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マト ー)メ M・Mのようです

366名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:03:04 ID:un0.uF.U0

 そこに立っていた彼女は、服装こそ白衣ではなく黒のロングコートだが、紛れもなくあの写真に写っていた女。 
 僕達が探す、『都村トソン』その人だったのだから。

 こちらの驚愕とは対照的に“彼女”は平然と、チェスの駒をテーブルの引き出しへと仕舞いながら口を開く。


(゚、゚トソン「扉を閉めてもらえますか? あまり人様に聞かれて面白い話をしようとは思っていないので」

(;^ω^)「お前、は……」

(-、-トソン「お初にお目にかかります。都村トソンと申します」


 二人で顔を見合わせ、扉を閉じてから、今度はチェスボードに赤と黒の丸い駒を並べている“彼女”――都村トソンの元へと向かう。
 近くに寄れば余計に理解できる。
 他人の空似だとすれば奇跡的なレベルで彼女はミィに似ている。

 ただ、顔の作りこそ近いが、ミィが常にふわふわとした笑みを浮かべているのとは真逆。
 彼女は写真の中と同じように無表情で無感情だった。


マト゚−゚)メ「あなたは……」

(゚、゚トソン「なんでしょうか」

367名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:04:04 ID:un0.uF.U0

 ミィは、意を決していつもの問いを投げかける。


マト゚−゚)メ「……あなたは私を知っていますか?」

(-、-トソン「はい。とてもよく」


 都村トソンはまた平然と言った。
 この問いに「よく知っている」と答えたのは彼女が初めてだった。
 否が応でも心臓の鼓動が早まるが、次いで「ですが」と続ける。


(゚、゚トソン「私はあなた方が何処までご存知なのかを把握していません。なので少し、自己紹介をさせて頂きたいのです」

(;^ω^)「自己紹介だって?」

(-、-トソン「はい。誤解があっては困りますから」


 私がではなくあなた方が、と言わんばかりのクールな口振りと表情で彼女はそう告げた。


( ^ω^)「望むところだお。こちらが訊こうとしていたことをわざわざ語って聞かせてくれるのならば幸いだ」

368名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:05:06 ID:un0.uF.U0

 よろしかったらどうぞと対面のソファーを示し席を勧めた後。
 駒を並べ終えた彼女は、では手短に、と前置き言う。


(-、-トソン「都村トソンと申します。あなたのお父様には母がお世話になったようで」

(;^ω^)「…………母?」


 なんだって?


(゚、゚トソン「『都村トソン』のことです。私の血筋では長女に必ず『トソン』という名を付けるという風習があります。なので、母も私と同じ名です」

(;^ω^)「じゃあ、お前はあの……」

(-、-トソン「はい。『都村トソン』の実の娘であり、人工的に作り出された能力者の最初にして最後の一人。都村トソンです」


 彼女は『都村トソン』ではなかった。
 その『実の娘』の方だったらしい。

 あまりに似ているあまり動揺していて気付かなかったが、年齢的に彼女が『都村トソン』ということはありえない。
 考えてみればちょうど彼女は二十歳〜二十代半ばくらいで『実の娘』の年と一致する。
 写真の女性と生き写しのようにそっくりで、しかも同じようにスレンダーで高身長ということもあってすっかり勘違いしてしまっていた。

369名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:06:05 ID:un0.uF.U0

(-、-トソン「現在は軍部に務めさせて頂いています。尤も、今日は非番ですが」


 そうか、彼女がそうなのか。

 『都村博士の忌み児』。 
 『絶対正義』。
 そして『ファーストナンバー』と呼ばれる――天才の最初にして最後の傑作。

 だとしたらミィの態度も理解できる。
 目の前の女はあの『殺戮機械』以上に強力な力を持つと伝わる、史上最高とまで謳われる能力者なのだから。


(゚、゚トソン「自己紹介は以上です。何かご質問は?」

( ^ω^)「……お前は、ミィのことを知っていると言ったな」

(゚、゚トソン「ミィ?」

( ^ω^)「コイツのことだお」


 僕が隣のミィの肩を叩くと、都村トソンはなるほどという風に頷く。
 こちらの情報を把握していないのか、それとも興味がないのか、表情からは伺えない。

370名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:07:04 ID:un0.uF.U0

(-、-トソン「『ME』で『ミィ』ですか。……良い名前ですね。人間の受動的側面を意味する単語であり、『摸倣子(meme)』の最初の二文字です」

( ^ω^)「お前はさっきミィのことを知っていると言ったな」

(゚、゚トソン「ええ、その通りです」

( ^ω^)「質問があるのかと言えば、そのことだ。知っていることを話してくれ」


 都村トソンは暫し黙った。
 しかしすぐに「構いませんよ」と答え続けた。


(゚、゚トソン「ですが、その前に確認したいことがあります」

( ^ω^)「確認?」

(-、-トソン「はい。そのミィという子に私とゲームをして頂きたいのです。それで確認が可能だと思います」


 どうされますか?と彼女は問い掛けてくる。
 僕はミィを見て、ミィは僕を見つめて頷いた。
 答えなど決まっている。

371名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:08:05 ID:un0.uF.U0

 *――*――*――*――*


 チェッカーとは西洋碁とも呼ばれるボードゲームの一種である。
 チェスボードと二色の丸い駒を十二個ずつ用意し、ルールに従って双方の駒を取り合っていく競技だ。
 交互に動かし、相手の駒を全て取るか、あるいは動けない状態にすれば勝ちとなる。

 国によって知名度は異なるが、ジャンル的にはチェスやオセロなどと同じく偶然の要素がなく、純粋なプレイヤーの実力が表れる。
 都村トソンが提案してきたのはそんなゲームだった。


( ^ω^)「さっきから駒を並べていたからまさかと思ったが……。本当にチェッカーをするつもりだったとは」

(-、-トソン「チェッカーはお好きですか?」

( ^ω^)「僕はオセロ派だ。チェスならともかく、チェッカーなんて戦術の基礎も分からないお」


 一見すると訳の分からない申し出だが、ミィの能力を踏まえれば意図は理解できる。
 チェッカーはチェスと同じく二人零和有限確定完全情報ゲーム――つまり、必要な情報が公開されているので全ての手を計算できる人間は絶対に負けない。


( ^ω^)「(普段の戦闘より考慮すべき要素は圧倒的に少ない。『未来予測』の能力を持つミィならば負けるはずがない。そういう意味での、確認か)」

372名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:09:06 ID:un0.uF.U0

 都村トソンは対面のソファーに腰掛ける。
 それを見て、ミィも座った。
 チェステーブルを挟んで向かい合った形になる。
 こちらは黒の駒、向こうは赤だ。

 勝負を前にして都村トソンは二つルールを付け加えた。
 一つ、僕はミィに助言をしないこと。
 二つ、一手は必ず十秒以内に指すこと。


(-、-トソン「競技の円滑化の為にも体内時計で結構ですので十秒以内でお願いします」

マト゚ー゚)メ「分かりました」


 ミィはあっさりと同意する。
 負けることはありえないと思っているのだろう。


( ^ω^)「……こちらはゲームに付き合う身だ。勝った場合にはリターンが欲しいところだな」

マト;゚−゚)メ「ブーンさん、それは、」

(-、-トソン「構いませんよ。負けた場合のリスクを承知して頂けるのならば」

373名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:10:06 ID:un0.uF.U0

 今度は彼女が同意する番だった。
 僕はこの手のゲームでミィが負けるとは少しも思っていない。
 都村トソンがどう考えているのかは分からないが、何かトラブルが起きない場合は大丈夫だろう。

 では、と彼女は言った。


(-、-トソン「私が負けた場合はあなた方の質問に全て正直に答えましょう。正直に答えたことを証明する手段はありませんが」

( ^ω^)「……万が一、ミィが負けた場合は?」

(-、-トソン「そうですね」


 一拍置いて、


(゚、゚トソン「あなた方が負けた場合は、以後、この国での一切の調査を禁じます」

(;^ω^)「ッ! ……お前が僕達の目的を知ってるかは分からないが、その目的を諦めろってことかお?」

(-、-トソン「そう聞こえなかったのであれば言い変えましょう。即刻この国から立ち去り、二度と国境線を跨がないでください」

(;^ω^)「(コイツ……)」

374名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:11:08 ID:un0.uF.U0

 僕達の調査を禁じる意図。
 ミィの記憶や、僕の父親について探し回られると困る理由。
 どういうものが考えられるか。
 やはり都村トソンは関係者なのか?

 言葉に詰まった僕を後目に、ミィはまた「分かりました」と即座に同意した。
 ハイリスクハイリターンなこの勝負を。


マト-ー-)メ「分かりました。それで構いません」

(;^ω^)「…………お前、意味分かってるのか?」

マト゚−゚)メ「理解しています。大丈夫です。この勝負はそもそも賭けになっていないんですから」


 そうして彼女は、その両の瞳に淡く微かなアカイロを宿す。


マト ー)メ「ああ、あなたは本当に私のことをよく知っているんですね。知っているのであれば、そんな条件を提示した意味も理解できます」


 ミィはあのふわふわとした特徴的な笑みを浮かべた。
 一瞬だが、それを見て都村トソンがフッと微笑んだ気がしたが、多分気のせいだろう。

375名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:12:04 ID:un0.uF.U0

 目の前の女とよく似た目を細め、ミィは言う。



マト ー)メ「あなたの思惑もこの勝負の行方も、もう既に、目に見えている―――」



 それが勝負の合図だと言わんばかりに彼女は一手目を指した。
 先攻後攻は決めていなかったが、都村トソンは特に気にした様子もなく即座に自分の手番を終わらせる。

 二手目。
 三手目。
 お互いにほとんど考えていないのではないかと思えるような早さで続けていく。

 遊戯室に駒の音が響く中、僕は少し逡巡してから訊いた。


( ^ω^)「なあ、質問していいかお?」

(-、-トソン「構いませんよ。まだ負けたわけではないので答えるとは限りませんが」


 黒い駒を取りながら都村トソンは答えた。
 声を掛けると邪魔になるだろうかと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。

376名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:13:04 ID:un0.uF.U0

 僕は言う。


( ^ω^)「お前の母親……『都村トソン』は生きているのか?」

(-、-トソン「私の知る限りではとうの昔に死んだはずですね」

( ^ω^)「行方不明じゃなかったのかお?」

(゚、゚トソン「違いますよ。殺害されました」


 暫し手を止め、彼女は答える。
 特に感慨深くもなさそうに。


(-、-トソン「当時のあの人は軍の研究所に所属していました。彼女は比類なき頭脳を持っていましたから、その生死で諸外国や諸団体の対応は明確に変化します」

(;^ω^)「……だから、軍は周囲にプレッシャーを掛け続ける為に『行方不明ということにした』ってことか?」

(゚、゚トソン「はい。死亡後数年は『生きている』と主張し続け、情報が漏れそうになると『行方不明になった』と発表した、というわけです」


 軍にとっては幸運なことに露出の少ない人物でしたから、と付け加えた。

377名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:14:08 ID:un0.uF.U0

 企業においても社長や重役、その中でも特に極めて有能な人間の逝去で株価が変化することがある。
 人間の死という悲報でさえも現代社会では情勢に影響を与えるカードの一枚でしかないのだろう。
 況してや今回の場合は空前絶後の天才科学者だ、生きているのと死んでいるのでは核兵器を持っているのと持っていないくらいの差がある。


(-、-トソン「上手くして死を偽装し現在も生きている可能性もあるでしょうが、私は寡聞にして存じません」


 嘘を言っているのかどうかは僕には分からなかった。
 まあいい。


( ^ω^)「じゃあ、僕の父にはついては何か知っているか?」

(゚、゚トソン「ここに来るまでに調べましたので、多少は。母がお世話になったようで。アルバムにも写真があったので勘違いということはないでしょう」

( ^ω^)「写真?」

(-、-トソン「集合写真です。あまりそういう物は好きではない人でしたから、仲が良かったのかもしれませんね」


 これについては僕達が集めた情報との矛盾もない。
 ひょっとして質問には答えるつもりで勝負を挑んできたのだろうか?
 最初から負けるつもりだったというか。

378名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:15:07 ID:un0.uF.U0

 随分と駒も減ってきた。
 終わりが近いことを察しながら僕は訊ねる。


( ^ω^)「……そもそも、なんでここに来たんだお」

(-、-トソン「忠告ですよ。小説や映画でもよくあるでしょう? 調査を続ける探偵の元に刺客が忠告に現れるというようなシーンが」


 そういう場合のお決まりの台詞をいくつか思い浮かべる。

 「お前の為にならない」。
 「世の中には知らなくとも良いことがある」。
 「自分の身が可愛いならば手を引け」。


( ^ω^)「確かによくあるな。だがそれで実際に忠告に応じる主人公は見たことがない」

(-、-トソン「その通りですが、あなたが脇役ならば間違いなく訪れるのは死ですよ。賢明な選択を期待します」

( ^ω^)「嗅ぎ回られるとお前に不都合があるのか?」

(゚、゚トソン「特にはありませんね。あったとしても誤差の範囲内です。かと言って純粋な親切心で忠告しているわけではありませんが……」

379名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:16:09 ID:un0.uF.U0

 なら、と僕は続けて訊いた。


( ^ω^)「……お前はミィについて、本当に何か知っているのか?」

(-、-トソン「知っていますよ。ですが――時間切れです」


 言われて気付く。
 チェス盤。
 先の一手で勝負は決していた。

 そして、その結果は―――。


(;^ω^)「…………引き分け……?」

(-、-トソン「その通りです。チェッカーというゲームは双方が最善手を指し続けた場合、必ず引き分けに終わる競技なんです」


 チェッカーの全ての手は計算し終わっている。
 故にそのデータベースを持つコンピューターに対しては世界チャンピオンであろうとも勝つことは不可能なのだという。
 実力や演算速度の問題ではなく、ゲームの性質的に引き分けにしかならない。
 たとえ『未来予測』の能力を持つミィだとしてもだ。

380名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:17:08 ID:un0.uF.U0

マト-ー-)メ「言った通りです」


 なるほど、とミィの言葉を思い出し僕は納得した。
 最終的に引き分けに終わるのならば、確かにこれは賭けになっていなかった。

 待てよ?


(;^ω^)「なら、お前も……」

(-、-トソン「はい。私には『未来予測』の能力はないですが、最善手を指し続けられる程度の頭脳は持っています」


 都村トソンはミィを試していた。
 ただし、引き分けになるかどうかを見ていたのだ。
 自分と同等以上の演算が可能かどうかを。

 僕はあの情報屋から聞いた話を思い出した。
 『都村トソン』はチェスで世界チャンピオンに勝ち、コンピューターにも勝る思考速度を有していた、と。


( ^ω^)「(全く……洒落になってないな)」

381名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:18:08 ID:un0.uF.U0

 やれやれだ。


(-、-トソン「……さて、勝負の決着は付かなかったので、私には正直に質問に答える義務はありませんね。自分の都合のいいように答えましょう」


 都村トソンは立ち上がりそう告げた。
 最初からこの展開に持っていくつもりだったのだと思うとクールな横顔も憎たらしく見えてしまう。
 ただ、それでも質問には答えてくれるようだ。 
 本当のことを言うかどうかは分からないにせよ。

 だったら改めて僕は聞こう。
 この女がどんな回答をするのかを。


( ^ω^)「それでも僕が訊ねるべきことは変わらない。お前は本当に、ミィについて何か知っているのか?」

(-、-トソン「知っていますよ」


 僕を真っ直ぐに見据えて彼女は言った。


(゚、゚トソン「何よりも、このまま進み続ければあなた方は必ず後悔する――ということを知っています」

382名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:19:07 ID:un0.uF.U0

 彼女は言った。
 自分は忠告にやって来たと。
 僕達の歩みを止める為に現れた使者。

 沈黙した僕を見かねてか、ミィは僕の隣に立つと口を開く。


マト-ー-)メ「『後悔』は物事の後になってからしかできないものです。それに後悔するかどうかは私達の問題です」

(-、-トソン「その通りです。ですが、その物事の後に後悔できる状態だとは限りませんよ?」


 そう、例えば。


(゚、゚トソン「行方不明になったという、あなたのお父様のように」

(;^ω^)「!!」

(-、-トソン「そもそも後悔すらできないような状況に陥るかもしれない。だから私は忠告しに来たのです。『手を引け』と」

(;^ω^)「お節介にも、僕達のことを考えてか?」

(-、-トソン「その通りです」

383名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:20:04 ID:un0.uF.U0

(゚、゚トソン「別にいいじゃありませんか。過去なんて分からずとも」


 「過去が分からなくても生きていけます」と彼女は続ける。
 仮に向き合わなければならない真実ならば必ずいつか対決することになるのだから、急いで探しに行く必要はないのだと。

 都村トソンは言う。

 知らないままならば、今のままでいられるのに。
 見ないフリをしていれば、ずっとこうして生きていられるのに。
 どうしてですか?と彼女は問い掛ける。


マト-ー-)メ「それでも私は【記憶(じぶん)】を探します。きっとブーンさんもそうです。私達にとって過去はそういう大切なものなんです」

(゚、゚トソン「これだけ言っても、まだ分かりませんか」

( ^ω^)「ご忠告は痛み入るが、僕達の行く道は僕達が決める。後悔するかどうかも、だ」


 僕とミィの言葉を受け、都村トソンは「そうですか」と目を伏せた。
 だが直後に顔を上げ言った。


(゚、゚トソン「口で言って分からないのならば仕方ありません。『ファーストナンバー』都村トソン――対象を撃滅します」

384名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:21:05 ID:un0.uF.U0

 *――*――*――*――*


 え?
 言葉を認識する暇はなかった。
 疑問符を浮かべることさえ許されなかった。

 「一瞬」。
 そんな単語ではまるで表せない刹那の瞬間に全ては始まり――そして終わっていた。



マト; -)メ「がっ……ぁ……!」



 都村トソンの姿が消えた。
 低い音が響いた。 
 ミィが、壁に叩き付けられていた。

 何が起こったのかまるで理解できなかった。
 今の今まで隣に立っていたはずのミィが僕の背後で呻いている。
 首を締め上げられ宙に浮いた両足をばたつかせ苦しんでいる。
 あの都村トソンがそうしている。

385名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:22:04 ID:un0.uF.U0

 彼女はミィと壁の方を向いている。
 こちらに背を向けている。

 だから僕は、即座に行動を起こした。
 予め取り出しやすい場所に入れておいたワイヤー針タイプのスタンガンを抜いた。
 だが。


(-、-トソン「大人しく見ていなさい」


 言葉に呼応し、電撃銃がひしゃげた。
 ゴミ処理場でしか聞かないような音と共に銃身がまるで何十倍もの重力に押し潰されたかのように用を成さない残骸へと変わった。


(゚、゚トソン「『未来予測』という能力は知覚(分析)、演算、予測という三つのプロセスから成るそうですね」

マト; -)メ「……ぃっ!!」


 都村トソンは語りながら片腕でミィを投げ捨てる。
 彼女は受け身も取れず毛足の長い絨毯に転がった。
 駆け寄る僕を冷めた目で見下ろし、史上最高の能力者は淡々と続ける。

386名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:23:05 ID:un0.uF.U0

 ですが、と。


(-、-トソン「仮に一瞬で相手の攻撃を予測し終えたとしても、それだけでは意味がない」

(;^ω^)「ミィっ!! 大丈夫か、しっかりしろ!」

(゚、゚トソン「何故ならば予測しただけでは未来は変わらないから。相手の攻撃を避ける為には、先の三つのプロセスの後に『行動』が必要です」


 都村トソンがそこまで言ったところでミィが立ち上がった。
 咳き込んではいるが、無事らしい。


マト; -)メ「……だから私では、あなたには勝てない」

(-、-トソン「その通りです。あなたが私の次の一手を予測したとしても、あなたがその一手を避ける為の一手を打つ前に、私は行動を終える」

マト; -)メ「空間歪曲能力を用いた……ディーン・ドライブによる、亜光速移動……。それが、『ファーストナンバー』が最高の能力者足り得る理由……」

(゚、゚トソン「そこまで理解してなお、私の前に立ったことは尊敬に値します。いい覚悟です、感動的ですね。だが無意味です」


 ミィが未来を見通すのだとすれば、その未来を光速で書き換えるのが――『ファーストナンバー』都村トソン。

387名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:24:08 ID:un0.uF.U0

 そう、これもどうしたって勝ちようのない勝負だった。
 それを理解したからこそミィはあれほどまでに都村トソンに恐怖していたのだ。

 都村トソンは勝負も覚悟も無意味だと告げた。
 だがそれでも。
 いや、だからこそ僕はミィの行動には意味があったと思う。

 それはつまり――どんな真実が待っているとしても、その過去と向き合うという覚悟と同じものなのだから。


(-、-トソン「忠告はしました。どんな選択をするかはあなた方の自由です。ですが今のまま進み続ければ、間違いなく後悔します。これが最後のチャンスです」

マト; ー)メ「……目に、見えています」

(-、-トソン「そうですか」


 一方はいつものような笑みを浮かべ。
 もう一方は、笑わなかった。

 彼女はそう言い残し部屋を出て行った。 
 それで終わりだった。
 後には僕達と、初めて足を踏み入れた時と何も変わらない静寂だけが残った。

388名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:25:09 ID:un0.uF.U0

 *――*――*――*――*


 都村トソンとの邂逅から丸一日が経った。
 僕達は二人で夕陽を眺めていた。

 ある地方の展望台。
 肌寒い季節のせいか今日が平日なせいかどちらの要因が大きいのか分からないが、辺りには誰もいない。
 秋風に吹かれながら二人で沈み行く夕陽を見ていた。

 理由などない。
 なんとなく歩き続けている内にここに辿り着いてしまっただけだ。
 それだけのこと。
 意味なんてなくて良かった。


( ^ω^)「なあ、ミィ」

マト-ー-)メ「なんですか?」


 僕は問い掛け、彼女は応じる。
 この数週間で幾度となく繰り返したやり取り。

389名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:26:31 ID:un0.uF.U0

 僕は紅い夕陽に、先月まで毎日見ていたはずの故郷の景色を妙に懐かしく思い出しながら言った。


( ^ω^)「あの都村トソンの言ってたことを全部信じるわけじゃあないが……でも、やめるなら今だと思うお」

マト-ー-)メ「ブーンさんこそ、後悔するかもしれませんよ? あるいは後悔できなくなるかもしれません」

( ^ω^)「かもしれないな。だから、やめるなら今だと思う」


 やめたいんですか?と彼女は訊ねる。
 どうだろうなと僕は答えた。


( ^ω^)「父のことは知りたい。だけど、命だって大事だと思うんだ。僕は臆病なのかな」

マト゚ー゚)メ「……いえ。人間は過去の為だけに生きるものではありませんから」

( ^ω^)「それは、そうかもな」

マト-ー-)メ「私は『現在』とは今この一瞬のことだけではないと思います。今の日常が『現在』なんです。過去も未来も、少しずつ『現在』に含まれる」

( ^ω^)「……なるほど。確かにそうかもしれない」

390名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:27:11 ID:un0.uF.U0

 過去と現在も、現在と未来も。
 そこまで厳密に分けられるものではないのかもしれない。

 少なくとも人間が普段思う『現在』には、彼女が言うように過去も未来も少しずつ含まれている。
 大学に行ったり、友達と談笑したり、父の荷物を整理して悲しんだりする。
 それが僕の『現在』だった。

 だとしたら僕にとっての『過去』は何になるのだろう?
 父と過ごした日々だろうか?

 なら、『未来』は?


マト-ー-)メ「こうして生きていられる以上、『過去』よりも『現在』を重視することは当然のことなんです。それは悪いことではない」

( ^ω^)「そうかもしれないな」


 僕は呟き、けれどそれだけでは終わらず続けた。


( ^ω^)「……だけどさ、『過去』を知ることによって初めて開ける『未来』もあるんじゃないのかお?」

391名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:28:05 ID:un0.uF.U0

 確かにこのまま生き続けていけば『現在』が緩やかに続いていくのだろう。
 続いていく先にある『現在』はそれも一つの『未来』だ。

 けれども、『過去』と向き合うことによって初めて選べるようになる『未来』もあるはずだ。
 僕はそう思う。
 だから。

 僕の言葉に彼女は笑った。


マト^ー^)メ「それも、そうかもしれません」


 あの特徴的な、掴みどころのないふわふわとした笑み。
 それが何よりも彼女の答えを表していた。

 最早、口にするまでもない。

 だからもう少しだけ進んでみよう。
 これからの『未来』を選ぶ為に。
 この先に、何が待っていたとしても。

392名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:29:08 ID:un0.uF.U0

 僕も彼女もそれからしばらくの間、黙っていた。
 黙って夕陽を眺めていた。 


マト゚ー゚)メ「ブーンさん。どうせですから写真でも撮りませんか?」


 写真を撮るということは記憶を一つの記録に変える行為だ。
 父が大学時代の一枚をずっと持ち続けていたように。
 だから彼女との写真も僕にとって大切な思い出になるはずで。

 だからこそ、僕は言った。


( ^ω^)「……いや、今日はやめておこう。もう暗くなる。また何度でも来ればいいだけの話だ」


 そうだ。
 ここに来たことに意味なんてなくていい。
 たとえ後悔したとしても、これからも僕達は生き続けるのだから。

 何度でも訪れる今日には特別な意味なんてなくったっていい。

393名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:30:05 ID:un0.uF.U0

 *――*――*――*――*



 ―――そして、終わりが始まった。


 始まりが唐突であったように、終わりも同じように突然だった。

 前触れなど一切なかった。
 伏線もお約束もない。
 始まりと同じように純粋な偶然が終わりを告げる。

 それはたまたま僕がミィと離れた時だった。
 二人で買い物に行って、たまたま買い忘れた物があることに気付き、一人で走って店へ戻る最中だった。


ミセ* ー)リ


 夜の街を走る僕は道の先に少女を見つけた。
 黒のパーカーを着た小柄な子で、フードを被っている為に顔は隠れていた。
 こちらへと歩いてくる少女と夜道で僕はすれ違う。

394名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:31:07 ID:un0.uF.U0

 それだけのはずだった。



「―――なーんだ、こんな所にいたんだぁ」



 すれ違う瞬間に少女はそう口にする。
 次いで、パチンと指を鳴らした。
 その仕草に僕ができれば二度と会いたくない相手を思い浮かべた瞬間。

 僕は――その場に崩れ落ちた。


(; ω)「…………え?」


 膝から力が抜ける。
 呼吸ができない。
 意識が遠のく。 
 光が消える。
 コンクリートに打ちつけた肩だけが、熱く痛い。

395名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:32:04 ID:un0.uF.U0

 目を開けているはずなのに何も見えない。
 声を出そうとしても喉は動かない。
 何が起こったのか分かるはずもない。

 どういうことだ?
 ……僕は、どうなった?




「―――ブーンさんっっっ!!」




 暗闇の中で最後に残った感覚が彼女の声を捉えた。
 ああ都村トソン、お前の言う通りだ。
 確かに後悔することになった。

 僕は泣き出しそうな声音のミィにどうすることもできないことを悔やみつつ、緩やかに意識を手放していく。

 もし今度目が醒めることがあったなら、泣いているであろう彼女をどうやって慰めようか。
 最後にそんなことを考えた。

396名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:33:05 ID:un0.uF.U0


  この時の僕にとっての『現在』はあの住み慣れた家と大学を往復する日々ではなかった。
  この時の僕にとっての『現在』は即ちミィとの日常だった。

  街をぶらつき、買い物をし、喫茶店でコーヒーを飲み、他愛もない雑談をして、今日の宿を探し、明日以降の『未来』を夢見て眠る。

  『未来』を夢見る僕達は忘れていた。
  『未来』が夢見た通りのものではないかもしれないということを。
  ……分かっていたつもりになっていた。 

  後悔がないと言えば嘘になる。
  だけど、もう僕達のあの『現在』は――あの『過去』は、戻ってこない。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第七話:シ者」





.

397名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 20:34:13 ID:un0.uF.U0

ラスト三話です(予定)。
よく考えたら次回予告したのに投下時間知らせてなかったですね、すみません。

398名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 22:33:46 ID:M28cgDGM0
乙!!

399名も無きAAのようです:2014/01/18(土) 23:25:36 ID:MP6XHE4I0
乙です!
続きが気になる!

400名も無きAAのようです:2014/01/19(日) 00:25:53 ID:ITWXKTcA0
おつ!
トソン強すぎと思ったら一気に話し進んだな
楽しみにしてる

401名も無きAAのようです:2014/01/19(日) 00:33:55 ID:VSGE3dDA0

続きを楽しみにしてる

402名も無きAAのようです:2014/01/21(火) 07:12:27 ID:LURJ7k1I0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:不明
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色は橙に近いヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝き、更に集中すると色が濃くなり紅色に変わる。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な知識も備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
 顔立ち、特に目元が超能力の研究をしていたと言われる科学者『都村トソン』及びその娘に似ている。

403名も無きAAのようです:2014/01/21(火) 07:13:20 ID:LURJ7k1I0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・前回までの合計 14,921,520円
・宿泊費 約37,000円
・生活費 約8,000円
・武装費他 約22,000円
______

・合計 14,988,520円


【手に入れた物品諸々】

・情報

404名も無きAAのようです:2014/01/21(火) 07:14:05 ID:LURJ7k1I0

今の予定では九話の終わりに安価を実施するので、どうぞよろしく。
結末が変わる類のやつです。

405名も無きAAのようです:2014/01/21(火) 11:12:53 ID:54k.3/g.0
この安価は熱いでぇ…!

406名も無きAAのようです:2014/01/21(火) 19:15:43 ID:LIogIj56O
おつ
結末が変わるっておい、今から緊張してきたわ

407【第七話予告】:2014/02/04(火) 17:39:18 ID:uPTw4gTQ0

「……彼等は今の彼等が知らない過去によって出逢った。
 運命、偶然、因果、意図、あるいは――記憶。
 きっと彼等だけではありません。
 人間は誰だってそうなのでしょう。
 私達は自分で選択したわけでもないのに気付いた時には既に状況に拘束されている。
 そういうものです。

 ですが、それはそれまでのこと。
 それだけのこと。
 彼等が出逢った後で、彼等がどうするか、何を目的に生きていくかは彼等自身が決めることです。
 たとえトマトの一つに過ぎないような存在だとしても。

 何処へ行ったって同じ。
 今は嘘になんてなりはしない。

 だけど、いえだからこそ、できることならば彼等は何も知らないまま、自由に生きていて欲しかった―――」



 ―――次回、「第八話:Memorable Meme」

408名も無きAAのようです:2014/02/04(火) 17:40:12 ID:uPTw4gTQ0

第八話は2月6日夜〜深夜に投下予定です。
予定は未定。

2月中に終わればいいなー。

409名も無きAAのようです:2014/02/04(火) 18:19:56 ID:uZEybl360

待ってる。

410名も無きAAのようです:2014/02/04(火) 18:50:35 ID:2xzgv5D2O

マトマトだからトマトってか
楽しみだな

411名も無きAAのようです:2014/02/04(火) 19:48:59 ID:1huACYRAO
>>410
お前頭良いな

412作者。:2014/02/06(木) 21:27:12 ID:ZpAV6Pkw0


書き直したいところができたので投下は延期します。
満足の行く出来になり次第、また投下したいと思っています。

それでは。

413名も無きAAのようです:2014/02/06(木) 21:59:16 ID:Qzgu.j9w0
待ってる

414名も無きAAのようです:2014/02/07(金) 00:17:55 ID:BbEYPUScO
期待

415名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:45:18 ID:iEUzuBzM0


  少し難しい話をしよう。

  古典的な決定論によれば未来は決定しており、そこに僕達の自由意思が介在する余地は存在しない。
  全てを知覚し全てを演算し全てを予測している知性のことをある数学者は『ラプラスの悪魔』と名付けた。


  少し難しい話をしよう。

  才人は運良く才能を持って生まれただけに過ぎず、成功はその才能がたまたま社会に需要されただけに過ぎず、故に社会は根本的に不平等だ。
  人間の人生の結果、その全ては究極的には偶然性に依っているのだとある哲学者は語り、現代経済学の礎を築いた。


  少し難しい話をしよう。

  全ての選択肢で世界が分離していくという量子力学的な多世界理論を取るとすれば、どのようなハッピーエンドも単に幸運な分岐が選ばれただけに過ぎない。
  個人の行動も選択も何もかもがなんの意味も成さない無限分岐の世界をある文学者は題材にした。


  少し難しい話をしよう。

  大いなる神が創りたまいしこの世界は神の摂理の下にあり、人の全ての歴史は神の配慮によって起きており、救済に与る者は遥か昔より決定している。
  神は選ばれし者の為だけに言葉を残されたのであり善行と救済は関係がないとある神学者は提唱し、現世に議論と改革を残した。

416名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:46:06 ID:iEUzuBzM0

  未来は全て決まっている。
  人の意思には価値がない。
  それは、そうなのかもしれない。

  だけど僕はそれでも言いたい。
  僕達の選択が未来を作ると、未来への切符はいつも白紙なのだと。

  自由が無価値よりも遥かに過酷なことだとしても――僕はそう叫び続けたい。





        マト ー)メ M・Mのようです


        「第八話:Memorable Meme」




.

417名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:47:07 ID:iEUzuBzM0

 
 ―――『過去』。

 『現在』。
 『未来』。
 選択、意思、人生、後悔、才能、価値、意味―――自由。


 ……ああ、そうだよな。
 分かってるんだ。

 僕は大して神を信じちゃいない。
 だから、こんな時だけ都合良くその神の使いとやらが現れて。
 行くべき道を。
 後悔しない選択を、示してくれるとか。
 そんなこと、期待するのも馬鹿らしいんだ。

 僕達は自由だ。
 だから自分で未来を選んでいくしかない。
 何も分からなくたって、そうしていくしかないんだ。

 だってそれが生きるってことだろう?

418名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:48:06 ID:iEUzuBzM0

 だから。
 うん、分かってるよ。
 こんな暗闇で言葉を並べていたって何も変わりはしないことくらい。

 言葉っていうのは一人で悩む為にあるものじゃない。
 他人と繋がって考える為にあるものだ。

 あるいは――無知な自分を奮い立たせる為に、大切な誰かを慰めてその涙を止める為にあるものだから。


 ……さて、じゃあ。
 分からないことばかりだし、悔やんでも悔み足りないし、それはこれからも続いていくんだろうけど。
 もしかしたら今度こそ死んでしまうかもしれないんだけれど。

 それでもこれは僕の人生だから。
 まだ僕は生きているから。


 ―――そろそろ、目を醒まそうか。



.

419名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:49:06 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 右手の手の平が温かい。

 そんな感想を抱きながら僕は目を開ける。
 ぼんやりとした頭で考えるが、そのコンクリートの天井に見覚えはなかった。


( ^ω^)「ここは……」


 ここは何処だ?
 どうなったか、は幸いにも覚えている。

 明るさの足りない室内で僕は上半身を起こし、そこで気が付く。
 手の平に伝わる熱の正体。
 ベッド脇のパイプ椅子に座っている少女が僕の手を強く握っていたのだ。
 彼女の名前だって、僕はちゃんと思い出せる。


( ^ω^)「……ミィ?」

マト -)メ「…………」

420名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:50:06 ID:iEUzuBzM0

 その名前を呼ぶ。
 答えはなく、彼女は俯いたままだった。

 寝ているのだろうか?
 だが直後にそうではないと気付く。
 小さな肩が震えていた。


マト -)メ「…………なさい」

( ^ω^)「え?」

マト -)メ「……約束したのに。守れなかった、ごめんなさい……」


 守れなかったというのは約束のことだろうか。
 それとも、僕のことだろうか。

 僕の彼女の契約。
 約束。
 僕達はお互いの目的の為に手を結んでいたわけで、それで。


( ^ω^)「何言ってるんだお。僕はこうして生きてる」

421名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:51:06 ID:iEUzuBzM0

 それだけで重畳だし、と言いながら両手両足の感触を確かめる。
 一つもおかしな部分はない。


( ^ω^)「護衛としての役目には、まあ……不備があったかもしれないが、僕だって傷を負うことくらい覚悟してた」


 父親が失踪し。
 痕跡がなく。
 部屋が荒らされ。
 最初から危険など承知で、僕はこうして父の足跡を探している。

 無傷で安全に終われればそれが一番だったし、その為にミィを雇ったという面もあったが……。
 トントン拍子に上手くいくほど甘くないということは分かっていたつもりだ。


( ^ω^)「そんなに気にするほどのことじゃないお。僕はこうして五体満足なんだし」

マト -)メ「違うんです、ブーンさん……」

( ^ω^)「何が違うって言うんだ?」


 と。

422名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:52:06 ID:iEUzuBzM0

 彼女がその答えを口にする前に部屋の扉が開いた。
 そこに立っていたのは顔に大きな古傷のある黒髪の少女だった。

 纏う底知れぬ異常さに思わず冷や汗が流れる。
 二度と遭いたくなかった相手。
 その少女は咥えていた棒付きキャンディをパキリと噛み砕き、僕に笑みを見せた。

 奴が、立っていた。


(#^;;-^)「なんや、えらい元気そうやん?」


 悪魔の右腕を持つ超越者。
 『殺戮機械』と呼ばれる少女がそこに立っていた。


(;^ω^)「…………なんで、お前が?」

(#゚;;-゚)「へぇ、なるほどなあ」


 彼女――という呼称が正体不明の奴に相応しいかは分からないが、とにかく彼女は言った。

423名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:53:06 ID:iEUzuBzM0

(#^;;-^)「てっきり勘違いしとると思とったけど、そうでもないみたいやな」

( ^ω^)「何の話だ?」

(#゚;;-゚)「兄さんを襲ったていう奴、指鳴らしとったらしいやん。だから、うちと勘違いしとるんやないかってな」


 ああ、そのことか。
 首を振って僕は答えた。


( ^ω^)「あのパーカーの子はお前じゃない。確証はないが、それくらいは分かる」

(#゚;;-゚)「へぇ? 勘か?」

( ^ω^)「というよりも、印象の違い……と言うべきかな。姿を変えられる相手に印象も何もないだろうが」


 それでも、僕を襲った相手とこの『殺戮機械』は別人だと思うのだ。
 あの少女の異常性に気付いたのは意識が途切れる寸前の最後の一瞬だけだったが、威圧感があることは同じでも決定的に何か違う部分があった。
 具体的に何かは分からない。
 分からないが、きっと別人だと思う。

 『殺戮機械』のこちらの根幹の脅かすような恐怖とは、何かが違った。

424名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:54:06 ID:iEUzuBzM0

( ^ω^)「それにミィが襲われるなら分かるが、お前には僕を襲う理由がないだろ? お前は『未来予測』の能力が目当てなんだから」

(#^;;-^)「おっしゃる通りやな。誤解を解く暇が省けて嬉しいわ。尤も、もし勘違いしとった場合は殴って分からせとったけど」

(;^ω^)「…………」


 殴って分からせる?
 確かコイツ、クレーン車でも動かすのが難しそうな巨大な棒を振り回していてなかったか?
 そんな力で殴られたら顔がアンパンのヒーローよろしく僕の頭が吹き飛ぶぞ。
 洒落になってない。

 一息置いて、僕は言った。


( ^ω^)「最初の質問に戻ろうか。どうしてお前がここにいる?」

(#゚;;-゚)「一言で言えば……成り行きやな。変わった魔力震を感じたもんやから行ってみたら兄さんが倒れとった」

( ^ω^)「……イマイチ分からないな」

(#゚;;-゚)「魔力震やなくて呪波とか揺らぎとかでもええんやけど、とにかく超能力使った痕跡ってことや。うちが持ってない能力のな」

( ^ω^)「で、それを収集する為にワープしたら、僕がいたわけかお」

425名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:55:06 ID:iEUzuBzM0

 泣いとるお嬢ちゃんと一緒にな、とディは付け加える。


(#゚;;-゚)「で、まあ……扱いに困ったから今の寝床に連れてきた」

( ^ω^)「……じゃ、とりあえずお礼を言っておくお。ありがとう」


 僕の言葉に、彼女は薄笑いを浮かべた。
 ミィの笑顔とは全く異なる、ゾッとするような微笑だ。

 彼女は言った。


(#^;;-^)「そんなことよりも兄さんには礼を言うべきことがあるんやで。というよりも、頼むべきことか」

( ^ω^)「どういうことだ?」

(#゚;;-゚)「すぐに分かるわ。そのお嬢ちゃんがなんで泣いとるかもな」


 そうして『殺戮機械』は軽く指を弾く。
 乾いた音。
 彼女が能力を使う合図。

426名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:56:07 ID:iEUzuBzM0

 そう。
 その瞬間だった。

 ―――僕が光を失ったのは。


「…………え?」


 暗闇の中、状況を理解できない僕に特徴的な口調が答えを教える。


「今、兄さんからうちが貸しとった力の一つを取り上げた。つまり今の状態がアンタの本当の状態や」

「いや、そんな……これは、」


 戸惑う僕に対して彼女は淡々と告げる。
 目の前の現実を直視できない。
 最早その「目の前」は認識できず、「直視」することも叶わない。


「ご愁傷様、失明や。五体満足には程遠いな。……もう二度と、その両目に何かが映ることはないんやから」

427名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:57:06 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 僕はどうにか口を開く。


「…………頼む」


 上手く言葉が紡げない。
 声音が震えている。

 暗闇がこんなに怖いものだとは知らなかった。
 何も見えないことがこんなにも恐ろしいだなんて。
 できることならば、知りたくなかった。


「何をや?」

「分かってるんだろ……頼む」


 必死で声の震えを止めて、僕は言う。

428名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:58:06 ID:iEUzuBzM0

 視覚以外の感覚が異様に鋭くなったような錯覚。
 右手から伝わってくるミィの温度が熱い。
 その焼け付くような熱さを拠り所として言葉を紡ぐ。


「……僕の目を、見えるようにしてくれ」

「ええけど、効果は一時的やで?」

「構わないお」

「せやかてすぐにまたその暗闇に戻ることになるんや、そんなん何度も失明する恐怖味わうみたいなもんやん。そもそもさっきまでうちが使っとった能力は、」

「いいからッ!!」

「…………はあ。分かったわ」


 敏感になった聴覚が少女の特徴に口調と溜息を捉える。
 次いで、鼓膜が小さな破裂音に震えた。

429名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:59:08 ID:iEUzuBzM0

 瞬間――僕の世界に光が戻った。

 視界に満ちる光の量に一瞬ふらつきながら、僕は思い切り右手を引く。
 ミィと繋がったままのその右手を。


マト; -)メ「え……」


 そうして僕は彼女を抱き寄せ、抱き締めた。
 僕と同じか、それ以上に恐怖に震えている少女を。

 自分自身に大丈夫だと言い聞かせ。
 そして、言う。
 精一杯の強がりを。


( ^ω^)「―――お前のせいじゃない。お前のせいなんかじゃ、ないから」


 強がりだっていいんだ。
 後で泣いたっていい。

 でも、今だけはそう言うんだ――大丈夫、男の子だろう?

430名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:00:06 ID:iEUzuBzM0

マト; -;)メ「でも……ッ! ブーンさん、目が……!」

( ^ω^)「気にするな……って言うのは無理か。僕だって流石に気にするお。まったく、こんなことになるならボウリング場で……って、そうじゃないか」


 でも、と僕は涙を流し続ける彼女に告げる。


( ^ω^)「もし負い目を感じるなら、僕の目になってくれないか?」

マト; -;)メ「目……?」

( ^ω^)「ああ、そうだ」


 僕の目はどうやら見えなくなったらしい。
 今こそこうして君を見ることができるけれど、それも短い間のことだ。
 だから、その代わりを。


( ^ω^)「少しの間だけでいいから――僕の代わりに『過去』を見据え、僕と一緒に『未来』を夢見る、僕の目になってくれないか?」


 僕はそう言った。

431名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:01:07 ID:iEUzuBzM0

 彼女は僕の腕の中で小さく頷く。
 どうやら涙も止まったらしい。

 それだけで、今はとりあえず良いことにしよう。


( ^ω^)「にしてもお前、酷い顔してるお。トイレに行って顔でも洗ってこい。いつものあの笑顔を見せてくれ」


 僕がそう続けると、ミィは再びコクリと頷いて部屋を出て行く。
 彼女の足音が遠くなったことを確認してから息を吐く。

 ミィもいないことだし、少しくらい泣いてもいいだろうか?
 ……いや駄目だ。
 ミィの瞳ならば同じ建物の出来事くらいは全て把握する。
 だから、我慢。

 もう一度溜息を吐いた時、ずっと立ったままだったディが言った。


(#゚;;-゚)「呆れるくらいの強がり……いや、そこまで行ったら一つの強さか。尊敬するわ、ホンマに」

( ^ω^)「そうか? 思ったことを言っただけだお」

432名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:02:12 ID:iEUzuBzM0

 折角の強がりが無駄になるような余計なことを言われない内に、それよりも、と話題を変える。
 状況の把握に努めなければ。


( ^ω^)「……そもそも僕はなんで失明してんだお。何があった?」

(#゚;;-゚)「原因を訊いとるんやったら『分からん』とだけ答えられるな。ある意味でこれほど分かりやすいこともないんやけど」

( ^ω^)「どういうことだ?」

(#゚;;-゚)「兄さんに危害を加えたんはそのパーカーの女や。当然、今の状態もその女の能力の結果やな」


 やけど、と続ける。


(#゚;;-゚)「目を潰されたんやったら分かりやすいわな。眼球がないから見えない。やけど、そうやない。原因が一切不明なんや」

( ^ω^)「なんだか分からないが、『目が見えない』という結果だけがあるってことか。そしてそれは能力の結果だと」

(#^;;-^)「そういうことやな。まあ実際んところは、今すぐ心臓発作で死ぬ可能性はゼロやないってだけの話なんやけど……」


 そうして『殺戮機械』は語り出す。
 僕が意識を失った後、世にも珍しい能力を持つ少女が何を起こしたのかを。

 どんな風にモラトリアムの終わりが始まったのかを。

433名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:03:08 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 僕が倒れた後――いや厳密には、倒れる直前にはミィは全てを察して僕の元へ向かった。

 しかし如何せん気付くのが遅過ぎた。
 彼女が目にしたのは、アスファルトに倒れ伏した僕の姿。
 そしてその傍らに立つ小柄な少女。

 遅過ぎた。
 それだけは明白だった。



マト; -)メ「―――ブーンさんっっっ!!」



 駆け付けてきたミィを見て、少女は微笑む。
 戦慄したという。
 サイズの合っていないブカブカの黒のパーカー、そのフードの奥から覗く瞳を見て、ミィはゾッとした。

 いや、少し違うだろうか。
 アカイロに染まった両目で知覚した瞬間に背筋が凍り、実際に目の当たりにした時には心臓が止まりそうになったらしい。

434名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:04:08 ID:iEUzuBzM0

 そう。



ミセ*^ー^)リ「こんな所で会うだなんて、奇跡的だねぇ」



 その鮮烈さに、少女以外の色が世界から消え失せたようだった。
 『未来予測』という能力を持つミィだからこそ分かる、少女が秘めたチカラの大きさ。

 それほどまでに――熾烈で。
 それほどまでに――強烈な。
 いっそ『絶望』と呼んでも過言ではないような、そんな在り方の化物だった。


マト; −)メ「ブーンさんに……何をしたんですか……!」

ミセ*^ー^)リ「そんなこと、その目で分かるでしょう? ねぇ、『プロヴィデンス』」


 宗教における摂理や因果を表す単語でミィを呼ぶと、少女はいとも無邪気に笑ってみせた。
 そして彼女の言う通りでもあった。

435名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:05:07 ID:iEUzuBzM0

 「何をしたか」なんて、ミィの目を以てすれば自明だった。
 その時の僕の状態は言葉にはできない。
 不整脈を原因としたアダム・ストークス発作、原因不明の虚血性心疾患、心筋梗塞、脳貧血による意識障害……。
 医学的な単語だけを並べるだけでは実情を表すには至らない。

 詰まるところ、その瞬間の僕という人間は『運悪く死にかけていた』。
 心臓が動いておらず、呼吸の継続が不可能で、脳への血流が止まっていたのだ。

 ただ、『運悪く』―――。


ミセ*^ー^)リ「はじめまして『プロヴィデンス』。私は『クリナーメン』」


 それがどういうことなのかを、恐らく世界中の誰よりもミィは理解していた。
 だからこそ戦慄し恐怖したのだ。
 絶望した。

 ……例えば、自分の頭上に隕石が落ちてきて運悪くそこにいた自分だけが即死する確率。
 そんな死に方をした人間は歴史上にも数えるほどしかいないだろうが、もしかしたら一人もいないかもしれないが、それでも理論上はありえる。

 確率上では飛行機は一年間毎日乗り続けても一度も墜ちることがないくらいに安全な乗り物だが、それでも不運にも墜落事故で命を落とす人間はいる。
 毎日ハンバーガーを食べ続けても健康そのものな人間も、ポックリと心筋梗塞で亡くなってしまう人間もいる。
 極端な話になるが、量子力学におけるトンネル効果によれば壁にボールを投げ付けた場合、そのボールが壁を通り抜けてしまうことも可能性としては存在する。

436名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:06:09 ID:iEUzuBzM0

 可能性はゼロじゃ、ない。
 そして、ゼロではないということは起こり得るということだ。

 原子論における偶然性を表す単語を名乗った少女、彼女が行ったのはつまり、そういうことだった。



ミセ*^ー^)リ「この奇跡的な出逢いに感謝しましょう? この素敵な偶然に」



 『量子干渉』。
 『確率変動』。
 『運命操作』。

 名称はなんでもいい。
 『クリナーメン』と自称する彼女は、偶然を操る異能を持っていた。


マト# −)メ「……!」


 そうして偶然にも――あるいは、必然に。
 因果に纏わる異能者と奇跡を服わす異能者は出遭った。

437名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:07:07 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 少し考え、僕は言った。


( ^ω^)「あのパーカーの少女は確率を操る異能を持ってたってことかお?」

(#゚;;-゚)「そういうことになるわな。コペンハーゲンなんちゃら的に言えば量子の不確定性に干渉する能力。だから兄さんが失明した理由もそういうことや」


 失明の原因が「分からない」というのはそういうことなのだろう。
 どういうことかと問われれば、ただの不運でしかない。
 あの少女が行ったのは僕にとって不幸な偶然が起こり得る確率を跳ね上げただけなのだ。

 心筋梗塞の危険因子なんて誰もが少しは持っている。
 いきなり心臓だか血管だかが御機嫌斜めになって死ぬ確率は誰だってゼロではない。
 極端に言えばそれは今日の運勢やラッキーアイテム次第だ。


( ^ω^)「『確率論(クリナーメン)』ね……」


 起こる可能性がある事象を、確率を操作することで起こりやすくする。
 壁に投げ付けられたボールがそのまま壁を通り抜けるという事象が確率的にはありえる以上、確率を操作できるならば全能と言っても過言ではない。

438名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:08:07 ID:iEUzuBzM0

 僕は訊いた。


( ^ω^)「思った以上にヤバい相手だということは分かった。けど、その話の通りだと僕が死んでるんだが……」

(#゚;;-゚)「心臓動かなくなってもすぐ死ぬわけやないやん」


 そりゃそうだけども。
 そして僕は生きてるけども。


(#゚;;-゚)「その後、お嬢ちゃんはそのガキを相手にせんかった。応急処置せんと兄さんが危ない状態やったからな。で、ソイツは去っていったと」


 なるほど。
 彼女の賢明な判断に感謝するばかりだ。
 激昂して相手に襲い掛かっていたら、対処が遅れ、僕は本当に死んでいたかもしれない。
 やはりミィはちゃんと僕を守ってくれたのだ。

 それはそうと心臓が止まっている相手に対しての応急処置なんて、連想されるのは一つしかない。
 思わず、最早無意識的に自らの唇を指でなぞってしまう。

439名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:09:07 ID:iEUzuBzM0

(#^;;-^)「一応言うとくと、うちは心を読むような能力を持っとるんやけど」

( ^ω^)「…………今発動していないことを祈るばかりだ」


 閑話休題したいという僕の思いを読み取ったのか、数え切れないほどの異能を持つ少女は話を再開する。


(#゚;;-゚)「その『クリナーメン』いう女が能力を使った瞬間、うちはそれを察知し現場へ向かった。えらい強烈な能力やったからな……」

( ^ω^)「お前が、『殺戮機械』とまで呼ばれる存在がそこまで言うほどか?」

(#゚;;-゚)「そこまで言うほどや」


 彼女は即答する。
 アレはヤバい、と。


(#゚;;-゚)「確率操作する能力なんて無敵みたいなもんやからな……。昔、『運命の輪』って能力を持つ奴がおったらしいけど、ソイツも相当やったらしい」

( ^ω^)「らしい?」

(#゚;;-゚)「当事者にとって不都合な運命を変え続けるって能力やったらしいから、うちみたいに害意を持っとる奴は出逢うことすらできんかったんや」

440名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:10:07 ID:iEUzuBzM0

 自分にとって都合の良いように運命を変えていく能力。
 そんなもの、世界を支配しているのと何が違うのだろうか?
 そのなんとかという能力と同じではないだろうが、『確率論(クリナーメン)』という確率を操作する異能が彼女曰く「ヤバい」のは事実なのだ。

 ……そして多分、そんな力を察知して迷わず手に入れようと行動を起こしたこの『殺戮機械』も相当ヤバい。
 仮に運命が敵に回っても勝てる算段があったということなのだから。


(#^;;-^)「ただ上手く行かんもんでなあ。行動自体はすぐに起こしたけど、すぐには辿り着けんかった」

( ^ω^)「それも、例えば『邪魔が入らないような確率』を跳ね上げることで誰かが横槍を入れることを妨害したってことか? 無茶苦茶だな……」

(#゚;;-゚)「そやな。頑張って対抗して辿り着いた時には既にお目当ての相手はおらず、しゃーなしに兄さんを少し治療して、その場から退避したってわけや」


 やはり確率操作能力にも彼女なら対抗自体はできるらしい。
 同じ能力を持っていれば容易いか。
 向こうはサイコロの目を全部一に変えているようなものなのだから、それを元に戻すとは行かずとも、一の目を半分くらいにできればどうにかはなるだろう。

 だがとりあえず、お礼を言わなければならない。


( ^ω^)「何かしてくれたって言うなら、ありがとう。感謝するお」

441名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:11:07 ID:iEUzuBzM0

 ん、とディは短く応じた。
 奪ってばかりだからか感謝されることに慣れていないのかもしれない。


(#゚;;-゚)「で、他にご質問は?」

( ^ω^)「お前と同じようにそのパーカーの少女も指を鳴らす癖があったらしいが、知り合いか?」

(#゚;;-゚)「知り合いやったらとっくの昔に能力奪っとるわ。必要とあらば命もな」


 サラリと恐ろしいことを告げて、次いで指を鳴らしてから言った。


(#゚;;-゚)「ゆーてもこんなん、探せば見つかる程度のありふれた癖やしなあ……。うちの場合も他人の仕草を真似したものやし」

( ^ω^)「なるほど……」


 『殺戮機械』と『クリナーメン』に共通している要素があるとすれば、有する異能力の膨大さだ。
 やろうと思えば大抵のことができてしまう。
 だとしたら、自分の中でメリハリを付ける為に一つ動作を挟むのは自然なこととも言える。
 指を鳴らすことで一つ一つを区切っているのだ。

442名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:12:07 ID:iEUzuBzM0

( ^ω^)「なら、そのパーカーの少女は何者で、何処にいるのか分かるか?」 

(#゚;;-゚)「うちは分からんけども、」


 と、言い掛けてディは部屋の入り口へと視線を向けた。
 そこにはお手洗いから戻ってきたミィが立っている。
 残念ながら僕が望んだ笑顔ではないが、真剣な話題の最中だ、仕方がない。

 そうして彼女はあの『ファーストナンバー』にも似た毅然とした表情で告げる。


マト-−-)メ「『暗闇の底で、私はずっと、あなたが訪れるのを待っている』――そう言い残して去って行きました」

( ^ω^)「……待っている、か」

マト゚−゚)メ「はい。『ずっと待っていたし、ずっと待っている』と」


 言い残されたメッセージの意味を考えて僕は沈黙する。

 その言葉に偽りがないのならば。
 あの使者は、ミィが失った過去からの刺客だ。

443名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:13:08 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 ――『暗闇の底で、私はずっと、あなたが訪れるのを待っている』
 ――『過去も、未来も、全ての真実はそこにある』
 
 パーカーの少女はそんな言葉を言い残して去っていったとという。
 待っている、と。
 そのことを伝えに来たのだと。


マト-ー-)メ「私の『過去』や【記憶(じぶん)】の真実が分かるという確証はありませんが……ですが、関係者であることは間違いないと思います」

( ^ω^)「……そうだな。誘いに応じ、行くべきだ」


 全ての答えがそこにあるというのなら行かなければならないだろう。
 たとえ、罠だったとしてもだ。

 と。


(#゚;;-゚)「『行くべきだ』なんて甘いことが言える状況やないんやないの?」

444名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:14:07 ID:iEUzuBzM0

 壁にもたりかかり、新たに取り出した棒付きキャンディーを味わいながらディが言う。
 ミィのそれとはまるで異なる嫌な笑みを浮かべながら。


(#^;;-^)「話聞いた限りでは、どう考えても脅しやん、それ」

( ^ω^)「脅しだって?」

(#゚;;-゚)「そや。気付かんか? その『クリナーメン』いう女が何者かは分からん。けど、口振りから察するに、うちと同じで用があるのはお嬢ちゃんだけや」


 ぶっちゃけ兄さんのことなんてどうでもええんや、と続ける。


(#゚;;-゚)「でもそしたら分からんことがある。なんで兄さんに危害を加えたのかが分からんのや。戦闘力もない相手にやで?」

( ^ω^)「それは……」

(#゚;;-゚)「無論、その女がキチガイ野郎で理由なく人を傷付ける奴って可能性はあるし、うちらが知らんだけで兄さんに恨み持っとったんかもしれん」


 だが、そうではないとしたら。
 もっと妥当な推測ができるのではないか?

445名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:15:09 ID:iEUzuBzM0

 ……なるほど、そういうことか。
 脅し。
 その言葉を噛み締めつつ、僕は言った。


( ^ω^)「『来なければどうなっても知らないぞ』……そういうことかお」

マト゚−゚)メ「私が行かなかった場合には、またブーンさんを傷付ける、と?」

(#゚;;-゚)「そうやろな。わざと殺さずにおいたんや。『次はこんなもんじゃないぞ』って意味でな」


 要するにミィを動かす為の人質……のようなものだろうか。
 「その男に危害を加えられたくなければ、大人しく指示に従え」というわけだ。


(#゚;;-゚)「兄さんの命が惜しいなら、お嬢ちゃんに選択の余地なんてない。行くしかないんや」


 そう平然とディは言ってのけた。
 その様は状況を楽しんでいるようですらある。
 まるで他人事だなと思い、いや他人事なのかと思い直す。
 所詮、彼女にとっては他人事なのだ。

446名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:16:13 ID:iEUzuBzM0

 そして、僕達にとっては自分のこと。
 自分で決めなければならないこと、だった。


( ^ω^)「そうまでして呼び寄せるってことは……やはり、罠かお?」

(#^;;-^)「どうやろなあ? 案外、茶でも一緒に飲みたいだけかもしれんで? ほら、同窓生とかで」

マト-ー-)メ「なんにせよ行くしかありませんね」


 ここでようやく、ミィはあの特徴的な笑みを浮かべた。
 ふわふわとした掴みどころのない笑顔。
 場違いだとしても、それでこそミィだと僕は思い、少しは気も楽になったのかと安心した。

 だが。
 直後にミィははっきりと宣言した。


マト゚ー゚)メ「ですが――行くのは、私一人です」


 有無を言わせぬような口調で彼女はそう告げた。

447名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:17:06 ID:iEUzuBzM0

(;^ω^)「、」

マト-ー-)メ「『なんで』なんて、言わないでください」


 言葉通りに、有無を言わせぬ。
 ミィはその両の瞳に宿した能力を用いてか、僕が声を出す前に疑問の言葉を封殺した。

 そうして言うのだ。


マト゚ー゚)メ「ブーンさん。はっきり言って、ブーンさんが一緒だと迷惑です。邪魔でしかありません」

( ^ω^)「ミィ……」

マト-ー-)メ「先ほども述べられていましたが、なんの戦闘スキルも持たないブーンさんがついて来たところでマイナスにはなれどプラスにはなりません」

(  ω)「ミィ、もういい」


 分かってる、と僕は告げた。 
 分かっているのだ。
 だからもう、そんなことは言わなくていい。

448名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:18:07 ID:iEUzuBzM0

 何が分かってるって?
 一緒に行ったところで何の役にも立たないこと?
 そんなこと、百も承知だ。
 言われるまでもない。

 僕が分かっているのはそうじゃない。
 そういうことじゃない。


( ^ω^)「辛辣な言い方をすれば僕が大人しく引き下がると思ったか? あるいは怒って見放すとでも考えたのかお?」


 あまり僕を舐めるなよ、と一拍置いてから言う。


( ^ω^)「そうやって必死に自分から、危険から遠ざけようとしてるんだろ? 僕を守ろうと」

マト −)メ「!」

( ^ω^)「……まったく。いつだったか言っていたように、お前は未来が見えるだけで他人の気持ちは全然分からないみたいだな」


 僕の言葉にミィは降伏するようにゆるゆると首を振る。
 そして「ブーンさんには敵いませんね」とあのふわふわとした笑みを浮かべた。

449名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:19:14 ID:iEUzuBzM0

 僕はミィのように未来が見えるわけではない。
 いつだって分からないことだらけだ。
 でも、できることならば彼女の気持ちくらいは見えていたいと思っている。
 彼女の心の動きが『目に見えて』分かるようでありたいと。

 だから。


( ^ω^)「……僕が足手まといにしかならないことは分かってる。だから、お前一人で行くといい」


 情けなさに拳を握りしめて。
 無力感を噛み締めつつ、そう言う。

 でも、と僕は続けた。


( ^ω^)「代わりに僕はずっとお前の帰りを待ってる。真実も過去も、何も分からなくたっていいから。……だから、必ず帰って来い」


 真実なんて。
 過去なんて。
 これから先もずっと探していけばいいのだから。
 見つかるまでずっと一緒に探すから、と。

450名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:20:07 ID:iEUzuBzM0

 彼女は顔を伏せ、暫し黙った。
 そうして一度息を吐くと、小さく、声を震わせて呟いた。


マト ー)メ「……本当に敵いませんね、ブーンさんには」

( ^ω^)「当たり前だお。僕はお前の雇用主なんだから」

マト ー)メ「そっか。そうですよね……」

( ^ω^)「ああ。だからもう一度契約だ。……必ず戻ってこい」


 お前のことだけを信じてる、と僕は言った。
 私もブーンさんのことを頼りにしてます、と彼女は応えた。


(#^;;-^)「……甘ったるくて付き合ってられへんわ。うちはもう寝るし、ここは好きに使ったらええ」


 僕達のやり取りを見ていたディは口元を歪めて笑いつつ、そう言い残すとさっさと部屋を出て行ってしまった。
 好きに使えと言われてもここにはベッドと椅子が一つずつしかなく、とても二人で眠れるようなスペースはないのだが……。
 狭量なのか寛容なのか分からない。

451名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:21:07 ID:iEUzuBzM0

 二人っきりになった部屋。
 薄暗い室内で、改めて見つめ合うと何を話すべきか迷ってしまう。

 彼女の橙にも近い色合いの瞳。
 目が合った瞬間にふっと心が絡め取られて、目が離せなくなる。
 この両目の色はあの都村トソンと全く違うなあなんて、そんなことをぼんやりと考える。

 と、その時、ミィが言った。


マト゚ー゚)メ「ブーンさん。ブーンさんが勉強していることについて教えて頂けませんか?」

(;^ω^)「え? なんで、いきなり……」

マト^ー^)メ「なんだかそうした何気ない会話が大切なような気がして。折角なので、詳しく聞いておこうと思いました」

( ^ω^)「また何か未来が見えたのかお?」

マト-ー-)メ「いえ、そういうことではなりません。そんな気がしただけです」


 乙女のカンですよ、と彼女は笑って答えた。
 それを見て、僕はやはりミィにはこの笑顔が一番似合うと素直に思った。

452名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:22:06 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 それから何時間かミィと話しながら過ごした。
 話の内容は、なんてことのない、取り留めのないものだった。

 社会と個人の関係といった小難しいことから好きな食べ物に至るまで。
 特に目的のない話をして、一緒に時間を過ごした。
 いつも移動の合間にしていたような他愛のない世間話をして……。

 そしてふと気付いた時には、彼女は僕の隣で寝息を立てていた。


( ^ω^)「……良かったよ」


 もう二度と何も見えなくなるんだとしても。
 今、彼女のこんな寝顔を見ることができて良かったと。

 そんな風に思った。


( ^ω^)「感傷だな……」

453名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:23:07 ID:iEUzuBzM0

 ミィを起こさないようにベッドから抜け出す。 
 『殺戮機械』の宿の一つであるという、この建物。
 打ち捨てられたテナントビルだと聞いた通りに、廊下に出ると使われていない建築物特有の寒々しさがあった。

 近くで見つけた階段を上ってみると、その先は屋上だった。
 いつだったかスーツと男と戦ったのもこういう場所だったなと思い出し苦笑する。
 たった数日前のことなのに酷く昔のことのようだ。
 あんな出来事も今では一つの『過去』だった。

 ドアノブを捻り屋上へと出ると、あの時と同じように先客がいた。


(#^;;-^)「なんや、えらい早いお目覚めやん」


 あの時よりもずっと狭い屋上に和傘を差した少女が立っていた。
 夜明け前の薄暗い空の下で一体何をしているのだろう?と疑問に思いつつ、ディの元へと向かう。


(#゚;;-゚)「でもええ時間に起きたな。そろそろ夜明けや。綺麗なんやで、ここから見る景色」

( ^ω^)「ああ……。なんて言えばいいか分からないんだが、ありがとう」

(#゚;;-゚)「朝日はタダやで?」

454名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:24:17 ID:iEUzuBzM0

 心底不思議そうにそう返す彼女を見て、思わず笑ってしまいそうになる。
 なんでそうなるんだ。
 どうやら本当にお礼を言われ慣れていないらしい。

 そうじゃない、と僕は続けた。


( ^ω^)「宿を貸してくれたこととか、助けてくれたこととか……。そういうことに関しての礼だお」

(#゚;;-゚)「ああ、それか。別にええよ。うちの能力では兄さんの目は治せんかったわけやし」

( ^ω^)「……ひょっとして、良い奴なのか?」

(#^;;-^)「そんなわけないやん。単にあのお嬢ちゃんの近くにおったら『確率論(クリナーメン)』の能力奪う機会があるかもー、て思ただけや」


 僕の言葉を笑って否定する。
 それは威圧感もなく嫌な感じもしない、素朴な、人の良さそうな笑みだった。


(#゚;;-゚)「それはそうと、お嬢ちゃんが誰に似とるか思い出したで。今度会ったらそれを言おうと思っとったんや」

( ^ω^)「あー……それか」

455名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:25:06 ID:iEUzuBzM0

 というか、そんなことわざわざ覚えてるなんて、やっぱり良い奴なんじゃないだろうか?
 戦闘以外の場面ではあの本能に訴えかけてくる恐怖が薄れていることもあるし、やはり怖いことは怖いのだが。
 でも怖くても良い奴がいてもおかしくないとも思う。

 そんなディは言った。


(#゚;;-゚)「あのお嬢ちゃん、纏間って奴に似とる」

(;^ω^)「…………なんだって?」


 初耳だ。
 誰だソイツは。


(#゚;;-゚)「でもアレやな、もう纏間、『都村』って名前になったんやっけか」

( ^ω^)「ああ、そのことなら知ってるお。『都村トソン』って名前の科学者だろ?」

(#^;;-^)「なんや知っとるんかいな。思い出した甲斐がないなあ」


 そうして「『纏間』っていうのはソイツの母方の名前や」と補足する。

456名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:26:06 ID:iEUzuBzM0

(#゚;;-゚)「ソイツの娘も能力者で、今はなんとかって言う軍の部署におるんやけどな」

( ^ω^)「そのことも知ってるお。こないだ本人に会った」

(#^;;-^)「なんや、つくづく思い出し甲斐のない」


 なら、と彼女は続けた。


(#゚;;-゚)「その娘の同僚に精神干渉……記憶操作とかができる奴がおるって話も知っとるんか?」

(;^ω^)「……え?」


 それは、初耳だ。
 それこそ初耳の情報だ。

 記憶操作――ということは、つまり。


(#゚;;-゚)「もしかしたらあのお嬢ちゃんの記憶を奪ったのは、その娘――『ファーストナンバー』こと都村トソンやないかと思っとったんやけど」

457名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:27:06 ID:iEUzuBzM0

 都村トソン。
 最初で最後の人工能力者。
 ミィのことを「よく知っている」と語った女。

 何かしら関係のあるものだと考えていたが……。
 もしかしたら、彼女がそうなのか?

 ミィの記憶を奪った、彼女の全ての過去と真実を知る黒幕―――。


( ^ω^)「……なんにせよ、行くしかないみたいだお」


 朝焼けに染まっていく空に僕は呟く。
 口に出して、「僕はついて行けないんだったか」と思い出し自嘲するように笑う。

 向かう場所に真実はあるのか。
 因果の集う先、暗闇の底へ向かう君に。
 ここで待つしかない僕に。

 一体、何ができるのだろう?
 一体、何ができたのだろう?

 僕は小さく彼女の名前を呼んで、その無事をただ祈る。

458名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:28:06 ID:iEUzuBzM0


  明けない夜はない。
  止まない雨はない。
  それはきっと正しい。

  だが穿った見方をすれば、朝がいつか終わることも再び夜が訪れることも必然だ。
  止まない雨の向こうに必ず希望に満ちた空があるとは限らない。
  今日より明日が良い日になるなんて根拠は何処にもない。
  そう、誰も保証してくれやしないのだ。

  だけど、それでも僕達は、確かな『現在(イマ)』のその先に何かがあると信じてる。
  いつも、いつでもそうやって、まだ見ぬ『未来』の夢を見る。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第八話:この身に流れる知」





.

459名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:29:07 ID:iEUzuBzM0

この作品が安価モノだったなら今回も選択肢が出たと思います。

 ①大人しくここで待つ
 ②ディと交渉し、一緒にパーカーの女を迎え撃つ
 ③ミィと一緒に行く(親密度70以上で選択可能)

今回は①を選んだわけですが、②や③でも話としては面白かったかもしれません。
ブーンはお留守番ということで今日はこれまで。



予定では次回、第九話の最後に、最初で最後の安価を実施します。
あくまでも予定では。

エンディングを決める安価。
二択です。
どっちがどんな終わり方なのかは選んでみてのお楽しみですが、何エンドと何エンドなのかは先に言っておいた方が良いのでしょうか……?

460名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:47:49 ID:7z/eXkFQO
何故高橋裕之が警察から目をつけられないかわかるか?

簡単な理屈
書いていないと把握しているからだろ?

461名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 10:23:26 ID:FyiZXd1EO

ミセリ怖すぎ

462名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 13:02:47 ID:tYrKYNEc0

おもしろい

463名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 13:42:25 ID:E2jxDmWg0

今回の安価だったら確実に②を選んでただろうなあ…
何エンドかは知らない方が楽しいかと

464名も無きAAのようです:2014/02/09(日) 01:47:43 ID:6M8ECO320
おつ
安価は選択肢だけに一票

465名も無きAAのようです:2014/02/13(木) 09:27:42 ID:qECNox/Q0
おつ
殺戮機械なんやかんや好きだなあ

466名も無きAAのようです:2014/02/13(木) 17:23:57 ID:EqzSeX3A0
ようやく纏間がまとまって読むのに気付いた

467名も無きAAのようです:2014/02/15(土) 06:48:34 ID:SQZb1LYQ0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:不明
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色は橙に近いヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝き、更に集中すると色が濃くなり紅色に変わる。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な知識も備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
 顔立ち、特に目元が超能力の研究をしていたと言われる科学者『都村トソン』及びその娘に似ている。

468名も無きAAのようです:2014/02/15(土) 06:49:16 ID:SQZb1LYQ0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・NO DATA


【手に入れた物品諸々】

・NO DATA

469【第八話予告】:2014/02/20(木) 14:00:32 ID:FBkACFcw0

「ミィ、お前は何処の国の人間なんだろうな。
 どの国で生まれ、どの社会で育ち、どの血や氏に連なる人間なんだろうな。
 ……自分の家族はまだしもそんなこと大して興味ないって?
 そんな風に言うもんじゃないお、国家や民族は個人に大きな影響を与える重要なファクターなんだから。

 例えばな、かつて西欧でルネサンスが盛んになった理由は、一説には『西洋人のルーツ探し』だと言われてるんだお。
 自分達が何から始まった何者であるのか……それを知りたくなったんだ。

 ただ残念なことに西欧人のルーツは西欧には存在しなかった。
 西欧に存在する物の大半は中東、主に肥沃な三日月地帯辺りとアジアから伝わった物だ。
 そりゃそうだお、そもそものところ文明のルーツ自体がメソポタミア、エジプト、インダス、黄河と、あとアメリカの先住民にしかないんだから。 

 だから西欧に西欧人の起源なんてあるわけがなかった。
 『自分は何者であるか』を西欧人は探したが、それで見つかったのは『自分は何者でもない』という真実だった。
 あれほど大切にしている神様や宗教すらユダヤから伝わったものだから当然と言えば当然だお。
 あるいはルーツが存在しないからこそ神話に本質を求めたのかな。

 西欧人はよく個人のアイデンティティはどうとか言いたがるが、それは民族に確固たるオリジナリティがないことの裏返しなのかもしれないお。
 …………あ、おいコラ、僕に勉強してること話せと言っといて寝るんじゃねーお―――                                」



 ―――次回、「第九話:Meaningless Monster」

470名も無きAAのようです:2014/02/20(木) 14:01:30 ID:FBkACFcw0

次回、第九話は2月24日の夜〜深夜投下予定です。
予定は未定。

安価は十話の最後になると思いますので、九話はほどほどにというか。

471名も無きAAのようです:2014/02/20(木) 15:17:12 ID:dAXYI6lMO

きたい

472名も無きAAのようです:2014/02/20(木) 15:20:27 ID:a92X5hlI0

待ってる

473名も無きAAのようです:2014/02/21(金) 03:31:37 ID:jThVflRAC
予想外に話が展開してた、結末も( ^ω^)もは安価しだいということか

474名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:14:09 ID:4cu/qweg0


  僕は一体、彼女に何ができるのだろう?

  僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
  僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。

  ほんの数週間。
  一ヶ月にも満たない短い間。
  それが僕と彼女が作った『過去』だった。


  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?

  こうして僕の語る物語もいよいよ終わりに近付いてきたが、実のところ、この物語における僕の出番はもうほとんど残っていない。
  失くした『過去』と対峙する為に旅立った彼女を僕は見送って、その後のことはもう、人伝に聞いた話でしかないのだ。

  あの月曜日以降は彼女の物語ではなく、彼女と僕、二人の物語なのだと彼女は言っていた。
  けれど、そうだとしても、結局その真実の待つ場所へと彼女は一人で赴いたのだから、やはり僕の語る物語は彼女が主役の彼女の物語なのだ。
  僕は所詮何者でもなく、この物語においてだって狂言回しに過ぎなかった。

  無理にでも彼女を引き止め、殴ってでも説き伏せて、意地でも最後まで彼女と一緒にいたならばどうなっていただろう?
  いつだったかも述べたようにそんな夢想をしたところで過去も現在も変わりはしない。
  それでも時折ふと、僕はそんな『もしもの可能性』に思いを馳せてしまう。

475名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:15:01 ID:4cu/qweg0

  時間の長さが関係の深さに直結するとは思わないが、僕と彼女が共に過ごした日々があまりにも短いことは確かで。
  僕が語るのは彼女の物語。
  ここから先に僕の出る幕なんてない。

  ああ、だからこそ思うのだ。
  何者でもない僕は――あの時出逢ったひとりぼっちの少女の何かになれたのだろうかと。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第九話:Meaningless Monster」




.

476名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:16:01 ID:4cu/qweg0

 「朝なんて来なければいいのに」。

 僕も人の子なので恥ずかしながらそういう風に思ったことが何度かある。
 苦手な数学のテストの前日や父親が仕事へと戻る前の晩。
 幼い日の僕はそんな時によく、今日がずっと続いていけばいいのにと願っていた。
 叶わぬ望みだとは分かっていても僕は朝なんて来て欲しくなかった。

 今も、そうだ。
 今ならはっきりと言える。
 僕は朝なんて来て欲しくなかった。


(  ω)「……朝なんて、来なければ良かったのにな」


 ああそうだ。
 今ならはっきりと言える。

 僕は父の死の真相なんて見つからなくていいと思っている。
 できることなら知りたいし、それなりの覚悟はしてきたつもりだ。
 だけど、僕ではなく彼女が傷付くというのなら過去なんて知らないままでいい。

 『現在』よりも大切な『過去』なんて、あるわけがない。

477名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:17:09 ID:4cu/qweg0

 都村トソン、お前の言う通りだよ。
 僕は立ち止まる最後のチャンスを放り捨てた。
 こうして後悔することになった。

 きっと知らないままでも良かったんだ。
 見て見ぬフリをしてても許されたんだ。

 そりゃそうだろう。
 物事に対する意味を人間が付ける以上は、僕の出来事には僕しか価値を付けれないなら、幸せな『現在』を続けることも一つの答えだったんだ。
 緩やかに続いていった先の『未来』にも確かな価値があったんだ。
 それなのに。


(  ω)「……でも、どうすりゃ良かったんだろうな。なあ、『殺戮機械』」

(#゚;;-゚)「なんや」

(  ω)「神様目指してるお前なら分かるか? 僕は真実を知りたくて、傷付くことも覚悟してて、でも彼女を失うのは嫌で……」


 知るか、とディは一言吐き捨てた。
 僕の泣き言を切り捨てた。

 これも「そりゃそうだ」という話だった。

478名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:18:10 ID:4cu/qweg0

 夜明け前の薄暗さが消え去っていく。
 朝焼けに街が染められていく。
 僕がどんなに願っても、時が止まることはなく、物語は続く。

 時間が戻ることはないし、戻ったとしても変わらない。
 この現在は過去の僕達の選択の結果なのだから。
 そう、何度やり直したとしてもあの日の僕達はあの時と同じ選択をして同じ場所へと辿り着く。
 自分で選び続けたからこそ、そのことはよく分かる。

 だからもう、これはどうしようもないことだった。


(#゚;;-゚)「……あのな。兄さんが何を悩んどるのかは知らんし、知るつもりもないし、知りたくもないけどな」


 慰めるのではなく、ただただ思ったままを述べるように。
 朝日に目を細めて和傘の少女は言った。


(#゚;;-゚)「もう始まってしまって、それは取り返しが付かないことかもしれんけど、まだ終わってしまったわけやないやん」

(  ω)「…………」

(#゚;;-゚)「兄さんの両目に関しては……残念やったけど、少なくとも兄さんが今心配しとる嬢ちゃんは五体無事や」

479名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:19:03 ID:4cu/qweg0

 そう、か。
 それは確かにそうだ。

 続けて彼女は言う。


(#゚;;-゚)「嬢ちゃんを『信じとる』って言うたんは兄さんや。なら、後悔するのはまだ早いと思う」

(  ω)「……そうだな」


 その通りだよ、と僕は自嘲する。
 後悔するにはまだ、早い。


 彼女の言う通りだった。
 まだ何も終わっちゃいない。
 ミィを信じると言ったのは他ならぬ僕だ。

 だとしたら、僕はこれまでを後悔する前に、これからやるべきことがある。
 後悔は後からでも――後からしかできないのだから、だから、今は。

480名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:20:01 ID:4cu/qweg0

 と。



マト ー)メ「―――その通りですよ」



 その時、後ろから誰かが僕を抱き締めた。
 コツンと小さな頭を背中に当てて、白く細い腕を腰に回す。


マト ー)メ「『信じてる』と言ってくれたじゃないですか。だったら、ちゃんと信じてください」


 彼女が誰かなんてわざわざ口にするまでもない。
 その声も、その温度も、その匂いも。
 何もかもを僕は知っている。

 僕の後ろに立つのは誰でもない彼女。
 世界の何処にも、他の記録にも記憶にも残っていないとしても、彼女は確かにここにいる。

 過去の全てを失くした少女は――僕の付けた呼び名と共に、ここに立っている。

481名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:21:10 ID:4cu/qweg0

( ^ω^)「……そうだな。何を不安になっていたんだか。お前は僕が選んで、信じた相手なんだから」

マト-ー-)メ「はい。私が選んだブーンさんが選んだ私です。私が信じたブーンさんが信じた私です」

( ^ω^)「ああ、そうだお。だから僕は言う」


 何も心配することはなく。
 何も後悔することもなく。
 ただ、信頼だけをして。

 だから僕は言うのだ。



( ^ω^)「―――無事に帰って来いよ、ミィ」

マト^ー^)メ「―――もちろんです」



 それが、旅立つ彼女と交わした最後の会話だった。

 僕は彼女と再び出逢えることをただ信じ。
 彼女はこれまで幾度となく見せたあのふわふわとした笑顔を残し、一人で歩き出す。

482名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:22:04 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


全ての過去を失くした彼女にも分かっていることが幾つかある。
その一つは、「自分はどうやら反則染みた力を持っているらしい」ということだった。

彼女、ミィの持つ『未来予測』の異能。
天啓のような予知ではなく現状の分析からの高度な予測であるその能力は無敵と言っても過言ではない。
その下敷きにある知覚能力も演算能力も並の能力者とは一線を画す。

凡百の兵など相手になるはずもない。
どころか、遭遇することすらありえない。

「信じてください」と口にしたのは自信があってのこと。
向かう場所が何処であろうと、あの『クリナーメン』以外の相手ならば問題なく切り抜けられる自信があったのだ。
あるいは『クリナーメン』さえいなければ彼を庇いながらでも進めたかもしれない。
一緒に行きたいと思っていたのは彼、彼女がブーンと呼ぶ彼だけではなく、ミィも同じだった。


マト-ー-)メ「さてと」


目的地の近くまでやって来た彼女は目を細める。
ここからはもう本当に、一人の勝負だ。

483名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:23:06 ID:4cu/qweg0

出で立ちはいつもと変わらず、ボーイッシュな装い。
いつもと違う点があるとすればニット帽をやや目深に被っていることだろうか。
気休めばかりの変装だった。

「ここからはもう本当に、一人の勝負だ」。
もう一度、今度は心の中で呟くのではなく自らに言い聞かせるようにして、小さく声に出す。

だがそんな風に決意を新たにした瞬間にミィは一つのことに気付く。


マト゚ー゚)メ「あの人は……」


偶然?
そう思ったが、彼女が見つけたその人物は明らかにこちらに向かって歩いてくる。
偶然のわけがない。

装備はあの時と同じく腰に拳銃を二丁。
懐に予備の一丁と小さなナイフ。
ニット帽とジャケットも変わらない。
違う点を挙げるとすれば、傷はまだ癒えていないのか右腕の動きがぎこちないということだ。

秋風の吹く地方都市の街並みに馴染んでいるようでいて、その隙のない身のこなしは見る者が見れば只者ではないと一目で分かる。
こうして日の光の下を歩く類の人間ではないと雰囲気だけで分かる。

484名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:24:12 ID:4cu/qweg0

そして男は街角に佇んでいたミィの隣に立つ。


( `ハ´)「久しぶりだな」

マト^ー^)メ「そうですね」


ブーンがかつて「映画に出てくる三合会の殺し屋のようだ」と評した中国人。
数週間前に、ミィの元へ刺客として送り込まれ、彼女によって撃退されたその人だった。


マト゚ー゚)メ「今日は報復ですか?」

( `ハ´)「……それも良かったかもしれないがな」


男は困ったように首を振り、そうして続けた。


( `ハ´)「私の国の人間は情に厚く、恩を返すのが大好きなのでな。つまりはそういうことだ」

マト-ー-)メ「ブーンさんの言っていた通りです。民族としての特徴は確かにある……それとも、ドライではないのはお金持ちではないからですか?」

485名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:24:59 ID:4cu/qweg0

無礼にも取れる少女の言葉にも「かもしれないな」と男は短く返した。
そんな反応だけでも、彼が悪意を抱いていないということは明白に読み取ることができた。
次いで男は言う。


( `ハ´)「あの建物に行くのだろう? 手筈は整えてある。ついて来い、途中までは付き合おう」

マト゚ー゚)メ「?」

( `ハ´)「察しが悪いな。仕事だよ。お前と一緒にいた男から頼まれた」


一瞬ミィは驚き、すぐに納得して微笑んだ。

あの時と同じなのだ。
たとえ同じ場所にはいないとしても、ミィのことを想っている。


マト^ー^)メ「……やっぱり、私の信じたブーンさんが信じた私の信じたブーンさんは、私が信じた通りです」

( `ハ´)「言っていることはよく分からないが……かつて自分を襲った相手に仕事を頼むなど正気の沙汰とは思えないが。信じられない」

マト゚ー゚)メ「それも単純に、プロとしてのあなたを信じたんでしょう」

486名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:26:04 ID:4cu/qweg0

( `ハ´)「……参ったな」


ミィの言葉に男は呟く。
苦笑して、「そんなことを言われては裏切れない」と。


( `ハ´)「では契約通りに事を運ぼう。目標は、あそこだな?」

マト゚ー゚)メ「はい、あの場所です」


二人の視線の先には白を基調とした建物があった。

塀の向こうにあるのは巨大で広大な施設。
一面、見渡す限りに広がっている。
地方都市の一画に鎮座するそれはある多国籍企業の研究施設だった。

そう。
ブーンの父親が働いていた製薬会社の支部だ。

あの研究施設の最下層で、『クリナーメン』と名乗った少女と――そして全ての真実が待っているのだ。

487名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:27:04 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


 そこは小じんまりとした広場だった。

 平日の地方都市の鉄道駅。
 人影は疎らだ。
 しかしその規模や新装されたところらしいモダンなデザインを見るに、混雑時には多くの利用客が賑い、ターミナルの役目を存分に果たしているのだろう。

 そんな建物に併設された公園に僕はいた。
 いつだったかミィと訪れた駅とその時の出来事を思い出し、懐かしく思いながらベンチに腰掛ける。


(#゚;;-゚)「じゃあ、うちの役目はここまでやな」

( ^ω^)「ああ、ありがとう。悪いな、僕まで送ってもらって」

(#゚;;-゚)「一人送るんも二人送るんも変わらんやろ」

( ^ω^)「そうかもな」


 ディは「それじゃ」と背を向けかけて、再度僕に声を掛けた。

488名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:28:04 ID:4cu/qweg0

(#゚;;-゚)「なあ。この場所が嬢ちゃんとの待ち合わせ場所って言うんは分かった。研究所からも近いし、分かりやすい」

( ^ω^)「ああ、ここまで送ってくれて感謝してるお。アニメでしか見たことなかったような貴重な体験もできたしな」

(#゚;;-゚)「やけど……今からずっと、待っとくつもりなんか?」


 僕は目の前の少女の言葉を捉えかね、目を細めた。
 ディは言う。


(#゚;;-゚)「いつ帰ってくるかも分からんのに、ずっとここで?」

( ^ω^)「……答えるまでもないお」


 そうだ。
 そんなことは答えるまでもないことで、だから一瞬、何を言っているのか分からなかった。
 僕は信じると言ったのだから、彼女が帰ってくるまで信じて待っている。
 それだけのことだ。


( ^ω^)「……できることなら、最初に出逢った公園や印象深い建物を待ち合わせ場所にしたかったんだが」

489名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:29:05 ID:4cu/qweg0

 現実はドラマじゃないのだ。
 どれほどドラマティックな物語であったとしても、上手く行かないことはある。


(#゚;;-゚)「うちがおらんくなってしばらくしたら、兄さんの目はまた見えなくなるんやで」

( ^ω^)「……そうか、それもそうだお。ならミィが帰ってくるまで一緒にいてくれないか?」

(#^;;-^)「嫌に決まっとるやろ。そんな気の長いことやってられへんわ」

( ^ω^)「なら、仕方ないな。大人しく待ってるよ。僕が何も見えなくともミィは僕を見つけてくれるだろうから」


 僕の言葉に、ディはなんとも言えないような表情を浮かべた。
 強いて言うならば「理解できない」だろうか。

 彼女は言った。


(#゚;;-゚)「さっぱりやで。うちには兄さんのことが全く分からんわ」

( ^ω^)「かもしれないな。でも、そういうもんだろう?」

490名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:30:00 ID:4cu/qweg0

 僕にはこの『殺戮機械』のことを理解できなかった。
 彼女が、あるいは彼が、どんな背景を持ち、どんな経緯で今に至り、どんな未来を目指しているのか……。
 終ぞ僕には分からなかった。

 でも、それはそういうものだろう?
 誰だって他人のことは分からないんだ。

 分かるのはいつだって自分のことだけで。
 もしかしたら自分のことすら分かっていないのかもしれなくて。
 それでも僕達は自分である為に、自分になる為に必死で思考し選択する。
 そういうものなんだ。

 だから僕は言った。


( ^ω^)「どんな超能力を使っても僕の気持ちは誰も分からない。一つだけ言えるのは、僕もお前と同じように生きてるってことだお」


 誰にも理解はされなくて、誰にも共感もされないかもしれないけれど。
 それでも、その場その場で必死に考えて選んでいる。

 それだけのことだった。

491名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:31:01 ID:4cu/qweg0

(#^;;-^)「ふぅん、そうか」


 僕の言葉に対し彼女はフッと微笑んだ。
 そうして背を向ける。


(# ;;-)「じゃあな、兄さん。何もかもが終わったらまた会うこともあるかもな」

( ^ω^)「……なあ。今からでもいいから、良かったらミィを助けに行ってくれないか?」

(# ;;-)「兄さんが手配した奴等みたいに……か?」


 そうだ、と頷く。
 僕は少しばかりの助力としてミィの助けになりそうな人間を送り込んでおいた。
 その人達と同じようにミィに手を貸してくれたなら嬉しいと僕は言う。
 と言うか百人力だ。

 しかし生憎と答えは芳しくないものだった。
 振り返って彼女は告げる。


(#゚;;-゚)「一つ言っとくけどな、うちが兄さんを助けたんはちゃんと理由がある」

492名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:32:16 ID:4cu/qweg0

( ^ω^)「ミィと一緒にいれば『クリナーメン』とかいう奴と会う機会があるかもと思ったからだろ? だったら、」

(#゚;;-゚)「それだけやない。恩返しや」

( ^ω^)「恩返し?」

(#゚;;-゚)「前に会った時に金借りとったからな……そのお返しや」


 ああ、と思い出す。
 そう言えば前にこの『殺戮機械』と戦った時にはそんなこともあったか。
 言っちゃ悪いが帳簿に書くまでもないような大した金額じゃないからすっかりと忘れていた。
 あんな程度の金銭では花束やケーキくらいを買うのが限界だったと思うが……。

 彼女は続ける。


(#゚;;-゚)「そういう事情があったから手を貸しとっただけや。そんで、恩返しはもう終わり」

( ^ω^)「でも、恩云々を抜きにしても、ミィと一緒にいれば『クリナーメン』の能力を奪う機会だってあるかもしれない」

(#^;;-^)「そうやなぁ。けどな、うちからすれば嬢ちゃんの方を襲ってもええんやで?」

(;^ω^)「それは……」

493名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:33:17 ID:4cu/qweg0

 コイツは『未来予測』も『確率論(クリナーメン)』も欲しいと思っているのだ。
 敵と手を組みミィを襲うことも、漁夫の利を狙うことも可能。


(#^;;-^)「だからうちに頼むのは得策とは言えんなあ。嬢ちゃんがどうなってもええって言うんやったら構わんけど」

( ^ω^)「そんなわけないだろ。本末転倒だ」

(#゚;;-゚)「やったら、ここでお別れや」


 今度こそ彼女は背を向け歩き出す。
 気儘に、和傘をクルクルと回しながら。
 もう振り返ることはない。


(# ;;-)「じゃあ、さいなら」

( ^ω^)「ああ」


 別れの挨拶を簡潔に交わし合った直後に『殺戮機械』は視界から姿を消した。
 都市伝説へと戻った彼女が何処へ行ったのかは僕にはもう、分からないことだった。

494名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:34:16 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


研究施設への潜入は驚くほどスムーズに進んだ。

男はトラックの運転手に、ミィは荷物の中へと隠れて施設内へ侵入。
建物内に事前に潜り込んでいた別の人間と入れ替わり、資材の搬入を終えたように見せかけて車を外へと移動させる。


( `ハ´)「今から三時間後と六時間後にもう一度トラックが来る。上手く時間を合わせて荷台に乗り込んで脱出する。それが今日の段取りだ」

マト-ー-)メ「間に合わなかった場合は?」

( `ハ´)「私は待つつもりはない。自力で脱出しろ」


施設内を進みながら男は簡潔に計画を説明した。
会話を続けつつ、二人は躊躇いなく先へ。
ミィの持つ『未来予測』の能力で何処にスタッフがいるかは知覚できる。
後は上手く遭遇を避ければ良いだけだ。

主要な通路には監視カメラも設置されているものの、金銭を扱うような施設ではないのでその数は多くなく、躱すことは十分に可能だ。
また扉の前と言った必ず映ってしまう場所のシステムには事前に手を加えてある。

495名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:35:08 ID:4cu/qweg0

( `ハ´)「(気休めとして指定の制服を用意したが……この分では必要なかったか?)」


変装の出来如何など、誰ともすれ違わなければ問題にならない。
決して人がいないわけではないのだが、ミィの力を以てすれば避けることは容易かった。

それでも油断なく周囲を警戒しつつ、男は言った。


( `ハ´)「私が依頼されたのはお前をこの施設の地下、最奥まで連れて行くことだ。送り届けた後は先に戻り脱出の手筈を整えておく。それで良いか」


男には目的地が分からない為に案内のしようがなく。
護衛としても異能の力を持つミィに必要があるとは言えないのだ。


マト゚ー゚)メ「構いません」

( `ハ´)「依頼人の事情を深く詮索するつもりはないが、私は何処まで連れて行けば良い? 図面の上では地下六階まで存在するらしいが……」

マト-ー-)メ「…………」

( `ハ´)「まず、お前は目的地が分かっているのか?」

496名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:36:02 ID:4cu/qweg0

地下へと続く薄暗い、それでいて綺麗な階段を降りていく。
病院と同じく白を基調している為かこういった研究施設は何処か不気味に男は感じる。
廃墟や貧困街よりも余程おどろおどろしい。
作られた清潔さという物は一定を過ぎると違和感しか生まない。

男がそんなことを考えていると、少し前を歩いていたミィが立ち止まった。
何事だと訊ねる前に彼女は言った。


マト-ー-)メ「この施設の奥へ行けば行くほど、何故でしょう、視界に靄が掛かったように段々と見にくくなっています」

( `ハ´)「……能力のことに関しては私にはよく分からないが、それは大丈夫なのか?」

マト゚ー゚)メ「近くのことはよく見えているので大丈夫です。原因が分からないことが気掛かりですが、きっと近付いているということなんでしょう」

( `ハ´)「近付いている?」

マト^ー^)メ「警備が厳しい場所は重要な物があるのと同じことです。私に妨害を仕掛けてくるような相手がいる近くには、きっと私の探す何かがある」


そう、少女はふわふわと笑って見せた。

目指すべき場所は地下七階。
『未来予測』の能力を以てしても知覚できない暗闇の底だ。

497名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:36:58 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


 人は何故暗闇を恐れるのだろう。
 死を連想させるから?
 でも人が生まれてくる子宮の中だって真っ暗のはずだろう?

 目蓋越しに感じる光でまだ約束の時間には程遠いのだということが分かる。
 視覚の障害には色々と種類があると聞くが、僕も暗闇は得意な方ではないから、何も見えないとしてもこうして光が感じられるだけで幸いだった。

 だけど、こんな状態になってこそ気付いたことがある。
 人は暗闇を恐れているのではない。
 何も見えない状態が内包する『分からないこと』を恐れるのだ。
 『分からないこと』が人間は怖いのだ。


 どんな暗闇であったとしても母親や恋人の腕の中で恐怖に震えることはない。
 そこが何処か、どんな場所かを知っているからだ。

 同時にどんな光に満ちた空間であったとしても分からないのならば恐怖を覚えることはある。
 天国というものがあるとして、死後はそこに行けると確約されたとして、それでも多分、僕は死ぬことを怖がる。
 分からないから。
 余程に信心深い人間でなければ恐怖こそ抱かなかったとしても完全に不安を拭い去ることはできないだろう。

498名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:37:59 ID:4cu/qweg0

 身近な例えで言えばまあ、転校の前の晩は誰だって少しは不安を覚えるはず、というだけの話だ。


「……『分からないこと』は、怖い」


 闇夜に現れると伝わる妖怪や幽霊といった物々は『分からないこと』の化身なのだ。
 未知への恐怖を擬人化した存在。

 だからこそ、ああいった伝承は科学の発展によって『分からないこと』自体が減っていくほどに数を減らしていった。
 人間の認識のキャパシティがミィのそれのように優秀でない以上は完全になくなるということはないだろうが、それでもきっと増えることはない。
 減り続けるばかりだ。

 僕の周りで魑魅魍魎の話を好んでしていたのは民俗学だか文化人類学だかのゼミの連中だけだった。


 ところで学者という人種は世間では物知りだと捉えられているらしい。
 だが実際のところ、あの手の人間は無知も良いところだ。

 これは「知らないことがあることを知っていることが尊い」とかそんな話ではない。
 大学はそもそも知らないことや分からないことを研究する施設であって、知っていることや分かっていることを理解しているのは前提に過ぎないということだ。
 知っていることや分かっていることだけを評価する段階は高校までで終了してしまっている。
 故に学者の価値は生徒の優秀さで決まるのではなく、研究成果の如何で決まる。

499名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:39:09 ID:4cu/qweg0

 だから学者とか研究者とかいう人種が尊敬されるべき点があるとしたら、その一点。
 『分からないこと』に付き合い続けることができるという点がそうなのだろう。

 そう、『分からないこと』は怖い。
 恐怖ではないとしてもストレスが溜まる。
 付き合い続けるのは難しい。
 それに付き合い続けることのできる稀有な人種が大学に残り続ける。


 閑話休題。

 こうしてぼんやりと考え続けるのは好きな方だが、聴き手がいない為に話が支離滅裂になりがちだというのは欠点だ。
 一人だから仕方がないが。


 人間は『分からないこと』を恐れる、という話だった。
 多分僕の今の心境はその一言で説明できる。

 周囲が何も見えないから。
 ミィがいつ来るか分からないから。
 だから、僕は不安だし落ち着かない。

 目蓋なんて下ろしていた方が間違いなく楽なはずなのに目を閉じたままだと不安になる。
 不思議なものだ。

500名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:40:07 ID:4cu/qweg0

 気分転換に周囲を歩き回りたいが、何も見えないものだからそれも叶わない。
 この場を離れている間にミィが戻ってきたら困るというのもある。

 よくよく考えてみると懸念を抱くべきは彼女がいつ帰ってくるかではなく、今後の生活はどうすればいいか、だと思うが……。
 目が見えなくなったところだというのに女のことを考えるなんて我ながらとんだ女好きになったものだ。
 今後の生活をどうするか以前にミィが戻ってくる前にトイレに行きたくなった場合に僕はどうすればいいのだろう。


 トイレのことはともかくとして、僕が冷静さを保てるのは実感がないからかもしれない。
 今は確かに何も見えないが、何かの切っ掛けで治るかもしれない。
 現実逃避的にそんな風に考えていたのだ。
 大怪我を負った人間の陥りがちな思考ではある。

 実際、失明のことをあまり深刻に捉えていないのはミィと交わした会話のためかもしれない。


マト^ー^)メ『全部が終わったら――今度は、ブーンさんの目を治しに行きましょう』

( ^ω^)『え?』

マト-ー-)メ『きっと世界の何処かにはいるはずです。人を治癒する能力を持った、なんだか私達にとって都合の良い能力者が』


 あのふわふわとした笑みを浮かべ、そう彼女は言った。

501名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:40:58 ID:4cu/qweg0

 いるだろうか、そんな能力者は。
 以前なら迷いなく首を振っていただろうが、この数週間で四人だか五人だかの条理の外の力を操る人間を見たものだから、いるような気がしている。

 いたとしても見つけられるだろうか?
 彼女がいつまででも付き合うと言ってくれたことだけが救いだった。


「…………ミィ」


 僕は彼女の名前を、呼んで。
 彼女のあの笑顔を思い出す。

 今頃、彼女は何処にいるだろうか?
 いくら信じてると言っても心配なのは変わらない。
 もう本当の本当に僕には何もできない。
 ここでこうして無事を祈りながら待っていることしかできないのだ。

 僕は一体、彼女に何ができたのだろう?

 思考が途切れると、そんなことばかり考え始めてしまう。
 僕は彼女にとって何かになれたのだろうかと。

502名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:41:58 ID:4cu/qweg0

 と。




「―――ずっとこんなところに座っていると、風邪を引きますよ」




 何分間か、何時間か。
 ずっと彼女を待ち続ける僕に誰かが声を掛けた。


「お隣に失礼します。いえ、その前に名乗った方が良いでしょうか」

「……声で分かるお」


 誰か――いや、彼女は僕の隣に腰掛ける。
 分からないはずがなかった。
 そう。

 彼女は。

503名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:43:15 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


地下五階から六階へと続く階段を二人は歩いていた。
男が、厳密には情報屋の女が事前に入手していた地図によれば地下六階は倉庫スペースだ。
普段は使わない物品や震災に備えた非常食などが保存してある。

話に聞く限りでは、この先にはミィの探す物は何もない。
況してや彼女が知覚したその場所――地下六階の更に奥、地下七階などあるはずがない。


マト゚−゚)メ「(何も見えないのは地面だからとか、そういうことではない)」


『未来予測』を支えるのは現状を知覚する能力だ。
より多くの情報を認識すれば、より正確な予測が可能。
故にミィの知覚能力は常人を遥かに超えるどころか神と言っても差し支えないレベルに達している。
壁の向こう側が見えることは一つの異能であるはずなのに、その異能をミィは呼吸でもするかのように当然に使う。

地下七階に相当する場所、コンクリートで隔てられているからと言って、たかだか数メートル下方のことを彼女が分からないはずがなかった。
通常時ならともかく、瞳の色を変え、見ようとしても見れない――そんな状況は異常でしかなかった。

例えるなら、あの『ウォーリー』という能力者の力がフロアを中心に広がっている状態だ。
こうして階段を歩いているだけでも視界に靄が掛かっているようで、ミィは無駄だと分かりつつも目を擦った。
そしてお目当ての地下七階は完全に闇に包まれ何があるのかさえ分からない。

504名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:44:02 ID:4cu/qweg0

何かがあることは分かっている。
だが、それが何かが分からない。
だからこそ、地下七階というその場所に自分が探す何かがあると分かった。

そして地下六階を目前にして。
彼女は立ち止まった。


( `ハ´)「……どうした?」

マト-ー-)メ「ここまでで結構です。後は、私一人で行きます」

( `ハ´)「…………分かった」


突然のミィの申し出に意外にも男は何も訊かずに頷いた。
が、直後にこう続けた。


( `ハ´)「了承したのではない。お前の意図が分かった」

マト゚ー゚)メ「!」

( `ハ´)「次のフロアに何かがあるのだな? 恐らく、何か良くない物が」

505名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:44:59 ID:4cu/qweg0

そうして男はミィを追い越し階段を降りていく。
ミィの意図を見透かし、危険があることを承知で、それでも歩みが止まることはない。


マト;゚ -゚)メ「待って……待って下さい。そんな、どうしてですか?」

( `ハ´)「仕事だからな。この先に危険があるとしても関係ない。いや危険があるとしたら尚更、行かなければならないだろう」

マト;゚−゚)メ「私をその先に送り届ける為に……ですか? どうして、そこまで……」

( `ハ´)「言っただろう、仕事だからだ。他意はないよ」


まあ、と男は足を止め、続けた。


( `ハ´)「私個人としてはお前ならどんな相手と遭遇しても問題ないと思うのだがな。恨むならお前と一緒にいたあの男を恨め」

マト;゚−゚)メ「ブーンさんを……?」

( `ハ´)「そうだ。奴は言っていたよ。『ミィが前触れなく帰れと言ったら、きっと先に何かがあるから、どうか力になって欲しい』と」

506名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:46:04 ID:4cu/qweg0

それが今、ということだった。
少女の思考を読み切って――見切って出しておいた指示。
この数週間、ずっと隣にいたからこそ分かったこと。

男は言う。


( `ハ´)「どんな目を持っていたとしても、やはり子どもだな。嘘が見え見えだ」

マト -)メ「嘘なんて……吐いてませんよ」

( `ハ´)「そうだったか? まあ、なんでもいいがな」

マト -)メ「この先は、本当に危険ですよ?」

( `ハ´)「知っているとも。安心しろ、これでも退き際は弁えているつもりだ。お前が気にすることはない」


そして男は階段を下り終え、その扉の前に立つ。
フロアへのドア。
恐らくはこの先に地下七階への入り口があるのだろう。

無論。
何の障害もなく辿り着けるとは思っていない。

507名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:47:21 ID:4cu/qweg0

それでも、男は迷わず扉を空けた。

視界に広がるのはだだっ広く、薄暗い空間。
コンクリート製の柱とダンボールに入った荷物だけが点在している。

いや、違った。
このシェルターと呼べるような地下倉庫にはもう一つ何かがあった。
明確に二人に敵意を向ける白い何かが。



(* ∀)



誰かが――いた。
かつてミィが戦った白いセーターの女。
初めて会った時とは異なり異様に静かだが、それでもあの時と同じように敵意をミィに向けていた。


( `ハ´)「……なるほど、待ち構えられていたか。ならば是非もなし。幸いなことにこういった場面にお似合いの台詞を私は知っている」


フッと笑みを浮かべて男は言った。
「ここは私に任せて先に行け」と。

508名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:48:16 ID:4cu/qweg0

マト;゚ー゚)メ「でも……!」

( `ハ´)「いいから行け。それとも、お前の目には私が負ける未来でも映っているのか?」


そんなことはなかった。
ミィの瞳は数秒後の未来しか見えず、戦いの結末なんて知りようがない。
目の前の男がどうなるかなんて分からないのだ。

だが、それでも一度は敵同士だった相手として力量は理解していた。
だから一瞬間だけ悩み、ミィは言った。


マト -)メ「…………なら、あなたも一緒に戦ってください」

( `ハ´)「……ん? 何を言って、」

マト ー)メ「ここまでずっと気付かないフリをしてあげたんです。それくらい、してくれても良いでしょう……?」


そう、虚空へと呼び掛けた。

前方に立ち塞がる白セーターの女は門番のようにその場から動くことはない。
状況には何も変化はない。

509名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:48:11 ID:KfBOluu.0
支援!

510名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:49:05 ID:4cu/qweg0

その瞬間だった。



( ^ν^)「―――恩着せがましいですねー。『気付かないフリをしてあげた』と言いますかー」



ミィ達が立つすぐ後方。
倉庫の入り口に黒いスーツの男が立っていた。
何の前触れもなく現れた男は、少しズレたスクエア型の眼鏡を押し上げつつそう言った。


(;`ハ´)「貴様、いつから……。いやそれよりも、その異能、『ウォーリー』か……?」

( ^ν^)「最初からですー。そして、その通りですー。私はただ、その少女の監視をしていただけなんですが……」

マト-ー-)メ「『ウォーリー』さん。お金なら後で払います。だから……」

( ^ν^)「そう言っても払うのはあのあなたの大切な人でしょうに。ですが、そういうことならば構いませんよー。こうなることも予測はしていましたからー」


協力とか趣味じゃないんですがねー、と一方はフランクに笑い。
私もだよ、ともう一方は無愛想に呟いた。

511名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:50:22 ID:4cu/qweg0

( ^ν^)「では、さっさと行ってくださいー。私達もさっさと片付けて先に帰っておきますからー」

( `ハ´)「そういうことだ。じゃあな」


奇妙なものだ。
この二人の男とミィは以前出会った時は紛れもなく明白に、『目に見えて』敵同士だった。
それが今は事情こそあれど彼女を守る為に戦おうとしている。

こんな未来を誰が予想しただろう?

あのブーンという男だって「後で助けてもらおう」などと考えながら人と関わっていたわけではない。
その時々に必死で生きてきただけだ。

そう。
これはただの偶然。
同時に、これまでの選択が作り出した必然だった。


マト゚ー゚)メ「(こんな未来は私にも見えなかった)」


結局は未来なんて誰にも見えない。
人との縁も、それによって紡ぎ出される結末も――きっと、誰にも見えやしないのだ。

512名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:51:23 ID:4cu/qweg0

マト-ー-)メ「では、また会えることを祈っています」


心許りのミィの言葉に、二人は顔を見合わせる。
二人共が何を言っているんだかと言わんばかりの表情だった。
その横顔が語っている。
「次に会う時はまた敵同士かもしれない」と。

そう。
それもまた真実だった。
だからこそミィは最大限の感謝を胸に、走り出す。



(#* ∀)「ひゃ――あぁぁぁああ!!」



白のセーターの女が向かってくるミィに応じて右腕を巨大な鎌へと変え、振るう。
それを軽やかに躱し、敵の背後にある出口へと向かう。

目指すはこの先の地下七階。
真実の待つ場所だ。
無事に帰る為に今は振り返らず走る。

513名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:52:07 ID:4cu/qweg0

ミィがすぐ脇を抜けたことが分かると、当然セーターの女も追撃を行おう振り向こうとする。
だが、その隙を彼等が見逃すはずはなかった。

暗い倉庫に発砲音が連続して響いた。
飛来する弾丸に咄嗟に女は左腕を盾に変え防御。
女は焦点の定まらない瞳で、前方に立つ二人の男を睨み付ける。



( `ハ´)「行かせんよ」

( ^ν^)「彼女を追うのは私達を倒してからにしてもらいましょうかー。……私はこの台詞を言ってみたかったんですよねー」



それが合図だった。
セーターの女は標的を二人の男に変え、猛然と襲い掛かる。

戦いが始まったことが分かっても、ミィは決して振り返らなかった。

514名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:53:09 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


階段を降り切った先は長い通路だった。

先ほどと同じように薄暗く、壁に点々と等間隔で小さな灯りが設置してあるだけだ。
無機質な白い道の先、一番奥には大きな扉がある。
エレベーターにある物と似たような左右に開くタイプの扉だった。

普段ならば、このくらいの距離になればその先に何があるのか分かるのだが、この場所に至ってはミィの異能は全く機能していなかった。
廊下までは確かに見えているのに、その扉の向こうは黒く塗り潰されたようになっており何があるのか全く分からない。


マト゚−゚)メ「…………」


ミィは足を止める。
そうしてアカイロに染まった両目で真正面を見据えた。
淡く光を放つ双眸は、この場にあってもやはり美しかった。

もしかしたら彼女の魔眼はいつになく好調なのかもしれなかった。
扉の先に何かあるか分からないのは、単に『見えていないから』なのかもしれなかった。

515名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:54:09 ID:4cu/qweg0

そう、この時の彼女に先のことなんて見えるはずがなかった。



ミセ*^ー^)リ「―――来てくれると思ってたよ、『プロヴィデンス』」



ミィが目にしたのは真実の待つ扉の前に立つ少女。
『クリナーメン』と名乗り、ミィの大切な人を傷付けた相手が扉の前に立っていたのだ。

他のことが目に入るわけがなかった。

目を奪われ。
目の色を変え。
そして――心底に目障りに思う相手がそこにいたのだから。


ミセ*^ー^)リ「この距離まで近付くと、私の些細な妨害もまるで意味を成さないみたいだね。流石『プロヴィデンス』だよ、奇跡的だねぇ」

マト −)メ「…………」

ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの? 怒ってるの? 私だって怒ってるんだよ? ずっと待っていたのに、ずっと帰ってきてくれないから」

516名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:55:12 ID:4cu/qweg0

ミィはこの少女を初めて目にした時、あまりの鮮烈さに少女以外の色が世界から消え失せたようだと感じた。
その熾烈で強烈な、人間が決して抗えない『運命』と言う名の絶望を形にしたような少女に、恐怖した。
生まれて初めて……ではなかったとしても、記憶を失ってから初めて、何かを怖いと思ったのだ。

【記憶(じぶん)】を失って何も残っていたなかった彼女が、初めて――何かを失うことに、その恐怖に震えた。


ミセ*^ー^)リ「もしかしてさっきの階にいた子のことを考えてるの? ダメだよ、あの子は失敗作。失敗作の癖にあんまりにもウルサイから何も考えられないようにしちゃった」


今も少女の姿は変わらない。
あの時と変わらぬ装いに変わらぬ態度で、いとも無邪気に微笑んでいる。

その在り方は何も変わっていない。
初めて会った時と比べてまるで変化がない。
まるで時が止まっているかのように。

いや――ミィはただ、「まるで死んでいるみたいだ」と思った。


ミセ*^ー^)リ「どうしたの? なんで何も喋らないの? どうして? ねぇ。ねぇねぇねぇねぇねぇ―――」

マト −)メ「…………あなたは、」

517名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:55:59 ID:4cu/qweg0

少女を前にして初めて口を開いたミィは直後に「……いえ、お前と」と言い直す。
あの時とは違い、少しも恐怖はない。

だから続く言葉など決まっていた。
この相手が何であろうとも。
扉の先に何が待っていようと。

彼女は、ただ―――。



マト#゚−゚)メ「……お前と話すことなど何もない。私はお前を許さない。私の瞳に映るのは――お前を殺す、未来だけだ!!!」



他のことなど何も目に入らなかった。
他のあらゆることが眼中になかった。
あのふわふわとした笑みなど何処にもなかった。

ミィは――普通の少女のように大切な人を傷付けられたことを、それだけを考え、憤っていた。
この場にあっても相も変わらず無邪気に微笑む少女は、笑みを崩すことはなかった。

そして全てが終わり、そして全てが始まった。

518名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:57:44 ID:4cu/qweg0


  僕は信じていた。
  この選択が未来を作っていくことを。
  僕と彼女の想いが通じ合っていることを。
  そして僕や、彼女や、誰かの人生が世界にとって無駄ではないということを。

  物語の僕達は確かにそこに生きていた。
  何の記録にも残っていないとしても、誰の記憶にも存在しないとしても――ここにいる僕達自身が、その証明なのだ。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第九話:名もなき怪物」





.

519名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:59:13 ID:4cu/qweg0

というわけで第九話は以上です。
文量多くなったので分割しました。
安価は次回、第十話の最後に実施します。

……多分。



先立って安価のルールを説明しておきます。

通常の物とは異なり、多数決です。
次回の最後に選択肢が出現しますので良かったら選んで書き込んでみてください。
予め規定した時間までに集まったレスの数で結末を決定し、そのエンディング用の次回予告を投下します。

こんな感じです。
ではまた、次回。

520名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 22:53:30 ID:7mlkwPhg0

おもしろい。

521名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 23:40:22 ID:09qUGsDQ0
ニュッくんまで乗りますかーいいねー

522名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 23:57:14 ID:D4AtV/HI0
おつ!

523名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 02:58:10 ID:XhZGys4wC
先生のやつでこんなに次回が待ち遠しいことは今までなかった 
次回楽しみ、安価も参加する

524名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 02:58:59 ID:XhZGys4wC
先生のやつでこんなに次回が待ち遠しいことは今までなかった 
次回楽しみ、安価も参加する

525名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 03:00:25 ID:XhZGys4wC
二重投稿すまんこ

526名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 12:34:51 ID:Z3SZpCSMO
うおお乙!
次回安価が楽しみ

527名も無きAAのようです:2014/02/26(水) 14:11:05 ID:6kfp9oK.0
熱い展開じゃないですかもー!おつ!

528名も無きAAのようです:2014/03/01(土) 01:50:37 ID:H5YVOsVI0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト ー)メ
・名前:不明
・性別:不明
・年齡:不明
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:不明    
・外見的特徴:不明
・備考:特になし

529名も無きAAのようです:2014/03/01(土) 01:51:17 ID:H5YVOsVI0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・NO DATA


【手に入れた物品諸々】

・NO DATA

530名も無きAAのようです:2014/03/01(土) 02:02:20 ID:TZIt5f8MC
おいっ、今の時間からやるのかよ 
寝られなくなったじゃねぇかよ

531【第九話予告】:2014/03/06(木) 06:39:51 ID:Cv8eFBik0

「ブーンさん、『終わり良ければ全て良し』という言葉をどう思いますか?
 いえ、というよりも……終わり良ければ全て良しだと言うのなら、『終わりが悪ければ全て台無し』だと思いますか?

 私の両目は未来を見る力を宿しています。
 これは現状からの高度な予測ですが、『終わりを見る異能』だと表現することもできると思います。
 相手の行動の終わり、あるいは勝負の終わりを先に見る力だと。

 ですが、人間、いえ全ての存在の『終わり』とは即ち『死』です。
 だとしたら『死』を哀しいものだと意味付けする以上、あらゆるものの終わりは悪いと言えます。

 どんな物語の終わりもそう。
 『その後、お姫様は王子様と結婚し幸せに暮らしました――そして最後には死にました』。
 お伽話の結びがこんな風ならそれこそ台無しです。
 でも、形あるものはいつかは滅びるということは変えることのできない世界の真実。

 私達がどんなに必死に生きたとしても、いつかは死んで、私達の子孫や私達が生きた社会も滅びて、この世界さえも消えてしまう。
 そう考えると少しだけ、切ないです。

 ……でもね。
 形あるものは必ず滅びて、後には何も残らず、私達の生きた価値とか意味なんてなくなってしまうんだとしても……きっと、それでも私は―――」



 ―――次回、「第十話:Mournful Missinglink」

532【第九話予告】:2014/03/06(木) 06:41:08 ID:Cv8eFBik0

次回、第十話は3月10日の夜〜深夜投下予定です。
予定は未定。

頑張って三月中には終わらせますよー。

533名も無きAAのようです:2014/03/06(木) 12:24:20 ID:MYWq1dM20
だいぶ遅れてしまった…
熱い展開で先に期待が高まってる


534名も無きAAのようです:2014/03/06(木) 14:52:16 ID:4bEIrzCc0

待ってる。
いよいよか……

535名も無きAAのようです:2014/03/06(木) 14:54:00 ID:4bEIrzCc0

待ってる。
いよいよか……

536名も無きAAのようです:2014/03/06(木) 18:11:41 ID:Vaoy8pUMO
おお……乙
三月で終わると思うともう寂しいな

537名も無きAAのようです:2014/03/06(木) 23:49:31 ID:5bBESuvQ0


楽しみにしてる

538名も無きAAのようです:2014/03/09(日) 12:54:22 ID:Jrq6YhUE0
期待…

539名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:10:46 ID:N78RRPuQ0


  ……今から少しだけ前のこと。
  個人の本質も人生の意味も、人間の全てが決まっている時代があった。

  職業も、恋人も、思想も、あるいは幸福でさえもが周囲によって決定された世界。
  僕達に選択権はない。
  抗う権利どころか従う権利もなく、あるのは『運命』と呼べるような決まり切った在り方だけだった。

  ほんの少しだけ昔の話。


  時が経って、色んなことが起こって、世界は変わった。
  変化した世界ではある概念が大事にされ始めた。

  ―――『自由』。

  ついこの間までは存在しなかったはずのものなのに、それは瞬く間に僕達に浸透していき、今ではわざわざ語るまでもないような当然の概念となった。
  職業について、恋人について、思想について、僕達は様々な権利を手に入れた。
  きっと一言で言えば『未来を選ぶ権利』。
  僕達は自分の選択で、自分の未来を選ぶようになったのだ。

  そう、僕達は生き辛さを感じることも多いけれど、昔の人達に比べれば遥かに自由に生きられている。

540名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:12:02 ID:N78RRPuQ0

  だけど、ある時一人が言った。
  「私達には一つだけ選ぶことができないものがある」。
  何処かの誰かが言い出した。

  名前だとか、神様がいるかいないかとか、何処の国の人間だとか、男だとか女だとか、ありとあらゆることを僕達は選べる。
  実際に選ぶことができるかは置いておくとして、選ぶ権利を与えられている。

  そんな僕達にも一つだけ選べないものがある。
  それは『「選ばないこと」を選ぶ権利』。
  選ばないことを選んでしまった時点で選んでいることには違いないから選ばないことは結局選べない。
  これだと言葉遊びになってしまうから、端的に言い換えよう。


  時代は変わった。
  僕達は少し前の世界に戻ることができなくなったのだ。


  僕達は自由だ。
  だから選択しなければならない。
  職業も恋人も思想も幸福も、自分に関わる何もかもを自分で選択しなければならない。

  少し前までは当たり前みたいに個人の場所が用意されていたのに、今じゃ誰も自分の生まれた意味を教えてくれない。
  『運命』に従っているだけで良かった時代は消えてしまった。

541名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:13:04 ID:N78RRPuQ0

  僕達は『自由』になった。
  だけどその結果、選べないけれど与えられていた本質や意味を失った。

  まるで失楽園だと笑ってしまう。
  何もかもを自分の力の及ばない大きな存在が決めていた場所から追い出され、苦しみながら果てのない荒野を彷徨う。
  進学と職業選択の自由が生み出したのは自分探しをする若者達。  
  誰も自分の生まれた意味だなんて教えてくれない。


  『自由』。

  僕達に与えられたのは呪いか救いか。
  「人間は自由であるように呪われている」という言葉が正しいとしたら、現代を生きる僕達は全員呪われているのだろう。

  僕達は生まれながらに自由と因果に繋がれた囚人だ。
  自分が何者であるか、その行動がどんな結果を招くのかも分からぬままに選択を繰り返す。
  繰り返さなければならない。


  救いなのか、呪いなのか。
  自由であることは確かに苦しく辛い。

  ……でも、こんな風に語ってしまったけれど、やはり僕は――『自由』は素敵なことだとも思っている。

542名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:14:09 ID:N78RRPuQ0


  さて。
  僕のつまらない雑談はここまでだ。
  じゃあ、最後の話を始めよう。
  
  僕がこれまで語ってきた、あの彼女の物語を――終わらせよう。
  記録と記憶を巡る少女の物語もそろそろおしまいだ。


  秋の足音が近付き、肌寒い日が頬を撫ぜ始めたあの日、僕は一人の少女に出逢った。
  その少女は自分の記憶を、過去を失っていて、その代わりとでも言えば良いのか未来が見える瞳を持っていた。

  それから、僕と彼女は旅をした。
  真実を探す旅だ。
  僕が彼女と一緒に過ごしたのはたった数週間、ほんの一時だった。 
  その時の彼女は何者でもないけれど誰でもない彼女で、その時の僕も同じく何者でもないけれど他でもない僕だった。

  そう。
  他の記録には残っていないとしても、誰の記憶にも残っていないとしても、物語の僕達は確かにそこで生きていた。
  そのことはここにいる僕達が証明している。

543名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:15:08 ID:N78RRPuQ0

  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
  僕は彼女にとっての何かになれたのだろうか?
  きっとこれから先も、何度でも秋が訪れて彼女との日々を思い出す度に、僕はそんなことを考えるのだろう。

  結局、その答えは訊かなかったまま。
  だから僕はただ目を閉じて、あの時僕の隣に立っていた彼女の笑顔を思い出す―――。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第十話:Mournful Missinglink」




.

544名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:16:02 ID:N78RRPuQ0

二人対一人の戦いにおいては、単純に考えれば数で勝る二人側の方が圧倒的に有利だ。
同時に逆方向へと走り、相手が片方に引きつけられたところでもう一方が死角から攻撃する。
もしも逡巡したならば両側からの挟み撃ち。
人間の手足の数、関節の可動域、凡その視野、つまりは人体の限界として複数人を相手取るのは困難だ。

しかし近代近接戦闘においては必ずしも数で勝る方が有利だとは言えない。
いや、間違いなく有利ではあるのだが、二人だろうが何人だろうが複数人側は考えて動く必要がある。

近代において戦場での主兵装は銃火器だ。
それ故、挟み撃ちを行う場合でもポジショニングを誤ると味方の弾に当たることがありえるのだ。
「なら弾を外さなければ良い」という結論には至らない。
命中した弾丸は身体を貫通することも多いからだ。
敵に遮られ射線が把握できない以上、こちらの方が深刻な自体を招くかもしれない。

二人対一人の戦いにおいては当然二人の側が有利だが、その立ち回りは容易ではない。


( ^ν^)「(即席タッグの上、私の能力は他の全員の視界から消えるというものですからねー……。気を付けなければ)」


柱の陰に隠れ、周囲を伺いつつ『ウォーリー』は考える。

生憎なことに彼の武器も、即席タッグの相手である中国人の武器も拳銃。
常に誤射をしないように気を付けて動かなければならない。

545名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:17:09 ID:N78RRPuQ0

対し、



(#* ∀)「ひゃ――あぁぁぁああ!!」



相手の白いセーターの少女。
腕を刃渡り二メートルほどの刀に変えるような相手を「少女」「彼女」と表現して良いのかは疑問だが、彼女は自分以外の全てが敵という状態だ。
『ウォーリー』の側のように余計なことは考えず、動くものを全て破壊していくだけで構わない。

現に今もニット帽の中国人を追い掛け、凶器に変えた両腕を滅茶苦茶に振り回している。
コンクリートが砕け、ダンボールが吹き飛ぶが、幸いにも今のところはニット帽の男はかすり傷一つ負っていない。


( ^ν^)「(見事な立ち回りですねー。凡百の軍人では相手にならないでしょうー)」


それとも。
こういう存在を相手取ることを専門にした裏稼業の人間なのだろうか?
だとしたら身体を変形させるような化物を目の前にしても冷静に洗練された動きで対応していることにも納得できる。

敵に回したくはないですねー、と『ウォーリー』は一人笑った。

546名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:18:09 ID:N78RRPuQ0

『ウォーリー』と言えば裏社会ではかなり名の知れた何でも屋だ。
彼の能力である『知覚阻害』の発動中、他者はまず彼を見つけることができない。
透明になるわけでもなく擬態するわけでもなく、ただただ知覚されず認識されることがない。

彼自身は人殺しを好まないが、能力自体は極めて暗殺向きの、しかもほとんど無敵と言って構わないようなものだった。
人を殺すと決めたならば、ただ力を使って、対象の近くまで歩いて行き、その首元を切り裂けばそれでいい。


( ^ν^)「(ですがああいった相手の場合、それができないんですよねー……)」


今の敵である白いセーターの少女は無茶苦茶に暴れ回っている状態。
迂闊に近付けば破壊に巻き込まれてしまう。
見えていようが見えていまいが彼はそこに存在しているので、身体の周囲を薙ぐように攻撃する相手には近付くことがまずできない。

さて、と『ウォーリー』はニット帽の男が敵の視覚から逃れた瞬間を狙い、彼の元へと向かう。
黒のアタッシュケースの中には何を入れてきただろうと思い出しながら。


( ^ν^)「どうもー」

( `ハ´)「……ああ、お前か。驚いたな」

( ^ν^)「驚いたようには見えませんがねー」

547名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:19:01 ID:N78RRPuQ0

能力を解除し、柱の陰で息を潜める男に声を掛ける。
命懸けの追いかけっこをしていたというのに息の上がった様子はない。
心配する必要はないようだった。

むしろ考えるべきは能力を解除したことで自分が相手に見えるようになったことですかね、と自嘲するように笑い、『ウォーリー』は言う。
少女は正気を失ってこそいるが敵が隠れたことは理解しているらしく柱の陰を確認して回っている。
「壊して回っている」と言い換えてもさして問題はない。
その破壊音さえなければ話し声ですぐに二人の居場所が分かったはずなので、彼等にとっては彼女が気が狂れていることは幸運だった。


( ^ν^)「逃げながらも観察されていたみたいですが、何か分かりましたかー?」

( `ハ´)「見えている攻撃には両腕で対応されるな。加えて弾丸を一発二発打ち込んだ程度では死なないらしい。……そちらは?」

( ^ν^)「同じ結論ですー。付け加えるなら、相手は正気を失っている、というくらいでしょうかー」


フロア中に破砕音が響く。
虱潰しに柱を壊して回っているらしい。
ということはそろそろこちらに気が付くなと冷静に思考しつつ、『ウォーリー』は続けた。


( ^ν^)「……あまり時間を掛けていると、この階ごと全員でぺしゃんこでしょうねー」

548名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:20:02 ID:N78RRPuQ0

男の言う通りだった。
既に多くの柱が破壊された場所では、壁や天井までもを見境なく攻撃しているのもあり、部分的な崩落も起こっていた。
やがてフロアごと潰れる、ということはないだろうが、それに近しい事態は起こるだろう。
既に地上階では研究員達が異常に気付いているかも知れず、そうなると時間経過に比例して脱出が難しくなる。

さて、どうするべきか。
上手くいくかは分かりませんが、と『ウォーリー』は切り出す。


( ^ν^)「私に一つ、考えがありますー。その細工の為に今から消えますが、気にしないでくださいー」

( `ハ´)「その言葉は『弾に当たっても文句は言わない』という意味か? それとも『一人で逃げるから後はよろしく』の意味か?」

( ^ν^)「残念ながら前者ですー。私にも事情がありましてー」


そうか、とニット帽の男は小さく呟いた。


( `ハ´)「なら精々、信用してみることにしよう」

( ^ν^)「お互いに死なないように頑張りましょうー」


そう言って、二人の男はそれぞれ別方向に走り出した。
それは第二ラウンド開始の合図となった。

549名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:21:09 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


 僕の隣に腰掛けた彼女は以前会った時と変わらぬ静かで、冷たく、けれど美しい声音だった。
 きっとその瞳も変わらず夜の湖畔のように静謐で優美なのだろうとあの時のことを思い出す。

 そう、僕の隣にいるのは、ミィのことを「よく知っている」と語った唯一の相手――都村トソンだった。


「私のことは見えないのでしょうか」

「生憎と。美人が隣に座っているって言うのに横顔すら見れなくて残念な限りだお」

「ありがとうございます」


 世辞に対して都村トソンは意外にも素直に礼を述べることで応じた。
 対応はクールそのものだが、感謝の言葉が皮肉ではないのはなんとなく分かる。
 これ以上ないほどに美しく整っていたその顔立ちと佇まいを思い出す。
 花や鳥というよりは銃や刀のそれに近い魅力だが、それでも、目を奪われたことは確かだった。

 彼女は、そんな母親譲りの美貌をどう思っているのだろう。
 かつては僕の父も、彼女の母親である『都村トソン』をこういう風に褒めたのだろうか。

550名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:22:09 ID:N78RRPuQ0

「さて……。何も、世間話をしに来たわけじゃないだろう? 僕も訊きたいことがいくつかある」

「ではその訊きたいことの一つを当ててみせましょうか?」

「……なんだって?」


 都村トソンは言う。


「あなたが私に訊きたいことの一つは……『私が何故、あなたが失明したことを知っているか』」


 僕は押し黙る。
 その通りだったからだ。

 今、僕は確かに何も見えていないが、何故彼女は僕が失明したということを知っていたのか?

 仕草や態度で分かったから?
 そうかもしれない。
 だが都村トソンは最初に『先に名乗った方が良いか』と問い掛けた。
 それは何も見えない相手に配慮した言葉であり、相手が何も見えていないと知っていなければ出ない言葉だ。

551名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:23:03 ID:N78RRPuQ0

 だから彼女はこうして僕の隣に座る前から、僕が失明したことを知っていた。
 それは何故か。

 彼女は淡々とその解答を口にする。


「あなたの疑問にお答えします。あなたの状態を知っていたのは単に、私の同僚が優秀だからです」

「同僚?」

「斥候や調査班と表現しても良いかもしれません。あなたと一緒にいた少女……彼女と同じような能力で、あなたの身体状況を把握させて頂いただけです」


 尤もあれほどまでに際立った能力ではありませんが、と都村トソンは付け加えた。


「へえ。それは、どうもだお。その際立った能力を持つミィを容易く捩じ伏せた相手に言われるとどう反応したらいいのか困るが……」

「彼女が自らの能力の使い方を理解していればあのようには行かなかったでしょうね」


 意味深なことを口にしたかと思えば、今度は彼女が押し黙る番だった。
 その横顔は見えないが、それでも僕には都村トソンが何か悩んでいるように見えた。
 ただの推測だが、彼女にとって『黙る』とは『悩む』とイコールで結ばれた動作である気がするからだ。
 会話での駆け引きで沈黙を選ぶことは少ない、況してや意味もなく黙り込むなどということはありえないだろうと。

552名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:24:02 ID:N78RRPuQ0

「お前の同僚には精神干渉を得意とする能力者もいるらしいな」


 沈黙を破るようにして僕は訊ねた。
 都村トソンは言葉に動揺した風もなく「はい」と肯定する。 
 嘘を吐いているとは思えない。

 だから、一拍置いて。
 意を決して、僕は続けて問い掛ける。



「……単刀直入に訊こう。お前が、ミィの記憶を奪ったのか?」



 今度は「はい」とすぐさま答えることはなかった。
 また、暫しの沈黙。
 そして都村トソンは口を開く。


「その問いに答える前に、失礼を承知で、質問を質問で返したいと思います」

「え?」

553名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:25:07 ID:N78RRPuQ0

 彼女は言った。


「私は何故、あなたの前に再び現れたのだと思いますか?」

「それは……」


 問い掛けられてはっと気付く。
 僕は都村トソンに訊きたいことが山ほどあった。
 けれど考えてみると、彼女の方には僕に会う理由がないのだ。

 この駅で下りたところ、たまたま僕を見つけたから話し掛けた、なんてわけがない。


「あなたに倣い、私も単刀直入に言いましょう。私は――あなたに全ての真実を伝えにきた」

「なっ……!」


 絶句した。
 まさか、そんな。
 驚きのあまり、見えないというのに思わず彼女の方を向いてしまった。

554名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:26:07 ID:N78RRPuQ0

 都村トソンは素知らぬ風に続ける。


「先ほどの問いの答えは私が真実を話す過程で明らかになるでしょう。故に今は答えないでおきます」

「……どうして、いきなり話すつもりになったんだ? あの時は、あんなに『手を引け』と説得してきたのに」


 そうだ。
 それが理解できず、僕は驚愕したのだ。

 「別にいいじゃありませんか。過去なんて分からずとも」。
 「過去が分からなくても生きていけます」。
 どちらも他ならぬ彼女の言葉だ。

 あの時の彼女は実力行使に出てまで真実を探す僕達を止めようとしたというのに―――。


「『どうして』と訊かれたならば、『あの時と状況が変わったから』としか言いようはありません」

「どういうことだお」

「あなた方が私の忠告を無視し、真実に辿り着きつつあるから、です。遠からず明らかになるというのなら、今明かしてしまっても良い。余計な誤解を防ぐことも兼ねてです」

555名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:27:07 ID:N78RRPuQ0

 僕は思考する。
 告げられた言葉を反芻し、思案する。
 もう決して間違わないように。

 僕の隣に座る彼女。
 都村トソン。
 その言葉は信じるに値するのか、聞くに値するのか。
 彼女は真実を語るなどと口にしているが――彼女が全ての黒幕という可能性だって、十二分にあるのだから。


「私の言葉を信じるかはあなた次第です。あなたがどう思ったとしても、私はあなたに危害を加えるつもりはありません」

「……それはそれは、重畳だお」


 おどけたような返しに対しても都村トソンは淡々と続ける。


「立ち塞がるというのならば容赦はしませんが、現状、あなたは私の脅威にはなり得ませんから」

「僕なんてミィと同じように一捻りだって?」

「はい。物理的に」

556名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:28:07 ID:N78RRPuQ0

 え?と一瞬間、思考が停止した。
 どうやら今の一言は都村トソンなりのジョークだったらしい
 超能力で空間を歪めることをできる彼女なりの冗談。

 「物理的に一捻り」ということは、つまり、あの時僕が手にしていた銃のように僕をグシャグシャにするということだろうか?
 ……冗談だとしてもキツ過ぎる発言だ。


「私の話を聞くか、それとも聞かないか。どうなされますか?」

「……どうするかな」

「では二つ、先に述べておきましょう。まず私は軍に務めていますが、所属はグリーンベレーやデルタフォースのような特殊部隊の所属なので、まず普通には会えません」

「普通じゃないやり方なら会えるのかお?」

「あなたが国家が揺るがすようなテロリストになれば会うことができるかもしれませんね。その場合、命の保証はできませんが」

「そうかお」


 まったく。
 都村トソン、お前の冗談はミィのジョークと同じで全く笑えない。

557名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:29:07 ID:N78RRPuQ0

「では二つ目です。あなたが頼ったというあの情報屋の女性は優秀ですから、やがては真実に近いところまで辿り着くかもしれません。ですが、」


 一呼吸置いてから彼女は続けた。


「私は、あなた方の探す真実の関係者です。それ故に、私しか知らない真実もある」

「…………そうか」


 だとしたら。
 お前が関わっているというのならば、僕の答えなんて決まっている。

 僕は言う。


「なら、聞かせてもらうお。お前の語る真実ってやつを」

「分かりました。ですが、その前にもう一つだけ。……今のあなたは、後悔していますか?」


 自嘲するように鼻で笑ってから、強がって僕は呟く。
 「後悔してるし、だから、後悔してないよ」と。

558名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:30:12 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


そして全てが終わり、そして全てが始まった。

ミィは脇目も振らず真っ直ぐに少女へと突撃していく。
対し、『クリナーメン』と名乗る相手はまるで握手でも求めるかのように右腕を前へと出す。
―――パチン。
広い通路に乾いた音が響いた。

次の瞬間、『何かがどうにかなった』。
そうとしか表現できない現象が起こった。


ミセ*^ー^)リ


いや。
実際には何も起こっていない。
破裂音が響いただけだ。

少女の『呪い』とも称するべき確率操作を音に数瞬先んじるようにしてミィが回避したからだった。
故に結果として何も起こり得なかった。

559名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:31:17 ID:N78RRPuQ0

ミセ* ー)リ「あははははは―――!」


次々と音が響いていく。
二打、三打と繰り返される不可視の攻撃は何も引き起こさない。
それでもミィは回避と後退を余儀なくされた。

両の瞳を紅に染め上げて、薄暗い空間にアカイロの線を引きながらミィは思考する。


マト゚−゚)メ「(『確率論(クリナーメン)』は存在確率制御の能力。量子の不確定性に干渉し極小単位で事象に変化を加えマクロ世界に影響を与える力―――)」


ミィは量子力学のことなど理解していない。
知覚したまま認識しているだけ。
『未来予測』という知覚の異能とも言える力を持つ彼女にとってはそれは当然のことだった。
人間が視力を有している以上は理屈が分からずとも空の青さは子どもにだって分かる。
それと同じことだった。

高速という表現でも生温い演算速度で現在を知覚し未来を予測しつつ、紙一重で何も引き起こさない攻撃を躱しながら、ミィは考え続ける。


マト −)メ「(本質的にはあの都村トソンの能力と同じ。一種のサイコキネシス。空間座標を設定し、そこに力を加えている―――)」

560名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:32:07 ID:N78RRPuQ0

座標とは、ある点の位置を明確にする為に設定された数の組であり、点によって定まる関数の組のことだ。
都村トソンの異能は「空間を歪める」という風に説明されることが多いが、厳密には四次元時空に設定した任意の点の周辺に力を加えて歪曲させるというもの。
対し『確率論(クリナーメン)』の能力はその任意の点が量子単位(プランク長レベル)――より精密で難解なのだ。
具体的には電子のような素粒子に影響を与えることで事象を引き起こしている。

つまり、『確率論(クリナーメン)』は、例えばミィの身体を構成する素粒子を狙い定めて発動している。
「狙い定める」と表現すると簡単に思えるが、それは素粒子が何処に存在しているかを演算し予測して能力を使う必要があるということ。
そしてそれは三次元に時間を足した程度の空間の理解とは訳が違う。

要するに――ミィが予測した場所にいなければ『全く何も起こらない』。
拳銃と変わらないと言えるかもしれない。


マト −)メ「(だから壁や柱のような物体には容易く発動できるが、人間のような意思を持ち動き回る存在には当て難い―――)」

ミセ*^ー^)リ「ねぇ、どうして黙ってるの? ねぇ、ねぇって」

マト −)メ「(けれど、そもそも量子レベルで世界を把握するような能力の発動には『未来予測』と同程度の知覚能力と演算能力が必要。だから―――)」


敵から十二分に距離を取りミィは押し黙る。

そう。
彼女の予測した通りだった。

561名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:33:00 ID:N78RRPuQ0


ミセ*^ー^)リ「ねぇ――ほら、もっと近くにおいでよ」



この『クリナーメン』という少女は――ミィと同じく、短期的な未来を予測できるのだ。

だからこそ『確率論(クリナーメン)』の能力は人間にも脅威となり得る。
次に相手が何処に動くかを予測し、その上で確率操作という能力を発動させれば、それは必中にして必殺の異能となる。
回避することはできず、一度でも直撃してしまえば何が起こるかが分からない。

対処の仕様がない。
それは運命のように人間にはどうしようもない『絶望』だ。


マト ー)メ「(……ずっと前に、私はブーンさんに『私の能力は特別なことができるわけではない』と言いましたね)」


『未来予測』という能力は人間ならば誰でも行っている行為の延長線上に存在する。
ボウリングでストライクを狙う時、拳銃の照準器を覗く時、あるいはゴミを少し離れたゴミ箱へ投げ入れる時、人間は要素を考慮して未来を予測する。
ミィの場合、その精度が極めて高いというだけで、未来を思うという行為は誰でも行っていることだ。
彼女は決して特別なことができるわけではない。

そして、彼女の目の前に立つ敵は――彼女にはできない、特別なことができる。

562名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:34:00 ID:N78RRPuQ0

……単純な戦闘能力的価値で言えば「上位互換」になるのかもしれない。
今現在、ミィが『クリナーメン』の絶え間ない猛攻を避けることができるのは演算速度、つまり未来を予測する力が優っているからだ。
相手が一秒先のミィを予測しても、ミィは一秒先の自分を予測した相手を予測しているので攻撃を回避できる。
けれど予測精度で優っているのは相手が『確率論(クリナーメン)』の能力の発動を同時に行っているからでしかない。

キャパシティは十と十で同等。
ミィが全てを防御(予測)に注ぎ込んでいるのに対し、単に相手は攻撃と予測に五ずつ使用しているというだけのことだった。


マト −)メ「(加えて『確率論(クリナーメン)』の能力は演算が複雑過ぎて射程が短い。それが唯一の弱点らしい弱点……)」


かつてミィはブーンに「私の能力の性質的にどんな能力を相手にしても決して負けない」と語った。
それは紛れもない事実で、『クリナーメン』がミィの動きを予測しようとすれば攻撃に割いている力を全て予測に回す必要があり、そうなると攻撃ができない。
だがそれは同時にミィは決して勝つことができないということを示している。

そう、ミィは負けない。
同時に――決して勝てないのだ。


ミセ*^ー^)リ「ねぇ、どうしたの? そんなに遠くに行っちゃって。もう諦めちゃったの?」


形を成した『絶望』が一人の少女に語り掛ける。

563名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:35:08 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


 都村トソンは言った。


「あなたから見て、彼女……『ミィ』はどんな少女でしたか?」

「え?」

「彼女の過去や正体といったことは考慮せずとも構いません。ただ、少しの間でも彼女の隣にいた人間として、彼女のことをどう思いましたか?」


 それは唐突な問いだった。
 真実を聞かせてくれるというものだから聞く体勢に入ってしまっていたが、都村トソンがまず始めにそんなことを問い掛けた。
 彼女について。

 いや――僕の記憶の中の彼女について、だろうか。


「どんなって、普通の……そんなことはないな。初めて会った時からおかしな奴だと思っていたお」

「おかしな奴――とは?」

564名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:36:03 ID:N78RRPuQ0

 脳裏に思い浮かべるのはミィと出逢ったあの公園。
 ちょうど今の都村トソンのように、僕の隣に座ってきた彼女。


「無一文で、記憶も帰る場所もなくて、それなのに平然と缶ジュース飲んでて……。煙みたいにふわふわして掴みどころのない奴だと思ったよ」


 変わった髪の色で。
 服は普通過ぎてちぐはぐで。
 敬語を使ってるはずなのに敬意は全然感じられなくて。
 一人称があやふやで。
 言動がかなり滅茶苦茶で。

 何処をどう見ても、とても『普通の少女』とは思えなかった。


「実際、普通とは言い難い能力を持っていたし。それをすぐに目の当たりにしたから、なんだか納得しちゃったお」

「そうでしょうね。何か一つでも一般から大きく乖離した要素があれば性格や言動の異常さは理解しやすいものです。違う人種の人間なんだな、と理解できる」

「超能力があるとか、お金持ちだとかかお?」

「仰る通りです」

565名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:37:08 ID:N78RRPuQ0

 彼女の言う通り、そういうものだ。
 能力的に秀でた人間の性格が特異であった場合、「あの人は天才だからああいう感じなんだろう」と理解するのはおかしなことではない。

 だから僕もミィと会ったばかりのことは「彼女は違う世界の人間だ」と思っていた。
 言動が奇妙に思えるのは生まれ育った世界が違うからだと。
 尤も、彼女は記憶を失くしているから、何処でどんな風に生まれどういう風に育ったのかは分からない。

 だけど。


「でも……しばらく彼女と一緒にいて、気付いたことがある」

「それはなんですか?」

「ミィが何処で生まれ育ったのかは分からないけれど、彼女も一人の女の子だってことだお」


 華奢な体躯をしている癖に食いしん坊だったり。
 服くらい何着でも買ってやると言ったのにずっと悩んでいたり。
 シャワーやお風呂が好きだったり。
 その割に髪を乾かさず所々がいい加減でガサツだったり。
 人から貰った物を大切にしたり。

 僕の隣にいたのはそんな風な性格の――女の子だった。

566名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:38:01 ID:N78RRPuQ0

 ああ、そうだ。
 彼女はずっとふわふわと笑っていたけれど――本当に楽しい時に浮かべる笑顔と困った時の微笑は少しだけ、でもはっきりと違うのだ。 
 僕はそのことを知っている。

 他の誰もが知らなくても、そのことを、僕だけは知っている。


「考えてみれば、自分とは違うのは当たり前なんだ。だって違う人間なんだから。多いか少ないかってだけで、多少の違いがあるのは当たり前なんだお」

「……そうですね」

「だから他の誰かがどう思うかは分からないが、少なくとも彼女と一緒にいた僕はこう思う」


 そうして僕は言った。



「ミィは、普通じゃないとしても――やっぱり一人の、可愛い女の子だって」



 普段なら気恥ずかしさに顔を赤く染めてしまいそうな言葉が呼吸をするように言えたのは、きっと。
 これが偽りのない、心の底からの僕の本心だったからだろう。

567名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:39:09 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


時間間隔が曖昧になるような長い間、銃爪を引き続けた。
防御されても構わず、何度でも何度でも撃ち続けた。


( ハ )


考える必要などない。
今までもずっとこうしてきたのだから。
恐らくはこれからもこうしていくのだから。

自分はこんなことしかできない。
だから、これくらいはやってみせる、と。


( `ハ´)「(…………これであと一発、か。あの男は何処で何をやっているんだか。本当に逃げたわけじゃないだろうな)」


予備の弾倉を使い切り、残されたのは装填された一発だけ。
姿を消した即席タッグの相手を思い浮かべつつ最早これまでかと覚悟を決める。

568名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:40:01 ID:N78RRPuQ0

なんとかここまでは無傷で来られた。
だがもう体力的にも限界だ。
敵の動きが単調だからこそ攻撃も避け続けられたが、人の身を超えた動きに対応し続けた代償は大きく、もう足が言うことを聞かない。
加えて弾切れとなれば相手は真っ直ぐこちらに突撃してくるだろう。
そうなれば抵抗の余地なく片腕で薙ぎ払われて終わりだ。

それでも、と男は考える。
幸いなことがあるとするならば。


(* ∀)「ひ――あ、ぁ……」

( `ハ´)「(何度か直撃させたからか。最初のような勢いはない)」


見立てでは七発。
敵の身体中に大小含め七つの風穴を開けた。
頭と心臓は守ったようだが、それでも血塗れなことには変わりない。
白かったセーターはほとんど赤く染まっていた。

人間ならばいくらなんでも死んでいなければおかしい傷だった。
どうも彼女は銃弾の程度の傷ならばしばらく待てば塞がるらしい。
分かっていたことではあったが、何処までも人間とは思えない存在だった。

569名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:41:07 ID:N78RRPuQ0

しかし依然として圧倒的に不利なことには変わりない。
男には便利な再生能力などない。
一撃でも貰えばそれで終わりなのだ。

そして、もう敵を倒す手段は残されていない。


( `ハ´)「(倒すことはできない。逃げることも恐らく不可能だ。つまり、この一発を撃ってしまえば正真正銘の終わり、か)」


と。
男は右手の拳銃へと視線を落とした。

なかった。


(;`ハ´)「……………む?」


拳銃がなかった。
さっきまで確かに手にしていたはずなのに影も形もない。
まさか落としたのか?
そんなはずはないと思いつつも辺りを見回す。

570名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:42:11 ID:N78RRPuQ0

だが、そんな隙をセーターの少女が見逃すはずがなかった。
大量に血を流した為か足取りこそ重いが、確実に男の元へと近付いてくる。

その瞬間だった。



( ^ν^)「―――お疲れ様でしたー。あと、これ少しお借りしますねー」



すぐ近くにずっと消えていた『ウォーリー』が立っていた。
その手には拳銃が握られている。
そうして彼は敵であるセーターの女に銃口を向け、躊躇いもなく発砲した。

少女は今一度腕を盾状に変えて防御姿勢を取る。
しかし放たれた銃弾はその両手に掠ることすらなく見当違いの方向へ飛んで行った。

何が起こったのかも分からずニット帽の男が呆気にとられた刹那、轟音が地下に響き渡る。
爆発音。
半壊状態だった柱が爆発によって消し飛ぶ。
巻き起こるのは、崩落。
地震でも起こったかのように天井が崩れて行く。

571名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:43:09 ID:N78RRPuQ0

崩落のちょうど真下にいたセーターの少女は避けることもできず、瓦礫の下敷きになった。
普段の彼女ならば持ち前の能力で防御できたかもしれないが、前方から飛んでくる銃弾に気を取られた一瞬を狙われてはどうしようもなかった。
そして轟音の後には、辺りを覆い尽くすような粉塵と瓦礫の山だけが残った。

その全てを引き落としたスーツの男はいつも通りの口調で言う。


( ^ν^)「上手く行きましたね―。正直あまり勝算があるとは思っていなかったのですが、良かったですー」

( `ハ´)「……おい、なんだこれは」

( ^ν^)「なんだと問われましても。どうせ近い内にぺしゃんこになるのだったら、先に相手だけ被害に遭ってもらおうと思っただけですー」


今の今まで『ウォーリー』が姿を見せなかったのは爆弾のセッティングに時間がかかっていたからだった。
爆発物自体は元々アタッシュケースにあったのだが、如何せん大した量ではなかった為に使い方をよく考える必要があった。
建物の構造や被害状況など踏まえ何処にトラップを仕掛けるかを決定し、その後は流れ弾に注意しながらずっと設置作業を行っていたのだ。


( ^ν^)「いやー、ですがこんなに上手く行くとは思いませんでしたー」

( `ハ´)「せめて事前に説明が欲しかったがな」

( ^ν^)「色々と時間がなかったものですからー。あなたの方も限界のようでしたしー」

572名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:44:04 ID:N78RRPuQ0

(;`ハ´)「それはそうだが……」

( ^ν^)「それより、さっさと帰りましょう。ここもいつ崩れるか分かりませんし、あのセーターの子も死んでくれたとは限りませんからー」


釈然としない気持ちはあったが言う通りでもあったので、男は大人しく従うことにした。
けれど一つ、あることを思い出して立ち止まる。


( `ハ´)「いや、少し待て」

( ^ν^)「なんでしょうかー? 万が一階段や他の階にまで被害が及んでいて建物から出れなくなっていたらどうするかという話ですかー?」

( `ハ´)「それもあるが、そうではない。あの女は……」


ニット帽の男が思い出したのは先に行かせたミィのことだった。
結構な時間が経ったというのにまだ戻ってきていないのだ。

年端のいかない少女の身を案じての言葉だったが、それに対して『ウォーリー』は事も無げに言った。


( ^ν^)「……後は彼女自身の問題ですー。私達が行ったところで、どうしようもありませんよー」

573名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:45:08 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


二人の少女は薄暗い廊下で向かい合っていた。
膠着状態。
そう表現することが適切だっただろうか。

ミィは『確率論(クリナーメン)』という能力の有効射程を把握しており、どれくらいの距離ならば確実に回避可能かを演算し切っていた。
しかしそれは、それだけのことでしかなかった。

彼女は詰まされていないだけで相手を詰む方法がない状態だ。
負けないが、決して勝てない。
有効打がないのである。
対照的に相手の少女は攻撃を一発でも直撃させればそれで勝ちとなる。


ミセ*^ー^)リ「もうおしまい? 来てくれないのなら……こっちから行っちゃおうかな」


そう言うと、パーカーの少女は歩き始めた。
一歩、また一歩とまるで焦らすかのようにゆっくりと歩を進める。
浮かべる無邪気な笑みも相俟って、その様は、まるで童女が気儘に散歩をしているようでもあった。

ゆっくりと――人の形をした『絶望』が、ミィの元へと迫ってくる。

574名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:46:13 ID:N78RRPuQ0

まるで遊んでいるような足取りだが、距離の詰め方は宛らチェスのエンドゲーム。
通路の構造と双方の戦闘能力を踏まえて、確実に着実に、ミィの動ける範囲を狭めていく。
いくら『未来予測』の能力があろうとも物理的に回避不可能な攻撃は避けようがない。
だから少しずつミィの選択肢を削っていく。


マト; -)メ「(どうすれば―――)」


必死で、けれど『未来予測』が決して疎かにならない程度に集中しつつ思考する。

逆転の手立てはない。
ここが閉じた空間である以上は逃げ続けることもできない。
第一回避し続けるだけでは千日手だ。
『未来予測』も通常モードならいさ知らず、対異能力の為に出力を上げている今の状態を永久に続けることなどできない。
目に障る力なのだ。
でも向こうだって無制限に能力が使えるわけがない、なら持久戦に持ち込んでみようか?
どちらのスペックが上か試してみようか?
いっそのこと不意を突いて無視して通り過ぎてるか?
向こうも未来を見ている以上は成功するはずがないし、成功したとしても奥の扉を開ける一瞬で背後から攻撃されて終わりだ。

だったら―――。

575名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:47:09 ID:N78RRPuQ0

と。
ほんの刹那、ミィが思考に意識を集中した、その瞬間だった。

『クリナーメン』が立ち止まっていた。



ミセ*^ー^)リ「あー。……今、『もういっそ逃げちゃおうか』って考えたでしょ?」



そう言って少女は笑う。
いとも無邪気に怪物は笑う。
ミィの不安を見透かして、ミィの恐怖を見通して、その『絶望』が微笑みかける。


ミセ*^ー^)リ「ダメだよ、そんなのは。折角ここまで来てくれたのにどっか行っちゃうなんて許さない。ねぇ、そうでしょ?」

マト; −)メ「……ッ!」


そう。
ミィは撤退も視野に入れていた。
だがその案はこの瞬間、即座に却下された。

576名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:48:10 ID:N78RRPuQ0

見えたのだ、未来が。
これから先に何が起こるかが。

ミィは祈った。
自分の目に映る未来が間違っていて欲しいと切に願った。
けれど、彼女の魔眼は絶対であり、その未来が覆されることはまずありえない。

だからこそ――彼女は見ていることしかできなかった。


ミセ*^ー^)リ「そんなこと考えてるなら……こうしちゃうっ!」


予測した未来が再現される。
寸分違わず、一縷の狂いもなく現実になっていく。

『クリナーメン』が指を鳴らす。
狙いはミィではない。
彼女の後ろ、地下六階へと続く階段だった。
次の瞬間、どういった理屈なのか、天井が壁が崩落し瓦礫の山へと姿を変えた。

常人には何が起こったのか分からずとも、ここにいる二人の怪物だけは正確に自体を認識していた。

577名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:49:10 ID:N78RRPuQ0

結論だけを述べるのならば――今この瞬間を以て、ミィの逃げ道がなくなった。
彼女が予測した未来の通りになり、残ったのは退路を断たれたという最悪の現実だけだった。


マト# −)メ


思わずミィは腰に提げていた拳銃を抜き発砲する。
それが無駄な行為と知りながらも、そうせざるを得なかった。

だが今回も彼女が予め見たままに現実は進行していく。

放たれた弾丸は『クリナーメン』の眉間を正確に撃ち抜く軌道だった。
命中するはずだった。
しかし立ち塞がる少女は、ミィが予測した通りに――無傷。


ミセ*^ー^)リ「どうしたの? らしくないよ? そういうのは通じないって分かってるでしょ? ううん、『見えてた』でしょ?」

マト#゚−゚)メ「…………」

ミセ*^ー^)リ「私の『運命論(クリナーメン)』は人間にはちょっとだけ当て難いけど、運動エネルギーを持たない物体や弾丸みたいに簡単な計算式で予測できる物体にはいくらでも発動できるの」

578名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:50:21 ID:N78RRPuQ0

そんなことは分かっていた。
分かっていても、ミィはそうせずにはいられなかったのだ。
だが対する彼女にはそれが分からなかった。

その少女、『クリナーメン』は言う。


ミセ*^ー^)リ「らしくないよ、『プロヴィデンス』。怖がったり恐れたりなんて、あなたらしくないよ、ねぇ」

マト# −)メ「あなたが、私の――何を知っているんですか……っ!!」


感情のままにミィは走り出す。
突撃し、肉薄し、銃を構え、銃爪を引き、死角を探り、動き回りながら攻撃を加えていく。
だが全ては無駄に終わる。
どんな攻撃も『クリナーメン』には当たらず、無効化される。

相手の反撃も予測して回避できているのが唯一の幸いだったか。
たとえ怒りに任せた行動だとしても、それでもミィの両の瞳は当然のように知覚し演算し予測し、未来を示していく。


ミセ*^ー^)リ「知ってるよ。だってそうでしょ? 『確率的決定論(クリナーメン)』と『因果的決定論(プロヴィデンス)』は本質的には同じ、並び立つものだから」

マト#゚−゚)メ「何を言って……! 頭がおかしいんじゃないですか!?」

579名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:51:15 ID:N78RRPuQ0

ミセ*^ー^)リ「ううん、おかしいのはあなたの方だよ。ねぇ、何を怖がってるの? どうして怖がってるの?」

マト# −)メ「何を言っているか分かりません!!」

ミセ*^ー^)リ「あの一緒にいた人間のせいかなぁ? あの人におかしくされちゃったの? あんな取るに足らない存在のせいで変わっちゃったの?」


あなたにブーンさんの何が分かるんですか、と怒りに狂う少女は叫ぶ。
分かってるんでしょ、と無邪気に微笑んだままの少女は言う。


ミセ*^ー^)リ「ねぇ、その瞳なら分かるでしょ?見えるでしょ? あんなのは、私達とは違うんだよ?」

マト#゚−゚)メ「誰かが誰かと違うのは当たり前です! それに、私はあなたとは違う!!」

ミセ*^ー^)リ「そうじゃないよ、本当は分かってるんでしょ? あんなのは、何も現実を変えられないし、何も未来を作れないって」

マト# −)メ「違う!ブーンさんはっ!」

ミセ* ー)リ「この世界で、」


少女は言う。

580名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:52:08 ID:N78RRPuQ0

『運命』が、『奇跡』が、『絶望』が形を成したかのような少女は言う。
何処までも無邪気に笑いながら告げる。



ミセ* ー)リ「この世界で絶対なのは、たった二つ――『確率論(クリナーメン)』と『因果論(プロヴィデンス)』だけなんだよ?」



『確率』と『因果』。
そう。
その二つの前では人間など塵芥に同じなのだと。

人間はその二つの概念から逃れることはできないし、抗うことも許されない。
ただ翻弄され、絶望し、ただ身を委ねることしか許されないのだと。


マト −)メ「……だったら、」


ミィは立ち止まり、俯いた。
不安に駆られた表情を隠すように顔を伏せる。
無駄で無謀なことだと分かっていても、そうせざるを得なかった。

581名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:53:09 ID:N78RRPuQ0

「だったら」とミィは言う。
あまりにも痛切な、何かよく分からない感情を込めて。
心の奥の苦しさを言葉に乗せて呟いた。

まるで何かに祈るように。
あるいは――神にでも、縋るように。


マト −)メ「そうだとしたら……人間の生に、何の意味があるんですか……?」

ミセ*^ー^)リ「意味?」


しかしそんな感情も目の前の少女には伝わらない。
手の届きそうな場所に、すぐ近くに立っているというのに何処までも、遠い。
『クリナーメン』は平然と返答する。


ミセ*゚ー゚)リ「ないよ、そんなの。犬や猫が意味を持って存在していると思うの? それと同じだよ?」

マト −)メ「なら、あなたにはどんな意味があるんですか?」

ミセ*^ー^)リ「ないよ? だって『奇跡』に意味なんてないでしょ? それは、そういうものなんだから。私はこういう在り方のものってだけ」

582名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:53:22 ID:YoOmgtjgC
今気づいた、出遅れた 
支援

583名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:54:09 ID:N78RRPuQ0

こういう在り方の存在であるというだけ。
これまでもずっとそうだったし、これからもずっとそうだった。
そういうものであるのだ、と。


マト −)メ「(ああ―――)」


ああ、とミィは今一度思う。
まるで死人みたいだと。

目の前に立つ少女は初めて会った時とまるで変わらず、変化がない。
多分これから先もずっと変わらないままなのだろう。
まるで死んでいるみたいにずっと止まったまま、変わることなく、誰にも変えられることもなく。
ずっとこうして存在し続けるのだろう。

そんなものが。


ミセ*^ー^)リ


そうだ。
そんなものは――きっと。

584名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:55:06 ID:N78RRPuQ0

マト −)メ「(…………ブーンさん)」


自分の大切な相手のことを、思い出す。
彼はなんと言っていたのだったか?

人が、生きるということは―――。


マト −)メ「(人が生きるということは――変わり続ける世界の中で、責任を受け入れて、後悔しながらでも、それでも未来を――自分を選び続けること)」


それが『生きる』ということ。
彼が教えてくれたこと。

だったら。


マト ー)メ「……はは。はっ、あはは」

ミセ*゚ー゚)リ「何がおかしいの?」

マト ー)メ「いえ、ずっと見えていなかったことがやっと見えたので、おかしくて」

585名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:56:08 ID:N78RRPuQ0

そうだ。
恐怖も不安もある。
でも、今ならば自信を持って答えられる。

だからミィは言うのだ。


マト −)メ「あなたの方が正しいのかもしれません。偶然も因果も運命も……凄く大きな力です。抗えない、従うしかない。そういう見方もあるのかもしれない」

ミセ*゚ー゚)リ「……?」


それはそうなのかもしれない。
自由だ未来だと叫んでみたところで人間なんて些細な偶然で容易く死ぬ存在。
これまで生きてこられたのは少しばかり運が良かっただけで、次の瞬間にでも何か運悪く死ぬ可能性はゼロではない。
そんなこと以前に誰だっていつかは死ぬのだから生きている意味なんてないのかもしれない。

そうなのかもしれない。
そうかもしれない、だけど。


マト ー)メ「……でも、私はそうは思わない。私にとっての『未来』は一人一人の選択によって紡がれていくもの。それこそが私の思う『因果』です」

586名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:57:11 ID:N78RRPuQ0

そう。
それこそがミィの思う『因果』だった。
……いや、少し違うだろうか。

単に「思う」のではなく、ミィは「見てきた」のだ。
記憶を失くして街を彷徨う中で、無数の誰かとすれ違い出逢う中で、何よりも――大切な人と一緒にいる中で。
彼女はずっと『因果』を見てきた。
この世界がどういう在り方をしているのかを見てきたのだ。

だから、ミィは知っている。


マト ー)メ「(……私は、知っている)」


ミィが見た数え切れない人々には皆に『過去』があった。
一人ひとりの選択が、少しずつ『未来』を作っていた。
そんな人々の集まったものが『現在』だった。

無駄なものなんて一つもなかった。
無視して良いものなんて少しもなかった。

587名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:58:07 ID:N78RRPuQ0

どんな些細な行動でも、それは確かに世界へと影響を及ぼしていた。
誰かの人生が量子の揺らぎのような小さな結果しか生まなかったとしても、それは紛れもなく一つの結果であり、存在しないことにはならない。
意味なんてなかったとしても、誰だって誰かと同じように生きているのだから。

そしてそれは多分、「意味がある」ということなのだ。
そして同時に、「意味を見つけなければならない」ということなのだ。


マト −)メ「だから、私はあなたとは違う。……それに何よりも、私は」


だからもう一度、言おう。
今の生命を叫ぼう。

そう、彼と一緒に『未来』を見られる場所に帰る為に。



マト#゚ー゚)メ「私はあなたみたいに何も選んでいない、生きていない――――死んでいる奴なんかに、私は負けない!!!」



その言葉こそが今の少女の答えだった。

588名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 21:59:02 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


『クリナーメン』はミィの言葉に何も言わず、変わらずに微笑んだままだった。
その様は、理解できない、と無言で語るようでもあった。

彼女は何も言葉を返すことなく、ただいつもと同じように右手を前に伸ばす。

狙いはほんの三メートル前方に立つミィ。
この距離ならば避けられまい。
躱せたとしても二度、三度と攻撃を繰り返せば当たるだろう。


ミセ*^ー^)リ「(あんまり聞き分けないと……足とか腕の一本くらい、もいじゃうんだから)」


どうせ自分達の能力に重要なのは瞳だけなんだから、と。
そうしたあまりにも恐ろしい選択を容易く下せることも少女の少女らしさだっただろうか。

予測した未来の中のミィには大きな動きもない。
「負けない」と叫んでおきながら、諦めたのかな?
無邪気にそんなことを思った。

589名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:00:10 ID:N78RRPuQ0

そうして少女は慣れた風に指を弾く。
確率と運命を操る異能をいつもと同じように指先一つで発動させた。

―――その、はずだった。


ミセ;゚ー゚)リ「………………え?」


次の瞬間、彼女は驚愕した。
『何も起きなかったから』だ。

これまでの戦闘でも何度も回避され、結果的に『何も起きなかった』ことは何度もあった。
だがしかし今回は標的であるミィはほとんど動いてすらいない。
回避していない。

ならば、何が起こった?


ミセ;゚ー゚)リ「(どうして?なんで?いつもと違う? 何が、何処か、確か―――)」


一瞬前の情景を記憶の底から掘り起こす。
焦る少女を後目に、ミィは微動だにしない。

590名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:01:02 ID:N78RRPuQ0

何が起こった?
何が違った?
思い当たるとすれば、たった一つ。

そう――音が、二つあった。


ミセ;゚ー゚)リ「……まさか、」

マト −)メ「今の今まで気が付かないなんて、やはり『未来予測』の方は不完全みたいです。それとも消耗を抑える為に出力と精度を下げているのか」


あの指を弾く音が重なっていた。
少女が一度しか鳴らしていないのだから、もう一つの音を作り出したのは――ミィ。


ミセ;゚ー゚)リ「まさか『プロヴィデンス』……あなたも、私と同じ能力を……っ!」

マト −)メ「違います。そして答える義理はありませんが、これだけは述べておきます」

ミセ;゚ー゚)リ「何を……?」

591名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:02:01 ID:N78RRPuQ0

毅然と、ミィは告げた。


マト゚−゚)メ「もうあなたでは――私に、勝てない」


アカイロに染まり淡く輝く瞳が少女を貫いた。
眼の奥にあるのは光。
確信という名の強い輝きだった。

すぐさま『クリナーメン』は無我夢中で能力を発動させる。
ペース配分や身体への負担などを一切無視し、最大限の精度と出力で未来を予測し奇跡を起こ―――。


ミセ;゚ー゚)リ「(!!)」


瞬間、彼女は攻撃が失敗することを理解した。
予測にも普段以上の出力を割いた分、精確に未来は見えるようになった。
それ故に分かってしまった。
駄目だ、と。

更に彼女は理解する。
ミィが何をしているのかを。

592名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:03:08 ID:N78RRPuQ0

ミセ;゚ー゚)リ「指を弾く行為及びそれが生み出す音によって大気中の分子の挙動を変化させ、その影響が連鎖拡大し時間発展した結果、『確率論(クリナーメン)』の能力が乱された……!!」


『バタフライ効果』――と、呼ばれる現象だった。

かつての自然科学者は自然現象を決定論的に予測できると考えていた。
極めて近似した条件のほぼ同様の状況は同じ時間だけ経過すれば同じような結果に落ち着くはずだ。
「多少の誤差ならば無視しても構わない」という認識だったのだ。

しかし、その前提は覆されることになった。
何処かの国の蝶の羽ばたきのような小さな要素が天候に大きな影響を与える可能性がある、と。

一般に「カオス系」と呼称されるような複雑な力学系においては初期値の差が時間経過によって大きな差異へと拡大していくとされる。
端的に言えば「どんな小さな誤差であっても無視することはできず、些細な差が結果を大きく変えることがありえる」ということだ。
どんな小さな差であっても、正確な結果を出す為には無視することはできない。
つまり完全に未来を予測することは不可能なのだ。


マト −)メ「(……そう)」


カオス系を予測する為には全ての要素を完全に知覚することが必要。
人間には不可能とされているが、しかしそれこそが、かつてミィが僅かに語った『未来予測』の理想だった。

593名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:04:04 ID:N78RRPuQ0

そして、今ミィが行っているのはバタフライ効果の再現。
『能力の発動』という結果を、『指を鳴らす』という行為で生じる僅かな影響を用いて、キャンセルしたのだ。
未来を予測した上で、予測した未来を変化させた。


ミセ;゚ー゚)リ「そんな……そんな、わけ……」


呆然と『クリナーメン』は立ち尽くす。
無理なからぬことだった。

そもそもミィも彼女も完璧な未来の予測(『ラプラスの悪魔』と呼べるようなもの)は不可能だ。
普段の『未来予測』の使用の際でも可能な限り知覚し考慮するが、それでも膨大な要素を切り捨てて、凡その未来だけを予測している。
『確率論(クリナーメン)』という能力だって完全な素粒子の動きのシミュレートなど到底無理なので能力で無理矢理誤差を調整し使用しているような状態だ。

だから、ありえない。


ミセ;゚ー゚)リ「(……限界まで知覚範囲を広げ、出力を最高にし、最大まで精度を上げたとしても、それでもまだありえない!!)」


ありえない。
ありえない。
そんな言葉だけが少女の頭で渦巻いている。

594名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:05:11 ID:N78RRPuQ0

そう言えば、と思い出す。
ミィが指を鳴らした際には微動だにしていなかったが、あれは動かなかったのではなく、動けなかったのかもしれない。
回避しなかったのではなく、できなかった。
歩く、息を吸う、顔を上げる、言葉を発する――そんな当たり前の行為ができないほど限界まで能力を使用していたからだ。

元より『未来予測』の能力は考慮する要素が多ければ多いほど負担が増す。
だからこそ異能の力という異常な現象を解析しなければならない対異能の紅の瞳はミィの目に障るものだった。
それよりもまだ出力が上なのだから、想像を絶する疲労と苦痛であっただろう。


マト −)メ「(……あの都村トソンという人の能力ならば、こう上手くは行かなかった。能力の発動は止められず、座標をズラすのが精一杯だったはず)」


そう。
素粒子に干渉する『確率論(クリナーメン)』は、絶対であるが故にあまりにも繊細過ぎたのだ。
僅かでも演算が狂えば全てが台無しになってしまうほどに。

いや、単に――こう言えるだろう。


マト −)メ「…………あなたはブーンさんを、いえ人間そのものを取るに足らない存在だと考えているようですが……」

595名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:06:02 ID:N78RRPuQ0

呼吸を落ち着けつつミィは言葉を絞り出す。
そうして、一歩また一歩とゆっくりと扉に向かって歩きながら続けた。


マト −)メ「ですが……この世界には、無駄なものも無力なものも無視して良いものも、ない。未来とは、全ての要素が絡み合い織り成す先に在るものです」

ミセ;゚ー゚)リ「『プロヴィデンス』……」

マト −)メ「それが理解できてない時点で、あなたが私と同じわけがない。『We do not know and we will not know.』――未来なんて誰にも、分からない」


ミクロがマクロに影響を与えているのと同じように、マクロもミクロに影響を与えている。
あるいはミィの大切な人ならばこう表現したのだろうか。
「世界が個人を変化させるように、個人も世界を変化させているのだ」と。
全てが繋がり合って存在しているのだと。

結局はその程度の差だった。

『確率論(クリナーメン)』と『因果論(プロヴィデンス)』は確かに本質的に同一で、並び立つものであり、能力は拮抗していたのかもしれない。
勝敗を分けたのはそれを使う者がそれぞれどんな風に世界を認識していたか。
そんな程度の本当に些細な差だ。

そして世界というカオス系においてはそんな些細な差が無視できない。
この結末は、つまりはそういうことだった。

596名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:07:02 ID:N78RRPuQ0

ミィは歩き続ける。
もう背後の少女に興味などないという風に。

向かうべきは扉の向こう側。
最早能力を維持するのも難しいが、それでも行かなければならない。
早く帰らないとあの人が心配してしまうから、と。


ミセ* -)リ「…………待って。待って、よ……。私は、ずっと……」


少女が何かを呟いても振り向くことはない。
眼中になかった。


ミセ; ー)リ「お願い、待ってッ! 『プロヴィデ―――」

マト −)メ「―――見逃そうとも考えたましたが、やはりお前の存在そのものが、」


目に障る、と。
そしてそう告げると、追い縋ろうとする少女の心臓をミィは振り向くこともなく撃ち抜いた。

こうして彼女が宣言した未来は遂に実現したのだった。

597名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:08:01 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


 そうですか、と都村トソンは呟いた。
 それはいつものような丁寧ながらも素っ気ない言葉ではなく、何かまるで慈しむような、深い感情に満ちた一言だった。
 それがどんな感情なのかは僕には分からないが、そんな風に思ったのだ。
 そんな風に聞こえたのだ。

 続けて彼女は言う。


「私がその少女の名前を聞いた際、どんな発言をしたか覚えていらっしゃいますか?」

「あの遊戯室でのことかお? 確か……」


 ―――「『ME』で『ミィ』ですか。……良い名前ですね。人間の受動的側面を意味する単語であり、『摸倣子(Meme)』の最初の二文字です」


「ミィの名前を聞いて良い名前だとか、『ミーム』の最初の二文字だとか、そんなことを言ったんじゃなかったかお?」

「はい、その通りです。ミームについてはご存知ですよね」

「一通りは」

598名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:09:04 ID:N78RRPuQ0

 『ミーム(Meme)』とはある生物学者が遺伝子(Gene)に対応する概念として提唱したものだ。
 人から人からコピーされる情報のことであり、言わば、文化の遺伝子だ。
 簡単な例では、習慣や流行が『ミーム』に該当する。


「全てを知覚する『未来予測』の能力では見えない、唯一見ることのできない人間の心や身体に刻み込まれた文化……そういうものがミームです」


 少し面白いなと思いまして、と都村トソンは小さく笑った。
 ミィとはまるで違う笑み。

 でも、と僕は考える。
 そういう観点から見れば『ミィ』という名は彼女の能力には合っていなかったかもしれない。
 『未来予測』でも決して見えない人間の本質を想起させるような名前なのだから、ちぐはぐというか、皮肉な感じもしないでもない。

 そう。
 ただ能力だけで彼女を見れば、『クリナーメン』と名乗った少女が呼んだ『プロヴィデンス』という名前は如何にも相応しい。
 『プロヴィデンス(Providence)』とは、全てを見通す天帝や連なり紡がれる因果を意味する単語なのだから。


「そう言われると妙な名前だったかもしれないお。僕としては『自分(Me)』とか『記憶(Memory)』に関連させて付けたつもりだったんだが」

「いえ、良い名だと思います。私が思い浮かべたもう一つを踏まえても」

599名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:10:03 ID:N78RRPuQ0

「もう一つ? ああ、人間の受動的側面がどう、ってやつか」

「はい。『自分』を表す単語には『I』と『Me』がありますが、社会学や心理学ではこの二つは代名詞や目的語という意味を超えて使われています」

「『自我』と『他我』か」

「そうとも表現できますね」

 
 『I』とは、人間の主体的で能動的な一面。
 『Me』とは、人間の受動的な一面。

 主体的や能動的はそのままだが、受動的というのがどういうことかと言えば、他者から影響を受け役割を演じようとするということだ。
 「社会的な側面」と言い換えれば分かりやすいかもしれない。
 僕達人間は社会規範を学び、それが『社会的他我』として内面化されているのだ。


「さて、『Me』とは個人の中に存在し個人に影響を与える社会や他者のことですが、大きく分けて二つ種類があることをご存知ですか?」

「え? いや、それは寡聞にして知らないお」

「一つは所謂法律や常識のような『一般的な他者』です。普段イメージするような社会や他人ですね」

「……なら、もう一つは?」

600名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:11:21 ID:N78RRPuQ0

 都村トソンは、何処か懐かしむように言った。


「『重要な他者』です。両親のような、ごく近しい他人の影響を人間は大きく受けている」

「……それはまあ、社会と家族とどちらが重要かと訊かれれば、自分に影響を与えているのは家族だろうな」

「はい。だから通常は『重要な他者』の例として家族が挙げられます」


 ですが、と彼女は続けた。
 とても静かに、とても優しく。


「私は――恋人や友人も十二分に『重要な他者』足り得ると思います。自分の生き方に影響を与えるような、自分の中の他人になると」

「自分の中の、他人……」


 『自分の生き方に影響を与えるような、自分の中の他人』。

 僕は家族以外にそう呼べる相手とどれくらい付き合ってきただろう。
 どれくらいの大切な人と出逢ってきたのだろう?

601名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:12:07 ID:N78RRPuQ0

「あなたは先ほど、あの少女のことを『普通じゃないとしても一人の可愛い女の子だ』と言いましたね」

「……そうだな」

「ですが私は、あなたと出逢ったばかりの彼女はきっと今よりも遥かに異常で逸脱した存在だったと思います」


 条理を超えた異能を持ち。
 他人を躊躇いなく傷付け殺そうとし。
 命のやり取りをしている間でも笑うような。

 彼女は元々、そんな存在ではなかっただろうか?
 一体、いつから今のようになったのだろう?


「あなたが、そうしたんです。あなたが彼女を変えた」


 都村トソンは言う。


「彼女の隣に立っていたあなたがいたことで、あなたの影響を受けて――彼女は変わったんです。あなたも、彼女自身も気付かない内に、少しずつ」

602名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:13:11 ID:N78RRPuQ0

 僕がミィを変えたのだと。
 というよりも、もっと相応しい言い方がある。
 そう。

 あの時彼女に出逢った僕が、あの何もかもを失っていた一人の少女を――『ミィ』にしたのだ。


「全ての記憶を失くした少女にとって、あなただけが唯一無二の『重要な他者』だった。あなたが彼女を変えたんです」

「いや、そんな……!」

「罪悪感や責任感を抱く必要はありません。人間は多かれ少なかれ他人の影響を受けている。そもそも、あなただって彼女の影響を受けているのだから同じです」

「……僕が?」

「彼女と出逢う前の自分と、今の自分。全く同じだと思いますか?」


 思え……ない。
 思えるわけがない。

 預金残高が減ったとか目が見えなくなったとか、そんなことじゃなくて。
 僕はミィと出逢って、彼女と過ごして、色んな経験をして……。
 きっと変わったのだと思う。

603名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:14:01 ID:N78RRPuQ0

 ああ、そうか。
 だとしたら、ミィだって―――。


「……本当に良い名前を持ったと思います。少し嫉妬してしまうほどに」

「そうだな……。良い名前、なのかもしれないな……」


 僕は少し微笑んで、言った。


「でも、まるで見てきたみたいな言い方だお。僕達自身だってそんなに意識してなかったのに」

「見てきた――のではなく、経験してきたのですよ」

「え?」

「私だって、昔は一人の女の子でしたから。誰かと出逢って、その誰かが大切な人になって、その大切な人に変えられて……そんな経験くらいありますから」


 なるほどな。
 思わず納得してしまった。
 懐かしむような口調は僕達を見てではなく――僕達を通して見た、自分自身の過去に対してだったのだろう。

604名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:15:22 ID:N78RRPuQ0

 そっか。
 そうだよな。
 この人にだって『過去』があったんだ。

 僕は知らないけれど、きっと数え切れないくらいに誰かと出逢って、無数のことを経験して、生きてきた。
 そして、僕やミィと同じように――生きているんだろう。


「では、そろそろ始めましょうか」


 と。
 唐突に都村トソンが言った。


「あなた方の『現在』の話はもう終わり。今から私が語るのは、あなた方の『過去』の話です」

「……ああ。待ちくたびれたよ」


 強がって僕は答える。
 正直、怖い。
 けれど彼女の語る『過去』はきっと知らなければならないことだと思うから。

605名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:16:44 ID:N78RRPuQ0

 そう。
 多分、ミィの『心の中の誰か』で在り続ける為には。 


「そうですね……。折角私のことに触れたのですから、私の話から始めましょう。そちらの方が理解し易いでしょうから」


 都村トソンは特に気負った風もなく、淡々と続けていく。


「……長い話になりますが、どうかお付き合いください」


 探し続けた記憶が。
 求め続けた真実が。
 今、ここに。

 そして。


「まずは私が生まれた……いえ、造られた時の話から。私がまだ、『名もなき怪物』だった頃の話から始めましょう―――」


 そして、過去が始まった。

606名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:18:04 ID:N78RRPuQ0

 *――*――*――*――*


少しふらつきながらもミィは扉に辿り着く。

その奥に何があるのかは相も変わらず分からない。
先の戦闘で体力を消耗したから――ではなく、とにかく見えないのだ。
部屋があること、そこに生体反応がないことはなぜだか分かるのに、具体的に何があるのかはまるで分からなかった。

初めての感覚だった。
『未来予測』という能力を持ち千里眼とでも呼べるような知覚能力を持つ彼女にとっては「見えない」という事実がまず恐ろしかった。
目の前に何があるのか分からない、未来が見えない。
堪らなく怖かった。

彼女にとっての初めての、暗闇。
今の今まで見えていたものが見えなくなるその恐ろしさは失明にも近かっただろうか。


マト ー)メ「(…………ああ)」


胸に訪れるのは二つの感情。
恐怖と、後悔。
思わず胸倉を掴んだ。

607名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:19:06 ID:N78RRPuQ0

こんな時、あの人が隣にいてくれたらどんなに良かっただろう?
そして、私のせいであの人はずっとこんな思いをするようになったんだと。


マト −)メ「(早く……早く、帰らないと……)」


約束を思い出す。
自分が目になると言ったことを。
だから、早く帰らなければならない。

一刻も早く、帰らなければ―――。


マト゚−゚)メ「…………帰る?」


違和感に動きを止めた。
早くこの施設を出て待ち合わせ場所に行かなければならないことは分かっている。
そうしたいの、だが……。

何故だろう。
ミィには「帰る」という単語が頭の奥底の何処かに引っ掛かるのだ。

608名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:20:03 ID:N78RRPuQ0

何がおかしいのだろう?
考えてみても答えは出ない。
記憶喪失なのだから違和感の正体に気付けるはずはなく、そもそも勘違いという可能性も大いにある。

その魔眼で自分の頭の中が見えれば良かったのだが、不思議なことに『未来予測』という能力は自らのことは分からないのだ。
自分が観測する主体であるからだろうか?

そんなことはどうでもいい、と首を振る。
後で考えれば良いのだ。
今はとにかくこの扉を開けなければと辺りを見回すと、扉の脇にパネルのような物が設置されているのを発見した。
パスワードを入力するのだろうが、それには何も書かれていない為にどうすれば良いのか分からない。

その声が響いたのは、もう少しだけ『未来予測』の出力を上げて用途やパスワードを調べようか、と何気なく機器に触れた瞬間だった。



『―――認証しました。』



アナウンス嬢のような綺麗な声で機械がそう告げた。
次いで、扉が開かれる。

その奥にあったのは暗い空間。

609名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:21:01 ID:N78RRPuQ0

マト;゚ー゚)メ「(なんで?どうして? どういうこと……?)」


何故扉は開いたのか。
いくら考えてみたところでその答えは出やしない。

答えが見つかるとしたら、この先。
暗い部屋の奥。
彼女が探し続けてきた全ての真実がそこにあるのだろう。

いや――【記憶(じぶん)】と言うべきか。


マト;゚−゚)メ「(この先に、私の『過去』が……)」


全ては勘違いで、空振りに終わる可能性だって大いにあった。
だが、ミィの理性ではない部分が告げている。
この先に全てが待っている、と。

知っていた。
分かっていた。

全ての記憶を失っても――それでも、何処かが覚えている。

610名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:22:09 ID:N78RRPuQ0

足を踏み入れかけて、止まる。
すぐそこに探し続けてきた『過去』が、求め続けきた『真実』が待っているというのに、足が竦む。
胸の鼓動が激しくなり、ぼやけた視界で倒れない為に壁を掴んだ。
手が震え、自分を鼓舞する為に出そうとした声は掠れた音となって地下に消えた。

心にあるのは一つの懸念。
一つの恐怖。


マト −)メ「(『過去』は知りたい。でも、記憶を取り戻したら、もしかしたら、私は……)」


―――今度は今の記憶を忘れてしまうかもしれない、と。

記憶喪失、つまり全生活史健忘は「自分に関する記憶(過去)」が思い出せなくなる逆行性健忘だ。
これには様々なパターンがあるが、どの場合においても運良く記憶が戻った際にある状態に陥る可能性がある。
それは「『記憶を忘れていた間の記憶』を忘れる」という可能性だ。
そしてそれは通常の記憶喪失とは異なり、『忘れてしまったこと』それ自体を忘れてしまうと言われる。

記憶がなかった間のことは客観的な時間経過で分かるのだが、わざわざ記憶喪失中の記憶を取り戻そうとする人間は少ないだろう。
だってそれは【記憶(じぶん)】を失くした状態のことであって、つまり、『自分』ではないのだから。

【記憶(じぶん)】ではない――『自分』だったのだから。

611名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:23:02 ID:N78RRPuQ0

ならば。
だとしたら、一体――『自分』とは何なのだろうか?
『記憶』とは何なのだろうか。
本当に『記憶』は『自分』の同義語か?

人間は『記憶』が続いていくことで自らの存在を確認するが、ならば『記憶』が断絶してしまえば『自分』ではなくなるのか?
私は私であって私でしかないというトートロジーなんて聞き飽きているが、でも、「私が私である」というその単純な事実は誰か証明してくれる?

『過去』とはなんだ。
『未来』とはどんな意味を持つ?
『自分』とは、一体……。

いくら考えてみたところで、そんな問いの答えなど出てこない。


マト; −)メ「…………ブーンさん……」


ミィは大切な人の名前を小さく呼んだ。
今の名前で、今の大切な人の名を、呼んだ。

あの人が隣にいてくれたら、この難解な問いにも答えられただろうか?
きっと答えを知らなかったとしても一緒に考えてくれたはずだ。
彼なら、どんな風に答えてくれたのだろうか?

612名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:24:03 ID:N78RRPuQ0

会いたい。
傍にいたい。
そんな気持ちだけが胸を満たす。

声が聞きたい。
言葉を交わしたい。


―――「……なら僕はとりあえず君のことを『ミィ』と呼ぼう」


自分に名前をくれたあの人に。


―――「あの時、君が望む未来の為に僕に声を掛けたのと同じように――僕だって望む未来の為に君を雇ったんだお」


自分を必要としてくれたあの人に。


―――「……服や鞄のことなんてそんなに気にするな。また買ってやるから。その程度の記憶なら、またいくらでも作ればいいんだから」


自分に何度でも記憶をくれると言ったあの人に。

613名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:25:01 ID:N78RRPuQ0

―――「…………だから、僕を助けてくれ――ミィ」
―――「―――お前、可愛いな」
―――「ご忠告は痛み入るが、僕達の行く道は僕達が決める。後悔するかどうかも、だ」
―――「……だけどさ、『過去』を知ることによって初めて開ける『未来』もあるんじゃないのかお?」
―――「少しの間だけでいいから――僕の代わりに『過去』を見据え、僕と一緒に『未来』を夢見る、僕の目になってくれないか?」
―――「代わりに僕はずっとお前の帰りを待ってる。真実も過去も、何も分からなくたっていいから。……だから、必ず帰って来い」
―――「―――無事に帰って来いよ、ミィ」



マト ー)メ



ああ、と彼女は思う。
初めて出逢った時はなんにもなかった自分なのに、今ではもう、こんなにも様々なものが心の中にある。


マト-ー-)メ「だから」


だから。
だから。
だから、私は―――。

614名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:25:35 ID:LZqnm9eU0
追いついた 支援

615名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:26:02 ID:raEx5GJ20
支援

616名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:26:03 ID:N78RRPuQ0

だから、私は言おう。
この確かな『現在』のその先に何かがあると信じて。

そう。




①「―――私は『ジブン』を見つけた」


②「―――私は『ジブン』を見つける」








.

617名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:27:11 ID:N78RRPuQ0


  僕達は何かを選びながら生きている。
  だけど、「選ぶこと」は本質的に「捨てること」とイコールだ。
  僕達は選ばなかった選択肢を捨てながら生きてきた。

  『記憶』が『自分』の同義語だと言うのなら、忘れることを宿命付けられた僕達は、常に『自分』を死なせながら生きている。
  今まで僕が死なせてきた僕自身は一体何処へ行くのだろう。

  忘れられることを捨てられない僕でも、せめて僕の中の彼女だけは死なせたくないと――そんなことを、今は思う。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第十話:私と自分と記憶と誰かと世界と、そして……」





.

618名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:28:10 ID:N78RRPuQ0

一応断っておきますが、この作品の作者は別に物理学の専門家ではありません。
できる限り正しいことを書こうと思っていますが、間違っている可能性もなきにしもあらずなのでご了承下さい。
というか量子力学なんてまだまだ発展中の学問なので今日の前提が明日には否定されている可能性が大いにありますし。

色々小難しい解説や比喩も出てきましたが、とにかく第十話は終了です。
あとは最終話を残すのみとなりました。




というわけで安価の説明です。
最後の選択肢、①か②のどちらかを選んで書き込んでください。
一週間後の3月17日の夜九時にどちらが多かったかを数えて、該当する方の次回予告を投下します(そしてそこから最終話を書き始める)。

一人一回とかいう制限は特に設けませんが、でも基本一人一回でよろしくお願いします。
……数えるのが大変なので。


この安価はあるブーン系作品のパステーシュなんですが、その作品では選択された方の結末を投下した後でもう一つの結末も投下をしていました。
が、この作品の場合、そもそも最終話を書いていないので選ばれていない方の投下はできません。
そこら辺はよろしくお願いします。

もし要望があるなら、後でこっそりと書いて投下するかもしれませんが……。

619名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:28:09 ID:LZqnm9eU0
乙、最後まですごく楽しみ
①かなあ

620名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:30:13 ID:raEx5GJ20

また気になるところで……①で

621名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:46:19 ID:YoOmgtjgC
追いついた、安価に間に合ったぜ

622名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 22:53:58 ID:YoOmgtjgC
?Aで書いてもらいたい

623622:2014/03/10(月) 22:56:28 ID:Z1ZRQTAgC
文字化けしてた、2で

624名も無きAAのようです:2014/03/10(月) 23:56:10 ID:MOcbWQOA0
どっちも気になるな…②で

625名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 07:53:04 ID:/beNZVz.0

1で

626名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 09:15:03 ID:6eyULC8w0
1と2両方だな
私は自分をみつけた、そしてこれからも私は自分を見つける

627名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 10:35:49 ID:dMHI2tis0
2


628名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 14:25:15 ID:uGOjRG4U0
1じゃないとスッキリしなさそう
てことで ① !

629名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 14:39:05 ID:UqmdFdKs0
乙!どちらも気になるけど
2で

630名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 16:12:46 ID:QlV06dXk0
おつ!


631名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 18:19:50 ID:qNFhdJGk0
2

632名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 18:34:43 ID:afTcizd.0
1

633名も無きAAのようです:2014/03/11(火) 22:04:04 ID:c2EytTuA0
2!

634名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 01:50:35 ID:2813qJhI0
1

635名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 02:00:14 ID:Xwuskce2O
大分ばらけてるな。2にしておこう。

636名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 13:26:52 ID:/VWzKbsU0

うーむ1で

637名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 13:50:03 ID:q5Ee4frU0
乙一
二で

638名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 14:01:23 ID:/VWzKbsU0
1は過去、2は未来なのかなぁ
ただ2が記憶を取り戻しにいく、という意味だとまた違ってくるな

639名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 15:01:23 ID:K9j5Lvrk0
2がいいです

640名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 16:02:07 ID:4sLQLneE0
2で

641名も無きAAのようです:2014/03/12(水) 19:16:28 ID:tQIR7mso0
1週間が長すぎる…

1でお願いします

642作者。:2014/03/13(木) 01:02:30 ID:atRBFyr60


ずっと言い忘れてたのですが、
ttp://kijinnourei.blog88.fc2.com/blog-entry-323.html
ここで『M・M』の裏話というか、軽く解説をやっています。

選択の参考になる……かも?

643名も無きAAのようです:2014/03/16(日) 18:14:39 ID:yD6HVZYI0
いよいよ明日かぁ…
こんな真っ二つに分かれるなんてな

644名も無きAAのようです:2014/03/17(月) 02:22:16 ID:UKjviZTY0
ぬおー悩む…
両方の結末を見たいぞちくしょう
2にしとく……あー両方選択したい

645【最終話予告?】:2014/03/17(月) 21:00:27 ID:HuJnaFlE0

「……なあ、ミィ。
 お前の言う通りに、いつかは今ここにいる僕達は死んで、僕達の子孫や社会もいつかはなくなってさ、この世界でさえも消えちゃうんだろう。
 神様を死なせちゃった僕達は死後の永遠を信じることすらできやしない。

 でも、さ。
 それだけじゃないんだよな。
 辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、この『現在』だって決して失くなったりはしないんだ。
 今、この瞬間は絶対に嘘にならない。
 だから最後には全部消えちゃったとしても、無駄なんかじゃないんだよな。

 そうだよ。
 悠久の時の流れの中の、その無数の刹那の一つ一つこそが永遠だ。
 僕はそう信じていたいと思う

 だから僕達が一緒に過ごしたあの日々は、なかったことにはならないと信じてる。
 きっと君だってそう思っていてくれただろう?

 なあ、ミィ―――                                                              」



 ―――次回、「最終話:Ms.M」

646名も無きAAのようです:2014/03/17(月) 21:01:35 ID:HuJnaFlE0

というわけで次回は最終話です。
いやあ、ほぼ同数ということで驚きました。

わざと結末が予想しにくい選択肢を用意してみましたが、読者の皆さんが望んだような結末になれば幸いです。
あるいは予想とは違ったとしてもそれはそれで楽しんで頂ければまた幸いです。
ま、未来は予測できないものですから。



では今から最終話を書き始めたいと思います。
できれば三月中に投下したいなーと。

647名も無きAAのようです:2014/03/17(月) 21:10:28 ID:PoPdX6IU0
期待してるお

648名も無きAAのようです:2014/03/17(月) 21:59:42 ID:vY.ImcOwC
逃亡はないだろうから安心して待てるな

649名も無きAAのようです:2014/03/17(月) 23:19:46 ID:XQhZ0FJw0
作者の他の作品が読んでみたいがブログに上がってるの以外はどんなのがあるのかわからん…

650名も無きAAのようです:2014/03/18(火) 22:15:52 ID:U7cc2D6o0
これはIFルート書くしかないですな〜

651名も無きAAのようです:2014/03/18(火) 23:30:40 ID:CN8.SEe6C
>>649 
創作にある天使と悪魔と人間と、というのがそうだよあと7×にニーイチと呼ばれるようになった作品があったと思う 
ブログ見に行けばもっと他のやつもわかるかも 
最終手段は総合でブーン系アーカイブソムリエに聞け

652651:2014/03/18(火) 23:38:50 ID:1LQs4.3cC
>>649、すまんこブログには行ってたんだなソムリエしかないな

653作者。:2014/03/26(水) 01:21:06 ID:1NMvNLq.0



最終話は3月31日の深夜、もしくは4月1日の夜(十時くらい?)に投下予定です。
予定は未定、最後までよろしくお願いします。

……要望が多いようならば、IFルートも4月中にこっそり投下するかも。

654名も無きAAのようです:2014/03/26(水) 05:37:39 ID:7/nTogJY0
安価した意味がないのでIFルートはいりません

655名も無きAAのようです:2014/03/26(水) 10:25:50 ID:MfNf12LA0
IFルートはいらんわな

656名も無きAAのようです:2014/03/26(水) 14:50:05 ID:d3iMt/bM0
てか安価で決める意味が分からない
作者の好きなルート書けよ!

657名も無きAAのようです:2014/03/26(水) 20:10:09 ID:n9kez3SM0
でも俺は読みたいからブログにでもひっそり投下してくれよ!
最終話期待

658名も無きAAのようです:2014/03/26(水) 20:39:06 ID:NFO46VnA0
安価で決まったほうだけ書けよ

659名も無きAAのようです:2014/03/26(水) 22:59:28 ID:FvRQahP60
折角ならどっちも読みたいけどなあ
作者が満足のいく結末が一番だけど

660名も無きAAのようです:2014/03/27(木) 01:07:56 ID:eKGyVtPY0
一つの完結で十分

661名も無きAAのようです:2014/03/27(木) 01:35:17 ID:Yvi8R6.MC
俺もここでは一つのほうがいいと思う 
けどもう一つの結末も読みたい、ブログに書いてくれ読みにいくから

662名も無きAAのようです:2014/03/27(木) 02:20:06 ID:fkowQJAEO
要望とか関係なくて書きたいんでしょ?
書きたいなら書けば良いんじゃないの

663名も無きAAのようです:2014/03/27(木) 07:21:25 ID:EOAZIsqA0
一つだけ書いてスッパリ終わってくれ
ちょっと構ってちゃんすぎるな

664名も無きAAのようです:2014/03/27(木) 12:10:17 ID:NN0g0LUk0
IFルートいらねー

665名も無きAAのようです:2014/03/28(金) 05:04:25 ID:AvFPIZK.0
俺もIFは別にいいかな
ここでは正規ルートだけ読みたい

666名も無きAAのようです:2014/03/28(金) 06:46:41 ID:3PdFVPUcO
IFルート読みたいけどブログでひっそりでもいいかな
最終話期待!

667名も無きAAのようです:2014/03/28(金) 09:25:51 ID:m5izk/I20
IFルートも読みたいなんて言えない…

668名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 02:16:34 ID:O0VhyZx.0
もしこうだったらどうなったんだろうなぁ… って自分で考えるのが好き

669名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:41:54 ID:CcRFw9FQ0




  ああ、もしも


  もしも全ての過去と記憶を消して、もう一度最初から彼女に出逢えたのなら


  僕はあの世界でひとりぼっちだった少女に、今度はどんな言葉を掛けるのだろう―――







.

670名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:43:16 ID:CcRFw9FQ0






        マト ー)メ M・Mのようです


        「最終話:Ms.M」





.

671名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:44:17 ID:CcRFw9FQ0

少女は言う。
この確かな『現在』のその先に何かがあると信じて。




マト-ー-)メ「―――私は『記憶(ジブン)』を見つける」




そう。
この『現在』の先に求める『未来』があると。
この『現在』は自分の失くした『過去』から続いてきたものだと。

だから。
つまりは――自分の望む『未来』に向かう為には、まず『記憶(ジブン)』と向き合わなければならないと。


マト-ー-)メ「……そうだ」


忘れるわけがないんだ。
忘れられるわけがないんだ。

672名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:45:05 ID:CcRFw9FQ0

少女は小さく呟く。
忘れられない、と。

もしここで踵を返し何も知らないまま戻ったとしても、多分あの人は温かく迎えてくれる。
だけど、ここで見つけ損なった『過去』への思いはずっと自分の心の中に残り続ける。
忘れられやしないのだ。

そして同時にこうも思う。
たとえ記憶を取り戻したとしても、今の自分は――これまで作り上げた自分とあの人がくれた記憶は決して消えることはないと。
忘れるわけがないのだ。


マト-ー-)メ「だから、大丈夫です」


忘れられない。
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。

だから彼女はその一歩目を踏み出す。
もう迷うことはなかった。

彼女は歩き出す。

673名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:46:15 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 都村トソンは語る。


「……前提として、この世界には『超能力』と呼ばれる現象が存在しています」

「ああ」


 およそ数千人〜数万人に一人の割合で発現する異能の力。
 『超能力』。
 形態や強度は様々ではあるが、条理の外の力を使える人間がこの世界にはいる。

 そう。
 数としては少ないが、確かに存在しているのだ。


「『超能力』が何であるかを説明するのは非常に難しいですが、端的に言えば、個人にのみ適応される物理法則のようなものです」

「そういう風に決まっているから、そうなっている……ということかお?」

「そうですね。理屈はない、と言えるかもしれません。厳密にはあるようですが、理解している人間はほぼいません」

674名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:47:10 ID:CcRFw9FQ0

 証明だとか説明だとか、そういうことは実は意味がない。
 そこに存在してしまう以上、『超能力』が実在することは紛れもない現実なのだから。


「私の周りでは『超能力』の原理を『回路』と呼ぶことが多いですね。その『回路』が作動すると現実が少し、変化する」

「つまり、お前とミィは『超能力』を使える点では同じだが、持っている『回路』が違うから、起こせる現象が違うってわけか」

「その通りです。なので、あの『殺戮機械』などは『「回路」を奪う現象を引き起こす回路』を持っていることになります」

「なるほど……」 

「尤も名称は統一されていませんので何でも構いません。恐らくあなたには『超能力』という言葉が馴染み深いと思いますので、今はそちらを使いましょう」


 そう言えば、と僕は思い出す。
 あの『殺戮機械』と初めて遭った時、奴は「『スキル』でも『コード』でも『回路』でも『変生属性』でも呼び方は何でもいい」と言っていた。
 それらの言葉が指し示す物は全て同じなのだろう。
 どれも『超能力』という異能の力の別称だ。


「さて、今から少し昔、『都村トソン』という科学者――つまり私の母は超能力の研究を始めました」

675名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:48:15 ID:CcRFw9FQ0

 それはどれくらい昔のことなのだろう。
 ここにいる都村トソンが二十歳を超えているようだから、彼女の母親が研究を始めたのは二十年以上は前のことだろう。


「切欠としては単純で、当時の軍部に依頼されたのです。研究設備、人員、費用は全て無償かつ十全に提供されたので彼女は喜んで研究を始めました」

「破格の条件だな……。その研究成果としてお前が生まれたのかお?」

「いえ、当時の目的は超能力者で構成されたテロリストの対処でした。なので、敵の超能力の解析と対策が主だったと言えるでしょう」

「テロリストの超能力者?」

「はい。今でも『レジスタンス』などと名乗って存在しています」


 僕は脳裏にまた別の記憶が蘇ってきた。
 今度はあの『ウォーリー』というスーツの男との会話だ。

 あの男はなんと語っていたか。
 この世界には数多くの陰謀が渦巻いており、国家レベルの大きな力に目を付けられると超能力者はどうしようもない、と。
 そういったことから身を守る為の互助組織の名が『レジスタンス』だと、そんなことを言っていなかったか。


「……ええ。ですから、もしかしたら『レジスタンス』の主張の方が正しいのかもしれませんね」

676名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:50:01 ID:CcRFw9FQ0

 けれどと淡々と都村トソンは告げた。


「小さくとも『事変』とまで呼ばれるようになった戦争ですから、当時の体制側と反体制側のどちらが悪かったかは簡単には判断できません」

「……少なくとも当事者ではない僕達には無理、か」

「はい。私に分かることは、当時の戦いでは一応のところ体制側が勝利を収めたという事実だけです」


 勝利した?
 ちょっと待てよ。


「僕はてっきり、その反体制側の超能力者に対抗する為に人工の能力者であるお前が生まれたんだと思っていたが……」

「いえ、反体制側との主な戦いは私が生まれる前に既に終了しています」

「ならどうしてお前は生まれたんだ?」


 かつて超能力が関係した戦いがあった。
 けれど、それはとりあえずは終わった。
 なら、何故この『ファーストナンバー』は生み出された?

677名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:51:05 ID:CcRFw9FQ0

 僕の問いに都村トソンは控えめに笑った。


「あなたは平和な世界に生きてきたのですね。兵器とは戦いに用いるものだから、平和な時代には生み出されないと考えている」

「平和も何も、そういうものだろ」

「確かに戦時は兵器産業が盛んになりますが、戦争が終わった後も生産量が経るだけで兵器の開発は続きます」


 それは、次の戦争に備える為。
 あるいは、各勢力が疲弊した中でアドバンテージを得る為。
 平和な時でも戦時と変わらず軍備拡張は続いていく。

 「賢者ならば平時は戦争の準備をするべきだ」と語ったのは誰だっただろうか。


「つまりお前は保険であり、抑止力か」

「はい。次に戦争が起こった時の為の保険であり、反乱を起こさせない為の抑止力。それが『ファーストナンバー』という存在です」


 生まれ落ちたその瞬間より平和の為に戦い続けることを決定付けられた存在。
 僕の隣に座っているのは、そんな人間だった。

678名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:52:09 ID:CcRFw9FQ0

 ……いや。
 彼女の言葉を借りれば『名もなき怪物』だろうか。
 戦う為に生まれ、戦う為に存在し、戦って死ぬ存在を『人間』と呼べるかどうかは怪しい。

 そんな彼女は言った。


「私が生み出された背景は語った通りです。フィクションの世界においては正義の超能力者と悪の超能力者の戦いが主かもしれませんが、現実はそうはいかない」

「超能力者なんてものが存在すれば、国家における正義の代行者である軍や警察が対応するしかない……と」

「そして軍部に依頼された科学者が生み出した最強の暴力装置が、私です」


 一拍置いて都村トソンは続けた。


「その後の話は長くなり過ぎるので省きましょう。私の母は反体制派の凶弾に倒れ、私はこうして成長し軍部で働いている」

「それは分かったお」


 さて問題は、そんな社会の裏側で起こっていた事件ではない。
 ここにおける本題は、僕の父とミィの過去なのだ。

679名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:53:07 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


開け放たれた扉の先の暗い空間は短い通路だった。
たった数メートルの廊下。
奥には開いたままの自動扉が見え、その先には点けっぱなしのパソコンの画面に照らされた部屋がある。

その場所を目指し、少女は進んでいく。
そこに真実があると知っているから。


マト; −)メ「はぁ……はぁ……」


扉までは、ほんの数歩の距離。
過去までのあまりに遠い距離。

そこに何があるのか、ミィは知らない。
だがそこに何があるのか、少女は知っていた。
だから進む。

なのに、どうしてなのだろう。
こんなにも足が重いのは。

680名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:54:09 ID:CcRFw9FQ0

魔眼の調子は相変わらず悪い。
だが、大丈夫だ。
もう危険はないことは分かっている。
そこに誰もいないことは知っている。

何処か懐かしい感じもするのに、何故か胃に鉛が流し込まれたかのように身体が重い。
頭の中は靄が掛かったかのように曖昧で何かの拍子で今にも転んでしまいそうだ。


マト; −)メ「はぁ……はぁ……」


嫌な感じだ。
なのに、妙に肌に馴染む雰囲気。
異常さに打ちのめされそうになりながらも、少女はその部屋の中へと入った。

冷たい机に手を付き、身体を預けて息を吐く。
そうして少女は床に散乱する紙片の一つを拾い上げてみた。


マト゚ー゚)メ「…………え?」


―――そこには、少女が求めていた『真実』があった。

681名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:55:30 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 僕の思いを読み取ったのか、彼女はすぐに閑話休題する。


「……さて。『残念ながら』と言うべきなのか、人工的な能力者として完成したのは私一人でした」

「だから『最初にして最後の人工能力者』か」

「並行して行われていた能力者を実験体にした既に在る能力を強化するという計画は成功を収めましたが、それは関係ないので置いておきましょう」


 そんな計画もあったのか。
 あのスーツの男が触れていた「捕まった能力者はモルモットにされる」とはそのことかもしれない。

 ところで、と僕の隣に座る彼女が言う。


「私という人工的な能力者が存在している場合、更にその生みの親がこの世にいない場合、どういう事態となるか予測できますか?」

「色んな勢力が『都村トソン』の研究データの血眼になって探すだろうな。データさえあれば、お前のような人工超能力者が生み出せるかもしれないから」

「はい。それも現実に起こっています。……ですが、もう一つ」

「もう一つ?」

682名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:56:14 ID:CcRFw9FQ0

 都村トソンは言った。



「『人工的に超能力者が生み出せる』と分かったならば――手段を選ばない組織ならば、人体実験を繰り返してでも同じ成果を得ようと思う」



 ああ。
 なるほど。
 それも確かに道理だった。

 今ここに人造の能力者がいるわけだから、同じことができると考える人間達が出てくるのはおかしくない。
 むしろそれが普通だ。


「結論から述べましょう。あなたのお父様が働いていた企業も、そういった団体の一つでした」

「…………そんなに、価値があるものなのかお?」


 やっとの思いで絞り出したのは、そんな一言。
 全く、目が見えなくなっても現実を直視するのが辛いのは変わらない。

683名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:57:06 ID:CcRFw9FQ0

「超能力者一人に、何人もの人間を切り刻み犠牲にする価値があるかどうか、という話ですか?」

「ああ」

「あるとも言えますし、ないとも言えるでしょうね。人間は地球よりも重い、人の命に値段が付けられないと言うのならば価値はないでしょう」


 だが。
 人一人の人生が金銭に換算できるとすれば、きっと価値はあるのだ。


「……金でなら、どれくらいになるんだ。超能力者ってのは」

「様々です。例えばあのミィという少女ならば、そうですね……あなたの国にある世界で最も高価な爆撃機。その値段で足りるかどうか、というところでしょう」

「なら、人工的に超能力者を作るってことは……」

「出来にも寄りますが、最新鋭の戦闘機を設計し、その生産ラインを確立する程度の価値はあります」


 戦闘機という物は一機作るだけでも数億〜数十億ドル。
 開発からならば数百億、数千億ドル単位の費用が掛かることもザラだ。
 兵器として見た超能力者はそんなものと同価値だと言う。

684名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:58:06 ID:CcRFw9FQ0

 だからと言って許されるのだろうか?
 人の命を犠牲にすることが。

 ……きっと、許されたのだろう。
 少なくとも携わった人々は自分自身のことを許したのだ。
 数十、数百人程度の犠牲で数千億ドルの価値が生み出せるのならば構わないと。

 だとしたら僕の父も―――。


「……馬鹿みたいだな、本当に」

「そうかもしれませんね。何よりも救いようがないのは、手掛かりがないということです」

「手掛かりが、ない?」

「はい。私が存在する以上、人工的に能力者は生み出せる。ですがほとんどの人間には超能力の理屈も、発現の条件も、何一つ分かっていない」


 それなのに超能力者を生み出そうなんて馬鹿みたいですよ、と彼女は呟いた。
 それはまるで、「ここにダイヤの指輪がある以上は地球上の何処かにはダイヤモンドがあるはずだ」とツルハシを持って出かけるようなもの。
 筋道こそ通っているが、そもそも成功するはずがないのは明らかだ。

 そんな土台無理な、成功するはずのない計画の為にどれくらいの人間が犠牲となったのだろう?

685名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 21:59:07 ID:CcRFw9FQ0

 さて、と都村トソンは仕切り直す。


「ここからはあなたのお父様の話をしましょう」

「…………僕の父も、人造超能力者の製作に携わっていたんだろう?」


 僕の気持ちなど知らぬように、淡々と彼女は告げる。
 その通りです、と。


「あなたのお父様が雇われた理由は非常に優秀であったことと、もう一つ。あなたのお父様が数少ない、私の母と面識のある人間だったからです」

「能力者を作った奴と知り合いならば、何か、ヒントの一つくらい聞いているかもしれないってことかお?」

「そうですね。尤も、その目論見は空振りに終わったようですが」

 
 僕は、訊ねる。


「……父は、何をしてたんだ? 何が起こったんだ?」

686名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:00:11 ID:CcRFw9FQ0

 それは気休めのような問いだった。
 何をしていたにせよ、父が企業に雇われ非道な研究に協力していたことは確かで。
 紛れもなく加害者であり、罪人でしかなくて。
 でも、それでも訊かずにはいられなかった。

 あの人が何をしていたのかを。
 そして、どうなったのかを。


「あなたのお父様の仕事は血液サンプルの採取でした。海外に赴き、超能力者と思われる人間の血液を採取する。そんな仕事です」


 どうやら仕事で海外を飛び回っていること自体は嘘ではなかったらしい。


「人間が能力者に覚醒する条件は不明ですが、血族のほぼ全員が能力者という極端なケースもあるにはあるので、少なくとも遺伝子が関係しているのは確かです」

「だから、サンプルの採取か」

「はい。あなたのお父様は超能力は神の力であり、神の血が濃い、より原初の人類に近い人間ほど能力に目覚めやすいと考えていたようです」

「信心深いのか、神をも恐れぬほど愚かなのか、よく分からないお」

「神の力かはともかく、目の付け所は良いと思います。私は神を信じていませんが」

687名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:01:15 ID:CcRFw9FQ0

 生憎と僕もあまり信じていない。
 神様がいるとしたら、超能力なんて災いの種を撒くのはやめて欲しかった。


「しかし本社はあなたのお父様の調査結果が出るのを待つことなく、手に入れた能力者及びそのクローンによる人体実験に踏み切った」

「…………」

「非道な計画を止める為に上層部に掛け合い、様々な手段を講じましたが、反応は芳しくなく。遂にあなたのお父様はある機密を持って研究所から脱走します」


 都村トソンは語る。
 過去を。
 僕の父の最後の真相を。


「……私があなたのお父様に出逢ったのは真夜中の街でした。路地裏、ビルとビルの間の狭いスペースに血を流して倒れていらっしゃいました」


 屋上で撃たれて落ちたのか。
 それとも、ビルの上から決死の覚悟で飛び降りたのか。
 腹部に二発の銃痕、右足は完全に使いものにならなくなっており、割れた額からは血が流れ出ていたという。

 それでも尚――父は這うようにして、少しずつ進み続けていた。

688名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:02:18 ID:CcRFw9FQ0

「私を一目見て、彼は言いました。『ああ、死んだはずの相手が見えるということは、いよいよお迎えかな』と」


 続けて、「できることなら迎えは妻が良かったんだが」なんて。
 洒落にならない状況での冗談は僕と似ていて。


「私が娘であることを簡潔に説明すると、納得したように彼は微笑み、こう言いました」


 父は言った。

 ―――この世界は等価交換だ。
 ―――ある価値のある物を手に入れる為には、同じ価値のある物を捧げなければならない。
 ―――化学反応をする前と後でも原子の総量は変わらないように。


「……『だが』と、彼は続けました」


 ―――だが、一人の平和の為に一人が犠牲になるというのでは、如何にも効率が悪い。
 ―――だから人間の本質は、その知性と理性を以て、対価として支払った物以上の価値を生み出すことだ。

689名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:03:05 ID:CcRFw9FQ0

 絵の具と紙という二束三文の物から何千ドルもの価値のある絵画を生み出すように。
 等価交換は世界の本質だが、人間の本質ではない。
 人間の本質とはその選択で以て、価値を生み出し続けることだと。


「『俺は、君のお母さんのことを尊敬していた』」


 ―――あの人は様々なものを犠牲にしたが、その類まれな頭脳によって、必ず犠牲にしたものを超える成果を生み出していた。
 ―――しかし俺にはそれができなかったようだ。

 だから。


「彼は近くに落ちていたスーツケースを指差して、言いました。『あの中には俺の唯一の成果が入っている。お願いだ』と」


 恥を承知で。
 都合が良いことだと分かりつつ。
 どの面下げてだと罵られることも理解して。

 それでも、「頼む」と頭を下げた。

690名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:04:07 ID:CcRFw9FQ0

 尊敬していた相手の生み出した成果に。
 あるいは、初恋の人の娘に。

 僕は訊いた。


「…………父は、なんて言って死んだ?」


 都村トソンは少し迷ったように沈黙し、けれどすぐにこう答えた。


「『こんな父親で、悪かった』と」


 それはどういう意味だったのだろう。

 そんな選択しかできなかった自分を恥じたのか。
 そんな責任の取り方をした自分を悔いたのか。
 僕には分からない。

 分かることがあるとするならば、一つだけ。
 父も必死で選択し、後悔しながらでも思考をやめず、どうにかして責任を果たそうとしていたのだろう。

691名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:05:08 ID:CcRFw9FQ0

 都村トソンは言った。


「その後のことはさして語るまでもありませんね。私はあなたのお父様の残した物――『ミスティルテイン計画』の成果を受け取りその場を去りました」


 父の死の痕跡と遺体は軍部によって秘密裏に処理されたという。
 遺伝子すら残らないように、徹底的に消されたのだ。
 まるでそれが報いだとでも言うように。


「私はあなたのお父様の財布などの所持品を処理し、全て現金に変えて、足の付かない方法であなたの口座に振り込みました」

「じゃあ、あの退職金かと思ってたあのお金は……」

「はい。あなたのお父様の所持金と、私からのささやかな見舞金です」


 僕の家にある遺品は後始末に困った同僚が送ったもの。
 流出してはマズい情報があるかもしれないので、データが残せる物を除いて。
 データを持ち逃げした相手だというのに、わざわざ遺品を整理して送ってくれるなんて、職場での父は割と人望があったのかもしれない。

 それとも、退職金代わりだったのだろうか?

692名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:06:37 ID:CcRFw9FQ0

「それにしても……まったく、凄い額を振り込んでくれたもんだお」

「そうでしょうか? あなたのお父様の行ったことは、言わば最新鋭の戦闘機の製造計画のリークです。軍にとっては価値のあることですよ」


 そうかもしれない。
 だが、犯した罪に比べれば安過ぎると思うのだ。
 人の命は金では買えないのだから。
 

「つまりミストルティン……『ミッション・ミストルティン』とは、僕の父が携わっていた、人工的に超能力者を作る計画のことなのか」

「そうですね。より正しくは敵性勢力の能力者、つまり私のような存在に対抗する為の計画なのですが、その理解で良いでしょう」

「実家が荒らされたのは父が何かマズい物を残していないかと考えた製薬会社の工作か」

「詳しくはわかりませんが、似たような計画を進めている他の団体の仕業とも考えられます。ミストルティン計画の手掛かりがないか探していたのでしょう」

「なるほどな……大体分かったお」


 なら、僕の部屋を荒らしたのも父の情報が少しでも欲しい誰かの仕業だろう。
 何度か尾行されたことやひったくりに遭ったこともあるが、それも同じく、計画を知った何処かの組織の人間の犯行だ。
 もしかしたらそういった刺客から身を守れるようにと都村トソンは大金を振り込んだのかもしれない。
 だとしたら、その金でミィを雇った僕の判断は正しかったと言える。

693名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:08:05 ID:CcRFw9FQ0

 とにかく、父について大体のことは分かった。
 で、と僕は訊く。


「僕の父のことや金のことは分かった。後はミィのことだが……」

「……え?」


 僕の言葉に、都村トソンは意外そうな声を上げた。
 まるでミィのことを訊ねられるなんて思ってもみなかったという風に。
 しかし直後に「そうですね」と気を取り直し、再び口を開いた。


「ところで、そろそろ目を開けてみてはどうですか?」

「え?」

「私の戦況分析が正しければ、見えるようになっているはずですが……」


 見える?
 何がだ?
 今度はこちらが呆気に取られる番で、素で聞き返しそうになってしまった。

694名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:09:06 ID:CcRFw9FQ0

 決まっている。
 この見えなくなった両目のことだ。

 冗談だろうか?
 いや、そういうことを言うタチではないだろう。
 だとしたら本当に?
 騙されたと思って僕は目蓋を持ち上げた。

 瞬間。


(;^ω^)「ぐ、ぉ……」


 網膜に飛び込んでくる情報量に圧倒される。
 思わず顔を顰めた。
 目が見えなくなっていた期間なんて精々半日かそこらだったはずなのに、久々に目の当たりにする世界は様々な物で満ちていて、素直に驚いた。

 大丈夫ですか、という耳に飛び込んでくる涼やかな声に事態を把握して顔をそちらに向ける。
 無論そこにあるのは都村トソンの完璧に整った横顔だ。


(;^ω^)「まさか、本当に見えるようになっていたとは思わなかったお」

695名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:10:12 ID:CcRFw9FQ0

 困惑する僕にさらりと都村トソンは告げた。


(-、-トソン「私が嘘を吐く理由はありませんよ」

(;^ω^)「それはそうなんだが、信じられなくて……。なんでまた見えるようになったんだ?」

(゚、゚トソン「あの『クリナーメン』という少女が倒れたからでしょう。『目が見えない』という呪いが解かれたんです」

( ^ω^)「呪いが解かれた、ね……」


 『確率論(クリナーメン)』は確率を変動させる能力。
 その力によって僕は「目が見えない確率」を上げられていて、その結果として何も異常がないのに目が見えなくなっていた。
 能力が解除されれば変動していた確率は元に戻るので、再び問題なく見えるようになった、というわけらしい。

 発作により心臓が停止したとしても、除細動器で刺激を与えてやれば元通りに動くようになるのと同じようなものだ。
 心臓自体には傷がないのだから切欠があれば再び動き出し鼓動を刻むのだ。

 僕にとっては幸いだが、なんだか運が良過ぎる気もする。
 あの能力ならば視神経を傷付け、本当に二度と見えなくすることもできただろうにどうしてだろう。
 と、そこまで考えたところで「普通の怪我なら普通の治療で治ってしまうか」と気付く。
 治癒を防ぐ為に単純な害ではなく呪いを与えたのだが、それが裏目に出てしまったわけだ。

696名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:11:20 ID:CcRFw9FQ0

 まあ、そんな小難しい話は置いておこう。
 僕の視力が戻ったということは僥倖に違いないが、呪いが解かれたという事実はある結果の証左だ。
 『確率論(クリナーメン)』の効力が失われたということは『クリナーメン』が倒れたということ。

 つまり、ミィは僕が信じた通りに、あの少女を倒したのだ。


(-、-トソン「とりあえずは、おめでとうございます、と言っておくべきなのでしょうね。それとも『ご愁傷様』が相応しいでしょうか」

( ^ω^)「え? 祝われるのは分かるが、どうして慰められなきゃならないんだ?」


 疑問に都村トソンは答えることはなく、黙ってコートの内側から小さなナイフを取り出した。
 投擲用らしき小さな刃物はよく手入れされているらしく、太陽の光を反射し戦う為に造られた少女の端正な顔立ちを映している。


(゚、゚トソン「私は人工的に造られた超能力者ですが、能力を抜きにしても、普通の人間を遥かに凌駕しています」

( ^ω^)「?」

(-、-トソン「往年の特撮作品風に言えばこうなるでしょうか。『「ファーストナンバー」都村トソンは改造人間である』と」


 彼女は意味深げに目を細め、「都村トソンは国家の平和の為に反逆者と戦うのだ」と呟いてみせる。

697名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:12:25 ID:CcRFw9FQ0

(-、-トソン「私の身体に流れているのは母が開発した人工血液なので、まず血潮からして人間とは異なります」


 と。
 そうして都村トソンは手にしたナイフを左の人差し指に這わせる。
 どれほど鋭利なのか、少し刃先が触れただけだというのに指の腹にぷくりと血の玉が浮かんだ。

 人工の、血液。
 僕と同じく紅いが、少し色合いが違う気がする。


( ^ω^)「何を……」

(゚、゚トソン「また血液以外にも、体組織そのものが特別製です」


 そう言うと彼女は人差し指に口を添わせ血を舐め取ると、次いで傷跡を僕に見せる。
 いや――「傷跡」ではなかった。
 既にナイフで付けられた傷は完全に塞がってしまっていたからだ。


(;^ω^)「まさか、超能力か?」

(-、-トソン「ただの再生能力ですよ。少しだけ常人よりも強力なだけです。擦り傷程度ならば、すぐに治ります」

698名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:13:12 ID:CcRFw9FQ0

(゚、゚トソン「あなた方は身体を変形させる少女を目撃したようですね」

( ^ω^)「あ、ああ」

(-、-トソン「恐らくその少女は私の設計図を参考にして造られたものです。私は再生だけですが、多少調整すれば変形も可能なのでしょうね」


 僕はあの白いセーターの少女を思い出す。
 彼女について、ミィはなんと言っていただろうか?
 「バイオテクノロジーとサイバネティックスの技術によって生み出された生物を私は『人間』とは呼びません」と、そんなことを言っていたのではなかったか。

 同じ技術によって造り出された兵器こそが、この都村トソン。
 言わば『オリジナル』だ。


(゚、゚トソン「ところで。あのミィという少女は、あなたと一緒にいる間に傷を負ったことがありましたか?」

(;^ω^)「あ、ああ……。確実に一度はあるお。『殺戮機械』と戦った時に、胸元にうっすらとだが傷を……」


 問いの意味が分からないまま答え、そこで僕は気付く。

 あの『殺戮機械』との戦いの後。
 破れた服の代わりに新しい一着を買いに行った覚えはあるのに、胸の傷を治療した記憶はないということに。

699名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:14:04 ID:CcRFw9FQ0

 どころか。
 最初に都村トソンに会った日、あの時、一緒に湯船に浸かっていた際、僕はこう思ったんじゃなかったか?
 「彼女の素肌は瑞々しく傷一つない」と。

 ミィの胸元には――傷跡なんて、なかった。


(;^ω^)「いやでも、そんな……」

(-、-トソン「少し考えを巡らせれば分かることでしょう。鈍感――なのではなく、無意識的に思い至らないようにしていたんでしょうね。その可能性に」


 いい加減、目を背けるのはやめませんか?
 そんな言葉を、都村トソンはミィによく似た顔で、言って。

 僕は。



(゚、゚トソン「口に出さなければ分かりませんか? あの少女こそミストルティン計画の成果。彼女は私と同じ、戦う為に造られた兵器です」



 目の前が、真っ暗になった。

700名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:15:09 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*



  報告書―――

  敵性勢力の能力者の殲滅を目的とし人工的に能力者を造り出す計画、通称『ミストルティン計画』は長らく停滞していたが、遂に大きな進展があった。 
  世界初の人工能力者である都村トソンの遺伝子パターンを元に設計された個体、検体番号M-000が完成したのである。
  能力の発動原理は全くの不明で存在自体が偶然の産物ではあるが、何にせよ我がチームにとって大きな一歩であることに違いはない。
  調査団が収集した各国の異能者のデータと提供された人工蛋白に代表されるバイオテクノロジーは十二分に役目を果たしたと言えるだろう。
  M-000は端的に言えば「限りなく人間に近い合成生物」となる。
  異能者としての能力は知覚及びそれから派生した短期的未来予測能力である。
  その力の前では歴戦の勇士さえ赤子に等しく、また超能力戦闘においても有効であることは間違いない。
  都村博士が生み出した能力者、この計画の仮想敵である『ファーストナンバー』や『ディズアスター』にも対抗可能だと思われる。
  全てを知覚し、未来を予測する能力はそれほどまでに有用だ。
  このM-000の能力を活かすプランとしては次のものがある。
  M-000は観測手としてのみ運用し、知覚したデータを検体番号M-001(現在開発中)とリンクさせ、攻撃はM-001に行わせるというものだ。
  検体番号M-001が完成しなかった場合も視野に入れ、M-000は単独での使用も可能なように調整するつもりである。

  追伸
  検体番号M-000のコードは『プロヴィデンス』、検体番号M-001のコードは『クリナーメン』とする予定である。
  全能なる神の視界と、神が振る賽子を意味した名称である。

701名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:16:17 ID:CcRFw9FQ0

マト; −)メ「…………嘘だ」


思わず呟く。
こんなのは嘘だ、と。

自分が人間じゃないなんて、嘘だ―――。

少女はそう叫びたかった。
資料を読んでも端末を弄っても相も変わらず『記憶』は戻らない。
ただ、ここにある全ての情報が告げていた。
「お前は人間ではない」と。


マト;゚−゚)メ「だって、私は……」


私は、なんだ?
なんだと言うのだ。

ただの人間であるというのなら、どうして『未来予測』なんて能力を持っている?
何故一般には知られていないはずの生体兵器の知識がある?
異常な治癒能力はどう説明する?
そもそも、襲って来た少女達はどうして自分のことを知っていた?

702名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:17:23 ID:CcRFw9FQ0

説明がつくのだ。
他ならぬ自分自身が生体兵器だったと考えれば、全てが。
何もかもが繋がって、どうして気付かなかったのか不思議なくらいに妥当な結論だ。

そう。
何もかもが。


マト ー)メ「…………ああ。本当に、そう……なんですね……」


あの都村トソンに似ているのは血縁だからでも、況してや他人の空似だからでもない。
単に「『ファーストナンバー』の遺伝子パターンをベースにして設計されたから」という単純な結論。

当たり前だ。
そんな風に少女は思った。
当然のことじゃないか、と。


マト ー)メ「そっか……。そうですよね……当たり前、じゃないですか……」


名前も、家族も、何もかもの記憶を失くしていた自分。
どうやっても思い出せなかった『過去』。

703名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:18:09 ID:CcRFw9FQ0

思い出せないのは当然だった。
あのガラスの向こうにある培養槽で生まれてきたのだから、家族なんていなくて当然。
ただの番号でしか呼ばれていなかったのだから、名前なんてあるはずがない。

つまり。
自分には。



マト ー)メ「最初から……私には、『記憶(ジブン)』なんてあるはずがなかったんだ…………」



過去も。
記憶も。
あるいは自分自身でさえも――自分には、なかった。


マト ー)メ「…………」


室内を見回してみる。
設備の大半は機能しておらず、キーボードの上には埃が積もり、資料はあちこちに散乱している。
とても今現在使われている施設とは思えない。
そのことが示すのは少女には帰る場所すらないという残酷な事実だった。

704名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:19:16 ID:CcRFw9FQ0

何らかの事情で急いで施設を引き払ったのだろうか?
研究中の事故か、敵勢力の襲撃か。
分からない。

何が起こったのかは少女には分からないが、既にこの場所が終わっているということだけは現実として如実に現れていた。

あの『クリナーメン』という少女のことを思う。
彼女はどうしてここに残っていたのだろう?
たった一人で。
こんな場所に。

ひょっとしたら――いなくなった仲間を、ずっと待っていてくれたのかもしれない。
少女が帰る場所を、守っていてくれたのかもしれない。


マト ー)メ「ふ、ふふ……」


思わず、笑みが零れた。
笑うしかなかった。

訳も分からず、少女は一人笑う。

705名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:20:12 ID:CcRFw9FQ0

そう。

『科学技術によって造られた生物』も。
『殺すだけしかできない機械』も。
『名前のない怪物』も。

その全ては自分自身のことでもあったのだから。
神をも恐れぬ愚か者共が造り出した、『機械仕掛けの神の器官(Mechanical Member)』という兵器――それこそが自分の正体。


マト ー)メ「……生きていないのは、私も同じだった…………」


少女はただの兵器でしかなかった。
使い終われば捨てられる道具であり勝手な都合で生産される家畜でしかなかった。

真実は、それだけだった。


マト;ー;)メ「あは、ははは……」


少女は一人笑い続け、一人で泣き続けた。
失った過去を取り戻しても喪失感は埋まることはなく、ただ「自分は何者でもない」という真実だけが残っていた。

706名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:22:37 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 どうして気付かなかったのだろう。
 そんなことをまず疑問に思い、すぐ解答に行き着く。

 都村トソンが言った通りだったのだろう。
 父がもう死んでいるということも、ミィが人間じゃないということも、僕は気付きたくなかったのだ。
 真実を求めながら、一方で何も知らないままであることを望んでいたのだろう。

 なんて、滑稽な―――。


(-、-トソン「あなたのお父様が私に託したのはスーツケースでした。その中にはあの少女が入っていました」


 父が持ち逃げした計画の成果とはミィのこと。

 ……全く。
 死ぬのも当たり前だ。
 人一人を入れたスーツケースを引き摺りながら追っ手を振り切るなんて、できるはずがないのだから。


(゚、゚トソン「幸い覚醒前でしたので、それまでに刷り込まれていた余計な知識を私の同僚の能力で消しておきました」

707名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:24:13 ID:CcRFw9FQ0

(-、-トソン「私はそのまま普通の記憶喪失の少女として処理するつもりだったのですが、少し、司令部と揉めまして……」


 それもそれで当たり前だ。
 彼女には『未来予測』という飛び切りの異能が備わっている。
 軍だって、偶然とは言え折角手に入れた強力な兵器を手放したくはないだろう。
 
 都村トソンは淡々と真実を語っていく。


(゚、゚トソン「そうして、私が司令部を説得する為に基地に戻っている間にアクシデントが起き、それによって防衛本能が働いたのか少女は逃げてしまいました」


 危険を察知した少女は曖昧な意識の中で街を駆け、大都会の真ん中でふと理性を覚醒させた。
 少女にそれまでの記憶はなく、ただ自分の両目が特別であることと、誰かに追われているという事実だけを理解した。

 異能を持つ記憶喪失者の出来上がり――というわけだった。


(-、-トソン「あの少女は指輪を持っていたはずですが、それはあなたのお父様の遺品です」

(  ω)「……父の?」

(゚、゚トソン「はい。名前などは刻まれていませんでしたが、嵌められていた指から察するに婚約指輪のようでした」

708名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:25:12 ID:CcRFw9FQ0

 なるほど。
 ミィの唯一の所持品だったという指輪はそういうことだったのか。

 ……いや全く。
 笑ってしまうな。
 こんな馬鹿みたいは話が真相だっただなんて、本当に――笑いしか出てこない。


(-、-トソン「私の話は以上です。何か不明な点はありますか?」

(  ω)「お前は……こうなることを見通して、あの時忠告にやって来たのか……?」


 僕は俯いたまま都村トソンにそう問い掛ける。
 彼女は淡々と僕の問いに答えた。


(゚、゚トソン「はい。真実を知った場合、あなた方が後悔するということは――『目に見えて』ましたから」


 その答えには、とても実感が籠もっていて。
 ミィのオリジナルであり、同じ兵器として造り出された存在であり、そういった真実に向き合ってきた人間の言葉で。
 だけど生憎、今の僕にとっては皮肉でしかなかったのだけれど。

709名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:26:05 ID:CcRFw9FQ0

(-、-トソン「質問がないのでしたら、他に話すこともないですし、私は失礼しようと思います」


 都村トソンは言う。
 初めて出逢った時とまるで変わらない風に。


(゚、゚トソン「私の話を信じるかどうかはあなた次第です。これからどのような選択をするかも含めて」

(  ω)「僕に、どうしろって言うんだお……?」

(-、-トソン「どうしろとも言いませんよ。どうぞ、お好きなように生きてください」


 自由に選択し。
 選んだ未来で。
 後悔しながら。
 責任を背負い。
 そうして、生きていけばいいんじゃないですか?

 なんて、そんな風に彼女は言って。
 行く先を見失った僕を置いて、立ち上がって、歩いて行くのだ。
 その姿は今まで紛れもなく生きてきた人間のもので。

 何かを捨てながらでも――それでも、何かを選んできた人間のもので。

710名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:27:06 ID:CcRFw9FQ0

 街並みが夕陽に染められていく。
 紅く、紅く染まっていく。
 まるでこの御伽話の終わりを象徴するように情緒的に、紅く。

 もう物語は、終わり。
 後に残ったのはどうしようもない真実と、何も決まっていない未来。


(  ω)「…………なあ、都村トソン」


 遠ざかって行く背中を呼び止めてみたものの、それ以上、言葉が続くことはなかった。
 その代わりに彼女はもう一度振り返ってこう言った。



(-、-トソン「もう二度と会うことはないでしょう。あなたのお父様が望んだように、どうか――後悔なき選択と、幸福に満ちた人生を」



 そんな言葉だけを言い残して、彼女は去って行く。

 僕は再び見えるようになった視界を両手で覆い、黙って涙を流した。
 こんな真実なんて見えなければ良かったのに。
 そんな後悔を、胸に抱きながら。

711名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:28:11 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


都村トソンは街を歩いていた。

彼女が何を考えているのかはこの街の誰も知らない。
時折すれ違う人々も、作り物のように整った顔立ちの女性だという感想こそ抱けど、その瞳の奥にある心にまでは考えを至らせることはなかった。

つまりはいつもと同じ。
誰も、道行く何処かの誰かの気持ちや事情なんて分からないという当然。
それだけだった。


( ^ν^)「ご機嫌斜めのようですねー」


街を行く彼女に声が掛かったのは、都村トソンがいつも通りに他人だらけの世界を進んでいるその時だった。
人気のない道路の脇に駐車された車の運転席からスクエア型の眼鏡の男が顔を出していた。

都村トソンは足を止め、黙ってその後部座席に乗り込んだ。


(-、-トソン「……機嫌が悪いわけではありませんよ。いつも通り、です」

712名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:29:15 ID:CcRFw9FQ0

端的にそう答えると、彼女は足を組み、息を吐いた。
そうして車を発進させた運転席の男に訊く。


(゚、゚トソン「……あの子は、どうなりましたか?」

( ^ν^)「問題なく地下まで送り届けましたよー。その後にどうなったかは分かりませんー」

(-、-トソン「そうですか。ありがとうございます。あなたに頼んだ甲斐がありました」


命を受けて少女を監視していた男は「お礼なんてやめて下さい」と笑う。


( ^ν^)「こっちは脅されて使われている身ですからねー。感謝なんて怖くて仕方ないですねー」

(-、-トソン「なら労いの言葉だけを送っておきます」


都村トソンはそう言い、続けて行き先を告げるだけ告げるとそのまま黙り込む。
鏡越しに彼女の様子を見た男は小さく笑みを漏らした。


(゚、゚トソン「どうかしましたか?」

713名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:29:26 ID:ImpLkwqk0
読んでる支援

714名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:30:43 ID:CcRFw9FQ0

( ^ν^)「いえ。その様子だと、結局あの彼に真相は伝えなかったのかと思いましてー」

(-、-トソン「伝えてきましたよ。私に不都合にならない範囲で」

( ^ν^)「つまり、『他ならぬ自分自身が少女を逃がした』という点を除いて、ということですかねー」


都村トソンは、黙る。
しかし男は饒舌に喋り続ける。


( ^ν^)「『ファーストナンバー』と言えば政府の誇る最強の矛です。子ども一人を逃がすような、そんな失態を演じるなんてありえませんー」

(-、-トソン「私はあの時、現場にいませんでしたから」

( ^ν^)「亜光速で動けるあなたにとって距離なんて意味がありませんー。単に、少しでも不自然さを減らそうとして、その場を離れていただけでしょうー」


そう。
『ファーストナンバー』という唯一にして無二の人造能力者がその場に居合わせたのでは、少女が逃げ切ることなどありえない。
だから、あの時あの場所に都村トソンはいない方が良かった。

何も知らない少女を軍の手に渡る前に逃がす為にはいない方が良かった。
だから都村トソンは。

715名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:32:33 ID:CcRFw9FQ0

男は言う。


( ^ν^)「研究員から託されたあの少女が逃げ出したのはあなたの自作自演。あなたが、あの少女を逃がしたんですー」

(-、-トソン「…………」


やりようならいくらでもある。
とりあえず都村トソンがその場を離れてしまえば後はどうとでもなったのだ。
その場にいた部下もグルだったのかもしれないし、自分のような裏稼業の人間に強奪を頼んだのかもしれない。

とにかく、彼女はあの少女を逃がしたかった。
そして実際に逃がしてみせたのだ。


( ^ν^)「哀れみですか? それとも……かつての自分自身に重ね合わせましたか?」


同じ遺伝子を持つ者として。
同じ戦う為に造られた存在として。

都村トソンには――あの少女に、何か思うところがあったのかもしれない。

716名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:33:26 ID:CcRFw9FQ0

しかし彼女は短く「違いますよ」と男の指摘を否定し、言った。


(-、-トソン「私は彼女を逃がしてなどいませんし……逃がすとしても、それは意思を尊重してです」

( ^ν^)「意思?」

(゚、゚トソン「私に頼んだ人間の意思です」


「頼む」と、最後に男は言い残して死んだ。
血塗れで、激痛に苛まれ、その命を風前の灯火としながらも、自分のことなど全くどうでもいいという風に。
ただ暗い闇から連れ出してきた少女のことを頼んだ。

母親の、もしかしたら数少ない友人であったかもしれない男の――遺志。
彼の姿を見て、ふと、都村トソンは思ったのだ。


(-、-トソン「あの時、私を頼った彼は少女が軍に使い潰されるのを望んでいたわけではない。きっと自由に生きて欲しいと望んでいた。だから……」


それだけですよ、と彼女は言った。
運転席の男はもう口を開くことはなく、ただ黙って、あの少女が幸せに生きられるようにと祈った。
そんな願いになんて大した意味はないと分かっていたけれど、それでも黙って想いを馳せた。

717名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:37:35 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 都村トソンが去った後も、僕は黙ってベンチに座り込んでいた。

 何処で間違えたのか。
 何が悪かったのか。
 そんなことをずっと考えながら。

 堂々巡りの思考を幾度となく繰り返し、何処で間違えたとか何が悪かったとか、そんなことに意味はないと気付く。
 僕は過去を変えることなどできないのだから、そんなことは考えたって仕方のないことなのだ。


(  ω)「…………」


 そう。
 僕にできることは、ただ一つ。
 まだ決まっていない未来を選んでいくことだけなのだから。

 つまり、とりあえずのところの問題は。
 帰ってきたミィにどんな言葉をかけるべきかということであって―――。

718名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:39:55 ID:CcRFw9FQ0

 と。
 すぐ前の気配に僕が顔を上げたのは、その時。

 そこには。



マト^ー^)メ



 ミィが立っていた。
 そう。
 僕の目の前には――あの見慣れた、ふわふわとした笑顔があった。

 戻ってきたのだ、彼女は。


(;^ω^)「あ……ぅ……っ」


 言葉がない。
 声が上手く出ない。 
 立ち上がることさえできずに、僕は彼女の笑みを見上げていた。

719名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:40:58 ID:CcRFw9FQ0

 彼女はきっと自分の過去を知った。
 だとしたら、何を言えばいいんだろう。
 どんな言葉をかければいいのだろう。

 考えて、僕はすぐに気が付いた。
 そうじゃない、と。

 僕が言うべき言葉は、僕が言いたい言葉は……そんなものじゃない。
 「おかえり」。
 「待ってたよ」。
 「無事で良かった」。
 彼女がどんな存在であろうと、彼女がどう思っていようと、僕は今、彼女が帰ってきてくれたことが嬉しくて―――。



マト^ー^)メ



 けれど。
 その瞬間、僕は気付いてしまったのだ。

 何もかもが――もう、終わってしまったということに。

720名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:41:52 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


どれくらい泣き続けたのだろうか。
どれくらい笑い続けたのだろうか。

一分か、それとも一時間か。
まさか一日ということはないだろうけれど。
止まった世界の中で少女はずっと座り込んでいた。

その時が動き出したのは――終わった部屋に、和傘の少女が入ってきた時だった。


(#゚;;-゚)「なんや。やっぱ気になったから来てみたんやけど……なんも残ってないやんか」

マト −)メ「…………」

(#゚;;-゚)「ほー、なるほどな」


座り込んだままの少女を気にもせず、彼女――『殺戮機械』は辺りを見回す。
紙片を拾い上げて目を通し、納得したように頷いた。
思い出したのだ。
『ミッション・ミストルティン』という言葉がどんな意味を持つか。

721名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:42:45 ID:CcRFw9FQ0

そのことを教えてやろうとして、最早この少女には聞く気がないと気付く。
過去や記憶や真実や、そういったものを探し求めることはやめてしまったと分かったのだ。

『殺戮機械』は言った。


(#゚;;-゚)「勝ち誇る気はないけど、うちが言った通りってことなんかな」

マト −)メ「…………」

(#゚;;-゚)「お嬢ちゃんも、あの兄さんも……肝心なことには目が向いてなかったな」


自分なんて信用ならないと。
目の前にあるものを見落として、見なければならない事実から目を背けて、そんなことばかりだ、なんて。
いつだったかそんなことを言ったっけかと思い出す。

そうだ、気付こうと思えばもっと早く気付けたはずなのだ。
ここに至るまで真実が分からなかったのは、単に、この少女自身が過去を思い出したくないと心の奥底で望んでいたから。

そう。
見落として。
目を背けて。
大事なことに気が付かないまま――取り返しの付かない場所まで来てしまった。

722名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:43:38 ID:CcRFw9FQ0

けれど、仕方ないことだとも言える。
「後悔先に立たず」とは言うが、後悔とは後からしかできないもの。
知ってしまえば後悔し、でも知らなければ後悔できない。

だからどうしようもなかった。
結局のところ、この少女はどう足掻いても最後には真実を知って――後悔する運命だった。


マト −)メ「…………あなた、は」

(#゚;;-゚)「ん?」

マト −)メ「あなたは……私が普通の人間じゃないと、気が付いていましたか……?」

(#゚;;-゚)「まあ、そうやな。うちもお嬢ちゃんみたいな相手を分析する力を持っとるから、最初に戦った時にはもう普通の人間じゃないて気付いとった」


怪我が異様に治りやすいことも。
細胞や血液が特別製であることも。
大して気にもしていなかっただけでずっと分かっていた。


マト −)メ「(私にも、今なら分かる。私の身体はブーンさんのものとは……違う)」

723名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:44:18 ID:CcRFw9FQ0

今なら身体のことも、この部屋のことも、見え過ぎるほどよく見えた。
都村トソンの遺伝子との相似や、残された断片的な研究データ、そんな知りたくない事実までもが頭に流れ込み、今にも狂ってしまいそうだった。

何もかもを知覚する紅の魔眼。
その力を制限していたのは他ならぬ自分自身だったのだろう。
辛い記憶に蓋をするように見て見ぬフリをしていた。

見落として、目を背けて、だから――気が付かなかったのだろう。


マト −)メ「私は……どうすればいいんでしょうか……」

(#゚;;-゚)「どうすればって、どうしようもないやん、そんなん。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんやし、変えられへん。……それこそ、神様でもない限りな」


どうしようもない。
過去は変えられない。
誰もが忘れても絶対に変わることはない。

でも、と少女は言う。
ぐしゃぐしゃになった泣き顔を上げて。


マト;ー;)メ「でも……。私は、もう……ブーンさんにどんな顔をして会えばいいのか、分からないんですよぉ……!!」

724名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:45:35 ID:CcRFw9FQ0

それは悲痛な叫びだった。
痛切な願いだった。

知ってしまった以上は、知る前と同じように生きていくことはできない。
覚悟してここまで来たつもりだった。
だが、それでも少女は「どうすればいいか分からない」と涙を流す。

どんな風に話せばいいのか。
どんな風に笑えばいいのか。
もうそんなことすらも分からなくなってしまって。
いやそんなこと以前に、こんな人間でさえない自分があの人の隣に帰ってもいいのか―――。


マト;ー;)メ「私みたいな変な能力を持った奴が傍にいたら、迷惑なんです!分かってるんです!! でも、私には他に行く場所すらなくて……っ」


都合の良い妄想だとは分かっているが、もしも彼が自分のことを受け入れてくれたら、と少女は考える。
でも、それでも自分自身がもう変わってしまったから、今までのように接することはできない。

どうしようもない。
どうしようもない。
どうしようもない。

もう――あの場所には、帰れない。

725名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:45:47 ID:ImpLkwqk0
支援

726名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:46:20 ID:CcRFw9FQ0

と。


(#゚;;-゚)「―――お嬢ちゃんの過去はどうしようもないけど、その両目のことくらいならどうにでもできるわ」


その時、黙り込んでいた『殺戮機械』が口を開いた。
悪魔の右腕を、その顎門をもたげて。


(#゚;;-゚)「うちは世紀の大悪党。気の向くままに全てを奪う。命も力も何もかも。……ちょうどええやん」


お嬢ちゃんはその瞳が疎ましい。
うちはその瞳が欲しい。
ちょうどええやん?と和傘をクルクルと回し、歌うように語る。

悪魔のように、語り掛ける。


マト;ー;)メ「どうにか……できるんですか……?」

(#^;;-^)「当たり前やん、伊達に神様目指してないで? うちが思う『神様』言うんはな、ここにある全てを手中に収めるものや」

727名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:47:05 ID:CcRFw9FQ0

命も、力も。
辛さも痛みも。
何もかもを平等に。

そこにあるものが呪いだと言うのなら、その呪いでさえも引き受けるのが神様というもの。
うちにとっては訳もないわ、と『殺戮機械』は笑う。


(#^;;-^)「その瞳が疎ましいか? 前みたいにあの兄さんの隣にいたいか? ……なら、うちに任せればええ」


そう言うと彼女はへたり込んだままの少女の小さな頭に手を置いた。
悪魔の右腕で頭蓋を掴み、微笑む。


マト;ー;)メ「あ……」


少女は。
その両の瞳で次の瞬間に何が起ころうとしているのかを見ながらも拒絶することはなかった。
ただ黙って目蓋を下ろし、『目に見えた』結末を受け入れた。

―――「いただきます」。
そうしてそんな小さな声が暗闇に響いた。

728名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:48:01 ID:CcRFw9FQ0

 *――*――*――*――*


 僕の目の前に立っていた少女は言った。




マト^ー^)メ「―――あなたは、私のことを知っていますか?」




 あの公園で初めて出逢った時のように僕に微笑み、その少女は問い掛けた。
 そのふわふわとした笑みはいつか見たものと全く同じで。

 だけど、彼女は――ミィであって、『ミィ』ではなかった。


マト-ー-)メ「こんなこと、いきなり言われても困ってしまいますよね。突然申し訳ないです」


 語り口も同じ。
 立ち振舞いも同じ。

729名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:48:52 ID:CcRFw9FQ0

 ……いや、違う。
 ここにいる少女は僕の知るミィとは違って、同時に僕の知る彼女のままだった。

 そう。
 僕の目の前に立っていたのはあの時公園で出逢った少女だった。
 何もかもがあの時のまま、時間が戻ったようだった。

 彼女は自身の過去を失くし、世界にひとりぼっちだった、自分の名前も知らない一人の女の子でしかなくて―――。


(  ω)「どうして、僕に?」


 だからだろうか。
 思わず僕も訊き返してしまう。
 あの時と全く同じように。

 少女は言った。


マト^ー^)メ「どうしてなんでしょう。私にも分からないんです」


 今度はニュアンスがよく伝わったようで、そんな風に彼女は答えた。

730名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:49:35 ID:CcRFw9FQ0

 あの時と全く同じ。
 あの、ふわふわとした煙のように掴みどころのない笑顔を携えて。
 だけど、その表情は僕が知るものとは決定的に違って。


マト-ー-)メ「私は自分の名前も分からないんですけど……どうしてか、この場所に来なくちゃって思って」


 けれど、僕の知る彼女とも少しは同じで。

 記憶を失くしたとしても彼女は彼女でしかない。
 人間は『記憶』があることで自分の存在を確認することができるが、『記憶』は『自分』の同義語ではなく、彼女は彼女でしかなくて。
 だとしたら人間とは何なんだろうと僕は考えてしまって。

 だって、そうだろう?


マト^ー^)メ「それでこの場所に来てみて、あなたの姿を見たら……どうしても話し掛けなくちゃって」


 過去を取り戻しても彼女はここに帰ってきてくれた。
 記憶を失くしても彼女は僕の隣に戻ってきてくれた。
 それが何よりの答えじゃないか。

731名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:50:20 ID:CcRFw9FQ0

 そうだ。
 辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、いつかの『現在』だって決して失くなったりはしない。
 物語の僕達が過ごしたあの瞬間は絶対に嘘にならないんだろう。

 無駄なんかじゃ、ない。
 何が起こったとしても消えてなくなったりはしないんだ。

 だから僕は言うのだ。


(  ω)「つまり……『目に見えていた』って、ことかお? まったく、お前が見る未来はいつも正しいな」


 立ち上がって。
 顔を上げて。
 溢れかけた雫を拭って。

 僕達が一緒に過ごしたあの日々はなかったことにはならないと信じてるから。


マト^ー^)メ「あなたは、私のことを知っていますか」

( ^ω^)「…………ああ。とてもよく……知ってるお」

732名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:51:17 ID:CcRFw9FQ0

 彼女は問い掛けて、僕は答えた。
 世界中の誰よりもきっと君のことを知っている、なんて。


( ^ω^)「……そうだ」


 ああ、そうだ。
 他の記録には残っていないとしても、誰の記憶にも残っていないとしても、僕達は確かに生きていた。
 一緒に未来を見ていたんだ。

 そのことはここにいる僕達が証明している。
 そのことは、絶対に嘘にならない。


( ^ω^)「僕は君のことを知っている」


 だから僕は胸を張って言おう。
 君の名前を。

 僕の心にある『記憶(Memory)』と――そして、君が失くした『過去(ジブン)』という意味を込めて。

733名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:52:14 ID:CcRFw9FQ0








「君の名は―――」









.

734名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:52:57 ID:CcRFw9FQ0


  僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
  僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。

  ほんの数週間。
  一ヶ月にも満たない短い間。
  それが僕と彼女が作った『過去』だった。

  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
  僕は彼女にとっての何かになれたのだろうか?
  きっとこれから先も、何度でも秋が訪れて彼女との日々を思い出す度に、僕はそんなことを考えるのだろう。

  結局、その答えは訊かなかったまま。
  だから僕はただ目を閉じて、あの時僕の隣に立っていた彼女の笑顔を思い出すのだ。


  僕の話は本当にもうこれでおしまい。
  最後に、蛇足かもしれないけれど後日談を語っておこうか。
  この物語の後の話を。

  あるいは――僕達の未来の話を。

735名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:53:53 ID:CcRFw9FQ0

  僕とミィはこれから先、それなりに頑張り、そこそこ幸せになり、掛け替えのない『日常』を重ねて――そして最後には死ぬ。
  人並みの苦労と人並みの幸福に満ちた人生を生きていく。
  誰かが僕達に望んだ通りに、僕達は当たり前のように生きて、当たり前のように死ぬのだ。

  僕達は世界を何も変えられなかったかもしれないし、他人にとっては意味なんてない存在なのかもしれないけれど。
  それでも、きっと僕達の人生には確かな価値と意味が満ち溢れている。

  そう、だからあの秋の日々だって、他の記録にも誰の記憶にも残っていないとしても、決してなかったことにはならないのだろう―――。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「最終話:僕の記憶の中の君」





.

736名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 22:54:38 ID:CcRFw9FQ0


さて。
というわけで、半年ほど続いた『マト ー)メ M・Mのようです』もこれでおしまいです。
如何だったでしょうか?


選択肢②はビターエンド、もしくはメリーバッドエンドという感じです。
エイプリルフールですが残念ながらこの結末は嘘じゃない。

あるいは普通にハッピーエンドなのかな?
何も知らずに、あるいは全てを忘れて、ただただ今在る日常を過ごしていくだけの終わりを『幸福』と呼ぶならハッピーエンドでしょう。
少なくとも都村トソンが願ったハッピーエンドはこの形だった……と言えます。




IFルートについてですが、書くのが面倒なので書く気が起きたら書きます。

じゃあ、とりあえずはそんな感じで。
半年間ありがとうございました。

737名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 23:26:08 ID:ImpLkwqk0
乙。おもしろい。
自分の真実を受け止めきれなかったのか。結局ミィはその重さに耐えられなくて。
読んでて切なくりました。
ところでディズアスターって殺戮機械のことですか?
別作品の続きも待ってます。

738名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 23:37:48 ID:Ac4uWh0g0
乙!
ずっと読んでた
また新しいの期待してる

739名も無きAAのようです:2014/04/01(火) 23:51:42 ID:qr7BZIYA0

モヤモヤするとはいえ、忘れてしまうことも幸福なんだとは思うなぁ

740名も無きAAのようです:2014/04/02(水) 00:15:37 ID:tlE4UFzsC
最初から最後まで飽きなかった、終わりかたもよかったよ

741名も無きAAのようです:2014/04/02(水) 10:31:36 ID:GIX8DjEg0
うわぁ…
終わっちまった。
乙一
楽しかったよ

742名も無きAAのようです:2014/04/02(水) 13:37:52 ID:bHY1O3CY0
おつ

743名も無きAAのようです:2014/04/02(水) 18:55:17 ID:lh9GAuRI0
1だと過去なんて関係ない、今の私が自分的な展開なんだろうか。
でも、真実を知ってそれを受け止めるって素敵だよね

744名も無きAAのようです:2014/04/02(水) 21:45:58 ID:wwqCq8FI0
超乙、面白かった
いつも楽しみに待ってたよ

745名も無きAAのようです:2014/04/02(水) 22:03:32 ID:bgeCNvNA0
モラもやっぱり博士の『作品』って事になるのかね?まぁ調整してたし、ちょくちょくってた調整ミスもわざと何だろうけど。

746名も無きAAのようです:2014/04/03(木) 07:33:05 ID:VkvALWUU0


747名も無きAAのようです:2014/04/03(木) 08:08:05 ID:JQARjULAO

ミィにはブーンがいるんだから、過去がどうでも人じゃなくてもそのまんま戻ってきてほしかったわ
一緒に行ければ少しは違ったのかね……

748名も無きAAのようです:2014/04/08(火) 23:55:56 ID:uJjG/P6Q0
遅れたが乙
そうか終わったのか…

749名も無きAAのようです:2014/04/12(土) 00:03:49 ID:r2bkeaTA0
絶対ハッピーエンドじゃないんだろうなと思ってたら予想以上にハッピーエンドでワロタ



750名も無きAAのようです:2014/04/12(土) 22:38:18 ID:OcdToBaA0

とても面白かったです
個人的にはハッピーエンド期待してたが、この終わり方もなんかいい感じ
次回作があるならそっちも期待

751名も無きAAのようです:2014/04/17(木) 09:20:25 ID:FRh8g2LA0
ディズアスターは、
当主様だよな。

752名も無きAAのようです:2014/04/17(木) 09:26:34 ID:FRh8g2LA0
同期、拒絶、構築、歪曲、
虚無?の、特異点以外に何か、
出てきてたっけ?

753【最終話予告】:2014/05/06(火) 01:15:03 ID:bHGnGKRA0

「……約束しましょう、ブーンさん。  

 悩んだって戸惑ったって構わないです。
 立ち止まって休んだりしても、時には俯き涙を流してもいいです。
 だけど約束しましょう。
 死んだように生き続けることだけは絶対にしないと。

 変わり続ける世界の中で。
 責任を受け入れて。
 後悔しながらでも。
 それでも『自分』を選び続けていくことを約束しましょう。
 どんな『未来』が訪れるのだとしても選択をし続けることを約束しましょう。

 絶対です。
 約束ですよ?

 たとえこの先に何が待っていたとしても、私は掛け替えのない『現在』に約束します。
 だからブーンさんも約束してください。

 どんなに後悔したとしても、きっとあなたが教えてくれたように生き続けていくことを、約束してください―――」



 ―――次回、「最終話:My Memory」

754名も無きAAのようです:2014/05/06(火) 01:16:11 ID:bHGnGKRA0

というわけでIFルートの最終回を投下します。
具体的には来週の火曜日(5月6日)くらいに。

蛇足ちゃあ蛇足ですが、またよろしければご支援お願いします。

755名も無きAAのようです:2014/05/06(火) 01:20:06 ID:k.yhqUsA0
まってるよ!
楽しみだ

756名も無きAAのようです:2014/05/06(火) 03:43:13 ID:wXo3rUKEC
>来週の火曜日(5月6日) 
 
5月6日って今日じゃねぇかよ、まあ13日の間違いだとは思うけど(笑) 
期待してるよ

757名も無きAAのようです:2014/05/06(火) 22:30:48 ID:maFjswZs0
ifじゃなくて正史ルートということでいいんじゃね?

758名も無きAAのようです:2014/05/07(水) 17:18:57 ID:MoSTLxwUO
きたい

759名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:21:45 ID:/f0T1bo60




  ああ、そうだ


  僕達は生きていく


  何度でも失いながら、でも何度でも選びながら、生きていく―――







.

760名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:23:07 ID:/f0T1bo60






        マト ー)メ M・Mのようです


        「最終話:My Memory」





.

761名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:24:07 ID:/f0T1bo60

少女は言う。
この今の自分こそが『自分』だと叫ぶように。




マト-ー-)メ「―――私は『居場所(ジブン)』を見つけた」




そうだ。
だから、もう。
『記憶(カコ)』なんていらない。

だって、そうだろう?

もう自分にはここじゃない、帰る場所があるのだから。
居るべき場所かは分からないけれど、でも自分がそこに居たいと思う場所があるのだから。

だから……もういいのだ。

762名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:25:07 ID:/f0T1bo60

マト゚ー゚)メ「…………帰ろう」


帰ろう、と少女は呟く。
心を蝕んでいた違和感はなくなっていた。

帰る?
おかしな部分なんてあるものか。
自分が帰る場所なんて、誰に言われるまでもなく自分で分かっているのだから。

だから。



「―――なんや、帰るんか?」



と。
その時、背後から声が聞こえた。

763名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:26:09 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*


 都村トソンは語る。


「……前提として、この世界には『超能力』と呼ばれる現象が存在しています」

「ああ」


 およそ数千人〜数万人に一人の割合で発現する異能の力。
 『超能力』。
 形態や強度は様々ではあるが、条理の外の力を使える人間がこの世界にはいる。

 そう。
 数としては少ないが、確かに存在しているのだ。


「『超能力』が何であるかを説明するのは非常に難しいですが、端的に言えば、個人にのみ適応される物理法則のようなものです」

「そういう風に決まっているから、そうなっている……ということかお?」

「そうですね。理屈はない、と言えるかもしれません。厳密にはあるようですが、理解している人間はほぼいません」

764名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:27:07 ID:/f0T1bo60

 証明だとか説明だとか、そういうことは実は意味がない。
 そこに存在してしまう以上、『超能力』が実在することは紛れもない現実なのだから。


「私の周りでは『超能力』の原理を『回路』と呼ぶことが多いですね。その『回路』が作動すると現実が少し、変化する」

「つまり、お前とミィは『超能力』を使える点では同じだが、持っている『回路』が違うから、起こせる現象が違うってわけか」

「その通りです。なので、あの『殺戮機械』などは『「回路」を奪う現象を引き起こす回路』を持っていることになります」

「なるほど……」 

「尤も名称は統一されていませんので何でも構いません。恐らくあなたには『超能力』という言葉が馴染み深いと思いますので、今はそちらを使いましょう」


 そう言えば、と僕は思い出す。
 あの『殺戮機械』と初めて遭った時、奴は「『スキル』でも『コード』でも『回路』でも『変生属性』でも呼び方は何でもいい」と言っていた。
 それらの言葉が指し示す物は全て同じなのだろう。
 どれも『超能力』という異能の力の別称だ。


「さて、今から少し昔、『都村トソン』という科学者――つまり私の母は超能力の研究を始めました」

765名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:28:07 ID:/f0T1bo60

 それはどれくらい昔のことなのだろう。
 ここにいる都村トソンが二十歳を超えているようだから、彼女の母親が研究を始めたのは二十年以上は前のことだろう。


「切欠としては単純で、当時の軍部に依頼されたのです。研究設備、人員、費用は全て無償かつ十全に提供されたので彼女は喜んで研究を始めました」

「破格の条件だな……。その研究成果としてお前が生まれたのかお?」

「いえ、当時の目的は超能力者で構成されたテロリストの対処でした。なので、敵の超能力の解析と対策が主だったと言えるでしょう」

「テロリストの超能力者?」

「はい。今でも『レジスタンス』などと名乗って存在しています」


 僕は脳裏にまた別の記憶が蘇ってきた。
 今度はあの『ウォーリー』というスーツの男との会話だ。

 あの男はなんと語っていたか。
 この世界には数多くの陰謀が渦巻いており、国家レベルの大きな力に目を付けられると超能力者はどうしようもない、と。
 そういったことから身を守る為の互助組織の名が『レジスタンス』だと、そんなことを言っていなかったか。


「……ええ。ですから、もしかしたら『レジスタンス』の主張の方が正しいのかもしれませんね」

766名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:29:06 ID:/f0T1bo60

 けれどと淡々と都村トソンは告げた。


「小さくとも『事変』とまで呼ばれるようになった戦争ですから、当時の体制側と反体制側のどちらが悪かったかは簡単には判断できません」

「……少なくとも当事者ではない僕達には無理、か」

「はい。私に分かることは、当時の戦いでは一応のところ体制側が勝利を収めたという事実だけです」


 勝利した?
 ちょっと待てよ。


「僕はてっきり、その反体制側の超能力者に対抗する為に人工の能力者であるお前が生まれたんだと思っていたが……」

「いえ、反体制側との主な戦いは私が生まれる前に既に終了しています」

「ならどうしてお前は生まれたんだ?」


 かつて超能力が関係した戦いがあった。
 けれど、それはとりあえずは終わった。
 なら、何故この『ファーストナンバー』は生み出された?

767名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:30:09 ID:/f0T1bo60

 僕の問いに都村トソンは控えめに笑った。


「あなたは平和な世界に生きてきたのですね。兵器とは戦いに用いるものだから、平和な時代には生み出されないと考えている」

「平和も何も、そういうものだろ」

「確かに戦時は兵器産業が盛んになりますが、戦争が終わった後も生産量が経るだけで兵器の開発は続きます」


 それは、次の戦争に備える為。
 あるいは、各勢力が疲弊した中でアドバンテージを得る為。
 平和な時でも戦時と変わらず軍備拡張は続いていく。

 「賢者ならば平時は戦争の準備をするべきだ」と語ったのは誰だっただろうか。


「つまりお前は保険であり、抑止力か」

「はい。次に戦争が起こった時の為の保険であり、反乱を起こさせない為の抑止力。それが『ファーストナンバー』という存在です」


 生まれ落ちたその瞬間より平和の為に戦い続けることを決定付けられた存在。
 僕の隣に座っているのは、そんな人間だった。

768名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:31:08 ID:/f0T1bo60

 ……いや。
 彼女の言葉を借りれば『名もなき怪物』だろうか。
 戦う為に生まれ、戦う為に存在し、戦って死ぬ存在を『人間』と呼べるかどうかは怪しい。

 そんな彼女は言った。


「私が生み出された背景は語った通りです。フィクションの世界においては正義の超能力者と悪の超能力者の戦いが主かもしれませんが、現実はそうはいかない」

「超能力者なんてものが存在すれば、国家における正義の代行者である軍や警察が対応するしかない……と」

「そして軍部に依頼された科学者が生み出した最強の暴力装置が、私です」


 一拍置いて都村トソンは続けた。


「その後の話は長くなり過ぎるので省きましょう。私の母は反体制派の凶弾に倒れ、私はこうして成長し軍部で働いている」

「それは分かったお」


 さて問題は、そんな社会の裏側で起こっていた事件ではない。
 ここにおける本題は、僕の父とミィの過去なのだ。

769名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:32:08 ID:/f0T1bo60

 僕の思いを読み取ったのか、彼女はすぐに閑話休題する。


「……さて。『残念ながら』と言うべきなのか、人工的な能力者として完成したのは私一人でした」

「だから『最初にして最後の人工能力者』か」

「並行して行われていた能力者を実験体にした既に在る能力を強化するという計画は成功を収めましたが、それは関係ないので置いておきましょう」


 そんな計画もあったのか。
 あのスーツの男が触れていた「捕まった能力者はモルモットにされる」とはそのことかもしれない。

 ところで、と僕の隣に座る彼女が言う。


「私という人工的な能力者が存在している場合、更にその生みの親がこの世にいない場合、どういう事態となるか予測できますか?」

「色んな勢力が『都村トソン』の研究データの血眼になって探すだろうな。データさえあれば、お前のような人工超能力者が生み出せるかもしれないから」

「はい。それも現実に起こっています。……ですが、もう一つ」

「もう一つ?」

770名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:33:10 ID:/f0T1bo60

 都村トソンは言った。



「『人工的に超能力者が生み出せる』と分かったならば――手段を選ばない組織ならば、人体実験を繰り返してでも同じ成果を得ようと思う」



 ああ。
 なるほど。
 それも確かに道理だった。

 今ここに人造の能力者がいるわけだから、同じことができると考える人間達が出てくるのはおかしくない。
 むしろそれが普通だ。


「結論から述べましょう。あなたのお父様が働いていた企業も、そういった団体の一つでした」

「…………そんなに、価値があるものなのかお?」


 やっとの思いで絞り出したのは、そんな一言。
 全く、目が見えなくなっても現実を直視するのが辛いのは変わらない。

771名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:34:07 ID:/f0T1bo60

「超能力者一人に、何人もの人間を切り刻み犠牲にする価値があるかどうか、という話ですか?」

「ああ」

「あるとも言えますし、ないとも言えるでしょうね。人間は地球よりも重い、人の命に値段が付けられないと言うのならば価値はないでしょう」


 だが。
 人一人の人生が金銭に換算できるとすれば、きっと価値はあるのだ。


「……金でなら、どれくらいになるんだ。超能力者ってのは」

「様々です。例えばあのミィという少女ならば、そうですね……あなたの国にある世界で最も高価な爆撃機。その値段で足りるかどうか、というところでしょう」

「なら、人工的に超能力者を作るってことは……」

「出来にも寄りますが、最新鋭の戦闘機を設計し、その生産ラインを確立する程度の価値はあります」


 戦闘機という物は一機作るだけでも数億〜数十億ドル。
 開発からならば数百億、数千億ドル単位の費用が掛かることもザラだ。
 兵器として見た超能力者はそんなものと同価値だと言う。

772名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:35:11 ID:/f0T1bo60

 だからと言って許されるのだろうか?
 人の命を犠牲にすることが。

 ……きっと、許されたのだろう。
 少なくとも携わった人々は自分自身のことを許したのだ。
 数十、数百人程度の犠牲で数千億ドルの価値が生み出せるのならば構わないと。

 だとしたら僕の父も―――。


「……馬鹿みたいだな、本当に」

「そうかもしれませんね。何よりも救いようがないのは、手掛かりがないということです」

「手掛かりが、ない?」

「はい。私が存在する以上、人工的に能力者は生み出せる。ですがほとんどの人間には超能力の理屈も、発現の条件も、何一つ分かっていない」


 それなのに超能力者を生み出そうなんて馬鹿みたいですよ、と彼女は呟いた。
 それはまるで、「ここにダイヤの指輪がある以上は地球上の何処かにはダイヤモンドがあるはずだ」とツルハシを持って出かけるようなもの。
 筋道こそ通っているが、そもそも成功するはずがないのは明らかだ。

 そんな土台無理な、成功するはずのない計画の為にどれくらいの人間が犠牲となったのだろう?

773名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:36:08 ID:/f0T1bo60

 さて、と都村トソンは仕切り直す。


「ここからはあなたのお父様の話をしましょう」

「…………僕の父も、人造超能力者の製作に携わっていたんだろう?」


 僕の気持ちなど知らぬように、淡々と彼女は告げる。
 その通りです、と。


「あなたのお父様が雇われた理由は非常に優秀であったことと、もう一つ。あなたのお父様が数少ない、私の母と面識のある人間だったからです」

「能力者を作った奴と知り合いならば、何か、ヒントの一つくらい聞いているかもしれないってことかお?」

「そうですね。尤も、その目論見は空振りに終わったようですが」

 
 僕は、訊ねる。


「……父は、何をしてたんだ? 何が起こったんだ?」

774名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:37:07 ID:/f0T1bo60

 それは気休めのような問いだった。
 何をしていたにせよ、父が企業に雇われ非道な研究に協力していたことは確かで。
 紛れもなく加害者であり、罪人でしかなくて。
 でも、それでも訊かずにはいられなかった。

 あの人が何をしていたのかを。
 そして、どうなったのかを。


「あなたのお父様の仕事は血液サンプルの採取でした。海外に赴き、超能力者と思われる人間の血液を採取する。そんな仕事です」


 ……どうやら仕事で海外を飛び回っていること自体は嘘ではなかったらしい。


「人間が能力者に覚醒する条件は不明ですが、血族のほぼ全員が能力者という極端なケースもあるにはあるので、少なくとも遺伝子が関係しているのは確かです」

「だから、サンプルの採取か」

「はい。あなたのお父様は超能力は神の力であり、神の血が濃い、より原初の人類に近い人間ほど能力に目覚めやすいと考えていたようです」

「信心深いのか、神をも恐れぬほど愚かなのか、よく分からないお」

「神の力かはともかく、目の付け所は良いと思います。私は神を信じていませんが」

775名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:38:08 ID:/f0T1bo60

 生憎と僕もあまり信じていない。
 神様がいるとしたら、超能力なんて災いの種を撒くのはやめて欲しかった。


「しかし本社はあなたのお父様の調査結果が出るのを待つことなく、手に入れた能力者及びそのクローンによる人体実験に踏み切った」

「…………」

「非道な計画を止める為に上層部に掛け合い、様々な手段を講じましたが、反応は芳しくなく。遂にあなたのお父様はある機密を持って研究所から脱走します」


 都村トソンは語る。
 過去を。
 僕の父の最後の真相を。


「……私があなたのお父様に出逢ったのは真夜中の街でした。路地裏、ビルとビルの間の狭いスペースに血を流して倒れていらっしゃいました」


 屋上で撃たれて落ちたのか。
 それとも、ビルの上から決死の覚悟で飛び降りたのか。
 腹部に二発の銃痕、右足は完全に使いものにならなくなっており、割れた額からは血が流れ出ていたという。

 それでも尚――父は這うようにして、少しずつ進み続けていた。

776名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:39:06 ID:/f0T1bo60

「私を一目見て、彼は言いました。『ああ、死んだはずの相手が見えるということは、いよいよお迎えかな』と」


 続けて、「できることなら迎えは妻が良かったんだが」なんて。
 洒落にならない状況での冗談は僕と似ていて。


「私が娘であることを簡潔に説明すると、納得したように彼は微笑み、こう言いました」


 父は言った。

 ―――この世界は等価交換だ。
 ―――ある価値のある物を手に入れる為には、同じ価値のある物を捧げなければならない。
 ―――化学反応をする前と後でも原子の総量は変わらないように。


「……『だが』と、彼は続けました」


 ―――だが、一人の平和の為に一人が犠牲になるというのでは、如何にも効率が悪い。
 ―――だから人間の本質は、その知性と理性を以て、対価として支払った物以上の価値を生み出すことだ。

777名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:40:09 ID:/f0T1bo60

 絵の具と紙という二束三文の物から何千ドルもの価値のある絵画を生み出すように。
 等価交換は世界の本質だが、人間の本質ではない。
 人間の本質とはその選択で以て、価値を生み出し続けることだと。


「『俺は、君のお母さんのことを尊敬していた』」


 ―――あの人は様々なものを犠牲にしたが、その類まれな頭脳によって、必ず犠牲にしたものを超える成果を生み出していた。
 ―――しかし俺にはそれができなかったようだ。

 だから。


「彼は近くに落ちていたスーツケースを指差して、言いました。『あの中には俺の唯一の成果が入っている。お願いだ』と」


 恥を承知で。
 都合が良いことだと分かりつつ。
 どの面下げてだと罵られることも理解して。

 それでも、「頼む」と頭を下げた。

778名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:41:13 ID:/f0T1bo60

 尊敬していた相手の生み出した成果に。
 あるいは、初恋の人の娘に。

 僕は訊いた。


「…………父は、なんて言って死んだ?」


 都村トソンは少し迷ったように沈黙し、けれどすぐにこう答えた。


「『こんな父親で、悪かった』と」


 それはどういう意味だったのだろう。

 そんな選択しかできなかった自分を恥じたのか。
 そんな責任の取り方をした自分を悔いたのか。
 僕には分からない。

 分かることがあるとするならば、一つだけ。
 父も必死で選択し、後悔しながらでも思考をやめず、どうにかして責任を果たそうとしていたのだろう。

779名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:42:11 ID:/f0T1bo60

 都村トソンは言った。


「その後のことはさして語るまでもありませんね。私はあなたのお父様の残した物――『ミスティルテイン計画』の成果を受け取りその場を去りました」


 父の死の痕跡と遺体は軍部によって秘密裏に処理されたという。
 遺伝子すら残らないように、徹底的に消されたのだ。
 まるでそれが報いだとでも言うように。


「私はあなたのお父様の財布などの所持品を処理し、全て現金に変えて、足の付かない方法であなたの口座に振り込みました」

「じゃあ、あの退職金かと思ってたあのお金は……」

「はい。あなたのお父様の所持金と、私からのささやかな見舞金です」


 僕の家にある遺品は後始末に困った同僚が送ったもの。
 流出してはマズい情報があるかもしれないので、データが残せる物を除いて。
 データを持ち逃げした相手だというのに、わざわざ遺品を整理して送ってくれるなんて、職場での父は割と人望があったのかもしれない。

 それとも、退職金代わりだったのだろうか?

780名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:43:08 ID:/f0T1bo60

「それにしても……まったく、凄い額を振り込んでくれたもんだお」

「そうでしょうか? あなたのお父様の行ったことは、言わば最新鋭の戦闘機の製造計画のリークです。軍にとっては価値のあることですよ」


 そうかもしれない。
 だが、犯した罪に比べれば安過ぎると思うのだ。
 人の命は金では買えないのだから。


「つまりミストルティン……『ミッション・ミストルティン』とは、僕の父が携わっていた、人工的に超能力者を作る計画のことなのか」

「そうですね。より正しくは敵性勢力の能力者、つまり私のような存在に対抗する為の計画なのですが、その理解で良いでしょう」

「実家が荒らされたのは父が何かマズい物を残していないかと考えた製薬会社の工作か」

「詳しくはわかりませんが、似たような計画を進めている他の団体の仕業とも考えられます。ミストルティン計画の手掛かりがないか探していたのでしょう」

「なるほどな……大体分かったお」


 なら、僕の部屋を荒らしたのも父の情報が少しでも欲しい誰かの仕業だろう。
 何度か尾行されたことやひったくりに遭ったこともあるが、それも同じく、計画を知った何処かの組織の人間の犯行だ。
 もしかしたらそういった刺客から身を守れるようにと都村トソンは大金を振り込んだのかもしれない。
 だとしたら、その金でミィを雇った僕の判断は正しかったと言える。

781名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:44:09 ID:/f0T1bo60

 とにかく、父について大体のことは分かった。
 驚きはない。
 いや、ないわけではないのだが、父が生きていないだろうということはなんとなく分かっていた。
 何か良くないことに関わっていることも予想はできていた。


「(……父さん)」


 こんな言い方は変なのかもしれないが、僕は嬉しかった。
 僕が知らなかった場所でも、父は僕が知るままの責任を果たそうとする大人で――僕の尊敬する父のままで死んでいったのだから。

 と、その時、都村トソンが言った。


「ところで、そろそろ目を開けてみてはどうですか?」

「え?」

「私の戦況分析が正しければ、見えるようになっているはずですが……」


 見える?
 何がだ?
 今度はこちらが呆気に取られる番で、素で聞き返しそうになってしまった。

782名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:45:08 ID:/f0T1bo60

 決まっている。
 この見えなくなった両目のことだ。

 冗談だろうか?
 いや、そういうことを言うタチではないだろう。
 だとしたら本当に?
 騙されたと思って僕は目蓋を持ち上げた。

 瞬間。


(;^ω^)「ぐ、ぉ……」


 網膜に飛び込んでくる情報量に圧倒される。
 思わず顔を顰めた。
 目が見えなくなっていた期間なんて精々半日かそこらだったはずなのに、久々に目の当たりにする世界は様々な物で満ちていて、素直に驚いた。

 大丈夫ですか、という耳に飛び込んでくる涼やかな声に事態を把握して顔をそちらに向ける。
 無論そこにあるのは都村トソンの完璧に整った横顔だ。


(;^ω^)「まさか、本当に見えるようになっていたとは思わなかったお」

783名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:46:06 ID:/f0T1bo60

 困惑する僕にさらりと都村トソンは告げた。


(-、-トソン「私が嘘を吐く理由はありませんよ」

(;^ω^)「それはそうなんだが、信じられなくて……。なんでまた見えるようになったんだ?」

(゚、゚トソン「あの『クリナーメン』という少女が倒れたからでしょう。『目が見えない』という呪いが解かれたんです」

( ^ω^)「呪いが解かれた、ね……」


 『確率論(クリナーメン)』は確率を変動させる能力。
 その力によって僕は「目が見えない確率」を上げられていて、その結果として何も異常がないのに目が見えなくなっていた。
 能力が解除されれば変動していた確率は元に戻るので、再び問題なく見えるようになった、というわけらしい。

 発作により心臓が停止したとしても、除細動器で刺激を与えてやれば元通りに動くようになるのと同じようなものだ。
 心臓自体には傷がないのだから切欠があれば再び動き出し鼓動を刻むのだ。

 僕にとっては幸いだが、なんだか運が良過ぎる気もする。
 あの能力ならば視神経を傷付け、本当に二度と見えなくすることもできただろうにどうしてだろう。
 と、そこまで考えたところで「普通の怪我なら普通の治療で治ってしまうか」と気付く。
 治癒を防ぐ為に単純な害ではなく呪いを与えたのだが、それが裏目に出てしまったわけだ。

784名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:47:07 ID:/f0T1bo60

 まあ、そんな小難しい話は置いておこう。
 僕の視力が戻ったということは僥倖に違いないが、呪いが解かれたという事実はある結果の証左だ。
 『確率論(クリナーメン)』の効力が失われたということは『クリナーメン』が倒れたということ。

 つまり、ミィは僕が信じた通りに、あの少女を倒したのだ。


(-、-トソン「とりあえずは、おめでとうございます、と言っておくべきなのでしょうね。それとも『ご愁傷様』が相応しいでしょうか」

( ^ω^)「……どうして慰められなきゃならないんだ?」


 疑問に都村トソンは答えることはなく、黙ってコートの内側から小さなナイフを取り出した。
 投擲用らしき小さな刃物はよく手入れされているらしく、太陽の光を反射し戦う為に造られた少女の端正な顔立ちを映している。


(゚、゚トソン「私は人工的に造られた超能力者ですが、能力を抜きにしても、普通の人間を遥かに凌駕しています」

( ^ω^)「?」

(-、-トソン「往年の特撮作品風に言えばこうなるでしょうか。『「ファーストナンバー」都村トソンは改造人間である』と」


 彼女は意味深げに目を細め、「都村トソンは国家の平和の為に反逆者と戦うのだ」と呟いてみせる。

785名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:48:09 ID:/f0T1bo60

(-、-トソン「私の身体に流れているのは母が開発した人工血液なので、まず血潮からして人間とは異なります」


 と。
 そうして都村トソンは手にしたナイフを左の人差し指に這わせる。
 どれほど鋭利なのか、少し刃先が触れただけだというのに指の腹にぷくりと血の玉が浮かんだ。

 人工の、血液。
 僕と同じく紅いが、少し色合いが違う気がする。


( ^ω^)「何を……」

(゚、゚トソン「また血液以外にも、体組織そのものが特別製です」


 そう言うと彼女は人差し指に口を添わせ血を舐め取ると、次いで傷跡を僕に見せる。
 いや――「傷跡」ではなかった。
 既にナイフで付けられた傷は完全に塞がってしまっていたからだ。


(;^ω^)「まさか、超能力か?」

(-、-トソン「ただの再生能力ですよ。少しだけ常人よりも強力なだけです。擦り傷程度ならば、すぐに治ります」

786名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:49:08 ID:/f0T1bo60

(゚、゚トソン「あなた方は身体を変形させる少女を目撃したようですね」

( ^ω^)「ああ」

(-、-トソン「恐らくその少女は私の設計図を参考にして造られたものです。私は再生だけですが、多少調整すれば変形も可能なのでしょうね」


 僕はあの白いセーターの少女を思い出す。
 彼女について、ミィはなんと言っていただろうか?
 「バイオテクノロジーとサイバネティックスの技術によって生み出された生物を私は『人間』とは呼びません」と、そんなことを言っていたのではなかったか。

 同じ技術によって造り出された兵器こそが、この都村トソン。
 言わば『オリジナル』だ。


(゚、゚トソン「ところで。あのミィという少女は、あなたと一緒にいる間に傷を負ったことがありましたか?」

( ^ω^)「……ああ。確実に一度はあるお。『殺戮機械』と戦った時に、胸元にうっすらとだが傷を……」


 僕は思い出す。

 あの『殺戮機械』との戦いの後。
 破れた服の代わりに新しい一着を買いに行った覚えはあるのに、胸の傷を治療した記憶はない。

787名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:50:09 ID:/f0T1bo60

 最初に都村トソンに会った日。
 あの時、一緒に湯船に浸かっていた際、僕はこう思ったのだ。
 「彼女の素肌は瑞々しく傷一つない」と。

 ミィの胸元には――傷跡なんて、なかった。


( ^ω^)「…………」

(-、-トソン「あなただって分かっているんでしょう? 何が、どういうことなのかも」


 答え合わせをしましょうか。
 そんな言葉を、都村トソンはミィによく似た顔で、言って。

 僕は。



(゚、゚トソン「そう、あの少女こそミストルティン計画の成果。彼女は私と同じ、戦う為に造られた兵器です」



 遂に、その真実と向き合う。

788名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:51:06 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*


そこに立っていたのは顔に大きな傷のある、和傘の少女。
『殺戮機械』と呼ばれる彼女は別れた時と全く変わらない笑みを浮かべている。


(#^;;-^)「なんや、帰るんか?」


もう一度そう言って、笑う。
嗤う。
嘲笑するように笑顔を見せる。


(#゚;;-゚)「ここまで来て、帰るんか」

マト-ー-)メ「はい……帰るんです、私は」


確認するような言葉にもミィは揺らがない。
いや、その一言によって改めて決意を固めたのだ。

『帰るのだ』――と。

789名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:52:08 ID:/f0T1bo60

しかし少女は訊く。
何故、と。


(#゚;;-゚)「分からへんな。お嬢ちゃん、アンタは失った『記憶』を探してここまで来たんとちゃうんか。そんで、ちょっと進めばその『記憶』は見つかる」

マト-ー-)メ「……そうですね」

(#^;;-^)「ここで帰る意味なんてウチにはさっぱりやわ。土壇場で怖気付いたとしか思えへん」


ミィは言う。
穏やかな笑顔で。
他人から見ればそう見えるのかもしれませんね、と。

でも、違う。
そうじゃないのだ。


マト-ー-)メ「そうじゃないんです。私はもう、分かっちゃったんです」


そう。
分かったのだ。

790名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:53:07 ID:/f0T1bo60

そう。
たった今分かった。
自分が探し続けていたのは【記憶(ジブン)】ではなかったのだと。

目を覚まし、記憶を失っていることに気付いてから、ずっと。
自分は『記憶』を探し続けていたけれど、でも自分が求めていたのは『過去』ではなかった。


マト^ー^)メ「私は……単に、嫌だったんです」


怖かったんだ、と。
少女はその時の自分の思いを初めて自覚する。


(#゚;;-゚)「嫌やった? 何がや。記憶がなかったことがか?」

マト゚ー゚)メ「そうですが、それ自体ではありません」


『記憶』を失ったことが――ではない。
嫌だったのも怖かったのも、『過去』を失ったことそのものではないのだ。

791名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:54:06 ID:/f0T1bo60

そうだ。
嫌だったのは、自分の居場所がないかもしれないと思ってしまったから。
怖かったのは、自分が何者なのかが分からなかったから。

そのことが嫌で、怖くて……。


マト-ー-)メ「私が嫌だったのは『記憶』や『過去』がないことじゃない。『自分』がないことだった」


『自分』が、ない。
誰も自分のことを知らず、自分も自分のことを知らず、世界中にたった一人で。
そんなのは生きているとは言えないとミィは思う。

存在こそしているかもしれないが。
多分、生きているとは言えないのだろう。


マト゚ー゚)メ「最初は……それが当然だと思っていたから、最初は嫌だとも怖いとも思わなかった。気付いてなかったんです」


でも。
変わったのだ。

792名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:55:06 ID:/f0T1bo60

マト-ー-)メ「でもブーンさんに出逢って……色々な経験をして、気付いたんです。『ああ、嫌だ』って。『怖い』って」


自分のことすらも知らなかった少女は数え切れないほど沢山のことを学んだ。
それは例えば自分の手を握ってくれる誰かの暖かさであったり。
そして、それが失われることに対する恐れであったり。

だから少女は気付いたのだ。
『嫌だ』『怖い』という自分自身の気持ちに。

あるいは――寂しい、という感情に。


マト゚ー゚)メ「私が求めていたのは『記憶』でも『過去』でもない。他ならぬ『自分』だった」


そして、少女は手に入れた。
『ミィ』という名前と『自分』を。

……いや、少し違うだろうか。

彼女は『ミィ』という名前を手に入れて、これからは『自分』として生きていくのだ。
何処の誰ということは関係ない。
『自分』とはここにいる自分でしかないのだから。

793名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:56:07 ID:/f0T1bo60

そうだ。
何処で生まれただとかどうやって育っただとか、それが『自分』の全てであるわけがない。
それはそれだけのことでしかないのだから。

『自分』は探すものでもなく見つけるものでもなく――生きていく中で、選んで、作り上げていくものなのだから。
そう彼は教えてくれたのだから。


マト-ー-)メ「だから、もう『過去』なんていいんです」


だから。
もう『記憶(カコ)』なんていらない。
自分にはここじゃない、帰る場所があるのだから。
居るべき場所かは分からないけれど、でも自分がそこに居たいと思う場所があるのだから。

だからもう、ここには帰らない。
ここはもう、自分の帰る場所ではないから。


マト-ー-)メ「だから私はもう帰ります」


そして私は『未来』を、『自分』を選ぶ。
そう、私が選ぶ未来は、あの人と一緒にいる自分だ―――。

794名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:57:07 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*


 都村トソンは言う。


(-、-トソン「あなたのお父様が私に託したのはスーツケースでした。その中にはあの少女が入っていました」

( ^ω^)「(……なるほどね)」


 父が持ち逃げした計画の成果とはミィのことだったのか。

 ……全く。
 そんなんじゃ死ぬのも当たり前だろう。
 人一人を入れたスーツケースを引き摺りながら追っ手を振り切るなんて、できるはずがないのだから。
 体育会系じゃないってのに、あの人は……。


(゚、゚トソン「少女は幸い覚醒前でしたので、それまでに刷り込まれていた余計な知識を私の同僚の能力で消しておきました」

( ^ω^)「だからミィには記憶がなかった」

(゚、゚トソン「はい。私はそのまま普通の記憶喪失の少女として処理するつもりだったのですが、少し、司令部と揉めまして……」

795名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:58:07 ID:/f0T1bo60

 それもそれで当たり前だ。
 彼女には『未来予測』という飛び切りの異能が備わっている。
 軍だって、偶然とは言え折角手に入れた強力な兵器を手放したくはないだろう。
 
 都村トソンは淡々と真実を語っていく。


(゚、゚トソン「そうして、私が司令部を説得する為に基地に戻っている間にアクシデントが起き、それによって防衛本能が働いたのか少女は逃げてしまいました」


 危険を察知した少女は曖昧な意識の中で街を駆け、大都会の真ん中でふと理性を覚醒させた。
 少女にそれまでの記憶はなく、ただ自分の両目が特別であることと、誰かに追われているという事実だけを理解した。

 異能を持つ記憶喪失者の出来上がり――というわけだった。


(-、-トソン「あの少女は指輪を持っていたはずですが、それはあなたのお父様の遺品です」

(;^ω^)「父の? じゃあ、ミィが持ってた指輪って……!」

(゚、゚トソン「名前などは刻まれていませんでしたが、嵌められていた指から察するに結婚指輪のようでした」

(;^ω^)「おいおい……」

796名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 19:59:09 ID:/f0T1bo60

 じゃあ僕の両親の結婚指輪を売っ払ってミィは服を買ったってことか?
 なんだよ、その真相は。
 服はいくらでも買い直せるが指輪は一点ものなんだぞ?

 軽くうんざりした気持ちになる僕に、「安心して下さい」と都村トソンは告げる。


(-、-トソン「売られた指輪は私が買い戻しておきました。後でご自宅の方へ郵送しておきます」

(;^ω^)「え? そりゃあありがたいが……」

(゚、゚トソン「お礼なんてやめて下さい。あの指輪はそもそも、私が嵌めたものですから。全ての原因は私にあります」

( ^ω^)「……どういうことだお」

(-、-トソン「あの指輪は、記憶を消した際に私が彼女の指に嵌めたんです。あなたのお父様のことを彼女は知りません。でもせめて、その想いだけでも覚えて欲しいと……」


 いや、覚えてなくてもいい。
 だから、その想いの証が形として残って欲しいと。


(-、-トソン「……感傷ですね。私の個人的なセンチメンタリズムで迷惑をお掛けしました」

797名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:00:11 ID:/f0T1bo60

( ^ω^)「いや……そんなことはないお」


 僕には、都村トソンの想いがなんとなく分かるのだ。
 だからお礼を言うことはあっても、責めることなんてあるはずがない。

 そもそもだ、記憶喪失になった状態で持っていた物を売るなんて行為自体が想定外なのだ。
 たとえ手掛かりにはなりそうにはなく、金銭が必要だったとしても、普通はそんな選択肢を選ばない。
 過去の自分と繋がっている唯一の物なのだから、それこそ感傷というか、説明できない感情で容易に手放せないはずだ。


( ^ω^)「(……いや、でも、そうか)」 


 あの時のミィには。
 そんな人間らしい感傷が存在しなかったのか。

 だから、その魔眼で以て「大した手掛かりにはならない」と判断するや否や、簡単に手放してしまったのだろう。


(-、-トソン「私の話は以上です。何か不明な点はありますか?」


 そして都村トソンはそう言って、僕を見る。

798名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:01:10 ID:/f0T1bo60

 その横顔は造り物のように綺麗で。
 何処かミィと似ていて。
 けれど、瞳の色などの顔立ちの細部はミィとは違って。

 やっぱり彼女とミィは違う人間だと。
 そんな風に思いながら僕は訊く。


( ^ω^)「お前が忠告にやって来たのは、僕やミィが真実を知れば……後悔すると思ったからか?」

(゚、゚トソン「その通りです。真実を知った場合、あなた方が後悔するということは――『目に見えて』ましたから」

( ^ω^)「…………そうか」


 お気遣い感謝するお、と言って、「だが」と僕は続けた。


( ^ω^)「だけどな、ミィが何者であろうが――ミィはミィだお」


 それは、それだけのことだ。
 僕はそう言い切った。

799名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:02:07 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*


分からんな、と少女は言う。
ミィの想いを訊いた上で、それでも「分からない」と断じる。


(#゚;;-゚)「今の自分が大事だ、自分が何であるかは生き方が決める……それは分かる。けどな、だからってここで帰るのはおかしないか?」


『現在』が大事だからと言って『過去』と向き合わない。
それはおかしくないだろうか?

言うまでもなく、『現在』とは『過去』があって初めて存在するもの。
どちらを大事にするかは個人の自由だろうが、だからと言って『過去』から目を背けて見ないフリをするのは、許されるのだろうか?
いや許されるとしても――それは逃げることとどう違うのか、と。


マト^ー^)メ


その問いに。
ミィは、笑顔を以て答えた。

800名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:03:07 ID:/f0T1bo60

あの特徴的なふわふわとした笑み――ではない。
似ているが、決定的に違う。


(#゚;;-゚)「(コイツ……こんな顔も、できたんか)」


あまりに痛切で。
あるいは、あまりに人間的な。
その笑顔の意味は超能力なんてなくても、分かる。

そう、それは作り笑い。
孤独な存在ではありえない表情。
人間でしかありえない感情。
心の中の不安と悲哀と苦痛を押し殺しながら、誰かと繋がる為に見せる、笑顔―――。

そうして彼女は気付く。


(#゚;;-゚)「(……そうか。お前、目が……)」


『未来予測』という観測の異能を持つはずのミィがこの地下の様子を見れなかったのは、心に蓋をしていたからだった。
見たくない真実から目を背け、見落として、見えないフリをしていた。
それ故に深層心理で能力を制限していた。

801名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:04:09 ID:/f0T1bo60

ならば。
彼女が自分の想いに気付き、自分自身に「自分とは何か」を問い直し答えを出したのなら。
当然、真実を知りたくないと能力を抑え込んでいた無意識下の制限は消え去る。

誰かと出逢って学んだのは何かを失う怖さ。
……そして、その恐怖と向き合う為の強さ。

だからもう彼女には、ここから先に進むまでもなく真実が『目に見えて』いて―――。


マト^ー^)メ「私は帰ります。あの人の隣に、もう一度」


ここで見つけた『過去』を抱いて。
これから選ぶ『自分』を目指して。

そう。


マト ー)メ「…………たとえ、もう二度と、あの人の隣にいられなくなったとしても」


そうして彼女は穏やかな、けれど、暗い笑顔を浮かべた。
それは何処までも人間的で、しかしただの少女ではありえぬ影を秘めた、あるいはあの都村トソンの微笑にも似た表情だった。

802名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:05:09 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*


 都村トソンは言った。

 『科学技術によって造られた生物』も。
 『殺すだけしかできない機械』も。
 『名前のない怪物』も。

 その全てはミィ自身のことでもあるのだと。
 神をも恐れぬ愚か者共が造り出した、『機械仕掛けの神の器官(Mechanical Member)』という兵器――それこそが彼女の正体だと。


( ^ω^)「だけど……それがどうしたって言うんだお」


 仮に、ミィが兵器として生み出された存在だとして。
 彼女が兵器として生きなければならない理由が何処にあると言うのだろう?


( ^ω^)「まさか、お前だって身分制みたいに、子どもは両親や社会が決めた通りに生きなきゃいけないって思ってわけじゃないだろう」

(-、-トソン「…………」

803名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:06:08 ID:/f0T1bo60

 そんなことが。
 そんな馬鹿なことがあるわけがない。

 人間が人間たる尊厳を持ち、個人が個人として選択できる自由な社会――それが今のはずだ。
 親は親で、子は子だ。
 造った側の思い通りに生きなきゃいけない道理なんて、ない。


(-、-トソン「『実存は本質に先立つ』……そんな理屈が通用するのはあなたの世界だけです。事実として彼女は、兵器としての本質を与えられ生まれてきている」

( ^ω^)「その他者が神ではない以上、その本質は押し付けられたものに過ぎないんだお」

(-、-トソン「……そうですね。そして、神はこの世界にはいない」

( ^ω^)「確かに自分が誰から産まれたとか何処で育ったとかは大事だ。だけど、それはそれ、これはこれだ」


 たとえミィが『兵器』としての本質を持ち、生まれてきたのだとしても。
 決まっていない『未来』は自分で選ぶことができるはずだ。

804名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:07:07 ID:/f0T1bo60

 そう。
 選んでもいない『過去』だけで、そんなものだけで『自分』が決まるわけがない。
 決まっていいわけがないのだ。

 何故なら人間とは――その本質を、自分自身で作り上げる存在だから。
 だからこそ僕たちは自由で不自由なのだから。



( ^ω^)「人が生きるってことは、『自分』を選び続けることだ。……僕は、ミィが僕の知る『自分(ミィ)』を選んでくれると信じてる」



 都村トソンは言う。
 「それがあなたの答えですか」と。

 僕は返す。
 「これが僕の答えだ」と。

 人間は自由だ。
 未来は決まっていない。
 ……そんな当たり前なことこそが、旅の果てで僕達が見つけた『真実』だった。

805名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:08:07 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*



  報告書―――

  敵性勢力の能力者の殲滅を目的とし人工的に能力者を造り出す計画、通称『ミストルティン計画』は長らく停滞していたが、遂に大きな進展があった。 
  世界初の人工能力者である都村トソンの遺伝子パターンを元に設計された個体、検体番号M-000が完成したのである。
  能力の発動原理は全くの不明で存在自体が偶然の産物ではあるが、何にせよ我がチームにとって大きな一歩であることに違いはない。
  調査団が収集した各国の異能者のデータと提供された人工蛋白に代表されるバイオテクノロジーは十二分に役目を果たしたと言えるだろう。
  M-000は端的に言えば「限りなく人間に近い合成生物」となる。
  異能者としての能力は知覚及びそれから派生した短期的未来予測能力である。
  その力の前では歴戦の勇士さえ赤子に等しく、また超能力戦闘においても有効であることは間違いない。
  都村博士が生み出した能力者、この計画の仮想敵である『ファーストナンバー』や『ディズアスター』にも対抗可能だと思われる。
  全てを知覚し、未来を予測する能力はそれほどまでに有用だ。
  このM-000の能力を活かすプランとしては次のものがある。
  M-000は観測手としてのみ運用し、知覚したデータを検体番号M-001(現在開発中)とリンクさせ、攻撃はM-001に行わせるというものだ。
  検体番号M-001が完成しなかった場合も視野に入れ、M-000は単独での使用も可能なように調整するつもりである。

  追伸
  検体番号M-000のコードは『プロヴィデンス』、検体番号M-001のコードは『クリナーメン』とする予定である。
  全能なる神の視界と、神が振る賽子を意味した名称である。

806名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:09:07 ID:/f0T1bo60

(#゚;;-゚)「……なるほどなあ」


『殺戮機械』と呼ばれる生きた都市伝説はミィを黙って見送った後、荒れ果てた研究室で一人、呟いた。

この施設にやって来たのは『未来予測』の強奪の為だったのだが、どうしてだろう、言葉を交わした後ではそんな気分ではなくなっていた。
これから大きな喪失を経験をするのかもしれない彼女から何かを奪うのは気が引けたのかもしれない。
らしくもなく、「いつでも奪えるから」と言い訳を付けて。


(#゚;;-゚)「アホらし」


そう言って『殺戮機械』は紙片を放り捨てる。
そこに書かれていたのは「あの少女はただの兵器でしかない」という残酷な真実だった。

あの少女が生体兵器だったとすれば全ての説明は付く。

『未来予測』という能力を持っていたことも。
一般には知られていないはずの生体兵器の知識があったことも。
異常な治癒能力も。
何よりも、狙われていた理由も。
都村トソンに似ているのは単に『ファーストナンバー』の遺伝子パターンをベースにして設計されたからだったのだろう。

807名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:10:08 ID:/f0T1bo60

彼女が失っているという『記憶』と『過去』。
思い出せないのは当然だ。
何故ならば、それはそもそも存在しないものなのだから。

あのガラスの向こうにある培養槽で生まれてきたのだとしたら、家族なんていなくて当然。
ただの番号でしか呼ばれていなかったのだとしたら、名前なんてあるはずがない。

『記憶』も『過去』も――『自分』も、ないのだ。


(#゚;;-゚)「……しかも最悪なことに、帰る場所までないわけや」


室内を見回してみる。
設備の大半は機能しておらず、キーボードの上には埃が積もり、資料はあちこちに散乱している。
とても今現在使われている施設とは思えない。

研究員総出で夜逃げでもしたのか、それとも何者かの襲撃を受けて全滅したのか。
上のスタッフ達は事情を知らないのだろうが、人が少ない割に忙しそうにしていることから察するに、近い内に地上の研究所も破棄される予定なのだろう。

つまりここは終わった場所。
仮にあの少女が生体兵器であることを受け入れて戻ろうとしたとしても、戻りようはない。
少女には最初から帰る場所すらなかった。
あるいは、これからも。

808名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:11:06 ID:/f0T1bo60

ここに残っていたあの『クリナーメン』という少女は、恐らく、自らの役目を果たそうとしていたのだ。
同じ計画から生まれたモノとして、相互に補い合う兵器として、あるいは単に姉妹として、『プロヴィデンス』の帰りを待っていた。

だとしたら、なんて―――。


(#゚;;-゚)「帰る場所すらない――は、訂正か。……それがどんな意味であれ、少なくとも待ってくれとる奴がおったんやから」


ひょっとしたら、と『殺戮機械』は推測する。
もしかしたらこの施設をこんな有り様にしたのは『クリナーメン』かもしれない。
ここを捨てようとした親達を振り切り、無理矢理連れて行こうとする兵達を返り討ちにして、断固としてここに残ることを選んだ。
たった一人の姉が帰ってくるかもしれないと思っていたから。

あの『確率論(クリナーメン)』という能力ならば跡形もなく人を消すことも可能だ。
生きた設備が僅かながら存在しているのは彼女が使っていたからか。


(#゚;;-゚)「ま、どうでもええことか……しかし、偶然やとしても能力者の製造を成功させとったとは驚きや」


しかも、その貴重なサンプル二体を放置して撤収してしまったのだから更に驚きだ。
どちらもが手の付けられない能力を持っているとはいえ、どんな犠牲を払ってでも手元に置いておきたいと思うだろうに。

809名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:12:10 ID:/f0T1bo60

いや、価値がなくなったと見るべきか。
もう本国の研究所では人工能力者の量産化に成功しており、試作段階の彼女等を研究する必要はなくなったと。
それともスタッフがいなくなったことでプロジェクト自体が頓挫したのか……。
能力者にいくら価値があるとは言っても元より成功することも採算を取ることも難しい計画だ。

と。
そこで『殺戮機械』は気付く。


(;#゚;;-゚)「…………まさか、そういうことやったんか?」


頭に浮かんだある可能性。
もし推測通りならば全てが腑に落ちる。
だとしたら、納得できるのだ。


(#^;;-^)「……中々、おもろいオチやんけ」


そう呟き人外は静かに嗤う。

さて。
彼等はこの真相に気付いているのだろうか、と……。

810名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:13:09 ID:/f0T1bo60

 *――*――*――*――*


(-、-トソン「質問がないのでしたら、他に話すこともないですし、私は失礼しようと思います」


 都村トソンは言う。
 初めて出逢った時とまるで変わらない風に。
 僕の返答に動揺した素振りはない。

 まさか、彼女には僕の答えまで『目に見えていた』ことだったのだろうか?
 そんな風に考えながらも「質問ならあるお」と僕は彼女を呼び止めた。


(゚、゚トソン「なんでしょうか。何か、ご不明な点でも?」

( ^ω^)「不明ってわけじゃあないが、腑に落ちない部分がある」


 街並みが夕陽に染められていく。
 紅く、紅く染まっていく。
 まるでこの御伽話の終わりを象徴するように情緒的に、紅く。

811名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:14:09 ID:/f0T1bo60

 『過去』を探す旅は終わった。
 僕達の物語はここで一旦おしまいと言って良いのだろう。

 だが、僕にはまだ、確かめておかなければならないことがある。


( ^ω^)「これまでの話を纏めると、ミィはさる企業の人工的に能力者を造ろうという計画の成果、ということだよな」

(-、-トソン「はい。『最初で最後の人工能力者』である私を雛形とした生体兵器です」


 この都村トソンの再現として造られたのが、ミィ。
 二人の顔立ちがよく似ていたのは彼女の遺伝子を元にミィは造られたからだった。


( ^ω^)「僕達を襲ってきたパーカーの子は同じ計画の成果か?」

(゚、゚トソン「その通りです。検体名は『クリナーメン』。あなたがミィと呼ぶ、検体名『プロヴィデンス』の次の造られた少女です」


 そして計画で次に造られたのが、あの『クリナーメン』という少女。
 だから彼女はミィに対してやけに親しげだった。

 ……しかし、だとしたらやはり腑に落ちないことがある。

812名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:15:07 ID:/f0T1bo60

( ^ω^)「なあ、都村トソン」

(-、-トソン「…………なんでしょうか」

( ^ω^)「これは単なる疑問なんだが、」


 僕は言う。



( ^ω^)「その計画とやらがお前のような人工能力者の作製を目的としていたなら――どうして、あの『クリナーメン』とかいう少女は、お前に似ていないんだ?」



 「ミィは都村トソンという人工能力者を元に造られた」――それは分かる。
 「『クリナーメン』はミィと同じ計画で生み出された」――それも分かる。
 ただ、この二つの事実は単体では理解できるが、その両方を踏まえるとどうにも納得できないことがある。

 だとしたら何故、『クリナーメン』はオリジナルであるはずの都村トソンに似ていないのか。
 あるいは、姉妹に当たるミィに似ていないのか。

813名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:16:07 ID:/f0T1bo60

 似ていない姉妹だっている。
 それはそうなのだが、彼女の言葉が正しければミィもあの少女も都村トソンのクローンのはず。
 全く似てないなんてことがあるだろうか?


(-、-トソン「それは……恐らく、別の遺伝子を混ぜたのでしょう。遺伝子組み換え……あの個体は私以外の能力者のデータも元にしているのかもしれません」


 都村トソンは言い淀むことなく答える。


(゚、゚トソン「あなたのお父様のお仕事にはそういった目的もあったのかもしれません」

( ^ω^)「まあ、他の能力者の遺伝子を混ぜたって可能性はあるかもしれないお。ただ、そんなことをする意味が分からない」

(-、-トソン「量産化の前の試作段階ですから、実験……ではないでしょうか」

( ^ω^)「そうなのかもしれないな」


 だが、本当にそうだろうか?

 人工能力者を造り出すことは難しいという。
 世界中の機関が再現しようとして、失敗してきた。

814名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:17:10 ID:/f0T1bo60

 それなのに。
 それなのに、『ファーストナンバー』都村トソンのそのままのクローンならまだしも、他の遺伝子を混ぜて成功するだなんて。

 いや。
 そもそも。
 本当に、計画は成功していたのだろうか……?


( ^ω^)「もう一つ、疑問があるんだお」

(゚、゚トソン「なんでしょう」

( ^ω^)「僕の父なんだがな、どうしてミィを連れて逃げたんだと思う?」

(-、-トソン「…………非道な実験を止めるため、告発するためでしょう」


 そういうことを訊いてるんじゃない、と僕は返す。


( ^ω^)「逃げた理由は分かるんだお。分からないのは、ミィを連れて行った理由だ」

(゚、゚トソン「計画の証拠、という理由では納得できませんか?」

815名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:18:09 ID:/f0T1bo60

( ^ω^)「計画の証拠だって言うのなら、計画書でも採取した血液データでもいいはずだろ。どうして計画の成果自体を持って逃げたんだ?」


 ミィは女の子だとは言え、数十キロはあるんだ。
 そんな物を持って逃げても逃げ切れるはずはない。
 だとしたら、何故?

 僕は言う。


( ^ω^)「ミィがさ、その……人体実験の被害者なら分かるんだ。逃がしてやろう、逃がさなきゃいけないって思うのは」


 自分にも責任の一端がある。
 そう考えて、被害者を救おうとするのは分かる。

 だが、そうじゃない。
 都村トソンの話が正しいのならばミィは非道な実験の末に生まれた成果だ。
 そんな存在を連れて逃げる必要が、果たしてあるのだろうか。


( ^ω^)「なあ、どう思う?」

(-、-トソン「…………」

816名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:19:07 ID:/f0T1bo60

 都村トソンは、答えない。
 てっきり「好きな人に似ていたからではないでしょうか」などのようなロマンチストな意見を述べると思っていたのだが。
 しかし彼女が答えないとしても構わない。

 僕は言葉を続ける。


( ^ω^)「僕の推測を話していいかお?」

(-、-トソン「…………構いませんよ」

( ^ω^)「そのミストルティンだかミスティルテインだがっていう計画は、発足したはいいが、全然成果が出なかったんだと思う」


 血液サンプルを集めても、人体実験を行っても。
 全く研究は進まなかったのだとしたら?

 成果が全く出ないとなれば責任問題になる。
 投資金が回収できない。
 せめて、偶然でもいいから一人ぐらい完成させないと計画が続けられない。


( ^ω^)「だから、捏造することにした」

817名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:20:08 ID:/f0T1bo60

 研究の成果を。
 計画の結果を。
 でっち上げることにした。

 そう、幸いにして世界中から血液サンプルを集められるくらいには超能力者の存在を把握していた。
 その中には実に都合の良い少女もいて。


( ^ω^)「僕の父は能力者の血液を採取する過程で、偶然見つけたんだろう。最初の人工能力者である『ファーストナンバー』の血縁者を」


 捏造するに当たって都合の良い容姿と遺伝子を持つ少女を。
 人工能力者である都村トソンの血縁者であり、また類稀な能力を持つ少女を。


( ^ω^)「都村トソン。お前は同僚に頼んでミィの余計な記憶を消したと言ったな」

(-、-トソン「……はい」

( ^ω^)「存在しない過去を創り出すことは困難だが、存在した過去を消し去ることは比較的容易……そういう理解であっているかお?」

(゚、゚トソン「その通りです。記憶の消去若しくは忘却ならば超能力でなくとも機材があれば可能です」

818名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:21:08 ID:/f0T1bo60

 彼女の言葉は最早、認めているに等しかった。
 僕の推測は正しいと。
 それこそが真実だと。

 僕は言った。
 あるいは都村トソンが語ったものよりも最悪な真実を。



( ^ω^)「ミィは兵器なんかじゃない。その場凌ぎの為の勝手な都合で拉致され操作され兵器に仕立て上げられた――ただの、女の子だ」



 そう。
 もう物語は、終わった。
 この場に在るのはどうしようもない真実だけだった。


(、 トソン「……参りましたね」


 そして。
 都村トソンは小さく笑ったのだった。

819名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 20:22:00 ID:/f0T1bo60


一身上の都合により今日はここまで。
最終話後編は近い内に投下します。

では、最後までよろしく。

820名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 22:01:49 ID:zmtHUgfk0
乙。
待ってる。

821名も無きAAのようです:2014/05/13(火) 22:05:30 ID:zXRDhoJs0
うおおきてたのか!
続き楽しみにしてるよ

822名も無きAAのようです:2014/05/14(水) 00:30:04 ID:A4T.yYBcO
おいっ、こっちのほうがいいじゃねえかよまあおれも未来に入れたくちだけど 
続き楽しみにしてるよ

823名も無きAAのようです:2014/05/14(水) 19:18:01 ID:Uym2NcUA0
これはIFじゃなくて2周目のTRUEエンドだな
本当に安価なんてどうでも良かったんや

824名も無きAAのようです:2014/05/15(木) 15:16:26 ID:xgYtPDNU0

一身上の都合で待ってる

825名も無きAAのようです:2014/05/17(土) 22:46:12 ID:mXxeHzQk0
うおおおつきてたんかーい!
幸せになってくれることを祈るぜ

826名も無きAAのようです:2014/05/18(日) 16:44:34 ID:mJXTYfTMO
前編乙
っておいおい完全にこっちがトゥルーじゃんか
わがまま言えば安価なんて下手なことせずはじめからこっちで読みたかったぞ……!

827名も無きAAのようです:2014/05/19(月) 10:48:03 ID:/sBpgFoU0
どっちがtrueとかねえから

828名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 08:34:02 ID:mXFK.XN60
蛇足なんだよなぁ

829名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:49:27 ID:T7e4Lln.0

 *――*――*――*――*


 僕の父が都村トソンに向けて言った言葉。
 「あの中には俺の唯一の成果が入っている」。
 その一言は、「彼女は自分が見つけてきた本物の超能力者だ」という意味だったのだろう。

 この都村トソンの親類にして、あるいは『ファーストナンバー』を脅かしかねない異能を持つ、天然の能力者。
 それが――ミィの正体。


(-、-トソン「……彼女は、私の母方の曾祖母の妹の玄孫に当たります。浅学な私にはどう呼べばいいのかも分からない間柄です」


 都村トソンは言った。
 ミィを連れてきたのは僕の父であること。
 そして、その目的は計画を続行させる為というよりは人体実験を止めさせるためだったということを。


(゚、゚トソン「顔立ちは似ていますが、正直、よく見つけたものだと思います」

(  ω)「…………」

(-、-トソン「直系の長女は『トソン』という名前を付けますが、第二子以降にその縛りはありませんので名前も苗字も違いますから」

830名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:50:45 ID:T7e4Lln.0

 私と彼女の高祖母は同じなので『トソン』という名前だと思いますが、と付け加える。


(  ω)「……どうして、」


 だが、そんなことは僕はどうでも良かった。
 訊きたいことはたった一つだけだった。


(  ω)「どうして、そのことを隠してたんだ……? 仮にも自分の親戚の、年端のいかない女の子を、『兵器』と偽って……!」

(-、-トソン「言ったでしょう? 『真実を知ればあなた方が後悔すると思ったからだ』と」

(  ω)「なにを……!」

(゚、゚トソン「彼女は戸籍上死んだ人間です。彼女の両親はもうこの世にはいません。彼女の家は取り壊されて跡地には別の建物が立っています」


 それどころか。
 唯一残っていたはずの記憶さえも研究所での調整の過程で奪われたのだ。

 分かるでしょう?と都村トソンは言った。

831名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:52:47 ID:T7e4Lln.0


(-、-トソン「元々の彼女はもう――死んだ人間なんです。彼女は独りです。この世界に居場所なんて、ない」



 何もない。
 そう、何もないのだ。

 家族も、故郷も、過去も、名前も、記憶も――何もかもが失われた後だった。
 元の彼女を現在に伝えるのはその顔立ちと二重螺旋のみ。
 しかし、その身体でさえも真っ当な人間のものではなくなっている。

 分かるでしょう?ともう一度彼女は言った。


(-、-トソン「彼女が失ったのは、どうあっても取り戻せないものです。だったら……ただ喪失感だけに苛まれるくらいなら、忘れたままの方がいい」


 知らない方がいい、と。
 都村トソンは小さく呟いた。

 それはあるいは彼女の慈悲だったのだろうか。
 兵器として造り出され、親を失くし、今もなお戦い続けている彼女の。
 精一杯の、想い。

832名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:54:05 ID:T7e4Lln.0

(  ω)「……そんなことがあるかよ」


 だが。
 僕はそんな感情を認めることはできなかった。


(  ω)「そんな……そんな身勝手な救いがあってたまるか。独り善がりな優しさを受け入れてたまるか」


 知らない方がいい?
 忘れたままの方がいい?

 ふざけるな。
 それは確かにそうかもしれない。
 ミィも「知らないままでいたかった」と言うかもしれない。


( #^ω^)「だとしても、その絶望はミィが選択するものなんだ。誰かに勝手に決められるものじゃないんだよ……!!」


 だけど、それでも選ぶのはミィなんだ。
 彼女には知る権利があった。
 どんな絶望的な真実だとしても――その真実を知って、未来を選ぶ為に。

833名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:55:09 ID:T7e4Lln.0

(-、-トソン「……知ってしまえば、知る前には戻れません」

(  ω)「それでも」

(゚、゚トソン「死んでしまいたくなるくらい嫌な気持ちになるかもしれません」

( ^ω^)「それでもだ。知りたくなかったと嘆かれ、どうして黙っていてくれなかったと罵られたとしても――それでも」


 ……都村トソン。
 お前がやったことは、痛みに苦しむ重病人を前にして「辛そうだから殺してやろう」と銃爪を引く行為と同じなんだ。

 それはどんなに辛くてもあってはならないことなんだよ。
 死にたいくらいに苦しくても、僕達は最後まで自分で選ばなきゃ駄目なんだ。
 それが『生きる』ってことなのだから。


(-、-トソン「…………あなたに、いえ、あなたは……」


 都村トソンはそう言い掛けて、口を噤んだ。
 彼女は何を言おうとしたのだろう?
 表情から読み取ることは叶わない。

834名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:56:05 ID:T7e4Lln.0

 その目を細めた様は、太陽の眩しさから目を逸らすようでいて、愚昧な存在を「見ていられない」と言うようでいて。
 あるいは単に、潤んだ瞳を隠し誤魔化すようでもあって。
 彼女の中でも様々な葛藤や逡巡があったのだろう、なんて、僕にはそんなことしか分からなかった。

 僕は知らないけれど、彼女だって数え切れないくらいに誰かと出逢って、無数のことを経験して、これまで生きてきたのだ。
 それだけは確かな真実だった。


(-、-トソン「……なんにせよ、私はこれ以上言うことはありません」

( ^ω^)「…………そうかお」

(゚、゚トソン「あなたの人生は、元よりあなたの選択でできています。私が口出しできるものではなかったのかもしれません」


 彼女の望みは僕達が何も知らずに生きていくことだった。
 そしてそれはもう叶わないことでもあった。

 彼女の望んだ未来はもう、訪れない。


(-、-トソン「ですが……あなたは選択した以上、その責任を負う義務があります」

( ^ω^)「分かってるさ」

835名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:57:04 ID:T7e4Lln.0

 そんなこと言われるまでもないことだった。
 真実は僕の口からミィに伝えよう。
 黙っていることだってできるが、僕はそうしない。
 それが僕の答えなのだから。


(-、-トソン「では、さようなら。私からはもう何も言うことはありません。どうか、いつまでも彼女が信じたあなたのままで」


 そうして彼女は僕を置いて、立ち上がって、歩いて行く。
 それも、わざわざ言われるまでもないことだった。

 自由に選択し。
 選んだ未来で。
 後悔しながら。
 責任を背負い。
 そうして、僕達は生きていく。

 それでも『自分』を選び続けていくことを約束する。
 どんな『未来』が訪れるのだとしても選択をし続けることを約束しよう。
 それが僕の選んだ生き方なのだから。


(-、-トソン「もう二度と会うことはないでしょう。あなたのお父様が望んだように、どうか――後悔なき選択と、幸福に満ちた人生を」

836名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:58:11 ID:T7e4Lln.0

 そんな言葉だけを言い残して、彼女は去って行く。


( ^ω^)「……なあ、都村トソン」


 けれど僕は、夜の帳が下り始めた街並みに、遠ざかる背中を呼び止めた。
 なんでしょうか?と振り返った彼女が瞳で応えた。

 僕は言った。


( ^ω^)「僕達は誰かの言いなりじゃなく、自分で未来を選んでいく。後悔のない選択をしていけば――もしかしたら、お前ともう一度会うこともあるかもしれないな」

(-、-トソン「……その選んだ未来で後悔することになったとしても、ですか?」

( ^ω^)「ああ。それでも、だ」


 そうですか、なんて無愛想に言って、今度こそ彼女は街の闇に消えていった。

 ああ、そうだ。
 たとえこの先に何が待っていたとしても、僕は掛け替えのない『現在』に約束しよう。
 どんなに後悔したとしても、僕達はこうやって生きていく―――。

837名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 22:59:06 ID:T7e4Lln.0

 *――*――*――*――*


都村トソンは街を歩いていた。

彼女が何を考えているのかはこの街の誰も知らない。
時折すれ違う人々も、作り物のように整った顔立ちの女性だという感想こそ抱けど、その瞳の奥にある心にまでは考えを至らせることはなかった。

つまりはいつもと同じ。
誰も、道行く何処かの誰かの気持ちや事情なんて分からないという当然。
それだけだった。


( ^ν^)「随分と待ちましたよー。何かありましたかー?」


街を行く彼女に声が掛かったのは、都村トソンがいつも通りに他人だらけの世界を進んでいるその時だった。
街頭の少ない道路の脇に駐車された車の運転席からスクエア型の眼鏡の男が顔を出していた。

都村トソンは足を止め、黙ってその後部座席に乗り込んだ。


(-、-トソン「……特に何も。お待たせして申し訳ありませんでした」

838名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:00:08 ID:T7e4Lln.0

端的にそう答えると、彼女は足を組み、息を吐いた。
そうして車を発進させた運転席の男に訊く。


(゚、゚トソン「……あの子は、どうなりましたか?」

( ^ν^)「問題なく地下まで送り届けましたよー。その後にどうなったかは分かりませんー」

(-、-トソン「そうですか。ありがとうございます。あなたに頼んだ甲斐がありました」


命を受けて少女を監視していた男は「お礼なんてやめて下さい」と笑う。


( ^ν^)「こっちは脅されて使われている身ですからねー。感謝なんて怖くて仕方ないですねー」

(-、-トソン「なら労いの言葉だけを送っておきます」


都村トソンはそう言い、続けて行き先を告げるだけ告げるとそのまま黙り込む。
鏡越しに彼女の様子を見た男は小さく笑みを漏らした。


(゚、゚トソン「どうかしましたか?」

839名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:01:11 ID:T7e4Lln.0

( ^ν^)「いえ。その様子だと、彼に色々と言い返されてしまったようでー」

(-、-トソン「……そうですね。予想外に鋭く、概ね真相を見抜いていました」

( ^ν^)「彼が見抜けなかったのは『他ならぬ都村トソンが少女を逃がした』という点、ですかねー」


都村トソンは、黙る。
しかし男は饒舌に喋り続ける。


( ^ν^)「『ファーストナンバー』と言えば政府の誇る最強の矛です。子ども一人を逃がすような、そんな失態を演じるなんてありえませんー」

(-、-トソン「私はあの時、現場にいませんでしたから」

( ^ν^)「亜光速で動けるあなたにとって距離なんて意味がありませんー。単に、少しでも不自然さを減らそうとして、その場を離れていただけでしょうー」


そう。
『ファーストナンバー』という唯一にして無二の人造能力者がその場に居合わせたのでは、少女が逃げ切ることなどありえない。
だから、あの時あの場所に都村トソンはいない方が良かった。

何も知らない少女を軍の手に渡る前に逃がす為にはいない方が良かった。
だから都村トソンは。

840名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:02:06 ID:T7e4Lln.0

男は言う。


( ^ν^)「研究員から託されたあの少女が逃げ出したのはあなたの自作自演。あなたが、あの少女を逃がしたんですー」

(-、-トソン「…………」


やりようならいくらでもある。
とりあえず都村トソンがその場を離れてしまえば後はどうとでもなったのだ。
その場にいた部下もグルだったのかもしれないし、自分のような裏稼業の人間に強奪を頼んだのかもしれない。

とにかく、彼女はあの少女を逃がしたかった。
そして実際に逃がしてみせたのだ。

都村トソンは言った。


(-、-トソン「あなたの言う通りだとしても、最早それはどうでも良いことですよ。彼等は真実に辿り着いてしまったのですから」

( ^ν^)「そうですねー。真っ当な人生を歩むことは難しいでしょうー。私や、あなたと同じように」

(゚、゚トソン「…………」

841名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:03:09 ID:T7e4Lln.0

ふと、彼女はあの研究者のことを思い出した。
自分の母の友人であり、彼の父親であり、そして死の間際に他人のことを考え続けていた男のことを。


(-、-トソン「彼も私も、あの子達には自由に生きて欲しいと望んでいた。なのに、どうしてなのでしょうね。こうも上手くいかないのは」

( ^ν^)「……ふふ」

(゚、゚トソン「何がおかしいのですか?」


訝しむ都村トソンに、男は言う。


( ^ν^)「まるで父親のようだと思ったんですよー。上手くいかないのは、単にあなたが思っているよりも彼等が大人になっていただけです」

(-、-トソン「…………せめて『母親のようだ』と言って欲しいですね」


それは失礼、と彼は言った。
運転席の男はもう口を開くことはなく、ただ黙って、彼等のその後を祈った。
そんな願いになんて大した意味はないと分かっていたけれど、それでも黙って想いを馳せた。

都村トソンも黙って流れる街並みに目をやる。
彼等の選択がどうであれ、これからも彼女は彼女の選択をしていくだけなのだから。

842名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:04:13 ID:T7e4Lln.0

 *――*――*――*――*


 都村トソンが去った後も、僕は黙ってベンチに座り込んでいた。
 僕には最後の仕事があるのだ。
 ミィを迎えるという仕事が。

 そして、その時はすぐにやって来た。
 彼女はあの見慣れた、ふわふわとした笑みを浮かべてこちらへと歩いてくる。


(;^ω^)「……しまったな」


 都村トソンと話し過ぎていたのか、ミィが帰ってきたのはすぐだった。
 あんまりにも早くその時がやって来てしまったせいで、彼女にどんな言葉を掛けるか全然考えられていない。

 彼女は何処まで『過去』を知ったのか。
 何を言えば正解なのか。
 分からない。

 だけど、やっぱり、まあ――僕が言いたい言葉は決まっているのだ。

843名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:05:36 ID:T7e4Lln.0

 彼女がどんな存在であろうと、彼女がどう思っていようと。
 僕は今、彼女が帰ってきてくれたことが嬉しい。

 だから僕は口にする言葉は決まっている。



( ^ω^)「―――おかえり、ミィ」

マト^ー^)メ「―――はい、ただいま帰りました、ブーンさん」



 彼女は微笑み。
 僕も笑い返した。
 今はただ、それだけで良かった。

 さて、じゃあ。
 とりあえず。


( ^ω^)「とりあえず……ご飯でも食べに行こうか」

マト^ー^)メ「はい!」

844名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:06:50 ID:T7e4Lln.0

 僕の隣には彼女がいる。
 彼女の隣には僕がいる。

 この『現在』は嘘にはならない。
 辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、この『現在』だって決して失くなったりはしないのだ。
 今、この瞬間は絶対に嘘にならない。

 そう、絶対に。


「何を食べに行こうか」

「そうですね、回らないお寿司がいいです」

「回転寿司でも食ってろ」

「お金持ちの癖にケチなんですね」


 僕と彼女は二人で歩いて行く。
 ひとりぼっちで見た景色はあんなにも冷たかったのに、どうしてだろう、今は街の光がやけに暖かく思える。
 彼女も僕と同じ感想を抱いているだろうか?
 なんて、そんなことを考える。

845名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:08:15 ID:T7e4Lln.0

「まったくお前は金の掛かる女だお。僕がいくら使ったと思ってるんだ」

「安い女よりは良いと思います」

「ま……それもそうか。別に大した金額じゃないしな。そもそも僕のお金じゃないわけだし」


 僕達は二人で歩いて行く。
 どちらも、真実とか過去とかそういったことに触れることはしない。

 分かってるんだ。
 向き合わないといけないってことは。
 話さなきゃならないってことは。

 だけど、だけど今は。


「む、私は大した金額じゃない女なんですか?」

「いや。いくら掛かったとしても、お前が助かったのならそれでいいって話だお。命はお金じゃ買えないんだから」


 この今は。
 どうか神様、今だけは。

846名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:09:07 ID:T7e4Lln.0

 これから先にどんな未来が待っているかは僕には分からない。
 きっと彼女にも分からないだろう。

 未来が希望に溢れているとは限らない。
 もしかしたら僕達はこの後すぐに絶望し、後悔して、失意の内に野垂れ死ぬのかもしれない。
 そうじゃないとしても二人の道は別れてしまって、二度と交わることはないかもしれない。

 だから、というわけではないが、彼女の物語を一旦ここで終わらせてみたい気がする。
 今この時が――悠久の時の流れの中の、二人で歩くこの刹那こそが永遠だと信じていたいから。 




マト^ー^)メ「―――好きですよ、ブーンさん」




 彼女はそう言って。
 はにかみながら、あの見慣れたふわふわとした笑みを浮かべた。
 僕は恥ずかしさを隠すように彼女の手を取る。

 そうして僕達はゆっくり歩いて行く。
 この永遠がいつまでも続くように、ゆっくりと、歩いて行く―――。

847名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:10:18 ID:T7e4Lln.0


  僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
  僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。

  ほんの数週間。
  一ヶ月にも満たない短い間。
  それが僕と彼女が作った『過去』だった。

  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?
  僕は彼女にとっての何かになれたのだろうか?
  きっとこれから先も、何度でも秋が訪れて彼女との日々を思い出す度に、僕はそんなことを考えるのだろう。

  結局、その答えは訊かなかったまま。
  だから僕はただ目を閉じて、あの時僕の隣に立っていた彼女の笑顔を思い出すのだ。


  僕の話は本当にもうこれでおしまい。
  あの後少ししてから僕とミィは別れて、それっきりだ。

  ただ一つ言えることがあるとするならば、あの世界でひとりぼっちだった少女は、もう独りじゃない。
  未来が見える瞳しか持っていなかった彼女は、他にも沢山、数え切れないほど様々なものをその胸に抱いている。
  それはきっと、僕にとっても幸せなことだった。

848名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:11:04 ID:T7e4Lln.0






        マト ー)メ M・Mのようです


        「最終話:私の記憶の中のあなた」










                                                                          「―――ブーンさん?」


.

849名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:12:04 ID:T7e4Lln.0

「………………おかしいな、幻聴か?」

「幻聴じゃないです。私ミィ、今あなたの隣にいるの」

「いや、おかしいだろ。お前、『私は私の故郷に行ってみようと思います。だからここでお別れですね』って言ったじゃないかお」

「そうですね。ブーンさんも『そうか……なら、仕方ないな。契約はこれで終わりということか。じゃあ、元気でな』と強がって激励してくださいました」

「“強がって”ってなんだ!?」

「本当は私と一緒に居たかった癖に、素直じゃないですね。引き止めてくだされば良かったのに」

「僕はお前の選択を尊重しただけだお。そして強がってない」

「でも寂しかったでしょう?」

「寂しかったに決まってるだろ。言わせんな恥ずかしい」

「訊かせんな恥ずかしい」

「お前ひょっとして馬鹿にしてるのか?」

「まさか。そんなわけがありません」

850名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:13:10 ID:T7e4Lln.0

「で、なんでここにいるんだお」

「いえ、よく考えると私は記憶喪失なわけで、パスポートも運転免許証もありません。故郷に行きようがないんです」

「……それもそうだお」

「なので、ブーンさんのプライベートジェットとかでびゅーんと送ってくれないかなーと」

「プライベートジェットを持ってること前提で話をするな。そこまで金持ちじゃねぇお」

「でもブーンさんがお国に帰ってしまわれる前に追い付けて良かったです。この国から出られると私にはどうしようもありませんでしたから」

「そりゃ重畳だ」

「……本当に、どうしてもう少し引き止めてくれなかったんですか?」

「…………悪かった」

「私との別れに今にも泣きそうだったから、泣いてる様子を見られたくなくて、ですか?」

「お前やっぱ馬鹿にしてるだろ!!」

「そんなわけがありません」

851名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:14:06 ID:T7e4Lln.0

「しかしまったく……嬉しくないわけじゃないが、色々と台無しだお」

「何を言ってるんですか。私がブーンさんの隣にいるのは当たり前です。私の居場所も帰る場所も、ブーンさんの隣だけなんですから」



  ……訂正。

  今でも彼女は僕の隣にいる。
  そして、あの見慣れたふわふわとした笑みも、変わらず僕の傍にある。




        マト^ー^)メ M・Mのようです 完







.

852名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:15:21 ID:T7e4Lln.0


以前投下した選択肢②は後ろ向きなハッピーエンド、今回投下した選択肢①は前向きなバットエンドです。
分かりやすい言葉で言えば前者がビターエンドで後者がトゥルーエンドです。

というわけで、このトゥルーエンドのテーマソングはNOVELSのミッシングリンクです。
なんで二つエンディングを作ったかと言えば、個人的にこの作品単体で見た場合は選択肢②の終わり方が良いと思ったからです。
つまり選択肢①の場合はまだ話が続く。
というよりそれを抜きにしてもこのオチはちょっとどうかと思う。

……「見つける」と「見つけた」という選択肢を出しておいて、「『自分』ってのは選んで作り上げるものだよ」という結論なのは中々凄い。
でもまあ、この作品のテーマの一つである実存主義を踏まえると、やっぱ「作り上げる」「選ぶ」が正解だと思います。



そんな感じで『マト ー)メ M・Mのようです』はもう本当におしまいです。
ありがとうございました。
気が向いたら近い内にオマケを投下します。

質問が何かあればどうぞ(感想と区別付ける為にアンカー付けてくれると嬉しいです)。

853名も無きAAのようです:2014/05/20(火) 23:18:09 ID:AIyR6bYo0
おつー

854名も無きAAのようです:2014/05/21(水) 00:18:36 ID:HOrJAkyk0
おつぅうぅぅぅん

855名も無きAAのようです:2014/05/21(水) 00:57:54 ID:6VKAnQIMO
難しいことはわからないがこっちのほうが好き、前は未来に入れたんだけど

856名も無きAAのようです:2014/05/21(水) 14:17:38 ID:asIDfhXc0
おつ!

857名も無きAAのようです:2014/05/21(水) 14:20:21 ID:ISpuRIW20
まじ乙!よかった

859名も無きAAのようです:2014/05/21(水) 17:28:59 ID:kSXO4oGc0
ふぐおおおおつ!
最初からずっとおいかけてたけど超面白かったよ
あんまりバッドって感じしなかったよこっちのほう俺は好きだよ
何はともあれおつ!

860名も無きAAのようです:2014/05/22(木) 18:23:51 ID:lMMErims0
コールの続きはよ

さっさとコール終わらせてくれ

861名も無きAAのようです:2014/05/22(木) 19:34:54 ID:KBhm94R.O

好きだったよ!

862名も無きAAのようです:2014/05/23(金) 00:36:30 ID:XOTw4CIg0

俺はビターエンドの方が良いと思ったな
自ら記憶を捨てたのが涙ぐましくて
ハッピーエンドも悪くないとは思う

863【次回作予告】:2014/05/25(日) 03:17:14 ID:Mq84Mgiw0

「―――さて、物語の続きを始めよう」「俺達に未来なんてなかったんだ」「言ったはずですよ、『立ち塞がるのなら容赦はしない』と」
「トモ、お前が大人になる頃までには……少しはマシな世界になっているといいんだけどな」「駄目だな、弟のことを思い出してしまう」
「…………なら、私があなた達という罪悪を雪ぎます、」「やってられないわね」「都村トソぉぉぉぉンっっ!!!」「なーんちゃって」
「ブーンさんが信じた私を私は信じます!」「死ねえっ!!」「最悪の相手って感じですかねー」「そうだ、これが人間なんだよ、諸君」
「俺はいつだって正しいけど、君達はいつだってそうやって選んでいくんだね」「お前はな、生まれちゃいけない存在だったんだよっ!」
「もう引き返せないんだよ、僕達も君達も」「嘘、だろ……?」「違うな、間違っているぞ」「あなたに出逢えて、私は幸せでした……」
「私にとって何が大切かは私が決めることでしょ!!?」「まさか、ね」「間に合うさ。お前が否定したとしても僕はそう信じてるから」
「都村トソン、対象を撃滅します」「いい呼び名ね。私の大切な人の名前と同じだわ」「私は人間です、当たり前でしょう?」「あーあ」
「『特異点』……だと?」「そんなに沢山の人を犠牲にしてまでやらなきゃいけないことだったのか!!?」「“生きたい”だけなのに」
「先生、泣いているんですか?」「…………正直言って、怖い、です、」「あの人は私達に意味を与えてくれた人、それだけでいい!!」
「ギコハハ」「るっせぇんだよぉ!お前みたいな奴に俺の何が分かるって言うんだっ!!」「多分、後悔しますよ?」「似た者同士、か」


「……それでも、僕は何かを選んでいたいと思うよ」



 ―――This memory is only beginning, their story continues after this...

.

864名も無きAAのようです:2014/05/25(日) 03:17:56 ID:Mq84Mgiw0


というわけで、続編の嘘予告です。
選択肢①だとこんな風に話が続いていき、二人はこれから先も様々な経験をしていきます。
何度でも何かを失って、でも何度でも何かを選びながら。

予告に始まり、予告に終わったということで、『M・M』は本当にもう終わりです。
今までありがとうございました。

865名も無きAAのようです:2014/05/25(日) 08:26:23 ID:Z0CfQKGI0
くぅ〜疲れましたw

866名も無きAAのようです:2014/05/25(日) 09:29:06 ID:zFU6LTu.0
いやマジでくう疲
話は面白いけど、その後の出しゃばり感が強いと思う

867名も無きAAのようです:2014/05/25(日) 13:28:47 ID:BR48fqeo0
ここまで出しゃばるからには続編も書くつもりなんだろ?

868名も無きAAのようです:2014/06/20(金) 08:44:07 ID:pscxDVTU0
まあ意味不明な嘘予告とか訳のわからん最終回安価指定とかくどくて笑ったけど小説面白かったから次回作期待してるぞ

次の舞台はVIPにしろよ


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