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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第六章

1 ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:10:47
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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168明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:37:34
>「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」

「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」

ウソだろ……普通義務教育で習うだろ。
「エリクサーはケチらず使いましょう」とセットで中学あたりの必修科目だろ!?
これがゆとり教育の弊害って奴か……こいつ俺より年上じゃなかったっけ。

だけどカザハ君は、何も教育に対する反骨精神で提案したわけじゃなさそうだった。
空を飛べるって点で、カザハ君は間違いなくこのパーティで最高の機動力を持つ。
ヴィゾフニールの場所さえ分かってるなら、サクサクっと敵避けて取りに行くことも可能だろう。

「……だけどお前、囲まれようがトラップ踏もうが、誰も助けに行けねえんだぞ。
 その辺お散歩すんのとはワケが違う。怖いモンスターがウヨウヨ湧いてるんだぜ」

カザハ君はバッファー寄りのサポート型だ。
デバッファーの俺が言うのもなんだが、単独で戦い続けられるタイプじゃない。
攻撃も防御も自己完結できるビルドでなきゃ、ソロ攻略なんてまず不可能だ。

「どの道、道中に都合良くヴィゾフニールがありゃいい話だ。
 頼むぜバロール……底意地の悪い設計だけはしててくれんなよ」

次の階層も判を押したように襲いかかってくる敵を蹴散らしながら、俺は隣の奴に声をかけた。

「ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね」

現状、俺はジョンに「ブラッドラストを使うな」とは言えない。
あいつの力を少なからずアテにしてるからだ。

ジョンは、自発的に力に呑まれようとしている。
ロイ・フリントを倒すために。――俺たちを、奴の手から護るために。
ブラッドラストなしには俺たちを守りきれないと、そう判断している。

……冗談じゃねえぞ。見くびってくれやがって。
何がブラッドラストだ。そんなわけの分からん呪いになんざ頼らなくても、俺たちは戦える。
あのフリントとかいうクソ野郎だって、呪いの力なしで叩きのめしてみせる。

169明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:37:51
そいつを証明する何よりの方法を、たった今思いついた。
――ジョンよりも速く、多く、敵を倒せば良い。あいつがスキルを使うまでもなく、困難に打ち勝てば良い。

ウジウジ悩むのにも飽きた。
苦しむあいつを前にして、オロオロするだけなんざ、もう御免だ。

「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」

ジョンをビシっと指差して、それから並み居るアニマゾルダート共を顎でしゃくった。

「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」

俺にはジョンの苦悩を理解することも、それを取り除いてやることも出来ない。
だけど、あいつが『助けて』って言ったことを、俺は忘れない。
助けられる資格がない?知ったことかよ。ハナから許可なんか求めちゃいねえぜ。

やるぞ、ガザーヴァ!
ジョンの返答を聞くより先に、俺はアニマゾルダートの群れに飛び込んだ。
ヤマシタがシールドバッシュを繰り出し、闇魔法で急所をぶち抜き、ガザーヴァが無双する。

笑っちゃうくらい不器用なやり方で、ガラじゃねえにも程があるけど、それでも。
不思議と心は動いた。


【ブラッドラストに張り合い始める】

170崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:07:41
『ブラッドラスト』を自ら発動させたジョンが、恐るべき攻撃力でモンスターたちを駆逐してゆく。
その姿は、まさに破壊の暴風。血煙の化身。
モンスターを使役する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるはずのジョン自身がモンスターになってしまったかのような、
そんな錯覚さえおぼえ、なゆたは呆然と立ち尽くした。

>ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?

《いやぁ……まったくだね。
 かつての私は結構厳選してモンスターを配置したつもりだったんだけれど。
 ジョン君のような存在のことは考えていなかった! だいたい、ブラッドラストなんてスキルはなかったからねえ!
 この場においては大いに助かるけれど、なんだか複雑な気分だなぁ!》

ジョンの言葉に、スマホ越しにバロールが妙な関心をしている。
血みどろ臓物まみれで嗤うジョンは、完全に常軌を逸しているように見える。
闘争バカで有名な十二階梯の継承者――『万物の』ロスタラガムさえ、ここまでの戦闘狂(バーサーカー)ではない。
これがブラッドラストの効果によるものなのか、それともジョンが元々内に秘めていたものなのか、なゆたには分からない。
だが――これだけは言える。
ジョンの破滅は、近い。

>それ以上は駄目! もうやめて!

なゆたと同じ危惧を抱いたのだろう、カザハがジョンに縋りつく。

>ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を!
 夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!

そうだ。
ブラッドラストの習得者は、例外なく破滅している。血まみれで凄惨な死を迎えるさだめが待っている。
なゆたの錯覚が現実のものとなる。ジョンは早晩本物の怪物と成り果て、敵味方の区別さえもつかなくなって――
そして、死ぬのだ。

>どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!
 ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね

だが、そんなカザハの必死の説得さえ今のジョンには何も響かない。
カザハを押しのけ、ジョンは破城剣を片手に、さらに先へ進もうとした。

>受け入れちまうのかよ、その力を……

明神も、ジョンがブラッドラストを躊躇いなく使用したことに対して驚きとも落胆ともつかぬ呟きを漏らす。
その気持ちは分かる。
今まで明神やカザハ、なゆたはジョンにブラッドラストを使わせまいと骨を折り、神経を使い、あらゆる手を尽くしてきた。
問題児ばかりのマル様親衛隊と一時的に手を組んだのだって、エーデルグーテまでの旅の負担を減らそうとしたからだ。
アコライト外郭を発ってからのパーティーの旅は、すべてジョン中心に回っていたと言っても過言ではない。
ジョンを死なせないために。ブラッドラストを進行させないために。
そんな気遣いを、ジョンはいともあっさりと踏みつぶした。
これで何もかもご破算だ。ここ暫くのパーティーの苦労は、すべて水の泡になった。

パーティーはジョンを守ろうとしてブラッドラストを使わせないようにした。
ジョンはパーティーを守ろうとしてブラッドラストを使った。

目的は同じなのに、仲間のことを想っているのは共通しているのに。
なぜ、こうも気持ちがすれ違ってしまうのだろう?
どうすれば、この齟齬を修正することができるのか――?
それを考えるのが、リーダーである自分の役目だろう。パーティーの気持ちをひとつにできないリーダーに、
リーダーの価値などない。

だが――

今のなゆたには、その答えを出すことができなかった。
ジョンがひた隠しにし、そして幻覚を見るほどに悩まされている、過去の罪。
それを聞いてしまった今は、猶更。

171崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:17:09
確かにジョンは過去、人を殺していた。
しかも、親友の妹を。家族のように、兄妹のように愛していた少女を。

『カルネアデスの板』という話がある。
緊急避難とも言う。あるとき船が難破し、乗組員のひとりが海に浮いた板切れにしがみついて一命をとりとめた。
その後もうひとり男が現れ、新たに板にしがみつこうと寄ってきた。
最初に板に掴まっていた男は、二人がしがみつけば板は沈んでしまい、二人とも溺れてしまう――と考え、
新たにやって来た男を突き飛ばした。
結果新たにやって来た男は死んだが、最初に板にしがみついていた男は助かった。
それは果たして、殺人に相当するのか――? という話である。

他者を救助する行動によって自らの生命が危ぶまれる場合、人間は自己の生命を優先してよい。
つまり、前述の逸話は殺人罪にはならない。
ロック・クライミングで崖から滑落し、一本のザイルに二人の登山者が掴まっているという場合でも、
上にいる人間は下にいる人間のザイルを切ってもやむなしと判断される。二人とも死んでしまうくらいなら、
ひとりを見捨てて片方が生き残った方がいいという話だ。
しかし。

ジョンとシェリーの話は、そういうことでは『ない』。

例えば、ジョンが自分が助かるためにクマに襲われるシェリーを助けなかった、ということなら、
緊急避難に該当しジョンの無罪は確定する。――ジョン自身の罪悪感はさておいて。
しかし、ジョンの話を聞く限りそうではない。ジョンは傷つきながらも、確かにクマを倒している。
問題はその後だ。致命傷を負ったシェリーを楽にするため、ジョンは自らシェリーを手にかけた。
シェリーは誰が見ても助からない状態だった。救助されたとしても、健常者には戻れないであろう怪我を負っていた。
殺してくれ、と。そんなシェリーの懇願を、ジョンは聞き届けた。
日本では尊厳死が認められている。末期がん患者などに対し、生命維持装置の使用を中止するなどして、
速やかな死を与えることは、長年の議論の対象ではあるが殺人罪には当たらない。
が、それはあくまで医療の現場の話である。医師がそれを是と判断した場合にのみ、尊厳死は適用される。

一般に、救急の世界では医師以外の者が患者の状態を勝手に判断することは厳禁とされている。
例え呼吸が止まっていようと、首と胴が泣き別れになっていようと、白骨化していようと。
医師以外の人間が「これは死亡している」と判断することは許されない。
同様、医師以外の人間が「この傷ではもう助からないだろう」と判断することは絶対にしてはならないとされ、
当然「助からないなら楽にしてやろう」と相手を手にかけることも許されないのである。

ジョンはシェリーが何と言おうと、自分の目の前で衰弱していこうと、
一貫してシェリーを守り救助を待つべきだった。
それがジョンの過ちである。優しさと愛を以てなされた行為が、結果的にフリントの恨みを買い自責の念の源になってしまった。
末期がん患者がベッドで苦しみのたうって、殺してくれと言ったからといって、
見舞い人が勝手に生命維持装置のスイッチを切ってもいいのか? という話である。
だから。

ジョンが人殺しなのは、間違いのない事実だった。
ジョンが無罪放免となったのは未成年だったことと、ただその話があまりに突拍子ないものだったから――たったそれだけだ。
だが。
フリントはそれを知っていた。ジョンの語った、大人たちが荒唐無稽なホラ話と切って捨てた話を信じた。
……親友だから。ジョンがウソをつく男ではないと知っていたから。
したがって、当然の帰結としてジョンを憎悪した。
お前の妹は助からない傷を負っていた、だから殺した、なんて。
そんなことを言われて、ありがとうと言える人間が果たして存在するだろうか?
例え健常者でなくなったとしても。一生ベッドで寝たきりになってしまったとしても。
それでも、生きていてくれるならそれが一番だと。そう考えるのが当たり前の家族というものだろう。

『お前が諦めさえしなければ、シェリーは助かったかもしれない。
 お前にシェリーは助からないなんて判断する権利があるのか? お前は人殺しだ。唾棄すべき殺人鬼だ――』

フリントにジョンを憎むなと言うのは、酷な話だ。

「……ジョン」

ブラッドラストが、シェリーを殺してしまったというジョンの罪の意識から発現したものだというのなら。
それを自ら率先して発動させ、破壊の快感にひたる姿のどこに贖罪があるというのだろう。
仮にその先に滅びの運命が待ち構えていようと、破壊の歓喜と共に嬉々として受け入れるのであればそれは罰たりえない。
呪いを受け入れることで、ジョンはずっと抱いていたシェリーに対する罪の気持ちさえ裏切ってしまった。
それは――ジョンが一番やってはいけないことのはずだったのに。

172崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:24:07
このままでは、恐らくジョンはレプリケイトアニマの中で破滅する。
ジョンの呪いを解くために飛空艇を手に入れよう、そのためにレプリケイトアニマを攻略しようというのが今の流れだ。
しかし、レプリケイトアニマ攻略のためにはブラッドラストの力が必要不可欠――というのは皮肉以外の何物でもない。
ジョンを破滅から救う目的のためにジョンを破滅させてしまっては、本末転倒というものであろう。
いったいどうすれば、ジョンにブラッドラストの使用を思いとどまらせることができるのか?
なゆたは懊悩した。

>バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?
>もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ

不意に、カザハがそんなことを言い出した。
機動力のある自分とカケルとで、一足先にヴィゾフニールを手に入れてこようと提案している。

>ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!

当然のように明神が反論した。ダンジョンにおいて単独行動は即、死に直結する。
しかも、このレプリケイトアニマはラストダンジョンである天空魔宮ガルガンチュアのひとつ手前のダンジョン。
つまりセミ・ファイナルだ。当然、待ち受けるザコ敵もストーリー中盤のボス敵くらいの強さを誇る。
ジョンやガザーヴァがアニマゾルダートを楽々相手にしているのは、ブラッドラストの力やレイドボスのステータスの高さゆえだ。
シナリオ上でもそれまでの味方勢が総力を結集しているという事実が示す通り、最難関のダンジョンのひとつである。
中には、時間制限のないラストダンジョンのガルガンチュアよりも難易度は高いとさえ言うプレイヤーもいる。
そんな中で単独行動するなど、自殺行為以外の何物でもない。

>どの道、道中に都合良くヴィゾフニールがありゃいい話だ。
 頼むぜバロール……底意地の悪い設計だけはしててくれんなよ

《ああ、それについては心配無用だ。
 格納庫はコアを破壊した後、レプリケイトアニマを脱出する途中にある。
 君たちはまずアニマガーディアンの撃破に集中してくれればいいよ。場所はね――》

ゲームの中では、アニマガーディアンを撃破しコアを破壊すると、レプリケイトアニマは崩壊を始める。
プレイヤーは崩れゆくレプリケイトアニマから制限時間内に脱出することを迫られるのだが、
その際も様々なNPCに助けられる。
中でも群青の騎士団長『蒼玉の竜騎兵(サファイアドラグーン)』デュカキスは、
出会った当初こそエリート気質の高邁で鼻持ちならないザ・騎士! という感じの人間だったのだが、
プレイヤーがストーリーを進め群青の騎士との友好度を深めてゆくとその実力を評価してくれ、何くれと便宜を図り、
頼りになる後ろ盾として活躍してくれる。
レプリケイトアニマ攻略戦は、そんなデュカキスが戦死する場所である。
デュカキスは崩壊を始めたレプリケイトアニマ脱出ルートの途中でモンスターを蹴散らし、プレイヤーを誘導してくれる。
最後のあがきとばかりに閉じてゆく隔壁を我が身をつっかえ棒として支え、プレイヤーに道を示してくれるのだ。
アニマゾルダート残党たちに滅多突きにされ、煌くばかりの蒼い鎧を真っ赤な己の血に染めながらも、
デュカキスは仁王立ちで隔壁を支えプレイヤーに先へ行くように促す。
プレイヤーを通し力尽きたデュカキス最期の科白、

「往け、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……
 群青の光輝(ひかり)は、常に……貴公らと……共に――」

は、レプリケイトアニマ最後の見せ場として語り草になっている。
なお、プレイヤーが群青の騎士だった場合、レプリケイトアニマ攻略後に樹冠都市ブラウヴァルトの群青の騎士本部へ行くと、
デュカキスの乗騎である蒼飛竜アドミラヴルが貰える。
そして。
デュカキスのいる場所はY字型の通路で、デュカキスは下から退却してきたプレイヤーに対し左上へ行くよう指示するのだが――
それを無視して右上のルートを選ぶと、ヴィゾフニールの格納庫がある。

閉じつつある隔壁と制限時間、満身創痍のデュカキスの叱咤。
それらを丸無視しストーリー上の感動そっちのけで物色しに行かなければ飛空艇が取れないとは、悪趣味にも程がある。
『ヴィゾフニール持ってる奴は人の心がないサイコ』と言われる所以である。
なお、コア破壊前は格納庫への道は隔壁で閉ざされているので行くことはおろか発見もできない。
ちなみに通常ルートだとプレイヤーは元来た入り口から外に出ることになるが、
飛空艇ルートだとヴィゾフニールに搭載されている主砲『咆哮砲(ハウリング・カノン)』で格納庫の壁を破壊し、
そのままヴィゾフニールを発進させて脱出、という流れになる。

通常であればデュカキスの厚意を無にしなければいけないが、 今回はその心配はない。
アニマガーディアンを倒し、コアを破壊したのち速やかに反転。格納庫へ行ってヴィゾフニールを回収、壁を破壊して脱出。
それで、レプリケイトアニマでのクエストは完了だ。

「カザハに単独行動させないで済むのは有難いけど、趣味が悪いっていうのは変わらなかったわね……」

《はっはっはっ! いやぁ、面目ない!
 悪いのは全部運営だからね! 私じゃないからね! ブレモン運営には猛省を促したい!》

《うち、お師さんがそれ言うたらだめや思うわ》

なゆたの嘆息を聞いてバロールが朗らかに笑い、みのりが突っ込みを入れる。
ともかく、カザハの単独行動という事態は回避できた。今はとにかく一丸となって最深部へと突き進むだけだ。
尤も、仮に格納庫が離れた場所にあったとしても、なゆたは単独行動を許可しなかっただろうが――。

173崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:29:35
そうこうしている間にも、敵はわらわらと湧いてきてはなゆたたちの行く手を塞ぐ。
レプリケイトアニマに突入して、すでに三十分ほどが過ぎている。あと三時間半でコアを破壊しなければ、アルフヘイムは終わりだ。
レプリケイトアニマはそれ自体が巨大なドリルであると同時、爆弾でもある。
霊仙楔に到達したレプリケイトアニマは爆発し、その威力でもって霊仙楔を完全に粉砕する。
そうなれば当然、レプリケイトアニマの中にいるなゆたたちも木っ端微塵だ。
制限時間内にコアに辿り着くためには、ブラッドラストの強大な殲滅力が必要不可欠だ。
しかし――

>ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね

「んゅ?」

明神の提案に、ガザーヴァは小首をかしげた。
さらに、明神はジョンへ向けて声を張り上げる。

>――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!

ブラッドラストは外法だ。
殺人者が殺人の衝動に身を任せることにより、恐るべき力を手に入れる外道の呪詛だ。
そんな人倫に悖る邪法の助けを借りずとも、自分たちはやっていける。勝てる。先へ進める――
それを。証明しようとしている。

>勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ

そう言うが早いか、明神は群がるアニマゾルダートの只中へヤマシタ共々突っ込んでいった。

「ちょっ……! 明神さん!」

リーダーのなゆたが止めるいとまもあらばこそ。
明神の指示を受けたヤマシタがシールドバッシュで魔物を弾き飛ばし、明神がすかさず呪霊弾で心臓を射貫く。
無謀にも程がある。今しがた消耗は可能な限り抑えろと言ったばかりなのに、これでは意味がない。
だが――
この、一見無策で無計画な吶喊をしなければならない理由が、明神にはあるのだ。

「きひッ! なんだそれおんもしろそー! 乗ったぜ明神!
 でも勝負になんのかなー? だって、ボクと明神のタッグに敵なんていやしねぇーんだからなァーッ!」

派手好き、楽しいこと好き、そして命を懸けた火事場好きのガザーヴァである。
すぐさま明神の提案に乗った。その全身をたちまち禍々しい靄が包み込み、漆黒の甲冑を形成してゆく。
本気の幻魔将軍モードだ。それからガーゴイルを呼び、鞍に飛び乗ろうとして、ガザーヴァはふとジョンを振り返った。
兜のバイザーを跳ね上げて素顔を覗かせながら、ジョンに対して口を開く。

「ジョンぴー、それさ。そのブラッドラストさ。
 それ見たとき、スッゲェカッコイイなって。ボクも欲しいなーって、羨ましいなーって一瞬思ったんだけどさ。
 すぐ考え直したんだ。やっぱいらねーやって」

にひっ、と白い歯を見せて、ガザーヴァは屈託なく笑う。
人を殺すことがブラッドラスト習得の条件のひとつであるなら、ガザーヴァにも習得の資格がある。
が、幻魔将軍はそれを拒絶した。

「だってさ。それ、悪役のスキルじゃん。わりーヤツが使うヤツじゃん。
 パパみたいな魔王でモノホンの悪党ならともかく、オマエらは違うじゃん。セーギのミカタじゃん。
 なのにオマエ、なんでそんなスキル使って喜んでんだよ?」

ガザーヴァは無邪気に、素直に思ったことを口にする。
その言葉に煽る意図は一切ない。煽り気質が平素から沁みついているという点はさておき。

「カガミ見てみろよ。今のジョンぴー、すっげぇブッサイクな笑顔してんぜ。
 ボクの明神はな、世界を救うセーギのミカタなんだ。
 世界を救うセーギのミカタってのは、眩しいくらいに笑顔がきらきらなヤツって相場が決まってんだよ。
 そんなキッタネェ笑顔じゃ、出来ることだってタカが知れてるぜ」

ふん、と鼻白むと、ガザーヴァはバイザーを下げて身軽にガーゴイルに飛び乗り、馬腹を蹴った。
ガーゴイルが甲高い嘶きを上げて棹立ちになる。バサッ、とその巨翼が一度羽搏く。

「ボクもセーギのミカタになりたい。明神とずっと一緒にいたいから。
 だからさ。それ、もう全然羨ましくねーや! んじゃな!
 ――おらおらァーッ! 明神、ボクを置いていくなよなァーッ!!」

ガザーヴァはガーゴイルに跨り、黒い波動を纏って一気にアニマゾルダートの群れへと飛び込んでいった。
ミサイルさながらの強力無比な突撃(チャージ)に、モンスターたちが苧殻のように吹き飛ぶ。
そうして、明神&ガザーヴァvsジョンのモンスター殲滅戦が始まった。

174崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:34:20
一行の目の前に、両開きの大扉がそびえ立っている。
この扉の向こうがレプリケイトアニマの最深部、コア・ステーションだ。
パーティーは激闘の末、数々のフロアを突破し最後の試練が待ち受ける場所のすぐ手前まで到達していた。

「うひぃ〜……さすがに疲れた……」

兜を脱いだガザーヴァがぱたぱたと右手で顔に風を送っている。
明神とガザーヴァ、ジョンの吶喊によって、前方の敵はあらかた撃破した。帰り道もこれでスムーズに格納庫まで行けるだろう。

「みのりさん、残り時間は?」

《あと30分強ってとこやね〜。
 さ、残すはアニマガーディアンだけや。おきばりやす〜。
 アニマガーディアンの特性はわかってはるやろね? ガーディアンは光属性やから、
 明神さんとガザーヴァちゃんを中心に攻めるのがええやろねぇ》

「うぇ、まーたボク達かよぉ!
 ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「あはは、お疲れさま。
 そうだね、わたしたちも……ちゃんと役に立たなくちゃ」

「別に、後ろに下がっててくれてもいいんだぞ。
 後は俺がやる……真打登場って所か」

ガザーヴァがベロリと舌を出す。しかし戦闘が始まればすぐに嬉々として飛び出していくのだろう。
結果的に今まで力を温存することになったなゆたとエンバースも、アニマガーディアンとのボス戦は全力で行こうと決意する。
ガザーヴァがポーションをがぶ飲みするのを横目に、なゆたはジョンを見た。

「……ジョン、具合の方はどう? 身体は……痛くない?
 みのりさんの言うとおり、後はアニマガーディアンだけだから。
 ここへ来るまで、ジョンにはたくさん無理させちゃったし。
 あとは休んでて? もしわたしたちが危なくなったら加勢してくれる感じでお願い」

例えジョン本人がブラッドラストを使うことを躊躇わなくなったとしても、こちらは同じ気持ちではいられない。
ジョンの呪いを解きたい気持ちは変わらないし、そのためにできる限り手を尽くしたいと思っている。
それで戦力がダウンしたとしても、それはやむを得ないことだろう。
ブラッドラストというスキル自体がチートのようなものだ。正攻法以外の手段を使って勝つのは、
『スライムマスター』モンデンキントの矜持が許さない。

「じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

ぱぁん! と自分の頬を両手で一度叩き、なゆたが気合を入れる。
アニマガーディアンは光属性のゴーレムである。
その外見は、無数の白骨によって構築された身長7メートルほどの骨の巨人。いわゆるボーンゴーレムというものだ。
使用されている骨の種類は人骨のみならず巨人や魔獣など多岐に渡り、
三対の腕にはそれぞれ成人男性の身の丈ほどもある長大な曲刀を握っている。
無数の人間の頭蓋骨が集まり、一個の巨大な頭蓋骨を形成している頭部の眼窩は爛々と輝き、
コアを破壊しようとする侵入者を完膚なきまでに叩きのめす、まさに山場ダンジョンのボスに相応しい強敵である。
高い物理攻撃力、耐物理防御力を誇り、半端に殴ったところでまるでダメージが通らない。
反面やや魔法防御力が低いため、プレイヤー側の攻撃は必然的に魔法が主体となる。

主力攻撃は三対六本の腕に握った曲刀による単体物理攻撃『ジェノサイドスライサー』と、
全身をバラバラに分解させ骨の嵐となって荒れ狂う全体物理攻撃『グレイブヤード・ストーム』。
さらに光属性の魔法も何種類か使用してくる。
特に注意すべきなのは大きく口を開け、魔力を集束させて放つレーザー『白死光(アルブム・ラディウス)』。
魔力のチャージに時間がかかるため対処する猶予はあるものの、喰らえば即死級の威力を秘めた全体魔法攻撃である。

紛れもない強敵ではあるものの、明神やエンバース、なゆたらクリア経験者からすればそう手こずる相手でもないだろう。
エンバースがゆっくりと扉に手をかけ、力を込めて開いてゆく。
扉の向こうの光景が、全員の視界に入ってくる。
そこには紅く輝く巨大な球体アニマコアと、それを守護するように佇むアニマガーディアンの姿が――


……姿が。なかった。

175崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:39:12
「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

体育館ほどの広さの空間、紅く明滅するアニマコアの手前でアニマガーディアンの代わりに佇んでいたのは、
タクティカルスーツに身を包んだロイ・フリントだった。
同じくタクティカルスーツに身を包んだ50匹ばかりのゴブリンたちが、じゃきっ! と一斉にアサルトライフルを構える。
無数の銃口を向けられ、なゆたは緊張に身体を強張らせた。

「俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ」

まるで仮面のように整った冷たい面貌を向け、フリントが淡々と告げる。
ジョン・アデルの親友だった男。ひとりぼっちだったジョンにただひとり手を差し伸べた男。
正義を貴び、悪を挫き、どんなときにも光を見失わなかった男――
ジョンに妹を殺され、その恨みと憎しみから闇に堕ちた男。
一巡目の遺物と化していたレプリケイトアニマを再起動させたのはフリントだった。
イブリースの持つ知識を用いれば、フリントがこの巨大なドリルを動かすのも不可能ではないということらしい。

「フリント……!」

「さて、約束だったな。
 貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ」

フリントはデュエルに付き合う気がない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にATBを溜める間など与えない。
フリントがゴブリンに命令し、ゴブリンたちがライフルの引き金を引くだけで、なゆたたちは死ぬのだ。
ジョンがブラッドラストを使ったとしても、一斉射撃からパーティーの全員を守ることは不可能だろう。

「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい」

左肩のナイフホルスターから大振りのコンバットナイフを引き抜くと、フリントはその切っ先をジョンへと向けた。
ゴブリンたちがなゆたや明神、カザハたちを射殺し、最後に残ったジョンをフリントが殺す。
それで何もかもが終わる。アルフヘイムも、ブレイブ&モンスターズも――
……いや。

「……お待ちください」

声は、フリントの背後から聞こえた。
よく通る、涼やかな美声。それをなゆたたちは聞いたことがある。
どころか、つい先日まで身近に聞いていた。
決して忘れ得ぬ、その声の主は――

「あなたは……」

なゆたは驚きに息を呑んだ。
流れるような金色の長髪、整った凛々しい顔立ち。
ローブに手甲足甲を装備し、トネリコの杖を持った美丈夫。
十二階梯の継承者、第四階梯――『聖灰の』マルグリット。

「アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、またお目にかかれて光栄の至り。
 斯様な少勢でこのダンジョンを踏破するとは、まこと驚嘆する他はありませぬ。
 貴公らこそまことの勇者。まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でございましょう」

マルグリットは隊伍を組んだゴブリンたちを押しのけて前へと出、なゆたたちと向き合った。
お互いの目的と主義主張の違いからアイアントラスで袂を別ち、別々の道を行くことになった青年が目の前にいる。
もちろん、その親衛隊である三人組も一緒だ。
フリントとマルグリットが並んで立っている。その構図の意図するところは、ひとつしかない。

「……なんてこと。
 そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

「弁解は致しますまい。私は『黎明』の賢兄の指示にてこの場へ赴きました。
 これなるフリント殿と、貴公らの戦いの見届け人となるために」

「見届け人……ね」

なゆたはフン、と一度鼻を鳴らした。
フリントと一緒に襲い掛かってくる気はないようだが、それでもマルグリット達が敵であることに変わりはない。
依然、こちらが窮地であることにはなんの変更もないのだ。

……と、思ったが。

176崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:43:38
フリントが不快げにマルグリットを見遣る。

「……なんだ? 貴様の出る幕じゃない、引っ込んでいろ」

「いいえ。確かに、我らは見届け人として貴公に同行するよう賢兄より仰せつかりましたが――
 敢えて口出しさせて頂く。これでは一方的な虐殺ではありませんか」

「だから?」

「例え敵であろうとも、同等の条件で死力を尽くし戦うのが戦士の礼儀。
 小鬼どもを退けられよ。ここは正々堂々、真っ向勝負で戦うが筋というもの」

マルグリットは何を思ったか、フリントに諌言を始めた。
元々真っ直ぐすぎる気性の青年である。アイアントラスではフリントの起こした虐殺に義憤を感じていたし、
その気持ちは今でも変わっていないのだろう。
しかし、だからといってあっさりと言うことを聞くようなフリントではない。

「筋? ならば、敵が抵抗できない状態で一方的に攻撃しとどめを刺すのが軍隊の筋だ。
 貴様は黙っていろ。子供の遣いまがいの簡単な仕事もできん無能と、兄弟子へ報告されたくなければな」

「……気に入らないわね、フリント。
 マル様はあなたがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に無様にやられないように、
 あなたの保険としてここにいらっしゃるのよ。あなたこそ、郷に入っては郷に従いなさい。
 カードを手繰ることさえできない無能と、雇い主へ報告されたくなければね」

フリントのマルグリットを愚弄するような発言に、さっぴょんが反論する。
マルグリットさえ良ければ後はどうでもいい、というのがマル様親衛隊である。アルフヘイムもニヴルヘイムも関係ない。

「そうッス! ここは自分たちに任せて引っ込んでろッス! このログボ勢のヘボ軍人!」

「こいつらはあーし達の獲物なんだよォ! テメェは手下とサバゲーでもやってな! ヒーハー!」

きなこもち大佐とシェケナベイベもここぞとばかりにさっぴょんに加勢する。
チッ、とフリントは舌打ちした。

「何が望みだ」

「ジョン殿以外のアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』との戦い、どうか我らにお任せ願いたい。
 貴公の交わした契約は、ただ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅のみ。誰が斃したかは問題ではございますまい。
 むろん手柄は貴公にすべて差し上げる。……何卒お願い致します」

マルグリットはなゆたたちがこのまま銃で無抵抗に殺されるよりは、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての勇敢な闘いの果てに斃れる方が良かろうと思ったらしい。
だが、フリントは肯わなかった。マルグリットから視線を外すと徐に右手を高く掲げ、

「構え」

と言った。すぐさま、ゴブリンアーミーが片膝立ちでなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に照準を定める。
そして――フリントの掲げた手が今にも下ろされようとしたとき。

「――御免!!」

ぶあッ!!

マルグリットの右の拳閃が、フリントを狙って繰り出された。
フリントがそれを紙一重で半身を引いて躱し、返礼とばかりに強烈な右のハイキックを繰り出す。

「ぐ……!」

胸の前で両腕をクロスさせ、蹴りを防御したマルグリットが大きく後退する。
親衛隊がマルグリットを守るようにフリントとの間に立ち、スマホを構える。

「マル様!」

「大事ありません。
 フリント殿……確かに我らは見届け人。であるがゆえ、闘いの不備を見過ごすことはできかねます」

マルグリットの身体から、サラサラと何かが零れる。
砂のように白い、けれど砂よりももっときめ細かい粉末状の『何か』――

「だったら?」

「――介入させて頂く。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』らしき最期を。それが尊厳ある闘いの姿なれば!」

177崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:52:09
さらさら、さらさら。
マルグリットのローブから零れる白い何かが、その足元に溜まってゆく。

「…………」

フリントが右手を挙げる。が、それはなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狙ってのものではない。
ゴブリンアーミーがマルグリットとマル様親衛隊へ銃口を向ける。
一触即発の雰囲気に、なゆたは一瞬背後を振り返って明神やカザハに目配せした。
あちらが始まったら、すぐにこちらも戦闘行動を開始しよう、と。
ATBの概念のないゴブリンアーミーと一戦交えるよりは、同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と戦った方が勝機はある。
とはいえ、相手はあのマル様親衛隊だ。特に隊長さっぴょんはなゆたさえ手も足も出ない剛の者である。
だが、それはあくまで地球での話。今闘えばどうなるかはわからない。
すでにポヨリンはなゆたの足許におり、切るべきスペルカードも決まっている。
あとは、戦闘開始と同時に全力でぶつかるだけだ。

だが。

なゆたは失念していた。
この場所へ足を踏み入れたとき、本来いるべきアニマガーディアンは存在せず、代わりにフリントたちがいた。
レプリケイトアニマが再起動した際にトラップやモンスターらがリポップしたというのなら、
アニマガーディアンも当然アニマコアを守護するために存在しているはずである。
だというのに、アニマガーディアンはこの場にいなかった。ならば――
アニマガーディアンは、果たしてどこに行ったのか?

「地の理、水の理、火の理、風の理。万象はなべて容を喪い、灰へと還るものなり。
 四つの理、其を束ねし天の神霊に希(こいねが)い奉る!
 今ぞ大いなる義に依りて万理をさかしまに塗り替え、灰たる者に在りし日の姿を与えん!
 聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)――顕現!!!」

ざざ。
ざ。ざざざざ……

マルグリットの足許に零れ落ちた白い粉がその形状を変え、マルグリットの前方で何かを描いてゆく。
それは、魔法陣。
直径10メートルほどの魔法陣が灰によって構築され、まばゆい光を発して膨大な魔力を生み出す。

「チ……! 撃て!!」

フリントが手を振り下ろす。ゴブリンアーミーが一斉にマルグリットを射撃する。
無数の弾丸がマルグリットめがけて発射される――
だが、マルグリットにアサルトライフルの弾丸が命中することはなかった。
ゴブリンたちの撃った銃弾は、すべて灰の魔法陣から出現した巨大な骸骨――アニマガーディアンの体躯に跳ね返されていた。
マルグリットのユニークスキル『聖灰魔術』。
自分の斃したモンスターの灰を触媒とし、使い魔として召喚し戦わせるという、変則的な召喚術。
アニマガーディアンは確かにリポップしていた。
それをマルグリットは先んじて討伐し、自らの手駒としていたのである。

ガォンッ!!

召喚されたアニマガーディアンが三対の腕で曲刀を振り下ろす。ゴブリンアーミーの何匹かが瞬時に細切れになる。
フリントは歯噛みして後退した。

「ヒィ――――――ハ―――――――ッ!! うんち野郎ォォォォ! 宣言通りバラバラにしてやんよォォォ!!!」

シェケナベイベが狂的な笑みを浮かべながら明神へと突進する。フライングVに酷似したギターを持ったゾンビ、
アニヒレーターが大きく跳躍し、ヤマシタめがけて唐竹割りにギターを振り下ろしてくる。

「明神ッ!」

「残念ね、そうはさせないわ……幻魔将軍。
 私が相手をしてあげる。――この私のミスリル騎士団が、ね。
 いい機会だもの……アコライト外郭を更地にしてくれたお礼、たっぷりしてあげる」

明神の援護に入ろうとしたガザーヴァとガーゴイルの前に、さっぴょんが優雅な所作で立ちはだかる。
さっぴょんの周囲には、既に白銀のチェスピースが幾何学模様の陣形を描いて展開している。
ガザーヴァはこれ見よがしに舌打ちした。

「くそッ! なんだよコイツ、数の暴力じゃん!
 おい、そこのバカ! オマエだよオマエ! ちょっとこっち来い! 力貸せっての!
 この女、速攻でブチのめして明神助けに行くぞ!」

カザハの姿を視界に捉えると、ガザーヴァは心底嫌そうな表情を浮かべながら手招きした。

178崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:55:47
明神&ヤマシタvsシェケナベイベ&アニヒレーター。
カザハ&カケル&ガザーヴァ&ガーゴイルvsさっぴょん&ミスリル騎士団(ミスリルナイト、ルーク、ビショップ、ポーン)。

「ということは……わたしの相手はあなた、ってことみたいですね」

なゆたはスマホを握りしめたまま、緩く前方を見据えた。
その視界の先には、きなこもち大佐が不敵な笑みを浮かべて立っている。

「まさか、こんな異世界で師匠越えができるなんて……夢にも思わなかったッス」

「……わたしは、きなこもちさんを弟子に持った覚えはありませんけど……」

「謙遜ッスね。自分がここまで強くなったのは師匠のお陰ッス。だから、師匠と呼ぶのは当然ッス。
 そして……師匠越えは弟子の義務。地球で果たせなかった宿願、果たさせて頂くッス!
 ――勝負!!」

打倒モンデンキントを宣言すると、きなこもち大佐はすかさずスライムヴァシレウスを差し向けてきた。
ポヨリンがヴァシレウスの突進を迎え撃ち、二匹のスライムが勢いよく激突する。
なゆた&ポヨリンvsきなこもち大佐&スライムヴァシレウス。
三組の対戦カードまでが、これで決まった。

「では、俺は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』外の戦いをする連中の相手をするとしよう。
 歯応えがなさすぎる気もするが……な」

エンバースがゴブリンアーミーたちへと疾駆する。
元々エンバースは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』殺しの技に長けている。
エンバースが自ら的になってゴブリンアーミーたちを引きつけていれば、なゆたたちも自分の闘いに専念できる。
アニマガーディアンが巨大な顎を開き、身体を前にのめらせてエンバースを威嚇する。

「エンバース殿! 邪魔立て無用!」

マルグリットが叫ぶ。

「ああ、そういえばお前もいたな。お前は多少は歯応えがありそうだ。
 ……すぐに壊れてくれるなよ」

エンバースの罅割れた眼球に、ぼう……と炎が宿る。
黒衣の焼死体は、滑るように巨体の骸骨へと突進していった。
そして――

「予定とはずいぶん違うが……。
 まあいい、最終的な帳尻さえ合うのならな。
 ジョン、俺の手で貴様の息の根を止められるなら、他の誰がどうなろうが構わん」

コンバットナイフを右手に提げたまま、フリントがジョンと対峙する。

「……長かった。
 俺には貴様やシェリーのような才能はなかったのでな……あれから死ぬ思いで身体を鍛えた。
 軍隊に入り、人殺しの技を学んだ。貴様を殺す技を。戦場へ赴き、実戦で己を鍛えもした。
 すべて……すべて、貴様を殺すため。シェリーの仇を取るため。
 俺のこの十数年の時間は、ただそれだけのために費やされたのだ」

シェリーの無念を晴らすため。
救われないその魂に永遠の安らぎを与えるため、フリントはこの場にいる。

「だが、それも今ここで終わる。貴様の死で。
 このままでも充分、貴様を殺すことは可能だと思うが……。
 せっかくだ、貴様には更なる絶望を味わわせてやる。
 見るがいい――」
 
そう言ったフリントの肉体から、赤黒い波動が立ち昇る。
現れたそれはやがて鮮血よりも紅く、闇よりもどす黒い色彩をもってフリントに纏わりついた。
禍々しく邪悪なそれは、見間違えようもない――

「ブラッドラストは貴様の専売特許じゃない。
 さあ、始めよう。貴様の終焉を――ジョン・アデル!」

フリントの構えたコンバットナイフが、凶悪な死の輝きを帯びる。
因縁のふたりの闘いが、今その火蓋を切って落とした。


【レプリケイトアニマ最深部へ到達。
 フリント、マルグリット、マル様親衛隊が乱入。
 明神vsシェケナベイベ、
 カザハ&ガザーヴァvsさっぴょん、
 なゆたvsきなこもち大佐、
 ジョンvsフリント戦闘開始。
 エンバースは雑魚狩り+マルグリットの相手。
 フリント、ブラッドラストを発動】

179ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:25:31

僕は冷たい人間だ。

シェリーの死以降、僕は人の死を悲しんだ事がない。哀れに思う事はあっても
人の事を殺す事だって、たぶんなにも思う事はないと思う。
他人は他人で、それ以上でもそれ以下でもなくて。

災害の時僕は英雄と称えられた。
多くの命を救ったのだと・・・僕のおかげで多くの人が幸せになれたと。
でもそれは・・・実際のところはかなり違くて。

他の人達より多くの人を助けられたのには身体能力だけではない他の理由がある

生きてはいるけど救助が恐らく間に合わない人を誰よりも早く見捨てる事で多くの人を救っただけなのだ。
瓦礫に下敷きになっていて致命傷を負った人に手を差し伸べてもどうせその人は死ぬ。なら最初から助けない。
助からないだろう人間を救助して、応急処置して、安全な場所に連れていく、そして死ぬ。その時間で助かる可能性がある人間何人が助かるだろうか?
僕はその選択が、誰よりも早く、多く選べただけに過ぎない。

見捨てた人達の中には有名人だって子供だって・・・まだ・・・生まれてきていない命もあったけれど。
助からない人間を助ける程僕はいい人じゃないから。

でもあの町でみた家族だけは事情が違った。
他人の家族なんて僕にとってはどうでもいい存在だ。悲しむ必要もないし、供養する必要もない。
でもあの街の惨状は・・・ロイが作り出した物だと思った瞬間・・・僕は口から逆流してくるなにかを止める事はできなかった。

善人という概念を自らで証明するような・・・あのロイがこんな事をした・・・そしてそれは間違いなく僕のせいだという・・・その事実が僕を蝕んだ。

そして苦しんだ末に・・・僕は決めた。
ロイにこんな事をやめさせようって。

もしやめてくれなかったら・・・ロイといっしょに僕のこの世界での旅の終着点をそこにすると。
わかっている・・・その終着点は必ずきて・・・そう遠くないことも。

だから僕はこの力を極めなきゃいけないんだ。次は負けちゃいけない・・・ロイをあのままにして死ぬなんて死んでも死にきれないから。
外法でもなんでもいい・・・僕にとってはこの世界も、元の世界も、なゆ達も今になっては些細なことに過ぎないのだから。

落ちるところまで堕ちよう。
それがきっとこの力を引き出す近道だから・・・。

180ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:25:47
>「受け入れちまうのかよ、その力を……」

「みんなが力を温存するなら僕がこの力で道を開けるのが一番の近道だよ
 僕も結果的にカードを温存できているし、罠だって心配する必要がなくなっただろう?
 効率だけみればこれが一番・・・だろ?」

明神が心配している事はわかる。でももう不要の心配である事もまたたしかで。
長期の旅にどんなデメリットがあるかわからないこの力は、たしかにいかなる理由があっても使うべきではない。
だけど終着点が近い今となっては・・・。

>「バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?」
>「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」
>「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」

「たしかにカザハなら最速で取りに行けるかもしれない・・・けど
 僕を襲ったトラップを見ただろう?足が速いだけで突破できるほどバロールの罠は甘くないよ」

バロールのトラップ熟知していて、もし発動したとしても対処できるカザーヴァ。そして僕。
みんなも後先考えずに力を使えば突破できなくはないだろうが・・・なにが起こるかわからないこの状況で強引に突破するのは現実的ではないだろう。

「さて・・・案の定敵もワラワラいるし、見えないだけで罠も満載なんだろう・・・ここも僕に」

>「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」

「なっ・・・!」

>「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」
>「きひッ! なんだそれおんもしろそー! 乗ったぜ明神!
 でも勝負になんのかなー? だって、ボクと明神のタッグに敵なんていやしねぇーんだからなァーッ!」

そういいながらカザーヴァと明神は戦闘準備を始める。

「話を聞いてなかったのか?なにが起こるかわからないんだ!力を温存しなきゃいけないんだって!君達が前にでたら意味が」

>「ジョンぴー、それさ。そのブラッドラストさ。
 それ見たとき、スッゲェカッコイイなって。ボクも欲しいなーって、羨ましいなーって一瞬思ったんだけどさ。
 すぐ考え直したんだ。やっぱいらねーやって」

「は・・・?」

>「だってさ。それ、悪役のスキルじゃん。わりーヤツが使うヤツじゃん。
 パパみたいな魔王でモノホンの悪党ならともかく、オマエらは違うじゃん。セーギのミカタじゃん。
 なのにオマエ、なんでそんなスキル使って喜んでんだよ?」

お前がそれを言うな。と口にでそうになったがカザーヴァ口撃はまだ続く。

>「カガミ見てみろよ。今のジョンぴー、すっげぇブッサイクな笑顔してんぜ。
 ボクの明神はな、世界を救うセーギのミカタなんだ。
 世界を救うセーギのミカタってのは、眩しいくらいに笑顔がきらきらなヤツって相場が決まってんだよ。
 そんなキッタネェ笑顔じゃ、出来ることだってタカが知れてるぜ」
>「ボクもセーギのミカタになりたい。明神とずっと一緒にいたいから。
 だからさ。それ、もう全然羨ましくねーや! んじゃな!
 ――おらおらァーッ! 明神、ボクを置いていくなよなァーッ!!」

そう・・・言いたい事だけを言って敵に向かって明神とともに突撃していく。

「僕が・・・悪役・・・そうだ・・・悪役・・・化け物なんだから悪役なのは当然なんだ・・・どんな事になったって僕は・・・」


【私の知っているジョンは・・・そんな化け物みたいな笑顔で笑わない!!】
【カガミ見てみろよ。今のジョンぴー、すっげぇブッサイクな笑顔してんぜ。】

「ぐうう・・・!」

頭が割れるように痛い。
深く考えようとすればするほど・・・頭痛がひどくなる。
あれは熊を殺した僕が怖かったからでた一言で・・・

僕はその場に蹲る。

頭が痛い。割れるように痛い。死にそうなほどに。
どうして?どうしてこんな痛いんだ?

そうだ・・・こんな事を考えてる場合じゃない・・・明神とカザーヴァを追いかけなきゃ・・・。

僕は剣を握り、明神とカザーヴァの後を追った。

181ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:26:04

結果だけを言えば・・・僕VSカザーヴァ明神は明神たちの勝ちだった。

>「うひぃ〜……さすがに疲れた……」

僕が追いつくよりも先に敵を殲滅していた。
いや・・・正確に言えば僕が殴ろうとする奴をカザーヴァが殲滅し、明神をサポート。
そしてサポートされた明神は持ち前の戦い方で敵を殲滅する・・・。

「・・・完敗だ・・・これになんの意味があるのかはわからないが・・・」

自然と僕の体からはブラットラストは消えていた。
敵を定期的に潰さなかったのが原因かそれとも単に冷静になったからなのか・・・。

>「みのりさん、残り時間は?」

《あと30分強ってとこやね〜。
 さ、残すはアニマガーディアンだけや。おきばりやす〜。
 アニマガーディアンの特性はわかってはるやろね? ガーディアンは光属性やから、
 明神さんとガザーヴァちゃんを中心に攻めるのがええやろねぇ》

>「うぇ、まーたボク達かよぉ!
 ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「ならこんどは僕が」

>「別に、後ろに下がっててくれてもいいんだぞ。
 後は俺がやる……真打登場って所か」

「あ〜・・・」

後方で敵を食い止めていたエンバースも合流し、最終戦を前にやる気十分だ。

>「……ジョン、具合の方はどう? 身体は……痛くない?
 みのりさんの言うとおり、後はアニマガーディアンだけだから。
 ここへ来るまで、ジョンにはたくさん無理させちゃったし。
 あとは休んでて? もしわたしたちが危なくなったら加勢してくれる感じでお願い」

「申し出はありがたいが・・・ロイと僕の力でなゆ達には迷惑をかけっぱなしだ。
 君達の旅に付いていける時間はもう残り少ないだろうけど・・・でも、だからこそ無理をさせてくれ」

なゆもなにかを察したのか諦めた表情を見せる。

>「じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

エンバースが扉を開く。そしてそこにいたのは・・・
もちろん純粋なラスボスではなく

>「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

「ロイ・・・」

182ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:26:21
>「俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ」

「なんでそんな事を言うんだ?・・・ロイ、君はそんな奴じゃないだろう?君にそんな悪役のような立ち振る舞いは似合わないよ。だから・・・」

>「フリント……!」

>「さて、約束だったな。
 貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ」

「なあ!ロイ!頼む話を聞いてくれ!なんでこんな事するんだ?誰かに言われたのか?
 なんで僕以外も巻き込むんだ・・・?なあ!ロイ!」

>「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい」

「頼む・・・僕の命は差し出す。好きな風に殺してもらってくれて構わない。だから・・・頼む。もうやめてくれ」

ロイはなにも答えず。ナイフを抜き、僕に見せる。

「・・・わかった」

分っていたさ・・・君がこう答えるなんて・・・
それでも・・・みんなに被害出すのだけは・・・イヤ・・・だったな

>「……お待ちください」
>「……なんてこと。
 そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

「・・・邪魔をするならロイより先にお前らを始末するだけだ」

>「弁解は致しますまい。私は『黎明』の賢兄の指示にてこの場へ赴きました。
 これなるフリント殿と、貴公らの戦いの見届け人となるために」
>「見届け人……ね」

見届け人だろうがなんだろうが知ったことだじゃない。
重要なのはこいつが敵なはずなのに、ロイの攻撃をやめさせた事だ。

>「例え敵であろうとも、同等の条件で死力を尽くし戦うのが戦士の礼儀。
 小鬼どもを退けられよ。ここは正々堂々、真っ向勝負で戦うが筋というもの」
>「筋? ならば、敵が抵抗できない状態で一方的に攻撃しとどめを刺すのが軍隊の筋だ。
 貴様は黙っていろ。子供の遣いまがいの簡単な仕事もできん無能と、兄弟子へ報告されたくなければな」
>「……気に入らないわね、フリント。
 マル様はあなたがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に無様にやられないように、
 あなたの保険としてここにいらっしゃるのよ。あなたこそ、郷に入っては郷に従いなさい。
 カードを手繰ることさえできない無能と、雇い主へ報告されたくなければね」

気になる事だらけだ。マルグリットはなにをそんなに固執しているのかがさっぱりわからない。
敵と正々堂々?したい奴だけしてろよっていうのは・・・悪いが同意見だ。
だがこの時間のおかげでケガ人が出ず、なゆ達はゲージも貯められている。

>「……気に入らないわね、フリント。
 マル様はあなたがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に無様にやられないように、
 あなたの保険としてここにいらっしゃるのよ。あなたこそ、郷に入っては郷に従いなさい。
 カードを手繰ることさえできない無能と、雇い主へ報告されたくなければね」

雇い主・・・?ロイになにかを吹き込んだ奴がいる?
たしかに・・・この場所にいる事だって誰かがロイに入知恵をしなければこれないだろう・・・それに
ロイが自力でこの世界に到達したとは到底思いにくい・・・そしてあの虐殺・・・。

183ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:26:45
>「構え」

「・・・えっ」

>「――御免!!」

少し考え込んだ間になぜかマルグリットとロイは敵対していた。
二人ともなかよくここで僕達を待っていたんじゃないのか?

「悪いが僕は・・・ロイとの勝負を邪魔されるわけにはいかない・・・!」

直ぐにスキルを発動し破城剣を持ち、マルグリットに切りかかる。

>「――介入させて頂く。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』らしき最期を。それが尊厳ある闘いの姿なれば!」

「悪いが尊厳のある戦いとやらはお前らだけでやってろマルグリット!!」

>「地の理、水の理、火の理、風の理。万象はなべて容を喪い、灰へと還るものなり。
 四つの理、其を束ねし天の神霊に希(こいねが)い奉る!
 今ぞ大いなる義に依りて万理をさかしまに塗り替え、灰たる者に在りし日の姿を与えん!
 聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)――顕現!!!」
>「チ……! 撃て!!」

目の前に巨大な骸骨が現れる。
その骸骨はロイのゴブリンの放つ銃弾を防ぎ、そしてゴブリン達を勢いよく薙ぎ払う。

「死者は・・・死者のまま眠っていろ!」

召喚されたガイコツに思いっきり斬りかかる・・・が。
曲刀に攻撃をあっさりといなされ、逆にカウンターで吹き飛ばされる。

「チッ・・・!」

マルグリットの出したモンスターだ。
弱いなんて思っていたわけじゃないが・・・予想以上にできる奴らしい。
体制を立て直し・・・再び切りかかろうとした瞬間。

「ジョン」

背後から声が聞こえた。

184ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:09

>「予定とはずいぶん違うが……。
 まあいい、最終的な帳尻さえ合うのならな。
 ジョン、俺の手で貴様の息の根を止められるなら、他の誰がどうなろうが構わん」

「・・・ああ・・・たしかにそうだね」

マルグリットが召喚した巨大なガイコツは襲い掛かられたから反撃しただけで
追撃をしてくるようなそぶりはない。それどころかわざと距離を取りどうぞやってくれと言ってるようにも見える。
マルグリットの命令通りに動いてるだけなのか・・・最初から眼中にないのか。

そんな事はどうだっていい

>「……長かった。
 俺には貴様やシェリーのような才能はなかったのでな……あれから死ぬ思いで身体を鍛えた。
 軍隊に入り、人殺しの技を学んだ。貴様を殺す技を。戦場へ赴き、実戦で己を鍛えもした。
 すべて……すべて、貴様を殺すため。シェリーの仇を取るため。
 俺のこの十数年の時間は、ただそれだけのために費やされたのだ」

「・・・うん」

>「だが、それも今ここで終わる。貴様の死で。
 このままでも充分、貴様を殺すことは可能だと思うが……。

「ごめんねロイ・・・正直言えば、あの時手加減してたんだ。もちろん、最初の蹴りは本気だったよ
 でもね・・・それ以降は相手を殺さないように手加減してた」

手加減という表現は少し正確ではない。
相手を殺さない・・・つまり病院送りにするぐらいの気持ちで戦う全力と。
相手を殺す・・・つまり最初から殺意全開で戦う全力。

そこに手加減は存在しなかったが、結果的に手を抜く形になる。という話だ

「それに・・・僕にはブラッドラストがある。あの時は使わなかったけれど・・・でも僕の状況なら君も把握してるはずだ
 ゴブリンとセットで来る君を・・・間違いなく持っているであろう切り札を・・・その為にこの力を強化したけれど・・・今は」

周りを見渡してもゴブリン達は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
命令を下してもちゃんと戦えるゴブリンがどれだけいるか・・・。

「才能のない凡人は、1%の才能を持ちそれを磨き続ける天才には勝てない」

これはシェリーの口癖だった言葉だ。1%も才能を持っていないものはどれだけ努力しても次にはいけず、同じところを回り続ける。
一見人を馬鹿にしたような言葉にとられるかもしれない。けど僕はこの言葉は優しさがある言葉だと思う。

才能ない者がどれだけがんばっても報われない。けど早く諦めて次にいけばそこでは才能が見つかるかもしれない。
シェリーは才能が無駄な事で捨てられていく事を一番嫌っていた。その優しさからでる言葉だと。・・・ちょっと言い方はきつかったが。

「なあ・・・頼む。僕の命だけで済ませてくれないか?どんな殺し方をしてくれっても構わない
 だから・・・こんな蛮行はもう二度としないでほしんだ。だから・・・」

>せっかくだ、貴様には更なる絶望を味わわせてやる。見るがいい――」

「なっ・・・それは・・・!」

なにも不思議ではない。
ゴブリンにあんな大量虐殺を命令できたのだから。自分だって幾らか殺してるに決まってる。

「なんて事だ・・・あのロイが・・・ロイが・・・」

>「ブラッドラストは貴様の専売特許じゃない。
 さあ、始めよう。貴様の終焉を――ジョン・アデル!」

185ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:24

「だめだ・・・君は・・・そんな物に頼っちゃだめだ!ロイ!」

ロイの攻撃を間一髪でよけつつ、呼びかける。

「うぅ・・・うう・・・どうして・・・どうしてなんだよ・・・」

僕は彼女の願いを聞き届けただけだ。それはだれからみてもとっても悪い事なのかもしれない。
それでも・・・親友を・・・シェリーの兄が殺人鬼になって・・・自分に襲い掛かってくる?
なぜこんな目に合わなきゃいけないのだろう。なんで・・・あの時大人達は僕をさばいてくれなかったのだろう。

「くうっ」

ロイの攻撃が確実に僕の皮膚引き裂いていく。
このままいけばそう遠くないうちにナイフは僕の体を捉え、深く刺さる事になる。

覚悟を・・・決めなきゃ。終わらせるって・・・決めたんだから・・・!

「わかった・・・僕も・・・覚悟を決めたよロイ・・・ハッ!」

覚悟を決め、スキルを発動。そして素早くナイフを抜きロイに切りかかる。
斬って斬られて、殴って殴られて、蹴って蹴られて、お互いの肌に傷をつけながら、それでいてお互い致命傷は負わない。
並みのモンスターでは近寄る事さえできない激戦が繰り広げられ、素人目には互角の戦いのように見えるだろう。

しかし・・・確実に押されていたのは僕のほうだった。

「ハアッ・・・ハアッ・・・素の力は圧倒的に僕のほうが強いはずなのに・・・」

ロイのほうが圧倒的にうまく、ブラッドラストを使いこなしている。
僕だってこの力を引き出すためにできる限りの事はしたはずだ・・・それでも・・・届かない。
少しずつ、確実に、ロイのナイフは僕の体を捉えつつあった。

「はあああ!」

そしてその時は遂に訪れた。

焦った僕が繰り出してしまった右手の大振りの攻撃。
ロイはそれをひらりと避け、目にもとまらぬ速さで

「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

部屋に僕の悲鳴がこだまする。戦闘音で満たされた部屋でも聞こえるような大声で。

そしてその声に気付き、振り返った者は驚愕・悲鳴・その他色んな声を上げる事になる。

「僕の・・・僕の右腕がっ・・・」

切断された、ジョンアデルの右腕を見て。

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:37

痛い。痛い。痛い。

僕の思考は完全にそれだけで埋め尽くされていた。僕の視界に、綺麗に切断された右腕が移っている事で、さらにその痛みは現実として反映された。

「あぁ・・・ぁぁ・・・」

生まれて初めての痛みに、僕はただうめき声を上げる事しかできなかった。
右腕を抑えている左手の隙間から止めどなく流れる血が辺りを染めていった。

熊に半殺しにされた時も、ヒュドラに半殺しにされた時も、死ぬほど痛かった。でもその時は五体満足だった。
痛みはその時よりマシかもしれない・・・でも右腕はもう帰ってこない。でも・・・

「痛い・・・痛いんだ・・・すごく・・・でも痛みがわかるって事は・・・僕はまだ生きているんだ」

僕の中で何かが治ったような気がした。

「父さんが言ってたんだ・・・生きてればやり直せるって・・・多少みっともなくても死ぬよりマシだって・・・」

自分の本当の気持ちは自分でもわからない時がある。だれかに言われた言葉だった気がする。
その時は自分の気持ちを自分が知ってないなんてありえないなんて笑い飛ばした。

「ふふっ・・・フフフ!」

僕はずっとこのブラッドラストの事を呪いだと思っていた。
自分の身を犠牲にして力を得て、最後には自分の意志に関係なく怪物と化して堕ちるか、それとも自ら命を絶つ事になる呪い。
人を殺めてしまった者に課せられる罰のような物だと。

でも実際は違って。

「えへへ・・・僕まだ生きてるんだあ」

この力は願う者に悪魔から贈られる祝福なのだ。
人を殺めて、それでも叶えたい願いがある者に与えられる。

ロイは復讐を願った。自分よりも高みにいる僕を殺すために願った。渇望した。だから力を手に入れた。

「僕はやっと気づいたんだ。いやあえて知らないフリをしてたのかも。
 もしくは誰かにそう仕向けられていたのかも・・・ま、もうどうでもいい事だけど」

なら僕は?

「僕は・・・殺し合いが好きなんだ。命と命の奪い合いが・・・真剣勝負の果てに勝利がほしいんだ
 この世界に来なければ一生気づかなかったかもしれない!英雄なんて肩書はいらない!僕はただ戦いたいだけだったんだ!」

その為に悪魔が僕に力をくれたんだ!この世界でも戦えるように!

「あぁ・・・この世界にきてよかった!」

誰よりも純粋で、真っすぐな笑顔で僕はそう言い放った。

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/07/23(木) 18:27:54

「どうした!ロイ!僕の腕を切り落とした時のようなキレがないぞ!」

形成は完全に逆転していた。

右腕がないというハンデを背負ってなお、それ以上のパワーで僕はロイを圧倒していた。
力が増す度に、僕の体からさらに強く、濃く死のオーラを纏う。
そのオーラは見るだけで人を不快にさせ、触れた者から生きる気力を奪う。

「君にはこの力を扱う才能がないよ・・・ロイ・・・君は根が善人過ぎるんだ」

今ならわかる。この力を最大限に引き出す為には自分に素直にならなければいけない。
でも、きっとロイは根は真面目だから・・・僕のように狂人ではないから・・・この力を今以上に扱う事はできない。

「フフ・・・ハハハハハハ!アアハハハハ!」

「そうだ・・・ロイ。見せてあげよう・・・本当の絶望を」

力が腕としての機能を失ってしまった右腕に集中する。
そして右腕の切断面がまるで沸騰したかのようにブクブクと音を立てる。徐々に・・・右腕からなにかが生えてくる

「ウグウ!ウウウウウウ!」

肉の枝のようなものが腕から生え、それらが合わさり形を作っていく・・・。
あっという間。時間にしてみればわずか10秒にも満たない間に人間の腕ではなく・・・熊の腕が完成していた。

「さっきね・・・カザハに言われたんだ・・・このままじゃ君は殺戮の化け物になるって」

今度は力が体全体を包み、体全体から出血を始める。出血しているのとは実際は違う。体が傷がついてないが血のような物は汗のように体から流れている。
そしてその血が体全体を覆うと沸騰したかのようにうごめく。

「その時はなにかの冗談だと思って聞き流したよ。だって僕は人間だ。化け物と呼ばれた事はあっても実際はただの人間・・・だと思ってた」

血の中からでてきたジョン・アデルは・・・ブレモンプレイヤーなら察せるであろう弱点である首を除き、体を覆う頑強な鱗に包まれ
右手にはロイの着ているタクティカルスーツなど紙切れのように扱えるほど鋭い爪とパワーを持った巨大な熊の腕。
そしてそれらを支える2m近い身長を誇るジョン・アデルという男が持っている屈強な肉体。

「カザハがいう事が事実なら・・・おそらくブラッドラストの成れの果ての姿というのは
 殺した相手を取り込んで、取り込んで、力を重視するあまり人間である事を放棄した人間なのだろう」

バロールが言うにはブラッドラストの最後は必ず鮮血にまみれているという。
自殺する者。無理な突撃を繰り返して戦死する者。乱心する者。
最終的に血にまみれて死ぬことを強要される呪いだと。

「・・・人間はいくら力が欲しいと思っても、人間をやめてまで力が欲しい奴はいないって事だったんだだろうね
 みんな化け物になる前に・・・自分が人間じゃなくなる前に、死ぬ為に自殺・戦死をしようと思ったに違いない
 まあ単純に変化に体がついていかなかっただけの可能性もあるけど・・・まっどっちでもいっか・・・関係ないし」

今までとは比較にならない力を感じる。

「ロイ・・・僕は・・・本当はね、君が言う才能は最初はなかったんだ・・・たしかにシェリーから体の出来に関しては太鼓判を押されてた。
 でもいざ体を使う事に関しては僕は1%の才能すら持ち合わせてなかったんだ」

熊の手はジョンアデルが最初に殺した獲物だ。そしてこの鱗の持ち主のヒュドラは3番目。

「シェリーを殺したあの日から・・・僕はまるで別人のように自分の体を使いこなせるようになった・・・意味、わかるだろ?」

2番目のシェリーの人類最高峰の類まれなる才能。
そしてそれらを維持するだけに値する僕の鍛え上げられた肉体。

「さあ・・・もっと戦おうロイ。殺し合いをしよう。人間と化け物の戦いを・・・!
 安心しろ。君を殺した後に君を唆した奴を必ず見つけ出して、生まれてきたことすらも後悔させるような死を与えてやる・・・!」

辛くなんてない。悲しくなんてない。苦しくなんてない。
僕は最強の力を手に入れたんだ。本当に化け物になってしまっても。
この世界に来てから受けた優しさを全て無にしても。出会いを全部無にしても

僕は化け物になったんだからこれでいいんだ。この世界のどの存在とも対等に僕自身が戦える力を得た。もうブレイブなんて肩書だって必要ない。部長も。
なゆにだって明神にだってカザハにだってエンバースにだって、みのりにだって。あのカザーヴァでさえも、決着はどうであれ、戦える力を得たのだ。
これで・・・なにも考えず・・・快楽を。この衝動に身を任せればいい。それでいいはずなんだ・・・それで・・・

僕の本当の心はそれを望んでいるはずなんだ。

「・・・・・・・死にたくなければ化け物になった僕を殺してみろ!!!」

188カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:41:12
>「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」
>「たしかにカザハなら最速で取りに行けるかもしれない・・・けど
 僕を襲ったトラップを見ただろう?足が速いだけで突破できるほどバロールの罠は甘くないよ」

当然のごとく、私達のお使いは皆に止められたが、皆の心配は杞憂に終わった。

>《ああ、それについては心配無用だ。
 格納庫はコアを破壊した後、レプリケイトアニマを脱出する途中にある。
 君たちはまずアニマガーディアンの撃破に集中してくれればいいよ。》

「意外と親切設計だった――ッ!?」

それならもっと多くの人がヴィゾフニールを持っていてもおかしくなさそうだが、所持している人は滅多にいないそう。
これは絶対何かありますね……。

>《場所はね――》

感動的なシーンでNPCが左に行けというところを右に行かないといけないらしい。

>「カザハに単独行動させないで済むのは有難いけど、趣味が悪いっていうのは変わらなかったわね……」

>《はっはっはっ! いやぁ、面目ない!
 悪いのは全部運営だからね! 私じゃないからね! ブレモン運営には猛省を促したい!》
>《うち、お師さんがそれ言うたらだめや思うわ》

出ました魔王ジョーク!
多分この世界の1巡目を模して作られたのがゲームのブレモンだから……それ、因果関係が逆ですよね!?
なゆたハウスの存在など、それだけでは説明が付かない点もあるのだが。
……あれ? ジョークと見せかけた真実だったらどうしましょう。
現実の1巡目においても”運営”にあたる黒幕が実際に存在して裏で糸を引いていたとしたら……。
……考え始めると訳が分からなくなるからやめましょう。

>「ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね」
>「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」
>「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」

>「話を聞いてなかったのか?なにが起こるかわからないんだ!力を温存しなきゃいけないんだって!君達が前にでたら意味が」
>「ちょっ……! 明神さん!」
「明神さん、君本体が突撃していいタイプのキャラじゃないでしょ!?」

今度は明神さんが突撃すると言い始め総ツッコミをくらったが、当然聞くはずはない。
それにしてもジョン君はブラッドラストの影響下の尋常ではない好戦的な様子とは裏腹に妙に冷静なのが逆に不気味だ。
何かとんでもない事が進行しているような気がする……。

189カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:47:14
>「だってさ。それ、悪役のスキルじゃん。わりーヤツが使うヤツじゃん。
 パパみたいな魔王でモノホンの悪党ならともかく、オマエらは違うじゃん。セーギのミカタじゃん。
 なのにオマエ、なんでそんなスキル使って喜んでんだよ?」

ガザーヴァがジョン君にナチュラルに煽りをかます。
が、彼女なりにジョン君を説得しようとしているようにも思えた。

>「ボクもセーギのミカタになりたい。明神とずっと一緒にいたいから。
 だからさ。それ、もう全然羨ましくねーや! んじゃな!
 ――おらおらァーッ! 明神、ボクを置いていくなよなァーッ!!」

どさくさに紛れて惚気ですか!?
カザハが遠い昔に失った何かを見るような暖かい目で見てますけど……。
生暖かい目の間違いではないかとか言っては駄目。

>「僕が・・・悪役・・・そうだ・・・悪役・・・化け物なんだから悪役なのは当然なんだ・・・どんな事になったって僕は・・・」
>「ぐうう・・・!」

頭を抱えて蹲るジョン君にカザハは慌てて駆け寄る。

「ジョン君!? もう休んでなよ。カケルに乗る?」

が、ジョン君はその声が聞こえなかったかのように、再び前線へと突撃していく。

「あ、待って……!」

伸ばしたカザハの手は空を切った。
そのまま明神さん&ガザーヴァとジョン君が敵をなぎ倒すこととなり、
結果的に私達含むその他のメンバーは驚き役もとい温存組となった。
やがて、最深部までたどり着く。
明神さん達の特攻が功を奏しジョン君からひとまずブラッドラストのオーラは消えているが……。
妙な冷静さはそのままで、嫌な予感は消えない。まるで嵐の前の静けさのような……。

>「・・・完敗だ・・・これになんの意味があるのかはわからないが・・・」

「それ、本気で言ってる?」

カザハ、ちょっと怒ってます?

>「うぇ、まーたボク達かよぉ!
 ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「サーセーン!」

>「ならこんどは僕が」

「アンタ働いてた側の人間やん!!」

コントのようなやりとりを素でやっている。
問題はジョン君がわざとボケているわけではなく大真面目だということだ。
そんなジョン君を、なゆたちゃんがもう戦わないようにやんわりと諭す。

>「……ジョン、具合の方はどう? 身体は……痛くない?
 みのりさんの言うとおり、後はアニマガーディアンだけだから。
 ここへ来るまで、ジョンにはたくさん無理させちゃったし。
 あとは休んでて? もしわたしたちが危なくなったら加勢してくれる感じでお願い」

190カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:49:12
>「申し出はありがたいが・・・ロイと僕の力でなゆ達には迷惑をかけっぱなしだ。
 君達の旅に付いていける時間はもう残り少ないだろうけど・・・でも、だからこそ無理をさせてくれ」

妙な冷静さは自らの破滅を悟っているがゆえだったのか――ついに決定的な発言が出てしまった。
突然、パァン!と無駄にいい音が響く。カザハがジョン君にビンタをキメていた。

「この分からず屋!!」

《カザハ!?》

モンスターが人間に手を上げたらあかんでしょ!
まあ……「親父にも殴られたことないのに!」の人と違って幼少期より激しい訓練を積んできたジョン君にとっては
虫がとまったようなものだと思われるのでその点はあまり心配しなくていいでしょうが。

「なんの意味があるかって!? 君がブラッドラストを使わなくてもいいようにするため!
君と最後まで旅がしたいからに決まってるじゃん!
なゆがここに来るのを決めたのだってそう! 一刻も早くエーデルグーデに連れていくため!
君はいざとなったら死ねばいい位に思ってるのかもしれないけどそんな都合のいいものじゃないんだから!」

バロールさんの話によると、ブラッドラストに侵された者は例外なく悲惨な最期を迎えるらしいが……
起こり得るそれより都合の悪い結末とはどういうことだろうか。

「思い出したよ。
今は消え去った時間軸でブラッドラストに侵された者の成れの果てと戦ったことがある……。
そいつは生き物を殺せば殺すほど強くなっていくんだ。
その時はたまたま勝てたけどもし負けてたら……
そいつは誰の手にも負えないところまで強くなり続けて最後には世界を滅ぼしていたかもしれない。
もしそうなったら誰にも止められないんだからね!?」

これは……ジョン君を思いとどまらせるためのハッタリ? それとも真実?
1巡目でもそれで世界が滅びてはいないので、当然今のところそのような前例はないと考えられる。
が、今後も絶対起こらないとは言い切れない。
今までにブラッドラストに侵されて暴走コースに入った者が、たまたま運よく全例討伐されてきただけという可能性もあるのだ。
というか真実だとしたらよくそんなのに勝てましたね1巡目の私達……。

「……だからお願い、そんなこと言わないで」

もうどんなに情に訴えても届かない。
だから、ジョン君自身が世界を滅ぼしてしまうかもしれないというとんでもない実害の可能性を持ち出したのだ。
それが虚にせよ実にせよ。

>「じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

>「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

191カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:50:20
「一番出てきちゃあかん奴出てきた――ッ!!」

入った瞬間にゴブリンに取り囲まれていて一斉に銃口を向けられた。
何ですかねこの身も蓋もない感じ……。

>「俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ」

ん? なら巨大ドリル起動させたのはなんのため?
まさか……ジョン君をおびきよせてここで待ち伏せするためだけに巨大ドリルを起動させたんですか!?

>「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい」

>「……お待ちください」

これはこれはマル様、どうしてここに? ついでに親衛隊もいる。
よく分からないけどとりあえず一斉射撃止めてくれてありがとう。

>「アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、またお目にかかれて光栄の至り。
 斯様な少勢でこのダンジョンを踏破するとは、まこと驚嘆する他はありませぬ。
 貴公らこそまことの勇者。まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でございましょう」

>「……なんてこと。
 そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

ここで一緒に待ってたということは何らかの形でつるんでるんでしょうね……。
もう裏繋がりどころか普通に同盟関係じゃないですか!?
と思っているとマル様(とその取り巻き)とフリントがなんだかんだと仲間割れ(?)し始めた。
なんか知らないけどとりあえずゲージ溜まる時間稼いでくれてありがとう。
いや、冷静に考えると敵が増えただけでは!? あんまりありがたくない気がする!
でもゴブリンアーミーの一斉射撃止めてくれなかったら開幕と同時に終わってたからやっぱ有難いのか?

>「ヒィ――――――ハ―――――――ッ!! うんち野郎ォォォォ! 宣言通りバラバラにしてやんよォォォ!!!」

アニヒレーターがヤマシタさんめがけてギターを振り下ろしてくる。
ダイレクトアタックじゃなかったのがせめてもの救いだ。

>「明神ッ!」

>「残念ね、そうはさせないわ……幻魔将軍。
 私が相手をしてあげる。――この私のミスリル騎士団が、ね。
 いい機会だもの……アコライト外郭を更地にしてくれたお礼、たっぷりしてあげる」

明神さんの加勢に入ろうとするガザーヴァの前に、さっぴょんが立ちはだかる。
ガザーヴァは断トツで強いので余裕かと思いきや、そうでもない。
というのも皆さんご存じの通り、ガザーヴァ、誰かさん達のせいで(棒)本編途中退場なんですよ。
とはいっても退場したのは割と終盤で複数人でボコってやっと倒せるバランスなので
並大抵のブレイブには負けないとは思いますが……さっぴょんだしなぁ……。

192カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:51:31
>「くそッ! なんだよコイツ、数の暴力じゃん!
 おい、そこのバカ! オマエだよオマエ! ちょっとこっち来い! 力貸せっての!
 この女、速攻でブチのめして明神助けに行くぞ!」

「えっ!?」

ナチュラルに驚いてるし!
さては驚き役になりかけてましたね!? かくいう私は解説役になりかけてました。
でもカザハが驚くのも無理はない。
黙ったら息が出来なくて死ぬ説があるガザーヴァが道中で殆ど話しかけてこなかったんだもの。

「ボクに頼みごとをするなんて殊勝になったじゃん……!」

これは頼み事というより命令な気がする……。
でも、どうして私達なんでしょう。助力を求めるならトッププレイヤーのなゆたちゃんの方が余程強いはず。
システム上パートナー扱いだったアジ・ダハーカの時とは違って、完璧な連携が出来る保証もない。
というか私達、よく毎度超レイド級に突っ込んで生きてますよね……。
その時の共通点といえば2回ともレイド級モンスターと組んでいたこと。
何か未実装の隠し要素でもあるんですかね……。

「コイツの戦術はチェスの戦術なんだって。つまりターン制が大前提にある……!」

パートナーモンスターではないためATBに縛られないガザーヴァと、ブレイブとして立ち回りつつも本体も多少戦えるカザハ。
相手目線で見ると厄介な相手を選んでしまったと言えるのかもしれません。

「俊足《ヘイスト》」

ただでさえ素早くてゲーム内では1ターン2回行動で表現されていたガザーヴァにヘイストかけるとか
相手から見ればもう嫌がらせ以外の何物でもない。

《気付かれないようにそいつらを少しずつ本体から引き離して!》

《ウィンドボイス》を使ってガザーヴァに秘密のメッセージを送る。
相手はブレモンプレイヤーなのでガザーヴァの戦略は知っているが、カザハの手札は当然知らない。
それを利用して奇襲をかける作戦だろう。
具体的にはガザーヴァがチェスの駒を引き離した隙に瞬間移動《ブリンク》で本体にチェックメイトするつもりですか!?
純粋に本体自体を比べると一般人の向こうはモンスターのカザハには敵わず、不意打ちに成功すれば無力化できるかもしれない。
チェスで1ターン複数回行動とか瞬間移動とか反則以前の問題ですね!

「風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

カザハが作り出したのは銃――風の魔力でできた銃なので魔導銃といったところか。
あらゆる武防具を生成できる、とはいってもこの世界に無いものまで出来るのでしょうか。
もしかしたら銃が地球から持ち込まれたことで、作れる武器リストに加わったのかもしれない。
カザハは後方から魔力弾を連射するが、当然ながらガザーヴァに当たることはない。
魔力で出来た銃ということで撃ち出すのも物理的な弾丸ではなく風の魔力弾なので、軌道操作も可能というわけだ。
一方では、マル様達の介入を許した、というより諦めたフリントが、ジョン君に狙いを定め、
ついに二人の因縁の対決が始まっていた。

193カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:52:36
>「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

同時進行で複数の対戦が繰り広げられる中、突然、ジョン君の尋常ではない絶叫が響いた、
それぞれ交戦中にも拘わらず皆が思わず注目する、それぐらいの絶叫だ。

>「僕の・・・僕の右腕がっ・・・」

「あ……」

右腕ポロリの惨状に、戦闘中だということも忘れて驚愕する。
それだけでも一大事だが、それをきっかけにジョン君はいよいよおかしくなってしまった。

>「僕は・・・殺し合いが好きなんだ。命と命の奪い合いが・・・真剣勝負の果てに勝利がほしいんだ
 この世界に来なければ一生気づかなかったかもしれない!英雄なんて肩書はいらない!僕はただ戦いたいだけだったんだ!」
>「あぁ・・・この世界にきてよかった!」

ジョン君は腕が一本無くなって弱体化するどころか、尋常ならざる力でロイを圧倒し始めた。
切断された右腕の場所に、熊の腕が生成され、頑強な鱗に包まれた異様な姿となる。
“終焉”の名を持つ魔獣がここに顕現した――

>「さっきね・・・カザハに言われたんだ・・・このままじゃ君は殺戮の化け物になるって」
>「その時はなにかの冗談だと思って聞き流したよ。だって僕は人間だ。化け物と呼ばれた事はあっても実際はただの人間・・・だと思ってた」
>「カザハがいう事が事実なら・・・おそらくブラッドラストの成れの果ての姿というのは
 殺した相手を取り込んで、取り込んで、力を重視するあまり人間である事を放棄した人間なのだろう」

「信じる気になったならもうやめて!」

このままいけば、ジョン君がロイを屠るのはすぐだろう。
そうなればジョン君はロイの力をも取り込み、力と引き換えにまた正気を失う――
その時点で完全なる化け物になり、敵味方の区別もつかずに無差別に襲い掛かるようになるかもしれない。

>「さあ・・・もっと戦おうロイ。殺し合いをしよう。人間と化け物の戦いを・・・!
 安心しろ。君を殺した後に君を唆した奴を必ず見つけ出して、生まれてきたことすらも後悔させるような死を与えてやる・・・!」

カザハは声を張り上げて叫んだ。

「みんな聞いて! そいつをジョン君に殺させたらいけない! これ以上殺せば手に負えなくなる!
そうなったら侵食以前に世界が終わってしまうかもしれない……!
ブラッドラスト同士の対決なんて……まるで蟲毒じゃないか!!」

194カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:53:42
蟲毒――たくさんの毒虫を壺の中にぶち込んで食らい合わせ
最後の一匹になるまで弱肉強食の勝ち抜き戦を行い、最強の毒虫を爆誕させる呪術だとか。
確かに似ている気がしますね……。
“ブラッドラスト”は世界に血に塗れた終焉をもたらす者、という意味でもあるのかもしれません。
侵食が始まると同時に、今までに出現しなかったモンスターが出現するなどの様々な異変が起こったそうですが、
ブラッドラストもその一環として発生した呪いなのでしょうか。
カザハはマル様に、親衛隊を止めるように要請した。

「マル様! ロイがジョン君に負けるのは都合が悪いんだよね!?
今からそれを阻止しにかかるからさ……親衛隊大人しくさせて!」

>「・・・・・・・死にたくなければ化け物になった僕を殺してみろ!!!」

カザハや皆の制止を聞くはずもなく、ジョン君とロイは再び激突しようとするが――

「やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

カザハが二人の間の空間に攻撃スペルカードをいきなりぶち込んだ。
ダメージそのものが目的ではなく、吹っ飛ばして二人を引き離すためだろう。

「ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?」

カザハはそう言ってスマホを見た。

「“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる」

カザハのスマホには、ジョン君が“ブラッドラスト”というモンスターとして表示されているらしい。
普通に考えればそれはジョン君が化け物になってしまったということを示しており、絶望するところだが、カザハはそんな様子ではない。
むしろ、一縷の希望を見出したような様子だ。

「モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!」

195カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/30(木) 23:54:44
この世界のシステム上、異邦の魔物使い《ブレイブ》はモンスターに対して、各種の特権が働くようになっている。
システム上はモンスター枠と認識されていながらギリギリジョン君の意識が残っている今が、唯一にして最大のチャンスかもしれない。
ガザーヴァがモンスターであることを利用して捕獲によって分離に成功したのは記憶に新しい。
その前には、人間をゾンビ(モンスター)化してから捕獲することによって蘇生に成功した例もあるらしい。
今回も、例えばいったん捕獲してパートナーモンスター枠にしてしまえば、
その辺に転がっているような状態異常解除のスペルカードが効くかもしれない。
最悪すぐにはどうしようもなくても、そのままの状態でエーデルグーデでもどこへでも連行することができる。
そんなことを考えたのだろう。が、仮に理論上は出来るとしても、実際にやるのは至難の業だ。
肉体が無かったガザーヴァの時と違って捕獲難易度は格段に高いに違いなく、HPをギリギリまで削らなければならないだろう。
その過程で厄介なフェーズがある可能性も高い。

「ああっ、みのりさんの持ってたHP1残るスペルカードがあればいいのに……!」

確か……来春の種籾《リボーンシード》でしたっけ。
あったら今の状況では滅茶苦茶役に立ちそうですがいないものは仕方ないですね……。
カザハは、魔導銃を構えながら、所在無さげに立っている部長に目を向けた。

「今だけはジョン君の命令を聞かなくていい……。力を貸して! 一緒にジョン君を助けよう!」

196明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:38:52
ジョンとの競争は、結論から言えば俺たちの圧勝だった。
言うまでもなくガザーヴァが暴れまわったおかげだが、俺とて何も貢献してなかったわけじゃあない。
俺にはこれまでのゲーム遍歴で培ってきたMOB狩りの技術があるのだ。

古式ゆかしきMMOの迷惑行為がひとつ、『横殴り』。
読んで字の如く、他のプレイヤーが殴ってる敵を横から殴って報酬を横取りするクソプの極みだ。
インスタンスダンジョンの台頭によっていわゆる『狩り』はネトゲの世界じゃもっぱら見なくなったが、
マルチプレイのゲームで何したら他人に嫌がられるのかってのは今なおもって通底しているマナーだ。

当然ながら俺は、こうしたゲームにおける嫌がらせ・迷惑行為に精通している。
効率良く相手をイライラさせる横殴りの技術――そいつはこのアルフヘイムでも覿面に通用した。

ジョンがこれから何を殴るのか、今まさにトドメに入る瞬間なのか、俺には手に取るように分かる。
そこをかすめ取るように横からトドメさしてやれば、ソロプレイヤーを手玉にとるのは容易かった。
俺自身に火力足りなくてもガザ公にちょいと立ち回りを指示すりゃそれで良かったしな。

ほどなくして、積み上がったアニマのザコ敵の骸の先に、最深部への大扉が見えた。
ジョンは殆ど敵を殴れず、ブラッドラストのオーラも火が消えたみたいに静まってる。
とりあえず当面の目論見、1つ目はクリアってところだ。

>「うひぃ〜……さすがに疲れた……」

「ぜぇ……ぜぇ……ちょ、ちょっと飛ばしすぎたかな……」

言葉とは裏腹に涼しい顔のガザーヴァ。その隣で俺は水揚げされた魚みたいに喘いでいた。
休みなく連戦しまくったおかげで体力がすっからかんだ。
多分もうあと一歩でも動いたら俺は死ぬ。

「っどーだジョン!宣言通りだ、おめーの呪いも引っ込んじまって泣いてるぜ」

>「・・・完敗だ・・・これになんの意味があるのかはわからないが・・・」

「うっせ。ブラッドラストさんに嫌な思いさせられたら大勝利なんだよ俺たちは」

ジョンのボヤきに、俺は憎まれ口で返した。
まぁ実際のところ、たしかに意味なんざないんだろう。先走って敵全部倒すのも、自己満足でしかない。
来たるべくアニマガーディアン戦でガス欠すりゃ本末転倒ってのもなゆたちゃんの言う通りだ。

だけど――俺にとっちゃ重要な問題だ。ゲーマーとしての矜持が、ここに問われている。
俺は、ジョンの俺たちに対する過小評価が気に入らない。
呪いで命削んなきゃ守れねえような子羊ちゃんだとでも思ってんのか?舐めんじゃねーぞ。
守られるだけの弱者じゃないって、絶対に認めさせてやる。

それに。
ここまでの連戦を、俺は足を止めることなく完走した。
アコライトじゃ魔法二発撃つだけでぶっ倒れてた俺がだ。

キングヒルで出会ってから、俺はジョンに『訓練』と称して何度も薫陶を受けてきた。
貧弱な本体がウィークポイントとならないように、生身で生き残る術を、伝授されてきた。

疲れにくい体の動かし方や、効率よく酸素をとりいれる呼吸の仕方。
敵の行動を予測し、攻撃圏内に入らないようにする立ち回り方。
それらは何度も実戦を重ねるなかで、俺のなかに技術として染み付き始めてる。

こいつみたいにでっけえ剣を振り回したり、焼死体みたいな立体機動は出来ないけれど。
俺だって少しずつ、順当に成長してきてんだ。
そしてこれは、お前がいなきゃ出来なかった成長でもある。

197明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:39:32
見てるかジョン・アデル。
お前はちゃんと、俺たちのパーティに貢献してる。迷惑かけるだけの存在なんかじゃない。
ブラッドラストがなくたって、俺達の大事な仲間なんだ。

>「みのりさん、残り時間は?」
>《あと30分強ってとこやね〜。さ、残すはアニマガーディアンだけや。おきばりやす〜。
 アニマガーディアンの特性はわかってはるやろね? ガーディアンは光属性やから、
 明神さんとガザーヴァちゃんを中心に攻めるのがええやろねぇ》

「うっし、休憩完了。見せてやるぜ、俺の闇の力をよ……!」

>「うぇ、まーたボク達かよぉ!ちょっとは他の連中も働けよなぁー、だろー明神!」

「おいおいガザちゃん、もうヘバってんのか?俺はちょーど肩温まってきたところですよ」

例によってガザ公がぶーたれて、なゆたちゃんが宥める。
まぁそうね、今回お前が一番働いてるからね……僕もう頭上がんないかもしんない。

>「別に、後ろに下がっててくれてもいいんだぞ。後は俺がやる……真打登場って所か」

「おっ焼死体君、人をやる気にさせるの上手いねぇ。おめーこそ下がってろ、光属性で成仏したくなけりゃな」

減らず口をぶつけ合ってるうちに、なんとか動き回れるだけの体力は戻ってきた。
まだまだ戦える。ジョンの野郎に出番なんかくれてやるもんかよ。
と、なゆたちゃんに気遣われていたジョンの言葉が耳に引っかかった。

>「申し出はありがたいが・・・ロイと僕の力でなゆ達には迷惑をかけっぱなしだ。
 君達の旅に付いていける時間はもう残り少ないだろうけど・・・でも、だからこそ無理をさせてくれ」

「……は?何言ってんだお前」

死期を悟ったふうなこと言いやがる。
ちげーだろ。お前の死期を際限なく伸ばすために、俺達はここまで来てんだろうが。
思わず食ってかかろうとして、それより先に飛び出した影があった。

>「この分からず屋!!」

「カザハ君!?」

パァン!と快音ひとつ立てて、カザハ君のビンタがジョンの頬に直撃した。
持ち前の高AGIからくる早口でまくしたてるのは、ブラッドラスト被呪者の末路。
殺戮を重ねすぎて、文字通りの化け物となってしまった者達。
――俺たちの知らない、一巡目の記憶だ。

>「……だからお願い、そんなこと言わないで」

「なおのこと、ブラッドラストなんか使わせらんねえな。
 俺ぁお前の成れの果てを介錯すんのなんざ御免だぜ」

カザハ君の言ってることが、カンペキ事実とは限らないけれど。
それがジョンに呪いの行使を思いとどまらせる理由になるなら、全力で後押ししよう。

>「じゃ……行こう。 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!」

「りょーかい。サクっと終わらせてヴィソフニールのツラ拝みに行こうぜ」

198明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:40:07
アニマガーディアンは確かに強敵だ。ガルガンチュアの前座を飾るに相応しいステのレイド級だ。
だけどエンドコンテンツと違って、こいつはメインシナリオのボス敵だ。
であるがゆえに、ライトユーザーでも頑張れば攻略できる程度の難易度に調整されている。

大技の前には必ず予備動作があるし、全体攻撃も軽減をきっちり入れれば十分耐えられる。
事前に予習しなくても、戦ってるうちに段々攻略法が見えてくるようになってるのだ。
いわんや、俺達には予備知識がある。負ける要素は万にひとつも、なかった。

……そう、負けるなんて思っていなかった。
『そもそも戦えない』とも、思っちゃいなかったけど。

>「……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ」

扉を開けた先に居たのは、上背7メートルの骨の巨人ではなく。
相変わらず黒尽くめの戦闘服で上下を決めた、軍人の姿だった。

あー。あー。そういうこと。そういうことね。完ッ璧に理解したわ。
バロールの埒外だった、レプリケイトアニマの再起動。
気にすべきだったのは、『何故起動してるのか』じゃなく――『誰が起動したのか』だった。
そしてその答えは、目の前にあった。

「ロイ・フリント……!!」

アニマについての知識は、当然俺たちやバロールだけの特権じゃない。
ニブルヘイムにもミハエルや帝龍みたいなブレモンプレイヤーは居るし、
イブリースに至っては一巡目の記憶を持ち越していやがる。

停止したアニマを発見して、アルフヘイム転覆のためにこれを再起動するのは、
ニブルヘイム側からすりゃ半ば当然の仕儀と言える。
フリントにとっても、アルフヘイムが阻止しに来るとすれば近場に居た俺たちだと、容易に想定できる。
利害がかっちり噛み合ってたってわけだ。

>「さて、約束だったな。貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ」

「そいつぁ凄えや。人間マトにしたエイム練習でよっぽど自信がついたらしいなぁ?
 ……そのクソふざけた思い上がりを叩き潰してやるよ」

ずらり居並ぶゴブリン共はみな一様にアサルトライフルを構えている。
銃口がいくつも俺を捉えて冷や汗が出る。ビビリを気取られないよう、腿を強くつねった。

>「ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。

俺の煽りをガン無視してフリントはナイフを構える。
ゴブリン達が銃床を肩に当て直し、射撃体勢に入る。
その引き金が、引き絞られていく――

>「……お待ちください」

開戦の狼煙を遮るように、凛とした声が響いた。
フリントの背後から現れたのは、アイアントラスで袂を分かった十二階梯の一人、『聖灰の』マルグリット。
そいつがフリントの側から出てきた、その意味は小学生だってイコールで結びつけられる。

199明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:40:38
>「……なんてこと。そう……マルグリット、あなた――ニヴルヘイム側についたのね。
 それもローウェルの指図かしら? わたしたち相手に、大賢者も随分余裕がないじゃない」

「へっ、第三勢力が第二勢力にまとまってすっきりしたじゃねえか。
 俺たちはおじいちゃんに切り捨てられたってわけだ。もう懐柔の余地はねえってよ」

ローウェル一派がニブルヘイムにつくなら、これで連中との敵対関係も明白になった。
フリントが俺たちを付け狙う以上、俺たちがニブルヘイムに与することもないのだから。
未だに腹に一物抱えてるバロール側につくのは不安しかないが、他に選択肢もない。

と、覚悟の準備をしていた俺だったが、どうにもマルグリットの意図は別のところにあるらしい。
おやおやおや。なんだかマル様とフリント君が仲間割れみたいなこと始めましたよ?
マルグリットがゴブリンの撤収を要求し、フリントは当然それを撥ねつける。
そこへ当然のように控えてきた親衛隊の狂犬どもが噛みつき始めて……急に事態の雲行きが怪しくなってきた。

>「――介入させて頂く。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』らしき最期を。それが尊厳ある闘いの姿なれば!」

マルグリットの出した結論。
それは、俺たちとフリントに『ブレイブとして戦わせる』こと。
ゴブリンによる火力制圧を取り下げて、代わりに戦場に出るのは――こいつらだ。

>「地の理、水の理、火の理、風の理。万象はなべて容を喪い、灰へと還るものなり。
 四つの理、其を束ねし天の神霊に希(こいねが)い奉る!
 今ぞ大いなる義に依りて万理をさかしまに塗り替え、灰たる者に在りし日の姿を与えん!
 聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)――顕現!!!」

「出やがったな、マル様の面目躍如!試掘洞じゃ渋ってたくせに、こんなとこで使いやがって……!」

『聖灰の』マルグリットの代名詞、『聖灰魔術』。
討ち滅ぼした魔物を、その灰から蘇らせて従える、オリジナルの召喚術だ。
振り撒かれた灰が燐光をまとい、輪郭をかたちづくり、確かな存在感を生み出していく。

>「チ……! 撃て!!」

異変に気付いたフリントが射撃を指示するが、既にマルグリットの召喚は成立していた。
灰の中から出現した巨大な骸骨が銃弾を阻み、その巨躯をゆっくりと持ち上げていく。

――レプリケイトアニマの番人、『アニマガーディアン』。
レイド級の名に相応しい威容が、マルグリットの傍らに屹立した。

「ひひっ、知らねえ間に随分でけえの従えるようになったじゃねえか!
 こっそりレベリングしてやがったな!?」

第十九試掘洞では、準レイド級のセイレーンですらレベルが足りなくて扱えないと言っていた。
だがそれより遥かに格上のアニマガーディアンを、マルグリットはこうして己がものとしている。
当然、レイド級のアニマガーディアンを手ずから討伐してだ。

ゲーム上でも、マルグリットはシナリオの進行に従ってより強いモンスターを扱うようになっていた。
同様にこの世界でも。
ガンダラで会った時は十二階梯の末席に過ぎなかったこいつも、旅を重ねて自分を鍛え上げたのだ。

>「ヒィ――――――ハ―――――――ッ!! うんち野郎ォォォォ! 宣言通りバラバラにしてやんよォォォ!!!」

「おっとぉ!いいのか楽器そんな風に扱って!チューニング狂っちゃうんじゃないのぉ?」

200明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:42:06
思わずマル様の雄姿に目を奪われていた意識を、シェケナベイベの奇声が現実に引っ張り戻す。
迫りくるアニヒレーターが大上段から振り下ろすギター。防いだヤマシタの大盾が陥没する。
なんつー硬さだ……フライングVはケンカで叩き壊すのがロックンローラーの流儀だろうが!

「まぁ構わねえよな!おめーのチューニング今まで合ってたことなかったもんなぁ!!」

マルグリットが俺たちの敵に回る以上、その親衛隊とも激突は避けられない。
シェケナベイベはここで会ったが百年目とばかりに真っ直ぐ俺の首を取りに来た。

>「明神ッ!」
>「残念ね、そうはさせないわ……幻魔将軍。

ガザーヴァの声が背後から聞こえる。
そしてそれを阻むさっぴょんの言葉も。
俺は振り返らずに、左手でガザ公を制した。

ガザーヴァが俺の安否をいの一番に気にしてるのは、これまでの戦いで分かってた。
バロールに向ける執着に似たその感情を、受け止めるのがあいつを仲間に引き入れた俺の責任だ。
だからこそ、今ここでガザーヴァに頼るわけにはいかない。

親衛隊長さっぴょんは、おそらくブレモン界隈で最強に名を連ねるプレイヤーだ。
対人ランク14位は伊達じゃない。アクティブ1000万人のこのゲームで、世界で14番目に強いってことだ。
おそらく日本に限るなら五本の指に入る実力者だろう。

単純なステータスだけで語るなら、シナリオ途中退場の幻魔将軍ガザーヴァより遥かに格上だ。
ボディを新造した『今の』ガザーヴァにシナリオのレベルキャップが適用されないとしても、
レイド級を従えられるクラスのプレイヤー相手にどこまで戦えるかは分からない。

あんまし認めたくはないことだが、このクラスの戦いじゃ俺は足手まといにしかならない。
俺を庇いながら戦えるほど、さっぴょんというプレイヤーは容易くない。

だから――この戦いで、俺はガザ公に頼らない。
いつまでもおんぶに抱っこじゃ、バロールの野郎にも鼻で笑われちまうからな。
全部ガザ公任せにするだけが能じゃないって、証明してやるぜ。

「さあ、ギグを始めようぜシェケナベイベ!お前の耳障りなデスボイスも今だけは謹聴してやるよ」

ギターを弾かれたアニヒレーターが二歩下がり、周囲に巨大スピーカーを展開。
同時に俺はスペルを手繰った。マル様が開戦を遅らせたおかげで、ATBゲージの蓄積は済んでる。

「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」

乳白色の濃霧があたりに立ち込めると同時、不可視の音圧がそれを吹き飛ばす。
俺は横っ飛びに音響攻撃の範囲から逃れ、霧の中に姿を隠した。

――『親衛隊のやべー奴』シェケナベイベ。
アンデッド最上位モンスター『アニヒレーター』を駆るコンボ使いだ。
俺は親衛隊包囲網で戦った経験から、こいつの戦術や火力の性質を知悉している。

シェケナベイベの特質を一言で表すなら、『範囲攻撃の専門家』ってところだ。
音に魔力を乗せて放つ、いわゆる楽器系の武器を扱うキャラはエリにゃんはじめ多数存在する。
おしなべて音速による攻撃速度や範囲、防御貫通なんかが特徴だ。

シェケナベイベの場合、攻撃範囲に極めて特化したビルドを組んでいる。
左右のスピーカーから放たれる魔力入りの大音響は、音の届く範囲全てに破滅的な破壊をもたらす。
音に由来する数々のデバフを付与し、高威力の音圧が全てを押しつぶす。
多数を相手に最大の火力を発揮できる、面制圧のスペシャリストと言えるだろう。

201明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:43:01
加えて、音であるがゆえに攻撃が目視できないことも大きい。
先の包囲網では、知らずのうちにシェケナベイベの射程に入った討伐隊が何人も消し飛んでいった。
俺はまず、展開した『迷霧』の挙動によって音響攻撃を可視化した。
攻撃範囲を確認するためだ。

霧で視界を塞がれたシェケナベイベは、それがどうしたと言わんばかりに音響攻撃を連発する。
そりゃそうだ。近接殴りならともかく範囲攻撃なら霧ごとぶっ飛ばせばそれで終わる。
俺は足を止めないことでどうにか範囲から逃れちゃいるが、アタリを引かれるのも時間の問題だろう。

――だがこれで、分かったことがひとつある。
アニヒレーターの音響攻撃は、術者を中心とした前方扇状の範囲に広がっていく。
音の威力を底上げするために、スピーカーである程度の指向性を加えているのだ。

ゆえに、音響攻撃を『避ける』ことができる。
できるが、近づけばそれだけ範囲攻撃を踏むリスクが増大する。
音響攻撃は当然音源に近いほど威力が上がるから、至近距離で直撃すりゃお陀仏だろう。

「怨身換装――モード・『重戦士』」

インベントリからバルゴスの大剣を喚び出し、ヤマシタに握らせる。
瞬間、身に纏っていたピンクの法被が虚空に溶けて、革鎧の体格が膨れ上がった。

ぶりぶり★フェスティバルコンボと闇属性魔法を下敷きに編み出した、
俺のオリジナル死霊術『怨身換装』(名前は雰囲気でつけた)。

『恨み』や『想い』といった残留思念の籠もった道具を装備させることで、
同じく残留思念からなるリビングレザーアーマーの機能を一時的に拡張する改造技術だ。
バルゴス本人を取り憑かせるわけじゃないからステータスは準レイド級にも満たないが、
マジックチートによるダブルATBを経由しなくてもちゃんと言うことを聞いてくれる。

スキルでも、魔法でも、パートナーの戦力ですら、俺はおそらくこの世界の最底辺だ。
だから、組み合わせる。他の連中が思いつくより先に、俺だけの手札を作り上げる。
バロールの語った『ブレイブにしかできないこと』。こいつが俺なりの答えだ。

「よおく見とけよ!ただスペルを手繰るだけがブレイブの戦い方じゃねえってことをなぁ!」

>――「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

いざ吶喊せんとヤマシタに身構えさせた刹那、横合いから耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
思わず振り返れば、視線の先に真っ赤な花が咲いていた。
吹き上がる鮮血。そしてその根本にあるのは――

「ジョン――!!」

>「僕の・・・僕の右腕がっ・・・」

跪くジョンの右腕は、半ばから失われていた。
足元に転がる血まみれの何かが、何であるのか、もう考えたくない。

ジョンが腕を切り落とされた。
ロイ・フリントと演じたナイフ戦の果てに。

人間の筋肉や骨は頑丈だ。ナイフ一本で切断出来るようなもんじゃない。
だから、フリントが纏うエフェクトを見て、全てに理解がいった。

――ブラッドラスト。
フリントもまた、殺人者の呪いをその身に受けている。

202明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:43:45
「くそっ」

今すぐ助けに行かなきゃならない。
片腕を失ったジョンが同じブラッドラストの発動者に勝てるはずがない。
切断された腕はくっつくのか?この世界の医療技術はそこまで発達してるのか?
回復魔法があればなんとかなるのか――?

まとまりのない考えが頭を埋め尽くし、思わず一歩踏み出した。
その鼻先を、アニヒレーターの音圧が擦過していった。

「シェケナベイベ……!」

霧の向こうで、シェケナベイベもまたジョンの惨状を目の当たりにしたんだろう。
そしてすぐに切り替えた。目の前の俺を倒すことに意識を集中させた。

元から、こいつら親衛隊にとってロイ・フリントは仲間でもなんでもない。
ジョンとの戦いがどう運ぼうが、連中の行動は何も変わりはしないだろう。
当初の目的通り、俺たちを殺す。それだけだ。

シェケナベイベを倒さない限り、ジョンの元へは行けない。
こいつを残して撤退すれば、後ろから音響攻撃で全員が撃たれるのがオチだろう。

……予定が変わった。
手段は選んでいられない。"正々堂々真っ向から"なんてのも俺のキャラじゃねえしな。
キングヒルで封印した『うんちぶりぶり大明神』を、解放する。

「なあシェケちゃん、ちょっとお話に付き合えよ。すげえ聞きたかったことがあるんだけどさ」

視界を塞がれている以上、シェケナベイベは俺の居場所を声や足音でしか特定できない。
耳は塞げない。俺の言葉は、必ず届く。

「お前らなんでスタミナABURA丸を切り捨てちまったんだ?
 俺の知ってるお前らは、いっつも4人で仲良くマル様への愛を語らってたじゃねえか」

神と崇めるマルグリットとこの世界で邂逅を果たした親衛隊は、そこで一度仲間割れを起こした。
マル様の為に命を捧げることを是とした3人に対し、戦うことを拒んだ1人。
3人は拒んだ者のスマホを破壊し、ブレイブとしての力を失ったまま放逐した。

魔物の徘徊するこの世界で、生身の一般女性が長く生きられるはずもない。
きっと、もうどこかの荒野で死んじまってることだろう。
明確に、親衛隊によって殺された人間だ。

「わからねえなあ。現代日本で暮らしてたはずのお前らが、同じ人間を簡単に殺しちまえるのも、
 善意の擬人化みてーなマル公が、お前らの身内殺しを許すのも。全部だ」

親衛隊幹部が一人、スタミナABURA丸は俺の知る限りトップクラスのタンク職だった。
火力全振りの極端が過ぎる親衛隊にとって防御の要であり、そしてそれだけじゃなかったはずだ。
派閥争いの激しいマル様クラスタにおいて、『身内』は何よりも得難く、尊い。
まして異世界転移なんて意味不明な状況で、おいそれと切って捨てられる縁であるはずがない。

「目的の為には無辜の民すら見殺し、身内を容易く見捨てる連中を侍らせてる。
 お前らが引っ付いてるあのマル公の姿は、お前らの大嫌いな『解釈違い』の極みだろ」

俺が自ら封印してきたもう一つの大明神、忌むべき力。
うんちぶりぶり大明神の、『精神攻撃』。
霧の向こうの、顔も見えない相手に、思いつく限りの毒を浴びせかける。

203明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/03(月) 04:44:32
ブレイブにとって、集中力は重要なリソースだ。
アクティブタイムバトルではじっくり戦略を練る時間はなくて、高速で最適解を選び続けなきゃならない。
だから、思考に雑音が入ればそれだけで戦いの運び方に影響が出る。

信者にとって最も許しがたいのは、信仰対象を毀損されることだ。
こいつらの信念の核となってるマルグリットを穢し、信仰の礎を揺らがす。
効果のほどは分からんが、こっちの準備は整った。

ガタイの良くなったヤマシタに、インベントリから出した水をぶち撒ける。
分厚い革の装甲は水を吸い、滴るほどに濡れそぼった。
湿度が高いと音が籠もるように、水分によって音波は減衰する。
霧と合わせて音響攻撃に対する即席の防御策だ。

「ガザ公が言うには、俺は正義の味方らしいぜ!ガラじゃねえよなあ!
 だけどあながち間違いじゃあねえ。俺たちの正義をこれから証明する。
 悪の首魁マルグリットとその手下をぶっ倒してなぁっ!!」

対音響装甲を張り巡らせたヤマシタが、可視化された攻撃範囲を迂回するように吶喊する。
掲げる大剣を横薙ぎにぶちかませば、アニヒレーターの首を狩れる軌道だ。

――これでクリティカルを狙えるなら上等。
だけど俺は、シェケナベイベの公開済みの戦闘データしか持っていない。
なゆたちゃんがそうであるように、奥の手を秘匿している可能性はある。

そして、俺も。もうひとつだけ、明かしていない手札がある。
スーツの胸ポケットで所体なさげに揺れる純白の羽根を、手汗まみれの手で掴む。

俺は神には祈らないが、今だけは心の底で強く祈った。
力を貸してくれ。マホたん――!


【ジョンの異変に気付くも、シェケナベイベに足止めされて駆けつけられない。
 シェケナベイベに対して精神攻撃しつつ、対音響攻撃の防御策を張って吶喊】

204embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:38:42
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅰ)】

「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

その言葉に、宿る意思はない。
その行為に、宿る意志はない。
そこには、遺志だけがあった。

「俺が先行して、そして炎を撒き散らした道を進みたいのか?
 いいから――ここは俺に任せて、お前達は先に行け。
 なに、すぐに追いつくさ。すぐにな」

仲間を守る/己の強さを示す――燃え尽きるその瞬間まで抱き続けた未練。
その残留思念が、残された灰を、かつてと同じ姿に保っている。
かつてと同じような言葉と行為を、出力している。

「やるぞ、フラウ。哲学の時間はおしまいだ」

遺灰の男の右手が、狩装束のポケットを探る。
取り出した酒瓶を後方へと投擲/響く破砕音/広がる酒気。
フィンガースナップ/指先から散る黒い火花――そして、蒼炎が花開く。

〈――どうぞ、ご勝手に。あなたのオーダーを聞く義理は、私にはありませんが〉

ひび割れた液晶から零れる不満げな声/奔る純白の触腕/閃光/風切り音。
伸縮自在/再生可能な触腕のワイヤーが、敵勢力の前後を封鎖。
つまり――DOT/CCのコンビネーションが成立する。

「そう言うわりには、完璧な仕事をしてのけるじゃないか」

〈あなたのその体を、粗末に扱われても困りますので〉

「……いつか『俺』を呼び戻す為に?」

〈ええ。彼らがエーデルグーテへと目的地を定めたのは僥倖でした。
 教帝オデット……彼女ならば、きっと、あなたを元に戻せるはず〉

「……ああ、そうだといいな。俺も、きっとそれを望むはずだ」

205embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:39:25
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅱ)】


その後、遺灰は何の問題もなく先行隊に追いついた。
ただ後方から迫る敵を撃破し/前方に残された敵も殲滅する。
遺灰にとっては、しくじりようのないミッションだったとすら言えた。

『じゃ……行こう。
 明神さんもカザハも、エンバースも。準備はいい?
 速攻で片付けるよ――!!』

「威勢がいいのは結構だが……少し、下がってろ。扉は俺が開ける」

黒手袋がなゆたの頭部を掴む/後方へと押し退ける。
反対に、遺灰の男は一歩前へ/眼前の大扉に両手を触れた。
灰を固めただけの体が押し戻されぬように、上向きに力を込める。

『……随分とのんびりした到着だな。
 レプリケイトアニマが霊仙楔まで到達するかと思ったぞ』

「まぁ……そんな事だろうと思ってたよ」

そして――異邦の魔物使いは再び、復讐者と邂逅した。
復讐者の率いる子鬼の軍勢が、自動小銃を構える。
遺灰の男は、背後の少女に目配せをした。

「……最悪の場合、俺は奴らに飛び込む。一人で凌げるな?」

返答は聞かない――どのみち、活路はそれしかない。

『俺はそれでも構わなかったがな。
 俺の請け負った仕事は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の殲滅。
 世界の転覆は契約外だが――結果的に貴様らが死ぬのなら、同じことだ』

「ああ、いいぞ。その調子で好きなだけデカい口を叩いてくれ。
 そういう奴ほど、叩きのめした時に気分がいい。
 その相手がお前なら……尚更だな」

『さて、約束だったな。
 貴様らが呑気に旅している間に、ゴブリンどもの練度も上がった。
 今ならどんな相手でも葬り去ることができるだろうよ。
 貴様らのようにゲームにうつつを抜かしている素人ならば、猶更だ』

「僭越ながら、ゲーマーとしての立場から意見を述べさせて頂くのなら――
 ――お前がしている事はなんて事のない初見殺し、初心者狩りだ。
 そこらのにわかゲーマーならともかく、俺には通じない」

『ジョン。死ぬ準備はできたか?
 安心しろ、貴様は俺がこの手で殺す。ゴブリンどもに手出しはさせん。
 このナイフで掻き切ってやろう、貴様の首を――貴様がシェリーにしたようにな。
 そして……あの世でシェリーに詫び続けるがいい』

「……少しの間でいい。躱せ。俺が奴らの陣形を崩す」

復讐者が白刃を抜く/遺灰の男が身構える。
守勢に回れば押し潰される/活路は一つ――敵陣への強襲。
襲撃者への対応を強いる事で、致命的な一斉掃射を阻害する――つまり、ヘイトコントロール。

幸いにして、命なき、未練のみが衝き動かす灰の五体は、銃弾に対しては相性がいい。
例え頭部を撃ち抜かれたとしても、その弾丸が遺灰の男を殺める事はない。
精々――その体が既に燃え尽きている事が、露呈するだけだ。
その程度なら、幾らでも誤魔化しは利く。

『……お待ちください』

果たして――遺灰の男が敵陣へと飛び込む事は、なかった。

206embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:40:27
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅲ)】

『あなたは……』

『アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、またお目にかかれて光栄の至り。
 斯様な少勢でこのダンジョンを踏破するとは、まこと驚嘆する他はありませぬ。
 貴公らこそまことの勇者。まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でございましょう』

「……俺達が勇者か。じゃあ、そっちが悪党の自覚はあるんだな」

『弁解は致しますまい。私は『黎明』の賢兄の指示にてこの場へ赴きました。
 これなるフリント殿と、貴公らの戦いの見届け人となるために』

『……なんだ? 貴様の出る幕じゃない、引っ込んでいろ』

「ゲーマーとしての意見を述べると、俺もあんたに賛成だ。
 プライベートマッチへの乱入は、重大なマナー違反――」

『いいえ。確かに、我らは見届け人として貴公に同行するよう賢兄より仰せつかりましたが――
 敢えて口出しさせて頂く。これでは一方的な虐殺ではありませんか』

「――前言撤回だ。あのマルグリットの本編未実装ボイスを聞ける、貴重な機会だ。
 これを逃す手はない。是非とも心ゆくまで無駄口を叩いてくれると非常に助かる」

マルグリットは底抜けの善人――その気性が、今回はこちらに有利に働いた。
遺灰の男は思い出す――ストーリー上で、マルグリットは何度も己の行く手を阻んだ。
時に信念に従って/時に勘違いによって/時には誰かに騙され――大抵の場合、ろくでもない理由で。

『例え敵であろうとも、同等の条件で死力を尽くし戦うのが戦士の礼儀。
 小鬼どもを退けられよ。ここは正々堂々、真っ向勝負で戦うが筋というもの』

つまりこれは、ブレモンプレイヤーにとっては「ああ、またか」程度の出来事。
だが――軍隊の殺人術を熟知した、憎悪に駆られた復讐者にとっては、どうか。
言うまでもなく、取り合う価値などないに決まっている――故に、対応を誤る。

『筋? ならば、敵が抵抗できない状態で一方的に攻撃しとどめを刺すのが軍隊の筋だ。
 貴様は黙っていろ。子供の遣いまがいの簡単な仕事もできん無能と、兄弟子へ報告されたくなければな』

「アマチュアめ。そんな態度じゃ、ノーマルエンドにも辿り着けないぜ」

二勢力間の協調関係は、瞬く間に崩壊した。
結果――戦力は分散/初見殺しを成し遂げる好機も逸した。
加速度的に混沌を深めていく戦況を、遺灰の男は退屈そうに見回し――

「では、俺は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』外の戦いをする連中の相手をするとしよう。
 歯応えがなさすぎる気もするが……な」

そして闇色の眼光が、ゴブリンアーミー達に本能的な忌死の恐怖を植え付けた。
瞬間、遺灰の男は血槍を構える/夜闇の如く子鬼の軍勢へと突貫。
上段から放つ紅蓮の一閃/子鬼の運動性能では回避不能。

響く破砕音/くぐもった悲鳴――飛び散る鮮血。
防弾ヘルメットは、強烈な衝撃による脳挫傷を防いではくれない。
崩れ落ちる死体――その横をすり抜けるように、遺灰の男は更に敵陣深くへ踏み込む。

「仲間の為を思うなら、無駄弾を撃つのはやめておけ――」

皮肉混じりの警句/それを掻き消すように響く銃声――黒衣を射抜く無数の弾丸。
弾丸の慣性が、燃え尽きた/灰を固めただけの五体を揺らす。
そして響く――撃鉄の、空の薬室へのノック音。

207embers ◆5WH73DXszU:2020/08/04(火) 22:43:38
【パワー・オブ・エヴォルブ(Ⅳ)】

「――馬鹿め。俺は、お前達を楽に死なせてやるって言ってるんだぜ」

遺灰の左手が己の胸を掻く/床に散らばる、燃える弾丸。
昏く燃え盛る双眸が、眼前で再装填を始めるゴブリンを見下ろす。
風切り音/右手の朱槍が半月を描く――血に濡れた刃が、子鬼どもの首を宙へ誘った。

「そら、こんな風にな」

噴き出す鮮血/それを浴びる遺灰の男/響く蒸発音――黒衣の亡霊が、血霧を纏う。

『エンバース殿! 邪魔立て無用!』

「ああ、そういえばお前もいたな。お前は多少は歯応えがありそうだ」

闇色に燃える眼光が、マルグリットを/アニマガーディアンを振り返った。 
血染めの槍、その穂先を甘い美貌へと突きつけ、遺灰の男は嗤う。
己の強さを示すには、子鬼の軍勢は些か役者不足だった。

「……すぐに壊れてくれるなよ」

遺灰の男が、血に濡れた槍を両手で強く握り締める。
瞬間――闇色の炎が槍へ燃え移る/瞬く間にその全体を炎上させる。
魂をも燃やし、骸に焦げ付かせる、呪われし聖火による――属性エンチャント。

〈――あまり、調子に乗らない事ですよ〉

不意に、スマホの中から警句が聞こえた。

「……なんだと?」

〈確かに、あなたは不死者としてより高度な存在となった。
 物質から解き放たれ、魂に紐付いた呪いを操れるようになった。
 あなたは最早ただの燃え残りではない――あなたは、魔物として進化した〉

「ああ、そうだな。俺は死してなお、強くなって――」

〈――ですが、それでも。今のあなたは、かつてのあなたよりもずっと弱い〉

闇色の眼光が、己の左手/スマホを見下ろす。

「聞き捨てならないな」

〈でしょうね。ですが、事実です。もし認め難いなら――あれで、試してみては?〉

「……それは、名案だ」

遺灰の男の両手が、コートの内側を探る。
取り出したのは二振りの手斧/そこに燃え移る闇色の炎。
投擲による、ATBゲージに依存しないダメージ源――かつて磨き上げた、殺しの技。

「もしお前の見込み違いだったなら、少しはその態度を改めてくれ」

そして闇色の刃が流星の如く、アニマガーディアンへと閃く。

208崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:39:27
ジョンの姿が、みるみるうちに変質してゆく。
フリントが切断した右腕、肩の切断面から濁流のように鮮血が迸り――それがどす黒い力の奔流に変わってジョンの全身を包む。

>そうだ・・・ロイ。見せてあげよう・・・本当の絶望を

今やブラッドラストは完全にジョンの制御下にあった。
否、ジョンがブラッドラストの支配下にあると表現した方がいいだろうか。
ジョンの表情が喜悦に歪む。その面貌からは、呪いに抗おうとしていたかつての青年の面影はない。
魔力によって強化され、鋼鉄をもバターのように両断するナイフの一撃によって切断された、ジョンの右腕。
そこから、欠損を補う新たな四肢が生えてくる。失われていたものが再生する――

いや、違う。

それは『進化』だった。
喪われた脆弱な部分を凌駕し、より強力な“何か”へと生まれ変わるための。

「……何が……起こっている……?」

ナイフを間断なく構えながら、フリントが呟く。
ジョンの全身を、血霧が覆ってゆく。傷ついている部分だけではない、全身から血が噴き出る。
しかし、それはジョンの衰弱を表すものではない。それどころかもっと異質の、人間ではないナニカへと変貌してゆく証左。
それはまるで、サナギが成虫へと羽化するような――。
むろん、それは地球はおろか異世界アルフヘイムにあっても異常な事態である。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でない、生粋の軍人であるフリントにはまるで理解が及ばない。

>さっきね・・・カザハに言われたんだ・・・このままじゃ君は殺戮の化け物になるって
>その時はなにかの冗談だと思って聞き流したよ。
>だって僕は人間だ。化け物と呼ばれた事はあっても実際はただの人間・・・だと思ってた

ジョンの身体にへばりついた血液が、別の生き物のように蠢く。その身体を爆発的に変容させてゆく。
彼が常から言っていた『バケモノ』に。
彼が怖れていたはずのものに。

そして――姿を現したのは、全身が強固な鱗によって鎧われた、熊の巨碗を持つ異形。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ジョン・アデルの面影を一切失った、一匹のモンスターだった。

「ジョン……貴様」

>カザハがいう事が事実なら・・・おそらくブラッドラストの成れの果ての姿というのは
 殺した相手を取り込んで、取り込んで、力を重視するあまり人間である事を放棄した人間なのだろう
>シェリーを殺したあの日から・・・僕はまるで別人のように自分の体を使いこなせるようになった・・・意味、わかるだろ?

ジョンには、アルフヘイムに来る前からブラッドラストに対する適性があったのだろう。
殺した相手の能力を取り込み己のものとするのが、ブラッドラストの真の能力。
ならば、ジョンは殺戮を繰り返すたびに無限に強くなってゆく。

>さあ・・・もっと戦おうロイ。殺し合いをしよう。人間と化け物の戦いを・・・!

「ふざけるな……!!」

ジョンが咆哮する。フリントはナイフをホルスターに仕舞うと、恐るべき速度でジョンへと肉薄した。
ぶおん、と颶風を撒いて熊の腕が薙ぎ払われる。
巨大な右腕は人間サイズのままの左腕と釣り合っておらず、いかにもバランスが悪そうに見えた。
が、ジョンはそんなものは関係ないとばかりに圧倒的な筋力で獣腕を振り回してくる。
熊の、しかもブラッドラストによって強化された腕の一撃だ。人間など掠っただけでバラバラになるだろう。
しかし、フリントも伊達に軍隊で訓練を積んできた生粋の兵士ではない。
素早くジョンの股下をスライディングで滑り抜け、一瞬で背後に回ると、アサルトライフルで背中に銃弾の雨を浴びせる。
弾丸は全弾命中したが、ジョンの強固な鱗を貫通するには至らない。すべて弾き返されてしまった。

「ち!」

さらにジョンが腕を振るってくる。それを身を低く屈めて避けると、さらにフリントはジョンに近接戦闘を挑む。
大振りな一撃を紙一重で避け、瞬刻を経てすれ違う。
そして――フリントが離脱した後のジョンの全身には、いつの間にか細い鋼のワイヤーが緩く巻きつけられていた。
むろん、今のジョンの膂力ならばワイヤーなど容易に千切ることができるだろう。
けれども、そのワイヤーはジョンの身体を拘束するためのものでも、切断するためのものでもなかった。
ワイヤーには、等間隔で爆弾が繋がれていた。チェーンマインと呼ばれる兵装である。
ジョンがそれを取り払う間もなく、繋ぎ合わされた爆弾が爆発する。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!

一発でも炸裂すれば五体微塵になる爆弾が二十ほど。それが一気に爆発し、轟音と火炎がジョンを包み込む。
人間ならば、いや準レイド級程度のモンスターさえ一撃で葬り去る、ブレイブハンター・フリントの奥の手。
だが――

ジョンには、通じない。

209崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:39:53
「これでも足りんとはな……」

チェーンマインを用いても、モンスター化したジョンには碌なダメージを与えられない。フリントは歯噛みした。
ブラッドラストの力はフリントの肉体にも満ちている。膨大な戦闘経験によって培われた、殺しのテクニック。
米陸軍で敵なしだったはずのフリントの力が、このバケモノにはまるで通じない。
まさにフィジカルモンスターと言うべきだろう。彼我の差をまざまざと見せつけられた気分だった。
といって、諦める訳には行かない。自分は今このときのために陸軍に入り、訓練と実戦を重ね、
そして――ニヴルヘイムに召喚されたのだから。
ナイフホルスターからタクティカルナイフを取り出すと、フリントは身構えた。もう一度近接戦闘を仕掛けようというのだ。
だが。

>やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!

不意に、カザハが両者の間に風の魔法を叩き込んでくる。
フリントは身軽にバックステップを踏んで後方に逃れた。自然、ジョンとの間合いが開く。

>ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
 余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?

カザハはモンスターと化したジョンをなおも説得しようとしているようだった。
だが、ブラッドラストに抗うことをやめ破壊の悦楽に身を任せたジョンに言葉など通じるはずがない。

>“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる
>モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!

「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

フリントがカザハへ向けて大きく右腕を振り、拒絶の意を示す。

「化け物? 調子に乗るな、ジョン。それで強くなったつもりか? 力を手に入れたと?
 違うな……貴様は逃げたんだ。シェリーを殺したという自責の念から。贖罪の義務から。
 『貴様が本当にやらなければならないこと』から目を背けて――それで! 化け物になっただと!
 貴様は昔と同じだ、何も変わっちゃいない。図体ばかりでかくて弱い、泣き虫ジョンのままだ――!!」

だんッ!

大きく一歩を踏み出すと、フリントはまたしても一気にジョンへと迫った。
が、攻撃を仕掛けようというのではない。ジョンの伸ばした熊腕をまたしても見切ると、フリントはその腕を足場に高く跳躍した。
タクティカルアーマーと各種兵装の総重量は60キロほどにもなる。
それを身に着けながら熊の腕を駆け上がり跳躍するなど、恐るべき脚力、身体能力と言わざるを得ない。
まさにブレイブハンターの面目躍如であろう。瞬時にジョンの頭上を取ると、フリントは空中でアーマーの胸ポケットに手を入れた。
そこから取り出したのは、漆黒のスマートフォン。
素早く液晶画面をタップすると、フリントはインベントリから兵装を取り出した。
それは――現代人類が開発した、個人携帯兵器の到達点のひとつ。
RPG-7、いわゆるロケットランチャーだった。
フリントは躊躇なくジョンの脳天めがけてロケットランチャーの引き金を引いた。

ボシュッ!!

弾頭が射出され、即座にジョンへと着弾する。爆発、轟音。チェーンマインとは比較にならない勢いの爆炎が荒れ狂い、
ジョンの全身を舐める。

ガガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!

爆風で吹き飛ばされながらも、フリントはブラッドラストの力を使い危なげなく着地を果たす。
無防備な脳天へ至近距離からのロケットランチャー、これはフリントの持ちうる最大火力である。
これを凌がれれば、もうフリントにはジョンにダメージを与える方法がない。
だというのに――

オレンジ色の爆炎の向こうに、右腕が極端に大きい真っ黒なモンスターのシルエットが見える。

「……クソッ」

額を流れる嫌な汗を乱暴に右腕で拭い、フリントは呟いた。
と、すぐさま反撃の一撃が来る。咄嗟に胸の前で両腕をクロスさせ防御したが、
フリントは熊の腕に大きく吹き飛ばされて近くの壁に背中から激突した。

「がはッ!」

血ヘドを吐き、ずるずるとくずおれる。
人間であることを放棄したバケモノと、バケモノになりきれなかった人間。
その明暗が分かれた。

「く……そ……」

フリントはなんとか片膝立ちでナイフを構え直したものの、消耗が激しい。
このまま、ジョンがフリントを手にかけるのか――と思われた、その瞬間。

《―――――――――――》

ふたりの間に割り込むように幼い少女の幻影が現れ、化け物と化したジョンを見つめた。

210崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:40:07
「ジョン! ……なんてこと!!」

ジョンの変貌を目の当たりにして、なゆたは絶句した。
人間のモンスター化――ブラッドラストというスキルが、まさかあれほどの力を持っていようとは。
しかし、ジョンを何とかしなければと一歩を踏み出しかけたなゆたの前方にきなこもち大佐が立ち塞がる。

「おおーっと! どこへ行くつもりッスか、師匠? 師匠の相手は目の前にいるッスよ!」

「どいて、きなこさん! ジョンを一刻も早く止めなくちゃ!
 でないと取り返しのつかないことになる……! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士でいがみ合ってる場合じゃないよ!」

「ジョン? ああ、師匠たちが一生懸命幌馬車の中で隠してたヤツッスか。
 あッはは! 確かにありゃ、とんでもないことになってるみたいッスねェ〜。
 師匠たちが隠してた理由がやっと分かったッス」

ジョンを一瞥すると、きなこもち大佐は呑気に笑った。
なゆたが声を荒らげる。

「分かるでしょ! だったら――」

「はァ。だったら何だって言うんスか?」

「……え……?」

「自分の見立てじゃ、ありゃもうダメッスねェ〜。プレイヤーがモンスターになるなんて、聞いたこともないッスけど。
 でもま、ここはアルフヘイム。何が起こったって不思議じゃないッス。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になれなかった落ちこぼれのバケモノなんて、知ったこっちゃないッスよ。
 それよりも! 自分は待ちに待った師匠とのデュエルを! 楽しみたいんス!!」

きなこもち大佐は目をキラキラと輝かせて断言した。
PvPで闘い、相手を完膚なきまでに打ちのめし、自身の優位を実感する。それはブレモンプレイヤーとして当たり前の感覚だ。
だが、それも時と場合による。この状況でそれを優先するなど、愚策以外の何物でもない。
けれど――きなこもち大佐は確信しているのだろう、自分の技量を。親衛隊の強さを。そしてマルグリットの力を。
だからこそブラッドラストによって変異したジョンをさしたる脅威と認識しなかった。

「あのモンスターは、師匠を斃した後で自分たちが軽く狩っといてやるッスよ!
 実装直後のモンスターを一番乗りで討伐する! ブレモンの醍醐味ッスからねェ〜!」

そう言うと、きなこもち大佐は素早くスマホをタップして矢継ぎ早にスペルカードを選択した。
戦闘開始直後のマルグリットとフリントの遣り取りでATBゲージを稼いだのは、なゆたや明神たちだけではない。
当然、マル様親衛隊もゲージをチャージしている。
スライムヴァシレウスが激しい金色のオーラを纏い、すべてのステータスが急上昇する。
負けじとなゆたもスペルカードを切る。ポヨリンがその力を限界以上にブーストさせる。
二匹のスライムが再度真正面から激突する。お互いにその力は互角――かと思われたが、ポヨリンが僅かに押されている。

「あっははははッ! どうしたッスかァ〜師匠?
 どノーマルのスライムをそこまで鍛え上げたのは、さすが師匠! と言わざるを得ないッスがァ〜!
 自分のアウグストゥスとは、絶対的なレア差ってものがあるんスよォ!」

ブレモンでは、捕獲できるすべてのモンスターを極限まで鍛えることができる。
最低レアのモンスターであっても、時間と手間暇をかけて育成すれば最終的な強さは準レイド級に迫るほどにもなる。
ステータスの差はほとんどなくなる――が、『ほとんどなくなる』はイコール『なくなる』ではない。
ごくごく微小ではあるが、やはり同じ極限まで鍛え込むのでは高レアモンスターの方が強いのである。
ノーマルスライムは最低レア。対してスライムヴァシレウスは準レイド級の高レア。
その地力の差が、ここにきて影響している。
ポヨリンvsアウグストゥスでは、ポヨリンの不利は否めない。このままでは負ける。
とすれば、決着は合体戦――G.O.D.スライムを召喚した後になるだろう。
同じG.O.D.スライム同士ならば、ステータスはまったくの互角。後はプレイヤー同士の根競べとなる。
だが――

「おやおやァ〜? どうしたッスかァ〜師匠?
 早く『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使ったらどうッス?」

「…………」

きなこもち大佐が挑発してくる。
フィールドを水属性にする『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』は、G.O.D.スライム召喚のキーとなるカードだ。
だが、その効果はなゆただけではなくフィールド上にいる全員に作用する。
なゆたが『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使えば、それはきなこもち大佐をも利することになる。
きなこもち大佐はわざわざ自分の1ターンを消費してユニットカードを切らずとも場を整えられ、召喚の手間が省ける。
彼女はそれを狙っているのだ。

――早く……ジョンを助けに行かなくちゃいけないのに……!

気ばかりが逸り、なゆたは呻いた。
だが、きなこもち大佐は意地でも退く気はないのだろう。ならば、一刻も早く決着をつけるしかない。
とはいえ――マル様親衛隊の副隊長だ。片手間に相手をしていいプレイヤーではない。
結論、急がば回れ。
なゆたはスマホをぎゅっと握り、肩幅に脚を開いて身構えた。
くくッ、ときなこもち大佐が喉奥から笑みを漏らす。

「……そこまで言うなら見せてあげる。
 本当の『スライムマスター』の力ってやつを……!!」

「おッ、やっと本気で来る気になったッスか?
 いいッスよォ〜! 本気の師匠をブチ倒してこそ、本当の意味での師匠越えは果たされるッス!
 負けた後で、本気じゃなかったとか言われるのはいやッスからねェ〜!」

同種、同属性、同モンスター。
スライム使い最強決定戦の火蓋が、たった今切って落とされた。

211崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:40:42
「ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!」

『ぽよっ!!』

「アウグストゥス!『けんろうけんご』!」

『ぼよよ〜んっ!!』

ポヨリンが先制を取ってスライムヴァシレウスに突撃し、スライムヴァシレウスは身を固めてそれを防御する。
きなこもち大佐のモンデンキント対策は万全だ。前々から、こんな時のためにデッキを構築していたのだろう。
なゆたもきなこもち大佐のことは知っているが、熟知と言うほどではない。
結果、なゆたが終始押される形になっている。

「師匠の考えていることはお見通しッスよォ〜。何とか隙を衝いてG.O.D.スライムを召喚したいと!
 でも残念ッスね、師匠よりも自分が召喚する方がずっと早いッス!」

「く……」

なゆたは歯噛みした。

『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。
『限界突破(オーバードライブ)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『民族大移動(エクソダス)』。
そして『融合(フュージョン)』――

なゆたがG.O.D.スライムを召喚するには、どう頑張っても7ターンはかかる。
それが最低ラインだ。それ以下では条件を揃えられない。
だが、きなこもち大佐はなゆたの『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』を徹底的に解析し、独自の手法も取り入れることによって、
『もちもち♪アドバンスコンボ』とし実に5ターンでのG.O.D.スライム召喚を可能とした。

『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。
『限界突破(オーバードライブ)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』。
『民族大移動(エクソダス)』。
『融合(フュージョン)』。

スライムヴァシレウスは準レイド級の高レアモンスターだけあって、合体時の統率能力に優れている。
君主の名は伊達ではない。ポヨリンが分裂によって32匹に増えなければ制御できないG.O.D.スライムを、
ヴァシレウスはたった2匹で統率できるのだ。
既に、両者とも『限界突破(オーバードライブ)』は発動させている。
この上なゆたが『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を発動させれば、
きなこもち大佐は爆速で残りの三手を打ちG.O.D.スライムを召喚するだろう。
そうなってしまえば、もうなゆたに勝ち目はなくなる――

というのに。

「『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』……プレイ!」

何を思ったのか、なゆたは迷いなく『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を切った。
ざざぁ……と波の音が響き、ふたりの足許に海水が満ちてゆく。
きなこもち大佐は喜悦の表情を浮かべた。

「はははッ! いいんスかァ〜? 『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使っちゃって?
 それとも、もう自分には勝てないと悟って勝負を諦めちゃったんスか?」

スマホをタップし、きなこもち大佐が目にも止まらぬ速さでコンボを成立させてゆく。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』によってスライムヴァシレウスが二匹に増え、
『民族大移動(エクソダス)』によってフィールド上に無数のスライムたちが出現し――

「『融合(フュージョン)』! いでよ究極の支配者、其に栄えあれ! 万雷の喝采と共に、我ら聖名(みな)を讃えん!
 ウルティメイト召喚――G.O.D.スライム!!!」
 
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ム!!!!」

まばゆい閃光と共にスライムたちが合体し、頭上に光輪を頂き王冠をかぶった、翼を持つ黄金の巨大なスライムが現界する。
G.O.D.スライム。きなこもち大佐のコンボによって召喚されたレイド級モンスターが、大気をどよもす咆哮をあげる。
しかし、一方のなゆたは何も準備をしていない。
これから同じくG.O.D.スライムを召喚するとしても、あと5ターンかかる。
当然、きなこもち大佐はそんな悠長な時間を与えてはくれないだろう。いくら極限まで鍛えられたポヨリンであっても、
レイド級の猛攻の前にはひとたまりもない。
G.O.D.スライムの固有スキル『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』か『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』で、
跡形もなく吹き飛ぶだろう。

「来た来た来たァーッ! やっと! このときが来たッス!
 さぁ師匠、弟子に追い越される準備はいいッスねェー?
 これからは、スライムマスターの称号を持つスライム使いの第一人者はモンデンキントじゃない!
 この、きなこもち大佐ッスよォー!!」

きなこもち大佐が勝ち誇った哄笑をあげる。
ずずぅん……と地響きを上げ、G.O.D.スライムが一歩を踏み出す――

212崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:42:22
「く、くそ……! 圧迫感ハンパねぇ!
 なんだよッこいつ……やることなすことボクの先回りしてきやがって!
 超能力者か!? ボクの考えてることが分かるってのかよ!?」

ガーゴイルに跨ったガザーヴァが苛立ち紛れに叫ぶ。
なんとかして明神の援護に回りたいガザーヴァだったが、さっぴょんのミスリル騎士団がそれを許さない。
詭計姦計、敵の裏をかくのが大得意のガザーヴァがどれだけさっぴょんを出し抜こうとしても、
ミスリルの駒たちがそれを事前に阻んでくる。
結果、ガザーヴァはただウロウロと周囲を飛翔することしかできなくなってしまった。
これでは、カザハのかけてくれた『俊足(ヘイスト)』も意味がない。

「フフ。超能力なんて用いずとも、あなたたちの考えていることくらい手に取るように分かるわ。
 私のミスリル騎士団の包囲網からは逃れられない――私たちマル様親衛隊の聖地を燃やし、マル様を嘲笑った罪。
 たっぷりと償って貰いましょうね……あなたのその命で!」

フィールドの奥に陣取り、腕組みしたままのさっぴょんが言う。
さっぴょんはワールドレコード14位の猛者。名実ともにブレモントップクラスの実力者だ。
その力はアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』最強であるなゆたよりもはるかに強い。
最終決戦の随分前で戦死したガザーヴァでは、まるで太刀打ちできない。
それでなくとも、ガザーヴァはNPC。否応なしに、エネミーとして設定されていた頃の思考ルーチンというものに支配されてしまう。
さっぴょんがそれを把握し、適切に対処することは容易い。
だからこそ――

「おいっ! バカ! ジョンぴーに構ってる場合かよ!
 ジョンぴーを助けたかったら、この高飛車チェス女をぶっ倒すのが先だろうが!」

ガザーヴァは不倶戴天の敵であるはずのカザハに援軍を求めた。
本来カザハはガザーヴァにとって真っ先に殺さなければならない相手だ。認めてはいけない存在だ。
カザハがいる限り、自分はコピーという軛から逃れられない……そう思っている。
そんなカザハに協力を求めるということは、即ちカザハを認めるということ。力があるということを裏付けること。
最もしてはいけないこと、のはずだったが。
ガザーヴァはその信念をあっさり曲げ、助けろと言ったのだ。――大好きな明神のために。

「どうしたのかしら? まだ、私は本気の一割も出していないけれど。
 もう息切れ? いいえ、いいえ……認めないわ。幻魔将軍も、そのシルヴェストルも、刃向かうのならばすべて敵。
 この世のすべての痛みに優る痛みを味わわせ、ズタズタにしてこの地上から抹殺してあげる……!」

端正な面貌を嗜虐的な笑みに歪め、さっぴょんは死刑宣告にも似た言葉を言い放った。
しかも『すぐには殺さない。じわじわいたぶって殺す』と言っている。

「オッカネーんだよ、このヒスババア!」

びゅお! とガザーヴァが騎兵槍を繰り出す。カザハが『風精王の被造物(エアリアルウェポン)』で生成した弾丸を放つ。
が、さっぴょんには通じない。ビショップとナイトの駒がすべて弾き返してしまう。
しかし、ガザーヴァが決死の覚悟でビショップとナイトをさっぴょんから引き剥がすのに成功する。
ルークはさっぴょんからやや離れたところに位置取りしており、ポーンに至ってはなぜか戦闘に参加もせず、
カザハもガザーヴァも無視して、ただただ前進してはカザハ・ガザーヴァ組側のフィールドの奥へ突き進んでいる。
つまり、現在さっぴょんは孤立している。

「今だ! やれ!」

ガザーヴァが叫ぶ。今カザハが『瞬間移動(ブリンク)』でさっぴょんに接近し、一撃で気絶させるなりすれば、闘いは終わる。
……それが出来れば、の話だが。

「言ったでしょう? あなたたちの考えていることなんて、手に取るように分かると。
 誘いこまれたのはあなたの方よ? シルヴェストルさん――」

カザハが間合いを詰めても、さっぴょんは余裕の表情を崩さない。
スマホを軽くタップすると、スペルカードを一枚手繰った。
そして。

「――『入城(キャスリング)』……プレイ」

瞬間、さっぴょんとルークの立ち位置が入れ替わった。
チェスにはいくつかの特殊ルールがある。そのひとつが『入城(キャスリング)』である。
キングはある一定の状況下において、その立ち位置を瞬時にルークと交換し難を逃れることができる。
さっぴょんのデッキはチェスデッキ。その特殊ルールを反映したという訳だ。

『ブロロオオオオオオオアアアアアア!!!』

巨大な車輪付きの塔を模したルークが唸りを上げ、その円柱状の巨体でカザハに体当たりを見舞う。
軽量級のカザハにとっては少なからぬダメージだろう。
そして――

「フフ。チェスの特殊ルールは『入城(キャスリング)』だけじゃないのよ?」

さっぴょんが笑うと同時、ひたすらに前進を続けていたポーンがカザハたちの最後の壁に到達する。
この場において最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ミスリルメイデンがスマホから新しいスペルカードを選び出す。

「――『昇格(プロモーション)』……プレイ」

ポーンが俄かに輝き始め、その姿が変わってゆく。
ただの円柱に丸い飾りがついただけの駒が、王冠をかぶった姿へと――。
特殊ルールのひとつ『昇格(プロモーション)』である。
ポーンは敵陣地の最一番奥に到達すると、クイーン、ルーク、ナイト、ビショップいずれかの駒に姿を変えられる。
さっぴょんはそのルールをブレモンに反映させ、前進するしか能のなかったポーンを縦横無尽に移動できるクィーンに変えたのだ。

「さて。我がミスリル騎士団は不破の軍団。その力は無双、その統制は無比。
 どう抗っても私に勝てはしない……マル様親衛隊の恐ろしさ、理解して頂けたかしら?」

前方にはナイト、ビショップ、ルークが陣取り、背後ではクィーンが機を窺っている。
いわゆる挟撃の状態。カザハとガザーヴァは窮地に立たされていた。

213崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:42:45
「おい、バカ。
 あっちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』入れて5人。こっちは4人。
 ひとり一殺で行くぞ。オマエんとこの馬とガーゴイルにも、一匹ずつ相手してもらう。
 ……ビショップとナイトはボクがやる。お前はあのチェスババーを狙え」

ガザーヴァが騎乗したままカザハの隣に佇み、視線を合わせないまま一方的に告げる。

「言っとくけど、オマエなんかの力を認めてるワケじゃねーかんな。
 ネコの手も借りたいくらい人手が足んねーから、しょーがなく手伝わせてやるってだけだし。
 でも――」

そこまで言って、一度言葉を切る。ガザーヴァはほんの一瞬だけ逡巡してから、

「オマエは、ネコよりかはマシだろ。……たぶん」

と、呟くように零した。
 
「馬どもが駒を押さえていられるのは、たぶん一瞬だ。しくじるんじゃねーぞ!」

言うが早いか、ガザーヴァは黒い甲冑を着込んだ姿で巨大な騎兵槍を右脇に掻い込み、前方のナイトとビショップへ吶喊した。
同時にガーゴイルが背後に布陣しているクィーンへと突進してゆく。

「おらおらおらおらァーッ! 邪魔だ! どけどけェーッ!」

『ギオオオオオオオ!!!』

まずナイトがガザーヴァの行く手を阻む。馬頭を模したその体躯から、数多の槍が放たれる。
文字通りの槍衾、目にも止まらぬ無数の刺突。
しかし、ガザーヴァも負けじと騎兵槍を爆速で突き出して対抗する。
互いの槍がギャガガガガガッ!! と激突し、激しい火花が散った。

「ぬああああああああああああああああッ!!!」

ガザーヴァとナイトの攻撃速度、威力はほぼ互角。
だが――ガザーヴァの相手はナイトだけではない。

グオンッ!!

ナイトと鎬を削るガザーヴァの左側へ、ビショップが飛び出してくる。
その武装は巨大な鉄球付き鎖――いわゆるモーニングスターだ。
ビショップのモーニングスターがガザーヴァへ向け、唸りを上げて振り下ろされる。
ガザーヴァは薄皮一枚の見切りで身体を移動させると、鉄球の直撃を避けた。が、代わりにその左腕に鎖が幾重にも巻き付く。

「ぐ!」

鎖に拘束されたことで、ガザーヴァがその場に縫い留められる。
その機を逃さず、ナイトがガザーヴァを串刺しにしようと槍を突き出してくる。
ガザーヴァは自らの騎兵槍を素早く投げ捨てると、突き出されたナイトの槍を右脇で抱え込み、がっしと受け止めた。
さっぴょんが目を瞬かせる。

「あら」

「へへん……バーカ! 捕まったのはオマエらの方だよ!」

ガザーヴァはナイトとビショップに足止めされたのではない。
逆に、我が身を楔としてナイトとビショップをその場に繋ぎとめたのだ。
ふたつの駒はすぐにそれぞれの得物を回収しようとしたが、ガザーヴァが渾身の力でそれを阻止する。

ガオン! 

身動きの取れなくなったナイトとビショップを救援しようと、
クィーンの駒が底部からジェット噴射ばりの炎を出しながらガザーヴァへと迫る。
しかし、そんなクィーンにガーゴイルが横合いから渾身の体当たりを仕掛ける。乗用車が正面衝突したような激突音が響き、
クィーンが横ざまに吹き飛ぶ。ガーゴイルがそれをさらに追撃せんと突進する。
仲間たちを助けるべく、ルークが円柱状の胴体の両脇からじゃきん!と一対の砲門を展開する。
ガザーヴァもガーゴイルも自分たちの担当した駒の相手で手一杯だ。ルークの砲撃を受ければ一たまりもない。
だが、それもカケルが対処するならばなんとか一瞬は無力化できるはずだ。
後に残ったのはカザハと、騎士団を失ったさっぴょんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士だけ。
だというのに――

「……フフ」

事実上丸裸にされたさっぴょんは、まったく怯む気配を見せない。
それどころか、胸の下で緩く腕組みしたまま余裕の表情を崩そうともしない。

酷薄な薄い笑みを浮かべたまま、世界ランキング14位の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はカザハを見遣った。

214崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:43:10
「ひひッ、いいのかァー? 幻魔将軍に助けを求めなくても。
 たちゅけてー! ポクちん、シェケナベイベ様にコロコロされちゃうぅー! ってさァ? えぇ?」

明神と対峙しながら、シェケナベイベがニタリ……と嗤う。

「まっ、隊長が幻魔将軍をブチ殺したいってンならしゃーないけどさァ。
 隊長に直々に殺られるなんてカワイソーに……嬲り殺しだわありゃ、あのヒト生粋のドSだからさァ。まっ同情はしねぇーケド!
 心配すんなようんち野郎、あんたもすぐにメタメタに叩きのめしてやっから!
 あーしのデスメタルコンボでなァ! 殺れ、インギー!」

『イイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

インギーと呼ばれたパンクロッカー風のゾンビが、長髪を振り乱してギターをかき鳴らす。
恐るべき速弾きだ。両脇に備え付けられた身の丈ほどもあるスピーカーから、爆音が轟き渡る。

>『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!

対して明神はスペルカードで濃霧を発動。シェケナベイベ組の視界を塞ぐと同時、音の攻撃を可視化する。
明神の推察通り、アニヒレーターの音撃はスピーカーの扇状に拡散される。
その範囲を正確に見極めれば、衝撃波となって襲い来る音楽を喰らわずに済むという訳だ。

>ジョン――!!

「ハッハァ! ヨソ見してる余裕があるとでも思ってますゥーッ!?」

ジョンの所へ行こうとする明神を、アニヒレーターの音撃が阻む。

>シェケナベイベ……!

「お仲間が心配かい? でぇーも! 行ーかーせーまーせぇーン!!
 まァ安心しなよ、例えフリントがあのバケモンにやられたとしたって、マル様が斃してくださるしー!
 安心してくたばっていいっつーか!」

>なあシェケちゃん、ちょっとお話に付き合えよ。すげえ聞きたかったことがあるんだけどさ

「あァ……?」

>お前らなんでスタミナABURA丸を切り捨てちまったんだ?
 俺の知ってるお前らは、いっつも4人で仲良くマル様への愛を語らってたじゃねえか
>わからねえなあ。現代日本で暮らしてたはずのお前らが、同じ人間を簡単に殺しちまえるのも、
 善意の擬人化みてーなマル公が、お前らの身内殺しを許すのも。全部だ

「殺す? あんた……何言ってるワケ?」

シェケナベイベが怪訝な表情を浮かべる。
気付かぬうちに、まんまと明神の話術に引き込まれてしまっている。
だが――

>目的の為には無辜の民すら見殺し、身内を容易く見捨てる連中を侍らせてる。
 お前らが引っ付いてるあのマル公の姿は、お前らの大嫌いな『解釈違い』の極みだろ

「……はッ。
 は、ははは、はははははハははハハハは! あっはっはハッはハはははハハはハはははははハ!!!」

明神がそこまで言うと、シェケナベイベはおもむろに嗤い始めた。

「あー! あーあーあー! なァーる! 『そういう解釈』かァ!
 隊長の言った言葉、まーだ考えてたってこと? もうずっと昔の話だってのに!
 ひはッ! イヒヒ……ひぁッははハはハはははハはは!!!
 ウッケる! こいつってばマジウケルっしょ! オーケイ! うんち野郎、あんたクソコテやめてお笑い芸人になれば!?」

右手で額を押さえて爆笑していたシェケナベイベだが、はー……と息を吐くとゆっくり顔を正面へと戻した。

「そォだよ。あーしたちは終わらせてやった、アブラっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての命を。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である限り、闘いからは逃れられない。
 あーしたちはこの世界の連中から、兵器として召喚されたんだから。
 闘いたくありましぇーんなんて寝ぼけたこと言うヤツは、早晩おっ死ぬだろーさ。そォッしょ?
 どうしても闘いから逃れたかったら――そいつは! 何もかも投げ捨てなくちゃダメなのさ!!」
 
ギャィィィン!! とアニヒレーターが甲高くギターを鳴らす。

215崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:43:50
「マル様はいつだって正義だ。光だ、サイッコーにエモいあーしらの英雄なんだ!
 あんたがマル様の何を知ってる、しょせんゲームの中の知識だけだろ!
 でも、あーしたちはここでマル様と一緒に旅をしてきた。あのヒトの決意も、悩みも、葛藤も――何もかも知ってる!
 その上で! あーしたちはマル様に付いて行くと決めた!
 あのヒトが望むことなら――なんだってやってやるさ! それがあーしたちの正義だ!!」

>ガザ公が言うには、俺は正義の味方らしいぜ!ガラじゃねえよなあ!
 だけどあながち間違いじゃあねえ。俺たちの正義をこれから証明する。
 悪の首魁マルグリットとその手下をぶっ倒してなぁっ!!

「クソコテが!! マル様のことを――語るなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」

ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

アニヒレーターが再度速弾きを開始する。立ち込める濃霧を吹き飛ばす、質量を持った爆音。
だが、音の有効範囲を見切ったヤマシタには当たらない。

ボッ!

濃霧を切り裂き、ヤマシタの大剣を薙ぎ払う。

『ギィィッ!!』

その切っ先がアニヒレーターの剥き出しの上半身を掠める。が、浅い。
ヤマシタが剣を振る直前、霧が揺れ動くほんの一瞬を察知したアニヒレーターは、ギターでその剣を間一髪受け止めていた。
大剣を受け止めた衝撃によって、ギターの弦が何本か弾け飛ぶ。
しかし、アニヒレーターとの決着には届かない。すぐにアニヒレーターはヤマシタから距離を取り、ギターを構え直した。

「おおーッとォーッ! 惜しい!
 インギーの音波の範囲を見切って、霧の中から奇襲とはヤルじゃん!
 でもなァ! あんたはそれで終わりだよ! 唯一のチャンスをものにできなかったあんたの負けさ!
 ――尤も――」

そこまで言って、にたあ……と嗤う。

「あーしのこの声。あんたにはもう、聞こえてないと思うけどね……?」

明神はすぐに、先ほどまであれほど周囲に響き渡っていた爆音がいつの間にか聞こえなくなっていることに気付くだろう。
アニヒレーターが演奏をやめたのではない。濃霧は未だ絶えず揺れ動き、音波が放たれ続けていることを示している。
だというのに、聞こえない。アニヒレーターの演奏も、シェケナベイベの挑発も、ヤマシタの足音も。

『自分自身の声さえも』――

騒音性難聴。それが音の聞こえなくなった原因だった。
ライブハウスでスピーカーの近くで爆音の演奏を聴き続けていたり、ヘッドホンで大音量の音楽を聴いていたりすると、
耳孔内の蝸牛が損傷し、音がよく聞こえなくなる。
アニヒレーターの得物は単なるエレキギターではない。そもそも、ファンタジー世界にエレキギターという概念はない。
パンクロッカー風の外見で勘違いしがちだが、アニヒレーターはミュージシャンのゾンビではない。
『ギターに似た魔杖を用い、魔力で音を拡散させる魔術師のゾンビ』なのだ。

「魔力の籠った音波は衝撃波として物理攻撃に使われるだけじゃないんだよォ!
 あんたらの聴覚を破壊し! 三半規管にまでダメージを与える『デバフ攻撃』としても作用するのさ!
 そォーら……そろそろ三半規管がブッ壊れた影響が出てくるころだ!
 まともに立っていられるかなァ、うんち野郎! ヒィ――――――ハ―――――――ッ!!」

マル様親衛隊包囲網戦を始めとして、今まで幾多の修羅場を勝ち残ってきた切り込み隊長の本領発揮である。
『音に由来する数々のデバフを付与し、高威力の音圧が全てを押しつぶす』――
シェケナベイベに対する明神の分析は正しい。
『迷霧(ラビリンスミスト)』で音響を可視化し、ヤマシタに対音波を想定した強化を施したまではよかった。
だが、それらはあくまで『音撃による物理攻撃』への対処だ。
音が齎すデバフに対しては、明神は何らの対抗措置も施さなかった。
三半規管に深刻なダメージがあると、人は平衡感覚を維持できなくなる。
耳鳴りによる重度の頭痛、眩暈、嘔吐感なども明神を襲うだろう。
そう――マル様親衛隊の戦闘においては、アタッカーのきなこもち大佐とタンクのスタミナABURA丸が前衛を務め、
シェケナベイベとさっぴょんが後衛を担当していた。
親衛隊のやべー奴、シェケナベイベの本領は、範囲直接攻撃ではなく範囲デバフにあったのである。

「さァーて、じゃあこっちの番だ! 一撃で木端微塵にしてやンよ……その安っぽい正義ごと!
 インギー、とびっきりのテクを見せてやんな! ――うんち野郎にダイレクトアタック!!」

『ギィィィィィィッ!!!』

アニヒレーターが大きく右腕を掲げ、次の瞬間に振り下ろす。

「――『速弾き王者の即興奏(エクストリーム・インプロビゼーション)』!!!!」

恐るべき指さばきによって生み出された莫大な音が質量を伴い、指向性を持ったミサイルの如き衝撃となって明神に迫る。
準レイド級の必殺スキルだ。全体攻撃ではないため多対一の戦いには向かないが、
個別攻撃だけあってその威力は範囲音響攻撃よりも高い。
喰らえば、明神は死ぬだろう。三半規管を破壊されているため回避もおぼつくまい。

だが、もし明神がこの攻撃を避けることができるなら――。

216崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:45:22
ぎぎぎ……と、エンバースと10メートルほどの距離を以て対峙したアニマガーディアンが全身の骨を軋ませる。
ありとあらゆる生物の骨を材料として造られているモンスターだが、アンデッドではない。
むしろ、その属性は聖。その身に宿す浄化の光はアンデッドを瞬く間に灰へと変える。

「エンバース殿、本来貴公と私が矛を交えることなど、在ってはならぬことなれど――」

アニマガーディアンの脇に佇むマルグリットが、その整った面貌を悲痛に歪める。
だが、長く思い悩みはしない。長い白金の髪を揺らし、トネリコの杖を突き出してエンバースを指す。

「これも大義のため。我らが賢師の思し召しなれば……お覚悟を。
 許せとは申しませぬ。貴公の屍を踏み越え――私は。悪となりて務めを果たしましょう!」

『ガギョォォォォォォォォォォォォッ!!!』

マルグリットの号令一下、アニマガーディアンが三対の腕に持った曲刀を振りかぶってエンバースへと突進してくる。
特殊スキル『ジェノサイドスライサー』。六本の腕による斬撃は対象の防御力を無視して致命傷を叩き込む。
仮にそれを躱し果せたとしても、今度は全身の骨をバラバラに分解しての大嵐グレイブヤード・ストームが待っている。

『ギシャアアアアアアアアアッ!!!』

アニマガーディアンが吼える。唸りを上げて曲刀が振り下ろされ、エンバースを五寸刻みに解体しようと迫る。
だが――
ジェノサイドスライサーも、グレイブヤード・ストームも、エンバースにはとっくに把握済みの行動であろう。
アニマガーディアンはストーリー上倒さなければならないボスであり、レイド級であってもその強さ自体は決して高くない。
エンドコンテンツに出てくる他のレイド級と比べれば、入門程度の強さと言える。
むろん、その攻撃力もHPも桁外れではある。エンバースも直撃を受ければ只では済まないだろう。
ただ、充分な理解と対策さえできれば、ソロで狩ることさえ不可能ではない相手なのだ。

とはいえ――

それは『アニマガーディアンのみと戦うのであれば』の話である。

「はあああああああッ!!」

アニマガーディアンの巨大な体躯の影、死角からマルグリットが飛び出してくる。
トネリコの杖の先端がエンバースの胸元を狙う。
さらにマルグリットは杖を縦横に操り、エンバースへと矢継ぎ早な攻撃を仕掛けてゆく。
マルグリットの持つ杖は単なる魔法の触媒でもなければ、歩行の補助器具でもない。
杖それ自体が突き、打ち、払い、薙ぎなどを包括する一個の武器である。
アニマガーディアンが曲刀を振り下ろし、エンバースが避けた先にマルグリットが先回りして打撃を叩き込む。
マスターとモンスターがコンビネーションで敵を倒すのは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の基本戦術だが、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でないマルグリットも支配下に置いたモンスターと連携してエンバースを攻撃する。
その戦術に隙はない。

「エンバース殿! この『聖灰の』マルグリットに慢心、油断の類はないと思われよ!
 すべてはこの世界のため――万民が幸福な結末を享受するため!
 それを邪魔立てするとなれば、例え相手が誰であろうと容赦は致しませぬ!!」

びゅお! と突き出された杖の先端がエンバースの頬を掠める。
『聖灰魔術』に並ぶマルグリットのユニークスキル『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』。
マルグリットもまたゲーム中のキャラクターであることには変わりないが、
その力はゲームの中よりもずっと増しているように感じられた。
それでなくとも、マルグリットは世界ランキング14位の強者さっぴょんをはじめマル様親衛隊が傅いている相手。
ただ顔がいい、声がいいだけのキャラクターならば、親衛隊もマルグリットにそこまで心酔はしないだろう。
外貌の良さに加え、高い戦闘能力とそれに裏打ちされた信念の強固さゆえ、親衛隊もマルグリットに尽くすのだ。
そんな男が、弱者のはずがない。

『ギイイイイイイッ!!』

アニマガーディアンが大きくその顎を開く。
口許に膨大な魔力が収束してゆく。魔力を集束させて放つレーザー『白死光(アルブム・ラディウス)』の前兆だ。
絶大な威力を誇る範囲魔法攻撃だが、見ての通り発射前のチャージに時間がかかり、その最中は無防備となる。
当然アニマガーディアンを撃破されまいとマルグリットが立ちはだかるが、
マルグリットは性根が真っ直ぐすぎるからか搦手や詭計に咄嗟に対処できないという弱点がある。
ストーリーモードをクリアし、ブレモンに登場した敵の特性を知悉したエンバースならば、
マルグリットの間隙を衝いてガーディアンを撃破するのは充分可能であろう。

217崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:45:52
「く……さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 このマルグリットの攻撃をここまで凌ぎ、アニマガーディアンまで退けるとは、まさに驚嘆の一言。
 貴公こそ、世界を救う力を持つ勇者に相違ありますまい」

エンバースがアニマガーディアンを撃破すると、レイドモンスターは一瞬彫像のように固まった直後、灰となって崩れ落ちた。
それを見届けたマルグリットが杖を引き、身軽に数歩後退してエンバースの健闘を称える賛辞を贈る。

「されど、それだけに……それだけに惜しい。
 なにゆえ、貴公が師兄の側に付かれたのか……。師兄の選択は、一時凌ぎでしかありませぬ。
 恒久の平和、永劫の安寧には程遠い……なぜ、師兄も貴公らもその事実から目を背けられるのか。
 侵食は、最早誰にも止められぬというのに」

侵食。
突如として空間に得体の知れない虚無が発生し、すべてを呑み込んでゆくという、正体不明の事象。
侵食を食い止める方法を探し、可能ならそれを実行する。それがなゆたたちが地球からアルフヘイムに召喚された理由だった。
侵食の正体を解明し、それを解決すれば、アルフヘイムとニヴルヘイムが生存を賭けて争う理由もなくなる。
その勝者のどちらかが、地球に侵攻してくるという事態も避けられるのだ。
だというのに――
 
マルグリットは『侵食は誰にも止められない』と言った。
まるで、侵食の正体を知っているかのように。

「……おしゃべりが過ぎました。お忘れを。
 今現在、貴公と私は敵同士――ならば余計な会話は攻撃の手を鈍らせることともなりましょう。
 後は、ただ干戈を交え闘争の決着を見るのみ!
 お見せ致しましょう。『聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)』、『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』に続く、
 我が奥義!!」

ざ。
ざざっ、ざざ。
ざざざざざざざざ―――――――――

エンバースの攻撃によって崩れ去ったアニマガーディアンの灰が、地面で大きく渦を描く。
風もないというのに灰が舞い上がり、螺旋を描いてマルグリットの周囲を取り巻き始める。
武器として用いていたトネリコの杖を背に回し、徒手になると、マルグリットは大きく身構えた。
手のひらを開き前方に突き出した両腕、その右腕を天へ。左腕は地へ。
極端にスタンスを広く取ったその構えは、マルグリットの武の極点。
元々、聖灰魔術によって顕現したモンスターは一度マルグリットによって撃破された形なき存在である。
よって、再度倒されたとしても消滅はしない。ただ元の灰に戻るだけだ。
だが――マルグリットの『聖灰魔術』とは、単に倒したモンスターを従属させ戦わせるだけの、底の浅いものではなかった。

「『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』!―――参る!!!」

ゴッ!!!

灰を身体に纏わりつかせたマルグリットが、強く強く地面を蹴りしだいてエンバースへ吶喊する。

迅い。

そのスピードは先刻アニマガーディアンとのコンビネーションで見せたものの比ではない。
手甲を装備したマルグリットの右掌が、旋風を撒いて繰り出される。
ゲームではマルグリットは限定ガチャとしてごく稀にピックアップされる。
そのため、ステータスの数値もすべて解析され研究され尽くしている。習得するスキルも当然網羅されている。
というのに、マルグリットが用いた『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』というスキルに関しては、
なんの情報もない。

「はあああああああああああああ―――――――――ッ!!!!」

マルグリットがさらに一段ギアを上げてくる。怒涛の連続攻撃は、あたかも掌打の弾幕。
その一撃一撃が必殺必倒の威力。むろん、ゲームのマルグリットを極限まで鍛えたとしてもここまでの強さは得られまい。
『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』とは、言うなれば『聖灰魔術』と『高速格闘術』の融合。
聖灰魔術で従属させたモンスターのATK、DEF、HPなどのステータス、そのエッセンスをそのまま自分に加算する、
マルグリット独自のバフスキルだった。

レイド級モンスター、アニマガーディアンの各ステータスによって超強化されたマルグリットは、
レイド級はおろか超レイド級にも匹敵する力を秘めている。
マルグリットの纏っている螺旋状の聖灰が強く輝く。全身に力が漲る。
あたかも舞うようにピタリと構えを取り直すと、マルグリットは豁然と双眼を見開いた。

「受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!」

マルグリットの全身から間欠泉のように闘気が迸る。
十二階梯の継承者、第四階梯。
『聖灰』の称号を持つ、この世界でも第四位の実力者が――エンバースを撃殺せんとその秘めたる力を解放する。


【各人戦闘続行】

218ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:14:46
「さあ…みせてくれよ…ロイ地獄って奴を…戦いってやつを…」

熊の腕に変化した右腕を振り上げ…再び襲い掛かる体制に入った。その時

>「やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

「あぁ・・・!?」

>「ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?」
>「“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる」
>「モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!」

「カザハ…優しさもそこまで行くと美徳を通り過ぎてタダの馬鹿だぞ。いいか?僕とロイが戦ってるんだ。他の誰にも邪魔はさせない」

>「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

この最高の気分を邪魔されるのは最高に不愉快だ。
例えそれが昔の仲間であっても。絶対に邪魔させない。

>「今だけはジョン君の命令を聞かなくていい……。力を貸して! 一緒にジョン君を助けよう!」

「…部長。戻れ。」

人間の腕である左手で携帯を取り出し、部長の召喚解除ボタンを押す。
いつもなら即座に反応し、召喚解除されるはずだが…反応がない。

「チッ…人間じゃなければ操作できないって?下らないな…」

スマホをポケット中に突っ込む。

「まあいい…部長…わかってるな?邪魔をするな。邪魔をしなけりゃなにをしててもいいが…
 邪魔をするならお前も殺さなければならない…主人にそんな事させるな」

「ニャー…」

部長に主人としての命令をした後。カザハを指さす

「カザハ…少しは大人になれよ。君の言う通り呪いを強引にもしかしたら剥がせるかもしれない…
 でも僕のこの想いは全部が全部…呪いってわけじゃあないんだ…人の心ってのは分っていても無視できない物もあるんだよ…」

ロイの方に振り返る。

「さあ再開しようか?ロイ…誰にも邪魔させない。化け物を殺してみろよ…君が望んだ化け物を・・・」

>「化け物? 調子に乗るな、ジョン。それで強くなったつもりか? 力を手に入れたと?
 違うな……貴様は逃げたんだ。シェリーを殺したという自責の念から。贖罪の義務から。
 『貴様が本当にやらなければならないこと』から目を背けて――それで! 化け物になっただと!
 貴様は昔と同じだ、何も変わっちゃいない。図体ばかりでかくて弱い、泣き虫ジョンのままだ――!!」

「…なにも変わってない?…あぁそうだとも。あの時から僕はなにも変わってない。あれからずっと…僕は化け物のままだ」

219ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:05
「一体どうやって変われるっていうんだ?やり方なんかわかるはずないだろう!!」

ボシュッ!!

「誰も僕を裁いてくれない。そして僕は今まで毎日あの日の事を夢に見て、思い出す。そんな状況でどう生まれ変われっていうんだよ?」

ガガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!

「どれだけ前向きに歩いてきても、会ったのは差別だけだ。君ならわかるだろ、ロイ?日本じゃ外人ってだけで差別の対象になるんだぜ
 みんな面白半分に僕を差別する。そして反撃しようとしたら外人というだけでこっちが悪にされる」

子供の頃…大人達に相談しても君がやったんだろう。と言われた悲しみは今でも忘れられない。

「とあるテレビ番組をきっかけにして、汚い大人達の手によって僕はどのスポーツ分野にもいけなくなった。
 どの種目に出ても世界で金をとれるような人材になったとしても、誰一人僕を認めようとしなかった」

「それがどうした?自衛隊になってほんのちょっと活躍しただけで今度は英雄扱い?………馬鹿にするな!!!」

ロイを右手で思いっきり強打し、壁にたたきつける。

>「がはッ!」

ロイは血反吐を吐き、倒れ伏す。あまりにも圧倒的な力の差。
最初の頃の力関係は完全に逆転し、もはや戦闘についての事を思考する必要すらない…差。

>「く……そ……」

「君は僕があの事を忘れて生きて来たと思ってるのか?僕がシェリーを殺した事を後悔しなかった日があると本気で思ってるのか!?」

忘れようと思っても色んな方法を試してきた。一つを除いて。

「有名人になってからあらゆる物を手に入れた。だから片っ端からロイとシェリーを忘れられるように試した事はそりゃあるよ。
 言い寄ってきた女全員を抱いた。体には自信があったからね。そのあと長続きすることはなかったけれど。
 使い道なんてない金で風呂を満たして豪遊した。言うまでもなく本当にくだらなかった
 挙句の果てには危険な薬まで手を出した。全然僕の体には効果なんてなかったけどね…何一つ、空しいだけで僕になにかを与えるわけじゃなかった…!!」

地面を思いっきり叩き割る

「僕に必要だったのは…闘争だったんだよ…ロイ。僕はずっと君や、家族…そしてシェリーから教わった無闇やたらに力を振り回さない。
 それだけは守ってきた…いや守ってしまった…だから本当に自分がしたかった事を見失ってしまっていたんだ」

生まれたての鹿のようにフラフラしているロイに近寄っていく。

「もううんざりだ、我慢するのは。人間の皮を被るのは演じるのは…他人の為にヘラヘラ笑って踊るのも、毎晩悪夢にうなされる夜を過ごすのも…もう終わりだ」

《―――――――――――》

その時ロイと僕の間に幻影が…シェリーが割り込んでくる。
姿は以前見た時よりも、儚げで、今にも消えそうな姿をしていて…声も聞こえなくなっていた。

「…………………わかっているさ…シェリー……ロイ、このポーションを使え。回復するまでの間まってやる」

ロイと向かい合い…シェリーの幻影を挟んで座り込む。

「勘違いするな…君は鍵だ。僕に…未だ足りない覚悟への鍵だ…君を完全な勝利という形で殺す事で僕は覚悟できる」

その時こそ…僕は・・・完全な化け物になる。

220ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:27
「君はゲームをやった事ないから知らないだろうが…僕のこの鱗の皮膚は生半可な攻撃じゃ破れない。
 ブレモンの中でもトップクラスの攻撃力を誇る攻撃なら強引に敗れるだろうが…現代兵器なんかじゃ太刀打ちできないだろうね。
 だが明確な弱点もある…首だ。首の根本部分にだけ鱗で覆われていない部分がある…ここを狙えば驚くほどあっさり…僕は死ぬ」

「笑えるよな?いいところだけ奪っておけばいいのに同時に弱点も引き継ぐなんてさ…」

周りの戦いの騒音は激しさを増していく。
それなのに僕とロイは…静かに傷の治癒を待っていた。
これは間違いなく嵐の前の静けさだ…傷が治れば僕達はまた殺しあう。

「おっと・・・すぐに動かない方がいいぞ…いくらバロール印のポーションでも、君は血を失いすぎてるからな。」

それにしても不思議な気分だ。周りの様子はまさに戦争の真っただ中にある。
だが僕とロイは一時の休息を楽しんでいる。少なくとも僕は。

「なあ…ロイ。君にはシェリーの幻覚が見えないのか?」

ロイは僕とは顔を合わせない。

「僕は…見える。こいつなに言ってるんだって思われるかもしれないけど…僕は見えてる。今もね。
 最初の内は会話もできていた…姿もハッキリ見えていた…けど」

ロイと僕の中間にいる幻影はなにもしゃべらない。それどころか姿さえもぼやけて見える。

「完全な化け物になりつつある今…会話するどころか姿さえハッキリ見えない。でもシェリーだという確信はある。不思議な気分だよ…」

ふと、頬に涙が流れる。

「いつぶりだっけ…君とこんな風に喋ったのは…喋りたい事…謝りたい事…一杯あったはずなのに…」

それなのに…これから起こる事は友達同士のじゃれあいなんかじゃない。
本当の…殺し合いが始まろうとしている。

「一度落ち着いて…話しているとなんでこんな事になったんだろうって思うよ。うまくやれる道もあっただろうって…
 でももうお互い引けない所まで来てしまった。君は殺人を犯し、僕も寄り添ってくれた人達を自分の快楽の為に裏切ってしまった」

熊の腕になってしまった右腕を眺める。

「僕は…後悔してない。これからなにが起ろうとも…なゆ達や部長を自分の意志で裏切ったのだから…全てを無視して化け物になったのだから」

熊の右腕で鱗に覆われていない首の根本に傷をつける。ドクドクと流れる血を右手で思いっきり振りまく

「ロイ、君の手駒達を利用させてもらうぞ……甦れ小鬼共」

血を振りかけられた死んだはずのゴブリン達から水分が蒸発するような音が発生し、それが終わると共に立ち上がる。
生気の無い目、一目みればまともな状態じゃないとわからせる傷。しかしジョンの掛け声と共にゴブリン達はジョンに跪く。
その光景に生き残りのゴブリン達はただおびえる事しかできない。

「お前達…僕達の周りに例外なく、人を近寄らせるな。近寄ってこなければ構わなくていい、この命令は絶対だ」

ゴブリン達は返事の代わりに呻き声なのか、ただ隙間から音が漏れ出ただけなのか、わからない音を発し散開を始める。

「僕達…ブラッドラストの力の源は…血だ。血を媒介にして力を強化する。外に血が流れ出たとしても、それも僕の血だ。
 そしてその血が他と…人間でもモンスターでも・・・血に交じってしまえば…僕の血なんだ。だからこうゆう事もできる
 君がしていたような細かい指示はできないが…純粋な力だけなら元の状態より遥かに高い…」

死後間もない死体や血の通った生命体なら自分の血を混ぜる事で体全体に残っている血液から体を操る事ができる。
意識まで乗っ取る事はできないが、体を操作する事ができる。

僕は化け物になった瞬間に、この力の使い方を完全に理解していた。なにができる事で、それはどんな使い方ができるのかを。
まるで使い方を元々知っていたかのように・・・。

「当然だが、生身の人間相手でも同じ事はできる。だがそんな近道を通るような事はしない。
 少なくとも、ロイ、君には絶対使わない。僕はあまりにも近道をしすぎた。化け物としての最初の一歩くらいは…ちゃんと歩かないとな」

傷が完全に治って、戦いが始まれば…今度こそどっちかが死ぬまで戦う事になるだろう…今度は手を止めない…そして…誰にも邪魔させない

221ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:41

「さて…落ち着いて喋るのもこれで…最後だ。最後に人間らしく会話できて嬉しかったよ」

《―――――――――――》

「黙れ。なに言ってるかわからないが…これから起きる事に一切口は挟ませない。シェリー…本当にお前だったとしてもだ」

ロイと僕はある程度の距離を取り、そこで構える。

「ロイ。君が狙う弱点はココだ。明確に力が劣っている君でもここにナイフを突き立てられたら君でも勝てるかもしれない」

左手で、首の根本部分をポンポンと叩く。

「もしさっきの兵器頼みの一撃が…君の最大火力なら…君の勝ち筋はここしかない」

ブレモンの中でもこのブラッドラストで強化された鱗を貫通する攻撃は少ない。
物理的にも、魔法的にもほぼ無敵に近い鱗の装甲…唯一の弱点は覆われていない部分だけ。
熊の右腕も鱗に比べれば防御力は低いが…

「あらゆる準備を許そう。君には全身全霊で向かってきてもらわなければならない。僕の化け物としての最初の一歩として」

言葉では冷静を装っているが…この時の僕はもう既に目は血走り、口からは涎がこぼれだしているような状態だった。。
そう…ロイを殺せる…。その現実が近づくに連れて僕は恐怖を感じるどころか…快楽に似た、感覚を覚えていた。

「フッー…フッー…」

例えるならそう…飢えた獣が餌を見つけて…今か今かと待つように…。
最後の理性で堪えていたが…今すぐこの感覚に全部を任せてしまいたい。

「いいかい?…もういいんだね?…一度始まったらもう止められないよ…本当に苦しいんだ…僕もう…」

準備は整った。周りを近寄らせないようにゴブリン達で見張らせた。
ロイの勝てる可能性を残す為に弱点を教えた。回復もさせた。
最高のご馳走の下拵えは終わった。もう周りの騒音さえ、なにも聞こえない。

「ハァー…フー………」

もう我慢する必要はない。この感覚に、快楽に従うだけだ。

「いただきます」

そう言い放ち僕は目にもとまらぬ速さでロイに飛び掛かかり、ロイの体に傷を付ける。

「ホラ!避けてばっかりじゃなくてさっさと反撃しないと全部の肉を削り取ってしまうよ!」

ロイの目からはまだ希望の光が消えていなかった。

「あぁ…まだ僕を殺せると本気で思っている目だ…どんなに力の差があっても…僕を殺そうとする覚悟の目だ…まったく君は…」

「さいっこうだ!!!!!!ハハハハハ!!」

222ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:59
「アテャハ!ヒヒ…アハハハハハハ!」

素早く動いてロイをかく乱し、死角に入った瞬間右腕で強襲。

「コロス…ロイ…キミヲ…!」

間一髪でよけるロイ。追う化け物。

「アア!最初からこんな楽しい事あるなら…あるって知っていたなら我慢なんてしなかったのに!」

一進一退の攻防が続く…が消耗しているのはロイだけで、僕は息を一つ上げていない。
一撃まともに食らえば死ぬロイに比べて…僕は反撃されても傷一つつかない鱗の体。

「ちょこまか動かないでくれよロイ!」

壁に右腕を突き刺し、思いっきり引っこ抜く。

「シネ!!」

壁の一部…もとい瓦礫になった物を投げる。

「どうしたんだ!ロイ!頼むよ!弱点まで教えてあげたんだから!」

殺したくない

「タノムタノムタノムタノム…ウグッルルルル」

殺したい!戦いたい!コロセ!コロセ!

「…ロイ?ロイ!ロイイイイイイイイ!」

力が増す度に人間としての自分が消えていく。思考も曖昧になる。

「ロイ!ロイ!ロイ!」

思考が一つに支配されていく。でも僕は抵抗しない、できない。この状況を望んだのは僕だ。僕のはずだ

「ああ…頭が痛い。イタイイイイイイイイイイイイ!」

化け物は雄たけびあげてロイに飛び掛かる。

「ウウ…グウッ…うっ…うう…ごめんロイ…なゆ…みんな…」

追いかけっこはついに終わりを迎え、左腕でロイの首を掴み、持ち上げる。
少し力を籠めれば人間の首を曲げるなど造作もない。

「アハハハハハハハハ!」

はやくやめなきゃ、ロイが苦しそうだ。ヤメル?ナンデ?待ち望んだ事が目の前まで来たのに!僕があの日から望んだ事だったはずだ。

こんな事を望んだっけ?本当に?でもそうだった気もする…

「ごめんごめんゴメン………ロイ……」

ああ…すごく苦しそうだ。やめなきゃ。やめ…

苦しそうなロイを見ていると心が満たされる。

そうか…苦しめずに殺してあげなきゃ…かわいそうだ。だから・・・コロさなきゃ

「……シネ………シネエエエエエエ!!!!」

僕は左手の力をさらに強めた。

【ロイと昔話】
【部長の操作不能】
【ロイを追い詰めトドメの一撃を放とうとする】

223カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:23:35
>「カザハ…優しさもそこまで行くと美徳を通り過ぎてタダの馬鹿だぞ。いいか?僕とロイが戦ってるんだ。他の誰にも邪魔はさせない」
>「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

「お邪魔虫で悪かったですね、後は若いお二人で……って言うか――――ッ!!
もう二人の世界で済む問題じゃなくなってるっつーの!」

何か別の話に聞こえてくるのは断じて気のせいだ。

>「…部長。戻れ。」
>「チッ…人間じゃなければ操作できないって?下らないな…」

「……”人間”じゃない。それは異邦の魔物使い《ブレイブ》の特権だよ」

部長に介入されることを懸念したジョン君が部長を回収しようとするが、効果は無かった。
今のジョン君には部長が制御できないようだ。

>「まあいい…部長…わかってるな?邪魔をするな。邪魔をしなけりゃなにをしててもいいが…
 邪魔をするならお前も殺さなければならない…主人にそんな事させるな」

「今ので分かったでしょ? 今のジョン君は主人(マスター)としての資格を失ってる……」

>「カザハ…少しは大人になれよ。君の言う通り呪いを強引にもしかしたら剥がせるかもしれない…
 でも僕のこの想いは全部が全部…呪いってわけじゃあないんだ…人の心ってのは分っていても無視できない物もあるんだよ…」

「たとえ君の本性に凶暴性があったとしても……それを抑えておける理性まで含めて人の心じゃないの?
呪いのせいで抑えが効かなくなってるのならやっぱり強引にでも剥がさなきゃならない」

たとえ説得の効果はなくとも会話が続けば少なくとも時間稼ぎにはなったが、それも続かなくなった。
無駄話は終わりとばかりに、ジョン君はロイに向き直る。

>「さあ再開しようか?ロイ…誰にも邪魔させない。化け物を殺してみろよ…君が望んだ化け物を・・・」

「どいつもこいつも……石頭の分からず屋ばっかり!!」

本来であればこの場にいる全員で即刻ジョン君を抑えにかからなければならない位の非常事態だが、周囲では相変わらず戦闘が続行している。
カザハはその事に苛立ちが隠し切れない様子。
根っからの善人のマル様なら事の重大さを認識してくれる可能性がワンチャンあると思いましたが
そういえばマル様、善良過ぎて任務に忠実過ぎる石頭でしたね……。
マル様が止まってくれないとなると親衛隊が止まるはずは当然ないわけで。

「ねぇカケル、やっぱりボク達には背景がお似合いだね。どこの世界も一緒だ。
いつだって力無き者の声は届かない……」

なんだかんだ言って結局地球生活で培ったモブ気質を炸裂させつつ背景に溶け込もうとしている……!

224カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:26:01
>「おいっ! バカ! ジョンぴーに構ってる場合かよ!
 ジョンぴーを助けたかったら、この高飛車チェス女をぶっ倒すのが先だろうが!」

「見てよこれ! こんなモブが世界ランキング14位とまともに戦えると思う!?」

私のステータス画面を突き付けながら開き直らないで!?
まぁカザハは一応異邦の魔物使い《ブレイブ》枠でステータス画面が出てこないと思うから仕方ないんですけど!
でも、悲しいけどその通りなんですよね……。
モンスターとしてはその辺にいる低レアで異邦の魔物使い《ブレイブ》としては論外ド素人の
THE☆モブが世界ランキング14位に刃が立つわけがない。

「……ん?」

スマホの画面を見たカザハは目をぱちくりした。

《どうしたんですか……?》

(能力値に補正がかかってる……?)

《えぇっ!?》

未実装の自動発動スキルか何かですかね!?
気付かないうちに習得していたかあるいは最初から持っていたけど気付いていなかったか……。

「――烈風の加護《エアリアルエンチャント》」

気を取り直したらしいカザハが、部長を強化する。

「部長さん! すぐ助けに行くから……それまで少しの間ジョン君のこと、頼むよ!」

カザハはジョン君のことを部長に託すと、迷いを振り切るようにガザーヴァに並び立った。

>「どうしたのかしら? まだ、私は本気の一割も出していないけれど。
 もう息切れ? いいえ、いいえ……認めないわ。幻魔将軍も、そのシルヴェストルも、刃向かうのならばすべて敵。
 この世のすべての痛みに優る痛みを味わわせ、ズタズタにしてこの地上から抹殺してあげる……!」

「名前を覚えられてすらいない……!」

《気にするのそこ!?》

やっぱりさっぴょんから見れば低レアザコモンスターズなんてモブ以外の何物でもないですよね……。

>「オッカネーんだよ、このヒスババア!」

「言っとくけどアコライトが更地になった事実はもう存在しないから!
信じられないなら聖地巡礼でも行って確かめてくれば!? あ、ゲーム中のストーリーの話なら運営に文句言ってね!」

225カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:27:29
一斉攻撃を仕掛ける二人だが、ビショップとナイトの堅牢な装甲にことごとく阻まれる。
カザハはともかく(?)ガザーヴァの攻撃すら通らないってもうまともにモンスター同士の勝負して倒すのは不可能なんじゃ……。
カザハの言うように本体狙いに賭けるしかないのか!?
そんな中、ガザーヴァがなんとかビショップとナイトを引き離すのに成功する。
ルークとポーンが妙な動きをしているのが気になるところだが……。

>「今だ! やれ!」

カザハが瞬間移動《ブリンク》でさっぴょんの背後を取る。が、それとほぼ同時に――

>「――『入城(キャスリング)』……プレイ」

さっぴょんとルークが入れ替わった。――そんなの聞いてないですよ!?

「折角背後を取ったのにこれじゃあ前も後ろも無いじゃん!」

《じゃあナイトなら良かったんですか!? ……ってそんなこと言ってる場合じゃなーい!!》

>『ブロロオオオオオオオアアアアアア!!!』

「アギャあああああああああああああああああ!!」

ルークの体当たりを受けたカザハが汚い高音選手権で優勝できそうな悲鳴をあげながら漫画みたいに吹っ飛んでいった。

《カザハ!!》

空中を飛翔し、カザハを慌てて背中で受け止める。

>「フフ。チェスの特殊ルールは『入城(キャスリング)』だけじゃないのよ?」
>「――『昇格(プロモーション)』……プレイ」
>「さて。我がミスリル騎士団は不破の軍団。その力は無双、その統制は無比。
 どう抗っても私に勝てはしない……マル様親衛隊の恐ろしさ、理解して頂けたかしら?」

ポーンがクイーンに昇格してさっぴょんがドヤ顔を見せつけてます……。

《大丈夫ですか!?》

(肋骨2,3本骨折、全身打撲で全治2か月の重傷ってところかな……。
カケルッシュ、ボクはもう疲れたよ……。
長男だったら我慢できたかもしれないけど長男じゃないから我慢できないんだ。残念残念)

《そこは姉(長男)ということにしましょう! 私、次男に降格でいいですから!》

一体何の話をしているんでしょう私達……。
無駄話をしながらもカザハはスマホを操作して私に回復スキル《キュア・ウーンズ》を指示しました。
癒しの風《ヒールウィンド》を使わずに敢えて威力で劣る私のスキルを選んだのは、温存したのでしょう。
――後に控えているジョン君との戦いのために。
癒しの風《ヒールウィンド》の方がスペルカードなので当然強力な上に全体回復なので、
使いどころによっては一気に態勢を立て直すことも出来るのです。

226カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:28:34
>「おい、バカ。
 あっちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』入れて5人。こっちは4人。
 ひとり一殺で行くぞ。オマエんとこの馬とガーゴイルにも、一匹ずつ相手してもらう。

いやいやいや、ちょっと待って!
“ひとり一殺”って……これ、完全に超強い人達が繰り広げる会話じゃないですか!

>「……ビショップとナイトはボクがやる。お前はあのチェスババーを狙え」

こっちが一人少ないから自分が2人相手してくれるんですね! やったね!(棒)
カザハにさっぴょん本体を任せたのは単に戦闘力のバランスを考慮した結果かもしれないが、最も重要な役目を任せた、とも取れる。

「世界14位とまともに渡り合える自信はないなぁ。
だから……君を信じるよ。ボクに助けを求めた君の判断を信じる。
君が奸計謀略で散々苦しめてくれたことはなんとなく覚えてるからね」

>「言っとくけど、オマエなんかの力を認めてるワケじゃねーかんな。
 ネコの手も借りたいくらい人手が足んねーから、しょーがなく手伝わせてやるってだけだし。
 でも――」

「うん、分かってるよ。みんな忙しそうだもの」

>「オマエは、ネコよりかはマシだろ。……たぶん」

多分ガザーヴァにしてみればその辺のちょっと強い奴もネコ。
つまり……イマイチ分かりにくいけどネコよりはマシ=かなり見込んでるってことじゃありません!?

(前の周回でバロールさんが狙ってた何かってもうとっくに無くなってると思ってた……)

そういえばそんな話、ありましたね。すっかり忘れてました。
この周回ではバロールさん、それについて特に何も言ってきてないですからね……。

(もし謎の能力補正がその何かの一端か残滓なのだとしたら……本当はずっと気付かないままでいてほしかったはず)

ガザーヴァにとって、それに気付かせることは、自分で自分の存在意義を脅かすことに他ならない。

「……君って本当に聡明だよね。驕り高ぶって何も見えてないアイツらとは大違い。
一緒に鼻っ面へし折ってやろう!」

この聡明は、奸計謀略もさることながら、感情に流されずに合理的な判断が出来ることを言っているのだろう。
アイツらとはもちろん親衛隊のことですね。

>「馬どもが駒を押さえていられるのは、たぶん一瞬だ。しくじるんじゃねーぞ!」

「分かってる。自由の翼《フライト》!」

カザハは自分にスペルカードをかけると槍を背負い、私の背から飛び降りた。
結局一人一殺作戦決行する雰囲気になってしまった……!
私の相手は……ルークというところですか。
チェス的に考えてより強いであろうクイーンの方の相手をガーゴイルにして貰……

《じゃなくておのれカザハの仇!》

227カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:32:00
「じゃなくての前に何省略したの!?」

ルークの主な攻撃手段は体当たりと大砲での砲撃。
まともに倒すことはほぼ不可能なことは分かり切っているため、専らさっぴょん本体への援護の妨害が目的となる。
……さっぴょんのデッキの中の『入城(キャスリング)』が一枚だけとは限らないのだから。
案の定、ルークがさっぴょんを守るように立ちはだかる。

「カケル! 《吹き降ろし馬蹄渦》!」

砲弾の射程外となるほぼ真上から急降下しつつの風の魔力強化付きの蹴りを見舞います。
ダメージが通ってるのか通ってないのかよく分かりませんが一瞬気を引くのは成功したようです。

「しばらくオートでそれ!」

いいんですか!? 一瞬で“こいつ放置で良くね?”って飽きられますよ!?
が、状況が急展開した。ガザーヴァがナイトとビショップの足止めに成功する。
救援に来たクイーンをガーゴイルが相手取り、ルークの砲弾がガザーヴァとガーゴイルを狙う。

「《吹き上げ荷重》!」

今度は先ほどとは逆で、下から上へのベクトルを持つ体当たりを敢行します。
効き具合に応じて吹き飛ばしもしくは転倒の追加効果が発動するスキルだ。
転倒と言っていいのかは微妙だが、とりあえず砲門の向きが上に逸れた。
このままだとすぐに持ち直してしまうので、すかさず上から圧し掛かる。
当然相手は激しく抵抗し、人間で言うところの揉み合いのような状態となった。
きっと押し退けられてしまうのはすぐだろう。
でも、少しの間だけでも『入城(キャスリング)』が出来ない状況を作り出せば……

>「……フフ」

さっぴょんが不敵に笑っている。まだまだ何か隠し持っているとでもいうような余裕の笑み……。

《カザハ……!》

チャンスだ行け、と言いたかったのか。罠だから行くな、と言いたかったのか、自分でも分からない。
でも罠なら逆に超焦ってるような演技をしそうなもんですよね!? ということはハッタリ……?
でも超自信満々で余裕だから演技する必要すらないのかも……。
今のところスマホを操作する様子は無いが、一瞬前までモンスターにバンバン指示を出していたのでスマホはまだ手に持っているのだろう。
腕を組んでいるのは単に偉そうにしているのではなく生命線のスマホを守っているとも取れますね……。
駄目だこれ、考えても無駄なやつだ……!

「先手必勝ッ! バカの考え休むに似たりとも言う! 鳥はともだち《バードアタック》!」

《自分で言っちゃった――ッ!?》

これ、まさにチェス等の次の手を考える時間が長く用意された競技において、下手な者が長考しても仕方がないというのが語源らしい。
そしてチェスは完全ターン制だが、ブレモンのアクティブタイムバトルにおいてはそれ以上の意味を持つ。
圧倒的に知略において勝る相手と戦う時、どうせ知恵比べで勝てないのなら行動回数を無駄にしないことこそが最良の戦略となる。

228カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:33:43
と理論上は分かっていてもなかなか実際に出来るものではないが、
カザハは長年考えない人をやっていた影響でそれを実行するある種のスキルを身に着けているらしい。
というわけで、鳥の大群がさっぴょんに殺到する。
外ならともかくダンジョン内だとこの鳥たち、どこから来てどこへ行くんだろう、と哲学的なことを思ってしまいます。
ちなみにこれ、鳥のサイズは色々なんですが……カザハは飛んできたひときわ大きい鳥に飛び乗った。

「とうっ!」

《えぇっ!?》

明らかにスペルカードの用法間違ってますよ!? 鳥さん若干引いてないですか!?
そんなことはお構い無しにカザハは魔道銃を手放し、槍を構えてそのまま突撃する。

「いいことを教えてあげよう。
ボクは美空風羽、またの名をカザハ・シエル・エアリアルフィールド。
いつかうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者だぁあああああ!」

いきなり特大のツッコミどころをぶっこんできた。このパーティのリーダー、なゆたちゃんなんですがっ!!
というかその組み合わせ、カザハの中では公式決定事項なんですか!?
ネット弁慶の社畜が異世界に召喚されて現地の強くて可愛い(※外見)姫将軍に懐かれて伝説になるってもう完全にラノベかなろう系小説……。
ともあれ、鳥にまみれて鳥さんの上に立ってる絵面も相まって勢いだけのバカっぽさは完璧ですね!
さっぴょんのデッキの大部分はまだ不明――多分こんな勢いだけの攻撃は難なく防がれるのだろう。
それどころか、あっさり返り討ちに合って無力化されるかもしれない。
なんにせよ、こちらが派手な動きをすれば、さっぴょんは必ず何か仕掛けてくる。
スペルカードか、モンスターにスキルを命じるか――あるいは大穴でまさかの肉弾戦で対抗してくるか。
いずれにせよ、腕組みを解きスマホを表に出してくる瞬間があるだろう。それこそが好機だ。
……さっぴょんの死角の宙空に、突撃時にカザハがしれっと手放した魔導銃が浮かんでいる。
私から降りる時、カザハは自由の翼《フライト》を自分にかけたわけではなく、実は魔導銃にかけていたのだ。
やがてその瞬間は訪れ、魔力弾が炸裂した。とはいっても破壊ではなく弾き飛ばすのが目的の衝撃弾だ。
壊すまでせずともこの混戦状態で手の届かない場所までスマホが飛んでしまえばそれで勝負はつく。
さっぴょんの仲間達も、飛んできたスマホを拾ってあげる余裕はないだろう。
尤も、ブレイブのスマホはえりにゃんの魔法の矢級の攻撃でないと壊れないので、そんな気を回す必要はないのかもしれませんが。

「君が切り捨てた仲間の気持ち、身をもって思い知ればいい……!」

なるほど、拾って確認するまでは壊れてるのか壊れてないのかは分からないわけで。
スマホ狙いのこの作戦、うまくいけば相手を殺傷せずに無力化出来るのみならず、
一時とはいえブレイブとしての生命線を絶たれる絶望を味わわせることが出来て一石二鳥なんですね……!
優しいのかエグいのかよく分かりませんね!

229明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:23:59
>「ひひッ、いいのかァー? 幻魔将軍に助けを求めなくても。
 たちゅけてー! ポクちん、シェケナベイベ様にコロコロされちゃうぅー! ってさァ? えぇ?」

「眠てえこと言いりゃあすなよ、三流ロッカー!今日のギグはずいぶんMCがなげえじゃねえか!
 さっぴょん(笑)の金魚のフンごときが、親分と離れてそんなに寂しいかよ」

俺は自分のことを存分に棚に上げてシェケナベイベを煽った。
いかにも俺は幻魔将軍のケツに引っ付いてるキレの悪いうんちだ。ぶりぶり大明神だ。
こと戦闘に関しちゃ、俺はガザーヴァの一割も役に立っちゃあいないだろう。

それで良いと思ってた。
片や現役バリバリの魔王軍幹部、一方俺はゲームにちょろっとハマってるだけの一般市民だ。
適材適所、バトルはバトルが得意な奴に任せりゃ良い。
痛いのも怖いのも、嫌だしな。
大立ち回りを繰り広げるガザ公の後ろで、のらりくらりとあいつの露払った道を歩いていたかった。

だけど、事情が変わった。ヌルいこと言ってる場合じゃなくなった。
ジョンがブラッドラストに手を染めたのは、俺たちを護る為だ。
あいつよりも、俺が、弱いからだ。

「カッコ良いこと言っちまったんだ、ちゃんと最後まで、カッコつけねえとな……!」

この戦いで、俺は奴に並び立つ。護られるだけのパンピーなんて言わせねえ。
そうして初めて、俺はジョンに「ブラッドラストを使うな」って言える。
奴を苛む呪いを、真っ向から否定できる。

それに――。
ガザーヴァとの関係がこれで良いとも思わない。
俺はあいつを、都合の良い手駒にするために仲間に引き入れたわけじゃねえんだ。

ガザーヴァとは、対等の立場で居たい。幻魔将軍とブレイブの、あるべき関係でありたい。
あいつは俺を助けてくれるだろうが、それに甘えっぱなしの俺で居たくない。
セキニンを取るのさ。大人だからな。

幾度となく範囲攻撃と回避を交わしながら、俺とシェケナベイベのライヴは進行していく。
長ったらしいMCパートで、俺は奴の弱みになるであろう部分を突いた。

>「……はッ。
 は、ははは、はははははハははハハハは! あっはっはハッはハはははハハはハはははははハ!!!」

霧の向こうで、シェケナベイベの哄笑が響く。
笑いの意図するところは何だ。ちゃんとメンタルにダメージ入ってんのか。
こうしてシェケナベイベとタイマンでレスバトルすんのは初めてだ。
何言われりゃ傷ついてくれんのか、どうにも手応えがわからん。

>「あー! あーあーあー! なァーる! 『そういう解釈』かァ!
 隊長の言った言葉、まーだ考えてたってこと? もうずっと昔の話だってのに!
 ひはッ! イヒヒ……ひぁッははハはハはははハはは!!!
 ウッケる! こいつってばマジウケルっしょ! オーケイ! うんち野郎、あんたクソコテやめてお笑い芸人になれば!?」

「なに過去形で語ってんだ……!」

230明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:24:37
お前らにとっちゃ遠い昔の話だろうが、死んだ人間はそれが最後だ。
忘れて良い話じゃない。笑い話でも……ない。
奥歯が軋む。こいつらが何考えてんのか、一ミリも理解できない。したくない。

>「そォだよ。あーしたちは終わらせてやった、アブラっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての命を。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である限り、闘いからは逃れられない。
 あーしたちはこの世界の連中から、兵器として召喚されたんだから。
 闘いたくありましぇーんなんて寝ぼけたこと言うヤツは、早晩おっ死ぬだろーさ。そォッしょ?
 どうしても闘いから逃れたかったら――そいつは! 何もかも投げ捨てなくちゃダメなのさ!!」

「……そういう意味かよ」

だけど俺の腹の底で煮えたぎっていた感情は、すとんとどこかへ霧散してしまった。
こいつらは確かに、スタミナABURA丸のスマホを破壊し、放逐した。
ブレイブとしての、『戦闘能力を奪った』。

戦えなくなるということ。翻せばそれは、戦わなくても良くなる、ということでもある。
ロイ・フリントを除けば、俺たちブレイブに求められるのはスマホを利用した独自の戦闘能力だ。
それが失われれば、戦力としてブレイブに数える道理はない。

戦いを拒んだ仲間を、こいつら親衛隊は――スマホを奪うことで解放したのだ。
なるほどこいつは笑える勘違い。俺やっぱ芸人になった方が良いかもな。

――マル様親衛隊が直面した困難は、奇しくも俺たちのパーティと似ていて。
その対応策は両極にあたるものだった。

俺たちは『戦えない』ジョンを、それでも戦いの場に引っ張り出すために、エーデルグーテへ行こうとしている。
それこそあいつがもう誰も護らなくて済むように、決別してしまえばそれで良かったにも関わらず。
ジョンと仲間で居続けたいから、こうして余計な苦労までお互いに強いている。

ある意味じゃ、親衛隊の対処の方がよほど人道的かも知れない。
スマホ奪われたABURA丸がどうなったか知らんが、腕ぶった斬られるよりかはマシに生きていられるだろう。
この惨状を目の当たりにすりゃ、俺たちの選択が正しかったなんて、自信持って言えるわけがない。

シェケナベイベが言うような、『何もかも投げ捨てる』……その覚悟が、俺たちにはなかった。
中途半端にジョンを救おうとして、かえってあいつを苦しめてしまっている。
戦う力を一切合切捨てたなら……救うことを諦めたなら。もっと平穏にジョンは暮らせたかも知れないのに。

「でもなぁ!ここまで来んのに、俺達はいろんなものを犠牲にし過ぎた!
 今更やっぱジョンのことは諦めますなんて、言えっかよ!」

霧を引き裂いて、重戦士モードのヤマシタが疾走する。
風切り音を幾重にも響かせながら薙ぎ払った大剣は、しかしアニヒレーターの首を刈り取れない。
盾代わりに構えたギターの弦を何本が切断して、斬撃はそこで止まった。

>「おおーッとォーッ! 惜しい!
 インギーの音波の範囲を見切って、霧の中から奇襲とはヤルじゃん!
 でもなァ! あんたはそれで終わりだよ! 唯一のチャンスをものにできなかったあんたの負けさ!
 ――尤も――」

「ああ?聞こえねえぞ!MCがボソボソ喋ってんじゃ――」

いつの間にかあんだけ耳を劈いていたロックサウンドが鳴りを潜めてる。
へいへいどーした、セットリストがもう尽きたか?アンコールでもしてやろうか!
だけど何かがおかしい。張り上げたはずの俺の声すら、籠もったように耳に届かない。

231明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:25:12
「あ……あ?」

違う。音が籠もってるんじゃない。『聞こえてない』んだ。
それが証拠に今も爆音による空気の震えは肌に感じる。胃袋の空洞に響いてる。
周囲を漂う霧も、さっきと変わらず音響攻撃の範囲で弾けてる。

音が聞こえなくなったのは、俺の耳がおかしくなったからだ。
こいつは――突発型の難聴。恐らくは騒音性の……耳の神経が傷つけられて音が聞こえなくなる症状だ。

中学生くらいの頃、風邪から来る内耳炎で片耳が軽度の難聴になったことがあった。
そん時の状況とよく似てる。体がふわりと浮かんだような、平衡感覚の消失――

「なっ……おっ……」

気づけば俺は膝から地面に崩れ落ちていた。
うまく立ち上がれない。足が地面を捉えられない。
耳には体のバランスを維持する機能もある。単なる鼓膜の損傷と違って、そっちの神経もイカれた。
頭の中がずっとぐるぐるして、視界が回転してるみたいな錯覚が拭えない。

「なる……ほど……音響デバフってのは、こんな感じか……」

シェケナベイベ。範囲攻撃のオーソリティ。
その真骨頂が、攻撃範囲に任せたデバフのばら撒きだ。
『スタン』や『沈黙』として描写されるデバフの本来の姿を、俺は身を以て体験していた。

「く……そ」

甘かった。範囲攻撃さえ躱せば、デバフを付与されることもないと考えてた。
だがアニヒレーターの奏でる音は何も、音圧によるふっ飛ばしだけじゃない。
戦場でずっと響き続けていたロックサウンドがそうであるように――
収束を緩め、威力を捨てれば全方位に音を届けることなんか造作もない。

……回復魔法くらい、覚えとくんだった。
俺の使える闇属性魔法は攻撃とデバフくらいしかない。
回復できるスペルも持ってない。行動を封じられれば、待ってるのは『詰み』だ。

目の前でシェケナベイベが何かを叫ぶ。内容は分からんが、パートナーへの指示だろう。
アニヒレーターがギターの残りの弦に指を這わせ、超絶技巧もかくやの速度で何事かを爪弾く。

トドメの一撃。覚束ない足取りじゃまともに逃げることもできない。
ヤマシタに防御させるにも、音響攻撃に物理的な障壁は意味を為さない。

こいつを喰らえば、俺は間違いなくお陀仏だろう。

つまりは。
――伏せてた切り札を、出し惜しんでる場合じゃねえってことだ。
跪きながらも手放すことなくずっと握ってた手の中のものを、ヤマシタへ向けて弾いた。

232明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:26:05
「怨身換装(ネクロコンバート)――モード・『歌姫』」

風をはらんで飛翔したのは、純白の羽根。
アコライトの希望の象徴にして、かの地でその命を散らした一人の戦乙女。
――初代ユメミマホロの忘れ形見だ。

大剣を放り出したヤマシタの背中に、マホたんの羽根が突き刺さる。
瞬間、目を焼かんばかりの白い光が革鎧を包んだ。

バルゴスを再現し、膨れ上がっていた体格が目に見えてすぼむ。
角張った肩が丸くなり、腰部がほっそりと絞られ、女性的なフォルムへ変わっていく。
兜の両サイドから、鎧同士を繋ぎ止める革紐が髪のように吐き出され、ツインテールのように垂れ下がった。

その右手には、大剣の代わりに革で象られたマイクを握っている。
アニヒレーターの一撃の前に、ヤマシタはふわりと飛び出した。

「――――!」

言葉を作らない音だけの歌、スキャットが革マイクから放たれる。
それはアニヒレーターの音弾と空中でぶつかり合って、お互いに弾け飛んだ。

窓を閉めようが外の音が聞こえて来るように、音は壁を回り込む。
故に音響攻撃を防御することは出来ないが、騒音を無効化する方法はある。
地球のオーディオ機器にも使われる『ノイズキャンセル』……音同士をぶつかり合わせて、大気の振動を相殺したのだ。

――ユメミマホロの『想い』を使った、怨身換装による革鎧の機能拡張。失われた歌姫の再現。
こいつが俺の切り札だった。……使いたくない、奥の手だった。

マホたんは、彼女の犠牲は、その辺のネクロマンサーが好き勝手利用して良いようなものじゃない。
アコライトのオタク殿たちにとって、文字通りの生きる希望だった。絶望に抗う光だった。
同じようにユメミマホロにとっても、命を投げ出してまで護る価値のあるものはたったひとつ、アコライトの皆だった。

俺がこうして死霊術で彼女の力を扱うことは――
アコライトに殉じた初代ユメミマホロの覚悟と想いを穢すことに他ならない。
『マホたんが死んでくれたから俺の手札が増えた』なんて、言いたくはなかった。

「……ヤマシタ、『感謝の歌(サンクトゥス)』」

膝を着きながら、俺はパートナーに命令を下した。
ユメミマホロのスキルがひとつ、『感謝の歌(サンクトゥス)』――癒やしの歌。
損傷した内耳神経が修復され、世界に音が帰ってくる。

ヤマシタの奏でる歌は、本家マホたんには遠く及ばない。
劣化再現にしか過ぎなくても、わずかな回復力に過ぎなくても、俺のデバフを解くには十分だった。
難聴の原因は騒音によって神経についた微細な傷だ。ほんのちょっとの傷を、ちょっとの回復で癒やした。

「シェケナベイベ。お前らのやってることは……たぶん、間違っちゃいねえよ。
 俺も未だにわからん。ジョンを旅に引っ張り回し続けることが、本当にあいつにとって幸せなのか。
 もしかしたらお前らがABURA丸にしたみたいに、スマホぶんどって無理くり退場させんのが正解なのかも知れない」

仲間を見殺しにしたなんて、とんだ見当違いだった。
こいつらはこいつらなりに、戦えない奴のことを考えて行動している。
捨てることで救う道を見出して、それを体現している。

お人好しのマルグリットが親衛隊を傍に置いているのも、こいつらがただ邪悪な集団じゃないからだろう。

233明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:27:28
「それでも俺は何も捨てない。持てるモノは全部抱えてく。戦えない仲間だろうが、全部だ。
 ……世界救ったその瞬間に、隣に誰もいないんじゃあ、寂しいからな」

俺たちの選択が、間違ってたとは思いたくない。
無様だろうが女々しかろうが、捨てるべきものを捨てなかったことを、後悔したくない。

意固地になってると言いたきゃ言え。俺はクエストの難易度を絶対に下げない。
ジョンの『助けて』に応じた俺自身の、安っぽいプライドの為に。

「答え合わせをしようぜ。俺は自分で決めたことを、『これで良いんだ』って、証明する。
 身の丈に合わねえもの全部背負った、拳の重さでお前に勝つ」

思えばこれまでの旅で、随分背中が重くなっちまった。
捨てられなくて、未練がましく持ってたものが、今俺をがんじがらめにしている。

リバティウムで受け継いだバルゴスの剣だって、未だに生身じゃまともに持てやしねえけど。
肩に感じるこの重さのすべてが、俺が今ここに立つ理由になる。
逆境で踏ん張る力になる。

「良い機会だから知っとけよ。傍に居ない奴とでも、誰かを一緒に殴る方法はあるってことを。
 捨てなきゃ前に進めないんだとしても……捨てないためにあがくことは、無駄じゃないってことを。
 ガラじゃねえこともう一つ言うぜ。こいつが俺たちの――絆の力だ!!」

マホたんを再現した革鎧が、もうここに居ない奴の力をその身に宿す。
マイクを持たない方の手で、拳を握る。眩い光がそこに灯る。ユメミマホロのスキル――『聖撃(ホーリー・スマイト)』。
俺が捨てられなかったもののひとつだ。

聖属性の魔力が迸り、アンデッドのヤマシタは少しずつ装甲を焼け付かせていく。
同じアンデッドのアニヒレーターも、こいつが直撃すりゃただじゃ済まねえだろう。

さらにヤマシタ本来の闇属性魔力が重なり、ふたつの色が渦を巻く。
光と闇が合わされば、見かけ通りの最強だ。

「ヤマシタの攻撃!絆で殴ってブチ壊せ、『聖重撃(ディバイン・スマイト)』!!!」

間断なくスキャットを奏でながら、ヤマシタは踏み込んだ。
アニヒレーターの音響攻撃はこっちも歌で相殺する。あとは単純、近づいてぶん殴る。
言うなればこいつは俺とシェケナベイベの対バンだ。どっちの歌がライブを支配するか、その勝負だ。

234明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:28:35
シェケナベイベは強い。
ブレモン界最強ギルドの幹部の名は伊達じゃない。バロールを10ターンで下せるってのも、大言壮語じゃない。
それだけの戦力と実績を、こいつは積み上げてきている。
範囲火力役だけあって、親衛隊包囲網におけるキルスコアはさっぴょんを抑えて堂々の一位だ。

加えてこいつもまた俺と同じように、譲れない物の為に戦ってる。
マルグリットを単なる御神体のゲームキャラじゃなく、一人の人間として尊敬し、その正義を標榜している。
精神攻撃で隙を作るなんざ、甘えた考えでカタに嵌められる相手じゃなかった。

……なおさら負けらんねえよな。
こいつが薄っぺらいと評した俺の正義は、別の正義に簡単に道を譲れるような安いもんじゃない。

勝機があるとすればそれは――シェケナベイベがソロバンドであること。
比類なきタンクだったスタミナABURA丸はもう居ない。後衛を護る壁はない。
『捨てられなかった』俺にとって、唯一奴を上回れる場所だ。

アニヒレーターの攻撃範囲を上回る、物量飽和攻撃。
両肩にかかった重みは物理的にも重てえんだってこと、教えてやろう。

「楽しいギグもそろそろ幕引きの時間だ。最高のトリを飾ろうぜ、シェケナベイベ!!」

シャウトとスキャット、弦音と歌声、光と闇。
幾重にも織り合う双方向の力が、激突する。

【怨身換装でヤマシタをユメミマホロ仕様に改造。音に音をぶつけて相殺しつつホーリースマイト】

235embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:41:51
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅰ)】

ブレイブ&モンスターズにおいて、進化という言葉は二つの意味を持つ。
一つは、スペル/スキルによる一時的な変化――バフの一形態。
或いは――モンスターの成長に伴う不可逆な変異。

かつて焼死体だった男に訪れたのは――後者だ。
男は最早"燃え残り(エンバース)"ではなかった。

灰と化した肉体――物理攻撃に対する高度な耐性/アジリティの上昇。
現象と化した存在――呪われた聖火との同化/その制御性の獲得。
"遺灰の男(チェインド)"は、燃え残りの正統進化形と言えた。

『エンバース殿、本来貴公と私が矛を交えることなど、在ってはならぬことなれど――』

「馬鹿言え。折角の、本編未実装のバトルなんだぞ。
 在ってはならない事だからこそ、燃えるんじゃないか。
 ……ああ、いや。今のは別に、俺が焼死体である事とは関係ないけど」

遺灰の男――傲慢/余裕の態度。己の実力に対する圧倒的な自負の発露。

『これも大義のため。我らが賢師の思し召しなれば……お覚悟を。
 許せとは申しませぬ。貴公の屍を踏み越え――私は。悪となりて務めを果たしましょう!』

「へえ、次のシーズンはそういうスタイルで行くのか。
 マル様オルタ……いいんじゃないか?流行ると思うぜ」

『ガギョォォォォォォォォォォォォッ!!!』

轟く咆哮/骨の守護者が前進/足音は一度だけ――巨大な曲刀が、敵を間合いに捉えた。
斬撃/太刀影/疾風/紫電/閃光/剣舞――特殊スキル『ジェノサイドスライサー』。
防御無視の六連撃――遺灰の男が二/四/六/八/十/十二に切り裂かれる。

そして――飛散した遺灰が渦を巻く/瞬時に五体を再構築。
遺灰の男を斬り裂いたのは、六の刃ではない。
その太刀風が、かえって灰を散らし、致死の斬撃を無効としたのだ。

スキルは空振りに終わった/慣性は威力へと変換されなかった――つまり隙が生じた。
対する遺灰の男――燃え盛る手斧を右手に、全身を捻転/そして投擲。
流星の如く閃く闇色の炎――響く破砕音/守護者の六腕の右中段、その肘関節を痛打。

『ギシャアアアアアアアアアッ!!!』

瞬間、直撃弾を受けたアニマガーディアンの腕が胴体から分離。
部位破壊――ではない/欺瞞である。
守護者を構築する無数の骨が分離/浮遊/飛散――そして回転。

荒れ狂う純白の大嵐――特殊スキル『グレイブヤード・ストーム』。
一度巻き込まれれば、脱出は困難/だが、遺灰の男に動揺はない。

236embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:45:17
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅱ)】

「……生憎だが、俺にその手の騙し討ちは通じない」

遺灰の男の、闇色に燃える双眸。
その奥には何も無い――眼球/視神経/脳髄がない。
アンデッドの認知/思考能力は生理機能に依存しない。
即ち、遺灰の男は目の前の事象を見た瞬間に視る事が出来る。

「掴め、フラウ」

迫る嵐風の最外周を描く骨片が、遺灰の男にははっきりと見えていた。
一瞬遅れて、スマホの液晶から奔る白閃が、それを捕捉/捕縛。
触腕から伝わる遠心力が、遺灰の男を大きく振り回す。

結果――遺灰の男は容易く、グレイブヤード・ストームの範囲外へ。
すかさず、再び燃え盛る手斧を振りかぶる。
吹き荒れる無数の骨、その間隙を――闇色の眼光が、見抜いた。

瞬間、投擲――嵐を貫く漆黒の一閃/嵐の中心に浮かぶ魂核を直撃。
響く悲鳴――急減速する嵐/再び形成される骨の外殻。
だが、大ダメージによるスタンは通っている。

「どうだ。これでも、今の俺が弱いと言えるか?」

〈……参りましたね。確かに、私の見込み違いでした〉

コートの裡へ潜る、遺灰の右手/引き抜く新たな獲物=血塗れの長槍。
逆手に持ち替える/振りかぶる――目標=言うまでもなく守護者の魂核。
再形成の完了していない外殻ならば強引に突き破り、もう一撃加えられる。

アニマガーディアンはスタン状態=二度目の急所への痛打には耐えられない。

〈ええ、本当に見込み違いだ――〉

そして遺灰の男が槍を放つ――その直前。
疾風が、その身に纏う炎を揺らした。

『はあああああああッ!!』

疾風の正体=下僕をブラインドに肉薄したマルグリット/放たれた杖による刺突。
対する遺灰の男は――それに反応出来なかった。
神経と電気信号に頼らない、生者よりも遥かに視覚を有しているにも関わらず。
視界に映らず/意識も割いていなければ、それも当然。

「くっ……!」

トネリコの杖の先端が、遺灰の胸を穿つ。
遺灰の男――胸部が大きく爆ぜる/全身を飛散/流動/退避――再形成。

〈――あなた。予想以上に、想定以下です〉

フラウの感想=冷ややかな声。

237embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:47:42
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅲ)】

「……今のは、少し油断しただけだ」

〈残念ですが、私はそんな次元の話をしていません。
 先ほどの攻防……あなたは間違いだらけだった〉

「間違い?奴のスキルを二つ、完全に躱して、反撃までくれてやって――」

遺灰の男の反論――再び襲来する六刃に掻き消される。

「――ああ、クソ。今、大事な話をしてるんだ。少し黙ってろ」

悪態を吐く遺灰――灰化により斬撃を回避/再形成/長槍を振りかぶる。
しかし投擲には至らない――マルグリットの追撃に阻まれる。
遺灰の男は舌打ち/再び後方へと飛び退かされた。

〈不正解です。何故、ジェノサイド・スライサーにカウンターを合わせようとしないのですか?〉

「カウンター?それなら、さっきも――」

〈違う。あなたは躱して、反撃しただけです。
 灰となって斬撃を全て躱してしまえば、差し返せる反撃は一度だけ。
 全ての斬撃にカウンターを合わせれば、一つのスキルに六つの反撃が出来るのに

反論に窮する遺灰の男/お構いなしに追撃を仕掛ける聖灰の武僧。
打突/肘撃/幹竹割り/飛び膝蹴り/靠撃――間合いが近すぎる。予備動作が見抜けない。
遺灰の男は大きく吹き飛び、対してマルグリットは深く重心を落とし、杖を握る両手を引き絞る。

来る――渾身の跳躍と、そこから放たれる打突が。
反撃――先の靠撃で崩れた体勢では不可能。
遺灰の判断――まずは躱す/その後に生じた隙を突く。

ただ躱すだけなら、容易い。遺灰の男には人越の視覚/灰化のスキルがある。
マルグリットが地を蹴る/コンマ1秒の遅れなく霧散する遺灰。
打突が空を切る――絶大な威力がそのまま隙に成り果てる。

遺灰の男が振り返る/槍を振りかぶる――瞬間、聖灰の周囲に吹き荒れる嵐風。
グレイブヤード・ストーム――主の隙を掻き消す、骨の防壁。

「ち……!」

遺灰の男――嵐の間隙を見抜き、投擲。
だが、遅い。既にマルグリットは体勢を立て直している。
闇色の閃光は最小限の体捌きによって躱され、虚空を貫く。

〈――不正解です。ハイバラなら、グレイブヤード・ストームを利用した火災旋風で敵を攻撃したでしょう。
 アジ・ダハーカとの戦いは、あなたの中では単なる記憶で、経験値として昇華出来ていない〉

「……くっ!まだだ!」

嵐が止む――地を蹴る聖灰/次なる長槍を振りかぶる遺灰。
投擲――最小限の体捌きで躱される/打突が遺灰の男の頬を抉る。
大きく引き裂け、爆ぜる遺灰の左頬。

〈不正解です。そもそも、【投擲(スローイング)】は人間の体で最大限の火力を発揮する為の手段。
 何故、今もそれを多用するのですか?……いえ、理由なんてないのでしょう。
 かつてそうだったから、そうする。やはり、あなたはただの、彼の亡霊だ〉

遺灰の男――灰化を用いて後退/そして自覚する――押し込まれ続けている。

238embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:47:58
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅳ)】

『エンバース殿! この『聖灰の』マルグリットに慢心、油断の類はないと思われよ!
 すべてはこの世界のため――万民が幸福な結末を享受するため!
 それを邪魔立てするとなれば、例え相手が誰であろうと容赦は致しませぬ!!』

〈……おや。ですが、あちらの信念はあなたの味方をしているようですよ〉

アニマガーディアン――顎門を開く/砲門のように。
口腔内で収束する魔力の輝き=『白死光(アルブム・ラディウス)』の前兆。
発射を許せば敗北は必至――だが、これで実質、マルグリットとの一対一。

〈持ち得る全身全霊の力で敵を葬る……敵ながら爽やかな戦いぶり。
 ですが、このままあなたが葬られてしまっては、私も困ります〉

「……フラウ、手を貸せ……いや、貸してくれ」

〈いいでしょう。ただし、貸すのは本当に手だけですよ〉

ひび割れた液晶に広がる波紋/二本の触腕が姿を現す。

〈さあ……ええと、では、遺灰の方。槍を手に〉

遺灰の男――血塗れの朱槍を再び手に取る。

「……俺は、どうすればいい」

〈真っ向勝負です。私が補助します〉

「真っ向……って、俺を担ごうとしてる訳じゃあ、ないんだよな?」

〈愚問です〉

「……クソ、やってやる。やればいいんだろ!」

遺灰の男――僅かな逡巡/だが、やるしかない――地を蹴り、疾駆。
灰の身軽さ/炎の推力――聖灰へと迫る、昏く燃え盛る流星。
速力は十二分――しかし、あまりにも安直な軌道。
対するマルグリット――深く腰を落とし、迎撃の構え。

「っ……うおおおおおおおッ!!」

そして血塗れの朱槍と、トネリコの杖が交錯する――その直前。

〈急減速します。備えて下さい〉

「お――おおおおおおッ!?」

液晶から伸びた二本の触腕が、遺灰の男の足元やや後方に、アンカーのように突き刺さった。
必然、本来届く筈だった朱槍/杖先は空振り――その上で、遺灰にはまだ行動の余地がある。

「お、おい!そういうのはもう少し早く――」

急減速の為に用いられた触手の内、左のみを回収/右を収縮。
結果――遺灰の男は触手の弾性から生じる反動によって大きく後方へ。
そのまま床に突き刺さった触手先端を中心に円を描く。

「ぬあああああ――――ッ!?」

つまりマルグリットに空振りをさせた上で、十分な速度を保ったまま大きく迂回。
そして空を奔る触腕/アニマガーディアンの胸殻を掴む――遺灰の男を引き寄せる。

239embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:48:14
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅴ)】

〈さあ、お膳立てはここまでです。後はあなたが仕遂げなさい〉

「――――いや、まだだ。お前にはもう一仕事、してもらわないと」

遺灰の全身が昏く、爆ぜるように炎上/急上昇。

「フラウ――」

〈――なるほど。確かに、この位置は悪くない〉

触腕が閃く/アニマガーディアンの上顎を把持――そして収縮。
急加速された遺灰の男=さながら、黒い稲妻――響く激音。
アニマガーディアンの顎門が力任せに閉ざされた。

噛み砕かれる白死光――再び激音/眩い炸裂。

アニマガーディアン――自らの白死光に体内を灼き尽くされた。
彫像の如く硬直――直後、灰と化して崩壊。

一方で遺灰の男の姿も見えない/だが漆黒の狩装束が宙を舞っている。
不意に、飛散した灰が狩装束へと集う――人型を描き出す。
五体を再形成した遺灰の男が、コートの襟を正した。

『く……さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 このマルグリットの攻撃をここまで凌ぎ、アニマガーディアンまで退けるとは、まさに驚嘆の一言。
 貴公こそ、世界を救う力を持つ勇者に相違ありますまい』

「それは、どうかな。俺は勇者になれなかった。昔も……そして今も」

『されど、それだけに……それだけに惜しい。
 なにゆえ、貴公が師兄の側に付かれたのか……。師兄の選択は、一時凌ぎでしかありませぬ。
 恒久の平和、永劫の安寧には程遠い……なぜ、師兄も貴公らもその事実から目を背けられるのか。
 侵食は、最早誰にも止められぬというのに』

「……恒久の平和、永劫の安寧?勘弁してくれ。そんな胡散臭いもの、アンタ本気で信じてるのか?」

『……おしゃべりが過ぎました。お忘れを。
 今現在、貴公と私は敵同士――ならば余計な会話は攻撃の手を鈍らせることともなりましょう。
 後は、ただ干戈を交え闘争の決着を見るのみ!
 お見せ致しましょう。『聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)』、『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』に続く、
 我が奥義!!』

「――なんだ?」

何かが擦れる音/地面に渦を巻くアニマガーディアンの灰――渦の中心には、マルグリット。

「……俺達が召喚されてから、新たなスキルでも実装されたのか?」

〈かもしれません。が……そんな事は考えるだけ無駄です!〉

「『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』!―――参る!!!」

〈――来ますよ!〉

フラウの警告――言われるまでもない。
遺灰の男の思考/知覚は神経系に頼らない。
故に目の前の現象を、見た瞬間に視る事が出来る。

その認識力を以ってしても、マルグリットの踏み込みは不鮮明だった。

240embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:48:35
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅵ)】

動いた――遺灰の男が気付いた時には、マルグリットは既にその懐に飛び込んでいた。
刹那、顔面に迫る掌打――辛うじて身を反らし、回避。

遺灰の判断――もしこれが追加実装されたスキルなら、やはりブレモン開発はクソ/さておき後手に回るのは悪手。
朱槍の石突で薙ぎ払い、一度距離を取る――

『はあああああああああああああ―――――――――ッ!!!!』

叶わない――更に加速する聖灰の打拳。
掌打/掌打/掌打/掌打/掌打/掌打――ただひたすら繰り返される左右の掌底。
ただそれだけの単純な連携に割り込めない/避け続ける事で精一杯。

否――避け続ける事すら不可能/眼前にまで迫る掌打――灰化によって辛うじて退避。

遺灰/聖灰――彼我の距離が開く/状況の不利は遺灰の男にある。
距離が開いた=十分な力を溜められる――防御不能/不可避の一撃が準備可能。

「くっ……!」

遺灰の男――朱槍を打ち捨てる/右手でスマホを操作。
だが、無反応――スペル使用/完全召喚、共に不可。
遺灰の男は、あくまでもブレイブを模した魔物――その事実は変えられない。

「……参ったな」

苦し紛れに抜いた刃――【ダインスレイヴ】。
魔剣が周囲の魔力を吸引/刃を形成――しかし、足りない。
アジ・ダハーカを切り裂いた時には程遠い。

『受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!』

マルグリット――全身から絶えず迸る闘気/超レイド級の風格。
遺灰の男――魔剣を上段へ/対手を照らす闇色の双眸。
そして、聖灰の重心が僅かに流動――

〈――もう、少しはマシになったと思ったら、またこれですか〉

それと同時、空気を読まず不満げなフラウの声。

〈不正解です――正解は、こう〉

液晶から踊る二本の触腕――遺灰の男を引き寄せ/操る。
位置取りは壁を背負うよう/構えを上段から下段横構えへ。

つまり――ダインスレイヴによる斬撃波が、聖灰の信徒を巻き込める位置へ。
それが、今のマルグリットを後手に回らせる/一撃確実に見舞う、唯一の手段。

「だから、こういうのはもっと早めに――!」

そして――目が眩むほどの、剣閃。

241崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:40:10
アルフヘイムとニヴルヘイムは異世界である。
それもSFベースの世界ではない。中世ヨーロッパペースのファンタジー世界だ。

西洋ファンタジーの世界にテレビはない。ラジオもないし、自動車はそれほど走ってないというか一台もない。
地面は舗装されていると言ってもせいぜいが石畳、大抵の場所は土が剥き出しで歩きづらいことこの上ない。
エアコンなどないので暑さ寒さを調整することもできないし、蛇口を捻れば水が出る訳でもない。むしろ蛇口がない。
汗をかいてもデオドラントで何とかできないし、虫除けスプレーもないし、UVカットできる衣服もない。
風呂は湯を沸かすところから始めなければならないし、スプリングの入った寝心地のいいベッドなどない。
トイレにはウォシュレットもない。キングヒルなど一部の都市部以外のトイレは一律汲み取りで、下水設備は存在しない。
言うまでもなく電気も通っていないので、夜になれば燭台などのか細い灯り以外に頼るものはない。
当たり前だがゴキブリホイホイも蚊取り線香もない。
スペルカードや魔法を駆使して何とか代替できるものもあるが、スペルカードには限りがある。
その魔法だって、壁のスイッチを付けるだけで電気が供給される地球以上に使い勝手のいいものではないだろう。

ファンタジー世界は見目麗しいフェアリーやらエルフやらの舞い踊る、願望がすべて叶う理想郷――ではない。
現代文明社会の恩恵をすべて奪い取られた、言ってしまえば原始時代なのだ。
そんな世界に突然何の準備もなく放り込まれて、すぐに順応できる人間が果たして存在するだろうか?
持たされたのは、たったひとつのスマホだけ。しかもブレモン以外のアプリは根こそぎ死んでいる。
転生したら異世界で無双できた! と謳う物語は数多いが、現代人が異世界に転生したところで待っているのは無理ゲーである。
科学文明の恩恵にどっぷりと浸りきった現代人は、中世世界で一週間生存することさえ難しいだろう。
バロールはランダム召喚で、イブリースはピックアップ召喚でそれぞれの世界に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
その多くはものにならず召喚先で野垂れ死んだ。彼らが犯した罪の最たるものである。

それが『当たり前』なのだ。

便所から召喚されたにも拘らず、即座に順応し赭色の荒野でコカトリスを焼き鳥にしていた明神などは例外中の例外であろう。
現にしめじなどは状況に理解がまるで及ばず、自身のパートナーであるはずのスケルトンを見て気絶していた。

それが『普通』なのである。

なゆたや真一、明神、みのりにジョン。ユメミマホロ、ミハエル・シュヴァルツァー、煌帝龍といった『生存者』たち。
彼ら彼女らのメンタルが常軌を逸しているだけであり、狼狽し、困惑し、悲嘆に暮れるのが当然なのである。
そして――
それはブレモン最強軍団の名を欲しい侭にする、マル様親衛隊にとっても例外ではなかった。

「嫌……、もう嫌ぁ……!
 どうして、私がこんなことしなくちゃいけないの!?
 テレビ観たい、お風呂にゆっくり入りたい、ふかふかのベッドで寝たい、エアコンの効いた部屋でのんびりしたい!
 私が一体何をしたっていうの!? もうやだ……帰りたいよぉ……!!」

「……アブラっち……」

地面に座り込み、頭を抱えて慟哭する仲間。
その姿を見遣りながら、シェケナベイベは途方に暮れたように眉を下げた。
ニヴルヘイム側として召喚され、イブリースから事情を聞かされたマル様親衛隊は、即座に脱走を企てた。
マル様親衛隊は唯一『聖灰の』マルグリットにのみ従う者。
イブリースにオレがお前たちを召喚したのだ、これからはオレの手駒となって働け、などと言われたところで頷けるはずがない。
ニヴルヘイムを出奔したマル様親衛隊は、アルフヘイムで逃亡生活を始めた。

だが、寄る辺ない異世界において、女四人にいったい何ができるだろう?
過酷な旅だった。ニヴルヘイム側に召喚され、その手を跳ねのけた親衛隊には、頼れるものは何もない。
召喚直後からメロやボノの導きがあり、キングヒルへ来いと指示されたアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方が、
まだしも難易度が低いというものである。

幸い隊長のさっぴょんはどちらかというと明神たちと同類の『メンタルが常軌を逸している』人間であったし、
きなこもち大佐は『現実がクソすぎて異世界の方がまだマシ』勢であった。
シェケナベイベに至っては『なんかわっかんないけど面白そうじゃね? ヒーハー!』と思考を最初から丸投げしているため、
瞬く間に異世界に適応した――が。

けれども、マル様親衛隊の幹部のひとり・スタミナABURA丸はそうではなかった。

242崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:40:39
スタミナABURA丸、本名田中洋子は都内在住のOLである。
目立ったスキルは何もない。容姿も地味である。そもそも名前からして地味だ。
会社でも目立った存在ではない。口数も多くなく押しも強くない、完全な空気。社内モブ。
そんな地味子・オブ・地味子の彼女が一目置かれ、活躍できる場所――それがブレイブ&モンスターズだった。
ブレモン最強ギルド、鬼の四人が一角。親衛隊の無敵たるを体現する、文字通り無双の鉄壁。
スタミナABURA丸として。

ブレモンの中でスタミナABURA丸としてのペルソナをかぶった彼女は、まさに無敵だった。
意思を持つ盾『イージスディフェンダー』をパートナーモンスターとし、ありとあらゆる攻撃を遮断する絶対の防壁。
彼女の防御を突破した者は未だかつて存在せず、その強さは異世界においても遺憾なく発揮され――

は、しなかった。

田中洋子がスタミナABURA丸という仮面をかぶり、比類ない力をふるっていられたのは、それがゲームの世界だったからである。
ゲームの世界。スマホの世界。……インターネットの世界。
実体のない仮想の世界であったからこそ、彼女は現実の自分を忘れて思う存分暴れることが出来た。
どれだけダメージを負っても、電源さえ切ってしまえばノーカウントになる世界。現実と仮想を隔てる分厚い壁。
皆を守る壁役の彼女が、その実誰よりも壁というものに依存していたのだ。
だが――こうして異世界に召喚された今、彼女を守っていた防壁は消滅した。
凭れかかるべき壁がなくなった今、そこに残されたのはスタミナABURA丸ではない。
地味なOL、社内モブの田中洋子がいるだけだった。

文明社会の恩恵を根こそぎ奪われ、地球では想像さえできない不自由な生活を強いられ。
なおかつアルフヘイム由来のモンスターに直接命を狙われる生活に、彼女の心は瞬く間に摩耗していった。
そして、折れた。

「みんな、どうしてこれが当然みたいな顔して受け入れてるの!?
 道を歩いてたら突然バケモノが飛び出してきて、自分を殺そうとしてくるような世界を!
 おかしいよ……おかしいでしょ! こんなの……どう考えたっておかしいよ!!」

スタミナABURA丸はヒステリックに叫んだ。
それはそうだ。今では現代日本人が道端で野良犬に遭遇することさえ珍しい。
犬でも珍しいのに、自分を喰う気満々のライオンレベルの猛獣が突然目の前に現れる。しかもそれが一日に何度もある。
普段遭遇するようなエンカウントモンスターはマル様親衛隊の精鋭にとっては一撃で屠れる雑魚ばかりだったが、
弱ければいいという問題ではない。まったく意図しない状況で自分に殺意を向ける存在と出会う、ということが問題なのである。
ありとあらゆる危険から遠ざけられ、保護されたぬるま湯のような世界に住み。
その恩恵を頭のてっぺんから爪先まで享受していた彼女だからこそ、
エンカウントバトルというものに多大なストレスを感じていた。
彼女にとっては、世界丸ごとお化け屋敷のまっただ中に突然放り出されたようなものであろう。

「いきなり空から襲ってくる鳥のバケモノに立ち向かうより、
 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗って通勤して、つまらない事務仕事してる方がよっぽどまし!
 腐りかけのゾンビに抱きつかれるくらいなら、課長にセクハラされてた方が全然いい!
 もう勘弁してよ……、元の世界に帰してよぉ……!」

両手で顔を覆い、スタミナABURA丸は泣いた。
そんな仲間を、さっぴょんときなこもち大佐、シェケナベイベはなすすべもなく見守った。
帰せと言われても、さっぴょんたちにそんな芸当はできない。手段があるならとっくに講じている。
といって、諦めろ覚悟を決めろとも言えなかった。帰りたいという彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。
誰も手を差し伸べてくれない異世界で、マル様親衛隊はどこまでも孤立無援だった。

「……分かったわ。
 じゃあ、もう少しだけ頑張ってリバティウムまで行きましょう。
 リバティウムには私の箱庭がある。あそこなら、魔物たちだって出ないはずよ。
 私の趣味で悪いんだけれど、かなり内装には手を加えてあるから。地球そのままとは言わないけれど、
 それに準じた生活はできるはず。……この世界が落ち着くまで、そこにいればいいわ」

「元の世界に戻る方法が分からない以上、現状それがベターッスね……。
 スタミナさんにその気がない以上、戦わせることはできないッス」

緩く腕組みしたさっぴょんが、小さく息を吐いてそう提案する。
眉間に皺を寄せて思案していたきなこもち大佐も、それに同意を示す。
リバティウムがアルフヘイム有数のリゾート地で、過ごしやすい気候の人気スポットというのは有名な話だ。
さっぴょんが金に飽かせて増改築した箱庭なら、アルフヘイムでも最上級の快適な生活ができるだろう。
むろん、戦う必要もなくなる。

だが。

「ま……、待ってよ! そんなのナシっしょ!
 あーしら、四人でマル様親衛隊じゃん!? 今更アブラっちを置き去りなんて――
 そんなんないし!」

シェケナベイベだけは、そんなふたりの意見に真っ向から反対した。

243崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:41:07
「あーしたちは、今までどんな逆境だって四人で乗り越えてきたんじゃん!
 マル様のことで、ずっと結束してきたンじゃん!
 ね、アブラっち! 隊長ときなこんが前衛で、あーしとアブラっちが後衛でさ……!
 あーしらは無敵なンだ! あーしたちを排除しようとした包囲網のバカどもだって、あーしたちには手も足も出なかった!
 どんなに強いって言われてるレイドだって、あーしたちはブチのめしてきたじゃん!
 一緒にいようよ、今は怖いかもだけど、絶対そのうち慣れるよ!
 あーしが守ってやっから! アブラっちのこと、誰にも傷つけさせたりなんてしないから……!」

「シェケちゃん……」

「……シェケナさん」

シェケナベイベが必死でスタミナABURA丸を説得する。
シェケナベイベとスタミナABURA丸は実際に住んでいる家も近所の、リア友である。
当然、強い絆というものがある。ゲームを差し引いても、培った友情というものがある。
それを壊したくはない。ずっと一緒に苦楽を共にしていきたい。これからがそうだったように――これからも。

けれど。

「……ごめん……りゅくす……」

スタミナABURA丸は、俯いたまま言った。
シェケナベイベの唇がわななく。その双眸に、みるみる涙が溜まっていく。

「ッ……、なんっで……、
 なんで、なんで……なんでなんだよオ……洋子ぉ……!!」

スタミナABURA丸が静かに嗚咽を漏らす。
シェケナベイベが慟哭する。

パーティーの進むべき道は決まった。

その後マル様親衛隊は何とかリバティウムへと辿り着き、さっぴょんの箱庭に到達した。
だが、それですべてが解決したわけではない。懸念すべきはニヴルヘイムの追手だ。
スタミナABURA丸は兵器として召喚された。それは彼女が武器を持っているからだ。
武器をその手に持っている限り、いつニヴルヘイムがこの場を嗅ぎつけてくるか分からない。
それに対処するには、もし追手がこの場を訪れたとしても、
もう彼女は兵器として使い物にならない――ということを知らしめなければならない。
だから。

「引継ぎパスワードはメモしたわね?
 じゃ……やるわよ」

「はい」

さっぴょんの箱庭、その玄関先に四人が立つ。
スタミナABURA丸がスマホを高く頭上に放り投げる。
その瞬間、さっぴょんが自分のスマホをタップしてパートナーモンスターを召喚する。ミスリル騎士団の『騎兵(ナイト)』だ。
ナイトがチェスのピース状の躯体から馬上槍を展開し、放り投げられたスマホの中心を穿つ。
スタミナABURA丸のスマホは液晶画面に大穴が空き、機能停止してただのジャンクとなった。
ニヴルヘイムはスマホが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力の源だということは理解しているが、
引継ぎパスワードなどの細かい仕様までは理解していない。
この大破したスマホを見せれば、万一この場所を見つけられたとしても兵器として利用されることはないだろう。

「……行ってくるわね、スタちゃん。
 必ず、元の世界に戻る方法を見つけてくるから。イブリースやバロールを斃してでもね。
 そうしたら、すぐに迎えに来るから……それまで、不便でしょうけどここで待っていて頂戴」

「少しッスけど、ルピ置いてくッス。リバティウムの物価なら一年は余裕で生活できるはずッス。
 ま、すぐ戻って来るッスけどねー。ちょっとしたリゾート地でのバカンスだと思って、楽しんでてほしいッス!」

「うん……。ごめんね、隊長……大佐……」

さっぴょんが微笑み、きなこもち大佐がひらひらと右手を振る。
スタミナABURA丸は泣きそうな顔に無理矢理笑みを作り、一度頭を下げた。
最後に、シェケナベイベが彼女と向き合う。

「洋子、あーし……あたし」

「……うん」

「全員、ブチのめして来るから。あたしたち四人が、マル様親衛隊がこの世界でも最強だって、証明してくるから。
 洋子のいるこの世界を、守って……来るから――」

「うん……」

「…………あたし…………!
 絶対絶対、負けない……から…………!!!」

「…………うん…………!」

それから、スタミナABURA丸を欠いたマル様親衛隊は流浪の末、仕えるべき真の主に出会った。
『聖灰の』マルグリットに。

244ロイ・フリント ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:42:01
山中で消息を絶ったジョンとシェリー発見の報を聞き、収容先の病院に向かったオレが最初に見たものは、
寝台に横たわる変わり果てたシェリーの姿だった。
妹には白いシーツがかぶせられていた。大人たちから、見るなと言われた。
だが、我慢なんてできるはずがなかった。シーツを強引に剥ぎ取って、オレはその亡骸を見た。

瞼を閉じれば、そこには今でもシェリーがいる。
手足の骨が折れ、血に染まり、そして――鋭利な何かによって首に致命傷を負った、哀れな妹の骸。
それが、毎晩のように囁くのだ。

『ジョンを助けてあげて』―――と。

嗚呼。
嗚呼、そうしよう妹よ。お前がそれを望むなら。
心優しいジョン。弱虫ジョン。
お前はその心優しさで、シェリーを苦しみから救ってやったのだろう。
お前は弱虫だから、シェリーを手にかけた罪悪感をずっと背負っているのだろう。
例え法が未成年だからとお前を庇ったとしても。大人たちがお前を無罪だと認定したとしても。
それでも、お前はシェリーを殺したという事実を悔やみ続けて生きていくのだろう。
魂の牢獄に、自分自身を繋ぎとめて。

それを救えるのはオレだけだ。お前を知るオレだけなんだ。
友だから。親友だから。
オレは、オレだけは、お前を罪人と呼ぼう。

『咎人だと認められることで、救われる心もある』――

だから。
オレがお前の罪悪感に決着をつけてやる。

「……オレは……まだ、死ねん……!」

オレは全身に残っているなけなしの力を総動員させ、なんとか立ち上がった。
目の前には、異形の怪物と化したジョンが立っている。
シェリーを殺した、殺してしまった。その罪の意識に耐えられず、魂までも破壊の衝動に売り渡したバカな男だ。
だが――見捨てることなんてできない。
バカだからこそ。どうしようもなく弱い男だからこそ。
こいつには、救ってやるべき存在が必要なんだ。

軍隊に入り、望んで戦地に赴いた。大勢の人間を殺した。
ジョンの気持ちの幾許かでも感じられるようになれればと。アイツと同じものを、オレも手に入れられればと。
アイツと同じ視座に立たねば、アイツを手にかけることはできないのだと……。
戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。
ナイフで。銃で。ロープで。ワイヤーで。徒手で。爆弾で。薬物で。
殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。
殺しまくった。
その果てに、オレはひとつの呪いを得た。
“ブラッドラスト”――
だが、そんな力を手に入れてなお、オレはジョンに大きく水を開けられていたらしい。

>君はゲームをやった事ないから知らないだろうが…僕のこの鱗の皮膚は生半可な攻撃じゃ破れない。
 ブレモンの中でもトップクラスの攻撃力を誇る攻撃なら強引に敗れるだろうが…現代兵器なんかじゃ太刀打ちできないだろうね。
 だが明確な弱点もある…首だ。首の根本部分にだけ鱗で覆われていない部分がある…ここを狙えば驚くほどあっさり…僕は死ぬ

「……余裕、だな……。
 なまじ強くなったからと……驕るのは、敗北の一里塚……だ……。
 シェリーから……そう、教わらなかったのか……」

お情けのポーションを口にし、体力を回復させる。
とんだジョークだ。殺そうとしている相手に情けをかけられるとは……。
しかも、その情けはオレを憐れんでのことじゃない。
もっともっと闘いたいから。ブラッドラストの激情に身を委ねていたいから……ただ、それだけの話なのだ。
シェリーを手にかけたことをずっと気に病んでいたジョンは、もう揮発したのか?
今オレの目の前にいるのは、かつてジョンであった只の抜け殻に過ぎないのか?

オレには、もうわからない。

245ロイ・フリント ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:42:26
>ロイ。君が狙う弱点はココだ。明確に力が劣っている君でもここにナイフを突き立てられたら君でも勝てるかもしれない
>もしさっきの兵器頼みの一撃が…君の最大火力なら…君の勝ち筋はここしかない

「そいつは……ご丁寧に、だ……。
 では……遠慮なく、狙わせてもらおう……」

ジョンはそこらに転がっているゴブリンどもの死骸を自らの血で操る芸当までやってのけた。
同じブラッドラストを習得しているが、オレにはとてもこんな芸当はできそうにない。
怪物としての才能まで、あっちの方が上とはな……まったく嫌になる。
だが。
だからといって……諦める訳には。いかない……!!

>いいかい?…もういいんだね?…一度始まったらもう止められないよ…本当に苦しいんだ…僕もう…

「来い。お前を止められるのはただひとり……オレだ!!」

オレは抜き放ったコンバットナイフにタクティカルスーツのポケットから出したアンプルの中の液体を塗布し、
身構えてジョンを迎え撃った。

>いただきます

ジョンが猛烈な速度で飛び掛かってくる。以前戦地で遭遇したジャガーだって、こんなに素早くなかった。
ふざけやがって、完全に捕食者気取りか。
だが、彼我の戦力差はいかんともしがたい。やつとオレとの力の差は開くばかりだ。
ジョンの目にも止まらぬ攻撃を、ブラッドラストを駆使して避けるのが精いっぱいだ。

>ちょこまか動かないでくれよロイ!
>…ロイ?ロイ!ロイイイイイイイイ!

「ッぐ……!!」

オレは一瞬の隙を衝かれ、ジョンに捕まった。首を物凄い力で締め上げられ、意識が明滅する。
もう、オレにこの腕を振り払う力は残っていない。オレはもう死ぬだろう。
だが――それでいい。

「が……は……!」

>ごめんごめんゴメン………ロイ……
>……シネ………シネエエエエエエ!!!!

……嗚呼。
ジョンが哭いている。その双眸から血が……ブラッドラストの――
いや、あいつの涙が……購われない罪となって零れている……。
シェリー、大丈夫さ……オレはちゃんとやり遂げる。
この、しょうがない弱虫を殺して……オレもまた死を受け入れよう。
そうして、また……三人で……仲良く……。

「……ジョン……。覚えているか……? 昔、三人で……家で、ホラー映画を観た……夜を……。
 映画の殺人鬼を……シェリーは、怖がって……途中から、観るのを……やめてしまったが……。
 お前は……最後まで、食い入るように……その、顛末を……見守って、いたっけ……」

オレは首を絞めつけられたまま、苦しい息の下で喘ぎ喘ぎ言った。

「殺人鬼は……銃弾でも……炎でも、決して……死ななかった……。
 そんな、不死身の殺人鬼に……主人公たちは、どうやって……勝ったの、だった……かな……?
 懐かしい……な……!!!」

ジョンは血の涙を流している。オレを殺すことにだけ意識を集中させている。
唯一守るもののない、無防備な首筋は――がら空きだった。
最後の力を振り絞り、ジョン自身の言った弱点にナイフを突き立てる。
たっぷりと薬物を塗り付けておいたナイフを。

映画の中で殺人鬼を最後に殺したのは、毒物だった。
不死身の怪物は、ライフルでも爆弾でもなく。土の中に埋まっていた、ただ一本の錆びた鉄棒を胴体に突き刺されて死んだ。
その鉄棒に付着していた錆や、土中の堆積物。それらの成分によって死亡したのだった。
オレがナイフに塗布したのは、αテタノスパスミンD-1152という破傷風由来の劇毒だ。
単なる破傷風と違い、米軍によって改良を施されたその効果は即効性。おまけに毒性は20倍。
青酸カリの400万倍の致死性を持つ、米軍の隠し弾だ。その症状は強直性痙攣、弓反り反射、呼吸困難による死。
いくら外皮を岩に変えられても、内臓までは石にはできないだろう。
コイツが生物である限り、毒物は必ず効く。殺せないまでも、隙を作ることはできる。
なのに――

オレには、その次の……一手、が………………


…………ジョン…………。

246崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:02
「ゴォォォォォォォォォォォム……」

巨大なG.O.D.スライムが、なゆたとポヨリンを見下ろしている。
自分の切り札であったはずのレイドモンスターが、敵として自分たちの目の前に存在している。
そのプレッシャーたるや尋常なものではない。かつて自分が闘い、下してきたプレイヤーたちは、
こんな重圧を体験してきたのか――と、改めて驚きを禁じ得ない。

「あっはっはっ! さあ……とどめと行くッスよォー!
 G.O.D.スライム! 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

きなこもち大佐が勝利を確信し、高らかに命じる。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』――G.O.D.スライムが口から放つ、光属性の魔法攻撃。
その直撃を喰らえば、極限まで鍛え上げたポヨリンとてなすすべなく蒸発してしまうだろう。
G.O.D.スライムが背の翼を一打ちし、天井近くへと飛び立とうとする。
現在なゆたたちのいる場所はレプリケイトアニマ最深部で、もちろん空はない。
が、それでもスキルを放つのに支障はないらしい。G.O.D.スライムの身体に、みるみる光のエネルギーが充填されてゆく。

「ポヨリンッ!」

『ぽよよよっ!!』

なゆたは鋭く名を呼んだ。すぐに、ポヨリンが応えて大きく後退する。
一旦後方に下がったポヨリンは、それから一気に助走をつけてG.O.D.スライムへと駆けた。
『限界突破(オーバードライブ)』によってブーストのかかった、爆速の突進。
そして、ポヨリンは最後に全身で強く床を蹴ると跳躍し一個の弾丸のように上空のレイドモンスターへと突っ込んでいった。
G.O.D.スライムは光線発射のために大口を開けている。ポヨリンは口の中へと吸い込まれるように消えていった。

「……はァ?
 なんのつもりッス?」

きなこもち大佐は怪訝な表情を浮かべた。
G.O.D.スライムが顕現した以上、なゆたの勝機はゼロである。もはや勝負は決まったも同然、
ポヨリンが薙ぎ払われてデュエルは終了――結末はそれ以外にはないのだ。
今更ポヨリンが口の中に入ったところで、何ができるだろう。
せいぜい、スライムヴァシレウスに従いG.O.D.スライムのボディを構成するスライムが一匹増えるだけである。

「悪あがきとは見苦しいッスよ、師匠!
 師匠には尊敬できる師匠でいてほしいッス、例え自分が師匠越えを果たしたとしても!
 見苦しい真似しないで、弟子の成長を素直に認める度量を見せ――」

「……きなこもちさん。
 わたしは、あなたの師匠なんかじゃないけれど……。
 ひとつだけ教えてあげますよ。最後の最後まで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は勝負を捨てない。
 絶体絶命の窮地にだって、必ず逆転のチャンスはある……!
 わたしは今までの旅で、それを学んできた。実践してきた!
 断言できるよ――わたしの勝機は!『今、この瞬間にある』――!!!」

勝ち誇るきなこもちに対し、なゆたは真っ向から反論した。
それは負け確定の場で思わず吐いた強がりでも、虚勢でもない。
なゆたは待っていたのだ、この機会を。誰がどう見ても劣勢であるこのタイミングで、一気に盤上をひっくり返す刻を。
そんななゆたの言葉を、きなこもち大佐が一笑に付す。

「ハ! 何を世迷言を!
 G.O.D.スライム! 早く『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を……」

「……『分裂(ディヴィジョン・セル)』!プレイ!」

きなこもち大佐の声を遮り、なゆたがスペルカードを手繰る。
ATBゲージは溜まっている。連続でカードを発動させることは可能だ。

「さらに『分裂(ディヴィジョン・セル)』をもう一枚! ダメ押しにもう一丁『分裂(ディヴィジョン・セル)』!
 合計三枚の『分裂(ディヴィジョン・セル)』を発動!」

「な、何を……」

G.O.D.スライムが、天井近くで大口を開けたまま固まっている。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を放つ気配はない。
それどころか、びくびくと痙攣している。きなこもち大佐の命令も受け付けず、明らかに異常な状態だった。

「ま……、まさか!」

そこで、やっときなこもち大佐はパートナーモンスターに何が起こっているのかを悟った。

247崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:25
「まずい……! G.O.D.スライム、合体解除!」

「遅い!」

きなこもち大佐は慌ててスマホをタップしたが、なゆたの行動の方が早い。
G.O.D.スライムは徐に口を閉じ、もごもごと口許を動かすと、ぶっと何かを吐き出した。
リバティウムでの対ミハエル戦の再現だ。しかし、吐き出したのは『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』ではない。
それは、きなこもち大佐のパートナーモンスターであるスライムヴァシレウスだった。
G.O.D.スライムの中枢であったはずのスライムヴァシレウスはボコボコにされ、ボロ雑巾のように白目を剥いて転がっている。

「……ど……、どうして……」

「そりゃ、ね」

愕然とするきなこもち大佐。それに対してなゆたが腕組みして告げる。

「G.O.D.スライムは本体が核となって他のスライムたちを一体のモンスターに纏め上げたもの。
 核さえ何とかすれば、真正面からレイドボスに挑む必要はない……。そうでしょ?」

「で、でも! 自分のアウグストゥスは、師匠のポヨリンよりも僅差でステ差有利のはず!
 ポヨリンが主導権を奪おうとしてきたって、アウグストゥスの方が――」

「一対一の勝負なら、ね。
 でも、一対三十二の勝負ならどうですか?」

先にG.O.D.スライムを召喚した方が勝つという状況下で、なゆたはきなこもち大佐の前に出遅れた。
しかし、それはなゆたの作戦であったのだ。先にきなこもち大佐にG.O.D.スライムを出させ、それを後から乗っ取る。
それこそがなゆたの作戦だった。
先程の激突が示す通り、ポヨリンvsアウグストゥスはアウグストゥス有利である。
ポヨリンが単身でG.O.D.スライムの中枢に乗り込んだとしても、返り討ちに遭うのがオチであろう。
だから、なゆたは『分裂(ディヴィジョン・セル)』を温存していた。
一対一では負ける。だから――G.O.D.スライムの中枢でポヨリンを三十二体に分裂させ、スライムヴァシレウスに集中砲火した。
いくらスライム属上位の準レイドモンスターであっても、三十二匹のポヨリンにタコ殴りされてはひとたまりもない。
哀れアウグストゥスはG.O.D.スライムの支配権を強奪され、異物として吐き出されたというわけだ。
きなこもち大佐は愕然とした。全身ががくがくと震える。

「そっ、そそ、そんな……!
 じ、自分は……師匠より先にG.O.D.スライムを召喚できる、方法を……苦労して、編み出……」

「そうですね。わたしよりも早くG.O.D.スライム召喚を成立させる『もちもち♪アドバンスコンボ』。
 それに関しては、わたしよりあなたの方が優れてる。脱帽です、でも――
 何もG.O.D.スライムだけがスライムデッキの極北じゃない!
 スライムの特性、可能性! それを熟知しありとあらゆる状況に即時対応してこその『スライムマスター』!
 G.O.D.スライムを召喚した、ただそれだけで――勝ちと思ったあなたの、負けよ!!」

「う……ぐ……!」

きなこもち大佐はぐうの音も出ない。
G.O.D.スライムは強力無比なレイドモンスターだ。ひとたび召喚に成功すれば、九分九厘勝利が確定する。
しかし、100%ではない。相手が完全に戦闘不能になったところを確認するまでは、何が起こるか分からない。
それを、なゆたはキングヒルでの明神との戦いで思い知った。
あの辛い戦いの教訓が生きている。だからこそ――なゆたには寸毫ほどの油断もない。
ゴゴゴ……と音を立て、G.O.D.スライムがきなこもち大佐とスライムヴァシレウスを見下ろす。
大きく口を開き、光のエネルギーを魔力へと変換してゆく。

「……ひ……!
 ア、アウグストゥス! 目を覚ますッス! 早く! 早く早く……早くゥゥゥゥゥ!」

必死の形相できなこもち大佐はパートナーを叱咤したが、スライムヴァシレウスは目を回したまま一向に目覚める気配がない。

「きなこもちさん。
 悪いけど……まだまだスライムマスターの称号はあげられないわね!
 ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ――天の雷霆!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

『ぽぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!』

カッ!!!!

G.O.D.スライム――ゴッドポヨリンの大きく開いた口から、膨大な魔力の奔流が迸る。

「……ぁ……」

じゅっ! という小さな音を立て、きなこもち大佐とそのパートナーは光に呑み込まれた。

248崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:58
「ふんががががぎぎぎ!!!」

黒騎士姿のガザーヴァがナイトとビショップを足止めし、面頬の下で歯を食い縛る。
レイドボス補正はあるものの、幻魔将軍ガザーヴァはどちらかといえば前衛タイプではない。
直接殴り合う前衛は他人に任せ、後ろからデバフをかけまくるサポートタイプである。
従って筋力もそこまであるわけではない。バリバリの前衛タイプであるナイトとビショップ二騎の相手は、手に余る。
しかし、そんな贅沢はこの際言っていられない。何としても、ここでさっぴょんを撃破しなければならないのだ。
でなければ、明神に迷惑がかかる。単身闘っている明神が危険に晒される。
ガザーヴァの頭の中には、それしかなかった。

明神はガザーヴァと対等であることを願っていたが、当のガザーヴァはといえば、そんなことは夢にも考えてはいなかった。
元々、ガザーヴァは自己肯定感が低い。
カザハの前世のコピーである、というその出自が自己肯定感の低さに繋がっているのだが、
反面その分だけ承認欲求というものが強い。誰かに必要とされたい。おまえはコピーじゃないと言われたい。
カザハのコピーとしての幻魔将軍ガザーヴァではなく、ひとりのシルヴェストル、ガザーヴァとして愛されたい――
そんな気持ちが、病巣のように心の中に巣食っている。
だからこそガザーヴァはバロールに尽くした。そこに愛はないと知っていても、なお身を粉にして働いた。
献身の果てに、いつか。ほんの少しだけでも愛を与えてもらえたなら……。
そんな、あり得ない未来の幻想に縋っていた。

だが、今のガザーヴァはそうではない。
アコライト外郭で責任を取ると言った、明神の言葉。それが今のガザーヴァのすべてだった。
果たして、明神はなんの責任を取るのか。自分は彼になんの責任を取らせたいのか。
それは、ガザーヴァ自身にも分からない。
けれども、その約束があるだけで充分なのだ。約束が絆を形作り、絆が強固な信頼を生む。
『約束してるんだ。明神と』――たったそれだけ、その想いだけで、ガザーヴァはどんな痛みも我慢できる。
どんな不遇な目にだって耐えられる。だって――
世界にひとつだけ、自分だけが、自分のことを認めてくれた人と交わした約束。
それが長らく追い求めた、心の底から渇望した、ただひとつの欲しいものだったのだから。
気まぐれで、天気屋で、猫のような性格……と思われがちではあるが。
その実、完全な忠犬気質。それが幻魔将軍ガザーヴァというキャラクターだった。

だからこそ。

死ぬほど嫌いな相手と手を組むことだって辞さない。
それが、彼の活路を開くことに違いないのだから。

>先手必勝ッ! バカの考え休むに似たりとも言う! 鳥はともだち《バードアタック》!

カザハがカードを手繰り、屋内だというのにどこからともなく集まってきた大量の鳥たちがさっぴょんを襲う。
さっぴょんは瞬く間に鳥の群れに呑み込まれた。

>いいことを教えてあげよう。
 ボクは美空風羽、またの名をカザハ・シエル・エアリアルフィールド。
 いつかうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者だぁあああああ!

「何言ってんだ!?」

カザハの突拍子もない物言いに、ガザーヴァもさすがに突っ込みを入れる。

「ボクと明神の結婚式に、オマエなんて呼ぶわけねーだろバカ!
 どーしてもって言うんなら、会場の外で受付でもやってろ!」

……特に突っ込みではなかった。
兎も角、さっぴょんは逃げるどころか微動だにしない。

>君が切り捨てた仲間の気持ち、身をもって思い知ればいい……!

宙に浮いた魔導銃が、さっぴょんがスマホを持っていたであろう場所へ向けて狙撃を行う。
もし、さっぴょんがそのままの姿でいるのなら、魔力の弾丸は狙い過たずにスマホへ命中するだろう。

……そのままの姿でいるのなら。

「あなたたち、さっきからしきりに私を狙っているけれど。
 まさか、私がなんの力もないただの司令塔だとでも思っているのかしら? 私さえ押さえ込めれば勝てると。
 私は『ミスリルメイデン』。マル様親衛隊の隊長。全日本チェス選手権四連覇の王者。
 そんな私が、弱いわけがないでしょう……!」

群がる鳥の群れの中から、涼やかな声がする。カッ! と真紅の輝きが溢れ出る。
突如として閃光がカザハとカケル、ガザーヴァとガーゴイルの視界を灼き、鳥たちが吹き飛ばされる。
そして――

そこには、新たなチェスの駒が忽然と出現していた。

249崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:46:07
「あなたたち、チェスはご存じないかしら? 知らないわよね、シルヴェストルだもの。
 それなら教えてあげるわ……チェスの駒は六種類、今まで盤上にいたのは五種類。
 だったら……最後の駒はどこにいたのかしらね?
 当然の話、最後の駒は私自身。私こそが、このミスリル騎士団の『王者(キング)』――!」

王冠を戴いた巨大な駒の内部で、さっぴょんが告げる。
その円柱のような装甲が展開し、内部からさっぴょんが姿を現す。当然、その身体はまったくの無傷だ。
ふぁさ、とさっぴょんは髪をかき上げた。

「私たちが仲間を切り捨てたと言ったわね。
 あなたたちに何が分かるのかしら? 私たちの何を……?
 ええ、ええ、確かに私たちはスタちゃんを置き去りにしてきました。それは紛れもない事実よ。
 けれど、あなたたちは今まで、それを一度もしてこなかったと言えるのかしら?」
 
鋭い視線で、さっぴょんはカザハを射貫く。

「私たちがこの世界に召喚されて、それなりの時間が経ったわ。
 現在生き残っているということは、あなたたちも短からぬ旅をしてきたのでしょう。
 その道程の中で――ただの一度も別れはなかったと?」

むろん、カザハを含むアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も、多くの別れを経験してきた。
ウィズリィと。真一と。しめじと。そしてみのりと――。
理由は様々だったが、ウィズリィを除いた皆はそれぞれの意思でそれぞれの道を歩むことを決めたのだ。
それはマル様親衛隊も変わらない。さっぴょんたちはスタミナABURA丸の選択を尊重したに過ぎない。
共に仲間の気持ちに配慮し、離別を受け入れた。違うのはスマホの有無――それだけだ。

「あなたたちに、私の大切な仲間の何が分かるというの?
 あなたたち風情が、どうやって私に思い知らせるというの?
 いいでしょう。やってご覧なさい――思い知らせて、みせればいい!!!」

ガションッ!

さっぴょんにとって、マル様親衛隊の仲間のことをとやかく言われるのは地雷以外の何物でもない。
静かな怒りを燃やすさっぴょんの背後で、王のチェスピースがバラバラに分解する。
そして、細かく分かたれたパーツがさっぴょんの身体に纏わりついて新たな様相を構築してゆく。
白銀の鎧を纏い、頭上に王冠を戴き。真紅のマントを纏った輝く戦姫の姿へと。

「あなたがた風情に奥の手を見せることになってしまったけれど、まあいいわ。
 奥の手なんて、また考えればいいだけだもの。
 さあ……この『魔銀の王騎(ミスリルメイデン)』の力を存分に味わうといいわ。
 そして――私に大きな口を叩き、親衛隊の結束を侮辱した報いを受けなさいな!!」

ギュオッ!!!

パートナーモンスターと合体し、今やレイド級モンスターにも等しい力を手に入れたさっぴょん――
否、ミスリルメイデンが一気に突っかける。狙いはもちろんカザハだ。

「……来なさい。『聖剣王(エクスカリバー)』」

ミスリルメイデンはスマホを軽くタップした。途端、右手に白く輝く刀身を持つ長剣が出現する。
『聖剣王(エクスカリバー)』。ブレイブ&モンスターズの中でも最高位、レジェンダリー・クラスの武具である。
その攻撃力は強力無比。使用者の全ステータスを底上げし、特に闇属性の敵に対しては致命的な破滅を齎す。
キングの駒を装着したことで、ミスリルメイデンは人知を超越した運動性能を見せる。
絶死の聖刃が、カザハを両断しようと迫る――

しかし。

ガギィィンッ!!

そんな聖剣の一撃を、突如として割り込んできたガザーヴァが騎兵槍を激突させて防いだ。

「させるかよ!」

「フ。いいのかしら? こんなことをして。
 ナイトとビショップを倒したわけではないのでしょう?」

「うっせー! そんなの知ったことかよ!
 こんなヤツ、守る義理なんてないけど! なんなら死んだって構わないって、むしろ死ねって思ってるけど!
 でもな……それでも! ここでテメーに殺らせるワケにはいかないんだ!」

鍔迫り合いを繰り広げながら、ガザーヴァが叫ぶ。

「コイツは! 仲間だから! ……ウチのパーティーの一員だから!
 見捨てちゃダメなんだ、一緒にいなくちゃいけないんだ!
 ボクは……正義の味方になる! だから……絶対に! ここで、コイツを見捨てたりなんてしない!」

「世迷言を! ならばここで死になさい、幻魔将軍!」

ゴッ! と音を立て、ガザーヴァがカザハを救うため放り出してきたナイトとビショップが迫る。
その馬上槍が、鉄球が容赦なく振るわれ、ガザーヴァに直撃する。
メキメキと肉が、骨がひしゃげて軋む。幻魔将軍は面頬の下から苦鳴をあげた。

「……ぅ、ぎ……ぃ……!」

だが、ガザーヴァは鍔迫り合いをやめない。カザハを助けるのをやめない。
正義の味方になる。明神の傍に、胸を張って立っていられる自分になる。
それが、ガザーヴァのたったひとつの望み、だから。

250崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:49:04
アニヒレーターの放った高圧縮された音の塊、『速弾き王者の即興奏(エクストリーム・インプロビゼーション)』が、
平衡感覚を破壊され立つことさえ侭ならない明神へと迫る。
それは不可避の一撃。決着の一撃――
の、はずだった。

>怨身換装(ネクロコンバート)――モード・『歌姫』

明神が一枚の純白の羽根を使用する。
それは、かつてアコライト外郭で明神たちを、守備隊の面々を助けるために自らを犠牲とした、
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』――初代ユメミマホロの遺したもの。
羽根を触媒とし、ヤマシタがその男性的なフォルムをみるみる変質させてゆく。
それはまさに、革鎧で再現したユメミマホロ。

「ハッタリだ! 潰せ、インギー!!」

『キョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』

シェケナベイベが叫ぶ。アニヒレーターの速弾きはその威力を減じない。
だが――
ヤマシタが革で構築したマイクを手に高域の『歌声』を発すると、それは確かな質量を伴ってアニヒレーターのスキルと激突した。
パキィンッ! と澄んだ音を立て、互いの発していた音波が途切れる。

「なんッ……だとォ……!?」

必殺のスキルを防御され、シェケナベイベは瞠目した。
アコライト外郭の戦いの最後、明神の手に舞い降りてきた、ひとひらの羽根。それは単なるフレーバーアイテムではなかった。
いや、きっと最初はそうだったのだろう。明神がそれを死者を悼むだけの品として見るのなら。
けれども、そうはならなかった。
明神は悲痛なほどの覚悟を以て、その遺品を用いて現状を打破することを考えた。
その瞬間に、過去を偲ぶだけのアイテムは明神に福音を齎す切り札となったのだ。
さらに明神はヤマシタに『感謝の歌(サンクトゥス)』を使わせ、耳に受けたダメージを回復させた。
本家の用いるそれとは違い、ひとりの相手にしか通用しないが、今はそれで充分であろう。

>シェケナベイベ。お前らのやってることは……たぶん、間違っちゃいねえよ。
 俺も未だにわからん。ジョンを旅に引っ張り回し続けることが、本当にあいつにとって幸せなのか。
 もしかしたらお前らがABURA丸にしたみたいに、スマホぶんどって無理くり退場させんのが正解なのかも知れない

「ハ……。
 ハハハッ、アッハハハハハッ!
 これって超レアじゃん!? まさか、あんたが! どんな正論ブチ当てられても、
 屁理屈とデタラメで頑なに負けを認めなかったクソコテが! うんちぶりぶり大明神が!
 あーしたちのことを間違ってないって? アハハハハッ! いいこと聞いちゃった!
 ンじゃあー、このレスバはあーしの勝ちってことでいーな!」

突然の肯定に、シェケナベイベは目を丸くしてから笑った。
明神が地球での傍若無人なシェケナベイベしか知らないように、
シェケナベイベもまた地球でのクソコテとしてのうんちぶりぶり大明神しか知らない。

>それでも俺は何も捨てない。持てるモノは全部抱えてく。戦えない仲間だろうが、全部だ。
 ……世界救ったその瞬間に、隣に誰もいないんじゃあ、寂しいからな
>答え合わせをしようぜ。俺は自分で決めたことを、『これで良いんだ』って、証明する。
 身の丈に合わねえもの全部背負った、拳の重さでお前に勝つ

「……ふぅーん。
 誰とも慣れ合わず、近寄ってくる奴全員にケンカ売ってたうんち野郎が、仲間……ね。
 どーゆー風の吹き回しよ? アルフヘイムへ来て宗旨替えってヤツ?
 そいや、ネットじゃボロクソに罵ってたモンキンともなかよくパーティーなんて組んでっし。
 でもなァ……最近やっとパーティープレイに目覚めたような野郎が!
 ブレモンリリース当初からパーティーやってるあーしたちの結束に勝てるとか、のぼせ上がってんじゃねーっての!」

>良い機会だから知っとけよ。傍に居ない奴とでも、誰かを一緒に殴る方法はあるってことを。
 捨てなきゃ前に進めないんだとしても……捨てないためにあがくことは、無駄じゃないってことを。
 ガラじゃねえこともう一つ言うぜ。こいつが俺たちの――絆の力だ!!

「笑わせんなし!
 『そんなこと』! ――『とっくに』!! 『分かってんだよ』オオオオオオオオオオオ!!!
 
シェケナベイベが吼える。
明神がヤマシタへ指示するのと同じように、アニヒレーター・インギーへと指示を飛ばす。

>ヤマシタの攻撃!絆で殴ってブチ壊せ、『聖重撃(ディバイン・スマイト)』!!!

「インギーの攻撃! 親衛隊の絆でコイツをブチのめせ! 『地獄をシェイクする男(ヤノ・ザ・ヘルシェイカー)』!!!」

光と闇を螺旋のように纏ったヤマシタが、勢いよくインギーへと突進する。
殆ど手許が見えなくなるほどまでに高速化したインギーのギターソロが、破壊の音波を巻き起こす。

251崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:51:41
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

嵐のように巻き起こる、音と音との激突。
その衝撃は計り知れず、モンスターだけではなく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にまでその余波がやってくる。
鳩尾を殴られたかのように響く重低音。頭を直接揺さぶられるような高音。
ヤマシタとインギー、双方の発する不協和音が、天秤の皿が揺れるように危うい均衡を築く。
ほんの一瞬でも気を抜いた方が負ける。音の弱い方が吹き飛ぶ。
今まで培った絆の力が劣る方が――敗れる。

>楽しいギグもそろそろ幕引きの時間だ。最高のトリを飾ろうぜ、シェケナベイベ!!

「ははッ、面白ぇーっつーの! うんち野郎、あんたとMCして! 対バンして!
 地球じゃ思いもよらなかったよ、あんた……デキるヤツだったんじゃん!
 ――でもな! 勝つのはあーしだ! あたしたちなんだ!!
 あたしだっていっぱい背負ってきた! 抱え込んできた! そいつは何があったって下ろせない、下ろしちゃいけない!
 あたしは――あたしの絆で! あんたに………………勝つ!!!」

日頃のいかにもパリピといった口調をかなぐり捨てて、シェケナベイベは叫んだ。
絶対負けないと、盟友スタミナABURA丸に約束した。マルグリットの宿命と苦悩をその目で見てきた。
さっぴょんときなこもち大佐にだって、抱く思いはたくさんある。

マル様親衛隊は、ブレモン界にて最強。

それを、示す。

『イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

インギーがシャウトする。その腕の動きが一層早くなる。
ワントーン上がった演奏が、ヤマシタのスキャットを圧倒し始める。その身体をズズ、とほんの少し後ろに押し遣る。

――勝った。

シェケナベイベは口許を綻ばせた――が。
その瞬間、ブツン! という音を立て、ギターの残りの弦が弾けた。
先程、濃霧に紛れてのヤマシタの一撃をインギーはギターを盾にして防いだ。
その際、幾本かの弦が切断された。そのときは、フィールドにいる全員がそれだけで終わりだと思い込んでいたが――
本当は違った。ヤマシタの一撃によって、すでにギターはほぼ全壊状態になっていたのだ。
それに気付かず限界以上の性能を出しての演奏を敢行したがゆえ、ギターは今度こそ完全に崩壊した。
ギターがなくなってしまえば、インギーはもう音波攻撃を出すことが出来ない。

バギィンッ!!!!

『ギャボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!???』

ヤマシタの『聖重撃(ディバイン・スマイト)』が、インギーの左頬に炸裂する。
インギーは光と闇の螺旋をまともに浴び、錐揉みしながら遥か後方にあるレプリケイトアニマの内壁に激突した。
強固な螺旋回天の内壁に、クレーター状の巨大な亀裂が入るほどの衝撃。

「イ……、イン、ギー……」

シェケナベイベは呆然とした表情で、がっくりと床に両膝をついた。
壁に磔になっていたインギーが、ずる……と床に倒れ伏す。
音と音の勝負、絆と絆の決戦は、明神に軍配が上がった。
……いや、果たしてそうだろうか?

「……まだ……、まだだ……!」

ギリ、とシェケナベイベが歯を食い縛る。
致命傷を負ったはずのインギーが、ゆらりとゾンビのように立ち上がる。……元々ゾンビだった。

「まだだ……、こんなところじゃ、終われやしないんだ……!
 あたしたちの絆は……強さは! こんなもんじゃない……こんな程度なんかじゃ、ないんだ……!
 あたしは……証明を……約束、を……守って……、アブラっち……」
 
シェケナベイベはうわごとのように呟く。
だが、誰がどう見ても決着はついている。シェケナベイベを支えているのは、まさしく絆の力だけだった。

「ギターがなくなっても……まだ、闘える……。
 スペルカード……『マグマのようにミキサーを操る男(ムラタ・ザ・マグマミキサー)』……プレイ……!」

満身創痍の震える手で、それでもシェケナベイベはスマホを手繰る。
明神と同じく、背負ってきたもの。捨てられなかったもの。
大切なものの想いに応えるために。

252崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:56:00
「受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!」

『遺灰の男』と『聖灰の男』の戦いが、最終局面を迎える。
大きくスタンスを取ったマルグリットの全身から、恐るべき純度の闘気が間欠泉のように迸る。
だが――本当に警戒すべきなのはマルグリットの全身から噴き出る闘気、ではなく。
その足許に展開されている、白く輝く聖灰の煌きだった。

ざ、ざ、ざ。
ざざ、ざざざ、ざざざざ。
ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ――

聖灰がふたたび何かを形作ってゆく。それも一体ではない。
そして、出現するのはアニマガーディアンのようにマルグリットが打ち倒したモンスター、ではなく――
あたかも鏡像のような『聖灰の』マルグリットが、六体。
マルグリットは聖灰に自らの溢れ出る闘気を分け与え、自分自身を複製したのだ。
聖灰とは千変万化。戦況に応じて武具にも防具にもなる。
その中でマルグリットは最終の極技を放つ前段階として、おのれを増殖させたのだった。

「エンバース殿、貴公は強い……。
 ゆえにこそ、私もそんな強者たる貴公を打ち破るため、奥義を放ちましょう。
 貴公に最大の敬意を払い……『聖灰の』マルグリット、参る!!!」

ゴウッ!!!!

灰で造られた六人のマルグリットが、一気にエンバースへと突っかける。
その勢いは、まさに暴風。破壊の大嵐。
六人のマルグリットは、単にマルグリットの外見を似せただけのレプリカではない。
マルグリットの闘気、そしてその血を与えられた、まさしく第四階梯の忠実なコピー……なのだ。
六人に増えたマルグリットが、その超絶の武技をエンバースへと解き放つ。
ダインスレイヴの衝撃波が幾人かの複製を捉える。その胴体を薙ぎ払う。
しかし、それだけだ。複製は一瞬腹部を裂断されるも、その部位が灰化。
すぐさま肉体を再構成し、何事もなかったかのように迫ってくる。
奇しくもそれはエンバース自身が攻撃の回避のために用いた戦術であった。
そして――

「此れなるは秩序の大渦!
 聖なる灰よ、其の身で大義を知らしめよ――――! 『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』!!!!」

ぎゅばっ!!!!

本体を含めた七体のマルグリットが、全天全地すべての空間から同時にエンバースへと襲い掛かる。
その拳は必殺。その脚は必倒。
アニマガーディアンを手もなく屠り去り、しもべとして使役したマルグリットの奥義。
ゲームには遂に実装されなかった、文字通りの奥の手。
それが、『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』。
アルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者。その第四席に籍を置く者の全力だった。

「はあああああああああああああああああッ!!!」

一度や二度の灰化では、マルグリットの奥義を回避しきることはできないだろう。
フラウの援護があったとしても、同じこと。エンバースと同じく灰で構築された六体のマルグリットが、
執拗に攻撃を繰り出してくる。
灰のマルグリット達がエンバースの視界を遮る。意識を自分たちへと向けさせる。
本体のマルグリットが灰の自分自身を突き破ってエンバースの懐へ、至近距離へと迫る。
凝縮され臨界に達した闘気によって、聖灰の男の拳が眩く輝く。

ドゴゥッ!!!!

マルグリット渾身の双掌がエンバースの胸に炸裂する。闘気が爆発し、轟炎が灰と化したその身体をさらに灼き尽くす。
生身の存在であれば、胴体を吹き飛ばされて即死しているだろう。
エンバースを大きく弾き飛ばすと、マルグリットは構えを解いた。
同時に六人の分身たちもその容を喪い、元の灰へと還る。

253崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 04:00:37
「……ひとつお訊きしたい。
 エンバース殿……私は。この『聖灰の』マルグリットは、貴公から見て然程に弱いのでしょうか?」

エンバースを見遣りながら、マルグリットはそう質問を投げかけてきた。
今の奥義は確かに全力だったのだろうが、最後の最後。双掌での爆殺は、人体の急所を僅かに逸れていた。
マルグリットは敢えてとどめの一撃を微かに外すことで、エンバースに致命的なダメージを与えなかった。
対話をするために。エンバースに疑問に対する答えを告げさせるために。

「私は本気で闘いました。貴公に対して手加減はしませんでした、少なくとも最後のそれ以外は。
 さりながら――貴公はそうではなかった。
 貴公は。何故、私に対して手加減をしていたのです?
 私は、貴公が本気を出すにも値せぬほどの弱者と……そういうことなのですか」

美しく怜悧な面貌の眼差しを鋭くし、マルグリットはそう問うた。

「隠さずとも分かります。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

右手の人差し指でスマホを指差す。
マルグリットはエンバースが『かつて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であった魔物』だということを知らない。
エンバースがモンスターを召喚しないのではなく、できないのだということを知らない。
だが、それを差し引いても、マルグリットがそう訝しむ理由はあった。

「貴公は戦闘中、幾度も上の空になっていた。注意が散漫になっていた。
 モンスターと対話していたのですか? それとももっと別の何かと――?
 何れにせよ、貴公はパートナーとの足並みが揃っていない。
 単騎でアニマガーディアンを狩れるほどの実力を持っていながら、貴公は何ゆえ然様な闘いをされるのか?
 私には、それがどうしても解せぬのです」

闘いとは実力の伯仲した者同士が互いの尊厳と信念、矜持――持てる総てを懸けて戦うもの。マルグリットはそう信じている。
だからこそゴブリンアーミーによる一方的な蹂躙を是としたロイ・フリントに口出しし、やるなら正々堂々とやれと言いもした。
それなのに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるエンバースが実力を秘し、
手抜きにも見える闘いをしたのでは、興覚めというものだろう。
元より、マルグリットはマル様親衛隊が心酔するこの世界の英雄のひとり。
エンバースとフラウの間にある溝が埋まらない限り、打倒することはおぼつくまい。
その溝が、一朝一夕に埋まるものでないとしても――それでも。

軽く、マルグリットはエンバースから視線を外して戦場を見回した。

「きなこもち大佐殿やシェケナベイベ殿が羨ましい。
 彼女たちはよい闘いをしたようです……互いの力と技、今まで背負ってきたもの……それらを遺憾なくぶつける闘いを。
 私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう」

大きく両手を上下に広げ、マルグリットは再度構え直した。
今度こそ、とどめの一撃が来る。
そう思った――が。

「!」

突如、マルグリットの足許に数本の矢が突き立つ。マルグリットは素早く後退し、矢の飛来した方向を見た。

「何者……!?」

「オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに」

「……な……」

マルグリットは瞠目した。
レプリケイトアニマの核、紅く明滅するアニマコアの上に、いつの間にかひとりの男が佇んでいる。
修道士めいた黒いキャソックに、くたびれたインバネスコート。頭にはテンガロンハットをかぶった、三十代後半くらいの男だ。
男は持っていたクロスボウを腰の後ろに仕舞い、無精髭のまばらな顎を軽くひと撫ですると、小さく笑った。

「呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ」

「……貴公は……いや、貴方様は……」

マルグリットはその姿を見たまま固まってしまっている。
にやり、と男は不敵な笑みを浮かべると、右手でテンガロンハットを押さえながらひらりとコアから飛び降りた。
そして不敵にもマルグリットの目の前を横切り、エンバースへと近付いてゆく。

「立てるかい兄さん。
 闘いに水を差しちまって悪いが、おたくの闘うべき相手は『聖灰』じゃねえ。
 おたくはダチ公を助けに行ってやんな」

そう言って右手を差し伸べる。その手には琥珀色の液体の入った小瓶が握られていた。
体力とダメージ全回復のポーションだ。飲めばマルグリット戦のダメージも回復するだろう。
エンバースに小瓶を渡すと、男はコートを翻して踵を返す。
漆黒のインバネスコートの背中に、大きな銀十字の刺繍がやけに目立った。

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 04:05:00
「俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!」

男はばしん! とエンバースの背を叩き、ジョンの方へと送り出した。
そんな男とエンバースの遣り取りに、きなこもち大佐との闘いを終えたなゆたが気付く。

「……あの人は……!」

「そら、スライム使いのお嬢ちゃん! それにネクロマンサーの兄さんにもだ!」
 
男はなゆたと明神へもアンダースローでポーションを放ってよこした。
それから、いまだに戦いを繰り広げているカザハとガザーヴァへ顔を向ける。

「さて」

ゆる、と男は軽やかな足取りでカザハたちの方向へと歩いてゆく。
ガーゴイルを弾き飛ばしたクィーンがいち早く男の足止めをすべく動く。その駒の底部からロケットのように炎が噴き出る。
クィーンの武器は無数の光の鞭だ。魔力で編まれた鞭が展開したボディから発生し、唸りをあげて男へと迫る。
その姿はモンスターの一種、ローパーのようだ。
が――男は慌てない。コートの内側から黒い革の鞭を取り出すと、クィーンに対抗するようにそれを振り上げた。

「女は生身が一番だ。ミスリル製の女なんざ、抱き枕にもなりゃしねえ」

びゅん! と鞭が空気を切り裂いてしなる。
驚くべきことに、男のたった一本の鞭は数で勝るクィーンの鞭を瞬く間にすべて縛り上げ、無力化してしまった。
クィーンは力任せに鞭を振りほどこうとしたが、男は力比べには応じなかった。あっさりと得物の鞭を手放してしまう。
代わりにコートから柄の伸縮する片手槍を取り出すと、男はそれまでの緩やかな歩調から一転、素早く身を屈めてクィーンに迫った。

「おねんねの時間ですぜ、女王陛下」

クィーンはすぐさま対処しようとしたが、得物の鞭はいまだに男の鞭に絡みついている。
男が恐るべき速度で放った槍の穂先が、クィーンの装甲の隙間に深々と突き刺さる。女王の駒は僅かに痙攣すると、
バチバチと躯体から火花を噴きながら停止した。
最強のミスリル騎士団、その一角がいともあっさりと轟沈した。その事実にミスリルメイデンが目を瞠る。

「なっ……、これはいったい……!?」

「図体ばかりでかくて、ウスノロだらけの騎士団だぜ。
 さ、話は聞いてたかい? おふたりさん。おたくらも早く仲間のところへ行ってやんな。
 『創世』の旦那が言ってたぜ、おたくらが力を合わせりゃ勝てねぇ敵はいねえってよ。
 このハリボテ騎士団は俺が受け持つ。……しっかりやんな」

「パパの援軍か……、助かった……!
 んなら遠慮なく頼らせてもらう! おいバカ、ジョンを助けに行くぞ!」

ガザーヴァは力任せに右足を捻じ込んで鍔迫り合いを解くと、ふらつきながらジョンの元へ足を向けた。
ミスリルメイデンにマルグリットが合流し、カケルと対峙していたルークらミスリル騎士団が標的を変更して男を包囲する。
しかし、男はまったく慌てない。それどころか右の口角に笑みを浮かべてさえいる。
そんな男に対し、マルグリットが口を開く。

「……賢兄」

「悪いな、『聖灰』。『黎明』に伝えといてくれや、今回俺は『創世』に付くってよ。
 『創世』の方が金払いがいいから仕方ねぇ。俺を雇いたきゃ、あと500万ルピは用立ててくれ、ってな」
 
「マル様、この男は……。やはり、そうなのですね。
 私にお任せを、我がミスリル騎士団を愚弄した罪、その命で購わせましょう」

ミスリルメイデンが一歩前に出る。
クィーンを一撃で葬られ、自軍をハリボテと愚弄されたことでかなり頭に血がのぼっているらしい。

「ミスリル騎士団ねぇ。ミズガルズじゃ通用したかもだが、このアルフヘイムじゃ通用せんぜ、お嬢さん?
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが邪魔されることなく、
 心置きなく仲間同士の決着を付けられるようにする……そいつが今回の俺のお仕事だ。
 さ……かかってきな」

「その大口……すぐに後悔させてあげるわ!」

ミスリルメイデンが騎士団に指示を飛ばす。ナイトが馬上槍を構え、ルークが大砲の照準を合わせる。
対する男がコートから出したのは、ショーテルのように湾曲した小鎌。そして――テニスボール大の爆弾。
男は目深にかぶったテンガロンハットの奥で微かに目を細めると、

「きっちり仕事させてもらうぜ。
 ――この背に担う十字にかけて」

そう、小さく呟いた。


【ジョンvsフリント、なゆたvsきなこもち大佐、明神vsシェケナベイベ、エンバースvsマルグリット決着。
 バロールの雇った助っ人乱入。カザハvsさっぴょんに介入。
 ジョンvsなゆた&カザハ&明神&エンバース戦開始】

255ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:17:30
>「……余裕、だな……。
 なまじ強くなったからと……驕るのは、敗北の一里塚……だ……。
 シェリーから……そう、教わらなかったのか……」

「………」

首を折って終わり。
誰の目にだってその結末は明らかだった。

漫画やアニメなら、ここから逆転する事はよくある事だ。
でも現実では、首を強烈な力で掴まれたら…意識を保つなんて事はできない。

>「……ジョン……。覚えているか……? 昔、三人で……家で、ホラー映画を観た……夜を……。
 映画の殺人鬼を……シェリーは、怖がって……途中から、観るのを……やめてしまったが……。
 お前は……最後まで、食い入るように……その、顛末を……見守って、いたっけ……」

「…オボエテナイ」

覚えてないなんて嘘だ。僕は記憶能力はそんなに悪くない…特に楽しかったあの時の記憶を忘れるなんて事は。

>「殺人鬼は……銃弾でも……炎でも、決して……死ななかった……。
 そんな、不死身の殺人鬼に……主人公たちは、どうやって……勝ったの、だった……かな……?
 懐かしい……な……!!!」

聞く耳を持った。一瞬でも思い出した。無意識に手の力が緩んだ。

その瞬間をロイは見逃さなかった。

「ナッ…」

ロイは、僕の首元にナイフを突き刺す事に成功した。

僕は即座にロイを投げ飛ばし、首元に刺さったナイフを抜く。

「ハア…ハア…」

ロイはナイフを突き刺す事に成功こそしたが…最後の力を振り絞ったのだろう…深く突き刺さる事はなかった。
蒸発するような音を立てて…首の傷は即座に修復された。その程度の力しかなかった。

だが落ち着くには十分な…もう少しで致命傷になりえる傷だった。

「これで終わりか?」

地面に叩きつけられたロイは…虚ろな目で僕を見る。
いくらポーションで回復したといっても…普通の人間ならもう既に死んでいてもおかしくないほどの出血をしていた。

「…これで終わりか?」

ロイはもう答える力もないのか…口をパクパク動かすだけ。

「わかった……なら、これで終わりだ」

僕は右手を振り上げて…その手を振り下ろすよりも先に…顔面から地面に激突した。

256ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:17:48
-------------------------------------------

そこは真っ白な空間だった。どこまでも続く上下左右真っ白な空間。なにもない。真っ白というのも錯覚で実は何もないようにも見える。ただ一つと一人を除いて

「兄貴が…頑張ってくれたみたいね」

そんななにもない場所で一つだけ存在する彼女と大きな扉の前で…ただ一人立ち尽くしていた。

「シェリー…?」

僕の記憶にあるままの…5歳の時のシェリーがそこには居た。

「今までは嫌味を言うのが精いっぱいだったけど…やっとジョン…あんたと直接対決ができるよ。いや直接ってのは正確な表現じゃないかも?」

そう茶化す彼女は年相応に見える。これは夢か?幻影どころか幻覚を見るようになってしまったのか?
しかし彼女の手に握られたナイフと僕の熊の腕と鱗に覆われたこの体が、夢ではなく…かといって現実ではなく、とにかくやばい場所にいる事を自覚させてくれる。

「亡霊が…なんの用だ?どうして僕はここにいる?ここはどこだ?…僕はロイと戦っていたはずだ…まさか」

ここに来る前ロイが言った言葉を思い出す。映画。絶対無敵の殺人鬼に効いた物……覚えている。それは…鉄棒…じゃなく

「そ、あんたは兄貴に毒を盛られたのよ。血を操り、体を巡る血その物が劇薬のチート野郎のあんたでもショックで気絶するくらいの猛毒をね」

「気絶だと?馬鹿な…今の僕の体はそんな毒が中に入ってきたら全部の血を入れ替えてでも排出しようとするはずだ…できないわけがない!」

「兄貴もあなたと同じ力を持ってるの…忘れてない?兄貴はクソ呪いにも効く毒を選別してきたのよ。…自分の体を使って」

その話を聞いた僕は戦慄した。正気の沙汰じゃない。偶然同じ力を得たからと言って自分で実験するなんて。
恐らくこの毒以外の事も試したであろうことも…用意に想像がつく。

「偶然じゃないわ。兄貴が力を…同じ力を身に着けたのは偶然じゃない…全部あんたの為よ」

「僕の為…?」

「兄貴はね、あんたにちゃんとした罪と罰を与える為に…人を殺して…あんたと同じ呪いを受けたのよ」

ロイが人殺しに走ったのは僕のせい?僕の為に?

「あなたに子供の頃の話とは言え冷たい態度を取ってそのまま別れた事を…兄貴はずっと後悔していた」

街で起きた惨劇を思い出す。無実人がたくさん死んだあの事件。
ロイやシェリーが言う事が本当なら…この世界に来るまでに人を沢山殺しているだろう事…。

「まあ?ただの子供にどんな事情があろうとも自分の妹を殺した相手を許しなさいってのは当然無理な話よね。でも兄貴は大人になってからもそうは思わなかった
ずっとあの時優しく接してあげれなかったんだろうと、向き合えなかったのかと自分を責め続けた………そこまでは別によかったんだけどね…」

やっぱり…ロイが人殺しになったのは…僕のせいなんじゃないか…
なんでだ?僕の人生。どうして僕の思い描く最悪の方に進んでいくんだ?

そんな事…してほしいわけじゃなかったのに…

257ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:07
「もういい、わかった。ありがとう…だからそこをどいてくれ、僕は戻らなきゃいけないんだ」

立ち上がり。扉に向かおうとする。

「ん〜…困るのよね、それじゃ…このまま兄貴を殺させるわけにはいかないの。
たしかに、兄貴は方向性を途中から見失って…許されない罪を重ねたけど…私個人としては当然死んでほしくないの、だから」

シェリーは僕と扉の間に割って入り。手に持っているナイフを僕に向ける。

「それで?僕を止めると?……君が例え本物だろうと幻覚だろうとなんだろうと…
 化け物になった僕は容赦なく殺すぞ…僕にもう恐れる物なんてなにもないからね」

僕の言葉を聞いたシェリーで大声で笑い転げる

「あはははははは!なにそれ!私しってるわ!それちゅうにびょう?って奴でしょ!まじでおなか痛い!」

「本気で邪魔できると思うのか?20年前ならいざしらず、君は5歳のままで、僕はもう26になる。体格差だって何倍も」

「ん〜…まあ?私は天才ですからね?この体だってそりゃ余裕ですとも?アンタ私の才能勝手に使っててそんな事も理解できないの?
本当は兄弟だけで決着をつけたかったけど…事の大きさはもう…私や兄貴が考えてた物より大きくなってしまった」

「それにね…彼女達…えーとなゆちゃんと〜明神さんと〜カザハさんと〜エンバースさん!
本当にいい人達よね…あの子達ならきっと貴方を助けてくれる。実際会った事はないけど、そんな気がするの
人を救うのは昔からそれはもう馬鹿がつくくらいのお人よしって決まってるでしょ?兄貴はともかく私に優しさなんてこれぽっちもないし?」

体が震えている。おびえているのか?ナイフを持っているだけの…目の前のたった5歳の少女に?

「だからって全部他人に任せるってわけにはいかない…あんたをそうさせた最低限の責任は取らなきゃ」

気づくと彼女の顔面が、僕の目の前にある。
なぜ?彼女と僕では身長差は3倍。いや4倍はあるはずなのになぜ僕は彼女と同じ目線に…

「彼女達の声を聞くなら……まずはあなたも全部をさらけ出さなきゃ。仮初の化け物じゃないあなたをさらけ出さなきゃね
本当の貴方で本当に伝えたい事を見せなきゃ、言わなきゃ…もし解決できたとしても…またこうゆう事が起きる」

足…足が…折れてる?いつの間にか両足があらぬ方向に曲がって…座り込むような体制になっていた。

「だからそうならないように…本当のあなたを…分からせてあげる。…徹底的に追い詰めてね」

そう言いながら彼女は僕の首にナイフを突き立てた。

「がっ・・・」

「目覚めなさいジョン。ブラッドラストにいいように使われるあなたはもう終わり。逆に利用して好き放題してやりなさい
どうしても貴方が勝てないというのなら…体にある呪いを…あなたを殺して、殺して、殺して…できる限り引きはがす」

僕は反撃しようと右手をシェリーに向かって振り回す。しかし掴まれ足で右腕を地面に叩きつけられてしまう。
シェリーは僕の首からナイフを引き抜き、右腕をナイフで切り落とし始めた。

「ガッ・・・ごほっごほ」

「化け物っていうのは…空想上の生き物でもなく、鱗に覆われた肉体を持つ者でもなく、熊の右腕を持っている者でもない」

シェリーは切断した右腕を適当に放り投げる。

「化け物の正体は…この世で最も恐ろしい化け物の正体は…人間その物なんだよ、ジョン。…あなたがそれを私にわからせてくれたの」

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258ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:21

「グッ・・・グアアアアアアアアアアアアア!!!」

体が崩壊を始める。足はあらぬ方向に曲がり、首に穴が開き、右腕がちぎれ飛ぶ。
全身が裂かれ、鱗が一枚一枚剥がれ落ちていく。

再生よりも早く、崩壊が始まり、そしてまた再生され、再生した瞬間崩れ落ちていく。

「シェリー…シェリィイイイイイイイイイイ!!!」

おびただしいほどの血が流れていく。力が、力の根源が。僕の体から流れる。

時間にすればたった数分の出来事。
ジョンアデルの絶叫が響き渡り、血が流れ、ジョンアデルの血で水たまりができるまでたった数分。

耳が壊れる程の絶叫を数分続けた後…その絶叫を終えたジョンアデルの姿は…

「ぁ…あぁ…僕の右腕が…鱗が…無くなってる…」

五体満足の普通の人間の腕と脚。普通の肌。体の底からさっきよりもはっきりと感じられないブラッドラストの力。
血の池にも見える血だまりの上にいなければ…ただガタイがいいだけの一人の人間に見える。

「嘘だ…こんな事あっていいわけがない…だって僕は怪物で…化け物で…それで…」

僕は化け物でいなくちゃいけないんだ。みんなが望んだ僕にならなきゃいけないのに。
どれだけ力を込めようとも、熊の腕はおろか、鱗すら出現する気配もない

「これじゃあ…普通の人間じゃないか・・・!」

足音が聞こえる。誰かがくる。誰か?そんなの分ってる。

「…みんな」

普通なら血だまりに座り込んでる男相手に逃げるか、遠距離から攻撃するか…どっちかするだろうに…
近づいてくる。ゆっくりとだが…確実に…

「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」

なんていう無意味な質問。こんな事を聞いても帰ってくる言葉なんてわかりきっている。
なゆ達がお人よしなのは誰でもない僕自身が…王城でのなゆ達の戦いを見て…僕は知っている。

でもあの時の仲間割れとは話が違う。僕は本物の殺人鬼で、忌み嫌われて当然の人種なのだ。…それでも

助けてくれ。

そう口に出せばきっと…みんな本当の笑顔で手を差し伸べてくれるに違いない…

「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」

259ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:35
「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

一歩、一歩よろめきながらも血だまりの中をゆっくりと歩いていく。

「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……」

「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

本当は戦いたい。殺し合いたい。僕の心の半分は僕の殺人衝動・破滅衝動からくる衝動が支配していた。
あの日みたみんなの全力を受けられる。殺せる。殺してもらえる。

「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

自分で死ぬよりもよっぽどいい死に方ができるのではないか。その考えが頭を過る。期待している。
返答をわかった上で、僕はこの質問を全員に投げかけ…思った通りの返答を得、そして心の中でほくそ笑む

「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」

シェリーとのあの出来事が本物だとして…僕のブラッドラストの力が削られようとも…目の前の殺人を実行できないほどではない。
超人的なパワーもスピードも…元から僕には備わっているのだだから

「そうだ…そうだったんだよ…シェリーの言う通りだ…化け物でいる事に熊の腕も、鱗も…いらなかったんだ…」

スプラッターホラー映画に出てくる怪物は…大抵が頭のネジが外れた人間が多い。
もちろん若干ファンタジー要素が含まれる作品もある。でも根本は人間の欲だったり…恨みだったりをわかりやすくする要素に過ぎない。

「ニャ…ニャー!」
「…部長…君は本当にいい子だね…うん…本当にいい子だ」

僕は怯え、ダメージを受けながらも近寄ってきた部長を…

「僕の最後の一押しを手伝ってくれるなんて」

思いっきり蹴り飛ばした。

それと同時に足元の血が舞い上がり、まるで自分の意志があるかのようにジョンの周りを回り始める。

「ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら」

僕は周りで浮遊している血を掴み、形を整えていく。

「やっぱり一番メジャーで…分かりやすい形がいいな…」

260ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:58
捏ねる。整える。装着する。
同じ要領で武器も、自分の血で作る。

「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」

顔には血で作られたアイスホッケーマスク。
手には同じく血で作られた真っ赤な斧。

「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」

世の中には…映画を模擬した殺人犯は数多くいる。
スプラッターホラーの有名所ともなれば、さらに多くの模擬犯がでた。
その中ではまるで映画からでてきた怪物のようだったと評される殺人鬼も少なくない。

「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

だが映画のような超能力に限りなく近い力を使う模擬犯は過去に一人としていなかっただろう。
超人的なパワーも血操る魔法のような力も、現実ではありえない。

だが、もし…本当に現実にその両方を行使できる人間がいるとするならば…それは



ーーブラッドラストにいいように使われるあなたはもう終わり。逆に利用して好き放題してやりなさいーー
シェリーの言葉が脳裏を過る



「フッー…フッー…」

元がなんであろうと…化け物に違いない。

「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」

怪物は毒で倒されるが…追われる獲物は必ず殺人鬼に殺されなくてはいけない。
毒で怪物が知らぬ所で死ぬなんて映画やコミックでは絶対に許されない。

「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

舞い上がった血は集まり複数の形を成す。
ドゥーム・リザードの形に。ヒュドラの形に。巨大な熊の形に。ゴブリンの形に。
軍隊にも匹敵するほどの数が生まれ、ジョン・アデルの真っ赤な血で作られたそれらは…目的を吟味するような動きを見せると…獲物に向かって突撃した。

理性などなく、敵に向かって突進を繰り返すだけ。一見単純で、簡単に回避できそうな攻撃方法。
ドゥーム・リザードや熊は素早く敵を追跡し、ゴブリンは的にしては小さく、ヒュドラは巨体に似合った耐久力で相手に確実に接近する
何より…倒しても血はすぐに集まり再形成。そして物量で懐へ飛び込んでいく。

そして目標を射程に捉えた人形達は

ドン!

爆発するような音が鳴り、死の血の人形は勢いよく破裂する。
飛び散った血の勢いそのものが銃の威力にも引けを取らない威力を誇り、なによりもに触るだけで命を削る死の血の散弾がまき散らされる。

しかし、本命は人形達ではなかった。

261ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:19:24
殺人鬼は、血の対応に追われた獲物の隙を突き。目にも止まらぬ速さで獲物の背後に回る。

「キ・キ・キ」

化け物である殺人鬼は決して走ったりはしない…それは決して力を過信しているからだけではない。
獲物に最大限の恐怖を与える為、殺されるという恐怖を植え付ける為にすぎない。

だがそれはだれかが見ている時限定の話だ。
当然獲物を捕まえる為に歩きだけじゃ捉えられない。そんな時に映画でよく使われる方法。

「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」

姿一旦消し、背後から強襲する事。それは獲物にさっきまでゆったりと歩いていたのにいつの間にか背後にいた。
そんな恐怖と衝撃を与え…決して怪物が走れない弱者ではなく…ただ遊んでただけなのだと自覚させる最適な方法。

「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?死に方くらいは選ばせてやる」

実際は飛んでいようと、地上にいようと関係ない。
飛ばないなら手に持ってる斧を振り下ろせばいいし、飛んでも斧を投げればいいだけなのだから。

ホラー映画にでてくる怪物の恐ろしさは…必要な時に瞬間移動のように移動する素早さ。
不死身のようにあらゆる攻撃を真正面から受け止め平然と耐える耐久力
そして獲物と自分の間になにがあろうと必ず刃を届かせる勢い。力。

「死ね!」

斧は獲物に…カザハに向かって確実に向かっていった。

【部長を思いっきり蹴り飛ばし、壁に叩きつける】
【毒+妹の影響でブラッドラスト弱体化、自動回復機能停止】
【代わりに自分の欲を受け入れ殺人鬼モード突入。基礎身体能力大幅向上】
【猛毒入りの血で作った近寄ると爆発する人形をばら撒き攻撃、カザハに強襲】

262カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:14:30
>「あなたたち、チェスはご存じないかしら? 知らないわよね、シルヴェストルだもの。
 それなら教えてあげるわ……チェスの駒は六種類、今まで盤上にいたのは五種類。
 だったら……最後の駒はどこにいたのかしらね?
 当然の話、最後の駒は私自身。私こそが、このミスリル騎士団の『王者(キング)』――!」

「あはははは……なんだよ……最初から勝ち目なんて無かったんじゃん……」

笑っている場合ではないけど笑うしかないというやつだ。
モンスター同士で戦っても話にならないなら、本体さえどうにかすれば――という唯一の希望に縋って戦ったのに。
さっぴょんの言ったとおり、問答無用の負けイベント。対戦カードが決まった瞬間から勝負はついていたのだ。

>「私たちが仲間を切り捨てたと言ったわね。
 あなたたちに何が分かるのかしら? 私たちの何を……?
 ええ、ええ、確かに私たちはスタちゃんを置き去りにしてきました。それは紛れもない事実よ。
 けれど、あなたたちは今まで、それを一度もしてこなかったと言えるのかしら?」

「え、急に何……?」

>「私たちがこの世界に召喚されて、それなりの時間が経ったわ。
 現在生き残っているということは、あなたたちも短からぬ旅をしてきたのでしょう。
 その道程の中で――ただの一度も別れはなかったと?」

「一緒にするな! スマホぶっこわして荒野に放り出したりしてないわ!」

>「あなたたちに、私の大切な仲間の何が分かるというの?
 あなたたち風情が、どうやって私に思い知らせるというの?
 いいでしょう。やってご覧なさい――思い知らせて、みせればいい!!!」

実際には荒野に放り出してはいなかったのだが、悪の組織的なノリで離反者を始末したと思い込んでいるこの時の私達には、そんな事は知る由もなかった。

「”大切な仲間”……? どういう意味!? もしかして安全な場所に置いてきたとか?
よく分かんないけど許してぇええええええええええええ!?」

そうだとしたら、わざわざスマホを破壊したのはいろんな勢力に狙われないため……?
今はそんなことを考えている場合ではなく、カザハは一人で汚い高音選手権をしながらも生き残る算段を考えていた。(※勝つ算段ではないのがポイント)

(三十六計逃げるにしかず! 瞬間移動《ブリンク》がまだ一枚残ってる……
とどめが来る瞬間にそっちの背中に移動するから一目散に逃げるんだ!)

駄目人間っぽさ半端ない! かといって他に良い代替案があるわけでもなく、合理的な決断といえる。
逃げられるかどうかも分からないけど、戦って勝つよりは断然可能性がある。
ここにいても役に立たないどころか足手まといになるだけで、死ねばそれこそ迷惑だ。

(そして“戦闘の混乱の最中にどさくさに紛れていなくなった枠”でそのまま実家に帰らせていただきます!)

《黒歴史が拡散されますよ!?》

(そうだ! 親衛隊みたいにスマホを破壊すればいいんだ! どうして今まで気付かなかったんだろう!)

これはアカン! めっちゃいい方法に気付いたみたいな気分になっとる!

263カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:16:27
《ジョン君どうするんですか!? ……あ》

ジョン君はいつの間にか、あれ程暴れていたのが嘘みたいに地面に倒れ伏していた。

(もうボク達に出来ることは何もないよ……あとはなゆ達に任せよう)

満更間違ってもいない。本当は私だって分かっている。
こんなランカーやレイド級揃いのパーティに紛れ込んでしまっている事自体が圧倒的な場違いだということを。
見る限りではジョン君の生死は分からないが、良い方に解釈すれば、ロイとの戦いでひとまず落ち着いて気を失っているのだろう。
悪い方に解釈すると……それこそもう出来ることは何もない。

>「あなたがた風情に奥の手を見せることになってしまったけれど、まあいいわ。
 奥の手なんて、また考えればいいだけだもの。
 さあ……この『魔銀の王騎(ミスリルメイデン)』の力を存分に味わうといいわ。
 そして――私に大きな口を叩き、親衛隊の結束を侮辱した報いを受けなさいな!!」
>「……来なさい。『聖剣王(エクスカリバー)』」

「い―や―――――!! 来―な―い―で―――――!!」

カザハは腰を抜かして叫んでいる。
これは普通に素なのか密かに逃げる算段を巡らせていると思わせないための演技なのか……多分両方ですね。
この世界に来た直後に、ミドガルズオルムの攻撃も瞬間移動《ブリンク》で回避に成功している。
タイミングを見誤らなければ一撃はほぼ確実に回避できるだろうが……できるのかな……。

>「させるかよ!」

「どうして……?」

自分を守るために割って入ったガザーヴァを見て、意外そうな顔をするカザハ。
カザハはガザーヴァにとっては邪魔な存在で、放っておけば合法的に亡き者になる格好の機会だった。
否――それ以前にもしそんな事情がなくても、助けに来られなくても当然な状況だ。
仮にあのままカザハが死んでいても、誰もガザーヴァを責めたりしないし実際何の責任もない。

>「フ。いいのかしら? こんなことをして。
 ナイトとビショップを倒したわけではないのでしょう?」

>「うっせー! そんなの知ったことかよ!
 こんなヤツ、守る義理なんてないけど! なんなら死んだって構わないって、むしろ死ねって思ってるけど!
 でもな……それでも! ここでテメーに殺らせるワケにはいかないんだ!」

「そんな事したって何も出ないよ!? ボクが期待外れだってもう分かったでしょ!」

(そっちに行くからそいつから距離をとって!
早くここからいなくならなきゃ……それがボク達に出来る唯一のことだよ……)

264カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:17:56
今なら逃げられそうな隙があるのは、本体自ら戦い始めた影響でルークへの指令が若干手薄になっているからだろうか。
その一方、ナイトとビショップがガザーヴァの方に迫り、カザハが懇願するように叫ぶが、ガザーヴァは一歩も引かない。

「危ないからもうやめて! 大人しく殺られるつもりはないから……心配しなくても迷惑かけないから!」

>「コイツは! 仲間だから! ……ウチのパーティーの一員だから!
 見捨てちゃダメなんだ、一緒にいなくちゃいけないんだ!
 ボクは……正義の味方になる! だから……絶対に! ここで、コイツを見捨てたりなんてしない!」

いたら役に立つかもしれないからでも、死なれたら迷惑だからでもなく。
仲間だからという殆ど理由になっていないような、だからこそ揺らぎようのない理由。
それを聞いたカザハは、心底困惑したように、胸を押さえて苦しそうに叫ぶ。

「やめろよ! こんな役立たずを守って何の意味があるんだよ!」

>「世迷言を! ならばここで死になさい、幻魔将軍!」

ナイトとビショップの攻撃を一身に受けるガザーヴァを見て、カザハは……

「何だよそれ……何で君まで明神さんみたいなこと言うのさ……
あ、ヤバイ。ガチで心筋梗塞で死ぬかも……」

《ふざけてる場合ですか! ……ってえぇ!?》

そのまま気を失った。……マジで!? どうすんのこれ!? 
私、指令を出してもらわないとスキルも何も使えないんですけど!?

265??? ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:19:59
何の変哲もない一般人、あるいはどこにでもいる普通のモンスター、俗に言うところのモブこそが、カザハの元々の願いだった。
四大の精霊王の一角――風精王。
人間から見ると無いに等しい位の極めて稀に代替わりがあるらしいが、
《レクス・テンペスト》と呼ばれる王者の資質を持つ特殊なシルヴェストルだけが後継者になれるらしい。
カザハは、その資質を持って生まれながら、王になることを特に望まなかったため、
力を隠してただの平凡なシルヴェストルとして平穏な生活を送っていた。
でも風渡る始原の草原が人間に攻め込まれた時代があって、その時に人間の軍勢を退けるために力を使ったからバレてしまったんだって。
以後周囲には常にその力を利用しようとする者達が群がってきて、平穏な生活は送れなくなり、それは浸食が始まって世情が不安定になると、更に顕著になった。
“嵐の帝王”という名の通り、素質を持つ者の中には好戦的な気性を持つ者も多く、
次期風精王の地位を狙う候補者に襲撃されたことも、一度や二度ではないそうだ。

「キミのパートナーモンスターになったのはね……本当は自分の境遇から逃れるためだったんだ」

「私も白状するとお前を捕まえたのはレア度が高いし使えるからだったのさ――お相子だね」

「世界を救ったらキミの世界に一緒に連れて帰ってほしいな……。
何の変哲も力もない一般人として……平和に暮らしたい……。
…… 一般人どころか能力値は平均値より低いぐらいで丁度いいな。
あ、でも何の取り柄もなくなったボクなんていらないか!
愛してくれなくて、全然いいからさ……。ううん、むしろ愛してくれたらいけない」

何の取り柄もなければ、力を利用しようとする者が群がってくることもなく、自分を守ろうとした者が傷つくこともなく、平穏な生活を送れる。
特別な存在として愛されなければ執着されなくて気楽だし、死んでも誰も悲しませなくて済む。
カザハはそう考えたんだね。
そして気付いたら、カザハとカケルは私の子どもとして戸籍に入っていた。見事に何の取り柄もない一般人として。
いつの時点からそうなったのかは分からないけど、気付けばそうなっていた。
お前ら私より年上じゃん!とツッコんだら負けなやつだ。
だけど、私は過ちを犯した。何の利用価値も無いはずのカザハを、何故だか愛してしまったんだ――
きっと、その結果がこれだ。私が執着したせいで、カザハはこの世界に戻ってきてしまった。
全てを忘れたまま地球にいれば、過酷な戦いに巻き込まれるよりは多少つまらなかろうがずっとマシな人生を送れたのに。
ううん、これは本当に愛なのだろうか。
自分に出来なかったことを代わりにやり遂げてくれることを望むのは、やっぱりまた利用しようとしているだけなのかもしれない。

266カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:23:05
「ここは……」

そこは、風渡る草原だった。目の前で巨大な風車が回っている。
“始原の風車”――風渡る始原の草原の中枢、幾重にも張られた結界の中に存在するという。
普通の風車は風の力で回るけど、これは逆。
誰が作ったのか分からないけど太古の昔からそこにあり、
どういう原理で回ってるのか分からないけど世界中の風を生み出してるんだって。
その上に、虹色に輝く妖精の翅を持つ少女が腰かけている。
ボクと同じ、新緑のような色の髪とエメラルドグリーンの瞳。誰だかすぐに分かった。

「”一巡目”……」

少女は翼をはためかせ、ボクの目の前に降り立つ。

「あなたがここに来たということは、暗示が解けてしまったようね。強い力を望んでしまったのかしら?
……やっぱり私が出るしかないようね――
あなたには自由に生きて欲しかったけど……どう足掻いてもこの力からは逃れられないのね」

“一巡目”は、左手の甲に埋まったエメラルドのような宝石を示した。
王者の素質”レクス・テンペスト”をその身に宿す者は、体のどこかにこの宝石のような器官を持つ。

「なんだそりゃ、ボクにしてはえらくスカした口調だな」

「こっちが元々よ。マスターの前では違う自分になりたくてあなたの振りをしていたの。
あなたは云わば私が生きてみたかった仮初の人格……」

そうだった――
役立たずで、無能で、何の力も持たない一般人の人生は、他でもないボク自身が望んだものだった。
でも、それももう終わりだ。終わってしまう。
しかも、今度は1巡目と違って、望まぬ力に翻弄される被害者であることも許されない。

「入るパーティを間違えたのが運の尽きだったわね。明らかに付いてこれない者は置いていくのが優しさだと思わない?」

「……そう思うよ。これじゃあ何のために力を捨てたのか分からない。
ボクのままじゃみんなに付いていけないみたいだから……お願いします」

「分かったわ。全てが終わるまで――あなたはそこで待ってなさい」

267カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:24:24
「……と言いたいところだけど! その美少女の姿じゃあもろガザーヴァの2Pバージョンだし!」

「そこ!?」

「それに……アイツらが引き留めたのは君であって君じゃない気がする。だから……」

“一緒に来て”そう言おうとしたときだった。“一巡目”は左手の甲をボクの左手の甲に重ねた。
眩い光と共に力が乗り移り、宝石はボクの手の甲に移っていた。

「分かってる。これが欲しかったんでしょ? いいの。最初からそのつもりだったわ。
……行って! 今度こそ世界を救って!」

ボクは“一巡目”の腕を掴んだ。

「行って!じゃない! 一緒に行くんだ!」

「どうして? 私は救えなかった一巡目、失敗した周回の象徴――。その力さえあれば用済みのはずよ」

――き、君の相手はモンデンキント先生でしょ!? なんでウチなんかにこだわってんのよ!

――アイツがあのパーティでやっていくなら……ボクはいない方がいい。

ああ、一見雰囲気は違っていても、こいつはボクだ。
だったら意外と捻くれてるから、「君はボクだから」なんていうよく分からない曖昧な理由じゃ納得してくれない。

「だって……失敗は成功の元って言うし連れて行っとけばどこで役に立つか分からないじゃん。
ごめんね、アイツらと違ってエモい理由じゃなくて。地球で魂が穢れてずるくなったんだ。がっかりした?」

「ううん……合理的な理由で安心した」

ボクは”一巡目”の手を引いて、光に向かって走った。


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