へと変わり、一直線に突っ込んでいく。

 このまま真っ直ぐ行けば、茂みの中に隠れているであろうモノは霊夢からの先制攻撃を喰らう事になる。
 そうなれば、妖怪を殺す為だけに作られたと言えるお札の力で、呆気なく倒されてしまうだろう。
 投げた霊夢自身もすぐに片が付くと思っていた。何だかんだ言っても、やはり戦いは手短に済ませた方が良い。
 しかし…予想にも反して相手は寸でのところで茂みから飛び出し、彼女の一撃をギリギリで避けたのである。
 彼女がこれまでの妖怪退治で聞いたことの無いような、鳴き声とは思えぬ奇声を発しながら。
「オチャカナ!オチャカナ!」
「…!」
 まさか、あの距離で攻撃を避けられるとは思っていなかった霊夢は思わずその目を丸くしてしまう。
 そしてすぐに、飛び出してきたモノの姿を燃え盛る火で目にし、奇声を耳にして相手が人語を解す存在だと理解する。

 茂みから飛び出してきた妖怪は、全身が黒い毛皮に身を包んだ猿…とでも言えばよいのだろうか。
 全体的な姿は幻想郷でも良く目にするニホンザルと似ているものの体格は一回り大きく、そして毛深い。
 手足の指は五本。しかしそれが猿のものかと言われれば妙に違和感があり、どちらかと言えば人間のものに近い。
 何よりも特徴なのは、ソイツの顔はどう見ても猿ではなく、人間…しかも、乳幼児程度だという事だろう。
 まだ生まれて一年も経っていない、乳飲み子の様なふっくらとした優しげな顔。
 しかし、人外としか言いようの無い毛深く大きな猿の体にはあまりにも不釣り合いな顔である。
 そんなアンバランスな、しかし見る者を確実に恐怖させる姿は正に妖怪の鑑といっても良い。
 最も、妖怪は妖怪でも紫やレミリアと比べれば遥か格下の低級妖怪…としてだが。

 茂みから姿を現したソイツの姿を目にした後、霊夢はやれやれと言いたげな様子でため息をつく。
 あの馬車モドキを炎上しているから、てっきり下級は下級でも一癖も二癖もある様なヤツかと思っていたが、
 何でことは無い、大方長生きし過ぎた猿がうっかり妖怪化してしまった程度の存在だったのだ。
「何が出てくるかと思いきや、まさか妖獣の類だなんてハッタリも良いところね」
 そんな軽口を叩きつつも、少し離れた場所でダラダラと両手を振ってこちらを凝視する妖獣相手に身構える。
 相手が妖怪としては大したことはないにせよ、相手が妖怪ならば退治するに越したことは無い。
 幸い人語は解するにしてもこちらと会話できる程の知能を持ち合わせているようには見えなかった。
 
「夢の中とはいえ、妖怪退治をする羽目になるとはね…」
 そんな事を呟きながらも、いざ目の前の猿モドキへ向けて再度お札を投げようとした――――その時である。
 妖獣が出てきた茂みの方、先ほどのお札が通り過ぎて行った場所から再び奇怪な鳴き声が聞こえてきた。
 しかもそれは一つではなく、明らかに数匹が纏まって鳴いているかのような、耳に来る程の声量である。
 一体なんだと霊夢が攻撃の手を止めた瞬間、あの茂みの中から似たような個体が二、三匹飛び出してきた。
 顔立ちや毛並みに僅かな違いがあるが、全体的な特徴としては最初に出てきたのと酷似している。
 突然数を増やした妖獣に攻撃の手を止めてしまった霊夢はその顔に嫌悪感を滲ませながら妖獣を見つめていた。

787ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:32:07 ID:WZ82hnBc
「うわ…何よイキナリ?人がこれから退治しようって時にワラワラ出てくるなん……て?……――――ッ!」
 そんな愚痴をぼやきながらも、まぁ出てきたのなら探す手間が省けたと攻撃し直そうとした直前――――感じた。
 先程妖獣たちが出てきた茂みの向こう――墨で塗りつぶされたかのような黒い闇に包まれた森。
 彼女はそこから感じたのである。恐らくこの妖獣たちがここへ来たであろう原因となった、怖ろしい程に『凶暴』な霊力を。
 恐らく妖獣たちに対してであろう殺意と共に流れ出てくるソレを察知している霊夢は、思わずそちらの方へと視線を向ける。
 まだこの霊力の持ち主は姿を見せていないのだが、その気配を霊夢より一足遅く感じ取ったであろう妖獣たちは、皆そちらの方へ体を向けていた。
(…何なのこの霊力の濃度、紫程じゃないにしても…コレって私より…いや、それとはまた別ね)
 一方で、攻撃の手を止め続けている霊夢は感じ取れている霊力とその持ち主が気になって仕方が無かった。
 その霊力はまるで相手の肉を骨ごと噛み砕く狼の牙の様に鋭く、そして生かして返す気は無いと断言しているかのような殺意。
 人外に対する絶対的な殺意をこれでもかと詰め込んだ霊力に、霊夢は知らず知らずの内に一層身構えてしまう。


 そして…霊夢が無意識の内に身構え、妖獣たちが茂みの向こうへと叫び声を上げた瞬間―――『彼女』は現れた。
 霊夢の動体視力でしか捉えられない様な速さで森から飛び出した『彼女』が、一番前にいた妖獣へ殴り掛かる。
 殺意が込もった凶暴な霊力で包まれた右の拳が、赤子そっくりな妖獣の顔を粘土細工の様に潰してしまう。
 一瞬遅れて、炎で照らされた空間に血の華が咲き誇り、それを合図に『彼女』は周りにいる妖獣たちへ襲い掛かった。
 妖獣たちも負けじと叫び、意味の分からぬ人語を喋って『彼女』へ飛びかかり―――そして殴られ、潰されていく。
 分厚い毛皮に包まれた体に大穴が空き、拳と同じく霊力に包まれた左足の鋭い蹴りで手足が吹き飛ぶ。
 正に有無を言わさぬ大虐殺、圧倒的強者による妖怪退治とは正にこの事だ。 

 そんな血祭りを、少し離れた所で眺めていた霊夢は思った。――――どちらが本当の妖怪なのだと。
 『彼女』は確かに人間だ。霊力の質と量からして妖怪ではないのだすぐに分かる。
 しかし、あぁまで残酷かつ野獣のような戦い方をしているのを見ると、どちらが化け物なのか一瞬戸惑ってしまうのだ。

「アイツ、本当に何者なのよ?」
 一人呆然と眺め続ける霊夢は、妖獣を殺していく『彼女』へ向かった懐疑心を込めながら言った。
 最初に会った時は手助けしてくれて、その次は何の恨みがあるのか人様にぶつかってきて…。
 そして今自分の目の前…夢の中で猿の妖獣たちを、まるで獲物に食らいつく野獣の様に引き裂いていく―――あの巫女モドキへと。




 暗く、熱く、そして血に塗れてしまった自分が夢から覚めたと気づいたのはどれぐらいの時間を要したか。
 ついさっきまで夢の中にまでいたかと思って起きた時には、既に霊夢の体は慣れぬベッドの上で横になっていた。
 目を開けて、これまた見慣れぬ天井をボーッと見つめ続けて数分程して、ようやくあの夢が覚めたのだと気が付く。
 首元まですっぽりと覆いかぶさる安物勘が否めないカバーをどけて、霊夢はゆっくりと上半身を起こして自分の体を確認する。
 今身に着けているのは気絶する直前まで来ていた洋服ではなく、その下に巻いていたサラシとドロワーズだけのようだ。
 そして、今自分が妙に安っぽくてそれでいてあまり埃っぽくない部屋の中にいるという事を理解して、一言述べた。

788ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:34:07 ID:WZ82hnBc
「…どこよここ?」
 夢の舞台も妖怪が出てくる変な森の中であったが、起きたら起きたで見た事の無い部屋で寝かされている。
 まぁあのまま街中で気絶したままというのも嫌ではあるが、だからといってこうも見た事の無い場所でいるというのも不安なのだ。
 そんな事を思いながら、部屋を見回していた霊夢はふとその薄暗さに気が付いて窓の方へと視線を移す。
 しっかりと磨かれた窓ガラスから見えるのは、すっかり見慣れてしまったトリステインの首都トリスタニアの街並み。
 今自分がいる部屋の向こう側で窓を開けて欠伸をしている男が見えるので、恐らく二階か三階にいるのだろう。
 
 そこから少し視線を上へ向けると、並び立つ建物の屋根越しに空へ昇ろうとしている太陽が見えた。
 幻想郷でも見られるそれと大差ない太陽の向きからして、恐らく今は夜が明け始めてある程度経っているのだろう。
(そっかぁ〜、つまりは…あれから一夜が経っちゃったて事よね?)
 まんまと自分やルイズたちのお金を盗んでいったあの子供の事を思い浮かべていた、ふと窓から聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付く。
 窓ガラス越しに聞こえる街の生活音はまだまだ静かで、しかし陽が昇るにつれどんどん賑やかになろうとしている雰囲気は感じられる。
 通りを掃除する清掃業者と牛乳配達員の若者同士の他愛ない会話に、軒先に水を撒いている音。
 普段人里離れた神社に住む霊夢にとっては、夜明けの街の生活音というのはあまり聞き慣れぬ音であった。
「まぁ、嫌いってワケじゃあないんだけど……ん?」
 そんな事を呟きながら何となく窓のある方とは反対方向へ顔を向けた時、
 出入り口のドアがある方向に置かれた丸いテーブル。その上に、自分がいつも着ている巫女服が置かれているのに気が付いた。
 ご丁寧に御幣まで傍らに置かれているところを見るに、きっと自分をここまで連れてきてくれたのは親切な人間なのだろう。
 しかし疑問が一つだけある、どうして自分の巫女服一式がこんな見知らぬ部屋の中に置かれているのか。
 そして気絶する直前まで着ていた洋服が消えている事に霊夢つい警戒してしまうものの、身を震わせて小さなくしゃみをしてしまう。
 恐らく昨晩は下着姿で過ごしたのだろう、いくら夏とはいえいつも寝巻姿で寝る彼女の体は慣れることができなかったらしい。
(まぁ、別段おかしなところは感じられないし…着ちゃっても大丈夫よね?)
 霊夢はそんな事を思いながらゆっくりと体を動かし、ベッドから降りて巫女服を手に取った。


「うん…良し!あの洋服も悪くは無かったけど、やっぱりこっちの方が安心するわね」
 手早く巫女服に着替え、頭のリボンを結び終えた彼女はトントンとローファーのつま先で床を叩いてみる。
 トントンと軽い音といつもの履き心地にホッとしつつ、最後に御幣を手にした彼女はひとまずどうしようかと思案した。
 御幣はあったもののデルフがこの部屋に無いという事は、恐らく魔理沙はすぐ近くにいないという可能性がある。
 それにルイズの安否もだ。彼女がいなければ幻想郷で起きた異変を解決するのが困難になる。
 最後に目にした時は、無事に藁束に落ちた所であったが、少なくともあれからどうなったのかはまでは分からない。
 もしかしたらこの家?のどこか、別室で寝かされているかもしれない。そんな事を考えながら霊夢は窓から外の景色を眺めていた。
 通りを行き交う人の数は昨夜と比べれば酷く少なく、本当に同じ街なのか疑ってしまう程である。

「とりあえずここの家主…?にお礼でも言った後、ルイズたちを探しに行った方がいいわよね」
 ひとしきり身支度を整え、何となく外の景色を眺めていた彼女がぽつりとつぶやいた直後であった。
 まだドアノブにも触れていないドアから軽いノックの音が聞こえた後、「失礼します」と丁寧な少女の声が聞こえてくる。
 何処かお偉いさんのいる場所で御奉公でもしていたのだろう、何処か言い慣れた雰囲気が感じられた。
(ん、この声って…まさか)
 何処がで聞き覚えのある声だと思った時にはドアノブが回り、ガチャリと音を立てて扉が開かれる。
 ドアを開けて入ってきたのは、霊夢と同じ黒髪のボブカットが特徴の、彼女とほぼ同い年であろう少女であった。
 そして奇遇にも、霊夢と少女は知っていた。互いの名前を。

789ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:36:09 ID:WZ82hnBc

「もしかして、シエスタ?」
「あっ!レイムさん、もう起きてたんですか!」
 ドアを開けて入ってきた彼女の顔を見た霊夢がシエスタの名を呟き、ついでシエスタも彼女の名を呼ぶ。
 いつもの見慣れたメイド服ではなく、そこら辺の町娘が着ているような大人しめの服を着ている。
 
 ドアを開けて入ってきたシエスタは静かにそれを閉めると、既に着替え終えていた霊夢へと話しかけた。
「レイムさん、怪我の方は大丈夫なんですか?ミス・ヴァリエールが言うには頭を打ったとか何かで…」
「え?…あぁ、それはもう大丈夫だけど、ここは…」
 シエスタが話してくれた内容でひとまずルイズかいるのを確認しつつ、ここがどこなのかを聞いてみる。゛
「ここですか?ここは『魅惑の妖精亭』の二階にある寝泊まり用のスペースですよ」
「魅惑の、妖精………あぁ、あのオカマの…」
 彼女が口にした店の名前で、霊夢は寝起き早々にシエスタの叔父にあたるこの店の店主、スカロンの事を思い出してしまった。
 以前、魔理沙が街中でシエスタを助けた時にこの店を訪れた時に出会って以来、記憶の片隅にあの男の姿が染み付いてしまっている。
 その気持ちが顔に出てしまっていたのか、再び窓の方へ視線を向けた霊夢に苦笑いしつつ、
「はは…まぁでも、あんな見た…―変わってても性格は本当に良い人なんですけどね…」
 少し言い直しながらも、シエスタは見た目も性格も一風変わった叔父の良い所の一つを上げていた時であった。

「シエスタ―いる〜?入るよぉ〜」
 先程とは違いやや早めのノックの後、声からして快活だと分かる少女がドアを開けて入ってくる。
 シエスタと同じ黒髪を腰まで伸ばして、彼女と比べればやや肌の露出が多めの服を着ている。
 遠慮も無く入ってきた彼女は既に起きてシエスタと会話していた霊夢を見て、「おぉ〜!」とどこか感心しているかのような声を上げて喋り出す。
「あんなにぐったりしてたから、まだ寝てるかと思いきや…いやはや丈夫だねぇ〜!」
「ジェシカ、アンタか…」
 頭に巻いた白いナプキンを揺らして入ってきた少女の名前も、当然霊夢は覚えていた。
 スカロンの娘でシエスタの従姉妹に当たる少女で、確かここ『魅惑の妖精亭』でウェイトレスとして働いている。
 彼女のやや大仰な言い方に、霊夢は怪訝な表情を浮かべつつもその時の事を聞いてみる事にした。
「何よ、気絶してた時の私ってそんなにひどかったの?」 
「そりゃぁ〜もう!ルイズちゃんと今ウチで働いてる旅人さんが連れてきた時は、死んでるかと思ったよ」
「ジェシカ、いくら何でも死んでるなんて例え方しちゃダメよ…それにルイズちゃんって…」
 両手を横に広げてクスクス笑いながら昨日の事を話すジェシカを、シエスタが窘める。
 ジェシカそれに対してにへらにへらと笑い続けながらも、「いやぁ〜ゴメンゴメン」と頭を下げた。

 そのやり取りを見ていた霊夢は、本当に二人の血がつながってるとは思えないわね〜…と感じつつ、
 ふと彼女の言っていだ旅人さん゙とやらと一緒に自分を連れてきてくれたルイズの事が気になってきた。
 ルイズがここにいるのならば、成程この『魅惑の妖精亭』に巫女服が置かれていたのも納得できる。
 実は彼女が持っていた肩掛け鞄の中に、もしもの時のためにと巫女服を入れてもらっていたのだ。
 巫女服の謎を解明できた霊夢は一人納得しつつも、ジェシカに話しかける。
「そういえば…ルイズと後一人が私を運んできてくれたそうだけど…ルイズはここに?」
「うん、そーだよ。今はウチの店の一階で一足先に朝ごはん食べてると思うから…で、アンタも食べる?」
 霊夢の質問にジェシカはあっさり答えると、親指で廊下の方をさしてみせる。
 その指さしに「もう大丈夫か?」という意味も含まれているのだろうと思いつつ、霊夢はコクリと頷く。

790ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:38:10 ID:WZ82hnBc

 不思議な事に、あの巫女もどきと結構な速度で衝突したというのに頭はそれほど痛まない。
 まぁ痛まないのならそれに越したことは無いのだが、残念な事に今の彼女には考えるべき事が大量にあった。
 自分たちの金を盗んでいった子供の行方やら、魔理沙とデルフの事…そして、さっきまで見ていたあの悪夢の事も。
 解決すればする程自分の許へ舞い込んでくる悩みに霊夢は辟易しつつも、まずはすぐ目の前にある問題を片付ける事にした。
 そう、ここにいるであろうルイズから昨夜の事を聞きながら、朝食で空腹を満たすという問題を。
「そうね、それじゃあ遠慮なく頂こうかしら」
「それキタ。んじゃあ案内するよ、シエスタは部屋の片づけよろしくね」
「お願いね、それじゃあレイムさんは、ジェシカと一緒に一階へ行っててくださいね」
 ジェシカが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、シエスタに片づけを任せて霊夢と共に部屋を後にした。
 最も、この部屋の中で直すべき場所と言えばベットぐらいなものだろうから然程時間は掛からないだろう。
 
 『魅惑の妖精亭』の二階の廊下はあまり広いとは言えないが、その分しっかりと掃除が行き届いているように見える。
 ジェシカ曰く二階の半分は店で働く女の子や従業員の部屋で、街で部屋や家を借りれなかった人たちに貸しているのだという。
 もう半分は酔いつぶれた客を寝させる為の部屋らしいが、今年からは宿泊業も始めてみようかとスカロンと相談しているらしい。
「それに関してはパパも結構乗り気だよ?何せウチのライバルである゙カッフェ゙に差をつけれるかもしれないしね」
「う〜ん、どうかしらねぇ?部屋はそれなりに良かったけど、肝心の店長があんなだと…」
「ぶー!酷い事言うなぁ。あれでも私の父親なんだよ、性格はあんなで…いつの間にか男好きにもなっちゃったけど」
 霊夢の一口批判にジェシカが口を尖らせて反論した後、二人そろって軽く苦笑いしてしまう。
 シエスタを置いて部屋を出た霊夢は、二階の狭い廊下を歩きながら先頭を行くジェシカに質問してみた。
「そういえば、何でシエスタがここで働いてるの?まぁ間柄上、別におかしい事は無いと思うけどさぁ」
「…あぁーそれね?まぁ…何て言うか、シエスタの故郷の方でちょっと色々あってね」
 先程とは打って変わって、ほんの少し言葉を濁しつつもジェシカが説明しようとした時、
 すぐ目の前にある一階へと続く階段から、聞きなれた男女の声が二人の耳に入ってきた。

「さぁ〜到着したわよぉ〜!ようこそ私達のお店、『魅惑の妖精亭』へ!」
 最初に聞こえてきたのは、男らしい野太い声を無理やり高くしてオネェ口調で喋っている男の声。
 その声に酷く聞き覚えのあった霊夢は、すぐさま脳内で激しく体をくねらせる筋肉ムキムキの大男の姿が浮かび上がってくる。
 朝っぱらからイヤなものを想像してしまった霊夢の顔色が悪くなりそうな所で、今度は少女の声が聞こえてきた。
「おぉー!…相変わらずお客さんがいなくて閑古鳥が鳴きまくってるような店だぜ」
『突っ込み待ちか?ここは夕方からの店だろうから今は閑古鳥もクソもないと思うぞ』
 あまりにも聞き慣れ過ぎてもう誰だか分かってしまった少女の言葉に続いて、これまた聞きなれた濁声が耳に入る。
 その三つの声を聞いた霊夢は、先頭にいたジェシカの横を通って一足先に階段を降りはじめた。
 見た目よりもずっとしっかりとしたソレを少し軋ませながらも、軽やかな足取りで一階にある酒場を目指す。
 
 思っていたよりも微妙に長かった階段を降りた先には、想像していた通りの二人と一本がいた。
「魔理沙!…あとついでにデルフとスカロンも」
「ん?おぉ、誰かと思えば私を見捨てて言った霊夢さんじゃあないか!」
「……それぐらいの軽口叩ける余裕があるなら、最初から気にする必要は無かったわね」
 階段を降りてすぐ近くにある店の出入り口に立っていた魔理沙は、階段を降りてきた彼女を見て開口一番そんな事を言ってくる。
 まぁ実際吹き飛んだ彼女を見捨てたのは事実であったが、別に霊夢はそれに対して罪悪感は感じていなかった。

791ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:40:13 ID:WZ82hnBc
「おいおい…酷い事言うなぁ、そうは言っても私かあの後ぞうなったか気にはなっただろ?」
「別に?ルイズはともかく、アンタならあの風程度でくたばる様なタマじゃないしね」
 今にも体を擦りつけてきそうな態度の魔理沙にきっぱり言い切ってやると、次に彼女が手に持っていたデルフを一瞥する。
 インテリジェンスソードは鞘だけを見ても傷が付いているようには見えず、これも心配する必要は無かったらしい。
 そんな事を思っていると、考えている事がバレたのか鞘から刀身を出したデルフが霊夢に喋りかけてくる。
『おぅレイム、大方「なんだ、全然無事じゃん」とか思ってそうな目を向けるのはやめろや』
「ん、そこまで言えるのなら元から心配する必要は無かったようね。気苦労かけなくて済んだわ」
『…なんてこった、それ以前の問題かよ』
 魔理沙ともども、最初から信頼…もとい心配されていなかった事にデルフがショックを受けていると、
 霊夢に続いて階段を降りてきたジェシカが「へぇー!珍しいねェ」と嬉しそうな声を上げて、デルフに近づいてきた。

「インテリジェンスソードなんて名前は聞いたことあったけど、実物を見るのは始めてだよ」
『お?初めて見る顔だな。オレっちはデルフリンガーっていうんだ、よろしくな』
「あたしはジェシカ、アンタとマリサをここへ連れてきてくれたスカロン店長の娘よ」
『はぁ?スカロンの娘だって?コイツはおでれーた!』
 流石に数千年単位も生きてきて、ボケが来ているデルフでもあのオカマの実の子だとは分からなかったらしい。
 信じられないという思いを表しているかのような驚きっぷりを見せると、そのジェシカの父親がいよいよ口を開いた。
「いやぁ〜ん!酷い事言うわねェー!ジェシカは私のれっきとした娘よぉ〜!」
 朝方だというのにボディービルダー並の逞しい体を激しくくねらせながら、『魅惑の妖精亭』の店長スカロンが抗議の声を上げる。
 そのくねりっぷりを見てか、刀身を出していたデルフはすぐさま鞘に収まり、スッと沈黙してしまう。
 いくらインテリジェンスソードと言えども、スカロンの激しい動きを見ればそりゃ何も言えなくなってしまうに違いない。
 デルフにちょっとした同情を抱きつつも、ひとまず霊夢はスカロンに挨拶でもしようかと思った。

「おはようスカロン、まだあまり状況が分からないけれど…昨日は色々と借りを作っちゃったらしいわね」
「あぁ〜ら、レイムちゃん!ミ・マドモワゼル、昨日は心配しちゃったけど…その分だともう大丈夫そうねぇ〜!」
 尚も体をくねらせながらもすっかり元気を取り戻した霊夢を見やってて、スカロンはうっとりとした笑みを浮かべて見せる。
 相変わらず一挙一動は気持ち悪いが、シエスタの言うとおり性格に関しては本当にマトモな人だ。
 何故かくねくねするのをやめないスカロンに苦笑いを浮かべつつ、霊夢は「ど、どうも…」と返して彼に話しかける。
「そういえばスカロン、ルイズもここにいるってジェシカから聞いたんだけど一体どこに―――」
「ここにいるわよ。…っていうか、一階に降りてきた時点で気づきなさいよ」
 彼女の言葉を遮るようにして、店の出入り口とは正反対の方向からややキツいルイズの言葉が聞こえてくる。
 霊夢と魔理沙がそちらの方へと視線を向けると、厨房に近い席で一足先に朝食を食べているルイズがこちらを睨み付けていた。
 
「おぉルイズ、無事だったんだな」
「くっさい藁束の上に落ちて事なきを得たわ。その代償があまりにも大きすぎたけど」
 霊夢よりも先に魔理沙が左手を上げてルイズに声を掛けると、彼女も同じように左手を顔の所まで上げて応える。
 その表情は沈んでいるとしか言いようがない程であり、右手に持っている食いかけのサンドイッチも心なしかまずそうに見えてしまう。
 彼女の表情から察して、結局アンリエッタから貰った分すら取り返せなかった事を意味していた。
 結局一文無しとなってしまった事実に、霊夢はどうしようもない事実に溜め息をつきながらルイズの方へと近づいていく。

792ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:42:11 ID:WZ82hnBc
「その様子だと、アンタもあのガキどもを捕まえられなかったようね」
「…言わないでよ。私だって追いかけようとしたけど、結局藁束から抜け出すので一苦労だったわ」
 自分の傍まで来ながら昨日の事を聞いてくる巫女さんに、ルイズはやや自棄的に言ってからサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。
 魔理沙もルイズの様子を見て何となく察したのか、参ったな〜と言いたげな表情をして頬を掻いている。

「そういえば貴方たち、昨日お金をメイジの子供に盗まれたのよねぇ〜そりゃ落ち込みもするわよぉ」
「あーそいやそうだったねぇー。まぁここら辺では盗み自体は珍しくないけど…まぁツイテないというべきか…」
 そんな三人の事情を昨夜ルイズに聞いていたスカロンとジェシカも、彼女たちの傍へと来て同情してくれた。
 ルイズとしては本当に同情してくれてるスカロンはともかく、「ツイテない」は余計なジェシカにムッとしたいものの、
 それをする気力も出ない程に落ち込んでいたので、コップの水を飲みながら悔しさのあまりう〜う〜唸るほかなかった。
「そう唸っても仕方がないわよ。それでお金が戻って来るならワケないし」
「じゃあ何?アンタは悔しくなんか…無いワケないわよね?」
「当り前じゃない。とりあえずあの脳天に拳骨でも喰らわたくてうずうずしてるわ」
 霊夢も霊夢で決して諦めているワケではなく、むしろ今にも探しに行きたいほどである。
 しかし、一泊させてくれたスカロンたちに礼を言わずにここを出ていくのは気が引けるし、何よりお腹が空いていた。
 人探しには自信がある霊夢だが、自分の空腹が限界を感じるまでにあの子供を探せるという保証はないのである。
 それにタダ…かもしれない朝食を食わせてくれるのだ、それを頂かないというというのは勿体ない。

「んじゃ、私は厨房でアンタ達の朝メシ用意してくるから」
「ワザワザお邪魔しといて朝ごはんまで用意してくれるとは、嬉しいけどその後が怖いな〜」
 一通りの挨拶を済ましてから厨房へと向かうジェシカに礼を述べる魔理沙。
 そんな彼女がここに来るまで…というよりも昨夜は何をしていたのか気になった霊夢はその事を聞いてみる事にした。
「魔理沙、アンタ吹っ飛ばされた後はどこで何してたのよ?さっきスカロンに連れて来られてたけど…」
「それは気になるわね。私は藁束から出た後で道端で気絶してた霊夢を見つけてたけど、アンタの姿は見てないわ」
「あぁ、あの後不覚にも風で飛ばされて…まぁ情けない話だが気絶してしまってな…」
 黙々と食べていたルイズもそれが気になり、魔理沙の話に耳を傾けつつサンドイッチを口の中ら運んでいく。
 彼女が説明するには、ルイズが箒から落ちた後で少し離れた空き地に不時着してしまった殿だという。
 その時に頭を何処かで打ったのか、靴裏が地面を激しく擦った直後に気を失い、デルフの声で気が付いた時には既に夜明けだったらしい。
 慌てて箒とデルフを手に吹き飛ばされる前の場所へ戻ったが案の定霊夢たちの姿は付近に無く、当初はどうすればいいか困惑したのだとか。
 何せ気を失って数時間も経っているのだ、あの後何が起こったのか知らない魔理沙からしてみればどこを探せば良いのか分からない。

『いやぁー、あれは流石のオレっちでもちょっとは慌てたね』 
「だよな?…それでデルフととりあえず何処へ行こうかって相談してた時に、用事で外に出てたスカロンとばったり出会って…」
「で、私達が『魅惑の妖精亭』で寝かされているのを知ってついてきたってワケね」
 デルフと魔理沙から話を聞いて、偶然ってのは身近なものだと思いつつルイズはミニトマトを口の中にパクリと入れた。
 トマトの甘味部分を濃くしたような味を堪能しながら咀嚼するのを横目に、霊夢も「なるほどねぇ」と頷いている。
 しかしその表情は決して穏やかではなく、むしろこれから自分はどう動こうかと
 ひとまずは魔理沙が王都を徘徊せずに済んだものの、今の彼女たちの状況が改善できたワケではない。
 ルイズがアンリエッタから頼まれた任務をこなす為に必要なお金と、ついで二人のお小遣いは盗まれたままなのだ。
 しかも賭博場で荒稼ぎして増やした金額分もそっくり盗られているときた。これは到底許せるものではない。
 だが探し出して捕まえようにも、こうも探す場所が広すぎてはローラー作戦のような虱潰しは不可能だ。
 
 そんな事を考えているのを表情で読み取られたのか、魔理沙が霊夢の顔を覗き込みながら話しかけてくる。
「…で、お前さんのその顔を見るに昨日の借りを是非とも返したいらしいな」
「ん、まぁね。とはいえ…ここの土地は広すぎでどこ調べたら良いかまだ分からないし、正直今の状態じゃあお手上げね」
「でも…お手上げだろうが何だろうが、盗ませたままにさせておくのは私としては許しがたいわ!」

793ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:44:19 ID:WZ82hnBc
 肩を竦めながらも、如何ともし難いと言いたげな表情の霊夢にミニトマトの蔕を皿に置いたルイズが反応する。
 盗まれた時の事を思い出したのだろうか、それまで落ち込んでいたにも関わらず腰を上げた彼女の表情は静かな怒りが垣間見えていた。
 席から立つ際に大きな音を立ててしまったのか、厨房にいたジェシカやスカロンが何事かと三人の方を思わず見遣ってしまう。
 自分の言葉で眠っていたルイズの怒りの目を覚まさせてしまった事に、彼女はため息をつきつつもルイズに話しかける。
「まぁアンタのご立腹っぷりも納得できるけど、とはいえ情報が少なすぎるわ」
「スカロンも言ってたな…最近子供が容疑者のスリが相次いで発生してるらしいが、まだ身元と居場所が分かってないって…」
 思い出したように魔理沙も話に加わると、その二人とルイズは自然にこれからどうしようかという相談になっていく。
 やれ衛士隊に通報しようだの、お金の出所が出所だけに通報は出来ない。じゃあ自分たちで探すにしても調べようがない等…
 金を奪われた持たざる者達が再び持っている者達となる為の話し合いを、ジェシカは面白いモノを見る様な目で見つめている。

 彼女自身は幼い頃からこの店で色々な人を見てきたせいで、人を見る目というモノがある程度備わっていた。
 その人の仕草や酒の飲み方、店の女の子に対する扱いを見ただけでその人の性格というモノがある程度分かってしまうのである。
 特に相手が元貴族という肩書をもっているなら、例え平民に扮していたとしてもすぐに見分ける事が出来る。
 父親であるスカロンもまた同じであり、だからこそこの『魅惑の妖精亭』を末永く続けていられるのだ。
「いやぁー、あんなにちっこい貴族様や見かけない身なりしてても…同じ人間なんだなーって思い知らされるねぇ」
「そうよねぇ。ルイズちゃんは詳しい事情までは教えてくれなかったけど、お金ってのは大切な物だから気持ちは分かるわ」
「そーそー!お金は人の助けにもなり、そして時には最も恐ろしい怪物と化す……ってのをどこぞのお客さんが言ってたっけ」
 そんな他愛もない会話をしつつもジェシカはテキパキと二人分のサンドイッチを作り、皿に盛っていく。
 スカロンはスカロンで厨房の隅に置かれた箱などを動かして、今日の昼ごろには運ばれてくる食材の置き場所を確保している。
 その時であった、厨房と店の裏手にある路地を繋ぐドアが音を立てて開かれたのは。
 
 扉の近くに立っていたジェシカが誰かと思って訝しみつつ顔を上げると、パッとその表情が明るくなる。
 店に入ってきたのは色々とワケあってここで働いている短い金髪が眩しい女性であった。
 昨夜、ルイズと共に霊夢をこの店を運んできだ旅人さん゙とは、彼女の事である。
「おぉ、おかえり!店閉めてからの間、ドコで何してたのさ?みんな心配してたよー」
「ただいま。いやぁ何、ちょっとしたヤボ用でね?…それより、向こうの様子を見るに三人とも揃ってる様だな」
 ジェシカの出迎えに右手を小さく上げながら応えると、厨房のカウンター越しに見える三人の少女へと視線を向ける。
 相変わらず三人は盗まれたお金の事でやいのやいのと騒いでおり、聞こえてくる内容はどれも歳不相応だ。
 もう少し近くで聞いてみようかな…そう思った時、いつの間にかすぐ横にいたスカロンが不意打ちの如く話しかけてきた。
「あらぁー、お帰りなさい!もぉー今までどこほっつき歩いてたのよ!流石のミ・マドモワゼルも心配しちゃうじゃないのぉ〜!」
「うわ…っと!あ、あぁスカロン店長もただいま。…すいません、もう少し早めに帰れると思ってたんですが…」
 体をくねらせながら迫るスカロンに流石の彼女のたじろぎつつ、両手を前に出して彼が迫りくるのを何とか防いでいる。
 その光景がおかしいのかジェシカはクスクスと小さく笑った後で、ヒマさえできればしょっちゅう姿を消すに女性に話しかけた。

「まぁ私達もあんまり詮索はしないけどさぁ、あんなに小さい娘もいるんだからヒマな時ぐらいは一緒にいてあげなって」
「そうよねぇ。あの娘も貴女の事随分と慕ってるし尊敬もしてるから、偶には可愛がってあげないとだめよ?」
「…はは、そうですよね。昔から大丈夫とは言ってますが、偶には一緒にあげなきゃダメ…ですよね」
 ジェシカだけではなく、くねるのをやめたスカロンもそれに加わると流石の女性も頷くほかなかった。

794ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:46:12 ID:WZ82hnBc
 彼女の付き人であるという年下の少女は、女性が店を離れていても何も言わずにいつも帰ってくるのを待っている。
 時には五日間も店を休んで何処かへ行っていた時もあったが、それでも尚少女は怒らずに待っていた。
 少女も少女でこの店の手伝いをしてくれてるし、女性はこの店のシェフとして貴重な戦力の一人となってくれている。
 休みを取る時もあらかじめ事前に教えてくれているし、この店の掟で余計な詮索はしない事になっていた。
 それでも、どうしても気になってしまうのだ。この女性は何者で、あの少女と共に一体どこから来たのだろかと。
 本人たちは東のロバ・アル・カリイエの生まれだと自称しているが、それが真実かどうかは分からない。

(…とはいえ、別に怪しい事をしてるってワケじゃないから詮索しようも無いけれど)
 心の中でそんな事を呟きつつ、肩をすくめて見せたジェシカが出来上がった二人分のサンドイッチを運ぼうとしたとき、
「あぁ、待ってくれ。…そのサンドイッチ、あの二人に渡すんだろ?なら私が持っていくよ」
 と、突然呼びとめてきた女性にジェシカは思わず足を止めてしまい顔だけを女性の方へと振り向かせる。
 突然の事にキョトンとした表情がハッキリと浮かび上がっており、目も若干丸くなっていた。
「え?いいの?別にコレ持ってくだけだからすぐに終わるんだけど…」
「いや何、あの一風変わった二人と話がしてみたくなってね。別に良いだろ?」
「う〜ん?まぁ…別にそれぐらいなら」
 女性が打ち明けてくれた理由にジェシカは数秒ほど考え込む素振りを見せた後、コクリと頷いて見せた。
 直後、女性の表情を灯りを点けたかのようにパッと明るい物になり、軽く両手を叩き長良彼女に礼を述べる。

「ありがとう。それじゃあ、あの三人が食べ終えたお皿も片付けておくからな?」
「ん!ありがとね。私とパパは今やってる仕事が終わったら先に寝るから、アンタも今夜に備えて寝なさいよね」
 ジェシカからサンドイッチを乗せた皿を受け取った女性は、彼女の言葉にあぁ!と爽やかな返事をしつつ厨房を出て行こうとする。
 霊夢達へ向かって歩いていく女性の後姿を見つめていたジェシカも、視線をサッと手元に戻して止まっていた仕事を再開させた。
 彼女よりも前に仕事に戻っていたスカロンの視線からも見えなくなった直後、霊夢達へ向かって歩く女性はポツリ…と一言つぶやいた。

「全く…あれ程バカ騒ぎするなと紫様に釘を刺されていたというのに。…何やっているんだ博麗霊夢、それに霧雨魔理沙」
 先程までジェシカたちと気さくな会話をしていた女性とは思えぬ程にその声は冷たく、静かな怒りに満ち溢れている。
 そしてその表情も、先ほどまで彼女たちに向けていた笑顔とは全く違う、人間味があまり感じられないものへと変貌していた。 
 まるで獲物を見つけた獣が、林の中でジッと息をひそめているかのような、そんな雰囲気が。


「…?―――――…ッ!これは…」
 最初にその気配に気が付いたのは、他でもない霊夢であった。
 魔理沙やルイズ達とこれからの事をあーだこーだと話している最中、ふと懐かしい気配が背後からドッと押し寄せてきたのである。
「んぅ?…あ…これってまさか…か?」
『……ッ!?』
 ある種の不意を突かれた彼女が口を噤んだことに気が付いた魔理沙も、霊夢の感じた気配に気づいて驚いた表情を見せた。
 テーブルの下に置かれてそれまで楽しげに三人の会話を聞いていたデルフの態度も一変し、驚きのあまりかガチャリと鞘ごと刀身を揺らす。
 唯一その気配を感じられなかったルイズであったが、この時三人の急な反応で何かが起こったのだと理解した。

795ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:48:09 ID:WZ82hnBc
「ちょ…ちょっと、どうしたのよアンタ達?一体何が起こったのよ」
 朝食を食べ終えて水で一服していたところで不意を突かれた彼女からの言葉に、魔理沙が首を傾げなからも応える
「いや、゙起こっだというよりかは…゙感じだと言えばいいのかな」
『あぁ…感じたな。それも物凄く近いところからだ』
 彼女の言葉にデルフも続いてそう言うと、丁度厨房に背を向けていた霊夢もコクリと頷いて口を開いた。
「近いなんてモンじゃないわよ……多分これ、私達のすぐ後ろにまで来てるわよ」
 切羽詰まった様な表情を浮かべている霊夢の言葉にギョッとしたルイズが、咄嗟に後ろを振り向こうとしたとき……゙彼女゙は口を開いた。


「やぁ、見ない間に随分と彼女との仲が良くなったじゃあないか。…博麗霊夢」
 冷たく鋭い刃物のようなその声色に覚えがあったルイズが、ハッとした表情を浮かべて後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、黒いロングスカートに白いブラウスと言う昨日の霊夢と似たような出で立ちをした金髪の女性が立っていた。
 厨房へと続く入口の傍に立ち、こちらを睨み付けている彼女は、昨日気絶して路上に倒れていた霊夢を一緒にここまで運んできてくれた人である。
 気を失って倒れていた彼女をどうしようかと悩んでいた時に、突如助けてくれてこの店で一晩過ごせるようにとスカロン店長に頼み込んでくれたのだ。
 そんな優しい人…というイメージを持ちかけていたルイズには、彼女が自分たちを睨んでくるという事に困惑せざるを得なかった。
 
 ここは、どう対応すればいいのか?鋭い眼光に口を開けずにいたルイズを制するように最初に彼女へ話しかけたのは霊夢であった。
「何処にいるかと思ったら、案外身近なところで潜伏していたようね」
「まぁな。お前たちが散々ここで大騒ぎしなければ私だって静かに自分の仕事だけをこなせてたんだがな」
「…え?え?」
 初対面の筈だと言うのに、女性と霊夢はまるで知り合いの様な会話をしている。
 これには流石の霊夢も理解が追いつかず、素っ頓狂な声を上げて霊夢と女性の双方を交互に見比べてしまう。
 そんなルイズを見て女性は彼女の内心を察したのか、二人分のサンドイッチを乗せた皿をテーブルの置いてから、サッと自己紹介をしてみせた。


「お初にお目にかかかります、私の名前は八雲藍。幻想郷の大妖怪八雲紫の式にして九尾の狐でございます」
 右手を胸に当てて名乗った女性―――藍は、眩しい程の金髪からピョコリ!と獣耳を出して見せる。
 ルイズの記憶が正しければ、それは間違いなく狐の耳であった。

796ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:50:42 ID:WZ82hnBc
以上で83話の投稿を終わります。
もうそろそろ暑くなってきましたね。
では、今よりもっと熱くなってるであろう来月末にまたお会いしましょう。ノシ

797ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:11:04 ID:i7FNJALY
無重力巫女さんの人、乙です。私も投下します。
開始は18:13からで。

798ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:13:45 ID:i7FNJALY
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十三話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その1)」
海獣キングゲスラ
邪心王黒い影法師 登場

 『古き本』に奪い取られたルイズの記憶を取り戻すために、本の世界を旅している才人とゼロ。
五冊目の世界はウルトラマンマックスが守った地球を舞台とした本であり、地上人と地底人の
存亡という地球の運命を懸けた戦いに二人は身を投じた。同じ惑星の文明同士という、本来は
ウルトラ戦士が立ち入ることの出来ない非常に困難な問題であったが、最後まで未来をあきらめない
人間の行動が地底人デロスの心を動かし、二種族の対立は解決された。そして最後の障害たる
バーサークシステムも停止させることに成功し、地球は未来を掴み取ることが出来たのだった。
 そして遂に残された本は一冊のみとなった。リーヴルの話が真実であるならば、これを
完結させればルイズは元に戻るはずだ。……しかし、最後の本の旅が始まる前に、才人たちは
密かに集まって相談を行っていた……。

「『古き本』もいよいよ後一冊で最後だ。その攻略を始める前に……ガラQ、リーヴルについて
何か分かったことはないか?」
 才人、タバサ、シルフィード、シエスタはリーヴルに内緒で連れてきたガラQから話を
聞いているところだった。三冊目の攻略を始める前に、ガラQにリーヴルの内偵を頼んで
いたが、その結果を尋ねているのだ。
 ガラQは才人たちに、次のように報告した。
「リーヴル、夜中に誰かと会ってるみたい」
「誰か……?」
 才人たちは互いに目を合わせた。彼らは、一連の事件がリーヴル単独で起こされたものでは
ないと推理していたが、やはりリーヴルの背後には才人たちの知らない何者かがいるのか。
「そいつの正体は分からないか? どんな姿をしてるかってだけでもいいんだ」
 質問する才人だが、ガラQは残念そうに首(はないので身体ごと)を振った。
「分かんない。姿も、ぼんやりした靄みたいでよく分かんなかった」
「靄みたい……そもそもの始まりの話にあった、幽霊みたいですね」
 つぶやくシエスタ。図書館の幽霊の話は、あながち間違いではなかったのだ。
『俺はそんな奴の気配は感じなかった。やっぱり、一筋縄じゃいかねぇような奴みたいだな……』
 ガラQからの情報にそう判断するゼロだが、同時に難しい声を出す。
『しかもそんだけじゃあ、正体を特定するのはまず無理だな。それにここまで来てそれくらいしか
尻尾を掴ませないからには、相当用心深い奴みたいだ。今の段階で、正体を探り当てるってのは
不可能か……』
「むー……リーヴルに直接聞いてみたらいいんじゃないのね?」
 眉間に皺を寄せたシルフィードが提案したが、タバサに却下される。
「下手な手を打ったら、ルイズがどうなるか分かったものじゃない。ルイズは人質のような
ものだから」
「そっか……難しいのね……」
 お手上げとばかりにシルフィードは肩をすくめた。ここでシエスタが疑問を呈する。
「わたしたち、いえサイトさんはこれまでミス・リーヴルの言う通りに『古き本』の完結を
進めてきましたが……このまま最後の本も完結させていいんでしょうか?」
「それってどういうことだ?」
 聞き返す才人。
「ミス・リーヴルと、その正体の知れない誰かの目的は全く分かりませんけど、それに必要な
過程が『古き本』の完結だというのは間違いないことだと思います」
 もっともな話だ。ルイズの記憶喪失が人為的なものであるならば、こんな回りくどいことを
何の意味もなくさせるはずがない。
「だったら、全ての『古き本』を完結させたら、ミス・ヴァリエールの記憶が戻る以外の何かが
起こってしまうんじゃないでしょうか。それが何かというのは、見当がつきませんが……」

799ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:15:46 ID:i7FNJALY
「洞窟を照らしてトロールを出す……」
 ハルケギニアの格言を口にするタバサ。「藪をつついて蛇を出す」と同等の意味だ。
「全ての本を完結させたら、悪いことが起きるかもしれない。そもそも、ルイズが本当に
治るという保証もない。相手の思惑に乗るのは、危険かも……」
「パムー……」
 ハネジローが困惑したように目を伏せた。
 警戒をするタバサだが、才人はこのように言い返す。
「けど、それ以外に方法が見当たらない。動かないことには、ルイズはいつまで経っても
元に戻らないんだ。だったら危険でも、やる他はないさ……!」
『それからどうするかは、本の完結が済んでからだな。ホントにルイズの記憶が戻るんなら
それでよし、もし戻らないようだったら……ブラックホールに飛び込むつもりでリーヴルに
アタックしてみようぜ』
 ウルトラの星の格言を口にするゼロ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同等の意味だ。

 そうして最後の『古き本』への旅が始まる時刻となった。
「今日で本への旅も最後となりましたね、サイトさん。最後の本も、無事に完結してくれる
ことを祈ってます」
 才人らが自分を疑っていることを知ってか知らずか、リーヴルは相変わらず淡々とした
調子で語った。
「それではサイトさん、本の前に立って下さい」
「ああ……」
 もう慣れたもので、才人が最後に残された『古き本』の前に立つと、リーヴルが魔法を掛ける。
「それでは最後の旅も、どうか良きものになりますよう……」
 リーヴルがはなむけの言葉を寄せ、才人は本の世界へと入っていく……。

   ‐大決戦!超ウルトラ8兄弟‐

 昭和四十一年七月十七日、夕陽が町をオレンジ色に染める中、虫取り網と虫かごを持った
三人の子供たちが駄菓子屋に駆け込んできた。
「くーださーいなー!」
「はははは! 何にするかな?」
「ラムネ!」
「僕も!」
「俺もー!」
「よーしよしよし!」
 駄菓子屋の店主は快活に笑いながら少年たちにラムネを渡す。ラムネに舌鼓を打つ少年たちだが、
ふと一人があることに気がついた。
「あッ! おじさん、今何時?」
「んー……六時、ちょい過ぎ」
「大変だー!!」
 時刻を知った三人は声をそろえて、慌てて帰路につき始めた。それに面食らう駄菓子屋の店主。
「どうした? そんなに急いで」
 振り返った子供たちは、次の通り答えた。
「今日から、『ウルトラマン』が始まるんだ」
「早くはやく!」
 何とか七時前に少年の一人の家に帰ってきた三人は、カレーの食卓の席で始まるテレビ番組に
目を奪われる。
『武田武田武田〜♪ 武田武田武田〜♪ 武田た〜け〜だ〜♪』
 提供の紹介後――特撮番組『ウルトラマン』が始まり、少年たちは歓声を上げた。
「始まったー!!」
 三人は巨大ヒーロー「ウルトラマン」と怪獣「ベムラー」の対決に夢中となる。

800ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:18:22 ID:i7FNJALY
『M78星雲の宇宙人からその命を託されたハヤタ隊員は、ベーターカプセルで宇宙人に変身した! 
マッハ5のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する不死身の男となった。
それゆけ、我らのヒーロー!』
「すっげー……!」
「かっこいー!」
 ――特撮番組に夢中になる小さな少年も、月日の流れとともに大人になる。そして、そんな
日々の中で、『それ』は起こったのである……。

 ……才人は気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。
「あれ……? 本の世界の中に入ったのか?」
 キョロキョロと周りを見回す才人。しかし周囲には誰の姿もない。
「随分静かな始まり方だな……。今までは、ウルトラ戦士が怪獣と戦ってるところから入ってたのに」
 とりあえず、初めに何をすればいいのかと考えていると……正面の階段の中ほどに、白い洋服の
小さな少女が背を向いて立っている姿が目に飛び込んできた。
「……赤い靴の女の子?」
 その少女は、履いている赤い靴が妙に印象的であった。
 赤い靴の少女は、背を向けたまま才人に呼びかける。
「ある世界が、侵略者に狙われている」
「え?」
「急いで。その世界には、ウルトラマンはいない。七人の勇者を目覚めさせ、ともに、
侵略者を倒して……!」
 少女は才人に頼みながら、階段を上がって去っていく。
「あッ、ちょっと待って! 詳しい話を……!」
 追いかけようと階段に足を掛けた才人だったが、すぐに視界がグルグル回転し、止まったかと
思った時には外にいることに気がついた。
「ここは……?」
 目の前に見える光景には、赤いレンガの建物がある。才人はそれが何かに気がつく。
「赤レンガ倉庫……。ってことは、ここは横浜か……? でも相変わらず人の姿がないな……」
 横浜ほどの都市なら、どこにいようとも人の姿くらいはあるだろうに、と思っていたところに、
倉庫の向こう側から怒濤の水しぶきが起こり、巨大怪獣がのっそりと姿を現した!
「ウアァァァッ!」
「わぁッ! あいつは……!」
 即座に端末から情報を引き出す才人。
「ゲスラ……いや、強化版のキングゲスラだッ!」
 怪獣キングゲスラは猛然と暴れて赤レンガ倉庫を破壊し出す。それを見てゼロが才人に告げた。
『才人、ここはメビウスが迷い込んだっていうレベル3バースの地球だ!』
「メビウスが迷い込んだって!?」
『メビウスに聞いたことがある。あいつがまだ地球で戦ってた時に、ウルトラ戦士のいない
平行世界に入ってそこを狙う宇宙人どもと戦ったってことをな。この本の世界は、それを
綴った物語だったか……!』
 飛んでくる瓦礫から逃れた才人は、キングゲスラの近くに一人だけスーツ姿の青年がいる
ことに目を留めた。
「あんなところに人が!」
『確か、メビウスはここで平行世界で最初に変身したそうだ。ってことはもうじきメビウスが
出てくるはずだ……』
 と言うゼロだが、待てど暮らせどウルトラマンメビウスが出てくるような気配は微塵もなかった。
そうこうしている内に、キングゲスラが腰を抜かしている青年に接近していく。
「ゼロ! 話が違うぞ! あの人が危ないじゃんか!」
『おかしいな……。メビウス、何をぐずぐずしてんだ……?』
 戸惑うゼロだったが、先ほどの赤い靴の少女のことを思い返し、ハッと気がついた。
『違うッ! あの人を助けるのは、才人、俺たちだッ!』
「えッ!?」

801ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:20:09 ID:i7FNJALY
『早く変身だッ!』
 ゼロに促されて、才人は慌ててウルトラゼロアイを装着!
「デュワッ!」
 才人の肉体が光とともにぐんぐん巨大化し、たちまちウルトラマンゼロとなってキングゲスラの
前に立った!
『よぉし、行くぜッ!』
 ゼロは早速ゲスラに飛び掛かり、脳天に鋭いチョップをお見舞いした。
「ウアァァァッ!」
「デヤッ!」
 ゲスラが衝撃でその場に伏せると、首を掴んでひねり投げる。才人は困惑しながら戦う
ゼロに問いかけた。
『ゼロ、どういうことだ? メビウスが出てくるんじゃ……』
『詳しい話は後だ! 先にこいつをやっつけるぜ!』
 才人に答えたゼロは起き上がったゲスラの突進をかわし、回し蹴りで迎撃する。
「ハァァッ!」
 俊敏な宇宙空手の技でゲスラを追い込んでいくゼロ。しかしゲスラの首筋に手を掛けたところで、
ゲスラに生えている細かいトゲが皮膚を突き破った。
『うわッ! しまった、毒針か……!』
 ゲスラには毒針があることを失念していた。しかもキングゲスラの毒は通常のゲスラの
ものよりも強力だ。ゼロはたちまち腕が痺れて思うように動けなくなる。
「ウアァァァッ!」
 その隙を突いて反撃してきたゲスラにゼロは突き飛ばされて、倒れたところをゲスラが
覆い被さってきた。
「ウアァァァッ!」
『ぐッ……!』
 ゼロを押さえつけながら張り手を何度も振り下ろしてくるゲスラ。ゼロはじわりじわりと
苦しめられる。この状態ではストロングコロナへの変身も出来ない。
『何か奴の弱点はねぇか……!?』
『えぇっと、ゲスラの弱点は……!』
 才人がそれを告げるより早く、地上から声が聞こえた。
「その怪獣の弱点は、背びれだッ!」
『あの人は……!』
 先ほどキングゲスラに襲われていた青年だ。ゼロは彼にうなずいて、弱点を教えてくれた
ことへの反応を表す。
「デェアッ!」
 力と精神を集中し、ゲスラの腹に足を当てて思い切り蹴り飛ばす。
「ウアァァァッ!」
「セイヤァッ!」
 立ち上がると素早く相手の背後に回り込んで、生えている背びれを力の限り引っこ抜いた!
「キャアア――――――!!」
 たちまちゲスラは悲鳴を上げて、見るからに動きが鈍った。青年の教えてくれた情報が
正しかったのだ。
『よし、今だッ!』
 ゼロはゲスラをむんずと掴んでウルトラ投げを決めると、額からエメリウムスラッシュを発射。
「シェアッ!」
「ウアァァァッ!!」
 緑色のレーザーがキングゲスラを貫き、瞬時に爆発させた。ゼロの勝利だ!
 キングゲスラを倒して変身を解くと、才人は改めてゼロに尋ねかけた。
「ゼロ、つまり俺たちがウルトラマンメビウスの代わりをした……いや、するってこと?」
『そのようだな。この本は、書き進められてた部分が一番少なかった。だから、本来の異邦人たる
メビウスの役割に俺たちがすっぽり収まったのかもしれねぇ』

802ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:22:01 ID:i7FNJALY
「なるほど……さっきの人は?」
 才人が青年の元へ向かうと、彼は傷一つないままでその場にたたずんでいた。青年の無事を
知って才人は安堵し、彼に呼びかけた。
「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」
「君は……?」
 不思議そうに見つめてくる青年に、才人は自己紹介する。
「平賀才人……ウルトラマンゼロです!」
 と言ったところで風景が揺らぎ、彼らの周囲に大勢の人間が現れた。同時に、壊されたはずの
赤レンガ倉庫も元の状態に変化する。
「これは……?」
『今までは、一時的に違う世界にいたみたいだな。位相のズレた世界とでも言うべきか……』
 突っ立っている才人に、近くの子供たちがわらわらと集まってくる。
「ねぇお兄さん、今どっから出てきたの?」
「どっからともなくいきなり出てこなかった!? すげー!」
「手品師か何か!?」
 どうやら、周りから見たら自分が唐突に出現したように見えるらしい。子供に囲まれ、
才人はどうしたらいいか困る。
「あッ、いや、それはね……!」
 そこに先ほどの青年が、連れている外国人たちを置いて才人の元に駆け寄ってきた。
「ごめんね! ちょっとごめんね!」
 そうして半ば強引に才人を、人のいないところまで連れていった。
 落ち着いた場所で、ベンチに腰掛けた二人は話を始める。
「何だかすいません。仕事中みたいだったのに……」
 青年はツアーのガイドのようであった。その仕事を邪魔する形になったと才人は申し訳なく
思うが、青年は首を振った。
「いいんだ。それよりさっきのことを詳しく聞きたい。……とても不思議な出来事だった。
実際に怪獣がいて、ウルトラマンがいて……」
「ウルトラマンがいて?」
 青年の言葉に違和感を持った才人に、ゼロがひそひそと教える。
『この世界にウルトラ戦士はいねぇが、ウルトラマンが架空の存在としては存在してるんだ。
テレビのヒーローって形でな』
『テレビのヒーロー! そういう世界もあるのか!』
 驚いた才人は、ここでふと青年に問いかける。
「そういえば、まだ名前を伺ってなかったですね」
「ああごめん。申し遅れたね」
 青年は才人に向かって、自分の名前を教えた。
「僕はマドカ・ダイゴと言うんだ。よろしく」
 マドカ・ダイゴ……。かつて『ウルトラマン』に夢中になっていた三人の少年の一人であり、
彼こそがこの物語の世界の主人公なのであった。

『……』
 そしてダイゴと会話する才人の様子を、はるか遠くから、真っ黒いローブで姿を隠したような
怪しい存在……この物語の悪役たる「黒い影法師」が観察していた……。

803ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:23:03 ID:i7FNJALY
今回はここまでです。
大決戦!超ウルトラ8兄弟(誤りなし)

804ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:41:14 ID:9ZOoAC8I
ウルゼロの人、乙です。では私もまいります

805ウルトラ5番目の使い魔 59話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:43:20 ID:9ZOoAC8I
 第59話
 予期せぬ刺客
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「さて皆さん、ここで質問です。あるスポーツで、とても強いチームと戦わねばならないとします。まともに試合をしてはとても敵いません。さて、あなたならどうしますか?」
 
「ふむふむ、『あきらめない』『必死に練習をする』。ノンノン、そんなことじゃとても敵わない相手です。たとえばあなた、ウルトラ兄弟を全員いっぺんに相手にして勝てますか? 無理でしょう」
 
「では、『反則をする』『審判を買収する』『相手チームに妨害をかける』。なるほどなるほど、よくある手段ですが、発想が貧困ですねぇ」
 
「いいですか? 本当の強者は、もっとエレガンツな方法で勝利を掴むものなのですよ。それをこれからお見せいたしましょう」
 
「んん? 私が誰かって? それはしばらくヒ・ミ・ツです。ウフフフ……」
 
 
 間幕が終わり、また新たな舞台の幕が上がる。
 
 
 ハルケギニア全土を震撼させたトリスタニア攻防戦、そして始祖ブリミルの降臨による戦争終結から早くも数日の時が流れた。
 その間、世界中で起きた混乱も少しずつ終息に向かい、民の間にも安らぎが戻ってきている。
 もちろん、裏では教皇が実は侵略者だったことに尾を引く動乱は、ブリミル教徒の中では枚挙の暇もなく続いていた。ただそれも、始祖ブリミル直々のお言葉という鶴の一声のおかげで、少なくとも善良な神父や神官については無事に済んでおり、今日も朝から街や村でのお祈りの声が途切れることはない。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかなる糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
 戦火の中心であったトリスタニアでも、今では料理のための煙が空にたなびき、復興のためのノコギリやトンカチの音が軽快に響いている。

806ウルトラ5番目の使い魔 59話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:45:33 ID:9ZOoAC8I
 やっと戻ってきた平和。そして、長い間陽光をさえぎって世界を闇に包んでいたドビシの暗雲が消えたことで、ようやく人々に安息の笑顔が蘇り、元通りの日常を取り戻すという希望が街中に満ち溢れていた。
 瓦礫は取り除かれ、道には資材を積んだ荷馬車が行き来する。昨年にベロクロンによって灰燼に帰したトリスタニアを復興した経験のある人々は、あれに比べたらマシだと汗を光らせて仕事に精を出す。
 戦火を逃れて避難していた町民たちも自分の家や店に戻ってきつつあり、中央広場では止められていた噴水が再び水を噴き始め、その周りでは子供たちが遊んでいる。
 そうなると、商売っ気を出してくるのが人の常だ。すでに一部の店舗は営業を再開しつつあり、魅惑の妖精亭でも本業への復帰の盛り上がりを見せていた。
「さあ妖精さんたち、戦争も終わってこれからはお金がものを言う時代よ。みんなで必死で守ったこのお店で、修理代なんか吹っ飛ばすくらい稼いじゃいましょう! いいことーっ!」
「がんばりましょう! ミ・マドモアゼル!」
「トレビアーン! みんな元気でミ・マドモアゼルったら涙が出ちゃう。そんなみんなに嬉しいお知らせよ。みんな無事でこうして集ってくれたお礼に、なんと一日交代で全員に我が魅惑の妖精亭の家宝である魅惑の妖精のビスチェを着用させてあげるわ」
「最高です! ミ・マドモアゼル!」
「うーん、みんな張り切ってるわねえ。さあ、お客さんが待っているわよ。まずは元気よく、魅惑の妖精のお約束! ア〜〜〜ンッ!」
 スカロンのなまめかしくもおぞましいポージングに合わせて、ジェシカをはじめとする少女たちが半壊した店で明るく声をあげていった。
 あの戦いの終わった後で、魅惑の妖精亭でもいろいろなことがあった。新たな出会い、再会、それらの舞台となった大切なこの店は、これからもずっと繁盛させていかないといけない。
 
 賑わう店、だがこれはここだけのことではない。
 戦争が終わったことで、タルブ村やラ・ロシェールのような辺境。アルビオンのような他国でも、同じように活気は戻ってきつつある。
 人は不幸があっても、それを乗り越えて前へ進む。それが人の強みだ。
 
 けれど、平和が完全に戻るためにはまだ大きな障害が残っている。
 トリステイン魔法学院の校長室から、オスマン学院長が無人の学院を見下ろして寂しそうにつぶやいた。
「魔法学院の休校は無期限継続か。いったいいつになったら学び舎に子供たちが帰ってこれるのかのう……」
 戦争は終わったけれども、トリステインの戦時体制は解除されていない。あれだけ大規模であった戦争は、その後始末にも膨大な手間を要し、教員や生徒であっても貴族には仕事は山のようにあり、トリステインが猫の手も借りたい状況は終わっていなかったのである。

807ウルトラ5番目の使い魔 59話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:46:58 ID:9ZOoAC8I
 学院が休校になった後、校舎には警備と保全のための最低限の人間のみで、教員で残っているのは高齢を理由に参戦を控えたオスマンのみ。しかしそれでも、いつでも学院を再開できるように待ち続けており、貴族はいなくても厨房ではマルトーやリュリュたちが火を消さずにいる。
 
 
 平和は一度失うと、取り戻すための代償は大きい。しかし、現世は戦わなければ大切なものを得ることのできない修羅界でもある。
 だが、勝利の余韻が過ぎ去った後に、戦士たちに戻ってくるのが闘志とは限らない。忘れてはならないが、才人は元々はただの高校生、ルイズたちにしても、貴族として国のために命を捧げる覚悟は詰んできたものの、まだ十代の少年少女に過ぎない。
 そんな彼らに、戦争には必ず潜んでいるが、これまで大きく現れることのなかった魔物が、音もなく侵食しはじめてきていたのだ。
 
 
 確かにロマリアが主体となった戦争は終わり、聖戦は回避された。けれども、凶王ジョゼフのガリアがまだ残っている。鉄火なくしてこれを倒せると思っている人間はひとりもいなかった。
 また、次の戦争が始まる……対すべき敵はガリア王ジョゼフ。教皇と手を組み、世界を我が物にせんと企んでいたと目される無能王と、ガリア王家の正等後継者として帰って来たシャルロット王女との全面対決はもはや必至と誰もが思っていた。
 そして戦争の中心にいた才人やルイズたちも、ブリミルとの別れから、再会や出会いを経て、新たな戦いへ向けての準備を始めている。しかし彼らは、これが正しいことと理解しながらも一抹の寂しさを覚えていた。
「なんかタバサのやつ、ずいぶん遠くに行っちまった気がするな」
 才人は、ガリアの女王としてガリア兵士の前でふるまうタバサを見るたびにそう思うのだった。正確にはまだ正式に即位していないので女王というのは自称に過ぎないのだが、トリステインに投降したガリア兵をはじめ、ほとんどの人間がいまやシャルロット女王こそガリアの正統なる統治者だと認識していた。
 これはシャルロット王女が始祖ブリミルの直接の祝福を受けたことが最大の理由ではあるが、単純に、タバサの父であったオルレアン公の人気の高さと、ジョゼフの人望のなさが反映されたというのも大きい。
 オルレアン公が暗殺されたのは四年前。ルイズたちもまだまだ子供の頃で、しかも外国のことであるので当時は詳しくなかったのだが、まさか自分たちのクラスメイトがその渦中の人になるとは想像もできなかった。
「すんなりアンリエッタ女王に決まったトリステインは幸運だったのかもしれないわね。たったひとつの王の椅子を巡って家族で争う、ね……タバサ……でも、それがあの子の選んだ道なのよ。むしろ、これまで友人でいられたことのほうがおかしかったのよ」

808ウルトラ5番目の使い魔 59話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:49:37 ID:9ZOoAC8I
 ルイズも、もしもカトレアやエレオノールと争うことになっていたらと思うとぞっとした。自分は貴族の責務を背負っていることを自覚してきたが、王族の責務からしたら軽いものだ。
 今ではタバサにまともに話しかける機会さえなかなかない。しかしそんなわずかな機会に話した中でも、タバサはガリアのために女王となることに迷いを見せてはいなかった。
「本来はわたし一人であの男と決着をつけるつもりだった。でも、もうこれ以上わたしの私情で対決を引き伸ばして世界中に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしはガリアの女王になる、これはもう決めたことだから」
 タバサにはっきりとそう告げられ、ルイズたちはそれ以上なにも言うことはできなかった。
「タバサもきっと、わたしたちと同じように異世界でいろんな経験をしてきたのよ。寂しいけど、きっとそれがガリアにとってもタバサ自身にとってもきっと一番いいことなんだわ」
「そうだよな、おれたちはタバサの意思を尊重しなくちゃいけない……ってのはわかってんだけど、もう学院に戻れてもタバサはいないんだぜ。やっぱり寂しいぜ」
「サイト、もうわたしたちの感情でどうこうできるレベルの話じゃないのよ。それに、寂しいっていうならキュルケが我慢してるのに、わたしたちが愚痴を言うわけにはいかないわよ」
 ふたりとも、タバサにはこれまで多くの借りがあった。それを返したい気持ちも多々あるが、ルイズの言うとおり、一国の運命がかかっているというのに自分たちの私情でタバサに迷惑をかけることはできなかった。
 ガリア王国がタバサの手に渡るか、それともジョゼフの手にあり続けるか。それによってガリアだけでも何十万人もの生死に関わってくることと言われれば、才人も返す言葉がなかった。こればかりはウルトラマンたちがいようとどうすることもできない。
 コルベールやギーシュたちも、タバサが実はガリアの王女だったと知って驚いたものの、今ではできるだけ彼女を支えるべく行動している。彼らはルイズと同じく、貴族や王族の責務というものを心得ていて、才人はギーシュたちのそんな切り替えの速さを見ながら、やはり自分はこの世界の人間とは異質な存在なんだなと心の片隅で思っていた。
「なあルイズ、確か学院の予定だったら、もうすぐ全校校外実習……要するに遠足だろ? せめてそれくらい」
「サイト! 今はそんなこと言ってる場合じゃないって何度言えばわかるのよ。今タバサがガリアを統治できたらハルケギニアはようやく安定できるわ。それが、一番多くの人のためになることで、それはタバサにしかできないことだって、これ以上言わせると承知しないわよ!」
「ご、ごめん。でも、どうしても釈然としなくてさ。やっと教皇を倒してホッとできると思ったらまた戦争だぜ。これで本当に平和が来るのかと思ってさ」
 才人の暗い表情に、ルイズも気分が悪いのは同調していた。
 もしもガリアをタバサが統治できれば、アルビオン・トリステイン・ガリアで強固な連帯が組まれてハルケギニアは安定する。そして三国が協調すればゲルマニアも追従せざるを得なくなる。ロマリアは勢力が大幅に減退してしまっており問題にならず、実質的にハルケギニアに平和が訪れるということになるのだ。
 もちろん、完全な平和とはいかないが、平和とは地球でも均衡の上に成り立つものだ。そもそも世界中の人間が心から仲良く、などとなれば『国』というものがいらなくなる。残念ながら、それが実現するのは遠い遠い未来のお話であろう。
 うかない気分をぬぐいきれずに、次の戦いの準備を進める才人たち。その様子を、ウルトラマンたちも複雑な心境で見守っていた。

809ウルトラ5番目の使い魔 59話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:56:30 ID:9ZOoAC8I
「長引きすぎる戦いに、皆が疲れ始めているようだ。しかし、我々にはどうすることもできない」
 再び旅立ったモロボシ・ダンが言い残した言葉である。彼をはじめ、どの世界のウルトラマンもこの戦争には関与できない。もしもジョゼフが怪獣を投入してきた場合は別だが、それ以外では静観するしかないのだ。
 この戦争は、あくまでハルケギニアの人間同士の勢力争いである。宇宙警備隊の範疇ではなく、我夢やアスカらにしても直接関わるのははばかられた。彼らは戦争中にヤプールや他の侵略者が介入してこないかを見張ってくれている。
 だが、彼らは外部からの侵略者よりも、この世界での友人たちの内面が受ける心配をしていた。特にウルトラマンアグルこと、藤宮博也はこの世界の状況を見て我夢にこう言っている。
「人間は、自分が”狙われている”という状況にいつまでも耐えられるほど強くはない。この世界の人間たちも、俺たちの世界の人間たちと同じ過ちを犯しかねない状況になっている」
 我夢や藤宮のいた世界では、いつ終わるともわからない破滅招来体との戦いの中で人間たちは焦り、地底貫通弾による地底怪獣の早期抹殺や、ワープミサイルでの怪獣惑星の爆破などといった強攻策を浅慮に選んで手痛い目に何度も会っている。M78世界でも、防衛軍内を騒然とさせた超兵器R1号計画の推移も、度重なる宇宙からの侵略に地球人たちが「いいかげんにしろ」としびれを切らせた気持ちがあったことをダンは理解している。戦いに疲れ果て、もう戦うのは嫌だという気持ちが人に正気を失わせてしまうのだ。
 今のハルケギニアは、長引く戦いで疲れが溜まりきってしまっている。このまま開戦すれば、決着を焦った人々によって何が起こるかわからない。ウルトラマンたちはそれを懸念していた。
 けれど、戦いを避けるという選択肢が実質ないことも皆が理解していた。当初、アンリエッタらは圧倒的戦力差を背景にしてジョゼフに生命の保証を条件に降伏を迫ろうと提案したが、タバサがジョゼフの異常性を主張して断念させた。
「忘れないでほしい。あの男は、王になるために自分の弟を殺した男だということを。そして、王でなくなったあの男を受け入れるところなんて世界中のどこにもない、ガリアの民がそれを許さないということを」
 一切の反論を封じる、タバサの氷のような視線が残酷な現実を突きつけていた。
 ジョゼフの積み上げてきた業は、もう生きて清算できるようなものではない憎悪をガリアの民から買っている。ガリアの民は、ジョゼフの支配が完全な形で終わることを望んでいた。
 
 トリステインでは、前の戦争で攻め込んできたガリア軍がそのままシャルロット女王の軍となり、ガリア解放のために動く準備を日々整えている。
 開戦の日は近い。才人たちは、あくまでもタバサに個人的に協力するという立場で、ひとつの街ほどの規模のあるガリア軍の宿営地で手伝いを続けていた。
 
 
 だが、戦いの火蓋は感情や理屈を無視して、文字通り災厄のように切って落とされた。

810ウルトラ5番目の使い魔 59話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:58:00 ID:9ZOoAC8I
「おわぁぁぁっ! なんだ、敵襲かぁ?」
 ガリア軍の宿営地に火の手があがった。同時に爆発音が鳴り、砂塵が舞い上がって悲鳴がこだまする。
 兵士たちの仮の寝床であるテントが次々と吹き飛ばされ、武器を持つ間もなく飛び出したガリア兵たちが右往左往と走り回る。
 それを引き起こしている元凶。それは、この一分ほど前、宿営地を襲った激震を前兆として現れた。
「地震か! おい、みんな外へ出ろ!」
 そのとき、テントの中では才人やルイズがギーシュたち水精霊騎士隊と休息をとっていた。しかし、突然の地震に驚き、とにかく外へと飛び出たとき、彼らは地中から空へと躍り出る信じられないものを目の当たりにしたのだ。
「サイト! あの円盤は」
「あれは! なんであれがまた!?」
 地中から現れて、宿営地を見下ろすように空に浮かんでいる光り輝くUFOの姿にルイズと才人は愕然とした。
 白色に輝くあのUFOは、一年前の雨の夜、リッシュモンが操ってトリスタニアを襲撃したものとまったく同じだったのだ。
 だがあれは確かに破壊したはず。それがなぜまた現れる!? 同じ型のUFOがまだあったのか? だがUFOは困惑する才人たちを尻目に、破壊光線を乱射して宿営地を攻撃し始めた。あまりに突然の襲撃に、宿営地は完全に秩序を失った混乱に陥っている。
「くそっ、考えてる暇はねえか。ルイズ、あいててて!」
「遅いわよバカ犬。このままじゃガリア軍はすぐ全滅しちゃうわ、戦えるのはわたしたちしかいない。行くわよ」
 ルイズは才人の耳を引っ張りながら連れ出そうとした。完全にふいを打たれたガリア軍に邀撃する術はなく、トリステインから援軍が来るのを待っている余裕もない。
 いや、迎え撃つ余裕があったとしても、竜騎士の力程度ではあのUFOに対抗する術はない。なにより、今ここを襲撃してくるのはジョゼフの息のかかったものに違いない。ここには全軍を統率する立場としてタバサもいる。タバサがやられたらガリアは完全におしまいだ。
「あんなのが出てきたなら、こっちだって遠慮する必要はないわ。わたしのエクスプロージョンで叩き落してあげる、それでダメならわかってるんでしょバカ犬!」
「わかったわかった! わかったからもうやめろってご主人様」
 UFOが相手ならウルトラマンAも遠慮する必要はない。ともかく、ギーシュたちの目の届かない場所に移動するのが先決だ。幸い連中もあたふたしていて、今ふたりが姿を消したとしても気づかれない。
 だが、UFOはふたりが行動を起こすよりも早く、下部からリング状の光線を放射して地上にあの怪獣を出現させた。黒光りするヌメヌメとした体表に、黄色い目を持ち、体から無数の触手を生やしたグロテスクなあの怪獣は。

811ウルトラ5番目の使い魔 59話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:59:15 ID:9ZOoAC8I
「アブドラールス! くそっ、あいつも前に倒したはずなのに。どっからまた出てきやがった!」
 才人が毒づく前で、アブドラールスはさっそく目から破壊光線を放って宿営地を破壊し始めた。その圧倒的な猛威の前には、ガリア軍は文字通り成すすべもない。
 もう躊躇している場合ではない。ここにいるウルトラマンはエースだけ、才人とルイズは急いで変身をしようと踵を返しかけた、だがその瞬間。
「うわっ! なんだこの突風は!?」
 猛烈な風が吹いて、才人は飛ばされそうになったルイズを抱きとめてかがんだ。
 うっすらと目を開けて見れば、さっきまでいたテントが突風にあおられて飛んでいき、ギーシュたちも手近なものに掴まってこらえている。
 あのUFOかアブドラールスの仕業か? だがどちらも突風を起こすような攻撃は持っていなかったはず、なのにと才人が考えたとき、空を見上げたルイズが引きつった声で才人に言った。
「サ、サイト、空を見て!」
「な、なんだよ……そんな……そんなことってあるかよ!」
 才人は自分の目が信じられなかった。空を飛びまわる船ほどもある巨大な鳥、それは以前にアルビオンで戦って倒したはずのあの怪獣。
「円盤生物サタンモア! どうなってんだ、なんでまた倒したはずの奴が」
 奴は確かにアルビオンで葬ったはず。しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。サタンモアの背中に人影が現れ、才人とルイズにとって聞き覚えのある声で呼びかけてきたのだ。
「久しぶりだねルイズ、それに使い魔の少年!」
「その声、そんな……そんな、ありえない!」
「てめえ! なんでここにいやがる。てめえ、てめえは確かにあのときに」
 ルイズと才人にとっての忌むべき敵のひとり。トリステインの貴族の衣装をまとい、レイピア状の杖を向けてくるつば広の帽子をかぶった男。

812ウルトラ5番目の使い魔 59話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:00:56 ID:9ZOoAC8I
 だが、こいつはとうにこの世からいないはずだ。それが何故ここに? 才人とルイズの頭に怒りを上回る困惑が湧いてくる。
 混乱を増していく戦場。いったいなにが起こって、いや起ころうとしているのだろうか? これもジョゼフの策略なのだろうか?
 
 
 だが、混沌の元凶はジョゼフではなかった。それは、ジョゼフさえも観客として、自分が作り出したこの惨劇を遠くガリアのヴィルサルテイル宮殿から眺めている。
「さあ、楽しいショーが始まりましたよ。王様、とくとご覧ください。そうすれば私の言ったことが本当だとおわかりになるでしょう。そうしたら、私のお願い、かなえてくれますよね? ウフフフ」
「……」
 遠くトリステインの状況を映し出しているモニターを、ジョゼフが無言で見つめている。その表情にはいつもの自分を含めたすべてをあざ笑っているような余裕はなく、この男には似つかわしくはない緊張が張り付いていた。
 この部屋には、そんな様子を怒りをかみ殺しながら見守っているシェフィールドと、もうひとり人間ならざる者が宙にぷかぷか浮きながら楽しそうな笑い声を漏らしている。
 
 教皇に対してさえ平常を崩さなかったジョゼフに態度を変えさせる、こいつはいったい何者なのであろうか?
 それはむろん、ハルケギニアの者ではない。人間たちの思惑などは完全に無視して、戦争の気配が再度高まるハルケギニアに、誰一人として予想していなかった第三者が介入を計ろうとしていたのだ。
 
 それはこのほんの数時間前のこと。そいつは誰にも気づかれずに時空を超えてハルケギニアにやってくると、楽しそうに笑いながらガリアに向かった。
「ここが、ふふーん……なかなか良さそうな星じゃありませんか。ウフフフ」
 それは痛烈な皮肉であったかもしれない。今のガリアは王政府が混乱の巷にあり、貴族や役人たちが不毛な議論に時間を浪費し続けていた。もっともジョゼフはそんなことには何らの興味も持たず、タバサとの最後のゲームに向けて、機が熟するのを暇を持て余しながら気ままに待っていた。
 ジョゼフのいるのはグラン・トロワの最奥の王族の居住区。豪奢な寝室のテラスからは広大な庭園が一望でき、太陽の戻ってきた空の下で花や草が生き生きと美しく輝いている。それに対して、グラン・トロワの大会議室では大臣たちがシャルロット王女の立脚に対して、王政府はどう出ようかと紛糾しているのだが、ここには飽きもせず続いている罵詈雑言の嵐も届きはしない。
「まったく変なものだ。命が惜しければ、さっさと領地に逃げもどるなり、シャルロットに頭を下げるなりすればいいものを。いつまで宮殿に張り付いて、決まりもしない大義とやらを探し求めているのやら」

813ウルトラ5番目の使い魔 59話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:02:31 ID:9ZOoAC8I
「ジョゼフ様、彼らはせっかく手に入れた地位を奪われるのが怖いのですわよ。シャルロット姫が帰ってくれば、彼らは確実に失脚します。命は助けられたとしても、一生を閑職で過ごすことになるのは明白。他人を見下すことに慣れた人間は、自分が見下されるようになるのが我慢できないのですわ」
 傍らに控えるシェフィールドが疑問に答えると、ジョゼフは理解できないというふうに首を振った。
「人を見下すというものが、そんなにいいものなのか余にはわからぬな。余は王族だが、すべてにおいて弟に劣る兄として侍従にまで見下されて育ったものよ。増して、今は世界中の人間が余を無能王と呼んでいる。そんな無能王の家来が、いったい誰を見下せるのか? 大臣たちはそんなこともわからんと見える」
 心底あきれ果てた様子で笑うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げた。
「まったくそのとおりです。やがてシャルロット姫は軍勢を率いてここに攻めてくるでしょう。彼らにはそのとき、適当な捨て駒になってもらいましょう」
「はっはは、捨て駒にしても誰も惜しまなさ過ぎてつまらんな。今やガリアの名のある者は続々とシャルロットの下に集っている。対して余にはゴミばかり……フフ、これだけ絶望的な状況でゲームを組み立てるのもまた一興。シャルロット、早く来い! ここは退屈で退屈でかなわん。俺の首ならくれてやるから、代わりに俺はガリアの燃える姿を見せてやる。そのときのお前の顔を見て、俺の心は震えるのか? 今の俺にはそれだけが楽しみなのだ」
 空に向かって吼えるジョゼフ。その顔には追い詰められた暴君が死刑台に怯える気配は微塵も無く、最後に己の城に火を放って全てを道連れにしようとする城主をもしのぐ、すべてに愛着を捨てた虚無の残り火だけがくすぶり続けていた。
 
 すでにジョゼフの胸中には、これから起こるであろう戦争をいかに凄惨な惨劇にしようかという試案がいくつも浮かんでいる。数万、数十万、うまくいけば数百万の人命を地獄の業火に巻き込む腹案さえもある。
 だが、シェフィールドに酌をさせながら思案をめぐらせるジョゼフの下に、突如どこからともなく聞きなれない笑い声が響いてきた。
「おっほっほほ、これはまた聞きしに勝るきょーおーっぷりですねえ。人の上に立つ者とは思えないその投げ槍っぷり、わざわざ足を運んだかいがあったというものです」
 わざと音程に抑揚をつけて、聞く相手を不快にさせるためにしゃべっているような声に、真っ先に反応したのは当然シェフィールドだった。「何者!」と叫び、声のした方向に立ちふさがってジョゼフを守ろうとする。
 そして声の主は、自分の存在を誇示するように堂々とふたりの前に現れた。
「どぉーも、はじめまして王様。本日はお日柄もよく、たいへんご機嫌うるわしく存じます。ううぅーん? この世界のお辞儀って、これでよかったですかね」
 敬語まじりではあっても明らかに相手を小ばかにした物言い。ジョゼフたちの前に現れたそいつは、身の丈こそ人間と同じくらいではあるものの、ハルケギニアのいかなる種族とも似ていないいかつい姿をしていた。

814ウルトラ5番目の使い魔 59話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:04:17 ID:9ZOoAC8I
 ”宇宙人か?” すでにムザン星人やレイビーク星人などの宇宙人をいくらか見知っていたシェフィールドはそう推測したが、そいつはシェフィールドの知っているいずれの星人とも似ていなかった。また、シェフィールドは自身の情報力で、ハルケギニアに現れたほかの宇宙人の情報も可能な限り調べ、その容姿も頭に入れていたが、やはりそのどれとも該当しない。仮にここに才人がいたとしても「知らない」と言うだろう。
 シェフィールドは長い黒髪の下の瞳を鋭く切り上げて、ほんの数メイル先で無遠慮に立っている宇宙人の悪魔にも似た姿を睨みつける。いざとなれば、その額にミョズニトニルンのルーンを輝かせ、隠し持った魔道具で八つ裂きにするつもりだ。
 だがジョゼフはシェフィールドを悠然と制し、目の前の宇宙人にのんびりと話しかけた。
「まあ待てミューズよ。余に害を成すつもりならば、頭にカビの生えた騎士でもなければさっさとふいをつけばいいだけであろう。はっはっはっ、ロマリアの奴といい、悪党はノックをせずに入ってくるのが世界的なマナーらしいな」
「あら? 私としたことが誰かの二番煎じでしたか。これは恥ずかしい、次からは花束でも持参で来ることにいたしましょう。あっと、申し送れました。私、こういう者で、この方の紹介で参りました」
 わざとらしい仕草でジョゼフのジョークに答えると、宇宙人は二枚の名刺を取り出してシェフィールドに手渡した。
 ご丁寧にガリア語で書いてある名刺の一枚はその宇宙人の名前が、もう一枚にはジョゼフとシェフィールドのよく知っているあいつの名前が書かれていた。
「チャリジャ……」
「ほう? あいつの名前も久しぶりに聞いたな。なるほど、あいつの知り合いか」
 シェフィールドは面倒そうに、ジョゼフは口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。
 宇宙魔人チャリジャ、別名怪獣バイヤー。過去に、ふとしたことからハルケギニアを訪れ、この世界で怪獣を収集するかたわらジョゼフにも色々と怪獣や異世界の珍しいものを提供してくれた。商人らしく、やるべきことが済むとハルケギニアから去っていってしまったが、小太りで白塗りの顔におどけた態度は忘れようも無く覚えている。
 まさかチャリジャの名前をまた聞くことになるとは思わなかった。異世界のことは自分たちには知る方法もないが、どうやら元気に商売にせいを出しているらしい。それでと、ジョゼフが視線を向けるとそいつは楽しそうにチャリジャとの関係を話し出した。
「ええ、私もいろいろなところを歩き回ることの多いもので、彼とはある時に偶然出会って意気投合しましてねえ。それで、とある怪獣のお話になったところで、彼からあなたとこの世界のことを聞きまして。私の目的にベリーフィット! ということなのではるばるやってきた次第です」
「それはまたご苦労なことだな。で? お前は余に何の用があるというのだ? 余は退屈してたところだ、少し前まで多少は楽しいゲームを提供してくれていた奴がいたのだが、勝手に負けていなくなってしまってな。この世界が欲しいというなら手を貸してやらんでもないぞ? うん?」
 やや嫌味っぽく言うジョゼフは、その態度で相手を計ろうとしていた。これまで自分に興味を持って利用しようと接触してきた奴はいろいろいたが、いずれも途中で脱落していった。ましてやこれから始めるゲームは、シャルロットとの最後の対戦になることは確実なのだ、三下を入れてつまらなくはしたくない。

815ウルトラ5番目の使い魔 59話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:12 ID:9ZOoAC8I
 しかし、宇宙人はジョゼフの嫌味に気分を害した風もなく、むしろ肩を揺らして笑いながら言った。
「いえいえ、侵略などとんでもない。ウルトラマンがこれだけ守ってるところに侵略をかけるなんて、やるならもっと強いお方と組みますとも。実は私、同胞がちょっと面白そうなことを計画していましてね。その手伝いをできないかと考えていたのですが、あなたを利用するのが一番手っ取り早いと……おっと、私ったら余計なことまで言っちゃいました。気にしないでください」
 その言い返しにシェフィールドは唇を歪めた。間接的にジョゼフを馬鹿にされただけでなく、おどけた口調の中でもこちらを見下す態度を隠そうともしていない。話しているときの不快度ではチャリジャやロマリアの連中以上かもしれない。
 だがジョゼフは相変わらず気にもせずに薄ら笑いを続けている。元より傷つけられて困るプライドがないせいもあり、何事も他人事を言っているようにも聞こえる不快な態度をとるのは彼も似たようなものである。
「ははは、よいよい、悪党は悪党らしくせねばな。それで、余にどうしろというのだ? 悪事の片棒を担ぐのはやぶさかではないが、余もそこまで暇ではない。利用されるかいがあるような、それなりに立派な目的なのかな、それは?」
 つまらない理由なら盛大に笑ってやるつもりでジョゼフはいた。宇宙人を相手にしてはミョズニトニルンや自分の虚無の魔法でもかなわない公算が高いが、かといって惜しい命も持ち合わせてはいない。
 宇宙人は、その手を顔に当てて大仰に笑った仕草をとった。どうやらジョゼフの物怖じしない態度が気に入ったらしい。そいつは、ジョゼフに自分の目的を語って聞かせると、さらに得意げに言った。
「……と、いうわけでご協力をいただきたいのですよ。どうです? 王様に損はないでしょう。それに、王様と王女様のゲームとしても存分に楽しめると思いますよ。なにより、私も見てて面白そうですしねえ」
「なるほど、確かに一石二鳥で、しかも余から見てさえ悪趣味なことこの上無いゲームだな……だが、貴様はひとつ忘れているぞ。そのゲーム、余はともかくとしてシャルロットが乗ってこなければ話になるまい。あの娘がこんな舞台に乗ってくるとは思えんがな」
「だぁいじょうぶですとも! チャリジャさんからそのあたりの事情はよーく聞き及んでおります。ですから、あなた方に是非とも参加いただけるほどの、素敵な景品をプレゼントさせていただきますよ。ゲームが終わった暁には、王様へのお礼もかねて、
なな、なんと特別に!」
 宇宙人は高らかに、ジョゼフに向かって『豪華プレゼント』の中身を暴露した。
 その内容に、シェフィールドは戦慄し、そしてジョゼフも。
「な、んだと……?」
 なんと、ジョゼフの表情に狼狽が浮かんでいた。あの、自分を含めた世界のすべてに対して唾を吐きかけて踏みにじってなお、眉ひとつ動かさないほどにこの世に冷め切っているジョゼフがである。

816ウルトラ5番目の使い魔 59話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:59 ID:9ZOoAC8I
 あの日以来、何年ぶりかになる脂汗がジョゼフの額に浮かんでくる。だが宇宙人は、ジョゼフとシェフィールドが怒声を上げるより早く、勝ち誇るように宣言してみせた。
「おやおや、ご信用いただけない様子? では、お近づきの挨拶もかねて軽いデモンストレーションをいたしましょう。それできっと、私の言うことが本当だと信じていただけるでしょう。フフ、アーッハッハハ!」
 狂気さえにじませる宇宙人の笑い声がグラン・トロワに響き渡った。
 この日を境に、ジョゼフとタバサの最後の決闘となるはずだった歴史は、いたずらな第三者の介入によって狂い始める。その魔の手によって混沌と化していく未来が、魔女の顔をして幕から姿を現そうとしている。
 
 
 所は移り変わってトリステイン。時間を今に戻して、燃え盛る宿営地に二匹の怪獣が暴れ周り、人とも物ともつかぬものが舞い上げられていく。
 その頃、タバサは北花壇騎士として培った経験からすぐに衝撃から立ち直り、杖を持って飛び出していた。そしてすぐにトリステインに連絡をとり、援軍を要請するよう指示を出すとともに混乱する軍をまとめるために声をあげる。そこには戦士としてのタバサではなく、指導者としてのタバサがいた。
 タバサは、この襲撃がジョゼフによるものであることを確信していた。戦争が始まる前に、反抗勢力ごと自分を抹殺するつもりなのか? だけど、わたしはあなたの首をとるまでは死ぬつもりはない。
 だがタバサといえども、これがそんな常識的な判断によるものではなく、よりひねくれた、より壮大且つ宇宙全体に対して巨大な影響を与えるほどの計画の前哨であることを知る由もなかった。
 そして、これがタバサとジョゼフの最後の対決を、まったく誰も予測していなかった方向へ導くことも、ハルケギニア全体に壮大な悲喜劇を撒き散らすことも誰も知らない。
 
 それでも、運命の歯車は無慈悲に回り続けている。
 空を飛ぶサタンモアの背に立つ男から、ウィンドブレイクの魔法が地上の才人めがけて撃ちかけられてきた!

817ウルトラ5番目の使い魔 59話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:07:11 ID:9ZOoAC8I
「相棒、俺を使え!」
「わかったぜ!」
 才人は背中に手を伸ばし、再生デルフリンガーを抜き放った。
「でやぁぁぁっ!」
 魔法の風が刀身に吸い込まれ、才人とルイズには傷一つつけられずに消滅した。しかし、男はむしろ楽しそうにあざ笑う。
「どうやら腕は落ちていないようだね使い魔の少年、そうこなくては面白くない。以前の借りをルイズともどもまとめて返させてもらおうか」
「てめえこそ、どうやら幽霊じゃねえみたいだな。いったいどうやって戻ってきやがった、ワルド!」
 
 倒したはずの怪獣、死んだはずの人間。それが現れてくる理解不能な現実。
 常識は非常識に塗り替えられ、前の編の総括すらすまないまま、新たな幕開けは嵐のようにやってきた。
 役者はまだ舞台に上がりきってすらいない。しかし、客席から乱入してきた飛び入りによってカーテンコールは強要され、悲劇の幕開けは笑劇へと変えられた。
 それでも運命という支配人は残酷な歯車を回し続ける。舞台セットや奈落が勝手に動き回る狂乱の舞台が、ここに始まった。
 
 
 続く

818ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:11:59 ID:9ZOoAC8I
今回はここまでです。新章初、お楽しみいただけたでしょうか。
最初ですので勢いとインパクト重視でいきました。そのせいでハルケギニアに来たアスカや我夢たちがどうしたのかということを楽しみにしていただいていた方にはすみませんが、それらも順を追って書いていきますのでお待ちください。

819ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:39:36 ID:hRNpquWg
5番目の人、乙です。続く形で投下します。
開始は3:42からで。

820ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:43:02 ID:hRNpquWg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十四話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その2)」
双頭怪獣キングパンドン
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン 登場

 ルイズの魔力を奪った『古き本』も遂に最後の一冊となった。最後の本は、かつてウルトラマン
メビウスが赤い靴の少女に導かれて迷い込んだパラレルワールドの地球。そこにはウルトラ戦士は
いないのだが、そんな世界を侵略者が狙っている。才人とゼロは位相のずれた空間で、キングゲスラに
襲われる青年を発見するが、何故かメビウスが現れない。その時ゼロは気がついた。この物語では、
自分たちがメビウスの役割を果たすのだと! キングゲスラを撃退したゼロたちは、青年――
マドカ・ダイゴと邂逅を果たす。

 ダイゴに赤い靴の少女から聞かされた、「七人の勇者」のことを話した才人は、それらしい
人たちに心当たりがあるというダイゴに導かれて、ある四人のところへ行った。
「おお、ダイゴ君。そちらは?」
 その四人とは、自転車屋のハヤタ、ハワイアンレストラン店主のモロボシ・ダン、自動車
整備工場の郷秀樹、パン屋の北斗星司。……ゼロがよく知っている、ウルトラマン、セブン、
ジャック、エースの地球人としての姿そのままであった。ダイゴは彼らがウルトラ戦士に
変身するのを幻視したのだという。
 だがこの世界での彼らは、ウルトラ戦士ではない普通の地球人であった。ウルトラ戦士に
変身する力を秘めているのはまず間違いないであろうが、それはどうやったら目覚めさせる
ことが出来るのだろうか……。
『ゼロ、ウルトラマンメビウスから方法とか聞いてないのか?』
『いや……詳しいこと聞いた訳じゃねぇからなぁ……』
 才人が困っているのを見て取って、ダイゴが励ますように告げた。
「まだ、あきらめることないよ。だって……あの四人は、この世界でもヒーローだから。
いくつになっても夢を忘れないって言うか、カッコよくて、小さい頃と同じように
憧れられる、特別な人たち……。だから、きっと思い出すと思うんだ! 自分たちが、
別の世界ではウルトラマンだったってこと!」
「そうですね……俺も信じます!」
 ダイゴの呼びかけに才人が固くうなずくと、ダイゴはふとつぶやいた。
「でも、残る三人の勇者は誰なんだろう。この街のどこかにいるのかな」
 すると才人が告げる。
「その内の一人は、ダイゴさんだと俺は思います!」
「えぇッ!? 俺!?」
 仰天して目を丸くしたダイゴは、ぶんぶん首を振って否定した。
「そ、それはないよ! 僕なんかは、ハヤタさんたちとは全然違うから……夢も途中で
あきらめてしまったし……僕にウルトラマンになる資格なんてないよ」
 自嘲するダイゴに、才人は熱心に述べる。
「いいえ。ダイゴさんには強い勇気があるじゃないですか。俺たちが危ない時に、危険に
飛び込んで助言をくれました」
「あ、あの程度のこと、別に普通さ……」
「いえ、勇気があってこそです」
 ダイゴに己のことを語る才人。
「俺も初めは、特に取り柄のない普通の人間でした。だけど勇気を持ったから、今でも
ウルトラマンゼロなんです。勇気を持つ人は……誰でもウルトラマンになれます!」
「才人君……」

821ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:45:00 ID:hRNpquWg
 熱を込めて呼び掛けていた才人だったが、その時にゼロが警戒の声を発する。
『才人ッ! やばいのが近づいてきたぜ!』
「ッ!」
 バッと振り返った才人の視線の先では、海から怪しい竜巻が沿岸の工場地区にまっすぐ
上陸してきた。その竜巻が消え去ると、真っ赤な双頭の怪獣が中から姿を現す!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
「怪獣!?」
 才人は工場区で暴れ始める怪獣に酷似したものを二度見覚えがあった。
「あいつは、パンドン!」
 パンドンが強化改造されて生み出された、キングパンドンだ! ダイゴは現実に現れた
怪獣の姿に驚愕する。
「でも、どうして!? 僕の住む世界に、本物の怪獣はいないはずなのに……!」
「誰かが呼び寄せたんです! それが、少女の言った勇者が必要な理由……!」
 キングパンドンは火炎弾を吐いて街への攻撃を始める。こうしてはいられない。
「ダイゴさん!」
「……行くんだね……戦いに……!」
 うなずいた才人は前に飛び出し、ゼロアイを取り出す。
「デュワッ!」
 才人はすぐさまウルトラマンゼロに変身を遂げ、パンドンの前に立ちはだかった! パンドンは
即座に敵意をゼロに向ける。
『さぁ……これ以上の暴挙は二万年早いぜ!』
 下唇をぬぐったゼロに、パンドンは火炎弾を連射して先制攻撃を仕掛ける。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『だぁッ!』
 だがゼロは相手の出方を読み、素手で火炎弾を全て空に弾いていく。
『行くぜッ!』
 頃合いを見て飛び出し、パンドンに飛び掛かろうとするも、その瞬間パンドンは双頭から
赤と青の二色の破壊光線を発射した!
 反射的に腕を交差してガードしたゼロだが、光線は防御の上からゼロを押してはね飛ばす。
『うおあッ! 何つぅ圧力だ……!』
 キングパンドンは極限まで戦闘に特化された個体。そのパワーは通常種のパンドン、
ネオパンドンをも上回るのだ。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 仰向けに倒れたゼロに対し、パンドンは破壊光線を吐き続けて執拗に追撃する。
『ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ゼロの姿が爆炎の中に呑み込まれる。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 高々と勝ち誇ったパンドンは、今度は街を手当たり次第に破壊しようとするが……その二つの
脳天に手の平が覆い被さった!
『なんてな!』
「!!?」
 ゼロが器用に、パンドンの首を支えにして逆立ちしたのだ!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『自分の攻撃で自分の視界をさえぎってちゃ世話ねぇな! はぁッ!』
 ゼロはグルリと回ってパンドンの後頭部に強烈なキックを炸裂した。蹴り飛ばされたパンドンだが
反転して再度火炎弾を連射する。
『そいつは見切ったぜ!』
 しかしゼロはゼロスラッガーを飛ばして全弾切り落とし、更にパンドンの胴体も斬りつける。
「キイイイイイイイイ!!」
『行くぜッ! フィニッシュだぁッ!』
 左腕を横に伸ばし、ワイドゼロショット! 必殺光線がキングパンドンに命中して、瞬時に
爆散させた!

822ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:47:45 ID:hRNpquWg
「やったッ!」
 短く歓声を発したダイゴに、ゼロはサムズアップを向ける。ダイゴもサムズアップで応えるが……。
『ッ!』
 ゼロの周囲にいきなり透明なカプセルが現れる! ――その寸前に、ゼロは側転でカプセルを
回避した。
『危ねぇッ!』
 ぎりぎりでカプセルに閉じ込められるのを逃れたゼロの前に、空から怪しい黒い煙が渦を
巻いて降ってくる。
『ほぉう……よく今のをかわしたものだな。完全な不意打ちのはずだったが……』
『へッ……似たようなことがあったからな』
 黒い煙が実体化して出現したのは、ヒッポリト星人に酷似した宇宙人……より頭身が上がり、
力もまた増したスーパーヒッポリト星人だ! 今のはヒッポリトカプセル……捕まっていたら
間違いなくアウトであった。
 十八番のカプセルを避けられたヒッポリト星人だが、その態度に余裕の色は消えない。
『だが、お前のエネルギーは既に消耗している。どの道貴様はこのヒッポリト星人に倒される
運命にあるのだ!』
 ヒッポリト星人の指摘通り、ゼロのカラータイマーはキングパンドン戦で既に赤く点滅していた。
さすがにダメージをもらいすぎたか。
『ほざきな。テメェをぶっ倒す分には、何ら問題はねぇぜ!』
 それでもひるまないゼロであったが、ヒッポリト星人は嘲笑を向ける。
『馬鹿め。怪獣があれで終わりだとでも思ったかッ!』
 ヒッポリト星人が片腕を上げると、地面が突如陥没、また空間の一部が歪み、この場に
新たな怪獣が二体も出現する!
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 キングゲスラやキングパンドンと同様に、強化改造を施されたキングシルバゴンとキング
ゴルドラスだ! 新たな怪獣の出現に舌打ちするゼロ。
『くッ、まだいやがったか。だが三対一だって俺は負けな……!』
 言いかけたところで、空から黒い煙が四か所、ゼロの四方を取り囲むように降り注いだ!
『何!?』
 黒い煙はヒッポリト星人の時のように、それぞれが怪獣の姿になる。
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 鳥のような怪獣、グランドキングに酷似したもの、魚と獣を足し合わせたような怪物、
またパンドンに酷似した個体の四種類。それらは皆額に赤く禍々しい色彩のクリスタルが
埋め込まれていた。
『な、何だこいつらは……!』
 この四種は、あるモンスター銀河から生まれた「魔王獣」という種類の怪獣たち。風ノ魔王獣
マガバッサー、土ノ魔王獣マガグランドキング、水ノ魔王獣マガジャッパ、火ノ魔王獣マガパンドン。
内の一体を、現実世界のあるレベル3バースにて封印することになるということを、今のゼロは
まだ知らない。
 それより今はこの現状だ。さすがのゼロも、カラータイマーが点滅している状態で七体もの
敵に囲まれるのは厳しいと言わざるを得ない!
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 しかし怪獣たちは情け容赦なく攻撃を開始する。まずはマガバッサーが大きく翼を羽ばたかせて
猛烈な突風を作り出し、ゼロに叩きつける。
『うおぉッ!』
「ガガァッ! ガガァッ!」
 身体のバランスが崩れたゼロに、マガパンドンが火炎弾を集中させる。
『ぐあぁぁぁッ!』
 灼熱の攻撃をゼロはまともに食らってしまった。更にキングシルバゴンも青い火炎弾を吐いて
ゼロを狙い撃ちにする。

823ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:49:39 ID:hRNpquWg
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
『がぁぁッ! くッ、このぉッ!』
 瞬く間に追いつめられるゼロだが、それでもただやられるだけではいられないとばかりに
エメリウムスラッシュを放った。
 しかしキングゴルドラスの張ったバリヤーにより、呆気なく防がれてしまう。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 ゴルドラスはカウンター気味に角から電撃光線を照射してきた。ゼロはそれを食らって、
更なるダメージを受ける。
『あぐあぁぁッ! くっそぉッ……!』
 それでもあきらめることのないゼロ。光線が駄目ならと、頭部のゼロスラッガーに手を掛けたが、
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
 そこにマガジャッパがラッパ状の鼻から猛烈な臭気ガスを噴き出す。
『うわあぁぁぁッ!? くっせぇッ!!』
 考えられないレベルの悪臭に、ゼロも我慢がならずに悶絶してしまった。その隙を突いて、
スーパーヒッポリト星人が胸部からの破壊光線をぶちかましてきた。
『うっぐわぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 逆転の糸口を掴めず、一方的にやられるままのゼロ。ヒッポリト星人は無情にもとどめを宣告する。
『そこだ! やれぇッ!』
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 マガグランドキングの腹部から超威力の破壊光線が発射され、ゼロの身体を貫く!
『が――!?』
 ゼロもとうとう巨体を維持することが叶わなくなり、肉体が光の粒子に分散して消滅してしまった。
「なッ!? さ、才人君ッ!」
 ダイゴは大慌てでゼロの消えた地点へと走り出す。一方でゼロを排除したヒッポリト星人は
高々と大笑いした。
『ウワッハッハッハッ! ウルトラマンはこのヒッポリト星人が倒した! これで邪魔者はいない! 
人間どもよ、絶望しろぉぉ――――!』
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 ヒッポリト星人の命令により、怪獣たちは思いのままに街を破壊し始める。巨体が街中を蹂躙し、
竜巻が街の中心を襲い、ビルが次々地中に沈んでいき、悪臭が広がり、火が街全体を焼いていく。
地獄絵図が展開され始めたのだ。
 そんな中でもダイゴは懸命に走り、ゼロの変身が解けた才人が倒れているのを発見した。
すぐに才人の上半身を抱えて起こすダイゴ。
「大丈夫か!? しっかりしてくれ!」
「うぅ……」
 才人はひどい重傷であった。ゼロの時にあまりにも重いダメージを受けてしまったのが、
彼の身体にも響いているのだ。
 息も絶え絶えの才人であったが、最後に残った力を振り絞って、己を介抱するダイゴの
手を握って告げる。
「あ、後のことはどうか……七人の勇者を見つけて……そして……」
 うっすら目を開いて、視界がかすれながらもダイゴの顔をまっすぐ見つめる。
「ダイゴさん……この世界を、救って下さい……!」
「そ、そんな! だから俺は勇者なんて……おい!?」
 困惑するダイゴだが、才人はそれを最後に意識の糸が切れた。
「しっかりするんだ! おーいッ!!」

824ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:51:54 ID:hRNpquWg
 ダイゴの必死の呼びかけが徐々に遠のいていき、才人の意識は闇に沈んでいった……。

「……はッ!?」
 次に目が覚めた時に視界に飛び込んできたのは、真っ白い天井だった。
 バッと身体を起こして周囲に目を走らせると、病院の病室であることが分かった。身体には
何本ものチューブがつながれている。あの状況で救急車がまともに機能しているとは思えない。
ダイゴがここまで担ぎ込んでくれたのだろう。
 しばし呆然としていた才人だったが、遠くから怪獣の雄叫びと破壊の轟音、人々の悲鳴が
耳に入ったことで我に返る。
「あれからどれくらい時間が経ったんだ!? こうしちゃいられない! 早く行かないと……うッ!」
 チューブを無理矢理引き抜いてベッドから離れようとする才人だが、その途端よろめいた。
いくらウルトラマンと融合して超回復力を得たとしても、さすがに無理がある。
『無茶だ才人! その身体じゃ!』
 ゼロが制止するのも、才人は聞かない。
「けど、俺が行かなきゃこの世界が……! ルイズも……!」
 ここまで来たのだ。最後の最後で失敗したなんてことは、才人には耐えられなかった。
傷ついた身体を押して、才人は病室から飛び出す。
 病院は至るところ、数え切れないほどの怪我人でごった返していた。それほどまでの被害が
出てしまったことの証明だ。才人は下唇を噛み締めた。
 怪我人たちをかき分けてどうにか病院の外に出て、遠景を見やると、夜の闇に覆われた
横浜の街の中でヒッポリト星人と怪獣たちがなおも大暴れを続けていた。あちこちから
火の手が上がり、まるで地獄が地の底から這い出てきたかのようだ。
「くッ……これ以上はやらせねぇぜ……!」
 人の姿のないところへと駆け込んで、再度ゼロアイで変身しようとするが……それを
ゼロに呼び止められた。
『待て才人! あれを見ろッ!』
 ゼロが叫んだその瞬間、街の間から突然光の柱が立ち上った!
「あの光は……!?」
 才人はその光がどういう種類のものかをよく知っていた。いつもその身で体感しているからだ。
 果たして、光の中から現れたのは……銀と赤と紫の体色をした巨人! 胸にはカラータイマーが
蒼く燦然と輝いている!
 ゼロがその戦士の名を口にした。
『ウルトラマンティガだッ!』
 才人はひと目で、あのティガが誰の変身したものかということを見抜いた。
 ダイゴが……勇者として、ウルトラマンティガとして目覚めたのだ!

825ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:52:54 ID:hRNpquWg
今回はここまでです。
改造パンドンを除けば、パンドン種コンプリート。

826名無しさん:2017/06/12(月) 01:39:19 ID:Hb7VX43o
ウルトラの人達乙です。
ウルトラ5番目の新キャラ、誰だ・・・?
ティガかダイナにこんな奴いたっけ?

827ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:51:22 ID:KySqBsyk
こんばんは、焼き鮭です。続きの投下を行います。
開始は23:53からで。

828ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:54:22 ID:KySqBsyk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十五話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その3)」
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン
究極合体怪獣ギガキマイラ
巨大暗黒卿巨大影法師 登場

 最後の本の世界への冒険に挑む才人とゼロ。最後の世界は、メビウスが不思議な赤い靴の少女に
導かれて入り込んだもう一つの地球の世界。ここで才人たちはメビウスの代わりに、侵略者に立ち向かう
七人の勇者を探すことに。しかしまだ一人も見つけられていない内に、怪獣キングパンドンが
襲撃してきた! それはゼロが倒したのだが、直後に怪獣を操るスーパーヒッポリト星人が出現し、
キングシルバゴンとキングゴルドラス、更には四体の魔王獣をけしかけてくる。さしものゼロも
この急襲には耐え切れず、とうとう倒れてしまった。どうにかダイゴに救われた才人だが、重傷にも
関わらず再度変身しようとする。だがその時、暴れる怪獣たちの前にウルトラマンティガが立ち上がった。
勇者として目覚めたダイゴが変身したのだ!

「ヂャッ!」
 我が物顔に横浜の街を蹂躙する邪悪なヒッポリト星人率いる怪獣軍団の前に敢然と立ち
はだかったのは、ダイゴの変身したウルトラマンティガ。その勇姿を目の当たりにした
人々は、それまでの疲弊と絶望の淵にあった表情が一変して、希望溢れるものに変わった。
「ウルトラマンだ……!」
「ウルトラマンが来てくれた……!」
「頑張れ! ウルトラマーン!!」
 街の至るところでウルトラマンティガを応援する声が巻き起こる。そして才人も、感動を
顔に浮かべてティガを見つめていた。
「ダイゴさん……変身できたのか……!」
『ああ……! この物語も、ハッピーエンドの糸口が見えてきたな!』
 ヒッポリト星人はティガに対してキングシルバゴン、キングゴルドラスをけしかける。
しかしティガは空高く飛び上がって二体の突進をかわすと、空に輝く月をバックにフライング
パンチをシルバゴンに決めた。
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
 ティガの全身の体重と飛行の勢いを乗せた拳にシルバゴンは大きく吹っ飛ばされた。ゴルドラスは
ティガに背後から襲いかかるが、すかさず振り返ったティガはヒラリと身を翻して回避しながら
ゴルドラスのうなじにカウンターチョップをお見舞いする。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 魔王獣たちも続いてティガに押し寄せていくが、ティガはその間を縫うように駆け抜けながら
互角以上の立ち回りを見せつけた。
「いいぞ! ティガーッ!」
 才人は興奮してティガの奮闘ぶりに歓声を上げた。……しかし、所詮は多勢に無勢。やはり
一対七は限界があり、ヒッポリト星人の放った光線が直撃して勢いが止まってしまう。
「ウワァッ!」
「あぁッ! ティガがッ!」
 ティガの攻勢が途絶えた隙を突き、怪獣たちは彼を袋叩きにする。挙句にティガはヒッポリト
カプセルに閉じ込められてしまった!
「まずい!」
 ヒッポリトカプセルが中からは破れない、必殺の兵器であることを才人たちは身を持って
体験している。才人はティガを救おうとゼロアイを手に握った。
「ゼロ、行こう! ティガを助けるんだ!」
『よぉしッ!』

829ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:56:41 ID:KySqBsyk
 今度はゼロも止めなかった。
 が、しかし、才人がゼロアイを身につけるより早く、夜の横浜に更なる二つの輝きが生じる。
「! あれは、まさか……!」
『二人目と三人目の勇者か……!』
 ティガに続くように街の真ん中に立った銀、赤、青の巨人はウルトラマンダイナ! そして
土砂を巻き上げながら着地した赤と銀の巨人はウルトラマンガイアだ!
「ジュワッ!」
「デュワッ!」
 並び立ったダイナとガイアは同時に邪悪な力を消し去る光線、ウルトラパリフィーを放って
ヒッポリトカプセルを破壊し、ティガを解放した。助け出されたティガの元へダイナ、ガイアが
駆け寄る。
 三人のウルトラマンが並び立ち、ヒッポリト星人の軍勢に勇ましく立ち向かっていく!
「ダイナとガイアが、ティガのために立ち上がってくれたのか……!」
 感服で若干呆けながら、三人の健闘を見つめる才人。
 ティガはヒッポリト星人、ダイナはシルバゴン、ガイアはゴルドラスに飛び掛かっていく。
一方で四体の魔王獣は卑怯にも三人を背後から狙い撃ちにしようとするが、その前には四つの
光が立ちはだかった。
「ヘアッ!」
「デュワッ!」
「ジュワッ!」
「トアァーッ!」
 才人もゼロもよく知るウルトラ兄弟の次男から五男までの戦士、ウルトラマン、ウルトラセブン、
ウルトラマンジャック、そしてウルトラマンエース! この世界のハヤタたちが変身したものに違いない。
「七人のウルトラマンが出そろった!」
『勇者全員が覚醒したってことだな……!』
 ウルトラマンたちはそれぞれマガグランドキング、マガパンドン、マガジャッパ、マガバッサーに
ぶつかっていき、相手をする。これで頭数はそろい、各一対一の形式となった。
 七人の勇者が邪悪の軍勢相手に奮闘している様をながめ、才人はポツリとゼロに話しかける。
「なぁ、ゼロ……俺はさっきまで、俺たちが頑張らないとこの世界は救われないって、そう思ってた。
俺たちが物語を導いていくんだって」
『ん?』
「でも違ったな。ダイゴさんは、俺たちが倒れてる間に自分の力で変身することが出来た。
他の人たちも……。思えば、これまでの物語の主人公たちも、みんな強い光の意志を持ってた。
俺たちはそれを後押ししてただけだったな」
 と語った才人は、次の言葉で締めくくる。
「たとえ本の中の世界でも、人は自分の力で光になれるんだな」
『ああ、違いねぇな……』
 才人とゼロが語り合っている間に、ウルトラ戦士対怪獣軍団の決着が次々ついていこうと
していた。
「ヘアッ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 空を飛んで上空から竜巻を起こそうとするマガバッサーに、エースがウルトラスラッシュを
投げつけた。光輪は見事マガバッサーの片側の翼を断ち切り、バランスを崩したマガバッサーは
空から転落。
「デッ!」
 エースは落下してきたマガバッサーに照準を合わせ、虹色のタイマーショットを発射。
その一撃でマガバッサーを粉砕した。
「シェアッ!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

830ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:00:15 ID:uyQASVdY
 ウルトラマンは非常に強固な装甲を持つマガグランドキングに、両手の平から渦巻き状の
光線を浴びせた。するとマガグランドキングの動きが止まり、ウルトラマンの指の動きに
合わせてその巨体が宙に浮かび上がる。これぞウルトラマンのとっておきの切り札、ウルトラ
念力の極み、ウルトラサイコキネシスだ!
「ヘェアッ!」
 ウルトラマンがマガグランドキングをはるか遠くまで飛ばすと、その先で豪快な爆発が発生。
マガグランドキングは撃破されたのだった。
「ヘアァッ!」
 ジャックは左手首のウルトラブレスレットに手を掛け、ウルトラスパークに変えて投擲。
空を切り裂く刃はマガジャッパのラッパ状の鼻も切り落とす。
「グワアアアァァァァァ!? ジャパッパッ!」
「ヘッ!」
 鼻と悪臭の元を失って大慌てするマガジャッパに、ジャックはウルトラショットを発射。
一直線に飛んでいく光線はマガジャッパに命中し、たちまち爆散させた。
「ジュワーッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 セブンはマガパンドンの火球の嵐を、ウルトラVバリヤーで凌ぐと、手裏剣光線で連射し返して
マガパンドンを大きくひるませる。
「ジュワッ!」
 その隙にセブンはアイスラッガーを投擲して、マガパンドンの双頭を綺麗に切断した。
 魔王獣は元祖ウルトラ兄弟に全て倒された。そしれティガたちの方も、いよいよ怪獣たちとの
決着をつけようとしている。
「ダァーッ!」
 ダイナのソルジェント光線がキングシルバゴンに炸裂! オレンジ色の光輪が広がり、
シルバゴンはその場に倒れて爆発した。
「アアアアア……デヤァーッ!」
 ガイアは頭部から光のムチ、フォトンエッジを発してキングゴルドラスに叩き込む。光子が
ゴルドラスに纏わりついて全身を切り裂き、ゴルドラスもたちまち爆散した。
 最後に残されたスーパーヒッポリト星人は口吻から火炎弾を発射して悪あがきするが、
ダイナとガイアにはね返されてよろめいたところに、ティガが空中で両の腕を横に開いて
必殺のゼペリオン光線を繰り出した!
「テヤァッ!」
『ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!』
 それが決まり手となり、ヒッポリト星人もまた激しいスパークとともに大爆発を起こして消滅。
怪獣軍団はウルトラ戦士たちの活躍により撃滅されたのであった!
「やったッ!」
『ああ。……だが、戦いはこれで終わりじゃないはずだぜ。まだ真の黒幕が残ってるはずだ……!』
 ゼロがメビウスの話を思い出して、深刻そうにつぶやく。
 果たして、ウルトラ戦士の勝利で喜びに沸く人々に水を差すように、どこからともなく
おどろおどろしい声が響いてきた。
『恐れよ……恐れよ……』
 それとともに街の至るところから幽鬼のようなエネルギー体が無数に噴出して空を漂い、
更に倒したキングゴルドラス、キングシルバゴン、キングパンドン、キングゲスラ、
スーパーヒッポリト星人の霊も出現して空の一点に集結。全てのエネルギー体も取り込んで、
巨大な黒い靄に変わる。
 その靄の中から……ウルトラ戦士の何十倍もある超巨体の怪物が現れた! 首はキング
シルバゴンとキングゴルドラスの双頭、尾はキングパンドンの首、腹部はキングゲスラの
頭部、胴体はスーパーヒッポリト星人の顔面で出来上がっている、自然の生物ではあり得ない
ような異形ぶりだ!
 これぞ闇の力が怪獣軍団の怨念を利用して生み出した究極合体怪獣ギガキマイラである!
「グルウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 空に陣取るギガキマイラは身体に生えた四本の触手から、一発一発がウルトラ戦士並みの
サイズの光弾を雨あられのようにティガたち七人に向けて撃ち始めた。
「ウワァァァーッ!」

831ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:02:59 ID:uyQASVdY
 ギガキマイラの怒濤の猛攻に、七人は纏めて苦しめられる。これを見て、才人は改めて
ゼロアイを握り締めた。
「遅くなったが、いよいよ俺たちの出番だ!」
『おうよ! 八人目の勇者の出陣だな!』
 勇みながら、才人はこの世界での三度目の変身を行う。
「デュワッ!」
 瞬時に変身を遂げたウルトラマンゼロは、ゼロスラッガーを飛ばしてギガキマイラの光弾を
切り裂いて七人を助ける。ティガがゼロへ顔を向けた。
『ウルトラマンゼロ!』
『待たせたな、ダイゴ! 一緒にあのデカブツをぶっ飛ばそうぜ!』
『ああ、もちろんだ! これで僕たちは、超ウルトラ8兄弟だ!!』
 ギガキマイラはなおも稲妻を放って超ウルトラ8兄弟を丸ごと呑み込むような大爆炎を
起こしたが、ゼロたちは炎を突き抜けて飛び出し、ギガキマイラへとまっすぐに接近していく!
「行けぇー!」
「頑張れぇー!」
 巨大な敵を相手に、それでも勇気が衰えることなく立ち向かっていくウルトラ戦士の飛翔
する様を、地上の大勢の人々が声の出る限り応援している。
「頑張ってぇーッ! ウルトラマン!」
 その中には、北斗の娘の役に当てはめられているルイズの姿もあった。
『ルイズ……!』
 才人はルイズの姿を認めると更に勇気が湧き上がり、ゼロに力を与えるのだ。
「セアッ!」
「デヤァッ!」
 八人のウルトラ戦士はそれぞれの光線で牽制しながらギガキマイラに肉薄。ゼロ、ティガ、
ダイナ、ガイアが肉弾で注意を引きつけている間に、マン、セブン、ジャック、エースが
各所に攻撃を加える。
「シェアッ!」
 ウルトラマンは大口を開けたキングゲスラの首に、スペシウム光線を放ちながら自ら飛び込む。
ゲスラの口が閉ざされるが、スペシウム光線の熱量に口内を焼かれてすぐに吐き出した。
「テェェーイッ!」
 エースはキングゴルドラスの首が吐く稲妻をかわすとバーチカルギロチンを飛ばし、その角を
ばっさりと切断した。
「テアァッ!」
 ジャックはキングシルバゴンの首の火炎弾を宙返りでかわしつつ、ブレスレットチョップで
角を真っ二つにする。
「ジュワッ!」
 キングパンドンの首にエメリウム光線を浴びせたセブンに火炎弾が降り注ぐが、海面すれすれを
飛ぶセブンには一発も命中しなかった。
『へへッ! 全身頭なのに、おつむが足りてねぇんじゃねぇか!?』
 ウルトラ戦士のチームワークに翻弄されるギガキマイラを高々と挑発するゼロ。彼を中心に、
八人が空中で集結する。
「グルウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!」
 するとギガキマイラは業を煮やしたかのように、全身のエネルギーを一点に集めて極太の
破壊光線を発射し出した! 光線は莫大な熱によって海をドロドロに炎上させ、横浜ベイ
ブリッジを一瞬にして両断させながらゼロたちに迫っていく。
「シェアッ!!」
 しかしそんなものを悠長に待っている八人ではなかった。全員が各光線を同時に発射する
合体技、スペリオルストライクでギガキマイラの胸部を撃ち抜き、破壊光線を途切れさせる。
「デヤァッ!!」
 煮えたぎった海面には全員の力を合わせた再生光線エクセレント・リフレクションを当て、
バリアで包んで修復させる。

832ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:06:27 ID:uyQASVdY
 その隙にギガキマイラが再度破壊光線を放ってきた。今度はまっすぐに飛んでくるが、
すかさずウルトラグランドウォールを展開することで光線をそのままギガキマイラにはね返す。
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 己の肉体がえぐれてしまったギガキマイラは、勝ち目なしと見たか宇宙空間へ向けて逃走を
開始した。だがそれを許すようなゼロたちではない。
『逃がすかよぉッ!』
 その後を追いかけて急上昇していく八人。大気圏を突き抜けたところでギガキマイラの
背中が見えた。
「テヤーッ!」
「シェアッ!」
 セブンとゼロはそれぞれのスラッガーを投擲。それらに八人が光線を当てると、エネルギーを
吸収したスラッガーはミラクルゼロスラッガー以上の数に分裂。イリュージョニックスラッガーと
なってギガキマイラの全身をズタズタに切り裂き、足止めをした。
「ジェアッ!!」
 とうとう追いついたウルトラ戦士たちは同時に必殺光線を発射し、光線同士を重ね合わせる。
そうすることで何十倍もの威力と化したウルトラスペリオルが、ギガキマイラに突き刺さる!
「グギャアアアアアアァァァァァァァァァ――――――――――――――ッッ!!」
 ギガキマイラが耐えられるはずもなく、跡形もなく炸裂。超巨体が余すところなく宇宙の
藻屑となったのであった。
 見事ギガキマイラを討ち取った勇者たちは、人々の大歓声に迎えられながら横浜の空に
帰ってくる。
『やりました……! この世界を守りましたよ!』
『……いや、まだ敵さんはおしまいじゃないみたいだぜ』
 喜ぶティガだが、ゼロは邪な気配が途絶えてないのを感じて警告した。実際に、彼らの
前におぼろな姿の実体を持たない怪人の巨体が浮かび上がった。
 それこそが人間の負の感情が形となって生じた邪悪の存在であり、真に怪獣軍団を操っていた
黒幕である、黒い影法師。それら全てが融合した巨大影法師であった!
『我らは消えはせぬ……。我らは何度でも強い怪獣を呼び寄せ、人の心を絶望の闇に包み込む……。
全ての平行世界から、ウルトラマンを消し去ってくれる……!!』
 それが影法師の目的であった。心の闇から生まれた影法師は、闇を広げることだけが存在の
全てなのだ。
 しかし、そんなことを栄光の超ウルトラ8兄弟が許すはずがない!
『無駄だ! 絶望の中でも、人の心から、光が消え去ることはないッ!』
 見事に言い切ったティガの身体が黄金に光り輝き、グリッターバージョンとなってゼペリオン
光線を発射した! 他のウルトラ戦士もグリッターバージョンとなって、スペシウム光線、
ワイドショット、スペシウム光線、メタリウム光線、ソルジェント光線、クァンタム
ストリームを撃つ!
『俺も行くぜぇッ! はぁぁッ!』
 ゼロもまたグリッターバージョンとなり、ワイドゼロショットを繰り出した! 八人の
必殺光線は一つに重なり合うと、集束した光のほとばしり、スペリオルマイスフラッシャーと
なって巨大影法師の闇を照らしていく!
『わ、我らはぁ……!!』
 巨大影法師は光の中に呑まれて消えていき、闇の力も完全に浄化されていった。
 地上に喜びと笑顔が戻り、そして夜が明けて朝を迎える。昇る朝日を見つめながら、ティガが
ゼロに呼びかける。
『ウルトラマンゼロ、本当にありがとう! この世界が救われたのは、君たちのお陰だ……!』
『何を言うんだ。お前はお前自身の力で自分を、世界を救ったんだぜ』
『いや……君たちの後押しがあったからさ。感謝してもし切れない……。この恩は必ず返す
からね! 必ずだよ!』
 そのティガの言葉を最後に、ゼロの視界が朝の日差しとともに真っ白になっていく……。

 遂に六冊、全ての本を完結させることに成功した。才人はその足でルイズの元まで駆け込む。
「ルイズッ!」

833ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:08:03 ID:uyQASVdY
 ルイズのベッドの周りには、タバサ、シエスタ、シルフィードらが既に集まっていた。
皆固唾を呑んで、ルイズの様子を見守っている。
 ルイズは今のところ、ぼんやりとしているだけで、傍目からは変化が起きたかどうかは
分からない。
「……どうだ、ルイズ? 何か思い出せることはあるか?」
 恐る恐る尋ねかける才人。するとルイズが、ぽつりとつぶやいた。
「……わたしは、ルイズ……。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……!」
「!!」
 今の言葉に、才人たちは一気に喜色満面となった。ルイズのフルネームは、ここに来てから
誰も口にしていないからだ。それをルイズがスラスラと唱えたということは……。
「そうよ! わたしはヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズだわ!」
「ミス・ヴァリエール! 記憶が戻ったのですね!」
 感極まってルイズに抱きつくシエスタ。ルイズは驚きながらも苦笑を浮かべる。
「ちょっとやめてよシエスタ。そう、あなたはシエスタよ。学院のメイドの」
「ルイズ……記憶が戻った」
「タバサ! 学院でのクラスメイト!」
「よかったのねー! 色々心配してたけど、ちゃんと元に戻ったのね!」
「パムー!」
「シルフィード、ハネジローも!」
 仲間の名前を次々言い当てるルイズの様子に、才人は深く深く安堵した。あれほど怪しい
状況の中にあって、本当にルイズの記憶が戻ったというのはいささか拍子抜けでもあるが、
ルイズが治ったならそれに越したことはない。
「よかったな、ルイズ。これで学院に帰れるな!」
 満面の笑顔で呼びかける才人。
 ……だが、彼に顔を向けたルイズが、途端に固まってしまった。
「ん? どうしたんだ、その顔」
 才人たちが呆気にとられると……ルイズは、信じられないことを口にした。
「……あなたは、誰?」
「………………え?」
「あなたの名前が……出てこない。誰だったのか……全然思い出せないッ!」
 そのルイズの言葉に、シエスタたちは声にならないほどのショックを受けた。
「う、嘘ですよね、ミス・ヴァリエール!? よりによってサイトさんのことが思い出せない
なんて……あなたに限ってそんなことあるはずがないです!」
「明らかにおかしい……不自然……」
「変な冗談はよすのね、桃髪娘! 全っ然笑えないのね!」
 シルフィードは思わず怒鳴りつけたが、ルイズ自身わなわなと震えていた。
「本当なの……! 本当に、何一つ思い出せないの……! あるはずの思い出が……わたしの
中にない……!」
 ルイズが自分だけを思い出せないことに、才人はどんな反応をしたらいいのかさえ分からずに
ただ立ち尽くしていた。

「……」
 混乱に陥るゲストルームの様子を、扉の陰からリーヴルがじっと観察していた。

834ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:09:14 ID:uyQASVdY
以上です。
いよいよ迷子の終止符〜編も終わりが見えてきました。

835ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:16:09 ID:TNP.Dkrk
おはようございます、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は5:18からで。

836ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:19:20 ID:TNP.Dkrk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十六話「七冊目の世界」
ペットロボット ガラQ 登場

 六冊の『古き本』に記憶を奪い取られてしまったルイズ。才人とゼロはルイズを元に戻すため、
未完であった『古き本』を完結させる本の世界の旅を続けてきた。そして遂に六冊全ての本を
完結させ、ルイズもまた記憶を取り戻したのだった。……そう見えたのもつかの間、才人のこと
だけがルイズの記憶からすっぽりと抜け落ちていることが判明した。よりによって才人を思い
出せないのは明らかにおかしい……いよいよ我慢がならなくなった才人たちはリーヴルに
隠していること全てを聞き出すために、彼女を捜し始めたのだが……。

「お姉さま、駄目なのね〜! あの眼鏡女、全っ然見つからないのね〜!」
「パムー……」
 夜の薄暗い図書館の中を、才人たち一行はリーヴルの姿を求めて捜し回っているのだが、
杳として見つからなかった。シエスタが困惑する。
「いくら広い国立図書館とはいえ、これだけ捜して見つからないというのは変です……!」
『しかし、図書館の人の出入りはずっと監視していたのだが、リーヴルが外に出たところは
確認できなかった。だからまだ館内にいる可能性が高いのだが……』
 と報告したのはジャンボット。彼の言うことなら信用できる。
『見つからないとなると、意図的に隠れていると考えていいだろう。そうなると、やはり
リーヴルは重大な何かを秘匿している可能性が大だ』
『やっぱ、今回の件には裏があるってことだな……』
 ゼロがつぶやいたその時、一旦ルイズの様子を見に行ったタバサが額に冷や汗を浮かべて
戻ってきた。
「ルイズがいない……!」
「何だって!?」
 才人たちの間に衝撃と動揺が走る。
「ど、どういうことでしょうか……!? ミス・ヴァリエール、勝手に出歩いてしまうような
状態ではありませんでしたのに……!」
『ルイズの自発的行動ではなく、何らかの外的要因の可能性が高いだろう。……やはり、
この事件はまだ終わりを迎えてなどいなかったのだ』
 ジャンボットが深刻に述べる。
「ひとまず、図書館の中をもう一度捜そう! どこかにいるかもしれない!」
 才人の提案により、一行は手分けして館内の捜索を再開した。才人は背にしているデルフリンガーの
柄を握り締めて、いつ何が起こっても対処できるようにガンダールヴの力を発動している状態にする。
 やがて才人とデルフリンガーは、館の片隅から人の話し声が聞こえてくるのを耳に留めた。
「ふふッ、そうなの? すごく面白いお話しなのね」
「! 相棒、今の娘っ子の声じゃなかったか?」
「間違いない! 行くぞ、デルフ!」
 すぐにそちらへ駆けつける才人。彼が目にした光景は、ルイズが何者かと向かい合って
談笑しているというものだった。ルイズの相手をしている者の手には、開かれた本がある。
「もっと楽しいお話しが聞きたいわ。お願い出来るかしら?」
「もちろんだよ。君の望みとあらば、ボクは何だって聞かせてあげるよ」
 一見すると少年のようであるが、ふと見れば落ち着いた青年のようにも、また年季の入った
老人のようにも見える、何だか不確かな雰囲気を纏った怪しい人物が、ルイズに本の読み聞かせを
しているようであった。才人はすぐにその怪人物に怒鳴りつける。
「誰だお前は! ルイズから離れろッ!」
 すると怪人物は、至って涼しい表情で才人の方へ顔を上げた。
「おやおや、困るね。図書館では静かにするのがマナー。それくらい常識だろう?」
「ふざけてるんじゃねぇ! 何者だッ! 宇宙人か!?」
 いつでもデルフリンガーを引き抜けるように身構えながら詰問する才人。それと対照的に
余裕に構えている怪人物が名乗る。

837ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:22:30 ID:TNP.Dkrk
「ボクの名前はダンプリメ。君はボクのことを知らないだろうけど、ボクは君のことをずっと
観察させてもらってたよ。サイト……そして君の中のもう一人、ウルトラマンゼロ」
「!!」
『どうやら、こいつがリーヴルの後ろにいる黒幕の正体みたいだな……』
 ゼロのことを簡単に言い当てたダンプリメなる男に対して、ゼロが警戒を深めた。才人は
ルイズに呼びかける。
「ルイズ、そこは危険だ! 早くこっちに来い!」
 だがルイズは才人に顔も向けない。
「ねぇ、早く次の話を聞かせて。わたし、もっとあなたのお話しが聞きたいの」
「ルイズ……?」
『才人、お前のことを思い出せないばかりか、今はお前のことが見えてすらいないみてぇだぜ……!』
 ルイズの反応を分析したゼロが、ダンプリメに向かって言い放つ。
『お前がルイズの記憶をいじってんだな。一体何者で、目的は何だッ!』
「質問が多いなぁ……。まぁこっちばかりが君たちのことを知っているというのも不公平だ。
今度はボクのことを色々と教えてあげようじゃないか。始まりから、現在に至るまでね」
 おどけるように、ダンプリメが己のことを語り始める。
「始まりは、もう二千年も前になるかな。その当時、この図書館にあった本の中で、様々な人の
魔力に晒されて、意志を持った本が生まれた。いや、己が意志を持っていることを自覚したと
いった方が正しいかな」
「意志を持った本……? 生きた本ってことか?」
「俺のようなインテリジェンスソードみてえな話だな」
 才人の手の中のデルフリンガーが独白した。
「それとは少しばかり経緯が異なるものだけどね。インテリジェンスソードは人が恣意的に
作ったものだけど、その本は自然発生したんだから。そして本は、己に触れる人の手の感触、
己を読む人の視線に関心を持ち、徐々に人のことを理解していくようになった。本は成長
するとともに、人に対する関心も大きくなり、それは人を知りたいという欲求に変化して
いった。やがては魔力の影響を受け続けた末に、人の形を取ることに成功するまでになった。
人を知るには、同じ形になるのが最適だからね」
『なるほど……それが今のテメェだってことだな』
 ゼロが先んじて、ダンプリメの話の結論を口にした。
「ご明察。すまないね、回りくどい言い方をして。ボクが本なせいか、自分のことでも他人の
ように話してしまうことがあるんだ」
「お前の正体が本だってことは分かった。けどそれとルイズにどんな関係があるんだ」
 才人はダンプリメへの警戒を一時も緩めないようにしながら、ダンプリメの挙動を監視する。
もしルイズに何か妙なことをしようものなら、即座に飛び出す態勢だ。
「本、つまりボクは人を知る内に、どんどんと人に惹かれていった。もっと人のことを知りたい、
人と交わりを持ちたい……そんな欲求は、遂には人と結ばれたいという想いになったんだ」
「人と結ばれる? 本と人が結婚するってか? そんな馬鹿な」
「まぁ普通はそう思うだろうね。だけどボクは本気さ。この想いは、馬鹿なことであきらめられる
ものじゃないんだ」
 と語るダンプリメに、才人はあることに思い至って息を呑んだ。
「……まさか、それでルイズを!?」
「如何にも。ボクは仲間といえるこの図書館の本の内容も理解する内に、この図書館そのものと
いっていい存在にまでなった。当館に保管される書籍、資料はどんなものであろうと、ボクの
知識になる」
 それはつまり、ダンプリメはトリステインの国家機密にまで精通しているということになる。
王政府の文書の数々も、この図書館に保管されるのだ。
「その中でルイズの存在を知り、生まれて一番の関心と興味を持った。そして彼女がここに
やってきた時に、その類稀なる魔力に関心は最高潮となった。そしてボクは感じた。ルイズ
こそが、ボクの伴侶として最も相応しいとね」
 このダンプリメの言葉に、才人は激怒。

838ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:25:17 ID:TNP.Dkrk
「ふざけんな! ルイズの意志はどうなる! お前が人だろうと本だろうと関係ねぇ、自分の
勝手でルイズの心を好きにいじくり回そうっていうのなら……容赦はしねぇぞッ!」
 相当の怒気を向けたが、ダンプリメは相変わらず態度を崩さなかった。
「勇ましいね。流石は正義の味方のウルトラマンゼロだ。……だけど、やめろと言われて
じゃあやめますと撤回するようだったら、初めからこんなことはしないんだよ」
 不敵な笑みを張りつけているダンプリメの顔面に、やおら迫力が宿った。
「ボクは何としてでもルイズを手に入れてみせる。君が何者であろうとも、邪魔をすることは
許さないよ」
 ダンプリメがサッと一冊の本を取り出すと、その瞬間にダンプリメ自身と、ルイズの身体が
強く発光する。
「うわッ!?」
『まずいぜ才人! 止めろッ!』
 ゼロが忠告したが、その時にはもう遅かった。ダンプリメとルイズの姿は閃光とともに
忽然と消え、後に残されていたのはダンプリメが持っていた本だけであった。
「ル、ルイズッ!!」
『やられた……連れ去られちまったな……』
 床に放置された本へと駆け寄って拾い上げる才人。
「まさか、ルイズはこの中に!?」
『奴が生きた本だっていうのなら、リーヴルがやってたのと同じことが出来ても何ら不思議
じゃねぇだろうな』
「く、くそう……!」
 才人はまんまとルイズを奪い取られたことを悔しんで唇を噛み締めた。そこに騒ぎを聞きつけた
タバサたちが集まって来たので、落胆している才人に代わってゼロとデルフリンガーが経緯と現状を
説明したのであった。

 ひとまず、才人たちはゲストルームに戻って今後の対応を講じることとした。才人らは
テーブルに置いた本を囲んで、話し合いを行う。
『簡潔に言うと、そのダンプリメが今回の件について裏から糸を引いてた輩だ。こいつを
どうにかしないことには、ルイズは取り戻せないと考えていい』
「娘っ子に直接危害を加えるつもりはねえってのが不幸中の幸いだが、どちらにせよ早いとこ
娘っ子を奪い返さねえと色々とまずいだろうな」
 と言うデルフリンガーであるが、するとシルフィードが意見する。
「だけど、本の中に引っ込まれたらここにいるシルフィたちだけじゃどうしようもないのね」
「少なくとも、ミス・リーヴルの手助けがなければいけませんね……」
 シエスタがつぶやくと、才人はリーヴルのことを思い出して顔を上げた。
「そのリーヴルは結局どこに……」
「みんなー」
 と発した直後、才人たちの元にガラQがひょこひょこと現れた。しかも、後ろにリーヴルを
連れている!
「ミス・リーヴル!」
「ガラQ、お前と一緒にいたのか!」
「うん。説得してた」
 リーヴルは皆の視線を受けて気まずそうにしていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「話はガラQより伺いました……。遂にダンプリメが行動を起こしたのですね」
「……全て話してくれる?」
 タバサの問いかけにうなずくリーヴル。才人が一番に彼女に尋ねる。
「まず初めに聞いておきたい。この図書館で起きた事件の初めから終わりまで……リーヴル、
あんたがあのダンプリメという奴に指示されて仕組んだことなのか?」
 その質問に、リーヴルは変にごまかさずに肯定した。
「はい、幽霊騒ぎの件から『古き本』をルイズさんが手に取るように設置するまで、ダンプリメに
言われた通りに……。ですが、それらは図書館を守るために必要なことだったのです」
「図書館を守るために? どういうことなのね?」
「パム?」

839ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:28:08 ID:TNP.Dkrk
 シルフィードとハネジローが首をひねった。リーヴルは答える。
「……ルイズさんを本の世界に取り込む計画を持ちかけられた私は、初めは当然断りました。
そんなことは出来ないと。ですが……ダンプリメは、協力しなければ図書館の本を全て消して
しまうと言ったのです」
「え? 図書館の本を……?」
 呆気にとられる才人たち。
「ダンプリメは本に関しては万能といっていいほどの力を持っています。当館には、他にはない
貴重な図書もいくつもあります。それを盾にされたら、どうしようもなく……」
「ま、待って下さい。いくら貴重だからって……本のために、ミス・ヴァリエールを犠牲に
したってことですか!?」
 いくらか憤りを見せるシエスタであったが、リーヴルははっきりと返した。
「他の人にとってはたかだか本という認識でしょう。ですが、早々に親を亡くし、親戚の元でも
冷遇され、頼る人のいなかった私にとって、この図書館は何より守るべきものなのです」
 リーヴルの身辺を洗っても何も出てこないはずだ、とタバサは思った。本が人質など、
常人の感性では理解できるものではない。
「私も、どうにか説得しようと試みました。ですがダンプリメの意志は強く……」
「押し切られたって訳か」
 静かにうなずくリーヴル。才人は腕を組んでしばし沈黙を保ったが、やがて口を開く。
「事情は分かった。話してくれてありがとう」
「どんな事情にせよ、私がダンプリメの片棒を担いだのは紛れもない事実です。サイトさんに
どう罰せられようとも、異論はありません」
「いや、今リーヴルを責めたってルイズが戻ってくる訳じゃない。それより、ダンプリメ自身の
方をどうにかしないと」
 と言って、才人はリーヴルの顔をまっすぐ見つめて告げた。
「リーヴル、俺をもう一度本の中に送り込んでくれ。ルイズを助けに行ってくる!」
 決意を口にする才人だが、リーヴルは聞き返してくる。
「本気ですか……? 一応、もう一度言いますが、ダンプリメは本に関しては万能です。
特に本の中では、神に等しい能力を発揮できます。そこに乗り込んでいくのは、今までの
六冊の旅よりも危険であることは必至です」
 その警告も、才人にとっては無意味なものであった。
「相手が神だろうが何だろうが、そんなのは関係ない。俺はやる前からあきらめるようなことは
したくないんだ!」
 才人の強い働きかけに、リーヴルも応じたようであった。
「考えは変わらないみたいですね……。分かりました。では少しだけ時間を下さい。準備をします」
「頼む」
「その前に一つだけ、訂正することがあります。最初、私の魔法では本に送り込める人数は
一人だと言いましたが、それは虚偽です。あなたを可能な限り不利な状況に置くようにと、
ダンプリメに指示されましたので」
「そうだったか……。まぁ今更それにとやかく言ってもしょうがない。それよりもこれからのことだ」
 リーヴルが魔法の準備をする間、ジャンボットが才人とゼロに申し出た。
『複数人が本の中に入れるのならば、私たちもともに行こう。皆で力を合わせれば、きっと
ルイズを取り戻せる!』
 ジャンボットの言葉に才人は苦笑を浮かべた。
「ありがとう。……だけど、それは遠慮するよ」
『ああ。ダンプリメも、俺たちがそうしてくるのは予想済みだろうからな。奴が本当に本の中では
万能だってのなら、人数を増やすのは逆に首を絞めることになっちまうかもしれねぇ』
 ダンプリメの能力の範囲はまだまだ未知数。いたずらに複数で挑んだら、最悪同士討ち
させられる恐れもある。

840ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:29:21 ID:TNP.Dkrk
『みんなは外の世界で応援しててくれ。なぁに、心配はいらねぇぜ。俺たちは、あらゆる死線を
突破してきたウルトラマンゼロなんだからな! 本の中の引きこもりぐらい訳ねぇぜ!』
 おどけるゼロの言葉にシエスタたちは苦笑した。
「ええ。それではお帰りをお待ちしています、サイトさん。必ず、ミス・ヴァリエールと
ともに戻ってきて下さい」
「頑張って」
「シルフィ、あなたの勝ちを信じてるのね! きゅいきゅい!」
「パムー!」
 もうここには、才人たちを引き止める者はいない。そんなことをしても意味はないことを
十分理解しているし、何より才人たちを強く信頼しているのだ。
「相棒、俺は持っていきな。正直ずっと置いてけぼりで退屈だったぜ」
「ああ、分かった。頼りにしてるぜ、デルフ」
 才人がデルフリンガーを担ぎ直したところで、彼らの元にリーヴルが戻ってきた。
「お待たせしました。いつでも本の世界へ入れます」
「ありがとう。もちろん今すぐに行くぜ!」
 才人が魔法陣の真ん中に立ち、仲間たちに見守られる中リーヴルに魔法を掛けられる。
向かう先は、ダンプリメが待ち受けているであろう七冊目の世界。
(待ってろよ、ルイズ。すぐに助けに行くぜ!)
 固い意志を胸に秘めて、才人とゼロは今度こそルイズを取り返す戦いに挑んでいくのだった……!

841ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:30:15 ID:TNP.Dkrk
今回はここまでです。
いよいよあと二回。あと二回です。

842ウルトラ5番目の使い魔 60話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:29:52 ID:U1/UBfmE
ウルゼロの人、乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、60話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

843ウルトラ5番目の使い魔 60話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:31:15 ID:U1/UBfmE
 第60話
 ジョゼフからの招待状
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「ルイズ、それに使い魔の少年。悪いが、今度はお前たちが死んでもらおうか!」
「ふざけるんじゃないわよ! この卑劣な裏切り者。トリステインの面汚しのあんたに、トリステインの空を飛ぶ資格はないことを、お母様に代わって今度はわたしが思い知らせてあげるわ」
「俺は今はガンダールヴじゃねえけど、てめえに名前を呼ばれたくもねえな。二度とおれたちの前に現れないようにギッタギタにしてやるぜ、ワルド!」
 互いに武器を抜き放ち、因縁の対決が幕を開けた。
 ジョゼフの下に現れた謎の宇宙人の”デモンストレーション”により、トリステインにいるシャルロット派のガリア軍宿営地を襲った怪獣たち。アブドラールス、サタンモア、しかしそれらはいずれもかつて倒したはずの相手であり、ここに現れるはずがない。
 だが何よりも、才人とルイズの前に現れた男、ワルド。奴はアルビオンでトリステインを裏切り、その後も悪事を重ねた末にラ・ロシェールで死んだはず。
 なぜ死んだはずの怪獣や人間が現れる? だがこれは夢でもなければ幽霊でもない。実体を持った敵の襲来なのだ! 才人とルイズは武器を握り、同時に新たなる敵の襲来はすぐさまトリステインに散る戦士たちに伝えられた。
 先の戦いの休息もままならないうちに、次なる戦いの波が無慈悲に若者たちを飲み込もうとしている。
 
 が……この戦いを仕組んだ者が望んでいるのは戦いなのだろうか? なにかの目的のために、単なる手段として戦いを利用しているだけだとしたら。それはむしろ、単純に戦いを挑んでくるよりも恐ろしいかもしれない。
 黒幕は、自分で演出した戦火を遠方から眺めながら愉快そうに笑っていた。
「オホホホ、やっぱり何かするなら派手なほうが楽しいですねえ。見てくださいよ王様、これからがおもしろくなりますよぉ。ほらほらぁ?」
「……」
「あら? ご機嫌ナナメですか。それは残念。けど、これからもっと楽しくなりますよ。ビジネスは第一印象が大事だってチャリジャさんに教わりましたから、私はりきっちゃったんですよ。そ・れ・に、これだけ豪華メンバーを揃えたんです。この星に集ってる宇宙一のおせっかい焼きさんたちがジッとしてるわけないですもの、誰が来るか楽しみだったらないですねえ」

844ウルトラ5番目の使い魔 60話 (2/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:33:25 ID:U1/UBfmE
 黒幕の声色には緊張はなく、筋書きの決まった演劇を見るような余裕に満ちている。
 これだけのことをしでかしておきながら、まるでなんでもないことのような態度。そればかりか、奴が自分を売り込もうとしているジョゼフの様子もおかしい。常の無能王としての虚無的な陽気さはどこにもなく、表情は固まり、口元は閉じられて、落ち着かない風に指先を動かし続けている。
 何より、これだけのことを起こせる力があるというのにジョゼフの協力を得ようとしている奴の目的は何か? 単なる侵略者とは違う、さらに恐ろしい何かを秘めた一人の宇宙人によって、ハルケギニアにかつてない形の動乱が迫りつつある。
 その第一幕はすでに上がった。もう誰にも止めることはできない。始まってしまったものは、もう止められない。
 
 燃え盛る宿営地を見下ろしながら、サタンモアの背に立つワルドは杖を振り上げて呪文を唱え、眼下の才人とルイズ目がけて振り下ろした。
『ウィンド・ブレイク!』
 強烈な破壊力を秘めた暴風が、姿のない隕石のように二人を襲う。だが、才人はルイズをかばいながら、ワルドの殺意を込めた魔法を真っ向からその手に持った剣で受け止めた。
「でやぁぁぁっ!」
 風の魔法は才人の剣に吸い込まれ、その威力を減衰させて消滅した。
 ニヤリと笑う才人。そして才人は剣の切っ先をワルドに向けると、高らかに宣言したのだ。
「何度やっても無駄だぜ。魔法は全部、パワーアップしたデルフが受けてくれるんでな!」
「ヒュー! 最高だぜ相棒。俺っちは絶好調絶好調! いくらでも吸い込んでやるから安心して戦いな」
 才人がかざしている銀光りする日本刀。それこそは新しく生まれ変わったデルフリンガーの姿であった。
 デルフは以前、ロマリアの戦いで破壊されてしまった。だが、その残骸は回収されてトリステインに戻り、サーシャが帰り際に修復してくれたのである。
「さっすがサーシャさんだぜ、あのワルドの魔法がまったく効かないなんてな。しっかし、サーシャさんがデルフを最初に作ったんだって聞いたときはビックリしたけど、考えてみたら魔法を吸い込む武器なんてガンダールヴのためにあつらえられたようなものだからな」
「ああ、俺もずっと忘れてたぜ。元々は、サーシャが後々のガンダールヴのためにって作り残してたのが俺だったんだ、こういうときのためにな! さあ遠慮なく戦いな相棒。魔法は全部俺が受け止めてやるからよ!」
「おう!」
 才人はうれしそうに、新生デルフリンガーを構える。その顔には、久しぶりに心からの相棒とともに戦えるという闘志がみなぎっていた。

845ウルトラ5番目の使い魔 60話 (3/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:34:39 ID:U1/UBfmE
 だがワルドもそれで戦意を失うはずがない。風がダメなら別の方法がと、ワルドの杖に電撃がほとばしる。
『ライトニング・クラウド!』
 何万ボルトという電撃が襲い掛かってくる。だがデルフリンガーはそれすらも、完全に受け止めて吸収してみせた。
「無駄だって言ってるだろう。もう二度と壊されないように、思いっきり頑丈に作り直してもらったんだ。まあちょっともめたけどな……」
 そう言って、才人はふとあのときのことを思い出した。
 
 ブリミルとサーシャが過去の語りを終えて帰る前のこと、談笑している中でサーシャがふとミシェルに話しかけた。
「んー? 何かあなたから妙な気配を感じるわね。あなた、何か特別なマジックアイテムみたいなものを持ってるんじゃない?」
 そう問い詰められ、ミシェルは迷った様子を見せたが、仕方なく懐から柄の部分だけになってしまったデルフリンガーを取り出して見せた。
 刃は根元近くからへし折れ、もはや剣だったという面影しか残してはいない。そしてその無残な姿を見て、才人は血相を変えて駆け寄った。
「デルフ! お前、お前なのかよ。どうしてこんな姿に」
「サ、サイト、すまない。後で話すつもりだったんだが……こいつはお前たちが消えた後で、教皇たちに投げ捨てられたんだ。こいつは最期までお前たちのことを思って……だが」
「おいデルフ、嘘だろ。ちくしょう、あのときおれが手を離したりしなけりゃ、くそっ!」
 才人の悔しがる声が部屋に響いた。先ほどまでの浮かれていた空気が嘘のように部屋が静まり返る。
 だが、サーシャはミシェルの手からひょいとデルフの残骸を取り上げると、少し目の前でくるくると回して観察してから軽く言った。
「ふーん、なるほど。安心しなさい、こいつはまだ死んでないわ。直せるわよ」
「えっ? ええっ! 本当ですかサーシャさん! で、でもなんでそんなことがわかるんです?」
 才人は興奮してサーシャに詰め寄った。ミシェルをはじめ、ほかの面々も一度壊れたインテリジェンスアイテムが再生できるなんて聞いたこともないと驚いている。

846ウルトラ5番目の使い魔 60話 (4/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:35:35 ID:U1/UBfmE
 注目を集めるサーシャ。しかし彼女は腰に差した剣を引き抜くと、こともなげに答えたのだ。
「別になんてことはないわ。こいつを作ったのはわたしだもの」
 才人たちの目が丸くなった。そして、サーシャが抜いた剣をよくよく見てみると、それはデルフリンガーと同じ形の片刃剣……いや、デルフがいつも言葉を発するときにカチカチと鳴らしている鍔の部分がないことを除けば、デルフリンガーそのものといえる剣だったのだ。
 唖然とする才人。しかし才人よりも頭の回転の速いミシェルは、ふたつの剣を見比べて答えを導き出した。
「つまり、あなたはその剣を元にしてデルフリンガーを作った。いや、これから作り出そうとしているということですね?」
「んー、当たってるけどちょっと違うかな。これから作るんじゃなくて、今作ってるとこなのよ。この剣には、もう人格と特殊能力を持たせるようにするための魔法はかけてあるわ。けど、魔法が浸透して実際に意思をもってしゃべりだすためには、まだ長い年月が必要になるわ。意思を持った道具を作るっていうのは、けっこう大変なのよ」
 一時的な疑似人格ならともかく、六千年も持たせるインテリジェンスソードを作り出すにはそれなりの熟成が必要、でなければこの世にはインテリジェンスアイテムが氾濫していることになるだろう。
 目の前のこのなんの変哲もない剣が六千年前のデルフリンガーの姿。才人は、自分は知らないうちにデルフといっしょに戦い続けてきたのかと、運命の不思議を思った。
「そ、それで。こいつは、デルフは直せるんですか? もう柄しか残ってないボロボロの有様だけど」
「そうねえ、さすがにこのまま修復するのは無理ね。本来なら、母体にしてる武器が大破したら付近にある別の武器に精神体が憑依しなおすはずなんだけど、そのときは運悪くそばに適当なものがなかったのね」
 そう言われてミシェルは思い出した。あのとき、傍には銃士隊の剣が何本もあったけれど、いずれも激しく痛んでしまっていた。デルフが宿り直すには不適当だったとしても仕方ない。
「大事なのは精神体のほうで、武器は器に過ぎないわ。けど、それなりのものでないと容量が足りないのよ。なにか、こいつの意思を移せる別の武器を用意しないと」
 そう言われて、才人はすかさずアニエスを頼った。ここはさっきまで戦争をしていた城、武器がないはずがない。もちろん異存があるわけもなく、武器庫への立ち入りを許可してくれた。
「戦でだいぶ吐き出したが、平民用の武器ならばまだ些少残っているだろう。剣を選ぶんだったら、城の中庭で見張りをしてるやつが詳しいから連れて行くといい」
「わっかりました! ようし待ってろよデルフ」
 喜び勇んで出て行った才人がしばらくして戻ってきたとき、その手には一振りの日本刀が握られていた。
「お待たせしました! こいつでどうっすか?」
「へえ、見たことない片刃剣ね。って、なにこの鋼の鍛え具合!? 研ぎといい、変態ね、変態の国の所業ね」
「こいつは日本刀っていって、俺の国で昔使われてたやつなんだぜ。トリステインの人には使い勝手が悪いみたいで放置されてたらしいけど、アニエスさんに紹介してもらった人にも「切れ味ならこれが一番」って太鼓判を押してもらったんだ。てか、俺が使うならこれしかないぜ! これで頼みます」
 興奮した様子で才人が説明するのを一同は唖然と眺めていたが、才人から刀を受け取ったサーシャが軽く振っただけでテーブルの上のキャンドルの燭台が真っ二つになるのを見て、その驚くべき切れ味を認識した。確かにこれなら、切れないものなどあんまりないかもしれない。

847ウルトラ5番目の使い魔 60話 (5/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:38:37 ID:U1/UBfmE
 切れ味は申し分なし。なにより才人が気に入っているのだからと、異論を挟む者はいなかった。
 サーシャは日本刀を鞘に戻すと、デルフの残骸とともにテーブルの上に置いた。
「それじゃやるわよ。見てなさい」
「そ、そんなに簡単にできるんですか?」
「大事なのは精神体だけで、作り出すならともかく移し替えるだけなら難しくないわ。たぶん数分もあれば十分だと思うわよ」
 要はパソコンの引っ越しみたいなもんかと、才人は勝手に納得した。
 一同が見守る前で、サーシャは呪文を唱えて移し替えの儀式を始めた。その様子を才人は固唾を飲みながら見守り、その才人の肩をルイズが軽く叩いた。
「よかったわね、やかましいバカ剣だけどあんたにはお似合いよ。今度はせいぜい手放さないことね」
「ああ、ルイズもデルフとは仲良かったもんな。お前も喜んでくれてうれしいぜ」
「か、勘違いしないでよ。あいつにはたまにちょっとした相談に乗ってもらったくらいなんだから! ほら、もう終わるみたいよ」
 本当に移し替えるだけだったらすぐだったようで、日本刀が一瞬淡い光を放ったかのように見えると、そのまま元に戻った。
「こ、これでデルフは生き返ったんですか?」
「さあ? 儀式は成功したけど、抜いてみたらわかるんじゃない?」
 サーシャに言われて、才人は恐る恐る日本刀を手に取るとさやから引き抜いた。
 見た目は変化ない。しかし、すぐに刀身からあのとぼけた声が響きだした。
「う、うぉぉ? な、なんだこりゃ! 俺っち、いったいどうしちまったんだ? あ、あれ相棒? おめえ何で? え、なにがどうなってんだ?」
「ようデルフ! 久しぶりだな。よかった、完全に直ったんだな!」
「当然よ、この私が手をかけたんだから直らないほうがおかしいわ」
「ん? え、えぇぇぇぇっ! おめぇ、サ、サーシャか! それにそっちは、ブ、ブリミルじゃねえか。こりゃ、お、おでれーた……え? てことは、ここはあの世ってことか! おめえらみんな死んじまったのかよ」
 大混乱に陥っているデルフを見て、才人やサーシャたちはおかしくて笑った。

848ウルトラ5番目の使い魔 60話 (6/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:41:07 ID:U1/UBfmE
 だがずっと眠っていたデルフからしたらしょうがない。なにせデルフからしたらブリミルもサーシャも六千年前に死んでいる人間なのだ。才人がこれまでの経緯の簡単な説明をすると、デルフは感心しきったというふうにつぶやいた。
「はぁぁぁぁ、時を超えてねえ。まったく、長げぇこと生きてきたが、今日ほどおでれーた日はなかったぜ。しっかし、ほんとにブリミルとサーシャなのかよ。うわ懐かしい……おめえらと生きてまた会えるなんて、夢みてえだぜ。ああ、思い出してきたぜ……おめえらといっしょにした旅の日々、懐かしいなあ」
「久しぶり、いや僕らからすればはじめましてだけど、君も僕らと共に過ごした仲間だったんだね。会えてうれしいよ」
「まったく、なんか生まれてもいない子供に会った気分ね。けど、その様子だとちゃんとインテリジェンスソードとして成熟できたようね。よかったわ」
 奇妙な再会だった。こんなに時系列がめちゃくちゃで関係者が顔を合わせるなんてまずあるまい。
 しかし、困惑した様子のブリミルとサーシャとは裏腹に、デルフは堰を切ったように話し始めた。
「思い出した、思い出した、思い出してくるぜ。忘れてたことがどんどん蘇ってきやがるぜ。ちくしょう、サーシャに振られてたころ、懐かしいなあ、楽しかったなあ。でもおめえらほんと剣使いが荒いんだもんよお、六千年も働いたんだぜ。俺っちは死にたくても死ねねえしよお、わかってんのかよ? 苦労したんだぜまったくよぉ!」
「悪いわね。けど、私たちの子孫を助け続けてくれたそうね、感謝してるわ。寿命のある私たちにはできない仕事だから、もう少しサイトたちを助けてあげてくれないかしら」
「へっ、おめえにそう言われちゃしょうがねえな。まったくおめえらが張り切ってやたら子供をたくさん残しやがるからよぉ。ほんと毎夜毎夜、俺を枕元に置いてはふたりして激しく前から後ろから」
「どぅええーい!!」
 突然サーシャが才人の手からデルフをふんだくって壁に向かって野獣のような叫びとともに投げつけた。
 壁にひびが入るほどの勢いで叩きつけられ、「ふぎゃっ」と悲鳴をあげるデルフ。そしてサーシャはデルフを拾い上げると、「えーっ、もっと聞きたかったのに」と残念がるアンリエッタらを無視して、鬼神のような表情を浮かべ、震える声で言ったのだ。
「ど、どうやら再生失敗しちゃたようね。サイト、このガラクタを包丁に打ち直してやるからハンマー用意しなさい! できるだけ大きくて重いやつ!」
「あ、じゃあ武器庫に「抜くと野菜を切りたくなる妖刀」ってのがあったから、それと混ぜちゃいましょうか」
「キャーやめてーっ! 叩き潰されるのはイヤーッ! 生臭いのもイヤーッ!」
 悲鳴をあげるデルフの愉快な姿を眺めて、場から爆笑が沸いたのは言うまでもない。
 さて、それからサーシャの機嫌をなだめるのには少々苦労したものの、六千年ぶりの生みの親との再会にデルフは時間が許す限りしゃべり続けた。
「懐かしいぜ、おめえらとはいろいろあったよなあ。極寒の雪山で雪崩を切り裂いたことも、マギ族の魔法兵士と戦うために魔法を吸い込む力を与えてもらったことも昨日のように思い出せるぜ。それからよ、それからよぉ」
 懐かしさで思い出話が止まらなくなっているデルフに、ブリミルとサーシャはじっくりと付き合った。デルフの思い出は、ブリミルとサーシャにとっては未来のことだ。それも、未来を聞いたことによってこれから本当に起こるかはわからない。
 それでもよかった。仲間との再会はうれしいものだ、デルフの語る思い出の光景が、ふたりの脳裏にも想像力という形で浮かんでくる。もっとも、ときおり夜の思い出の話になりかけると、ブリミルは期待に表情をほころばせ、そのたびにサーシャが大魔神のような表情で睨みつけて黙らせていたが。

849ウルトラ5番目の使い魔 60話 (7/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:43:27 ID:U1/UBfmE
 そして、ひとしきり話が終わると、サーシャはなにげなくデルフに新しい魔法をかけていった。
「魔法を吸い込む力を強化しておいたわ。吸い込む量が増えれば反動も大きくなるけど、その刀の強度なら耐えられるでしょう」
 それが、再び今生の別れとなるサーシャからデルフへの餞別だった。
 そうして、ブリミルとサーシャは才人やルイズたち一同に見送られながら過去の世界へとアラドスに乗って帰っていった……山のように大量の食糧をおみやげに持って行って。
 
 あのときのことは、本当に思い出すと笑いがこみあげてくる。しかし、サーシャのこの時代への置き土産は、この時代の苦難はあくまでこの時代の人間がはらわなければいけないという課題でもある。
 才人はワルドを睨みながらデルフを握りしめ、今度こそデルフとともに最後まで戦い抜くことを誓った。
「さあ何度でも来やがれヒゲ野郎! もうお前なんか、おれたちの敵じゃねえぜ」
「おのれ、たかが平民が大きな口を叩いてくれる」
 才人の挑発に、ワルドは再度魔法を放とうとした。しかし、その詠唱が終わる前に、ワルドの至近で鋭い威力の爆発が起こったのだ。
『エクスプロージョン!』
「ぐおおっ!」
 とっさに身を守ったものの、死角からの一撃に少なからぬダメージをもらったワルド。そしてその見る先では、ルイズが毅然とした表情で自分に杖を向けていた。
「飛び道具があるのが自分だけだと思わないことね。そんなところに突っ立ってるなら狙いやすくて助かるわ。次は外さないわよ、覚悟なさい」
 ルイズの魔法には弾道がない。それゆえに回避が難しく、ワルドもさっきは長年の勘でとっさに身をひねってかわしたに過ぎない。
 ワルドは、このまま魔法の打ち合いを続けたら自分が不利だと判断した。あの二人は自分が死んでいた間にもさらに成長している。前と同じと思っていると危ない。
「やるね、小さいルイズ。だが君たちも僕をあなどってもらっては困る。楽しみは減るが、こちらも本気を出させてもらおうか」
 そう宣言すると、ワルドはサタンモアの背中から飛び降りた。そしてサタンモアに、お前はそのまま施設の破壊を続けるように命じると、自身は得意とするあの魔法の詠唱をはじめた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
 ワルドの姿が分身し、総勢八人のワルドとなってルイズたちの前に降り立った。

850ウルトラ5番目の使い魔 60話 (8/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:50:57 ID:U1/UBfmE
「風の遍在ね。まあ見たくもない顔がぞろぞろと、吐き気がするわ」
「ふん、だが君の魔法でも八人は一気に倒せまい。そして知っての通り、本体以外への攻撃は無効な上に、君の虚無の魔法が詠唱に時間がかかるのも知っている。時間は稼がせんよ、覚悟したまえ!」
 ワルドとその遍在は、八方からいっせいにルイズと才人に杖を向け、『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。ルイズの反撃は間に合わず、デルフリンガーとてこれだけの魔法の攻撃はしのぎ切れない。
 だが才人は不敵な笑みを浮かべると、ワルドたちに向かって言い返した。
「それはどうかな?」
 その瞬間だった。横合いから、無数の魔法の乱打がワルドと遍在たちに襲い掛かったのだ。
「サイトたちを助けろ。水精霊騎士隊、全軍突撃ーっ!」
 炎や水のつぶてが大小問わずに叩き込まれ、それらはとっさに防御姿勢をとったワルドたちには大きなダメージは及ぼさなかったものの、態勢を崩壊させるのには充分な威力を発揮した。
「ギーシュ、いいところで来てくれるぜ」
「ふふん、英雄は活躍するチャンスを逃さないものなのさ。てか、あれだけ騒いでおいて気づかれないほうがどうかしているだろうよ」
 かっこうつけて登場したギーシュたち水精霊騎士隊の仲間たちに、才人も笑いながらガッツポーズをして答える。
 対して、虚を突かれたのはワルドだ。八人で才人とルイズを包囲したと思ったら、いつのまにか倍の人数に囲まれている。ワルドは烈風カリンのような強者の存在は計算して襲撃したつもりでいたが、学生の寄り合い所帯に過ぎない水精霊騎士隊のことは完全に計算外だった。
 しかし……だが。
「ワルド、てめえの次のセリフを言ってやろうか? たかが学生ごときが何人集まったところで元グリフォン隊隊長たる『閃光』のワルドに勝てると思っているのかね? だ」
 才人のその言葉に、並んだワルドたちの顔がぴくりと震えるのが見えた。だが才人はただ調子に乗っているだけではない、そしてギーシュたちもプロの軍人メイジを前にして根拠のない蛮勇ではない。
 簡単なことだ。水精霊騎士隊の積み上げてきた経験は、もう並のメイジの比ではない。そしてメイジ殺しのプロである銃士隊に鍛え上げてもらってきたのだ、その地獄を潜り抜けた自信はだてではない。ギーシュは、ギムリやレイナールたちに向かって隊長らしく命令を飛ばした。
「さて諸君、元グリフォン隊隊長ワルド元子爵を相手に訓練ができるとは願ってもない機会だ。僕らの帰りを待ってくれているレディたちにいい土産話ができるぞ。元子爵どののご好意に感謝しつつ、元隊長どのを環境の整った美しい牢獄へご案内してあげようじゃないか」
「ええい、元元とうるさい! よかろう、ならば特別に稽古をつけてやろうではないか。その成果を十代前の祖父に報告するがいい」

851ウルトラ5番目の使い魔 60話 (9/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:52:55 ID:U1/UBfmE
 本気を出したワルドと水精霊騎士隊がぶつかる。ワルドにも焦りがあった、時間をかければ当然あの烈風がやってくる可能性が高まる、アルビオンでの敗北はワルドにとってぬぐいがたいトラウマとなっていた。
 ワルドは自分がつけいる隙を自らさらしていることに気づいていない。そして、当然才人とルイズも攻勢に打って出て、戦いは乱戦の様相を見せ始めた。
 
 
 しかし、才人とルイズがワルドとの戦いに忙殺され、ウルトラマンAに変身できなくなったことで、アブドラールスとUFO、そしてサタンモアは我が物顔でガリア軍を攻撃している。
 怪獣二体が相手では通常の軍隊では勝機は薄い。しかも不意を打たれているのだ、タバサはこれまでであれば自らシルフィードに乗って戦えたが、女王という立場では動くことはできない。
 ガリアの人間たちが傷つけられている姿を見ていることしかできないタバサ。しかし、彼女は敗北を考えてはおらず、その期待に応えて彼らはやってきた。
「きた」
 短くタバサがつぶやいたとき、空のかなたから光の帯が飛んできて上空のUFOに突き刺さった。
『クァンタムストリーム!』
 金色の光線の直撃を受けたUFOは粉々に吹き飛び、続いて空の彼方から銀色の巨人が飛んできてアブドラールスの前に土煙をあげて着地した。
「ウルトラマンガイア」
 信頼を込めた声でタバサがその名を呼ぶ。異世界でタバサが出会った友、タバサが突然の敵の襲撃を受けたと聞き、駆け付けたのだ。
「デヤァッ!」
 掛け声とともに、ガイアはアブドラールスとの格闘戦に入った。ガイアにとっては初めて戦う怪獣だが、ガイアがこれまで戦ってきた怪獣の中にもミーモスやゼブブなど格闘戦を得意とする相手はいた、初見の相手でも遅れはとらない。
 接近しての腰を落とした正拳突きでよろめかせ、すかさずキックを入れて姿勢を崩させる。
 逆に、反撃でアブドラールスが放ってきた目からの破壊光線は、大きくジャンプしてかわした。
 その精悍な戦いぶりに、パニックに陥っていたガリア軍からも歓声があがりはじめた。
「おお、すごいぞあのウルトラマン! ようし、今のうちに全隊集まれ、女王陛下をお守りするのだ」
 余裕が生まれると、さすがガリアの将兵たちは秩序だった動きを発揮しだした。それに、ガイアの戦いぶりは彼らに「怪獣はまかせても大丈夫」という頼もしさがあった。我夢は頭脳労働担当ではあるが、XIGの体育会系メンバーにもまれることで貧弱とは程遠いだけの体力も身に着けていたのだ。

852ウルトラ5番目の使い魔 60話 (10/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:55:20 ID:U1/UBfmE
 ガイアはリキデイターを放ち、アブドラールスの巨体が赤い光弾を受けてのけぞる。我夢は、敵が別の場所で動きを見せた場合に備えて藤宮に残っていてもらっていることに余裕を持ちながら、冷静に敵の意図を考えていた。
〔このタイミングで、白昼堂々仕掛けてきた理由はなんだ? 作戦も何もない力押しの攻撃、怪獣もなにか特別な能力を持たされてるわけではなさそうだ……〕
 もしも破滅招来体のような狡猾な相手なら、なにか裏があるはずだ。まして聞いた話ではジョゼフというのは相当に頭の切れる男らしい、我夢は戦いながら思案を巡らせ続けた。
 
 一方で、サタンモアもワルドから解放されて自由に暴れていた。
 空を縦横に飛び回り、本来の凶暴性を発揮して、子機であるリトルモアを解放して地上の人間たちを襲おうとする。が、そんな卑劣を許しはしないと、別の方向から次なる戦士が現れる。
『フラッシュバスター!』
 青い光線が鞭のようにサタンモアを叩き、リトルモアの射出態勢に入っていたサタンモアを叩き落とす。
 そして光のように降り立ってくる、ガイアに劣らないたくましい巨人の雄姿。その名はウルトラマンダイナ!
〔ようルイズ、手こずってるみたいじゃねえか。こっちの焼き鳥もどきはまかせな。さばいて屋台に出してやるぜ〕
「アスカ、あんたまた出しゃばってきて! 仕方ないわね。わたしより先にそいつを片付けられなかったらそいつのステーキを食べさせてやるからね」
〔うわ、それは勘弁してくれ。ようし、いっちょ気合入れていくか〕
 ルイズとテレパシーで短く言い合いをした後で、ダイナは指をポキポキと鳴らしてサタンモアに向き合った。
 対してサタンモアもリトルモア射出器官をつぶされはしたものの、これでまいるほど柔くはない。再浮上して、その最大の武器である巨大なくちばしをダイナに向かって猛スピードで突き立ててくる。
〔真っ向勝負のストレートで勝負ってわけか! その根性、気に入ったぜ〕
 ダイナは逃げずに正面からサタンモアに対抗し、胸を一突きにしようとするサタンモアの頭を一瞬の差でがっぷりと担ぎ上げた。
「ダアァァァッ!」
 サタンモアの勢いでダイナが押され、ダイナは全力でそれを押しとどめる。
 なめてもらっては困る。アスカはピッチャーだが下位打線ではない、それに、相手が真っ向勝負を向けてきたら燃えるタイプだ。
〔しゃあ、止めてやったぜ。俺ってキャッチャーの才能もあるんじゃねえか? ようし、じゃあでかいバットも手に入ったし、今度は四番バッターいってやろうか〕
 ダイナは受け止めたサタンモアの首根っこを掴むと、そのままホームランスイングよろしく振り回した。その豪快なスイングの風圧でテントが揺らぎ、砂塵が巻き起こる。当然サタンモアはたまったものではない。
 その相変わらずの戦いぶりには、旅を共にしてきたルイズも苦笑いするしかない。

853ウルトラ5番目の使い魔 60話 (11/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:56:11 ID:U1/UBfmE
 そして、戦いの中でダイナとガイアは一瞬だけ目くばせしあった。こっちはまかせろ、お前はそっちを存分にやれという風に、まるで長年そうしてきたようにごく自然にである。
 
 ふたりのウルトラマンの参戦によって、戦いは一気に流れを変えだした。
 だが、この戦いを見守る黒幕は、この状況を見てむしろ楽しそうに笑っていた。
「すごいすごい、さっそくウルトラマンがふたりも駆けつけてきましたよ。まったくこの星は恐ろしいですねえ、ひ弱な私にはとても侵略など思いもできませんよ」
 まるで他人事のような気楽な態度。自分が送り出した怪獣がやられそうだというのに、まるで気にした様子を見せていない。
 隣のジョゼフは無言で、なにかをじっと考え込んでいる。シェフィールドが心配そうにのぞき込んでいるが、まるで気づいている様子さえない。
 ジョゼフにここまで深刻に考えさせるものとはなにか? そして黒幕の宇宙人は、手を叩いて愉快そうにしながらクライマックスを告げた。
「おやおや、そろそろ決着みたいですね。王様、見逃すと損をしますよ。私も私の世界にはいないウルトラマンがどんな必殺技を繰り出すのか、もうワクワクしてるんですから」
 だがジョゼフは答えず、視線だけをわずかに動かしたに過ぎない。
 そしてそのうちにも、戦いは黒幕の言った通りに終局に入ろうとしていた。
 
 まずは怪獣たちに先んじて、ワルドが引導を渡されようとしていた。
「くっ、弱いくせにしぶとさだけは一人前だな」
「伊達に猛訓練してきたわけではないのでね。これくらいでへばっていたら、もっと怖いおしおきが来るのさ」
 ギーシュたちは三人がかりでワルドの遍在ひとりと対峙していた。互角、と言いたいところだがさすがワルドは強く、ギーシュたちは苦戦を余儀なくされているが、ワルドとて楽なわけではない。
「だが、いくら粘っても私の遍在ひとつ倒せないお前たちに勝機はないぞ」
「それはどうかな? ぼくらはただの時間稼ぎだったことに気づかなかったようだね。ルイズ、いまだ!」
「ええ、あんたたちにしちゃ上出来ね。『ディスペル!』」
 合図を受けたルイズが詠唱を終えて杖を振り下ろすと、杖の先から虚無の魔法の光がほとばしり、ワルドの遍在たちを影のように消し去っていった。あらゆる魔法の威力を消滅させる『ディスペル』の魔法の効力だ。
 たちまち一人になるワルド。ワルドは、水精霊騎士隊の戦いが、最初からディスペルの詠唱を終えるための囮であったことに気づくが、もう遅い。

854ウルトラ5番目の使い魔 60話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:07:14 ID:U1/UBfmE
「し、しまった」
「ようし、これで邪魔者は消えたな。みんな、袋叩きにしてやれーっ!」
 いくらワルドでもひとりで才人をはじめ水精霊騎士隊全員とは戦えない。悪あがきのライトニンググラウドも才人のデルフリンガーに吸収され、後にはワルドの断末魔だけが響いた。
 唯一、救いがあるとすればルイズが冷酷に言い放った一言だけだろう。
「とどめは刺すんじゃないわよ。そいつには吐かせなきゃいけないことがたくさんあるんだからね。まあ、アニエスの尋問を受けるのに比べたら死んだほうがマシかもしれないけど」
 まさしく『烈風』の血を引く者としての苛烈な光を目に宿らせたルイズの冷たい笑顔が、ワルドが気を失う前に見た最後の光景であった。
 
 そして、怪獣たちにもまた最後が訪れようとしている。
「ダアアッ!」
 ガイアがアブドラールスを宿営地の外側へと大きく投げ飛ばす。そして、無人の空き地に落ちたアブドラールスに向けて、ガイアは左腕にエネルギーを溜め、右手を交差させながら持ち上げると、そのまま腕をL字に組んで真紅の光線を放った。
『クァンタムストリーム!』
 光線の直撃を無防備に受けて、アブドラールスはそのまま大爆発を起こして四散した。
 
 さらに、ダイナも空を飛び交うサタンモアとの空中戦の末、両腕を広げてエネルギーをチャージし、全速力で突進してくるサタンモアに対してカウンターで必殺光線を放った。
『ソルジェント光線!』
 頭からダイナの必殺技を浴びたサタンモアは火だるまになり、そのまま花火のように爆発して宿営地の空にあだ花を残して消えた。
 
 ダイナはガイアのかたわらに着地し、「やったな」というふうに肩を叩いた。

855ウルトラ5番目の使い魔 60話 (13/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:08:11 ID:U1/UBfmE
 だが、ガイア・我夢は素直に喜ぶことができなかった。
〔どうした我夢? どっかやられたのか〕
〔いや、本当にこれで終わったのかなと思って。なにか、あっけなさすぎると思って〕
 ガイアもダイナもたいした苦戦をしたわけではない。ふたりともカラータイマー、ガイアの場合はライフゲージではあるが、青のままで余力たっぷりだ。
 念のために周りを探ってみたが、別の怪獣が潜んでいる気配もない。こちらがエネルギーを消費したところへ追撃が来るというわけでもなさそうだ。Σズイグルのように罠を残していった様子もなかった。
 アスカも、言われてみれば楽に勝てすぎたと思い当たったようだが、彼にもそれ以上はわからなかった。
 しかし、ウルトラマンの活動限界時間は少ない。考えている時間はなく、ふたりともこれ以上余計なエネルギーを消耗するわけにはいかないと飛び立った。
「ショワッチ」
「シュワッ」
 ガイアとダイナはガリア兵たちの歓声に見送られて飛び去り、宿営地に安全が戻った。
 兵たちは秩序正しく動き出し、被害箇所の復旧や負傷者の救助に当たり始めた。
 そんな中で、タバサは連行されていくワルドの姿を見た。すでに大まかな報告はタバサのところに上がってきており、概要は知っている。
 だが、タバサもまた解せない思いでいた。
「おかしい……」
「ん? なにがおかしいのね、おねえさま」
「ジョゼフの仕業にしては、あっさりしすぎてる……」
 シルフィードにはわからないだろうが、ジョゼフという男を長年見続けてきたタバサには、これがジョゼフのしわざとは到底思えなかった。
 確かにふたりのウルトラマンは強かった。それに、才人やルイズたちが強いのも友人のひいき目はなくわかっているつもりだ。だがそんなことはジョゼフなら当然わかるはずで、力押しならば圧倒的な戦力を背景にした上で、そうでなければ裏をかいて悪辣な何かを仕組んでいるのが常套だ。

856ウルトラ5番目の使い魔 60話 (14/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:09:27 ID:U1/UBfmE
 しかし、今回は怪獣たちは特に強化された様子もなく、ワルドも前のままの実力であっさりと捕らえられてしまった。追い詰められて手段を選んでられなくなったのか? いや、それはない。ジョゼフがそんな暗愚の王ならば、とっくの昔に仇は討っていた。けれど、ここが陽動でほかの場所で事件が起きたという知らせもなく、タバサもまた公務に忙殺されていった。
 
 激震が起きたのは、その翌日である。
 その日、ルイズは才人を連れてトリステイン王宮を訪れていた。もちろん昨日の顛末を女王陛下に報告し、さらに今後のことを話し合うためである。
「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ、ただいま参上つかまつりました」
 謁見の間には、アンリエッタのほかにタバサも先にやってきていて、王族同士ですでに話をつめていたようだ。
 なお、ウェールズは今はアルビオンに戻っている。アルビオンもまだまだ安泰というわけではないので当然だが、新婚だというのに別居せねばならないアンリエッタのことをルイズは痛ましく思った。平和が戻った暁には、トリステインとアルビオンを夫婦で交互に行き来して統治するつもりだというが、一日も早くそうしてあげたいと切に願っている。
 今日はこれから、捕縛したワルドから引き出した情報を元にしてジョゼフへの対抗策の原案を練る予定となっていた。だが、謁見の間に深刻な面持ちで入ってきたアニエスの報告を受けて、一同は愕然とした。
「ワルドの記憶が消されている、ですって!?」
 ルイズは思わず聞き返した。ほかの面々もあっけにとられている中で、アニエスは自分も納得できていないというふうにもう一度説明した。
「目を覚ましたワルドを、考えられるあらゆる方法で尋問したが、奴は錯乱するばかりで何も答えようとはしなかった。そこで、まさかと思って水のメイジに奴の精神を探ってもらったら、どうやら奴はここ数年来の記憶をまとめて消されてるようなのです」
「ここ数年ということは、つまりトリステインに反旗を翻したことも、昨日のことも……」
「ええ、きれいさっぱり忘れてしまっています。嘘をつけないように、それこそあらゆる手を尽くしましたが、結果は同じでした」
 アニエスの言う「あらゆる手」が、どんなものであるか、才人は想像を途中で切り上げた。ここは現代日本ではない、悪党へのむくいも違っていてしかるべきだ。
 しかし、記憶が消されているとは。アニエスは説明を続ける。
「恐らく、敗北したら記憶が消去されるようになんらかの仕掛けがされていたのでしょう。魔法か、薬物か、催眠術か……今、調査を続けておりますが、奴の記憶が戻る望みは薄いと思われます」
「口封じというわけね……けど、おかしいわね。口封じのためなら敗北したら死ぬようにしておけば、一番確実で安全でしょうに?」
 ルイズは、なぜワルドを生かして捕らえさせたのかと疑問を口にした。

857ウルトラ5番目の使い魔 60話 (15/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:12:05 ID:U1/UBfmE
 記憶が消されているのはやっかいだが、戻る可能性が皆無というわけではない。たとえば何らかの魔法、今も行方不明のアンドバリの指輪でも使えば強固な精神操作は可能であろうが、ディスペルを使えば解除は可能だ。そのくらいのことをジョゼフが予見できないとは考えられない。
 なら、記憶を消されたワルドにはまだ何か役割があるということか? アンリエッタはアニエスに、念を押すように尋ねた。
「アニエス、死んだはずのワルド子爵ですが、本当に死んだところを確認したのですね?」
「はい、あのとき奴の心臓をこの手で確実に……そして怪物と化した後はウルトラマンAが倒したのをこの目で確認しました。あれで、生きているわけがありません」
「しかし、現に子爵、いえ元子爵は生きた姿で帰ってきました。シャルロット殿、あなたはどう思われますか?」
 話を振られたタバサは、自分もいろいろと考えていたらしく、仮説を口にした。
「まだ、はっきりしたことは言えないけど。可能性としては、前にあなたたちが倒したワルドが偽物だった、スキルニルなどを使えば精巧な偽物は不可能じゃない。第二に、ワルドに似せた別人を自分をワルドだと思わせるように洗脳した。ほかにもいくつか仮説はあるけれど、どれも『なぜこのタイミングでワルドを送り込んできた』かの説明ができない。腕の立つ刺客なら、ジョゼフはほかに何人も雇えるはず」
 確かに、タバサを始末するだけならあんな派手な攻撃は必要ない。むしろひっそりと暗殺者を送り込むほうが安全で確実だ。なにより、ワルドはルイズたちへの雪辱に気を取られてタバサには目もくれていなかった。
 ルイズや才人も、納得のいく答えが出なくて悩んでいる。才人は、なにかあったらまたその時に考えればいいんじゃね? という風に笑い飛ばそうかとも思ったが、自分の手で確実に葬ったはずの奴が当たり前のように戻ってきたと思うと、やはり不愉快なものがあった。そんなにしつこいのはヤプールと、いいとこバルタン星人くらいでいい。
 残された手掛かりはワルドのみ。今もミシェルがやっきになって調査をしているものの、あまり期待はできそうにない。
 タバサはアニエスに対して、もう一度尋ねた。
「あのワルドという男、本当にあなたたちの知っているワルドそのものなの? スキルニルで作られた複製、あるいはアンドバリの指輪で操られている死人という可能性は?」
「ない! 女王陛下への報告の前に、あらゆる手立ては尽くした。魔法アカデミーにも頼んで徹底的にな。あれは間違いなくワルドだ。生きた人間だ!」
 アニエスはいらだって大声で答えた。彼女とて信じられないのだ、確実に死んだはずの人間がまた現れる。そんなことは、先の始祖ブリミルの一件だけでたくさんだ。
 
 しかし、完全に秘匿されているはずのこの部屋を、こっそりと覗き見ている者がいた。

858ウルトラ5番目の使い魔 60話 (16/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:13:07 ID:U1/UBfmE
 それは窓ガラスに張り付いた一匹の蛾。それが魔法で作られたガーゴイルであれば、部屋のディテクトマジックに引っかかっていだろうが、あいにくそれは科学で作られた超小型のスパイロボットだったのだ。
 その情報の行く先はもちろんガリアのヴィルサルテイル宮殿。そこでジョゼフとシェフィールドを前にして、黒幕の宇宙人は高らかに宣言した。
「ウフハハハ! 聞きましたか王様? 間違いなく生きた人間そのものだそうですよ。これで、私の言うことを信じていただけますね! では、始めていただけますね。約束しましたよね?」
「ああ、やるがいい……ミューズ、出かけるぞ。支度しろ」
「ジョゼフ様……はい、仰せのままに……」
 グラン・トロワから飛行ガーゴイルが飛び立ち、ジョゼフを呼びに来た大臣が騒ぎを起こすのはその数分後のことである。
 
 そして時を同じくして、トリステイン王宮でも事態は急変していた。
 突然、謁見の間の窓ガラスが割れて、室内に乾いた音が響き渡る。
「女王陛下!」
「ルイズ、俺の後ろにいろ!」
 敵襲かと、アニエスはアンリエッタをかばって剣を抜き、才人もルイズをかばって同じようにする。もちろんタバサも愛用の杖を握って、女王ではなく戦士の目に変わった。
 しかし、敵の姿は見えず、代わってガラスの破片の中からジョゼフの声が響いた。
『シャルロットよ、お前の屋敷で待っている。戦争を止めたければ、来い』
 それが終わると、ボンと小さな爆発音がして静かに戻った。
 いまのは、いったい……? 唖然とするルイズや才人。だが、タバサはわかっていた。わからないはずがなかった。
「ジョゼフ……」
 あの男の声を、父の仇であるジョゼフの声を聴き間違えるはずがない。
 だが、ジョゼフの声にしては珍しく落ち着きがなく、動揺が混じっていたように感じられたのはなぜだ? しかしタバサの中の冷静な部分の判断も、抑え込み続けてきた怒りの前にはかなわなかった。
 謁見の間の窓ガラスを自ら叩き壊し、ベランダに出たタバサはシルフィードを呼び寄せた。もちろんルイズや才人が慌てて引き止めようとする。

859ウルトラ5番目の使い魔 60話 (17/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:14:28 ID:U1/UBfmE
「待ってタバサ! あなた、どこへ行くつもり?」
「ジョゼフが待ってる。わたしは、行かなきゃいけない」
「なに言ってるのよ! これは間違いなく罠よ。あなたならわかるでしょう」
「たとえ罠でも、これはジョゼフを倒すまたとない機会。たとえ刺し違えても、あの男をわたしは倒す。わたしがいなくてもガリアは……さよなら」
 飛びついて止める間もなく、タバサはシルフィードで飛び去ってしまった。こうなると、シルフィードに追いつけるものはそうそう存在しない。
「タバサ! ああ、もうあんなに小さく。アニエス、竜かグリフォンを、って、それじゃ間に合わない。シルフィードより速いのなんてお母様の使い魔くらいしか、お母様は今どこ?」
「カリーヌどのは昨日の襲撃の検分のために、ちょうどお前たちと入れ違いになった。お前こそ、前に使ってみせた瞬間移動の魔法はどうした!」
「遠すぎるしシルフィードが速すぎるわ! もう、あの子ったら我を忘れちゃってるわ。こんなときに限って、キュルケもいないんだから、もう!」
「落ち着け! 追いつけなくても追いかけることはできる。シャルロット女王はどこへ向かった? 飛び去ったのはリュティスの方角ではないぞ」
 アニエスに言われて、ルイズははっとした。あの方向は、まっすぐ行けばラグドリアン湖……そしてキュルケから聞いたことがある。ラグドリアン湖のほとりには。
「旧オルレアン邸……タバサの実家だわ!」
 ジョゼフの言葉とも一致する。そこだ、そこしかないと才人とルイズは飛び出した。
 同時にアンリエッタもアニエスに命じる。
「アニエス、伝令を今連絡がとれる味方すべてに出しなさい。あらゆる方法を使って、ラグドリアン湖の旧オルレアン邸に急行するのです! シャルロット殿を死なせてはなりません!」
 伝書ガーゴイル、その他思いつく限りの方法がトリステイン王宮から放たれる。
 そして、急報を受けてトリステインのあらゆる方向からタバサに関わりのある者たちが飛び立っていく。目指すはオルレアン邸、前の戦いの疲れも癒えないままに、それはあまりにも唐突で早すぎる決戦かと思われた。
 
 
 しかし、いかに彼らが急ごうとも、タバサに先んじてラグドリアンまでたどり着ける位置と方法を有している者は、ウルトラマンさえいなかった。
 
 
 オルレアン邸の現在はギジェラに破壊されて以降、放置されたままの廃墟の姿をさらし続けている。

860ウルトラ5番目の使い魔 60話 (18/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:15:58 ID:U1/UBfmE
 タバサは飛ばされる理由もわからずに飛んでいるシルフィードに乗って、自分の家であり、かつて異世界に飛ばされる場所になったそこに帰ってきた。
「ここで待っていて」
 タバサは門の前にシルフィードを残すと、ひとりで邸内へと入っていった。
 敷地内は雑草で覆われ、焼け落ちた邸宅はつるに巻き付かれて荒れ放題な様相を見せていた。
 女王のドレスに身を包んだままのタバサは、油断なく杖を構えながら庭を進んでいく。かつて幼い日には家族と遊びまわった庭、ジョゼフが弟を訪ねて遊びにやってきたことも何回か覚えている。
 そう、オルレアン公と王になる前のジョゼフは、庭の一角にテーブルを広げ、よくチェスに興じていたものだ。思えば、チェスに関しても無類の強さを持っていた父が「待った」をしていたのはジョゼフを相手にだけだったかもしれない。
 そしてその場所で、ジョゼフはひとりで立って待っていた。
「来たなシャルロット……ここも変わってしまったな。俺がここにやってきたのは、ざっと五年ぶりくらいだ。あの頃のお前はまだ妖精のように小さくて、来るたびにシャルルの奴が娘の自慢話を長々と聞かせてくれたものだ」
「呼ばれたから、来た。なにを、企んでいるの?」
「そう警戒するな。別に罠などは仕掛けていないし、ここにいる俺はスキルニルでも影武者でもない俺本人だ。お前より先にリュティスからここに来るのは、少々骨を折ったぞ」
 ジョゼフは杖も持たずに棒立ちでタバサの前に無防備でいた。
 対してタバサは油断せずに、全神経を研ぎ澄ませてジョゼフと自分の周囲を観察している。
 伏兵が潜んでいる気配は特にない。目の前の相手も、こうして確認する限りではジョゼフ本人に間違いはない。だが、一気に魔法を撃って仕留める気にはならなかった。ジョゼフも虚無の担い手であることは判明している。下手な攻撃は返り討ちに合う危険性が高い。
 だが、洞察力をフル動員してジョゼフを観察しているタバサは、違和感を覚えてもいた。なにか、声に余裕がなく、焦っているように感じられる。あのジョゼフが焦る? まさか。
「ここはわたしの家、客人は来訪の用件を言ってもらう」
「フ、たくましくなったものだなシャルロット。用事は簡単だ。お前にひとつ、相談したいことがあってな」
「相談? 冗談はよして」
「冗談ではない、俺は本気だ。実は今、真剣に悩んでいることがあってな。お前にもぜひ意見をもらいたいんだ」
 信じがたい話だが、ジョゼフが嘘を言っているようには思えなかった。だがジョゼフの口から出る言葉が、まともなものとはとても思えなかった。
 このまま問答無用で仕留めにかかるか? 相談とやらが何か知ったことではないが、それを聞けばまず間違いなく自分が不利になる。
 しかし、タバサが決断するよりも早く、ジョゼフがつぶやいた一言がタバサの心を大きく揺り動かした。
「……」
「……え?」
 タバサの表情が固まり、心臓が意思に反して激しく脈動し始めるのをタバサは感じた。
 ジョゼフは今、なんと言った? まさか、いやそんな馬鹿な。だが、それならジョゼフの焦りの説明もつく。そうか、あれはすべてこのために用意された伏線だったのか。
 呼吸が荒くなり、杖を持つ手が幼子のように震えだす。それは、どんな悪魔のささやきよりも深くタバサの胸へと浸透していった。
 
 その間にも、才人たちは全速力でオルレアン邸へと急行しつつある。
 けれど、黒幕のあの宇宙人はそれにも動じることはなく、自分の思い通りに事が進んでいることに高笑いを続けていたのだ。
 
 
 続く

861ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:17:47 ID:U1/UBfmE
今回は以上です。
急展開突入。タバサの運命やいかに!

862名無しさん:2017/06/27(火) 13:09:10 ID:jMO6xym.
ウルトラ乙

863ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/29(木) 23:59:20 ID:XQsS.U.Q
5番目の人、乙です。私の投下も始めさせてもらいます。
開始は0:02からで。

864ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:03:10 ID:jU/S1V5A
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十七話「決闘!ウルトラマンゼロ対悪のウルトラ戦士」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 六冊の本の旅を終えた才人とゼロだったが、ルイズの記憶は元に戻らなかった。更にはルイズが
ダンプリメなる謎の人物に、本の中にさらわれてしまった! 才人たちはダンプリメの正体を、
ガラQに説得されたリーヴルから知らされる。ダンプリメは長い年月を経て本に宿った魔力が成長して
誕生した存在であり、人間に関心を持った末に莫大な魔力を秘めているルイズを自分のものにしようと、
リーヴルを脅して今回の事件を仕組んだのであった! そんなことを許せる才人ではない。彼は
リーヴルの手を借りて、ダンプリメが待ち受ける七冊目の世界へと突入していった……!

「うッ……ここは……」
 才人がうっすら目を開けると、そこはもう図書館ではない別の場所であった。本の中の
世界に入ったに違いない。
 しかし七冊目の本の世界は、これまでの六冊の世界とは大きく異なっていた。それまでの
本の世界は、様々な宇宙の地球の光景そのままの街や自然で彩られた景観が広がっていたのに、
この世界は360度見渡す限り薄暗い荒野が続いていて、石ころとほこりしかないようであった。
「随分殺風景だな……。至るところに何もないぜ」
「それはそうさ。この本の物語はまだ一文字たりとも書かれていない。だからこの世界には
まだ何もないのさ」
 才人の独白に対して、背後から返答があった。才人は即座にデルフリンガーを抜いて振り向いた。
「ダンプリメ!」
 果たしてそこにいたのはダンプリメ。才人のことを警戒しているのか、デルフリンガーの刃が
届かない高さで浮遊している。
「物語はこれから綴られるんだ。ウルトラマンゼロ……君たちが敗北し、ボクとルイズの永遠の
本の王国が築かれるハッピーエンドの物語がね」
 ダンプリメはすました態度でこちらを見下ろしながら、そんなことを言い放つ。対して才人は、
デルフリンガーの切っ先をダンプリメに向けて言い返した。
「残念だったな。これから書かれるのは、俺たちがルイズを救出して現実世界に帰るハッピー
エンドの物語だ!」
 早速ダンプリメに斬りかかっていこうと身構える才人だが、それを察知したダンプリメは
才人から距離を取りつつ告げた。
「まぁ落ち着きなよ。そう勝負を急がずに、前書きでも楽しんでいったらどうだい? たとえば、
ボクがどうして六冊もの本の世界を君たちにさせたのか」
「何?」
 自在に宙を舞うダンプリメが逃げに徹していると、才人も狙うのが難しい。相手の動きを
常に警戒しながら、ダンプリメの発言を気に掛ける。
「ルイズを手に入れる上で最大の障害である君たちを排除するため……おおまかに言って
しまえばそういうことだけど、それは旅のどこかで本の怪獣たちに倒されればいいな、
なんて希望的観測じゃないんだよ。ボクも、そんな不確実な方法に頼るほど馬鹿じゃない」
「じゃあ何のためって言うんだ」
 才人が聞き返すと、ダンプリメは自分でも言っていたように、遠回りな説明を始める。
「ところでボクは本から生まれた存在なだけに、その知識量はこの世界の誰の追随も許さない
ものと自負している。何せ、トリステインの図書館の蔵書数がそのままボクの知識だからね。
それは世界の全てを知っているということに等しい。それこそあらゆることをボクは知っているし
実際に行うことも出来る……剣術も間合いの取り方だって達人のレベルさ」

865ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:06:16 ID:jU/S1V5A
 いつの間にか、ダンプリメが剣を手に才人の背後にいた! 間一髪察知した才人は振り向きざまに、
相手の斬撃をデルフリンガーで弾く。
「図に乗るな! いくら本の内容を全部知ってるからって、世界の全てを知った気でいるのは
自惚れだぜ!」
「そうだね。逆に言えば、本に書かれてないことをボクは知らない。そう、君の中の光の戦士、
ウルトラマンゼロ。それなんかがいい例だ」
 単なる余興だったのか、剣を弾かれても平然としているダンプリメは、才人の胸の内を指差した。
「ハルケギニアの外の世界からやって来て、超常的な力であらゆる敵を粉砕する無敵の戦士。
その力の前では、どこまで行っても本の世界から外に出ることは出来ないボクは呆気なく
粉砕されてしまうだろう。そう考えたボクは、リーヴルを通じてある策を実行した。無敵の
ウルトラマンゼロを『本の中の登場人物』にしてしまうというね」
「何!?」
 ここまでの説明で才人も、ダンプリメの狙いが薄々分かってきた。
「本の中に引き込んでしまえば、ボクは相手の能力を分析することが出来る。六冊分もの
旅をさせて、既にウルトラマンゼロの力は隅々まで把握してるよ。……だけど、狙いは
それだけじゃあないんだ」
「まだあるってのか!」
「旅の中で、君たちは度々その本の世界には本来存在しない怪獣と戦っただろう。あれらは
ボクの介入で出現したんだ。何でそんなことが出来たのかって? それはこの『古き本』の
力によるものさ!」
 ダンプリメが自慢げに取り出して見せつけたのは一冊の本。それは……。
「怪獣図鑑!?」
 どこで出版されたものか、古今東西の様々な怪獣の情報が記載されている図鑑であった。
そんなものまでトリステインに流れ着いていたのか。
「それだけじゃない。本の中の存在も生きてるんだよ。本の中の怪獣が君たちに倒されるごとに
生じた怨念のエネルギーも、ボクは集めてたんだ。そういうこともボクは出来るんだよ」
 それは黒い影法師の力か。ダンプリメはそんな能力まで学習していたのだ。
 そしてダンプリメの周囲に、六つの禍々しく青白い人魂が出現する。
「……それが真の狙いかよ!」
「さぁ、機は熟した。ウルトラマンゼロへの怨念が一つになり、今こそ誕生せよ! ゼロを
上回る最強の戦士よッ!」
 ダンプリメの命令により人魂が一つになり、マイナスエネルギーも相乗効果によって膨れ上がる。
そして人魂が巨大化して戦士の形になっていった!
「あ、あれは……!」
 新たに生まれた、邪悪な力をたぎらせる巨人の戦士を見上げて、才人は思わずおののいた。
 あまりにもおぞましいオーラを湛えた異形の姿だが、胸の中心に発光体を持つその特徴は、
明らかにウルトラ戦士を模していた。頭部には四本ものウルトラホーン、腕にはスラッガーが
生えていて、様々なウルトラ戦士の特徴を有しているようである。
「目には目を。歯には歯を。古い言葉だが、ウルトラマンを葬るのにも闇のウルトラマンが
最もふさわしいだろう。君たちウルトラ戦士を抹殺する闇の戦士……ウルトラダークキラー
とでも呼ぼうかな」
「馬鹿な真似はよせ! 闇の力ってのは、手を出したら取り返しがつかないことになるぞッ! 
今ならまだ間に合う!」
 警告を飛ばす才人だが、ダンプリメは取り合わず冷笑を浮かべるだけだった。
「おやおや、ウルトラダークキラーを前にして臆病風に吹かれちゃったかな? 君が勇士と
いうのは、ボクの買い被りだったかな」
「……どんなことになっても知らねぇぞッ!」

866ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:09:31 ID:jU/S1V5A
 才人はやむなくウルトラゼロアイを装着して変身を行う。
「デュワッ!」
 才人の身体が光り輝き、この暗い世界を照らそうとするかのように閃光を発するウルトラマン
ゼロが立ち上がった。
「ふふ、いよいよ最後の決戦の始まりだ。さぁウルトラダークキラーよ、恨み重なるウルトラマン
ゼロをその手で闇に還すがいい!」
 ダンプリメの命令によって、ウルトラダークキラーが低いうなり声を発しながら腕のスラッガーで
ゼロに斬りかかってきた!
「セアッ!」
 こちらもゼロスラッガーを手にして対抗するゼロだが、ダークキラーの膂力は尋常ではなく、
押し飛ばされて後ろに滑った。
『くそッ、とんでもねぇパワーだな……!』
 ダークキラーは倒した本の怪獣全ての怨念の結集体というだけあり、力が途轍もないレベル
だということが一度の衝突だけでゼロには感じられた。
『こいつは全力で行かねぇと駄目なようだな! デルフ!』
 そこでゼロはゼロスラッガーとデルフリンガーを一つにして、ゼロツインソードDSを作り出した。
本の世界では一度も使用していないこれならば、ダンプリメも対策はしていまい。
『こりゃまた歯ごたえのありそうな奴じゃねぇか。相棒、遠慮はいらねぇ。かっ飛ばしな!』
『もちろんだぜ! はぁぁぁぁぁッ!』
 ゼロはツインソードを両手に握り締めて、一気呵成にダークキラーへと斬りかかっていった。
 ゼロツインソードとダークキラーのスラッガーが激しく火花を散らしながら交差する。
ダークキラーはその内にゼロを突き飛ばすと、スラッガーを腕から切り離して飛ばしゼロへ
攻撃してきた。
「セェェアッ!」
 ゼロは一回転して迫るスラッガーをツインソードで弾き返す。スラッガーがダークキラーの
腕に戻った。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 一旦体勢を整えて、ひと言つぶやくゼロ。ダークキラーの戦闘力はかなりのもので、
ゼロツインソードを武器にしてもやや押されるほどであった。しかし、ゼロは決して戦いを
あきらめたりはしない。どんな相手だろうとも最後まで立ち向かい、勝利をもぎ取る覚悟だ。
 だが、この時にダンプリメが次のように言い放った。
「そっちもさすがにやるものだね。このダークキラーに食い下がるなんて。……だけど、
ボクはより確実に君を倒す手段を用意してるんだよ」
『何!?』
「さぁ、ここからが本番だッ!」
 パチンと指を鳴らすダンプリメ。それを合図にしてダークキラーの身体から怨念のパワーが
次々と切り離されて飛び散り、それぞれ実体と化してゼロを取り囲む。
 それらは全て、ダークキラーと同じように暗黒のウルトラ戦士の形を成した!
『な、何だと……!?』
 カオスロイドU、カオスロイドS、カオスロイドT、ダークキラーゾフィー、ダークキラージャック、
ダークキラーエース、ウルトラマンシャドー、イーヴィルティガ、ゼルガノイド、カオスウルトラマン、
カオスウルトラマンカラミティ、ダークメフィスト……ウルトラダークキラーも含めたら何と十三人にも
及ぶ悪のウルトラ戦士軍団! ゼロはすっかり囲まれてしまった!
『おいおいおい……こいつぁ絶体絶命って奴じゃねえか?』
 口調はおちゃらけているようだが、その実かなり本気でデルフリンガーが言った。
「行くがいい、ボクの暗黒の軍勢よ! 恨み重なるウルトラマンゼロを葬り去れッ!」
 ダンプリメの号令により、悪のウルトラ戦士たちが一斉にゼロへと襲いかかる! ゼロは
ツインソードを握り直して身構える。
『くぅッ!?』

867ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:12:48 ID:jU/S1V5A
 カオスロイドやダークキラーたちが飛びかかってくるのを必死でかわし、ツインソードを振り抜いて
ウルトラマンシャドーやゼルガノイドを牽制するゼロ。だが悪のウルトラ戦士は入れ替わり立ち代わりで
攻撃してくるので、反撃の糸口を掴むことが出来ない。
 そうして手をこまねいている内に、カオスロイドSのスラッガー、ウルトラマンシャドーの
メリケンパンチにツインソードが弾き飛ばされてしまった。
『し、しまった!』
 回収しようにも、カオスウルトラマンたちやダークメフィストが立ちはだかって妨害してきた。
立ち往生するゼロをイーヴィルティガ、ゼルガノイドが光線で狙い撃ってくる。
『うおぉッ!』
 懸命に回避するゼロだったが、十三人もの数から狙われてそうそう逃げ切れるものではない。
ウルトラダークキラーを始めとした悪のウルトラ戦士たちの光線の集中砲火を食らい、大きく
吹っ飛ばされた。
『ぐはあぁぁぁッ!』
 悪のウルトラ戦士はどれも本当のウルトラ戦士に迫るほどの恐るべき戦闘能力を持っている。
しかもゼロがたった一人なのに対し、二桁に及ぶ人数だ。多勢に無勢とはこのことで、ゼロはもう
なす術なくリンチにされている状態であった。
 完全に追いつめられているゼロのありさまに、ダンプリメが愉快そうに高笑いした。
「ははは……! 実質一人で乗り込んでくるからこんなことになるのさ。仲間を危険な罠から
守りたかったのかもしれないけど、一緒に本の世界の中に入る方が正解だったのさ」
 今もなお袋叩きにされているゼロを見やりつつ、勝ち誇って語るダンプリメ。
「君はこれまで、一人の力だけで勝ってきた訳じゃないようだね。仲間の助けを受けることも
あった。……だけど、この本の世界では君の仲間なんてどこにもいない。君は独りなのさ、
ヒラガ・サイト……ウルトラマンゼロッ!」
 最早エネルギーもごくわずかで、息も絶え絶えの状態のゼロにウルトラダークキラーが
カラータイマーからの光線でとどめを刺そうとする……!
 その時であった。
「それは違うわ!」
 突然、ダンプリメのものではない甲高い声……才人たちにとって非常に慣れ親しんだ声音が
響き渡り、ダークキラーがどこからともなく発生した爆発を受けてよろめいた。
 恐るべき暗黒の戦士のウルトラダークキラーの体勢を崩すほどの爆撃……それも才人たちは
よく覚えがあった。
『ま、まさか……!』
 ゼロが振り向くと、その視線の先に……桃色のウェーブが掛かった髪の少女が腰に手を当て、
無い胸を張っているではないか!
『ルイズッ!!』
 才人は歓喜や驚愕、疑問など様々な感情が入り混じった叫び声を発した。また驚き、動揺
しているのはダンプリメも同じだった。
「そ、そんな馬鹿な! ルイズの意識は確かに眠らせていたはず……それがどうしてこの場に
いるんだ!?」
 ルイズはダンプリメの疑問の声が聞こえなかったかのように、ゼロに向かって叫んだ。
「ゼロ、しゃんとしなさい! あなたは独りなんかじゃない。……本の世界でも、あなたは
たくさんの人を助けて、絆を紡いでいったんでしょう? わたし、覚えてるわよ!」
 そして空の一角を指し示す。
「ほら、みんなが駆けつけてくれたわよ!」
 ルイズの指差した方向から、ロケット弾や光弾が雨あられと飛んできて、ゼロに光線を
発射しようとしていたカオスロイドU、S、カオスウルトラマン、カラミティの動きを阻止した。
『あれは……!』
 ゼロの目に、この場に猛然と駆けつけてくるいくつもの航空機の機影が映った。

868ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:14:07 ID:jU/S1V5A
 ジェットビートル、ウルトラホーク、テックライガー、ダッシュバード! どれも各本の世界で
共闘した防衛チームの航空マシンだ!
「何だって……!?」
 またまた絶句するダンプリメ。だがそれだけではなかった。
「彼らだけじゃないわ。ほら見て! みんなやって来たわよ!」
 各種航空機の編隊に続いて飛んでくるのは……あれはウルトラマン! ウルトラセブン! 
ゾフィー! ジャック! エース! タロウ! コスモスにジャスティス! マックス! 
ティガにダイナにガイアも! 計十二人ものウルトラ戦士がマッハの速度で飛んできて、
ゼロを守るようにその前に着地してずらりと並んだ。さすがの悪のウルトラ戦士たちも、
この事態にはどよめいてひるんでいる。
『み、みんな……!』
 声を絞り出す才人。最早言うまでもないだろう。彼らは六冊の本の世界の旅の中、才人と
ゼロが出会い、助け、助けられた者たちである。
 才人は最後の旅の終わり際にティガ=ダイゴが言っていた言葉を思い出した。「この恩は
必ず返す」……その約束を果たしに来てくれたのだ!
『みんな、本の世界の枠を超えて、助けに来てくれたのか……!』
 強く胸を打たれるゼロ。彼はコスモスとジャスティスからエネルギーを分け与えてもらって、
力がよみがえった。
 そしてルイズが救援のウルトラ戦士たちに告げるように、高々と宣言した。
「さぁ、行きましょう! このウルトラマンゼロの物語をハッピーエンドにするために!!」

869ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:15:05 ID:jU/S1V5A
今回はここまで。

勝てる気がしない×
勝てない○

870ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:29:03 ID:nOWdnO9U
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です
特に問題が起こらなければ、84話の投下を21時32分から始めます

871ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:32:06 ID:nOWdnO9U
「全く、昨夜は随分と騒いでくれたじゃないか?」
 『魅惑の妖精亭』二階にある客室の一つ、八雲藍は部屋の中にいる三人を睨みつけながら言った。
 服装は霊夢と魔理沙が良く知る道士服姿ではないが、頭から生える狐の耳で彼女が紫の式なのだと一目でわかる。
 そして彼女は怒っていた。本気…と呼べるほどではないが、少なくとも鋭い眼光をルイズ達に見せるくらいには怒っていた。
 先ほどこの店の一階で思わぬ再開を果たした後、出された食事を手早く食べさせられた後にこの部屋へと連れ込まれてしまったのである。
 助けてくれそうなジェシカとスカロンは彼女を信頼しているのか、それとも何かしらの゙危機゙を本能的に察したのだろう。
 今夜の仕込みと片づけが終わるとさっさと寝てしまい、シエスタも店の手伝いがあるので今はベッドでぐっすりと寝息を立ててる。
 つまり、逃げる場所は無いという事だ。
 
 霊夢は部屋に一つしかないシングルベッドに腰掛けて、右手に持った御幣の先を地面に向けて何となく振っており、
 魔理沙とルイズはそれぞれ椅子に腰かけ、テーブルに肘をついてドアの前で仁王立ちする藍を見つめている。
 
 博麗の巫女であり、彼女ともそれなりに知り合いである霊夢はスーッと視線を逸らして話を聞いている。
 あの紫の式だというのに主と違って融通が利かず、人間には上から目線な彼女の説教をまともに聞く気はないのだろう。
 一方で魔理沙は気まずそうな表情を浮かべてじっと視線を手元に向けつつ、軽く口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
 霊夢以上に目の前の式が好きになれない彼女にとって、これから始まる説教は単なる苦行でしかない。
 そしてルイズはというと、唯一三人の中でキッと睨み付けてくる藍と睨み合っていた。
 とはいっても、実際には緊張のあまり身動きできない為に目と目が合ってしまっているだけであったが。

 お喋りなインテリジェンスソードのデルフも今は黙り込み、微動だにすらしないまま大人しく鞘に収まって壁に立てかけられたている。
 三人と一本。昨夜この近辺で子供のスリ相手に大騒ぎした三人は一体の式を前に大人しくなってしまっていた。
 両腕を胸の前で組む藍はこちらをじっと見つめるルイズと視線を合わせたまま、こんな質問をしてきた。
「お前たちに一つ聞く、…一度幻想郷へと帰り、この世界へ戻ってくる前に紫様に何か言われなかったか?」
 そう言って霊夢と魔理沙を睨み付けると、視線を逸らしたままの霊夢がボソッと呟いた。
「言われたわよ?今回の異変を解決するにはルイズの協力が必要不可欠だって…」
「そういやーそんな事言われてたな。…後、私にはしばらく白米は口にできないって言ってたっけな?あの時は―――」
「霊夢はともかく魔理沙、お前に関しての事はどうでも良い。私が聞きたいのは、お前たち三人に向けて紫様が言った事だ」
 無意識に空気を和まそうとした二人の会話をもう一段階怒りそうな藍が遮ると、今度はルイズの方へと話を振る。

「…というわけだ。あの二人はマジメに答える気はないようだが、お前はちゃんと覚えているだろう」
 自分を睨み付けるヒトの形をした狐に睨まれたルイズは、ハッとした表情を浮かべて自分の記憶を掘り返す。
 それは今からほんの少し、アルビオンから帰ってきた後に幻想郷へと連れていかれ紫と散々話をしたこと、
 翌日に霊夢の神社とやらで゙これから゙の事を話し合い、念のためには魔理沙を押し付けられてハルケギニアへ戻る事となった事。
 そしてルイズは思い出す。魔理沙が来た後、紫が学院の自室へと続くスキマを開ける前に言っていた事を。
 彼女が自分たちを見下ろし、心配そうに言っていたのが印象的だったあの説明。
 それを頭の中で思い出し、忘れてしまった部分は省略と補正でどうにかして、一つの説明へと作り直していく。
 藍がルイズに話を振ってから数秒ほどだろうか…少し返事が遅れたものの、ルイズは口を開いてあの時聞かされた事を喋り出す。
「た、確か…能力を使って戦うのは良いけど、あまり人目に触れると大変な事になる…って言ってたような…」
「……少し違うが、まぁ大体合っているな」
 少々しどろもどろだったルイズの回答に藍は自分なりに褒めてあげると、今度は霊夢と魔理沙を睨みつけながら話を続けていく。

872ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:34:08 ID:nOWdnO9U
「彼女の言った通り、紫様はこの世界ではいつもの異変解決と同じ感じで暴れ回るなと言った筈だ
 特にこの世界の人間…彼女を除いた貴族、平民含むすべての人間にはなるべく自分たちの力を見せるな。…と」

 それがどうだ?最後にそう付け加えると、二人はバツの悪そうな表情を浮かべて思わずそっぽを向いてしまう。
 確かに、昨日は魔法学院とは比べ物にならない大勢の前で箒で飛んだりしていたし空も自由に飛び回っていた。
 幸いあの時はスペルカードもお札も使わなかったので良かったが、そうでなければ彼女の怒りはこれだけでは済まなかっただろう。
 九尾狐からの大目玉をくらわずに済んだ二人は、しかし今は素直に胸をなで下ろす事はせずにじっと藍の睨みを我慢していた。
 紫ならともかく、彼女の場合融通が利かなすぎて安易に冗談を言おうものなら普通に怒ってくるのである。
 主が傍にいるのなら彼女が上手い事間に入ってくれるのだが、当然今は幻想郷でグータラしていることだろう。
 よって霊夢と魔理沙の二人が取れる行動は、何となく彼女の話を聞きながら視線を逸らし続ける事であった。

 二人がそっぽを向き続け、流石にこれは不味くないかと感じたルイズが少しだけ慌て始めた時、
 キッと目を鋭くして睨み続けていた藍は一転して諦めたような表情を浮かべて、大きなため息をついた。
「まぁ…した事と言えば空を飛んだだけで、この世界では別に珍しい事では無い。大衆の前でスペルカードを使うよりかはマシだな」
 そう言ってから肩を竦めてみせると、それを待っていたと言わんばかりに霊夢達は藍の方へと視線を向ける。
「何だ何だ、お前さんにしてはやけに諦めが早いじゃないか?悪いモンでも喰ったのか?」
「そうね。……っていうかそれくらいしか目立ったもの見せてないし、怒られる方が理不尽極まりないわ」
「………お前らなぁ」
 まだ許すのゆの字すら口に出していないというのに、ここぞばかりに二人は口達者になる。
 単にあっさり許した藍に驚く魔理沙はともかく、霊夢の反省する気ゼロな言葉に流石の式も顔を顰めてしまう。
 そして相変わらず変わり身の早い二人を見て額に青筋を浮かべつつ、藍は怒る気力すら失せてしまう。
 下手に怒鳴っても彼女たちに効かないのは明白であるし、霊夢の場合だと逆恨みまでしてくるのだから。
 
 そんな式の姿にルイズは軽い同情と憐れみの気持ちを覚えつつも、ふと気になる疑問が一つ脳裏に浮かぶ。
 それを口に出そうか出さないかと悩んだところで、その疑問を質問に変えて藍聞いてみた。
「えーと、ラン…だったけ?ちょっと質問良いかしら?」
「ん?いいぞ、言ってみろ」
 丁寧に右手を顔の横にまで上げたルイズの方へと顔を向けた藍は、コクリと頷いて見せる。
 急な質問をしてきたルイズに何かと思ったのか、霊夢達も口を閉じて彼女の方へ視線を向けた。
「単純な質問だけど、どうしてここのお店で人間のフリして働いてるのよ?」
「……ふふふ、ルイズ〜。それはコイツにとっちゃあ凄くカンタンな質問だぜ?」
 しかし藍が口を開く前に、口から「チッチッ…」という音を鳴らしながら人差し指を振る魔理沙に先を越されてしまう。
 ルイズと霊夢は突然意味不明なことをし出す魔理沙に奇異な目を向けつつ、彼女は藍に代わって質問に答えようとした。

「答えは一つ、それはコイツが人間のフリしてこの店の人間を頂こ…うって!イテテ!冗談だって……!?」
「冗談でも言って良い事と悪い事ぐらい、言う前に吟味しろ」
 最も、得意気に言おうとした所で右の頬を強く引っ張ってきた藍に無理矢理止められてしまったのだが。
 一目で怒ってると分かる表情で魔法使いの頬を抓る式の姿を見て、幻想郷の連中に慣れてきたルイズは思わず身震いしてしまう。
 そしてあの魔理沙が有無を言わさず暴力に晒される光景に、目の前にいる狐の亜人がタダものでないという事を再認識した。

「じゃあ真剣に聞くけど、何でアンタみたいなのがわざわざ人間の中に紛れて…しかもこの店で働いてるのよ?」
 藍の暴力という矛先が魔理沙へ向いている間に、すかさず霊夢もルイズと同じような質問をする。
 ただし先の質問をしたルイズとは違い、彼女の体からあまり穏やかとは言えない気配が滲み出ている。

873ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:36:08 ID:nOWdnO9U
 霊夢からしてみれば、式といえども妖怪の中では群を抜く存在である九尾狐が人間との共存などおかしい話なのだ。
 古来から大陸を中心に数多の国を滅ぼし、外の世界においても最も名が知られているであろう九尾狐。
 人間なんて餌か玩具程度としか見なさないようなヤツが、どうしてこんな場所で人間と暮らしているのか?
 妖怪を退治する側である霊夢としては、彼女がここにいる真意…というか目的を知りたいのであった。

 そんな霊夢の考えを察したのか、彼女の方へと顔を向けた藍は魔理沙の頬を抓るのをやめた。
 彼女の攻撃か解放された魔理沙が頬を摩りながらぶつくさ文句を言うのを余所に、霊夢と向き合ってみせる。
 ベッドに腰掛けたままの霊夢と、この部屋にいる四人の中で唯一立っている藍。両者ともに鋭い目つきで睨み合う。
 人間と妖怪、食われる側と食う側、そして退治する側とされる側。共に被食者であり捕食者である者たちの間から漂う殺気。
 その殺気を感じたのかルイズと魔理沙の二人が緊張感を露わにするのを余所に、まず最初に藍が口を開いた。
「…まぁそうだな、お前からしてみれば私が何か企んでいると思っているんに違いない。…そう思ってるんだろう?」
「まだ手ェ出してない内にゲロっといた方が良いわよ?今なら半殺しよりちょっと易しい程度で済ましてあげるから」
「落着けよ。紫様の式である私がこの世界で人を喰いたいが為にいないなんて事はお前でも理解できるだろ」
「そこよ、紫のヤツが何を考えてアンタを人の中に放り込んだのか…その意図を知りたいの」
 人差し指を突き付けてそう言う霊夢に、藍は「初めからそう言え」と言ってからそれを皮切りにして説明し始める。
 それは八雲紫が、式である彼女に任命しだ任務゙の事と、ここで働く事となった経緯についてであった。

 八雲藍の分かりやすく、そして的確な事情説明は時間にすれば三十分程度であったか。
 途中話を聞くだけの側である霊夢達が、ここが藍が寝泊まりしてる寝室だと知ってから勝手に物色し始めたり、
 そして見つけたお茶と茶請けを勝手に頂いたり…というハプニングはあったものの、何とか無事に聞き終える事ができた。
「なるほどね〜、紫のヤツもまぁ…アンタ相手に無茶な命令してくるわねぇ」
「紫様の考えている事もまぁ納得はできるが、…それよりも人の菓子を平気で食うお前の神経が理解できん」
「概ね同意するわね。私も自室にこっそり隠しておいた大切なお菓子を食べられたから」
 最初は疑っていた霊夢も、これまでのいきさつと藍が街のお菓子屋から買ってきたであろうクッキーのお蔭ですっかり丸くなっている。
 藍も藍で一応は止めようとしたものの、下手に騒いでも得にはならない為止むを得ず見逃すしかなかった。
 そんな彼女と相変わらず暴虐無人な霊夢を見比べて、ルイズは人の姿をした狐の化け物についつい同情してしまう。

「それにしてもさぁ、紫も考えたもんだよな。この異変を利用して、魔法技術を幻想郷に広めようだよなんて」
『実力のある者ほど危機を好機と解釈して動く。お前さんの主は相当賢いねぇ』
 羊羹とは違い王都で購入したお茶啜っていた魔理沙が口を開くと、今まで黙っていたデルフもそれに続く。
 どうやら藍の話を聞くうちに危険ではあるものの話が通じる者と判断したのか、いつもの饒舌さを取り戻していた。
 藍も幻想郷では目にした事の無い喋る剣に興味を示しているのか、デルフの喧しい濁声には何も言わない。
 まぁ嫌悪な関係になっては困るので、ルイズ達としてはそちらの方が有難かった。

 八雲藍が主である紫に命令されてこのハルケギニアへと来た目的は大まかに分けて二つ。
 一つはこの世界と幻想郷を複雑な魔法で繋げ、゙何がを企てようとしている異変の黒幕の情報を探る事。
 いくら霊夢が異変解決の専門家であったとしても、流石に幻想郷よりも広大な大陸から黒幕を探し当てるのを難しいと判断したのか、
 自分の式をこの世界へと送りつけて、今はハルケギニア各国で何かしら不穏な動きが無いか探らせているらしい。
 ただ、本人曰く「この世界は業火に変わりそうな煙が幾つも立ち上っている」とのことらしい。
 そして二つ目は、魔理沙が言ったようにこの世界の発達した魔法技術が幻想郷でも使えるか調査しているのだという。
 各国によりバラつきはあるらしいが、今の段階でも外の世界の魔法より遥かに洗練された技術と彼女は褒めていた。
「そーいえばそうよね。…あの涼しい風を発生させてた水晶玉もマジック・アイテムだったし」
「だな。この世界の魔法は私達ほど独創性は無いが、呪文自体は固定化されてるし便利と言えば便利だぜ?」
 以前、その魔法技術がもたらした涼風の恩恵を受けた事のある霊夢と魔理沙も彼女の言葉に納得している。

874ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:38:09 ID:nOWdnO9U
「幻想郷にそのまま持ち込んでも十分使えるが、こちらなりに改良すれば格段に便利になるかもしれないぞ」
「そーいえば紫も似たような事言ってたわね。ヨウカイ達の生活向上だとか何とかで…」
 説明を終えて一息ついていた藍に続くようにして、少し嬉しそうなルイズが紫との会話を思い出す。
 別に彼女がこの世界の魔法を作ったわけではないが、それでも敬愛する始祖ブリミルから賜わった魔法が異世界の者に認められたのだ。
 貴族、ひいてはメイジにとってこれ程…というモノではないが嬉しくないワケがなく、その顔には笑顔が浮かんでいる。
 嬉しそうに微笑んでいるルイズを一瞥しつつも、その時紫か言っていた事を思い出した霊夢はふと藍に質問してみた。
「でも、妖怪たちの為に研究するなら私や人里で住んでる人たちにはその恩恵を分けてやらないつもりなの?」
「まずは身内から…という事だ。里の人間に不用意に技術を渡せばどういう風に利用されるか分かったものじゃない」
「魔法使いの私としても、人里中に似非魔法使いが溢れるっていうのは感心しないなぁ」
「っていうか、さりげなく自分も恩恵にありつこうとしてるのがレイムらしいわね…」
 藍の口から出た厳しい回答に魔理沙とルイズがそれぞれ反応を示した後、暫し部屋に静寂が流れる。
 開け放たれた窓の外から見える王都は既に賑わっており、静かな部屋の中に喧騒が入り込む。

 暫しの沈黙の後、口を開いたのは壁に立てかけられていたデルフであった。
『…で、お前さんはこの王都に来たのはいいものの寝泊まりする場所が確保できず、やむを得ず住み込みで働くことにしたと…』
「うむ。時期が悪かったのもあるが…ここまで活気のある都市へ来るのも久々だったからな」
 先程の説明の最後で教えた事を反芻するデルフの言葉に頷いて、はぁ…と切なげなため息を口から洩らす。
 そのため息の理由を何となく察することのできたルイズたちの脳裏に「トレビアン」と呟いて体をくねらす大男の姿が過る。
「…大分お疲れの様ね。まぁ無理もないと思うけど」
「正確に関して言えばこの会話では一番真っ当な人間だと思うんだが、如何せん性格がアレでは…」
「トレビアン、だろ?そりゃーあんなのと四六時中いたら気も滅入ると思うぜ」
 幻想郷では絶対にお目にかかれないであろうスカロンの存在に、霊夢と魔理沙も疲れた様子の藍に同情してしまう。
 何せどんなに性格が良くてもあの見た目なのである、あれでは初対面の人間はまず警戒するだろう。

(酷い言われようだけど、でもあんな容姿だと確かに仕方ないわよねぇ)
 ルイズは口にこそ出さなかったものの、大体霊夢達と似たような考えを心中で呟いた時である。
 突然ドアをノックする音が聞こえ、思わず部屋にいた者たちがそちらの方へ顔を向けた直後、小さな少女がドアを開けて入ってきたのは。
 やや暗い茶髪の頭をすっぽり包むほどの大きな帽子を被り、少し高めと思われるシンプルな洋服に身を包んだ十代くらいの女の子。
 あの廊下で足音一つ立てず、ドアの前にいきなり現れたと思ってしまうような少女の闖入にルイズは思わず「女の子…?」と口走ってしまう。
 そして驚く彼女に対して、霊夢は少女の体から漂ってくる気配ど獣の臭い゙から少女の正体をいち早く察する事ができた。
「ふ〜んふふ〜んふ…――――えっ!?な、何でここに巫女がいるの?それに、黒白も!?」
「巫女?黒白?何、貴女もコイツラの親戚なの?」
 八重歯を覗かせる口から鼻歌を漏らしながら入ってきた少女は部屋に入るなり、霊夢達の姿を見て酷く驚いてしまう。
 ルイズはその驚きようと、少女の口から出た単語で霊夢達と関係のある人物だと疑い、奇しくもそれは的中していた。
 霊夢と魔理沙の姿を目にして先程の嬉しげな様子から一変、冷や汗を流しながら狼狽える彼女にベッドから腰を上げた霊夢が傍へと歩み寄る。

「まぁアンタとは藍と顔を合わせるよりも前に出会ってたから、どこかにいるだろうとは思ってたけど…っと!」
 怯えた様子を見せる少女のすぐ傍で足を止めた霊夢はそんな事を言いつつ、そのままヒョイッと少女が着ている服の後ろ襟を掴み上げた。
 身長は一回り小さいものの、少なくとも軽々と持ち上げられる程軽くは無いはずなのに…霊夢は少女を片手で掴み上げている。
 何処か現実味の薄いその光景にルイズが軽く驚く中、持ち上げられた少女は両手足を振り回して抵抗し始めている。
「わ、わわわわぁ…!ちょッ放してよ!」
「…あ、ちょっとレイム!そんな見ず知らずの女の子に何てことするのよ!」
 ルイズの最な注意にしかし、霊夢は反省するどころかルイズに向けて「何を言ってるのか?」と言いたげな表情を浮かべていた。

875ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:40:14 ID:nOWdnO9U
「見ず知らずですって?アンタ忘れたの?コイツがアンタの部屋に来た時の事を」
「………?私の、部屋…。それって、もしかして魔法学院の女子寮塔にある私の自室の事?」
『レイム。今のその嬢ちゃんの姿じゃあ娘っ子には分からないと思うぜ?』
 霊夢の意味深な言葉にルイズが首を傾げるのを見てか、デルフがすかさず彼女へ向けて言った。
 彼もまた気配から少女の正体を察して思い出していた。かつて自分を異世界へと運んでくれるキッカケとなった、小さくて黒い使者の姿を。

「はぁ…全く。変装するくらいならもう少し技術を磨いてからにしなさいよね?」
 デルフの忠告に霊夢はため息をつきながら少女へ向かってそんな事を言うと、彼女が頭に被っている帽子に手を伸ばす。
 恐らくこの世界で藍が買い与えたであろう帽子は妙にふわふわとした触り心地で、決して安くはない代物だと分かる。
 その帽子を掴み、さぁそれをはぎ取ってやろう…というところで霊夢は未だ一言も発していない藍へと視線を向ける。
 自分を見つめる彼女の目が鋭い眼光を発しているが、何も言わない所を見るにこのままこの少女の゙正体゙をルイズの前で明かしても良いという合図なのか?
 そんな事を思った霊夢は、一応確認の為にと腕を組んで沈黙している藍へ確認してみることにした。
「……で、ご主人様のアンタが何も言わないのならコイツの正体を念のためルイズに教えてあげるけど…良いわよね?」
「まぁお前のやり方は問題があると思うが、これも良い経験になるだろう。その子の為にも手厳しくしてやってくれ」
「そ、そんなぁ!酷いですよ藍様ー!」
 霊夢を睨み続ける藍からのゴーサインに少女が思わずそう叫んだ瞬間、
 彼女が頭に被っていた帽子を、霊夢は勢いよく引っぺがしてやった。

 文字通り帽子がはぎ取られ、小さな頭がルイズたちの目の前で露わになる。
 その直後、その頭から髪をかき分けるようにしてピョコリ!と勢いよく一対の黒い耳が出てきたのである。
 頭髪よりもずっと黒い毛色の耳は、まるで…というよりも猫の耳そのものであった。
「え?み、耳…ネコ耳!?」
 少女の頭から生えてきた猫耳に目を丸くしてが思わず声を上げてしまった直後、
 間髪入れずに今度は少女が穿いているスカートの下から、二本の長く黒い尻尾がだらりと垂れさがった。
 頭から生えてきた耳と同じく猫の尻尾と一目でわかるその二尾に、流石のルイズも口を開けて驚くほかない。
「こ、今度は尻尾…!二本の…って、あれ?二尾…猫耳…黒色…?」
 しかし同時に思い出す、霊夢が言っていた言葉の意味を。
 二本の尻尾に黒い猫耳。形こそ違うが、似たような特徴を持っていた猫と彼女は過去に会っていた。

 アルビオンから帰還した後、霊夢とデルフからガンダールヴのルーンについて話し合ったていた最中の事。
 あの猫は唐突にやってきたのである、まるで手紙や荷物の配達しにきたかのように。
 そして自分とデルフは誘われ、彼女は帰還する事となったのだ。自分にとっての異世界、幻想郷へと。
  
 あの後の色んな意味で刺激的すぎる出来事と体験を思い出した後、ルイズはようやく気づく。
 目の前にいる猫耳と二尾を持つ少女と、かつて出会っていた事に。
「え?ちょっと待って、じゃあもしかして…あの時の猫ってもしかして」
「もしかしなくても、あの時の猫又こそコイツ――式の式こと橙のもう一つの…っていうか正体ね」
 ルイズか言い切る前に霊夢が答えを言って、猫耳の少女――橙をパッと手放した。
 ようやく怖ろしい巫女の魔の手から解放された橙は目の端に涙を浮かべながら藍の元へ一目散に駆け寄る。
「わあぁん!酷いよ藍さま〜、帰って来るなりこんな目に遭っ……うわ!」
 てっきり諌めてくれるかと思って近づいた橙はしかし、今度は主の藍に首根っこを掴まれて驚いてしまう。
 正に仔猫の様に扱われる橙であったが、元が猫であるので驚きはするが別に痛みは感じいない様だ。

876ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:42:16 ID:nOWdnO9U
 一方、近寄ってきた橙を掴んだ藍は自分の目線の高さまで彼女を持ち上げると目を細めて話しかけた。
「橙、私がこうして怒っている理由はわかるよな?」
「は、はい…」 
 藍の静かな、しかしやや怒っているかのような言い方に橙は借りてきた猫の様に委縮しながら頷く。
「前にも言ったが、この店での仕事がある日は私の言いつけ通り外出は一時間までと決めた筈だな」
「仰る、通りです…」
「うん。……じゃあ、今は外へ出てどれくらい経ってる?」
「一時間、三十分です」
「正確には一時間三十五分五十秒だ」
 そんなやり取りをした後、冷や汗を流す橙へ藍の軽いお説教が始まった。
 
「…やれやれ、誰かと思えば式の式とはね。…まぁ藍のヤツがいるならコイツもいるよな」
 静かだが緊張感漂う藍のお説教をBGMにして、魔理沙が一人納得するかのように呟く。
 最初のノックの時こそ誰かと思ったものの、ドアを開けて自分たちに驚いた所で彼女も正体には気が付いていた。
 デルフや霊夢と比べてやや遅かったが、この世界で何の迷いもなく自分の事を黒白を呼ぶ少女なんて滅多にいない。
 それに実力不足から来る抑えきれない獣の臭いもだ、あれでは正体を見破れなくとも怪しまれる事間違いなしだろう。
 そんな事を思いながら、しょんぼりと落ち込む橙を見つめてお茶を飲む魔理沙にふとルイズが話しかけてくる。

「それにしても意外ねぇ。あの女の子の正体が、あの黒猫だったなんて」
「まぁあの二匹に限っては獣の姿の方が正体みたいなもんだしな、そっちの方が学院にも潜り込めると思うしな」
 驚きを隠せぬルイズにそう言った所で説教は済んだのか、藍に首根っこを掴まれていた橙が地面へと下ろされた。
 少し流す程度に訊いていた分では、どうやらあらかじめ決めていた外出時間を大幅に過ぎていた事に怒っているのだろう。
 腰に手を当てて自分の式を見下ろす藍は、最後におさらいするつもりなのか「いいか、橙」と彼女へ語りかける。
「私か紫様にお使いを頼まれた時でも外出時間はきっかり一時間までだ。いいな?」
「はい、御免なさい…」
 橙も橙で反省したのか、こくり頷いて謝るのを確認してから藍が「…さぁ、彼女の方へ」とルイズの方へ顔を向けさせた。
 魔理沙と話していたルイズは、突然自分と橙を向き合わせてきた藍に怪訝な表情を見せてみる。

 一体どういう事かと問いかけてくるようなルイズの表情を見て、藍は橙の肩に手を置きつつ彼女へ自己紹介を始めた。
「まぁ名前は言ったと思うが、この子は橙。私の式で…まぁ霊夢達からは式の式とか呼ばれているがな」
「ど、どうも…」
 先ほどの怒っていた様子から一変して笑顔を浮かべる藍の紹介に合わせて、橙もルイズに向かって頭を下げる。
 スカートの下で黒い二尾を大人しげに揺らしてお辞儀をする彼女の姿に、ルイズもついつい「こ、こちらこそ」と返してしまう。
 別に返す必要は無かったのだが、霊夢や魔理沙、そして藍と比べて随分かわいい橙の雰囲気で和んだとでも言うべきか…
 元々猫が好きという事もあったルイズにとって、橙の存在そのものは正に「愛らしい」という一言に尽きた。
 橙も橙でルイズが自分に好意を向けてくれている事に気づいてか、頭を上げると申し訳程度の微笑みをその顔に浮かべる。 

「やれやれ、化け猫相手に笑顔なんか向けちゃって」
 そんな一人と一匹の間にできた和やかな雰囲気をジト目で見つめながら、霊夢は一言呟く。
 霊夢にとって猫というのは化けてようがなかろうが、時に愛でて時に首根っこを掴んで放り投げる動物である。
 神社の境内や縁側で丸くなってる程度なら頭や喉を撫でて愛でてやるのだが、それも猫の行動次第だ。
 それで調子に乗って柱や畳に粗相しようものなら、箒を振り回してでも追い払いたい害獣として扱わざるを得ない。
 更に化け猫何てもってほかで、長生きして妖獣化した猫なんて下手な事をされる前に退治してしまった方が良い。
 とはいえ、相手が藍の式である橙ならば何も知らないルイズ相手に早々酷いことはしないだろう。

877ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:44:18 ID:nOWdnO9U
 そんな時であった。自分の方へと視線を向けてニヤついている魔理沙に気が付いたのは。
 面白そうな事を見つけた時の様なニヤつきに何かを感じた霊夢は、キッと睨み付けながら彼女へ話しかける。
「何よ、そんなにジロジロニヤニヤして」
「いやー何?基本他人の事にはそれ程気を使わないお前さんでも、人並みに嫉妬はするんだな〜って思ってさ」
「はぁ?私が嫉妬ですって?」
 テーブルに肘をつきながら何やら勘違いしている黒白に、霊夢は何を言っているのかと正直に思った。
 大方橙のお愛想に気をよくしたルイズをジト目で見つめていたから、そう思い込んでしまったのだろう。
 無視してもいいのだが、ルイズたちにも当然聞こえているので後々変な勘違いをされても困る。
 多少面倒くさいと思いつつも、魔理沙に自分の考えが間違っている事を丁寧に指摘してあげることにした。

「別に嫉妬なんかしてないわよ。ただの化け猫相手に愛想よくしても何も出やしないのに…って呆れてるだけよ」
「…!むぅ〜、私を藍様の式だと知っててそんな事言うのか、この巫女が〜」
「ちょっとレイム、いくらなんでもそれを本人の目の前で言うとか失礼じゃないの!」
 霊夢の辛辣な言葉に真っ先に反応した橙は反論と共に頬を膨らませ、ルイズもそれに続いて戒めてくる。
 彼女の勢いのある暴言に、ショーを見ている観客気分の魔理沙はカラカラと笑う。
「いやぁ〜ボロクソに言われたなー橙、まぁ今みたいにルイズに色目使うと霊夢に噛みつかれるから次は気を付けろよ」
『お前さんがレイムのヤツをからかわなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うがな』
「全くその通りだな。何処に行っても変わりないというか、相変わらず過ぎるというか…やれやれ」
 魔理沙の言葉にすかさずデルフが突っ込み、藍は霊夢に跳びかかろうとする橙を押さえながら呆れていた。


「―――良い?言うだけ無駄かもしれないけど、これからは自分の言葉に気を付けなさいよね!」
「はいはいわかったわよ、…全く。―――あっそうだ」
 その後、襲い掛かろうとした橙に変わってルイズに軽く注意された霊夢はふと藍にこんな事を聞いてみた。
「そういえば…アンタの式はどこほっつき歩いてきたのよ?アンタと再会したばかりの時には見なかったけど…」
「ん?そうか、まだお前たちには話してなかったな。……橙、ちゃんど調べ物゙はしてきたな?」
 霊夢からの質問に忘れかけていた事を思い出したかのように、藍は背後に控えていた橙へと呼びかける。 
 尻尾を若干空高く立てて、警戒している橙はハッとした表情を浮かべると自分の懐へと手を伸ばす。
『お?……何か取り出すみたいだな』
 その様子から何をしようとしているのか察したデルフが言った直後、橙は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。
 彼女の手よりほんの少し大きいソレは、まだ使い始めて間もないのか新品のようにも見える。
 ルイズたちの前で自慢げに取り出したソレを、橙はこちらへと顔を向けている自分の主人の前へ差し出す。 

「藍様、これを…」
「うん、確かに受け取ったぞ」
 橙からメモ帳を受け取った藍は真ん中くらいからページ開き、ペラペラと何度か捲っている。
 そして、とあるページで捲っていた指を止めると今度は目を右から左に動かしてそこに書かれているであろう内容を読み始めた。
「……?何よ、何が書かれてるのよそんな真剣に読んじゃって」
 無性に気になった霊夢が藍にメモ帳を読んでいる藍に聞いてみると、彼女は顔を上げてメモ帳を霊夢の前を突き出す。
 読んでみろ、という事なのだろうか?怪訝な表情を浮かべつつも霊夢はそれを受け取ると、最初から開いていたページの内容に目を通した。
 ルイズと魔理沙も霊夢の傍へと寄って何だ何だと目を通したが、ルイズの目に映ったのは見慣れぬ文字ばかりである。
「何よこれ?…あぁ、これってアンタ達の世界の文字ね。で、何て書かれてるのよ?」
 魔理沙には難なく読めている事からそう察したルイズは、霊夢に質問してみる。
「ちょい待ちなさい―――ってコレ、もしかして…」
「あぁ、間違いないぜ」
 逸るルイズを抑えつつメモ帳に書かれていた内容を理解した霊夢に、魔理沙も頷く。
 一体何がどうなのか分からないままのルイズは首を傾げてから、後ろで見守っている藍へと話を振る。

878ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:46:07 ID:nOWdnO9U
「ねぇラン、このメモ帳には何が書かれてるのよ?私には全然分からないんだけど」
「昨日お前たちから金を盗んだという子供とやらに関する情報だ。…まぁ大したモノは無かったがな」
「へぇ、そうなんだ…って、え!そうなの?」
 自分の質問に藍が特に溜めもせずにあっけらかんに言うと、ルイズは一瞬遅れて驚いて見せた。
 昨日彼女と一緒に霊夢を運んだ際に、何があったのかと聞かれてついつい口に出してしまっていたのである。
 その時はまだ霊夢の取り合いだと知らなかったので、自分たちの素性はある程度隠してはいたのだが、
 きっと自分達の事など、最初に見つけた時点で誰なのか知っていたに違いない。

「酷いですよ藍様ー!せっかく身を粉にして情報を集めたっていうのに」
「そう思うのならもう少し良い情報を集めてきなさい。そこら辺の野良猫に聞いても信憑性は低いんだから」
 自分が持ってきたモノを「大したことない」と評されて怒る橙と、諌める藍を見てルイズはそんな事を思っていた。
 しかし、どうして自分たちの金を盗んだ子供とは無関係の彼女達がここまで調べてくれるのだろうか?
 それを口にする前に、彼女と同じ疑問を抱いたであろうデルフがメモの内容へ必死に目を通す霊夢達を余所に質問した。
『しっかし気になるねぇ〜、昨日の件とは実質的に無関係なアンタらがどうしてここまで首を突っ込むのかねぇ?』
「…あっ、それは私も思ったぜ?人間同士の争いには無頓着なお前さんにしてはらしくない事をする」
「まぁ書かれてる内容自体は、大したことない情報ばっかりだけどね」
「うわぁ〜ん!巫女にまで大したことないって言われた!」

 霊夢にまでそう評されて怒る橙を余所に、藍は「そりゃあ気になるさ」と彼女らしくない言葉を返した。
「何せ盗られた金額が金額だからな。…確か、三千二百七十エキューか?お前たちにしては持ち過ぎと思うくらいの大金だな」
 一回も噛むことなく満額言い当てた藍の言葉を聞いて、霊夢と魔理沙は一瞬遅れたルイズの顔を見遣ってしまう。
 金を盗られた事は話していても、流石に金額まで言わなかったルイズは首を横に振って「言ってないわよ?」と答える。
 藍は三人のやり取りを見た後、どうして知っているのかと訝しむ彼女たちに答えを明かしてやる事にした。
「何も聞き耳を立てているのは人間だけじゃない、街の陰でひっそりと暮らすモノ達はしっかりとお前たちの会話を聞いてたんだ」
「…成程ねぇ、だから橙を外に出歩かせてたワケね」
 藍の明かしてくれた答えでようやく理由を知った霊夢が、彼女の隣で頬を膨らます化け猫を一瞥する。
 化け猫であり妖獣である橙ならば猫の言葉が分かるし、それならメモ帳に書かれていた内容も理解できる。 
 とはいっても、その大部分が書く必要もない情報――どこそこのヤツと喧嘩したとか、向かいの窓の娘に一目惚れしてる―――ばかりであったが。
 
「大部分の情報がどうでもいいうえに、有用なのも、私でもすぐに調べられそうな情報ばかりなのが欠点だけどね」
「それ殆ど褒めてないでしょ?ちょっとは褒めてあげなさいよ、可哀想に」
「まぁ所詮は式の式で化け猫だしな、むしろ気まぐれな猫としてこれで精一杯てヤツだな」
「わぁー!寄ってたかって好き放題に言ってくれちゃってぇー!!」
「こらこら橙、コイツラに怒るのは良いがもう少し声は控えめにしないか」
 容赦ない霊夢と魔理沙のダメ出しと、調べて貰っておいてそんな態度を見せる二人に呆れるルイズ。
 そして激怒する橙を宥める藍を見つめながら、デルフはやれやれと溜め息をつきながら一人呟いていた。


『こんだけ騒がしい中にいるってのも…まぁ悪くは無いね。少なくともやり取りだけ聞いてても十分ヒマはつぶせるよ』
 壁に立てかけられている彼はシッチャカメッチャカと騒ぐ少女たちを見て、改めて霊夢の元にいて悪くは無かったと感じた。
 多少扱いは荒いが言葉を間違えなければ悪い事にはならないし、何より話し相手になってくれるだけでも十分に嬉しい。

879ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:48:10 ID:nOWdnO9U
 以前置かれていた武器屋の親父と出会うまでは、鞘に収まったままずっと大陸中を移動していた。
 南端にいたかと思えば、数か月もすれば北端へ運ばれて…サハラの国境沿いにあるガリアの町まで運ばれた事もある。
 何人かは自分がインテリジェンスソードだと気づいてくれたが、生憎自分の゙使い手゙となる者達では無かった。
 戦うこと自体はあまり好きではない。しかし、剣として生きているからには自分を使いこなせる者の傍にいたい。
 そして、できることならば自分を戦いの場で振るってほしいのだ。

 そんな風に出会いと別れを繰り返し、暇で暇で仕方ないときに王都に店を持つ親父と出会えたのは一種の幸運であった。
 ゙使い手゙ではなかったが自分を一目見て正体を看破しただけあって、武器に関しての知識はあった。
 話し相手として申し分ないと思い、暫く路地裏の武器屋で過ごした後に色々あって魔法学院の教師に買われてしまった。
 それなりに戦えるようだが゙使い手゙ではなかったし、メイジが一体何の冗談で買ったのかと最初は疑っていたのである。
 
(そんで、まぁ…色々あってレイム達の許へ来たわけだが…まさかこの嬢ちゃんが『ガンダールヴ』だったとはねぇ)
 今にも跳びかからんとする橙に涼しい表情を見せる巫女さんを見つめながら、デルフは一人感慨に浸る。
 何ぜ使い手゙どころか剣を振った事も無いような華奢な彼女が、あの『ガンダールヴ』ルーンを刻まれていたのだ。
 かつて『ガンダールヴ』と共にいた彼にとって、霊夢という存在は長きに渡る暇から解放してくれた恩人であったが、第一印象は最悪であった。
 最初の出会いは最悪だったし、その後も一人レイムの知り合いという人外に隅から隅まで容赦なく調べられたのである。
 まぁその分いろいろと『おまけ』を付けてくれたおかげで、ルイズと霊夢たちが喧嘩した時の仲直りを手伝えたからそれは良しと思うべきか?。
(いや、良くはないだろうな。…でも、久々にオレっちを振るってくれるヤツが現れただけマシってやつか)
 もしもし人の形をしているならば首を横に振っていたであろう彼は、まだ記憶に新しいタルブでの出来事を思い出す。

 ワルドという名の腕に覚えのあるメイジとの戦いは、久しぶりに心躍る出来事であった。
 霊夢も自分と『ガンダールヴ』の力を存分に使って振るい、これまで溜まっていた鬱憤を見事拭い去ってくれたのである。
 かつての記憶は忘れてしまったが、以前自分を使ってくれた『ガンダールヴ』よりも直情的な戦い方。
 けれどもあのルーンから伝わる力に、どれ程自分の心が震えたことか。
 あれのおかげか知らないが、ここ最近になってふと忘れていた昔の事をぼんやりと思い出せるようになっていた。
 といってもそれを語れるほどではなく、ルイズ達にはその事を話してはいない。
(あーあ、懐かしかったなーあの力の感じは。オレを最初に振るってくれだ彼女゙と同じで――――ん?彼…女…?)

 そんな時であった、心の中でタルブの事と朧気な昔の記憶を思い出していたデルフの記憶に電流が走ったのは。
 まるで永らく電源を入れていなかった発電機を起動させた時の様に、記憶の上に積もっていたノイズという名の埃が振動で空高く舞い上がっていく。
 その埃が無くなった先に一瞬だけ見えたのだ、どこかの草原を歩く四人の男女の影を。

(誰だ…お前ら?――イヤ違う、知ってる。そうだ…!憶えてる、憶えてるぞ…)
 誰が誰なのかをまだ思い出せないが、それでもデルフの記憶の片隅に断片が残っていた。
 それがビジョンとして一瞬だけ脳内を過った事で、彼は一つだけある記憶を思い出す。
 そう、自分は『ガンダールヴ』とその主であるブリミル…その他にもう二人の仲間がいたという事実を。
 どうして、この瞬間に思い出したかは分からない…けれど、それを思いだすと同時にある事も思い出した。
 これは長生きの代償で失ったのではなく、何故か意図的に忘れようとしたことを。

(でも…なんでだ?どうしてオレ、この記憶を゙忘れようどしたんだっけ?)
 最も、その理由すら忘れてしまった今ではそれを思いだす事などできなかったが…
 それが彼の心と思考に、大きなしこりを生むこととなってしまった。

880ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:50:13 ID:nOWdnO9U
 霊夢達の容赦ないダメ出しで怒った橙を宥め終えた藍は、彼女は後ろに下がらせて落ち着かせる事にした。
 式の式である彼女は完全にへそを曲げており、頬を膨らませながら霊夢達にそっぽを向けている。
 そりゃあ本人なりに主からの命で必死に調べた情報を貶されたのだ、つい怒りたくなるのも分かってしまう。
 ご立腹な橙と、その彼女と対照的に落ち着いている霊夢たちを交互に見比べながらルイズはついつい橙に同情していた。
 一方で霊夢と魔理沙は、盗まれた金額の多さに疑問を抱いた藍の為にこれまでの経緯をある程度砕いた感じで話している。
 既にルイズの許可も得ており、まぁ霊夢達の関係者ならば大丈夫だろうと信じたのである。まぁそうでなくとも話さざるを得なかった思うが…。
 霊夢としても、一応は紫の式に出会えた事でこれまでの出来事を報告しておこうと思ったのだろう。
 
 幻想郷からこの世界に戻って来た後から、どうしてあれ程の大金を持っていたについてまで。
 軽い手振りを交えつつあまり良いとは言えない思い出話に藍は何も言わずに、だがしっかりと耳を傾けて聞いていた。
 語り終えるころには既に時間は午前九時を半分過ぎた所で、窓越しの喧騒がはっきりと聞こえてくる。
 背すじを伸ばそうとふと席を立ったルイズは窓の傍へと近寄り、すぐ眼下に広がる通りを見てある事に気が付いた。
 どうやらこの一帯は日中のチクトンネ街でも比較的活気がある場所らしく、窓越しに見える道を多くの人たちが行き交っている。 
 日が落ちて夜になればもっと活気づくだろうし、この店が比較的繁盛しているというのもあながち間違いではない様だ。
 老若男女様々な人ごみを見下ろしながら、そんな事を考えていたルイズの背後から藍の声が聞こえてくる。

「成程、私がこの国の外を調べている内に色々とあったようだな」
「色々ってレベルじゃないわよ。全く、どれだけ命の危険に晒されたか分かったもんじゃないわ」
 話を聞いて一人頷く藍を余所に、霊夢は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべながらこれまでの苦労を思い出していた。
 思えば今に至るまでの間、これまで経験してきた妖怪退治や異変解決と肩を並べるほどの困難に立ち向かっているのである。
 特にタルブ村で勝負を仕掛けてきたワルドとの戦いは、正直デルフと使い魔のルーンが無ければ最悪死んでいた可能性もあったのだ。
 今にしてあの戦いを思い出してみれば、良くあの男の杖捌きについてこれたなと自分でも感心してしまう。
 そんな風にして霊夢が感慨にひたる横で、今度は魔理沙が藍に話しかける番となった。

「それにしても意外だな。まさかタルブで襲ってきたシェフィールドが、元からアルビオン側だったなんてな」
「……!それは私も思ったわ」
 魔理沙の口から出た言葉に窓の外を見つめていたルイズもハッとした表情を浮かべて、二人の話に加わってくる。
 タルブ村へ侵攻してきたアルビオンの仲間として、キメラをけしかけてきた悪党であり『ミョズニトニルン』のルーンを持つ謎の女ことシェフィールド。
 未だ彼女の詳細は何もわからない状態であったが、その女に関する情報を藍は持っていたのだ。
 聞けばその女、何と今のアルビオンのリーダーであるクロムウェルの秘書として勤めているというのである。
「てっきりあの女が黒幕の一端かと思ったけど、案外身近なところにご主人様はいたんだな」
「う〜ん、アルビオンが近いって言われると何か違和感あるわね。そりゃアンタ達には近いでしょうけど」
 ルイズとしても、自らを始祖の使い魔の一人と自称していた彼女の主が誰なのか気にはなっていた。
 もし藍の情報通りクロムウェルの秘書官であるなら、あの元聖職者の野心家が主という事になるのだろう。
 即ち、アルビオン王家を滅ぼしあまつさえこの国を滅ぼそうとしたあの男が、自分と同じ゙担い手゙であるという証拠になってしまう。
 
 そんな事を想像してしまい、思わず背すじに悪寒が走りかけたルイズへ藍がさりげなくフォローを入れてくれた。
「まぁ事はそう単純ではないのかもしれん。あの男が本当にその女の主なのか、な」
 彼女の口から出た更なる情報にルイズはもう一度ハッとした表情を浮かべ、霊夢の眉がピクリと動く。
「それ、どういう事よ?」
「少なくともあの二人のやり取りを見ていたのだが、どうもアレは主従が逆転していたように見えるんだ」
 そう言って藍は、アルビオンでの偵察中に見た彼らのやり取りを出来るだけ分かりやすく三人へ伝えた。
 秘書官だというのに始終偉そうにしていたシェフィールドに、ヘコヘコと頭を下げて彼女に媚び諂うクロムウェルの姿。
 主従が逆転したどころか、初めからそういう関係としか言いようの無い雰囲気さえ感じられたことを彼女は手短に説明する。

881ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:52:17 ID:nOWdnO9U

「じゃあ待ってよ。それじゃあクロムウェルっていう奴は、最初からその女の言いなりだったっていうの?」
「あぁ。少なくとも弱みを握られて仕方なく…という雰囲気ではなかったし、操られているという気配も感じられなかったな」
「ちょ…ちょっと待ってよ。じゃあ何?最初からクロムウェルはあのミョズニトニルンの手下だって事なの?」
 流石のルイズも何と言ったら良いのか分からないのか、難しい表情を浮かべながら考えている。
 もし自分の言った通りならばアルビオン貴族達の決起や王族打倒、そしてトリステインへの侵攻も全てあの女が仕組んだことになってしまう。
 クロムウェルという名のハリボテの教会を隠れ蓑にして、『神の頭脳』はこれまで暗躍してきたというのか?

 そんな考えがルイズの頭の中を駆け巡っている中、魔理沙はふと頭の中に浮かんだ疑問を藍にぶつけている。
 それは先ほど彼女が考えていた『クロムウェルという男が゙担い手゙だという』事に関してであった。
「なぁ、アイツは自分を始祖の使い魔の一人って自称してたんだが…もしかしてクロムウェルが…」
「う〜む、それ以前に私はアルビオンであの男を見張っていたのだが、とても魔法を使える人間とは思えんな」
「ルイズの例もあるし、もしかしたら普通の魔法は使えないんじゃないの?」
 それまで黙っていた霊夢も小さく手を上げて仮説を唱えてみるが、藍は首を横に振って否定する。
「少なくともメイジ…だったか、彼らからある種の力は感じてはいたが…あの似非指導者からは何の力も感じられなかったぞ」
 藍の言葉を聞き、それまで一人考えていたルイズばバッと顔を上げて彼女の方を見遣る。

「……それってつまり、クロムウェルがただの平民だって事?」
「ハッキリと断言できる程の材料は無いが、そういう力が無ければそうなのかもしれん」
「じゃあ、シェフィールドの主とやらは…別にいるっていう事なのかしら?」
 霊夢の言葉に、ルイズが「彼女の言う通りなら…それもあり得るかも」と言うしか無かった。
 藍の言うとおり、とにもかくにも真実を探すための材料というモノが大きく不足してしまっている。
 今のままシェフィールドについて話し合っても、当てずっぽうの理論しか出てくるものが無い。
 最初から関わりの無い橙を除いて、四人と一本の間に数秒ほどの沈黙と緊張が走る。

 何も言えぬ雰囲気の中で、最初にその沈黙を破り捨てたのは他でも藍であった。
「…しょうがない、この件に関しては私が追加で調査しておこう。色々と引っ掛るしな」
「あ、ありがとう、わざわざ…」
「礼には及ばんさ。それよりも一つ、お前に関して気になることを一つ聞きたいのだが」
 彼女がそう言うとそれまで黙っていたルイズが礼を述べるとそう返して、ついでルイズへと質問しようとする。
 この時、霊夢からこれまでの経緯を聞いていた彼女が何を自分の利きたいのか、既にルイズは分かっていた。
 タルブでアルビオン艦隊と対峙した際に伝説の系統である『虚無』の担い手として覚醒した事。
 彼女はそれに関する事を聞きたいのだろう、『虚無』とはどういうものなのかを。

「分かってるわ。私の『虚無』について、聞きたいのでしょう?」
「流石博麗の巫女を使い魔にしただけのことはある。…察しの良い奴は嫌いじゃない」
 自分の言いたい事を先回りされた藍がニヤリと笑うと、ルイズはチラリと霊夢の顔を一瞥する。
 今からでも「仕方ないなー」と言いたげな、いかにも面倒くさそうな表情を浮かべた彼女はルイズの視線に気が付き、コクリと頷いて見せた。
 彼女としては特に問題は無いようだ。念のため魔理沙にも確認してみるが彼女もまたコクコクと頷いている。
 …まぁ彼女たちはハルケギニアの人間ではないし、何より敵か味方かと問われれば味方側の者達だ。
 不本意ではあるが、これからも長い付き合いになるだろうし、情報は共有するに越したことは無い。

882ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:54:15 ID:nOWdnO9U
 その後は、渋々ながらも藍に自分が伝説の系統の担い手として覚醒した事を教える羽目になった。
 王宮から受け賜わった何も書かれていない『始祖の祈祷書』のページが、アンリエッタから貰った『水のルビー』に反応して文字が浮かび上がってきたこと。
 そこには虚無に関する記述と、『虚無』の魔法の中では初歩の初歩と呼ばれる呪文『エクスプロージョン』のスペルが載っていたこと。
 その呪文一発でもって、頭上にまで来ていたアルビオン艦隊を壊滅させてしまったという驚愕の事実。
 そして昨日、アンリエッタが自分の身を案じて『虚無』の魔法を使うのを控えるように言われた事までを、ルイズは丁寧に説明し終えた。
「成程、『虚無』の系統…失われし五番目の魔法ということか」
「まぁ私から言わせれば、あれは魔法というよりも世界の粒に干渉して意のままに操ってる…っていう感じが正しいわね」
「ちょっと、折角始祖ブリミルが授けてくれた系統を「する程度の能力」みたいな言い方しないでよ」
 始祖の祈祷書に書かれていた内容をルイズの音読からきいていた霊夢が、さりげなく自分の主張を入れてくる。
 少々大雑把な考えにも受け取れるが、確かに聞いた限りでは魔法と言う領域を超えているとしか言いようがない。
 
 この世界に普遍する゙粒゙をメイジが杖を媒介にして干渉することで、四系統魔法が発動する。
 『虚無』の場合はそれよりも更に小さな゙粒゙へと干渉し、艦隊を飲み込んだという爆発まで起こす事が出来るのだ。
 もしもその力を自由に使いこなす事が出来るのであれば、それを魔法と呼んでいいものか分からない。
 ルイズが自分たちの味方であるからいいものの、もしも彼女が敵側であったのならば…
 それこそ人間でありながら、幻想郷の妖怪たちとも平気で渡り合える力の持ち主と戦う羽目になっていたに違いない。
(全く、人の身にはやや過ぎた力だと思ってしまうが…今は爆発しか起こせないのが幸いだな)
 現状ではルイズか今使える『虚無』の力はエクスプロージョンただ一つだけ。
 あれ以来ルイズの方でも始祖の祈祷書のページを捲ってみたのが、他の呪文は何一つ記されていなかったのだという。
 それを霊夢達に話し、今の所一番『虚無』に詳しいであろうデルフにどういうことなのかと訊いた所…

 ――――新しい呪文?そんな簡単にホイホイ出せるほど『虚無』ってのは優しい呪文じゃねェ。
        必要な時が迫ればそん時の状況に最適な魔法が祈祷書に記される筈だ、それだけは覚えておきな

 …と得意気に言っていたらしいが、藍はそれを聞いてその本を造った者の用心深さに感心していた。
 霊夢達から聞いた限りでは、『虚無』の力は例え一人だけであっても軍隊と対等かそれ以上に戦う力を持っている。
 使い方によっては人の身で神にもなり得るし、その逆に全てを力でねじ伏せられる悪魔にもなってしまう。
 大きすぎる力というモノは人の判断力と理性を鈍らせ、やがてその力に呑み込まれて怖ろしい化け物と化す。
 外の世界ではそうして幾つもの暴虐な権力者が生まれては滅び、次に滅ぼしたモノがその化け物と化していくという悪循環が起こっている。
 ここハルケギニアでも同様の悪循環が生まれつつあるが、少なくとも外の世界程破滅的な戦争が起こっていないだけマシだろう。
 とにかく、もし『虚無』の力の全てを一個人が手にしてしまえば…どんな恐ろしい事が起こってしまうか分からないのだ。

(恐らく、『虚無』を作り上げ…更に祈祷書を書いた者は理解していたのだろうな。人がどれ程゙強力な力゙というモノに弱いのかを)
 かつて最初に『虚無』を使ったという始祖ブリミルの事を思いつつ、藍はルイズに質問をしてみる事にした。
「それで、現状はこの国の姫様から『虚無』を使うのは控えるよう言われているんだな?」
「えぇ。…少なくとも、街中であんな恐ろしい大爆発を起こそうだなんて微塵も思ってないわ」
「ならそれで良い。お前の『虚無』に関する事は私の方でも調べておこう。紫様にも報告を…」
 そんな時であった、椅子に座っていた魔理沙がスッと手を上げて大声を上げたのは。
「…あ!なぁなぁ藍、ちょいと聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
 改めてルイズの意思を聞いた彼女は納得したように頷くと、会話が終わるのを待たずして今度は魔理沙が話しかけてきた。
 少しだけ改まった様子の黒白に言葉を遮られた藍は、彼女をジッと睨みつつも「何だ、言ってみろ」と質問を許す。
「そういやさぁ、紫のヤツはどうしたんだよ?ここ最近姿を見かけなくなったような気がするんだが」
「んぅ?…そういえばそうねぇ、アイツなら何かある度に様子見に来るかと思ってたけど」
 魔理沙の口から出た意外な人物の名前に霊夢も思い出し、ついでルイズも「そういえば確かに…」と呟いている。

883ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:56:28 ID:nOWdnO9U
 今回の異変の解決には時間が掛かると判断し、ルイズを協力者にして霊夢をこの世界に送り返した挙句、魔理沙を送り込んだ張本人。
 ハルケギニアへと戻った後も何度か顔を見せては、色々ちょっかいを掛けてくるスキマ妖怪こと八雲紫。
 その姿を最後に見てからだいぶ経っているのに気が付いた魔理沙が、紫の式である藍に質問したのである。
 魔理沙の質問に藍は暫し黙った後、難しそうな表情を浮かべながらゆっくりと、言葉を選びながらしゃべり出した。
「うーむ…私としても何と言ったら良いか。…かくいう私も、今は紫様がどこでどうしているのか把握できないんだ…」
「…?どういう事なのよ?」
 最初何を言っているのか理解できなかったルイズが首を傾げて聞くと、藍は「言葉通りの意味だ」と返す。
 彼女曰く、それまでやや遅れていたが定期的に藍の許へ顔を見せに来ていた紫が来なくなったのだという。
 当初は何かしら用事があるのだろうと思っていたが、それ以降パッタリと連絡が途絶えてまったらしいのである。

「えぇ〜、何よソレ?何かもしもの時の連絡手段とか用意してなかったワケ?」
「一応何かがあった際は他の式神を鴉なんかの小動物に憑かせて連絡する手筈だったのだが…どうにもそれが来なくて…」
「おいおい!お前さんがそこまで困ってるって事は結構重大な事なんじゃないか?」
 流石に音沙汰なしで帰る方法も無いためにお手上げなのか、あの藍が困った表情を浮かべている。
 これには霊夢と魔理沙も結構マズイ事態だと理解したのか、若干焦りはじめてしまう。
 話についてこれなくなっていた橙も主の主の事でようやく話が追いつき、困惑した様子を見せている。
 一方のルイズは、始めて耳にする言葉を聞きつつも今の彼女たちが緊急の事態に陥っている…という事だけは理解できた。
 確かに、この世界と幻想郷を繋げた紫が来ないという事は…何かがあった際に彼女たちはこの世界から出られないだろう。

 魔法学院で例えれば深夜まで居残りをさせられて、ようやく自室に到着!…と思った瞬間、鍵を無くしていた事に気付いた状態であろう。
 どこで落としたのか分からないし、深夜だから鍵を作ってくれる鍵屋さんも呼ぶことができない。
 そんなもしも…を頭の中でシュミレートし終えた後で、ルイズはようやく彼女たちが焦る理由が分かった。
「うん、まぁ確かに部屋の鍵を無くしたら焦るわよね。私の場合アン・ロックの魔法も使えないし」
「私達の場合は、アイツ自身がマスターキーなうえに合鍵も作れないという二重の最悪なんだけどね」
「おい!紫様だって今回の件は久しぶりに頑張ってるんだ、そう悪口を言うモノじゃない」
「久しぶりって所が紫らしいぜ」
「全く、アンタ達は本人がいないなのを良い事に……ん?」
 霊夢と魔理沙がこの場にいない紫への評価を口にする中、橙がルイズの傍へと寄ってくる。
 ついさっきまで藍の傍にいた彼女へ一体何なのかと言いたげな表情を浮かべてみると、向こうから話しかけてきてくれた。

「アンタも大変だよねぇ、いっつもあの二人と付き合わされてさぁ」
「あ…アンタ?」
 何を喋って来るかと思えば、自分の事を貶してくれた霊夢達への文句だったようだ。
 それよりも自分を「アンタ」呼ばわりしてきた事に軽く目を丸くしつつ、ひとまずは質問に答える事にした。
「ん、んー…まぁ大変っちゃあ大変だけど、流石にあんだけ個性があると勝手に慣れちゃうわよ」
「へぇ〜…そうなんだ。貴族ってのは皆気の短いなヤツばかりだと思ってたけど、アンタみたいなのもいるんだね」
「それは私が変わっちゃっただけよ。…っていうか、その貴族である私をアンタ呼ばわりするのはどうなのよ?」
 自分と橙を余所に、紫の事で話し合っている霊夢達を見ながらルイズかそう言うと橙は首を傾げて見せる。
 その仕草が余計に可愛くて、しかし傾げた後に口から出た言葉には棘があった。
「……?私は式で妖怪だし、アンタは人間。妖怪が人のマナーを守る必要なんて特にないよね?」
「…!こ、この娘…」
 正に猫を被っているとはこの事であろう。藍や霊夢達の前で見せていた態度とはまるっきり違う橙の姿にルイズは戦慄する。
 更に彼女たちへ聞こえない様に声を潜めている為、尚更性質が悪い。
 思わぬ橙の一面を見たルイズが驚いてる最中、橙は更に小声で喋り続ける。

884ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:58:08 ID:nOWdnO9U
「それにしてもさぁ、紫様も結構無責任だよねぇ。私と藍様をこんな人間だらけの世界で情報収集を押し付けちゃうし…」
「あら、私はそう無茶な命令だと思っていないわよ?」
「う〜んどうかしらねぇ?貴女はともかくランの方は意外、と…………ん?」


 主の主が自分たちへ処遇に文句を言う橙へ返事をしようとしたルイズは、ある違和感に気付く。
 それはもしかするとそのまま無視していたかもしれない程、彼女には物凄く小さく…けれども目立つ変な感じ。
 幸いにも橙へ言葉を返す前に気付けた彼女は、自分が気づいた違和感の正体を既に知っていた。

 ………今自分が喋る前に、誰かが橙に話しかけた?

 窓越しの喧騒と霊夢達の話し声に混じって、女性の声が橙に言葉を返したのである。
 それは気のせいではなく、確実に耳に入ってきたのである――――自分橙の背後から、ひっそりと。
 朝っぱらだというのに、誰もいない背後から聞こえてきた女の声にルイズは思わず冷や汗を流しそうになってしまう。
 隣にいる橙へと視線を向けると、途中で言葉を止めてしまった自分を見て不思議そうな視線を向けている。
 その目と自分の目が合ってしまい、何となく互いに小さな会釈した後で再び視線を霊夢達の方へ向け直す。
 妖怪である彼女なら何か気づいていると思ったが、どうやらあの猫の耳は単なる飾りか何からしい。
 そんな事を思いながらも、ルイズは背後から聞こえてきた女の声が何なのか考えていた。

(…こんな朝っぱらから幽霊とか…でもこの店、夜間営業だからそういう類は朝から出るのかしら?)
 そんなバカみたいな事を考えながらも、しかし間違っても幽霊ではないだろうと思っていた。
 もしその手の類ならば自分よりも先にここにいる幻想郷出身の皆々様が先に気付くはずだろうからだ。
 幻聴という線もあるが第一自分はそういう副作用が出る薬やポーションなんて服用してないし、疲れてもいない。
 いや、現在進行中で精神疲労は溜まっているがまだまだ体は元気で、昨日はバッチリ八時間も睡眠している。
 それなの何故、女性の声が聞こえたのだろうか?後ろを振り向く前にその理由を探ろうとして、

「もぉ〜。聞こえてるのに無視するなんて傷つくじゃないのぉ」
「うわっ――――ひゃあッ!?」

 背後から再び女性の声が聞こえると同時に何者かにうなじを撫でられ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 その悲鳴に隣にいた橙は二本の尻尾と耳を逆立てて驚きのあまり飛び跳ね、そのまま後ろへと下がる。
 単にルイズの悲鳴で驚いたのではなく、彼女の後ろにいつの間にか立っていた『女性』を見て後ずさったのだ。
「…わっ!ちょ何だ何だ―――って、あぁ!」
「………全く、アンタっていつもそうよね?いないないって騒いでる所で驚かしにくるんだから」
 議論をしていた霊夢達も何だ何だと席を立ったところで、魔理沙がルイズの背後を指さして驚いている。
 霊夢も霊夢で、彼女に背後に現れた女性に呆れと言いたい表情を浮かべてため息をついていた。

 うなじを撫でられ、思わずその場で前のめりに倒れてしまったルイズが背後を振り向こうとした時、
 それまで若干偉そうにしていた藍が恭しくその場で一礼すると、自分の背後にいる人物の名を告げた。
「誰かと思えば…やはり来てくれましたか、紫様」
「え…ゆ、ユカリ…じゃあ?」
「貴女のうなじ、とっても綺麗でしたわよ?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
 そう言いながら彼女―――八雲紫はルイズの前に歩いて出てくると、すっと右手を差し出してくる。
 白い導師服に白い帽子という見慣れた出で立ちの彼女の顔は、静かな笑みを浮かべながらルイズを見下ろしていた。

885ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:00:22 ID:nOWdnO9U
 呼ばれて飛び出て何とやら…というヤツか。ルイズはそんな事を思いながらも一人で立って見せる。
 別に彼女から差し出された手を掴んでも良かったのだが、以前睡眠中の自分を悪戯で起こした事もあった妖怪だ。
 どんな罠を仕組まれてるか分からないし、それを考えれば一人で立って見せる方がよっぽど安全なのだ。

「あら、ひどい娘ね。折角私が手を差し伸べてあげたのに」
「そりゃーアンタがルイズのうなじを勝手に撫でたうえに、いっつも胡散臭い雰囲気放ってるからよ」
 やや強いリアクションでがっかりして見せる紫に傍へよってきた霊夢が突っ込みを入れつつ、彼女へ話しかけていく。
「っていうか、アンタ今まで何してたのよ?ここ最近ずっと姿を見なかったし、こっちは色々あったのよ」
「そうらしいわね。さっきこっそり、あなた達が藍に報告してるのを盗み聞きしてたから一通りの事は知ってるわよ」
「そうですか…って、えぇ?それってつまり、随分前からこっちに来てたって事じゃないですか!」
 どうやら主の気配に気づかなかったらしい藍が、目を丸くして驚いて見せる。
 何せさっきまで紫が来ない来ないと困惑して様子で話していた所を、全て彼女に聞かれていたのだ。

「ちょっと驚かそうと思ってたのよ。何せこうして顔を見せに来るのも久しぶりだし、皆喜んでくれるかなーって…」
「喜ぶどころか、何でもっと速く来なかったってみんな思ってるぜ?」
「まぁちょっとは心配しちゃったけど。さっきの盗み聞き云々聞いてたら、そんな事思ってたのが恥ずかしくなってくるわね」
「私にも色々あったのよ、それだけは理解して…って、ちょっと霊夢?そんな目で睨まないで頂戴よ」
 頬を掻きながら恥ずかしそうな笑顔を見せる紫の言葉に、魔理沙がすかさず突っ込みを入れる。
 先程まで藍達に混じって多少焦っていた霊夢もそんな事を言いながら、紫をジト目で睨んでいた。
 そりゃあんだけ心配それた挙句に、あんな登場の仕方をすればこんな反応をされても可笑しくは無いだろう。
 彼女の式である藍もまた、主の平気そうな様子を見て苦笑いを浮かべるほかなかった。

「まぁでも、これで元の世界に帰れないっていうトラブルはなくなったわよね?……って、ん?」
 ルイズは一人呟きながら隣にいる筈の橙へ話しかけようとして、ふといつの間にかいなくなっている事に気が付く。
 紫がうなじを撫でた時にびっくりして後ろへ下がっていたが、少なくともすぐ隣にいる位置にいた筈である。
 じゃあ一体どこに…?ルイズがそう思った時、ふと後ろで小さな物音がした事に気が付き、おもむろに振り返った。
 丁度自分の背後―――通りを一望できる窓に抜き足差し足で近づこうとしている橙がいた。
 姿勢を低くして、二本足で立てるのに四つん這いで移動する彼女は何かを察して逃げようとしているかのようだ。
 
 いや、実際に逃げようとしているのだろう。ルイズは何となくその理由を察していた。
 何せ先ほど口にしていた人間への態度や、主の主…つまりは紫に対する批判が全て聞かれていたのだから。
 正に沈みゆく船から逃げ出すネズミ…いや、そのネズミよりも先に逃げ出そうとする猫そのものである。
 ここは一声かけて逃げ出すのを防いでやろうか?先ほど「アンタ」呼ばわりされたルイズがそう思った直後、

「さて、色々あるけれど…まずは―――…橙?少し私とお勉強しましょうか」
「ニャア…ッ!?」
「あ、ばれてたのね」
 逃げ出そうとする橙に背中を見せていた紫の一言で逃亡を制止されて身を竦ませた橙を見て、ルイズは思った。
 もしも八雲紫から逃げる必要が迫った時には、なるべく気絶させる方向に持っていこうかな…と。

886ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:02:06 ID:nOWdnO9U
 トリステイン南部の国境線にある、ガリア王国陸軍の国境基地。通称『ラ・ベース・デュ・ラック』と呼ばれる場所。
 ハルケギニアで最大規模の湖であるラグドリアン湖を一望できるこの場所は、ちょっとした観光スポットで有名だ。
 四季ごとにある祭りやイベントにはガリア、トリステイン両方も多くの人が足を運び賑わっている。
 その為湖の周辺には昔から漁業で生計を立てる村の他にも、観光客を受け入れる為の宿泊施設も幾つか建てられている。
 特に夏の湖はため息が出るほど綺麗であり、燦々と輝く太陽の光を反射する湖面は正に宝石の如し。
 釣りやボートにスイミングなどで湖を訪れる者もいれば、とある迷信を信じて訪れるカップルたちもいるのだ。
 ここラグドリアン湖は昔から水の精霊が棲むと言われる場所であり、実際にその姿を目にした者たちもいる。
 そして、この湖で永遠の愛を誓ったカップルは、死が二人を分かつまで別れる事は無くなるのだそうだ。
 
 そんな素敵な言い伝えが残るラグドリアン湖の夏。今年もまた多くの人々がこの地に足を踏み入れる……筈だった。
 しかし、今年に限ってそれは無理だろうと夏季休暇を機にやってきた両国の者たちは同じ思いを抱いていた。
 その理由は、それぞれの国のラグドリアン湖へと続く街道に設置された大きな看板に書かれていた。

―――――今年、ラグドリアン湖が謎の増水を起こしているために湖への立ち入りを禁ず。
――――――尚、トリステイン(もしくはガリア)への入国が目的の場合はこのまま進んでも良しとする。

 看板を目にし、増水とは一体どういう事かと納得の行かぬ何人かがそれを無視して街道を進み…そして納得してしまう。
 書かれていた通り、ラグドリアンの湖は一目見てもハッキリと分かるくらいに水が増えていた。
 湖畔に沿って造られていた村や宿泊施設は水に呑まれ、ボートハウスは屋根だけが水面から出ているという状態。
 ギリギリでガリア・トリステイン間の街道にまで浸水していないが、時間の問題なのは誰の目にも明らかである。
 国境を守備する両国軍はどうにかしようと考えてみるものの、大自然の脅威というものに対して有効な策が思いつかない。
 ガリア軍では土系統の魔法で壁を作るなどして何とか水をせき止めようと計画していたが、湖の規模が大きすぎてどうにもならないという始末。
 
 日々水かさが増えていく湖を見て、ガリア陸軍の一兵卒がこんな事を言った。
「もしかすると、水の精霊様が俺たち人間を追い出そうとしてるのかもな」
 聞いたものは最初は何を馬鹿な…と思ったかもしれないが、後々考えてみるとそうかもしれないと考える様になった。
 ここが観光地になったのはつい九十年前の事で、その以前は神聖な場所として崇められていたという。
 しかし…永遠の愛が叶うという不確かな迷信ができてから一気に観光地化が進み、それに伴い様々な問題が相次いで発生した。
 魚や貝類、ガリアでは主食の一つであるラグドリアンウシガエルの密漁や平民貴族問わずマナーの無い若者たちのドンチャン騒ぎ。
 そして極めつけはゴミのポイ捨て。これに関してはガリアだけではなくトリステインも同じ類の悩みを抱えていた。

 人が来れば当然モラルのなってない者達が来るし、彼らは自分たちで作ったゴミを平気で捨てていく。
 まだ小さい物であれば近隣の村人たちでも拾う事が出来るが、まれにとんでもない大型の粗大ゴミさえ放置されている事もある。
 そうなると村人たちの手ではどうしようもできないので、仕方なく軍が出動して回収する羽目になるのだ。
 キャンプ用具や車輪の部分が壊れた荷車ならともかく、酷い時には大量の生ゴミさえ出る始末。
 ゴミのポイ捨てを注意する看板やポスターもあちこちに置いたり貼ったりするが、捨てる者たちは皆知らん顔をして捨てていく。

 そんな人間たちが湖で騒ぐだけ騒いでゴミも片付けずに帰っていくだけなら、そりゃ水の精霊も激怒するかもしれない。
 精霊にとってこの湖は自分の家の庭ではなく、いわば湖そのものが精霊と言っても差し支えないのだから。

887ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:04:10 ID:nOWdnO9U
「ふーむ…。久しぶりに来てみれば、中々面白い事になってるじゃないか」
 ガリア側の国境基地。三階建ての内最上階に造られた会議室の窓から湖を眺めて、ガリアの王ジョゼフは一言つぶやく。
 その手に握った望遠鏡を覗く彼の目には、屋根だけが水面から見えるボートハウスが写っている。
 去年ならばこの時期はリュティスから来た貴族たちがボートに乗り、従者に漕がせる光景が見れたであろう。
 しかし今は無残にもそのボートハウスは水没しており、それどころかすぐ近くにある漁村も同じ目にあっていた。
「俺がラグドリアン湖に来るのは六…いや三年ぶりか、あの時は確か…園遊会に出席したのだったな」
 トリステインのマリアンヌ太后の誕生日と言う名目で行われたパーティーの事を思い出して、彼はつまらなそうな表情を浮かべる。
 ガリアを含む各国から王族や有力貴族たちが出席したあの園遊会は、二週間にも及んだはずだった。

 招待された貴族達からしてみれば有力者…ひいては王族と知り合いになれる絶好の機会だが、ジョゼフにはとてもつまらないイベントであった。
 その当時はガリア王として出席したが、当時から魔法の使えぬ゙無能王゙として知られていた彼に好意を持って接する貴族はいなかった。
 精々金やコネ目当ての連中が媚び諂いながら名乗ってきた事があったが、生憎彼らの名前は全部忘れてしまっている。
 その時の彼は園遊会で出された美味珍味の御馳走を食べながら、リュティスを発つ二日前に買っていた火竜の可動人形の事が気になって仕方がなかったのだ。
 手足や首に尻尾や羽根の根元などの関節が動く新しい人形で、三年経った今ではシリーズ化してラインナップも揃って来ている。
 元々そういう人形に興味があった彼はシリーズが出るごとに買っているし、今も最初に買った火竜は大切に保管している程だ。

「あの時は良く陰で無能王だか何だか囁かれて鬱陶しかったが、今では余の二つ名としてすっかり定着しておるな」
「お言葉ですがジョゼフ様、無能王では三つ名になってしまいますわ」
 クックックッ…くぐもった笑い声をあげるジョゼフの背後から、指摘するような女性の声が聞こえてくる。
 そう言われた後で真顔になった彼はフッと後ろを振り向いた後、今度は口を大きく開けて豪快に笑いだした。
「フハハハ!確かにそうであるな、お主が指摘してくれなければ今頃恥をかくところであったぞ。余のミューズよ」
「お褒めの言葉、誠にもったいなきにあります」
 ジョゼフから感謝の言葉を言われた女性――シェフィールドはスッと一礼して感謝の言葉を述べる。
 以前タルブにてキメラを操って神聖アルビオン共和国に味方し、ルイズ一行と対峙した『神の頭脳』ことミョズニトニルンの女。
 今彼女の体には所々包帯が巻かれており、痛々しい傷を受けたことが一目で分かる。
 笑うのを止めたジョゼフはその傷を一つ一つ確認しながら、こちらの言葉を待っている彼女へと話しかけた。

「報告は聞いたぞ?どうやら思わぬイレギュラーのせいで手痛い目に遭わされたようだな」
「…はい。私が万事を尽くしていなかったばかりに、不覚のいたりとは正にこの事です」
 明らかな落胆を見せるシェフィールドは、ジョゼフの言葉でこの傷の出自をジワジワと思い出していく。
 忘れもしない、アストン伯の屋敷の前で起こった。今も尚腹立たしいと思えてくるあのアクシデント。
 本来ならやしきの傍にまでやってきたトリステインの『担い手』―――ルイズとその使い魔たちの為にキメラをけしかける予定であった。
 まだ本格的な量産が始まる前の軍用キメラのテストと、自分の主であるジョゼフを満足させるために、
 彼女たちをモルモット代わりにしてキメラ達の相手をしてもらう筈だったのである。

 ところが、それは突如乱入してきた謎の女によって滅茶苦茶にされてしまった。
 謎の力でキメラ達を蹴って殴ってルイズ達に助太刀し、当初予定していた計画が大幅に狂ってしまったのである。
 それだけではない、味方であったはずのワルド子爵が乱入してきたのは予想もしていなかった。
 おまけと言わんばかりにライトニング・クラウドでキメラの数を減らされたうえに、あろうことかルイズまで攫って行ったのだ。
 それが原因で彼女の使い魔であるガンダールヴの小娘とメイジと思しき黒白すら見逃してしまったのである。
 そこまで思い出したところで、シェフィールドはもう一度頭を下げるとジョゼフにワルドの処遇について訪ねた。
「ワルド子爵の件につきましては、貴方様の許しがあれば自らのけじめとして奴を処分しますが…どうしましょう」 
 シェフィールドからの質問に、ジョゼフは暫し考える素振りを見せた後…彼女に得意気な表情を見せて言った。

888ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:07:15 ID:nOWdnO9U
「う〜ん…まぁ彼とて以前あの巫女と担い手のせいで手痛い目に遭わされたのだろう?なら彼がリベンジに燃えるのは仕方ない事だ」
「ですが…」
「今回だけは許してやろうじゃないか、余のミューズよ。…ただし、もし次に同じような邪魔をすれば――子爵にはそう伝えておけ」
 自分の言葉を遮ってそんな提案をだしてきたジョゼフに、彼女は仕方なく頷いて見せる。
 敬愛する主人の判断がそうであるなら従わなければいけないし、何より彼もあの子爵に次は無いと仰った。
 本当なら今すぐにでも殺してやりたかったが、そのチャンスはヤツが生きている限りいつまでも続くことになるだろう。
 シェフィールドはそういう解釈をして心を落ち着かせようとしたとき、

「――ところで余のミューズよ。最初に妨害してきたという謎の女についてだが…あの報告は本当か?」
「え?………あっ、はい。あの黒髪の女については…信じられないかもしれませぬが、本当です」
 一呼吸おいて次なる質問を出してきたジョゼフの言葉に、彼女は数秒の時間を掛けてそう答えた。
 ワルドよりも先に現れ、ルイズ達と共にキメラと戦ったあの長い黒髪の巫女モドキ。
 異国情緒漂う衣装を着た彼女は、ルイズを捕まえたワルドを追いかけた霊夢達を逃がすために自ら囮となった哀れな女。
 アストン伯の屋敷の地下に避難していた弱者どもを守っていた、腕に自信のある御人好し。
 そんな彼女の前で屋敷に避難する者達を殺してやろうと企んでいた時―――シェフィールドは気が付いたのである。
 これから苦しむ巫女もどきの顔を何気なく撫でた時、額に刻まれた『ミョズニトニルン』のルーンが反応したのだ。
 それと同時に頭の中に入り込んでくる情報は、目の前にいる女が人ではなく人の形をした道具であったという事実。
 今現在自らが指揮を執って研究し、そのサンプル――゙見本゙として一体の魔法人形と巫女の血を組み合わせて作った人モドキ。

 その時の衝撃もまた思い出しながら、シェフィールドは苦々しい表情でジョゼフに告げた。
「あの巫女モドキは姿かたちこそ違えど、間違いなく…私が゙実験農場゙で造り上げだ見本゙そのものでしたわ」
 自分自身、信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼女にジョゼフはふむ…と顎に手を当ててシェフィールドを見つめる。
 彼もその゙見本゙の事は知っていた。サン・マロンの゙実験農場゙でとある研究の為の見本として造られ、そして処分される筈であった存在。

 かつてアルビオンで霊夢の胸を突き刺したワルドの杖に付着した血液と古代の魔法人形『スキルニル』から生まれた、博麗霊夢の贋作。
 彼女を元にして実験農場の学者たちに゙あるもの゙を造らせる為、シェフィールドば見本゙を生み出したのだ。
 この世界に現れた彼女がどれほど強く、そしてその力を手中に収め、制御できることがどれ程すごいのかを。
 ゙見本゙はそのデモンストレーションの為だけに生み出され、そして研究開始と共に焼却処分される予定だった。
 しかしその直前にトラブルが発生じ見本゙は脱走、実験農場の警備や研究員をその手に掛けてサン・マロンから姿を消してしまった。
「あの後『ストーカー』をけしかけたが失敗し、招集した『人形十四号』がヤツを見つけたものの…」
「えぇ、まんまと逃げられてしまいましたわ」
 キメラの他に、こちらの味方である『人形』の事を思い出したシェフィールドは苦々しい表情を浮かべる。
 あの時は何が何でも止めて貰う為に、成功すればその『人形』にとっで破格の報酬゙を与える予定であった。
 だが…後々耳にしたサン・マロンでの暴れっぷりを聞く限りでは、止められたとしても『人形』が生きていたかどうか…
 まぁ仮に死んでしまったとしても使える駒が一つ減るだけであり、いくらでも代わりがきく存在である。

 シェフィールドの表情から悔しそうな思いを感じ取りつつも、ジョゼフは顎に手を当てたまま彼女への質問を続けていく。
「ふむ…それで、一度は見逃しだ見本゙とお主はタルブで再会を果たしたのだな?」
「はい。…正直言えば、私としてもここで再会したのはともかく…あそこまで姿が変わっていた事に動揺してしまいました」
 ジョゼフからの質問にそう答えると、彼女はその右手に持っていた一枚の紙を彼の前に差し出す。
 何かと思いつつもそれを受け取ったジョゼフは、その紙に描かれていた女性の姿を見て「おぉ…」と呻いて目を丸くさせた。

889ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:09:06 ID:nOWdnO9U
「何だこれは?余が゙実験農場゙で見た時は、あの少女と瓜二つであった筈だぞ」
 ジョゼフの目に映った絵は、長い黒髪に霊夢とはまた違った意匠の巫女服を着る女性――ハクレイであった。
 恐らく今日か昨日にシェフィールド自身の手で描いたのだろう、所々急いで描き直した部分もある。
 きっと記憶違いで実際とは異なる部分もあるだろうが、それでも『ガンダールヴ』となったあの博麗の巫女とは違うのが良く分かる。

「身長はあの巫女よりも二回り大きく、ジョゼフ様とほぼ同じ等身かと思われます」
「成程…確かにこう、絵で見てみると本物の巫女より中々良い体つきをしてるではないか!」
 シェフィールドの補足を聞きつつ、ジョゼフはハクレイの上半身――主に胸部を指さしながら豪快に言う。
 若干スケベ心が見える物言いに流石のシェフィールドも顔を赤くしてしまい、それを誤魔化すように咳払いをして見せる。
「…こほん!とにかく、その絵で見ても分かるように明らかに元となっている巫女の姿とはかけ離れています」
「ふぅむ、袖や服の形などは若干似ていると思うが。…まぁ別物と言われれば納得もしてしまうな」
 
 冗談で言ったつもりが真に受けてしまった彼女を横目で一瞥したジョゼフは、ハクレイの姿を見て改めてそう思った。
 報告通りであるならば戦い方も大きく違っていたらしく、シェフィールド自身も単なる人間かと最初は思っていたらしい。
 そりゃそうだ。元と瓜二つであった人形が、一年と経たぬうちに身長が伸びて体つきも良くなった…なんて事、誰が信じるか。
 ましてやそれが『スキルニル』ならば尚更だ。あれは血を媒介にして元となった人間を完璧にコピーしてしまうマジック・アイテム。
 メイジならばその者が使える魔法は一通り使えるし、平民であっても何か特技があればそれを見事に真似てしまう。
 それが一体全体どうして、元の人間からかけ離れた姿になってしまったのか?それはジョゼフにも理解し難かった。

「して、余のミューズよ。今後その゙見本゙に関して何かするつもりなのか?」
「はっ!サン・マロンの学者たちに原因を探るよう要請するつもりですが…それで解明するかどうか」
「うむ、そうか。…ではグラン・トロワにある書物庫から全ての資料持ち出しを許可する。何が起きているのか徹底的に探るのだ」
 シェフィールドの言葉を聞いたジョゼフは、即座に国家機密に関わるような事をあっさりと決めてしまった。
 本来ならば宮廷の貴族達でも滅多に閲覧する事の出来ない資料を、学者たちは邪魔な書類や審査を待たずにも出せるのである。
 流石のシェフィールドもこれには少し驚いたのか、「よろしいのですか?」と真顔でジョゼフに聞き直してしまう。
「構わん、どうせ埃を被っているのが大半だろう?ならば学者どもの為に読ませてやるのも本にとっては幸せと言うものさ」
 口約束であっさりと決めてしまったジョゼフの顔には、自然と笑みが浮かび始めている。

 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供か、新しい楽しみをみつけた時の様なそんな嬉しさに満ちた笑み。
 彼女はそれを見て察する。どうやら我が主は件の巫女もどきに大変興味を示したのだと。
 だからこそ学者たちの為に書物庫を開放し、徹底的に調べろと命令されたに違いない。
 自分の欲求を満たす為だけに国の機密情報を安易に開放し、あろう事か持ち出しても良いという御許しまで出た。
 常人とは…ましてや王として君臨している男とは思えぬ彼ではあるが、だからこそシェフィールドは惹かれているのだ。
 自らの行為を非と思わず、誰に何を言われようとも我が道を行き続けるジョゼフに。
  
 面白い事を見つけ、喜びが顔に表れ始めている主人を見て、シェフィールドは微笑みながら聞いてみた
「随分ど見本゙に興味を持たれましたのね?」
「そりゃあそうだとも、何せただの人形だったモノがここまで変異する…余からしてみれば大変なサプライズイベントだよ」
 シェフィールドからの質問に両手を大きく横に広げながら答えつつ、ジョゼフは更に言葉を続けていく。

890ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:11:12 ID:nOWdnO9U

「それに…報告書の通りならばヤツは最後の最後でお主が率いていたキメラどもを文字通り『一掃』したのだろう?
 ならば今後我々の前に立ちはだかる脅威となるか調べる必要もある。…とにかく、今は情報が不足しているのが現状だ。
 ひとまず資料からこれと似た前例があるか調べつつ、タルブを含めトリステイン周辺に人を出してその巫女もどきの情報を探し出せ。
 ゙坊主゙どもにはまだ気づかれていないだろうが、念には念を入れて今後゙実験農場゙の警備も増強する旨を所長に伝えておけ」

 彼女が出した報告書の内容を引き合いに出しつつ、トリステインへ探りを入れるよう命令しつつ、
 最近問題として挙がってきていだ実験農場゙の警備増強に関しても、あっさりとその場で決めてしまった。
 これもまた、宮廷貴族や軍上層部の者達と話わなければいけない事だがジョゼフはその事はどうでも良いと思っていた。

 自身の地位と金にしか興味の無い宮廷側と、未だ自分に反感を持つ軍側の人間どもでは話がつかない。
 ならば勝手に決めてしまえば良い。どうせ自分のサインが書かれた書類を提示すれば、連中は不満を垂れながらも結局はなぁなぁで済ましてしまう。
 だが奴らとしては、かつて自分達が゙無能゙と嘲笑ってきた王の勝手な判断には確実な怒りを募らせるだろう。
 それもまた、王であるジョゼフにとっては些細な楽しみの一つであった。
 つい数年前まで自分を嘲笑っていた貴族共の前でふんぞり返って見せるのは、中々面白いのである。

「では、今後はヤツの情報収集を行うのは把握しましたが…トリステインの担い手と周りいる連中についてはどういたしましょう」
 主からの命令に了承しつつも、シェフィールドはタルブで艦隊を壊滅させたルイズの事について言及する。
 あの少女が前々から虚無の担い手だという事は理解していたが、まさかあそこで覚醒するとは思ってもいなかった。
 おかげでトリステインを侵略する筈だったアルビオン艦隊は旗艦の『レキンシントン』号を含めその大半を失い、
 更に貴族派の者達から粛清を免れていた優秀な軍人を、ごっそり失う羽目になってしまったのである。

 シェフィールド個人としては、いつでも手が出せるような状態にしておきたいとは思っていた。
 少なくともアストン伯の屋敷で対峙した時点でこちらの味方になるという可能性はゼロであり、
 尚且つ彼女の使い魔である霊夢やその周りにいる黒白の金髪少女は、明らかに脅威となるからである。

 彼女の言葉で報告書にも書かれていたルイズの虚無の事を思い出したジョゼフは数秒ほど考えた後、 
 まだ覚醒したばかりのトリステインの担い手を脅威と判断したのか、彼はシェフィールドに命令を下す。
「そうだな…確かに無警戒というのもよろしくない。゙坊主ども゙も必ずこの時期を狙って接触してくるだろうしな」 
「では…」
「うむ、余のミューズよ。ここからなら歩いてでもトリステインへ行けるし、何より今は夏季休暇の季節であるしな」
「流石ジョゼフ様。この私の考えを汲み取ってもらえるとは光栄です」
 自分の考えを読み取って先程の命令を取り消してくれた事に、シェフィールドは思わず膝をついて頭を垂れてみせた。
 巫女もどきの件は他の人間なり手紙を使えば伝えられるし、実験農場の学者たちは基本優秀な者ばかりを登用している。
 無論国家機密の情報をリークする・させるというミスも犯さないだろうし、彼らならば問題は起こさないだろう。
 それより今最も警戒すべきなのは、ここにきて虚無が覚醒したトリステインの担い手にあるという事だ。

 あの少女の出自は大方調べてあったし、覚醒するまではそれ程厳重に監視するほどでも無いという評価を下していた。
 しかし、二年生への進級試験として行われる春の使い魔召喚の儀式において、その評価は百八十度覆されたのである。
 よりにもよってあの小娘は、大昔にその存在すら明かす事を禁忌とされた巫女――即ち『博麗の巫女』を召喚したのだ。

891ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:13:09 ID:nOWdnO9U

 当初は単なる偶然の一致かと思われたが、監視要員を送る度にあの少女――霊夢が博麗の巫女である証拠が増えていった。
 この世界では誰も見たことが無いであろう見えぬ壁に、先住魔法とは大きく異なる未知の力に、魔法を介さず空を飛ぶという能力。
 そして、古くからこの世界の全てを知っている゙坊主ども゙が動き出したのを見て、シェフィールドとジョゼフは確信したのだ。
 虚無の担い手である公爵家の小娘が、あの博麗の巫女を再びこの世界に召喚したのだと。

 それから後、ジョゼフはシェフィールドや他の人間を使って監視を続けてきた。
 幾つかのルートを経由して、霊夢に倒されたという元アルビオン貴族だったという盗賊から彼女の戦い方を知り、
 何らかの事情でアルビオンへと赴こうとした際には人を通して指示を出し、ワルド子爵に彼女の相手をさせ、
 更に王党派の抜け穴からサウスゴータ領へと入ってきた霊夢に、マジックアイテムで操ったミノタウルスをけしかけ、
 それでも駄目だった為、かなりの無理を押して貴族派に王宮を不意打ちさせても、結局は逃げられてしまった。
 最も…その時再戦し子爵から一撃を貰い、彼の杖に付着した血のおかげでこちらは貴重な手札を手にしたのだが…。
 
 とにもかくにも、それ以降は事あるごとに彼女たちへ刺客を送り込んでいった。
 ある時はトリステイン国内にいる憂国主義の貴族達にキメラを売っては適度に暴れさせ、
 いざ巫女に存在を感づかせて片付けさせるついでに、彼女の戦い方をより詳しく観察する事ができた。
 自分たちより先に巫女の存在を察知していだ坊主ども゙は未だ接触を躊躇っており、実質的に手札はこちらが多く持っている。
 それに今は、その巫女に対抗するための゙切り札゙もサン・マロンの実験農場で開発中という状況。
 二人の周りにいつの間にか現れた黒白の少女と件の巫女もどき…、そしてルイズの覚醒が早かった事は唯一の想定外であったが、
 そういう想定外の状況をも、このお方は一つの余興として楽しんでいるのだ。
 
 決して余裕を崩す事の無い主にシェフィールドは改めて尊敬の意を感じつつ、
 今すぐにでもトリステインへ赴くため、ここは別れを惜しんで退室しようと再び頭を垂れた。 

「ではジョゼフ様。…このシェフィールド、すぐにでもトリステインで情報収集を…」
「うむ、頼んだぞ余のミューズよ。まずは王都へと赴き、アルビオンのスパイたちと接触するのだ。
 奴らなら最近のトリステイン情勢を詳しく知っているだろうし、何よりあの国の゙内通者゙にも紹介してくれるだろう」
 
 陰で『無能王』と蔑まれる自分に恭しく頭を下げてくれる彼女を愛おしげに見つめながら、その肩を叩いてやった。
 シェフィールドもまた、自分を必要としてくれる主の大きく暖かい手が自分の肩を叩いた事に、目を細めて喜んでいる。
 その状態が数秒ほど続いた後…ジョゼフが手を降ろした後にシェフィールドも頭を上げて、踵を返して部屋を出ようとしたその時…
「………あっ!そうだ、待ちたまえ余のミューズ!最後に伝えるべき事を忘れておった」
「――…?伝えるべき…事?」
 最後の最後で何か言い忘れていた事を思い出したのか、急にジョゼフに呼び止められた彼女は彼の方へと振り向く。
 いよいよ部屋を出ようとして呼び止めてしまったのを恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しに笑いつつ彼女に伝言を託す。

「以前キメラの売買で知り合った、トリステインの『灰色卿』へ伝えろ。お前さんたちに御誂え向きの『商品』がある…とな」

892ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:15:46 ID:nOWdnO9U
以上で、八十四話の投下を終了いたします。
特に問題が起こらなければ、また七月末にお会いしましょう

それでは。ノシ

893ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:16:35 ID:36uIRr9o
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を始めさせてもらいます。
開始は0:18からで。

894ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:19:26 ID:36uIRr9o
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十八話「ウルトラヒーロー勝利の時」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 本の支配者ダンプリメによって連れさらわれてしまったルイズを救出するため、ダンプリメの
待ち受ける七冊目の世界へと突入した才人とゼロ。しかしダンプリメが繰り出してきたものは、
六冊の本の世界で現れた怪獣たちの怨念を結集させて作り出した恐るべきウルトラダークキラー
だった! すさまじい暗黒の力を持つ強敵相手にも果敢に立ち向かっていくゼロだったが、
ウルトラダークキラーは悪のウルトラ戦士軍団を召喚しゼロを追い詰めてしまう。本の世界の
中で孤立無援のゼロは、このまま敗れ去ってしまうのか……。
 そう思われたがしかし、ゼロの窮地に現れたのは、ダンプリメに囚われたはずのルイズ
であった! 更に彼女に続くようにやってきたのは、本の世界の四つの防衛チーム、そして
本の世界のウルトラ戦士たち! 彼らは物語を完結に導いたゼロを救うために駆けつけて
くれたのだった!
 今ここに、長い本の世界の旅の、本当の最後の決戦が幕を開く!

「ヘアッ!」
「ダァーッ!」
「ジェアッ!」
「テェェーイッ!」
「トアァーッ!」
「シェアッ!」
 ゼロの救援に駆けつけたウルトラ戦士たちが、悪のウルトラ戦士軍団との大乱闘を開始した。
ウルトラマンはカオスロイドUとがっぷり四つを組み、ウルトラセブンとカオスロイドSのアイスラッガー
同士が衝突。ジャックはウルトラランスを手にダークキラージャックのダークプラズマランスと
鍔迫り合いをして、エースがダークキラーエースと組み合ったまま横に倒れ込み、タロウのスワロー
キックがカオスロイドTの飛び蹴りと交差、ゾフィーはダークキラーゾフィーとチョップの応酬を
繰り広げている。
「ヂャッ!」
「デヤァッ!」
「デュワッ!」
「ゼアァッ!」
「デェアッ!」
「シュアッ!」
 ティガの空中水平チョップとイーヴィルティガの飛び蹴りが交わり、ダイナはゼルガノイドと
熾烈な殴り合いを演じ、ガイアはウルトラマンシャドーの繰り出すメリケンパンチの連発を見切って
かわした。コスモス・フューチャーモードはカオスウルトラマンカラミティの拳を受け流し、
ジャスティス・クラッシャーモードの拳打がカオスウルトラマンのキックと激突。マックスは
マクシウムソードを片手にダークメフィストのメフィストクローを弾き返した。
 十二人のウルトラ戦士が悪のウルトラ戦士と互いに一歩も譲らぬ勝負を展開しているところに、
四つの防衛チームの援護攻撃が行われる。
「ウルトラマンたちを援護するぞ! 他のチーム諸君も協力頼む!」
 ムラマツからの呼びかけにシラガネが応答。
「是非もないことです。砲撃用意!」
「一緒に戦えて光栄です、フルハシ参謀!」
「俺の名前はアラシだよ! フルハシって誰だよ!」
 シマからの通信にアラシが突っ込みながら、ジェットビートルとウルトラホーク一号から
ロケット弾が連射され、カオスロイドとダークキラーたちを狙い撃つ。
「ウオオォォッ!」
 ウルトラ戦士と戦っているところに飛んできたロケット弾の炸裂にダメージを負う悪の戦士たち。
カオスロイドUが光線を撃って反撃するも、ビートルはそれを正面から受け止めて飛び続けている。

895ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:23:00 ID:36uIRr9o
「俺たちも後れを取るな! コスモスたちを助けるんだ!」
「はい隊長!」
「行くぜショーン! ウィングブレードアタックだ!」
「All right!」
 フブキ率いるテックライガー編隊と、コバとショーンのダッシュバード1号2号も攻撃開始。
ライガーのビーム砲がカオスウルトラマンたちとイーヴィルティガ、ゼルガノイドを撃ち、
ダッシュバードのウィングブレードアタックがシャドーとダークメフィストの脇腹を斬りつけた。
「シェアァァッ!」
 防衛チームの援護攻撃によって悪の戦士たちが牽制されると、ウルトラ戦士たちの一撃が
均衡を崩す。ウルトラ戦士の強烈なウルトラキックが悪の戦士たちを纏めて薙ぎ倒す!
 そして助けに来てくれた彼らの奮闘は、ゼロのエネルギーだけではなく気力も通常以上に
回復させたのだった。
『俺たちが旅で出会った人たちが、俺たちを助けてくれてる! こんなに勇気づけられる
ことはないぜ!』
『ああ! 俺たちもまだまだ負けてられねぇぜッ!』
 ゼロはウルトラ念力で弾かれたゼロツインソードDSを手元に戻すと、再びウルトラダーク
キラーに猛然と斬りかかっていく。
『おぉぉぉらッ!』
 ダークキラーは腕のスラッガーで防御するが、ゼロはそのままダークキラーを突き飛ばして
姿勢を崩させた。先ほどまではダークキラーのパワーの方が上回っていたが、その関係は気が
つけば反転していた。
 デルフリンガーがゼロと才人に告げる。
『すげえぜ相棒たち! すんげえ心の震えだ! この震えがお前さんたちの力になってる! 
力が湧き上がって止まらねえ……こいつぁ俄然面白くなってきたぜぇ!』
 ゼロも仲間のウルトラ戦士たちの奮闘ぶりに背中を押されるように、ウルトラダークキラーを
少しずつ押し込んでいく。その様子を見上げながら、ダンプリメは依然狼狽していた。
「こんな……こんなことはあり得ない! 別の本の登場人物が、異なる本の世界に入り込んで
くるなんて! 一体何がどうすれば、そんなことが起こると言うんだ!?」
 立ち尽くして混乱ぶりを言葉に示すダンプリメに、ルイズが肩をすくめた。
「本のことなら何でも知ってるとか豪語した割には、そんな簡単なことも分からないんじゃ
ないの。呆れたものね」
「何!? ……まさか、ルイズがッ!?」
 ダンプリメは一つの可能性に行き着いてルイズにバッと振り向いた。ルイズは得意げにほくそ笑む。
「そう、わたしが連れてきた訳よ! まぁ正確には、これまでの記憶を頼りにそれぞれの物語の
本へ助けを呼びかけたら、応じた彼らがわたしの元に来てくれたんだけど」
「何だって! そんなことが……。いや、そもそもルイズ、君がどうしてここにいるんだ! 
何故サイトのことを覚えてる!? 記憶は念入りに封印したはずなのに……!」
 そのダンプリメの疑問にも、ルイズは自信満々に返した。
「聞こえたのよ! この世界で、サイトのわたしを呼ぶ声が! 気持ちが! それが心に
伝わったから、わたしは全てを思い出したの!」
「気持ちが……!?」
 ハッと気がつくダンプリメ。
「そうか……! 本の世界はいわば『想い』の世界。現実の世界よりも、精神と精神のつながりが
強くなる。それでそんな現象が……! ルイズを本の世界に連れ込んだのは失敗だったのか……!」
 ルイズは堂々とした態度で、ダンプリメにまっすぐ伸ばした人差し指を向けた。
「あなたがわたしのサイトの記憶を封印したのは、サイトからわたしを奪い取るだけじゃなく、
わたしとサイトの絆を恐れたからでしょう! それがあると、自分が勝てる自信がないから!」
「うッ……!?」
「だけど残念だったわね。どんなに知識豊富でも、現実での体験を持たないあなたでは、
わたしたちの現実の世界で育んできた絆を消し去ることは初めから不可能だったのよ!」

896ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:26:48 ID:36uIRr9o
 ルイズが堂々と言い切っている中で、ウルトラ戦士たちと悪のウルトラ戦士軍団の決着の時が
迎えられようとしていた。
「ヘアァァァッ!」
 ウルトラマンのスペシウム光線とカオスロイドUのカオススペシウム光線、セブンのワイド
ショットとカオスロイドSのカオスワイドショット、ジャックのスペシウム光線とダークキラー
ジャックのキラープラズマスペシウム、エースのメタリウム光線とキラープラズマメタリウム、
ゾフィーのM87光線とダークキラーゾフィーのキラープラズマM87ショット、ティガのゼペリオン
光線とイーヴィルティガのイーヴィルショット、ダイナのソルジェント光線とゼルガノイドの
ソルジェント光線、ガイアのクァンタムストリームとシャドーのシャドリウム光線、コスモスの
コスモストライクとカオスウルトラマンカラミティのカラミュームショット、ジャスティスの
ダグリューム光線とカオスウルトラマンのダーキングショット、マックスのマクシウムカノンと
ダークメフィストのダークレイ・シュトロームが真正面からぶつかり合う! 両陣営互角の光線の
ぶつかり合いは激しいエネルギーの奔流を生み出し、それが天高く飛び上がっていく。
 そのエネルギーは、わずかに上回った光の戦士たちの力に押されて悪のウルトラ戦士軍団へと
降りかかった!
「ウワアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!」
 十二人の悪の戦士たちは爆発的なエネルギーによって一網打尽。ガラスのように砕け散った
空間とともに消滅していき、完全に無に還っていった。
「やったわッ!」
 ぐっと手を握って喜びを示すルイズ。悪のウルトラ戦士軍団に打ち勝った光の戦士たちは
ゼロの元へ駆けつけ、ともにウルトラダークキラーと対峙した。
 いくらダークキラーが絶大な闇の力を有していようとも、これだけの数の勇者たちを相手にして
勝機などあるはずがない。ゼロがダンプリメに投降を勧告する。
『ダンプリメ、これ以上の戦いは無意味だ! 大人しく身を引きな! お前がどんなに本の
世界を自由に出来ようと、どんなに闇の力を集めようとも、ここにある心の光を屈させることは
出来ねぇんだ! それを学べただけでも儲けもんだろ!』
 ダンプリメはしばし無言のまま、何も答えずにいたが……やがて長く長く息を吐いた。
「そうみたいだね……。残念だけど、僕の負けだ。ルイズのことはあきらめる他はないね……」
 降伏を受け入れたダンプリメであったが……彼にとっても予想外のことがすぐに起こった。
『そうはいかぬ……!』
 それまでうなり声を発するばかりであったウルトラダークキラーが、唐突に口を利いたのだ!
「えッ!?」
 しかも自らの生みの親であるダンプリメに手を伸ばし、その身体を鷲掴みにして捕らえたのだ! 
肉体への配慮もないほどの強い力で締められ、ダンプリメは苦悶の表情を作る。
『何ッ!』
 ダークキラーの行動の変化に驚くゼロたち。ダンプリメはダークキラーを見上げて問う。
「ウルトラダークキラー、何のつもりだ……!? ぼ、僕は君を作ったんだぞ……!?」
 するとダークキラーは、次のように言い放った。
『この身体に渦巻く恨みを晴らすまで、戦いをやめることは許されぬ……! 貴様にも
つき合ってもらうぞ……!』
「何だって……!? ボクの制御が、効いていない……!?」
 ここに来てゼロたちは察した。ウルトラダークキラーは溜め込んだ怨念が多すぎたため、
ダンプリメの制御を離れて独り歩きを始めてしまったのだ!
『だから言っただろうが……!』
『仕方ねぇな……。今助けてやっから、変に暴れるなよ!』
 才人が吐き捨て、ゼロがダンプリメを救出しようとツインソードを構える。しかし、それを制して
ダークキラーが警告した。
『我とこの者の肉体はリンクしている……。いや、最早我がこの者を支配している! 我を殺せば、
この者もまた消滅することになるぞ……!』

897ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:37:04 ID:36uIRr9o
『何ッ! くッ、闇の力ってのは陰険なことしやがるもんだな……!』
 散々迷惑を掛けられたとはいえ、戦う意志を放棄した者を死なせてしまうのは目覚めが悪い。
ゼロが戸惑うと、ダンプリメが自嘲するように笑いながら呼びかけた。
「いいさ、やってくれ……」
『!』
「これぞ自業自得という奴だよ……。こんなことになってしまうなんて、我ながら馬鹿なことを
したものだ……。どうせボクは本の中にしか居場所がない異端。せめて一人でも側にいる人が
欲しかったけれど……やはり、本の中の人間なんていない方がいいんだろう。ひと思いに
バッサリとやってくれ……」
 すっかりと己の死を受け入れたダンプリメ。その言葉に、ゼロは大きく肩をすくめた。
『ますますしょうがねぇ奴だなぁ。そんなこと聞かされたら……』
 ゼロに同意する才人。
『ああ。ますます死なせる訳にはいかなくなったぜ!』
「!? だけど、ボクを犠牲にしないことには……!」
 才人たちの言葉に動揺を浮かべたダンプリメに、ルイズが自慢げに告げた。
「安心しなさい、ダンプリメ。ウルトラマンゼロは、命を護る時にはいつだって奇跡を
起こすんだから! そうでしょ?」
『ああ、その通りだッ! おおおおおッ!』
 気合いの雄叫びとともに、ゼロの身体が赤と青に激しく光り輝き出した!
『ぬおぉッ!?』
 思わず腕で顔を覆うダークキラー。ゼロの輝きは空間をもねじ曲げ、何もない空に影を
映し出す。
 そして閃光の中から現れたのは……!
『教えてやるぜダンプリメ! 強さと、優しさって奴をッ!』
 ストロングコロナゼロとルナミラクルゼロ……二つの形態が、同時にこの場に現れていた! 
ゼロが二人に増えているのだ!
「嘘……!?」
『馬鹿なッ!? どういうことだ……! どうしてそんなことが出来るのだぁぁぁッ!!』
 ゼロの起こした奇跡に冷静さを失ったダークキラーは、正面から二人のゼロに飛び掛かっていく。が、
『でやぁッ!』
『ぐおぉッ!?』
 ストロングコロナゼロの鉄拳が返り討ち。そしてルナミラクルゼロが手中のダンプリメを
救出し、彼らの後ろに降ろした。
 ストロングコロナゼロはよろめいたダークキラーに対して灼熱の攻撃を用意。ルナミラクル
ゼロはダンプリメへ光の照射の準備をした。
『受けてみな! これが優しさと……!』
『真の強さだぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ストロングコロナゼロの放ったガルネイトバスターがウルトラダークキラーを押し上げ
天空に叩きつける! 更にウルトラマン、セブン、ジャック、エース、タロウ、ゾフィー、
ティガ、ダイナ、ジャスティス、マックスの必殺光線もダークキラーに押し寄せられる!
 一方でルナミラクルゼロとガイア、コスモスが光の粒子をダンプリメに浴びせる。
『ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
「……これは……?」
 怒濤の必殺光線の集中にウルトラダークキラーの全身が焼かれる。しかしダンプリメの
身体に変化はない。浄化の光によって闇の力を清められ、ダークキラーの呪いが解かれているのだ。
『こ、これが……光……!!』
 ウルトラダークキラーは戦士たちの光に呑まれ、完全に消滅。そしてダンプリメは生存し、
ぼんやりとウルトラ戦士たちを見上げた。ルイズはゼロたちの完全勝利に、当然とばかりに
重々しくうなずいた。
 ゼロと才人は、自分たちを別の本からはるばる助けてくれたウルトラ戦士たち、防衛チームに
礼を告げる。
『みんな、本当にありがとう。お陰で勝つことが出来た』

898ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:39:52 ID:36uIRr9o
『俺たち、今までの旅のこと、あなたたちと出会ったこと、ずっと忘れないから! いつかまた、
みんなの本を読んであなたたちの世界に触れるよ!』
 二人の言葉にウルトラマンたちは満足げにうなずき、天高く飛び上がってそれぞれの世界に
帰っていく。防衛チームもゼロたちに敬礼した後、ウルトラ戦士たちの後について帰還していった。
『ありがとーう! さよーならー!』
 大きく手を振って見送るゼロ。そうしてルイズが笑顔でゼロと才人に呼びかける。
「さぁ、わたしたちも帰りましょう! みんなが待つ、わたしたちの世界に!」
『ああ!』
 ダンプリメはゼロたちの様子、ルイズの輝くような笑顔の横顔を見つめ、ふぅとため息を吐いた。
「はは……これは敵わないなぁ……」
 自嘲するダンプリメだったが、その表情にはどこか満ち足りたものがあった……。

 こうして、図書館に誕生した本の中の生命体から端を発する、現実の世界では知っている者が
ほとんどいない大バトルの旅は無事に終わりを迎えた。才人とルイズが五体無事に現実世界に
帰ってくると、シエスタたちは嬉し涙とともに激烈に迎えてくれたのだった。
 リーヴルは事件終結後、経緯はどうあれ異形の存在にそそのかされ、手先としてラ・ヴァリエール
公爵家息女のルイズに危害を加えたとして、王立図書館司書の座の辞任をアンリエッタに申し出た。
……しかし、アンリエッタはそれを却下した。
 彼女の下した裁きはこうだ。ダンプリメは外の世界のことを、善悪の判断をよく知らない
子供のようなものだ。それをしつけ、正しき方向に導く役割の人間が必要だと。それは図書館の
ことを誰よりも知っているリーヴル以外の適任はいないとして、彼女にダンプリメの世話役を
厳命したのであった。どんな形であれ、リーヴルが元のまま図書館にいられることに才人たちは
安堵したのだった。
 そして肝心のダンプリメは、すっかりと心を入れ替えた。もう誰かを本の世界に引きずり込む
ような真似はきっぱりとやめ、代わりに光の力の研究にバリバリと精を出すようになったという。
ゼロたちの戦いぶりにそれほど影響されたのだろうか……。もしかしたら、いつの日かダンプリメが
ウルトラ戦士になる力を得る日が来るかもしれないが、それはまた別の話なのであった。
 そして才人とルイズは、先に帰ったシエスタたちに後れる形で、魔法学院へと帰還していた。
「おぉー、遂に学院に帰ってきたなぁ! 何だか久しぶりに感じるぜ。時間にしたら、ほんの
一週間ぐらいしか離れてないはずだけど」
 あまりにも密度の濃い旅だったので、才人が懐かしさまで覚えてしみじみとつぶやいた。
しかしそこにルイズが告げる。
「だけど、またすぐに離れなくちゃいけないみたいよ。姫さまからのお達しがあったの」
 懐から、アンリエッタからの密書を指でつまみ出すルイズ。
「今度はロマリアに行かなくちゃいけないみたい。国際世情もまた不穏になってきてるそうだし、
今度も長くなるかもね」
 と言うと、才人がうんざりしたかのように長い息を吐いた。
「マジかよぉ……。あっち行ったりこっち行ったりはもうお腹いっぱいなのに」
「何言ってるのよ。図書館から一歩も出てなかったんでしょ?」
「いやぁそう言うならそうだけど、そういう意味じゃなくてだな……」
 言い返そうとした才人だったが、すぐ苦笑いして肩をすくめた。
「まぁいいか。そんなことぶつくさ言っててもしょうがないもんな。今度もいっちょ頑張りますか!」
「ええ、その意気よ。なかなか分かってきたじゃない」
 顔を上げたルイズは才人と目が合い、思わずクスッと笑い合った。
「これからもよろしくね。この世界のヒーローにして……わたしの使い魔」
「お安い御用だよ。伝説の担い手の、俺のご主人様」
 おかしそうに笑うルイズの表情には、とても満ち足りたものがありありと浮かんでいたのであった。

899ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:41:35 ID:36uIRr9o
以上です。
今回で三つのゲーム編は全て終わりで、次回から本編に専念することになります。

900ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:35:20 ID:Ux9.ySDg
おはようございます、焼き鮭です。投下を行いたいと思います。
開始は6:37からで。

901ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:39:09 ID:Ux9.ySDg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十九話「ロマリアの夜に」
炎魔人キリエル人 登場

 ロマリア。ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置するこの都市国家連合体は、現在は
ハルケギニアの人間の最大宗教であるブリミル教の中心地とされる宗教国家である。始祖
ブリミルはロマリアの地で没し、後世の人間がこれを利用してロマリアを“聖地”に次ぐ
神聖なる場所であると主張したことがその始まりだ。そしてロマリア都市国家連合はいつしか
“皇国”となり、代々の王は“教皇”を兼ねるようになった。これらのため、ハルケギニア
各地の神官は口をそろえてロマリアを『光溢れた土地』と称し、生まれた街や村を出ることの
ない人間はその言葉を信じ込んでロマリアに夢を見ている。
 だが、実際にロマリアを訪れて少しでも観察眼を持つ人間ならば、ロマリアが『光の国』と
称される理想郷などでは断じてないことをすぐにでも知ることだろう。実際のロマリアは、
通りという通りにハルケギニア中から流れてきた信者たちが職も住居もない貧民となって
溢れており、明日の食べるものにすら困窮した生活を送っている。その一方で、街には派手な
装飾を凝らした各宗派の寺院が競い合うように立ち並び、同じように派手に着飾った神官たちが
寺院で暇を持て余したり贅沢を極めたりしている。ここまで身分と立場の違いによる貧富の差が
同じ土地に凝縮されている場所は、ロマリア以外には存在しない。アンリエッタなどはこの光景を
『建前と本音があからさま』と評している。
 そんな欺瞞に満ちたロマリアの濃厚な影の世界では、様々な集団の思惑が跋扈している。
“実践教義”を唱える新教徒がその最たる例だが、現在ではある『人外』の者たちが暗躍を
していることは、まだ誰も知らないことであった。
『……』
 そしてその『人外』は今、人間の目には映らない状態である場所を注視していた。そこは
何の変哲もない酒場。だが太陽の出ている内に酒を飲むことは不信心とされるロマリアでは、
昼間の酒場は大体空いているものなのに、今日は大勢の人間が押しかけてひどく賑やかで
あった。しかも外で店を囲んでいる側は、ロマリアが誇る聖堂騎士の一隊であった。
 『人外』はその酒場の中に集っている集団の方に意識を向け、その内の一人を認識すると
声音に暗い情念をにじませた。
『再び現れた……。奴に、あの時の報復を……!』
 酒場に立てこもって、聖堂騎士相手にバリケードを築いているのは誰であろう、オンディーヌを
中心としたトリステイン魔法学院の生徒たちであった。

「……ったく、ロマリアに来て早々えらい目に遭ったぜ。誰かさんの余計な歓迎のせいでな」
 その日の夜、才人とルイズはロマリアの中心地、引いてはブリミル教の総本山たるフォルサテ
大聖堂の自分たちにあてがわれた客室にて、とある人物と会話をしていた。と言うより、才人が
その人物に嫌味をぶつけていた。
「だから、何度も言ってるだろう? 確かに余興がちょいと過ぎたかもしれないけど、これから
待ち受けているだろうガリアとの対決は、あんなものがままごとに思えるくらい過酷なものになる
はずだぜ。あれしきで根を上げているようだったら、あの場で騎士たちに捕らえられてロマリア
から追い出されてた方が身のためってものさ」
「宗教裁判にかけられるところだったって聞いたんだけど!?」
「嫌だなぁ、そういう最悪の事態にはならないようにするためにぼくがずっと近くにいたんじゃ
ないか。さすがに命を取るような真似はしないよ」
「けッ、どうだか」
 胡乱な視線を送って吐き捨てる才人。ルイズも呆れたように肩をすくめた。
 そんな二人を相手に飄々と笑っている月目――地球で言うところの光彩異色の青年は、
ロマリアの助祭枢機卿ジュリオ・チェザーレ。かつてのロマリアの最盛期の大王と同じ名を
名乗るこの神官は、ルイズたちとは先のアルビオン戦役で、ロマリアの義勇軍という形で
対面している。その時から掴みどころのない性格と言動、態度で特に才人を散々に翻弄した
ものだった。

902ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:42:39 ID:Ux9.ySDg
 このジュリオが何をしたのか、そもそもルイズたちが何故ロマリアにいるのか。初めから
順を追って説明をしよう。
 王立図書館の怪事件を、連戦に次ぐ連戦の果てに解決したルイズたちだが、すぐに次なる
旅が彼らの元に舞い込んできた。ブリミル教教皇との秘密の折衝のためにロマリアを訪問
していたアンリエッタから、オンディーヌにルイズとティファニアをロマリアまで至急連れて
くるよう命令があったのだ。何のためにそんな命令を出したのかは不明だったが、才人たちは
その指示通りにコルベールに頼んでオストラント号を出してもらって、ロマリアへと急行した。
 しかし入国してすぐに一行はトラブルに遭遇してしまった。ロマリアでは杖や武器は剥き出しで
持ち歩いてはいけない決まりなのだが、そんな慣習には疎い才人がうっかりデルフリンガーを
背負ったままロマリアの門をくぐろうとして、衛士に止められた。すると個人的にロマリアが
大嫌いなデルフリンガーが衛士に喧嘩を吹っかけ、その末に警戒を強化している最中の聖堂騎士の
一団に追いかけられる羽目になってしまったのだ。それが、昼の酒場での籠城戦の経緯である。
 しかし実はこの騒動の半分を仕組んだのがジュリオであった。才人たちがロマリアで困難に
ぶつかるように、教皇が誘拐されたという噂を聖堂騎士に流していたのだ。それで才人たちは
恐慌誘拐犯のレッテルを貼られ、執拗に追い回されたのであった。才人がおかんむりなのは
そういう訳であった。
 そんなことがあったのにちっとも悪びれる様子のないジュリオに不機嫌な才人だったが、
いつまでもへそを曲げていてもしょうがないという風に、ふと話題を変えた。
「けど、さっきの晩餐会は色々驚かされたな。ジュリオ、お前がヴィンダールヴで……教皇聖下が
ルイズやテファと同じ、“虚無”の担い手なんてさ」
 才人とルイズはティファニアとともに、アンリエッタと教皇聖エイジス三十二世こと
ヴィットーリオ・セレヴァレと囲んだ晩餐の席で、様々なことを聞かされた。その一つが、
ヴィットーリオが世界に四人いる“虚無”の担い手の一人であり、ジュリオが彼の使い魔……
才人と同等の立場だということである。まだ誰なのかは知らないが、ガリアにも“虚無”の
担い手がいることは判明しているので、これで“虚無”を担う四人の所在が全て判明した
ことになる。
 そしてヴィットーリオは、同じ“虚無”の担い手であるルイズとティファニアに、エルフから
聖地を取り返す協力を求めてきた。ヴィットーリオはハルケギニア中での人間同士の戦火を止める
方法として、聖地をエルフから人間の手に取り戻し、ハルケギニア中を統一しようと考えている
のだった。そして強大な力を以て聖地を占領しているエルフと渡り合うために、四つの“虚無”を
一箇所に集めてその力を背景に交渉を行うつもりだと。
 しかし、ヴィットーリオは実際に力を振るうつもりはないと言いつつも、才人とルイズは
それを詭弁だと感じた。ヴィットーリオのやろうとしていることは、要はエルフよりも大きい
力を振りかざして脅しを掛けるというものだ。才人たちはこれまでの経験から、力を拠りどころ
とする手段には非常に懐疑的なのであった。
 特に才人は、地球の歴史の暗部の一つを思い出した。それは超兵器R1号事件……。ウルトラ
警備隊の時代に発生した、防衛隊最大の汚点の一つであるそれは、惑星を丸ごと破壊する超兵器を
盾にして侵略者の行動を牽制する計画から端を発した。その超兵器R1号の実験でギエロン星が爆破
されたのだが、生物がいないと思われたギエロン星から怪獣が出現し、地球に報復をしてきたのだ。
地球人の生み出してしまった哀しき怪獣ギエロン星獣……本の世界で戦ったことは記憶に新しい。

903ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:46:25 ID:Ux9.ySDg
 惑星破壊兵器による地球防衛は、この事件により、侵略者との兵器開発競争を過熱させて
しまうとの判断となって破棄されたのだが……ヴィットーリオはこれと同じことをしようと
しているのではないだろうか? 才人にはそう思えて仕方なかった。エルフを力で抑えつけたら、
向こうには不平が生じるだろう。それが報復となって自分たちに襲いかかって来ないと、何故
言える? ヴィットーリオは“虚無”に絶対的な自信があるようだが、力はどこまで行っても
ただの力。それを振るうルイズたちが、四六時中一切の隙をエルフに見せないなんてことが
出来るだろうか。
 アンリエッタもある程度は才人たちと同じ考えで、ヴィットーリオの提唱する方法に全面的に
賛成してはいなかった。しかし……彼女は一国の長故に、ハルケギニア中の人間による争いを
止めることの困難さをルイズたち以上に知っている。彼女では、他に戦を止める方法が思いつかない
がために、ヴィットーリオに強く反対することも出来ないでいた。そのため、結論は保留という
曖昧な態度を取っていた。
 そもそもそれ以前に、一つ重大な問題がある。ガリアの担い手だ。“虚無”が完全な力を
発揮するには始祖ブリミルに分けられた四つがそろわなければいけないが、あのジョゼフが
支配するガリアが協力をするはずがない。そこをどうにかしなければ、たとえルイズたちが
ヴィットーリオに協力したところで徒労が関の山だ。
 しかしヴィットーリオも抜かりないもので、既にガリアをどうにかしてしまう作戦を講じていた。
三日後にはヴィットーリオの即位三周年記念式典が開催されるのだが、そこにルイズとティファニア
にも出席してもらって、三人の担い手を囮にジョゼフをおびき出すというのだ。そうしてジョゼフを
廃位にまで追い込み、ガリアを無害化するというのがヴィットーリオの立てた計略であった。
 エルフのことはともかくとして、ルイズやタバサの身を狙うジョゼフには落とし前を
つけなければならない。才人はそれには賛成であったが、ルイズはこれも反対の立場を
取っていた。ジョゼフの力は未だ底が知れない……。事実、ゼロも才人も何度も危機に
陥っている。そのためルイズは強く警戒しているのであった。
 ヴィットーリオはこれらのことに対して、すぐの回答を求めなかった。それで晩餐会は
終わりを迎えたのだった。
「にしても、ちょっと意外だったな。あの教皇聖下、見たことがないくらいの優男なのに……
発言がやたら過激だった」
 晩餐会を振り返って、才人がぼやいた。ヴィットーリオは女性顔負けの、輝くような美貌を
有しており、更には完全に私欲を捨てたレベルの者だけが放てる慈愛のオーラを放っていた。
才人は初めて面と向かった時、しばし呆然としてしまったくらいだ。
 しかしそのヴィットーリオの思想や発言は、上記の通り。力を背景にした交渉を推し進めようと
する強引さに加え、才人は彼からの「博愛は誰も救えない」という断言が一番記憶に残っていた。
愛の感情に溢れた人間の発言とはとても思えない。
 このことについて、ジュリオは語る。
「それは無理からぬことさ。何せ、聖下が即位なさってからまだ三年ほどだけど、たった
それだけの間に聖下は苦渋の数々を経験なさってるのさ」
「苦渋?」
 才人とルイズがジュリオの顔を見返す。
「そうさ。ロマリアは国内外から“光の国”と称されるけど、実態はそれとは程遠いのは
きみたちも目にしたことだろう? この国は全く矛盾だらけさ」
 ジュリオのひと言に内心深く同意する二人。ロマリアに入国してから少し見ただけでも、
街の至るところに難民の姿と、彼らに対して全く無関心な神官の姿が目立った。籠城戦の
時も、聖堂騎士が才人たちにてこずっていると野次馬の市民から散々野次が飛んでいた。
普段権威を笠に着て威張り散らしている聖堂騎士の苦戦が愉快だったのだ。このひと幕で、
ロマリアの権力者が平民からどう思われているのかが垣間見えるだろう。
 “光の国”の呼び名は、ゼロの故郷ウルトラの星の別称と同じであるが、両者の内情は
天と地ほどの開きがあるのであった。

904ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:49:39 ID:Ux9.ySDg
「大勢の民が今日のパンにも事欠く傍らで、各会の神官、修道士は今日も民からせしめた
お布施で贅沢三昧だ。今じゃ新教徒のみならず、終末思想じみたものを唱える異教すら
その辺で横行するありさまでね。聖下はそんなこの国の現状を解きほぐそうと、教皇就任から
ずっと努力されてきた。主だった各宗派の荘園を取り上げて大聖堂の直轄にしたり、寺院に
救貧院の設営を義務づけたり、免税の自由市を設けたりとかね。すると聖下を教皇に選んだ
神官たちは何と言ったか分かるかい? 新教徒教皇だってさ。ほんと勝手なもんだ」
 うんざりしたように肩をすくめるジュリオ。
「今のままでこれ以上神官たちの私利私欲を止めようとしたら、聖下は教皇の帽子を取り上げ
られてしまうだろう。そんな行き詰まった状態を打破しようと、聖下は聖地回復をお望みされて
いるという訳だ。聖下のご動機、分かってくれたかい?」
「ま、まぁ、一応は……」
 ジュリオのまくし立てるような説明により、才人は若干呆気にとられながらも、ヴィットーリオも
いたずらにエルフと事を構えたい訳ではないことを理解した。ルイズは同じように呆然としながら
ジュリオに問い返す。
「ジュリオ……あなただって神官なのに、随分とズバズバ国の痛いところを口にするのね。
まぁあなたはそういう人なんでしょうけど」
「今みたいな建前なんて必要のない、正直なところを遠慮なく発言できる国も聖下の目指されて
いるところだからね」
 実に口の回るジュリオは、ここで態度を一層崩す。
「まぁこんな小難しい話をしに来たんじゃないよ、ぼくは。ちょっとしたお誘いだ」
「またルイズにちょっかい掛けようってのか?」
「是非ともそうしたいところではあるが、残念ながら用事があるのはサイト、きみの方だ」
「えッ、俺?」
 やや面食らう才人。
「実はこの国には、是非きみに見てもらいたいものがあってね。ちょっとカタコンベに潜って
もらうことになるけど」
「うーん……悪いけど今日はもう疲れたから、明日にしてくれないか? 明日は時間あるか?」
「ああ。それじゃあ明日の早朝にしよう。明日は早起きを……」
 話している最中で、ジュリオの台詞が不意に途切れ、彼の目つきが一変。険しいものとなって
虚空を用心深く見回す。
「ジュリオ?」
 虚を突かれるルイズだが、才人もまたデルフリンガーを手に取り、警戒の態勢を取っている。
「……誰かいるな」
「気がついたかい。こういうことには鋭いんだね」
 二人は、姿は見えないが刺すような殺気がどこからかこの空間に向けられていることを
察知したのだった。実は才人とゼロは、ロマリアに来てからずっと、誰かに良く思われて
いない目で見られていることを感じ取っていた。ジュリオの尾行に気づかなかったのも、
その気配に隠れていたからだ。
 じり……と臨戦態勢を取る才人とジュリオ。そして息の休まらぬしばしの時間が過ぎた後……
彼らの客室が突如爆発炎上した!
「っはぁッ! いい反射神経だ!」
「散々鍛えられたからな!」
 しかしジュリオと才人はルイズを連れながら一拍早く扉から脱出していた。ごうごうと
燃え盛る火災から安全なところまで下がると、ジュリオが機嫌を害したような声で発した。
「客間とはいえ、大聖堂で爆発テロなんて穏やかならぬ話だ。これを仕掛けた奴、いい加減
姿を見せたらどうだい!? 近くにいるんだろう!?」
 辺りに向かって怒鳴ると、それに応ずるかの如く、三人の前に怪しいものが出現した。
 全体的に人型ではあるが、輪郭がかなりおぼろげで姿がはっきりとしていない。人間型の
人魂、という表現が一番しっくりくるだろうか。
 ルイズが驚き、才人とジュリオが反射的に身構えると、その人魂は言葉を発した。
『六千年の時を隔て、再び相まみえようとは……。受けるがいい、このキリエル人の裁きをッ!』

905ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:50:25 ID:Ux9.ySDg
今回はここまでです。
いちいち説明なげぇ。

906ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:24:24 ID:1IG2yQTQ
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、61話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

907ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:29:54 ID:1IG2yQTQ
 第61話
 魔法学院新学期、アラヨット山大遠足!
 
 えんま怪獣 エンマーゴ 登場!
 
 
 透き通るような青い空、カッと照り付けてくる日差し、そして背中に背負っている弁当の重み。
「夏だ! 新学期だ! 遠足だ! いえーい!」
「いえーい!」
 早朝のトリステイン魔法学院にギーシュたち水精霊騎士隊と才人の能天気な叫び声がこだまする。その様子を、ルイズやモンモランシーら女子生徒たちはいつもながらの呆れた眼差しで見つめていた。
「まったくあいつらと来たら、これがカリキュラムの一環の校外実習だってわかってるのかしら?」
「ほんと、男っていくつになっても子供ね。あの連中、落第しないでちゃんと卒業できるのかしらね?」
 校庭に集まっている全校生徒。彼らはがやがやと騒ぎながら、待ちに待ったこの日が晴天になったことを感謝していた。
 今日は魔法学院の全校一斉校外実習、いわゆる遠足だ。しかし魔法学院ゆえにただの遠足というわけではなく、彼らが浮かれている理由はこれが年に一度だけ採集を許される特別な魔法の果実、ヴォジョレーグレープの解禁日だからである。
「ヴォジョレーグレープは普段は不味くて何の役にも立たない木の実です。ですが年に一度だけ、この世のものとも思えない甘味に変わる日があって、そのときのヴォジョレーグレープで作るワインはまさに天国の味! 魔法学院の皆さんも、年に一度のその味を楽しみにしておられました。そしてそれが今日、この解禁日なのです!」
「うわっ、シエスタ! あんたいつの間にここにいたのよ?」
 ルイズはいきなり後ろから解説をしてきた黒髪のメイドに驚いて飛びのいた。しかしシエスタは悪びれた様子もなく、わたしもついていきますよと、背中にすごい量の荷物を背負いながら答えた。
「えへへ、ワインといったらわたしを外してもらうわけにはいきませんからね。タルブ村名産のブドウで培ったワインの知識は伊達ではありませんよ。ほら、ちゃあんとマルトー親方の許可もいただいています」
「んっとに、最近見ないと思ってたら忘れたころにちゃっかり出てくるんだから。でも忘れないでね、ヴォジョレーグレープは味のこともだけど、そのエキスは解禁日にはあらゆる魔法薬の効果を増幅する触媒にもなるすごい果物になるのよ。それを使って、魔法薬の配合の実地訓練をおこなうのが校外実習の目的。食べるのは余った分だけなんだからね」
「はいはーい、毎年実習で使うより余る分が多いのはよく存じておりますとも。持ち帰った分は親方がすぐに醸造できるよう準備してますから、ミス・ヴァリエールも楽しみにしていてくださいね」
「はいはい、わかったからあっち行きなさい。ったく……」
 ルイズは頬を紅潮させながらシエスタを追い払った。内心では、ほんとにあの胸メイドは、と思いながらも口の中にはよだれがわいている。

908ウルトラ5番目の使い魔 61話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:32:03 ID:1IG2yQTQ
 だが無理もない。ヴォジョレーグレープで作るワインは、満腹の豚さえ土に飲ませずというほど、嫌いな人間のいない絶品で、ルイズもむろん大好物であった。しかも原木が人工栽培は不可能な上に、作っても数日で劣化してしまうために市場にはまったく流通していない幻の産物であった。味わう方法はただひとつ、解禁日に収穫、醸造してすぐに飲むことだけなのだ。
 むろん、楽しみにしているのは生徒だけではない。教師たちを代表して、オスマン学院長が壇上から集まった生徒たちに挨拶を始めた。
「えー、諸君。本日は待ちに待った解禁日じゃ。諸君らも、今すぐにでも出発したいところじゃろうが、焦ってはいかんぞ。ヴォジョレーグレープの生えている山は自然のままの姿で保存され、険しいうえに獣や亜人が出る危険性もある。普段は盗人を退けるために、山の周囲は特殊な結界で覆われておるが、今日だけはそれが解かれる。じゃが、そうなると邪な者も入ってこれるということになる。くれぐれも気を抜くでないぞ、よいな」
 オスマンの説明に、才人はごくりとつばを飲んだ。さすがは魔法学院の遠足、楽なものではない。
「しかし諸君らは貴族、身を守るすべは心得ておろう。それに、この遠足は今学期より入ってきた新入生と在校生との親睦を深める意味もある。スレイプニィルの舞踏会で歓迎を、そしてこの実習で団結力を深めるのじゃ。在校生諸君、先輩としてみっともない姿を後輩たちに見せてはいかんぞ。そして新入生諸君は先輩を見習い、一日も早くトリステイン貴族にふさわしい立派なメイジになるよう心がけるのじゃ。では、詳しいことはミスタ・コルベールに頼もう、よく聞いておくようにの」
「おほん、新入生諸君、学院で『火』の系統を専攻しているジャン・コルベールです。よろしくお願いします。では、本日の校外実習のルールを復習しておきましょう。在校生は三人が一組になって、新入生ひとりをつれてヴォジョレーグレープの採集をおこなってもらいます。採集するのはひとりが革袋ひとつ分までで、それ以上を採ったら全部没収させてもらいます。そして、集めた分だけを使ってポーションを作っていただき、私たち教師の誰かに合格をもらえば残りは持ち帰ってかまいません」
 生徒たちから、おおっ! と歓声があがった。だが、陽光を反射してコルベールの頭がキラリと冷たく光る。
「ですが! もしグループの中で、ひとりでも合格が出なかった場合はグループ全員の分を没収させてもらいます。これは、団結力を高めるための実習だということをくれぐれも忘れないようにしてください。助け合いの気持ちを忘れずに、我々はちゃんと見張ってますからズルをしてはいけませんよ。では、全員が合格しての笑顔での帰還を祈って、全力を尽くすことを始祖に誓約しましょう。杖にかけて!」
「杖にかけて!」
 生徒たちから一斉に唱和が起こり、場の空気がぴしりと引き締められた。一瞬のことなれど、その威風堂々とした姿は彼らがまさに貴族の子弟であるという証左であった。
 そしてコルベールは満足げにうなづくと、最後に全員を見渡して告げた。
「では、これより出発します。在校生はあらかじめ決められた三人のグループになってください。新入生はひとりづつクジを引きに来て、引いたクジに書かれているグループのところに行ってください。合流したグループから出発です、皆さんの健闘を祈ります、以上です」
 こうして解散となり、ルイズたちは自分たちを探しに来るであろう後輩の目につきやすいように開けたところに出た。

909ウルトラ5番目の使い魔 61話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:36:37 ID:1IG2yQTQ
 ルイズのグループは、ルイズ、モンモランシーにキュルケを含めた三人と決まっていた。なお才人は使い魔としての扱いであるので頭数には入っていない、しかしルイズはキュルケと同じグループというのが気に入らなかった。
「もう、せっかく年に一度の日だっていうのに、よりによってキュルケと組になるなんて最悪だわ」
「あら? わたしはラッキーだと思ってるわよ。ゼロのルイズがどんな珍妙なポーションを作るか、間近で見物できるなんて願ってもないチャンスだもの」
「ぐぬぬぬ、人のこと言ってくれるけどキュルケのほうこそどうなのよ? ポーションの調合なんて、火の系統のあんたからしたら苦手分野なんじゃないの?」
「あら? わたしは心配いらないわよ。だって、わたしには水の系統ではすっごく頼りになる……頼りになる……え?」
「どうしたのよ?」
 調子に乗っていたキュルケが突然口を閉ざしてしまったため、ルイズが白けた様子で問い返すと、キュルケは困惑した様子で答えた。
「いえ、水の系統が上手で頼りになる誰かがいたはずなんだけど……おかしいわね、誰だったかしら……?」
「はぁ? キュルケ、あなたその年でもうボケはじめたの? だいたい、学院中の女子から恋人を奪っておいて散々恨みを買ってるあんたとまともに話をするのなんて、わたしたちと水精霊騎士隊のバカたちくらいじゃないのよ」
「そ、そうね……おかしいわね、けど本当にそんな子がいたように思えたのよ。変ね……こう、振り向けばいつも隣にいるような……」
「ちょっとしっかりしてよ。あんたは入学してからずっと一人で……一人で、あれ?」
 キュルケが頓珍漢なことを言い出したのでルイズが文句を言おうとしかけたとき、ふとルイズも心の片隅に違和感を覚えた。そういえば、キュルケの隣にはいつも……
 しかし、ルイズが考え込もうとしたとき、同じグループになっているモンモランシーがじれたように割って入ってきた。
「ねえ、ルイズにキュルケ、起きながら夢を見るのはギーシュだけにしてくれないかしら? そんなことより、もうすぐわたしたちのところにも新入生が来るわよ。ちょっとは先輩らしくしてないと恥をかいても知らないからね」
 言われてルイズもキュルケもはっとした。確かにわけのわからないデジャヴュに気を取られている場合ではなかった。
 それにしても、今学期からの新入生は見るからに粒の大きそうなのが多そうだ。ルイズたちが他のグループを見渡すと、多くのグループで新入生の女子が先輩たちを逆に叱咤しながら出発していくのが見えた。その大元締めはツインテールをなびかせながら先頭きって歩いていくベアトリスで、聞くところによると彼女たちは水妖精騎士団というものを作って男に張り合っているらしく、さっそく下僕を増やしているようだ。
 ほかに目をやれば、ティファニアが遠くから手を振ってくるのが見えた。彼女も今学期から魔法学院で学ぶことに決め、新入生として入ってきたのだ。もちろん才人は迷わずに手を振ってティファニアに応えた。
「おーいテファーっ! っと、テファの引いたグループはギーシュのとこかよ。ギーシュの奴、一生分の幸運を今日で使い果たしたなこりゃ」
 ティファニアの隣を見ると、よほどうれしかったのかギーシュが泣きじゃくりながら始祖に祈っているのが見えた。才人は、気持ちはわからなくもないけど、ありゃ遠足が終わった後は地獄だなと、自分の隣で怒髪天を突きそうなモンモランシーを横目で見て思った。

910ウルトラ5番目の使い魔 61話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:41:25 ID:1IG2yQTQ
 けど、それにしても自分たちのとこに来るはずの新入生が遅いなとルイズたちは思った。もう組み合わせのくじ引きは全員終わっているはずだ、どこかで迷子にでもなっているのではと心配しかけたとき、唐突に声がかけられた。
「あの、すみません。こちら、ティールの5の組で間違いないでしょうか?」
 振り返ると、そこにはフードを目深にかぶった女性とおぼしき誰かが立っていた。ルイズはやっと来たかと思いつつ、先輩風を吹かせながら答えた。
「ええそうよ、よく来たわね。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。こっちとこっちはキュルケにモンモランシーよ、歓迎するわ。あなたはなんていうの?」
「アン……と、お呼びください。ウフフ」
 新入生? は、短く答えるとルイズの目の前まで歩み寄ってきた。相変わらず顔はフードで覆ったままで口元しか見えないが、微笑んでいるのはわかった。しかし、先輩を前にして顔を見せないとはどういう了見だろうか?
「アン、ね。それはいいけど、吸血鬼じゃあるまいし顔くらい見せなさいよ。礼儀がなってないわね、どこの家の子よ?」
「フフ、どこの家と申されましても、先輩方もよくご存じのところですわよ。ただ、お口にするのは少々遠慮なされたほうがよろしいですわ」
 その瞬間、ルイズたちの反応はふたつに割れた。ルイズやモンモランシーは無礼な口をきいた新入生への怒りをあらわにし、対して第三者視点で見守っていたキュルケは「この声はもしかして?」と、口元に意地悪な笑みを浮かべてルイズたちをそのまま黙って見守ることにしたのだ。
「あんた、どうやらまともな口の利き方も知らないようね。顔を見せないどころか、このラ・ヴァリエールのわたしに向かって家名すら名乗らないなんて舐めるにも程があるわ! どこの成り上がりか知らないけど、今すぐその態度を改めないなら少しきつい教育をしてあげるわよ!」
 ルイズは杖を相手に向け、フードを取らないなら無理やり魔法で引っぺがしてやるとばかりに怒気をあらわにする。才人が、「おいそりゃやりすぎだろ」と止めに入っても、プライドの高いルイズは才人にも怒声を浴びせて聞く耳を持っていない。
 しかし、杖を向けられているというのに、その新入生? は少しもひるんだ様子はなく、むしろからかうようにルイズに向けて言った。
「ウフフ……相変わらずルイズは元気ね。まだわからないのですか? わたくしですわよ、わたくし」
「はぁ? わたしはあんたみたいな無礼なやつに知り合いな、ん……ええっ!?」
 ルイズは、相手がフードをまくって自分たちにだけ見えるようにのぞかせた顔を見て仰天した。それは、涼しげなブルーの瞳をいたずらっぽく傾けた、トリステインに住む者であれば見間違えるわけのないほどに高貴なお方。すなわち。
「ア、アア、アンリエッタじょお、うぷっ!」
「駄目ですわよルイズ、わたくしがここにいることが他の生徒の方々にバレたら騒ぎになってしまいます。このことは内密に頼みますわ」

911ウルトラ5番目の使い魔 61話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:43:10 ID:1IG2yQTQ
 叫ぼうとしたルイズの口を指で押さえ、アンリエッタは軽くウインクして告げた。だがルイズは落ち着くどころではなく、隣で泡を食っているモンモランシーほどではないが、可能な限り抑えた声で必死で、こんなところにいるはずがないアンリエッタ女王に詰め寄った。
「どど、どうしたんですか女王陛下! なんでこんなところにいるんです? お城はどうしたんですか!」
「だってルイズ、最近あんまり平和が続きすぎて退屈で退屈でたまらなかったんですもの。それでルイズたちが楽しそうなイベントに向かうと聞いて、いてもたってもいられなくなったんですの」
「女王陛下たるお方が不謹慎ですわよ。いえそれよりも、お城はどうなさったんです? 女王陛下がいなくなって大変な騒ぎになってるんじゃないんですか?」
「大丈夫ですわ。銃士隊の方で、わたくしと体つきが似ている子に『フェイス・チェンジ』の魔法を使って身代わりになってもらいましたから、今日の公務は会議の席で座っているだけですからバレませんわよ」
 笑いながらいけしゃあしゃあとインチキを自慢するアンリエッタに、ルイズは放心してそれ以上なにも言えなくなってしまった。この方は女王になって落ち着いたかと思ったけどとんでもない、根っこは子供の時のままのおてんば娘からぜんぜん変わってなかったのね。
 自分のことを棚に上げつつ頭を抱えるルイズ。才人は、そんなルイズにご愁傷さまと思いつつ、微笑を絶やさないでいるアンリエッタに話しかけた。
「つまりお忍びで女王陛下も遠足に参加したいってわけですね。けど、あのアニエスさんがよくそんなことに隊員を使わせてくれましたね?」
「ええ、もちろんアニエスは怒りましたわ。でも、アニエスとわたくしはもう付き合いも長いものですから、お願いを聞いていただく方法もいろいろあるんですわよ。たとえば、アニエスが国の重要書類にうっかりインクをぶちまけてしまったりとか、銃士隊員の方が酔って酒場を破壊してしまったりとか、わたくしはみんな知っておりますの。もちろん、オスマン学院長からも快く遠足に参加してよいと許可をいただいてますわ」
 にこやかに穏やかに語っているが、才人やルイズは「この人だけは敵に回したらいけない」と、背筋で冷凍怪獣が団体で通り過ぎていくのを感じた。モンモランシーはそもそも話が耳に入っておらず、キュルケは「よほどの大物か、それともよほどの悪人か、どっちの器かしらね」と、母国の隣国の総大将の人柄を観察していた。
 
 とはいえ、今更「帰れ」と言うわけにもいかないので、ルイズたち一行はアンリエッタを加えて遠足に出発した。
「本当にうれしいですわ。ルイズといっしょにお出かけなんて何年ぶりでしょう。モンモランシーさん、今日のわたくしはただの新入生のアンですわ。仲良くしてくださいね」
「は、はい! 身に余る光栄、よよ、よろしくお願いいたしますです」
 舌の根が合っていないが、王族からすればモンモランシ家など吹けば飛ぶような貧乏貴族であるからしょうがない。モンモランシーにはとんだとばっちりだが、ルイズにも気遣ってあげるほどの余裕はなかった。
 万一女王陛下にもしものことがあれば、その責任はまとめて自分に来る。そうなったら確実にお母様に殺される、人間に生まれたことを後悔するような目に合わされてしまう。

912ウルトラ5番目の使い魔 61話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:49:51 ID:1IG2yQTQ
 すっかりお通夜状態のルイズとモンモランシーに対して、アンリエッタのルンルン気分はフードをかぶっていても才人にさえ感じられた。四頭だての馬で、目的地の山まではおよそ二時間ほど、それまでこの異様な雰囲気の中でいなければいけないのかと才人は嫌になった。
 けれど、そこでいい意味で空気を読まないのがキュルケである。
「ねえ女王陛下、目的地まで時間はたっぷりあることですし、楽しいお話でもいたしません? たとえば、ルイズの子供のころの思い出話とかいかがかしら?」
 その一言に、アンリエッタの表情は太陽のように輝き、対してルイズの表情は新月の月のように暗黒に染まった。
「まあ素敵! もちろんたくさん思い出がありますわよ。まずどれがいいかしら? そうだわ、あれは幼少のわたくしがヴァリエール侯爵家へお泊りに行った日の夜」
「ちょ、ちょっと女王陛下! あの日のことはふたりだけの秘密だって約束したはずです! って、それならあれはって、いったい何を話す気ですか、やめてください!」
 ルイズは天使のような笑みを浮かべるアンリエッタがこのとき悪魔に見えてならなかった。
 まずい、非常にまずい。ルイズは人生最大のピンチを感じた。アンリエッタは、自分の人に聞かれたくない過去を山ほど知っている。アンリエッタは聡明で知られるが、特に記憶力のよさはあのエレオノールも褒めるほどだった。つまり、ルイズ本人が忘れているようなことでさえアンリエッタは覚えている可能性が非常に高い。
 これまで感じたことのないほどの大量の冷汗がルイズの全身から噴き出す。ただしゃべられるだけならともかく、聞いているのはキュルケに才人だ。しかもモンモランシーまで、さっきまでのうろたえようから一転して好奇心旺盛な視線を向けてきている。もしも、自分の恥ずかしい過去の数々がこいつらに聞かれようものなら。
”まずい、まずすぎるわ。こいつらに聞かれたら絶対に学院中に言いふらされる。そうなったら『ゼロのルイズ』どころじゃないわ、身の破滅よ!”
 過去の自分を止めに行けるものなら今すぐ行きたい。しかしそうはいかない以上、できることはなんとかアンリエッタを止めるしかない。
「じょ、女王陛下! おたわむれを続けると言われるのでしたら、わたしも女王陛下の子供のころの」
「何をしゃべろうというのですかルイズ?」
 その一声でルイズは「うぐっ」と、口を封じられてしまった。王族の醜聞を人前で語るほどの不忠義はない、それにしゃべったとしてもキュルケやモンモランシーがそれを他人に話すわけがないし、誰も信じるわけがない。
 絶対的に不利。ルイズに打つ手は事実上なかった。まさか女王に向かって力づくの手をとれるわけがない、ルイズは公開処刑前の囚人も同然の絶望を表情に張り付けて、これが悪夢であることを心から願った。
 だがアンリエッタは「ふふっ」と微笑むと、してやったりとばかりにルイズに言った。
「ウフフ、本当にルイズは乗りやすいわね。冗談よ、わたくしがルイズとの約束を破るわけがないじゃないの。昔話もいいけれど、わたくしは今のルイズのお話を聞きたいわね」
「なっ! じ、女王陛下……は、はめましたわね!」
 証拠はアンリエッタの勝ち誇った笑顔であった。ルイズは、自分が最初からアンリエッタに遊ばれていたことをようやく悟ったのである。

913ウルトラ5番目の使い魔 61話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:07 ID:1IG2yQTQ
 ルイズの悔しそうな顔を見て、アンリエッタはうれしそうに笑う。キュルケは、ルイズの面白い話が聞けなくて残念ねと言いながらも笑っているところからして、こちらも最初からアンリエッタの意図を読んでいたらしい。
 しまった、焦って完全に陛下の術中に陥ってしまった。この人は昔から、笑顔でとんでもないことを仕掛けてくるのが大好きだった。姫様が意味もなく笑ってたら危険信号だと幼いころなら常識だったのに。
「もうルイズったら、昔のあなたならこのくらいのあおりにひっかからなかったのに。わたくしと遊んでくださっていた頃のことなんて、もう忘れてしまったのですか?」
「そ、そんなこと言われても。もうわたしたちだって子供じゃありませんし。それに最近はいろいろあって気が休まる暇もなかったじゃないですか!」
「そうね、最近は……あら、そういえば最近なにかあったような気がするけど、なんだったかしら? ルイズ、最近どんなことがありましたかしら?」
「もう女王陛下、そんなことも忘れてしまったのですか! ついこのあいだトリステインはロマリアとガリアを……えっ?」
 思い出せない。トリステインは、ロマリアとガリアを相手に……なんだったろうか? ルイズは思わず才人やキュルケ、モンモランシーにも尋ねてみたが、三人とも首をかしげるばかりだった。
「そういや、なんかあったっけかな? てか、おれたちここ最近なにしてたっけか?」
「うーん、なにか忙しかったような。えっと、なんだったかしらモンモランシー?」
「あなたたち何を変なこと言ってるのよ。ここしばらく、事件みたいなことは何もなかったじゃない。トリスタニアの復興ももう終わるし、世は何事もなしよ」
 このときモンモランシーは自分が矛盾を含んだ言葉を口にしていることに気づいていなかった。
 なにかがおかしい。だが誰もなにがおかしいのかがわからないでいる。
「んーん、なんだっけかなあ? けどまあ、思い出せないってことはたいしたことじゃないんじゃないか?」
「そうね、サイトの言う通りかもね。あーあ、なんか頭がモヤモヤしてやな気分になっちゃったわ。話題を変えましょう。女王陛下、最近ウェールズ陛下とのお仲はどうなのですか?」
 キュルケが話を振ると、アンリエッタはそれはさぞうれしそうに答えた。
「はい、今はそれぞれの国で離れて暮らしておりますけれども、毎日のようにお手紙のやりとりをしてますので、まるでわたくしもアルビオンにいるように感じられますのよ。それに、もうすぐ全地方の領主の任命がすみますから、そうすればしばらくトリステインでいっしょに暮らせるんですの、楽しみですわ」
 アンリエッタとウェールズの鴛鴦夫婦ぶりは、もうトリステインで知らない者はいないほどだった。
 のろけ話の数々がアンリエッタの口から洪水のように飛び出し、キュルケやルイズは楽しそうに聞き出した。モンモランシーも、ギーシュもこうだったらいいのになとしみじみと思いながら聞き入っており、蚊帳の外なのは才人だけである。
「なあデルフ、おれあと二時間もこれ聞かされなきゃいけねえのか?」

914ウルトラ5番目の使い魔 61話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:58 ID:1IG2yQTQ
「はぁ、こういうことがわからねえから相棒はダメなんだよ」
 デルフにさえダメ出しされる才人の鈍感さは、もはや不治の病と呼んでもいいだろう。デルフは、少しはまじめに聞いて参考にしやがれと才人に忠告し、才人はしぶしぶ従ったが、デルフは内心どうせダメだろうなとあきらめかけていた。
 蒼天の下をとことこと進む四頭の馬。楽しそうな話し声が風に乗って流れ、女子たちの笑顔がお日様に照らされて輝き続ける。先ほどの違和感のことを覚えている者はもうひとりもいなかった。
 
 
 そして時間はあっというまに過ぎ、昼前になって目的地のヴォジョレーグレープの自生している山に到着した。
「うわー、こりゃまたジャングルみたいな山だな」
 ふもとから見上げて、才人は呆れたようにつぶやいた。高尾山登山みたいなものを想像していたがとんでもない、まるで中国の秘境で仙人が住んでいそうなすさまじく険しい高山だった。
 これはさぞかし荘厳な名前がつけられた山なんだろうなと才人は思った。しかし。
「ついたわよ、アラヨット山!」
 ルイズが大声で叫んだ名前のあまりに珍奇な響きに、才人は盛大にずっこけてしまった。
「ル、ルル、ルイズなんだよ、その山の名前はよぉ?」
「ん、あんた知らなかったの? この山にはじめて登頂して解禁日のヴォジョレーグレープを持ち帰ってきた平民の探検家がつけた名前よ。その勇敢さには貴族ですら敬意を表したと言われるわ、確か自分のことを”エドッコ”だと名乗ってたそうよ」
「ああ、さいですか」
 どうやら昔にトリステインにやってきた地球人らしいが、さすが世界に冠たる変態民族ジャパニーズ。残していく足跡の濃さが半端ではない。
 しかし、こちとらは探検家ではない。こんな要塞みたいな山どうやって登るんだよと呆然とする才人。しかしモンモランシーが杖を取り出してこともなげに言った。
「ヴォジョレーグレープは人間の手の入っていない秘境でしか育てない繊細な植物なのよ。それも、山頂でしかいい実はとれないから、ここからは早い者勝ちね。ん? どうしたのサイト、あなたを抱えていかなきゃいけないんだから早くロープで体をくくりなさいよ」
「あ、そういやメイジは飛べるんだったな。なるほど、これも魔法の授業の一環ってことか」

915ウルトラ5番目の使い魔 61話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:55:08 ID:1IG2yQTQ
 納得すると、才人はあまりうれしそうな顔ではないモンモランシーに感謝しつつ、彼女と体をロープでつないだ。フライの魔法で浮ける力には個人差があるが、どうやらここにいるメイジはルイズ以外、人ひとりを抱えて飛べるくらいの力はあるようだ。なおルイズはアンリエッタに抱えられている、新入生に運んでもらうなんて傑作ねと、周りで飛んでいる別のグループの生徒が笑っていたが、ルイズ的にはキュルケに借りを作ることのほうがプライドが許さなかったようだ。
「あーあ、こんなときに……の……に乗ればひとっ飛びだったのにね。あら? 誰の、なにだったかしら」
 キュルケがふと首をかしげたのもつかの間、険しい山もその上をまたいでいくメイジにかかっては積み木と変わらず、一行はたいしたトラブルもなくアラヨット山の山頂付近へと到着していた。
 山頂では特別教員のカリーヌやエレオノールが試験官として待っており、到着した者に厳しく言い渡した。
「ようし、よくここまでやってきましたね! しかし、本番はこれからです。上級生は日ごろ学んだ知識を活かし、新入生は上級生からよく学んで立派なポーションを作るように。落ち着いてやればできないことはありません、諸君らにトリステイン貴族としての矜持と信念があればおのずと道は開けるでしょう。ポーション作りもまた、魔法の一環である以上は精神のありようが結果を大きく左右します。採点に手加減はしないからそのつもりでいなさい。では、かかれ!」
 カリーヌとエレオノールの、娘や妹でも容赦しないという視線を背にして、ルイズたちは「これは本気でかからないと危ない」と、飛び出した。
 ボジョレーグレープの木は普通のブドウとよく似ていたが、実の形が決定的に違っていた。実がまるで紫色のダイヤのように高貴に輝いており、才人が見てさえこれが貴重なものだということが一目でわかった。それが木の枝中にびっしりと実っており、木一本でグループ全員の分としては十分すぎるほどであった。
 しかし、この神秘的な光景は解禁日の今日だけなのだ。急いで収穫してポーション作りを始めないといけない。見ると誰に運んできてもらったのかシエスタが地面に落ちた質の落ちる実をせっせと拾い集めて背中のかごへ入れている。負けていられない。
「ルイズ、足を引っ張らないでよ」
「馬鹿にしないでよ。実技ならともかく、ポーションならわたしだってなんとか……女王陛下は大丈夫ですか?」
「うふふ、心配なさらないで。モンモランシーさんが優しく指導してくださってますから」
「あわわ、女王陛下に手ほどきするなんてなんて名誉な。もし失敗なんかしたらモンモランシ家は、あわわわ」
「で、結局めんどくさい収穫作業はおれってことだよな。わかってましたよはいはい」
「相棒はマシなほうだろ、俺っちなんか剪定バサミの代わりだぜ。うれしすぎて泣けてくるぜ」
 こんなのでちゃんとしたポーションが作れるのだろうか? 不安がいっぱいで、木の下でシートを広げてポーション作りにいそしむ一行であった。

916ウルトラ5番目の使い魔 61話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:59:10 ID:1IG2yQTQ
 少し耳を澄ますと、ティファニアやベアトリスの悲鳴が聞こえてくるあたり、ほかのグループも難儀しているようだ。カリーヌのプレッシャーがすごいのと、どうやら今年のヴォジョレーグレープは実の品質の差が大きいらしい。
 
 だが、てんやわんやながらも楽しくできたのはそこまでだった。突然、山が崩れるのではないかという巨大な地震が彼らを襲い、山肌を崩して異様な魔人が巨体を現してきたのだ。
「ドキュメントZATに記録を確認、えんま怪獣エンマーゴ」
 才人の手の中のGUYSメモリーディスプレイが怪獣の正体をあばく。というより、鎧姿で剣と盾を構えて、王と刻まれた冠をかぶっている怪獣なんて他にいやしないのだから間違えるほうが困難だ。
 エンマーゴは地中からその姿を現すと、巨体で木々を踏みつぶし、口から吐き出す真っ黒な噴煙で山々の緑を枯らし始めた。
「野郎、このあたりをまとめてコルベール山にする気か!」
「はげ山って言いたいわけねサイト。この状況でとっさにそんなセリフが出てくるあたり、あんたもたいしたタマねえ」
 モンモランシーが呆れたような感心したような表情で後ろから見つめてくる。才人としては別にコルベールに悪意などを持っているわけではないのだが、ハゲという単語が頭の中で自動的に変換されてしまうのだ。
 しかし、このままエンマーゴに暴れさせるわけにはいかない。奴はまっすぐにアラヨット山を目指してくる。
「まあ大変ですわ。このままヴォジョレーグレープがだめにされたら、せっかくの楽しい遠足が台無しになってしまいます」
「女王陛下もけっこう余裕ですわね……と、とにかくここはご避難くださいませ」
 どこか現実離れした態度のアンリエッタにも呆れつつ、モンモランシーは自身の主君を怪獣の脅威から遠ざけるために、山の反対側を指して避難を促した。これに、家名のために王家に恩を売っておくべきという打算が入っていなかったといえば恐らく嘘になろうが、うまいジュースを作るには果汁の中に些少の水も必要であろう。人間とは血と肉と骨の混成体であり、その精神が混成体であってはいけない道理などはない。
 しかし、無法を我がものとする怪獣の暴挙に対して、逃げるわけにはいかない者たちもいる。才人とルイズは、キュルケにあとのことはよろしくと目くばせすると、仲間たちから離れて手をつなぎあった。
 
「ウルトラ・ターッチッ!」
 
 光がほとばしり、進撃するエンマーゴの眼前にウルトラマンAがその白銀と真紅の巨体を現した。

917ウルトラ5番目の使い魔 61話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:00:22 ID:1IG2yQTQ
「ウルトラマンAだ!」
 生徒たちから歓声があがる。みんなが楽しみにしていた遠足を邪魔する奴は許せないと現れた正義の巨人は、生徒たちに勇気と希望をもたらしたのだ。
「テエェーイッ!」
 掛け声も鋭く、ウルトラマンAは刀を振り上げてくるエンマーゴに立ち向かっていった。
 ウルトラマンAの金色の目と、エンマーゴのつりあがった真っ赤な視線が交差し、両者は刹那に激突する。エースの放ったキックをエンマーゴは盾で防ぐが、盾ごとエースはエンマーゴの巨体を押し返した。
 だがエンマーゴも負けてはいない。恐ろしげな顔をさらに怒りで燃え上がらせ、巨大な刀を振り上げてエースを威嚇してくる。あれで切られたらタロウのように一巻の終わりだ! エースは才人とルイズに注意を喚起した。
〔気を付けろ、一度戦ったことのある相手だが、油断は禁物だぞ〕
〔はい北斗さん、って……あれ? エンマーゴと戦ったことなんて、ありましたっけ?〕
〔あ、いやすまない。俺の勘違いだ……くそっ〕
 妙なことを言い出すエースに一瞬だけ首をかしげつつ、才人はルイズとともにエンマーゴに向かい合った。
 エンマーゴの特徴は、なんといってもその重装備だ。十万度の高温にも耐える鎧に、ストリウム光線をもはじく盾、そしてなんでも切断できる刀である。こと接近戦となれば太刀打ちできる怪獣や星人は宇宙中探してもそう多くはないだろう。
 しかし、エースにも今ならばからこそある武器がある。才人は、自分の相棒である世界最強の剣(才人談)を使うようエースにうながした。
〔北斗さん! デルフでぶった斬ってやろうぜ〕
〔ようし、まかせろ!〕
 相手が刀ならこちらも刀で勝負するまで。デルフリンガーを拾い上げたエースは物質巨大化能力を使って、数十メートルの大きさにまで巨大化させた。
 日本刀へと姿を変えているデルフを構えるエース。デルフも、この姿での巨大化初陣に張り切っている。
「うひょぉ、やっぱ大きくなると眺めがいいぜ。さぁて、サムライソードになったおれっちの威力、おひろめといこうか」
 剣は誰かに使ってもらわないと出番を作りようがないため、巡ってきたチャンスにはどん欲になるのはわかるが、せっかくの決め場なんだから少しは自重してほしいと思わないでもない才人とルイズであった。
 ともあれ、剣を構え、エンマーゴと対峙するエースの雄姿に新たな歓声があがる。メイジ、貴族にとって剣は平民の使う下賤な武器というイメージがあるが、ここまで大きいと有無を言わさぬ迫力がある。
「ヘヤアッ!」
 エースのデルフリンガーと、エンマーゴの宝剣が激突して、鋭い金属音とともに火花が飛び散る。デルフリンガーの刀身は、十分にエンマーゴの刀との斬りあいに耐えられることが証明された。

918ウルトラ5番目の使い魔 61話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:02:49 ID:1IG2yQTQ
 ようし、これならいけると喜びの波が流れる。さらに一刀、二刀と斬り合いが続いたがデルフリンガーは健在で、デルフ自身も不調を示すことはない。
 けれど、これで互角というわけではなかった。エースにあるのはデルフリンガー一本だが、エンマーゴには刀のほかに鎧と盾がある。防御力では圧倒的にエンマーゴのほうが優勢なのだ。
〔やつめ、誘ってやがるな〕
 才人は、せせら笑っているようなエンマーゴを見て思った。これだけ武装の差があれば当然といえるが、戦いは武器だけで決まるものではない。
 そう、戦いは人がするもの。人の力がほかの要素を引き出し、生かしも殺しもする。ルイズは才人に、それを見せてやれと叱咤した。
〔サイト、あんたの力を見せてやりなさい。あのときみたいに!〕
〔ああ、あのときみたいに。いくぜ、これがウルトラマンの本当の力だぁーっ!〕
 才人とエースの心が同調し、エースはデルフリンガーを正眼に構えて一気に振り下ろした。それに対して、エンマーゴは「バカめ」とでもいうふうに盾を振り上げてくる。盾で攻撃を防いで、そこにカウンターで切り捨てようという気なのだ。
 デルフリンガーとエンマーゴの盾が当たり、エンマーゴの口元がニヤリと歪む。しかし、エンマーゴは次の瞬間に予定していたカウンターを放つことはできなかった。エースの剣は盾で止まらずに、そのまま力を緩ませずに盾ごと押し下げてきたのだ!
〔なに安心してやがんだ! 本番はこれからだぜ!〕
 才人の気合とともに、止まらない一刀が火花をあげながらエンマーゴの盾を押し込み、なんと盾に食い込み始めた。
 灯篭切りというものがある。達人が、一刀のもとに石でできた灯篭を真っ二つにしてしまうというものだ。それに、日本では武者が盾を持って戦うことはなかった、それはなぜか? 日本刀の一撃の前には、盾など役に立たないからだ。
「トアァーッ!」
 エースと才人の気合一閃。デルフリンガーはついにエンマーゴの盾をすり抜けて、エンマーゴの体を頭から足元まで駆け抜けた。
 一刀両断。エンマーゴは愕然とした表情のまま固まり、真っ二つになった盾が手から外れて足元に転がる。
「見たか! 新生デルフリンガー様の切れ味をよ!」
 ご満悦なデルフが高らかに笑い声をあげた。しかしうれしいのはわかるが、せっかく決めのシーンなんだから少しは我慢してくれよと思わないでもない才人だった。
 だが、新生デルフリンガー……すさまじい切れ味には違いない。素体になった日本刀が名刀だったのか数打だったのかは才人にはわからないが、丹念に研いでくれた銃士隊の専属の研ぎ師さんには感謝せねばなるまい。
 エンマーゴは、超高速でかつ鋭すぎる一撃で両断されたため、一見すると無傷の状態で立ち往生していた。だがそれも一時的なことだ、残された胴体もまた左右に泣き別れになろうとしたとき、介錯とばかりにエースの光波熱線が叩き込まれた。
『メタリウム光線!』
 鮮やかな色彩を輝かせる光の奔流を撃ち込まれ、エンマーゴは微塵の破片に分割され、飛び散って果てた。

919ウルトラ5番目の使い魔 61話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:04:11 ID:1IG2yQTQ
 爆発の炎が青い空を一瞬だけ赤く染め、エンマーゴの刀が宙をくるくると舞って山肌に地獄の化身の墓標のように突き立った。
 勝利! エンマーゴは塵となって消え、山々に平和が戻った。エンマーゴによって荒らされた山肌も最小限で済み、ヴァジョレーグレープも無事で済んだ。
〔やったな、才人、ルイズ〕
〔はい! でも、おれたちだけの力じゃないぜ。怪獣に立ち向かうには、なにより心の力が大事なんだって、前にエンマーゴと戦ったときにしっかり見たからこそできたんだ〕
〔そうよ、わたしたちは一度戦った相手になんか負けるわけないんだから〕
〔ふたりとも……〕
 北斗はこのときなぜか手放しでの称賛をしなかった。才人とルイズは、エンマーゴと戦ったことを理性では”ない”と言ったが、たった今無意識においては”あった”と言ったのである。
 それにしても、どうして唐突にエンマーゴが現れたのか? ウルトラマンAは、喜ぶ才人とルイズとは裏腹に、虚空を見つめて一言だけつぶやいた。
〔奴め、とうとう動き出したか……〕
〔ん? 北斗さん、今なんて?〕
〔あ、いやなんでもない。それより帰ろう、遠足はまだまだこれからだろう?〕
〔ああっ! そうだったわ。急ぐわよサイト、時間切れで失格なんてことになったら、お母様に本気で殺されちゃうわ!〕
 ふたりはすっかり遠足気分に戻り、エースは「それなら長居は無用だな」と、デルフリンガーを手放して飛び立った。
「ショワッチ!」
 エースの姿は青空の雲の上へと消えていき、生徒たちは手を振ってそれを見送った。
 
 
 そして遠足は再開され、アラヨット山にはまた魔法学院の生徒たちの悲喜こもごもな声が響き渡る。
 自然は穏やか、懸念していた猛獣もエンマーゴに驚いて逃げてしまったのか影も見せずに平和そのもの。そうしているうちに昼が過ぎ、あっという間にタイムリミットが迫ってきた。
「ああっ! また失敗したわ。もう、このヴォジョレーグレープ腐ってるんじゃないの?」
「なわけないでしょルイズ。わたしも女王陛下もとっくの昔にポーション完成させてるのよ? それより、次で失敗したら確実にタイムオーバーよ、いいのルイズ?」

920ウルトラ5番目の使い魔 61話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:06:02 ID:1IG2yQTQ
「うう、うぅぅぅ……モ、モンモランシー……手伝って、ください」
「わかったわよ、こっちはずっとそのつもりだったのに。まあルイズが人に頭を下げるだけでもたいしたものかしら? よほどカリン先生が怖いのね」
 ルイズはキュルケに指摘されて、しぶしぶながらモンモランシーの助力を受けながら最後のポーション作りにとりかかった。
 プライドの高いルイズでも、それ以上の恐怖には勝てなかったわけだ。その理由を知るアンリエッタは「わたくしも手伝いますわ、焦らずがんばりましょう」とルイズを励ましてくれている。
「うぅ、作り方は間違ってないはずなのに、なんでよ」
「単にルイズが不器用なだけだろ」
「なあんですてぇバカ犬! あんた今日ごはん抜きよ!」
「きゃいーん!」
 まさに口は災いの元。余計な一言でルイズを怒らせた才人は、その後ルイズの怒りをなんとか解いてもらうために苦労するはめになった。
 世の中、思っても言ってはいけないことがある。いくらルイズが編み物をしようとするとセーターという名の毛玉ができるほど神がかったぶきっちょだとしても、人間ほんとうのことを言われると腹が立つものだ。
 タイムリミットギリギリのところで、ルイズはなんとかエレオノールから合格点をもらってホッと息をついた。もし間に合わなかったら、ルイズの人生はここで終わりを告げていた可能性が高い。
 
「ようし、これで全員合格だ。よくやった、あとは学院に戻って解散だ。その後は……ふふ、楽しみにしていなさい」
 
 日が傾き始める中、生徒たちはやりとげた達成感を持ってアラヨット山を後にした。
 そして帰校して、持ち帰ったヴォジョレーグレープを食堂のマルトーに渡した生徒たちは、数時間後にすばらしいご褒美を得ることができた。
「舌がとろけそう、これはまさに天国の味ですわね……」
 出来上がったヴォジョレーグレープのワインを口にして、アンリエッタは夢見心地な笑顔を浮かべた。
 『固定化』の魔法を使っても保存が不可能、作ったその時にしか味わえないヴォジョレーグレープのワインは、芳醇であり、甘みもしつこくなく、喉を通る時もさわやかで、まさに至高にして究極の味わいをプレゼントしてくれた。
「かんぱーい!」
 食堂は満員で、そこかしこで乾杯の声が聞こえてにぎやかなものである。

921ウルトラ5番目の使い魔 61話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:07:29 ID:1IG2yQTQ
 むろん、ルイズや才人も上機嫌で舌鼓を打っており、キュルケは酔ったふりして脱ぎだして男子生徒の視線を集めて楽しんで、モンモランシーは酔った勢いでティファニアに詰め寄っているギーシュをしばきに行っていた。
 ギムリやレイナールたち在校生、ベアトリスら新入生も陽気に騒いで、歌って飲んでいる。
 教師連も同様で、コルベールやシュヴルーズらも年一度の味を精一杯礼節を保ちながら楽しんでいる。オスマンは酔ったふりしてエレオノールのスカートを覗きに行って顔面を踏みつぶされた。
 シエスタやリュリュはおかわりを求める生徒たちにワインを詰めたビンを運ぶために休まずに右往左往している。しかし、仕事が終わった後はちゃんと彼女たち用の分が残されているので、その顔は明るい。
 この日ばかりは平民も貴族も上級生も新入生も教師も関係なく、共通の喜びの中にいた。特に、今年は例年にも増して騒ぎが大きい、それもそのはず。
「あっはっは、やっぱり自分で苦労して手に入れたもんは格別だぜ!」
 自分で足を運び、手を動かして、汗を流して手に入れたからこそ、そこには他には代えがたい喜びが生まれるのだ。たとえば貝が嫌いな子供が自分で潮干狩りをして得たアサリならば喜んで食べるのも、そのひとつと言えよう。
 才人に続いてルイズも、顔を赤らめながら上品にグラスを傾けてつぶやく。
「怪獣と戦ったりしたから、その苦労のぶん喜びもひとしおね。点数をつければ百点満点……いえ、それ以上。今日のこの味は、一生覚えているでしょうねえ」
 苦労の大きさに比例して、達成したときの喜びも大きい。誰もが、その恩恵を心から噛みしめていた。
 宴は続き、まだまだ終わる気配を見せない。
 
 
 だが、宴に沸く魔法学院のその様子を、どす黒い喜びの視線で眺めている者がいたのだ。
「アハハハ! まさにグレェイト! そしてワンダホゥ! こうも予定通りに事が進むとは、さすが高名な魔法学院の皆々様。あのエンマーゴは、石像に封じられたオリジナルを解析して再現したデッドコピーでしたが、期待以上に働いてくれました。まったく、いい情報をいただき感謝いたしますよ、お姫様?」
 暗い宮殿の一室で、モニターごしに喜びの声をあげる宇宙人。しかし、感謝の言葉を向けられた青い髪の少女は、じっと押し黙ったままで答えようとはしなかった。
「……」
「おや? お気にめさないですか。でも、石像が運び込まれていた怪獣墓場にまでわざわざ出向いて行ったついでに、ウルトラ戦士にもう一度挑戦したいという方も幾人かお誘いできましたし、私はまさに万々歳です。あそこはいいところですね、そのうちまた行きたいものです。なによりこれで、我々の目的に一歩近づきました。よかったですね、ねえ国王様?」
「フン、つまらん世辞はいらんわ。言う暇があったらさっさと出ていけ。まだ先は長いのだろう? まったく、貴様のやり口は悪魔でさえ道を譲るだろうよ」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。でも、忘れてもらっては困りますよ? これがあなた方の望んだ理想の世界だということを。では、次の見世物の準備ができたらまた参りますね。お楽しみに」
 宇宙人は去っていき、残された二人のあいだには鉛のように重い沈黙だけが流れ続けた。
 
 しかし、去った宇宙人は一見平和に見えるハルケギニアのどこかで、夜空にコウモリのようなシルエットを浮かべながら笑っていたのだ。
 
「まずは、”喜び”。フッフフフフ、確かにいただきましたよ。さて、次はなんでいきましょうか? 頑張って趣向を凝らしませんとねえ」
 
 異常が異常でない世界。しかし、世は平和で人々は幸せそうに生きている。
 侵略ではなく、破壊でもない。ならば何が企まれているのか? すべてはまだ、はじまったばかりに過ぎない。
 
 
 続く

922ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:32:27 ID:1IG2yQTQ
今回は以上です。
最初読まれたときは投稿事故か外伝突入かと思われたかもしれませんが、これはれっきとした60話の続きです。
なんでこんなことになったのか? それは話ごとに明らかにしていきますが、読者の方にかなり鋭い方がいるようなので加減が難しいです。

923ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:29:05 ID:W92l79z6
5番目の人、乙です。それでは投下を始めさせてもらいます。
開始は21:30からで。

924ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:31:24 ID:W92l79z6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十話「悪魔の復讐」
炎魔人キリエル人
炎魔戦士キリエロイドⅡ 登場

 ルイズ、才人、ジュリオの前に現れた人型の人魂、キリエル人。その名乗りに、ジュリオは
眉間に深い皺を刻みながらつぶやく。
「キリエル……確か終末思想を唱える異教徒が崇拝する偶像の名がそんなだった。それが実在
してて、今こうしてぼくたちの目の前にいるなんてね……。それも攻撃してくるなんて」
「何が目的!? あんたも侵略宇宙人なの!? それともガリアの刺客!?」
 杖を握り締めながら詰問するルイズ。それにキリエル人は、やや気分を害したように返答する。
『このキリエル人をそのような低俗な者どもと同一視しようとは、それだけで愚かしいほどの
無礼よ。我らは無知蒙昧なるお前たち人間を、救済へと導く存在である!』
「き、救済?」
『如何にも。人間は欲深く、愚鈍なる生物。貴様らの罪深き魂は、このキリエル人の導きに
従うことによってのみ救われるのだ』
 最早高圧的などというレベルではないことをさも当然かのように語るキリエル人に、ルイズは
怒りを通り越して引いていた。
「か、勝手なこと言ってんじゃないわよ! そういうのを侵略っていうんでしょうが!」
「やめておきなよ、ルイズ。こういう輩には何を言ったところで無駄なもんさ」
 ジュリオが知った風な顔でルイズを押しとどめた。
『こちらも、得体にならぬ話をしに来たのではない。我らの聖なる焔で浄化するのだ! この
キリエル人に逆らったという大罪をッ!』
 豪語するとともに業火を放ってくるキリエル人。ルイズたちは慌てて逃れる。
「あいつ、一体何言ってるの!? さっきから訳のわかんないことばっか!」
「ルイズ、下がってろ! 危ないぞ!」
 デルフリンガーを構えてルイズを守ろうとする才人に、ジュリオが告げる。
「いや、危ないのはきみだと思うよ、サイト」
「え? どういうこと?」
「だって奴の狙いは……きみ一人のようだから」
 目を丸くしてキリエル人に振り返った才人は、その殺気が自身にのみ向いているようで
あることに気がついた。
『我が炎によって消え失せよ、咎人よッ!』
「ええええーッ!?」
 キリエル人の火炎弾から走って逃れる才人。それを追いかけながらキリエル人ががなり立てる。
『貴様、許さんぞ! あの時の裁きを受けよッ!』
 執拗に狙われる才人にジュリオが言う。
「随分と好かれてるねぇ。きみ、何やったの?」
「知らねぇよッ! 今日初めて会ったよ!?」
 全く呑み込めない才人だが、キリエル人はお構いなしで火炎を飛ばしてくる。炎はどんどんと
周囲に燃え移っていき、このままではルイズのみならず他の関係ない人たちも危ないだろう。
「くッ……ついてこいッ!」
『逃がさんぞ!』
 咄嗟の判断で大聖堂の外へ向かって全速力で駆け出す才人。キリエル人はやはり彼を標的に
して追跡していく。
「サイトぉッ!」
「行くなってルイズ! ここはひとまず彼に任せよう」
 身を乗り出したルイズをジュリオが制止し、才人はキリエル人を引きつけながら大聖堂を
飛び出していった。

 人気のない裏路地に入ったところで才人は立ち止まり、背後から追いかけてきていたキリエル人
へと向き直る。

925ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:34:18 ID:W92l79z6
「お前、何なんだよ! どうして俺のことを狙うんだ!?」
『とぼけるな! 我らは忘れぬぞ、あの時の屈辱をッ!』
 問いかけた才人だが、キリエル人は怒りに駆られているためかその答えはまるで要領を得ない。
呆れ果てた才人は別の問いを投げかける。
「お前がどうして俺を目の敵にするのか、この際それはどうでもいい。けど関係ない人を
巻き込むような攻撃をするのはやめろ! お前の炎で誰かが重傷を負ったりしたらどうするってんだ!?」
 しかし、キリエル人はそれに傲然と言い返す。
『そんなことは知ったことではない! 我らの焔は聖なる炎。このキリエル人を崇めず、
ただの人間を崇拝する愚劣の極みたる者どもの罪を焼却して救済することにもなるのだ!』
 このキリエル人の言葉に、いよいよ才人も怒りが頂点に達した。
「ふざけんじゃねぇッ! 命を救おうとしない奴に、何が救えるんだ!!」
 あまりにも身勝手なキリエル人を、もう許すことは出来ない。才人はウルトラゼロアイを
取り出して装着。
「デュワッ!」
 即座にウルトラマンゼロに変身して、深夜のロマリアの市街の中心に立ち上がる。
『変身したか。ならば見せてやろう! 復讐のために、更に研ぎ澄ました炎と、戦の姿を!』
 対するキリエル人も、立ち昇る煙の柱とともに姿を変え、ゼロと同等のサイズの怪巨人となった!
 まるで白骨がそのまま怪物となったかのような体躯に、顔面はひどく吊り上がっていて、
凄絶な笑みを浮かべているようにも見える。そして胸部の片側には、明滅を繰り返す発光体。
殺気に溢れたこの肉体は、キリエル人の戦闘形態、キリエロイドである。
『姿を変えたか! だが如何様な姿になろうとも、必ず抹殺してくれるッ!』
『訳の分かんねぇことばっかくっちゃべってんじゃねぇぜ! 降りかかる火の粉は払うだけだ! 
行くぜッ!』
 夜の街に突如として出現した二人の巨人に、住居も持たない貧民を中心としたロマリア市民が
大騒然となる中、ゼロとキリエロイドの決闘の火蓋が切って落とされる。
「キリィッ!」
 先制したのはキリエロイドだ。風を切る飛び蹴りでゼロに襲いかかる。が、ゼロも迅速に
反応して回避。
「テヤッ!」
「キリィッ!」
 着地したキリエロイドに横拳を仕掛けようとしたが、その瞬間キリエロイドが後ろ蹴りを
見舞ってきたので防御に切り替えた。交差した腕でキックを受け止める。
「キリッ! キリィッ!」
 キリエロイドの勢いは止まらず、手技を織り交ぜた速い回し蹴りの連発でゼロを徐々に
追いつめていく。キリエロイドの高い敏捷性とフットワークの軽さから来る連続攻撃は、
反撃を繰り出す余地を与えない。
「デェヤッ!」
 しかし格闘戦ならゼロにとっても得意分野。相手のキックを捕らえて上に押し返すことで、
キリエロイドを宙に舞わせる。そこを狙って今度こそ拳を打ち込むも、キリエロイドは即座に
受け身を取って拳を打ち払った。
「シェアッ!」
「キリィッ!」
 ゼロは背後に跳びながらゼロスラッガーを投擲。それをキリエロイドは火炎弾の爆撃で
はね返した。スラッガーがゼロの頭部に戻る。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 下唇をぬぐって精神を落ち着かせながらつぶやくゼロ。ゼロの宇宙空手の腕でも、キリエロイド
との格闘戦は互角の状態だ。また、キリエロイドの攻撃の一発一発には重い恨みの念が籠っている
ことにもゼロは気がついた。それがキリエロイドの技のキレも威力も増しているのだ。

926ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:36:47 ID:W92l79z6
 ここでゼロは一瞬、周囲の地表を一瞥した。街のそこかしこに、まだ避難の完了していない
人間が大勢いる。ロマリアは人口密度がハルケギニアでも一位二位を争うレベルなので、その分
避難にも手間と時間が掛かっているのだ。あまり勝負が長引けば、彼らに危険が及ぶ恐れが
比例して高まる。
『とっとと勝負を決めてやるぜッ! はぁぁぁッ!』
 ブレスレットを輝かせ、ストロングコロナゼロに変身。超パワーで格闘戦を決めてしまおうと
いう魂胆だ。
「キリィッ!」
 だがしかし、その瞬間にキリエロイドの肉体にも大きな変化が生じた!
『何!?』
 みるみる内に筋肉が盛り上がり、肉体全体がパンプアップ。腕には刃が生え、より攻撃的な
形態となる。
「向こうも変身した……!」
 大聖堂の外に出て戦いを見守っているルイズが戦慄した。ゼロのお株を奪うかのような
形態変化であった!
「キリィッ!」
『ぐッ!』
 変身を遂げたキリエロイドが飛び込んできて、ストレートパンチを見舞ってくる。ガードした
ゼロだが、盾にした腕がビリビリ痺れた。肉弾戦特化のストロングコロナの腕を痺れさせるとは、
よほどの重さだ!
「キリィッ! キリィッ!」
「セェェアッ!」
 更にキリエロイドは腕の刃を武器にして斬撃を振るってくる。ゼロは両手にゼロスラッガーを
握り締めて対抗し、火花を散らして切り結ぶ。
 一気に勝負を決めるつもりが、キリエロイド側の対応で依然として拮抗。だが、それでは
長期戦に弱いウルトラ戦士が不利となる。
『だったらこうだッ!』
 そこでゼロは戦法を再度変化。ストロングコロナからルナミラクルゼロとなり、キリエロイドの
斬撃をかわしながら高空へと飛び上がった。接近戦が駄目なら、空中戦だ。
「キリィィッ!」
 しかし、キリエロイドもまた再び変身。背面に巨大な翼を生やし、ゼロに向かって一直線に突貫!
『なッ!? うわぁぁぁッ!』
 ジェット機をも上回るスピードで体当たりされたゼロははね飛ばされ、地表に叩きつけられてしまう!
「ゼロッ!」
 思わず絶叫するルイズ。しかも追いかけて着地したキリエロイドが翼を仕舞ってゼロの
背後を取り、首に腕を回してきつく締め上げ出した。
「キーリキリキリキリ!」
『うッ、ぐぅぅぅぅ……!』
 ゼロの苦しみを反映するように、カラータイマーが点滅して危機を報せる。しかしこんなに
密着されていては、超能力を発動する隙がない。ゼロのピンチ!
「何とかしないと……!」
 ルイズが身を乗り出しかけたが、その時に後ろから誰かに呼びかけられた。
「待った、ルイズ! ここはぼくたちに任せてくれ!」
 振り返るルイズ。そこに並んでいたのは……。
「ギーシュ! みんなも!」
 ギーシュを先頭にした、オンディーヌの隊員たちである。ギーシュは胸を張ってルイズに宣言。
「ゼロには何度も助けられている。今度はぼくたちが彼を助ける番だ!」
「い、言うじゃないの! 見直したわギーシュ!」
 驚くルイズ。こんなに頼もしいギーシュは今までにあっただろうか。
「それじゃあお願い!」
「ああ! 行くぞみんな、今こそ練習の成果を見せる時だ!」
「おおッ!」

927ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:38:44 ID:W92l79z6
 ギーシュの号令により、オンディーヌが一斉に杖を高々と掲げた。果たして彼らはどんな
魔法を駆使してゼロを助けるというのか、ドキドキと緊張するルイズ。
「今だッ!」
 そして彼らの杖の先端から同時に魔法の光が発せられ、ゼロの正面で弾ける!
 現れたのは……光による、ハルケギニアの文字の列。
「えッ? 文章?」
 呆気にとられるルイズ。反対側から見ているので文字が左右逆だが、ルイズはそれが「がんばれ
ゼロ」と書かれていることを理解した。
 オンディーヌが口々に叫ぶ。
「負けるなゼロー!」
「こんなことでやられるあなたではないだろう! まだやれるッ!」
「しっかりするんだ! ぼくたちがついてるぞー!」
 わぁわぁと応援の言葉を叫ぶ、だけのオンディーヌにルイズがズルッと肩を落とした。
「ちょっとあんたたちぃッ!? 期待させといて応援するだけってどういうことなのよ! 
もっとマシなこと練習しなさいよッ!」
 大声で突っ込むルイズだが、ギーシュたちは堂々と言い返した。
「何を言うかね! 所詮ドットかラインのぼくたちの魔法で、怪獣をまともに相手に出来る
はずがないだろう!」
「勇気と無謀をわきまえて、出来ることをするのが戦場で生き残る秘訣だよ!」
「無茶をして命を散らす方が、ゼロの気持ちを裏切ることになるよ!」
「そ、それはそうかもしれないけどッ!」
「あはは、面白いね彼ら」
 どうも釈然としないルイズの傍らで、ジュリオが噴き出していた。
 しかしそんなルイズとは裏腹に、オンディーヌの作り出した魔法の光に照らされたゼロは、
胸の内に勇気が湧き上がってきた!
『あいつら……よぉしッ!』
 気合い一閃、通常状態に戻ると同時にキリエロイドの腹部に鋭い肘鉄をお見舞いする。
「キリィィッ!」
 キリエロイドがひるんで拘束が緩んだ隙に脱出。ゼロは体勢を立て直すことに成功した。
「ほら見ろ! ゼロが助かったぞ!」
「ぼくたちの応援が功を奏したんだ!」
「間違ってなかっただろう!?」
「え、えぇー……まぁ、そうかもしれないけど……」
 喜ぶオンディーヌに、ルイズは反応に困った。
 それはともかくとしてゼロは、スラッガーを連結してゼロツインソードDSを作り上げた。
毅然と構え、デルフリンガーへ呼びかける。
『行くぜデルフ! あいつらに応援された手前、あんま情けねぇとこは見せられないからな!』
『その意気だぜ! さぁ、おまえさんの本当の実力を見せつけてやんな!』
 ゼロとキリエロイドが互いに肉薄。キリエロイドが腕の刃を振りかざして斬りかかってくる。
「キリッ! キリィッ!」
「シェアッ! ハァァァッ!」
 しかしゼロはツインソードを閃かせて相手の刃を弾き返し、がら空きになったボディに
斬撃を仕返ししていく。
「キッ、キリィィィッ!」
 大剣による連撃を入れられ、さしものキリエロイドもただでは済まずに大ダメージを負った。
そうして隙が生じた相手を、ゼロは思い切り蹴り上げて宙に浮かす。
「セェアッ!」
「キリィーッ!」
 空中に舞ったキリエロイドへと、ゼロがまっすぐ跳躍!
『これでフィニッシュだぁッ!』
 空にZ型の斬撃が刻まれ、キリエロイドは体内の火炎が暴走して爆散! 紅蓮の灯火を
バックに、ゼロが颯爽と着地した。

928ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:41:47 ID:W92l79z6
「やったぁ! ゼロの逆転勝利だ!」
「練習の甲斐があったぜ!」
「うおおぉぉーッ!」
 大空の彼方へと飛び去っていくゼロを見送りながら、一気に沸き立って大喜びするオンディーヌの
面々。その様子を一瞥したルイズは、ふぅと息を吐いていた。
「まぁ、勝ったし良しとしましょうか……」

 キリエロイドを撃退し戻ってきた才人は、新しくあてがわれた客室でルイズを相手につぶやいた。
「それにしても、さっきの奴は何だったんだろうな。どうして俺のこと、あんなに敵視してた
のかな……」
「やっぱり誰かと勘違いしてたんでしょ。そうでもなきゃ説明がつかないわ。あんた、あれとは
会ったことなかったんでしょ?」
「当然だよ。あんなけったいな奴、どこかで会ってたら忘れたりしねぇよ」
 しかし、このハルケギニアに自分に似た人間などいるのだろうか? 人種から違うのに……
と考える才人だったが、キリエル人を撃破した今、真実を確かめることは出来なくなった。
「まぁいっか。それよりこれからのことだ。さっきのはガリアとは無関係だったみたいだけど、
三日後には必ずガリアが何らかの動きを見せるはずだ。きっとまた何か怪獣を送り込んでくる
はず……。今度こそガリアをとっちめて、タバサを解放してやらなきゃ」
 と使命に燃える才人だったが、そこにゼロが尋ねる。
『けど、いいのか才人? 本当にガリアと事を構えて。そう簡単には決着がつかないと思うぜ』
「もちろんだよ。何度も言ってるだろ?」
『けどな……せっかく帰れるようになったってのに。ズルズルとここに留まることになるかも
しれねぇんだぜ』
 今のゼロの言動に、ルイズは反射的に振り返った。
「えッ、今のどういうこと!? サイトが……帰れる!?」
『ああ。才人には先に言ったんだけどな』
 ゼロがルイズに告げる。
『一度死んで、命の再生がやり直しになってた訳だが、思ったよりも早く完了してな。つい
昨日のことだ』
「命が再生したってことは……ゼロとサイトが分離できるってことよね?」
『そういうことだ。そいつはつまり、才人を地球に送り返せるってことだ』
 少なくないショックを覚えるルイズだったが、話の流れはその方向に進んでないことに気づく。
「そ、それなのにサイト、まだこっちにいるつもりなの?」
 才人はあっけらかんと答えた。
「ああ。だって今の中途半端な状況を投げ出すなんて、目覚めが悪いよ。最低でも、タバサを
ガリアから完全に救い出して安全を確保する! それが済むまではな」
「で、でも……いいの? もう一年以上もこっちにいるじゃない。その……ご家族が心配
されてるはずよ。また危ない目にも遭うでしょうし……確実に帰れる内に帰って、後のことは
わたしたちに任せるのだって……」
 自らの負い目もあり、才人を説得するルイズだったが、それでも才人の気持ちは変わらなかった。
「いいんだ。そりゃあ本音を言えば、母さんたちの顔を見られないのは寂しいけどさ……。
でも、ただの高校生だった俺がウルトラマンだぜ? そして一つの星を救ったなんてことを
土産話にすれば、みんなひっくり返るよ! 母さんも、俺のことを誇りに思ってくれるはずさ! 
それまで我慢するよ」
 その時のことを想像して瞳を輝かせる才人。そんな彼の様子にルイズは思わず肩をすくめた。
「もう、すっかり英雄気取りね。でも……」
 ルイズは、いけないことだとは思いつつも、才人がハルケギニアに留まる道を選んだことに、
喜びと幸せが心の中に溢れて仕方なかった。顔がにやけるのを堪えるのが大変であった。
 才人の家族には申し訳ないと思いながら、この時間が一分一秒でも長く続けばいいのに……
そんな考えまで抱いていた。

929ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:43:16 ID:W92l79z6
以上です。
才人が留まるよ!やったねルイズ!

930ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:18:38 ID:Kyl6YLKo
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は0:20からで。

931ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:21:49 ID:Kyl6YLKo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十一話「ブリミルの贈り物」
地中鮫ゲオザーク 登場

 アンリエッタの密命により、ルイズとティファニアをロマリアへと連れてきたオンディーヌ。
そこで待っていたのは、教皇ヴィットーリオからのガリア王ジョゼフ廃位の計画の協力要請だった。
タバサを救うために才人は乗り気であったが、ルイズは彼がまた危険を背負い込むことになる故に
消極的だった。そして返答を保留したまま――間に才人がキリエル人から身に覚えのない復讐を
されるなんてこともあったが――一日が経過した。
 そして早朝、才人は昨晩誘われた通り、ジュリオに連れられ地下のカタコンベまで来ていた。
ひんやりと湿った空気が漂う狭い通路の中、才人がぼやく。
「辛気臭いとこだなぁ。こんなとこで見せたいものって何だよ。お墓とかじゃないだろうな」
「墓というのはある意味で合ってるかもね。でも、眠ってるのは人じゃない」
「はぁ?」
 才人とジュリオが行き着いた場所は、四方に鉄扉がついた円筒状の空間だった。ジュリオは
鉄扉の一つの前に立つと、錠と何重もの鎖を取っ手から外し、錆びついた扉を力ずくで開ける。
その途端に埃が舞い上がり、才人は思わずむせる。
 扉の奥は照明がなく、真っ暗であった。しかしジュリオが部屋中の魔法のランタンに明かりを
灯すことで、その暗闇の中に隠されていたものが才人の目に露わとなった。
「な、何だよこりゃ……」
「驚いたかい?」
 ジュリオが言った通り、才人は目の前に広がった光景に、一瞬にして圧倒されていた。
 手前の棚にところ狭しと並べられているのは、明らかな銃器。しかもハルケギニアの原始的な
ものとは全く違う……地球製のものばかりだった。イギリス製の小銃から始まり、ロシアのAK小銃。
サブマシンガンにアサルトライフル……スーパーガンやウルトラガンなど、歴代の防衛隊の銃器
までもあった。ほとんどは錆で覆われていて、完全に壊れているものもあるが、いくつかは新品
同様にピカピカと光を反射していた。
「見つけ次第、“固定化”で保存したんだが……中には既に壊れていたり、ボロボロだったり
したものもあったんでね」
 ジュリオの言葉が半分くらいしか頭に入ってこないほど、才人はこの部屋に収められている
ものを見回していた。近代の技術による銃火器以外にも、火縄銃やマスケット銃などの古典的な
ものや、日本刀やブーメランなど時代と地方を選ばずに、武器と呼べるものがこれでもかと鎮座
している。ちょっとした博物館のようであった。
「……何でここにこんなものがあるんだ?」
 才人の疑問に答えるジュリオ。
「東の地で……ぼくたちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃ、こういう
ものがたまに見つかるんだ。エルフどもに知られないように、ここまで運ぶのは結構骨だった
らしいぜ」
 言いながら、部屋の一番奥にある、仕切りのカーテンに手を掛けるジュリオ。
「ほら、これなんかは一番大きいものさ。あまりにも大きいんでそのままじゃ運べないって
ことで、一旦解体されてからここで組み立てたそうだぜ。最初から壊れてて使えないのに、
そこまでする必要があったのかは甚だ疑問だけどね」
 カーテンが引かれ、その奥に隠されていたものを目の当たりにした才人が、思わず息を呑む。
 それは、全長五十メイルにまで届きそうな、巨大な足の生えたサメであった。……いや、
ビリビリに破けた皮膚の下から露出しているのは肉ではなく、鋼鉄の人工物。つまり、怪物
ザメに偽装したロボットなのだ。
「巨大生物に偽装したカラクリ。誰が、何のためにこんなけったいなデカブツを造ったんだろうね」
 肩をすくめるジュリオ。今は完全に破壊されていて物言わぬ巨大ロボットは、ネオフロンティア
スペースの地球人が巨人の石像を探し出すため、またその際に正体が露見しないように怪獣に見える
ように作り上げられた、ロボット怪獣ゲオザークである。才人たちのあずかり知るところではないが。

932ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:25:23 ID:Kyl6YLKo
「けどこっちのデカブツはまだ動くみたいだ。動かし方が分からないんだけどね」
 ジュリオがゲオザークから離れ、油布に覆われた小山のようなものに近づき、その油布を
引っ張って取り外した。
 積もった埃がずり落ちた油布によって舞い上がる中、才人は再度目を見張った。
「こ、こんなものまで……」
 武骨ながらもそれが逆に芸術性を感じさせるような黒塗りの車体。下部には四輪と、その後方に
キャタピラが備わっている。そして一番目立つのが、機首より突き出た太く鋭いドリル。側面には、
歴史の教科書で目にしたウルトラ警備隊の紋章がランプの灯りに照らされ燦然と輝いていた。
 地球防衛軍開発の、ウルトラ警備隊に配備された地底戦車であり、史上最大の侵略を仕掛けてきた
ゴース星人の基地を爆破するための特攻で全機失われてしまったはずのマグマライザー。紛れもない
本物だった。
 才人は思わずマグマライザーに手を触れた。その途端、左手のガンダールヴのルーンが
仄かに光った。それが、マグマライザーがまだ生きていることの証明だった。
 マグマライザーに圧倒されている才人の様子を見て、ジュリオが口を開く。
「ぼくたちはね、このような“場違いな工芸品”だけじゃなく、過去に何度も、きみのような
人間と接触している。そう、何百年も昔からね。だから、きみが何者だか、ぼくはよく知っているよ」
「お前……」
「そしてきみは、この“武器”たちの所有者になれる権利を持っている。だから、この“場違いな
工芸品”はきみに進呈しよう」
「権利だと? どういう意味だ?」
「これは元々きみのものなんだよ、ガンダールヴ。きみの“槍”として贈られたものなのさ」
 言いながら、ジュリオは“虚無”の使い魔の歌を唱えた。その中では、神の左手ガンダールヴは、
左手に大剣、右手に長槍を握っていたとある。
「ぼくはヴィンダールヴ。ありとあらゆる獣を手懐けることができる。怪獣は大きすぎて
難しいんだけどね。それでも、既に何匹かはロマリアから遠ざけることに成功してるよ」
 才人はロマリアが、空中大陸のアルビオンと違って地上の国なのに怪獣被害が少ないという
話を聞いた覚えがあるのを思い出した。神官らは始祖ブリミルの威光と喧伝しているそうだが、
ジュリオがそのタネだったという訳だ。
「ミョズニトニルンは、ガリアの怪しい女。マジックアイテムを使いこなす。普通の戦いだったら
最強だろうね。最後の一人は、ぼくもよく知らない。まぁそれは今は関係ない。きみだ、きみ! 
左手の大剣はデルフリンガーのことだよ。でもって、右の長槍……」
「どう見たってこいつらは槍には見えないぜ」
 マグマライザーを指差す才人に、ジュリオは説く。
「槍ってのはそのままの意味じゃない。“間合いが遠い”武器って意味さ。強いってことは、
“間合い”が遠いってことだ。怪獣が何故強いか分かるかい? 尋常じゃないタフさもあるけど、
単純に人間よりずっとでかいからさ。おまけに火や光線も吐く。ただの人間じゃ、鉄砲の弾が
届く範囲にすら近づく前にお陀仏だよ。対してウルトラマンゼロたち巨人は、怪獣と同等の
間合いに、それ以上の破壊光線を発射することで怪獣以上の最強として君臨してる。六千年前の
最強の武器は“槍”だった。それだけの話さ」
 マグマライザーの装甲を叩くジュリオ。
「始祖ブリミルの魔法は未だに聖地にゲートを開き、たまにこういうプレゼントを贈ってくれる。
考えられうる最強の武器……ガンダールヴの“槍”をね。だからこれはきみのものだ。兄弟(ガンダールヴ)」
 才人は胸が震えるのを感じた。スパイダーも、佐々木の乗っていたゼロ戦も……始祖ブリミルの
魔法によって導かれたものだったのだろう。そして、多分自分も……ひょっとしたら、ウルトラマン
ゼロすらも……。
 ゼロは時空の移動中に遭遇した次元嵐を抜ける最中、何かの力に引っ張られて自分と衝突
したと言っていた。
「まぁ、そんな訳できみに進呈するよ。ぼくたちが持っていても、さっき言ったように使い方が
分からないし……作れないし直せない。どんなに強い“槍”だろうが、量産できなきゃ意味はない。
きみたちの世界は、いやはや! とんでもない技術を持っているね。ウチュウ人にだって負けないんじゃ
ないか?」

933ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:28:15 ID:Kyl6YLKo
「聖地にゲート?」
「そうさ。他に考えられるかい? 多分、何らかの“虚無魔法”が開けた穴だ。きっとね」
 才人はここに来て次々知らされた内容に、めまいを覚えそうな気分にすらなった。

「……そんな訳で、こいつをもらってきた」
 昼食後、才人は客室で、姿見からこの場に来てもらったミラーとグレンに、カタコンベから
持ってきた銃器を見せていた。
 レベルスリーバースの地球の一つからゲートを潜り、ハルケギニアへとやってきたその武器の
名は、ディバイトランチャー。ナイトレイダーという組織の標準兵装である、可変光線砲だ。
武器に勘の働くデルフリンガーが、こいつが一番汎用性に優れると勧めたのだ。本来ならば
生体認証で登録者以外は取り扱うことは出来ないのだが、そこはガンダールヴの力でクリアした。
「へぇ〜。しっかしすげぇ話だなぁおい。何か色々と地球の人や物品がここに来てるみてぇ
だとは思ってたけどよ、まさかそんな仕掛けがあったとは!」
 ジュリオから伝えられ、才人が話したガンダールヴの“槍”と聖地のゲートの話に、グレンは
感心し切っていた。ミラーもまた、圧倒されたように顎に手をやる。
「その聖地のゲートというのは、要するにスターゲートのようなものなのでしょうね。しかし、
一個人がそれを作り上げようとは……」
『ああ。俺も話だけだったら、多分信じなかった。それだけとんでもねぇ内容だぜ』
 ミラーに同意を示すゼロ。スターゲートとは、多次元宇宙を股に掛けて存在する怪獣墓場の
唯一の恒常的な出入り口であるグレイブゲートのような、宇宙と宇宙をつなぐ扉である。しかし
もちろん、そんな大それたものがそうそう簡単に設置できるものではない。グレイブゲートも、
誰が作ったものなのかは未だ解明されていない。
 それなのに、ブリミルは六千年も機能するほぼ完璧な形のゲートを作り上げたようだ……。
“虚無”の魔法の強力さは、自分たちの想像以上だとゼロたちは感じた。
「けど今はそれよりガリアのことだぜ。ルイズの奴は、作戦に未だに反対してるってか?」
 話題を変更するグレン。才人はうなずく。
「そうみたいだ。どうも不機嫌でな……。せっかくのガリアの王様をやっつける絶好の機会
だってのに、どうして分かってくれないんだ? ルイズの奴」
 ぼやく才人に、ミラーが告げる。
「恐らくルイズは、あなたに危険が及んでほしくないのですよ。サイト、あなたが一番危険な
立場ですからね」
「でも、危険なら今までいくらでもあったじゃないか。どうして今頃……」
 納得できていない才人に、グレンもうんうんうなずいていた。そんな二人にミラーは肩を
すくめる。
「自ら危険を呼び入れようとするのに反対なのでしょう。女性とは、親密な男性相手には
そうするものです」
「うーん……俺にゃあそういう心理はいまいち分かんねぇぜ」
 全く女心に疎いグレンがポリポリ頭をかいた。
「で、そのルイズは今どうしてんだ?」
「ああ、あいつなら教皇聖下に呼ばれてたぜ。“始祖の祈祷書”も持っていって、向こうで
何やってるんだろ……」
 才人がつぶやいたその時、不意にこの部屋の中に、ピコン、と軽快な電子音が鳴り渡った。
「ん? 今の何だ? 何かの着信か?」
「あッ、ごめん俺だ。……えッ!?」
 つい反射的にグレンに答えた才人が、目を見張った。
「着信!? そんな馬鹿な!」
 まさかと思いながら通信端末を引っ張り出すのだが……その画面には確かに、メールの
着信を知らせる表示があった。
 ハルケギニアに来てから、一度も出てくることのなかった表示だ。
『お、おい才人、これって……』
「そんな……どうして、今になって……」

934ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:30:32 ID:Kyl6YLKo
 ゼロも才人も、唖然としていた。様々な機能を持つ端末ではあるが、宇宙を隔てているの
だから、通信の類だけは絶対に出来ないはずなのだ。

 その理由は、ルイズの側の行いにあった。
 ルイズとティファニアはヴィットーリオに、新たな呪文の発見の場に招待されていた。
紆余曲折あってコルベールから“火のルビー”を返却されたことを契機に、新しい“虚無”を
祈祷書の中から見つけ出そうとしたのだった。
 最初に祈祷書を見たティファニアは何も見つけられなかったが、ヴィットーリオは新たな
呪文を得た。
 それは“世界扉(ワールド・ドア)”。その名の通り、ハルケギニアと別の世界を一時的に
つなぐ扉を作り出す呪文。
 その扉を通った電波を端末が受信し……地球からのメールが、才人の元に届いたのだった。

 才人の端末には、何通ものメールが受信された。単なるダイレクトメールもあれば、友人からの
メールもあった。しかし一番多かったのは……母からのメールだった。
 才人は最後のメールを開いて、読んだ。

 才人へ。
 あなたがいなくなってから一年以上が過ぎました。
 今、どこにいるのですか?
 高凪春奈さんがよく元気づけに来てくれます。私は平賀くんに会った、いつか無事に帰って
くるから心配しないでくださいといつも言ってくれます。
 でも、いつかじゃなく今すぐにあなたの無事な姿を見たいのです。
 もしかしたら、メールを受け取れるかもしれないと思い、料金を払い続けています。
 今日はあなたの好きなハンバーグを作りました。
 タマネギを刻んでいるうちに、なんだか泣けてしまいました。
 あなたが何をしていようが、かまいません。
 ただ、顔を見せてください。

 その内に接続は切れたが、受信したメールはそのまま端末にある。
 ぽたりと、画面に涙が垂れる。
「お、おいサイト……」
 グレンが青ざめた顔で言いかけたが、ミラーが静かに首を振りながら止めた。
『……』
 ゼロもまた、何も言葉を発さなかった。

 ルイズは教皇の執務室から客室へと帰ってくる途中だった。
 ヴィットーリオやジュリオは、ルイズが“ワールド・ドア”を用いて才人を元の世界に
帰すようにと言い出すのではないかと考えていたようだが、才人は最早帰ろうと思えば
帰れる身。その上で自分からハルケギニアにいることを選んだのだから、そんなことを
切り出すつもりはなかった。
 けれども、いつか帰還する時のために自分を極力大切にするようにと再度説得するつもりで
戻ってきたのだが……客室の扉の前に、ミラーとグレンが難しい顔で並んでいるのに面食らった。
「二人とも、どうしたの? サイトは……」
 尋ねると、ミラーは口の前に指を立ててルイズに口を閉ざさせてから、ドアを少しだけ
開いて中の様子を見せてくれた。
 才人は、机の前で身体をかがめ、肩を微妙に上下させていた。泣いているのだ、とすぐに分かった。
「ミラー、一体何が……?」
 小声で尋ねると、ミラーが腕組みしながら説明した。
「どうしてなのかは分からないのですが……サイトの端末にメール……手紙が届いたのです」

935ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:33:49 ID:Kyl6YLKo
「手紙……? 誰からの?」
「故郷……母君からです」
「……かわいそうにな……」
 グレンも、ポツリとそれだけつぶやいた。
 ルイズは、頭を殴られたようなショックを感じた。
 自分は、才人がハルケギニアに留まると宣言した時、喜びと幸せを感じていた。
 才人の親がどんな思いでいるのか、そして才人がそれを知った時、どんな思いになるのか……
考えもしなかった。

 翌日。泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていた才人は、無理矢理にでも気分を切り換える
ことに決めた。明日は、いよいよ教皇の即位三周年記念式典。ガリアが必ず何らかの動きをする
だろう。その時に、今のような気分のままでいたらいけない。
 それと、昨日のことはルイズには秘密にしておこう。また、自分のせいにして落ち込む
だろうし。……そう考えて、努めていつも通りの調子でルイズに朝の挨拶をしたのだが……。
「おはよう」
 ルイズは昨日までの不機嫌さはどこへ行ったのか、にっこりと笑って挨拶を返した。しかも
いつもの魔法学院の制服ではなく、やけにおめかしした姿だった。その上、こんな時にも関わらず
才人を街のお祭りへ……デートへと連れ出したのだ。才人は訳が分からず、目を白黒させた。
 しかもルイズのおかしさはそれだけに留まらなかった。デート中、ルイズはずっと笑顔を
崩さなかった。才人が何を言っても。パンツを見せろだの、胸を触らせろだの、普段なら烈火の
如く怒り出すような無茶な注文をしても、嫌がるどころか進んでその通りにしたのだった。
ずっと反対していた作戦にも受け入れていた。
 才人は、もしかして寝ている間にアンバランスゾーンに入り込んでしまったのではないかと
変なことまで考えてしまった。
「なぁゼロ、さっきからずっとルイズが変だ。何か知らないか?」
『……』
「ゼロ……?」
 ゼロに尋ねかけても、ゼロも何故か一切口を利かなかった。しかし存在は確かに感じられる。
以前のように、長い眠りに就いている訳でもないようだった。
 どういうことはさっぱり呑み込めない才人を、ルイズはぐいぐい引っ張って祭りを堪能したのであった。

 そして夕方、二人は大聖堂の客室へと帰ってきた。才人はいよいよ我慢ならなくなって、
背を向けているルイズに問いかけた。
「なぁルイズ、お前何で今日はあんなに俺に笑顔を見せたんだ? そろそろ教えてくれよ。
何か理由あってのことなんだろ?」
 するとルイズは、やはり笑顔のまま振りかえって……答えた。
「サイト、これが今までたくさん助けてくれたあなたへの、わたしからの精一杯のお礼の
気持ちよ」
「今まで……?」
 ルイズの物言いに、才人は何だか不穏なものを感じた。
 そして、ルイズは続けて言った。
「それに……あなたには、笑顔のわたしを憶えて、故郷に帰ってほしいの。これがわたしの、
最後のわがまま」
 才人は固まった。
「お、俺が、故郷に帰る? 最後のわがまま? お前、何言って……」
「手紙が届いたんですってね。お母さまから」
 一瞬、才人は絶句した。
「聞いたのか……!」
 ルイズはやはり笑顔のままだが、鬼気迫る様子で才人に言いつけた。
「サイト、あなたは帰らなくちゃいけないのよ。今すぐにでも」
「ま、待てルイズ! それは……!」

936ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:21 ID:Kyl6YLKo
 才人が取り成そうと言いかけたが、その時に左腕に妙な熱さを感じた。
 思わず左腕を持ち上げると……それまで一時も腕から外れたことのなかったウルティメイト
ブレスレットが、夢の世界の中でさえ消えなかったゼロとのつながりが……そこから消えていた。
「なッ……!?」
 そして気がつけば、自分の目の前に見知らぬ顔立ちの青年が立っていた。しかし顔に覚えは
なくとも、その雰囲気を自分はよく知っていた。
 その青年の左腕に、ウルティメイトブレスレットがあった。
「ゼロッ!?」
「才人……あまりに急になっちまったが、これでお別れだ。勝手かもしれねぇが……お前と
いた時間、とても楽しかったぜ」
 ゼロが自分に、手の平をかざす。
「待って! 待ってくれッ!」
 才人の呼びかけも聞かず、手の平からフラッシュが焚かれた。
 それを最後に、才人の意識が途切れた。

 才人の身体が、ぐらりと傾く。強制的に眠りに就かされた彼をルイズが抱きしめ、その顔を
優しく両手で包んで唇を重ねた。
「さよなら……わたしの優しい人。さよなら、わたしの騎士」
 ひっく、と嗚咽を漏らしたルイズが、ゆっくりと才人をベッドに横たえた。そしてゼロへと
振り返る。
「……いいわ。ゼロ、お願い」
「ああ……」
 ゼロが才人を地球に送り届けるために、ウルトラゼロアイを手に取った。――その寸前に、
鏡からミラーナイトの報せが飛び込んできた。
『ゼロ! ガリアに異様な気配が何十も感じられました! 恐らく、怪獣の大軍団が用意
されています!』
 それに、ルイズは大きく舌打ちする。
「こんな時に……!」
 ゼロは申し訳なさそうに告げる。
「……すまねぇな。ちょいと延期になっちまう。けど才人も一日二日は目を覚まさないだろう。
それまでに、何としてでも片をつけてやるぜ」
「お願い……。わたしも、出来る限りのことをするわ」
 ゼロとともに部屋を出る時に、ルイズは一度だけ振り返った。涙がとめどなく溢れ、頬を伝う。
涙を拭うこともせずに、ルイズはつぶやいた。
「さよなら。わたしの世界で一番大事な人」

937ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:53 ID:Kyl6YLKo
ここまでです。
まぁこうなる。

938ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:52:22 ID:CWP4DxYk
ウルトラマンゼロの人、投下お疲れ様でした

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です
特に何もなければ19時56分から85話の投下を開始します

939ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:56:23 ID:CWP4DxYk
 夏季休暇真っ最中のトリスタニアがチクトンネ街の一角にある、居酒屋が連なる大通り。
 夜になれば酒と安い料理…そして女目当てに仕事帰りの平民や下級貴族達でごったがえすここも、今は静まり返っている。
 繁華街という事もあって人の通りは多いものの、日が暮れた後の喧騒を知る者たちにとっては静か過ぎると言っても過言ではない。
 それこそ夜の仕事に備えて日中は洞窟で眠る蝙蝠の様に、夕方までぐっすり快眠できる程に。
 
 そんな通りに建っている居酒屋の中でも、一際売り上げと知名度では上位に位置するであろう『魅惑の妖精亭』というお店。
 比較的安くて美味く、メニューも豊富な料理に貴族でも楽しめる数々の名酒、際どい衣装で接待してくれる女の子達。
 この周辺に住む者達ならば絶対に名前を知っているこの店も、日中の今はシン…と静まり返っている。 
 しかし、その店の二階にある宿泊用の部屋では、数人の少女達が別室で寝ている者たちを起こさない程度の声で話し合っている。
 そしてその内容はこの店…否、このハルケギニアという世界に住む者達には理解し難いレベルの会話であった。

 シングルのベッドにクローゼットとチェスト、それにやや大きめの丸テーブルに椅子が置かれた部屋。
 その部屋の窓際に立つ霊夢は、ニヤニヤと微笑む紫を睨みながら彼女に質問をしている。
 いや、それは窓から少し離れたベッドに腰掛けるルイズから見れば、゙質問゙というよりも゙尋問゙や゙取り調べ゙に近かった。
「全く。アンタっていつもいないないって話してる時に鍵って平気な顔して出てくるわよね」
「あら?酷い言い方ね霊夢。貴女たちが困っているのを、私が楽しんで眺めていたって言いたいのかしら?」
「あの式の式の文句が丸聞こえだった…ってことは、そうなんじゃないの?」
「失礼しちゃうわね。私は橙が文句を言っているのに気が付いたから、結果的に出てくるのが遅れちゃったのよ」
「それじゃあ結局、私達がいないないって騒いでたのを傍観してたんじゃないの!」
「こらこら、ダメよ霊夢?そんなに怒ってたら若いうちから色々と苦労する事になるわよ」
 怒鳴る霊夢に対して冷静な紫はクスクスと笑いながら、ついでと言わんばかりに彼女を茶化し続ける。
 自分に対し文句を言っていた橙に勉強と言う名の説教をしていた時も、その笑顔が変わる事は一瞬たりとも無かった。
 そして、あの霊夢をこうして怒らせている間も彼女はその余裕を崩すことなく、笑いながら巫女と話し合っている。
 
 あれが強者が持つ余裕というものなのだろうか?
 いつもの冷静さを欠いて怒る霊夢と対照的な紫を見比べながら、ルイズは思っていた。
 きっと彼女ならば、ハルケギニアの王家やロマリアの教皇聖下が相手でもあの余裕を保っていられるに違いない。
 そんな事を考えながらジーっと二人のやり取りを見つめていると、壁に立てかけていたデルフが話しかけてきた。
『よぉ娘っ子、そんなあの二人をまじまじと見つめてどうしたんだい?嫉妬でもしてんのか?』
「嫉妬?なにバカな事言ってるのよアンタ、そんなんじゃないわよ」
『じゃあ何だよ』
「いや…ただ、ユカリの余裕っぷりがちょっと羨ましいなぁって感じただけよ」
『…?あぁー、成程ねぇ』
 留め具を鳴らす音と共に、デルフは彼女が凝視していた理由を知った。
 確かに、あの金髪の人外はちょっとやそっとじゃあ自身の余裕を崩す事はないに違いない。
 人によってはその余裕の持ち方が羨ましいと思ったりしてしまうのも…まぁ分からなくはなかった。

 しかし、それを羨ましいと目の前で言うルイズが彼女の様になれるかと問われれば…。
 本人の前では刀身に罅が入るまで口に出せない様な事を考えながら、デルフは一人呟く。

940ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:58:23 ID:CWP4DxYk
『…けれどまぁ、ああいうのは経験だけじゃなくて持って生まれた素質も関係するしなぁ』
「どういう意味よソレ?」
『いや、お前さんには関係ない事だ。忘れてくれ』
 どうやら聞こえていたらしい、こりゃ迂闊な事は言えそうにない。
 自分の短所を暗に指摘してきた自分を睨み付けてきたルイズを見て、デルフは改めて実感する。
 幸いルイズ自身は昨晩から連続して発生している想定外の事態に疲れているのか、自分の真意には気が付いていないようだ。
 このまま追及されずに、何とかやり過ごせそうだと思った矢先、

「要するにデルフは、短気で怒りっぽいルイズが紫みたいになるのは無理だって言いたいんだろ?」
「へぇ、そう……って、はぁ?ちょっと、デルフ!」
『魔理沙、テメェ!』

 そんな彼に代わるのようにして、ルイズたちのやりとりを見ていた魔理沙が火付け役として会話に割り込んできたのだ。 
 椅子に座って自分たちと霊夢らのやり取りを眺めていた魔法使いは、何が可笑しいのかニヤニヤと笑っている。
 恐らくは暇つぶし程度でルイズを煽ったのだろうが、デルフ本人としては命に関わる失言なのだ。
「いやぁー悪い、悪い。今のルイズにも分かるように丁寧に言い直してやったつもりなんだがな」
『だからっておま――――…イデッ!』
 反省する気ゼロな笑顔でおざなりに頭を下げる彼女にデルフは文句を言おうとしたものの、
 ベッドから腰を上げて近づいてきたルイズに蹴飛ばされ、金属質な喧しい音を立てて床に転がった。

「この馬鹿剣!人が朝からヘトヘトな時に馬鹿にしてくるとかどういう了見なの!?」
『いちち……!お前なぁ、そうやって一々激怒するのが駄目だってオレっちは言ってんだよ!』
「何ですって?言ってくれるじゃないのこのバカ剣!」
 床に転がった自分を見下ろして怒鳴るルイズに対し、流石のデルフも若干怒った調子で文句を言い返す。
 伊達に長生きしていない彼にとって、短所を指摘して一方的に怒られることに我慢ならなかったのだろう。
 意外にも言い返してきたデルフに対しルイズも退く様子を見せる事無く怒鳴り返して、床に転がる彼を拾い上げる。
「今すぐこの場で訂正しなさい、じゃなかったらアンタの刀身をヤスリで削るわよ!」
『ヤスリだと?へ、面白れぇ!やれるもんならやってみやがれ、そこら辺の安物じゃあオレっちは傷一つつかないぜ!』
 もはやお互い一歩も引けず、一触即発寸前の危ない空気。
 どちらかが折れるかそれとも最悪な展開に至ってしまうのか、という状況の中で。
 この争いを引き起こした張本人であり、最も安全な場所にいる魔理沙は驚きつつもその笑顔を崩していない。
 むしろ二人の言い争いを楽しんでいるのか、楽しそうにお茶を啜っている。

「ははは、喧嘩は程々にしとけよおま―――…ッデ!」
「争いを引き起こした張本人が何観戦に洒落込もうとしてんのよ!」
 しかし、始祖ブリミルはそんな魔法使いの策略に気付いていたのだろう。
 ルイズの使い魔としで神の左手゙のルーンを持つ霊夢からの、容赦ない鉄拳制裁が下された。

 死なない程度に後頭部を殴られた魔理沙は殴られた場所を手で押さえて、机に突っ伏してしまう。
 頭に被っていた帽子が外れて床に落ちるものの、今はそれを気にせる程の余裕は無いらしい。
 呻き声を上げながら机に顔を伏せる彼女を見下ろし、鋭い目つきで睨む霊夢は魔理沙を殴った左手に息を吹きかけている。

941ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:00:23 ID:CWP4DxYk
「全く、アンタってヤツは目を離した途端にこれなんだから」
「イテテ…!だからって、おま…!あんなに強く殴る必要があるのかよ…」
「私はそんなに強く殴った覚えはないわよ」
 今にも泣きそうな魔理沙の抗議に対し、しかし霊夢は涼しい表情で受け流す。
 どうやら殴った加害者である巫女と、被害者の魔法使いとの間には認識の違いがあるらしい。
 しかし、第三者から見てみればどちらが正しい事を言っているのかは…まぁ一目瞭然と言うヤツだろう。
「さっきの一発、絶対普段からのうっぷん晴らしで殴ったわよね」
『だろうな。流石のオレっちでも、あんな風に殴られたら怒るより先に泣いちゃうかも』
 突然の殴打に一触即発だったルイズとデルフも、流石にアレは酷くないかと魔理沙に同情してしまっている。
 その魔理沙のせいで言い争いをする羽目になった二人から見ても、霊夢の殴打は間違いなぐやり過ぎ゙の範囲なのだ。

 霊夢の一撃で先ほどまで騒がしかった部屋が静まり返る中、紫が三人と一本へ話しかける。
 それは、ちょっとした諸事情で部屋にいないこの部屋の主とその従者に代わっての注意喚起であった。

「朝から賑やかな事ね。けど、あんまり騒がしいと後で藍に怒られますわよ。
 あの娘も色々とここで人間相手に信用を築いているし、その努力がパァになったら流石の彼女も怒るわよ?」
 
 笑顔を絶やさず自分たちを見つめて喋る紫に、霊夢は面倒くさそうな表情で「分かってるわよ」とすかさず返す。
 ルイズも同様に、紫の式が静かに怒っていた時の事を思い出してコクリと頷いて見せる。
 魔理沙は未だ机に突っ伏して呻いているが、頭を押さえていた両手の内右手を微かに上げた。
 大方「分かってるよ」と言いたいのだろうが、さっきルイズ達を煽っていた所を見るに理解していないようにも見える。
 最後に残ったデルフは三人がそれぞれ答えを返して数秒ほど後に、留め具を鳴らして言葉を出した。

『んな事、百も承知だよ。最も、レイムが殴るのを止めなかったお前さんも大概だがな』
「あら、随分と口が悪い剣なのね。まぁそのお蔭でこの娘たちと仲良くやれてるんでしょうけど?」
「それどういう意味よ?」
 デルフの冷静な指摘に対しても、その笑みを崩さぬ紫が彼に返した言葉にすかさず霊夢が反応し、
 再び嫌悪な空気が流れ始めたのを感じ取ったルイズは、たまらずため息をついてしまいたくなってしまう。
 そして彼女は願った。できるだけ、藍と橙の二人が自分と霊夢たちの荷物を手に速く帰ってこれるようにと。 

 現在このハルケギニアを訪問している八雲紫の式である八雲藍とその式の橙。
 本来この部屋を借りている彼女たちは今、ルイズたちが言い争うこの部屋にはいない。
 二人は紫からの命令を受けて、昨晩ルイズたちが大きな荷物を預けた店『ドラゴンが守る金庫』へと足を運んでいる。
 理由は勿論、その店に預けているルイズ達三人の荷物を取りに行って貰ってるからだ。
 念のため藍がルイズの姿に化けて荷物を出してもらい、その後で橙と一緒に運んでくるらしい。

 ルイズ本人としては不安極まりなかったが、今の状況ではやむを得ない選択であった。
 本当ならば任務の為に長期宿泊する宿を見つけてから荷物を取り出しに行く予定であったが、肝心の資金が盗まれてそれは不可能。
 とはいえ一度出された任務はこなさなければと考えていたルイズに、話を盗み聞きしていた紫がこんな提案をしてきたのである。

942ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:02:23 ID:CWP4DxYk
―――ならここに泊まれば良いんじゃないのかしら?丁度他の部屋は余裕があるんでしょう?
―――――えぇ?ルイズはともかく、博麗の巫女たちと一緒に…ですか?
―――別に貴女には彼女たちを手助けしろだなんて言ってないわ、寝泊まりできる場所を確保してあげなさいって事よ
 当初は主の提案に難色を示した藍であったが、結局は主からの命令に従う事となった。
 橙も何か言いたそうな顔をしていたが、その前にされていた説教が大分効いたのか何も言うことは無かった。

「けれども、今の私達なんて文無しでしょう?泊まりたくても泊まれないじゃないの」
「いや、お金に関してなら私の口座に…少しだけなら残ってたと思うわ」
 とはいえ、荷物はあっても任務をこなす為に必要な経費が無くなってしまった事に代わりは無い。
 霊夢がそれを指摘すると、ルイズはこの夏季休暇に使う事は無いだろうと思っていた手札を彼女に明かす。
 本来ならどん詰まりの状況なのだろうが、幸いルイズには財務庁の方で口座を開いていたのである。
 口座…といっても実際には実家から送られてくる月々のお小遣いで、大した金額は入っていない。
 それでも並みの平民にとっては半年分働いて稼いだ額と同じ金額であり、宿泊代は何とか捻出できる程にはある。

「あるといっても、三人分で一週間泊まれるかどうかの金額しかないけどね」
「それまでは並の人間らしい生活は遅れるけど、それ以降は物乞いデビューってところね」
「……冗談のつもりなんでしょうけど、今はマジで洒落にならないから言わないでよ」
 今の自分たちにとって最も笑えない霊夢の冗談に突っ込みを入れつつ、ふと紫の方へと困った表情を向けてみる。
 ここに自分たちを泊まらせるよう式に命令した彼女なら、きっと自分の手助けをしてくれるかもしれない。
 そんな甘い期待を胸に抱いたルイズは手に持っていたままのデルフをベッドに置くと、いざ紫に向かって話しかけた。
「ゆ―――」
「残念ですが、お金の事に関しては貴女と霊夢たち自身の手で解決しなさい」
「うわ最悪、読まれてたわ」
『そりゃお前さん、あたりめーだろ』
 すがるような表情から一転、苦虫を踏んだかのような苦しい表情を浮かべてしまう。
 まぁダメで元々…という感じはしていたが、こうもストレートかつ百パーセントスマイルで拒否されるとは思ってもいなかった。  
 ついでと言わんばかりに放たれるデルフの突っ込みを優雅にスルーしつつ、ルイズは紫へ話しかけていく。

「どうして駄目なのよ?アンタなら自分の能力でいくらでも金貨を出せそうじゃないの」
「その通りね。私のスキマが…そう、゙王宮の金庫゙とここを繋げば…それこそ貴女に巨万の富を授ける事はできるわ」
「……成程、その代わり私が世紀の大泥棒になるって寸法ね」
 自分の質問に目を細めてとんでもない返答をした紫に、ルイズは彼女を睨みながら冗談で返す。
 大抵の人間が言えば冗談になるような例えでも、目の前にいるスキマ妖怪が言うと本気に思えてしまう。

「ちょっとアンタ、ルイズに何物騒な事吹き込んでるのよ」
 そこへ紫の事は…少なくとも自分より詳しいであろう霊夢がすかさず彼女へと噛みついてくる。
 まぁ妖怪退治を本業とする彼女の目の前であんな事を言ったのだ、そりゃ警戒するつもりで言うのは当たり前だろう。
 そんな事を思って霊夢の方へと視線を向けたルイズは、そのまま彼女と紫の会話を聞く羽目になった。

943ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:04:33 ID:CWP4DxYk
「冗談よ霊夢。貴女ってホント、いつまで立っても人の冗談とかジョークに対して冷たいわよね」
「アンタは人じゃないでしょうが。それにアンタの性格と能力を知ってる私の耳には、本気で言ってるようにしか聞こえないわ」
「まぁ怖い!このか弱くてスキマしか操れない様な私が、そんな怖ろしい事をしでかすとでも…」
「しでかすと思ってるから、こうして警戒してるのよ私は」
 ワザとらしく泣き真似をしようとする紫にキツイ調子でそう言った霊夢の言葉に、ルイズ達も同意であった。
 ルイズ自身彼女と知り合って行こうしょっちょうちょっかいを掛けられていたし、デルフは幻想郷に拉致されている。
 魔理沙も紫の能力がどれだけ便利なのかは間近で見ていた人間であり、そして彼女が最も油断ならない妖怪だと知っている。
 霊夢に至っては、いわずもがな…というヤツだ。

 結果的にスキマ妖怪の言葉に誰一人信用できず、霊夢は疑いの眼差しを紫へと向けている。
 二人の近くに立つルイズに、殴られたダメージが癒えつつ魔理沙も顔を上げて紫を見つめていた。
 流石に分が悪いと感じたのか、それともからかうのはそろそろやめた方が良いかと感じたのか…。
 三人の視線を直に受けていた紫はその顔に薄らと微笑みを浮かべると、両肩を竦ませた。

「流石にそんな事はしないわ霊夢。…けれど、貴女たちにお金の支援をすることはできないと再度言っておくわ。
 私の能力を使えば確かに楽に集まるけれど、それを長い目で見たら決して貴女たちに良い結果をもたらさないしね」

 ようやく聞けた紫からのまともな返答に、ルイズは「…まぁそうよね」と渋い表情を浮かべて納得する。
 昨晩は霊夢が荒稼ぎして手に入れた大金を盗まれたせいで、とんでもないどんちゃん騒ぎに巻き込まれてしまった。
 変に荒稼ぎせずに、アンリエッタが支給してくれた経費で長期宿泊できる宿を探していればこうはならなかったに違いない。
 というか、あの少年は自分たちが派手に稼いだのを何処かで見ていたに違いないだろう。
 そんなルイズの考えている事を読み取ったのか、紫は笑顔を浮かべたまま考え込んでいるルイズへと話しかける。
「藍の話を聞いた限りでは、貴女たち…というか霊夢が賭博で色々と派手にやらかしたそうね?」
 思い出していた最中に不意打ちさながらに入ってきた紫の言葉に、ルイズは思わず頷いてしまう。
「…そうよね。よくよく考えてみたら、昨日あんだけド派手な大勝してたら…そりゃ寄ってくるわよね」
「ちょっとルイズ、それはアンタの我儘を叶える為に張ってあげた私の苦労を台無しにする気?」
「いや、お前さんはそんなに苦労してないだろうが」
 反省しているかのようなルイズに、昨日稼いだ大金を即日盗まれた霊夢が苦言を漏らすも、
 ようやく後頭部の痛みが和らいできた魔理沙が恨めしそうな目で彼女を睨みつけながら突っ込みを入れられてしまう。
 そこへデルフもすかさず『だな』と、短くも魔法使いの言葉に便乗する意思を見せる。

 流石に魔理沙デルフにまでそんな事を言われてしまった霊夢は機嫌を損ねたのか、口をへの字に曲げてしまう。
「何よ、昨日は一発勝負大金稼いでやった私に対する仕打ちがこれなの?失礼しちゃうわね」
「…というか、博麗の巫女としての勘の良さを賭博で使う貴女が巫女としてどうかと思うわよ…霊夢?」
 そんな時であった、昨日の事を思い出していた彼女へ紫がそう言ってきたのは。
 さっきまでと同じ調子に聞こえる声は、どこか冷たさと鋭さを併せ持ったかのような雰囲気を霊夢は感じてしまう。
 それを機敏に感じ取った霊夢の表情がスッ青ざめたかと思うと、ゆっくりと紫の方へと顔を向ける。

 そこに八雲紫は佇んでいたが、帽子の下にある笑顔には何故か陰が差している気がする。
 他の二人とデルフも先ほどの彼女の声色が微妙に変わっているのに気が付いたのか、怪訝な表情を浮かべて二人を見つめている。

944ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:06:43 ID:CWP4DxYk
「あれ?どうしたのかしら二人とも…何かおかしいような」
 青ざめる霊夢と微笑み続ける紫を交互に見比べていたルイズが言うと、そこへ魔理沙も続いて呟く。
「あちゃ〜…何か良くは知らんが、あれは紫のヤツ…今にも怒りそうだな」
『まぁ声の色にちょっとドスが入っているっぽいからな…ありゃ相当カッカしてると思うぜ』
 これまでの経験から何となくスキマ妖怪が起こるっているであろうと察した魔理沙がそう言うとデルフも同じような言葉を呟き、
 両者の意見を聞いた後でもう一度紫の笑顔を見たルイズは、 「え、え…何ですって?」と軽く驚いてしまう。

 一瞬にして部屋の空気が代わった事に気が付かず、微笑み続けている紫は霊夢に喋り続けていく。
「貴女、昨日は随分と荒稼ぎしたそうね?それこそ、店の人間を泣かすくらいに」
「あ、あれはルイズが良い宿に泊まりたいって言うから、それでまぁ…ん?」
 珍しく焦った表情を霊夢が若干慌てた様子で昨日の事を説明する中、紫がふと自分の頭上にスキマを開いた。
 人差し指で何もない空間に入れた線がスキマとなり、数サント程度の真っ暗な空間が二人の間に現れる。
 そのスキマと微笑み続ける紫を見て直感で゙ヤバい゙と感じたのか、更に焦り始めた霊夢が説明を続けていく。
「だ…だってしょうがないじゃないの!ルイズのヤツには、色々と借りがあっ――――…ッ!!」
 
 言い切る前に、突如聞こえてきた鋭くも激しい音で紫とデルフを除く三人が身を竦ませて驚いた。
 傍で聞いていたルイズと魔理沙、そして言い訳を述べようとした霊夢の目に音の正体が移り込む。
 霊夢の足元へ勢いよく突き刺さったのは、普段から紫が愛用している白い日傘であった。
 折りたたまれた状態のソレの先はフローリングの床に突き刺さり、僅かにだが横にグワングワンと揺れている。
 まず最初に口が開けたのは意外にも霊夢ではなく、現在彼女の主であるルイズであった。
「は?日…傘?」
 一体どこから…?と一瞬思ったルイズは、すぐに紫の頭上に開いたスキマへと視線を向ける。
 彼女の予想通り、日傘を投げ槍の様に出したであろうスキマの゛向こう側゙にある幾つもの目が霊夢を睨んでいる。
 明らかにその目は不機嫌そうな様子であり、それが今の紫の心境を明確に物語っているかのようだ。
『おぉ…こいつはちょっと、洒落にならんってヤツだな』
「いやいや、これは相当怒ってるぜ…?」
 流石の魔理沙も今まで見たことないくらい怒っている紫に戦慄しているのか、自然と後ずさり始めている。
 とある異変の後で紫と知り合った彼女にとって、紫がこれ程怒る姿を見るのはここで初めてであったからだ。

 そして、その怒りの矛先である霊夢は…ただただこちらを見下ろす紫を見上げている。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ取れないまま、こちらへスキマを向ける彼女の言葉を待っていた。
「あの、ゆ…――」
「――そういえば、ここ最近は貴女の事を色々と甘やかし過ぎていたかしらねぇ?」
 自分の名前を呼ぼうとした霊夢の言葉を遮って、紫はわざとらしい調子で言う。
 これまで幾度となく妖怪と戦い退治し、異変解決もこなしてきた博麗霊夢はそれで何となく察した。
 久しぶり…というか多分、十年ぶりに八雲紫からのありがたーい゙御説教゙を受ける羽目になるのだと。

「久しぶりねぇ。私がこうして、あなたに博麗の巫女とは何たるかを教えるのは」
 そう言って紫は先ほど自分の日傘を射出したスキマから一本の扇子を出し、それを右手で受け取る。
 紫が愛用しているそれは何の変哲もない、人里にあるちょっとお高い品を扱う店で購入できるような代物。
 キッチリと閉じている扇子で自分の左手のひらを二、三回と軽く叩いてみせた。

「藍が帰ってくるまで、私と昔教えた事の復習をしてみましょうか?霊夢」

945ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:08:24 ID:CWP4DxYk


「――…と、いうわけで今も゙御説教゙は継続中と言うワケなのよ」
 ――――そして時間は過ぎ、もうすぐお昼に迫ろうとしている時間帯。
 ルイズたちの荷物を橙と共に持って帰ってきた八雲藍は、ルイズから何が起こったのか聞かされた。
 彼女たちのすぐ近くでは、今も閉じた扇子を片手に持つ紫が拗ねたように顔を晒している霊夢に説教している。
 最初は昨晩の博打において、巫女としての勘の良さを博打で使ってボロ儲けした事について話していた。

 そこから次第に発展して、ルイズや魔理沙にデルフからこの世界での彼女の不躾な行動を聞き出し、
 それを説教のネタにして長々と喋り続け、かれこれ藍と橙が戻ってきてからも彼女の゙御説教゙は続いていた。
 今はルイズから部屋に隠していたお菓子を無断で食べたことについての説教をされているところである。

「…大体、貴女は普段から巫女としての心を持たないから…そうやって安易に手を出しちゃうのよ」
「むぅ〜…だってあのチョコサンド、凄く美味しそうだったのよ?それをすぐに食べないなんて勿体ないじゃない」
「その食い意地だけは認めますけど、やっぱり貴女はまだまだ経験不足なのねぇ」

 そんな二人の説教…と言うにはどこか緩やかさが垣間見えるやり取りを眺めつつ、
 ルイズから事のあらましを聞き終えた八雲藍は呆れた…とでも言いたいかのように天井を一瞥した後、その口を開く。  
「成程、帰ってきたときに見た時はかなり驚いたが……まぁ身から出た錆と言う奴だな」
「まぁ、アンタの言葉は外れてはいないわね。…それにしても、あのレイムがあんな大人しくなるなんて」
 重い荷物を担いで戻ってきた彼女はベットに腰かけながら、横で話してくれたルイズに向けて開口一番そう言ってのける。
 ついでルイズもそれに同意するかのように頷き、あの霊夢がマジメに説教を受けている事に驚いていた。
 何せ召喚してからといもの、傍若無人かつそれなりに強かった博麗霊夢が借りてきた猫の様に小さくなっている。
 召喚してからというものほぼ彼女と一緒に過ごし、彼女がどういう人間なのか知ったルイズにとって意外な発見であった。

「ルイズの言う通りだな。アイツなら誰が相手でも居丈高な態度を見せるもんだとばかり思ってたが…」
 更に…自分よりも霊夢と一緒にいた回数が多いであろう魔理沙もルイズと同じような反応を見せている。
 きっと彼女も、大人しく紫の説教を受けている霊夢の姿なんて一度も見たことがないのだろう。
 今はその両腕で抱えているデルフも鞘から刀身を出して、魔理沙に続くようにして喋りはじめる。
『まぁレイムのヤツには丁度いいお灸になるだろ。…それで性格が直るワケはないと思うがな』
「そりゃーあの博麗霊夢だからねぇ、むしろあの性格は死ぬまで直らないんじゃないかなー」
 やや鼓膜に障る程度の喧しい金属音混じりの言葉に、今度は式の式である橙がクスクスと笑いながら言う。
 先ほど藍と一緒にルイズの荷物を持って帰って来た彼女は、叱られている霊夢の姿を見てざまぁ見ろとでも思っているのだろうか?
 まぁさっきまで散々掴まれられたり文句を言われたりもしていたので、まぁそういう気持ちになっても仕方ない。
 そう思っているのか藍も彼女を窘める事はせず、見守る事に徹していた。

 そんな橙は今、紫が来るまで来ていた洋服ではなく霊夢達が見慣れている赤と白が目立つ服に着替え直している。
 元は変装用にと藍が服を与えたのだが、今回の説教で紫から甘やかしてると判断されて没収されていた。
 まぁ元々着ていた服も一部分を除けば洋服であるし、尻尾と耳をどうにか隠せれば何とか誤魔化せるだろう。
 藍ならば自分の力でそれ等を極小に縮める事は出来るが、まだまだ力不足な橙にそれ程の芸当はできない。
 その為荷物を取りに行った時はフードつきのコートを頭からすっぽり被り、上手く隠して日中の街中へと出ていた。
 ただ本人曰く…「帰るときには気絶しそうなくらい暑かった」とも言っていたが…。

946ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:10:26 ID:CWP4DxYk
「あの服なら尻尾をスカートの中に入れてても痛くなかったし、便利だったのにな〜…」
「確かに…あんなコートを頭から被って真夏日の街中で出るなら、あの服を着ていく方がいいと思うぜ」
『だな。夏真っ盛りの今にあんなん着てて歩いたら、その内日射病でバタンキューだ』
 橙が羽織り、今は入口の傍に設置されているコートハンガーに掛けられているそれを見て、魔理沙とデルフも頷くほかない。
 あれを着れば確かに耳と尻尾は隠れるのだろうが、間違いなく体中から滝の様な汗が流れるのは間違いないだろう。
 何せ外は涼しい格好をした平民たちもしきりに汗を流し、日射病で倒れぬようしきりに水分補給をする程の暑さ。
 それに加えて狭い通りを大勢の人々が歩き回ってるのだ。汗をかかない方が明らかにおかしいのである。
 当然、橙の傍にいて彼女の様子を見ていた藍も魔理沙と同じことを思っていたようで、腕を組んで悩んでいた。
「う〜ん、私は甘やかしたつもりはないのだがなぁ。ただ、あの子の事を思って服を用意しんだが…」
「そういえば、甘やかす側は偶に違うと思いつつも他の人から見ると甘やかしてるって見える時があるらしいわね」
 真剣に悩んでいる彼女の姿を見て、ルイズは現在行方知れずの二番目の姉との優しい思い出を振り返りつつ、
 常に厳しくキツい思い出しかない一番目の姉が彼女に言っていた言葉を思い出していた。

 そんな風にして四人と一本が暇を潰している間、いよいよ霊夢と紫の楽しい(?)お話が終わろうとしていた。
「…まぁその分だとあまり反省してなさそうだけど…これに懲りたらちょっとは自分を見直しなさい。いいわね?」
「そんなの…分かってるわよ。何かしたら一々アンタの説教を聞くのも億劫だし」
 長い説教をし終えた紫は最後にそう言って、目を逸らしつつも大人しく話を聞いていた霊夢へ説教の終わりを告げる。
 対する霊夢も相変わらず顔を横に反らしたまま捨て台詞を吐いてから、クルッと踵を返して紫に背を向けてしまう。
 一目見ただけでご立腹な巫女の背中に、紫は苦笑いしつつ彼女の左肩にそっと自分の左手を乗せた。
 ついで、幾つものスキマを作り出せるその指で優しく撫でられると流石の霊夢も何かと思ってしまう。
「まぁ貴女は貴女でちゃんと頑張っているし、人間っていうのは叱られてこそ伸びるものよ」
 そんな彼女へ、紫はまるで教え子を諭す教師になったかのような言葉を送る。
 さっきまであんなに説教してきたというのに、しっかりフォローを入れてきたスキマ妖怪に霊夢は思わず彼女の方へ顔を向けてしまう。
 そして自分だけでなく、それを傍目で眺めていたルイズと魔理沙もそちらの方へ顔を向けているのにも気づいていた。

 途端に何か、得体のしれぬ気恥ずかしさで頬に薄い赤色が差した巫女はそれを誤魔化すように紫へ話しかける。
「……その言葉と、今私の肩を撫でまわしてる事にはどういう関係があるのよ」
「あら?肩じゃなくて頭のほうが 良かったかしら。昔みたいに…」
「まさか……もう子供じゃああるまいし」
 そう言って霊夢は右手で紫の左手を優しく肩から離して、もう一度踵を返して今度は紫と向き合う。
 既に気恥ずかしさは何処へと消え去り、いつもの調子へと戻った彼女は腰に手を当ててご立腹な様子を見せている。
「第一、ルイズや式はともかくとして魔理沙のヤツがいる前で昔の事なんか言わないでよ。からかいの種になるんだからさぁ」
「おぉ、こいつはひどいなぁ。私だけのけものかよ」
「でも不思議よね?霊夢の『ともかく』って実際は『どうでもいい』って事だからあんまり嬉しくないわ」
「まぁその通りだな」
『でもぶっちゃけ、この巫女さんに関われるよかそっちの方が幸せな気がするとオレっちは思うね』
 自分の言葉に続くようにして魔理沙とルイズ、それに藍とデルフが相次いで声を上げる。
 その光景に紫がクスクスと小さく笑いつつ、キッと三人と一本を睨み付ける霊夢へ話を続けていく。

947ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:12:28 ID:CWP4DxYk
「あら?そうは言っても過去は否定できませんわよ。今も私の頭の中には、幼少期の可愛い貴方の姿が…」
「だーかーらー!!昔のことは言わないでって言ってるでしょうが!」
「あぁ〜ん、ダメよ霊夢ぅ〜!公衆の面前よぉ〜」
 今となっては相当恥ずかしい昔の思い出を掘り返されたことに、霊夢は紫へ怒鳴りながら迫っていく。
 紫自身も慣れたもので、今にも掴みかからんとする妖怪退治の専門家に対しての余裕っぷりを見せつけている。

 一方で霊夢からのけもの扱いされた魔理沙は、紫の口からきいた意外な事実にほぉ〜…と感心していた。
 彼女としてもあの博麗霊夢がどのような幼少期を過ごしたのか気になってはいたが、それを聞いたことが無かったのである。
 以前ふとした時に思いついて聞いてみたのだが上手い事はぐらかされてしまい、聞けずじまいであった。
 妖精や天狗たちの噂で、自立できるまであの八雲紫が世話をしていたという話は耳にしていたが、あまり信用してはいなかった。
 だが、その噂の中に出てくる大妖怪本人が言った事ならば…まぁちょっとは信用できるだろうと思うことができた。
「へぇ〜、やっぱ噂は本当だったんだな。幼い頃の霊夢と一緒に過ごしたっていうのは」
 魔理沙がそう言うと、紫と同じく幼少期の霊夢を知る藍が「…まぁ事実だしな」と主人の言葉が正しいと証明する。
「まぁ我々からしたらほんの一瞬であったが、幼いアイツへ紫様が直々に色んな事を教えていたのは覚えてるよ」
「へぇ〜…それって意外ねぇ?あんな他人に冷たいレイムにそんな過去があるなんてね」
『どんなに冷酷、狡猾、残酷な人間でも乳飲み子や物心ついたばかりの時ってのは可愛いもんなんだぜ?』
「ちょっとデルフ、まるで私が犯罪者みたいな事言ってたら刀身にお札貼り付けて封印してやるわよ」
 藍からの証言を聞いたルイズは自分の使い魔の意外な過去に驚き、デルフがとんでもない事を言ってしまう。
 そして変に耳の良い霊夢がすかさず釘を刺しに来ると、彼はプルプルと刀身を震わせて笑っている。
 これまで何度も同じような脅し文句を言われてきたのだ、彼女が冗談混じりで言っているのかどうか分かっているようだ。
 実際霊夢自身も半分程冗談で言ったので、それを読み取って笑っているデルフに「全く…」と苦笑するしかない。

「すっかり慣れちゃってるわね。この喧しい魔剣モドキは…ったく」
 そう言いながら彼女は魔理沙が抱えている彼の元へ近づくと、中指の甲で軽く鞘の部分を勢いよく叩いた。
 カンカン…という軽い音ともに鞘は僅かに揺れ、またも刀身を震わせたデルフが霊夢に向かって言葉を発する。
『おっ…と!鞘はもっと大事に扱ってくれよな、それがなきゃオレは黙れないし一生抜身のままなんだぜ』
「別にアンタがそうなら構わないわよ。だって私はアンタじゃないんだしね」
『こいつは手厳しいや。こりゃ暫くは黙っておいた方が身のためだね』
「あら?アンタも大分懸命になったようね。感心感心」
 互いに軽口で返した後で霊夢は微笑み、デルフもまた笑うかのようにまた自らの刀身を震わせた。
 偶然だったかもしれないが、デルフのお蔭で部屋に和やかな空気が戻った後…思い出したように魔理沙が口を開く。

「まぁアレだな。これを機に霊夢も昔の可愛い自分を思い出して私達に優しくしてくれればそのう―――…デデデデッ!」
 空気が和んだところで、通り過ぎたばかりの地雷原へと突っ込んだ魔理沙の頬を霊夢が容赦なく抓った。
 デルフを持っていたことが災いしてか、避けるヒマもなく攻撃を喰らった彼女の目の端へ一気に涙が溜まっていく。
 対して霊夢の表情は先ほどの微笑みを浮かんだまま止まっており、それが異様な雰囲気を作り出している。
「それ以上口にしたら、アンタにはもう一度痛い目に遭ってもらうわよ。いいわね?」
「も、もうとっくにされてる…ってア…ダァッ!」
「ちょっとレイム、マリサを擁護するつもりは無いけれどこれ以上騒がしくしたらスカロンたちが起きちゃうわよ」
 自分の過去を茶化そうとする黒白に個人的制裁を加える霊夢に、流石のルイズが止めに入った。

948ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:14:24 ID:CWP4DxYk
 今までちょっとだけ忘れていたが、一応この階では今夜の営業に備えてスカロンやジェシカ達が寝ているのである。
 もしも変に騒ぎ過ぎて起こしてしまえば、怒りの形相でこの部屋へ殴りこんでくるかもしれない。
 人間の中には寝ている途中に起こされる事を極端に嫌い、憤怒する者たちがいる事を彼女は知っているのだ。

 しかし、そんな理由で少し慌てているルイズにそれまで黙っていた紫が「あら、それは大丈夫よ」と言葉を発した。
「こんな事もあろうかと、この部屋の中だけ静と騒の境界を弄っておいたから多少騒いでも問題ないわ」
 紫の発したその言葉に「え?」と言いたげな表情を向けたルイズは、意味が良く分からなかった為に彼女へ質問する。
「つまり…それって霊夢を特に止める必要は無いって事?」
「まぁ、そうなるわね。あくまでも多少だけど」
 自分の質問に対する紫の答えを聞いた後、ルイズはもう一度霊夢達の方へ顔を向けて言った。

「………というわけよ。だから…まぁ程々にしてあげてね」
「いや、ルイズ…程々って―――イダダダダダタァッ…!」
 あっさりとルイズに見捨てられた魔理沙は彼女へ向けて右手を差し出そうとするが、
 それを許さない霊夢の容赦ない攻撃によって宙を乱暴に引っ掻き回し、涙目になって悲鳴を上げてしまう。
 そんな彼女の左腕の中に抱えられたデルフは鞘越しの刀身を震わせていたが、それは恐怖から来る震えであった。
 ――やっぱり今の『相棒』はとんでもなくおっかないと、そんな再認識をしながら。

 その後、魔理沙が解放されたのは一、二分ほど経った後だった。
 流石にこれ以上耐えるのは無理と判断したのか、両手を上げて霊夢に降参を伝えると彼女はあっさりと手を放したのである。
「まぁこんだけやればアンタも今だけは懲りてるだろうし、なにぶん私の手がつかれちゃうわ」
「……機会があったら、是非とも昔の事を話してもらいたいぜ」
 抓られていた頬を押さえる涙目の魔理沙がそう言うと、霊夢は「まぁその内ね」と彼女の方を見ずに言葉を返す。
 最も、彼女の言う「その内」というのはきっと…いや絶対に訪れることは無いのだろう。
 そう確信した魔理沙はいずれ紫本人から話を聞いてみようと思いつつ、
 頬を抓ってくれた霊夢と共犯者のルイズには、いずれとびっきりの『お返し』をしてやろうと心の中で固く誓った。

 さっきあれ程酷い事をしたというのに平然としている霊夢に、心の中で何かよからぬ事を企んでいそうな魔理沙。
 そんな二人をベッドに腰掛けて見つめるルイズは、相変わらず仲が良いのか悪いのか良く分からない彼女たちにため息をついてしまう。
 思えばこんな二人と同じ部屋で暮らして寝ている何て事、一年前の自分には想像もつかない事だろう。

 あの頃は『ゼロ』という不名誉な二つ名と共に苛められて、何度挫けそうになりながらも必死に頑張っていた。
 実家から持ってきた荷物の中に入っていたくまのぬいぐるみと、それに付いていたカトレアからの手紙だけを頼りに文字通り戦ったのである。
 ――『あなたならできるわ。自分を信じて』という短い一文は、自分に戦えるだけの活力を与えてくれた。
 それから一年後の春。今こそ見返してやろうと挑戦した使い魔召喚の儀式を経て―――ご覧の有様となったわけである。 
(何度も思ってきたけど、ハルケギニアの中でこれ程波乱万丈な青春を過ごしてる女の子何て私ぐらいなものなんじゃない?)
 今やこのハルケギニアと繋がってしまった異世界での異変を解決する側となったルイズは、思わず我が身の不幸を呪ってしまう。
 確かに使い魔は召喚できたのだが、始祖ブリミルは一体何の因果で自分に霊夢みたいな巫女を押し付けてきたのだろうか?
 更にそれから暫くして今度は彼女の世界へ連れ去られ、ワケあって魔理沙という騒がしい魔法使いとも暮らしていく羽目になってしまった。

(あの二人の相手をするだけでも忙しいのに、しまいには私があの『虚無』の担い手なんてね…)
 そして、どうして自分が始祖の使いし第五の系統の担い手として選ばれたのか…?
 『虚無』に覚醒して以降、これまで何度も思った疑問を再び思い浮かべようとした直前、
 それまで三人を無視して自分の式から長い長い話を聞いていた紫の声が、思考しようとするルイズの耳の中へと入ってきた。

949ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:16:33 ID:CWP4DxYk
「ふふふ…どうやら私が顔を見せていない間に、随分と進展があったようねルイズ。それに霊夢も、ね」
 明らかに自分へ向けられたその言葉に気づくまで数秒、ハッとした表情を浮かべたルイズが声のした方へと顔を向ける。
 案の定そこにいたのは、何やら満足気な笑顔を浮かべて自分を見下ろす紫の姿があった。
 
「この世界で伝説と呼ばれている『ガンダールヴ』の力に、系統魔法とは違う第五の系統『虚無』の覚醒。
 私の思っていた通り、霊夢を使い魔として召喚しただけの力量はちゃんと持っていたという事なのね」

 閉じた扇子で口元を隠し、笑顔で話しかけてくる紫にルイズは多少困惑しつつも「あ、当たり前じゃない」と弱々しく言葉を返す。
「この私を誰だと思って…って本当は言いたいところだけど、正直『虚無』の事は喜んでいいたのかどうか…」
「…?珍しいわねルイズ。いつものアンタなら胸を張って喜ぶだろうって思ったのに…紫が褒めたからかしら」
「早速失礼な事を言ってくる霊夢は置いておいて…確かに彼女の言うとおり、もう少し胸を張ってもバチは当たらないと思うわよ?」
 さっき叱られたばかりだというのにいきなり自分に喧嘩を売ってくる霊夢に肩を竦めつつ、紫はルイズにそう言ってあげる。
 『虚無』に目覚め、アルビオン艦隊を焼き払ってこの国を救った人間にしては、ルイズはやけに謙虚であった。
 アンリエッタから無暗な公表は避けろと言われてるからなのだろうが…、そうだとしても変に謙虚過ぎる。
 
 霊夢の言うとおり、いつもの彼女ならば前もって自分がどういう人間なのか知っている彼女や紫に対して、
 「どう、スゴイでしょ?」とか「ようやく私の時代が来たわ!」とか強気になって言いそうなモノなのだが……。
「今まで苛められてた分を強気になってやり返してやろう…とかそういう事言いそうだと思ってたのに」
「失礼ね、私がそんな事すると思ってたの?…っていうか、姫さまに公にするよう禁止されてるからどっちにしろ不可能だし」
 勝手な自分のイメージを脳内で組み立てていた霊夢を軽く注意した後で、ルイズは他の皆に向かってぽつぽつと喋り始めた。
 それは『虚無』の担い手として覚醒し、初めて『エクスプロージョン』詠唱から発動しようとした時の事である。

「レイム、マリサ。私がタルブ村でアルビオンの艦隊に向けて『エクスプロージョン』を放った時のこと、憶えてる?」
 突然話題を振ってきたルイズに霊夢と魔理沙は互いの顔を一瞬見遣った後、二人してルイズの方へ顔を向けて頷く。
 あれから少し経ったが、今でもあの村で感じたルイズの力はそれまで感じたことがない程のものであった。
 それまで彼女の失敗魔法を幾度となく見てきた霊夢でさえも、魔法を発動する直前に思わず身構えてしまったのである。
 極めつけはあの威力、魔理沙もそうだがあの小さな体のどこにあれだけの爆発を起こせる程の力があったのだろうか。

「正直あれは驚いたわね。まさか土壇場であんな魔法をぶっつけ本番で発動して片付けちゃうなんてね」
「全くだぜ。おかげで私の活躍する機会が無くなってしまったが…まぁその分あんな爆発魔法を見れたから十分満足してるよ」
「成程。魔理沙はともかくとして、霊夢ともあろう者がそれ程感心するのならさぞやすごい魔法なのでしょうね」
 思い出していた霊夢に魔理沙も同調して頷くと、藍から『虚無』の事を聞いたばかりの紫は興味深そうな表情を見せている。
 まだ実物を見ていない為に詳しい事は分からないが、あの霊夢と魔理沙が多少なりとも感心しているのだ。
 是非とも近いうちに生で見てみたいと思った紫は、尚も浮かばぬ表情をしているルイズの方へと顔を向けて話しかける。
「でも見た所、貴女自身はその『エクスプロージョン』という魔法を、あまり撃ちたくはなさそうな感じね」
「…姫さまの前では虚無の力を役立てたいって言ったけど、またあれだけの規模の爆発を起こせと言われたら…ちょっとね」
 アルビオンの艦隊を飲み込んだあの光が脳裏に過らせて、ルイズは自分の素直な気持ちを彼女へ伝える。

 ふとある時、ルイズは口にしないだけでこんな事を考えるようになった。
 もしもアンリエッタの身か…トリステインに大きな危機が訪れるというのならば、止むを得ず虚無を行使するかもしれない。
 しかし、そうなれば次に唱えて発動する『エクスプロージョン』は何を飲み込み…そして爆発させるのだろうか?
 そして何よりも怖いのは―――タルブの時と同じように上手く『エクスプロージョン』を操れるかどうかであった。

950ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:18:36 ID:CWP4DxYk
「何だか怖くなってきたのよ。もしも次に、あの魔法を使う時には…タルブの時みたい上手ぐコントロール゙できるのか…って」
「あら?それは初耳ね」
 顔を俯かせ、陰りを見せるルイズの口から出た言葉に紫はすかさず反応する。
 先ほどの藍の話では『エクスプロージョン』の事は出たが、その中に彼女が口にした単語は耳にしていなかった。
 しかし霊夢にはルイズの言う事に少し心当たりがあったのか、以前デルフが言っていた事を思い出す。

 ――あぁ…―――まぁそうだなぁ〜…。娘っ子が『虚無』を初めて扱うにしても、手元を狂わせる事は…しないだろうなぁ

 ――不吉って言い方は似合わんぜマリサ。もし娘っ子が『エクスプロージョン』の制御に失敗したら…

 ―――――俺もお前らも、全員跡形も無く消えちまう…文字通りの『死』が待っているんだぜ?

 エクスプロージョンを唱えていたルイズを前にして、あのインテリジェンスソードはそんなおっかない事を言っていた。
 その後、しっかりと発動できたルイズを見て少々大げさだったんじゃないかと思っていたが…。
 まさか彼の言う通り、下手すればルイズがあの魔法のコントロールに失敗していた可能性があったのだろうか。
 今更ながらそう思い、もしも゙失敗しだ時の事を想像して身震いしかけた霊夢はそれを誤魔化すようにデルフへ話しかける。
「ちょっとデルフ、アンタあの時…ルイズの『エクスプロージョン』が制御に失敗したらどうとか言ってたけど…まさか――」
『あぁ、みなまで言わなくても言いたい事は分かるぜ?』
 霊夢の言葉を途中で遮ったデルフは、自身が置かれているテーブルの上でカチャカチャと音を鳴らしながら喋り始めた。

『お前さんと娘っ子が考えてる通り、確かにあの『エクスプロージョン』は下手すると制御に失敗してたと思うぜ?
 何せ体の中の精神力――まぁ魔力みたいなもんを一気に溜め込んで、発動と共にそれを大爆発に変換するからな。
 詠唱して十秒も経ってないのなら大した事無いがな、あの時の娘っ子みたいに長々と詠唱した後で失敗してたとするならば…
 そうだな〜、娘っ子を除くありとあらゆる周囲のモノが文字通りあの爆発に呑み込まれて、消えてただろうな。それだけは間違いないぜ』

 軽々と、まるで街角で他愛もない世間話をするかのようにデルフがおっかない事を言ってのける。
 その話を聞いていた霊夢はやっぱりと言いたげにため息を吐くと、同じく話を聞いていたルイズたちの方へと顔を向けた。
「だ、そうよ?…まぁあの魔力の集まり方からして相当危ないってのは分かってたけど…」
 話を聞き終わり、顔色が若干青くなっていた魔理沙とルイズにそう言うと、まず先に魔理沙が口を開いた。
「し…周囲のモノって…うわぁ〜、何だか聞いただけでもヤバそうだな」
『でもまぁ、虚無の中では初歩中の初歩だしな。詠唱してた娘っ子もそうなると分かってたと思うぜ…だろ?』
 今になって狼狽えている黒白向かってそんな事を言ったデルフは、次にルイズへと話しかける。
 デルフの意味ありげな言葉に霊夢達が彼女の方へと視線を向けると、ルイズは青くなっている顔をゆっくりと頷かせた。
「まぁ…ね。……あの時、呪文を唱え終えて…いざ杖を振り上げようとしたときにね…浮かんできたの」
「浮かんできた?何がよ?」
 最後の一言に謎を感じた霊夢が怪訝な顔をして訊ねてみると、ルイズはゆっくりと喋り始めた。
 あの時、『エクスプロージョン』を放とうとした自分には『何が視えていた』のかを。

951ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:20:25 ID:CWP4DxYk
 いざ呪文を発動しようとした時に『エクスプロージョン』どれ程の規模なのか理解したのだという。
 それは自分を中心に周囲にいる者たちを焼き払い、遥か上空にいるアルビン艦隊をタルブごと一掃する程の大爆発を引き起こすと。
 だからこそ彼女は選択した。これから解放するべき力を何処へ流し込み、そして爆発させるのかを。
 勿論その目標は頭上の艦隊であったが、そのうえでルイズは更に攻撃対象から゙人間゛を取り除いたのである。
 そこまで話したところで一息ついた彼女に、おそるおそるといった様子で魔理沙が話しかけてきた。
「じゃああの時、うまいこと船の動力と帆だけが燃えて墜落していったのって…まさかお前が?」
「えぇ、その通りよ。…ぶっつけ本番だったけど、思いの外うまくいくものなのね」
 彼女からの質問にルイズは頷いてそう答えると、あの時の咄嗟の判断を思い出して安堵のため息をつく。
 どうやら彼女自身も、そんな土壇場で良く船だけを狙って攻撃できた事に驚いているらしい。 

 以前アンリエッタの前で、この力を貴女の為に使いたいと申し出た時とはまた違う印象を感じるルイズの姿。
 やはり虚無の担い手である前に一学生である彼女にとって、人を殺すという事は極力したくないようだ。
 まぁそれは私も同じよね…霊夢はそんな事を思いながら、ベッドに腰掛けている彼女に向かって言葉を掛ける。
「にしたってアンタは大した事やってるわよ?何せあれだけの爆発魔法を使っておきながら、船だけを狙ったんだから」
「そうそう…って、ん…んぅ?」
 突如、あの博麗霊夢の口から出た賞賛の言葉で最初に反応したのは、言葉を掛けられたルイズ本人ではなく魔理沙であった。
 思わず相槌を打ったところでその言葉を霊夢が言ったことに気が付いたのか、丸くなった目を彼女の方へと向けてしまう。
 黙って話を聞いていた藍と橙もまさかと思っているのか、怪訝な表情を浮かべている。
 ただ一人、八雲紫だけは珍しく他人に肯定的な言葉をあげた霊夢を見てニヤついていた。

「え…う、うん…?ありがとう…っていうかどうしたのよ、急に褒めたりなんかして?」
 そして褒められたルイズもまた魔理沙たちから一足遅れて反応し、怪訝な表情を浮かべて聞いてみる。
 基本他人には冷たい言葉を向ける彼女が、どういう風の吹き回しなのだろうかと疑っているのだ。
 そんなルイズから思わず聞き返されてしまった霊夢は「失礼するわね」と少し怒りつつも、そこから言葉を続けていく。

「特に深い意味なんて無いわよ。…ただ、アンタはあの時ちゃんと自分の力をコントロールして、船を落としたんでしょ?
 そりゃ失敗した時のもしもを聞いて青くなったりしたけど、そこまでできてたんなら心配する必要なんか無いでしょうに。
 アンタはしっかりあの『虚無』をちゃんと扱えてたんだし、変にビクついてたらそれこそ次は失敗するかも知れないじゃない」

 霊夢の口から送られたその言葉に、ルイズはハッと表情を浮かべて彼女の顔を見つめる。
 いつもみたいにやや厳しい口調ではあったが、要点だけ言えばあの時『虚無』をうまく扱えたと彼女は言っているのだ。
 珍しく他人である自分を褒めた霊夢に続くようにして、目を丸くしていた魔理沙もルイズに言葉を掛けていく。
「まぁちょっと意外だったが、霊夢の言うとおりだぜ?自分の力なのに使う度に一々ビクビクしてたら、気が持たないしな」
「…あ、ありがとう。励ましてくれて…」
 あの魔理沙にまで言葉を掛けられたルイズは、気恥ずかしそうに礼を言うとその顔を俯かせる。
 まさか霊夢だけではなく、あの魔理沙にまで優しい言葉を掛けられるとは思っていなかったルイズは嬉しいとは感じていたが、
 二人同時に優しくされるという事態に今夜は雨どころか、雪と雷とついでに槍まで降ってくるのではないかと思っていた。
 そんな三人のやり取りを少し離れた位置で眺めていたデルフも、カチャカチャと刀身を揺らしながら彼女に言葉を掛ける。

『まぁ初めてにしちゃあ上々だったぜ。味方はともかく、敵の命まで奪わないっていう芸当何て誰にでもできることじゃない。
 そこはお前さんの隠れた才能があったからこそだと思うし、ちゃんと目標を決めて魔法を当てたってのは大きいぜ?
 娘っ子、お前さんにはやっぱり『虚無』の担い手として選ばれる素質がちゃんとあるんだ。そこは確かだと思っといてくれ』

952ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:22:45 ID:CWP4DxYk

「……もう、何なのよさっきから?揃いも揃って私を褒め称えてくるだなんて」
 デルフにまでそんな事を言われたルイズの顔がほんのり赤くなり、それを隠すように顔を横へと向ける。
 しかし、赤くなった顔は薄らと笑っており、霊夢達は何となく彼女が照れているのだと察していた。
 そんな微笑ましい光景を目にしてクスクスと笑いながら、紫は同じく静観していた藍へと小声で話しかける。
「ふふ…どうやら私が思っていたより、仲が良さそうで安心したわ」
「ですね。霊夢はともかくあの霧雨魔理沙とあそこまで仲良く接するとは思ってもいませんでしたが…」
 主の言葉に頷きながら、藍もまたルイズと仲良く付き合っている二人を見て軽い驚きを感じていた。
 照れ隠しをするルイズを見てニヤついている魔理沙と、顔を逸らした彼女を見て小さな溜め息をついている霊夢。
 そして鞘から刀身を出したまま三人を見つめるデルフという光景に、不仲な空気というものは感じられない。
 
 先程ルイズから聞いた話では大切にとっておいたお菓子を食べられたとかどうかで揉み合いになったらしいが、
 そこはあの喋る剣が上手い事彼女を説得して、何とかやらかしてしまった霊夢達と和解させたのだという。
 剣とはいえ伊達に長生きはしてないという事なのだろう。彼曰く自身への扱いはあまりよろしくないらしいが。
「ちょっとは心配してたけど、今のままなら異変が解決するまで不仲になる事はないと思うわね」
「仰る通りだと……あっ、そうだ!紫様、少々遅れましたが…これを」
 まるで成長した我が子を遠い目で見るような親のような事を言う紫の「異変解決」という言葉で何か思い出したのか、
 ハッとした表情を浮かべた藍は懐に入れていた一冊のメモ帳を取り出し、それを紫の方へと差し出した。
 最初は何かと思った紫は首を傾げそうになったものの、すぐに思い出しのか「あぁ」とそのメモ帳を手に取った。
「ご苦労様ね、藍。いつまで経っても渡されないから、てっきりサボってたものかと思ってたわ」
「滅相もありません。紫様が来てから少しドタバタしました故、渡すのが遅れてしまいました」
「あら、頭を下げる必要は無いわ。私だって半分忘れかけてたもの」
 紫はそう言って手に取ったメモ帳をパラパラと捲ると、偶然開いたページにはハルケギニアの大陸図が描かれていた。
 その地図にはハルケギニアの文字は見当たらず、紫にとって見慣れた漢字やひらがなで幾つもの情報が記されている。

 国や地方、そして各街町村の名前まで……。
 紫の掌より少しだけ大きいメモ帳に『びっしり』と、それこそ虫眼鏡を使えば分からぬほどに。

 王立図書館に保管されている大陸図と比べると怖ろしい程精密であったが、見にくい事このうえない大陸図である。
 もしもここにその大陸図が置いてあれば、紫は迷うことなくそちらの方を手に取っていただろう。
 一通り目を通した紫はメモ帳を閉じると、ニコニコと微笑みながら藍一言述べてあげた。
「藍…書いてくれたのは嬉しいけどもう少し他人に分かるように書いてくれないかしら?」
「すみません、書いてる途中に色々調べていたら恥ずかしくも知的好奇心が湧いてしまいまして…」
 申し訳なさそうに頭を下げた藍にため息をついた後、気を取り直して紫は他のページも試しに捲ってみる。
 その他のページにはハルケギニアで広く使われているガリア語で書かれた看板等を書き写し等、
 一般の人から聞いたであろ与太話やその国のちょっとした事に、亜人達のおおまなかスケッチまで描かれている。
 特に魔法関連に関しては綿密に記されており、貴族向けの専門書と肩を並べるほどの情報量が載っていた。

 最初に見た地図を除けば、自分のリクエスト通りに藍はこの世界の情報を収集していた。
 その事に満足した紫はウンウンと満足気に頷くと、こちらの言葉を待っている藍へと話しかける。

953ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:24:26 ID:CWP4DxYk
「…まぁ概ね良好の様ね。…しかも、この世界の魔法については結構調べてるんじゃないの?」
「はい。この世界の魔法は広く普及しています故、情報収集には然程時間はかかりませんでした」
「それにしてもこの短期間で良く調べたられたわ。さすが私の式という事だけあるわね」
「いえ、滅相も無い。紫様が渡してくれたあの『日記』があったからこそ、効率よく進められたものです」
 藍はそう言って視線を紫からベッドの下、その奥にある一冊の本へと向ける。
 今から少し前…霊夢達の居場所を把握し紫が連れ帰った後、藍もまた幻想郷に呼び戻されていた。
 暇してただろうから…という理由で博麗神社の居間に座布団を用意した後、紫直々にあの『日記』渡されたのである。

 その『日記』こそ、とある事情でアルビオンへと赴いた霊夢がニューカッスル城で手に入れた一冊。
 本来ならハルケギニアには存在しない日本語で書かれた、誰かが残したであろう『日記』であった。
――『ハルケギニアについて』…?紫様、これは…
 霊夢と侵食されていた結界へ応急処置を施した後、彼女の見ていない場所で藍はその『日記』を渡された。
 表紙の日本語で書かれた見慣れぬ単語が、あの異世界のものだと知った彼女を察して、紫は先に口を開いて行った。
―――霊夢が召喚したであろう娘の部屋に置いてたわ…後は喋る剣もあったけど、そっちは私が調べておくわ
 そう言って彼女は右手に持っていた剣――デルフリンガーを軽く揺すってみせた。
 その後、藍をスキマでハルケギニアに戻した紫は霊夢とまだ狼狽えていたルイズから詳しい話を聞き出す事となった。
 異世界人であり、尚且つ学生としても優等生であろう彼女のおかげであの世界についての大まかな事はわかったらしい。

 しかし所詮は一個人だ。あの世界の事を全て知っているという事はないだろう。
 だから藍は橙と共にハルケギニアに居続け、現在も情報収集を継続して行っている。
 『日記』のおかげで国や地方の名前も比較的速くに分かったし、何より危険な情報も事前に知る事ができた。
「あの『日記』のおかげで、この世界では危険視されている亜人と下手に接触せずに済んだのは良い事だと私は思ってます」
 亜人のスケッチを興味深そうに眺めている紫を見て、藍は苦虫を噛み砕くような顔で呟く。
「あら?このオーク鬼やコボルドはともかく、翼竜人…や吸血鬼なんかとは話が通じそうな感じだけど…」
「とんでもありません。ハッキリ言って、彼奴らの宗教観では我々妖怪との共存も不可能ですよ」
 スケッチに書かれている翼人を目にして、藍はゲルマニアの山岳地帯で奴らに追いかけ回された事を思い出してしまう。
 最初は人の姿をして友好的なコミュニケーションを取ろうとしたが、かえってそれが仇となってしまったのである。

 悠々と大きな翼を使って飛ぶ翼人たちが自分に向けてどんな事を言ったのかも、無論覚えていた。
―――立ち去れ下等な人間よ。さもなくば我々は精霊の力と共にお前の命を奪って見せようぞ
 こちらの言葉に全くを耳を貸さない姿勢に、あの地面を這う虫を見るかのような見下した表情と目つき。
 きっと自分が来る以前に、大勢の人間を殺してきたのだろう。それこそ畑を荒らす虫を踏みつぶすようにして。

954ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:26:24 ID:CWP4DxYk
「まぁ無理に波風立てる必要は無いと思い戦いはしませんでしたが、あんな態度では人との共存など不可能かと…」
「そう。……あら?」
 命からがら逃げた…というワケでもない藍からの話を聞いていた紫は、ふとルイズ達の方で騒ぎ声がするのに気が付いた。
 先ほどまで和気藹々とルイズを褒めていた二人の内魔理沙が、何やら彼女と揉め事になっているらしい。
 …とはいっても、その内容は至ってシンプルかつ非常に阿呆臭いものであった。

「だから、私の虚無が覚醒した記念とやらで飲み会をしたい気持ちは分かるけど…何で私がアンタ達の酒代まで負担しなきゃいけないのよ!」
「まぁ落着けよルイズ、そう怒鳴るなって」
 先ほど照れていた時とは打って変わり、顔を赤くして怒鳴るルイズに魔理沙は両手を前に突き出して彼女を宥めようとする。
 彼女の言葉が正しければ、恐らくあの魔理沙が持ち金の無い状態で今夜は一杯…とでも言ったのだろう。
 ルイズもまぁ、それくらいなら…という感じではあるが、どうやらその酒代に関して揉めているらしかった。
「何もお前さんにおごらせるつもりはないぜ?ちょっとの間酒代を貸してもらうだけで……―――」
「だーかーらー!結局それって、私のなけなしの貯金を使って飲むって事になるじゃないの!」 
 とんでもない事を言う魔理沙を黙らせるようにして、ルイズは更なる怒号で畳み掛けていく。
 すぐ傍にいる霊夢は思わず耳を塞ぎ、至近距離で怒鳴られた魔理沙はうわっと声を上げて後ろに下がってしまう。
 しかし、幻想郷では霊夢に続いて数々の弾幕を潜り抜けてきた人間とあって、それで黙る程大人しくはなかった。

 思わす後ずさりしてしまった魔理沙はしかし、気を取り直すように口元に笑みを浮かべる。
 まるで我に必勝の策ありとでも言いたげな顔を見てひとまずルイズは口を閉じ、それを合図に魔理沙は再び喋り出す。
「なぁーに、昨日の悪ガキに奪われた金貨を取り返せればすぐにでも返してやるぜ。やられっ放しってのは性に合わないしな」
「…!魔理沙の言う通りね。忘れてたけど、このままにしておくのは何だかんだ言って癪に障るってものよ」
 彼女の言葉で昨晩の屈辱を思い出した霊夢の『スイッチ』が入ったのか、彼女の目がキッと鋭く光る。
 思えば…もしもあの少年をしっかり捕まえる事ができていれば、今頃上等な宿屋で快適な夏を過ごせていたはずなのだ。
 そして何よりも、自分がカジノで稼いだ大金を世の中を舐めているような子供盗られたというのは、人として許せないものがある。

「今夜中にあの悪ガキの居場所を突きとめてお金を取り戻して、この博麗霊夢が人としての道理を教えてあげるわ!」
「その博麗の巫女として相応しい勘の良さで乱暴な荒稼ぎをした貴女が、人の道理とやらを他人に教える資格は無くてよ」
「え?…イタッ」
 左の拳を握りしめ、鼻息を荒くして宣言して霊夢へ…紫はすかさず扇子での鋭い突っ込みを入れた。
 それほど力は入れていなかったものの、迷いの無い速さで自身の脳天を叩いた扇子が刺すような痛みを与えてくる。
 思わず悲鳴を上げて脳天を抑えた霊夢を眺めつつ、紫はため息をついて彼女へ話しかける。

「霊夢?貴女とルイズ達からお金を奪ったっていう子供から、そのお金を取り戻す事に関して私は何も言わないわ。
 だけど、取り戻す以上の事をしでかせば―――勘の良い貴女なら、私が何も言わなくとも…理解できるわよね?」

「……分かってるわよ、そんくらい」
 先ほどまで浮かべていた笑顔ではなく、少し怒っているようにも見える表情で話しかけてくる紫の方へ顔を向けた霊夢は、
 流石に反省…したかはどうか知らないが、少し拗ねた様子を見せながらもコクリと頷いて見せる。
 一度ならず二度までも霊夢が大人しくなったのを見て、ルイズは内心おぉ…と呻いて紫に感心していた。
 どのような過去があるのか詳しくは知らないが、きっと彼女にとって紫は特別な存在なのだろう。
 子供の様に頬を膨らませて視線を逸らす霊夢と、それを見て楽しそうに微笑む八雲紫を見つめながらルイズは思った。

955ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:28:24 ID:CWP4DxYk
 少し熱が入り過ぎていた霊夢を落ち着かせた紫は、若干拗ねている様にも見える彼女へそっと囁いた。 
「まぁ…これからはダメだけど、手に入れちゃったものは仕方ないしね…貴女なら五日も掛からないでしょう?」
 紫が呟いた言葉の意味を理解したのか霊夢はチラッと彼女を一瞥した後、再び視線を逸らしてから口を開く。
「…う〜ん、どうかしらねぇ?この街って結構広いから…。でもま、子供のスリっていうなら大体目星が付くかも」
「お!霊夢がいよいよやる気になったか?こりゃ早々に大量の金貨と再会できそうだぜ」
「だからっていきなり今夜から飲むのは禁止よ。私の貯金だと宿泊代と食事代で精一杯なんだから」
 昨晩自分に負け星をくれた少年を捕まえ、稼いだ金貨を取り戻そうという意思を見せる霊夢。
 そんな彼女を見て早くも勝利を確信したかのような魔理沙と、そんな彼女へ忘れずに釘を刺すルイズ。
 仲が良いのか悪いのか、良く分からない三人を見て和みつつ紫は最後にもう一度と三人へ話しかける。

「霊夢…それに魔理沙。ルイズがこの世界の幻と言われる系統に目覚めた以上、この世界で何らかの動きがある事は間違いないわ。
 それが貴女たちにどのような結果をもたらすかは知らないけれど、いずれは貴女たちに対しての明確な脅威が次々と出てくる筈よ」

 紫の言葉に三人は頷き、ルイズと霊夢は共にタルブで姿を現したシェフィールドの事を思い出していた。
 あの場所で起きた戦いの後に行方をくらませているのなら、いずれ何処かで出会う可能性が高いのである。
 最初に出会った時は森の仲であったが、もし次に出会う場所がここ王都の様な人口密集地帯であれば、
 けしかけてくるであろうキメラが造り出す、文字通りの『惨劇』を食い止めなければならないのだ。

「その時、最も頼りになるのが貴女たち二人…その事を忘れずにね?無論、その時はルイズも戦いに加わってもいい。
 前にも言ったように脅威と対峙し、戦いを積んでいけばいずれは…今幻想郷で起きている異変の黒幕に辿り着く事も夢じゃないわ」

 その事、努々忘るるなかれ。最後に一言、やや格好つけて話を終えた紫は右手に持っていた扇子で口元を隠してみせる。
 これで私からの話は以上だ。…というサインは無事に伝わったのか、ルイズたちは暫し互いを見合ってから紫へと話しかけていく。
「あ、当たり前じゃない。何てったって私は霊夢を召喚した『虚無』の担い手なんだから!」
「ふふふ…貴女の事は楽しみだわ。その新しい力をどこまで使いこなせるか…結構な見ものね」
 腰に差していた杖を手に取り、恰好よく振って見せたルイズの勇ましい言葉に紫は微笑んでみせる。
「まぁ異変解決は私の仕事の内の一つでもあるしな。最後の最後で私が黒幕とやらを退治していいとこ取りして見せるぜ」
「相変わらず勇ましさとハッタリが同居してるわねぇ?でも…ルイズと霊夢の間に何かあったら、その時は頼みましたわよ?」
「そいつは任せておいてくれ。気が向いた時には私が助け船を出してあげるよ」
 頭に被っている帽子のつばを親指でクイッと上げる魔理沙に苦笑いを浮かべつつ、紫は彼女に再度『頼み込んだ』。 
 自分の手があまり届かぬこの異世界で、唯一自分の代わりに二人を手助けしてくれるかもしれない、普通の魔法使いへと。

 そして最後に、面倒くさそうな表情で紫を見つめる霊夢が口を開いた。
「まぁ…今年の年越しまでには終わらせてみせるわよ。いい加減にしないと、神社がボロボロになっちゃいそうだしね」
 恥かしそうに視線を逸らす霊夢を見て、それまで黙っていたデルフが鞘から刀身を出して喋り出した。

956ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:30:31 ID:CWP4DxYk
『まぁそう焦るなって。そういう時に限って、結構な長丁場になるって決まってんだからよ』
「誰が決めたのか知らないけど、決めた奴がいるならまずはソイツの尻を蹴飛ばしに行かないとね」
 デルフの軽口に霊夢が辛辣な言葉で返した後、そんな彼女へクスクスと紫は笑った。
 彼女にとっては初めてであろう自分以外と一緒に暮らすという体験を得て、ある程度変わったと思っていたが…。
 そこは流石に我が道を行く霊夢と行ったところか、今回の異変をなるべく早くに終わらせようという意思はあるようだ。…まぁ無ければ困るのだが。
 とはいえ、藍と霊夢達の情報を合わせたとしても…解決の道へと至るにはまだまだ知らない事が多すぎる。
 
 デルフの言うとおり、長丁場になるのは間違いないであろうが…それは紫自身も覚悟している。
 だからこそ彼女は何があっても、霊夢達の帰る場所を無くしてはならないという強い意志を抱いていた。

 例えこの先…――――自分の体が言う事を聞かなくなってしまったとしても、だ。

「じゃあ…言いたい事も言って貰いたいもの貰ったし、私はそろそろ退散するとするわ」
 そんな決意を抱きながら、ひとしきり笑い終えた紫はそう言って部屋の出入り口へと向かって歩き出す。
 手に持っていた扇子を開いたスキマの中に放り、靴音高らかに鳴らして歩き去ろうとする彼女へ霊夢が「ちょっと」と声を掛けた。
「珍しいわね、アンタが私の目の前で歩いて帰ろうとするなんて」
 首を傾げた巫女の言葉は、ルイズとデルフを除く者達もまた同じような事を思っていた。
 いつもならスッと大きなスキマを開いてその中へ飛び込んで姿を消す八雲紫が、歩いて立ち去ろうとする。
 八雲紫という妖怪を知り、比較的いつもちょっかいを掛けられている霊夢からしてみれば、それはあり得ない後姿であった。
 霊夢だけではない。魔理沙や紫の仕える藍と、彼女の式である橙もまた大妖怪の珍しい歩き去る姿に怪訝な表情を向けている。

「あら?偶には私だって地に足着けてから帰りたくなる事だってありますのよ。それに運動にもなるしね」
「そうかしら?そんな恰好してて運動好きとか言われても何の説得力も無いんだけど、っていうか熱中症になるんじゃないの?」
 怪訝な表情を向ける二人と二匹へ顔を向けた紫がそう言うと、話についていけないルイズが思わず突っ込んでしまう。
 彼女の容赦ない突込みに魔理沙が軽く噴き出し、紫は思わず「言ってくれるわねぇ」と苦笑してしまう。
 これには流石の霊夢も軽く驚きつつ、呆れた様な表情を浮かべてルイズの方を見遣った。
「アンタも、結構私よりエグイ事言うのね。…っていうか、私以外にアイツへあそこまで言ったヤツを見たのは初めてよ?」
「そうなの?ありがとう。でもあんまり嬉しくないわ」
「別に褒めちゃあいないわよ」
 そんなやり取りを始めた二人を見て、藍は「お喋りは後にしろ」と言って止めさせた。
 苦笑して部屋を出れなかった紫は一回咳払いした後、突っ込みを入れてくれたルイズへと最後の一言を掛けてあげた。

「まぁ偶には歩きたいときだって私にもあるのよ。丁度良い運動にもなって夜はぐっすり眠れるしね?
 ルイズ…それに霊夢も偶には魔理沙みたいにたっぷり外で動いて、良い夢の一つでも見て気分転換でもすればいいわ」

 ちょっと名言じみていて、全然そうには聞こえない忠告を二人に告げた紫は右でドアノブを掴む。
 外からの熱気を帯びていても未だに冷たさが残るそれを捻り、さぁ廊下へと出ようとした――その直前であった。 
「………あ、そうだ。ちょっと待って紫!」
 捻ったドアノブを引こうとしたところで、突如大声を上げた霊夢に止められてしまう。
 突然の事にルイズと魔理沙もビクッと身を竦ませ、何なのかと驚いている。

957ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:32:48 ID:CWP4DxYk
 一方の紫はまたもや部屋を出るのを止められてしまった事に、思わず溜め息をつきそうになってしまうが、
 だが何かと思って顔だけを向けてみると、いつになく真剣な様子の霊夢が自分の前に佇んでいるのを見て何とかそれを押しとどめる。
 何か自分を引きとめてまで言いたい…もしくは聞きたい事があったのか?そう思った紫は霊夢へ優しく話しかけた。
「どうしたの霊夢?そんな大声上げてまで私を引きとめるだなんて…もしかして私に甘えたいのかしら?」
「違うわよバカ。…ちょっと聞いてみたい事があるから引き止めただけよ」
「聞きたい事…?」
 ひとまず軽い冗談を交えてみるもそれを呆気なく一蹴した霊夢の言葉に、紫は首を傾げる。
 そして驚いたルイズや魔理沙、式達もその事については何も知らないのか巫女を怪訝な表情で見つめていた。
 
「どうしたのよレイム、ユカリに聞きたい事って何なの?」
 そんな彼女たちを勝手に代表してか、一番近くにいたルイズが思わず霊夢に聞いてみようとする。
 ルイズからの質問に彼女は暫し視線を泳がせた後、恥ずかしそうに頬を小指で掻きながらしゃべり始めた。
「いや、まぁ…ちょっと、何て言うか…藍には話したから知ってると思うけど、私の偽者が出てきたって話は覚えてる?」
「それは、まあ聞いたわね。でもその時は痛手を負わせて、貴女も気絶して御相子だったのよね」
 以前王都の旧市街地で戦ったという霊夢の偽者の話を思い出した紫がそう言うと、霊夢もコクリと頷いた。
「まぁ実は…それと関係しているかどうか知らないけれど…タルブで私達を助けてくれたっていう女性の話も聞いたわよね」
「それも聞いたわね。確か…キメラを相手に共闘したのでしょう?」
 霊夢からの言葉に紫は頷きつつ、彼女が何を聞きたいのか良く分からないでいた。
 いつもはハキハキとしている彼女が、こんなにも遠回しに何かを聞こうとしている何て姿は始めて見る。
 
「そういえば…確かにあの時は色々助かったわよね。結局、誰なのかは分からなかったけど」
「だな。何処となく霊夢と似てた変なヤツだったが、アイツがいなけりゃお前さんは今頃ワルドに拉致されてたかもな」
「やめてよ。あんなヤツに攫われるとか想像しただけで背すじが寒くなるわ」
 あの時、タルブへ行こうと決意したルイズと彼女についていった魔理沙も思い出したのかその時の事を語りあっている。
 しかしこの時、魔理沙が口にした『霊夢と似ていた』という単語を聞いた藍が、怪訝な表情を浮かべて霊夢へ話しかけた。
「ん?…ちょっと待て霊夢。私も始めて耳にしたぞ、どういう事なんだ?」
「…んー。最初はその事も言うつもりだったんだけど、結局この世界の人間かも知れないから言わずじまいだったのよ」
 藍の言葉に対し彼女は視線を逸らして申し訳なさそうに言うと、でも…と言葉を続けていく。
 しかし…その内容は、話を聞いていた藍と紫にとっては到底『信じられない』内容であった。

「実はさ…昨晩の夢にその女が出てきて、妖怪みたいな猿モドキを殴り殺していくのを見たのよ。
 何処か暗い森のひらけた場所で…四角い鉄の箱の様な物が周囲を照らす程の炎を上げてる近くで…
 赤ん坊の面をした黒い毛皮の猿モドキたちが奇声を上げて出てきた所で…私と同じような巫女装束を着た、黒髪の巫女が――…キャッ!」

 言い切ろうとした直前、突如後ろから伸びてきた手に右肩を掴まれた霊夢が悲鳴を上げる。
 何かと思い顔だけを後ろに振り向かせると、目を見開いて驚くルイズと魔理沙の間を通って自分の肩を掴んでいる誰かの右腕が見えた。
 そしてその腕の持ち主が八雲藍だと分かると、霊夢は何をするのかと問いただそうとする。

958ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:34:24 ID:CWP4DxYk
「こっちを向け、博麗霊夢!」
「ちょ……わわッ!」
 しかし、目をカっと見開き驚愕の表情を浮かべる式はもう片方の手で霊夢の左肩を掴み、無理矢理彼女を振り向かせた
 その際に発した言葉から垣間見える雰囲気は荒く、先程自分たちに見せていた丁寧な性格の持ち主とは思えない。
 思わずルイズと魔理沙は霊夢に乱暴する藍に何も言えず、ただただ黙って様子を眺めるほかなかった。
 橙もまた、滅多に見ない主の荒ぶる姿に怯えているのか目にも止まらぬ速さで部屋の隅に移動してからジッと様子を窺い始める。
 そして藍の主人であり、霊夢に手荒に扱う彼女を叱るべき立場にある八雲紫は―――ただ黙っていた。
 まるで機能停止したロボットの様に顔を俯かせて、その視線は『魅惑の妖精亭』のフローリングをじっと見つめている。
『おいおい一体どうしんだキツネの嬢ちゃん、そんな急に乱暴になってよぉ?』
「今喋られると喧しい、暫く黙っていろ!」
 この場で唯一藍に対して文句を言えたデルフの言葉を一蹴した藍は、未だに狼狽えている霊夢の顔へと視線を向ける。 

 一方の霊夢は突然すぎて、何が何だか分からなかったが…流石に黙ってはおられず、藍に向かって抗議の声を上げようとした。
「ちょっと、いきなり何を―――」
 するのよ!?…そう言おうとした彼女の言葉はしかし、
「お前!どうしてその事を『憶えている』んだ…ッ!?」
 それよりも大声で怒鳴った藍の言葉によって掻き消された。
 
 突然そんな事を言い出した式に対し、霊夢の反応は一瞬遅れてしまう。
「え?――……は?今、何て――」
「だから、どうしてお前は『その時の事』を『まだ憶えている』と…私は言っているんだ!」
 しかし…今の藍はそれすらもどかしいと感じているのか、何が何だか分からない霊夢の肩を揺さぶりながら叫ぶ。
 紫が境界を操っているおかげで部屋の外へ怒鳴り声は漏れないが、そのせいなのか彼女の叫び声が部屋中へ響き渡る。
 目を丸くして驚く霊夢を見て、これは流石に止めねべきかと判断した魔理沙が彼女と藍の間に割り込んでいった。
「おいおいおい、何があったかは知らんが少しは落ち着けよ。…っていうか紫のヤツは何ボーっとしてるんだよ?」
「あ…そ、そうよユカリ!アンタが止めなきゃだれ…が……―――…ユカリ?」
 仲介に入った魔理沙の言葉にすかさずルイズは紫の方へと顔を向けて、気が付く。
 タルブで自分たちを助け、そして霊夢の夢の中にも出て来たというあの巫女モドキの話を聞いた彼女の様子がおかしい事に。
 ルイズの言葉からあのスキマ妖怪の様子がおかしい事を察した霊夢も何とか顔を彼女の方へ向け、そして驚いた。

 霊夢が話し出してから、急に凶暴になった藍とは対照的に沈黙し続けている八雲紫はその両目を見開いてジッと佇んでいる。
 その視線はジッと床へ向けられており、額から流れ落ちる一筋の冷や汗が彼女の頬を伝っていくのが見えた。
 今の彼女の状態を、一つの単語で表せと誰かに言われれば…『動揺』しか似合わないだろう。
 そんな紫の姿を見た霊夢は変な新鮮味を感じつつ、言い知れぬ不安をも抱いてしまう。
 これまで藍に続いて八雲紫という妖怪を永らく見てきた霊夢にとって、彼女が動揺している姿など初めて目にしたのである。

 あの八雲紫が動揺している。その事実が、霊夢の心に不安感を芽生えさせる。
 そして土の中から顔を出した芽は怖ろしい速さで成長を遂げ、自分の心の中でおぞましい妖怪植物へと変異していく。
 妖怪退治を生業とする彼女にもそれは止められず、やがて成長したそれが開花する頃には――心が不安で満たされていた。

「ちょっと、どういう事?何が一体どうなってるのよ…」
 押し寄せる不安に耐え切れず口から漏れた言葉が震えている。
 言った後でそれに気づいた霊夢に返事をする者は、誰一人としていなかった。

959ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:37:11 ID:CWP4DxYk
 文明がもたらした灯りは、大多数の人々に夜と闇への恐怖を忘れさせてしまう。
 暗闇に潜む人ならざる者達は灯りを恐れ、しかしいつの日か逆襲してやろうと闇の中で伏せている。
 だが彼らは気づいていない。その灯りはやがて自分達を完全に風化させてしまうという事を。


 東から昇ってきた燦々と輝く太陽が西へと沈み、赤と青の双月が夜空を照らし始めた時間帯。
 ブルドンネ街の一部の店ではドアに掛かる「OPEN(開店)」と書かれた看板を裏返して「CLOSED(閉店)」にし、
 従業員たちが店内の掃除や今日の売り上げを纏めて、早々に明日の準備に取り掛かっている。
 無論、ディナーが売りのレストランや若い貴族達が交流目的で足を運ぶバーなどはこれからが本番だ。
 しかしブルドンネ街全体が明るいというワケではなく、空から見てみれば暗い建物の方が多いかもしれない。
 
 その一方で、隣にあるチクトンネ街はまるで街全体が大火事に見舞われたかのように灯りで夜空を照らしている。
 街灯が通りを照らし、日中働いてクタクタな労働者たちが飯と酒に女を求めて色んな店へと入っていく。
 低賃金で働く平民や月に貰える給金の少ない下級貴族たちは、大味な料理と安い酒で自分自身を労う。
 そして如何わしい格好をした女の子達に御酌をしてもらう事で、明日もまた頑張ろうという活力が湧いてくるのだ。
 酒場や大衆レストランの他にも、政府非公認の賭博場や風俗店など労働者達を楽しませる店はこの街に充実している。
 ブルドンネ街が伝統としきたりを何よりも重んじるトリステインの表の顔だとすれば、この街は正に裏の顔そのもの。
 時には羽目を外して、こうして酒や女に楽しまなければいずれはストレスで頭がどうにかなってしまう。

 夜になればこうしてストレスを発散し、翌朝にはまた伝統と保守を愛するトリステインへ貴族へと戻る。
 古くから王家に仕える名家の貴族であっても、若い頃はこの街で羽目を外した者は大勢いることだろう。

 そんな歴史ある繁華街の大通りにある、一軒の大きなホテル…『タニアの夕日』。
 主に外国から観光にきた中流、もしくは上流貴族をターゲットにしたそこそこグレードの高いホテルである。
 元は三十年前に廃業した『ブルンドンネ・リバーサイド・ホテル』であり、二年前までは大通りの廃墟として有名であった。
 しかし…ここの土地を購入した貴族が全面改装し、新たな看板を引っ提げてホテルとしての経営が再開したのである。
 ブルドンネ街のホテルにも関わらず綺麗であり、外国から来るお客たちの評価も上々との事で売り上げも右肩上がり。
 この土地を購入し現在はオーナーとして働く貴族も今では宮廷での政争よりも、ホテルの経営が生きがいとなってしまっている。

 そんなホテルの最上階にあるスイートルームに、今一人の客がボーイに連れられて入室したところであった。
 ロマリアから観光に来ているという神官という事だけあって、ボーイもホテル一のエースが案内している。
「こちらが当ホテルのスイートルームの一つ…『ヴァリエール』でございます」
「……へぇ、こいつは驚いたね。まさか他国でもその名を聞く公爵家の名を持つスイートルームとは、恐れ入るじゃないか」
 ドアを開けたボーイの言葉で、ロマリアから来たという若い客は満足げに頷いて部屋へと入った。
 白い絨毯の敷かれた部屋はリビングとベッドルームがあり、本棚には幾つもの小説やトリステインに関係する本がささっている。
 談話用のソファとテーブルが置かれたリビングから出られるバルコニーには、何とバスタブまで設置されていた。
 勿論トイレとバスルームはしっかりと分けられており、暖炉の上に飾られているタペストリーには金色のマンティコアが描かれている。

960ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:38:41 ID:CWP4DxYk
 荷物を携えて入室してきたボーイは、その後このホテルに関するルールや規則をしっかりと述べた後に、
「それでは、何が御用がございましたらそちらのテーブルに置いてあるベルをお鳴らし下さい」
「あぁ、分かったよ。夏季休暇の時期にこのホテルへ泊まれた事は何よりも幸運だとオーナーに伝えておいてくれ」
「はい!それでは、ごゆっくり御寛ぎくださいませ」
 自分の説明を聞き終えた客の満足気な返事に彼は一礼して退室しようとした、その直前であった。
「……アッ!忘れてた…おーい、そこのボーイ!ちょっと待ってくれ」
「?…何でございましょうか、お客様」
 部屋を後にしようとするボーイの後ろ姿を見て何かを思い出した客は、手を上げてボーイを引きとめる。
 閉めていたドアノブを手に掛けようとした彼は何か不手際があったのかと思い、急いで客の所へと戻っていく。

「すまない、コイツを忘れてたね……ホラ」
「え?」
 自分の所へと戻ってきたボーイにそう言って客は懐から数枚のエキュー金貨を取り出し。彼のポケットの中へと忍ばせる。
 最初は何をしたのか一瞬だけ分からなかったボーイは、すぐさま慌てふためいてポケットに入れられた金貨を全て取り出した
「ちょ、ちょっと待ってください!いくら何でも、神官様からチップを貰うのは流石に…!」
 ハルケギニアでは今の様に客がボーイやウエイトレスにチップを渡す行為自体は、然程珍しい事ではない。
 しかし、ボーイにとってはお客様の前にロマリアから来た神官という立場の彼からチップを貰うなと゛、大変失礼なのである。
 だからこそこうして慌てふためき、何とか理由を付けてエキュー金貨を返そうと考えていた。
 しかし、それを予想してかまだまだ青年とも言える様な若い神官様は得意気な表情を浮かべてこう言った。

「なーに、安心したまえ。それは日々慎ましく働いている君へ始祖がくれたささやかな糧と思ってくれればいいだろう。
 それならブリミル教徒の君でも神官から受け取れるだろう?この金貨で何か美味しい物でも食べて自分を労うと良いよ」
 
 少し無理やりだが、いかにも宗教家らしい事を言われれば敬虔なブリミル教徒であるボーイには反論しようがない。
 それによく考えれば、このチップは彼が行為で渡してくれたものでそれを突き返すのは逆に不敬なのかもしれない。
 暫し悩んだ後のボーイが、納得したように手にしたチップを懐に仕舞ったのを見て客はクスクスと笑った。
「そうそう、世の中は酷く厳しいんだから貰える物は貰っておきなよ?人間、ちょっとがめつい程度が生きやすいんだから」
「は、はぁ…」 
 そして、とても宗教家とは思えぬような現実臭い言葉に、ボーイは困惑の色を顔に出しながらコクリと頷いた。
 今までロマリアの神官は指で数える程度しか目にしていない彼にとって、目の前にいる若い神官はどうにも異端的なのである。
 自分とほぼ変わらないであろう年齢にややイマドキな若者らしい性格…そして、左右で色が違う両目。
 俗に『月目』と呼ばれハルケギニアでは縁起の悪いものとして扱われる両目の持ち主が、ロマリアの神官だと言われると変に疑ってしまう。
 とはいえ身分証明の際にはちゃんとロマリアの宗教庁公認の書類もあったし、つまり彼は本物の神官…だという事だ。
 まだ二十にも達していないボーイは世界の広さを実感しつつ、改めて一礼すると客のフルネームを告げて退室しようとする。
 
「そ…それでは失礼いたします―――…ジュリオ・チェザーレ様」
「あぁ、君も気を付けてな」
 若い神官の客―――ジュリオは手を振って応えると、ボーイはスッと退室していった。
 ドアの閉まる音に続き、扉越しに廊下を歩く音が聞こえ、遠ざかっていく頃には部屋が静寂に包まれてしまう。
 ボーイが退室した後、 ジュリオはそれまで張っていた肩の力を抜いて、ドッとソファへと腰を下ろす。

961ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:40:29 ID:CWP4DxYk
 金持ちの貴族でも満足気になる程の座り心地の良いソファに腰を下ろして辺りを見回すと、やはりここが良い部屋だと思い知らされる。
 生まれてこの方、これ程良い部屋に泊まった事が無いジュリオからしてみればどこぞの豪邸の一室だと言われても納得してしまうだろう。
 ロマリアでこれと同等かそれ以上のグレードのホテルなど、海上都市のアクイレイアぐらいにしかない。

 ひとまず寛ごうにも部屋中から漂う豪華な雰囲気に馴染めず、溜め息をつくとスッとソファから腰を上げた。
 そんな自分をいつもの自分らしくないと感じつつ、ジュリオはばつが悪そうな表情を浮かべて独り言を呟いてしまう。
「ふぅ〜…あまり褒められる出自じゃない僕には身に余る部屋だよ全く…」
「仕方がありません。何せ宗教庁直々の拠点移動命令でしたからね」 
 直後、自分の独り言に対し聞きなれた女性の声がバルコニーから突拍子もなく聞こえてくる。
 何かと思ってそちらの方へ顔を向けると、丁度半開きになっていたバルコニーの窓から見慣れた少女が入ってくるところであった。
 長い金髪をポニーテールで纏め、首に聖具のネックレスを掛けた彼女はジュリオの゙部下゙であり゙友達゙でもある。

 変な所から現れた知人の姿にジュリオはその場でギョッと驚くフリをすると、ワザとらしい咳払いをして見せた。
 本来なら先程までの落ち着かない自分を他人に見せるというのは、彼にとっては少し恥ずかしい事であった。
 自分を知る大半の人間にとって、ジュリオという人間ばクールでいつも得意気で、ついでにジョークが上手い゙と思い込んでいるのだから。
 幸い目の前の少女は自分が本当はどんな人間なのか知っていたから良かったが、それでも見られてしまうのは恥ずかしいのだ。
「あ〜…ゴホン、ゴホ!…せめて声を掛ける前に、ノックぐらいしてくれよな?」
「ふふ、ジュリオ様のばつの悪そうな表情は滅多に見られませんからね、少し得した気分です」
「おやおや、そこまで言ってくれるのなら見物料金を取りたくなってくるねぇ〜」
 僕は高いぜ?照れ隠しするかのようにおどけて見せるジュリオの言葉に、少女がクスクスと笑う。
 一見すればジュリオと同年代の彼女はバルコニーからホテル内部へ侵入したワケだが、当然どこにも出入り口は見当たらない。
 このホテルは五階建てで中々に高く、外付けの非常階段は格子付きで出入り口も普段は南京錠で硬く閉ざされており、外部からの侵入は出来ない。
 本当ならば堂々と入り口から行かなければ、中へ入れない筈である。
 
 しかし、ジュリオは知っていた。彼女には五階建ての建物の壁を伝って登る事など造作も無いという事を。
 幼い頃に孤児院から引っ張られて来て、自分の様な神官をサポートする為に血反吐も吐けぬ厳しい訓練を乗り越え、
 陰ながら母国であるロマリア連合皇国の要人を援護し、時には身代わりとして死ぬことをも厭わぬ仕事人として彼女は育てられた。
 そんな彼女にとって、五階建てのホテルの壁を伝って移動する事なんて、平坦な道を走る事と同義なのである。
「…にしたって、良くバルコニーから入ってこれたね。このホテルって、通りに面しているんだぜ」
「幸い陽は落ちていましたし、通行人に気付かれなければ最上階までいく事など簡単ですよ。…ジュリオ様もやってみます?」
「いや、僕は遠慮しておく」
 やや悪戯っぽくバルコニーを指さして言う彼女に対し、ジュリオはすました笑顔を浮かべて首を横に振る。
 それなりに鍛えているし、体力には自信はあるがとても彼女と同じような真似はできそうにないだろう。

 その後、部屋の中へと入った少女が窓を閉めたところで再びソファに腰を下ろしたジュリオが彼女へと話しかけた。
「…それにしても、一体どういう風の吹き回しだろうね?僕たちをこんな豪勢な部屋に押し込めるだなんてね」
「確かにそうですね。上の判断とはいえ、この様な場所に拠点を移し替えるとは…」
 彼の言葉に少女は頷いてそう返すと、今朝ロマリア大使館から届いた一通の手紙の事を思い出す。
 まだそれほど気温が高くない時間帯に、ジュリオと少女は宿泊していた宿屋の主人からその手紙を受け取った。
 母国の大使館から届けられたというその封筒の差出人は、ロマリア宗教庁と書かれていた。
 ハルケギニア各国の教会へと神父とシスターを派遣し、ブリミル教の布教を行っている宗教機関であり、
 その裏では特殊な訓練を施した人間を神官として派遣し、異教徒やブリミル教にとっての異端の排除も行っている。

962ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:42:24 ID:CWP4DxYk
 ジュリオと少女も宗教庁に所属しており、共に『裏の活動』を専門としている。
 …最もジュリオはかなり゙特殊な立場゙にある為、厳密には宗教庁の所属ではないのだが…その話は今置いておこう。
 ともかく、自分たちの所属する機関から直々に送られてきた手紙に彼は軽く驚きつつ何かと思って早速それに目を通した。
 そこに書かれていたのは自分と少女に対しての移動命令であり、指定した場所は勿論今いるホテルのスイートルーム。
 突然の移動命令で、しかもこんな場末の宿屋から中々立派なホテルへ泊まれる事に彼は思わず何の冗談かと疑ってしまう。
 試しに手紙を透かしてみたり逆さまにしてみたが何の変化も無く、どこからどう見ても何の変哲もない便箋であった。
 しかもご丁寧にロマリア宗教庁公認の印鑑とホテルの代金用の小切手まで一緒に入っていたのである。
――――う〜ん、これってどういう事なのかな?
―――――どうもこうも、私からは…宗教庁からの移動命令としか言いようがありません
 正式に所属している少女へ聞いてみるも彼女はそう答える他無かったが、納得しているワケではない。
 何せ手紙には肝心の理由が不可解にも掛かれておらず、命令だけが淡々と書かれているだけなのだから。
 
 とはいえ命令は命令であり、移動先のホテルも豪華な所であった為拒否する理由も得には無い。
 二人は早速荷造りをした後で宿屋をチェックアウトし、ジュリオは小切手をお金に変える為にトリステインの財務庁へと向かった。
 少女は今現在も遂行中である『トリステインの担い手』の監視を夕方まで行い、夜になってジュリオと合流して今に至る。
 手紙が届いてから半日が経ったが、それでも二人にはこの移動命令の明確な理由が分からないでいた。
「明日、大使館へ赴いて移動命令の理由が聞いた方がいいかと思いますが…」
「いやいや、所詮大使館で働いてる人達は宗教庁の裏の顔なんて知らないだろうさ」
 少女の提案にジュリオは首を横に振り、ふと天井を見上げると右手の指を勢いよくパチンと鳴らす。
 その音に反応して天井に取り付けられたシーリングファンが作動し、豪勢なスイートルームを涼風で包み始める。
 ファンそのものがマジックアイテムであり、一分と経たぬうちに部屋の中に充満していた熱気が消え始めていく。

「流石は貴族様御用達のスイートルームだ、シーリングファンも豪勢なマジックアイテムとはねぇ」
 ヒュー!っとご機嫌な口笛を吹いて呟いた後に、ジュリオはソファからすっと腰を上げてから少女に話しかけた。
「まぁ理由は色々と考えられるが…もしかすれば゙担い手゙ど盾゙と接触する為…なんじゃないかな?」
「…ジュリオ様もそうお考えでしたか」
「トリステインの゙担い手゙はタルブで見事に覚醒できたんだ、ガリアだってもう黙ってはいないだろうしね」
 少女の言葉にジュリオはそう返してから、監視対象であったトリステインの担い手――ルイズの行動を思い出していく。
 ワケあってトリステインの王宮で保護されていた彼女が行った事は、既にジュリオ達もといロマリアは周知していた。
 使い魔であるガンダルールヴと、イレギュラーである通称゙トンガリ帽子゙こと魔理沙と共にタルブへ赴いたという事。
 そしてそこを不意打ちで占領していたアルビオン艦隊を、あの『虚無』で見事に倒してしまったという事も勿論知っている。
 無論アルビオンの侵略作戦において、あのガリア王国が密かに関わっている事も…。
「まだ見かけてはいませんが、ガリアも担い手の動向を確かめる為に人を派遣する可能性は高いですね」
「だろうね。…しかも今の彼女は、このハルケギニアにおいては最も特殊な立場にある人間でもあるんだから」
 ジュリオはそう言って懐から小さく折りたたんだ一枚の紙を取り出し、それを広げて見せる。
 その紙には一人の少女の姿が描かれていた。本屋で参考書を漁っているであろうトリステインの担い手ことルイズの姿が。

 ロマリア宗教庁がルイズをトリステインの担い手と睨んだのは彼女がまだ学院へ入る前の事。
 トリステインのラ・ヴァリエールにある教会の神父が、領民たちの話からこの土地を治める公爵家の三女が怪しいと踏んだのである。
 すぐさま神父の報告を受けて宗教庁は人を派遣し調査させた結果、可能性は極めて高いという結論に至った。

963ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:44:37 ID:CWP4DxYk
 ネロは今から一、二ヶ月ほど前にとある山道の脇で蹲っていたのを仕事の帰りで歩いていたジュリオが見つけたのだという。
 怪我をしていた為、このままでは助からないと思ったらしい彼はそのフクロウを抱きかかえて山を下りた。
 それから獣医の話を聞いて適切に治療して傷が治った後、今ではすっかりジュリオのペットとして良く懐いている。
 とはいえケージに入れて飼ってるワケではなのだが、それでも彼とは一定の距離をおいて傍にいるのだ。
 ジュリオが呼びたいと思った時に口笛を吹けば、どこからともなくサッと飛んでくるのである。
「今じゃあこうして好きな時に抱えられるし、フクロウってこうして見てみると可愛いもんだろう?」
「は、はい…」
 まるで縫いぐるみの様に抱きかかえられる猛禽類を見て、思わず唖然としてしまう。
 恐らく、ふくろうをここまで我が子の様に手なずけてしまうのはハルケギニアでも彼だけだと、そう思いながら。

 そんな少女の考えを余所に、ジュリオは急に自分の元を訪ねてきたネロの頭を撫でながら話しかける。
「それにしても、お前はどうしてここへ来たんだ?念の為大使館には置いてきたけど………ん?」
 頭を撫でながら返事を期待せずに聞いてみると、ネロはおもむろにスッと右脚を軽く上げた。
 何だと思って見てみたところ、猛禽類特有のそれには小さな筒の様な物が紐で括りつけられているのに気が付く。 
 思わず何だこれ?と呟いてしまうと、傍にいた少女もまたネロの脚に付けられた筒を目にして首を傾げてしまう。。
「どうしました…って、何ですかソレ?」
「ちょっと待ってくれ…今外す。……よし、外した」
 ジュリオは慣れた手つきでネロの脚に巻かれていた紐を解き、掌よりも一回り小さい筒をその手に乗せる。
 筒は見た目通りに軽く、試しに軽く振ってみるとカラカラカラ…と中で何かが動く音が聞こえてくる。
 暫し躊躇った後、ジュリオはその筒を開けてみると中から一枚の手紙が丸められた状態で入れられていた。
「……手紙?」
 思わず口から出てしまった少女の呟きにジュリオは「だね」と短く答えて、それを広げて見せる。
 広げられた便箋の右上に、見慣れた宗教庁とロマリア大使館の印鑑が押されているのがまず目につく。
 つまりこれは宗教庁が大使館を通し、ネロを使って自分たちへ手紙を送ってきたという事になる。
 ネロの脚に手紙を取り付けたのは大使館だろうが、よくもまぁフクロウの脚に手紙入りの筒を取り付けられたなーと感心してしまう。
 まぁそれはともかく、手紙の差出人についてはジュリオも何となく分かっていたので早速手紙の本文を読み始めてみる。

 内容は今日届いた拠点の移動命令に関する事が書かれていとの事らしい。
 ワケあってその理由はギリギリまで伏せられ、ようやくこの手紙を送る許可が下りた事がまず最初に書かれていた。
(やれやれ…僕の見てぬ所で勝手に決めてくれちゃって…下の人間ってのは辛いもんだよ全く)
 自分達の都合など考えてもくれない宗教庁上層部への悪態をつきつつ、ジュリオはその『理由』に目を通し―――そして硬直した。
 それはジュリオや少女…否、ロマリアの国政に関わる者にとっては信じられないモノであった。

964ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:47:07 ID:CWP4DxYk
 例えればこの国の王女が誰の許可も無しに変装して、王宮を飛び出すくらい信じられない事態と同レベルである。
 いや、こっちの場合は無理に周りの者たちの首を縦に振らせてるので質の悪さでは勝ってるのだろうか?
 どっちにせよ、最悪な事に変わりはない。
 
 そんな事を思いつつも、手紙の内容で頭の中の思考がグルグルと掻き混ぜられる中、 
「全く…!よりにもよって、何でこう忙しいときにコッチへ…――!」
「ど…どうしたんですか?急に怒りだしたりして…」
 ジュリオは悪態をつくと、突然の豹変に驚く少女へ読んでいた手紙を差し出した。
 彼女は慌ててそれを受け取るとサッと素早く目を通し―――瞬間、その顔が真っ青になってしまう。
「じ…ジュリオ様、これって―――」
「皆まで言うなよ?言われなくたって分かってるさ。けれど、もう誰にも変えられやしないんだ…」
 少女の言葉にそこまで言った所で一旦一呼吸入れたジュリオは、最後の一言を呟いた。

―――゙聖下゙が御忍びでトリスタニアへ来るっていう、事実はね

 その一言は少女の顔はより青ざめ、思わず首から下げた聖具を握りしめてしまう。
 ジュリオはこれから先の苦労と心配を予想して長いため息をつくと、自分を見つめる少女から顔を逸らす。
 二人が二人とも、この手紙に書かれだ聖下゙の急な訪問と、身分を省みぬ彼の行動にどう反応すればいいか分からぬ中――
 ジュリオの腕の中に納まるフクロウは、自分がその手紙を運んで来てしまったことなど知らずして暢気に首を傾げていた。

 

以上で85話の投稿を終わります。
ここ最近の暑さが苦手です。早く秋になってくれんものか…
それでは今日はここいらで、また来月末にお会いしましょう!ノシ

965ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:40:54 ID:dXWvJpSI
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を行います。
開始は21:43からで。

966ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:44:40 ID:dXWvJpSI
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十二話「ハルケギニアの神話」
超古代怪獣ゴルザ
超古代竜メルバ 登場

 才人が目を覚ますと、そこはだだっぴろい草原だった。
「はい?」
 身体を起こした才人は、最初に自分の身に何が起こったのかを思い返した。
 まず、アンリエッタからの要請でロマリアに向かった。そこで故郷、母親からのメールが届き、
それを読んで涙したのをルイズに知られてしまい、ルイズは自分を無理矢理にでも地球に帰そうと
して……ゼロも自分から離れ、光を浴びせられて意識を失い……。
 ハッと青ざめて己の左腕に目を落とす才人。ガンダールヴのルーンは手の甲に刻まれた
ままだが、それと同等に大事な、いやある種それ以上に大切なウルティメイトブレスレットは、
やはりなくなっていた。それはつまり、ゼロが自分から分離したことを意味している。
 となれば、自分は寝ている内に地球に送り帰されてしまったのだろうか。
 しかし、それにしては様子がおかしい。地球に帰すのだったら、自分の住んでいる街に
置いていくのが普通だろう。だが周囲の光景は、見渡す限りの野原。遠景には湖や、山と森が
見える。少なくとも、自分の住んでいた地域にこんな土地はなかった。
 ゼロが地球の適当な場所にほっぽっていった? いやそんな馬鹿な。まだハルケギニアに
いるのだろうか。しかし、それならそれでここはどこだ? ロマリアか?
 疑問が尽きないでいると、遠くから人影がこちらに近づいてくるのに気がついた。
 咄嗟に背中に手をやったが、デルフリンガーはない。デートの時に外していて、そのまま
なのだ。少し不安を覚えたが、人影の所作から、敵意はないことを見て取った。
 近くまで来ると、草色のローブに身を纏っていることに気がついた。顔はフードに隠され
よく見えないが、身体のラインから女性ではあるようだ。
 女性は才人に声を掛けてきた。
「あら、起きた? 水を汲んできてあげたわ」
 フードを外した女性の顔立ちは恐ろしいほどの美貌であり、才人は思わず息が詰まった。
それだけではなく、女性の耳は長く尖っていた。エルフだ、と才人は気がついた。
 女性から渡された革袋の水でひと息吐くと、女性が自己紹介する。
「わたしはサーシャ。あなたは? こんなところで寝ているのを見ると、旅人みたいだけど。
それにしては、何にも荷物を持ってないけど……」
「サイトと言います。ヒラガサイト。旅をしてる訳じゃないです。起きたら、ここに寝かされて
ました」
 名乗り返した才人は、少し違和感を覚えた。エルフが、人間の自分に気さくに話しかけている。
才人が出会った純血のエルフの例は一人だけだが、エルフは人間と敵対しているはず。なのに
目の前のサーシャから、自分への敵意や忌避感といったものは全くなかった。まさかティファニアの
ようなのが他にそうそういるとも思えない。
 それに、他に誰もいないとはいえエルフが白昼堂々と草原を闊歩しているとは。もしかして、
ここはエルフの支配する土地なのだろうか? しかしエルフの土地“サハラ”は砂漠と聞いたのだが……。
「すいません。ここはハルケギニアのどこですか?」
 とりあえず確かめてみようと質問すると……予想外すぎる返答が来た。
「ハルケギニア? 何それ?」
 ハルケギニアを知らない! そんなことがあるのだろうか!?
 一瞬混乱した才人だが、はっと気がついた。どれだけ時間が経っているかは分からないが、
気を失う直前までは、肝要の記念式典は一日前にまで差し迫っていた。早く戻らないと、
ロマリアにいるルイズたちが危ない!
 うわあああ! と思わず奇声を上げると、サーシャが呆気にとられて振り返った。
「どうしたの?」
「いや……思い出したんだけど、今、俺たち大変なんすよ……。ここでこんなことしてる
場合じゃない」
「どんな風に大変なの?」
「いやね? まぁ言っても分かんないでしょうけど、とてもとても悪い王さまがいてですね、
俺たちにひどいことをするんです。そいつをやっつけるための作戦発動中だったのに……。
肝心要の俺がこんなとこで油売っててどうすんですか、という」

967ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:47:24 ID:dXWvJpSI
「それはわたしも同じよ」
 サーシャはやれやれと両手を広げた。
「今、わたしたちの部族は怪物の軍勢に飲み込まれそうなの。こんなところで遊んでいる
場合じゃないのよ。それなのに、あいつったら……」
「あいつ?」
 問い返すと、サーシャはわなわなと震えた。何やら物騒な雰囲気なので才人は思わず口ごもった。
 しばらくどちらも発言しない、何だか気まずい空気が流れたが、やがてサーシャの方が
沈黙を破った。
「何だかとても変な気分」
「変な気分?」
「ええ。実はね、わたしって結構人見知りするのよ。それなのにあなたには、あんまり
そういう感じがしない」
 へええ、と才人は思った。しかし言われていれば、自分もサーシャには恐怖に類する印象は
一切感じなかった。ティファニアを知っているとはいえ、真正のエルフにはかなり痛い目に
遭わされたのに。
 それに、一回も会ったことがないエルフの女性に対して、どこかで会ったような奇妙な
感覚を抱いていた。これが噂に聞く既視感なのだろうか。
「俺もそんな感じですよ」
 言いながらサーシャに振り返り、はたとその左手に注目した。何やら文字が刻印されている
ようだ、と気がついたのだ。
 そしてあることに思い至り、焦りながら自分の左手と見比べた。初めは何かの間違いだと
思ったが……よく確認して、間違いではないことを知る結果となる。
 サーシャの左手の甲に刻まれているのは……自分と全く同じルーン文字なのだ!
「ガ、ガ、ガガガガガガガガ、ガンダールヴ!」
「あらあなた。わたしを知ってるの?」
「知ってるも何も!」
 才人は左手のルーンを、サーシャの目の前に差し出した。
「まぁ! あなたも!」
 驚いた顔だが、それほどびっくりした様子はない。対して才人は混乱し切りだ。
 “虚無”を最大級に敵視しているエルフが、ガンダールヴ? 何で? どうして? というか
ガンダールヴが二人? どういうこと?
 いや、一つだけはっきりしていることがある。サーシャが使い魔なら、彼女を使い魔に
した人物がいるということだ。その人物なら、何か知っているかもしれない。
「あの、あなたをガンダールヴにした人に会いたいんだけど」
「わたしもよ。でも、ここがどこか分からないし……。全く、魔法の実験か何か知らないけど、
人を勝手にどっかに飛ばして何だと思ってるのかしら」
「魔法の実験?」
「そうよ。あいつは野蛮な魔法を使うの」
 野蛮な魔法……それは“虚無”だろうか? しかし“虚無”の担い手は、ルイズ、ティファニア、
ヴィットーリオ、そしてガリアの名前も知らない誰かの四人だけのはず。他にもいたのだろうか?
 と考えていたら、不意に目の前に鏡のようなものが現れた。地球からハルケギニアに移動した
際に目に掛かった、サモン・サーヴァントの扉に似ている。
「何だありゃ」
 呆気にとられる才人の一方で、サーシャの顔が急激に険しくなり、また全身から凄まじい
怒気を発し始めた。それに才人は思わずひっ! とうめく。
 怒髪天を突いたルイズを彷彿とさせるほどのサーシャの様子におののいていると、鏡の中から
小柄な若い男性が出てきた。長いローブの裾を引きずるようにしながらサーシャに駆け寄り、
ぺこぺこと謝る。
「ああ、やっとここに開いた。ご、ごめん。ほんとごめん。すまない」

968ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:50:03 ID:dXWvJpSI
 サーシャの肩が震えたかと思うと、とんでもない大声がその華奢な喉から飛び出た。
「この! 蛮人が――――――――ッ!」
 そのままサーシャは男に飛び掛かり、こめかみの辺りに見事なハイキックをかました。
「ぼぎゃ!」
 男は派手に回転しながら地面に転がった。サーシャは倒れた男の上にどすんと腰掛ける。
「ねぇ。あなた、わたしに何て約束したっけ?」
「えっと……その……」
 サーシャは再び男の頭を殴りつけた。
「ぼぎゃ!」
「もう、魔法の実験にわたしを使わないって、そう約束したでしょ?」
「した。けど……他に頼める人がいなくって……。それに仕方ないじゃないか! 今は大変な
時なんだ」
 サーシャは男の言い分を受けつけない。
「大体ねぇ、あなたねぇ、生物としての敬意が足りないのよ。あなたは蛮人。わたしは高貴なる
種族であるところのエルフ。それをこんな風に使い魔とやらに出来たんだから、もっと敬意を
払って然るべきでしょ? それを何よ。やれ、記憶が消える魔法をちょっと試していいかい? 
だの、遠くに行ける扉を開いてみたよ、くぐってみてくれ、だの……」
「仕方ないじゃないか! あの強くって乱暴なヴァリヤーグに対抗するためには、この奇跡の力
“魔法”が必要なんだ! ぼくたちを助けてくれる光の巨人を援護するためにも、この力をより
使いこなせるように練習を……」
 男をマウントポジションから叩きのめすサーシャに怯えながらも、関係性は逆ながら俺と
ルイズみたいだなぁ……と思っていた才人だが、男の言った「光の巨人」という単語に思わず
飛び上がった。
「ち、ちょっと待って下さい! 光の巨人って……ウルトラマンを知ってるんですか!?」
 才人が割って入ったことで、サーシャは暴力を振るう手を止めた。サーシャの下敷きの男は
才人を見上げる。
「ウルトラマン? あの巨人たちはそんな名前なのかい? と言うかきみは誰だい?」
「才人って言います。平賀才人。妙な名前ですいません」
「そうそう。この人も、わたしと同じ文字が手の甲に……」
「何だって? きみ! それを見せてくれ!」
 跳ね起きた男が才人の左手の甲に飛びついた。
「ガンダールヴじゃないか! ほらサーシャ! 言った通りじゃないか! ぼくたちの他にも、
この“変わった系統”を使える人間がいたんだ! それってすごいことだよ!」
 才人の手を強く握り、顔を近づける男。
「お願いだ! きみの主人に会わせてくれ!」
「そう出来ればいいんですけど。一体、どうして自分がこんな場所にいるのかも分かんなくって……」
 そうか、と男はちょっとがっかりしたが、にっこりと微笑んだ。
「おっと! 自己紹介がまだだったね。ぼくの名前は、ニダベリールのブリミル」
 才人の身体が固まった。
「も、もも、もう一度名前を言ってくれませんか?」
「ニダベリールのブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」
 ブリミル? その名前を、才人はハルケギニアにいる間、散々耳にしていた。ルイズたちが
事ある毎に拝み、良いことがあると感謝を捧げる相手……。
「始祖ブリミルの名前?」
「始祖? 始祖って何だ。人違いじゃないのかい?」
 男はきょとんとして、才人を見つめた。対する才人は必死に考えを巡らせる。
 “虚無”の担い手が、始祖ブリミルを知らないはずがない。ということは短なる同名の
人物ではない。ということは……。
 そんな。そんな馬鹿なことが……。
 いや、「それ」の実例は何度か耳にしている。TACの隊員が超獣ダイダラホーシによって
奈良時代に飛ばされてしまったことがあったそうだし、時間を超える怪獣もエアロヴァイパーや
クロノームといったものが存在している。何より、ジャンボットが「そう」だった。今の自分が
「そう」ではないと何故言い切れる?

969ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:52:46 ID:dXWvJpSI
 つまり……ここは“六千年前のハルケギニア”。そして目の前にいるのは……“始祖”と
称される前の初代“虚無”の担い手ブリミルと、初代ガンダールヴ!
 あまりの事態に呆然と立ち尽くす才人と、彼の様子の変化に呆気にとられているブリミルと
サーシャ。しかしブリミルが才人に何か声を掛けようとした、その時……突然辺りをゴゴゴゴ、
と急な地鳴りが襲った。
 この途端、ブリミルとサーシャの表情に緊張が走った。
「むッ! いかん、ヴァリヤーグだ! こんな場所に現れるなんて!」
「近いわよ! 早くここから離れましょう!」
 えっ、ヴァリヤーグ? と才人はきょとんとした。そう言えば、さっきブリミルがそんな
名前を口にしていた。
 しかし、この地面の揺れの感じは……才人も何度も体験している「あれ」の予兆では……。
「きみ、こっちに!」
 ブリミルが才人の手を引きながら駆け出そうとするも、その時には草原の中央の地面が
下から盛り上がっていた。
「ああ、まずい! すぐそこまで来ている!」
「やばいわよ! 今はろくな武器もないわ!」
 そして地表を突き破って、巨大な影が才人たちの目の前に出現した!
「グガアアアア!」
 どっしりとした恐竜を思わせるような体格ながら、恐竜よりも何倍も大きい肉体。上半身が
鎧兜で覆われているかのような形状をした巨大生物を見やった才人が叫ぶ。
「ヴァリヤーグって……怪獣じゃねぇか!」
 才人たちの前に現れたのは、ネオフロンティアスペースの地球において、モンゴルの平原から
現れたところを発見され、怪獣という存在の実在を証明した怪獣、ゴルザであった!
 地上に這い上がってくるゴルザに対して、ブリミルとサーシャは顔を強張らせる。
「こんなに距離が近くては、ぼくの詠唱は間に合わない。こんな時に光の巨人がいてくれたら……」
「そんなことを言っててもしょうがないわ。とにかく走りましょう! どうにかまければ
いいんだけど……」
 ゴルザからの逃走を図るブリミルたちであったが、不幸にも怪獣はゴルザ一体だけではなかった。
才人が、空から急速に接近してくる気配を感知したのだ。
「あぁッ! 空からも来るッ!」
「何だって!?」
 見れば、空の彼方からくすんだ赤銅色の刃物で出来た竜のような怪獣が、背に生えた翼で
風を切りながらこちらに降下してくるところだった。ゴルザと同時にイースター島から出現した
怪獣、メルバである!
「キィィィィッ!」
 メルバはゴルザの反対側、つまり才人たちの進行方向に着地。これで才人たち三人は、
怪獣二体に挟まれた形となる。ブリミルがうめく。
「最悪だ……。逃げ道もなくなってしまった……!」
 サーシャは短剣を抜いて怪獣たちを警戒しながら、ブリミルへと叫んだ。
「わたしが時間を稼ぐわ! あんたは隙を見て、そのサイトとかいうのを連れて逃げなさい!」
「そんな! きみを置いていくなんて出来ないよ! そんな短剣で二匹のヴァリヤーグに
挑もうなんて無茶が過ぎる!」
「じゃあ他にどうしろっていうのよ!」
 問答するブリミルとサーシャだが、怪獣たちは待ってはくれない。ゴルザが額にエネルギーを
集める。光線を撃とうとしている前兆だと、才人はこれまでの経験から感じ取った。
 そしてはっとブリミルたちに振り向く。ここが本当に過去の世界かどうかは知らないが、
もしそうだったら、二人が怪獣の餌食になったら大惨事だ。ハルケギニアの歴史が根本から
ねじ曲がってしまう!
 才人は反射的に身体が動いていた。
「二人とも危ないッ!」
「えッ!?」

970ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:55:21 ID:dXWvJpSI
 両手を前に伸ばしてブリミルとサーシャを突き飛ばす。直後、才人のすぐ近くに光線が
照射され、大爆発が発生する!
「グガアアアア!」
 ブリミルたちは突き飛ばされたことで逃れられたが、才人は爆発の中に呑まれる!
「ああああッ!?」
「さ、サイトッ!!」
 ブリミルとサーシャの絶叫がそろった。
 二人を救い、代わりに爆発に襲われる才人。爆風と衝撃を浴びる中、彼の脳裏に走馬灯の
ようにこれまで出会ってきた様々な人たちの顔と――ルイズ、そしてゼロの顔がよぎった。
(ハルケギニアに来てから、色んな戦いを生き延びてきたのに、ゼロと離れた途端にこんな
訳の分からない内に死んじゃうのか……。俺って結局、こんな運命にあるのかな……)
 そんな彼の思考も、爆炎の熱にかき消されていく――。
 と思われたその時、空の果てから「光」がまさに光速の勢いで飛んできて、ゴルザの起こした
爆発の中へ飛び込んだ。
 そして閃光が草原の一帯に広がり、ゴルザとメルバがその圧力によって押し飛ばされる。
「グガアアアア!」
「キィィィィッ!」
 ブリミルとサーシャは視界に飛び込んできた閃光に思わず顔を隠した。
「何!? どうしたの!?」
「こ、この光は……まさかッ!」
 そして閃光が収まり、代わりのように草原に立った巨大な人影……。それを見上げたブリミルが、
歓喜の声を発した。
「来てくれたか、光の巨人!!」
 ――そして才人の視界は、先ほどまでとは全く違う、森の木々よりも高い位置に来ていた。
そう、怪獣と同等の。
『こ、これは……!』
 人間の身長ならばあり得ない高度だが、才人はこのような景色によく見覚えがあった。
彼の心にも喜びが溢れる。
『また、俺を助けに来てくれたんだな、ゼロ!』
 そう声に出した才人だったが……どうもおかしいことにすぐ気がついた。
『あれ?』
 今の己の身体を見下ろすと、ゼロの体色の半分以上を占める青色がないことを見て取った。
それにゼロの身体には、紫色は入っていないはずだ。胸のプロテクターの形も違う。カラー
タイマーも同様だった。
『え? え? ゼロじゃないのか? じゃあ、今の俺は一体……』
 才人は戸惑いながら、湖にまで歩み寄って、水面に己の姿を映した。
 水面を鏡にして確かめた自分の顔は……ウルトラマンではあっても、ゼロとは似ても
似つかないものだった。
『こ、この姿は!?』
 ウルトラセブンの面影を残すゼロとは全く違い、初代ウルトラマンに似た容貌。耳は大きく、
頭頂部のトサカの左右が楕円形にへこんでいる。
 これはM78星雲の出身のウルトラマンではない……ギャラクシークライシスで怪獣が大量
発生した際、救援に駆けつけたウルトラ戦士の一人の顔である。才人はその名を唱えた。
『ウルトラマンティガ!』
 才人の肉体は、ウルトラマンティガのものと化していたのだった!

 ガリア王国首都リュティスの、ヴェルサルテイルの薔薇園。ジョゼフが巨費を投じて作り上げた、
筆舌に尽くしがたいほど絢爛な花壇であったが、それにジョゼフ自身が火を放った。薔薇園は瞬く
間に火の手に呑まれ、灰になっていうのをジョゼフはぼんやりと見つめている。
 燃え盛る炎をものともせずに、深いローブを被ったミョズニトニルンが歩いてくる。彼女は
ジョゼフの足元に目をやって、主人に尋ねかけた。
「愛されたのですか?」

971ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:58:11 ID:dXWvJpSI
 ジョゼフの足元にいるのは、彼の妃であるモリエール夫人――だったというべきだろうか。
何故なら、モリエールはたった今、死んでしまったからだ。ジョゼフの手によって、胸を短剣で
突かれて。モリエールは何故ジョゼフが自分を刺したのか、どうして自分が死ななければならない
のか、全く理解できなかったことだろう。
 ジョゼフは首を振りながらミョズニトニルンに応える。
「分からぬ。そうかもしれぬし、そうではないかもしれぬ。どちらにせよ、余に判断はつかぬ」
「では何故?」
「余を愛していると言った。自分を愛するものを殺したら、普通は胸が痛むのではないか?」
「で、ジョゼフさまは胸がお痛みになったのですか?」
 ミョズニトニルンは、その答えが言われずとも分かっていた。
「無理だった。今回も駄目だった」
 ジョゼフがそう唱えたところ、薔薇園の火災の上方の空間が歪み、何者かの影が浮かび上がった。
ジョゼフは極めて平常な態度でそれを見上げたが、ミョズニトニルンはかすかに不快感を顔に表す。
『ほほほ、陛下におかれましては相変わらずの無慈悲さでございますな。頼もしい限りです。
それはそうと、例の怪獣の軍勢の用意が整いました。中核となる「あれ」も、明日には再生が
完了致します』
「そうか。よくやった」
『それと、陛下ご執心の担い手が三人、ロマリアなどという人間の虚栄心の集まる土地に
集結しております』
 それはわたしがジョゼフさまに報告しようとしていたことだ、とミョズニトニルンは内心
苛立ちを抱いた。
「それはちょうどいいな。よろしい。余のミューズよ、全ての準備が整い次第、“軍団”の
指揮を執れ」
「御意」
 そんな感情はおくびにも出さず、ミョズニトニルンはジョゼフの命を受けると再び炎の中に
姿を消した。
 中空に浮かぶ影は、ジョゼフに対して告げる。
『しかしながら、陛下はまこと恐ろしいお方! 「あれ」は“死神”たる私ですら、前にした
時には身震いが止まらなかったほどなのに、陛下は平然と利用なさる! 野に解き放てばそれこそ
世にも恐ろしいことが起こるというのに、陛下は眉一つ動かされない! 何とも恐ろしいお人です!』
 影の言葉に、ジョゼフは薔薇園のテーブルを叩く。
「ああ、おれは人間だ。どこまでも人間だ。なのに愛していると言ってくれた人間をこの手に
かけても、この胸は痛まぬのだ。神よ! 何故おれに力を与えた? 皮肉な力を与えたものだ! 
“虚無”! まるでおれの心のようだ! “虚無”! まるでおれ自身じゃないか!」
『まことおっしゃる通りで、陛下』
「ああ、おれの心は空虚だ。中には、何も詰まっていない。愛しさも、喜びも、怒りも、
哀しみも、憎しみすらない。シャルル、お前をこの手にかけた時より、おれの心は震えんのだよ」
 遠くから、燃え盛る花壇に気づいた衛士たちが大騒ぎを起こして消火活動を始めたが、
その喧騒にもジョゼフは意を介さない。熱を帯びた目で、虚空を見つめてうわ言のように
つぶやくのみだ。
「おれは世界を滅ぼす。この空虚な暗闇を以てして。全ての人の営みを終わらせる。その時こそ
おれの心は涙を流すだろうか。しでかした罪の大きさに、おれは悲しむことが出来るだろうか。
取り返しのつかない出来事に、おれは後悔するだろうか。――おれは人だ。人だから、人として
涙を流したいのだ」
 言いながら、天使のように無邪気に笑うジョゼフの姿を、影が薄ら笑いとともに見下ろしていた――。

972ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 22:00:10 ID:dXWvJpSI
ここまでです。
一人のウルトラマンに複数の変身者はあっても、一人の人間が複数のウルトラマンに変身はないですよね。

973ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:40:47 ID:TiRezyjA
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、62話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

974ウルトラ5番目の使い魔 62話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:43:57 ID:TiRezyjA
 第62話
 そのとき、ウルトラマンたちは
 
 超空間波動怪獣 メザード
 渓谷怪獣 キャッシー
 宇宙有翼怪獣 アリゲラ
 宇宙斬鉄怪獣 ディノゾール
 知略宇宙人 ミジー星人
 三面ロボ頭獣 ガラオン
 合体侵略兵器獣 ワンゼット 登場!
 
 
「さあ、皆さん。どうもどうも、私の顔は覚えていただけたでしょうか? 今、ハルケギニアで起きている出来事の黒幕でございます」
 
「さて、さっそくですが先ほどお見せいたしました魔法学院の遠足はいかがでしたでしょうか? 実にみんな楽しそうでしたねえ、人間の寿命はとても短いと言いますが、あれが青春というものなのでしょうか? 私にはちょっとわかりづらいことです」
 
「うん? そんな怖い顔をしないでくださいよ。私が手を加えなければ、彼らは今頃遠足どころじゃなかったはずですからね。そうでしょう、ウフフフ」
 
「はい? ああ、どんなトリックを使ったのですかって? 別に隠すようなことではないですが、すんなり教えるのもつまらないですね。というよりも、皆さんはきっとご存知のはずですよ」
 
「ともあれ、私の目的の第一歩は果たせました。幸先良くてなによりです。んん、おやおや、そんな青筋立てて怒らないでください。怒りっぽすぎる人間は、カルシウムが足りてないそうです。牛乳をもっと飲みましょう、乳酸菌飲料もオススメですよ」
 
「あらら、もっと怒られちゃいました。せっかく地球のジョークを勉強したというのに残念です」
 
「しょうがありませんね、では皆さんのご興味ありそうなことをお伝えしましょう。ハルケギニアに散ったウルトラマンたちが、今どうしているのかをお知らせします」
 
「いえいえ、手など出していませんよ。ただちょっと隠し撮りをしただけです。ウルトラマンに手出しできるほど、私は強くありません。それに、手出しをしないのが彼らとの契約でもありますからね」
 
「どういう意味ですって? ウフフ、種明かしはじっくりするのが楽しみですよ。では、VTRスタートです」
 
 宇宙人の狂言回しが終わり、舞台はハルケギニアへと舞い戻る。

975ウルトラ5番目の使い魔 62話 (2/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:44:58 ID:TiRezyjA
 いったい何がハルケギニアに起きているのか? そして宇宙人の目的とは?
 始まったばかりの舞台には、まだ多くの演出が隠されている。
  
 才人たちが魔法学院の遠足でアラヨット山に登っているのと同じころ、遠く離れたロマリアでもひとつの戦いが起きていた。
 ロマリアの上空を飛ぶ一機の戦闘機、XIGファイターEX。そのコクピットに座る高山我夢は、眼下に広がる景色とレーダー画面を交互に見ながら、サポートAIであるPALの報告を待っていた。
「見つけました、我夢。前方、およそ三万に空間のひずみがあります。ゆっくりと南へ向かって移動中です」
「いたな。ようし、パイロットウェーブ発射準備」
 補足した目標に向かって、ファイターEXはまっすぐに飛んでいく。そして一見なにもない空間に狙いを定めると、我夢は一瞬揺らいだように見えた空の一角を凝視してPALに指示した。
「PAL、パイロットウェーブ発射!」
「了解」
 ファイターEXの機首から波紋状のパイロットウェーブが放たれ、それを受けた空間の一角が収束して、半透明のクラゲのような生物が現れた。
 これは波動生命体。先の決戦でトリスタニアに現れたクインメザードの同種の怪獣であり、さらに数か月前にエースを苦しめたあの個体である。
 しかし、無敵に近い波動生命体もパイロットウェーブで現実空間に引き釣り出されたら単なる怪獣と変わりない。波動生命体は紫色のエネルギー弾でファイターEXを狙い撃ってきたが、我夢はそれをかわすと波動生命体に向かって機首を向け、トリガーボタンを押した。
「サイドワインダー発射!」
 ファイターEXからのミサイル攻撃を受けて、波動生命体はクラゲのような姿を炎上させながらロマリアの無人の荒れ地に墜落して爆発した。
 だが、炎上する炎の中から異形の怪物、超空間波動怪獣メザードが姿を現す。我夢はそれを当然のように見下ろしながら、変身アイテム『エスプレンダー』を掲げて叫んだ。
「ガイアーッ!」
 赤い光がほとばしり、土煙を立ててウルトラマンガイアが大地に降り立つ。
 対峙するメザードとガイア。しかしメザードは腐敗したクラゲのような胴体と骸骨のような頭部の口から紫色の時空波を吐いてガイアを攻撃してきた。
「デヤッ!」
 腕をクロスさせ、メザードの攻撃をしのいだガイアは、きっとメザードを見据えた。以前に地球で戦った時は苦戦させられた相手だが、あのときとは比べ物にならないほどガイアは経験を積んで強くなっている。

976ウルトラ5番目の使い魔 62話 (3/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:45:54 ID:TiRezyjA
 メザードが無敵でいられるのは別次元に潜んでいるときだけ。すなわち、蜃気楼を吐くアコヤと一緒であり、居場所を見つけられれば貝を叩き割るのはたやすい。ガイアは頭上にエネルギーを集中させると、アグルから引き継いだ必殺技を放った。
『フォトンクラッシャー!』
 青白く輝く光の帯に貫かれ、メザードは断末魔の咆哮を上げると炎上して果てた。巨大なたいまつのように一瞬燃え盛り、黒い消し炭のようになって崩れていくメザードをガイアは憮然として見送った。
 以前にエースを苦しめた怪獣のあっけなさすぎる末路。もちろんそのときにガイアはまだこの世界にはいなかったけれど、破滅招来体に遣われて、置き去りにされたようなメザードの末路に一抹の哀れを覚えもするのだった。
 ともかく、これで破滅招来体がこの世界に持ち込んだ怪獣は、確認できる限りすべて撃破した。ガイアは変身を解除して我夢に戻り、ファイターEXのコクピットから通信機に呼びかけた。
「こちらファイターEX、波動生命体は撃破したよ。そっちはどうだい?」
 すると一呼吸置いてから、通信機から藤宮の声が返ってきた。
「こちらはこれからだ。少し待て、すぐ終わる」
 藤宮がいるのはロマリアの別の場所。人里からやや離れた山間部で、そのすそ野に彼は立っていた。
 山は一見すると平穏そうに見えなくもないが、あちこちにがけ崩れの跡が新しく残っており、この山が最近になって地殻変動に脅かされていることが見て取れた。
 そして藤宮の見ている前で山肌が崩壊し、地底から巨大な怪獣が這い出てくる。
「来たか」
 藤宮は短くつぶやいた。ほぼ計算通り、ここに怪獣が現れるのはわかっていた。
 現れた怪獣は、身長およそ六十メートル。岩の塊に手足がついたような不格好な姿をしているが、眠そうな目つきにたらこ唇をした顔つきは妙にユーモラスな印象を受ける。
 しかし藤宮は特にユーモア感覚を刺激された様子はなく、現れた怪獣を観察した。
「硬い外皮に太い手足、典型的な地底怪獣の一種だな。目が退化していないのは、地上での活動力もあるという証拠」
 渓谷怪獣キャッシー。藤宮は知らないが、これがこの怪獣の名前である。一説では怪獣ゴーストロンの仲間とも言われるが、動きは鈍く、大半は眠っているために生態にはまだ謎が多い。
 しかし藤宮はざっと怪獣の特徴を分析すると、これが破滅招来体によるものではなく、自然の怪獣が住処の異変で無理に起こされてきたのだということを確信した。
 怪獣がのろのろと人里の方向へと歩き出していく。このままでは、怪獣に悪意がなくても被害が出てしまうだろう。藤宮は傍らに持っていたバッグから、バイザー型の装置と拳銃型の発射機を取り出し、怪獣の頭部へ向けて受信機を発射した。
「コマンド、m2m1242m、Enter。住処に戻れ」
 装置を介して藤宮が怪獣の頭部に撃ち込まれた受信機に信号を送ると、キャッシーはフラフラと頭を振って、眠そうにあくびをすると元来た山に向かって戻りだした。

977ウルトラ5番目の使い魔 62話 (4/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:46:59 ID:TiRezyjA
 これは藤宮の発明品のひとつ、機械語デコーダー。怪獣の頭に信号を送り、ある程度の行動をコントロールすることができる。ただ、怪獣に強い意思があると反抗されて操れなくなってしまうが、寝ぼけて意思の薄弱なキャッシーには効果てき面であった。
 キャッシーはまだ全然寝たりなかったらしく、出てきた山の穴に頭を突っ込むと、そのまま地底に潜って帰っていった。藤宮はバイザーを外すと、返事を待っている我夢に向かって結果を知らせた。
「我夢、こっちも終わった。怪獣は無傷だ、周辺の地殻が安定しているのも確認してある。少なくとも数百年は出てくることはないだろう」
「お疲れ様。ごめん藤宮、君にもいろいろ手間をかけさせてしまって」
「気にするな。この世界の安定は、この世界とつながっている俺たちの世界の安定にもつながる。それに、今はとにかく不安要素を少しでも減らしていくほかはないだろう」
 藤宮は我夢に答えながら、バッグの中に残っている受信機の残数に目をやった。
 この数か月前に怪獣によって地殻が荒らされたため、眠っているだけだった地底怪獣たちが地上に現れる事例が増えてきており、藤宮はその対処に飛び回っていたのだ。
 怪獣は人間にとって脅威ではあるが、余計な手出しをしなければ無害であることも多い。何より、怪獣たちもまた自然が生んだ自然の一部なのだ、人間の都合だけで排除していけば、いつか自然のバランスが崩れ、そのしっぺがえしは人間に降りかかってくる。
 しかし、我夢と藤宮はそれぞれ順調に目的を果たしているはずなのに、あまりうれしそうな様子はなかった。
「藤宮、そっちのほうはその、平和かな?」
「平和だ、途中にある村々の様子も見てきたが、どこも静かなものだ。我夢、お前は何を見ている?」
「平和だね。空から見下ろす限り、どこの街や村も活気に満ちてるよ。戦争のおもかげなんてどこにもない……いや、傷跡は見えるけど、誰もそれを気にしてない」
「俺たち以外は、な」
 意味ありげな言葉を返すと、藤宮は山を下り始めた。そこに、我夢の声が不安そうに響く。
「ねえ藤宮、本当にこれでよかったんだろうか?」
「迷うな、我夢。あのときに、満点の回答を出すことなどは誰にも不可能だった。だがこれからの事態を利用していくことならできる。考えようによっては好都合なことも多い、今はこの好機を生かすことを考えるべきだ」
「わかったよ、僕もこれから戻る。あいつのことは、今はあの人たちに任せよう。もしも、あいつが僕らの世界にまで目をつけたら破滅招来体に匹敵する脅威になる。なんとしても、この世界で野望を断念させないと」
 ふたりの胸中には、今この世界に侵食してきている侵略者のことがよぎっていた。いや、本人は侵略行為は否定しているから侵略者とは呼べないかもしれないが、他人の土地に勝手に入ってきて好き勝手をやっている以上、やはり侵略者と呼ぶべきだろう。

978ウルトラ5番目の使い魔 62話 (5/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:47:45 ID:TiRezyjA
 以前に一度、立体映像で対峙したときの宇宙人の尊大な姿は忘れられない。奴はふてぶてしくも、自分たちウルトラマンに対しても脅迫じみた要求を突き付けてきたのだ。
 そのときに、その宇宙人が突き付けてきた要求の、破滅招来体でもやるかという悪辣さには一瞬冷静さを失いかけた。
 しかし、我夢たちの地球では、いわゆる〇〇星人といった宇宙人は現れていないが、ゼブブなどの例から地球外知的生命体の存在は確認されており、その宇宙人が要求の内容を確実に実行できるであろうことは、疑う余地がなかったのだ。
 宇宙人の要求を、結局そのとき拒絶することはできなかった。そして今日、我夢と藤宮はささやかな抵抗として、ハルケギニアに内包する災厄の芽を摘んでいっている。あの宇宙人は、自分たちウルトラマンと直接対決する気はないと明言したが、目的のためにこれから暗躍をはじめるとも宣言した。なにを仕掛けてくるか、想像もできないが、少しでもあの宇宙人の悪だくみに利用できるものを減らせば、それだけ救える者を増やすことにつながる。
 だが……我夢と藤宮は、それとは別に、ひとりの友人の心配をしていた。
「タバサ……」
 あの日以来、彼女も姿を消してしまった。
 万一のことがあったとは思わない。しかし、人間である以上、絶対がないということもわかっている。事実、自分たちも過去には何度も過ちを重ねた。
 だが、だからこそ信じてもいる。恐らく、今タバサが直面しているのは彼女の人生で最大の壁だろう……そのときに、あちらの世界で経験したことは必ず役立つはずだ。
 
 我夢と藤宮の活躍で、ハルケギニアは人知れず安定を取り戻しつつある。もしも今の状況がなかったら、とてもこううまくはいかなかったに違いない。
 
 そして、人知れず活躍しているウルトラマンは彼ら二人だけではない。
 ハルケギニアは狭いようで広く、しかも電信などがあるわけではないから辺境で事件が起きても伝わりにくい。そこで、もし宇宙人や怪獣が事件を起こしても、助けを呼ぶ声が届くころにはすべてが終わっていることもありうる。
 ならばパトロールをするしかない。見回りは大昔から、事件を未然に防ぐためにもっとも基本とされてきたことだ。今でも、ハルケギニアのどこかでは謎の風来坊が旅を続けていることだろう。
 そして、ウルトラ戦士がパトロールするのは地上だけではない。ハルケギニアの天空を象徴するふたつの月では、小規模ながらも極めて重大な戦いが起こっていた。
『ビクトリューム光線!』
 ハルケギニアの衛星軌道。ウルトラマンジャスティスの放った赤色の光線が、赤い月を背にした赤い怪獣に突き刺さる。始祖鳥にも似たシルエットの中央を射抜かれ、宇宙有翼怪獣アリゲラは目を持たない頭部から断末魔の叫びをあげて爆散した。
 アリゲラの最期を、ジャスティスは爆炎が収まるまで黙祷のようにじっと見つめていた。好き好んで倒したわけではないが、異様に凶暴性が高い個体で倒さざるを得なかった。三十年以上も前にも、アリゲラの同族はこの星にやってきたことがあるが、別宇宙ではアリゲラは群れで移動する光景が確認されていることから、そのときのも今回のも群れからはぐれたか追放され、そのために凶暴化した個体だったのかもしれない。
 ジャスティスはハルケギニアの星を振り返り、宇宙正義の代行者としての自分の役割としては異例なほどこの星に肩入れするなと思った。本来ならば、コスモスもこの星に来た以上、自分は宇宙の別の問題を解決するために旅立ってもいいはずだが、この星を今狙っている相手は悪質さのレベルでいえばジャスティスの知る限りにおいてもそうはいない。無視して、もしこの星の外にまで手を伸ばされたらまずい。

979ウルトラ5番目の使い魔 62話 (6/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:48:52 ID:TiRezyjA
 それに、もしそれによってハルケギニアが宇宙にとって危険な存在になると判断されたら最悪の審判が下されるかもしれない。そうなれば、この星の人々は……ジャスティスは、ジュリとして接したこの星の人間たちのことを思った。
 
 一方、青い月でも重大な戦いが終わろうとしていた。
『ナイトシュート!』
 ウルトラマンヒカリの放った光線に薙ぎ払われて、十数体の宇宙怪獣が宇宙の藻屑に変えられていく。
 青い月の光に照らされる青い戦士と対峙するのは、宇宙斬鉄怪獣ディノゾールの群れ。数にしたら数百体は下らないであろう、それの進行方向に立ちふさがるヒカリの存在は後続のディノゾールたちに明確な警告を与えていた。
「戻れ、ここから先はお前たちの場所ではない」
 ディノゾールたちは進撃をやめ、再度進撃を試みたとき、結果は再度同じく展開された。
 無理やり道をこじ開けようとして、宇宙の塵となった同族の残骸を後続の生き残りたちは数百の憎悪の眼差しで見つめた。ディノゾールたちは、眼下にある惑星に降りたかった。あの青い星には、ディノゾールが生きるのに必要な水素分子、すなわち水が無尽蔵にあるに違いないからだ。
 が、屍となった先鋒たちの犠牲は今度は無駄にはならなかった。ディノゾールたちは、黄金境の境にある激流の大河に身を躍らせる愚をようやくにして悟り、しぶしぶながら群れの進路を来た方向へと切り替えたのである。
 名残惜しそうなディノゾールたちを、先頭で率いる一頭が吠えて従わせているのをヒカリは見た。あれが群れの新しいリーダーなのだとしたら、あの群れはなかなかに幸運なのかもしれない。
 ディノゾールたちが宇宙のかなたへ去ると、ヒカリはほっと息をついた。
「この星を目指す宇宙怪獣はまだ絶えない。以前にヤプールの配置した時空波の影響が完全に消えるには、まだかかるかもしれないな」
 ヒカリは科学者らしく冷静に分析して、その結果には憮然とせざるを得なかった。宇宙は広大である、怪獣や宇宙人を呼び寄せる時空波の元凶はすでに破壊されて久しいが、影響を受けた怪獣がいつ来るかはバラバラだ。すぐ来る奴もいるだろうし、それこそ百年経ってやっと来る奴もいるかもしれない。
 余計な仕事を増やしてくれる。ヒカリはヤプールに対して心の中で毒を吐いた。彼は宇宙警備隊の仕事を嫌っているわけでは決してないが、警察や消防は暇であるほうが望ましいのだ。
 しかし、今のこれさえも懐かしく思えるような死闘がいずれ訪れるであろうことは、逃れがたい事実なのだ。聖地はいまだ不気味に胎動し、ウルトラマンでさえ容易に近づけないそこからは、邪悪な気配が日々濃くなっている。
 必ずその時はやってくる。ならば、備えておく努力を怠るべきではない。ヒカリは宇宙からの接近がこれ以上ないことを確認すると、今度は地上のパトロールをするためにハルケギニアに戻っていった。
 
 世界は、見えないところで、見えない敵から、見えないうちに守られている。

980ウルトラ5番目の使い魔 62話 (7/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:50:07 ID:TiRezyjA
 しかし、そうしたウルトラマンたちの奮闘も、あの黒幕の星人からすれば冷笑のタネでしかない。
 
「さて、ご覧いただきどうでしたか、ウルトラマンの方々のご活躍。いやあ、よく働かれますね本当に、過労死って言葉を知らないんでしょうか? 正義の味方って大変ですね」
 
「うん? どうしました悔しそうな顔で。ははあ、あの方たちが苦労しているのに自分たちは何もできないのが嫌だと?」
 
「いやいや感心ですねえ。でもそれじゃ何事も楽しめませんよ? 特に、この星の人間たちはちょっと前まで戦争で大変だったんですから、私が言うのもなんですが、せっかくの休暇を楽しませてあげなくちゃかわいそうですよ」
 
「では、気分転換にもうひとつ愉快な光景をご覧に入れましょう。私にとっては失敗談ですが、あなたがたには楽しめるでしょう。実はちょっと前、次の計画のために協力者を求めに行ったんですが、いやあ人選ミスでしたねえ……」
 
 
 宇宙人は肩をすくめて残念そうなしぐさをしながら、しかし声色は自分も笑いをこらえきれないというふうに震わせながら語り始めた。
 そう、あの事件はもはや笑うしかないと言うべきだろう。なぜなら、それはあのミジー星人に関わることだからである。
 
 知略宇宙人ミジー星人。宇宙人はそれこそ星の数ほど種族がいるが、これほど名前負けしている宇宙人はほかにいないだろう。
「ほしい、私はなんとしてもこの星が、ほしい」
 と、侵略宇宙人たちが思っても普通は口にしないことを堂々と言い、ウルトラマンダイナに都合三度も負けている。
 その後、どういう経緯をたどったのかハルケギニアにたどり着いた彼らは、生きるために魅惑の妖精亭で住み込みでバイトしながら生活してきたが、いまだに侵略の夢は捨てていない。
 しかし、そんなミジー星人たちに、最大のピンチが訪れていた。

981ウルトラ5番目の使い魔 62話 (8/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:51:59 ID:TiRezyjA
「待てーっ! コラーっ! ミジー星人ーっ!」
「うわーっ! お助けーっ!」
 アスカに追われて、三人のオッサンが荷物を抱えて町中を逃げていた。
 彼らは、ミジー星人が人間に化けたミジー・ドルチェンコ、ミジー・ウドチェンコ、ミジー・カマチェンコ。そして、追っているアスカは言うに及ばずウルトラマンダイナである。
 ただ、いくら両者に因縁があるとはいっても、この広い世界で両者が鉢合わせをする可能性はそう高くはなかっただろう。しかし、ミジー星人には運悪く、この世界でアスカは過去に数名の知己を作っていた。その中のひとり、カリーヌはアスカを過去の恩人であり戦友であるとしてすぐに探し出し、もう一人、シエスタの母であるレリアは魅惑の妖精亭のスカロンと親戚だったので、三十年ぶりのつもる話を魅惑の妖精亭でしようということになり……必然的に両者は顔を突き合わせることになったのだ。
「ああっ! お前ら、ミジー星人!」
「あああああああーっ! 逃げろーっ!」
 次元を超えて巡り合った因縁の両者。しかし、アスカは都合三回もミジー星人のせいでろくでもない目に合わされ、ミジー星人も連敗が重なった経験から、顔を合わすと即追いかけっこが始まった。
「待てーっ、逃げるな!」
「うわーい! お助けー」
 追いかけっこは続く。もしもこのとき、追いかけていたのがアスカひとりだったらミジー星人もここまで逃げなかったかもしれない。しかし、魅惑の妖精亭で鉢合わせをしたとき、大声で叫びあったアスカとミジー星人たちの関係をカリーヌが問い詰め、アスカが「奴らは地球を何度も侵略しようとした宇宙人なんだ!」と、正直に答えたことで、ミジー星人の敵はトリスタニアの官憲にまで拡大してしまったのである。
 それでも、ミジー星人たちは捕まらずに逃げ回った。彼らは地球でも指名手配にされたときに逃げ回っていた経験があったし、長いトリスタニアの生活で地形を熟知していた。それに、今のトリスタニアは復興の途中で隠れられる場所がたくさんあったし、取り締まりをおこなう衛士の数も足りなかった。そして何より、小悪党というものは逃げ足が速いと昔から相場が決まっているものだ。
 が、時間の経過はミジー星人たちの助けにはならなかった。なぜなら日数を費やすごとに、トリスタニアのあちこちに、ドルチェンコ、ウドチェンコ、カマチェンコの似顔絵が描かれた手配書が貼り付けられ、さらには新聞でもでかでかと記事にされている。
「うーん、ガリアで原因不明の爆発事故多発に、辺境では次々と子供が行方不明に、ぶっそうなことだなぁ。ん? ああ、宇宙人だぁ!」
「わーあ! 逃げろーっ!」
 という具合に、どこへ行っても正体がバレてしまうのである。もはやトリスタニアの住人全員がミジー星人を探し回っているといってもいい。

982ウルトラ5番目の使い魔 62話 (9/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:52:59 ID:TiRezyjA
 四面楚歌とはまさにこのことだろう。しかし彼らはそれでも逃避行を続け、今日も昼間、なんとか追っ手をまいたミジー星人の三人組は、人気のない空き家でこそこそと夜露をしのいでいた。
「今日でもう何日目かしら。これから、どうなるのかしらねアタシたち?」
「さあねえ、でも街から外には検問で出られないし、妖精亭にも今さら帰れないしなあ。どうなるんだろう」
 不安げなカマチェンコに、ウドチェンコも疲れた声で答えた。これまで宇宙人であることを隠して何とかやってこれたのに、まさかダイナまでこっちに来るとは思わなかった。ダイナにはそう、恨まれていないほうがおかしいということをやってきたので、追いかけられるのも当然なのだが、それにしたっていつまで続くのだろうか。
 持ち出してきた食料も残り少ない。魅惑の妖精亭の温かいまかない飯が懐かしい……
「妖精亭、どうなったかしらね。宇宙人をかくまってたって、ひどいことになってなければいいけど」
 カマが、心配げに窓から夜空を見上げてつぶやいた。いまごろ、スカロンのおじさんやジェシカたちもこの空を見上げているかもしれない。
 だが、その心配は杞憂であった。魅惑の妖精亭はこれといって掣肘を受けることもなく、今日も普通に営業に精を出している。
「さーあ妖精さんたち、今日もはりきってお仕事しましょう!」
「お父さん、料理がまだ出来上がってないから、わたし厨房を手伝ってくるね」
「ごめんねジェシカちゃん。んもう、皿洗いが減っちゃったからペースが乱れてしょうがないわね。ドルちゃんたち、いまごろどうしてるのかしら?」
「おなかがすいたらそのうち戻ってくるでしょ。ペットのエサ代は未払いのお給金から引いておくとして、さぁて、今日もがんばらなきゃ!」
 魅惑の妖精亭は、元々こういう店だということが公式なので、宇宙人が紛れ込んでいても、あまり驚かれることはなかった。それにこの地域を担当しているチュレンヌが温厚であったことと、なにより店の常連たちが気にも止めなかったことが大きい。男たちにとっては、宇宙人よりかわいい女の子のほうが重要であったのだ。
 スカロンやジェシカは、役人の取り調べに対して三人組を特に抗弁はしなかったが糾弾もしなかった。来るものは拒まず、去るのならばそれもよし。夢の世界への門はいつでも開いている、それが魅惑の妖精亭だ。
 しかし、そんなことを知る由もないミジー星人たちは、今日も寂しく逃亡生活を送っていた。
 しだいに逃げ場がなくなっていくことに元気のないウドチェンコとカマチェンコ。ドルチェンコだけは、まあ性懲りもない様子で吠えている。
「おのれダイナ、我々のハルケギニア侵略の野望をまたしても邪魔しおって。今に見ていろ、次こそは必ずやっつけてやるからな!」
 どこからこれだけのやる気が湧いてくるのやら、まさしく揺るぎないファイティングスピリットの持ち主である。ウドチェンコとカマチェンコは、ハァとため息をついているが、ドルチェンコにはまだ切り札があった。
「まだだ、まだ我々にはアレがある。なんとかしてこの街を脱出できれば、森に隠してある秘密兵器でダイナをあっと言わせてやることができるのだ」
 そう、ドルチェンコの心にはまだまだ野望の火が赤々と燃えていた。初めて地球にやってきたときから、彼だけはまったく変わらずに侵略宇宙人の本分を保ち続けてきたのだ。

983ウルトラ5番目の使い魔 62話 (10/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:54:14 ID:TiRezyjA
 が、手段がなければどんな壮大な計画も絵に描いたモチロンでしかない。ドルチェンコのやる気とは反比例して、もうこのトリスタニアにミジー星人たちが安住できる場所はほとんど残っておらず、もう明日にでも捕まるのは確実と思われた。
 だが、そのとき彼らの前に、あの宇宙人が姿を現したのだ。
 
「こんばんわ、ミジー星人の皆さん。お困りのご様子ですねえ」
「うわっ! なんだ、ど、どこの宇宙人だぁ?」
 
 すっと、幽霊のように現れたその宇宙人に、ミジー星人たちは腰を抜かして部屋の隅まで後ずさってしまった。
 しかし、宇宙人は気にした様子も見せずに、堂々とミジー星人たちに向かって話し始めた。
「これは失敬。私、こういう者で、あなた方がお困りなのをたまたま見かけましてねえ。同じ宇宙人同士、お助けしてさしあげたいと声をかけさせてもらったんですよ」
 名刺を差し出しながら宇宙人はあいさつした。しかしミジー星人たちも、見ず知らずの宇宙人から助けてやると言われてすんなり信用するほど馬鹿ではない。
 当然、怪しんで、スクラムを組んでひそひそと話し合った。
「怪しい、怪しいぞ。ああいう奴は昔からろくな奴がいないぞ、アパートのボロ部屋を貸しておいて家賃だけはしつこく取り立てるタイプだ」
「そうだそうだ、レンタルビデオをまとめ借りしてから引っ越して逃げるタイプの顔だな、アレは」
「ああいう作ったようなイケメンってろくなのがいないのよ。きっと前世はビール腹のオッサンよ、自分とよく似たペットの自慢とか、お客にするとウザいタイプに違いないわ」
 地球での貧乏生活やバイト経験から、無駄に人を見る目が上がっている三人組は言いたい放題を言った。
 一方で、宇宙人のほうはといえば、聞こえてはいるけどわざわざ来た以上、ここで怒るわけにはいかない。頭の角あたりをピクピクと震わせて、人間でいえば青筋を立てているというふうな表情であろうが、とにかく気を落ち着かせて話を続けた。
「お、おほん。人を第一印象で判断しないでいただきたいですね。私はただ、同じ宇宙人のあなたがたがみじめな生活をしているのを見かねてお助けしようとしているだけです。それに、小耳に挟みましたが、あなた方もウルトラマンには少々因縁があるみたいですね?」
「お、おうそうだ。あのウルトラマンダイナのおかげで、我々の侵略計画は台無しになって、こんなみじめなことに。おのれぇっ! って、あんたもウルトラマンにやられたことがあるのか?」
「いいえ、私はウルトラマンと戦ったことはまだないですが、同胞が昔お世話になりましたものでね。どうです? もののついでに、因縁のウルトラマンに復讐してみませんか?」
 それを聞いて、ドルチェンコの頬がぴくりと揺れた。
「ははあ、なーるほどそれが狙いだなぁ? 我々を、お前の侵略活動の手下に使う気だな。どうだ、当たっているだろう?」
 ドヤ顔のドルチェンコに対して、宇宙人はそっけなく答えた。

984ウルトラ5番目の使い魔 62話 (11/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:55:55 ID:TiRezyjA
「どうでしょう? 適当な理由が聞きたいならいくつか言って差し上げられますが、ではどうすれば信用していただけますか?」
「フン、お前が信用できるかなんてどうでもいいわ。偉そうなことを言えるだけの力を持っているか、そこのところどうなんだ? ええ?」
「ほほお、なるほど。あなた方も侵略宇宙人のはしくれではあるようですね。ではひとつ、最近トリスタニアの人間たちが変だとは思っていませんか? 実はあれ、私がやってるんですよ」
「なに? そういえば、最近街の連中がやけに能天気になってるように見えたが……お前、なにを企んでるんだ」
「さあて、でもあなた方には別に害にはなりませんのでご安心を。それより、あなた方には時間がないのでは? 私の話に乗るもよし、ここで夜が明けたら捕まるもよし、私は別にどちらでもかまいませんがねぇ?」
「あっ、そうだった!」
 ドルチェンコはそこで、やっと自分たちが追われる身だったということを思い出した。
 慌てて円陣を組み、もう一度話し合う三人組。
 相手の言う通り、夜が明けて捜査が再開されれば捕まってしまう可能性は高い。そして捕まれば、トリスタニアの人間は以前に起こったツルク星人の大暴れの記憶から宇宙人に対して厳しく、もしかしたら死刑にされるかもしれない。
 野望とプライドに、生存本能が勝るのに時間は必要としなかった。
「お、おいお前。一応聞いておくけど……用が済んだら「もうお前は用なしだ」とか言ってきたりしないだろうな?」
「そこはご心配なく、私はそんなにケチなタチじゃありません。なにせ私の種族は太っ腹ですからねぇ。おっと、ミジー星ではケチのほうが誉め言葉でしたっけ。ではケチにふるまって差し上げましょうか?」
「いえいえ、太っ腹で! 太っ腹でお願いします」
 嫌味に言い返す宇宙人に、ミジー星人の三人組はなかば土下座で頼み込んだ。もう恥も外聞もあったものではないが、命あっての物種だ。
 とりあえずはこれで契約成立。数分後には、三人組はワンゼットの隠してあるトリスタニア郊外の森の中へと飛んでいた。
 
 
「おお、これだこれだ。これさえあれば、どんな敵も恐れるに足らずだ。フフ、フハハハ!」
 森の中に横たわる機械の巨人、侵略兵器獣ワンゼット。それはかつてデハドー星人が地球侵略のため送り込んできたロボット怪獣であり、ウルトラマンダイナを正面から完封するほどの強さを持っている。
 ミジー星人たちは、地球でいろいろあってワンゼットをコントロールする手段を手に入れ、ダイナにとどめを刺す寸前まで追い込んだことがあった。が、やっぱり最後のツメが甘く、ワンゼットはレボリュームウェーブで消滅させられ、ミジー星人たちもその後、逃亡生活の末にワンゼットと同じく時空を超えてこの世界に流れ着いてしまった。

985ウルトラ5番目の使い魔 62話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:57:25 ID:TiRezyjA
 以来、ミジー星人。というかドルチェンコは、このワンゼットさえ再起動させられれば、ハルケギニアを征服できるとして野望の火を絶やさずにいた。その点、アスカの危機感は正しかったことになる。
 もっとも、起動できたらの話であるが。
「コケが生え始めてますねぇ。コレ、相当長いこと放置してたみたいですね」
 宇宙人が、もはやカムフラージュせずとも森に同化しかけているワンゼットのボディを眺めて言った。
 ミジー星人たちは返す言葉もない。それはそうだ、そんな簡単に直せるんだったらデハドー星人の面子にも関わるだろう。ミジー星人も高度な科学力を持つとはいえ、工場も資材もまともに揃えられないこのハルケギニアでは機械を自作することなんて、砂漠で米を作るくらいに難しい。
 ドルチェンコは、ポケットから携帯のストラップについている人形くらいのサイズのロボットを取り出し、ぐぬぬと悔しそうにつぶやいた。
「この、超小型戦闘用メカニックモンスター・ぽちガラオンⅡさえ完成すれば、ワンゼットを再起動させられるのに。ぐぬぬぬぬぬ」
 ワンゼットは完全な自律型のロボットではなく、実はデハドー星人のアンドロイドによって操られる搭乗型のロボットなのだ。ミジー星人たちは以前、ぽちガラオンをワンゼットの内部に潜入させて暴れさせることによって、もののはずみでワンゼットのコントロール権を奪うことに成功した。つまり、もう一度ワンゼットの内部にぽちガラオンを送り込めればワンゼットを起動させられるかもしれないのだ。
 もっともその隣で、ウドチェンコとカマチェンコがひそひそと囁きあっていた。
「ほんとはワンゼットの中に、前のぽちガラオンが残ってるはずだから、コントローラーだけ作ればいいはずなんだよねえ」
「ノリと勢いで作ったから、前のやつの作り方を覚えてないなんてやーよねえ。アタシたちのお給料もほとんど突っ込んでるのに失敗ばかりだし、だからジェシカちゃんがいつも怒るのよ」
 つまりは、物理的な制約にプラスしてドルチェンコのマヌケが原因でいまだにワンゼットは動かせていなかったのだ。
 しかし、今ここでワンゼットを動かせなければミジー星人たちの進退は極まる。ドルチェンコは、ウドチェンコとカマチェンコに向かって力強く言った。
「あきらめるな! まだ方法はある」
「どんな?」
 頼もしく言い切ったドルチェンコに、ウドチェンコとカマチェンコが視線を送る。するとドルチェンコは宇宙人の前に膝をついて。
「お願いします」
 と、土下座した。
「ダメだこりゃ!」
 盛大にズッこけるウドチェンコとカマチェンコ。宇宙人もこれは予想していなかったのか、ガクっと腰の力が抜けたようであるが、なんとか立ち止まって答えた。

986ウルトラ5番目の使い魔 62話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:59:42 ID:TiRezyjA
「ウフフフ、あら素直な人ですね。でも、身の程をわきまえている人は好きですよ。では、約束してもらえますか? あなた方のウルトラマンへのリベンジには手を貸しますが、そのタイミングは私に任せてもらうとね」
「わかったわかった。あんたの言うとおりにする、だから力を貸してくれ。ほらお前たちも、このとおりだ」
「お願いします」
 ミジー星人三人組の土下座は、滑稽と言うか哀れを感じさせるものであった。しかし、その卑屈な態度は宇宙人の優越心を非常に満足させ、彼はうんうんとうなづくと言った。
「よろしい。では、あなたがたの願いをかなえてあげましょう。このロボットを、私の修理で使いやすく直してあげましょう」
「おお、できるのか!」
「もちろん、生き物をよみがえらせることもロボットを直すことも変わりありません。簡単なものですよ」
 自信たっぷりな態度は嘘ではない。ある程度以上に力を持つ宇宙人にとって、倒された怪獣やロボットを同じ区分で復活させるのは別に珍しいことではないのだ。
 怪獣は生き物で、ロボットは作り物。これらは一見するとまったく別のものに思われる。しかし、かの怪獣墓場にはどういうわけかロボットの幽霊(?)も漂っており、キングジョーやビルガモの幽霊(?)もいるという意味のわからない状況が実際に起きているのだ。
 まさに宇宙にはまだまだ謎と神秘が数多い。そして、宇宙人はワンゼットの前に立つと、ミジー星人たちに向かって告げた。
「では復元を始めましょう。ただ私の力も無限ではないので、ちょっとイメージ力を貸していただきますよ。あなた方の、ウルトラマンに対する復讐心を強くイメージしてくださいね」
「わかった! ようし、つもりにつもったダイナへの恨み。お前たち、いくぞ!」
「ラジャー!」
 ミジー星人の三人は、スクラムを組んでダイナへの恨みを強くイメージしだした。
 思えば、はじめて地球にやってきたときにガラオンの製造工場を見つかってしまったのが運の尽き、あれさえなければ全長四百メートルにもなる完全体ガラオンで地球なんか簡単に侵略できるはずだった。
 だが頭だけしかできてないところで出撃するハメになり、ウルトラマンダイナにやられてしまった。
 おのれダイナ、ガラオンさえ完璧であったなら!
 その次はなんとか逃げ切れたガラオンを使ってダイナを追い詰めたが、あと一歩のところでエネルギー切れで負けてしまった。
 おのれおのれダイナ、ガラオンさえエネルギー切れにならなかったら!
 それからは、SUPR GUTSに捕まって、よりによってダイナを手助けするはめになってしまった。

987ウルトラ5番目の使い魔 62話 (14/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:02:24 ID:TiRezyjA
 おのれおのれおのれダイナ、ガラオンさえあったならお前なんて!
 ミジー星人たち三人の(八割がたドルチェンコの)怨念がパワーとなり、その力を使って宇宙人はワンゼットに復活パワーを注ぎ込む。
 まばゆい光がワンゼットを包み、その光が晴れたとき、そこには雄々しく立つワンゼットの雄姿が……なかった。
「えっ?」
「あら?」
「こ、これは」
「あれまあ」
 四者四様の驚きよう。彼らの前にそびえたっていたのは、怒り、泣き、笑いの三つの顔を持つ頭だけの巨大ロボット、そうつまり。
 
「ガラオン!?」
 
 ミジー星人の三人は、懐かしく見間違えるはずもない、その個性的なフォルムに目が釘付けになった。
 これはいったいどういうことだ? ワンゼットを復活させるはずだったのに、なんでガラオンがいるんだ?
 目を丸くしているミジー星人たち。しかし宇宙人は、しばらく考え込んでいたが、ふと手を叩くとおもしろそうに言った。
「そうか、イメージしているときにあなた方はこのロボットのことばかり考えていたんでしょう。だからイメージが反映されてこうなっちゃったんですねぇ。いやあ失敗失敗」
 予想外の出来事にも関わらず、愉快そうに笑う宇宙人。
 なぜなら、この宇宙人にとってミジー星人たちの進退ごときは別にどうでもいい問題だった。目的のために騒ぎを起こす必要はあるが、自分が動いてウルトラマンたちを怒らせるより、自分と関係があるかどうかわからない使い捨ての手駒として一度でも働いてもらえればそれで十分。どうせウルトラマンたちを倒そうなどとは、この星では考えていない。
 とりあえず、ミジー星人たちは言いなりにできる。思えばワンゼットの復元に失敗したのも、考えようによってはいいことかもしれない。こんなマヌケな格好のロボットでは、いくらミジー星人がアホでも何もできないだろう。
「他人の生殺与奪を好きにできるということほど楽しいものはないですねえ」
 ミジー星人たちに聞こえないよう、声を抑えて宇宙人はつぶやいた。後はこいつらをハルケギニアの官憲に捕まらないよう保護してやる振りをしつつ、いくつか考えてある策に組み込んで適当に暴れてもらえれば、後は野となれ山となれで知ったことではない。

988ウルトラ5番目の使い魔 62話 (15/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:04:24 ID:TiRezyjA
 しかし、宇宙人はミジー星人たちの”小物っぷり”を甘く見すぎていた。
「あら? あの人たちは?」
 ふと、隣を見た宇宙人はいつの間にかミジー星人の三人がいなくなっているのに気付いた。
 そして、どこに? という疑問の解消に、彼の努力は必要とされなかった。なぜなら、彼の眼前で、ガラオンが猛烈なエンジン音をとどろかせて動き出したからである。
 
「なっ! あ、あなたたち!」
 
 宇宙人は、ガラオンの起こす振動と排気ガスの勢いで吹き飛ばされかけながらも、動き出したガラオンに向かって叫んだ。
 もちろん、動かしているのはミジー星人たち三人に他ならない。
「すっごーい! エネルギーが、前のガラオンのときの何十倍もあるわ。これなら、いくら動き続けたってへっちゃらそうよ」
「パワーもだぞ。こりゃ、スーパーガラオンって呼んでもいいな。でも、いったいどうしたんだろう?」
「フフ、どうやらワンゼットがガラオンに再構築されたときに、そのジェネレーターなどはそのまま組み込まれたようだな。だが、我々にはガラオンのほうがむしろ合っている。ようし、いくぞお前たち!」
「ラジャー!」
 ドルチェンコの指示で、カマチェンコとウドチェンコが操縦用の吊り輪を掴む。そしてガラオンは、怒りの表情を向けて、トリスタニアの方向へとドタドタドタと進撃を始めた。
 当然、唖然と見ていた宇宙人は激怒して叫ぶ。
「待ちなさいあなたたち! いったいどこへ行こうというのですか!」
 それに対して、ガラオンからドルチェンコの声がスピーカーで響く。
「フハハハ、聞かなくてもわかることよ。いまこそダイナに積もり積もった恨みを晴らすのだ!」
「なんですって! およしなさい! 今、余計な騒ぎを起こしても何のメリットもありません。戦いを挑むタイミングは、私にまかせる約束だったではないですか!」
「ダイナのことを一番よく知っているのは我々だ。ガラオンで出ていけば、奴は必ず現れる。ほかのウルトラマンが出てきても、このパワーアップしたガラオンなら敵ではないわ」
「そのロボットを修復してあげたのは私でしょう。恩人を裏切るのですか?」
「君の修理のおかげで使いやすくしてくれてありがとう」
「使いやすくしたぁ!?」
 さすがにこの時点で宇宙人もキレた。彼は自分がミジー星人たちの性格を見誤っていたことに、いまさらながら気が付いた。頭が良くて計画を立てて動く人間は、その場の勢いで考えなしに動くアホの思考を理解できない。
 いくらなんでもここまでアホな宇宙人はいないだろうと思っていた。しかしいた、もっとも珍獣を発見して喜ぶ趣味は彼にはなかったが。

989ウルトラ5番目の使い魔 62話 (16/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:07:10 ID:TiRezyjA
 ガラオンは土煙をあげながら、その不格好な見た目からは信じられないほどの速さで走っていく。
 まずい、このままではせっかく手間をかけて作り変えた舞台を台無しにされかねない。しかし、この宇宙人にはガラオンを力づくで止められるほどの戦闘力はなかった。
「ええい、仕方ありません! こうなったら、怪獣墓場から連れてきた星人か怪獣に止めてもらいましょう。計画が遅れてしまいますが、この際は仕方ない……ん?」
 そのとき、宇宙人のもとに、その怪獣墓場から連れてきた宇宙人のひとりからのコールが届いた。
 忙しい時に電話がかかってきたのと同じ不愉快さで、宇宙人はそのコールを無視しようかと思ったが、残っていた理性を総動員させて通話に応じることにした。
「なんですか? 今こちらは忙しいんですが……はい? なんですって」
 思念波での通信に応じて、相手の言葉を聞いたとき、宇宙人は思わず聞き返さずにはいられなかった。なぜなら、それは凶報というレベルではない問題を彼に叩きつけるものだったのだ。
「ちょっ! もう我慢できないって、怪獣墓場から連れ出してきたからまだ全然経ってないでしょう! ウルトラマンさえ倒せば文句ないだろうって、私はそういうつもりであなた方を連れ出したわけではって……切りやがりましたね!」
 一方的に通話を切られ、宇宙人は言葉遣いを荒げながら地団太を踏んだがどうしようもなかった。
 まったく、よりにもよってこんなときに。怪獣墓場で眠っていた怪獣や宇宙人の中から、ウルトラ戦士に恨みを持っていて、比較的実力のあるものを連れてきたつもりだったが、こんなに早く勝手な行動を起こすものが出るとは思わなかった。
 いや、冷静になって考えたら、アレを連れてきたのは間違いだった。宇宙ストリートファイトのチャンピオンだというから連れてきたが、あんなバカっぽい奴を信用するべきじゃなかった。
 頭のいい奴は割と簡単に従わせられる。しかし、バカを従わせることの難しさと偉大さを、彼は初めて痛感したのだった。
 後悔で思わず頭を抱えてしまった彼を、明け始めた朝の太陽が慰めるように照らし出していた。
 
 そして、新しい一日が始まる。
 
 夜のとばりが去り、トリスタニアは雲の少ない好天に恵まれて、実に爽やかな朝を迎えた。
 澄み切った空気を風が運び、家々の屋根の上では小鳥たちが歌を歌う。王宮では、バルコニーでアンリエッタ女王(仮)が、なぜか悲しそうな表情で朝焼けに涙を流していた。
 魅惑の妖精亭も、そろそろ夜なべの客に酒の代わりに水を渡して店じまいをする時間が近づいてきている。

990ウルトラ5番目の使い魔 62話 (17/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:09:05 ID:TiRezyjA
 が、そんな平和な朝も、トリスタニア全域に伝わる馬鹿でかい足音によって中断を余儀なくされた。
「うわっはっは! 出てこいウルトラマンダイナーっ!」
 猛進するガラオンがトリスタニアの大通りを驀進する。トリスタニアの通りは、怪獣が現れたときに備えてかなり広く作り直されているのは以前に述べたとおりだが、それでもガラオンほどの巨体が走り回る轟音は、どんな寝坊助も夢の国から引きずり出して窓を開けて外を見させるパワーを秘めていた。
「なっ、なんだありゃ!」
 トリスタニアの市民たちは、貴族、平民をとらずにあっけにとられた。
 そりゃそうだ、街中を怪獣とさえ呼べないような奇妙奇天烈な物体が驀進していく。早朝なので大通りにはほとんど人通りはなく、引かれる人間はいなかったものの、ガラオンは早くもトリスタニア全体の注目を浴びていた。
 唯一、魅惑の妖精亭でだけはジェシカやスカロンがため息をついている。
「ドルちゃんたち、ほんとに困った人たちなんだから」
 しかし、呆然とする一般人とは別に、軍隊は怪獣らしきもの出現の報を受けて動き始め、そしてミジー星人たちのお目当てであるダイナことアスカも、カリーヌに借りているチクトンネ街の仮宿でベッドから叩き出されていた。
「あいつら、またあんなもん出してきやがって」
 アスカにとって、見慣れたというより見飽きた姿のガラオンは懐かしさを呼ぶものではなかった。むしろミジー星人がらみでいい思い出のないアスカは早々にリーフラッシャーを取り出した。
「朝メシもまだだってのに、ちっとは人の迷惑を考えやがれ。ようし、すぐにスクラップにしてやるぜ」
 しかし、リーフラッシャーを掲げ、ダイナーッと叫ぶことで変身しようとした、その瞬間だった。アスカの耳に、別方向から悲鳴のような叫びが響いてきたのだ。
「おい空を見ろ! なんか降ってくるぞ!」
 アスカも思わず空を見上げ、そして青い空をバックにして垂直に落下してくるトーテムポールのような巨大なそれを見て絶句した。
 別の怪獣!? それは重力に引かれて落下してくると、街中に轟音をあげて着地した。
 今度はなんだ! 驚く人々は、派手な石柱に手足がついたような変な怪獣を見て思った。踊るような姿で停止しているそいつの胴体には、怒り、笑い、無表情の順で縦に顔がついており、アスカも初めて見るそいつが何者なのかと戸惑う。
 そしてそいつは、顔の額についているランプを光らせながらしゃべり始めた。
 
「久しぶりのシャバだジャジャ! ウルトラマンメビウスにやられた恨み、今日こそ晴らしてやるでジャジャ!」
「ぼくちんたちは蘇ったでシュラ。もうこの際はメビウスでなくてもいいでシュラ。この世界のウルトラマンたちを片っ端から倒して、ぼくちんたちの名前を再び全宇宙に響かせてやるでシュラ!」
「ではまずは、このチンケな街をぶっ壊して、ウルトラマンどもを引きずり出してやるでイン! 久しぶりに思いっきり暴れるでイン!」
 
 やっぱり凶悪怪獣だったか! 人々はうろたえ、アスカはそうはさせないと今度こそ変身しようとする。

991ウルトラ5番目の使い魔 62話 (18/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:10:16 ID:TiRezyjA
 しかし、そのときであった。ガラオンが突進の勢いのままに、そいつの真正面に飛び出してきたのである。
 
「うわわわわわ! ぶつかるぶつかる! ブレーキ、ブレーキッ!」
 
 ドルチェンコが悲鳴をあげ、ガラオンはキキーッと音を鳴らしながら急ブレーキをかけた。
 減速し、地面をひっかきながらガラオンはそいつの寸前で停止した。
 そして……
 
「……?」
「……?」
 
 突然に目の前に現れた同士、二体はお互いを見つめあった。
 固まったように動かず、見つめあう縦一列の顔と横一列の顔。
 
「怪しい奴!」
  
 かくて、トリスタニアの民に永遠に語り継がれる戦いが、ここに始まる。
 
 
 続く

992ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:17:21 ID:TiRezyjA
今回は以上です。
始まったばかりでこの始末☆はてさてこの先どうなりますことやら

993名無しさん:2017/08/10(木) 15:57:02 ID:vrpbj.56
ウルトラ乙

>「君の修理のおかげで使いやすくしてくれてありがとう」
∀?

994ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:54:42 ID:tnRMCI/M
新しい投下スレ立てました。

あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1502686395/


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板