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16砂漠の夜・2:2006/02/15(水) 16:23:46
「ねえ、お母さん……あっ、ううん。何でもないです」
 外套に包まれ、こちらを見上げていた娘が何かを言いかけて、視線を落とした。
 しかしやっぱり何かを言いたそうに、指を組んでそわそわしている。
 微妙な間が空いて、
「や、やっぱり、何でもあります!」
 程なくして決心をつけたようだが、こちらを見上げてはこなかった。
 苦しそうに息をつき、娘は震える唇を開く。

「お母さんは……わたしのこと、好きですか?」

 ズキッ、と刃物で刺されたような痛みが走る。心臓の鼓動がだんだん速さを増していく。
 当たり前でしょう。
 自分なりに、子供達を甘やかさない程度に、可愛がっていたつもりだけれど、
 ……そう、見えないかな?
 努めて平静を装って問うと、娘は慌てて否定した。
「ち、違うの。お母さんは、とっても優しいよ。でも……でもね」

「だって。お母さんは、ずっと……勇者を、探して、いたんでしょう?
 わ、わたし……お兄ちゃんみたいに、天空の……剣とか、カブトとか、つ……使えないから」
 ――――。
 予想外の言葉に、彼女は絶句する。
 勇者として褒め称えられる兄の姿に、娘が寂しそうにしていたのはわかっていたけれど。
 少なくとも彼女には、勇者かそうでないかが、親と子に関係があるとは全く思えなかった。
 それとも子供とは、そこまで気にしてしまうものなのだろうか?
 自分が子供の頃は、どうだったろう。

 ――子供達が可愛ければ可愛いほど、胸が痛かった。
   長く傍にいられなかったのに――どうして無条件で慕ってくれるのか。
   自分に、そこまでの価値があるのかと。

「わ、わかってるの! お兄ちゃんは、お兄ちゃんだって。でもね、ズルイって思っちゃったの。
 ごめんなさい。わたし、悪い子で……っ、お兄ちゃんだって勇者で大変だから、そんな事思っちゃいけないのに。
 でも、だから、悪い子だから、わたしは、勇者じゃないのかな、って……!」
 母が絶句したのを、呆れられたと思ったのだろうか。
 娘は俯いたまま、堰を切ったように話し出す。
 床に膝を付いて、背の低い娘と向かい合う。そうしなければ顔も見えないほど小さいんだな、と改めて思う。
 娘は、泣いてはいなかった。
 でも、いっぱいに見開いた目が、一点をじっと見つめている視線が、涙をこらえていると雄弁に物語る。
 何となく――でも強く、この子を泣かせてはいけない、と思った。
 正体不明な温かな気持ちと、泣きたいような切なさが、後から、後からこみ上げる。
 バカね。悪い子なわけないでしょう。ちょっとくらいのやきもちなんて、誰だってするわ。
「そうかな……」
 不安そうな顔。小さな頭を撫でてやる。

 あなたは……いい子よ。とってもいい子。
「そう、なの? わかんないよ……」
 おばあさまの故郷を見つけても、お母さんを待ってくれたのよね。
「それは……みんなで決めたんだよ」
 お母さんのお友達の魔物や動物たちと、仲良くしてくれたんだよね。みんなに聞いたわ。
「だって、みんないいこだもの。ヒトじゃなくても、いいこだもの」
 サンタローズの村で、一緒に泣いてくれたわ。
「それは……」 
 お母さんやお兄ちゃんのために、一生懸命、勉強してるの、知ってる。
「……」
 いつも、頑張って戦ってくれているの、わかっているから……
「…………」

 途中から、娘は返事をしなくなった。
 そのかわり、大きな目に涙が盛り上がり、小刻みに震える柔らかな頬に、幾つも幾つも零れ落ちる。

 上げていけば、きりが無い。
 でも、自分が子供達を愛する理由など、そんなはっきりしたものじゃなくていい。
 何気ない日常、平凡な会話、ちょっとした仕草、ありふれた微笑みだけで、それで充分だった。
 心の中を直接見せる事が出来るなら、必ず一目でわかってもらえるのに。
 今の自分がどんなに幸せか。二人の子供に巡り会えたということそのものが、どんなに嬉しいか。


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