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1◆VxeLKgID2I :2006/02/08(水) 03:07:24
どうぞー

2レヌール城にて・1:2006/02/08(水) 18:41:54
 いったい、何を退治しに自分達はここまで来たのだろうか。

 少女は、軽いやけどを負った左腕にホイミをかけながら、ふと思う。
 人の顔がついた大きなロウソク(こいつのメラにやられた)と、ありえないほど大きなねずみに囲まれて、
 丈夫な皮のドレスとブーメランで完全武装した自分は、父との旅の間に、何度かすれ違った冒険者みたいだ、
 とまで言ったら言い過ぎか。
「きゃっ! 痛ぁ……もうっ、なにするのよ!」
 威勢のいいロウソクのバケモノが照らす明かりの他に、一瞬、もうひとつ強い光が生まれた。
 ビアンカの放つ、ギラの灼熱だ。
 痛い、と言うことはどこか怪我でもしたのだろうか。
 攻撃の術にかけては少女の数歩先を行くビアンカだが、反対に少女の得意な癒しの術はからきし使えない。
 念のため薬草をたくさん買いこんではいるものの、やはり心配だ。
 今の一撃で何匹かのネズミ達が退散したようだが、元々燃えているだけあってロウソク達は平気な顔をしている。
 敵の明かりに照らされて、ビアンカが少し頬を膨らませながら、残ったロウソクのお化けを睨みつけるのが見えた。
 その後ろに、ぼんやり光る二つの小さな赤いひかり。
 おおねずみが残っている!
 少女は即座に理解した。
 ――伏せて、ビアンカお姉ちゃんっ!
 少女は声を上げて、手に持つブーメランを、暗闇の中で不気味に光る両目めがけて投げつける。
 ばしっ、と獣を打ち据える鈍い音。続けて聞こえる、甲高い悲鳴。
 ――やった!
 戻ってきたブーメランを器用に受け止めて、心の中で歓声をあげた。
 それと同時に、危険な敵の存在を確認したロウソクたちの視線が、少女の方へと集中する。
 さあ、来いっ。あなたたちなんて、あっという間にやっつけちゃうんだから!
 自分の胸の中でがんがんに鳴り響く心臓の音から、極力意識をそらしながら、少女は震える手でブーメランを握り締める。
 サンタローズの教会の鐘をメチャクチャに打ち鳴らしたら、こんな感じだろうか。

3レヌール城にて・2:2006/02/08(水) 18:42:30
 白状すると、とても怖い。
 見たことの無い強力な魔物も、悪いお化けも。
 そもそも、真っ暗な夜中に父と遠く離れた場所に来たことだって、今まで一度も無いのだ。
 でも、ビアンカが傷つけられるのを、放っておくわけにはいかなかった。
 無数のロウソクたちがメラの炎を掲げて、あたりがまるで昼間のように照らされ――
「ちょっと! あんたたちの相手は、わたしよ!」
 ビアンカの声が、城の廊下に響き渡った。
 魔物の呪文の詠唱が、わずかに途切れる。
 つまり――どちらを狙おうか、魔物たちが一瞬迷いを見せた、その隙を見逃すビアンカじゃない。
 迷わず床を蹴って、ロウソクの群れに飛び込む。
「じょおーさまと、およびっ!!」
 景気付けにもう一度声を張り上げながら、いばらの鞭が華麗に一閃。
 手傷を負ったロウソク達を、一まとめに退ける。
 ロウソクたちがいなくなった途端に真っ黒に染め上げられた暗闇の中、少女達の呼吸が響く。
 魔物らしい気配はもう、今のところは、感じられない。
 しかし、さっきまでおぼろげながらも輪郭を浮かばせていた城内の情景が、全く見えなくなっている。
 ロウソク達の強い灯火に眼が慣れたためだ。
 理屈を理解していたわけではないが、本能的にわかった。
 ぼろぼろの窓から差し込む、ささやかな月の光に慣れるまで、まだ時間がかかるであろうことも。
 仕方が無いので、少女はあてずっぽうでビアンカの方へ駆け寄り、無邪気に声を上げる。
 それで正しく彼女の元へと辿り着くから不思議だ。
 やったね、ビアンカお姉ちゃんカッコイイ、女王さまかっこいい!
 それは本音。ただ、空元気でもあったけれど。
「そう? 今度、あなたにも教えてあげるね」
 一桁の子供のものにしては妖しすぎる会話だが、幼いからこそ彼女達は大人の事情など知る由も無い。
「もうっ。それにしても、あのロウソク嫌いだわ。わたしの得意な呪文、ほとんど効かないんだもの」
 ビアンカの言葉に、武器屋さんで色々買って良かったね、と二人は頷きあう。

4レヌール城にて・3:2006/02/08(水) 18:43:09
 レヌール城は、お化けの住処であると同時に魔物の巣窟でもあり、
 自分達は魔物退治に来たのか、お化け退治に来たのか、よくわからなくなる有様だった。
 子供、しかも女で非力な二人は、丸腰では、どうしたってギラやバキなどの強力な呪文に頼るしか戦う術が無い。
 それではとてもやっていけないという結論に辿り着いた二人は、お互いの所持金を出し合って
 それぞれが使える、一番強そうな武器や防具を買うことを決意した。
 当然、親に無断で。
 内緒で夜に町を抜け出し、危険な場所に赴いた挙句、高い買い物までしたと知られたら……
 そう考えると頭が痛くなったが、もうひとつ叱られる要素が増えたところで大差ないだろう、と実行してしまったわけだ。
 半ばやけくそでもあったわけだが、その判断は正しかったと言える。
 今のように、どちらかが得意な呪文に対し、耐性を持つ敵と遭遇してしまったら、武器が無いとどうする事もできない。
 そこで、先ほどビアンカが「痛い」と声を上げた事を思い出し、少女は慌てて、怪我は無いかと問いかける。
「ちょっと引っ掻かれたの。大丈夫よ、血も出てないみたいだし、服が破けただけだから」
 まだ眼が慣れていないので、その状態を確認する事は出来ないが、
 ビアンカが身につけているのは、少女のものと同じ皮のドレスなのは知っている。
 こんなに丈夫な服が、破れるなんて……少女は身震いし、ここが真っ暗でよかった、と思った。
「本当に、憎たらしいねずみさんよね」
 暗闇の中、その表情ははっきりとうかがうことは出来ないが、年長の女友達の声はあくまで元気で、気丈に聞こえる。
 自分は、こんなに震えているのに。少女は、ビアンカにあこがれると共に、少し恥ずかしかった。
 アルカパでは子猫が、この城の人たちが、助けを求めているのに……

5レヌール城にて・4:2006/02/08(水) 18:44:32
「……怖いの? 大丈夫、大丈夫よ。わたしが付いているからね」
 その不安を敏感に感じ取ったのだろうか、ビアンカが少女の左手を握り締める。
 小さく震える手のひら。
 怖がってるのがばれてしまう。少女は手を離そうとしたが、
 ……あ……
 逆に、ぎゅっと握り返した。
 やわらかなビアンカの手。冷たくて、でも汗で湿った手。
 ……そうか、
 唐突に、少女は悟った。
 ビアンカお姉ちゃんも、震えている。でも、元気に振舞っているんだ。
 アルカパの村を出て、不安な気持ちで山道を歩いている時も、
 怖くないよ、と何度も慰めてくれた時も、たくさんの魔物と戦っている時も。
 今まで……ずっと。
 そう気付いた瞬間、驚くほど怖さが減っていくのを感じた。ちょうど、半分くらいまで。
 ……怖くないよ。
 意を決して少女は言う。ちょっと強がりだったけど、口にしてみれば、本当に怖くなくなるかもしれない。
 怖くないから。お化けも魔物も、どんとこい! だから、大丈夫!
 ブーメランを握り締める手で、どんと胸を叩いてみせる。
 暗くて何も見えないが、その雰囲気は伝わったらしく、あら頼もしいわね、とビアンカの笑い声が聞こえた。
「そうね、ちゃっちゃとお化けを懲らしめて、子猫さんと城の人たちを助けてあげましょう!」
 ビアンカもまた、勢いよく応じて見せる。
 自分と同じように強がりなのだろうか。でもそれは些細な事だ。怖くないと言うなら怖くない、それでいい。
 手を繋いで、二人は勇んで暗闇の城の奥へと進む。
 暗闇に眼が慣れるにつれて、あれほど頼りなく冷たいと感じていた月の明かりが、重苦しく見えていた朽ちた城の壁が、
 さっきよりもずっと温かく頼もしく、明るく見えた。
 ……全然怖くないとまでは、言わないけど。
 わたし、泣かないよ。何があっても怖くない。
 口にはしないが、少女は思う。
 ――だから、ビアンカお姉ちゃんの怖い気持ちも、半分になって。わたしに、そうしてくれたみたいに。
 

 (了)


主人公が喋ってないようで喋りまくりな罠。
他にも色々反省しつつ。
読んでいただき、ありがとうございました。

6228=233=284=326:2006/02/12(日) 23:17:05
フロ兄の名前はロレンスって事に…
......

・滝の洞窟にて





「……ふぅ」

ヘンリーは剣を鞘に収めると小さく息をついた。緊張を少し和らげて息を整える。
斜め前ではサイモンが同じ様に剣を収めていた。

辺りを見回すが新たな魔物の影はない。一旦休憩がとれそうだ、と即座に思い付く。

「なぁリュカ、ここらで──…」

休憩にしないか、と言おうとヘンリーが振り返った。しかし、そこで彼の口は止まった。


「大丈夫ですか、リュカさん」

聖なる青い光がリュカの右手を覆った。癒しの呪文であるホイミの光だ。
途端にリュカの腕の傷が癒えていく。リュカは腕と呪文をかけた主とを見比べた。

「あ…有難う、ロレンスさん」
「どういたしまして。こういった呪文は妹の方が上なんですがね…」

苦笑いしながらロレンスは頭を掻いた。リュカは小さく首を振る。

「そんな事無いよ!…なんか懐かしいなぁ」
「え?」
「ううん、何でもない」

クスクス笑うリュカ。ポカンと目を丸くしているロレンス。
そして完全に忘れ去られたヘンリーとそんな3人を感慨深そうに観察するサイモン。


ヘンリーは完全に固まっていた。
何だアレ。桃色の空気だ。今までに見たことの無い程の甘ったるい空気。
サイモンががっしゃがっしゃと鎧の音を立てて近付いてくる。

「…春ですなぁ」

どこから出しているかは知らないが、サイモンの言葉が何故か胸に刺さった。

7228=233=284=326:2006/02/12(日) 23:18:45
「ヘンリーさん、サイモン君。貴方達も怪我は有りませんか?」

ふとロレンスが此方を見た。とっさにヘンリーは淀んでいた表情を元に戻す。

「ああ。呪文の世話になる様な怪我は無い」
「そっか、なら大丈夫だね」

リュカがほっと息をついた。それを見てヘンリーの苛立ちが少し治まった。
ふとヘンリーは先程言おうとしていた言葉を思い出す。休憩をとらないか?と。
改めて言おうと口を開いた。が。

「リュ…」
「もうこの辺りには魔物も居ない様です。一旦休憩にしませんか?」

あっさりと先を越され、再びヘンリーは固まる。

「そう…だね。休憩にしよっか」

リュカの笑顔も何故だか虚しかった。


「…いつか報われる事を祈りますぞ」

どこから出しているか解らないサイモンの声が再び届く。
別に休憩とかどーでも良いから早く魔物出て来ねーかな、とヘンリーは思った。





......
リュカが懐かしがってる理由は
「大した事無い怪我なのにホイミ→パパス」
連想のせい。説明不足('A`)

8名無しさん:2006/02/13(月) 03:58:16
たまらなくなって書いちゃいましたー!
逃げ出した後のオラクルベリー辺りの宿屋にて。
日常の一コマってことで。



 あいつは少し、オレが男だってことを意識した方がいい。

 なんだってこんな夜中に枕を抱えて一緒に寝てもいいか
なんて言葉が言えるんだ。

 確かにあの奴隷時代、老若男女関係なくそこらで雑魚寝は
当たり前だったし、その中でオレと一緒の方がいろいろと安全
だったからずっとそうしてきたけれども。ここにはもう、あまりの
重労働で気が狂い、辺りかまわず暴れる奴隷もいないし、
毎晩盛りのついた猿のように女奴隷を物色するムチおとこもいない。

 あの頃は生き抜くことに必死でそんな気は起きなかったが、
いや、実はずっとそうだったのかもしれないけど、今は疲れたら
休めるし、腹が減れば食事もできる。そしてオレは健全すぎるほど
健全な男なのだ。その上彼女は、普通の生活を送っていれば
今まさに結婚適齢期といわれる年頃のお嬢さんで。

 だからこんな状況は非常にまずい、と思う。


「ねえ、聞いてる?」

 オレの考えていることなんか全然知ったこっちゃないリュカは、
相変わらず跪いてベッドに横たわるオレを見つめている。
 うわ、しかも上目遣いかよ!目に涙を溜めるんじゃない!ああ、もう!

「ヘンリー……」


 わかりました。オレの負けです。

「………どうぞ」

 一人分のスペースを空けて毛布をめくってやると、リュカは嬉しそうに
ベッドに潜り込んできた。

 ああどうかオレの理性がもちますように。



おしまい
実際されたらいやだろうなwwwwww

9423:2006/02/14(火) 23:01:31
また書いちゃった。
フロ兄と女主人公で名前は228=233=284=326さんに倣ってロレンスで。

結婚式前夜のお話。



「もうお帰りなさい。このような夜更けに、あなたのような女性が
出歩くものではありませんよ」

 例え強くても。ロレンスは微笑みながらそう言った。

 ロレンスは、初めて出会うタイプの人間だった。
 今までの彼女は男にも負けないほどの戦闘をこなしてきたし、
実際強くもあったから夜中にでかけて心配されることがあまり
なかった。心配してくれるような人たちを、遠い昔に失って
しまったのも原因としてあったのだろうが。

 だからこんなに明確な女扱いは初めてで、どうしたら良いか
悩んでしまう。

 一度、直接そう言ったことがあった。ロレンスはその時も優しく
穏やかな表情で、あなたは女性なのですからと女性として接する
のは当たり前のことでしょう?と逆に聞き返されてしまった。

 確かにリュカは女である。
 だけどそれは体のつくりが少々異なっているだけで、男と女で
絶対的な違いはないと思っていた彼女には、彼の存在程、自分が
女なのだと再確認させられる相手は他にいなかった。

 その認識にリュカはくすぐったい気分にさせられる。これまでの旅で、
女だからと馬鹿にされたりなめられたりすることはあっても、このような
感覚を味わうことはなかった。そういう意味で彼女にとって、やはり彼は
異質で特別なのだった。

10423:2006/02/14(火) 23:05:15
 今日はたくさんの出来事が起こった。
 中でも明日までに結婚相手を選ぶという問題が彼女の
頭を痛くさせていた。そこで少し気分転換をしようと夜の
散歩にでかけたのだ。その途中、偶然彼に出会ってこうして
話しているうちにすっかり遅くなってしまった。

 時間も遅いし送るというロレンスに素直に甘えることにする。
なぜか今日はそういう気分だった。
 他愛もない話をしながら歩く。

 ふと、教会の前の広場にある噴水の傍でロレンスは立ち止まった。

 リュカはどうしたのかと思い、声をかけようとした瞬間、何かを
決意したように彼はリュカさんと彼女の名を呼んだ。月と星のひかりが
水に反射してとても幻想的な空間に、美しい青年が立っている。
いつものロレンスではない。美しいことにかわりはないが、今は纏って
いる空気が違う。その彼が自分をじっと見つめている。そう思うとリュカは
なぜだか胸が高鳴った。

 ぼんやり見とれていると、頬に手がかかった。

「明日」
 そう言って、親指だけを使って唇をなぞる。顔がそっと近づく。


「――――いえ、なんでもありません…」
 鼻と鼻がくっつきそうな位の距離でロレンスはそう呟いた。
近くで見る彼の瞳はなんだか悲しそうに、今にも泣きそうに見えて、
リュカは自分に触れている彼の手に、自分の手を重ねた。
 彼の指がピクリと動く。
 ロレンスの瞳にいつもの穏やかさが戻ってきて、リュカは少し安堵した。
「さあ、行きましょう」
 と彼は言い、自然、頬から手が離れていって、それを嫌だと彼女は思った。



 宿屋にはすぐ到着して、おやすみなさいと告げてロレンスは去っていった。


 あの後に彼がどのような言葉を続けようとしたのかはわからない。

 彼の指の感触が今でも唇に残っている。

 本当はもっと他に考えるべきことがあるはずだと、リュカは理解していたが、
今夜はさっき起きた出来事を思うことしかできそうになかった。



おしまい

11名無しさん:2006/02/15(水) 00:55:50
フローラ兄弟との出会い編。
部屋を出た主人公が迷子になったフローラを見つける、という設定で。

―――――――――

*「きゃあ! ……あ、ごめんなさい。びっくりしちゃった。あなた、だあれ?
*「ふうん、リュカっていうの。ステキな名前ね。わたしはフローラ。お部屋を出て歩いていたら、
  迷ってしまったの。
フローラ「そうだわ、ねえ、お兄さまを見なかった? 一緒にいたんだけれど、
     どこかに行ってしまったみたい……。
 フローラと一緒にお兄さんを探しますか?
→はい
フローラ「わあ、嬉しい! 一人ぼっちでとても心細かったの、ありがとう、リュカ。
 フローラが仲間に加わった!
→いいえ
フローラ「そう……でもわたし、一人ぼっちでとても心細いの。もしよかったら、
     一緒にお兄さまを探してくださらない?(以下無限ループ)

※はなすコマンド
フローラ「ふうん、お父様と旅をしてるのね。ちょっとうらやましいわ。わたしはこんな風に
     お出かけするの、これが初めてだから……。
フローラ「わたしはこれから、修道院にお勉強をしにいくの。お父さまとも、お兄さまとも
     しばらくお別れしなくちゃ……。
     さびしいけれど、でも、でも仕方ないのよね。だってステキなお嫁さんになるためですもの。
フローラ「私のお兄さまはね、とっても優しいのよ。ときどきいじわるもするけど……。
     わたし、お兄さまのお嫁さんになるのが夢なの。

12名無しさん:2006/02/15(水) 00:56:42

*「フローラ!
フローラ「あ、お兄さま!
*「まったく、どこに行ってたんだい? すごく探したんだぞ! さ、戻ろう……ん? 
  君は誰だい?
*「あ、もしかしてお父さまの言っていた旅人さんの子? リュカちゃんっていうんだね。
  初めまして、僕がフローラの兄のロレンスです。
ロレンス「リュカちゃんって女の子なのに、随分しっかりしてるんだね。フローラは
     とっても怖がりなんだ。
     あーあ、君みたいな子がフローラの友達になってくれればいいんだけどな。
フローラ「あら、わたしたちもうお友達よ? ね、リュカ?
→はい
フローラ「そうよね、ね! ……はしゃいじゃってごめんなさい。わたし、お友達って初めてなの。
→いいえ
フローラ「あ、ごめんなさい……まだ会ったばかりなのに、わたしったら、ついはしゃいじゃって。
     でももし嫌じゃなければ仲良くしてね、リュカ。

ロレンス「そうだ! まだ船が港に着くまで時間もあることだし、三人でこの船を探検して
     みないかい?」
→はい
ロレンス「よーし、決まり! あはは、実は僕も君と友達になりたかったんだ。リーダーは
     リュカちゃんだ。それでいいよね、フローラ?
フローラ「ええ、もちろんよ。
ロレンス「それじゃ、さっそく出発だ!
 ロレンスが仲間に加わった!
→いいえ
ロレンス「そんなこと言わないでさ。時間ならまだ大丈夫、たっぷりあるよ。
     ねえ、三人で探検してみないかい?(以下無限ループ)」

13名無しさん:2006/02/15(水) 00:57:21
※はなすコマンド
ロレンス「リュカちゃんは生まれたときからずっとお父上と旅をしているんだってね。
     僕たちと同じくらいの歳なのに、すごいな。
ロレンス「僕の夢はね、大きくなったら世界中を旅して回ることなんだ。このストレンジャー号は
     お父さまのものだけど……いつか僕もこの船に負けないくらい立派な船を作ってさ。
     リュカちゃんも一緒にどう?
ロレンス「フローラはこれから修道院にいくんだ。何年もかけていろんな勉強をするんだって。
     女の子って大変なんだね。
フローラ「わたしの行く修道院では、女の人しか暮らせないんですって。お兄さまと一緒にお勉強が
     したかったのに、残念だわ。
フローラ「お兄さまはいつもお家を抜け出して、わたしにお花やきれいな石を持って帰ってきてくれるの。
     でもときどき私の苦手な虫さんなんかも連れてくるのよ……。
フローラ「リュカってとっても頼りになるのね。わたしにお姉さまがいたら、こんな感じなのかしら……。


*「まあ、ロレンス様にフローラ様! お二人とも、どこへ行かれてたんですか?
  ルドマン様がとても心配していらっしゃいます。さあ、早く中へ……。
*「どうしたのだ? 騒々しい……おおっ、ロレンス! フローラ!
*「一体どこへ行っていたんだ? わしゃ船から落ちたんじゃないかと心配で心配で……
  おや、そこのお嬢さんは? 
  ……なんと、パパス殿の! そうかそうか、わしはルドマンと言ってな、お嬢ちゃんのお父上の
  友人なのだよ。
フローラ「お父さま、わたしたち、お友達になったのよ」
ロレンス「僕たち、ずっと船の中を冒険してたんだ」
ルドマン「わっはっは、すっかり気に入られたようだな。フローラは内気で仲の良い子がいないのが
     気がかりだったが、いやいや、素敵な友人ができたようだ。

*「港が見えたぞー!

ルドマン「ん? もう港か……お嬢ちゃん、そろそろお父上のところへ帰ったほうがいいのではないか?。
フローラ「もう行っちゃうの? せっかく仲良くなれたのに……。
ロレンス「残念だな、君ともっといろんなところへ行きたかったんだけど。

14名無しさん:2006/02/15(水) 00:59:26

パパス「リュカ! 姿が見えないからどこへ行ったのかと思っていたが……そうかそうか、
    ルドマンさんのお子さんたちと。楽しかったようで何よりだ。
パパス「さあ、もう船を下りなくてはな。忘れ物はないか?


フローラ「ねえ、待ってリュカ!
フローラ「また会いましょう、約束よ?
ロレンス「僕たちの家はサラボナにあるんだ。よかったら旅の途中で寄っていってよ。
     フローラはいないけど、……僕は待ってるからな。

―――――――――

ゲーム風にしてみた。実際こんな風に船の中を歩き回ってみたいナー('∀`)

15砂漠の夜・1:2006/02/15(水) 16:23:18
『レヌール城にて』の感想を下さり、ありがとうございました。めっさ嬉し。
以下、女主人公と娘がメインの話です。
どうも感情的になってしまったので、湿っぽいのが嫌いな方は、ご注意を。



 - 砂漠の夜 -

 彼女は寝台に腰掛けて、二人の子供達を横目で見た。
 たまに雑談を交えながら、ヒャダルコの呪文書を読みふける娘と、ベギラマの呪文書をあくびをしながら見ている息子。
 ……今からこれなら、もっと大きくなったら、どうなるんだろう。
 二十歳前後の若さで、数多の魔物を従え、高度な武具や呪文を自在に操る自分のことを完璧に棚にあげて、彼女は思い――
「きゃーー! お兄ちゃんっ! 本によだれたらさないでーーー!!」
「……うーん……ボク、呪文苦手だよ……先生ごめんなさい……」
 夢の世界に片足を突っ込んでいる兄の手から、呪文書を奪い取るのに必死な娘に、
 私達も、もう休みましょうか。と、苦笑しながら声をかけ、すぐに眠りこけた息子を寝台に運ぶ。
 今までの思考が――もともと、深刻に考えているわけでもなかったが――きれいに霧散していくのを感じながら。

 彼女の息子と娘は、本当に良く出来た子だった。
 自分たちを探して、ずっと旅をしていたという子供達。今だって文句も言わずに、進んで戦い、ついて来てくれる。
 出来すぎる子だからこそ、一抹の心配もあった。
 無邪気に笑っている顔の裏で、泣いているかもしれない。
 そんな時、気付いてやれるのだろうか。
 母親の記憶も、子供達との思い出さえ、持たない自分でも。

 父は父で大好きだったし、父は当然、まだ見ぬ母にも、愛されていたと信じている。
 けれど、母がいなくて寂しい思いをした子供の頃を思い出す。
 だからこそ、うんと子供達を可愛がるつもりだった。
 寂しい思いは、決してさせまいと思っていた……はずだった。

 ――――?

 物音が響いた気がして、彼女は、はっと目を覚ます。
 何処から何処までが、夢か現実だったのかよくはっきりしない、あの感覚。 
 静かに、極力音を立てないように身を起こし、隣の寝台の方を見た。
 暗闇の中、かすかな寝息に合わせて、小山になった毛布がかすかに上下する。
 ……二人分にしては小さすぎる。
 彼女は、考えるより先に寝台から飛び起きた。勿論、なるべく音を立てないように。

 ここは、砂漠の王国テルパドール。
 彼女の小さな息子が、勇者として認められたのは、つい先日の事だった。


 愛用の紫の外套を羽織り、彼女は静かに部屋の扉を閉める。
 深い闇夜に浮かぶ半月が、窓越しに砂漠の町を蒼く照らし出す。
 静寂の向こうに見える、廊下に佇み、窓枠に手をかけてぼんやりと外を眺める、小さな影。
 ……眠れないの?
 そっと声をかけたつもりだったが、びくっ、と小さな肩が跳ね上がった。
 そろそろとこちらを向いた小さな影――彼女の娘が、ほっ、と息をつく。
「お母さん……なんだか、目が覚めたの」
 囁くような声音でも、夜の冷たい空気にはよく通った。
 おかっぱに切りそろえた、月明かりに染まった艶やかな髪を撫でる。
 今はここにいない愛しい人と同じ色の髪。瞳の色も自分に似ていない。ちょっと悔しい。
 怖い夢でも見た?
 優しい問いかけに、娘は一巡した後に、黙って首を横に振った。
 じゃあ、なにか心配な事でもあるの?
「平気、です。何でも……ないです」
 嘘だ、と思った。
 この子は、心の平静を欠いている時に、敬語を使うクセがある。
 頬に触れると、とても冷たかった。いつからここにいたんだろう。
 外套を広げて娘を中に入れると、驚いた顔をしてこちらを見上げてきた。
 イヤだった? 内心どきどきしながら問いかけると、
「う、ううん!」
 娘は、ぶんぶんと激しく首を横に振った。
 そんな事あるわけがない、と全身で語っているその姿に、思わず笑みが零れる。

 でも好意を寄せてもらうほど、子供達が可愛ければ可愛いほどに、胸が痛かった。
 長く傍にいられなかったのに――

16砂漠の夜・2:2006/02/15(水) 16:23:46
「ねえ、お母さん……あっ、ううん。何でもないです」
 外套に包まれ、こちらを見上げていた娘が何かを言いかけて、視線を落とした。
 しかしやっぱり何かを言いたそうに、指を組んでそわそわしている。
 微妙な間が空いて、
「や、やっぱり、何でもあります!」
 程なくして決心をつけたようだが、こちらを見上げてはこなかった。
 苦しそうに息をつき、娘は震える唇を開く。

「お母さんは……わたしのこと、好きですか?」

 ズキッ、と刃物で刺されたような痛みが走る。心臓の鼓動がだんだん速さを増していく。
 当たり前でしょう。
 自分なりに、子供達を甘やかさない程度に、可愛がっていたつもりだけれど、
 ……そう、見えないかな?
 努めて平静を装って問うと、娘は慌てて否定した。
「ち、違うの。お母さんは、とっても優しいよ。でも……でもね」

「だって。お母さんは、ずっと……勇者を、探して、いたんでしょう?
 わ、わたし……お兄ちゃんみたいに、天空の……剣とか、カブトとか、つ……使えないから」
 ――――。
 予想外の言葉に、彼女は絶句する。
 勇者として褒め称えられる兄の姿に、娘が寂しそうにしていたのはわかっていたけれど。
 少なくとも彼女には、勇者かそうでないかが、親と子に関係があるとは全く思えなかった。
 それとも子供とは、そこまで気にしてしまうものなのだろうか?
 自分が子供の頃は、どうだったろう。

 ――子供達が可愛ければ可愛いほど、胸が痛かった。
   長く傍にいられなかったのに――どうして無条件で慕ってくれるのか。
   自分に、そこまでの価値があるのかと。

「わ、わかってるの! お兄ちゃんは、お兄ちゃんだって。でもね、ズルイって思っちゃったの。
 ごめんなさい。わたし、悪い子で……っ、お兄ちゃんだって勇者で大変だから、そんな事思っちゃいけないのに。
 でも、だから、悪い子だから、わたしは、勇者じゃないのかな、って……!」
 母が絶句したのを、呆れられたと思ったのだろうか。
 娘は俯いたまま、堰を切ったように話し出す。
 床に膝を付いて、背の低い娘と向かい合う。そうしなければ顔も見えないほど小さいんだな、と改めて思う。
 娘は、泣いてはいなかった。
 でも、いっぱいに見開いた目が、一点をじっと見つめている視線が、涙をこらえていると雄弁に物語る。
 何となく――でも強く、この子を泣かせてはいけない、と思った。
 正体不明な温かな気持ちと、泣きたいような切なさが、後から、後からこみ上げる。
 バカね。悪い子なわけないでしょう。ちょっとくらいのやきもちなんて、誰だってするわ。
「そうかな……」
 不安そうな顔。小さな頭を撫でてやる。

 あなたは……いい子よ。とってもいい子。
「そう、なの? わかんないよ……」
 おばあさまの故郷を見つけても、お母さんを待ってくれたのよね。
「それは……みんなで決めたんだよ」
 お母さんのお友達の魔物や動物たちと、仲良くしてくれたんだよね。みんなに聞いたわ。
「だって、みんないいこだもの。ヒトじゃなくても、いいこだもの」
 サンタローズの村で、一緒に泣いてくれたわ。
「それは……」 
 お母さんやお兄ちゃんのために、一生懸命、勉強してるの、知ってる。
「……」
 いつも、頑張って戦ってくれているの、わかっているから……
「…………」

 途中から、娘は返事をしなくなった。
 そのかわり、大きな目に涙が盛り上がり、小刻みに震える柔らかな頬に、幾つも幾つも零れ落ちる。

 上げていけば、きりが無い。
 でも、自分が子供達を愛する理由など、そんなはっきりしたものじゃなくていい。
 何気ない日常、平凡な会話、ちょっとした仕草、ありふれた微笑みだけで、それで充分だった。
 心の中を直接見せる事が出来るなら、必ず一目でわかってもらえるのに。
 今の自分がどんなに幸せか。二人の子供に巡り会えたということそのものが、どんなに嬉しいか。

17砂漠の夜・3:2006/02/15(水) 16:24:23
「お……かあ……さん……、う……っく……」
 母の肩に顔を埋めて、幼い娘は声を殺して泣いた。
 励ますつもりが、かえって泣かせてしまった。こうなったら、気が済むまで付き合ってあげよう。
 彼女は、腹を括って娘を抱きしめる。
 私は。
 ああ……私は。
 声を出さない反動で激しく震える、娘の小さな肩、小さな背中を撫でる。全く、こんなに冷たくして。
 あなたが好きよ。お兄ちゃんと、同じくらい好き。
 もしもあなたたち二人が、呪文も武器も使えない、ただの子供でも。
 お父さんもお母さんも、とても強いんだから、あなたたちを守るくらい、簡単なの。

 立派な母親になる自信なんか、全然持てない。でも、難しく考えることもないのだろうか。 
 双子を産んだ時、世界で一番幸せだと思った。
 この子達のためなら、何でもできる気がした。
 その気持ちは、今でも変わらない。
 今は、ただそれだけで……いいのかもしれない。

 暫くたって、娘の呼吸が落ち着いていくのがわかる。
「も、もうだいじょうぶです」
 そっと身を離し、再び娘と向かい合う。
 すっきりした?
 娘は少し恥ずかしそうに、でもすぐに小さいなりに力強く頷いて見せてくれた。
「わたし、もっと頑張れます。お母さんも、お兄ちゃんも、 
 まだ会えないけど、きっと、お父さんのことも、大好きだから」

 今、サンチョに会ったら抱きついてしまうだろう。
 この子達を育ててくれて、ありがとうと。
 子供達とサンチョの懸命な探索と、ストロスの魔力により、元の姿を取り戻した晩に
 王座の間で、彼女は叔父親子と召使に頭を下げている。
 それでも、まだ足りなかった。いくら感謝しても。

 ――ギィ、と木の扉が軋む音。

 前触れも無い雑音に、母と娘の肩が同時に飛び跳ねる。
 彼女は、何となく先ほどの娘の反応を思い出した。
「……お母さん? ここにいたの?」
 聞き慣れた声に振り向いたら、部屋の扉の前に息子が立っていた。
 ちょっと泣きそうな顔をしているのは、暗いせいとか気のせいではなさそうだ。
 目が覚めたら、母も妹も姿が見えないことに、心底驚いたのだろう。
 と、母の外套に包まって、ぬくぬくしている妹を見つけて、少年は目を丸くする。
「あー! (……お母さんを独り占めしてズルイよっ)」
 しーーっ。
 静かに。そっくりな仕草で、同時に人差し指を唇に当てる母娘。息子は慌てて声のトーンを抑える。
 呼吸ぴったり。
 顔を見合わせて、噴出す彼女達を見て、兄はますます頬を膨らませ、
「ズルイってば、二人だけで楽しそうにして。ボクも入れてよ!」
 母の左脇に妹がいる。空いた右脇の外套に素早く潜り込み、勢い余って体当たり。
 ごつん。
 ――う゛っ。
 息子を受け止めて、よろめいた拍子に窓枠に頭を打った。しかも当たり所が悪かったのか、凄く痛かったが、
 何とか痛みをこらえて、子供達に引きつった笑顔を向ける。
「あれ? ……ゴツン?」
「だ、だいじょうぶ? なんか、すごい音、聞こえた気がするの」
 目を丸くする息子と、娘の心配そうな声に、気のせい……よ? といまいち頼りない答えを返す。
 親とは大変だ。とまで考えるのは、どう見ても大げさです。
 さあ、もう寝ましょう。明日寝坊してしまうわ。 
 はーい。と声を揃える二人の温もり。
 幸せだ。本当にそう思うけれど、どこかで納得できない自分がいる。
 隣に夫がいない隙間が、囁きかける。
 文句なしに幸福だというのは、まだ早い、と。

 全くもって、欲張りだ。自分でも自分に呆れてしまう。

 子供達と一緒に旅をするようになって、まだ日は浅い。
 だからこそ、これから知る喜びがある、と前向きに考えながらも、やはり長い空白が寂しかった。
 自分の知らない、この子達の八年間を見てきた、グランバニアの全国民が本気で羨ましい、と言ったら夫はどんな顔をするだろう。
 嫉妬のスケールが大きすぎる、と笑うかな。それとも、自分もだ、と同意してくれるかな。

 部屋に戻る寸前に、窓の外を振り返る。
 ここから見える星空は、額縁の中の絵画のよう。
 だが、窓枠に収まる景色の、現実での果てしなさを、たぶん彼女は誰よりも知っていた。
 いったい、あの人は、この世界のどこにいるのだろう。

 早く会いたいよ、この子達を見せてあげたい。

 私達を導いて、あなたのもとに。
 ねえ、あなた。


(了)

18砂漠の夜・4:2006/02/15(水) 16:24:42
おまけ 上記会話のゲーム風

 はなす → 娘

「お母さん……。お母さんは
 わたしが 天空の勇者 じゃなくても
 わたしのこと すき?」

→いいえ
「そっか……そうだよね。
 わたし もっと がんばって戦います。」
「だから わたしのことも 好きになってね
 お母さん……。」

→はい
「本当に? よかった!
 じゃあ わたしが 呪文つかえない
 ダメな子でも?」

 →いいえ
 「あはは そうだよね。
  だいじょうぶ だよ。
  わたし ちゃんと がんばるからね。」

 →はい
 「……。
  ……お お母さん……っ……。」
 「あ……これはね ちがうの。
  悲しいんじゃ ないの……。」
 「わたし……、う うれしくて……。」


(ホントに了) おそまつさまでした。

19名無しさん:2006/02/15(水) 17:41:29
結婚前夜の夜会話案。


ヘンリー
・宿屋で寝ている。
(話しかけたとき)
「ZZZ…」
ぐっすりと眠っているようだ。
(話しかけた後に部屋を出ようとしたとき)
「…リュカ。」
「こっち向くなよ。そのまま話を聞いてくれ。」
「なんだか大変な事になったな。
 最初はフローラさんの結婚を妨害するだけのつもりだったのにさ。」
「…お前が…結婚する事になるなんてな…」
「………なぁ、リュカ。」

「お前には…俺を選んで欲しい。
 お前の事を絶対幸せにしてみせる。
 …でも。」
「これだけは忘れるなよ。
 お前が誰を選んだとしても、俺はずっとお前の親分でいるつもりなんだからな!」
(再び話しかける)
「…な、なんだよ。俺の話は終ったぞ。
 いいから早く寝ろ。」



アンディ
・初めは家の近くで笛を吹いているが、主人公が近付くと吹くのを止める。
(話しかけたとき)
「…リュカさん。
 こんな夜更けにどうしたんですか?」
「あの……いえ、何でもありません。」
「夜の一人歩きは危険ですから、どうか気を付けて下さい。
 おやすみなさい。」(家の中に消える)



フロ兄
・原作ビアンカと同じ位置で夜風に当たっている。
(話しかけたとき)
「リュカさん?どうしましたか、こんな遅くに…
 眠れないんですか?」
「無理も有りませんね、大変な事になってしまいましたから。
 私の父の言葉で2回も苦労を掛けて…申し訳無い事です。」
「リュカさん。その…
 ヘンリーさんもアンディも素晴らしい方です。
きっと貴方を幸せにしてくれるでしょう。」
「私は貴方の結婚が素敵なものになる事を祈っていますよ。」
(再び話しかけたとき)
「まだ不安ですか?大丈夫ですよ。」
「…お願いします。今日はもう休んで下さい。
 今の私は…うっかり何を言ってしまうか解らない。
 これ以上貴方を悩ませたく無いんです…。」

20名無しさん:2006/02/18(土) 21:14:59
結婚前日の台詞案。主人公の名前はリュカで。


ルドマン「おおリュカ。なんと水のリングを手に入れたと申すかっ!」
ルドマン「よくやった!リュカこそフローラの友にふさわしい女じゃ!
     それでは キミとヘンリーさんとの結婚の準備を進めよう!
     キミ達の気持ちには気づいていたのだよ。わっはっはっ。
     え?式の準備までしてもらっていいのかって?
     言ったろう。私はキミが気に入ったのだよ。
     そうそう。水のリングもあずかっておかなくては」
ルドマンは○○から水のリングを受け取った!
ルドマン「2つのリングは結婚式のときに神父さまから手わたされるからな」
ルドマン「フローラ!これで文句はないだろう?」

(アンディ入室)

アンディ「失礼します!リュカさんが帰ってきたときいて参りました」

(アンディ、女主人公の所へ)

アンディ「あのときはどうもありがとうございました。おかげでこうして動けるぐらいに回復し
     ……そちらの男性は?」
ルドマン「リュカの恋人、ヘンリーさんだ
     フローラの為に式の準備を進めていたのだが、
     代わりにこの二人を祝ってやろうと思ってな」
アンディ「……そうでしたか。リュカさんはヘンリーさんと結婚するのですね。
     大切な話の途中に失礼しました。 僕はこのへんで……」

(アンディ退出しようとする。それを引き止めるフローラ)

フローラ「待って!
     もしやアンディは リュカさんを好きなのでは…?
     それなのにこのまま黙っていたら きっと後悔することに…」
アンディ「フローラ……」
ルドマン「まあ 落ち着きなさい フローラ。
     今夜一晩 リュカによく考えてもらってヘンリーさんかアンディか選んでもらうのだ。
     うむ。それがいい!
ルドマン「今夜は宿屋に部屋を用意するから リュカはそこに止まりなさい。
     いいかね? わかったかね リュカ?」

21大神殿脱出・1:2006/02/22(水) 16:33:54

※注意:ヨシュア生存+無駄に悩みがち、割と暗め。

連投気味ですみません。


 ― 大神殿脱出 ―


 頭痛がする。

 耳鳴りなのか、それとも背後の激流の音なのか。
 彼には判別する気力も余裕も無かった。

 足元には、気絶した鞭男たちが折り重なって小山を作っている。
 頬が冷たい。
 血の気という血の気を無くした自分の顔が想像できた。
 彼は、傍らに立つ長い黒髪の少女を顧みる。

「君は、何て早まったことを……!」

 その少女に腕を掴まれ。
 その有無を言わせぬ視線、もしかしたら彼自身以上に切羽詰った表情に、紡ぎかけた言葉
が消え失せる。
 早く、行きましょう。水の流れが止まらないうちに。
 やつらが目を覚まさないうちに!

 ――ただ無我夢中で、
 二人はもう一つのタルを地面に転がし、中に入り込んで蓋を閉め、回転に合わせて足場を
ずらしながら水路へと見当を定めて壁を押す。
 水の弾ける、くぐもった音と共に、密室が大きく振動した。
 タル全体が唸るような轟音が続き、小さな空間は激しく揺れ続ける。
 たしかめる事は出来ないが、流れにのったと思ってもいいだろうか。

 ただ、安心とは程遠い空間に、彼らはいた。

 水の流れのままに、上下左右がひっきりなしに二転三転する。
 今、口を開けば舌をかむ。
 鼓膜がどうにかなりそうな水流の音にも、耳を塞ぐ余裕が無い。
 身体がひっくり返らないように、タルの壁を押さえる腕が痛い。
 そもそも、痛いと言う感覚が機能しているかどうかも疑問である。
 今、振動に負けて、タルの壁に頭をぶつけた気がした。気のせいかもしれない。
 内側から閉めただけの蓋は頼りなく、もし外れたら、そこで二人の命運は尽きる。
 それ以前に、水圧でタルそのものが砕け散る可能性とてゼロではないのだ。
 ただ、耳をつんざくような水流の音が、ひたすらに響き渡り、
 唐突に、ふわり、と全身が重力から解き放たれる。

 ああ、落下しているのか。

 そう自覚した瞬間に、

 ――何もかもが破裂するような衝撃。

 …… 死んだか?

 全身が叩き付けられる鈍い痛み。
 遠のく意識の片隅に、妙に呑気に縁起でもない一言を浮かべる冷静な自分がいた。

22大神殿脱出・2:2006/02/22(水) 16:36:31
 揺られて、揺られて、揺られて……

 前触れも無く、彼は意識を取り戻す。
 全身の感覚が、視覚が、聴覚が、一気に機能するのがわかる。
 堅く湿っぽい木の壁。
 壁の向こう側で確かに響く、たぶん、波の音。
 目と鼻の先に、全身を硬直させて固く目を瞑る少女の姿を視認し、彼は咄嗟に口を開く。
「怪我は……無いか?」
 喉がかすれて、声音がさらに低くなる。
 十年ぶりに声を出したような気がした。
 彼の呼びかけに、少女がそろそろと両の目を開け、
 大きな黒い瞳を何度も瞬かせて、穴の開くほど真っ直ぐな視線をこちらに向ける。
 ……だいじょうぶ。蚊の鳴くような声で、彼女は応える。
 一呼吸。
 二呼吸。
 そして、
 二人は同時に、大きく息を付く。どうやら無事に脱出できたようだ。
 それでも、安堵のため息とは違っていた。

 気を失っていたのかどうか、どうもはっきりしない。
 案外、たいした時間は経っていないのだろうか。
 と、彼は何かが引っかかる。
 ……脱出時?

 あの時、

 妹と彼女、その友の三人を脱出させようとした矢先に、監守に見つかったのだ。
 もしかしたら、後を付けられていたのかもしれない。

 鞭や鎖を持って襲い掛かる監守たち。
 マリアの泣き叫ぶ声。
 そして、
 止める間もなくタルを飛び出し、彼の妹と己の友を逃がし、監守の鞭男達に立ち向かった
少女が、目の前にいる。
 落ち着きを取り戻すにつれて、今まで脇に置いておかざるを得なかった今までの出来事と
それに伴う、怒り? のようなもの? がふつふつと蘇る。

「……君は!」
 唐突に、彼はまたしても言葉を中断し、ぐい、と首が引きつらんばかりの勢いで明後日を
向く。(当然、少女は、どうしたのだろうかと首をかしげた。)
 何を今更だが、向かいで膝を抱える少女が身にまとうのは、簡素を通り越して、ぼろきれ
に等しい奴隷の服。
 今の状況でおかしな感情を抱くほど、自分は愚かではない(と思いたい)が、非常に目のや
り場に困るのはどうしようもない。
 この少女は、君は、なぜ、

「……なぜ、逃げなかった」

 そっぽを向いたままの彼の問いかけに、どうしてって? と少女は不思議そうな顔をした、と思う。
「もしかしたら、捕まったかもしれない」
 それは貴方も同じでしょう、と若干疲労は混じっていても、穏やかな声で少女は言った。
「私は……」
 喉の奥、心の深くで暗いわだかまりが邪魔をして、二の句が続かない。
 我ながら、中途半端なところで黙ってしまったと、彼は思う。
 助かる気など、無かった。
 ……と言えば重く聞こえるが、実際のところ、それほど大したことではない。単純に自分
のことを忘れていただけである。
 身寄りはおろか両親の顔すら知らない彼にとって、唯一の家族である妹を守るのは、幼い
頃から自分の役目であり、他に誰もいないのだから、それは当たり前の事だった。

 自分のことを考えたくない、というのもあったかもしれない。
 未だ大神殿で苦しむ何百人もの奴隷たち。
 それが自分の罪であると認識するほど、それこそ彼は愚かではないが(痩せた土地に住む
飢えた子供に、その場限りの感情で高級な菓子を与える事を、優しさとは云わないように)
妹だけでなく自分も助かりたいとまで考えるのは虫が良い、と理屈を超えて思う。

 が、それを口にしたら楽になってしまう。
 この少女の前でなら、特に――何となくそんな気がして。
 だから、続きは、口にしない。

 ――私は、それでもよかった。

 ――ばかなことを考えないで。

23大神殿脱出・3:2006/02/22(水) 16:38:25
 頭の中で続けた言葉と、少女の声が重なり、彼は思わず顔を上げた。
 深く、吸い込まれるような黒い瞳。あどけなくも、色濃く憂いを帯びた表情の少女がそこ
にいる。
 彼は内心の動揺を、極力表に出さないように努めつつ、つい口走ってしまっただろうかと
自分の行動を思い返す。
 間違っていたら、ごめんなさい。ぽつりと遠慮がちに彼女が口を開く。
 貴方が、助からなくてもいいって言うと思ったの。

 ――君は他人の心が読めるのか?

 喉元まで出かかった問いかけを何とか飲み込む。危うく語るに落ちるところだった。
 家族を……マリアさんを置いていくなんて絶対にだめ。
 彼女は小声ながらも強い口調で続ける。

 自分ではない、他の誰かにそれを言いたいのではないだろうか。
 何の根拠もなかったが、ふと彼は思う。

 他意なくそれを問うてみたら、彼女は一瞬の間をおいた(ように見えた)後、否定した。
 やはり自分の勘は当たらない。
 何としても生き延びなきゃだめ、と、繰り返し少女は言う。
 今度は『自分たち』に言い聞かせていることが、彼にもわかった。

 ……初めて、彼女を見かけた時のことを思い出す。
 重労働と暴力にあちこち傷ついても、毅然としていた少女。
 凍りついたような表情で、神殿の監守たちに無言で抗い続けた気丈な一面を持つ反面、
 どんな時でも笑みを絶やさず、惜しみなく癒しの呪文を分け与える彼女は、老若問わず
奴隷――特に女たちに慕われていた。
 そして結局、彼らを残して、彼女と彼はここにいる。
 この暗いわだかまりは、罪悪感か、後ろめたさか。心のどこかに暗く虚空を穿つ。

 逃亡者の存在を知った奴隷達は、その前途を祝福するだろうか。羨み呪うかもしれない。
 自分とて教団の在り方に疑問を持っていなかったわけじゃない。でも何も出来なかった。

 目に見えるもの全てを救えるほどの力など、人の身には持ち得ない。
 それは事実だが、開き直りとも取れる。
 第三者に、薄情だと言われてしまえば、それはそうなのだろう。
 両手で持ちきれないほどの命に責任を感じる事は、慈悲を通り越して思いあがりだが、今
まさに傷ついている者がいるのに心を痛めないのは、人の道に外れていると思う。

 ――私には、やるべき事がある。だから、まだ死ぬわけにはいかないの。貴方も、そうで
しょう?
 そう告げる少女の美しい面差しは、蓄積した疲労で青白い。それでも迷いの無い眼差し。
 私の事を、薄情だと思いますか? 
「――いや」
 重ねられる問いに、彼は静かに頭を振った。
 それは、ありえない。
 彼女がどういう経緯で奴隷に身を窶したのか。何が彼女を奮い立たせているのか、彼は詳
しい事は何も知らない。
 でも、彼女が薄情ならば、自分は今ここにいない。
 それに、己の心を保つだけでも容易でないあの場所で、他者に優しさを与えていたのは事
実なのだから。
 彼女は、割り切れない悲しみを抱いているだろう。
 それでも『やるべき事』のために、前に進まなければ、とあがいている。
 強い人間が悲しみや痛みを感じないわけではないのだ。ただ、表面には現れないだけで。
 そう思うから、彼は無言で――こんな恥ずかしいこと、言えるか――首を横に振った。

24大神殿脱出・4:2006/02/22(水) 16:40:42
 じゃあ、貴方も同じよね? あまり、苦しまないで。
 ふわりと微笑む少女の顔を見て、彼女は結局それが言いたかったのではないか、と思っ
た。自分はよほど辛気臭い表情をしていたのだろうかと考えると、少し(否、かなり)羞恥を
感じるが。
 きっと、そうなのだろう。
 奴隷として日の当たらない日々を送っていた中でも、どこへ流されているのかわからない
今この時でさえ、彼女は己にできる事、それを考える事を放棄しない。
 その決意が、生きた瞳という抽象的なものを体現する。
 自分の目に狂いは無かったことが彼は、無性に誇らしかった。

 己にできること。
 彼女のように、それを求めて迷わずに進む事が、自分にも出来るだろうか。
 そうありたいと願う。
 そうあり続けようと思う。
 それを求めるには、流石に今いるこの空間は狭すぎるが。
 どこかに辿り着いたなら――きっと。

 そして、自分には今一番しなければならない事がある。彼はその事にようやく気がつい
て、何となく緊張しながら、彼女に声をかけた。
 きょとんとした表情で、こちらを見つめ返す黒い瞳。
 彼は、自分が彼女の名を呼んだ事も初めてだと思い当った。

「助けに来てくれて、ありがとう」

 慎重に、ありふれた言葉をつむぐ。
 こんな当たり前のことを忘れるほど、自分は余裕がなかったのか。

 こちらこそ、
 ふっ、と口元をほころばせて、彼女は言う。
 ありがとう。私達を信じてくれて。
 過酷な年月を経ても尚、ひとつの曇りもない微笑だった。
 そして少女は――なぜか、そのまま笑い出す。
 何故この状況で。
 彼が眉を顰めるのも、しかたがない。
「……どうした?」
 だって、
 顔を上げて彼女は答える。
 私、『殿』なんて呼ばれたの、はじめてよ。

 …………。

 今までの習慣で、何の疑問もなくそう言ったが、言われてみれば、歳若い女性に対する敬
称ではなかったかもしれない。
「そ、それは……すまない」
 他に言うべき言葉も見当たらなかったので、彼は素直にそう告げた。
 謝らなくてもいいから、と彼女はますます明るい声を立てる。
 その声は、泣いているようにも聞こえた。

 敬称をつけて、自分の名前を呼んでくれること。
 人間として、扱われている証。

 ――そんな当たり前のことが喜びに繋がる、哀しみ。

 ひとしきり笑った後、彼女は呼吸を整えて大きく息を付く。
 二人とも、もうどこかに辿り着いているかな。
「ああ、きっとな」
 少女の呟きに、短く答える。
 今は、祈り、希望を持つ事しか出来ない。
 ……どこに、流れ着くんだろう。
 更に小さく呟き、彼女は膝を抱えて、気を失ったかのように唐突に眠り込む。
 緊張の糸が切れてしまったのだろう。笑うにも、生命力が必要なのだ。
 かすかに寝息が聞こえなければ、誰が見ても死んでしまったかと肝を冷やすだろう。
 無理もないことだと彼は思う。
 今まで休む暇も無い、劣悪な環境で過ごしてきたのだ。
 特に女の身であれば――容姿が優れているなら、男でも同じ事だが――安心して眠る事も
ろくに出来なかったはずだ。
 かすかな寝息。繰り返す呼吸、生きている音。
 遠くに聞こえる波の音。
 潮風に揺れる空間。
 この全身で、感じるもの。
 心の奥に刻まれた暗いわだかまりは、少しも消える気配は無いけれど、不思議と穏やかな
気分だった。
 彼は思い切って、重い兜を外して足元に置く。驚くほど頭がすっきりした。
 反面、その軽さが、亜麻色の髪に触れる冷たい空気が、頼りない。
 でも外気に曝しているうちに慣れるだろう。
 彼もまた小さく息を付き、瞼を閉ざす。

 ――不安になっている暇など無い。

 どこに流れ着いても、その先に何があっても。
 この繋ぎとめた生、肌寒い自由を、いかに意味あるものにするのか、
 それが、今の自分にできることなのだろうから。
 具体的には、どこかに辿り着いてから考える事にしよう。
 たぶん、人はそれを行き当たりばったりと呼ぶのだが、それは言わない約束で。
 とりあえず、まだあてもなく漂い続ける今は、願おう。
 彼女の、安息を。



(了)

25夜に咲く花 前:2006/02/23(木) 00:53:39
 自治領サラボナの北方に位置する小さな町ルラフェン。一見さんお断りとでも宣言す
るかのようなその奇妙な造りの町には様々ないわれが存在する。旨い地酒を造るための
地理法だという話もあり、侵入した盗賊を迷わせるためだというものもあれば、果ては
古代の呪術を封じ込める呪いだという話まで存在する。
 どれにせよ旅人には迷惑極まりない迷路のような町で、今日も旅人が頭を悩ませる。

「また行き止まりだ」
 黒い髪を揺らし、幼さの残るソプラノの声とともにリュカは溜息を漏らした。洗濯日
和な遠慮のない日光の下、かれこれ小一時間は迷っている。愛用している紫のターバン
はすっかり汗を吸ってしまった。町を発つ時には洗濯をせねばならないだろう。
 重苦しい鎧を馬車に置いてきてよかった、と安堵しながら回れ右。馬車の中には頼も
しい仲間たちがいる。盗難の心配などは一切する必要はない。
「さっきの店から上って行ったのがまずかったか」
 ぶつぶつ言いながらリュカの後を着いて行くのは、同伴者であるヨシュアだ。生真面
目な性格の彼は、歩きながら町の構造を暗記しようとしていた。強い日差しにも負ける
ことなく鎧を着込んだ彼を見て、リュカは感心するしかない。
「じゃあ、今度は店の裏側を通ってみようよ」
 路の暗記はヨシュアに任せ、見つけていないルートを探すことにリュカは専念した。
魔物の蔓延る数々の迷宮に比べれば、迷路の町など物の数ではない。もとより、リュカ
は町の探索が好きだった。
 生き生きとした表情で袖を引っ張る少女に、ヨシュアは苦笑しながら了承する。連れ
の生い立ちを知る彼からすれば、リュカの好奇心は納得に足るものだ。

26夜に咲く花 前2:2006/02/23(木) 00:54:07
 それからさらに数分、二人は何度目かの行き止まりに辿り着いた。
 落胆はなかった。足元はこれまでの砂利の足場と違って芝生が敷かれており、石のテ
ーブルと椅子が置かれている。町の憩いの場所のひとつなのだろう。
 椅子には先客がいた。リュカよりも少し年上の、黒い服を着た修道女だった。一目で
修道女だとは分かったが、見慣れない服だと思い注視する。
 目が合った。ヨシュアは苦々しい表情を浮かべる。慌てて謝るリュカに対し、修道女
は清楚な笑みを浮かべて口を開いた。
「あなたも、光の教団の教えに興味がおありなのですか?」
 ぞくり、とする感覚が全身を奔った。服の下に隠れた膝が細かく震える。頭が警鐘を
鳴らす。指先が冷たい。背を流れる汗は違う種類のものだ。
 全身で全力で拒否をしようというのに、声帯は言うことを聞かず振動を続けた。遠く
遠くまで逃げてきた。だというのに、教団の手は既に喉元までのびている。どこに逃げ
ても無駄なのではないか、そんな悲観までよぎる。
 す、と肩に大きな手が置かれた。
「いや、彼女は教団員だ。私は神殿に着くまでの護衛を仰せつかっている」
 ヨシュアは鋼鉄の盾を修道女に向ける。ところどころ窪んではいたが、それには確か
に光の教団の紋章が刻まれていた。
「あら、そうでしたか。それは失礼を」
 修道女は柔らかく言葉をつむいだ。立ち上がり、リュカの手を握る。
「ともに、幸せになりましょうね」
 震えるばかりの少女には、無言で頷くことしかできなかった。

 酒場で貰った飲み物が喉を通ると、ようやく意識が自分の元へと帰ってきた。青ざめ
ていた頬に桜色が戻る。
「すまない、止めるべきだった」
 心底申し訳ないという表情で、ヨシュアはリュカに頭を下げた。リュカは慌てて首を
振る。ヨシュアに非は無い。落ち着くと、リュカはぽつりと口を開いた。
「怖かった」
 鞭打たれる日に戻ることが。光の教団が勢力を広げていることが。それを多くの人が
信じてしまっていることが。優しい眼差しをリュカは思い出す。かつてのサンタローズ
でも、同じような眼差しを受けた気がする。
 街中でなければ、魔物たちに八つ当たりをしてしまいたかった。

27夜に咲く花 後1:2006/02/23(木) 00:54:48
 あくびをかみ殺しながら、リュカはパトリシアの首を叩いた。転移の法ルーラの呪文
を復活させるためには、夜に発光するというルラムーン草を手に入れなければならない。
 ルラフェンまでの旅路に昼の長い徒歩、日が沈んでからの出発というハードな行程に
疲労は蓄積される。呼ばれた睡魔は目蓋に取り憑いて離れない。身体は正直だった。
「リュカは休むといい」
 ヨシュアが言葉をかける。言うとおりだと魔物たちも頷いた。
 嫌だ、とリュカは強情に首を振る。馬車の中で休みなどしたら、確実に眠ってしまう。
眠ればルラムーン草を見られないかもしれない。睡魔に対するには歩くしかない。幸い、
聖水の力で魔物たちは近づけない。
「地図によれば、もう少し南東のようですじゃ」
 マーリンのしわがれ声が耳に届いた。そう、と微笑んでリュカは先頭を歩く。月明か
りの乏しい夜であったが、旅慣れた彼女は夜目も効く。骨ばった指先にメラの炎を浮か
べ、マーリンは地図と周りの地形を見比べた。
「マーリン、よく平気だな」
 少女とはいえ旅慣れた人間が限界に近い中、百を超えているかのような容貌の魔法使
いがぴんぴんしている事にヨシュアは驚きを禁じえない。
「ほっほ、昼間休ませてもらったでのう。ああ、でももう限界ですじゃ」
 地図をヨシュアに渡し、ひょいと馬車に素早く飛び乗る。流れるような一連の動作に
ヨシュアは何も言えなかった。
「儂らはここらで休ませてもらうでの。あとは任せますじゃ」
 口がふさがらないヨシュアは動けない。その背を崩れかけながらヌーバが押した。し
ぶしぶと彼は地図を手に先導するリュカを追う。
「たまには、ムードを出してやるのもよかろうて」
 追う背を横目で見ながら、マーリンは小さく笑う。プックルが寝言のような鳴き声を
洩らした。

28夜に咲く花 後2:2006/02/23(木) 00:55:17
 夜の風が運ぶ草の匂いは昼のそれとは違う。夜は魔物の時間だ。夜行性の魔物は活発
になり、眠りに落ちた魔物も人間の匂いを嗅ぎ付ければ眼を覚ます。聖水の力が無けれ
ばのんびりと歩くことは叶わないだろう。
 揺れる草が足首を撫でる。視線の先には、求めている奇跡の薬草があった。
「おーい、リュカっ!」
 名を呼ばれ、リュカは振り向いた。近づく仲間を視界に納め、遅いよ、と笑う。
 ターバンと揃いの紫のマントは夜の色によく馴染む。夜目が効く少女を一人にしては
いけないとヨシュアは学んだ。
「これは」
 言葉を途中で呑み込む。光源の乏しい夜の草原で、それは小さな輝きを放っていた。
 シロツメクサのように小さく、白百合のように可憐で、林檎のように芳しい。その一
方で薔薇にさえ勝る凛々しさも感じられた。それはただ神秘的と呼ぶには、あまりにも
陳腐だった。
 リュカはしゃがみこんでルラムーン草に指で触れる。光の粒が、花の先から僅かに零
れ落ちた。粒が落ちると光は煌きを失う。引き抜いたら光が消えてしまうのではないか、
心配そうに彼女は告げた。ヨシュアは苦笑する。そんなことを言っていたらルラムーン
草を持ち帰ることは永久に不可能ではないか。言ってから、彼もまた屈んだ。
 持って帰ろう、一緒に。
 どちらともなく、それを言い出した。茎を掴んだリュカの手に、ヨシュアの手が添え
られる。剣を握り続けてきた故に無骨な形になってしまったその手は、触れれば崩れて
しまうかのように彼は感じた。
 本当ならば、こうやって花を愛でるべき手であるはずなのに。
「ありがとう」
 リュカはルラムーン草越しにヨシュアの瞳を見上げた。大神殿での逃亡の手引き。数
数の戦い。
 修道院を守護する僧兵やラインハットの衛兵として生きる道もあった。その中で、彼
は最も危険なリュカを護るということを選んだ。償いの意思はあったのだろうが、助け
てくれたことにリュカは心から感謝している。
「ああ」
 ヨシュアの返事は短かった。それでも、リュカは満足だった。

 馬車に二人が戻ったのは、それからしばらく後のことだ。

29てのひら・前(旦那はアンディ):2006/03/02(木) 01:06:45
 世界に誇るルドマン家の船が、港町ポートセルミから出航して二日が経った。澄み渡
るコバルトブルーの天空は、夜を二つ越えても変化の兆しさえない。時に遭遇する魔物
を除けば、海の旅は順調なものだった。今日も南方の砂漠に向けて船は進む。
 コツコツと足音を立てながら、船の主はデッキを歩く。現在の主は当のルドマンでは
なく、彼と知り合って間もない旅人の一行だ。まだ少女と呼べる年頃でありながら一行
のリーダーであるリュカは、本日も退屈な見張りをせねばならなかった。海の魔物は陸
のそれに比べて凶暴であるが、棲息する絶対数が少ないらしい。一日に三度遭えば多い
方だった。
 退屈を差し引いても、リュカの顔には暗い色が浮かんでいた。もともと内面を隠すこ
とに長けているわけではない。戦いに次ぐ戦いの記憶は、娘の微妙な心の変化に対して
は何の役にも立ちそうにもなかった。
 彼女は、嫁いだばかりだった。
 式を挙げたのは、ほんの三日前になる。本来ならば無条件な幸せが満ち溢れている時
期であったが、リュカは憂いを消し去れなかった。相手に不満があるわけではない。む
しろ想いが成就した相手であるのだから、これ以上無い相手だろう。
 船酔いにやられ船室で潰れかけている夫のことを考える。自分と出会う前、彼には想
い人がいた。その想いを遂げるため、彼は命まで懸けた。リュカはルドマン家の家宝の
盾を得るために彼に手を貸したに過ぎない。その結果が現在の状態だ。まるで彼の未来
を奪ったように思え、リュカは気落ちする。
 いっそ甘美な夢であったなら。そう思う度、指に光る青いリングが祝福を呪詛のよう
に煌かせる。魔力を帯びた指輪は、長い奴隷生活や剣を握る日々に形作られた硬く無骨
な指を綺麗に収めた。
 リュカは自分の手が好きではなかった。今は無きサンタローズで暮らした幼い頃は、
畑仕事を手伝い手を土に塗れさせたこともある。そうした土の汚れは好きだった。思わ
ず彼女は腰に差した剣を抜き放つ。父の形見の剣は吸い付いたように軽い。
 土汚れの日々とは全く異なる手が今の手だ。魔物を斬り、命を奪ってきた手だ。戦い
の間はそれを忘れられるが、増えた戦いの記憶は更に重く圧し掛かる。戦いに身を投じ
てから一月もない夫を想うと、手の違いをますます思い知らされた。
 マリアのような清楚さはそこには無い。
 フローラのような可憐さはそこには無い。
 ビアンカのような凛々しさはそこには無い。
 記憶の底にある母の暖かささえも、手は譲り受けていないようだった。
 何度目になるか分からない泣きたくなる気持ちで天を仰ぐ。長い付き合いのプックル
が慰めるように鼻を擦り付けた。

30てのひら・後(ただの吊橋効果w):2006/03/02(木) 01:07:31
 妻を娶ったばかりであるアンディが抱くのは、愛しい女ではなく枕と桶だった。船を
出してからまだ三日目であるというのに、早くも陸地が恋しい。船室に篭っていたため
か、黄金色の髪はくすんでしまった様にしなびている。慢性的な船の揺れには未だに慣
れそうにも無い。
「ああ、ありがとう」
 綺麗に掃除された桶をスミスから受け取り、アンディは小声で礼を言う。仲間である
腐った死体には最初こそ驚きはしたが、今ではすっかり打ち解けてしまっている。吐瀉
物を何度も捨ててくれる彼には、いくら感謝をしても足りない。胃の中はとうに空っぽ
だというのに、気分の悪さは収まってくれそうに無かった。
 スミスが外の空気を吸いに外へ出た後、アンディは重苦しい息を吐いた。リュカとの
旅は驚きの連続だった。魔物たちとの旅も笑いが絶えない。命が懸かった旅はサラボナ
での暮らしに比べて楽ではなかったが、楽しいものだった。
 死の火山、滝の洞窟とリュカに助けられ、アンディは彼女に魅了された。自分よりも
年下の少女はしなやかな肢体に不釣合いな怪力を誇り、癒しの呪文も知っていた。旅の
目的を無粋にも尋ねた時、彼女は嫌な顔一つせず応えた。父の復讐を語るときの瞳の鮮
烈さは、彼を貫く黒曜石の槍だった。
 寝台に寝そべりながら、これまでの短い旅路を振り返る。戦闘のたびに彼は無力感に
打ちのめされていた。攻撃呪文の知識はあったが、リュカ一行の戦闘のリズムには着い
て行けたためしがない。アンディは邪魔にならぬよう炎の弾や氷の矢を飛ばすしかでき
なかった。船に乗って以降は潰れてしまい、更に役立たずとなってしまっている。
 フローラへの想いが憧れとするなら、リュカへのそれは崇拝に近かった。その女神が
自分へ好意を持っているというのは、未だに信じがたい事実だ。指にある炎のリングは
古代の代物である割に輝きを損なっていない。武具に馴染まない手であるが、それは指
にぴったりだった。リュカの指のリングと対になるには、それは明らかに貧相なものに
感じられた。
 身を寝台から起こし、窓を開ける。閉め切っていたのでは身体に悪いと仲間に伝えら
れて定期的に窓を開けるようにはしていた。特にアプールなどは鮮度を保ちたがるきら
いがあり、閉め切った空間を嫌っている。
 窓からの光に目を細めると、リュカの姿が見えた。青いリングをしばしみつめたと思
えば、腰の刀を抜き放つ。一連の動作が、一つの舞のようにアンディには見えた。
 その美しさに、アンディは酔いを忘れる。濁った空気さえも洗い流されているのよう
だった。
 フローラではなくリュカを選んだことに悔いは無い。自分が弱いのであれば、強くな
ればいい。
 いつか、その手をとってともに舞えるようになりたい。
 愛する人を抱きしめるために、彼は久しぶりに両の足を立たせた。

31き あ い た め (笑)・前:2006/03/14(火) 12:35:16
 漁港ビスタから見られる波濤は穏やかだった。視覚からの情報では、近頃増えてきた
という海の魔物の気配は影も形もない。最後の仕事をこれから迎える港に、最後の旅客
たちは思い思いの礼をする。その中に、一際奇妙な旅人がいた。力強そうな白馬の引く
馬車は、金庫のように締め切って内を明かそうとしない。
 馬車を先導するのは濃紫のターバンとマントを纏った黒髪の少女だった。時折馬首の
中から声が漏れる。一人旅という訳でもないらしいが、どうしたものだろうかと周囲の
人間は訝しげな視線を投げかけた。
 一行がいざ船に乗ろうとする少し前、馬車の扉が開かれる。中から現れたのは翡翠色
の髪の青年だ。貴族然とした煌びやかな服装とその容貌から、人々はラインハットの王
子の噂を思い出す。突然の英雄の姿は国を魔物の手から救ったヘンリー王子が寂れた港
に何用か、と周囲に少々のざわめきが生じた。ヘンリーはそれらを芝居の一座なもので、
と芝居じみた動作を付けて軽くあしらう。
「すまないな。我侭を言ったみたいで」
「謝るならデール陛下にでしょ」
 違いない、と苦笑を浮かべるヘンリーからリュカは視線を逸らす。ラインハットは解
放されたとはいえ、未だ荒らされた状態から立ち直ってはいない。国民の中には誑かさ
れたデールからヘンリーに王位を移すよう望む声も少なくなかった。ヘンリー自身は拒
否しているが、最早彼は国になくてはならない人間となっている。
 拗ねるようなリュカの態度に、ヘンリーは少し眉尻を下げた。遠慮がちな抗議はかつ
て子分になる、と我慢して言った時のリュカと変わらない。言葉少ななくせに、その少
ない言葉も普段の声が高い分だけくぐもると急に聞き取りにくい。その姿はやけにヘン
リーの良心に突き刺さる。
 頼りになる仲間たちが一緒の旅路とはいえ、見知らぬ地に子分を送り出すのは忍びな
かった。二人の子分を同時に世話してやりたいのは山々であったが、肝心の親分の身体
は一つしかない。子分の片割れの父を奪った引け目はあったが、混乱に陥った故郷の多
くの人間を見捨てることはできない。別れは彼にとっても苦渋の決断だった。
「困ったらいつでも親分を呼べよ。できるだけ助けてやるから」
 笑顔を再び浮かべてヘンリーは言う。リュカが助けを呼んだりしない人間であること
は知っているが、親分としての面子は保っておきたかった。照れ臭さを隠すため、子分
の頭をターバンの上から乱暴に撫でる。
 困った表情を浮かべ、リュカはターバンと髪を直した。ラインハットからビスタまで
の道程がヘンリーとの最後の旅になるかもしれない。それを意識しないよう努めること
は、裏表のない少女には難しかった。
「子分としてはデールさんの方が先輩だから、そっちを大事にしてあげなよ」
 そっけない言葉に、ヘンリーは再び頭を撫ぜた。今度は優しかった。
「ばか。偉大な親分は全ての子分に平等なんだぞ」
 偉大すぎる親分は、これから国一つぶんの子分を大事にしなくてはならない。馬車一
つ分の仲間たちとはスケールが大違いだ、とリュカは笑った。笑えた。
 潮風が、直した黒髪を再び揺らした。

32き あ い た め (笑)・後:2006/03/14(火) 12:35:55
「そろそろ船が出るみたいダニ」
 馬車の中からダンスニードルの声がかかった。魔物の身なれど野暮なつもりは毛頭無
かったが、それで出航を逃したら元も子もない。ここから出る船はこれきりなのだ。陽
気な彼の新天地への好奇心が、二人の気持ちを切り替えた。
「ああ、引き止めたみたいで悪いな」
 馬車の扉を叩きながらヘンリーは応える。分かればよろしい、とでも言うかのように
ダニーが馬車の中で踊る。棘だらけの彼の踊りは馬車の中で小さな騒ぎを起こした。中
の様子が手に取るように分かり、ヘンリーは声に出して笑う。これならば寂しがりの子
分が泣くようなことは無さそうだ。笑い声を聞きつけたドラきちが甲高い抗議の声を上
げた。
「じゃ、行って来るね」
「変な男に引っかかるなよ」
 意地の悪い親分の軽口にリュカはそっちこそ、と短く受け応えた。最後の旅人がよう
やく船に乗り込むと、待っていた船員たちは慌しく働き出す。
 手が届かない距離になって、ヘンリーは意を決したように大きく息を吸い込んだ。
「リュカっ! 嫌かもしれないけど、いつか言ってくれ!」
 イオの爆音にも勝る大声を張り上げる。一言を言い切ると、再び大きく息を吸う。
「“ただいま”って!」
 この言葉が、彼女を傷つけるかもしれない。
 ヘンリーはそれを知っている。十年に渡る負い目があるぶん、余計にこの言葉は言い
にくいものだった。
「俺が言えるようにする! それぐらいの国にしてみせるから!」
 リュカが何か言っているのが見えたが、少女の声は王子の耳には届かなかった。
 親分は大変だ、と独り言を残し、ヘンリー王子はキメラの翼を放り投げた。

 リュカは船の内部に置いてもらった馬車に寄りかかっていた。十年以上ぶりの船だと
いうのに、海の独特の揺れを身体は覚えている。懐かしさはあったが、それ以上に港町
ポートセルミに早く着いて欲しかった。
 泣くのは、一人きりが良かった。

33しあわせの詩・前:2006/03/14(火) 23:40:04
228=(略)です。

ヘンリー婿SSを書いたのは良いのですが、ここに張り付けると10レスは使用してしまうので(…)、
ログ流しまくるのは嫌だ、と言うことで本人証明も兼ねて別鯖にうpさせて頂きました。

http://sib.b.to/ss/7
↑になります。お手数ですが、直打ちにて閲覧お願い致します。

34228=(略) ◆PyB831QpqM:2006/03/15(水) 08:16:02
前に書いたアンディ婿SSがまとめに載って無かったので再うpします。
http://sib.b.to/ss/4

35名無しさん:2006/03/16(木) 07:17:36
>>33
そのための投稿掲示板なのだから、100レス使用しようが気にしなくていいと思うけど。
保管に支障が出る可能性もあるので、むしろ、別鯖にして欲しくないぐらい。

36モンスターの骨まで愛して:2006/04/10(月) 11:27:09
注意:純粋な女主人公SSではないですが一寸ゴープスブライド見ててモンスターがこんな風に結婚を後押ししないかなと思って。スレ汚しだったらすいません。
途中から、は「」無しが炎の戦士の歌。()が行動になります

〜マリッジブルー ビフォア ウェディング〜

此処はポートセサミ。リュカ(女主人公)がいよいよ結婚を間近になると言って少し海が見たくなって立ち寄ってみた。
リュカは既に寝てしまったが、酒場にはモンスターと婿である自分だけ。
結婚式にモンスター全員は呼べないという事でモンスターじいさん監視の元、宿屋を貸しきって貰った。
独身最後のパーティーと言う事だが、婿が浮かない顔をしているのを炎の戦士が感じ取ったのか話しかけてくる
「旦那。何しらけてるんでさぁ?…いよいよ結婚ですぜ?」
俺はふるふると首を振り、リュカが本当に結婚を望んでいるか不安だという事を吐露する。
其れを見て、モンスターたちははぁっと大きなため息を吐く。ほのおの戦士が一人ステージに立っていく。
「マスター、熱いビートをくれ。一寸、この冷めた旦那に一発焼きを入れてやる。」
すると、マスターがこくっと頷けばBGMをかき鳴らしていた楽員がジャズ調の音楽をかき鳴らす。
指を鳴らしリズムを取る、ほのおの戦士。そして、モンスター歌が始まった。

37モンスターの骨まで愛して:2006/04/10(月) 11:30:18
聞っかせてやるぜパァーショーン。ホットなソウルの俺達がぁークールに愛の手解きぃー覚悟しな!!
女は常に熱を求めるー、硬く転がってる奴には見向きもしねぇー。
ばくだんいわ「ボンボボ〜ン」(ばくだん岩は炎の戦士に転がされる)
がむしゃらに愛を叫ぶだけでもー
イエティ「Ah−−−−−−!」(イエティは雄たけびをした)
どろどろ着いて流されてるだけでもー
マッドヌーバ「YEAH!」(マッドヌーバは様子を見ている)
ただ、見過さーれて最後は骨にぃなぁるだけ!
腐った死体「男も腐っちゃおしまいさぁーー」

イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」

エンプーサ「女が求めるは熱いじょーねつー…激しいダンスに甘いコ・ト・バ!」
(激しく踊っているとイエティが息を履けばそのまま相手に倒れ掛かるエンプーサ)
ザッツパッション!ビィート&ヒィトラァーヴゥ!!
ダンスニードル「刺々しくてもぉー…一人さーみしぃ夜もあるぅ!!」
ドラゴンキッズ「いつまでもガキじゃいられなーい!」

イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」

ホイミンスライム&ベホマスライム「絡み合うーほうよーもー」
エンプーサ「ホットな熱いキッスもー」(エンプーサの悪魔のキッス(違)
まほうつかい「骨身にしみるわぁーーー!!」(まほうつかいは身を守っている)

イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」

ビックアイ「ただ、遠くで見つめるだけでもー」
パペットマン「手の平の上で、踊るだけでもー」
ミステリードール「じっと耐え忍ぶーだけでもー」
足りないーー!足りないーーー!もえさかーるほどの熱いパッションがーー!(炎の戦士は火の息を吐いた)

イエティ「Ah−−−!Ah−−−!Ah!AhAh−−−−−−−−−−−!」
ばくだんいわ「ボン!ボン!ボンボボボン!」

さまようよろい「恋はさーまよい、何時までも行き着かなーい」
それでも人はもーとめる、情熱で浮かされるねーつの喜びをぉ!
ばくだんベビー「たとえー相手の為ならーこの身が砕け散ってもー」
俺の熱い炎が燃え尽きてもーーー
おどるほうせき「それは、どんな宝よりもぉー価値があるぅー!」
それはパッション!!パッション!!うかさーれるよな、熱い愛の熱びょOhhhーーーーーーー!



終わった。彼らの熱い歌と想いに身が引き締まり少し前向きになれた気がする。
彼女はこんな素敵な仲間が居て幸せだ。…こんな幸せな彼女を自分はもっと幸せにしなきゃなっと心に決めた夜だった。

38モンスターの骨まで愛して:2006/04/10(月) 11:37:49
しまった…マッドヌーバじゃなくてドロヌーバだった。orz
後、モンスターの歌ね…。ごめん何度も見直したんだが見落としが…マジごめん

39再会_A・1:2006/04/11(火) 22:50:19
A 水の洞窟の同行者として
B うわさのほこら関連

※本スレ1の過去ログを参考にした、ヘンリー再加入(妄想脚色付き)の話です。
 設定は全て仮のものです。

 ― 再会 A ―

 ヘンリーは一人、佇んでいた。
 見下ろした先は城下町。
 彼方に広がる山脈と、森と平原の濃淡の緑。その隙間にかすかに見える水平線。
 風に衣服を揺らされて、手すり代わりの城壁に触れると、昼下がりの陽気を吸った石壁
が、ほんのりてのひらに温かい。
 ラインハット王城の屋上に広がる風景は、昔から変わることが無いけれど。
 小さい頃は手の届かない場所であり、ただの風景にすぎなかった、それらの実際の姿を
今は知っている。
 険しい山道、森の匂いと日光を遮る木々の影。足が棒になる草原の広さ、息を潜めてこち
らの動きを探る、魔物の気配。
 戦いの日々。
 あいつらは、元気にやっているだろうか。
 長年、共に辛苦を乗り越えてきた子分の少女と、彼女に惹かれ、同じ釜の飯を食った魔物
たちを思い出す。
 今の環境に不満を持っているわけでは無い。
 ラインハットの民も、弟王のデール自らもまた、救国の英雄であるヘンリーに、王の座に
着くよう願ったが、彼はそれを固辞した。長い目で見れば、己が王の座に着くには無理があ
る。彼自身が一番わかっていた。
 たしかに一時的に民の支持は得られよう。だが英雄の名声に賞味期限が訪れた時、十年間
の空白が、あらゆる意味で致命傷になる。
 どうしても変わらない兄の考え、その事実を悟ったのであろう、
 ――わかりました。
 いつの事だったか、短くそう告げたのを最後に、弟は王位の件を口にするのをやめた。
 そして、傍で見ていて心配になるくらい、必死に働く日々が始まった。地に堕ちた、民の
信頼を取り戻すために。
 もともと勉強熱心で誠実なデールの、それが精一杯の罪滅ぼしだった。
 王族である以上に、親分そして一人の兄としてそれを支えるのは当然だったし、またやり
がいのある仕事でもあった。
 そして今、彼らの努力が実を結んで、ラインハットに平穏が訪れつつある。
 ようやく手に入れた自由を満喫していたあの日々が、この頃無性に懐かしく思えるのは、
きっと達成感に気が抜けているのだろう。ヘンリーは自嘲混じりの吐息を小さく零す。
 まだまだ手放しで安心するわけには、いかないと言うのに。
 ――ヘンリー!
 全く、幻聴まで聞こえてくるなんて終わっている。
 短くため息をついて、彼は城内に戻ろうと、背後の扉に向かって踵を廻らす。
 ――どけてーーーー!!
 やけに、はっきりした叫び。幻聴ではないのだろうか。
 何事だ、と半信半疑で空を仰いだ、彼の視線が凍てついた。
 空の真ん中、こちらに迫り来る、見慣れた少女の姿。
 幻覚まで見えたら流石にヤバイぜ俺、とヘンリーは思い、否、現実から目を逸らしている
場合ではない、と瞬時に考え直す。
 ……マジかよ!

「うわあああああああああああっ!?」

40再会_A・2:2006/04/11(火) 22:50:40
 ぶつかる!
 衝突を覚悟した彼の全身が硬直し――ひらりとその横を通り過ぎ、彼女は素晴らしい身の
こなしであっさりと着地した。
 振り向いた先で、紫の外套と白い旅装束が翻る。
 ああ、そりゃそうだよな。
 普段から戦いで鍛えているし、気軽に塔から飛び降りたりしているんだから。
 決めたばかりで無駄になった覚悟を持て余しながら、ヘンリーは思った。
「久しぶり、って言うほどでもねえな?」
 気を取り直して、小柄な後ろ姿に声をかける。
「うん。思ったより、また会うの早かったね」
 長い黒髪を手櫛で整えながら、彼女は振り返る。変わらない、屈託の無い笑顔。
 その口元と頬が小刻みに震えだし、
「ぷっ……さっきのヘンリーの声、凄かった!」
 彼女は弾けるように笑い出す。それはもう遠慮のかけらも無く。
「笑うな。子分の癖に生意気だぞ」
「何年も前の話を持ち出さないで、って言ってるでしょう」
 照れ半分、不機嫌半分で軽くターバンの頭を小突くヘンリーに、彼女は息を整えながら、
即座に答えた。

 思ったより早い再会。
 ラインハット王子ヘンリーと修道女マリアがめでたく結婚した。
 連絡を受け、あれよあれよと舞い戻ったラインハットにて、そのヘンリーとマリア本人の
口から勘違いだということが発覚し、脱力するは爆笑するはの混乱を経て、再び別離を果た
したのは、つい先日のことだった。
 王子の朋友であり恩人たる少女に、ご報告申し上げるためだけに、遠路はるばるやってき
て、仁王立ち……丁重にお迎え頂いた王国兵の見上げた行動力は、彼女の記憶に新しい。
 次はいつ会えるかわからないけど、なんて言うんじゃなかったわ。
 全くだ、俺の感動を返せよ。
 軽口を叩きながら、二人は城の一室である応接間の豪華なテーブル越しに向かい合う。
 辺りに漂う、女官の淹れたあたたかな紅茶の甘い香り。
 身体が沈むほどクッションの効いた椅子に腰掛け、少女はわずかにぐらぐらしている。
「俺も城に戻ってから、色んな連中に会ったけどよ」
 紅茶のカップを傾けながら、ヘンリーは言う。
「空から降って来た奴を歓迎するのは、初めてだぜ」
「ルーラって便利なんだけど、制御が難しいの。慣れれば、上手く行き先を決められるっ
て、ベネットさんは言ってたけど」
 本当かしら、と彼女は小さく付け加える。
 他に使用できる者がいないのだから、確かめようが無い。
「でも、いきなり城に飛んじゃうなんてね。皆には、馬車で待っててもらって良かったわ」
 たしかに彼女の連れの、気は優しいが少しばかり個性的な仲間たち――平たく言ってしま
えば、スライムナイトや腐った死体が、ラインハットの城内を歩き回る様子を想像すると、
笑いが止まらない。ではなく、冷や汗を禁じえない。
「ヘンリー、今ろくでもないこと考えなかった?」
「いきなり人聞きの悪いこと言うなよ」
 眉根を寄せて、不自然に鋭い勘を発揮する友人に、ぬけぬけと答えてみせる。

41再会_A・3:2006/04/11(火) 22:51:05
「で、どうしたんだ。サラボナに行くんじゃなかったのかよ?」
「うん。それなんだけどね」
 彼女は簡単に説明した。
 とある町に住む名家の家宝として、天空の盾と呼ばれる品が伝わっているという噂を聞い
て、そのサラボナの町に辿り着いた。
 そこで、その家の娘の、望まぬ結婚話を白紙にするために必要な指輪を手に入れるには、
水門を開けて川を下らなくてはならないのだが、水門の鍵の管理人が「女だけでは危険だ」
と承諾してくれなくて困っている、と。
「意味わからねえ……」
 それを聞いたヘンリーは、呆然と呟く。
 特に後半、どの辺に彼女の目的である天空の勇者や天空の盾が、関係あるのかが。
「だ、だってね。無理に結婚させられるなんて、可哀相じゃない」
 盾についてはその後に考えるわ、と、どこまでもお人好しで行き当たりばったりな友人に
彼はとうとう頭を抱えた。
「それにフローラさんって、初めて会った気がしないの。何となく放っておけないのよね」
「何となく、で命張るなよ。お前も、相変わらずって言うか……」
 最近、妙に結婚話に縁があるよね、と笑って結論付ける彼女に、ヘンリーは呆れて苦笑を
返すしかない。
「結婚か。俺たちもそんな歳なんだな。信じられねえや」
「そうよね。私は、そんなことより早く勇者を探して、お母さんに会わなくちゃ」
 早くと言いながら、回り道をしてるお前は一体何なんだ、とは言わないでおく。
「そんなことって、お前な。それじゃ、あっという間に行き遅れるぜ?」
 その代わりと云う訳でもないが、ヘンリーは意地悪く言った。自分から始めに「信じられ
ない」と切り出しておきながら。
「いいわよ。リンクスやスラリンたちがいてくれるもの」
 少女は唇を尖らせて言い返し、湯気の引いたティーカップを口にする。眼と声音が本気な
のが、彼女らしい。
 空になったカップを受け皿において、一息つく。
「じゃあ行くか。デールと話つけないと。流石に黙って出て行くわけにはいかねーからな」
 一瞬の沈黙を挟み、椅子を引いて立ち上がるヘンリーを見上げ、あまりに急なことに、
少女は目を丸くした。
「どうしたよ。男手が必要だから、俺のところに来たんだろ?」
「そうだけど……いいの?」
 すごく、危険だし。ぽつりと呟く彼女の言葉を、今更何言ってんだよ、と笑い飛ばす。
「子分の面倒を見るのは、親分の役割だからな。気にするな」
 有無を言わせぬ強い口調でヘンリーは言った。
 ……この少女が他人に頼る事は、滅多に無い。
 気が遠くなるほど長い奴隷時代、決して弱音を吐かなかった。
 滅びたサンタローズの村を見ても、一度もラインハットに恨み言を言わなかった。
 彼が、荒廃したラインハットに残ると決めた時も。
 頼るべき父、青春の十年。帰るべき故郷、懇意にしていた村人達、待ってくれていると信
じていた、家族同然の召使。
 この国と自分の存在のために、何もかもを失った少女。
 彼女が助けを求めるなら、出来る限り力になりたい。
 たしかに負い目もある。それ以上に、長い付き合いの戦友として。
「ありがとう。ヘンリー」
 さっきからかわれたことも忘れたように表情を輝かせ、彼女も席を立つ。
 いつでも真っ直ぐに礼が言えるのは、この少女の良いところだと思う。
 見習う事は、自分には出来そうに無いが。

 呑気に「信じられない」だの「そんな事」だのと言っている彼らを待つ、重大な選択。
 それは、もう少し後の話。

42再会_B・1:2006/04/14(金) 23:23:24

※Aとネタは一部被ってますが、話の繋がりはありません。
 軽い女主人公→ヘンリー描写(?)があります。

 ― 再会 B ―

 彼らの出発は朝早い。
 見通しに支障を齎さない程度に、薄く霞が掛かった早朝の空気。
 先頭で馬車を引く少女は、片手に持った地図に視線を走らせて進路を確認する。
 目的地であるサラボナの町は、ここから南下した洞窟を越えた先。
 地図を丸めてしまい込み、彼女は前を向く。
 歩を進めるたびに朝靄が細かく纏わりつき、長い髪や衣服が微妙に重たく感じる。
 ぐるるるる。
 馬車の左脇を歩くキラーパンサーが、全身を震わせて不機嫌な唸り声を上げた。
 全身を覆う毛並みが湿って嫌なのだろう。
 基本的に、魔物は雨などの水分が苦手なのかもしれない。
 現にブラウンやガンドフなどの、端的に言うのであれば「もこもこした連中」は皆、馬車
の奥に引きこもっている。
 ピキーピキー。
 馬車の片隅で震えているメタリンの引きこもりは、晴れも曇りも関係ない。
 他にも「身体が重い」と大人しくしている者や、「身体の水分が増えて気持ち悪い」と
平べったくなっている者。「関節痛が悪化する」と言ってお茶をすする者……
 ……いったい、どこまで本当なのだろう。
「誰か、リンクスと代わってくれる?」
 少女は期待せずに馬車の中へと声をかける。キラーパンサーのリンクスが、ゴロゴロ、と
申し訳無さそうに小さく喉を鳴らした。
「ったく、しかたねーな。靄が引いたら、お前ら働けよ!」
 呆れ半分に馬車の奥へ向かって言い放ち、旅装束に身を包んだ緑髪の青年――ヘンリーが
馬車の中から飛び出し、
「リンクス、交代だ。大丈夫か?」
 少しでも多く、絡みつく水分を振り払いたい、と言わんばかりの勢いで全身を震わせる
キラーパンサーに声をかける。
 その呼びかけに反応し、ぎろり、と見上げる彼(?)の目線が、ガンを呉れていると言って
も差し支えない険悪なものに見えるのは、気のせいでは無いと思う。
 フギャーー! グルグルグル。
 毛を逆立て、明らかに少女に対するものとはうって変わった唸り声を上げて、リンクスは
音も無く風を切るような俊敏な動作で馬車に飛び乗った。
「心配要らない、って言ったのよ。うん」
 少女は、嘘にならない程度に、めいっぱい友好的に通訳する。
「本当かよ」
 ヘンリーは不信の眼差しを彼女に向け、
「リンクスの奴、てめえに心配されたかねえよ、あァ!? この野郎!ぐらいのことは思っ
てそうな顔してたぜ?」
「ヘンリー本当に、あの子達の言葉わからないの?」
 しまった。
 と思ったら遅かった。己の失言に冷や汗する少女、その視線の先には、機嫌を損ねている
のか笑いをこらえているのか、いまいちわからない面持ちの『親分』がいる。
「ぶっ。お、おまえバカだろ?」
「ほっといて」
 反論などできるわけが無い。
 わざとらしいくらい笑いをかみ殺すヘンリーに背を向けて、少女は手に持つ樫の杖を折れ
んばかりに握り締めた。

43再会_B・2:2006/04/14(金) 23:26:05

 ――どうか、兄を自由にしてやって下さい。
 先日、ラインハット王城を訪れた彼女に、国王デールが口にした嘆願。
 それに対しヘンリーは本気で怒りを露にした。十年間、王族としての勤めを果たせなかっ
た自分は邪魔なのかと。
 国が大変な時に、救国の英雄――ヘンリーを連れ出すなんて、出来るわけが無い。
 彼女もまた、最後まで反対した。
 でも結局、デールの意外な頑固さと、その眼差しの温かさ、寂しさに降参して。
 もしもラインハットの国民やデールが困っている時は、必ず駆けつける。
 結局、そう弟王と少女に約束して、ヘンリーは半ば追いやられるように再び旅立った。

 もうすぐ、岩山に穿たれた洞窟に辿り着く。
 一度目は洞窟を目前にルーラで引き返してしまったから、この草原を通るのは二度目だ。
「……なあ」
 背後からヘンリーの声が聞こえた。声音からだけでは、その感情は慮る事は出来ない。
「なに?」
 何となく振り向く気分にはなれないまま、彼女は答える。
「あの時さ、ラインハットに用があったんじゃなかったのか? 何かゴタゴタしてて、町に
出るとか、全然そんな暇なかったと思ってよ」
 少女の足が、止まる。
 数歩遅れて、ヘンリーと荷車を引く白馬パトリシアが立ち止まった。
 唐突に留まった荷車が乱暴に揺れて、幌越しに仲間たちが騒ぐ声が聞こえ、何事か、と
パトリシアも鼻を鳴らす。
「……どうなんだろう」
 ぽつりと、少女は呟く。

 ある日、彼女は一つの噂を聞いた。
 宿泊先の女将が何気なく語った、海の向こうの王国の噂話を聞いた時、『二人』を祝福す
るために、ラインハットに戻るべきかと思った。古代の呪文ルーラは、一瞬にして、それを
可能とする。
 しかし、今は天空の勇者と装備品とを捜し、まだ見ぬ母を救い出す事を一番に考えるべき
だと思い、そのまま旅を進めた。
 心の片隅で、もやもやとした何かが渦を巻いていた。

 迷宮の町を囲む森林を彷徨いながら、考える。
 ……彼なら、わかってくれるだろう。
 草原を南に下りながら思う。
 ……母を捜せという、父が最期に遺した言葉が、今の自分を動かしているから、
 比較的緩やかな山道を越えながら。
 ……立ち止まっている、時間が惜しい。
 西大陸を結ぶ砂丘の砂の中、
 ……何となく、胸が痛いのは
 命をかけて、相容れぬ魔物と切り結んでいても、
 ……たぶん、家族のように思っていた人が離れる寂しさで、

 そして今立つ場所、洞窟を目前にしたこの景色の中で、あの日、聞いた噂が蘇る。

 ――何でも結婚なされたのは、王さまの兄上のヘンリーさまとか。

 用事があったわけじゃないし、理由も定かではない。
 ただ何かに突き動かされるように、ルーラの呪文が口を吐いて出ただけ。

44再会_B・3:2006/04/14(金) 23:36:17

 結局、その噂は全くの出鱈目だった。
 それを知った時の脱力感は、拍子抜けしただけか、安堵だったのか、よく覚えていない。
 そうして、一風変わった心優しき仲間たちと、長年苦楽を共にした親分がここにいる。
 仲間が何人か増えた事以外、永い虜囚の日々から解き放たれて、見るもの全てが色鮮やか
に映ったあの日々と何も変わらないはずなのに、あの日生まれて、未だ消えずに残っている
正体不明の渦巻きが、彼女の心に未だかつて感じた事のない影を落とす。
 感じた事のない影。形のないもやもやが固まれば、その正体がわかる気がする。
 もう少し。もう少しで――

「どうなんだろ、ってオイ……自分のことだろ?」

 ぱっ、と固まりかけた何かが霧散した。

「ボケるにはまだ早いぜ」
 呆れたようなヘンリーの声が、無遠慮に彼女の悩める心を突き刺す。
 ボケるとは何だ。人の気も知らないで。誰のせいで悩んでいると思っているのか。
 あっという間に、もやもやが、むかむかにすりかわる。
「……忘れた」
 彼女は思考を放棄して、いい加減な結論に逃避した。
 そう言ってみれば、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
「はぁ?」
 ヘンリーは間の抜けた声を出す。
 彼にしてみれば、少女が急に不機嫌になったようにしか見えないのだから、それは仕方の
無い事だ。罪が無いとは言えないが。
「いいわよ、もう」
 いつも穏やかな物腰の彼女にしては珍しく、棘を含んだ声音で言い捨てる。
「忘れるってことは、大した用事じゃなかったのよ」
 ……何故、私が得体の知れない感情に、振り回されなければならないのだ。
 理不尽な怒りに任せて、理解できない『何か』に強引に蓋をする。
 驚いてその後を追いかける親分とパトリシアを尻目に、彼女はぐさぐさと、明らかに不機
嫌な様子で樫の杖で地面を刺しながら、早足で歩き出す。 
 ……人間って本当に馬鹿ね。
 荷車を引くパトリシアの呟きを、彼女は聞こえなかったふりをした。
 視線の先で、サラボナの町へと続く洞窟が暗く口を開ける。
 その向こうで待つ決断を、彼女は知る由もない。
 その先に続く道程は、誰にもわからない。
 得体の知れないもやもやと、向き合う暇は与えられないまま、その時は迫る。



(了)

45青空の約束(1)-1/3:2006/04/18(火) 21:32:34
 冷たい水にひたされた布が、絡まりもつれたルカの髪を優しくほどいていく。しなやかな流れる滝のように豊かな黒髪を丁寧に梳かしながら、ビアンカは小さく感嘆の吐息を漏らした。
「本当に綺麗な髪よね、ルカ。まるで砂漠の夜空みたい…。過酷な旅をしてたっていうのに、ちっとも傷んでないなんて信じられないわ」
「そ、そんなことないよ。ビアンカやフローラみたいに、ちゃんとした…手入れとか、したことないもん。ただ、身体と一緒で頑丈なだけが取り柄なの」
 正直なところ、手入れといってもどんな方法があるのかもルカは知らなかった。奴隷として過ごした年月には、髪の毛どころか身体を水で拭う機会すらろくに与えられなかったのだから無理もない。いまだって旅の途中は川や泉の水で汚れを洗い流す程度なのだが、さすがにそれは恥ずかしくて口にできなかった。
「羨ましいわ。私の髪なんて、日に焼けちゃって大変なんだから」
 病床の父に代わり、太陽の下で汗水を流して働いてきたためだろう。ビアンカのブロンドは陽光に曝され、ところどころ褪せた色に輝いていたが、かえってそれが彼女の自然体な美しさを際立たせてもいる。
 不満げに唇を尖らせている親友に、「ビアンカの髪、おひさまみたいで私は大好きだよ」と、ルカは心からの言葉を投げかけた。
 父・パパスの命と引き換えに生き抜いてきた隷属の日々。反抗的な奴隷だったルカは地下での過酷な労働を強いられることが多く、陽の光にどれだけ焦がれたか知れない。ビアンカと過ごした冒険の記憶は、荒みそうになるルカの心を照らしてくれる太陽そのものだったのだ。
 ルカは過去を深く問おうとはしないビアンカの優しさに感謝した。
「うふふ、ありがと。またルカとこんな時間を過ごせるなんて思ってなかったから、すごく嬉しいの。洞窟の冒険も、大変だったけど楽しかったわ」
 ビアンカの協力を得て、ルカは水の指輪を手に入れた。いまは炎の指輪とともにルドマンの管理下にある。
 ──明日の朝ルカが選ぶ結婚相手と、ルカ自身のために。
 年頃の女性だけで宿屋に泊まるくらいなら…と、ルドマンが二人のために別荘を貸し出してくれたことを、いまさらながらにありがたいと思う。
 突然決まった花婿選びを控えて、一人きりで過ごすには夜はあまりに長すぎた。
 旅の埃を落とすために湯浴みした後、絡まり縺れていたルカの髪を梳かしたいと言って譲らないビアンカに座らされたソファの上で、ルカは居心地の悪さにもぞもぞと身じろぐ。綿の詰まったふかふかのクッションがお尻にくすぐったい。
 フローラから借りた馬毛のブラシで、艶やかな長い黒髪をせいいっぱい丁寧に梳るビアンカは、ルカに悟られないよう小さく唇を噛み締めた。

46青空の約束(1)-2/3:2006/04/18(火) 21:33:32
 勇ましく剣を振るうルカの両肩は驚くほど小さく、せつない気持ちに胸が締めつけられる。日に焼けた肌のそこかしこに残る傷跡ひとつひとつに、彼女の流した涙の記憶が宿っているに違いないのだ。
 ビアンカにすら、囚われの十年を多く語らない。だが、ルカの全身に走る決して消えない鞭の痕跡が、彼女が与えられてきた苦痛のすべてを物語っていた。
 どうしてこの子ばかり、こんなに辛い目にあうのだろう。自分が男なら、もう絶対に一人になんかさせないのに。どんな危険からも守ってあげるのに。
 けれど自分は女で、病に倒れた父がいる。決して彼女の傍らに立ち続ける夫にはなれないというのが悲しいかな現実なのだ。
 どうかルカが選ぶ男性が彼女を幸せにしてくれますようにと、祈ることしかできないのがひどくもどかしかった。
「…実はね、私の初恋ってルカなのよ」
 突然の告白にきょとんと顔を見上げてきたルカに、年上の少女はクスクスと軽やかに微笑んで見せる。
「レヌール城で私がお墓に入れられちゃったとき、一生懸命助けてくれたでしょ? すごーくかっこ良くて頼もしかったんだもん、ルカってば。男の子だったら絶対お嫁さんにしてもらったのに、まさか先を越されるなんてねぇ」
「あら、それを言うならわたくしだって…。昔うちの船で兄と三人で遊んだこと、憶えてらっしゃるかしら? 転んでしまったわたしくに手を差し伸べてくださったルカさんの笑顔、ずっと忘れられませんでしたわ」
 二階から降りてきたフローラが淡いラベンダー色の夜着を胸に抱えて、階段の手摺り越しに声をかけてくる。着替えを持たないルカのために服を探してくれていたのだ。
 振り返ったルカの目には、いつもと変わらず優しい微笑を浮かべた令嬢のたおやかな姿が映っていた。ビアンカとはまた違ったタイプの女性だけれど、穏やかでしとやかな、自分にはない部分をたくさん持っているフローラも、ルカにとって好もしく新鮮な存在だった。
「うん、もちろん憶えてるよ。船の上でするかくれんぼなんてはじめてで、すごく楽しかったもん。あとちょっとで陸地ってときに、フローニに見つかっちゃったんだよね。あれは悔しかったなぁ」
 フローラによく似た双子の兄との競争を懐かしく思い出し、自然とルカの表情が綻んだ。
 指輪の捜索で慌ただしくしていたせいで、ゆっくりと再会の挨拶もしていないけれど、彼もまた立派な青年へと成長を遂げていた。ルドマン自慢の後継者である。
「ふふっ。お兄様ったら、わたくしなんかそっちのけで、あなたを探すのに必死でしたわね。絶対につかまえるんだーって。遊びであんなにムキになったお兄様、はじめてでしたのよ? …ああ、そうそう、お待たせしてごめんなさい。私のものだと少し大きそうでしたから、ちょっと探すのに手間取ってしまって」
 ふっくらと柔らかな曲線を描くビアンカやフローラに対して、あまりに痩せぎすな自分が恥ずかしかった。筋肉質に引き締まった華奢な肢体はひたすら戦闘のために鍛え抜かれ、少女というよりは少年のそれに近い。純白のドレスを纏う花嫁姿が似合うはずもないとルカは思う。

47青空の約束(1)-3/3:2006/04/18(火) 21:34:24
 よくこんな自分に二人の男性が婿候補の名乗りを上げてくれたものだ。しかも内一方は、目の前の可憐な女性を心から愛していたはずなのに、いったい彼は何を血迷ったというのか…。
「この色、きっとルカさんにお似合いですわよ」
 かつての求婚者・アンディの心変わりをどう受け止めているのだろう、フローラは内心をおくびにも出さずルカに接してくれていた。さすがは躾の行き届いた良家の子女、と言うべき冷静さには舌を巻く。
「うわぁ、やわらかい…。ありがとう、私なんかにはもったいないくらい素敵」
「なに言ってるの、明日には花嫁になるくせに。さあ、着替えちゃいなさい」
「ビアンカってば、お母さんみたい」
 本当の母はどんな人なのかわからないけれど、なんだかちょっぴりくすぐったい。
 女性らしい膨らみの乏しさを見せたくなくて、ルカは二人に背を向けて着衣を脱ぎ捨てる。だが、ハッと息をのむ気配を感じて、軽卒に服を脱いでしまったことをすぐに悔やんだ。
 鞭の痕が一番集中しているのは、背中だから。
 長く伸びた髪でも隠しきれない無惨なそれを、よりによってビアンカとフローラに見られてしまうなんて。
「…あはっ、参っちゃうよね。自然に治るまで放っておかれた傷だから、ベホイミでも消せないの!」
 夜着を胸元に抱えたルカは、顔だけで振り返りながら精いっぱい明るく笑ってみせた。お願いだから同情しないで、と心の中で叫びながら。
 もしも同性の二人に慰めの言葉をかけられてしまったら、もう毅然と立ってはいられないような気がするのだ。
 普通の女の子でいたいなんて望みは一生抱かないと、激しく鞭打たれながら心に誓った。父の遺志を継ぐために。母を救うために。自分の人生は、そのためだけにあるのだと歯を食いしばって涙を堪えて生きてきたから。
「…まったく、相変わらずおてんばなのねぇ、ルカってば。あんまり無茶しちゃダメよ」
 フローラよりも先に口を開いたビアンカが、呆れたように肩を竦め、人さし指でルカのおでこをピンッと弾く。そんなやりとりに微笑みを取り戻したフローラが、「早くお召しにならないと風邪を引いてしまいますわ。ベッドの用意もメイドが整えているので、いつでもどうぞ」とルカを促した。
「うん、ありがとう。…でもすぐには寝られそうにないや。こんな格好だけど、ちょっとだけ庭を散歩してみてもいいかな?」
 ビアンカと視線を交わしたフローラが「それではこれを…」と、自らが羽織っていたナイトガウンを差し出そうとするのを、ルカは小さく手で制した。
「ううん、大丈夫。ちょっと風に吹かれて、いろいろ考えたいの」
「そうですか…。ねえルカさん、同じ年頃の方とこうしてお話しする機会があまりないので、わたくしも今夜はこちらにご一緒させて下さいな。ビアンカさんとおしゃべりしながらお待ちしてますわ」
「…ありがとう、二人とも」
 優しい友人に見送られて館の扉を開いたルカは、夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 決断のときは、迫っている。


[つづく]

48228=(略) ◆PyB831QpqM:2006/04/19(水) 07:31:09
遅くなりましたがしあわせの詩・中編です。
......





「ヘンリー!」

静まりかえっていた廊下に、自分の名を呼ぶ声が響いた。ヘンリーはふぅ、と一息つくと、ゆっくり顔を上げてそちらに目を向けた。


「……何やってたんだよ」

一瞬、声が出なかった。
リュカは、普段旅している時にはあまりお洒落などせず、動きやすいローブに身を包んでいた。
そんな彼女に慣れていたせいも有ってか、こんな風に着飾った彼女は新鮮だった。美しさは変わらないが、何時もより一層女性らしさが際立っている。
真っ白なウェディングドレスが、少し紅潮したリュカの肌が、艶やかで流れる様な黒髪が、ヘンリーの目を捕えて離さなかった。

綺麗だ。
そんなの、前から知ってたけれど。


「ゴメンね。皆で喋ってたらつい長引いちゃって」

リュカは苦笑いで答えた。彼女の両側の父親代行はクスクスと笑う。

「確かに届けましたよ」

幸せにしてあげて下さい、と、声には出さずにロレンスが告げた。
当然だとばかりにヘンリーは頷く。視線はしっかりとリュカに注いで。

「さ、ヘンリー様…」

ヨシュアが、促すような目線を送る。ああ、と小さく呟くと、ヘンリーは手に持っていたヴェールをリュカにそっと被せた。
瞳を閉じ、ヴェールとドレスを身に纏った彼女は非常に繊細な彫刻の様だった。
フライングなのは承知の上だが、抱き締めたくて仕方が無かった。

「リュカ」


「…行くか」

ヘンリーが手を差しのべる。
リュカは柔らかく微笑みながら、その手に自分のそれを重ね合わせた。

「うん 行こう、ヘンリー」


歩き出す二人の背中を、ヨシュアとロレンスは暫く見続けていた。
遠くなっていく彼らを見つめ、自然と笑みが溢れた。

「…さ、ロレンス殿。私達も行きましょう」
「そうですね。急がなければ間に合わない」

ヨシュアに促され、ロレンスはマントを翻した。
もう、心残りは無い。二人なら大丈夫だ。
胸の痛みを誤魔化して、ロレンスは早足で歩き出した。

49しあわせの詩・中-2:2006/04/19(水) 07:32:09




「うう…緊張してきた」

繋いだ手とは逆の手で胸を抑えながら、リュカは何度も深呼吸していた。

「何固くなってんだよ」
「だって、こんな風にしてるの初めてなんだよ。ここまで着飾った事なんて無いから」
「だろうな」

隣に居る人物が何故ここまで落ち着いていられるのか、リュカには理解出来なかった。
横目でちらりとヘンリーを見る。
彼は真っ直ぐに目の前の扉を見据えていた。流石王族と言った所か。タキシード姿がぴたりとはまっている。
普段旅をしていた時はあまり感じなかった気品が滲み出ていて、リュカの胸はますます早鐘を打った。緊張とは違うドキドキで。

「リュカ」
「な、何!?」

突如声をかけられ、裏返った声で返事をする。
今のは恥ずかしいなぁ、と思いつつ、リュカはヘンリーの言葉を待つ。

ヘンリーは微笑んでいた。


「綺麗だ」


それは今日一日で沢山の人に言われた言葉だった。だが、今まで言われた誰よりもリュカの心に響いた。

「何回言っても足りねぇわ。凄い綺麗だ…いつもの事だけどな。でもこれは新鮮。滅茶苦茶綺麗」
「…な、何回も言わないで良いよ」
「耳塞いでんじゃねぇよ」
「塞がせてよ〜」

投げ掛けられる言葉の数々が嬉しくて恥ずかしくて、リュカは思わず耳を覆った。
しかしヘンリーはにやりと笑いながら、耳を塞ぐ手をどかしにかかる。必死に抵抗はしたけれど、ずるずると引き剥がされてしまった。

「緊張、解けたか?」
「………」

リュカはぽかん、と口を開く。
気が付けば、さっきまで胸を一杯にしていた不安だとか緊張は消えていた。

「…やっぱり凄いね」
「ん?」
「ヘンリーは凄いよ。流石親分」

幼い頃から続く二人の関係を比喩する言葉を出すと、彼は小さく声を漏らして笑った。
それから軽く首を横に振る。

「は?違うだろ」
「え」
「今からは、旦那様」

そう言った彼はいつも通りに優しく笑っていた。せっかく解けた緊張がまた産まれて来るのを感じた。
そんな事を知ってか知らずか、お構い無しにヘンリーはリュカに手を差しのべる。

「じゃ、行こうぜ」

リュカは頷くと差し出された手をとって、そっと腕を絡めた。





......

まだまだ続く。
結局旦那だけしか出せなかったorz

50青空の約束(2)-1/3:2006/04/20(木) 07:47:47
     ***
 ヘンリーか、アンディか。
 本来ならこの結婚は、フローラとアンディが結ばれるべきものだったのだと
ルカは思う。それなのに。
 愛娘の婿探しで躍起になっていて、少女のルカには目も留めてくれないルド
マンの気を引きたい一心で、ついつい炎の指輪を手に入れてしまったのが事の
発端である。
 指輪のついでにアンディの心まで奪うことになろうとは、誰が想像できただ
ろう。
「君といれば、僕も一緒に成長していけそうな気がする」と彼は言った。全身
大火傷の病床、最愛の幼なじみに看病されているその目の前で。
 フローラに対して失礼極まりないセリフだと一時は腹も立ったけれど、実の
ところ彼の本心はまだ彼女に向かっているのだろうとルカは確信している。
 なぜならアンディにとって、成長とはすなわちフローラにふさわしい自分の
姿だからだ。
「一途な人みたいだし、ちょっと勘違いしちゃってるだけなのよね…」
 ルカが備えている圧倒的な『力』への憧れを、愛情と誤認しているに違いな
い。フローラへの面目が潰れ、心がルカへと逃げているようにも感じていたが
、どのみち火傷が治って熱が下がれば正気に戻るだろう──そう簡単に考えて
いた。
 死の火山からほぼ無傷で生還したルカにルドマンはいたく感激し、「婿選び
はまた他の方法でもできる。よし、もし水の指輪を取ってくることができたな
ら、君の旅にできる限り力を貸そう」とまで約束してくれたことに浮かれ、ル
カは事態を重く受け止めてはいなかったのだ。
 だが、協力してくれたビアンカとともにサラボナに戻ったルカを迎えたもの
は、なんと数カ月前に別れた旧友の姿だったのである。
 ラインハットにいるはずのヘンリーは、どこでどう聞きつけたものか、アン
ディがルカに求愛したと知りサラボナに飛んできて「ルカは誰にも渡さない」
と言い出したらしい。
 ルカ不在のまま睨み合うヘンリーとアンディを見兼ねたルドマンが「だった
ら本人に選ばせなさい。結婚式は私が面倒をみよう」などと馬鹿げた提案をし
てくれたおかげで、ルカはいまこうして頭を悩ませる状況に追い込まれていた。
 最初、ルカは当然断ろうとした。ヘンリーともアンディとも、いまはまだ誰
とも結婚なんて考えられないから。けれど、ルドマンの機嫌を損ねれば天空の
盾は二度と手に入れられないかもしれない──その不安が、ルカの決断を鈍ら
せる。
「私、どうしたらいいのかな、お父さん…」
 見上げた星空は遠くまばゆく光を放つばかりで、答えてくれそうにない。
 屋敷を囲む優雅な木立の隙間を、春のぬくもりを帯びた夜風が吹き抜ける。
 頬をなぜるその感触は、記憶に遠い母の面影を宿していた。
 行方不明の母を命がけで探し続けた父。二人の間に通いあっていたような強
い絆を、果たして自分とヘンリーの間に築くことができるのだろうか。
 やんちゃでわがままで、手のつけようのなかった王子様。一緒に攫われ、神
殿での過酷な労働も二人で心を支えあってきた友。
 ──そう、ルカにとってヘンリーは大切な友なのだ。よくも悪くも、互いを
知り過ぎている。
 ヘンリーを夫に選べば、彼はきっとこう言ってくれるだろう。
 共に戦おう、と。

51青空の約束(2)-2/3:2006/04/20(木) 07:49:24
 けれど彼は王族の血を引き、傾国の危機に瀕する故郷の未来を担う存在でも
ある。彼の帰還を心底から歓迎していたラインハット国民の姿を思い出すと、
常に危険がつきまとう冒険の旅につき合わせるなんて、とてもできそうになか
った。
 その時、ぱきっ…と背後で小枝の割れる乾いた音がして、ルカの物思いが打
ち破られた。
「誰!?」
 いつものくせで腰の剣に手を伸ばし、いまは薄いシルクの夜着しか身につけ
ていなかったことを思い出した。
 振り返ったルカの双眸に、木立の陰から現れた長身の青年が映し出される。月影に隠れて表情はわからないけれども、ひどく気まずそうに髪を掻き上げる仕草は子供の頃から変わらない彼のクセだった。
「驚かせて悪かった」
「…フローニ…どうしたの、こんな夜更けに」
「君こそどうしたんだ? 別邸の明かりがまだついているのが気になって様子
を見にきたんだが…眠れないのか?」
「うん、まあね。いろいろ考えてたの」
 盛大な溜め息をこぼしたフローニは、自らが身につけていた白い上着をルカ
の肩へとかけてくれる。彼の体温を直に感じたルカは、自分の身体がこんなに
も冷えきっていたことに改めて気づく。
「強引な父ですまない…。言い出したら聞かないところは昔から変わらなくて
、ああなると誰にも止められないんだ」
「ううん、いいの。元はと言えばフローラのお婿さん探しを邪魔した私のせい
なんだし。結婚もね、悪くないと思うのよ。ただ、ちょっと…ほんのちょっと、
迷ってるだけなの…」
 言葉を濁すルカの心中を察したのか、フローニはただ黙って傍らに立ってい
る。こんなにも心地良い沈黙があるなんて、知らなかった。ただ隣にいるだけ
で感じられる体温の優しさを、ルカは生まれてはじめて味わっていた。
 一人で過ごすにはつらい夜だった。けれど、醜い傷痕をビアンカたちに見ら
れてしまっては、気軽に語り合う心境にはなれなくて。
 言葉を交わす必要もなく、ただこうして穏やかな空気を分かち合える存在が
、嬉しい。
「ねえ、フローラはお婿さんを探してるのに、お兄さんのあなたは結婚しない
の?」
 ふと疑問を口にすると、青年は困ったような微苦笑を口端に浮かべた。
「僕には…父から引き継ぐ大切な役目があるから。それが落ち着くまで誰とも
一緒になるつもりはないんだよ」
「役目…」
「そう。フローラや母は知らない、嫡男だけに課せられる宿命みたいなもの。これまで何代もの間なにごともなく無事に過ごせてきたけど、どうやら僕はのんびり構えていられないらしいから」
 多くを訊ねなくとも、ルカには彼の背負ったものの重さがわかるような気が
した。だからこそ、彼も秘密を話してくれたのかもしれない。
 フロールの宿命がどんなものなのかはわからなくても、彼の覚悟は理解でき
る。危険を伴うかもしれない来るべき瞬間に、一人きりで立ち向かうつもりな
のだ。
「父は、だったらフローラの結婚相手に立派な青年を選んで僕を手伝わせれば
いいと言い出して…その結果がこの状況なんだ。だから、君の結婚話は僕のせ
いとも言えるんだよ。本当にすまない」

52青空の約束(2)-3/3:2006/04/20(木) 07:51:16
 少しも悪いことなんかしていない青年の謝罪に、ルカはふるふると首を振る。
かける言葉もなくて夜空を見上げれば、降り注ぎそうなほどに満天の星が瞬い
ていた。
「……あの頃に戻れたらいいのにね」
 ルカの呟きに、頭ひとつ半高いところでフローニが小さく微笑むのがわかる。
「かくれんぼで君を探すのは大変だったよ。まさかマストの見張り台に隠れて
るなんて想像もしなかったから」
「あはは、結局見つかっちゃったけどね」
「二人して登ってるのを船長や父さんたちに見つかって、ひどく叱られたっけ」
「お父さんにお尻を三回もぶたれたのよ、私」
「僕なんか五回だよ」
 お互いに指を回数分立てながら真顔を突き合わせて、次の瞬間同時に噴き出
した。
 夜の帳に隠れるように、ルカとフローニの密やかな笑い声が風に解ける。
「私、あの日見た景色は忘れない。青い海と空がどこまでもどこまでも広がっ
てて、本当に綺麗だった…」
 いつも笑っていた。
 父と出る旅の意味も知らず、ただ無邪気に幸福だった日々。毎日が小さな冒
険の連続で、こんな日が永遠に続くと思っていたあの頃の自分──。
「なにも変わってないよ」
 少女の揺れる心を見透かしたかのように、フローニはぽつりとつぶやいた。黒曜石を思わせるルカの大きな瞳が見開かれ、二人の視線がぶつかり合う。
「世界は大きく歪んでしまったけれど、君はあの頃のまま少しも変わっていな
い。たとえなにがあったとしても、まっすぐな視線も、勇敢な心も、僕が大好
きだった昔のままのルカだ」
「…フローニ…私は……」
「よくがんばったね、ルカ」
「……っ…!」
 どんなときも、決して涙は見せなかった。どれだけ傷つけられても、痛くて
も、悔しくても、悲しくても、寂しくても──絶対に涙だけは見せまいと肩肘
を張って生きてきた。そうしなければ、小さく弱い心が感情に押しつぶされて
しまいそうだったから。
 泣き方すらも忘れるほど、長い孤独だったのだと今さらながらに悟る。ルカ
はフローニの広い肩に縋りつき、声にならない嗚咽を小さな身体から絞り出し
、失った大切なものすべてに、ようやく別れを告げた。
 髪を優しく撫でてくれる大きな手のひらの暖かさ。それは懐かしい父の手に
似ているのに、なにかが違う。ずっとこうしていたいと願うほど、心地よい感
覚だった。
 どれくらいそうしていただろう。呼吸を整え落ち着きを取り戻したルカの耳
元で、フローニが静かに囁く。
「父のことは気にしないで。盾はいずれ僕が継承するものだから、誰を夫に選
ぼうと君になら無条件で貸し出すよ。もしまだ結婚したくないなら、それでも
いい。自分が一番幸せになれる道を選んでほしい。君にはその権利があるし、
僕も心から君の幸福を望んでいる」
 そう言い残すと、彼はルカを残して屋敷へと戻っていった。
 彼の姿を見失った途端、すさまじい喪失感を胸を襲う。一人立ち尽くす夜の
庭園は、凍えそうなほどに寒い。
 ──どうして大丈夫だと思えていたのだろう。一人きりで生きていけると。このまま旅を続けられると。どうして、そんなふうに強がることができたのか。
 誰に聞くまでもない。もう答えは、ルカの中で確かに芽吹いていた。
 孤独で凍りついた胸に、春風を吹き込んだ彼の力で。

[もちょっと続く]

53青空の約束(3)-1/3:2006/04/22(土) 15:16:41
とんでも連投で申し訳なさMAXです。
これで最後になりますのでどうぞご勘弁を。

-------

     ***
「さて、心は決まったかね?」
 早朝から呼び立てられたルドマン邸では、神妙な面持ちのヘンリーと
アンディが待ち構えていた。ビアンカとフローラも心配そうにこちらを
見つめている。そして、彼らを通り過ぎた部屋の一番奥に、息をひそめ
る様子で成り行きを見守っているフローニの姿があった。
 ほんの一瞬交えた視線に、ルカを力づける優しい笑みが浮かぶ。
「…はい、決まりました」
 ルカの返事に満足げに頷くと、ルドマンは「では花婿のもとへ」と促
す。
 アンディの前に歩を進めた瞬間、まだ包帯も痛々しい表情が晴れやか
に輝いた。かすかに胸が痛んだけれど、ルカは立ち止まらずに歩を進め
る。
 ──あなたが本当に成長できるのは、守るべき人がいてこそ。だから、
私ではダメなの。守られるばかりの愛なんて、おてんば娘には向いてな
いのよ。
 勝利を確信したヘンリーが誇らしげに笑みを浮かべ、ルカに向かって
手を差し伸べる。けれどルカがその手を取ることはなかった。
 ──私の強い部分を信じてくれるヘンリー。大切な友達。ずっと互い
に支えあう関係を望むあなたは、いつか私の弱さに失望する日がくるか
もしれない。
 成り行きを見守る屋敷の人々の間からざわめきが零れる。ルカの名を
呼ぶヘンリーの声が聞こえたが、振り返りはしない。
 真っすぐ見据える双眸の先には、長身の青年だけが佇んでいた。
 驚きに見開かれた青い瞳は、あの日の空の色。
 懐かしい、幸福の記憶。そしてどこまでも続く未来への標──。
 目の前で立ち止まり、見上げた表情には困惑が浮かんでいた。
「…ねえフローニ、憶えてる? かくれんぼで見つかったら、私、あな
たのお嫁さんになるって約束したのよ」
 昨晩、彼の肩を借りて涙しながら甦った記憶。それは子供じみた賭け
だったけれど、いまのルカを後押ししてくれる、たったひとつの勇気と
なる。
「ルカ、僕は…」
「私の幸せは、フローニ、あなたの傍らにあるの。私の宿命があなたを
巻き込むかもしれないとわかっていても、気持ちは変えられない」
 あなたの背負った宿命に巻き込まれたってかまいはしない──言葉に
はのせられなかった想いまで、ちゃんと伝わっただろうか。不安に揺れ
そうになる心をありったけの勇気で奮い立たせ、ルカはその小さな手を
彼に差し出した。
 フローラのように可憐な指先ではない。剣を握り、魔物と戦い続けて
きた、これは戦士の手だ。
 もしもこの手を取ってもらえるのなら。
 この先ずっと、自分自身の歩んできた道を誇りに思えるから。
 もう二度と、過去は振り返らずに未来だけ見つめて生きていけるから。
 ルカの願いを包み込むかのように、フローニの目元がふっと優しく綻
んだ。
「…もちろん憶えてるよ。だから僕はどうしても君を見つけたくて、マ
ストにまで登ったんだ」

54青空の約束(3)-2/3:2006/04/22(土) 15:17:16
 青年の思慮深い瞳が一瞬影を帯び、やがて強い決意が宿る。
「君はいつも、想像もつかない方法で僕をびっくりさせるんだね。これ
じゃ一生目が離せないじゃないか」
 指先に触れた彼の手のぬくもりと、甲に押し当てられた唇の熱を、ル
カは生涯忘れることはないだろう。観衆のどよめきが二人を包むのを感
じながら、緊張の糸が途切れたルカは未来の夫の腕の中へと倒れ込んで
いた。
     ***
 目覚めた瞬間、目に飛び込んできたのはまばゆいばかりの純白。
 それが自分の身につけているウェディングドレスの色だと気づいた瞬
間、ルカはまだ夢の中にいるような錯覚にとらわれた。ずっとふわふわ
した雲の上を歩いている夢をみていたのだ。とても幸せで、気持ち良か
ったのを覚えている。
「ちょっとちょっと! なにやってるのっ」
「……あへ、ヒアンハ? ……っ、たぁ…!?」
 無意識にほっぺたをむにゅっとつまんでしまったルカのおでこに、痛
烈なデコピンが飛んできた。
「あれ、じゃないでしょ! 予定外の相手にプロポーズしたと思ったら
いきなり気絶しちゃって、大変な騒ぎだったんだからね。ここに運ばれ
る間も幸せそうに笑いっぱなしだし…まったくこの子は、いきなり顔の
筋肉がゆるんじゃってもう」
 両手を腰に当てて心底から呆れた顔をしている幼なじみが、けれどど
こか誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。
「まったくですわ。よくもわたくしの最愛の兄を奪ってくださいました
わね」
 なぜか頭の上からフローラの声がする。言葉とは裏腹に、その口調は
軽やかでどこか面白がっているかのようだった。
「ああっ、だめ、動かないで! いまフローラが髪を結ってくれてると
ころなんだから」
「え? え? なんなの?」
「そうですわよ。じっとしてて下さいな、お姉様。もうじきお兄様がベ
ールを持って帰ってきてしまいます。それまでにどうにかしないと」
 フローラが髪を結い上げる傍ら、ビアンカはルカに花嫁の化粧を施し
ていく。質問も抵抗も封じられたルカは、されるがまま身を任せるしか
ない。ちらちらとあたりを見回して、どうやら気絶しているうちにルド
マンの別荘まで連れてこられていたらしいと把握した。
 ちなみに、ルカが腰かけているのは横たわって眠れてしまうほど大き
なソファである。心地よく眠っている間に着替えさせられ、着々と式の
準備は進められていたようだ。侍女に命じずビアンカとフローラが支度
を手伝ってくれたのは、傷痕を気にするルカへの思いやりなのだろう。
「…ふう、どうにか形になったわね」
「ええ、我ながら最高傑作ですわ」
 顔を見合わせて満足そうに笑いあう二人の友人に、ルカ本人だけがつ
いていけない。だが、さすがにムッとして口を開きかけた瞬間に玄関扉
が開かれ、輝かしい真昼の陽光とともに盛装姿のフローニが現れると、
ルカはすべての状況を飲み込んでなにも言えなくなってしまった。
 つまり、これから結婚式なのだ。自分と、彼の。
 ルドマンが特注していたシルクのベールを手に、フローニが自分に近
づいてくる様子を、ルカはやはり夢見心地で見つめていた。

55青空の約束(3)-3/3:2006/04/22(土) 15:17:39
「私たちは先に行ってるわ。あんまり遅くならないでよ、主役のお二人」
 そう言い残すと、親友たちは別荘を出ていってしまう。
 なんだか、とてつもなく気恥ずかしい。
 生まれて初めての化粧に、豪奢な純白のドレス。女らしい部分なんて
ちっともない自分の姿が、フローニの目にはどう映っているのだろう。
「あの…お、おかしくない…?」
 消え入りそうな声で囁いたルカに、フローニは微笑を浮かべながら首
を傾げる。
「お化粧…ビアンカがしてくれたんだけど、私、したことないから…」
「素顔の君も可愛いけど、今日はとびきり綺麗だと思う」
「……っ」
 あまりに率直な褒め言葉を受けて、ルカは耳まで真っ赤に染まった。
 フローラもそうだが、育ちのよさが成せる技なのか、この兄妹は臆面
もなくこういった言葉を口にする。少しは言われるほうの身にもなって
もらいたい。嬉しいけれど、それ以上に恥ずかしくてたまらなかった。
「あのね、ルカ。僕たちが出会ったあの日、パパスさんはうちの父に自
慢してたそうだよ。君はお母さんにそっくりだから、将来はすごい美人
になるぞって」
「…お父さんが、そんなことを…?」
「うん。僕もついさっき父からはじめて聞いたんだけど。『だったらぜ
ひうちの息子の嫁に』って言ったら、絶対一生嫁には出さないって断ら
れたって。…ひょっとしたら今頃、すごい剣幕で怒ってるかも」
 くすくすと笑うフローニにつられて、ルカも微笑む。胸の痛みを感じ
ずに父の面影を思い浮かべるのは、彼の死を目の当たりにして以来はじ
めてのことだった。
「あのね…気になってたんだけど。私、もしかしてとんでもないことし
ちゃった? 跡継ぎのあなたを選ぶなんて、ルドマンさん怒ってない?」
 心配そうに上目遣いで見上げてくるルカの手を取り、フローニは彼女
をソファから立たせる。
「大丈夫、父は君を気に入っているよ。いずれ時期がきたらこの街に戻
らなければいけないけど、それはたぶん、もう少し先の話だから」
 時がくれば、フローニは自分が抱えている秘密をルカに打ち明けてく
れるだろう。だからそれまで、彼を信じて共に歩いてゆけばいい。
「それじゃ、行こうか。みんかが待ってる」
 ルカの手を引き扉を開いたフローニはふと思いついたように立ち止ま
り、自らの手でシルクのベールを花嫁に被せると、その滑らかな絹に隠
れてそっと唇を重ねてきた。
 いきなりのことに双眸を瞠ったルカの手を握り直しながら、いたずら
っ子の表情で笑ってみせる。
「いつも驚かされてばかりで悔しいから、お返し」
「…もうっ。覚えてらっしゃい」
「望むところだよ」
 まだ神の御前ではないけれど、二人は幸福な未来を互いに誓い合う。
 つないだ手の、ぬくもりにかけて。
 扉の外には、果てなく晴れ渡った青空が広がっていた。

END

56ずっと一緒に・1:2006/05/01(月) 17:50:21
※ヨシュアが仲間になったらこんな感じかな、という妄想です。
 主人公の名前は、マーサ+リュカ=リーシャ。

 ― ずっと一緒に ―

 リンクスの機嫌が恐ろしく悪かった。
 無理も無い話である。ベロゴンの群れとの死闘で、全身をしこたま舐められたのを、苦痛
と認識しない者は滅多にいないだろう。
 見事な黄金の毛並み越しに青筋が透けて見えそうな勢いで、とにかく機嫌が悪かった。
「リンクス、機嫌直して」
 この、世にも奇妙な一団のリーダー・リーシャの声も、負のオーラを全身に纏った、今の
リンクスには届かない。
「わかったわ。川で水浴びしてから船に戻りましょう」
 リーシャは、観念して小さくため息をつく。
 鋼鉄の牙を武器にして、接近戦を主体とした戦闘スタイルのリンクスは、それだけ多くの
危険に見舞われる。それは本人(本……猫?)も承知のはずだ。
 しかし、母と天空の勇者を求める旅、度重なる激戦。リンクスをはじめとする仲間たち
は、口では文句を言いつつも、自らの意志で彼女に付いて行く。今までも、これからも。
 それを誰よりもよくわかっているからこそ、仲間たちの多少の願い事は叶えてあげたいと
リーシャは思うのだ。立ち止まったリンクスが、フフンと満足そうに鼻を鳴らして、尻尾を
揺らす仕草を見て、小憎たらしい子ねと思いながらも。
「ごめんなさい。船に行っててくれますか?」
 彼女は、スライムナイトとスライム、そして淡い金髪の青年を顧みる。
「二手に分かれたら危なくないか? おいらたちも付いて行……」
 青年……ヨシュアが、飛び跳ねるスライム、スラリンの頭上のとんがりを掴んで、その
言葉を遮った。
「わかった。先に戻っている」
「あ、ありがとう」
 少女の返答を聞いて、ヨシュアはすぐに踵を返す。反動で、びよーん、とスラリンの身体
が重力に伸びた。思慮深いスライムナイトのピエールは、黙って彼と共に場を後にする。
「あーちょっと何すんだよ、ちーぎーれるー!」 
 と言いつつも、ダメージひとつなく元の形に戻り、スライムは青年の頭に乗っかった。
 彼の金髪がその液状の身体に付着することは無い。いったい、スライムの体はどうなって
いるのだろう。
「たまには二人にしてやろう」
 静かな声でたしなめられ、スラリンは、むぅ、と押し黙る。
 幼い頃に生き別れ、奇跡的な再会を果たしたリーシャとリンクス。普段は皆に気を遣って
昔話に興じることは無いが、たまには二人だけが知る話がしたい時もあるだろう。
「一人と一匹ではないのですか?」
 隣を歩くピエールが問うた。喋っているのは、下のスライムなのか上の騎士なのかは永遠
の謎である。
「今更、区別するのもおかしいだろう」
「おかしいのは、あんただよ」
 顔色一つ変えずに答える青年の言に、スラリンは呆れ顔で、ぽよん、と地面に着地した。
「あんたのそーいうとこ、嫌いじゃないけどさ。一度しか言わないから、覚えとけよ」
「そうか、ありがとう」
 ことさら偉そうに宣言するスライムに、ヨシュアは大真面目に返答する。
「だが、そういう事は、あらかじめ言うべきでは」
 がこんがこん。ばたばたばたばた。ぴぎゃー……
 彼のセリフは、船の内部から聞こえる奇怪な音声に中断された。

57ずっと一緒に・2:2006/05/01(月) 17:50:50
 ブラウニーのブラウンが、腕力を持て余し気味で大木槌を素振りし、運動不足を持て余し
ているらしいドラキーのドラきちが所狭しと飛び回り、爆弾ベビーのニトロも退屈なのか、
弾力のあるマストにぶつかって弾んで遊んでいる。
 お前ら表に出ろ、と思ったが最近一軍に選んでいない引け目もあるのでやめておく。
 メタルスライムのメタリンが甲板の隅っこでぷるぷる震えている。彼(?)が唯一心を許し
ている少女が見当たらないからだろう。
 腐った死体のスミスが、ぼーっと明後日の方向を見つめている。そこに何か見えるのか? 不吉な笑みを浮かべながら、ごろごろごろと転がる爆弾岩ロッキーとは、どうしても目を
合わせないようにしてしまう。
 彼は偏頭痛を感じながら、この一癖も二癖もある連中を、笑顔で統率するリーシャの凄さ
を改めて認識した。そういえば、ぴぎゃーって誰の叫びだったんだ、と思いつつ。
「待たせたな。遅くなってすまな゛っ!?」
 ごぎっ!
 甲板へ一歩踏み出した瞬間、ドラきちと正面衝突。顔面で。
 彼?は今、ポートセルミで買った、新品の鉄の胸当てを装備している。
「うわァ。スゴイ音、したよ……」
 円らな瞳のブラウニー・ブラウンが素振りの手を止めて、その場に蹲る青年の方を見た。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
「にゃあ、ヨシュア、ごめんごめんー」
 はたはたと彼の周りを飛び回り、
「だってだって、せっかく新しい装備、買ってもらったのにさ、控えにゃんだもん。つまん
にゃーよー」
 怒られると思ったらしく、ドラきちは早口でまくし立てる。
「わかった。後でリーシャに相談してみてみよう」
 やはり兜は必要かもしれない、と思いながら、痺れるような痛みを放つ額を押さえる。
「狭い場所を飛び回らないように。ニトロも、トゲで破れるからマストに体当たりして遊ぶ
のはやめてくれ」
「にゃー」
「ちゅどーん」
 ……はい、と言ったと認識していいのだろうか。
 リーシャは、魔物や動物の言葉も理解できるようだが、ヨシュアはピエールのように言葉
を話してくれる者ならとにかく、魔物特有の言語(らしきもの)はさっぱりわからない。
 しかし向こうはこちらの言葉は理解出来るようなので、助かりはするがずるいとも思う。
「これ。ホイミくらいかけておきなされ」
「いや、これぐらい何とも無い」
 マーリンに言われるが、自然治癒に任せて問題無しと判断し彼は奥へ進む。
「お、おまえ……男前台無し」
「やれやれ。しょうもない朴念仁じゃの」
 背後でスライムやまほうつかいに好き放題言われつつ、ぼんやりするスミスの腕を取る。
 あー、とスミスがうめくような声を漏らす。
「やはり……血が出ている」
 突撃兵に痛恨の一撃を食らったスミスとスラリンが交代したのは、昼前だったはずだ。
 ガンドフがべホイミで治療したものの、完治には至らない大怪我だったのか。
 あれから少なくとも、数時間は経過している。
「痛いと思ったらすぐに教えてくれ。仕方ない事とは言え、君の怪我はわかりにくいんだ」
「い、痛い。かも、し、しれない。い、い、痛いか、は、は、はっきり、し、ない」
 まごまごと説明するスミスは緊張しているのか、いつも以上に口をもつれさせる。

58ずっと一緒に・3:2006/05/01(月) 17:52:36
 ヨシュアは感情があまり表に出ないため、終始無表情である。事情を知らない者にしたら
不機嫌にしか見えない。
「す、す、スミス。か、勘違い、かと、お、おもっ、た。だ、だ、だったら、み、みんな、
余分に、め、めめいわく。だから」
「勘違いなら、大丈夫だったで終わりだろう。それに越したことは無い」
 腕の切り傷よりも、どう見ても腐れ落ちた部分の方が重傷なのだが、疑問に思うことは、
仲間になった翌日に放棄した。前述の理由でいまいちわかりづらいのだが、思ったよりは、
深手ではないようだ。彼は小さくホイミの詠唱を始める。
「あ、あ。ご、ご、ごめん、よ、しゅあ」
「謝らなくていい」
 元はと言えば気を遣ったのだ。スミスが謝る理由などどこにも無い、と思うのだが。
「ご、ご、ごめん……」
 いっそう大きな背中を丸めるスミスを、少し困ったように見つめるヨシュア。
「いや、だから……」
「おめーに怒られてると思ってるんだろ」
 不毛な会話を見かねたスラリンが横から口を挟み、ヨシュアは無言で数回眼を瞬く。
「……仏頂面は生まれつきなんだが」
 小さく言う彼の、心情の読み取れない静かな眼差しが悲しげに揺れる。
 あ。傷ついた?
 善良な魔物たちは、慌てた。
「スラリンは無神経にゃー。悪い奴ニャー」
「あんだよー! だ、誰もヨシュアが悪いなんて言ってねーだろ!」
「あ、新しい踊りを思いついたダニ! 皆見るダニ!」
「ええい、やめんか。魔力が吸い取られるわい」
 ごちん、とマーリンの持つ魔封じの杖が、ダニーの後頭部にヒットする。
「元気出す。です」
「い、いや……何とも無い。ありがとう」
 ガンドフの純粋な瞳にじーっと見つめられ、青年は思わず眼を逸らす。
「ボクたち、ヨシュアさん好きだよ。でもね、表情が硬いと思うの。ほらー」
「羨マシイデス……」
 びよん、とホイミンが、お手本とばかりに触手で頬を三倍ほどの長さに伸ばして見せて、
そもそも表情が動かないパペックが遠い眼をした。
「努力はしてみよう」
 ヨシュアは真顔で答えるが、どう見ても人間の皮膚では不可能である。
「お気持ちは察しますが、努力で解決できる範疇の問題ではないかと思います……」
 聡明(でなくても解りそうなものだが)なピエールの、無駄に丁寧な突っ込み。
 ごろごろごろごろ。
 その後ろをロッキーがすごい勢いで転がって行く。何がしたいのだろう。
「ただいま。出発しましょ……って、何してるの?」
 そこに、全身を水で流してご満悦のリンクスをつれたリーシャが現れ、魔物達に囲まれて
硬直しているヨシュアに眼を留めて、眉を顰める。
「みんな。ヨシュアさんを困らせたらだめ、って私、言ったわよね?」
 穏やかだが有無を言わさぬ強さを持った声に、はいすいません、と魔物達は首を竦めた。
 彼女には、誰も敵わない。
「ごめんなさい。大変だったでしょう?」
 何て言うか、落ち着きの無い子ばかりだから。
 少女の言に、ヨシュアは静かに首を横に振る。
「いや。いい仲間を持ったな」
「それは勿論」
 迷わずに力強く頷いて嬉しそうに微笑むリーシャに、ヨシュアも小さく笑い返した。

59ずっと一緒に・4:2006/05/12(金) 19:24:23
 だが――風の無い海上を漂う船は、遅々として一向に進まなかった。
 進まないものは仕方が無い。そう割り切り、甲板の上で甲羅干しやら他愛も無いお喋りに
興じて、束の間の暇と穏やかな時間を満喫している魔物たちの姿。
 細く高い声を上げながら、夕陽の中を飛び行く海鳥の群れ。
 雲ひとつ無い青空と海面を、徐々に染め上げる鮮やかな夕焼けの朱。
 マストの支柱に背もたれたヨシュアは、武器の手入れをする手をいったん止めて、紅に煌
く水面の眩しさと、平和な情景に眼を細めた。
 平和と言っても、痺れくらげの群れに襲撃された際、マーリンが湯飲み茶碗片手に適当に
ベギラマを放ち、案の定狙いを狂わせて小火を出し、ガンドフが慌てて冷たい息で鎮火した
などの、瑣末なトラブルはあったが。
 一息ついて手元に視線を戻し、打ち粉を塗した破邪の剣の刀身を丁寧に拭き取り、薄く油
をさす。この剣は、サラボナで新調したものだ。本来は槍術の方が得手なのだが、一般的な
得物ではないため武器屋に置いていないので、最近はもっぱら剣を使用している。
 そしてまたどこか別の町で、より良質な武器を見つけるまでの短い付き合いではあるが、
既製品やすぐに手放す物であろうと、持ち物は大切に扱うべきだと彼は考える。
 その向かいでは、真剣な表情をしたリーシャが同じ作業――彼と比べて、手つきが随分と
危なっかしい――に精を出す。
 彼女が手に持つ古びた大振りの剣は、彼女の父親が生前に愛用していたものを、リンクス
が長い間守ってきたものだと聞いていた。
「出来た!」
 不意にリーシャが顔を輝かせて、磨き終えた大剣を頭上にかざした。鏡のような刀身が、
眩しい夕陽を照り返す。
「危ないから、武器を振り回すのはやめなさい」
「どうかな、油多すぎたり、サビが残ってたりしてない?」
 忠告を聞き流し、少女は剣を水平に持ち直し、青年の方へと突き出す。重ね重ね危ない。
「ああ、問題ない」
 眼前の刃に思わず身を引き、マストの柱に頭を打ちつけそうになりながら、彼はそれでも
きちんと剣の全身に視線を走らせて、律儀に返答する。
「お父さんの剣だもの。思い出は沢山あるけど、長く大事にしたいの……あ」
 嬉しそうに剣を鞘に納めていたリーシャが、口元に手を当て急激に表情を曇らせた。
「ごめん、なさい」
 彼女は小声で一言、謝罪を口にする。
 一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、ひとつ思い当たってヨシュアは苦笑する。
 彼は両親の記憶も心を温める思い出も、何一つ持っていない。その代わり、失う悲しみも
奪われる悔しさも知らない。
 父親を目の前で奪われた彼女の方が、余程辛いのではないかと彼は思う。しかし、彼女に
とって父親の記憶が、何物にも換えがたい大切なものであるなら、そう思うことはかえって
失礼に当たるのかもしれない。
「謝ることはない……立派な父君だったのだな」
 静かに言うヨシュアの言葉に、少女は迷うような、困ったような表情を見せて、
「……うん。すごく。大好きだった」
 遠慮がちに、それでもはっきりした声音で答え――すぐに俯いた。
 黙りこくってしまった少女に、今度はヨシュアが困ったような視線を向ける。

60ずっと一緒に・5:2006/05/12(金) 19:28:02
「私は両親は知らないが、マリアがいた」
 唐突な言葉にリーシャが徐に顔を上げると同時に、彼は視線を剣に戻す。
「一人ではなかったから、それはそれで恵まれていたのだろうな」
 無論、常にそんなに前向きでいたわけではない。恥を恐れずに告白するなら、妹の存在を
負担に感じた時もある。幼い頃は特に。
 だが、妹を守らなければならないという思いが、何よりも心の支えだったのは間違いない
と言い切れる。一人だったらとっくに力尽きていた。
「だから、気にしないでくれ」
 短い沈黙の後、うん、と小さく頷く気配がした。
「……ヨシュアさん」
「どうした?」
 声をかけられたから返事をしたのだが、何故か彼女の方がわずかに狼狽える。
「あ、うん。えっと、ヨシュアさんが自分のこと話すの、珍しいなと思って」
 少しだけど、と付け加える彼女の科白に、確かに言った覚えは無いな、と彼は思い、
「そんなに面白い話ではないからな」
 思ったままを口にする。
 光の教団があることで、全ての人が幸せになれる――そう思っていた。自分も妹も。
 信じていたものは、全て偽りだった。
 物心付く前から、盲目的にそう思い込まされていたとしても。教団に傷つけられる人々を
見るたび、己がいかに愚かだったかを思い知る。この先ずっとそれは続く。シスターとして
神に仕える妹もまた同じだろう。
 身から出た錆なのだから、自分としては(恐らく妹も)それでいいが、それはどう考えても
他人に聞かせて楽しい話ではない。
 そう、と小さく相槌を打ったリーシャは、少し寂しそうな顔をしていたが、やがて憂いを
振り払い、いつもの曇りの無い微笑を浮かべた。
「……そうよね」
 穏やかでいて、凛として芯の通った声。
「私にも、お母さんはいなかったけど、お父さんとサンチョも、サンタローズの人たちも、
ヘンリーもリンクスもビアンカ姉さんもいたし、ベラにも会ったわ。今も皆がいてくれる」
 きっと幸せなんだわ。彼女はごく自然にそう結論付ける。
 いつの間にか半ばまで水平線に隠れ、深みを増す太陽の赤が辺りを照らした。
「いつか、お母さんとみんなと一緒に、サンタローズに帰れるかな」
 右手を額にかざして、眼を細めて夕焼けの空を見上げながら、彼女は言う。
 口にすることで、その願いを確かなものにするように。
「お母さんとサンチョを見つけて……また、あの家で暮らしたい。リンクスもピエールも
スラリンも……みんなと一緒に」
 あ、でも、それだと、人が多すぎて家が壊れそうだね、とリーシャは笑った。
 仲間たちが、聞こえていない振りをしているのは――気づかなかった事にしてあげよう。
「ずっと一緒にいる、か」
 彼女の言を復唱し、ヨシュアも少しぎこちなく微笑する。
「それも、いいかもしれないな」
 聞き耳を立てていた周囲の魔物たちの反応は、真っ二つに分かれた。
 その言葉の温かさに無邪気に喜ぶか、涼しい顔をしたまま武器の手入れの仕上げに取り掛
かる青年を、驚愕の表情で凝視するか。
「本当の、本当に? もう一度、言ってくれる?」
 魔物たちの反応に、怪訝そうに眉を顰めたヨシュアが、何事かと問いかけるより早く、
リーシャが大きな黒い瞳を輝かせて彼を見つめる。
 状況がよくわからないまま、ヨシュアはそれらしいと思われる言葉を繰り返した。
「……それも、いいかもしれないな?」

61ずっと一緒に・6:2006/05/12(金) 19:31:43
 かもしれない、は要らなかったな。彼は思う。
 口とガラの悪いスライムやキラーパンサーとか、無意識で不思議な踊りを繰り出し、人の
魔法力を減らすサボテンボールやドラキー、パペットマンとか、背後で不気味に微笑んだり
転がったりしている挙動不審な爆弾岩とか……慣れてしまえば、どうと言うことは無い。
 その返答に、リーシャは実に満足そうに頷き、ヨシュアもまた納得する。
「うん。もっと沢山の人が、皆のこと、わかってくれるといいな……あれ?」
「ああ、なるほど。ん?」
 二人が振り向いた先の皆――つまり彼女の仲間たちは今、がっくりと力尽きたように倒れ
伏していた。
 ……駄目だこいつら。哀愁漂う佇まいが消極的だが力いっぱい主張する。
「どうした。疲れが溜まっていたのか?」
「早く言わなきゃダメじゃない。体調を崩したらどうするの」
 身を起こす魔物たちは、真顔で心配する二人に生温かい視線を送った。
 ありがとうばかやろう、と。
「違うわ、この鈍感と天然があぁ!」
 べしゃ。
 スラリンが叫びながら、勢い良くヨシュアの顔面に体当たりする。鉄の胸当てを装備して
いないだけ、ドラきちのそれよりはだいぶマシだろう。
「スラリン!?」
「何をする」
 驚きの声と少し不愉快な声をそれぞれ上げる二人に、最悪の組み合わせだ、とスラリンは
かんしゃくを起こして飛び跳ねる。
「一歩前を期待していた、おいら達をどうしてくれるよ!」
「がっかりにゃー」
 ?
 失望を全身で――消極的では伝わらなかったため――表現するスライムと、大仰にため息
をついてみせるドラキーに、意味がわからない、と心の底から不思議そうな面持ちで、顔を
見合わせる人間二人。
「もう一度口に出してみれば、わかるのではないかね」
 マーリンが、そ知らぬ顔をしてお茶をすする。
 とにかく意味がわからない。仕方が無いので仲間たちの言うとおり、ヨシュアは真っ直ぐ
にこちらを見つめてくるリーシャに向かって口を開き――
「ずっと……」
 ――即座に閉ざした。
 ざくっ、と静けさの中に破邪の剣が床板に突き刺さる音が響く。後で修繕しなくては、と
妙に冷静な事を考える。
 恥ずかしさに悶絶する者、笑いをこらえる者、事情を飲み込めない無垢な者――反応は
様々だが、誰もが声を潜めているおかげで、甲板は気まずい静寂に包まれた。
 波が船体に打ち付けられる音と、たまに思い出したように鳴く海鳥の声が響く。
 手入れを終えた破邪の剣を手早く鞘に納め、無言で立ち上がるヨシュア。
 笑いをこらえ切れなかった誰かが噴き出す声。
「待ってヨシュアさん! 先に逃げるなんてズルイよ!」
 続いて聞こえる、リーシャの慌てた声。
 背中越しではその表情はわからない。振り向いて確認する気も起きない。
「……勘弁してくれ」
 彼は額に手を当てて、誰にともなく、万感を込めて一言呟く。

 今が夕暮れ時で良かった、と誰かが思った。



(了) おそまつさまでした。

62ずっと一緒に・訂正:2006/05/12(金) 20:54:55
ずっと一緒に・4 の一番最初の行に

 川を上り、水門を潜って内海を越えた向こうに、目指す滝の洞窟があるはずだ。

という一文が入ります。
大変失礼致しました。

63前夜・1:2006/05/15(月) 22:17:48

連投失礼します。

※再会・Aの続きに当たる、脚色ありの結婚前夜の話です。
 誰との二択かなど、詳しい経緯はご想像にお任せします。

 ― 前夜 case.H ―

 ありえない。
 この状況を一言で表すならば、これ以上適切な表現は無いと思う。 
 突然、結婚するよう言い渡された幼なじみの、今にも卒倒しそうな顔を思い出して、彼は
ため息をつく。さすがにここで笑ってしまったら、気の毒と言うものだ。
 何気なく覗き込んだ窓の向こうは群青の帳。下弦の月と瞬く星星が眼にちらつく。
 眠れない。
 ……眠れるわけがあるかああぁ!
 サラボナの宿の一部屋で、彼……ヘンリーは、混乱した思考とこの状況とを、出来ること
なら床に叩きつけてやりたい気分でいた。
 彼もまた、ありえないこの状況の当事者だった。
 詳しくはもう考えたくも無いが、とにかくあの幼なじみの少女は、本当に厄介ごとに好か
れる星の下に生まれついたものだ。
 そして、だからこそ決定権を所持するのは、他でもないあの少女自身。ここでいかに自分
が悶悶としようが、それは全く意味を成さないのはわかっている。
 だからといって、落ち着けるかと問われれば、それは出来ない相談だった。
 本日幾度目かの大きなため息をついて、彼は深紅の外套を羽織る。外の空気でも吸えば、
気分転換になるかもしれない。
 なるべく大きな音を立てないように、それでも勢い良く部屋の扉を開けた。
「わぁっ!」
「うお!?」
 不意に上がった悲鳴に、彼も釣られて声を上げ、夜の廊下に容赦なく響きわたる自分の声
に、冷や汗をかきながら慌てて口を押さえる。
 落ち着いて正面を見ると、そこには、いつもの紫の外套と旅装束を着込んだ『厄介ごとに
好かれる星の下に生まれた』幼なじみの少女が立っていた。
「な、何だ……驚かせるなよ」
 ばくんばくん、と心臓が外に漏れていないか心配になるような音を立てる。
 真夜中の悲鳴や人影は、精神衛生上、非常によくない。
「……私も驚いたわ」
 おあいこだ、と遠まわしに主張するその声音は、いつもより弱弱しかった。
 大きな黒い瞳が充血して赤くなっているのがわかる。睡眠不良、不安、緊張……その原因
は枚挙に暇が無い。
「何か、こう……大変な事になったな」
 前述の通り、夜の空気は音声をよく通すので、声を潜めてヘンリーは言い、口にしてすぐ
間抜けな事を言ってしまった、と後悔する。そんなもの言われなくても、選択権を持つ彼女
の方が骨身に染みているはずだ。
「うん。どうしよう」
 余計なお世話だと言われるかと思ったが、予想に反して彼女は、小声で答えながら素直に
思い切り大きく頷いた。
「中、入っていい? 声が響いて喋りにくいわ」
 確かに、ここで立ち話を続けるのは良策とは言えない。廊下よりも部屋の方が、声の反響
は少なくて済むだろう。
 ヘンリーは、たった今出たばかりの扉の向こうに少女を通した。

 水差しでコップに水を注ぎ、備え付けの木の椅子に座ってじっと目の前のテーブルの木目
を見つめる少女に渡すと、ヘンリーはテーブルを挟んで彼女と向かい合う。
 ありがとう、と両手で受け取ったグラスの水が、小刻みに震えていた。

64前夜・2:2006/05/15(月) 22:19:24
「さっきからずっと、手がすごく冷たいの。緊張してるのかな」
 彼女は口に付けたコップを勢いよく傾け、当然のようにむせた。どう見ても緊張している。
「しない方がおかしいだろ」
 笑わなかった自分を心の中で褒め称えつつ、ヘンリーは言った。それでも一応、心にも
ないことは言っていない。
 そうかな、と少し安堵の表情を見せて、彼女は改めてコップの水を一気に飲み干した。
 緊張すると、無性に喉が渇くものだ。
「ビアンカ姉さんもフローラさんも、みんな眠れないって」
「そりゃあな」
 ヘンリーは気の無い返事を返すが、疑問には思わなかった。
 あくまで他人事だが、ここまで奇抜な他人事も滅多にお目にかかれない。
「……やっぱり、そう思う?」
 彼女は空になったコップを置いて、恐る恐るといった風に問いかけてくる。
「まあ、そりゃ……」
 ヘンリーは言葉に詰まる。
 不安に赤くなった、きれいな黒い瞳。
 窓から差し込む深い群青の月闇の中、無言で見つめ合い――
 ぶは。
 顔を見合わせた二人は、同時に噴き出した。
 あはははははっ! あはははははは!!!
 お腹を抱えて、目じりに涙を浮かべて、二人は堰を切ったように大笑いする。
「あのおっさん、ありえねえって! 何だよあの自己中!?」
「ねえ、そうよね! そう思うよね!?」
「あたりめーだろーが! 何がどうしてこうなってんだ?」
「知らないわよー!」
「ていうか天空の盾どーすんだ! どこまで脱線してんだよ!」
「結婚って何? ちょっと前に、信じられないとか言ったの誰よ」
「おめーだろ!」
「えー、ヘンリーじゃなかった?」
「お前もお前だっての! 余所様の結婚話に何、首突っ込んでんだよ!?」
「だ、だって!」
「だってもへったくれもねーよ!!」
「こんなことになるなんて、思わなかったんだもん!」
「もん言うな!」
「○○○○○○○○○!」
「××××××××××!?」
「△△△△△△△△!」

 ―― 一通り文句やらストレスやら理不尽やらをぶちまけた後、ぜいぜい言いながら息を
整えたら、再びやってきた静寂がものすごく耳に痛かった。
 三度繰り返すが、夜の空気は音をよく通す。窓も扉も閉め切ってはいるが、下手をしたら
ご近所の安眠妨害だ。
 暫く息を潜めて耳を澄ます。どこからか苦情が出た様子は感じられない。
 大丈夫だろう。たぶん。無責任な事を考えながら、二人は再び笑いあった。

65前夜・3:2006/05/15(月) 22:20:01
 笑って叫んでぶちまけて、いつの間にか軽くなっていた心のままに、ヘンリーはふと思い
ついたことを口にする。
「なあ。明日のことなんだけど」
 笑みを浮かべていた彼女の面差しが翳り、彼は急いで続きを話す。
「ルドマンさんに、今は結婚する気になれないって、正直に話してみたらどうだ?」
 言ってみたら、それは最上の案だと思えた。どうして、こんなに簡単なことを今まで思い
つかなかったのだろう。
「え?」
 幼なじみは気の抜けた声を上げると、眼を軽く見開いてこちらへ視線を向けてくる。
「いや、あのおっさん、すげえ強引なだけで、嫌な人では無いだろ?」
「うん」
 ヘンリーの言葉に、彼女は迷わず首を縦に振る。他に何か目的があるとしても、ルドマン
は出会ったばかりの自分達を認め、信用してくれた人だ。
「でも、良かれと思って、してくれてるんだし」
「断りにくいってか?」
 俯いて言葉を濁す幼なじみに、ヘンリーは深く大きくため息をつく。
 その気持ちは、全くわからないとは言わない。
 確かに今はとんでもない状況ではあるものの、その大半が好意や好人物で成り立っている
から、面と向かって文句を付けられなくて困る。
 だが、ものには限度があるだろう。
「バカ。んなこと言って、誰かに無理難題ふっかけられるたびに、そうするつもりかよ」
「またバカとか言う……」
 少女は唇を尖らせてそっぽを向いた。
 こんなんでよく今まで旅が出来たものだ。呆れるやら感心するやらで頭が痛くなる。
 この少女は、いつもそうだ。
 父親と、自分を心配してあの遺跡に行かなければ、長い間囚われずに済んだはずだった。
 自分のためだけに使えと何度も言ったのに、怪我をした他の奴隷のためにホイミの呪文を
使うのを止めなかった。癒しきれなかった鞭の痕が、身体のあちこちに残っている。
 無残に滅んだサンタローズの村を見て、夜中に一人で泣いていたちっぽけな後ろ姿。
 お人好しが災いして痛い目を見たことは何度もあるだろうに、めげない根性は、いったい
どこから沸いて出るのだろう。
「俺だって、いつまでも――」
 最後まで言葉にならなかった。
 心臓が跳ね上がるような、かすかな痛みが邪魔をして。
 ――いつまでも、お前のことを助けてやれるわけじゃない。
 今はこうして傍にいるけれど。自分は彼女の親分だけど。この先、それが出来るのは――
彼女の支えになるのは、その隣にいるべき誰かなのだ。
 改めて口にしたその事実が、言葉という形を持って辺りを取り囲む。
 周りで、或いは心の奥底で。ざわざわと何かが動き出す。
「……いつまでも?」
「何でもねえよ」
 こんな時まで逸らすことを知らない、彼女の目線から目を背ける。
 気付いてしまった。
 さっき言ったように、今はそんな気分になれないと後回しにしたとしても、自分も彼女も
いずれまたこんな日を迎える。
 その時もまた……自分がここにいるとは限らないのだ。

66前夜・4:2006/05/15(月) 22:20:34
 ふっ、と冷たい風が吹き抜ける。窓も扉も閉まっているはずなのに。
 この寒さがどこから来るのか、彼はわからない。
 わからないから――
「まあ、俺が口出しする問題じゃなかったか」
 この冷たさを振り払いたくて、ヘンリーは軽い口調で言う。
「結局は、お前が決める事なんだからな」
 それは、たしかに軽い響きをもって放たれた言葉だったのに、恐ろしいほどに強く耳の奥
まで響き渡ったのは、きっと部屋を満たす夜の空気のせいだ。
 少女は、無言で彼を見ていた。
 哀しむわけでも非難するわけでもなく、どこか途方に暮れたような表情で。
「……うん。わかってる。ちゃんと、自分で考えるよ……」
 小さく頷いて彼女は答える。疲れの滲んだ声音は、緊張からくるものなのか。
 それきり少女は口を噤んだ。
 ヘンリーもまた、何も言わない。
 鼓動の音が伝わりそうな静謐が辺りを包む。息が苦しいのは、この沈黙が呼吸をするのも
憚るほどの静けさを伴っているからだと、思うしかなかった。 
「もう、帰るね」
 少女の声が、硬い静寂を破る。
「で、もう少し一人で考えてみる」
 明日、寝坊しないように気をつけるわ。ぎぃ、と木の椅子が軋む音と共に席を立ち、彼女は
小さく笑みを浮かべる。
 浮かべてすぐに――彼に背を向けた。
 すぐ目の前にあるはずの見慣れた小さな背中が、未だかつて無いほど遠く見えて、信じら
なくて。なのに、その感情がどこから来るのか見当もつかず、ヘンリーは困惑する。
 ついさっきまで、いつものように馬鹿を言い合って、笑い合っていたのに。
 長い間、当たり前のように傍にいた少女。
 ラインハットに残ると決めた時、彼女と仲間たちならば、どんな困難も乗り越えられると
確信していた。心配していなかったわけではないけれど。
 離れることに抵抗はなかった。依存し合うつもりは無いし、いつも傍にいるのが絆では
ない。たとえ傍にいなくても、自分たちは――自分は

 彼は咄嗟に、その先を強引に意識の外に押しやった。
 今更、考えるような事じゃない。その先を知ってしまったら、もう戻れない。
 そんな気がして。
「……ヘンリー」
 不意に彼女の声が響く。
 こちらに背を向けたままの、細い肩にかかった長い黒髪が、月明かりの中で震えていた。
「私は……」
 消え行く言葉の先を聞き届けて、ヘンリーは思う。
 それは長い長い時間をかけて、ようやく辿り着く言葉。

 今更、考えるような事じゃないけれど。
 その先を知ってしまったら、もう戻れないけれど――
 ――この先、それが出来るのは。
   隣に、いるのは……



(了)

67名無しさん:2006/07/01(土) 04:30:50
age

68雪解け・1:2006/07/02(日) 12:15:48

※幼女主人公とベビーパンサーとベラ。
  春風のフルートを取り戻した直後の話です。

 ― 雪解け ―

 その光景は、いつもより少し長く眠っている。
 遠くの峰は銀色に輝き、裸の木々は雪帽子を被り、川や湖の氷は身動き一つせず、地面は
余すところ無く雪で覆われて、その下でじっと息を潜める草花の芽。
 時折駆け抜ける風に巻き上げられた雪の粉で、白く煙る銀世界の向こうに、氷の館と呼ば
れる氷山が聳え立つ。天然のものなのか、何者かの手による創造物なのか。それははっきり
しないが、全てが青白く透き通る氷によって形作られた姿はいっそ見事ですらあり、その温
度の無い美しさが、銀世界の寒々しさをいっそう引き立てる。
 不意に、中央に穿たれた洞穴の奥で何者かの影が動いた。
 複数。
 蠢く影の一つが俊敏な動作で、陽の差す表の世界へと飛び出し――
「はぁー、やっと外だわ、春の息吹を感じるわ!」
 重々しい辺りの佇まいと不釣合いな朗らかな声と共に、洞窟の奥から小柄な少女が姿を現
した。元気よく両腕を振り上げて背伸びをし、ゆったりした風変わりな衣装をふわふわ揺ら
す。赤い宝石の付いた金の髪飾りがよく映える菫色のくせっ毛。その影に見え隠れする、耳
朶が薄く尖った特徴的な耳は、妖精と呼ばれる種族特有のものだ。
「ホント? わたし、全然わからないよ……」
 妖精ってすごいんだね。
 続いて顔を出したのは、紫の外套を纏い、白い綿毛の縁取りが付いた毛皮のフードをすっ
ぽり被った、澄んだ漆黒の瞳が印象的な幼い少女。小さな両の手には、淡い銀青の光を放つ
横笛がしっかりと握り締められている。少女の足元で、燃えるような鬣と金色の毛並みを
持つ子猫?が、さくさくと爪で地面に積もった雪を掻く。
 少しでも、山脈の館に入る前と変わったところを見出そうと、きょろきょろ辺りを見回す
少女の様子を見て、
「ううん、そんな感じがするだけ。ポワン様が春風のフルートを吹かないと、本当の春は来
ないもの」
 無邪気で悪戯な微笑を浮かべながら、悪びれた風も無く言ってのける妖精の少女に、もう
一人の紫の少女はあんぐりと口を開ける。
「えー、何それー」
「いいのいいの、小さい事は。さあ急ぎましょ、ポワン様が待っていらっしゃるんだから!」
 急かされるように――いや、明らかに急かされて背中を押され、少女は積もった雪に足を
捕られてバランスを崩す。
「わわっ、ベラ、押さないで、大丈夫だってば、言われなくても急ぐひゃふ!」
 両手をわたわた振って何とか持ちこたえていたが、ついに顔面から積雪にダイビング。当
然、少女の言葉は全て言い切る前に奇声と共に中断された。雪に突っ伏す彼女に相棒の猫?
が近づき、雪にめり込んだ少女の毛皮のフードを被った後ろ頭を、肉球でぺちぺちと突付く。
「うぅ〜〜、つ、め、たーい……くすぐったいよリンクス」
 猫(リンクス)の手を優しく退けながら、少女はゆっくりと身を起こし、前髪や鼻の頭に
くっついた雪を払い落とす。雪原には何ともお間抜けな人型が、丸くくっきりと残っていた。
「あ、あは……あはは、ゴメンね?」
 乾いた笑いと共に頬を掻く妖精の少女――ベラ。それに対するもう一人の少女の返答は実
にシンプルだった。
 ベラの引きつった笑顔に、ものすごい量の雪の塊が降り注ぐ。
「ひぁやっ!?」
「あ」

69雪解け・2:2006/07/02(日) 12:16:31

 今度はベラが奇声を上げ、少女は眼を丸くする。お返しとばかりに投げつけたものの、ま
さかそこまできれいに命中するとは思わなかったらしい。してやったりと思わなかったわけ
ではないが、少女は少し申し訳無さそうな顔をする。
 ベラは猫のような仕草で、ぶるぶるっと全身を震わせながら雪を払い落とし、両手で目一
杯雪を掬って少女に投げ返す。
「やったわねーっ!」
「だってー、ちょっとは、よけると思ったんだもーん!」
 歓声を上げながら、かくして雪玉――と呼ぶには、いささか豪快な代物――のぶつけ合い
が始まった。リンクスはふぅっと鼻で溜め息をつき、付き合ってられん、と死闘を繰り広げ
る二人から黙って距離を置く。
「問・答・無・用ーっ!」
「えーい! 負けないからねっ!」
 元気のいい声が飛び交い、雪の塊が派手に飛び散り、細かい雪の粉が舞う。少女二人の熾
烈な争いを尻目に、雪の上で丸くなって、くあっとあくびをするリンクス。何とも無防備な
振る舞いだが、春風のフルートを奪った雪の女王を倒した影響だろうか、あれだけ少女達を
てこずらせた魔物の姿は影も形も見当たらない。
 壮絶でいて楽しそうな声が、暫くの間、冬の澄んだ空に響き渡った。

 やがて気が済んだのか、体力が尽きたのか、全身雪まみれの二人は試合を中断して、肩で
息をする。一面の雪原は、手で雪を掬った後や足跡、全身跡やらで、二人と一匹の周りだけ
ボコボコ穴だらけだ。
「冷たーい。靴に雪入っちゃったよ」
「ホントにもー、風邪ひいちゃうわ。ギラ使えばあったまるかしら?」
「いや、あぶないから。やめようよ」
 冗談めかして言いながらも精神集中を始めるベラを、少女は慌てて止める。
 吹雪よりも、魔物が悪い気持ちでしてくる攻撃の方が、痛そうな気がするんだけど、と疑
問に思いながらも。
 妖精は、ヒャドに代表される氷の呪文や、魔物の放つ吹雪のブレスなどに、人間よりも遥
かに耐性を持つという。実際に、その手の攻撃を繰り出してくる魔物たちとの戦いの際も、
ベラが辛そうにしている素振りを、少女は見たことが無い。いつだったか本人に訊いてみた
ところ「冷たいものは冷たいし、寒いものは寒いのっ」という答えが返ってきた。
 ……そういうものなのだろうか。
「私、こんなに雪に触ったの初めてだわ。ここの冬は、いつもはもっと短いも……」
 ふわふわと宙に浮かび、衣服や髪についた雪埃を叩いて落としながら、ベラは自分で口に
した言葉で瞬く間に顔色を青くする。
「やだっ、こんなことしてる場合じゃないわ、ポワン様にフルートをお渡ししなくちゃ! 
ね、ちゃんとフルート持ってる? そこら辺に放置して失くしちゃったなんてコト無い!?」
「大丈夫だよ。ほら」
 ものすごい勢いでベラに詰め寄られるが、少女は落ち着いた様子で頷き、懐から銀色の横
笛を取り出す。
「そ、そう……良かった……」
 日の光を照り返してキラキラする横笛を目に、ほっと胸を撫で下ろす。妙に切実なその様
子に、以前、同じような失敗をしたことでもあるのだろうか?と勘繰らずにはいられない。
けっこう慌てんぼうのベラならありえそうだ、とも。

70雪解け・3:2006/07/02(日) 12:16:59
 いつまでも道草を食っているわけにはいかないのは確かなので、少女達は今までの遅れを
取り返すべく、妖精の村に向かって少し急ぎ足で歩を進めた。
 春風のフルートを取り戻すために、ベラとリンクスと一緒に幾度となく往復した雪道。こ
の数日間、ベラに繰り返し教えてもらった、雪帽子を被った見たことの無い枯れ木の名前
や、暖かくなったら辺り中に咲き誇るはずの、まだ見ぬ花の色や香りを、まるで自分の目や
耳、鼻でたしかめでもしたかのように、少女は覚えている。
 何事も無く雪の女王に圧倒的な勝利を収めてフルートを取り返した、なんて、物語に出て
くる英雄みたいな活躍をしたわけじゃない。始めは、道中に立ち塞がる魔物に苦戦し逃走を
余儀なくされて、皆で敵の行動パターンを相談しながら作戦を練り、妖精の村で身を守るた
めの防具を買い、なるべく傷を増やしたり体力を浪費せずに、戦いを終わらせるよう鍛錬を
繰り返して、今ようやく春風のフルートをこの手にしている。
 以前、年上の幼なじみ――ビアンカと一緒に、真夜中に町を抜け出してお化け退治をした
時もそうだった。あまり無茶をするな、と父に言われたことを今更思い出す。
 別れ際にもらったビアンカのリボンは、少女の髪とリンクスの首を飾っていた。
 少女は横笛を握り締める。
 妖精の村の門が、もうすぐそこに見えていた。
 別れの時が、見えていた。

 大きな湖を取り囲むように、妖精の村は広がっている。
 積雪を乗せた上に人が乗っても沈まない、橋代わりに無数に並んだ大きな蓮の葉っぱの
先、湖の中央に浮かぶ孤島に、妖精の村の長であるポワンが住まう館があった。
 少女が手にする横笛と同じような、淡い銀色の光を放つ石を積み上げて作られた建物は、
氷の館とはまた違った美しさを持っている。
 春風のフルートを無事に取り戻した知らせを聞いて、ポワンはとても喜んでくれた。目に
見えてはしゃぐような女性ではないけれど、温かな眼差しと声色に心からの感謝が滲む。
 いつか絵本で見たとおり、妖精たちは優しかった。
 村の中で出会った、人懐こく喋るガイコツやスライム。
 誰かを故意に傷つけない限り、妖精も人も、魔物でさえも、共に暮らしていけたらという
ポワンと、その考えに賛同するベラ。そうなれたらいいと少女も思う。
「さあ、フルートをポワン様に……」
 誇らしげに頬を紅潮させたベラに促され、少女は頷いて横笛を差し出す、その手が止まる。
 この笛を渡したら、さよならだと少女は急に悟った。
 だって、
「ど……どうしたの?」
 足を止めた少女に狼狽するベラと、黙って静かな眼差しを向けるポワン。
「ね、ベラ」
 少女は蚊の鳴くような声音で問いかける。
「……もう、会えないの?」
 だって、今は、ビアンカのリボンを受け取ったあの時とよく似ていたから。
 また遊ぼうと約束した幼馴染とは、あれ以来会っていない。
 たったの数十日間、大袈裟だと笑う者もいるだろう。大人にしてみれば、あっという間に
も等しい時間。人の数倍も生きる妖精にとっては、まさしく刹那でしかない刻だ。しかし、
年端も行かぬ少女にとってその時間は恐ろしく長かった。
 それに、何となくわかっていたから。この場所が、妖精の村が。アルカパよりも、海の向
こうの国よりも――ずっと遠くにあるのだと。

71雪解け・4:2006/07/02(日) 12:17:36

「あっ……ごめんなさい。笛を返したくないんじゃないの」
 ベラとポワンの困惑した表情に気がついて、少女は慌ててポワンの元へ駆け寄り、両手で
持った横笛を差し出す。妖精の村の主は静かに玉座から立ち上がると、少女の名前を呼びな
がら、その小さな手から横笛を受け取った。
「……本当に、ありがとう」
 そして、両手で包みこむように少女の手を握る。滑らかで温かな手だった。
 優しい声と手のひら。
 お母さんって、こんな感じなのかな、と少女はふとまだ見ぬ母に思いを寄せる。
「突然で勝手な願いにもかかわらず、あなたがとても頑張ってくれたこと、わたくしは忘れ
ません」
 何か困った事があったら、またこの国を訪れなさい。きっと力になるから、そう優しく語
り掛けるポワンと、うん、と小さく頭を縦に振った少女のやり取りに、傍らに控えるベラが
驚いた視線を向けた。
 人間にとって妖精の存在は一時の夢。優しく雪のように儚い幻。再会の約束は、あっては
ならない事だった。子供の頃にページが擦り切れるほど読んだ絵本も、大人になったら手も
心も離れてしまうように。
「わたしのこと、わすれちゃったり、しない?」
 ベラは、この数日間ですっかり耳に馴染んだ、少女の幼く可愛らしい声をぼんやり聞き、
その言葉と眼差しとが自分に向けられている事にやや遅れて気がつき、はっと肩を硬直させる。
 危ない危ない。無視してしまうところだった。
「……バカね。忘れないわよ。絶対、忘れない」
 きっぱりと、ベラは言い切った。
 共に雪道を歩んだ幼い少女。初めは頼りないと思った――思わざるを得ない程に小さかっ
た彼女は、この数日間、百点満点でも足りない努力と成果をもって、自分たちの望みに応え
てくれた。どうして忘れる事など出来ようか。
「本当に?」
 曇りの無い黒い眼を潤ませて、尚も少女は問い返す。
「そうよ。ポワン様も、おっしゃったでしょ? それに、あなたもリンクスも、私のお友達
だもの」
「わたくしもベラも、あなたのことを見守っていますよ」
 ベラの人懐こい微笑、ポワンの慈悲深い面差し。少女は少しだけ寂しそうな笑顔を返す。
「さあ、手を」
 右手を差し出すベラの白い手のひらと微笑を交互に見比べる少女。
「妖精の村の春、見せてあげる……ううん、ぜひあなたに見て欲しいの」
 少女は当惑しながらも、リンクスを左腕で抱き上げて、躊躇せずに小さな右手をベラの手
のひらに伸ばす。何が起きるのかはいまいち見当がつかなかったが、ベラがすることならば
悪いことでは無いはずだ。視界の隅に、ポワンが銀の横笛を唇に当てた様子が映り――急激
に視界が流れる。
 一瞬にして、視界が一面の青と白に満たされた。
 空と雪の色。
 そう、文字通り周囲は空と雪。冷たい空気が頬をはじめとする肌を撫でる。眼下に広がる
雪景色、白い山脈と枯れ木の森、凍りついた河川、見紛うことも無い何度も歩いた道。
 ……浮かんでいる。空を飛んでいる!
 少女は声を上げるのも忘れて眼を見張る。リンクスが落ちるまいと少女の腕に爪を立てな
いように必死でしがみつき、少女もまた釣られて、リンクスを抱く左腕とベラの手を握る右
手に力を込めた。

72雪解け・5:2006/07/02(日) 12:18:06

 やわらかく華麗なフルートの旋律に乗せて、辺りを淡い紅色の風が包む。
 風の色だと思ったものは、無数の桜の花びらだった。辺りを覆う白銀の雪は一時の眠りを
与える役目を終えてその姿を消し、大地が、木々が、河川が、湖が、長い冬から眼を覚ます。
 山岳はまだ頂に白い雪帽子を残しながらも、麓は若葉と蕾の濃い緑で覆われて、雪を受け
止めて潤った大地が呼吸を始める。厚い氷の蓋を取り除かれ、静かに流れ始める河川と、細
かい波紋が重なり合う湖が、陽射しを浴びて輝きを放つ。芽吹きたての梢や、雪の代わりに
世界を染め上げる草原の緑、それを飾る開きたての色とりどりの花が風に揺れる。甘い草花、
つんとする爽やかな青葉、草原と森の匂いとざわめきが、少女たちのいる上空まで届く。
 慈悲深い主と、色鮮やかな花と緑。冒険の最中に何度となく聞いた、ベラの誇る妖精の里
の美。
 寝坊して遅れた分を取り返すかの如く、世界は緩やかにそして急激に彩を取り戻す。
 やがて、水音をたてて泳ぐ魚や、木の枝の上や空で囀る鳥、大地を駆け抜ける獣たちが目
を覚ませば、色とりどりの音がこの景観を飾るだろう。
 もうすぐ。
「ベラ」
 少女は、妖精の国の完全な春を見ることが出来ない。でも、いつか……
「また、会えるかな?」
 先程は答えをもらえなかった問いかけを再び繰り返す、あどけない真剣な横顔。ベラは意
を決して、小さな唇を開く。
「会えるわ……また、会える。だって、あなたはとても、いい子だもの」
 再会の約束はあってはならない。
 けれど後悔はすまいと思った。先に禁忌に触れたのはポワン様だ、と思うのもやめる。
さっきよりも嬉しそうな友達の笑顔。ただ、それだけで。
 妖精たちも、本当は願っているのだ。
 幼い頃に迷い込んだ子供たちが、その頃のままの心で再びこの国を訪れてくれるのを。そ
れは不可能な事じゃない。大人になっても、懐かしい気持ちで、また古びた絵本の表紙を開
くことがあるように。
 少女は、妖精たちの切ない思いを知らない。ただ、瞳に映る全てを記憶に焼き付ける。
 色彩豊かな大地の色、瑞々しい花の匂い、風と若葉の囁き、桜色の風。そして、心優しい
妖精の少女たちを、いつでも思い出せるように。
 きっとまた会える。
 先のことは、本当はわからない。
 不確かゆえに切実な、その願いが叶うよう祈りを込めるだけ。
 きっと忘れない。
 また……会える日まで。

73名無しさん:2006/07/15(土) 23:16:27
業者スレ追いやりage

74ポイントブランク 前:2006/07/29(土) 22:24:25
 堅牢な城壁に町ひとつを抱え込んだその国で、サンチョは家を壁の外に建設した唯一
の男だった。短く切り揃えたおかっぱ頭に丸々と太った体躯は、どんな人が見ても善良
なおじさん以外の何者でもない。そんな彼が国で最も魔物の住処に近い場所に住んでい
るのは訳があった。
 サンチョはグランバニアの先王が最も信頼し、隠密の旅に連れた唯一の男だ。魔物に
太刀打ちできるだけの腕は持っている。彼は付き添いながらも先王の死を看取ることの
できなかった男でもある。国民たちから責められることこそなかったが、自責の念が彼
を危険な場所に住まわせた。
 王家の側近を辞退するとともに、王の後継者オジロンにサンチョは一つ頼みごとを残
した。先王パパスの墓はどこにも建てないで欲しいというものだ。パパスは一つ所に留
まる人間ではない。魂だけとなってもそれは変わることはないであろう。かつてパパス
が冗談めかして言ったことでもあった。滅相もない、と当時は言ったものであり、サン
チョとしてもまさか実現するとは思いもしなかった。
 パパスは王家転覆をたくらみヘンリー王子を誘拐、その後追い詰められて王子を道連
れに身投げした。サンチョが聞き及んでいる事の顛末は、おおよそそんな具合だ。有り
得ないことだと分かっているが、証明する手段はなかった。サンタローズに攻め込んで
来たラインハットの兵たちと戦おうとも思ったが、多勢に無勢だった。サンチョには母
国に逃げるより他に手はなかった。
 旅の道中。立ち寄った町。母国に帰った後。幾度となく年甲斐もない涙を流した。サ
ンタローズを滅ぼさせたラインハット王を殺してやりたいと思ったが、当の王は病気で
急逝してしまった。やり場のない怒りの刃は自分に向けられ、さらに旅の道中で魔物た
ちに遭遇すると、それは八つ当たりの殺意に変換された。
 それから、十数年。馴染みの神父や引退した兵と穏やかな時を過ごすのがサンチョの
日常になった。もはや新たな悲しみが湧くこともない。料理も得意である彼がつくる茶
菓子などは仲間内で良い評判を得ていた。
 その日もグランバニアは晴れだった。
 サンチョの家の扉が叩かれたのは、乾いた指で茶を沸かした直後のことだった。
「すいませーん」
 ソプラノの声がドア越しにサンチョに届く。
「はい、はい」
 ほんの少し慌てながら、サンチョは扉を開いた。
 硬直は同時だった。扉の先にいた紫のターバンを巻いた少女は、小さくサンチョの名
を言葉にした。サンチョは王妃マーサを思い出した。次に、偉大なるパパス王を。
「お嬢、様?」
 穏やかな丸い瞳をなお丸くさせている姿が相手の瞳に映る。そこでサンチョはやっと
自分を取り戻した。
「サンチョっ!」
 丸々としたサンチョの身体に、少女の小さな身体が飛びついた。サンタローズにいた
頃から変わらない太陽の匂いがした。何度も修繕をした紫のターバンとマントに残って
いる針運びのあとは、サンチョのものが残っている。昔より背は伸びていた。マーサを
彷彿とするほどに美しく育っていた。しかし、サンチョはオムツの取れない時期から世
話をしてきたのだ。間違えるはずがない。
 サンチョの目の前に現れたのは、パパスの娘リュカだった。

75ポイントブランク 前:2006/07/29(土) 22:24:44
「サンチョに会えるなんて思わなかった」
 小奇麗なテーブルにつき、長らくご無沙汰だった召使のお茶を啜りながら、リュカは
ぽつりと呟いた。
「私もですよ。ええ。今でも夢じゃないかと思うくらい」
 滅多に使うことのない来客用のティーカップをさらに並べ、サンチョは言った。
 リュカの旅には、一人の連れがいた。曰く、彼女たちは天空の盾を手に入れた町で結
婚したのだという。驚きがさらに重ねられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 連れの男と召使には直接の面識があるわけではない。話には聞いているであろう召使
にどう接していいものか、分かりかねているようだった。同じくサンチョもリュカの夫
に困惑していた。娘を取られる父親の心境とはこのようなものだろうか。そう考え、パ
パスに申し訳ないと心の中でかぶりを振った。
「ちょっと馬車に行っててくれる?」
 リュカは夫にそう促した。積もる話もあるのだろう、と夫は快く承諾した。最後にサ
ンチョの淹れたお茶を一口含み、席を立った。
「おや、悪いことをしてしまいましたかな」
「いいの。毎日顔合わせてるんだし」
 いたずらっぽい笑みを浮かべ、リュカはサンチョに向き合った。
 教会に持っていくつもりだった茶菓子はあまり減っていない。昔ならばさっさと平ら
げてしまっていた。皿を見、サンチョは自分のティーカップを煽った。
「それで、旦那様は」
「お父さんは、死んだよ」
 僅かに生きていることを期待していたが、あまり消沈はなかった。いくらか覚悟して
いたためだろうか。
 出すぎた真似を彼は美徳としない。大事なお嬢様の手に無骨な傷の痕がいくらかある
のに気付いていたが、サンチョはそれを聞かなかった。ましてや人妻となったとはいえ、
リュカは年若い娘だ。その過去を根掘り葉掘り聞くというのは無粋なことだろう。
「なに話したらいいのか、ぜんぜんわかんないや」
「慌てず、落ち着いてからで構いませんよ」
 サンチョは乾いた手でリュカの無骨な手をそっと握った。パパスのそれよりはずっと
小さいが、リュカの手はパパスの手に似ていた。
 幻ではない。昔より丸みは無くなっているが、サンチョはリュカの手に触れている。
 手製のお菓子や得意の料理を魔法のように生み出す手が、リュカは大好きだった。昔
はもっと大きかった。少しばかり柔らかさが削がれているのは、決して老いのためだけ
ではないだろう。
 ぽろぽろと黒曜石を思わせる瞳から雫が落ちた。テーブル越しに向かい合っていたサ
ンチョは席を立ち、リュカをぎゅっと抱き締める。頑張っていた意地は、あまり強くは
なかった。
 リュカは声を上げて泣いた。
 ひとしきり泣き、しばらく嗚咽が続いた。その後リュカはやっと顔を上げた。
「サンチョに、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「お料理を教えてほしいんだ。昔、言ってたじゃない?」
 ええ、とサンチョは笑みを浮かべた。将来のために料理を学びなさいと口を酸っぱく
した覚えがある。その度リュカは嫌がってたのもいい思い出の一つだ。
 それを今度は自ら学ぼうとしている。おそらくは、愛する夫のために。
「ええ、喜んで」
 サンチョは満面の笑みで返した。目じりには潤みがあった。涙はまだ枯れてはいない
ようだ。
「ですが、まずお話があります」
 グランバニアの王女が二十年近くぶりの帰国を果たしたのは、しばらく後のことだ。

76名無しさん:2006/10/16(月) 14:46:32
age

77名無しさん:2007/05/31(木) 10:47:49
age

78名無しさん:2007/06/04(月) 07:53:19
age

79一人旅(サラボナにて):2007/06/14(木) 22:34:12
目の前で炎に包まれる父親が残した遺言は
「お前の母は生きている。捜し出せ」だった。
それがルカの長い旅の始まりだった。

ラインハットに戻るヘンリーと別れたルカは一人サラボナに向かった。
そこに住むルドマンという富豪が「天空の盾」を所持しているらしいのだ。
ところがどこで道を間違えたのか、山の中に迷い込み
気が付いたら火山の火口が目の前だ。
「私って方向音痴だったんだ……参ったなぁ一人になった途端に」
日も暮れて、こんな場所で野宿するしかないと覚悟を決めた時。
人の声がした。
気のせいではない。
それは二度三度と聞こえた。しかも悲鳴。
ルカはその人を助けることにした。
助けた後で道案内を頼むつもりで。

火口の側で一人の男が溶岩の魔物に襲われて死にそうになっている。
ルカは魔物に向かって真空攻撃の呪文を唱えた。
魔物の注意がこちらに向く。
「そこの人、生きてたらこれ使って」
薬草の束を放り投げ、後は戦いに専念した。

溶岩の魔物はルカの唱えた真空の呪文によって冷やされたのか動きが鈍くなった。
吹き上げる火炎の息には手こずったものの、最後は剣で叩いて何とか倒すことができた。

「大丈夫だった?」
男のほうを振り返ると、火口に落ちそうになりながら何か箱のような物を拾い上げていた。
「何、魔物の落し物?」
倒したのは自分だったんだけどなぁと、覗き込む。
「あらキレイ」
それは指輪だった。真紅の石が填め込まれている。
「こ、これはボクのだ。やらないからな!」
ルカが助けてやった男の、これが彼女への第一声だった。

当初の予定通り、男に道案内させてルカは無事にサラボナに到着した。
男は町にたどり着くや否や、ルカの前から姿を消す。
「恩知らずだなぁ、ルドマン氏のとこまで案内させようと思ったのに」
どうやってルドマンに会いに行くかの策を練るため、まず宿を決める。
買い物したり町の人と話をしたりで情報を集めたところ
さっきの男のことも少し判ってきた。

富豪のルドマンは一人娘の結婚相手をもっとも強い男にと決め
魔物の守る二つの宝物を持ってくるようにと候補の若者たちに告げたという。
ひとつは炎の指輪。
そしてもうひとつは水の指輪。
「私なら楽勝な条件だけど関係ないからなぁ。
うーん、ルドマン氏の協力を仰ぐのにあの男が使えるかな」

その晩、ルカは件の男を酒場で見つけた。
旅装を解いて絹のローブに着替え、髪も結い上げたルカは別人のように美しかった。
そんな格好で男の横の席に着く。
男は昨日自分を助けた旅人とは気付かずに、美人の出現に鼻の下を伸ばし、
下心ありありな様子でルカを褒めまくって酒を勧めた。
そしてルカが酔ったので帰ると言うと送ると言いはり、とうとう宿まで付いてきた。

「あなたと二人きりで話がしたいと思ってたの、寄っていって?」
男は自分に都合よく解釈し、部屋に入るや否や、ルカに抱きつき、ベッドに押し倒した。
ローブの肩に手をかけ、今まさに胸を露わにしようとした時
ルカの胸にムチの傷跡を見つけ、手が止まった。
「荒っぽいのが趣味なのかい?」
「いいえ、どちらかというと荒っぽくするのが好きかなぁ」
ルカは隠し持っていた毒針を取り出して男の喉笛に当てた。
冷や汗をかきながら、それでも男は強がった。
「ケガするよ?女がそんな物振り回しても。ボクは炎の指輪を取ってきた男だから」
「それにしちゃ回復の薬草もなしに無謀だったわねぇ」
ルカは体を起こして男の上になった。
「まさか君は、昨日の!」
ここでやっと男はルカの正体に気付いた。
「フローラさんとやらにプロポーズしようかという男が
私にこんなことしていいのかな?
アンタの選択肢は二つ。
ルドマン氏に昨日の顚末をばらされるか、
私に協力するのを約束してルドマン氏の一人娘と結婚するか。
どうする?」
「三つ目の選択肢で」
男の目がいやらしく光った、ようにルカには思えた。
「このままボクの愛人になって、君に協力してあげるってことで」
ルカが一瞬驚いた隙に、男は体を再び入れ替えて毒針を持ったルカの手を押さえてしまった。
「それは思いつかなかったな」
「フローラとの結婚は邪魔させないよ。でも君にも後悔はさせない」

801/2:2007/09/19(水) 18:54:35
 ――うわっ!
 瞳を射す様な眩しい陽射しに、彼女は思わず顔を歪めた。
 洞窟の暗闇に慣れた瞳には、照りつける真昼の太陽は些か強すぎた。
「うおっ!? まぶしっ!」
 ストレートに感情を口に出しているのは彼女の旅のパートナー、ヘンリー。
 ここだけの話だが、北方大陸にあるラインハット王国の王子だ。
 何故、一国の王子が旅をしているのか、話が長くなるので割愛するが、要するに彼の押しかけである。
『国の方もだいぶ落ち着いてきたし、一人より二人の方が旅も楽しいだろ』
 ぶっきらぼうにそう言い放ったヘンリーに対して、彼女は一度は断ったが、
『はーん? 聞こえないな。もう一度言うぞ、一緒に旅をしてやる。それと、子分は親分の言うことを聞くもんだ』
 彼の決め台詞(?)に押し切られる形で、先日から一緒に旅をしている。
 彼女の方も、彼が純粋に自分の事を心配してくれているのがわかっているので、決して固辞したりはしなかった。
 ヘンリーの仕種に、彼女が含み笑いをしていると、すぐに不満げな声をあげた。
「なんだよ、何かおかしいか?」
「ううん、何でもないよ。それより、アレがそうなのかな?」
 笑顔で否定した彼女、その視線の先に街の影が見えてくる。
「ああ、多分そうだろ。なんて言ったっけ、サラボナ?」
 サラボナ――天空の盾があるらしいと、デール王に教えてもらった街。いま現在ではたった一つの手がかりだ。
 仲間の魔物たちはさすがに街中には連れて行けないので、近くの木陰に馬車と一緒に留守番をさせ、彼女はヘンリーと二人、街の中へと足を踏み入れた。
「わん! わん! わん!」
 と、白い犬が駆け寄ってきた。犬は彼女の前で停まると、その場に座り込んでしまった。
「誰か! お願いです! その犬をつかまえて下さい!」
 遅れて、女性の声が聞こえてきた。
 恐らくはこの白い犬――リリアンの飼い主だろう。
 女である彼女の目から見ても、綺麗で清楚な雰囲気を漂わせている。

〜中略〜

 街の奥へと去って行く女性とリリアンを見送りながら、ヘンリーが口を開いた。
「いかにもお嬢様って感じの人だなー」
「うん。ボクと違って全然おとなしそうな人だよね」
 ヘンリーは彼女の顔をちらりと見やって、「確かに」と頷いた。
「ボクなんかこんなにたくましくなっちゃって、東から西への旅がらすだもんね」
 笑いながら、むん、と力こぶを作ってみせた。
 そんな彼女の頭にポンポンと軽く手を乗せて、ヘンリーも答える。
「けど、だからこそこうして一緒にいられるんだけどな」
「もー、子ども扱いしないでよ!」
 頬を少しふくらませて、手を払いのける彼女。続けて口を開いた。
「そんなことより、天空の盾の情報を集めなきゃ」
「そうだな。それじゃあ、とりあえずは宿屋にでも行ってみるか」
「うん」

812/2:2007/09/19(水) 18:55:16
 そして二人は街の入り口にある宿屋のドアを開けた。
 宿屋の主人の話によると、今この街は大騒ぎらしい。
 宿屋を出て街の中央、噴水広場には大勢の人が集まっていた。
 話をまとめると、『この街には資産家のルドマンさんという人が住んでいて、その娘が婿養子を募集している』ということだった。付け加えると、『その娘はとても美しい』らしい。
 さらにちらりと聞こえたのは、『ルドマンさんは娘夫婦に家宝の盾を譲るつもりらしい』ということ。
 この噂に二人は目を輝かせた。
 この街に天空の盾があるらしいという、デール王の話。
 資産家のルドマンが持つという家宝の盾。
「ということは、だ」
「ルドマンさんが持っているのが天空の盾!」
「ってことだな」
 二人はお互いに顔を見合わせ、その顔が次第に笑顔になって、自然とハイタッチをしていた。
『いぇーい!!』
 そして手を繋いでひとしきり喜び合った後、彼女がつぶやいた。
「……でも、どうやって手に入れよう?」
「婿養子にやるって話だからなあ……」
 数瞬前までの騒ぎようは何処へ行ったのか、二人して眉根を寄せて唸っている。
「あっ! ……ヘンリーがお婿さん候補として立候補するのはどうかな?」
 まさに名案を思いついたと言わんばかりの笑顔で提案する。
 反面、ヘンリーはあからさまに顔をしかめて反論した。
「……お前、本気で言ってるのか?」
「だって、お婿さんにしか盾をくれないんなら、ヘンリーがお婿さんになるしかないんじゃない?」
「――――っ!」
 声にならぬ声を発して、自らの頭をくしゃくしゃとかき乱すヘンリー。
「……それで、俺が婿養子に選ばれたらどうするんだよ?」
「天空の盾を譲ってもらう……のはさすがに悪いから、貸してもらう!」
 ヘンリーの想いなどどこ吹く風、彼女は満面の笑みで答えた。
 その答えに、ヘンリーの我慢も限界を超えた。
「お・ま・え・は……馬鹿か!!」
「ひぁっ!?」
「俺が婿養子になったら! お前と一緒に旅が出来なくなるだろうが!!」
「……あっ!」
 その未来予測をまったくしていなかったのだろう、その表情は見事なまでに驚きに包まれていた。
「…………結婚して、盾を貰ったらすぐに離婚するとか?」
「この……馬鹿野郎!!」
「ひぁっ!」
 怒鳴るヘンリー。怒鳴られて、頭を抱えてしゃがむ彼女。
「お前は本気でそんなこと言ってるのか!」
「じょ、冗談だよぉ」
「だいたいお前は……」
 街中であることも忘れ、説教を始めるヘンリー。
 しゃがみ込んで、いまにも泣き出しそうな顔をしている彼女。
 その姿は旅のパートナーというよりは、兄と妹を通り越して父親と娘の様でもある。
「……ヘンリーがいなかったら、ボクだって困るもん……」
 弱々しい声、涙のたまった瞳で上目遣いにヘンリーを見つめる。
 その仕種と声と表情は、ヘンリーの心を完全に撃ち砕いた。
「……わ、わかればいいんだよ!」
 顔を赤くして、先程までとは違う意味で強い口調になる。
「……うん。えへへ」
 ヘンリーの言葉に、まだ泣き顔ながらも、笑みを浮かべる彼女。
 これが止めとなった。
「ほら、さっさと立てよ!」
 少し乱暴に、腕を取って立ち上がらせる。
「ほら!」
 無造作にハンカチを差し出して、彼女に握らせる。
「さっさと涙を拭けよ」
 ぶっきらぼうに言う。
 その間、彼女の顔はまったく見ていない。あらぬ方向を向いたままだ。
 そして、そこまでが精一杯だったのだろう。
「俺、ちょっと道具屋に行って来るから!」
 早口で伝えると、これまた早足で行ってしまった。
 一人残された彼女は、少しポカンとした顔で、それを見送った。

821/2:2007/09/19(水) 18:56:03
 しばらく待ってみたが、ヘンリーは帰ってこなかった。
 仕方なく一人で天空の盾入手方法を考えようとした彼女は、街の外れの方に瀟洒な家があるのに気づいた。
 ――あそこはまだ行ってないよね。
 その家の持つ雰囲気のせいか、自然と彼女はそちらに向かって歩を進めていた。
 家の周りに堀があって、綺麗な水が流れている。街の中にありながら、周囲はとても静かで、まるでここだけが切り取られた別世界のように感じられた。
 ――なんだか、心が落ち着く。
 扉の前に立ち、コンコンとノックをする。
 少しの間があって、扉が開けられた。
「何か御用でしょうか?」
 彼女を出迎えたのはメイドだった。
「えーっと、この街に伝説の勇者が使ったと言われる盾がある、という話を聞いたんですけど……何かご存じないですか?」
「それでしたら、私の主、ルドマン様が家宝とされています」
「えっ? ここって、ルドマンさんのお屋敷なんですか?」
「いいえ。こちらはルドマン様の別荘です。ルドマン様のお屋敷は街の北側にございます」
 メイドのこの言葉に、彼女は驚いた。
 ――いくらお金持ちとはいえ、街の中に自宅と別荘を持ってるの? ……何のため?
「お客さんですか?」
 と、家の中から声が聞こえた。
 メイドは中へと振り向き、説明をする。 
「はい。こちらの方が、ご主人様の家宝についてお尋ねになられました」
「父の? ……どうぞ、お通ししてください」
 その声を受けて、メイドが室内へと彼女を案内する。
「……おじゃまします」
 自然と潜めがちになる声。
 ヘンリーのお城のような規模の違う世界ではなく、身近なお金持ち、豪華な屋敷に少し気後れしてしまう。
「どうぞこちらへお座りください」
 室内へと入った彼女を、ソファーに座るように促すのは青年。
 肩までよりもさらに長い髪は薄い茶色で、サラサラと音を立てるかのように微風に揺れている。こちらを見つめる瞳もまた薄い茶色で、優しさを湛えている。肌の色も白く、受ける印象は『儚げ』の一言に尽きた。
 彼の言葉を受けるならば、ルドマンの息子なのだろう。
 彼女は言葉どおり、素直にソファーに腰掛ける。
 青年もテーブルを挟んで向かいに腰掛けた。
 メイドがティーセットを運んできて、カップに注ぐ。紅茶の良い香りが室内に広がる。
「それで、我が家の家宝に興味がおありなのですか?」
「……はい! 実は――――」
 彼女は自らが父を亡くしたこと、母を捜していること、そしてそれには天空の勇者を探さなければいけないこと、そのために天空の装備を探していることを伝えた。ヘンリーの事や、自らの詳しい過去は伏せておいた。ヘンリーに関しては、アレでも一応は一国の王子である。それがフラフラと旅をしているというのはあまりよろしくは無いだろう。自分の事に関しては、他人に話せるだけの勇気はまだ、持っていなかった。

832/2:2007/09/19(水) 18:56:26
「そうですか……伝説の勇者を」
 青年は呟くと、しばらく考え込むようにテーブルを見つめた。
 そして、やおら口を開いた。
「実は、私には妹がいます」
「?」
「その妹が今、婚約者を募集しているのです」
「……あっ」
 街で聞いた話を思い出す。
「そして妹の婿となる方に、家宝の盾――天空の盾を譲る事となっています」
「やっぱり天空の盾なんですか!?」
「はい。その通りです」
「それを、貸してもらうわけにはいきませんか?」
 彼女の言葉に、青年は静かに首を振った。
「多分、無理でしょう。素性の知れない者に家宝を託すほど、父もお人好しではないでしょう。父が気に入れば話は別でしょうが」
「そうですか……」
 消沈し、俯く彼女。
「あなたにお願いがあります」
「えっ?」
「妹の婿候補として、立候補してくれないでしょうか?」
「ええっ!?」
 あまりにもな急展開な要望に、大声を上げて驚く彼女。
「妹には望まぬ結婚ではなく、自らが選んだ男性と結婚して欲しいんです。ですが、このままだと妹は父の選んだ男性を結婚することになるでしょう。そこで、あなたに婿候補になってもらい、できることなら妹の婿になって欲しいのです」
「えっ、でも……」
「父に聞いたところによると、婿を選ぶ条件は何かを探してくることらしいのです。旅慣れているあなたなら、そういう点において他の候補者よりも優れているのではないかと思いまして」
「確かに、そうだとは思いますけど……」
「では、引き受けてもらえないでしょうか?」
 青年の顔は真剣そのもの。まっすぐに彼女を見つめている。
「あ……はい。わかりました」
 青年のただならぬ迫力に押されて、彼女は思わず頷いてしまった。
「ありがとうございます」
 優しく、微笑むような笑顔。その笑顔に、しばし彼女は心を奪われた。
「では、父達のいる屋敷へと行きましょうか」
 そう言って立ち上がる青年。
「はい。あ、でも、ボクは……」
 続いて彼女も腰を浮かせ、躊躇いがちに口を開くが、
「大丈夫です。後のことは私に任せてください」
 青年に遮られてしまった。
「ああ、すっかり忘れていました。貴女の眼を見ていると、何故か心が落ち着いて、以前から知っているような感覚にとらわれていたんですが、まだ、名乗っていませんでしたね」
 先ほどとは違う、少し困ったような笑い顔を浮かべる。
「私の名前はフロイスです。どうぞよろしく」
 右手をすっと差し出して、握手を求める。
 彼女もそれに応えて、青年――フロイスの手をキュッと握る。
「私の名前は――――」

84In the secret 前:2007/09/23(日) 01:04:00
「――光るからすぐに見つかるって言っていたけど……探す範囲はやっぱり広いよね」
 夜の草原の風は冷たく、羽織るマントがはためいている。
「しょうがない、手分けして探そうか。
 いい? 光る草だからね。見つけたら教えてね。じゃあ、お願い!」
 その言葉に、彼女の傍らにいた2匹――キラーパンサーとスライムが元気よく走っていった。
 キラーパンサーのプックルとスライムのスラリン。彼女と旅をする大切な仲間である。
「月が隠れてくれてれば、逆に探しやすいんだろうけどな……」
 雲ひとつ無い夜空に浮かぶ満月は、離れて光る草を探す2匹の姿もハッキリと浮かび上がらせている。
 ルラフェンに住むベネット老人に頼まれ、古代の魔法を復活させる手伝いとして、材料となる光る草――ルラムーン草を探しているところである。
「ピキーーーーーーーッ!!!」
 静寂に支配されていた草原に、スラリンの声が響いた。
「見つけたの!?」
 声をかけながら彼女が駆けつけると、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねるスラリンの傍に、ボーっと青白く光る草が生えていた。
「……すごい。本当に光ってるんだ」
 しゃがみ込み、周りの土を丁寧に取り除いて、ルラムーン草を引き抜いた。
「これがルラムーン草……。引き抜いても光ってるんだ……」
 神秘的な光景に心奪われる彼女の傍らでは、プックルが嬉しそうに喉をならし、スラリンが飛び跳ねていた。

〜中略〜

「お前さん、呪文が使えるようになっていないか、ちと試してくれんか」
 家を壊すかと思えた大爆発の後、ベネット老人がそう言った。
「試すっていっても……、どうすればいいんですか?」
 具体的な使い方も知らない呪文である。いかに彼女がいくつか呪文を使うことができるといっても、どうすればいいのかまったくわからなかった。
「なに、使い方は簡単じゃ。自分が行きたい場所を頭の中でイメージするんじゃ。そして呪文を唱えれば、そのイメージした場所に瞬時に辿り着いておる」

 ――自分が行きたい場所。
    目を閉じて、頭の中に思い浮かべる。
    真っ先に浮かんだのは笑顔。
    どんなに辛い時でも、いつも笑って励ましてくれていた。
    次に浮かんだのは、怖いくらいの顔つきで敵と戦う姿。
    私が危ない時にはいつも助けてくれた。
    次に浮かんだのは、背を向けて、声を殺して泣いてる姿。
    私の前では決して涙を見せることは無かった。けれど、夜中に一人で背中を震わせている姿を見てしまった。
    次々と浮かんでは消えていく、彼の顔、姿、思い出。
    そして最後に浮かんだのは、困っているような笑っているような顔。
    別れの時、『ついて行こうか?』という彼に対して、国を立て直すことが重要だと告げて断った。
    笑顔で見送ろうとしてくれたけど、でも、私の事が心配なのだと、すぐにわかる複雑な表情。
    見ていると甘えてしまいそうになるから、無理矢理笑顔を作って、背中を向けた。
    あれから、一年。
    嬉しい事もあった。生き別れになっていたプックルと再会することができた。
    辛い事もあった。人に疑われて、信じてもらえなかった。
    どちらも、彼に傍にいて欲しかった。
    一緒に喜んで、一緒に泣いて欲しかった。
    だから、うん!
    彼に会いに行こう!

85In the secret 前:2007/09/23(日) 01:05:17
 彼女は頭の中に、ラインハットのお城を思い浮かべる。
 幼い頃に訪れて、つい一年ほど前に再び訪れた、深い思い出の残る城。
 そのお城をキレイにイメージできたその時、彼女は呪文を唱えた。
「――ルーラ!!」
 その瞬間、彼女は強烈な力で上に引っ張られるような感覚に囚われ、思わず目を閉じた。
 次の瞬間には、地面に降り立つ感触を感じ、ゆっくりと目を開けた。
「……うわぁっ!!」
 目の前には、威厳を示すかのように、立派な造りのお城が佇んでいた。
 彼女はルラフェンから、海を挟んだ違う大陸にあるラインハットまで、一瞬にして辿り着いたのである。
「これがルーラ……。すごい!」
 ひとしきり喜びを噛み締めた後、彼女はお城の中へと足を踏み入れた。
 入り口を守る兵士が彼女の顔を見とめ、奥へと通してくれる。国の一大事を救った功労者、そして王子の友人として、顔パスになっている。

 尖塔への階段を昇り、ヘンリーがいるという部屋に向かう。
 会ったら何て言おうか、いきなり尋ねたらヘンリーはそんな顔をするだろうか、そんな事を考えていると、自然と笑みがこぼれてきた。
 階段を昇りきり、部屋の前へと辿り着く。扉の前に、一人の兵士が立っていた。
「ここはヘンリーさまと奥さまのお部屋。無用の者は……あっ、あなたさまはっ! さあ、どうかお通りください!」
 そう言って兵士が扉の前を譲った。
 彼女は緊張した面持ちで扉の前に立つ。
 兵士の驚きようにびっくりしたのと、ヘンリーに久しぶりに会うという緊張から、彼女は兵士の言葉を聞いていなかった。彼女にとって、恐らくは一番重要であろう言葉を……。
 兵士に促され、彼女はノブに手をかけてゆっくりと回し、押し開いた。
 一歩、二歩。彼女が室内に足を踏み入れるとすぐに、懐かしい声が聞こえてきた。
「こいつは驚いた! ――じゃないか!」
 ヘンリーが驚いた顔、そして笑顔になって駆け寄って来る。
 そして彼女の前までやって来て、彼女が再会の喜びを口にする前に、ヘンリーは口を開いた。
「随分お前のことを探したんだぜ。うん、その……。結婚式に来てもらおうって思ってな。実はオレ、結婚したんだよ!」
 照れ臭そうに、しかし嬉しそうに話すヘンリー。
 彼女が言葉の意味を理解できないうちに、別の声が聞こえてきた。
「――さま、おひさしぶりでございます」
 ヘンリーの隣には、見覚えのある美しい女性が立っている。
 彼女達と一緒に教団から逃げ出し、その後はシスターとなって一緒にラインハットを救った、マリアだった。
「わはははは! とまあ、そういうわけなんだ。お前に知らせなかったのは悪いと思っているが、一日でも早くマリアを幸せにしてやりたくてな」
「まあ、あなたったら……」
「とにかく、――に会えて本当に良かった。ゆっくりしていってくれよ」
 ヘンリーとマリアの幸せそうな顔と、会話を聞いて、彼女は悟った。

 ――ああ、もう私の入る隙間はないんだ。

86In the secret 後:2007/09/23(日) 01:07:27
「そうだ、結婚式には呼べなかったけど、せめて記念品を持っていってくれよ。昔のオレの部屋、覚えてるだろ? あそこの宝箱に入れてあるからな」
「ヘンリーさまとの結婚式では、ラインハットのオルゴール職人さんが記念品を作ってくださいましたの。でも、ヘンリーさまったらなぜ昔のお部屋の宝箱に入れたりなさったのかしら?」
 言われるがままに彼女は部屋を後にした。
 そこから、二人の幸せに包まれているその部屋から、一刻も早く立ち去りたかった。
 そのまま帰ろうかとも思った。しかし、ヘンリーの好意を無碍にする事など彼女に出来るはずもなく、重い足取りでヘンリーの子供時代の部屋へと向かった。
 そこは、今では太后の部屋となっていて、顔を見るなりお礼の言葉を述べられた。
 失礼なく挨拶をし、奥の部屋へと入る。
 昔と変わらず、あの宝箱はそこにあった。
 昔の、まだ父が生きていて、お互いに何も知らない子供の頃の思い出が甦る。

『そんなに言うならオレの子分にしてやろう。隣の部屋の宝箱に子分のしるしがあるからそれを取ってこい! そうしたらお前を子分と認めるぞっ!』
『どうだ?子分のしるしを取ってきただろうな!?
 なに? 宝箱は空っぽだったって? そんなはずはないぞ! 子分になりたければ、もういちど調べてみな!』

 思い出して、自然と笑いがこみ上げてきた。

 ――なんだ、子分のしるしを見つけてないから、私はヘンリーの子分じゃないじゃないか。なのに彼ときたら、私のことを完全に子分扱いして。

 宝箱を開ける。
 中にはやはり、記念のオルゴールなど入っていなかった。
「やっぱりね。ヘンリーったら、ちっとも変わらないんだから……」
 しかし、オルゴールは入っていなかったが、代わりに一通の手紙が入っていた。

『――、お前に直接話すのは照れくさいから、ここに書き残しておく。
 お前の親父さんのことは今でも1日だって忘れたことはない。あのドレイの日々にオレが生き残れたのは、いつかお前に借りを返さなくてはと……そのために頑張れたからだと思っている。
 一時期は、お前の事を一生守っていくことが、オレのするべきことだと考えていた。そしてそれは同時に、オレの願いでもあった。しかし、伝説の勇者を探すというお前の目的は、オレの力などとても役に立ちそうもない。オレにはオレのできること、この国を守り、人々を見守ってゆくことが、やがてお前の助けになるんじゃないかと、そう思う。
 ――、お前はいつまでもオレの子分……じゃなかった、友だちだぜ』

 普段は心の内に秘められたヘンリーの想い。
 苦悩と葛藤と決断と、彼の想いの綴られた手紙。
 彼女の心に深く深く、入り込んでくる。

 ――ヤダよ! ヤダよ!
    友達じゃなくていい! 子分でいい!
    何でも言うことを聞く! 負い目を感じる必要なんてない!
    ずっと一緒にいたんだもん! いつも助けてくれたんだもん!
    だから! だから……!
    お願いだから……私の傍にいてよ……。
    私の隣で一緒に笑って、一緒に怒って、一緒に泣いてよ……。それだけでいいから……。
    大好きなの……貴方の事が…………。

 溢れ出す想い。しかし遅すぎた感情の目覚め。
 彼女の想いは声にする事すらかなわず、誰にも知られることなく、密やかに彼女の心で廻り続ける。

87女王様誕生:2008/02/10(日) 09:27:36
 ビシィィィィッッッッ!!
 ムチ男の鞭が、唸りをあげて彼女の体を打ちつける。
「くぅっ!」
 左肩から右のわき腹にかけてを打たれ、彼女が呻き声を漏らす。
 服が裂けて、その下から覗く肌が傷を伴って赤く滲む。
 続けて、鞭が彼女を打たんと振り下ろされる。
 しかし彼女は咄嗟に左腕を、鞭と自分の間に掲げる。
「なにっ!?」
 鞭は彼女の思惑通り、勢いのまま左腕に巻きつく。
 ムチ男が力を込めて引っ張るが、固く巻きついた鞭は剥がれない。
「えいっ!」
 それを逆手に、彼女が左腕を力一杯引く。
 当然、鞭で繋がっているムチ男は彼女のほうへと引っ張られて、眼前に迫ったムチ男の顔を、彼女は右の拳で力一杯殴りつけた。
「げぇっ!!」
 鞭を手放し、地面に倒れ付すムチ男。しかしまだ意識はあるらしく、立ち上がろうとしている。
 彼女は、左腕に巻きついた鞭を剥がす。幾重にも出来た痣が痛々しい。
 ふと、投げ捨てようとした鞭を改めて見つめる。
 記憶に甦るのは、幼馴染が器用に鞭を振るって魔物を倒していた姿。
 鞭の柄を右手で握り、記憶を頼りに振るってみる。
 ピシィッ!!
 と小気味よい音を立てて、地面を打ち付ける。
「あはっ。コレはいいかも♪」
 嬉しげに言う彼女の顔には、笑みが零れていた。
「ひっ、ひぃっ!」
 立ち上がって彼女の顔を見たムチ男は、その顔を見て悲鳴を上げる。
 嗜虐的で美しい、彼女の笑顔を。
 たまたまその光景を見てしまったヘンリーは、何故だかわからない不安に駆られて、身体を酷く振るわせた。

 ――これは運命の出逢い。彼女が、自らに最も相応しい武器と出逢った瞬間。

88神殿にて:2008/03/01(土) 04:45:21
「お前ら、仕事もせずに何をしている!?」
 神殿警護の兵士が剣を構えて一喝すると、ルカを取り囲んでいた奴隷たちは散り散りに逃げていった。
「見つけたのが私だったことに感謝するんだな。ムチ男どもだったら見境なしに――お前たちを痛めつけようとする。」
 兵士が剣を下ろしてルカに向き直ると、彼女は硬い表情で兵士を睨み返した。

 幼少の頃、この神殿に奴隷として連れて来られたルカは、子供――少女にあるまじき怪力の持ち主だったので、男の奴隷たちと同じ石切り場で岩運びをさせられてきた。
 それから数年経って、すっかり女性らしい身体つきになった彼女を、先程、奴隷たちが物陰に連れ込んでけしからぬ行為に及ぼうとした。いつも側にいる彼女の友人のヘンリーがちょっと目を離した隙に。

(あと一歩でも近寄ったら――)
 ルカは兵士から視線を外さず、真空の呪文を唱えるため息を吸った。
 だが。

「仕事を休みたければ水遣り女の近くに行け。一人になるな。」
 兵士はそれだけ言って、くるりと背を向けた。

「ルカ――どこだ――?」
 遠くから自分を探すヘンリーの声が聞こえる。

 ルカは初めてここの兵士に感謝の念を抱いた。
「あ、あの――ありがとう。」
 彼女の言葉に、兵士が後ろ向きのまま軽く手を上げて応える。その指に、光るものが見えた。
(指輪はめてるんだ。きれいな光だな。)
 ルカの目にその光は、暖かいものに映った。

89デジャ・ヴ 1/2:2008/03/13(木) 22:49:49
 ――知り合いに顔を見せて、無事を知らせるのも一苦労だよね。
 風に流される髪を押さえながら、彼女は軽くため息をついた。
 彼女は今、船に乗って親友の暮らす村へと向かっている。緩やかな流れに逆らって川上へと上り、開かれた水門を抜けた。
 ――そういえばこの水門って、ずっと開きっぱなしなのかな?
 本来は閉じられているこの水門を以前、必要に迫られて開いてもらったのは彼女。そして開いてくれたのが、訪ね先である親友。
 ――状況が状況だったとはいえ、あの時は無茶したなー。
 思い出し、思わず笑みが零れる。
「どうしたの?」
 傍らにいた少女が、突然笑い出した彼女に不思議そうな視線を投げかける。
「なんでもないよ。ちょっと、前にここに来たときの事を思い出してね」
 彼女の言葉に小首を傾げる少女。彼女がその頭をポンポンと撫でてやると、途端に少女の顔がほころんだ。
「あっ! 村が見えてきたよ! あれじゃない?」
 舳先に立つ少年が弾むような声を出し、彼女の方を見ている。
 彼女は少女を連れて少年の元へ。少年が指差す先を見る。
「うん。そうだね。あそこが目指す村だよ」
 サラボナより北東。川を上った先にある山奥の村。そこに、彼女の親友がいる。

 接岸し、少しの山道を歩いて村へと向かう。
 ――不思議な感じだな。私の感覚だとほんの一年前なのに、実際は八年も前だなんて。
 いま彼女たちが歩く道は、彼女の記憶にあるのとなんら変わりはない。しかし彼女の両隣を歩く少年と少女が、そうではないという確たる証拠。彼女の大切な子供たち。
「ここに住んでる人って、お母さんの幼馴染なんでしょ?」
 少年が尋ねてくる。
「うん。小さい頃は一緒に冒険をしたりしたんだよ」
「私たちみたいに?」
「二人ほどじゃないけどね。大人がみんな寝静まった頃、こっそり二人で町を抜け出したりしたんだよ」
「私、夜にお外を歩くのは嫌い」
「僕も」
 二人が彼女の両手にしがみついてくる。
「はははっ。その点じゃ、私たちの方が二人よりも度胸があるかもね」

90デジャ・ヴ 2/3:2008/03/13(木) 22:50:13
 そのまま手を繋いで歩く三人の前に、村の入り口が見えてくる。
「うわー。ホントに田舎だねー」
 少年が正直な感想を漏らす。
「そんなこと言わないの」
 彼女がたしなめる。
 とはいえ、彼が生まれ育ったのはお城なので、それもいたしかたない。
「でも、なんだか懐かしくて落ち着く感じがする」
 少女の言葉に彼女は嬉しそうに目を細める。と、
「やめなさいよ! かわいそうでしょう。その子をわたしなさい」
 女の子の声が聞こえてきた。
 彼女たちが視線を向けると、猫を囲んでいる二人の男の子と、少しはなれたところに女の子が立っていた。声の主はこの女の子のようだ。三人とも、彼女の子供たちと同じくらいの年頃のようだ。
「どうしたのかな?」
 少女は不思議そうに見つめている。
「猫をいじめてるんだ!」
 叫ぶや否や、少年は駆け出した。
「あっ! 待ってよ、お兄ちゃん」
 慌てて少女も後を追いかける。
 ――あの子は正義感が強いんだな。小さくても、やっぱり勇者なんだね。
 そんな風に思いながらゆっくりと子供たちの後を追いかけようとした彼女は、女の子の方について加勢している二人を見て、ふと気がついた。

『なんだよう! 今こいつをいじめて遊んでるんだ! ジャマすんなよなっ!』
『ガルルルルー!』
『かわったネコだろ!? 変な声でなくから面白いぜっ』
『ほら もっとなけ!』
『やめなさいよ! かわいそうでしょう。その子をわたしなさい!』
『おい、このネコをわたせって。どうする?』
『そうだなあ。いじめるのもあきてきたし、欲しいならあげてもいいけどさ』
『そうだ! レヌール城のお化けを退治してきたらなっ!』
『そりゃいいや。レヌール城のお化け退治と交換だな!』

91デジャ・ヴ 3/3:2008/03/13(木) 22:50:52
                 
 ――そういえば、あの時もこんな感じだったな。もっとも、私たちの時は猫じゃなかったけど。
 懐かしい思い出を甦らせ、子供たちを見る。
 男の子二人に対して、女の子と少年が前に立って言い争っている。少女は、兄の後ろに隠れていた。
 ――あれ?
 その光景、いや、女の子に既視感を覚える。
 頭の両側でおさげにし金色の髪と、気の強そうな大きな瞳は、否応なく彼女を思い起こさせる。
 ――というより、そっくりじゃない?
 彼女が疑問を抱き始めたその時、
「コラ、あんた達! ケンカはやめなさい!」
 村の奥から、一人の女性がやって来た。
「お母さん!」
 女の子が叫ぶ。
 男の子二人はその女性を見ると、気まずそうな顔を浮かべて走って逃げていった。
「あっ、逃げた!」
 少年が追いかけようとする。が、女の子がその腕を掴んで引き止める。
「ネコちゃんが無事なら別にいいわ。どうせ、あの二人だっておばさんに怒られるんだから」
「今度は何が原因でケンカしてたの?」
 傍にやって来た女性が女の子に問いかける。
「おばさん。この子を怒らないで上げて。この子はネコを助けようとしたんだよ!」
「ホントよ! 私たち一緒だったもの」
 少年と少女が女の子をかばうように口々に告げる。
「そうなの? なら、よくやったわ」
 女性は女の子の頭を撫でる。
「ところでキミたち、この村の子じゃないわね。二人だけで来たの?」
「ううん。お母さんと」
 少年が答え後ろ――彼女の方を振り向く。
 女性も一緒にそちらに視線をやる。
 彼女が、優しげに微笑んで女性を見つめる。
「……やあ、久しぶり」
 親友同士、八年ぶりの再会だった。

92アルパカにて:2008/03/20(木) 23:23:05
(ヘンリーがラインハットに戻る決心を主人公に伝える場面です。)

 その日は野宿しないで宿屋に泊まった。お金節約のため同じ部屋だ。
「ルカ。眠れないんだ。話、してもいいか?」
 夜中。寝付けないでいるルカにヘンリーが声をかけてきたので、彼女は寝床から起き上がった。
「うん。」
「起きてたのか。」
「……思い出してた?城にいた頃。」
「ああ。親父が……死んでたなんてな。」
「ショックだったね。」
「うん、それはそうなんだが、実はホッとした。」
 ヘンリーが笑顔になったので、ルカもちょっと安心した。
「どうして?」
「サンタローズを焼いてのうのうと生きていたら、オレが親父を殺してた。」
「ヘンリー!?」
「だけどそんなことしたらデールが悲しむだろう?だから、そんなことにならなくてよかったって。」
 あの神殿でさえいつも快活だったヘンリーが初めて見せた、暗い、冷たい笑顔だった。
「ヘンリー。違うよ!王様はお父さんと友達だったんだ。ヘンリーを誘拐したなんて思うわけない!サンタローズを攻めたのは、王様の命令じゃないよ絶対に!」
「ルカ……。」
「私がさ、もしも、ヘンリーの子供といて、行方不明になったら、ヘンリーは私が子ども誘拐したって思う?」
「……何だよ、その例えは……!!」
 ヘンリーは腹を抑えてヒク付いていた。笑い声を懸命に堪えているようだ。
「笑うことないだろ!」
「あ、ああ。ごめん。そうだな。親父じゃないよな。うん、確かに。」
 ヘンリーはまだ笑っている。
「オレ、ラインハットにちょっと戻ってみるかなぁ。ここから東の方だったよな。」
 笑いながらでなければ、国を憂う王子の深刻さが滲んだ感動的な台詞に違いない、とルカは思った。
「もういいよ、気が済むまで笑えばいい。私はもう眠るから!戻るんなら明日も忙しくなるし。お休み!」
 ヘンリーも自分の寝床に横になった。
「あのさ、ルカ、お前がオレの子供と消えたらって……言ったよな。」
 もう笑ってなかった。
「……」
「オレの子供の母親はお前がいい。今でなくていいから、いつか考えてみてくれないか?」
 ルカは全力で眠った振りをした。

93運命的な彼の後悔 1/2:2008/04/03(木) 21:07:10
 ――なぜ私が奴隷の管理などしなければいけないのか。
 彼の頭の中はその疑問で埋め尽くされていた。
 彼は子供の頃に親を亡くし、幼い妹と二人で生きていくために光の教団に入信。妹の為にも少しでも暮らし
が楽になればと身を粉にして教団に仕え、念願の神殿騎士になれたはいいが、その配属先は大神殿建設現場。
そこで使役している奴隷の管理・監督だった。
 ――このような仕事、わざわざ神殿騎士たる私でなくとも、むちおとこに任せておけばいいものを。
 神殿部分の建設状況を見るでもなく眺めながら、彼は心の内で愚痴っていた。
「やめろ!」
 突然響いたその声が、彼の意識を内から外へと呼び戻した。
「何事だ?」
 声の発せられた方へと近づき、傍にいた兵士に尋ねる。
「はい。また、アイツです」
 うんざりした様子で兵士が指差す先には、一人の奴隷をかばって数人のむちおとこに立ち向かう奴隷の姿。
「また、か」
「貴様ら! さっさと仕事に戻れ!」
 遠巻きに事の成り行きを眺めていた奴隷たちに向かってヨシュアは声を張り上げる。
 その声を聞いた奴隷たちは一様にそれまでの作業を再開した。
 その様子を見届けてから、ヨシュアは問題の奴隷の眼前に立つ。
 長い黒髪と、意志の強そうな瞳が印象的だ。
「騒ぎの原因は何だ?」
「この人は足を怪我している。休ませてあげて欲しい」
 言われ、ヨシュアはその奴隷の後ろで倒れ伏す奴隷を見る。
 確かに足に怪我をしていた。足の甲が紫色に腫れ上がっている。運搬中の岩でも落としたのだろうが、もし
かすると骨折しているかもしれない。
「……わかった。そいつを連れて行け。ただし、そいつの分の仕事もお前がやるんだ。いいな?」
 その奴隷は無言で頷くと、倒れている奴隷を軽々と抱きかかえ、その場を去った。
 その姿を見送ってから、ヨシュアは傍にいる兵士に告げる。
「アイツが戻って来たら伝えてくれ。仕事が終わったら私の部屋まで来るように、と」
「はい。わかりまりました」
 そしてヨシュアは、地下部分の進行状況を見るべく地下へと続く階段へと歩いて行った。

 陽も落ちかけた頃、自室で事務作業をこなしていると、扉がノックされた。
「入れ」
 来訪者が誰なのか勿論わかっているヨシュアは、扉の向こうに呼びかける。
 はたして入ってきたのは、あの黒髪の奴隷だった。
「……何か?」
 短く問いかけてくる奴隷。
「聞くところによると、お前はもう奴隷になって十年近くなるらしいな」
「それが?」
「何故いつまでも私たちに逆らう? それにいまだに脱走を企てているらしいが、諦めようと思わないのか?」
 奴隷は静かに首を横に振る。
「私にはやらなければいけない事がある。それを果たすまでは、何があっても諦めたりしない」
 静かに、しかし溢れんばかりの強い意志が込められた言葉。その眼差しは鋭く、強く、輝きを見せる。
 ヨシュアはその射るような視線に耐えられず、思わず呻いた。
「だが! 現実問題として、お前は一生! ここから出ることはできない!」
 奴隷に気圧されないために、自然と語調が荒くなる。
「それでも、私は諦めない」
 瞳と、言葉とから発せられる意志がその強さを増し、ヨシュアは完全に気圧された。
「……くっ、くぅ」
 ヨシュアはおもむろに立ち上がると、奴隷の目の前まで歩み寄る。
「何故だ!? 何故、お前はそんなに強い! 奴隷の身で! まして、女でありながら!」
 ボロボロの奴隷の服に手をかけると、力任せに引き千切った。

94運命的な彼の後悔 2/2:2008/04/03(木) 21:07:34
 小ぶりだが、形の良い胸が露になる。
 しかし奴隷――彼女はそれを隠そうともせず、真っ直ぐにヨシュアを見つめたままで言う。
「私は私だ。奴隷だとか女だとか、そんな事で変わりはしない。私は私の意志で、自らの進む道を決める。
私の意志は、誰にも妨げることはできない」
 彼女の視線と言葉が強く、強く、ヨシュアに突き刺さる。
「ああぁぁっ!」
 ヨシュアは叫び声を上げた。力任せに彼女を平手で打つ。
「くっ」
 過酷な労役の後で疲れ果てている彼女は、体を支えることができずに地面に倒れ伏す。
 ヨシュアはそのまま彼女の上に馬乗りになる。
「見ろ! この状況を! 今のお前は何も出来ない! 無力だ! これでも諦めないというのか!」
「……好きにすればいい。どうなろうと、何をされようと、私の意志を挫くことは、誰にもできない」
 胸も露に組み敷かれたこの状況においても、彼女の瞳が輝きを失うことはない。むしろ、よりいっそう強く、
激しく輝いていた。
「うおおおおぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」
 彼女の怯まぬ強さを。自らの敗北を。認めたくないヨシュアは雄叫びを上げる。
 そして彼女を認めたくない一心で、彼女を穢した。

 彼女は立ち上がり、ただの布切れと化したボロボロの服を纏う。
「待て」
 ヨシュアは彼女を呼び止め、新しい――とはいってもボロではあるが――奴隷の服を渡した。
 彼女はそれを受け取ると、ヨシュアに背を向けて着替えた。
 その様子を不思議そうに眺めていたヨシュアは、自然と口に出していた。
「何故後ろを向く?」
 その問いに、彼女は顔だけをこちらに向けて答える。
「……着替えを見られるのは、恥ずかしい」
 事の最中も、ヨシュアが中で果てた時も、全く表情を変えなかった彼女が、僅かに頬を赤くした。
 それが理解できなくて、何故かヨシュアは、声を上げて笑っていた。
 ひとしきり笑い終えた後、ヨシュアはポツリと語り始めた。
「私はこれまで必死だった。妹と二人、生きる為にどんな事もしてきた。そんな折、教団に拾われた。以前の
食うや食わずの生活から解放された私は、妹により良い暮らしをさせたくて、他者を落としいれ、騙し、教団
内での地位を上げていった。妹には優しい兄を演じながら、裏では平気で他人を傷つける。私は最低の男だ」
「確かにそうかもしれない。けれど私だって、私の目的を果たすためなら他の犠牲は厭わない。誰かを傷つけ
ることもするだろう」
「いや、それだけ真っ直ぐな瞳をした奴が、他人が傷つくのを良しとはしないだろう」
 ヨシュアは立ち上がり、彼女の瞳を見つめる。
「すまない。私のしたことは謝ったところで許されることではない。だから、お前の気の済むようにしてくれ」
 覚悟を決めた瞳。それまでとは輝きが全く違っていた。
 彼女はその決意に答えるように静かに頷くと、右腕を後ろに引き、力一杯殴りつけた。
 ヨシュアの体が派手に吹っ飛ぶ。彼が彼女を平手打ちしたのとは比べるべくもない威力。
 強かに体を壁に打ちつけ、ふらつきながらヨシュアが立ち上がる。痛む頬を押さえて口を開いた。
「効く、な。伊達に、苛酷な環境で働いていないというところか……」
 自嘲気味に笑う。そして次に備えて身構える。
 と、彼女は後ろを振り向き歩き出す。
「おい! これだけでいいのか!?」
 驚きの声を上げるヨシュア。彼女は立ち止まり、顔は見せずに口を開く。
「許すわけじゃない。だからと言って、これ以上あなたを傷つけたところでどうなるものでもない。それに、
あなたは自分のした事を理解している。後悔も含めて。私はそれで充分だ」
 そして再び歩き出す。今度はヨシュアが呼びかけても止まることはなかった。
 彼女が去った後、一人残されたヨシュアは少しでも彼女に近づこうと、固く決意した。

 その後、彼女と彼女の友人、そして妹を逃がした彼は、大神殿の完成後、殺されようとしている奴隷たちを
助けようとした。しかし魔物を率いる教団に刃向かって生き残れるはずもなく、志半ばで彼は散っていった。
その痕跡を、壁面に残して。

95勇者目覚める 1/2:2008/04/07(月) 23:58:21
 私は今、ある一人の人間の人生の岐路に対面している。
 ここはサラボナの街の大富豪、ルドマンさんのお屋敷。
 その大広間に、私を含めて七人の人間がいる。
 まずは屋敷の主ルドマンさん。その娘のフローラさん。ラインハットの王兄ヘンリーさん。フローラさんの幼馴染のアンディさん。元光の教団の兵士ヨシュアさん。そして全ての中心にいるのが彼女。私の幼馴染で妹のような存在。
 状況としては、彼女に求婚しているヘンリーさん、アンディさん、ヨシュアさん。それを見守る残りの三人という構図。
「それで、誰を選ぶのだね?」
 ルドマンさんが彼女に問いかける。
 すぐには答えず、俯き、目を閉じている彼女。しかしついに、顔を上げる。そして開かれた瞳には、固い決意が宿っていた。
「私が結婚したいのは……好きなのは、ダンカンさんです!」
 大きな声でハッキリと告白した。
 しかし誰もが予想外の名前に目を点にしている。いや、予想外どころか聞いたことのない名前だろう。私を除いて。
「はあぁぁぁぁぁ!?」
 私は思わず叫んでいた。
「ダンカンって……私のお父さんの、こと?」
 恐る恐る尋ねる。どうか違っていてください。神様にお願いした。
「うん」
 叶わなかった。神様は無情だ。
「いや、ちょっと待って! だって、え? 私のお父さんだよ? もう50歳だよ? 一個もカッコイイところなんかないんだよ?」
「でも、好きなの。小さい頃から、ずっと好きだった。ビアンカには悪いけど、おばさんが亡くなったって聞いて、結婚できるって思っちゃった」
 涙を流しながら答える彼女。多分、私に対しての謝罪なのだろう。
「いや、でも……本気なの?」
「うん。本気。できることなら、ビアンカのお母さんになりたいって思ってる」
 真っ黒な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。ああ、本気なのね。一人の女性として、どこがイイのかわからないけど、本当にお父さんが好きなのね。
 私は大きく息を吐いた。
「……わかったわ。あなたがそこまで言うなら認めてあげる。でも、お父さんがなんていうかは知らないわよ?」
 この言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう! ビアンカ!」
 飛びついて、抱きついてきた。私はそれを受け止めて、強く抱き締めてあげる。
 と、残りの五人が目に入った。
 あー、すっかり忘れてたわ。ルドマンさんとフローラさんはともかく、あの三人は……可哀相ね。
「なんだかよくわからんが、そのダンカンというのが、君の結婚したい相手なのだね?」
「はい。そうです」
「わかった、家のものに命じて、すぐに連れてこさせよう」
 ルドマンさんがそう言い、すぐに使いが出たようだった。
 待つこと数時間。山奥の村から父さんがやって来た。
 どうやら全く事情は聞かされていないようだ。
「やあ、ビアンカに****。いったいどうしたんだい?」
 私じゃなくて、彼女が説明、いや、告白をするのがいいだろうと思い。黙る。
「あ、あの……ダンカンさん」
「なんだい、****?」
「私、ダンカンさんの事が好きなんです! どうか、結婚してください!」
 さすがの告白に呆気にとられているお父さん。無理もない。亡くなった親友の娘に告白されたんだから。
 しばらく沈黙していたお父さんが、優しい眼差しを彼女に向けた。

96勇者目覚める 2/2:2008/04/07(月) 23:58:41
「私でいいのかい? 私は妻を亡くしている身だ。お前の事を幸せに出来るかどうかわからないよ?」
「それでも、あなたの事が好きなんです!」
「娘のビアンカは、お前よりも年上なんだよ?」
「ビアンカはお母さんって呼んでくれます!」
 いや、そんな約束はしてないんだけど。
「……わかった。結婚しよう」
 お父さんの決断の一言に、彼女はポロポロと大粒の涙をこぼした。
 そうか。もしかしたら、これまでの人生の中で、彼女が手にした初めての幸せなのかもしれない。私はそんな風に思った。
 それから、ルドマンさんの好意で結婚式を挙げた二人は、そうそうに新婚旅行を兼ねて旅に出た。一人娘を置いて。
 まあ、新婚さんを邪魔する気はないけどね。
 あっ、ちなみに求婚していた三人は複雑な顔でそれぞれの家へと帰って行った。ホントに可哀相に。

 二人が旅立って半年が過ぎた頃、海を越えた大陸のグランバニア王国から使者が来た。
 なんでも、パパスさんは実はグランバニアの王様で、その娘である彼女が王位を継ぐことになったそうだ。そこで、私も一緒に暮らしたいということらしい。
 なんだかよくわからないが、せっかく二人に会えるのだから、私はグランバニアへと向かった。
 私がグランバニアについたその日、戴冠式が行われた。
 そしてその夜、お父さんが魔物にさらわれた。
 そして次の日、お父さんを探すために彼女が城を出て行った。
 ていうか、何この急展開?
 あ、そうそう。サンチョさんと再会した。どうでもいいけど。
 あたらしい女王と女王夫が行方不明。前の前の王とお妃様と同じ。
 このお城、なにか呪われてるんじゃない?
 サンチョさんや前の王様と話をしていると、彼女が大事だからと保管していった天空の剣が突然輝きだした。
 輝き、宙に浮いた天空の剣は、ゆっくりと私の手の中に納まる。
 その瞬間、私の中で何かが弾けた。
 そうか。私だったんだ。パパスさんが求め、彼女が探した伝説の勇者。この私、ビアンカが、勇者だったんだ!
 そして私は、行方不明の父と若い継母を探す旅に出た。

97名無しさん:2008/04/24(木) 22:17:58
<神殿にて(後)>1/2

 ヨシュアは子供の頃に両親をなくして、妹のマリアと二人きりになってしまった。両親が残した財産は古い指輪を残して全て売り払った。それは今、ヨシュアの指にある。
「兵士の仕事だなんて危ないことがあるかも。この指輪はお守り代りに兄さんが持っていてね。」
 二人が「光の教団」に身を寄せたのは生きていくためだ。ヨシュアは大人になると兵士にされ、マリアは教祖の側に仕えた。
 教団は全ての人々の幸せを説いている。最初はそれを信じていたヨシュアだが、最近配属された神殿の建築現場で、多くの人々が無理やり働かされ傷つけられているのを目の当たりにした。そして彼らが逃げないように鞭を振り回している監視の男は、明らかに魔物だった。
「これが光の教団の正体だったのか!?」
 心底嫌気が差したヨシュアは、いずれどうにかしてマリアと共に教団から離れようと考えていた。

 しかし、そんな時。
 マリアが突然、奴隷にされ神殿に連れてこられた。教祖の大事にしていた皿を壊してしまったのだ。
 妹があの野獣のような奴隷どもの中に置かれたと考えると、不安で気が狂いそうだった。一刻も早く連れ出さなければならなかった。
「どうしたの?」
 いつの間にか一人の奴隷が自分を心配そうに見ていた。先日助けてやったルカという女奴隷だ。
「元気がないように見える。どこか怪我でもしたのか?」
 ヨシュアは神殿奥の牢屋番をしているところだった。そこには脱走を企てた奴隷が一人閉じ込められている。
「妹が……いや。何でもない。」
 奴隷にこんなことを話してもどうにかなるとは思えずヨシュアは話を変えた。
「お前、回復魔法を使ってたな。」
「ああ。それがどうかした?」
「なぜ奴隷にされたんだ?」
 ルカはヨシュアの顔を探るようにじっと見つめた。
(こいつにはここで初めて会ったのに、どこかで見た気がする目だ……誰かに似ている……)
「子供の頃だ、父が魔物に殺されて、ここに売られたんだ。」
「子供の頃からここにいたのか!?」
 そうでありながら、どうしてこんなに優しくいられるのだろう、とヨシュアは驚いた。
「……どうして私のことを聞くの?」
 ルカはヨシュアの目を見つめ続けている。
「少し私の話を聞いてくれるか?」

 ヨシュアは自分の生い立ちを話すつもりは全くなかったのだが、ルカの瞳に覗き込まれているうちに、妹が奴隷になったことも含めて身の上をすっかり話してしまった。
「もっと早くに教団を離れていればよかったと後悔しきりだ。しかし、ここの奴隷たちのことも知った以上、放ってもおけんし、第一内情を知っている私を教団が見逃すはずもない。」
「諦めたらおしまいだよ。」
 その言葉にヨシュアは、彼女の瞳が誰に似ているのか思い出した。
 荒んでいた子供の頃、出会った剣士が自分を諌めた言葉だったのだ。ルカのまっすぐな瞳はその剣士を思い出させた。更に髪の色も同じく黒い。全く梳られず無造作に束ねたそれが、一層あの剣士の姿を思い出させる。
「お前……確かに女だよな?」
「なんだよ。こないだ助けてくれたじゃないか!」
 ルカは顔を赤くした。


 全員で逃げる、その計画のためには、まず、ヘンリーに脱出してもらう必要があるとルカは考えていた。彼の実家であるラインハット王家ならば、奴隷全員を逃がすための軍隊や船をここに送り込む力がある。
 そのための協力を知り合ったばかりの名も知らぬ兵士にしてもらうつもりだった。
「問題は……山積みだなぁ。」
「何だよ、問題って。」
「ヘンリー!?聞いてたの?」
「危ないこと考えてるんじゃないだろうな。お前、親分に隠し事はナシだぞ。」
「判ってるよ。」
 問題なのは、ヘンリーは一人では決して逃げようとはしないだろうということだ。説得には時間がかかりそうだった。

 しかし、事態は急転した。
 奴隷らしくないという理由でマリアが鞭男に目を付けられた。彼女に鞭が振るわれたのを見たヘンリーが庇いに飛び込み、それをまたルカが助けに入って、ついに攻撃呪文を炸裂させてしまったのだ。
 マリアを襲った鞭男は倒せたものの、多くの兵士に囲まれ、ルカはついに捕らえられてしまった。手に余る危険な奴隷として。

98名無しさん:2008/04/24(木) 22:58:11
<神殿にて(後)>2/2

「起きたのか、ルカ。うなされてたようだが大丈夫か?」
 ルカは目覚め、牢獄の中で、側にヘンリーが座り込んでいることに気付く。
「う、うん。ヘンリーは?」
「オレの方はどうってことないさ。」
 ルカの目から涙がこぼれた。
「おい、どうした?傷むのか?」
「ちが……う。
ごめん、攻撃の魔法なんか使ったからきっと危険な奴隷だって思われてる。」
「何言ってるんだよ、お前はオレとあの女の子を助けてくれたんだぜ。
謝るなよ。感謝してるよ。ルカ。」
「絶対に、逃がすから。ヘンリーだけは。」
「逃げる時はお前もだ。」
「それはいい。ついでに私の妹も頼む。」
 その声がするまで、二人とも人影が近付いてきたのに気付かなかった。
「誰だ!」
「あんたは……。」
「ヨシュアだ。まだ名乗ってなかったな。」
 ヘンリーはいきなり現れた兵士に警戒の目を向けていて、ルカの目の下が赤く染まっているのに気付いていない。
 ヨシュアは牢獄の鍵を開けた。
「妹を助けてくれて感謝する。そんなお前たちを見込んでの頼みがある。
逃がしてやるから妹をここから連れ出してほしい。」
 ヨシュアの後ろに、二人が助けた新入りの女奴隷マリアがいた。
「妹?」
「さきほどはありがとうございました。」
 粗末な衣服に包まれた彼女は頼りなげに見える。
「どうやって三人も逃がすんだ?」
 ヨシュアは牢屋の側の水路を見た。大きな桶が浮かんでいる。
「あの樽に入るんだ。そうしたら私が水門を開いて樽を外に流す。
かなりの高さから落ちるが、うまくいけば水が衝撃を和らげるだろう。
隙間にはこれでも詰めておけば怪我も少なくて済む。」
 ルカは大きな布の袋を受け取った。
「このままでもお前たちはおそらく……できるか?」
「わかった。あんたの妹を預かる。オレたちを逃がしてくれ。」
 ヘンリーは頷くと樽に向かった。マリアもそれに続く。
「お前も行くんだ。」
 ヨシュアはルカの背中を樽の方へ押した。
 しかし彼女は布袋の中を覗いたまま動かない。
「これ……ここに来た時に取り上げられた……?」
「ああ、やっぱりお前のか。
奴隷から取り上げた物の中で、それだけ子どもの物が入ってたからな。リボンとか。」
 袋の中にはビアンカにもらったリボンがあった。色はすっかりくすんでいたが、思い出は鮮やかに脳裏に蘇る。
「外に出たらちゃんと髪梳かせよ。」
 ヨシュアがルカの頭を撫でた。
「このまんまじゃ美人が台無しだからな。」
「ルカ、何してるんだ。」
 マリアを樽に入れたヘンリーがルカを呼んだ。
「……あんたはどうするんだよ。」
「水門を空ける。聞いてなかったのか。」
「私たちを逃がしたらひどい目に遭わされるんじゃないの?」
「私の心配か?」
「心配したらダメか?」
「むやみに泣くな。私と離れたくないのかと勘違いする。」
 彼女は動こうとしない。
「ああ、そうだ。これを。」
 ヨシュアは指からリングを外した。
「持っていってくれ。」
 古ぼけているはずのリングが淡く光った。
「……キレイ。」
「気に入ったなら持っててくれ。
つまらない物だが一応、私やマリアの親の形見だ。無くすなよ。」
 ルカはヨシュアから離れて樽に向かった。
 ヘンリーが樽の縁に乗り、彼女を引っ張り上げ中に入れた。
 三人と布袋で隙間は殆どなくなった。内側から何とか蓋をする。
「水門を空けるぞ。」
「兄さん……!」
 マリアが小さく祈るようにつぶやいた。
「マリア、元気でな。
ヘンリー、マリアを頼む。
死ぬんじゃないぞ、ルカ、お前は生きろ、何があっても……!」
 樽が水の流れに飲み込まれた。
「――――!!」
 ルカの叫びも暴流に飲み込まれ、誰の耳にも届かなかった。

99悲恋〜ヨシュア〜 01:2008/06/08(日) 00:40:30
本スレより移動してきました
主人公の名はリュカで、基本的にしゃべりません

*****

*「コラー!さっさと石を運ばんか!」

***昼***

ヨシュア「ん、なんだおまえは。無駄口をたたかないで仕事をしろ!さもないと叩かれるぞ!」
リュカ→はい
ヨシュア「・・・あまり人が叩かれるのを見たくは無いんだ」
リュカ→いいえ
ヨシュア「しかたのないやつだ。水を分けてやろう。おまえを叱っているふりをするから、その間に休め」

***夜***

ヘンリー「まったく、リュカはきつい仕事ばかりやらされるなあ。口先でうまく立ち回れるやつじゃないから・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「気にするなよ。さあ、しっかり食わないと動けないぞ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「リュカはそのままでいてくれよ。お前が従順にならないから、俺も自分を見失わないでいられるんだ」



そして数日が経った・・・


***昼***

ヨシュア「ん、なんだ?俺が心配顔をしているって?はは、わかってしまうか」
ヨシュア「リュカというのか。君はほかの奴隷たちとは違うな」
ヨシュア「いや、妹が神殿でお仕事をしているのだがな、少し失敗をしたんだそうだ。なに、誰かを怪我させたとか、そんな大げさなことじゃない。妹は素直な子だから、きっとすぐに許されるさ」

***夜***

ヘンリー「ほう、衛兵にもそんな奴がいるのか。何かに使えるかもしれないな・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「ああ、少しは居心地を良くできるといいな。食い物とか、服とか・・・」
リュカ→いいえ
ヘンリー「心配するなよ。その兄妹を騙そうとか考えているわけじゃないぞ」


*****
神殿脱出までは、シリアスパートのみで重いです。。。

100悲恋〜ヨシュア〜 02:2008/06/08(日) 15:24:36
翌日

***昼***

兵士詰め所

ヨシュア「なんだって!奴隷仕事をさせられるって?ばかな!あんなに信心深い妹が、何かの間違いだ!」
*「間違いなものか。そんなに信心深いなら、教祖様の大事なお皿を手から滑らせるはずがないだろう」
ヨシュア「誰だって、物を落としたりすることはある。マリアはすぐに謝ったじゃないか!」
*「謝ったぐらいですむことか!きさま、これ以上、この件に関して異議をはさむのは許されんぞ。教祖様に反抗する者がどうなるか、きさまもよくわかっておろう?」
ヨシュア「・・・・・・」

兵士詰め所近く

ヨシュア「・・・なんてことだ・・・。ん、君は、リュカか。今の話を聞いてしまったのか?」
ヨシュア「こんなところでしゃべっているのはまずい。場所を変えよう」

外壁
ヨシュア「ここなら人も来ないか。ここでいいかい?」
リュカ→はい
ヨシュア「足を滑らせないようにきをつけて」
リュカ→いいえ
ヨシュア「すまない。ここがどういう場所かは知っているんだけど。・・・疲れきった奴隷が、自由を求めて飛んで果てる・・・。この部分が工事途中のときは、ずいぶん人が減ったと聞いているよ」

ヨシュア「奴隷に落とされた君の前でこんなことを言う俺はひどいやつなんだろうな。だけど、自分勝手だとわかってはいるんだが、妹には奴隷になって欲しくなどない」
ヨシュア「俺を軽蔑しないのか。そうか、君にも良い家族が・・・いや、話さなくていい。いつもの優しい目が、とても悲しくなっているよ」
ヨシュア「すぐに元の役目に戻れるように願っているけど、その間、妹をリュカたちの仲間に入れてあげてほしい」
リュカ→はい
ヨシュア「よろしく頼む。妹は素直で優しい性格だけど、人に取り入るのがうまくないんだ」
リュカ→いいえ
ヨシュア「マリアはすぐに元に戻れるだろうって?うん、リュカもそう思ってくれるなら、嬉しいな」


***夜***

マリア「今日からお世話になります。マリアと申します。よろしくお願いします」
ヘンリー「おう、よろしく。そんなに怖がらないほうがいいぞ!びくびくしていると、余計に鞭が飛んでくるからな!」
マリア「はい」

マリア「あの、リュカ様ですね?はじめまして、兵士のヨシュアの妹です。リュカ様に色々お尋ねして、お手伝いするようにと兄からことづかっています。よろしくおねがいします」


・・・・・
神殿脱出まで、空気を和ませてくれるキャラがろくに登場しません。
主人公が女の子で喋らないと、ヘンリーが元気を出しても見事に空回ると再認識しました。


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