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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:00:52
「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」

なゆたが夜哨を明神に代わって、三十分ほどが経過したころ。
ふわりと風が揺れたかと思うと、大きな翼を広げたマホロが城壁の歩廊へと舞い降りてきた。

「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
 綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」

翼を収納し、よいしょ。と歩廊の壁の上に腰を下ろし。
深くスリットの入ったロングスカートから惜しみなく太股を覗かせて脚を投げ出す。
はー。と息を吐き、マホロは空を見上げた。

「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
 明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」

無邪気な、ネット上で見るものと同じ人好きのする笑顔を明神へと向ける。

「ねえ……お兄さんは、楽しい?
 このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」

ぱたぱたと脚を交互に揺らしながら、マホロは訊ねる。

「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
 この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。
 そりゃ、アルフヘイムにはインターネットもなければパソコンもない。いつでも冷え冷えのジュースが飲める冷蔵庫も、
 ぬくぬく快適なエアコンもない。ベッドだってただ木の台にシーツを敷いただけの、酷いものだよ。
 でもね……それがすっごく新鮮なんだ。何より――この世界は、あたしに思い出させてくれた。
 あたしが一番最初にVtuberをやり始めた頃の、あの気持ちを……」

今でこそ500万人を超えるフォロワーを擁するユメミマホロだが、最初からそうだったわけではない。
むしろ、いわゆる動画配信者としては遅咲きだった。最初は配信に注目する者もいなかった。
Vtuberなどキワモノに過ぎないと、白けた目で見られ続けていたのだ。
しかし、それでもよかった。自分の好きな話題を、面白いと思う内容を配信し、たったひとつでも共感を得られれば嬉しかったのだ。
だが、ユメミマホロの名が売れ始め、スポンサーが付き、会場を借り切ってコンサートまでするようになったとき。
ユメミマホロはいつの間にか、一番最初のユメミマホロとは別物になっていた。
スポンサーに配慮し、あまり尖った内容の配信はできない。
まず視聴者ありきで、どんな話題が登録者を稼げるか? どうすれば視聴数が伸びるか? そればかりを考える。
分単位のスケジュールをこなし、歌を歌い、ラジオに、配信に、果ては声優の真似事までこなした。
気付いた時には、ユメミマホロはユメミマホロのものではなくなっていたのだ。

「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
 スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
 あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」

ぎゅ、とマホロは自分自身を両腕で抱き締める。

「だから。あたしは守らなくちゃならない。
 この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
 あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
 そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
 ――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。
 あたしは臆病者だね……。
 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」

この世界には、ユメミマホロに素行がどうのと口出ししてくる厄介なスポンサーはいない。
マホロは自分が自分らしくあるため、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として戦う道を選んだ。
その覚悟は生半可なものではない。マホロは命を懸けてここでアイドルをしているのだ。

「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
 地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」

ぐっ、と右の拳を握り込んでみせる。
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の歌は強力だ。彼女は間違いなく自分の仕事をこなすだろう。

「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
 聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」

ひょい、と壁から降りると、マホロは明神に向き直った。
そして――まっすぐに明神を見据えながら、口を開く。

「バロールのことが信用できないからよ」

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/01(金) 20:01:19
「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」

カシャ、と甲冑を鳴らし、ユメミマホロは鋭い眼差しと口調で明神に告げた。

「あたしがこのアコライト外郭に配属されたのは、窮地に陥っているこの場所の救援がしたかったという理由の他に――
 もうひとつ。『バロールのいるキングヒルから離れたかった』からっていう理由もあったんだ。
 あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
 あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」

マホロの声は震えていた。見れば、微かに肩も震えているのが分かるだろう。
冗談や虚言の類では決してない。マホロは正真、バロールに怯えている。
あの、いつもニコニコ笑顔を絶やさない。うっかり屋で女にだらしなくて、ダメダメな十三階梯の継承者。
『創世の』バロールを――。

「あたしはアルフヘイムへ召喚されてすぐにこのアコライト外郭を訪れ、籠城した。
 もしキングヒルと交信を続けていれば、物資は定期的に供給されたでしょう。兵力も、クリスタルも今よりはあったかも。
 でも――あたしにはできなかった。
 あたしにできたのは、ただ耳をふさいで背中から聞こえてくる声を無視し続けることだけ……。
 それも、あなたたちが来て終わりになったけれど、ね」

軽くマホロは肩を竦め、それから小さく息を吐いた。
マホロがこのアコライト外郭の守将として抵抗していたのは、帝龍の軍勢に対してだけではなかった。
背後に存在するキングヒル。その白亜の王宮で玉座の傍らに侍る、鬣の王の相談役。
今やアルフヘイムの存亡を一手に担う宮廷魔術師。十三階梯の継承者の第一位。
あの魔術師に対しても、抵抗を示していたのだ。

「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
 あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
 お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
 バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
 少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。
 でも――」

そこまで言って、マホロは一度口を噤んだ。
厳然たる眼差しで、明神を見つめる。
ふたりは束の間、沈黙の中で見つめ合った。

「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
 そして……確信を持ったわ。
 これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
 でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
 あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」

やがて、マホロが口を開く。その声音は強張り、緊張しているのが分かる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として、マホロもまた明神たちに共感している。
この世界に召喚され、戦うことを宿命づけられたゲームプレイヤー同士として、シンパシーを感じている。
だからこそ――

「……カザハは。敵よ」





濃い藍色の空の彼方、地平線がゆっくりと白んでゆく。


【作戦は300人のマホロで魔法機関車に乗り込んで帝龍の本陣に奇襲する作戦に決定。
 ジョンとなゆた、明神とマホロがそれぞれ夜の歩廊で話すイベント発生。
 ポヨリンのカザハへの有効度が10下がる。】

105カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 00:58:46
>《話は聞かせてもらった! 何か嫌な予感がするから、先に言っておくけれど!
 先日君たちに渡した以上のクリスタル供給は、今回は難しいよ! こっちだって手持ちが少ない中でやりくりしているんだから!
 アコライト外郭防衛にすべての力を使ってしまうことはできないんだ、省エネで行こう!》

「あ、やっぱり……?」

ATM扱いされそうな電波をビンビン受信してしまったバロールさんの悲鳴が響く。
こうして銀河鉄道スリーハンドレッドオタク作戦(仮称)は敢え無く頓挫かと思われたが。

>《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》
>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》
>《うん、うん! 私に任せておきたまえ!
 見事魔法機関車を使って、君たちを帝龍の元まで送り届けてみせようじゃないか!
 魔法機関車は現在、キングヒルで整備を受けている。明日の正午までにはそちらに向かわせよう》

「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」

なんだかよく分からないが出来るらしく、カザハがヨイショしまくる。
前世からの仲良しらしいからね、仕方がないね。(記憶は無いけど)

>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

私達は最前線の突撃組に配属された。
なゆたちゃんとエンバースさんがアタッカータイプなので、私達はサポート役といったところだろう。

>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
 無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
 危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

106カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:00:15
こうして作戦会議は終わり、夜。私達も交代要員のうちの一人として夜哨に立った。
昼間のなゆたちゃんの言葉が思い出される。

>「どんなゲームだって、勇者がするのは『平和を取り戻すこと』。魔王討伐はその手段に過ぎない。
 それに……魔王を倒す、とは言うけれど、魔王を殺す、なんて言う勇者はいないでしょ。
 カザハ、あなたはどう? あなたは語り手になりたいんだよね?
 敵を殺そう! 兵士たちの命は二の次だ! なんて。
 そんな勇者の物語を、紡ぎたいって思う?」
>『明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
 自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
 『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!』

「ゲーマーって……凄い人種だね」

カザハも私と同じことを思い出していたのだろう。ぽつりと呟いた。
込められたのは、尊敬と憧憬と呆れと疎外感が全部混ざったような複雑な感情。
そう――所詮私達はどう頑張ってもゲーマーにはなれないのだ。

《……私達の場合どっちかといえば地球での人生の方がゲームだったということですよね》

私達はゲームを起動した瞬間に異世界転生(?)してしまったので広義のゲーマー(ゲームをする人)ですらない。
それどころか元々出身がこっちの世界っぽいからどっちかといえば原住民だ。
それが気付けばいつの間にやらゴリゴリのゲーマーに包囲されていた。

「あはは、言えてる。莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大すぎるクソゲー」
《広すぎてマップのほんの一部しか行けないオープンワールド! 大部分がストーリーに無関係な無駄に緻密な世界設定!》
「開始時のステータスと出自の影響がでかすぎる上に引き直しできないとか!」
《滅茶苦茶多すぎるマルチエンディング!》
「そのうちの一つがトラックにひかれてゲームオーバー!」
《悲しくなってくるからもうやめましょう!?》

最初はそんな感じで話していたが特に話すこともなくなってしばらく無言で見張りをし、やがて次の当番の人がやってくる。
するとカザハは唐突に語り始めた。いや――カザハであってカザハではない。
ちょっと目を放していた隙にいつの間にか身に纏う雰囲気が変わっている。

107カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:01:16
「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」

《いきなり邪気眼ごっこはやめてくださーい!》

確かに言われてみれば、最もかどうかは分からないが、結果的に戦略面から考えてもかなり良い作戦に行き着いたとは思う。
オタク軍はマホたんのアイドル性によって長い間士気を維持し、城壁を防衛してきた。
今回の作戦の目玉の一つは300人という数を活かしての攪乱で、マホたんの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップするらしい。
もしもマホたんに無理矢理ヴァルキリーグレイスを使わせたりしていたら、オタク達の士気もダダ下がりでこの作戦は取れなくなっていたかもしれない。

「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」

《確かにそんな気はするけど、さらっと流しただけかもしれないしそんな深読みしなくても!
つーかアンタ誰!》

「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

《こっちに無茶振りすんな!》

「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」

そこで唐突にいつもの雰囲気に戻ったカザハが騒ぎ始める。

《はいはい、お部屋に戻りましょうねー! すみません、バカな子なんです!》

私はペコペコ頭を下げながらカザハの首根っこをくわえてひきずって退散したのであった。

108カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/05(火) 01:02:22
――次の日。

《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》

スマホからバロールさんとみのりさんの声が聞こえてくる。
一体どんな手段を使ったのかは我々には知る由も無いが、空飛ぶ魔法機関車の手配と帝龍の位置の特定はうまくいったようだ。

「凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!」

自分が前夜邪気眼を発動したことなど全く覚えていない様子のカザハは案の定いつも通りである。
やがて戦場じゃない側に魔法機関車が到着し、なゆたちゃん達がオタク軍団を順序良く乗り込ませていく。

「明神さん――いよいよだね」

『幻影』は到着するまでに車内でかければいいだろう。
まずはトカゲ軍団の視界を奪う――明神さんの『迷霧(ラビリンスミスト)』発動が作戦開始の合図だ。

109明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:15:30
再び議論に火が入り、喧々囂々と言葉が交わされるなか、
意見をまとめるようになゆたちゃんが口を開いた。

>「――わたしたちは、ここへ何をしに来たのかな」

俺たちのリーダーは、メンバーそれぞれを順番に見回して、その双眸に視線を合わせ――
パーティとしての意思を決定していく。

>「わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

俺たちがこの世界に喚ばれた理由。
レイド級に匹敵する戦力の増強だとか、オーパーツじみた魔法の板だとか、そんな実利的なことじゃなくて。
『ブレイブ&モンスターズ』をプレイしてきた人間だからこそできることがある。そのはずだ。
少なくともバロールはそう見込んで、俺たちを召喚した。

>「『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
 クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
 だから――そのための作戦を考えよう!」

それは結局、人が死ねば後味が悪くなるからっていう、気分的な問題でしかないんだろう。
RTAなんかじゃNPCをわざと死なせて時間短縮したりアイテム回収するのも珍しくない。
依然として、確実に世界を救うって観点で言えば、間違いなくジョンが正しい。

でも、それで良い。気分的な問題だって良いじゃねえか。
俺たちはゲーマーなんだ。この世界を、ゲームと同じように救おうとしてるんだ。
報酬やトロフィーなんかなくても。俺たちは全員助ける選択肢を選んで良い。

エンディングが分岐するなら、やっぱハッピーエンドが見たいからな。
傍から見れば無意味なこだわりに努力を費やすのも、やっぱりゲーマーの習性だ。

「……お前がリーダーで良かった」

お前が最後に頷いてくれるのなら、俺は全力でクエストに挑める。
月子先生の太鼓判だ、ブレモンにおいてこれほど価値のあるお墨付きはあるまい。

>「ひとつめの条件だけど。問題ないよ、余裕でできる。
 クリスタルも多くは必要ない。通常の消費量で、戦場をまるごと覆い尽くす『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動できる。
 なぜなら――わたしたちには、これがあるから」

「あっ?お前、これって――」

なゆたちゃんが掲げ、宙に放った輝く何か。
ガンダラでのクエスト報酬で手に入れた……『ローウェルの指輪』だ。
その効果は、『スペル効果の大幅アップ』と『全カードのリキャスト回復』――
おそらく世界に一つだけしか存在しない、超ド級のレジェンドレアアイテムだ。

かつて、マルグリットから託されたこの指輪を、俺は真ちゃんから掠め盗ろうとしていた。
結局機会が見いだせずに、パーティの共有資産としてリーダー管理になってたものだ。
指輪が常に真ちゃんの手にあったから、俺はこのパーティを抜けずに居たと言っても過言じゃない。

俺たちの旅の結晶、因縁の一端。
その代名詞と呼ぶべきものが、巡り巡って放物線を描き、俺の手の中に収まった。

110明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:15:53
>「あなたに託すわ、サブリーダー。使って? これでひとつめの問題は解消だね。

「……託された。あとのことは任せとけよ、リーダー」

妙な感慨が胸をいっぱいにして、静かに手の中の指輪を握り込む。
ある意味じゃ、俺がこのパーティの正式な一員として、認められた瞬間なのかもしれない。
こいつを持ってトンズラこくことはないと、信じて貰えたのだから。

>次に――どう? みのりさん。作戦内容は伝わってるよね?」
>《はぁ〜、責任重大やねぇ。ほやけど、そこまで頼られたんならしゃあないなぁ。うちも腕の見せ所や。
 どうにかしまひょ。朝までには何とか間に合わせるよって、待っとってや〜》

なゆたちゃんに水を向けられた石油王は、二つ返事で仕事を請け負った。
その口ぶりに動揺や自信のなさは伺えない。いつも通りの飄々とした受け答えは、何より安心できる。

「頼んだぜ……相棒」

無茶振りはいつものことだと言わんばかりに、どうにかするとこいつは言った。
それならもう、何も心配することはない。それだけの付き合いを、こいつと重ねてきた。

残る課題は一つだけ。
特定した帝龍の本陣まで、どうやって大部隊を送り込むかだ。
城壁内をざっと見たところ、300人が全員乗れるだけの騎馬は存在していないようだった。
みんなアポリオンに喰われちまったか、維持するだけの飼料も足りなかったんだろう。

>「……魔法機関車!」

カザハ君が何か思いついたように声を上げた。
魔法機関車ぁ?行き先は敵陣の敷かれた平原だぜ、レールなんかねえだろ。
軌条もなしに鉄輪で不整地を踏もうもんなら、10mも進まないうちに列車は横転するだろう。
だが、カザハ君の考えはもう一歩先に進んでいた。

>「『自由の翼(フライト)』……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
 地面を走ってたらすぐ見つかるなら……飛ばせばいい!」

「銀河鉄道じゃねーんだぞ、あんかクソでかい鉄の塊飛ばすのにどんだけ魔力使うんだよ。
 そりゃ魔法機関車なら装甲もあるし、ちっとやそっとの対空攻撃じゃビクともしないだろうけど……」

とはいえ、面白そうな発案ではある。いや絵面の話じゃなくてね!
あの巨体で敵陣に突貫すりゃ、並み居るトカゲくらいは余裕で跳ね跳ばせる。
迷霧と合わせれば、事実上空飛ぶ魔法機関車を撃ち落すほどの攻撃は飛んでこないだろう。
300人の兵力を一切傷つけず、疲れさせずに温存して敵陣深くに送り込めるのは大きなメリットだ。

しかしそこでバロールからストップが入った。
流石に列車飛ばすレベルのクリスタルは用意出来ないらしい。
まぁしょうがないね。クリスタルに糸目をつけなくていいなら、こんな包囲されることもなかったんだし。

111明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:16:29
>《いや、待てよ?
 魔法機関車を浮かべて、帝龍の本陣まで走らせればいいんだろう?
 ええと……あれがああなって、これがこうなる。とするとあっちは……だから……》

と、急にバロールは一人で何事か思案し始めた。
俺これ知ってる!なんか科学者がいい感じに妙案ひらめくパティーンや!

>《いや! いやいやいや! できる! できるぞ! できちゃうなぁ〜っ!
 なんたって私は天才だから! いやぁ〜参ったなぁ〜っ! たっは―っ!!》

「そうなんだ!すごいね!!いいから結論だけ言ってあとは黙って貰えますかね!!!」

>「なるほど、あれがああなってこれがこうなるんですね! いよっ! 流石天才イケメン魔術師バロール様!」

「カザハ君ほんとにわかってるぅ?
 ……やっぱあいつマルグリットの兄弟子だわ。言ってることぴくちりわかんねーもん」

理系はさぁ……指示語と専門用語が多いよね。あれじゃねーんだよ。食卓の夫婦のやりとりかっつー。
ともあれ、空中爆走魔法機関車作戦は出来る。多分出来ると思う。出来るんじゃないかな?ま、ちょっとは覚悟しておけ。
バロールは魔法機関車の改造を確約し、これで全ての課題はクリアした。

>「……わかった。みんなもいい?
 みのりさんが帝龍の本拠地を見つけ出し、魔法機関車がこちらに到着したとき、作戦を開始する

なゆたちゃんが作戦の要諦を纏める。
本陣に機関車がたどり着けば、300人のマホたんがワラワラ這い出てきて帝龍軍はパニックだ。
混乱に乗じて奥深くにふんぞり返ってるドスケベ執行役員を囲んでボコる。

>「戦いのときは、あたしが歌を歌うよ。それであなたたちは勿論、守備隊のみんなにもバフを掛けられるから。
 あたしの歌は聴き手が多ければ多いほど効果がアップする。守備隊のみんなもそうそう負けることはなくなるはず」

「口パクなら任せとけ。何を隠そう俺はJOYSOUNDの『ぐーっと☆グッドスマイル』で95点を叩き出した男。
 歌詞も振り付けも完コピだ。オタク殿たちも踊りは完璧にマスターしてるだろ」

自慢じゃないが俺はマホたんの曲がまだカラオケに実装される前から音源持ち込んで歌ってたガチ勢だ。
懐かしいなあ。ちょっと前はカラオケの機械にiPod繋げて、練習用のインスト動画流したもんだ。
一人カラオケ行き過ぎて店員に『裏声原曲キーおじさん』とかあだ名つけられたの忘れてねえからな。

そして振り付けの完コピはドルオタの一般教養と言って良い。
十年くらい前は公園とかでよくハルヒダンスとか踊ってたしな。
今のアニメはEDで踊らないってマジ?一時期狂ったように踊るEDが量産されてたの何だったの……。

>「敵陣に乗り込んだら、わたしとエンバースとカザハで帝龍を探しに行く。
 明神さんは『迷霧(ラビリンスミスト)』の維持があるから、後方待機かな……。
 ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。

「……いいのか?モンスター二人と違ってお前は生身の人間なんだぜ。
 なんぼお姉ちゃんの回避スキルがあるからって、波状攻撃をいつまでも耐えられる保証はない」

忠告は、きっと聞き入れられることはないだろう。
最前線で、一番危険な場所で、命を張る。前線指揮官には絶対に必要な振る舞いだ。
誰かが前に出なくちゃならないし、その役目はパーティ最大戦力のなゆたちゃんが担うべき。
彼女はそれを理解していて……覚悟を決めている。

「言うまでもないことだろうが、エンバース。なゆたちゃんを頼んだ。
 お前はもう頼りない肉壁なんかじゃない。俺たちの仲間で……なゆたちゃんを守れるのは、お前だけだ」

カザハ君が随行するにしても、こいつには伝令役をこなしてもらわなきゃならない。
遅滞なく、確実に情報を届けるためには、戦闘に参加させることはできない。

112明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:17:02
>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

能天気にそう言ってのけるカザハ君に、なゆたちゃんは何も言わなかった。
場合によっちゃなゆたちゃんたちを置いてでも、前線から離脱してもらわなきゃならない。
俺たちは、そういう戦いをこれから始めるのだ。

そして同時に、俺たち後方組もまた安全とは言い難い。
スペルを起動し続ければ早晩居所はバレるし、近づかれればトカゲに襲われる。
帝龍の戦力が未だに全容を掴めてない以上、何らかの伏兵がいてもおかしくはないしな。

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
 みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

なゆたちゃんが柏手を打って、作戦会議はこれで終わった。
俺たちは順次解散し、明日に向けて各々の準備へ戻っていく。

出来ることは全てやった。議論も懸念も出尽くした。
仕込みは上々とは言えないが、それでも結果を御覧じるしかない。
明日。全てに決着がつくと……そう信じて。

 ◆ ◆ ◆

113明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:17:38
立哨をなゆたちゃんから引き継いで、俺は壁の上に一人佇んでいた。
マグの中ではギリギリ味がする程度に希釈された葡萄酒。水面に浮かぶ僅かばかりの胡椒とシナモン。
夜警のお供に淹れてきたホットワインだが、手元を暖める以上の効果は期待出来なかった。

酒も香辛料も、この街では貴重品だ。
決戦前夜ですら、こんなしみったれた飲み方をしなくちゃならないくらい。
肉以外の食料は本当に枯渇していて、アコライトはガチのマジにギリギリだったと否応無しに理解する。

「……これなら、なゆたちゃんみたく紅茶にしときゃ良かったなあ」

ただ僕ね、夜に紅茶とかコーヒー飲むと寝れなくなっちゃうタイプの人なんですよ。
立哨が終わったら明日のために早く寝なきゃだし、流石に目が冴えすぎちまうのは良くない。
ブレイブの武器はスマホと、モンスターと……思考力だ。
しっかりたっぷり睡眠摂って、本番に脳味噌をバリバリ動かすのが何よりの戦力補強になる。

……冷えてきたな。
壁の上は風が強い。上着がジャケットしかないスーツ姿に、夜の壁上は堪えた。

>「やっ。ここいいかな? 笑顔きらきらのお兄さん」

30分ほどぶるっちょさむさむしていると、不意に後ろで風が起こった。
音もなく歩廊に降り立ったのは――ま、ままままっままマホたーん!!!?!??!??!!?
なっなんでマホたんが俺んところに!?どっかで会話イベントのフラグが立ったのか!?

「ちょっ、ちょっと待たれよ!今椅子か座布団用意すっから!あーっ!直に地べた座ったら汚れが!」

俺の制止も虚しくマホたんは壁にどっかり腰を下ろした。
クソ!せめてハンカチくらい敷いときゃ良かった!お尻が冷えちゃうじゃねーか!
いかんいかんぞ!目の遣りどころに困り申す。おみ足様がスカートから発艦しておられる!

>「星の綺麗な夜には、こうしてよく空の散歩をするんだ。
 綺麗だよね、アルフヘイムの夜空は――あたしのいた東京の濁った空とは、全然違う」

「俺も名古屋に居たからわかるよ。ウン万ドルの夜景ったって、あれ全部残業の明かりだもんな。
 星は良い。定時になったらさっさと西の空に帰宅するところが最高だ」

俺もまた、夜景の構成部品の一つだった。
毎日10時くらいまでブレモン片手にサビ残して、ブレモンやりながら帰宅してた。
明かりは人類史上最悪の発明と言って良い。アレのせいで暗くても仕事が出来ちまう。

……何を言ってるんだ俺は!もうちょっとなんかロマンティックな返しとかあったろ!
『星よりも君のほうが綺麗だよ』とか言っちゃう?言っちゃいますか????

>「お兄さん、せっかくだからあたしとお話ししようよ。
 明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……」

「明日は忙しくても、明後日とか明々後日とか、あるだろ。
 俺たちはその為に、明日戦うんだ」

アコライトが解放できれば、マホたんもようやく羽根を伸ばせる。
兵たちを戦い続けさせる為の士気高揚じゃなく、純粋なアイドルとして、歌って踊れるはずだ。
まるで「これが最後」と言わんばかりの彼女の言葉に、俺は素で反駁した。
マホたんは何も言わず、ただ俺に向けて微笑んだ。

114明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:18:32
>「ねえ……お兄さんは、楽しい?
 このアルフヘイムに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚されて、楽しいことはあった?」

「……楽しいよ。色々あったけど、本当に紆余曲折あったけど――全部ひっくるめて、楽しかったって言える」

荒野も、鉱山も、港町も――王都も。
俺の心に残っているのは、結局のところ、楽しかった思い出ばかりだ。
なゆたちゃんや、石油王や、エンバース、カザハ君、ジョン……あいつらと旅をしてきて、良かった。
そう自信を持って思える。

>「……あたしはね。この世界に来てよかったと思ってるんだ。
 この星空だけじゃない。あたしたちの世界がとっくに無くしちゃったものが、この世界にはある。

マホたんもまた、輝く思い出の箱を一つ一つ撫でるように、この世界での記憶を述懐した。
俺は彼女の大ファンだから……マホたんが大人気Vtuberに上り詰める過程で、
何を失ってきたのか、僅かながらに知っている。

ユメミマホロを、『企業におもねる拝金主義者』と罵る者が居る。
スポンサーのご機嫌ばかり伺って、初期のような自由さがなくなってしまったと。
面白くても金にならない企画は打ち切り、グッズとCDの販売にばかり注力していると。
そう発言したのは、彼女が駆け出しの頃から応援してきたファンの一人だった。

でもしょうがねえじゃん!そういうもんなんだよ!
ユメミマホロが個人でやってんのかバックに企業が付いてんのか詳しくは知らんが、
Vtuberとして活動するには金が居る。機材も人手もタダじゃない。
安定して配信を続けるには、どうしたって投資を回収するビジネスモデルが必要だ。

『ユメミマホロ』というブランドは、もはやマホたん一人の所有物ではない。
関わる人間が多ければ多いほど、彼らを露頭に迷わせないために、金を稼がなくちゃならない。
「なんか遠くに行っちゃった感じ」じゃねえんだよ。お前が立ち止まってるだけなんだよ!

俺はそう長文で言い返して、該当動画のコメント欄は炎上した。
すいませんでした。

>「この世界では、あたしは本当に自分のやりたいことができる。
 スポンサーのために歌うんじゃない。お金儲けのために配信するんじゃない。誰のためでもない――
 あたしが、あたしとして、あたしのために行動できるんだ。だから……」

マホたんは自分の肩を抱いた。
あるいはそこにあるのは罪悪感、なのかもしれない。

拉致まがいの召喚とはいえ、マホたんは彼女を待ってる地球の人々を置き去りにしてしまった。
早晩撮り溜めた動画のストックは尽き、生配信の欠席もごまかしきれなくなるだろう。
たくさんの人が「マホたん消失」に絶望し、失望し、スポンサーは大打撃を被る。

彼女に責任はない。
一方で、アルフヘイムに拉致られたこの状況を、マホたんが好ましく思っていることも確かだ。
常に配信者に寄り添ってきた彼女が、現状に迎合する自分自身を許せるだろうか。

まぁ俺も人のことぴくちり言えないんですけど。
まともに実働してる総務経理は俺一人だったし、あの会社マジで潰れてんじゃねえかなぁ。

閑話休題、実際のところアコライトの兵たちにとってユメミマホロが希望であるように――
ユメミマホロにとってもまた、この街は失うわけにはいかない大切なものなのだ。
彼女が彼女で在り続ける、最後の拠り所。

115明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:19:53
>「だから。あたしは守らなくちゃならない。
 この壁を、ファンのみんなを。あたしをあたしでいさせてくれる、このアコライト外郭を――守備隊の人たちを!
 あたしはここが好き。みんなが大好き! だから……その恩を返さなきゃいけない。返したい!
 そのためなら――あたしはどんなことだってする。『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』だって捨ててやる!
 ――そう、覚悟を決めていたつもりだったのに。実際にジョンさんに事実を突きつけられると、何も言えなかった。

「それは……間違っちゃいねえよ。接吻を捨てちまえば、オタク殿たちはきっと悲しむ。
 自分たちのせいでマホたんが大事なものを失ったなんて、ファンには耐えられねえよ」

接吻は、マホたんが『みんなのアイドル』で在り続けるために必要不可欠なアイデンティティだ。
彼女がそれを大切にしていることはファンならみんな知ってるし、それを守りたいって思える。
マホたんがそうであるように――オタク殿たちもまた、マホたんが大好きなのだから。

>「あたしは臆病者だね……。 ……庇ってくれてありがとう。嬉しかった」

言及したのは、作戦会議でのジョンとの一幕。
俺はマホたんの唇を守らんと、不合理を押し通してでもあいつと対立した。
今でも、ジョンが正しかったと思う。反論したのは単純に、俺が嫌だったからだ。
マホたんの唇が、俺も含む誰かに奪われることに、耐えられなかった。

「……俺さ、ガチ恋勢なんて名乗っちゃいたけど、ホントはそこまでディープなファンではないんだ。
 CDだって1枚ずつしか買ってねえし、グッズもフィギュアと抱き枕くらいしか持ってない。
 多分、俺よりずっとマホたんのことが好きな奴は地球にもこの世界にも数え切れないくらい居る」

あの作戦会議の場で、俺が冷静になれなかった理由。
マホたんそのものより、オタク殿たちの命を優先してしまった理由。
それをずっと考えていて、マホたんと話して、ようやく思い至った。

「俺は多分、アイドルが好きなんじゃなくて、『アイドルを好きで居ること』が好きなんだよ。
 みんなでライブ観て、サイリウム振って、感想言い合ってる時間こそが、本当に守りたかったものなんだ。
 マホたんを庇ったわけじゃない。明日だって、マホたんが前線で命張るのを止めようとも思わない」

だから、俺がマホたんに協力するのは、彼女のファンだからなんて理由ではないんだ。
世界を守るって使命感で動いてるわけでもない。

ゲーマーとしてのプライドが、俺に高難度クエストをクリアせよとささやく。
そして同時に、ドルオタとしての俺が、マホたんを好きで居続けたいと叫び続けてる。

「――アコライトの連中を守る。あの気の良いオタク共に、これからもファンで居てもらう。
 そう在り続けようとするマホたんの意思を、俺は何より尊重する。
 他ならぬ俺自身が、このさきもずっとマホたんのファンで居続けたいからな」

マホたんはアイドルとして。俺はファンの一員として。
『ファンを守る』っていう目的において、俺たちのスタンスは同列で、対等だ。

そのためなら、俺は命だって懸けられる。
……今日、ここでマホたんと話せて良かった。

「問題は、厄介クソカスピンチケ野郎の帝龍君にどうご退場願うかだな。
 あいつの愛は本物だ。マホたんをモノにするために、どんな手を隠してるかも分からねえ」

アポリオンも大軍勢も、あくまで開示された手札の一部に過ぎない。
示威行為という目的があったにせよ、手の内を全て明かす必要性はないのだ。
ってことは、更にもう一枚伏せカードがあったっておかしくはない。

116明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:20:44
>「心配しないで、明日の戦いではうまくやるわ。あたしの歌で、みんなに加護を与えましょう。
 地球でも、そうやっていろんなレイド級を討伐してきたんだから!」

「へっ、頼もしいね。地球じゃついぞ観られなかった、モンデンキントとユメミマホロの最強タッグだ。
 余裕あったら動画撮っといてね、家宝にするから」

マホたんは拳を握って戦意を顕にする。
嘘じゃなかった。なゆたちゃんとのタッグマッチを、間近で観られないのだけが俺の心残りだ。

>「……お兄さん。さっき庇ってくれたお礼と言ってはなんだけど、あたしもひとつ秘密を話すよ。
 聞きたがってたでしょ? あたしが、どうしてキングヒルと連絡を絶っていたのか――」

――心残りはもうひとつあった。
昼間はそれどころじゃなくて結局追及できなかったが、
アコライトがずっと音信不通だった件について満足の行く回答は得られてない。

王都と連携が密にとれていれば、アコライトがここまで困窮することはなかったはずだ。
兵站物資も供給出来たし、なんなら兵力の増援だって手配できた。
鉄道網という、高速至便な補給線が確保されているのだから。

俺の問いに、マホたんはふわりと目の前に着地して――笑顔を消した。

>「バロールのことが信用できないからよ」

吹きっ晒しの寒い壁上なのに、じわり、と背筋に汗が吹き出るのを感じた。
マホたんの言葉には、それだけの説得力と、迫真性があった。

>「そう……バロールは信用できない。それが、あたしが長くキングヒルとの交信を断っていた理由よ」

十三階梯の継承者筆頭、『創世の』バロール。
アルフヘイム最強の魔術師にして、"一巡目"で世界を裏切った『元魔王』。
超がつく甘党で、紅茶と薔薇が好きで、メイドには雑に扱われていて――三世界の平穏を望むと誓った男。

裏切り者というプロフィールに着目すれば、そりゃ信用しろって言う方が無茶苦茶だ。
胡散臭いあのイケメンが腹の中で何を考えているのか、結局俺たちには何一つわかりゃしないのだから。
なあなあであいつと協働関係を結んじまった俺たちと違って、マホたんはずっとバロールを警戒していた。

>「あたしは恐ろしかった……あいつがストーリーモードのラスボス、魔王だった存在だからじゃない。
 あいつの『今』が、あたしにはどうしようもなく。怖くて仕方なかったのよ……」

……いや。マホたんの不信は、バロールが『元魔王』であることが理由じゃない。
王宮で、王の隣で、ヘラヘラ微笑みながら紅茶を淹れ、甘いスコーンを焼く、あの姿が。
まるで人畜無害なその立ち振舞いが、恐ろしいのだとマホたんは言う。

――逆に俺は、なんであの男のことをあっさり信用しちまったんだ?
理由はある。逼迫したアルフヘイムの現状と、デウスエクスマキナの存在。
真ちゃんの白昼夢からループ説には一定の信ぴょう性があって、バロールの訴える窮状も理解はできた。

ローウェルも死んでない今なら、バロールがアルフヘイムの為に尽力することは、おかしくないと。
そう結論付けたから、あいつの支援を受けて、アルメリアの走狗となることを俺たちは選んだ。

だがそれすらも、魔王の巧みな話術に何らかの洗脳魔法を織り交ぜた、予定調和の意思決定だとしたら。
あいつの言ってることが全部嘘っぱちで、ホントはニブルヘイムや帝龍たちに理があるとしたら。

「……わからねえ。一体何から疑って、何を信じりゃ良いんだ」

結局のところ、俺たちは『クエスト』という指示がなけりゃ動けないから、指示をくれるバロールにおもねったのかも知れない。
元の世界への帰還ってエサをぶら下げられて、ダボハゼみてーに食いついちまっただけなのかも知れない。
バロールと距離をとったマホたんの判断が正しかったのかどうか、今の俺にはわからない。

117明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:21:51
>「最初は、あなたたちのことも疑っていたのよ? ……でも、すぐに考えを改めた。
 あなたたちは、あたしと同じ。信頼できるって分かったから。
 お兄さんも、月子先生も、焼死体さんも。ジョンさんも……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として信用できる。
 バロールがあなたたちをこの城塞に遣わした本意は分からないけれど……。
 少なくとも、あなたたち自体は謀を企んでいないって分かる。でも――」

混乱する俺をよそに、マホたんは続けた。
俺たちのことは、外郭で過ごした時間を経て、信頼できるブレイブだとマホたんにわかって貰えた。
……ちょっと待て、今、誰か一人足りなくなかったか?
俺、なゆたちゃん、エンバース、ジョン。そして――

>「あなたたちがここへ来てから、あたしはずっとみんなの動向を監視してた。
 そして……確信を持ったわ。これから言うことは、酷いことかもしれない。お兄さんを怒らせることかも。
 でもね……敢えて言うよ。ジョンさんが、大切なあなたたちを守るために非情な作戦を提案したように。
 あたしも。みんなには生き残ってほしいって思うから」

心臓が耳まで移動してきたみたいに、鼓動の音がうるさい。
じわりじわりと背筋に熱が戻ってきて、血液がめぐるのがわかる。
理解が追いつかない俺の頭に、言葉が降ってくる。

>「……カザハは。敵よ」

そして、脳裏で情報が弾けた。

王都でバロールと初めて顔を合わせた時、あいつはカザハ君に言った。
『おかえり』と。『転生ではなく混線だ』と。
大した意味のない、優男のレトリックだと、その時は流しちまったけど。
元魔王のバロールが、面識のないはずのカザハ君に、旧知を迎えるような物言いをする理由は……ひとつだけだ。

二人が旧知だったのは、一体いつのことだ?
それが『一巡目』だとすれば、バロールは登場時から魔王だった。
それなら、魔王にとっての旧知は、三魔将――

「ふ、ふひ、ふはは!が、ガザーヴァ!ガザーヴァで……カザーハ?ぶはっ!
 ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!
 そりゃガザ公もダークユニサス乗ってるけど!カケル君のが万倍かっこいいわ!」

幻魔将軍ガザーヴァ。
イブリースと並ぶ魔王直属三魔将の一角であり、ニブルヘイムの最高戦力の一つだ。
そして、メインシナリオではここアコライト外郭を文字通りに更地に変えた仇敵。

あれが混線して変にバグって生まれたのが、カザハ君?
いや意味わかんねーわ。人違いじゃない?敵ってのも多分勘違いだよ。
だってあいつにそんな腹芸とか出来るわけねえもん!脊髄で喋ってるような奴だぜ!?

118明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/11(月) 03:22:21
はらいてー、と俺は歩廊の壁に背中をぶつける。
いやあ笑わせてもらいましたわ。マホたんそーゆーギャグかます人なんすねえ。
本番前の緊張ほぐしには十分だったな。よーし明日に備えてさっさと寝るか!

「……すまん。ちょっと情緒がバグった」

ずりずりと歩廊の壁を背中で滑り落ちる。
顔を手のひらで覆ってみて、初めて俺は自分が全然笑ってないことに気が付いた。
カザハ君は。加入こそリバティウムでのなりゆきだったけど、もうなあなあの関係じゃない。

王都のクーデターで激突して、俺はあいつの本音を聞いた。
勇者になれなかった自分を肯定するために、あいつは語り手になろうとしている。
俺はそんなあいつに共感して、その姿勢を応援しようと、決めたんだ。

「勘弁してくれ。俺はどんだけ、何回、仲間を疑えば良いんだ……」

寄る辺なきこの世界で、俺は常に他人を疑って旅をしてきた。
ライフエイクみたいに外面を取り繕って近づいてきた奴はたくさんいた。
正体不明のウィズリィちゃんをはじめ、仲間だと思っていても、疑わなきゃならなかった奴も居る。

やがて敵側のブレイブなんてのも現れて、味方のはずのブレイブすら疑う必要が出てきた。
エンバースや、ジョンや……カザハ君。
こいつらを信頼するために、どれほどのやり取りと、ぶつかり合いがあったのか。
だからこそ、戦いを経て腹の中を明かし合った仲なら、絶対に信じようと……思っていたのに。

それに、出会った時から俺はカザハ君のことが嫌いになれなかった。
考えなしの突撃バカで、それなのに変なところに気が回って、なゆたちゃんのことをいつも気にかけてて――
なにより、あいつには裏表がない。竹を割ったような性格は、俺にとって好ましいものだった。

あいつが……敵?
ブレイブのフリをして、ずっと俺たちを騙してきたのか?

「……まだ、結論は出せない。少しだけ時間をくれ」

マホたんがどういう意図でカザハ君を告発したのか、知らなくちゃならない。
それに敵ったって、ガザーヴァかどうかはわかんねえしな。
名前が似ててお馬さんに乗ってるってだけで同一人物認定されちゃガザーヴァ本人もやりきれまい。

「俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
 カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな」

だけど多分、わかってた。
俺はただ、カザハ君が敵だと信じたくないだけなんだって。
カザハ君とバロールと……『敵』を、結びつける要素はあまりに多い。
こんな問答は時間を浪費するものでしかなくて、とっとと何かしら手を打つべきだった。

心の中の暗雲をあざ笑うように、東の空から光が挿す。

夜が――明ける。


【カザハ敵説に思いっきり動揺】

119ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:02:09
>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
  言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」

作戦会議の途中、明神がテーブルを手のひらでバン!っと叩きながら僕に向かって指を指す。

>「ジョン。ジョン・アデル。お前にゃ言いたいことがありすぎて脳味噌しっちゃかめっちゃかだがよ。
  言うべきことはともかく、言いたいことだけ言わせてもらうぜ」
>「少なくともこの戦いにおいちゃ、お前が全面的に正しいよ。俺たちの為に、兵士や街は犠牲になるべきだ。
  自分の力量も考えずに全員を救おうなんてのは、分不相応な妄言に過ぎねえ」
>「……それでも全員救うんだよ。できやしないと言われようが、一人残さず助けんだよ。
  こいつは俺の、ゲーマーとしての矜持の問題だ。始めちまったクエストの、難易度は絶対に下げない」

「一言で言えば、理解できない。だ
 ゲームの世界ならそれでいいと思うが、今となってはここが僕達の現実だ
 頬つねったら痛いだろう?夢でもゲームでもないんだよ」

それでも!と明神が大声を出す。

>「俺はこのアコライト防衛戦の、最高難易度をクリアする。俺自身の、安っぽいプライドの為に。
  ミスったらそんときはそんときだ。ゲーマーの覚悟に殉じて、この街に骨を埋めてやるよ。
  だからジョン――」

明神が僕の胸に拳を着き付ける

>「――俺が死なないように、逃げ出さないように。見ててくれよ、親友」

そんなのズルイじゃないか。
そんな事言われたら僕がなにも言い返せないって、わかってるんだろう?
そんなの・・・ずるいじゃないか。

「わかった・・・」

言葉を交わし、冷静になった僕と明神は席に座り・・・そしてなゆの意見を聞くことにした。

120ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:02:32
>「そう。人の心を考えない作戦は、絶対にやっちゃいけない……」

「別にないがしろにしたわけじゃない、ただ」

>「わたしたちは、世界を救いに来たんだよ。その手始めに、アコライト外郭を助けに来た。
  じゃあ、世界ってなんだろう? アコライト外郭を守るって、どういうことなんだろう?
  ね……みんな、それをもう一度考えてみてよ」

「そんなの決まってる、帝龍を殺す!それだけだ、その為にできる限りの安全を確保することが一番大切だ、その為に――」

>「わたしは思うんだ。世界ってさ……人のことなんだって。
  ヒュームだけじゃない、エルフも、ドワーフも、シルヴェストルもみんな……このアルフヘイムに住むすべての人たち。
  その人たちが手を取り合って、絆を作って、その輪がどんどん大きく繋がっていく……。
  それが世界なんだって。単にこの空と大地を、自然だけを守ったって、そこに生きる人がいなくなってしまったら。
  わたしたちの世界を守ったっていうことにはならないんだよ」

そりゃそうだ、その理想論が実現できればだれも苦労しない。
ブレモンの世界だけじゃない、僕達が元いた世界だって、その価値観を全員が持っていれば戦争なんて起こらないだろう。

>「わたしたちの目的を間違えないで。
  わたしたちが最優先にすべきことは、敵を殺すなんてことじゃない。
  みんなの笑顔を守ることなんだよ。みんなが、笑って明日もマホたんのステージを観られるように。
  サイリウムを振って、今日もマホたんの歌は最高だったね! って。そう笑い合えるようにすること。
  わたしたちは殺し屋じゃない。戦争のプロでもない。
  『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ――それを忘れないで」

「だから?だから、自分が危険になるのはいいっていうのか?
 こんな囮ににしかならないような役立たず達の為に危険な賭けをするっていうのか!?
 どうせこいつらが死んだって後から兵士達がここに送られてくる!魔法があれば街を直すのに人手は必要ない!そうだろう!
 バロールもそう思ってたから連絡が途絶えた後も放置してたんじゃないのか!?」

声を荒げる僕を無視して、なゆは話を続ける。

>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
  わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
  この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」

「ここには帝龍を恨んでる奴が一杯いる、家族や仲間を奪われて、それこそ殺したいほどに
 そうでもなくても"人"が百、千単位で死んでるのに?馬鹿げてる!そんな事許されるはずがない!
 この世界に裁判所があると?そこで裁くと?なゆ達が犠牲になるリスクを背負ってまで?」

>「明神さんの言うとおり、わたしたちは始めたクエストの難易度は絶対下げない。それはわたしたちのゲーマーとしての矜持。
  自分のプライドも守れない人間に、世界なんて救えるもんか!
  『帝龍を撃退する』『マホたんと兵士のみんなを守る、誰も死なせない』――。
  クエストクリアのミッションがふたつあるなら、どっちも完璧にこなしてみせる!
  だから――そのための作戦を考えよう!」

ゲームじゃないんだ今やってることは!何度もいうがこれは戦争なのだ、だれも死なない?そんなの無理だ。
どこかの偉い人が言っていた、争いになった時点で負けているのだ、と。
それくらい、ひとたび争いが起きれば犠牲を止める事はできないのだ。

「復讐心だって立派な人の心だぞ・・・なゆ」

僕は一人そう小さく呟く事しかできなかった。

121ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:01
それ以上僕が作戦会議に口を出す事はなかった。
別に作戦を聞き流していたわけじゃない、作戦の概要はちゃんと聞いていた。

ただこれ以上喋ろうという気分にならかった、それだけだった。
我ながら情けない事この上ない。

自分から全否定してもかまわないといったくせに。

>ジョンは明神さんの傍にいてあげて。……明神さんが死なないように守るって。そう約束したんだもんね。
 守備隊のみんなは戦闘を極力避けて、本陣を走り回るだけでいい。
 霧が立ち込めていて視界不良だし、同士討ちは避けたいからね。もし敵と遭遇しても逃げるように。
 マホたん、みんなにそう伝えておいて?」

「あぁ・・・ああそうだな・・・約束したからね・・・」

>「もう一度念を押すよ。この作戦で大事なことは、命以上に大切なものはない、ってこと。
  無理しない、ひとりで動かない、深追いしない。これは絶対ね。
  危ないと思ったら、作戦も何もかも放り投げて逃げていい。みんな、自分の安全を第一に考えて」

結局なゆは自分が最前線に行くことにしたらしい。
作戦の一番危険な部分を自分で担当することに・・・。

理解できなかった。
なんで他人の為に危険を冒すのか、やり直しのできない戦場で危険を孕んだ行為をしようとするのか。

>「分かってる。いざとなったら二人とも連れて逃げるから安心して。まあそんなことにはならないだろうけどね!」

そうカザハは能天気に笑う。
この期に及んで劣勢になったら逃げられると、そう本気で思ってるのが信じられなかった。

なゆ達が劣勢になって後方へ撤退すれば当然、帝龍はそのままなゆ達を追って前進してくる。
そうなればいくらパワーアップした霧といえどなにかしらのカードで無効化されてしまうかもしれない、そうなったら作戦は全て崩壊する。

そうでなくとも帝龍本人があの虫を引き連れ僕達の所にきた時点で霧を解除しなきゃいけなくなる。
視界不良の中、人食い虫が自由に飛びまわる戦場なんてフィジカルよりも、メンタル面のダメージがでかい。
いつ自分の体に虫が付くかわからない、そんな恐怖から逃げ出す兵士が必ず現れるだろう、そうなったら終わりだ。

だからこの作戦はカザハはともかくエンバースとなゆは絶対に撤退できないのだ。

当然、なゆはそれを分かっているはずだ。

なのに・・・

>「さあ……、作戦は決まり。あとはみのりさんとバロールの働きに期待しましょう!
  みんな、明日のために今日は充分英気を養ってね!」

彼女は壊れているのだろうか?心のなにかが壊れているんじゃないだろうか?
馬鹿の一つ覚えのように不殺を誓い、目標に向かってひたすら進もうとしてる。
人の心を蔑ろにしないと言う割には、ここの兵士達の復讐心を無視して突き進んでいる。

僕から見ればこの世界で、圧倒的とも呼べる力を持ち、周り見ずの正義を振り回している君が一番・・・

122ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:19
ジョンは城壁の上にある歩廊に夜哨として立つ為に少し冷える外をゆっくりと歩いていた、帝龍は特定の時間に攻めてこない。
そうは分かっていても、大雑把な命令で動いてるモンスター達はもしかしたら予想外の動きをするかもしれない。
だから作戦前の今日は特に念入りに、なにかあっても一人である程度対応できる人間を立てよう、という話になった。
そして今はカザハの時間であった。

「うーんでもまだちょっと早いな・・・」

交代の時間までまだ時間があった、僕が寝付けず早く起きただけなのだが。

「かといって今から寝るほどの時間もないし・・・まあカザハと少し喋って時間を潰すか」

そう階段を上りながら思った時、声が聞こえてきた。

>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」

カザハの声でカザハが喋りそうにない事を口走っている声が聞こえた。
素早く静かに階段を上り、様子を伺う。

そこにはいたのは間違いなくカザハと・・・カケル・・・そうカケルって名前だったはず・・・と呼ばれる馬?がいた。

>「勇敢で賢明で……でも凄く危うい。深入りすると巻き添えになるよ。
  作戦会議の最後に“命以上に大切なものはない”と言っていたけど――彼女自身はその対象に入っているのかな?
  いざとなったら連れて逃げると言った”カザハ”に返事をしなかったよね」

喋る内容も気になるが、それ以上に一体カザハは誰と喋ってるんだ・・・?

もう一度、中を覗くが、やはりいるのはカザハとカケルだけだ。

馬??に話しかけてる?動物を飼ってる人間によくありがちなアレか?だがそれにしても会話が物騒すぎる。
・・・やはり本人を問い詰めるのが一番か。

そう思い、本人の前に姿を現したその瞬間。

>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
  ……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

さっきまでの中二病感はどこへやら、いつものカザハに戻っていた。

うんうん分かるよ、中二病はやりたいけど、人に見られたら恥ずかしくなっちゃうアレね、わかるとも。

「楽しんでた所悪いねカザハ、そろそろ交代の時間だよ」

カザハはぼけーと佇んでいる、そりゃ今の中二病発言全部聞かれたと分かればそんな反応したくなるのも頷ける。
誰だってそうする、たぶんやったことないからわからないけど僕もそうなると思う。

>「……あれ!? もう交代の時間? もしかしてボク寝てた!?」

・・・どうやら誤魔化す事にしたらしい。
あまりにもかわいそうなので、付き合うことにした。

「一応警備なんだからしっかりしてくれないと・・・まったくちゃんとしてもらわないと困るなぁカザハ」

カザハの変わりにカケル(馬???)が頭をブンブンと上げ下げし謝罪しているように見える。

頭を撫でると、カザハを引きずるようにカケル(馬????)はその場を去っていった。

123ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:40
「うーん・・・あれは馬なんだろうか・・・ポニーなんだろうか・・・」

最初の30分はマジメに警備っぽい事をしていたのだが、なにも変わらない風景に飽きてしまった。
あまりにも暇だったので、ふと思った疑問をひたすら考える事にしたのだった。

・・・そのほうがイライラしているよりはいいだろう。

なゆの事を考えて、もやもやいらいらしてるよりよっぽどいい。
夜中に考え事をするのはよくない、暗い気持ちにしかならないからね。

とそこに。

>「えと……、こんばんは。
 交代の時間だよ、ジョン」

スマホを見る。まだ交代までの時間は一時間ほど残っていた。

「おっと・・・紅茶かい?ありがとう」

なぜ一時間前なのに来たのか?とは聞かなかった。
話があるから本来の交代時間よりも早く来たに違いないからだ。

>「ね……ジョン。交代する前に、少しだけお話に付き合ってくれない?
  明日の戦いを考えると、ちょっと……眠れなくて。
  それに――話しておきたいことも、聞きたいこともあったから」

「ああ、僕でよければいくらでも。
 でもいいのかい?男と二人きりで喋ってて・・・エンバースが嫉妬しちゃうよ」

もちろん本気で言ってるわけではない。
エンバースが一々そんな事で目くじらを立てない事はわかっている。
冷静なフリをしてうろたえるぐらいはするかもしれないが。

>「うわーっ! 見てよ、ジョン! すっごいキレイな星空!
  こんなの、プラネタリウムでお金を払ったってお目にかかれないよ!
  ほらほら! ジョンもこっち来て! 一緒に星を見ようよ!」

無邪気にはしゃいでるなゆの姿はまるで子供だ、いや実際子供と呼べる年齢なのだろうが。
純粋で、無垢で、そしてだれよりもまっすぐだ。
この子が、明日には血まみれになるなんて、誰が想像できるだろうか。

「ああ・・・とても綺麗だね」

僕はそれしか答えられなかった。

>「……さっきはゴメン。あなたの提案した作戦を、全部否定するようなことしちゃって。
  でもね……そこは譲れなかったんだ。明神さんと同じように……絶対に譲っちゃいけないことだったから」

「言っただろう?全否定して構わないって、僕こそすまないね・・・ちょっと見苦しいものを見せてしまって」

なゆと同じように空を見る、元の世界なら観光名所に認定されそうなその景色は壮大だった。
モンスターさえいなければ僕ももっと喜べていただろう。

>「ジョンは、親友になりたいって言ったよね。わたしたちと親友になるって。
  ……じゃあ。親友ってなんだろう? どういうものを親友って言うんだろう?
  友達と親友の違いって、なんだろう――?」

僕は答えられなかった。
いや全世界探しても明確に答えられる人間などいるのだろうか。
なんとなくわかる人間はいるだろう、断定できる人間がどれだけいようか。

少なくともその理解者に僕は一生含まれないだろう。
それだけは間違いなかった。

124ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:03:57
>「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
  そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」

「・・・・・・」

>「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
  わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
  あなたはわざと非情な作戦を提案して、みんなの憎しみが自分に向くように仕向けた。
  可能性のひとつとして、わたしや明神さんが当然議題に上らせなくてはならなかったその作戦を、敢えて自分が口にした。
  みのりさんから引き継いだ、タンクの役割を果たすように――」

それは違う、そう口から出るよりも先に、なゆが言葉を紡ぐ。

>「……黙っていれば、ヒーローでいられたのにね」

「たしかに功績だけ見るならヒーロー・・・になるのかな・・・
 でも、僕は誰よりも早く、助けられる人、助けられない人の判断が早かっただけさ」

場に静寂を訪れる、なにを言えばいいのかわからなかった。

>「親友はつらいことも、悲しいことも、痛いことも全部分かち合うものなんだ。
  どっちかが守りっぱなしとか。守られっぱなしとか。そんなの親友じゃない、友達でさえないよ。
  そういうんじゃない。そういうんじゃないんだ……」

これから気をつけるよ

そんな薄っぺらい言葉を吐く事は簡単だ、でもなゆにそんな言葉を言いたくなかった。

>「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

「僕は・・・ただ・・・」

なゆ達が大切だから。それだけなんだ。

>「ジョンはまだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になって日が浅いから。
  これからは、わたしや明神さん。エンバースくらい筋金入りのゲーマーになって貰わなくっちゃね!
  その手始めに、わたしと約束! 『殺す』なんて言葉は、金輪際使っちゃダメ!
  そういうときは『やっつける』って言う! オーケイ?
  親友との約束! 守れるわよね?」

僕なんて放って置けばいいのに、わざわざ二人きりになってまで、僕の事を気に掛けてくれている。
他のメンバーはともかく僕はつい先日会ったばかりだ、敵じゃないにしても今、この場で、女性であるなゆを襲うかもしれない。
僕は男で、スマホを取り上げたらなゆはただの非力な女の子だ。

彼女は微塵もそんな心配をしていないのだろう。
僕は笑顔で差し出された手を、黙って握る事しかできなかった。

>「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーますっ! 指切った!」

「ああ・・・約束だ」

>「さぁさぁ、お話はおしまい! 明日は早いんだから、ジョンも少しだけでも休んでおいて!
  わたしはまだ星空を見てるから……って、空ばっかり見てたら夜哨にならないか! アハハ……。
  じゃっ! おやすみなさい!」

「待ってくれ」

125ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/11(月) 21:04:17
「待ってくれ」

会話は終わり、という流れを断ち切る。

「僕の前の順番がカザハだったのだが・・・カザハが気になる事を言っていてね・・・」

「カザハって・・・中二病なのか?」

なゆはきょとん、とした表情。
そりゃそうだ、今までマジメな話をしたのに突然された質問がこれでは。

「早めに交代しようとしたらカザハが独り言・・・馬に話しかけててね
 それで君達のリーダーは優秀だ〜とか俺は現地の魔物だ〜とか言っててさ」

「その事を問い詰めようと思ったら恥ずかしかったのか、本気で寝ぼけてたのか・・・知らんぷりされてね
 まだ付き合いの浅い僕にはなにか不吉ななにかに取り付かれてるのか、ただの中二病なのか、それとも寝不足なのか・・・よくわかんなくてさ
 まあ、ただの中二病だろうけど、念のため聞いておこうかなっ・・・て」

なゆはなにか考え事をしているようだ。

「まあ、止めたけど話したい事はそれだけなんだ」

階段を下りようとして止まる

「あぁっと・・・僕からも・・・なゆに約束してほしい事があるんだ、絶対死なないで帰ってくるって、生きて帰ってくるって・・・約束してくれるよね?」
 返事も、ゆびきりも必要ない、無事に君が帰ってきてくれれば・・・いいか、絶対自己犠牲なんて考えは捨てろ、捨ててくれ、頼むよ」

でももし・・・そのもしがあったなら

「もし破ったら・・・その時は僕の好きにさせてもらうからね」

なゆの返事を聞かずに勢いよく階段を駆け下りた。


なゆ・・・僕は約束を守るよ。


君がいる限りずっとね。

126embers ◆5WH73DXszU:2019/11/13(水) 06:02:38
【ロスト・グローリー(Ⅱ)】

『……なら、仕方がないのです。残念極まりないのですが――
 やはり、魔王になる資格があるのは、あなただったのです』

「……なんだって?」

『聞こえませんでしたか?あなたは、魔王になるのです。このゲームには、魔王が必要なのです
 もっとも、あなたのような無礼者を選ばざるを得ないのは本当に、残念極まりないのですが』

「聞こえていたさ。そして何度聞かされても俺の感想は同じだ……あんたは、何を言ってるんだ?」

『――ブレイブ&モンスターズの、あらゆるエンド・コンテンツは、いつかは攻略されるのです。
 クリア不可能なコンテンツなどない。どんなコンテンツもいつかは必ず、クリアされるのです』

「オーケー、分かった。相槌は任せろ。心ゆくまで語ってくれ」

『当然なのです。我々……運営開発が、そのようにコンテンツを作るのですから。
 最初はクリア出来ずとも、新しく実装されるカードやユニットがあれば。
 或いはレベルキャップの解放によって、コンテンツは消化される』

「そりゃ、そうだ。ツイッターとフォーラムの大炎上は免れないだろうな」

『ええ。だから、あなたが魔王になるのです。
 誰もが手にし得るカードと、誰もが手にし得るユニットで。
 なのに、誰も勝てない。なのに、世界で一番強い――そんな魔王に』

「……えらく、熱く語るじゃないか」

『当然なのです。その時こそ、このゲームは終わらないコンテンツになるのですから。
 いえ、どんなゲームでも変わらないなのです。クリア不可能なコンテンツが、
 運営開発以外によって生み出された時――ゲームは、永遠になる』

「なるほど。クリア不可能なコンテンツか――ダサい、二つ名だな」

『そんな軽口は、実際になってから叩くのです』

「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」





気が付けば、■■■■は炎に包まれていた。
そして思い出す――自分は失敗した/もう元の世界には戻れない。
仲間を喪い/最愛を喪い/炎に灼かれ/最早叶わぬ白昼夢を見る――これで、ゲームオーバー。

「――忘れろ。俺はもう、終わったんだ」

魂を蝕む痛痒に耐えかねて、己にそう言い聞かせた。

――どんなに面白いゲームも、永遠にプレイし続ける事は出来ない。
開発チームの崩壊/ゲーム内環境の悪化/生活環境の変化。
様々な理由でゲームは終わる/プレイヤーは消える。

そして忘れられる。

デイリーミッションに/大型アプデに/期間限定ガチャユニットに。
流動するゲームの情勢に呑まれて、いつかは誰もそいつを思い出さなくなる。
だから……だから俺も、もう忘れるべきなんだ――俺を。俺が掴む筈だった全ての可能性を。

127embers ◆5WH73DXszU:2019/11/13(水) 06:03:30
【ダーク・エヴォリューション(Ⅰ)】


死を厭う敗者の魂/栄冠無き王者の魂は願う。
もう誰も死なせたくない/己が最強のプレイヤーだと証明したい。
再び得た仲間を、もう二度と失いたくない――未練の炎は、何処までも燃え盛る。

「……そうだ。思い出した」

意識を失い、光を失った[焼死体/■■■■]の双眸に――再び、精神の炎が灯った。
静かに揺れる炎の色は、紅ではない――しかし、蒼でもなかった。
眼光は、紅と蒼が溶け合ったような、闇色をしていた。

「俺は――魔王にならなきゃいけないんだ」

強烈な死者の未練が、その魂の本来の形すら塗り潰す。
そのような現象は、現代日本ならば悪霊化/怨霊化と表現されるだろう。
だが、この世界では違う言葉が用いられる――その現象は、ただ『進化』と、表現される。

「だが、それはそれとして――」

闇色の眼光が瞬いた――紅く/蒼く、不安定に。

「――みんなは、何処に行ったんだ?」

食堂を出て空を見上げると、夜は既に明けていた。
次に周囲を見回して――焼死体は異変に気付いた。
地面に落ちた己の影が、不自然に揺れている事に。
己の肢体の内側から、闇色の炎が漏れている事に。

「……ふん、好都合だな」

[焼死体/■■■■]は燃える右手を握り締めると、ただ一言呟いた。

128崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:55:08
作戦決行の当日は、雲ひとつない快晴となった。
これから、この晴天を濃霧によって覆い尽くし、帝龍の本陣を奇襲する。

《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。
 みんながおるアコライト外郭から南南東に約5.6km先に、妙にトカゲが密集しとるポイントがあるんや。
 他に目ぼしいもんはあらへんよって、そこが恐らく本陣や思います〜》

みんなで朝食をとっていると、みのりから連絡が入る。
なんとかすると宣言した通り、確かにみのりは自分の仕事をやり遂げたのだ。サポートとしてこれ以上の働きはないだろう。

>《準備はいいかい? 間もなく魔法機関車がそちらに到着するよ!》
>《帝龍の本陣まではきっちりナビゲートするから任しといてや〜》

バロールも、夜が明けないうちに魔法機関車をアコライト外郭へ送り出したと言う。

>凄い、本当にどうにかなっちゃった……! そりゃどうにかなる前提で作戦組んでたんだけども……!

これで準備は整った。あとは、全員が一丸となって帝龍の本拠地へと殴り込みをかけるだけである。

「……ってことで。いい?エンバース。
 もう一度言うね……魔法機関車にアコライト外郭の兵士全員が乗り込んで、明神さんが『迷霧(ラビリンスミスト)』をかける。
 ローウェルの指輪でブーストをかけた霧は、わたしたちの姿を覆い隠してくれる。
 さらに『幻影(イリュージョン)』で全員がマホたんのスキンをかぶる。
 みのりさんの特定した帝龍の本陣に魔法機関車ごと突っ込んだら、全員で敵陣に散開。
 わたしとあなたとカザハは帝龍の捜索。明神さんとジョンは霧の維持に後方待機。
 マホたんの歌(チャント)で兵士たちにバフをかけて、一気に勝負を決める――」

魔法機関車の到着する予定の線路脇に待機しながら、なゆたはエンバースと作戦の概要を再確認した。
作戦会議の途中で気絶してしまったエンバースと話す時間が、今まで取れなかったのだ。

「今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって。
 でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
 『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
 ね。わたしに見せてよ、エンバース。
 みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を」
 
姫騎士姿の少女はそう言って目を細め、微かに微笑んだ。

「……頼りにしてるぞ」

白い手袋に包んだ右手を伸ばし、とん、とエンバースの胸元を拳で軽く叩く。

「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」

なゆたは首を傾げた。
エンバースの属性がいつの間にか変更されていることには気が付いていないらしい。

「きっきき、緊張してきたでござる……」

「なーに、マホたんへの愛があればトカゲの百匹や二百匹! 拙者が瞬コロするでござるよ! そしてマホたんとのフラグが!」

「百匹や二百匹どころか六千匹いるんですがそれは」

「これ絶対死んだwwwwww」

兵士たちも久しぶりの実戦ということで、一様に表情を強張らせている。
懸命にいつも通りなことをアピールし、おどける兵士もいるが、やはり緊張は隠せない。
……全員が鎧姿にドピンクの法被を着ているのだけは変わらないが。ここは譲れないところらしい。

「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
 帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
 もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
 必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」

「むろん! 『ヒマだからどこまでワンターンキルできるか試してみた』で学習済みでござる!」

マホロも兵士を相手に作戦方針を伝達している。
ドゥーム・リザードは半端にダメージを与えるとバーサークが発動し、凶暴になる。
どうせ戦うならばきっちり息の根を止めなければならない。だが、兵士たちには釈迦に説法といったところか。
戦闘の技量はともかく、全員筋金入りのガチ恋勢だ。

129崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:55:22
午前11時を回ると、やがてけたたましい汽笛の音と共に魔法機関車が到着した。

『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

客車の扉が開き、顔を出したボノがいつも通りのアナウンスをする。
これから客が乗り込む魔法機関車だ。アコライト外郭に到着した段階では、誰も客など乗っていない――と、思ったが。

「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

いやに朗らかな笑い声と共に、ひとりの魔術師が機関車の中から姿を現してきた。
膝裏くらいまである、ゆるふわなミルク色の癖っ毛。緊張感のない、それから年齢も感じさせない整った顔。
真っ白いローブに、ローウェルの弟子であることを示すトネリコの杖――

アルメリア王国の宮廷魔術師、『創世の』バロール。

本来キングヒルでみのりと共に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のバックアップをしているはずの男が、なぜかここにいる。

「あれ? バロール? どうしてあなたが?」

「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
 というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
 そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
 帝龍の相手は君たちに任せるよ」

あくまで魔法機関車を浮かせて帝龍の本陣へ運ぶ要員で、戦闘はノータッチだという。

「……バロール……」

前触れもなく突然現れたバロールの姿を睨みつけ、マホロが警戒心をあらわにする。
その空気と視線を感じ、元魔王はゆっくりと虹色の魔眼をマホロへ向けた。

「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」

「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」

「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」

敵意を隠そうともしないマホロを相手に、バロールは微笑んで小さく頭を下げた。

「………………」

マホロはそれ以上バロールと会話をしようとはせず、踵を返して兵士たちとの最終打ち合わせに歩いていった。

「ハハ……嫌われてしまったねえ」

バロールはわずかに眉を下げて、困ったように笑った。
昨日の夜、マホロは明神へ確かに言った。『バロールは信用できない』『カザハは敵』と。
それはいったい、何を意味した言葉なのだろうか?
バロールが実はニヴルヘイムと繋がっている?
もう一度アルフヘイムの支配を目論んでいる?
自らの野望の実現のために、人畜無害なふりをして『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を操っている――?

>ネーミングが安直すぎんだろ!いやいやないない!あいつ全然キャラ違うじゃん!

昨晩、明神はそう言ってマホロの言葉を退けた。
しかし。

「……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
 お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。
 あいつは無邪気に悪を成すキャラだった。悪を悪と認識しないまま、死を。破壊を撒く……。
 たくさんの、あいつにまつわるイベントが。数えきれないくらい立証してくれてるわ」

歩廊の壁に身を凭れさせ、緩く腕組みしながらマホロはそう言った。
ブレモンのプレイヤーが幻魔将軍ガザーヴァと絡む機会は多い。
ガザーヴァはダークユニサスを駆るその機動性の高さから、魔王バロールの伝令としてアルフヘイム各所を飛び回っていた。
いきおい、プレイヤーともその旅の先々で顔を合わせることになる。
プレイヤーが新たな地域や国に駒を進めるたび、ガザーヴァが先回りしてその地域のボス敵と悪だくみをしているという寸法だ。
ガザーヴァが現れるたび『まーたお前か!』と文句を言うのが、プレイヤーの定番となっている。

130崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:03
ストーリー序盤、まだ魔王バロールの『バ』の字も出ないうちから、ガザーヴァは正体不明の黒騎士として姿を現していた。
山間の村ミノンでは、強大な力を秘めた魔石を手に入れるため山に火を放ち、たくさんの動物や人間の命を奪った。
港町セイルポートでは、街を牛耳る町長に成りすました魔物と共謀し、人々に圧政を敷いた。
砂漠の王国スカラベニアでは王家の墓を破壊し、眠りについていた古代のファラオの怒りを招きプレイヤーに差し向けた。
他にも細かい出番ならば枚挙にいとまがない。そして、極めつけはアコライト外郭の破壊だ。
ガザーヴァ最大の悪行とされるアコライト外郭の崩壊を経て、ストーリーは一気にクライマックスへと駆け上がってゆく。

「バロール様に命令されてやっただけなんですー! まぁ命令はされたけど嫌々ってわけでもなかったけどね!」

「うんうん! わかるよ……みんな辛かったんだね。ボクに任せて! すぐ楽にしてあげる!(殺戮的な意味で)」

「よーし、ボクもがんばってここを平らにしちゃうね! なんたって現場はお任せの現場将軍もとい幻魔将軍だから!」

素なのか演技なのか分からない、そんなガザーヴァの軽妙すぎる物言いにイラッとしたプレイヤーは多いだろう。
ガザーヴァと遭遇した、すべてのプレイヤーの共通認識。
それは――ガザーヴァがまったく悪意のない愉快犯だということにつきる。

三魔将のリーダー、凶魔将軍イブリースはあくまでニヴルヘイムの存続のためバロールに仕えていた。
だが、ガザーヴァは違う。ガザーヴァはまったく無邪気に、快楽のために。楽しむために破壊と殺戮を繰り返していた。
その突き抜けっぷりが逆にいいとして、意外と人気も高かったりするのだが――しかしここは現実のアルフヘイムだ。
ただ楽しいから、面白いからで殺されてしまっては堪らない。
武人肌のイブリースとは反りが合わなかったようだが、ゲームの中のガザーヴァはバロールには忠実に従っていた。
その繋がりが、この二巡目の世界でもまだ健在だとしたら――
バロールが使い勝手のいい忠実な駒として、ガザーヴァを使役するのは当然と言えるだろう。

>俺たちを監視してたって言ったな。一体何を見た?
 カザハ君を敵と結びつけるような何かが……あったんだよな

「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
 カザハがあたしに抱きついてきたこと」

それは、まさにこの歩廊で起こった出来事。
みんなを待っていた、と言ったマホロに対し、カザハは感極まって抱きついてきたのだ。

>マホたん……! 今まで一人でよく頑張った! スライムマスター月子先生が来たからにはもう大丈夫!

そんなカザハを明神は憤怒の形相で引きはがした。だから、きっと覚えているだろう。
そして――思い出すことができたなら、同時に『おかしい』とも思うはずだ。
明神の顔を見つめながら、マホロが頷く。

「あたしはあのとき、カザハにまったく対処できなかった。棒立ちになることしかできなかった。
 その直後、同じことをしてきた焼死体さんには『聖撃(ホーリー・スマイト)』で反撃できたのに……。
 カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
 あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」

『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』は聖属性のモンスターだ。
闇属性には敏感に反応する。そして、身に着けた『聖撃(ホーリー・スマイト)』は外敵に対し無意識に発動する。
見敵必殺のスキルが発動しなかったのは、カザハの内包する闇の大きさに身体が硬直してしまったということらしい。

「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
 あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて。
 月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
 ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
 お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」

作戦を纏め、決定したのはなゆただが、それまでの会議を主導していたのは明神だ。
例え足手まといだろうと、不要だろうと、兵士たちを一人として見捨てはしないと。全員で生き残るのだ、と。
そう最初に言ったのは明神だったのだ。
もしマホロが『ファンを見殺しにできない。全員助けたい』と言ったところで、ジョンを説得できなかっただろう。
単なる利己的な発言というだけで片付けられてしまっていたに違いない。
あの場所では、ジョンの仲間が。キングヒルから来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がその意見を押し通す必要があった。
そして、明神はなんの打ち合わせもなく、ごく自然にそれをやってのけた。
それだけで、マホロが明神をもっとも信頼に値する人間と判断するには充分だったらしい。

「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
 帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
 この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
 ……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」

この、何を信じ何を疑えばいいのかも分からない世界で。
ほんの一握りの信頼できる人間に対して、ブレイブ&モンスターズの歌姫はにっこりと笑いかけた。

131崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:17
「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

全員の用意が整ったことを確認すると、なゆたはアコライト外郭の兵士たちを残らず魔法機関車の客車に乗り込ませた。
仲間たちとマホロ、最後に自分も乗り込むと、バロールに目配せする。

「お願い、バロール」

「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」

そう言うと、バロールは城塞の中に入った。
しばらくして、元魔王が城壁の上にある歩廊へと顔を出す。
ボノはすでに魔法機関車をスタンバイさせている。いつでも走り出せる状態だ。
しかし、バロールはどうやって魔法機関車を飛ばす気なのだろうか?
見たところ、魔法機関車に特別な改造は施されていないように見える。内部も乗り慣れた客車のそれだ。
バロールはゆるやかに流れる風にミルク色の長い髪を遊ばせ、軽く目を細めた。

「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

ばっ! と歩廊の上で大きく両手を広げると、高々と言い放つ。
途端に虹色の双眸が輝き、全身を膨大な魔力が包み込む。

「とうっ!」

バロールは大袈裟なアクションで両腕をぐるぅりと回すと、トネリコの杖の先端で眼下の魔法機関車を指した。
と、外郭に敷設された線路の終点にある車止めの先が俄かに輝き始める。
そして現れたのは、虹色の軌条。
なんともメルヘンチックな、七色に輝く虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。
十三階梯の継承者の中でも、バロールにしか扱えない彼の完全オリジナルスキル――『創世魔法』。
無から有を生み出し、世界を創る。『創世』の二つ名の意味するところがここにある。
この魔法を使い、バロールはゲームのストーリーモードでも地上に最終決戦の場である天空要塞ガルガンチュアを建造した。
巨大な空中城郭を創造するほどだ。魔法機関車を帝龍本陣へ導くレールを敷設するなど朝飯前であろう。

「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

『魔法機関車、発車致しまス!』

バロールの号令一下、ボノが魔法機関車を発車させる。機関車は一度大きく汽笛の音を鳴らすと、ゆっくり虹のレールを走り始めた。

《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
 魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
 だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》

やがて魔法機関車は大きく坂を上がるように城壁を飛び越え、帝龍がトカゲの大軍団を配備している戦場に降り立った。
みのりがナビゲーションとして帝龍の本陣の方向を指示、進路を微調整し、それに従ってバロールがレールを創る。
魔法機関車の前方に、みるみるうちに虹色の軌条と枕木が組みあがってゆく。
レールの高度は地面すれすれである。あまり高度を上げると、万一のことがあった場合にリカバーできない。
あとは省エネである。
当然のように、トカゲたちは驀進する魔法機関車の存在に気付いた。すぐに機関車を止めようと襲い掛かってくる。

「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

なゆたは明神を振り返って言った。
『迷霧(ラビリンスミスト)』が発動すると、すぐに魔法機関車から濃霧が漂い、それは瞬く間に平原全体を包み込んだ。
ローウェルの指輪によって増幅された霧は、普通に発動させたものよりも遥かに強力に視界を奪う。
一方で、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とアコライト外郭の兵士たちには効果を及ぼさない。
あくまで、行動を阻害されるのは帝龍の軍勢だけだ。

「ギッ、ギギィ……」

ドゥーム・リザードたちは混乱した。もともと命令系統も何もない、野放しにしているだけの爬虫類である。
トカゲという生物は視覚に依存度が高い。濃霧によって視界を遮られ、たちまち我を失って暴れ始めた。
中には共食いを始める者もいる。

「やった!」

なゆたが快哉を叫ぶ。
進路上にいるトカゲたちを跳ね飛ばしながら、魔法機関車はスピードを上げて前進した。

132崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:56:35
ガゴンッ!!

「う、うわっ!」

突然、大きく客車が揺れる。思わず、なゆたは近くにいたエンバースにしがみついた。
どうやらトカゲたちが客車の側面や屋根に張り付いたらしい。
魔法機関車は頑丈な装甲を施されており、ちょっとの衝撃や攻撃ではびくともしない。
とはいえ、このままトカゲたちを張り付かせたままで走行はできないだろう。
しかし、バロールはそれも織り込み済みだったらしい。スマホからバロールの陽気な声が聞こえてきた。

「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
 そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」

「えっ!? ちょ、バロー……」

ぎゅうんっ!

バロールは歩廊で大きく両腕を振り上げると、ぐるんと空に一回転の軌跡を描いた。
と同時、魔法機関車のレールも空中に大きなループを作る。

「ひゃあああああああああああああ!!!??」

まるでジェットコースターだ。それを何十トンもある機関車でやっている。まさに桁違いの魔力と言うしかない。
なゆたはもう一度思い切りエンバースに抱きついた。
空中で一回転し、張り付いたトカゲたちを振り払うと、さらに魔法機関車は帝龍の本拠地へ突き進む。

「……あ……、ごめん……」

知らず知らずのうちにエンバースにしがみついていたなゆたは、微かに頬を赤らめながら慌てて離れた。

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同時刻、帝龍の本陣ではニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』・煌帝龍が優雅に飲茶を楽しんでいた。
正午になると同時にリキャストした『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を発動させ、マホロたちを怯えさせる。
それから勝者の愉悦に浸って午睡を取る、というのが帝龍の日課であった。

《そちらにアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもが行ったらしいな》

天幕に運び込んだ、豪奢なテーブルに置いてあるスマートフォンから声がする。
凶魔将軍イブリースの声だ。ニヴルヘイムから交信しているのだろう。
どこか咎めるような、威圧的なイブリースの声音に、茶碗を持っていた帝龍は露骨に不快げな表情を浮かべた。

「だからどうしたアル? あんな雑魚どもが来たところで、ワタシの勝利は微塵も揺るがないアル。
 せいぜい、一日や二日降伏する時間が伸びただけアル。ガタガタ騒ぐんじゃないアルヨ」

《油断をするな。その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもに、ミハエル・シュヴァルツァーは後れを取っている》

「ハ! ミハエル・シュヴァルツァー? あいつは所詮、大会ルールでしか勝てないお坊ちゃんアル。
 現実のアルフヘイムで負けるのも当然アルヨ。ここで強いのは、ルールを熟知している者ではないアル。
 どれだけ横紙破りができるか……他人の度肝を抜けるか、アルヨ。ワタシのように……ネ。
 世界大会では確かに後れを取ったアルが、こっちで戦えばワタシが確実に勝つアルネ。
 こっちでは、大会使用禁止カードも使い放題アルからネ……くふふッ!」

口角に薄い笑みを浮かべながらスマホを手に取り、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』のカードを見る。
凶悪な効力から世界大会では禁止カード扱いされているものも、この世界では遠慮なく使用することができる。
ミハエルの強力なパートナーモンスター『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』も、無数の蝗の前には無力だろう。

「ワタシにとって勝利とは当然の仕儀。大事なのはその手段、勝ち方アル。
 ワタシの力の圧倒的なところを見せつけ、心を完膚なきまでにへし折る!
 そうしてこそ、愚かな下級国民どもはワタシのような上級国民を崇め、奉る気持ちになるアル!
 ワタシのやり方に口は出させないアルヨ、イブリース。黙って勝利の報告だけ待っているヨロシ」

《……そうか。ならば何も言うまい。貴様のやり方で見事、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒してみろ。
 吉報を期待している……しくじるな》

「フン」

イブリースが通信を切ると、帝龍はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「余計な口出しを……。せっかくの飲茶がまずくなったアル。
 おい、さっさとお茶を淹れ直――」

「ご注進! ご注進ー!」

帝龍が近くの兵士に新しいお茶を注文しようとしたところ、物見が息せき切って帝龍のいる本陣天幕に入ってきた。

「騒がしいアル。ワタシは今、機嫌が悪いアルネ……吊るすアルヨ?」

「もっ、申し訳ございません! しかし、異常事態が発生しておりまして……」

「異常事態? ……言ってみろアル」

「はっ! 申し上げます、つい先ほどからこの平原一体に濃霧が発生しており――」

「濃霧……?」

物見の報告に、帝龍は胡乱な表情を浮かべた。

133崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/14(木) 21:57:10
「さっきまで雲ひとつない晴天だったというのに、突然の濃霧とは……怪しいアルネ」

「立ち込める霧のせいで、内部にいるドゥーム・リザードどもが混乱している模様です。同士討ちを始める者もいると」

「放っておけアル。どうせいくらでも補充できるものアル、多少目減りしたところで私の懐は痛まないアルネ。
 ……とはいえ、霧の方は捨てては置けないアル……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 連中が行動を開始したと見るのが自然アル」

豪奢な椅子に腰かけ、長い脚を組んで帝龍が思案する。

「帝龍様、間もなく正午となりますが……」

兵士が恐る恐る報告してくる。
言うまでもなく、『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使う時間が来たということだ。
だが、帝龍は一度かぶりを振った。

「今は『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』は見送るアル。
 奴らが何を企んでいるか分からないアルからネ。もしマホロが中にいたりしたら大変アル。
 ……いや、連中はむしろそれを当て込んでいる……? くふふ、それなら舐められたものアル。
 まぁいいアル、であればこっちもそれ相応の策を練るだけ……アルネ!」

蛇のような面貌にサディスティックな笑みを浮かべると、帝龍は顎をしゃくって兵士に指示した。

「ヒュドラを三体放てアル」

「はっ!」

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《ほしたら、右に3度修正や〜。間違えんといてや〜?》

《右に3度ね……了解、よっこいしょ……っと!》

みのりの指示とバロールの創る虹のレールによって、魔法機関車は快調に進んでゆく。

「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」

客車の中で、なゆたはスマホの画面を覗き込むとスペルカードの一覧を表示させた。
今回の作戦のために、『浄化(ピュリフィケーション)』を『幻影(イリュージョン)』に変更してある。
車両内の人間を全員ユメミマホロの姿に変え、敵本陣の攪乱を図るためだ。
だが。

ガガガァァンッ!!!

またしても機関車が大きく揺れる。が、今度は先程ドゥーム・リザードに張り付かれたときのものとはまるで衝撃の強さが違う。
まるで急ブレーキでもかけたように、魔法機関車は平原の真ん中でストップしてしまった。

「ボノ! どうしたの!? 何があったの!?」

『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』

「何者かって……」

なゆたは慌てて客車の鎧戸を開け、外に顔を出した。
見れば、巨大なヒュドラが無数の首を魔法機関車に巻き付け、動きを止めている。
ギシギシと鋼鉄の車両が軋む。すさまじい締め付けだ。

「ヒュドラ!」

マホロは簡単に仕留めていたが、それはマスター・レベルの育成を終えたマホロだからこそできる芸当だ。
普通のモンスターでは、単体でヒュドラに立ち向かうことなどできない。
いくら強固な装甲を持っている魔法機関車と言えど、このままではヒュドラの締め付けに破壊されてしまうだろう。
おまけに、ヒュドラは一体ではなかった。

ドガァッ!ドガァァンッ!!

二度、三度と客車が揺れる。見れば、車体に絡みついている一体の他に、もう二体のヒュドラが機関車へ体当たりしている。
これほどガッチリと拘束されてしまっては、もう先ほどのようなループも使えない。なゆたは歯噛みした。
早く片付けなければ、前進はおろか帝龍の本陣に辿り着く前に全滅してしまいかねない。
バロールがスマホから指示を飛ばしてくる。

《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》

「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」

なゆたはマントとフレアミニスカートの裾を翻し、すぐさま客車の連結部分へと駆け出した。
連結部分の扉を開き、外に出ると、備え付けられたハシゴを使って屋根にのぼる。
スマホの召喚画面を開き、すぐに召喚をタップすると、ポヨリンが淡い輝きと共に実体化した。

「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!」

なゆたの目の前に現れたポヨリンが、やる気満々といった様子でぽよんぽよんと跳ねる。
帝龍、バロール、そしてガザーヴァ。
様々な不安を孕みながらも、戦闘の火蓋は切って落とされた。


【アコライト外郭防衛戦改め帝龍本陣奇襲戦開始。
 まずは前哨戦としてヒュドラ三体との戦闘。ユメミマホロと外郭守備隊は車内待機。】

134カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/16(土) 08:12:56
明神さんはカザハに対し「お、おう、そうだな」的な端切れの悪い返事をした。
昨日はジョン君に対して堂々と啖呵を切っていたが、流石に当日になると緊張しているのかもしれない。
カザハはそんな明神さんの頬をつまみ、みょーんと左右に引っ張る。

「あはは、変な顔ー! 今更ビビってんの? 最高難易度でクリアーするって君が言い出したんだからね!?」

カザハは手を離すと、微笑ましく青春している(?)なゆたちゃんとエンバースさんの方を見て悪い笑みを浮かべた。

「ほら、あれ見て? 少しは緊張ほぐれるでしょ?」

昼前になると、魔法機関車が到着した。
そこから、王都から動かないとばかり思っていたバロールさんが降りて来た。

>「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

バロールさんはオタクによってデコられた要塞というこの異様な状況を”結構きれい”でさらりと流すと、マホたんに挨拶する。

>「久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった」
>「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」
>「ハハ……嫌われてしまったねえ」

「さては召喚するなりセクハラしたんだな!? もしかして嫌われ過ぎて音信不通にされたんじゃないの?」

マホたんがバロールさんを目の敵にしている様子を見て、軽口を叩くカザハ。

>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

「ラジャー!」

>「お願い、バロール」
>「では、機関車に火を入れてもらおう。私も準備する……私が歩廊にのぼった時が作戦開始だ。いいね」

カザハは期待の目でバロールさんを見つめている。
魔法機関車には特に改造は施されていない。
いつも王都で待機しているバロールさんが出向いてきた。
そして彼はアルフヘイム最高峰の魔術師である――となれば、機関車を飛ばす考えられる方法は一つしかない。

135カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/16(土) 08:13:56
>「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

バロールさんがオーバーなアクションで『創世魔法』を発動させると、虹の線路が魔法機関車の下に創られてゆく。

「きゃー! バロール様かっこいいー!」

カザハがおふざけ半分マジ半分の歓声をあげる。

>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

「あはははは! ディ○ニーランドのアトラクションにありそう!」

《呑気に笑ってる場合じゃありませんよ!?》

案の定、トカゲ軍団が襲い掛かってきた。が、それについては対策済みだ。

>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

たちまちトカゲ軍団は大混乱に陥った。しかしそのうちの一部が機関車に張り付いてきたようだ。
なゆたちゃんがエンバースさんにしがみつく。

>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
 そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」
>「えっ!? ちょ、バロー……」
>「ひゃあああああああああああああ!!!??」

「間違えたぁ! 富○急ハイランドかも!」

>「……あ……、ごめん……」

可愛らしく頬を赤らめながらエンバースさんから離れたなゆたちゃんに、カザハがウザいツッコミを入れる。

「わざとやろ! 絶対わざとやろ!」

こうして暫し本陣に向かって順調に進む。

>《ほしたら、右に3度修正や〜。間違えんといてや〜?》
>《右に3度ね……了解、よっこいしょ……っと!》
>「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」

『幻影(イリュージョン)』は元々はカザハがみのりハウスから借り受けたものだが、今はリーダーのなゆたちゃんに預けてある。

「よっしゃあ! みんな、マホたんになるぞ―――――!! レッツ・マホたーん!」

カザハが右腕を振り上げながら謎の掛け声でオタク達を鼓舞する。その時だった。
急ブレーキでもかけたような衝撃と共に突然列車が止まる。

136カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/11/16(土) 08:15:25
>「ボノ! どうしたの!? 何があったの!?」
>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
>「何者かって……」

なゆたちゃんが外を確認し、叫ぶ。

>「ヒュドラ!」
>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」
>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!」

「さくせん『じゅもんせつやく』ってとこか!」

その作戦、随分前に廃止になってますけどね!? いい加減地球での享年を感じさせる発言やめて!?

「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」

カザハは列車の屋根からぴょんっと跳び下りながら私を召喚。具現化した私の背に着地した。
飛行能力がある私達以外は、狭い足場で戦うことを余儀なくされるこの状況、
高い火力を持つモンスターの誰かに同乗して足場として使ってもらうのがいいかもしれない。

「カケル、『カマイタチ』!」

私は相手の首のリーチが届かないギリギリの距離を飛びながら無数の鎌状の風の刃を放つ。

137明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:29:28
現実を受け止めきれず、俺は何かしらカザハ君=敵説を否定する根拠を探していた。
しかし懇願にも似た願いは届くことなく、マホたんはダメ押しのように告げる。

>「みんながこのアコライトに来た日。……覚えてる?
 カザハがあたしに抱きついてきたこと」

「あったなぁ、そんなの。あのエロ妖精め、俺が引きずり戻してなきゃ焼死体の二の舞に――」

そこまで思い出して、俺はマホたんの言わんとしていることを理解してしまった。
俺は若干マジギレしながらあいつを引っ剥がしたが、そんなことはする必要がなかった。
『するまでもなく』……『できるはずがなかった』。

エンバースと同じように、間髪入れない聖撃のカウンターが発動するはずだったからだ。
俺が制止するよりもずっと早く、あいつは壁の下に放り出されているはずだった。

>カザハのときは不意打ちで、焼死体さんの時は二度目だったから予想できた? そうじゃない。
 あいつの身体から感じた闇の波動に、身動きが取れなかったんだよ――」

「自動発動のスキルが発動しないのは……"そういうこと"、だよな」

スキルの起動がシステムによって保証されている以上、そこに余人の意思の介在する余地はない。
たとえまったく無害の、それこそマホたんの愛するオタク殿たちであろうが、
あの場でマホたんに抱きつきなんてしようものなら速攻で掌底をぶちかまされる。
カウンターってのはそういうスキルだ。意識して止められるものじゃない。

であれば、カウンターに不具合を生じさせる、何らかの外的要因があったはず。
それは例えばスキル無効化のスキルであったり、あるいは――弱点補正による、『スタン』。
マホたんは聖属性。弱点を突けるのは、闇だけだ。

高レアのヴァルキュリアを怯ませられるほどの強力な闇属性を、あいつは持っていた?
いかにも風属性ですってツラして、事実スキルもスペルも風一色染めのあいつが?
それこそありえない。シルヴェストルにそんな能力はなかったはずだ。

つまり、カザハ君の中には「シルヴェストル以外のモノ」が混在していて。
俺の知る限り、闇属性でそんな芸当が出来るのは――幻魔将軍ガザーヴァだけだ。

>「バロールが何を考えて、あなたたちのパーティーにガザーヴァを入れてきたのか。
 あたしには分からないけど……本当に、充分気を付けて」

「なゆたちゃんにはこのこと、言ってないのか?
 ああ、言わねえほうがいいと俺も思う。この状況でリーダーにこれ以上負担はかけさせられねえ」

138明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:34:30
>「月子先生はまっすぐで人を疑うことを知らなさそうだし、焼死体さんは気絶しちゃって話せないし。
 ジョンさんはそもそもあたしに不信感があるだろうから……。
 お兄さんに話すのがいいと思ったんだ。お兄さんはサブリーダーなんでしょ? 頼り甲斐があるように見えるもの」

買いかぶり過ぎじゃないのぉ?俺も面倒くさいからこの件握りつぶしちゃうかもよ?
そうでなくてもこれ、サブリーダーの抱えられるキャパの話じゃないしさぁ。
……いや。くだらん謙遜はもう止める。俺は頼れるすげえ奴だって、あの時王都でそう決めたんだ。

「その見立てで正解だぜ、マホたん。裏でコソコソ根回しするなら俺以上の人選はない。
 バロールやそのお友達のお考えなんざぴくちり分かりやしねえけど、
 このアコライト防衛戦で、帝龍とは別の思惑が動いてることが分かったのには価値がある」

ケツをぽんぽん払って、俺は立ち上がった。
目の前がクラクラするのは、立ちくらみだけが原因ってわけじゃねえだろう。
……だけど、これはきっと、俺にしか出来ない。
顔も見えない誰かの悪意から、『仲間』を守れるのは……現状、俺だけだ。

>「あたしは……このアコライト外郭を守るよ。
 帝龍がどんな軍団を差し向けてきたって。バロールやガザーヴァが何を企んでいたって。
 この場所を奪わせはしない! 絶対に、平らになんてさせるもんか!
 ……明日はよろしくね。一緒にがんばろう」

「そうだな、頑張ろう。アコライトを、ここに居る連中を守りたいのは、俺も同じだ。
 ……だけどマホたん。今だけは、まだ、――あいつのことを『ガザーヴァ』って呼ばねえでやってくれ」

状況証拠は一通り揃っていて、限りなくクロに近い推定有罪だけど。
それでも俺は、カザハ君をガザーヴァと、呼びたくなかった。
何の意味もない、くだらない感傷だ。未だに情緒がバグったままなのかもしれない。

「結論は俺が出す。カザハ君がマジにクロだったら、その時は……俺が戦って、あいつを倒すよ」

メインシナリオを一通りクリアしてるから、当然ガザーヴァの弱点も攻略法も頭に入ってる。
ゲーム通りに行くかどうか、この状況で自信持って言えることは殆どないけど……それでも。

あいつを信頼し、語り手としてパーティに迎え入れたのは俺だ。
だからきっと……あいつに引導を渡すべきなのは、俺なんだ。

 ◆ ◆ ◆

139明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:35:28
立哨を後任に引き継いで、俺は仮眠前にシャワーを浴びていた。
物流の封鎖されたアコライトじゃクリスタルはおろか煮炊きに使う薪すら枯渇しかけてて、
こうして温かいお湯の恩恵に与れるのも決戦前夜だからだと言う。

備え付けの手押しポンプを上下させれば、ボイラー室で沸かされた温水が天井から降ってくる。
頭を叩く雨のような湯に打たれながら、俺は髪を洗いもせずに俯いていた。

……こういうとき、前はどうしてたっけかな。

王都を出る前、俺は何か懸念事項があれば真っ先に石油王に相談していた。
冷静に状況を俯瞰できるあいつの見解を聞けば、何をすべきか考える余裕が出来た。
藁人形を仕込んだりして、情報戦でも俺たちは優位を取り続けることが出来た。

だけど、石油王はもう俺の傍に居ない。
通信魔法なんて使おうものなら、バロールに速攻で傍受されるだろう。
誰にも頼ることは出来ない。俺一人で、情報不足に喘ぎながら、結論を出さなくちゃならない。

「……クソ。甘えてたツケがこんなところで出てきやがった」

荒野からずっと、こうやって手探りで旅をしてきた。
バロールに会って、世界の真実を伝えられて、ようやく進むべき方向性が見えたと、思ってた。
なのに今度はそのバロール自体が全然信用ならなくて、しかもその手下がパーティに紛れ込んでいやがる。

もうしっちゃかめっちゃかだ。俺たちはちゃんと前に進めているのか?
知らないうちに世界を滅ぼすような、取り返しのつかない悪事に加担してるんじゃねえだろうな。

そして。俺はマホたんの警告に対して、すぐに行動をとることが出来なかった。
カザハ君のことを信じたいってのはある。あいつともそろそろ短い付き合いじゃないしな。
一方で――『ユメミマホロを信用しても良いのか』という疑念も、やっぱり頭にはあった。

140明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:36:27
個人的な感情で言えば、俺は彼女の言うことを全面的に信じたい。
アコライトのファンたちを守るっていう理念はなによりも尊いものだ。
その点において、間違いなく俺はマホたんを応援するし、手助けしたいって思える。

だけどそれでも、結局のところ、マホたんとは昨日出会ったばかりの仲でしかない。
カザハ君を信じると決めたその意思を、会ったばかりの女の一言で覆すことは、出来ない。
それは過去の俺に対する侮辱でしかないからだ。

バロールを信用できず、カザハ君をガザーヴァだと断ずる彼女の気持ちは分かる。
バロールは前世でも、なんなら今世でも、それだけのことをやらかしてる。
あいつがプレイヤーを何人も攫ってきて見殺しにしたのは変えようのない事実だしな。

カザハ君も、モンスターって時点で普通のブレイブとは何かが異なるのは間違いあるまい。
『混線』――ブレイブとして転移してくる時に、ガザーヴァと混じっちまったって仮説は、
そう突飛な考えではない。本人にどこまで自覚があるのかは置いとくとして。

少なくともバロールは、カザハ君の中の『ガザーヴァ』に話しかけていた。
混在する2つの魂は、どっちかが眠っててどっちかが起きてる状態なのか?
だとすれば、カザハ君はいつでもガザーヴァに変貌し得る存在なのか?

考えれば考えるほどドツボにハマる。
思えば闇の波動で聖撃が発動しなかったってのも、マホたんの主観でしかない。
マホたんが俺をだまくらかそうとしてるなんて考えたくもないが、思考を止めるべきじゃないだろう。

「……やっぱつれぇな、誰かを疑うってのは」

昔の俺なら、うんちぶりぶり大明神なら、喜んで疑心暗鬼をパーティ内に振りまいていただろう。
火のないところにも煙を立てて、醜く争い合う姿をオカズに飯だって食えた。
しかしいざ当事者になるとこんなもんだ。随分と、心の強度が下がっちまった。

マホたんにはああ啖呵を切ったけど。
もしもカザハ君がガザーヴァだった時、ホントに俺はあいつと戦えるんだろうか。
あいつを……殺せるんだろうか。

まんじりともしないまま朝日は上り、結局俺は一睡も出来なかった。

 ◆ ◆ ◆

141明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:38:50
>《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜。

朝、食堂で決戦前最後の食事を摂っていると、石油王から通信が入った。
さらっと言ってのけるが、その目には僅かに疲れが見える。
寝ずに帝龍の居場所を探っていてくれたんだろう。

「流石だな。さしもの敏腕経営者もデスマーチによる納期短縮は考慮してねえだろう」

帝龍グループがどういうコーポレートガバナンスを採用してんのか知らんが、
中国企業ってあんま残業しまくるイメージないしな。
あいつら納期間に合わないときは間に合わないって言うんですよ。
マジで素晴らしいことだとぼくおもいます……。

>「……頼りにしてるぞ」

魔法機関車を出迎えるべく向かった発着場で、なゆたちゃんはエンバースにそう言った。
俺から言うことはもう何もないけれど、ホントに頼りにしてるからな。
リバティウムで切った大見得忘れてねえぞ。

>「ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?」

そういやなんか焼死体君イメチェンした?
まぁ男児3日会わざればなんとやらって言うしな。
俺も夏休み明けにワックスガチガチに固めて登校してドン引きされた思い出あるから間違いない。

「俺はいいと思うよ!その何か……紫っぽい目元とか!マジで何よそれ?カラコン入れた?」

>「明神さん――いよいよだね」

気づけば俺の隣にカザハ君が居た。
背筋の硬直を、僅かにでも表に出さなかった自分を褒めてやりたい。

「お、おう……そうだな」

なんとも歯切れの悪い言葉を返しながら、カザハ君を見る。
こいつは何も変わってない。王都で、こいつを信じると決めた、その時から。
お前はあの時から、もうガザーヴァだったのか?
語り手になりたいって付いてきて、俺たちをずっと騙していたのか?

疑念がぐるぐる渦巻いて、何も言えずにぼっ立ちしていると、カザハ君は俺の頬をぐにっと掴んだ。
シルヴェストルの柔らかな指先が頬肉を撫でる。両側から引っ張られる。

>「あはは、変な顔ー! 今更ビビってんの? 最高難易度でクリアーするって君が言い出したんだからね!?」

「ひゃめろ、ひゃめろ。びびってねーよ、楽しみすぎて昨日寝れなかったくらいだ」

>「ほら、あれ見て? 少しは緊張ほぐれるでしょ?」

なゆたちゃんとエンバースを指して、カザハ君はいたずらっぽく微笑む。
いっちょ前にこの俺を気遣っていやがる。

――>『……そう? あたしは逆に『そのまますぎる』と思った。
   お兄さんも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ならわかるはず。幻魔将軍ガザーヴァがどういうキャラだったか――。

不意に、昨日のマホたんの言葉がリフレインした。
立ちふるまいや言動って意味では、たしかにカザハ君とガザーヴァはよく似ている。
あっけらかんと明るくて、脳味噌のネジが二三本吹っ飛んだような、掴みどころのない仕草。
稀代のトリックスター、幻魔将軍のキャラクターは、俺もよく知るところだ。

142明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:40:40
だけど、ガザーヴァの本質が悪性であるなら、カザハ君のそれは底抜けの善性であると俺は思う。
こいつには打算がない。その場のノリでも勢いでも、誰かを救う為に動ける奴であることは確かだ。
そういう奴でなきゃ、ミドガルズオルムの前に飛び出したりなんかしなかった。

ガザーヴァのキャラ性そのままに、行動理念を『善』に置き換えたなら、カザハ君になるのだろうか。
あるいは、善悪の区別がまるでついていなくて、従える者によって善にも悪にもたやすく転ぶのか。
魔王バロールの指示のもと、ガザーヴァが大量殺戮や大量破壊を行ってきたことは事実だ。

「カザハ君。こいつをお前に渡しておく、ちゃんと忘れずに装備しとくんだぞ」

俺はインベントリから一枚の札を出して、カザハ君に握らせた。
『聖女の護符』。闇属性ダメージを大幅に軽減するアクセサリ系のレアアイテムだ。
試掘洞で真ちゃんが見つけた『水神の護符』の聖属性バージョンだな。

帝龍の軍勢は殆どが地属性。聖女の護符が効果を発揮する状況は殆どないだろう。
だからこれはお守りみたいなもんだ。他ならぬ俺自身の……気休め。

「お前が『従う』べきなのは、パーティーリーダーのなゆたちゃんで、サブリーダーの俺だ。
 ……そいつをしっかり覚えておけよ」

ほどなくして、魔法機関車が地平線の向こうから滑り込んできた。
見た目なんも変わってないけどこれどうすんの?側面にジェットくらい付けてこいよ。

>「いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!」

みんなで首を捻っていると、癪に触るくらい元気な声が聞こえてきた。
舌打ちしながら目をやれば、やはりというかなんと言うか、これまた癪に障るイケメン顔がご開帳。

>「あれ? バロール? どうしてあなたが?」
>「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。

来ちゃったよ……暫定やべえ奴の元魔王様が。
これ以上頭痛のタネ増やさないで欲しいんですけお!舌打ち二回目。
突入部隊にはひっついて来ないようだが、それはそれで不安だ。

>「……バロール……」

姿を現したバロールに、マホたんは露骨に警戒した。
あっこれまずい奴じゃない?一触即発ってやつじゃない?
マホたんはバロールと短く二三言交わすと、それ以上は関わらないとばかりにその場を辞した。

>「ハハ……嫌われてしまったねえ」

「そりゃそーだろ。俺だってお仕事じゃなかったらお前みてえなクソイケメン様とお喋りしたくないもん。
 何馴れ馴れしく俺たちのアイドルと会話してんだお前あとで袋叩きやぞ」

少なくともマホたんは、バロールに対する警戒心を隠すつもりはない。
それは王都からの状況確認をシカトし続けてる時点でバロールにも伝わってるだろう。
隠し通さなきゃならないのは、俺たち増援のブレイブが、その警戒に合意しているかどうか。

こいつは何のためにアコライトまで出張ってきた?
必要があったからなんて言っちゃいるが、どこまで本当かわかりゃしない。
俺とマホたんの会話を聞かれていて、監視の為にこっちへ来た可能性だってある。

>「さては召喚するなりセクハラしたんだな!? もしかして嫌われ過ぎて音信不通にされたんじゃないの?」

「は?マジならギルティ案件なんだが?総力上げて潰すんだが?」

俺もまた、バロールに不信感を抱いていることを……悟られてはならない。
クソみたいな腹芸かましてでも。信じると決めた仲間を、欺くことになっても。

143明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:42:23
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

「いつでも行けるぜ、指差し確認も完了済みだ。今日も一日、ゼロ災でいこう」

車両も人員もヨシ!したけど一番肝心なところがヨシじゃない。
結局この機関車どうやって飛ばすの。朝礼でなんも説明受けてねーぞ!

>「やあ、いい景色だ……ここならいいレールが敷けそうだね。
 ならば――とくとご覧あれ! 『創世の』バロールの魔術、その極致たる……『創世魔法』を――!」

歩廊に登ったバロールが高らかに叫ぶ。
そしてラジオ体操みたいな身振りで杖を振るうと――地面が不意に輝き出した。
魔力が凝結し、形をつくっていく。現れたのは、虹色に輝く列車のレールだ。

創世魔法――!バロールのユニークスキル、人智を超えた魔道の極致だ。
穴ぼこだらけになった王宮も五分で修復するアルフヘイム最上の魔法が、アコライトを照らす。
またたく間に、戦場へと伸びる軌条が完成した。

「……つくづく思うぜ。こいつを魔王にしちまったのが、ローウェル最大の失態だってよ」

ゲーム本編ではこの至高の魔法を、趣味の悪いラストダンジョン建設ぐらいにしか使わなれなかった。
もしもバロールが死ななけりゃ、更地になったアコライトだって元通りに出来ただろうに。
というのがここを拠点にしてたマル様親衛隊長の言だが、多分元通りにはならねえよ。
あいつ趣味悪いし……。変な装飾とかいっぱい付けそう。今のアコライトみたいにな!!

>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
 さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

虹の軌条は鉄の車輪をしっかりと受け止めて、巨体を前へと滑らせる。
やがて速度が乗って、俺達は当初の予定通りに空を飛んだ。
だいぶ低空スレスレだけれども。

>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

「了解。『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」

なゆたちゃんの指示に合わせてスマホをたぐる。
同時に手に嵌った指輪が輝き出す。ローウェルの指輪がその効果を発揮し、迷霧を強化した。
いつもより格段に濃い霧があたりに立ち込め、トカゲ共の視界を完全に奪う。

「これで対空防御はヨシ、あと警戒すべきは――」

そのとき、車体が大きく揺れて俺は舌を噛んだ。
トカゲが側面に張り付いていやがる。手探りでしがみついてきたか。これも想定済みだ。

>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
 そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」

……これは想定してねえよ!!!
何を思ったか通信越しにバロールはレールを組み換え、車体が急上昇する。
急上昇っつーか、ほとんど宙返りだ。天地が逆転し、胃袋が振り回される。

>「ひゃあああああああああああああ!!!??」

「ぎょえええええええええっ!!!ジョン!俺を放すなよ!ジョーーン!!!」

ふわりと浮いた空中を泳ぎながら、俺はなんとかジョンの肩にしがみつく。
あのクソ魔王!マジでお前裏切ってんじゃねえだろうな!?
なんとか車内で落下死することはなく、車体が水平に戻った。

144明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:43:57
>「……あ……、ごめん……」

なんかなゆたちゃんがまーたエンバースと青春やってるぅー!
そーゆーの帰ってからやってくだしあ。マジで!!

とまれかくまれ、トカゲを振り落とした魔法機関車は敵陣を快進撃。
軍勢の中を縦断する強行軍に、トカゲ共はほとんど対応出来ていない。

>「帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな」
>「よっしゃあ! みんな、マホたんになるぞ―――――!! レッツ・マホたーん!」

「ついに来たか、この時が……!
 この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!
 いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!」

しかし、ここからは順調に行かなかった。
突如として列車が動きを止める。何かがぶつかった衝撃が車内を襲う。

>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』

客車の窓から顔を出せば、ヒュドラがその巨体で機関車を食い止めていた。
一体だけじゃない。都合三体が列車に食らいつき、今にも車体を転がさんとしている。

>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》
>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」

「わかった!おらっ寝てんな焼死体、外に打って出るぞ!」

なゆたちゃんを追うように客車を出て、列車の屋根に登る。
こいつらどうやって魔法機関車にぶち当たってきた?迷霧は効いてるはずだ。
蛇の中には熱源を探知するサーモグラフィみたいな器官を持ってるのも居る。
多頭のヒュドラなら、もっと高い精度で熱源を追えるってわけか。

「捉えられたのは偶然じゃない。もたもたしてっと増援が来るぞ――『サモン・ヤマシタ』!」

スマホをたぐり、革鎧が傍に出現した。
鎧の各所にはミスリルの魔法鋲が打ち込まれ、若干厳しさを増している。
バロールの技術支援でいくらか外装を強化してあるが、ヒュドラ相手にどこまで通じるかは未知数だ。

>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!」
>「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
 明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」

なゆたちゃんがポヨリンさんを、カザハ君がカケル君を呼び出して、俺と戦列を揃えた。
この段階でスペルは使えない――カードは全て帝龍戦に注ぎたいのはもちろんのこと。
俺は、カザハ君への警戒にもリソースを確保しなくちゃならない。

「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」

145明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:47:36
革鎧一体程度なら機動力は落ちないし、なんならもうひとりくらい乗れんこともないはずだ。
メイン武装が弓である都合上、上空を取ったほうが有利は必定。

そしてこれは、保険でもあった。
ヤマシタには弓と一緒に――短剣も持たせてある。

パートナーと離れんのは自殺行為に等しいが……そこはそれ、『訓練』の成果を見せる時だ。
たった一晩二晩の付け焼き刃だが、それでも俺は、王都に来る前よりかは動ける自信がある。
ジョンから叩き込まれた技術には、根本的な『身体の動かし方』も入ってたからな。

攻撃の躱し方。躱した後の受け身のとり方。攻撃を受けない立ち回り方。
まだまだいっちょ前とはいえねえが、この期に及んで甘えたことは言ってられねえ。

「ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!」

クリティカル率アップのバフに加え、クリ補正の高い攻撃スキル。
迷霧の基本性能であるクリティカル補正と飛行ユニットの射撃補正も加えれば、ほぼ確実に弱点に痛打が入る。
蛇の熱源探知は上下方向の識別が弱い。空中からなら初撃は阻まれずに打ち込めるはずだ。

>「カケル、『カマイタチ』!」

カケル君のスキルと同時、風を切って放たれた光輝く矢は、狙い過たずヒュドラの中枢に直撃。
クソ硬い装甲に阻まれるが――カザハ君の突風がそれを後押しする。
『Critical!』の表示と共に弱点をぶち抜かれたヒュドラは、多頭をのたうち回らせて沈黙した。

「よし、まずは一匹!」

俺は思わずカザハ君に向けてガッツポーズした。
ヤマシタの貧弱な攻撃力でも、弱点の貫徹に特化すればヒュドラを仕留められる。
タイラントが残りHPに関わらずコアふっ飛ばされて即死したのと同じだ。

問題は……バフを盛りに盛った上に地の利をとった不意打ちで、初めて弱点に攻撃が届くって部分か。
うーん、致命的!
真っ向からぶん殴ってヒュドラ叩き潰せるマホたんがいかに化け物かよーくわかった。
伊達にヴァルハラゴリラとか言われてねーわ……。

だがこれで、連携をうまくすりゃスペルなしでもなんとか戦えるってことは検証できた。
あとは、同時にバロールから突貫教育された『魔法』。
こいつが実戦で使えるかどうかテストする、またとない機会だ。

元魔王の編纂した『字が読めればわかる!魔法入門』をさっと一読した限りじゃ、
魔法を使うのに最低限必要なのは『認識』と『決定』のふたつ。
自分の中に流れる魔力を感じ取り、方向性を定めて放出する。
あとはそれをどれだけ素早く、複雑に、正確に行うかが魔法の巧拙を決める。

丹田?みぞおち?だかそのあたりで練り上げた魔力を腕を伝って指先に込める。
闇っぽいオーラがドロドロと漂い、バチバチ言い出したところで、呪文を唱える。

「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」

――その辺に漂う低級霊を操り、敵に体当たりさせる闇属性の初級魔法だ。
どす黒い球体と化した複数の低級霊が残り二体のヒュドラの片方に直撃。
ゴキャキャ!と笑い声だか衝突音だかわからない音が響き……分厚い鱗には傷一つ付いていない。

「駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜っ!!」

まぁね!そうなんじゃねえかとは思ってたよ!見た感じショボいもん!
ゲームではもっと派手なエフェクトで大量の霊が突撃してったから、これはもう単純な練度不足だろう。
最強の魔術師をもって「オメー才能ねえわ」と言わしめた俺の面目躍如と言える(皮肉)。

146明神 ◆9EasXbvg42:2019/11/18(月) 03:48:17
なんなら幼虫のマゴットですらもうちょいまともな魔法吐くわ。
あいつ加減出来ないから数発撃ったらもうガス欠でダウンするけど。

……だが!まだまだこれで品切れじゃあないぜぇ!
攻撃魔法が駄目ならデバフだ!陰湿な嫌がらせなら誰にも負けねえ!!

「ヤマシタ、『閃光弾』!」

油断なく継矢をつがえたヤマシタにもうひとつ指示を飛ばす。
ヒュドラのはるか後方へ飛んでいった矢は、空中で炸裂した。
爆風は起こらず、代わりに発生したのは――目の眩むような閃光。

FF無効で仲間の視界は塞がず、こちらを向いてるヒュドラに効果があるものでもない。
ヒュドラの背後で炸裂した光は、多頭蛇の『影』を前方――俺の居る屋根上まで引き伸ばした。
足元に伸びてきた影を、魔力を込めた右足で、踏む。

「『影縫い(シャドウバインド)』――!」

ニブルヘイムの尖兵・バフォメットの十八番――対象の影を踏んで動きを封じる魔法だ。
決まれば超火力で殴り殺される理不尽コンボパーツ!決まればなぁ!
果たせるかな、ヒュドラ二体の動きは止まった。硬直し、多頭すらピタリと空中に停止する。
効果……あった……のか……?

「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」

なんだこれ、『持っていかれる』!
どう表現したら良いかわからんが、もの凄い負荷が右足にかかってる!
足の骨がバラバラになりそうだ!

バキン!と金属質な音がして、まず一体目のヒュドラの戒めが解けた。
次いで二体目も自由を取り戻す。右足を襲っていた負荷がようやく消える。
動きを封じられたのはほんの一瞬。それだけで、凄まじい疲労感があった。

「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」

たった二回の魔法行使で俺は疲労困憊し、車上に蹲った。
結論。やっぱ魔法はパートナーに任せるべきです。

「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」


【疑心暗鬼。カザハ君に『聖女の護符』を渡し、装備させる。
 カケル君にヤマシタを同乗させバックスタブの準備。連携でヒュドラを一体撃破。
 覚えたての魔法を使ってみるも、STR不足で拘束失敗】

147ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:24:05
列車くるのを、座り、目を閉じ、待つ。

緊張していないといえば嘘になる。
だがそれ以上に・・・

>「きっきき、緊張してきたでござる……」

兵士はみな口を揃えて言う、緊張している、と。
みな笑って冗談のように言っているが、全員から恐怖の感情が感じ取れる。
恐らく全員でここに帰ってこれないだろうという恐怖、死ぬかもしれないという恐怖。

仲間と話す事によってみなその恐怖を緩和している。
それが正しい人間のあり方なのだろう。

>「この作戦で一番大切なのは、みんなの命です。
  帝龍本陣に到着したら、ドゥーム・リザードとの直接戦闘は極力避けて。
  もし戦うことがあったとしても、絶対に三人一組。スリーマンセルで戦うこと。
  必ずとどめを刺すこと。弱点については、今までの動画で教えたわよね?」

・・・戦いの前に余計な事を考えるのは僕の悪いクセだ。
これから取り返しのつかない戦いに行こうというのにこれではダメだ。

さあもう一度、集中しようとした瞬間。

>『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

作戦の時刻がきた。
僕は立ち上がり、部長を召喚する。

「ニャー!」「よし・・・いこう!部長」

列車に乗り込もうと近くによった瞬間中から一人の男が現れる。

>「あれ? バロール? どうしてあなたが?」

>「うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
  というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ。
  そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
  帝龍の相手は君たちに任せるよ」

こんなにも大きい列車を一人で移動させるほどの力があるのだから驚きだ。
しかしまさか現場に姿を現すとは思わなかった、バロールは自分は危険に晒さないタイプの人間だと思っていたからだ。

>「そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?」

>「いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう」

やはりなにかあるのだろう、連絡を怠っていたというのはそれだけの事があるのだろう、とは思っていたが。
二人の間には敵対という言葉はあっても信頼はありませんよ。そんな雰囲気だった。

148ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:24:29
>「正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
  その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?」

「もちろん!僕も部長も準備満タンさ!」

他の仲間がいる事を確認する。
全員いる、兵士達もやる気満々。

明神が・・・少し調子悪そうなのが気にはなるが・・・
本人がなにも言わない以上問い詰めても無駄だろう。

>「お願い、バロール」

>「名付けて『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』!
  さあ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の諸君! 行ってきたまえ……クエストスタートだ!」

虹色の線路が出現と同時に汽車が動き始める。

「これが”創生”のバロールの力か・・・!」

>《帝龍の本陣やと思われる場所までは、さっきも言ったとおり約5.6km。
  魔法機関車の最高時速は約85km/hってとこやけど、ずっとその速さで走ることはできひん。
  だいたい、到着までは7〜8分ってとこやろね》

「そんなに早く着けるのか・・・!?胡散臭いだけだと思ってたけどこれは
 バロールの評価を改める必要があるな!」

まるでジェットコーストのように城壁から急降下で、トカゲ軍団が支配する戦場へ突入する。
当然異物・・・列車をトカゲ達が見逃してくれるはずもなく。

「急げ!トカゲがくるぞ!」

>「明神さん! 『迷霧(ラビリンスミスト)』お願い!」

>「ギッ、ギギィ……」

霧を発生した瞬間、こちらを認識できなくなったトカゲの軍団は迷走し始める。
中には相打ちし始めるものまでいた、予想以上の効果でていた。

「だが近くにいる奴は反応して列車に張り付き始めてる!」

列車が強くゆれる、このままでは脱線も時間の問題だった。

>「ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!
  そぉーれっ! 360度ループコースターだ!」

「なんだって!?・・・う、うわああああ!!?」

見事な360度回転を見せ、バロールの力を強制的に認識させられると同時に。
僕と部長は思いっきり頭をぶつける事になったのだった。

「次やるときは前から宣言してくれ・・・心臓に悪すぎる」

149ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:24:59
無事になんとか何を逃れて、逃げ延びる事に成功した。
部長の頭にちょっとしたたんこぶができあがったがまあ、仕方ないだろう。

「ニャー!!」「よしよし・・・」

>「ついに来たか、この時が……!
 この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!
 いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!」

明神が元気よく叫ぶ、調子が悪そうに見えたが・・・気のせいだったようだ。
ところでバ美肉ってなんだ・・・?ブレモン用語?

ガガガァァンッ!!!

「こんどはなんだ!?」

列車がさきほどより激しく、強く揺れる。
それだけで留まらず、列車自体の動きも止まってしまう。

>『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』

完全に止まってしまったらさっきのような回転もできない、という事は。

「こっち側からすぐ打って出ないとまずいぞ!モタモタしてると振り切ったトカゲがまた来る!で!なにがこの列車止めてるんだ!?」

>「ヒュドラ!」

「なに!?」

ドガァッ!ドガァァンッ!!

列車がまた大きく揺れる、窓から外を見ると、そこには二匹のヒュドラがいた。
列車を止めているヒュドラとは別だろう、ということは3匹。

「3匹もいるのか・・・!」

>《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》

>「みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!」

やはりこっちから打って出るしか道はないようだ。

>「帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
  みんな、気を付けて! ……いくよ!」

「エンバースとなゆはなるべく戦闘を控えてくれ!なるべく俺達がやる!」

急がなければ後方や騒ぎを聞きつけたトカゲ達がやってくるだろう。

>「弱点は首の根本だったよね!? ボク達が気を引き付ける! ちなみに先着一名同乗可!
  明神さん、ヤマシタさんが矢を撃つなら手伝うからね! サモン!」

>「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」

カケルの背中にサモンしたヤマシタを乗せ、明神は電車の上に上る。

「僕は明神の援護に回る!頼んだぞカザハ!」

僕も明神の後に続くように屋根に上った。

150ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:25:22
>「ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!」
>「カケル、『カマイタチ』!」

ヤマシタが放った弓の射撃にカザハのカマイタチが重なり相手の防御を突破。
『Critical!』の表示と共にヒュドラを切り裂き・・・少し暴れたあとヒュドラは完全に沈黙した。

>「よし、まずは一匹!」

「ゲームみたいに表示でるの・・・!?ってそんな事気にしてる場合じゃないね!二人ともナイス!」

だが一匹のヒュドラが死んだ事で他二匹は完全にこちらを"敵"と認識したようだ。
油断していた最初の一匹と違い・・・次の不意打ちは厳しいものとなった。

「さてどうする・・・っていうかこれもしかして僕する事ないんじゃあ・・・」「ニャー・・・」

巨大なヒュドラ相手に、いくら武器を持っているとはいえ一人の人間が突っ込んでいっても無駄死にするのは確実。
しかしなにかしらの援護はできるはずだ、チャンスを待つしかない。

次の作戦を考えてる時に横にいる明神当然が不気味に笑い出す。

「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!

魔法の詠唱だった。ゲームやアニメでよくある魔法の詠唱だ。
明神の腕になにかドロドロした・・・いやこの場合は魔力というべきだろう、たぶん。それが集まっている!

「かっこいい!かっこいいぞ!明神!そのままやれ!」

『呪霊弾(カースバレット)』!!」

明神の腕から・・・闇の波動的ななにかが放たれ!ヒュドラに命中する!

ゴキャキャ!

変な音と共に・・・ヒュドラは倒れ・・・倒れ・・・倒れ・・・ない。

「あの・・・明神?」

>「駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜っ!!」

ダメだったようだ。

「にゃ〜・・・」

151ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:25:48
攻撃を受けたヒュドラは標的を完全にこちらに定め、近寄ってくる。

「くそ!今ので標的が完全にこっちになった!なんか策はないのか明神!」

まだある!そう明神が起き上がった瞬間

>「ヤマシタ、『閃光弾』!」

瞬間、周りに眩い光に包まれる。
反射で目を瞑ったが・・・どうやら僕達には影響はないらしい。

>「『影縫い(シャドウバインド)』――!」

明神は光で相手が怯んでるその隙を逃さず・・・ヒュドラ2体を拘束する事に成功した。
ヒュドラ達は頭を動かす事もできずその場にピタリと停止している。

「おぉ!凄いぞ明神!相手の動きが完全に止まっていれば僕と部長でも仕留められる!」

僕と部長が列車から飛び降りようとした瞬間。

>「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」

「!?どうしたんだ明神!しっかりしろ!」

明神の悲鳴と共に、バキンという音がなりヒュドラ達が再び自由になる。
ヒュドラ達の動きが始まるのと同時に、明神の悲鳴も止まる。

おそらく・・・止める為の力が足りなかったのだ。
あれだけの巨体を止めたんだ、魔力的ななにかを膨大に消費するのだろう。

>「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」

魔力ではなかった。

「明神!起き上がれるか!?すぐ逃げないとまずいぞ!」

こっちに向かっていたヒュドラの動きが、今の拘束により焦ったのか、さらに早くなっている。
カザハを追う為に列車から一時的に離れていた距離が・・・もうすぐあの長い頭が・・・こちらに届く距離にくる。

>「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」

「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」

そう発言しながらヒュドラのほうを見る。
ヒュドラは、頭の一つを思いっきり振りかぶり・・・。
明神目掛けて・・・いや正確に言えば僕達目掛けて・・・なぎ払うように・・・まるで鞭でもふるかのように・・・

「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」

倒れて動かない明神の体を掴み。
カザハに目掛けて投げる、あっちも乗せる余裕はないだろうが、頼むしかない。
もし第二打がきた場合、ただ投げただけでは明神はその二打目を避けきれない。

「明神をたの――――」

そして・・・鞭のように放たれたヒュドラヘッドは僕と部長をなぎ払った。

152ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:26:09
痛い、痛い、痛い、体中が痛い、口の中が血で一杯だ、吐き出さなきゃ、窒息してしまう。
痛い、痛い、痛い、でも痛みを感じるって事はまだ、僕はまだ生きてるって事だ。
早く、早く、早く、状況を確認しなきゃ、明神は?部長は?今の僕の体はどこにある?

動かそうと思っても左手の感覚がない、なくなったわけじゃない、たぶん骨が・・・。
そんな事きにしてる場合じゃない、右手と・・・両足はまだ動く、とりあえず体を起さなきゃ。

目を開き、体を起し・・・見たものは・・・仲間達・・・ではなく、ヒュドラの体だった。
僕は・・・列車から引き吊り下ろされ、今ヒュドラの足元にいた、部長といっしょに。
恐らくさっきの攻撃は相手への殴打と同時に殴打した敵を引き寄せるための物だったのだろう。

「ヒュー・・・ヒュー・・・」

まだ部長も息がある・・・だが時間の問題だ、いかに自動回復があるとはいえ。
このままなにもしなければ・・・僕がこのまま死ねば・・・部長も・・・死ぬ。

なゆ達を待つにしても場所が悪い、今僕達がいるのは足元だ。
ヒュドラに向かって魔法を打とうものなら足元にいる僕達が巻き込まれるリスクがある。

もし僕達を巻き込まなくても、ヒュドラが倒れた瞬間僕達がその下敷きになる可能性もある。
強引に助けに僕達の所に来れば頭で撃ち落される。

ヒュドラは動かない、僕達にトドメを刺すこともしない。
僕達を足元で生かさず殺さず置いて置いたほうが、自分が有利になると、本能で理解しているから。

・・・なんて惨めなんだろう、人に散々言っておきながら、一番理解していないのは僕だったじゃないか。
命がけの戦争だ、遊びじゃないんだ・・・などと・・・偉そうな事言っておきながら・・・。

「ふふ・・・ふふふ・・・」

今まで、死の恐怖なんて味わった事がなかった、昔銃を向けられた時でさえ、恐怖なんて感じなかった。
さっき兵士達が恐怖を紛らわしていたときでさえ、僕は遠巻きに不思議に思っていた。

初めて死に瀕して分かったのだ、僕は恐怖を感じなかったのではない、知らなかっただけなのだと。

これが笑わずにいられるだろうか。
偉そうに人に向かって殺す、などと口にした自分が、一番殺す、殺されるを理解してなかったのだから!。

「一番ゲーム脳が抜けていないのは・・・僕じゃないか・・・」

ふらふらと立ち上がりながら・・・父から飽きるほど聞かされた言葉を思い出す。

"やり直しができる失敗はしておけ"

そう・・・まだ僕は死んでいない、なら・・・やり直せるはずだ、今からでも。

「雷刀(光)!プレイ!」

刀を召喚する、そして右手でそれを掴み、構える。

それと同時に心に、体に赤いなにかが纏わりついていく。
非常に不愉快だ、不愉快だが、でも今体から感じる激しい痛みに比べれば、心地よいものだ。

視界が赤く染まり、抗い難い破壊衝動に駆られる。

どんな時も冷静であれ、そう・・・父や母は言っていた。
だが・・・どうしてこの状況で冷静でいられようか?冷静で居られない事をだれが責めるというのか!

『アハハハハハハ!』

153ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/11/18(月) 20:26:41
目の前の巨体・・・ヒュドラと対峙する。
汽車を止めるだけの巨体とパワー、そして複数の頭。
とても人間では勝てないだろう・・・人間では。

化け物の力がどこまで通用するか・・・試してみよう

『ここからが本当の戦いだ』

ヒュドラは僕と少し距離を取り、こちらを睨みつける。
どうやら僕の事を餌・・・ではなく敵と認識してくれたらしい。

『そうだ・・・それでいい・・・』

今、僕の周りには、死に通じる道が連なっている。
いや、見えてなかっただけで最初からそこにあったのだ。

死の恐怖が僕を包む、始めての感覚だが・・・悪い気分ではなかった。

『うおおおおおお!』

体の痛みが嘘のように素早く走りだす。
左腕は動かないし、正直足だっておぼつかない、でもヒュドラを殺す、死にたくない、死の恐怖をもう少し味わっていたい。
その矛盾した意思が、衝動が、心が、僕の体を普段以上に動かしている。

危険を察知したヒュドラが器用に頭を振り回し、僕を攻撃しようとする。

『甘い!』

向かってきたヒュドラの頭を回避し、その勢いを利用して頭部を切断する。

『悪いね、伊達に化け物・・・なんて呼ばれてたわけじゃないんだ』

ヒュドラは叫び、怯む。
当然その隙を逃さず、僕はヒュドラの体に剣を突き刺し、足場にしながら上っていく。

完全に根元まで上った後はもう、突き刺すだけだった。

急所は当然鱗に覆われておりなかなか突き刺さらない。
弾かれる、突き刺す、ヒュドラが暴れる、突き刺す、弾かれる。

それを繰り返す内に雷刀の効果が蓄積し、ヒュドラの動きが段々鈍くなっていく。

『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』

完全にヒュドラが麻痺した瞬間。
連打によってできた鱗の傷から勢いよく、刀が突き刺さった。

『しねええええええええ!』

突き刺さった刀を・・・思いっきりヒュドラの急所を抉るように・・・振り抜いた。

抉られた場所からは噴水のように血が溢れ出す。
最初こそもがき苦しむように暴れていたヒュドラも・・・血があふれ出すのが止まるにつれ・・・動かなくなった。

返り血に塗れ、真っ赤に染め上がった僕は、視界不良とは言わないまでも、迷霧で薄い白みかかった空を見ながら呟く

「あぁ・・・殺すじゃなくて・・・やっつける・・・だったな・・・
 いきなり・・・約束を・・・破って・・・しまったな・・・」

ピコン。

スマホにスキル習得の通知が来ていたが、放心状態の僕の耳には届かなかった。

【明神を庇い負傷するも、ヒュドラ一体撃破
 ジョンがスキル「ブラッドラスト」習得。効果???】

154embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:39:56
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅰ)】

意識を取り戻した焼死体は彷徨うような足取りで、しかし問題なく待機地点へと辿り着いた。
霊的強度の深化によって変質した知覚は、生命の気配を半無意識的に感知出来た。
世界は闇色に染まって見える/命は単なる熱分布として処理される。

《お待ちどうさ〜ん。注文の帝龍本陣やけど、だいたいの目星はついたで〜》

「……流石だな、みのりさん。これで後は、俺達が帝龍と遊んでやればいい訳だ」

軽口を叩く/平静を装う――そこに遅刻を誤魔化している以上の意味を見出す者など、いない。

『……ってことで。いい?エンバース。もう一度言うね……」

「面白いな、今の。チュートリアルを飛ばそうとボタン連打してたら、よくなるやつだろ。
 もう一回教えてって……何?違う?本当に俺が作戦を聞いてなかったと思ってたのか?」

背後から少女の声が聞こえた/振り返る/見下ろす――様子を伺う。
焼死体は“燃え残り”が如何なるモンスターであるかを知らない。

「――実のところ、その通りだ。よく分かったな」

少女はどうか――己の進化の兆候は、見抜かれているだろうか。

『今回は、ちょっと無茶しなくちゃいけないかもだから。……ゴメンね、あなたまで付き合わせちゃって』

「無茶をしなくちゃいけない。なるほど、お前にとってはそうかもな。
 だが俺にとっては――煌帝龍なんてのは精々、新コンボの練習台だ」

『でも……叶えてくれるんでしょ? わたしの願い――。
 『だれも死なせずに、この戦いに勝つ』。わたしはそれがしたいの。
 ね。わたしに見せてよ、エンバース。
 みんなで勝ったぞ! 生き残ったぞ! って……この場にいるみんなが笑ってる光景を』
 
「……お前がそれを望むなら、そうしよう」

亡霊の視覚では、少女の表情は殆ど読み取れない。
だが見えずとも視える――王宮のあの夜、少女が見せた微笑みが。
報恩と、贖罪を成す/あの微笑みを、守る――その誓いを翻すつもりはなかった。

『……頼りにしてるぞ』

「ああ、正しい選択だ。俺以上に強いプレイヤーなんて、存在しないんだからな」

『ところで、あなた何か雰囲気変わったね? 口では説明できないんだけど、なんとなく。
 なんだろー。どうしてだろー。う〜ん?』

「――なるほどな」

どうやら“燃え残り”の生態――もとい死態は、少女にも勘付かれていないようだった。
不可解な事ではない――燃え残りは、かつての未実装エリアから発生したモンスターだ。
その進化形態が、ゲーム本編において未だ未実装だったとしても、何もおかしくはない。

『俺はいいと思うよ!その何か……紫っぽい目元とか!マジで何よそれ?カラコン入れた?』

「知らないのか?明神さん。これは熱膨張……いや、粉塵爆発――――そう、炎色反応だ。
 お察しの通りカラコンを入れてみたら秒で燃え尽きた上に――気付けばこうなっていた」

明神に関しても同様――ならば己の現状を、敢えて告げる理由はない。
未練と執着が不死者を別の何かへと変えるのなら――その変化は実質、不可避だ。
――分かっている。全て終わった事だと。それでも……“最強”は、俺だったんだ。譲れない。
――分かっている。俺はモンスターだ。俺は容易く、俺以外の存在へと変容し得る。だが、それがなんだ?



――どうせ、一度死んだ身だ。俺がどうなろうと、こいつとの約束に抵触する事はない。

155embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:40:22
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅱ)】

『皆さま、大変お待たせ致しましタ。魔法機関車、アコライト外郭に到着でございまス』

「魔法機関車で特攻か。クソ長いロード画面で見飽きたとは言え、今から使い潰すとなると――」

『いやぁ〜、はっはっはっ! 久しぶりのアコライト外郭だなぁ! 結構きれいだね、うん!』
『あれ? バロール? どうしてあなたが?』

「――お前の顔は見飽きたし、潰れていようが何の感慨も湧かないけどな。何の用だ、バロール」

『うん、いい質問だモンデンキント君! 今回の作戦には、私も参加しようかと思ってね。
 というか、魔法機関車を飛ばすなんて芸当、時間も準備もなしにするなら私も現場に赴くしかなかったのさ』

「なら、次からは先にそう言ってくれ。その必要がない、別のプランを立てる。
 だが、折角来たんだ。列車を浮かせるついでに、帝龍の軍団も蹴散らして――」

『そんなわけで、今回はよろしく頼むよ! ……と言っても、私が出張るのはここまでだ。
 帝龍の相手は君たちに任せるよ』

「……ふん、気が利かないな。出し惜しみをする理由が、何処にある?」

『久しぶりだね、ユメミマホロ君。キングヒルで君を召喚して以来だ。
 連絡がなくとも、アコライト外郭が持ち堪えていたことで君の生存は分かっていたが――
 それでも気がかりだったのでね。また元気な顔を見られてよかった』

「答える義務はない、か?ああ、そうだな。分かっているさ――お前はそういう奴だ」

『そう。……心配かけたわね。
 せっかく召喚したのに、思い通りにならない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でごめんなさい?』

『いいさ。その辺りも考慮したうえでの召喚だ。
 君はよく頑張ってくれた、期待以上の働きだよ。ありがとう』

戦乙女は応じない――踵を返し、守るべき兵士達の元へと戻っていった。

『ハハ……嫌われてしまったねえ』

「――いいや。あれは許してあげるきっかけが欲しくて、追いかけてくるのを待っているパターンだ。
 すぐに後を追え。あくまでドラマチックに、例えば――肩を両手で掴んで引き止めると、効果的だ」

156embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:44:22
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅲ)】


『正午になると、帝龍が『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を使ってくる。
 その前に勝負をつけよう。みんな、準備はいい?』

「時間に余裕がありすぎるな。ウォーミングアップに一試合してから、出発でもいいぜ」

無根拠な大言――焼死体が、まだ■■■■だった頃の名残。

そして――魔法機関車は走り出した。
空中に伸びる虹をレールに、濃霧の中を龍のように、泳ぐ。
霧の底で彷徨うトカゲ達はすぐ頭上を征く列車の姿も、その走行音も知覚出来ていない。

『う、うわっ!』

だが、何事にも例外は存在する――例えば濃霧は、気流を感知する皮膚感覚を阻害し得ない。
不意に魔法機関車が激しく揺れた/鎧戸の壁面を何かが這うような重い金属音。
何が起きているかのは明白――だが、取り得る対策は限られている。

「モンデンキント、一度離れろ。心配するな、すぐに戻る。
 明神さん――障害物を隔てた先への召喚は習得済みか?」

焼死体が立ち上がる/溶け落ちた直剣を抜き、鎧戸を見つめる。
亡者の視覚には、見えていた――厚い金属板越しにも、トカゲ達の位置が。
まずは鎧戸に張り付く個体を刺殺/然る後に車外へ/敵を殲滅――全て、容易く実行可能だ。

『ちょっとゴミ掃除をしなくちゃいけないかな? では、みんな手近なものにしっかり掴まっていてくれたまえ!』

「待て、何をする気だ。余計な事を――」

『そぉーれっ! 360度ループコースターだ!』
『えっ!? ちょ、バロー……』

「――ちっ」

少女が再び、焼死体にしがみつく/焼死体も、咄嗟に剣を仕舞い――少女を強く抱き寄せた。
時速80キロ前後の列車による曲芸飛行――それに伴う慣性力は、生身の人間を容易に殺め得る。

『ひゃあああああああああああああ!!!??』

モンスターの腕力/握力ならば、暴力的な加速度の中でも、内装の一部を掴み続ける事は可能だ。
だが焼死体/燃え落ちた肉体は、軽い――重量は各種装備品を含めても30キロ弱。
故に外力により容易く作用される――それは、少女にとって危険だ。
その危険性に対し、即時実行可能な予防策は一つだけだった。
つまり――少女を抱き留める腕に、更に力を込める。

「……落ち着いたら、手を離せ。接敵が一度だけとは限らない。
 次こそは、俺が出る。バロールが余計な真似をする前に――」

『……あ……、ごめん……』

不意に、焼死体の視界に色彩が返り咲く。
より正確には――色彩感覚があった頃の記憶に、塗り潰される。
指標無き冒険の最中――誰もが“日常の中にいた自分”を保てなかった頃の記憶。


『――ごめん。私らしくないのは分かってる……だけど、もう少しだけ、このままでいて』


焼死体が弾かれたように立ち上がり、少女に背を向けた――その眼差しから逃げるように。
少女の表情が見えないのは幸運だった――罪悪感は、あまりにも容易く、魂を黒に染める。

「……次の接敵に備える。そこで、じっとしていろ」

157embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:45:01
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅳ)】

濃霧の海を、魔法機関車は進む――二度目の接敵は、まだ、発生しない。

『帝龍の本陣まで、あと3分くらいってとこね……。そろそろ『幻影(イリュージョン)』のかけ時かな』

『ついに来たか、この時が……!』

「ああ、もうすぐ煌帝龍のマヌケ面が拝めるぞ。その数分後には、負け犬の吠え面も――」

『この俺がバ美肉し、バーチャル美少女クソコテ笑顔きらきら大明神としてデビューする日が!』

「バビ……なんだって?俺が知らない間に流行した用語か?」

『いくぜ野郎共!あの変態代表取締役をまっほまほ(かなり死語)にしてやろうぜ!!』

「ああ、いや、なるほどな。分からなくても問題ない事だと、分かった――」

不意に、列車の天井越しに何かを見上げる――亡者の眼のみに映る何かを。
数秒後に発生する、二度目の接敵を――焼死体は、事前に予期していた。

直後、魔法機関車が、先ほどよりも激しく揺れた/焼死体が咄嗟に少女へ振り返り、左手を翳す。
確かに発生した筈の、時速80キロからの完全停止による反動は――少女を害する事はなかった。

『ボノ! どうしたの!? 何があったの!?』
『先頭車両が何者かによって止められていまス。このままでは発車できませン』
『何者かって……』

少女が鎧戸を開け、顔を外に出す――ホラー映画なら、この後亡くなっていただろう。

『ヒュドラ!』

「――用が済んだら、すぐに首を引っ込めろ。危なっかしくて、心臓が動き出しそうだ」

《このままじゃ危ない、機関車がレールから引きずり降ろされたら終わりだ! 諸君、迎撃を!》

「お前に言われなくても――」

『みんな、手伝って――! 機関車が壊される前に、ヒュドラを仕留める!』
『わかった!おらっ寝てんな焼死体、外に打って出るぞ!』
『捉えられたのは偶然じゃない。もたもたしてっと増援が来るぞ――『サモン・ヤマシタ』!』

「――分かってるさ。俺が一匹受け持つ。さっさと終わらせよう」

『帝龍との戦いのために、スペルカードは可能な限り温存しておかなくちゃならない……。
 みんな、気を付けて! ……いくよ!』

「ああ、行くぞ――フラウ。復帰戦だ」

緊迫した戦況の中――焼死体は笑みを浮かべていた。

158embers ◆5WH73DXszU:2019/11/25(月) 06:45:19
【ステップ・トゥ・ルイン(Ⅴ)】

鎧戸から飛び降りる/霧の底に偶然いたトカゲの頭部へ着地/刺殺――視線を前方、上方へ。
多頭蛇の眼光は、既に焼死体を捉えている/焼死体は動じない――物理的にも、精神的にも。

「完全召喚はクリスタルの消耗が激しすぎる。剣を握るのは俺だ。
 新しい体には、もう慣れたか?まだなら、ここで慣らしておけ」

ヒュドラが、その頭部の一つを振り上げる。
次なる行動は明白/対する焼死体の行動は、たった一つ。
左手を、己を叩き潰さんと唸る蛇頭の大槌へとかざす――それだけ。
響く轟音/揺らぐ大地/濃霧が迸る衝撃を可視化する。
だが――ヒュドラの一撃は、外れていた。

ただ立ち尽くしていた獲物を何故、叩き潰す事が出来なかったのか。
ヒュドラには理解出来なかった――恐らくは、誰にも理解/認識出来なかった。
焼死体の左手――より正確には左手首から一瞬、純白の触腕が奔り、先の一撃を弾いていたとは。

「……問題なさそうだな」

狩装束の左手首には、革帯と鋲によって――画面の割れたスマホが固定されていた。

「みんなが心配だ。さっさと終わらせるぞ」

迫る次なる一撃/左手を掲げ/奔る触腕――ヒュドラの首に爪を掛け、同時に収縮。
燃え落ちた肉体は素早く軽やかに宙へ/だが多頭蛇の通常攻撃は、一度ではない。
左手を翳す――触腕が、追撃に牙を剥く蛇頭を、初撃の頭と一纏めに括り付ける。
怒りの咆哮/触腕を引き千切るべく荒ぶる双頭――拘束は数秒と続かずに解けた。
解かれたではなく、解けた/瞬間――焼死体が風を切り、宙空に大きく弧を描く。
双蛇の抵抗を、慣性として逆利用した、振り子運動――終着点は、決まっている。

「――よし、よくやった。列車に戻るぞ、フラウ」

急所に突き刺した愛剣を引き抜く/血振りを一閃――感慨も余韻も必要ない。
魔法機関車へ左手を伸ばす/触腕が焼死体を引き寄せる――着地を果たす。

「……みんな、無事みたいだな」

生命反応に陰りはない/故に焼死体は仲間の無事を確信する。
例えその内の一人が、夥しい量の血に塗れていたとしても。

159崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:24:21
魔法機関車の屋根にのぼったなゆたは、同じく屋根にやってきた明神、ジョンと轡を並べてヒュドラと対峙した。
明神とヤマシタ、ジョンと部長、なゆたとポヨリン。それぞれのマスターとモンスターが、同じ方向を見据える。
そんな様子に、緊迫した状況だというのになゆたは小さく微笑んだ。
そして、隣にいる明神の脇腹を肘で軽くつつく。

「ね、明神さん。
 お互いに鎬を削るPvPっていうのも、もちろん面白いけど……。
 やっぱり。みんなで一緒に強い敵をやっつける、レイド戦が一番面白いね!」

対人のランクマッチはブレモンの華だ。それは間違いないし、他ならぬ自分もランカーとして名を馳せている。
だが、それよりも。やっぱり全員が同じものを見て、同じ目的のために邁進する戦いが、なゆたは好きだった。
つい先日、王都で熾烈な戦いを経て。絆を深めたから、尚更そう思う。
だからこそ――誰も死なせたくない。この戦いは、必ず全員で成し遂げなければならない。

……とはいえ。

「ポヨリン! 『スパイラル頭突き』!」

『ぽよっ! ぽよよぉ〜っ!!』

なゆたの命令によってポヨリンが勢いをつけてジャンプし、高速回転しながらヒュドラに突っ込んでゆく。
ボムッ! という音が響き、ヒュドラの多頭のひとつに弾丸と化したポヨリンが激突する。
が、軽い。ヒュドラは衝撃に一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐにポヨリンめがけて大顎を開き反撃をしてきた。
持ち前のすばしっこさで、ポヨリンはぴょんぴょん跳ねながら巧みにその攻撃を避けてゆく。

――やっぱりきついか……!

なゆたは胸中で臍を噛んだ。
ブレモンは属性ゲーである。属性で優位を取れば、レベルやレアリティの低いモンスターでも高レアに勝てる。
逆に、不利属性が優位属性に対して攻めきる方法は極めて少ない。まだ互いに無関係な属性同士の方がいい勝負ができる。
ゲームの中のそんな設定が、この現実のアルフヘイムでも適用されている。
帝龍の軍団はその大半が地属性だ。なゆたの水デッキ、ポヨリンの水属性では帝龍のモンスターに致命打を与えられない。

>エンバースとなゆはなるべく戦闘を控えてくれ!なるべく俺達がやる!

「……ゴメン、ここは任せるね……! 気を付けて、ジョン!」

ジョンの提案に、なゆたは素早く後方車両の屋根に退く。
ただでさえ不利な属性相手だ。今は余計な消耗は避けたい。
なゆたの攻撃が決め手に欠く中、仲間たちは着々と戦いを進めてゆく。

>ヤマシタ……『鷹の目』、『狙い撃ち』!
>カケル、『カマイタチ』!

カザハとヤマシタを乗せたカケルが、その名の通り天を駆ける。
ポヨリンでは僅かなダメージしか与えられなかったが、カケルの風属性とヤマシタの矢はヒュドラには効果覿面である。
弱点である多頭の付け根、胴体にある中枢を撃破され、三体のうち一体が活動を停止する。

>ゲームみたいに表示でるの・・・!?ってそんな事気にしてる場合じゃないね!二人ともナイス!

「出る出る」

他にも『Stun!』とか『Overkill!』とかいろいろ出る。
明神のターンは終わらない。さらに、残った二体のヒュドラへ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』自ら攻撃を試みる。

>喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!

「明神さん、いつの間に魔法なんて……! すごい!」

明神が魔法を使っている。これにはさすがのなゆたも度肝を抜かれた。
しかし、自分だって内緒で『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』のスキルを習得していたのだ。
明神がこれからの戦いに備え、何らかの戦術を構築していたとしても何ら不思議ではない。

――あの『うんちぶりぶり大明神』が魔法を使って世界を救ってるとか。
 スレのみんなに言ったって、ぜったい信じてもらえそうにないね……。

妙なところで感慨深くなるなゆただった。

160崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:35:50
だが、明神の快進撃は長くは続かなかった。
必殺の呪霊弾は音ばかりは派手だったが、ヒュドラには掠り傷さえ与えられずに消滅してしまった。

>駄目じゃねえかクソ魔王〜〜〜〜〜っ!!

「だめかぁ〜……」

>『影縫い(シャドウバインド)』――!
>あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!

さらに明神は名誉挽回とばかりに『影縫い(シャドウバインド)』を発動したが、これも不発に終わった。
魔法とは、言うほど便利なものでもないらしい。
いくら日本人の識字率が高いとは言っても、ハウツー本を読んだだけで大魔導師になれるなら苦労はしないのである。
ただ、どんなショボくれた結果でも『撃てる』ということは大事だ。あとは、純粋に練度を上げてゆけばいいのだから。
地球でもアルフヘイムでも、大事なのは反復練習であろう。

>ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も

《はっはっは! いやいや、そう卑下したものでもないよ明神君!
 次回は『影縫い(シャドウバインド)』に『負荷軽減(ロードリダクション)』の魔法を併用してみるといい。
 今後の課題としておきたまえ!》

スマホ越しにバロールが明神を褒める。
バフォメットはバカ筋肉なので、今の明神のように『影縫い(シャドウバインド)』の負荷を筋力で押さえ込んでいた。
しかし、普通の魔術師はその辺りをいろいろ工夫しているらしい。
カザハは――きっと風属性の加護があるのだろう。たぶん。
今の魔法で早くも力を使い果たしてしまったらしい明神が、機関車の屋根に蹲る。
そして、ヒュドラが動かなくなった敵を放っておくはずがなかった。

「くっ! ポヨリン、明神さんを……」

>!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア

ヒュドラの首が明神に迫る。なゆたはポヨリンに指示を出そうとした。
しかし、そんななゆたよりずっと早く、明神を助けるべくジョンが駆け出している。
明神に駆け寄ったジョンは持ち前の筋力で軽々と明神の身体を担ぎ上げると、空を舞っているカザハへと放り投げた。
渾身の投擲によって明神はヒュドラの攻撃対象から外れたが、それは代わりにジョンがヒュドラの攻撃対象となったことを意味する。

>明神をたの――――

明神を救うことに全精力を費やしたジョンに、自らを守る手段はない。
ヒュドラの首が死神の大鎌よろしくジョンと部長を薙ぐ。
まるで自動車事故防止の啓発ビデオで吹っ飛ぶダミー人形よろしく、ジョンと部長は吹き飛ばされた。

「ジョ――――ンッ!」

ジョンと部長はそのままヒュドラの首に手繰り寄せられ、列車外へと落ちていった。
すぐに、なゆたは屋根の縁ギリギリで身を乗り出し、下方のジョンを確認した。
幸い死んではいないようだが、そのダメージは甚大だ。血まみれのその様子から、骨折や内臓破裂もしているかもしれない。
すぐに、なゆたはスマホのスペルカード一覧をタップした。『高回復(ハイヒーリング)』を選択する。
しかしジョンはふらふらと立ち上がると、何を思ったのか巨大なヒュドラ対峙した。

「ジョン! 無理しないで、逃げて! 今『高回復(ハイヒーリング)』を――」

>雷刀(光)!プレイ!

驚いたことに、ジョンは満身創痍の状態でヒュドラと戦おうとしているらしい。しかも、自分自身が。
部長は動いていない。エンバースやカザハのようなモンスターならともかく、ジョンは生粋の人間だ。
いくら鍛えているとはいえ、巨大なモンスターに勝てるはずがない。
それは、ガンダラやリバティウムの戦いを経てなゆたが実感した経験である。
自殺行為だ――なゆたはそう思った、が。

「……!?」

なゆたは目を瞠った。
雷霆で作った剣を構え、ヒュドラと対峙するジョンの身体に、紅色の何かが渦を巻いて纏わりついてゆく。
最初は血煙かと思った。しかし、違う。
それは闘気のような、殺気のような。
あるいは、ジョンの中で日頃は静かになりを潜めている何か――

そう。狂気の、ような。

161崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:39:12
>アハハハハハハ!
>ここからが本当の戦いだ

ジョンが独りごちる。ぞっとするような、冷たい笑い声だった。
いつもの穏やかな、他人の身を案じるジョンの声とはまるで違う、怖気をふるうような声音。

――同じだ。マホたんを殺すって言った、あのときのジョンと……。

自衛隊のヒーロー、被災地のアイドル。
快活で正義感に溢れるジョン・アデルという人間の中に存在する、言い知れない昏さ。
それが顕在化しているかのような豹変ぶりに、なゆたは思わず息を呑んだ。
ヒュドラが巨体をじり……と後退させる。怯えているのだ、自分の質量の三十分の一もない人間相手に。
そこまでの巨大な魔物を怯えさせるだけの何かを、ジョンは持っている。

>うおおおおおお!

ジョンは血霧のようなものを纏いながらヒュドラを圧倒してゆく。
その動きはエンバースにも劣らない。ヒュドラの多頭を斬断し、中枢神経に狙いを定める。

>おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・
>しねええええええええ!

咆哮にも似たジョンの叫びと共に、弱点を貫かれたヒュドラはその活動を停止した。
まさに鬼気迫る、狂戦士(バーサーカー)と言っても差し支えないほどの戦いぶり。
あくまで仲間内での戦いでしかなかった王都のデュエルでは決して見せなかった、これがジョンの本当の姿なのだろうか?
それを考えると、なゆたはジョンの活躍を手放しで喜ぶことはできなかった。

「……なんてこと」

小さく呟く。
しかし、このままにしてもいられまい。なゆたは中断していたスペルカードの使用を実行した。
『高回復(ハイヒーリング)』をジョンに向けて切る。彼のダメージもこれで癒えることだろう。
それが終わると、なゆたはすぐに残り一体のヒュドラへ視線を向けた。

>みんなが心配だ。さっさと終わらせるぞ

眼下に、停止した列車の外へ飛び出していたエンバースの姿が見える。
今朝、なゆたはエンバースの雰囲気が以前とは違う、と指摘した。しかし、変わったのは雰囲気だけではなかったらしい。
戦闘方法までが変わっている。今までのエンバースの戦い方はそれこそ先ほどのジョンのような戦い方だった。
それが、何か――ロープか鞭のようなものを併用しての戦い方になっている。

「……あれは……」

よく見れば、エンバースの左手にはいつの間にか一台のスマホが括りつけられていた。
その割れた液晶画面から、一瞬ロープ状の何かが飛び出しては巧みにヒュドラを翻弄している。

「あれは……モンスター……?」

エンバースはスマホを持たないと思っていた。だが、どうやらそれは違ったらしい。
どういったいきさつでエンバースがスマホを解禁したのかは知らない。が、パワーアップには違いあるまい。
『俺以上に強いプレイヤーなんて存在しない』――圧倒的な自負心を裏付ける確かな強さで、エンバースはヒュドラを撃破する。
こともなげに列車の屋根へ帰還したエンバースを迎えると、なゆたはぱちりとウインクしてサムズアップした。

「おかえり!」

>……みんな、無事みたいだな

「ん……そうね。とりあえず……」

なゆたは頷いた。明神は力尽き、ジョンは血まみれになってしまったが――まだ、全員生きている。
不安はない訳ではないが、今はこのままの勢いで行くしかない。

162崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:46:30
ヒュドラを排除し、魔法機関車がふたたび虹のレールの上を走り出す。

「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」

「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

なゆたの号令にマホロが大きく右腕を振り上げ、守備隊が同調する。
スペルカードのまばゆい光が一瞬、魔法機関車の中を遍く照らし――
そして。300人のユメミマホロが爆誕した。

「うーん。300(スリーハンドレッド)って感じ」

《なゆちゃん、それ負け戦やから言うたらあかんよ〜?》

自分を含めて列車中の人間が全員ユメミマホロになったのを見てなゆたが呟き、みのりがツッコミを入れる。

『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

ボノがアナウンスする。何度か妨害はあったが、想定の範囲内だ。
作戦は順調に進行中と思っていい。あとは、本陣に乗り込むと同時に300人のマホロで攪乱し、帝龍本人を押さえる。
マホロを手に入れたい帝龍は変身した兵士たちをむやみに傷つけられない。うまく行けば、戦いは一瞬で終わる。
そう――

【うまく行けば】。

ガガガァァァンッ!!!!!

「きゃあああああッ!!」

またしても、激しすぎる衝撃が魔法機関車を揺さぶった。
トカゲやヒュドラの比ではない、巨大すぎる衝撃だった。機関車の鎧戸が一撃で吹き飛び、車体がミシミシと悲鳴を上げる。

「ボノ! またヒュドラ!?」

『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』

「一番の質量……!?」

『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

ガゴォォォォォォォォォンッ!!!!

横殴りの凄まじい衝撃が魔法機関車全体を襲う。そのあまりの威力に、機関車はただの二撃で虹の軌条から脱線し高く宙を舞った。
先頭車両からすべての客車含め、総重量400トンはあろうという列車が、まるで鉄道模型か何かのように――である。
このまま落下して地面に叩きつけられたら、全員終わりだ。
といって、全員を列車から退避させる方法などない。退避させるとしても、宙に飛ばされた今どこへ逃がすというのか。
万事休す――そう、思ったが。

《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》

スマホからバロールの声が聞こえてくる。
その瞬間、何者かによって虹の軌条の外へ弾き飛ばされた魔法機関車の足元に再度レールが現れる。

《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

吹き飛ばされたまま、ほとんど水平に倒れた姿勢で、魔法機関車は空中に敷かれたレールを突き進む。
先ほどのループコースターと違い、今度は重力操作の魔法のお陰で客車内の人間がひっくり返ることもない。
魔法を扱うのに必要なのは『認識』と『決定』。
どんなに優れた魔術師でも、魔法を行使する際にはこれから使う魔法と自らの魔力を認識しなければならない。
よって、魔法を使うのはひとつずつ順番に、ということになる。熟達した魔術師なら、その時間を限りなく短縮できる――が。
バロールはそれを『同時に』3つやってみせた。これは本来、頭が3つ付いてでもいない限り不可能な芸当である。
それをこともなげにやって見せるあたり、継承者筆頭の面目躍如といったところか。

《慣れれば明神君もこの程度の芸当はできるようになるさ! 頑張ろう!》

無茶だった。

163崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 21:50:19
なおも帝龍本陣へと突き進む魔法機関車だったが、軌条問題は解決したものの何れにせよ長くは持ちそうになかった。
二度の横殴りの攻撃に、車軸は歪み車輪もいくつか外れてしまった。走りながらも、客車がギシギシと嫌な音を立てる。

《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》

「は、はいっ!」

前方に巨大な天幕と防護柵、駐屯している敵兵士たちの姿が見える。
みのりが鋭い声で注意を促す。なゆたは頭を押さえて蹲った。
マホロや兵士たちも手近なものに掴まったり、床に身を屈めたりして衝撃に備える。

ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

最終的に魔法機関車は完全に横倒しになり、地面に不時着して百メートル近く巨大な溝を刻みながら止まった。
同時に先頭車両の機関部が黒煙を上げる。完全に故障してしまったらしい。

『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』

「いたた……。みんな、大丈夫……?」

ひっくり返ったボノのアナウンスを聞きながら、全員の安否を確認する。
マホロや兵士たちは無傷だ。それから『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの様子を確かめ終わると、なゆたは立ち上がった。

「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」

「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

最初に客車からマホロに変身したなゆた、カザハ、エンバースが出、それから本物のマホロと兵士たちが出る。
魔法機関車が突然本陣に突っ込んできたあげく、中から大量のユメミマホロがワラワラ現れ、帝龍本陣は当然のように混乱した。

「なっ、何事アル!?」

本陣の奥にある天幕の中で、帝龍が叫ぶ。

「申し上げます! ユメミマホロが現れました! その数、多数!」

「おまえは何を言っているアル!? そんなバカな話――ぬおおおおおおお!?」

監視カメラのようなものでもあるのか、天幕内の様子をスマホでチェックした途端、帝龍は驚愕に目を見開いた。
ユメミマホロが攻めてきた。それもたくさん。
その数は200人は下るまい。そのキャラクター造型の隅々まで知悉している帝龍から見ても、全員本物のユメミマホロだ。

「って、そんなワケがあるかアル! 幻術か何かに決まっているアル!」

「ドゥーム・リザードとヒュドラを解放し戦わせますか?」

「待つアル! この中に本物のマホロがいるとしたら、迂闊に手は出せないアル……!
 モンスターは出さないアル、兵士どもで対応しろアル!」

「はっ!」

本陣を守備しているニヴルヘイム側の兵士たちが、ワラワラと散開してゆく。
帝龍本陣を防衛している兵士たちは100人程度。こればかりはアコライト外郭守備隊の方が多い。

「くそッ! アルフヘイムの連中、こんな策で!」

帝龍は歯噛みした。
そして――戦場と化した帝龍本陣の中に、弾むような疾走感のあるイントロが爆音で流れ始めた。
ユメミマホロの代表曲、『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。

「さあ――派手に始めちゃおう!
 あたしの歌……あたしの想い! 大切なみんなへ届けるよ!」

守備隊兵士たちの中に紛れながら、本物のマホロが歌い始める。
魔術に堪能な兵士の『拡声(ラウドヴォイス)』『音響(サラウンドアクション)』の魔法により、陣地の隅々まで歌声が届く。
なぜか七色のレーザービームが飛び交ったり、白煙が噴き上がったりしているが、これも兵士たちの仕業だろうか。
同時に、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と兵士たちの身体が淡く輝く。
自身を除く味方全員のDEFを大きく上昇させるマホロのスキル、『信仰の歌(クレド)』だ。
この戦場でマホロの歌を聴いている限り効果が持続するという優れものである。

164崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 22:01:52
「帝龍――――――ッ!!!」

マホロの歌を背後に聴きながら、なゆたは一直線に帝龍本陣を駆ける。
行く手を遮る敵兵たちには一顧だにしない。カザハとエンバースに露払いを任せる。
そして――
やがて、前方にひときわ大きな天幕が見えたとき、なゆたの眼差しは確かにその前に佇む煌帝龍の姿を捉えていた。

「チィ……存外早かったアルネ。
 魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
 我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
 窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル」

一分の隙もないスーツ姿の、先日見た姿と同じ帝龍が目の前にいる。
その傍らには、真紅のマントを纏い白銀色の全身鎧にハルバードとカイトシールドを装備した重装騎士が一体控えていた。
ヤマシタと同じ『動く鎧』、その上級モンスター『ロイヤルガード』である。
その名の通り、帝龍の護衛を務めているのだろう。
なゆたは自分にかかった幻影を解除すると、腰の細剣を抜いて切っ先を帝龍へと突き付けた。
同時に、カザハとエンバースの幻影も解ける。

「見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
 ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!」

「寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
 依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル」

「強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
 こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
 あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!」

地球で開催されたブレモン世界大会でも、帝龍の使っていた戦術は経済力にものを言わせた力押しだった。
『大軍に兵法なし』とはよく言うが、圧倒的な兵力の差の前にはちゃちな小細工など何ら意味をなさないのである。
ただ、なゆたたちはその物量差を奇襲によって補い、ユメミマホロに化けることで封じた。
あとは、帝龍を護るロイヤルガードさえ片付ければ、帝龍は丸裸だ。

「ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
 それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
 ――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!」

ゴウッ!!

帝龍の指示によって、ロイヤルガードが一気になゆたたちへ突っかけてくる。
身長が2メートル近くあり、鈍重に見える全身鎧の重装騎士だというのに、凄まじく速い。
あっという間に帝龍となゆたたちの間に躍り出ると、ロイヤルガードは眼にも止まらぬ速度でハルバードを振り下ろした。
その標的はエンバースだ。
さらに、ロイヤルガードはエンバースへと二合、三合と矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。
魔物の本能から、三人の中ではエンバースを一番最初に潰すべき――そう判断したのかもしれない。
面頬の奥で炯々と輝く双眸が、エンバースを確かに補足している。

「三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
 カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!」

なゆたもポヨリンを前線に出し、ロイヤルガードに吶喊させる。
だが、三対一の多勢に無勢をもってしてもロイヤルガードを撃破することは容易ではなかった。
ロイヤルガードは上級モンスターではあるが、準レイドやレイドといったモンスターではない。
だというのに、このロイヤルガードは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』三人と互角以上に渡り合っている。

「くふふ! 無駄無駄、無駄アルヨ!
 そのロイヤルガードはワタシが金に糸目をつけずに育成した特別製! そこらの同種族とはまるでモノが違うアル!」
 
ぐぉん、と旋風を撒き、ロイヤルガードは頭上で軽々とハルバードを振り回した。
帝龍の言うとおり、このロイヤルガードは相当に鍛え込まれているらしい。
使用に相当の熟練を要するはずのハルバードを、まるで自らの手の延長のように取り廻してエンバースを攻撃する。
巧みに間合いを図り、ポールウェポンの利点を活かして中〜遠距離からエンバースに対して揺さぶりを掛けてくる。
といって、長柄武器の弱点である懐に飛び込めばいいというわけでもない。むしろ、それは罠である。
軽率に懐に飛び込めば、カイトシールドによる強力無比なシールドバッシュが待っている。
フラウの触手によるハルバードの奪取を試みようとしても、すぐにシールドによって防がれてしまうだろう。

165崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/11/29(金) 22:03:56
「ポヨリン! 『てっけんせいさい』――!」

『ぽよよっ!』

ポヨリンが全身を巨大な右拳に変え、ロイヤルガードを殴りつける。
が、浅い。全力の殴打は危なげなくカイトシールドによって防がれてしまった。
ロイヤルガードも地属性のモンスターである。やはり、ポヨリンとはどう考えても相性が悪い。

「ぐ……」

簡単に跳ね返され、ぽよんぽよんと地面を転がって足許に戻ってきたポヨリンを見て、なゆたは歯噛みした。
ただ、なゆたの攻撃が通らないのとは逆にカザハの攻撃はある程度ロイヤルガードにダメージを与えることができる。
風属性は地属性に強い。その効果が如実に表れている。
とはいえ、もともと非力なカザハの攻撃では帝龍特製ロイヤルガードの堅牢な装甲を破るには心許ない。
この場でロイヤルガードを倒せるとしたら、やはりエンバースだけなのだろう。
……しかし。

《あーあ、見ちゃいらんないなぁー! じれったいったらありゃしない!》

不意に、カザハの中で。胸の奥で。魂の一番深いところで――

声が、聞こえた。

《アッハハハハハッ! なーに驚いてるのさ? フュージョンするって言っただろ? フュー! ジョン! はーっ! てね!
 それなら当然、ボクだってここにいるさ。なんにも不自然なことじゃないよね?
 今までずーっと、おとなしく黙って見てたんだけど……そろそろ口出す頃合いかなーって!》

心の中の声はケタケタと能天気に笑っている。
その声に、カザハは聞き覚えがあることだろう。
それは、遠い記憶。遠い遠い“一巡目”の記憶。
善を嘲り、正義を罵り、ありとあらゆる生命を弄んだ――ひとりの外道の声。
声の主はなおもカザハに語り掛ける。

《こーんなクソザコナメクジ相手に何やってんのさ? ひょっとして遊んでる? 舐めプしちゃってますー?
 それならそれでいいけどさー。ボクとしてはもーちょっと、しっかり強さをアピールしてもらわなくっちゃさぁー。
 でないと――》

カザハの心の中で、じわじわと何かが凝固してゆく。
魂の底に沈殿していたものが浮き上がり、形を成してゆく。
禍々しい形状の闇の鎧を纏い、目庇で素顔を覆った魔将軍の姿へと――。
そして。



《――ボクの復活が、ド派手に演出できないじゃないのさ――?》




にたあ……と、粘つくような声で。
幻魔将軍ガザーヴァは嗤った。


【帝龍の本拠地に突撃。300人のユメミマホロで敵陣を攪乱。
 なゆた、カザハ、エンバースの三名は帝龍特製ロイヤルガード・カスタムと戦闘。
 幻魔将軍ガザーヴァ、カザハの中で蠢動。】

166カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:00:56
>「カザハ君、ヤマシタを乗せてくれ。こいつは軽い」

「よしきた……ってこっちはいいけど明神さんは大丈夫!?」

そう言いながらもヤマシタさんを後ろに乗せる。今までに明神さんがヤマシタさんと離れて戦っているのを見たことが無い。
私のカマイタチは無数の首に阻まれるが、これはフェイント。
ヤマシタさんが放ったスキルで強化された矢を、カザハが更に突風で後押しする。

「『シュートアロー』!」

と言えば格好よさげだが、初期レベルシルヴェストルでも持っている風を少し操る力にそれっぽい技名が付いているだけだ。
まだ単体で攻撃するにはとても及ばず、放たれた矢の強化ぐらいにしか使えない。
それにしてもお前スキル使えたんかい!とツッコミが入りそうだが、今までの戦いで使わなかったのは、
「カードせつやく」状態でなければカードを使った方が圧倒的に強いからだ。
ちなみにカザハが今持っているカードは何故か初期装備で持っていたもので、しかもそこそこ高レベルのシルヴェストルのスキルを再現したもの。
ついでに、装備品こそ裸一貫(グラフィック的な意味ではなく装備品無し的な意味で)
だったものの、なゆたちゃん達と合流するまでに充分な量のクリスタルも何故か持っていた。
転移してきた当初はこんな疑問を持つ余裕も無かったが、ブレモンは当然そこまでサービスが良いゲームではない。
これは何者かの作為が働いた結果なのか、そうだとしたら誰なのだろうか――
そんな思考は、ヒュドラの断末魔に中断された。
ヤマシタさんの撃った矢は、ヒュドラの弱点にあやまたず直撃したのだった。

>「よし、まずは一匹!」

ガッツポーズを交わす明神さんとカザハ。
そういえば最初のミドガルズオルム戦では成り行きでみのりさんとタッグを組み、
その次のクーデター騒動では敵同士だったので明神さんとはこれが初めての共同作業となる。別に意味深な意味ではなく。
勢いづいた明神さんは魔法の詠唱をはじめ、カザハがズレた心配をする。

>「喰らえ必殺のぉぉぉぉーーーっ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」

「魔法!? そんなにいきなり覚えて尻から出たりしない!?」

効果は若干ショボかったが幸い魔法が尻から出ることは無かった。
そういえばモンスターのスキル使用やブレイブのカード使用はゲージを消費するが、
ブレイブのスキル使用はシステム外の行動なのでゲージを消費しないのだろうか。

>「ヤマシタ、『閃光弾』!」
>「『影縫い(シャドウバインド)』――!」

2体のヒュドラの動きが止まる。

「凄い……! ずっとボク達のターンじゃん!」

――と思ったら。

>「あっ……あっ、これ、無理!無理無理無理!あっ、あーーーっ!!!」
>「なんてこった……魔法使うのにも筋肉が、いるのかよ……」
>「ムキムキだよ……バロールも……カザハ君も」

「マジで!?」

167カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:02:19
魔法で力を使い果たした明神さんはへたりこんでしまい、しかも標的が向こうに移ってしまった。
これではヒュドラの格好の餌食だ。

>「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」

「ちょっとー! こっちこっち! 明神さん達は忙しいの! 君達の遊び相手はボク!」

私は一生懸命風の刃を放ち、カザハが変顔などしてみるが、当然効果は無い。
まあ、リーチ外から攻撃してくる相手を狙っても無駄なのは少し考えれば分かるので
ああ見えて意外とある程度は知能があるのだろうか。
ついにヒュドラの一体が列車に接近し、明神さんやジョン君を薙ぎ払いにかかる。

「ヤバイヤバイ逃げて逃げて!」

>「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」

ジョン君が意識朦朧状態の明神さんをぶん投げた。
人間一人をぶん投げるなんて凄い力だ――なんて感心している場合ではない。
ちょっと前に普通の人間より遥かに軽いエンバースさんを落っことした気がしますが!?

《背に腹は代えられない! 『フライト』を……って駄目か!》

確かエンバースさんが落っこちた時もフライトがかかっていたのだ。
本人が意識朦朧としていたり急なことに対応できなかったりすると意味が無いと思われる。
あの時は落っことしても腰を打つだけで済んだけどここで落ちたらあっという間にヒュドラの餌だ!
いや、あれは引っ張り上げようとしたのが失敗だったわけで下から受け止めれば――
というわけで私は明神さんの軌道下に全速力で滑り込んだ。

《カザハ、頼んだ!》

「『レビテーション』!」

当然カザハにはそのままでは落ちて来る人間一人を受け止める力はとてもないが、風をクッションにして受け止めることに成功。
一瞬お姫様抱っこのような体勢になり、抱えるように前に座らせる。

「ナイスパス、ジョン君……ってええええええええ!?」

明神さんを受け止めることに必死だった私達は、ジョン君がとっくに薙ぎ払われて落ちていることにようやく気付いたのだった。

>「雷刀(光)!プレイ!」

ジョン君は赤いオーラのようなものを纏い、ヒュドラと互角以上に戦っていた。
彼もいつの間にか何かのスキルを習得したのだろうか。

>『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』
>『しねええええええええ!』

狂戦士のような雄たけびと共に、ジョン君はヒュドラの一体にとどめを刺した。

「ジョン君、またキャラ変わってる……」

少し怖い気もするが、少なくともヒュドラの餌になるよりはずっといい。
戦いを終えたジョン君に、なゆたちゃんが若干引きつつも『高回復(ハイヒーリング)』をかける。

168カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:04:19
「カケル、明神さんも回復してあげて」

《『トランスファーメンタルパワー』》

私の角が淡く輝き、明神さんを白い燐光が包む。ユニサスが持つ癒しのスキルの一つ、精神力を分け与え回復させるもの。
これで間もなく意識を取り戻すだろう。いったん明神さんを降ろすべく、列車の上に降り立つ。

「そういえばあと一体は……」

>「……みんな、無事みたいだな」

エンバースさんがしれっと何事も無かったかのように列車の下から戻ってきた。
私達が明神さんキャッチで大騒ぎしていた間にサクッと一匹倒してきたらしい。

「いつの間に一人で倒したの!? 身一つでトカゲ大平原に跳び下りて!?」

>「おかえり!」

「ナチュラルに出迎えた!?」

更に驚くべきことに、なゆたちゃんはこの事態に対して驚いて無いようだ。
エンバースさん、元から強いとは思ってたけどここまで強かったっけ!?

「はいヤマシタさん、明神さんをよろしく」

カザハはまずヤマシタさんを降ろし、明神さんの顔をまじまじと見て意外そうな顔をしてからヤマシタさんに引き渡す。

(これはアレだね、ラノベの文章で”平凡な外見”って書かれてたら挿絵では当然のごとく結構なイケてる顔に描かれてる法則だね。
いやぁ、起きてる時はいっつも小悪党みたいな表情してるから気付かなかったよ〜)

《何言っちゃってんのこの人!》

>「……みんな、無事みたいだな」

約1名血塗れ、約1名ヘロヘロ、約1名頭の中身が無事じゃない(元から?)気がするが、無事の基準を生きていることと定義すればまあ全員無事なのだろう。

>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

約300名のユメミマホロが爆誕する。カザハもバーチャル美少女受肉略して美バ肉し、マホたんの姿になった。

「美少女かぁ、前世を思い出すなあ! ……って言ってて自分で悲しくなるわ!」

ボケてみたはいいもののいたたまれなくなったらしく自分でツッコミを入れるカザハ。
確かに地球時代は地味黒髪眼鏡の陰キャだったのでぱっと見のイメージは今と全く違う。
が、元々中性的且つ年齢不詳の系統の割と整った顔でベース自体は今と一緒だった事に気付いているのは多分私だけだ。
もちろん精霊族補正やら何やらが入っているので今の方が120%増しぐらいにはなっているが――
――あれ? そもそも“前世”っていつのことだ!? 多分地球時代のことで合ってるよね!?

169カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:05:21
>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

「――目標確認、ヨシ!」

カザハは、帝龍の本陣の方を指さしながら人間には重力の関係上出来なさそうな珍妙なポーズをしている。

《何やってるんですか!》

「このポーズ面白くない!?」

>ガガガァァァンッ!!!!!

「アッ――――――!!」

カザハは奇声を発しながら吹っ飛んでいき、列車の壁に激突した。
幸いギャグキャラ補正もとい体重が軽いため大きなダメージは無く、すぐに復帰してくる。

>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
>「一番の質量……!?」
>『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

「さすがバロール様! ボク達に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる!あこがれるゥ!」

>《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
>「は、はいっ!」

ついに本陣に突撃する魔法列車。カザハも今回ばかりは真面目に手すりにつかまっていた。

>『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
>「いたた……。みんな、大丈夫……?」

「安否確認――ヨシ!」

>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」
>「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「レッツ・ブレーイブ!」

カザハは勢いよく腕を振り上げ、なゆたちゃんに続いて駆けだした。
かと思うと、一度だけ後方に残る明神さんとジョン君の方を振り返り、ふわりと微笑む。
ちなみに今のカザハは美少女――とだけ聞けば絵になりそうだが、明神さんもジョン君も背景のオタクも全員美少女というカオスな絵面でしかない。

170カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:06:41
「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」

そして――なゆたちゃんを先頭に私達は突撃する。

>「帝龍――――――ッ!!!」

「カケル――『ブラスト』!」

幸い向かってくるのは人間の兵士ばかりなので、私の突風のスキルで軽く吹っ飛んでいく。
おそらく本物のマホたんを傷つけることを恐れてモンスターを出すのを躊躇したのだろう。
帝龍を探すのに難航したらどうしようかと思ったが、それは杞憂だった。
親切にも分かりやすく大きな天幕の前に待ち構えてくれていたからだ。

>「チィ……存外早かったアルネ。
 魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
 我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
 窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル」

分かりやすくアル口調の中国人社長の傍らにはこれまた分かりやすく「護衛です」と言わんばかりの重装騎士が控えている。
帝龍自身に戦闘能力があるようには見えないので、実質重装騎士を倒してしまえばこちらの勝ちだろう。
なゆたちゃんが剣の切っ先を帝龍に突きつけ、投降を促す。ここで美少女タイム終了のお知らせ。

>「見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
 ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!」
>「寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
 依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル」
>「強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
 こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
 あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!」

「ついでに教えといてあげるとボクはともかくこの二人は滅茶苦茶強い! 投降するなら今だ!」

自分を差し置いて何故かドヤ顔で言い放つカザハ。

>「ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
 それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
 ――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!」

――うん、やっぱ素直に投降しないよね。
ロイヤルガードは何故かエンバースさんに集中攻撃を仕掛けてきた。
知能が高く、一番危険な相手が誰かを分かっているということだろうか。
これでは機動力に優れた私達が囮になる常套手段は使えない。

>「三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
 カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!」

「必殺! ――真空刃《エアリアルスラッシュ》!」

171カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:08:39
エンバースさんが相手から距離を取った隙に、カザハは今まで温存してきたカードを切る。
弱いモンスターなら軽く真っ二つになるカードなのだが――カイトシールドに少し傷を付けるだけに終わった。

「うっそ! 固すぎやろ……!」

盾もモンスターの一部と考えれば数値上少しダメージが入った形にはなるのだが、数が限られたカードを切ってこれでは先が思いやられる。

>「ポヨリン! 『てっけんせいさい』――!」
>『ぽよよっ!』

属性不利のポヨリンさんの攻撃に至っては、傷すらつかない。

「エンバースさんが引き付けてる間に地道に削るしかないか……カケル、『カマイタチ』!」

1回使うごとに敵に当たる風の刃数十個。一つ当たるごとにダメージ1か2ずつ、というところだろうか。
気の遠くなるような話である。敵のHPを削り切るより先にエンバースさんが力尽きそうだ。
エンバースさんを強化してやれば膠着状態を打破できるか?
空飛ぶ焼死体――エンバースさんは接近戦主体、敵の攻撃のリーチがかなり長い今回はあまり意味はないだろう。
瞬足の焼死体にした上で風属性の強化をかける――これしかなさそうだ。

「――瞬足《ヘイスト》!」

まずはエンバースさんは順当に瞬足の焼死体に進化。
次はゲージが溜まり次第『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』ですね分かります。

《えっ……》

次の瞬間、敵のハルバードが眼前に迫っていた。一瞬にして距離を詰めて標的をこちらに移してきたのだ。
だってずっとエンバースさん一点集中だったからいきなりこっちに来るなんて思わないじゃん!?
なんとか刃の部分で斬られることだけは避けたが、胴体を強打され、カザハもろとも吹っ飛ばされた。

「うわっ……ロイヤルガードのKY力、高すぎ……」

落下時に頭を打ったカザハは、転職CMのパロディのようなことを言いながら気を失った。
この場合のKYは空気読まないの略ではなく危険予知の略らしい。
私達がエンバースさんの強化を始めたのを見て阻んできたのか――そうだとしたらマジでKY力高すぎですよ……

172カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:10:17
気付けば私は、漆黒の闇の中にいた。カザハの姿は見えないが、闇の中から声が聞こえてきた。

>《あーあ、見ちゃいらんないなぁー! じれったいったらありゃしない!》
>《アッハハハハハッ! なーに驚いてるのさ? フュージョンするって言っただろ? フュー! ジョン! はーっ! てね!
 それなら当然、ボクだってここにいるさ。なんにも不自然なことじゃないよね?
 今までずーっと、おとなしく黙って見てたんだけど……そろそろ口出す頃合いかなーって!》

そして私の目の前には、私と瓜二つの――しかし色だけを漆黒に反転させたような天馬がいた。
闇の天馬ダークユニサス――作中では幻魔将軍ガザーヴァの騎馬として有名である。

《ついに始まったようですね……ああ、あなたと争うつもりはありません。
あちらの主導権を握った方の相方が主導権を握る――そういう事になっていますから。
とはいえあなたの姉さんが勝つ可能性は万に一つも無いですけど》

(いきなり何を……!? お前は誰だ!?)

《申し遅れました。わたくしは幻魔将軍の騎馬”ガーゴイル”――
ガザーヴァ様がノリでこんな名前付けちゃったせいで石像に擬態させられたり大変だったんですよー》

(どーでもいいわ!)

何が何だか分からないが、ということはあの声は幻魔将軍ガザーヴァということか。

(姉さん! そいつの言う事に耳を貸しちゃ駄目だ!)

>《こーんなクソザコナメクジ相手に何やってんのさ? ひょっとして遊んでる? 舐めプしちゃってますー?
 それならそれでいいけどさー。ボクとしてはもーちょっと、しっかり強さをアピールしてもらわなくっちゃさぁー。
 でないと――》
>《――ボクの復活が、ド派手に演出できないじゃないのさ――?》

カザハが、漆黒の鎧を纏った魔将軍と向かい合っているのが見えてきた。

「復活なんてさせないよ。主導権はこっちにあるんだから。
ボクがボクである間に命を絶ったら……君は復活できないんだからね?」

一見強気に言い返して見せるが、私には分かる、精一杯の強がりだ。

《それが出来るぐらいなら君はボクの誘いに乗らなかった――
どうしても仲間達が世界を救うところを見届けたかったんでしょ? 違うかい?》

「全部お見通しってわけだ……」

カザハは、泣きそうな笑い顔で私に語り掛ける。

「ねえカケル、ボク達って本編未プレイだと思ってたら実は大昔にリアルにプレイしててさ……
でもベストエンディングに辿り着けなかったんだよね……。
それでつよくてニューゲームの餌に釣られて憎き仇敵に魂を売ったんだ……
君も巻き添えに……ごめん、ごめんね……」

173カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:11:18
(そこまでして見届けたかったんでしょ!?
だったら今度こそベストエンディングを見届けようよ! 命を絶つなんて言ったら駄目だ!)

「でも……こいつに乗っ取られたら……みんなを殺しちゃうかもしれない……!」

カザハは膝を突いて大粒の涙を零して泣いていた。
風の精霊であるシルヴェストルが実際に泣くことがあるのかは定かではないが、ここは精神世界なのでそういうこともあるのだろう。
私はどうすることも出来ずに立ち尽くしていた。

「あ……」

ふと、手首につけてある札に目を止めるカザハ。
『聖女の護符』――出撃前に、何故か明神さんがカザハにくれたレアアイテム。
カザハがまず額に貼り付けて明神さんが「装備箇所がちゃうわ!」系のお約束(?)のツッコミを入れるというやり取りを経て受け取っていた。

「バカだなあ、明神さん……敵、地属性ばっかじゃん……。
でもさ、大正解だったよ。もしかしてこうなるの知ってた……?
それに“ちゃんと忘れずに装備しとくんだぞ”とかツボ押さえすぎだから!」

カザハは腕で涙を拭うと、すっくと立ち上がり、幻魔将軍をびしっと指差す。

「勝負だ幻魔将軍―― ボク達は昔一度勝ってるんだから……次だって負けない!」

《総力戦の末に二匹掛かりで相打ちで勝ってるって言うんかーい! あははは! 大した自信だね!》

「それにね……万が一乗っ取られたら……明神さん達が君を倒してくれる。
君なんて自分では凄い黒幕のつもりかもしれないけど地球出身のブレイブから見ればバロール様のパシリの単なる中ボスなんだから!」

《フフフ、曲がりなりにも仲間だった者と同一存在を倒せるのかな?》

「大丈夫、明神さんは史上最強のクソコテでレスバトラーだから! ボクの振りして騙そうったってそうはいかない!」

《クソコテでレスバトラーって全く褒めてるように聞こえないぞおい!》

「そんな事よりつよくてニューゲーム頼むよ? そういう契約だったよね?
君のお望み通り強さをアピールしてあげるからさ。ただし絶対君には出来ないボクなりのやり方でね」

《そう来なくっちゃ面白くない! せいぜい楽しませてもらっちゃおっかなー!》

174カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:12:14
――意識が戦場に戻ってくる。どれくらい気を失っていたのだろうか。
それは定かではないが、エンバースさんも、なゆたちゃんもまだ持ち堪えていた。

「カケル、行くよ!」

カザハがひらりと背に飛び乗る。

《カザハ……》

「話は後だ! まずはアイツを倒すよ!」

背に乗ったカザハの魔力が爆上がりしているのを感じた。しかし考えてみれば、今までが弱すぎたのだ。
初期装備カードの謎の充実っぷりと飛行能力というゲーム上で表現される域を遥かに超えたアドバンテージでなんとなく誤魔化されていただけで。
なゆたちゃん達は本編クリアーは当然でその後のコンテンツまでやり込んだ状態のモンスターと一緒に転移してきたわけで、
本編のガザーヴァとの決戦時の能力値に補正されたところでまだ足りないぐらいかもしれない。
しかしそれでも相当な上級魔法系スキルをバンバン使えちゃったり!?

(……あっ、魔法思い出せない。復元されたの能力値だけみたいだわ。あ・の・アコライト解体工事総指揮官め!)

《はあ!? それじゃあ魔力だけ高くても意味無いじゃん!》

(まあ意味無くはないかな――術式はこのカードに入ってるからね)

カザハは思わせぶりにスマホから残り一枚の『真空刃《エアリアルスラッシュ》』のスペルカードを取り出した。

《でもそれ、さっき殆ど効きませんでしたよね……?》

「見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!」

カザハは腕を一閃して風の刃を放つ。案の定最初の時と同じようにカイトシールドに阻まれた――
……かと思ったが、一瞬後、カイトシールドはまるで漫画のようにスパッと真っ二つになって地面に落ちた。

175カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/12/02(月) 03:12:55
《嘘……!》

「寝てる間にレベルアップしちゃったみたいで。睡眠学習ってやつ?」

カザハは謎の言い訳をしながら、戦線離脱中に溜まっていたゲージを使って次のカードを切る。

「『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!」

『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』の対象は通常一体。
カザハはそれを3倍――否、ブレイブとパートナー全員分なので6倍に拡大してかけた。
魔法自体は覚えていなくても、カード使用時に魔力を使って威力や範囲の強化が出来るということか。
ところで人間が使う魔法は学問的なものらしいが、魔法っぽいスキルを使うモンスターが皆が皆文字が読める程知能が高いわけではない。
両者は似ているように見えて根本的に別の物なのか、理論的に使うか感覚的に使うかの違いで本質的には同じものなのか――
それは私には分からないが、何はともあれ防御の要だったカイトシールドが破られ、全員の攻撃が相手の弱点属性である風属性となった。

「さあ――勝負はここからだ!」

個人の圧倒的な力で敵を薙ぎ払うのではなく皆を強化して連携して倒す―――
カザハはその宣言通り、友軍すら見境なく蹴散らしていたあの現場将軍には絶対不可能なやり方で勝利を掴もうとしていた。

176明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:04:53
油断も慢心も、なかったはずだった。
それでも、魔法とかいう超絶パワーを手にして、舞い上がってたとしか言いようがない。
中学生で卒業すべき全能感は未だに俺の脳みそにこびりついていて、そのツケは思ったより早く訪れた。

>「おい!冗談も大概にしろ!なにか!次の手は――」

頭の上をジョンの警句が通り過ぎる。
耳に入って来ない。想像以上の疲労感が、感覚器さえも埋め尽くす。
やべえやべえと理性が忠告するも、肝心の足はぴくちり動いちゃくれなかった。

魔法攻撃を受けたヒュドラの、多頭に光る無数の眼が、俺を見据える。
ばっちりヘイトを稼いじまって、奴らのタゲは今俺に向いていた。

蛇の首が鞭のようにたわむ。
……これはアレだ、キリンさんが縄張り争いでやるやつだ。
あの巨大質量で薙ぎ払われれば、この狭い屋根の上に逃げ場なんてない。

「やべ……」

風を切り裂くヘッドバッドが降ってくる。
回避は間に合わない――。

>「!!!!ああ!くそ!!!カザハアアアアア」

「ぐえっ!?」

瞬間、ジョンが俺の襟首を掴んで屋根の外へ放り投げた。
三半規管を蹂躙する慣性の暴力。血流が脳に届かず失神しそうになる。
吹っ飛ぶ寸前の意識の中、いやにゆっくり流れる視界に、俺をカザハ君に託したジョンの姿が映った。

>「明神をたの――――」

声が最後まで俺の元に届くことはなく。
ジョンは、俺の代わりに部長ごとヒュドラの頭部に薙ぎ払われた。

「ジョン……!!」

同時、回り込んでいたカザハ君が俺を抱きとめる。
地面との激突はなんとか免れた格好だが、安堵できる要素は一つもなかった。

「助かった!けど俺よりジョンのことを……」

すぐにジョンの方へ目をやれば、あいつは血の尾を引きながらヒュドラの足元へ転がり、
息も絶え絶えになりながら立ち上がろうとしていた。
生きてはいる。だが負ってしまったダメージはあまりに甚大だった。

当然だ、あのクソぶっといヒュドラの頭部で打擲されて、生身の人間が無事でいられるわけがない。
それこそ車にハネられたようなもんで、即死してないのが不思議なくらいだ。

177明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:05:44
なんぼ武道の心得があろうが、人間は軽自動車にも勝てない。
空手も柔道もやってねえ軽自動車にだ。
事実、たった一撃でジョンは満身創痍。左腕は変な方向に曲がっちまっている。

「く……そ……」

今すぐにでもあいつを助け出してやらなきゃならないのに、俺は未だに身体が動かなかった。
目は霞み、耳に入ってくる音もどこか遠い。空気がうまく肺に入っていかない。
気を抜いたらそれだけで意識が飛びそうだ。

ジョンは俺を庇ってヒュドラの痛打を受けた。
否応なしに、リバティウムの記憶が蘇る。手の中で冷たくなっていく、しめじちゃんの感触を思い出す。

……ふざけやがって。二度もおんなじ思いしてたまるか。
俺がすべきことはお馬さんの上で打ちひしがれることか?違うだろ。
できることを今すぐ探せ。ジョンをあのクソ蛇の足元から救い出す方法を考えろ。

「ヤ、マシタ……『狙い撃ち』……」

曖昧すぎる指示にもパートナーは応え、ヤマシタが弓に矢を番える。
もう不意打ちは効かない。弱点に届く前に撃ち落とされるだろうが……それでも。
何も出来ずにエカテリーナにおんぶに抱っこだったあの時とは違うって、証明してみせろ!

風を切って矢が飛ぶ。
ヒュドラの頭部が翻り、ハエでも払うように叩き落とす。
俺にできることはこれが精一杯。だけど、少しでもヘイトが稼げたなら……今はそれで十分だろう?

ジョン。
あいつはスタボロになりながらも、無事な方の手でスマホを握っていた。
戦意を喪失していない。奴もまた、この状況でできることを模索している。

ヒュドラはジョンを『人質』にすると同時に、多頭の一つでその動向を観察していた。
なにか反撃に動こうものなら、すぐにでもトドメを刺せるように。
なら、わずかにでもヒュドラの注意を引いて、ATBゲージを消費する隙を作る。

>「雷刀(光)!プレイ!」

果たせるかな、ジョンはスマホを手繰った。
カードは発動し、生成された装備ユニット――雷刀を手に、立ち上がる。
同時に、奴の身体に赤いオーラめいた燐光がまとわりつくのを見た。

パーティクル・エフェクト――スキル発動の証だ。
俺が魔法をコソ練してたのと同じように。なゆたちゃんがお姉ちゃんに師事していたように。
あいつもまた、スキルを習得していたのか?

>『アハハハハハハ!』

人が変わったような哄笑を上げながら、ジョンは吶喊する。
一歩ごとに血がこぼれ落ちるような満身創痍で、足運びだってメチャクチャだ。
それなのに、気圧されたようにヒュドラは嘶く。全力で叩き潰しにかかる。

178明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:06:13
>『甘い!』

一度は瀕死にまで追い込まれた必殺の一撃。
それをジョンは身の捻りだけで躱し、カウンターまでぶち当てて見せた。
切り飛ばされた頭部が宙を舞う。

「どうなってんだあいつの身体……」

誰が見たって、飛んだり走ったりできるような怪我じゃなかった。
だけどジョンはダメージなど意に介さないかのように、凄まじい勢いでヒュドラの巨躯を登攀していく。
瞬く間に首の根本――弱点までたどり着き、間髪入れずに斬撃を加えまくった。

>『おら!おら!おら!暴れんじゃねえ!さっさと・・・』

罵声を浴びせながら刀を振るうその姿は、まるで別人だ。
少なくとも俺の知るジョン・アデルは、紳士的であらゆる振る舞いに理性を感じさせた。
だが目の前でヒュドラを蹂躙するこの男は……一体、誰だ?

>『しねええええええええ!』

雷刀の効果で麻痺したヒュドラ。
無防備なその中枢に、ジョンは刃を深く突き立て、刳りぬいた。
間欠泉のように湧き出す血飛沫を慈雨のように浴びながら、ジョンの顔には笑いが張り付いていた。
獰猛な、獣が牙を剥く仕草に由来する――笑みが。

>「ジョン君、またキャラ変わってる……」

「変わったんじゃなくて、『戻った』のかも、知れないぜ……」

ジョンは、メディアが囃し立てるような聖人君子のヒーローではないと、俺はもう知っている。
あいつの本当に護りたいものが、人類みんななんかじゃなくて、ごくわずかな『友達』だってことも。
カザハ君の身も蓋もないコメントを頭上で聞きながら、今度こそ俺は意識を手放した。

 ◆ ◆ ◆

179明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:07:23
目はすぐに覚めた。
多分カザハ君あたりがなんか回復魔法みたいなのをかけたんだろう。
朦朧とする意識でカケル君の背に臥せってる間、ずっと温かいなにかが流れ込んできていた。

「――そうだ!ジョンは!?」

ヤマシタに肩を借りながらあたりを見回す。
視界は明瞭、耳鳴りもしない。ゴリゴリ削れた精神力もなんとか持ち直してる。
ダメージの大きさで言えば、よほどジョンの方が心配だった。

ジョンもまた列車の上に戻ってきていた。
こっちも魔法による治療を受けたのか、出血は止まっている。

「足、ついてる、な……良かった。助けられちまったなヒーロー」

ばつの悪さを噛み殺して、俺はジョンの胸板を軽く叩いた。
俺が自分の能力も顧みずに魔法ぶっぱしてなけりゃ、こいつが庇って怪我することはなかった。
こいつのダメージの95割は俺の責任だ。

……「悪かった」とか、「もう無茶はしない」とか、言うべきなんだろう。
だけど、ジョンはそういう言葉を求めてなどいないと、なんとなく俺には分かった。
友達が友達を助ける。至極当たり前の行動規範に、こいつは準じてみせたのだから。
礼だけ述べて終わりになんてするつもりはない。

「借りひとつだ。こいつはデカいぜ」

俺もまた、その友情に、応えよう。

「しかしお前、ハンドル握ると豹変するタイプだったんだな……。
 ヒュドラ君ドン引きしてたもん。名古屋に来るときは俺呼べよ、運転するから」

こいつのアッパー加減で名古屋走りかまそうもんなら即日廃車確定だ。
生きて県境を跨ぐことはできまい。公道という名のバトルフィールドじゃけえの。

>「……みんな、無事みたいだな」

いつの間にか戻ってきたらしき焼死体が戯言を垂れた。

「はあーっ?お前目ン玉付いてんのか!?あっ付いてないね、ごめんね!
 『無事』ってのは『死んでない』って意味じゃないんですよ!」

残りのヒュドラが片付いている。しまった、こいつのバトルシーン見逃した。
奴の手には画面パキパキのスマホがある。いつの間に復活したんだ。

>「ん……そうね。とりあえず……」

なゆたちゃんも俺達の惨状を見てなにか言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。
なにはともあれ、欠員が出ることなく、俺達はヒュドラを撃退しおおせた。
スペルも殆ど使ってない。戦力を温存したまま、本陣へ切り込める。

>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」

「よっしゃああああああああああッッッ!!待ってました!!!」

スマホから光が降り注ぎ、俺の肉体が変性していく。
マホたんクリソツのホログラムをおっ被り、今ここに俺と言う名の美少女が爆誕する!!

「新米Vtuber・笑顔きらきら大明神……受肉完了!」

180明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:08:31
鏡がないのでイマイチ実感がないが、見える範囲では完璧にマホたんと化している。
わぁ……お手々ちっさいねぇ……足もめっちゃ細い。
背が低くなったのに視点に違和感がないのは、あくまでこれが幻影だからだろう。

「これが……俺……!?」

鎧もヘッドセットも実装されてるのに、重量は感じない。
そして視界の端に揺れる金色は、マホたんのアイデンティティであるツインテール!

「見てみ、これ見てみ?……ファサッ!」

ツインテールのあるあたりに手をやると、手応えもないのにツインテがふわりと翻った。
こ、これは……なにかに目覚めそうだ……!心まで美少女になろうとしている!
わたくし残酷ですわよッ!
オタク共に無自覚で無防備な愛を振りまきたいが、そいつらも一律マホたんと化していた。

>「美少女かぁ、前世を思い出すなあ! ……って言ってて自分で悲しくなるわ!」

カザハ君がしみじみと感慨を漏らす。
なんだぁおめぇ……美少女だった過去でもあんのかよ前世によ。
そういやこいつ当たり前のように女湯行こうとしてたし……転生で性別まで変わったのか?
どちらにせよ。

「少女って歳じゃねえだろお前……」

タッキー&ツバサでウケる年代は少女ではない。名推理。

>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

ワイキャイ言ってる間に列車は敵陣を進む。
このまま滞りなく進軍すれば、直に決戦のバトルフィールドへと辿り着く。
本当の戦いは、ここからだ。

その時、みたび列車が大きく揺れた。
ヒュドラの体当たりより遥かに強い衝撃が車内を襲う。

>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』

「ほ、砲撃かっ……!?この霧の中でどうやって狙ってきやが――」

>『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

遅すぎる警告に耐衝撃姿勢もとれないまま、列車は今度こそレールを逸脱した。
あまりの衝撃に車体が真横に傾く。高速で流れる地面がすぐそこに迫る!

「うぉわおおおおおおおおお!?」

>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》

万事休す、脱線事故もかくやの緊急事態に、バロールの声が響いた。
レールを敷き直す!?バカ言え、列車横転してんだぞ!?

>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

矢継ぎ早に魔法が発動し、地面と垂直にレールが形成される。
あろうことか列車は横倒しになりながら軌条を掴み、再び走り始めた!

181明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:09:20
「ウソだろおい……!空飛ぶ列車どころの話じゃねえ!壁走りまでしてんじゃねえか!」

重力操作によって真横に傾いたまま列車は進む。
げにおそるべきは、この大規模な魔法を『3つ同時に』展開したバロールの魔法技術だ。

>《慣れれば明神君もこの程度の芸当はできるようになるさ! 頑張ろう!》

「『慣れれば』?『この程度』!? む、無茶苦茶言うなぁーっ!」

何が起きてんのか殆ど理解出来てねえよ!
いくら魔法初心者の俺でも、バロールの芸当が練習すれば出来るようなもんじゃないってことは分かる。
どうなってんだあいつの脳みそ!左右と真上を同時に見るようなもんだぞ!

あいつは俺の『影縫い』に『負荷軽減』を組み合わせるようアドバイスしたが、
2つの魔法を同時に使うだけでも俺の脳みそは焼き切れちまうだろう。
参考にならねえ助言だなおい!!

そして奴の言葉が謙遜じゃあないのなら……バロールにとって魔法の同時行使など、大した負荷にもならない。
冗談じゃねえぞ。魔王の時より強いんじゃねえかこいつ!

>《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》

「ひいいいいいいっ!!!」

石油王の早めの警告超助かる。どこぞの車掌とは大違いだ。
皆で丸まり、防御魔法の使える兵士が複数人で緩衝結界を張る。
俺はといえばそんな高度な魔法はぴくちり覚えちゃいないので、手すりに掴まってひたすら縮こまった。

>『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』

軌条が途切れ、完全に脱輪した列車が本陣に突っ込む。
馬防柵をめちゃくちゃに破壊しながら、慣性を使い切った車体はようやく停止した。

>「いたた……。みんな、大丈夫……?」

「なんとかな……。ハードな一日だぜ、コナンの劇場版じゃねえんだぞ」

ベイカーストリートの亡霊でももうちっと安全に配慮するわ。
脱線した機関車で暴走した経験あんのコナン君と俺達だけじゃないの。

>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」

目の前を回る星が掻き消える前に、なゆたちゃんと焼死体、カザハ君の強襲部隊が列車を飛び出した。
兵士の一人に気付けの魔法をかけてもらって、俺達も打って出る。

182明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:10:12
>「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
 ……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」

「お前も。気をつけろよ……伝令が真っ先にやられたら部隊はガタガタだ」

俺達は心にもない『合理的な』理由をつけて、お互いを慮った。
ウソじゃない。カザハ君がいなくなるのは……困る。

>「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」

「うおおおおおお!!!セットリストは頭に入ってんな野郎共!
 今日の俺達は観客席でミックス打ってるオタクじゃない!
 300人からなる大合唱!裏声による輪唱――インバーテッド・カノンだ!」

無数のマホたんが次々に列車から飛び出し、帝龍本陣はかつてない混乱に見舞われた。
トカゲやヒュドラは出てこない。300人の誰がマホたんか分からないからだ。
代わりに出てきた人間の帝龍兵は、アコライトで歴戦を重ねたオタク殿たちの敵じゃない。

>「さあ――派手に始めちゃおう!
 あたしの歌……あたしの想い! 大切なみんなへ届けるよ!」

爆音でかかり始めた『ぐーっと☆グッドスマイル』のイントロをBGMに、
帝龍兵と300人のマホたんが激突する。剣戟の音を合いの手に、戦乙女の美声が響き渡る。
ユメミマホロの歌声は、血煙漂う戦場を綺羅びやかなライブ会場へと変えた。

「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!フゥーワッフゥーワッ!!」

『迷霧』がいい感じにライブミストみたいになって幻想的な空間を演出する。
『信仰の歌』によって強化された防御力は、飛んでくる矢や魔法にカスダメすら発生させない。

「部長は出すなよジョン。召喚すれば一発でブレイブだってバレちまうからな。
 徒手空拳以外の攻撃もなるたけ避けたほうが良い。やるなら掌底だけぶちかませ。
 ちまちま削りながら強襲部隊が戦果を上げるのを、ここで待つ」

ジョン(マホたんスキン)と最低限の言葉を交わしながら、俺達は戦場を逃げ回る。
敵兵に追われればダッシュで退避し、その辺で歌ってるオタク殿にタゲをこする。

隣のフィジカルエリートはともかく俺には攻撃手段がない。
現状ヤマシタは召喚できないし、迷霧以外のスペルを発動するわけにもいかない。

「なゆたちゃん達の方はどうなってる。ちゃんと帝龍の元に辿り着けたのか?」

強襲部隊はとっくに霧の向こうで、こちらからは何も観測出来ない。
何かあればカザハ君がすっ飛んで来るはずだが、頼りがないのは元気な証拠ってことか?
その時、視界の端にウインドウめいた新たなホログラムが展開した。
映っているのは、霧中を駆けるなゆたちゃん達の姿。

『はっはっはーっ!こんなこともあろうかと!映像中継も実装済みさ!
 希望なら私の気合入った実況解説も添えるけど……聞きたいかい?』

スマホからバロールの呑気な声が響いた。

「要らないですぅ……どっからカメラ回してんだエロ魔王、いつから仕込んでやがった?」

『おっと!冤罪はよしてくれ、五穀豊穣君の私を見る目がますます冷たくなってしまう!
 これでもコンプライアンス意識は高いつもりだよ、プライバシーには配慮している』

183明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:10:43
魔王軍の福利厚生が充実してようが知ったこっちゃないが、バロールは監視の存在をはぐらかしやがった。
これは言外の警告か?『いつでもお前らを見ているぞ』、そう言いたいのか。

『モンデンキント君達は帝龍と対峙した。彼のパートナーはロイヤルガード、君の完全上位互換だね。
 苦戦しているようだよ、メイン火力のポヨリン君は属性的に不利だ』

「実況要らないって言ったんですけお!!
 属性不利がどうした、カザハ君の支援スペルで風属性を付与すりゃそんなもんは――」

『――おや、カザハの様子が……?』

不意にバロールの声が一段低くなる。
中継映像の中で、ロイヤルガードに殴られたカザハ君が倒れ込む。
地属性のワンパンでシルヴェストルが沈むわけがない。何があった?

「おい!起きろカザハ君!追撃食らっちまうぞ!!」

――もしも。

マホたんの言う通り、カザハ君の中にガザーヴァが居て。
一つの身体に二つの魂が主導権を取り合っているのだとしたら。
なにかのきっかけで、カザハ君優位のバランスが崩れてしまったのだとしたら。

あるいは、元から二つの魂に境目なんてなくて、カザハ君もガザーヴァも同じ存在で。
気まぐれや興味本位で、たまたま俺達に手を貸していたに過ぎないとして。
帝龍相手に苦戦するなゆたちゃん達を見限って、ニブルヘイムに『戻る』つもりだとしたら。

今が、その時なんじゃないか。

「くそ……ッ!ジョン、作戦変更だ!強襲部隊のケツ追っかけるぞ!」

今から行って何が出来るってわけじゃない。
戦いになって迷霧を切れば、撹乱していた敵の攻撃が自軍に直撃する。
ここは唇を噛んででも、帝龍戦の成り行きを遠方で見守るのが正しい。

だけど俺は、耐えられなかった。
カザハ君が『変わって』しまうその時に、傍に居られないことに。

この眼で、見極めなきゃならない。
カザハ君が――どちら側なのかを。

この手で、摘み取らなきゃならない。
ガザーヴァと化したカザハ君の、その命を。

184明神 ◆9EasXbvg42:2019/12/09(月) 01:11:34
「カザハ君――!!」

俺の叫びが届いてか届かずか、中継映像に変化があった。
やおら、カザハ君が立ち上がる。
その双眸に風と闇、どちらの光が宿っているのか……分からない。

>『カケル、行くよ!』

だが、復帰したカザハ君はカケル君の名を呼んだ。
幻魔将軍の愛馬、ダークユニサスの『ガーゴイル』ではなく。
シルヴェストルの半身、ユニサスの名前を、口にした。

>『見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!』

カザハ君がスペルを手繰る。
その対象は――ロイヤルガードだ。
振るった腕から放たれた風の刃は、重厚鉄壁を誇るカイトシールドを濡れ紙のように引き裂いた。

「なんだ、あの威力……!」

真空刃は大したレア度のスペルじゃない。
俺の知る限りじゃ、一撃でロイヤルガードを部位破壊まで持っていける代物じゃなかった。
こんなもんが使えるなら、王都でのバトルももっと優位に運べたはずだ。

>「さあ――勝負はここからだ!」

方向の良し悪しはどうあれ。
この僅かな時間で、カザハ君は明確に――変わった。

「今のお前は……どっちなんだ」

一樽のワインに一滴泥水を落とせば、それはもう一樽の泥水だ。
カザハ君の魂に落ちた一雫が、ワインなのか泥水なのか、俺には判断がつかない。

結論は出ないまま……戦況だけが流れていく。


【ジョンの豹変にビビる。疑心暗鬼続行】

185ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:26:03
「ああ・・・それにしても・・・気持ちよかったなあ・・・」

目の前の動かなくなった肉塊を剣の先で弄りながら思う。

それなりに前に猟師に着いてって行って山でイノシシ狩りを経験したことがある。
当然、自分が持つ獲物は銃だ、昔から現代に至るまで、動物を狩るときはかならず遠距離武器だ。
身を潜め、息を殺し、相手が隙を晒した瞬間を待つそして殺す。

明確な武器のリーチ差は、恐怖をそれだけ和らげる、敵の殺意に怯えずに行動できる、怯えは行動を制限する。
その点、銃は完璧と言えるだろう。少し練習すればだれでも扱えるようになるし、明確な有利を一方的に突きつける事ができる。

その時はなにも感じなかった、当然だ、殺したのは間違いなく僕だが、だけど距離が遠すぎた。

「・・ん?」

その時ヒュドラからでてきた赤い塊に気づく。
左手を伸ばすと、その玉は左手に吸い込まれていった。

「・・・んん?」

気づけば左手が動かせるようになっている。
一体いつのまに?一体だれが回復をかけてくれたのだろう?集中しすぎて気付かなかった。

>「――そうだ!ジョンは!?」

明神のその一言で、まるで霧が晴れたように視界が、思考がクリアになっていく。

「明神!」

明神が心配になった僕は急いで部長を抱え、列車に戻る。

>「足、ついてる、な……良かった。助けられちまったなヒーロー」

「もう回復してもらったし、どうって事ないさ、僕の体は自慢じゃないけれど世界にいるどの人間よりも頑丈だからね」

>「借りひとつだ。こいつはデカいぜ」

異変に気づく、明神が明らか怯えている事に・・・。

「おいどうしたんだなにか・・・」

>「しかしお前、ハンドル握ると豹変するタイプだったんだな……。
  ヒュドラ君ドン引きしてたもん。名古屋に来るときは俺呼べよ、運転するから」

冗談を言いつつも明神の目は確かに訴えていた。

この化け物近寄るな



明神の怯えたその目をみた瞬間頭の中に情報が一気に流れてくる。

一時の感情に身を任せ、なゆとの約束を即効破った事、ヒュドラを部長なしで一人で圧倒した事。
そして、それを短時間とはいえ、自分で忘れていた事。

なにより・・・それを楽しんでいた、自分の事。

また・・・またなのか・・・?また・・・ぼくは・・・

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:26:21
-----------------------------------------------------------------------
だいじょうぶ?

「ひえ・・・!やめて!こっちこないでよ!しにたくない!」

だいじょうぶだよ、ぼくはたすけにきたんだ
もうだじょうぶ、ここにいるてきはみんなたおしたよ

「もうやだあ・・・なんでわたしばっかりこんなめにあわなきゃいけないのよ!!!」

どうしておびえてるの?
ぼくといっしょにみんなの所にかえろう?

「こっちこないで!!やめて!やめてよ!・・・ばけもの!」

だめだ・・・そっちは・・・!

「あんたからはなれられるならどこでもいいのよ!ついてこないで!!・・・え?」

-----------------------------------------------------------------------

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:26:40
>「……みんな、無事みたいだな」

その言葉で我に返る。

まただ、また、戦争中に余計な事を考えていた、今は・・・そうだ。
戦争の中の一人、その役割を全うしよう、この戦いを終わらせる事が今考えるべき事だ。

だから・・・今はなにも考えず・・・切り替えよう。

「ああ・・・おかげさまで・・・それで?次の工程は?」

僕が聞くよりも先になゆは準備をしていた。
マホロ計画、僕達全員にマホロの幻影を被せる作戦。

「いくら幻影で隠せてもこれだけ血なまぐさいと効果が薄いな・・・」

僕は部長の背中にあるトランクから水晶を取り出す。
それは魔法を記憶する水晶で、低レベルの魔法限定という制約があるものの。
この水晶に念じればだれでも魔法が発動できる夢のようなアイテムだ。

「えーと・・・対象は僕・・・発動!」

その瞬間僕の体が水の球体に包まれる。

これはメイドさんが、僕の体を洗う為に、使った魔法。
名前はたしか・・・洗濯機、僕も冗談かと思ったが本当に水球洗濯機という魔法らしい。
若干・・・いやかなり苦しいのは間違いないが、効果はたしかだ。

少しの間洗濯機に洗われた後、勢いよく水球からはじき出され、汚された水は扉から列車の外へ。
この魔法のいい所はちゃんと乾かしてくれるという所だろう。
本当にやられてる最中息ができないし!ぐるぐる回されるし!ほんとーに苦しいし、洗剤の味がするから飲み水にできないとか
本当に難点だらけだが!

だが、身だしなみを整えられるというのはどんな状況でもありがたい。
そう思ってもってきたが、大正解だったようだ。

「よし・・・僕は大丈夫だ・・・やってくれ」

その合図を聞いたなゆがスペルを使う。

>「じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!」
>「オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!」
>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

>「新米Vtuber・笑顔きらきら大明神……受肉完了!」
>「見てみ、これ見てみ?……ファサッ!」

「ハハ・・・随分楽しそうだな、明神」

幻影だから実際に変わったわけじゃないが、手とか足とか・・・
自分の物じゃないとなんだか落ち着かない気分になる。

188ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:27:09

>『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

「ここからが本番だな・・・」

その時、列車がヒュドラ以上の衝撃で揺れる!

>「アッ――――――!!」
>「ボノ! またヒュドラ!?」
>『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
>「ほ、砲撃かっ……!?この霧の中でどうやって狙ってきやが――」

「砲撃か・・・相手の急所に近づいてきたっていう事だね
 しかし防御しようにも止まってない列車の上に立つのは無理だ・・・一体どうすれば」

>《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》
>《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

また、列車を回転させる気か、と思ったが体はなんともない。
だが確実に列車は回転しているようだ。

「この世界の人間は本当に凄いな・・・いやバロールが凄いだけか・・・」

《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》

部長の召喚を解除し、身近な物に捕まる。

ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

大きな衝撃、列車横転。

列車はダメになってしまったが、その役割を果たし。
僕たちは帝龍がいる本陣まできた。

>「よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!」

>「あたしたちも出るよ、みんな!
 300人ユメミマホロの押しかけゲリラライヴin帝龍、スタート!」

>「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

>「明神さん……またあとでね! ジョン君、明神さんを守ってあげて。
 ……ほら、《ラビリンスミスト》が切れたらみんな困るからさ!」

「ああ・・・安心してくれ、命を賭けて守るさ」

>「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!フゥーワッフゥーワッ!!」

兵士達と明神のテンションはMAXだ!

「さあ・・・いこう!」

189ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:27:29

>「部長は出すなよジョン。召喚すれば一発でブレイブだってバレちまうからな。
  徒手空拳以外の攻撃もなるたけ避けたほうが良い。やるなら掌底だけぶちかませ。
  ちまちま削りながら強襲部隊が戦果を上げるのを、ここで待つ」

「了解」

そう明神に伝え、敵兵士の群れに飛び込んでいく。

たとえ鎧を着込んだ兵士でさえ、人間なら僕の敵じゃない、一人、また一人と倒していく。

ドガ!バキ!ボコオ!

兜の上からでも衝撃を与えれば脳は揺れる。
目立たないように他のマホロ兵士に身を隠しながら、一人、また一人倒していく。

無意識の内に考える、なんで僕はこの世界に呼ばれたのだろうと。

僕個人の力は自分で言うのもなんだが凄まじいと思う、人対人という意味では僕は最強クラスである自信がある
たとえ相手がユメミマホロであろうとも、対人という意味では有利はこちらにある。
昨日の彼女の動きを見て確信した、対モンスターが基本の技である、と。
まだ隠し玉はあるだろうが・・・それでも僕は有利に戦える。

バロールのような魔法使いという人種に関しては・・・ちゃんと調べてみないとなんともいえないが・・・

だが『異邦の魔物使い』としてみた場合は?
部長は当然、サポートよりでパっとしない、コンボ組めばある程度火力は出せるがなゆや明神ほどじゃない。
僕も、ブレイブとしては下の中、よくて中の下、そのレベルだ。

みんながヒュドラを相棒と連携して倒してるなか、僕はそれができなかった。
それだけ他のみんなより劣っているのは事実だ。

なんで僕だけが、バロールのいた城についたのだろう?
野垂れ死にしたブレイブの中には僕よりもはるかに優秀な人材もいただろう。

おぞましい、化け物の力を持った僕じゃなく

僕は神様を信じているわけでも、いないと決め付けてるわけでもないが。
もしいると言うのなら・・・あの謎の力も・・・僕を選んだという人選も・・・あまりにも・・・残酷だ。

「うう・・・うう・・・うわあああ!痛いイイ・・・助けてくれ」

敵の兵士の悲鳴で我に帰る。

まただ・・・また戦闘中に余計な事を考えてしまった。
考え事をしながら戦っていたせいで、兵士を気絶させそこね、悲鳴を上げさせてしまった。

「うは! ごめ〜ん 私〜 なるべく兵士さんには痛く思いしてほしくなくて気を使ってたんですけど 
 私ったらうっかり!サービスしてあげるから ゆるしてね!」

ユメミマホロ風の口調を崩さず、兵士に詰め寄っていく。
決してふざけているわけではない、これも作戦というなら、僕はただ黙って遂行するのみだ。

倒れた相手の頭を思いっきり踏みつける
兵士は気絶したのか、動かなくなった。

「これだけ数を減らせば〜他のマホロちゃんで大丈夫だよね!」

敵兵士の数を大幅に削り、明神の所に戻るのだった。

190ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:28:02
>「なゆたちゃん達の方はどうなってる。ちゃんと帝龍の元に辿り着けたのか?」

「わからない・・・がカザハから連絡がないということは戦闘に入ったか
 特に問題なく捜索を続けてるか・・・そのどちらかだろう」

>『はっはっはーっ!こんなこともあろうかと!映像中継も実装済みさ!
 希望なら私の気合入った実況解説も添えるけど……聞きたいかい?』
>「要らないですぅ……どっからカメラ回してんだエロ魔王、いつから仕込んでやがった?」
>『おっと!冤罪はよしてくれ、五穀豊穣君の私を見る目がますます冷たくなってしまう!
 これでもコンプライアンス意識は高いつもりだよ、プライバシーには配慮している』

「言いたい事は数あるが・・・この際見れるならなんでもいい、バロールこの映像はどれだけのラグがある?」

ラグは特にないらしい、ということはバロールはいつでも僕達をリアルタイムに監視できるという事がこれではっきりした。
が、ここで問い詰めてもなんの特にもならない、言いたい事を全て飲み込み、映像を見守る。

>『モンデンキント君達は帝龍と対峙した。彼のパートナーはロイヤルガード、君の完全上位互換だね。
 苦戦しているようだよ、メイン火力のポヨリン君は属性的に不利だ』

>「実況要らないって言ったんですけお!!
 属性不利がどうした、カザハ君の支援スペルで風属性を付与すりゃそんなもんは――」

あの程度でなゆが負けるなんてありえない、そんな事は僕も、明神もわかっていた。
だからある程度落ち着いた気持ちで映像を見ていた、だが・・・。

>『――おや、カザハの様子が……?』
>「おい!起きろカザハ君!追撃食らっちまうぞ!!」

ロイヤルガードの攻撃を受けたカザハはぴくりとも動かない。
致命傷を負ったという雰囲気ではない。

「一体なにが起きて・・・!?」

カザハがよろよろと立ち上がる。

その刹那・・・身の毛がよだつような感覚に陥る。

今までの悪意に塗れた生活の中で、僕は人の悪意を感じれるようになった。

だが・・・一言に悪意といってもいろんな種類がある。

恨みの感情からくる悪意、人を殺そう、殺したい!憎い!そんな感情
事情があるような悪意、こんな事をしたくないが、仕事、もしくは脅されたからやる。
快楽からの悪意、人を犯すもしくは殺す事、人をいたぶる事で満足感を得る。

大小様々だが、悪意には常にそうなるに足る、様々理由がある。

大きなほど歪で、歪んでいる感情、衝動が付き纏う。
色んな人間を見てきて、感じた事だ・・・だが・・・。

「なんなんだ・・・!?この感じは・・・!?」

カザハ達がいるであろう方向を向いて呟く、この距離でも感じる程の大きな悪意。

大きな悪意には何度も対面した事がある・・・だが・・・だが。

「これほど強大な悪意を持っているのに・・・まっすぐで・・・純粋?」

理解が追いつかない、正体不明の初めて感じる悪意に、ただ、ただ、怯える事しかできないでいる。

191ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:28:39
>「くそ……ッ!ジョン、作戦変更だ!強襲部隊のケツ追っかけるぞ!」

「あ・・・あぁ・・・そうだな・・・いこう」

僕は明神の後ろを走る

>「カザハ君――!!」

映像の中のカザハが立ち上がる。

ゾっとした。不明の悪意の正体は・・・カザハだったのだ。

純粋で、それでいてまっすぐで無垢、だが誰よりも強い悪意を持っている。
その正体はカザハだったのだ。

夜、僕がみたカザハの様子を思い出す。

>「”君達の”リーダーは大したものだ。情に流されたと見せかけて最も勝率の高い作戦に皆を導いたのだから」
>「お前は誰かって……? そうだね、”異邦の魔物使い”に対して言うなら……”現地の魔物”――
  ……ってあまりにもダサッ! カケル、同じような意味でもっと格好いい単語を考えろ!」

あの時は冗談だと思っていた、だがあれが本当の事だとしたら?
本当にカザハの中に違うなにかがいたとしたら?

呼吸が乱れる、悪意の正体に近づくにつれ、呼吸を荒くなっていくのを感じる。
帝龍とかいう小物は真の敵ではなかった、真の敵は身内にいたのだ。

>「さあ――勝負はここからだ!」

現場にたどり着くと、帝龍と対峙しているなゆ達を見つけた、だがしかし。

>「今のお前は……どっちなんだ」

明神もなにかでカザハが異常である、と悟っているらしい。

そして今、僕達は即座に援護に入れないで居る。
答えは簡単だ、ノコノコでていってもしかしたらカザハに殺されるかもしれないという可能性があるからだ。

だがこのまま手をこまねいていてはなゆがエンバースが危険に晒される。
解決する為には僕達は、やはりでていかなくてはならない。

192ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/12/10(火) 13:29:31
「明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね」

明神に夜、僕がカザハから盗み聞きした情報を全て話した。

「カザハは自分を現地の魔物と称していた・・・その時は中二病の冗談だと思っていた、だが本当に中になにかいるんだな
 ・・・そしてカザハの中にいる悪意の正体を明神はしっているんだな?」

明神の顔色は見えない。

「別に、どんな理由でしっているのか無理に言わなくてもいいし、無理に聞く気もない
 ヒュドラ戦であんな戦い方してしまったせいで、信用がないのはわかっているしな・・・」

「だが、カザハの中にいる存在は異常だ、とてもじゃないがこの世にいていいレベルじゃない
 今のカザハの力を見れば力そのものも恐らく強大だ、今は落ち着いてはいるが、いつ暴走するかわからない」

懐からナイフを取り出し、明神に見せ付ける。

「もし次・・・あの悪意を振り撒いたり・・・暴走したら・・・その時は俺がこれでカザハを終わらせる」

友を殺すなど、正気の沙汰ではないが、それでもやらなければならない。
それだけ・・・カザハの中にいるナニカは・・・危険で・・・異質すぎる。

「説得が通用すると本気で思ってるのか?僕はそうは思わないな。あれは、あの悪意はそんなレベルじゃない」

マホロに殺すと、宣言した時の殺意を隠さず、僕は、本気でカザハを殺すつもりだ、と。
殺気だけで・・・そう明神に悟らせる。

「大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない」

おっとカザハは妖精だったな。と乾いた笑いをしながら覚悟を決める。

「安心してくれ、君に迷惑はかけない、僕一人でやるさ」

こうしてる間にもなゆ達の戦況を一刻、一刻と変化していく

「さぁ時間はないぞ!いこう明神」

僕は明神に向かって手を差し伸べた。




【あまりにも純粋な悪意を孕んだカザハ(カザーヴァ)を敵対視 
 事情を知らない為 次は暴走すると予想し、そうなった場合殺す決意を固める】

193embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:21:48
【トライアル・マッチ(Ⅰ)】

『おかえり!』

「ああ」

焼死体が仲間の様子を見る――生命反応に陰りはない。

「……みんな、無事みたいだな」

『はあーっ?お前目ン玉付いてんのか!?あっ付いてないね、ごめんね!
 『無事』ってのは『死んでない』って意味じゃないんですよ!』
『ん……そうね。とりあえず……』

「……次の戦闘に備える。みんなも警戒を怠るなよ」

可憐な出迎え/簡潔な応答――左手のスマホから触腕が閃く。
歪んだ鉤爪が瞬時に焼死体の耳を掴み/引き寄せる。
必然、スマホを耳元へ添える形になる。

〈あなたは、バカですか。もっと気の利いた返事が出来ないんですか?〉

「いいや。俺も、みんなもバカじゃない。重要なカードを消費したなら、自分から――」

〈もう結構。思い出しました。あなたは「俺はバカだ」と告白する時に限り
 文学的表現に恵まれる、どうしようもない、ゲームだけが取り柄の――〉

「もう結構だ。俺も思い出したよ。お前が、俺をなじる時に限り、文学的表現に恵まれる事を」

194embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:24:06
【トライアル・マッチ(Ⅱ)】

『じゃあ……行くよ! マホたん! 『幻影(イリュージョン)』――プレイ!』
『オッケー月子先生! みっんっなーっ! まっほまほにしてやんよーっ!』

〈……何故、槍を装備しているのです?バカすぎてマホたんのビルドも忘れましたか〉

「いいや、お前が忘れているんだ。俺にはマホたんに扮するメリットは、ない。
 偽物だと確定すれば攻撃は俺に集中する。だが、それで何か困る事があるか?
 どうせ、マホたんAtoYに対して無差別攻撃が行えない事は、変わらないのに」

〈……思い出しました。あなたは、そうやって減らず口を叩くのが上手だった〉

「ああ、俺も思い出したよ。お前は、俺の切り返しが予想外に鋭いと、すぐにそれを減らず口だと言うんだ」

〈……ふん。それこそ、減らず口だ〉

『うーん。300(スリーハンドレッド)って感じ』

「マホたんがVtuberである事を鑑みると、マトリックスって線もあり得る。
 全てが終わった後、このスキンが呪われた装備になってなければいいが」

『間もなく終点、帝龍本陣に到着致しまス。皆さま、お手回りのお荷物などお忘れにならないようお願い致しまス』

「テンポが良くて結構だ。ボス前の雑魚戦なんて、何も楽しくない――」

不意に列車が激しく揺れる/轟音が響く――咄嗟に少女を引き寄せ、支える。

『ボノ! またヒュドラ!?』
『不明でス。今までで一番の質量が車体側面に衝撃を加えてきましタ』
『一番の質量……!?』

「――違う、質量の正体はどうでもいい!今のをもう一度貰ったら――」

『第二波、来まス。お客様は衝撃に備えて下さイ。5、4、3、2、1――弾着。今』

轟音/衝撃/浮遊感――鎧戸の剥げた窓の外に、地面が見えた。

「――こうなるよな!ああ、分かっていたさ!」

焼死体が左手首のスマホを操作/カードを選択――【死に場所探り(ネバーダイ)】。
効果は、味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する。
要するに、持続時間のあるバリアを展開する為のスペル。

一部のスペルは、その効果範囲の定義が使用者の認識に依存する。
味方全体を列車内の乗員全てと定義すれば、落下の衝撃を緩和する事は可能だ。
だがスペルの使用にはクリスタルの消費が伴う/そしてその消費量は、起こす現象の規模に比例する。

そこまでしても、乗員が衝撃に堪えられるかは、怪しい――それでも、少女はそれを望むだろう。

「……丁度いいハンデだ。そう思わないか、フラウ」

〈――やはり、あなたは減らず口を叩くのが上手だ〉

焼死体の右手、人差し指が、スマホの画面に触れる――

《問題ない! ボノ、火をくべるんだ! このまま突き進みたまえ!
 飛ばされた先にレールを敷く! どうあっても――君たちのことは帝龍本陣へ届けると約束したからね!》

その直前、少女のスマホから、声が聞こえた。
いけ好かない――だが信用には足る声だった。

《そぉーれ! 創世魔法・『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』に加え、『負荷軽減(ロードリダクション)』!
 ついでに『重力操作(グラビティデイズ)』もつけとこう!》

「……戦力の逐次投入は愚策だと教えてくれるブレイブは、今までにはいなかったのか?
 だったら教えてやる。次は、最初からこんな事態を回避出来る手段で俺達を届けろ」

195embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:24:49
【トライアル・マッチ(Ⅲ)】

《もうすぐ本陣や! 突っ込むで、みんな耐衝撃体勢! 急ぎぃ!》
『は、はいっ!』

レールが途切れる/列車が脱輪する/そのまま数十メートルを滑空――地面に不時着。
轟く掘削音/激しい衝撃/振動――それらが徐々に弱まり、やがて完全に、止まった。

『し……終点、帝龍本陣……帝龍本陣でございまス……』
『いたた……。みんな、大丈夫……?』

「問題ない――いつでも行ける」

『よし! みんな、行くわよ! 手筈通りに――!
 カザハ! エンバース! 帝龍を探しに行こう!』

「ああ、思うままに走れ――道は、俺が拓く」

少女が駆け出す/焼死体がその背を早足で追う。
亡者の視界が捉える、濃霧の奥から迫り来る兵士の輪郭。
左手を翳す/濃霧の中を音もなく泳ぐ白き触腕――兵士達を縛り上げる。
左手を掲げる/振り払う――身動き一つ取れぬまま兵士達は浮かび/投げ飛ばされた。

〈一つ、訂正を願います。この場合、道を拓いているのは、あなたではなく私だ〉

「俺一人で全部終わらせてもいいが、お前がつまらないだろ?」

少女は敵陣を駆ける/駆け抜ける――そして、辿り着いた。

『帝龍――――――ッ!!!』

『チィ……存外早かったアルネ。
 魔法機関車に乗って本陣に突撃し、兵士全員にマホロのスキンをかぶせて攪乱。
 我々が混乱している隙に、一気にワタシを拘束する……。なかなかの策アルネ。
 窮余の一策ではあるアルが、悪くないアル』

「財布でメンコ遊びするしか能のない男が、何を偉そうに」

『見つけたわ、帝龍! あなたの負けよ!
 ギタギタのボコボコにされたくなかったら、おとなしく投降しなさい!』

「おい、待て。それは困る。ギタギタのボコボコにされてから投降してくれないと――俺がつまらないだろ」

『寝言は寝て言うアルよ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)。誰が負けたアルって?
 依然変わりなく、勝者はこのワタシただ一人アルネ。奇策で本陣に到達したからと、調子に乗るなアル』

「……なあ。それに関してなんだが、俺の記憶が正しければ――」

『強がりね。じゃあ、どうするのかしら?
 こっちには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人。あなたはたったひとり。
 あなたの大好きな、単純な数の計算でも――こっちが圧倒的に勝ってる! あなたに勝ち目なんてないわ!』

「――いや、俺の話は後にしよう」

『ふ……。小魚が何匹寄り集まったところで、長江を揺蕩う竜王には勝てないのが道理アル。
 それをこれから、たっぷり教えてやるアル! ここにいるオマエらは、手心を加えなくても問題ないアルからね!
 ――ロイヤルガード! この身の程知らずどもを蹴散らせアル!』

「そいつがお前のトカゲの尻尾か?大した事なさそうだな」

196embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:25:52
【トライアル・マッチ(Ⅳ)】

瞬間、ロイヤルガードが地を蹴る/狙いは焼死体――彼我の距離が、急速に縮まる。
弧を描く斧槍が唸りを上げる/応じるように、朱槍が地から天へと逆巻く。
遠心力を帯びた斧刃をまともに受ければ、武器が耐えられない。
故に、狙いは斧槍を振り回せば必然、前へと伸びる左腕。
響く風切り音――初撃は、双方共に空振りに終わった。
互いが回避/攻撃の両立を図れば、必然そうなる。

初撃を振り抜いたロイヤルガードは、そのままハルバードを右へと振り被った。
重い斧槍も魔物の膂力であれば、右腕一本で容易く操り、振り回せる。
放たれるのは、初撃と対の軌道を描く薙ぎ払い。

代わり映えのない/しかし、それこそが工夫と言える一撃。
同じ命通わぬ五体故にロイヤルガードは理解している――刺突は無意味。
袈裟懸けの一撃を躱す為、体勢を低く沈めていた焼死体は、ほんの僅かに、出遅れる。

激音が響く/火花が散る――被弾したのは、初動を先んじたロイヤルガードの方だった。
命なき五体に対し、刺突は下策/だが――であるならば、ただ、突けばいい。
初撃を振り抜いた後、左手を逆手に変えての、石突による打撃。

ロイヤルガードが怯む/それを逃す焼死体ではない/朱槍を再反転/穂先を突きつける。
亡者の視覚には、見えている――肉体なき魔法生命体の、その心臓である魔力核が。

鋭い踏み込み/閃く刺突/響く金属音――焼死体が舌を鳴らす。
朱槍の一撃は、カイトシールドの表面を僅かに削り取るのみで終わった。
体勢を崩しながらも、刺突の先端を的確に逸らす――王室守護者の名に恥じぬ技巧。

「……やるじゃないか。思っていたよりは楽しめそうだ」

『三対一っていうのは卑怯な気がするけど、こっちも余裕がないからね……!
 カザハ! ロイヤルガードに攻撃よ!』

ポヨリン/カザハが加勢に入る――だが戦況は好転しない。
増援の一体は属性不利/もう一体はステータス不足。
致命打を与え得るのは結局、焼死体のみ。

『くふふ! 無駄無駄、無駄アルヨ!
 そのロイヤルガードはワタシが金に糸目をつけずに育成した特別製! そこらの同種族とはまるでモノが違うアル!』

「らしいな。さて、どうしたものか――」

焼死体の判断/更新された行動指針――撃破には何かしらの搦め手が必要。
左手をかざす――触腕は【シールドバッシュ】によって弾かれた。
その隙に焼死体が大きく踏み込む/ロイヤルガードの懐へ。

直後放たれる迎撃の前蹴り――防御は容易い/だが踏み留まれない。
単なる焼死体と総金属製の甲冑の、ウェイト差による必然的現象。

197embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:28:14
【トライアル・マッチ(Ⅴ)】

『エンバースさんが引き付けてる間に地道に削るしかないか……カケル、『カマイタチ』!』

「……よせ。明神さんから対人戦の講義を受けてないのか?
 無闇にスキルやゲージを消費すれば、反撃の備えがなくなるんだぞ。
 相手からしてみれば、格好の的だ。手を出すなら、何かしらの工夫が必要――」

『――瞬足《ヘイスト》!』

「――ああ、そうだな。お前はそういう奴だった!」

ロイヤルガードが焼死体へ間合いを詰める/左腕の盾が唸りを上げて、弧を描く。
【シールドバッシュ】――焼死体はそれを防御/しかし、大きく跳ね除けられた。

『うわっ……ロイヤルガードのKY力、高すぎ……』

地に落ちた風精の頭部めがけ、斧刃を振り下ろすロイヤルガード。

「――フラウッ!」

叫び/左手を前方へ――それだけで、無二の相棒は要請を理解した。
触腕が伸びる/鉤爪が地面へと刺さる/収縮――円運動が焼死体を宙へ誘う。
遠心力を回転力へ変換/ロイヤルガードの頭上を取る――朱槍が描く、血霧の旋風。
一際強烈な金属音――分厚い金属板から成る兜が歪み/吹き飛び/数メートル後方に落下した。

「どうした――俺に勝てそうにないからって、弱い者いじめは良くないぜ」

ロイヤルガードは無反応/そのまま不意に背を向けて、数歩前進。
弾き飛ばされた兜を拾い上げ、頭部へ再設置――振り返る。
憤怒の色に染まった眼光/焼死体が、愛剣を抜いた。

「そして……悪いが、こうなった以上、遊びはここまでだ」

溶け落ちた直剣を手放す/それを触腕が空中で掴み取る/槍を構え直す。

「どうせなら、お前の得意分野で負かしてやりたかったが……」

『カケル、行くよ!』

「……なんだ、起きたのか。悪いが、もう終わらせるところ――」

『見てなって! ――『真空刃《エアリアルスラッシュ》』!』

「――まぁ、いいさ。少しくらい見せ場がないと、可哀想だしな」

奔る風刃――ロイヤルガードの大盾が、両断される。

『寝てる間にレベルアップしちゃったみたいで。睡眠学習ってやつ?』

「ああ、それなら俺にも身に覚えがある――待て、お前もなのか?」

『『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!』

「……俺の手間を増やすような真似は、よしてくれよ」

ロイヤルガードが前へ踏み出す/盾を失った守護者の構えは、変化していた。
斧槍を両手で握っている/垣間見える、強者のみが知る武芸の真理。
即ち槍は――両手で振り回した方が、片手よりも、強い。

198embers ◆5WH73DXszU:2019/12/21(土) 08:31:40
【トライアル・マッチ(Ⅵ)】

躍動する甲冑/暴風を奏でる斧槍――焼死体の朱槍がそれをいなす。
斧刃の入射角は最小限/それでも、衝撃を完全に受け流せなかった。
燃え落ちた肉体は軽い/体勢が大きく崩れる――負の連鎖が始まる。
敵の守りは脆い/体勢は崩れている――火を見るより明らかな好機。

左の袈裟斬り/朱槍を支えに側転宙返りを打ち、回避。
右から迫る薙ぎ払い――足捌きでは避け切れない/深く身を屈める。
幹竹割り――どう足掻いても避けられない/朱槍を頭上に掲げ/柄で受け流す。
鉄心入りの朱槍が歪む/再び振り上がる斧刃/焼死体は地を蹴り――ロイヤルガードの懐へ。
【シールドバッシュ】はもう使えない――触腕から愛剣を受け取り/脚部装甲を切りつけ/そのまま離脱。

風属性の加護を受けた刃は、分厚い金属装甲を、容易く切り裂いていた。

「……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ」

斧刃を躱しざま、下段の斬撃を放った焼死体の姿勢は、片膝を突く形。
背を向け、跪いたまま紡ぐ警告/ロイヤルガードは応じない。
開いた間合いを詰め直し、斧槍を振り被る。

「やめておけ。今日はこれくらいで勘弁してやるって、言っているんだ」

ロイヤルガードは、聞く耳を持たない――斧刃が、振り下ろされた。
だが、それが焼死体に届く直前――ロイヤルガードの動きが止まる。
甲冑の内側から歪んだ面頬を貫き――白い触腕が、飛び出していた。

膝を突いたまま立ち上がらなかったのは、フラウを地中から、先に刻んだ裂傷へ通す為。

「だから言っただろう、致命傷だってな……だが、マジにとどめは刺すなよ、フラウ」

言われるまでもない、と言いたげに響く金属音。
甲冑が内側から関節を破壊され、分解される音。

「さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――」

焼死体が立ち上がる/煌帝龍を振り返る。

「――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
 お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?」

挑発ではない/素朴な疑問を吐露する声色。

「まぁ……一応、代表選手だったのは覚えてるから、相手はしてやるけどさ。
 あんまり、強い言葉を使わない方がいいと思うぜ――弱く、見えるからな」

続く忠告――こちらは、言うまでもなく挑発だった。

199崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:50:16
覚醒したカザハの『真空刃(エアリアルスラッシュ)』が、ロイヤルガードのカイトシールドを両断する。
恐るべき威力だ。もちろん通常の『真空刃(エアリアルスラッシュ)』にこんなバカげた威力はない。
ガザーヴァの力を使って増幅されたカザハの力が、元の術の威力を何倍も強化しているのである。

「何あれ……すごい……」

なゆたは瞠目した。ハルバードで吹き飛ばされたはずのカザハが、急に起き上がったかと思うと突然パワーアップしている。
シルヴェストルはそんなギミックのあるモンスターではないし、カザハがそういったスペルを持っていた記憶もない。
まったく理解不能な、唐突なレベルアップ。それに戸惑いを禁じ得ない。

《きゃははははははッ! いいね、いいねェ! もっともっとやっちゃってー!》

カザハの意識の中で、ガザーヴァが両手を叩いて無邪気に快哉を叫ぶ。

《そらそら、出し惜しみはナシだ! ボクの力をもっと使って戦ってよ! 愛と正義と友情のためにね……くくッ!》

>『烈風の加護《エアリアルエンチャント》』――対象拡大!

さらに、カザハはスペルカードの効果を拡大して全員にバフを付与した。
これもまた通常の『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』にはない効果である。
なゆた、ポヨリン、エンバース、フラウ、カザハ、カケル。
六人分の風属性付与が発動し、パーティーは今までの不利から一転してロイヤルガードに優位を取る状況になった。

>さあ――勝負はここからだ!

《ホントホント! 勝負はここから、さぁー派手にいってみよぉー!》

カザハが凛然とした声で叫ぶと、ガザーヴァが心の中で相槌を打つ。
だが――カザハが使ったふたつのスペルカードはカザハ自身のものであっても、威力と範囲の向上はカザハのものではない。
カザハはあくまで、ガザーヴァの持つ幻魔将軍としてのパワーソースを借用しているだけである。
そして。
ガザーヴァは当然、単にボランティアや善意でカザハに力を貸しているわけではなかった。
カザハがスペルカードを切り、また何か行動を起こすたびに、カザハの身体の周りに黒い靄のようなものが浮かんでは消える。
それは、明らかに闇の力。風属性のカザハが本来持ち得ない、魔属性のエフェクトだった。

>カザハ君――!!

>明神・・・君もカザハがなにかおかしいと、気づいているんだね

魔法機関車の近くで、霧の維持のために後方待機しているはずだったふたりの声(CV:ユメミマホロ)が聞こえる。
なゆたはとっさに振り返った。

「あなたたち、もしかして明神さんとジョン!? どうしてここに……!」

マホロの姿をしているふたりを見て、なゆたは声をあげた。
作戦では、あくまで前線に出るのはなゆた、エンバース、カザハの三人だけだったはずである。
それが明神達まで来てしまっては、計画が台無しだ。
だが、自分がサブリーダーとして信用する明神が何の考えもなしに事前の作戦を変えてくるとは思えない。
彼らのいた後方で何かが起こったか、それとも自分たちの見えないものが、後方でこちらを見ていた彼らには見えてしまったのか――

「ポヨリンッ!」

『ぽよよよっ!!』

明神とジョンもまた、カザハの不自然な強化に気付いたのだろう。その視線は小柄なシルヴェストルに釘付けになっている。
その防御はガラ空きだ。すぐに、ワラワラと帝龍側の兵士たちが明神とジョンへ群がってくる。
なゆたは即座にポヨリンへ指示を飛ばし、ふたりの周囲の兵士を蹴散らしにかかった。

「何やってるの! 早くこっちへ!
 ……状況報告! どうしてここへ!? 魔法機関車で何かがあったの!?」

リーダーとしてサブリーダーに説明を求める。
明神から説明を受けると、なゆたは軽く唇を噛んでカザハを見遣った。

「普通、ブレモンではスペルやスキルを使うと、その属性に応じたエフェクトが出る……。
 炎なら赤い光が、水なら蒼い輝きが――でも、今のカザハから出ているのは……」

黒い。

カザハのATBゲージが溜まり、彼が攻撃や回避、何らかのアクションを起こすたび、その身体から黒い光が迸る。
それはまるで、今までの自分を否定するような。
自分の本来の姿はこちらなのだと、そう叫んでいるような――。

200崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:50:32
>……その傷は、致命傷だ。槍を引いて、マスターに助けを求めろ

ざんっ! とエンバースが剣を一閃し、ロイヤルガードの胸部装甲をまるでバターのように切断する。
それでもロイヤルガードは斧槍を振り上げ、エンバースに肉薄しようとしたが、歴戦の焼死体の方が技量は上であった。
ロイヤルガードの動きが停まり、一瞬びくん! と痙攣したかと思うと、その内側から触手が飛び出す。
既にエンバースの――フラウの攻撃は、ロイヤルガードの中枢を破壊していたのである。
炯々と輝いていたバイザーの奥の双眸がフッと消え、重厚な騎士鎧はバラバラに分解して地面に転がった。
勝負ありだ。

>さて……邪魔者はいなくなったな。それで、さっきの話の続きなんだが――
>――俺の記憶が正しければ、世界王者はあのミハエルとかいう奴なんだろ?
 お前、あいつに負けたんだよな?なのに――なんで、そんな偉そうなんだ?

勝利したエンバースがここぞとばかりに煽る。
しかし、護衛を撃破されたというのに帝龍の表情は変わらない。

「オマエ、底抜けのバカアルか? 偉そう、ではなく実際に偉いアルネ。
 世界王者? 禁止カードだらけでルールに縛られたママゴト大会の王者が、本当に強いとでも思ってるアルか?
 ひょっとして、プロレスはガチ! とか大真面目に信じちゃってるタイプアル?」

>まぁ……一応、代表選手だったのは覚えてるから、相手はしてやるけどさ。
 あんまり、強い言葉を使わない方がいいと思うぜ――弱く、見えるからな

「下級国民が、上級国民であるワタシの相手? のぼせ上がるんじゃないアル。
 第一……オマエたちはひとつ、大きな勘違いをしているアルヨ」

くくッ、と帝龍は右手で軽く口許を押さえて嗤った。
とはいえ、もうロイヤルガードはいない。
周りにいる者はせいぜいが人間の兵士たちくらいで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の相手にはならない。
帝龍に打つ手はないはず。もう、手詰まりのはずなのだ。
……というのに。

「おぉ〜っ! 明神さんとジョン君も来てくれたんだね! これで百人力ってやつ!?
 さあ、なゆちゃん! ボクたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で、こいつを八つ裂きにしちゃおう!」

ロイヤルガードが倒れ、残るは帝龍のみとなった本陣内で、カザハが口を開く。
カザハは明神とジョンの方を向き、能天気な様子でぶんぶんっと大きく右手を振った。

『カザハの意思とは関係なく』。

《クク……なんにも驚くには値しないだろー? だってさ、ボクたちは『ひとつ』なんだから。
 キミの身体はキミだけのものじゃない。ボクのものでもあるんだ。
 キミはボクの力を自分のもののように使った。なら、ボクがこの身体をボクのもののように使ったって何も問題ないよね?》

カザハの意識の中で、ガザーヴァがにたあ……と嗤う。

《さあ、手助けしてあげるよ。それがキミの望みだろ……?
 もっともっとボクの力を使ってさぁ。そしたら、ボクの希薄だった存在はこの世界で確固たる基盤を確保できる。
 この世界にボクが、ガザーヴァが存在するっていう、存在定義の碇を投錨することができるんだよ。
 ホラホラぁー……何ボケッとしてるのさ? 戦えよなぁ……戦え! ボクの力を使えよ! 強くなりたかったんだろォ?
 くれてやるよ、力を! キミの食べたがってたおいしいニンジンが、目の前にぶら下がってるンだ!
 馬なら食べなきゃソンだろォ!? あ、馬なのはボクらじゃなくてガーゴイルの方か! くひッ、あっははははははッ!!》

ガザーヴァは一巡目の世界で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に敗北し、死亡した。
しかし、その瀕死の魂はなんとかカザハの前世のシルヴェストルに憑依し、融合することで消滅を免れた。
とはいえ、復活するには現段階では存在が希薄になりすぎている。このままでは、遠からず寄生先のカザハに吸収されてしまう。
そこで。
ガザーヴァはカザハに力を貸し、『ガザーヴァの力を使っている』と認識させることで、自己の存在を確立しようとした。
カザハがガザーヴァ由来の魔力を使えば使うほど、ガザーヴァという存在はこの世界でその色彩を濃くしてゆく。
そうして自身の存在証明を確保してから、ゆくゆくはカザハの肉体の主導権を奪い復活する――
それが、幻魔将軍ガザーヴァの狙いだった。

「さぁーて……明神さん、ジョン君。キミたちにも『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』をかけてあげるね!
 この敵はみんなで殺らなきゃダメだ。全員で仲良く息の根を止めてあげなくちゃね!
 キミもそう思うだろォ〜? 明神さアアアアアアアアアアアん!!!」

まるで有明月のように口許を歪ませ、カザハは嗤いながら明神の名を呼んだ。
そして、右手の人差し指を伸ばして明神とジョンのふたりに『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』を付与する。
しかし――明神とジョンは気付くだろうか。
今、カザハは『スペルカードを使用しなかった』。
だというのにバフは効力を発揮している。つまり――
今使った『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力ではない、ということだ。

ガザーヴァはカザハの望むままに力を与えている。それは間違いない。
だが、カザハがガザーヴァの力を使えば使うほど、ガザーヴァはこの世界で復活の下地を整えてゆく。
そして。

奇しくも先ほどカザハ本人が言った通り、本当の勝負はここからだったのだ。

201崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:50:45

「抵抗はやめなさい、帝龍!
 もう戦いは終わりよ……あなたの頼みの綱、パートナーモンスターのロイヤルガードはもういない!
 大人しく降伏しなさい、そうすれば……わたしたちも同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として悪いようには――」

「それそれ、それアル。
 そこからして、もうスデに大勘違いの間抜け面ってヤツアルネ。
 このワタシが! いつ『パートナーモンスターはロイヤルガード』と言ったアル……?」

「……え……?
 ――――――――――――あっ!!」

なゆたは怪訝な表情を浮かべ、それからすぐに気が付いた。
そうだ。
帝龍はロイヤルガードを護衛として配置しており、自分の鍛え上げた特別製と言ってはいたが、パートナーとは言っていない。
そして――それを裏付けるように。
帝龍はエンバースとロイヤルガードの戦闘の最中、一度も指示をせずスペルカードも使用しなかった。
それどころか、帝龍はスマホを持つことさえしていない。
パートナーとの連携には、魔法の板――スマートフォンが必要不可欠。それは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の大前提だ。
だが、帝龍はロイヤルガードの戦いをただ眺めていただけである。
つまり――




『帝龍のパートナーモンスターは、別にいる』。




「くふふ! やっと気付いたアルか、この下民どもが!
 『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』を封じればワタシに勝てると思ったアルカ?
 本陣にさえ乗り込んでしまえばこっちのものだと――? 見通しが甘すぎて笑い話にもならないアル!
 ワタシは最強無敵の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 頂点に君臨する者には、それに相応しいパートナーが傅く……!
 ならば! 特別に見せてやるヨロシ、ワタシの最強のパートナーモンスターを!」

そう高らかに言い放つと、帝龍は仕立てのいいスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
そして『召喚(サモン)』のボタンをタップする。
途端にゴゴゴゴ……と地面が振動を始める。大気が震え、空がにわかに掻き曇ってゆく。

《すごい魔力だ……! みんな! そっちは何が起こってるんだ!? ここからだと状況が把握できない!
 でも、君たちのいる場所を中心にとんでもない魔力が集まっているぞ!
 これは……準レイド? いや、レイド級……違う! そんなレベルじゃない、もっともっと上級の――》

全員のスマホにバロールから通信が入る。
アコライト外郭からでは、距離が離れすぎていてよく見えないらしい。
だが、本陣にいる全員にはよく理解できるだろう。
膚が粟立つ。鳥肌が立つ。動悸が激しくなり、暑くもないのに脂汗が出る。
肉体が、ここにいるのは危険だと警鐘を鳴らす。

「くふふふははははははは!! さあ――大地の懐深く、原霊の祭壇よりいでよ! 魔皇竜!!」

帝龍のスマホの液晶画面が激しく輝く。地属性を現す、茶色のオーラが迸って周囲を眩く照らす。
やがて帝龍となゆたたちの中央の地面に亀裂が走り、巨大なクレバスが出来上がる。
そこから、地の底で眠っていた神性がゆっくりと姿を現す――。

そう。

それは、尻尾までを含めた全長が200メートルはあろうかという、巨大なドラゴン。
高さは50メートルはくだらないだろう。暗褐色の鱗に全身を鎧っており、背に生えた翼は空を覆うほどの大きさを持つ。
長い三本の首はそれぞれ一本、二本、三本の角を持ち、覇者の威容を以て地上を睥睨している。
全身から嵐のような地属性の魔力を迸らせながら、『それ』は強靭な二本の後肢で束の間立ち上がり、天を睨むと、

『ギャゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』

と、耳をつんざく大音声で咆哮した。
巨竜の咆哮によって空気がビリビリと振動する。大地が震動する。
バロールの言った通り、これは既に準レイドとかレイドとか言った範疇を大きく逸脱している。

「くふふふふふふふ! 召喚――アジ・ダハーカ!!」

スペルカード『浮遊(レビテーション)』で巨竜の傍に浮かぶ帝龍が笑う。
魔皇竜アジ・ダハーカ。

ブレモン正式稼働一周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】にて実装された、六体の超レイド級モンスターのうちの一体だった。

202崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/06(月) 22:57:11
「くふふ……どうアル? このアジ・ダハーカの尊容は? 初めて見たアル?
 当然アルネ……世界中のブレモンプレイヤーの中で、このアジ・ダハーカ完全体を持つのはワタシただひとり。
 つまり――ワタシが最強ということアル! ミハエル・シュヴァルツァー?
 そんなヤツは、アジ・ダハーカの前には木っ端クズのようなものアルヨ!」

帝龍は自信満々に言い放った。
アジ・ダハーカをはじめとする【六芒星の魔神の饗宴】の超レイドモンスターは、
八箇所の部位を前哨戦レイドで倒して集め、八箇所中五箇所を揃えて初めて召喚できるという特殊なモンスターである。
しかし、そもそもその各部位ごとの強さからして異次元な上、ドロップ率も極めて低い。
かつては日本でも大手ギルドが水属性のクロウ・クルーワッハを揃えたと話題になったが、
ドロップは一体分だったためギルド内部で醜い所有権争いが起き、そのあげくギルドが崩壊するという事件も勃発した。
元より個人で集めるのは不可能、マルチで戦っても内輪揉めは不可避。
結局誰も完全体を手にすることはできず、イベントも終息した――と思われていた。

みのりはパズズを部分的に召喚することができていたが、それも不完全極まりない右腕と頭部だけである。
だが――
ここに、ブレモンのプレイヤーが誰も見たことのない『完全体』のアジ・ダハーカが降臨している。

「金さえあれば、なんだって手に入らないものは存在しないアル!
 無課金で戦術を考える? 知恵を絞ってデッキをビルドする? ワタシに言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えアル。
 貧乏人の負け惜しみアル! 潤沢な資金力! 無限の経済力があれば、戦術など不要! すべて押し潰してくれるヨロシ!
 さあ――金の力を見せてやるアル。マネー・イズ・パワー! その極致たる、アジ・ダハーカの力を!!」

『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!』

ふたたびアジ・ダハーカが叫ぶ。
確かに、六芒星の魔神の饗宴で実装された超レイド級をパートナーにできたプレイヤーはなゆたの知る限りは存在しない。
しかし――それはあくまでも日本国内の話。日本に話題が入って来づらい海外ならば、その限りではないのだ。
まして、帝龍は世界に名だたる大企業の豊富な資金力と、人員を確保するだけの権力がある。
社員にもブレモンをプレイさせてレイド級を従えたパーティーを作り、帝龍がリーダーとなってイベントに参加する。
そうすれば、誰が前哨戦で肉体の部位を手に入れようが所有権争いは発生しない。
帝龍はそうやってかつての【六芒星の魔神の饗宴】でアジ・ダハーカの肉体八箇所を入手し、秘匿していたのだ。
もちろん、超レイド級モンスターなど公式大会では使用不可能だし、そもそも所有している者もいない。
ママゴトのような大会での勝者などなんの価値もない――そう帝龍が言い放つのには、そういった理由があったのだ。
先程魔法機関車を一撃で吹き飛ばしたのも、このアジ・ダハーカの尻尾なり前肢なりの一撃だったのだろう。

「な……、なんてこと……」

アジ・ダハーカの降臨を前に、なゆたは驚愕してその場に立ちすくんだ。
何を隠そう、かつてなゆたも【六芒星の魔神の饗宴】にゴッドポヨリンを引き連れて参戦したことがある。
そのときの相手はアジ・ダハーカではなく火属性の超レイド級、第六天魔王だったのだが、相当な苦戦を強いられた。
同じ水属性のレイドパーティーで前哨戦に挑んだが、壮絶な消耗戦の果てに左腕、胴体、翼を手に入れるのがやっとだった。
そのとき得た部位は同じパーティーを組んでいたフレンドに譲渡してしまったが、二度と戦いたくないと思ったものである。
単なる一部位とのバトルに過ぎなかった前哨戦でさえ、それだけの苦労を伴ったのだ。
それが、完全体となれば――果たしてどれほどの強さなのか想像もつかない。

《バカな……、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそんなものまで持ってるっていうのか!?
 みんな、退却だ! 今キミたちがアジ・ダハーカと戦っても絶対に勝てない! 戦力が違いすぎる!》

バロールが撤退を促す。まさか、帝龍がこんな隠し玉を持っていたとは露とも気付かなかった、という様子だ。
無理もない。幻の上の幻、誰も手に入れられなかったというのが定説の、神話上のモンスターが実在していたなど――
果たして、誰が思いつくだろうか?

だが。

「……逃げないよ」

なゆたは一度かぶりを振った。
確かに、なゆたの持ち札ではひっくり返ってもアジ・ダハーカには勝てない。
だが、といって退却していったいどこへ逃げるというのだろう?
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の抑えがなくなれば、巨竜はアコライト外郭を破壊するだろう。
アコライトが破壊されれば、次はキングヒルだ。アジ・ダハーカがキングヒルに到達した瞬間に、アルフヘイムの負けが決定する。
どちらにしても、ここで戦う以外にあるフレイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に選択肢はないのである。

「このデカブツは、ここで食い止める……! どんなことをしてでも!
 エンバース、みんな! 手を貸して――! アイツを止める方法を、みんなで考えるんだ!」

ぐっ、となゆたは右手に持ったスマホを強く握り込んだ。

「いいとも! じゃあ、やっぱりボクの『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』が必要だねー!
 燃えてきたぁーっ! いや、ボクは風属性であって火属性じゃないけどね!?」

カザハの中のガザーヴァが、カザハの声で朗らかに笑う。
その身体には、相変わらず闇の波動が纏わりついている。

「彼我の実力差も測れないクズどもが……思い知らせてやるアル!
 地を這う蛆ども、消えよ! 『空前絶後の大震動(テンペスト・クェイク)』!!」

帝龍の指示によって、アジ・ダハーカの六つの眼が禍々しく輝く。
右の前肢を高々と持ち上げ、ドォォ――――――――ンッ!!と勢いをつけて地面を叩くと、途端に大地震が周囲を襲う。


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