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1◆VxeLKgID2I :2006/02/08(水) 03:07:24
どうぞー

101悲恋〜ヨシュア〜 03:2008/06/09(月) 19:17:21
数日後・・・

***昼***

ヨシュア「このままではまずい。ささいな失敗だから、マリアが奴隷の手伝いをさせられるのは少しの間だと思っていたのに・・・」
ヨシュア「ん、ああ、リュカか。君にはなんだか、格好悪いところばかり見られてしまうな」
ヨシュア「妹は早くも、きつく殴られていたよ」

***夜***

ヘンリー「マリアかい?素直でいい子だというのは、兄貴のひいき目じゃないらしいな」
ヘンリー「だけど、どうにも要領が悪くて、教団の連中に殴られやすい。それに、俺やリュカみたいに頑丈にできてないみたいだ。かなりまずいな・・・」

***昼***

兵士詰め所
*「奴隷の数は?」
*「たいして変わりないな。連れて来て数年で死ぬから、これからも新入りの世話は続くんだろうぜ」
*「めんどうだなあ。そういえば、10年も生きてるやつもいるらしいじゃないか」
*「おお、黒髪と緑だな。あの連中の生き延びる工夫ときたらすごいぞ。薬など無いのに、消毒やら止血やら。なんと、寝床の天井に生えた苔まで薬用にしてるらしい」
*「すごい執念だな。そうまでして生き延びたいのか」
*「というより、何が何でも生きて帰りたいんだろうぜ。脱走の前科が何度かあるらしいからな」
*「ほう、よく殺されないものだ」
*「ムダには殺さんさ。奴隷達は死ぬまでこき使うというのが、教団の方針だからな。もっとも、現場の監視員に目を付けられて、いじめ殺される奴もいるようだが」


ヨシュア「このまま元の役目に戻れなければ、マリアはいずれ・・・」


士官室

ヨシュア「お尋ねいたします。マリアへの罰は、いつまで続くのでしょうか?」
*「うん?マリア?・・・はて、誰だ?」
ヨシュア「先日、皿を割った罪で奴隷仕事をしている者です」
*「おお、そういえばおまえの妹だったか」
ヨシュア「はい、いつまでの仕置きなのかと」
*「さあ、自分は知らんな」
ヨシュア「誰にお聞きすればわかるのでしょうか」
*「はて、誰に聞けばわかるのやら・・・。自分はあの小娘を奴隷に落とすとしか聞いておらんから、その通りにしただけだ。それ以降のことは指示も受けておらんし、いつまでかはわからん」
ヨシュア「どなたが処分をお決めになったか、わかりませんか」
*「さて、誰だったかなあ、司祭様だか司教様だか、そんな肩書きのついた方の署名がついた命令書を魔物が運んできたんだったと思ったが・・・他にもいろいろ命令は受けたし、どれが誰の命令かなど、いまさら誰にもわからんよ」
ヨシュア「・・・くっ・・・」
*「話はそれだけだな、さがるがよい」


作業場

ヨシュア「なんてことだ。教団の誰も彼も、奴隷に落としたマリアのことなどすっかり忘れている!作業場でのマリアへの扱いは酷くなるばかりだ!ほうっておけば殺されてしまう!」
リュカ→はい
ヨシュア「なんとかしてやりたい、けれどどうすればいいんだ!」
リュカ→いいえ
ヨシュア「殺させないように、リュカが守ってくれるって?それは心強いな。これからもマリアにいろいろ教えてあげてくれ」

・・・・・
神殿脱出までが第一部で、全体の1/3ぐらいになりそうです。

102悲恋〜ヨシュア〜 04:2008/06/10(火) 17:14:41
数日後

***夕方***

作業場

*「今日はここまでだ!全員もどれ!」

マリア「うう・・・」
ヘンリー「くそ、必要もないのに叩きやがって・・・。立てないほど鞭打たれて、働けるはずがあるかよ」

ヨシュア「・・・ッ」


外壁

ヨシュア「リュカ、ああ、俺はどうしたらいい?」
ヘンリー「見え透いた芝居はやめろ、あんた、困っているふりをしているが、ここから妹を逃がす計画をしているんだろう?」
ヨシュア「!」
ヘンリー「奴隷だって目も耳もあれば、お互いにしゃべったりするんだぜ。あんたがここのところ、資材置き場を物色しているのは知っているんだ」
ヨシュア「違う!俺はリュカを騙してなんて・・・!」
ヘンリー「途方に暮れて何をしていいかわからないように見せかけて、リュカを通じてまわりにはそう思い込ませて、その間に着々と準備してたってわけだ。教団の人間が悪党なのは知ってるから何とも思わないが、リュカを騙したのは許せねえ!」
ヨシュア「待ってくれ!リュカには話すつもりだった!」
ヘンリー「黙れ!リュカ、止めるな!」


ヘンリー「くそ、リュカがいなければ、二度と見られない顔にしてたところだ」
リュカ→はい
ヘンリー「お前でも、やっぱり騙されたら怒るよな」
リュカ→いいえ
ヘンリー「ああ、懲罰房に入れられなくて済んだのはリュカのおかげだよ。けど、一発でも殴ってすっきりしたかったな」


翌日
***昼***

作業場

ヨシュア「リュカ、昨日はすまなかった」
ヨシュア「怒っていないって?ありがとう」
ヨシュア「リュカの親友を怒らせてしまったな。自分ひとりで考えようとした俺が間違ってたみたいだ。彼が言うとおり、俺は今、腹中で一計を案じている。リュカと彼には近いうちに話すことにする」


***夜***

ヨシュア「リュカ」
ヘンリー「おまえ、何しにきた!」
ヨシュア「ヘンリーといったね、君にも聞いてほしい。君達のためにもなる、大事な話なんだ。君たちに、妹と一緒にここを出てもらいたいんだ」
ヘンリー「なに・・・」
ヨシュア「計画はこうだ。まず、これを見てくれ。俺がこっそり写し取った図だ。いま、この建物の構造はこうなっている・・・」
〜〜
ヨシュア「・・・というわけだ。協力してくれるか?」
ヘンリー「・・・」
ヨシュア「どうした」
ヘンリー「囮役として撹乱するっていう、あんたの役目が危険すぎる。この話、信用していいものかと思ってな」
ヨシュア「はっきり言うなあ。けれど・・・」
ヘンリー「ああ、乗った。ダメでもともとだ。やってやる。やってやるけど、少し計画を変えてもらいたい」
ヨシュア「変える?」
ヘンリー「俺たちは何度か試して失敗しているから、いつも通り懲罰房に何日か放り込まれるだけだ。だがあんたと妹は違う。妹は今度こそ元の仕事に戻れなくなるし、あんたはもっとひどい。成功しても、手引きがばれるか疑われただけでも、あんたは間違いなく奴隷に落とされるか、殺されるだろう」
ヨシュア「そうだな」
ヘンリー「だから、あんたも一緒に脱出しろ」
ヨシュア「俺も?」
ヘンリー「この計画があんたにとって不利すぎる。もしかすると俺たちを奴らに売って、妹を救おうとしてるんじゃないかと疑いたくなる。いや、今はそんなつもりがなくても、気が変わることもある。こういう不公平を残しておくと、気が変わりやすくなる、危険なんだ・・・・・・・とまあ、これは俺じゃなくて、何度か失敗するうちにリュカが気付いたことだ」
ヨシュア「わかった、俺も一緒に出る用意をしておこう」
ヘンリー「できるのか?」
ヨシュア「しっかり準備しておけば、3人を4人にできるだろう。さて、作戦を練り直そう」
〜〜
リュカ「・・・」
ヨシュア「リュカも俺と一緒に囮になるって?いや、それはまずい。兵士しかいない場所に、リュカがいたら目立ちすぎる」
リュカ「・・・」
ヘンリー「よし、あとはチャンスを待つだけだな」

103悲恋〜ヨシュア〜 の筆者:2008/06/11(水) 19:35:50
数日後

***午前***

資材置き場

ヘンリー「まだチャンスじゃないのか?」
ヨシュア「ああ、今日は俺が夜の哨戒の当番じゃない。それに、海に投げ出されて泳ぐ羽目になったとき、凍死しないぐらいの時期まで待ちたい」
ヘンリー「なるほど。もっとも、海の真ん中を人間が泳いでいたらサメや魔物の餌食になる可能性が高いだろうが・・・」
ヨシュア「生き残る可能性を少しでも高くしたいんだ」


ヨシュア「マリアは大丈夫か?」
リュカ→はい
ヘンリー「おう、思ったより我慢強い子だぞ。元の仕事に戻れなさそうだと聞いたときには、さすがにこたえたみたいだが、俺たちの計画を知って勇気が出てきたみたいだ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「奴ら、マリアを八つ当たりの標的にしてやがる。あのままだと、マリアの心がくじける前に体の方がやられちまう」
ヨシュア「体が負ければ心もくじける。マリアのことも心配だが、マリアの口から計画が漏れたりしたら大変だ。あまりぐずぐずしてもいられないな」

ヨシュア「さて、怪しまれないうちに解散しよう」


***午後***

作業場

*「おーい、大荷物だ、もうひとり手伝いに来てくれ!」
ヘンリー「あ、リュカ・・・まったく、ラクをしようとしないやつ・・・」
ヨシュア「リュカは、きれいな子だな・・・」
ヘンリー「へ?なんだってぇ?」
ヨシュア「あ、いや、その・・・なんというか、清潔感というか。あ、いやいや、リュカはいつも泥だらけなのに、何を言っているんだ俺は」
ヘンリー「・・・」
ヨシュア「・・・」
ヘンリー「あたりまえだ。病気になったら命取りだ。泥はともかくとして、不潔なのをほっといたら死んじまう。どんなに疲れても、怪我と病気の予防だけは手を抜かないのが生き延びるコツだ。意外かもしれないけど、ここでは怠け者はすぐに死ぬ。マメな努力と工夫が不可欠なんだ」
ヨシュア「うん、そうだな。リュカを見てるとそう思う」
ヘンリー「生き続ける意志を失うやつもいる。途端に努力も工夫も消え去って、自分の体の異常に気付きすらしなくなる。・・・おーい、リュカ!続きは俺がやるぞ!」
ヨシュア「・・・」
ヨシュア「きれいだな。本当に・・・」



ところが・・・チャンスを得られないまま、十数日後・・・

作業場

マリア「ど・・・どうか、お許しください・・・・・・」
ヘンリー「リュカ、俺はもう我慢できないぞ!」

<戦闘>

*****

牢屋前

ヘンリー「すまん、我慢がきかなかったんだ」
ヨシュア「いや、妹のために怒ってくれたんだ。俺は感謝してるよ。でもこれで・・・」
ヘンリー「ああ、俺だけじゃなく、リュカとマリアまで目立ちすぎた」
ヨシュア「連中の怒りが治まるまで待っていたら、マリアが殺されてしまうな」
ヘンリー「すぐにでもやるしかないな」
ヨシュア「不幸中の幸いだが、今夜、俺は哨戒の当番で動き回れる。明日の夜明け前、仕掛ける。いいかい?」
マリア「兄さん・・・」
ヨシュア「マリア、落ち着いてやればできる。さあ、マリアもここで休んで」
ヘンリー「山の下の様子はわかるか?」
ヨシュア「聞いた話だが、天気は悪くないし、海も荒れてない。この季節の海流なら、順調に行けば漂着できそうだ。ただ、やはりまだ寒いな。樽に浸水したらかなり危険だ。もっとも、山頂から急に落ちるわけだから、頭痛で泡吹いて動けなくなっているかもしれないが」
ヘンリー「高山病というやつか。けど、樽に穴が開いたら、頭痛を我慢してなんとか塞いだ方がよさそうだな」

ヨシュア「ここのカギだ。地面に埋めて、使うときに掘り出したらいい。じゃあ、合図まで休んで」
ヘンリー「おお、そっちも頼むぞ」

104悲恋〜ヨシュア〜 06:2008/06/12(木) 15:38:29
牢内

ヘンリー「ん、作戦の確認をするか?」
リュカ→はい
ヘンリー「ヨシュアが大声をあげたら、それが合図だ。ヨシュアは火事や奴隷の叛乱を装って、パニックを起こさせる。こちらはその間に、カギを使って牢から通路へ出る。通路では、隠しておいた道具を拾って、武器とかを身につけたら水牢へ行く。途中で妨害されたら、やりすごせなければ倒す。水牢の排水路に脱出用の樽を浮かべたら、ヨシュアを待って出発だ。もう一度確認するか?」
リュカ→いいえ
ヘンリー「ここはいつもの寝床よりも水牢に近くて、俺たちの方は当初の計画よりもずっとラクになったな。じゃあ、ひと眠りしよう・・・」

***夜***
(リュカ・・・リュカ・・・起きているかい・・・)
ヨシュア「いいかな、話がしたいんだ。いつもの場所で・・・」

外壁

ヨシュア「すまない。俺がもっと早く決断していれば・・・」
ヨシュア「え?似てる?俺の起こし方が、リュカの幼友達に?・・・外に出たらきっと会えるよ。俺も会ってみたいな、小さい頃のリュカを知っている人に」
ヨシュア「リュカ、明日の今頃は、どこかの海岸にリュカと流れ着いていればいいな。リュカだけでも、今すぐ自由にしてあげたい。いや、自由になるべきだと思う。なんだか、リュカの瞳を見ていると・・・」
ヨシュア「・・・」
ヨシュア「リュカ・・・愛させてくれ・・・」

〜〜〜


ヨシュア「ん、起きたかい?時間なら大丈夫だよ。寒くないかい?」
ヨシュア「これを持っていって。流れ落ちるときに舌を噛まないように、その布を噛み締めるんだ。帰ったら、マリアたちにも渡してくれ」
ヨシュア「・・・この夜が明けたら、リュカは自由になる。今は、その思いが一層強くなった。リュカはここに囚われたままではいけない。いるべきところに帰って、リュカにふさわしい幸せを手に入れるんだ」


***夜明け前***


神殿廊下

ヨシュア「天よ、どうかリュカに幸福を・・・」
ヨシュア「さて・・・」
ヨシュア「大変だーッ!!」

牢屋
(ヨシュア「大変だーッ!!」)

ヘンリー「合図だ、行くぞ」
マリア「はい」
ヘンリー「リュカ、あいつが心配か?」
リュカ→はい
ヘンリー「俺たちは俺たちで、できるだけうまくやるしかないさ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「そうか、けっこう信頼してるんだな」

通路

マリア「これです!ここに荷物を入れてあるはずです!」
ヘンリー「ガラクタでも使えるものがあればいいんだが・・・こいつは、リュカの道具袋じゃないか!とっくに処分されたもんだと思ってた!ヨシュアもよく見つけてくれたぜ!」
マリア「必要なものだけ身につけて、急ぎましょう!」

*「おい、おまえたち何をしている!」
*「奴隷どもだな。痛い目に遭いたくなければ、おとなしく戻れ!」
ヘンリー「ちっ!騒がれると困るんだ!」
*「この、刃向かうつもりか!」
ヘンリー「いつまでも黙ってやられていると思うなよ!」
*「くっ!こいつら武器を!」

<戦闘>

ヘンリー「剣一本でもあれば、こんなやつらに負けはしないぜ!」
マリア「ヘンリー様、お強いです」
ヘンリー「武器に差が無けりゃ、くぐってきた修羅場がものを言うからな」
マリア「リュカ様も・・・」
ヘンリー「・・・まあ、杖一本で十分なやつもいるわけで・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「刃先が引っ掛からない方が使いやすい、なんて理由で杖や棒を選べるのは、リュカくらいのもんだよ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「マリアもナイフぐらい持ったな?戦わなくてもいい。そのかわり、自分の身をしっかり守ってろよ」

105悲恋〜ヨシュア〜 07:2008/06/13(金) 20:52:38
水牢入り口

ヘンリー「死体を入れる樽か、こいつには入ってやるもんかと思ってたけど・・・縄でつないである2つ・・・と、これだな。奥に女の子二人と荷物を。男は手前の樽に、でいいかな」
マリア「何かに引っ掛かって流れなくなったりしたら、縄を切って2つを離せるようにしてあると言ってましたわ」
ヘンリー「よし、ロープで鋲に結び付けて・・・あとはヨシュアを待って出発だ。リュカ!そっちはどうだ?」


鋼鉄の柵が下りている!とても開けられそうにない!

ヘンリー「こいつは・・・!なんてこった、騒ぎが大きくなりすぎたせいだ!教団のやつらが、ただごとじゃないと感じて、用心のために閉じたんだ!これじゃあヨシュアが通る道が・・・!」
マリア「でも、兄さんは哨戒のためにカギを持っているはずですわ!」
ヘンリー「夜の巡回の兵士が、こんな滅多に使わない鉄柵のカギなんか持ち歩くもんか!くそ、ヨシュアがうまくやりすぎた!」
マリア「そんな、兄さん・・・!」


ヨシュア「リュカ、マリア、ヘンリー!」
マリア「兄さん!ここは通れないの!リュカ様の魔法でも斬れなかったわ!」
ヨシュア「そうか、といって、連中も俺が騒ぎを起こしたと気付いている。他にも閉じられた門があったし、今から回り道などできる状況じゃないな」
ヘンリー「待ってろ、壁を掘り崩して、すきまをあけてやる!」
ヨシュア「わかった」
*「いたぞ、あそこだ!」
ヨシュア「くっ、俺が殺される方が早いのか?」

<戦闘:ヨシュアvs神殿兵>

ヘンリー「くそったれ、これは土じゃねえ、岩だ!頑丈な門を作るには絶好の場所だぜ、畜生!」
ヨシュア「まだか、こっちはそろそろ・・・」
ヨシュア「!」
ヨシュア「リュカ!後ろだ!リュカたちが来た道からだ!」
*「ここか、教祖様に刃向かう愚か者どもめ!」
ヘンリー「もう回り込んで来やがった!少しはのんびり歩いてこいってんだ!」
*「そうか、こいつら水牢を使う気だな、その樽をぶっこわしてやる」
リュカ「!」

<戦闘>

ヘンリー「くそ、敵が多くて掘っていられねえ!」
ヨシュア「マリア!もう乗れ!乗ってリュカの道具袋をしっかり抱いていろ!」
*「なるほど、あれだな!よし、矢でも石でも魔法でも当てて、あの樽を壊してしまえ!」
<魔物はベギラマをとなえた!>
ヨシュア「そうはさせるか!」
<しかしヨシュアが立ちはだかった>
マリア「兄さん!」
ヨシュア「行け、リュカ!ここで死んではいけない!生きてくれ!」

<戦闘>

ヨシュア「行けマリア!自由になるんだリュカ!ヘンリー、ロープを切って出発するんだ!」
ヘンリー「くそお、どうしろっていうんだ!」
ブツリ
ヘンリー「リュカ!?」
ヨシュア「手前は捨てて、3人とも奥の樽へ!」
ヘンリー「やめろぉ!殺すな、ヨシュアを殺すなーッ!」
ヨシュア「マリアを頼む!ぐぅ!?」(文字色 赤に変化)
マリア「いやああー、兄さんーッ!」
ヨシュア「幸くあれ、リュカ。俺はリュカを・・・」
***
ヨシュア『リュカを・・・愛せて・・・幸せだった・・・』
ヨシュア『ありがとう・・・』
***
マリア「兄さ――ん!」
リュカ「――ッ!」

〜〜〜

(悲恋〜ヨシュア〜 第1部終了)
*****

*****
(悲恋〜ヨシュア〜 第2部開始)

修道院

(文字色 復元)

*「おや、黒髪さんもお目覚めになりましたね。まだ動いては駄目ですよ。お召し物を用意させますからね」

*「あら、よかったピッタリですね。お連れの殿方があなたの服だとおっしゃるから、洗濯して仕立て直してみたんです」

106悲恋〜ヨシュア〜 の筆者:2008/06/14(土) 21:51:17
マリア「リュカ様!お気づきになられたのですね!よかった」
マリア「山から落ちて、上も下もわからなくなる中、リュカ様が頭を抱きしめてくださったので、私が一番落下のショックも小さくて、早く目を覚ましたんです。お二人ともあちこち打っていて、お苦しそうで・・・。目を覚ましてくださって、本当によかった・・・」


ヘンリー「・・・こいつはおどろいた。もとがいいから、汚れを落として適当に身づくろいすればとびきり美人になるだろうとは思ってたが・・・二人ともこれほどとは・・・」
マリア「まあ、お上手です。でもリュカ様にはかないませんわ」
リュカ→はい
ヘンリー「俺はしばらくこの格好で頑張ることにするか。下手に身分を証明するような服装をするより安全かもしれないし、なにより服なんて買う金がない」
リュカ→いいえ
ヘンリー「リュカの服は長旅に耐えねばならないからな。女性らしい服装とはちょっと違うか」



*「ささ、お食事ができましたよ」
ヘンリー「おお、待っていたぜ、嬉しいねえ!」
*「お若い方の好みの味付けになったかしら?」
マリア「はい、美味しいです」
ヘンリー「くう〜〜、涙が出るほどだぜ。味の付いてる食事ってものが、これほど旨いもんだったとは!」
リュカ→はい
*「褒められてると思っていいのかしら・・・」
リュカ→いいえ
*「聖職者の修行の場ですから、食材も調味料も限られてしまいますの」


ヘンリー「さて、準備はいいか?出発しよう」
院長「お待ちなさい!明日まで休んでいきなさい!」
ヘンリー「いや、すまない。今はお礼のしようがないから・・・」
院長「ちがいます!あなた方がどこからいらしたのかは尋ねませんが、もっとご自愛なさい!特に黒髪さん、ちょっとこっちへいらっしゃい!私が肌にお薬を塗って差し上げます!」
ヘンリー「あ、リュカ、おーい・・・」
院長「まったくもう・・・せっかくの美形が、艶が抜けきって台無しです!いいこと?肉でも魚でも、少しは油を摂りなさい!神に仕える私達だって、豆や菜種ぐらいはお料理に使うんですから!そう、牛乳でもいいですよ」
院長「ほら、緑さんと金髪さんは、順に水浴びなさい!婦人用しかありませんが、緑さんはあまり大きくないから大丈夫でしょ」
ヘンリー「みどりさんって俺か?」
ヘンリー「あー、マリア・・・先に浴びるか?」
マリア「リュカ様もいますから、ヘンリー様がお先の方がいいですわ」
ヘンリー「そうか、なら、そうさせてもらう」
院長「あなたも水を浴びたら、髪をとかしましょうね・・・おかわいそうに、本当なら輝くばかりに美しいおぐしでしょうに、ことごとく傷んでしまって。いったいどんな苦労をなされたら、こんなに・・・。でも、あなたはお若いから、これからきちんと食べて休んで、健康にしていれば本来の美しさを取り戻せますよ。何ヶ月かすればだいぶ治るでしょうし、何年かすればすっかり生えかわっているでしょうからね」

院長「ちょっと、緑さん!あなたもまだ終わってないのよ!」
ヘンリー「俺は男だ。化粧の心配はいらないぞ」
院長「待ってなさい、下の子たちにマッサージさせましょう」
ヘンリー「いや、やめとく。なんだか、くすぐったそうだ」
院長「あなたの体、そのままほっとくと関節を壊します!若いうちからおじいさんみたいに肘や膝が曲がったままになるわよ!」
ヘンリー「・・・・・・お願いする」
院長「うん!素直でよろしい」

107悲恋〜ヨシュア〜 09:2008/06/15(日) 13:52:42
院長「みなさーん、このお兄さんとおててつないで、ぴったりくっついてねー!」
**「「はぁい!」」
ヘンリー「こ、こらチビ!やめろぉ!そこのお母さんも、子供と一緒になるんじゃない!」
院長「ほら、じっとしてるんです!」
ヘンリー「うわ、やっぱり、くすぐったいじゃないか、く、く、く」
院長「黒髪さんもひどかったけど、緑さんも相当ね・・・」
ヘンリー「だいたいなあ、俺だって力仕事をやりまくってきたんだから、怪我しないような知恵はそこらへんの医者にだって負けないぐらい・・・ぐああ!痛え!」
院長「ほら、ごらんなさい。酷使しすぎて、体の回復力が追いついてないんです!我慢して、痛いのをごまかしながらやってきましたね?」
ヘンリー「そんなことはないぞ。リュカの魔法は、よく効くんだ!」
院長「『いたいのいたいの、とんでけー!』」
ヘンリー「そりゃ、おまじないだろう!じゃなくて治癒の魔ほ・・・くぅ!」
院長「ここも炎症ね・・・。魔法は傷を塞ぐけど、万能薬じゃないのよ」
ヘンリー「わかっちゃいるよ。なあ、俺はもういいから、リュカを診てやっ、あだだだだ!」
院長「ああもう、殿方ならば我慢なさい!」
ヘンリー「ゲンコツならいくらでも我慢、ぎええ!けど、こういうのは全然慣れ、づう!」
院長「はぁ・・・」


院長「緑さん。お連れさんだけど・・・」
ヘンリー「ん?」
院長「金髪さんと黒髪さん、別のところからいらしたの?」
ヘンリー「いや、同じだ」
院長「・・・金髪さんは新しい傷ばかり。折檻を受けたような痕があるけど、全体としての印象は、慣れない仕事をさせられていた感じだわ。黒髪さんは古傷が多い。何かの熟練工を思わせるものがあるわ。金髪さんの傷はすぐ治るわね、でも黒髪さんの方は・・・痕をすっかり消すのは絶望的な傷がいくつかあるわ。そして緑さん、あなたは・・・黒髪さんに近いわね」
ヘンリー「すごいな。あんた名医だ」
院長「金髪さんは、まだ何かにおびえているように見えるわ。あの子達の傷はあなたのせいではないのでしょうけれど、あなたに頼みます。彼女達に、同じ傷をつけるようなことにはならないようにしてあげて」
ヘンリー「・・・俺のできるかぎりはする。だが、約束はできない。彼女達に傷をつけたのは、俺よりもはるかに強い力を持つ、巨大な悪だ。だが、二人が悪の手に落ち、傷ついたのは、俺の愚かさと無力も原因だ。敵はあまりに強大だったから、俺が賢明であったとしても守りきれなかったかもしれないが、傷を浅くすることは不可能じゃなかったと思う。後悔している。彼女らは許してくれてるが、くやしくてならない」
院長「そうですか。いえ、私が頼むまでもなかったですね。あなたは既に深い決意をお持ちのようです」
ヘンリー「いや、彼女らを案じてくれる人が多いのは、俺にとっても嬉しいことだ。励みになる」


翌朝

マリア「はぁ・・・ほんとうにお綺麗です、リュカ様・・・」
ヘンリー「今までは、わざと汚くさせてたんだよ。教団の好色な野郎に狙われないように。・・・まあ、それでも、内から輝くものというか、隠し切れないものってのはあるし、マリアの兄貴は、それを見て取ったんだな」
マリア「自由を取り戻したリュカ様のお姿、兄にも見せてあげたかった・・・」
ヘンリー「ああもう、湿っぽくなるなって!悪い習慣だぞ、マリア!そうだ、頑張ってもっと腕のいい聖職者になれば、あいつにもマリアの目を通じて見せてやれるぞ!」
マリア「は、はい」
院長「神に仕える者は腕ではなく徳をみがくものですが・・・まあ、やる気があるのは良いことです」





院長「出掛けるのですね。体を大事にするのですよ」

*****

ビスタ港、ヘンリー独語

ヘンリー「解放されたら、リュカのために何でもしてやろうと思ってたのに」
ヘンリー「くそ・・・」
ヘンリー「リュカが母親を探す旅の邪魔をしているのが、こともあろうにラインハット王国とは」
ヘンリー「俺はいつも、リュカの災難になってばかりだな」
ヘンリー「・・・」
ヘンリー「いかんいかん。まずはこの国をなんとかしなきゃな。どれもこれもいっぺんに解決できはしないんだ」

サンタローズ廃墟

ヘンリー「・・・リュカ、許せ。掛ける言葉もない・・・」
リュカ「・・・」
ヘンリー「いずれ王宮を奪還したら改めて皆に詫びさせるが、今は俺に謝らせてくれ」
リュカ→はい
ヘンリー「俺の全力を尽くして償うから、みていてくれよ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「俺ではなく、国を乗っ取った悪党のせいだって?ああ、なんとかして追い出してやる」

108悲恋〜ヨシュア〜 10:2008/06/16(月) 13:17:54
***馬車入手後***

修道院

マリア「リュカ様、兄に良くしてくださって、ありがとう」
マリア「兄の最後の言葉・・・リュカ様は気付いたかしら?」
リュカ→はい
マリア「どうか忘れないでいてください」
リュカ→いいえ
マリア「背中から槍で胸を貫かれ、体も痙攣して、声になりませんでしたが、唇ははっきり動いていました」
ヨシュア『リュカを・・・愛せて・・・幸せだった・・・』
ヨシュア『ありがとう・・・』
マリア「兄が誰のために命を賭けていたのか、あの時ようやくわかりました。リュカ様がいらっしゃらなければ、わたしはきっと、兄を死なせた妹だという重圧に押し潰されていました。リュカ様はわたしたち兄妹の恩人です。どうかこれからも感謝させてください」


マリア「もともと、兄の計画は妹の私を逃がすためだったのですね。でも、命が尽きる間際、兄はリュカ様だけを見つめていました」
マリア「兄の最期の表情を、私は忘れません。激痛でひきつってはいましたが、その表情は苦痛や恐怖だけでありませんでした。満足感や達成感とも違う、歓喜の表情・・・兄はまぎれもなく歓喜に震えながら果てたのです。おそらくは、愛しい人の姿を見られる歓喜に」
マリア「助けたい相手がいつのまにか変わっていたのでしょう。兄が最後に愛した人がリュカ様でよかったと思っています・・・」
リュカ→はい
ヘンリー「ああ、男としてはこれ以上無い見事な散り様だった。俺もあのようでありたいぜ」
マリア「・・・」
ヘンリー「いや、もちろん、仮に俺が早死にで、戦いの中で果てるとしたら、の話だぞ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「それは違うぞ。最後まで、ヨシュアはマリアを助けたいと思っていたはずだ。ただ、目に焼き付けたかったのはリュカだったんだな」



院長「あら、黒髪さん。うん、よしよし!ちゃんと健康にしてるわね」
院長「わかりますとも。初めてお会いした時より、ずっと美人になってますもの!」


<スラリンがいるとき>
院長「あら、かわいいスライムね・・・」
院長「そうだわ!スライムさん、おいしい水をあげましょう」
院長「飲み終えたら、ここに来てくださる?」
スラリン「ぷるぷる・・・?」
院長「はい、ここでつぶれててね。そうしたら、黒髪さんはこちらへ、横向きに寝ましょう」
スラリン「ぶにゃ!?」
院長「はい、そのままそのまま・・・」
・・・・・・
院長「さあ、次は反対側を向いて。スライムさん、水をもう一杯飲んで!」
スラリン「ぐにゃー」
・・・・・・
スラリン「ZZZzzz...」
院長「はい、そろそろいいですよ」
スラリン「きゅうぅ」
院長「やった、成功!思ったとおりだわ!これで黒髪さんのお顔がいっそうみずみずしくなりました!」


<スラリンがいるとき 2>
院長「あら、スライムさん」
スラリン「ぷるぷる・・・」
院長「・・・わたしもスライム美容法始めようかしら」
スラリン「ピキー!」
<スラリンはにげだした!>

*****

オラクルベリー

占いババ様

婆「ふむ・・・お主は誰かを探しておるな。だが、求める相手の居場所にまるで心当たりが無いと見える」
婆「うむう・・・お主はまったく、難しい星のもとに生まれた娘さんじゃな。ううむ・・・わかりにくい・・・」
婆「お主の求めるお人は、はるか遠くにいるようにも、ごく近くにいるようにも見える」
婆「いや、何かが近くにおる。ごく近くじゃ。これ以上ないほど近くで、何かが・・・」
婆「ううっ!これ以上は見えぬ!なにやら、太陽でも見つめているようで、火傷しそうじゃ!」
婆「この婆めにできるのはここまでのようじゃ、すまんのお。しかしお主を占うのは実に面白い。尋ね人の手掛かりでも見つけたら、また来るがよいぞ」

109悲恋〜ヨシュア〜 11:2008/06/17(火) 17:19:22
占いババ様 続き

婆「うん?坊やか、坊やは有料じゃぞ?」
ヘンリー「そんなあ!よし、それじゃあ、こうしよう」
婆「ほほ、出世払いとな。調子のいい小僧じゃ。まあ、若い男はそうでなければの」
ヘンリー「ああ、俺は・・・」
婆「待ちなされ。話をしてはならん。この占いは、客の身の上について知識があると邪魔になるのじゃ。さっきも娘さんから何も聞かなかったじゃろうが」
ヘンリー「ん、じゃあ・・・水晶の前に座ってればいいんだな」
婆「ふむ、坊やは・・・ふむう、坊やは求めるものが既にはっきりしておるな。どこにあるか、どんなものなのかもわかっておるな」
婆「うむ、一歩ずつ進んでいくがよいと出ておるぞ。焦って一段飛ばしに駆け上がるなということじゃ」
婆「・・・なんじゃ、人生相談のようなことしか言えぬのお。つまらん」
ヘンリー「占いってのは、だいたいそういうもんじゃないのか?」
婆「同じにするでない。人生相談なら、神父様やシスター様がやればよいのじゃ。占いは、たとえば浅ましい欲望を嫌わぬし、天変地異のような巨大なことも含まれるのじゃ。善悪や幸不幸ではなく、当たるか当たらぬかが占いというもの。魔法のようなものじゃ。魔法には浄化も破壊もあるであろうが」
ヘンリー「なるほど」
婆「坊やは、次に来るときは、もっと深刻な悩みを作ってくるがよい」
ヘンリー「それって俺に災難に遭うように勧めてるのか、ばあさん」
婆「ほほ、すまんすまん。こういう商売をしとるせいじゃな」

ヘンリー「あのばあさん、本当に商売柄だけか?もともとトラブル好きなんじゃないのか?」
*****

ラインハット奪還直後

ラインハット王宮
玉座前

デール「リュカ殿、マリア殿、感謝いたします。これでこの国はようやく前に進むことができます」
マリア「恐れ入ります、陛下」
デール「それにしても、こんなお美しいご婦人方が・・・うん?」
デール「・・・失礼、マリア殿、リュカ殿の手を取っていただけないか?」
マリア「きゃっ、熱っ!?いえ、冷たい!なんてこと、リュカ様、リュカ様ぁ!」

デール「誰か!誰かこのご婦人を東の賓客室へお連れせよ!そこが一番風通しが良くて、寝台も新しかったはずだ!」
ヘンリー「医術の心得のある者を呼んでくる!くそ、なぜ俺がいて気付かなかった!」
マリア「そうっと動かしますよ、揺らさないように、そうっと・・・」


*****

客室前

ヘンリー「どうだ?」
マリア「わかりません。暖かくしましたから、冷たかった手足は温まりましたが、いったい何のご病気なのか・・・」
ヘンリー「城外で待たせたリュカの魔物も、城内に入れるように記章を発行させた。治療を手伝えるように、体を洗って清潔にしているところだ。あとは、ここのシスターの医術の腕を信じるしかない」
マリア「はい」


廊下

ヘンリー「母親を救う旅をするはずが、俺の国の暴政に阻まれ、さんざん遠回りをさせられた果て、ようやく本来の目的へ向けて動き出そうというときになって、病に倒れるとは・・・。本当なら、ラインハット奪還などは俺がやるべきことで、リュカは旅の準備をしていてもよかったんだ。俺の都合に振り回されて、無理を重ねて・・・畜生!」

ヘンリー「なぜだ、なんで俺は、あいつから大事な人を奪うことしかできないんだ!」
ヘンリー「俺のわがままと不覚のためにあいつの親父を死なせたとき、俺は死ぬほど悔いた。肝が冷えきった。己を責め抜いた。数え切れないほど泣いてあいつに謝った。二度とあんな迂闊なことはすまいと心に誓った。決して他人を不幸に・・・いや、他の誰に迷惑を掛けても、リュカにだけは、これからはせめて俺以上に辛い気持ちにはさせないと思い決めていたのに!」
マリア「ヘンリー様・・・」
ヘンリー「またしても俺は、あいつを愛し、あいつの愛する人を死なせた。なぜ俺は、マリアが打たれていたとき我慢がきかなかった!なぜ俺は、ヨシュアを巻き込むように計画を変えさせた!なぜ俺は、ヨシュアが信じるに足る奴だということに、ヨシュアが死ぬ時になってようやく気付くのだ!挙句に俺は、ヨシュアを死なせる最後の決断までリュカにさせてしまった!俺が先に決断していれば、リュカはヨシュアを見捨てた俺を責めることもできたんだ!なのに、俺の勇気が足りないばかりに!」
ヘンリー「俺がつまらぬ意地で継母上に懐かなかったために、あいつは10年間を不当に奪われた。俺のすることは、あいつの幸せを壊してばかりだ!これから先も、俺があいつのために何かをやれば、あいつに不幸を招くことになるんじゃないのか?」

110名無しさん:2008/06/18(水) 07:10:48
苦悩するヘンリーは珍しいですね。女主人公ならではという感じです。
そういえばヘンリーはこれからリュカについて来るのでしょうか?
サラボナでの結婚イベントがどうなるのか楽しみです。

111悲恋〜ヨシュア〜 12:2008/06/18(水) 17:08:36
マリア「ヘンリー様、それは違います。ヘンリー様がいらっしゃったから、リュカ様も10年にわたって忍耐できたのです。ご自分を卑下なさってはいけません」
ヘンリー「マリア」
マリア「それに、お父上様が巨大な悪と戦っていらした以上、ヘンリー様のことが無かったとしても、リュカ様は囚われていたかもしれないのですわ」
ヘンリー「だまれっ!」
マリア「ひっ!」
ヘンリー「その程度のことはマリアに言われるまでもないッ!!」
マリア「・・・っ」
ヘンリー「あ、いや・・・許せ。・・・見てのとおり、俺はマリアの言葉ひとつ受け止めきれない、心が狭い男だ。それでも、リュカが最も幸福になるにはどうしたらいいか、愚かな俺だが、考えずにはいられないんだ」
マリア「・・・」

マリア「ヘンリー様は、リュカ様を想っていらっしゃるのですね」
ヘンリー「ああ、そうだ。生死をともにした10年、この気持ちを育ててきた。これほど長く恋い続けてきたんだ。そう簡単に思い切れやしない。あいつを愛する資格など、10年前にとっくに失っているってのにな!」
マリア「ヘンリー様。リュカ様は・・・」
ヘンリー「ああ、あいつは心が広すぎる、優しすぎる。だからこれは俺の問題だ。俺自身が俺を許せないんだ!天にいるパパス殿やヨシュアが、俺がリュカに対してしたことを許すとは思えない以上は、俺は俺自身を許してはならないんだ!」
マリア「・・・」

マリア「ヘンリー様、未熟ながら、神に仕える者として申し上げるべきことがございます」
ヘンリー「む」
マリア「ヘンリー様は、たぐいまれな強く清い心をお持ちです。リュカ様はもちろんですが、ヘンリー様もまた酷烈きわまる道を生きていらっしゃいました。しかしながら、ヘンリー様はわが身の不幸を呪うより、神の無慈悲を怨むより、仇敵の悪意を憎むより先に、ご自分の罪に思いをめぐらせ、苦難に立ち向かう糧となさりました。弱い心の持ち主にはできないことです。それなのに、ご自分でご自分のお心の清さを曇らせるようなことを口にしてはなりません」
ヘンリー「・・・」
マリア「リュカ様のようなご聡明な方であってさえ、未来に起こる全てを予測することはできません。リュカ様が家族を二度までも目の前で失われましたことを、お一人で背負い込もうとなさるのは、かえってリュカ様のお父様や私の兄の思いを軽視することです。いたずらに天に逆らう傲慢なお考えですらあります。わかっていただけますでしょうか・・・」
ヘンリー「そうだな。マリアの言うとおりだ。怒鳴りつけてすまなかった。頭を冷やしてくる・・・」


中庭

ピエール「女性の前で激昂するとは、感心できん男だ」
ヘンリー「ピエール・・・!」
ピエール「わが主に横恋慕するとは、さすがの度胸だな」
ヘンリー「・・・」
ピエール「わが主の心がかたむくことはありえん。わが主のお父上の意志の固さを見たというなら、それは良く知っているはずであろう」
ヘンリー「そのとおりだ」
ピエール「わが主の無二の親友・・・それで不満だというなら、そんな思い上がりはこの私が斬って棄ててみせよう」
ヘンリー「・・・そうか。そうだった。俺は、俺にはもったいないほどリュカの近くにいることに感謝するべきだったのだな」
ピエール「あの方はご自分で幸福を見つけることになるだろう。我々があの方を幸福にして差し上げようなどと、出過ぎたことだ。私は私の幸福のために行動する、つまり、あの方をお護りして刃をふるう」
ヘンリー「俺も、俺の幸福のために行動しよう。それがリュカの幸福の助けに・・・少なくとも妨げにならない唯一の方法だ」
ピエール「ん、ものわかりが良くて助かる」
ヘンリー「・・・なあ、ピエール。パパス殿とヨシュアの仇を討ち、母上を見つけることができたとして、それでリュカは幸福になれるのだろうか?」
ピエール「さて、私に将来を見通す力は無い。あの方の母上ならば、あるいは見通せたかも知れぬが。あの方は遠からずこの国から旅立つだろう。何と戦い、何に惹かれ、何を愛することになるか・・・。ただ、亡父の仇は必ず討ち果たされよう。そして必ずや幸福に生きられよう、それがあの方を愛したお二人の願いだったからには」

112悲恋〜ヨシュア〜 13:2008/06/18(水) 17:13:01

客室前

シスター「まったく、なんというご婦人でしょう。あんなお体で、怪物と渡り合うだなんて!」
ヘンリー「リュカはそんなに悪いのか?」
シスター「悪いもなにも、あのご婦人は身ごもっていらっしゃいます」
ヘンリー「な」
マリア「!!」
シスター「こんな大切な時期に、激しく動き回るものだから、貧血を起こすのも当然ですわ。手足が氷のように冷たかったんですもの!」
マリア「リュカ様に・・・赤ちゃんが・・・」
シスター「ええ、王兄殿下の第一子ということになるのかしら?」
ヘンリー「それは違う!俺ではない!リュカを・・・リュカはそんな娘ではない!国の恩人に対して、無礼であるぞ、ばかもの!」
シスター「は、これは、とんだ早合点をいたしました。わたくしてっきり・・・」
ヘンリー「いや、リュカには・・・つまりだな・・・」
マリア「リュカ様には、夫がいらっしゃいます。わけあって、今は分かたれていますが」
ヘンリー「む、そういうことだ。よいか、ラインハット王家の者でないからといって、粗略に扱ってはならぬぞ。それこそ、王妃が太子を宿したと思って、最善を尽くせ!」
シスター「はっ!では、治療の続きがありますのでこれにて」
ヘンリー「うむ」
シスター「・・・・・・あ!」
マリア「!?」
ヘンリー「なにかあるのか!?」
シスター「ヘンリー殿下は相変わらず、美しい女性が関わると、むきになりますねえ」
ヘンリー「ええい、さっさとリュカのところへ行かないか!」

*****


翌朝

城門前

ピエール「むう・・・ご懐妊であられたとは・・・」
スラリン「ん?どしたん?」
ピエール「いかにわが主が女傑とはいえ、身重のご婦人に叩き伏せられたのかと思うと・・・」
スラリン「リュカは強いもん!」
ピエール「むう・・・」

*****

客室前

デール「お子様が誕生するまで滞在していただける旨、彼女が言ってくださった」
ヘンリー「そうか、よかった。それから、子供の父親のことは・・・」
シスター「幸いなことにラインハットでは、『妻が身重だと知らずに遠征に行った夫』というのが珍しくなかったおかげで、深く詮索する者はいないようですわ」
ヘンリー「ん、そうか・・・」
デール「兄上、残念そうな顔をしてはいけません」
ヘンリー「な!つまらん冗談を言うな!」

玉座

ヘンリー「・・・近年のラインハットが軍事偏重だったのが、かえってリュカの名誉をまもってくれることになったか。やれやれだな」
デール「彼女を国賓として遇するのは当然として、無理をして旅立たれないように、彼女の母上と、父上の仇のことをよく調べ、逐一彼女に報告しよう。彼女の連れている魔物も、独自に調べるということだ、互いに協力できるように工夫したい」
ヘンリー「ふむ・・・」
デール「・・・それから、光の教団の対策を考えねばならない。さしあたっては、対決姿勢を明確にすべきだと思う」
ヘンリー「そいつはまずい!連中の力を甘く見るな。脱走したリュカがここにいると知ったとき、ラインハットが教団の敵対国家になっていたら、やつらは何の迷いも無く身重のリュカを狙うぞ!わが国の軍が精強でも、いつ来るかわからん敵に備えねばならないのは不利すぎる。表面的には不干渉で、人さらいの防止を講じる程度にすべきだ。教団と戦うのは、この国の疲弊を癒し、体制を整えてからだ」
デール「は、わかりました。兄上の言うとおりにしましょう。教団の実態に関しては兄上より詳しい者はおりません。・・・すると、兄上も狙われることになるのでは・・・」
ヘンリー「いや、むしろ教団は、俺を誘拐したことについては知らぬふりをするだろう。幸いなことに、民は俺の帰還を喜んでくれている。いまそんなことが知れたら、わが国や周辺の地域から信者が減るだろうからな」
デール「ううん、兄上の安全のためにも、善政をしく必要があるのか」
ヘンリー「すまんな、悪い兄で。だが、この国を救ったリュカのためだと思って耐えてくれ」
デール「おまかせください。この弟も、お美しい女性のためには頑張りがきく男なのです」

113悲恋〜ヨシュア〜 14:2008/06/19(木) 13:55:00
午後

広間

シスター「殿下、集まりました」
ヘンリー「ん。やはり、リュカと直接に顔を合わせる侍医や女官達には、最低限の説明をしておきたいからな」
シスター「無理に秘密にするのは、噂や疑惑のもとですから」
ヘンリー「皆の者、よく集まってくれた、急な呼び出しになったことは許せ。いま、賓客として滞在している女性について気をつけておいて欲しいことがある。知ってのとおり、あの女性は身ごもっている。それで、彼女の宿している子は・・・」
シスター「わたしの子」
ヘンリー「そんなはずがあるか!」
シスター「ばれました」
ヘンリー「・・・彼女の夫は、俺の友だ。望まざる事情によって、二人が分かたれている。彼は俺がこの国に帰るにあたり尽力してくれた、勇気ある男だ」
シスター「ただし、勇気があるといっても、たぶんリュカ様ほどではありません」
ヘンリー「ええい、すこし静かにしていろ!・・・ということだから、丁重に応対するのは当然として、彼女を哀れむような態度などはもってのほかである。彼女の名誉や心情を傷つけるようなことがあってはならん。よいな!」
一同「御意!」
シスター「かしこまってございます、殿下」

*****

数日後

玉座

デール「兄上、リュカさんの素性について、手がかりが出てきたよ」
ヘンリー「なに、本当か!」
デール「ベルギス王・・・父上がパパス殿と交わした手紙があった。署名が残っていたんだ」
ヘンリー「そんなものが、今ごろ見つかったのか!」
デール「それが情けない話だ。パパス殿との親交の証拠があるのはまずいと考えた母上が隠していたんだ。あの母上の偽者が現れてから、捨てられたり焼かれたりしたものは山ほどあるが、幽閉される前の母上の浅ましい考えのために失われずに済んだわけだ」
ヘンリー「おお、俺は初めて継母上に感謝したくなったぞ!その手紙を見せてくれ!」
デール「これだよ、兄上。かすれて読めない手紙も多いけれど・・・これが一番読みやすい。『デュムパポス・エル・ケル・グランバニア』と読める。そしてこちらが、『国王 デュムパポス一世』・・・そして、父上の書き付けた日付と『パパス』の名・・・。彼女は、グランバニア王の忘れ形見、リュカ姫だ」
ヘンリー「グランバニア王室の出身だったのか!どおりで・・・よし、そうとわかれば、使節を派遣して準備をし、リュカの快復を待って、故郷へ送りとどけよう!」
デール「まってくれ、兄上。そうしようと思ったんだが、グランバニアは天険に囲まれた地。ラインハットから行くには海を渡って山を越えねばならない」
ヘンリー「その程度、乗り越えないでどうする!パパス殿は何回も往復した道であろう!」
デール「いや、乗り越える気はある。問題は、ここ10年の悪政もあって、この大陸から商船ルートが残っているのは、かろうじてポートセルミ方面だけだということなんだ。グランバニアは友邦ではあるけれど、道のりのあまりの険しさから、もともと盛んな貿易や交流があったわけじゃない。密航はあったかもしれないが、ここからグランバニアに行く方法が確立していないんだ。航路の開拓から始める必要があるんだ。パパス殿はご自身が比類ない英傑で身軽なお方であったし、独自に腕利きの船乗りと親交があったようだ。しかし今回は状況が違う。船乗りの間でのわが国の評判は最低だ、客船が港を避けて通るありさまだ」
ヘンリー「・・・そうか、リュカを乗せる船を沈ませるわけにはいかないな」
デール「陸運なら負けないつもりだけど、わが国よりもポートセルミの方が、造船や操船の技術は何十年も進んでいる。まずは西へ向かって準備をするのがいい。リュカさんとお子様を、我々のミスで危険に遭わせてはならないからね」
ヘンリー「わかった。だが急ぐ必要がある。リュカはいつまでもこの王宮の客人でいてはくれないぞ」


ヘンリー「それから、リュカの主治医のあのシスター、なんとかならないか?」
デール「え?城内では随一の医術の持ち主だよ?助産婦の経験もあるし・・・」
ヘンリー「いや、しかし、性格というかなんというか。時々、とんでもなく怖いもの知らずな冗談を言うのがなあ」
デール「いまさら変えようがないよ。お腹の子の父親についても、たぶん僕よりも詳しく聞いている。リュカさんの状況を主治医が理解しないでは、母子にとって良くないし、リュカさん本人が喋ったみたいだ。大丈夫、シスターは仕事柄、口外して良いことと悪いことをちゃんと区別できるから」
ヘンリー「別の者に替えるのは無理だが、すこし彼女に注意を・・・」
デール「兄上、彼女の軽口は重要だよ。先日までのラインハットの暗黒時代、彼女の明るさが無ければどうなってたことか、精神的に最後の防波堤だったんだ」
ヘンリー「けどなあ」

114悲恋〜ヨシュア〜 15:2008/06/20(金) 16:34:32

デール「シスターが軽口をたたいたからって取り締まるほどの無法は、仮にも人間のふりをしている以上、さすがにあの母上のニセモノでもできなかった。何にも勝る清涼剤を振りまいてくれたんだ」
ヘンリー「・・・」
デール「実際、無実の罪に落とされそうだったところを彼女の機転で救われた人間は十指に余るよ」
ヘンリー「ふん・・・」
ヘンリー(そうか。奴隷の集団での俺みたいなもんか・・・)
デール「兄上を女の子にしたらあんな感じだと城の者が言うので、僕は彼女を見て、兄上はどんな人におなりだろうと想像していたものです」
ヘンリー「そうか、あいにくと俺は真面目に育ったからなあ。予想は外れたわけか」
デール「いえいえ、的中でしたとも」
ゴツン!

・・・

デール「兄上のゲンコツはきくなあ・・・」
シスター「あら、どうなさいました?」
デール「いたずらが過ぎたみたいだ」
シスター「ご兄弟ですね。殿下と同じで、陛下もやっぱりいたずらっ子なのですわ。発揮する機会がなかっただけで」
デール「僕がいたずらを覚えた頃には、もう兄上もいなくて母上も何かおかしくて、父上も心労にやられてたからね。いたずらしたくともできなかったよ」
シスター「陛下がいたずらすれば、そのとばっちりで使用人が処刑されかねない状況でしたから。あんな環境で、陛下がひねくれもせずにまっすぐ育ってくださってよろしゅうございました」
デール「うーん・・・。うんと年長者ならともかく、兄上と何歳も変わらないようなシスターにそう言われるのは、子ども扱いされているようで気恥ずかしいなあ。あなただってあの暗黒時代に成長してきたんだろうに」
シスター「それにしても、演技とはいえ、あんな怪物が幼い陛下をわりとまじめにお育てしていたかと思うと、なんだか可笑し、いえいえ、ぞーっとしますわ・・・くすくすくす・・・」
デール「・・・」
デール「なんだか、さっきの兄上の心配がわかるような気がしてきたぞ」
シスター「では、私はこれにて。新たに保護された孤児の保育についての打ち合わせがございますの」
デール「うん、では」
デール「・・・難しいなあ、度胸のありすぎる女性というのも・・・。働き者で、しかも有能なのは間違いないが・・・ふう・・・」

*****

玉座
デール「では兄上、頼みます」
ヘンリー「ばか、頼んでどうする。デールは王だぞ。命令しろ」
デール「あ、はい。ではヘンリー王兄に命ずる、速やかに西方の大陸に赴き、外交使節の任を果たすべし。彼の地との人的物的交流を再開・促進するのが最終的な目的である。妨害する者があれば、実力をもって排除することを許可する」
ヘンリー「御意、わが国の再生を知らしめて参ります」


廊下

*「は、マリア様でございますか?彼女なら修道院にお帰りになられました。リュカ様の具合が落ち着いたから、ご安心なさったのですとか」
ヘンリー「ん、しまったな。頼みたいことがあったのに」
*「あら、殿下にご挨拶して行かれなかったのですか?」
ヘンリー「俺が動き回りすぎて、つかまらなかったんだろ。なにしろ忙しいからな」


客室

ヘンリー「おう、リュカ、体の具合はどうだ?」
ヘンリー「・・・と言っても、本人には良くわからないんだっけか。初めてのことだもんな」
ヘンリー「俺はこれから、船で各地を行き来してラインハットの変革を伝えてくることになった。成功すれば、リュカの里帰りもやりやすくなるぞ」
ヘンリー「そこでだ、すこしリュカの魔物を貸してくれないか。いや、なにしろ人手が足らなくて。領内の復興を始めたら、海上に割ける人員がほとんど無くてさ。そのかわり、伝説の勇者の手掛かりを探す手伝いもするからさ。リュカが旅を再開する準備にもなればいいと思ってる。貸してくれるか」
リュカ→はい
ヘンリー「助かる!じゃあ、俺が連れて行っていいやつを選んでくれ」
リュカ→いいえ
ヘンリー「わかった。じゃあ、留守番に残していくやつを選んでくれ」

115悲恋〜ヨシュア〜 16:2008/06/21(土) 16:07:56
ヘンリー「船と戦力は調達できたか。あとは・・・」
ヘンリー「・・・」

修道院

ヘンリー「これから、俺は西の大陸との間を行き来したり、航路開拓に駆け回ることになるだろう。船乗り相手に喧嘩できると思うと、うきうきしているところだ!」
マリア「まあ」
ヘンリー「冗談はこれぐらいにして・・・人払いをたのむ」
院長「プロポーズですか?」
ヘンリー「ちがう!誰かみたいなことを言わんでくれ!まったく・・・わが国には真面目な聖職者はいないのか」
院長「まあ、ひどい。わたしほど真面目な修道女は滅多にいないというのに」
ヘンリー「たしかに、光の教団には絶対にいないタイプだよ。いやあ、わが国は安泰だ!」
院長「恐れ入ります」
ヘンリー「皮肉だっ!!」


ヘンリー「・・・マリア、これを持って、俺の船旅の随員に加わって欲しい」
マリア「・・・?」
マリア「なんです!これは!!」
ヘンリー「その短剣は、俺を刺すためのものだ」
マリア「!」
ヘンリー「マリアには、俺の監視を頼みたい。俺がしていることが、リュカのためにならないようだったら、止めてほしいんだ。もし止まらなかったら、殺してほしい。いや、マリアの手を血で汚せといっているんじゃない。その時が来たら、マリアは何も言わずに俺にこの短剣を渡してくれるだけでいい」
マリア「・・・」
ヘンリー「マリアでなくては、この役目はできない。この国の兵士には無理だし、リュカの魔物もそれは難しい。俺のせいで兄を失ったマリアにしかできないんだ。あいつは心が強くて、優しすぎるから、どんな不幸が降りかかっても俺をなじったりしない。だけど、それではリュカとリュカを愛した人たちに申し訳なさすぎる」
マリア「・・・厳しいお役目ですね・・・」
ヘンリー「俺が死んだら、リュカは悲しんでくれるだろう。わざと命を絶ったら、さぞかし怒るだろう。でも、俺のせいであいつの大切な人が何人も失われていくよりも何百倍もましなんだ。リュカを不幸にする呪いの鎖が俺の中に編み込まれている。この鎖を、次に出てくるときに断ち切るんだ!マリアがこの剣を渡してくれたら、俺は自決しよう。この神前で、リュカの父と、マリアの兄に誓う」
ヘンリー「マリアには何の益もないことだ。だから俺は頼むしかない。俺についてきてくれ。俺の身勝手な願いだが、ヨシュアの願いもリュカの幸せのはずだ」
マリア「・・・」
マリア「わかりました。わたしもリュカ様の義妹、生まれ来る子の叔母になるからには、力を尽くしましょう。リュカ様の背負った宿命の何万分の一かもしれませんし、無力なわたしには重い荷ですが、できるかぎりのことは致します」
ヘンリー「よろしくたのむ。俺が愚かでなければ、マリアはリュカのそばにいて欲しいところなのだが・・・」
マリア「いいえ、お守りする魔物もいらっしゃいますし、お話しする相手もいます。リュカ様はきっと大丈夫です」
ヘンリー「ああ、そうだな・・・」
マリア「忌まわしき呪いの鎖とやらを、誰も悲しませることなく解きほぐすことができればいいと思います。しかし、私の力が足らず、天の助けも無いその時が来たら、ヘンリー様のおっしゃるとおりにいたします。そして、私が責任を持って、お義姉様にお伝えいたします」

*****


船上

スラリン「ハァハァ」
スラリン「ヒィヒィ」
スラリン「ハァハァ・・・ねえヘンリー。海の仕事にスライムを連れてくのは失敗だよ。水をくむ川がないし、海水は濃すぎて飲めないし・・・」
スラリン「フゥフゥ・・・このまま乾いていったら、体がなくなっちまうよ」
スラリン「・・・ああ、海水が飲める魔物がうらやましい。そこらを泳いでるしびれくらげに相談して、体液をめぐんでもらうよ」


スラリン「どうしてピエールが留守番なのさ。女性を守るのはナイトがいいとか?」
ヘンリー「ギク・・・」

ヘンリー「船長、ここはどのへんだ?」
船長「まだビスタの方が近いですな。旅程の3割ほど来ましたかな」
ヘンリー「まだそんなものか・・・」
船長「風と波に運んでもらうものですので、気が急いても速くはなりませぬ。そのかわり、夜でも進めますからな。馬より速いこともありますぞ」
ヘンリー「仕方ない。また操船の手伝いをしながら、船のつくりを教えてもらうか・・・」

116悲恋〜ヨシュア〜 17:2008/06/22(日) 15:20:27
スラリン「ぷるぷる・・・」
船員「ん?水を作りたい?そうだなあ、鉄鍋に海水を入れて、ふたをして日向に出しておくと、ふたの裏に水がつくぞ。けど、船が揺れると失敗するから、たいした量はできないな。あ、燃料は貴重だから使っちゃだめだぞ」
スラリン「ゼェゼェ・・・」
船員「これから甲板に海水撒くから、来るか?海水をよけて、蒸気に当たってれば、少しはふやけるぞ」
スラリン「ピキ〜〜」


船長「お連れのご婦人は大丈夫かな?」
ヘンリー「ああ、そろそろ慣れたみたいだ。船酔いしなくなってきた」
船長「それはよかった」
ヘンリー「海の男ってのは、なんというか、みんな紳士的だな」
船長「船上の女性を大事にしない船は、海神が沈めると言われておりますでな。うそか本当か知りませぬが、若僧の気が引き締まるし、所帯持ちも襟を正す。こうして客も安心する・・・と、たとえ迷信だとしても役に立つ迷信ですじゃ」
ヘンリー(船の上じゃ逃げようがない。女性や弱い立場の者を守る工夫が必要ということか)
船長「海賊というのは、こうした良い迷信を信じなくなったり、悪い迷信を信じるようになった船乗りのこと。ここの船員にとっては、海賊呼ばわりされるのは最大の屈辱。わしらと海賊の争いは、一種の信仰の違いによるのかもしれませんな」
ヘンリー「そうか、海賊というとなんだか強そうで格好いい気がするが、ここでは違うのだな」
船長「伝説や民話では、義賊という者がおりますが、わしらは見聞きしたことはございませんな。奴らは海に従い人に仇なす者、わしらは海に従い人の友たる者でございます」
ヘンリー「海の治安も良いとは言えないか。やることは多いな」


船員「船長は若い頃、海賊稼業が嫌になって足を洗ってるんです。海賊や魔物の手口にも詳しいし、操船の腕は神業です。おかげで私も何度か命を拾わせてもらっています」
ヘンリー「おう、わが国にもいい船乗りが残っていてくれて良かった」
船員「ですが、生い立ちのせいか、危険を冒すことを好みません。殿下は南東への航路開拓を計画なさっていると聞きますが、殿下のご命令でも船長は舵をそちらに切らないでしょう。西方からもっと若くて冒険心にあふれた船長を連れてくることですね」
ヘンリー「西方は通商が盛んだから期待している。・・・いなければそれこそ海賊を捕まえてでも・・・」
船員「殿下!」
ヘンリー「冗談だ。・・・いや、半分ぐらい本音だったか」

*****

***同じ頃***

ラインハット王宮

太后の個室

太后「おお、あなたは。息子達から聞いています、ご懐妊でいらしたとか、おめでとう。わけあってご主人の素性は明かせぬということも聞きました。ヘンリーが少しだけ明かしてくれたのは、なかなかの好漢だということだけですが・・・」
太后「素敵な男性なのでしょうね、あなたを妻に持ったのは。ええ、わかりますとも、わらわとて母親ですからね。なにか不安はありませぬか?」
リュカ→はい
太后「誰でも不安にならずにはおれないものですからね。不安のあまり周りの人に八つ当たりしてしまったり、よくあるのです。その程度なら自然なことですから気楽にかまえておればよいのですが・・・気楽になれないと、以前のわらわのように産んだ後も心が歪んでしまうようになります。・・・と、これはあなたには心配の無いことでしょうか」
リュカ→いいえ
太后「うん、城内の者を頼りになさってくださいな。こんな時ぐらい、周囲の者に甘えておおいに怠けていらっしゃるといいですよ。わらわもデールの気遣いのおかげで、ずいぶん気楽に過ごさせてもらっておりますので」


太后「お腹の子を抱えたまま怪物と戦っていたと。それも一緒に戦っていた、勘の良いヘンリーにすら、まるで気取らせないなんて!我慢強いのも頑張り屋なのもいいことですが、度を過ごしてはいけませんよ。あなたやお子様に良くないだけでなく、あなたを大事に思う人達にも不幸をふりまくことになりますからね。たまには弱音を吐いてみてもいいのではないかしら?」

117悲恋〜ヨシュア〜 18:2008/06/22(日) 15:26:24
太后「あなたとあなたの父上にひどい仕打ちをしたわらわを救ってくれたばかりか、こうして訪ねてくれること、感謝にたえませぬ」
太后「ヘンリーやあなたが囚われて酷使されていた間、わらわもほとんど外の様子を知りませんでした。あのニセモノが現れたのは、デールが即位してすぐ。わらわは魔物に幽閉され、死なぬ程度に餌だけを与えられておりました。わらわにまた利用価値が出てきたら・・・あるいはあのニセモノが失敗したら、事故か何かで死んだことにしてわらわの死体を使うなどするつもりだったのでしょう」
太后「昼も夜も無い牢の中、ふつうなら一年ともたずに発狂するのだと彼ら・・・魔物の共犯の人間達・・・は話しておりました。利用する前に死んだらそれもよし、という程度だったようです」
太后「しかし、わらわは発狂せず、牢の中で思い巡らせたのです。はじめは裏切られたと、共謀者を呪うばかりでしたが、しだいにおさまると、考えが変わってまいりました。わらわは悪党に踊らされ、悪事をはたらきましたが、わらわの心には悪が入り込むだけの大きな隙があったのだと気付きました。あやつるのにちょうどいいだけの悪が、あのニセモノと入れ替わっても怪しまれにくいだけの悪が、わらわには棲んでいたのだと、そう考えるようになりました」
太后「そう考え、悔い、己を責め抜いたあと、わらわは生き抜くことを決めたのです。簡単に狂死して悪党どもに始末されるよりも、わらわの悪によって生まれた苦しみを除く機会を探そうと。それが償いにもなるし、わらわを利用した魔物や悪党たちへの意趣返しにもなる。せめてわが子デールに、ニセモノの存在を知らせるまでは死んではならぬと思って、穀潰しを続けてきたのでございます」
太后「そのわらわの願いを、わらわが苦しめたあなたやヘンリーが叶えてくれました。お礼申し上げます・・・」
太后「と、殊勝なことを申しましたが、要するに、黙って死ぬのは悔しかったのですよ。ほほ、わらわはまったく負けず嫌いだけはどうにも治らぬようです」


太后「ゴホッゴホン!いけません。実は長くじめじめした不健康なところにいたせいで、病気にかかりやすくなっておりまして・・・。無事にお生みになるまでは、なるべくここに来ない方が良いかもしれませんね。何かあれば手紙か伝言するという約束にしましょう」
太后「先王の愛妾に過ぎなかったわらわでは、知恵もないし不器用ですので、編み物とか料理とか、気の利いたことは何もしてあげられませんが、せめてご壮健を祈らせてくださいね」


謁見室

デール「あ、リュカさん、どうしました?ははあ、運動不足になりそうですか。でも城の外に出るときは、ピエール殿などを護衛につけてください」
デール「ん、母ですか?ええ、国政の混乱の元凶のひとりとして、断罪すべきとの意見もありましたが・・・」
デール「あんな母上だが、僕には唯一の母だし・・・。せっかくラインハットが寛容な政治を始めるのに、すでに毒気の抜けたやつれた女性を処刑するのは好ましくない・・・と、僕の口からは言いにくいことを兄上が言ってくれたので、親不孝者にならずにすみました」
シスター「太后さまがお若いときは、それは美しかったんですのよ。それが魔物どもに閉じ込められていたせいで、おやつれになって・・・。太后さまのなさったことは大きな罪かもしれません。ですが、罪に対する罰は受けておいでだと思います。お姿もそうですが・・・申し上げるのは心苦しいですが、お命もだいぶ縮められたようにお見受けします」

デール「『民が非難を太后に集中させれば、王も何かとやりやすい』などと母上は申しまして・・・。城内の者に小言を言うとか、嫌われますが必要な役回りを引き受けるようになっております。そんなことまでしなくていいとも思うのですが・・・」
シスター「いえ、嫌われ役になるのも、アレはアレで楽しいのだとおっしゃってましたから。リュカ様の連れている魔物を気味悪がる城の者を一喝するなど、実に爽快ですとか」
デール「そうか。体は弱ったが、心はたくましいな、母上は」


教会

シスター「まあ、リュカ様。こんにちは」
シスター「ええ?運動不足?もっと肥ってもいいぐらいですわ。動かないと気が塞ぐのでしたら、城内にも調練場などございますので、行ってくるのもいいかもしれませんわね」
シスター「とはいっても、城内の兵士でリュカ様の練習相手になりそうな者というと・・・はぁっ、情けない!!」
シスター「水練でもしましょうか?」


<以後、太后の部屋に入ろうとしたとき>
太后「はい、どなた?カギが掛かっていますよ」
太后「リュカさんですか?大事なお体なんですから、ここに入ってはだめですよ」

118悲恋〜ヨシュア〜 19:2008/06/23(月) 15:12:58
<ヘンリー帰還>


ラインハット王宮

玉座

デール「おお、兄上。お元気そうでなによりです。いかがでしたか?」
ヘンリー「うん、西の船乗りとの間で交渉がはじまったところだ。とりあえず、定期船の再開だけは約束をとりつけてきた。だが、いままでのわが国の悪行のせいで、まだ警戒しているようだから、有力な船乗りと船主を何人か招待してきた。そのぶん、こちらから何人か先方に残して、学ばせている」
デール「平和な航海でしたか?」
ヘンリー「弱い魔物とは出会ったが、おおむね平和だったぞ」
デール「何度ぐらい喧嘩なさいました?」
ヘンリー「行きと帰りに1度ずつだ、意外と少ないだろう?」
デール「はい、よく我慢なさいました」


ヘンリー「次は南だ。グランバニアへの航路を作る」
デール「はい。焦ってはだめですよ」
ヘンリー「心配するな。なにも一度の航海ですぐ到達して、航路が完成するなんて思っちゃいないさ。もう何隻か行っているな?」
デール「はい、報告が届いています。誰か!南方航路探索の報告を持って参れ!」
*「はっ!」
*「こちらでございます!」
デール「ん、ご苦労。・・・ええと・・・最初の船団3隻が行って、2隻が帰ってきました。1隻は座礁して救助されました。第二次の船団はもうじき帰ると思われます。第三次が準備中です。グランバニアのある東南の大陸を遠目に望むところまでは行ったようです」
ヘンリー「うむ、悪くないか。今から行けば、第三次に同行できるな。よし、この報告書の写しをくれ」
*「写し・・・でございますか?残念ながら、そちらが唯一でございます」
ヘンリー「わかった。ではこれを全て、明朝までに写せ」
*「明朝まで!?」
ヘンリー「やれ!見事やり遂げたら褒美をとらす。人の助けを借りても良いぞ!」
*「ははっ!」
デール(兄上は鬼だ・・・)


教会

シスター「そうでした。リュカ様の正式なお名前がわかりました。リュクリア・エル・シ・グランバニア様とおっしゃいます」
ヘンリー「なに、どこに書かれていた」
シスター「彼女の服です。子供の頃は読めなかったらしいですが、服の裏に『リュクリア』と小さな刺繍が入っておりまして・・・。ベッドでは退屈だからと、リュカ様は、署名の練習をなさいました」
マリア「まあ、これがリュカ様のご筆跡・・・。思ったより可愛らしい字をお書きになるのですね」
シスター「ふふっ、あの武者ぶりからは想像できませんわね」
ヘンリー「リュクリアか・・・うん!素晴らしい名前だ!」
シスター「彼女によると、服の刺繍はパパス様の召使いが作ったのだろうと。運悪く、この刺繍のことを彼女が思い出して話してくださったのは、殿下が出発したすぐ後でしたの。敬称はパパス様のお名前から類推しました」
ヘンリー「なんてこった。灯台もと暗しというやつか、一緒に旅していながら気付かなかったとは」
シスター「あたりまえです。リュカ様が自分の服を殿下に洗濯させるものですか」
ヘンリー「あ、なるほど・・・。まあ、乾してあっても、まじまじと観察したりはしなかったなあ」
シスター「殿下は女性の着衣やお着替えに執着するような殿方ではないということですね。マリア様、ご安心なさいな」
マリア「・・・!」
シスター「ふふっ、失礼いたします」

マリア「お城のシスターは楽しいお方ですね」
ヘンリー「なんでこう、余計な一言をつけずにいられないんだ。まったく」
マリア「機知に富んでいらっしゃるのは羨ましいです。私にはとても真似できません」
ヘンリー「あれを機知というのか?よく次から次へと・・・頭の回転が速いのは認めざるをえないが」

119悲恋〜ヨシュア〜 20:2008/06/24(火) 15:04:43
数週間後

客室(今やすっかりリュカの私室)

スラリン「ゴクッゴクッ。ふー!水があるっていいやね。泥水でも生きていけるけど、海水ってやつだけはダメなんだ」
スラリン「スライムが乾燥するとどうなるかって?」
スラリン「・・・」
スラリン「ひみつ。怖いこと考えないでおくれよ」


シスター「おはようございます、リュカ様。ご気分はいかがですか?」
リュカ→はい
シスター「それはよろしゅうございます。でも念のためです、体温だけは測りましょう」
リュカ→いいえ
シスター「あら、大変!お待ちくださいな、すぐ換気します。体温を測っていてくださいまし」

シスター「うーん、少しだけ熱があるかしら。スラリンさん、出番よ」
スラリン「また枕?」
シスター「あなたの体温がちょうどいいのよ。水とか氷とかだと、すぐぬるくなるし、乾いて冷やしすぎることもあるし」
スラリン「むー。なんかこんな役目ばっかし」
シスター「文句言わないの。さあさあ」
スラリン「わかったよう。水浴びてホコリ落としてくる」

スラリン「ぷるぷる・・・リュカ、気持ちいい?」
リュカ→はい
スラリン「ぷるぷる・・・はやく良くなってね」
リュカ→いいえ
スラリン「熱くて気持ち悪いとこ、どこ?頭?足?てのひら?」


スラリン「産まれる頃にはピエール達も帰るって言ってたよ」
スラリン「ピエールのやつ『脱水で死にそうだっただと?精神の修練が足りぬのだ!』だって。ふんっ!ピエールだって一回乾いてみればいいんだい!」
スラリン「リュカはヘンリーみたく、船旅の途中で変な寄り道しないでね」
スラリン「海の治安を乱す海賊どもを退治してやる!とか言って、追いまわして逃げられるとか・・・いやんなっちゃうよ」

*****

謁見室

*「陛下、こちらが西方の腕利きの海の男達でございます」
デール「ん。よく来られた。わが国は長らく凍結していた他国との交流を再開した。海上交通は不可欠となる。わが国の招待に応じてくださった皆さんの力をぜひお借りしたい」
船主「招待!・・・くくく、招待ですか。はっはっは!いや、これはご無礼を。我らは確かに王宮におりますが、あれが招待だったとすれば、ラインハットは不思議な国ですなあ」
デール「???」
船主「あれは、誘拐っていうもんですよ。しこたま美酒を飲まされて、気がついたら港を出ていて、操船の手が足りぬと。殿下がお国から連れて来た船乗りは、ビスタへ向かうのでなければ操船せぬという。仕方ないから沈没しないために、こちらへ船を走らせたのです」
デール「・・・兄上め・・・」
船主「もっとも、互いにゲンコツを交えた今ではこの国の船をなんとかしてやろうという気分になっておりますが、最初はよっぽどあの方を海に放り込もうと思ったもんですわい」
船主「ひとり、殿下とえらく意気投合した奴がおりまして、そやつは今ごろ殿下と出航準備でしょう」
デール「・・・海の男の広い魂に感謝します。弱りきったわが国の通商を叩き直してください」
船主「・・・」
船主「・・・」
デール「?」
*「陛下、彼らは王室の臣下でも王国の民でもございませぬ。ですから・・・」
デール「ああ、これは迂闊だった!」
デール「海の男は、自由の民であることに誇りを持っていると聞く。俸給が良くても、国の役人になりたいとは思わないとか。よって、召し抱えることはせずに商談によって仕事を依頼しようと思うが、どうか?」
船主「ははっ!任されましょう!」

120悲恋〜ヨシュア〜 21:2008/06/25(水) 17:25:56
数週間後

船上

ヘンリー「おお、あれに見えるのがグランバニアのある大陸か!パパス殿の国、リュカの故郷が・・・」
船長「殿下、ここから先は海図がございません。よって、陸から大きく離れないように、海岸沿いに進むことになります」
ヘンリー「地図はあるが、駄目なのか」
船長「はっ。この地図はまだ不正確ですし、なにより季節風や海流が書かれておりませんので」
ヘンリー「そうか、わかった。船長の最善と思うようにせよ。座礁や遭難をさけて、賊や魔物は恐れず進んでくれ」
船長「かしこまりました」


マリア「いい天気ですねえ!なんだか海が好きになってきました!」
船長「はははは!この広い空は、海に生きる人間の特権!大いに楽しみなさい!」
マリア「ええ、そうします!」
ピエール「見かけによらず、たくましい女性だ・・・」
ヘンリー「縫い物が得意だから、マストを繕うのが苦にならないんだとさ」


十数日後

船長「殿下、物資が少なくなっております。残念ながら、今回はここまででございます」
ヘンリー「ああ、くそう、残念だ!町や村が一つでも見つかれば、補給できたのに!金銭がいくらあっても食えないからなあ」
船長「これでもずいぶん危険を冒して急いだのですぞ。海図がかなり広がりました。次からは半分の時間でここに来られるでしょう」
ヘンリー「わかった。この船にはまだまだ頑張ってもらわねばならないからな、焦って沈ませるわけにもいかない。船長にまかせる」
船長「かしこまりました」

ヘンリー「・・・実のところ、船の上では船長が一番上で、俺には決定権は無いな。どこへ行くかは提案できても、行くか行かないかは船長が決める。俺が無理に『行け!』と命じても、船長は引き返すだろう。なおも反対したら、俺を閉じ込めてでも。だからこそ信じるに足るし、こうして命を預けられるが・・・」
ヘンリー「リュカがいたらどうするかな」
ピエール「船長が引き返すと言ったこの場所で、『船を下りて歩く』・・・であろう」
ヘンリー「同感だ。あいつの激情は止められない。凡人がやったら無鉄砲もいいところだな」
ピエール「それでも目的を遂げられる。そういうお方です」


*****

数十日後

ラインハット王宮

客室前

ヘンリー「リュカは無事か!」
デール「兄上、そんなに急がなくてもいいですよ。もうしばらく後だそうです」
ヘンリー「ああ、しかし急いで戻ってよかった、こんな時に一緒にいられなかったら、あいつに恨まれるところだったよ」
マリア「手伝いに参ります!」
ヘンリー「ああ、俺も・・・」
マリア「だめです!殿方はここでお待ちになってください!」


ヘンリー「・・・」
デール「・・・」
ヘンリー「・・・なあ」
デール「はい」
ヘンリー「男ってのはどうして、こういう時に格好良くできないんだ?」
デール「・・・」
ヘンリー「・・・」
デール「それ、僕が答えられると思って聞いてます?」
ヘンリー「わからないのか」
デール「ふつう、そういうことを未婚の弟には聞きません」
ヘンリー「それもそうか」
デール「兄上は一度も?」
ヘンリー「ああ。知ってるか?奴隷の栄養状態だと、女性はひどい時には・・・」

〜〜〜

シスター「お生まれになりました!かわいらしい双子の赤ちゃんですよ。母子ともに健康でいらっしゃいます」
デール「おお、祈った甲斐があった!」

マリア「うっうっ・・すみません、でもこらえきれなくて・・・」
ヘンリー「かまわない、どうしたんだ」
マリア「お子様が、兄と同じ髪をしていて・・・。ああ、リュカ様は本当に・・・」
マリア「ああ、兄さん!うう・・・」

客室

ヘンリー「よっ、リュカ、おつかれさん!見てきたぞ、可愛いもんだな」
リュカ→はい
ヘンリー「大きな声では言わないが、どこかマリアに似てるな」
リュカ→いいえ
ヘンリー「ははは、照れるな照れるな。リュカが照れるなんて、珍しいものが見れた!」

ヘンリー「ずっとここで育ててくれ・・・とは言わないが、せめて体力が戻るまではいてくれよ」

121悲恋〜ヨシュア〜 22:2008/06/26(木) 15:27:32
城門前

ヘンリー「さて、首尾は?」
ピエール「いたぞ。ネズミどもが3匹ばかり」
ヘンリー「ふん、やっぱりな。人さらいは連中の得意とするところ。王宮で子が生まれるとなれば、誰の子か宣伝しなくても食いついてくるやつがいると思った」
ピエール「やつらがわが主のことをどこまで掴んでいるか吐かせてやる」
ヘンリー「もっとも、下っ端がどこまで知らされているかは怪しいが」
ピエール「いや、探りのネズミだけで、さらいに来るハイエナがいなかったことからも、おおよそわかる。どうやら、わが主のことはほとんど掴んでいないようだな」
ヘンリー「なるほど。俺がこうして生きて、堂々と活動しているから、今となっては脱走者がいたことぐらいは気付いているだろうが、たぶん神殿にいた連中が脱走事件を隠そうとしたんだろうな。奴隷3人が自殺、兵士1人が行方不明とでも言って最初のうちはごまかしていたんだろう」
ピエール「これからも精一杯目立って、教団の目を引き付けていてもらいたいな。教団の毒牙をお子様に向けぬためにも、そう簡単に死んではならぬぞ」

*****

スラリン「どうだった、海は」
ピエール「魔物は陸より少ないな。海はともかく広い。急ごうにも風がなければ進まぬので、焦ってはならぬようだな」
スラリン「乾かなかったん?」
ピエール「もう涼しくなっていたからな」
スラリン「あう・・・」

*****


約2ヵ月後

客室

シスター「あらリュカ様。お加減はいかがですか?」
シスター「まあ、首がすわるようになりましたね。これで抱っこのまま連れ歩くのも簡単になりますよ」


シスター「・・・リュカ様、お話があります」
シスター「正直に申し上げまして、お子様を連れて旅に出るのは賛成できません。お子様のためにも、リュカ様のためにも。ですが、同じように片親と旅歩いたリュカ様がこのように強くおやさしい方に成長なされていますので、私も旅にお連れするのがお子様に良くないと言い切れません。だから私も強く反対はできないのです」
シスター「また、この王宮にお子様をお残しになるのも、確実に安全とは申せません。リュカ様をかどわかした輩のような強大な悪が罠を張ったら、いかに城の中でも安全ではないというのは、ヘンリー殿下という生き証人がおります。逆に王宮にいることで、かつてリュカ様を害した仇に、お子様の所在を知られてしまうこともありえることです。ヘンリー殿下が邪教の注意を引き付けていますし、そうでなくとも王都は耳目を集めますから。それでは、リュカ様とともに旅さすらうのと、どちらが危険とは申せません」
シスター「リュカ様のご意志が第一であると、私は考えます。ご意志を歪めるのは、お子様にも不幸せを招くことでしょう」
シスター「ご自分のお気持ちに素直になられることです。他の誰でもなく」
リュカ「・・・」
シスター「・・・というわけで、私はリュカ様に浮気をお勧めしているのですが、いかがでしょう?」
リュカ→はい
シスター「あら!ヘンリー殿下に聞かせてあげたいわ」
リュカ→いいえ
シスター「まあ、でしたら将来は神に仕えてみます?歓迎しましてよ」

*****

玉座

デール「お発ちになられますか。兄上は以前のように旅をともにしたかったようですが、やはりまずいのでしょうね」
デール「リュカさんがこの国を救ってくださったとき、兄上の帰還を大々的に発表する一方で、リュカさんとマリアさんのご活躍は伏せました。城内の者ですら、リュカさんやマリアさんがどこからいらしたかはごく一部しか知りません。兄上が光の教団の耳目を引き付けている今、リュカさんに兄上が同行しては、努力が水の泡です。兄上は、マリアさんに船旅に随行してもらうかどうかも、ずいぶんお悩みでした。それでもマリアさんは旅する修道女のふりをしていれば目立ちません。しかし、モンスター使いのリュカさんが兄上と同道していたらあまりにも目立ちすぎます。それを見逃すほど教団も間抜けではないでしょう」
デール「リュカさんが故郷にお戻りになり、お子様も安全になる頃までに、わが国も教団の対策を進め、彼らの蛮行を積極的に排除できる体制を整えておきたいと思っています。そうなれば兄上もリュカさんと安心して・・・少なくともわが国の中では・・・会えるようになります。今は城内でしか会えなくて、城外では密会にせねばならぬという不便な状況ですが、こらえてください」
デール「同行できなくて、兄上も本当に残念そうでしたよ」

122悲恋〜ヨシュア〜 23:2008/06/27(金) 22:57:10
廊下

ヘンリー「行くんだな、リュカ」
リュカ→はい
ヘンリー「そうか、止めても無駄なのだろうな。できることなら、この日までに船のひとつでもこしらえてやりたかった。それにしても幼い子を連れての旅とは、やはりリュカはパパス殿の子だ。だが、パパス殿の時とは違って、ピエールやスラリンがいる。パパス殿の無念を繰り返すようなことにはならないだろう。戦いだけじゃなくて、子供の世話とか、できるだけ、仲間を頼るようにするんだぞ。リュカは頑張りすぎるからな」
リュカ→いいえ
ヘンリー「すまないな。できるだけ頑張ってはいるんだが、海図の作り直しすら終わっていない。かといって、無理をして急がせて、船乗りを魔物の餌食にしたら、リュカは怒るだろう?このままでは山越えの準備はいつになるか・・・」


*****

オラクルベリー

占いババ様

婆「おお、娘さん。また見せてくれるかな?」
婆「ふむ・・・前よりもはっきりした輝きがお主の近くにあるの」
婆「むむむむ・・・うん?なんじゃ、赤子ではないか。しかも2人も。赤子の運勢は見るのが難しいのじゃ。その子らはとびっきり眩しくて、よく見えん。娘さんひとりになってくれんか」
婆「ふうむ・・・はて?お主の探す相手はもう見つかったり、あるいは変わったりしたか?むう、おかしいのお」
婆「うん、お主の求める人がどこにいるのかはわからんが、お主の前途をひらくカギを、この先で見つけることができよう。しかも、それには何者かの助けが得られると出ている」
婆「お主を助けてくれるのは・・・ふむ!以前からお主に縁のある者のようじゃのお」
婆「うむうむ!やはりお主を見るのは面白い!また来るがよいぞ」
婆「お子さん達も元気でなあ!おお、このおばばを怖がらないのか、いい子じゃ!」


婆「そういえば、あの緑髪の坊やが来たぞ。いつもは見料以上に貰うことはないが、『出世したから払いに来た』『ばあさん黙って受け取れ』などとぬかしおるから、受け取ってやったわ」
婆「この年になると欲しい物も少なくなるものさね。まあ、近くの子供に菓子でもくれてやるかね」


婆「次にここに来るのはずいぶん先になるかもしれないと?ほほ、心配無用。この老体もまだまだ死にはせぬわ。実はどっちが遅く死ぬか賭けをしておるのよ。地下の魔物好き爺さんとな」


*****

ビスタ港

ヘンリー「リュカ、これを持っていってくれ。ラインハット王国からグランバニアへの親書だ。それから、こちらは親書に添える報告書だ。パパス殿の事などを含めて書いてある」
ヘンリー「グランバニアには、成長したリュカをリュカだと見分けてくれる人がいないかもしれないからな。俺も引き続きグランバニアを目指すつもりだが、リュカの方が早く着いた場合、その書がリュカの助けになればいいと思う。デールと俺の連名で書いた」

マリア「行ってしまわれるのですね、リュカ様。ヘンリー様達が頑張った甲斐あって、海賊や野盗は減っているようですが、魔物は相変わらず多いようです。お気をつけて。不出来な義妹ですが、ご無事を祈っております。お義母様のこともお祈りしております・・・」
マリア「まだリュカ様の故郷グランバニアへの道は完成していないですし、お子様達がもう少し大きくなってからの方が山越えも安全だと思います」
マリア「天空の武具は、世界に散らばっていると聞きました。通商の盛んな西の大陸に行けば、何かわかるかもしれません」

ヘンリー「いつ状況が変わって、教団の連中が俺を暗殺しに来るようになるかわからないが、そう簡単にはやられねえからな」
ヘンリー「そっちも気をつけろよ!またな!」

(第2部完結)


(第3部開始)

(ポートセルミ〜ルラフェンまでは原作準拠)

*****

うわさのほこら

*「サラボナ一番の富豪のルドマン氏は、天空の盾という家宝を持っているのだそうですよ」

*****

サラボナ

ルドマン邸広間

ルドマン「ああ・・・よく集まってくれた」
ルドマン「ええと・・・ふぅ・・・うむ・・・」
ルドマン「ゴホン・・・」
ルドマン「先日に宣言したとおり、フローラの婿取りをする。婿に名乗りを上げる者は、そこに記名をしていただきたい。さて、婿はフローラを守る勇気と力を備えていてもらわねばならぬ。それを示してもらうのに、この大陸に伝わるという二つのリングを探し出し、ここに持ってきてもらいたい。二つのリングを持って我が家の門をくぐった男が、フローラの花婿である」
ルドマン(うーむ・・・。この顔ぶれでは・・・いかんな・・・)
ルドマン「そうだ!飛び入り参加も許す!遅れを挽回する力があるなら、それは認めよう。いつでもここに記名して競争に参加するといい」
ルドマン「では、健闘を祈る」

123悲恋〜ヨシュア〜 24:2008/06/28(土) 14:08:22
サラボナ噴水前

ルドマン嫁「あなた・・・」
ルドマン「ううむ、まいったな・・・ん、フローラ、どうした」
フローラ「あ、お父様。このお方がリリアンを助けてくださいましたの」
ルドマン「それはそれは・・・むう!それはキラーパンサーではないか!?」
フローラ「あ、この魔物たちはこの方に懐いているから心配ないのだそうですわ」
ルドマン「なんと、このご婦人が・・・」
ルドマン嫁「まあ、竜の仔に、スライムの騎士に・・・多士済々ではありませんか!みんな彼女が飼い慣らして?」
リュカ「・・・」
ルドマン嫁「あら、飼っているのでなく友であると。それにしても驚きですわ、人間よりずっと強そうだったり、懐かなさそうな魔物まで・・・」
ルドマン「ふうむ、これは・・・」
ルドマン「・・・」
ルドマン「よし!」
ルドマン「旅のお方、突然だが、我が家に立ち寄って話を聞いてもらえぬだろうか。いや、怪しい者ではござらん。この街を基盤に商売を営んでいるルドマンという者だ。ここに来るまでに、名前ぐらいは聞いていてくれたら幸いだ」

ルドマン邸

女中「まずは、だんな様の話を聞いてくださいませ」
ルドマン「よく来てくださった。そうか、リュカというのか。良い名だ。実は、わしはとんでもない約束をしてしまったのじゃ。二つの指輪を集めた者を、わが娘、フローラの婿にすると言ってしまったのじゃ」
ルドマン「商売に生きる者は信用を失ったら生きていけん。強大な敵を倒す力や精巧な物を作る技術が無くとも、言葉だけは違えてはならぬ。だから先日わしが口にした条件のまま婿選びを始めてしまったのだが・・・」
フローラ「・・・・・・」
ルドマン「ところが、聞きつけて集まった中に、金で集めたならず者を使おうとするくだらぬ連中や、最初に指輪を見つけた者に不意打ちして横取りしようとする陰険な輩がおるのだ。いや、むしろそういった者がほとんどだ」
ルドマン嫁「まったく、思いつきでしゃべるからそんなことになるんです!」
ルドマン「ええい、それを言ってもしかたあるまい!だがリュカ殿が指輪をひとつでも取ってきてくだされば、娘は無理な結婚をしなくてすむ。いかようにも礼はしよう、どうか、このわしの願いを聞き入れてくだされ」



ルドマン「金を使うのが悪いとは言わぬ、自分の力で工面した金ならば。友を頼るのもよかろう、己の人望で得た友ならば。知恵比べが高じて騙し合いになるなら、それもよし。その騙し合いに勝ち抜いた者は少なくとも愚か者ではなかろう」
ルドマン「だが知恵も使わず汗も流さずに、他人の力で集めた金に飽かせて人足を調達する者が半分以上とは思わなんだ!」
ルドマン「わしとて金儲けに熱心な浅ましい商人の一人に過ぎぬから、こう言うのは変かもしれんが、まったく嘆かわしい!己の行動の美醜を感じる神経が失われておる!ロマンチストになれとは言わんが、己に恥じる心が無い者とは友にはなれん!!」


ルドマン嫁「ご覧くださいましたか?街の前の集団を。フローラの婿候補とその協力者達です。婿候補の中には私と同じくらいの年齢の者もおります。年の差が悪いとは申しませんが、年長ならばその分健康な方でなくては困ります。早くに先立たれるような不幸を娘にさせたくないと思うのが、身勝手ながら親の情というものです」
ルドマン嫁「あなたが適齢の殿方でも連れていらっしゃれば、いえ、あなたが男性でしたら・・・と、すみません。変なことを申しました」



ルドマン「モンスター使いというのは、初めて見る。リュカ殿に従う魔物の中には強そうな者や見たことも無い者がいる。リュカ殿はご自身も強く、広く旅して来られたのであろうなあ」

ルドマン「なんだ、婿候補のリストにまで、律儀に記名せずともよいのに」
ルドマン「『旅人リュクリア、出身地サンタローズ』・・・ふっふっふ、自分で『旅人』というあたりが小気味いいお方だ。名前にも、なにやら気品が感じられるな」
ルドマン「しかしサンタローズといえば・・・ふむ?復興が始まったと?ほう、それは良かった」
ルドマン「復興に協力すれば、お得意様が増えるかな・・・?と、いかんいかん、つい商売のことばかり考えておるな」

ルドマン「お子様もいらっしゃるのか!ほほう、賢そうな顔立ちをしている。魔物の子守でぐっすり眠れるとは、この子達はきっと大物になるぞ!」
ルドマン「して、この子らの父親は・・・?」
リュカ「・・・」
ルドマン「すまぬ。よしないことをお尋ねした。どうか忘れていただきたい」
ルドマン「このお子さんが、あと15年早く生まれていれば・・・あ、いやいや何でもない」

124悲恋〜ヨシュア〜 25:2008/06/28(土) 14:25:08
フローラ「いかに強い魔物を従える方とはいえ、お父様ったら、女性にこんな危険なことを頼むなんて・・・。リュカ様、どうか、お命に関わるようなことだけはなさいませんように・・・」

*****

***数日後***

ルドマン邸広間

ルドマン「おお、炎のリングを取ってきてくださったか!よし、これを皆に知らせれば、わしの失言は撤回できる。リュカ殿、どうやってお礼をしたものであろう・・・」
ルドマン「む?」
ルドマン「なに、家宝の盾を借りたいと・・・?」
ルドマン「・・・ふむ、お父上のご遺志で、お母上を助けるために・・・」
ルドマン「おお!天空の剣をお持ちか!うむ、これはまさしく伝説の武器!わしとて目利きのつもりですからな。わかりますぞ、これはまがいものではない!ぬう!?抜こうとすると、とてつもなく重くなったぞ!伝説の通りだ!勇者にしか扱えぬというのは本当だったか!」
ルドマン「リュカ殿もこれを振るうことができないのか。ふむ、あなたほどの方でも天空の勇者たりえぬのか。残念だ、神は厳しいな・・・」
ルドマン「うむ!素晴らしいものだ!・・・願わくばこれを勇者様が身につけたところを見てみたいものだが・・・」
ルドマン「うーむ、しかしなあ・・・」
ルドマン「リュカ殿に盾を・・・いや・・・」
ルドマン嫁「あなた、何を迷うのです。彼女はフローラと我が家の危機を救ってくれました。そのご婦人がお困りなのですよ。いかに家宝であろうとも、お貸しするどころか、差し上げてもいいくらいですわ。我が家にはあれを扱える者などいないのですから」
ルドマン「お前はそういうがな、そんな簡単な問題ではないのだ!わしとて、差し上げたいとは思う。だがあれは救世主となる人物が使い、その力をもって世界を救うとされているもの。我々が深く感謝しているというだけでお渡しできるものではないのだ!」
フローラ「お父様、ですが・・・」
ルドマン「不吉な想像だが、強大な魔物がリュカ殿から盾を奪ったらなんとする。武具を捜し求める勇者が訪れたとき、何とお詫び申し上げればよい。それにな、差し上げるのが感謝の気持ちを示すのに適切とは限らん。既に剣をお持ちとはいえ、この盾を差し上げたせいで、リュカ殿が魔物からより一層狙われるようになるかもしれぬのだぞ!」
ルドマン「リュカ殿、こうなったらあなたにはもう一つのリングも取ってきていただかねばならぬようだ。わしが家宝を惜しむからではなく、縁あって盾を受け継いだ人間の責任感の表れだと思ってもらいたい。あなたが、この盾を勇者の手にお届けできるほどの人物であればよいのだが、そのためには尋常ならざる力量、勇気や知恵を示していただかねばならない。我が家の婿選びなどとはわけがちがう。今回はわしが試すのではなく、天が試すものである」
ルドマン「船がなければどうにもならんから、それはお貸ししよう。あとは、ご自身の力で道を開いてもらいたい」


ルドマン「炎のリングを持ち帰り、リュカ殿の一行は無事・・・。連れ歩く魔物を見ても、彼女が武勇に長けているのは明らかだ。勇はある。あとは智と仁だ。・・・彼女は蛮勇の人ではなく、話してみると威徳さえ感じられるが・・・わしの勘違いということがあるかもしれん」
ルドマン「水のリングが封じられたという滝へ行くには、水門を開けなければならぬ。だが、開け方を知る山奥の村の人間は、そうカンタンには説得できん。のどかな土地柄で温和な気質とはいえ、警戒心が強い。客人があれば温泉に誘い、食事を振舞ってくれるが、そこから先が難しい。水門を開けられるほど打ち解けるのは至難だ。長年の付き合いがあるこのわしとて、生半可な理由では開けてもらえないというのに、見ず知らずのよそ者ではなおさら。彼女の知性と仁徳があっても、容易ではないだろう・・・」
ルドマン「だが、わしが口利きをするわけにはいかん。あの女性はどうするのかな。村人の警戒心を解くだけでも、長い時間が必要であろうし、はてさて・・・」

***


フローラ「幼いお子様を連れて、そんな危険な旅をなさっているなんて!」
フローラ「父は、できることなら剣をリュカ様から買い取って、勇者様が現れるまで我が家でお守りしたいとも申しておりましたが・・・」
リュカ「・・・」
フローラ「いいえ、あの剣はリュカ様のお父様の形見のようなもの。本気で譲って貰おうなどと思ってはいませんわ。でも、それでリュカ様とお子様の危険が増すようなことがあってはと思うと・・・」
フローラ「リュカ様にお礼できる、もっと良い方法があればいいのですけれど」

125悲恋〜ヨシュア〜 26:2008/06/29(日) 14:58:43
フローラ「さて、私は治療の続きに参ります。火山で火傷した人が大勢いますの。宿がまるで野戦病院ですわ」
フローラ「リュカ様もお気をつけて。お貸ししたのは、父の自慢の丈夫な船ですけれど、どんなに良い船でも嵐に揺れぬわけにはいきません。無理な航海はなさいませんように・・・」

*****

水門を開けた後

***夕方***

ビアンカ「あれ、リュカは?船室?」
スラリン「ん?んーと、後ろのほうにいたよ」

船尾

リュカ「・・・」
ビアンカ「船酔いじゃないわね。どうしたの?水門がめずらしい?」
リュカ「・・・」
ビアンカ「どうしたの!?リュカ!あなた泣いて・・・!」
ピエール「そっとしておかれよ。主には苦しい思い出がおありなのだ。水路と鉄門・・・嫌でも思い出されるはず。水路と鉄格子のある魔窟にせよ、鉄門で仕切られた水牢にせよ・・・」
ビアンカ「どういうことなの?」
ピエール「これ以上、薄い舌を動かすわけにはまいりません。わが主が話そうとなされない限りは」
ビアンカ「・・・わかったわ。私は子守りをしてる。ゆっくり泣かせてあげましょう」
ピエール「・・・」
ピエール「・・・まるで間歇泉だ。情の深いお方であるが、心がお強く滅多なことでは動ぜず、涙を見せることは無いのに」
ピエール「あの方に失ってはならぬものを失わせた鉄柵は、この夕闇のように薄暗いところにあったのであろうか・・・」

***夜***

船室

ビアンカ「よーしよし、ふたりともいい子ね。おかあさんが元気になるまで、ゆーっくり眠るのよ」

スラリン「ぷるぷる・・・」
ビアンカ「まだ泣いてる?」
スラリン「ぷるるん・・・」
ビアンカ「これ、持ってってあげて。毛布と上着よ」
スラリン「ピキィ・・・」

船首

ピエール「・・・あなたは我らに全てを語ってくださる。隠し事があっては、互いに命を預けて戦うことはできないとのお考えは、その通りであろう。あの金髪の女性にも、この旅程のうちに語るに違いない。しかし・・・」
ピエール「あなたは最も辛かったことを語るたびに、心の傷口を開いて血を流していらっしゃるのではないか?あなたの心は誰よりも強い。だが誰よりも繊細なところがおありになる。魔物と語らい、愛児のご成長を見るだけで、お心を癒すのに十分なのか?」
ピエール「・・・」
ピエール「・・・がらにもない。私にはあの方の敵を倒し、ご家族を守り抜くことしかできぬというのに。少なくとも、父上の仇を討ち母上をお救いするまでは、あの方は心にとげが刺さっているようなもの。本当の安らぎを得ぬ。それが果たされて、なおもあの方を満たすことができぬなら、その時に考えるしかあるまい。その時まで私が生き残っていれば、であるが」


***翌朝***

甲板

ビアンカ「ね、どうかしら」
スラリン「うん、ついさっき泣き止んだよ・・・ふわあ」
ビアンカ「一晩中泣いていたの?」
スラリン「ん」
ビアンカ「・・・」
スラリン「上着、ありがとね。無かったら今頃リュカは風邪ひきさんだったよ」
ビアンカ「ううん、濡れてるね、やっぱり」
スラリン「・・・」
ビアンカ「・・・」
スラリン「泣いてるときにね、リュカが思い出して、ちょっぴり話してくれたことがあるんだ」
ビアンカ「うん」
スラリン「あのね、ビアンカに会いたいって言った人がいたんだって」
ビアンカ「わたしに?」
スラリン「その人はね、リュカのことが大好きな人で」
ビアンカ「・・・」
スラリン「ビアンカみたいに、ちっちゃい頃のリュカを知ってる人に、会いたがってたんだって」
ビアンカ「ううっ・・・」
スラリン「ビアンカ?」
ビアンカ「ごめん、もういいよ」
スラリン「ん・・・わっ?」
ビアンカ「リュカが大好きだったその人に、わたしも会いたかったよ」
スラリン「きゅうぅ、苦しいよう」
ビアンカ「会いたかったよ・・・」

126悲恋〜ヨシュア〜 27:2008/06/30(月) 18:20:28
サラボナ

ルドマン邸 広間

ルドマン「なに、もう取ってきてしまったのか!彼女は空でも飛べるのか・・・?」
ルドマン「なんと、リュカ殿の旧知の方が、村に移住していたと!なんたる巡り会わせか!」
ルドマン「・・・」
ルドマン「よくわかった。リュカ殿、分不相応にもあなたを試すようなことになったのを許されたい。これはリュカ殿に与えるべしとの天の啓示。これ以上リュカ殿のお力を疑うのは、天に逆らうようなもの。ぜひお持ちくだされ」

ルドマン「船はそのままお乗りになるといい。あなたならばきっと、勇者を見出して念願を果たされよう」
ルドマン「わしがフローラの婿選びで失言し、二つのリングなどと言い出して騒ぎが大きくなったのも、あるいは天啓だったのかも知れんな」

ルドマン邸 2階

ルドマン嫁「え?船までもらうわけには?ふふっ、夫は先行投資を大事にする商人ですの。リュカさんと仲良くしておくことが、いずれ巨大な幸福を運んでくれるのだと申しておりますわ」
ルドマン嫁「私どもは、また商売に励んで船を作ることもできますが、あなたはそうはいかないでしょう?同じように、私どもの力ではフローラの危機を救うことはできなかったのです。お互いができることをするという、ごく当たり前のことですよ」

フローラ「もう行かれるのですね。これ、私が編んだものです。山越えをするときに、お子様に着せてあげてくださいな」


***

山奥の村

ビアンカ「出掛けるのね?じゃあ、お薬をあげる。この近くの沢に生える草で作ったものよ。保存もきくし、赤ちゃんが熱を出したら飲ませるといいわ」
リュカ→はい
ビアンカ「どうしてこういう時って、子供を優先しちゃうのかしら。不思議ね」
リュカ→いいえ
ビアンカ「調合はわたしじゃなくて、村の名人に頼んだから安心なさい!!」

*****

ポートセルミ

船乗り「ラインハットが東南の大陸への航路開拓に着手して、既に完成間近らしい」
船乗り「海運は我々の天下だったけど、他国も馬鹿にできなくなってきた。負けてられねえや」

*****

船上


スラリン「ビスタはまだ?そろそろ暑くなりそうで怖いよ」
ピエール「ん、もう少し掛かるらしいぞ」
スラリン「ラインハットへ戻るのかな?」
ピエール「うむ。グランバニアへの航路が完成しているならそれを利用したいし、母上について何か手掛かりが見つかっているかもしれないからな」


スラリン「今回はリュカ、泣かないね。前はびっくりしちゃったよ」
ピエール「うむ・・・」
ピエール「ヨシュア殿という人は、我らが主の父上や母上のことをほとんど何も知らなかったのだそうだ。ゆっくり語らう時間が与えられなかったのだから、無理からぬことだが」
スラリン「だからかな。リュカはみんなにしゃべってくれるね」
ピエール「・・・その昔、魔王を封じた天空の勇者は、父親のきこりを天罰の雷で殺され、母親の天女と引き離され、育った村の住民は魔物に皆殺しにされたという。同じ頃、魔界の王も恋人を浅ましい人間どもになぶり殺されたとか。だが勇者ならぬ我が主がこれほどの宿命を負わねばならぬとは・・・優れた者に対する天の嫉妬にしても、残酷すぎるではないか」
スラリン「んー・・・」
スラリン「むつかしいことはわかんないけど、天界とか魔界とかの神様よりも、リュカが好きだな」

*****

ビスタ

船乗り「ヘンリー王兄?ああ、今ごろは南東の海の上だよ。もうしばらく掛かるだろう。天候によっては、途中で降りて陸路で王宮に帰ることもあるらしいから、会いたいなら王都に行って待っているといいよ」

127悲恋〜ヨシュア〜 28:2008/07/01(火) 18:08:16
修道院
院長「あら、黒髪さん、久しぶりねえ。また美人になった?」
院長「マリアさん?ええ、それがね・・・」


ラインハット王宮


マリア「!!」
マリア「リュカ様!ご無事でしたかぁ!」
マリア「心配しておりました。息災でいらっしゃいましたか?」

玉座

デール「おお、兄上、やっと帰ってきてくださったか!」
ヘンリー「やっと?予定より早く着いたはずだが・・・」
デール「すぐにお部屋へ!リュカさんがいらしてます!」
ヘンリー「なに!あ、いや待て、まだ心の準備が・・・」

***

ヘンリー「よお、リュカ!来てたのか!聞いてくれ!やっとグランバニアへの航路が完成したぞ!」
マリア「まあ、それはおめでとうございます」
ヘンリー「大陸を見つけてからが長かった。北側からではとても山越えできそうになくて、人の通れる山道は東側にしかなかった。だがとうとう登山口を見つけたぞ」
ヘンリー「天険ヴォミーサを越えるのが残っているが、これは現地の人なら知っているような山道だ。険しいが、人が通れる道だ!」
ヘンリー「・・・」
ヘンリー「その・・・なんだ・・・」
ヘンリー「自分だけ幸せになる俺を許して欲しい」
マリア「・・・」
ヘンリー「こんな俺だけど、かなり悩んだぞ。けど、リュカはマリアの幸福を願ってくれると思ったとき、俺に迷いは無くなった」
ヘンリー「俺がリュカのためにする最良の行動を考えて、マリアと俺自身を幸福にすることが、リュカも喜んでくれることだと思った」
ヘンリー「だけど忘れるな、俺はいつでも、リュカのためにこの命を使うぞ」

教会

シスター「まあ、リュカ様!どうですか、お子様は?あとでご様子を見せてくださいませ」

シスター「マリア様の花嫁姿は、それはお綺麗でしたのよ。リュカ様を式にお呼びできなかったのが残念で・・・」
シスター「いえ、ヘンリー殿下はリュカ様と連絡が取れるまでいつまでも延ばすとおっしゃったのですけれど、お二人の仲が深まってしまいましたので、すぐに挙げることになったのです。王国が正常になって間もないこの時期に、王族の私事で隙を見せることの不利益を説得されて、ようやく殿下も折れたのですわ。『リュカが戦う敵を利するわけにはいかぬ』と」
シスター「式に使ったドレスや装飾ならば、いつでもご覧に入れますわ。お申し付けくださいな」

シスター「もうお二人にはお会いになりました?そうだ、ひとつリュカ様に頼みがありますの。殿下のことを徹っっ底的にからかって差し上げてくださいな」


***

ヘンリー私室

ヘンリー「船で行けるところまでは送っていこう。まかせておけ。魔物と遭わないどころか、子供の夜泣きもない快適な船旅をプレゼントするぞ。ゆーっくり子育てを楽しんでくれよな!しかし、港でちょっと見てきたけど、俺がいつも乗っている船よりリュカの船の方がすこし速そうだな。さすが本場の船大工の傑作というべきか」
ヘンリー「本当なら、リュカの船に加えて護衛艦をつけた船団を組んで、俺も一緒に送りに行きたいんだが、それは無理かな・・・最近、教団の監視が増えてる気配がするんだ」
ヘンリー「航路を知り尽くした腕利きの船乗りを推薦するから、連れて行ってくれ」
ヘンリー「グランバニアに着いて、王女リュカの帰還が公表されることになったら、いよいよ教団とは明確に敵対することになるな。危険も増えるが、味方も増えるはずだ。そうなったらお互い堂々と会える。また一緒に戦おう!」
ヘンリー「公表せずに秘密にしてもらうかどうかは、グランバニアの国情とかリュカの子育てとかで判断してくれ」


マリア「リュカ様。これから山越えなさるのですね。リュカ様の里帰りを、兄も喜ぶと思います。住み良い実家だといいですね。子育ての基盤になるのでしょうから」


客室

シスター「爪もきれいだし、ええと、次は・・・。はい、いいこだからアーンしてねー」
シスター「ふふっ、子供の歯ってかわいい!」
シスター「うん!ふたりとも、気持ちいいほど問題ないです!おかあさまが丈夫だからかしら?」
シスター「はい、おしまい!ごめんね、ねむくなっちゃったかしら?じゃあ、おかあさんのところへいきましょうねぇ」
シスター「あら、リュカ様!はい、よおく診ておきました。すこしお眠たいようですが、健康そのものですよ」

*****

ビスタ港

船員「あ、あなたがリュカ様ですね。私がグランバニアへの先導をおおせつかった者です」
船員「いつもは殿下のもとで船長をしておりますが、今回はリュカ様の船で操船の手伝いをさせていただきます」
船員「いつでも出られます。声を掛けてください」

128悲恋〜ヨシュア〜 29:2008/07/02(水) 19:16:31
船上

船員「この先の海域では風が巻いていまして・・・」
船長「なるほど、難所なのか」
船員「しかし、2日ほど我慢してここを越えれば良い風がつかまって海流にも乗れるはずです」
船長「ふむふむ・・・あ、リュカ様。海図を見にいらしたのですか?」
リュカ→はい
船長「どうぞ。グランバニアへの登山口はここですので、接岸する地点はこのあたりがよろしいでしょう。いまこのあたりにおります・・・」
船長「おわかりいただけましたかな?」
リュカ→いいえ
船長「では、我らは話し合いを続けます」

船員「ここは思い切って帆を開いて進みましょう」
船長「危険では?」
船員「難所に長く留まるより、素早く抜けて行くべきです」


*****
グランバニア王宮
広間

オジロン「グランバニアの新しい国主は、デュムパポス1世が遺児、リュクリア・エル・シ・グランバニア1世である!女王陛下、万歳!」
*「女王リュカ、万歳!」
*「グランバニアに栄光あれ!」

テラス

オジロン「こんなところにいらっしゃったか。正当な地位を取り戻すまでに、ご帰還からずいぶん時間を掛けてしまってすまなかった。手続きとか伝統とかいうものはどうにも面倒だ」

オジロン「不安がおありか・・・」
オジロン「ん?政治も経済も立法もわからぬと?ははは、わしもわからん。だからわかる人間を探して任命する。なんでもそうだ。国というのは大きすぎるからな。兄上・・・パパスとて、国の全てを把握するわけにはいかなかったのだ。わしのような凡人にはなおのこと、人を頼らねばならぬ。事の軽重、善悪を判断する精神が曲がっていなければよいのだ」
オジロン「といっても、わしも名君だったわけではないから、偉いことは言えぬがな」
オジロン「まずはこの国がどんな地勢なのかを知るといいかな、書庫の者に言えば資料を出してくれるぞ」
オジロン「大丈夫。魔物も虜にするリュカなら、その優しいまなざし一つで民はついてきてくれる」


書庫

*「これは陛下、なにかお探しでありましょうか」
*「は、周辺地域の様子でございますか?」
リュカ→はい
*「はい、申し上げます。実は、湖を越えて北方に塔がございまして、魔物がきわめて多く生息している由にございます」
*「しかしながら、魔物が湖を越えてくる気配はなく、また、対岸にはほとんど人も住んでおりませんもので、恥ずかしながら放置しておりました。国内の安定を優先した先王のお考えが間違っていたとは思いませぬが・・・」
リュカ→いいえ
*「湖の向こうは未開の地です。領土といえば領土ですが、統治されているわけではありませぬ。魔物の領土とも言えます」


テラス

ドリス「あ、リュカ!ありがとう!あんたみたいなかっこいい従姉が女王様になってくれたおかげで、あたしも気楽になったよ!お礼に何かしてあげる!何がいい?あたしとしては、子守りとかしてあげたいなあ!」
ドリス「・・・え、北の塔の魔物?んーと、種類は多いし、強いらしいよ。ここのところ塔の頂上にいる魔物のボスは、なんでも屈強な馬の化け物だとか」
リュカ「!」
ドリス「それにね、時々だけど、夜に頂上がぼんやり光ってることがあって、ここからよーっく目を凝らして見てると、暗い紫色をした変なやつが見えたりするのよ。ね、幽霊っていると思う?」
リュカ「!!」
ピエール「!」


書庫

オジロン「何があった!陛下がひどく厳しいお顔をなされていたぞ!誰か、陛下に対して失言でもしたのではあるまいな!」
*「な、何もございません。陛下は、周辺地域の治まり具合をお尋ねになりまして・・・」
オジロン「して、なんと?」
*「特には。北の塔について、ことのほかご興味を示されたようでございますが、魔物さえも魅了する女王陛下らしいことでありますし・・・」
オジロン「むう・・・、しかし、義姉上ゆずりの、誰もが魅了されるお優しい目が、あれほど険しくなったのを見たことが無い。兄上の例もある、気がかりじゃ、陛下の身辺に特に気をつけよ!決しておひとりにするでないぞ!」


城外

リュカ「・・・」
ピエール「宿願をひとつ、果たしましょうぞ」
スラリン「リュカの子なら平気だよ!もうすっかり乳離れ・・・ふにゃ!?」
べしん!
スラリン「ぷるぷる・・・いってぇ!あにすんだよお!」
ピエール「おまえはだまっておれ!」

129悲恋〜ヨシュア〜 30:2008/07/03(木) 17:50:34
デモンズタワー最上階

ジャミ「ほう、奴隷のなれのはてが今や女王か。偉くなったものだ」
ジャミ「だが王ならばなぜ兵を率いて来ぬ。国を思わぬその身勝手は十分死に値するぞ」
リュカ「・・・」
---
サンチョ「サンチョめが思いまするに、リュカ様はお優しい方ですが旦那様ゆずりの激情も持ち合わせてございます。それは王位だの国主としての責務だので縛れるような、代替のきく半端なものではございませぬ」
サンチョ「何があろうとも、このサンチョは旦那様とお嬢様の味方ですぞ」
---
ジャミ「ふん、動じないか」
ジャミ「よかろう。貴様を血祭りにあげ、その骸を操り貴様の国を奪ってやろう!」

***

ジャミ「ばかな、この体は人間には傷つけられぬはず・・・」
ジャミ「まさか、貴様はすでに、どこかで天空の力を・・・!」
ジャミ「いかん、それだけは!何が何でもここで貴様を殺す!!」

***

ジャミ「まさか、このオレがやられるとは・・・」
ジャミ「だが天空の勇者が生まれるのはなんとしても防がねばならぬ・・・食らえ!」
ジャミ「その姿で世界の終りを見届けるがいい!!わはははは・・・ぐふっ!」

<SFC準拠です。PS2準拠なら少し変えればいいだけですが・・・今はやめときます>

*****

ラインハット

ヘンリー「おお!わが国の山越え部隊はグランバニアに到達したか!とうとうやった!ラインハットよりグランバニアへの久しぶりの使節となったわけだ!」
*「殿下、その部隊の隊員が、内密にお話すべきことがあると・・・」
ヘンリー「ん、通せ」

ヘンリー「・・・なに!?リュカが!?」
*「は、即位直後に、お子様を残して消息を絶たれた由にございます。不在は既に1週間を超え、領内には影も無く・・・」
ヘンリー「して、グランバニアは何と」
*「はい。もしリュカ様がラインハットにいらしているようでしたら、直ちにお帰りいただくか、少なくともご連絡いただくようにとのこと」
ヘンリー「そうか、よし、詳細を調べ、場合によっては捜索隊を編成する。デールは謁見室だな?」
ヘンリー「あ、そうだ。先方とは引き続き緊密に連絡を取るから、すぐまた出てもらうことになる。今はゆっくり休んで英気を養え。今日は職務を忘れて酒でも・・・そうだ、俺の秘蔵を一瓶やろう」

ヘンリー「リュカのことだ・・・ふらりとどこかへ出れば、1週間ぐらいすぐに経ってしまうだろうが・・・」
ヘンリー「・・・子供を残して・・・?あのリュカが・・・?」
ヘンリー「使者ではらちが開かないな。ピエールとでも話さないことには・・・。すぐにでも行って確かめたいが、グランバニアからの使者とすれ違いになってもまずいな・・・」

***

デール「2ヶ月経っても戻らない、と」
*「はい、先王たる叔父御さまのお嘆きは深く、ラインハット王国領も探してくるようにと命ぜられまして・・・」
ヘンリー「ふむ・・・ところで、天空の剣と天空の盾は、リュカが持っていったのか?」
*「は?いえ、女王陛下がお持ちになった至宝であれば、わが王宮で厳重に保管してございますが・・・」
ヘンリー「そうか、リュカの魔物の多くは、今もグランバニアにいるのだな?」
*「はっ。陛下は魔物を連れて我が国の北の塔においでになったようです。犠牲も出ましたが、多くは傷つきながらも帰還いたしました。しかし、陛下が姿をお隠しになるところを目撃した者は、生還した者にはおりませず・・・」
ヘンリー「・・・」
デール「うん、よくわかりました。国家としても個人としても、リュクリア女王の即位前には非常に恩を着ている、心配です。わが国を捜索しやすいように通行証を発行しよう。領内の地図もお持ちになるといい。他にも何か必要なものがあれば言うように」


ヘンリー「何かあったな。リュカがどこかを旅しているなら、天空の武具を置いたままにしておくはずがない。リュカは北の塔で何かをして、すぐ帰るつもりだった。だが帰れなくなった」
ヘンリー「死なせただと?リュカを慕う魔物をか?その北の塔には、そこまでせねばならぬ何かがあったわけか。そこまでリュカを突き動かすものといったら、母上の所在か、天空の勇者か・・・」
ヘンリー「あるいは、パパス殿の仇か」
ヘンリー「こちらでも調べてみた方がよさそうだな・・・」

130悲恋〜ヨシュア〜 31:2008/07/04(金) 12:42:15
数日後

*「グランバニア王国よりの密使が参りました。陛下が殿下も同席するようにと」
ヘンリー「ん」

ヘンリー(ずいぶん早いな。前の使者が帰ってもいないだろうに。こうも矢継ぎ早に使者を出すとは・・・リュカが戻ったのか?)


謁見室

デール「なんと言われた!?」
ヘンリー「ばかな・・・」
マリア「そんな・・・」
シスター「なんて・・・愚かなことを・・・」
サンチョ「『グランバニア王国は女王リュクリア1世の捜索を行う。ラインハット王国は両国の共通の敵たる光の教団への対策に専念されたし』・・・長い親書でありますが、要約するとこういうことでございます」
サンチョ「ラインハット王国には、我が女王の捜索をしていただくには及ばぬ、とお伝えするのが、今回の私の任務でございます」
ヘンリー「サンチョ殿、この俺はこの世で最も長きにわたりリュカと・・・リュクリア陛下と生死をともにさせていただいた者だ」
サンチョ「お初にお目にかかります。すると、あなたがヘンリー殿下ですな。仔細な報告書をありがとうございました」
ヘンリー「おお、あれをお読みになったか!それならば話は早い。リュカが行きそうな場所については、この俺が誰よりも詳しい。なにしろ、リュカの連れる魔物達の誰よりもはるかに長く」
サンチョ「しかし、あなたは旦那様を死なせた方だ」
ヘンリー「!!!」
サンチョ「当時幼かった殿下に、旦那様やお嬢様・・・わが国の先々王と女王陛下に降りかかった不幸について責任など無いことは百も承知。最も憎むべきは、裏で糸を引いていた悪党どもだというのも理解しております。しかしながら、貴国の跡目争いに巻き込まれなければ、先々王パパスは少なくともむごたらしい最期を遂げずにすんだのです。われらが女王陛下が人生で最も貴重な時間に苦役を強要された直接の原因は、まぎれもなく当時のラインハット王国にあります」
ヘンリー「う・・・ぐう・・・」
サンチョ「現在のこの国は確かに当時やその後の10年とは違うようです。されど、グランバニアの民は今でもパパス王を深く敬愛しております。わが国の者が、貴国の協力をうまく受け入れられるとは思えませぬ。しこりやわだかまりを残したままでは、協同で動くことは、かえって不幸を招きまする」
シスター「しかし、リュクリア陛下には幼いお子様もおいででございます。ここは遺恨を捨て、なんとか協働して一刻も早く探し出せるようにすべきではありませぬか」
サンチョ「・・・この場でこのような仮定をすることをお許しください。もしヘンリー殿下が消息をお絶ちになり、その捜索をするにあたって、協力者がいるとします。ところが、その協力者が先に殿下を発見し、貴国に知らせず、より高く買ってくれる魔物に売り渡すような疑いがあったらいかがでしょうか」
シスター「・・・」
デール「・・・それは・・・かつて我が国がやったことだ・・・」
サンチョ「信頼関係が無いとは、かくも不幸なことなのです。私とて、サンタローズの家を焼かれた記憶を水に流し、あらゆる手を尽くしたいところなのです。しかし・・・。十数年前の旦那様の無念を、お嬢様の悲哀を思うと・・・やはり心の底よりの信頼をこの国に置くには、抵抗がありすぎまする」
シスター「・・・・・・」
サンチョ「友邦にもかかわらず、我らの不寛容をお許しくださるように願います。では、退出の許可をいただきたく存じまする」


廊下

ヘンリー「待て!待たれよ!サンチョ殿、お待ちあられよ!」
サンチョ「・・・」
ヘンリー「許せ!許されよ!俺の不徳を、わが国の罪を、今ここで罰をくだして、許されよ!」
サンチョ「できませぬ」
ヘンリー「どうか、パパス殿とリュカのために、力を尽くす方法を我にお残しあられよ!」
サンチョ「・・・」
サンチョ「そのお言葉、もっと前に聞きとうございました」
ヘンリー「許せ・・・」
サンチョ「許せるようになりたいと思いまする。しかし無理でございます、少なくとも今すぐには・・・」
ヘンリー「・・・」
サンチョ「たぶん、この国は許される国になっているのでありましょう。しかし、私が許せる私になっておらぬのです。旦那様とお嬢様にお詫びするべきは、むしろ私めの方でござりまする・・・」

131悲恋〜ヨシュア〜 32:2008/07/06(日) 16:11:03
玉座

ヘンリー「せっかく編成したリュカの捜索隊だが、解散だな。兵には各自、元の任務に戻らせよう・・・」
デール「兄上・・・」
マリア「サンチョ様のお悲しみは深いようです。言葉遣いが定まらないことをご自分でお忘れになるほどに・・・」
ヘンリー「サンチョ殿の言うことはもっともだ。俺がサンチョ殿の立場でも、わが国には、船一隻、馬一頭だってリュカの捜索に借りようとはしないだろう。わが国には・・・」
デール「仮に協同で捜索したとして、相互不信の果てに仲間割れを起こすのが関の山・・・か」
シスター「申し訳ありません。過分にも同席を許されていながら、サンチョ様のお心を解きほぐす言葉を見つけることができませんでした」
マリア「いえ、たぶんどのような言葉でも、あの方のお心は融かせなかったでしょう。言葉では・・・」
デール「といって、どのような行動を示したらグランバニアに誠意を伝えることができるのか」
シスター「先方との関係は、時間が経てば回復できるものでしょう。光の教団をはじめとする、魔物の脅威に対抗せねばなりませんから。ですから、今最優先に考えるべきはリュカ様の消息を確認することです。しかし、サンチョ様の言うように、いまの状況では両国の捜索隊が互いを妨害し合うようになりかねません。グランバニアだけが捜索を行うならその心配はないでしょう。されど・・・」
マリア「そうです。リュカ様のご両親について、リュカ様の次によく調べているのは、外交のために駆け回って調べていらしたヘンリー様です。さらに、10年間も共に囚われていらしたのですから、リュカ様のご気性や癖までご存知です。リュカ様の行かれそうな所、囚われそうな所・・・グランバニアのご親族とて、ヘンリー様以上にお詳しい方はいるとは思えません」
デール「そう、そしてその程度のことは先方もわかっているはずだ。愚かなことだ・・・誰が愚かだというのでなく、この事態が」
ヘンリー「・・・」
シスター「殿下?」
デール「兄上、どちらへ?」
ヘンリー「しばらく、ひとりになりたい。デールもマリアも、部屋に入ってはくれるな」
マリア「ヘンリー様・・・」
デール「兄上・・・。はぁっ、無力感とはこういうことか。いまになって、過去に足を取られるとは・・・」



ヘンリー私室

ヘンリー「パパス殿。あなたもこのような心境であったのであろうか。何とかせずにはいられず、しかし何もできない。だが、何もできないというのは錯覚だ。無意識にこだわっている何かを捨てれば、少なくとも行動は起こせる」
ヘンリー「今の俺には、家族がいて、少なからず部下がいる。俺が主導する国策もある。だが、それがどうした。自分が自分であるために、何を最も大事にすべきか」
ヘンリー「グランバニアの王である以前に、妻を愛するひとりの男であったあなたと同様だ。俺はラインハットの公子である前に、リュカの友だ」


ヘンリー「コリンズ。苦労して育て、俺の子なら・・・」

ヘンリー「マリア。出掛けるぞ」
マリア「やはり。お待ちしておりました」
ヘンリー「ああ、リュカを探す。そうでなくては、俺は俺でなくなる」
マリア「わかりました。否やはありません、お供いたします」
ヘンリー「うむ。リュカを除けば、光の教団が狙うとすれば、俺とマリアだ。残していく方がむしろ危険だからマリアは連れて行くが、問題はコリンズだ、どうするか・・・」
マリア「私達が連れて行ったと発表させ、王宮で密かに育ててもらいましょう。幸いまだ赤子ですから、一目で誰と見分ける者は多くありません。シスターに書置きを残し、孤児に紛れさせれば、教団の目をごまかせましょう」
ヘンリー「おう、それでいこう。決行はいつにするか・・・」

*****

太后の部屋

太后「困った事態になりましたね。やはりわらわの首ひとつを献上したところで、何の詫びにもならぬのでしょうね」
デール「逆効果でしょう。かえって、ラインハットがいまだに残虐な国であるのかと思われます」
太后「わらわには名案などありませんが、相手の国とのいざこざを恐れるあまり、あのお姫様・・・リュカさんのためにならぬようになってはなりませんよ」
デール「わかっております」
太后「おっと、いけません。わらわは国の事に口を出さぬことに決めたのでした。では、休みます・・・」
デール「体調、良くないのですか」
太后「少しずつ悪くなる病気だそうですから。なに、いずれにせよ老いるのですから。気になさらぬように」
デール「は・・・」

132悲恋〜ヨシュア〜 33:2008/07/06(日) 16:14:22
玉座

*「陛下、申し上げます・・・」
デール「なに?兄上が見当たらぬ?よくあることであろう」
*「執務の時間が前後するのはよくあることですが・・・ここ2日ほど見ておりませぬ。城外での公務に出たというわけでもないようですし・・・」
デール「城は広いのだ、資料室などにおらぬか?」
*「もちろん探しましたが・・・」
デール「ふむ・・・」

デール「ん?」
(陛下・・・陛下・・・)
デール(なにか)
(殿下のことです。こちらへ・・・)

教会

シスター「陛下、申し訳ありません。私に油断があったようです。ヘンリー殿下をずいぶん理解したつもりでおりましたが、殿下のお心の底に眠る激情の質と量を見誤っておりました」
デール「兄上はいずこに?」
シスター「やられました。ああもう、もののみごとに、してやられました!これです!」
デール「手紙?」
『マリアと出かける。コリンズは置いていく、子育ての楽しみを分けてやる』
『公務の引継ぎなど、細かい事は執務室の引き出しの中』
デール「・・・書かれたのは・・・3日前の夜!?なんで今まで見つからなかった!」
シスター「それです!教会の水時計です。わたしが週に一度、水を汲み上げております。今日になったら自動的にみつかる仕組みだったんですわ!ああ!私が時計のからくり人形扱いされるなんて!」
デール「・・・・・・」
シスター「陛下、その、いかがいたしますか。今からお探しするのはほぼ絶望的ですが・・・」
デール「うむ。とりあえず、兄上の公務の引継ぎに関しては、手紙のとおりに」
シスター「は・・・」
デール「それから・・・それから・・・うああ!!もう、考えがまとまりやしない!!」
シスター「陛下?」
デール「あの、みどりあたまは、ばかか!?」
シスター「ひぃ!?」
デール「僕にどれだけ心配させる気なんだ!」
シスター「・・・」
デール「次に帰ってきたら、ゲンコツひとつじゃすまないぞ!」
シスター「あの・・・」
デール「君も、折檻の方法を今から考えておくように!後のことは追って沙汰する!」
シスター「陛下、どちらへ!」
デール「調練場!体を動かしてないと気が狂いそうだ!!藁束でも斬ってすっきりしてくる!!!おーい、誰か師範を呼べ!!」

シスター「・・・・・・びっくり・・・」
シスター「・・・・・・似たもの兄弟」
シスター「ご年齢から言えば、まだまだ少年でしたっけ・・・たまには抱えきれなくなるのも、そういえば無理ない事でした。根が陽気な家系で良かったわ」
シスター「それにしても、マリア様まで。リュカ様を姉妹以上にお慕いしていらしたとはいえ、母子の情は何より強いと思っていましたが・・・。乳飲み子すら甘やかさないとは、マリア様はなんという烈女でしょう・・・」
シスター「失念していました。マリア様は、リュカ様をお救いして散った激情家の兄様をお持ちでいらしたことを」

シスター「お三方について見誤っていたのね、私・・・。スランプかしら・・・」
シスター「太后様が卒倒しないように、薬湯を用意しておきましょう」


*****

ビスタ近海、船上

船長「殿下、もういいですよ」
ヘンリー「ふう!海に出たか」
マリア「また樽に乗ることになるなんて思いませんでしたわ」
船長「ははは、親友のために地位も何もかも捨てて船出とは。殿下はまったく王族にしておくのは惜しいですな。海の男におなりなさい」
ヘンリー「おう、考えておくぞ。以前に乗った樽よりも、積荷のクッションが効いてて実に快適だった!」
船長「もう少し大きな樽があれば、なお良かったんですがな」
ヘンリー「いやいや充分だ。マリアと一緒でも良かったぐらいさ!」
船長「おお、そいつは気がつきませんでした」
マリア「・・・!」

133悲恋〜ヨシュア〜 34:2008/07/07(月) 23:11:59
ラインハット王宮

*「陛下、王兄殿下は・・・」
デール「ああ、兄上なら家族を連れて旅に出ている。いや、私が頼んだんだ。せっかくご帰還なされたというのに、兄上には激務の連続を強いてしまって、心苦しかったのでね。少し遅くなったが新婚旅行がわりといったところだ」
*「は、そうでしたか」
デール「兄上がやっていた仕事の後任は既に選んであるから、安心せよ」
*「は!」


デール「しばらく待っても帰らなかったら、失踪を公表せねばならないね。コリンズはどうしてる?」
シスター「乳母を手配しました。今は教会の一室で孤児たちと一緒におります」
デール「ありがとう。気をつけて育てねば・・・あ、いや、兄上に似ているなら、なるべく放ったらかして育てた方がよいのかな」
シスター「王宮だけでなく、城下や別の町でお育てすることも含めて考えておきましょう」


デール「精一杯良い国を作って、サンチョ殿を見返さねばならないからな。といって、特別なことができるわけじゃない。誠実な行動を続けるしかない。あとは、よく状況を探って、機を逃さないことかな」


*****

グランバニア城下

ヘンリー「ひぃぃ、厳しい山道だったぁ・・・」
マリア「命からがらでしたわ」
ヘンリー「しかし、必死に進めば何とかなるもんだ。たどり着いた俺を褒めてくれ!」
マリア「ええ、よく頑張りました!」

ヘンリー「うん、なかなかよく治まっているな」
マリア「リュカさまのお連れは・・・」
ヘンリー「魔物はリュカを探しに出払っているかもしれないな。俺の知っているのが残っていてくれればいいんだが・・・」

ピエール「うん?」
ヘンリー「しぃっ!」
ピエール(な・・・なぜここにおぬしらがおる!)
ヘンリー(リュカを探しに来たに決まってるだろう!俺をリュカの捜索に加えてもらいたい!)
ピエール(無茶を言われるな!盟邦とはいえ、こちらから協力を拒否した相手の王兄に参加させられるか!)
ヘンリー(交換条件はある。リュカの母親の故地だ)
ピエール(なにっ!)
ヘンリー(いいか、俺は調査の末、リュカの母親の故郷を突き止めた。そこへ行くには、ここから船を出す必要がある。だが今の俺はただの旅人だ、船を一隻自由に動かせるわけがない。だから、グランバニアを動かして、捜索の船を出させて、それに俺を乗せろ!そうしたら教える)
ピエール(ほう、私に国を裏切れと?)
ヘンリー(お前が忠誠を誓ったのは、グランバニア王国か?リュカか?)
ピエール(聞くまでもあるまい)
マリア(かなり遠いのです。小船では辿りつけません)
ピエール(ちぃ、図々しい。我が主は人間の友を選ぶ目だけは曇っていたか)

*****

広間

オジロン「おお、ピエール、どうであった」
ピエール「は、申し訳ございません。またしても、影すらみつけることがかないませんでした」
オジロン「いや、詫びることはない。皆も同じだからな」
ピエール「痛み入ります。ついては、ひとつお願いがあります。この国一番の大船をお借りしたい」
オジロン「船?陛下が海を越えたというのか?」
ピエール「はい。わが主ほどのお方ならば、すれ違った人や魔物を惹きつけてやまぬはず。にもかかわらず全く通った形跡すら残っていないというのは、つまり・・・」
オジロン「なるほど・・・リュカの魅力と存在感を考えれば、行く先々で人に愛され魔物に慕われていておかしくない。見た者がいないというのは手掛かりが無いのではなく、そこには来なかったという証拠になるわけだ。よし、そろそろ別の大陸も捜してみよう」
ピエール「お聞き届け、感謝します」


*****

船上

マリア「海を越えて山を越えて、また海です!」
ピエール「機嫌が良いな」
マリア「ええ、私には魔物を切り結ぶ力こそありませんが、リュカ様みたいな旅をしているかと思うと、誇らしくて!」
ヘンリー「さあ、行くぞ。目的地は、聖地エルヘブン、はるか北の奥地だ!」

ヘンリー「ピエールが残っててくれて助かった。俺たちとグランバニアの両方に話ができるやつじゃないとな」
ピエール「偶然だ。子守り役以外の魔物は残らず捜索に参加している。探しに出ては城に戻って、甲斐ない報告を繰り返していたところに、おぬしらがやってきただけだ」

134悲恋〜ヨシュア〜 35:2008/07/08(火) 20:58:11
エルヘブンへの海路

ヘンリー「この水路には、リュカは来ていないかな」
ピエール「そう都合よく見つかるものか」
マリア「まずはエルヘブンに参りましょう。手掛かりだけでも見つかればいいのですから」

3つのリングの聖堂前

ピエール「こちらではないと思うが・・・」
ヘンリー「ああ、しかし、明らかにこっちに何かある。神々しいような禍々しいような・・・」
マリア「・・・」
ピエール「たしかに、何か感じるものはある。いや、あまりにも強く感じすぎるほどだ。行ってみるべきか?」
ヘンリー「行こう。エルヘブンは逃げやしない」


聖堂内

ヘンリー「行き止まりか・・・?」
マリア「とても清浄なところなのに、なんでしょう、ここは、変な気分です・・・」
ピエール「む!?」

*「いけませんね、こんなところにまで」
マリア「ひっ!?」
ヘンリー「この声・・・!」
ゲマ「おや、誰かと思えばラインハットの小僧ではないですか。おとなしく王宮で震えていれば手を出さずにいてやったものを、ばかなことをしますね。ゴンズ、扉を閉じておきなさい」
ヘンリー「きさま!何度きさまを八つ裂きにするのを夢見たか。パパス殿の仇!」
マリア「!」
ピエール「こいつが・・・!」
ヘンリー「くたばれぇ!」
ゲマ「愚かな」
ヘンリー「うぐあ!?」
ゲマ「金縛りにしてあげました。ここは魔界に最も近い聖堂。我らにとっては地上で最も力の出る場所。人間がリングのひとつも持たずにここに入るなど、自殺志願かと思いましたよ」
ヘンリー(リング・・・、リングといえば・・・たしか以前リュカが・・・)
ゲマ「む!?おっと!」
ピエール「ちぃ!」
ゲマ「うっかり忘れるところでした。いましたね、この聖堂でもまともに動けるのが。ですが、この私を甘く見てもらっては困りますね・・・はあっ!」
ピエール「うあ!」
ゲマ「ほっほっほ、そこでおとなしく痺れていなさい」
ピエール「く・・・地の利、我にあらず・・・か」
ゲマ「子供なら奴隷にしてさしあげるところですが・・・あなた方はまたどんな手を使って逃げるか知れませんね。神殿の馬鹿な部下どもでは抑え切れないでしょう。ここで殺してもよいですが、それでは飽き足りません・・・よろしい、あなた方にもあのパパスの娘と同じく、世界の終りを見届けさせてあげましょう」
ヘンリー(体が石に・・・?リュカもこうなったのか?)
ピエール(不覚・・・これまでか・・・。だが、彼奴の言うことが本当なら、どこかで生きていらっしゃる・・・)
マリア(ヘンリー様!ピエール様!・・・ああ、リュカ様、ごめんなさい・・・)
ヘンリー(覚えておいてやるぞ、ここが魔界に最も近い聖堂・・・う、意識が・・・)

ゲマ「この聖堂に人間の像などはふさわしくないですね・・・。どうせなら、世界の滅びが良く見えるところがいいでしょう。ゴンズ、運びなさい。それから、この船は燃やしてしまいましょう。なに、船員?捨て置きなさい。いずれ野生の魔物の胃袋に入るでしょう」


*****

ラインハット

***夜***

デール寝室

*「陛下、陛下・・・」
デール「ん・・・」
*「グランバニアの女王捜索は難航しているようです。我が国にも縁のある、リュカ女王の片腕ピエール殿が捜索に出たまま戻らぬとの事・・・」
デール「うむ・・・」
*「それから、グランバニア城下にて、緑色の髪の青年を見かけたという噂もございます」
デール「ご苦労。引き続き、調査を続けよ」
*「は・・・」

***翌朝***

玉座

デール「兄上が出掛けて、もう半年か・・・」
シスター「そろそろですわね」
デール「うん、失踪の事実を公表しよう。そろそろこちらも動く時機だ。長らく守勢を保ってきたが、攻めに転じても良いだろう」
シスター「はい」
デール「それと同時に、グランバニアへ使節を派遣する。季節はずれだが、雪解けには良い頃合いだろう」
シスター「はっ。その使節、私を加えてくださいませ」
デール「あなたが?・・・そうか、そうだな。あなたが最も適任だった」

135悲恋〜ヨシュア〜 36:2008/07/09(水) 22:48:24
グランバニア

広間

オジロン「なんと、貴国の王兄殿までもが行方不明であると!」
シスター「はっ。ついては、捜索に協力いただきたいと、わが王は申しております」
オジロン「むう・・・いや、しばし休まれよ。協議する」
シスター「はい」

会議室

オジロン「・・・どうしたものであろう」
サンチョ「天機がおとずれたということでありましょう。望外の申し出でございます」
オジロン「では、よいか」
サンチョ「はい、協力すべきでございます。ラインハットが先にリュカ様を見つけても、ヘンリー殿下の件でわが国の協力を得るためには、リュカ様を売るような真似はできませぬ。彼らの中に教団に踊らされる者が出る危険は変わっておりませぬが、それはわが国の者とて同じ事。互いを裏切れない状況に変わったことの方が重要でございます」
オジロン「そうじゃなあ、もともと足並みを揃えていきたいところではあったのじゃ。そのヘンリー殿下というお方の災難に乗じるようで悪いが、最善を尽くせるようになったのじゃ。そうしよう」
サンチョ「はっ、お聞き届けありがとうございます。では私はまた出掛けますので」
オジロン「うむ。無理をして体を壊さぬようにな」
オジロン「誰か!謁見室に使者殿を呼び戻せ、丁重にな」
*「は!」


王宮 子供部屋

シスター「では、お着替えしましょう。バンザイしてねー」
王子&王女「キャッキャッ!」
シスター「よしよし、えらいわねえ」
*「・・・」
オジロン「おい、遅いではないか。いったいなにを」
*「それが・・・自分は王子殿下と王女殿下の助産婦であったと、ご使者殿はおっしゃったとかで・・・」
オジロン「・・・」
*「お呼びに来たらこのありさまで・・・その・・・いかが致しましょう」
オジロン「お子様がお寝みになるまで待とう。先に親書を作っておくように」
*「は・・・」
オジロン「・・・」
オジロン「ご使者殿、双子を抱き込むとは、反則ではないか」
シスター「あら、心外ですわ、抱き込むだなんて。リュカ様のお腹を出た時から、私はこの子達を抱き続けておりますのに」
シスター「いままで、いろんな子供をこの世にお出ししてきましたが、こんなに遠くに行かなければお世話できなくなってしまったのは、この子達だけですから」
シスター「うふふふ、連れて帰ってもよろしいですか?目一杯かわいがって、わるいこに育てて差し上げますよ」
オジロン「さあて、それは女王陛下にお聞きしてくれ」


王宮 執務室

オジロン「親書ができた。目を通されたい」
シスター「ありがとうございます」
シスター「・・・・・・」
シスター「まず、ここと、ここは表現を変えた方がよろしいかと存じます。質実剛健なグランバニアと違いまして、ラインハットは陽気な気質の者が多うございますゆえ」
オジロン「ふむ」
シスター「それから・・・ええと、少しお待ちくださいませ」
オジロン「ん。読みながら、ちと聞いてほしい」
オジロン「我が国は山に守られているし、民も総じて王家に忠実な国風で、邪教に救いを求めるほど困窮する者が少ないせいで、光の教団の魔手から遠かった。だから警戒心も薄く、教団と因縁のあるリュカを無神経にも即位させておきながら、身の安全に対する配慮が不十分であった・・・」
オジロン「リュカを即位させたことは後悔しておらんが、即位させる時期をもっと慎重に選ぶべきであった。わしはすぐにも王位を譲りたかったから、むしろ遅くなったぐらいに感じていたのだが、違った。彼女を即位させるにはあまりにも早すぎた、いや正確には準備不足だったようじゃ」
オジロン「だが、もう油断はせぬ。決して双子を悪の手には渡さん。リュカを捜すのがサンチョらの役目なら、わしは国と子供たちを守るのが役目」
シスター「は。先王殿下のご決意、わが王にしかとお伝えいたします。すると、お子様は・・・」
オジロン「うむ、王宮で育てる。どこか魔物の手の届かぬ辺境に隠すということも考えたが、赤子ふたりを守りきれぬとあってはグランバニアもなさけない。リュカの魔物が交代で子守りをしてくれることだし、近衛兵には汚名返上の機会を与えようと思う」
シスター「かしこまりました」
オジロン「残念かな」
シスター「残念ですわ」

サンチョ宅

サンチョ「正直、ヘンリー殿下という方を見くびっておりました。お嬢様と無二の友誼があるとはいえ、そこまでできるお方だったとは・・・」
シスター「同感です。ここまでスケールの大きいいたずらをできるお方だとは思っておりませんでした」

136悲恋〜ヨシュア〜 37:2008/07/10(木) 19:38:16
サンチョ「かつて旦那様は、親友であるベルギス王のためにラインハットへ赴かれた。旦那様は無念にも果てられたが、そのお心はしっかりと受け継がれていたのですな、お嬢様だけでなく・・・」
シスター「ふふっ、殿下はそこまで偉い方ではありませんわ。あなたがパパス様やリュカ様のために命を懸けられるのと同じです」
シスター「私ですか?私が命を懸けるのは・・・もちろん、神の教えに対してですわ」


*****

ラインハット

デール「リュクリア女王はまだ行方が知れぬか」
*「は。わが国の女王に関しまして、お国に何か情報が無いかと」
デール「かつては情報があった。しかし、ほとんど兄が独占していた。兄もリュカ殿も再び囚われたくはないから、兄が彼女に関する情報の管理に気を使ったのは当然だが、こうなると裏目に出てしまったわけだ」
*「申し訳ございませぬ。始めからわが国が貴国に協力をお願いすれば、こんなことには・・・」
デール「ご使者が謝ることではない。原因は両国にあるのだろうし、原因を調べても解決する問題ではない。だが、こうなった以上は、非常に遠回りになるが、兄の持っていた情報も含めてもう一度探し直さねばならない」
*「はっ」
デール「長丁場になるであろうと考えている。我が兄は、国を出るにあたり、かなり後々のことまで周囲に頼んでから動いているのだ。兄が何を知っていたか不明だが、リュカ殿を早期に見つけられるとは考えていなかったようだ」
*「なるほど」
デール「お国にも、短兵急な行動で危険を冒し、後日に女王を悲しませるのは避けられるようにお伝えなされよ。それから、グランバニアに腕利きの船乗りと造船技師を派遣しよう」
*「は。ご明察のとおり、船舶は山岳の城砦国家であるわれらの泣き所であります。感謝します」
デール「誰か!兄上と旧知の船乗りに連絡をとれ!」


*****

グランバニア

テラス

オジロン「・・・ピエールはまだ帰らぬか?」
ドリス「さっぱりだよ。真面目だから働きすぎるんじゃないかとも思ったけど・・・連絡の一つも寄越さないってことは、何かあったみたいだね。この国一番の船に乗っていかれちゃったから、追いかけても追いつけるわけないし」
オジロン「魔物の中でも随一の忠臣が戻らぬとは・・・哀れなことだ」
ドリス「それに、不便だよ。ピエールは堅苦しいけど、一番もののわかった魔物だからね」


オラクルベリー

モンじい「むう、あの黒髪美人さん、なかなか来なくなったのう」

ヘンリーが失踪し、両国の状況が等しくなったことで、ようやく協力が始まった
しかし、捜索に最も適任であるヘンリーやピエールが不在であることにより、難航をきわめ、遅れに遅れた・・・


*****

ラインハット 太后の部屋

太后「もし、シスター」
シスター「なんでございましょう」
太后「仮に、ラインハット王国の利益とリュカ姫様の幸福が対立したら、あなたはどちらを取ります?」
シスター「もちろん、リュカ様の味方をしますわ」
太后「おやおや」
シスター「その方が、神の福音がより大きく響きわたると思いますので。なにより、私はリュカ様という人がすきですから」
太后「公事を私事で曲げると?」
シスター「公事もまた巨大な私事ですわ。より大切な私事を優先するだけのことです。それに・・・」
太后「それに?」
シスター「リュカ様に仇なす敵は多く、強大です。リュカ様に関してはなぜか神の加護もそれほど頼りにならないですし、せめて私のように味方できる者がお味方して差し上げないと、不公平というものですわ」
太后「不公平、ですか」
シスター「ええ」
太后「ふふふ。安心しました。もしかすると、私情をはさむのに迷いがあるのかと思ったのですよ。さて、ついでに聞いておきましょう」
シスター「はい」
太后「わらわは、あとどのぐらい生きられますか?」
シスター「恐れながら、数日のうちに神が短気を起こすこともあるかと思われます」
太后「わかりました」

137悲恋〜ヨシュア〜 38:2008/07/11(金) 23:18:12
数日後


太后「誰か!デールをこれへ」
*「かしこまりました!」

太后「デール、どうやらわらわの時間は尽きるようです。今まで多くの人に、取り返しのつかぬ不幸を振りまいてきたわらわですが、天に召される前に埋め合わせの時間を残していただけて、ありがたいと思っています」
デール「母上、弱気になられてはなりません。兄上がお戻りになるまで、どうか!」
太后「そうです、ヘンリー。あの子がわらわを許す前にくれた、素直な怒りの言葉のおかげで、わらわは王宮に戻る資格を得た思いでした。それから、あのこ、リュカ姫様。わらわと地下で会ったとき、強く哀しい視線でわらわを射抜かれ、百万の問責に勝る激情を受け取りました。何も言わずに表向きだけ許され、心中で軽蔑され続けるより、はるかに優しいお沙汰でございました」
太后「あの二人はもう許してくれているのですから、重ねて謝るのも失礼でしょうか。デール、リュカ姫様にお伝えしておくれ。わらわを操り、お父上を亡き者にした悪党を、必ずや討ち果たすことができましょうと。健闘を祈っておりますると。それから・・・母子ともどうか幸福に、と・・・」
デール「はっ、お伝えいたします」
太后「ふぅ・・・」
太后「長生きこそ許されませんでしたが、ふふふ、なかなか楽しい人生でした。デールよ、楽しむ余裕などない国主の責務なれど、楽しみなさい。よいですか、地獄に落とされるとて、わらわは地獄を楽しんでみせまするぞ」
太后「そう、わらわの葬儀を利用して、友達をありったけ呼ぶといいです。では、ごきげんよう・・・」
デール「母上!」

シスター「・・・」
シスター「・・・みまかられました」

*****

デール「葬儀の準備を。簡素に、堅苦しくならず。旧友を多く呼ぶように」
*「はっ」

シスター「『口やかましい人だったが、すくなくとも陰気じゃなかった』というのが、城内の評判のようです。最後まで好かれてはおりませんでしたし、多くの欠点もおありでした。ですが、めいっぱい生きられました。ご満足でいらっしゃったでしょう」
デール「うん・・・」
デール「父上の死に目に会えなかった兄上に、できれば立ち会わせてあげたかった」
シスター「ヘンリー殿下が帰っていらしたら、いっぱい怒ってあげてくださいな」
デール「そうするよ」

*****

そして、王子と王女は8歳になった・・・

(第3部終了)

(第4部開始)

*****

リュカ帰還

グランバニア王宮


オジロン「ヘンリー殿やピエールと共に出掛けた者はほとんど帰らなかったが、わが国の兵士の中にも屈強かつ幸運な者もいて、一年以上たって国に帰り着いた者がいた。船は魔物に燃やされ、魔物だらけの水路に取り残されたから、ほとんど死んでしまったというが・・・」
サンチョ「その兵士の言葉をたよりに北へ針路をとり、最初にピエール殿が見つかりました。我々にはスライムナイトはどれも同じに見えるのですが、魔物たちがピエールに違いないと言うので・・・」
オジロン「それから、石化を解く方法を研究してピエールを救った。そしてピエールより話を聞き、精巧な石像があると聞けば飛んでいき、ようやくリュカにたどり着いたというわけなのだ」

サンチョ「ヘンリー様とマリア様は、まだ見つかっておりません。心苦しいですが・・・」
サンチョ「ですが、オジロン殿とて遊んでいたわけではありません。ようやく先日、天空の兜が南方のテルパドールに秘蔵されているという情報を得ました。すぐにも王子様をお連れしようと思いましたが、王子様も王女様も『お母さんを探すのが先だよっ!』とおっしゃいまして・・・」
サンチョ「考えてみればあたりまえなこと。母親に会いたいという子供に遠回りさせられるわけもない」


広間

ピエール「申し訳ございませぬ。お父上の仇を討ち果たす機会を得ながら、敗れました」
ピエール「この間、遅々たる歩みでしたが、エルヘブンへの航路は完成しております。傷も癒えました、ぜひ案内役を命じてください」
ピエール「私は野原に打ち捨てられましたが、ヘンリー殿たちの石像は見晴らしの良いところに置くと、彼奴は申しておりました」


ピエール「ヘンリー殿は無謀にも彼奴に正面から斬りかかりましたが、刃が届くはずもなく・・・」
ピエール「しかし、彼を身の程知らずと笑えませぬな」
ピエール「状況が悪すぎました。彼奴の出現は完全に意表だった上に逃げ場もなく、力の差も歴然。奴の悪の気に圧倒され、呑み込まれそうになるのをこらえねばなりませんでしたから・・・私がヘンリー殿だったとて、同じように大声で自分を奮い立たせて一撃の刺突が届くに賭けるしかなかったかもしれませぬ」

138名無しさん:2009/05/28(木) 01:01:28
ベビパン編


親に死なれたオレは、人間の子供からひどい目に遭わせられた。
オレは人間は大嫌いだが、大恩ある人間がいる。
それは人間の女で、幼いオレを窮地から救ってくれた。

人間はオレとは違って何年も親の元で暮らすらしいが、
あの子は人間にしては早い時機に親を殺されて亡くしてしまった。
そして人間みたいな格好をした魔物にどこかに連れ去られた。
家に帰ってないのは確かめた。

オレはあの子を助けたい。
だけどこの姿じゃ人間を傷つけずに探すのも大変だ。
あの子も人間だからオレが人間を殺したら嫌がるだろ。

こんな所で回り続けてるけどオマエただの人間じゃないんだろう。
頼む。
オレをオマエのように人間にしてくれ。

変化の杖?
ああ、ここに落ちてる棒か。
これを使うんだな?

げ、キバが抜けた!
いや、違った。装備させてもらってたキバが合わなくなって外れただけか。
ふうん、これが人間の体か。

で、その何だかわからん箱を止めればいいんだな?
足元のポイントを切り替えろ?何のことだ?とにかく壊せばいいんだろ。
今のオレの手じゃ力出ないし、この杖で……杖が折れた。

おい、壊したけど止まらねーぞ。
知るかよアンタの教え方がマズイんだろ。
ま、大丈夫じゃね?アンタ何年もここでこうしてたんだろ。

杖が壊れたら元に戻れない?
天空人の特別な杖だから?
いいよ戻れなくても。人間の振りなんて何とかなるさ。

泣くなよそのうち誰か来るって。
人間じゃ無理?オレみたいな物好きな魔物が他にもいるかもしれないだろ。
諦めたらそこでオシマイだぜ?

139名無しさん:2009/06/05(金) 15:31:49
以前ここで書かせてもらったいくつかの文に+α。
ttp://texpo.jp/texpo/disp/23687

140名無しさん:2010/02/14(日) 22:04:46
月明かりに、ぼんやりと白く浮かび上がる花。
「あれ……ルラムーン草?」
「そうだ」
その淡い輝きに近寄ると、彼女はしゃがみこんで花を見ていた。
「きれいだね」
「そうだな」
花を摘み取らずに、彼女は何事か考えているように見えた。
そして、顔を上げた。
「どうしてベネットさんは――」
オレの顔を見て、彼女は口を噤んだ。
「……なんだ?」
「いや、なんでもない」
彼女は花を摘み取ると、オレに差し出した。
「戻ろう。花は手にはいったんだし」

彼女はルーラを習得し、ラインハットに飛んでいった。
思った通り。
オレの研究は完璧だ。
その結果を見届けて、オレは満足したはずだった。
満足?
本当にオレは満足しているのか?

『ラインハットに友達がいる。会いに行くためにその呪文が必要なんだ』
頬を赤くしてそう言っていた彼女。
友達というのは、惚れた男なのだろう……

「ああ、そうか」
オレがわざわざ、彼女にルラムーン草探しを手伝わせたのは
手伝わせておいて、わざわざ一緒に付いて行った理由――

「また、彼女に会えるだろうか」
彼女が再び来ることが果たしてあるのだろうか。

オレは用済みとなった研究所を、ぱらぱらと捲ってみた。
しかし、そんなことは研究書のどこにも書かれてなどいなかった。

141ヘン主:2010/03/25(木) 14:20:07
>>8が素敵だったので妄想してみた
奴隷時代の話



奴隷に安息なんて無い
毎日ムチおとこは俺たちにそう言ってくる
たしかにそうだ

特に女の奴隷
いつ何をされるか分かったもんじゃない
リュカも例外じゃない

夜になると俺とリュカは一緒に寝る
この方が安全だしいつでもこいつを守れる
「わたしが女じゃなかったらよかったのにね」
ムチおとこが来るたびに強く抱きしめる俺にリュカは言う
「わたし、迷惑?」
「気にすんな」
きっかけは俺なんだから

「俺が守ってやるから、お前は寝ろ」

夜が更けていく




駄文サーセン

144おなべのふた:2010/07/10(土) 11:18:59
―ふふっ
昨日アルカパの宿屋に泊まったせいか食事の支度をしながら昔の事を思い出してしまった。

「リュカどうしたの?おなべのふたを見て笑ってるけど」
スラリンが不思議そうに見つめている。

「えっとね、昔アルカパに住んでた女の子と一緒にお化け退治に行ったことを思い出しちゃって」

「それって昨日聞いたビアンカって子のことか?」
ヘンリーが問いかける。

「うん。それでそのときビアンカが装備として果物ナイフとおなべのふたを家から持ってきてたの」
「へえ、よくそんな装備で戦えたな」
「でも途中でおなべのふたが壊れたからビアンカのお母さんに二人して怒られちゃって」
(懐かしいなあ。ビアンカは元気にしてるかな?)

「ねえねえリュカは何でお化け退治なんてしたの?」
スラリンが興味津々にたずねる。

「それはね――」
いじめられていた猫、チロルを助けるためにお化け退治をした話、
妖精のベラがいたずらをした話、妖精の国で春を取り戻した話など思い出話があふれてくる。

「いいなあリュカは楽しい思い出がいっぱいあって。
俺なんかラインハットであんまりいい思い出は無かったよ。
義母上はデールに付きっ切りだったし」
「ふうん。だからいじけてお城の人にいたずらしてたんだ?」
「なんでリュカがそんなこと知ってるんだよ?」
「お城の人に聞いたよ、服の中に蛙を入れた話とか」
「ヘンリーって昔から子供っぽかったんだね。これからはぼくが遊んであげるから寂しくないよ」

はあ、とヘンリーがスラリンに慰められてため息をついた。

「これからみんなで思い出を作っていけばいいじゃない、ね」
ああ、とリュカの笑顔にヘンリーが少し照れたように返事を返した。

ぐぅ〜
「リュカ〜、お腹減ったぞ」
ちょこんと座って話を聞いていたブラウンがお腹を鳴らす。

「はいはい、いまできるからね」

穏やかな時が過ぎていった。



「おなべのふた」と「思い出し笑い」で書いてみました。

145初恋(1):2010/09/15(水) 21:00:03
*旦那はヘンリー
*クリア後くらい


「ねえ、お母さんの初恋っていつ?」
娘の唐突な問いに、リュカは思わず瞠目する。
一般的な家庭とも、一般的な王家とも違う生活を送ってきた娘だが、やはり中身は普通の女の子なのだろう。可愛らしい質問に、リュカは笑った。

「なあに、突然」
「……だって、コリンズくんが」
傍らに丸まっているボロンゴの毛を梳きながら、娘は小さく唇を尖らせた。
コリンズというのは、ヘンリーの弟であるデール王の一粒種であり、娘と息子の従兄にあたるラインハットの王子だ。
何度か会っているが、昔のヘンリーとよく似た性格のようで、どうやら娘は彼を苦手に思っているらしい。
大人たちはそれを彼の愛情表現だとわかっているのだが、娘にとってはいつも嫌な事を言う男の子、というイメージが強いのだろう。
内気なんだよ、というのはヘンリーの弁であるが、自己弁護も多分に含まれていると思われる。

「……コリンズくんが、初恋もまだなんておかしいって」
「うーん、そっか」
背後で息子とボードゲームで遊んでいるヘンリーが、こちらに意識を集中させているような気がしておかしい。
甥とは言え、娘に悪い虫がつきそうなのを心配しているのだろう。

「おかしくないよね、お母さん。お母さんの初恋っていつだった?」
「そうだなぁ。……6歳くらい、かな?」
記憶を辿って答えると、娘はパッと表情を明るくした。
「それってお父さんと会った年? ってことは、初恋はお父さん!?」
「あ、ううん違う。ヘンリーじゃないよ」

ロマンチック! と目を輝かせた娘には悪いが、ヘンリーではない。
即座に否定すると、背後でがしゃんという音と息子の悲鳴があがる。
振り返ると、ボードの上に頭からつっこんでいるヘンリーと、ゲームを潰されて半泣きの息子がいた。

「ヘンリー大丈夫?」
「リュカ……」

ゆらりと立ち上がったヘンリーが、物凄い勢いで走ってくると、リュカの肩を?む。

「だ、誰なんだその男は!」
「だ、誰って……」

プロポーズのときと同じほど真剣な眼差しを向けられて、リュカは目を瞬かせる。

146初恋(2):2010/09/15(水) 21:00:48
「――父さんだよ」
「父さんって……おじいちゃん?」

娘が問うのに、リュカは首肯する。
一緒に旅ができたのも、一緒に過ごせたことすら、ほんの短い間だったけれど、今も父親のホイミのあたたかさを覚えている。
強くて、優しくて、最期まで妻を、娘を愛してくれた父――パパス。母親がいなくても、寂しくなかったのは父の愛情のお陰だとリュカは思う。

「お母さん、小さいときは本当におじいちゃんと結婚するつもりだったんだから」
「やだ、お母さん可愛い。でもなんかわかるかも。おじいちゃん、一度しか見たことないけど強そうでかっこよかったな」
「……パパスさん、なら仕方ねえか」

ヘンリーは少し気まずげな顔で、リュカから手を離す。
父が死んでしまったことを彼のせいだと思ったことは、誓って一度もない。けれど、ヘンリーは未だに自分のせいだと負い目に感じているのだ。
気にしないで、と言ってもしょうがないのかもしれないが、もうあまり気に病まないで欲しい。

「でもね」
リュカは一度は離れた夫の手をそっと握る。
「本当に初めて恋したのは、16歳の時かな」
「16歳?」
「健やかなるときも、病めるときも、死が二人を別つときがきても、ずっと傍にいたいって初めて思える相手が出来たのは、16歳。だから、初恋がまだでも全然おかしくないよ」

大丈夫、と太鼓判を押すと、娘はちょっと不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
まだわからなくてもいいや、と思いながら笑い返すと、後頭部を叩かれた。
後ろを向いたまま、ヘンリーが咳払いをする。

「16歳は遅えっつうの」
「だって」
「……俺はな、7歳のときからそういうつもりだったからな」
「え……?」

それって、と問いかけた瞬間に、一人話しに入ってこられなかった息子が、ボードを抱えてやってくる。

「ねえ、お父さんってば! さっきの続きしようよ」
「え? あ、ああ。悪い悪いさっきの続きな」
 腰を上げたヘンリーを見て、息子は驚いたような顔をしてこちらへ走ってくる。

「お母さん大変! お父さん病気かも!」
「な、なに突然」
「お顔がものすごく真っ赤だよ!」


お題(?)「初恋」で書いてみました。長文サーセンした

147名無しさん:2011/04/10(日) 22:14:40
ラインハット王宮の王の私室。
王と一人の臣下が、ある女性の処遇について話し合っている。

「あの方の様子はどうでしたか?」
「旅に耐えられるまで回復するには、まだ時間がかかりそうだとさ」
「そうですか」

傍目に奇妙な会話だった。
丁寧な口調で尋ねたのは臣下ではなく王の方であり
臣下が砕けた口調で応じている。
しかしこれがこの二人の通常であった。

二人は実の兄弟。ただし、弟が王で、兄が臣下。
前王の正妃の息子でありながら兄が王位に就かなかったのには
件の女性が関わっている。

「とにかく知らせなくては。あの方の故国、グランバニアに」
王は兄に背中を向けていて表情は見せていないが
後ろで組まれた手の甲が僅かに白くなったことに兄は気付いた。
「兄上が行ってきてくれませんか?」
ゆっくりと振り返った王は、何かを観察するかのように目を細めている。

「お前がどうしてもって言うならそうするが――デール?」
「不服ですか?あの方は我が国の恩人であり
また、兄上の親友であったはずですが」
「嫌とかそんなんじゃなくてだな、遣いはともかく、」
兄は言葉を区切り、そして人が悪そうに口の端を上げた。
「お前が自分で送ってやりたいんじゃないか?」

王の私室を出る兄の表情は満足げだった。
「あいつ、ちゃんと年相応の顔ができるんじゃないか」
彼女がもっと回復してから挨拶すると言っていた弟の顔は
やや紅潮していたようだった。
「いつまでも独身では対外的に格好がつかないこともあることだし
しかしあいつも女王なんだっけ」
兄は嬉しそうな顔で
王の初恋を成就させるために山積みとなっている問題を考え始めた。

148神殿からの脱出_Take1 1/2:2011/04/27(水) 09:32:01
「前々から思っていたのだが、お前はどうも他のドレイとは違う。生きた目をしている!」
 牢屋の扉を開けたヨシュアは、リュカの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
 リュカは小さく、だがしっかりと頷く。そう。彼女にはやらなければいけない事がある。その為には、こんな
ところで屈しているわけにはいかないのだ。
「そのお前を見んで頼みがあるのだ。聞いてくれるな?」
 リュカがもう一度、今度はハッキリとわかるほどに頷くと、ヨシュアは続けた。
「この神殿が完成すれば、秘密を守る為ドレイたちを皆殺しにするかも知れないのだ。そうなれば当然、妹のマ
リアまでが……! お願いだ! 私たちに協力してくれ!」
 そう告げるヨシュアの瞳は不安と恐怖に彩られている。
「この水牢はドレイの死体を流す場所で、浮かべてあるタルは死体を入れる為に使うものだ。気味は悪いのだが
そのタルに入っていれば多分、生きたまま出られるだろう。さあ、誰か来ないうちに早く!」
 ヨシュアは強い言葉でリュカに決断を迫る。
 リュカとしても脱出できるというのは、願っても無い事だ。その他の奴隷――この十年間で死んだ仲間、共に
生き抜いている仲間の事を思うと胸がちくりと痛む。だが、彼女も彼女の為にここから逃げ出さねばならない。
 リュカは、思いを断ち切るようにタルの中へとその身を滑らせた。 続いてマリアが同じタルに入ってくる。
 そしてヨシュアがもう一つのタルに身体を捻じ込み、最後にヘンリーがそのタルに入ろうと手をかけた。
「すまない。このタルは三人用なんだ」
 ヨシュアがヘンリーに告げた。
「……えっ?」
 ヘンリーが間抜けな声を出す。
「いやいや。それはおかしいだろう。そっちのタルにはリュカとマリアさんの二人が入ってる。じゃあ、もう一
つのタルには俺とアンタでいいじゃないか」
 ヘンリーの声に多少の動揺をリュカは感じた。
 しかしヨシュアはすぐにはヘンリーに答えず、妹のマリアに呼びかけた。
「マリア! そちらのタルはどうだ! 二人で入るのがやっとではないか!?」
「……はい! 多少の余裕はありますから、身じろぎくらいはできますが、殆ど余裕はありません!」
 マリアの返答に、リュカもウンウンと頷いた。
「そういうわけだ。残念だが諦めて貰うしか……」
「いやいやいやいや。余裕はないけど入れてるじゃないか。だったらオレも入れるだろう」
「女二人で殆ど余裕が無いのだ。男二人など……考えたくも無い」

149神殿からの脱出_Take1 2/2:2011/04/27(水) 09:32:18
 ヨシュアのその声には多少の怯えが含まれている。
「じゃ、じゃあ男女で入ればいいんじゃないか? オレとリュカ。ヨシュアさんとマリアさん。どうだ?」
 ヘンリーの焦りは先ほどよりも増大されている。長年付き合ってきたリュカにはそれがよくわかる。
「……すまない。先ほど三人用と言ったのは嘘だ」
「嘘なのかよ!」
「全員がこのタルの中に入ってしまっては、このタルを繋いでいる鎖を外す事が出来なくなってしまうのだ。だ
からすまないが、お前には我らの入ったこのタルを縛っている鎖を外してもらいたいのだ!」
「いやいやいやいやいやいや。それはおかしいですやん! 普通はヨシュアさんが残るところですやん! 俺が
残るのはちょっとちゃいますやん!」
 あまりの衝撃に、ヘンリーの口調がおかしくなっている。リュカは、十年来の親友だったヘンリーの新たな一
面に少なからず驚いていた。
「すまないが、諦めてくれ!」
 ヨシュアのその言葉に、リュカは彼が深く頭を下げている姿をイメージした。タルの中だから出来ないけれど。
「お願いします、ヘンリー様!」
 マリアはタルの中で祈るように両手を組んでいる。リュカには何かもぞもぞする、という感覚しかないけれど。
「え〜。いや、だって、オレが行かなかったらラインハットが……。えぇぇぇぇぇぇ……」
「ヘンリー!」
 リュカが彼の名前を呼んだ。
「リュカ!」
 ヘンリーも呼び返した。そうだ、リュカがいるじゃないか! 彼にはまだ希望が残されていた。
「ラインハットの様子は、ボクがちゃんと見てくるから、だから心配しないで!」
「……えっ、ここはありがとうって言うところなの? 違うよね、違うよね? なんかおかしいよね?」
「……ごめんね、ヘンリー。君の分も、ボクはお母さんを探すから。君の事は絶対忘れないから!」
「え……あ、うん。……わかったよ。子分を逃がすのも親分の役目だな。まかしとけ、オレが鎖を外してやる!」
「「「ヘンリー(様)!」」」
 ヘンリーはタルにからめられた鎖の鍵を外し、釈然としない想いを込めてタルを流れに押しだした!

 数年後、再び――今度は完成された――神殿へと足を踏み入れたリュカは、壁に血文字を見つけた。
『やっぱり……おかしいですやん……』
 その血文字を見てリュカは、ヘンリーってラインハットの王子だった……よね? と今更疑問に思うのだった。    Fin

150神殿からの脱出_Take2:2011/04/27(水) 09:32:48
「すまない。このタルは三人用なんだ」
 ヨシュアがヘンリーに告げた。
「……えっ?」
 ヘンリーが間抜けな声を出す。
「全員がこのタルの中に入ってしまっては、このタルを繋いでいる鎖を外す事が出来なくなってしまうのだ。だ
からすまないが、お前には我らの入ったこのタルを縛っている鎖を外してもらいたいのだ!」
「じゃ、じゃあ、ここは公平にじゃんけんで決めようぜ。さあ、全員タルから出て来い!」
 ヘンリーの強い口調に、リュカたち三人はタルから出てきた。
「「「「さーいしょはグー! じゃんけん、ほいっ!!」」」」

 リュカ:パー
 ヘンリー:パー
 ヨシュア:パー
 マリア:グー

「よし! じゃあオレたちはこっちのタルだ」
 言うが早いかヘンリーはリュカをタルの中に押し込めると、自分も同じタルに入り込んだ。かなり幸せだった。
「……すまないマリア。こういう結果である以上、私にはどうする事も出来ない」
「いいえ。私なら大丈夫で。私はここで、お兄様たちの無事を祈っています」
「マリア!」
「お兄様!」
 悲しき運命の兄妹は、今生の別れを惜しむように強く抱き合った。
 ヘンリーは身体をもぞもぞと動かして、リュカにつねられていた。
「さらばだマリア!」
「「ありがとう、マリアさん!」」
 マリアはタルにからめられた鎖の鍵を外し、願いを込めてタルを流れに押しだした!

 数年後、再び――今度は完成された――神殿へと足を踏み入れたリュカは、壁に血文字を見つけた。
『わたしも……いきたかった……』
 その血文字を見て、リュカは計り知れぬ怨念のようなものを感じ取り、両手を合わせるのだった。    Fin

151神殿からの脱出_Take3:2011/04/27(水) 09:33:07
「すまない。このタルは三人用なんだ」
 ヨシュアがヘンリーに告げた。
「……えっ?」
 ヘンリーが間抜けな声を出す。
「全員がこのタルの中に入ってしまっては、このタルを繋いでいる鎖を外す事が出来なくなってしまうのだ。だ
からすまないが、お前には我らの入ったこのタルを縛っている鎖を外してもらいたいのだ!」
「じゃ、じゃあ、ここは公平にじゃんけんで決めようぜ。さあ、全員タルから出て来い!」
 ヘンリーの強い口調に、リュカたち三人はタルから出てきた。
「「「「さーいしょはグー! じゃんけん、ほいっ!!」」」」

 リュカ:パー
 ヘンリー:チョキ
 ヨシュア:チョキ
 マリア:チョキ

「よし! じゃあ我々はこっちのタルだ」
 言うが早いかヨシュアはマリアをタルの中に押し込めると、自分も同じタルに入り込んだ。
「……すまないなリュカ。こういう結果が出た以上、オレにはどうする事も出来ない」
「えっ?」
「親分を逃がす為に子分が身体を張るのは仕方のないことだ。すまないが母親探しは諦めてくれ」
「えっ? えっ?」
 ヘンリーは身を切られる想いでタルの中へとその身を躍らせた。
「「「ありがとう、リュカ(様)!」」」
 リュカはタルにからめられた鎖の鍵を外し、いまだ状況が理解できないままタルを流れに押しだした!

 数年後、光の教団の信者が集会を行っているのとは神殿内の別の場所。その壁に血文字が残されていた。
『あれ? なんかおかしくない?』
 誰が書いたかもわからないその血文字は、誰にも気づかれる事なく、ただそこにあり続ける。    Fin

152上沼みどり:2011/05/24(火) 14:58:44
※出会いはスーファミ版です。
しかしデボラは存在します。



※リリアンとフローラの立場が逆転しています。



※ビアンカとキラーパンサーの立場が逆転しています。



※主人公二重人格設定。
交代人格は『女主人公の理想の男性像』です。



::::


【HOWEVER】


『サラボナにて・出会い』


『天空の盾』を求めてやって来たアルスは、此処で運命の出会いを果たす。

「ワン、わん!」

突然一匹の犬が此方に向かって走ってきたのだ。

「こら、待ちなさい!フローラ!…誰かその犬をつかまえて下さ〜い…!!」

後から、男性らしき声も聞こえてくる。

「くぅ〜ん、クゥ〜ン…」

アルスの足下で犬は止まった。

「…あ、ありがとうございます!僕はリリアン、この犬の飼い主です。何故だか突然走り出してしまって…。ほらフローラ、帰ろう…」

そう言ってリリアンと名乗った、上品な雰囲気の青年はフローラと呼んだこれまた上品そうな犬を抱え上げた。

「クゥ〜ン、くぅ〜ん…」
「僕はこれで…。サラボナはいい町なのでゆっくりしていって下さいね…!」

そう言って行ってしまった。

「…」

その男…リリアンと顔を合わせた瞬間アルスは胸の奥から、言葉では言い表せない感情が浮かび一言も喋る事が出来なかった。

「…」

しかしアルスは、もうあの二人(一人と一匹)とは、今後すれ違うことはあっても、人生で関わり合う事はないと想った。
これが『運命の出会い』その1であった…。

153上沼みどり:2011/05/24(火) 16:10:36
【HOWEVER】


先程の遭遇などあっと言う間に記憶の片隅へとやり、アルスは天空の盾を持っているらしい『ルドマン』という大富豪の家へ向かった。


::::


《盾所有の条件・ルドマン邸》


そこには、多種多様な男が集まっていた。

「いらっしゃいませ…」

驚いているとメイドが近づいてきて、

「あなたもお嬢様の婿候補に名乗りを挙げたのですか?」

その言葉に記憶を探ってみると、確か『うわさのホコラ』で「ルドマンさんは娘婿を募集しているらしい」という情報を聞いていた。
成る程…と納得したアルス。
そして頭の中で、『天空の盾は家宝=娘は宝物=娘婿になった者に家宝を渡す』という構図が浮かんだ。
さぁ、どうしたものか。
男装しているとはいえアルスは女である。
名乗り挙げる為の一番必要なモノを欠いてしまっている。
しかしこの様子だと『婿候補』以外は家に通してくれそうにない。

「…(俺に任せておきな。後から『女のクセに、騙したのか…っていう誹謗中傷は全部引き受けてやるから、お前は寝てな…』)」

アルスは兎に角この場を乗り切る為、ゆっくりと…誰にも気がつかれないように人格を交換した。

「…はい。その通りです…」
「此方でお待ち下さい…」

メイドは席へ通してくれた。


::::


姿を現したルドマンは、絵に描いたような大富豪だった。
しかしながら、イヤな感じはしなかった。
そして案の定、盾=娘婿だった。

「…以上、『炎のリング』と『水のリング』を手に入れた者を娘婿と認め、我が家の家宝である『天空の盾』を渡そう…」

と、そこへ、

「ちょっとパパ!」

上から、頭に大きなバラの髪飾りを付け派手な恰好をした黒髪の美しい女性が下りてきた。

「デボラ、来てはいかん…とあれほど言って…」

「(あぁ…、この人が娘か…。でも、全然父親の話しを聞いてないな…)」

「懲りもしないでまた私の婿を勝手に募集して…。言ってるでしょ!?私の事は私が決めるって!!相手は結婚したくなったら自分で決めるわよ!!」
「デボラ!お客様の前だぞ!少しは落ち着きなさい!!」
「…!!」

「(躾はしっかりしてるみたいだな…。反抗期か…?)」


::::

※続く

154上沼みどり:2011/05/24(火) 16:48:39
【HOWEVER】


天空の盾を手に入れる為に、ルドマンの娘婿候補に名乗りを挙げたアルス。
しかし肝心の娘であるデボラはそれに反対のようで…、

「え〜、失礼しました。ここにいるのがその娘であるデボラです。上辺はこんな感じですが根はいい娘でして…。親バカではありますが『手が掛かるほど可愛い』の心情でして…。先程お話しした炎のリングは『死の火山』と呼ばれる場所にあります。一方水のリングですが…こちらは何処にあるのか今のところ分かっていません。しかし…娘婿にはそれらを乗り越えられるような強さを持った者でないと認めるワケにはいきませんので…」
「だから言ってるじゃない!!パパが勝手に決めないでよ!!それに…そんな条件がクリア出来そうな男なんて…この中にいるワケがない!!ドイツもコイツも…財産目当てで来ました…って顔に書いてあるわ!!」
「デボラ!!」
「っ…!!」

「(おいおい…マジかよ…。まぁ…半分当たってるけどよ…)」

とそこへ、またも階段を下りてくる足音が聞こえてきた。

「姉さん、父さん…!」
「リリアン…?」
「今大事な話をしているのだ。お前は上へ行ってなさい!!」

「(何だコイツは…?どっかで見た顔だな…)」

アルスは主人格の記憶を探る。
…先程のやりとりを思い出した。

「…皆さん。『死の火山』には確かに炎のリングがあります。しかし…そのリングを持ち帰ろうとした者は…マグマの中から現れる魔物に骨まで残らず溶かされる…と言われています!ですので姉もこう言っていますので、そんな危険なことはっ…!!」
「二人ともっ!!」
「「…っ!?」」

子供を黙らせたルドマン。
そして…出来るだけ怒りを抑えて、集まった娘婿候補にこう言った。

「…二つのリングを手に入れ、この二人を納得させた者を娘の婿とする!!以上!!…皆さんの健闘をお祈りしています…」

その言葉がでると、この居心地の悪い空気から逃げ出そう…と婿候補達はそそくさと家から出て行った。
…勿論アルスも…。


::::


一歩外へ出ると、もう根を挙げている者も少なくない。

「(…ま、あれじゃ仕方ないか…)」

アルスはというと…後の事を決める為には先ず炎のリングを手に入れようと思い、死の火山へと向かった。


::::


※続く

155上沼みどり:2011/05/26(木) 18:21:02
※アンディは吟遊詩人設定。
7を基準としますが資料不足によりチートなご都合主義な展開が巻き起こります。


【HOWEVER】


〈死の火山〉


そこには先客がいた。

「やぁ、さっきもお屋敷で会いましたね」
「(そう言えば、こんなヤツもいたなぁ…)」
「僕の名前はアンディ。折角ですけど、炎のリングは僕が先に手に入れるんで…」
「(何だコイツ…?口調は柔らか目で、身体付き何かは見た感じひょろひょろっとしてて大したこと無さそうなのに…『目当ての獲物を誰にも渡さす気は無い!!』…っていうオーラはっ!?…まるで一流の盗賊団の頭みたいだな…!!)」

思わず心の中でたじろいでしまったアルス。

「どうかしたしたか…?気分が悪いなら…引き返した方が身のためですよ…?」
「い、いや…何でも無い…です…」

慌てて平然を装った。

「そうですか…。ではお互い、正々堂々と全力を尽くしましょう…!」

アンディは行ってしまった。

「…ふぅ〜…。俺も進むか…。しっかし熱いなぁ…」


::::


アルスは途中で宝箱の溶岩トラップなどに遭いながらも、何とかリングが保管されているフロアに到着した。
…が、そこには先客がいた。
アンディだ。

「やぁ、一足遅かったようですね。それじゃ遠慮無く、炎のリングは僕が手に入れますので…!」

リングに手を伸ばすアンディ。
ふとアルスは、屋敷でリリアンが言っていた一言を思い出した。

「待った!迂闊に手を出したらっ…!?」

…が、遅かった…。


ボコボコボコ…、


「へっ…!?」

マグマの中から溶岩原人が現れた。

「くっ…!?」

溶岩原人の『火炎の息』がアンディに襲いかかる。

「っ…!?」

恐怖とショックで声が出ず、身が竦んでしまっているアンディは死を覚悟した。

「…やめろ…!!」

アルスは急いで仲間モンスターと一緒に駆け寄る。

「(父さん、母さん…先立つ事をお許し下さい…!!)」
「ガンドフ、『冷たい息』!!」

互いの息は、打ち消しあった。


::::


続く

156上沼みどり:2011/05/26(木) 23:13:51
【HOWEVER】

アルス一行が戦闘に躍り出た。

「くっ…!?」
「あ、アンタ!?…何で…!?」
「フン!こちとら踏んでる場数が違うんだよ!!戦闘ド素人はすっこんでな!!」

そう言ってアルスはアンディを馬車の中に押し込んだ。

「イエッタ、キャシー、ピエール、戦闘配置につけ!!作戦は…『ガンガンいこうぜ』!!」

呼ばれたモンスターが前に出た。

::::

〈馬車の中〉

「アンタ…モンスター使い?」
「あぁ…まぁな…」
「…ん…?」

ふとアンディの目に、モンスターではないメンバーの姿が入った。

「…何だ…?」
「…踊り子…?」
「あぁ…。彼女はスーザン。訳あって『ポートセルミ』から一緒に旅してる」
「はぁ…」

と、そこへ…、

「ご主人様。そろそろキャシーが限界にござる!!」
「分かった!!キャシーは俺と交代!スーザン、何時もの『ハッスルダンス』頼む!!」
「何時もの…?」
「畏まりました…」
「お前もついでに回復しろっ!!」

そう言ってアルスは外へ出た。

::::

〈外〉

溶岩原人を目の前にすると、アルスの脳裏に『あの瞬間』がマグマのように溢れ出してきた。

::::

〈馬車の中〉


「そ〜れ!ハッスル!ハッスル!!」

今この馬車の中にいる者達の体力が回復した。


…パチパチパチ!!


見事な踊りに拍手をするアンディ。

「…」

お辞儀をするスーザン。

「有難う御座います。お陰で元気がでました!」
「光栄です…」
「えっと…スーザンさん…でしたよね…?」
「はい…」
「…余計なお節介かも知れないけど…男女が一緒の馬車で旅してて…その…アンタみたいな綺麗な女性を連れてるのに、他の女の婿候補に名乗りを挙げる…ってイヤじゃないですか…?」
「…?」
「…あの〜…?」
「…スミマセン…何の事でしょうか…?」
「へっ…?」

「SOS!!SOSでござる〜!!」

とそこへ、外からピエールが騒いでいた。

「どうしました?ピエールさん…」
「バトルは終わったがアルスが暴走してしまったでござる〜!!手を貸して下され〜!!」
「分かりました…」
「あ、僕が行きますよ…」
「ですが…」
「仮を返すだけですよ…」

アンディは外へ出た。
その直後に、衝撃の事実を知る事になる…など、全く想像もせずに…。


::::


続く。

157上沼みどり:2011/05/27(金) 14:37:38
【HOWEVER】


アルスの頭の中で、『あの瞬間』がリピート再生されている。

「お父さんっ…!!」

パパスが、骨は疎か髪の毛一本も残らずに消し炭にされた…あの光景が。

「何をやってるんです!?もう魔物はやっつけたでしょ…!?」

後ろからアルスを羽交い締めにするように抱き付くアンディ。
その際、


ムニュッ、


「へっ…!?柔らかい…!?」

胸を掴んでしまった。

「〜っ!!」
「アンタ、まさか…!?」
「…イヤァ〜!!」
「わっ!?」

アンディの腕の中で暴れまわるアルス。

「離せ、放せ!!お父さん!!お父さん!!お父さん!!お父さ〜ん!!」

アルスの精神は今、ゲマにより殺されかけ、それにより身動きが出来なくなったパパスが無惨にもやられていく様を只見ているだけしかなかったあの頃の自分になっているのだ。

「…!?」
「うわぁ〜!!」
「…♪」

アンディは『ゆりかごのうた』を歌った。

「…」
「…♪…」
「…お母…さん…」

フッと、アルスの力が抜けた。
…眠ったのだ。

「…ふぅ…」

ホッと胸を撫で下ろすアンディ。

「…」
「…」

アンディは『炎のリング』を拾うとアルスを馬車へ運んだ。

「大丈夫でしたか!?」

スーザンが出迎えてくれた。

「これでも、吟遊詩人の端くれですからね…!」

::::


〈それから数時間後〉


「…う…ん…?」
「気がつきましたか…!?アルスさん!」
「スーザン…?…あれ?俺…何で…?」
「まだ頭が混乱されているのですね。無理もありません…」
「…そうだ…!!リング!?『炎のリング』はっ…!?」

「ありますよ…ココに…」

その声の主…アンディの手の中に『炎のリング』はあった。

「…そっか…。俺は負けたのか…」
「アルスさん…」

「って言うかそもそも…アンタ女性なのに必要無いでしょう…?」

「へっ…!?」
「…」

「今更隠しても無駄ですよ…。さっき知ってしまったので。そこのスーザンさんやアンタのモンスター達にも聞きましたし、それに…譫言をずっと叫んでましたけど、どう考えても女性口調でしたし…」

「っ…!?」

「だから…アンタはどうやってもデボラの婿には成れないのですから、コレは僕が貰います…」

「駄目だ!!俺にはどうしても必要なんだ!!『天空の盾』がっ…!!」


::::


続く。

158上沼みどり:2011/05/28(土) 14:09:44
【HOWEVER】


そう、アルスにはどうしても『天空の盾』が必要なのだ。

亡き父の為…。

産まれてすぐ引き離された母の為…。

そして…自身の復讐の為…。

「…!!」

「…理由を教えていただけませんか?」

「っ…!!」

「事と次第では…契約しても良いんですよ…」

「契約…?」

「そう…、リングは僕が手に入れた…ということにしてデボラと結婚する。そしてその後で『天空の盾』をアンタに差し上げる…というモノです…」

「…」

「性別を偽ってでも『天空の盾』を求める理由を…教えていただけませんか?」

「…っ!!」

だがアルスは言葉をけっして発しようとはしなかった。

「…」

「…!!」

「…それでは…僕の秘密を先にお教えしましょう…」

「…?」

「僕がデボラの婿候補に名乗りを挙げた理由は…」

「(どうせ…幼なじみが他の男と結婚するのがイヤ…っていうパターンだろ…)」

そう思って適当に聞き流そうとしたアルスは次の瞬間、言葉を一瞬失う程驚いた。

「復讐の為…です…」

「っ…!?」
「復…讐…!?」

「小さい頃、僕はデボラにそれはそれは苛められっぱなしで…。でも…助けてくれる人はいませんでした…」

「「…!?」」

「リリアンは、遠くに勉強に行かされて…他に子供はいなく絶好のオモチャだった…。ただジッと耐えるしかなかった…」

「「…」」

「そんなデボラが…自分だけ結婚して幸せになろう…なんて許せなくて…。まぁデボラ本人は反対していましたけど…」

「「…」」

「だから僕は…リングを手に入れて…こっぴどく振るつもりでした…デボラの事を…」

「「…!?」」

「…でも…、出来なくなりました…。アンタのその瞳を見ていたら…」

「え…!?」

「心が和んで…両親の顔が浮かんだのです…。復讐を果たしたその時は…両親が不幸な結果になる…と。唯一の味方である両親を…そんな事出来るワケがない!!」

「…」
「アンディさん…」

「…リングを手に入れただけでも…デボラやまわりを見返してやる事は出来る…そう思ってここまで来て…今に至ります。以上です…」

「…」
「…!?」
「…ちぇっ、そんなに話されたら俺の方は教えないワケにはいかないじゃないか…」

アルスはアンディに、出来るだけ簡単に説明した。


::::


続く。

159上沼みどり:2011/05/28(土) 16:49:13
【HOWEVER】


〈サラボナ・ルドマン邸〉


「では『炎のリング』はコチラで預かっておこう…」

ルドマンはアンディからリングを受け取った。

「どうも…」
「しかしまさかあのアンディがリングを手に入れてくるとはな…」
「(ギクッ!?)…僕だって何時までもひ弱じゃありませんよ。それにデボラには随分と鍛えられましたから…」
「そうか…そうか…!」
「…ちゃんとココに証人もいますし…」

アルスとスーザンの事である。
アルスとアンディは契約を成立させていた。

「はい、そうです…」
「確かにアンディさんは自身の手でそれを手に入れました…」

半分本当だから間違ってはいない。

「…さて残りの『水のリング』だが、どうやらその名の通り水に囲まれた洞窟にあるそうだ。我が家の船を貸すから取りに行くといい…。リリアン、早速船の準備を…」
「はい…!」
「そして二つのリングが揃ったその時にはアンディ、お前をデボラの婿としよう…」
「はい…」
「…ところで、アルスさんと申したかな…?」

「はい…?」

「そちらの女性は何方かな?もしや恋人ではあるまいな…?」

「ち、違いますよ!!彼女は、ルドマンさんのカジノ船で働きたくて…道中を共にしていただけです…!」
「スーザンと申します。ご挨拶が遅れてしまって申し訳御座いません…」

「そうだったか。しかし今は生憎とゴタゴタしていてな…、申し訳ないが後日改めて来てくれるかな…?」

「畏まりました…」
「それでは、俺達はそろそろこの辺で…」

その際アルスはアンディにアイコンタクトで『船で待ってる』と送った。
アンディもアイコンタクトで『了解』と返事をした。


::::


〈船の上〉


「ほへぇ〜、大きな船だこと…!」
「本当ですわねぇ…!?」

「…おや…?」

「あ…!?」

当たり前だがリリアンと会ってしまった。

「えっと…アルスさんでしたね。どうしてここに?」

「えっと…」
「どうしましょう…!?」

「…女性なのに、姉の婿候補に名前を挙げたり…。アナタのやる事は全く分かりません…」

「「えっ…!?」」

「男装しているつもりでしたか…?バレバレですよ…!言っておきますけど姉も気がついていますから…!」

「(ガ〜ン!!)」
「あ、アルスさん…!?」


::::


続く。

160上沼みどり:2011/06/02(木) 08:38:34
【HOWEVER】

〈アンディの家〉

「それじゃ、行ってくるよ…」

ルドマンとの話を終えたアンディは、改めて両親に出発の挨拶をした。

「アンディ…、何だか顔付きというか雰囲気が変わったな…」
「…いやだなぁ、父さん。あんなところから無事にリングを手に入れて帰って来たんだから僕だって成長するさ…」

だが恐らく雰囲気が変わった原因は…、アルスと目が合った瞬間に抱いていた復讐心が浄化されたからであろう。

「アンディ…、考え直すなら今のうちだよ!デボラと結婚したら不幸になるだけなんだから…!!」
「…」
「…そうじゃ、あの女は何かというと小さい頃からお前を顎で使いおっていた…!!」

それは言えている。
最初に花婿候補に名乗りを挙げたのは、そんな毎日から替わる為…デボラに復讐する為だった。
しかし…、それが浄化されてしまった今、果たしてデボラの婿になるのに何の意味があるのだろう…。

「…何言ってるんだよ、母さん。もう後には引き返せないんだよ…!」

アンディを今動かしているのは…契約の為だ。
…アルスとの…。

「…」
「…」
「…」

何だか空気が重くなってしまったところへ突然、

「アンディ!!」

扉を破壊しかねないばかりの勢いで、デボラが現れた。

「デ、デボラ…!?」

そして…、

「来な!!」

デボラはアンディの腕を掴んで出て行った。

「「…!?」」

その光景を取り残された二人は、ただ唖然と見ているしか出来なかった。

::::

「痛いってば、デボラ!!」
「アンディ!!」
「っ…!!」

アンディの身体に染み着いている『シモベ根性』が反応する。
今のデボラは…普段の気の強さと違い、怒っている状態なのだと。

「洗いざらい隠してること全部言いな!!」
「は…?」
「アンタがあの危険な場所からリングを手に入れてくる…なんて出来るワケないじゃない…!?」
「な、それは心外だよ!僕は確かにリングを手に入れたんだから!!」
「だから全部話しな!!命令よ!!シモベのクセに生意気よっ!!」
「…そう言ってられるのも今のうちだよ…。もうすぐで僕は君と結婚するんだから。もうシモベ扱いは…」
「何言ってるの?結婚したら永遠に私に尽くすシモベになる…ってことじゃない…」
「は…?」
「さぁ…早く全部話しなっ!!」
「っ…!?」

刷り込まれてしまったモノは消えない…とアンディは実感した。

161上沼みどり:2011/06/03(金) 13:35:53
【HOWEVER】


アンディはデボラに洗いざらい白状させられた。
しかし、抱いていた復讐心までは口が裂けても言えなかった。

「…」
「…で、その男女『スーザン』だっけ?」
「えっ、違うよ。男女は『アルス』さんで、踊り子が『スーザン』さん…」
「だってアンタ、会話の中に何度もその『スーザン』っていう踊り子の事を言ってたわよ…!」
「へっ…!?」
「…」
「…」

::::

〈船の上〉

「出来れば話して頂けませんか…?アナタが何で婿候補に名乗りを挙げた…のかを…」
「…」
「…まぁ、無理にとは言いませんけど…」
「…」

と、そこへ、

「あ、アンディさんが来ましたわ。アルスさん…」

その横にはデボラが付いていた。

「よっこら…」

乗船するアンディ。
そして…、デボラはこう言い放った。

「リリアン!!しっかり見張ってきなさいね〜!!」

と…。

「…?」

訳の分からないアルス達にリリアンは、

「あぁ…、気になさらないで下さい…」

余計気になるが、その瞳が『追求するな』と言っているため、アルス達は何も聞かなかった。
そして…、船は出航した。


::::

〈山奥の村〉

船を走らしてしばらくすると、鍵を掛けられた水門があり、開けて貰うように頼みに訪れた一行。

「水門の鍵なら、そこの大きな家の人が持ってますよ」

村の奥に足を進めると、大きな家の前にある墓に人影を見つけた。
若い男性だ。
山奥の住人らしく野生的といった感じの。
アルスは何故か『その人影』に言いようの無い懐かしさを感じ、たまらず声をかけた。

「あの…?」

しかし、その人はお祈りに集中していてアルス達に気がつかなかった。

「…仕方ない…。あれだけ大きな家なら他にも人がいるだろう…」
「行きましょう。アルスさん…」
「…」
「…アルスさん?」
「あ、あぁ…」

アルスはその気持ちを何とか抑え、家へ向かった。

::::

〈家の中〉

「…ん?誰か来たのか…?」

主らしき初老の男性が咳き込みながら出迎えてくれた。
次の瞬間、アルスは思わず叫んだ。

「ダンカンさんっ!!」
「はて?どこかでお会いしたけとがありましたっけ?」
「私です!!アルスです!!父はパパスです!!」
「えっ、何だって!?」


::::


続く。

162上沼みどり:2011/06/03(金) 14:05:25
【HOWEVER】

『水のリング』を目指すアルスは途中で寄った村で、懐かしい人物と再会した。

::::

〈山奥の村〉

「いや〜、大きくなったなぁ!あの頃はまだほんの子供でソロとよく遊んだっけ…。で、パパスも元気なのかい…?」
「…」

懐かしさに浸っていたアルスは現実に引き戻された。

「ん…?」
「…あの…実は…」

横からスーザンが代わりに言おうとしたが、

「大丈夫…。自分で言えるから…」
「アルスさん…」
「…ダンカンさん…。実は…」

アルスはこれまでのことを、出来るだけ手短に説明した。
感情を抑えながら…。

「何と!?そうか…パパスはもう…」
「…」
「アルスも随分苦労しただろう…。よく頑張ったな…。家でも母さんが亡くなってね…。あんなに丈夫だったのに分からないもんだよ…」
「…」
「そう言えば来る途中でソロに会わなかったかい?母さんのお墓に参ってるハズだが…?」
「えっ、それじゃさっきの人は…!?」

と、そこへ、

「ただいま〜!…あれ?お客さん…?」

入ってきたのは、先程墓の前にいた男性だった。

「ソロ、アルスだよ!!アルスが生きてたんだよ!!」

ダンカンは少々興奮気味だ。

「父さん、そんなに興奮したら身体に障るよ…」

先程の男性は…、あの懐かしさは気のせいではなかったのだ。

「…アルスさん…?」

燃えるような赤い髪。
そのモヒカンヘアー。
すべてが『ソロ』であることを証明していた。

「…ソロ…!!」

思わず杖を落とすアルス。

「…アルス、やっぱり無事だったんだな!。俺は信じてたさ…アルスはきっと何処かで生きてる…って!!」
「…ソロ…」
「…色々積もる話をゆっくり聞かせてくれよ…!」
「それがな、アルスはそうゆっくりはしてられない事情があるんだよ…」

ダンカンがソロに説明した。

「…そうか…。親父さんに代わってアルスがお袋さんを助けだす為の旅をしてて…、その為に必要な『天空の盾』を手に入れる為に『水のリング』を取りに行くのか。よし、俺が水門を開けてやるよ…!」
「有難う、ソロ!」
「そして…、俺も一緒に探してやるよ。水のリングを…」
「えっ…!?」
「だって約束しただろう?『また一緒に冒険しよう』って!…いいだろう?父さん…?」
「あぁ…。行っておいで…」
「よし!!決まりだ!!」

ソロがメンバーに加わった。


::::


続く。

163婿探しは温泉で? 1/3:2011/06/03(金) 23:33:45
 それは山奥の村へ戻る途中、ビアンカが言い出したひと言がきっかけだった。
「ねぇ、夜中ならこの子達もみんな温泉に入れるんじゃない?」
 滝の洞窟へ水のリングを取りに行ったリュカ一行+ビアンカは、途中の滝しぶきによりもれなく全員ずぶ濡れ
となり、引き返してきていたのである。
「滝の洞窟でびしょ濡れになったのは私たちだけじゃないでしょ? この子たちだって濡れちゃったんだから、
一緒に温泉で暖まらないと!」
 なぜか拳を握り締めて、力強く言い切ったビアンカの瞳は燃えていた。
 その背景には、名物とも言える温泉にリュカが入ってくれない、という事があるのだが、当のリュカはそんな
事を知らない。リュカにはリュカで『仲間の魔物たちが入れないのに自分だけ温泉に入るのは……』という思い
があり、これまで辞してきたのだ。
「うーん。大丈夫かなぁ」
 魔物に対する人間の態度を、カボチ村で嫌というほど思い知らされたリュカは、やはり慎重になってしまう。
「真夜中だから大丈夫よ。それに私が一緒なんだもん、村の人が入ってきたってちゃんと説明するわよ」
 まかせろ、とばかりに胸を叩くビアンカ。弾みで胸が揺れ、一瞬リュカの顔が険しくなったのはまた別の話。
「……ビアンカがああ言ってくれてるし、みんなで温泉に入ろうか?」
 リュカは仲間たちに問いかける。その仲間たちとは、スライムのスラリン、スライムナイトのピエール、ドラ
キーのドラきち、キメラのメッキーに、仲間というよりは幼なじみに近いキラーパンサーのゲレゲレの五匹。
「すみません。ご好意はありがたいのですが私やスラリン、いわゆるスライム族は熱いお湯が苦手なのです。で
すので、我々はいつも通り馬車で待機しております」
 ピエールが深々と頭を下げる。
「そっか、そういえばスラリンってひんやりしてるものね」
「そうだったんだ。知らなくてごめんね」
「いえ、リュカ殿が謝られる事ではありません。お湯が苦手という、ただそれだけですので」
「それじゃあ、ドラきちちゃんにメッキーは?」
「申し上げにくいのですが、彼らもお湯に浸かるのは苦手ではないかと」
 仲間の中で唯一人間の言葉を喋れるピエールが再び答える。
「そうだよね。ふたりとも羽が濡れたらダメだもんね」
 リュカの声には力がない。何より一度村に戻る事になった理由には、メッキーとドラきちの羽が濡れたことも
含まれていた。
「じゃあ、後はゲレゲレちゃんだけか。ゲレゲレちゃんは別に温泉に入れないなんて事はないわよね?」
「うん。ゲレゲレとは子供の頃、一緒にお御風呂に入ってたから、大丈夫だよ。ねっ、ゲレゲレ」
 ビアンカとリュカの言葉に、ゲレゲレは「ガウッ」と鳴いて答えた。
「ゲレゲレも『大丈夫』と言っております」
「よし。じゃあ四人には悪いけど、私とリュカ、ゲレゲレちゃんの三人で、温泉に入りましょう!」
「お、おー!」
「ガウッ!」

164婿探しは温泉で? 2/3:2011/06/03(金) 23:34:10
「いやー、気持ちよかったわねー」
「うん〜。まだなんかふにゃふにゃする〜」
 初めて入った温泉は、心身ともにリュカを骨抜きにした。誰もいないのをいい事に、リュカは脱衣所の椅子に
裸のまま腰掛けている。
「ほら、子供じゃないんだから早く服着なさい」
 姉、というよりは母親のような口調のビアンカ。自身は既に衣服を身に着けている。
「う〜ん。もうちょっと〜」
 ふらふらと片手を上げて答えるリュカ。それを見てビアンカは小さくため息をついた。
「……ふぅ。しょうがないわね」
『ずっと旅を続けてきて、こんな風に休まる事はなかっただろうから』とビアンカは幼なじみの緩みきった顔を
見つめた。
「さて、それじゃあゲレゲレちゃん、こっちいらっしゃい。拭いてあげるから」
 ビアンカは家から持ってきたバスタオルを広げ、ゲレゲレに呼びかけた。それまでブルブルと身体を震わせて
水気を払っていたゲレゲレも、ビアンカの懐へと飛び込んだ。もちろん軽くである。
「あはは。ゲレゲレちゃんは大きくなっても、あの頃のネコちゃんのまんまね」
 笑いながらごしごしとゲレゲレの身体を拭いてやる。ゲレゲレも気持ちよさ気に鳴いている。
「よし。これでオッケー。それじゃあ、温泉に入る前に外したリボン、結んであげるね」
 大人しくビアンカの前に座るゲレゲレ。尻尾をちょこんと差し出した。以前はゲレゲレの首に巻いていたリボ
ンだが、成長したゲレゲレの首には巻けないので、今は尻尾の先に巻いていた。
 ビアンカがこうしてゲレゲレにリボンを結んでやるのは二度目である。『あの時はお別れだったけど、今回は
再会だものね』そんな風に考えるビアンカの顔に自然と笑みが浮かぶ。と、何かに気づいたかのように、ビアン
カが目を大きくした。
「そうだ! せっかくだから、ちょっと可愛く結んであげようか」
 言うやいなや、ビアンカはゲレゲレの頭の辺りのたてがみを左右に分けて、それぞれにリボンを結んだ。
 頭のてっぺんから、まるで触覚のようにぴょんぴょんと左右にはねた赤いたてがみ。正直なところ、
「……可愛くないね。ちょっと面白いけど」
「グゥ?」
 そんなビアンカの様子にゲレゲレが首を傾げる。
「ん、なぁに? ゲレゲレちゃんも見てみたい?」
「ガウッ!」
「鏡……鏡……ないわね。ねぇリュカ、鏡持ってなーい?」
「ん〜?」
「かーがーみ、持ってない?」
「ラーの鏡なら、袋の中に入ってるよ〜」
 リュカはまだふにゃふにゃだ。
「リュカ。いい加減、早く着替えないと、湯冷めするわよ」
 やはり母親のように注意をしつつ、ビアンカは袋の中からラーの鏡を取り出した。
「はい、ゲレゲレちゃん。見てごらんなさい」
 そう言ってビアンカは正面に座るゲレゲレにラーの鏡を向けた。
 鏡には赤い髪の青年の姿が映っている!
 なんと、ゲレゲレは人間の姿になった!

165婿探しは温泉で? 3/3:2011/06/03(金) 23:34:30
「え…………ええぇっっっ!!!???」
 ビアンカは、真夜中であるという事も忘れて大声をあげた。
「なに? ど〜したの?」
 まだ半分ふにゃふにゃしたまま、右手で自分の服を引きずったリュカがビアンカのそばにやって来て、赤い髪
の青年と目が合った。
「へ? …………きゃあああああああっ!!!!!!」
 先ほどのビアンカを上回る絶叫をあげて、リュカは胸を抱えて座り込んだ。慌てている所為か、片手に握った
服は手放してしまった。
「だ、だだだ、誰!? な、なんでここにいるの!? どど、どっから入ってきたの!?」
 状況が全くわからず疑問を絶叫するリュカ。
 そんなリュカに、赤い髪の青年が四つん這いで近づいた。その姿は一糸纏わぬ全裸。
「ふぇ!?」
 リュカの目の前に来た青年はゆっくりと顔を近づけると、舌を出してリュカの頬を舐めた。
「うひゃ!?」
「リュカ、大丈夫。オレ、ゲレゲレ」
 それは片言ではあったが、確かに人の言葉だった。
「……え。ゲレゲレ?」
 青年――ゲレゲレは、答える代わりに再びリュカの頬を舐めた。
「きゃっ」
「リュカ」
 名前を呼ばれ顔を上げると、ビアンカがそばに立っていた。
「……ビアンカ。どういう事なの?」
 ビアンカはリュカの隣にしゃがみ込み、服を肩からかけてやった。
「……ゲレゲレちゃんにリボンをつけてあげて、あの鏡で見せてあげたら……、なんか人間になっちゃった」
 説明しているビアンカ自身、どういうことか全くわかっていない。だが確かに青年の頭にはリボンを結んだ髪
がふた房、触覚のように揺れていた。そして以前、ラーの鏡を使った事があるリュカにはどういう事かわかる。
 あの時は、人間に化けていた魔物がその正体を現した。ということはつまり、キラーパンサーというのは偽り
の姿でゲレゲレは実は人間だった、という事になる。
「ゲレゲレって、にんげっ!?」
 視線を再びゲレゲレに戻したリュカは驚愕した。目の前にいるゲレゲレはキラーパンサーだった時と同じポー
ズ――両手両足を地面に着けた犬座り――で座り込んでいる。このポーズは、犬がするから特に問題がないわけ
で、人間が、それも全裸でやったりすると、大事なところが丸見えになるのである。そしてリュカはモロにその
部分を直視してしまったのだ。
「どうした、リュカ?」
 自分が原因だとは露ほども思わず、不思議そうに見つめてくるゲレゲレ。
「……あぅ。ゲレゲレちゃん、これを着けなさい」
 ビアンカがゲレゲレの腰にバスタオルを巻いた。これを機にリュカも服を着ると、三人は温泉を出てビアンカ
の家へと向かった。あれだけ騒いだにも拘らず、村人が誰も出てこなかったのは幸いだった。
 場所を移してようやく落ち着いた二人は、改めてゲレゲレに尋ねた。
「ゲレゲレは、もともと人間だったの?」
 真剣な顔のリュカとビアンカ。それを受けるゲレゲレはしかし、キョトンとした顔であっけらかんと言った。
「オレ、わからない」
 その答えに、二人は盛大なため息をついた。
「そりゃそうよね」
「ボクたちが出会った時にはもう魔物の姿だったもんね」
『小さい時から魔物の姿だったんだから魔物なんじゃないかと思うけど、でもラーの鏡は真実を映す鏡だし……』
などと頭を悩ませるリュカは最終的に『初めてお父さん以外の男の人の裸見ちゃったな……。でも、ボクも見ら
れちゃったし……。はぁ、お嫁にいけないよぉ……』と落ち込んでいた。
 そんなリュカの苦悩を野生の勘(?)で感じ取ったのか、ゲレゲレはリュカの頬を舐めて告げた。
「大丈夫、オレ、リュカのそば、ずっといる」
 その言葉にリュカは嬉しさ半分、哀しさ半分で、ゲレゲレの頭を撫でた。

                            ―完―

166婿探しは温泉で? 4/3:2011/06/03(金) 23:41:42
 『婿探しは温泉で!?』の設定として、ゲレゲレはジャハンナ出身です。

 ジャハンナで人間の女性になったキラーパンサー(第一号とかそんなレベル)と、調査に来ていた天空人の子供。
 生まれた姿は人間。天空人の力と魔物の力が打ち消しあったみたいな?

 ただ、魔物を人間にするのとか、天空人とかが魔界で噂になって、追われる事になる。
 見かねたマーサが人間界へ逃がそうとする。無事に逃げられるように、母親を元の姿に、子供をベビーパンサーの姿にして。
 その際、サンタローズのパパスを頼るように言われる。

 で、なんとかサンタローズのある大陸まで来たけれど母親は力尽きる。
 一人残された子供はいじめっ子に捕まる。
 そして二人と出会う。
 そんな感じで考えました。

167上沼みどり:2011/06/04(土) 07:26:26
【HOWEVER】


ソロと再会したアルスは、まるで背負ったモノなど微塵にも感じ取れない普通の女性のように無邪気になった。

「「「…!?」」

そんなアルスを初めて見た(一緒に行動してあまり時間は経ってないが)3人は…それぞれアルスに対し、心境の変化が起こった。


::::


〈滝の洞窟〉


「何だかスゴいところだな!水門の先にこんな洞窟があったなんて…!?」

その声が共鳴する。

「本当に綺麗ですね…!」
「まるで…聖地だな…!」
「…!?」

そう、ここは…身が竦んでしまう程神々しい場所だった。

「…!?」

暫くボ〜ッと見とれていたアルス。

「…さん、アルスさん!!」
「へっ、あっ、な…何っ!?…何だ!?」
「そろそろ出発しましょう…」
「あ、あぁ…。そうだな…!!」

アルスは『柄にもない』と自分に言い聞かせ気持ちを切り替えた。

「この奥、狭くて馬車が通れませんね…」
「そうか…。じゃあメンバーを考えないとな…」
「だな…」

アルスは頭を使って考える。

「よし!ソロ、アンディ、スーザン。そして…俺で決まり!」

以上の結果になった。

「えっ!?アルス、今『俺』って言ったか!?」

ソロが言葉使いに食いついてきた。

「…あ、あぁ…。女道中何かと危ないから男のフリしてるウチに何だか癖になっちまってな…」

アルスは慌てて誤魔化した。
ダンカンとソロと再会したあの瞬間アルスは主人格に戻っていたのだが、今のアルスは交代人格である為ウッカリしていた。

「…!?」
「あっと…えっと…道具の整理もしておこう…!薬草と毒消し草と満月草と…」

慌てて他の話題を振った。

「…!?」

だが、ソロの中に芽生えた疑問な消えなかった。
…何かが可笑しい…とソロの本能が訴えているからだ。

「『ラーの鏡』は…要らないな…。リリアンさん、持ってて下さい…」
「あ、はい…!」
「…よし、こんなモンかな…?さ、行こう!」

::::

奥には荒くれ者がいた。

「いよ〜、色っぽい姉チャンだな!」

と言いながらスーザンのお尻に触ったのだ。

「キャ〜!?」

「ガハハっ!!」

「メラ!!」

アンディはムッとしたので魔法を食らわせた。

「アチチチチ〜!?」

慌てて水に飛び込む痴漢。

「あ、有難う御座います…!!」
「あ、いえ…!」

アンディは頬を赤らめた。


::::


続く。

168上沼みどり:2011/06/04(土) 16:19:12
【HOWEVER】

途中で痴漢(笑)に遭遇しながらも、アルス一行は洞窟の更に奥へと進んだ。

「…また、違った…」

これまで何個も宝箱が転がっていたが、どれもこれも『水のリング』ではなかった。

「う〜ん…」
「まだ先は長いみたいですね…」

::::

〈一方その頃〉

居残り組はとくにやることが無いので、馬車の掃除をしていた。

「それにしても…荷物少ないですねぇ…」

リリアンはそう思った。

「ご主人様がいっぱい物を詰め込むのを嫌がるのでゴザルよ…。必要になったモノはその時その場で調達すれば良い…と。幸いご主人様や拙者は回復魔法が一通り使えるからして…」
「そのお陰で私なんてあまりお洒落出来ないし、化粧品もどうしても必要な最低限しか持てないんだけどね…」
「はぁ…」

最初に声を掛けたのはリリアンだが、彼は何処か上の空だった。
原因は…『アルス』の事である。

「…」

アルスのあの笑顔…それが胸に焼き付いている。
リリアンはそれまでアルスの事を『変わった人』としか思っていなかった。
だが、姉がアルスの事が何やらやたら気になるらしく、こうして監視役として遣わしたくらいだ。

「(アレでいて、結構面倒見いいから…姉さんは…。ただし、絶対に他人にソレを知られたくない…!)」

アルスに対する想いなど、その程度だった。
だが、あの…まるで澄み渡る海のような笑顔を見た瞬間、アルスの事が頭から離れないのだ。
あんなキレイな笑顔になれる人を、あんな無理矢理表情を造らされている人形のようにしてしまうだなんて、一体過去に何があったのだろう…?
そして…、一瞬とはいえあの笑顔を表した幼なじみであるソロとはどんな仲なのだろう…?

::::

更に進んだアルス一行は、滝の奥に洞穴を発見した。
そしてその中に…、

「あった!!あれが『水のリング』だ!!」
「遂に見つけましたね!」
「…さ、アンディ…」

アンディは慎重に指輪を取りに行った。
また魔物が出るのではないか…と予想していたからだ。
…が、

「…何にも起こらない…!?」
「ここには番人はいない…って事か…」
「やったな!アンディ、コレで結婚出来るぞ!!」
「あぁ!!」

…だが、喜びでいっぱいの一行に今にも襲いかかりそうな不気味な影が、息を潜めていた。


::::


続く

169上沼みどり:2011/06/05(日) 11:19:40
【HOWEVER】


遂に『水のリング』を手に入れたアルス一行。

「コレで…、デボラと結婚…」

アンディの顔は浮かなかった。
…無理もない…。

「…」

だが、浮かない顔をしているのはアンディだけでは無かった。

「(コレでアンディさんはあの人…デボラさんと結婚…。あの素敵な歌を唄えるこの人に…『復讐心』という魔物を心に植え付けた相手と…)」

と、スーザン。

「それにしても見事にキレイな指輪だなぁ…(その『デボラ』ってどんな女か知らないけど…アルスが付けた方が絶対似合うと想うなぁ…)」

と、ソロ。

「(コレで…またお父さんとの約束…お母さんを助け出すのに一歩近づく!!結果としてアンディに代理政略結婚をしてもらう事になるけど、コッチにだって事情があるんだ!!)」

と、アルスは野望に燃えていた。

「…さ。『サラボナ』に戻ろう…」
「あぁ…」

だが、突然下を流れる水が柱のように高く伸び、出入り口を塞いでしまった。

「っ…!?」

そして…、何処からか声が聞こえてきた。

『此処は神聖なる地…。それは愛に結ばれた者を繋ぐ糧…。此処にいて良いのは揺るぎない愛を持つ者のみ!資格無き大罪人よ、裁きを受けるがよい!!』

そして…、水が4人にいっせいに襲いかかった。


ザバ〜ンッ!!


::::


〈一方その頃〉


その影響は居残り組にも響いていた。

「な、何でゴザルか〜!?」
「イヤ〜!!」

危うく船がひっくり返りそうになる。

「オイラに任せい!!『マヒャド』!!」

イエッタの『マヒャド』により、まわりの水が凍りついた。

「た、助かりました…!有り難う御座います…!!」
「エッヘン!」

と、そこへ、


「うわ〜っ!?助けてくれ〜!!」


痴漢荒くれ者が流れてきた。

「大変!?」
「私の出番ね!」

キャシーは『グリンガムの鞭』を投げ縄のように飛ばし、荒くれ者を引き上げた。

「ゼェ…ハァ…助かった…」
「大丈夫でゴザルか…?」
「ヒッ、モンスター!?」
「あぁ、大丈夫ぶですよ。このコ達改心してますから…!」
「失礼しちゃうわね!命の恩人に向かって…!!」
「…それにしても、一体何が!?」
「どうやらあの4人組が、洞窟の精霊の怒りに触れちまったようだな…」
「何か知ってるの!?」
「何だ?知らないできたのか…?此処はな…」


::::


続く

170上沼みどり:2011/06/06(月) 21:21:18
【HOWEVER】
アルス達は水に呑み込まれた。
段々意識が遠退いてゆく。
しかし何故だか、苦しみは無かった。
自分という自我が段々曖昧になっていく感覚。
自分のモノではない記憶が、不思議と走馬灯のように頭を駆け巡る。
…頭…?
まわる…まわる…。
流れる…流れる…。
溶ける…溶ける…。
::::
〈一方その頃〉
「そんな…!?」

荒くれ者はリリアン達に説明した。

『洞窟の精霊の怒りに触れた者は、水に溶けてしまう』

と…。

「ま、俺は冒険者達のオコボレをちょいと拝借しにきただけだけどな…」

と、下品な笑みを浮かべて。

「っ…!?」

リリアンは船から飛び降り、洞窟の奥へ向かった。
::::
『おのれ…性懲りもなく、また我の裁きを受けに侵入者が迷い込んだか…』
::::
「アルスさ〜ん!!アンディ、スーザンさん、ソロさ〜ん!!」

返ってくるのは、共鳴したリリアンの声のみだ。

「ハァ…はぁ…」

チャポン…、

足音が聞こえた。
水の上に誰かが立っている。

「アルス…さん…?」

しかし何処かが違う。
目の前に現れたアルスは、まるで水の蜃気楼のようにぼやけている。

「…あ、そうか…!!」

リリアンはその蜃気楼に『ラーの鏡』を向けた。

バビュ〜!!

辺り一面が、目も開けられない程輝き…そして…、

「アルスさん!!」

アルス達、4人全員が、全身びしょ濡れで気絶して横たわっていた。

「っ…!!」

溺れているのだと判断したリリアンは…人口呼吸を行うことにした。

「どうか起きて下さい!!こんなところで死んではいけません!!」

…と、そこへ、

『無駄じゃよ…』

声が聞こえた。

『こ奴等は我が手中にある。儂の許しが無ければ起きることはない。ラーの鏡を持ってしてでも…』

隣りにいるようで、遠くにいるような声が…。
::::
続く

171上沼みどり:2011/06/07(火) 10:49:05
【HOWEVER】

「…洞窟に住まう精霊…ですか…?」

リリアンは訊ねる。

『如何にも…。ならば言わなくても分かるだろう。そ奴等は大罪人。それ故に裁きを下したまで…』
「罪とは…?」
『そ奴等は水のリングを求め来たにも関わらず、誰一人とて愛を持っておらなんだ!まっこと許し難し!!』
「…それを定義づけるモノは何で御座いますか…?」
『何…』

リリアンは怯まず精霊に問い掛ける。

「愛は十人十色…それぞれ違うモノになります。アナタは何を持って『真実の愛』と『偽りの愛』を定義づけるので御座いますか…?」
『我に意見するというのか!?人間の分際で…!!』
「上辺の言葉ですか?贈り物ですか?賭けた時間ですか?対価です?深層心理ですか?」
『…』
「僕は見ての通り只の人間であります。只の人間風情には『真実の愛』と『偽りの愛』を完璧に見極める術は存在しません…。愛の精霊であるアナタの定義に興味が湧きました!さぁ、答えて下さい!!」
『…』
「…!!」

リリアンの瞳は、強い意志の光で輝いていた。

『…フッ、面白い!そんな風に我に意見したのは貴様が初めてじゃ…』
「…?」
『…貴様に免じて我は猶予を与えよう…』
「猶予…?」

すると、アルス達の身体をボワ〜ッと蒼白い光が包んだ。
それは一瞬で消え、そして…アルス達が目覚めた。

「アルスさん!!」

4人ともボケ〜ッとしたような表情をしているが、意識はハッキリしていると見受けられる。
そして…、

『聞け、大罪人達よ!!』
「…!?」
『今一度貴様等に3日の猶予を与える!!』
「3日…?」
『それまでに、それぞれの真実の愛とやらを示せ!!もしそれが叶わなんだ際は…水の泡となって消え去るのみ!!』
「っ…!?」
『よいな?3日じゃぞ…。我は水のリングに精神の一部を憑依させ貴様等を見張ることとする。さぁ、行くがよい!!真実の愛とやらを示す為に…!!』

ボワ〜ッと水のリングが一瞬だけ熱を帯びて光った。

「…!?」

猶予は…たったの3日。


::::


続く

172上沼みどり:2011/06/07(火) 21:10:41
【HOWEVER】

アルス達はひとまずサラボナへ戻ってきた。

「アルスさん!!女性だったのか!?」

ずぶ濡れになったアルスは身体のラインがクッキリと見えてしまっている。
デボラ程ではないが、なかなかのプロポーションだ。

「何言ってんだ?オッサン、アルスが男なワケ無いだろ…!」

思わずソロは食ってかかった。

「誰だね?君は…?」
「俺はソロ。山奥の温泉がある村に住んでるアルスの幼な馴染みだ…」
「そうか…。…して…スーザンさん…と言ったかな?踊り子さん…」
「は、はい!?」
「先程カジノ船の支配人に連絡をとってみたところ、踊り子の一人が結婚をして故郷に帰ってしまった為空きがあるそうなのだ…。もし考えが変わっていなければ近い内に採用したい…と申しておった…」
「有り難う御座います!!一生懸命働きます!!」
「うむ…。そしてアンディよ…。見事『水のリング』を手に入れたか!」
「えぇ…はい…」

大喜びのルドマン。

「よし!早速式の準備じゃ!!デボラ、アンディはここまでやる男に成長したのじゃ、もう文句はあるまい…」
「イヤよ!!」
「デボラ!?」
「私は今は結婚したくないの!!したくなったら自分で探す!!…でも、そこまでやったアンディを候補の一人にしておいてもいいけどね…!」

「(小声で)うわっ、最悪…」

ソロは思わず本年を呟いてしまった。

「…っ!!」
「その事で、父さん…」
「何じゃリリアン!今はそれどころでは…」
「とっても大事なんだ!!聞いて下さい!!お願いします!!」
「リリアン…!?」

ルドマンもデボラも、つい出発前までのリリアンと決定的に何かが違っているのを感じ取った。
…具体的に説明は出来ないが…。

「…何があった…?」
「実は…」

リリアンは説明した。
滝の洞窟で遭ったことを全部…。

173上沼みどり:2011/06/10(金) 22:16:27
【HOWEVER】

「…!?」

リリアンがすべてを語った次の瞬間衝撃のあまりに、世界中の『音』が消滅したような錯覚に襲われた。
…が、ルドマンはいち早く言葉を発した。
「デボラ!!アンディの気持ちを受け入れるのじゃ!!」
「イヤ!!」
「デボラ!!」
「っ!!」

デボラはたまらず外へ飛び出した。

「ワン、ワン!」
「デボラ!!待って、話しが!!」

フローラとアンディが後を追った。

「…!!」
「父さん…、後は本人達に任せた方がいい…」
「そうじゃな…。してスーザンさん…」
「はい…?」
「期限は3日しかない…。もし故郷に誰か想い人がいるなら伝えに行きなさい…!カジノ船へは連絡をいれておく…」
「重ね重ね、有り難う御座います!!」
「…アルスさん、や。3日後に無事に存在出来ていたなら…『天空の盾』を譲ろう…!」

アルスは一瞬耳を疑った。

「父さん!?」
「アレはアルスさんが持っていた方が価値がある!そもそも最初から、娘婿になった者にまるで賞品として渡そうとしていた行為が罰当たりだったのじゃ。なぁにデボラはあれ程の美貌の持ち主じゃ!性格はちょっとキツメじゃが内心はとても良い娘…。宝なんぞ無くても相手を見つけることくらい出来るじゃろう…!」
「父さん…!」
「…さアルスさん、スーザンさん…行っておいで…!」

そう言われてもアルスは困る。
そんな相手なぞ…、

「アルス…話しがある…!!」

ソロがそう言ってアルスの手を引いて行った。

「…では、私も…」

スーザンも出て行った。

「…」
「若いのぅ…。昔を思い出す…!」
「…父さん…。重大な話しがあるんだけど…聞いてもらえるかな…?」

::::

〈見晴らしの塔・最上階〉

「…」

デボラは風邪に吹かれながら…いや、只々吹かれていた。

「くぅ〜ん、クゥ〜ン…」
「フローラ…」

愛犬の頭を優しく撫でる。

「フローラには相変わらず甘いんだね…」

アンディもいた。

「当たり前よ。フローラは私の妹だもん!」
「…デボラ、聞いて欲しい事がある!!」
「告白なら聞かない!!」
「告白?冗談じゃないよ…。何で僕が!?」

アンディは鼻にツクような言い方をした。

「じゃあ何!?」
「復讐だよ…!!」

すべての想いをデボラに言おうと決めたアンディの瞳に迷いの色は無かった。

174上沼みどり:2011/06/11(土) 21:56:35
【HOWEVER】

〈見晴らしの塔〉

「復讐…!?」
「そう…。リングを手に入れて、目の前に突き出して…こっぴとく振るつもりだった…。小さい頃から受けてきたイジメの最大の復讐の為に…。でも…消えちゃった!アルスさんと目があった瞬間に…ね!」
「あの男女にそんな能力が…!?」
「まぁ、彼女は『魔物使い』だし…。僕の中にあった『復讐心』っていう名前の魔物を浄化しちゃったんだろう、無意識の内に…」
「…」
「そのお礼の為に僕は君と結婚しようとした…」
「は?意味が分からないんだけど…」
「彼女は…父親殺しの仇を倒して、魔界に攫われた母親を助けようと…伝説の勇者を探してる!だから、僕がデボラと結婚してルドマンさんを上手い事説得して『天空の盾』を譲り渡して貰えるように頼むつもりだったんだよ…」
「…!?」

アルスが『何か』を抱えているとは想っていたが、あまりにもその規模の大きさに驚いた。

「でも…滝の洞窟の精霊の怒りを買っちゃって…!改めてデボラ…、君を振ろう…と想ったんだ…。だって真実の愛じゃ無いんだもの…!」
「…」
「…」
「…アンディのクセに生意気よ!!こっちから願い下げだわ!!」

デボラとアンディ…お互い微笑んでいた。

「…そしてこれからも君を愛す事は無い…。その誓いにこの詩を送るよ…」

アンディは唄い始めた。

::::

〈見晴らしの塔・下〉

「…」

その歌声をスーザンはウットリと聴いていた。

::::

〈船の中〉

アルスはソロに連れて来られた。
ゆっくりと人格を交換し、会話をしようとしたが…、

「…!?」
「…!!」

その唇をアルスはソロによって塞がれた。

「…っ!?」
「…」
「…な、何するんだよ!?ソロ!!」

アルスはその戒めから何とか逃れた。

「精霊に言われただろ、『真実の愛』だ…。俺はずっとアルスが好きだった…!!」
「えっ!?」
「お前は覚えていないだろうけど、俺は2つ年上な分、初めて会った時からの事を覚えてる。その時から俺はお前に恋してた!!」
「…!?」
「お化け退治した時も…二人だけの秘密の冒険だったから内心ドキドキしてて…色々遭ったけど楽しかったのを昨日の事のように思い出せる…!!」
「ソロ…!?」

::::

続く

175上沼みどり:2011/06/12(日) 21:43:54
【HOWEVER】

〈ルドマン邸〉

「それは本当なのか!?リリアン!!」
「冗談でこんな大切な事言わないよ…」

リリアンは決意を父親に語った。

「…!?」
「それじゃ、伝えてくるね…この気持ちを彼女に!!」

立ち尽くす父親を後目にリリアンは家を出た。

::::

〈船の中〉

「サンタローズが焼き払われてお前が死んだと聞かされても俺は信じなかった…この10年…」
「…」
「そしてお前は生きていた!!あの頃よりますますキレイになってな!」
「キレイ…!?」
「あぁ…。例えその10年…奴隷として重労働を強いられて来たんだとしても…想像を遥かに上回った姿になって再会してくれた…!!」
「何で奴隷(その)ことを!?」
「精霊に溶かされた時に…だ。あの時いた俺達4人は自分の境目が無くなっちまったからな…。お前だって考えないようにしてるだけで、俺の記憶を見たハズだ…!!」
「…!?」
「だから…分かってるだろう…?俺がどれだけお前を想って来たのかが!!」
「ソロ…」
「アルス、俺を受け入れろ!!でないと3日で消えちまうんだぞ!!」
「…」
「結婚だってお互い適齢期だ!!…父さんの病気も善くならないし…。父さんを安心させてやりたい!!そして…孫の顔でも見せてやれば元気になると思うんだ!!」
「…」
「俺と結婚してくれ!!そして…山奥の村で一緒に暮らして欲しい…!!魔界とか魔王とか、敵討ちとかお袋さんを救出するとか…そんなの勇者に任せとけばいいんだ!!」
「ソロ…」
「…!!」

ソロの瞳は真剣そのモノだ。
アルスにも当然分かっている。
…精霊の仕業で、ソロの気持ちはイタい程よく分かったのだから…。
…だがアルスは、

「…悪いソロ…。そのプロポーズを受け入れるワケにはいかない…」

それに対しソロは何とこう言った。

「煩い!!俺はアルスに言ってるんだ!!贋者には用は無い!!」
「贋…者…!?」

その発言にはアルスも流石に吃驚だ。

「そうだ!!テメェはパパスさんが殺されてショックを受けたアルスの心に憑依した真っ赤な贋者さ!!」
「何言って…!?俺はアルスだよ!!」
「アルスはそんな口調じゃない!!口を聞けないようにして心まで操りやがって…この贋者が!!」
「ソロ…!?」

::::

続く

176逃げた兵士は元いじめっ子 1/4:2011/06/15(水) 20:05:26
 ヘンリーとマリアを祝福し城を出た彼女は、ラインハットの街の外に停めてある馬車へと向かった。
 ――あの子達にも合わせてあげたかったんだけどな。
 彼女と一緒に旅をしている仲間モンスターの内の何匹かは、ラインハット奪還に際してヘンリーたちと一緒に
戦った戦友だ。
 ――まさかお城の中に連れて行くわけにはいかないしね。
 そんな事を考えながら歩いていると「うわぁぁぁぁっ!」不意に悲鳴が聞こえてきた。
 聞こえてきたのが馬車のある方向だった為、『まさか!?』と思いながら駆けつけた彼女の目に映ったのは、
尻餅をついている兵士と今にも襲い掛からんとしているキラーパンサー、そしてそのキラーパンサーを押し留め
ているスライムとスライムナイトの姿だった。
「ど、どうしたの!?」
 声を掛けて側による彼女。それに気づいたスライムナイトが答える。
「こちらの兵士殿を見かけたかと思ったら、いきなりゲレゲレ殿が飛び掛ろうとされまして。慌ててスラリンと
二人で止めに入った次第です」
「こら、ゲレゲレ! 人に襲いかかっちゃダメじゃないか!」
 彼女の一喝によって、キラーパンサーのゲレゲレは悲しそうにひと鳴きすると、倒れている兵士から離れた。
スライムナイトとスライムが安堵の息を漏らす。
「すみません。大丈夫ですか?」
 兵士に向かって手を差し伸べる彼女。
「……殺されるかと思った」
「ごめんなさい。ボクの仲間が失礼しました。怪我はないですか?」
 彼女の手を取り立ち上がる兵士。
「ああ、もうちょっとで食われるってところで、そのスライムナイトとスライムに助けられたよ。まさかモンス
ターに助けられるなんてな……。けど、あんた一体何者なんだ? この二匹もそうだし、キラーパンサーだって
素直にあんたの言う事を聞いているみたいだ。並の人間に出来る……あっ! もしかして、あんたも……モンス
ター!?」
 途端に怯えた表情となり、一歩、二歩と後ずさる。
「ははは、ボクは人間だよ。どういうわけかわからないけど、モンスターと友達になれるんだ。この事を教えて
くれたお爺さんはボクがいい目をしてるって言ってたけど、正直よくわからないんだよね」
「目か……」
 呟くと、兵士は彼女の目をまじまじと見つめた。
「確かに。見てるとなんだか、引き込まれそうになるな」
「そ、そんなにジッと見られると照れるんだけど……」
 頬を少し赤らめて漏らす彼女。
「あ、ああ。悪い。つい、な」
「うん。別にいいよ。……そ、それよりさ、君はこんなところで何をしてるの? 見たところ、ラインハットの
兵士さんでしょ?」
 見つめられて照れたのをごまかす為に、彼女は話題を変えた。と、途端に兵士の顔が曇りだした。
「な、何か悪いこと聞いちゃった?」
「いや、いいんだ。……実は俺、お城から逃げ出したんだ。お城の兵士になったはいいけど、城を仕切ってる太
后さまがとんでもなくてさ、こりゃあラインハットも終わりだな、と思ってヤバくなる前に城を出たんだよ。そ
したら何と、行方不明だったヘンリー王子が帰ってきて、城の実権を握ってた偽者の太后さまをやっつけたって
言うじゃないか。それでちょっと様子を見てみようと思ってここまで来たら、そのキラーパンサーに襲われたっ
て訳さ」
 告白を終えた兵士は最後に、馬車の前でうずくまっているゲレゲレを指差した。当のゲレゲレはというと、そ
れまでの兵士に対する態度はどこへやら、目を閉じて眠っているようだった。

177逃げた兵士は元いじめっ子 2/4:2011/06/15(水) 20:05:45
「ホントにごめんなさい」
 彼女は深々と頭を下げた。
「いや、いいって。こっちもさ、街から離れたところでうろうろしててかなり怪しかったと思うし」
 兵士はそう言うが、彼女は『そんな事で襲い掛かったりしないと思うけどなぁ』などと思っていた。
「それで、どうするの。お城に戻るの?」
 彼女が問いかけると、兵士は深くため息を吐いた。
「どうすっかなぁ……。正直なところ今戻っても、『今更何しに来たんだ?』ってなるだろうしなぁ」
「……確かにヘンリーなら、言いそうだよね」
 兵士に聞こえないように小声で呟く彼女。
「何か言った?」
「ううん、なんでもないよ。でも、それじゃあ戻りづらいよね。兵士さんは、元々ラインハットの人なの? そ
うじゃないなら、実家に帰って何か別の仕事を探したら?」
「俺、アルカパの出身なんだけど、この間まで家に帰ってたんだよ。でも、最初に偉そうなこと言って家を出て
きてたから、なんだか居づらくてさ……」
 肩を落としてさらに深いため息を吐く兵士。
 そんな兵士を見て彼女は思う。アルカパにしろラインハットにしろ、戻れる所があるのなら戻った方がいいの
に、と。
 ハッキリとした記憶では、ひと月も住んでいなかったサンタローズの家を思う。今は亡き父や、行方知れずに
なってしまったサンチョ。幼い頃に生き別れたゲレゲレとは再会できたが、彼女に戻るべき所はない。だからと
言って兵士を責めるわけではなく、ただ彼女は素直に思うだけだ。
「あんたは? その格好だと旅をしてるみたいだけど、長いのかい?」
「ううん。まだ旅を始めて半年くらいかな」
「そうなのか? なんていうか、凄く旅慣れてる感じがするけどな」
 兵士は彼女の答えに意外というように声を上げた。
「そこのモンスターたちは、どういう経緯で仲間になったんだ? 魔物のエサとかで手なずけたりしたのか?」
「うーん……手なずけたっていうのはちょっと違うかな。最初は普通に敵同士だったんだけど、戦い終わって、
彼らが仲間になってくれたっていうか……」
「リュカ殿の強さ。また、どこか懐かしさを感じさせる瞳。それらが我々の心に何かを感じさせたのです。気が
ついたら、仲間にしていただきたいと頼んでおりました」
 説明に苦慮していた彼女に、当事者であるスライムナイトが助け舟を出した。
「なるほど、そんなこともあるんだな。で、そっちのキラーパンサーも一度倒したのか?」
「ううん。ゲレゲレは違うんだ。この子とは小さい時に友達になって、一度はぐれちゃったんだけど、この間再
会したんだよ」
 そう告げる彼女の表情は嬉しさに満ちている。ゲレゲレとの再会が本当に嬉しかったのだという事が窺える。
 しかしそんな彼女とは反対に、兵士はゲレゲレを見つめ何事か考え込んでいる。
「……なあ、もしかしてあんた、ビアンカの知り合いか?」
「えっ? ビアンカを知ってるの?」
 兵士の予想外の問いに、彼女は驚きを隠さずに問い返した。
「ああ。さっきも言ったけど俺アルカパの出身で、ビアンカの事はよく知ってたんだ。っていうかさ、ビアンカ
と一緒にレヌール城のお化け退治したのって、あんたじゃないのか?」
「えっ! ボクのことも知ってるの!?」
 先ほどよりもより大きな驚きを受けた彼女。声も自然と大きくなっていた。
「あー……言い難いんだが、あの時、拾ってきた猫をいじめてたの、俺なんだ」
 照れているというよりは、申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべて兵士は頭の後ろを掻く。
「ええっ! そうなの!?」

178逃げた兵士は元いじめっ子 3/4:2011/06/15(水) 20:06:06
「ああ。そうなんだよ。……猫をあんたたちに渡した時に、ビアンカが名前をつけてただろ? ゲレゲレって。
その時好きだった絵本に出てくる名前だったから覚えてたんだ。で、さっきその名前を聞いて『そういえばあの
猫、たてがみが赤かったな……』なんて思い出しててさ。それでもしかして、と思って聞いてみたんだ」
「そうだったんだ……。うん、そうだよ。ゲレゲレはあの時の猫だよ。正確には、猫じゃなかったけどね」
 そう言って彼女は笑う。
 しかしそれとは逆に兵士の方は苦笑を浮かべている。
「ああ、まさかキラーパンサーの子供だったとはな……。しかもそれをいじめてただなんて、いま思い出しても
ゾッとするよ」
 言葉だけではなく、兵士は両手で身体を掻き抱いている。
「あっ、もしかしたらそれかも」
「それって?」
「ゲレゲレが君に襲い掛かったんでしょ? もしかしたら、その時のことを覚えてたのかも」
「いや、そんな。もう十年も前の話だぜ?」
「んー……。でも、そんなことでもない限り、ゲレゲレが人を襲うなんてないと思うんだ。ねぇ、ゲレゲレ?」
 彼女は馬車の前でうずくまるゲレゲレに直接問いかける。兵士は『いや、さすがに答えないだろ』などと思っ
ていたのだが……。
「ガウッ!」
 ゲレゲレは力強く短く吼えた。それはまるで『当たり前だろ』とでも言っているように兵士には思えた。
「ねっ、そうでしょ?」
 彼女の方にはより明確にゲレゲレの『言葉』が伝わっているようで、笑顔を見せている。
「……ああ。どうやらそうみたいだな」
 兵士は認め、一度うつむいた後すぐに顔を上げると、
「ごめんな、ゲレゲレ。あの時はすまなかった!」
 そう言って頭を下げた。
 それに対してゲレゲレは「ガウ」と短く静かに答えた。それは『気にするなよ』そう言っているように兵士に
は聞こえた。
 そんな兵士の様子を、彼女は少なからず驚きを持って見ていた。
 これまで魔物に対して恐れ、嫌う人間はいても、謝罪をする人間というのは初めてだった。もちろん彼女の友
人であるヘンリーやマリアは除くのだが。特にゲレゲレは、ある村では化け物といわれて恐れられていた。仲間
である彼女もろとも敬遠されたのだ。だからこそ、兵士のこの行動は彼女に驚きを与えた。
「ん? どうしたんだ、変な物をみるような目で見て。俺、なんかおかしいか?」
 彼女の視線に気づいた兵士が自分の身体を見回す。
「ううん! なんでもないよ」
 否定の言葉を口にする彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいる。そんな彼女の様子に、逆に兵士の方が怪訝な
表情を浮かべてた。
「……さて。それじゃあ、ボクたちはそろそろ行くけど、君はどうするの?」
 先ほどと同じ質問を兵士に投げかける彼女。ゲレゲレにまで謝っている様子を見て『この兵士なら大丈夫だろ
う』そんな風に彼女は考えていた。『ヘンリーはちょっと手強いかもしれないけど』とも思っていたが。
「……あんたは、どこに行くんだ?」
「ボク? ボクたちは一度ルラフェンに戻って、そこから南に向かうつもりだけど?」
「ルラフェン?」
 アルカパとラインハットしか知らない兵士にとって、ルラフェンというのは初めて聞く名だった。
「うん。ここからだとずっと東、海を越えた隣の大陸にある街なんだ」
 彼女はすっと右手で東の方角をを指差す。
 兵士はそちらの方に視線を向け「海の向こう……か」と、小さく呟いた。

179逃げた兵士は元いじめっ子 4/4:2011/06/15(水) 20:06:19
「なあ」
 東を向いたまま兵士が声をかける。
「なに?」
 彼女はキョトンとした顔で問い返す。
 兵士はゆっくりと彼女の方に向き直り、強い視線で彼女を見つめる。
「あんたの旅に、俺も連れて行ってくれないかな?」
「えっ? ボクたちの、旅に?」
 突然の申し出に彼女は戸惑い、うろたえた。
「ああ。あんたと一緒に旅をすれば、俺も変われる気がするんだ!」
「で、でも……一緒にっていうのは……」
 彼女は顔を赤らめてうつむく。他人とは違う人生を歩んできている彼女ではあるが、もちろん女の子である。
仲間のモンスターがいるとはいえ、男の人と一緒に旅をするというのは、さすがに前向きに考えられる事ではな
い。確かに数ヶ月前まではヘンリーと一緒に旅をしていたのだが、彼女とヘンリーの間には男女の仲を越えた絆
があった。そもそも十年以上も寝食を共にしていたのだから、一緒に旅をする事に何の抵抗もなかった。だから、
会ったばかりの兵士にこんな事を言われて、彼女は困惑していた。
 しかしそんな彼女の様子に気づくことなく、兵士はさらに続ける。
「あんたに一緒についていって、あんたの様な芯のある男になりたいんだ!」
 この言葉に、困惑していた彼女の表情が凍った。
「ええっと、それはつまり……ボクみたいな……?」
「ああ、筋の通った男を目指す!」
 兵士の瞳は熱く燃えている。彼女の事を頭から男であると信じ込んでいるようだ。
「……やっぱりボクって、女の子には見えないよね」
 それとは逆に彼女は落ち込み、誰にも聞こえない小さな声で嘆いていた。
「な、なあ、ダメかな?」
 懇願する兵士の目は、少しだけ不安が混じっているけれど、やはり意志の強さが感じられる。
 彼女はその視線を受けて小さくため息を吐くと、兵士に優しく微笑んだ。
「ごめんね。ボク、女の子なんだ」
 言って、馬車へと駆け出す彼女。
 突然の告白に言葉を出せずにいる兵士の目の前で、「ルーラ!」彼女の姿は光に包まれ宙に舞った。
 残された兵士はただただ呆然と、彼女が消えた方角――東を見つめるだけだった。

 後日、水のリングを手に入れてサラボナへと戻ってきた彼女の前に、兵士がその姿を現すのだが、それはまた
別の話である。
 
                           ―完―

180一生かけて恋をする。・1:2011/07/23(土) 21:08:53
「ヘンリーついたよ。ポートセルミに。」
「やっと行いたか!!ほら、リュカ!早く降りよーぜ!!」
「ちょっヘンリー!船に荷物置いたままだってばー!」
ポートセルミの船つき場に元気よく船から降りていく2人の人影があった。
1人はヘンリーという緑髪の青年。あの大国ラインハットの王子だった。だが今は、王の座は弟のデールに任せ、リュカと旅をしている。
もう一人はリュカという紫のターバン・マントが印象的な黒髪の女性だ。..いや、外見を見て判断をするならば青年と言った方が良いだろう。リュカは父の敵を討つため。そして父の最期の言葉と手紙を頼りにし、伝説の勇者と何者かに連れ去られた母、マーサを見つけ出す為、旅をしている。
「ヘンリー、とりあえず酒場にいこっか。なにか伝説の勇者について知ってる人がいるかも知れないし...。」
がちゃりと酒場のドアを開き、2人で「すいませーん。あのー」と言いながら入ったその時、
「たっ助けて下せえ!」「!?!?」
麦わら帽子の印象的な男性が涙と鼻水を流しながら、リュカ達に駆け寄よってリュカの後ろにかばってもらうように隠れた。そして人と言えるかどうか分からない狼×人な奴がリュカたちに歩み寄ってきた。
「ったくいいからその金を渡せって言ってるだろーが!」
「うんにゃ!あんた達は信用できねえ!金は渡さん!これは村を平和にするため、村の皆が少しずつ金を出し合って頑張って集めて...。」
「ったくうっせえ兄さんだ。さっさと渡せばいいのによぉ...。ん?」
人狼の一人が麦わら帽子を庇う様に前に立つリュカを気ずき話しかけた。
「よぉ、お前さんも俺達に反抗しようって言うのかい?」
「ああ。」
「上等じゃねーか!!その生意気な鼻っ柱、折ってやるわっっ!!!」
人狼2人(匹)は剣を構え襲ってきた。リュカとヘンリーはそれを避け、自分達も武器を構えた。

181一生かけて恋をする。・2:2011/07/24(日) 07:45:08
ばしゅっ ザクッ カキ...ン ドカドカーン!!!
人狼2匹とリュカ・ヘンリーの戦いは激しいかった。リュカの刃のブーメランで全体攻撃。ヘンリーのイオで同じく全体攻撃。人狼2匹で通常攻撃。人狼2匹は前に神の塔へ行く時同じ魔物と戦った事があり、攻撃の種類は知っている。だがその魔物よりこいつらはしぶとくなかなか倒れない。
「うぐわぁっ!!」「!!!やった!!」
リュカの攻撃で1匹は倒した。
「おっおい!!大丈夫か!?!てめぇ..なんて事するんだ!!!俺の大事な相棒に!!ウォォォ〜ーーー!」
人狼がリュカに攻撃をしてくる。リュカはそれに気ずいていない。
「危ない、リュカ!!!」
ヘンリーはリュカを庇い、自分がダメージを受けた。
「うっっくっ...。」
「っっヘンリー、大丈夫!?」
「あ...いや、大丈...いってて...!!」
傷は格好深かったらしく、服が破れ、血が出ていた。大きな傷が痛々しい。
「ごめんね...!!僕を庇って...!!こんな傷つけちゃって...!!」
「大丈夫だ...!子分を守るのが親分の役目だろーが。」
ヘンリーはいつものイタズラッコの笑みを浮かべた。
「っ...!!と、とにかく回復っ...!」
リュカは意識を集中し、覚えたての呪文を唱えた。
「光の精よ、悪しき者につけられた、この者の傷を癒したまえ!!べホイミッ!!!」
リュカが呪文を唱え、リュカの手には青と緑と黄色の光が集まった。リュカはその光をヘンリーの傷にあてた。そしてヘンリーの傷は見る見ると回復した。
「はっ回復しちまったか!!つまんねーな!!」
「...許せない...。」「あ?」
「ヘンリーにあんな傷をつけて...絶っっ対許せない...!!!!」
「いや、あのリュカ。傷は回復したし、許した「ヘンリーは黙っててっっ!!!」「はっはいっでございます!!」
ヘンリーはつい、敬語をつかってしまった。リュカの周りに殺気のオーラが見えたからだ。
「風の精よ!!この者の全てを切り刻み、我らを勝利へと導け!!!!バ・キ・マ!!!!」
「へ?...ぐわぁぁ〜〜ーーーーー!!!!!!」
人狼はリュカのバキマに巻き込まれ、壁にダンッッとぶつかった。

182アメとムチ1:2011/08/02(火) 21:24:04
―滝の洞窟入り口にて―

「じゃあ…俺はこいつらと一緒に留守番してるから、お前らだけで行ってこいよ」
かすかに聞こえる滝のしぶきと水の滴る音を背に、ヘンリーは馬車を指差しながら言った。

「どうしたの?ヘンリーも一緒に行こうよ?」
何か違和感を覚えたリュカがヘンリーを覗き込む。
「そうよ、ヘンリーも一緒に行きましょうよ……うふふふふ」
リュカの後ろからビアンカが顔を出す。
「い、いや…折角の幼馴染の再会を邪魔しちゃ悪いし‥さ?プックルも行きたがってるし、   お前らで」
「ビアンカお姉ちゃんとは昨日充分話したよ…どうしたのヘンリー?何かいつもと違う…」
と、リュカは首を傾げる。

ああそうだリュカ、俺がいつもと違うのは俺自身よく解ってる。
そしてその原因は、リュカの後ろで爽やかな笑顔を浮かべているリュカの幼馴染・ビアンカさんにある。ことの発端は昨日へと遡る。

水のリングを手に入れるため、リュカと俺は滝の洞窟へと向かっていた。
しかし、滝の洞窟に入るには村の人に水門を開けてもらわなければならず、俺たちはその足で山奥の村へと向かった。
そこでリュカの幼馴染のビアンカさんと偶然再会したのだ。
奴隷だった頃、リュカはビアンカさんと行ったお化け退治のことをよく話してくれた。
その話をしている時のリュカはとても楽しそうだったのを覚えている。
リュカをこんな笑顔にしてくれるビアンカさんに俺もいつか会ってみたいと思っていた…そう思っていたんだ。
うん…そう、確かに思っていたんだけど……。


回想〜山奥の村

水門を開けてもらうため、山奥の村へと着いたリュカと俺は、ビアンカさんのお父さんのダンカンさんに偶然出会い、ダンカンさんの家でビアンカさんの帰りを待っていた。
しばらくすると、美しい金色の髪を編みこんだ美しい女性が帰ってきた。
「おお、ビアンカ、やっと帰って来たね。リュカだよ、お前の幼馴染のリュカが来てくれたよ」
「まあ…リュカ!!本当に、本当にリュカなのね!!」
「ビ、ビアンカお姉ちゃんっ」
リュカとビアンカさんが抱きしめ合い、感動の再会に俺は今にも泣き出しそうだったが、無論ここは二人の邪魔しちゃ悪いと思い、我慢した。
「リュカったらこんなに立派になって、すっごく美人になっちゃって…あら?この子があのプックルなの?まあこんなに大きくなって…」
プックルがビアンカさんに寄り添い、喉を鳴らす。ふと、ビアンカさんが不思議そうな顔でこちらを見ていることに気付く。
「…あら?…そちらの方はどなたなの?」
「ヘンリーだよ。一緒に旅してるの!!」
ビアンカさんに抱きついて離れないリュカが顔を上げて答えた。俺は涙を堪えてて、ようやく出た言葉がこれだった。
「あっ、ど、どうも。はじめまして…」
「…一緒に旅…ふーん、そうなの…」
その時のビアンカさんの「ふーん」の意味を知るのはもう少しあとになる…。

183アメとムチ2:2011/08/02(火) 21:25:56
「今日は絶対に泊まっていってね、リュカ。話したいことが山ほどあるんだから。水門なら私が明日開けてあげるから安心して」
「うん、ビアンカお姉ちゃんありがとう」

感動の再会を果たしたリュカとビアンカさん。
いつの間にか俺たちは席について話し込んでいた。窓の外はもう夕焼け色に染まっている。
どうやら今日はここに泊めてもらうことになったらしい。
さて、俺は二人の邪魔するのもあれだし、近くの宿にでも泊まろうか。
「あ、もちろんヘンリーさんも泊まっていってね。あなたたちの話も聞きたいし」
俺の気持ちを察したのかビアンカさんがにこりと笑いながら言った。
ビアンカさん、まるで天使のようだ。優しいし、かなりの美人だし。
マリアとかフローラさんとか、どうしてこうリュカの周りには美人が集まってくるんだ?
あ…でも、一番の美人はもちろんリュカだけど。
「ヘンリー、何ニヤニヤしてるの?」
リュカが不思議そうな顔で俺を覗き込んでくる。
こういうことには敏感なのな、お前…。だが、ここは白を切らせてもらうぞ。
「ん、そうか?リュカの気のせいじゃないのか?」
「えっ、そんなことないよ。ついさっきまでニヤニヤしてた」
「だからニヤニヤなんかしてないよ。もともとこんな顔だぞ」
「そうかなぁ?う〜ん、そう言われてみればそうかもしれないけど…」
「あらあら仲が良いのね。そうだリュカ、ちょっと夕食の手伝いしてくれる?」
ビアンカさんがリュカと俺の間に割り込むような形でスッと入ってきた。
「あ、うん。手伝うよ」
リュカとビアンカさんはキッチンへと向かった。
だがその時俺は見逃さなかった。
一瞬だが、ビアンカさんが殺意に満ちた目で俺を睨みつけたことを。
「い、いや…気のせい気のせい…」
本当に気のせいだったらよかったんだけどなぁ。



夕食もすみ、俺たちはまた思い出話に花を咲かせる。でも楽しい話ばかりではないわけで。
「まさかパパスさんが亡くなったなんて、本当に信じられないわ…」
リュカも俺も何も言えなくてしんみりとした空気が流れていく。
思い出したくない過去もリュカはビアンカさんに話した。
パパスさんのことも奴隷だった十年間のことも…ただ俺の肩身が狭くなると思ったのか、俺がラインハットの王子であること、俺のせいでパパスさんがあんなことになってしまったことは隠して。俺とは奴隷のときに知り合ったことにしていた。
リュカとビアンカさんの会話を聴いていると、リュカは本当にビアンカさんのことを大好きなんだなと思い知らされる。
俺にはあってビアンカさんにはない、リュカの心の壁みたいなもの…やっぱりあるんだろうか。
まあ仕方ないよな、ビアンカさんは大好きな幼馴染。
ん?俺は何だろう?やっぱり旅の仲間ってだけか?ラインハットの不甲斐ない王子?
それとも父親を死なす原因をつくった張本人か?
いや、リュカはそんなこと思ってる奴じゃないし…。んー、考えてたらなんか辛くなってきたぞ…。
―ガタッ。
リュカが突然イスから立ち上がった。
「あっ私、ちょっと外の風にあたってくるね」
そうだ、こんな話して一番辛いのはリュカだ。自分のことばっか考えてんじゃねえよ、俺。
「っおい、一人で大丈夫か?」
「大丈夫、私が強いの知ってるでしょ?」
リュカが苦笑しながら答えた。ビアンカさんも心配そうにリュカを見てる。
「リュカ…」
「ん、大丈夫だよ、ビアンカお姉ちゃん」
―バタンッ。
扉の閉まる音が響き渡り、部屋には俺とビアンカさんだけが取り残された。

184アメとムチ3:2011/08/02(火) 21:28:24
リュカが外へ出て行き、部屋に残された俺とビアンカさんは二人ともただ黙っていた。
その沈黙を破ったのはビアンカさんだった。
「ヘンリーさん…あなたに訊いておきたいことがあるんだけど、いいかしら?」
ビアンカさんが笑顔で俺に話しかけてくる。
でも何だろう?昼間の優しい笑顔とは何か微妙に違うような…
「へ?あ、はい。どうぞ」
「よかった。あ、答えたくなかったら別に聞き流してくれても構わないから」
「はい、わかりました」
「じゃあ訊くわね。ヘンリーさん‥あなたは何者なのかしら?」
「へっ!?あ、俺は…」
俺は何者って!?さっき一通りのことは思い出話の時に話したはずなのに。
リュカの旅の仲間のヘンリーさんじゃ納得しなかったのか?
俺がまごついていると、ビアンカさんはまた話始める。
「私の記憶違いじゃなければ、確かラインハットの行方不明になった王子様の名前がヘンリーだったと思うの。あなたもヘンリーよね‥これはただの偶然なの?」
「………」
俺はただ黙っていた。
声を出したら、今までリュカが大事な幼馴染に嘘までついて隠してくれたことがダメになるような気がしたから。
ビアンカさんは構わず話を続ける。
「そしてその行方不明になった王子様のせいでサンタローズは燃やされてしまったわ」
ああ、そうか。この人は全部解ってたんだ。流石リュカの幼馴染。
「私は別にあなたを問い詰めてるわけじゃないのよ。私にそんな資格はないし…それに何より、リュカがあなたを許してるみたいだから」
リュカは俺を許してる、か。確かにそのとおりだろう。ただ、あいつが許してくれていても俺は俺自身を許せない。
いつの間にかビアンカさんは昼間の優しい笑顔に戻っていた。
そんなビアンカさんに俺は謝ることしかできなかった。
「あの、何も答えられなくてすみません…」
「んーん、いいの。答えたくないことだってあるものね。あれはただの私の独り言……でも今から訊くことには素直に答えてほしいかも」
「えっ!?何でしょうか?」
それ以外のことなら何でも答えられると思った、だが…。
「…あなた、リュカのこと好きなの?」

185アメとムチ4:2011/08/02(火) 21:29:12
「へっっ!?は…」
リュカを好きなのか、だと。
思いも寄らなかった問いに一瞬何のことだか解らなくなってしまった。
そりゃ、好きだ。もう十年以上も一緒にいて嫌いなはずがない。
でもたぶんビアンカさんが言いたい好きはただの好きじゃない。…だが俺にその気持ちを語る資格なんてないだろ。でも好きなことには違いない。それが恋愛感情かどうかは別として、さっき答えられなかったこともあるし、ここは素直に答えておくか。
ビアンカさんは笑っている。でもなんだろう。笑ってはいるがその笑顔からは今まで感じたことのない冷たいものを感じた。
「図星かしらそれとも違うのかしら?もし、好きだとしたら‥いいえ、好きじゃなくても私の可愛いリュカとあなたが旅してるなんて危険すぎるわ。プックルみたいな魔物の仲間がいるって言ってたけど人間はあなた達二人だけなのよね?何か間違いでもあったらどうしてくれるのよっ!もう、私と代わってちょうだいっ!!」
痺れを切らしたビアンカさんが早口で捲くし立ててくる。
今まで数多の戦闘を切り抜けてきた俺だが、何だか今すぐここから逃げ出したいと思ってしまった。
「………」
ビアンカさんの放つ殺気と物凄い剣幕に、俺は驚き戸惑っている。
「ちょっと、好きなの嫌いなの?そろそろ答えて」
「ただいまー」
急に玄関のほうが騒がしくなる。助かった。良いところに帰ってきたぜ、リュカ。
「あら、帰ってきちゃった。じゃあ…答えは明日にお預けね、ヘンリー?」
「あ……はぃ」
正直この日は奴隷だった頃より、憂鬱で眠れなかった。リュカのことを好きと答えようが答えまいが、どちらにしても結果は同じな気がするんだよな。どうにか答えずにすむ方法ないだろうか?


―再び、滝の洞窟―

「ねえ、行こうよヘンリー」
リュカは俺の右手をとってそのまま歩き出そうとする。
リュカがビアンカさんと二人で行ってくれたら、例のこと答えなくていいかもしれないと思ってたんだけどな…でもここまでリュカにされたら行かないわけにはいかないか。
それにしてもリュカの手って思ったより小さいんだな。温かくて柔らかくて、普段めちゃくちゃ強いからたまに忘れるけど、やっぱり女の子の手だ。もちろん女の子なのは充分解ってるんだけど安心して見てられるんだよなー。こいつが普通の女の子として生きていく道はなかったんだろうか…なんて考えても仕方ない、俺はこいつの旅の手伝いをしてやることでしか、こいつの力になれないだろうから。
それにしてもさっきからビアンカさんの視線がギスギス痛くて仕方ないんだが…。
「わかったわかった、行くから。とりあえずお前はビアンカさんの近くにいてくれ」
「ん?わかった」
リュカがビアンカさんのもとへ向かい、殺気は消えた。
「はぁ〜、長い一日になりそうだ」
俺たちは滝の洞窟内部へと歩き出す、目指すは水のリング。

186龍神:2011/08/03(水) 18:08:04
題名・本奴隷の2人の旅人。第一話

あの地獄のような奴隷生活から抜け出し五日間、僕はこの修道院で眠り続けたらしい。
「!気がついたのですね!!よかった!!」
起きてすぐに清楚な感じのシスターの顔がドアップで見えた。まだ頭の中がフワフワする。
「...ここは??」
「ここは海辺の修道院。女達だけですんでいる所です。まだ起きては駄目ですよ。」
起きようとしたらシスターに注意されてしまった。...すごいなぁまだ身動き1つもしてないのに。もしかして貴方、エスパーですか?
「....?。」
僕はあることに気がついた。それは着ている奴隷服ではなく旅人の着るようなしっかりとした服に着替えられている事だ。
「あぁそれはお召し物があまりにもボロボロでしたので着替えさせていただきましたのよ。私てっきり男の人かと思っていましたから女の方でホッとしましたわ!」
あぁ、やっぱ僕って男に見えますか。小さい頃、よく旅先で男の子に間違われて仲良くなった男の子にいじめられてたっけ、ヘンリーにも泣かされたなぁ。
てゆーかシスターさん。勝手に見ないで下さい。プライバシーにかかわることですよ。僕、貧乳なんですから。恥ずかしいです。そんな素敵な笑顔で言
「...すいません、あの、貴方の体を洗っていた時偶然にも見てしまったのです。何箇所か体についている赤く腫れ上がったムチの痕を...。」
「....。」
僕は黙り込み俯いた。思い出したからだ。あの辛い奴隷時代の事を。逆らったら暴力を受ける苦しく辛い地獄のような日々の事を...。
「とても大変な所から逃げてきたようですね。苦しかったでしょう?可哀...」だんっ!!!
僕は近くにあるテーブルを思いっきりたたいた。同情なんていらない。迷惑だ、と言うように。
だけどシスターに向けた僕の顔はそんな事なんて考えてないような笑顔だった。
「...すみません。僕、旅の目的があるんです。急がなけねばならないんです。ここにずっといてはいけないんです。だから僕、旅に出ますね。今までご親切にありがとうございます。」
僕は立とうとする僕を止めようとするシスターのいるこの部屋をでた。

187龍神:2011/08/04(木) 09:58:25
題名・本奴隷の2人の旅人。第二話

あのシスターのいる部屋を出てみたらヘンリーが前にいた。
「さぁこれで貴方の心は清められました。これからはその清い心を汚さないよう正しい道を歩むのですよ。」
そしていつの間にか椅子にすわり、マリアさんのお清めの儀式を見ていた。理由はヘンリーに見るのを誘われたから。
「へぇ....マリアさん奴隷の時は気づかなかったけどキレイな人だったんだなぁ...。」
「そうだね、マリアさんキレイだね。」
まぁマリアさんはキレイだった。髪は太陽の様に輝き、服もボロボロの奴隷服ではない。薄紫のドレスでお花みたい。スタイルもいいほうだし、それに振りかけられたルビー色の水は白い肌から流れ落ち、少し色っぽい。
僕はもう1回ヘンリーをみた。顔を赤くしながらお清めの儀式がおわったマリアさんに話している。
.....なんだか胸がズキズキした。そして、なぜか苦しい。
「あっリュカさん!!!起きていられたのですね!!リュカさんが5日も目覚めないと聞いて心配していたのですよ!!」
マリアさんが明かるい笑顔でこっちにきた。とっても眩しいキレイな笑顔だ。
もう1度ヘンリーを見た。まだマリアさんに見とれている。
......正直ムカッとした。ヘンリーの腕を引っ張り修道院から出て行こうとする。
「おわっ!?リュ、リュカ!??どうしたんだよ???」
「えっリュカさんもう出て行かれるのですか??せめてあと1日泊まっていただいても.....」
僕はマリアさんの言葉の返事をした。
「ありがとうマリアさん!!!けど僕のお世話のしてくれた人に言ったとおり、僕急ぐ用があるんだ!!!また来るよ!!ヘンリー抜きで!!!」
僕は修道院を出て、北にあるオラクルベリーという町に向かった。

188龍神:2011/08/06(土) 19:47:12
題名・本奴隷の2人の旅人。第三話

ヘンリーを無理やりつれて修道院から出た僕はオラクルベリーへ向かった。
カジノで有名なオラクルベリーの町は昼でもネオンが明るい。眩しくて目がチカチカする。
「よっし!!!この町に来たからにはやっぱカジノに行くだろ!!リュカ行こうぜ!!」
「うん!」
カジノは楽しい。だけど遊ぶためにはコインを沢山買うお金が必要だ。
マリアさんから貰った1000Gで買ってもコインの数はたかがしれている。けど仕方ないのでそのコインで遊ぶ事にした。
その結果はぼろ負け。スロットで遊んだらあと1つでスリーセブンになりそうだったのに、そこでスイカが出てきて駄目。
次はスライムレース。僕達は青のスライムと黄色のスライムを選んだ。
青は予想通り1位。黄色のスライムもあともう少しで2位...という所で緑のスライムが追い抜かし結果3位。
その次はモンスター格闘場。おおきづちと一角ウサギ、蝉モグラの対決だ。悩んだ末、防御をする蝉モグラにかけた。
一角ウサギをブラウニーが倒し、(ブラウニーよくやった!!)蝉モグラVSブラウニーの戦いになった。が、ブラウニーの痛恨の一撃で防御をしていない蝉モグラは一瞬で倒された。
「俺達ってなんでこう運が無いんだーーー!!!」
ヘンリーは宿屋へ行く途中、大声でそういった。ほんとにそうだ。なんだよカジノの神!(そんなのはいない。)僕達に恨みでもあるのか!あるんだったら目の前に出てきて言ってみろ!!
「はぁ....本当に僕達ついてないね...。けど、まぁいっか!!!明日になったらいい事あるって!!....なにヘンリー、ニヤニヤしながらこっち見て。」
「ん?あ、俺そんなにニヤニヤしてた?いやぁこの際言うけどお前にプレゼントがあるんだよ。」
「えっ!??何、ヘンリー。プレゼントって!!教えて!!見せて!!」
「まぁまぁそんなに急がすなって...親分からのプレゼントだからな!!大切にしろよ!」
ヘンリーが自分の服のポケットからゴソゴソと取り出したものはー...、
水色の小さな珊瑚が付いているかわいらしい髪留めだった。

189龍神:2011/08/07(日) 14:37:12
題名・本奴隷の2人の旅人。第四話

「うっわぁ...可愛い......!!!」
ヘンリーのくれた髪留めはとってもお洒落で可愛いデザインだった。
「だろ?けっこー安かったんだぜ。多分50Gくらい?」
僕はヘンリーの話を聞いていなかった。その珊瑚の髪留めがキラキラしていてとっても綺麗だったため見惚れていたから。
だけど僕は重大な事に気が付いた。この髪留め、どんなに綺麗でもつけるのが僕だったら台無しじゃんか!!という事を。
「ヘンリー。これくれるのはありがたいんだけど、つけるのが僕じゃ駄目なんじゃ...?」
「?なんでだ??」
「だって僕、男の人みたいだからそんな女らしいの似合わないよ...。残念だけど...。」
「そうか?俺、お前の事そんなに男っぽいとは思わねーけどなーーー。」
「小さい頃、僕を男の子だと思って意地悪していたのはどこのだれなのさ!!!」
「あはは...あの時は悪かったよ。じゃなくて!!お前本当にそこまで男っぽくないんだって!さっきだってこの髪留めに見惚れてたろ!!女は光モンや綺麗なものに惹かれるからだ!お前もちゃんとした女なんだよ!!」
ヘンリーそこまで力説しなくてもいいって。恥ずかしいじゃないか。周りがジロジロ見てるよ!
「......まぁ、とりあえずは貰っとく。ありがと。」
そっけない態度をしたけれど本当は僕、嬉しいんだ。だってヘンリーからの初めてのプレゼントだから。
小さい頃、父から貰ったスライムが彫っているメダルのネックレスやビアンカお姉ちゃんから貰った黄色のリボンの時と違う嬉しさ。なんだかトクベツって感じ。
「よっし、リュカ!宿屋まで競争しようぜ!負けたほうが明日の朝飯おごりな!!」
「ヘンリー、僕が足速いのしってるでしょ!負けないよ!」
「俺が子分に負けるわけねーだろ!!いくぞ!よーいドン!」
「あっちょっ!ヘンリー!さっきのずるい!!フライミング!!」
僕とヘンリーは元気よく宿屋へと走っていった。

190龍神:2011/08/13(土) 21:59:56
「はぁーはぁー。リュカ、やるなぁ...。」
「そりゃ僕、ヘンリーより体力多いし?小さい頃から旅しててるから足鍛えてるし?当然だよ。てかヘンリーたよりない。」
勝負は僕の楽勝勝ちだった。距離も離れてゴールだったし、ヘンリーはぜぇぜぇと息切れしてるけど、僕は通常通りの整った息をしている。
たよりないと言われたときのヘンリーの顔はけっこう面白い。僕は笑いをこらえた。ヘンリーに怒られそうだから。
「...リュカ、お前笑ってるだろ。」
いいえ笑ってませんと言うように僕は首をふった。それと同時に口から笑いがこぼれた。
「やっぱり笑ってたんだな。子分のクセに生意気だぞ、このヤロー!」
「あはは!だってあの時のヘンリーの顔っ...!ぷくく、今でも思い出すと笑いが!ははは!てか本っ当ヘンリーてたよりない!女子に負けるってどーなの!??」
ヘンリーはさすがにムカッとしたようだ。メラでも飛ばすかな?まっ、その時は呪文を唱える口をふさげばいいし。
だがヘンリーの反撃は自分の想像していたのは違った。
どんっとヘンリーに肩をおされベットに倒れた僕は何がなんだか分からなかった。そのあとヘンリーが僕の上に覆いかぶさる様にベットにのった。
「へ?ちょっ、何ヘンリー??」
僕の胸はすごくドキドキした。頬が熱くなる。ヘンリーの顔が近い。どんどんその顔が近くなる。ちょっ、ヘンリー。変な事したらバキを唱えるからね!?
「は、へ、ちょっ!ヘ、ヘンリー!?!?」
僕の慌てた顔と声を見て(聞いて)ヘンリーは満足そうに悪戯様の笑みで笑った。僕はその顔を見たとたん、からかわれた事が分かりもっと顔が熱くなった。
「っっこの、馬鹿王子!!!」
僕は一発ヘンリーの顔にビンタしてやった。

191龍神:2011/08/25(木) 15:54:58
題名・本奴隷の2人の旅人。
「あのー。お連れさんの頬、どうしたんですか?すっごく真っ赤ですよ?」
朝、僕達が宿屋から出て行こうとすると、宿屋の主人がとびとめヘンリーの頬を心配していた。
「あ、いや大丈夫(と、思う)です。何でもありません。」
「でも...、本当に真っ赤に」
あーもしつこいヤダヤダヤダ!!!
「本っっ当平気ですから!!ほっといて下さい(怒)!!」
大声でそう言うと僕は宿賃を置き、ヘンリーを捕まえさっさと宿屋から出て行った。
「...あのさぁ、リュカ。1日親切にして貰って、心配もしてもらった人にあーゆー言い方は無いと思うぜ。」
誰のせいだよ!!と僕は思ったが、口には出さず顔で表した。
「もしかして昨日の事、まだ怒っているのか?」
ええ、まだ怒ってます。それが何か悪いですか!!あの時本当に吃驚したんだから!!
僕はヘンリーを置いて先々と歩く。だがすぐ追いつかれた。
「リュカ、本当御免て!!てかリュカ何処行ってんの?」
「オラクル屋。」
僕はハッキリと早く行く場所の名前を言った。ちなみにオラクル屋で買うものは馬車。
バン!と扉を勢いよく開いたら店の中には誰もおらずあるものといえば1枚のメモだった。
「なになに?『オラクル屋は昼は営業しておりません。夜におこし下さい。ご用があるならオラ・クウラの家まで...。』だって、リュカ。」
「はぁ!??昼に営業してない!?...はぁ...、しょうがない、ヘンリー。オラ・クウラさんの家にいくよ!」
「へ?けどリュカ。夜に行けば良いだけ...。」
「つべこべ言わずにさっさと行くよ!!」
「はっはい!!」
ヘンリーは、久しぶりに敬語を使った。
〜オラ・クウラさんの家〜
「ふぁぁ...だれだね?」
「あの、お店が開いてなかったのでココに来ました。馬車を買いたいんですが。」
「あぁ店ね...。すまねぇが、夜でしか物を売れねぇんだよ。俺は眠いし、夜に来てくんな!」
僕の頭がきれた。そしてクウラさんの寝ているベットに武器である鉄のつえをブスリとさした。
「どうでも良いから早く馬車を売れよ!根性使ったら起きれるだろーが!只でさえ今イライラしてるんだから早くしねーとバキを唱えるんだからな!??」
完璧に脅迫だ。クウラさんは急いで起き馬車を売ってくれた。
リュカたちは馬車を手に入れた!!

192龍神:2011/09/05(月) 18:58:02
題名・本奴隷の2人の旅人。 第七話
オラ・クウラさんに売ってもらった(脅したがけど。)馬車のおかげで僕達の仲間が1匹増えた。
オスのスライムのスラリン。前まで頼りなかったが、今では頼れる補助役になった。
ヘンリーとも仲直りしたし、(僕がヘンリーの武器のチェーンクロスをとり、ブンブンふり回し脅したから)
パーティは仲が良く場の空気も良かった。けどその空気もある場所に行ったとたん無くなった。
そう、その場所とは僕の故郷ーー・・・何者かに襲われ、廃墟となったサンタローズの村だった。
「・・・・!!」
サンタローズは僕の少女時代の記憶とまったくかけ離れた状態だった。
いくら私が外に出さしてくれと言っても通してくれなかった優しい笑顔の兵士のお兄さんも丈夫だった村の門も。
サンチョからのおつかいでよく行っていた酒場も酒場のお兄さんもその上にある宿屋のおじさんもその宿屋も。
食いしん坊おじいさんの家もその裏の畑も。
初めて自分で武器を買った思い出の武器屋もちょっと顔が怖かった武器屋のおじちゃんも。
そして、僕とお父さんが住んでいた家も。そこで待っているはずのサンチョも。
何もかもが無かった。
小さい頃ビアンカお姉ちゃんが読もうとしてくれた本が落ちていた。持つとすぐにはがれ、ぼろぼろと落ちていった。
「・・・リュカ。」
今にも泣きそうな僕をヘンリーが優しく呼ぶ。
「俺とスラリンが見つけたんだけど教会に人が2人いたんだ。話を聞くためにリュカもいかねぇか?」
「ねっ?リュカちゃんも行こうよー!プルプル。」
僕は出てきそうな涙をぐっとこらえ、
「うん、わかった。」
と言った。無理に笑顔を作って。
そこで衝撃的な事を聞くなんて、僕は知らなかったんだ。

193龍神:2011/09/07(水) 16:36:17
題名・本奴隷の2人の旅人。 第八話

僕達は村で唯一壊れてない場所、教会へ行った。
そこに懐かしい人物、神父さんとシスターさんが居た。多分教会に居たから襲われなかったんだろう。
「・・・っ!あなた、もしかして、もしかしてリュカなの!??」
「っシスタァーー!!」
僕は昔、仲良しだったシスターに抱きついた。そのシスターの体温が伝わり、泣きそうになった。
「リュカ、久しぶりね。みない間にこんなに・・・えっと・・・たくましく(男らしいという意味)なって・・・」
ズガガァァン!!と僕にショックの稲妻が降ってきた(様に感じた。)
「・・・シスターもそう言うんだね。やっぱ。」
僕が落ち着いたら僕とシスターは思い出話をした。ヘンリーとスラリンは神父さんと話してる。
「リュカの側にパパスさんがいないってことは・・・あの噂は本当だったのね・・・?」
「・・・うん。」
あの日アイツ達に『お父さん』と『自由』を奪われた。僕の目の前で、アイツの地獄の炎で焼き尽くされたんだ。
その後、僕とヘンリーは・・・地獄の場所へつれていかれた。
「ねぇシスター。なぜこの村はこんな姿になってしまったの?誰が村をこんな事に?」
僕が聞くとシスターは鬼のような顔をして、その後ゆるゆると泣き顔へ変化した。
「・・・ラインハットよ。いきなりココへ攻め込んできて・・・。私は、私はあの国を絶対許さない!!!」
わぁっとシスターが泣き出した。僕はシスターが言った事を信じられなかった。
ラインハットガ?ヘンリーノ国ガ?ココヲ襲ッタ?
「マジかよ・・・ラインハットがココを?」
いつの間にかヘンリーが後ろに立っていた。その後走って教会を出て行った。
「ヘンリー!!?」
僕はヘンリーを追いかけ教会を出て行った。シスターはその名前を聞いたとたん泣くのをやめ、驚いた顔になった。
「ヘンリー?ヘンリーって、行方不明になってたラインハットの王子様?」
えぇっ!!?とシスターは声を上げ、驚く。その後ろで神父さんが声をかけた。
「・・・神にお使えする者が『許さない』と言ったり大声をあげるのははしたないですよ。そうそう、この子はあの子達の忘れ者ですよ。返しに行くついでに誤ってきなさい。」
「ぴきぃ。」
神父さんは僕の仲間、スラリンをシスターに渡した。スラリンは「よろしく」といった。
「そうね。あの王子様は悪いことをしてないもの。なのに私ったらあの王子様の前であんな事を話してしまうなんて・・・。誤ってきますわ。行ってきます。」
シスターは僕達が出て行った外へ歩いていった。

194彼女の事情 1/5:2011/09/23(金) 18:33:44
 リュカがその街に着いた時、街はある話題で持ちきりだった。
『大金持ちのルドマンさんが娘の結婚相手を募集している』
『フローラさんはつい最近まで修道院にいて、とても美しい娘さんだ』
『結婚相手には家宝の盾も譲られるそうだ』 
『ただし条件は物凄く厳しいらしい』
 元々、この街に天空の盾があるらしい、というデール王の話を頼りにこの街にやって来たわけだ。そこでこの
話題である。リュカは確信した。この街に天空の盾はある、と。
 しかし、そこから先は些か難しい。どんな厳しい条件もリュカは乗り越えるつもりでいる。リュカの目的の為に
避けては通れぬ道だから。けれど、大きな問題がある。それは……。
「娘さんの結婚相手だから、募集してるのは男の人……だよね」
 リュカは道端であるにも関わらずガックリと肩を落とした。旅に汚れた外見から誤解されやすいのだが、彼女
はれっきとした女性である。

 とはいえ、このまま何もしないで諦める訳にはいかない。たとえ自分の物にならなくても、伝説の勇者を見つ
け出せた時に貸して貰うだけでもいい。取り敢えず話を聞いて貰おうと、リュカはルドマン邸のドアを叩いた。
 突然の訪問にもルドマンは快く応じてくれ、娘の結婚相手に課した条件まで話してくれた。つまるところ、この
大陸のどこかにあるという炎と水のふたつのリングを探し出してきた者を娘の結婚相手とするそうで、話の最
後にルドマンはこう告げた。
「見たところキミもかなり旅慣れている様子。どうだ、キミも娘の結婚相手に立候補してみんか? ふたつのリ
ングを取ってくれば、娘との結婚を認め、家宝の盾も譲ろう!」
 これまでの旅で、男と間違われる事は多々あったが、やはりこの街でも同じだった。一体何が原因なのだろう、
そろそろ真剣に悩んだ方がいいのだろうか。そんな事がちらりとリュカの頭をよぎり、取り敢えずこの場は訂正
しようと口を開いたまさにその瞬間、部屋の奥、階段の上から声がかけられた。
「うるさいわね〜。大きな声出してどうしたのよパパ」
「デ、デボラ! お前には関係のない話だ、部屋に戻っていなさい!」
 慌てた様にルドマンが命令するが、当のデボラはお構いなしに階段を降りてくる。
「な〜に、またフローラの結婚相手? 物好きな奴もいたもんね〜」
 言いながらリュカの前までやって来ると、リュカの顔をジロジロと無遠慮に眺めた。
「……ふ〜ん。あなたが、ね……」
「コラ! 失礼な真似をするんじゃない!」
「はいはい。それじゃ、大人しく部屋に戻ってるわ。あ、そこの間抜け面のあんた。後で私の部屋に来なさいよ。
いいわね?」
 初対面の人間に対して有無を言わせないその口調から、デボラの人柄が垣間見える。
「コラ! デボラ!」
「それじゃ、待ってるわよ」
 ルドマンが怒鳴るのも構わず、デボラはリュカに手を振り、意味ありげな笑みを浮かべると階上へと消えた。
「はぁ……。恥ずかしいところを見せたな。あれも私の子供で、フローラよりも年上なのだが、どうにも我が侭
に育ってしまって、親である私の言う事もろくに聞きもせん。まったく、どうしてこうなってしまったのか……」
 うなだれて頭を振るルドマン。リュカには、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
「まあ、フローラの婿に挑戦するかどうかはキミ次第だ。しかし、急がなければ誰かに先を越されるかも知れん
からな。それだけは気をつけたまえ」
 やはりデボラの登場が堪えたのか、それまでとは打って変わって力のない口調のルドマンは、言い終えると奥
の部屋へと入って行った。
 結局、自分の言いたいことは何一つ言えず、しかも男だと勘違いされたまま一人残されたリュカは、一瞬だけ
迷った後、階段へとその足を進めた。
 デボラの部屋は一番上の三階。しかも妹と両親の部屋を足したほどの大きさの部屋だった。さらには大きなク
ローゼットに天蓋付のベッドまである。それだけで、デボラの我が侭具合が窺えるというものだ。
 そんな部屋の様子に目を丸くしていたリュカに、デボラが声をかける。
「なあに? なんか用?」
「なにか用って、自分で来いって言ったんじゃないか」

195彼女の事情 2/5:2011/09/23(金) 18:34:56
「あら、そうだったかしら? まあいいわ。それよりあんた、本当にフローラと結婚する気なの?」
 薄い笑みを浮かべながらデボラが問いかけてくる。
「ち、違うよ。ボクはフローラさんと結婚する気はないよ! それにボクは……」
 リュカは力いっぱい否定する。ここでうやむやにしてしまうと完全に男だと思われてしまう。それだけは避け
たいリュカだった。
「ああ、言わなくてもいいわ。あんた女の子でしょ」
「うん……ぇえええっ!?」
 さらりと言ってのけたデボラに、リュカの方が驚かされた。
「な、なんでわかったの?」
「何でも何もないわよ。そんなの一目見たらわかるわ。この私を甘くみないで欲しいわね」
 さも当然でしょ、といった表情のデボラ。それとは対照的に、リュカは涙を流して喜んでいた。
「ちょっと、何泣いてるのよ。ああもう、鼻を拭きなさい。部屋が汚れるでしょ!」
 ちーん、と鼻をかんだリュカは改めて尊敬の眼差しでデボラを見つめる。
「なあに、あんた。そんなに男と間違われてるわけ?」
 その言葉に深々と頷くリュカ。その頷き一つには言い知れない重みが込められていた。
「大体、そんな汚い格好してるから男と間違われるのよ。女の子だったら、もっと綺麗にしてなさい。そうすれ
ばあんたの間抜け顔でも、多少は私に近づけるんだから」
「……うん。でも、ボクは旅をしてるから。あんまり身なりに気を使ってても仕方ないし」
 あははと笑い、頭の後ろをかく。その顔には、確かにそういった事に対する悲しさというものは見えない。デ
ボラもそれを感じ取ったのか、真剣な顔つきで尋ねた。
「あんた、なんで旅なんかしてるの?」
 そのストレートな問いに、リュカも素直に答えていた。父の死、奴隷生活からの脱出、父の遺言、母を救う為
に勇者を探している事。それらの全てをデボラに話していた。
「……人は見かけによらないってのは本当ね。あんたみたいな間抜け面が、ねえ……」
 デボラは言葉を切ると、リュカをジッと見つめた。
「?」
 見つめられたリュカは小首をかしげる。
 デボラは短く息を吐くと続けた。
「と、いう事はあんたが欲しいのはフローラでもウチの財産でもなく、家宝の盾ってわけね」
「うん。それも別にボクの物にならなくてもいいんだ。伝説の勇者が見つかったら、必要な時に貸してくれるだ
けでも……」
「ダメよ! そんなの」
 強く否定する。
「もしフローラと結婚する奴が、ウチのパパよりもケチな奴だったらどうするのよ。壊れるかもしれないとか言っ
て、貸してくれないわよ」
「えっ、そ、そっか……」
 自分が考えもしていなかった予想を突きつけられて、リュカは言葉をなくす。うつむき、少し動揺しているよ
うにも見える。そんな様子を見かねてか、それまで悠然と椅子に腰掛けていたデボラはやおら立ち上がると、
ビシッとリュカを指差した。
「ウジウジしてる場合じゃないわよ。あんたはさっさとふたつのリングを探して来なさい!」
「えっ、えっ?」
「まずあんたがしなきゃいけない事は、フローラを結婚させない事よ。フローラが結婚しなければ盾はパパの物
だから、私ならなんとでもなるわ」
「えっ、ていうことは……?」
「私が協力してやるって言ってんのよ」
「ほ、本当に? ありがとう、デボラさん!」
 突然の助力に、嬉しくなったリュカはデボラの両手を取りぶんぶんと上下に振りながら「ありがとうありがと
う」を繰り返している。少しの間されるがままになっていたデボラだったが、一向に終わる気配がないと見るや
両手を無理矢理振りほどいた。

196彼女の事情 3/5:2011/09/23(金) 18:36:17
「いいからさっさとふたつのリングを探して来なさい! こうしてる間にも他の奴らが見つけてるかもしれないの
よ!」
 殆ど怒鳴るようなその声に、リュカは一目散に部屋を飛び出した。
 リュカが家から出て行くのを部屋の窓から眺めていたデボラは、その姿が見えなくなるとドサリと椅子に腰掛
け、ため息を吐いた。
「……どうしちゃったのかしらね、一体」

 リュカが炎のリングを手にサラボナに帰ってきたのは三日後の事だった。
 彼女――世間的にはフローラの婿候補と思われている――が炎のリングを持帰った事と、フローラの幼なじ
みであるアンディが大火傷を負って帰ってきた事。この二点から、もう一つの水のリングを取りに行こうという者
は誰もいなくなった。そしてそれはすなわち、フローラの婿候補がリュカ一人に絞られた事を意味する。
 ルドマンへの報告を終えたリュカは次いでデボラに報告する為にそのまま三階へと上がる。
「デボラさん。炎のリングを手に入れたよ!」
 デボラの姿を認めるとリュカは嬉しそうに伝えた。
「あら、やるじゃない。さすがは私が見込んだだけはあるわね」
 リュカを褒めるというよりは自らの慧眼を誇っているような口ぶりだが、リュカは嬉しそうに笑っている。
「ま、まあ、もう他にライバルはいないでしょうけど、気を抜いたりしない事ね」
「うん。がんばってくるね」
 リュカは手を振りつつデボラの部屋を後にした。


「私も大変だったけど、リュカはもっと大変……ううん。大変なんて言葉では言い表せないほど、辛い目に遭って
きたんだね……」
 水のリングを探す途上で立ち寄った山奥の村で、リュカは幼い頃の友人、ビアンカと偶然の再会を果たしてい
た。十年以上の時を経ての再会はお互いに驚きをもたらしたが、それ以上の喜びが二人を包んだ。
「それにしてもリュカ、あなたも女の子なんだから、もう少し身なりに気を使いなさいよ。服はボロボロだし、顔も
汚れてるし。せっかくの可愛い顔が台無しよ」
「うん。デボラさんにも言われた」
 頭の後ろに手を回して、あははと笑うリュカ。
「デボラさんって、ルドマンさんのところの?」
「うん。凄いんだよデボラさん。一目でボクの事女の子だってわかったんだ」
 リュカのその表情はとても嬉しそうで、ビアンカはその顔を見て逆にため息を吐いた。
「あなたねぇ、女の子だとわかってもらって喜んでちゃダメよ。本当はそれが当たり前なんだから」
「……ははは。でも、そのおかげかわからないけど、デボラさんも協力してくれるし……結果オーライだよ!」
「……子供の時からそうだったけど、リュカって本当に楽天的よね」
「そうかな、えへへ」
 この場合、褒められている訳ではないのだが、リュカは照れてしまっている。
「でも、あのデボラさんがねぇ」
「ビアンカもデボラさんを知ってるの?」
「うーん。私は直接知ってるわけじゃなくて、噂で聞いただけだけどね。なんでも凄く我が侭で、ご両親も手を焼
いているらしいわよ。幼なじみの男の子をはじめ、歳の近い男の子はみんないじめられてきたって聞いたわ」
 ビアンカの説明にリュカは苦い表情を浮かべた。確かにサラボナの人と話をした時、デボラについていい話を
する人は少なかった。とはいえ、嫌われているというような雰囲気でなかったのも事実だ。
「うん。ボクも街の人にはそんな話を聞いたけど……でも、いい人だよ。ボクに協力してくれるって言ってたし」
 リュカの言葉を聞き、ビアンカは何事か考えるような素振りを見せた後で口を開いた。
「……ねえリュカ。これから水のリングを探しに行くわけだけど、私も一緒に行くわ」
「えっ、一緒に来てくれるの?」
「ええ。久しぶりに一緒に冒険したいしね」
「やったー!」

197彼女の事情 4/5:2011/09/23(金) 18:37:25
 両手を挙げて大喜びのリュカ。今にも走り出しそうな勢いだ。そんな風におおはしゃぎしていたので、ビアン
カの「……ちょっと心配だしね」という呟きは耳に入らなかった。
 翌日、村の北にある滝。その奥の洞窟で水のリングを見つけ出したリュカとビアンカは、山奥の村で一泊し
た後、サラボナへと戻った。

「おお、リュカ。なんと水のリングを手に入れたと申すかっ! よくやった!リュカこそフローラの夫に相応しい
男じゃ! 約束通りフローラとの結婚を認めよう! 実はもう結婚式の準備を始めておったのだよ」
 リュカの報告を受けて嬉しそうに応えるルドマン。それに対してリュカは慌てて口を開いたが、
「あ、あのっ……」
「なによ、パパったら相変わらずうるさいわね。昼寝もできやしない……あら、リュカじゃない。なに、水のリン
グを手に入れてきたの? やっぱり私の目に狂いはなかったようね」
 デボラが現れて、遮られてしまった。
「それが水のリングね。なかなか綺麗じゃない」
 リュカの手から水のリングをひょいと取り上げると、目を細めてまじまじと眺めた。
「コラ! それはフローラとリュカの結婚式で使うものだ。こちらに渡しなさい」
 ルドマンが怒鳴りながら水のリングをひったくる。対してデボラは悪びれもせず、口元に微かに笑みを浮か
べているだけだ。
「まあ、これでフローラの結婚相手に決まったって事は、リュカも晴れて私の妹ってわけね」
「うむ。フローラの婿という事は、お前の妹……何を言ってるんだデボラ。リュカはお前の弟になるんだぞ?」
「でもパパ、女の子は弟にはなれないんじゃない? それに、女同士の結婚も私は難しいと思うわよ?」
 デボラは努めて平静な顔でルドマンに問いかける。当の本人であるリュカはおろおろとし、ビアンカは同情の
表情を浮かべている。
「デボラ、さっきから何を言ってるんだ? リュカがまるで女みたいな……」
「……リュカさん、もしかして?」
 リュカは困ったような顔のまま大きく頷いた!
「な、なんと! リュカが女だったとは……」
「すみませんでした。私ったら全然気づかないで……!」
 あまりの衝撃に呆然とするルドマン。フローラは半ば泣きそうな顔で平謝りをしている。
「う、ううん。最初に言わなかったボクが悪いんだから。だから、顔を上げて?」
 こちらも半ば泣きそうな顔でフローラの顔を上げさせようとしているリュカ。ビアンカはその様子を『なんなの
かしらねー』といった顔で見つめ、デボラはお腹を抱えて笑っていた。
「で、では、リュカは何の為に炎と水のリングを探したのだ?」
 気を取り直したルドマンが問い質す。
「それなんだけどね、パパ。炎と水のリングを探してきた者に、ウチの家宝の盾を譲るって話だったでしょ?」
「それはフローラと結婚し、家を継ぐから家宝の盾を譲るという事だ」
「そう。だったら、フローラじゃなくて私と結婚して家を継いでも良いわけよね?」
「……何を言ってるんだ、デボラ?」
「だから」
 デボラは二人の話を聞くだけのリュカの腕に自らの腕を絡めると、
「私がリュカと結婚するのよ。これなら問題ないんじゃない?」
 そう言い放った。
『えええええぇぇぇぇぇっ!?』
 これには、リュカとビアンカの二人が揃って屋敷中に響くような驚愕の声を上げた。
「デ、デボラさん? ボクと結婚って……?」
「今さっき、あなたが自分で言ったじゃない、女同士結婚できないって!」
 戸惑うリュカと、ついつい声が大きくなるビアンカ。
「大丈夫よ。だって私、男だもの」
『え……えええええぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇっっっっ!!!???』
 再び上げられた絶叫は屋敷の外、街中にまで響いていた。
「ほ、本当に……男、なの?」

198彼女の事情 5/5:2011/09/23(金) 18:37:58
 ビアンカが疑う眼差しでデボラを見つめる。けれどその容姿からはとても信じることはできず、首を傾げた。
「本当よ。ちゃーんとついてるんだから。……見てみる?」
 ビアンカは一瞬、何の事を言っているのか理解できなかったが、すぐにソレだと思い至ると顔を真っ赤にして
首を横に振る。
 リュカには何の事か全くわからなかった。
「デボラ!!」
 ルドマンの一喝もどこ吹く風。デボラはリュカの腕に絡めた腕に一層力を込めると、
「冗談よ。見せてあげるのはリュカに、だ・け♪」
 リュカの頬にキスをした。
 ルドマンは怒りで顔を真っ赤にし、フローラは兄の幸せに微笑み、ビアンカはやれやれとため息を吐いている。
 デボラは笑顔でリュカに抱きつき、リュカはなんだかよくわからないまま、けれど嬉しそうだった。

 その日、一組の夫婦が誕生した。
 一見すると男性のような新婦と、どこからどう見ても女性にしか見えない新郎という、とても不思議なカップル
だったが当人たちは幸せそうであるし、また参列者も心から祝福していた。

199龍神:2011/09/27(火) 06:59:01
本奴隷の2人の旅人。 第九話
「・・・ヘンリー?どこにいるの?」
ヘンリーは川の近くに立っていた。僕は走ってヘンリーのもとへいった。
が、川の近くはぬれていて、僕は走っていたのでおもいっきり足をすべらせた。
「う、わぁ!??」
「わっ!リュカ!?危ない!!」
僕が川に落ちそうな所をヘンリーがひっぱり、助けてくれた。
ひっぱられた勢いで、僕はヘンリーの胸にぽすっと引き寄せられた。
(う、うわぁ〜!へ、ヘンリーに抱きしめられてる!!てか、え?なんで僕こんなにドキドキしてるの??)
「はぁ〜吃驚したぁ〜!リュカちゃんと足元気をつけろよ〜」
「ほ、ほんとにごめん・・・!僕も吃驚したぁ・・・!」
顔が赤いのをばれない用に僕は下を向いて謝罪の言葉を言った。
「・・・あれ?ヘンリーこんなに大きかったけ?少し前まで僕と同じくらいだったのに・・・?」
少し前まで、同じような体格だったのに、ヘンリーの体はがっしりとたくましくなっていた。僕なんか楽々と包み込めそうで・・・なんだか、「男の人」だった。
「まぁ、男はそういう風に成長するからな。がっしりとした体になるんだ。」
「へぇ・・・・そうなんだ。」
僕の体は・・・女の人の平均より少し男らしい体だと思うけど、ヘンリーにくらべたら腕は細く、女の体だった。
僕は、ちょっぴり悲しくなった。
「・・・で?なんでここまでおっかけてきたんだよ。」
「あっ・・・。」
そうだ。ここからが本題だ。

200上沼みどり:2011/10/07(金) 22:25:29
【HOWEVER】

≪見晴らしの塔≫

「じゃあね、デボラ。風邪をひかないようにね…」

歌い終えたアンディはそう言って階段を下りた。

「くぅ〜ん…」
「…フン、あんな歌なんて無くたって、アンタなんてコッチから願い下げだって最初から言ってるじゃない…!!」
「クゥ〜ン…」


::::


≪船の中≫


「アルスを返しやがれ!!この贋者!!」
「(贋者…!?俺が…贋者!?)」
「…ちっ!!」

ソロはアルスの胸ぐらを掴んだ。

「(殴れられる!?)」

と、思った次の瞬間、

「その手を放した方がいいですよ…!」

そう声を掛けたのは…、


続く。


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