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避難所用SS投下スレ11冊目
656
:
Deep River 第三話
◆BGjq.lB0EA
:2017/03/27(月) 00:54:34 ID:DkmUwvwg
同じ頃、ロマリアの大聖堂の巨大な一室では、一人の男性が鬼気迫る表情をしている拘束された少女に対しとある術をかけていた。
厳密に言えばそれは人間の少女とは違う。なぜならば彼女は頭に一対の角を持っていたからだ。
『ナウシド・イサ・エイワーズ・ハガラズ・ユル・ベオグ……』
まるで詩を詠うかのように美しく繊細な声が部屋いっぱいに反響する。
『ニード・イス・アルジーズ・ベルカナ・マン・ラグー!』
声が一頻り大きく響き、部屋の空気が陽炎の様にゆらっと揺れた後、術をかけられた少女の表情は一気にとろんと眠りそうなものになる。
そして男性は、今度は教会にある組み鐘が出すよう様な光沢のある声ではっきりと言った。
「君は今日一日何もしていない。そして君は心の内奥から聞こえてくる声を全く知らない。それが何時、そして何故起きるのか。どんな意味合いがあるのか何もかも。」
男性の言葉は、事情を知らないものが聞けば更にショッキングな物となっていく。
「君はここに来る前の事は何一つ知らない。すべて忘れている。どこでどんな人達とどんな風に過ごしたのか。何もかも。分かったかな?分かったなら『はい』とだけ返事をしたまえ。」
「はい……」
亜人の少女は虚ろな声で男性の声に答える。どう見ても一筋の疑問も持たずに。
男性はそれを見ると穏やかに微笑み、自分の配下の者に彼女を拘束から放つよう指示した。
自由の身となった少女は、生まれたての小鹿のようにふらふらと男性に向かって歩く。
それを見た男性は誰にも聞こえないよう小さく嘆息した。
「やれやれ……試験では何とか十日程は持つようになりましたが、安全のためにはまだまだこの処置を毎日続けなければならないとは……骨の折れる物ですね。」
少女は尚も前に向かって歩く。
彼女に偽りのアイデンティティーを与えた見目麗しき男性に向かって。
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